白菊ほたる「言えなかったこと」 (22)
・アイドルマスターシンデレラガールズの二次創作です。
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誰かを幸せにするために、アイドルを目指したい。
そう決めて東京に出てきて、私が初めて所属できた事務所は、とっても素敵なところでした。
決して、事務所が大きかったり、活動が活発だったりしたわけではありません。
小さくて、活動も始まったばかりで、有名なアイドルなんて、まだ一人もいなくて―――
だけど、とても居心地のいい場所だったんです。
少し頼りなさげだけど、いつでも皆の事を考えていてくれるPさん。
まだ仕事は少ないけど、懸命にレッスンしてる、私と同じ年頃の子たち。
そして、仕事の合間を見てそんな私達のレッスンを見てくれる、年長組のアイドルさんたち。
事務所は小さくて、みんなまだ夢からは遠かったけど、みんなでいつか夢に届くようがんばろうねって励ましあう。
夜は寮で誰かの部屋に集まって、遅くまでアイドルの話をして。
休日は事務所でPさんの手作り料理をいただいたり、Pさんの運転でみんなでドライブに行ったり。
夜遅くまで仕事してるPさんに、みんな持ち回りで夜食を差し入れたり―――
本当に、楽しかった。
今でも、度の強い眼鏡をはずして笑うPさんの顔がはっきりと思い出せます。
少し眉が寄ったような、どこか困ったような笑顔がなんだか自分に似ているような気がして、私はひそかにPさんの事を『お兄さんみたいだ』と思っていました。
短い間だったけど一緒に夢について語り合った、アイドルを目指す女の子達。
彼女たちが大好きでした。
ダンスや歌や、スタミナや―――
みんなどこかに弱さを抱えていたりしたけれど、それでもみんな夢に向って真っ直ぐで。
みんなと夢を目指す日々が、ずっと続けばいいと思っていました。
ああ、だけど、だけど。
私はあのころ、みんなといると胸に刺さった棘がずきんと痛むのを、感じずにいられませんでした。
胸の棘。
私の、かくしごと。
私は、白菊ほたるは、事務所の人たちに自分の『不幸』を隠していたのです。
故郷の鳥取で、私は人を不幸にする子だと言われてきました。
きっと、それは本当の事。
私の周りでは、いくつもの不幸が起きて、時には人を苦しめて。
そんな中、アイドルは私が見つけた希望でした。
アイドルを目指したい。
両親を説得して東京に飛び出して、ようやく拾ってもらえた、あの事務所。
私はそこで、自分の不幸、これまでの事を、言い出せなかったのです。
理由は―――ひどく独りよがりなものでした。
あの事務所に採用してもらえるまで、私はいくつもの事務所を巡りました。
そして、いつも結果は不採用。
笑顔が暗い、辛気臭い、目立たない―――
不幸がどうとか、それ以前の理由で。
私は、アイドルになる素質が無いのかもしれない。
何度も、そう思いました。
だから―――初めてあの事務所に採用されたとき、私は迷いました。
もしここで、自分の『不幸』を知らせたら、採用を取り消されてしまうかも知れない。
そしたらもう二度と、私を拾ってくれる事務所なんてないかもしれない―――
私は、自分の不幸を、隠しました。
故郷を飛び出して、環境も変わって、前向きに頑張るって決めたんだから、もしかしたら不幸だって、追いついてこないかもしれない。
そんな都合のいい考えもありました。
そうして事務所に採用されて―――ああ、本当に、本当に楽しかった。
誰も私に、後ろ指を差さない。
仲間がいて、頼れるお兄さんみたいな人がいて、一緒に夢を目指して、いろんなことを語り合って。
隠し事をしているって引け目が、いつも胸でちくちくと痛んでいたけど、それでも、私はこの日々がずっと続いて欲しいって。
このままなにもかもがうまく行って欲しいと、心から願っていました。
―――だけど、それは儚い望み。
ある日、仕事に出ていた年長組のアイドルの子の乗った車が事故に遭いました。
脚を折って、入院です。
私は、不幸が追いついたのを知りました。
見舞いにいって、ごめんなさいと泣いてあやまる私に、彼女はけろりと笑って「ほたるちゃんのせいじゃないでしょ」と笑います。
私は、不幸について言わなかった。
だから、知らない。
私のせいだと思ってない。
だけど、私は知っています。
それが自分のせいだと、知っていたんです。
それから次々、悪いことが起こりました。
突然、事務所の仕事が引き上げられてしまったり。
泥棒が入って、事務所のお金が盗まれたり。
つきあいのあった会社が突然倒産してしまったり。
「君達は心配しなくていいよ。こういうことは、僕たちが頑張ることなんだからね」
Pさんが、心配ないと、笑います。
だけどいつのころからか、優しく笑った目の下には消えないクマがありました。
急激に悪くなる事務所の状況をどうにかしようと、ずっと夜も寝ないで頑張っているんだって、私達はみんな知っていました。
「事務所が大変なときだからこそ、私達はお仕事頑張らなくちゃ」
「ほたるちゃん、いっしょにがんばろうね!」
「悪いことなんて、長くは続かないんだから」
事務所の状況が悪くなって、私が不安がっていると思ったのでしょう。
事務所の仲間はいつも以上に優しくて、暗くなりがちな事務所の空気を打ち払おうと、精一杯頑張っていました。
だけどみんなの周りでも、色々な不運な出来事が増えてきているってことを、私は知っていました。
それなのに、それなのに―――
私は―――言えなかったんです。
自分の不幸の事を。
事務所の状況がどんどん悪くなることが、私のせいかもしれないってことを。
だって、恐かったから。
優しい、お兄さんみたいなPさん。
初めてできた、夢を追う仲間達。
ずっと一緒にいたいと思える、素敵な人たち。
もしかして私が本当の事を話したら、その人たちの笑顔が変わってしまうかもしれない。
みんなの顔が、故郷の鳥取で、何度も見たように―――私を嫌い、私を恐れ、私を蔑む顔に、変わってしまったらと思うと、どうしても本当の事がいえなかったんです。
事務所を離れようとも思いました。
そうしたら、事務所は助かるかも知れない。
そうだ、事務所から離れて、私がアイドルを諦めたら、何もかも丸く収まるのかもしれない。
事務所をやめたい、と言ったこともあります。
だけど、それを必死になって止めてくれたのは、事務所の皆でした。
苦しいだろうけど頑張ろうって。
諦めずにアイドルを目指そうって―――
嬉しい言葉のはずなのに、それがどれだけ苦しかったか。
自分が世界で一番汚い人間になってしまった、そんな気がします。
だけど、離れられなくて。
どうしても、事務所から、皆から離れられなくて―――
その間にも、事務所の状況はどんどん悪くなり。
ついに、事務所は閉鎖されてしまうことになったんです―――
「僕たち大人のの力が足りなかったんだ。そのことを、まず謝っておきたい」
事務所が閉鎖されると決まって、最後の夜。
私達は最後にPさんの手料理をご馳走になりに集まっていました。
テーブルの中央には大きなすきやき鍋。
「最後ぐらい豪華にと思ってね」
と、Pさんが笑いました。
「いつものコロッケが食べたかったよ」
と、年少の子が泣きました。
みんな、事務所の最後を惜しんでいました。
「―――さっきも言ったけど、事務所が閉鎖されるのは、僕たち大人の力不足のせいだ」
どこかさばさばした、悟ったような顔で、Pさんは私達に語りかけます。
だけど、違うんです。
そうじゃないんです。
「君達にはなんの責任もない」
違う。
私のせいなんです。
「事務所は最後になってしまうけど、僕は、君達はきっとアイドルになれるって信じてる」
それを邪魔してしまったのは、私なんです。
「だから、これからもがんばって夢を追いかけて欲しい。僕も、事務所のスタッフたちも、それを願ってる。いつか君達を大きな舞台で見ることを、祈ってるよ」
ああ―――
「―――ごめんなさい!!」
私の口から、ずっとずっと言えなかったことが吹き出しました。
「……白菊さん?」
怪訝そうな顔をするPさん。
仲間の皆。
「ごめんなさい―――ごめんなさい、ごめんなさい。私が悪いんです」
だけど、一度堰を切った言葉は、罪悪感は、もう止まりません。
「私が、不幸を呼んだんです。私の、私のせいで事務所が、皆の夢が―――!!」
私は、洗いざらいを吐き出しました。
自分が、不幸の子であること。
色々な不幸を招くこと。
きっと、事務所を襲った不幸は私のせいであること。
みんなの夢を邪魔したのは、私であること。
ずっと自分の不幸を、皆に言わずに黙っていたこと―――
黙っているなら、最後まで黙っていればよかったのかも知れません。
だけど、もう我慢できなかった。
言うなら、もっと早く言えばよかったのかも知れません。
だけど、ずっと言えなかった。
私は涙と罪悪感でぐちゃぐちゃになりながら全てを吐き出して、Pさんに、仲間に、何もかもに謝罪しました。
どんなことを言われても、仕方ないと思っていました。
だけど―――
「うん、知ってたよ」
Pさんはいつものように、ちょっと困ったように笑って―――そう言ったのです。
「君の不幸の事は知ってた。地元でどんな事があったのかも。どうしてアイドルになりたかったのかも」
「そんな……」
じゃあ、ずっと、知っていた?
「僕だけじゃない。みんな知ってたんだ」
「み、みんな、って」
「だから、君の仲間。事務所のアイドルの子たち、ここにいるみーんな」
「 」
あまりの事に、言葉が出なくなってしまいます。
え?
「みんな、知っていた―――?」
「うん」
以前脚を折った年長の子がけろっと頷いて、私は本格的にぽかんと口をあけてしまいました。
予想外すぎて、何を言ったらいいか、何を聞いたらいいか、わからなくなってしまったのです。
「―――君のエントリー用紙が来たとき、親御さんにも連絡をしたんだよ。そのとき、君の事を聞いた」
穏やかに、Pさんが語りはじめます。
「不幸のこと。親御さんが君をとても心配していて―――だからこそ、アイドルになることには反対していた、ということも」
ああ、ああ、ああ。
考えてみれば、それは当たり前のことだったのでしょう。
両親に、Pさんが話を聞いてないわけがありません。
そしたら、私の不幸の事が知れないわけはありません。
「でも、それなら、何故……?」
「何故って?」
私の問いに、首をかしげるPさん。
「不幸を呼ぶと知っていて、どうして私を、事務所に?」
はっきりと、聞きます。
だって、不幸を呼ぶと知っていれば、私を所属される理由なんて、無いじゃないですか。
「皆に正直に君の事を話して、相談して、それで決めたんだよ。満場一致、君を迎え入れようって―――だから皆、知っているんだ」
さらっと答えるPさんですが内容はサラッとではありません。
「おかしいです。なんでそんな、そんな無茶なことを……!!」
「皆同じだと、思ったから」
年少の、そばかすの子が笑いました。
「ここの子はね、みんな同じなのよ。『不幸』じゃないけど、才能とか、ルックスとか、お金とか。 色々理由はバラバラだけど―――みんな、アイドルになるの、反対されてた子なんだよ」
いつも皆をお世話していた、優しい笑顔の子が言いました。
「ダンスが苦手だったり。 人前で話すのがダメだったり。 みんなアイドルにすぐなれる金の卵ってわけじゃない、醜いアヒルの子でね」
いつも遅くまでダンスの練習をしていた、ショートカットの子が、頷きます。
「だから、皆と同じじゃないか、って思ったんだよ。反対されてるのも、ハンデがあるのも、一緒。だったら皆でやりたいって―――思ったの」
「―――知らなかったです」
「言わなかったからね」
「だって恥ずかしかったし」
「だからヒミツはおあいこ。言いっこなしね」
みんなが、笑います。
私もみんなも同じだって言って、笑います。
形は違えど、ハンデを持ってるのは同じで―――仲間なんだ、って。
「僕たちは、解っていて、満場一致で君を迎えた。大人たちは、絶対なんとかしようと思って頑張った」
Pさんが、胸を張ります。
「全力でやった。それだけは絶対に誓うことができる―――届かなかったのは、残念だけどね……ねえ、白菊さん」
「は、はい」
「君は、大きな苦しみを抱えていて、それを引け目に思ってる。だけど、覚えてて欲しい。皆、形やその大小は違っても、傷やハンデを抱えている―――抱えたその重さに負けないで歩いていける人だけが、ステージに立てる。ここは、そういう世界なんだ」
「……」
「だから、諦めないで欲しい。事務所はつぶれてしまうけど、君も含めて、僕が採用した子は皆、トップアイドルになれる金の卵のはずなんだから! 僕はずっと、君達を応援しているんだから!!」
そう、なのでしょうか。
この苦しみに、この重さに負けずに、進んでいけば。
いつか、ステージにたどり着くことが、私もできる?
すがるように、Pさんを見ます。
Pさんは、力強く頷きました。
周りで笑う、仲間達を見詰めます。
みんなも、強く頷きました。
「さあ、肉が煮えすぎちゃう。スキヤキパーティーを始めよう!!」
わっ、と場が沸いて、皆が箸を手にしました―――
―――そして、あの事務所は閉鎖されて、私達はちりぢりになりました。
連絡が取れる子も、取れない子もいます。
だけど皆、今日もアイドルを目指していると、私は知っています。
Pさんは地元に戻って、またいつか芸能事務所を立ち上げるためにお金を溜めているそうです。
私が近況を綴った手紙を送ると、いつもとても元気そうな、応援が込められた手紙が戻ってきます。
私は―――私はまだ、アイドルになれていません。
挫けそうになることも、あります。
だけど私は、もう自分の『不幸』を、隠さなくなりました。
みんなきっと、傷やハンデを抱えていて、それを隠さずやっている。
私も、この切り離せない『不幸』を隠すことは、きっと意味は無いのです。
胸を張って言うことはできなくても、あの日受け入れてくれた人たちに恥ずかしくないように。
自分を隠さないで行こう。
私はそう、決めたのです―――
(おしまい)
読んでいただいて、ありがとうございました。
追伸。
白菊ほたるちゃんに清き一票を!!
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