ドロシー「またハニートラップかよ…って、プリンセスに!?」 (718) 【現行スレ】

L「今さらながらプリンセス・プリンシパルのssだ…注意事項があるので任務開始前に読んでおけ」

7「…注意事項はこれです」


…注意事項…

主要な登場人物は百合・レズのみ(ユリ・アイズ・オンリー)

投下遅い

キャラ崩壊あり

シリアス少なめ


L「…以上だ。この内容を理解してから任務を開始しろ」

………


…case・ドロシー×プリンセス…

ドロシー「…は?」

L「聞こえたはずだ、『D』」

ドロシー「いや、聞こえたけど……プリンセスにハニートラップを仕掛けろ…って」

L「そうだ。今の所「チェンジリング作戦」は上手く行っている……が、この世界に『シロ』の者などいない、いるのは黒か灰色だけだ」

ドロシー「ましてや自分からこっちに加わってきたプリンセスとあらば、なおの事信用できない…か?」

L「そうだ。そこで『D』、お前がプリンセスに甘い顔を見せて本音を聞き出せ…どんな手段を使っても構わん」

ドロシー「…了解」


…部室…

プリンセス「美味しい紅茶ね…ドロシーさんもいかが?」

ドロシー「そうだなぁ、あたしは酒の方がいいけど…ま、頂くよ」

ベアトリス「珍しいですね、ドロシーさんがそんなに素直に」

ドロシー「なんだとぅ?」むにぃ…!

ベアトリス「い、いふぁいれすぅ…もう、ほっぺたがちぎれるかと思ったじゃないですか」

ドロシー「ふふ、そういう生意気な口をきくからだろ……っと、あちっ!」パチャ…!

ベアトリス「ほら、そうやってふざけているからですよ!」

ドロシー「あちゃー…なぁベアトリス、悪いけどあたしの部屋から代わりの服を取って来てくれないか?」

ベアトリス「えぇー?私はドロシーさんのメイドじゃないんですよ?」

ドロシー「仕方ないだろ…まさかこの濡れた服で帰るわけにはいかないし、ここに置いてある着替えって言ったら『活動用』の服だけなんだよ」

プリンセス「…ベアト、ドロシーさんの着替えを取って来てあげて?」

ベアトリス「姫様がおっしゃるなら……じゃあ取ってきますね」

ドロシー「頼んだぞ…クローゼットの中の服を見て鼻血を噴くなよ♪」

ベアトリス「誰がですか!…まったくもう……」

プリンセス「くすくすっ…表向きはああ言ってはいるけれど、ベアトはドロシーさんが嫌いじゃないのよ♪」

ドロシー「分かってるさ…何しろスパイだもんな?」

プリンセス「ふふ、スパイにしてはベアトは正直だけど♪」

ドロシー「かもな…って、冷たいな」

プリンセス「ティーカップ一杯分を浴びてしまったものね…ハンカチを貸してあげるわね?」

ドロシー「いや、胸元だけだし着替えも取って来てもらってるからな……よいしょ…」するっ…

プリンセス「…」

ドロシー「……ところで、プリンセス」

プリンセス「何かしら?」

ドロシー「ベアトリスもいないから言うけどさ……あたしの事、どう思ってるか…教えて欲しいんだ///」

プリンセス「それはもう、大事なお友達で『チーム白鳩』の頼れるメンバーよ?」

ドロシー「そうじゃなくて……あたしはさ、プリンセスの事が…」ずいっ…

ベアトリス「はい、取ってきましたよ……って、なんでそんな格好をして姫様に迫ってるんですか///」

ドロシー「お、悪いねぇ…って、真っ赤になってるってことはあたしに気があるのかー?」

ベアトリス「な、何いってるんですか…とにかく着替えて下さいっ!」

ドロシー「はいはい」

プリンセス「…ふふふ」

…夜・寝室…

ドロシー「それにしても…昼間は上手くかわされちゃったし、これからどう聞き出すか……はーい?」

プリンセス「…こんばんは、ドロシーさん♪」

ドロシー「うぇっ、プリンセス…!?」

プリンセス「ふふ…お茶の時はお答えできずじまいだったでしょう?きっと答えを早く聞きたいだろうと思って…♪」

ドロシー「いや、それは嬉しいけどさ……ネグリジェだけで来たのかよ///」

プリンセス「ええ」

ドロシー「と、とにかく中に入ってくれないか……寮監だのに見つかるとうるさいからさ」

プリンセス「そうだったわね。それでは、お邪魔します♪」

ドロシー「あー…えーと……飲み物でもだそうか?」

プリンセス「お気遣いなく♪…ベッドの上に座ってもいいかしら?」

ドロシー「あぁ、どうぞ…あたしもベッドに座るから、隣にかけなよ」

プリンセス「ありがとう♪…そういえば、ベアトはアンジェたちと一緒に監視任務に就いているのよね」

ドロシー「ああ…何でも王国側のスパイが入り浸っている部屋があるとかで……」

プリンセス「と言うことは…お昼みたいにお話が途中で止まることもないわけね♪」

ドロシー「お、おい…プリンセス……その、近いって///」

プリンセス「だって、私の事を好きって言ってくれたのはドロシーさんでしょう?」

ドロシー「いや、まぁ…それはそうだけどさ……だいたいプリンセスにはアンジェもベアトリスもい…」

プリンセス「二人きりの時に他の女の子の名前を出すのはいけないわ…♪」

ドロシー「いや、プリンセスもアンジェとベアトリスの名前を言ってたろ…」

プリンセス「だって…私はプリンセスだもの♪」

ドロシー「……横暴だな、おい」

プリンセス「ところで…私がドロシーさんの事をどう思っているか……だったわね?」

ドロシー「あ、あぁ…正直、プリンセスはあたしたちの…いや、あたしの事……どう思う///」

プリンセス「そうねぇ……食べちゃいたいわ♪」

ドロシー「…は?」

プリンセス「だって…あんな美味しそうな胸元を見せつけられたら……我慢できる人はいないんじゃないかしら///」ぐいっ…!

ドロシー「おわっ…ち、ちょっと待った!」

プリンセス「何かしら?」

ドロシー「いや、こういう物ってもう少し…その……なんか準備とかいるんじゃないか?…たとえば、ロウソクで照らされたステキなディナーとか……星空の下で告白とか……///」

プリンセス「ふふ、そうね…それじゃあ♪」

ドロシー「いや、カーテンを開けてどうするんだ…?」

プリンセス「ドロシーさん…好きよ///」

ドロシー「うえぇぇっ…!?」

プリンセス「はい「星空の下での告白」完了…では改めて♪」

ドロシー「うわっ、ちょ……待って…アンジェ、助けてくれぇ……ああぁぁっ!」

………



…翌朝…

プリンセス「ふふ、楽しかったわ…それじゃあ、また♪」

ドロシー「…ぜぇ、はぁ……死ぬかと思った…今までのケースの中で一番あの世に近づいたな……」

…図書館…


7「それで…?」

ドロシー「あー…プリンセスがダブル・クロスって言う可能性はない」

7「その根拠は?」

ドロシー「…プリンセスが『チーム白鳩』のメンバーを気に入っているから///」

7「それだけ?…理由にしては弱いわね」

ドロシー「いや、あたしが直接ハニートラップを仕掛けて聞き出したんだから間違いない…って、なんてこと言わせるのさ///」

7「スパイとはそういう物よ……で、どうだった?」

ドロシー「…何が」

7「夜のプリンセスよ…聞かせてちょうだい、そのためにこの作戦を『L』に提案したんだから」

ドロシー「おい」

7「こほん…いえ、今後プリンセスの寝返りを防ぐための予防線、あるいは弱点として記録しておかないと……」

ドロシー「…正直、あの状態のプリンセスは極めて危険だと思う」

7「なるほど」

ドロシー「正直、チームの全員をぶつけても勝てるかどうか……あたしは無理だと思う」

7「…つまり、プリンセスはタチ、と……とりあえずよくやってくれたわ」

ドロシー「ああ…あと、今回の件で」

7「なにかしら」

ドロシー「危険手当と傷病手当を加えておいてくれ…」



…寮の一室…

プリンセス「ふふふっ…♪」

ベアトリス「なんだか今日の姫様はとても肌艶がいいですね?」

プリンセス「そう?」

ベアトリス「はい、なんだかウキウキしていらっしゃいますし…何かいいことでもあったんですか?」

プリンセス「…かもね♪」

ベアトリス「?」


………

…case・ドロシー×ベアトリス「The perfume」(香水)…


アンジェ「さてと…今回の任務は王国防諜機関のトップ、『ノルマンディ公』の情報を提供してくれる人物と接触することにあるわ」

ドロシー「なぁアンジェ、どうして直接接触しなきゃいけないんだ?…メールドロップで受け取る「デッド・レター・ボックス」方式じゃダメなのかよ?」

アンジェ「仕方ないわ…該当の人物は情報提供の代わりにこちらへの亡命を希望しているの」

プリンセス「ロンドンの壁を越えるには私たちが手引きしてあげないといけないものね……接触場所はとある貴族の舞踏会よ」

アンジェ「当然、プリンセスと私たち『ご学友』の分の招待状は届いているわ」

ドロシー「なるほどな……じゃあ車を出そうか?」

アンジェ「ええ…接触は私とドロシー。プリンセスは動くと何かと注目を浴びるから、ベアトリスと一緒にカバーを」

プリンセス「ええ♪」

ベアトリス「はい」

ちせ「ならわしはどうすればよいのじゃ?」

アンジェ「ちせは今回の接触が罠だった時に備えて潜んでいてほしい…銃は音が大きいし、よっぽどの事態でない限り抜けない。その分刃物なら静かに処理できるから」

ちせ「…うむ、承知した」

ドロシー「それじゃあ、お洒落なドレスで行くとしますか♪」

…舞踏会…

プリンセス「あら、伯爵夫人…ごきげんよう♪」

アンジェ「…予想通りプリンセスが会場の注目を集めているわ」

ドロシー「まぁ、プリンセスだもんな…おっ、ノルマンディ公が来たぞ」

アンジェ「……プリンセスに接近しているわね」

プリンセス「ご機嫌麗しゅう……あら」

ノルマンディ公「これはこれは奇遇ですな、姫君…舞踏会は楽しんでおられますか?」

プリンセス「ええ、とっても♪」

ノルマンディ公「それは何より……では、失礼」

プリンセス「…おかしいわね」

ベアトリス「何がです、姫様?」

プリンセス「伯爵の主催とはいえ小ぶりな舞踏会なのに、ノルマンディ公が来るなんて……何かあるわ」

アンジェ「…どちらにせよ、接触の時間はもうすぐよ……場所は中庭。「舞踏会の最中に気分が悪くなって、新鮮な空気を吸いに出た」と言うことになっているわ」

ドロシー「了解……で、あたしが付き添いってことだな」

アンジェ「ええ…年齢的にもオールドミスになりかかっているし、ちょうどいいわ」

ドロシー「う、うるさい!……これも任務なんだから仕方ないだろ?」

アンジェ「冗談よ」

ドロシー「…」

アンジェ「それじゃあ、スリー、トゥー、ワン…任務開始。……あー、急に頭が痛くなってきただー」

ドロシー「…ここでその田舎者設定を使うのかよ……気分がすぐれなくていらっしゃるの?」

アンジェ「んだー、頭が痛くて割れそうだー……空気を吸いにお庭に連れて行ってくんろー……」

ドロシー「ならお手をお貸ししますわ……あと、その顔で棒読みするのはやめろよ…噴き出しそうになるだろ」

アンジェ「…いいから……ランデヴーまであと五分二十秒よ」

…中庭…

アンジェ「…おかげで生き返っただー」

ドロシー「おい……さっきから聞いてるけどかなり雑だろ」

アンジェ「…ドロシー、こんな時にふざけないで」

ドロシー「いや、それは私の台詞だろ……おい、向こうの女…紺のドレスに白い花のコサージュを付けているぞ。対象はあれか?」

アンジェ「間違いないわね…合言葉は『ダンスはお嫌いですか』よ」

ドロシー「で、答えが『ええ、ワルツはあんまり得意ではないので』だったな」

アンジェ「その通りよ。それじゃあ接近するわ…」

ドロシー「…待てアンジェ、もう一人来た……って、あいつ!」

アンジェ「あの時の褐色女ね」

ドロシー「『ガゼル』だったか?…ノルマンディ公の子飼いの部下っていう話だったな」

アンジェ「……まずい」

ドロシー「…あいつ、情報提供者を片づける気だぞ……どうする?」

アンジェ「仕方ないわ…」ばさっ…!

ドロシー「…やれやれ、やっぱりそうなるか」しゅるっ…!

ガゼル「おや……こんなところでお散歩ですか、それとも…誰かと密会の予定でも入っているのかしら」

情報提供者「な…何の事かさっぱりですわ……」

ガゼル「そう…なら仕方ないですね……」ナイフを抜くガゼル…と、「Cボール」の閃光がきらめく

アンジェ(潜入バージョン)「…早く」情報提供者を抱え中庭を離れるアンジェ…

情報提供者「きゃっ…!」

ガゼル「…待て!……くっ!?」

ちせ(潜入バージョン)「ふんっ!」たたたっ…と駆けより袈裟懸けに一太刀浴びせる

ガゼル「…ちっ!」パンッ!……滑らかな動きでクリーム色をしたドレスの裾をはねあげると内腿に差していたリボルバーを抜き撃ちで放った…

ちせ「む…!」

ドロシー「……っ!」パン、パンッ!…六連発、.455ブリティッシュ口径の「ウェブリー&スコット」リボルバーを抜き、二発撃つ

警備隊「銃声だ!庭の方からだぞ!」

ガゼル「ちいっ…!」パンッ、パン!…ドロシーに牽制射撃を加えながらちせと渡り合う

ちせ「くっ…!」ガキンッ…キンッ!

ドロシー「…」パァン!…ちせとガゼルが切り結んだところでバラの花壇から腕を伸ばし、精密に狙って一発放った

ガゼル「うっ!」銃弾が身に着けていた何かを弾き飛ばすと、ガゼルはパッと身を翻し、何かを放り投げてから飛びのいた…

ちせ「…待て!……くうっ!」追いかけようとした瞬間に発煙弾の煙がもうもうとたちこめる……

ドロシー「…ちせ、深追いは厳禁だ。どの道警備だの野次馬だのがうじゃうじゃやって来るからな……さ、早く逃げるぞ」

ちせ「うむ…わしとしたことが勝負を焦り過ぎた」

ドロシー「なぁに、いい腕だったじゃないか…ん?……あいつ、何か落としていったな…香水か?」

ちせ「さぁ、急ぎ撤収じゃろう?」

ドロシー「あぁ、そうだな」

…部室…

アンジェ「とりあえず情報提供者の身の安全は確保できたわ」

ドロシー「まずは何よりだな…しかし、あの『ガゼル』とか言う褐色女……相当な腕だ」

プリンセス「それにノルマンディ公が情報の引き渡しを察知していた…ゆゆしき事態ね」

ドロシー「あぁ、全く……あ、そう言えばあの女がこれを落としていったんだが」…コト

プリンセス「ピンクのガラス瓶……香水?」

ドロシー「あぁ、プリンセスにもそう見えるよな?」

プリンセス「ええ…アンジェはどう思う?」

アンジェ「私も香水だと思うわ。香水は女性スパイの必需品だもの…でも、どこに入れていたって?」

ドロシー「多分、ふともものガーターベルトに差していたと思う……脚を止めようとして弾を撃ちこんだときに弾き飛ばしたみたいだからな」

ベアトリス「普通は香水をそんなところに入れたりはしませんよね?」

ちせ「もしや、毒薬かも知れんの」

ベアトリス「うーん…瓶は一見普通の香水にしか見えませんが……」持ち上げてランプの灯りに透かしてみる

ドロシー「ちょっと待て、棚に試薬があったよな……あれで…」

ベアトリス「きゃっ!」…プシュ

プリンセス「ベアト!?」

ドロシー「うぷっ!…おい、何やってるんだ」

ベアトリス「だってふたが外れていて…大丈夫ですか?」

ドロシー「あ、あぁ…ベアトリス、そっちは?」

ベアトリス「私も少し浴びましたけど…まさか死んだりしないですよね?」

アンジェ「今調べるわ……一応試験紙には反応がないわ」

ドロシー「…じゃあ、ただの香水だって言うのか?」

アンジェ「確証は持てないけど、そう言うことになるわ」

ドロシー「あんな『歩く兵器庫』みたいな女が武器じゃない物を持っているなんて信じられないけど……な」

アンジェ「どうしたの、ドロシー?」

プリンセス「ドロシーさん?」

ドロシー「い、いや…ベアトリスってよく見ると……ちんまいし可愛いよな///」

アンジェ「!?」

プリンセス「ええ、そうね♪」

ベアトリス「…な、何言ってるんですか!?」

ドロシー「いや…何ていうか……こう…抱きしめて押し倒したら涙目になって抵抗するんだろうなって思ったら…はぁはぁ///」

アンジェ「…どうやらこれは、媚薬か何かのようね」

ちせ「そのようじゃな…」

ドロシー「なぁベアトリス、よかったら私の部屋で泊まっていかないか……イケナイ事なんてしないって///」

ベアトリス「うわ…絶対に嘘じゃないですか!」

ドロシー「大丈夫大丈夫、ちょっとイイコト……したいだけだから///」わきわき…♪

ベアトリス「ひぃ…!」

アンジェ「こういう物は数時間で効果が切れるものよ…それじゃ」

プリンセス「…ベアト、ドロシーさんと仲良くね♪」

ちせ「うむ、わしもぬか漬けのぬか床をかき回しに行かんとな…さらばじゃ」

ベアトリス「えっ、ちょ……ちょっと待ってくださいよ!?」

ドロシー「よーし、捕まえたぞぉ♪」

ベアトリス「ちょ、ちょっと待って…んぅっ!?」どさっ…!

ドロシー「んちゅぅ、ちゅぅ……ちゅっ……ぷはぁ、ベアトリスは甘くって美味しいなぁ♪」

ベアトリス「ドロシーさんっ…や、止めて下さいっ!」

ドロシー「大丈夫だって、『チーム白鳩』はいつも一緒だから…安心してあたしに任せなって♪」

ベアトリス「…誰も残ってくれませんでしたけど……って、何をする気ですか!?」

ドロシー「そりゃあもちろん…このつつましいお胸をじっくり吟味させてもらおうと思って……な♪」ふにっ…もみゅ♪

ベアトリス「きゃぁぁぁっ!?」

ドロシー「おー…可愛いなぁ、この手のひらに収まるサイズ感に……おほぉ、サクランボはピンク色かぁ……よーし、優しいドロシーお姉さんが摘まんじゃうぞぉ♪」

ベアトリス「…いい゛っ、まるっきり変態じゃないですかぁ!」

ドロシー「んふふ、ベアトリスが可愛いのがイケナイんだろ…ホント、罪作りだなぁ♪」ちゅぅぅっ♪

ベアトリス「ん、んぅぅぅっ///」

ドロシー「さてさて、お次は…と♪」するっ…手早くスカートとズロースを引き下ろす……

ベアトリス「ちょ、ちょっと…!?」

ドロシー「やっぱり下はつるつるかぁ…うんうん、そうじゃないとな♪」ちゅる…くちゅっ♪

ベアトリス「ひぐっぅっ…んぁぁっ!?」

ドロシー「おー、喘ぎ声も可愛いけど…見つかったらことだもんなぁ……よいしょ♪」キチッ…カチカチ…

ベアトリス(CV・玄田哲章)「ちょっと、どこをいじってるんですかぁ!」

ドロシー「大丈夫大丈夫…天井のシミを数えている間に終わるって♪」くちっ…ぬちゅっ、ずぶっ♪

ベアトリス「…っ!……!!」

ドロシー「それじゃあいよいよ…んっ、おぉぉ///」にちゅ…くちゅっ♪……ベアトリスを押し倒し脚を広げさせて自分の秘所と重ね合わせると、一気に腰を動かす…

ベアトリス「…んー、んーっ!!」ぐちゅっ、じゅくっ…♪

ドロシー「うわ…これ気持ち良すぎるだろ……プリンセスはいつもこんなにいい思いしてたのかよ、おっ、おほぉぉっ…♪」ずちゅっ、ぐちゅっ…ぐちゅ♪

ベアトリス「んーっ…んっ、んー///」

ドロシー「分かってるって…ドロシーお姉ちゃんと一緒に気持ち良くなりたいんだよな♪」机に両手をつかせると背中に回り込んで、広げた脚に人差し指と中指を入れてかき回す…

ベアトリス「んーっ、んっ…んんぅ///」ぐちゅっ……とろとろっ…とぽっ……ぽたっ♪

ドロシー「んっんっ、んんっ…ほぉら、こんなとろっとろに濡らしちゃって……それじゃ、失礼して♪」じゅる…じゅうぅっ、ぴちゃっ♪……今度はしゃがみこんで舌を這わすドロシー…

ベアトリス「んっ、ん゛ぅぅーっ…んぐぅぅーっ!!」とろっ、ぷしゃぁぁ…っ♪

ドロシー「おいおい、私の顔にそんなに浴びせるなよぉ……でもまぁ、温かくて気持ちいいし……よーし、もっとイっちゃえ…そーれっ♪」

ベアトリス「ん゛んんぅぅ…っ!!」がくがくっ…ぷしゃぁぁ…っ♪

ドロシー「おー…派手にイったなぁ……よしよし♪」

ベアトリス「んーっ…んぅ///」

ドロシー「なに、『もっとイかせてください、ドロシーさん』だって?…よーし、ならあたしもうんと頑張っちゃうかな♪」

ベアトリス「んぐぅぅっ…んーっ!!」

…廊下…

プリンセス「……わぁ、すごい…今度私も試してみましょう♪」


………

期待してコメントを下さる皆さま、ありがとうございます…引き続きがんばりますのでどうぞよろしくお願いします

…case・アンジェ×プリンセス「The codebook」(暗号表)


…中庭…

アンジェ「…みんな、新しい任務が入ったわ」

ドロシー「うぇぇ、また任務かよ?…この間の任務であんな目にあったばっかりだって言うのに……もっとも、ベッドの上で喘ぎながらよがるベアトリスは可愛かったけどな♪」

ベアトリス「ちょ、何てことをいうんですかっ!?」

ドロシー「まぁまぁ…寂しくなったらいつでもあたしが慰めてやるからさ♪」

ベアトリス「ド、ドロシーさん…///」

ドロシー「お…おい、そういう表情するなって!…その……こっちだって反応に困るだろ///」

プリンセス「まぁまぁ、二人ともかーわいい♪」

ちせ「こほん……で、任務の内容はなんなのじゃ?」

アンジェ「ええ…今回の任務はアルビオン王国海軍のコードブックを入手すること、場所は海軍省の情報部」

ドロシー「おいおい、海軍省だって?…そんなところ、あたしたちみたいな女学生がノコノコ出かけていったって入手どころか近寄ることすらできる場所じゃないだろ」

アンジェ「大丈夫、すでにコードブック自体は海軍省から持ち出されているわ」

ドロシー「…どういうことだ?」

アンジェ「海軍省内部の人間で、見返りと引き換えにこちらにコードの写しを提供した人物がいる……つまり欲得ずくでコードブックを売り払ったということね」

ドロシー「やれやれ、この世界にはそんなやつばっかりだな…で?」

アンジェ「コードブックは現在カットアウト(切り捨て可能な連絡役)の所まで来ているわ…私たちの任務はカットアウトからコードブックを受け取り、持ち帰ること」

ドロシー「そのカットアウトとはどうやって?」

アンジェ「とある貴族がダンスパーティを開く予定なんだけど、その時にカットアウトがメールドロップにコードブックを置いていくことになっている。私たちはそれを入手して持ち帰るだけ…お互い、顔も見ないで済むわ」

ドロシー「そりゃいいや…だけどアンジェ」

アンジェ「なに?」

ドロシー「ノルマンディ公のワナじゃないだろうな?」

アンジェ「可能性がないとは言えないわ…ただ、今回の情報提供者にしろカットアウトにしろ、いずれも切り捨ては可能よ」

ドロシー「なるほどな…で、その舞踏会はいつなのさ」

アンジェ「三日後よ」

ドロシー「なるほどな…それじゃあ、うんとおめかししていこうかね♪」

ちせ「うむ…」ぽりぽり…

ベアトリス「んむむ…何なんですかっ、その変なのは!?」

ちせ「『たくあん』じゃが…食うか?」

ベアトリス「いりませんよっ!」

プリンセス「ふふふっ♪」

…舞踏会…

ドロシー「おーおー…綺麗な会場だ……しかも壁に入れこみやカーテンのかかった場所もたくさんあるな」

プリンセス「とっさの隠れ場所には困らないわね?」

ドロシー「ご名答…もっとも、相手側にとってもそうなるけどな」

アンジェ「大丈夫、入れこみに隠れている人間はいないわ」

ドロシー「どうしてわかる」

アンジェ「人が潜んでいたらカーテンのドレープ(ひだ)にムラが出来る…でも、ここのカーテンはどれも綺麗なものよ」

ドロシー「そうだな…それじゃああたしは一杯もらってくるかな♪」

アンジェ「タダだからって飲みすぎないでよ」

ドロシー「…ばか言え、それを口実に化粧室に入るんだよ」

アンジェ「知ってるわ」

ドロシー「相変わらず食えない女だな…それじゃあ、あたしはワインでももらってくる」

プリンセス「行ってらっしゃい♪」

貴族女性「あら、これはこれは王女様…お目にかかれて光栄でございますわ!」

プリンセス「まぁ、ムーンウォーク卿の奥さま……わたくしこそ、お会いできてうれしいですわ」

貴族女性B「まぁまぁ、王女様のお召し物はいつにもましてお綺麗ですこと…!」

プリンセス「ふふ…お褒めの言葉はありがたく頂戴いたしますわ、レディ・スマイリー」

アンジェ「……ベアトリス、プリンセスをお願い。私は先に受け渡し場所を確認してくるわ」

ベアトリス「…はい」

貴族女性C「おほほほ、王女様はお上手ですわねぇ」

プリンセス「いえいえ、わたくしなどミス・チャーミングの足元にもおよびません♪」

…数十分後…

プリンセス「あら、どうかなさいましたの?」

ドロシー「ええ、わたくし少々頭が痛むんですの…」

プリンセス「まぁ、それはいけません……さ、一緒にお化粧室に参りましょう?」

ドロシー「……お願いいたしますわ」

…化粧室…

ドロシー「あぁ、頭が痛いですわ…っと、メールドロップはここだよな……」

プリンセス「ええ…左から二番目の化粧台の、化粧筆の柄の中に……どう?」

ドロシー「あー…よし、あった」

プリンセス「よかったわ…それじゃあ後はドロシーさんの頭痛がひどくなって……」

ドロシー「アンジェたちがあたしを連れ出す…と」

アンジェ「……そう言う話だったけど事情が変わったわ」

ドロシー「どうした、アンジェ?」

アンジェ「王国防諜部が来たわ……どうも海軍省の裏切り者が捕まって歌った(白状した)みたいね」

ドロシー「ちっ…それでカットアウトの所にまでたどり着いたってわけか。手が早いな」

アンジェ「そうね……そこで計画を変更するわ」

ドロシー「ああ、どうする?」

アンジェ「ドロシーは予定通り早めに出ていくことになるわ……当然、彼らからすれば「防諜部が来ていたらどんなスパイでも真っ先に出ようとする」と、考える……」

ドロシー「が、そうじゃない…と♪」

アンジェ「ええ……私とプリンセスはコードブックを持ったまま最後まで残って、パーティを楽しむわ」

ドロシー「了解、それじゃああたしはさっさと出て行くことにするよ」

…玄関…

憲兵「お帰りの方は入り口で止まって下さい。実はこちらのお屋敷から「宝石が盗難にあった」と通報を受けまして…失礼ながら持ち物を確認させてもらいます……おや、具合が悪いようですね?」

防諜部エージェント「…」憲兵の後ろでドロシーの表情を注視している私服の男女

ドロシー「ええ、わたくし頭が痛くて……美味しいからとワインを頂きすぎてしまったようですの」

憲兵「それはそれは…お車ですか?」

ドロシー「ええ…」

憲兵「なるほど…ではハンドバッグの確認をさせてもらいます……何もありませんね、どうぞお気をつけて♪」

ドロシー「ありがとう…♪」

防諜部女エージェント「…失礼、お嬢さん」

ドロシー「まだ何か?」

防諜部女「ええ…少しこちらに来てもらえますか?」…物陰に連れて行くと胸の谷間をのぞき、コルセットを上から撫でて、さっとドロシーの身体検査を済ませる

ドロシー「もう構いませんかしら?…正直気分が悪くって、早く休みたいんですの」

防諜部女「ええ、結構です」山高帽の男の方に首を振る

防諜部男「では、お気をつけて…後は中だ、行くぞ」

ドロシー「ええ、ありがとう……ふぅ」車に乗ってからほっと息を吐くドロシー…

…邸内…

憲兵「お静かに願います!…実はこのお屋敷にあります宝石類が盗難にあったので、犯人捜索のために持ち物を調べさせてもらっております。何かと不快に感じるでしょうが、ぜひともご協力をお願いします」

貴族「ほう、君は我々のような身分の者を疑うのかね?」

貴族女性「それに男性に持ち物を見せることなどできませんわ!」

防諜部女「…無礼は重々承知しておりますが、これも犯罪取り締まりのためですので……また、女性の方は私がお調べします」

貴族女性「なら…仕方ないですわね。それにしても貴族のわたくしたちを疑うなんて……」

プリンセス「…アンジェ」

アンジェ「ええ…男のエージェントだけなら触られずに済むからあっさり持ち出せる所だったけれど……」

ベアトリス「どうします?」

アンジェ「そうね……ベアトリスはここに残って。プリンセス、もう一度化粧室に行きましょう」

プリンセス「何か策があるのね?」

アンジェ「ええ」

…化粧室…

プリンセス「それで、どうするの?」

アンジェ「…プリンセス、コードブックはカプセルに入っているわね」

プリンセス「ええ、そうよ」

アンジェ「…入れて」ドレスの裾をたくし上げ、ペチコートを下ろす…

プリンセス「アンジェ?」

アンジェ「何をしているの……いくら防諜部でも女学生のこんな所までは調べないわ」

プリンセス「分かったわ…じゃあ、入れるわね」つぷっ…くちゅ……

アンジェ「…んっ」

プリンセス「……大丈夫、入ったわ」

アンジェ「ならもういいわ…さぁ、あまりここにいると感づかれる」

プリンセス「ええ、そうね」

防諜部女「…所持品の検索終了。誰からも出ませんでした」

防諜部男「ならまだ屋敷内か……よし、捜索を続けろ」

プリンセス「…ふふっ♪」

………

…部室…

ドロシー「おう、お帰り…いやはや、さっきのはさすがに冷や汗が流れたな?」

アンジェ「別に」

ドロシー「相変わらずだな……で、上手く行ったか?」

プリンセス「ええ、みんなのおかげよ♪」

ベアトリス「そんな、姫様に褒めて頂けて光栄です…///」

ちせ「うむ、かたじけない」

ドロシー「なぁに、ちょろいもんさ♪」

プリンセス「ふふ、それじゃあ「今日の活動」はここまで……みんな、お休みなさい♪」

ドロシー「ああ、お休み」

ちせ「うむ、それでは…」

ベアトリス「私は姫様がお休みするまでお側に……ふわぁ…」

ドロシー「ほらほら、小さいベアトリスはもうねんねの時間だろ?」

ベアトリス「あー、またそうやって私の事を子供扱いして!」

プリンセス「ふふ、いいのよベアト…あとは私とアンジェさんでやるから、先にお休みなさい♪」

ベアトリス「そうですかぁ…でしたらお言葉に甘えて……ふわぁぁ……」

ドロシー「…それじゃあ、お休み」

プリンセス「ええ、お休みなさい♪」

アンジェ「…プリンセスも先に休んでいいのよ?」

プリンセス「ふふ…「シャーロット」が頑張っているのに、私だけ休むわけにもいかないでしょう?」

アンジェ「そう…ならご自由に///」

プリンセス「ええ、そうさせてもらうわ♪……さ、コードブックを取り出しましょう?」

アンジェ「ええ……んっ、く…」

プリンセス「…どうしたの、アンジェ?」

アンジェ「…出てこないわ」

プリンセス「え?」

アンジェ「カプセルが上手く出てこないわ…///」

プリンセス「え、それは困ったわね…」

アンジェ「仕方ないわ…ベアトリスの工具をつか……」

プリンセス「ダメよ、金属の工具で怪我をしたらどうするの?」

アンジェ「でも、そうでもしないと取り出せないわ」

プリンセス「なら…私が手伝ってあげる♪」

アンジェ「何ですって…?」

プリンセス「要は取り出せればいいのよね…さぁ、裾をたくし上げて?」

アンジェ「…これでいいかしら」

プリンセス「それじゃあよく見えないわ…もっとたくし上げて?」

アンジェ「ふぉれでいいふぁしあ(これでいいかしら)…?」真っ白なふとももをさらし、ドレスの裾をくわえているアンジェ…

プリンセス「ええ、これでよく見えるわ……あー、ちょっと奥まで入っちゃったのね♪」くちゅ…こりっ……

アンジェ「んっ、ん…///」

プリンセス「…それにしてもアンジェのふとももはすべすべね、とても触り心地がいいわ♪」

アンジェ「んぅぅ…ふざけてないで早く取り出して///」手で裾を持ちなおすと、顔を赤くしながら言った

プリンセス「だって…うまく取りだせないんですもの♪」くちっ…ちゅぷっ……

アンジェ「んっ…そんなに奥まで入っているはずがないわ///」

プリンセス「でもうまく取りだせないの……ふふ、アンジェのここってつるつるなのね♪」

アンジェ「んくっ…んぅぅ……そんなことはいいから///」

プリンセス「そうは言っても…乱暴にやってアンジェの大事な所に傷をつけたらいけないわ……あ♪」

アンジェ「…取りだせたの?」

プリンセス「いいえ…でも、何か滑りやすくするものを塗ったら取り出しやすくなるんじゃないかしら?」

アンジェ「そんなものあったかしら…んっ///」

プリンセス「ちょっと待って…これならどうかしら♪」

アンジェ「石けんね…」

プリンセス「少しお湯で溶かして…いいかしら?」

アンジェ「ええ…///」

プリンセス「わぁ…ぬるぬるになったわね、これなら滑って出てくると思うわ♪」

アンジェ「なら早くしてほしいわね…脚が冷えてきたから」

プリンセス「なら…私が温めながらやってあげる♪」

アンジェ「ちょっと……ふとももにほっぺたをこすりつけるのは止め……んくっ、んぅぅっ///」

プリンセス「何か言ったかしら♪」

アンジェ「…何でもないわ……んっ、んぅっ///」

プリンセス「うーん…なかなか出てこないわねぇ♪」くちゅくちゅっ…♪

アンジェ「んんっ、あんっ…んっ///」

プリンセス「ねぇアンジェ……アンジェったら、もしかして感じちゃってるのかしら?」

アンジェ「さぁ、何の事かしら…んんっ!」

プリンセス「ふふ『スパイは嘘をつく生き物』だったわよね…どう、気持ちいい?」

アンジェ「全然…裾を持ちあげている腕が疲れたから早く取りだして欲しいだけ……んくっ///」

プリンセス「ほんとに…そうかしら♪」くちゅっ、にちゅっ…じゅぶっ♪

アンジェ「んくっ、んんぅ…ええ……んぁぁぁっ///」

プリンセス「シャーロットは私にまで嘘をつくの?」

アンジェ「それがスパイよ……んくぅぅっ、あぁっ///」

プリンセス「ふぅん…なら、これはどうかしら♪」ぐちゅぐちゅっ…にちゅっ♪

アンジェ「んっんっ、んっ……んぅぅぅっ///」

プリンセス「あらあら…シャーロットったらこんなに濡らして……もうこれなら滑りやすくするものも要らないわね♪」

アンジェ「んっ、んんぅぅっ…///」

プリンセス「…大好きよ、シャーロット……ちゅっ♪」身体を伸ばしてアンジェの耳たぶに甘噛みするプリンセス…

アンジェ「あっあっ、あぁぁぁっ…そんなのっ…ず、ずるいっ……んあぁぁぁっ♪」ぶしゃぁぁ…っ♪

プリンセス「あっ、やっとカプセルが出てきたわ…よかったわね、アンジェ♪」

アンジェ「…はぁ、はぁ…はぁ……んあぁぁ…んっ、くぅっ///」くちゅ…くちゅっ♪

プリンセス「あら、まだし足りないの?」

アンジェ「…いいえ///」

プリンセス「ふふ…シャーロットは素直じゃないんだから♪」…くちゅくちゅっ♪

アンジェ「んっ…あぁぁぁっ♪」

………


見てるぞ

>>21 見て下さってありがとうございます、引き続きがんばります

…case・アンジェ×ベアトリス「The spy who loves princess」(プリンセスを愛したスパイ)…


…部室…

アンジェ「…さてと、前回の任務では上手くコードブックを入手できたわね」

ドロシー「色々ヒヤッとさせられたけどな」

アンジェ「スパイ活動なんてそういうものよ」

ドロシー「まぁね……で、また任務だって言うんじゃないだろうな?」

アンジェ「それで、新しい任務があるわ」

ドロシー「…おい」

プリンセス「まぁまぁ、それだけ私たち「チーム白鳩」が有能だって言う証拠じゃありませんか……ね、ドロシーさん♪」

ドロシー「うっ…まぁそうなんだけどさ///」

ちせ「それで、今度の任務は何なのじゃ?」

アンジェ「『7』から受けたブリーフィングによると、前回入手したコードブックのおかげでアルビオン王国海軍の動きがある程度察知できるようになったわ…とはいえ、王国側もこちらがコードを入手したかもしれないと危ぶんでいる……急に暗号を変更する可能性もある、ということね」

ベアトリス「じゃあ、また暗号表を入手しなくちゃいけないんですか?」

アンジェ「いいえ…今度は王国側に「暗号表がまだ手に入っていない」と思わせる必要がある」

ドロシー「なぁるほど…ある種のディスインフォメーション(偽情報・逆情報)ってやつか♪」

アンジェ「ええ…私たちはロンドン郊外のドックに停泊している王国海軍の空中戦艦へ侵入、わざとコードブックの奪取に失敗する」

ドロシー「で、王国の連中はこっちが「コードブックを手に入れてない」…って思ってくれるわけか」

アンジェ「ええ」

プリンセス「それで、侵入方法はどうするの?」

アンジェ「もちろん、非合法に接近して侵入することになるわ。王国がコードブックを入手できていないと思ってくれるなら、侵入に失敗しても構わない」

ドロシー「しかし相手は海軍の施設だからな……雨あられと鉛玉が飛んでくること請け合いだろ」

アンジェ「そうなるわね。なのでプリンセス…あなたは後方支援に回って」

プリンセス「ええ、分かったわ」

アンジェ「それで、ちせとドロシーが陽動…派手に暴れてくれて構わないわ」

ちせ「うむ、承知した」

ドロシー「はいよ」

アンジェ「で、私とベアトリスが侵入…ベアトリス、あなたは機械いじりが得意だから警報装置や通信設備の無力化をお願い」

ベアトリス「はい」

アンジェ「任務決行日は空中戦艦の乗員が一斉に休暇を取る訓練航海の後……二週間後になるわ。その時までに各自で相手の警備体制や装備を確認しておくこと」

………

…二週間後…

ドロシー「さてと……それじゃあ準備に取りかかりますかね♪」…アンジェに「スパイなら絶対にこれよ」と渡された黒に紫の裏地がついたマントを羽織り、鳥打ち帽をかぶり、黒の揃いを身にまとう……

ドロシー「それから…と……」ブリティッシュ.38口径の頑丈な六連発リボルバー「ウェーブリー・スコット」4インチ銃身モデルを取り出すと中折れ式のシリンダーを開いて一発づつ弾を込め、ふともものガーターベルトや腰回りに、ナイフ、煙幕手榴弾、爆薬とベアトリスお手製の時限装置数個、細いが丈夫な絹のロープと「七つ道具」を身につけていく…

ベアトリス「私も準備しないと…」ベアトリスは黒一色のメイドのような恰好をし、形も用途も様々な工具一式の入った小さいカバンと小型のリボルバーを一丁…

ちせ「うむ」狭い艦内で取り回しがいいように脇差と小柄を差し、笠と黒備えで身を固める…

アンジェ「私はいつも通り…それで十分」オートマチック・リボルバーという珍品「ウェブリー・フォスベリー・リボルバー」に弾を込め、シリンダーのある上部をスライドさせる…後は黒のマントにシルクハット、口元を隠す黒のスカーフに裾の短いドレス風の服…そしてコントロールから渡されている秘密兵器「Cボール」を腰にぶら下げた…

プリンセス「みんなよく似合っているわね…♪」プリンセスは黒のドレスに黒のケープ、顔にヴェールをかけて、3インチ銃身の小型リボルバーをしのばせる…

アンジェ「みんな、準備はいい?」

ドロシー「もちろん…さ、乗った乗った♪」ドロシーのカスタム・カーに乗り込んで霧がかった夜のロンドンを疾駆する…


…アルビオン王国海軍・空中戦艦用ドライ・ドック…


ドロシー「さて…じゃあ上手くやれよ、アンジェ?」

アンジェ「ええ」

ちせ「では…ドロシー殿、参ろうか?」

ドロシー「はいよ♪」にっと笑ってドライ・ドックの裏手に回る……

ベアトリス「じゃあ私たちも行きましょうか?」

アンジェ「ええ…」

プリンセス「行ってらっしゃい…アンジェ♪」ちゅ…♪

アンジェ「……行ってくるわ///」

…ドロシー・ちせ組…

ドロシー「…それにしても警備が甘いな」

ちせ「うむ…まさかここに侵入するような愚か者はおらぬと思っておるのじゃろう」

ドロシー「じゃあ、あたしたちは「チーム・愚か者」ってわけか…♪」

水兵「……おい、誰かいるのか?」

ドロシー「…ちせ」

ちせ「うむ…」たたたっ…と駆けると、刀の鞘走る音もさせずに首筋を一撃した……

水兵「ぐえっ…!?」

ドロシー「ひゅー…それが「峰打ち」って言うやつか……」

ちせ「うむ。一介の兵士なのじゃ、斬るまでもあるまい」

ドロシー「かもな…さ、行こう」水兵のライフルから弾薬のクリップを弾きだし、舷窓の外にぽいと放り出す…

…アンジェ・ベアトリス組…

ベアトリス「これが電信用のコード…こっちが警報用のコード……変換機がここにあって……」手際よくコードの配線を切ったり、ちぐはぐに並び替えたりしてしまう…

アンジェ「…もういいかしら」通路を見張るアンジェ…

ベアトリス「あと少し待って下さい……はい、できました♪」

アンジェ「そう、なら行くわよ」

ベアトリス「あ、待って下さい…道具をしまわないと……」

………

…ドロシー・ちせ組…

ドロシー「しかしこうも綺麗に片付いちまうと、陽動にならないよな♪」

ちせ「うむむ…普段から隠密行動に慣れているせいか、つい静かにカタをつけてしまうのぉ」

ドロシー「ま、そろそろベアトリスお手製の時限爆弾が…ほぉらきた♪」…空中戦艦の武器庫や副砲のケースメイトに仕掛けた時限爆弾が炸裂した

水兵「…何だぁ!?」

水兵B「警報っ!」

ドロシー「……それじゃあいっちょう…派手にやるとしますか♪」


♪~(劇中おなじみのピアノ曲)


水兵「…おい、誰だ!?」

ドロシー「お……悪いね、水兵さん…っ!」パンッ!

水兵「うぐっ…!」

水兵D「何だ…銃声っ!?」

ちせ「…」

水兵D「うぐっ…!」

水兵E「…こちら右舷通路、衛兵詰所どうぞ!…衛兵詰所どうぞ!?」

ドロシー「…止せばいいのに」パァン!

水兵E「ぐっ…!?」

下士官「警報!第一分隊は直ちに右舷第一甲板へ!…甲板の旋回機銃、用意急げ!」

ドロシー「おいおい…機関銃はまずいだろ!?」

水兵F「機関銃班、急げ!…装填しろ!」真っ直ぐな弾倉を上から込め、甲板の旋回銃座に装備された水冷式機銃が用意される

士官「探照灯、照射しろ!…なぜ点灯しないか!?」

水兵G「電源喪失、探照灯つきません!」

士官「ええい…破壊工作か……憲兵隊聞こえるか!」隔壁の電話に取りつき声を張りあげる…

烹炊員「…少尉どの?…こちら士官食堂ですが、何があったんです?」

士官「士官食堂だと!?…なんで貴様がこの回線に出るんだ!?」

烹炊員「なんでも何も……これは士官食堂の回線ですよ?」

士官「何!?」

水兵F「あっ…少尉どの、あそこ!」

士官「何だ!?」

水兵F「…分かりません、薄暗くてはっきりしませんが……あの影に発砲許可を!」

士官「よぉし!…構わん、撃て!」

ドロシー「……うへぇ、まるでハチの巣をつついた騒ぎだな」

ちせ「うむ…じゃが、これでアンジェたちは楽できるじゃろうな」

ドロシー「だな…!」機関銃が弾倉を交換するタイミングで身体を乗りだし、機銃手を撃ち抜く…

水兵F「うわぁ!」


………

…アンジェ・ベアトリス組…

アンジェ「始まったわね……ベアトリス、準備はいい?」

ベアトリス「…はい」

アンジェ「…そう、なら行くわよ」艦隊司令官用の居室に閃光弾を投げ込む…

衛兵「何だ…うっ!?」

衛兵B「うわっ……!!」

アンジェ「…」パン、パンッ!

ベアトリス「…情報通り機密書類の保管庫がありますね」

アンジェ「そうね…さあ、開けて」

ベアトリス「待ってくださいね……えーと、組み合わせ鍵ですね…」

水兵H「…おい、こっちだ!」

下士官B「侵入者は司令官室にいるぞ、急げ!」

アンジェ「……ベアトリス、急いで」パン、パンッ…!

ベアトリス「待ってください!…ね、お願いだから開いてください……」

アンジェ「…っ」パンッ!

水兵I「うわっ…ぐぅっ!?」

アンジェ「…はっ!」相手の四銃身式短機関銃をもぎ取り通路を薙ぎ払う…

下士官B「うぐ……くはっ…」

士官B「…第二しょうたーいっ、整列っ!銃構え!」

アンジェ「…ふぅ、教本通りにしか動けないなんて愚かね」鮮やかな紅い上着のアルビオン王国海軍の海兵隊を掃射する

士官B「がは…っ!」

海兵「ぐわぁ…!」

アンジェ「……まだなの?」

ベアトリス「もうちょっとで……やった、やりました!」慌てて暗号表を手に取るベアトリス…

アンジェ「…ならもうここに用はないわ」海兵隊に閃光弾を放ると司令官公室の大きな窓をピストルで撃ち抜き、全力疾走したままベアトリスを抱えて飛び出した…

ベアトリス「きゃぁぁぁ…っ!?」

アンジェ「ベアトリス、うるさいわ」腰の「Cボール」が鮮やかな緑色に光り、そのままドックの可動式屋根を構成する梁に飛び移った……と同時に暗号表を放り出し、叫んでいるベアトリスの声帯をいじる…

ベアトリス「…っ!……!?」

アンジェ「さ、後は脱出あるのみね…」

…ドロシー・ちせ組…

ドロシー「…なぁ、ちせ?」

ちせ「はっ!……なんじゃ?」

ドロシー「陽動は……もういいよな?」艦内の右舷側を暴れ回りながら、次々と現れる水兵や海兵隊員を打ち倒していく…

ちせ「…と、思うがの」

ドロシー「そんじゃ……撤退としゃれこもうか♪」

ちせ「うむ…頃合いじゃろうな……やっ!」

海兵「う、ぐぅ…!」

ドロシー「それじゃあ…お先にどうぞ♪」発煙弾を放ると、束ねてあった絹のロープを船外に垂らした

ちせ「うむ…かたじけない」

ドロシー「はいよ…下からスカートの中をのぞくなよ♪」最後に奪った小銃弾薬のクリップ数個を燃えている船室に投げ込み、熱で暴発して一斉射撃のように聞こえるのを確認してから、にやっと笑って滑り降りた…

………

…郊外・ドロシーの自動車…


ドロシー「ふぃー……なぁアンジェ、もうあんな任務は二度とやらないからな?」

アンジェ「ええ。それにその必要もないわ……予定通り暗号表は『落として』きたもの」

ベアトリス「それにしても、組み合わせ鍵の形式が変わっていたのには驚きました」

ドロシー「…誰かが暗号表を盗みに来ると思ったんだろうな」

ちせ「うむ。事実こうして「盗みに」入ったわけじゃからな」

ドロシー「まぁな…よし、ロンドン市街にはいるぞ♪」

プリンセス「まぁ、早いのね♪」

ドロシー「…とはいうものの、このまま広い道路を使って入ったら間違いなく検問か何かに引っかかるから……みんな、振り落とされるなよ♪」

ベアトリス「ちょっと、どこを走ってるんですかぁ!?」

ドロシー「見て分かるだろ、裏通りさ♪…うかつにしゃべると舌をかむぞ?」

アンジェ「十数分は早くなるわね」

ドロシー「おう。連中だって馬鹿じゃないからな、ロンドン市街まで車を走らせたときの最短時間を割り出して、それ以降に市街に入ろうとする車を取り調べるはずだ……ところがこっちはレコード破りの時間で、検問の準備が出来る前にロンドンに入っちゃおう…ってわけさ♪」

ベアトリス「ドロシーさんっ、岩…岩っ!」

ドロシー「分かってるって…踏ん張ってなよ♪」

プリンセス「…うふふっ、何だか愉快ね♪」

ちせ「ふむ…まるで「超高速ロンドン観光」じゃな」

ドロシー「それじゃあ「左手に見えますのがロンドンの壁にございます」……なんてな♪」

ベアトリス「ひゃあぁぁぁ…っ!?」

アンジェ「ドロシー、ここで右よ…運河にかかっている跳ね橋があるわ」

ドロシー「あいよ……って、おいおい!」跳ね橋が徐々にせり上がって、蒸気船に引かれた艀(はしけ)がゆっくりやってくる…

アンジェ「…ドロシー、いける?」

ドロシー「…もち♪」アクセルをふかし、開きかけた跳ね橋を踏み台にして対岸まで飛んだ…

ベアトリス「ひぃぃぃっ…!?」

プリンセス「まぁまぁ…空飛ぶ車なんて王室にもないわ♪」

ドロシー「…うっ、ぐうっ!……ふぅ、さすがにステアリングが暴れたな…スポークも何本かイったかも知れない……経費で落ちるかな?」

アンジェ「落ちるわ…ところで、車庫に着いたようね」

ドロシー「ああ…ところでアンジェ、時間は?」

アンジェ「零時五分前」

ドロシー「ってことは…十九分?……ひゅー、こりゃ史上最速記録かもな♪」

アンジェ「…大したものね」

プリンセス「ふふ、これならシンデレラの魔法も解けなくて済むわね♪」

ドロシー「ははは……それでは、どうぞカボチャの馬車から降りて下さいませ♪」

プリンセス「ええ。今日は素晴らしい舞踏会でした♪」

ドロシー「いえいえ、こちらこそ♪……ところでベアトリスはずいぶん静かだけど、途中で落っことしたかな?」

ちせ「いや、ここにおるが…ベアトリスよ、着いたぞ?」

ベアトリス「…うっぷ、話しかけないで下さい……うえぇ」

ドロシー「…やれやれ♪」

ベアトリス「うぇぇ…まだ目がぐるぐる回ってます……」

ドロシー「おいおい…だらしないな♪」

プリンセス「ふふ、ベアトはそこが可愛いのよ♪」

アンジェ「なら私は可愛くないわけね」

プリンセス「いいえ、アンジェはそうやってすぐやきもちを焼いたり、冷静なふりをして強がるところが可愛いわ♪」

アンジェ「もう……ばか///」

プリンセス「うふふっ…♪」

ちせ「…さて、それではわしは寝るとするかの…では、失礼する」

プリンセス「おやすみなさい♪…それじゃあ私もお休みしますから、ベアトは好きにしてていいわよ♪」

ベアトリス「はい、姫様…うっぷ……」

ドロシー「んじゃ、あたしは車のメンテをしに行くから…♪」

アンジェ「あまり遅くなると身体に悪いわよ、ドロシー」

ドロシー「はいはい、分かってますっての……全く口うるさい女だな」

アンジェ「……ご老体の貴女を気遣ってあげているのよ。お休み」

ドロシー「…まだ二十歳だってば!」

…廊下・アンジェの私室前…

アンジェ「それじゃあお休み……ベアトリス、どうしたの?」

ベアトリス「…いえ、さっきのアンジェさん」

アンジェ「さっきの私がどうかした?」

ベアトリス「姫様にからかわれて嬉しそうでした…」

アンジェ「そんなことないわ…だって私はプリンセスが嫌いだもの」

ベアトリス「…じゃあ私が姫様を取ってもいいんですね?」

アンジェ「そうは言ってない」

ベアトリス「なら姫様の事が好きなんじゃないですか♪」

アンジェ「そんな訳ないわ」

ベアトリス「どうしてですか?」

アンジェ「…だってプリンセスは王国の象徴で、共和国とは相いれない存在だし……」

ベアトリス「それは建前じゃないですか…本当はアンジェさんも姫様が好きなんでしょう?」

アンジェ「そんなことないわ、嫌いよ……じゃあ、もう寝るわ」

ベアトリス「あー、そうやって逃げを打つんですかぁ?」

アンジェ「……逃げなんて打つ必要はない、事実なのだから…そこまで言うなら私の部屋に来ればいいわ」

ベアトリス「ええ、そうさせてもらいます!」

アンジェ「…で、何ですって?」

ベアトリス「アンジェさんは姫様の事が好きなんでしょう?」

アンジェ「いいえ、嫌いよ」

ベアトリス「なら私と姫様で結婚してもいいんですねっ?」

アンジェ「ダメよ」

ベアトリス「なんでですか?」

アンジェ「…お互いに釣り合わないわ、一国のプリンセスとそのメイドではね……それにスパイの世界では結婚もカバー(偽装の身分)でしか与えられないものよ」

ベアトリス「だったら引退して結婚すれば…」

アンジェ「ダメよ」

ベアトリス「…やっぱりアンジェさんは姫様の事が……」

アンジェ「嫌いよ」

ベアトリス「素直じゃないですね、アンジェさんは…♪」

アンジェ「スパイは嘘をつく生き物よ」

ベアトリス「あー、引っかかりましたねっ♪」

アンジェ「…何が」

ベアトリス「だって嘘をついていたのだとしたら、「アンジェさんは姫様が大好き」だっていうことになりますし…かといって本当の事を言っていたのなら事実をしゃべっちゃう「二流スパイ」ってことじゃないですかぁ♪」

アンジェ「…失礼ね。スパイは嘘をつく生き物……だけど、必要のない所でまで嘘をつく「ただの嘘つき」である必要はないわ」

ベアトリス「じゃあ姫様の事が嫌いなんですね…姫様に伝えておきます♪」

アンジェ「…!」

ベアトリス「それじゃあ姫様に…んんっ!?」

アンジェ「ん、ちゅっ……れろっ、ちゅぱ…んちゅぅぅ……ちゅるっ……」

ベアトリス「んぐぅ…んんっ、んむっ……ちゅぱ…んくっ///」

アンジェ「…ぷは」

ベアトリス「い、一体何をするんですか…っ!?」

アンジェ「…これであなたは何も言えなくなった……もしあなたが「私がプリンセスの事が嫌いだと言っていた」とプリンセス本人に伝えようとしても、なぜ私の部屋にいたのか聞かれる…その時に私から「濃厚なキスをされていた」とは言えないし、もしそれを言ったとしても私と……ベアトリス、あなたとの喧嘩がこじれて、あえて私をおとしめ、プリンセスへの心証を悪くしようとしているようにしか聞こえなくなる」

ベアトリス「そ、そんな理屈で私にこんなキスをしたんですかっ…!?」

アンジェ「ええ」

ベアトリス「…って言うことは、やっぱりアンジェさんは姫様の事が好きなんじゃないですかっ!」

アンジェ「しつこいわね……今度はキス程度じゃすまないわよ?」

ベアトリス「構いませんよ、なにせ姫様の事が一番好きなのは私なんですから…素直に気持ちも言えないようなヘタレのアンジェさんなんかには負けませんっ!」

アンジェ「…ベアトリス、一つだけ言っておくことがあるわ」

ベアトリス「な、何ですか……急に改まって」

アンジェ「私が学んだスパイ養成所では「ハニートラップ」についての講義があったわ」

ベアトリス「ハニートラップ…って、確か色仕掛けの事でしたよね?」

アンジェ「ええ…ちなみに王国では若い貴族の男女が一緒にいることは「はしたない事」とされているわね」

ベアトリス「ええ、そうですね…それが?」

アンジェ「つまり……私は養成所で「一緒にいる女性を堕とすためのテクニック」を学んできた…当然、実習もあったわ」

ベアトリス「……あの、それって」

アンジェ「私は優秀なスパイであることを自覚している…優秀なスパイは常に本番に備え練習を怠らない……」じりっ…

ベアトリス「あの…アンジェさん、ちょっと待ってくだ……」

アンジェ「大丈夫、死にはしないわ」

ベアトリス「いや…ちょっと待ってくださいってば!」

アンジェ「…こうして見るとベアトリスは守ってあげたくなるよう小さい姿で可愛いわね」

ベアトリス「な、な…///」

アンジェ「もう我慢できそうにないわ…甘いいい匂いがして、身体がうずくの……」

ベアトリス「ち、ちょっと…脱がないで下さいっ!」

アンジェ「どうして?……こんなに胸が高鳴っているのに…ベアトリス……///」

ベアトリス「…アンジェさん……って、不覚にも「綺麗」って思っちゃったじゃないですかっ///」

アンジェ「…お願い、キスだけでいいの……///」

ベアトリス「う、うぅぅ…こんなの絶対おかしいです!」

アンジェ「だめ…もう耐えられないわ……はむっ、んちゅ……ちゅぷ…んちゅ、ちゅ…っ///」

ベアトリス「んんっ、んぅ…あふっ……んっんっ…ふわぁ…ぁ///」

アンジェ「ちゅむ…ちゅるっ……ちゅぷっ…んちゅ…っ///」

ベアトリス「ぷはぁ…はぁっ、はぁっ……はぁ!!」

アンジェ「可愛いベアトリス…お願い、触って私の胸がときめいているのを確かめてみて……///」

ベアトリス「な…っ!?」

アンジェ「お願いよ…ベアトリス……私だけの愛しいベアトリス…///」

ベアトリス「うぅ…それじゃあ……さ、触りますよ…?」

アンジェ「ええ…じゃあ貴女の手を、私の手に重ねて……ね?」

ベアトリス「…わわっ……アンジェさんの胸、引き締まっているのに柔らかい…」

アンジェ「お願い…っ、もっと触って……揉みしだいて…貴女の繊細な指で私を感じてほしいの…///」

ベアトリス「アンジェさん…///」もにゅ…むにっ♪

アンジェ「はぁぁ…んんぅ……ベアトリスっ、もっと…ぉ///」

ベアトリス「うえぇ…!?」

アンジェ「…ごめんなさいベアトリス……今まで我慢してたけれど…脱がせるわね……///」ブラウスのボタンを外すとそっと胸元を開き、慎ましやかな胸に手を伸ばす……

ベアトリス「ひぁぁっ…!?」

アンジェ「んんぅ…慎ましやかで、とってもひんやりしてる……ちゅっ///」

ベアトリス「うひゃぁっ!…ど、どこにキスしてるんですかぁ!?」

アンジェ「だって…とっても綺麗な桃色で……あむっ、ちゅぅ…ちゅぅぅっ///」

ベアトリス「んっ、んぅぅぅっ…///」

アンジェ「ねぇ…ベアトリス……」

ベアトリス「な、なんですかっ…///」

アンジェ「本当は…貴女が欲しかったの……///」ちゅぅ…ちゅぷっ♪

ベアトリス「ひゃぁ…んっ、んんぅぅっ///」

アンジェ「ね…ベアトリス……ふぅぅ…っ♪」

ベアトリス「み、耳は反則っ…んっ、んあぁぁぁっ///」

アンジェ「ふふ、ひくひくしちゃって可愛いわ……」くちゅ…♪

ベアトリス「あんっ♪…って、いつの間に下着を脱がして……んくぅ///」

アンジェ「はぁぁ…とっても温かくてしっとりしてるわ……ね、ベアトリスも私のここを……触って?」

ベアトリス「あ、アンジェさん…///」

アンジェ「お願い…っ///」

ベアトリス「じ…じゃあ、行きますよ……」くちゅ…っ♪

アンジェ「んぁぁぁっ、そこ気持ちいい…っ!」

ベアトリス「わわっ…すごい濡れてきましたね……///」

アンジェ「だって…ベアトリスの指……とっても気持ちいい…んっ、あぁぁぁっ!」

ベアトリス「そ…そうですかぁ?」

アンジェ「え、ええ…もう…イきそうなの…っ……んくぅ、んっ…んんぅ///」

ベアトリス「…へぇ、アンジェさんってば「優秀なスパイ」なんて言っておきながら……私なんかにイかされちゃうんですかぁ?」

アンジェ「だって…ぇ……あぁんっ…んっんっ、んあぁぁぁっ///」

ベアトリス「アンジェさん…イっちゃいましたね♪」

アンジェ「はひぃ……ベアトリス…ぅ……もう、だめ…ぇ///」

ベアトリス「じゃあ私の勝ちでいいんですよね、それじゃあ……」

アンジェ「さてと…じゃあ今度は私が貴女を悦ばせてあげるわね」

ベアトリス「…あれ?」

アンジェ「大丈夫、痛くはしないわ……それじゃあ行くわよ」

ベアトリス「い、嫌ですよっ…!」

アンジェ「…逃がさないわ」

ベアトリス「ひぃやぁぁ…っ!?」

アンジェ「ふふ…ベアトリスは四つん這いでされるのが好みなのね」

ベアトリス「ち、ちがいますっ///」

アンジェ「そうかしら……まぁいいわ、身体に聞けば分かる話だもの」

ベアトリス「ひぃぃ…っ……んんっ!?」

アンジェ「…なんのかのと言ってもベアトリスのここはすっかりとろとろね」

ベアトリス「ひぅっ…あうぅ……んっ、くぅぅ///」

アンジェ「どうかしら、こうやって四つん這いで中をかき回される気分は」

ベアトリス「ひうっ…あぅ……んあぁぁっ///」

アンジェ「…さてと、ベアトリスはいやらしい娘だからもっと欲しいわよね」

ベアトリス「そ、そんなことありません…っ///」

アンジェ「そうかしら…それじゃあ指を二本にしてみるわ」ぐちゅ、じゅぶっ…♪

ベアトリス「ひゃぁ…んんぅ、あふぅ……ひぅん♪」

アンジェ「あら…強がりを言っていた割にはすんなり入るし、しかもすっかり呆けたような表情を浮かべているわね」

ベアトリス「だ、だって…ぇ……あひぃぃ♪」じゅぶっ…ぐちゅり……

アンジェ「そうね…せっかくだから表情も見てあげるわ」ベアトリスの横に回って膝をつき、片手でくちゅくちゅと秘所をかき回しながら耳たぶを甘噛みする…

ベアトリス「ひぁぁぁっ…あっ、んあぁぁぁっ♪」

アンジェ「あら、ずいぶんと濡らしたわね……ストッキングがびしょびしょよ?」…じゅぶっ、ぐちゅぐちゅっ!

ベアトリス「ひうっ…はぁ、はぁ……あひぃい゛っ!?」ぶしゃぁぁ…っ♪

アンジェ「こんな所をプリンセスに見られたらどうなるかしらね…あるいはドロシーたちでもいいわ」

ベアトリス「ひぅぅっ…そんなの……絶対にダメですぅ…っ///」

アンジェ「そう…その割には入っている指をきゅうきゅう締め付けて来るわね……本当はプリンセスにはしたなくよがっている所を見せたいのじゃないかしら」

ベアトリス「そ、そんなこと…っ///」

アンジェ「別にいいのよ、私しか聞いていないのだから……プリンセスの前でメイド服をぐしゃぐしゃに濡らしたまま、スカートをたくし上げたら…なんて思った事くらいあるのでしょう?」

ベアトリス「お…思ってません///」

アンジェ「それなら…こうやってふとももまでびちゃびちゃにしながらひもと首輪を付けられて、プリンセスにお散歩させられたいとか」

ベアトリス「な、ないです…っ///」

アンジェ「いいのよ、別に…それともプリンセスからお仕置きの鞭を振るわれたい?」

ベアトリス「うぅ、アンジェさんのいじわる…ぅ///」

アンジェ「ええ、そうね…でもその「意地悪」でこんなに濡らしている貴女はとんだ変態って言うことになるわね」

ベアトリス「そ、そんなこと言わないで下さいよぉ…」

アンジェ「そうね…変態のベアトリスはそういうことを言われると感じてしまうものね……ほら、今だって私の手がべとべとになるくらい濡らして……ふーっ…♪」耳に息を吹きかける…

ベアトリス「あっあっあっ…あひっ、はひぃぃ……♪」ひくひくっ…ぶしゃぁぁ…っ♪

アンジェ「…ここまで六分…どうやら私の腕は鈍っていないようね……さ、私も寝るから帰ってちょうだい」

ベアトリス「……アンジェさぁ…ん///」

アンジェ「何?」

ベアトリス「姫様が好きなのは譲れません……でも…いやらしい私にもっとお仕置きしてくださ…い///」

アンジェ「…仕方ないわね」するりと服を脱ぎ捨てて、ベアトリスを抱えてベッドに倒れ込んだ…

………

…case・ドロシー×ちせ「The cover story」(偽装された身分)…


…学校・屋上…

ドロシー「…ふわぁぁ、それにしても暇だなぁ……いい天気だし」

アンジェ「……ここにいたの、ドロシー」

ドロシー「あぁ、嫌な授業だったからな…すっぽかしてきた」

アンジェ「そう…ところで新しい任務の話があるわ。詳細は昼下がりに中庭で」

ドロシー「おー……ふぁぁ…」


…昼下がり…

ドロシー「…で、新しい任務って言うのは?」

アンジェ「ロンドンにある、とある『事務所』の監視よ…出入りする人物の顔と頻度を確かめることになるわ」

ドロシー「監視任務か…ってことはまた「屋根裏暮らしの貧乏な娘」だとか、「二流のヘボ芸術家」に化けたりしなきゃいけないのかよ……」

アンジェ「いいえ…周囲の屋根裏部屋は対象を監視するのに位置が悪い上、監視に適している二階の部屋は軒並み空きがないわ」

プリンセス「ならどうするの、アンジェ?」

アンジェ「実はすでに「コントロール」から指示が来ているわ…その「事務所」を監視できるちょうどいい場所につぶれたパン屋がある。資金は用意されているからそこを買い取ってしばらく「開店」しておくことになったわ」

ベアトリス「でもパン屋さんって…私たちの誰もパンなんて焼けませんよ?」

プリンセス「そうねぇ…私もクッキーくらいなら作れるけど……」

アンジェ「何も焼く必要なんてないわ。パンは事情を知らないこちらの協力者が焼いて提供してくれるから並べるだけでいいし、あまり人気のパン屋になられても監視がしづらくなるから、経営も適当でいい」

ドロシー「なるほどな…で、店員は?」

アンジェ「そのことだけど、パン屋は朝から開店していないとおかしい……でも私たちは「学生」と言う以上、学校を休み続ける訳にはいかないわ」

ちせ「うむ、もっともじゃな」

アンジェ「そこでドロシーとちせが適当な理由を付けて休学して、監視にあたる」

ドロシー「おい、ちょっと待てよアンジェ…なんであたしとちせなんだ?」

アンジェ「ドロシーは普段から不良だから、ちょっとしたトラブルを起こしたとでもすればいい……どうせ授業もサボっているわけだし」

ドロシー「…おい」

アンジェ「それで、ちせは留学生だから「ホームシックで体調を崩した」とでもいえば済むわ」

ちせ「うむ、なるほど……しかし監視にうちのような「東洋人」だと目立つんじゃないかのぉ?」

アンジェ「大丈夫…あなたには悪いけど、どうせイギリス人からしたら東洋人はどれも「毛色の変わった外国人」にしか見えないわ」

ちせ「ふむ…「さもありなん」じゃな……」

アンジェ「という訳で、ドロシーは「飲んだくれてばかりいる両親のもとから飛び出した気の強い下町娘」で、ちせは「言葉もよく分からない下働きの東洋人」と言うカバーストーリーが出来ているわ」

ドロシー「…リアルな設定で笑えるな……」

アンジェ「ええ…そうね」

ちせ「うむ……まぁ言葉が分からんふりをしていれば、何かポロリと耳に入ってくることもあるやもしれんな」

アンジェ「かもしれないわ…で、普段の連絡と報告は定期的に「パンを買いに」行くからその時に……緊急の連絡は伝書鳩か、パンの配達を装って行うこと」

ドロシー「了解」

アンジェ「任務開始は月末から。終了はコントロールが交代要員を用意するか、対象の監視を完了するまで」

ちせ「うむ、承知した」

アンジェ「以上よ……さぁプリンセス、お茶をどうぞ♪」

プリンセス「ええ、ありがとう♪」

ドロシー「……パン屋ねぇ」

………

…ロンドン・下町…


ドロシー「…で、買い取る店はここか……予想以上に煤けてるな」下見を兼ねて幌を張った車から店の様子を偵察する…

アンジェ「そうね…でも問題ないわ、元の持ち主はお酒ですっかりダメになって、今は借金まみれになっているし……適当な値段を出せばすぐにでも売ってくれるわ」

ちせ「なるほど…しかしアンジェどのの情報の速さには恐れ入るのぉ」

アンジェ「黒蜥蜴星では当然の資質よ」

ドロシー「でたな、黒蜥蜴星人…って、おいアンジェ」

アンジェ「あの男…またこんなところに首を突っこんでいるのね」

ドロシー「懲りないというか……つくづくタイミングの悪い奴だな」

ちせ「…どうするのじゃ?」

ドロシー「もしかしたら…あたしらがものすごくツいていて、奴の目的は他の店なのかもしれ……どうやら、そんな都合のいい話はないらしい。真っ直ぐあのパン屋に向かってるぜ…?」

アンジェ「…この店を買い取れないと困る。行くわよ」

ドロシー「お、変装は済ませたから大丈夫だ…行こうぜ♪」

…パン屋前…

フランキー(オネエ言葉の借金取り)「…で、いつになったら返してくれるのかしら?」

パン屋「フランキーさん…頼むよ、この店を売り払ってその金で……」

フランキー「アンタねぇ…こんなボロい店なんか一ポンドにだってなりはしないわよ!」

パン屋「だったら俺が……」

フランキー「そもそも借金まみれで酒浸りのアンタが何かを約束なんて出来る訳ないじゃないの…お前たち!」

ちんぴらA「うす…っ」

ちんぴらB「…たたんじまいますか、フランキーさん?」

フランキー「ええ、あばら骨の一本か二本折ればちっとは分かるでしょうよ……って、アラ?…お前たち?」

ドロシー「残念だったな…どうやらあの二人は昼飯にでも当たっちまったらしい、そこで伸びてるよ♪」

ちせ「うむ…どうやら無駄骨とあばら骨を折ったのはそこの二人らしいの」

ちんぴらA「…ぐぇぇ」

ちんぴらB「うげぇ…」

フランキー「げっ…またアンタたちなの!?」

ドロシー「ああ、その「アンタたち」さ……ちょっとこっちに来て真面目な話をしようじゃないか」

フランキー「あのねぇ…アタシだってやられっぱなしでいるわけじゃないのよ!」やたら派手な背広の内ポケットに手を伸ばした……が、その瞬間に手が止まった…

ドロシー「分かったからその豆鉄砲はしまっておけよ…な♪」ロングコートの下から、一フィート銃身のモーゼル・ピストルがぴたりと体を狙っている…

フランキー「…わ、分かったわよ」けばけばしい金メッキの入った小型リボルバーを地面に落とす…

ドロシー「オーケー、じゃあこっちでじっくりと話そうぜ?」

フランキー「仕方ないわね、アタシの負けよ……とでも言うと思った!?」裏道に入った瞬間、もう一丁隠していた小型リボルバーに手を伸ばす…その瞬間ドロシーの編み上げブーツがみぞおちに叩きこまれ、ゴミくずと一緒にレンガ塀まで吹っ飛んだ…

ドロシー「おおかたそんなことだろうと思ってたさ……ま、こうなったら落とし前をつけさせてもらおうじゃないか♪」にこにこしながらモーゼルを抜いて遊底を引いた

フランキー「ひっ…ア、アタシを殺したって何にもなりはしないわよ!?」

ドロシー「おいおい、冗談だろ?…少なくともロンドンが少し綺麗になるじゃないか♪」

ちせ「…うむ。ところで「これ」はうちがやりたいのじゃが」

ドロシー「よせよ、お前の刃物で切り刻んだらミートパイの具にだってならなくなっちゃうだろ♪」

アンジェ「…この銃、せっかくの新品だから楽しみたいと思ってたの…脳天に接射したら後ろはどんなふうに穴が開くのかしら」かちりと撃鉄を起こす…

フランキー「ひぃっ…神様お助け……!!」

ドロシー「ぷははっ、聞いたかよ♪……こいつ今になって神様に祈ってやがる…ドブネズミの祈りの方がまだ聞いてもらえるだろうよ♪」

アンジェ「ええ、ここ一番のジョークね…今度お友達と話すときに使わせてもらうわ」

ちせ「うむ、面白い奴じゃな…殺すのは最後にしてやろうかの♪」

ドロシー「あ、それじゃあ表の手下どもとこいつを山分けにするのはどうだ……一人で一人ずつ楽しめるぜ?」

アンジェ「あの二人はもう動かないわ…面白くないから却下」

フランキー「あわわわ…お願いよ、アタシなんだってするわ!」

ドロシー「よせよ、お前の命なんてあのパン屋の玄関マットの分にもならないっての♪」

アンジェ「おしゃべりはもういいわ…さ、楽しませてちょうだい」

ちせ「うむ、それがよいの」

フランキー「わ、分かったわ!…あのパン屋はアンタたちにあげるから!」

ドロシー「ふわぁぁ…おっと、あくびしたら引き金を引きそうになっちまった……で、何だって?」

フランキー「こ…今後この辺りのシマは全部あんたたちに譲るわ!」

アンジェ「…悲しいことに世の中には口約束だからって、平気で約束を破る人がいるのよね……あら…この銃、引き金がずいぶん軽いみたいね」

フランキー「あ、あのパン屋の証文ならちゃんとあるわ!……法律事務所だって文句も付けられないやつよ!」

ドロシー「そうか…それじゃあとりあえず「あの店の権利は全て放棄します」とでも書いて、ばっちりサインしてもらおうか」

フランキー「か、書くわ…っ!」

ドロシー「うん、よく書けてるな…それじゃあ、地獄の門番によろしくな♪」

フランキー「そんな…アタシはちゃんと……!?」ガツン…ッ!

ドロシー「……あーあ…せっかくの銃が汚れちまったな」重い固定弾倉の所で頭を一撃し、借金の証文をひらひらさせるドロシー

アンジェ「頭の骨が陥没しそうな勢いだったわね…生きてる?」

ドロシー「あぁ…死体を作ると後が面倒だからな。それに生かしておいてもこういう奴は警察にも駆けこめないし、沈黙しててくれるさ」

アンジェ「そうね…それじゃああの店主に、店を買い取った事を伝えましょうか」

ドロシー「ああ、そうしようぜ」


もし全通りの組み合わせやるならちせベアトをどうやって絡ませるか気になる

>>38 個人的に組み合わせやすそうなメンバーを行き当たりばったりで組み合わせているので「全カップリング作戦」は考えていませんでした…が、どうにか組み合わせてみます……多分「納豆・ぬか漬け」ネタを使うことになるでしょうから、ベアトが手をわきわきさせることになるかと…

…という訳ですので「このカップリングがまだない」と言うのをリクエストして下さればそのうちに……









…パン屋・店内…

ドロシー「なぁアンジェ…とりあえず「パン屋の店員らしい」格好になってみたけどさ……」えんじ色のスカートに同色の上衣、白いエプロン…と、ハウスキーパーのような恰好で、頭にはキャップまでかぶっている

アンジェ「ええ。よく似合っているわよ、ドロシー」

ドロシー「……どこが。正直全く似合ってないだろ…///」

アンジェ「そうかも知れないわね…でも、任務のためよ」

ドロシー「そうでもなきゃこんな格好をするかよ…ちせは?」

ちせ「うむ、着替えて参った…しかし、アンジェどのの持って来たこれを着てはみたのじゃが……何でこんな中華風なのじゃ」後頭部脇にお団子を二つ作った髪型にまとめ、チャイナカラー(中華風の襟)でクリーム色をした上衣に、生地のたっぷりしたズボンをはいている…

アンジェ「……こういう格好もいいと思ったけど……なかなか可愛い感じになったわね」

ドロシー「…おい、今何て言った?」

アンジェ「こほん……ちせ。あなたは日本人だけど、今ロンドンにこのくらいの年齢の日本人はどれだけいると思う?」

ちせ「まぁ…そう多くはあるまいな」

アンジェ「ええ、そうよ…と言うことは王国の防諜部が一人ずつ調べ始めたらすぐ面が割れる。だけど中華系ならうんといるし、前にも言ったように日本人と区別のつくようなイギリス人なんていやしない……となれば、中華系に化けた方がカバーとしては優れているし、格好も特徴的で目立つから、逆説的ではあるけれど顔や素性に意識を向ける者が少なくなる」

ドロシー「確かに……たとえ防諜部の奴らが「この辺で怪しい奴を見ましたか」と聞いても「はい、中国人の女が歩いていきました」となるだけだもんな」

ちせ「なるほど…さすがじゃな」

アンジェ「その通り。決して二人に色んな衣装を着せて遊んでいるわけではないわ」

ドロシー「……そういうことにしておいてやるよ」

アンジェ「それじゃあ監視は三日後から…寝泊まりには上の部屋を使って、監視は交代で一日中続けること」

ドロシー「はいよ…どうやらうんと頑張らないといけなくなりそうだな」

アンジェ「そうね…でも週末は私たちも「遊びに」やって来るから、その時にゆっくり寝だめしてちょうだい」

ちせ「うむ…それもまたよい鍛錬になろう」

ドロシー「そう言えば武器はどうする…監視任務だから必要ないって言われればそれまでだけどさ……」

アンジェ「もちろん監視には必要ないでしょうが、何もないと心細い気持ちになるのも分かるわ……こっちに来て」

…パン屋・工房…

アンジェ「……ここのレンガに…ドロシー、見える?」二つあるパン焼き窯の片方は半分崩れている。そこに四つん這いになって、ぐらぐらになっているレンガを数個抜く……

ドロシー「ああ…綺麗なふとももだな」

アンジェ「どこを見ているの……このレンガよ」

ドロシー「冗談さ…ああ、そこのレンガだな」

アンジェ「ここの奥に空間がある…貴女の銃なら充分入るわ」

ドロシー「よし…それじゃあそこに入れておこう」

ちせ「うむ…ならばうちも刀をどこかに置いておきたいのぉ……」

アンジェ「それは難しいわね…銃は誰でも使えるけど、日本刀は日本人しか持っていない物よ……中華系に化けた意味がなくなるわ」

ドロシー「おいおい、本気のちせが刀を抜いた後に、姿かたちを生きて証言できる奴がいると思うのかよ?」

アンジェ「それもそうね…なら、そこの小麦袋の中にしまっておくといいわ……粉まみれにならないように、袋か何かで覆った方がいいわね」

ちせ「うむ、助かるぞ…が、脇差と小柄だけにしておこう」

ドロシー「どうせ屋内であの長いやつは振り回せないもんな…あとは……と」

アンジェ「まだ何か武器を持っているの?」

ドロシー「ああ、武器はないよりあった方がいいからな…それに音を立てたくないときのために、スティレット(刺突用ナイフ)がある」

アンジェ「それは服の折り返しか縫い目にでも忍ばせておくのね」

ドロシー「ああ、そうするよ」

アンジェ「それじゃあ監視をよろしく……私は裏口から出ていくわ」

ちせ「うむ」

ドロシー「…それじゃあ週末にな」

………

ドロシー「あーあ、しっかし監視任務って言うのは身体にこたえるんだよなぁ……ま、二人っきりだし仲良くやろうよな♪」一つきりの古ぼけたベッドに寝っころがり、組んだ腕を枕に鏡を眺めている…

ちせ「うむ…しかしぬか床をかき回せないのは困るのぉ……一応アンジェどのに頼んではきたのじゃが」ガタのきた椅子に腰かけ、欠けたティーカップで緑茶をすすっている…

ドロシー「ぬか床っていうのは…あのヘンテコな和風ピクルスの入れ物か」

ちせ「うむ…ぬか漬けと言うのは面白い物での、日に一回はかき回さんと空気が通わず腐ってしまうのじゃ」

ドロシー「ほーん…そう言うもんなのか」

ちせ「うむ…とはいえ堀河公にお願いするわけにもいくまい?」

ドロシー「堀河公…確かちせの所のボスだよな?」

ちせ「うむ」

ドロシー「でも、もしそうなったら面白いだろうな…♪」

ちせ「……うむ、その場面を想像したら存外愉快であった」

ドロシー「な?……あ、客が来たぞ」

ちせ「うむ…あれは……普通の客かの?」

ドロシー「…みたいだな。あんな流行らない貿易会社から何を買うのかは知らないけどな」…古びたレースのカーテン越し、窓からの眺めが上手く映るように三面開きの化粧台を置き、それに反射して映る姿を監視する二人……

ちせ「出てきたようじゃ…あれはジャムの瓶じゃな」

ドロシー「ああ、あのブランドなら知ってる」

ちせ「…顔の特徴も当てはまらぬようじゃ」

ドロシー「ま、最初からってことはないだろ」

…数日後…

ドロシー「なんだよ、客か…?」

主婦「あ、ああ…そうだよ。パンを買いたいんだがねぇ」

ドロシー「なら買えばいいじゃねぇかよ…違うのか?」

主婦「…な、なんだい…態度の悪い娘だね!」

ドロシー「……パン屋って言うのも意外と楽だな♪」

ちせ「ふむ…客を追い帰してばかりじゃがな」

ドロシー「なに、構うもんか。どのみちカバーなんだ、ロンドン一のパン屋になる必要もないしな」

ちせ「それもそうじゃな…おや、また客がきたようじゃぞ」

ドロシー「じゃあ今度はちせの番な」

ちせ「うむ…承知した」

労働者「おっ、そこの可愛い嬢ちゃん。パンを一斤くんな」

ちせ「…何アルか?…わたし英語少ししゃべる……パンは焼きたてよ、とても美味しいネ」

労働者「おう、それじゃあなおの事そのパンをくれねぇかな…ほら、金はちゃんとあるんだからよ」

ちせ「これ一ポンドか?…主人いないからわたし分からないアルよ、パンの値段ちゃんと見るヨロシ!」

労働者「あぁ、もうじれってぇな…じゃあ今度にするぜ」

ちせ「ちょっと待つヨロシ、なんで帰る!…ここのパン不味いことない、王室御用達ヨ!……ふぅ、なかなか難しいのぉ」

ドロシー「……くっくっく…ぷっはははっ♪」

ちせ「そんなにおかしかったかのぉ…」

ドロシー「あぁ、最高におかしかった…あははっ♪…今度劇場でやってみろよ、大ウケ間違いなしだ……ひぃー…腹の皮がよじれそうだ♪」

ちせ「……そうアルか?」

ドロシー「ひぃー、もう止めろってば…ぷっはははっ♪」

………

ドロシー「……とか何とか言ってかれこれ二週間はたったわけだけど…」

ちせ「…何も引っかからんのぉ」

ドロシー「ああ…王国の諜報部は開店休業中なのか、それともコントロールの入手した情報がスカだったのか……」薄汚れた天井を眺めながらぼーっとしている…

ちせ「うむ…とりあえずうちは今日の報告を準備いたそう……」

ドロシー「ああ、よろしく頼むわ…」

ちせ「うむ」…机の上に置いてある食パンの山形の部分に小さな切り込みを入れると、そこに暗号に置き換えた報告のメモを差し込む……それを油紙に包み、見分けがつくようバターの染みを二か所につける…

ドロシー「おーし、できたみたいだな…後は連絡員に渡すだけ……と」

ちせ「そうじゃな…しかしこの格好にもすっかり馴染んでしまったのぉ……」

ドロシー「ああ、こっちも…ま、あたしなんかよりも、ちせの「偽チャイナ」の方が可愛げがあると思うけどな?」

ちせ「うむむ…そう言われても嬉しいような嬉しくないような気分じゃが…」

ドロシー「まぁそう言うなよ…さてと、それじゃあパン屋を開店させますかね」

………

ドロシー「おーう…いらっしゃい……冷やかしはお断りだよ。買うならとっととしな」

連絡員「…それじゃあそこの食パン一斤を」

ドロシー「…ちっ、食パン一斤かよ…しけてんなぁ……ほらよ」

連絡員「はい…お代ね」

ドロシー「はいはい、またどーぞ……おーい、交代だぞ」

ちせ「…しーっ」

ドロシー「…どうした?」

ちせ「あそこに「本物の」客じゃ…間違いないぞ」鏡には「事務所」に入っていくハンチング帽にチェックの上衣、茶色のズボンを着た男が写っている…

ドロシー「どれどれ……ああ、確かに王国諜報部のエージェントだな」

ちせ「うむ…」

ドロシー「よし、それじゃあ「特別便」を出そうぜ…今度はあたしが書くよ♪」

ちせ「承知した…ではうちが店番をしておく」

ドロシー「ああ、頼んだぜ…それじゃあ、行ってくる♪」…いかにもパン屋の御用聞きが書きそうな単語を使った暗号文を書き起こし、伝票用紙に書きこむ…それと、紙袋に詰めた数個のパンやパイを持ち、エプロン姿で表に出た……

…ロンドン市街・コントロールの連絡所…

ドロシー「ちわー…パン屋からご注文の品を届けにきましたー…えーと、食パン二斤に「ミートパイ」一個ですね」

連絡員「…そう、「ミートパイ」ね?…はい、ありがと」

ドロシー「へいへい…いつもごひいきに……」

…しばらく後・パン屋…

ドロシー「…うーい、ただいまー……で、どうだった?」

ちせ「以後は動きなしじゃが……どうやらこれであそこが王国諜報部の事務所…あるいはセーフハウス(隠れ家)であることが分かったの」

ドロシー「ああ、安心したよ…何しろこのままパン屋住まいじゃないかと思ってたところだったからな♪」

ちせ「それは堪忍して欲しいところじゃな…まぁ、任務を完了出来て何よりじゃ」

ドロシー「だな……後は交代のエージェントが来てくれるのを待つばかり…と」

ちせ「うむ」


ドロシー「…で、どうしてアンジェがここに来たんだよ?」

アンジェ「コントロールはあなたたちの報告を読んだわ…だけど都合があって、同クラスのエージェントを送り込むまでにあと一日かかる……だから交代の投入まで私が監視を引き継ぐわ。…ご苦労さま、ゆっくり身体を休めてちょうだい」

ドロシー「あぁ、そうさせてもらうよ…あいたた……肩ががちがちに凝ってやがる…」

アンジェ「姿勢が悪いんじゃないかしら。さもなければ年ね」

ドロシー「……相変わらず可愛げのないやつ…全く冷血なんだからな」

アンジェ「黒蜥蜴星人だから仕方ないわ」

ドロシー「そうかよ…あ、ちょっと待てよ?」

アンジェ「何?」

ドロシー「いや、肩こりの理由さ……一つ思い当たるフシがあった♪」

アンジェ「そう、それはよかったわね…それで、その「理由」って言うのは何かしら?」

ドロシー「…これだ、これ…まぁアンジェには分からないよなぁ♪」たゆん…っ♪

アンジェ「……それは結構ね…もう寝たら?」

ドロシー「はいはい…そんじゃお休みー♪」

ちせ「うちも下がらせてもらうので…では、失礼いたす」

アンジェ「ええ」

…寝室…

ドロシー「あー…やっとゆっくりベッドに入れるなぁ……この厄介なメイド服みたいなのともおさらばだし、さばさばしていいや♪」

ちせ「うむ。うちもようやく偽チャイナから解放じゃ…ふぅ」

ドロシー「はぁぁ…そういえば、ちせ」

ちせ「何じゃ?」

ドロシー「せっかくだから一杯やらないか…本当はラムレーズン用のラムだけどさ、成功を祝って……どうだ?」

ちせ「…うむむ、酒は剣士にとっては大敵……とはいえ朋友から差しだされたねぎらいの杯を断るのもまた無礼というもの……むぅ」

ドロシー「あー…じゃあ少しだけにしておけばいいさ、あたしも寝酒に少し入れたいだけだからな」

ちせ「うむ、そう言うことなら頂戴いたそう…アンジェどのにはちと済まんがの」

ドロシー「なに、あたしたちはこの数週間ここに缶詰めだったんだ、少しくらい祝杯を挙げたってとがめられることなんてないだろ……こんなもんでいいか?」

ちせ「う、うむ…ちと多い気がするが……まぁ大丈夫じゃろう」

ドロシー「うーし…それじゃあ監視任務お疲れさん♪」

ちせ「うむ…では……ごくっ……けほけほっ!」

ドロシー「おいおい…大丈夫か?」

ちせ「う、うむ…ずいぶん強烈じゃな……」

ドロシー「ははっ、かもな……んぐっ…ごくっ、ごくっ……くーっ♪」

ちせ「…ドロシーどのはずいぶんと酒が強いんじゃな」

ドロシー「まぁ…強いって言うよりも、監視任務が終わった喜びを味わいつつ飲みたい気分なのさ……もう少しだけ飲まないか?」

ちせ「…で、では……むげに断るのも何であるし…」

………

ドロシー「うーい…ずいぶん気持ち良くなってきたなぁ……ちせはどうだー?」

ちせ「うむぅ…身体がぽーっと暖かいのぉ……それにふわふわと地に足がついておらん感じじゃぁ…ひくっ♪」

ドロシー「おー…それはいいや……って、どうもおしまいみたいだ…♪」コップの上で瓶を逆さに振ってみたり、瓶の中をのぞいてみる…

ちせ「そうか…それではドロシーどの、うちらは寝るとするかの……ぉ♪」

ドロシー「あー…そうだな……よいしょ♪」

ちせ「うむむ…それもロンドンに来てから驚いたことの一つじゃ……」

ドロシー「あー…寝るときの格好か?」

ちせ「うむ…日本では寝るときも何かを着ておる……裸か、そのような下着だけで寝床に入ることは想像も出来んかった……ひっく♪」

ドロシー「あぁ、かもな……でも慣れたらきっとこっちの方が楽だぜ…?」

ちせ「かもしれぬ……それにしてもドロシーどのの身体は何とも色つやがよくてきれいじゃの。酒が入っているせいか全身がほんのり桜色で…何とも柔らかそうじゃ♪」

ドロシー「…良かったら触ってみるか?」

ちせ「ふむ……しからばご免…っ♪」ふに…っ

ドロシー「…どうだ」

ちせ「おぉぉ…♪」

ドロシー「手ざわりはいいと思うけどな……これでもハニートラップだの何だのに備えて手入れはしっかりしてるんだから♪」

ちせ「……おぉ…おおぉぉ…何とも柔っこい饅頭じゃの♪」

ドロシー「なんだ…気に入ったか?」

ちせ「うむ、うちのちんまい身体ではこんな手ざわりは体験できんゆえ……おぉぉ、ドロシーどのの柔肌はすべすべでもちもちじゃ…♪」

ドロシー「おいおい、あんまり胸ばっかり触るなよ♪…やりかえしちゃうぞ?」

ちせ「かまわぬ…どうせ触る胸もありはせん」

ドロシー「おいおい、そんなこと言うなって……小さいけど引き締まってて揉みごたえがあるじゃないか♪」

ちせ「んっ、く…んん…ぅ///」

ドロシー「…お、おい…あんまりそう言う声を出すなって……なんかこっちが恥ずかしくなってくる///」

ちせ「す、済まぬ…しかしドロシーどのの手つきが……んんっ、くぅ…ぅ///」

ドロシー「あー……ちせの喘ぎ声を聞いてたら、なんだかムラムラしてきた…♪」

ちせ「…それを言ったらうちも……ドロシーどのの下着姿にのぼせておるぞ///」

ドロシー「…なぁ、この部屋ってベッドは一つだよな」

ちせ「うむ…それが何なのじゃ?」

ドロシー「いや、一緒のベッドに入ろうと思ってさ……んちゅっ♪」

ちせ「んっ…んんっ……ちゅぅ///」

ドロシー「んむっ…ちゅ……ちゅくっ…ちゅぷっ……んちゅ…♪」

ちせ「あむっ…ちゅぅぅ…んはぁ、ちゅっ……んちゅ///」

ドロシー「よーし…それじゃあこの着物の帯を解いちゃうぞ…っと。……おぉ、しっとりしてて綺麗なもんじゃないか♪」

ちせ「う…こうやって着物をはだけさせられていると……ち、ちと恥ずかしいの…///」

ドロシー「なぁに、あたしだって下着だろ…おたがいにフェアさ♪」

ちせ「そ、それはそうなのじゃが……んあぁ…っ///」

ドロシー「おー…可愛い声を上げちゃって……そーれ♪」くにっ、ちゅぷっ…♪

ちせ「んっんっんぅぅ…んあぁぁ、はぁぁ…んっ♪」

ドロシー「…何て言うかな…ちせが濡らしてる所を見てると背徳感がすごいな……最高だけど♪」

ちせ「な、何じゃ…さっきからうちがやられっぱなしではない…かぁ、あぁぁんっ///」

ドロシー「わりぃ、理性が吹き飛んだわ……そういう訳で重ねるぞ…んっ、んはぁぁ♪」

ちせ「ち、ちょっと待たれよ…んっ、あぁぁぁっ!」

………


わりかし真面目な任務シーンからのこの落差

>>46 オン・オフははっきりさせないといけないですから…という訳で引き続き任務はかっちり、あとはただれた関係の「チーム白鳩」をお送りしていきます……また、そろそろ「カサブランカでの夏休み」編でも投下しようかと…

…翌朝…

恰幅のいいおばちゃんエージェント「…それじゃあ、あとは任せておきな……それよりそっちの二人はちょっとばかし休んだ方がいいんじゃないかねぇ?」

ドロシー「あー…昨夜はちょっとばかし睡眠不足でね」

ちせ「///」

若いエージェント「なら私たちの分まで休んでちょうだい、こっちはしばらくベッドが恋しくなりそうだもの…」

ドロシー「ご忠告どうも……ふわぁぁ…」

アンジェ「それじゃあ後は任せたわ」

おばちゃんエージェント「あいよ…それじゃあね」

アンジェ「ええ…」

…寄宿舎・部室…

ドロシー「ふぃー…やっと「休学」も終わったな」

ちせ「うむ…まずはぬか床をかきまわし、遅れた分の勉学と鍛錬を取りもどさねば……しからばご免」

アンジェ「ええ、お疲れさま……ところでドロシー、少しいいかしら?」

ドロシー「んー?」

アンジェ「昨日のことで少し言いたいことがあるの」

ドロシー「……何かドジったか?」

アンジェ「いいえ、活動そのものには問題ないわ」

ドロシー「じゃあ何だ?」

アンジェ「ええ…別にあなたがちせと何をしていようと、私は全く構わないわ……ただ、監視任務をしているその隣室で「事に及ぶ」のは、少しやり過ぎじゃないかしら」

ドロシー「あー…聞こえてたのか、悪いな……何しろほど良くラムが入って、やらしいことがしたい気分だったもんでな♪」

アンジェ「いいえ、その事はまだ許せるわ…ただ」

ドロシー「ただ…なんだ?」

アンジェ「昨夜のちせとの会話…覚えている?」

ドロシー「えーと…昨夜はちせとベッドでいちゃつきながら……あー」

…前夜…

ちせ「ほわぁぁ…何とも言えぬ愉悦であった///」

ドロシー「それはこっちもさ……ちせは肌がすべすべだもんな。どうやってこんなもっちり肌を作ってるんだ、んー?」ふにっ…♪

ちせ「そ、そうほめられると困るの…別段普段から風呂に入って石けんで洗っているだけじゃし……時折、椿油を塗ったりはするがの///」

ドロシー「ほーん…それでこのすべすべボディか、たまらないな……うりうり♪」

ちせ「あふっ…んあっ、あんっ……///」ぷしゃあぁ…♪

ドロシー「おー、ちせはイくところも可愛いな…それにしてもあの「黒蜥蜴星人」のやつ」

ちせ「アンジェどのか…?」

ドロシー「ああ…まったく、無表情でこっちの事を酷使してくれやがって……きっと血管に流れているのは氷水だぜ?」

ちせ「ふむ、そうかの……んんぅ、そんなにうちの乳房を揉むでない…んぁぁっ///」

ドロシー「なーに、遠慮するなって♪……それでだ、あの「ミス・パーフェクト」の冷血女め…何でも一人でこなして平気な顔をしてやがる…一度くらい慌てふためく顔がみてみたいぜ……まったく♪」

ちせ「ふむ……あふっ、んくっ…んあぁぁ……ドロシーどの…もっとして欲しいのじゃ…んくっ///」

ドロシー「あいよ、あたしがうんと気持ち良くしてやるよ……今度プリンセスを焚きつけてあのトカゲ女をわたわたさせたら面白いだろうな…♪」

ちせ「…ふむ、なかなか面白そうじゃの……あんっ、んっ♪」

………

ドロシー「あー…」

アンジェ「無表情のトカゲ女…は、まぁ良いわ」

ドロシー「…いやぁ、あれはちょっと酔った勢いで……」

アンジェ「酔った勢いで口を滑らせるような二流エージェントでないことくらい私が一番よく知っているわ……それから何だったかしら…氷の女王とか言ってたわね?」

ドロシー「…」

アンジェ「それよりも何よりも……ドロシー、あなたは「プリンセスを焚きつけて」どうするって言ってたかしら?」

ドロシー「いや、それはあくまでも「言葉のあや」っていうか……さ」

アンジェ「そう…それにしてもプリンセスをだしに使おうって言うのはいただけないわね」

ドロシー「うっ…いや、あのさ……」

アンジェ「まぁいいわ…昨日は疲れたでしょう、ドロシー……しばらく休んだら?」

ドロシー「お…おう、何かわりぃな……?」

アンジェ「そのかわりに……起きたらここと車庫の道具を手入れしてもらうから」

ドロシー「……この冷血トカゲ女」

アンジェ「何か言った?」

ドロシー「いや、何も」

アンジェ「そう…それならもう話はないわ、お休み」

ドロシー「ああ…んじゃ寝て来るわ」

アンジェ「……まったく、私のポーカーフェイスもプリンセスに関してはまだまだね……でも、プリンセスならドロシーに焚きつけられなくても…///」

プリンセス「あの…私がどうかして?」

アンジェ「…っ///」

プリンセス「どうしたの、アンジェ?」

アンジェ「な、何でもないわ……監視任務で疲れたからぼーっとしてただけよ///」

プリンセス「ふふ…アンジェは私の前だと絶望的に嘘が下手になるわね♪」

アンジェ「嘘はついていないわ」

プリンセス「ふふっ…ならそう言うことにしておくわ……ところでアンジェも疲れているのだから、少し休憩しなさいな♪」

アンジェ「いえ…まだ個人装備の後片付けが済んでないわ」

プリンセス「ふぅ……くたびれた状態で後片付けをしても、手順が狂ったりミスが増えるからいいことはないし…少し休んでからにした方がいいわ」

アンジェ「いえ、それでも…っ!?」

プリンセス「ふふ…私からの不意打ちとはいえ、キスをかわせない時点で疲れているわ……ベッドを貸してあげるから少し寝てちょうだい?」

アンジェ「…わ、分かったわ……ベッドは貸してもらわなくても結構、自室で寝るわ///」

プリンセス「ええ…お休みなさい♪」

アンジェ「…お休み///」

プリンセス「……ふふ、「シャーロット」の唇…柔らかかった♪」

………

…case・アンジェ×ドロシー「The summer vacation」(夏休み)…


…とある日…

アンジェ「今日はみんなにニュースがあるわ…ちなみに「いいニュース」と「悪いニュース」があるけれど、どっちから聞きたいかしら?」

ドロシー「あー…それじゃあ悪いニュースからだな。「いいニュース」とやらで口直しにさせてもらうさ」

アンジェ「そう、なら悪いニュースね…実はこっちの組織に王国諜報部のモール(もぐら。潜入エージェント)が潜りこんでいたことが判明したわ」

ドロシー「おい、嘘だろ……悪いニュースどころか最悪だ」

ベアトリス「あ、あの…アンジェさん……私たちの存在も知られてしまったんでしょうか?」

アンジェ「いいえ。それは「コントロール」が食い止めたわ」

ドロシー「ふぅ…やれやれだな」

アンジェ「そしていいニュースよ……幸いにして私たち「白鳩」の事は知られずに済んだ…けれど、それが事実かどうかはまだ分からない」

プリンセス「…困ったわね」

アンジェ「ええ。そこで、コントロールとしては安全と推測できるまで私たちを活動させずにおくことを決めた……幸い、寄宿舎も夏休みに入るから「この機会にうんと羽を伸ばしていらっしゃい」とメッセージを受けとったわ」

ドロシー「ひゃっほう、コントロールにしちゃ気前がいいな♪」

ちせ「うむ…まぁ最近は商売繁盛だったからの」

プリンセス「なら私の別荘にご案内するわ…ね、アンジェ?」

アンジェ「そうね、それがいいかもしれないわ」

ベアトリス「でしたら私が姫様の旅支度を整えさせていただきますね♪」

ドロシー「あー、旅支度ね…と言っても、何にも持って行くものなんてないしな。せいぜい着替えくらいか……」

アンジェ「そうね、支度はすぐ済むわ」

ちせ「うむ…ならばうちは「ぬか床」を冷たい場所で保存しておくことにしよう……それならば数週間は持つはずじゃからの」

ベアトリス「お願いですから私の部屋とか言わないで下さいよ…?」

ちせ「そんなことは言わぬ…そうじゃな、地下室でも借りるとするかの……」

アンジェ「それは好きにするといいわ…ちなみに夏休みは一週間後よ、私はそれまでに飛行船の手配を「コントロール」にお願いしておく」

プリンセス「ふふ、楽しみね…アンジェ♪」

アンジェ「そうかもしれないわね」

………

…数週間後・飛行船発着場…

アンジェ「いよいよ夏休みね…プリンセス、準備はいい?」

プリンセス「ええ。アンジェは?」

アンジェ「私はいつも通りよ…特に何も変わらないわ」すっきりした白を基調にした、黒い腰リボンつきのデイドレスと飾り付きの帽子…

ドロシー「と、言う割にはお洒落してるよな……ま、プリンセスとのハネムーンに備えた予行演習だと思っておけばいいんじゃないか♪」ドロシーはえんじ色で裾にしっかりしたドレープ(折り目)が入った大人っぽいドレスと、黒レースの長手袋…頭には黒い羽根飾り付きのボンネットをかぶっている……

アンジェ「…いつ私が「プリンセスと結婚する」なんて言ったかしら……///」

ドロシー「別に言ってないぜ?…お、そうやって赤くなったところを見ると脈ありかぁ?」

アンジェ「少しいいかしら、ドロシー……飛行船からの「不幸な墜落事故」に遭いたくないなら黙っていることね」

ドロシー「はいはい…あー、おっかない♪」

プリンセス「まぁまぁアンジェ…私は制度さえ整えばいつだっていいのよ♪」いたずらな上目遣いで両手を握りしめる……きらきらと光の加減で色が変わって見えるクリーム色のドレスに、柄に紫檀を使った優雅な同色のパラソル…

アンジェ「うっ…いえ、そう言うのは任務遂行の……///」

プリンセス「…ふふ、遠慮しないでいいのよ「シャーロット」……今度は「本番」の時に、二人だけで来ましょうね?」

アンジェ「べ、別に貴女の事が好きなわけじゃないわ……///」

プリンセス「もう、アンジェったら……ふふ、せっかくだから後で私の船室に来て…ねっ♪」

アンジェ「…そんなに飛行時間はかからないわ///」

ベアトリス「むぅぅ、アンジェさんはまた姫様といちゃいちゃして……もう、姫様には私だっているじゃないですか…///」ごくごくあっさりとまとめた淡い桃色のドレスで、頭には白いレース付きのボンネットをかぶっている…

プリンセス「ふふ、ベアト…あなたも私の大事な人よ……だから「どっちかを選べ」なんて言わないでね?」

ベアトリス「言いませんよ…姫様はどうであっても私の姫様ですから!」

プリンセス「よろしい…♪」

ちせ「おぉ、これが例の飛行船じゃな……空の上を旅するとは、ちとおっかない気もするが…それもまた鍛錬じゃ……うむ」武者震いをしながらタラップに脚をのせるちせは、暗緑色と銀ねず色の落ち着いたドレスで、腰のバスル(ふくらみ)が小ぶりで、いざと言う時にも動きやすいように仕立てられている…

アンジェ「それじゃあ乗り込みましょう、プリンセス」

プリンセス「ええ、アンジェ…嬉しいわ、久しぶりの旅行だもの♪」

アンジェ「そうね」

…飛行中…

プリンセス「綺麗な眺めね…ところでベアト。いつもベアトが身支度を手伝ってくれるけれど、何かと疲れるでしょうし……夏休みの間は私のお世話をしなくていいですからね?」

ベアトリス「疲れるだなんて、そんな……私は姫様のお世話をするのが好きだからやっているんです///」

プリンセス「まぁ…ならこうしましょう」

ベアトリス「はい、何でしょうか?」

プリンセス「ベアトが私の、私がベアトの支度を手伝うことにしましょう♪」

ベアトリス「うわわっ、そんなの駄目ですっ…///」

プリンセス「そう?…ならさっき言ったように私のお世話はしなくていいわ……それとも命令しなくちゃダメ?」

ベアトリス「そ、そんなことないです…分かりました」

プリンセス「ふふ、よろしい…あ、島が見えてきたわね♪」

アンジェ「あれはイベリア半島よ、プリンセス」…普段かけている「ドジな田舎娘風」の眼鏡を外し、さりげなく隣に立った

プリンセス「まぁ、アンジェは物知りなのね♪」

アンジェ「プリンセスだって航路は覚えているでしょう…まだエスパーニャ(スペイン)の上空よ」

ドロシー「おー…綺麗なもんだなぁ……ところで甲板で振る舞われているポンチ酒をもらってきたらどうだ、いい味だぜ?」

アンジェ「…それはいいけど、一体何杯飲んだの?」

ドロシー「おいおい…あたしがそんなレディらしからぬほどがぶ飲みすると思ってるのかよ?」

アンジェ「ええ、ひどくお酒臭いわ」

ドロシー「相変わらず口が悪いな……ちせ、どうした?」

ちせ「いや、ずいぶんと高いのじゃが…本当に大丈夫なんじゃろうな?」

ドロシー「はは、大丈夫だって…こいつは表面に薄い金属板を張ってある硬式飛行船だから、気嚢がむき出しの軟式飛行船みたいにヤワじゃない……おまけに「ケイバーライト」のおかげで今までの飛行船よりずっと揚力が稼げるんだ…あそこの綿雲よりもふわふわ浮くって♪」

ベアトリス「そうですよ、ちせさん…あの推進器だって一ポンド当たりの推力がぐっと大きい新式ですし♪」

プリンセス「二人とも詳しいわね♪」

アンジェ「そうね…つまり安全よ、ちせ」

ちせ「うむむ、では…お、おぉ……」

ドロシー「どうだ、いい眺めだろう♪」

ちせ「うむ…で、あの陸地が……どこなのじゃ?」

アンジェ「イベリア半島よ」

ちせ「なるほど…して、目的地まではどのくらいじゃ……やはり地面の上でないと背中がむずむずしていかん」

アンジェ「約三時間ね…船室で昼寝でもしていればいいわ」

ドロシー「そうそう「雲の上で昼寝」なんて、白い羽根のついた天使さまでもなきゃ味わえないんだ…な、贅沢だろ?」

ちせ「ふむ…それではちと午睡を取ることといたそう」

ドロシー「あいよ…プリンセスは?」

プリンセス「そうねぇ…お昼寝もいいかも知れないわ♪」

ドロシー「お…そんならベアトリス、ちょっと推進器の方をのぞいてこようぜ♪」

ベアトリス「わぁ、いいですねぇ…って、機関部の辺りはお客さんが入れないんじゃ……?」

ドロシー「それが「ちょっと見てみたいのだけど、よろしいかしら♪」…ってクルーにウィンクしたら、あっという間に通してくれたぜ?」

ベアトリス「やっぱり……でも見られるなら見ておきたいですし、行きましょう♪」

ドロシー「お、いい返事だな。それじゃあ二人とも、また後で……ま、アンジェもよかったら「昼寝」して来いよ♪」

アンジェ「……余計なお世話よ///」

プリンセス「ふふ…でも「お昼寝」の時間が三時間じゃ、ちょっと少ないかもしれないわね♪」

アンジェ「///」

…カサブランカの別荘…

ドロシー「おー…何とも綺麗な別荘だな♪」

ベアトリス「ほんとですね」

ちせ「白い壁が日光を反射して、もはや眩しいくらいじゃのぅ」

プリンセス「ふふ…ここは私の別荘だから、遠慮せずにくつろいでね♪」

ドロシー「ありがとな、プリンセス……おいアンジェ、聞いてるか?」

アンジェ「……そうね」

ちせ「アンジェどのは一体どうしたのじゃ…そんなにげっそりと疲れたような顔をして?」

ドロシー「あー…そりゃあきっと「空酔い」だろ。な、そうに決まってるよな、ベアトリス?」

ベアトリス「え?…あっ……そ、そうですよ♪」

ドロシー「ほら、ベアトリスもそう言ってるだろ?」

ちせ「ふむ……しかし「空酔い」とやらでアンジェどのがやつれているのは、まぁ分かるのじゃが……しからばなにゆえに、プリンセスどのはああもつやつやとしておるのじゃ?」

ドロシー「それはまぁ…あれだ、久しぶりに公務だの何だのから離れられたから嬉しいのさ」

ちせ「なるほど…確かに姫君の務めは何かと大変じゃろうからな……お察しいたします、プリンセスどの」

プリンセス「ええ、うふふっ…♪」

ドロシー「とにかく別荘に入ろうぜ…ここじゃ眩しくてやりきれないしな」

ベアトリス「そうですね」

プリンセス「なら私が案内するわね……ほらアンジェ、行きましょう?」

アンジェ「…え、何かしら」

プリンセス「ふふ、「行きましょう?」って言ったの…♪」

アンジェ「あ、あぁ…そうね」

ドロシー「…あのアンジェがあんなにがくがくになるって……飛行船の中でどれだけ責めまくられたんだよ……」

ベアトリス「あー…それはほかでもない姫様のことですから……///」

プリンセス「んー、二人とも何か言ったかしら?」

ドロシー「いや、何でもないって!」

ベアトリス「ひ、姫様に聞こえないようなところで何か言うはずがないじゃありませんか!」

プリンセス「ふふ…変なベアトとドロシーさん……さ、荷物を置いたら水着になって日光浴でもしましょう♪」

ドロシー「お、おう…そいつはいいや♪」

ベアトリス「で、ですねっ…わー、楽しみだなー」

ちせ「ふむ…砂浜でなら足腰によい鍛錬が出来そうじゃな」

アンジェ「あー、日光が眩しいわね……ほわぁ…」

ドロシー「……だめだこりゃ」

………

…しばらくして・浜辺…

ドロシー「うーん、やっぱりいいもんだなぁ……ロンドンの陰鬱な空気とは大違いだ♪」パラソルの下、デッキチェアに寝そべって伸びをするドロシー…

ベアトリス「ですねぇ…はぁぁ、暖かくて気持ちいいですし」

ちせ「うむ…しかしこの婦人用の水着とやらは……ずいぶんとけったいな外見をしておるのぉ」袖口や裾回りがふくらませてあって、いわゆる「かぼちゃパンツ」のスタイルに近い全身用水着を胡散くさい目で見おろしている…

ドロシー「あー、まぁ日本から見ればそうなのかもなぁ……やっぱり泳ぐときも「キモノ」なのか?」

ちせ「まぁ、似たようなもんじゃな…それにしてもプリンセスどのとアンジェどのは遅いのぉ」

ドロシー「プリンセスなんていうものは、支度に時間がかかるのさ…ふわぁぁ…♪」

…邸内…

プリンセス「うーん…どっちがいいと思う、アンジェ?」

アンジェ「別にどっちでもいいわ、プリンセスなら何だって似合うもの…///」

プリンセス「ふふ、嬉しい……じゃあこっちの桃色の水着にしましょう♪」

アンジェ「そう、ならそうするといいわ…」

プリンセス「ところでアンジェ」

アンジェ「なに?」

プリンセス「着替えるのを手伝って下さらない?」

アンジェ「え?」

プリンセス「ふふ、聞こえなかったかしら…♪」

アンジェ「いえ、よく聞こえたわ…」

プリンセス「なら後ろに回って…背中のホックをはずして下さいな♪」

アンジェ「わ、分かったわ…」

プリンセス「ふぅ……やっぱりカラーがきついのかしら」

アンジェ「かもしれないわね」

プリンセス「うーん…とはいっても跡が残っているわけでも、擦れているわけでもないし……どう思う?」ドレスを脱ぎ、下着姿で鏡の前に座っているプリンセス…

アンジェ「別に…///」

プリンセス「…それだけ?」

アンジェ「だって私が決めることじゃないわ、プリンセスが着やすいかどうかでしょう…///」相変わらずのポーカーフェイスながら、顔を微妙にそむけている…

プリンセス「うふふ…アンジェったら恥ずかしいの?」

アンジェ「そんな訳ないわ」

プリンセス「だってそんな風に横を向いちゃって…今までだってこういうことはあったのに、今日は私の身体を見るのがそんなに恥ずかしいの?」

アンジェ「それとこれとは話が別よ。だって、こんな明るさの下で見たことはなかったもの……///」

プリンセス「なら…ここで口づけをしたら「こんな明るさの下」でした、初めてのキスになるわね♪」

アンジェ「ちょっと…何を考えているの///」

プリンセス「ふふ…さて、何を考えているでしょうか♪」

アンジェ「……こと」

プリンセス「んー?」

アンジェ「私が…考えているような事……///」

プリンセス「ふふ…正解♪」ちゅっ…♪

アンジェ「///」

プリンセス「ふふ…せっかくの夏休みですもの、いっぱい楽しみましょうね……シャーロット♪」ぐいっ…♪

アンジェ「あっ…///」

プリンセス「ほんと、シャーロットは肌が白くてすべすべしていて…とっても綺麗ね♪」するするとアンジェの着ている物を脱がしていくプリンセス…ドレスの胸元を開き、スカートはたくしあげ、ペチコートは引き下ろす……

アンジェ「…褒められても何も出ないわ///」

プリンセス「…それはどうかしら♪」むにゅ…むにっ♪

アンジェ「んんぅ…んっ///」顔をそむけて唇をかみ、声が出そうになるのをこらえるアンジェ…

プリンセス「ふふ、可愛い…♪」ちゅ…ちゅぱっ♪

アンジェ「んぅ…んくっ……はぁ、はぁ…///」

プリンセス「ふふ…そんな風に頬を赤らめて……まるで「召し上がれ」って言っているみたい♪」

アンジェ「……そんなつもりじゃないわ」

プリンセス「あら、ならどういうつもりなのかしら…普段は何があっても顔色一つ変えないのに♪」

アンジェ「あれは任務だから……それに、プリンセスは別よ///」

プリンセス「…まぁ///」

アンジェ「///」

プリンセス「まぁまぁまぁ…シャーロットったらやっと本音を言ってくれたわね、嬉しいわ♪」ちゅっ…ちゅぱ、ちゅぷっ……♪

アンジェ「んぅ…んちゅ、ちゅぱ……んふっ、ちゅぅぅ…ちゅるっ…ちゅぅ///」

プリンセス「ふふっ…ちゅっ、ちゅうぅぅ…んちゅ、ちゅる…っ……♪」

アンジェ「んはぁ…はぁ、はぁ……ちゅぅ、ちゅぱ…っ……あふっ…///」

プリンセス「あらあら、シャーロットったらすっかり表情をとろけさせちゃって…♪」

アンジェ「んはぁ…だって……プリンセスが…んくぅ///」

プリンセス「私が…何かしら♪」

アンジェ「…プリンセスが……好きだからよ…///」

プリンセス「…ごめんなさい、シャーロット……」

アンジェ「……プリンセス?」

プリンセス「あのね…私、これでも結構我慢して来たのだけど……今ので理性が振り切れちゃったわ♪」

アンジェ「え……それって、どういう…んんっ!?」

プリンセス「もう、可愛いシャーロットがイケナイのよ…そんな風に目をうるませて告白されたら、我慢なんてできっこないじゃない♪」

アンジェ「んっ、んっ、んあぁぁぁっ…!?」

プリンセス「はぁ、はぁ…愛しいシャーロット……もう、涙目になるまでイかせてあげるわね♪」くちゅっ、にちゅ…っ♪

アンジェ「んあぁっ、あん…っ♪」

プリンセス「ふふ…これでも私だって色々勉強しているんですもの、きっと気に入ってくれると思うわ♪」じゅぶじゅぶっ…ぐちゅっ♪

アンジェ「ちょっと待っ……んひぃぃっ♪」

プリンセス「ふふ、シャーロットったらもうこんなにとろっとろにして…そんなに気持ちいいの?」

アンジェ「んぁぁ…き、気持ちいいわ……腰が…抜けそう……///」

プリンセス「まぁ…でもまだ「抜けそう」なだけ?……ならもっと頑張らないとダメね♪」ぐちゅり、じゅぶっ……♪

アンジェ「んぁぁ、あっ、んんぅ…ひぅっ、んぁぁ……あ、あっ…んはぁぁっ♪」



…浜辺…

ちせ「それにしても遅すぎではあるまいか…いくら姫君とはいえ着替えにそこまでかかるものかのう?」

ドロシー「あ、あー……まぁ、何だ…ほら、プリンセスだから「日焼けしないように」とか…なんかあるんだろ、きっと」

ベアトリス「そ、そうですよ……私たちと違って姫様は何かと大変でいらっしゃいますし…」

ちせ「それにしてもじゃ…もしや、刺客か何かが差し向けられたのではなかろうな……こうしてはおれぬ、すぐ我が刃をもって助けに参らねば!」

ドロシー「ちょっと待てって、ちせ……プリンセスの脇にはアンジェがいるんだぜ、刺客だろうが何だろうがあの「黒蜥蜴星人」にかなうと思うか?」

ちせ「それはそうじゃが……不意を突かれれば剛の者とて敵わぬ。ましてや飛び道具をもってすれば女子供でも名人上手を屠ることができると言うもの…」

ドロシー「まぁ道理だな…ところが、アンジェはその「飛び道具」の名人上手ときてやがる……あのウェブリー・フォスベリーの銃口をのぞきこんだら、次に会うのは三途の川の渡し守「カロン」の顔…って所だろうよ♪」

ベアトリス「そうですよ、アンジェさんが勝てない相手なんている訳ないじゃありませんか」

ちせ「うむむ…二人がそうまで信用しているのならうちもとかく言うのは差し控えよう…じゃが、遅いの……」

ドロシー「まぁ、そう言うなって…ほら、これで沖合でも眺めてみろよ♪」真鍮の小さいオペラグラスを差し出す

ちせ「うむ…おぉぉ、沖合にいる汽船がよく見えるのぉ……」

ドロシー「な、ベアトリスのお手製だから視界の良さが段ちがいなんだ」

ちせ「うむぅ…見事なものじゃ……」

ドロシー「だってよ、ベアトリス?」(…二人とも早くしろよ、いい加減引き伸ばしのネタが尽きてきてるんだからさ……)

ベアトリス「よ、喜んでもらえてよかったです…」(うー…姫様、早くしてくださいよ……)

…邸内…

プリンセス「…ほぉら、シャーロットは「ふみふみ」されるのが好きなのよね♪」ベッドの上で両腕を横に伸ばして立ち、つま先でアンジェの身体をなぞりつつ、時折軽く踏みつけるプリンセス…

アンジェ「うんっ、好き…ぃ♪」

プリンセス「ふふふ、すっかり甘えんぼさんになっちゃって♪」

アンジェ「だって……あなたと二人きりだから///」

プリンセス「ふふ、素直でよろしい…それとも、それも嘘かしら?」

アンジェ「スパイは嘘をつく生き物……だけど、必要でない時まで嘘はつかないわ///」

プリンセス「そう…ふふっ♪」ぐりっ、ぬちゅ…♪

アンジェ「んあぁ…っ♪」ひくっ、とろとろ…っ♪

プリンセス「うふふ……愛しい私だけのシャーロット♪」

アンジェ「んんっ、そんなのずるい…わ♪」ぷしゃぁぁ…♪

プリンセス「ふふ、私はずるい女なの…可愛いシャーロットを独り占めしたくてたまらないわ♪」

アンジェ「大丈夫よ、私はプリンセス専用だから…///」

プリンセス「まぁ、嬉しい……それなら私の好きなようにしてもいいのね♪」

アンジェ「…ええ」

プリンセス「それじゃあ……ふふっ♪」

アンジェ「///」

プリンセス「…想像しちゃった?」小首を傾け、いたずらっぽい笑みを浮かべて見おろした…

アンジェ「別に…///」ぷいとそっぽを向くアンジェ…が、頬がわずかに赤い……

プリンセス「ふふ、いいのよ?……そろそろ浜辺に行かないと、ちせさんに怪しまれちゃうわね♪」

アンジェ「…そうね、行きましょう」

プリンセス「その前に……色々拭いた方がいい所があるんじゃないかしら?」

アンジェ「…そ、そうね」

…浜辺…

プリンセス「遅れてごめんなさいね♪」

ベアトリス「姫様、お待ちしておりましたよ♪」

ドロシー「おー、二人とも待ちくたびれたぜ……ま、プリンセスは着替えだの何だのに時間がかかるもんだから…仕方ないよな?」意味ありげに眉を上げて見せるドロシー

プリンセス「…ふふ、そういうことです♪」

ドロシー「だから私がそう言ったろ、ちせ?」

ちせ「うむ。疑ってすまなかったの」

プリンセス「何かあったのですか、ちせさん?」

ドロシー「いや…ちせが二人の来るのがちょっと遅いから「何かあったんじゃないか」って言ってね……でも、あたしだってここまで来て刃物だのハジキ(銃)だのは見たくないしさ、アンジェがいるなら大丈夫って言ってたんだ」

プリンセス「まぁ…心配かけてごめんなさいね、ちせさん」

ちせ「いや、こちらこそ」

ドロシー「……ところでアンジェ、無事か?」ニヤニヤしながら耳元にささやいた

アンジェ「何の話」

ドロシー「おいおい、とぼけるなって…な?」

アンジェ「別に何もなかったわ…プリンセスと着替えてここに来た。それだけよ」

ドロシー「へぇー……それじゃあそのふとももの粘っこい液体は何だ?」

アンジェ「…」ちらっと自分のふとももを見おろすアンジェ…

ドロシー「ははっ、引っかかったな…おおかたそうだろうと思ってたぜ♪」

アンジェ「ふとももに「得体の知れない液体がついている」って聞いたら、誰だって気になるはずよ」

ドロシー「普通ならな…アンジェ、お前ならどうでもいいものだったら気にしないのはよく分かってるんだ……で、どうだったんだ?」

アンジェ「…言うことはないわ」

ドロシー「おいおい…まぁあのプリンセスの事だ、きっとお前がひーひー言わされてたんだろうな♪」

アンジェ「余計なお世話よ」

ドロシー「相変わらずつれない返事だことで…それがベッドの上じゃ真っ赤になってプリンセスの下敷きになってるときた……想像するだけで愉快だな♪」

アンジェ「ドロシー、あんまり人をからかうものじゃないわ」

ドロシー「へいへい…それにしても見たかったなぁ、アンジェがプリンセスに押し倒されてよがってる所……」

プリンセス「……私がどうかしましたか♪」

ドロシー「うえっ…!?」

プリンセス「あら、そんなに驚かなくても……わたくしの事をお話しているようでしたから、つい交ぜていただきたくて…ふふ♪」そっとドロシーの肩に両手をかけ、後ろからドロシーの胸元をのぞきこむようにしながら「ふーっ」と耳元に吐息を吹きかける…

ドロシー「…っ///」ぞくぞくっ…

プリンセス「ふふ……わたくしとアンジェさんは仲良く「お着替え」していただけですわ。聞きたいことはそれでよろしいかしら?」

ドロシー「え、ええまぁ…」

プリンセス「そう、ならよかったわ……でもわたくし、この休みはドロシーさんたちともいっぱい「遊び」たいですから…うふふ、楽しみです♪」

ドロシー「///」

プリンセス「それではドロシーさん、また後で……ベアト、せっかくですし隣のデッキチェアにいたしましょう♪」

ドロシー「…あれじゃ勝てっこないな」



…夕刻…

プリンセス「綺麗な夕日ね、アンジェ…♪」

アンジェ「そうね、ロンドンでは霧と煤煙のせいで夕日なんて見られたものではなかったものね」

プリンセス「ええ、それもそうだけれど……///」

アンジェ「…なに」

プリンセス「隣にシャーロットがいるんですもの…なおの事綺麗に見えるわ」

アンジェ「…じ、冗談は止して///」

プリンセス「私の言っていることが冗談に聞こえる…?」

アンジェ「…」

プリンセス「あのね…シャーロットとここでいっぱい楽しい事がしたいの……それで、うんと二人だけの思い出を作ろう…って///」

アンジェ「……プリンセス」夕陽に照らされてきらりと目に光るものが浮かぶ……

プリンセス「…だからえっちしましょう♪」

アンジェ「…は?」

プリンセス「聞こえなかったかしら。それじゃあもうちょっと大きい声で言うわね……すぅー…」

アンジェ「待って。待ってちょうだい…言った言葉は聞こえたわ……ただ、頭が理解するのを拒んでいるの」

プリンセス「あら、どうして?」

アンジェ「いえ…だって、その……///」

プリンセス「もしかして私が「プリンセス」だから…?」

アンジェ「いいえ、むしろ喜ばしいことだわ」

プリンセス「それじゃあ…誰か他に意中の人がいて、私とベッドに入るのが嫌?」

アンジェ「全くないわ」

プリンセス「…じゃあさっきのでヘトヘトになっちゃった?」

アンジェ「いいえ。あの程度でくたびれていたらスパイなんて務まらない」

プリンセス「じゃあどうして?」

アンジェ「……から」

プリンセス「んー?」

アンジェ「…プリンセスの前でそういうことを言うなんて恥ずかしいから///」

プリンセス「まぁ……まぁまぁまぁ♪」

アンジェ「な、何がおかしいの」

プリンセス「うふふふっ、シャーロットったらそんな可愛い事を言ってくれるなんて……ごめんなさい、もう我慢できないわ♪」

アンジェ「えっ…ちょっと待って」

プリンセス「さぁさぁシャーロット、寝室には大きなふかふかのベッドが待ってるわ♪」

アンジェ「プリンセス、待って……何で私が腕を振りほどけないの…っ」

プリンセス「ふふ、どうしてかしらね…さぁ、夜は長いんだもの。うんと愉しみましょうね♪」

アンジェ「ちょっと……ねぇ、待ってったら///」

プリンセス「いいえ、待たないわ…そーれっ♪」ベッドにアンジェを放り込み、ついで自分もダイブするプリンセス…

アンジェ「///」ぽすっ…と一つバウンドしてからベッドに「着地」する二人…

プリンセス「んふふ、可愛い……っ♪」胸元をはだけさせ、夕日に照らされる白い肌をじっくりと観察する…

アンジェ「…あなたこそ///」プリンセスの胸元に手を伸ばし、首元のブローチを外すとボタンに手をかけて胸元を開いた……

プリンセス「ふふっ…♪」

………

…そして夕日が沈み…

アンジェ「……あぁっ、んんっ、んぁぁ…っ///」

プリンセス「んっ、んっ……んんっ♪」

アンジェ「はぁ、はぁっ…プリンセス、脱がすわよ……」

プリンセス「ええ、私もシャーロットの事脱がしてあげ……痛っ」

アンジェ「…どうしたの」

プリンセス「あのね、アンジェのふとももの所に何か固いものがあって…膝をついたら食い込んじゃったわ……」

アンジェ「あ…ごめんなさい」気まずそうにガーターベルトのように取りつけていた革ベルトとホルスターを外すと、中身の「ウェブリー・フォスベリー」リボルバーごとナイトテーブルの上に置いた

プリンセス「ううん、いいのよ…それじゃあ脱がすわね……あら、上等な万年筆ね」二本あるうちの一本に手を伸ばした…

アンジェ「だめ、触らないで…!」

プリンセス「?」

アンジェ「…こっちのはインクが劇薬になっているの…うかつに触ると確実に死ぬ。ちなみにこの便せんは毒じゃない方のペンで書いて少し熱すると、書いた文字が化学反応で透明になる」

プリンセス「ふぅ……アンジェ、他にも「びっくりスパイ道具」があるなら自分で外してもらえるかしら?」

アンジェ「ええ、そうね…プリンセスを怪我させるわけにはいかないもの」

プリンセス「全く、私の別荘にまでそんなものを持ちこんで」

アンジェ「全てプリンセスの安全のためよ…」黒革の胴衣(ボディス)を縫っている糸の一本を抜き取り、ナイトスタンドの柄に巻きつけた…

プリンセス「それは?」

アンジェ「細い金属ワイヤー…相手の首を絞めるのに使えるわ。それから……」胴衣の型崩れを防ぐため縦に入っている「骨」の数本を引き抜いた…

プリンセス「まだあるの?」

アンジェ「ええ。こっちが刺殺用のニードル、こっちは鍵開け用のキーピック二本……あとは…」銀鎖のついた懐中時計をナイトテーブルの上に置く…

プリンセス「それは私も持っているわ…裏面の蓋を開けると粉薬が入っているのよね?」

アンジェ「ええ……故障した時計をいじるふりをしながら相手のグラスに薬を入れることができる……私の場合自白剤だけど、プリンセスは眠り薬だったわね」

プリンセス「ええ、そうよ……それは?」

アンジェ「普通のコンパクト……に見えるけど二重底になっていて手紙を隠せる。手鏡自体は外して正しい位置の窪みにはめ込むとルーペになるから、ものを拡大したり…光を反射させて合図を送ってもいい」

プリンセス「ふんふん…」

アンジェ「この印章付きの指輪は、印章の部分を半回転させておいてから相手に押し付けると小さい針が出てくる…これも触ると毒よ」

プリンセス「ずいぶんたくさん持っているのね…?」

アンジェ「ええ…この不格好な眼鏡のフレームは鉄で出来ているから、いざとなれば相手の喉を突く武器になる」

プリンセス「……まだあるの?」

アンジェ「このハンカチはなかなか破けない生地になっているし、特定の角度で日に当てながらロンドンの地図と合わせると……月ごとに変わるセーフハウス(隠れ家)の位置が分かるようになっているわ。…これはみんな持っているわね」

プリンセス「ええ…♪」

アンジェ「それから……」

プリンセス「ねえ、アンジェ」

アンジェ「なに?」

プリンセス「まだかしら…私はもう脱ぎ終わってしまったのだけど♪」白い絹の下着だけでにこにこしながら立っている…

アンジェ「…ごめんなさい、すぐ脱ぐわね///」慌てて「Cボール」を置こうとする…と、プリンセスがそれを取り上げる

プリンセス「ふふっ、これって「Cボール」よね……アンジェ♪」片手でCボールをもてあそびながら、急に意地の悪い笑みを浮かべた……

アンジェ「ええ…Cボールを手にしてどうするつもり?」

プリンセス「ふふふっ……えいっ♪」

アンジェ「えっ、ちょっと…///」二人とも寝室の天井近くまで浮き上がり、緑色の光に包まれている…


アンジェ「…プリンセス、Cボールで何をする気?」

プリンセス「ふふっ…♪」アンジェが下着に着ている胴衣の胸元をほどくと、空中で脱がせるプリンセス…

アンジェ「ねぇ、ちょっと…///」

プリンセス「一度空中でアンジェとえっちしてみたかったのだけど、いつもはCボールを手元から離したことがないし……ふふっ、やっとスキをみせてくれたわね♪」

アンジェ「別に意地悪でしていたわけじゃないわ…Cボールはトップ・シークレットの道具だし扱いが難しいから……って、何をしているの///」

プリンセス「んー…空中でアンジェのここを眺めるなんて新鮮な気分ね♪」

アンジェ「わ、悪ふざけはよして///」

プリンセス「もう。私は「シャーロット」の事が大好きなのに、どうしてそういうことを言うのかしら……んちゅ…っ♪」

アンジェ「プリンセス、止めて……だめ、そんなところを舐めないで…っ///」

プリンセス「んふ、んくぅ……ふふ、アンジェの味がするわ」ちゅく…っ、くちゅり……♪

アンジェ「ゆ、指も駄目……っ///」

プリンセス「でも、だとしたら……あ、分かったわ♪…アンジェは「貝合わせ」がしたいのね♪」

アンジェ「!?……プリンセス、今…か……って…///」

プリンセス「あら、間違えたかしら…お互いに「めしべ」と「めしべ」をくっつけ合うことでいいのでしょう?」

アンジェ「ええ…合っているわ///」

プリンセス「ならそれをしましょう♪…ふふ、空中だと姿勢を変えるのが難しいわね♪」くるりと一回転してしまい、アンジェの顔を胸で挟んでしまうプリンセス……

アンジェ「…っ///」

プリンセス「あら、ごめんなさい…どう、気持ちいいかしら?」

アンジェ「……い///」

プリンセス「んー?」

アンジェ「…柔らかくていい匂い///」そのまま胸元に顔をうずめるアンジェ…

プリンセス「もう、アンジェったら…ふふ♪」白く滑らかなアンジェの背中に手を回して抱きしめる…

アンジェ「んんぅ…すぅぅ……れろっ///」

プリンセス「きゃっ…もうアンジェったらどこを舐めているの♪」

アンジェ「…谷間」

プリンセス「んっ、もう……で、お味はいかが?」

アンジェ「……甘酸っぱい初恋の味///」

プリンセス「まぁまぁ…♪」

アンジェ「…もういいでしょう、遊びの道具じゃないわ」

プリンセス「だーめ、まだ空中でしてないもの♪」

アンジェ「……本当にする気なの?」

プリンセス「ええ。それじゃあ行くわね♪」くちゅ…っ♪

アンジェ「えっ、ちょっと待って…んんっ///」

プリンセス「あっ、これすごく気持ちいい…っ♪」

アンジェ「んひっ、んんぅ、んあぁぁっ…!」

プリンセス「はぁ、はぁ、はぁっ……これ…っ、アンジェの柔らかい感触だけが伝わってきて……すごく幸せ…っ♪」ぐちゅぐちゅっ、にちゅ…っ♪

アンジェ「んんっ、んひぃ…んっ、ひぐぅ……は、早く降ろして……っ…あぁぁん…っ♪」ひくっ、とろとろっ……くちゅり…っ♪

プリンセス「んっ、んっ……あぁぁ、これ癖になっちゃいそう♪」

アンジェ「そんな癖は求めてないわ…んぁぁぁっ///」ぷしゃぁぁ…っ♪

プリンセス「んっんっんっ…あぁ、アンジェのイっている顔……とっても可愛い♪」

アンジェ「…ば、ばか///」

………

アンジェ「プリンセス……んんぅ」

プリンセス「シャーロット…あむっ、んちゅ……///」

アンジェ「んふぅ…んちゅぅ、ちゅぷ……///」

プリンセス「んんっ、シャーロット……もっと、して…///」

アンジェ「ええ、行くわよ…///」くちっ…にちゅ……っ

プリンセス「あぁ、あぁぁ…んぅ……っ!?」Cボールの明るい緑の光に包まれ、空中に浮かんだままいちゃついていた二人…が、プリンセスが間違ってCボールを解除してしまった……

アンジェ「…わっ!?」ぼふっ…!

プリンセス「ごめんなさい……大丈夫、シャーロット?」

アンジェ「私は平気よ。プリンセスは?」

プリンセス「私も大丈夫よ……ところで、重くなかった?」

アンジェ「大丈夫、羽根のように軽かったわ…///」

プリンセス「もう、シャーロットったら…♪」

アンジェ「…ふふ」

プリンセス「ふふふふっ…♪」

アンジェ「ふふふっ♪」

プリンセス「あはははっ♪」

アンジェ「あははっ♪」

プリンセス「あーおかしい…自分で始めておきながら心配ばかりして♪」

アンジェ「全くね。しかも機密扱いの道具をこんなことに使うなんて…でも気持ち良かったわ……///」

プリンセス「ふふ、もう終わりのつもり?」

アンジェ「だって……もう数時間は経ったはずよ?」

プリンセス「ふぅん…でも私はまだまだ大丈夫だし、シャーロットだってもっとしたいんじゃないかしら?」

アンジェ「わ、私はそんな風に思ってないわ…///」

プリンセス「ふふ…相変わらず私の前では嘘が苦手ね?」

アンジェ「そんなことないわ……私はもう充分よ」

プリンセス「……そうかしら?」ベッドの上に両手をつくと、じりじりとアンジェに覆いかぶさるプリンセス…

アンジェ「え、ええ…だから放してちょうだい」

プリンセス「…本当は?」

アンジェ「……もっとしたいわ///」

プリンセス「ほらやっぱり♪」

アンジェ「…明日は確実に寝不足ね」

プリンセス「それなら一緒にお寝坊しましょうよ…シャーロット♪」…ちゅっ♪

アンジェ「ええ…どうやら私に選択肢はないようだものね」……ちゅ♪


………

…翌朝…

ドロシー「おー、起きてきたか……」

アンジェ「ええ…太陽が黄色いわ……」

ドロシー「…で、プリンセスは?」

プリンセス「おはよう、ドロシーさん♪」

ドロシー「うわ!」

プリンセス「どうかなさったの?」

ドロシー「い、いや…何でもない……」

プリンセス「ふふ、変なドロシーさん…おはよう、ベアト♪」

ベアトリス「おはようございます、姫様。紅茶でよろしいですか?」

プリンセス「ええ、ありがとう♪」

ドロシー「アンジェは何がいいんだ……おい、アンジェ!」

アンジェ「…なに?」

ドロシー「朝食は何がいいんだ……って言ってもこの時間だとブランチ(朝食と昼食の間)って所だけどな」

アンジェ「…任せるわ」

ベアトリス「もう、アンジェさんったら仕方ないですね……じゃあ私が適当に作ってきますから」

アンジェ「ええ、それでいいわ」

ちせ「…ふむ、規則正しい生活を送らぬと身体に悪いぞ」

アンジェ「こればかりは不可抗力よ」

ちせ「…ふむぅ?」

ドロシー「あぁ、まぁなんだ…普段頑張ってるわけだし、ちょっとくらいいいんじゃないか?」

ちせ「まぁそれもそうじゃが……しかしアンジェどのがこのような寝ぼけまなこなのは珍しいの」

ドロシー「あー…まぁ、そのぉ……あれだ…時差とか旅行疲れとかそういうのだろ」

ちせ「アンジェどのがそのようなことで、かくも疲れた様子なのはどうも奇妙じゃがの」

ドロシー「えーと…あ、アンジェはポーカーフェイスだけど、意外と旅行の前とかわくわくして寝られないタチなんだよ!」

プリンセス「ふふ、そうなの…アンジェったらはしゃぎ過ぎちゃったのね♪」

ちせ「さようか……ならばしばし休まれるとよかろう」

ドロシー「お、おう…それがいいや。ところで、よかったらこの後あたしと海岸へ遊びにでも行こうぜ?」

ちせ「ふむ、たまにはそれもよかろう……ご一緒いたそう」

ドロシー「うーし、そんじゃああたしたちはお先に…プリンセスもよかったら後からどーぞ♪」

プリンセス「ふふ、そうね♪」

ベアトリス「あれ、ドロシーさんにちせさん…お出かけですか?」

ドロシー「ばか言え、ちょっと浜辺で遊んでくるだけさ……ベアトリスも後で来いよ♪」

ベアトリス「全く、ドロシーさんは元気ですね…姫様、半熟のゆで卵にトースト、フルーツの盛り合わせです♪」

プリンセス「ありがとう、ベアト…片付けは後で構わないから海岸へ行ってらっしゃい♪」

ベアトリス「姫様、よろしいのですか?」

プリンセス「ええ、もちろん…私はアンジェさんとブランチをいただいてから浜辺に参りますから♪」

ベアトリス「分かりました、それでは失礼します」

プリンセス「はい……ふふ、それじゃあアンジェ…「あーん」してあげる♪」

アンジェ「別にいいわ、自分で食べられるもの…」

プリンセス「はい、あーん♪」

アンジェ「…あーん///」

プリンセス「はい、よくできました♪」

…浜辺…

ドロシー「そぉれ、捕まえちゃうぞぉ…♪」

ベアトリス「いやあぁぁ…なんでドロシーさんったら飲んだくれているんですかぁ!?」

ドロシー「おいおい、朝から飲んだくれる奴があるかよ。あたしはしらふだ……ただ、ちっこいベアトリスを抱きしめてあちこち触ったりしたいなぁ…ってだけさ♪」

ベアトリス「それでしらふだなんて、余計タチがわるいですよぉぉ…!?」

ドロシー「そう気にするなって…あたしら仲間だろ?」

ベアトリス「それ、「仲間」の使い方が間違ってますよ…ひぃぃ!」

ちせ「…おぉ、よい走りじゃ。鍛錬としては充分な効果があるじゃろうな」

ベアトリス「ひぃいやぁぁ…っ!?」

ドロシー「よぉーし、ベアトリスが一生懸命逃げるなら……あたしも全力で追いかけないとなぁ♪」

ベアトリス「いやぁぁぁ…!」

アンジェ「ベアトリス、うるさい」

ベアトリス「えぇぇ、私が悪いんですかぁ!?」

アンジェ「ええ…だいたい走って逃げるのに叫んでいると息が無駄になる。黙って走るべきよ」

ベアトリス「そ、そんなこと言ったってぇぇ…!」

アンジェ「それにドロシー、貴女も……ベアトリスが嫌がっているのに追い回すのはよくないわ」

ベアトリス「はぁ、よかった…そうですよドロシーさん!」

アンジェ「私は疲れているからそう言う声は聞きたくないの…ベアトリスで何かしたいなら向こうでやって」

ベアトリス「…え?」

ドロシー「あいよ……それ、つーかまーえた♪」

ベアトリス「いやぁぁぁっ!?」

アンジェ「だからうるさい」カチリ…

ベアトリス「…!……!!」

ドロシー「それじゃあまた後で…んふふ♪」

プリンセス「…あら、ドロシーさんったらベアトを抱えてどちらまで?」

ドロシー「あぁプリンセス…いやぁ、ちょっと抱きしめてなでなでしようかなぁ……なんてね?」

プリンセス「そうですか……ふむふむ」

ドロシー「あぁ、いや…もちろんプリンセスが「ベアトは私の専用です」って言うならお返しするけどな?」

プリンセス「そうですねぇ…」

ベアトリス「…!……!!」パクパク…

ドロシー「…で、どうする?」にいっ…と口の端に笑みを浮かべる

プリンセス「決まりましたわ」

ドロシー「それで、プリンセスはどうする…?」

ベアトリス「……!!」

プリンセス「わたくしも参りますわ…ふふ、ベアトとドロシーさんを一緒に味わえるなんて……なかなかそんな機会ありませんものね♪」ドロシーの耳元でささやいた…

ドロシー「…お、おい///」

ベアトリス「!?」

プリンセス「…それじゃあ参りましょう、ドロシーさん……♪」ドロシーの腕に自分の腕を絡め、にこにこと邸宅の方に戻っていく…

アンジェ「…」

ちせ「おや…プリンセスどのはせっかく水着になったと言うのに、どうして戻ってしまったのじゃろう?」

アンジェ「きっと色々あるのでしょう……まったくもう」

ちせ「?」

…その日の夕食時…

ドロシー「…なぁアンジェ」テーブルナイフで「鴨肉のロースト・オレンジソースがけ」を切りつつ声をかけた…

アンジェ「何?」

ドロシー「……ベッドの上のプリンセスっていつもああなのか?」

アンジェ「ノーコメント」

ドロシー「そうかよ…それにしても可愛い顔してとんだじゃじゃ馬……」

アンジェ「ドロシー、今なんて言った?」

ドロシー「な、何も言ってないぞ。…って言うかその表情でナイフをつかむなよ、心臓に悪いだろ……」

アンジェ「なら結構」

プリンセス「ねぇアンジェ、二人だけの内緒話も結構だけれど……せっかくですしわたくしも混ぜて?」

アンジェ「ええ」

ドロシー「……なんでプリンセスはくたびれた素振りすらないんだよ。あたしはもうヘロヘロだっていうのに…」

ベアトリス「…うぁぁ」

ドロシー「ベアトリスにいたっては…ありゃ魂が出て行った後の抜け殻だな……」

ちせ「どうしたのじゃ、ベアトリスどのはずいぶん気が抜けておるが…?」

プリンセス「…きっと日頃の雑用から離れて気が抜けているのでしょう……こんなに疲れさせていたかと思うと、わたくしも何かとベアトに頼る癖を改めなくてはなりませんね……ふふっ♪」

ベアトリス「あー……」

ちせ「それにしても疲れ切っておるな…そういう時は……」ごそごそと着物のたもとをかき回すと、何やら赤っぽいものを取り出した…

プリンセス「それは何ですか?」

ちせ「これは「梅干し」と申す酸っぱい漬物じゃ…わが国では疲労回復に効果があると伝えられておる。それ、ベアトリスどの…」

ベアトリス「ふぇ…?」

ちせ「口を大きく開けて「あーん」…じゃ」

ベアトリス「はい、わかりました……あーん…」

ちせ「ほい」

ベアトリス「………すっぱ!?」

ちせ「そういう物じゃからな」

ベアトリス「な、何を放り込んでくれたんですか!?」

ちせ「じっくり漬けた「梅干し」じゃ…疲れに効くぞ?」

ベアトリス「何か酸っぱくてぱさぱさした皮とにゅるにゅるした果肉が…うわぁぁ!」

ちせ「ふむ、見ての通りあっという間に元気になったじゃろう?」

ベアトリス「違います!おかしなものを口に放り込まれたせいでパニックなんですよっ!」

ドロシー「なら吐きだせばいいじゃないか」

ベアトリス「姫様の前でそんなこと出来る訳ないじゃありませんか、ドロシーさんじゃあるまいし!」

ドロシー「なんだとぉ?」

アンジェ「いいから静かにして…食卓で騒ぐのはマナー違反よ」

プリンセス「ふふ、相変わらずベアトは面白いわね♪」

ベアトリス「もう、姫様まで……と、とにかく口の中をゆすがせて下さいっ!?」ごく、ごくっ……

ドロシー「お、おい…それ」

ベアトリス「…きゅう///」

ドロシー「……水じゃなくて酒だぞ…」

プリンセス「あらあら…」

アンジェ「…お帰りなさい」

ドロシー「あぁ……とりあえずベッドに寝かしてきた」

プリンセス「ありがとう、ドロシーさん」

ちせ「すまなかったのぉ…まさか梅干しにあんな拒否反応を示すとは」

ドロシー「それだけ強烈だったのかもな……どんな味なんだ?」

ちせ「たべるかの?」

ドロシー「それじゃあ一つ……見た目はしわくちゃのプラムみたいだけど、もっと小っちゃいな」

プリンセス「せっかくの機会ですから…ちせさん、よかったらわたくしにも下さいな?」

ちせ「うむ、どうぞお取りになってくだされ…アンジェどのはいかがじゃ?」

アンジェ「そうね…一応味見くらいは」

ちせ「うむ、ではドロシーどのと半分こでいいかのぉ?」

アンジェ「…」

ドロシー「…あー、あたしは一個食べるつもりでいるから…そーだ、プリンセスと半分こしたらいいんじゃないのかなー?」

プリンセス「そうね、それもいいかもしれないわね…それじゃあ半分こ♪」柔らかい大粒の梅干しを手で割いて、片一方をアンジェに渡す…

アンジェ「あ、ありがとう…///」

ドロシー「それじゃあ……うわ、酸っぱいな!?」

アンジェ「…」

プリンセス「わぁ、面白いお味ね?」

ちせ「ふむ…こちらにはこのようなものが少ないからのぉ……」

ドロシー「うー、すっぱ……これはあれだ……ジンの中に放り込んでフレーバーにすれば…」ごくっ…

ちせ「ほぉ…日本では焼酎に入れることもあるが、それをご存じとは……ドロシーどのは物知りじゃな」

ドロシー「いやぁ、別にそう言うつもりじゃなかったんだけどな…おっ、こうすれば意外とすんなり飲めるな♪」

アンジェ「…」

ドロシー「おいアンジェ、さっきからやたら無表情だけどどうした…まさか酸っぱいのは苦手か?」

アンジェ「そんな訳ないわ、黒蜥蜴星人である私が酸っぱいものを食べられないはずがない……ただ」

ドロシー「…ただ?」

アンジェ「思っていたのと違う酸味を感じて驚いただけ…」

ドロシー「はぁん…それはつまり「苦手」ってことだなぁ?」

アンジェ「苦手ではないわ。少なくともベアトリスみたいに礼を失するような騒ぎ方はしない」

ドロシー「あれと比較する時点で相当苦手だろ…ちせには悪いが、嫌なら吐き出しちゃえよ」

ちせ「ふむ、貴重な梅干しとは苦手とあらば致し方ない……構わぬよ、アンジェどの」

アンジェ「大丈夫、もう飲み込んだわ」

ドロシー「しかしこの「ミス・パーフェクト」にも苦手があったとはなぁ…ふふーん♪」

アンジェ「嫌な笑い方をするわね…言っておくけれど、私に何か仕込んだりしても無駄よ」

ドロシー「おいおい、そんなことしないって……んふふ♪」

アンジェ「…もしそう言うことをしたら間違いなくやり返すから」

ドロシー「へいへい……それじゃあデザートの方に取りかかりますかね…♪」

…夏休み明け…

ドロシー「あーあ…夏休みもおわっちったなぁ……」

アンジェ「その方がいいわ、任務がないと身体がなまるし用心深さが足りなくなる……たとえば」ドロシーのそばでわざとグラスを落とす…

ドロシー「おっと…!」ぱしっ…!

アンジェ「私たちのような人間は、こういう時とっさの反応が出来るかどうかに命がかかっているわ」

ドロシー「……だからってあたしで試すなよ」

アンジェ「貴女を頼りにしているからこそよ」

ドロシー「そ、そっかぁ…アンジェに「信頼している」って言われると、なんかくすぐったいなぁ///」

アンジェ「心理戦の方もおとろえていないようね」

ドロシー「おい…それもトレーニングかよ」

アンジェ「冗談よ」

ドロシー「ははっ、こちらも同じく冗談さ……アンジェがあたしにまぁまぁ気を許してくれていることくらい分かってるって♪」

アンジェ「そうかしら」

ドロシー「あぁ、じゃなきゃナイフの届く距離にまで入ってくるわけがない…だろ?」

アンジェ「…かもね」

プリンセス「ねぇ二人ともご覧になって…イギリスが見えてきたわ♪」

ドロシー「おー、ほんとだ…こうやっていると緑豊かで綺麗なもんだな……」

プリンセス「…本当に綺麗ね♪」

アンジェ「ええ」

ドロシー「空の上から見るとなおのことな…ところでちせとベアトリスはどうしたんだ?」

プリンセス「ふふ、ちせさんは飛行船が怖いからお部屋に…ベアトは降りた後の荷物を整えているわ」

ドロシー「そっか…んじゃちょっくら「顔を出して来る」かな」

アンジェ「ええ、それがいいわ…ちせなら一人でも大丈夫だけど、ベアトリスは近接戦が未熟だから」

ドロシー「あぁ、一応形だけな……じゃあプリンセスを頼んだぜ?」

アンジェ「ええ」

プリンセス「……また二人きりになれたわね」

アンジェ「それが一番いいわ」

プリンセス「あら…ずいぶん素直な意見に聞こえるわ」

アンジェ「…か、勘違いしないで…私が言いたいのは「相互にカバーできる」という意味よ///」

プリンセス「ふふ、でも赤くなってる…♪」

アンジェ「まさか…本当に?」手鏡を取り出すアンジェ

プリンセス「ふふ……引っかかった♪」

アンジェ「…」

プリンセス「ふぅ…それにしてもアンジェ」

アンジェ「なに?」

プリンセス「この綺麗な国が二つに割れているなんて、誰が想像できるかしら…?」

アンジェ「……でも「二つに割れているから」こそ、私たちも出会えたのよ」

プリンセス「でもお互いに……ううん、何でもないの」

アンジェ「…分かっているわ。貴女こそ本当のプリンセスよ…それにたとえ何があっても、貴女は私のプリンセス……それだけは絶対に変わらない」

プリンセス「…シャーロット///」

アンジェ「さぁ、もう着くわよ。下船の準備をしましょう」

プリンセス「ええ、そうね…もっと遅い乗り物ならよかったのに……///」


絶倫ひめさま

>>71 実は「チーム白鳩」はプリンセスが夜な夜な「プリンシパル」するためのものであった……訳ではないですが、プリンセスはしとやかそうな外見に反してかなりのタチなので……



…case・プリンセス×ベアトリス「over the fence」(越境)…


…ロンドン市内・公立図書館…

アンジェ「すみません…「ブリタニアの歴史」第13巻はどこにありますか」

7「第13巻ですか?失礼ですが「ブリタニアの歴史」は12巻までしかありませんよ?……歴史書ならあちらの棚だったと思いますわ」

アンジェ「そうですか、どうもありがとう……」ずっしりと重い歴史書をどかすと、背中合わせに本のページをめくりながら書棚越しで小声のやり取りをする二人

7「それで…夏季休暇は楽しめた?」

アンジェ「おかげ様で……ところで「L」はどうしたの。連絡は彼からのはずだけど」

7「残念ながら「L」は来られなくなった」

アンジェ「そう…答えはもらえないでしょうけれど一応聞いておく。……理由は?」

7「一応答えておくわ…「L」は今度公開される劇場版「プリンセス・プリンシパル」の席を予約しに行っているの……もうかれこれ数時間は行ったきりよ」

アンジェ「……は?」

7「聞こえなかった?」

アンジェ「いえ、聞こえたわ……劇場版?」

7「ええ」

アンジェ「そう…で、今回の任務は?」

7「今回の任務はとある人物の越境を支援すること……まずはその人物に越境の意思があるかどうかを確かめる必要があるわ。詳細は追って連絡する」

アンジェ「…了解」


………

…寄宿舎・中庭…

ドロシー「…で、今度は越境の支援だって?」

アンジェ「ええ。まずは対象者に越境の意思…それに特別な条件があるかどうかを確かめる」

ドロシー「それが一番ヤバいやつだ。王国防諜部ならオーバー・ザ・フェンス(越境)を目論んでいそうな奴なんて軒並みマークしているだろうし、場合によっては連中が仕組んだ罠かもしれない……ちっ、参ったな…」

アンジェ「そうね…でもこちらも用心はしている」

ちせ「…ほう?」

アンジェ「連絡はデッド・レター・ボックス(置き手紙)方式で、メールドロップへのメッセージ投入もカットアウト(使い捨て可能なエージェント)が行う…」

ドロシー「おいおい、だとしたらどこであたしたちの出番が出てくるんだ?」

アンジェ「ドロシー、最後まで聞いて…」

ドロシー「へいへい」

アンジェ「…今回は私たちが越境を担う訳ではない」

ベアトリス「それってどういうことですか?」

アンジェ「私たちはあくまでも王国防諜部の影がないか確かめ、ないとなったら対象者の越境を支援する…」

プリンセス「それじゃあまた見張りなのね、アンジェ?」

アンジェ「そうとも言えるしそうでないともいえる…場合によっては当初のグループが陽動を行い、その隙に私たちが王国防諜部から対象者を「抽出」する必要が出てくるかもしれない」

ドロシー「いずれせよ、まずは観察あるのみ…か」

アンジェ「ええ」

………


劇場版くるんか

>>74 2019年から六章に分けて劇場公開…「チーム白鳩」のその後の活躍をぜひスクリーンで体感しよう!(←いわゆるダイマ)

…一期を上回る豪華声優陣(おもにベアトリスのヴォイスチェンジ)にも期待ですね(笑)


……と、そこまでは素晴らしいことなのですが近隣に映画館のない人間はどうすれば……ぜひとも「コントロール」にはカバーの「文化振興局」と言う部分で頑張ってもらいたいものです…

…ロンドン・リージェント公園…


アンジェ「…それじゃあ手はず通り、ドロシーは味方のエージェントと交代を……接触する際は交代するエージェントから紙袋いっぱいのリンゴを買うことになっているけれど、もし青リンゴだったら「危険」だから何食わぬ顔で立ち去るように」

ドロシー「了解…で、赤リンゴだったら予定通り公園のベンチでリンゴをかじっていればいいんだな?」

アンジェ「ええ、その通りよ……その間私とプリンセス、ベアトリスは各所から監視を行う。…ちなみにちせはあちらのトップと会談する予定があって来られない」

ドロシー「あいよ…ところで接触するのはいいんだけど、なんで私が「リンゴを食べながら」なんだよ……」

アンジェ「合言葉がそうだからよ……ベンチの隣に座った相手が「綺麗なリンゴですね…子供の頃はよく近所の森でもいでいたものです」といったら…」

ドロシー「私が「その森って…もしかしてシャーウッドの森ですか?」って答えるんだったな」

アンジェ「その通りよ」

ドロシー「……リンゴでお腹がパンパンになる前に来てくれることを祈るよ」

アンジェ「別に頑張って食べる必要はないわ」

ドロシー「分かってるっての」



………

エージェント「……リンゴはいりませんか、新鮮なリンゴですよ!」

ドロシー「すみません、リンゴを一袋下さい」

エージェント「はい、毎度あり♪」

ドロシー「……赤リンゴか…」ベンチに腰かけるとはしたなく見えないよう……また、接触までに食べ過ぎることのないよう、小さな口でリンゴをかじる…

アンジェ「…」

プリンセス「……」

ベアトリス「…今のところ王国防諜部は見当たりませんね」

プリンセス「とはいえまだ分からないわ…」

ドロシー「…しゃく……しゃくっ…」(ちくしょう、まだなのか?……もう三つ目だぞ、おい…)

初老の紳士「…隣、よろしいですかな?」

ドロシー「ええ、どうぞ?」

アンジェ「……対象者が来たわ」

プリンセス「今の所動きはないわね…」近くの空き部屋から監視を続けるプリンセスとベアトリス…

ドロシー「…むぐっ、しゃくっ……」

紳士「…綺麗なリンゴですね…子供の頃はよく近所の森でもいでいたものです」

ドロシー「……それってもしかして、シャーウッドの森ですか?」

…監視場所…

アンジェ「…接触したわね」

プリンセス「……ドロシーさんがリンゴを渡したわね」

ベアトリス「確認できましたね」



紳士「おや、あの森をご存知ですか?…何とも懐かしいですな」

ドロシー「ええ…きっと週末にでも行きたい(予定通り越境を希望する)でしょうね?」

紳士「むろんですとも……何しろ都会は嫌になってしまいましたから」

ドロシー「何しろいい空気を吸うにもいちいち出かけないといけませんものね?」

紳士「おっしゃる通りです…」

アンジェ「……ドロシーが引き上げてくるわね」

プリンセス「じゃあ撤収しましょうか、ベアト?」

ベアトリス「はい、姫様」

アンジェ「これで二人は手はず通り裏から抜ける……プリンセス、気を付けて…」プリンセスたちが撤収する様子を観察しながら小声で祈るアンジェ…

…寄宿舎…

ドロシー「…あ゛ー、つっかれたー……おまけに酸っぱいリンゴの食べ過ぎで胃がムカムカする…」

アンジェ「ご苦労様」

ドロシー「おー…そう言えば越境の日取りは決まったのか?」

アンジェ「私はまだ聞いていないわ」

ドロシー「コントロールのやつ、ぎりぎりまで明かさないでおくつもりだな…まぁいいや」

アンジェ「夕食はどうする?」

ドロシー「いや、リンゴでお腹がふくれてるし今はいいや……っぷ」

アンジェ「つわり?」

ドロシー「そんなわけあるか、リンゴのせいだって言ってるだろ…うー、ムカムカする」

アンジェ「ご愁傷様」

ドロシー「おー…ったく、あんな酸っぱいリンゴを仕入れやがって……後で危険手当を申請してやる」

アンジェ「じゃあ夕食はパスね?」

ドロシー「あぁ、この調子じゃあ食べられそうにないしな…」

ちせ「……なら私が粥でも作ろうかの?」

ドロシー「おっ、戻ってきたのか」

ちせ「うむ…詳細は明かせぬが今後の方針について話し合ってきたのじゃ」

アンジェ「ご苦労様、すぐに夕食の時間よ」

ちせ「うむぅ…ところが向こうで遅い昼餉(ひるげ)をごちそうになって来てしまっての……今は満腹じゃぁ」

アンジェ「分かった……それじゃあまた後で」

ドロシー「あいよ……うっぷ」

ちせ「どうしたのじゃ…つわりか?」

ドロシー「だからつわりのはずないだろうが…だいたい誰との子だよ」

ちせ「……まぁ、それはそうじゃが…もしうちの子供だったらと思うと……///」

ドロシー「はぁ!?」

ちせ「べ、別に想像を巡らせるくらいよいではないか…!」

ドロシー「いや、だって女同士で…でも待てよ?…ちせとあたしの子供か……」

………



ちせ(和風美人)「うむ、うちらの子供は相変わらず可愛いの…ぉ♪」

ドロシー(貴婦人)「おー、本当だよな……それにしても眉毛はちせそっくりだ♪」

ドロちせの子供「えへへぇ…ドロシーおかあしゃま♪」たゆんっ…♪

ちせ「そしてこの年でこの身体…ここはドロシーの血じゃな……むぅぅ」

ドロシー「そうすねるなよ…後でなぐさめてやるって♪」

………

ちせ「……な、なんじゃ…いきなりニヤニヤして」

ドロシー「いや…ちせとあたしの子供……結構いいかもな♪」

ちせ「!?」

…深夜・部室…

ドロシー「うー…腹減ったぁ……」ごそごそと棚やティーセットの周りをかき回すドロシー…

ドロシー「…ったく、あのリンゴのせいで胃はむかつくわ夕食は食べ損ねるわでエライ目にあった……その上いまになって腹ペコになって…」

ちせ「…誰じゃ!」

ドロシー「うわ…っ!?」

ちせ「……なんじゃ、ドロシーか?」

ドロシー「ちせ?」

ちせ「うむ、私じゃが……こんな夜更けにいったいどうしたと言うのじゃ?」

ドロシー「いや、それはあたしの台詞だって…ちせこそいつもは早寝早起きのはずだろ?こんな時間に何してるんだ?」

ちせ「そりゃあもちろん…あー、アレじゃ……」

ドロシー「いや、「アレ」って何だよ…見回りか?」

ちせ「あー……うむ!…そうじゃ、見回りじゃ。いや、とっさに英語が出てこなくての」…きゅうぅぅ

ドロシー「そうだよなぁ、ちせたんは見回りだよなぁ……ふふっ♪」

ちせ「な、何がおかしいのじゃ……むしろドロシーこそ何をしに参ったのじゃ///」

ドロシー「えっ、あたしか?……それは……何だ、まぁ言うなれば……アレだ…アレ」

ちせ「何じゃ?」

ドロシー「えーと、だな…」ぐぅぅ…

ちせ「……どうやら「見回り」の目的は同じのようじゃな」

ドロシー「ああ……なら一緒に行くか♪」

ちせ「ふむ…どこへ行くのじゃ?」

ドロシー「ここの厨房さ……いくら片づけたとしても、ちょっとした残り物くらい転がってるだろ」

ちせ「しかし、ここの寮監に見つかったらタダでは済まんぞ?」

ドロシー「おいおい……あたしたちの「本業」は何だっけ…?」

ちせ「それは…間諜じゃな」(※間諜…「かんちょう」いわゆるスパイ・工作員の事)

ドロシー「なら寮監ごときに見つかるわけがない…だろ?」にやりと不敵な笑みを浮かべると、スパイ活動用のマントを取り出した…

ちせ「ふむ……間諜としての技巧を私利私欲のために使うのははなはだ不本意ではある…が、背に腹は変えられぬ……同道いたす!」

ドロシー「おーし、それじゃあ行きますか…♪」

…廊下…

ドロシー「…よし、行け」黒マントに黒いハンチング帽で、廊下の入れこみに身を沈めて合図をする…

ちせ「うむ……」音も立てずに廊下を小走りで移動するちせ……黒に紅椿が入った着物姿で、覆面をしている…

ドロシー「…ここを右だ」

ちせ「うむ……待て、寮監じゃ」

ドロシー「ちっ、こんな時に限って仕事熱心なこった……ちせ」

ちせ「うむ…!」ひらりと開けた窓から身を躍らせる二人…

寮監「……ん?…まったく、どうして開けっ放しなのだ……ぶつぶつ…」カチン…

ドロシー「……よし、ランタンは見えなくなった」

ちせ「それはいいがの…どうやら窓の鍵を閉められたようじゃが?」

ドロシー「そこは腕の見せ所ってやつさ…♪」窓の外側にある壁の装飾に脚をかけたまま、鍵穴に細いピックを突っこんで軽く動かした…

ちせ「…どうじゃ」

ドロシー「はは、こんな鍵なんかピース・オブ・ケーク(一片のケーキ…朝飯前)だっての……ほらきた♪」カチリ…

ちせ「さすがじゃな」

ドロシー「おうよ……さ、行こう♪」

…厨房…

ドロシー「おーし、鍵が開いたぞ…♪」

ちせ「うむ……かたじけない」

ドロシー「なぁに、お安い御用さ……さてと」

ちせ「何か食べ物じゃな」

ドロシー「あぁ…不思議と任務中は空腹なんか感じないのに、どうしてかいつもはすぐ腹ペコになるんだよな…」

ちせ「それはやはり任務中は集中しているからじゃろうな……おや、パンがあったぞ」

ドロシー「こりゃまたずいぶんカチカチだが……ま、ないよりはいいや」

ちせ「ふむ…とはいえパンだけではさすがに寂しいの」

ドロシー「へっへっへ……「そうおっしゃると思いました」ってやつだな♪」

ちせ「なんじゃ?」

ドロシー「チーズの切れっぱしがあった…そこそこ大きさのあるチェダーチーズだから、二人でも十分だろ?」

ちせ「おぉ…♪」

ドロシー「さらにそこへ持ってきて…ハムの残りがこんなところから…♪」

ちせ「おぉぉ…♪」

ドロシー「洋ナシも一個あった」

ちせ「おぉぉぉ…♪」

ドロシー「さて…そうなると今度はプロダクト(産物…スパイ活動での成果)を無事に運ばないとな」

ちせ「うむ、ここにぐずぐずしているのは愚の骨頂じゃからな」

ドロシー「そういうこと…♪」

ちせ「では、参ろうではないか」

ドロシー「おーし、任せておけ……」

…廊下…

ちせ「それにしてもどこでこれを食すことにいたそうかの?」

ドロシー「それはまぁ…部室だろうな」

ちせ「やはりそうかの?」

ドロシー「あぁ…あそこなら寮監だって来ないしな」

ちせ「うむ、こんな時間にあそこにいるとは夢にも思うまい」

ドロシー「それにナイフや皿もあるしな」

ちせ「確かに…しっ、また寮監じゃ」

ドロシー「今日はイヤに律儀だな……もう一度出よう」

ちせ「…うむ」

寮監「……よし、何も異常はない…と」

ドロシー「ふー…今度は外から鍵もかけてやったし、怪しまれもしなかったな」

ちせ「うむ。しかしこの調子ではいつ出くわしてもおかしくないの…」

ドロシー「仕方ない…ロープがあるからこれで部室まで登ろう」小さくたためて、目立たないよう黒染めにしてある絹のロープを取り出すと、輪っかを作ってそれを投げ上げ、上階の壁飾りにひっかけた…

ちせ「うむ、それが一番よい方策じゃろうな……よいしょ」

ドロシー「まったく…これじゃいつものスパイ活動よりきついな……」

ちせ「そう言うでない…美味しい夜食のためではないか」

ドロシー「あぁ、そうだな……♪」

…部室…

ドロシー「はぁ…壁をよじ登るなんて久しぶりだったな……やれやれ」

ちせ「うむ……さすがにいい鍛錬になったのぉ…」

ドロシー「ま、「空腹は最高のスパイス」だって言うしな…ちょうどいいや」

ちせ「それでは食べることにいたそうではないか」

ドロシー「おう、それじゃあ準備してやるから待ってな?」食器棚からテーブルナイフを持ち出すとパンをスライスし、堅いチェダーチーズにハムを切って乗せる……

ドロシー「…お待たせ♪」月明かりだけが室内を照らす暗がりでニヤリと笑みを浮かべ、皿に乗せたパンと二つに切った洋ナシの片方を差しだした…

ちせ「うむ…それでは、いただきます……」

ドロシー「あいよ…んぐ、はぐっ……むしゃ…」

ちせ「んむ…んむ……」

ドロシー「なぁちせ、何かこうやってこっそり食べているとさ…いつもより美味しく感じないか?」

ちせ「その気持ち、分からんではないな……すっかり固くなってしまったパンの切れ端がこんなにも五臓六腑に沁みるとは思わなかった……」

ドロシー「な?……あぁ、うまかった♪」パンのかけらが付いた指先を舐め、洋ナシを口に放り込んだ…芯のギリギリまですっかり食べると、周囲を見渡して残った芯を食器棚に放り込んだ……

ちせ「ドロシー…芯を食器棚に放り込んでどうするのじゃ?」

ドロシー「私が明日早起きして回収する…それからバラ園にでも埋めて来るさ♪」

ちせ「うむ…かたじけない」

ドロシー「気にするなって……それよりちせはこんな時間まで起きていたら体にこたえるだろ、後は任せて寝に行けよ♪」

ちせ「うむ…しからばご免」

ドロシー「あいよ……ふわぁぁ…私も食べたら急に眠くなってきたし……とっとと寝るとしますか」


………

…翌日…

アンジェ「……それでこうなっていたわけ?」

ドロシー「あー…悪ぃ……」

アンジェ「…わざわざプリンセスのお皿に洋ナシの芯を載せておくなんて……気が利いているわね」

ちせ「済まぬ…ドロシーも私も決して意図して行ったわけではないのじゃ……!」

アンジェ「分かっているわ…それにしても深夜に二人で厨房から食べ物をくすねて来て、ここでネズミみたいに飲み食いしたと言うのはいただけないわ」

ドロシー「…悪いのは分かってるけどさ、その時は腹ペコで寝られそうになかったんだよ……な?」

アンジェ「見張りや監視任務で空腹に耐える訓練もあったはずよ、ドロシー?」

ドロシー「それはそうなんだけどさ……でもわかるだろ?」

アンジェ「いいえ」

ドロシー「…黒蜥蜴星人は腹も減らないってか?」

アンジェ「そう言うことじゃないわ……仮にも学生のふりをしている私たちがこの学園で少しでも常人離れした動きやおかしな真似をしたら、それだけで「チーム白鳩」のカバーそのものが危うくなる…ドロシー、貴女はたかが一時の空腹のために全員を危険にさらしたのよ」

ドロシー「そう言われると身もふたもないな……確かに学生気分で甘えてたよ…」

ちせ「全くじゃ…これは仕置きを受けても致し方ない真似をいたした……」

アンジェ「分かればいいわ……それに」

ドロシー「…それに?」

アンジェ「優秀なスパイはとっさの空腹時に何か食べられるよう、常に保存の効く食べ物を身近に備えておくものよ…それも美味しいものを」食器棚の皿を取り出して奥の羽目板をいじるとカシェット(隠し棚)が開いて、中からショウガ入りクッキーの袋が出てきた…

ドロシー「…は!?」

アンジェ「これに懲りたら、今後は馬鹿な真似をしないことね」二人にジンジャークッキーを一つずつ渡し、また袋をしまった…

………

…しばらくして…

アンジェ「……以前の接触で対象者の越境希望は本物であることが分かったわ。…と言うことは同時に、王国側の防諜機関が血眼になって私たちを追いかけてくる……と言うことでもあるわ」

ドロシー「…今度は残り物のパンをくすねるようにはいかないだろうな」

アンジェ「そう言うことよ……しかしこちらとしても黙ってその締め付けを甘受するつもりはない」

プリンセス「…何か策があるのね?」

アンジェ「ええ」

ベアトリス「アンジェさん…その策って言うのは何なんです?」

アンジェ「まず、スパイ活動にとって重要なのは相手に警戒を抱かせないこと…とはいえすでに相手は警戒状態に入っている…なら」

ドロシー「…「相手に警戒を解かせるか、丸っきり見当違いの方向を警戒させればいい」だな?」

アンジェ「その通りよ。王国防諜部は誰かが越境を試みようとしていることは知っている…とはいえ、それが誰なのかはまだ知らない……そこでベアトリス、あなたの出番よ」

ベアトリス「わ、私ですか?」

アンジェ「ええ。以前あなたが舞踏会で出会ったことのある人物で王国防諜部が目を付けている人物……そうした人間をコントロールに探してもらって手紙を送りつけ、上手くロンドン市内に誘い出した…」

ベアトリス「…それで?」

アンジェ「王国防諜部は「監視リストの人物に動きがあった」と、越境阻止に動くはず…そこをあなたが声色を使って防諜部のエージェントを引きずり回す」

プリンセス「…でも、ベアト一人で何かあったら……?」

アンジェ「心配はいらないわ……プリンセス、この時あなたにはロンドンでショッピングをしてもらう」

プリンセス「……ショッピング?」

アンジェ「例によって例のごとく、お役所なんていうものはお互いに縄張り意識を持っている…」



L「へっぐし…!」

7「…どうなされました、「L」?」

L「ふむ、きっと誰かに噂でもされたのだろう……」

………

アンジェ「…特にプリンセスの警護に当たるエージェントと防諜部のエージェントはどちらも玄人で、その分ライバル意識も強い……どちらかが何かをしようとしたら、「妨害」とまでは言わなくても、積極的に手助けしたりはしない……つまりベアトリスがロンドンの各所で防諜部エージェントを声色で連れ回し、そのたびにプリンセスの車とドロシーの車を乗り換えて素早く移動し、防諜部をきりきり舞いさせる」

ドロシー「…でもあたしがそっちに回ったら「抽出」する越境希望者はどうするんだ?」

アンジェ「そこは私が考えてあるし、私とちせはバックアップに回り全体を俯瞰している…何かトラブルが起きたら駆けつけるわ」

ドロシー「それは頼もしいな…期待してるぜ?」

アンジェ「ええ」

………

…越境決行日・王宮…

プリンセス「……わたくし、今日はお買いものに行きたいの♪」

女性エージェント「は…では私たちが警護いたします」日傘とシンプルなドレススタイルをまとった二十代後半のオールドミス…に見える護衛のエージェントがプリンセスの左右に付く……

プリンセス「いつもありがとう♪」

エージェント「いえ、それが務めですので…車を手配させます」

プリンセス「ええ、よろしくね」


…ロンドン市街・公園…

貴族「さて…手紙で言われた通り来てみたものの……誰もいないじゃないか」

ベアトリス(CV…石塚運昇)「……貴様が陛下の治世に異議を唱えている不満分子だな?」

貴族「な…私はそのようなこと……!?」

ベアトリス「…私を知っているかね?」

貴族「あ、あぁ…アルビオンの公安部……」

ベアトリス「ならば話が早い。貴様が王国に尽くす貴族であることを行動で示せ……まずは十五分以内にチャリング・クロス駅へ行け」

貴族「…行けば私を助けてくれるのか?」

ベアトリス「質問するのは貴様ではない…早くしろ」

貴族「わ、分かった…!」



王国エージェント(新聞売り)「……対象に動きあり」

エージェント(靴磨き)「…確認した、合図を」新聞売りは朝刊を振り、合言葉として記事にないニュースを叫ぶ…

エージェント(店の御用聞き)「追跡開始……了解」御用聞きはサボリをやめ、さも忙しそうに駆け出す…



…公園を見渡す屋根の上…

アンジェ「案の定ね……ちせ、あなたは先回りして」

ちせ「うむ」…さっと屋根裏部屋の窓から屋内に滑り込み、裏口から出て行くと何ということもなく歩き出す……

アンジェ「それじゃあ私も…」するりと屋根裏部屋から玄関へと回り、女学生らしく歴史書を不器用に抱えて出て行った…

………

…チャリング・クロス駅…

貴族「そ、それで私はどうすればいいのだ…」

ベアトリス「……新聞を買え。王国寄りの「ロンドン・デイリー・ニュース」を買って「株式市場」のページを表にしろ」

貴族「わ、分かった…」

エージェント(新聞売り)「対象は駅に入ったな…どうやって越境する気だ……」

エージェント(御用聞き)「とにかくこの格好では駅には入れん…増援を要請しよう」合図に台帳をパラパラとめくる…

エージェント(紳士風)「……奴は駅だな?」

エージェント(新聞売り)「はい、そうです」

新聞売り「おい!ここは俺たちの場所だぞ、勝手に入るなよ!」

エージェント「すんません…何しろ今日はじめたもんで!」

新聞売り「ったく、ふざけんなよ!」

エージェント(紳士)「まぁまぁ、落ち着きたまえよ。彼もおわびしていることだし、私も喧嘩など見たくない…君からも買ってあげよう」

新聞売り「どうもありがとござんす、貴族の旦那…♪」

エージェント(紳士)「なに、構わんとも……急ぎ事務所に行って増援を呼べ、対象「C」に動きあり……とな」

エージェント「…了解」

アンジェ「……それでいいわ」

プリンセス「あ、ここはチャリング・クロス駅……そう言えば近くに素敵な服地屋さんがあったわね、そこに行きたいわ♪」

エージェント「分かりました。プリンセスの言う通りに車を回して」

…駅構内…

貴族「…言う通りに新聞を買って、株式欄を開きました……」

ベアトリス「よろしい、ではそのページから「アルビオン・インペリアル貿易」の株価を調べて最初の数字と末尾の数字を並べろ」

貴族「…は、はい……数字は「15」です…」

ベアトリス「…ではホームを見て車体に「15」のつく客車を残らず探せ……そして見つけたらその最初の一等客車に乗り、15番目の駅で降りろ」

貴族「は、はい…」

ベアトリス「もし15駅なかったら折り返して15になるまで乗れ…いいな?」

貴族「わ、分かりました……15…15のつく客車…」



エージェント(紳士)「奴か…なるほど、新聞の株式欄片手にしきりに周囲を見回しているな……」

エージェント(旅行者)「…押さえますか?」

紳士「ばかを言うな。奴が共和国の連中とコンタクトした所で両方を一気に取り押さえるのだ……む、奴が目的の列車を見つけたようだぞ」

旅行者「それでは私が乗り込みます」

紳士「私もだ……いいか、君は二等に…私は一等車に乗る」

旅行者「了解…しかしここが手薄になります」

紳士「構わん、奴の動きから言ってあれが本命だ…」



…駅のそば・裏道…

ドロシー「遅いぞ、ベアトリス」

ベアトリス「ふー、遅くなりました…」

ドロシー「……まずはその声を戻せよ」

ベアトリス「あ、そうでした……はー、やっと元の声に戻れました」

ドロシー「よし、それじゃあ今度は別方面だな…」



…一方・高級百貨店…

プリンセス「まぁ、これお洒落ね♪」

支配人「わざわざお越しいただき光栄でございます」

プリンセス「いいえ…これなんてどうかしら?」

支配人「大変よろしいかと存じます」



…百貨店の裏通り…

エージェント(記者風)「…おい、タレコミのランデブー・ポイント(会合地点)だってのはこの辺りだろ?」

エージェント(貧乏人風)「……おかしいな、誰もいやがらないぜ…?」

プリンセスの警護官「…おい、そこの二人…止まれっ!」

エージェント(記者)「な、何ですか…私は「アルビオン・タイムズ」の記者ですよ!」

プリンセス警護官「それが仕事をさぼって貧乏人とひそひそ話か?…確保しろ!」

エージェント(貧乏人風)「くそ、こっちも同業者だぞ!」

警護官「ほざけ、おおかたプリンセスに危害を加えようという共和国の回し者だろう…どうだ?」

警護官B「は、やはり小型リボルバーを隠しておりました!」

警護官「そんなことだろうと思った…至急プリンセスを退避させるようにと連絡しろ!」

………

…百貨店・店内…

警護官「…プリンセス、お買いもの中に申し訳ありませんが」

プリンセス「はい、どうかなさいまして?」きょとんと頭をかしげるプリンセス…その間にも警護官のオールドミス数人がさりげなく脇についた……

警護官「はい、ちょっとした問題が……申し訳ありませんが移動をお願いいたします」

プリンセス「分かりました…支配人さん、どうもありがとう♪」

支配人「いえ、いつでもお越しくださいませ…」

警護官「では参りましょう」



…大通り…

アンジェ「…これでさらに二人減った」

ちせ「うむ…このどたばたでちっとは「お出かけ」が楽になればよいがの」

ベアトリス「そうですね……で、肝心の「あの人」はどうやって「お出かけ」するんですか?」

アンジェ「それはまだ言えない……こちらとしてはお膳立ては整えた。あとは実行班が上手くやるのを待つだけよ」

ちせ「うむ」



…王室専用車…

プリンセス「……それで、一体何があったのです?」

警護官「わざわざプリンセスのお耳を汚すことではありませんが…我々の一員が、プリンセスがお買いものをなさっていた百貨店のそばで「怪しい人物を確保した」と」

プリンセス「そうですか……怖いことですね。ではその警護官の方々にはわたくしから「心より感謝している」とお伝えになって?」

警護官「これが務めですから…ですがそのように伝えておきます」

プリンセス「ええ、お願いします。でもせっかくのお出かけがフイになってしまったわ」

警護官「申し訳ありませんがプリンセスの安全が最優先ですので」

プリンセス「分かっております…けれど時には自由にお出かけしたりしてみたいですね……」

警護官「お察しします」

プリンセス「すみません…わたくしの安全を守って下さっている方々にこのような愚痴を言うべきではありませんね」

警護官「いえ、我々も出来うる限りでプリンセスの希望に沿えるよう尽力いたしますので…」

プリンセス「ありがとう、ミス・レモン」

警護官「はっ…私の名前を憶えておいでなのですか?」

プリンセス「もちろんですとも…だって命をかけてわたくしを守って下さる「白馬の騎士」のようなお方なのですから♪」

警護官「……期待に応えるよう全力を尽くします///」


…国境検問所…

出入国管理官「停まれ!…身分証を!」

…アルビオン王国・共和国間を隔てる「ロンドンの壁」に数か所だけある国境検問所…その中の「チェックポイント・チャーリー」(検問所C)には、やむを得ない事情で国境を通る人たちや、「職業上」しばしば越境する人が並んで検査を待っていた……次々と車や馬車が停められてイミグレーション(出入国管理局)のチェックを受ける…

運転手「は、はい…」

管理官「壁のあちら側へいく理由は?」

運転手「…わ、私は「アルビオン・タイムズ」の配送係でして……大使館や貿易会社など、購読者の所に届ける新聞を載せています」

管理官「よろしい…では積み荷を見させてもらうぞ」数人の管理官に合図を送るとランダムに新聞の束をめくり、床板が上げ底でないか確かめる……

運転手「…」

管理官「……結構、行ってよし!」

運転手「ふぅぅ…」

管理官「…次!」

運転手「…お、お願いしやす」手には身分証が差しだされ、冷たい目をした出入国管理官を前に一般人らしいおびえ方をしている…

管理官「ふむ……葬儀屋の運転手だと?」

運転手「へ、へい…」

管理官「…どうして葬儀屋の霊柩車が越境する必要があるのだ」

運転手「ど、どうもあっしには運転手なんで細かいことは分からねぇんですが…何でも壁のあっち側からきていた実業家だかが交通事故にあって、それで向こうに持って行く必要があるらしいんで…」

管理官「ふむ…棺を開けさせてもらうから少し待っていろ」

運転手「へ、へい…」

管理官「……おい、防諜部から「越境の可能性あり」と連絡があったが…きっとこれだ」

管理官B「ああ…しかし「壁の向こう」の連中だからな、バレたとなったら強行突破しかねないぞ…ゲートはまだ開けないでおいてくれ」

管理官「…分かってる」

管理官B「よし、開けるぞ……ややっ?」…立派な棺の蓋を開けると、そこには監視対象者とは全く違う立派な身なりの人物が安らかに眠っていた……

管理官「…どうした」

管理官B「この男じゃない…まるっきり別人だ!」

管理官「それじゃあ防諜部の情報はハズレか……結構。通ってよし!」

管理官C「やれやれ、緊張していたのがバカみたいでしたね…紅茶でも淹れてきます」

管理官「うんと甘くな……はい、次!」

運転手「よろしくお願いします…」

管理官「身分証を!」

運転手「は、はい…!」

管理官「積荷は?」

運転手「…ジャガイモです」

管理官「ジャガイモ?」背伸びをしてみると、確かにトラックの荷台一杯にジャガイモが積まれている…

運転手「ええ…コヴェントガーデン(ロンドンにある青果市場)にある卸業者から向こうに持って行くところなんです」

管理官「ふむ。どうしてジャガイモを向こうに持って行く必要があるんだ…ジャガイモならこっちでだって売れるだろう」

運転手「あ、はい…うちの卸は向こうにも事務所を持ってまして、値段がいい方に持って行って売るんで……」

管理官「なるほど…一応調べさせてもらうぞ」

運転手「…別に腐ってたり青くなったりしてない、いいジャガイモですよ?」

管理官「そんなことを調べる訳じゃない…っ!」

管理官B「ははっ……青果卸ともなると何でも野菜と関係があることだと思うんだな」

管理官「全く、からかわれた気分だ…いまいましいからしょっ引くか?」

管理官B「ばか言え、ひっくくったところでポケットからニンジンでも出てくるのがオチだぞ?」

管理官C「あの、紅茶が出来ましたよ…?」

管理官「あー分かった分かった……もういいな?」数個のジャガイモを取り上げてたが、ごく普通のジャガイモに見える……

管理官B「ああ、もういいだろう…よーし、通れ!」

管理官「それじゃあお茶にしよう……おい、ここを代わってくれ」

管理官D「了解」


………

…数十分後・アルビオン共和国大使館内…

7「……L、共和国の農務担当官から連絡が入りました」

L「ほう…どうだったのかね?」

7「はい、「本日のジャガイモ市場…イモは大ぶりで痛みもキズもなく、ポンドあたり6ペンスの値段が付いた」とのことです」

L「よし、結構だ……時間を空けて各班に作戦終了を伝達してくれ」

7「了解…♪」

L「うむ、頼むぞ」パイプをふかしつつまた書類仕事に戻る…

7「はい」残りのメンバーも黙々と作業にいそしむなか、7も通信文の原稿を起こした…

………



…その夜・部室…

アンジェ「…というわけで、コントロールから私たちにメッセージが届いているわ」

ドロシー「あぁ、何しろロンドン中を走り回ったからな…ちっとは「慰めと報酬」ぐらいあったっていいさ」

アンジェ「まぁ中にはそう言う意見もあるでしょうね」

ドロシー「……冷血人間」

アンジェ「何か言った?」

ドロシー「うんにゃ、何も…♪」

ベアトリス「…くすくすっ♪」

アンジェ「ベアトリス、何がおかしいの?」

ベアトリス「な、何でもありませんっ」

アンジェ「よろしい…ちなみにプリンセスはそろそろ戻ってくるから、それまでにお茶の支度でもしておきましょう」

ちせ「それがよかろう……疲れて戻って来るじゃろうし」

ドロシー「まったくだ」


スパイシーンの力の入りようがすごい

>>89 もとよりスパイ小説は好きでしたので、あちこちから正しい用語などを探して頑張っています…えっちする場面と落差が大きいですが、メリハリをつける意味ではそれもいいかと……本当ならもっと地味に活動するのが正解なのでしょうが、あくまでもスチームパンクのスパイ活劇と言うことで……


…ちなみに越境の場面では、当初もっと冗談めかして「リボンの騎士」に出てくる「大食い大会向けの巨大パンに人を隠す」シーンを物真似しようかと考えていました…「ジャムパンだから突き刺したら剣がさびるよ?」と言うくだりがある場面です……


…お待たせしましたがそろそろプリンセスが「プリンシパル」します……

…しばらくして…

プリンセス「皆さん、ただいま戻りましたわ……安全が確認できないからってしばらく王宮で足止めされちゃったの♪」

アンジェ「お帰りなさい、プリンセス…大方そんなことだろうと思っていたわ」

プリンセス「ふふ…ただいま、アンジェ♪」

ドロシー「お帰り…ちなみコントロールから「ジャガイモは無事店先に並んだ」とさ♪」

プリンセス「ただいま、ドロシーさん……それは朗報ね♪」

ちせ「うむ。まずはよう戻られた……息災で何よりじゃ」

プリンセス「ありがとう、ちせさん」

ベアトリス「…もう、みんなしてあいさつ責めにして……姫様が座れないじゃありませんか」

ドロシー「何だ…もしかして最初に挨拶したかったのか?」

ベアトリス「な、何を言ってるんですかドロシーさんは…///」

ドロシー「おーおー、真っ赤になっちゃってまぁ……うぶだねぇ♪」

ベアトリス「か、からかわないで下さいっ…!」

アンジェ「養成所なら不合格ね」

ちせ「ふむ…ベアトリスはまだまだ不動心が足らぬようじゃな」

ベアトリス「うぅ…///」

プリンセス「まぁまぁ、私はベアトの気遣いが嬉しいわ…ありがとう、ベアト♪」

ベアトリス「…ひ、姫様///」

アンジェ「…」

プリンセス「…私はアンジェのさりげない気遣いも好きよ?」

アンジェ「……そう」

ドロシー「おいおい……そっけない反応のふりをしてるけど顔がニヤけてるぞ、黒蜥蜴星人」

アンジェ「冗談言わないで…」

ドロシー「…と言いつつちらっと鏡を見るあたり、なにか心当たりがあるんだな?」

アンジェ「ないわ……でももしかしたら自覚していない反射があるのかもしれない。そう思っただけ」

ドロシー「へいへい…ところでプリンセスに紅茶を淹れてやれよ、ベアトリス」

ベアトリス「ええ、そうでした……姫様、紅茶をどうぞ」

プリンセス「ありがとう、ベアト…とっても美味しいわ♪」

ベアトリス「お菓子もありますよ?」

プリンセス「美味しそうなスコーンね…いただくわ」

ベアトリス「お茶がお済みになりましたら、私が着替えをお手伝いいたしますね」

プリンセス「ええ、ありがとう♪」

ドロシー「それじゃあ私たちも引き揚げますか」

ちせ「そうじゃな」

アンジェ「ええ…それではプリンセス、お先に失礼させていただくわ」

プリンセス「そうね、みんなもゆっくりなさってね?」

ドロシー「これはどうも…それじゃあまた♪」

ちせ「うむ…しからばご免」

ベアトリス「…みんな出て行っちゃいましたね?」

プリンセス「ええ、これで二人きりね……ベ・ア・ト♪」にっこり微笑んで立ち上がると、ドアに近寄り鍵をかけた…

ベアトリス「あ……あの、姫様?」

プリンセス「ふふふ…♪」じりっ…

ベアトリス「ひ、姫様……何だかとっても悪い笑顔をなさっておられますが…」

プリンセス「あらベアト、そんなことないわ…ほぉら、いつもみたいにわたくしの所においでなさい?」

ベアトリス「いや、どう見ても怪しいですよ…」

プリンセス「大丈夫大丈夫…ね、ちょっとなでなでするだけだから…♪」

ベアトリス「うわぁ、それ絶対に怪しいじゃないですかぁ…!?」

プリンセス「ふぅ、冗談はさておき…ベアトが手伝ってくれないなら仕方がないわ、よいしょ……」シルクの長手袋や首にかけた真珠のネックレスを外してテーブルの上に置いていく…

ベアトリス「あっ…私がやりますよ、姫様」

プリンセス「そう?」

ベアトリス「はい、特に真珠はお手入れをしないとくすんでしまいますから……ドレスも型崩れしないようにきちんとしまわないと…」

プリンセス「助かるわ、ベアト……もう、ぎゅうぎゅう締め付けるようなコルセットやペチコートにはうんざりしちゃう」

ベアトリス「分かります…でも姫様はドレスがよく似合いますよ?」

プリンセス「あら、嬉しい。ベアトがそう言ってくれるから私もがんばってドレスを着ているのよ?」

ベアトリス「ひ、姫様はまたそう言う事を言って…///」

プリンセス「ふふふ……ありがとう、これでやっと楽になれたわ♪」

ベアトリス「いつでも喜んでお手伝いいたしますよ、姫様」

プリンセス「ベアトは優しいわね……」

ベアトリス「そんな…ほかならぬ姫様のためですから///」

プリンセス「…ベアト」

ベアトリス「……姫様///」

プリンセス「…と、ベアトが油断した所で♪」

ベアトリス「きゃあっ!?」

プリンセス「はぁぁ…もうベアトったら簡単に引っかかってしまって……でもそこが可愛いわ♪」頬ずりするプリンセス…

ベアトリス「は、離して下さいっ…///」

プリンセス「嫌よ♪」

ベアトリス「即答ですか!?」

プリンセス「だってこんなに可愛いベアトが目の前にいて……はぁ、はぁ…我慢できる訳ないでしょう♪」

ベアトリス「ひ、姫様っ…スカートをめくるのは止めて下さい…っ///」

プリンセス「だって、ベアトがすべすべの脚をしているのがいけないのよ?…さ、一緒にベッドに入りましょう♪」

ベアトリス「ち、ちょっと待ってくださいよ…話が早すぎませんか!?」

プリンセス「まぁまぁ…ベアトったら大きい声を上げてはしたないわよ?」

ベアトリス「そ、それも私のせいですかっ…!?」

プリンセス「ええ、だってわたくしはプリンセスですもの……♪」

ベアトリス「姫様、それは横暴ですっ!」

プリンセス「わたくしは可愛いベアトを手に入れるためならアルビオンを売ってもいいし、暴君にだってなれるわ♪」

ベアトリス「うわぁぁん、そんなこと自慢げに言わないでくださいよぉ…!」

プリンセス「まぁ…まぁまぁまぁ♪…涙目のベアト、とっても可愛い…もっと泣かせてしまいたくなるわ♪」

ベアトリス「ひぃぃ…っ!?」

プリンセス「大丈夫よベアト、何もしないから♪」

ベアトリス「その顔でおっしゃられても全然信用できませんよぉ…」


プリンセス「はぁぁ…ベアトったら可愛い……ちゅっ♪」

ベアトリス「わわっ……んちゅ///」

プリンセス「ん…ベアトのお口の中、甘いミルクティーの味がするわ……他にはクローテッドクリームのついたスコーンね?」

ベアトリス「わわっ、せめてキスする前に口の中をゆすがせて下されば///……うぅ、せっかくのキスが食べ物の味では台無しですよ…」

プリンセス「そうかしら…むしろ私は空腹だったから……刺激されちゃったわ♪」んちゅぅぅ…れろっ、ちゅぷ…♪

ベアトリス「んっ…んふぅ……んむっ……んんぅ///」プリンセスは舌で丹念に歯茎をなぞり、それから器用にベアトリスの舌と絡めた……

プリンセス「ぷは……んちゅっ、ちゅるっ……ちゅぅぅぅ……っ♪」

ベアトリス「んくっ、んんっ…んふぅぅっ……!?」

プリンセス「ぷはぁぁ…はぁぁ、ベアトの舌は温かくてしっとりしていて……出来たてのスフレみたいね♪」

ベアトリス「うぅぅ…プリンセスの舌がねちっこく絡んできて……頭がぼーっとなっちゃいます……///」

プリンセス「ふふふ…♪」…立ったままメイド服をはだけさせると、丹念にベアトリスの姿態を眺めまわした…

ベアトリス「そんなに眺めても私のぺったんこな身体じゃあ面白くないと思いますよ…///」

プリンセス「あら、その「ぺったんこ」な所がまたそそられるのよ…♪」

ベアトリス「へ、変態ですかっ…!?」

プリンセス「もう、プリンセスに対して「変態」だなんて……これはお仕置きが必要ね♪」…無邪気な笑顔でベアトリスの顔を胸元に押し付けるプリンセス……

ベアトリス「きゃあっ…んぐっ!?」

プリンセス「はぁぁ…ベアトの吐息が暖かいわ……身体もふにふにでとても触り心地がいいわ♪」ベアトリスのつつましいお尻に手を這わせ、背中を優しいタッチで撫で上げる……

ベアトリス「も、もうっ…姫様ったら……ぁ///」

プリンセス「そう言いつつも顔がすっかりトロけているわよ?」

ベアトリス「だ、だってぇ…///」

プリンセス「でもわたくしはワガママだから、もっとベアトのとろけた表情が見てみたいわ……♪」なだらかなベアトリスの乳房を撫でまわし、ゆっくり優しくこね回す…

ベアトリス「んぁぁ…ふわぁぁ……あふっ…///」

プリンセス「ふふ、ベアトの胸は手のひらに収まる大きさでちょうどいいわ…♪」むにゅ…むにっ……

ベアトリス「はぁぁ…んあぁぁっ……///」顔を赤らめ困ったように眉をひそめ、しきりにふとももをもじもじさせている…

プリンセス「あらあら…ベアトったらわたくしをほっぽらかして自分だけそんな気持ちよさそうに……もう、いけないメイドさんだこと♪」

ベアトリス「ふぁぁ…らって……ひめさまが…あふぅぅ……///」にちゅっ、くちゅっ…♪

プリンセス「ふふふ…それじゃあわたくしの事も気持ち良くしてほしいわ…ね、ベアト?」

ベアトリス「…ふぁい、ひめしゃま……///」ぺたんとお尻をついてプリンセスの足もとにへたり込むと、とろっと焦点の合わない目をしてふとももを舐めはじめる…

プリンセス「うんうんっ…ふふ、気持ちいいわ……んくっ♪」

ベアトリス「んちゅ…れろっ、ぴちゅっ…ぴちゃ……///」

プリンセス「んぅぅ、んふっ……あふぅ…あっ、んぅっ♪」

ベアトリス「んちゅ、ぺろっ…れろっ……んちゅぅ…///」

プリンセス「はぁぁ…んんぅ……ベアト、上手よ…んふっ///」

ベアトリス「……きもひいいれすか、ひめひゃま…?」

プリンセス「ええ……私も濡れてきちゃったわ♪」

ベアトリス「それふぇしふぁら…わらひがご奉仕いふぁひまふ……///」(それでしたら、私がご奉仕いたします)

プリンセス「んんっ、あっ……そこ気持ちいい…っ♪」とろりと濡れた秘所を熱心に舐めあげるベアトリスに、甘い吐息を漏らすプリンセス…

ベアトリス「きもふぃいいれふか…ひめひゃま?」

プリンセス「ええ……でもやっぱりこれだけでは我慢できないわ♪」とんっ…とベアトリスを絨毯の上に押し倒しぐっしょりと濡れた下着をずり下ろすと、口の端からよだれをたらしてとろけきっているベアトリスの上にまたがった…

ベアトリス「あ…ひめさま……んひぃぃぃっ///」ぐちゅ、にちゅっ、じゅくっ…♪

プリンセス「んぅぅっ、ベアトったらすっかりびちょびちょね…ふふ♪」ベアトリスの下半身をふとももできゅっと挟み込み、腰をねちっこく動かす…

ベアトリス「んはぁぁ、ふあぁぁぁっ♪」びくっ、びくんっ…!

プリンセス「んふぅ…はぁ、はぁ、はぁっ……日頃乗馬の訓練をさせられていてよかったわ…♪」

ベアトリス「んぁぁぁっ!姫様っ、ふとももの締め付けがきついです…っ///」

プリンセス「うふふ、ベアトは可愛いお馬さんね…乗りこなしやすいからトロット(速足)でも大丈夫そう♪」ぐちゅぐちゅっ…にちゅっ

ベアトリス「はひぃ、はぁあぁぁっ…!」

………

…廊下…

アンジェ「さてと…この後は食事の時間まで何もないわ」

ドロシー「あぁ…おい、ちょっと待てよ……アンジェ、眼鏡はどうした?」

アンジェ「え?」

ドロシー「眼鏡だよ、眼鏡……まさか部室に忘れてきたのか?」

アンジェ「…女学生ごっこですっかり気持ちがたるんでいるわね……教えてくれてありがとう」

ドロシー「なぁに、こういう時はお互いさまだろ……先に行ってるぞ?」

アンジェ「ええ」



…部室…

プリンセス「はぁ、はぁ、はぁ…ベアトのつるつるのあそこ……ふふふ♪」

ベアトリス「ひぐぅぅっ…んひぃぃっ!」

プリンセス「もう、ベアトったら絨毯まで汚しちゃって……そんなに気持ちいいの?」

ベアトリス「い゛ぃっ、んひいぃぃっ…はひっ、はひぃぃ……だって…姫様にこんな事をしてもらっていると思うと……あひぃぃっ!」びくびくっ…ぷしゃぁぁ…っ♪

プリンセス「まぁ、ベアトがのけ反った瞬間に私の身体が持ち上がったわ…♪」

ベアトリス「はぁ……はぁ…姫様…も、もう無理ですよぉ……」

プリンセス「そうなの……でも、せっかく二人きりになれたのだから…もうちょっとこうしていたいわ」

ベアトリス「そ、そんな風に言うなんてずるいです……///」ふとももをもじもじとこすり合わせて甘い声を上げる…

プリンセス「ふふふ…可愛いベアト……ちょっと待って?」

ベアトリス「ひ、姫様…ここでおあずけなんてひどいですよぉ……んくっ、んっ…姫様…ぁ♪」くちっ、くちゅっ…にちゅっ♪

プリンセス「しーっ…足音が聞こえるの……こっちに近づいてきているわ」

ベアトリス「んふぅ…はひぃ……んんっ…♪」

プリンセス「…ベアト、隠れましょう」

ベアトリス「そ、そんなこと言ったって……ひめしゃまぁ…///」くちゅくちゅっ、じゅぷっ…とろっ♪

プリンセス「もう、ベアトったら仕方のないメイドね……さ、早く…!」クローゼットを開けるとベアトリスを押し込み、ついでに自分も入って扉を閉めた…

ベアトリス「ひ、姫様の甘い匂いで…わらひ、もうイっちゃいますぅっ……んんっ///」とろっ…ぷしゃぁっ♪

プリンセス「もう、ベアトったら♪……気づかれちゃうといけないから静かにね…」かちかちっ…かちり

ベアトリス「…あっ///」びくびく…っ♪

プリンセス「ふふ、私たちすごい密着しているわね……それにベアトったらすっかりとろけた顔で、こっちもとろとろのびしょびしょ…♪」片手を濡れたベアトリスの下半身に這わせて、指を入れる……

ベアトリス「……♪」がくがく…っ、ぷしゃぁぁ…とろっ♪

プリンセス「それでやってきたのは…アンジェね。…どうやら眼鏡を忘れて取りに来たみたい♪」

ベアトリス「…///」びくっ、びくんっ…にちゅっ♪

アンジェ「……ふぅ、プリンセスもベアトリスもいないようね…わざと足音を立てたのが無駄で済んでよかった…わ」

プリンセス「…お気遣いありがとう、アンジェ♪」じゅくっ、ぐちゅっ♪…小声でお礼を言いながら、ベアトリスの秘部をかき回す……

ベアトリス「…!……///」がくがくっ、ぷしゃぁぁ…びくん…っ♪

アンジェ「…」

プリンセス「……ふふ、もしかしてアンジェに見つかってしまうのではないかと思うと…ぞくぞくしちゃうわね、ベアト?」

ベアトリス「…!……///」

プリンセス「……あらあら、一生懸命お口をパクパクさせて…もっとしたいのね?」

ベアトリス「……!!」顔を真っ赤にし、ぶんぶんと首を振る…

プリンセス「…ふむふむ…「姫様にもっとめちゃくちゃにしてほしいです♪」ですって?……ええ、任せてちょうだい♪」

ベアトリス「…!?………!!」

プリンセス「…それじゃあ……ふふっ♪」

アンジェ「…分かったうえでやっているわね、プリンセスは……って、これ…///」床に落ちているプリンセスのペチコートを拾い上げ、ちらっとクローゼットを横目で見てからポケットにねじ込んだ…それから眼鏡をかけると平然とした様子で出ていった……


プリンセス「ふぅ…ようやくクローゼットから出られたわね……ふふ、いま声を戻してあげる♪」カチカチ…ッ

ベアトリス「もぅ、姫様のいじわるっ…///」顔を真っ赤にして、うつむき加減のベアトリス…

プリンセス「ふふ、ごめんなさい……ベアトが余りにも可愛くって、それでつい意地悪してしまうの…♪」

ベアトリス「うぅぅ…私の憧れていた、花も恥じらうような清純な姫様はどこへ行ってしまったんですかぁ……?」

プリンセス「ふふ、大丈夫よ…私がベアトを思う気持ちは清らかなまま変わらないわ♪」

ベアトリス「ひ、姫様ぁ……///」

プリンセス「さぁベアト、お部屋に戻る前にちゃんと着替えないといけないからお手伝いして……あら、私のペチコートは?」

ベアトリス「え、さっきまでそこにあったはずですが…そこにありませんか?」

プリンセス「それが見当たらないの……どうしましょう?」

ベアトリス「えぇっ…と、ここに着替えのセットはありますが下着までは……」

プリンセス「仕方ないわ……別に誰かに見られる気づかいもありませんし、下にまとう物はこのボディス(胴衣)だけで構いません」

ベアトリス「し、承知いたしました……ではお着替えを…///」

プリンセス「それにしてもどこに行ってしまったのかしら……って、まさか?」

ベアトリス「何か…?」

プリンセス「いいえ、何でもないわ…♪」


…アンジェ私室…

アンジェ「ふぅ、んくっ…はぁぁ……」


…アンジェの部屋のドアには、留守中誰かが入って来たかどうか分かるよう何でもない物……少しでもノブやドアを動かすと落ちるようなバランスで小さな針が乗せてあり、卓上のノートやメモ帳もアンジェにしか分からない特定の規則でずらしてあって、もし誰かがいじったとしてもすぐわかるようになっている……が、そのどれもが無事だったことを確認するとポケットからプリンセスのペチコートを取り出し、お仕着せの上衣とスカートを脱いでベッドにもぐりこんだ…


アンジェ「んくっ、んんぅ……すぅー…はぁー……」ポーカーフェイスのままプリンセスのペチコートを通して息を吸ってみたり、頬ずりしたりするアンジェ…

アンジェ「んっ、ふぅ……プリンセスなんて嫌い…プリンセスなんて嫌い……プリンセスなんて嫌いっ…プリンセスなんてっ……ん、んんぅぅっ…///」

アンジェ「……ふぅぅ、はぁぁ……プリンセス…大っ嫌いな私だけのプリンセス……んくぅ…っ♪」

………



アンジェ「ふぅぅ…これは後で洗って返せばいいわ……さてと、早くコントロールに提出するレポートの続きを書かないと…」机に向かって紙を置いてペンを取り上げたが、ちらりと自分の洗濯物に混ぜてあるプリンセスのペチコートを眺めると手に取り、もう一度ベッドに潜りこんだ…

アンジェ「…あまりこんな機会はないし、もう一回だけ…それにしても冷たい私と違って、プリンセスの温もりが伝わってくるみたいね……」小声でひとり言を言いながらプリンセスの下着に頬ずりした…


………

…case・ちせ×ベアトリス「The blade and pickles」(刃と漬け物)…

…ある日・校舎の裏手…

?「よく来たわね……待っていたわ」

ちせ「…ふむ、なにやら私の下駄箱に文(ふみ)が入っておると思ったら……やはり果たし状であったか…」

フェンシング部部長「ええ…さぁ、この間は出来なかった勝負の続きをいたしましょう!」

ちせ「ふむ…自らの腕を誇示したいがために果し合いを申し込むとは愚かなこと……しかし、うっとうしい取り巻きを連れずに「さし」で勝負とは、見上げた態度よ……ならば…参るぞ!」

部長「ひっ!?…ですが東洋のおかしな剣術ごときに……わたくしが負けるものですか…っ!」

ちせ「甘いっ!」小柄なちせは胸元を突こうとするエペをかいくぐり、地擦りから必殺の一撃……は浴びせずに刀を一閃させた…

部長「…ひぃやぁぁっ!?」エペが空中に跳ね上げられてくるくると回転し、地面に突き刺さる……そして次の瞬間には防具が見事に切り裂かれて、ふっくらした白い乳房があらわになる……慌ててしゃがみこみ、涙目になるフェンシング部の部長…

ちせ「いかん……こ、これは…五分ばかし踏み込みが大きかったか…///」(※五分…約一・五センチ)

部長「うぅぅ…ど、どうしてくれますの……っ///」フェンシングの面を取って真っ赤になっている…

ちせ「こ、これは困ったのぉ……とはいえお互い剣士として刃を交える以上、恥を受けることもあれば誉を一身に受けることもある…それが定めと言うものよ……」

部長「そんなことはよろしいですから、早く何とかなさってくださいっ…///」

ちせ「むむ…とはいえ私の服では大きさが合うまいし……むぅぅ…」

ベアトリス「はぁ……やっと見つけましたよ…って、何をしているんですかっ…///」

ちせ「おぉ、ベアトリスか。ちょうど良い所に来た…済まぬが針と糸でこれをどうにかしてくれんかの?」

ベアトリス「…え?」

ちせ「見ての通りなのじゃ…ちと踏み込みが大きすぎた……」

部長「うぅぅ…お願いいたしますわ///」

ベアトリス「わ、分かりました……もう、ちせさんったら何を考えているんですかっ!」

ちせ「なに…?」

ベアトリス「だってそうでしょう、普通は本物の剣や刀で勝負なんかしませんよっ!……だいたいわたしたちは目立たないようにするのが任務でしょう…」耳元に顔を近づけ、小声で叱る…

ちせ「むぅ、それはそうなのじゃが…しかしこれでも武人の端くれ、果たし状には応えねばならぬのだ……」

ベアトリス「…それで正体がばれたらどう言い訳するつもりなんですか……っ」

ちせ「…すまぬ……」

ベアトリス「はぁぁ…すみませんが、一応着られる程度には直しておきましたから……改めてお店に修理してもらって下さい」

部長「わ、分かりましたわ……と、ところで…///」

ちせ「何じゃ?」

部長「こ、このことは誰にもおっしゃらないで下さいませ……わたくし、これからは本物のサムライに対して決して生意気なことなど申しませんから……」

ちせ「うむ、承知した……私もこのことは言わないでおく」

部長「…助かりますわ///」

ちせ「ではお互いに出会ったことなどなかったかのように、時間を空けて表に行こう…」

部長「ええ///」

ベアトリス「…ふぅぅ、これでどうにか秘密は守れましたね……」

ドロシー「あぁ…まさかあの娘っ子を口封じに始末するわけにもいかないしな……お手柄だったぞ、ベアトリス♪」

ちせ「…なに、今までどこに……?」

ドロシー「なぁに、茂みの中に潜んでいたのさ……あの「果たし状」を訳してくれって持って来ただろ?…その後すぐにここへ来て潜んでいたんだ」

ベアトリス「ちせさん…もしかしたら本当の刺客だったかもしれないんですよ?」

ドロシー「あぁ…まぁいずれにせよだ、今日はどうにか秘密を守れたからいいようなものの、頼むから今後は「果たし状」とかにつられてノコノコ一人で行っちゃダメだぞ?」

ちせ「うむ…迷惑をかけたな……」

ドロシー「なに、気にするなって……しかしあのフェンシングの部長、いい乳してたな♪」

ベアトリス「も、もう…どこを見ていたんですかっ///」

………


やっぱりベアトプリンセスアンジェ三点セットはいいね

>>97 まずは「乙」をありがとうございます。遅筆ではありますが、時間を見つけてまた投下していきますので……


……確かにこの三人は安定感がありますね…よく「主人公たちが奇数だとカップリングに入れないキャラクターが出て悲しい」と言う意見が多いですが、この三人ならプリンセスが二人を手玉にとって食べ散らかせるので……(苦笑)

…お茶の時間…

アンジェ「事情は聞いたわ、ちせ…今後はそう言うことのないようにお願いするわ」

ちせ「うむ…あい済まなかった……」

アンジェ「分かってくれたなら結構…さて、今回の任務よ」

ドロシー「えー、また任務かよ……コントロールときたら、あたしたちを機械か何かだとでも思ってるのか?」

アンジェ「それだけ私たちが役に立っていると言うことよ…嬉し泣きでもすることね」

ドロシー「おいおい、ずいぶん冷たいじゃないか…んん?」

アンジェ「ドロシー、頭を撫でくり回すのは止めてちょうだい」

ドロシー「へいへい…で、任務の中身だな」

ベアトリス「そうですよ、ふざけている場合じゃないです」

アンジェ「全くね……ちなみに今回の任務は「舞踏会に出ること」よ」

ドロシー「…は?」

プリンセス「まぁ…そこで情報の交換をするのかしら?」

アンジェ「その答えは当たらずと言えども遠からずね……今回の舞踏会は王国外務省主催の国際的なもの。当然各国の「同業者」が来るわ」

ドロシー「それはめでたいな…それで?」

アンジェ「ちせはよく御存じのようにアルビオンが「王国」と「共和国」に分かれていることで、諸外国はどちらを支援するのが有利なのか……はたまた、アルビオンの植民地や海外の権益を横取りする機会はいつなのかを、目を皿のようにして注視している」

ちせ「うむむ…確かに私の国もこちらで言う「極東」の権益を確保しておこうと必死じゃからな……」

アンジェ「そうでしょうね…そこでコントロールとしては、各国のスプーク(幽霊…転じてスパイのこと)が誰なのかよく見ておきたい……もしこれから必要になったら王国の弱点を流してもいいし…それが反対に「アルビオンそのもの」に対する脅威だとしたら、どこかで食い止める場合も出てくる」

ドロシー「要はスパイの見本市…だな?」

アンジェ「ええ。とはいっても私たちは「本物」のスパイだから、やすやすと顔を知られるわけにはいかない……あくまでもプリンセスの「ご学友」として、楽しく優雅に振る舞ってくれればいいわ」

ドロシー「それはいいや…私は純情な女学生だからな♪」

アンジェ「…ちょっと耳の聞こえがおかしかったみたいね……何て言ったのかしら、ドロシー?」

ドロシー「おいこら…まるで人を女たらしみたいに言いやがって」

アンジェ「違うの?」

ドロシー「…こんにゃろー……」

ベアトリス「…でもそういう事でしたら、王宮から招待状を出さないといけないですね?」

アンジェ「そこの手はずはプリンセスにお願いするわ……表向きは普通の舞踏会だから、ぜひとも「大好きなお友達をお招きしたいの」とねだってみてちょうだい?」

プリンセス「ええ、任せておいて♪」

アンジェ「というわけで、今回はコントロールから「L」も顔見世のために現地に来る…と言っても、王国防諜部やらノルマンディ公の部下がうようよいるから、あまり意識しすぎたり話しかけたりすることのないように」

ドロシー「…ああ、分かってるって♪」

アンジェ「それじゃあ舞踏会までにダンスとフランス語のおさらいでもしておくことね」

ちせ「むぅぅ…私はどうもあの「社交ダンス」というヤツが苦手じゃ……」

ドロシー「なら私が「手取り足取り」教えてやるよ…んふふ♪」

ちせ「な、なんじゃ…その薄気味の悪い笑顔は……」

ドロシー「そんなことないって…なぁアンジェ」

アンジェ「…さぁね」

プリンセス「……後で私たちも練習しましょうね、ベアト?」

ベアトリス「はい、姫様♪」

…舞踏会当日…

アンジェ「…準備はいいわね?」

ドロシー「おう…しっかし丸腰だと落ち着かないな……」

アンジェ「…一応言っておくけれど、アルビオン外務省主催の舞踏会にスティレット一本でも持ち込もうものなら、たちまちのうちに王国防諜部が猟犬みたいに駆けつけてくるわよ」

ドロシー「わかってるっての……だから丸腰なんだろうが…うぅ、どうも落ち着かないなんだよなぁ……」

アンジェ「…だったらアメでもしゃぶっていたら?」

ドロシー「あたしは子供かよ?」

ベアトリス「ぷっ、くすくすっ…♪」

ドロシー「おいベアトリス、何がそんなにおかしいんだ……んー?」

ベアトリス「な、何でもないですよぉ…」

アンジェ「仕方ないわね。ほら…口を開けなさい、ドロシー」

ドロシー「は?…まぁいいや…あーん……って、ホントにアメ玉なんて持ってるのかよ!?」

アンジェ「ええ…たとえば「機密書類をあさっている時にその屋敷の子供に出くわす」…とか、そう言った想定外の出来事があったときのためにね」

ドロシー「そんな限定的なシチュエーションがちょくちょくあるとも思えないけどな……ま、もらっておくよ……ん♪」アンジェがどこからともなく取り出した黄色い大きなアメ玉をしゃぶりつつ車を運転する…

アンジェ「黄色でよかったわね、ドロシー…赤は毒入りよ」

ドロシー「げほっ、ごほっ…!」むせたせいで車がテールを振り、慌てて席にしがみつくベアトリス…

アンジェ「……冗談よ」

ドロシー「おい、私を殺す気か!?」

アンジェ「いいえ…軽いユーモアで緊張をほぐしてあげようと思って」

ドロシー「あのなぁ、本当に「毒入りアメ玉」を仕込みかねないヤツがそういうことを言うのは「ユーモア」って言わねぇよ…」

アンジェ「…そう」

ベアトリス「そ、それはそうとして…私たち、今日は一段とステキなドレスですよね♪」普段はなかなかおめかしも出来ないベアトリスのためにプリンセスが選んだ、裾のフリルもたっぷりあるパステルピンクのドレスと、小さなシルクハット風の飾りつき帽子…

ちせ「うむ…しかしこのドレスはちと恥ずかしいの///」肩をむき出しにした黒いパーティドレスには大ぶりなケシの花と紅いリボンがあしらわれ、日本ならではの白い大粒のパールが首元を飾っている…

ドロシー「そんなことないって…よく似合ってるぜ?」渋いがぐっと大人びて見えるディープグリーンとクリーム色のドレスに、貴婦人のような大きな帽子をかぶり、胸元を白い羽根飾りが引き立てている……

アンジェ「ええ、とてもいいわ」アンジェは「田舎出身の女学生」というカバーストーリーに合わせて見立てた少しデザインの趣味が悪いミルクティー色のドレスと、それに似合わないオレンジ色の造花がついた帽子を選んでいる…

ドロシー「……さてさて、そろそろ会場にご到着…ってな♪」

アンジェ「ではいつも通りに…」

…舞踏会・会場…

衛兵「あー…失礼ですがお嬢さまがた、招待状はお持ちですか?」

アンジェ「は、はいっ…!」小さいポーチの中をかき回しつつあたふたしている…ふりをするアンジェ

衛兵「…慌てずとも大丈夫ですよ。他のお嬢さま方もどうぞ招待状をお見せください」

ドロシー「はい、これね……♪」

ちせ「…うむ」

ベアトリス「はい、お願いします」

アンジェ「あぁ、あった……こ、これですね?」

衛兵「ええ、そうです…はい、どうぞお通り下さい」

ドロシー「えぇ…と、車はどこに預ければよろしいのかしら?」

衛兵「は、それは次のゲートで運転手たちがお借りして停めておきますので…どうぞごゆっくり」

ドロシー「ええ、ありがとう♪……ふぃー、あたしのカスタム・カーじゃなくて普通の車で来てよかったぜ…」

アンジェ「そうね…そろそろ玄関よ」

ドロシー「オーケー……アメはしゃぶり終わってるし、大丈夫だ♪」

アンジェ「結構」


楽しみに待ってるから自分のペースで頑張ってください

>>101 ありがとうございます、劇場版の公開まで…とはいかなくても、せめてこのスレは書ききるつもりで頑張ります

…特に書き溜めたりなどしていないので時間ばかりかかっていますが、思い出した頃にのぞきに来てもらえれば少しづつ投下されているかと……

…大広間…

ドロシー「おーおー…さすがにアルビオン外務省主催ともなると豪華なもんだ」

アンジェ「ええ。それに来客の顔ぶれも見事なものよ」…アンジェたちのような「一般人」は別として、入り口では誰かが来るたびにトランペットのファンファーレが鳴り、係が会場に向けて来賓の(本名であったりなかったりする)名前を張り上げる……

ドロシー「ああ…あそこでどこかの貴婦人と話しているのは王国の外務次官……その隣で静かにしているのが王国防諜部の対外課長だな」

アンジェ「ええ。それに「L」もすでに来ているわ……さぁ、固まっているとおかしいから飲み物でも取りに行きましょう」

ベアトリス「そうですね…それじゃあ私は姫様のお側に行っていますから」

ちせ「なら私は……お、堀河公はもうおいでになっておられたのか…」

堀河公「おお、ちせ…それに皆も……」

アンジェ「…堀河公、息災で何よりです」

堀河公「うむ、以前は助けてもらったな。本来なら厚く礼を言いたいところだが…ここはあちこちに目があるのでな、世間話のふりで勘弁していただきたい」

アンジェ「それで十分です…私たちは影の世界に住むものです。日なたに出て勲章をもらうためにやっているのではありませんから」

堀河公「…なるほど、噂以上の冷静さよ……すまんが王国のエージェントがこちらを見ている。楽しく会話しているふりをお願いしたい」

アンジェ「はい…ふふふっ♪」

堀河公「ははは、そうかそうか……「ちせ」さんと申したか…異国の地で見かけた日本人に声をかけてみたら、何とも素晴らしいご学友をお持ちとあって安心しましたぞ!」

ちせ「はい、素晴らしい朋友たちです♪」

堀河公「それはよかった、大事にするといい……それでは」ちょんまげに羽織袴の目立つ格好で歩いて行った…

ドロシー「……ふぅ、シャンパンでもとって来よう…」

アンジェ「私は水でいい」

ドロシー「おいおい…って、来賓のご到着だぜ?」物見高い女学生らしくグラスを片手に来賓を眺める…

お触れの係「…駐アルビオン日本国大使、伯爵「阿路本仁左慈」(あじのもとのひとさじ)卿!」

ドロシー「ふぅん…あれが「表」の大使か……」シャンパンをすすりつつちらっと流し目をくれる…

お触れ「アルビオン・イタリア王国文化交流協会局長「ウンベルト・ショボクレティアヌス」伯!」

アンジェ「あれは「ローマ皇帝の末裔」とかいう噂のある人物ね…見た目はあの通りやつれているけれど、暗殺にかけては天下一品らしいわ」

ドロシー「ほーん……まぁイタリアって国は要人の暗殺が多いからなぁ」

お触れ「駐アルビオン・オスマン帝国大使館付商務官「アブドゥル・ババ・ヤスク・ウル」様!」

ドロシー「…ターバンに裾の長い服、つま先の尖った靴……まるで「アラビアン・ナイト」だな?」

アンジェ「ええ…あれはどうやらオスマンのスパイのようだけど……あの見た目ではなかなか大変そうね」

ドロシー「ははっ、確かに…♪」

お触れ「在アルビオン・オランダ王国商務省輸出担当課長、子爵「スヘルデ・オラニエン・デ・スウェヘニンヘン」様!」

ちせ「なに…「スケベ人間」じゃと?」

アンジェ「…スウェヘニンヘン…オランダの地名よ」

ドロシー「ああ…しかし「輸出担当課長」ねぇ……どう見たってチューリップを売り込みに来ている顔じゃないぜ?」

アンジェ「ええ。何しろアルビオンが「ボーア戦争」で南アフリカのオランダ植民地を奪った後だもの……きっと植民地に向けた武器の動きを調べに来ているのね」

ドロシー「そいつはありえるな……やれやれ、アフリカのジャングルなんかよりロンドンの方がずっと弱肉強食のサファリだよな?」

ちせ「うむ…うかうかしていると自分の国がいつ列強に食われるか分かったものではないからの……恐ろしいものじゃ」

アンジェ「そうね」

お触れ「…駐アルビオン・ロシア帝国大使夫人「エレーナ・クリオコワ」様!」

ドロシー「ふぅ、これでめぼしい顔はみんな来たか……ちせ、そこにちょっとしたビュッフェもあるんだし、うまいものでも食べてきたらどうだ?」

ちせ「ふむ…では失敬する」

アンジェ「さぁ、そろそろダンスの時間よ」

ドロシー「そう思ってちせに声をかけたのさ…ダンスは苦手だろうし、一緒にいると何かと目につくだろうからな」

アンジェ「ええ、そうね」

プリンセス「……皆さん、舞踏会は楽しんでおられますかしら?」

アンジェ「…あ、あの、そのっ……お、おら…いえ……わたくしはこんな立派な舞踏会は…は、はは初めてで…っ!」

プリンセス「ふふ、お楽に…アンジェさん♪」

アンジェ「あわわわ……」プリンセスに声をかけられて、しどろもどろになっているふりをするアンジェ……

ドロシー「ふふ、これはこれはプリンセス……このような立派な舞踏会に私どものような「ただの女学生」までお招きいただき、恐悦至極に存じます…♪」と、こっそりウィンクするドロシー…

プリンセス「いいえ、構いませんわ…だってわたくし、難しい外国との取引や他の国のエライ人たちのお話なんかよりも、皆さんとおしゃべりをしながら一緒に楽しく過ごしたいですもの……♪」と、背後にいるノルマンディ公に聞こえる程度の声を上げた…

ノルマンディ公「…おやおや、王女様とあろうものがそれでは困りますな……ところでこちらはご学友の方々ですか」

プリンセス「ええ、紹介いたしますわね……皆さん、こちらがわたくしの叔父にあたりますノルマンディ公でいらっしゃいますわ…♪」プリンセスから紹介されるとドレスをつかんで腰をかがめ、一礼するドロシーたち…

ノルマンディ公「……さて、舞踏会はいかがですかな?…可愛らしいレディの皆様」

ドロシー「は、はい…王族の方や外国の方がいっぱいでドキドキしておりますわ……///」

ノルマンディ公「はは…この舞踏会は外務省主催とはいえ大したものではありませんよ……どうぞ気楽になさるとよろしい」

ドロシー「あ、ありがとうございます…」

ノルマンディ公「…それで、そちらのお嬢さんはいかがですかな……?」

アンジェ「あ、あの……わたすは……いえ、わたくしは…///」

プリンセス「おじ様、あまりおどかさないであげて下さいな……地方からおいでになったものですから、あまり社交界には馴染んでおりませんの」

ノルマンディ公「おやおや、これは失礼した…では、ごゆっくり……」

プリンセス「またね、おじ様♪」

ノルマンディ公「うむ…いつかまたお会いしたいものですな、レディの諸君……」

ドロシー「はい、それでは……ふー、誰が二度とお会いするかっての……」

プリンセス「…いきなり声をかけて来るなんて驚いたわね?」

アンジェ「ええ、まさかノルマンディ公とはね……でもドロシー、私はもう一度会いたいわよ」

ドロシー「おいおい、マジかよ…」

アンジェ「ただし、銃の照準に捉えた状態で…だけれど」

ドロシー「あー…それなら話は別だ……」

プリンセス「……ベアト、もうしゃべっても大丈夫よ?」

ベアトリス「はぁぁ……さすがに背筋が凍りつきましたよぉ」

アンジェ「でもよくポーカーフェイスを維持したわね…上出来よ」

ベアトリス「そ、そうですかぁ…?」

ドロシー「今は出来てないけどな…完全にニヤけてるぜ?」

ベアトリス「むぅぅ…いいじゃないですか、アンジェさんに褒められるなんて滅多にないんですから」

ドロシー「そんなことないさ、アンジェは褒めるのも上手さ……ただ、あんまりにもかすかだから普通の人間には分からない…ってだけで」

ベアトリス「それじゃあ褒めてないのと一緒じゃないですかぁ…」

アンジェ「もっと表情を良く読み取ることね……ちせは?」

プリンセス「えーと…さっきまでビュッフェテーブルで何かつまんでいたようだったけれど……?」

アンジェ「そう…もう頃合いでしょうし、そろそろ撤収しましょう」

ベアトリス「じゃあ私が呼んできます」

プリンセス「お願いね♪」

………

…しばらくして・部室…

ベアトリス「もう、ちせさんったら信じられませんっ…!」

ちせ「何を…っ!」ベアトリスは服の内側に差したウェブリーの小型ピストル「ウェブリー・ベスト・ポケット」に手が伸ばせる位置…ちせは脇差の柄に指が届く位置でにらみ合う……

………

…事の発端…

ドロシー「ふぃー…今日は気疲れで参ったな……車の整備だけしたら早めに寝よう…」

アンジェ「私もレポートを書く必要があるから…失礼するわ」

ちせ「うむ…それではまたの」

ベアトリス「おやすみなさい、アンジェさん」

アンジェ「ええ」

ちせ「それにしてもプリンセスどのもおらぬしアンジェどの、ドロシーどのも席を外してしまったの……二人きりじゃが何か出来ることはないものじゃろうか…?」

ベアトリス「うーん…それでしたらお茶でも淹れましょうか」

ちせ「おぉ、それはよい……一杯淹れてくれるかのう?」

ベアトリス「ええ、いいですよ……それじゃあその間に何か「お茶請けになりそうな物」を用意してくれませんか?」

ちせ「うむ、承知した…♪」


…数分後…

ベアトリス「ちせさんっ、これはいったい何なんですかぁぁ…っ!?」鼻にしわを寄せて両手をわきわきさせるベアトリス…

ちせ「……お茶請けじゃが?」可憐なウェッジウッドの菓子皿に載った……しんなりと良く漬かったきゅうりのぬか漬け…

ベアトリス「こんなヘンテコなきゅうりのどこがお茶請けになるんですかっ…もっと、こう…普通はクッキーとかスコーンみたいなものでしょう!?」

ちせ「それはあくまでもそちらの決めつけじゃろうが…日本では漬け物が由緒あるお茶請けとして認知されておる」

ベアトリス「そんなこと知った事じゃないですよっ、それにとっておきのお菓子皿になんてものを載せてくれるんですかっ…!」

ちせ「そうガミガミ言うことではあるまい…もし気に入らぬのなら後で洗えばよかろうが?」

ベアトリス「そう言うことじゃないんですよっ、だいたいちせさんは朝方だってフェンシング部の部長さんと決闘まがいのことをするし……防具を糸でかがったりなんだりしてフォローした私の身にもなって下さいよっ!」

ちせ「別に私は「助けてくれ」だのなんだの懇願した覚えはないぞ…それこそ余計なお世話じゃな」

ベアトリス「あーそうですか、そういうことを言うんですかっ……これだから「東洋人は」って言われるんじゃないですかっ!?」

ちせ「…貴様、私に気に入らぬことがあるなら直しもしよう…じゃが「東洋人」と十把一からげに馬鹿にするとは……許せんな」

ベアトリス「じゃあどうしますか、また「果し合いごっこ」でもしますか…っ!?」

ちせ「よかろう…言っておくが、貴様が「虎のひげを引っ張る真似」をしたのじゃからな……!」

ベアトリス「いいですよ、かかってくればいいじゃないですか…!」

ちせ「……むむっ」

ベアトリス「…くっ」張りつめた空気のなか、テーブルの上に置かれた砂時計の砂だけがさらさらと流れ落ちる……

ちせ「…」

ベアトリス「…」きゅぅぅ…っ

ちせ「…おい」

ベアトリス「な、何ですか…///」

ちせ「…もしや、空腹なのか?」

ベアトリス「ええそうですよ……プリンセスのメイドが舞踏会の間、自由にものを食べたり飲んだりできる訳ないじゃありませんか」

ちせ「……それで茶を淹れて何かつまもうと思ったのか…?」

ベアトリス「ええ、そうですよ」

ちせ「ぷっ……それでそんなにかんしゃくを起こしておったのか」

ベアトリス「そ、そうですよっ…悪いですかっ///」

ちせ「なんじゃ…そうならそうと早く言えばよいものを……やめじゃやめじゃ♪」

ベアトリス「…な、なんで止めるんですか……///」

ちせ「空腹の相手に青筋を立てても仕方あるまい…漬け物は私がもらうから、ベアトリスは何か自分の好きな菓子でも何でもつまむがよかろう」

ベアトリス「それがないから困っているんですよっ!」

ちせ「なんじゃ…いつも菓子の一つや二つくらい用意してあるじゃろうに?」

ベアトリス「それが今日は舞踏会の準備で、それどころじゃなかったんですよ……うぅぅ」

ちせ「そういう訳であったか……お、そう言えば♪」

ベアトリス「何か私が食べられるものがあるんですかぁ…もし本当にあるなら今まで言った事は全部撤回して謝りますから……」

ちせ「うむ…ちと待っておれ……ほら、どうじゃ?」食器棚の奥にしつらえてある小さな「爪」を探り当ててカシェットを開け、ショウガ入りクッキーを取り出すちせ…

ベアトリス「わぁぁ…そう、こういうのですよ!」

ちせ「ほれ……しかし、軽々しく刀に手をかけようとした私も悪かった…済まぬ」

ベアトリス「いえ…私もちせさんを馬鹿にしてすみませんでした……ちょっと一日の疲れと緊張がたまっていたみたいで…」

ちせ「なら改めて茶をいただこう……ほ、牛乳もあるようじゃな♪」先にミルク差しからミルクを注ぐちせ…

ベアトリス「…むっ」

ちせ「ふむ…ぬか漬けと牛乳はちと相性が悪いの……ずーっ…」音を立てて紅茶をすするちせ…

ベアトリス「……ちせさん」

ちせ「なんじゃ…満足したか?」

ベアトリス「…このお茶を飲み終わったら……決闘です!」

ちせ「なに?」

ベアトリス「紅茶ではなくミルクを先に入れる…音を立ててお茶をすする……どうみても淑女の振る舞いじゃありませんよっ!」

ちせ「ほう……せっかく私がいさかいのタネを水に流してやったと言うのに、また話を蒸し返すとは…どうやらよほど痛い目にあいたいらしいの?」

ベアトリス「むぅっ…私だって訓練は受けました……そう簡単に負けはしませんっ!」

ちせ「ほほぅ…ベアトリスよ、おぬしはもう少し利口だと思っておったぞ……では、この一杯を終えたら参ろうではないか」

ベアトリス「ええ、それでいいですよ!」ショウガ入りクッキーを食べ終わると食器を片づけ、邪魔な椅子とテーブルをどかした…

ちせ「音のする銃は使えんが……それでよいのか?」

ベアトリス「ええ、ですから得物はなしで行きましょう…それならいいでしょう?」

ちせ「なるほど…よかろう!」脇差と小柄をテーブルに立てかけ、さらしで袖を「忠臣蔵」の討ち入りのように縛り上げる…

ベアトリス「……それじゃあ、行きますよ!」

ちせ「いざ……はっ!」

ベアトリス「…っ!」訓練の成果か、見事に正拳突きを受け止めるベアトリス…

ちせ「ふんっ…!」続けてみぞおちに突きを放つちせ…

ベアトリス「まだまだ…っ!」

ちせ「何をこしゃくな……っ!」

ベアトリス「そっちこそ…!」

ちせ「むむ、なかなか……じゃが!」柔道の寝技で押さえこみにかかるちせ…同時に首を締め上げるが、ベアトリスの首は義体化されていて効果がない……

ベアトリス「くっ…むぅぅ!」反対にちせの顔を胸元へ押しつけて窒息させようとするベアトリス…

ちせ「むむっ…ふうっ、ふぅぅ……っ!」

ベアトリス「んっ…ふぅ、ふぅぅ………んふぅ//」お互いにしばらくもがきあっているうちに、妙に艶めかしい吐息を漏らし始めたベアトリス…

ちせ「んくっ……すぅ、はぁ……むふぅ…///」一方、ベアトリスのつつましい胸のふくらみに押し付けられていたちせからも殺気が無くなり、急に「すーはー」と音を立てて、ベアトリスの甘い香水の香りを吸い込み始めた…

ベアトリス「ちせさん…っ……さっきから…なに変な声を上げているんですか……んんっ///」

ちせ「それは……こちらの言うことじゃ……さっきから甘ったるい声を漏らしおって…んふぅ///」

ベアトリス「またそういう減らず口を…こうなったら力づくでも黙らせないとダメみたいですね!」

ちせ「ほう、出来るものならやってみるがよかろう?」

ベアトリス「…言いましたね……んふっ、ちゅるっ…ちゅうぅ……///」

ちせ「んんっ!?……んんぅ、んんっ…!」

ベアトリス「ん…ちゅるっ、ちゅぅ……じゅる…///」

ちせ「んーっ、んんーっ!…んふっ、んくっ…んんぅ、んっ………」

ベアトリス「ぷはぁぁ…どうです、声の一つも出なかったでしょう?……ちせさん?」

ちせ「…うっ、ううぅ……///」

ベアトリス「…あ、あれ?」

ちせ「…ほわぁぁ、今まで剣の道に捧げてきたこの身体……それを惑わす口づけの…何と甘美で……の、のうベアトリスよ///」

ベアトリス「なんです?」

ちせ「…そ、その……もう一回だけしてみてはくれぬか…」

ベアトリス「……あー、ちせさんったらもしかして私のキスでメロメロになっちゃったんですかぁ?」

ちせ「そ、そんな訳あるか!…ただ……このままやられっぱなしと言うのは私の性に合わん……うむ、そうじゃ…今のは無しとして、ここから三番勝負にいたそう///」

ベアトリス「…私はいいですよ?……でもちせさんはキスに耐性がないですし、終わったときにはとろとろにとろけきっちゃいますよぉ?」

ちせ「ありえぬ…わ、私とて剣士の端くれ……どこからでもかかって来るがいい…!」

ベアトリス「……そうですか、それじゃあ遠慮なく♪」ぐいっ…♪

ちせ「ま、待て…いきなりとは言っておらぬぞ、せめてお互いに一礼するとか…何かこう……!」

ベアトリス「…ふぅ、ちせさん……」

ちせ「な、なんじゃ」

ベアトリス「前に姫様が言っていました……「キスと戦争は奇襲に限る」って…はい、スキありっ♪」

ちせ「な、なにっ!?…んんぅ、んちゅぅ……れろっ、ちゅ…っ///」

ベアトリス「…はい、一回目は私の勝ちですね」

ちせ「な、何を言う……だまし討ちなどと卑怯な真似をしてからに…まぁよい、まだ二回ある///」

ベアトリス「そうですね……あ、アンジェさん♪」

ちせ「…っ!?」

ベアトリス「嘘ですよっ……んちゅぅぅっ、ちゅるっ、ちゅぷっ……ちゅぅ、れろっ…んちゅ……ちゅぷっ…♪」

ちせ「んふぅぅっ、んんぅ…んっ、んっ……ふぅ…ん///」

ベアトリス「はい、これで二勝です……それにしてもちせさんのお口の中、甘いミルクティーの味がします……ね///」

ちせ「……ず、ずるいではないか…来てもいないアンジェどのを……///」

ベアトリス「普段のちせさんだったら気配だけで分かるはずじゃないですか…やっぱりキスで骨抜きにな……」

ちせ「なっておらぬ!……とはいえベアトリスもほのかな紅茶の香りとクリームの味が…まるで菓子を食べているようじゃ…」

ベアトリス「ふふ…じゃあもうちょっとだけ……スコーンとクローテッドクリームの味見をしますか?」

ちせ「う、うむ…この勝負は一旦あずける…ので…その、さっきのような…舌を絡めるやり方で頼む……///」

ベアトリス「…いいですよ……んちゅる、れろっ…じゅるっ……ちゅる…っ…ちゅぷっ///」

ちせ「んふぅ、れろっ…ちゅむっ……ちゅぅぅ…んっ、ふぅぅ……ちゅぅぅ///」

ベアトリス「…ところで、ちせさん」

ちせ「なんじゃ……もうおしまいか…?」

ベアトリス「……いえ…そこに大きなソファーがありますよね……」

ちせ「うむ……床の上では堅くてかなわぬか?」

ベアトリス「ええ」

ちせ「…さて……しかしなんじゃな……」

ベアトリス「はい?」

ちせ「こうして見ると今日のベアトリスはいつにもまして可愛いの……口づけしたせいじゃろうか?」

ベアトリス「ちせさんってば…いきなりそんなこと言わないで下さいよ///」

ちせ「いやいや、世辞や酔狂で言っているわけではない……正直…もっとしたくてたまらぬ…///」

ベアトリス「…奇遇ですね……私もです…」

ちせ「んちゅ…ちゅぅっ♪」

ベアトリス「んむっ、ちゅっ♪……ふふ、いきなり上手になりましたね?」

ちせ「何事も練習あるのみ……あるいは私も「色仕掛け」を使う場面が来るやも知れぬし、いつまでも「接吻の仕方も知らない東洋人」では格好がつかぬ……んちゅぅぅ…ちゅぽっ///」

ベアトリス「んんぅ…んっ、ふ……はぁ、はぁ…///」

ちせ「んちゅっ……ふぅ、ふぅぅ…///」

ベアトリス「そ、それじゃあ……脱がせてあげますね///」

ちせ「…着物の脱がし方を覚えるいい機会じゃな♪」

ベアトリス「んー…あ、あれ?」

ちせ「…」

ベアトリス「おかしいですね…簡単にほどけると思ったのに……うぅ」

ちせ「……」

ベアトリス「ここをこうしたら……あれれ、何で絡まっちゃうんですかぁ?」

ちせ「………えぇい、もどかしいっ!」手を払いのけてさっさと着物を脱ぎ捨てるちせ…ついでにベアトリスの服も脱がしにかかる…

ベアトリス「あっ、ダメですってば!シルクなんですからそう言う風に扱ったら糸が伝線しちゃうじゃないですかっ」

ちせ「その手をどけぬか!…まったく、西洋人のおなごは一体何枚の布きれで隠れておるのじゃ!」

ベアトリス「や、止めて下さいってばぁ!…あぁもう…後で取りに行かなきゃならないんですから、スカートを向こうに投げないで下さいよっ///」

ちせ「ふぅ、ふぅ…私を焦らしたベアトリスがいけないのじゃ……」

ベアトリス「だからって、もう…後で甘いキスの刑ですからね♪」

ちせ「ふふ、望む所じゃ…♪」お互いに邪魔なブラウスやリボン、着物の帯をソファーの背もたれ越しに放り出していく……

ベアトリス「……はぁっ、あぁっ…はぁぁんっ♪」

ちせ「おっ、おぉぉ……何と温かで気持ちのいいことよ……はぁ、ふぅっ…んんぅぅっ♪」

ベアトリス「はひぃっ、あふぅぅっ♪」

ちせ「んくっ、あぁぁぁ…っ♪」

アンジェ「……どうやらお取込み中みたいね」ソファーの向こうから次々と服や装身具が投げ出され、ちせとベアトリスの甘ったるい喘ぎ声が聞こえてくる…

ドロシー「だな…それにしても、二人ともまぁ夢中になってること……ぷふっ♪」

アンジェ「…何がおかしいの」

ドロシー「くっくくく、そりゃおかしいさ……なにせ部屋に入った瞬間にそれだもんなぁ♪」

アンジェ「ドロシー…後で覚えておくことね」…部室に入るなり飛んできたベアトリスのストッキングが頭からぶら下がっている……

ドロシー「あーおっかない……それじゃ二人の時間を邪魔しないように、私たちは退散するとしますか♪」

アンジェ「ええ…」

………

>>109 まずは見て下さってありがとうございます。

…さて、書いているうちに「ちせ×ベアト」もアリなのではと思う今日この頃ですが……皆さまはどんなカプがお好きなんでしょうか?


…case・アンジェ×ちせ「The vampier in the fleet street」(フリート街の吸血鬼)…


…深夜・フリート街にほど近い裏通り…

男「…うーい……今日は飲みすぎちまったなぁ…もうどこのパブも酒屋もやってねぇや……」男は家路に向かう途中で、近道をするために裏通りへと曲がると散乱するごみを蹴散らしながら千鳥足で歩いている…


…深夜の裏通りは人の気配もなく、道路の中央に付けられている排水溝にはドブネズミの死骸や野菜くず、垂れ流された大小便などが放置されている……表通りから届く街燈の灯りも夜霧と煤煙のためか、やっと足もとが見える程度に薄く霞み、靴音だけが寂しく反響して響く……本当なら夜道を照らしてくれるはずの月も、今は霧に隠れてぼーっと青ざめている…


男「…ぶるるっ、なんだよ…いやに冷え込む夜じゃねぇか……」背中にぞくりと冷たい夜気が這い上がって来て、思わず腕をさすりながら背中を丸める…

男「……ま、まぁ俺ァさんざ飲み明かして一文無しだからな、追いはぎの心配もねぇや!」薄暗い通りに怯えつつ、強がりでひとり言をつぶやいてみる…が、その声も薄汚れたレンガの壁に吸い込まれていく……

男「…ちっ、早道だからってこんな道通らなきゃよかったな……なにくそ、構うもんか!…こちとらロンドンっ子よ、この世にいる訳もねぇ「化け物」だの「悪魔」だのにおびえるわきゃねぇってんだ!」…いっそ回り道でも大通りに引き返そうかと後ろを見たが、今さら引き返すのも弱虫みたいでしゃくだと、ロンドンっ子らしい威勢のいい啖呵(たんか)を切りつつ足早に歩き出す……


…裏通りの真ん中あたり…


男「へっ…やっぱり何でもねぇや……お化けだの何だのってのは怖ぇ怖ぇと思ってるから、何でもねぇ物まで見間違えちまうんだ…出てこられるもんなら出て来てみやがれってんだ!」…もはや表通りのかすかな明かりさえ届かなくなった裏通りの真ん中あたり…左右は家々の裏手に当たる高いレンガ塀で、相変わらずあちこちにゴミや小動物の死骸が転がっている……


黒マント「…」不意に男の前に姿を現した長い黒マントとシルクハットの姿…黒マントの裏地は紅のビロードらしく、かすかに吹き抜ける夜風にはためいている…

男「うわっ!…おい、いきなり出てきておどかすんじゃねぇや……ぶるっちまったじゃねぇかよ…」

黒マント「…」

男「…へ、返事くらいしてみたらど、どうなんだよ……え?」

黒マント「…」軽く帽子の縁に手を当て、会釈のような仕草をすると近寄ってくる黒マント…

男「な、なんだよ…紳士のための表通りなら向こうだぜ……?」

黒マント「…!」マントを後ろにはねあげ、男に向かって駆け出してくる…

男「わぁぁっ…!!」尻もちをつきながら反対の方向に駆け出す男…酔いのせいでふらつく脚を必死に動かし、ごみくずにけつまずきつつ来た方へと戻ろうとする…

黒マントB「…」

黒マントC「…」

男「あ、あ……うわぁぁぁっ!!」…退路を塞ぐように小さな脇道から出てきた別の黒マントと、最初の黒マントにかこまれた男……その絶叫は霧深いロンドンの夜空に吸い込まれていった…

………



…翌日・寄宿舎の部室…


アンジェ「…今日みんなに集まってもらったのは、この記事を見てもらうためよ」テーブルに数紙の新聞を置いたアンジェ…

ドロシー「新聞ね……こういうのって、一番ふざけてるように見えるやっすいタブロイド新聞みたいな方が物事の核心をついていたりするんだよな」

アンジェ「そうかもしれないわね…とにかく中ほどの記事を見てちょうだい」

ドロシー「あいよ……って、何だこりゃ?」

アンジェ「見ての通りよ」

ベアトリス「えーと『ロンドンの吸血鬼…またも犠牲者!』って書いてありますね?」

ちせ「…『首には二つの傷痕、被害者は血の一滴も残さず…ヴァンパイアの吸血痕か?』じゃと…ふむ、英国にはまだ吸血鬼とやらがおるのじゃなぁ」

ドロシー「バカ言え、そんなもんがいてたまるかよ……で、このふざけた記事がどうかしたのか?」

アンジェ「ええ…コントロールからの指令で、今回はこの事件を調べることになったわ」

ドロシー「は?…おいおい、こんなのはフリート街にたむろしてる特ダネ記者のやることだろ……?」

プリンセス「…何か事情がありそうね?」

アンジェ「ええ、それを今から説明するわ…」

………

…その日の午前中・図書館…

アンジェ「…ヴァンパイア?」

7「ええ……この事件は一見すると「ホンモノ」の吸血鬼の仕業に見えるわ…被害者の年、職業、性別もバラバラ……共通点といえば暗い通りで襲われ、首に噛み痕のような二つの傷と、ほとんど血が残っていない死体だけ……でもね」

アンジェ「ええ」

7「十数人にも上る被害者のうち、こちらの送り込んだ工作員(スパイ)が一人、カットアウトが一人含まれているの……」

アンジェ「……異常な数字ね」

7「その通り…「L」もそう言っていたわ、「一人なら偶然もありうるが、二人なら故意だ」とね」

アンジェ「ええ、そうね」

7「…そこであなた達には、次に「吸血鬼」が活動しそうな場所を歩いてもらって……連中の「本性」を暴いてもらうわ」

アンジェ「了解」

7「結構…何か聞いておきたいことは?」

アンジェ「……本物のヴァンパイアだった場合は?」無表情な中に、精一杯のユーモアを込める…

7「そうね、もし本物だったら…こちらの工作員を「味見」するとどうなるか教えてあげてちょうだい……必要なら十字架とニンニクの首飾りを用意させるわ」

アンジェ「ええ…生命保険の「吸血鬼特約」をつけて、ぜひ用意してもらいたいわね」

7「そうね……とりあえずこちらで分かったことをまとめた資料があるから、熟読したうえで活動にあたって」

アンジェ「了解」

………



アンジェ「…と言う訳で、どうやら本物のヴァンパイアに出会うことは出来ないわね」

ドロシー「だってさ…残念だったな、ちせ?」

ちせ「うむ、異国の妖怪に出会う絶好の機会だと思ったのじゃが…しかし工作員を「消去」するのに、なぜそんな手の込んだ真似をするのじゃろう?」

ベアトリス「ほんとですよね、普通に交通事故とか…酔って川で溺れるとか……」

プリンセス「そうね…食中毒とか、濡れた床で脚を滑らせるとか……いろいろあるのにどうして「吸血鬼」なのかしら?」

ドロシー「…理由はいくつかあるな」

ベアトリス「そうなんですか?」

ドロシー「ああ…いわゆる「血抜き」は尋問の手段としてよくあるんだ……よく「頭に血が回らない」って言うように、人間って言うのはある程度血を抜かれると聞かれるがままに物事を話しちまうからな」

アンジェ「その通りよ…それに事故死なら「スコットランド・ヤード」(ロンドン警視庁)もある程度死因や状況を調べるでしょうけれど、「吸血鬼」なんて言われたら真面目に調べる気もなくなってしまう……それが相手の狙いなの」

ドロシー「そういう事……その上ちょっとばかり被害者の素性がおかしかったとしても、単なる「ロンドンでうごめく吸血鬼」だとか「切り裂きジャックの再来」に襲われた被害者だ…なんて面白おかしく書きたてられて、ひとまとめにされちまう」

ベアトリス「でも被害者は十数人いるんでしょう……残りの人は何なんです?」

アンジェ「つじつま合わせよ」

ドロシー「ああ…いくらなんでもこっちの工作員やカットアウト、協力者だけを選んで襲っていたんじゃどんな間抜けや駆け出しの記者だって「イチ足すイチ」で誰が何のためにしていることか分かっちまうからな……それを目立たせないように、適当に暗い夜道を歩いていた一般人を同じやり口で「シメちまった」んだ」

アンジェ「木を隠すには森…死体を隠すならモルグ(死体置き場)という訳ね」

ベアトリス「そんな…あんまりです……」

ドロシー「ま、そういう世界だからな」

アンジェ「ええ…ちなみに「やられた」工作員は三流新聞の記者、カットアウトは夜中から仕込みに忙しい屋台のパイ売りだそうよ」

ドロシー「なるほど、夜道とも縁がありそうだな」

アンジェ「そうね…ちなみに今回は相手が玄人なのが分かっているから、プリンセスとベアトリスは後方支援……ドロシー、ちせ、私が二人組の入れ替わりで事に当たるわ」

ドロシー「了解……それじゃあ吸血鬼退治と行きますか」

アンジェ「ええ、まずは資料をよく読み込むことからね」そう言って新聞記事の切り抜きから、ブラム・ストーカーの「吸血鬼ドラキュラ」まで揃っている資料を差しだした…

………

おもしろい

>>113 まずは読んで下さってありがとうございます…書くのが遅いもので数日ごとに2~3スレ分しか進みませんが、引き続きがんばります


アンジェ攻めプリンセス受けが好きだな

>>115 そう言ったリクエストがあると助かります…アン×プリはまだ書いていないのでそのうちに……

…しばらくして…

ドロシー「……なぁアンジェ…この資料って本当に使えるのか?」

アンジェ「どうして?」

ドロシー「だってさぁ、『吸血鬼の撃退にはニンニクや十字架が効果的である……が、根本的な解決法としては吸血鬼の就寝中、胸元へ聖水で清めた杉の杭を打ち込むことが最もよい』って……あたしは吸血鬼の退治法が知りたいわけじゃないんだよ」

アンジェ「分からないわよ…もしかしたら本物の吸血鬼も混じっているかも知れないし、そのうちに任務でトランシルバニアに派遣されるかもしれないでしょう」

ドロシー「そんな馬鹿な?」

アンジェ「…まぁ冗談を抜きにしても、なんの知識が役に立つかなんて分からないわよ」

ドロシー「それはそうだけどさ……なんかなぁ…」

アンジェ「いいから、読み終わったらそれを貸してちょうだい」

ドロシー「はいよ」

ベアトリス「……うーん…どうも今回の「吸血鬼」はフリート街のまわりで活動していることが多いみたいですね……」

プリンセス「フリート街……新聞社や印刷所が多い所ね?」

アンジェ「そうね…アルビオンにおいて、あらゆる情報が最も早く手に入る所……しかも深夜は人通りはほぼない上に、印刷機や何かの音で物音も聞こえにくい…」

ドロシー「印刷所の裏通りともなれば窓一つあるわけじゃないし、物音を聞く住民もいない……誰かを拉致するには理想的だな」

アンジェ「ええ」

ドロシー「それじゃあルートはそのあたりを中心にして……後はどうやって本拠地まで跡をたどるかだよなぁ…」

プリンセス「裏通りでは車も馬車も通れないし、かといって表通りで待っていては目立ちすぎるものね」

ちせ「ならばと徒歩(かち)で行って、あちらが車を用立てていたとしたら目も当てられん……思案のしどころじゃな」

アンジェ「…そこは私に考えがある……地図を見てちょうだい」

ドロシー「どれどれ…ふぅ、それにしてもよくもこうせせこましく建物を建てたもんだよな……」

アンジェ「ええ…それだからこそ使える手段がある」

ちせ「…ほう?」

アンジェ「みんなはもう「Cボール」を知っているわよね……これを使って屋根伝いに追えば、入り組んだ路地を駆け回らずに済むわ」

ドロシー「なぁるほど…さっすがアンジェ、冴えてるな♪」

アンジェ「からかってるの?」

ドロシー「とんでもない……だけど目立たないか?」

アンジェ「そう言うと思って、事前にそのあたりの建築図を調べてみたわ……この辺りは通りが細い上に建物の高さがあるから、もし屋根の上にいる人物を見ようと思ったら、首の骨が大変なことになるでしょうね…」

ドロシー「ああ、資料にも入ってた……で、反対にこっちは屋根の上からのぞきこめばいい…と♪」

アンジェ「ええ…今回の主目的は相手のネスト(巣)までついて行って、何を調べているのかを探り出し…ついでにこの「吸血鬼」どもを片づけること……月の明るい日は誘拐が行われていないから、作戦は天気の悪い時か月のない日の深夜……今日は月の入りを考えて、今夜の十時ごろにフリート街に着くように行動しましょう」

ドロシー「了解だ♪」

ちせ「…うむ」

プリンセス「ええ、分かったわ」

ベアトリス「はい」


………

…十数日後の夜・フリート街…

ドロシー「うー…なんだか今夜は霧も濃いし、ことさらに「吸血鬼」が出そうだな……」

アンジェ「結構なことね」

ちせ「うむ…見回りを初めて十数日、ここまで何も起こっておらぬし……そろそろ次の犠牲者が出てもおかしくない頃合いじゃろうな」

アンジェ「ええ。それに「コントロール」としても、消去されたエージェントが何の情報をつかんでいたのか…あるいは逆に、何を「歌った」(白状した)のかが分かれば、あちらに対して情報漏れを防ぐ手立てが取れるようになる……つまり結果を出すのは早い方がいい、ということね」

ドロシー「だな…それにしても「血抜き」の尋問をやるような奴らを相手に「トマトスープ」作戦とはね……悪趣味もいいところだ」

アンジェ「仕方ないでしょう。そういう訳で、向こうがこちらに対してどこまで「食い込み」を図ったか分からない以上、作戦名の流出もあり得る……だとしたら、簡単に連想できるような吸血鬼関係の単語を使った作戦名は使う訳にはいかないわ」

ドロシー「あぁ、そのおかげで私が「ニンニク」、二人が「玉ねぎ」と「ニンジン」なんだもんな」

アンジェ「そういうことよ…さぁ、そろそろ時間ね」そう言いながら、ちせにお守りのようなアンクレット(足飾り)を付けた

ドロシー「了解…「ニンジン」の得物はこっちで預かるよ」

ちせ「うむ、よろしく頼む…しかし寸鉄も帯びていないとどうも落ち着かぬな……」

ドロシー「だろうな……気持ちはよくわかるよ」

アンジェ「ええ…それじゃあ始めましょう」ドロシーの手を握ると「Cボール」を起動し、屋根の上にふわりと着地した…

アンジェ「……思っていたより霧が濃いわね」

ドロシー「あぁ…「もや」っていうよりは「霧」だな……」

アンジェ「こうなると尾ける距離を縮めないといけないわね」

ドロシー「だな……」



ちせ「うぅむ…それにしても倫敦(ロンドン)の下町がこうも汚らしいとはの……これが「世界の中心」とは思えぬほどよ…」

ちせ「……なにやら煙ったいような臭いも立ちこめておるし、古くなった食材のすえた臭いもするようじゃな……見てくれはともかく、倫敦の下町は鼻に悪い都のようじゃ…」小さい歩幅でトコトコと歩いていくちせ…


…柳のバスケット(手提げカゴ)を持って、両脇を建物に挟まれた狭い裏通りをてくてく歩いていくちせ……黄色っぽい霧が地面を覆い、灯りの消えた暗い裏窓が、骸骨の眼窩(がんか)のように通りを冷たく見おろしている……貴族の邸宅では舞踏会や晩餐会でまだまだにぎやかな「宵の口」ではあるが、貧しい裏通りでは疲れ切った労働者が泥のように眠っているか、はたまた貴族のお屋敷で下働きにいそしんでいるために、家々からは明るい光が一つも見えない…


ちせ「…別におっかないとも思わぬが、こうして見ると陰気じゃなぁ……」

ちせ「……おっと、ネズ公の「ホトケ」を踏みそうになってしまった…せめて成仏してくれるといいが、それもこの辺りでは難しそうじゃの……」

ちせ「…む?」ふと視線を上げると、闇の奥にぼんやりとしたシルエットが浮かび上がってきた…

黒マント「…」

ちせ「…何か用かの?」まずまずの英語で声をかけるちせ…

黒マント「…」

ちせ「もし…そこの御仁に問うておるのじゃが……?」

黒マント「…」カツッ、カツッ…と石畳に靴音を響かせて近寄ってくる黒マント

ちせ「…な、なんじゃ……」うろたえたふりをして反対側に向かって駆け出すちせ…

黒マントB「…」

黒マントC「…」

ちせ「あ、あぁぁ……」あくまでも「か弱い小さな小間使い」のふりをして黒マントに取り囲まれるちせ…

黒マント「…」騒がれないよう喉を締め上げて気絶させると、目覚めても声を出せないよう猿ぐつわをかまし、手足を縛りあげた…そのまま肩に担いで運んでいく黒マント…



ドロシー「…よし、食いついた」

アンジェ「ええ……追うわよ」

………



ドロシー「ところであのアンクレットだけどさ…ちゃんと効果あるんだな?」

アンジェ「なければ使わないわ」

…ちせに渡した「お守りのアンクレット」に含まれているケイバーライトが、アンジェの「Cボール」にだけ反応して淡い緑色に光る……屋根の上をそっと尾行しながら、不可視の「道しるべ」を追っていく二人…

ドロシー「まぁな……それにしてもあの連中、どっから現れてどこに行くのやら…」

アンジェ「知らないわ…それを知るのが任務でしょう」

ドロシー「いや、分かってるけどさ…ちせには背中を預けたこともあるし……どうも、こう…冷静なままじゃいられないんだよな」

アンジェ「分かっているならなおの事冷静になりなさい…それこそ「大事な仲間の命」がかかっているのよ」

ドロシー「ああ……ん、奴ら角を右に曲がったな…」

アンジェ「…飛ぶわよ、つかまって」

ドロシー「あいよ」アンジェの腰に手をかける…

アンジェ「連中は…向こうの建物に入ったわね……」

ドロシー「何の建物だろうな…印刷所か?」

アンジェ「…そうみたいね」

ドロシー「それじゃあ急いで知らせて来いよ。私はここで監視にあたる」

アンジェ「頼むわね……数分で戻るわ」

………

…数分後…

アンジェ「戻ったわ」

ドロシー「ああ…「早かったな」って言いたいが……中の様子を見る限り、早すぎて困ることはないらしい」

アンジェ「…みたいね」


…薄暗い建物の中はしっくいの塗ってあるレンガ張りで、二人の位置からようやく中が見える小窓からは殺風景な部屋が見えた……室内には手術台のような拘束具つきの台が置かれていて、周囲には時間が経って赤茶けている血の染みが飛び散り、天井からは鎖付きの手錠もぶら下がっている……吊るされた鎖から届く範囲の壁は犠牲者が痛みのあまり爪を立てたらしく、しっくいが剥げ落ちている…


ドロシー「で、情報は届いたか?」

アンジェ「ええ…後は私たちが片づければいいわ」

ドロシー「分かった…それじゃあちせを救いに行こうぜ?」

アンジェ「待って…見張りは?」

ドロシー「なし。変にうろちょろしてると怪しまれるからだろうな」

アンジェ「…侵入ルートになりそうなのは?」

ドロシー「やっぱり裏口だろうな…鍵はかかっているだろうけど」

アンジェ「了解……それじゃあ行くわよ」Cボールを使ってひらりと飛び降りる二人…

………



…室内…

ちせ「むぅぅ……ん」

黒マント「お目覚めかね、東洋人のお嬢さん?」

ちせ「…」


…ちせは上に来ていた小間使い風の衣服をはだけられ、かぼちゃ袖のついた上下つなぎの下着姿で「手術台」に繋がれている…室内にはかな臭い血の臭いを上回る勢いで、インクや紙の強い臭いが漂ってくる……ちせを見おろして紳士風の話し方をする相手は、シルクハットに口元まで覆った襟の高いマントを着ていて、表情まではよく分からない…


黒マント「ふむ…私も最初は君の事を、ただの下働きや小間使いの東洋人だと思ったが……いろいろ調べさせてもらうとなかなか興味深いことに気が付いた…」

ちせ「…」

黒マント「…まず柳のバスケットはそこまで使い込まれていないし、着ているものも古着らしく擦れてはいるがそこまで汚れていない……それに君も貧相な身体ではあるが、髪もよくとかされていて身体も汚れていない…こんな下町の下女にしてはいい待遇だ…違うかね?」

ちせ「…」(余計なお世話じゃ…にしても、ここは一体どこじゃろう……アンジェたちは無事にここを見つけることができたじゃろうか…?)

黒マント「それに普通なら悲鳴を上げるか失神するか…それなりの反応を見せてくれるはずが、そっと周囲を観察して機をうかがっている……実に肝が据わっているよ」

黒マントB「…あの」

黒マント「まぁ待ちたまえ……それに君の身体のバランスは左右で微妙にずれている…普段は左の腰に何を差しているのか気になるところだ……おっきな大砲かね、それとも東洋人の大好きな刀かな?」

ちせ「…」

黒マント「まぁいい……それもおいおい分かることだ…君」

黒マントB「はっ」

黒マント「準備にとりかかれ」

黒マントB「はい」

黒マント「さて、と…ではそろそろ吸血鬼のタネ明かしと参ろうかな?」シルクハットを脱いでマントの留め紐を解くと、隅にあるコート掛けにきちんとかけた…

ちせ「…」

初老の紳士「私の事をご存じかな?…ここの印刷所を始め、このフリート街にいくつか会社を持っている者だよ」

ちせ「…」ゴーストグレイの髪に笑っているような口もと…が、冷たいブルーグレイの目は冷徹で感情らしいものはかけらもない…感情に左右されない分アクシデントにも機敏に対応できる手ごわいタイプ……と、ちせは見て取った

紳士「さてさて…どうやら君は以前「話を聞いた」連中のお仲間らしいからある程度はご存じだろうが……一応説明しておこう」

ちせ「…」

黒マントB「用意できました」

紳士「結構……今からちょっとばかり首筋がチクリとするよ…注射は嫌いかね?」

ちせ「…」

紳士「まぁ好きなものはいないだろうね……だが安心したまえ、針と言うやつは差すときと抜く時が一番痛いのだが…君はそのうちの片方だけしか感じずに済む」…返り血が点々と残っている革の前掛けに絹の長手袋をすると、針の先端を丁寧にアルコールで拭った…

ちせ「…っ」

………



…数分前・裏口…

ドロシー「私が見張ってる…急げよ?」

アンジェ「開いたわ」キーピックを差しこみ静かにしていたが、数秒もしないうちに裏口を開けた…

ドロシー「よし…それじゃあ行こうぜ」音がしないようにと、ガーターベルトに仕込んだ鞘からスティレット(刺突用の針)を抜いた…

アンジェ「…ええ」アンジェもスティレットを抜き、背の高いドロシーが援護できるよう前に立って歩き出した…



見張り「……まったく、この作戦が始まってからは昼夜逆転でやりきれねぇな」前後反対にした椅子の背に、あごをのせて腰かけている…

見張りB「そう言うな、何しろこちとらはロンドンを騒がす「ウワサの吸血鬼様」なんだからな……」

見張り「そうは言っても女まで「血抜き」にかけるなんて……あの人が近くにいないから言うけど、あんまりいい気分じゃないぜ?」

見張りB「しーっ!……お前は諜報部のくせに思った事をペラペラと…お前のお袋はおしゃべりな庭のアヒルか?それとも口から先にでも生まれたのか?」

見張り「悪かったよ…あ、ちょっと手洗いに行ってくる」

見張りB「…いいけど見つかるなよ……とばっちりで怒られるのは嫌だからな?」

見張り「ああ…まったく、何もあんなに言うことはないだろ……」

ドロシー「だよな…ま、これで静かにできるさ」後ろから羽交い絞めにすると口もとにハンカチを当て、心臓を一突きした…

アンジェ「片付いた?」

ドロシー「…静かになってるよ」

アンジェ「結構…それなら急ぎましょう。さっきの口調だともう尋問が始まっているかもしれない」もう一人を片づけて、相手のネクタイでスティレットを拭うアンジェ…

ドロシー「ああ……尋問は相手を捕まえた直後が一番「落としやすい」からな…」愛用の「ウェブリー&スコット」リボルバーを抜くと足音を立てずに速足で歩き出した……

…廊下…

見張りC「…ぐぅっ……!」

アンジェ「どうやら…ここのようね」

ドロシー「ああ、血の臭いがしやがる……いいか?」

アンジェ「いいわ」…いつもの「ウェブリー・フォスベリー」ピストルを抜いて、かちりと撃鉄を起こすアンジェ……

ドロシー「…それじゃあやってくれ」

アンジェ「ええ」ドアを蹴り開け、室内に転がり込むアンジェ

助手「うわっ!」

紳士「…くっ」一瞬のうちにホルスターに差していたリボルバーを抜き、撃鉄を起こす…

ドロシー「…っ!」バンッ!…狭い室内で爆発のように大きく響く銃声……肩から血が噴きだし、リボルバーがぽろりと床に落ちる

助手「…この!」

アンジェ「…遅い」バン、バンッ!…助手に二発撃ちこんで始末すると、「紳士」の手から落ちたピストルを部屋の隅に蹴り飛ばして、離れた場所から銃を突きつけた…

ドロシー「おい、大丈夫か?」

ちせ「うむ……どうやら「吸血」はされずに済んだ…ずいぶん早かったの?」

ドロシー「当たり前さ、仲間がこんな連中の手にかかってるのに黙ってられますかっての……それと、任務とはいえ悪かったな」手足に付けられたリングを外しつつ謝るドロシー…

ちせ「構わぬ、これも定めじゃからな……」そう言いつつも、西洋ならではの現代的な医学と科学を駆使した尋問にゾッとしているちせ…珍しく顔が青ざめ、かすかに震えている……

ドロシー「無理するなよ…あ、あとこれを」ちせの太刀を差しだすドロシー

アンジェ「こっちも持って行って…私には邪魔だから」ぴたりと銃の狙いを定めたまま、片手で脇差を渡すアンジェ…

ちせ「うむ…これで人心地ついた気分じゃ」

ドロシー「よし…それじゃあこのロクデナシはここに閉じ込めて、残りを片づけようぜ?」

アンジェ「そうね…ありがたいことにこの建物はレンガの壁が厚くて防音になっているようだし……」まずはスティレットで「紳士」の手足の腱を切ると、舌を噛み切って自殺することができないようネクタイで猿ぐつわをし、その上で手術台に大の字に寝かせ、手錠と足輪をかけるアンジェ…

ちせ「うむ、では参ろう…!」ドロシーが服の下に包んできてくれていた着物を身につけると、刀の鯉口を切った…

ドロシー「あぁ、本命は捕えたからな…あとは一人も逃がさないようにすればいいだけだ」

>>123 コメントありがとうございます…遅くなりましたがまた投下していきます

…建物内…

王国エージェント(ベテラン)「くそっ…ジャック、マシュー、トミー、向こうへ!」ワイシャツにぴったりしたグレーのチョッキを着て、肩に「ウェブリー・スコット」リボルバーのホルスターを吊るしている老練なエージェント…銃声が響いた瞬間に仮眠用のベッドから飛び起き、矢継ぎ早に指示を飛ばす…

王国エージェント(若手)「了解!」

中堅「ハリー、モーガン、ナイジェルは尋問室へ急行!」

王国エージェント(中堅)「はっ!」それぞれピストルを持った王国諜報部のエージェントが靴音を響かせて駆け出していく…

ベテラン「マイルスは通信機を立ち上げて本部に警報を入れ、ヘンリー…お前と私は通信が終わるまでここを守る!」

王国エージェント(中堅)「了解」

…廊下…

アンジェ「……来たわね」

ドロシー「ああ、足音からすると……三人だな」4インチ銃身のウェブリー・スコットを抜くと、木箱の陰に身をひそめた…

若手「……マシュー、敵は見えるか?」

若手B「いや…どこにもいないぞ」

若手C「しー…声を出すな……」

ドロシー「あれだけ足音を立てておいて…今さら黙ったって無駄だっての」バンバンッ、バンッ!

若手「がはっ…!」

若手B「ぐぁぁ…っ!」

アンジェ「ふっ…!」バンッ、バンッ!

若手C「ぐあっ!」

ドロシー「よし、片付いたな……まだこいつは息がある」

若手「うっ…うぅぅ……た、頼む…助けてくれ……」

アンジェ「仲間は何人いる?……教えてくれるなら傷を見てあげるわ」

若手「うぐ…っ……この班を入れて十二…人……」

ドロシー「ふぅん…思っていたより多いな」

アンジェ「そうでもないわ…実際に誘拐を行う三人、監視・予備グループが一つでもう三人…控えが三人に、尋問係とその助手…あとは雑用係兼連絡役が一人って所ね」

ドロシー「してみるとこいつの言うことはあながち嘘でもない…か?」

アンジェ「ええ、そうね」

若手「ごほっ……頼む、しゃべったか…ら…」壁にもたれて咳き込んでいる…と、アンジェが額にウェブリー・フォスベリーを向けた…

アンジェ「…スパイは嘘をつく生き物よ」バンッ!

ドロシー「ああ…それに可愛いちせにあんな真似をしてくれたんだ…それ相応の目にあってもらわないとな」手早く残りのエージェントにも「とどめの一発」を撃ちこみ、中折れ式のシリンダーを開いて弾を込め直す…

アンジェ「…ドロシー、任務に私情を挟むと周りが見えなくなるわよ」

ドロシー「あぁ、悪い…どうもちせを見てると小さい頃を思い出すみたいで、穏やかじゃいられないんだよな……」

アンジェ「だったらなおの事よ」

ドロシー「あぁ、そうだな…ちせは「出来る」けど、今はまだ身体がすくんでるはずだ……急ごう」

………

…尋問室からの廊下…

中堅「…」指と手のハンドサインだけで指示を出し、慎重に廊下を進むエージェント…前の二人が廊下の端を歩いてお互いをカバーし、後ろの一人が数歩遅れて援護射撃できるように歩いている……角からはす向かいの場所を撃ちやすいよう、左側を歩くエージェントは右手に、右側を歩くエージェントは左手にピストルを持っている…

中堅B「…」(こっちだ)

中堅「…」(分かった…お前は援護しろ)

中堅C「…」(了解)

中堅B「……あっ!」さっと6インチ銃身の「モーゼル・ピストル」を構えて廊下に飛び出す中堅…

ちせ「…ふんっ!」たたたっ…と駆け込むと、抜き打ちで腰から肩にかけて切り上げる…鮮血がほとばしり、刃の表面を球になって流れる……

中堅B「ぐぅぅ…っ!」

ちせ「…!」そのまま身体を屈めて相手の下を潜り、続く一太刀で援護役を袈裟懸け(けさがけ)に切り倒す…

中堅C「がは…っ!」

中堅「ぐっ…!」バンッ!…素早く身体を回して一発撃ったが、それまでの訓練や任務では見たこともない小柄なちせに照準が狂い、ウェブリーの弾は頭上にそれた…

ちせ「ふん…っ!」真っ向から竹割りで叩き斬るちせ……刀を拭うとまた鞘に納め、走りやすいように収めた太刀を手に持った…

…通信室前…

ベテラン「どうなんだ、マイルス…通信機はまだ温まらないのか?」…通信室は印刷機が並んでいる大部屋の脇にある事務所風の小部屋で、ベテランと中堅のエージェントがドアの陰から様子をうかがっている……大部屋は暗く、印刷機やインクの缶、紙の束や木箱が雑然と並んでいて見通しが悪い…

中堅D「…はい、もう少し……」

ベテラン「…夜じゃ鳥目になるから伝書鳩も飛ばせんしな……ヘンリー、ジャックたちは?」

中堅E「いえ、戻って来ません」

ベテラン「なるほど…共和国の連中、最初からそのつもりであの東洋人娘を送り込んできたな……抜かるなよ」

中堅E「はい」

ちせ「…」

ベテラン「…ヘンリー、援護を頼む!」3インチ銃身のウェブリーを抜き、一発ずつ冷静に撃ちこむ…

ちせ「…っ!」壁沿いに積まれた印刷用インクが入った亜鉛張りの缶に身体を寄せ、再装填のタイミングを待つが、二人が交互に射撃を続けているので好機が得られない…

…反対側の隅…

アンジェ「……ちせが足止めされているわね」

ドロシー「…ああ、なら助けてやろうぜ」…にやりと不敵な笑みを浮かべるドロシー

アンジェ「そうね……出るわ!」バンッ、バンッ!

ベテラン「…っ、左だ!」

中堅E「ぐうっ!」

ベテラン「そこだ…っ!」

アンジェ「…ふ」アンジェが盾にした木箱へ、立て続けに銃弾が撃ちこまれる…と、かすかに微笑したアンジェ

ちせ「…はぁぁっ…っ!」一瞬の隙をついて飛び出し、渾身の一撃を見舞う…

ベテラン「……ごふ…っ!」

中堅D「あっ…!」

ドロシー「…」バン、バンッ!

アンジェ「…どうやら通信は発信されていないようね……」

ドロシー「ああ…ちせ、無事か?」

ちせ「うむ…この男は出来る相手じゃったな」

ドロシー「……私たちほどじゃないけどな」

アンジェ「そうかもしれないわね……あとはこちらの処理班と入れ替わりに撤収すればいいわ」

ドロシー「だな…ま、これで「フリート街の吸血鬼騒動」は一件落着……と」

ちせ「うむ…」

ドロシー「それと…あとで風呂に入れよ、ちせ?インクと返り血でエライことになってるぞ?」

ちせ「…そうじゃろうな」

貴重なプリプリスレ支援
出来れば劇場版までずっと続けて

>>127 ありがとうございます。プリプリの百合ssは少ないので、せっかくなら書いてみようと……引き続き頑張ります(劇場版まで…?)

…「プリンセス・プリンシパル」は十九世紀末のスチームパンク×スパイ物と言うことで、霧深いロンドンのダークな雰囲気と、独自のガジェットや世界観が秀逸ですよね……時々「参考資料」として怪奇小説の「モルグ街の殺人事件」や「盗まれた手紙」、国際謀略物の小説などで雰囲気を作っています(笑)…


…あとは他にも「アトリエシリーズ」や「P3P」などで百合ssを書きたいところですが…遅筆なのでパンクするのが関の山とまだ自重しています…

………

…しばらくして・寮の部室…

ドロシー「…お疲れ、アンジェ」

…ソファーに腰かけて膝にボロ布を広げ、ウェブリー・スコットのシリンダーを外して試験管洗いのようなブラシを突っこんでいるドロシー…いくら新式の無煙火薬を使うモデルとはいえ、シリンダーや銃身には燃焼かすや汚れが溜まっている……シリンダーを壁のランプに向けて透かして見ると、また改めてブラシを突っこみ、掃除を続ける…

アンジェ「あの程度何でもないわ…ドロシーこそ疲れたでしょう」

ドロシー「なぁに、私は平気さ……それよりちせだ」

アンジェ「ええ…さっきは抜き身を持ったまま警戒しているふりをして、私たちには気づかれないようにしていたけれど……あの最後の一人を片づけた後、手がこわばっていたものね…」

ドロシー「ああ…ちせほどの使い手が「初めての時」みたいに、手がこわばって指が開かないなんてな……あの尋問官の奴、可愛い「ちせたん」をどんな目に合わせやがったんだか……コントロールの尋問官にかかって、同じ目に合えばいいんだ」

アンジェ「ドロシー、いい歳して「ちせたん」はやめなさい…かなり痛いわよ?」

ドロシー「うっさい!……とにかくちせはかなり参ってるぞ…」

アンジェ「分かってるわ……それで彼女は?」

ドロシー「ベアトリスがボイラーを動かしてお湯を沸かしてるから、「先に入れ」って言っておいた…あんな目にあったし、そう言う時は身体が冷え切ったような気がするからな……終わったら私もシャワーを浴びようかと思ってるよ」

アンジェ「それがいいわね…それじゃあ様子を見て来るわ」

ドロシー「ああ、それがいい……それに私は火器のメンテをしなきゃならないしな…良ければやっておいてやるけど?」

アンジェ「…そう言うのは自分でやらないと落ち着かないのは、貴女が一番よく知っているでしょう?」

ドロシー「ああ…正直言うと、誰かに触られるのも嫌だ。どんな細工をされるか分かったものじゃないしな」

アンジェ「つまりそういう事よ……でも、気持ちは受け取っておくわ」

ドロシー「いいんだ…私もアンジェに「感謝してる」って気持ちだけ伝えたかったから」

アンジェ「ええ、伝わったわ」

ドロシー「そっか…じゃあ私なんかに構ってないで、ちせの所に行ってやれよ♪」

アンジェ「ええ…お休み」

ドロシー「ああ」

…浴室…

ちせ「……く、何と無様なことよ…「明鏡止水」の精神で臨むべき時に恐怖で手がこわばってしまうなど、剣士として未熟もいい所じゃ…」熱いシャワーの下に立っていながらも背筋には冷たい感覚が残り、まだ手足を拘束され欧州の「洗練された」尋問を受けそうになったおぞましさと恐怖を感じている……じっと手を見ると、まだかすかに震えていて止まらない……

ちせ「…こんな時、父上ならどうしていたのじゃろう……あるいは「白鳩」の皆は…」

ベアトリス「……どうですかぁ、ちゃんとお湯になってますかー?」

ちせ「うむ、快適じゃ……ベアトリスとて暗殺者や尾行の恐怖に耐えて頑張っていると言うのに…私は何とだらしない……」

ベアトリス「それじゃあお休みなさい」

ちせ「うむ…」タオルで髪を拭き、ベアトリスから着替えを受け取ると、口数も少なく部屋に戻る…

…ちせの部屋…

ちせ「…むむ…平常心、平常心じゃ……」ベッドの上で座禅を組み、ぶつぶつと念仏を唱えてみたり剣術の形をおさらいしてみるちせ…が、何度やっても冷たい手術台に乗っていた時間を脳内で再生してしまう……

ちせ「…くっ、一体どうしたと言うのじゃ……座禅を組んでさえ、いつもの澄み切ったような感覚が戻って来ぬとは……誰じゃ?」

アンジェ「私よ、ちせ」

ちせ「アンジェどのか……済まぬが今はちと…」

アンジェ「邪魔して欲しくない?」

ちせ「…うむ」

アンジェ「申し訳ないけれど、私もそのことで来たの」

ちせ「ふぅ……察しの良いアンジェとドロシーじゃから、薄々気付いてはおるじゃろうと思っておった…入ってくれ」

アンジェ「失礼するわね」

ちせ「…アンジェどの、今日はあのような有様で情けない限りじゃ……どうかだらしのない私を笑ってくれぬか…」

アンジェ「ちせ」

ちせ「…なんじゃ」

アンジェ「私やドロシーがあなたを笑う訳がないでしょう」…ぎゅっ

ちせ「!?」

アンジェ「仮にもし「恐怖を感じない」なんて言うエージェントがいたら、それは異常者か、さもなければよほどの強がりかのどっちかよ……私だって銃の狙いが定まらないほど震えたこともある…」ベッドに腰掛けて、横に座っているちせを優しく抱きしめるアンジェ…

ちせ「そ、そのような同情は要らぬ……アンジェは私がおびえているのを知って、使い物にならなくなると困るから…そういう慰めを言うのじゃろう?」

アンジェ「いいえ…今の私はお互いに玄人(プロ)の工作員同士として話をしているわ」

ちせ「…まことか」

アンジェ「ええ…黒蜥蜴星人でも怖いものは怖いわ」

ちせ「そ、そうか…じゃが、私はあの時……まるで青二才の剣士のように手がこわばって…う、うぅ……」

アンジェ「ちせ、あなたは十分頑張った…私だって、あの状況におかれたら恐怖で身体がすくんだかも知れない」

ちせ「……ぐすっ…かたじけない…」

アンジェ「構わないわ…ここは安全な場所よ。聞き役が私でよければ、吐きだせる限りの気持ちを吐き出してごらんなさい」

ちせ「…うむ……実を言うと…あの台に拘束されて尋問を受けそうになって、もし二度とアンジェたちと出会えないようなことになったら……そう思ったらむしょうに寂しく思ったのじゃ…」

アンジェ「…ちせ」

ちせ「おかしいじゃろう?…仮にも間諜として訓練をうけた私が、情報を吐くことよりも、再び生きて朋友に会えるかどうかを不安に思うなど……」

アンジェ「…んっ///」

ちせ「んっ、んんっ…!?」

アンジェ「おかしくないわ……むしろスパイだからこそ「仲間」をもっとも大事にするものなのよ……あむっ、ちゅっ……んちゅ…っ…」薄く冷たいアンジェの唇が、まだわなわなと震えこわばっているちせの唇にそっと重なる…

ちせ「ん…ふ……んむぅ…///」

アンジェ「…ちせ」ちせをベッドの上に押し倒すと、両腕をまとめて頭の上に持って行って片手で押さえ、着ていた浴衣をはだけさせる……

ちせ「アンジェ…その、本気なの……か…?」

アンジェ「…私に言わせる気?」

ちせ「い、いや…じゃが……その…」

アンジェ「んむっ、ちゅっ…ちゅぽっ、ちゅるっ……んちゅぅ…っ///」

ちせ「んんっ、んふぅ……んむぅ…///」

アンジェ「はぁ、はぁ、はぁ……んちゅぅぅっ…んちゅるっ、ちゅぽっ…ちゅくっ……ぴちゃ…」

ちせ「…んむっ、ちゅぅ…ちゅっ……んはぁぁ…んちゅぅぅ……はふっ、んはぁ…///」

アンジェ「んっ…んくっ…んぅぅっ……ちゅっ、れろっ…ちゅぱ……んちゅっ///」

ちせ「ふぁぁぁ、口づけとは……こんなに凄いものなのか…甘くて……腰が抜けそうじゃ……んむぅ、ちゅぅぅぅ…♪」

アンジェ「んちゅっ、ちゅるっ……れろっ、ぴちゃ…じゅるっ…ちせ、何も言わなくていい……今はただ私とキスして……怖かったことなど全て忘れて…」

ちせ「う、うむ…んふぅ、んふっ……はむっ、ちゅるっ…あふっ……///」

アンジェ「ん…ふっ……触るわね、ちせ」

ちせ「触る…って、一体どこを……んくぅぅ///」

アンジェ「…引き締まっていて、ちょうど手のひらに収まる大きさね……それに甘い匂いがするわ…」

ちせ「さ、さっき石けんで洗ったからじゃろう……ん、んぅぅっ///」

アンジェ「ん、ちゅぱ…ちゅぅぅ……ここはきれいな桜色ね…」

ちせ「い、いちいち言わずともよい…あっ、あっ、あぁっ///」

アンジェ「……それじゃあ黙ってするわ…んっ///」ちせにまたがりふとももの間を重ね合わせ、相変わらずのポーカーフェイスを少しだけ紅潮させてゆっくりと前後させる…

ちせ「はぁっ、んっ、あっ……んあぁぁっ…///」

アンジェ「んっ、ふ……んくぅ…///」にちゅっ、くちゅ…と湿っぽい水音が、灯りを弱めているちせの部屋に響いた……

…数十分後…

ちせ「…あっ、あっ…んあぁぁ…っ!」

アンジェ「はぁ、はぁ…んっ、んんっ……!」

ちせ「……はぁ…はひぃ……ふぅ…」

アンジェ「ふぅ…それじゃあ今度は「ここ」を責めさせてもらうわね……ん、じゅるっ……///」足下に這いずっていくと、ちせの脚の間に顔をうずめるアンジェ……

ちせ「一体どこを…?…んっ、あぁぁっ!?」

アンジェ「ぴちゃ…じゅる、じゅるぅっ……静かにしないと寮監に気づかれるわよ?」

ちせ「…んっ、くぅぅっ……アンジェ、おぬし一体何を考えておるのじゃ…!?」

アンジェ「さぁ」

ちせ「ん、んぅぅ…こ、こんなみだらな真似をしておきながら「さぁ」で済むわけが……んぁぁ、んっ、んっ……んっ、くぅぅっ///」

アンジェ「それじゃあ指の方がいいかしら…大丈夫、技術にかけてはドロシーのお墨付きよ」

ちせ「お、おぬしらは一体どんな関係なのじゃ……んふぅぅっ///」シーツの端っこを噛みしめ、必死になって声を抑えるちせ…小さい身体がひくついて海老反りになるたびに、上にまたがったアンジェを持ち上げる……

アンジェ「私がまたがっているのに…見事な筋力ね」

ちせ「か、感心してないではよう止め……んぁぁぁっ///」

アンジェ「さてと…それじゃあ今度は向きを変えて……タロットカードなら逆位置ね」ちせと互い違いになるように寝そべったアンジェ…

ちせ「…な、なんのつもりじゃ///」

アンジェ「聞かなくたって想像はつくでしょう?」

ちせ「う、うむ…確かに今までのアレコレを考えればおおよそ想像はつく……が、実際にするとなると…その……///」

アンジェ「じゃあいいわ。ちせがしてくれるまで私はどかないから」

ちせ「正気か!?」

アンジェ「ええ。別に私だってあなたに「ご奉仕」してあげるために来たわけじゃないわ…スパイの世界で自分に利益のない取引はあり得ない」

ちせ「む、むぅぅ…いきなり押しかけて来て、勝手に始めておきながらこの言いぐさよ……なんという手前勝手な言い分じゃ…んんぅ、んっ…///」

アンジェ「文句があるなら私を満足させなさい…そうしたらさっさと帰ってあげるから」

ちせ「……致し方ない、では……参る!」

アンジェ「それでこそよ……んっ、ん…ぴちゃ、ちゅるっ…」

ちせ「んぅ…ここを舌でまさぐってやればよいのか……間諜の技術はいろいろ教わってはきたが、房中術は入っていなかったからの……ん…っ///」くちゅくちゅっ…ちゅるっ……

アンジェ「それにしては上手よ…んぅぅ、んふ……っ」

ちせ「そうか。ならば…一気にたたみかけてくれよう!」

アンジェ「んっ、んんっ……あっ、あっ、あっ…!」

ちせ「…おぉぉ、この…真珠色をしたアンジェの秘所が……ぬらぬらと濡れて…んむっ、じゅるぅ……んちゅぅぅ///」

アンジェ「んぁぁぁ…あふっ、あんっ……んっ、くぅぅぅっ♪」びくっ、びくんっ…とろ……っ♪

ちせ「……なんじゃ、存外あっけないの…アンジェは「その道」でも達人だと聞いておったが、拍子抜けじゃな…?」

アンジェ「はぁ、ふぅ…あんっ……ちせ…私もう……」

ちせ「……ふぅ、ならばもう出て行ってくれぬか…今夜は芯が疲れる晩であったし、明日も早いのじゃから……」

アンジェ「…「腰が抜けちゃって立てないの」……とでも言うと思ったのかしら」

ちせ「…何?」

アンジェ「ふぅ…今から私が、本気で身体の芯までとろけさせてあげるわ……それこそ声も出ないほどにね」

ちせ「な、何じゃ……この恐ろしい殺気は…」

アンジェ「……ちせは楽にしているといいわ…終わったら勝手に出て行くから」

ちせ「…い、嫌じゃ…近寄るでない!」

アンジェ「逆らっても無駄よ」くちゅり…じゅぷっ……♪

ちせ「あっあっあっ……んっ、あぁぁっ…♪」

………

………



ちせ「はひぃ…腰が……何と甘美な…んくぅ…///」くちゅ…くちゅっ♪

アンジェ「ふふ…育成所時代の初心だったころのドロシーもそんな具合だったわ」

ちせ「何…あのドロシーがか?」

アンジェ「ええ…甘ったれた顔をして、腰をがくがくさせながらね……耳たぶを甘噛みしながらささやいてあげたら、蜜を垂らして悦んでいたわ…」

…浴室…

ドロシー「…へっくし!」

ベアトリス「大丈夫ですか?…ボイラーの火力を調節しましょうか?」

ドロシー「いや、平気だ……うー、今夜は冷たい屋根の上で腹ばいになってたりしたからなぁ……それとも、誰か噂でもしてやがるのかぁ…?」

ベアトリス「ふふっ、いつも授業をさぼったりしてるからじゃないですか?」

ドロシー「なんだとぉ、このちびっこが♪」

ベアトリス「うわっ…もう、お湯を跳ね散らかさないで下さいよ!……それに静かにしておかないと、寮監に見つかっちゃいますよ?」

ドロシー「はは…寮監に捕まるほどドジじゃないっての♪」

ベアトリス「それはまぁ、そうですけど……私も寝たいですし、そろそろ上がってくれませんか?」

ドロシー「お、悪ぃな…それじゃ上がるから、ボイラーの火を落としてくれ」

ベアトリス「はい。それじゃあお休みなさい」

ドロシー「ああ、お休み……それにしても、アンジェは上手い事ちせを慰められてるかな…って、アンジェの事だから心配はいらないか。軽くブランデーでも引っかけて、とっとと寝よう…っと♪」

………

…ちせの部屋…

ちせ「ふぁぁぁ…あふっ、んぁぁ///」

アンジェ「これがいいみたいね……きゅうっと締め付けて来るわ…」

ちせ「い、いちいち言わずともよい…恥ずかしいじゃろうが…ぁ///」

アンジェ「…こんなので恥ずかしがっているようでは、ドロシーみたいな役回りはおぼつかないわね…もっとも、逆に初心な所がそそるかも知れないけれど……」くちゅっ…♪

ちせ「あっ、ふわぁぁ…///」

アンジェ「すっかりとろとろね…もうそろそろおしまいにしようかしら」

ちせ「……と…」

アンジェ「何か言いたいなら、はっきり言ってちょうだい」

ちせ「…もっと……して欲しいのじゃ…///」

アンジェ「そう…ならもうちょっといてあげるわ……私も人恋しい気分だから…」

ちせ「んむぅ…ちゅぅぅ……♪」

アンジェ「んちゅ…ちゅっ♪」


………

…翌日…

ちせ「うー…昨夜は気の迷いとはいえ……なんということを…///」

ベアトリス「…さっきからちせさんは何をぶつぶつ言っているんでしょうね?」

ドロシー「ま、色々あったんだろ…聞かなかったふりをしてやれよ?」

ベアトリス「私は別に……でも、気になりませんか?」

ドロシー「お、ベアトリスも周りの物事に注意を払うようになってるな……スパイらしい感性が身についてきたじゃないか♪」

ベアトリス「えー、こんなことがですかぁ?」

ドロシー「バカ言え。その「こんな事」って言うような事が、この世界じゃ意外と役立つんだよ」

ベアトリス「そんなものですか?」

ドロシー「ああ。私だって「犬のしつけ方」から「ゆで卵の見分け方」まで何でも頭に入ってるぜ?」

ベアトリス「それがどんな役に立つのかはさておき…ちせさん、ずいぶん顔を紅潮させていますね」

ドロシー「ありゃきっと何か恥ずかしい事を思い出して真っ赤になってるクチだな……それにしてもあのちせがねぇ…やっぱりアンジェはけた違いだな」

アンジェ「ドロシー、私がどうかしたの?……おはよう、みんな」

ドロシー「何でもないさ。おはようさん」

プリンセス「おはよう、アンジェ♪」

ベアトリス「おはようございます、アンジェさん」

ちせ「お、お早う……うぅぅ…///」

アンジェ「みんな、昨夜はご苦労さま……コントロールからもメッセージが届いているわ」アルビオン王国の主要紙「アルビオン・タイムズ」の、小さな広告欄を指差した…

ドロシー「どれどれ…えーと「売家あります…面積一エーカー、造作、庭付き、状態良好。雨漏りなし」か」

アンジェ「ええ…『売家』が対象人物、『造作・庭付き』は対象が役に立つかどうか…『状態良好』は読んで字のごとしね……それに『雨漏りなし』とあるから、こちらへ王国情報部の手は及んでいない……結構な成果ね」

ドロシー「やったな…ま、今回はあちらさんもアラが目立ってたしな」

アンジェ「王国諜報部と、王国防諜部……ノルマンディ公に近い立場の防諜部に対して、王国諜報部が手柄を立てようと焦ったのね」

ドロシー「その辺の縄張り争いみたいなのはどこの国も変わらないさ……それより見てみろよ♪」新聞をテーブルの上に広げてうさんくさいゴシップ記事を突っついた…

ベアトリス「…えー「またも吸血鬼騒動か、フリート街で中堅新聞社のオーナー行方不明」ですって」

アンジェ「こっちのエージェントに「血抜き」をやっていたのはそいつよ…王国情報部から資金とニュースのネタを流してもらっているのだから、上手くいくに決まっているわよね」

プリンセス「ええ…それにしても王国情報部は、いつの間にこんなことにまで手を出すようになったのかしら」

アンジェ「おそらくノルマンディ公の動きの活発さに刺激を受けて、王国情報部も先鋭化しているのでしょうね」

ドロシー「結構なことで…ところでアンジェ、道具のメンテがらみで聞きたいことがあるんだけど…この後、少しいいか?」

アンジェ「ええ……どうしたの?」

ドロシー「…うまくいったか?」

アンジェ「ええ…私が色々としてあげたから、最後はすっかりとろとろの甘々で愉快な気分になっていたわ」

ドロシー「そっか……チームの状態を保つためとはいえ、悪かったな」

アンジェ「気にしないで、ドロシー…おかげで私も舌が軽くなって、色々ドロシーの弱点をしゃべらせてもらったから」

ドロシー「…おい、こら」

アンジェ「冗談よ」

ドロシー「はー…アンジェ、お前はポーカーフェイスが上手いから何でも本気に聞こえるんだよ……心臓に悪いから止めてくれ」

アンジェ「ええ、以後つつしむわ……ふー…♪」無表情のままドロシーに顔を近づけると、耳元に息を吹きかけた…

ドロシー「うひぃ!?…おい、ふざけんな…耳は苦手だって知ってるだろ///」

アンジェ「ええ……一応、再確認させてもらったわ」

ドロシー「…覚えてろよ。いつかぎゃふんと言わせてやるから」

アンジェ「いつでもどうぞ…勝てるならね」

ドロシー「やれやれだな…」肩をすくめて首を振った…

…caseアンジェ×プリンセス「The princess and I」(姫様と私)…

…とある日・部室…

ドロシー「……うーん、新しい銃の申請はどうしようかなぁ……隠しやすいからってつい2インチとか3インチ銃身のばっかり申請しちゃうんだよなぁ…」ペンを唇の上に乗せ、天井を向いて思案している…

プリンセス「あの…ドロシーさん、少しお時間をよろしいかしら?」

ドロシー「何だい、プリンセス?」

プリンセス「ええ……ここでは少し話しづらいので、よろしければわたくしの部屋まで来ていただけませんか?」

ドロシー「ああ、いいよ…どうせ暇を持て余しているし、構いませんよ……っと♪」ひっくり返っていたソファーから跳ね起きると、プリンセスに続いて部屋を出た…

…プリンセスの部屋…

プリンセス「どうぞ、おかけになって?」

ドロシー「ああ、どうも……それで、話って言うのは?」

プリンセス「ええ…それがわたくしのプライベートにも関わることで、なかなか話せる相手もいなくて…それでドロシーさんに相談しようと……」

ドロシー「ほう…しかし信頼して打ち明けてくれる気持ちは嬉しいけどさ、そういう事だったらぞんざいな私なんかよりも、ベアトリスとかアンジェの方がいいんじゃないかな……特にアンジェはプリンセスの事がよく分かってるみたいだしさ」

プリンセス「実は、それが出来ないのでドロシーさんにお願いするんです……紅茶をどうぞ?」

ドロシー「…なんか悪いな、プリンセスに紅茶を淹れさせるなんて……」(アンジェやベアトリスにも打ち明けられない事でプライベートにかかわる…となると「チェンジリング作戦」絡みか王室関係の問題か……いずれにせよ重大なトラブルと見ていいな…)

プリンセス「いえ、わたくしもこうしたこまごましたことで手を動かすのは好きですから…♪」

ドロシー「それならいいんだけど……お、道理でいい香りがすると思った…フォートナム&メイソンのダージリン、ファースト・フラッシュ(一番茶)だ♪」

プリンセス「ええ、わたくしが自分に許しているちょっとしたぜいたくです…♪」

ドロシー「ははーん、それで分かった…実はお忍びで紅茶を買いに行きたいのに車がないと……よろしいですとも、私の運転でよければ乗せて行ってあげますよ♪」

プリンセス「いえ…そうではなくて…」ティーカップの水面に視線を落とし、浮かぬ声のプリンセス…

ドロシー「ふぅん…どうやら茶化していいような問題じゃないらしい……」いつもの皮肉っぽい不敵な笑みを消すと、椅子の上で姿勢を正した…

プリンセス「ええ…実は……」

ドロシー「…実は?」

プリンセス「……アンジェが本当に私の事を好きなのか、分からなくなってきてしまって」

ドロシー「…は?」

プリンセス「いえ、ですから…///」

ドロシー「いや、私の両耳はちゃんと聞こえているよ…だけどどうやら、脳みその方がまだ理解できてないらしくてね……」

プリンセス「そうですか…それで、ドロシーさんはどう思いますか」

ドロシー「アンジェがプリンセスの事を嫌いなんじゃないか…って?」

プリンセス「ええ」

ドロシー「そんなの天地がひっくら返ったってあり得ないね…もし間違ってたらこのティーカップをばりばり食ったっていい」

プリンセス「でも…」

ドロシー「そもそもアンジェはいつもあんなだし、ことさらに冷徹に感じるならそれもアンジェの愛情表現さ…「自分の愛する女性(ひと)を自分の気のゆるみで失くしたくない」ってね……それと業界が業界だけに「好き好き大好き♪」って触れ回ってて、それを敵方に使われたら困ると思ってるのさ…きっとアンジェの事だから、もし目の前でプリンセスが銃を突きつけられていたとしても、まばたき一つしないで助け出すための策略を練ると思うね」

プリンセス「そうでしょうか…でもあんまりたびたび「嫌い」って言われていると、何だか切ない気持ちになってきてしまって…」

ドロシー「あのポーカーフェイスだからなかなか分からないだろうけど…アンジェのやつ、プリンセスの前じゃかなり甘ったれてるぜ?」

プリンセス「…そうですか?」

ドロシー「ああ。アンジェが私たちに向ける表情と比べたら「桃とイチゴが一緒になって笑ってる」…ってな具合さ」(おいおい…まさかの惚気かよ……)

プリンセス「…お互いに背中を預け合ったドロシーさんの言うことですから本当でしょうけれど…でも、やっぱり寂しいです……」

ドロシー「あー…それならアンジェがベタベタの甘々になる「とっておき」の方法があるから、伝授しておくよ♪」

プリンセス「ええ、お願いします」

ドロシー「はいよ…ただし、私から聞いたってことは秘密にな…♪」

………

…翌日…

アンジェ「……前回の作戦で得られたプロダクト(産物)の中から、コントロールが私たちに必要なものをまとめて寄こしたから読み込んでおくこと…それぞれ別の資料だから、読み終わったらお互いに回すようにして」

ベアトリス「はい」

ちせ「うむ…しかし事前に学習したとはいえ、英語を読むのはおっくうじゃな……なになに…『えむばしい』……?」

ドロシー「そりゃ「エンバシー」(大使館)じゃないのか?」

ちせ「おぉ、それじゃ…どうも横文字は読み方と綴りが一致しなくていかん」

ドロシー「ま、私らが「漢字」とやらを覚えるよりは簡単だろうけどな…プリンセス、そっちの資料は読み終わったかい?」

プリンセス「ええ、どうぞ……それじゃあ「アンジェさん」、わたくしにその資料を貸していただける?」

アンジェ「…ええ」

プリンセス「ありがとう、「アンジェさん」」

アンジェ「…」

ドロシー「それで…と、今度の目的は「ケイバーライト鉱石」の取引情報か……」

アンジェ「それが分かれば王国が建造する空中戦艦の隻数が予測できる…軍艦の建造には少なくとも数年かかるから、一度遅れを取ったらその間の劣勢はなかなか取り戻せないわ」

ドロシー「それだけじゃない…ケイバーライトの価格がどう上下するかで、『ザ・シティ』(ロンドンにおける商取引の中心地)、ひいてはアルビオン中の株式市場が動くからな……」

アンジェ「ええ…今やケイバーライト鉱石は石炭や鉄鉱石、それどころか金よりも価値があるわ」

ドロシー「だな……なぁベアトリス、読み終わったか?」

ベアトリス「待ってくださいよぉ…それよりドロシーさんってば、そんなに風にパラパラめくっただけで……ちゃんと覚えられてるんですかぁ?」

ドロシー「当然だろ?…信用してないなら私が回した方の資料から、何でも適当に質問してみな」

ベアトリス「えーと……それじゃあ今月の「王国先物取引」における、鶏肉の取引相場は…?」

ドロシー「ヨークシャー産の赤色プリマスロック種なら、モモ肉一ポンドで3ペンス…胸肉で2ペンス」

ベアトリス「むぅ……それじゃあジャマイカ島産胡椒が…」

ドロシー「よせよ…黒胡椒なら一オンス当たり2ポンドと半シリングさ♪」

ベアトリス「むむむぅ…」

ドロシー「あのなぁ、一体何年こんな事やってると思ってるんだ…いい加減「見たものを記憶する癖」ぐらい身についてるっての♪」

アンジェ「…それじゃあ先週末に通りがかった劇場でやっていた舞台は?」

ドロシー「あー…そりゃシェークスピアの「マクベス」だな……だろ?」

アンジェ「…その「マクベス」のポスター、地の色は何色だった?」

ドロシー「なに?…えーと、ちょいまち……確か緑だったな」

アンジェ「結構…歳の割に記憶は良いみたいね」

ドロシー「だーかーら、まだ二十歳のぴちぴちだって言ってるだろ!?」

アンジェ「怒りやすいのは老人になっている証拠よ」

ドロシー「……こんにゃろー…」

ベアトリス「ふふ、相変わらず仲がいいですね♪」

ちせ「そうじゃな…お互いに知り尽くしているからこそできる冗談じゃな」

プリンセス「ふふふ…っ♪」

ドロシー「まるで嬉しくないけどな……ははっ♪」

ドロシー「……それじゃあアンジェ、また後でな」

ちせ「続きはお茶の時間と言ったところか……しからばご免」

ベアトリス「それでは私はプリンセスのお召し物を用意してきますので…アンジェさん、また後で」

アンジェ「ええ……ところでプリンセス、ちょっといい?」

プリンセス「何かしら…「アンジェさん」?」

アンジェ「いえ……プリンセス、いつも通りにやってもらわないと周囲からの目線を集めることになるわ」

プリンセス「…「アンジェさん」わたくし、いつもと違いました?」

アンジェ「それは……いえ、何でもないわ…」

プリンセス「なら大丈夫ですね、「アンジェさん」?」(…王室の外交儀礼のように丁寧でよそよそしく……)

アンジェ「ええ…」

………

…ドロシーの部屋…

ドロシー「…で、第一段階はどうだった?」

プリンセス「ええ…やっぱり戸惑っているみたい…」

ドロシー「だろうな。まずはプリンセスに嫌われんじゃないかと思わせて、アンジェに精神的動揺を与える…相手を不安がらせ、疑心暗鬼の状態に陥らせるのはスパイの常道だからな」

プリンセス「でも、アンジェだってそうした「スパイのいろは」は知っているはずですよね?」

ドロシー「それが動揺しているんだから、アンジェの愛はホンモノってことさ。まさかプリンセスがそんなことをするとは思っていない…あるいは頭で分かっていても、感情が追いつかない……ってところかな?」

プリンセス「そうですか…でもどれくらい続ければいいのかしら……アンジェの不安げな顔を見ると、正直わたくしも辛いわ」

ドロシー「あんまり長くは続けないさ…アンジェにおかしくなられちゃ困るしな」

プリンセス「そう…よかった♪」

ドロシー「でもその間だけは完全に冷え切った態度じゃないと…何しろアンジェは表情から相手の気持ちを汲み取るのが上手いし」

プリンセス「そうね……ふっと思っていることを言い当てられたりするのよね」

ドロシー「ああ…プリンセスみたいに外国の腹黒い連中と外交で渡り合うのと、私やアンジェみたいに飲んだくれた親父とか、貧民街の親分に殴られたりしないようにしていたのと……案外似ている所があるのかもな…」

プリンセス「かもしれませんね……それで、次は「第二段階」ですね?」

ドロシー「ああ…この状態を数日続けて、ようやくその雰囲気に慣れてきたところで別な動揺を加える……ハニートラップに引っかかった相手へブラックメイル(脅迫状)を数日ごとに送りつけて、「いつバレるか」とか「証拠をばら撒かれるんじゃないか」…ってビクビクさせるようなもんかな」

プリンセス「…まぁ」

ドロシー「ふぅ…いくら相手が誘惑に弱かったとはいえ、この世界はそう言う後ろ暗い部分も多くてね……だから私たちみたいなスパイの事を「スプーク」(幽霊)って言うんじゃないかな?」

プリンセス「人を怯えさせるから?」

ドロシー「ああ…それに「足跡も残さない」しな♪」

プリンセス「なるほど……それでは「第二段階」の開始は…」

ドロシー「見極めが難しいが…早くて数日後かな」

プリンセス「分かりました……ですけれど、わたくしも早く元のようにアンジェと仲よくしたいです…」

ドロシー「まぁまぁ…オレンジを食べるのに皮ごと食べる奴はいないってわけでね……まずはしっかり下準備をしなくちゃ」

…数日後・寮の廊下…

アンジェ「…」(ここ数日プリンセスが妙によそよそしいわ…どうして私を避けるの、プリンセス…?)

アンジェ「…ふぅ」(…いいえ、プリンセスと私の関係はたとえ「白鳩」の中でも知られるわけにはいかないのだから、これでいいのよ……あくまでクールに、距離を保って…利用できる時は利用する…それでいいはずでしょう……?)

アンジェ「……?」(……部室から声…プリンセスとベアトリス……?)

アンジェ「…」一旦はドアノブを回して入ろうとした…が、思い直してしゃがみこむと、鍵穴から中の様子をのぞいた……

…部室…

ベアトリス「…さぁ姫様、紅茶をどうぞ?」

プリンセス「ありがとう、ベアト♪」

ベアトリス「わわっ!?…もう、私だって子供じゃないんですから、頭を撫でられたら恥ずかしいですよぉ///」

プリンセス「ふふふっ、いいじゃない……それにベアトったら、この間資料を読み込んでいた時に私の事を「姫様」じゃなくて「プリンセス」…って♪」

ベアトリス「あぁもう、その話を蒸し返すのは止めて下さい…だってドロシーさんとかみんな姫様の事を「プリンセス」って呼ぶから、つい……///」

プリンセス「これだけ私のお付きをしているのにつられちゃうベアト……可愛い♪」

ベアトリス「ひぁぁぁっ…///」

プリンセス「うふふ、私のベアト…ちょっとからかうとすぐ真っ赤になっちゃって……いじらしくて、本当に可愛い♪」角砂糖をつまみあげると口に入れてアメ玉のようにしゃぶり、それからベアトリスに唇を重ねた…

ベアトリス「ひゃぁぁ…っ……んんぅ///」

プリンセス「ん、ちゅぷっ……ふふ、甘いでしょう?」

ベアトリス「姫様…ぁ……///」

プリンセス「あら、そんなにとろけた顔をされたら私だって我慢できないわ…ん、ちゅぅ♪」

ベアトリス「んちゅ…んむっ、ちゅぅぅ……///」



アンジェ「…ふぅー…すぅー…」(…落ち着くのよ、アンジェ……プリンセスとベアトリスは敵だらけの王宮でお互いに支え合う仲…秘密を打ち明けたり、寂しさを慰め合っている間にこんな関係になっていたとしても、何もおかしくないわ……)

アンジェ「……ふー…失礼するわ」(…どうやら終わったようね)

ベアトリス「!」

プリンセス「…あら、「アンジェさん」…どうかなさったの///」ソファーの上で身体を寄せ合っていたが、慌てて離れる二人……一瞬口の端からつーっと銀色の糸が伸びた……

アンジェ「いいえ」

ベアトリス「…あっ、あの///」

アンジェ「何?」

ベアトリス「よ…よろしかったらお紅茶でもいかがですか?」

アンジェ「そうね、頂くわ……それとベアトリス」

ベアトリス「な、何でしょうか…///」

アンジェ「前回の資料、まだ暗記出来ていないでしょう……プリンセスのお世話も大事でしょうけれど、優先順位を間違えないで」

ベアトリス「は、はいっ!」

アンジェ「分かったなら行動に取りかかりなさい」

ベアトリス「え、えーと…あわわっ」ティーカップを持ったままあたふたするベアトリス…

アンジェ「紅茶は自分で注ぐからいいわ……慌てないで順番に行動しなさい」

ベアトリス「すみません…っ!」

アンジェ「謝罪なんて必要ない…その分の時間を有効活用しなさい」

ベアトリス「ごめんなさ……いえ、分かりました」

アンジェ「結構」気を静めようとウェブリー・フォスベリーの手入れをし始めるアンジェ…が、時折プリンセスがベアトリスに向けて微笑んだり、それとなく親しみを込めた仕草をするたびに気に障った……

アンジェ「もういいわ。紅茶をごちそうさま…ベアトリス、資料は明日までによく読み込んでおくこと」

ベアトリス「分かりました、アンジェさん」

プリンセス「それでは「アンジェさん」…また後でお会いしましょう」

アンジェ「…ええ」

…さらに数日後…

ドロシー「…どうしたよ、アンジェ」

アンジェ「何が?」

ドロシー「何が…って、らしくないぜ?」

アンジェ「そう…それを説明してくれる気がおありなら、どう「らしくない」のか教えていただけるかしら」

ドロシー「……その態度さ」

アンジェ「別に…いつも通りよ」

ドロシー「やれやれ、そうは見えないぜ?」

アンジェ「なら貴女の目がおかしいのよ…目薬でも差したら」

ドロシー「…それだよ。いつも冷静なお前が工場の煙突みたいにイヤミと皮肉をまき散らして…一体どうしたんだ?」

アンジェ「黒蜥蜴星人だからそう言う時もあるわ」

ドロシー「嘘だね…蜥蜴なら冷血だからそんな感情はないはずだろ」

アンジェ「……しつこいわね。スパイじゃなくて防諜部に転任させてもらったら?」

ドロシー「おあいにく様、私みたいなテキトーな人間は向こうから願い下げだとさ……良かったら話してみろよ」

アンジェ「結構よ…貴女も私に油を売っている暇があるなら、自分の方の仕事をしたらどう」

ドロシー「そうかよ…ま、もし相談事があるなら声をかけろよ?」

アンジェ「はいはい、そうさせていただくわ」(…出来る訳ないでしょう…「私とプリンセスの関係がぎくしゃくしている」なんて……)

ドロシー「……そろそろ頃合いだな」

………

…プリンセスの部屋…

ベアトリス「ん…姫様宛にメッセージカードですよ」

プリンセス「ありがとう、ベアト♪」

ベアトリス「一応ですが、毒針とか仕込まれてないかだけ確認させてもらいますね」

プリンセス「ええ」

ベアトリス「えーと…はい、大丈夫みたいです」

プリンセス「ありがとう、ベアト…ちゅ♪」

ベアトリス「もう、姫様ったら…///」

プリンセス「ふふ……まぁ♪」

ベアトリス「何かいいお知らせですか?」

プリンセス「ええ、そう言った所ね。…ところでベアト、今度私の代わりにお買いものへ行ってきてほしいの……いいかしら?」

ベアトリス「もちろんですよ、私は姫様のお付きなんですから」

プリンセス「ふふ、助かるわ。そうしたらね、ちょっと量が多いけれどお願いするわ……かわりに私がお金を出してあげるから、好きなお買いものをしていいわよ?」

ベアトリス「もう…子供のおつかいじゃないんですから……いつですか?」

プリンセス「そうねぇ…今度の週末がいいかしら」

ベアトリス「分かりました…それじゃあ私に任せて下さい」

プリンセス「ええ…♪」(いよいよ「第三段階」ね…)

…週末・部室…

ドロシー「……なぁ、ちせ」

ちせ「なんじゃ?」

ドロシー「悪いけど、ちょっと手伝って欲しいことがあるんだ……本当はベアトリスにでも…と思ったんだけど、プリンセスの頼まれごとで買いものに行っちまってさ……軽く数時間はかかるだろうけど、いいか?」

ちせ「無論じゃ。何せお互い背中を預けた「チーム白鳩」の戦友同士…断るわけがあるまい」

ドロシー「そっか、そいつは助かるよ……実を言うと今度の作戦に備えて、新しいナイフとかスティレットを用意してもらったんだけどな…」

ちせ「…ほう?」

ドロシー「この間試してみたら、どうも切れ味が鈍い感じがするんだ……よかったら研ぐのを手伝ってくれないか?」(あれだけ刀を使いこなしているちせの事だ…刃物と聞いたら時間をかけていじくりまわしてみたいと思うはずさ…)

ちせ「ふむ…やはり鍛え上げた玉鋼(たまはがね)と画一的な工業製品では格が違うのじゃろう……構わぬよ、私も興味が湧いてきた」

ドロシー「おっ、いい返事だな…それじゃあ「ネスト」(巣…拠点・アジト)まで行こうぜ♪」

ちせ「うむ……では失礼する」

ドロシー「ああ…それじゃあプリンセス、美味しいお菓子でも食べて「甘い時間を有意義に」過ごしてくれ♪」(…「第三段階」開始だ)

プリンセス「ええ、ドロシーさんも大事な道具ですし「念入りに」手入れして下さいね?」(ふふ、いよいよね…ドロシーさん、出来るだけちせさんを引きとめて下さいね♪)

ドロシー「ああ、分かってるよ…♪」

アンジェ「……私も行きましょうか、ドロシー?」(…ここ最近の精神状態でプリンセスと二人きりになるのは避けたいわ)

ドロシー「おいおい、そうやってサーカスみたいにぞろぞろ行列でも組んでいくのか?……人目を引きたくないし、私とちせで充分だよ」

アンジェ「…それもそうね……分かったわ」

ドロシー「ああ、それじゃあな…もしやることがないなら銃弾の選別でもしておいてくれ」

アンジェ「ええ」

プリンセス「…」

アンジェ「…」

プリンセス「……ねぇ、アンジェ?」

アンジェ「何?」

プリンセス「アンジェは私の事…嫌いなの?」

アンジェ「嫌いよ」

プリンセス「…ほんとに嫌い?」

アンジェ「ええ。大嫌いよ」

プリンセス「ほんとのホント?」

アンジェ「ええ……嫌い、大嫌い」

プリンセス「……そう……ぐすっ…ひっく……私、今までアンジェ…いえ「シャーロット」の事、勘違いしていたみたい……」

アンジェ「…プリンセス?」

プリンセス「だって…最近のシャーロットはいっつも冷たい態度ばっかりで…カバーストーリーだって大事でしょうけれど、何も私たちが……二人きりの時まで…お芝居をしなくたっていいはずよね……だとしたら…ひっく……」

アンジェ「ぷ、プリンセス…私は貴女に危害が及ばないようにと……」

プリンセス「いいえ、そんなの信じられない…きっとお互いに命を預け合ったドロシーさんの方が好きなんでしょう……!?」

アンジェ「…まさか。そんな訳ないわ」

プリンセス「……だったらどうして優しくしてくれないの、シャーロット…?」

アンジェ「ふぅ…さっき言った通りよ。誰に利用されるか分からない以上、私があなたを大事に思っているなんて露ほどもさとられたくないの……本当なら「白鳩」のメンバーにさえ知られたくないわ」

プリンセス「…でも、せめて私と二人きりの時だけは…優しくして欲しいのに……」

アンジェ「ふぅ……私もつい甘えてしまいたくなるから、本当は教えたくないのだけど……一つだけ…方法があるわ……」

プリンセス「…シャーロット?」

アンジェ「私に向かって「ハニートラップの訓練をしましょう」って言ってくれればいい…そうすれば練習にかこつけて、それ相応に甘い言葉を投げかけることくらい出来るし……///」

プリンセス「…シャーロット♪」

アンジェ「……そのかわり、息が切れるまで付き合ってもらうから///」ちゅっ…♪

>>143 ありがとうございます、引き続き投下していきます

プリンセス「んんぅ、んむぅ…んちゅ……っ♪」

アンジェ「…ふふ、可愛いプリンセス…二人で遊んだあのころを思い出すわ……♪」

プリンセス「私がシャーロットと同じ服を着てラテン語の授業を受けて、シャーロットがサボったり…ね♪」

アンジェ「ええ…それにあの時もこうやって、ベッドの上に寝転がっていたわよね……♪」

プリンセス「ふふ、そうだったわね…シャーロットったらいっつも私の事や街の様子を根掘り葉掘り聞いて……あの時からスパイの素質があったのね♪」

アンジェ「反対にプリンセスはどんなことでも物覚えがよくって……プリンセスも案外スパイ向きかも知れないわ」

プリンセス「もう、シャーロットったら……♪」

アンジェ「ふふ、ごめんなさい…ちゅっ♪」…必要となればとてもチャーミングな性格になれるアンジェ……口の端に小さいえくぼを浮かべると、いたずらっぽくプリンセスのほっぺたにキスをした…

プリンセス「んぅっ…シャーロット♪」

アンジェ「プリンセス……好き、好きよ……愛してる♪」

プリンセス「まぁ…///」

アンジェ「可愛い笑顔も、さらさらの髪も、綺麗な澄んだ瞳も……全部大好きっ♪」

プリンセス「もう…シャーロットってば…ぁ///」きゅんっ…♪

アンジェ「…ね、昔みたいに「ちゅう」しましょ?」プリンセスの手に指を絡め、熱っぽく瞳をうるませた…

プリンセス「あぁもう、シャーロットったら……相変わらずおませさんなんだから///」

アンジェ「だって、プリンセスが可愛いんだもんっ…♪」…子供っぽい口調でプリンセスに抱き着いて甘えるアンジェ

プリンセス「はぁぁんっ…シャーロットにそんなことを言われたら、私なんでも許しちゃうわ♪」

アンジェ「……それじゃあ早く「ちゅう」しよ…っ?」

プリンセス「うんっ♪」

アンジェ「……ん、ちゅぅ…ちゅっ……♪」

プリンセス「んふ……あむっ、ちゅぅぅ♪」

アンジェ「…ふふ、「ちゅう」って気持ちいいのねっ…♪」

プリンセス「そうね、シャーロット……あふっ、んっ、くぅっ…///」

アンジェ「ふふ…それじゃあ脱がせちゃうわね……わぁ、相変わらず真っ白ですべすべ♪」

プリンセス「シャーロットこそ……えいっ♪」アンジェの胸を優しくこねるプリンセス…

アンジェ「あんっ…やったわね?……はむっ、ちゅぅ…れろっ♪」

プリンセス「ひぁぁぁんっ…シャーロット、先端は舐めないで…っ///」

アンジェ「ふふ、ワガママなプリンセス。それじゃあ仕方ないから…」こりっ…♪

プリンセス「んっ、あぁっ…甘噛みはもっとだめ……ぇ♪」じゅんっ♪

アンジェ「むぅぅ、ならプリンセスはどこがいいの?」

プリンセス「……それは、その…///」

アンジェ「ふふ…早くしないと飽きてやめちゃうかも知れないわよ?」

プリンセス「もう、シャーロットったらせかさないで…♪」

アンジェ「ほぉら、早くはやくっ♪」

プリンセス「あぁ、どこもシャーロットに触って欲しくて決められないの…♪」

アンジェ「もう、よくばりなプリンセス…それじゃあ、「シャーロットの気まぐれメニュー」でいい?」

プリンセス「うんっ…シャーロットにいっぱい触って欲しいの♪」

アンジェ「決まりね……プリンセス、大好き…♪」耳たぶを甘噛みしながらささやくようにつぶやく…

プリンセス「はぁぁんっ、それ……反則ぅっ♪」…とろっ♪

アンジェ「ふふ、これは二人だけのトップ・シークレットよ……私の愛しいプリンセス♪」

プリンセス「あひっ、ひうっ…シャーロットったら、そんなのずるい…っ♪」

アンジェ「ふふ…いつも素直になれなくてごめんなさい……可愛いプリンセス♪」くちゅ…にちゅっ、じゅぷっ♪

プリンセス「あっ、あぁぁぁ…んっ♪」

…しばらくして…

アンジェ「ふふ、プリンセスの白くて細い指……ちゅぱ…ちゅぷ…っ♪」

プリンセス「んぁぁ…はぁ…んぅ……くっ…んんぅ…///」

アンジェ「それじゃあプリンセス…私の指も……舐めて?」

プリンセス「ええ、シャーロット…んちゅ…ぅっ、ちゅぱ…ぁ……ちゅぷっ…///」

アンジェ「んっ…付け根の所は少しくすぐったいわね……さてと…」プリンセスの口中から指を引き抜くと、とろり…と銀の糸が伸びて、そっと滴り落ちた……

アンジェ「…この濡れた指を……んっ♪」くちっ…にちゅっ♪

プリンセス「んぅぅっ!…んくっ、んぅ…んっ、んっ、んっ…くぅぅ……ぅっ♪」

アンジェ「ふふ…プリンセスのここは暖かくて…とろっと粘っこくて……たまらないわ」ぐちゅぐちゅっ…じゅぶっ♪

プリンセス「はぁぁ…あぁんっ…ん、くぅぅ……シャーロット…ぉ///」くちゅっ、とろとろっ…ぶしゃぁぁ…っ♪

アンジェ「ふふっ…惚けたような表情も可愛いわ……ん、じゅるっ…じゅるるぅ……っ♪」

プリンセス「はぁぁ…あんっ……いいの…っ、シャーロットの…舌…這入ってきて……気持ちいい…っ///」

アンジェ「んむっ、じゅる…っ……じゅぅぅ…っ、れろっ…ぴちゃ…ぴちゃ…っ♪」プリンセスの太ももの間に顔をうずめて、一心不乱に舌で舐めあげ、とろりとこぼれる蜜をすするアンジェ…

プリンセス「はあぁぁ…んくぅ、んっ…あぁ……ん、ふっ…♪」

アンジェ「ん…じゅる…じゅぅっ……れろ…ちゅる……ぷは…ぁ」

プリンセス「んんぅ…シャーロット……私、腰が…抜けちゃった……みたい…♪」

アンジェ「プリンセス……♪」べとべとになった両の手のひらでプリンセスの頬をそっと包み込むと、舌先を突きだして唇の間にねじ込んで歯茎をなぞり、ねっとりと時間をかけて舌を絡めた……

プリンセス「んむ…ぅ……シャーロット…ぉ///」とろけた表情のプリンセスが唇を開くと、アンジェの舌先からねっとりと雫が垂れる…

アンジェ「…舐めて///」今度はプリンセスの着ているフリルブラウスを裾まで開き、頭の側に馬乗りになる…

プリンセス「ええ…んちゅ……ちゅむ…っ♪」

アンジェ「んっ、んっ……ふふ、私も負けないから♪」

プリンセス「ちゅぷ…っ……ふふふ…だったら私もシャーロットの事、うんと気持ち良くしてあげる♪」

アンジェ「なら勝負よ…♪」

プリンセス「うふふ、私だっていろいろ「お勉強」しているんですもの…負けないわ♪」

アンジェ「…それはどうかしら。黒蜥蜴星仕込みのテクニックに耐えられたら大したものよ……んっ、じゅぅぅっ♪」

プリンセス「あんっ、不意打ちだなんて……いいわ、シャーロットがそういう手段を取るなら、私だって…二本入れちゃうから♪」じゅぶっ、ぐちゅっ…にちゅっ♪

アンジェ「んくっ……プリンセスの指が…入ってきて……いいっ…んっ、んぅぅっ♪」

プリンセス「ほぉら、シャーロット…気持ちいい?」

アンジェ「んっ、んんぅ…んっ、くぅぅっ……でもね、プリンセス…私の方が一枚上手のようね…」じゅぶっ、ぐちゅり…っ♪

プリンセス「あっあっあっ……は、あぁっ…んっ、あぁぁっ……!」

アンジェ「ん…ぴちゃ、れろっ……じゅるっ、ちゅく…っ♪」

プリンセス「あっ、あぁぁ…はぁぁぁ……っ…!」

アンジェ「……プリンセス、だーいすき…ちゅっ♪」

プリンセス「…シャーロット、そんなのずる…ぃっ、んぁぁぁっ♪」

………

…後日…

プリンセス「…ドロシーさん、少しよろしいですか?」

ドロシー「んー?」

プリンセス「いえ……この間はドロシーさんのおかげで、大変に素敵な時間を過ごさせていただきました」

ドロシー「あぁ、あれか…お役にたてて良かったよ♪」

プリンセス「ええ。そのおかげで数日に一度とはいえ、わたくしも心ゆくまでアンジェを堪能できるようになりました///」

ドロシー「……あー、それは…その……まぁ、よかったじゃないか」(あれから一週間経つか経たないかの間で「数日に一度」って……ちょっと多くないか…)

プリンセス「ええ、ふふっ…アンジェとの甘い時間が待っていると思うと、どんなことでも頑張れそうです♪」

ドロシー「ははっ、それは頼もしいな……悪いけど、ちょっと野暮用を思い出したから失礼するよ?」

プリンセス「ええ、それではまた…ごきげんよう♪」

ドロシー「ごきげんよう……はたしてアンジェの奴はどうなってるやら…入るぞ?」

…アンジェ私室…

アンジェ「……おはよう、ドロシー…」

ドロシー「おはようさん……どうした?」いつも通りポーカーフェイスのアンジェ…が、長い付き合いのドロシーにはピンと来た……

アンジェ「…何が」

ドロシー「しらばっくれるのはよせよ…休日とはいえ、こんな時間になってまだベッド、おまけに顔を赤らめて……なにをそんなに恥ずかしがってるんだ?」

アンジェ「それは…あなたには関係ない事よ///」

ドロシー「はぁーあ……いつぞやの時はどこかの誰かさんのために、援護に飛び出してやったのになぁ……」

アンジェ「それは任務の上でしょう……だいたいドロシーに話すような事柄ではないわ」

ドロシー「私に話すような事柄じゃないってどうして分かるんだ?」

アンジェ「…私個人に関わることだからよ」

ドロシー「ふぅーん、そっか…私は家庭の事情までしっかりアンジェに知られてるって言うのに、アンジェは情報のきれっぱしも教えてくれないのか…スパイ同士とはいえアンジェは戦友……対等な関係だと思ってたのになぁ…!」

アンジェ「しつこいわね…」

ドロシー「そりゃスパイだからな…で、何があったんだ?」

アンジェ「ふぅぅ…いいわ、どうしても聞きたいようね……」

…数分後…

ドロシー「……なるほどな」

アンジェ「これで満足したでしょう…///」プリンセスとの関係は抜かして、ベッドの上でのことを簡単に話した…

ドロシー「ああ、満足したぜ……それにしてもアンジェ、お前がそんな甘ったれた言葉を使えるとはな…♪」

アンジェ「…もし誰かに漏らしたりしたら、本当に撃つから」

ドロシー「よせよ…私とアンジェの仲だろ?」

アンジェ「そう言う間柄こそよ」

ドロシー「へいへい……にしても、あのプリンセスがねぇ…♪」

アンジェ「……いくら責めたてても「もっとして♪」の連続で…さすがに疲れたわ…」

ドロシー「やれやれ、王室のプリンセスって言うのは色ボケなのも素質の……」

アンジェ「…プリンセスの悪口は聞きたくないわ」

ドロシー「分かったよ……とりあえずお茶でも淹れておいてやるから、顔でも洗ってから来いよ」

アンジェ「……いの」

ドロシー「なに?」

アンジェ「…それが、腰に力が入らないの///」

ドロシー「……プリンセスか…何かと大変な存在だな、ありゃあ…」

………

…case・ドロシー×アンジェ「The other side of the wall」(壁の向こう側)…


…とある日…

アンジェ「それじゃあ、新しい任務の説明をさせてもらうわ」

ベアトリス「またですか…スパイってこんなに忙しいものなんですか?」

ドロシー「いや、本来はじっくり腰を据えてやるものさ……一回の工作に数年かけるなんてざらにあるぞ?」

アンジェ「それだけ王国側の動きが活発だと言うことよ…いいかしら?」

ドロシー「ああ、始めてくれ」

アンジェ「四日前のお茶の時間にも言ったけれど、最近アルビオン王国の市場相場の変動がいちじるしいわ…身近な肉やじゃがいもに始まり、金やケイバーライトみたいな鉱物資源……果ては西インド諸島のシナモンやクローブ、インド産の綿に至るまでね」

プリンセス「ええ、そのようだけれど…それが私たちにどう関係してくるのかしら?」

アンジェ「ええ、実はね……」


…数日前・ロンドン市内の劇場…

アンジェ「はぁ…ロンドンの劇場は、えかくでっけえもんだなァ……おらの村より大きいかもしれねぇだ…」一幕だけ舞台を見て、ホールに出ると丸縁眼鏡で辺りをきょろきょろと見回すアンジェ…制服こそメイフェア校の生徒であることを示しているが、いかにも「おのぼりさん」のような態度は明らかに田舎者丸出しに見える…

老婆「ちょっとよろしいかしら、お嬢さん?」

アンジェ「なんだべな…こほん!……どうかなさいまして///」

老婆「ハンカチーフを落としましたよ…あなたのでしょう?」腰の曲がった親切そうなおばあさんがアンジェのハンカチを持っている…銀髪をひっつめにしていて、十年は遅れている古めかしいデザインの服を着ているが決して身なりは悪くなく、丁寧な口調で品もいい…

アンジェ「ええ、私のです……と言っても『本当は伯父のくれたもの』ですが」

老婆「それはそれは…『ライリー伯父さんも大事にしてくれて嬉しい』でしょうね?」人気の多い場所でランデブーするときには欠かせない合言葉が、およそスパイには見えないおだやかな老婆の口から出てきた…

アンジェ「ええ…それじゃあ『ライリー伯父』によろしく」

老婆「はいはい……失くさないでよかったわねぇ。次は落とし物をしないよう、気を付けて帰るんですよ…お嬢さん」袖の内側ですっとハンカチをすり替えると、それだけ言ってするりと出て行った…

アンジェ「…あんなエキスパートを連絡役に回して来るなんて、コントロールも粋な真似をしてくれるわね……」

………



ベアトリス「えー、あの舞台を見に行ったんですかぁ…私も見たかったのに、アンジェさんが「任務の準備があるから」って……」

ドロシー「おいおい、冗談はよせよ」

ベアトリス「…何がですか?」

ドロシー「ふぅ…ベアトリスがアンジェと鉢合わせしてみろ、きっと愉快に手を振って「アンジェさーん、アンジェさんも舞台を見に来たんですかぁ♪」とか声をかけるに決まってるだろ……あたしらみたいな業界の人間が不特定多数の前で名前を呼ばれるなんて、ちょっとした悪夢だ」

アンジェ「完全に悪夢ね」

ベアトリス「もう…私だってちゃんと「敵監視下にある工作員接触法」を学んでいるんですから、そんなことしませんよぉ!」

ちせ「じゃがベアトリスはまだまだ目線が動いてしまうからの……アンジェどのを見つけたら「見るまい」として余計に挙動不審になるのがオチじゃろう…」

プリンセス「ベアトは素直だものね♪」

ベアトリス「むぅぅ…姫様まで……」

ドロシー「ま、ベアトリスだってベアトリスなりのやり方があるさ…そうへこむなって♪」

アンジェ「……話を戻していいかしら?」



ドロシー「お、悪い…それにしても「L」のやつ、今度は「ライリー伯父」さんか……前回は「従姉妹のマリー」だったよな…」

アンジェ「ええ。それで、受け取ったのがこれよ」

ちせ「普通の花柄が刺しゅうされたハンカチーフじゃな…」

プリンセス「あら、でもこんなところに刺しゅうでメッセージが…「私の大事な家族へ、これを見るたびに私を思い出してほしい…L」とあるわね?」

アンジェ「ええ、これが暗号よ……まずはこれがいるわ」ロンドンの地図を取り出すとハンカチを乗せる…紙のように薄い絹のハンカチだけあって、ロンドンの地図が透けて見える……

ベアトリス「わ…下が透けて見えます」

アンジェ「ここで刺しゅうの文字の「私」(My)「家族」(family)「見る」(see)から「M」の左上の頂点を寄宿舎の正門に合わせて「f」と「s」をロンドンの地図を合わせると……」

ドロシー「行きつくのは高級菓子屋だな……まだ新しい店だけど、プリンセスが行きつけにしていそうな店だ」

プリンセス「まぁ、ドロシーさんったら…このお店はまだ行ったことがありませんよ♪」

アンジェ「その事はいいわ……そしてこのメモが…」無秩序にアルファベットが並んでいるメモを取り出した…

ドロシー「『一回限り暗号帳』か…コードブックは?」(※一回限り暗号帳…文字変換のやり方を決める特定のパターンと、そのコードブックになる本をセットにして初めて解読できる暗号)

アンジェ「今回は「アルビオン王国・その正統なる歴史」とか言う、王国におもねる連中の本ね……その三ページ目から始めて、三つ目のアルファベットを逆算して戻す…」

ベアトリス「えーと…それだと最初の文字は「r」になりますね?」

ドロシー「おっ、ベアトリスも暗号が分かって来たな♪」

ベアトリス「当然です♪」

アンジェ「結構…さて、解読が終わったわ」

プリンセス「えーと「木曜日、フィナンシェを買いに行け」ですって」

ちせ「…すまぬが「フィナンシェ」とはなんじゃ?」

アンジェ「フランスの焼き菓子よ…英語のファイナンス(財政・融資)と同じで「銀行」や「小さな金塊」のような意味ね」

ちせ「なるほど」

ドロシー「ちなみにこんがり焼き上がった色と形が「小さい金塊」みたいだから名付けられたんだとさ」

アンジェ「そうと分かればもうメモはいいわ」暖炉にメモを放り込み、きっちり灰になるまで火かき棒でかき回した…

ベアトリス「……ねぇ、アンジェさん」

アンジェ「何?」

ベアトリス「お菓子屋さんに「買いに行け」って言うことは、ちゃんとお菓子も手に入るんですよね?」

アンジェ「でしょうね…それが?」

ベアトリス「もしよかったら…お菓子の方はもらってもいいですか?」

アンジェ「別にいいわよ」

ベアトリス「やったぁ…♪」

プリンセス「ふふ…だったらベアト、わたくしと一緒にお茶の時間でいただきましょうね?」

ベアトリス「……さ、最初からそのつもりでした///」

プリンセス「…あら♪」

ドロシー「ひゅぅ…熱いねぇ♪」

アンジェ「ベアトリス、任務完了まで浮かれないで…プリンセスとドロシーもよ」

ドロシー「あいよ……なぁプリンセス、こりゃあアンジェのやつ…プリンセスとベアトリスの仲むつまじいのに妬いてるぜ…?」

プリンセス「ふふっ…アンジェったら、意外とそう言うところは分かりやすいのよね♪」

アンジェ「……何か言った?」

プリンセス「いいえ♪」

ドロシー「ああ、何にも言ってないぜ……うー、おっかない…♪」

ベアトリス「…ふふ、美味しいお菓子とお紅茶でプリンセスとティータイム……なんて///」

ちせ「洋菓子というやつもなかなか美味であるからな…楽しみじゃ」

………

…木曜日…

ドロシー「さてと、菓子を買いに行くにしてもそこそこ敷居の高そうな店だからな……気の利いた格好じゃないと入れないよな…」濃いチェリーレッドのデイドレスに白絹の長手袋をつけ、パラソルを差している……口の端に浮かぶいつもの不敵な笑みは穏やかで優しい大人の女性の微笑みにとって代わり、いかにも優雅な貴族令嬢に見える…

アンジェ「馬子にも衣装ね、よく似合っているわ」…特徴の捉えづらい地味なクリーム色の地にスレートグレイの縁取りがされた渋いドレスを選び、髪の結い方と眼鏡を変えている…それだけでぐっと印象が変わり、よく見ないとアンジェとは気付かない…

ドロシー「おい、「馬子にも衣装」は余計だろ…アンジェこそ、いつもの冷血っぷりが嘘みたいに可愛いぜ?」

アンジェ「え…ドロシーとはそう言う関係になるつもりはないのだけど…」

ドロシー「おいこら、あからさまに引くなよ……せっかく褒めてやったのに」

ベアトリス「もう、二人ともおふざけはいいですから…ちゃんと準備は出来ました?」

ドロシー「あぁ、大丈夫さ。留守番はよろしくな?」

ベアトリス「はい、おみやげを忘れないで下さいよ?」

ドロシー「へいへい、任しておけって♪」

ちせ「気を付けての」

アンジェ「心配はいらないわ……尾行なら撒けるし、間接護衛の方はお願いね」

ちせ「うむ」

…しばらくして・パティスリー「フルール・ドゥ・リス」…

ドロシー「あら、素敵なお店…ライリー伯父さまが教えて下さっただけのことはありますわね♪」

アンジェ「ええ、そうですね」

ドロシー「んー…でもわたくし、フランス語はあまり堪能ではありませんの……「フルール・ドゥ・リス」ってどういう意味かしら?」

アンジェ「あら、それならブルボン王家の紋章にもなっている「百合の花」という意味ですわ」

ドロシー「それで金百合の花が扉に描いてありますのね…♪」

アンジェ「そうだと思いますわ……いいわよ、尾行はないわ」

ドロシー「…あぁ。これ以上三文芝居を続けていたらじんましんが出そうだ……入るぞ」

アンジェ「ええ…」

店員「ボンジューゥ。ようこそ「フルール・ドゥ・リス」へおいでくださいました、お若いマドモアゼルの方々♪」

ドロシー「メルシー♪」

アンジェ「まぁ、綺麗…どれにいたしましょうかしら?」

…金の縁取りがされたガラスケースにはマドレーヌや艶やかなチョコレートケーキ「オペラ」、フランボワーズのタルトやクイニーアマンが並んでいて、壁には花の活けてある大きな花瓶に、店の標語らしい「幸福な砂糖生活(ハッピーシュガーライフ)」と、ミュシャ風の美人画が描かれたポスターが飾ってある…

ドロシー「ええ、本当に……どれも宝石のようで目移りしてしまいますわ♪」

店員「ふふ、メルスィ…何かご希望があればお伺いいたしますよ?」

アンジェ「ええ、実はわたくし「ライリー伯父」からここのフィナンシェが絶品だとうかがって参りましたの…♪」

店員「……さようでございますか、お目が高くていらっしゃいますね。当店一番の自慢の品でございます」

アンジェ「…ではそれをいただきますわ」

店員「さようですか。ちなみに「お召し上がりはいつ頃」に?」

アンジェ「そう…「きっと明日が晴れたなら」お茶の時間にいただきますわ」

店員「承知いたしました…ではフィナンシェを五つと、店の名刺をお付けしておきます。ライリー伯父さまにもよろしくお伝えください」

アンジェ「ええ、ありがとう」

店員「こちらこそ…では今後ともご贔屓に♪」

アンジェ「ぜひともそうさせていただきますわ……さ、帰りましょう」

ドロシー「おう…やれやれ、のっけからフランス語とはね……違う意味で冷や汗をかいた…」

アンジェ「それにしては悪くなかったわよ」

ドロシー「そりゃどうも。後は持って帰るだけだが……袋ごしでもいい匂いがするじゃないか♪」

アンジェ「今は貴族のお嬢さまなんだから、つまみ食いなんてしないでちょうだいね」

ドロシー「誰がするかっての…!」

ドロシー「…戻ったぞー」

ベアトリス「あ、お帰りなさいっ…それでお菓子は?」

ドロシー「そう焦るなよ…ほーら、いい子にしてたベアトリスにはお菓子をあげよう♪」

プリンセス「ふふっ、ドロシーさんったら」

ベアトリス「わ、美味しそうなフィナンシェですね…さぁ姫様、お茶の準備は整っていますから一緒にいかがですか?」

プリンセス「そうね……二人とも、よろしいかしら?」

アンジェ「構わないわ、私たちに必要なのはお菓子じゃなくて紙袋の方だから…」

ちせ「私は菓子よりも任務の方が重要と分かっておるからの…もし用があるならばここに残るが……」

アンジェ「必要ないわ。これはちせの分よ」

ちせ「そうか…ではさらばじゃ♪」分けてもらったフィナンシェを手早くハンカチに包み、ほくほく顔で出て行った…

アンジェ「ええ、また後で…」

ドロシー「…ねーねー、ドロシーちゃんもお菓子が食べたいよー」

アンジェ「…」

ドロシー「……なんだよ、せっかく空気を和らげてやったのに…で、メッセージは?」

アンジェ「待って…解読できたわ」紙袋ののり付けされた部分を丁寧に剥がすと細長く糊のついていない部分があり、そこに細かく暗号が書きこんである…

ドロシー「相変わらず早いな……えーと「ザ・シティの『アルビオン・マイルストーン商社』より、金の先物取引価格を入手すべし」ねぇ…今回は経済スパイに早変わり、ってわけだ」

アンジェ「ええ。何しろ王国側にある「ザ・シティ」での先物取引価格が共和国に伝わるのはたいてい半日から一日遅れ……王国は検閲や発送に時間をかけることでわざと取引価格の情報を遅らせて、その間に王国系の投資会社を通じて共和国の先物取引市場で商売をし、利益を上げているわ」

ドロシー「…いわゆるインサイダー情報ってやつだな。しかも政府が一枚噛んでやっているんだからタチが悪い」

アンジェ「その通り……しかもこれを主導している「誰か」はかなりの切れ者のようで、いつもこのカードを使う訳じゃない…」

ドロシー「そりゃいっつも未来を予知するような具合にやっていたら、バカでも気がつくってもんだからなぁ」

アンジェ「その通りよ。リストにある商社や投資会社は一見するとそう儲けているようには見えないけれど、よく計算してみるとかなり分のいい利益を得ていることに気づく」

ドロシー「しかしだ…当然その「時差」を使って一山当てようって連中は他にもいくらだっているだろ?」

アンジェ「ええ、もちろん。これまでも冴えた投機家や取引会社の中にはこのカラクリに気づいて、パイにありつこうとした者もいないわけではないわ」

ドロシー「そういう連中はおおかた「不運な事故」でテムズ川にドブン…か?」

アンジェ「いいえ……一部は当人も知りえないうちに手駒として組み込まれて時々おこぼれにあずかり、特に頭の切れる者は内密に王国側の組織へスカウトされているらしいわ」

ドロシー「一見すると前と変わらないのに、実は王国の下請けになっているわけか」

アンジェ「そういうこと。まぁ王国の諜報機関としては楽な副業ね…トップシークレットをはじめとする情報を真っ先に知ることが出来て、自分たちの都合次第で公表するもしないも自由……」

ドロシー「要は山に積まれたカードをめくりながらポーカーをするようなもんだからな…そりゃ笑いが止まらないだろうさ」

アンジェ「だからこそよ。コントロールとしても王国諜報・防諜機関の活動費が潤沢になられては困る」

ドロシー「とにかくこの「商売」は金のかかる商売だもんなぁ…この「素敵なお召し物」にしたって、軽く百ポンドはかかってるだろうし……」

アンジェ「そういう事よ……毎度あなたが請求する車のメンテ部品やパーツ代なんかもね」

ドロシー「そう言うなよ。あの車のおかげで何度任務が成功したことか……」

アンジェ「とにかく、今度の作戦では派手なのはご法度…そして何より頭が冴えていなければいけないわ」

ドロシー「了解、ドンパチは厳禁な」

アンジェ「ええ…という訳で、お待ちかねのお菓子よ。これで糖分を摂取しなさい」

ドロシー「お、ありがとな…うん、美味い♪」

アンジェ「これで頭が回るようになるといいわね…それじゃあ私も……」

………

>>155 見て下さってありがとうございます。暑い日が続きますし、体調には気を付けて下さいね

…数週間後「ザ・シティ」の商社…

男「ふむ…君たちが掃除婦になりたいって人だね?」

ベアトリス「はい…張り紙を街で見かけて、それで……」

ドロシー「あたしは牧師から話を聞いてね」

…貧乏な娘の一張羅といった格好で、商社の人事係と向かい合わせで座っているドロシーとベアトリス…年中こうした応対をしている商社の男はさして興味もなさそうに二人を眺めている……そして当然ながらお茶の一杯も出してはくれない…

男「結構。掃除してもらうのはここのフロアと一つ下のフロアだけで、来てもらうのはオフィスの者たちが完全に帰ってから…つまり夜の八時以降になる」

ドロシー「分かってます」

男「ならいい。給与は時間当たり6ペンス…さ、ここにサインして」机ごしにペンと書類を滑らせる男に対し、困った様子のドロシー

男「……どうした?」

ドロシー「いや、あたしは学者じゃないもんで」読み書きができないふりをしているドロシーは、上下逆さまの書類を前に困り果てている…が、すでに逆さまの書類をさっと読み通している……

男「あぁ、書き方を知らないのか。なら名前の所…ここにバツ印を付けてくれればいい。私が代筆してあげよう」

ドロシー「どうも、あいすみませんねぇ…」

男「なに、よくいるんだよ…名前は?」

ドロシー「エマ・ジョーンズ」

男「結構。では「署名…エマ・ジョーンズ、代筆す」と」

ドロシー「どうも、ありがてぇこってす」

男「いいんだ……なぜか知らないが、今まで雇っていた掃除婦が二人ばかり急に辞めちゃってね」

ドロシー「へぇー…?」(そりゃこっちがそうなるよう仕向けたんだからな…)

男「だからちょうどよかったよ…明日から来てくれ。裏口の警備員には君たちの事を話しておく」

ベアトリス「…は、はい」

男「緊張しなくたっていい、単に掃除をするだけだ…ただし机の上の物はいじったり盗ったりしないように……そういうことをすると警察に突きだすから、よく覚えておいてくれ」

ベアトリス「ひっ…!」

男「じゃあこれで……さ、帰ってくれ」

ドロシー「ありがとうござんした」…下町にある薄汚い下宿の裏口へ入ってしばらくすると、薄汚れた「メイク」(灰と土埃に少しの古い油を混ぜたもの)を落として髪型をもとに戻し、制服に着替えた二人が表から出てきた……手には「恵まれない婦人たちへの愛の寄付を」などと書かれたリボンが巻いてある、柳のカゴを持っている…

ベアトリス「…ずいぶんすんなりいっちゃいましたね?」

ドロシー「ああいうインテリ連中は「無学で読み書きも出来ない」って聞くと油断するのさ……そもそも時間当たりの給与には「10ペンス」って書いてあったろ?」

ベアトリス「私も気づきました…言いませんでしたけれど」

ドロシー「ああ、さっきのは利口だったぜ……もっとも言ってみたところで、あちらさんも「手数料」だとかなんとか、上手い言い訳は作ってあるだろうけどな」

ベアトリス「それにしても都合よく二人辞めているなんて…幸運でしたよね」

ドロシー「はは、この業界で「幸運」があることなんて滅多にないさ……今回のもこっちの仕込みだよ」

ベアトリス「…え?」

ドロシー「そうやってベアトリスは表情に出やすいからな…ちょっと言うのを忘れてたよ♪」

ベアトリス「それじゃあ…」

ドロシー「前の掃除係だった二人には、片方が「遠縁の親戚の遺産」が転がり込んだから……もう片方にはコントロールが割のいい働き口を斡旋してやった」

ベアトリス「…」

ドロシー「そう言う顔をするなって…いきなり遺産が転がり込むなんて「リアリティに欠ける」から、強盗に見せかけてバラしちゃう案もあったんだぜ?」

ベアトリス「だ、ダメですよそんなの!」

ドロシー「ああ、死人は必ず「誰かの注意を引く」からな…だからコントロールも百ポンド近い出費にゴーサインを出したのさ」

ベアトリス「……そもそもお金と人の命って、釣りかえの効くものなんでしょうか?」

ドロシー「少なくとも、この業界ならある程度はね……ま、明日からはよろしく頼むな」

ベアトリス「はい」

…寄宿舎…

アンジェ「その様子だと上手く行ったようね?」

ドロシー「そりゃあ「細工は流々」ってところさ……ちなみに明日から来てくれ、だと」

アンジェ「なら授業を終えたらすぐ行かないといけないわね」

ドロシー「ああ。尾けられていないかどうかも確認しなきゃならないし、着替える必要もあるもんな」

アンジェ「そうね」

プリンセス「気を付けて下さいね、ドロシーさん……ベアトもよ?」

ベアトリス「はい、姫様///」


…次の晩…

ドロシー「こんばんはー」裏口の脇にある警備室をノックするドロシー…中では警備員が二人、小銭を賭けたトランプに興じている……

警備員「…あー、あんたらか。話は聞いてるからとっとと行きな」

ベアトリス「よろしくお願いします」

警備員「ああ」

警備員B「…おい、お前の番だぜ?」

警備員「分かってるよ。ハートの4だ」

警備員B「ハートの4だって?…へへっ、それで上がりだ」

警備員「ちっ…じゃあもう一回」

ドロシー「……それじゃあ「メアリー」はそっちをよろしくね」掃除用具入れを漁って、モップとバケツ、ちりとりに箒を取り出す……箒とちりとりをベアトリスに渡し、水を含むと重くなるモップとバケツを受け持ってやるドロシー…

ベアトリス「分かりました」

ドロシー「……言っておくが、少なくとも数週間は掃除だけだぞ…相手が気を緩めるまで待つんだ」

ベアトリス「…分かってます」

ドロシー「ああ……それじゃあここから始めるわよ?」

ベアトリス「はい、分かりました」…プリンセスのお付きだから…という訳でもないが、てきぱきと手際のいいベアトリス……

ドロシー「…本当にそう言うのが好きなんだな」少しからかいながらも、感心した様子のドロシー……モップの柄の先端に両手を乗せて、その上にあごを置いている…

ベアトリス「そうですね……って、少しは手伝ってくれませんか?」

ドロシー「はいはい、分かりましたよ…っと」いかにもおざなりな態度でモップがけを始めるドロシー…

ベアトリス「全くもう。いくら何でももうちょっとやる気を出して下さいよ……」

ドロシー「…言っておくけどな、この掃除の仕方にも結構コツがいるんだぜ?」

ベアトリス「え?」

ドロシー「普通さ、スズメの涙みたいなやっすい賃金で雇われた貧しい娘っこがやる気なんか出す訳ないよな?」

ベアトリス「ええ、まぁ…」

ドロシー「だからさ、あんまり綺麗にしすぎると怪しまれるんだよ…「こんな真面目に働くなんておかしいぞ?この娘っこは窃盗団の下見役じゃないか」とか何とか……要は「裏」があるんじゃないか、って」

ベアトリス「なるほど」

ドロシー「かといって不真面目過ぎてもいけない…クビになっちまったら元も子もない」

ベアトリス「それじゃあ、そこまで考えて…?」

ドロシー「そういうこと……ま、そこそこ手抜きした方が楽でいいって言うのもあるけどな♪」

ベアトリス「やっぱり手抜きなんじゃないですか…」

ドロシー「そう言うなって。あと、紙くず入れは私がやるよ」

ベアトリス「分かりました」

ドロシー「……どんな情報が書いてあるか分からないからな」

………


1もお気をつけて

>>159 ありがとうございます。次回の投下はまた数日後になってしまうかもしれませんが…

…一か月後・「アルビオン共和国文化振興局」事務所(コントロール)…

L「…それで、エージェント「D」(ドロシー)は食い込みに成功したのか」

7「はい。レポートによりますと警戒は緩んでいるとのことです」

L「そうか…時間がかかるのは致し方ないが、我々がこうしている間にも向こうは着実に活動資金を増やしているのだ。あまり差をつけられたくはない」

7「はい」

L「…おまけにこちらには何かと首を突っこみたがる「ジェネラル」をはじめとした軍部のこともある……おかしな話かもしれんが、無理解な同国人よりあちらの同業者の方がまだましな気がするな」パイプをくゆらせながら渋い表情の「L」…

7「ええ」

L「基本的に軍人はこうした活動に向かんのだ。この世界は「敵と味方」に分けられるようなものではなく、引き金を引いて銃剣突撃を敢行すればいいものでもない……」

7「分かっております」

L「しかし軍人は常に単純だ…敵・味方ははっきりしているし、より大きい大砲をより多く持っている方が勝つ」

7「ええ」

L「そして「男は勇敢に戦い、女はそんな男のために裁縫と料理をしていればいい」と思っている…」

7「ですから私もクビになりかけました……女はタイプを打つ程度の能力しかないのだから引っ込んでいろ、と」

L「うむ…だが私はそうは思わない。共和国人でも裏切り者はいるし、王国の人間だからとてすなわち敵ではない…物事にレッテルを張ってひとくくりにするのは簡単でいいかもしれない……が、私はそうはせずに全ての物を「疑惑の目」というふるいにかけ、残った真実のかけらを集めて鋳造するのだ…まるで砂金掘りのようにな」

7「なるほど」

L「すまんな…君にもやることがあるだろうに、少ししゃべり過ぎた」

7「いいえ、大丈夫ですわ」

L「うむ…ところで今度の予算の件だが……」

………



…数日後…

アンジェ「……そろそろ行動に移れと言ってきたわね」

ドロシー「ああ」

アンジェ「出来そう?」

ドロシー「そうだな…そろそろいいだろう」

アンジェ「結構……欲しい情報はあちらの「買い」と「売り」の情報よ」

ドロシー「ああ、分かってるさ」

アンジェ「繰り返しになるけど銃も殺しも…はたまた派手な爆発も無しよ」

ドロシー「任せておけ。髪の毛一筋だって残しはしないさ♪」

アンジェ「ええ、そうしてちょうだい」

ドロシー「ふー、これでモップだの雑巾だのからおさらばできる目途がついた…ってわけだな」

アンジェ「何を勘違いしているの。急に辞めたら怪しまれるから、しばらくはそのままよ?」

ドロシー「そのくらい分かってるさ……だけど目安にはなるだろ?」

アンジェ「それはそうでしょうね」

ドロシー「だろ…もっとも、ベアトリスは案外気に入っているみたいだけどな」

アンジェ「そのようね」

ベアトリス「失礼します。お二人とも私に「ご用」があるそうですが……いったい何ですか?」

アンジェ「あぁ、来たわね…用と言うのは他でもないわ」

ドロシー「いよいよ今夜から「本業」に取りかかることになったから、その手はずを確認しておこうってわけさ」

ベアトリス「今夜からですか……うー、緊張してきました…」

ドロシー「そう固くならないで、いつも通りにやればいいさ……それでだ」

ベアトリス「?」

ドロシー「ちょーっと頼みがあるんだよなぁ♪」にやにや笑いを浮かべながら詰め寄っていくドロシー…

ベアトリス「な、何ですか…」

ドロシー「アンジェ」

アンジェ「…ええ」さっと後ろに回り込んで、両腕を押さえるアンジェ…

ベアトリス「きゃあっ!?」

ドロシー「すこーし人工声帯をいじらせてもらって…と」

ベアトリス(CV…大塚明夫)「な、何をするんですかぁ!」

ドロシー「うわ、何だか妙に渋い声になったな……って、そんなことはいいんだって…よし、このくらいか?」

ベアトリス「……っ!?」何か叫んだらしく「キィーン…」と甲高い音が響いた

ドロシー「…うっ!」

アンジェ「まるで耳鳴りの音ね…まぁ、このくらいの高さならいいでしょう」

ドロシー「だな」

ベアトリス「?」

ドロシー「あー…よく「歳を取ると高い音が聞き取りにくくなる」って聞いたことないか?」

ベアトリス「…」

アンジェ「その様子だと聞いたことがありそうね」

ドロシー「なら話が早い。要はそいつを活用しようって訳さ…今日から情報をのぞき見するわけだが、私がメモ帳だの何だのを読み漁っている時に誰かが来たんじゃ都合が悪い……そこでベアトリス、お前さんが廊下の掃除をしているふりをして、誰かが来たらこっちに向けて叫んでくれればいい」

ベアトリス「?」

アンジェ「どうして見回りには聞こえない音域だと分かるのか…と言いたいの?」

ベアトリス「♪」

アンジェ「それは簡単よ…」

………

…数時間後・商社の裏口…

ドロシー「こんばんはー」

警備員「おー…今日は冷えるなぁ」

ドロシー「まったくだねぇ……相方にいたってはこのザマさ」

ベアトリス「…」古ぼけてはいるが元は良かったらしいコートにくるまり、ガタガタ震える…真似をしているベアトリス

警備員B「風邪かい?」

ドロシー「みたいなんだ…かといって休んじゃったらお金がもらえないからね」

警備員「頼むから吐いたりしてオフィスを汚さないでくれよ?」

ドロシー「あたしだってそう願いたいよ…な、そうだろ?」(今だ…!)

ベアトリス「…(もう、勝手な事ばかり言わないで下さいっ!!)」

ドロシー「ああ、言われなくったってさ」(よし、聞こえてない…これで少しは楽になるってもんだな♪)

警備員B「ちゃんとやれよ?」

ドロシー「そのくらいあたしにだって分かってるよ」

ドロシー「…じゃあ見張りは頼んだぜ?」

ベアトリス「…」カクカクとうなずくベアトリス…

ドロシー「よし、ドアには何も挟んでない……まぁそりゃそうだよな」…ドアの隙間に挟んだ細い糸や髪の毛、ノブを動かすとすぐに落ちてしまうようなピン…そういった「痕跡を残すための小細工」がされていない事を確認するドロシー…

ドロシー「さて、書類棚は…と」両手を軽くこすり合わせてから絹の長手袋をはめ、ランタンの灯りが外に漏れないよう雑巾を引っかける…

ドロシー「ふふん…簡単な鍵だな……」がっしりした樫材のキャビネットについている真鍮製の鍵に、キーピックを差しこむ…手首や指のしなやかな十代のうちに養成所でみっちり訓練されただけあって、鍵穴に傷一つ付けないで鍵が開いた……

ドロシー「…」順番に並んでいる書類の列を乱したり、うっかり机の上の物を動かしたりしないよう慎重にファイルや封筒を取り出す……

ドロシー「……これじゃないな。売り買いの予定リストはどこだ…?」

ドロシー「…ふぅ、仕方ない……」部屋を見渡せる位置にある上役のデスクに取りかかる…片膝をついた中腰の姿勢で、指先と音を頼りに鍵を回す……

ドロシー「開いてくれよな……お、いい子だ…♪」


…大きなデスクの引き出しに入っている書類の束を探すドロシー…当然束をまとめているリボンの結び方から書類の順番までを素早く頭に叩き込み、それから取引予定の金額や対象の品物を読み通していく…


ドロシー「…(ケイバーライト鉱石四トン…4250ポンド32シリング……ウェールズ産・良質無煙炭五十トン…556ポンドきっかり……純金百トロイポンド…1072ポンド25シリング…)」

ドロシー「よし……今日はこれで良し、と…」

ベアトリス「…!」中年の警備員には聞き取れない高い周波数で、甲高い口笛のような音が三度響いた…

ドロシー「…っ、ベアトリスの警報だな……」慎重に書類を収めて引き出しを戻し、もう一度鍵をかけ直した……

…一階下の廊下…

警備員「おい、もう一人はどうした?」

ベアトリス「…けほっ、い゛ま゛……上の掃除に゛…」喉の具合が悪い振りをしながら人工声帯を直す…

警備員B「そうか…具合が悪いからって手抜きはするなよ」

ベアトリス「分かっ゛てま゛す……」

警備員B「ならいい……それにしてもあの娘、ひどいガラ声だったな?」階段をランタンで照らしながら、一段ずつ上って行く…

警備員「ああ、こっちまでうつされなきゃいいけどな。で、もう一人はどこだ?」

警備員B「さぁ…向こうじゃないのか?」ランタンをかざしてみながら目を細めて、薄暗い廊下の先を見ようとする…と、廊下の奥から女性のシルエットが近づいてくる…

ドロシー「よいしょ…まったく、やりきれないねぇ……」モップの突っこんであるバケツを両手で提げて、ぼやきながらやって来るドロシー…

警備員「…おい、一体どこを掃除してたんだ?」

ドロシー「言われた通りの場所さね…向こうの廊下を見てごらんよ。処女みたいに綺麗なもんさ♪」

警備員B「…手抜きして勝手に休んでたわけじゃないな?」

ドロシー「へん、そういう事を言うのかい…そんなに言うなら見てごらんよ?」埃っぽい汚れ水が入ったバケツを突きだす…

警備員「うへっ、汚いな…そんなもの見せなくていい」

ドロシー「仕方ないだろ?…こちらのお偉い紳士さまがあたしの仕事ぶりについておっしゃってくれるからさ」

警備員B「ああ、悪かった悪かった……いいからとっととかたづけて来い」

ドロシー「言われなくったってさ、こんなバケツをあと半時間も持たされたら腰が痛くなっちまうよ」

…しばらくして…

ドロシー「お疲れさん…さっきの「警報」ちゃんと聞こえたぜ♪」

ベアトリス「よかったです……やっぱり学校で試すのとは具合が違いますし、上手く行かなかったらどうしようかと…」

ドロシー「なに、だとしても私だって警戒は怠りないからな…いわば予防線さ」

ベアトリス「そうですか…っ///」いきなり「きゅぅ…」とお腹が鳴り、赤面するベアトリス

ドロシー「……せっかくだ、何かつまんで行こうか♪」

ベアトリス「え、でも…」

ドロシー「気にするな、ちょうど立ち売りがいるしおごってやるよ…なぁおっさん、そいつを一つとビールを一パイントくんな」…セブン・ダイアルズやコックニーあたりの訛で「べらんめえ口調」をきかせて声をかけ、油っこいフィッシュ・アンド・チップスを新聞紙に包んでもらい、素焼きの陶器で出来た粗末なジョッキに薄いビールを注いでもらうドロシー…

おっちゃん「へい、毎度……別嬪さんだからおまけしておいてやるよ♪」

ドロシー「へっ、どうもごちそうさま……さ、食おうぜ?」指先でペニー硬貨を弾いて渡すと、テムズ川沿いの護岸に腰を下ろした…

…しばらくして「コントロール」作戦室…

L「で、情報は入ったのか」

7「はい、ちゃんと「D」から入っております」解読した暗号をタイプした紙を渡す…

L「む…王国め、金の大量の買い付けで相場を吊り上げる気だぞ……気どられぬようにこちらも二百ポンドばかり「買い」に回る。明日の取引開始時刻に着くよう、各取引会社あてに文書使(アタッシェ)を送るように」

7「はい」

L「あぁ、それとな…」

7「何でしょう?」

L「予算の使途には「金五十ポンド分の買い付け」とだけ記述してくれ…予算計画書の十ポンド以下の位は切り捨てだから、残りは分散して紛れ込ませる」

7「…L、それは……」

L「ふ、鋭いな…そう、当然議会は金をトロイオンス換算で考えて「金五十トロイポンド」分だと思うだろうが、私は「金五十ポンド」を買いこむつもりだ……当然差額はこちらの隠し予算にプールさせる」

(※トロイオンス・トロイポンド…金の計量法。時代にもよるが、「一トロイポンド」は12トロイオンスでおよそ373グラム。「一ポンド」は16オンスで約453グラム)

7「分かっております」

L「これで、軍部の「ジェネラル」連中を一つ出し抜いてやれるな……他はケイバーライトか…」

7「ケイバーライト鉱石は各種の防諜・諜報組織が目を光らせておりますが…」

L「分かっている…ケイバーライト鉱は外し、代わりに採掘会社の「ロイヤルアルビオン・ケイバーライト」社の株を1000だ…買い注文は十社以上の証券会社に分けて、一株で五ポンド以上の含み益が見込めたらすぐに売りにかける……王国市場の動揺を誘ってやれ」

7「ええ」

L「後はウェールズの無煙炭だが…この間の資料は覚えているかね?」

7「…先月二十一日付の新聞にあった「鉱山でのストライキ」ですか?」

L「ああ、それだ……カットアウトを通じて数人のトレーダーにそれとなく「あの鉱山での労働争議が再燃しそうだ」と流してやれ」

7「そうなれば当然…」

L「売りが優勢になるだろうな…底値を打ったところで買いをかける」

7「はい」

L「今回はそれでいい…エージェント「D」はいい情報源を手に入れたな」

7「そのように伝えますか?」

L「言わなくとも向こうで分かっているはずだ……が、君から一言添えておいてくれてもいいぞ」

7「はい、分かりました」

L「うむ」

………

>>166 更新が遅くなってしまって申し訳ありません…それと、見て下さってありがとうございます


次はアンジェ×ベアトあたりを考えておりますが、他にリクエストがあれば頑張ってみます…

アンジェ「ドロシー、ベアトリス。二人に「コントロール」から新しい情報入手の命令と……追伸でメッセージがあるわ」

ドロシー「ほーん…?」

ベアトリス「一体何でしょう?」

アンジェ「読むわよ「…商品の品質はなはだ良好。取引先も気に入っているので、今後ともよい商品に期待している」だそうよ」

ベアトリス「褒められちゃいましたね、ドロシーさん?」

ドロシー「ああ。しかし、あの「L」にしちゃあ人間味のあるアクセントが入っているな」

アンジェ「おそらくこの文を起草したのは「L」ではない気がするわ…多分「7」じゃないかしら」

ドロシー「…だとしても起草した暗号文を最終的にオーケーするのは「L」のはずだ……意外にいいところがあるな」

アンジェ「そうかもね……それより今度の情報収集をもって、今回の作戦は一応終了ということになるそうよ」

ドロシー「こりゃまたずいぶんと急に…ドジを踏んだ覚えはないんだけどな?」

ベアトリス「も、もしかして私が何か…?」

アンジェ「いいえ、その可能性はないわ。もしそうなら「コントロール」も私たちを急ぎ壁の向こうへ脱出させるか、連絡を絶つか…さもなければ王国防諜部がここに押し寄せてきているはずよ」

ドロシー「同感だな。多分あっちの事情が変わっちまったんだろう」肩をすくめるドロシー…

ベアトリス「そうですか……せっかくお掃除も見張りもこなせるようになって来たのに…」

ドロシー「まぁいいじゃないか、これでゆっくり眠れるってもんだぜ?」

ベアトリス「…それもそうですね」

ドロシー「な?」

アンジェ「そうは言ってもまだ今回の任務が残っているのよ…気を抜かずにやりなさい」

ベアトリス「はい、アンジェさん」

ドロシー「ああ…最後までスマートに、だな♪」

………



…数日後・夜…

ドロシー「ふぃー…これでようやく任務完了だ♪」シャワーを浴びて来たドロシーはまだふんわりと湯気を残し、シルクのナイトガウン姿で髪を下ろしたままの気楽な様子で「よっこらしょ」とソファーに座りこんだ…

アンジェ「ご苦労様。入手した情報はもう送ったわ」

ドロシー「相変わらず手が早いな…ベアトリスもお疲れさん。いてくれたおかげで何かと助かったぜ♪」…ニヤッと笑うと、軽くウィンクをする

ベアトリス「いえ、そんな…///」

アンジェ「…そう言えばプリンセスが貴女を呼んでいたわよ……早く行った方がいいんじゃないかしら」

ベアトリス「姫様が?…すぐ行ってきます♪」

ドロシー「……やれやれ、何とも無邪気なもんだなぁ」

アンジェ「ベアトリスは貴女や私みたいにすれていないものね」

ドロシー「ああ…ところでさ」

アンジェ「なに?」

ドロシー「せっかく無事に終わったんだし…少し付き合わないか?」隠し棚をごそごそやって、小瓶に入った上等のコニャックとグラスを取り出す…

アンジェ「そうね、いつもなら断るところだけど……今夜くらいは付き合ってあげるわ」

ドロシー「それじゃあ…「やっと終わった今回の任務と、このロクでもない金相場に」……乾杯♪」

アンジェ「…乾杯」

ドロシー「んくっ…はぁ、喉に暖かいのが流れて来て……私のすさんだ心まで優しく暖めてくれるじゃないか」

アンジェ「…ドロシー、貴女いつからそんなセンチになったの?」

ドロシー「バカ言え、私はいつだって無垢で純粋なハートの持ち主だぜ…どっかの「ミス・コールドフィッシュ」と違ってな♪」(※cold fish…冷たいやつ。冷淡な人)

アンジェ「……おっしゃってくれるわね」

ドロシー「なに、ちょっとしたユーモアだって…もう少しどうだ?」

アンジェ「そうね、ならもう少しだけ…」


>>167
>>1が許せるなら姫ベアトアンジェで3P

>>169 大丈夫ですよ…それでは「プリンセス+ベアト×アンジェ」のアンジェ総ネコで書こうかと思います……もうしばらくお待ちください

…しばらくして…

ドロシー「…なぁアンジェ」

アンジェ「なに、ドロシー?」

ドロシー「少し踊ろうか…伴奏も何もないけどさ」空になったグラスを置くと、優雅に立ち上がって手を差しだした…

アンジェ「…ええ」ドロシーが差しだす手に素直につかまり、そっと身体を預ける…

ドロシー「ところで…前に言ったっけか……」ゆっくりとしたワルツのテンポでアンジェをリードするドロシー…触れ合う身体からお互いの吐息や体温が伝わってくる…

アンジェ「何を…?」酔いが回っているのか、白い肌がかすかに桜色を帯びている…いつもの鋭く冷たい視線も少しだけ和らいで、とろりとしている……

ドロシー「私さ、何だかんだでアンジェの事……嫌いじゃないって…」

アンジェ「…そう」

ドロシー「ああ」くい…とあごを持ち上げ、じっと見おろす…

アンジェ「…ドロシー///」

ドロシー「アンジェ…んっ……」

アンジェ「ん、んくっ……ドロシー…」

ドロシー「悪いな…でもさっきアンジェに言われたみたいに、今は不思議と人恋しい気分なんだ……///」

アンジェ「黙って。言い訳は聞きたくないわ……それより、もう一回…///」

ドロシー「ああ…んちゅ…っ、ちゅぅ……ぷは…っ」いささか唐突に唇を離すドロシー…

アンジェ「はぁ、はぁ…っ……ドロシー…?」

ドロシー「…ごめん、私の勝手な気分でこんな真似して……アンジェにはプリンセスがいるのにさ…」

アンジェ「…」

ドロシー「あんな少しだったのに酔ったのかな……もう寝ることにす…」

アンジェ「ドロシー///」

ドロシー「……アンジェ?」

アンジェ「ここにだって……ソファーがあるわ…///」ちゅっ…♪

ドロシー「…それもそうだよな……んっ、ちゅぅっ…れろっ…ちゅぷ……んむぅ♪」

アンジェ「んっんっ、んぅっ……あむっ、ちゅぅ……ちゅぱ…ぴちゅっ…///」

………



ドロシー「はぁ、はぁ……アンジェは肌が真っ白でうらやましいな…」

アンジェ「ドロシーこそ…私にもそんな風に豊満な身体があったら……///」

ドロシー「……はは、お互い「ない物ねだり」ってやつだな♪」

アンジェ「ふふ…そのようね」

ドロシー「じゃあせめて気分だけでも味わわせてやるよ…ほら///」アンジェの手をはだけた胸元に誘導する…

アンジェ「…とっても柔らかいわね……しかもすべすべしていて…///」

ドロシー「……ああ…じゃあ私も……♪」

アンジェ「んっ、んんっ…ん、くぅっ……♪」

ドロシー「おぉ、すっごいな…指に絡みつくみたいで……しかも暖かくて…」

アンジェ「…いちいち言わなくてもいいわ///」

ドロシー「いや…ここは素直に褒めた方がいいかと思ってね……」

アンジェ「ふふふっ…♪」

ドロシー「ははは…♪」

二人「「あははははっ…♪」」

…翌日…

ドロシー「うー…あいたた……」

アンジェ「どうしたの、ドロシー…リウマチにでもなった?」

ドロシー「だから私を年寄り扱いするなって……どうも昨夜のアレが響いたみたいでさ…」

アンジェ「あなたがソファーの上で無理な体勢をとるからよ」

ドロシー「…あんな熱っぽくうるんだ瞳で誘って来たのはどこの誰だよ……いてて…」

ベアトリス「おはようございます、アンジェさん、ドロシーさん……」

アンジェ「おはよう、ベアトリス」

ドロシー「よう…おはようさん」(こりゃ昨夜はプリンセスと「お楽しみ」だったな…目の下にくままで作っておきながら、嬉しげな顔をしてやがる……)

ベアトリス「ええ、おはようございます」(ドロシーさん、昨夜はアンジェさんといちゃついていたみたいですね…身体の動きがぎくしゃくしているのに満足そうですし……)

プリンセス「おはようございます、皆さん♪」

アンジェ「おはよう、プリンセス」

プリンセス「ふふ…おはよう、アンジェ」

アンジェ「ええ」

プリンセス「昨晩はドロシーさんと仲よくできた?」

アンジェ「…何の事かしら」

プリンセス「あら…だって昨夜はベアトが私の所に来ていたから、きっとアンジェとドロシーさんとで打ち合わせや道具の手入れに励んでいたものと……それとも、何か違うことを想像していたのかしら?」

アンジェ「いいえ……それより今日はベアトリスと一緒に来たのね」

プリンセス「あら、ベアトは私のメイドなんだから何もおかしいことはないわ…でしょう?」

アンジェ「ええ、そうね…その割にはずいぶんと視線が揺れたけれど……」

ちせ「…おや、皆の衆はもうお揃いであったか。何とも心地の良い晴天で、空気も清冽として爽やかじゃな……二人ともどうしたのじゃ?」

アンジェ「いえ、何でもないわ」

プリンセス「ふふ、おはよう…ちせさん♪」

ちせ「…お早う、プリンセスどの」

プリンセス「そういえば昨日のお菓子は美味しかったわね……今度取り寄せますから、ちせさんもお茶会の作法の確認を兼ねて、一緒に召し上がりません?」(アンジェに問い詰められそうなタイミングで来てくれたものね…♪)

ちせ「お、おぉ…それはかたじけない♪」

ドロシー「……今朝はプリンセスの勝ちだな?」

アンジェ「…余計なお世話よ」

…case・プリンセス・ベアトリス×アンジェ「How to become a good spy?」(すぐれたスパイになるためには?)…

…とある日・「白鳩」のネスト…

ドロシー「ひゅぅ…どうやらコントロールもこの間の「予算ちょろまかし大作戦」でフトコロが豊かになったと見えて、申請した物は全部来ているようだぜ?」

アンジェ「そのようね……ドロシーとちせは木箱の中身を確認しておいてちょうだい」

ドロシー「ああ、任せておけよ…ちせ、ナイフとか刃物は任せた。回転砥石ならそっちの隅っこにあるから好きなようにやってくれ」

ちせ「うむ」

ドロシー「それじゃあ、私はハジキをいじくるとしますかね…♪」

ベアトリス「あのぅ…私は何をすれば……」

アンジェ「あなたにはしばらく復習を兼ねた工作員としての基礎訓練、それにより実践的な応用訓練を受けてもらうわ……分かっているとは思うけれど、あなたはまだスパイとしての訓練が足りていない」

ベアトリス「ええ、それは分かってます…」

アンジェ「よろしい。もっとも、そう言う面ではプリンセスも同じだけれど…彼女はあくまでも大事な「情報源」であって、目立つ立場にあることからいっても情報を引き出すような会話術や読唇術、書類の記憶のような「情報の入手」といった分野以外では、工作員としての技術を使う機会にはあまり恵まれない」

ベアトリス「はい」

アンジェ「…けれどその分、自由に動ける「プリンセス付き」であるあなたが情報の受け渡しや入手の仕方を覚えなければならないわ……もちろん、場合によってはプリンセスをお守りすることもね」

ベアトリス「私が…姫様をお守りする…」

アンジェ「そう、責任は重大よ」

ドロシー「そのために私たちが一緒についてきたのさ……お、新型のウェブリー・スコットか…相変わらずバランスがいいねぇ♪」

…ドロシーは趣味半分で、隠し持つには目立ちすぎてスパイに縁のない6インチ長銃身モデルの「ウェブリー・スコット」リボルバーなど、小火器数丁をダメもとで要求していた…が、作戦成功の「ごほうび」ということなのか、どれもきっちり揃えて箱に収まっていた…

アンジェ「その通りよ…本来なら養成所で数か月の速成訓練を受けてもらうのが一番でしょうけれど、「学生」である私たちの立場ではそうもいかない」

ちせ「左様。よってうちらがおぬしの教官になろうというわけじゃな……ふむ、この短剣は悪くないのぉ」

ドロシー「…ま、最低でも自分の身を守れるくらいにはな」片目を細め、壁に向けてウェブリーを構えるドロシー…

ベアトリス「が、頑張ります…!」

アンジェ「結構。では格闘の基礎から…最初は徒手空拳で、それから武器を使った格闘術を練習してもらう」

ベアトリス「はい」

アンジェ「そもそもいくら頑張っても、小柄な私たちが相手のエージェント…しかもたいていは大の男でしょうけれど…そうした連中との体格差をひっくり返すのは容易ではないわ」

ベアトリス「……ですよね」

アンジェ「けれども……別にボクシングみたいにルールがあるわけではないのだから、いくらでも相手の潰し方はあるわ」

ドロシー「そういう事♪……んー、こいつはちょっと引き金が固いな…後でヤスリがけをしないと…」

ベアトリス「アンジェさん、具体的には?」

アンジェ「…膝蹴りを相手の股ぐらにお見舞いする、目を潰す…足の甲を踏みつけるのもかなり効果があるわ。敏捷な動きを要求される近接戦闘で、相手が片脚をかばって動くようになれば、立ち回りで有利になる……」ベアトリスの胸元をつかみ、いくつか動いて見せるアンジェ…

ベアトリス「うわ…容赦ないですね」

アンジェ「こんな世界で騎士道精神でも発揮するつもり?」

ベアトリス「いえ、そういうわけではないですけれど…」

アンジェ「なら自分と、ほかならぬプリンセスのためにもよく体得しておくことね……後はみぞおちに肘を叩きこむ…特に小柄なあなたなら、真っ直ぐ腕を突きだすだけでいいから打ちこみやすい…私も小柄だから実際の場面ではかなり違うでしょうけれど…少しやってみなさい」

ベアトリス「いいんですか、アンジェさん?」

アンジェ「いいからためらわない…ためらうとあなたは誰かに「始末」されることになる」

ベアトリス「!?」

アンジェ「……分かった?」一瞬でベアトリスをねじ伏せ、胸元数インチの所にナイフの刃を突きつけている…

ベアトリス「わ、分かりました…」

アンジェ「よろしい……みんなの命もかかっているのだから、その博愛精神はどこかにしまっておきなさい」

ベアトリス「…はい」

ベアトリス「…はっ!」

アンジェ「ふっ」

ベアトリス「えいっ…!」

アンジェ「まだ甘い……もっと全力で叩き込みなさい」

ベアトリス「…やぁ…っ!!」

アンジェ「…っ、よろしい」ベアトリスの突きを受け止めた手を軽く振ると、今度は倉庫の片隅に放り出してあるがらくたを床一面に放り出した…

アンジェ「次は何かを得物にするやり方ね…ドロシー、いい?」

ドロシー「あいよ」

ベアトリス「よろしくお願いします、ドロシーさん」

ドロシー「はは、丁寧でいいじゃないか……ま、覚えて早々に格闘術なんてエラそうなものが出来るわけないし、むしろ中途半端に格闘術なんかを覚えていても相手は玄人だ…返り討ちにあうのがオチだろうな」

ベアトリス「じゃあどうすればいいんです?」

ドロシー「なに…しっかり格闘術が身につくまでは、私が裏町仕込みのダーティな(汚い)やり方を教えておくから、それで相手をノックアウトしちまえばいいさ♪」

ベアトリス「汚いやり方…ですか」

ドロシー「ああ、何しろ「効果はお墨付き」ってやつだからな……さて、一つ質問だ」

ベアトリス「何でしょうか?」

ドロシー「私たちみたいな人間が相手にして、一番苦手に感じるのはどんな奴だと思う?」

ベアトリス「それは……いつかの「ガゼル」みたいな…」

ドロシー「ははーん…ああいう「プロ中のプロ」みたいな奴か?」

ベアトリス「…ええ」

ドロシー「ちっちっちっ…そうじゃないんだな、これが」

ベアトリス「?」

ドロシー「玄人にはそれなりに「ルール」って言うか「原則」みたいなものがあるんだ…例えば相手と格闘するときは「刺し違え」じゃ困るから、絶対に勝つように動く」

ベアトリス「……あの、それは当たり前なのでは?」

ドロシー「ああ、ところが世の中にはその「当たり前」が通じない連中がいるのさ。困ったことにな……じゃあ「そう言う連中」って言うのは誰だと思う?」

ベアトリス「え、えーと…」

ドロシー「ふふーん、まぁ分からないよな……答えはアマチュアと、頭のどうかしている連中だ」

ベアトリス「…なるほど?」

ドロシー「アマチュアとかそう言う連中はどう動くか予想もつかないからな…私たちみたいなエージェントからすると苦手なんだ」

ベアトリス「……じゃあもしかして」

ドロシー「お、察しがいいな…そう、こういうがらくたで玄人のエージェントが苦手な「アマチュア」風にやってやろうってわけさ♪」床に散らかした割れた瓶や折れた椅子の脚、底の抜けたバケツ、曲がったスプーンのようなシロモノを指差した…

ベアトリス「でもこんなのでどうやっ…きゃぁ!?」

ドロシー「どうやって?……こうやってさ」あっという間に羽交い絞めにして、喉元に割れた瓶を突きつけている…

ベアトリス「あ…あっ……」

ドロシー「どうだ?」

ベアトリス「わ、分かりました……」

ドロシー「それじゃあ好きな得物を拾ってみな、私が一番いい「使い方」を教えてやるから♪」

ベアトリス「はい、やってみます」

ドロシー「ああ…どこからでもいいから、遠慮せずにかかって来るんだぜ?」

ベアトリス「はい…いきます!」折れて短くなったモップをつかんでとびかかった…

ドロシー「…やっ!」滑らかな動作でモップを弾き飛ばすと簡単に投げ飛ばし、一気に押さえこんだ

ベアトリス「ぐ…ぐぅっ……!」

ドロシー「悪くない…あと、その人工声帯は役に立つと思うぞ。何しろ喉を絞めても効かないんだからな」伸ばした片腕と胸元を脚で押さえているドロシー…

ベアトリス「ぐぅ…は、放してくださ……い…!」

…数時間後…

ベアトリス「あいたた……きっと明日は身体じゅうアザになってますよ…」

ドロシー「それも訓練の成果さ。それにしても私まで傷をもらっちまうとはね…」ベアトリスが振り回した割れた瓶がかすり、手の甲が少し切れている…

ちせ「ふむ「教えるは学ぶの半ば」と中国の故事にもある…人に教えることで学び直すこともある、ということじゃな」

ドロシー「ほーん…なかなかいい教訓だな……アンジェ、私はもういいか?」

アンジェ「ええ」

ドロシー「さてと…じゃあ今度はちせとアンジェだな」

ちせ「うむ……幸いにしてベアトリスと私は背格好もまあまあ似ておるゆえ、教えやすいはずじゃ」

アンジェ「そういう面もあるでしょうね」近寄った木箱には布が敷いてあり、スティレットやダガーナイフから投げナイフ、はたまた普通の包丁にバターナイフ、ペーパーナイフまで並んでいる…

アンジェ「さてと……」ナイフをひと振り取り上げ、ベアトリスに渡した

ベアトリス「え、えーと」良いマナーのお手本になりそうな持ち方で、ぎこちなくダガーナイフを持っている…

アンジェ「そんな持ち方だとあっという間に弾き飛ばされるわよ」しゅっ…と下からナイフを跳ね上げ、弾き飛ばした

ベアトリス「わわっ…!?」

ちせ「ふむ…日本では「隠密」のような連中は短刀をこう持つそうじゃ」刃を横に寝せて構える…

アンジェ「なるほど…だけどナイフならこの方がいいはずよ」刃を隠すように身体の脇に構え、下から突き上げるような動きをしてみせる

ベアトリス「こうですか?」

アンジェ「ええ……ここに丸めた絨毯があるからやってみなさい」もとは緑色だったらしいが、すっかり色あせているボロ布…とさして大差ない状態の絨毯を壁に立てかけ、支えを置いた

ベアトリス「それじゃあ…行きます!」勢いをつけて下から突き上げるベアトリス

アンジェ「結構」

ちせ「うむ、なかなか良いぞ」

アンジェ「ベアトリス…今度は上から突きたててみなさい」

ベアトリス「はい……やあ…っ!?」

アンジェ「分かったでしょう…その絨毯には木の枝が仕込んであって、上からだと刃が弾かれるように作ってあるの」

ベアトリス「どうしてですか?」

アンジェ「あばら骨は上からの異物は弾きやすいけれど、下から突き上げて来るものには弱い…その人体の構造を模してあるわ」

ちせ「……ふむ、まるで解剖学じゃな」

アンジェ「ええ、そうね」

ベアトリス「なるほど…うー、手がジンジンします……」

アンジェ「実際だったら相手を始末し損ねているでしょうね……絶対に上から刃を突きたてようとはしないこと」

ドロシー「もっとも、ベアトリスは小柄だから相手はかわしにくいし…そう言う面でも有利だよな」

ベアトリス「むぅ…あんまりほめられても嬉しくないですね……」

ドロシー「おいおい、小柄ならナイフを使った格闘で懐に潜りこんで脇の下だとか内腿みたいな急所を突けるし、なによりデカブツよりもちょこまか動けるから有利なんだぞ…どこかの誰かさんみたいにな」

アンジェ「…」

ちせ「…むむ」

ドロシー「おっと、失礼」

アンジェ「こほん…とにかく、狙うのは太い血管のある場所か腱のある場所……非力でも相手に与える影響が大きいわ」

ベアトリス「なるほど…ふぅ……」

アンジェ「今日はこのくらいにして、残りはこの絨毯への攻撃を四十回は行うこと…私たちはその間に他の道具を片づける」

ベアトリス「はい」

………

…別の日…

アンジェ「…さてと、今日から銃器の訓練も始めていくわ」

ベアトリス「こんなところで、ですか?」

アンジェ「ええ」


…アンジェたちがいるのはとある中くらいの鉄工所で、表向きは煙と火花を散らしながら王国の蒸気機関車や自動車向けの鉄板を作っている…が、実際には共和国がダミー会社を通して作った鉄工所で、普段は注文を通して王国の情勢や工業界の情報をスパイしつつ資金を洗浄(ロンダリング)し、工員の中に入っているエージェントや資金係へ「きれいな」活動資金を提供する…そしてもし王国との関係が悪くなったら鉄に混ぜ物をしたり作業を遅らせたりして王国の兵器生産を遅らせ、また使い物にならなくさせる……アンジェたちがここへ来たのは小火器訓練のためで、どうやっても他の音には聞こえない銃声を、鉄工所の騒音に隠してしまおうという「コントロール」の考えで作られた射撃場が地下にあり、レンガの乾いた地下室に、ぼんやりと上の騒音が響いている…


ドロシー「ここなら音も気にしないで済むし、出入りに使える道も数本はあるからな…」ベアトリス用の小型リボルバーを台に置いた

ドロシー「さて、ドロシー先生からベアトリス君に質問だ…銃のもつ一番の利点は何だと思う?」

ベアトリス「えーと……遠くから相手を狙えることですか?」

アンジェ「まぁ、それもあるでしょうね。ちせが刀の達人でも、刃の届く距離よりも遠くから撃たれては喧嘩にならない」

ドロシー「ああ…が、もっと大事な点が一つある」

ベアトリス「何でしょう?」

ドロシー「どんなチビでも巨人みたいな相手を倒せる…ってことさ♪」

アンジェ「…ドロシーの言う通り。だから人によっては銃の事を「イクォライザー」と呼ぶくらいよ」(※equalizer…本来は電圧などの「等圧器」のこと。転じて「勝負を平等(イコール)にするもの」の意)

ドロシー「とはいえ銃も万能じゃない……特に私たちみたいな世界の人間からすると欠点も多々ある。何だと思う?」

ベアトリス「そうですね…大きくてかさばることですか?」

ドロシー「悪くないな。他には?」

ベアトリス「音が大きいこととか…?」

ドロシー「ああ、そいつは最悪の欠点と言ってもいい……こんなに科学が発達しているんだし、そのうちに銃の音を消すような装置が出来たっていいもんだけどな」(※サイレンサーの発明は1900年代頃…実用され始めたのは第二次大戦の頃から)

アンジェ「けれど、それもまだ正解とは言いにくい」

ベアトリス「じゃあ…傷から撃たれたことが分かってしまう、とか?」

ドロシー「そいつはナイフの傷だって同じさ…あるいは毒だってちゃんと調べれば、たいてい盛られたことが分かる」

ベアトリス「むぅ…何でしょうか……分かりません」

アンジェ「まぁそうでしょうね」

ドロシー「なに、構わないさ……正解は「銃は銃にしか見えない」ってことなんだ」

ベアトリス「?」

ドロシー「たとえばナイフならペーパーナイフそっくりに作ったり、スティレットを万年筆に仕込んだっていい…だけど銃だとそうはいかない」

アンジェ「しかも用途は相手を撃つためのもの…さらに一般人は持っていない」

ドロシー「……つまり相手に銃を持っているのを見られたら」

アンジェ「素早く始末しなさい」

ドロシー「そのためには…」

アンジェ「一発目を命中させる必要がある」

ドロシー「そういうこと……それに、もしかしたら一発目を撃った瞬間に汽笛が鳴るかも知れないし、自動車事故で音がかき消されるかもしれない」

アンジェ「もしかしたら空耳と思って素通りしてくれるかもしれない」

ドロシー「そういうこと…だから一発目を当てられるように練習するのさ。それに初弾で相手がやれなくても、どこかに当たっていれば「五体満足」とはいかなくなる」

アンジェ「そうして動きが鈍ったら…」

ドロシー「とどめの一発をズドン…ってわけさ」

アンジェ「じゃあ、装填されている分を撃ってみなさい」

ベアトリス「…はいっ」

ベアトリス「それでは始めますね?」

ドロシー「あいよ。その間に私もいじくった銃をテストしておくかな♪」

アンジェ「まったく…その奇妙きてれつなアイデアの豊富さには頭が下がるわね」

ドロシー「えー、どこがだよ?」

アンジェ「全部よ…私たちのような世界の人間にそんなのが必要かしら?」ドロシーが構えている6インチ長銃身の「ウェブリー・スコット」リボルバーに取り外しのきく木製ストックを付けたピストル・カービン……のようなカスタム銃を指差し、あきれたように首を振った…

ドロシー「もしかしたらいるかもしれないだろ…中距離の精密射撃とか」

アンジェ「…あきれて物も言えないわ」

ドロシー「ちぇっ、いい考えだって言ってくれると思ったんだけどな……トカゲ女にはこの銃の良さは分からなかったか…」

アンジェ「…」パンッ…!

ドロシー「へぇ…射撃の腕は相変わらず大したもんだ♪」バンッ、バン…ッ!

アンジェ「あなたもね……ベアトリス、もう少し腕を真っ直ぐに伸ばしなさい」

ドロシー「そうそう、銃身と的が一直線になっているのが大事なんだ…あんまり照門をのぞきこむのに一生懸命になっちゃダメだぜ?」

ベアトリス「は、はいっ…!」バンッ!

ドロシー「…なかなか上手いもんじゃないか。その調子でもう一回やってみな?」

ベアトリス「はいっ、分かりました…っ♪」

ドロシー「さて、次に取り出しましたるこちらの銃は…♪」

…麻袋の上に乗せてあるのは「リー・エンフィールド」小銃のストックを切り落として銃身の部分も切り詰めたシロモノで、元は人の背丈ほどもありそうな長さの歩兵用ライフルだったものが、三十センチもないくらいの短さになっている…

アンジェ「相変わらずのむちゃくちゃぶりね」

ドロシー「おいおい、何も言わないうちからそれかよ…」

アンジェ「ならメリットを説明してちょうだい?」

ドロシー「へいへい。アンジェなら覚えているだろうけどさ…いつぞやの作戦の時、車に追いかけられたことがあったろ?」

アンジェ「ええ」

ドロシー「あの時は私だったから一発で運転手にぶち込めたけれど、あんな離れ業はそうそうやれるもんじゃないしな…で、これさ」

アンジェ「…これがなんなの?」

ドロシー「見ての通り、リー・エンフィールド小銃をギリギリまで切り詰めたのさ…さすがに.303ブリティッシュの鉛玉を雨あられと喰らったら、どんな車だってひとたまりもないだろ♪」

アンジェ「……どこからそんな発想が出てくるのかしらね」

ドロシー「こいつは新大陸で西部を開拓してるような連中のアイデアさ…長いライフルをいつも背負ってるより、ホルスターに突っこめるこういうのなら持ち運びが便利だってことらしい」

アンジェ「命中率はひどく悪そうね」

ドロシー「なーに、もとより荒事になった時にしか使わないつもりだし、できるだけ箱か何かの上で据え置きにして使うつもりだからな」

アンジェ「…私たちは兵士ではないのだから、そもそも「荒事」にならないように努力すべきね」

ドロシー「まぁな。ま、ちょいと試してみますか…!」バン、バン、バンッ…!

ベアトリス「わぁっ…!?」

アンジェ「なるほど、その早撃ちは大したものね……それこそウェスタンに行けば良かったんじゃないかしら」ボルトの動きが短く速射向きの「リー・エンフィールド」とはいえ素晴らしい速射をみせるドロシーに、あきれつつも眉をあげるアンジェ…

ドロシー「ふふん…お褒めの言葉をどうも♪」

>>179 読んで下さってありがとうございます。引き続き(更新は遅いですが)お付き合いいただければ幸いです……ここ数日涼しいですし、少しは投下するペースも上がると思いますので…


…見て下さっている皆さま方も、疲れがどっと出やすい時期ですので、お身体には気を付けてくださいませ…

…別の日・部室…


ベアトリス「あの、ドロシーさんにアンジェさん……今日の訓練はあれだけですか?」

ドロシー「ああ…あんまり訓練ばっかりだとお前さんも疲れちまうだろうし、何より目つきが鋭くなっていけないからな」

ベアトリス「でも、私は早く姫様をお守りできるようになりたいんです……」

ドロシー「気持ちは分かるが、メリハリって言うのは大事だからな……なぁに、また明日っからビシビシしごき倒してやるよ♪」

アンジェ「そういう事よ…時間もあるし、カードでもやりましょうか」

ドロシー「お、いいね…♪」

ベアトリス「カードですか…私は姫様がお暇な時によく相手をしているので、あまり弱くはないと思いますよ?」

ドロシー「へぇ、それは楽しみだ♪」

アンジェ「カードは良いけれど、何にする?」

ドロシー「うーん…ホイストは人数が足りないし、かといってヴェンテアンはバカでも出来るしな……ポーカーはどうだ?」

アンジェ「なるほど、悪くないわね」

ドロシー「…ベアトリス?」

ベアトリス「いいですよ」

ドロシー「よし、決まりだ♪」

アンジェ「なら用意をするわね」緑色の紗で出来たテーブルクロスを敷き、カードの一揃いを取り出した…

ドロシー「さてと…誰がシャッフルする?」

アンジェ「私の出したカードだから、不正のないように…ベアトリス、あなたがシャッフルしなさい」

ベアトリス「分かりました……はい、出来ましたよ」手札を配り、山札をテーブルの真ん中に置いた…

ドロシー「なぁ…せっかくだし何か賭けようぜ?」

アンジェ「賭けにするのは嫌いよ。純粋に頭脳で楽しめなくなるもの」

ドロシー「それもそうか…ま、ベアトリスもいるしな」まるでベアトリスが小さい女の子か何かのように、噛んで含めたような言い方をするドロシー…

ベアトリス「む……ドロシーさん、それは一体どういう意味ですか?」

ドロシー「いや、別に他意はないさ。ただ……私はベアトリスの実力を知らないし、賭けるものが何にせよ巻き上げちゃ可哀そうだな…って♪」

ベアトリス「あーっ、またそうやって私をバカにして…私だって人並みにカードくらいできますよっ」

ドロシー「いや、だからそう言う意味じゃないって…な?」

ベアトリス「いいえ、何だって賭けようじゃありませんか……アンジェさん、すみませんが賭けにしましょう?」

アンジェ「ふぅ、分かったわ…それじゃあ勝負は一回につき一ペニーで、誰かの負けが一シリングまで行ったら止めにしましょう」

ドロシー「あいよ…えーと、シリング銀貨の手持ちはあったかなー……と♪」

ベアトリス「…むぅ」

アンジェ「それじゃあ私が最初に引くわ」

………

ベアトリス「…これで勝負です!」

ドロシー「あいよ」

アンジェ「ええ…それで、手札は?」

ベアトリス「私はスリーカードですが、お二人は?」

ドロシー「悪いな…フォーカードだ」

アンジェ「ストレート」

ベアトリス「む……分かりましたよ」

アンジェ「いい加減そのくらいで止めておいたら」

ベアトリス「そうやって勝ち逃げする気ですか。そうはいきませんよ?」

ドロシー「って言ってもなぁ……かなり負けが込んでるぜ?」

ベアトリス「むむむ…!」

ドロシー「分かったわかった、もう少しだけ付き合ってやるから」

ベアトリス「…じゃあ引いて下さい」

ドロシー「あいよ……よし、勝負だ♪」

アンジェ「そう。私は降りる…ベアトリスは?」

ベアトリス「むぅ……待ってくださいね…」余裕の笑みを浮かべるドロシーを穴が開くほどじっと見つめて、どうにか気持ちを読み取ろうとする…

ドロシー「ほら、勝負するのかしないのか…どっちだ?」

ベアトリス「…分かりました、降ります」

ドロシー「そうか、ならいただきだな…♪」指でペニー硬貨をはじき上げ、落ちてきた硬貨をパシッとつかまえるドロシー…

ベアトリス「で、手札はどうだったんです?」

ドロシー「…知りたいか?」

ベアトリス「はい」

ドロシー「ブタさ…何にもなし♪」ぱらりと手札を開いてみせる…

ベアトリス「えっ!?」

ドロシー「ふふーん…これだから「ポーカーフェイス」っていうのさ♪」

アンジェ「ドロシーはまだまだだけれど、ね」

ドロシー「私は感受性が豊かなんだ……どこかの冷血動物とは違ってな」

アンジェ「好きなだけ言っていなさい。じゃあ今度は私が…あら、ベアトリスは今ので一シリングに達したようね」

ベアトリス「え?…あ、本当ですね……」

アンジェ「ならこれで「訓練」はおしまいにしましょう」

ベアトリス「むぅ、途中までは結構勝てたんですが…って、訓練?」

ドロシー「ああ、言わなかったっけ?」

ベアトリス「言わなかった……何をです?」

ドロシー「実は今のも訓練だった、ってこと。カードをやりながら表情や捨て札から相手の心理を見抜き、逆にこっちの意図はさとられないようにする読心術の訓練だったのさ♪」

アンジェ「ええ。相手の心を見抜く練習よ」

ベアトリス「じゃあもしかして…」

ドロシー「最初に私が茶化してあおったのもわざとだったのさ……しかしベアトリスはわっかりやすくていいな♪」

アンジェ「まだまだ訓練しないといけないわ」

ドロシー「ま、そういうアンジェも「とあるプリンセス」の事になると目の色が変わるがね…♪」

アンジェ「…」

>>183 見て下さってありがとうございます…そろそろアンジェたちがいちゃいちゃし始める頃ですが、もう少々お待ちください……

…その日の夜・部室…

アンジェ「さぁ、入って」

プリンセス「ええ。 …この時間は寮が静かでいいわね♪」

ベアトリス「そうですね…それはいいんですが、こんな時間にも訓練ですか……」

アンジェ「この世界では二十四時間、常に神経を尖らていないといけないのだから当然よ。それにプリンセス…もちろんベアトリスも、格闘や射撃よりは情報の入手や隠蔽の仕方を覚える方が重要よ……だから、ある程度まとまった時間が取れるこの時間に呼び出したわけ」

プリンセス「……情報の入手と隠蔽…ある意味ではプリンセスの役割に似ているわ」

アンジェ「ええ、そうでしょうね」(…お互いに「プリンセス」の大変さは良く知っているものね)

ベアトリス「それで、何を訓練するんでしょうか?」

アンジェ「まずは情報の入手ね…この部屋に「機密書類」として適当な手紙が数枚隠してあるわ……二人には十分あげるから、探し出してみなさい」

ベアトリス「…十分ですか?」

アンジェ「言っておくけれど、十分は思っているより短いわよ……では、始め」

ベアトリス「えーと…姫様、どうしましょうか?」

プリンセス「そうね……では左半分はわたくしが調べますから、右半分はお願いね?」

ベアトリス「はい、分かりました…っ!」

………



アンジェ「…」

ベアトリス「うーん…ない……ここにもない…」

アンジェ「…」ちょこんと椅子に腰かけて、冷ややかな目でベアトリスとプリンセスを見ている…

プリンセス「んー…あ、あったわ♪」

アンジェ「まずは一枚ね…あと二分よ」

ベアトリス「えぇっ、全然終わりませんよっ!?」

アンジェ「ならもっと手早く探すことね……あと一分」

ベアトリス「うぅ…むぐぐ……!」アンジェが「機密書類」を小さくたたんで、机の脚の下に敷いて隠してあるのではないかと、飾り棚を動かそうとする…

アンジェ「…終了」

プリンセス「ふぅ、自分では結構「スパイ稼業」が板についてきたと思っていたのだけれど……アンジェからしたらまだまだヒヨコのようね?」

アンジェ「ええ、そうね。それでも一枚見つけただけ、もう一匹の「ヒヨコ」よりはマシだけれど…ベアトリス」

ベアトリス「は、はい…」

アンジェ「あなたの目は何を見ているの? 眼科に通った方がいいんじゃないかしら?」

ベアトリス「そんなこと言ったって…全然見つからないんですよ」

アンジェ「じゃあこれは何?」テーブルの上に広げてあった教科書とラテン語の書きとり用紙…に重ねて置いてある「機密書類」をひらひらさせた…

ベアトリス「えっ、そんなところに…!?」

アンジェ「ふぅ…ベアトリス、あなたにはあれだけ人の心理について教えたのに……これでは素人もいい所よ」

ベアトリス「…ごめんなさい」

アンジェ「どんな素人だって、まずは鍵のかかった引き出しや隠し戸棚のありそうな場所を真っ先に探そうとするわ……そもそも、手際よく処分する必要がありそうなものを机の下や鍵のかかった引き出しにしまうとでも?」

プリンセス「言われてみると……私が見つけたのも本棚に軽く挟まっていたわね」

アンジェ「機密書類を隠す時はそういう具合に隠すものよ…ベッドの下なんかに隠したりはしないの」

ベアトリス「でも、棚のカシェット(隠しスペース)は?」

アンジェ「あれは「素人に」秘密を探し出されないためのものよ…例えば愛人からの恋文とか、ちょっとした隠し財産…そんなものを隠すにはいいけれど、玄人には通用しない……そもそもカシェットのある家具は年代やスタイルが限られているし、隠し場所もある程度目安があるから、むしろ慣れた人間は探すのに時間がかからない」

アンジェ「…今度は暗号やメッセージを書く時のコツについてよ……二人とも、座って」

プリンセス「アンジェったら、何だか先生みたいね…♪」

アンジェ「からかわないでちょうだい」

プリンセス「分かっているわ……どうぞ続けて?」

アンジェ「なら…プリンセス、適当に予定を「わからないよう」書き起こしてみて」卓上の便箋をプリンセスの手元に滑らせた

プリンセス「ええ♪」流麗な字体でさらさらと書き上げ、アンジェに渡した…

アンジェ「次はベアトリス。あなたの番よ」

ベアトリス「はい」

アンジェ「…さてと、まず「手紙の中身」うんぬんの前に言っておくことがあるわ」

ベアトリス「何でしょうか…?」

アンジェ「書き物をしたときはその下の紙を、少なくとも数枚は捨てなさい…それも丸めて捨てるのではなく、きっちり灰になるまでランプなり暖炉なりで焼き捨ててしまうこと……いい?」下に敷かれていた便箋を軽く鉛筆でこすると、書いた文字が白いシルエットになって浮かび上がった…

ベアトリス「うわ、はっきり読めますね…」

アンジェ「分かった?」

ベアトリス「はい、分かりました」

アンジェ「結構……では中身の採点にとりかかるわ」

プリンセス「…どうかしら?」

アンジェ「なかなか良く書けているわ……「明日は『茶畑』で畝をつくり、昼過ぎには『アシュレー』、『ディック』、『バーク』、『チャールズ』氏とお茶…夕食後は『北』の舞踏会」…及第点ね。ベアトリス」

ベアトリス「はいっ」

アンジェ「今のを解読してみなさい」

ベアトリス「えーと…『茶畑』は分かりませんが、おそらく学校の事ですよね……『アシュレー』や『ディック』は私たちの頭文字を使って男性の名前にしたものかと思います……最後の『北』の舞踏会は…ごめんなさい、見当もつきません」

アンジェ「よろしい。ただしもう少し頭を働かせることね…『茶畑』は学校の事だけれど、これは制服の緑色が並んで、きっちり列になって授業を受けている様子からね」

プリンセス「ええ」

アンジェ「人名はベアトリスの言った通り私たちの名前をもじったもの…『北』の舞踏会はホークスリー卿のことね」

プリンセス「当たりよ、アンジェ♪」

ベアトリス「……なんでホークスリー卿が「北」なんですか?」

アンジェ「大鼻のホークスリー卿を『鼻』(nose)と『北』(north)で掛け言葉にしたのね…どう?」

プリンセス「ええ、正解♪」

ベアトリス「あぁ…なるほど……」

アンジェ「お次はベアトリス、あなたのよ…「午前中は『S』で過ごす…昼下がりには『鹿』と『天使』、『お人形さん』とお茶会を開く……夕方からは『鹿』のお世話をし、夜には『天使』からオリーヴの枝を受け取る……一見するとおとぎ話の好きな子供が書いた可愛い文章に見えるし、なかなか悪くないわ」

ベアトリス「そ、そうでしょうか///」

アンジェ「そういう性格や身の丈に合った文章で暗号が書けると、読まれても違和感がないからいいわ…プリンセス、この暗号は解ける?」

プリンセス「やってみるわね……えーと、『S』は学校(school)……で、アンジェが『天使』(angel)ね…」

アンジェ「少し安直だけれど、始めた段階だからまぁいいでしょう…他は?」

プリンセス「うーん…あ、ドロシーさんが『お人形さん』ね?」

アンジェ「そうね…ドリー(Dolly…ドロシーの愛称)から『お人形さん』(doll)と言いたいのでしょう…どう、ベアトリス?」

ベアトリス「あ、はい……ドロシーさんは『お人形さん』には見えませんし、二重の意味で暗号にいいかな…って」

…ドロシーの私室…

ドロシー「……えっくし!」

………

アンジェ「で、プリンセスが「大事な人」(dear)だけに『鹿』(deer)…なかなか大胆な告白ね、ベアトリス」

ベアトリス「///」

プリンセス「あら…♪」

アンジェ「まぁいいわ…で、「白鳩」の訓練だから『オリーヴの枝』(※聖書「ノアの方舟」から)と……なかなか上手いものよ」

アンジェ「さて次は…「情報の引き出し方」ね……」

ベアトリス「引き出し方、ですか」

プリンセス「つまり会話術…って言う事かしら?」

アンジェ「それもあるわ。他にも脅迫、懐柔、情に訴える……相手次第でやり方はさまざまね」

ベアトリス「それで、今日はどれを学ぶんですか?」

アンジェ「そうね…そこは一番成果を上げやすい「ピロートーク」(ベッドでの仲睦まじいおしゃべり)かしら」

プリンセス「まぁ…♪」

ベアトリス「///」

アンジェ「ピロートークともなれば、だいたいがベッドで二人きり…しかもその前に「秘密の関係」を持ったともなれば、誰だって舌が滑らかになるものよ……」

ベアトリス「そ、そんなこと言ったって…!」

アンジェ「別に恥ずかしがることはないわ…任務だもの」

ベアトリス「で、でも…///」

アンジェ「もっとも……あなたみたいな純粋な娘はすれっからしの貴族娘なんかには受けがいいわ。大事にしておきなさい、ベアトリス」少しだけ微笑みかけた…

プリンセス「アンジェ、こればかりは私には縁がなさそうね?」

アンジェ「でもないわ…プリンセスが無邪気な様子でベッドに連れ込んで、そばでベアトリスが聞き耳を立てたっていい」

ベアトリス「…っ」

アンジェ「言いたいことは分かるわ、ベアトリス…私も最初の時は、しばらく自分が薄汚れた気分になったもの……」

ベアトリス「いえ、私はいいんですよ…でも姫様に…」

アンジェ「だからこそよ。プリンセスとお付き合いするような連中なら何かしら特別な情報を持っている……いわば「金の卵を産むガチョウ」よ」

プリンセス「でもそんな情報源だと、私から漏れたことが分かってしまうのではないかしら?」

アンジェ「ふふ、鋭いわね……別に情報って言うのは、必ずしも新しい物を仕入れるばかりが能じゃないわ…裏付けだって大事だし、必ずしもすぐに使うわけでもない……「金の卵が孵る」よう、手元で温めてやることもあるわ」

プリンセス「難しいのね」

アンジェ「そうね…だけど私たちの立場でそこまで考える必要はない。せいぜいコントロールが頭を抱えて悩めばいい話よ」

ベアトリス「あの、それで「訓練」…って///」

アンジェ「…私がどこかの貴族令嬢か何かの役をやるから、二人がかりで私を「愉しませて」みなさい……それが済んだらいろいろ話しかけて、何か情報を引き出してみること」

ベアトリス「そ、そんなこと…っ///」

アンジェ「できないとは言わせないわ……だいたい、私だって好きでこんな色情狂みたいな真似がしたいわけじゃない」

ベアトリス「で、ですよね…ごめんなさい」

アンジェ「謝らなくていいわ。それに、私に出来ることが貴女にできないとも思えない」

ベアトリス「……そ、そうですか?」さりげない口調でアンジェにおだてられ、頬を赤くするベアトリス…

プリンセス「でも…ちょっと恥ずかしいわね、アンジェ?」

アンジェ「私もよ、プリンセス……でも練習だから仕方ない。いろいろ試してみてちょうだい」

プリンセス「そう…そうね」(…ふふ、アンジェの弱い所を調べるいい機会になりそうね♪)

アンジェ「じゃあ寝室でベッドに座って、たわいないおしゃべりをするところから……」

復活おめでとうございます…また時々投下していくので、なにとぞお付き合いください

プリンセス「…ふふっ、それで?」ベッドの上でたわいないおしゃべりに興じる三人…そしてアンジェはいつもの冷めたような態度ではなく、貴族令嬢らしい気位の高さをかもしだしている…

アンジェ「ええ、わたくしはこう言って差し上げたのです…「貴女に興味はありません」と」

プリンセス「まぁ、おかしい♪ …ですが、貴女もお付き合いしている方などいらっしゃるのでしょう?」

アンジェ「ならよいのですが、わたくしは家の者が厳しくて…少なくとも伯爵令嬢以上でないと門前払いですの」

プリンセス「まぁ…では今までよい縁談はなかったのですか?」

アンジェ「ええ。 …わたくしだっていい年頃ですし、このままオールドミスになるのは嫌ですわ」

プリンセス「…とはいえ家の方がよいご婦人を紹介してくれないのでは、難しいですわね?」

アンジェ「そうなんですの……それに結婚までとは言わずとも、わたくしとて「一人の女」として誰かに愛されてみたいですわ///」

プリンセス「……なら、わたくしで試してみてはいかが?」

ベアトリス「!?」

アンジェ「そんな、おそれ多いことですわ…!」

プリンセス「ふふ、大丈夫…内緒にしておいてあげますから♪」

アンジェ「…本当に?」

プリンセス「ええ。わたくしとて、ときおり身体が火照って仕方ない時がありますもの…ね?」

アンジェ「で、でしたら…お相手をお願いいたしますわ」

プリンセス「ふふっ、これは二人だけの秘密ですよ……ちゅっ///」

アンジェ「んっ、ん…んむっ、ちゅぅ……///」

プリンセス「んっ、ふ…んくっ、ちゅぅぅ……れろっ、ちゅぅ♪」

アンジェ「んふっ、んっ……んぅぅ、ぷは…っ///」

プリンセス「…ふふ、今度はベアトも交ぜてすることに致しましょう♪」

アンジェ「そ、そんなはしたない事…きゃあ!?」

プリンセス「案ずることはありませんよ…護衛は控えの間にいるだけですし、あの分厚い扉なら音も漏れませんわ♪」

アンジェ「そ、そうではなくて……んくっ!?」ちゅるっ、にゅる…ちゅぽ……っ♪

プリンセス「…ぷは♪」

アンジェ「はぁ、はぁ……プリンセスが、わたくひに…こんな……///」

プリンセス「ふふ…では、失礼して……♪」とんっ…とアンジェをベッドに突き倒すと四つん這いの姿勢で近寄っていき、胸元のデコルテに手を差し入ると柔らかな乳房を揉みしだく…

アンジェ「んっ、はぁぁ…っ///」

プリンセス「ベアト、よかったら貴女も♪」

ベアトリス「はい、姫様…ちゅぅ、んちゅ……ちゅぅぅ///」脇から顔を近づけ、そっと唇を沈めていく…

アンジェ「んぅぅ……あむっ、ちゅぅ…ちゅむ……///」

プリンセス「あら、先端が固くなって…気持ちいいのかしら♪」

アンジェ「んむぅ…むぅ///」

プリンセス「あらあら。唇をふさがれているから、何を言っているか分からないわね…♪」

アンジェ「んっ、んっ…んっ、んぅぅ…っ!」

プリンセス「ふふ、「びくんっ」って身体が跳ね上がって…まるでお魚のようね」

アンジェ「ぷはぁ…はぁ、はぁ……♪」

ベアトリス「アンジェ様…お口の中、とっても熱くてよろしかったですよ♪」

プリンセス「ふふ、それじゃあ今度は身体の方を……ね、ベアト♪」そう言いながら小机の上に置いてあった羽根の扇をそっと差し示し、目配せをした…

ベアトリス「…はい♪」

スレ復活後の投下が早くて嬉しい

>>191 こちらこそ、早々にコメント下さって嬉しいです…サーバーダウンの間、次の回のあらすじとシチュエーションだけは多少考えておりましので、この回が終わったら少しだけ投下が早くなる……かもしれません

プリンセス「それじゃあ脱がせてあげます…ね♪」

アンジェ「ふぁぁ…っ、あぁ…っ///」

プリンセス「ふふ、白くて柔らかくて……まるで陶器のような肌ね♪」

ベアトリス「…姫様」

プリンセス「…準備できた?」

ベアトリス「…はい♪」

アンジェ「何の内緒話をなさっているの…っ、早く、わたくしを……っ///」

プリンセス「ふふ、焦らないで…♪」たたんだままの洋扇で、さわさわと脇を撫で上げる…

アンジェ「んっ、あふっ…何を……っ!?」

プリンセス「ふふ…ベアトも、アンジェさんを撫でてあげて?」

ベアトリス「はいっ♪」足指の間に羽根の飾り物を滑らせてくすぐる…

アンジェ「あっひゃぁぁ!? ひうっ、ひぃぃ…んっ///」

プリンセス「ふふ、弱いのはここかしら…それとも、こっちかしら?」

アンジェ「ひぅぅんっ、あひぃぃっ…はひっ、くすぐった……はひゃぁぁっ///」

プリンセス「んー、やっぱり脇腹が一番みたいね♪」

アンジェ「やめ…ひぃぃっ! これ以上…っ…はひゃあっ……くすぐられたら…ひぃぃ…っ、息が……あひぃぃっ///」

ベアトリス「…」

プリンセス「どうかしたの、ベアト?」

ベアトリス「……アンジェさんの身悶えている様子…癖になりそうです///」

プリンセス「ふふ、ベアトもアンジェの可愛い所が分かったみたいね…そうねぇ、ここがいいかしら?」

アンジェ「いっ、あぁぁっ…ひぐぅぅっ、ひゃあぁっ!」

プリンセス「んふふっ…それじゃあ今度は舌で直接……♪」

アンジェ「あっ、ひぅぅ…っ♪」とろ…っ♪

ベアトリス「…じゃあ私は反対側を……れろっ♪」

アンジェ「ひっ、んあ゛ぁぁ…っ!!」びくっ、びくんっ…!

プリンセス「ふふふ…こんなに先端を堅くして……あむっ♪」こりっ…♪

アンジェ「ひっ、あはぁぁ…っ!?」ぷしゃぁぁ…っ♪

ベアトリス「わぁ、姫様がまたがっているのに身体が浮き上がりましたよ…そんなに気持ちいいですか、アンジェ・さ・ん?」

アンジェ「はひゃぁぁっ、ひぃぃっ…はひゅっ、はひっ♪」

プリンセス「このままだと窒息してしまうわね…しばらく息を吸わせてあげましょう♪」

ベアトリス「はい」

プリンセス「さぁアンジェ…好きなだけ息をしていいのよ?」

アンジェ「はひっ、ふぅ、はぁ…」

プリンセス「…ただし、私から「間接的に」だけれど♪」あむっ…ちゅぅぅっ♪

アンジェ「んふぅっ!?」

プリンセス「んっ…ふー♪」

アンジェ「ぷはぁ…けほ、こほっ!」

プリンセス「どうかしら…私の吐息は?」

アンジェ「はふぅ、ふぅ……はぁ、はぁ、はぁ…///」

プリンセス「あらあら、返事も出来ないほど?」

ベアトリス「それだけ姫様が良かったんですよ…きっと♪」

プリンセス「あら、ベアトったら嬉しい事を言ってくれるわね♪」

………

…廊下…

ドロシー「ふわぁ、道具の手入れもしたし後は寝るだけだ…な?」

ドロシー「…何か喘ぎ声が聞こえるな……」鍵穴からそっと中を覗き込む…

アンジェ「あっ、あんっ…ひぐぅぅっ!」

ベアトリス「あーあ、こんなにぐしょぐしょに濡らしちゃって…アンジェさんも普段冷静な割にはいやらしいんですね♪」

プリンセス「ふふっ。ダメよベアト…あくまでも最初に決めた「貴族令嬢の口をゆるくする」ためのお芝居を続けないと♪」

ベアトリス「はい、姫様♪」

ドロシー「……おいおい、嘘だろ? あのアンジェがいいようにもてあそばれてやがる…こりゃ明日は雨だな…」

ちせ「…ドロシーどの、そんなところで一体どうしたのじゃ?」

ドロシー「ちせか…まぁ見てみろよ。ちょっと「刺激は強め」ってやつだが♪」

ちせ「?」

ドロシー「ほら、代わってやるから…」

ちせ「かたじけない。しかしドロシーどのをそこまで興がらせるような事とは……っ!?」

ドロシー「な?」

ちせ「こ、これは確かに刺激的じゃな…///」

ドロシー「…アンジェのあんなとろけた顔を見られる機会なんて、隕石に当たるより少ないからな……よく見ておけよ?」

ちせ「う、うむ…それにしても……」

ドロシー「おー…可愛い顔してベアトリスも意外とえげつない事をするじゃないか♪」

ちせ「あ、あれは……指が二本は入っておるぞ?」

ドロシー「ああ…もっとも、ベアトリスの指なら細いから三本はいけるだろうが……あのぎこちない感じもたまらないよな♪」

ちせ「///」

ドロシー「……のぞいていたら私までおかしな気分になってきた……ちせ、ちょっと付き合わないか?」

ちせ「…あ、あんなことをするのか?」

ドロシー「なに、あそこまで変態じゃないさ…な、いいだろ?」

ちせ「そ、そうじゃな……たまには二人で寝るのも好いかもしれぬ…///」

ドロシー「それじゃあ行こうぜ……にしてもちせ、お前…もうすっかりとろとろじゃないか♪」くちゅ…っ♪

ちせ「み、みなまで申すな…///」

ドロシー「なぁに、気にするなって……今夜は一晩中、翼なしで空を飛ばせてやるよ♪」

ちせ「…白鳩だけに、か?」

ドロシー「ははっ、そりゃまたずいぶんとただれた白鳩だな…まぁいいか♪」ちせの腰に手を回すドロシー

ちせ「う、うむ…///」もじもじと内腿をこすり合わせ、顔を赤らめる…

ドロシー「ふーん、ふーふーん…これで明日っからアンジェをおちょくるネタが出来たな♪」

プリンセス「……あら、どうしたのアンジェ?」

ベアトリス「あははっ、もう反応も出来なくなっちゃいましたぁ?」

アンジェ「…い、いえ……んっ、くぅぅ///」(…ドロシー、間違いなくのぞいていたわね……私が絶頂しているからって気づかないと思ったら大間違いよ…)

プリンセス「?」

ベアトリス「ほら、姫様もぼーっとしていないで…アンジェさんをもっとよがらせちゃいましょうよ♪」

プリンセス「あ、あぁ…そうね♪」


………

…case・ドロシー×ベアトリス「The Sweet whisper」(甘いささやき)…

…ある日・部室…

ドロシー「…なぁアンジェ、今回のは上物だぜ?」

アンジェ「そうね…だとしてもあまりくすねるのは止めておきなさい」

ドロシー「なんだよ。ちょうど切らしてたところだし、少しくらいちょろまかしたっていいじゃないか…どうもこいつを切らすと頭の回りが遅くなって仕方ないんだ」

アンジェ「だからと言ってとり過ぎると身体に毒よ」

ドロシー「へいへい、分かってますって…それにしてもこいつは結晶もきれいだし、そこらの物とは純度が違うな」

アンジェ「そうね、最近は精製の悪い物が多く出回っているから…珍しいわ」

ドロシー「だな…どれどれ」指先を軽く湿らせると白く細かい結晶に触れ、舌先にのせる…

ドロシー「ん、んーっ…こりゃ上物だ♪ …アンジェも少し試してみろよ?」

アンジェ「結構よ…貴女みたいに中毒したくないわ」

ドロシー「へっ、中毒とはおっしゃいますね」

アンジェ「機会さえあればそうやっているんだもの…「中毒」っていう言い方が一番ぴったりよ」

ドロシー「相変わらず可愛い顔して容赦ないな」

アンジェ「当然でしょう。別に私たちのものじゃないのよ」

ドロシー「なぁに、どのみちそうなるって…だいたいポーツマスの港で荷揚げしてここまで持ってきておきながら「壁の監視が厳しくなったからモノが動かせなくなって宙に浮いた」なんて、マヌケもいい所じゃないか」

アンジェ「まぁそうね。でも近頃はフランスからコニャックやシャンパン、レース生地だとかを密輸入する業者が多いし、それに相乗りする形でフランスのスパイが次々とロンドンに潜入してきているから…自然と王国の警備も厳しくなってきているのよ」

ドロシー「ああ…にしたってさ」

アンジェ「…どっちにしてもこの一袋はあなたが全部「味見」してしまうでしょうね」

ドロシー「はは、かもな…でもベアトリスやちせだってこいつがお気に入りなんだぜ?」

アンジェ「お願いだから過剰摂取だけはさせないようにね」

ドロシー「なぁに、あの二人の使い方なんて可愛いものさ…ま、何はともあれ今度の「お茶会」の時は遠慮せずに使えるけどな」

アンジェ「ふぅ…私はあんまり好きじゃないわ」

ドロシー「はは、いかにもアンジェらしいな。 …私は貧乏暮らしだったからさ、この「白い方」は滅多にお目にかかれなくてね……いつか上流階級の仲間入りでもしたら、それこそ浴びるように使ってやろうと思ってたのさ」

アンジェ「…で、ご感想は?」

ドロシー「最高だね♪」

アンジェ「まったく……白砂糖一つでそんなに愉快になれるのは貴女くらいなものよ?」

ドロシー「だってさ、一ポンドの袋でひとつ、ふたつ、みっつ…二ダースはあるんだぜ、これで笑いが止まらない方がおかしいってもんだ」

アンジェ「全く、あなたと一緒にいると毎日が愉快でいいわ…」

ドロシー「お褒めにあずかりどうも。 …しかしこの砂糖袋の山、一体どこに隠すかねぇ」

アンジェ「砂糖を舐めて頭の回りが良くなったんでしょう…少しは考えてみたら?」

ドロシー「それが思いつかないから困ってるのさ。ここにあったんじゃあ邪魔で仕方ないし」

アンジェ「先に言っておくけれど、ネスト(拠点)に置くのは却下よ」

ドロシー「そりゃそうだろうさ…ネストがネズ公のネスト(巣)になっちゃ困る」

アンジェ「結局はこの辺りに置くしかないわね…とりあえず全員の部屋に数袋ずつ分けておくことにしましょう」

ドロシー「だな。ちなみに隠し棚の…」

アンジェ「却下」

ドロシー「おい、まだ何も言ってないだろ」

アンジェ「隠し棚にそんなスペースはないわ…貴女もよく知っているでしょう」

ドロシー「そりゃそうだが、薬包サイズの小分けにしたらしまえるんじゃないか…って」

アンジェ「紛らわしいから駄目よ。それにそもそも包み紙がないわ」

ドロシー「あー、言われてみれば…」

アンジェ「とにかく、消費することに関しては貴女に任せておけば良さそうね」

ドロシー「ああ、任せておけよ。それじゃあしまう前にもうひと舐め…っと♪」

アンジェ「…」

………

白い粉..おくすり..委員長..
リク出来ればファーム時代に女教官から「プロの尋問」に耐える訓練を受けるアンジェ

>>197 …委員長は浮かばれないキャラだったので、そのうちにファーム時代のドロシーとで楽しげなエピソードを入れてあげたいですね。あと、リクエストの方は承りました…みなさんクールなアンジェがとろっとろになるの好きですよね(笑)

…また、そのうちに夢オチみたいな小ネタでドロシー×ガゼルの尋問でもやろうかとは思っています…あとは途中で出てきた目つきの悪いエージェント(名前が出てこない…)を「白鳩」全員でめちゃくちゃにするとか…


…ちなみにリクエストは(あんまり残酷なのとかはNGですが…)時間こそかかりますが、頂いたものは書きますので…お待ちください

…別の日…

アンジェ「さてと…今回の任務は、王国外務省の機密書類を手に入れる事よ」

ドロシー「ふーん?」

アンジェ「中身は王国にとって「疑わしき人物」のリスト…こちらからすれば、あちらの目に止まっているエージェントを知りうる貴重な書類ね」

ドロシー「なるほど…とりあえずはそれを盗み出せばいいんだな?」

アンジェ「その通り。 …とはいえ外務省に忍び込むとなると一筋縄ではいかない」

ちせ「確かにそうじゃな」

アンジェ「それに管理の行き届いている外務省から公文書を盗み出したりしたら、あっという間にこちらの目的が筒抜けになってしまう…それではやぶ蛇よ」

ドロシー「ああ。それこそ『大間抜け』ってやつだ」

アンジェ「そうね…けれど、一つ手がある」

プリンセス「そうなの?」

アンジェ「ええ…王国外務省はロンドンの本省と、リヴァプール、カンタベリー、ドーバー、ポーツマス、ウェイマスといった港町にそれぞれ出先機関を持っているわ…そしてそうした出先機関へは、王国にとって不都合な人間や積荷を水際で押さえるために、本省から数日ごとに更新される「ブラックリスト」の写しが送られている」

ドロシー「そいつをいただくのか?」

アンジェ「そういう事よ…ただし、これも簡単という訳ではないわ」

ドロシー「だろうな」

アンジェ「まず、機密文書の送付はいつなのか。もっとも、これは王国側に潜りこんでいる低レベルのエージェントでも探り出せる…何しろ機密情報を運べるほど信頼されているアタッシェ(伝達吏)は外務省と言えどもそう多くない」

ドロシー「なるほど…ちょいと事務室をのぞきこめば分かるわけだ」

アンジェ「ええ。だけど問題はそれだけじゃない」

ちせ「護衛じゃな?」

アンジェ「その通り…ちなみに護衛につくのは四人乗りのロールス・ロイスかマーモン・ヘリントンの乗用車が一台。たいていは防諜部のエージェントだけれど、時々スコットランド・ヤード(ロンドン警視庁)の「スペシャル・ブランチ」(特別部)から私服が派遣されることもあるそうよ」

ドロシー「なるほど…こっちが本気でやるなら始末できない相手じゃない。とはいえ騒ぎを起こして奪い取るのはスマートじゃない…ってところか?」

アンジェ「ええ」

ドロシー「じゃあどうする…出先機関に忍び込むか?」

アンジェ「本来なら、それが一番いい手になるでしょうね…」

ドロシー「…何だか気に入らないような口ぶりだな」

アンジェ「ええ…警備の甘い出先機関に忍び込むのは一見すると悪くない案だけれど、問題は王国防諜部も同じことを思いつくだろう…ってところね」

ドロシー「まぁ連中もそれで飯を食ってるんだもんな…そうなると別の手が必要なわけか」

アンジェ「ええ…今日はそれを考えるために集まってもらったの」

ドロシー「なるほど、じゃあ一つみんなで頭をひねろうぜ?」

………



ドロシー「よし、それじゃあまとめるとこうなるな…あっという間に御用になっちまうから、外務省本省に忍び込むのは論外」

ベアトリス「そうですね」

ドロシー「…かといってあちこちにある外務省の事務所を狙うのは見え透いている…防諜部に秘密警察、スペシャル・ブランチ……まぁ何でもいいが、とにかく私たちの天敵みたいな連中が歓迎委員会をこさえて、手ぐすね引いて待っているわけだ」

ちせ「うむ」

ドロシー「となると、残された手段は文書便の車列…ってことになるよな」

アンジェ「そうなるわね。ただしそれも荒っぽい手段ではなくて、離脱するまで相手にさとられることなしに…よ」

ドロシー「さぁ難しくなってきたぞ……護衛車は一台きりとは言え、それをどうやってアタッシェの乗った車と分離させるかだな…」皿の上にあるきゅうりのサンドウィッチを二つ並べて車列に見立てると、あごに手をあてた…

アンジェ「そう、それもできれば工作だと思われないような手段でやりたいわね」

ドロシー「難しいな……だけどできないレベルじゃない」

アンジェ「ええ」

ベアトリス「やっぱり車に細工をする必要があるんでしょうか…」

ドロシー「ああ。だけど細工をするにしてもすぐばれるようじゃ駄目だし、何より外務省を出てすぐに停まってもらっちゃ困る……できれば目的地のすぐそばで、混みあっている街中がいい」

アンジェ「そうね」

ベアトリス「うーん…だとしたらどうすれば……」

ドロシー「事故に見せかけて護衛車を止めるか?」クローテッドクリームのたっぷりついたスコーンを、サンドウィッチの間に割り込ませた…

アンジェ「いいえ、衝突させるのはなしよ……あ、ちょっと待って」

ドロシー「どうした?」

アンジェ「…そのクローテッドクリーム」

ドロシー「クリームがどうした?」

アンジェ「それよ、その手を使いましょう」

ドロシー「おいおい。一人で納得してないで、なんのことだか説明してくれよ」

アンジェ「分かっているわ…ドロシー、外務省の出先機関があるのはどんな所?」

ドロシー「そうだな…ドーバーにカンタベリー、ポーツマス……どこも港町だ」

アンジェ「そう、外務省の出先機関があるのはどこも港町…これはいいわね?」

ドロシー「ああ」

アンジェ「そうした港町に多く住んでいるのは?」

ドロシー「あー、たいていは地元の漁師か市場の競り人、行商の連中…船絡みの日雇い労働者に、魚の切れっぱしでどうにか食いつないでいる貧乏人、あるいはそんなのを相手にしている安っぽいパブ(居酒屋)の連中…近頃じゃあ中国人の苦力なんかもいるよな」

(※苦力(クーリー)…たいてい中国人の「荷運び人」を意味するが現在は差別的用語…が、舞台が十九世紀末なので当時の表現として用いる)

アンジェ「結構。それじゃあいま言った漁師や労働者…共通点は?」

ドロシー「そりゃあ、誰もかれも教会のネズミみたいに貧乏ってことさ…なんだ、金でも撒いて車列を襲わせるか?」

アンジェ「惜しいわね…お金を使うところまでは同じよ」

ドロシー「ほう?」

アンジェ「ドロシー、昨日のイワシ相場は?」

ドロシー「ロンドンで一ポンドあたり三ペンスってところだ、浜値ならもっと安い…なんだ、魚屋に商売替えか?」

アンジェ「そうなるかもしれないわ」

ベアトリス「あの…話が見えてこないんですが」

ドロシー「いや、待てよ…アンジェ、お前まさか」

アンジェ「ええ」

ドロシー「なるほどなぁ……いやはや、そいつは冴えてるぜ♪」

ベアトリス「あ、あの…だからどういう……?」

ドロシー「おいおい、せっかくなんだから頭を使って考えてみろよ…な、アンジェ?」

アンジェ「ええ…思考能力の訓練になるわ」

ドロシー「あと十秒で分からなかったら、スコーンは私がいただくからな♪」

ベアトリス「えー!?」

プリンセス「あ、分かったわ…♪」小声で耳元にささやきかける…

アンジェ「…そう、正解よ」

ちせ「ふむ……ではあるまいか?」

ドロシー「おっ、その通りさ…さて、十秒たったな」

ベアトリス「ち、ちょっと待って下さいよぉ!」

アンジェ「まぁいいわ…とにかく思いついたことを言ってみなさい?」

ベアトリス「え、えーと……私たちの誰かが魚を運んでいる馬車を転覆させて、護衛車を足止めする…でしょうか///」

ドロシー「……ふぅ」

ベアトリス「や、やっぱり違いますよね…」

ドロシー「ああ。だけど細工をするにしてもすぐばれるようじゃ駄目だし、何より外務省を出てすぐに停まってもらっちゃ困る……できれば目的地のすぐそばで、混みあっている街中がいい」

アンジェ「そうね」

ベアトリス「うーん…だとしたらどうすれば……」

ドロシー「事故に見せかけて護衛車を止めるか?」クローテッドクリームのたっぷりついたスコーンを、サンドウィッチの間に割り込ませた…

アンジェ「いいえ、衝突させるのはなしよ……あ、ちょっと待って」

ドロシー「どうした?」

アンジェ「…そのクローテッドクリーム」

ドロシー「クリームがどうした?」

アンジェ「それよ、その手を使いましょう」

ドロシー「おいおい。一人で納得してないで、なんのことだか説明してくれよ」

アンジェ「分かっているわ…ドロシー、外務省の出先機関があるのはどんな所?」

ドロシー「そうだな…ドーバーにカンタベリー、ポーツマス……どこも港町だ」

アンジェ「そう、外務省の出先機関があるのはどこも港町…これはいいわね?」

ドロシー「ああ」

アンジェ「そうした港町に多く住んでいるのは?」

ドロシー「あー、たいていは地元の漁師か市場の競り人、行商の連中…船絡みの日雇い労働者に、魚の切れっぱしでどうにか食いつないでいる貧乏人、あるいはそんなのを相手にしている安っぽいパブ(居酒屋)の連中…近頃じゃあ中国人の苦力なんかもいるよな」

(※苦力(クーリー)…たいてい中国人の「荷運び人」を意味するが現在は差別的用語…が、舞台が十九世紀末なので当時の表現として用いる)

アンジェ「結構。それじゃあいま言った漁師や労働者…共通点は?」

ドロシー「そりゃあ、誰もかれも教会のネズミみたいに貧乏ってことさ…なんだ、金でも撒いて車列を襲わせるか?」

アンジェ「惜しいわね…お金を使うところまでは同じよ」

ドロシー「ほう?」

アンジェ「ドロシー、昨日のイワシ相場は?」

ドロシー「ロンドンで一ポンドあたり三ペンスってところだ、浜値ならもっと安い…なんだ、魚屋に商売替えか?」

アンジェ「そうなるかもしれないわ」

ベアトリス「あの…話が見えてこないんですが」

ドロシー「いや、待てよ…アンジェ、お前まさか」

アンジェ「ええ」

ドロシー「なるほどなぁ……いやはや、そいつは冴えてるぜ♪」

ベアトリス「あ、あの…だからどういう……?」

ドロシー「おいおい、せっかくなんだから頭を使って考えてみろよ…な、アンジェ?」

アンジェ「ええ…思考能力の訓練になるわ」

ドロシー「あと十秒で分からなかったら、スコーンは私がいただくからな♪」

ベアトリス「えー!?」

プリンセス「あ、分かったわ…♪」小声で耳元にささやきかける…

アンジェ「…そう、正解よ」

ちせ「ふむ……ではあるまいか?」

ドロシー「おっ、その通りさ…さて、十秒たったな」

ベアトリス「ち、ちょっと待って下さいよぉ!」

アンジェ「まぁいいわ…とにかく思いついたことを言ってみなさい?」

ベアトリス「え、えーと……私たちの誰かが魚を運んでいる馬車を転覆させて、護衛車を足止めする…でしょうか///」

ドロシー「……ふぅ」

ベアトリス「や、やっぱり違いますよね…」

…なぜか連投になってしまいました……どうぞ片方は無視して下さい

ドロシー「…ベアトリスもちゃんと分かってるじゃないか♪」

ベアトリス「え…正解ですか?」

アンジェ「ええ」

ドロシー「よくできました…そぉら、ご褒美だぞ♪」スコーンを押し付け、ついでにクローテッドクリームをたっぷりと付ける…と、クリームが鼻の頭にまでついた…

ベアトリス「うっぷ…何するんですかっ」

ちせ「鼻先に付いておるな」

ドロシー「おっとと、悪い悪い…♪」指でしゃくって舐める…

ベアトリス「も、もう///」

アンジェ「…続きをいいかしら?」

ドロシー「ああ…もっとも「荷馬車を転覆させたらそれで終わり」って訳じゃない♪」

アンジェ「その通り…たちまち貧しい人たちが散らばった魚に群がって、大変な騒ぎになるでしょうね」

ドロシー「そうなったら防諜部のエージェントでも抜け出すのには時間がかかるだろう…って言うのは、火を見るより明らかだよな♪」

プリンセス「でも、護衛車が足止めされても肝心のアタッシェが事務所に滑り込んでしまったら…」

アンジェ「…そこで必要なのがこれよ」砂糖入れのスプーンを取り上げると、まるで砂時計の砂のようにサラサラと砂糖を戻した…

…作戦決行日の朝・外務省…

外務省職員A「グ・モーニン、チャーリー」

外務省職員B「モーニン…調子はどうだい?」

職員A「まぁまぁさ……そっちも朝からお疲れさん」

職員B「どうも…何しろ防諜部から山ほどリストが送られてくるもんでね、休む暇もなしさ」

職員A「大変だな…また密輸業者かい?」

職員B「ああ、フランスからコニャックを密輸している奴らがいるらしい…何でもドーバーの漁師がフランス側の用意したはえ縄にくくりつけてある酒瓶を沖で「漁獲」して、船倉に隠して持ち込むんだそうだ」

職員A「ふぅん…それが例の「瓶釣り」ってやつか」

職員B「ああ。それにしたってこんな分厚いリストを数日ごと作って送って来るんだぞ…防諜部の連中は本当に人間なのかね?」

職員A「もしかしたら連中はみんな人間のふりをした自動機械とか、そういうやつなのかもな…もしよかったら、小腹ふさぎに屋台のミートパイか何か買ってきてやろうか?」

職員B「ありがたいね……あ、それじゃあついでに頼みが」

職員A「ああ、なんだい?」

職員B「買いに行くときに控え室に寄って、パーカーたちに文書便の準備をするように声をかけておいてくれ…朝は港が混雑するから、昼ごろにエンバンクメント(運河)ルートで出す予定だとね」

職員A「分かった、伝えておくよ…それじゃあ」

職員B「ああ……本当に秘書がもう二人は欲しいよ、全く」

………

…数分後・外務省そばの公園…

職員A「…ミートパイを四つくれ」

行商人「へい」

職員A「いくらだ?」

行商人「八ペンスでさ」

職員A「そうか。釣りはいいよ、とっておきな……第二のルートだ」

行商人「へい…ありがとうございやす、旦那!」…行商のパイ売りは機嫌よく小銭を二回はじきあげて、ぱしっと手で捕まえた…

ベンチに腰かけている紳士「…」それを見て、朝刊を読みながらパイプをふかしていた紳士が同じページを二回ひらひらさせた…

通行人「…第二のルートだぞ」

ご用聞き「了解」

…ロンドン市内・テムズ川沿いのネスト(拠点)…

ドロシー「連絡が入った…第二のルートだとさ」

アンジェ「結構。それじゃあ分かっているわね?」

ドロシー「ああ、任せておけ」

ちせ「うむ」

ベアトリス「はい、でも本当にうまく行くでしょうか…?」

アンジェ「うまく行くかどうかじゃないわ…うまくやるのよ」

ドロシー「だな…それじゃあ取りかかろうぜ」

…外務省・駐車場…

中堅職員「ようティミー、また運転か?」

運転手「ええ、そうなんですよ」

中堅「お前さんも大変だな…ま、頑張りなよ?」

運転手「はい。それに公用車とはいえ、ロールス・ロイスに乗れる機会なんてそうはありませんからね」

中堅「ああ、うらやましいね。二十五馬力だっけ?」

運転手「だいたいそんなところですね……おかげでよく走ります」

中堅「…なぁティミー、運転席に座ってみてもいいか?」

運転手「ははっ、いいですよ…みんな僕にそう頼むんです」

中堅「そうだろうとも…へぇ、こんな具合なのか」

運転手「ええ、眺めもいいしスピードがあるから痛快ですよ」

中堅「だろうなぁ……なぁ、こいつは何のレバーなんだ?」

運転手「これがギアレバーで、このペダルがアクセルにブレーキ、それとクラッチ…慣れれば馬よりも簡単ですよ」

中堅「そうかい、何しろ古い人間なもんでね」

運転手「…いえいえ、こんなのすぐ覚えられますよ」…そう言って二人が話しこんでいる間に、いかにも外務省に用がありそうな身なりのいい紳士が車に近寄ると、給油口を開けて何かをさっと注ぎ込んだ…

老紳士「ちょっと、君」

中堅「はい」

老紳士「外務省の東インド課というのはどこにあるのかね?」

中堅「あ、では私がご案内いたしましょう…それじゃあまたな、ティミー」

運転手「ええ」

中堅「東インド課はこちらの三階ですね……工作は上手く行ったか?」

老紳士「そうかね、ありがとう……もちろんだとも」

中堅「…そうかい……では、こちらです」

老紳士「ああ、済まなかったね」

…午前中・港近くの部屋…

ドロシー「よーし、いい具合に化けたな…ロンドンのロイヤル・アクターズ・スクール(舞台学校)のメイク係だってこう上手くは出来ないね♪」


…港に近いネストには、表向きは慈善団体の主催している「貧しい人たちを救済する慈善事業」…実際はこうした場面で使えるように、コントロールが職員の着なくなった古着を貧民街の人達に寄付しては手に入れている、さまざまな大きさや汚れ具合をしたボロがため込んである……事前に選んでおいた汚れたショールとスカートをベアトリスに着せて、煙突の煤と土ぼこりを混ぜた「化粧」を施し、姿勢や態度を確認しているドロシー…一方のベアトリスは疑わしげに薄汚いスカートをつまんでいる…


ベアトリス「…本当にこんなのでうまく行くんですか?」

ドロシー「おいおい、私のメイク術なら年寄りだろうが子供だろうが思いのままだぞ…それにお前にはその声色があるじゃないか♪」

ベアトリス「それはそうですが…ちせさん、どうでしょう?」婆さんらしく背中を丸め、ちょこまかした歩き方をしてみせる…

ちせ「ふむ…背はちっこいし、見てくれは完全に年寄りじゃな…」

ドロシー「このボロいショールが決め手なのさ……あぁ、それと」…布に付けた何かをベアトリスの顔にこすりつけた……途端にひどく生臭い臭いが立ちこめる…

ベアトリス「うわ、何ですかこれ…!?」

ドロシー「魚油だよ…魚臭くない行商のバアさんなんていやしないからな」

ベアトリス「うぇぇ…」

ドロシー「なに、しばらくすれば取れるさ……手はずはいいな?」

ベアトリス「はい…護衛車が来たら馬車を横転させるんですね?」

ドロシー「そうだ…下敷きになる前にちゃんと左側へ飛び降りろよ?」

ベアトリス「はい」

ドロシー「それだけやったら、後はすたこら逃げ出せばいい…ただし、絶対に走るな」

ベアトリス「分かってます」

ドロシー「よし…ちせ、お前は何かあった時に備えて待機しておいてくれ」

ちせ「うむ、承知した」

ドロシー「私はモノをいただき、アンジェはそれを受け取って離脱…集合場所は事前に説明した通り」

ベアトリス「はい」

ドロシー「それじゃあバラバラに出て行くぞ…最初はベアトリスで、少なくとも五分は間隔を空ける」

ベアトリス「分かりました」

ドロシー「それじゃあ、三文オペラの始まりだ…防諜部の連中をきりきり舞いさせてやろうぜ♪」

ちせ「うむ」

ベアトリス「はい、頑張ります」

………

…港近くの道…

防諜部エージェント(中堅)「…そこを右だ」

防諜部エージェント(ハンチング帽の運転手)「ああ」

中堅「次は直進」

ハンチング帽「分かってるさ」

中堅「そうは思うがな……ウィル、怪しい奴は?」

防諜部エージェント(ロングコート)「いや、今のところは見えないね」

中堅「ならいいが…外務省のRR(ロールス・ロイス)はちゃんとついてきているか?」

ロングコート「もちろん。あの若い奴、なかなか腕がいい」

中堅「ほぅ? …それじゃあそのうちに引き抜きがあるかもな」

ロングコート「ああ」

中堅「市場に近くなってきたぞ…道が狭くなってくるから気を付けろ」

ハンチング帽「そうだな…って、おいおい」

中堅「何かあったか?」

ハンチング帽「あの婆さん……荷馬車にあんなに魚を積み込んで、今にも崩れそうだぞ」

中堅「あれか…そうならないように荷馬車の神様にでも祈っておけ」

ハンチング帽「ふぅぅ、どうやら無事に通り過ぎたようだ……っ!?」運転役のエージェントが荷馬車の脇をギリギリですり抜けて息をついた瞬間、何かの拍子で荷馬車が傾き、横転しながら新鮮なイワシをぶちまけた…

ロングコート「くそ…横転しやがったぞ!」

中堅「悪い予感は当たるものだな、早く車を止めろ…ウィル、ジョン」

ツイード「ああ」

中堅「急いであの魚の山を乗り越えて、外務省の車に乗りこんで護衛に付け…私たちは先回りするから、一区画先で合流するぞ」

ツイード「了解!」

…一方・伝達吏(アタッシェ)の乗ったロールス・ロイス…

運転手「……うわっ!」

外務省アタッシェ「何てこった…バックしろ、急いで他のルートへ!」

運転手「わ、分かりました…っ!」

…忙しいなかでは運搬計画について話し合う機会も少なく、しかもお互いのこだわりや玄人意識が邪魔をして、再合流についての綿密なすり合わせが出来ていなかった防諜部と外務省のエージェント…防諜部はまず機密情報を守ろうとし、一方の外務省アタッシェは早く安全な事務所に書類を届けてしまおうと焦り、別な道に車を走らせた…

アタッシェ「落ち着け、ティミー…防諜部の車とは次の角で落ち合えるはずだ、心配はいらない」

運転手「ええ、そうですね……ああ、くそっ!」…事前に燃料タンクに放り込まれた砂糖がエンジンの中で焼き付き、急にエンジンが咳き込んだかと思うと、道の真ん中でガクンと停まった…

アタッシェ「何だ?」

運転手「ちくしょう、エンジンが焼き付いたらしいです…RRでこんなことあるはずがないのに」

アタッシェ「これ以上走れないのか?」

運転手「今やってみますが……ダメです、ウンともスンともいいません」

アタッシェ「なら歩きだ、次の角まではたいした距離もない…ピストルはあるな?」

運転手「はい、持ってます」上着の下を軽く叩いた…

アタッシェ「よし…それじゃあ行こう」

………

運転手「車に乗っていると気が付きませんが…この辺りはずいぶん嫌な臭いがしますね」

アタッシェ「そうかもな……」

…港町特有の魚臭さに蒸気船の煙の臭い、それと古くなった料理油のむかつくような臭いが混じり合った薄汚い通り…石畳がすり減っている道には魚の頭や骨が無造作に捨ててあり、昼間だと言うのにネズミがちょろちょろしている…

運転手「…やれやれ、汚いなぁ」

アタッシェ「文句言うなよ…足元に気をつけんと、腐った魚を踏みつけるぞ?」

運転手「うわ…本当ですね」

アタッシェ「とにかく、あと数区画の辛抱さ」

ドロシー「……来たな」いかにも貧民街の住人らしく見えるぼろを着て、裏路地から家の窓に映るアタッシェの姿を確認する…

運転手「…それにしても、防諜部の車はどこなんでしょう」

アタッシェ「心配するな、もうそこがさっきの表通りだ…」そう言った矢先に角の路地から一人の女が飛び出してきて、アタッシェを地面に突きとばすと鞄をひったくった…

アタッシェ「う…くそっ!」

運転手「大丈夫ですか!」…地面に突き倒されたアタッシェを助け起こそうとする運転手

アタッシェ「う、ぐぅ…こっちはいい、早く女を追えっ!」

運転手「は、はいっ!」ぎこちなく3インチ銃身のウェブリーを構えると駆けだした…

…裏通りの角…

アンジェ「モノは?」

ドロシー「ああ、ばっちりだ…さ、開けちまおう」

アンジェ「ええ」…ただのひったくりらしくみせるために鞄をナイフで切り裂くと、手際よく中の書類をあらためる…

ドロシー「あった、こいつだ…まったく手間をかけさせやがって」

アンジェ「じゃあこれは私が」入手したリストを小さく折りたたんで、コルセットの内側に挟みこむ…

ドロシー「任せた…後は偽装だな」

…作戦を立案したコントロールは「スパイならどんな情報でも欲しがるもの」という考えを逆手に取った偽装工作を練り上げていて、王国側が鞄をひったくったのが「エージェントではなくただの物盗りだった」と思い込むよう、必要な数枚以外の書類は地面に散らかして捨て置くように指示していた……ドロシーはさっと目を通して内容を暗記すると、指示通り道に書類をぶちまけた…

ドロシー「…これでよし、と」石畳の道を走る靴音を聞きつけると、さっと裏通りの陰に消えた…

運転手「ぜぇ、はぁ……あっ!」

アタッシェ「はっ、はっ、はぁ…くそ、鞄が!」

運転手「はぁ、はぁ…でも中身こそぶちまけられていますが、ほとんど無事のようですよ?」

アタッシェ「ひったくられたこと自体が大失態だ……とにかく散らばったのを集めよう」

運転手「はい」

………

…寄宿舎…

アンジェ「さてと…みんな、今回も良くやってくれたわ」

ドロシー「ああ。特にベアトリス」

ベアトリス「は、はい」

ドロシー「ちゃんとタイミングよく荷馬車を横転させられたみたいだな…感心だ」

ベアトリス「いえ、そんな…///」

アンジェ「おかげで重要書類はこちらの手に入った…今ごろはコントロールの手元に届いているはずよ」

ちせ「ふむ、一件落着じゃな」

プリンセス「そうね…ご苦労様、ベアト」

ベアトリス「ありがとうございます、姫様///」

アンジェ「それじゃあみんなは解散していいわ…私は事後報告を書き上げないといけないし、ドロシーは道具の手入れがあるから」

ドロシー「おいおい、まさかあの魚臭いのがついたのまで私がやるのかよ?」

アンジェ「当然でしょう…それが嫌なら報告書と交代してあげてもいいけれど?」

ドロシー「うへぇ…ちっ、わかったよ」

アンジェ「飲み込みが早くて助かるわ……それじゃあね」

ドロシー「…ちっくしょう、あの冷血トカゲ女め……」

ベアトリス「あの、ドロシーさん…」

ドロシー「ん、どうした?」

ベアトリス「…よかったら手伝いますよ?」

ドロシー「何だよ、気にするなって…私なんかよりプリンセスの所に行ってやりな?」

ベアトリス「それはもちろんですけれど、普段からお洗濯とかは慣れていますし……私もチームの一員ですし、手伝わせてもらえませんか?」

ドロシー「そりゃまぁ、手伝ってくれるって言うならありがたいけどさ…いいのか?」

ベアトリス「はい」

ドロシー「そっか…気を使わせちゃって悪いな。今度何かおごってやるよ」

ベアトリス「もう、そんなのいいですから……早く終わらせちゃいましょうよ」

ドロシー「…そうだな」

…洗濯場…

ドロシー「ベアトリス、石けん取ってくれ」

ベアトリス「はい」

ドロシー「ありがとな……はぁ、今さら洗濯女の真似事かよ。嫌になるなぁ」

ベアトリス「まぁまぁ、そう言わずに…作戦はうまく行ったんですから」

ドロシー「これで上手くいってなかったら燃やしちまってるよ、ばかばかしい」

ベアトリス「もう…ドロシーさんったら、相変わらず愚痴が多いんですから」

ドロシー「ま、性分だからな……それにしても、ベアトリスもなかなか言うようになったな」

ベアトリス「いったい誰のおかげでしょうね?」

ドロシー「ほぅ? そういう生意気を言うとな……こうだっ♪」…バシャッ!

ベアトリス「きゃあっ…もう、せっかく手伝ってあげているのになんてことをするんですかっ!」

ドロシー「うっぷ…へぇ、やってくれるじゃないか」

ベアトリス「わぷっ……そっちこそ!」

…しばらくして…

ベアトリス「…あぁもう、結局びしょびしょになっちゃったじゃないですかっ!」

ドロシー「そりゃベアトリスが生意気なせいだな」

ベアトリス「むぅぅ……ひっ、くしゅっ!」

ドロシー「おいおい、こんなくだらない事で風邪なんか引かれちゃ困るぜ…とっととその濡れたのを脱いで、熱いシャワーでも浴びてきな?」

ベアトリス「は、はい…」

…浴室…

ドロシー「……ちゃんとお湯になってるか?」

ベアトリス「えぇ、はい…」

ドロシー「さて、それじゃあ私も…と♪」

ベアトリス「うぇっ!?」

ドロシー「なんだよ…私だって濡れたんだし、入っちゃ悪いのかよ」

ベアトリス「だからって、なにも一緒に入らなくても…///」

ドロシー「おいおい、今さら恥ずかしがるような関係かよ……よいしょ」

ベアトリス「///」棒石けんを身体にこすりつけながら、ちらちらと視線を送るベアトリス…シャワーの下で湯気に包まれているドロシーは、普段のクリーム色をした肌が桜色を帯びていて、どきっとするほど色っぽい…

ドロシー「……見たいならじっくり見ればいいじゃないか」ふとベアトリスが気付くと、ドロシーが向き直ってニヤニヤしている

ベアトリス「なっ…そういうことじゃありませんっ///」

ドロシー「別に構わないさ。どのみち、今さら裸を見たくらいでおたおたするような関係じゃない…だろ?」

ベアトリス「///」

ドロシー「…よかったら触ってもいいんだぜ?」

ベアトリス「!?」

ドロシー「何だよ、別に減るものじゃなし…ほーれ♪」それでなくてもたわわな胸を寄せて、ぐっと身を寄せる…

ベアトリス「……そ、それじゃあ///」むにっ…♪

ドロシー「んっ…どうだ?」

ベアトリス「ふわぁぁ……すっごいです///」

ドロシー「ふむ、スパイの割にはボキャブラリー(語彙力)が貧弱だな…一体どう「すっごい」んだ?」

ベアトリス「え、えーと…弾力があって肌に吸いつくようで、それでいながら柔らかいっていうか……って///」

ドロシー「ほうほう…それじゃあ私も説明力を高める訓練でもしますかね♪」さわ…っ♪

ベアトリス「ひゃあぁっ…!」

ドロシー「うわっ、そんなに暴れるな……っ!?」

…ベアトリスが落とした棒石けんで脚をすべらせ、床にひっくり返る二人…が、よく訓練されているドロシーだけあって反射的に受け身を取り、ベアトリスを上にした形で倒れ込んだ…

ドロシー「おい、大丈夫か?」

ベアトリス「ふぁい…ふぁいひょうふふぇす(大丈夫です)」

ドロシー「そうか。あと、頼むから胸の谷間でしゃべるのは止めてくれ…息がかかってくすぐったいんだ///」

ベアトリス「ふぉうれふか(そうですか)…ふぅぅ♪」

ドロシー「こんにゃろー…わざとやってるな?」

ベアトリス「…ぷは///」

ドロシー「満足したか?」

ベアトリス「はい。でも……もうちょっとだけお願いします///」

ドロシー「仕方ないな…んむっ、ちゅ♪」

ベアトリス「あむっ、ちゅぅ…///」

ドロシー「ほら、せっかく上にまたがっているんだ……好きなように動いてみろよ」ゆっくりと脚を開くと両手でベアトリスの腰を押さえてやり、自分の秘所にベアトリスの割れ目をあてがった…

ベアトリス「そ、それじゃあ…んっ///」

ドロシー「ん、あっ…ふぅぅ……」にちゅ……♪

ベアトリス「んあっ…はぁっ、はあっ……んんぅ///」くちゅくちゅっ…ずちゅっ……♪

ドロシー「あぁ…んっ、んはぁぁ……♪」

ベアトリス「ふぅ、ふぅ……ドロシーさんは…大柄なので……はふぅ…上で動くのにも……力が…いりますね……んぅぅ///」

ドロシー「私は下だから楽できるけどな……ベアトリスとやるのは構わないけど、風呂場の床が固くて冷たいのは計算外だったな…ん、んっ♪」

ベアトリス「もう…んっ、くぅ…そんなムードのないことを……はひぃ…言わないで下さいよ……あっあっ、あっ…♪」

ドロシー「悪いな……でも浴室の床って言うあたりでムードもへったくれもないもんだろ……おっ、おぉぉ…っ♪」ぐちゅっ、ずりゅっ…♪

ベアトリス「ふぅ、ふぅぅ……こんなに動かないといけないなんて…腰に来ちゃいそうです…ひぁぁ…っ///」

ドロシー「んんぅ…! っはぁ……ふぅ、ふぅぅ…♪」

………



ベアトリス「…どうでした?」

ドロシー「んっ、はぁ……ふとももが温かくてとろっとして、腰には甘ったるい感覚が広がって……いい気分さ♪」

ベアトリス「そ、そうじゃありません……その、上手に出来たでしょうか…って///」

ドロシー「……プリンセスか?」

ベアトリス「は、はい…私も機会がある時は、気持ち良くなって頂きたいと思って頑張っているんですが……///」

ドロシー「正直なところ「心優しいプリンセスの事だから演技してくれている」んじゃないか…って?」

ベアトリス「は、はい…///」

ドロシー「ははっ、馬鹿だなぁ……自分を好いてくれている娘が一生懸命になってくれているんだぜ? もうそれだけで、プリンセスも腰が抜けるほどキュンとなるってもんさ♪」

ベアトリス「そ、そうでしょうか…」

ドロシー「ああ。それに女は身体じゃなく心で感じるもんだ……だから「コトに及ぶ」前の雰囲気づくりが重要なのさ♪」ウィンクしてみせるドロシー

ベアトリス「なるほど、さすがはドロシーさんです…モテる人は言うことが違いますね」

ドロシー「まぁそういうのも「ファーム」(養成所)でさんざん仕込まれたからな……役に立ったろ?」

ベアトリス「ええ…でもドロシーさん」

ドロシー「んー?」

ベアトリス「だとしたら今の私たちっておかしくないですか…?」

ドロシー「…ちょっとシャワー室ですっ転んで抱き合っただけなのに、そんな気分になるわけない……って?」

ベアトリス「はい」

ドロシー「そりゃさっき言ったことはあくまでも「原則」だからな…例外はある」

ベアトリス「それじゃあ…さっきのドロシーさんはどんな「例外」だったんです?」

ドロシー「あー…実はな、私はベアトリスみたいな小さい娘が大好物で……」

ベアトリス「え゛っ!?」

ドロシー「冗談だよ。…実を言うと任務の後は身体が火照ってさ、時々むしょうにやらしい気分になったりするんだ……付き合わせて悪かったな」

ベアトリス「いえ、大丈夫ですよ…それに私も任務の後で熱っぽく感じるような時がありますし、ドロシーさんの気持ちもちょっと分かります」

ドロシー「そっか…さ、せっかくシャワーで温まったんだ。身体が冷えないうちに出ようぜ?」

ベアトリス「そうですね」

ドロシー「…で、ベアトリスはプリンセスの火照りをおさめに行きな?」

ベアトリス「も、もうっ…///」

…申し訳ありません。本当は今日から投下したかったのですが、明日以降にします…


…ちなみに予定ではリクエストにお応えして、ドロシーとアンジェ、「委員長」のファーム(養成所・訓練所)時代を書いていくつもりです……また「こんなモブキャラが見てみたい」というのが(髪色や簡単な性格などなど…)あれば出来るだけ書いてみようと思いますので、そちらもよかったらリクエストしてみてください…

…case・アンジェ×ドロシー「The dawn of white pigeon」(白鳩の始まり)…

…とある日・ネスト…

アンジェ「それじゃあ今日も訓練に励んでちょうだい…準備体操を済ませたら、素手での格闘よ」…絨毯を丸めた訓練相手「チャーリー」を台に立てかけて木箱に座ると、じっとベアトリスの動きを観察している…

ベアトリス「はいっ…!」

ドロシー「…それにしても」

アンジェ「なに?」

ドロシー「お前さんを見ていると教官だって言われても信じそうだ♪」…アンジェに話しかけながらウェブリー・スコット・リボルバーの撃鉄や引金を空撃ちして試し、時々ヤスリをかけたり、油を差したりしている…

アンジェ「どういう意味?」

ドロシー「いや…だっていつも汗一つかかないで格闘術を教え込んでるからさ」

アンジェ「だって黒蜥蜴星人だもの」

ドロシー「そういうはぐらかし方までそれらしいよ…まったく」

アンジェ「ベアトリス、終わったら続けてナイフ格闘の練習を……ドロシー、あなたがいくらオールドミスだからって、そんな歳で思い出話にふけるつもり?」

ドロシー「あ、いや…」

アンジェ「はぁ……別に構わないわ。訓練の邪魔にならないよう、小声で話しかけてくれるならね」

ドロシー「おいおい、私だって大声で昔の事をふれ回ったりしやしないさ…ただ、ああやってベアトリスを見ているとな……」

アンジェ「…ファームの頃が懐かしい?」

ドロシー「懐かしい…とはちょっと違うけど、あのころはまだまだ無邪気で、昼も夜も訓練に打ちこんでいたっけ……なんてことを思い出しちまって」

アンジェ「…そうね。あなたの適当さによく振り回されていたものよ」

ドロシー「はは、あの時は悪かった…でも口でこそそういいながら、アンジェはよく尻拭いしてくれてたよな?」

アンジェ「ええ…何しろあなたがいなくなったら、その分の面倒を押し付けられそうだったから……」

ドロシー「かもな。それにしてもあそこにはいろんな教官がいたよな…覚えてるか?」

アンジェ「ええ…あなたはよく格闘術の教官についてこぼしていたわよね」

ドロシー「ああ……」


…数年前・ファーム…


ドロシー訓練生「次は格闘術か……貧民街じゃちょくちょくお世話になったシロモノだよなぁ……」


…エージェントや諜報部の職員を育成する「ファーム」だけに機密保持は徹底していて、あちこちでスカウトに見出された訓練生候補たちは気づかないうちに身元を調べられ、合格となったら初めてカットアウト(使い捨て可能な連絡員)から接触を受ける…ここで「資格あり」と判断されると目隠しをされ、待ち合わせ場所から連れ出される……その上で候補生の方向感覚がなくなるほどあちこち回り道をして、性格も年齢も暮らしぶりもバラバラな訓練生が、一人づつ個別に「ファーム」へ連れてこられていた…大きな館のような施設は周囲を森に囲まれ、山や川の地形から場所を判断することもできない…訓練生にはとりあえず三食とベッド、唯一のお揃いである灰色のつなぎが与えられ、これも成績に応じてバラバラな「卒業」も、前日になってようやく教えられる…


細身の紳士「では、最初に自己紹介をしておこう。諸君に格闘術を教えるホワイトだ…ミスタ・ホワイトかホワイト先生と呼んでくれたまえ」


…折り目正しい茶色のスーツとチョッキ、金鎖の懐中時計にループタイ…見た目も口調も丁寧な紳士が訓練生たちの前に立った……当然ながらファームの教官たちは本名を名乗らず、色や動植物の名前をコードネームに使っていた……一見そう強いようには感じられないホワイト教官ではあるが、よく観察するとスーツの袖が張っているように見える…


ホワイト「さて…この中にはそういった事について経験豊かな諸君もいるだろうが……」中には貧民街やケイバーライト鉱、炭鉱や港で食べ物を盗られないために力を振るっていたであろう訓練生たち…そんな訓練生たちにホワイト教官がちょっとしたユーモアを披露すると、軽いくすくす笑いが起こった…

ホワイト「結構。…これから、経験のある諸君はより効率のよい戦い方を…経験のない諸君はこの機会に実戦的な戦い方を習得してもらうことになる……しばらくは仮のパートナーとして隣の娘と組んでもらうが、そのうち実力に合わせてパートナーを交代していくことになるだろう…まずはお互いに握手でもしてはどうかな?」

訓練生たち「…よろしく」「初めまして」

ホワイト「よろしい…質問は話が終わったら受け付けるので、もし分からないことがあったら積極的に聞きたまえ。それでは軽く準備運動から始めようか…」部屋の片隅にあるコート掛けに丁寧に上衣をかけ、懐中時計も外した……上手に仕立てられたスーツからは分かりにくかったが、シャツの袖からはよく引き締まった筋肉が浮き出ている…

ドロシー「…へぇ」

…二時間後…

訓練生A「ぜぇ、はぁ……こほっ、げほっ…」

訓練生B「ふぅ、ふぅ、はぁ……ふぅぅ…」

ホワイト「おや…ミス・エマ、君は休憩したい気分なのかね? …しかしな、その床では寝るにしても固くて背中が痛いだろう……さ、立ってもう一回だ♪」

訓練生C「うっ、ぐすっ……はぁ、ひぃ…っ」

ホワイト「ふむ…ミス・グレン、痛いのは分かるよ。 …しかし王国のエージェントは、君が泣いているからと言って攻撃の手を休めてはくれないだろうからね。さ、もう一本だ…頑張りたまえ」

…ホワイトはいかにもアルビオンの鬼教官らしく、決して怒鳴ったりののしったりはしない…が、その代わりに優しい顔をして地獄のような訓練を続けさせる……広い室内運動場のあちこちにはへたばった訓練生たちが倒れ込んでいて、どうにか立っているのは数人しかいない…

ドロシー「ぜぇ、はぁ…ふぅ…」

ホワイト「ふむ…ミス・ドロシー、君は粗削りだが一撃が重くてよろしい。私も手が痛むくらいだよ……今度は空振りを減らせるように、もっと攻撃する相手をしっかり見て、動きに追随できるようにしていこう」骨も砕けよと叩き込んだ、ドロシーのノックアウト・パンチを受けた手を軽く振って微笑した…

ドロシー「はぁ…ふぅぅ…それはどうも…」

ホワイト「それから、ミス・アンジェ…君の動きは俊敏で大変によろしい。まるでこういった訓練をした経験があるようだね」

アンジェ「…ありがとうございます」

ホワイト「うん、実にすばらしいよ…では、それぞれもう一本ずつ私とやってみようか」

ドロシー「…うぇぇ」

アンジェ「はい」

ホワイト「それと、ミス・「委員長」…君は少し休みたまえ。私は君たち訓練生を死なせるために訓練しているのではないからね」

委員長「いいえ…ごほっ、げほっ……まだ…やれます…」

ホワイト「ふむ…君は頑張り屋さんだな。ではもう一本だけやってみようか?」

委員長「はい…ごほっ、けほっ……」

ホワイト「しかしその前に、君たちはまず息を整えたまえ…二回吸って一回吐く。ゆっくりとだよ?」

ドロシー「ふぅぅ…」

ホワイト「そうそう、その調子。…さて、諸君。なぜ君たちがこんな苦しい思いをしなければならないのか、少し考えてみよう…別に私は諸君をいたぶろうというつもりはないんだ。 …しかし実際にエージェントとして活動するときは「もう動けない」と思ったところから、さらにほんの少しだけ動ける事が大事になってくる……つまりこの訓練で「自分の限界点を伸ばす」と言うことだね…理解できるかな?」

アンジェ「…はい」

ホワイト「よろしい。いい返事だ、ミス・アンジェ…ミス・ドロシー、君は分かったかな?」

ドロシー「わ、分かりました…ふぅぅ…」

ホワイト「結構…それじゃあ始めようか。で、終わったらこの運動場を駆け足で一周回っておしまいにしよう」

ドロシー「うへ…ぇ」

ホワイト「…君は二周の方がいいかね、ミス・ドロシー?」

ドロシー「いえ、一周で結構ですよ…」

ホワイト「そうかね? 運動すると健康になるし、美容にもいいよ?」

ドロシー「……それにしたって多すぎますっての…」

ホワイト「何か言ったかね、ミス・ドロシー?」

ドロシー「いいえ……たくさん運動したので、きっとお昼が美味しいだろうと…」

ホワイト「ははは…そうだね、私も昼食が楽しみだよ。 …では、まずは正面から突きを入れてくれるかな?」

ドロシー「はい…ふぅっ!」

ホワイト「…エクセレント(素晴らしい)、その調子でもう一回♪」

………

…別の日・屋外射撃場…

無表情な教官「気を付け。これから諸君に武器弾薬、爆発物の扱いを教えるブラックヒースだ……ブラック教官でよろしい」

…訓練生の前には銃を置く台と奥に伸びる射撃用レーンがあり、台には人数分の「ウェブリー・スコット」リボルバーが並んでいる…ブラック教官は危険な爆発物を相手にし続けて育まれた鋼の神経のためか、無表情で眉毛の一筋さえ動かさない…

ブラック「さて、爆発物や銃火器の扱いは全ての工作員……特に破壊や妨害活動と言った「特殊工作員」としての道を歩むことになるかもしれない諸君なら、絶対に習得しておかなければならない類のものだ……確かにこれらの力は大いに諸君の任務遂行に役立つが、同時に扱う際は種々の危険が伴う……我々指導官も訓練生が不慮の事故に遭わないよう努力はしているが、毎年のように候補生を失っていることもまた事実だ」

訓練生A「…っ」

訓練生B「…」

ブラック「そこでだ…諸君には確実を期する方法として、今後は私の指示するように銃火器や爆発物を扱ってもらいたい……ところで、この中に射撃経験やそれに類するものがある者は?」

訓練生C「…はい」

訓練生D「あります」

ブラック「そうか…失礼ながら、君たちのような「お嬢様方」が生かじりで覚えた射撃経験ほど危なっかしく不愉快なものはない…とだけ言っておこう。しかし、これからは教えたとおりに銃火器を扱ってくれるものと期待している」

訓練生C「はい」

訓練生D「分かりました」

ブラック「まぁいいだろう……少なくとも間違った銃火器の使い方で片腕になったり、義足をつけるはめになったり…という事にはなりたくはないはずだからな」…ブラック教官は台から一丁のウェブリー・スコットを取り上げた…

ブラック「ウェブリー・アンド・スコット・MkⅡ…作動はダブルアクション、口径.455ブリティッシュの弾薬を使用する。…そこの君、ダブルアクション・リボルバーとはどのような物であり、利点と欠点は何か説明しろ」

ドロシー「はい。ダブルアクションのリボルバーは初弾だけ撃鉄を起こせば、二発目以降は引金を引く動きと連動して撃鉄が起きて雷管を叩くので、いちいち撃鉄を起こさなくてもいいのが利点です……反対に引金のストロークは長く重くなるので撃ちにくく、慣れないうちは命中させづらくなります」

ブラック「結構。その通りだ……さて、この「ウェブリー・スコット・リボルバー」は中折れ式リボルバーの基本形と言ってもいい。実際にはこれより新型のMkⅣモデルや.38ブリティッシュ口径のもの…あるいは2.5インチ銃身の隠しやすい「ブリティッシュ・ブルドッグ」ピストルが支給されるだろうが、基本は同じだ……まずは照門を兼ねたこの「門」の部分を動かす」

ブラック「さて…見ての通り、弾薬の入るシリンダーを含め、撃鉄より前の部分が自由になった……ここで銃身を持ってシリンダー部分を下に折るようにして開く…」

ブラック「…ウェブリーは「トップ・ブレイク」(中折れ)式であるからこのようにしてシリンダー部を開くが、他にも左側にシリンダーを振り出す「スウィングアウト」方式や、給弾部からシリンダーに一発づつ込めなければならない「ソリッド・フレーム」タイプのピストルもある…どの方式にも利点と欠点はあるが、その話は別の機会に行う」

ブラック「さて、ここにあるのがウェブリー・スコットの0.455インチ口径の弾薬…いわゆる「.455ブリティッシュ弾」であり、ウェブリーにはこの弾が六発入る」

ブラック「こうして弾薬を込めたら、中折れ銃身を元に戻す…最後に照門を兼ねた門型レバーを戻して、シリンダー部を固定すればよろしい……では、絶対に引き金に触れぬよう注意しつつ、始めたまえ」

アンジェ「……できました」

ブラック「よろしい……しかしこの段階で速度は重要ではない。まず安全な扱い方を覚えることを意識しろ」

アンジェ「はい」

ブラック「結構…さて、諸君も今は手際よく出来ないだろうが、慣れれば嫌でも素早く出来るようになる」

ブラック「……しかし、工作員にとって大事なのは速さもさることながら、なにより正確さだ…初弾で動きを止め、二発目で止めを刺せ。…銃は音が大きく他の音に偽装しにくい事から、出来るなら初弾でカタを付けたいところだが、被弾の衝撃で相手の指が引き金を引くことがあるので二発撃ちこむ方がより安全だろう……ではそこにある耳栓を詰め、それぞれのレーンに立て」台の前に並ぶと、蜜ロウと紙でできた栓を耳に押し込む訓練生たち…

ブラック「…構える際は下から銃を水平になるよう持ち上げて行き、凹形をした照門と四角く銃身上に突き出した照星が一直線になり、そこから的の中心円を朝日が半分のぞいているような具合に見えるよう構える……また、ウェブリー・スコットは的に向けて腕をいっぱいに伸ばし、身体を的と平行にしたスタンスで撃つようにできている……では狙いが定まったら撃鉄を起こし、撃て」

ドロシー「…っ!」…パン!

アンジェ「…」パァァン…ッ!

訓練生「…っ!」パンッ!

…射撃が終わって…

ブラック「さて、諸君も銃の反動と音の大きさに驚いたことだろう……では、まだ早いが諸君の点数を見てみよう…」

ブラック「射撃…特にピストル射撃の場合ライフルや散弾銃に比べて跳ね上がりを抑えにくいことから、最初はまるで当たらないと言うのは確かだ……しかし中には初心者ならではのまぐれ…あるいは優れた才能を持った者がいることもある……」

ブラック「ふむ。ミス・A…君は射撃の経験があるのに言わなかったのか、あるいは恵まれた才能の持ち主であるかのどちらかだ……ミス・Dは次点と言ったところだが、これが最初のテストなら、この成績でも「十分に優秀」と言ってもらえるだろう…これが単なるまぐれで終わらぬよう、引き続き努力しろ」

アンジェ「はい」

ドロシー「分かりました」

ブラック「よろしい…では銃のメンテナンスの話に移る…今使った銃には多くの燃えカスや硝煙のすすが付いている……」

………

…同じ頃・施設内の一室…

L「あれが今期の訓練生たちか…」

7「はい」

L「ふむ……今の所でだが、「優」が付けられそうなのは候補生A6、C2…D4と言ったところか」

7「そのようですね」

L「特にA6(アンジェ)は抜群だな。何事であれそつなくこなし、飲み込みが早い。そして感情を上手く制御することができる……この歳ではなかなか見られない素質だ」

7「私もそう思います」

L「D4(ドロシー)はその次と言ったところだな…これもなかなかいい。性格は活発で積極的。気ままに振る舞っているように見えるが、肝心なところではきっちり目的を果たし、運もある……偶然に助けられることのあるエージェントにとって、運がいいと言うのは重要な素質だ」

7「確かに」

L「C2(委員長)は努力家タイプか…何事も几帳面にこなし、常に学習を怠らない。重圧に対して緊張しやすく、物事を真剣に考え過ぎる性格ではあるが、能力は高い……ふむ、慣れればもっと実力を発揮できるようになるかもしれん」

7「そうですね」

L「ああ。しかしな……」

7「…何か?」

L「うむ…教官たちはよくやってくれているが、そもそも私はこの「訓練所」方式が気に入らんのだ」

7「と、言いますと?」

L「もともと「一か所に訓練生を集め、一度に多数を育てる」という考え方は軍のものだ…確かに偵察部隊や軍の破壊工作班なら顔が分かった所で困らんからそれでもいい、しかしな……」

7「我々のような組織からすると欠点もありますね」

L「そうなのだ……多くの訓練生が一緒になっていると言うことは、もし中の一人が将来「転向」したり尋問で「歌ったり」…尋問官がよほどの愚か者でない限り必ずそうなるが…した場合、どんなエージェント候補がどの位いて、どんな訓練をどこで受けていたか分かってしまう……」

7「ええ、ですからあなたは…」

L「うむ…訓練生ごとにバラバラの住まいを用意して、教官が訪ねるスタイルを採りたかったのだが……この状況ではな」

7「王国と分断された混乱が収まる前に、大量の工作員を急速に送り込む必要がありますからね…」

L「ああ……おまけに上層部は「工作そのもの」には金を惜しまないが、訓練やエージェントにかける出費は渋るばかりだ…」

7「ですからあなたは…」

L「そうだ…訓練生の「初等教育」だけをここで行い、後は細分化していくつもりでいるのだ」

7「…わたくしも微力ながらお手伝いいたします」

L「ふむ…謙遜はエージェントには不要な特質だぞ?」

7「…ふふ」

L「ふ…とにかく訓練生A6、D4、C2は有望だ」

7「そのようですね」

L「ああ。最終的には使ってみなければ分からんが、上手く育てれば「レジデント」(駐在工作員)になれるだけの実力があるだろう……エージェントとして工作に使えるのは最高の人材でも三年から五年がせいぜい、悪くすれば数週間だ…そして一番使える年齢は二十から三十五歳…長く見積もってもな」

(※レジデント…『大使館付商務官』などの身分を偽装として与えられ、現地指揮官として任務に合わせた工作の細部を自分で決めることができ、複数のエージェントを指揮しながら工作も行うトップクラスのエージェント。すべての技能が抜群でなければならず、このクラスになれるエージェントは滅多にいない)

7「はい」

L「……その考えで行けば、D4は訓練後すぐに活動させてもいい歳だな…他はまだ若いが、A6は歳のわりに落ち着きがあるから、これも考慮に入れるべきかもしれん」

7「なるほど」

L「場合によってはグループを組ませ「細胞」方式で活動させるのもあり得るな…」(※細胞…複数のエージェントが「職場の同僚」など同じカバー(偽装身分)を与えられてグループ活動すること。単独より監視活動などは楽で、工作員同士がお互いに寝返りを監視する意味もあったが、目立つことから好まれない)

7「かも知れません」

L「うむ……とにかく一度訓練生たちを見てみたかったのだ」

7「分かっております」

L「……しかし自分で決めた保安措置とはいえ、戻りにはまた「アレ」に乗らないといかんのか…」ファームに行くために乗ってきて、今は裏手に停まっている霊柩車…そこに収まっている狭苦しい棺のことを考えてため息をついた…

7「あなたはまだ恵まれておりますよ…私はあれですから」同じく洗濯屋の大きなカゴに入ってやってきた「7」も、いくらかげんなりしたように言った…

L「…ふむ、その点に関しては同情する」

………

…今日か明日以降にまた投下する予定ですが、「駐在工作員」(レジデント)の説明が別のものと交ざっておりましたので訂正を…


正しくは「ビジネスマンなどの身分に偽装して現地に入り、自力で独自の情報源を開拓するエージェントで、国によっては「レジデント」が他の工作員の指揮をとることもある」と言うもので、いずれにせよ工作員の「花形」と言うべきトップ・エージェントであることは変わりません…


とりあえずしばしマジメな訓練の場面が続きますが、しばらくしたらアンジェの濡れ場になる予定です。お待ちください…

スパイ描写がしっかりしていて読み物として好きです
プリプリ小説だとあまりないので...

>>217 まずはコメントをありがとうございます。読んでいただき嬉しいです……イラストを描く画力はないので、引き続き書きものの方で頑張って行きたいと思います

…別の日…

ドロシー「…こりゃまた、ずいぶんとしゃれた部屋だな……」

…時間割に従って施設の一角にやって来た訓練生たちは、殺風景な他の部屋とは比べものにならない豪華さに多少驚いた……レースのカーテンにピンク色のフワフワしたクッション、壁にかけられているのは淡い色あいをしたルノアールの風景画、漂うのは硝煙ではなく香水の香り……室内には青い目と柔らかそうな金髪をしたドレス姿の可愛げのある女性が立っていて、訓練生たちに微笑みかけた…

可愛らしい女性「ボンジューゥ、可愛らしいレディの皆さん…さぁ、どうぞおかけになって?」

一同「…」薄汚れたような灰色つなぎ姿の訓練生たちは、椅子に敷かれた高級そうなクッションに遠慮しながら腰かけた…

女性「ビアン(結構)…では、まずはわたくしから自己紹介いたしましょうね。わたくしは皆さまに似合うファッションや化粧術、優雅な態度や物腰をお教えする、マドモアゼル・マーガレットですわ……アンシャンテ(どうぞお見知りおきを)」

…レースやドレープ(折り目)がたっぷりついた、パステルピンクのロココ調ドレスのせいで、マーガレット教官は桃色のバラかカーネーションに包み込まれているような具合に見える……言葉のあちこちにフランス語が交じるあたり、どうやら何かの事情で故郷にいられなくなった亡命フランス人なのだろうと、ドロシーは見当をつけた…

ドロシー「……ドレスねぇ」

マーガレット「…この中には「腕利きの工作員は優雅なドレスなど縁がない」と思っている方もいらっしゃるでしょうね……ですが近い将来、皆さまも情報部員として舞踏会にお邪魔する機会があるかもしれません。そうした時に優雅なレディとして振る舞えるよう、わたくしと練習してまいりましょう…それに、たとえそうした機会がなくてもドレスを着るのは良い経験になりますし、自分に合った服の選び方は覚えておいてもよろしいと思いますわ……違いまして?」

マーガレット「さて、それでは早速お着替えに参りましょう…と言いたいところなのですけれど……たとえば、あなたはどんなドレスが着てみたいですか?」

訓練生「えぇと…なら、マドモアゼル・マーガレットのような可愛らしい淡い色のものを……」

マーガレット「メルスィ(ありがとう)、ほめていただいて嬉しく思いますわ。ですが…」

訓練生「?」

マーガレット「世の中には「着たい服」と「着られる服」という物がありますの…実を申しますと、わたくしも好きこのんでこのような豪奢なドレスを着ているわけではございません。本当はシルクハットにピシッと決まった燕尾服…そう、きりりとした男装をまとってみたいと思っておりますの……」

訓練生「…すみません」

マーガレット「ノン、ノン…叱っているわけではありませんわ。ですが、情報部員というものは自分に似合った偽装をしなければなりません…いくら演技力が優れていても、堂々とした体格で引き締まった筋肉の方では、小柄なお婆さんのふりなどできませんわ……さて、ミス・ダートマス」

訓練生「はい」

マーガレット「あなたは背が高く眼は灰色、髪色もスレートグレイをしておりますわね…そういった方に、わたくしが着ているようなパステルピンクや淡い色は似合いませんわ…むしろすっきりした青灰色で長身を引きたて、きりりとした涼しげな印象を与える方がよろしいですわ……と、このようにわたくしとあなた方で、それぞれ一番似合うドレスを選んでみましょう♪」

…しばらくして…

訓練生B「…どうでしょうか、マドモアゼル?」

マーガレット「ウィ…大変よく似合っておりますわ」

訓練生C「教官、私の方も見ていただけますか…?」

マーガレット「そう、ですわね……こちらの方がより、ミス・エレノアの明るい雰囲気を引きたてますわ」…普段は修道院のような養成所生活を頑張っているとはいえ、まだまだお洒落もしてみたい年頃の娘たちだけあって、真剣ながらもにぎやかにドレスを選んでいる…

アンジェ「……私はこれでいい」(服選びの仕方は王室でうんと仕込まれたもの…)

マーガレット「トレビアン! あなたはドレス選びのセンスがありますわ…派手さには欠けますが落ち着きがあって、騒がしい舞踏会であなたを気に留める方はおりません…そしてあなたはそっと耳を傾け、内緒話を聞いてしまう……実にすばらしいですわ。他にもこうしたパールグレイのドレスなどはあなたにぴったりですから、覚えておきましょうね?」

アンジェ「はい」

マーガレット「そしてミス・ドロシー…はっきりした顔立ちで身体のメリハリが効いているあなたはこうしたボルドー(深い紅)などを着ると、ぐっと艶やかでよろしいですわ……胸元からのぞく柔らかそうな乳房の白さも魅力的ですから、お肌のお手入れも欠かさずになさいね?」

ドロシー「メルシー、マドモアゼル」

マーガレット「いいえ、似合う一着が見つかって良かったですわ…それからこうしたトーク(縁なし帽子)などでチョコレート色を組み合わせるとより大人びた印象に…また、ドレスをディープグリーンに変えればシックで抑えた感じに仕上がりますわ」

ドロシー「覚えておきます」

マーガレット「ええ♪ それと細かい花模様のような柄は、長身のあなたが着るとぼんやりとした印象を与えてしまいますから…もし柄物を選ぶなら、一つひとつの柄が大きいものがよろしいわ」

ドロシー「はい」(……着心地は窮屈だけど、こうして鏡で見ると案外ドレスも悪くない…な///)

マーガレット「さて…次はドレスを着た時にもっとも美しく見えるような、優雅な身のこなし方を学んで参りましょう♪」

………

マーガレット「さて、これで皆さまもドレスの着こなしと歩き方を理解できましたね…それではわたくしに付いていらっしゃい」

訓練生A「あの、どこに行くのでしょうか」

マーガレット「それはまだお教えできませんわ…♪」

…食堂…

マーガレット「さて、皆さまも慣れないお着替えや化粧でだいぶお腹が空いたでしょうから…お昼に致しましょう?」

ドロシー「……この豪華なドレスで、ねぇ…ゆでジャガイモにはふさわしくない格好だ……な…?」小声でぼやくドロシー…が、普段の献立からは想像もつかないほど良い香りが漂ってきて、ぼやきを中断した……

…普段はゆでジャガイモか、味もそっけもないヨークシャープディング、さもなければイマイチな味のパイか焼き過ぎのローストビーフを出すのがせいぜいの食堂……のはずが、長テーブルには金縁の食器とキラキラと光る銀のフォークやナイフが輝いていて、燭台のキャンドルが純白のテーブルクロスを照らしている…

訓練生A「わぁぁ…♪」

訓練生B「…どうしよう、今まであんなの使ったことない……」

ドロシー「…ヒュゥ……驚いたなこりゃ…」

マーガレット「ふふ、皆さまにドレスの着方を教えただけでは片手落ちという物ですから…では教官、お願いします」マーガレットが優雅に脇へどき、代わりに堅苦しい感じの女性が訓練生たちの前に立った…

堅苦しい女性「はい。皆さん、お静かに…これからあなた方にテーブルマナーをお教えする、ミス・グレイホーク…グレイ教官です」

ドロシー「…なるほどな……」

グレイ「いくら飾り立ててもマナーがなっていなければ、貴婦人の偽装など何にもなりはしません……ここでは皆さんに正しい食器の使い方や、食卓でのマナーを覚えていただきます…では席について」

グレイ「まずは基本のルールですが…ナプキンは膝の上、カトラリー(フォーク、ナイフ、スプーンの類)は外側から順番に。間違ってもナイフで突き刺してそのまま口に運ぶような真似はしないように」

ドロシー「…なるほどねぇ」

グレイ「……スープを飲む際は手前から奥にスプーンを動かします。もしスープにパセリやディルのような香草が散らしてあったら、最初の一口目ですくってしまうのは考え物です…風味を変えるためのものですから、途中で飲むようになさい」

ドロシー「ふむふむ…?」

グレイ「…グラスは紅・白のワイン、シャンパン、ブランデーと形が違います……ワイングラスやシャンパングラスの柄が長いのは手の熱でぬるくしてしまわないため…反対にブランデーグラスが底の広い形をしているのは、手のぬくもりで香りを生じさせて楽しむためです……さて、これで一通りの説明が終わりました…皆さんにはこれからフルコースを味わっていただきますので、さっき説明したマナー通りに食べてみてください」

…グレイ教官が説明を終えると、白いふきんを腕にかけたギャルソン(給仕)…本当は教官たち…が前菜を並べ、ワインを注いだ…

ドロシー「…やれやれ…ナイフとフォークだけでこんなに種類があるんじゃあ、使いどころに困るな……」

アンジェ「…」

ドロシー「なぁ…アンジェ、よかったらお手本にさせてもらってもいいか?」

アンジェ「…別に構わないけれど…私もテーブルマナーなんて知らないかもしれないわよ?」

ドロシー「なぁに…そうしたら二人で叱られるだけさ……」

アンジェ「そう…なら好きにしたら?」

ドロシー「どうも…♪」


…食後…

ドロシー「…ふぅ、料理はうまかったけど……ああガミガミ言われたんじゃ食べたようでもなかったな…」

グレイ「さて、皆さんのテーブルマナーを拝見させていただき、様々なことについて注意をさせていただきました……はっきり申し上げますが、たいていの方はこれからみっちりと練習する必要がありそうです…が、中には良いマナーをお持ちの方がおりましたね…」さりげなくアンジェの方に視線を向ける…

アンジェ「…」

グレイ「そうした方は引き続き練習を怠らないよう…また、さきほど私に注意を受けた方はしっかりと覚えておくように……以上です」

ドロシー「…アンジェ」

アンジェ「なに?」

ドロシー「さっきはありがとな…おかげで叱られないで済んだ♪」

アンジェ「お礼なんていいわ。別に教えたわけじゃないんだもの…むしろ横目で見ただけで真似できる、貴女の器用さのおかげでしょうね」

ドロシー「はは、そりゃどうも…そう言えば、次は何の訓練なんだろうな……?」

アンジェ「さぁね」

………

…午後…

グレイ「では皆さん、ついてきてください」ドレス姿の一団を先導するグレイ教官…

訓練生A「はい」

訓練生B「分かりました」

…ミス・グレイに連れられてやって来たのは施設の片隅にある小さな林で、視線の先には午後の柔らかい日差しに照らされた明るい緑の草地と、揺れる色とりどりの花々、まばらな木々の間から聞こえてくるヒバリの鳴き声……と、堅苦しい他の場所とは違う牧歌的な雰囲気が漂っている。そして、林の間には田舎の農家のような、緑色の屋根をした一軒の小さな家が建っている…

グレイ「では、これから皆さんにちょっとした面談を受けてもらいます…一人ずつ入っていって、出て来たら次の人と交代しなさい」

訓練生C「…教官、これも何かの訓練なのですか?」

グレイ「この施設での生活は全てが訓練です……では、最初はあなたから」

訓練生C「はい」

…数十分後…

ドロシー「…失礼しますよ…と」

おばさん「いらっしゃい…さ、かけて」

…木の扉を開けると中は編み物や本が置いてあるこぢんまりとした居心地のいい部屋で、室内には辺りを心地よく暖めている暖炉に、素朴な感じのする木のテーブル、それにひじ掛け椅子と揺り椅子が一脚づつ……テーブルを挟んだ手前側にはひじ掛け椅子があって、奥の揺り椅子には小柄なおばさんが座って編み物をしている…おばさんは丸ぽちゃで目の間がいくらか離れているせいか、決して美人とは言えないが、いかにも人のよさそうな顔をしている…

ドロシー「どうも…」訓練のたまものでさっと周囲を見回すと、とっさの場合に飛び出せそうな出口と窓の位置、誰か潜んでいる様子はないか…などと手早く安全確認をする…

おばさん「もうちょっと待っててちょうだい…きりのいいところまで編んでしまいたいからね」

ドロシー「ええ、ゆっくりでいいですよ」

おばさん「ありがとうね……はい、終わりましたよ。 …よいしょ」椅子から立ち上がったおばさんは小柄で、服の明るい茶色と栗色が「田舎の優しいおばさん」と言った雰囲気にぴったり合っている…

おばさん「さてさて、ミセス・ブラウンよ…よろしくね、ミス……」

ドロシー「ドロシー」

ブラウン「ミス・ドロシーね……よかったらお紅茶でも淹れましょうかねぇ」

ドロシー「ありがとうございます、ミセス・ブラウン」

ブラウン「気にしないで、私もちょうど欲しかったのよ」…暖炉のそばに置いてあるやかんを取り上げ、ティーポットにお湯を注ぐ……一旦お湯を捨て、ポットに小さじ二杯の茶葉を入れると、熱いお湯をたっぷりと注ぎ込んだ…

ブラウン「…よいしょ、後は気長に待つばかりね……パウンドケーキがあるけど、食べる?」

ドロシー「いえ、お構いなく」

ブラウン「まぁまぁ、そう言わずに…クルミ入りだから美味しいわよ」

ドロシー「そうですか、じゃあお言葉に甘えて」

ブラウン「ええ、そうしてちょうだい……娘が作って持ってきてくれたのだけど、おばさん一人じゃ食べきれないのよ」

ドロシー「へぇ…娘さんはミセス・ブラウンに似て優しいお子さんなんですね」

ブラウン「まぁ、ありがと……よかったら娘の姿を見てちょうだい。ほら、そこに肖像画があるでしょう?」

ドロシー「どれどれ…?」毒を盛られるのではないかとそっと注意しつつ、ブラウンの指差した方を見た……マントルピースの上に置かれた小さな肖像画には、老人とミセス・ブラウン…それに愛らしい娘が描かれている…

ドロシー「へぇ、可愛いお嬢さんだ……隣はご主人ですか?」

ブラウン「ええ…なんだけど、十年ばかり前に「セイロンで茶畑の農園主になる」って出発してそれっきり……ありがたいことに、こうやって生活出来るだけのお金は信託されていたけれどもね」

ドロシー「それは…知らなかったとはいえ失礼しました、ミセス・ブラウン」

ブラウン「いいのよ……それよりお茶が入ったから飲みましょう」

ドロシー「ごちそうになります…ん、美味しい」

ブラウン「そう、良かったわ…♪」

…しばらくして…

ドロシー「そうですか…ミセス・ブラウンも大変だったんですね」

ブラウン「ええ。その時はうんと困ってね……ミス・ドロシーにはそんな経験ある?」

ドロシー「はは、そんな経験なんてありませんよ…」

ブラウン「そう、良かったわね…お生まれはロンドン?」

ドロシー「いえ、コーンウォール地方です……海沿いだったので風が強くって、子供心に家が吹き飛ぶんじゃないかって心配だったのを覚えています」

ブラウン「そう…それは怖かったでしょうねぇ」

ドロシー「ええ、全く……壁の割れ目から吹き込んでくる風がひゅうひゅう言ってベッドが寒いうえに、家の暖炉は煙突が悪かったのかよく暖まらなくて…しょっちゅうぶすぶすと音をたててくすぶっていましたよ…ふふ、懐かしいです」

ブラウン「まぁまぁ…そうなの」

ドロシー「はい……幼い頃は天井についた染みをあれこれいろんなものに見立てては空想にふけったりして…その中のひとつは枕に頭をのせるとちょうど正面に見える場所にあったんですが…王室の馬車そっくりでしたよ?」

ブラウン「ふふ、そうだったの…♪」

ドロシー「ええ…それに近くの原っぱに出かけてはクランベリーの茂みにもぐってみたり、野イチゴをつまんでみたりして……」

ブラウン「いいわねぇ…子供時代の事で、他にはコーンウォールのどんなことを覚えてる?」

ドロシー「そう……当時は子供だったので何のことか分からなかったのですが、ワーテルローの戦勝記念日で大人たちが騒いでいたこととか…夕飯の時間になっても父親が帰ってこないので、母親から「パブに迎えに行って来い」って言われたんですが、漁師が生やしていたもじゃもじゃのヒゲが怖くって、なかなか入れなかったのを覚えていますよ……カウンターなんかは長年こぼれたエールを拭きとってきたせいか飴色になっていて…」

ブラウン「ふふ、そう…って、もうこんな時間ね?」

ドロシー「本当だ……すみません、長々と居座っちゃって」

ブラウン「いいのよ…また顔を見せに来てちょうだいね、ミス・ドロシー?」

ドロシー「ええ。そうしますよ、ミセス・ブラウン♪」

…しばらくして…

ドロシー「よぉ、アンジェ、委員長…なぁ、さっきのは何の訓練だったと思う?」

委員長「ドロシー、あなたそんなことも分からなかったの?」

アンジェ「本当ね…あれが何の訓練かなんて分かりきったことよ」

ドロシー「へぇ、それじゃあ無学な私に教えてくれよ♪」

アンジェ「あの訓練はカバー(偽装)やレジェンド(カバーに合わせたニセ経歴)を見破られないための訓練よ…人当たりのいいおばさん相手に、うっかりつじつまの合わないことをしゃべってしまわないためのね」

ドロシー「なぁる…で、お二人さんは上手くいったか?」

委員長「そうね、途中で予想外の質問が来たときは少し詰まったけれど…」

アンジェ「私は特に問題なかったわ」

ドロシー「はぁ、相変わらずアンジェは優等生だねぇ」

………

…その頃・会議室…

ホワイト「どうだったね?」

ブラウン「そうねぇ…上出来なのは五、六人くらいよ」

ホワイト「相変わらず手厳しいな……もっとも、ミセス・ブラウンのその風貌にはみんな一度はだまされるがね」

ブラウン「そう言わないでちょうだい…私みたいなおばさんにぽろりと秘密をしゃべって、牢獄から出られなくなったエージェントのなんと多い事か……そうならないように努力しているのよ」

ホワイト「分かっていますとも」

グレイ「…では逆に「これは」と思う訓練生は?」

ブラウン「うまかったのはミス・ドロシーね…コーンウォールなんて自分の住んだことのない場所だろうに、あれこれと見てきたように話すんですもの……ちょっと意地悪をして地元のお祭りを聞いた時も、さらりと話題をすり替えたわよ」

ブラック「ほほう。彼女は少し奔放で飽きっぽいところもあるが…悪くないかもしれんね」

ブラウン「ええ。後はミス・アンジェね……何事もそつなくこなせて」

マーガレット「それはわたくしも同意見です。いつでもさらりと振る舞って…それに王宮や貴族階級のしきたりに詳しいのには驚きましたわ」

ホワイト「後はコードナンバーC2の「委員長」か。彼女は真面目だから成績はいいが…この手の訓練ではどうだったね?」

ブラウン「そうねぇ…きちんと訓練で受けた形通りに話題をそらし、そつなくまとめていたのだけれど……少し心配性なのが気になるわね」

ブラック「ふむ、底抜けの能天気よりは用心深い方がいいが……真面目なだけでは成果に結びつかないのが情報部員の大変な所だからな、あまりに考え過ぎるタイプは長続きしないだろう…」

ホワイト「エージェントに一番必要なのは運だからな。もっとも、そればかりは実際に活動させてみないと分からんが……ところで明日は君の番だね」

若い女性「ええ」

ホワイト「それじゃあ、うんと歩かせてやってくれたまえ…いい気分転換になる」

若い女性「もちろんです♪」

………

…翌日の早朝・ロンドン市内…

若い女性「初めまして、皆さん…私はレディ・スカーレット。今日は皆さんに徒歩での「移動目標の監視と追跡」を学習してもらいます」

…成績の良いアンジェ、ドロシー、そして委員長はクラスの訓練生たちより一足早くファームを出て「実地」での訓練に移っていた。三人とも夜明け前に起こされて、それぞれ空の洗濯カゴに押し込められた上で洗濯屋の馬車に載せられ、なにも見聞きできないままロンドンに運ばれた……やっとたどり着いたロンドン市内の部屋では、はつらつとした様子のうら若い指導教官と、その補佐らしい二人が待っていた…

委員長「…つまり、尾行のことですか?」

スカーレット「ええ、やることはほぼ同じです。ですが「尾行」というよりも、こっちの方がそれらしいでしょう?」

ドロシー「確かに」

スカーレット「さて…「監視と追跡」の基本は目標にあまり近づきすぎないこと。そして相手が止まったからと言って、自分も立ち止まらないこと…同時に動きを止めるなんて目立ちますからね。そういう場合は視線を合わせずにゆっくり通り過ぎて、相手が歩きだすのを待ちましょう」

スカーレット「他にも、道路の混み具合に合わせて反対側の歩道から追跡したり、ショーウィンドウをのぞき込む…ちょっと店に入って、店内からガラス越しに監視を続けるのもいいでしょうね」

委員長「距離はどのくらい空ければいいのですか?」

スカーレット「それは道の人通りや遮蔽物の多さによっても変わりますから何とも言えませんね…でも、二十五ヤードくらいなら見失うことも少ないでしょうし、かといって相手に気づかれることもないでしょう……後は格好を変えるのも有効です。帽子、日傘、上着を着たり脱いだり…何でも構いません」

………



スカーレット「……それと最後に。結構歩くことになりますから、脚ごしらえはしっかりとね」…しばらくして「尾行の基本」を話し終えると、がっちりした編み上げ長靴のひもを結び直してみせた

アンジェ「はい」

スカーレット「よろしい。そうしたら一人ずつ交代で私を尾行してもらいますから…残りの二人はそれぞれミス・アネモネとミスタ・ブルーフォックスについて、練習しながら交代するポイントまで歩いて行きましょう」

委員長「了解」

…数時間後…

スカーレット「…」

ドロシー「…」(くそっ…教官のやつ、明け方からずーっと歩き続けてやがるけど……脚にバネでも入ってるのか?)

スカーレット「…すみません、一つ下さい」

露天のオヤジ「毎度っ!」

ドロシー「…」(ちくしょう…腹は減るし喉は乾くし、脚が棒になった気分だ……ったく)

…心の中で悪態をつきながら、午前中のにぎやかな街で尾行を続けるドロシー…と、それまでぶらぶらと歩いていたスカーレット教官が急に速足で歩き始めた……

ドロシー「…」(ちっ、振り切るつもりだな……そうはいきますかっての!)

スカーレット「…このショールはいくらですか…え、六シリング?」

ドロシー「!」(おっとと、あやうく立ち止まるところだった……こういうときは「何でもないように」てくてく行き過ぎる…と♪)

スカーレット「…そうですか、色は綺麗で気に入ったんですが……また今度にします」

露天のおばちゃん「そうかい、そいつは残念だねぇ…」

ドロシー「…」(お、ちょうどいい所にショーウィンドウがある…しばらく眺めるふりでもしながらやり過ごそう)

スカーレット「…」

ドロシー「…」(へへーんだ…こちとらだってそうそう簡単に撒かれたりしませんっての!)

スカーレット「…」

ドロシー「!?」(ちっ、今度は急に曲がって引き離す気かよ…!)

…たたたっ、とドロシーが距離を詰めて角を曲がった瞬間、スカーレットが両手を広げていた…

スカーレット「…はい、捕まえた」

ドロシー「っ!?」

スカーレット「…ふふふ、途中まではなかなか良かったわ、ミス・D……だけどね、相手が急に角を曲がったら要注意よ…こうやって敵方のエージェントが貴女を待ち受けているでしょうからね。 こんな時は急に曲がらないで一呼吸空けるか、さもなければ一旦追うのをあきらめましょう」

ドロシー「はい、これからは気を付けます……ふぅ」

スカーレット「疲れた?」

ドロシー「ええ、まぁ…それに喉も乾きました」

スカーレット「そうでしょうね…それじゃあここで待っているから、お昼を買っていらっしゃい」

ドロシー「そりゃどうも…♪」

スカーレット「初めての実地訓練にしては上出来だったから、ちょっとしたご褒美よ」

ドロシー「今は何より嬉しいご褒美ですよ…それじゃあひとっ走り買ってきます」

スカーレット「ええ。戻って来たら続きをやりますからね」

ドロシー「…うえぇ、まだやるのかよ……」

…夕方…

スカーレット「はい、お疲れ様…三人ともなかなか上出来でした」

ドロシー「…はぁぁ」

委員長「ふぅ」

アンジェ「…」

スカーレット「それでは終わりに私からちょっとした講評を…ミス・アンジェ」

アンジェ「はい」

スカーレット「あなたの「監視と追跡」は大変よろしい♪ …目立たず、かといって逆に疑いを招くほど地味すぎることもなく…近づきすぎず、かといって離れすぎることもない……私も数回あなたの事を見失ってしまうほどでした。 あなたは工作員のセンスがあります、今後もこの調子で訓練に励んで下さいね」

アンジェ「ありがとうございます」

スカーレット「さて、ミス・ドロシー…」

ドロシー「はい」

スカーレット「あなたは人混みをぬって歩くのが上手ですね…それに途中で気を利かせてボンネットを買ったのはいい判断でした…視線も隠れるし雰囲気もぐっと変わりますからね」

ドロシー「…どうも」

スカーレット「引き続き訓練に励めば、いい監視者になれるでしょう…頑張って♪」

ドロシー「はい」

スカーレット「さて、最後にミス…いえ、せっかくですから私も「委員長さん」ってお呼びしましょう」

委員長「…はい」

スカーレット「最後こそ振り切られてしまったけれど、途中までは上手く尾行できていたわね…定石通り、無難で堅実な追跡の仕方でした……今後は教科書に自分なりのアレンジを加えてみるとよりよい「監視と追跡」が出来るでしょう」

委員長「はい、分かりました」

スカーレット「それでは今日はここまで…お疲れ様」

………



ドロシー「うえぇ…さすがに脚にこたえたな……」

アンジェ「そう?」

ドロシー「全く…レディ・スカーレットといいお前さんといい、本当に人間なのか?」

アンジェ「さぁ、どうかしらね」

ドロシー「あー、ったく可愛くないやつ……委員長、どうした?」

委員長「…二人とも最後まで尾行できたのよね?」

ドロシー「ああ…とはいえ私は「ふん捕まった形で」だけどな」

委員長「そう。でも私は振り切られちゃって…ちゃんと基本にのっとってやってたのに、教官が急に早足で人混みに紛れ込んだら見失って……」

ドロシー「まぁまぁ、そう思い詰めるなって……次があるさ、な?」

委員長「でも…っ!」

アンジェ「ふぅ…今日の失敗を悩んでも仕方がないでしょう。明日の訓練で挽回するか、そもそも失敗しないことね」

ドロシー「おいおい、ずいぶん手厳しいじゃないか?」

アンジェ「当然でしょう。もしかしたら今後この三人でチームを組むことになるかもしれないのだから…」

ドロシー「へぇ…まさかアンジェが私たちを同格に見てくれてるってのは意外だな」

アンジェ「…あくまでも「もし」の話よ」

ドロシー「おやおや、ミス・アンジェときたら照れちゃってまぁ…♪」

アンジェ「…怒るわよ?」

委員長「はぁ……あなたたちの夫婦漫才を見ていたら、悩んでいたのが馬鹿みたいな気分になってきたわ…明日は誰にも負けないほど上手くやるから」

ドロシー「はは、その意気♪」

尋問リクって丸々1エピソードなのかな
もし尺があれば快楽拷問だけじゃなく前半で痛い方の訓練もあると嬉しい

>>226 まずはコメントありがとうございます

…まず、尋問への訓練はこのエピソードでやっていく予定です……それと「痛い系」のリクエストはできればお答えしたいところではありますが(軽いタッチのものならともかく)苦痛になるようなものは書くつもりがなかったので難しいです……最初にそう書きいれておけばよかったですね、ごめんなさい…


…ちなみに「お尻ペンペン」くらいでよければ書けますので、それでもよろしければ……

…翌日…

ドロシー「さーてと…いいんちょ、昨日はあれだけ大見得を切ってくれたんだ……頑張ってくれよ?」

委員長「言われなくても…!」

色っぽい女性「はい、それでは座って下さい…私はミス・パープル♪」

ドロシー「…っ!?」

パープル「……これから皆さんには工作員が仕掛ける誘惑の仕方と、同時に工作員が負うさまざまな誘惑や尋問への対処法をお教えします…どうかお見知りおきを♪」

委員長「///」

ドロシー「おやおや……こいつは委員長には難しいよ…な…///」

…甘いジャスミンの香りが立ちこめる教室の中、ミス・パープルは椅子に座っているだけにもかかわらず、むしゃぶりつきたくなるような女の色香を漂わせている…

パープル「…物の本によると「世界最古のスパイ」はイヴを誘惑して知恵の実を食べさせた蛇だと言う意見があります…確かに偽情報で相手のエージェントを誘惑し、結果的にその主人を裏切らせたのですから、工作としては上出来です♪」…椅子の上で脚を組み替えると、白いストッキングに包まれた滑らかなふくらはぎがちらりと見える…

パープル「……また、聖書にもありますように「肉体は弱い」ものです…そして私たち情報部員は敵方の弱い部分を見つけ、そこを突いていかなければなりません♪」(※肉体は弱い(fresh is frail)…マタイ伝)

パープル「…つまり、一般的にスパイと異性…あるいは同性との付き合いは切っても切れない関係にあります」

パープル「たいていの場合、諜報活動における同性愛者は弱点が多く「リスクが高い」と敬遠されがちですが、私のように上手く使えば貴重な武器になりますよ……ふふ♪」ドレスの胸元からは白くて柔らかそうな胸がのぞき、身動きするたびにたわわに揺れる…

アンジェ「…」

パープル「例えば…貴女が手なずけた「スティンカー」は、最初こそ「利益」や「思想」といった信条に従ってこちらに情報を提供しますが、しばらくするとだいたいは自分のやって来たことの大きさに恐れをなして、「手を引きたい」とか、悪くすると貴女のことを敵方に密告したりすることがあります…」

(※スティンカー…「臭い奴」の意で、敵国籍でありながらこちらに情報を提供する者のこと…つまり「裏切り者」や「売国奴」と言われる人たち)

パープル「そんな時、相手の弱点を握っておくと手綱をとるのがたやすくなります……みんな何かしら、人には言えないような「趣味」を抱えているものですからね。…特に社交界でのゴシップにうるさい向こうの貴族たちは、なおの事そうした「不品行」を隠したがります♪」

委員長「///」

パープル「…まぁ、そうでなくても一種の「慰めと報酬」と言うことでベッドを共にしてあげるのもいいでしょう…と、ここまでは「こちらが操る場合」のお話ですね♪」

パープル「では反対に、こちらに差し向けられた敵方のエージェントたちはどんな姿かたちをしているのか……それは簡単♪」

ドロシー「?」

パープル「そうしたエージェントはそんなに美男美女と言うわけでもありません…ですが、貴女の事をよく理解してくれて、必要以上に貴女の事をあれこれ聞き出そうとはせず、貴女がイライラしているときも文句ひとつ言わずに寄り添ってくれる……つまり「思いやりがあって素晴らしい人」と言うことです…が、こんな人はまずいませんから、そういう人は間違いなく敵方のエージェントです♪」

ドロシー「…ぷっ」

パープル「残念なことですけれど、こうした相手に引っかかってのぼせてしまうエージェントは少なくありません…なぜなら、私たちのように工作員として身分を偽っていると、どうしても心から信頼できる人が欲しくなるからです……別に一晩の刺激が欲しいわけではなくて、あれこれ心の内をさらけ出せる相手が欲しくなるのですね…♪」

パープル「でも気を付けて……たとえ敵のエージェントではなく心から貴女を愛していて、裏切るつもりのない人だとしても、うっかり口にした一言が貴女を死刑台に追いやってしまうかもしれません…」

アンジェ「…」

パープル「ではどうすればいいのか? …昔からこの問題について情報部は頭を悩ませてきました……そしてその答えは…」

一同「…」

パープル「いまだにありません」

ドロシー「…おいおい」

パープル「誰とも心を通わせて気を許す時間が得られない情報部員たちにとって、偽りを取り払って自分らしく話せる時間は唯一安心できる時間なので「付き合うな」と言うわけにもいかないのです……だから本部の人たちは白髪になったりするんですよ♪」

パープル「さて、お話はこのくらいにして…後は「実践」に参りましょうね……ふふふっ♪」甘い笑みを浮かべて訓練生たちを舐めまわすように物色するパープル教官…

ドロシー「…うへぇ……///」

………

>>227
「痛い系」無理に書かなくて大丈夫ですよ
教官と一対一と勘違いしてたので...
AやD、委員長は「優等生」なので皆の見本としてパープル教官に沢山可愛がられますね
楽しみです

>>229 お返事遅くなりました、そう言ってもらえると助かります……一応、明日以降に百合えっちな場面をば投下する予定です


…ちなみに元「モサド」エージェントの方が書いたとあるノンフィクションによると、実際の工作員は尋問への対策法はほとんど教えられないそうです…あれこれと尋問の事を聞くと不安をかきたてられてしまい訓練が手につかなくなるのと、なまじ尋問の知識を持っていると「実際に」尋問を受けることになった時に慣れや油断が出て「かえって尋問官の術中にはまってしまうから」だそうで…

パープル「それじゃあお手本を見せますから、お相手に……そうね、いま嫌そうな顔をしてくれたミス・ドロシー♪」

ドロシー「…はは、教官も人が悪い。私がお綺麗なパープル教官にそんな顔するわけありませんよ♪」

パープル「あらそぉ、だったらなおのこと遠慮せずにいらっしゃい…ね?」

ドロシー「…」(ちっ、やぶへびだったか…)

パープル「それじゃあ…私のお膝の上にどうぞ♪」教室の端に置いてある、一人がけにしては大きいソファーに座り、膝をぽんぽんっ…と叩いた

ドロシー「いいんですか? …それじゃあ、失礼しますよ……っ!?」(おいおい、教官の太もも…むちゃくちゃ柔らかくて気持ちいいぞ!?)

パープル「それでは…軽くお手本をね……♪」お姫様抱っこのスタイルに近い状態で横向きに座っているドロシーを両手で抱きかかえるようにして、軽く髪を撫でる…

ドロシー「…教官、私は何をすればいいですかね?」

パープル「そうねぇ…軽いおしゃべりでもしましょうか♪」

ドロシー「あぁ、そうですか……それにしても今日はいいお天気で、ツバメが空中でひらひら宙返りしているところが見られましたよ……」

パープル「そうねぇ、この数日は暖かでいい気持ちだもの……ツバメさんも過ごしやすいでしょうね♪」さわっ…♪

ドロシー「…んっ」

パープル「最初は遠慮がちに…でも相手の事を愛する気持ちを精一杯こらえているように……もっとも、実戦では相手の様子次第で臨機応変に臨みましょう……ミス・ドロシー、貴女は一見すると勝気な感じだけれど、本当は誰よりも優しくて繊細なのね…♪」耳元でそっとささやきながら頬を撫でる…

ドロシー「ん、ふぁ…ぁ///」(うわ…手も柔らかけりゃいい匂いまでするなんて反則だろ……///)

パープル「…続き、いい?」

ドロシー「訓練なんですから、良いも悪いもお任せしますよ…///」

パープル「あら、つれないお返事……それじゃあ…♪」

ドロシー「う…くぅ///」パープル教官に豪奢なドレスの裾をそっとたくし上げられると、さらさらいう衣擦れの音と同時にひんやりした空気が入ってくる…

パープル「ふふ……そう堅くならないで、ゆったり息を吸って…そうそう…♪」優しくヒールを脱がせると、シルクのストッキングに包まれたドロシーの脚をつま先からふくらはぎへと、そっと指先で撫で上げていく…

ドロシー「あう……んぅっ///」

委員長「///」

アンジェ「…」

訓練生A「ん…っ///」

訓練生B「あ、あっ……///」濡れた瞳に、口紅も鮮やかに半分開いた形のよい唇…むしろドロシーにしなだれかかっているようなパープル教官の色っぽい姿態と耽美な光景に、ふとももをもじもじさせて顔を赤らめる訓練生もちらほらと見える……

ドロシー「はひっ、はぁ…んぅ///」(あ、あっ……太ももを撫でられているだけなのに……すごいぞくぞくする…///)

パープル「ドロシー…お願い、私にキス…させて? …唇を奪ってしまってごめんなさいね、でも訓練だから我慢して……んっ♪」小声で謝ってから、そっと唇に触れた…

ドロシー「んっ、んむ…っ///」パープル教官の付けている花園のような香水と、成熟した女性の甘い匂いが鼻孔いっぱいに入って来てくらくらするドロシー…むしろ自分から進んで、パープルのぷるっとした唇に自分の唇を重ねて行った…

パープル「んふっ、んむ……ちゅぅ…♪」

ドロシー「んっんっ……あむ、んちゅっ…ちゅっ///」

パープル「ふふ、どうやらミス・ドロシーは積極的なタイプのようです♪ ……きっと身近な人と何かあって、一人ぼっちで寂しかったのね…?」他の訓練生たちには聞こえないよう、耳の穴を舐めるようにしながら言った…

ドロシー「ん、んくぅ……ミス・パープル…///」

パープル「ふふ、こうやると気持ちいいでしょう……言わなくていいわ、二人だけの秘密よ……たいていのレディはここが弱点ですから、覚えておきましょうね♪」ドロシーの形のいいふくらみをドレス越しに優しくまさぐりつつ、自分のずっしりとたわわな胸を押し付ける…

ドロシー「あっ、あ……♪」(これ、本気で……イきそう…っ///)

パープル「ふふ、それじゃあ「導入部」はこれにておしまい……ミス・ドロシー、どうぞ席にお戻りになって♪」

ドロシー「はい、ミス・パープル……んっ///」にちゅ…っ♪

パープル「さて……私たちとしてはありがたいことに、王国でも女性同士なら二人きりになるのがわりと簡単ですから、後はそれまでに築きあげてきた関係を一気に進めるかどうか、慎重に判断しま……もう、ちゃんと聞いているのかしら?」

訓練生C「…んっ///」

訓練生D「///」

パープル「あらあら、仕方ないわね…それではこの後は別室で「続き」のお話をして、その後は個別に練習しますからね……ふふ♪」

…別室…

パープル「さぁ、いらっしゃい…そう遠慮しないで?」

一同「…」


…パープルに連れてこられた一同の前にはベッドがいくつかと、むせ返るような甘い匂いがたちこめていた……クィーン・サイズのベッドには桃色のバラ模様が入ったシーツやクッションが敷かれていて、四、五人くらいならたやすく乗ることが出来そうに見える…


パープル「さてさて、さっきは協力的なミス・ドロシーのおかげで都合よく「関係を深める」ことが出来ました……とはいえ口づけだけで済ませられる関係では大した情報は引き出せないでしょうから…今度はより積極的な情報の引き出し方を……さて、ミス・チャタム♪」

訓練生C「はひっ…!?」

パープル「まぁまぁ、取って食べるわけじゃありませんからそんなに緊張しないで…♪」ころころと笑うミス・パープル

訓練生C「は、はい…///」

パープル「この中で一番の優等生はどなた?」

訓練生C「えーと…ミス・アンジェです」

パープル「そう…それでしたらミス・アンジェ♪」

アンジェ「…」

パープル「さ、どうぞ…?」腰をかがめて優しく手を差しだした…

訓練生C「…ミス・アンジェ……ごめんなさい……」

アンジェ「……余計な事を…」

訓練生C「ひうっ…!」

パープル「ミス・アンジェ、そう怖い顔をしないで…ね♪」左手はアンジェの手と「恋人つなぎ」にして、右手は抜け目なく腰に回している…

アンジェ「…はい」

パープル「さて……私たち二人は先ほどキスも交わし、もはや抜き差しならない仲になることを望んでいる……当然アルビオンの貴族にしてみれば女性同士の秘めたるお付き合いなど(実はたくさんいますけれど)社交界に知られてはならない秘密の関係です…こうなればもはや彼女は人に明かせぬ秘密を握られ「腕利き情報部員」である貴女の思うがまま、まるで操り人形のように動いてくれるでしょう♪」胸元で両手を合わせると、蜂蜜のように甘い笑みを浮かべた…

アンジェ「…」

パープル「それでは…ミス・アンジェ」

アンジェ「はい」

パープル「緊張しないでも大丈夫、優しくしてあげますから……ね♪」しゅるっ…と、黒いボディス(胴衣)のひもをほどくと、ドレスがふわりと広がる……

アンジェ「…横になった方がいいですか」

パープル「ふふ♪ お気遣いありがとう、ミス・アンジェ…最初は私に任せっぱなしで大丈夫よ♪」

アンジェ「そうですか…」

パープル「ええ……それと「初めて」は貴女の思い人のために取っておきますからね……貴女のお乳は色白で綺麗ね、ミス・アンジェ♪」ドレスの胸元をはだけさせてアンジェの控えめな谷間に顔をうずめて嬌声をあげつつ、さりげなくささやいた…

アンジェ「…!」

パープル「…その方はとっても大事な女性(ひと)のようね…任務が障害にならないよう祈っているわ……すぅ…はぁぁ♪」

アンジェ「…ミス・パープル……」

パープル「ふふ、それにね……こうすると…っ♪」

アンジェ「…っ!?」一気に押し倒されて馬乗りにされるアンジェ…ずっしりと豊かなミス・パープルの乳房が目の前で揺れる…

パープル「ミス・アンジェの恥ずかしがる表情を見ながら……んっ、んんっ♪」細身だが鍛えられ、きゅっと引き締まったアンジェの腰をぎゅっとふとももで挟み込み、熱っぽく柔らかな秘所を擦りつける…

アンジェ「んっ、い゛ぃっ…!?」

パープル「はぁ、はぁ、はぁっ…ミス・アンジェはひんやりしていて……気持ちいい…わ♪」くちゅ、にちゅ…ずりゅっ♪

アンジェ「はひっ、くうっ……んんっ!」長身で肉感的なミス・パープルだけに、小柄なアンジェには一回ごとの動きが激しい…息をするのも精一杯で、おまけに室内の空気は甘くただれた関係を思わせるような甘い匂いで満ちている……

パープル「それからこうして…ふふ、少し硬いけれど張りがあって若々しいお胸ね♪」むにっ、もにゅ…っ♪

アンジェ「はぁっ、ふぅ、ひっ…いぃ゛っ、あひぃ゛っ…♪」せいぜい女学生どうしのじゃれ合い程度にしか触られていないはずが、たちまち乳房の先端が硬くなってくる…

パープル「あら…ミス・アンジェはこういうことにはうといようね、それでは私から特別に……♪」甘い笑みを浮かべると、アンジェのふとももを左右の小脇に抱えるように持った…

委員長「今のでもすごいのに…と、特別ってどうなるの……///」

ドロシー「お、おぉ…ぅ///」

………



パープル「…さて、お次は……」

アンジェ「ふぅ…はぁ、はぁ……ふぁぁ…っ///」

ドロシー「なんて言うか……すっごいな…」

委員長「///」

パープル「貴女方はエージェントとして……どんな驚くような事にも冷静に対処し、もし相手が欲するのなら何だって与えてやりなさい……どうしても渡すことのできないものを望まれたら、その時は相手を殺しなさい…ね♪」

アンジェ「あふ…っ、はひぃっ……♪」

パープル「さて…王国の貴族女性の中には、こういうのが好きな人もいますから……初々しいのも結構ですが、あんまりぎこちないとかえって興ざめになって、そのまま「さようなら」になってしまうこともあります…一番いいのは「恥ずかしいけれど興味津々」と言ったところね♪」

アンジェ「はひっ…いぐっ、ひぅ…っ♪」

…まるで天気の話でもするように話しながらアンジェの後ろから手を伸ばして花芯をかき回し、ねちっこい手つきで乳房を揉みしだくミス・パープル……玉ねぎ型をした飾りのついたベッドの柱にシルクのリボンを結び付け、四つん這いにしたアンジェの手首とつないでいる……アンジェの目には黒いシルクの目隠しがされて、半開きの口からたらりと唾液が垂れている……

パープル「ふふ、だいぶ身体の硬さがほぐれてきたわ……いつもあんなに運動させられているから、どうしても筋肉がこわばってしまうのね…♪」

アンジェ「はふぅ、ひぅ…あっ、あんっ……♪」

パープル「あと、こういうのも時々……私もいく度か経験があるけれど……壁の向こうでは使われます♪」…ミス・パープルは「ミス・アンジェにはヒミツね♪」と言った様子でいたずらっぽく口元に人差し指をあて、それから壁の棚にかけてあった先が平たい乗馬用の鞭を取った…

ドロシー「うわ…///」

委員長「///」

訓練生A「わぁぁ…ねぇミス・ブリストル、今度一緒に試してみましょうよ……///」

訓練生B「え…」

訓練生C「…んっ///」くちゅっ…♪

パープル「それでは…っ♪」パンッ!

アンジェ「んぅっ…!?」

パープル「ふふ、もう一つ…♪」パシッ!

アンジェ「ん゛ぅ…くぅっ……!」

パープル「ふふ、ずいぶんとトロけたお顔になってきたと思うわ……でももう少しだけ…煮込み料理と同じように、時間をかけて……えいっ♪」

アンジェ「はぁ…っ」

…しばらくして…

パープル「いかが、ミス・アンジェ……痛くないようにしているけれど……たまらないでしょう?」他の訓練生には聞こえないよう耳元に顔を近づけて小声で気遣いながら、アンジェに鞭を振るう…

アンジェ「はひっ、ひぐぅ……ひっぐぅぅ…っ♪」とろとろっ…にちゅっ♪

パープル「まぁ、ミス・アンジェも天使のように可愛らしく果ててくれましたね。しばらくここで休んでいらっしゃい……さてさて、この後は私が個別に皆さんを訓練します♪」アンジェをとろとろにトロけさせておきながら、軽く息を弾ませているだけのミス・パープル…

委員長「…ねぇ、本当にあんなことをするの……?」

ドロシー「…参ったな///」(…もしミス・パープルみたいなのが相手だったら、こっちがへろへろにされちまう///)

パープル「別室がありますから、私が呼んだら入ってくるように…一応言っておきますが「その際のこと」はちゃんと秘密にしてあげますからね。何か質問はありますか?」

訓練生D「あの、教官…」

パープル「はい、何でしょう♪」

訓練生D「そのぉ…ミス・アンジェの様子からしても、「訓練が済んだから」って歩いて部屋を出て行けるとは思えないのですが……///」

パープル「あぁ、それなら私の補助をしてくれる「姉妹」たちが別のドアから貴女たちの事を運び出してくれますから…安心して下さいな♪」

訓練生D「わ、分かりました///」

パープル「他に質問は…ないようね。でしたらアルファベット順に始めましょう…残りのみなさんは待っている間に、他の訓練のおさらいでもなさっていてね♪」

ドロシー「だとしたら私の順番も結構早いな…///」

………


アンジェのえすえむ責め良かったです
次は尋問か...ゴクリ

>>234 コメントありがとうございます。尋問…と言うより「ミス・パープルのわくわくハニートラップ対策講座」ですかね……(笑)


ちなみに他の教官は思いついた色を当てはめていったのですが、パープルだけは英語圏でいやらしいイメージがあるようなので名付けました…日本語で言う「ピンク」のようなものみたいですね

ドロシー「本当にあの時は笑うしかなかったな…それに初めてだったぜ、「ミス・パーフェクト」のアンジェがあんなだらしない顔をするなんてな♪」

アンジェ「それを言ったら貴女だってすっかり骨抜きになっていたでしょうが。人の事を言えた義理じゃないわ」

ベアトリス「…あの、格闘の訓練は終わりましたけど……二人とも何の話をしていたんです?」

ドロシー「なーに、ちょっとした共通の知人についてね…♪」

アンジェ「まぁそんな所ね。ところでベアトリス、貴女もナイフの使い方がさまになってきたわね…次は射撃訓練をしなさい。台の上に銃弾がひとケースあるけれど、使い切っていいわ」

ベアトリス「はい」

ドロシー「ああ、撃てば撃っただけ上手くなるからな……それにしてもあの時は全く…♪」苦笑いをしながら首を振った…

………



…ファーム・廊下…

パープル「ミス・ドロシー…さ、いらっしゃい♪」

ドロシー「うへぇ、もうかよ……委員長、後は頼んだぜ?」

委員長「ちょっと、それってどういう…」

ドロシー「いや、出る時には半分ばかり魂が抜けちまうだろうからな……」さまざまな授業のおさらいをぶつぶつ言いながら歩き回っていたが、ミス・パープルに呼ばれると覚悟を決めたように息を吐いた…

…室内…

パープル「さぁどうぞ♪」

ドロシー「…どうも」…さっきまで別の訓練生の悩ましげな絶叫が聞こえていた室内をざっと見回す…調度品はいつも使っている自分たちのものと交換して欲しいようなふかふかのベッドがいくつかに、ティーセットを載せたテーブルが一つとクローゼットと、ごくあっさりしている…

パープル「さてさて……ここはドアが分厚いから、普通の声なら盗み聞きされる心配はないわ」

ドロシー「それはありがたい…よがってるところをみんなに聞かれるなんて、あまりいいものじゃない」(おいおい、だとしたらさっきの絶叫って…///)

パープル「大丈夫、そう言う面でここは完全に個人の秘密が保たれている部屋よ…だってここで育った「腕利きエージェント」たちの弱点を、王国側に転向したダブル・クロスに知られるわけにはいかないものね♪」

ドロシー「まぁ、それはそうですね…」

パープル「ね? …それじゃあ今度は敵方が「植え込んで」きたエージェントに何でも話してしまわないように訓練しましょうね、ミス・ドロシー♪」

ドロシー「ええ、ミス・パープル」

パープル「それじゃあ…♪」ぎゅっ…♪

ドロシー「…っ///」

パープル「貴女は意外とセンチメンタルなところがあって、家族のぬくもりのようなものを欲しがっているみたいね……?」耳元でささやきつつ、立ったまま後ろから暖かく抱きしめるミス・パープル…

ドロシー「さぁ、どうですかね…あんまりいい思い出はないし///」(…落ち着け、このままじゃミス・パープルにいいようにされちまうぞ……///)

パープル「大丈夫よ、私が家族の代わりになってあげる…安心して?」ちゅくっ…♪

ドロシー「あっ、あふ…っ…♪」

………

…廊下…

委員長「…現在のロンドン市街は壁を挟んで東西に分離されており、その市域区分は分断前の地名を……///」分厚いドアにさえぎられて切れ切れしかに聞こえてこないが、時折に耳に入るドロシーの喘ぎ声のせいで集中できないでいる委員長…

パープル「委員長さん…次は貴女の番よ、入って♪」

委員長「!」

パープル「さぁさぁ、早くしないとお昼を食べ損ねてしまうわよ?」

委員長「し、失礼します…///」


………

…しばらくして…

パープル「…ふふ、貴女はマジメな頑張り屋さんだものね……いいのよ、今だけは好きなようにふるまって?」くちっ、つぷっ…♪

委員長「ふぁぁっ、あっ、あ゛あぁぁっ…♪」

パープル「まぁまぁ、ずいぶんと大きな声……普段は厳格な貴女のはしたない声が、廊下にまで聞こえてしまいそうね♪」耳元でささやきながら、くちゅり…と秘所に指を入れる…

委員長「あっ…はひっ、はーっ、はぁ…っ……い゛っ、ひっぐぅぅっ…♪」

…立ったままモスグリーンの地味なスカートをたくし上げられ、がくがくと膝を震わせながらも、ハンカチを噛みしめて少しでも声を抑えようとしている委員長…が、手練れのミス・パープルの繰り出す「妙技」の数々にかなうわけもなく、ふとももからとろりと蜜を垂らしながら、息も絶え絶えと言った様子で喘いでいる…

パープル「ねぇ、貴女とミス・ドロシーってずいぶん仲がいいみたいね……私、妬けてきちゃうわ♪」委員長と「同年代の恋人」役を演じるミス・パープルが目の前にひざまづくと、そのままつま先から太ももへと指を這わせていく…

委員長「そ、そんなことはっ……はひっ、ひぐぅ…っ♪」

…ミス・パープルの下半身が焼けつくような巧みな責め方に身体がひくつき、快感をこらえようとしているせいか目尻に涙がたまる…いつもかけている眼鏡がずり落ちそうになっているのも直せないまま顔を上に向け、どうにか「情報」を聞きだされまいと必死でこらえている…

パープル「そうなの……それにしてはずいぶん仲がいいみたいだけれど?」

委員長「そんなこと…っ!」

パープル「ない…とは言えないんじゃない?」くちゅっ…♪

委員長「はあぁぁっ…んっ、あ゛ぁ゛ぁぁっ!」とろっ……ぷしゃぁ…っ♪

パープル「あらまぁ、大丈夫…?」そのまま床にへたり込みそうになる委員長を優しく抱きとめて、腰を抱いてベッドに連れて行くミス・パープル…

委員長「へ、平気…です……」(良かった…少なくともこれで何もしゃべらずに済んだ……)

パープル「あらそう。だったら今度は趣向を変えて…♪」委員長をベッドの柱に付いている「玉ねぎ型の飾り」の所に引き寄せ、それから十インチほど委員長の腰を抱え上げた…

委員長「え、あの…もう訓練は終わりでは……?」

パープル「あら、私がいつ「おしまい」って言ったかしら…せーの♪」じゅぶじゅぶっ…ぐじゅ…っ!

委員長「あひっ、はあ゛ぁ゛んっ…!?」

…いたずらめかした笑みを浮かべて委員長を抱え上げたミス・パープルは、そのまま委員長の花芯がベッド飾りの真上に来るように委員長を降ろした……ベッドの柱はつま先立ちをしてちょうど股下と同じくらいの長さで、委員長は震える両足のつま先と、金の玉ねぎ型をしたベッド飾りに食い込む秘部の三点だけで身体を支え、少しでも身動きするたびにベッドの柱の先端が「ぐちゅり…♪」とあそこをえぐってくる…

パープル「さてと…それじゃあミス・ドロシーとミス・アンジェとは何でもないの? …ね、私にだけ教えて?」くすくす笑いをしながら前かがみになり、委員長に顔を近づける…

委員長「な、何もありません…っ! どころか、あの二人は楽々と課題をこなしてきて…私が努力しているのに……あひぃっ、ひっぐぅぅっ♪」とろ…っ、にちゅっ♪

パープル「ふぅん、そうなのね……それじゃあミス・ドロシーとミス・アンジェの事は嫌いなの?」

委員長「きら…はひぃ、ひぐぅ…嫌いじゃないけど……あ゛あぁ゛ぁぁ…っ!」ぶしゃぁぁ…♪

パープル「それじゃあ二人の事は好き?」

委員長「好きとか嫌いとかそう言う……はぁあぁ゛ぁっ♪」ぬちゅ…にちゅっ♪

パープル「複雑な関係なのね…ねぇ、委員長ってどこの出身なの?」

委員長「わ、わらひはロンドンの…ぉぉ゛っ♪」

パープル「まぁ、ロンドンなの? …ロンドンのどのあたり?」

委員長「ケン…ひっ、あひぃぃっ/// …ケンジントンガーデンズ……のぉ……あぁぁ…あへぇ、はー、はーっ…♪」

パープル「ケンジントンガーデンズ? でも、私のお友達があそこにいたから時々遊びに行ったけれど、貴女は見た事ないわ♪」

委員長「それはっ…ひぐぅっ……わらひのっ…身体が弱くって……ウェールズの方で療養してたか……あっぁ゛ぁっ、イ゛くぅぅ…っ!」

パープル「そうだったの……それじゃあ大変だったでしょう、ね♪」両肩に手をかけて軽く力を込めるミス・パープル…

委員長「あっ゛あ゛ぁぁぁっ…!!」とぽっ、ぷしゃぁぁ…っ♪

…愛液を噴きだしながら頭をのけ反らせ、びくびくと身体を引きつらせると、そのままぐったりとミス・パープルの腕の中に倒れ込んだ…

パープル「はい、お疲れさま……あら、ミス・委員長?」

委員長「あへぇ……///」イきすぎて半分意識が飛んでいる委員長…それでも眼鏡を直そうとしているあたり、生真面目な性格がよく出ている……

美人の補助教官「…やり過ぎですよ、パープル」…訓練生を連れ出しにきた補助教官があきれたように眉をひそめた

パープル「そう言わないで、ヴァイオレット……なかなか「口を割って」くれないから、ちょっとやり過ぎちゃったのよ」

補助教官「時々いますからね、そう言う頑固なタイプは」

パープル「ええ…ふぅ、それで候補生はあとどのくらい?」

補助教官「あと四人です…パープルなら三十分もいらないでしょう」

パープル「そうかもしれないわね……それと終ったら、いつも通り甘い紅茶とチョコレートを用意しておいてね♪」

これはすごくいい責め
ベタだけどイクって絶頂宣言好きなのでもっと言わせて欲しい

>>238 書いていて「ちょっとありふれているかな?」と思いましたが、気に入って頂けたようで何よりです……そろそろ次のエピソードに移りますが、また機会があったらやってみようと思います

…数日後・用具室の前…

アンジェ「全く、あなたの軽口のせいでとんだ目にあったわ…用具の片づけだなんて」

ドロシー「そう言うなよ……ふぅ、やっと着いた……な?」

…施設のすみっこにある古い厩(うまや)に手を加えた用具室まで、うんうん言いながら重いハードルを片づけに来たドロシーとアンジェ……と、用具室の半開きになったすべり戸の隙間から、喘ぎ声が漏れてきた…

訓練生A「…ほぉら、イきたいならちゃんと言わないと……いつまでもこのままじゃあ誰かに見つかっちゃうかもよ?」

訓練生B「はひっ、ひゃう…んっ!」

訓練生A「さぁ吐きなさい、貴女はどこを責めて欲しいの…っ♪」にちゅぐちゅっ…じゅぷっ♪

訓練生B「あっあっ、あ゛ぁぁっ……きもひいぃっ、イくっ、イっぐぅぅぅ……っ♪」どぷっ、こぽっ…ぶしゃぁぁ……♪

ドロシー「……あー、おほん…っ!」扉の前でわざと音高く咳払いをするドロシー…

訓練生A「!」

訓練生B「はひぃ…もっと、もっとイかせて…ぇっ♪」

訓練生A「……しーっ!」

ドロシー「おーいアンジェ、早くしろよ…用具室ってここでいいんだろ…?」

アンジェ「ええ、そうよ」

ドロシー「よっこらせ…と、この扉と来た日には重くってかなわないな……なぁアンジェ、少しは手伝えよ!」

アンジェ「仕方ないわね……それじゃあ「せーの」で開けるわよ?」

ドロシー「お、それじゃあ行くぜ……っと?」

訓練生A「…あ、ミス・アンジェにミス・ドロシー…あなたたちも用具の片づけに?」…さも用具の片づけに来たような顔をして中から出てきた二人の訓練生…が、片方はまだとろんとした表情のまま脱げかけたつなぎから火照った肌をのぞかせ、もう片方の訓練生につかまってかろうじて立っている…

ドロシー「…あぁ、そっちも?」

訓練生A「そうなの…ミスタ・ホワイトったら優しい顔をしてひどいのよ♪」

ドロシー「それはご愁傷様……それじゃあ、後はこっちで閉めておくから」

訓練生A「分かったわ、どうもね」

ドロシー「ああ……ったく、どいつもこいつもミス・パープルの色気にあてられちまって、ところ構わずあんあん言ってやがる…まるでさかりのついた猫だ」

アンジェ「同感ね」

ドロシー「ふぅ、まぁ無理もないけどな……朝から晩までずーっと「ファーム」かロンドンの部屋で修道院そこのけに時間割通りの生活…「お出かけ」と言っても尾行の訓練くらいでしか出来やしない…それでいて身体はうんと使っているから血の巡りはよくなるし……後は若いステキなレディに手ほどきでもされたら…ほぉら、一丁あがり…ってね♪」

アンジェ「そうね…」

ドロシー「それにしたって、この数日ばかりと言うものずーっとこんなだぜ? 人気のない所に行くたんびに咳払いをしなくちゃならないんだから…この忙しいスケジュールの中でどうやったらそんな暇を見つけられるんだか……まったく恐れ入るよ」

アンジェ「エージェントたるもの、どんな細切れの時間でも有効活用できないとだめよ」

ドロシー「なるほどな、その点で言えばあいつらは合格だ……見張りと逃走経路の確保から言えば「落第」だがね♪」

アンジェ「そうね…とにかくこれを片づけましょう」

ドロシー「だな」

………

…別の日…

銀髪の教官「…さてさて「昨日お伝えして今日」と言うのは皆さんにとっていささか急ではありますが、わたくしから筆記試験を行って欲しいと教官方から頼まれてしまいましたのでね。無理は承知ですが、どうか受けていただきたい……」英文法と文学担当の、小柄で眼鏡をかけた銀髪の老紳士「ミスタ・シルバークラウド」が謝りながらつぶやいた…

シルバー「えー…出題範囲ですが、今までに教わった英文学と文法のすべてからです。カンニングは推奨できませんが…見つからない自信があると言うのなら、どうぞ試してごらんなさい」

訓練生一同「「くすくすっ…♪」」

シルバー「もちろんカンニングが発覚した場合は零点を付けることもありますから、諸君は十分そのことを理解したうえで試験に臨んでもらいたいですな」

ドロシー「…なぁに、見つからなければいいわけだ……」

シルバー「解答が終わったらそれぞれ退出してよろしい…何か問題があれば挙手をするように。それでは……始め」

ドロシー「…ほーん、『シェークスピアの作品名と登場人物、そのあらすじを出来るだけ記述せよ』か…楽勝だ、カンニングの必要もないな……♪」

アンジェ「…リア王、ハムレット、マクベス、ヴェニスの商人……」

委員長「…『ワーズワースの詩集から、次の詩を全て正しく記述せよ』……なんてことないわ…」

ドロシー「…お『次の用語の穴を埋めよ』……だと?」

シルバー「おやおや、ミス・ハムデン…カンニングとはよろしくありませんね?」

訓練生H「…っ!」教室の壁の下の方に細かい文字でヒントを書いておいた訓練生…が、ミスタ・シルバーに見つかり、穏やかな声で出て行くよううながされた……

シルバー「…ミス・イプスウィッチ…そのカンニング方法は私は学生の頃からあった古典的な方法です……勉強にしてもカンニングにしても、もう少し知恵を働かせなさい」

訓練生I「…はい///」

ドロシー「えーと…最初は『ドクター・ノオ』で、これが『黄金銃を持つ男』…『死ぬのは○○』…これは『死ぬのは奴らだ』で…それからこれが『ダイヤモンドは永遠に』『カジノ・ロワイヤル』……と…♪」

アンジェ「…『最後は卵のように落っこちて潰れてしまった…』……ハンプティ・ダンプティね…」

委員長「……ふぅ、ここまでは順調ね…次の問題は……え?」片手をそっとあげる委員長

シルバー「おや、どうしたのかね?」

委員長「いえ、問題文が途中で途切れていて…」

シルバー「ふむ…では推測してみるといい。情報部員になった場合、君が必ずしも問題の全文を教えてもらえるとは限らないからね…♪」

委員長「は、はい…」

シルバー「よろしい……あぁ、それとミス・ジャーヴィス…確かに女性の胸はさまざまな用途に使えるでしょうが、カンニング用紙を挟むのはいささかよろしくありませんな……若いご婦人がそれではみっともないですよ」

訓練生J「」

ドロシー「…どうやらそろそろおしまいかな……お、終わった♪」

シルバー「それではペンを置いて…みんなご苦労さま、後はゆっくりしなさい」(…ふーむ、ミス・ドロシーのカンニング方法はなかなか斬新だ。答案はおおよそ八十点と言ったところだが、十五点を加点しよう…一方のミス・「委員長」とミス・アンジェは正攻法でこの点数か…なるほど、確かにこの三人の成績は抜群だ…「卒業」もそう遠くはあるまい……)


………

ドロシー「ふぃー、お疲れさん…どうだった?」

アンジェ「さぁね…まぁそこそこじゃないかしら?」

ドロシー「ほーん……それじゃあ委員長は?」

委員長「そうね、手ごたえはあったわ…後半の問題が書かれていなかったのは驚いたけれど……」

アンジェ「問題が「書かれていない」と言っても欠落している部分は少なかったし、貴女なら残りを推測するのはそう難しくなかったはずよ」

委員長「ま、まぁそうかもしれないわ…///」

ドロシー「へぇ、アンジェも人をおだてるのが上手くなったな♪」

アンジェ「…余計なお世話よ」

………

ベアトリス「あのぉ…射撃訓練も終わりましたけど」

…硝煙をあげているピストルを台に置き、手首を振っているベアトリス……人型の的には撃ちこまれた弾の跡が黒い穴になって残っていて、ドロシーは的を眺めると軽く笑った…

ドロシー「ああ、見えてるよ……たいしたもんだ、また少し伸びたな。若いうちは覚えが早くて結構だ」

ベアトリス「ドロシーさんだって充分若いでしょうが…」

ドロシー「まぁな、ちょっとばかり先輩面してみたかったのさ…ところで、情報部員に必要な条件ってなんだか分かるか?」

ベアトリス「えーと……勇敢なことでしょうか?」

ドロシー「まぁそう言うだろうと思ったが…たとえば?」

ベアトリス「えーと…相手方のエージェントと鉢合わせた時に渡り合えるような……」

ドロシー「ははっ。訓練の後だからそう言うと思ったよ♪ …工作員に必要な「勇敢さ」って言うのは、別に身長十フィートで体重二百ポンドもあるような巨漢と殴り合うとか、そう言う「肉体的な勇敢さ」だけじゃないんだぜ?」

アンジェ「そうね」

ベアトリス「え? …それじゃあどんな場合に「勇敢」って言うんです?」

ドロシー「まぁさっき言ったような肉体的な勇敢さも必要じゃないと言えば嘘になるが…自分がこれっぽっちも信じちゃいないたわごとを真面目に受け止めてみせるとか、反対に心から信じているようなことを蹴飛ばしてみせなきゃならない「勇敢さ」の方が大事さ」

アンジェ「そう言うことよ…ファームでもそう言う訓練があったわ」

ドロシー「ああ…数カ月かけて育てた花を目の前で踏みにじられて、表情を変えたり教官を半殺しにしなければ合格っていう試験がな……私はあやうく教官の首をへし折りそうになったね」

アンジェ「…実際は顔色一つ変えなかったはずよ。そうでなければエージェントにはなれない」

ドロシー「ま、教官がおまけしてくれたんだろうさ……そうだな、例えばベアトリスだったら「王室を廃止しろ、プリンセスを殺せ!」って叫ぶ…とかな」

ベアトリス「うえっ!?」

ドロシー「…出来るか?」

ベアトリス「……必要なら、できます」

ドロシー「結構だ、それでこそ情報部員だな。…アンジェはどうだ」

アンジェ「ええ、出来るわ」

ドロシー「さすがだな……実際に言う場面が来ないように願ってるぜ」

アンジェ「お気遣い結構。別に口先でなら何とでも言えるわ」

ドロシー「そうかよ…それじゃあ後片付けでもして、ぼちぼち帰るか……アンジェ、最初に行け」

アンジェ「ええ」

…十数分後…

ドロシー「やれやれ、ようやく片づけ終わったな……なぁベアトリス」

ベアトリス「何です?」

ドロシー「……ああ見えてアンジェも苦労してるんだ、ベアトリスも時にはプリンセスの隣を譲ってやってくれ」

ベアトリス「分かっています」

ドロシー「そうか? ならいいのさ…それじゃ、帰りに何か食っていくか」

ベアトリス「…はい」

………

この数日なかなか投下できなくて済みませんでした……次のエピソード自体はある程度考えてありますが、どのカップリングにするか思案中です

…もし好きなカップリング(タチネコの好み含め)があれば、お気軽にどうぞ…数日後くらいに始めようかと思いますので

数ヶ月かけて...キング○マンかな?

>>244 「この犬ってブルドッグだろ?」「いいえ、パグよ」……あれは表現こそちょっとお下品でしたが、イギリス人らしい教官がいい味を出していましたね…確か実際にボリビア(?)だかの特殊部隊では一緒に苦楽を共にしてきた犬を最後に始末するテストがあるそうですが…


…ちなみにテレビシリーズ「ナポレオン・ソロ」のリメイク映画版「コードネ○ム U・N・C・L・E」が60年代の古き良きスパイ物らしくて好きです…そのうちに小ネタとして取り入れたいところですね…

…caseプリンセス×ちせ「The oriental lily」(東洋のユリ)…

…ロンドン市内・とある公園…

アンジェ「隣、よろしいですか?」

7「ええ。どうぞ」

…秋めいてきたロンドンの公園で暖かそうなコートにくるまれ、公園のベンチに腰掛けて池の水鳥を観察している「7」…そこに茶色のさえないコートを着たアンジェがとぼとぼ寒そうなふりをして歩いてくると、遠慮するような様子で隣に座った…

アンジェ「…それで?」

7「次の任務の指示があるわ」

アンジェ「……続けて」

7「あなたにはロイヤル・キュー・ガーデン(ロンドン南西部にある世界的な王立植物園)で、とある植物を探してもらいたいの」

アンジェ「…どんな植物なの?」

7「ええ…探しているのはごく珍しい種類のユリで、王立植物園にしかないことがはっきりしているわ」

アンジェ「ユリ?」

7「そう、ユリよ……以前、王国側のエージェントから入手したパルファム(香水)があったでしょう?」(※…case「The perfume」)

アンジェ「ええ」

7「あの香水の中に、その花から抽出した成分が入っているらしいことが分かったの……数年前、共和国の理想に共鳴したある植物学者の先生が王国から亡命したのだけれど…その人物がキュー・ガーデンを管轄する「王立園芸委員会」の一人だったことから判明した事実よ」

アンジェ「なるほど…続けて」

7「当然こちらも同じ植物がないか「キュー・デモクラティック・ガーデン」を始め共和国中の植物園を探し回ってみたけれど…残念ながら存在しなかったわ……それを使うかどうかはさておき、なんであれ敵側だけが持っていると言うのはこちらにとって不利になる」

アンジェ「確かに…わざわざアドバンテージを与えることもないわね」

7「そこで貴女にはキュー・ガーデンの「特別温室」から、そのユリの球根か種を入手してもらうわ…まぁ、大きさから言っても持ち出しやすい種がいいでしょうから、この時期まで待っていたの」

アンジェ「なるほど……とはいえキュー・ガーデンの特別温室に入れる人間はそう多くないし、あちらも種や苗の持ち出しにはうんと目を光らせているはずよ…植民地では見つからないの?」

7「ごもっともね…当然こちらも各地にプラントハンターや博物学者、「冒険家」を自称するような人間まで派遣したわ。南アフリカ、インド、セイロン、ホンコン、マレー、西インド諸島……しかし、どうやらそのユリはごく珍しい種類で、見つかっている群生に関しては王国の支配下にある地域でしか自生していないらしいの」

アンジェ「なるほど…確かに軍を派遣して植民地を奪取するよりは、キュー・ガーデンから窃取する方が速いわね…」

7「その通り。無論難しい任務であることは分かっている…だけど、こちらにも「切り札」があるでしょう?」

アンジェ「…誰をどう使うかは私が判断する……それに、いくらか予算をあてて欲しいわ」

7「分かっているわ…また経理部が胃痛になるわね」

アンジェ「プロダクト(産物)が欲しいなら相応の払いが必要ってことよ…おかしい事は何もない」

7「ええ、分かってる…こちらとしても欲しいものが入りさえすればそれでいいわ」

アンジェ「結構。お互い分かりあえたようね……それじゃあ…」

………

…翌朝・部室…

ドロシー「……で、今度はキュー・ガーデンからユリの花をくすねて来いって?」

アンジェ「ええ」

ドロシー「全く…私たちは情報部員で、怪盗じゃないって言ってやったか?」

アンジェ「言っても無駄だから言わなかったわ」

ドロシー「結構なことで…で、どうするよ」

アンジェ「そうね…コントロールが示唆したように、プリンセスを使う以外ないかもしれない……あるいは…」

ドロシー「あるいは…なんだ?」

アンジェ「…ちせを使う」

ドロシー「ちせか…確かに、あの人斬り刀と白兵戦の能力は大したもんなんだが……」

アンジェ「不安?」

ドロシー「…ありていに言えばな。彼女はエージェントになるには性格が真っ直ぐ過ぎる。いつぞやの件だって、いくら相手が鼻持ちならない奴らだったとはいえ…蝶々一匹のために決闘を挑んでいたんじゃ、もし自分の理想とかけ離れた連中の間にもぐり込むようなことになったらどうする?」

アンジェ「そうね…あの眩しいくらいの正直さは、私たちのような黄昏に生きる人間には明るすぎるわ……」

ドロシー「…妙にセンチメンタルな言い回しだが、だいたいそんなところだ」

アンジェ「…貴女の懸念はよく分かったわ。とはいえ、今回は潜入も破壊工作もしない…正面から堂々と入っていって、何食わぬ顔で出てくるだけよ」

ドロシー「ほぅ?」

アンジェ「…もっとも、コントロールには情報をいくらか差し出してもらう事になるでしょうけれど…」

ドロシー「ふぅん…その口ぶりからすると、何かアイデアを暖めているんだな?」

アンジェ「まぁね」

ドロシー「そっか…それじゃあ任せたぜ」

アンジェ「ええ。それじゃあ、またお茶の時間にね」

…ティータイム・中庭…

アンジェ「…という訳で、今回はキュー・ガーデンから珍しいユリの種…ないしは球根を入手することになったわ」

ベアトリス「あの香水のもとですか…///」

ドロシー「なんだ、もしかしてまたアレを試したいのか?」いやらしい含み笑いを浮かべてウィンクする…

ベアトリス「ばか言わないで下さいっ……それより、キュー・ガーデンの特別温室は重要な園芸作物や、貴重な植物の育成を行っている場所ですし、なかなか入るのは難しいはずですよ?」

アンジェ「もちろんそのことは織り込み済みよ…プリンセス」

プリンセス「なにかしら?」

アンジェ「今回はあなたの名前を活用させてもらう……貴女は確か「王立園芸委員会」の名誉顧問だったわね?」

プリンセス「ええ」

アンジェ「結構…では貴女にはキュー・ガーデンに行く用事を作ってもらいたい」

プリンセス「ええ、任せて」

アンジェ「よろしい…それと、ちせ」

ちせ「む?」

アンジェ「貴女には、そちらが欲しがっている共和国の情報を渡してもよいと許可が出た…その代わりに……」

ちせ「なんじゃ?」

アンジェ「日本の貴重な工芸作物…例えば漆、絹を作る蚕が餌にする桑や、染料になる紅花…の種や苗を引き渡して欲しい。貴女がキュー・ガーデンの特別温室に入るための手土産としてね」

ちせ「なるほど…しかしそう言うことは私の一存では決められぬし、上に相談せねばならぬが……期限は?」

アンジェ「出来るだけ早いうちに」

ちせ「うむ、承知」

アンジェ「よろしい…ではあなたが引き換えの種を手に入れ次第、実行に移す」


…数日後・在アルビオン王国日本大使館…

堀河公「…して、今回はどのような情報を携えて参ったのだ?」

…鹿威(ししおどし)の響きが時折聞こえてくる日本庭園を眺めつつ、向かい合ってお茶をすすっている二人……膝の前には厚く切ったようかんがそれぞれ二切れ小皿に載せて置いてあり、ちせは正座で膝に手を置き、ちせにとっての「コントロール」である堀河公は腕を組んで目をつぶっている…

ちせ「は…それがかくかくしかじかで……」

堀河公「なるほど…共和国側は我が方がたずさえてきた工芸作物の種苗と引き換えに王国側の情報を寄こすと……」

ちせ「さようで……いかが致しましょうか」

堀河公「ふむ…」ずず…と湯呑みの茶を一すすりした

ちせ「…」

堀河公「よかろう。王国の外交方針がつづられた文書…それなら貴重な作物の種と引き換えてもかまうまい……共和国側へは「条件に応じる」と伝えよ」

ちせ「御意」

堀河公「…しかし二枚舌外交の巧みな英国を相手にするのだ、こちらも何か保険をかけておかねばな……」

ちせ「はっ」

堀河公「なに、そなたに策を弄してもらうつもりはない。謀(はかりごと)はこちらで練るゆえ、そなたは朋友たちに承知した旨を伝えよ」

ちせ「ははっ」

堀河公「…ちせ」

ちせ「はい」

堀河公「……頼むぞ」

ちせ「は、この身に替えましても…!」

堀河公「うむ」

………



…その日の午後・部室…

ちせ「アンジェどの」

アンジェ「返事をもらってきたようね…で、答えは?」

ちせ「肯定じゃ…私の上役は了承したぞ」

アンジェ「結構、ならこちらもすぐ準備に取りかかる…少し出てくるわ」

ちせ「うむ」

ドロシー「お疲れさん。ちせの所のボス…堀河公とやらもずいぶん悩んだだろうな」

ちせ「まぁそうじゃな……決して安い取引ではなかったからの」

ドロシー「だろうよ…ま、後はキュー・ガーデンで種だか苗だかをくすねてくるだけだな♪」

ベアトリス「もう、ドロシーさんったら……またそうやってたやすい事みたいに言うんですから…」

ドロシー「まぁな……何しろこちらには泣く子も黙るプリンセスが付いているしな、ピース・オヴ・ケーク(お茶の子さいさい)さ♪」

ベアトリス「はぁ…そのお気楽ぶりを半分ほど分けて欲しいですよ、まったく……」

プリンセス「……何の話をしていらっしゃるの?」

ベアトリス「あ、姫様♪ …いえ、ドロシーさんが……」

プリンセス「あら、またドロシーさんの話? …ベアトを盗られたみたいで、何だか妬けてきちゃうわ♪」そう言って軽くドロシーの耳たぶを引っぱり、斜め下から見上げるような上目遣いをしてみせた…

ドロシー「おいおい…別に私から言っている訳じゃないんだ、その辺の苦情はベアトリスに頼むぜ……///」

プリンセス「ふふ、それもそうね♪」

ドロシー「ああ…それはそうと、ちせの上司からも「ゴー」が出た。近いうちに決行することになるだろうな」

プリンセス「そう、よかったわ…早くしないと種を収穫されてしまうものね」

ドロシー「まったくだ」

ドロシー「で、当日はそれを着ていくのか」

ちせ「うむ、日・アルビオン王国の友好と親善をうたった交流と言うことで「公的に」動くのでな」…抹茶色に白と紅の山茶花(さざんか)を配した着物に銀ねず色の帯に雪駄…と、華やかではあるがけばけばしくはない格好で決めている…

ドロシー「へぇ…なるほど。任務の時の黒い服もいいが、そう言うのも可愛らしくていいじゃないか…よく似合ってるぜ?」

ちせ「…そうまじまじと見られると気恥ずかしいものがあるがの///」スパイらしく人をたらしこむのが上手で、必要ならとてもチャーミングで褒め上手になれるドロシーにたじたじのちせ…

アンジェ「ドロシーではないけれど、その格好はなかなかいいわ。それに…」

ちせ「なんじゃ?」

アンジェ「袖口が長いからそっと何かを忍び込ませることも出来るわね」

ちせ「なるほど…そこまでは考えなかったが、そういうことに使えないこともないじゃろう」

アンジェ「ええ、特に今回の場合はね…」

ちせ「分かっておる……それと、これが王国側に渡す種じゃ…桑に、三又(みつまた…高級紙の原料)…紅花……」きっちりと紙にくるまれた種を並べる…

アンジェ「ええ。コントロールもこちら用の種を受け取ったそうよ」

ちせ「うむ…東洋の絹はこちらでは作れぬから、養蚕に欠かせぬ桑の種や苗木は、どちらも喉から手が出るほど欲しいものじゃろうて」

アンジェ「そうでしょうね……「パンの木ブライ」の件でもわかるわ」

(※パンの木ブライ…18世紀ごろ、南洋にしかなかったパンの木の苗木を本国に輸送するべく派遣された「バウンティ号」の艦長ブライが権威をかさに着て理不尽な命令や体罰を繰り返し、副長を始め多くの乗員が反乱を起こした事件。事件の直接の原因は渇きに苦しむ乗員の飲料水を減らして、苗木に水を与えた事だと言われる…戦前・戦後に何回か映画化された)

ドロシー「ああ。茶の木だとかゴムの木だとかな」

アンジェ「ええ…とにかく、後は当日うまくやるだけね」

ちせ「うむ…何か手はずを決めた方が良いかもしれぬ……」

アンジェ「そのことなら心配はいらない…プリンセス」

プリンセス「ええ、実は一つ考えがあるの♪」

ちせ「ふむ…と言うと?」

プリンセス「それはね……」

ちせ「…ふむ、なるほど……確かにそれなら自然で悪くないの…」

プリンセス「よかった、頭を悩ませたかいがあったわ♪」

ベアトリス「あの、その計画ってどんな…」

アンジェ「あなたは知らなくていい」

ベアトリス「むぅ…そう言う言い方はないんじゃないですか?」

アンジェ「別にあなたを毛嫌いしている訳じゃないわ……だけれど、あなたの演技力はお世辞にも褒められたものじゃない」

ドロシー「…だから知らないでいれば、より本当らしく見えるってわけさ」

プリンセス「ごめんなさい、ベアト……おわびはうんとしてあげるから……ね♪」耳元でいやらしくささやいた…

ベアトリス「ひ、姫様…///」

アンジェ「とにかく、後は当日を待つばかりね……今回はちせ、プリンセス、それにベアトが一緒に動き、私とドロシーが不測の事態に備えてキュー・ガーデンの一般向け庭園で待機している…もし何かあった時は私かドロシーのどちらかとランデヴーして「クロッカス」を会話の中に挟みなさい」

ベアトリス「どうしてこの時期に「クロッカス」なんです?」

ドロシー「糸一本で綱渡りしているようなまずい状態って事さ…こう見えてアンジェは教養があるからな」

(※クロッカス…由来はギリシャ語のクロコス(糸)から。同属のサフランが持つ雄しべが紅い糸のように見えるため……この雄しべは「サフランライス」などに使われるハーブの一つで価値が高い)

アンジェ「ドロシー…「こう見えて」は余計よ」

ドロシー「へいへい、悪かったよ♪」

…作戦当日…

プリンセス「それじゃあ行ってくるわね、アンジェ♪」

アンジェ「ええ」

ドロシー「ちせ、しくじるなよ?」

ちせ「うむ…」

ドロシー「なぁに、そう固くなるなって……敵さんをあなどるのも問題だけどな、そう気負ってちゃ普段出来ることだって出来ないぜ?」

ちせ「そうじゃな……」

ドロシー「な? …もっとも、固いのは態度だけじゃないみたいだけどな♪」むにっ…♪

ちせ「な、何をするのじゃ…っ///」

ドロシー「ははっ♪」

ベアトリス「もう…ドロシーさんは浮かれすぎですよ?」

ドロシー「そういう性格だからな。 それとベアトリス、お前さんもムリにうまい事やろうとしなくていいぞ…普段通りにふるまえ」

ベアトリス「…はい」

アンジェ「ドロシーはこんなだけれど、助言することがあるとしたら今の通りよ…緊張するなとは言わないから、冷静にね」

ベアトリス「分かりました」

ドロシー「それじゃあアンジェ、キュー・ガーデンへ行こうぜ?」

アンジェ「ええ。三人とも、私たちは先行して向こうにいるから……何かあったら援護するわ」

プリンセス「お願いね?」

アンジェ「もちろん」

…キュー・ガーデン…

ドロシー「うーんっ…いい空気だ……♪」

アンジェ「だからって寝こけたりしないでちょうだいね?」

ドロシー「大丈夫さ…だけどアンジェの柔っこいふとももがそんなところにあるとな……よっ、と♪」…ぽすっ♪

アンジェ「…どういうつもり?」太ももの上に乗っかっているドロシーの頭を見おろした…

ドロシー「ひざまくら♪」

アンジェ「ふざけてないで…いいから見張ってなさい」

ドロシー「へいへい……よいしょ、と」

アンジェ「とりあえず私たちは、この場所から動かないでいる理由を周囲に見せないといけないわ…」

ドロシー「ああ。いいとこのお嬢さんが風景画を描く…いかにもそれらしいよな」

アンジェ「そういう事よ……後はプリンセスたちの任務完了までここで待機すればいい」

ドロシー「任せておけよ」

アンジェ「…期待しているわ」さらさらと下絵をスケッチしつつ、油断なく辺りを監視するアンジェとドロシー…


そう言えば、ちょっと遅れてしまいましたが…クリスマスおめでとうございます。皆さまのクリスマスがチキンとケーキのごちそうが付いた、良いものだったことを願っております……

…数十分後・キュー・ガーデン正門…

プリンセス「さぁ、着きましたよ」

ちせ「おぉぉ…何とも広大で壮麗な公園じゃ」

プリンセス「ふふ、何しろアルビオンの富の一端を担っている大事な場所ですものね」

ちせ「ふむ…日本では自然はごくごくありふれていて、そこまで意識することが少ないが……そう言う考えもあるのじゃな…」

プリンセス「ええ…もっとも、自然から切り離されガラス温室に閉じ込められた花々は幸せなのか、時々考えてしまいますが……あ、準備ができたようですよ?」

侍従「…どうぞ、足下にお気をつけてお降り下さい」警護官のオールドミスたちが鋭い目つきで辺りを確認し、二人の侍従がドレスとヒール姿のプリンセスが降りやすいようにと、踏み台を用意してから馬車の扉を開ける…

プリンセス「ええ、お気遣いありがとう…さ、ちせさんも参りましょう♪」

ちせ「うむ」

…プリンセスとちせがキュー・ガーデンの王室用入口に案内されると、片眼鏡(モノクル)をかけていたり、白いひげを生やした博物学者や「王立園芸委員会」の委員が十数人ほど待っていた…

白いあごひげの委員「よくお越しになられました、プリンセス…それとお客人も」

片眼鏡の委員「いかにも…残念なことにユリの時期は終わりつつありますが、それ以外にもさまざまな見どころはございますゆえ……それとプリンセス、王室発行の園芸書で改訂せねばならぬところがございますので、ぜひ時間をいただきたいと思っておったのです」

プリンセス「あぁ、そうですか…分かりました、ロード・チャービル」

片眼鏡の委員「まことに助かります…それと遠い極東からのお客様がいらっしゃるわけですから、最初はキュー・ガーデンのレモンピール博士に色々と案内させましょう…博士、よろしいですな?」

内気な感じの学者「ええ、もちろんです……その、プリンセスをご案内出来て光栄です///」

プリンセス「いえいえ、わたくしこそ博士に案内して頂けるなんて嬉しいです…先月の「植物の繁茂と日照」についての論文、大変に興味深かったですわ」

学者「あっ、その…あの論文を読んでいただけたのですか……その、まだ実証できていない部分もありまして、完成とは言い難いのですが……///」

プリンセス「いいえ、素晴らしいものでしたよ…それでは、案内をしていただけますか?」

学者「あぁ、はい…!」

白髪の委員「それでは私たちも参るとしましょうか…いかがですかな?」

片眼鏡の委員「いかにも」

白ひげの委員「ふむ、そうですな」

…園内…

プリンセス「なるほど、すごいものですわね…」

博士「はい、ここは亜熱帯の気候に合わせた温室でして…特にラン類が集められています。こちらがデンドロビウムで、あちらがファレノプシス……いずれもマレーやシナで採集されたものです」…甘い香りが鼻孔をくすぐり、クリーム色や鮮やかな紫、金粉を振ったようなメタリックなきらめきを見せる蘭の花が、湿気の多い温室の中でこぼれ落ちるように花房を垂らしている…

プリンセス「そう言えば博士、ユリの花もまだ見られるそうですわね?」

博士「あぁ、はい! …ご覧になりますか?」

プリンセス「ええ、もしよろしければ…わたくし、綺麗な花は何でも好きですが、蘭と同じくらいユリの花が好きですわ♪」

博士「分かりました…えぇと、その……プリンセスはよろしいのですが…」困ったようにちせの方をちらちらと見た…

プリンセス「あぁ、そう言えばユリの咲いている温室は「特別温室」でしたわね……でも、彼女の事は王立園芸委員会の名誉顧問であるわたくしが保証しますから…いかがでしょう?」

片眼鏡の委員「……博士、少しは考えたらどうなのだ…プリンセスのご学友は極東の貴重な工芸作物の種や苗を提供してくれると言っているのだぞ? もし機嫌を損ねて「共和国側に渡す」などとなったらどうする……見たいと申されるものは全て見せてあげなさい…!」小声で叱り飛ばす片眼鏡の委員…が、委員は耳が悪いらしく、あまり小声になっていない……

博士「…は、はい!」

プリンセス「どうかなさいました?」

博士「いえ、その…もちろんプリンセスのお友だちの方もご一緒にどうぞ」

プリンセス「無理を言ってしまったようですね…博士、お気遣いありがとうございます」

博士「いえ、とんでもありません…!」

…特別温室…

博士「…では、こちらがキュー・ガーデンの誇る「特別温室」です……どうぞお足下に気を付けて下さい」

プリンセス「ええ、ありがとう……まぁ、何だか風変りな香りがいたしますね?」

博士「かもしれません、東洋の珍しい花木を集めておりますから」

プリンセス「なるほど…ちせさん、この温室をご覧になった感想は?」

ちせ「うむ、さすがはアルビオン王国の誇る植物園……これなら持参した種や苗も有効活用して頂けるものと存じます」

プリンセス「ふふ、嬉しいお言葉です」

白髪の委員「おぉ、そうそう…姫様のご学友は東洋の貴重な工芸作物の種を持参して下さったとか……ぜひ拝見したいものですな?」

片眼鏡の委員「確かに」

プリンセス「まぁまぁ、委員の皆さま方ったら…わたくしの友人も種も逃げ出したりはいたしませんし、せめてしばらくの間、この珍しい花々を観賞させてくださいな?」

白髪の委員「これは失礼いたしました……プリンセスのお気持ちも考えず…」

プリンセス「いえ、卿の王立園芸委員としての熱心さには頭が下がりますわ……♪」孫と祖父くらい年の離れている委員に向けて、無邪気に微笑みかけた…

白髪の委員「これはお恥ずかしい……博士、私たちは先に庭園の方で待っているから、しばらくは君が案内してあげなさい」

博士「分かりました」

プリンセス「…それでは博士、エスコートをお願いいたしますわ♪」

博士「はい…プリンセスをご案内出来るとは光栄です……」

プリンセス「それでは参りましょう?」

ちせ「御意」

………



博士「この百合はオリエンタル・リリーと申しまして……夏ごろになると草丈が6フィートにも育ち、堂々とした白い花を咲かせます…」

プリンセス「なるほど…ところで博士、あのお花は?」

…視線を向けた先には「目標」のユリが数株、ちょっとした岩を組み合わせた段の隙間から生えている……花はすでに散っていて、種を抱えたさやがふっくらとふくらんで、もう半日といったところまで開きかけている…

博士「あぁ、はい…あれが今回東洋で見つかった珍しいユリでして……このユリの何が珍しいかと申しますと、まずは半日陰を好むユリと違って明るい日なたの岩場に良く育ち、花弁の数が一枚多く、めしべの長さも普通のオリエンタル・リリーより長い…その上花色が時期によって徐々に変化するという大変珍しい性質を……失礼、ついまくしたててしまいました///」

プリンセス「いえいえ、博士の博学なことに感心いたしました…ではもっと良く観察させていただきます。あら、残念なことに花は終わってしまっているようですね……そんなに珍しいものなら咲いているところが見たかったですわ…」

博士「申し訳ありません…花はつい数日前に散ってしまいまして……プリンセスがおいでになると聞き及んでいたら、温室の温度を調整するなりして花期を延ばしたのですが……」

プリンセス「いいえ、博士のせいではありませんもの……お気遣いありがとう。花はありませんけれど、ちせさんもご覧になって?」

ちせ「ほう、そのように珍しいものを見ることが出来るとは光栄で……うっ…!」急にめまいがしたようなふりをしてふらつき、ユリの方に倒れかかる…

ベアトリス「あっ…!」

博士「あぁっ!」

プリンセス「ちせさん…っ!」

ちせ「う……申し訳ない、急にくらくらとめまいが……」

プリンセス「あぁ、それはいけません…どなたか、気付け薬を持ってきて下さる?」

侍従「は、はいっ…!」

プリンセス「ベアトリス、あなたはちせさんを座れるところまでお連れして?」

ベアトリス「はい、姫様…!」

博士「ご、ご学友の方は大丈夫ですか…!」

プリンセス「ええ、ありがとう…ちょっとふらついただけですわ」

博士「ならいいのですが……いかん、ユリが…!」

プリンセス「あぁ、何てことでしょう…博士、ユリは大丈夫ですか?」

博士「あぁ…えぇと……ふぅ、茎や葉は大丈夫です…ご学友のお身体が少し触れてしまったようで、種の入っているさやが割れてしまいましたが……これは私が回収しますので」

プリンセス「ごめんなさいね、博士…?」

博士「いえ、めっそうもない…それより、ご学友の方は大丈夫でしょうか?」

プリンセス「ええ、多分大丈夫ですわ……お気遣いありがとう。このことは委員のお爺さんたちには秘密にしておきましょう♪」茶目っ気たっぷりのチャーミングな笑顔を見せるプリンセス…

博士「そ、そうですか…?」

プリンセス「ええ。だってそうでもしないと、博士が気難しい委員のみなさんに怒られてしまいますもの…別に博士のせいではありませんのに」

博士「そんなことまでお気遣いいただき……何といったらよいか///」

プリンセス「いえ、構いませんわ…それに、ここは素敵な場所ですね。…もう少しだけ案内して下さる?」

博士「も、もちろんです…///」

プリンセス「ありがとう♪」(ちせさんの演技も上手だったし…これで任務の半分は済んだわね♪)

………

…園内・貴賓室…

白髪の委員「…さてさて、プリンセス…久しぶりの見学でしたが、いかがでしたかな?」

プリンセス「大変興味深く拝見させていただきましたわ。きっと学業の糧としても役立つことでしょう♪」

白髪の委員「それは何よりですな…ご学友の方はいかがでしたかな?」

ちせ「は、実にすばらしい植物園を拝見させていただき感謝あるのみです…」

白ひげの委員「結構ですな……ところで」別の委員が口を挟んだ…

白髪の委員「分かっておる…それで、ですな……」

ちせ「……いかにも、これを我が国の大使より「貴国との友好と親善のためにお渡しせよ」と預かっております」

片眼鏡の委員「おぉ……では失礼」無礼ではない程度に丁寧ながらも、いそいそと包みを開いた…

白髪の委員「これは…博士、分かるかね?」

博士「えー…はい。こちらが桑の種で、こちらが紅花……いずれも日本の固有種であったり、主要な輸出品となっているものです」挿し絵のついた包み紙と学名を見比べたりしながら、種を調べている…

白ひげの委員「うむ、そうじゃな…あー、「ちせ」さんと申されたか……このような素晴らしい種をいただき、王立園芸委員会としては感謝の念に堪えませんぞ……我が方からも秘蔵の種を選りすぐったのでな、ぜひお国の植物園なりエンペラー(天皇)のお庭になりに育てて、両国の友好を思い出すよすがとして頂きたい」

ちせ「ははっ…その言葉、一言一句誤りなく大使に伝えます」

白ひげの委員「結構…では、もう一杯紅茶をいかがかね?」

片眼鏡の委員「クッキーもありますぞ…キュー・ガーデンで供される茶や菓子はなかなかのものですからな」

ちせ「では、ありがたく…」

プリンセス「…ふふ♪」

………



…夕方・部室…

アンジェ「みんな、ご苦労様」

プリンセス「ええ…お疲れさま、ちせさん」

ちせ「うむ。ところで私の「貧血のふり」はどうであったろうか」

プリンセス「とてもお上手だったわ…それにベアトがびっくりしてくれたおかげで、よりそれらしく見えたわね♪」

ベアトリス「もう…本当にびっくりしましたよ……」

ちせ「単に息を止めていただけなのじゃが、存外上手く行ったのう」

アンジェ「それで、成果のほどは?」

ちせ「うむ…」机の上で袖を振るうと、パラパラとユリの種がこぼれ落ちた

ドロシー「ふぃー…この種のせいでえらく面倒な目にあったが、もうこれで悩まなくて済むな」

プリンセス「ふふ、そうね…♪」

アンジェ「それじゃあ…これは堀河公に渡してちょうだい。あなたが手に入れたプロダクト(産物)なのだから、正当な権利よ」

ちせ「うむ」

…しばらくして…

ドロシー「…それにしても」

アンジェ「なに?」

ドロシー「王国の連中ときたら、しみったれもいいところだな」

アンジェ「……と言うと?」

ドロシー「とぼけるなよ…ちせが王国の園芸委員たちからもらった種さ」

アンジェ「ああ、そのことね」

プリンセス「確かに……パンジーにアネモネ、バラ…どれも花壇に植えるにはいいけれど、商業価値はないものばかりね」

ドロシー「これで取引のつもりだって言うなら、詐欺師もいいところだぜ?」

アンジェ「外交なんてそういうものよ……どうやって相手の無知につけこんで物をせしめるか…それだけだもの」

ドロシー「まぁな……で、ちせは「分け前」を持ってボスの所に行ったのか」

アンジェ「ええ」

ベアトリス「きっと今ごろお茶でもすすっているんじゃないでしょうか?」

ドロシー「…だな」

…一方・駐アルビオン日本大使館の一室…

堀河公「ご苦労であったな、ちせ」

ちせ「ははっ」

堀河公「それで、目的のものは入手したか?」

ちせ「…はっ」

堀河公「結構…それで、この包みが「返礼」として王国から渡された種なのだな?」

ちせ「さようにございます」

堀河公「ふむ…アルビオンめ、我々が東洋人だと思ってふざけた真似を……中身は確認したな?」

ちせ「は…どれもこちらでは珍しくもない花の種や、工芸作物の種子も我々で手に入れられる物ばかりでした……」

堀河公「うむ、まぁよい…共和国からはちゃんと引き換えの情報が手に入ったのでな」

ちせ「何よりでございます……ところで」

堀河公「なんだ?」

ちせ「これを…共和国の間諜から「分け前」として配分された物にございます」

堀河公「ほう? これが「例のユリ」の種か」

ちせ「はっ」

堀河公「ずいぶんと気前のいいことだな……何か言づてはあるか?」

ちせ「いえ…しかし「正当な権利だ」と」

堀河公「ふむ…となると、共和国に対するこちらの心証を良くしたいのか、はたまた恩を売ったつもりか……まぁよい、くれると言うのならもらっておこうではないか」

ちせ「同感にございます」

堀河公「それに比べて王国のやり口は…我が国の輸出に欠かせない、貴重な工芸作物への返礼がバラに菫(すみれ)ときた……こちらも「細工」をしておいてよかったと言うものだ」

ちせ「…と、申しますと?」

堀河公「なに、この間申した「策」というやつでな…おおかたそのような事であろうと思っていたゆえ、渡した種のうち貴重なものは、包む前に茹でて駄目にしておいたのだ……もっとも、怪しまれるといかぬから、撫子のような花の種はそのままにしておいたが」

ちせ「なるほど…」

堀河公「何はともあれご苦労であった。遅くならぬうちに戻るがよかろう」

ちせ「はは…では、失礼いたします」

堀河公「うむ」

今日は大みそか、今年もあとわずかですね…ここまで見て下さったり感想を下さった皆さま、どうか良いお年を♪


……また年が明けたら投下しますので、おせちでもつつきながらどうぞごゆるりとお付き合い下さい

毎度楽しませてもらってます
Hシーンだけじゃなくちゃんと諜報戦してるのが好きです

>>257 コメントありがとうございます、年を越してのお返事になってしまいましたが…(苦笑)


何はともあれ明けましておめでとうございます、本年も皆さまに良い事がありますように…引き続きゆっくりではありますが投下を続けていきますので、どうぞよろしくお願いいたします

…夜・部室…

プリンセス「あ、お帰りなさい…♪」パチパチと暖炉の薪がはぜる以外は物音一つしない静かな部室で、一人紅茶をすすっているプリンセス…

ちせ「うむ……おや、プリンセスどの以外はみな部屋に戻っておるのか?」

プリンセス「ええ。アンジェさんは報告書を書くためにお部屋…ドロシーさんは今回手に入れた種をコントロールとの連絡係に届けるためにお出かけ。ベアトは疲れて寝ちゃったわ」

ちせ「ベアトリスにとっては何かと緊張することであったろうからの……して、プリンセスどのはどうしてお休みにならぬのじゃ?」

プリンセス「だって、今回の任務で一番の立役者だったちせさんを待たないで寝に行っちゃうなんて……それじゃあまりにも素っ気ないと思って♪」

ちせ「なに、そこまで気を使ってもらわんでも……務めを果たしたまでじゃ…」

プリンセス「いいえ、ちせさんは大変だったもの……ところで一杯いかが?」ティーカップを軽く持ち上げてみせた

ちせ「紅茶か……ふむ、今夜は少し冷えるのでな…ご馳走にあずかろう」

プリンセス「そう、ならここに座って……ミルクとお砂糖は?」暖炉の脇の一番暖かな椅子をすすめるプリンセス…ちせが折り目正しく座ると、温めたカップにさっそく紅茶を注いだ…

ちせ「うむ。お任せいたすので、ほどよく淹れてもらえるかの…?」

プリンセス「まぁ、責任重大ね……はい、どうぞ♪」砂糖をひとさじと、ほどよい量のミルクを注いだ…

ちせ「かたじけない…ふー、ふーっ……すす…っ……ほぉ…♪」ひとすすりして、満足げなため息をついたちせ…

プリンセス「どうかしら?」

ちせ「いやはや、身体の中から温まるのぅ……それにいい香りじゃ…」

プリンセス「ふふ、このお茶はウバだから…ミルクとよく合うの♪」

ちせ「ふむ…お、何やら菓子もあるようじゃな……っと、一つふたつばかりつまんでも構わぬか?」テーブルの上にあるクッキーに手を伸ばしかけて急にひっこめると、少し恥ずかしげにプリンセスに問いかけた…

プリンセス「ええ、どうぞ♪」

ちせ「では、一ついただくとしよう♪」さくっ…♪

プリンセス「お味はいかが?」

ちせ「うむ…んむ……さっくりとして、食べ終わるとほのかな「バタ」の香りがして……何とも言えぬな…♪」

プリンセス「そう、よかった…もう一杯いかが?」

ちせ「そうじゃな、ではもう一杯(ひとつき)頂戴いたそう……」

…しばらくして・廊下…

ちせ「ふぅ…おかげでだいぶ暖かくなった。これならよい心もちで眠れるというものじゃ」

プリンセス「よかったわ…ところで、ちせさん……♪」

…何か心の底でたくらんでいる時の、ちょっと意地悪な笑みを一瞬だけ浮かべたプリンセス……もちろん普段のちせならすぐ察しただろうが、プリンセスは信頼できる「白鳩」の仲間であり、その上たっぷりの紅茶でお腹の底から暖まって眠気を覚えていたちせは、プリンセスの微笑みに気づかなかった…

ちせ「なんじゃ?」

プリンセス「実を言うと…私の部屋も少し寒くて……」

ちせ「それはまたどうしてじゃ…暖炉があるじゃろうに?」

プリンセス「だって、ここの暖炉はあんまり暖かくないし……宮殿の寝室のようにたくさんのお布団が入っているわけでもないから…」

ちせ「ふむ…この時期でそれでは、真冬になったらさぞ難儀じゃろうな……」

プリンセス「…そうね、私もそう言う環境に慣れていかないといけないのだけれど……」

ちせ「とはいえ、なかなかすぐにどうこう出来るものでもないからの…して、私はどうすればよいのじゃ?」

プリンセス「ええ……暖炉の火を上手く加減して欲しいの。いつもならベアトがやってくれるのだけれど…お願いできるかしら?」

ちせ「うむ。とりあえずそれが済んだら寝に行かせてもらうが、それで構わぬか?」

プリンセス「ええ。もちろん長くお引き留めするつもりはないわ……ごめんなさいね?」

ちせ「なに、困った時はお互い様じゃからな…「情けは人のためならず、やがて自分に還るもの」というやつじゃ」

プリンセス「ありがとう、ちせさん……さぁ、入って?」ドアを開けてちせを部屋に招じ入れると、可愛らしい背中や濃緑の着物からのぞくうなじを見て、ぺろりと舌なめずりをした…

ちせ「…っ、確かに底冷えのする部屋じゃな……何やらぞくりとしたぞ…」

プリンセス「ええ、そうなの……♪」…適当に相づちを打ちながら後ろ手にドアを閉め、カチリと錠を下ろした……

ちせ「よいしょ……暖炉に少し焚きつけをくべて…と、これで良し」

プリンセス「ありがとう、これで暖かく過ごせるわ♪」

ちせ「うむ。それでは私も戻らせてもら……ん、どうして鍵が掛かっているのじゃ…?」

プリンセス「ふふ……せっかくだから私のお布団も温めていってくれると嬉しいわ?」

ちせ「…そ、それはどういう意味じゃ」

プリンセス「ふふふ、もちろん言った通りの意味よ…ちせさん♪」

ちせ「その、それは……つまり…///」数歩後ずさりして、慌てて左右に視線を巡らせる…が、この状況を解決できそうな物は見当たらない……

プリンセス「ふふ、いいでしょう?」

ちせ「い、いや…そういう事ならベアトリスに頼めばよいではないか……そ、それにうちのようなちんちくりんでは面白くあるまいが…?」

プリンセス「わたくしはちせさんの事をちんちくりんだなんて思っていないわ…それに、ちせさんは小さくて可愛らしいわ♪」じりっ…♪

ちせ「そ、そんなことを言われても困る…///」

プリンセス「まぁまぁ、そう遠慮せずに…♪」愉快そうに笑みを浮かべて、ちせの腕をぐいっと引っ張ってベッドに引きずり込む…

ちせ「うわっ、何をするんじゃ!?」

プリンセス「ふふ、いらっしゃい…はぁ、やっぱりちせさんは温かいわ♪」

ちせ「や、止めんか/// ……どうしても放してくれんと言うのなら、プリンセスとはいえ手加減は出来かねるぞ?」

プリンセス「ええ、手加減なしで構わないわ♪」

ちせ「さようか、しからばごめ……んぐっ、んん゛ぅっ!?」

プリンセス「んちゅっ、むちゅっ、ちゅぷ……ちゅるっ、んちゅ…れろっ、ちゅぅ…っ♪」何かを言いかけたちせの小さな口にぬるりと舌を滑り込ませ、絡みつかせるプリンセス…

ちせ「んっ、ん゛っ、ん゛む゛ぅっ!? …ぷは……んぐっ、んんぅっ、んんぅ……ふぅぅ、んっ///」

プリンセス「じゅるっ、ちゅぅ……あむっ……ぷはぁ♪」

ちせ「はひっ、ひぅ……はー、はー、はー…っ///」不意打ちのキスに息をし損ねて、目尻に涙を浮かべているちせ…

プリンセス「まぁ、ちせさんったら可愛い…♪」

…涙の粒を指ですくい上げ、ぺろりと舐めあげるプリンセス…ベッドの上には両手を投げ出し、荒い息づかいのちせがあお向けになっている…きっちりとまとっていた着物ははだけ、裾からのぞくきゅっと引き締まったふくらはぎと襟元からちらりと見える小ぶりな乳房が、ちらつく暖炉の火にに合わせて幻想的に揺れ動く…

ちせ「はぁ、はぁ…んはぁ……///」

プリンセス「……そう言えばちせさん、日本では食事のたびに食材に感謝の念を表すそうね?」

ちせ「はー、はー……こんなことをしておいて…やぶから棒になんなのじゃ……」

プリンセス「いえ…そんないい風習があるのだから、私も見習うことにしようと思って♪」

ちせ「結構なことじゃな……しかし…ふぅ……それと今のこれには何の関係もあるまい…///」

プリンセス「いいえ、むしろ今だからこそ…ね♪」

ちせ「……ど、どういう意味じゃ……な、何をたくらんでおるのじゃ…?」

プリンセス「ふふ…いただきます♪」

ちせ「ま、待て…うちは食材でもなければ……んぐぅ、ぬちゅっ、んちゅぅ…っ!?」

プリンセス「はぁぁ、ちせさんのお口の中は甘い紅茶の味がするわ……ところで、ベッドに入るのにお着物を着ていてはいけないから、脱ぎぬぎしましょうね♪」

ちせ「よ、止さぬか…っ///」

プリンセス「もう…暴れちゃだめよ、ちせさん♪」帯がきっちりと締められていて上手く解けないので、大きく襟元をはだけさせ、裾もふとももまでめくりあげてしまうプリンセス…

ちせ「頼む、後生じゃから……そう見るな…ぁ///」

プリンセス「そう言わずに…だってちせさんの肌はとっても滑らかで綺麗だもの……れろっ、ちゅっ♪」

ちせ「んひぃぃ…ん、くぅ…っ///」

プリンセス「れろっ、ぬるっ…んちゅっ……ふふ、それではこっちもお味見させてね…ちせさん♪ …あむっ、ちゅるっ、じゅる…ぢゅぅぅっ♪」プリンセスは鎖骨から順に吸いつくように舐めまわしていって、へそまでたどり着くと一旦顔を上げ、それからちせの秘部に舌をねじ込んだ…

ちせ「あひぃっ、ひい゛ぃ゛ぃっ…!?」がくりと首をのけ反らせて、身体をびくびくとひくつかせる…

プリンセス「きゃあ♪ …もう、ちせさんったら急に跳ねて…まるで元気のいいお馬さんみたい♪」

ちせ「いい゛っ゛…あ゛ひぃ゛っ……はひっ…///」

プリンセス「まぁまぁ、ちせさんの割れ目からいっぱい蜜が湧いてきて……溺れてしまいそうね…ちゅ、じゅぅっ……じゅるっ♪」

ちせ「くはぁ…っ、はーっ、はーっ……あっ、おぉ゛ぉっ……!」がくがくっ…♪

プリンセス「ふふ、ちせさんとするのは愉しいわ……にちゅっ、ぢゅぅぅ…っ♪」

ちせ「あっあっあっ……あぁ…っ///」ぞくぞく…っ♪

プリンセス「はぁぁ、気持ちいいわ……任務で昂った(たかぶった)のかしら…身体中が熱っぽくて火照っているの♪」普段はにこにこと穏やかな微笑を浮かべているプリンセス…が、今はちせの上にまたがって目を爛々(らんらん)とさせ、顔を紅く上気させている…

ちせ「ひぐぅっ、はひっ…はぁ、ふぅ……あっあっ、あぁ゛ぁっっ!」…ほっそりしてみえるが乗馬で鍛えられたプリンセスの腰にがっちりと挟み込まれ、丈夫なベッドがきしむほど激しく腰を擦りつけられている……

プリンセス「はぁぁ…っ、気持ちいい……それにとろけたお顔のちせさん……とっても可愛いわ♪」そう言ってにっこりすると指先を舐め、ねっとりと濡れたちせの花芯に指を差しこんだ…

ちせ「んあぁ゛ぁ゛っ、ひぐぅぅ…っ!?」とぽっ、とろっ…ぷしゃぁぁっ♪

プリンセス「ふふふ、ちせさんったら…意外とイきかたは激しいのね♪ …これで指を二本入れてみたらどこまで激しくなるのか、見てみたくなってしまうわ♪」じゅぶっ…ぐちゅぐちゅっ♪

ちせ「ひぅ…はひぃ……ら、乱暴には…しないでほしいのじゃ……ぁ///」

プリンセス「ええ。わたくし「大事なお友だち」に乱暴なんてしませんわ…♪」ぐちゅぐちゅ、ぐちゅり…ぢゅぶぅぅっ♪

ちせ「あっ、ぁ゛ぁ゛ぁぁっ……ひっ゛ぐぅぅぅ…っ!?」がくがくっ…ぷしゃぁぁ♪

プリンセス「ふふ、ちせさんの膣内……とろとろで温かいわ♪」

ちせ「…や、約束したじゃろうが……この…嘘つきめ…が……ぁ…」身体をがくがくさせ、喘ぎながらもプリンセスに食ってかかる……

プリンセス「あら、嘘つき呼ばわりとは心外ね……だってちせさんはわたくしの「大事なお友だち」ではなくて、それ以上の存在だもの♪」あっけらかんとしてそう言うと、ぐりぐりと指でかき回した…

ちせ「はあぁぁっ、あひぃぃっ……ひぐっ、いぐぅぅっ…!」

プリンセス「ふふ、わたくしも……最後はちせさんと重なって、お互いを感じながら達したいわ……///」ちせの脚を大きく開くと「にちゅっ…」と貝が張りつくような音を立てながら、濡れた秘部を重ね合わせた……

ちせ「はひぃ…ひぅぅ……はー、はーっ……」

プリンセス「それじゃあ一緒に参りましょうね、ちせさん……こんなはしたない真似をしてしまうほど…大好きよ♪」

ちせ「はひぃ、はふぅ…そ、そんなことを言われたら……して欲しくて…たまらなくなってしまうではないか……ぁ///」顔を紅くしながらプリンセスの腰に手を回し、ぎゅっとしがみつく…

プリンセス「まぁ、ふふ……それじゃあ、もう遠慮はいりませんわね♪」ぐちゅぐちゅっ…ずりゅっ、ぬちゅっ♪

ちせ「もとより…ふぅ、はぁぁ……遠慮などありはしなかったじゃろう……んぁぁっ、おっ、おぉ゛ぉっ…あっ、あ゛ぁ゛ぁぁっ♪」

プリンセス「あぁぁ、ちせさん…っ、気持ちいいわ……♪」ぐちゅっ、ぐちゅぅ…っ♪

ちせ「はぁぁぁっ、んあぁ…ぁっ♪」

プリンセス「あっ、あ…はあぁぁぁん…っ♪」とぷっ、ぷしゃぁ…ぁ♪

ちせ「くぅっ、あぁっ…んはぁぁ…っ♪」がくがくっ…ぶしゃぁぁ…っ♪

………



プリンセス「ふぅ、とっても気持ち良かった…でもお布団がべとべとになっちゃったわ♪」まるで何もなかったかのようにけろりとした表情を浮かべ、ベッドで荒い息づかいをしているちせを眺めている…

ちせ「はぁ…はぁ……もう知らぬ……自分でどうにかすればよいではないか……んっ///」

プリンセス「あら…親切なちせさんのことだから、わたくしをお部屋に招いて一緒のお布団で寝かせて下さると思ったのに♪」

ちせ「そんな訳あるまいが……今度こそ帰らせてもらうぞ…///」

プリンセス「ええ、どうぞ?」

ちせ「よいしょ……もう二度とプリンセスの頼みは聞かぬ…」がくがくと震える膝と力の抜けた腰でどうにか立ち上がる…

プリンセス「まぁ、残念……また「お願い事」しようと思ったのに♪」

ちせ「///」

プリンセス「ふふ…それじゃあ、お休みなさい♪」

………

…というわけでプリンセス×ちせでお送りしました。読み返してみるとまるでプリンセスが発情期みたいなことに……次はまた明日以降に投下します

遅くなってしまってごめんなさい、新しい回を投下していきます

caseドロシー×アンジェ「The Machinegun and spicy spies」(機関銃と際どいスパイたち)

         
         ○
         ○
        ○○
       ○●○
        ○○

…Starring…

         ○
       ○○○
        ○○
      
      Ange
   
   Dorothy

  Beatrice

     Chise

  Princess
        
        ○○
         ○


…とあるホームパーティ…

ドロシー「……それでプリンセスはこうおっしゃったのです…「わたくし、こういったものは初めて見ました」とね♪」

貴族女性「まぁ!」

貴族女性B「そうなのですか…!」

ドロシー「ええ、私とプリンセスは学友として親しくしておりまして…まだ聞きたいですか?」

貴族女性「そうですね、大変興味深いですわ」

ドロシー「それでは、この間プリンセスが言った可愛らしいエピソードを……よかったらシャンパンをもう一杯?」

貴族女性B「ええ、ちょうだいしますわ」

ドロシー「それでは…はい、どうぞ♪」軽やかな手つきで召し使いからシャンパンのグラスを受け取る…

貴族女性B「ありがとう」

アンジェ「…」


…ドロシーが貴族女性の好きな「プリンセス」の話題で場を盛り上げている間に、パーティ会場の笑いさざめく声も届かない屋敷の二階へとそっと抜け出したアンジェ…平凡を絵に描いたようなイブニングドレスをまとった目立たない姿で見とがめられることもなく、階段を上ると厚い樫の木でできた書斎のドアをそっと開け、細い身体を滑り込ませた……西インドの高級葉巻の香りが漂う書斎の中央には、分厚い樫の書き物机が鎮座していて、辺りには革表紙に金文字で装丁された立派な本や黒檀で出来た葉巻入れ、金の軸が付いた名前入りの万年筆などが並んでいる……アンジェはさっと周囲を確かめると腰をかがめ、ビューロー(高級デスク)の引き出しをいじっていたが、すぐに一枚の書類を取り出すと、くるりと丸めてドレスの形を保つ「骨」に巻きつけ、そのまま裏地についている目立たない折り返しから書類を「骨」ごと元の場所に滑り込ませた…


アンジェ「…任務完了」何ということもなく二階から戻ると、通り過ぎるふりをしながら耳元でささやいた

ドロシー「…分かった。……それで、その時にプリンセスはこうおっしゃったんですよ「私のお部屋では見たことないわ」ってね♪」

貴族女性「まぁまぁ♪」

………



貴族女性「はぁ、それにしてもたいそう面白うございましたわ…お名残惜しいですが、そろそろお帰りにならないと寄宿舎の方で怒られてしまいますわね?」

ドロシー「もうそんな時間ですか? …時間が経つのはあっという間ですね、まるで「白雪姫」のようです…なんて♪」

貴族女性「まぁ、ふふふ…それではガラスのお靴をお忘れにならないようになさってね?」

ドロシー「奥様のお気遣い、感謝します。改めて、今日はお招きいただいて愉快に過ごさせていただきました……またお集まりの際は呼んで下さいね?」

貴族女性「ええ、その時はぜひ今のお話の続きを聞かせてくださいましね?」

ドロシー「もちろんです、それではおいとまさせて頂きます……」入り口の召し使いからケープを受け取ると、軽やかに車に乗り込んだ…

アンジェ「…ご苦労さま」

ドロシー「なぁに、あの手のご婦人たちなんて言うのはもとよりおしゃべり好きなんだ。会話を盛り上げるなんてちょろいもんさ……で、モノは?」

アンジェ「手に入れたわ」

ドロシー「さすがだな…それならとっとと戻ろうぜ♪」アンジェに向かってぱちっとウィンクをした…

…翌日・お茶の時間…

ドロシー「さてと…今回はどんな任務なんだ?」

アンジェ「今説明するわ」

プリンセス「アンジェ、私に出来ることがあったら何でも言ってね?」

アンジェ「ええ……それで、今回の指示だけれど…」

ドロシー「ああ」

アンジェ「王国陸軍省が管轄している新兵器の生産計画「ブルー・スワロー」(青いツバメ)について調査せよ…とのことよ」

ドロシー「…昨日アンジェがくすねてきた書類がそれの一部か……で、詳細は?」

アンジェ「それが分かっているなら私たちなんて必要ないわ」

ドロシー「だよな……しかし王室のことなら一発だけど、軍となるとな…」ちらっとプリンセスを見た…

アンジェ「まずは関係のありそうな人物を選び出して、上手く接近するしかないでしょう…プリンセス、この寄宿舎には将官や軍人の娘も多いわよね」

プリンセス「ええ」

アンジェ「もしかしたら何かの糸口になるかも知れない。ベアトリスに手伝ってもらってそれぞれの特徴……特に欠点や弱みを調べて」

プリンセス「分かったわ」

アンジェ「ちせ、あなたは今のところやることがないわ……申し訳ないけれどこの学校に「東洋人」を相手におしゃべりしてくれるような娘はいないでしょうから…その代わり、プリンセスとベアトリスが探りを入れている間、目と耳をそばだてて安全の確保に努めてちょうだい」

ちせ「うむ、承知」

アンジェ「ドロシー、貴女はプリンセスと手分けをして軍人の娘たちに探りを入れて…貴女は自分で安全を確保できるし、目標が持っている弱点の見つけ方もよく知っている……その間に私は「ブルー・スワロー」が何なのかを調べつつ、目立たないようにしているわ」

ドロシー「了解。ま、澄ましこんでいる「お嬢さま」の中にだって、私みたいにがさつな女が好きなひょうろく玉もいるかもしれないしな♪」

アンジェ「そういうことね…それじゃあ、何か進展があったら報告を」

プリンセス「分かったわ」

ベアトリス「それじゃあ姫様、行きましょう♪」

ちせ「では、ご免」

ドロシー「……なぁ、アンジェよ」

アンジェ「なに?」

ドロシー「もう一杯どうだ?」

アンジェ「ええ、頂くわ」

ドロシー「ふー、いい紅茶って言うのはたまらないね……それにしても…」

アンジェ「…何が言いたいの?」

ドロシー「いや、ね……最初にプリンセスが加わった時は熱心なだけのアマチュア…悪くすれば「こっちの尻尾をつかむための贅沢な餌」が送り込まれてきたんじゃないかって思っていたんだが……このところのプリンセスを見ろよ。技術面でもうんと成長したし…それより色々と鉄火場をくぐってきたせいか、「可愛らしいお人形さん」じゃなくて、度胸が据わってきたように見えるね」

アンジェ「それで?」

ドロシー「いや、だからさ……アンジェ、お前さんに似合いだってことだよ♪」

アンジェ「……からかっているの?」

ドロシー「とんでもない…お前さんとプリンセスならいい「婦妻」になれると思うぜ。もし結婚するなら花嫁……どっちがなるのかは知らないが……の介添えと、ほっぺたにキスする役目は私にやらせてくれよな♪」

アンジェ「で、話はそれだけ?」

ドロシー「ああ、それとな……あんまり未来の嫁さんを素っ気なく扱うなよ。たまには可愛らしい笑顔の一つも見せてやれ」

アンジェ「ご忠告痛み入るわ。だけどそれは私の考えることよ」

ドロシー「分かってる……ただ、友人として…さ」

アンジェ「ええ、貴女の気持ちは良く分かっている……私だって…プリンセスのことがなければ……貴女を選んでいたかもしれない……わ…///」

ドロシー「んー、何だって? もうちょっとはっきり言ってくれないと聞こえないぜー?」にやにやしながら首を傾け、耳に手を当てて聞き耳を立てるふりをする…

アンジェ「…いいから早く取りかかってちょうだい///」

ドロシー「へいへい♪」

…別の日・教室にて…

ドロシー「ふわぁ…あ……眠くってかなわないな…」


…普段から「お行儀の悪い変わり者」を演じているドロシーは授業もよくサボるが、ファームで叩き込まれたさまざまな知識と天性の勘の良さ、そして恵まれたツキのおかげであまり苦労をせずに済んでいる……今は情報収集のために教室にいるが、机に片肘を突いてほっぺたに手を当てた「お行儀の悪い」姿勢をしている…


気弱そうな女生徒「……ですから、私にはそんな……新しいドレスなんて…」

ドロシー「…?」教室の片隅から聞こえてきた騒ぎに耳を澄ました…

鼻持ちならない女生徒(ロール髪)「…あら、そうなんですの? …大丈夫ですわ、ちょっとしたパーティですもの。せいぜい、いま流行っている秋色のドレスに、ちょっとしたシルクの長手袋くらいがあればよろしいのですわ♪」いかにも人を喰ったような慇懃無礼な態度を取っている…

取り巻き「ええ、ほんとに…サラさんの髪の色だったらよく似合うと思いますわよ?」

取り巻きB「まったくですわ……それにせっかくエレノア様がお誘い下さっているのですから…ねぇ?」

ドロシー「……あいつらも暇だねぇ…いいとこのお嬢さまがカネのない家の娘をパーティに招いて、ドレスを仕立てられなくてまごついたり、貧しい格好で冷やかされている様子を見せ物にしようってか…イヤミな連中だな、全く……っと、待てよ…♪」

ロール髪「なんてことないホームパーティですもの、お気軽にいらっしゃいな?」

気弱な生徒「でも…私……」

ドロシー「おやおや、何のお話をしているんだい…楽しそうじゃないか♪」

ロール髪「あら…お久しゅうございます、ドロシーさん……ここでお見かけするのは何日ぶりでしたかしら? お風邪でもお召しになったの?」

ドロシー「ああ、ごきげんよう。なーに、ちょっとしたことでね……で、何の話をしてたのさ?」

ロール髪「ええ、実はわたくしの家でちょっとした「パーティ」などと言うものを開こうと思っておりまして…それで、ぜひご学友としてサラさんもお招きしようと思っていたのですが……」

取り巻き「サラさんったら奥ゆかしい方で、遠慮なさっているのですわ」

ドロシー「ほーん…で、それはいつやるんだい?」

ロール髪「そうですわねぇ……再来週あたりに開くつもりでおりますわ」

ドロシー「あぁ、そうなのか…エレノア、それはサラが断ろうとするのも無理ないぜ?」

ロール髪「…と、申しますと?」

ドロシー「ちょうどその日さ…プリンセスがサラを「ちょっとしたパーティ」に招こうってつもりなんだ」

ロール髪「プリンセスがサラさんを……ですの?」

ドロシー「ああ、サラは軍人の娘だろ? プリンセスはアルビオンを支えている軍人たちを評価しているからな…そこで今度、この寄宿舎にいる軍人の令嬢たちを招いて夕食会でも開こうって言うのさ♪」

ロール髪「ですが、わたくしはそんなこと…」

ドロシー「聞いたことないって? …当然さ、まだプリンセスと私くらいしか知らないからな…ところがあたしは口が軽いから、サラにうっかり話しちまってね……そんなわけでまだ内緒になっているから、まさかサラだってそうとは言えなかったのさ」

サラ「…あの」

ドロシー「分かってるって…な、エレノアも黙っていてくれるだろ?」

ロール髪「え、ええ…プリンセスのお考えを邪魔することはいたしませんわ」

ドロシー「悪いね……あぁ、それと」

ロール髪「何でしょう?」

ドロシー「……サラみたいな奴を物笑いの種にしているようだがな、私の知っている「とあるお方」はそう言うのを聞くと大変お心を痛められるんだ…あんまりそう言うマネはしない方が身のためだぜ?」ぐっと身体を近寄せると、ドスの効いた声で凄んだ……

ロール髪「…ひっ!」

ドロシー「……ぞろぞろ連れているマヌケどもにもよく言い聞かせておけよ…それでは皆さま、ごきげんよう♪」

サラ「…あの、ドロシーさん……」

ドロシー「いいからこっちに来いよ……どうだ、私の演技もなかなかだったろ?」

サラ「でも、あんなことを言って…」

ドロシー「なーに、私とプリンセスの仲だからな……パーティの一つや二つくらい、すぐ準備してくれるさ♪」

サラ「…あ、ありがとうございます」

ドロシー「気にするなよ……私だって昔はああだったから、サラみたいな娘を見ると共感を覚えるのさ…」片方の頬を撫でながら、小さいサラの手を握りしめてやるドロシー…

サラ「ドロシーさん…///」

ドロシー「さ、次の授業が始まるぜ?」

サラ「は、はい///」

ドロシー「……というわけで、再来週の日曜にはプリンセス主催でちょっとした夕食会を開いてもらってくれ」

アンジェ「分かったわ」

ドロシー「頼んだぜ。サラの父親…ヘンリー・ウェストレーク大佐は近衛連隊の連隊長だからな。親しくしていれば「ブルー・スワロー」が何なのか、聞き出す機会があるかもしれない」

アンジェ「結構、それじゃあ引き続き関係を構築するよう努めて」

ドロシー「任せておけ…それと、夕食会にはうんと美味い物を並べて、軽い酒なんかも用意しておいてくれ」

アンジェ「ええ」

…夕食会…

サラ「…本日はお招き下さって本当に嬉しく思います」

プリンセス「いいえ、わたくしこそ皆さまと親交を深めたいと思っておりましたの…♪」

サラ「そんな、畏れ多いことです……」

プリンセス「そんなことはありませんわ。何しろわたくしは普段から皆さまのお父上方…つまり軍の方には敬意を払っていただき、コモンウェルス(英連邦領)を守る大事なお勤めを果たしてもらっているのですから…っと、いけませんね。つい閲兵式の見学に来ている時のような台詞になってしまって……でも、この気持ちは本当ですよ」

サラ「…か、感謝します///」

プリンセス「どういたしまして…今日は肩の凝らないような会のつもりですから、どうぞたくさんお召し上がりになってね?」バッキンガム宮殿などで開く「公的な」夕食会ではなく、小さな宮殿の広間を使った「気軽な」夕食会と言うことで、にこにこと笑顔を浮かべ冗談めかした

サラ「は、はい」

…高級軍人や伯爵以上の爵位を持っている家系ならともかく、大佐…あるいはただの「サー」しかつかない準男爵以下の貴族令嬢では滅多にお目にかかれないプリンセスが目の前にいるとあって、いくらかのぼせ気味のサラ……着こなしがあまり上手ではない上に、栗色の生地を使った流行遅れのドレスが野暮ったい…

ドロシー「おー、よく来たな。サラ……うん、可愛いぜ♪」シャンパングラス片手に(表向きの)年齢とは不相応な、白い滑らかな肩と胸のふくらみを強調した紅のドレスと黒いシルクの長手袋を身に着け、唇にルージュを引いている…

サラ「あ…ドロシーさんもお招きされていたんですね?」見知った顔がいてほっとしている様子のサラ…

ドロシー「いや、なーに……あたしは単に「プリンセスのご友人」ってところでね♪」口もとに微笑を浮かべると、意味ありげにウィンクした…

サラ「そうなのですか…?」

ドロシー「ああ…って、私のことなんてどうだっていいさ。そんな事より何か取れよ、どれも絶品だぜ?」

サラ「は、はい」

ドロシー「…まぁ私だったらそこのハトの詰め物入りか、さもなきゃそっちのローストビーフを勧めるね」

サラ「じ、じゃあそれを…」

ドロシー「ああ、美味いぜ……それと飲み物が要るよな、シャンパンでいいか?」

サラ「いえ、あまりお酒は…」

ドロシー「そうか…なら一杯だけにしておくといいよ」

サラ「そうですね」

…テーブルの上に並んでいるのはこんがりと焼けたスタッフド・ピジョン、黒胡椒を効かせた鴨のロースト、舌先で溶けるような柔らかいローストビーフ、スコットランド産の鮭を使ったスモークドサーモンに、タンの燻製入りゼリー寄せ…それに熱くてカスタードのようにとろりとしたエンドウマメのポタージュ…

プリンセス「ミス・ウェストレーク、ビーフの味はいかがですか?」

サラ「はい、とっても…///」

プリンセス「それは良かった…あら、グラスが空ですわ。取って差し上げますね」

サラ「あ、はい…」

プリンセス「はい、どうぞ……ところで、良かったら「サラさん」とお呼びしても構わないかしら?」

サラ「は、はい…光栄です///」

プリンセス「ふふ、ありがとう……サラさんは素直な方でいらっしゃるのね」

サラ「///」

プリンセス「ふふ、わたくしが近くにいたら余計に緊張させてしまいますね……何か困ったことがあったらお手伝いしますから、どうぞわたくしに教えてね?」

サラ「…は、はい///」

ドロシー「よかったな、プリンセスと話せて?」

サラ「ええ…私、直接お話しするのは初めて」

ドロシー「そっか、そりゃ良かった……それじゃあ祝杯ってことでもう一杯やろう♪」

サラ「はい…///」

…深夜・部室…

アンジェ「…で、どうだったの?」

ドロシー「ああ、実はな…かなり面白いことになった」ドレスを脱ぎ捨て、コルセットとペチコートだけの姿で椅子に腰かけている…

アンジェ「と言うと?」

ドロシー「酔って口が軽くなったサラから聞き出したんだが、サラの父親と仲が良くて、一緒にカードをしたり酒を飲んだりする仲間が数人いるらしい…その中の一人が……誰だと思う?」

アンジェ「王立兵器研究委員会の委員か何か?」

ドロシー「惜しいな…陸軍省の技術顧問、サー・ウィリアム・ティンドルなんだ。何でもサラの父親とは幼いころからの友人で、新兵器の運用法や、軍人から見た兵器の使い勝手に関してアドバイスをもらったりするらしい」

アンジェ「なるほど」

ドロシー「しかも面白い事に、ティンドルは最近サラの家に来ることがめっきり減ったらしい…その上、たまに来るときはカバンいっぱいに書類を詰め込んできて、何か難しい話をしていることも多いみたいなんだ」

アンジェ「話の中身は分からないのね?」

ドロシー「ああ…サラはいい子だからな、お父様の仕事の話を盗み聞きなんてしないのさ」

アンジェ「なるほど……それじゃあドロシー、あなたはサラを口説き落とすなりなんなりして、ウェストレーク家に招かれるよう算段すること…もしかしたら何かつかめるかもしれない」

ドロシー「……ふふん、そう言うと思ったぜ」

アンジェ「何か手段が?」

ドロシー「手段どころか…私がイヤミなエレノアとその取り巻きどもからサラを「助けて」やって、しかも「プリンセスとお話できる機会を作ってくれた」って言うんで、お礼として家に招待したいって聞かないんだ」

アンジェ「それで?」

ドロシー「こっちとしてはあんまりがつがつしてるのもおかしいからな、最初はやんわりとお断りしたさ…ところがサラと来たら、シャンパンが効いていたのか妙に強情でね、招待するって聞かないんだ……で、私が折れて招待を受けた…ってわけさ♪」

アンジェ「なるほど。一晩の成果にしては上出来ね…よくやったわ」

ドロシー「ああ」

アンジェ「ただ、ウェストレーク家に入りこんでもしばらくは様子見にとどめて…あまり一気に事を進めようとして元も子も無くしては意味がないわ」

ドロシー「もちろん…♪」

………



…数週間後・ウェストレーク家…

サラ「ドロシーさん、今日は来てくれてありがとう…」

ドロシー「なぁに、他ならぬサラの頼みじゃ断れないさ……お招きしてくれてありがとうな♪」

サラ「え、ええ…///」

…さりげなくあたりを見回して室内の様子を記憶すると、サラの手を握ってにっこりと笑いかける……誰もスパイとは思わない「スパイ」として、日頃からプリンセスと友人であることをひけらかし、何かと注目を集める「女たらしのプレイガール」をカバーとしているドロシーが放つ甘い笑みに、普段から「地味を絵に描いたような」真面目っ娘のサラは真っ赤になってうつむいた…

ドロシー「そんな風に顔を隠しちゃもったいないぜ…サラは可愛いんだからな」

サラ「…も、もう」

ドロシー「ははっ、そう怒るなよ……って、ステキなお茶が準備されているじゃないか…何だか悪いな、気を使わせちゃって」

サラ「だって…ドロシーさんはプリンセスと一緒にいることが多いから……」

ドロシー「贅沢なアフタヌーン・ティーにしなきゃ…ってか? ははっ、サラはマジメだなぁ♪」

サラ「だってそうでしょう…?」

ドロシー「そうでもないさ。なにせプリンセスと向かい合ってお茶をいただくんだぜ? …マナーはうるさいし、おしゃべりだって毒にも薬にもならないような話題ばっかりで、しかも上品にお菓子をお召し上がりにならなきゃならないんだ……美味くもなんともないぜ?」

サラ「ま、またそんな事をいって…」

ドロシー「事実さ…それに引き替え、ここのティータイムはサラの気持ちがこもってるからな……それだけでお腹一杯さ♪」

サラ「うぅ…もう///」

ドロシー「はははっ……あぁそうだ。招待状をくれたのはサラだけど、来てもいいっておっしゃってくれたのはお父上なんだろうし、ぜひともお礼を述べたいんだが……」

サラ「うん、今は書斎にいらっしゃるけれど…そろそろ下りてくるはずよ」

ドロシー「そっか……じゃあ座らせてもらってもいいかな?」

サラ「ええ、どうぞ」

…しばらくして…

ウェストレーク大佐(サラ父)「……ミス・ドロシー。君が学校でサラと親しくしてくれているそうで…私も私の妻も、大変に感謝しているよ」…たまたまサラが席を外すと、ウェストレーク大佐がティーカップを置いて礼を述べた……

ドロシー「いえ、そんな……サラは気立てがいいからそんな風に言ってくれているだけですよ」

サラ父「そう思うかね? …あの娘は引っ込み思案で、おまけに一介の陸軍大佐の娘では大した贅沢もさせてやれないから、お嬢さま学校で苦労しているのは分かっている……現にサラが自分から同級生を家に招いたことはほとんどないし、学校の話を聞いても通り一遍の返事をするだけだ」

ドロシー「…」

サラ父「しかしだ…この間の休日に戻ってきたサラはドロシー君の話題ばかりだった……あんなに明るく話すサラは久しぶりだったよ…」

ドロシー「そうですか…ちょっと恥ずかしいですね///」

サラ父「なに、サラは君の事をほめちぎっていたよ……それでだ。君がサラと一緒に過ごしてくれると言うのなら…我が家の都合さえ合えば、いつ来てくれたって構わないよ?」

ドロシー「…いえ、たとえお友だちの家だからと言っても……」

サラ父「なに…サラはあまり親しい友達がいないし、仲良くしてくれると助かる」

ドロシー「そうですか。でしたら…」

サラ父「ありがとう……あの娘も喜ぶことだろう」立派な口ひげをいじりながら、満足げなウェストレーク大佐…と、玄関の呼び鈴が鳴る音がして、家政婦のお婆さんが応対する声が聞こえた……

家政婦「はい、ヘンリー様は客間にいらっしゃいます……ヘンリー様、ティンドル様でございますよ!」

サラ父「エマ、そんな大声でなくても聞こえるよ」

家政婦「すみませんねぇ、何しろ私は耳が弱いもんですから……」

サラ父「…失敬、ドロシー君……」

ドロシー「いいえ」(…サー・ウィリアム・ティンドル……まさかこうもすぐにお目にかかれるとはね♪)


…廊下で何やら話している声が聞こえていたが、すぐにウェストレークがサー・ウィリアムと一緒に戻ってきた…ドロシーがちょっと観察すると、サー・ウィリアムのクラヴァット(ネクタイ)は結び目がゆるく、スラックスの裾が少し短すぎ、おまけにベストには何かのシミがある……と、服の着こなしは下手だが、人付き合いの良さそうな見た目をしている…


サラ父「ウィリアム…こちらは娘の同級生のドロシー君……ドロシー君、私の友人を紹介しよう。サー・ウィリアム・ティンドル…陸軍省に勤めているんだ」

ティンドル「初めまして」

ドロシー「初めまして、サー・ウィリアム」

サラ父「さぁ座ってくれ…ちょうどお茶も入っているところだ」

ティンドル「それはありがたいね、ヘンリー……このところ忙しくて、満足にお茶を飲む暇もなかったよ」

サラ父「…そうか、大変だったな……それじゃあまた相談事かね?」

ティンドル「ああ、どっさり持って来たよ。もっとも、スコッチも一本持って来たからね…それを傾けながらじっくり話そうじゃないか」

サラ父「それだったら書斎の方がいいか……すまないね、ドロシー君。私とサー・ウィリアムはちょっと席を外させてもらうよ…サラにもよろしく伝えておいてくれないかな?」

ドロシー「ええ」

サラ父「それじゃあ行こう、ウィル」

ティンドル「そうだな」



………


サラ「…あら、お父様は?」

ドロシー「さっき「サーなんとか」いうお友だちが来てね…スコッチ片手に書斎にこもっちゃったよ」

サラ「サー・ウィリアムね……サー・ウィリアムはお父様の幼い頃からの親友で、今は陸軍省にいらっしゃるの」…ドロシーはそれを夕食会の時に聞いていたが、その時のサラは軽く酔っていたので、ドロシーにしゃべったことを覚えていない……

ドロシー「ふぅん…でもお友だちが陸軍省の「エライ人」なら、サラのお父上もどんどん昇進するだろうな……よかったじゃないか」

サラ「ううん、そんなことはないと思うわ…だってサー・ウィリアムは「陸軍省」って言っても研究とかをしている人だから……」

ドロシー「へぇ、じゃあ頭がいいんだな……私とは大違いだ♪」

サラ「くすくすっ…もう、ドロシーさんったら♪」

ドロシー「はははっ♪」

サラ「あ、カップが…もう一杯いかが?」

ドロシー「悪いね……美味しいパウンドケーキときゅうりのサンドウィッチ…それにスコーン。これだけあれば女王様気分さ」

サラ「ふふ…」

ドロシー「…まして隣にいるのがサラだもんな」

サラ「あんまりからかわないで……///」

ドロシー「嘘じゃないさ…サラは心が真っ直ぐだし、誠実だろ……そういう付き合いって言うのは、いくらポンドを積んだって手に入るものじゃない…」さりげなく手を腰に回し、身を乗り出してサラの瞳をぐっと見据える…

サラ「だ、だめ…ドロシーさん///」

ドロシー「ああ、悪い……別にそう言うつもりじゃなかったんだ///」

サラ「大丈夫、分かっているから…」(…でも「そう言うつもり」でもよかったのに……ドロシーさん…///)

サラ父「おお、サラ…サー・ウィリアムがいらっしゃったよ、ぜひごあいさつを」

サラ「お久しぶりです、サー・ウィリアム…///」

ティンドル「ごきげんよう、サラ……それでね、ぼくはリコイルの衝撃を受け止めるための部品を強化する案を提出したんだ…」

ドロシー「…」

………

ドロシー「……というわけで、間違いなくサー・ウィリアム・ティンドルは研究課題をウェストレーク家に持ち込んでいるね」

アンジェ「なるほど…それで、「ブルー・スワロー」について何か分かったことは?」

ドロシー「ああ、それがな…スコッチで舌が緩んだのか、帰り際にティンドルがぽろりと口走ったんだが…そいつは陸軍の新兵器で、どうやら王立エンフィールド造兵廠で増加試作型の生産を行っているらしい……それと、根掘り葉掘り聞き出すわけにもいかないから興味なんてないような顔をしておいたが…どうやらヴィッカースも計画に参加しているらしい」

アンジェ「そう…まぁ当然と言えば当然ね」

ドロシー「まぁ陸軍の兵器ということになればそりゃそうだろうけどな」

アンジェ「他には?」

ドロシー「……それがおかしなことに、話を聞いている限りだと「ブルー・スワロー」って言うのはどうも大型兵器じゃないような気がするんだ…いい心持ちになっていたティンドルの話に聞き耳を立ててみても、出てくるのは小火器の話題ばかりだからな…」

アンジェ「新型の小銃?」

ドロシー「いや、それにしては秘密保持が厳重すぎる…やっぱり何か新しいタイプの兵器と見て間違いないだろう」

アンジェ「…そう」

ドロシー「それと、詳しい事はつかめちゃいないんだが……秘匿されている生産施設のコードネームに「ディーダラス」って名前が付けられていることは分かった」(※ディーダラス…ギリシャ語ではダイダロス。クレタ島の半人半牛の怪物ミノタウロスを閉じ込める迷宮「ラビリントス」を建築した建築家)

アンジェ「なるほど…迷ったら一生出られない「ラビリンス」というわけね」

ドロシー「ああ」

アンジェ「結構。一回の成果にしては十分過ぎるくらいね…その調子よ」

ドロシー「そりゃどうも……ただ、あんまりサラの家に入り浸るのも具合が悪い。そっちでも色々調べてみてくれ」

アンジェ「分かっているわ」

…とある場所…

L「……なるほど」

7「はい…少なくとも、「A」(アンジェ)からのレポートによると「『ブルー・スワロー』は、王国陸軍およびエンフィールド造兵廠、ヴィッカース社が中心になって開発中の何らかの小火器である」とのことです」

L「ふむ…この短期間でよく調べ上げたものだ」

7「ええ。それと「D」(ドロシー)が対象との友好を図るため、「チャーリー叔父さん」から贈り物をしたいと…リストが送られてきております」

L「またか…しかしやむをえまい。確かに「D」のプロダクト(産物)は質が優れているからな、その分だけ金もかかると言うことだ……よかろう、経理の連中は頭が痛いだろうが」かすかに苦笑いめいた表情を見せた…

7「ではリストにあるものを準備させます」

L「うむ。それと陸軍省に入り込んでいるエージェントを使って「ブルー・スワロー」についての情報を集めさせろ。それと「必要ならどのような犠牲も問わない」と付け加えておいてくれ」

7「はい」

L「…それにしても、日本産シルクのストッキングが十足に十数年もののスコッチ・ウィスキー、ハバナの高級葉巻とはな……まったく」改めてリストを眺め、腕を組んだ……

…数日後・陸軍省…

職員「さてと、これでよし…と。ミス・ローズ、これを二枚タイプして欲しいんだが」

タイピストの中年女性(エージェント)「はい」

職員「ありがとう。出来上がったら一枚は兵器課長、もう一枚は文書便の箱に入れておいてくれ…ぼくは会議に呼ばれていてね」

タイピスト「はい、行ってらっしゃいまし…」

職員「それじゃあ頼んだよ」

タイピスト「…」地味なタイピストの女性はカタカタと手際よくキーを叩いて写しをタイプし終えると、文書箱の中に入れる前に中身をさっと読み通した……文書の中には「ブルー・スワロー」と書かれた単語が入っている……


…さらに数週間後…

アンジェ「…進展があったそうね、ドロシー」

ドロシー「ああ、ばっちりな……驚くべきことに「ブルー・スワロー」計画の中身が分かったんだ」

アンジェ「…それで?」

ドロシー「それがな、「ブルー・スワロー」計画で開発されているのは新式の自動火器……要は「機関銃」ってやつだったのさ」

アンジェ「機関銃…数年前にアメリカ人が作ったとか言う……」

ドロシー「それさ。今回のもハイアラム・マキシムが作った「マキシムM1884機関銃」の改良型で、銃身を冷却するための水冷式バレル・ジャケットが付いてる」

アンジェ「それで、性能は?」

ドロシー「ああ…「無邪気なお嬢さん方」の前で新兵器開発の苦労話をしているティンドルを相手に興味があるような反応をするわけにはいかなかったから、詳しい事は分からないが…連射速度は一分間に四百発から五百発ってところで、二百発くらいの弾を布ベルトの弾帯で給弾するものらしい……今までの手回し式ガトリング銃や弾倉式の銃が一気に時代遅れになるってシロモノさ」

アンジェ「……なるほど、かなりの脅威になりそうね」

ドロシー「いや、そんな程度のものじゃない……これまでにボーア戦争やインドの反乱に投入された手回しガトリング銃や、ノーデンフェルド式機関銃とは比べものにならないんだ。戦闘隊形を組んだ一個大隊のライフル歩兵を一分間で壊滅させられるんだぜ?」

アンジェ「…そこまでの性能なの?」

ドロシー「ああ…ただありがたいことに、王国陸軍上層部の新しいモノ嫌いと、給弾不良の克服に時間がかかっているから、テストはあまり進んでないらしいが……」

アンジェ「なるほど」

ドロシー「とりあえず、ちゃんと贈り物に見合った成果があったってことさ……サラにはシルクのストッキング、ティンドルにはスコッチ、ウェストレーク大佐には葉巻…ってね♪」

アンジェ「そしてコントロールには情報…重要度から言って伝書鳩やメール・ドロップでは間尺に合わないし危険すぎるから、私が直接連絡するわ」

ドロシー「ああ、任せた」

投下が遅れてごめんなさい…今日は節分ですし、ちゃんと豆まきをして厄除けしましょうね(…そのうちにプリンセスたちの「間違い日本」ネタに使うかもしれません)

L「なるほど…そう言うことか」アンジェが送り届けた「ブルー・スワロー」のレポートを読んでパイプを噛みしめた…

7「はい。マキシム機関銃の要目ですが…口径は.303ブリティッシュ。水冷式のベルト給弾で装弾数二百発」

L「うむ。その資料なら私も読んだ……急ぎ対抗措置を取らねばな」

7「ですが、現時点で我が方は機関銃の生産体制を整えておりませんが」

L「……軍部の「機関銃不要論」と追加の国防予算を巡る議会の紛糾があったからな…増加試作型の完成はいつの予定だ?」

7「およそ二カ月後です」

L「ふむ…ならば時間稼ぎをしてもらわねばなるまい……」


…翌日・ロンドン市内の公園…

ドロシー「…そいつは厄介だな」

7「厄介でもやってもらわなければならないわ」

…公園のベンチに腰掛け、さりげなく会話を交わしている二人……「7」の口もとは扇で隠され、ドロシーはハムとピクルスのサンドウィッチを頬張りながら、ハトにパンくずを投げている…

ドロシー「…とはいえ、工場を操業不能にするのは車一台を吹き飛ばすのとは訳が違う。しかも警備厳重な造兵廠の施設ときた」

7「ええ…だけれど今回の作戦は「犠牲を問わない」わ。必要な物なら何でも用意する」

ドロシー「分かった……とにかく爆薬がいる。それと時限装置を作るのに必要な部品だな」

7「手配するわ」

ドロシー「後は目立たない色の車…やっぱりロールスロイスがいいな。それと性能のいい望遠鏡……ポンド札もたっぷり頼む」

7「それから?」

ドロシー「地図と旅行ガイドにコンパス……地図は現地の地形が分かる正確なものを」

7「分かった。全て用意する」

ドロシー「あ、あとロープを二十ヤード分ばかり。私たちみたいな業界の必需品だからな」

7「ええ」

ドロシー「ああ…それと」

7「なに?」

ドロシー「この件に関しては報酬をはずんでもらいたいな……自殺まがいの破壊工作なんだ、少しは色を付けてくれたってバチは当たらないぜ?」

7「…どの程度?」

ドロシー「そうだなぁ……私とアンジェに千ポンドずつでどうだ?」

7「…」

ドロシー「何しろこの世界には年金も保険もないもんでね…現金が用意できないようなら分割払いでもいいが?」…エージェントとしての価値がトップクラスにあることを知っていて、ひと勝負するドロシー……

7「…言っておくけれど、エージェントは他にもいるのよ?」

ドロシー「もちろん……とはいえ、私とアンジェほどのはいないがね。それに、別にあんたの財布から出してもらおうってわけじゃない…だろ?」

7「…分かったわ。そのかわり上手くやってちょうだいね?」

ドロシー「ああ、お任せあれだ……ひと月もすれば枕を高くして、ぐっすり眠れるようにしてやるさ♪」

7「ええ、それじゃあ…」

…部室…

アンジェ「…どうやらよっぽど慌てているようね」ドロシーが受けた指令を聞いて、わずかに眉をひそめたアンジェ…

ドロシー「無理もない。王国と共和国、それぞれ動員できる連隊の数はほとんど同じだ…新兵器が一つあれば簡単に天秤が傾く」

アンジェ「その間の時間稼ぎね」

ドロシー「ああ…そういうことさ」

アンジェ「何か案はある?」

ドロシー「ある程度はな……まずはたっぷり一週間ばかりかけて、近ごろ上流階級のご婦人方に流行している「自動車旅行」としゃれこむ。田舎でいい空気を吸って、ついでに野鳥観察もしたいから望遠鏡を持って行く」

アンジェ「なるほど…それで?」

ドロシー「あちらさんは工場を人里離れたところに作って、警備を固めている……だからそのまま近づく訳にもいかない。少なくとも田舎の宿屋に数日ばかり泊まって、そこを「作戦基地」にしようって腹づもりでいるんだが」

アンジェ「足がかりね…それで?」

ドロシー「後は爆薬を仕掛けて「どかーん!」ってところだ…どうやって仕掛けるかはある程度考えてあるが、結局はその場で決めなくちゃならないだろうな」

アンジェ「分かった。爆破後は?」

ドロシー「その場の状況に合わせてすたこら逃げ出すか、さもなきゃ何も知らないふりをして旅行を続けるか…だな」

アンジェ「臨機応変ね。結構」

ドロシー「なぁに、行き当たりばったりさ…♪」

アンジェ「…それで、爆薬はどうするの?」

ドロシー「まぁ、どうにか隠すさ。何しろ望遠鏡や旅行ガイド、地図くらいなら持っててもおかしくないが…さすがに爆弾ともなると、自動車旅行の必需品には見えないからな」

アンジェ「ではそれに関しては任せるわ…何か私の方で整える手はずは?」

ドロシー「そうだな……旅行にふさわしいドレスを見繕っておいた方がいい。私は手持ちでまかなうから」

アンジェ「そう?」

ドロシー「ああ…濃い紅と黒のがあるし、他にも動きやすい格好ならクローゼットにある」

アンジェ「ならいいわ」

ドロシー「肝心の工場もおおよその目星がついたし…後はプリンセスの公式行事や「お出かけ」が同じ方面にないかどうかだけ確認してくれ」

アンジェ「ええ、分かった」

ドロシー「予定がかぶったりしたら、警護官や防諜部がうようよいるところに突っこむことになっちまうからな……うー、おっかない」

アンジェ「大丈夫、ちゃんと確かめるわ」

ドロシー「よし…それじゃあ私はベアトリスと時限装置をこさえてくる。それじゃあ、寝る前にまたここで」

アンジェ「任せたわ」

ドロシー「ああ」

………

なんか予想外のアクシデントでドロシーさんアンジェを庇って捕まりそう
スパイ物の見過ぎかな

>>275 まずはコメントありがとうございます…遅くて済みません。なるほど、そういう展開も出来ましたね……ちなみに一応イメージは出来上がっているので捕まりはしませんが、際どいことにはなる予定です


…あと、タイトルの所で○が並んでいるのは(何行か左右がずれてしまいましたが…)とある「世界一有名なスパイ」が出てくる映画のオープニングをもじった物です……スパイが世界一有名ではいけないと思うのですが…(苦笑)

…数日後・「白鳩」のネスト…


…テムズ川を望む煙たい一角にある、表向きは貸倉庫になっている「白鳩」のネスト(拠点)…板張りで出来た倉庫の中央には、あちこちの部品が外されている濃緑色のロールスロイスが一台停めてあって、ドロシーが油染みのついたつなぎ姿で車体をいじくりまわしている……一方の片隅ではアンジェが作業机に向かって銃弾をより分け、反対側の隅っこではベアトリスがドロシーと練り上げたプラン通りに、爆弾用の時限装置を作っている…

ドロシー「…ベアトリス、どうだ?」

ベアトリス「ちょっと待って下さい……はい、一個できました」…ベアトリスは椅子に腰かけ、バラした懐中時計の部品や何かの部品だったもの、果てはがらくたまでを上手に使って時限装置を作っている…小さい手が器用に動き、細いピンセットで慎重に最後の部品を組むと「ふぅ…」と息を吐いた…

ドロシー「よし、ちょっと見せてくれ…なるほど、上出来じゃないか♪」

ベアトリス「ありがとうございます///」

ドロシー「さて、お次は爆薬そのものだな…ちょっと手伝ってくれ」

ベアトリス「はい」椅子から滑り降りると、てくてくと歩み寄った…

ドロシー「よし、それじゃあここを剥がすから手伝ってくれ…」

ベアトリス「えっ、床を壊しちゃうんですか?」

ドロシー「今だけな…底板を上げ底にして、隙間に爆薬を詰め込むんだ。どうせ車の床だから、泥でもすりこむかマットを敷けば見分けはつかない」

ベアトリス「なるほど……で、時限装置はどうするんです?」

ドロシー「そいつはもう考えてある…ちょっとエンジンフードを開けるぞ」

ベアトリス「どうしてエンジンを…?」

ドロシー「ふふん、よく見ろよ…このRRは八気筒エンジンなのに、どうしてこの二つのシリンダーだけやたらピカピカなんだ?」

ベアトリス「…えっ?」

ドロシー「やれやれ、まだまだ観察が足りないぜ?」シリンダーを引っ張るとあっさりと抜け、そこに空洞が出来た…

ベアトリス「あっ!?」

ドロシー「この気筒二つはダミーさ…今は綺麗だから目立つが、後で適当にオイルでも垂らしておけばいいしな」

ベアトリス「すごいですね…」

ドロシー「まぁな…まさか時限装置をサンドウィッチと一緒のバスケット、って言うわけには行かないだろ♪」にやりと笑ってウィンクを投げるドロシー…

ベアトリス「それはそうですが…他にもこういう仕掛けがあるんですか?」

ドロシー「ああ、もちろん…♪」車体の後部に屈みこむと、排気管の片方を引き抜いた…

ベアトリス「うわ…!」

ドロシー「二本ある排気管の片方はダミーで、即席の組み立て式ライフルの銃身になってる…ライフリングだけは見えないように、先端だけねじ山を合わせた内筒をかぶせてあるのさ」

ベアトリス「あの…銃身はいいですけれど、機関部は?」

ドロシー「心配しなさんな…工具箱に入っているレンチだの金槌だの、もろもろを組み立てると……「あら不思議」ってやつさ」

ベアトリス「わぁ…!」

ドロシー「それから二本ある予備タイヤのチューブには、それぞれ弾薬と金属ワイヤーが仕込んであって、引き出して持ち出せるようになってる……ワイヤーは音を立てないで見張りだの何だのを「きゅっ」と絞めるためだ」

アンジェ「ドロシー…油を売るのは結構だけれど、準備は終わったの?」

ドロシー「ああ、だからおしゃべりなんてしてるのさ…そっちはどうだ?」

アンジェ「ええ、終わったわ……弾は選別しておいたけれど、一応貴女も確かめて」

ドロシー「あいよ、そうさせてもらおう…別に信用してない訳じゃないぜ?」

アンジェ「分かっているわ。自分の命を預けるのだから当然よ」

ドロシー「今回はぎりぎりまでドンパチしたくないとはいえ…いつ必要になるかなんてわからないもんな」…油を軽く差してシリンダーの回転や引金の軽さを試すと、ウェブリー・スコットを撫でた…

…さらに数日後…

ドロシー「さて…準備はいいな…?」

…すっかり旅装を整えてRR(ロールス・ロイス)の運転席に収まっているドロシーは、紅に染めた革のハンチング帽と、えんじ色と艶のある黒で組み合わせ、裾がくるぶしより少しだけ短い活動的な旅行用ドレス…足もとは茶革の編み上げ長靴で、首元には襟飾りのリボンをあしらい、額にゴーグルを引っかけている……うら若いレディ二人きりという変わった組み合わせは「日頃付き合っている上流階級の令嬢たちとのお遊びに疲れたプレイガール(ドロシー)が、変に気を使わなくて済む知り合いの地味な女の子(アンジェ)を自動車旅行に誘った」と言う筋書きでカバーしていた…

アンジェ「ええ」

ドロシー「それじゃ行ってくる……いい子にしてろよ?」

ベアトリス「もう、またそうやって私の事を子ども扱いして……」

ドロシー「悪い悪い……真面目な話、私たちの留守中は下手に動くことをしないで、他人の話に耳をそばだてるだけにしておいてくれ。…別にエージェントとしての能力を信用してない訳じゃないが……」

アンジェ「…非常事態になった時に取る越境の手はずや、コントロールとの連絡の取り方を知っているのは私とドロシーしかいない…つまり留守中に何かトラブルに巻き込まれても助けられないわ……そのことは忘れないでちょうだい」

プリンセス「ええ、しっかり覚えておくわ」

アンジェ「お願いね…くれぐれも先走ったりしないように」

プリンセス「ええ。それじゃあ行ってらっしゃい♪」

アンジェ「…行ってくるわ」

ドロシー「それじゃ、お土産に期待しておいてくれ…♪」

………

…ロンドン郊外の街道…

ドロシー「……久しぶりに二人っきりだな」

アンジェ「いきなりどうしたの?」

ドロシー「いや…こうしてみると、すっかりあいつらと一緒にいるのが当たり前になっていたんだな……って思ってさ」

アンジェ「そうね…」

ドロシー「…気軽におしゃべりするような仲間なんて出来る業界じゃないはずなのにな……おかしなもんさ」

アンジェ「ええ…ただ……」

ドロシー「…居心地のいい場所で、知り合いたちに囲まれて馴れ合っているうちに、甘えが出てしまう気がする……だろ?」

アンジェ「…その通りよ」

ドロシー「ああ、よく分かるよ……って、やめだやめだ。 せっかくの旅行なんだし、こんな辛気臭い気分になることはないじゃないか」

アンジェ「元はと言えばあなたが言い出したことよ」

ドロシー「悪かったよ…さ、もっと明るい話題にしようぜ?」

アンジェ「例えば?」

ドロシー「そうだなぁ……例えば「現地に行ったら何を食べようか」…とかさ?」

アンジェ「ふぅ…まったく、あなたと一緒だと旅が愉快でいいわ」

ドロシー「はは…それはどうも」

アンジェ「たいしたものね、皮肉も通じないのだから」

ドロシー「おいおい、こう見えて私だって乙女なんだぜ? 頼むから繊細な私の心(ハート)を傷つけ(ハート)ないでくれよ…」

アンジェ「だじゃれが言えるようなら大丈夫でしょう……次で右の道よ」

ドロシー「あいよ♪」

…数時間後・ロンドンから北に数十マイル…

ドロシー「ふー…空気は澄んでるし気持ちはいいけど、さすがに疲れたな……」

アンジェ「五時間は運転していたものね…でも、もうすぐよ」

ドロシー「そりゃありがたいね…この辺はもうノッティンガムシャーか?」

アンジェ「ええ」

ドロシー「なるほど、確かに森が多いな……弓矢を持ったロビン・フッドやタック坊主が出て来てもいいくらいだ♪」


…車そのものも優れていたが、ドロシーがしっかり手入れしただけあってRRは快調で、途中でエンストや故障を起こすこともなく順調にマイルを稼いでいた……煤煙で煙るロンドンから郊外まではきっちり舗装されていた街道も、この辺りまで来ると年を経たレンガ敷きに変わり、乗り心地には良くないが、のどかで趣のある具合になっている…空気は清冽で、広い森と野原、それに所々小さな畑が入り混じった様子は数世紀前のノッティンガムシャーが舞台になった「ロビン・フッド物語」の世界から変わっていないように見える…


アンジェ「そうね…ちなみに宿屋まではあと数マイルもないわ」

ドロシー「そうかい、そりゃいいや」

アンジェ「それとあなたも疲れたでしょうから、今夜は何もしないでいいわ」

ドロシー「おや、ずいぶんと優しいじゃないか…明日は雨かな?」

アンジェ「馬鹿言わないで。いざ本番って言う時に、くたびれて使い物にならないようじゃ困るっていうだけよ」

ドロシー「やれやれ、相変わらず手厳しいねぇ……」

アンジェ「堅実と言ってちょうだい」

ドロシー「まぁ何だっていいさ。どのみち今夜は休まなきゃやってられ……おいアンジェ」

アンジェ「ええ…」


…二人がじろじろと見ないようにそっと視線を向けた先には、森の中に何かの施設が見え隠れしていた……ご丁寧にも街道から分かれている支道には「関係者以外の立ち入りを禁ず」とでも言うように柵が渡されていて、その脇の小さな見張り小屋には、やたら手の込んだ(その割にヘタな)偽装が好きなアルビオンのお役所らしく、民間人の格好をした歩哨が、猟師が持っているような水平二連の散弾銃を抱えている……が、棒を飲んだような姿勢と堅苦しい態度は、どうやっても陸軍の連隊から派遣されているようにしか見えない…


ドロシー「…ぷっ、くくっ♪」見張り小屋を通り過ぎると、急に笑い始めたドロシー

アンジェ「……何がそんなにおかしいの?」

ドロシー「だってさ……あれで民間人のつもりかよ? …はははっ♪」

アンジェ「そういう事ね…確かにまずい偽装だったわね」

ドロシー「まずいどころか……あれじゃあ近衛連隊の閲兵式だぜ?」

アンジェ「でもそれだけ警戒を固めている考えられるわ…おそらく施設内の警備は厳重よ」

ドロシー「まぁな……だが、手前に小川があったろう。あそこをさかのぼって行けば上手いこと施設の横手に出られるんじゃないか?」

アンジェ「それは今日明日のうちに分かることでしょうね……さぁ、着いたわよ」

ドロシー「ここから『ディーダラス』まで数マイルって所か…ありがたいね」

アンジェ「下見は楽になるでしょうね」

ドロシー「…そういう事。さ、着きましたよお嬢さん♪」

アンジェ「お疲れさま……それじゃあ宿屋に入ったら役割通りに」

ドロシー「ああ…」


…しばらくして・宿の食堂…

宿屋の主人「ささ、ご令嬢方はどうぞ暖炉のそばにおかけくださいまし……メアリや、何をしているんだい?」


…ドロシーが事前に「貴族令嬢として」予約をしておいた宿屋は、居心地のいい田舎の「旅籠」と言った感じの宿で、ぽってりとした愛想のいい中年の主人と、その娘が中心になって切り盛りしている……ドロシーとアンジェは情報収集を兼ね、食事は一階にあるパブを兼ねた食堂で取ることにしたが、案の定カウンターでは地元の農夫や猟師が集まってビールを傾け、宿の主人はいかにも「主人らしく」、忙しい厨房は娘や雇いの女中さんたちに任せきりで、しきりに政治や小麦の作柄の事を話しあっている…


宿屋の娘「はぁーい! …どうもお待たせしました」錫のジョッキに注がれたエールを持ってくる宿屋の娘…年は十代の中頃で、健康そうな身体と丸っこいリンゴのような頬っぺたをしている…

ドロシー「ああ、ありがとう……お嬢ちゃん、こっちにおいで?」

娘「はい、何でしょうか奥様」何であれ女性は「奥様」と呼んでいるらしい娘…

ドロシー「あのね、少ないけど取っておきなさい。それとね、私たちは腹ペコだから……飛び切りの料理をね♪」人好きのするチャーミングな笑みを浮かべ、シリング銀貨を握らせた…

娘「は、はい…///」

主人「おや、どうもすみませんです…メアリや、ちゃんとお礼を申し上げなさい」

娘「奥様、どうもありがとうございます///」

ドロシー「いいのいいの。それにしてもご主人、ノッティンガムは初めてだけれど……いいところだねぇ?」

主人「はい、それはもう…何しろロビン・フッドの時代を残しておるような場所でございますから」

ドロシー「いやまったく。空気は綺麗だし、眺めはいいし…私がブラウニングやワーズワースだったらどんなにかいい詩が詠めることか」

主人「いや、もうその通りでございますよ……メアリや、お客様のスープはまだなのかい?」

娘「…はぁーい!」ドシンと重そうな音を立てて置かれたスープ壺からはエンドウ豆スープのいい匂いが漂ってきて、娘が丁寧に皿へよそってくれる…

ドロシー「いやぁ、待ってたよ……ささ、いただこうじゃないか♪」

アンジェ「え、ええ…///」話す声もどもりがちで、いかにも内向的な様子に見えるアンジェは「ロンドンで羽振りのいい貴族令嬢に気に入られた、気弱でおどおどした娘」というカバーをきっちりこなし、話に加わらない分だけ様々な会話に耳をそばだてている……

主人「どうぞ召し上がってくださいまし」

ドロシー「ええ……ん、これは美味しいね。ほら、マリアンもおどおどしてないで食べてごらんよ♪」ロビン・フッドにちなんで「マリアン」を偽名にしたアンジェ…

アンジェ「は、はい…///」

主人「…いかがでございます?」

アンジェ「そ、その…おいしい……です…///」

ドロシー「それは良かった。ロンドンじゃあ空気も悪いし食べ物だって古くていけない…ここに来て正解だったよ♪」

主人「そうでございましょうね……何でも都会の方じゃあ蒸気機関だのケイバーライトだのと、「新奇のからくり」ばっかりが幅を利かせているようですからね…もっとも、最近じゃこの辺りでもそうでございますが…」

ドロシー「おや…最近じゃあここでもそうかい?」

主人「ええ、そうなんでございますよ……いや、大きい声じゃ言えませんがね?」

ドロシー「ほぅ?」

主人「ええ…ご令嬢方も来る途中で見なすったかどうか……川沿いのほんの数マイルばかり上流に、妙な工場みたいなのが出来ちまって……」

ドロシー「そうかい?…車の方にかかりきりで、それらしいのは見なかったなぁ……」

主人「それがそうなんでございますよ…あんな訳の分からない製鉄所だか何だかを作られて……おかげで牛の乳が出なくなったとか、リンゴのなりが悪くなったなんて聞きますよ…」

ドロシー「本当に、近ごろはどこでもそこでも工場ばっかりだねぇ…」

主人「まったくで…」

ドロシー「せめて今年は作柄が良くなるといいねぇ……天気はいいのかい?」

主人「それはおかげさまで、降るにせよ照るにせよちょうどでございますよ…」

ドロシー「ああ、そりゃいいや……ん、このいい匂いはメインディッシュかな?」

主人「へぇ、ラムチョップ(あばら肉)のステーキと、玉ねぎ入りのミートパイです…うちの自慢の一品でございますよ」

ドロシー「ほほぅ…それは楽しみだ。あとお嬢ちゃん、私たちにサイダー(リンゴ酒)を頼むよ♪」

娘「…はい、すぐお持ちします!」

…どうもお待たせしてすみませんでした…

…この一週間ばかりというもの、インフルエンザですっかりノックアウトされておりました……まだ頭がクラクラするので続きは投下出来ませんが、とりあえず生きてはいます…これを見て下さっている皆さんも(元気な方は)身体に気を付けて寝具を暖かく、(具合の悪い方は)栄養を取って、起きていないで寝ましょう……ではまた数日後くらいに投下しますので、まずそれまではサヨナラ・サヨナラ・サヨナラ…と言うことで…


体調不良ばかりは仕方ない、お大事になさってください

>>282 どうもありがとうございます、それでは少し投下していきますので…

…数日後・夜…

ドロシー「さて…準備にとりかかるか」

アンジェ「ええ」

…暖炉の火が静かにパチパチとはぜて部屋を心地よく暖めている中、二人は夕食時に来ていたドレスを脱いでコルセットとペチコートだけの姿になると、任務用の服に着替えはじめた…むろん部屋には鍵があるが、女中が用事や何かで不意に開けてくることもあるかもしれないと、荷物を載せた椅子を重しにして二重に備えている……床に置かれたトランクは二重底が開けられていて、防諜部やスペシャル・ブランチの人間が見たら「興味を引くような」物がいっぱいに詰まっている…ドロシーは黒いハンチング帽に黒い活動用の服、編上げの半長靴で、服のあちこちについている物を引っかけるための輪っかやベルトに次々と「七つ道具」をセットしていく…アンジェは活動用の服に黒マントを羽織り、フードで顔を隠した…

ドロシー「…まずは大事な爆弾三つ……予備の時限装置は持ったな?」真鍮製で、何やら時計のような長針と短針が付いた精妙な出来の爆弾を、腹の所に付けたポーチに入れた…

アンジェ「ええ」

ドロシー「ウェブリーが一丁…どのみち音がするから使うわけにもいかないが……」一発ずつ弾を込めると、シャキンッ…と中折れ銃身をもとに戻した…

アンジェ「…銃把で殴打するなら別よ」アンジェはウェブリー・フォスベリーに弾を込めた…二人とも銃が暴発しないように、まだ撃鉄は起こさないでいる……

ドロシー「まぁな…スティレットに首絞め用の細引き……こっちの方が使うかもな?」細いロープを自分の目の前でゆらゆらさせてから、おもむろに腰へくくり付けるドロシー…

アンジェ「そうかもしれないわね」

ドロシー「それ以前に見つからないようにしますがね…それからロープ……」肩からたすき掛けにした

アンジェ「全く、貴女はロープが好きね」アンジェは秘密道具の「Cボール」を胸元に下げた…

ドロシー「ロープなしの工作なんてあり得ないからな……地図に小型コンパス…ケイバーライト粉の『夜間発光機能』付きとはコントロールも気が利いてる」

アンジェ「ええ…」

ドロシー「あとは工具が一揃いに、とっさのときの煙玉と閃光弾が一個ずつ……と、こんなもんか?」

アンジェ「そんなところでしょう…私も持つべきものは持ったわ」

ドロシー「よし……さてと、来るときに見た脇道の先。あそこに工場があるのは間違いないところだ」

アンジェ「宿の主人もそう言っていたわね」

ドロシー「ああ。施設の警備に当たっているのはロイヤル・フュージリア(ライフル歩兵)連隊…軽歩兵ってことは武器はエンフィールド小銃、将校にウェブリー・スコット・リボルバーってところだろう」

アンジェ「そうでしょうね」

ドロシー「全く、あれだけ手の込んだ偽装をしておいてすっかり筒抜けなんだから……笑えるな」

アンジェ「たいていの偽装なんてそんなものよ」

ドロシー「だな…施設へは私が忍び込むから、アンジェは侵入前と脱出時の援護を頼むぜ」

アンジェ「ええ、火器に一番詳しいのは貴女だもの。任せたわ」

ドロシー「おう……まず、施設へは小川をさかのぼっていって潜りこむ。あの手の石頭どもはそういう侵入方法なんて思いつきもしないだろうからな」

アンジェ「そうね」

ドロシー「施設に近寄ったら歩哨の目をかすめて中に入る…陸軍の規則通りに歩哨を立てているようなら、交代時間も予測がつく」

アンジェ「多分そうでしょう…変える理由がないはずよ」

ドロシー「もし違ったらその時はその時さ……施設に入ったら機関銃の生産状況を確かめつつ、一番効果のありそうな場所にこの「ベアトリスのお手製爆弾」仕掛ける」

アンジェ「ええ」

ドロシー「時限式だが、あんまり長い時間にしておいて気づかれちゃ困る。かといってすぐ起爆するようにセットしても具合が悪い…その辺の兼ね合いは私が決めることにするよ」

アンジェ「任せるわ」

ドロシー「後はとっとと逃げ出して、宿に戻ったら寝たふりでもしてればいい…だな?」

アンジェ「ええ、それでいいわ」

ドロシー「よし…ま、でっかい花火を打ち上げてやろうぜ♪」

…数十分後…

ドロシー「どうだ?」

アンジェ「さっきの小さな橋からおおよそ五百ヤード、施設への接近は充分のはずよ……準備はいいわね?」

ドロシー「ああ…となると、ここはもう施設の外周だろうし、見つかったら言い訳も聞いてもらえないだろうな」にやりと不敵な笑みを口の端に浮かべた…

アンジェ「そうでしょうね…それじゃあ私は待機しているから、何かあったら援護するわ」

ドロシー「頼んだぜ」

アンジェ「そっちもね」

ドロシー「ああ、任せておけ」


…リーリーと小さな虫たちが鳴いているせせらぎの柔らかい岸辺の土に足跡を残さないようそっと小川を渡ると、岸辺に生えた灌木の陰に身をひそめたドロシー……視線の先には夜霧に霞む二階建てレンガ造りの工場が影絵のような黒いシルエットとしてそびえ立ち、施設の外周には皿型のヘルメットを被り、リー・エンフィールド小銃の負い革を肩から斜めに回して、銃を背中に背負っている兵士の姿がぼんやりと見える…と、身をひそめているドロシーの左手数十ヤード先の暗闇で小さなホタル火がともり、そのオレンジ色の灯りが、シガレットに火をつけようとする兵士の顔を照らし出した…


ドロシー「…おっと、危うくハチ合わせする所だったな……」相手はマッチの火で目がくらんでいるとはいえ出来るだけ気づかれにくいよう藪や木陰を伝い、夜露が下りた冷たい地面を這って慎重に身体を動かし、立哨に忍び寄った……と、立哨に誰かが近づき、低い声で叱りつけているのが聞こえた…

軍曹「おい、何をやってるんだ。夜間の立哨が煙草なんて吸っちゃならんことぐらい分からんのか…!」

兵士「…すみません、ベイリー軍曹」

軍曹「いいから早く消せ。せっかく慣らした夜目がくらんでしまうだろうが…!」

兵士「はい…!」立哨は慌ててシガレットを踏み消した…

軍曹「よし、おれはまた施設を一周してくるからな……最近は共和国のスパイも大胆になっていると言うし、油断するんじゃないぞ…!」

兵士「了解……やれやれ、軍曹の取りこし苦労もいい加減にしてほしいよ。まだほとんど吸ってなかったのに…」軍曹が立ち去り、兵士がボヤきながらあさっての方を向いた瞬間、ドロシーは後ろから近寄って細引きの輪っかを立哨の首にかけ、きゅっと強く引っ張った…

兵士「…ぐっ!」見張りの兵士は喉から細引きを外そうと手を首元に伸ばし、またどうにかドロシーを振りほどこうともがいたが、体幹の位置と身体のバランスを正しく保ったドロシーは若い女性とは思えないほど頑強で、とうとう兵士の身体が崩れ落ちた…

ドロシー「どじを踏んだな、お前……」ドロシーは音を立てないよう兵士の小銃を背中から外すと、息のない立哨の身体を引きずって川岸の藪の中に隠した…

…施設の横手…

ドロシー「……よし、開いた」

…施設は何人もの職工を同時に働かせやすいように作られた典型的な縦長の工場で、天井はゆるい三角屋根で出来ている…屋根には換気や明かり取り用の天窓があり、夜でも目が慣れればそれなりに明るい……ドロシーがさっと建物の中に入り、静かに鍵をかけ直した直後、施設の外を歩き回っている歩哨が窓の外を通り過ぎて行った…

ドロシー「ひゅぅ……クライスト(おったまげた)…!」


…窓から見えない壁際に這いつくばって歩哨をやり過ごしさっと周囲を見回すと、思わず小声でつぶやいたドロシー……目の前には二列に並んだ製造ジグがずらりと並んでいて、ピカピカと青光りしているマキシム機関銃が製造工程ごとに何挺分も置かれている…吹き抜けのようになっている二階には小部品を作るための製造機械があり、片隅には荷物を上げ下げする水圧式のエレベーターがある…


ドロシー「こりゃ増加試作にしたって多すぎる……連中も機関銃の量産に本気って事だな…」目に入ったものをさっと記憶し、ついでに役立ちそうな資料を数枚くすねる……周囲は静まり返っていて、コトリとも音がしない…

ドロシー「さて…爆弾ちゃんはどこに仕掛けるか……」

…ドロシーは工場が丸ごと潰れるよう中央の梁か柱に爆弾を仕掛けようと考えていたが、残念なことに旋盤やボルト留めの機械は壁際ではなく部屋の中央寄りになっていて、通りやすいよう片づけられた壁際には、爆弾を隠せるような場所がない……

ドロシー「…参ったな、ここも壁際は片づけてやがる……ん?」製造機械が並ぶ一階の片隅に、重そうな鉄扉がある…

ドロシー「……倉庫?こんなところに?」





ドロシー「…どうだ……開くか?」

…錠前にキーピックを差し込み、かすかな手元の感覚を頼りにひねる……と、重厚な作りの錠が「カチン…!」と小さいがはっきりした響きを立てて開いた…

ドロシー「…っ!」

ドロシー「……誰にも聞かれなかったみたいだな……やれやれ、肝が縮み上がるぜ…」ごく小さな声でつぶやくと、重い扉をぐっと押した…扉はありがたいことにしっかり油が差してあるらしく、きしむ音一つ立てない…ドロシーは施設の保守管理を任されている職員たちを祝福した…

ドロシー「……さて、ここは一体何の倉庫なんだ? …まるでアナグマの尻の穴だ、真っ暗で何も分かりゃしない……」

ドロシー「壁伝いに歩くしかないかな、こりゃ……まさか灯りをつけるわけにもいかないし…っと、そうだった♪」

…コントロールに要求しておいた七つ道具の中に「ケイバーライト・トーチ」を入れていたドロシー…ケイバーライト・トーチは金属で補強されたガラス筒で、大きさはちょうどトマト缶詰くらいの円筒形で、取り出して数回振ると、ぼんやりとホタルよりはましな青緑色の光を放ち始めた…

ドロシー「…これでよし……さて、改めてここは一体何の倉庫なのやら……」

…手探り半分、トーチの灯り半分で倉庫を物色するドロシー…どうやら倉庫には天井一杯まで高さのある棚がずらりと列になって並び、絹製の円筒状の袋や湿気防止用に亜鉛の内張りがある樽、それに液体の入ったガラス容器が所狭しと並んでいる……絹の袋に触れると、縁のほつれたところからざらざらとした粉がこぼれて手についた…

ドロシー「……おいおい、嘘だろ…」手についた粉をケイバーライト・トーチの灯りに近づけ、愕然とした…

ドロシー「…ブラッディ(くそったれ)…これ全部火薬だってか……!?」…絹の薬嚢(やくのう)や樽に詰めてある黒色火薬に、揺れないようにひと瓶ごとに柳のカゴに入れられ、さらに数個づつロープでくくられている不安定なニトログリセリンのガラス容器…他にも「ブリティッシュ.303」口径弾薬の紙箱が見渡す限り並んでいる…

ドロシー「参ったな……ま、少なくとも爆弾の設置場所で悩む必要はなくなったな…ここで一つ爆発を起こせば、施設丸ごとペルシャあたりまで吹き飛ぶこと請け合いだぜ…♪」ニヤリと笑うと懐中時計の部品を流用した時限装置をセットし、見つかりにくい薬嚢の奥の方に爆弾をねじこんだ……残り二つも手早く…かつ意外と見つかりにくい場所に隠して、さっと倉庫を出た…


ドロシー「…まったく、足音がしないようにゴム底の長靴を選んでおいたが、とんだところで役に立ったな…金属の底が付いた革靴だったら、今ごろ昇天して天使の仲間入りだ……」ケイバーライト・トーチを腰の物入れに納めると、首を軽くすくめて製造機械の間をすり抜けた…

ドロシー「……見張りは…よし、いないな」さっと壁際に屈みこむと窓の左右を確認し、カチリと単純な鍵を開けるとさっと窓の外に抜けだした…


…一見すると軽薄で何でもふざけ半分に見えるが、実際は共和国エージェントの中でも数えるほどしかいない工作の腕前を持ち、エージェント必須の素質「ツキ」にも恵まれているドロシー…そのドロシーが珍しくミスをしたのは、火薬庫で受けた衝撃が抜け切れていなかったせいか、あるいは工作が済んだ安心感でつい緩んだ警戒のせい……さらに言えば単純に「運が悪かった」せいに尽きた…


歩哨「…誰だっ!」ドロシーがそっと左右を見た窓からは、たまたま死角になっていた施設の壁…任務をサボってそこにもたれかかりぼんやりしていた歩哨が、ドロシーの黒い影を目線の端に捉えるとはっとして、たちまち鋭く誰何した…

ドロシー「…っ!」

歩哨「おい、止まれ!」キシンッ!…と、リー・エンフィールド小銃の遊底を動かす金属音が響いた

ドロシー「ちっ…!」さっとナイフを投げつけるドロシー…

歩哨「ぐぅ…っ!」バァ…ン! 

…喉を狙って投げたが外れて、胸元に突き刺さったナイフ…歩哨がその痛みに力んだ瞬間、指が引きつり小銃の引き金を引いた…

歩哨B「何だ!?」

立哨「銃声だ…警報!」たちまち警報ベルが鳴り響き、施設の灯りという灯りが一斉に点灯した…

ドロシー「くそっ、やらかした…!」灯りの届かない小川の方へと一目散に駆け出すドロシー…幸い、灯りに揺らぐ木々のシルエットをドロシーと見間違えているらしく、あちこちの見当違いな方向で銃声が響いている…

兵士「いたぞ! 西側に…」

ドロシー「っ!」バン、バンッ!

兵士「うぐっ…!」

兵士B「向こうだぞ、追え!」

ドロシー「参ったな…こんなところで「鬼ごっこ」する羽目になるとは、ね!」走りながらの牽制射撃に、後ろ手でウェブリーを数発放つと背中のホルスターに戻し、小川と森に向けて全力疾走するドロシー…

士官「装填し照準せよ! …用意、撃て!」ダダダッ、ダダダダッ!…施設の防衛用に設置されていたらしいマキシム機銃の銃声が響き渡り、雨あられと降り注ぐ銃弾が左右の藪に突き刺さってバシバシと音を立て、頭上を「ヒュッ…!」と甲高い音を立てて銃弾が飛んでいく…

ドロシー「えぇい、くそっ…機関銃まで撃ってきやがった!」

ドロシー「…何だっけ…『敵に後ろから撃たれている時は遮蔽物を移動しながらジグザグに走ること…』か……だけどマキシム相手にそんなこと言っていられるかよ!」…小川と岸辺の森があと数十ヤードの距離に近づき、教官の言葉を思い出したドロシー……が、手の届く距離に暗闇があって、つい真っ直ぐに疾走した…

士官「距離…百五十ヤード、撃てぇ!」

ドロシー「…くは…っ!」マキシム機銃の斉射が辺りを扇状に薙ぎ、途端に腰のあたりへすさまじい衝撃が走った…最後の勢いで小川に向けて飛び込んだドロシー…

士官「撃ち方やめぇ! …第二分隊、確認に向かえ!」

…小川…

ドロシー「……っ、続きは『…ジグザグに走ること……銃弾とかけっこして勝てる人間はいない』だったな……くそ、教官の言うことは聞いておくもんだ…」小川の底を這いずりながら痛みに顔をしかめ、今さらながら真理を突いている教官の教えに感心するドロシー……

ドロシー「とにかく止まっちゃダメだ…一度筋肉がゆるんだら動けなくなっちまう……」幸い川底は砂地で、身動きしても泥のように巻き上がったりしないので、追跡者に気づかれにくい…

ドロシー「…はぁ…はぁ……くは…っ」


…アンジェの待っている場所までたどり着こうと必死で川底を這って行くドロシー…意識が遠のきそうになったので、身体をせせらぎにひたしたまま顔をおとすと小川の水を一口すすりこみ、一緒に口へ入ったヤナギの枯葉をぷっと吐き出した…


ドロシー「くそ…こんなところでへたばってたまるかよ……少なくとも私がアンジェの腕の中でくたばったら、あの「冷血トカゲ女」が泣くことが出来るのかどうかが分かるってもんだからな……やっこさんの泣き顔を見るためにも、せめてランデヴー・ポイント(会合地点)まではたどり着いてやる…」その数百ヤード後方ではドロシーを探している軽歩兵たちの命令や呼び交わす声が聞こえている…

下士官「…どうだ! 見つかったか!」

兵士「おりません、軍曹!」

兵士B「……おーい、こっちに足跡があるぞ!」

士官「よし、手傷を負っているからそう遠くへは行っていないはずだ! 第一、第二分隊は散開して追跡しろ!」

ドロシー「へっ、ごあいにくさま…つまらない目くらましだったが、やっておいてよかったぜ……」


…初歩的な偽装だが、川沿いの柔らかい地面に数歩だけ足跡を付け、追跡者が見当違いの方向へと向かうようにしておいたドロシー…さらに小ぶりな足のサイズで女だと感づかれないようにオーバーシューズを履き、力を込めて足跡を付けておいた…


ドロシー「……ふぅ…はぁ…」

ドロシー「…ちくしょう、数百ヤードがこんなに遠いとは思わなかったぜ……」

アンジェ「その様子だとそうでしょうね…遅かったわね、ドロシー」川岸の灌木からそっと姿を現したアンジェ…

ドロシー「よう、アンジェ……なぁに、ちょっと川底でカエルの真似をしてたもんでね……」

アンジェ「ずいぶんと不格好なカエルね…さ、私の肩につかまりなさい」

ドロシー「悪いな……うっ!」身体を起こそうとしてうめき声を上げた…

アンジェ「…どこを撃たれたの?」

ドロシー「腰だ…下半身がしびれて仕方ないんだ……」

アンジェ「見せて」

ドロシー「ああ……どうだ?」

アンジェ「そうね…エージェントの守護天使だか何だか知らないけれど、もし貴女がそういうのを信じているならちゃんとお礼をしておいた方がいいわ」

ドロシー「…腰に鉛玉をぶち込まれたって言うのにか?」

アンジェ「ええ。これを見なさい……よかったわね、ドロシー」アンジェは背中のホルスターからへしゃげたウェブリーを抜き取って、ドロシーに見せた…銃弾の食い込んだ跡が撃鉄の脇に残っている…

アンジェ「もし数インチ上だったら、助かっても松葉杖を伴侶にすることになったでしょうね…だいぶ大きな青あざは出来ているけれど、それだけよ」

ドロシー「…それだけで充分さ…とにかく車の所まで行かなくちゃな……」

アンジェ「ええ…ほら、肩を貸してあげるから立ちなさい」


…夜になって車で出かける言いわけとして、宿の主人に「明け方に野鳥観察をするために十数マイル先まで足を伸ばすから」と言い置いて、工作用の服の上からそれらしい服を羽織って出かけた二人……そう言って乗ってきたロールス・ロイスは施設の手前にある森から一マイルほど離れた場所に隠してある…


ドロシー「…はぁ…はぁ……ちくしょう、一千ポンドじゃ割にあわないや…」アンジェにもたれかかり、痛みでひと足ごとに顔をゆがめるドロシー…

アンジェ「……いったい何の話?」

ドロシー「ああ…アンジェには話してなかったな……実は「7」に入り用な道具のことを話しに行ったとき、やっこさんに「報酬として一千ポンドよこせ」って言ったんだ……最初はしぶしぶだったが、しまいには飲んでくれたぜ…ぐっ!」

アンジェ「…何のつもりで?」

ドロシー「なぁに、引退後の「お楽しみ資金」としてね……ちなみにお前さんの分も頼んでおいたから、もしプリンセスと駆け落ちでもするんなら生活費の足しにでもしてくれ…うぐっ…」

アンジェ「…余計な事を言ってないでとっとと歩きなさい///」

ドロシー「あいよ…ったく、怪我人を手荒く扱いやがって……」

アンジェ「そんなにおしゃべりできるなら問題ないわ…ほら、車の所まで来たわよ。私がエンジンをかけるから、その組み立てライフルを抱えて助手席に座ってなさい」

ドロシー「悪い…何しろこのざまじゃあ始動用のクランクも回せないし、アクセルもクラッチも踏めないからな……」

アンジェ「ええ……とにかく私も上手く言いくるめるから、宿についたら元気なふりをしてちょうだい。「手ごたえはあったが見失った敵のエージェント」と「昨夜出かけて、片方が怪我をして戻ってきた二人連れ」…これではどんな間抜けでも「一足す一は二」だと分かってしまうもの」

ドロシー「ああ…せいぜいぴょんぴょん跳ねまわってみせるさ……」

捕まる未遂があるとTVシリーズっぽいね
...捕まってもいいのよ?

>>288 コメントありがとうございます。そう言えば前にも「逮捕・尋問されるのが見たい」という意見がありましたね…本当に皆さんは百合らんぼうがお好きですねぇ……機会を見つけてどこかでやってみます


…ちなみにですが、本当は「RR」などの英国車メーカーは1900年代に入ってから生まれているので、十九世紀末が舞台の「プリンセス・プリンシパル」では少し早いのですが、そこはまぁイギリスじゃなくて「アルビオン」ですし、ケイバーライトだったり空中戦艦が実用化されている世界なので自動車の誕生が早まっていてもいいかな、と……

ドロシー「よし、クランクを回せ…!」

アンジェ「ええ」

ドロシー「そら、動け…っ!」アンジェが始動用のクランクを回すのに合わせて、エンジンをかけるドロシー……仕上げの悪い車なら数回はやり直す必要があるが、さすがにロールス・ロイスだけあって、滑らかな音を立てて一発でかかった…

アンジェ「…かかったわね」

ドロシー「そりゃRRだからな……やれやれ、よかったぜ…」

アンジェ「それじゃあ行きましょう」

ドロシー「ああ、そうしよう…運転は任せた」

アンジェ「ええ、任せておいて」

…村へ続く道路…

ドロシー「…うっ、どう座っても痛いな……」

アンジェ「我慢しなさい。歩きじゃなかっただけ良かったでしょう?」

ドロシー「まぁな……でもなぁ、もう少し気づかいがあってくれてもいいんじゃないか?」

アンジェ「これでも気づかっている方よ…でなければ貴女に運転させているわ」

ドロシー「うへぇ…こんな怪我人に運転させるなんて鬼だな」

アンジェ「別に鬼でも悪魔でもないわ。貴女の方がこの車の運転に慣れているからよ…だいたいこの車は、私が運転するには少し重すぎる」

ドロシー「その分馬力があるからな……それに走りも滑らかだろ?」

アンジェ「ええ、ロールス・ロイスの「エンジンフードに硬貨を立ててエンジンをかけても硬貨が倒れない」って言うのを信じたくなるわ」

ドロシー「ああ、そいつは私も試したが本当に倒れなか……おっ!」


…ヘッドライトだけが照らしている暗い夜道が不意に明るくなったのでドロシーが振り向くと、施設があるあたりの森から明るい黄色と桃色の火柱が天高く立ちのぼり、続けて大きな煙の柱が盛り上がった……その数秒後、二人の耳に巨大な遠雷のような鈍い轟音と一瞬の風が吹き抜けた…


ドロシー「ひゅぅ、クライスト(ぶったまげた)…いくら火薬が数トンもあったとはいえ、あんな大爆発が起きるなんてな…!」

アンジェ「爆弾が上手く作動したようでよかったわ……少なくともまずは目標達成ね」

ドロシー「ああ。今のに比べたらガイ・フォークスなんて子供のお遊びみたいなもんだな♪」

(※ガイ・フォークス…1600年代の人。国教会を優遇しカトリックを弾圧していた当時の英王室に反発し、数十個の火薬樽で議会の開会式を行っている最中の国会議事堂を爆破しようとした)

アンジェ「そうね」

ドロシー「だな……って、くそっ…!」

アンジェ「どうしたの、ドロシー?」

ドロシー「あー…どうやら喜んでばかりじゃいられなくなった」

アンジェ「……と言うと?」

ドロシー「あの爆弾で全部の兵器が吹っ飛んでくれたわけじゃないみたいだ…追っ手が来たぞ」…二人の乗る濃緑色のロールス・ロイスを追ってくるヘッドライトの黄色い灯が二台分見える……

アンジェ「なるほど…で、相手は?」

ドロシー「後ろに近づいてきてるが……おいおい、ありゃ装甲自動車だ…!」

…深夜に疾走する怪しげなロールス・ロイスを停車させようと接近してくる四輪のトラック…が、二人の車を追跡してくるのはただの板張りトラックではなく、全面を装甲板で囲い、荷台の円筒状の銃座にはマキシム機関銃を据え付けている装甲自動車だった…

アンジェ「ふぅ…なるほど、確かにそうね」

ドロシー「…参ったな。あいつはウーズレーのトラックをベースにしてるようだが……まさか実用化されてるとは思わなかったな…!」

アンジェ「なるほど…何にせよついてきてもらっては困るわ。どうにかするしかないわね…」

ドロシー「あぁ、そうだな……ま、こうなったらでっかい打ち上げ花火のついでだ。ひとつ「王国の最新兵器」をきりきり舞いさせてやるとしようぜ♪」


アンジェ「ドロシー、向こうがこっちを停めさせるにせよ、あるいはハチの巣にするにせよ…そう時間はかからなそうよ?」

ドロシー「分かってるさ……いいから飛ばせ、アンジェ!」

アンジェ「ええ。 …くっ、私じゃあこれ以上速くは走らせられないわ」ヘッドライトに浮かび上がったカーブをスライドさせてクリアするが、小柄なアンジェには大型ロールス・ロイスを高速で振り回すのは少し厳しい……唇をかみしめてハンドルを押さえ込む…

ドロシー「よーし…なら私がどうにかしてやるさ」車の荷物をがさごそと漁ると、手に乗る程度の巾着袋を取り出した…

アンジェ「それは?」

ドロシー「石壁用の釘さ。道路上にばら撒いてタイヤをパンクさせるシロモノなんだが…あのウーズレーは重そうだし、車高も高いからな……一度ふらついたら面白いことになるぜ?」

アンジェ「それでちゃんと止められるのね?」

ドロシー「ああ、太陽が東から昇るくらい確実にな……アンジェ、そのまま真っ直ぐ走らせろ!」

アンジェ「…信じたわよ」

ドロシー「任せろって…そら!」

…袋の口を開けると道路上に釘をぶちまけたドロシー……と、二人の車に迫っていた一台目の装甲自動車が釘を踏みつけ、タイヤがバーストすると同時に激しくノーズを振り、そのまま真横を向くと派手に横転した……

ドロシー「ひゅぅ…な、だから言っただろ?」

アンジェ「なるほど……で、二台目はどうするの?」

…先導する一台目が派手にひっくり返ったのを路肩にはみ出してかろうじて避け、再び道路に乗って追ってくる二台目のウーズレー…なかなか手こずらせる二人を相手に、どうやら無傷で捕まえる気が無くなったらしく、マキシム機銃を斉射しながら追ってくる……

ドロシー「ちっ、まとめて引っかかってくれたら良かったんだが……そうはいかないか!」身体をひねって身を乗り出すと、後ろに向けて立て続けにライフルを撃ちこむ…

アンジェ「…装甲自動車に向かってライフルを撃ちこんでどうするつもり?」

ドロシー「車体じゃない、やっこさんのタイヤを狙ってるんだ……アンジェ、車を振らないでくれ!」バンッ、バァ…ンッ!

アンジェ「ええ、そうするわ」

ドロシー「ああ、助かるよ……えぇい、くそっ…弾切れだ!」役に立たなくなったライフルを座席に放り込み、舌打ちする…

アンジェ「それはいただけないわね…」

ドロシー「まったく同感…おい、村まではあと数マイルって所か?」

アンジェ「ええ」

ドロシー「ならとっととケリをつけないとな……そうだ、アンジェ!」

アンジェ「なに?」

ドロシー「すっかり忘れてたが、爆弾の予備があったろ!」

アンジェ「…そうだったわね。爆弾なら信管と一緒に後部座席の下に置いてあるわ」

ドロシー「よーし、なら怖いものなしだ…♪」どうにか後部座席に身体を移すと、シートの下に屈みこんだ…

アンジェ「見つかった?」

ドロシー「ちょいまち……あったぞ!」

アンジェ「投げる間合いは?」

ドロシー「時限装置はぎりぎり数秒にセットするから、奴を真横に寄せて屋根のない銃座の上から放り込む……いいか!」

アンジェ「分かったわ…それじゃあ行くわよ!」…ギアを落しつつ目一杯ブレーキを踏みこむ…一気に減速して装甲自動車と並ぶと、ハンドルを切ってウーズレーに寄せた……あまりにも近づいたのでサイドのミラーが接触して吹っ飛び、機銃手は慌てて銃架を振り向けようとするが、その前にドロシーは後部座席に立ち上がった…

ドロシー「そのまま…そのまま……よし、投げた!」

アンジェ「ドロシー、つかまって!」ギアを上げるとアクセルを踏み込み、一気に装甲自動車を引き離すアンジェ…ドロシーが後部座席に転がりこむのと同時に爆弾が炸裂し、ウーズレーは轟音とともにばらばらになった…

ドロシー「う゛っ…!」

アンジェ「…大丈夫、ドロシー?」

ドロシー「ああ…だがもう二度とこんな曲芸はやらないからな!」

アンジェ「一千ポンドでも?」

ドロシー「…こんな目に遭うって分かってたらその十倍はふっかけただろうな……あいてて…」腰の打ち身が座席に触れ、顔をしかめるドロシー…

アンジェ「とにかく宿に戻ったら薬でも塗ってあげるわよ…それまで我慢しなさい」

ドロシー「そりゃどうも……まったく、こんな冷血女を嫁さんにもらおうなんて、プリンセスもよっぽど物好き……」

アンジェ「…何か言った?」

ドロシー「うんにゃ、何も……とにかく痛み止めにたっぷりのブランデーと、それから柔らかくて暖かいベッド…今欲しいのはそれだけさ」

…夜明け前…

アンジェ「…さぁ、着いたわよ」


…活動用の服は脱ぎ(車に残しておいた)行くときに着ていた普通の服に着替えている二人……最後の百ヤードほどは車の音を聞きつけられないようエンジンを切って惰性で走らせ、妙な時間に戻ってきたことで村人の疑念を抱かせないようにしている……組み立て式ライフルや余った工作用の資材などは途中で川の深みに放り込み、残った活動用の服も宿の部屋で暖炉にくべて焼き捨て、残りの旅には怪しいものを何も持って行かないつもりでいる…


ドロシー「あぁ…それじゃあ静かに部屋に戻ろ……」

宿の娘「…ふわぁ…ぁ……眠いなぁ……」

ドロシー「…隠れろ、アンジェ」

アンジェ「ええ」

娘「…もう、まだ一番鶏も鳴いてないのに……せめてもうちょっとでいいから寝ていたいなぁ……」

ドロシー「宿屋の娘だな…暖炉の火起こしに朝食の準備って所か……早起きないい子だが……」

アンジェ「…こちらにとっては都合が悪い……気づかれないように部屋に入るしかなさそうよ」

ドロシー「ああ、あの子が厨房に入るのを待とう」

娘「…ぶるるっ…さむっ、とにかく早く暖炉の火をおこさなきゃ……あれ?」霧がかって冷え込む朝の空気にぶるっと身震いをして、それから持ち出した敷物のほこりをはたいた…と、そこで二人のロールス・ロイスが戻っていることに気が付いた…

娘「…あれ、この車ってあの女の人の……でも野鳥観察に出かけるから朝方までは戻らないって言ってたはずなのに…」不思議に思って車に近寄ってくる娘…二人が身を潜めている建物の角からは、もう数ヤードもない…

アンジェ「…どうやら別の案が必要になったようね、ドロシー」

ドロシー「ああ、仕方ない…アンジェ、しばらく我慢しろよ?」小声でささやくとぎゅっとアンジェを抱きしめて壁に押し付け、それから熱っぽい口づけを始めた…

アンジェ「んむっ、あむっ……はぁ、はむ……っ、ちゅっ♪」

ドロシー「んちゅっ、ちゅぅぅっ……んふっ、ちゅるっ♪」

娘「…こんな朝早くにお戻りだなんて何かあったのか…な……///」

ドロシー「んちゅるっ、ちゅぱ……ちゅぅぅっ♪」

アンジェ「ふぁぁ…はふっ、あふっ……もっと……ぉ///」

ドロシー「しーっ、気付かれたら困るんだから静かに…んちゅっ♪」

アンジェ「んんぅ…はむっ、れろっ……ちゅぷっ♪」

娘「…うわっ……///」(人気がないからって女の人同士…しかもこんなところで………ロンドンだったら当たり前なのかな///)

ドロシー「……誰?」

娘「!」慌てて息を殺し、壁の陰に身をひそめた…が、目を輝かせて食い入るように見入っている……

ドロシー「…気のせいかな?」

アンジェ「ねぇ、早くぅ……むちゅっ、れろっ…///」

ドロシー「分かったわかった…それじゃあ続きは部屋でしようか……♪」

娘「…っ///」音を立てないように足音を忍ばせて屋内に駆け戻る…

アンジェ「…んちゅっ、ぷは……行った?」

ドロシー「ああ……上手なお芝居だったぜ、一瞬本気なのかと思ったよ♪」

アンジェ「…冗談は止して」

ドロシー「はは、そうむくれるな……これであの娘の口止めは済んだな」

アンジェ「ええ、あの娘がこんなことを誰かに言えるとは思えないわ」

ドロシー「…まったく、私たちも罪作りなもんだ……きっとあの娘は今の光景を思い出しちゃベッドで悶々とすることだろうからな♪ …さ、部屋に戻ろう」

アンジェ「ええ」

ノル公に捕まったらチェンジリング作戦終了だから尋問ネタ難しい
プリンセス誘拐計画が判明、アンジェが代わりに誘拐されてそれを白鳩が尾行する任務のはずがロスト、アンジェはならず者に王室雇われの影武者と勘違いされ国家機密について尋問(百合らんぼう)されるみたいな
ところで映画はいつになるんでしょうね~アンジェの代役問題が原因なら関根さん二役でいいような...

>>293 まずはコメントをありがとうございます…色々な案まで考えていただき嬉しく思います


…個人的にはノルマンディ公の部下につかまってしまうと(おっしゃる通り)身元が割られてしまいスパイとして使えなくなってしまうので、そこはノルマンディ公以外の防諜組織に捕えられるも防諜・諜報関係の組織にありそうなライバル意識や何かで(実際の防諜組織も縦割り行政で連携が悪いことが多いそうですが…)伝わらず、移送や情報の請求が行われる前に「白鳩」が助けにくる……ようなのを考えております


……ちなみに他に考えている(いた)のは「敵の敵は味方ということでアイルランドの独立派やフランスの密輸業者に接触するも『アルビオンの人間は信用できねぇ』…ということで捕まる」とか「逮捕されてどこかに連れて行かれるも、それはコントロールがしかけた『忠誠度テスト』で、王国防諜部に見えたのも全てコントロールのエージェントだった」などですね



…映画は……どうなんでしょう。正直スクリーンよりも純粋に二期の方がいいような…もし代わりの方が決まったら、ドロシーに「アンジェ、最近声変わったよな?」というメタな台詞を言わせたいですね…(笑)



…宿の部屋…

ドロシー「やれやれ、朝早くで良かったな。あの娘以外は誰も起きてないらしい……悪いが「マントと短剣」式の工作で疲れたし、ひと眠りさせてもらうぜ?」(※マントと短剣…典型的スパイ活動の比喩で、とくに活劇的のような場合のことを指す)

アンジェ「ええ……脱げる?」

ドロシー「どうにか。肌着が擦れるたびにズキッと来るがね…」

アンジェ「でも、その程度で済んで良かったわね」

ドロシー「やれやれ、気楽に言ってくれるぜ……しびれるような痛みこそ収まってきたが、今度はうずいて仕方ないよ…」服を脱いでスーツケースにしまうと「ぼふっ…」と音を立てあお向けでベッドに寝転んだが、たちまち痛みが襲ってきて、あわてて寝返りを打ってうつ伏せになった…

アンジェ「…大丈夫?」

ドロシー「そりゃ多少は痛むが…あ、そこにあるブランデーを取ってくれ」

アンジェ「これ?」

ドロシー「ああ……痛み止め代わりにな。それに昨晩は小川を這いずったりしたせいで凍えたし…」とくとくっ…とグラスに注ぎ、寝そべったままぐっとあおった…

アンジェ「…あまり飲みすぎないようにね」

ドロシー「ああ、そのくらい分かって……い゛っ…!」身体をねじって視線を向けようとした瞬間、またズキリときて顔をしかめた…

アンジェ「全く…いま薬を塗ってあげるわ」白いコルセット姿のままスーツケースから薬の容器を取り出すと、ベッドまでやってきた……

ドロシー「悪いな…しかし付きっきりでマッサージしてもらえるとはね……きっとプリンセスだってしてもらったことはないだろうからな♪」

アンジェ「…」表情を変えずに、きつくドロシーの背中をつねる…

ドロシー「痛っ、そう怒るなよ…軽い冗談だって♪」

アンジェ「口の軽さは命取りよ……で、腰に塗ればいいのね?」

ドロシー「ああ、腰のくびれのすぐ左上って所だ…どうなってる?」

アンジェ「大きなアザになっているわ…待っていなさい、痛み止めを塗ってあげるから……」とろりとした軟膏を背中に垂らすと、痛くならないようにそっと塗り広げる…

ドロシー「うわ…ずいぶん冷たいな」

アンジェ「そうかもしれないわね……どう?」

ドロシー「まだ分からないが、少なくとも悪い気分じゃないね」

アンジェ「ならいいわ」…軟膏をアザのある場所に塗りながら、ついでにこわばった筋肉も軽くマッサージしてあげるアンジェ…

ドロシー「ま、そうやって軽く撫でてもらうだけだってずいぶん違うもんだし……おかげで少し痛みが引いてきた」

アンジェ「そう、結構ね…」

ドロシー「ああ……んっ///」

アンジェ「…ドロシー?」

ドロシー「悪い…ちょっとこそばゆくて変な声が出たが……気にしないで続けてくれ///」

アンジェ「そう……続けていいのね?」

ドロシー「もちろん構わな……んぁっ///」

アンジェ「…」

ドロシー「んぅ…はぁ、んぅぅ♪」

アンジェ「……ねぇ」

ドロシー「な、何だよ……別に気にするなって///」

アンジェ「ふぅ…あのね、そんな艶っぽい声を出されたら気にもなるでしょうが……いったいどうしたの?」

ドロシー「いや、それがさ……昨夜の件で血がたぎったのか、何だか身体が火照って仕方ないんだ…///」

アンジェ「はぁ…まったく人が薬を塗ってあげているって言うのに……」

ドロシー「いや、だから気にしないで薬を塗っちまって……っ!?」

アンジェ「んっ、ちゅぅっ…♪」

ドロシー「ふむぅ……んぅっ!?」

アンジェ「…そんな声をずっと聞かされたら私だってたまらないわ……付き合ってあげるわよ」

ドロシー「はむっ、んむっ……ちゅぅ…」

アンジェ「んちゅぅ……ちゅぱ、れろっ…」

ドロシー「ぷはぁ……っ///」

アンジェ「どう?」

ドロシー「……たまらないね♪」

アンジェ「…ならこれはどうかしら……あむっ、はむっ…♪」

ドロシー「んっ、くぅぅ…っ♪」

アンジェ「不摂生な暮らし方をしている割には綺麗な身体をしているわね…ちゅっ、ちゅ…ぅ♪」

ドロシー「あ、はぁぁ…っ……なにせ商売道具だからな、そりゃ多少は気もつか…あ…あっ♪」

アンジェ「ん、あむっ……れろっ…」うつ伏せのドロシーにまたがり、身体をぴたりとくっつけるとうなじから下に向かって肌を吸い、ねっとりと舌を這わせた……窓の外でかすかに白み始めた明け空が調度品のシルエットを次第にはっきりさせ始め、同時にドロシーの艶やかな肌が白っぽいミルク色に浮かび上がっている…

ドロシー「あぁぁ…んぅ///」

アンジェ「…ドロシー」

ドロシー「ふぁぁ……何だ……?」

アンジェ「……ちゅぅっ♪」身体を伸ばしてドロシーにくちづけするアンジェ……濃いブランデーの芳香と、ドロシーの甘く刺激的な香りが鼻をくすぐり、絡めた舌に風味豊かなブランデーの味が広がった…

ドロシー「んっ、んぅっ……あむっ、ちゅぷっ…ちゅる……んちゅっ♪」

アンジェ「……はぁっ」

ドロシー「ぷはっ……アンジェ」

アンジェ「何?」

ドロシー「優しいキスだな…気持ち良かったよ……」

アンジェ「……そういう口説き文句は大事な時のために取っておきなさい///」

ドロシー「なに、そう照れるな…それに私の口説き文句の辞書は大した量だからな、一つふたつくらい使ったって困りゃしないさ」

アンジェ「…結構なことね」

ドロシー「ああ……ところで続きはまだかな?」

アンジェ「ふっ…まったく、雰囲気も何もあったものじゃないわね」

ドロシー「悪いな、何しろ俗物なもんでね…♪」にやにや笑いを浮かべて派手なウィンクを投げた…

アンジェ「…でしょうね」れろぉ…♪

ドロシー「んんっ、んぁっ……あふっ♪」アンジェのしっとりした唇と舌が滑らかなドロシーのもち肌を舐めあげ、細いが意外と長くて力のある指がとろりと濡れた秘所にぬるりと這入ってくる…

アンジェ「…はぁ、あぁ…ん///」右手をドロシーのために使い、左手は自分の膣内に滑り込ませた…

ドロシー「あっ、あぁぁ…気持ち良くてとろけそうだ……んぁぁぁっ♪」くちゅくちゅっ…にちゅっ♪

アンジェ「…ええ」ぢゅぷ…っ、くちゅっ♪

ドロシー「んはぁぁ、あっ…あぁぁぁっ♪」

アンジェ「私も…そろそろ……///」ドロシーの太ももにまたがったまま秘部を擦りつけ、荒い息づかいをしている…

ドロシー「ああ……んくぅ、あ゛っ…ん゛ぅぅっ…♪」

アンジェ「はぁぁ…んっ、くぅぅ……♪」

ドロシー「いっ……くぅっ♪」じゅぷっ、ぷしゃぁ…っ♪

アンジェ「はぁ…はぁっ……んぁぁぁぁっ♪」ぬちゅっ、とろ……っ♪

…しばらくして…

ドロシー「……ふふ、いい具合にとろけてるじゃないか…お前さんはいつもおっかない顔ばかりしてるからな、そういう表情は新鮮でいい」

アンジェ「はぁ、あ…はぁ……私は…身体が小さいから…ふぅ……あなたに合わせると…疲れるのよ……」

ドロシー「ま、その分テクニックは私より上だからいいじゃないか……まさか三回もイかされるとは思わなかったぜ♪」

アンジェ「ふぅぅ……私だって、怪我をしているくせにあなたがこんな激しくしてくるとは思ってなかったわ」

ドロシー「はは、悪かったよ♪ …さて、朝飯の時間まではしばらくあるし少し寝よう。それから風呂を沸かしてもらって、さっぱりしたら朝食が待ってる……って言うのはどうだ?」

アンジェ「…いいわね」

ドロシー「それじゃあ…ほら」

…裸で羽根布団にもぐりこむと端を持ち上げたドロシー…アンジェもコルセットを脱ぐと横にもぐりこみ、ドロシーが背中に腕を回して抱き寄せてきても逆らわなかった……

………



…朝食時…

ドロシー「……ん、んーっ♪」

アンジェ「おはよう…よく眠れたようね」

ドロシー「ああ、おかげさまでな。本当ならもっと寝ていたかったけど……空腹で目が覚めたよ」

アンジェ「朝食はここに運ばせる?」

ドロシー「いや、食堂に行こう…なにせ「付き合いが悪く顔を合わせようとしない人」と言ったら?」

アンジェ「エージェント」

ドロシー「…じゃあ気さくにおしゃべりなんてするのは?」

アンジェ「一般人」

ドロシー「だったら朝食は…」

アンジェ「食堂で決まり……だけど、腰のアザが椅子に触れるたびにうめいていたら宿の人に怪しまれるわよ?」

ドロシー「まぁ、そこはどうにか我慢するさ…それに薬を塗ってくれたおかげで、痛みも少しおさまってきたからな」

アンジェ「ならいいわ……どうやらあの娘が起こしに来たようね」

ドロシー「だな…足音がするぜ♪」

宿屋の娘「……おはようございます、奥様。お目覚めでしょうか?」おそるおそる部屋に入って来た宿屋の娘……

ドロシー「モーニン(おはよう)…ええ、起きているわ♪」ドロシーは胸を隠すように布団を引っ張り上げ、身体を起こした…横ではアンジェが髪を拡げ、甘えるような仕草でドロシーにしなだれかかっている……

娘「あ、はい…それで、朝食はいかがいたしましょうか……お部屋まで運びましょうか///」

ドロシー「いいえ、食堂に食べに行きますから…それとお風呂の支度をお願い」

娘「お、お風呂…ですね///」

ドロシー「…ええ、そうよ♪」

娘「わ、分かりました…」

ドロシー「それじゃあお願いね……あ、ちょっとこっちに来てくれる?」

娘「は、はひっ///」顔を真っ赤にしておずおずとやって来る…

ドロシー「…どうぞ、取っておいて♪」妙に優しい手つきで娘の手を両手で包むようにしてシリング銀貨を手渡し、ねっとりとした色っぽい目つきでじっと見た…

娘「あ、ありがとうございます…っ///」

ドロシー「それではお願いね」

娘「は、はいっ…///」

アンジェ「……飛び出すようにして出て行ったわね」

ドロシー「ああ…これで他のことはすっかり記憶から吹っ飛んだだろう♪」

…朝食時・宿の食堂…

主人「ご令嬢がた、ゆうべは良くお休みになれましたでしょうか?」

ドロシー「ええ、おかげ様で…綺麗な空気のおかげで、彼女の身体も少し調子がいいし♪」朝から風呂に入ってあちこちねとついていた身体をさっぱりした二人は、すっきりしたデイドレスに着替えて朝食の席についている…

主人「それは何よりでございます……なにせロンドンの空気は「やくざなカラクリ」の出す煤煙ですっかり汚れておりますし、身体に良いわけがございませんよ」

ドロシー「まったくもってね…おかげでこちらに来てからは食事も美味しいよ。少々はしたないけれど…」

主人「いえいえ、朝から食事が進むなんていうのは結構な事でございますよ…メアリや、お客様の食事はまだかい?」

娘「今持って行きます…!」

ドロシー「おー…昨夜の夕食も豪勢だったけれど、朝も美味しそうだ。 …さっそくいただくとしよう♪」

…二人の目の前に置かれた朝食は、こんがりと焼いた山形食パンの厚切りに濃厚な自家製バター、厚みが2インチはありそうで、まだぷちぷちと油が跳ねている焼きたてのハムステーキに、新鮮な卵を使った半熟卵、洋ナシのスライス……それと陶器の水差しに入っている搾りたてのミルクと紅茶のティーポット…

ドロシー「んむっ、これはいい……さ、遠慮しないでお食べ♪」

アンジェ「は、はい…///」

主人「さようでございます、お身体のためにもたくさん召し上がってくださいまし」

ドロシー「そうそう、いっぱい食べて私を喜ばせてね♪」

アンジェ「///」


…そういってドロシーとアンジェがやり取りをしていると、不意にエンジンの音が聞こえてきた……二人が演技を続けながら食事をしていると、公用の黒いロールス・ロイスが宿の前に停まり、中から背広姿の男が二人降りてきた…


主人「おや…お役人だなんて、一体なんでございましょうね……」不安そうに玄関に向かった…

ドロシー「……こんなのどかな村に役人だなんて、一体何だろうね?」

アンジェ「そうですね…」内心では正体を割られたかと身構えつつも、そのまま芝居を続ける……場合によっては役人を斬り伏せることが出来るよう、ハムを切り分けているそぶりをしながらテーブルナイフを持っている…

ドロシー「ね…この辺りはノッティンガムシャーだし、ロビン・フッドでも出たのかな?」ふざけ半分に言いながら椅子を軽く引いて、飛び出せる体勢を作った…

主人「…どうぞ、こちらでございます……」平和な田舎に住んでいるだけに、何もしていないうちからすっかり不安げな宿屋の主人…

背広男(がっしり)「やぁ、案内どうも…お客さんは全員ここにいるかい?」一見すると愉快そうながっしりタイプの男は、口でこそ笑みを浮かべているが視線は鋭い…

主人「はい、さようでございます…何しろ朝食の時間でしたので……」

背広男(細め)「…余計なことはいい」…もう一人の冷たい態度の男は黒い背広にソフト帽で、感情のない灰色の目をしている

背広(がっしり)「まぁまぁ、そう突き放すような事をいうなよ……おやじさん、後でおれたちにもその美味そうな朝食を頼むよ。ハラペコなんだ」

主人「はい、それはもう…」

背広(細め)「そういうのは後にしろ……表のロールス・ロイスは誰のだ。君のか?」食堂の隅で食事をとっていた地味な男に声をかけた…

地味な男「いえ…私は旅のセールスマンで、鉄道と乗り合い馬車を乗り継いで来たんです」

背広(がっしり)「ふぅん、そうかい…おやじさん、本当かね?」

主人「ええ、それはもう……それで、あの…」

背広(がっしり)「うん?」

主人「表の車でしたら、こちらのご令嬢方のお車でございますです…」しどろもどろで敬語までおかしな具合になっている主人…

背広(がっしり)「おやおや、わざわざ教えてくれてすまんね……朝食中に失礼します、お嬢さま方♪」ドロシーたちの方にのっしのっしと歩いてくると、帽子を持ち上げて軽く一礼した…大きな身体には多少きつそうな仕立ての悪い背広のせいで、内側に忍ばせているウェブリー・スコットのシルエットが浮かび上がっている……

ドロシー「構いませんとも…もし良かったらここにお掛けなさいな?」

背広(細め)「いえ、結構……表の車はお二人のですね」

ドロシー「ええ、そうですが…何か?」

背広(細め)「そうですか」ドロシーの答えを聞くと、厳しかった態度がふっと弛んだように見えた…

背広(がっしり)「…お嬢さま方は旅行ですか?」

ドロシー「ええ、そうです……私はロンドンの社交界に疲れちゃったので、身体が弱い彼女の療養もかねて自動車旅行をね♪」

背広(がっしり)「そりゃあいい、空気も新鮮ですからね…で、これからのご予定は?」

ドロシー「ええ…これからドンカスターを経由してヨークシャーまで足を延ばして数日泊まり、それから帰りは道を変えてリーズ、シェフィールド、バーミンガムを通ってロンドンへ戻るつもりです」

背広(がっしり)「なるほど、それは楽しそうですね」

ドロシー「ええ♪」


…ドロシーとアンジェは「7」とも相談して「共和国のエージェントなら、施設を破壊した後は取るものもとりあえずロンドンや港町のカンタベリーへ行き、慌てて壁の向こうへ脱出を図るはず」…と王国防諜部が考えるとにらみ、あえてその逆を突いてアルビオン中北部をのんびりと巡る予定を立てていた…


背広(細め)「……どうもこの二人は違うようだが…どうだ…?」

背広(がっしり)「……ああ。緊急電は「黒のロールス・ロイス」だがこの二人のは濃緑色…乗っているのも「細身の男二人」って事だったが、見ての通り派手に遊んでそうな貴族の若い女に、もう片方はさして年端もいかない少女だ……結びつかないね…」ドロシーたちに聞こえないように身体を近づけて、ひそひそと話す背広の二人…

背広(細め)「…ならここはもういいか……?」

背広(がっしり)「…そうだな……早く次に行こう…」


ドロシー「…」(……あの施設を大空のかなたまで吹き飛ばしてやったのが真夜中より一時間ばかり前…指揮官があの爆発に巻き込まれずにいたとして、混乱を収めて政府機関に連絡するまでざっと二時間……報告を受けた防諜部がロンドンから故障なしで車をぶっ飛ばしてきたら……まぁ、だいたいは計算が合うか…)


背広(がっしり)「…いや、朝食中に驚かせてすみませんでしたね……もう結構ですよ」

ドロシー「それは何よりですわ♪」

背広(細め)「ご協力に感謝します……行くぞ」

背広(がっしり)「おいおい、そんな急がなくたって…せめて何か食っていこうじゃないか。おれはもう空腹で動けないよ!」

背広(細め)「馬鹿言うな…それでは失敬」

ドロシー「ええ」

主人「あの…もう大丈夫ですので……?」

背広(がっしり)「ああ、大丈夫だよ…ところで、よかったらあの美味そうなハムを厚切りにして、玉ねぎか何かと一緒にサンドウィッチにしてくれないか?」

主人「あ…はい、ただいま!」

背広(細め)「…おい、何やってる!」

背広(がっしり)「何って…朝飯の算段だよ♪」

背広(細め)「まったく、お前って奴はいつも口を動かしていないと駄目なのか?」

背広(がっしり)「そう言うなよ…おれみたいな巨漢は腹が減るんだ♪」…大食いで愉快でどんくさい男の演技を続けながら、さりげなく宿の食堂をもう一度見回すがっしり男……

主人「…お待ちどうさまでございます!」

背広(がっしり)「いやいや、速かったじゃないか。あんまり遅いと相棒がガミガミ言うから助かるよ……ほら、お代だ♪」

主人「はい、ありがとうございます」

背広(細め)「…ほら、行くぞ!」

背広(がっしり)「はいよ、待たせたな…」表に停めていた公用車に乗り込むと、あっという間に走っていった…

ドロシー「…何だったんだろうねぇ?」

アンジェ「そうですね、旅路が心配です……」

ドロシー「まぁ心配はいらないよ、私がいるんだから…ね♪」プレイガールが「可愛がっている」女の子にするように、妙に馴れ馴れしく手を重ねた…

アンジェ「…は、はい///」

ドロシー「ふふっ……ロンドンに戻ったら一千ポンドが待ってるぜ…?」何か恥ずかしい事でもささやくようなふりをして、耳元に口元を寄せた…

アンジェ「……報告書もね…」恥ずかしいかのように顔をうつむかせながらまぜ返した…

ドロシー「ふふ♪」

………


…一週間後・ロンドン…

ドロシー「うーん、相変わらずのくすんだ灰色の空に煙たい空気……これこそ「我がなつかしのロンドン」ってやつだな♪」

アンジェ「元気な事ね……戻ったわよ」

プリンセス「…お帰りなさい、アンジェ♪」

アンジェ「ええ、ただいま」

ベアトリス「…どうでした? 上手く行きましたか?」

ドロシー「もちろん。まぁ少しばかりひやりとした場面もあったが……そっちは何もなかったか?」

ベアトリス「ええ、言われた通り静かにしていました」

ドロシー「よーし、いい子だ♪」犬でも可愛がるようにベアトリスの頭を撫でるドロシー…

ベアトリス「も、もうっ…!」

アンジェ「……とりあえずみんなには留守中あったことを聞きたいわ…しばらくしたら部室で集まりましょう」

ちせ「うむ……何はともあれ二人が無事で何よりじゃ。ついでに着替えて茶でも一服したらどうじゃろうか?」

ドロシー「そうだな、そうさせてもらおう……ベアトリス、お茶の準備を頼むよ♪」

ベアトリス「分かってます」

プリンセス「アンジェ、貴女も長旅で疲れたでしょう…今日はゆっくり休んでね?」

アンジェ「ええ、ありがとう」

プリンセス「……えっちはまた明日にしましょうね♪」

アンジェ「…も、もう……っ///」

…部室…

ドロシー「……というわけで、無事に施設は吹き飛んだ…というわけさ♪」機密事項は適当に省き、おおよそのあらましを話したドロシーとアンジェ……かたわらにはキャンディ茶葉を淹れた紅茶のティーカップときゅうりのサンドウィッチ、それにスコーンが置いてある…

ベアトリス「それで、怪我の方は大丈夫なんですか…?」

ドロシー「ああ…おかげ様で、もう跡も残っちゃいないよ」

ベアトリス「良かったです…」

ドロシー「はは、何せ私は丈夫に出来ているからな♪」

アンジェ「……とりあえず留守中にあった事はだいたい掴めたわ。みんな、お疲れさま」

プリンセス「アンジェとドロシーさんこそ…ゆっくり疲れを癒してね?」

………

…数日後・ロンドン市内の動物園…

7「…今回の件はご苦労さま。新聞記事にはならなかったけれど、こちらの情報網が成果を確認したわ。それにしても…マキシム機関銃を量産していた?」

ドロシー「ああ…それにさっきも言ったが、ウーズレー貨物自動車に装甲板を貼りつけて旋回銃座を搭載した「装甲自動車」もテストしていたようだぜ」

7「そう…何はともあれ、この作戦が成功したおかげで王国の機関銃生産は半年は遅れるわ……その間にこちらも機関銃の配備を急ぐことになるでしょう」

ドロシー「結構なことで…ところで、約束のモノは?」

7「それならきわめて合法的なルートで、貴女が指定した銀行に振り込んであるわ……確認書類よ」アフリカからやって来たばかりのキリンを見ようとする人の群れに混じり、パラソルを差してゆったりと歩き去った…

ドロシー「そりゃどうも…って、あの古狸め……いっぱい食わせやがった…!」銀行の確認書類を見て、思わずあきれたような声を上げた…

………

…在ロンドン・アルビオン共和国大使館の一室…

L「連絡役、ご苦労だった」

7「いいえ…おかげで珍しいキリンも見物できました。それにしても「D」は今ごろ地団駄を踏んでいることでしょうね?」

L「ふむ……私は嘘はついていないし、額をごまかしてもいないが…単にこちらが崩壊したら紙切れになってしまう「共和国ポンド」の紙幣で一千ポンド分を用立てただけだ。彼女は純金で寄こせとは言わなかったし、どこのポンドで払うかも指定しなかったからな」

7「それはそうですが、彼女が寄せる我々への信頼を低下させることにはなりませんか?」

L「ふ…彼女はもとよりはこちらを「信用」などしておらんし、そもそも「組織の元締めだから」と頭から信用するようでは一流のエージェントにはなれまい……それに「一千ポンド寄こせ」と言う時点で、機会があればこちらと縁を切りたいと考えている証拠だ…だからこそ共和国が存続しなければ一文にもならない「共和国ポンド」で払ったのだ。これで「A」も「D」もこちらに残るだろう」

7「…しかし、これで幻滅した「D」が多額の報酬をちらつかされ転向する可能性はありませんか?」

L「あり得んな。彼女はそんなに愚かではない……これはな、ある意味で私と彼女たちの知恵比べでもあるのだ」少しだけニヤリとしてみせた…

…どうもお待たせしています。次のストーリーは多少考えてあります……が、カップリングはアンジェと誰がいいでしょうか? また数日開いてしまいますので、よかったら好きなカップリングを書き込んで下さい…


……また「見たい」という意見が多いようなので、今回はアンジェがピンチに追い込まれ尋問を受けたり受けなかったりします(…が、実際にエージェントとして身元を割られることがないよう、上手く話を持って行くようにします)…ちょっと苦痛などの表現があるかも知れません


…case・プリンセス×アンジェ「The travel guide of London for spies」(スパイのためのロンドン旅行ガイド)…

…ロンドン・官公庁街の一室…

ノルマンディ公「……以上のように、ここ一年ほどのあいだで共和国スパイの活動が非常に活発化してきている。今度は陸軍の施設が破壊され、またしても工作員は逮捕することができなかった」

外務省情報部長「ふむ…ノルマンディ公、そのていたらくではそちらの組織が何のためにあるのか分かりませんね?」

海軍省情報部長「日頃自慢しておられるエージェントたちでも捕まられないとなると……いやはや、困ったものですなぁ」

ノルマンディ公「…お言葉を返すようだが、今回の件では連絡が陸軍省情報部にしか伝わっていなかった。我々がその情報を聞いたのは二日も経ってからだ……ハートレイ准将、なぜ二日も情報を留めておいたのかお聞きしたい」…冷たくさげすむような目で恰幅のいい陸軍省の代表を見た

陸軍省情報部長「それは……今度の破壊工作が我が方の秘密施設に対するものだったからだ。どこに共和国のスパイが潜んでいるか分からんのだから、大声でふれ回るわけにはいかんだろう!」

ノルマンディ公「ふむ…破壊工作が実行されている時点で機密が守られていないことは明白だ。今さら情報漏洩の心配など無用だろう」

陸軍省情報部長「いや、そうは思わん。施設の被害や再建までの日数を推測させないための情報統制だ」

ノルマンディ公「無駄なことだな…そんなものは建築工事に雇われる作業員や用意される建材の量から容易に推測できる。もっと詳しく知りたいと言うのならパブで大工たちにビールの二、三杯も飲ませれば、どこでどんな工事を請け負ったかも教えてくれるだろう」

陸軍省情報部長「ぐっ…」

ノルマンディ公「皆さんがスパイごっこに興じるのは結構だが……少なくとも今後は、各省庁ともに敵諜報員の情報は迅速かつ正確にこちらへと伝達してもらいたい。私からは以上だ」


…しばらくして・外務省…

外務省情報部長「…ノルマンディ公め。少し実績があるからと言って我々の事を素人(アマチュア)呼ばわりか……ミス・コート、防諜課長を呼んでくれたまえ」

秘書「はい」

防諜課長「……お呼びですか、サー・アルフレッド?」

情報部長「ああ、呼んだとも…いま君からの報告書を読んでいたのだが、どうもな……うちの防諜課は対外情報課に比べて顕著な成績を残していないように見えるのだがね」パイプに火を付け、紫煙をくゆらせている…

防諜課長「…と、おっしゃいますと?」…情報部長がやたらパイプをふかすのは機嫌が悪い時の癖だと知っているので、少し身構えた……

情報部長「いや、別に君を責めるつもりはないが……われわれ「外務省情報部」と言えば諜報・防諜に関しては他の省庁も一目置いている存在だ。職員は選り抜きの人員で構成されたエリートたちで、オックスフォードかケンブリッジを卒業した者以外は見かけないほどだからね……」

防諜課長「……ええ」

情報部長「…それがどうだ。数カ月前にはエンバンクメント(運河沿い)で要注意人物のブラックリストを奪取されたが、結局実行犯は闇の中…他にもいくつかの機密情報がこちらから盗み出されたようだが、これも手がかりはなし……どうなのだね?」

防諜課長「それはそうですが、何かこちらが動くたびにノルマンディ公配下の連中があれこれと口出しをしてきまして…」

情報部長「ふむ…そうだとしても、何か実績を残してもらいたいな。このままだと外務省情報部の沽券に関わる……それに、君だってアフリカの片隅にあるような植民地の現地事務所に飛ばされたくはないだろう?」

防諜課長「ええ」

情報部長「どうだね……こう、何か「これは」と思うような情報で、まだ防諜部の連中がつかんでいないものはないのかね?」

防諜課長「は……それが、実は一つだけ有望そうな案件を抱えておりまして…」

情報部長「ほほう…では期待しているよ?」

防諜課長「ええ、お任せを……」

外務省ならアンジェさん割としっかり尋問されそうですね...
19世紀末の尋問ってなんだろう、水責めとか?

>>304 当時の外務省と言えば世界中に出先機関があったので諜報は強かったようですが……防諜はどうだったのでしょうね?


…先にあんまり書き込んでしまう訳には(ネタバレになってしまうので…)いきませんが、科学的な尋問手段(興奮剤・自白剤等)以外はたいていあったようですね…これらはどうも中世の異端審問(魔女裁判)や18世紀のフランス革命で磨きがかかったようですが…まぁあんまりグロテスクにならない程度に進めていきます……

…別の日・お茶の時間…

ドロシー「ようアンジェ…今回の任務は何だって?」ベアトリスたちと入れ替わるようにしてやってきたドロシーは、椅子にどっかりと腰かけるとカフェテーブルに肘をついた……

アンジェ「マナーが悪いわよ、ドロシー……今回は「産物」(プロダクト)の受け渡し。内容は陸軍省の機密資料で、インド方面における今後の戦略方針や師団の改編、それにあわせた人事についての書類のようね」

ドロシー「…インドねぇ……王国と共和国の権益争い、それに植民地を取り返そうっていうフランスの連中に、それぞれの出先機関や東インド会社……言ってみればあそこは「収拾のつかない椅子取りゲーム」みたいな状態だからな。動向の目安になる戦略方針を知ることができたら大きいってのは分かる」

アンジェ「そういうことよ…それを提供者は金と引き換えに渡すと言っている」

ドロシー「もしそれが本当だったら、まさに「値千金」ってところだが……よもやガセネタじゃないだろうな?」…けしの実が入った香ばしいパウンドケーキを頬張りながら眉をひそめた……

アンジェ「…この情報提供者とはこれまで大小合わせて十数回ほど取引があるけれども、いずれも産物の質は高かった……それに向こうがこちらを食いつかせるための撒き餌として「流してもいい」と考えるレベルではない高度な情報も含まれていたことから、コントロールは「本物」だと判断しているわ」

ドロシー「なるほど。なら喉から手が出るほどだろうな」

アンジェ「ええ、そうでしょうね…対象との接触パターンは「B」方式」

ドロシー「手紙は来たのか?」

アンジェ「ええ…手紙には金曜日の13時にレストランの「ハイバーニア」で待ち合わせとなっていたわ」

ドロシー「……と言うことは16時にコーヒーハウスの「ゴールデン・ライオン」で受け渡しか」

アンジェ「そういうことね…それといつものように支援要員を交代する」

ドロシー「了解。それじゃあ監視役をベアトリス…私が車中で待機だな?」

アンジェ「そうなるわ」

ドロシー「わかった……しかしだ、いくら重要な資料だからってわざわざお前さんほどのエージェントを使うこともないだろうにな?」

アンジェ「…と言うと?」

ドロシー「お前は私やベアトリスと違って取り替えが利かない……プリンセスと「チェンジリング」のことを考えてみろ」

アンジェ「だから?」

ドロシー「コントロールはお前さんの才能を無駄遣いしてるって言いたいのさ…トップ・エージェントを情報の受け渡しに使うなんて、サラブレッドをクズ物屋の馬車引きに使うようなもんだ」

アンジェ「言いたいことは分かったわ。でも今回の機密情報は一段と重要度が高いそうだし、それを扱えるようなエージェントがちょうど出払っているから……致し方ないわ」

ドロシー「なるほど…金の卵を取るためなら「やむを得ない」ってか?」今度はクルミと干しブドウのパウンドケーキにフォークを突き刺しながら首をかしげた…

アンジェ「ええ」

ドロシー「だとしてもなぁ……コントロールは何を考えているのやら」

アンジェ「さぁね、彼らの頭の中は推し量りがたいわ」

ドロシー「ふぅ、私たちに考えを見抜かれるほど単純じゃない…か」

アンジェ「そう言うことよ」

ドロシー「…なるほど」

アンジェ「とにかく後方支援は任せたわ…やる気はあるけれど、ベアトリスだけでは心もとない」

ドロシー「ああ、任せておけ……ま、手早くスマートにこなすとしよう♪」

アンジェ「そうね」

ドロシー「それにしても、コントロールのよこすけちな経費と人使いの荒さときたら……時々、この業界にも労働組合とか保険があればいいのに…って思わないか?」

アンジェ「……少しはね」

ドロシー「だよな…それじゃあ貧乏エージェント同士で乾杯だ」ティーカップを軽く持ち上げて、口の端にニヤリと笑みを浮かべた……

…数日後…

ベアトリス「そろそろ時間でしょうか?」

ドロシー「午後二時か…まぁ、ちょうどいいだろうな」

アンジェ「…それじゃあ私も支度にかかるわ」

プリンセス「みんな、気を付けていってらっしゃいね…♪」

アンジェ「ええ」

ドロシー「どうも、プリンセス……よし、それじゃあもう一度手はずを確認しよう。ベアトリスは周辺を歩き回って王国の連中が張ってないかを確かめる…私はその間ゆっくり車を走らせるから、異常がなかったら「ゴールデン・ライオン」のはす向かいにある文房具屋の窓際に立って指定の合図だ」

ベアトリス「はい」

ドロシー「まぁ今さら言うこともないだろうが……行くまでの間も尾行されないように「保安措置」をとれよ?」

ベアトリス「分かってます。回り道をして時間をかけるんですよね?」

ドロシー「ああ、そうだ……最低一時間だからな?」

ベアトリス「はい」

ドロシー「何度も言ってしつこいようだけどな……ただ歩くんじゃなくて出口の二つある店に入って裏口から出たり、急に細い角で曲がったり…とにかく追跡者が目立たずには済まなくなるようにするんだぞ?」

ベアトリス「はい、上手くやります」

ドロシー「それでいい…アンジェはランデヴーの場所までは乗合馬車だな?」

アンジェ「そうするつもりよ。私は目立たないほうがいいもの」

ドロシー「…だな」

アンジェ「ええ…それと、ちせ。悪いけれど貴女は待機」

ちせ「うむ…その間プリンセスの身辺は私がお守りしておく」

アンジェ「頼んだわよ……それじゃあ、準備はいい?」

ドロシー「完了だ…そっちは?」

アンジェ「ええ、出来ているわ……もっとも、情報の引き渡しだから得物は持って行かないけれど…」

ドロシー「ああ、その方がいい…変に銃なんて忍ばせて、余計な厄介事をしょい込むことはないからな」

アンジェ「その通りね。それじゃあ行きましょうか…ベアトリス、貴女が先行して」

ベアトリス「はい、それじゃあ行ってきます」ベアトリスは監視地点に選んだ文房具屋とぴったりはまる寄宿学校の制服姿で、とことこと歩き出した…

ドロシー「よし…じゃあ私も行ってくるかな♪」いかにも遊んでいそうな「上流階級のプレイガール風」にまとめた格好でウィンクをすると、ぜいたくなロールス・ロイス(RR)にひらりと乗り込んだ…

アンジェ「ええ、行ってらっしゃい…私はもう数十分したら出る」

ドロシー「ああ、任せた」

プリンセス「それでは気をつけ……うっ」

アンジェ「どうしたの?」

プリンセス「いえ、なんだか風が冷たくて……身震いが出てしまったの」

アンジェ「…風邪を引いては困るわ。暖かくしておきなさい」

プリンセス「そうね……そうするわ♪」

アンジェ「ええ。それじゃあ行ってくるから、後はお願い……」

………

…ロンドン市内…

ドロシー「…周囲に防諜部の車は…いないか。連中ときたら判で押したように黒のRRと決まってるもんな」…防諜部の車は目立たないようにほとんどが黒塗りで、たいていは性能がいいロールス・ロイスを使っている……そのせいで、本来は地味なはずの「黒のRR」が逆にトレードマークのようになっている…

ドロシー「……それに、どうやら監視役も見えないな」


…ドロシーは「シルバー・エンジェル」と名付けた、四人乗りの大柄な車体に特別誂えのぜいたくな内装をほどこしたRRのカスタム・カーでゆっくりと通りを流しつつ、貴族のプレイガールらしく時折通りを行く女性たちに流し目をくれる……と同時に、やたら熱心に店先のショーウィンドウを眺めていたり、半日遅れの朝刊を二人して眺めているような場違いな連中を探す…


ドロシー「うーん…それらしいのはいないな。もっとも、防諜部の連中だとしたらそんなへぼ演技をするわけないが……」

ドロシー「…なるほど、ベアトリスもそれらしいのは見かけてないのか……よし」文房具屋のショーウィンドウ越しに見える位置にベアトリスが立ち、万年筆を手に取って眺めるふりをしながらそれとなく手を上下させた……それを見てドロシーもあらかじめ決めておいた宝飾店の前にRRを停めて合図とした…

アンジェ「……安全確認は済んだようね」…ドロシーは通り一つ分ほど離れた宝飾店でウィンドウショッピングに興じながら広く周囲を警戒し、至近距離での異常はベアトリスが監視し、場合によってはアンジェに接触の中止を合図する……


………



…数分後・コーヒーハウス「ゴールデン・ライオン」…

アンジェ「…」


…対象が接触してくるまで五分間だけ待ち、もし来なければ事情があって時間に間に合わなかったと判断して、一時間後に第二の場所で再び待つという基本的な接触スタイルで待ち合わせているアンジェ……一見すると興味なさそうな顔で新聞を眺めているように見えるが、それでいてすでに店内をさっと見渡している…敵のエージェントはもちろん、情報の受け渡しをする段になって見知った顔とばったり出くわし、名乗っている名前と違う名前を呼ばれたり……などという冗談にもならないドジを踏まないよう、店内で声高に議論している紳士たちや王室のゴシップに興じているご婦人たちを確認した…と、時間ぴったりにそれらしい人物が入ってきた…


背広姿の紳士「…」

アンジェ「……あれね」安全確認が済んだ合図として、右手の側に置いてあった新聞を左手側に置き直す…


…アンジェの視線の先にいる情報提供者は灰色の背広にチョッキを着て、金鎖の懐中時計とステッキ……と、ごく普通の紳士姿をしている…胸には白いハンカチがきちんと形通りに差してあり、小脇に「ロイヤル・ロンドン・タイムズ」を挟んでいて、アンジェの合図を見ると向かいの席に腰かけた…


紳士「…」腰かけると新聞を読みながら紅茶をすする…数分の間何事もなく過ごすアンジェと情報提供者……

アンジェ「……ふぅ」読みかけの新聞をもう一度テーブルに置いて、いかにもくたびれたようにため息をついた…

紳士「……何か面白い記事は出ていましたか?」

アンジェ「いいえ…私には少し難しかったようです」

紳士「お嬢さんにはそうかもしれませんな……お勉強ですか?」

アンジェ「ええ、まぁ…そんなところです」

紳士「それは立派ですな……では、お邪魔しないように失礼するとしましょう」…そう言いながら、わざとお互いの新聞を取り違えて持って行った……

アンジェ「…ええ、お気遣いありがとうございます」…アンジェも素知らぬ顔で情報提供者のもって来たほうの新聞を手にした…店の中で確認するわけにもいかないが、たいていは真ん中のページに封筒が留めつけてあり、そこに情報が入れてある……

アンジェ「…」提供者が先に去るパターンの接触方式だったので、しばらくのあいだ紅茶をすすって待つ…

………

…高級宝飾店…

店員「こちらなどいかがでしょう? …お客様に大変お似合いかと存じます」

ドロシー「そうね、まぁ悪くはないわ……」

店員「さようでございますか…ではこちらなどはいかがでしょうか。インドで産したルビーでございますが、大きさも輝きもこの通りで…」陳列棚に収まっている金とルビーのネックレスを指し示した…中央にはめ込まれたルビーは大豆くらいの大きさがあり、それを取り巻く金もふんだんに使われている…

ドロシー「まぁ…ずいぶんと大きいのね?」

店員「はい。あなた様のように堂々としていらっしゃる方には、このくらい立派な石でなければ釣り合わないかと…舞踏会でも夕食会でも、これをお召しになれば他のご婦人方と差をつけることが出来るかと存じます……」

ドロシー「…そうねぇ」(…よく言うよ……確かに石は大きいが色がくすんでるし、おまけにネックレスの細工そのものも趣味が悪い…それに私のことを遠まわしに「骨太」だって言いやがった……おおかた植民地か何かで一山当てた平民上がりの成金くらいに思ってやがるな…)

店員「いかがでございましょう?」

ドロシー「えぇ…そうね……」(そろそろ取引も終わった頃だろうし、後は適当にあしらってここを出ればいいな……)

情報提供者「…」

ドロシー「んー……エメラルドとルビーだったら、どっちのイブニングドレスに合うかしら……」(誰か出てきたが、あれが取引相手か……妙に慌てふためいてやがるようだが……って、まずい…!)


…ドロシーが陳列棚のネックレスやブローチを退屈そうに眺めていると情報提供者があたふたと裏道に消え、それと入れ替わるように窓の外を数台のRRと、ほろを張ったマーモン・ヘリントン乗用車が飛ばしてきた…ドロシーは髪型が崩れていないかどうか確かめるようなふりをして手鏡を取り出し、光を反射させて文房具屋のベアトリスに「緊急事態」の合図を送った……が、十数秒もしないうちに車は「ゴールデン・ライオン」の前に急停車し、中から数人の男が飛び出して店内へ飛び込んでいった…


店員「鏡でしたらこちらにございますよ?」

ドロシー「ええ、ありがとう…でもやっぱりルビーと緑のドレスは合わないわね。またにするわ…♪」

店員「さようでございますか……では、またのお越しをお待ち申し上げております…」白手袋をはめた若い紳士の店員は、貴族の老嬢や気難しいオールド・ミスたちをたぶらかすような笑みをにっこりと浮かべ、出口まで見送ってきた…

ドロシー「それではまた来ますわ」(くそ……アンジェが捕まったからって、ベアトリスが慌てて飛び出さなきゃいいが…)

…文房具屋…

ベアトリス「…っ」店のショーウィンドウにきらりと反射したドロシーの合図を見るやいなや、万年筆を見比べるようなふりをして腕を上げ、アンジェに向けて合図を送った……が、それを完全にする暇もないうちに車が「ゴールデン・ライオン」に乗りつけ、どやどやとエージェントらしい男たちが店内に飛び込んで行った…

ベアトリス「…」(冷静に…冷静に…「たとえ私たちの誰かが捕まったとしても落ち着いて行動し、自分の存在を明かすようなことはしてはいけない」って、アンジェさんに教わったんですから……)

ベアトリス「……すみません、またにします」

文房具屋の主人「そうかね…では、また必要なものがあったら来なさいよ?」

ベアトリス「はい…」

…文房具屋を出ると「ゴールデン・ライオン」に視線を向けないようにして普通の足取りで歩き、その場を去るベアトリス…そっと角を曲がると裏道に入り、それからドロシーとの集合場所に向かった…

…「ゴールデン・ライオン」…

アンジェ「…」(あと二分…それだけ待って出ていけば怪しまれない……)

…紅茶の代金はすでに払ってあり、あとはタイミングよく紅茶を飲み終わるように加減しながら窓から見える文房具屋を眺めている……と、ベアトリスの小さい姿が動いて「緊急事態」を示す形で腕を上げた…

アンジェ「…」静かに紅茶を飲み終わると情報が挟んである新聞を畳み、化粧室に入るふりをして裏口から抜け出そうと席を立った…

店員「うわっ…ちょっと、何をするんです!」

背広の男「公務の執行中だ、邪魔立てするな!」裏口の方で店員ともみ合う音がしたかと思うと、どかどかと足音も荒く数人の男が駆け込んできた……アンジェは無表情で、さりげなく表側から出ようと何歩か足をすすめた…

コートの男「よし…全員動くな!」数秒もしないうちに表側にも車が停まり、似たような雰囲気の男たちが飛び込んできた……

アンジェ「…っ」(…どうやらはめられたようね)

指揮官らしい男「よし、いたぞ……確保しろ!」途端に二人の男がアンジェの腕を左右からつかみ、別の二人が3インチの「ウェブリー・スコット」を突き付けた…のこりの男たちは他に怪しい動きを見せる者がいないかと周囲をにらみつけ、ものものしく見張っている…

アンジェ「な、何ですか……!?」震え声を装っておびえたふりをする…

指揮官「とぼけるな、自分でもよく分かっているだろうが…!」

アンジェ「何の事だかわかりません……女性が選挙権を求めてはいけないんですか…っ?」

(せめて「婦人参政権論者」のふりでもすれば、ドロシーたちが越境するなり証拠を始末したりするための時間くらいは稼げる……それに野次馬がこれを見ても、何となく「捕まった活動家の女がいたっけ…」程度ですぐ忘れられてしまうはず……)

指揮官「ふん……連れて行け!」引きずられるようにして店の外に連れ出されるアンジェ…

アンジェ「…放して、放してくださいっ……!」マーモン・ヘリントンの後部座席に押し込まれそうになる寸前でひとりを振り払うと、暴れるふりをしながら小指くらいの小さなガラスのアクセサリーを車の後部に叩きつけた……

男「このっ…!」山猫のように暴れるアンジェに手こずったが、とうとう担ぎ上げるようにしてアンジェを放り込んだ…

アンジェ「…嫌っ、放して!」

指揮官「よし、出せ…!」運転手がアクセルを踏み込むと、車体がぐらりとかしぐほどの勢いで急発進した…

………

…数十分後・倉庫街のネスト…

ベアトリス「ドロシーさん、アンジェさんが…!」

ドロシー「ああ、分かってるよ……それにしてもあの提供者のちくしょうめ、私たちの事を売りやがった…もし見つけ出したら生きながら切り刻んでミートパテか、鉛玉を山ほどぶち込んでグリュイエール・チーズ(よく漫画にでてくる黄色いチーズ)みたいに穴だらけにしてやる……」裏切り者をののしりながら「セイロン紅茶」と書かれた木箱をどかし、床下の隠しスペースから防水布の包みをいくつも取り出す…

ベアトリス「と、とにかく早くコントロールに連絡して指示を仰がないと…!」

ドロシー「……いや、そいつは駄目だ」

ベアトリス「どうしてですか!」

ドロシー「…コントロールに連絡して、なんて言われるかだいたい想像がつくからさ……」

ベアトリス「もちろんアンジェさんは貴重なエージェントなんですから、助けるようにしろって言うに決まって……」

ドロシー「…捕まったエージェントの救出を指示してくれるような情報部があったら、世界中の情報部員はみんなそこに移籍しちまうよ……もしコントロールに連絡を入れたら「状況は危険、直ちに「D」以下は脱出を図れ」と同時に、利用価値より情報漏れの危険の方が高くなるからプリンセスを抹殺せよ…と来るだろうな」

ベアトリス「そんな…!」

ドロシー「この業界なんてそんなもんさ……だからコントロールに連絡するわけにはいかない」

ベアトリス「…でも、だったらどうするんです?」

ドロシー「ああ、その事だが…ちゃんとした尋問を受ければ遅かれ早かれアンジェも「歌う」(白状する)ことになる……だけどな、冷静なアンジェの事だから「遅かれ」の方になるのはほぼ間違いない…だから、アンジェが情報を吐かされる前に居場所を突き止めてやっこさんを取り戻す」

ベアトリス「だとしても、肝心のその場所が分からないことには……」

ドロシー「ふっ……車のエンジンをかけるふりをして捕まった瞬間を見ていたんだが、あの冷血女はとことん肝が据わってるよ…連中を振りほどこうとして暴れながら、こいつを使ったのが見えたんだ」そう言ってペンダントのような小さいガラスの飾り物を見せた…

ベアトリス「…それは?」

ドロシー「ああ、これか……ヘンゼルとグレーテルの話は知ってるか?」

ベアトリス「お菓子の家の…ですか?」

ドロシー「ああ……この小さいガラス瓶はな、ヘンゼルとグレーテルが道しるべで森に撒いて行った白い石ころと同じ役割をするんだ…中にはケイバーライト鉱石の粉末を溶かし込んだ液体が入ってて、この片眼鏡(モノクル)みたいな分光器で見ると、うっすら痕跡が光って見える……っていうシロモノさ」

ベアトリス「……じゃあそれを追えば」

ドロシー「めでたくお家にたどりつける…って訳さ。とにかくアンジェが何かを吐かされたり、移送されたりするまでに向こうのネストを突き止めて、情報を拡散される前に連中から取り戻す……残された時間はあまりないから、とっとと準備をするんだ」そう言いながら包みをほどき、中の銃に弾を込めはじめた…

ベアトリス「は、はいっ…!」

ドロシー「…ちせにはもう伝書鳩を送ったから、こっちに急いでいるはずだ……それから、プリンセスは私たちとの関係がばれないように普段通り過ごしてもらう…というわけで今回は手が足りないから、お前さんにも荒事をやってもらう事になるからな……頼むぞ?」

ベアトリス「……分かりました」

ドロシー「結構…だったらそこにある銃の中から好きなのを選んで弾を込めな?」


…そう言いながら4インチ銃身の「ウェブリー・スコット」二挺、水平二連の散弾銃…それからアメリカ西部の開拓地で見られるウィンチェスター・ライフルを限界まで切り詰めた「ランダル」銃のように、リー・エンフィールド小銃を限界まで切り詰めた改造銃……それにロープやナイフ、スティレットと言った「七つ道具」を手早く身に着けていく……そして最後に、アンジェの愛用している「ウェブリー・フォスベリー」オートマティック・リボルバーを背中側のホルスターに差した…


ドロシー「ベアトリス…必要になるだろうから、そのドカンといくやつも持っていくといい」

ベアトリス「……はい」台の上に並べられた銃から3インチのウェブリー・スコットと護身用の小型リボルバーを取り上げ、弾を込める…それからナイフをひと振りと、真鍮や黄銅で出来た様々な道具を、黒い活動用の服についたあちこちの輪っかや内ポケットにセットする……

ドロシー「…」水平二連に込めた鹿撃ち用の散弾を再確認すると、パチンと銃尾を閉じた…


ドキドキですね。今日はこれで終わりかな?

娼館(女性向け)に潜入任務とかどうだろう
プリンセスは顔割れてて無理かもだが
客のリクエストということでベアちせとかもできるよ!

>>311 >>312 の方、コメントありがとうございます……そしてこのssを見て下さっている皆さま「令和」おめでとうございます。皆さまがの日常が平穏無事でありますように…


…そうですね、貴族令嬢やご婦人がたの通うアブノーマルな「会員制社交クラブ」のようなものは考えておりましたが……せっかく頂いたアイデアですので、どこかでエッセンスとして取り入れてみたいと思います

……それといよいよアンジェの尋問に(新元号早々にこんな場面で申し訳ないです…)入りますので、よろしければお付き合い下さい

…同じ頃・どこか…

アンジェ「…」


…マーモン・ヘリントン乗用車に乗せられたアンジェは頭から袋をかぶせられ、その上さらに「道順を覚えきれないように」と、運転手は車を目一杯飛ばしていた……しばらく左右の席に座ったエージェントから頭を押さえつけられていると唐突に車が停まり、ドアが開く音がした…


左側のエージェント「よし、出ろ!」

アンジェ「…」転ばないように足もとをさぐりさぐりしながら降りるアンジェ…靴音が響く感じはレンガ敷きで、周囲にたちこめる匂いから湿ったレンガの土のような匂いと野菜くず、石炭の煤煙を嗅ぎ分けた……とはいえ、それだけではロンドン中の下町やスラムが当てはまる…左右のエージェントに腕をつかまれ、半分持ち上げられたような格好でどこかに連れて行かれる…

エージェント左「…階段だ、足もとに注意しな」

アンジェ「…」(九…十……)コツン、コツン…ッ、とわびしげな音をたて、階段が続く……一歩づつ歩きながら、反射的に階段の段数を頭に叩き込むアンジェ…

エージェント左「……よし、座れ」左右の男に抱え上げられ、テディベアのように椅子に座らされた

アンジェ「…」

エージェント左「…おい、そっちは掛けたか?」

右側のエージェント「待ってくれ……よし、できた」ロープで椅子の脚に縛りつけられたアンジェ…

エージェント左「よし…それじゃあ目隠しを外してやれ」

エージェント右「ああ」

アンジェ「……っ」


…目隠しの袋を外されると真っ暗闇だった視界が一気に明るくなり、アンジェは目を細めた…視界に入ってきたのは尋問官の座る椅子が三脚と小ぶりなテーブルが一つ……テーブルの上にはランプが置いてあり、視線を動かして素早く足元を確認すると椅子は板張りの床に固定されていて、身動き一つできそうにないことが見て取れた…


アンジェ「…」そのまま黙って座っていると、エリート官僚風のパリッとした身なりをした長身の男が入ってきて、二人のエージェント…アンジェを連れてきた二人…が左右に控えた。エージェントは片方が太りぎみで、もう片方はあまり背が高くない…


長身のエージェント「さてと、お若いお嬢さん(ヤング・レディ)…まずはお互いに自己紹介といこう」灰色の背広をきた長身の男は水色の目でアンジェを見た…かすかに唇を吊り上げたのは微笑みのつもりらしい……

長身「…私はスミス……本名ではないが、まぁ「ジョン・ドゥ」(名無しの権兵衛)では何かと不便だからね」椅子に腰かけて高級なパイプを取り出した…

長身「さてと……今度は君の名前をお伺いしたい」

アンジェ「マーガレット…マーガレット・ホワイトです。どうしてこんな目にあうのかわかりません……放してください!」

ふとっちょ「…ふざけるな!」そう怒鳴りつけて激しい平手打ちを頬に見舞って来た……

アンジェ「…っ!」(頬には大して重要な器官がないから、多少痛めつけても身体に影響はない…と言うことは何か情報を引き出すか、場合によっては寝返りを打たせたいということね……)ファームで教わったさまざまな事を思い出し応用しながら、相手の出方を見るアンジェ……

長身「……ミス・ホワイト。もっとも、他にも名前があるかもしれないが…君のような職業の人間なら分かっているだろう? 君が何をして、王国と女王陛下の治世に対してどんな罪を重ねたか……だがね、まだチャンスはある」そう言ってそらぞらしい笑みを浮かべ、パイプをひと吹きした…

長身「…君はまだ若い。なにか上手い事を言われたか、さもなければ金に目がくらんだか…とにかく共和国の連中にだまされたんだろうってことは分かる……もし協力してくれれば、小さくはないその「過ち」を水に流して、もう一度やり直す機会ぐらいは与えられるし、その方が君の身のためにもなると思うのだが……どうだね?」

アンジェ「……少し考えさせて下さい」(…こうした場合、いくらか協力的にして相手に「寝返りの可能性がある」と思わせることで、多少優位な立場を築ける……)

長身「もちろん…紅茶でも持って来させようか?」

アンジェ「…はい」

長身「だそうだ……廊下の奴にそう言って持ってこさせたまえ」

ちび「はい」


…紅茶が運ばれてくるとちびのエージェントがカップを支え、アンジェの唇に当てた……それを見ながら自身も紅茶をすする長身の男…ありがたいことに紅茶は熱すぎでもなければ冷めすぎでもなく、少しだけ砂糖とミルクも入っていた…


長身「…お気に召したかね?」

アンジェ「ええ、ありがとうございます…」

長身「結構…さて、いくつか君に聞きたいことがある……」

長身「…さぁ、教えてくれたまえ。君の協力者は誰だ? いつ、どこで…そして誰にこの文書を渡すのだ?」

アンジェ「協力者なんて知りません! 私は女性でも選挙に行き、議会に立候補できるようにしたいと活動しているだけです…!」

長身「見え透いた嘘をつくのはやめたまえ……どこでスパイとしての訓練を受けた? 指導教官の名前と特徴は? 施設はどこにある? 訓練生の数は?」

アンジェ「言っている意味が分かりません! 本当に女性の政治参加のために活動していただけです、あなたのいう「スパイ」だなんて知りません!」

(…向こうがすべてを知っているなら、もっと具体的な事を聞いてくるはず……にもかかわらずこんな大雑把な質問しかできないということは、まだ確証をつかんではいないようね……ここはドロシーたちが越境するための時間稼ぎにも、しばらく「婦人参政権を求める活動家」で通さないと……)

長身「ふぅ…君がそのように非協力的だと、こちらとしてもいくらか「手荒な手段」をとらざるを得なくなるぞ……?」

アンジェ「そんなことを言っても、まったく知らないことを話すことなんてできません!」


…当然アンジェとしても、厳しい尋問にかけられて「言うべきでない」ことがらまで全て吐かされるよりも、敵方に協力するふりをして「どうでもいいこと」や「つまらない情報」を白状しながら時間を稼ぎ「金の卵」を傷つけないようにする方が正しい手段なのは分かっていた……とはいえ、最初からあっさりと屈してペラペラしゃべってしまうと尋問官に馬鹿だと思われ、悪くすると逆に怪しまれてしまう……そのほど良いさじ加減と名演技こそが、敵方に捕まった情報部員の出来る唯一の「腕の見せ所」で、味方を助ける(場合によっては)最後の「産物」(プロダクト)になる…


長身「やれやれ、困ったご婦人だな…トム」

ふとっちょ「はい」…ふとっちょのエージェントはアンジェの靴を脱がしにかかった

アンジェ「……何をするんですか、止めて下さい!」

長身「なら質問に答えたまえ…君がこの文書を届ける先は? 誰に渡せと指示されている? 指令を出しているのは誰だ?」

アンジェ「本当です、本当に知らないんです…!」

長身「…ならば仕方ない」


…長身があごをしゃくって合図をすると、ふとっちょはアンジェの脚のロープを解いて足を水平に持ち上げ、革の平たいベルトで足の裏を叩きはじめた……尋問の仕方としては一番単純で、始めの数回は大したことがないが次第にじんじんと痛みが増し、最後は柔らかい足の裏が真っ赤になって、火傷でもしたように傷むことになる…尋問としてかなり効果的な上に、もし手違いで拘束を解かれても真っ赤にはれて痛む足では逃げ出すことも難しい……と「一石二鳥」の効果がある…


アンジェ「お願いです、止めさせて……!」

長身「だったら答えるんだ…君を「運用」しているのはどこだ。共和国の情報部か、それともアイルランドの独立主義者か、フランスの「カエル」(フランス人の蔑称)どもか?」

アンジェ「ですから何度も言っているように……うぅっ!」

長身「とぼけるな! 婦人活動家が陸軍省の情報を欲しがるとでも言うのか……!?」

アンジェ「そんなの知りません…っ!」(…この尋問官、うっかり「陸軍省」ってしゃべったわ……ここは私が一本取ったわけね……)痛みに耐えながら髪を振り乱して(尋問に耐性などない普通の女性らしく)泣き叫ぶ演技をし、冷静に状況を把握し続けるアンジェ…

長身「…さあ、答えたまえ!」

アンジェ「ですから、知らないものは知りません…あぁっ!」

長身「……強情だな、ミス・ホワイト…だが、我々は交代も出来れば休むことも出来る……しかし君はそうはいかない。全てを話してもらうまで、こうした「取り調べ」が延々と続くぞ?」

アンジェ「うぅ…この……人でなし…!」

長身「何とでも言いたまえ。我々はアルビオン王国と女王陛下のためにやっているのだ」

アンジェ「うっ……王国の名を借りて…三人がかりで女一人を痛めつけるなんて、あなたたちのやっていることは女衒(ぜげん)以下だわ…!」

ふとっちょ「何を!」

アンジェ「しかもちびにふとっちょ、やせっぽち…まるでドタバタ喜劇の組み合わせよ……!」(…尋問官を怒らせれば、冷静な判断を失わせることが出来る…そして相手は、うっかり手の内をさらしてしまうことがある……)

ちび「この…言わせておけばっ!」アンジェの頬に平手打ちが飛んだ…

アンジェ「うっ…!」

長身「やめろ! …どうやらお嬢さんはもっと本格的な「取り調べ」を受けないと吐く気が起きないようだな……隣へ連れて行け!」

ふとっちょ「…はい」

ちび「……分かりました」

………

…別室…

ふとっちょ「…よし、いくぞ……せーの」

ちび「よいしょ…!」

アンジェ「…」またしても目隠しをされ、両腕をエージェントに抱え上げられたアンジェ…そのまま引きずられるようにして、冷たく湿った空気がよどんでいる廊下を数ヤードばかり運ばれた……

ふとっちょ「…おい、開けてくれ」

見張りの声「はい」

ふとっちょ「よし、ここに縛れ……何やってるんだ、とっととしろよ」

ちび「そうせかすなって…ほらよ」

ふとっちょ「じゃあもう外してもいいな…そら」

アンジェ「…」


…十字架の形に拘束されたうえで目隠しを外されたアンジェの目の前には、尋問官の机と椅子しかなかった先ほどの部屋と違って様々な物が置いてある……立ったまま身体を九十度に折り曲げさせて、首と両手首を一枚の板に空けた穴に拘束する「さらし台」や、X字型だったり洗濯板のような形の「拘束台」、あるいは、正座した身体に食い込むようになっている「三角木馬」が所狭しと置いてあり、中央のテーブルには金属の輝きもまがまがしい外科手術用のような道具類が並べてある……そして部屋の片隅には血を流すためらしい、水の満たしてあるバケツが二つ…どうやらこの部屋に据えてある器具の類は、対象に「情報を吐かせる」というより、相手をサディスティックに痛めつけるための道具に見える…


アンジェ「…」

ちび「で、おれたちはもういいのか?」

ふとっちょ「ああ。どうやら「あの人」はおれたちみたいなのがいると邪魔みたいだからな……退散しよう」

ちび「そうか…ま、お前さんもとっとと吐いちまった方が身のためだぜ? じゃあな」鉄のドアがガシャンと閉められ、薄暗い部屋に一人取り残されたアンジェ…

アンジェ「…」

…これまでは怯えたような演技をしつつも目や耳を働かせて、敵方の情報を収集し、味方の情報は保護してきたアンジェ…が、そのアンジェも中世の拷問室のような光景を見て、背筋に冷たいものが走った…と言っても、いまさら肉体的拷問が恐ろしいわけではない……もちろん、鍛えられたアンジェであっても苦痛には耐えられないが、問題はそこではなかった…

アンジェ「……どうやら予想は正しかったようね…」かすかに表情をゆがめ、小声でつぶやいた…

…捕えられてから最初の尋問を受けるまでの短い間に、アンジェは自分を捕えた相手が「玄人」(プロフェッショナル)ではなく「素人」(アマチュア)なのではないかと薄々イヤな予感がしていたが、どうやら部屋に揃っている拷問器具の類を見るとそれに間違いないようだった…

アンジェ「…まったく……笑えないわ」


…アンジェのような情報部員からすると、同じ捕まって尋問を受けるとなれば、ノルマンディ公率いる防諜部のような「同業者」の手にかかって「手際良く」情報を引き出すための必要限度で(…と言っても相当の苦痛を与えられることになるが)済ませてくれる尋問の方がまだマシだった…そういうプロの尋問官は「正しい情報を引き出す」ために尋問を行うので、対象者を痛めつけすぎて「魂の抜け殻」にしてしまうことはまずない……が、頭に血がのぼったアマチュアの手にかかると、たいていは息を切らした尋問者と、ボロボロになった対象者の肉体だけが残ることになる…


アンジェ「…」(どのみち、あと数時間は稼がないとならないけれど……それまで耐えきれるかどうか、限界を試すいい機会だわ…)


…拘束されたままアンジェが気持ちを整えていると、鉄扉の向こうでやり取りする声が聞こえ、ドアが開いた……入ってきたのは豊満な身体つきの綺麗な女性で、唇にはダークチェリー色の口紅を引いて、黒革のビスチェとスカート、ハイブーツを身に着け、右手からは編み込んである革の鞭を提げ、襟ぐりの部分から大きな白い胸、スカートの裾からは色っぽい綺麗なふとももをあらわにしている……横につき従っている双子のような少女二人も同じような格好をしていて、片方は盆に載ったワインとグラス、もう片方はお湯が入っているらしい洗面器やタオルを持っている……どうやらこの二人はアンジェとあまり年が離れていないように見える…


女「……初めまして、お嬢さん?」

アンジェ「…」

女「あら、だんまりとはさみしいわね。では自己紹介と参りましょう…私はレディ・ワイルドローズ……ローズで結構よ♪ この二人は「アゴニー」(苦悶)と「アンギッシュ」(苦痛)……貴女のお名前は?」甘い音楽的な声で尋ねた…

アンジェ「マーガレット……マーガレット・ホワイト」

ローズ「あら、マーガレットとは可愛らしいお名前…それに白い肌が本当にマーガレットのよう……♪」そう言って優しくアンジェの頬を触り、舌なめずりをした…

アンジェ「…っ」

ローズ「あの汚れた男たちに触られてさぞ気味悪かったでしょう……アゴニー」

アゴニー「…はい」暖かい濡れタオルで腕や顔をそっと拭いた…

ローズ「いかが、マーガレット?」

アンジェ「ええ…ありがとう」

ローズ「良かったわ……さてと、ちょっと貴女にお聞きしたいことがあるの♪」道を聞くような軽い調子で問いかける…

新キャラの方々がすごく好きです
尋問というかただの拷問になるけどもアンジェさんには数時間頑張って耐えてほしい

>>317 まずは感想ありがとうございます…こういう「秘密のクラブなどでSっぽいもてなしをするお姉さま」キャラクターは腐敗した上流階級や貴族社会にはつきものですし、気に入っていただけて何よりです……実は「レディ・ワイルドローズ」はこの後も…


…ちなみに「ワイルドローズ」の名前は英国の国花がバラなのでそこから名付け、「アゴニー」と「アンギッシュ」は英和辞書の「痛み」の類語から引きました……アンジェは引き続き耐える予定です…

ローズ「…さてと♪」

アンジェ「…」

ローズ「貴女が持っていた新聞に挟まっていた文書…誰に渡す予定だったの?」

アンジェ「そんなの知りません、たまたま相席になった人が持っていた物です…その人に聞いて下さい」

ローズ「あらあら……マーガレット、嘘は良くないわよ?」

…そう言ったミス・ワイルドローズの手は硝酸でくすんでもおらず(アンジェたちはそうならないよう「任務」の時、常にぴったりとした手袋をしている…)とても白くてほっそりしており、爪も短く切って綺麗に磨いてある……どう見ても銃やナイフを使い慣れているエージェントの手には見えない…

アンジェ「いいえ、嘘なんてついていません…」(やっぱりこの女はエージェントじゃないようね……でも、だとしたらどうして尋問官の真似事を…?)

ローズ「…だったらどうして新聞を取り違えられた時に呼びとめなかったの?」

アンジェ「だって……コーヒーを飲んでいて気が付かなかったし、もし気付いたとしても同じ新聞なのだから…きっと呼び止めなかったと思います」

ローズ「そう…ねぇ、マーガレット」

アンジェ「はい」

ローズ「私としてはあの「ブルドッグ」たちと違って、貴女の事を大事に思っているの……ね?」優しく甘い口調でそう言っているが、瞳にはどろりとした情欲を宿している…

アンジェ「…はい」

ローズ「だから私に……私だけに本当の事を言ってくれないかしら…誰に文書を渡す予定だったの?」

アンジェ「だからそんな文書の事は知りません…嘘じゃないんです」

ローズ「…ふぅ…困ったわね。 アゴニー、アンギッシュ」二人はうやうやしく鞭を受け取ると、代わりに手際よくテーブル上の器具を差し出した…

ローズ「ねぇ、マーガレット…」

アンジェ「…は、はい」アンジェとしてもこうしたタイプの女性は初めて対処するので、慎重に反応を見つつもそれ相応に怯えた雰囲気を演じた…

ローズ「どうしても答えてくれないと、私としても色々試してみないといけなくなるの……例えば、爪を剥がしたり…ね♪」

アンジェ「…」

ローズ「他にも、爪の間に細い串を刺したり……あと、童話の「シンデレラ」だったかしら? 悪い魔女に焼けた鉄の靴を履かせて、死ぬまで舞踏会で躍らせたのは…♪」あごの先に人差し指を当て、困ったように首をかしげた…

アンジェ「…っ」

ローズ「……ところで、何かお話してくれる気になったかしら?」

アンジェ「ですから、さっき言った通りなんです…確かに私は「婦人参政権運動」の活動はしていました……でも、スパイなんかじゃありません…!」

ローズ「そう……アゴニー」

アゴニー「…はい」鉛筆くらいの太さの棒を数本渡した…

ローズ「……綺麗な手ね♪」手首で縛られているアンジェの左手をそっとつかむと、指の間に棒を挟み始めた…

アンジェ「…お願いです、どうか……」

ローズ「文書は誰に渡す予定だったの?」

アンジェ「……ですから、本当に…」

ローズ「…そう」一気に手を締め上げる…

アンジェ「ああ゛ぁ…っ!」指の骨に激痛が伝わり、指の間に挟まれていた棒が折れた…

ローズ「ああ…ごめんなさいね、痛かったでしょう……?」

アンジェ「う……くぅ…っ」

ローズ「さぁ、お願いだから……文書は誰に渡す予定だったの?」

アンジェ「…あぁ…っ……うぅ…」

ローズ「ね、マーガレット…私には話してくれるでしょう?」

アンジェ「…本当に…本当に知らないんです……お願いですから、信じて下さい…!」

ローズ「ふぅ……困ったわねぇ…」

アンジェ「…本当なんです……私には…こんな痛い思いをしてまで嘘をつく理由がありません……」

ローズ「ええ、分かるわ。こんな痛い思いはもうしたくないでしょう……だから本当の事を話してちょうだい?」

アンジェ「うぅっ……どうして信じてくれないの…?」

ローズ「…いくら貴女の事を信じてあげたくても、そんな作り話では納得できないわ……さて、どうしようかしら…」

アンジェ「…そんな……!」

ローズ「……本当の事を話してもらうだけなら手足はいらないし…指を一本づつ折っても十回……足も入れれば二十回は尋ねることが出来るわ……ね、そうでしょう?」

アンジェ「ひっ…!」


…アンジェとしても遅かれ早かれ(…当然アンジェとしては「遅かれ」の方であるように努力していたが)いくらか情報を吐かされることは風邪や税金と同じで、ある程度「やむを得ない」とは思っていた…とはいえ、身体を五体満足にさせておいてくれないようなサイコパスを相手にはしたくない……相変わらず見事に怯える演技を続けてはいたが、いつもよりぐっと実感がこもってしまう…


ローズ「…ふふ、そう怯えなくたっていいわ……ちゃんと話してくれさえすればいいの…♪」そう言って足下にしゃがみこむと、そっとむき出しの足を撫でた…

アンジェ「…っ!」先ほどの革で打たれた部分を触られて、思わずうめき声を漏らした…

ローズ「あぁ、マーガレット……これ、あの連中にやられたの?」

アンジェ「…はい」

ローズ「…もう、マーガレットの柔肌になんてことを……アンギッシュ」

アンギッシュ「はい」

ローズ「かわいそうに、こんなに赤く腫れあがって…あの野蛮人たちにひどい目にあわされたわね、マーガレット……ん、ちゅっ…ちゅぅ♪」なみなみと満たされたワイングラスを受け取ると濃い色をした赤ワインをアンジェの足首から指先にかけ、それから両手でそっと足を包み込むと、爪先からワインの滴るアンジェの足を丹念に舐めまわす…

アンジェ「…///」

ローズ「大丈夫……私は貴女の味方よ…ね♪」

アンジェ「…」

ローズ「……それにしても「手つかずの」娘のお相手をするって言う話だったのに…まったく、あの連中ときたらとんでもない二枚舌ばかりね……まぁ、それも「職業病」と言う事かしら…?」首をかしげて、ひとり言をつぶやいたローズ…

アンジェ「…」(……二枚舌が職業…もしかして外務省?)

ローズ「…でも、こうなると可哀そうなマーガレットがどんなに痛めつけられたか分からないわ……アゴニー、アンギッシュ…外してあげて?」

二人「「はい」」

…左右から近寄ってくると、腕のロープをほどいた二人……とはいえ脚はまだがんじがらめに縛られており、ひりひりと焼け付くような足裏から言っても歩ける状態ではない…おまけに下着姿の丸腰で、外にどれだけの敵がいるかも分からない……アンジェとしては相手が警戒をゆるめるよう、出来るだけ協力的にふるまうことにした…

アンジェ「…っ」縛りつけられていた手首に血が通い、ひどくうずく…

ローズ「よろしい……それじゃあ、お願いね」

二人「「はい」」

アンジェ「……っ///」

…二人が両側から、丁寧な手つきで白いシュミーズとコルセットを脱がしていく……アンジェもご婦人の部屋でならそういう経験がないわけではなかったが、薄暗い地下室で自分を痛めつけてきた相手から…と言う異常な状況下では初めてだった……

ローズ「あぁ、よかったわ…身体は真っ白なままね……本当にマーガレットの花びらのよう♪」そっと脇腹に手を差しのべ、優しく愛撫する…

アンジェ「…んっ」

ローズ「……さぁ、二人とも」

二人「「はい」」…今度は脚のロープを解き、ペチコートをそっと引き下ろした……

アンジェ「…っ」

ローズ「……あぁ、白い肌がまるで新雪のようね…傷一つないわ♪」あちこちを丹念に撫で回すローズ…

アンジェ「…」

ローズ「さて……と♪」しばらく優しすぎるくらいにアンジェの身体を撫でまわしていたが、二、三歩下がってにっこりすると、アゴニーから黒革の鞭を受け取った…

えすえむのお時間である
昔のアンジェさんは鞭打ちに弱かったけど果たして

>>321 さぁ、果たしてどうなるやら…

それと、ここ何日か投下出来ずすみませんでした。とりあえずまた明日以降になるでしょうが、続きを書いていく予定ですので……気長にお待ちいただければと思います

ローズ「もう一度聞くわね、マーガレット……文書を渡す相手は?」

アンジェ「…知りませ……」

ローズ「…」途端に「ヒュッ…!」と鞭がうなり、アンジェの引き締まったふとももに打ちつけられた…

アンジェ「…っ!」

ローズ「ね、本当の事を教えてちょうだい…貴女の所属している組織はどこなの?」ヒュンッ!

アンジェ「……ですから…うぅっ!」

ローズ「早く答えた方がいいわ。でないと貴女の絹のような肌が傷だらけになってしまうもの……組織のトップはだあれ?」

アンジェ「そんなの…っぐ!」

ローズ「さぁ、ひどいことにならないうちに…ね♪」先ほど見せていた形ばかりの優しい表情はすっかり消え去り、瞳を爛々と輝かせて鞭を振るっている…

アンジェ「知らないことは答えようがありま……あ゛ぁっ!」

ローズ「ふふ……組織を守ろうと言う心意気は立派だけれど、今のうちに答えた方が貴女のためよ? ふとももの皮が裂けてしまわないうちに♪」

アンジェ「でも、知らないのはどうしようも…あぁぁっ!」

ローズ「もう、マーガレットったら頑固なのね♪」

アンジェ「…ぐぅっ!」

ローズ「さぁ、教えて…そうでないとまた痛い事をすることになってしまうのよ?」甘く優しい猫撫で声はねっとりとした妖しいささやきに変わり、アンジェをいたぶりながら悦びに身体を震わせている…

アンジェ「……そんなことを言っても……っ、ぐぅっ!」


…かつてアンジェが受けた訓練でも、こうしたインモラルな趣味の持ち主を相手に動じない(…できれば気に入られる)ようにと色っぽい教官がさまざまな事を「実技で」教えてくれたが、訓練に支障が出ないよう絶妙な手加減を加えてくれていたらしい「一流の」教官に比べると、鞭の振るい方に遠慮がなく、両のふとももが焼けつくように感じる…


アンジェ「…はぁ、はぁ……」

ローズ「ふふ…マーガレットはこんなに我慢できたのね。とっても偉いわ……さ、お飲みなさい♪」そう言ってアゴニーからグラスのワインを受け取ると口に含み、アンジェの唇に重ねると口移しでワインを飲ませた…

アンジェ「…っ!」

ローズ「んむっ……んっ…♪」

アンジェ「……っ、んくっ…んっ///」目を閉じたアンジェの口の端から一筋の線になってワインがこぼれた…

ローズ「ふぅ…お味はいかが?」

アンジェ「///」

ローズ「あらあら、そんなに物欲しそうな表情をして……そんな顔をされたら我慢できなくなってしまいそう♪」…ん、ちゅっ♪

アンジェ「…ぁっ///」

ローズ「ふふ…私、貴女のことが気に入ったわ……アゴニー、アンギッシュ」

二人「「はい」」

ローズ「貴女たちも仲間外れは嫌でしょう…さ、お手伝いをしてちょうだいね♪」

二人「「承知いたしました」」

アンジェ「あ……んっ、んくっ///」

アゴニー「…んむっ、んくっ」

アンギッシュ「…んっ、んっ……こくんっ」

…代わる代わる二人からワインを口移しされたアンジェ……なにも食べていない状態で何杯も飲まされたせいで酔いが回ったのか、痛めつけられた身体が少し楽になった分、身体が火照りを覚えていた…

ローズ「ふふ、これで元気が出たでしょう……それじゃあ続きを始めましょうね、マーガレット♪」バケツの水で鞭についた鮮血を洗い落とすと、火照りで赤みを帯びて、汗で艶めいた色っぽい胸元をシルクで拭った…

アンジェ「…」

…同じ頃…

ちせ「済まぬ、遅くなった…」

ドロシー「お、来たか…危うくパーティがお開きになっちまうんじゃないかと思ってヒヤヒヤしたぜ。もっとも、あの「黒蜥蜴」女から話を聞き出すのは石からミルクを絞るより難しいがな……」

ちせ「うむ…それで、アンジェどのの行方がつかめたそうじゃな?」

ドロシー「まぁそんなところさ…ところでだ、一つ言っておかなきゃならないことがある……」

ちせ「なんじゃ?」

ドロシー「…今回の件なんだが……こいつはちょっとした「個人的な事情」による殴り込みで、コントロールの指令でも何でもない。どころか、この件に関われば任務を窓から放り出すのと同じになる……」

ちせ「…ふむ?」

ドロシー「当然、失敗したら……いや成功したとしても山ほど問題を巻き起こすのは間違いないし、もし途中で捕まるとかそれ以外のトラブルに巻き込まれても、お前さんのボス…堀河公もかばってはくれないだろう…」

ちせ「ふむ、それで…?」

ドロシー「もちろんお前がいてくれれば心強い…とはいえ、こいつは言ってみれば「任務の範囲を超えている」のも事実だから、一緒に来るかどうかは自分で決めてくれ。 …何しろこんなバカにつき合うって言うなら、そいつも「史上最大の大マヌケ」ってことだからな……♪」

ちせ「なるほど…」

ドロシー「……で、どうする?」

ちせ「ふぅ…幾度も命を助けてもらった朋友を捨て置くというのはあまりにも薄情というもの……助太刀いたす」…そう言って太刀を取り上げた

ドロシー「よぉし、分かった…どうやらお前さんも私たちくらい大マヌケらしい……さ、車に乗ってくれ♪」

ちせ「うむ」

ドロシー「…みんな、忘れ物はないな?」

ベアトリス「はい」

ドロシー「よし…ベアトリス、最後に一つコントロール宛てに暗号電を送ってやってくれ「緊急…協力者「トガリネズミ」は巣を捨てた模様、至急関係者の脱出、潜伏を提案する…本局もただいまをもって閉鎖」とな」

ベアトリス「……はい、送りました」

ドロシー「結構…ならその通信機を使えなくするんだ」

ベアトリス「はい」…愛着を持って整備していた無線電信の装置を、少しもったないなさそうに破壊した……

ドロシー「よし。暗号書も始末したし……余った武器の類は特徴もないから、そのまま地下に放り込んでおけばいい」

ベアトリス「……それじゃあ…?」

ドロシー「ああ、出発だ…あの冷血女を助けにな♪」…濃緑色のロールス・ロイスに飛び乗ると、最新式の「自動点火型」エンジンを噴かした……

ベアトリス「はいっ…!」

…ロンドン市内…

ドロシー「どれどれ……よし、少し薄れてはいるがばっちりだ」


…宝石の鑑定士や時計職人が付けていそうなデザインの「モノクル型分光器」を片目にはめ、コーヒーハウス「ゴールデン・ライオン」の前から車を流した…分光器をはめたドロシーの右目には、夜のとばりが降りたロンドンの道にうすぼんやりと青緑の光の帯が残って見える…


ベアトリス「良かった…それじゃあ、後はそれをたどっていけば……!」

ドロシー「いや、喜ぶのはまだ早い……向こうがネストを突きとめられないようにうんと迂回をしていたり、途中で車を替えたりしたら追えなくなる」

ベアトリス「……でも、もし追えなくなったら…?」

ドロシー「その時はこっちとしてもどうしようもない…もし効き目のあるおまじないだの情報部員の守護聖人だのを知ってるなら、そうならないように祈っておくんだな」

ベアトリス「…」

ドロシー「もっとも、どうやらあちらさんはお急ぎのようだ……まるで尾行を撒く努力をしちゃいない」

ベアトリス「それじゃあ、無事に見つけられるんですね?」

ドロシー「たぶんな。あとは連中が手際よくアンジェを移送したり、人相を触れ回ったりしていない事を願うだけさ…」

………



…再び・どこかの地下…

アンジェ「…ああっ!」

アゴニー「さあ、どうぞお話しください…貴女の「雇用主」との連絡方法は?」ヒュンッ…!

アンジェ「ぐぅっ…!」(…さすがに身体にこたえてきたわ…まるでふとももが焼け付くよう……)

ローズ「…まぁまぁ、よく耐えること……これなら二人もたくさん愉しめるわね♪」アンジェの真っ白なふとももの肌が裂け、鮮血が滴っているのをみてご満悦のワイルドローズ…先ほどから椅子に腰かけ、しばしアゴニーとアンギッシュに任せている……

アゴニー「…さぁ、吐かないとどんどん辛くなるだけですよ……?」

ローズ「その通りね……アゴニー、そろそろアンギッシュと交代してあげて?」

アゴニー「分かりました…」

アンギッシュ「はい…んむ、ちゅっ……」鞭を手渡しつつ、互いに舌を絡めあうアゴニーとアンギッシュ…

ローズ「ご苦労様…さ、お飲みなさい♪」

アゴニー「はい…」座っているローズの前で膝をつき、濃い味わいのワインを口移しで飲ませてもらうアゴニー…

アンギッシュ「……貴女の雇用主は」

アンジェ「…だ、だから知らないわ……あぁ゛ぁ゛ぁっ!」

アンギッシュ「では、次の質問を…連絡役はどんな人物でしたか」

アンジェ「……シルクハットに灰色っぽい服…ステッキはついていたと思うけれど、よくは見なかったわ…」

アンギッシュ「…その連絡役の名前は」

アンジェ「知らないわ……嘘じゃないの…」

アンギッシュ「…どうか事実を…事実のみをお話しください」ヒュッ…!

アンジェ「ああ゛ぁぁ…っ!」

アンギッシュ「…貴女の接触役はどんな人物ですか」

アンジェ「婦人参政権の活動で会うのは……ミス・マーギット…本当にそれだけで、スパイなんて知らないの……お願い…」

…尋問官を信じさせる技法として、直接情報活動とはつながりのない人物を思い浮かべ、立場や名前だけをすり替えて細かい仕草や格好まで詳しく説明するやり方がある…大事な部分ははぐらかし、とにかく細かい部分を詳しく描写してみせると説得力が増す…アンジェも尋問に屈したふりをして、少しづつ口を開いていた…

アンギッシュ「…その方の特徴は」

アンジェ「い、今話すわ……身長は私と同じくらいで、髪は茶…年齢は三十代くらいのオールド・ミスで、たいていは緑のさえないドレス姿……」

アンジェさんがんばれ
....双子はもっとがんばれ
お姉様よりは尋問スキル高そうだし道具もまだまだあるぞ!

>>326 コメントありがとうございます…ちなみに二人は双子みたいにそっくりではありますが双子ではなく、ミス・ワイルドローズの「教育」によるものという設定です

…また数日以内に投下していきますので、お待ちください……どうやらドロシーたちの助けが来るまで、他にも色々されそうな予感がしますね…

ローズ「ようやく素直に話してくれたわね、マーガレット……ふふ、嬉しいわ…ぁ♪」綺麗な脚を組んで椅子に腰かけていたが、滑らかに立ち上がるとアンジェのそばに歩み寄ってきた…

ローズ「……でも、実際はスパイ活動をしていたのでしょう?」

アンジェ「ち、違います……そうじゃないんです…!」

ローズ「もう、マーガレットったら…本当の事を言わないとダメよ?」甘い声の底から、どろりとゆがんだ欲望がにじんでいる…

アンジェ「…本当なんです……信じて下さい、ミス・ローズ…」

ローズ「ふふふ…マーガレット、貴女はとっても可愛いけれど……嘘をつくのは良くないわ♪」そう言って卓上に置かれている道具から、外科手術に使いそうな固定具のような道具と、恐ろしく研ぎ澄まされている剃刀を取り上げた……

ローズ「さてと……せっかくお近づきになれたのだから、もっと貴女の事を知りたいわ…♪」アンジェの前で姿勢を落とし、秘部に固定具をあてがって押し広げた……

アンジェ「…っ///」

ローズ「まぁ、なんて綺麗な薄桃色……まるで処女(おとめ)のままみたい…ね♪」舐めまわすようにじっくりと眺めると、剃刀を取り上げた…

アンジェ「…」

ローズ「ふふふ…それにこの柔らかな産毛……♪」そう言って脚の間を軽く撫でると、まだワインで濡れそぼっている秘部の周りに剃刀を滑らせた…

アンジェ「///」

ローズ「くすっ……可愛らしいマーガレットには処女らしくしていてもらわないと…ね♪」しゃり…しゃりっ……

アンジェ「……んっ///」じらすような刃の滑らせかたに、思わず声が出るアンジェ…

ローズ「動いちゃだめよ……♪」

アンジェ「…ん…はぁ……///」…声を出すまいと思いつつも、散々縛りつけられたり痛めつけられたり…かと思えば口移しでたっぷりとワインを飲まされ、今度は豊満な美人に優しくデリケートな部分を剃毛されている……想定を超える異常な状況とこそばゆいような感覚のせいで体が疼き、花芯が濡れてくる……

ローズ「ふふふ……終わったわ…すっかりつるつるで、まるで赤ちゃんのようね♪」

アンジェ「…はぁ…はぁっ……///」

ローズ「…さてと……それで、貴女の雇用主は?」

アンジェ「……知りません…本当にいま話したことしか知ら……ああ゛ぁ゛ぁぁっ!」

ローズ「ふふ…もう、嘘をついちゃダメだって言ったでしょう……♪」爛々と瞳を輝かせ、研ぎ澄まされた剃刀で浅く…しかしたっぷり一インチほどふとももの柔肌を切り裂いた…

アンジェ「……うぅっ」(…あの剃刀が良く砥がれていてよかったわ……刃がぎざぎざになっているような鈍い刃物でやられたらもっとひどいことになっていたはず…)

ローズ「さぁ、答えて♪」まるで何かの当てっこをするような楽しげな口調で問い詰める…

アンジェ「…あ…うぅ……ですから、本当に……」

ローズ「…ふぅ」いつの間に持ち替えたのか、長い鞭で鋭く打ち据えた…

アンジェ「……ぐっ!」

ローズ「ね、本当の事を言うだけよ……もし教えてくれたら、ごほうびをあげる♪」アンジェの胸元にワインを注ぐと、吸いつくようにして舐めはじめた…

アンジェ「…ん///」

ローズ「大丈夫…ん、ちゅぅ……貴女に害が及ぶような事は……じゅるっ、ちゅ……ないわ……私が助けてあげる♪」

アンジェ「んっ、く…///」

ローズ「……それに……ぴちゃ…組織は貴女がいなくなっても変わらないけれど…んむっ、ちゅぅ……質問に答えないと苦しいのは貴女よ、マーガレット…ちゅるっ…助かるには……素直に答えた方がいいわ……んちゅる…っ♪」

アンジェ「…ん、あ……はぁ…っ///」谷間からへそ、秘部…それからまだ血が滴っているふとももを舌で舐めまわされ、吸われていく…

ローズ「んんぅ……美味しい…♪」…ふとももの鮮血と混じりあったブルゴーニュの濃厚な紅を舌で受け止め、ちろちろと舐め続けている……

アンジェ「んぅっ……んっ///」

ローズ「ふふっ、可愛らしい喘ぎ声……二人とも、ロープを持っていらっしゃい♪」

二人「「はい」」

ローズ「……さ、マーガレットの左脚を♪」

アンジェ「…っ///」二人の手で足首に新しくロープをかけられると、片脚だけ横向きに膝を上げるような状態で固定された…

ローズ「ふふ、いい眺め……次はあなたたちも召し上がれ?」またたっぷりとワインを注ぎ、アンジェの引き締まった乳房を舐めあげた…

アゴニー「…ん、ぴちゃ…ちゅぅ♪」

アンギッシュ「……んちゅっ、ちゅる…♪」…こちらもそれぞれ右脚と花芯に吸いつき、無表情ながら陶然とした様子で一心不乱に舌を這わせている…

アンジェ「あ…んっ……///」酔いが回っていて、そのうえ三人に全身を舐めまわされているせいか、時々が目の焦点がかすむ……

ローズ「…さて、それじゃあ今度は……♪」口もとから滴った血とワインの混じった雫を舌先で舐めとると、卓上の小道具をあさり始めた……

アンジェ「…」

ローズ「ふふふ……せっかくマーガレットが「初めて」なのだから、わたくしが手ほどきしてあげないといけないわ…ね♪」

アンジェ「…っ」

…机からワイルドローズが取り上げたのは、樫の木でできた芯材に黒染めの柔らかな牛革をぴったりとかぶせて縫い上げた張り型(ディルド)で、それを数本持って近寄ってきた…

ローズ「マーガレット……これが何か分かる?」

アンジェ「…ええ、おおよそは…予想がつきます…///」…レジェンド(偽装経歴)として作り上げた「マーガレット・ホワイト」は、年ごろからいってそう言ったものの名前くらいは聞いたことがあるが、婦人参政権や貧困の救済など「社会改革の理想に共鳴する真面目なお嬢さん」らしく顔を赤らめてみせた……

ローズ「結構……さ、あなたたちもお取りなさい」

二人「「はい…♪」」

ローズ「…ふふ、マーガレットはこういう「お道具」を使ったことはある?」

アンジェ「……い、いいえ///」(実際は幾度かあるけれど……ここは余計なことを言わない方が利口ね…)

ローズ「くすくすっ……ようやく本当の事を言ってくれたわね♪」

アンジェ「…っ///」

ローズ「それにしても良かったわ…マーガレットの「つぼみ」がまだ手つかずで……♪」張り型を持ってにじり寄ってくると、汗ばんだアンジェの脇腹を舐めあげた…

アンジェ「…う、うぅ…っ……」嫌がるように顔をそむけ、身をよじった…

ローズ「ふふふ…大丈夫、すぐに貴女からおねだりするようになるわ……♪」すべりを良くするためか白いラードのようなものを張り型に塗りつけ、つけ過ぎた分を意味深な笑みを浮かべつつ舐めとった…

アンジェ「……お願い……止めて…止めて下さい……っ…///」

ローズ「心配いらないわ、もっと小さな娘にだって入るもの……始めは少し痛いかもしれないけれど、すぐ慣れるわ…♪」

アンジェ「…お願い、おねがいですから…どうか……」

ローズ「ふふふ……そう言って懇願されるとますますしたくなるのよ…ね♪」にちゅ、ずぶっ……♪

アンジェ「あ…あぁぁぁっ……///」

ローズ「まぁまぁ、何とも初々しい反応だこと…♪」

アンジェ「…うっ、ぐうぅ…っ///」必要以上に痛がって、顔をゆがめるアンジェ…

ローズ「……さ、動かすわよ」

アンジェ「あっ、ぐぅ…っ……ああ゛ぁ゛ぁっ…!」ずちゅっ、ぐちゅ…っ…♪

ローズ「ふふふ…その表情(かお)、とってもいいわ……♪」頬を紅潮させ、額やずっしりとした乳房からは汗が玉になって飛び散る…

アンジェ「あぁぁっ…んっ、ひい゛ぃぃ…っ……!」

ローズ「はぁぁ…素晴らしいわね……アゴニー、アンギッシュ」

二人「「はい」」

ローズ「せっかくだから、あなたたちもどうぞ……と、その前に♪」アンジェの目に黒いシルクの布で目隠しをすると、みだらな笑みを浮かべた…

アンジェ「…あっ……」

アゴニー「…そうおっしゃっていただけるのでしたら……」ぐちゅ、ずぶずぶ…っ♪

アンジェ「あ゛っ、あ゛あぁ゛ぁ…っ……///」

アンギッシュ「…なら私はこちらを……」アンジェのきゅっと引き締まったヒップを指し示した…

ローズ「ええ、いいわよ…♪」

アンギッシュ「…ありがとうございます、それでは……」ぐじゅっ、ぢゅぶ…っ♪

アンジェ「えっ…あ……ん゛ひぃ゛ぃっ…!?」張り型を押し込まれると、拘束されたまま身体をびくんとのけ反らせて絶叫した…

ローズ「ふふ…ふふふふっ♪」

アゴニー「…ふふ」

アンギッシュ「…くすくすっ♪」

………

…一方・エンバンクメント(運河)沿いの裏通り…

ドロシー「…次は右か……ふぅ、アンジェを捕まえた連中が誰であれ、少なくとも「尾行を撒く」ことに関してはアマチュアに毛の生えた程度だって言うのがはっきりしたぜ…」

ベアトリス「どういうことですか?」

ドロシー「ああ……普通だったらうんと迂回をするとか車を乗り換えるとか、何でもいいが追跡者を撒く手立てをとっておくもんだ…こいつらみたいに目的地へ真っ直ぐ車を走らせたりしないでな」

ベアトリス「……でも、もしかしたら私たちをおびき寄せるつもりかもしれませんよ?」

ドロシー「…なかなか悪くない発想だが、それだったらこっちが餌に食いつくようにもっと複雑で「それらしい」経路を選ぶね……ところが連中はイタチの巣を見つけたテリアそこのけに突っ走ってる…もしファームの教官がこんなのを見たら、脳の血管が切れちまうだろうな」

ベアトリス「…それじゃあ」

ドロシー「この道で間違いない…ってことさ。それに目的地はそう遠くない…周囲を見てみな?」

ベアトリス「はい…」ベアトリスが辺りを見回すと、うっすらと夜霧のかかった運河の両脇に黒々とそびえる保税倉庫のシルエットが広がっている…

ドロシー「…見ての通り、辺りは人通りの少ない…それでいて見慣れない人物や車がいても何もおかしくない海外貿易品中心の倉庫街だ…誰かを連れ去って尋問にかけるにはもってこいだろう?」

ベアトリス「なるほど……」

ドロシー「それと…おそらくだが、連中は尋問室を地階(グランド・フロア)に作らないで地下に用意したはずだ……そいつはこっちとしても都合がいい」

ベアトリス「…どうしてですか?」

ドロシー「そいつは後で説明するさ……そろそろ目的地に到着、ってところだからな…」それらしい場所に近づいたのでロールス・ロイスのエンジンを止めて惰性で百数十ヤードばかり走らせ、薄暗い倉庫の間に停めた…

…その頃・地下室…

アンジェ「はひっ、はぁ、はぁっ……はぁぁ…っ…!」

アゴニー「…くすっ♪」じゅぶ…ぐちゅぐちゅっ♪

アンジェ「あっあっ…はひぃ、あぁぁ…んっ♪」

ローズ「まぁまぁ…マーガレットったら初めてなのにこんなに濡らして……♪」じゅぶ、じゅぶっ…ずちゅっ♪

アンジェ「はひぃ…はへぇぇ……///」とろとろっ…♪

アンギッシュ「では、私も……♪」ずぶずぶっ…ぐりっ♪

アンジェ「はぁ、はぁ…らめ……んはぁぁ…っ///」とぽっ、ぷしゃぁぁ…っ♪

アゴニー「…彼女はまた達してしまったようです、レディ・ワイルドローズ」

ローズ「そのようね…なら「お仕置き」が必要だわ」アンギッシュに向かって軽くうなずいた…

アンギッシュ「…はい♪」

アンジェ「ひっ…らめ、もうやめ……んあ゛ぁ゛ぁぁ…っ///」花芯に二本目の張り型をねじ込まれ、どこか甘ったるい悩ましげな声で絶叫するアンジェ…

アゴニー「んちゅぅ…ちゅっ、ちゅる…ぢゅぅぅ…っ♪」

アンギッシュ「ふふ…ぴちゃ、れろっ……んちゅ、ぢゅるぅ……っ…♪」二人は片脚を持ち上げられたアンジェの前にひざまづくと、乳房に吸いつく仔鹿のように、とろとろと垂れている愛液をすすりこむ…

アンジェ「らめ…そんな……あ、あぁっ…♪」目隠しをされたままあちこちを責めたてられ、ろれつも回らなくなった半開きの口もとからとろりと唾液がこぼれる……持ち上げられていない方の脚は垂れた愛蜜がつたって、つま先から床までべとべとに濡れている…

ローズ「…ふふ、最初から協力してくれればこんな事にはならなかったのよ……んちゅぅ…れろっ……♪」

アンジェ「んぅぅ…んっ、んんぅぅ…っ♪」ローズに口づけをされながらアゴニーとアンギッシュの二人に張り型を動かされて、身体をひくひくと震わせながら絶頂するアンジェ…

ローズ「ふふ…言っておくけれど、まだまだ色んな事を体験できるわ……楽しみにしていらっしゃい…ね♪」アンジェの耳たぶを甘噛みしながらささやきかけた…

アンジェ「んっ、んぅぅ…っ///」とぽ…とろとろ……っ♪

………

…倉庫街の一画…

ドロシー「…アンジェが捕まってる倉庫は……あれか」


…使われていない倉庫の影の暗がりからそっと様子をうかがうドロシーたち…その視線の先には、夜霧に霞んでレンガ造りの倉庫が建っている……辺りには青果店の倉庫から出たカブの葉っぱやニンジンのしっぽのような野菜くずが捨てられているゴミ捨て場があり、運河のよどんだ水の臭いや古びたレンガの土ぼこりのような臭いと交じって、いかにも倉庫街らしい雰囲気を漂わせている…


ベアトリス「……ドロシーさん、どうしてあれだって分かるんですか?」

ドロシー「簡単さ…ケイバーライト粉の痕跡はあそこの前で切れてるし、入り口に見張りがいる……こんな人気のない場所でわざわざ見張りなんて立たせておいたら逆に目立つって言うのに……馬鹿な連中だ」

見張り「…」ハンチング帽をかぶり、時々倉庫の前を行き来している…

ドロシー「…見張りは一人で程度は「並」ってところか……だが動きがぎこちない所を見ると、経験が浅いな……」

ちせ「とはいえ見張りは見張り、見つかれば騒がれるじゃろうが…どうする?」

ドロシー「もちろん片づけるさ……とりあえず奴をおびき出す」道端に落ちていた石ころを拾い上げると軽く手の上で転がして重さを確かめ、絶妙な場所に放った…夜霧のせいで音が妙に響き、それでいて少し離れるとすっかり霧に吸い込まれてしまう……

見張り「…ん?」

ドロシー「……ちせ、仕留めそこなったら頼む」スティレットを握って身構えた…

ちせ「うむ」

見張り「…?」不審そうな顔をして歩いてくると、頭を動かしてドロシーたちの隠れ場所の向かいにある暗がりを透かし見ようとする…その後ろからドロシーが音もなく忍び寄り、口をふさぐと同時にスティレットを突きたてた……

見張り「ぐ…ん゛っ……!」

ドロシー「……よし、片付いた…」スティレットの刃を相手の服の裾で拭うと、死体を引きずって隠した…

ベアトリス「それで、ここからどうするんです…?」

ドロシー「ああ、そいつをまだ説明してなかったな……見たところあの倉庫からは灯りや声が漏れてこないから、どうやら連中は尋問室を地下に作っているようだ…さっき裏側も見てきたが、そっちは運河に面したどん詰まりで道はない……つまり出口は一つきりだ」

ベアトリス「…それで?」

ドロシー「簡単さ……アンジェを助け出すと同時に、ここにいる連中を一人残らずきれいさっぱり始末する…私たちが助けに来たことを連中の「お仲間」に話されちゃたまったものじゃないからな」

ベアトリス「あの…それって……」

ドロシー「そういうことだ……アンジェの命、それと私たちの安全のためにな」

ベアトリス「……っ、分かりました…」

ドロシー「結構。それじゃあ私とベアトリスが突入するから、ちせは地下の入り口で待機……私たち以外で出てくる奴がいたら、問答無用で片っぱしから斬れ」…戦闘技術が未熟で足手まといになるリスクがあるベアトリスを連れて行くことで、「厄介事」に巻き込んでしまったちせに少しでも負担をかけないよう気を回したドロシー…

ちせ「うむ、承知した」ちせも言外の含みに気が付き、軽く一礼した…

ドロシー「よし…それじゃあベアトリス、行くぞ……あいにくと招待状はもらえなかったが、一つパーティにお邪魔させてもらおうじゃないか♪」

ベアトリス「はい…っ!」

…倉庫内…

ドロシー「…やっぱりな……あれだ」倉庫の中はガランとしていて、数台のロールス・ロイスやモーリス、マーモン・ヘリントン乗用車が停めてある……その片隅には小ぶりな階段があって、薄暗いシルエットになって地下へ続いている…

ベアトリス「…そうみたいですね」

ドロシー「ああ……まずは連中の車をおしゃかにしておくぞ。こいつを使って逃げられたら厄介だからな」

ベアトリス「はい」音が響かないようそっとボンネットを開けて、点火栓を外したりコードを切ったりした……

ドロシー「よし、こんなもんでいいだろう…ベアトリス、お前の方が小さいから前だ……私がきっちり援護してやるから、心配するな」

ベアトリス「分かりました…お任せします」

ドロシー「おう……それじゃあ行くぞ♪」そう言うと、ニヤリと不敵な笑みを口の端に浮かべた…


…倉庫の地下…

見張り「ふわ…ぁ……くそ、眠いな…」ハンチング帽をかぶったエージェントが目をこすり、あくびをかみ殺しつつ廊下の椅子に腰かけている…

ドロシー「…」廊下の角からちらりと確認すると、右側のウェブリー・スコットを抜いた…

見張り「…うーん……」眠気覚ましに首を回したり腕を動かしてみたりと忙しい……

ベアトリス「…ここからだと一人しか見えませんね」3インチ・ウェブリーを構えて小声で言った…

ドロシー「…よし、だったらちょっとばかり呼び鈴を鳴らしてやるとするか……スリー・トゥ・ワン…行け!」

ベアトリス「…はいっ!」バン、バンッ!

見張り「う、ぐうっ……!?」


…地下の狭い廊下で反響して、まるで装甲艦の8インチ砲のように轟く銃声……見張りが椅子ごともんどりうって数秒もしないうちに、あちこちから騒がしい物音が聞こえてきた…


王国エージェント「何だ…っ!?」

王国エージェントB「馬鹿、銃声だぞ! とっとと持ち場に……あっ!」

ドロシー「……安全確認もしないで飛び出しちゃ駄目だって教わらなかったか?」右手の廊下から駆けつけてくるエージェント二人にウェブリーを撃ち込み、身体をひねると左側のドアから飛び出してきたハンチング帽のエージェントを撃ち抜いた…

ベアトリス「……っ!」奥の方から駆けつけてきた数人に弾を撃ち込むとひとりが倒れ、残りは慌てて角に隠れた…

王国エージェントC「ボビー、ウィル…援護しろ!」コートの裾をひらめかせ、ウェブリーを撃ちながら走り込んでくる…

ドロシー「…おいおい、連中ときたらずいぶんと数が多いな……同窓会でもあったのか?」


…ドロシーは飛び出してきたエージェントの額を撃ち抜くと、目にも止まらない速さで左のウェブリーを引き抜きつつ弾切れになった右手のウェブリーと持ち替え、そのまま援護射撃をしていたエージェントを仕留めた…


ベアトリス「…く、こんなにいるなんて……聞いていませんでした…よ!?」一人を撃ち抜き、もう一人にも手傷を負わせた…

ドロシー「ああ、私もこんなにいるとは思ってなかったさ…!」持ち替えたウェブリーも撃ちきると水平二連の散弾銃を抜き放ち、廊下の角から向こう側に向けて撃ちこんだ…鹿撃ち用の散弾をもろに浴びて廊下の壁に叩きつけられる王国エージェント…

ベアトリス「…っ、弾切れです!」

ドロシー「分かってる、そこを代われ!」


…中折れ式リボルバーのウェブリー・スコットはどうしても再装填に両手を使う必要がある…ドロシーはベアトリスと交代すると、今度は限界まで切り詰めた改造リー・エンフィールド・ライフルを脇のサックから引き抜き、自動火器かと思うほどの速射で廊下の小机を倒して盾にしている二人を撃ちぬいた…


ベアトリス「っ…装填できました、代わります!」

ドロシー「よし、頼む!」代わりあうようにして壁に背中をあずけ、手際よくウェブリーの弾を込め直した…

ベアトリス「…んっ!」バン、バァン…ッ!

王国エージェントJ「…ぐっ!」

ドロシー「……どうやら片付いたようだな?」

ベアトリス「はー、はー、はーっ……ええ、どうやらそうみたいです…」

ドロシー「よし、それじゃあ後は人に手間をかけさせやがった黒蜥蜴女を探すとしよう……連中に「奪還されてなるものか」って片づけられちまわないうちにな」

ベアトリス「はい」

ドロシー「さてと、どうやらここは大文字の「H」字型みたいなつくりらしい…縦棒ごとに面した部屋があって、入り口側の二つは詰所か仮眠室か……まぁそんなような物だったから、残りは二部屋っきりだ…私なら奥の方が尋問室だと見るね」

ベアトリス「ええ、同感です」

ドロシー「まさに「意見の一致」ってやつだな…それじゃ急ごう♪」

ベアトリス「はいっ!」

…同じ頃…

ローズ「…んじゅるっ、れろぉ、ぴちゃ……ふふ、早く言った方がいいわ」

アンジェ「…ん、んんぅ…っ///」ワイルドローズはアンジェの耳の穴から爪先までくまなく舐めまわし、アゴニーとアンギッシュは蜜でねっとりと濡れたふとももにしがみつくような体勢で舌を這わせている……

ローズ「……マーガレット、貴女はよく耐えたわ…もう楽になっていいのよ♪」

アンジェ「…んっ、はぁ……はぁっ///」

ローズ「……ね、もう我慢しないで……素直になりましょう?」

アンジェ「…」くり返しくり返し同じことを言われ続けたせいで一種の暗示にかかり始め、判断力が鈍り始めているのを意識しているアンジェ…

ローズ「私が貴女のことは大事に飼ってあげる…んちゅっ、じゅるっ……きっと貴女も気に入るわ…ね?」


…縛り付けられたアンジェを責めたてながらねっとりとした甘い言葉で誘惑するワイルドローズと、まるで酔ったように身体を舐めまわすアゴニーとアンギッシュ……と、不意に重い鉄扉の向こうから聞き間違いようのない銃声が地下室に反響し、長く尾を引いて響いてきた……最初の数発が聞こえてきたかと思うと一気に激しい銃撃戦の音が始まり、数分もしないで静かになった…


アンジェ「…」

アゴニー「…っ!?」

アンギッシュ「……いったい何の音でしょう、レディ・ワイルドローズ…?」二人はアンジェを舐めまわすのを止めると、今までの無表情と気だるさの混じりあったような表情が取り払われ、怯えたように身体をすくめた…

ローズ「…心配いらないわ。 大丈夫よ、私があなたたちを守ってあげる……あなたたちは私の可愛いしもべですものね♪」

…ワイルドローズ本人も何が起こったか分からないせいか一瞬不安そうな表情を浮かべたが、すぐアゴニーとアンギッシュを抱きしめて口づけを交わすと、二人をかばうようにして扉の前に立った…それから木のかんぬきをかけ、ナイフの代わりになりそうな一番大きいメスを取り上げた…

アンジェ「…」(やっぱり素人ね。扉の正面に立つなんて……)

…一方・扉の前…

見張り「…がはっ……!」

ドロシー「さて、ここだな…」ウェブリーのシリンダーを開いて空薬莢を捨てると弾を込め直し、ドアの脇に立った…

ベアトリス「…でも、こんな鉄の扉じゃ開けようもありませんよ……」頑丈そうな鉄扉を前にすっかり落胆しているベアトリス…

ドロシー「おいおいベアトリス、その歳でボケるのはちと早いぜ? …ここに来るときにネストから「ドカンといくやつ」を持って来ただろうが♪」

ベアトリス「いえ、それはそうですが……中にアンジェさんがいるかもしれないんですよ?」

ドロシー「じゃあ他にいい方法があるなら教えてくれ…煙でも焚いていぶり出すか? それとも尋問官に開けてくれるようお願いするか?」

ベアトリス「むぅ…」

ドロシー「それに、よしんばアンジェが巻き込まれたとしてもだ……あの冷血女がけちな爆発一つでくたばるかよ♪」

ベアトリス「…でも」

ドロシー「悩んでる暇はないぜ、このふざけたドアに爆弾を仕掛けるんだ…ただしドアが完全に吹っ飛んでアンジェの奴をひき肉にしたりしないよう、錠や蝶つがいのところを中心にして…だ♪」口もとに笑みを浮かべた…

ベアトリス「あ……はいっ!」それを聞いて手際よく爆弾を仕掛けた…懐中時計そっくりな時限装置をぎりぎりの短さにセットする…

ドロシー「…いいか?」

ベアトリス「はい、仕掛けました……隠れて下さいっ!」

…ふたたび室内…

ローズ「……もう、マーガレットったら…可愛い顔をしてずいぶんな嘘つきさんね。…お仲間がいらっしゃったようじゃない?」

アンジェ「…さぁ」

ローズ「今さら隠し立てしなくてもいいのよ…もっとも、貴女のお仲間はこの分厚い鉄の扉をどうやって開けるつもりなのかしらね♪」

アンジェ「…分からないわ、ただ……」言いかけた瞬間に猛烈な爆音と衝撃が走り、壁や床からレンガの粉やほこりが一気に舞い上がってもうもうとたちこめた…

アンジェ「……かなり派手な方法だろうとは思っているわ…」爆風で耳が聞こえないなか、心の中でつぶやいた…

ドロシー「……よし、行くぞ!」ウェブリー片手に室内へ飛び込んだドロシーとベアトリス…室内には猛烈な煙とほこりの雲がたちこめ、置いてあったはずのランタンは吹き飛んで、すっかり真っ暗になっている……

ドロシー「…ふぅっ…こりゃ大掃除が必要だな……」ベアトリスが持っているランタンを受け取り、室内を照らした…

アンジェ「……それは貴女がやるべきでしょうね」


…少し声に張りがないが、それでもドロシーに向かっていつも通りの口調で言ったアンジェ…十字架形の拘束台に片脚を高く上げた状態で縛りつけられ、ランタンで照らされている裸身は傷だらけになっている…ふとももの皮はあちこちが裂け、そうでないところにも赤く鞭打ちの跡が残り、おまけにほこりをかぶってすっかり白っぽくなっている…


ベアトリス「アンジェさんっ!」あわてて駆け寄ると、ロープをほどこうと焦っている…

ドロシー「……よう、アンジェ」結び目に悪戦苦闘しているベアトリスにナイフを渡すと、いつもの不敵な笑みを浮かべた…

アンジェ「ええ…」

ドロシー「地下室暮らしは飽きただろ? …上に車が用意してあるぞ」

アンジェ「…結構ね……ごほっ、げほっ…!」

ドロシー「おっと、忘れてた……ここはずいぶんほこりっぽいからな、喉が乾いただろ♪」そう言ってブランデーの携帯容器を取り出し、そっと唇に当てた…

アンジェ「…んくっ、こくっ……」

ドロシー「…どうだ?」

アンジェ「ええ、ありがとう……ところで…」

ドロシー「ん?」

アンジェ「…どうして貴女たちがここに来たの」

ドロシー「そりゃお前さんに「歌われ」たら困るからさ…幸い、道しるべを残しておいてくれたこともあったしな♪」

アンジェ「あれはそういう目的でやったわけじゃない……貴女たちが脱出した後、監視チームがここを突きとめて出入りする人間を見張るなり追跡するなり、しかるべき手段を講じさせるためよ…誰が十字軍ごっこをしろと言ったの?」

ベアトリス「そんな、いくら何でもそんな言い方って……!」

ドロシー「…まぁ待て」

ベアトリス「でも…!」

ドロシー「いいから……ま、それじゃあ少し考えてみようぜ。お前さんが「価値を失う」とこっちも巻き添えを食うし、同時にお前さんの思っている「とある女性」も手札としての価値が下がる…違うか?」

アンジェ「いいえ」

ドロシー「私たちの脱出だって上手くいくとは限らないし、監視チームの立ち上げだって時間がかかる……それまでにここがもぬけの殻になるのは目に見えてる」

アンジェ「ええ…」

ドロシー「…だとしたらお前さんの残した産物(プロダクト)には価値がないってことになる。だったら価値のある方を取り戻すのが利益になる…どうだ?」

アンジェ「だとしても…」

ドロシー「その辺の保安措置は大丈夫さ……局を閉鎖するときに「トガリネズミ」の事は連絡したし、問題になりそうな機材は全部始末しておいた」

アンジェ「……でも…」

ドロシー「それにだ……お前さんが鉄格子の向こうだの天国だのに行っちまったら、あのレディを悲しませることになる…だろ?」

アンジェ「……っ、それとこれとは関係ないでしょう///」

ドロシー「大ありさ…もしもそうなったら今まで築いてきたこっちの信頼やカバーは無駄になるし、ひいては協力が得られなくなるかもしれない……分かったらおしゃべりはやめて、さっさとこんなところからはおさらばしようぜ♪」

アンジェ「ええ……どうやらそれが今までで一番まともな判断ね…」

ドロシー「そりゃどうも…それと、ほら」ウェブリー・フォスベリーと着るものを差し出した…

アンジェ「…助かるわ」

ドロシー「ああ…ところでこの連中は?」ドアが吹き飛んだ時の爆風で伸びているワイルドローズたち三人をあごをしゃくった…

アンジェ「連中が尋問官の代わりに準備した怪しい趣味の女性よ……息はあるようだし、睡眠薬を打って連れて行く」

ドロシー「…途中で怪しまれないか?」

アンジェ「そのあたりの手はずは考えてある……任せてちょうだい」

ドロシー「やれやれ、そこらじゅう引っぱたかれて生傷だらけにされてるって言うのにか? まったく、ついていけないぜ…♪」

………

アンジェ「逆ね…あれこれ考えを巡らしていれば必要以上に怯えたりしないで済む」

ドロシー「なるほど……なにはともあれ早くここを出よう。いつ連中の仲間が来るか分かったもんじゃないしな」

アンジェ「そうね……うっ…く!」地面に足をついた瞬間、焼け付くような痛みが押し寄せてきた…

ドロシー「…足の裏もやられたのか?」

アンジェ「ええ、革ベルトでね……う゛っ!」

ドロシー「……その足じゃ歩くのは厳しいだろ…ほら、おぶってやるよ♪」

アンジェ「馬鹿言わないで。それじゃあこの三人はどうする気?」

ドロシー「どのみち三人をいっぺんに運ぶのは無理だ…往復すりゃいいさ」

アンジェ「…それだと時間がかかるわ」

ドロシー「そればっかりは仕方ないさ…ベアトリス」

ベアトリス「はい」

ドロシー「戻ってくるまで見張っててくれ。私はその間にこの愛想の悪いやつを運んでくる」

ベアトリス「分かりました」

ドロシー「よし…ほら、行くぞ♪」アンジェを背負って地下室から運び出した…

…地下室への階段…

ドロシー「…よいしょ……」一段一段確かめるように階段を上る…

アンジェ「……上にはちせが?」

ドロシー「ああ」

アンジェ「なるほど、彼女まで巻き込んだというわけね…」

ドロシー「私はちゃんと「一緒に来るならでっかい問題に巻き込まれる」とは伝えたからな…あとは本人の自由意思ってやつさ♪」

アンジェ「なるほど……形は整えたわけね?」

ドロシー「そういうこと……ほら、噂をすれば♪」

ちせ「……おお、ドロシーどの…アンジェどのは無事か?」

ドロシー「ああ、さっきから私の背中にしがみついてぶつくさ皮肉を言ってるよ……とりあえず腕や脚は付いてるし、聞いている限りじゃ毒舌も無事らしい」

アンジェ「別に「ぶつくさ」なんて言ってないわ…正確な判断が出来ていないわね」

ドロシー「この通りさ……ちなみにまだ回収したいものがあるからベアトリスを下に残してある。 とにかくこの皮肉屋を車に運んでくるから、引き続きここを頼む」

ちせ「うむ、承知した……無事で何よりじゃ」

アンジェ「……ありがとう」

ちせ「なに、構わぬよ」

ドロシー「よっこらしょ……とにかく身体を休めて、もし連中のお仲間が来るようだったらちせに向けて合図のランタンを振ってくれ」

アンジェ「ええ…」

ドロシー「それじゃあ私は戻るが…手早く済ませてくる♪」

アンジェ「頼んだわよ」

ドロシー「ああ…♪」

…数分後…

ドロシー「…よし、これで運び終わったな……やれやれ、とんだ大仕事だったぜ♪」自分は一番大柄なワイルドローズを背負い、ベアトリスとちせにはそれぞれアゴニーとアンギッシュを運ばせたドロシー……地面にワイルドローズを下ろすと、額の汗を拭う真似をして冗談めかした…

アンジェ「お疲れさま」

ドロシー「おう…で、どうやってこいつらを怪しまれないで連れて行くつもりだ?」

アンジェ「そのことだけれど……ロープはある?」

ドロシー「もちろん。この世界の必需品だろ」

アンジェ「ならこの二人を互い違いにして縛り上げて」

ドロシー「あいよ」まるでサーディンを缶詰めにするようにアゴニーとアンギッシュを互い違いに寝かせると、ロープできっちりと縛り上げた…

アンジェ「結構…ならその二人は後ろのトランクへ詰めて?」

ドロシー「了解だ……ベアトリス、手伝え」

ベアトリス「はい」車の後部についている四角いトランクを開けると、ローストビーフの肉そこのけにぐるぐる巻きになっている二人を押し込んだ…

ドロシー「よし…で、この女は?」

アンジェ「それも考えてあるわ……ドロシー、さっきの気付けをちょうだい」

ドロシー「……ああ、なるほどな♪」

アンジェ「そういう事よ」睡眠薬ですっかり意識を失っているワイルドローズの顔や胸元にたっぷりとブランデーを振りかけた…たちまち酒屋の店先のように強い匂いがたちこめる……

ベアトリス「えーと……つまり?」

ドロシー「はは、簡単さ…私たちはゴキゲンなパーティ帰りの貴族様で、このレディは少しばかりグラスが多かった……って設定さ♪」睡眠薬ですっかり意識を失っているワイルドローズを後部座席に座らせた…

ベアトリス「あ、あぁ…なるほど!」

アンジェ「そういう事よ……それならもし警官に停められても言い逃れができる」

ベアトリス「でも…この格好だと貴族になんて見えないと思うんですが……」自分の黒マントを広げてみるベアトリス…

ドロシー「なぁに、そこは冴えた頭とよく回る舌、それに王立劇場並みの演技力でどうにかするさ……えらそうな口調で横柄な態度、貴族くらいしか買えない自動車に怪しげな格好……となればどう見たって上流階級の密かなお楽しみ…つまり貴族のご婦人方がこっそり楽しい乱痴気パーティからのお帰り、って設定さ♪」

アンジェ「その通りよ…もちろんスコットランド・ヤード(ロンドン警視庁)の警官も馬鹿じゃないから、わざわざ貴族の車を停めさせて不興を買ったりするような真似はしないとは思うけれど……」

ドロシー「…説得力のある設定を作っておけば慌てないで済むからな」

ちせ「なるほど…しかし、日本人の私はどう見ても貴族には見えぬが……そこはどうすればよいのじゃ?」

アンジェ「そうね、貴女は私たちが買って「お持ち帰り」の上で愉しませてもらう予定の東洋人を演じてもらう。だから何もしゃべらなくていいし、適度に縮こまっていればいい」

ドロシー「だな…ちなみにベアトリス、お前さんもちせと似たような境遇だ…私やこの女が今夜たっぷりともてあそぶ予定の「可愛い小間使い」って所だ♪」

ベアトリス「わ、わかりました…///」

ドロシー「よし、じゃあ車を出すぞ♪」

アンジェ「ええ…テムズ川沿いのネスト「ツバメの巣」に向かってちょうだい」

ドロシー「あそこか……到着するまでしばらくかかるし、寝たきゃ寝てもいいぜ?」

アンジェ「気持ちはありがたいけれど、戻るまでは起きているわ」

ドロシー「分かった…ブランデーの残りも飲んじまっていいからな?」

アンジェ「大丈夫よ…」

ドロシー「ああ、分かった」

………

…ロンドン市内…

ドロシー「それにしても……そこの女にしろあの施設にいた奴らにしろ、今回は妙に素人くさい連中だったな…」

アンジェ「ええ…私も尋問の間出来るだけ耳をそばだてていたけれど、どうやらあのエージェントたちは外務省の情報部みたいね」

ドロシー「外務省情報部? …あいつらは貿易品の相場みたいな情報や外地での諜報活動なら強いが……国内の防諜もやってるのか?」

アンジェ「…だからじゃないかしら」

ドロシー「得点稼ぎに共和国の情報部員をあげて、他の省庁にいいところを見せようとしたっていうのか?」

アンジェ「ええ。そう考えたらあの場当たり的でせわしない様子もつじつまが合う……特に最近の防諜活動は防諜部の一強状態にあるし、エリート官僚が多くて気位(プライド)の高い外務省からしたら新参者に負けているのはしゃくにさわるはず…要は誰かが早急に成果を求めたのでしょうね」

ドロシー「なるほどな……」

…相づちを打ちながら夜霧がかかっているロンドンの道を迷うこともなく走らせていたが、一本の細い通りに入ると不意に車を停めた…

ドロシー「よし……アンジェ、ここで降りろ」

アンジェ「…どういうつもり?」

ドロシー「もしかしたら気づいてないかもしれないが、お前さんは夕方からさっきまで尋問されてたんだ……残りの後片付けは私とちせでやっておくから、ベアトリスを連れて寮に戻れ」…アルビオンらしい皮肉を利かせてはいるが顔をアンジェの方に向け、真剣な口調で言った……

アンジェ「だめよ」

ドロシー「馬鹿言うな。身体中傷だらけでまともに歩けもしないだろ…手伝いにならねえよ」

アンジェ「だとしても…」

ドロシー「あそこについた時、どうやっておけばいいのかは私にも分かってる……今は戻って傷の手当てをしろ」

アンジェ「…でも」

ドロシー「口答えするな。別に「お涙ちょうだい」の三文芝居にあるような安っぽい同情で言っているわけじゃない…お前の能力が落ちているのは「白鳩」の活動にとっても不利になるからだ」

アンジェ「……わかったわ」

ドロシー「よろしい。ベアトリス、お前さんは怪我の手当だとか看病だとか…そういうきめ細かい気遣いが得意だからな、よく診てやってくれ」

ベアトリス「はい、任せて下さい…!」

ドロシー「結構…どっかの誰かさんもこのくらい聞き分けがいいと助かるんだが……」

アンジェ「…余計なお世話よ」

ドロシー「へっ、だったら最初から人の言うことを聞くんだな♪」

アンジェ「そうね、これからはそうする……年寄りにくどくど言われるのは閉口だもの」

ドロシー「ああ…ちせ、悪いがもうちょっと付き合ってくれ」

ちせ「うむ」


…霧の中に走って行ったドロシーのカスタム・カーを見送ると、寮へ戻る道を歩きはじめた二人……いつも通りのポーカーフェイスを崩さないアンジェだが、さすがに脚が痛むらしく一歩づつ慎重に歩いている…


ベアトリス「…大丈夫ですか?」

アンジェ「ええ…」

ベアトリス「必要なら肩を貸しますよ…?」

アンジェ「必要ないわ……第一そんなことをしていたら目立つ」

ベアトリス「でも、誰もいませんし…」

アンジェ「……だからと言って誰も見ていないとは限らないわ。もしかしたら家の窓から外を見ている人間がいるかもしれない」

ベアトリス「それはそうですが……とにかく寮に戻ったら、ゆっくり休んで下さいね?」

アンジェ「ええ…それと、ベアトリス」

ベアトリス「はい、何ですか?」

アンジェ「…今日はドロシーと一緒に突入役を担ったようね…いくらドロシーにあの射撃の腕があっても、一人だけではまかないきれない部分もあるし、貴女の援護なくしては成り立たなかったはずよ……よくやったわ」

ベアトリス「…ありがとうございます///」

アンジェ「お礼は必要ない……貴女の実力を評価しているだけよ」

ベアトリス「…はい♪」

…寄宿舎・裏庭…

アンジェ「…うっ……」

ベアトリス「大丈夫ですか? …ほら、手を貸しますから……」寄宿舎の外周を取り巻くように植えてある鉄柵と生垣…身体の痛みをこらえて隙間を通り抜けようとするアンジェと、それを手伝うベアトリス……

アンジェ「……まさか貴女に手を引いてもらうことになるとは…私もそろそろ引退を考えた方がいいようね」植え込みで光がさえぎられているのでよく見えないが、かすかに笑みのようなものを浮かべているらしい…

ベアトリス「もうっ、可愛くないですね……さ、早く「部室」で手当てをしましょう?」

…部室…

アンジェ「…ふぅ、どうやら五体満足で戻ってこられたようね」ようやく少しだけ警戒を緩めたアンジェ…心なしか肩を落とし、一気に疲れたように見える…

ベアトリス「そうですね…とにかく室内に入って下さい、手当をしなくちゃいけませんから」

アンジェ「それもそうだけれど、今夜中に暗号文の起草をしておかないと…特にこれだけの事があった以上は……」

ベアトリス「ダメです…! 特に今夜は姫様が公的行事として観劇をなさっていて、お帰りが夜の十一時と遅いんですから…私以外にアンジェさんの手当てを出来る人はいないんですよ?」

アンジェ「…分かったわ……」

ベアトリス「ならいいです……って、姫様!?」扉を開けると心配げに座っていたプリンセスが視界に入り、周囲に聞こえないような小声ながらも驚きの声を上げたベアトリス……と、プリンセスは立ち上がって二人に駆け寄った…

プリンセス「…あぁ、二人とも……無事だったのね…!」

アンジェ「……おかげさまで、こうして生きているわ」

ベアトリス「私も傷一つありません……でも、どうして姫様が? 観劇の後は宮殿に戻って…それからお召し替えをなさって……どう頑張ってもここに戻るのは深夜になってしまうはずですが…」

プリンセス「ええ、その通りよ…ほら」

…そう言った矢先に、窓の外から深夜零時を知らせる「ビッグ・ベン」の鐘がかすかに聞こえてきた……

ベアトリス「えっ、もうそんな時間ですか……?」

プリンセス「ええ…なかなか戻ってこないから心配したのよ?」

アンジェ「そのようね……」少しよろめいて椅子に座りこんだ…

プリンセス「アンジェ…!」

アンジェ「大丈夫よ……向こうの連中とちょっとした「見解の相違」があって、いくらか「意見の転換」を求められただけだから」冷めた口調で皮肉なユーモアを披露してみせるアンジェ…

プリンセス「いいから見せて……あぁ、何てこと…あちこち傷だらけじゃない… ベアト、あなたも大変疲れているところで悪いけれど、すぐに私の部屋から金縁の箱に入っているお薬を持ってきて?」

ベアトリス「いえ、私は平気です……それよりすぐに持ってきますね」

プリンセス「ええ…」


…普段は一国の王女らしく鷹揚(おうよう)でおっとりしているように見えるが、実際は何かと手際のいいプリンセス……すでに暖炉の脇ではポットのお湯が沸いていて、テーブルの上にはそこそこの大きさの金だらいとタオル数本、一通りの薬が入っている薬箱と気付けのブランデーが並んでいる…


プリンセス「さ、脱いで…傷を見せなさい?」

アンジェ「……ベアトリスが戻るまで待った方がいいわ」

プリンセス「口答えしないの「シャーロット」……私は血を見たくらいで失神したりしません…っ!」

アンジェ「…分かった、なら好きにするといいわ……」しゅるっ…と黒いマントを床に落とすと、続けてブラックグリーンの上着と揃いのコルセット、それから黒に近いダークブラウンのスカートを脱ぎ捨てた……シルクのペチコート姿で椅子にもたれているアンジェはいつもより蒼白で、床に散らかる血の付いたコルセットやストッキングも痛々しい…

プリンセス「…ひどい」

アンジェ「そうでもないわ……爪も無事なら歯もへし折られなかったし、両目も見える」

プリンセス「そんなこと言ったって、ふとももの皮が裂けて……いま消毒と止血をしてあげるわね」現場でドロシーたちに巻いてもらったありあわせの「包帯」をそっとはがすと、たらいにお湯を注いでタオルを絞った…

アンジェ「ええ…」痛みをこらえながら傷の周りを拭いてもらい、それから消毒薬をそそぎかけてもらった…いつも表情を隠しているアンジェではあるが、薬が沁みるときの強烈な痛みに顔をしかめた……

プリンセス「アンジェ…痛むでしょうけれど、我慢してね」

アンジェ「ふ、今さら傷の一つや二つで泣いたりしないわ……」

ベアトリス「…姫様、持ってきました」

プリンセス「ありがとう…それじゃあベアト、あなたもこれを塗るのを手伝って?」プリンセスが鍵のかかった金縁の小箱を開けると、こぎれいな薬瓶が並んでいる…と、中に入っている広口瓶を取り出して蓋を開け、白い液状でうす甘い匂いのする薬を手に取った……

………



プリンセス「…どう、アンジェ?」

アンジェ「少し沁みるけれど……焼けるような痛みは感じなくなってきたわ」

プリンセス「良かった……このお薬はベーカー街(貴族・富裕層向けの医者が多い通り)でも有名な名医が販売しているお薬なの」

アンジェ「…それは意外ね、あの通りは暇な貴族相手のやぶ医者しかないと思っていたわ」

プリンセス「もう、アンジェったら……って、ベアト?」

ベアトリス「…すぅ…すぅ……んぁっ、姫様?」アンジェのふとももに丁寧に薬を塗っているベアトリス…が、小さな身体で八面六臂の大活躍をしたのですっかり疲れてしまい、指先に軟膏をつけたままうつらうつらしている…

プリンセス「…ベアト」

ベアトリス「は、はいっ」

プリンセス「今日は大変だったでしょう…アンジェの治療は私に任せて、あなたは先にお休みなさいな」

ベアトリス「いえっ、ですが…!」

アンジェ「……いいから休みなさい。このまま寝ぼけた状態で変なところに軟膏を塗られたり、薬の瓶を割られたりされたら困る……それに今日は務めを果たしたのだから、もう充分よ」

ベアトリス「……でも」

プリンセス「…ベアト、命令しなくちゃダメかしら?」

ベアトリス「いえ……分かりました。 それでは済みませんが、先に休ませていただきます…///」

プリンセス「ええ♪」

アンジェ「よく睡眠をとることね…お休み」

プリンセス「……ふふ、けなげなベアト♪」

アンジェ「彼女の美徳の一つね…ただ残念なことにこの世界では「結果」が全てだから、いくら懸命にやっても成果に結びつかない限り評価はしてもらえない……生真面目な彼女からすると、そこが一番つらい所かもしれない」

プリンセス「そうね……ところで痛みはどう?」

アンジェ「おかげ様でずいぶん痛くなくなったわ…」

プリンセス「よかったわ。このお薬は傷跡も消してくれるから、数週間もすれば肌も綺麗に戻るはずよ」あらかたの傷に薬を塗り終えると瓶をしまって箱を閉じた…

アンジェ「助かるわ…なにせこの身体だって「道具」の一つだから、傷だらけでは困る」

プリンセス「ええ……ところでその尋問官の人は男の人だった? それとも女の人?」

アンジェ「あんなのは尋問官でもなんでもない…ただ人をいたぶって悦んでいる背徳的なサディストにすぎないわ」

プリンセス「そうかもしれないわね……それで、どっちだったの?」

アンジェ「女よ…それが?」

プリンセス「…いえ、その女(ひと)がうらやましいと思って……」

アンジェ「……どういう意味?」

プリンセス「だって……私のシャーロットに跡を残すなんて…私でさえそんなのしたことがないのに……」

アンジェ「あなたも私を鞭打ちにしたいの?」

プリンセス「そうじゃないわ。でも…」

アンジェ「でも…?」

プリンセス「そうね、例えば……はむっ、ちゅぅ…っ///」生傷だらけのアンジェをそっと撫でていたわりながら、ふとももの傷のない場所に吸いつくようなキスをした…

アンジェ「…どういうつもり///」

プリンセス「こうやって私の「シャーロット」に跡をつけたくて……ちゅぅぅ…っ♪」

アンジェ「それじゃあ、せめて見えないところにするようにして……ん、ちゅぅ…」

プリンセス「…あぁ…はぁ……あむっ、かぷ……っ…♪」

アンジェ「んくぅ……甘噛み…は……止め……んぁ…っ……///」

プリンセス「…いや……あむっ…」

アンジェ「はぁ…んっ/// …なにも貴女が嫉妬するような事じゃ…ない……でしょう…んぁぁ///」

プリンセス「だって……妬けちゃうんですもの…」ランプの灯を小さく落とした薄暗い部屋で耳たぶを甘噛みしながら、ささやきかける…

アンジェ「あっあっあっ…そんなこと…で、んぅぅ……そのつど嫉妬していたら……んっ…到底この世界では務まらな……んんっ…///」

プリンセス「……シャーロットのいじわる」そう言うとふとももの間に顔を沈めて、舌を這わせた……

アンジェ「だ、だめ……そこは…んぅっ///」

プリンセス「でも……ぴちゃ…んちゅるっ、ちゅぅ……私がしたいの…♪」

アンジェ「止めて…今日はまだお風呂にも入っていないし…んっ、くうっ…ぁっ///」

プリンセス「大丈夫よ……私は貴女と一緒ならこの手を血に染めたってかまわないし、どこだって舐められるわ…ぴちゃ……ちゅぅっ♪」

アンジェ「……ばか///」

プリンセス「ふふ……あむっ、ちゅ……れろっ、くちゅ…っ♪」

アンジェ「あっ、はぁ…んぅぅ…っ///」ふとももを内股に閉じて頬を紅く染め、恥ずかしげに顔をそむけている…

プリンセス「んむっ、れろっ……シャーロットのここ…まるでピンクパールみたい……かぷっ♪」ふっくらしていてとろりとぬめっている花芯の「核」の部分を優しく甘噛みした…

アンジェ「あっあっ……あぁんっ///」いつもは冷ややかなアンジェの瞳が焦点を失い虚ろになると椅子に腰かけたまま身体をひくつかせ、つま先も床から離れてがくがくと震えた…

プリンセス「んふっ、ちゅぅっ……んちゅる、じゅるぅぅ…っ♪」

アンジェ「んぁぁ…っ、あぁ……はひっ、んぅぅっ…!」とぽ、とろっ……ぷしゃぁ…ぁっ♪

プリンセス「…あんっ、んふっ♪ シャーロットの温かい蜜がかかっちゃったわ……んちゅっ、れろ…ぢゅるぅ…っ♪」

アンジェ「はひっ、あぁ…ん/// ……これで……んんっ…満足……したでしょう?」

プリンセス「ええ、少しは……でも、シャーロットにはもっともっと気持ち良くなって欲しいわ♪」

アンジェ「待って、プリンセ……」

プリンセス「…かぷっ♪」

アンジェ「あっあっ、あぁぁん…っ!」


…誰かに聞こえては困るので、声を漏らすまいと必死に喘ぎ声を抑えるアンジェ……しっかりした作りの椅子がきしむほど「びくんっ…!」と身体が跳ね、しゃがみこんでいるプリンセスの顔や胸元にとろとろと愛蜜をぶちまけてしまう…


プリンセス「きゃあっ…もう、シャーロットったら♪」ちゅくちゅくっ、ちゅぱ…れろっ♪

アンジェ「はあぁっ、んぁぁ……はぁ…///」

プリンセス「……ふふ、私だけのシャーロットに…私のしるし♪」かぷっ…♪

アンジェ「…はひっ、ひぅ……はぁ…んくぅぅ……♪」必死にこらえようとしているが、アンジェの感じやすい部分をを知り尽くしたプリンセスの愛がこもった絶妙な責めに、すっかりトロけた表情になっている……声も甘えたような舌っ足らずな調子で、口の端からよだれをひとすじ垂らしている…

プリンセス「あぁ、もうシャーロットってば……可愛くってどうにかなってしまいそう…んちゅっ、ちゅぅっ…んじゅるっ、じゅぷっ♪」

アンジェ「はひゅっ、ひぅっ…あっ、んはぁ…あぁぁぁっ♪ ん、んんっ…あふっ、んあっ……ひくっ、ひくぅぅ…っ♪」ぷしゃぁ…ぁっ♪

プリンセス「……ん、ちゅっ……じゅぷっ…もう少ししたら……んちゅっ…お部屋まで連れて行ってあげ……じゅるぅ…るわね♪」

アンジェ「はー、はー、はーっ…そうしてもらえると……んくっ…助かるわ……///」ぐったりと椅子に崩れ落ちているアンジェ…きゅっと引き締まった脚にはねっとりした愛液の流れがひとすじ出来ていて、つま先にまで届いている……

プリンセス「ええ…ちゅっ♪」身体を伸ばすと、すっかり荒れてしまっているアンジェの唇にむさぼりつくようなキスをした…

………

姫様頑張れ
このまま姫様が尋問に入ってもいいのよ

>>341 お待たせしていてすみません。これを見ている皆さんが大雨の被害を受けていなければいいのですが……


とりあえずもう少し情事を続けて、それが済んだら「ワイルドローズ」「アゴニー」「アンギッシュ」を共和国側に運び出します……いつぞやは青果卸の馬車を使ってバラ積みのジャガイモに隠して移送しましたが、今度もなかなか上手い手段を思いつくことが出来たと思っております

…数十分後…

アンジェ「はー…はー…はぁ……っ///」

プリンセス「んちゅぅ…ちゅっ、にちゅっ……くちゅ…♪」

アンジェ「あ、あっ……はひっ、んんぅっ…!」

プリンセス「ふふ…可愛い私のシャーロット……♪」一見すると目を細め、愛おしげにアンジェを見つているように見えるプリンセス…が、口もとでは少し意地悪な含み笑いをしていて、瞳もみだらな光を帯びている…

アンジェ「んっ…あ……///」

プリンセス「いいのよ…ここにいるのは私とあなただけなんだもの……ね?」ほっそりした指でくちゅくちゅと秘部をまさぐりながら、アンジェに身体を寄せると耳元へささやきかけた…

アンジェ「…ん、くぅ…んっ///」


…腰から下がまるでぬるま湯に浸っているかのように暖かく、じんわりとしびれるような快感にかすれたような喘ぎ声を上げているアンジェ……とはいえ、ただイかされっぱなしでは数々の「寝技」を体得している情報部員として立つ瀬がないと、必死に声をかみ殺している…


プリンセス「……もう、シャーロットったらどうして我慢しちゃうの…?」耳元に息を吹きかけ、空いている右手でアンジェの胸元をなぞりながらささやいた…

アンジェ「この時間に……ん、あっ…大声を出すわけには…いかないでしょ……う…///」

プリンセス「……そうだとしてもくやしいわ♪」そう言って「こりっ…♪」と乳房の先端を甘噛みするプリンセス…

アンジェ「あんっ…///」

プリンセス「ふふ、ここは硬くなっているわ…やっぱり「身体は正直」っていうのは本当なのね♪」

アンジェ「…刺激を受けると硬くなるのは身体の反応として当然のものよ…別におかしくないわ」

プリンセス「ふふっ、そうやって強がりを言って……こうなったらシャーロットが素直になるまで頑張るから♪」

アンジェ「…あっ……///」

プリンセス「ふふ、こうするとシャーロットが良く見えるわ…♪」柔らかなスリッパを脱いで長椅子の上に乗ると、アンジェにまたがった…ほのかなランプの灯りだけが白い肌を照らし、ぼんやりとした陰影のもたらす身体の線がアンジェをより柔らかく見せる…

プリンセス「…あむぅ…ちゅぅぅっ、んちゅ……♪」

アンジェ「んっ、んっ……あぁ、んんぅっ…///」

プリンセス「はむっ…あむっ、ちゅっ……ちゅるっ…」

アンジェ「はぁ…んむっ、ちゅ……ちゅっ…///」

プリンセス「むちゅ、ちゅるっ……ちゅっ♪」

アンジェ「……あっ」絡まっていた舌が解かれ唇が離れると、思わず小さな声をあげた……

プリンセス「ねぇ、シャーロット…」

アンジェ「……なぁに?」

プリンセス「ふふっ……なんでもない…わ♪」くちゅくちゅっ…ちゅぷっ♪

アンジェ「あっ、あぁ゛ぁぁんっ///」

プリンセス「くすくすっ、シャーロットったらこんな簡単な手に引っかかって……だめじゃない♪」じゅぶ…っ、にちゅっ♪

アンジェ「あっ、あ゛っ……あぁ…っ…」

プリンセス「ふふふっ…♪」ちゅくっ、ぬちゅ…っ♪

アンジェ「はぁ…はぁ……あっ、あぁぁ…んっ///」がくがくっ…ぷしゃぁぁ…っ♪

プリンセス「はぁぁ…んぁ、あぁ……っ♪」そのまま覆いかぶさるようにすると、熱っぽい身体を重ね合った…汗と愛蜜、傷薬の軟膏でねっとりした身体ごしにお互いの鼓動が聞こえてくる……

アンジェ「…プリンセス……私のプリンセス…っ///」ぐちゅっ、にちゅっ…♪

プリンセス「……シャーロット♪」じゅぷっ…ぐちゅっ♪

アンジェ「あっ、あぁぁ……んあぁぁ…っ///」

プリンセス「はぁぁ……あぁぁんっ♪」お互いに相手を抱きしめあいながら悩ましげな声を上げて果てた……

………

…翌日…

アンジェ「…おはよう、ドロシー……」

ドロシー「おう、おはよう……大丈夫か?」ティーカップを置くと眉をひそめた…

アンジェ「……何が?」

ドロシー「いや…きのうの今日だから無理もないが、目は充血してるし声はかすれてる……よっぽど尋問がこたえたみたいだな、むしろ昨夜よりくたびれて見えるぜ」

アンジェ「まぁ…そうね……」

ドロシー「あー……そういう事か…」アンジェにしては歯切れの悪い生返事に、勘のいいドロシーはピンときた…

アンジェ「…まだ何も言ってないわ」

ドロシー「なぁに、だいたい見当はついたよ……しかし、あのお姫様も可愛い顔してなかなか「お盛ん」のようで♪」にやにやしながらわざとらしいウィンクを投げた…

アンジェ「…」

ドロシー「……どのみち今夜までは用事もないし、無理しないで寝てたらどうだ?」

アンジェ「…そう言うわけにもいかないわ……」

ドロシー「いいから…その徹夜明けみたいな顔じゃあ人目を引いちまうよ」

アンジェ「……分かったわ、それじゃあ……一時間後に起こしてちょうだい」

ドロシー「ああ」

…その日の夕方…

アンジェ「…それじゃあ段取りの説明に入るわ」

ドロシー「おう…昼間に比べてずいぶんましな顔になったな♪」

アンジェ「そんなことはどうでもいいから、ちゃんと話を聞きなさい…」

ドロシー「やれやれ、元気になるとすぐこれだ……ちっとは人間らしい暖かみを持てよ」

アンジェ「……黒蜥蜴星人だから分からないわ」

ドロシー「これだもんな…♪」そう言って肩をすくめると苦笑いを浮かべた…

アンジェ「…話を続けていいかしら?」

ベアトリス「はい、お願いします」

アンジェ「結構……今夜やるべきことは「ワイルドローズ」たち三人を越境させるための準備よ。これから、昨夜ドロシーとちせがあの三人を運びこんだ倉庫に向かい「梱包」を済ませる」

ベアトリス「……梱包、ですか?」

ドロシー「ああ…今までも色んな手を使って来たが、今度のは私たちがまだ使ったことのないやつだ」

アンジェ「そうね……それと今日は私とドロシー、ベアトリスで行く」

プリンセス「分かったわ」

ちせ「うむ、承知した」

ドロシー「…別に「企業秘密」を見せたくないとか、そういうわけじゃないんだぜ……ただ、やっぱり東洋系は目立つからな」

ちせ「分かっておる」

ドロシー「…ならいいんだ」

プリンセス「ええ。私もよく分かっているわ…♪」アンジェに向かって小さく笑みを浮かべた…

アンジェ「結構……移動開始はたそがれどきの午後五時から十分づつ間を空けて、ドロシー、ベアトリス、私の順番で行う」

ベアトリス「分かりました」

アンジェ「到着したら入り口の扉についているくぐり戸から入るように……以上」

………

…しばらくして・倉庫街…

アンジェ「…全員いるわね」人目を引かずにするりと中に入ってきたアンジェ…

ドロシー「ああ、尾行もなさそうだ」

ベアトリス「まずは一安心ですね……」


…三人が集まっているのは港の一角にある倉庫の一つで、すでに従業員たちは勤めを終えて家路についているのであたりはすっかり静まり返っている…とある貿易会社の持ち物であるこの倉庫の管理人は共和国の中級エージェントだが、普段はいたって真面目に勤めていて、その一方で貿易品の情報を提供したり、物の越境を手助けしている……とはいうものの決して才能があるほうではないので、共和国情報部も難しいことは頼まず、本人も余計な事を聞かずに言われたことをこなす関係をたもっている…


ドロシー「そうだな」

ベアトリス「…ところでドロシーさん、さっき言っていた「梱包」って……」

ドロシー「ああ、もちろん教えるよ……と、その前に簡単な質問に答えてもらおうかな♪」

ベアトリス「…どうぞ?」

ドロシー「よし、じゃあ問題だ…小麦十ポンドと鉄十ポンド、重いのはどっちだ?」ニヤニヤしながら言った…

ベアトリス「え……十ポンドと十ポンドなら重さは同じだと思います…が?」ドロシーが何かの「引っかけ問題」を出しているのではないかと、しばらく顔を眺めてから答えた…

ドロシー「ははーん、引っかからなかったな…その通りさ♪ …これが例えば「一立方フィート」の小麦と鉄だったら重いのは鉄だがな……要は重さがそれらしければ、モノはなんだっていいのさ」

ベアトリス「…どういうことですか?」

アンジェ「つまり、一度同じ重さのものに「梱包」してしまえば中身を確認されずに通関できる可能性が高い……と言うことよ」

ドロシー「そういうこと…税関の連中だって毎日朝から晩まで数百、数千っていう船の積み荷を確認してるんだ。とてもじゃないが全部の荷物を調べられるわけじゃない」

アンジェ「…したがって検査を受けるのは船籍や航路、経歴の怪しい船に限られる」

ドロシー「そういうこと……この会社は知らず知らずのうちに協力してくれているわけだが、ここの会社は王国にベッタリの出入り業者で実績も綺麗…つまり、あちらからしたら「わざわざ調べることもない」ってなもんなのさ♪」

ベアトリス「じゃあ調べられる可能性が低い…っていうことですね?」

アンジェ「そういう事よ。 …さぁ、そろそろ取りかかりましょう」

ベアトリス「はい…それで、具体的にはどうすれば?」

ドロシー「……あれさ♪」指差した先には大きな樽がいくつか並んでいる…

ベアトリス「あれは…樽、ですね……」

ドロシー「ああ」

ベアトリス「あそこにあの三人を詰め込むんですか?」

アンジェ「いいえ…樽には「ワイルドローズ」だけよ。あとの二人は別のものに「梱包」する」…そう言うと床板の継ぎ目を特定のやり方で動かし、地下の小さな隠し部屋を開けた……中には目隠しに耳栓、猿ぐつわをされたうえできっちり縛り上げられたローズたち三人が転がっている…

ドロシー「ま、そういう事さ…ベアトリス、その樽を転がしてきてくれ」

ベアトリス「は、はいっ」

…ベアトリスが(音が響かないようボロ布を敷いた上で)樽を転がしてくる間にドロシーとアンジェはローズを引きずりあげ、腕に注射を打った……と、数分もしないうちに意識を失ってぐにゃぐにゃになる…

ドロシー「…よし、出来たぜ」まぶたをまくり上げて意識がないことを確認すると、ローズを樽に押し込んだ…

アンジェ「結構……それじゃああとは「隙間」を埋めるだけね」そう言うと中蓋のような板をローズの上に乗せ、その上に樽詰めの終わっていないチェダーチーズの固まりを次々と詰め込んだ……よく見ると樽の横腹には「高級チェダー…容量・150ポンド」などと焼印が入っている…

ドロシー「さ、ベアトリスも手伝えよ…♪」

ベアトリス「…チーズですか」感心したようにポカンとしている…

ドロシー「ああ…鼻づまりの税関職員だってチェダーの臭いなら数マイル先からだって嗅ぎ分けられるからな」

アンジェ「小麦や豆、あるいはワインみたいな液体だと息が出来なくなってしまうし、こうやって上げ底にしても揺れ動き方が変わってくるから気付かれる……だから固体の方がいいのよ」

ベアトリス「なるほど…」

ドロシー「そういうこと…よし、いい具合だな♪」最後に底板をはめ込み、布をかぶせた木槌で「とんとん…っ」と打ちこむと三人がかりで転がして、樽の列に並べた…

アンジェ「そうね……ベアトリス、後の二人は私とドロシーで片づけるから、貴女は先に戻りなさい」

ベアトリス「分かりました」

ドロシー「しばらくはチーズ臭いだろうから、ネズミにかじられないようにな…♪」

アンジェ「…さて、後はこの二人ね」

ドロシー「ああ。とっとと片づけちまおう……それにしてもだ」

アンジェ「なに?」

ドロシー「…あの「ワイルドローズ」とやらだけなら情報を絞り出すために運び出すって言うのも分かるが、なにも三人とも連れ出す必要はなかったんじゃないか?」

アンジェ「ああ…そういう事ね」

ドロシー「お前さんが「仲間外れを作っちゃかわいそうだ」なんて思ったはずもないし、何か理由があるんだろうが……三人も越境させるとなるとぐっと見つかる危険性が高まるからな……」

アンジェ「理由ならあるわ…」

ドロシー「ほう?」

アンジェ「……あの三人が寝返ったと思わせる」

ドロシー「あー、なるほど……あちらからすれば「あれだけのエージェントが見張っている施設から内通者の協力もなしに逃げ出せるわけがない」と考えるか」

アンジェ「その通り…あの女はエージェントでもなければ信用されているようでもなかったし、それが「しもべ」の娘たちと揃っていなくなれば……」

ドロシー「裏切ったのは誰かなんて、すぐに見当がつく…か」

アンジェ「ええ」

ドロシー「なるほどな…」

アンジェ「ただ、この目くらましも長くは持たない…特に王国防諜部が事の次第を知ったら真っ先に越境の阻止に動きはじめるでしょうから……明日がぎりぎりのところね」

ドロシー「だな…あとは「濃霧で船が出港できない」なんてことがないのを祈るばかりだぜ」

アンジェ「ええ……さっきの睡眠薬も二日くらいしか効果が続かないものね」

ドロシー「ああ。よし「梱包」は済んだぜ」

アンジェ「結構、なら先に戻ってちょうだい……私が最後に出る」

ドロシー「あいよ、それじゃあ後でな」

………

…翌朝・港…

荷役労働者「……よーし、お次は…ふうっ!」風にのって吹き付けてきたチーズの臭いに顔をしかめた…

労働者B「チェダーチーズだよな…樽ごしでも分かるぜ!」

監督「こら、おしゃべりなんかしてないでとっととロープを引っ張れ!」

労働者「分かりやした…そら!」

労働者B「よいしょっ…こらしょ!」

…船上…

税関吏「機帆船「トワイライト・スター」号、と……船長、ここで積み込む貨物はこれだけですな?」(※機帆船…蒸気機関と帆の両方がある船)

船長「ええ。船荷証券によると「チェダーチーズ」となっております……あとは乗客が十人ほど」

税関吏「結構……ふぅ、それにしてもものすごい匂いだ…」鼻にしわを寄せて樽に近づき、焼印を調べて書類に書き込んだ…

荷運び人「士官さん……お客さんのシー・チェスト(衣服箱)ですが、どこに入れやすか?」

…税関吏が樽や箱の焼印を調べている間に渡し舟から上がってきた数人の荷運び人が、貴族らしい婦人の荷物であるがっちりした作りのシー・チェストを担いで上がってきた…四つばかりあるシー・チェストは荷物がどっさり入っているらしくずっしりと重そうで、小柄な人なら入れそうな大きさがある…

三等航海士「お…甲板長、案内してやってくれ!」

甲板長「へい……おい、こっちのデッキだぜ!」

婦人「ちょっと、大事に扱ってちょうだいましね!」文句の多そうな中年のレディがキイキイ声で言った…

三等航海士「分かっておりますよ、レディ…おい、大事に扱うようにするんだぞ!」

税関吏「……船荷証券にもおかしなところはないようですな。結構です」許可証にサインを入れると船を降りていった…

船長「よし、どうやら引き潮の間に出られそうだな……帆を上げさせたまえ!」

航海長「はい、船長!」

………

…数日後・お茶の時間…

ドロシー「…というわけで例の「ワイルドローズ」とやらはチーズ樽に詰め込んで、後の二人はシー・チェストで運び出した…ってわけだ。なにせとっておきのドレスが痛まないように樟脳(しょうのう…クスノキから作る防虫剤)が山ほど入れてあるようなシロモノだ。税関吏だろうが何だろうが、もし開けようとしたりしてみろ。小うるさいオールドミスにどれくらいガミガミやられるか分かったものじゃない……奴らだってそんな面倒は起こしたくないさ」

ちせ「シー・チェスト? …聞きなれない単語じゃ」

アンジェ「船旅の時、手荷物とは別に船倉へ入れておく衣装箱のことよ」

ちせ「なるほど…で、上手くいったのじゃろうか」

ドロシー「それについてはアンジェが教えてくれるさ…だろ?」

アンジェ「ええ……実は先ほど「コントロール」からワイルドローズの件で暗号電が届いた」

プリンセス「あら、そうなの?」

アンジェ「…ええ」

ベアトリス「それで、どうだったんですか?」

アンジェ「コントロールいわく「チェダーはシャンパンと合わないが、受け取った花はどれも開いて見頃を迎えた」だそうよ」

ちせ「むむむ…まるで判じ物(なぞなぞ)じゃな?」

ドロシー「なぁに、分かれば簡単さ。 「シャンパン」っていうのは祝杯を上げた……つまり「積荷」は無事届いたってことの言いかえで、開花うんぬんっていうのはあの三人が「歌った」(白状した)ってことだ」

アンジェ「そう言うことよ」

ちせ「なるほど……うちはどうもまだ欧州の風習が分かっていないものゆえ…」

ドロシー「なぁに、そのうち覚えるさ…♪」

プリンセス「わたくしも色々と教えてあげますから…ね?」

ちせ「それはありがたい」

ドロシー「よかったな……さて、と」軽くスカートをはたくと立ち上がった…

ベアトリス「あれ、どうしたんですか?」

ドロシー「なぁに、ちょっとした野暮用でね…少し出かけてくる」

ベアトリス「そうですか…」

ドロシー「ああ…それじゃあまた後でな」

アンジェ「…ええ」

………



…その晩・運河沿い…

紳士「…」コツコツと靴底とステッキの音を響かせながら、霧がかった夜道を歩いている紳士風の男……その男はよく見るとアンジェが罠にかけられた時の、あの「情報提供者」で、相変わらず身なりは悪くないがどこか落ち着かない様子をしている…辺りは夜霧が立ちこめ、服も湿っぽければパイプにもなかなか火が付かない…

紳士「…ふぅ」パイプから紫煙を吐きだしつつ歩いているが、尾行を恐れているのかわびしげな通りを選んで歩き、時折後ろを振り返ったり急に角を曲がったりする……と、女性のシルエットが前から近づいてきた…

女性「……あの、申し訳ありません」大きな帽子をかぶった若い女性は男に近寄ってくると、ぎりぎり聞こえる程度のか細い声で話しかけてきた…

紳士「何か?」

女性「ええ。実は乗合馬車の停留所がどこにあるのか分からなくなってしまって……場所をお教え下さらないでしょうか?」

紳士「ああ、それならそこの角を曲がって通りを二つ行けば…」そう言いかけた瞬間に女性がハンドバッグから何かを取り出し、次の瞬間には「パン、パンッ!」と銃声が鳴った

紳士「…ぐぅっ!」ステッキを取り落とし、胸元をかきむしった…

女性「…」さらに心臓に向けてもう一発撃つと、仰向けに倒れた男の額に銃口を向けてとどめを撃ち込んだ…それからまだ硝煙が立ちのぼっている小型リボルバーを身に着けていたシルクの長手袋にくるんで運河に捨てると、替えの長手袋に指を通しつつゆっくりと歩き始めた…

ドロシー「……前にベアトリスに言ったっけ「…あの裏切り者を見つけたら、ミートパテみたいに切り刻んでやるかグリュイエール・チーズみたいに穴だらけにしてやる」って……どうやらグリュイエール・チーズの方だったな…」皮肉な笑みを口元に浮かべると、何でもないような様子で角を曲がって行った…

………



…後日・アルビオン共和国「文化振興局」の一室…

L「……ふーむ」パイプをくわえ、王国の日刊紙の一つ「ロイヤル・ロンドン・タイムズ」を手早く読み通していく…続けて紙をめくると、社会面に「身元不明の中年男性、ロンドン市内で射殺さる…追いはぎによるものか、それとも怨恨か?」の見出しが躍っている…

7「…失礼します。エージェント「A」から「ライリーおじさま」宛てに手紙が届きました」

L「うむ、続けたまえ」

7「はい…内容ですが「…週末を別邸で過ごしてロンドンのお屋敷に戻ってみると、ネズミが出てとっても怖かったです。危うく失神するかと思いましたが、すぐ『ミスタ・ダーウェント』にお願いして退治してもらいました…おじさまの言う通り、ネズミは暖かくて食べ物のあるところが好きなようですね。またお手紙差し上げます……」必要な部分は以上です」

L「ふむ。こちらがあの「変節者」の情報を送ってから何日も経っていないが……とはいえ、時間が経てば経つほど警戒が厳重になって手が出せなくなるだろうから、手早く片づけようという「プリンシパル」の判断は悪くない。 …それと今回はエージェント「D」が始末をつけたようだな」そう言って「7」に新聞を渡した…

7「……なるほど、そのようですね」社会面の記事を読むと新聞を返した…

L「エージェント「A」が手を下さなかったということは、まだ万全の状態ではないのだろう…一か月ばかりは「活動的な」任務から外した方がいいかもしれんな」

7「分かりました、そのように取り計らいます」

L「うむ…それと例の「バラ」は上手くこちらの庭に移植出来たようだな?」

7「はい。もとよりあちらの土に馴染んでいたわけでもありませんでしたから……担当の報告によりますと、戦略・外交的な情報に関してはほぼゼロですが、貴族や高級官僚の夫人、あるいはその令嬢の「趣味嗜好」に関してはなかなか面白い話を聞き出すことが出来ています」

L「…結構。引き続き上手く手綱を操って情報を吐かせろ」

7「はい」

………

…同じ頃・ロンドン「アルビオン王国外務省」内の一室…

外務省情報部長「……残念だよ、こういう結果になって」しきりにパイプを吹かしつつ、朝刊の「身元不明の男性射殺さる」の記事を広げている…

防諜課長「…」

情報部長「私は君が「大丈夫」だと言うから信用して、うちの諜報課からもエージェントを割いて十分な支援態勢を作った……そして見事に「敵情報部員」らしい人物を確保した…ここまでは良かった」

防諜課長「…はい」

情報部長「……ところがだ、その日のうちに敵方に「一時保管場所」の位置を割られると襲撃を受け、こちらが派遣していたエージェント十数名は全滅。肝心の敵情報部員も奪還されたうえ、その大まかな姿かたちでさえも「移送後に報告する」予定だったので謎のまま……おまけに、せっかくこちらへ転向させたあの男もこうだ…」そう言って新聞をひらひらさせた…

防諜課長「…」

情報部長「その上、こともあろうに敵方と内通していたのは尋問官として起用していた「例の女性」だというじゃないか……どうなのだね?」

防諜課長「確かにそうです……ですが、私としてはこの作戦はもっと入念に準備を行い実行するべきであるものと思っており…」

情報部長「だが、最終的な実行の機会に関しては君に一任したはずだ……それに「お任せを」と言ったのは君だぞ?」

防諜課長「ですが…」

情報部長「……すまんが、これ以上君の弁明を聞くつもりにはなれんのだ…それと、これを」外務省公式の封筒を渡した…

防諜課長「……辞令、ですか」

情報部長「そうだ…今まで尽くしてきた君への、せめてもの手向け(たむけ)だよ」

防諜課長「…」

………

…数日後…

アンジェ「それじゃあ、始めましょうか」

ドロシー「ああ……まずは「異動…農務省綿花担当課長、ジャック・ライスフィールド氏は農務省インド方面課長に異動となった」だと」

アンジェ「…続けて」

…アンジェたちは「情報収集」の一つとして常に多くの新聞や政府公報を読み、官僚や高級軍人の異動や昇進、解任が出るたびに確認していた……一番手軽で安全な情報収集手段ではあるが、王国の戦略や外交方針を見極め、接近すべき(あるいは気を付けるべき)人物を見極めるという点では案外多くのヒントが得られる…

ドロシー「次は「異動…外務省課長、ハーレイ・ウィンフレッド氏は『英領セイシェル』現地担当事務所長に異動となった」…なぁ、アンジェ」

アンジェ「ええ、そうね……」

ドロシー「…外務省課長なのに課の名前が書いてない……ってことは、どうやらこの男が今回「仕掛けて」きた、外務省の防諜担当だったんだな」

アンジェ「そう考えてもいいでしょうね…」

ドロシー「しかし……どこの誰かさんなのかは知らないが、インド洋にある島に飛ばされるとはね…外務省のお偉いさんは、よっぽどノルマンディ公の鼻を明かしたかったようだな」

アンジェ「……世の中、そう上手くはいかないわ」そう言ってちょっとだけ微笑んで見せた…

………

…というわけで長々と続きましたが、これで今回のエピソードは完了です。次は以前のリクエストも踏まえつつ「貴族女性たちの秘密クラブ」的な場所を舞台に、百合場面が多そうなのを投下しようと思っています…

…新しいの投下するのは明日以降となりそうですが、今回のエピソードの「答え合わせ」で説明が足りなかったところがあるので、少し補足を…


……アルビオン王国外務省に転向していた情報提供者が「撒き餌」で済ませることの出来ない価値ある情報を共和国側に売っていた理由ですが、これは外務省が軍部や他省庁の情報を共和国に売り渡すことで、二重スパイである情報提供者の価値を高めると同時に、他の省庁の「失点」を非難したり、情報漏れを「発見」することで外務省情報部の地位を高めようとしたものです…

…case・ドロシー×アンジェ「The secret and temptation」(秘密と誘惑)…


…とある日の午後…

アンジェ「…紅茶をごちそうさま、美味しかったわ」

ベアトリス「それは良かったです」

ドロシー「やっぱりダージリンっていうのは香りがいいや…おかわりが欲しいところだな」

ベアトリス「よかったら注ぎましょうか?」

ドロシー「いや、いい。 そろそろ出かける支度をしなくちゃならないからな」

ベアトリス「あれ、今週もお出かけですか?」

ドロシー「ああ」

ベアトリス「…と、言うことはアンジェさんも?」

アンジェ「ええ、そうよ」

ベアトリス「そうですか。お二人とも週の半分はお出かけで…大変ですね?」

ドロシー「なに、仕方ないさ…なにせ職業上「それらしい」生活をしておかないといけないからな」

ベアトリス「それはそうですね……ちなみにいつもはどこに出かけているんですか?」

ドロシー「あー…」ちらりとアンジェに視線を向けた…

アンジェ「そうね、もう隠し立てすることもないでしょう……たいていは「ザ・ニンフ・アンド・ペタルス」(妖精と花びら)よ」

ベアトリス「けほっ…!」

プリンセス「……まぁ♪」

ちせ「はて、聞いたことのない店じゃな…」

ベアトリス「えぇと…それは、その……名前だけは聞いたことがあります///」

ドロシー「だろうな。…まぁ平たく言えば貴族か、それに準ずるような高い社交的地位…あるいはそういう人物から推薦された女性だけしか入れない「高級社交クラブ」ってところさ……パリのサロンみたいな気だるい快楽に洗練された悪徳、粋な遊び……おおよそ「世の中のお楽しみ」は全部揃ってる、って場所だ」

ベアトリス「……あの、そんな場所にどうして…///」

アンジェ「簡単よ…そう言った場所で漏れ聞こえてくる貴族夫人や令嬢たちのおしゃべりには多くの有益な情報が含まれているから」

ドロシー「そういうこと……別に経費でシャンパンをがぶ飲みしているわけじゃないさ♪」

ベアトリス「な、なるほど……それにしても…」

ドロシー「なんだ、一緒に行きたいのか?」

ベアトリス「ば、馬鹿言わないで下さいっ…///」

ドロシー「冗談だよ…それに申し訳ないが、お前さんのその立ち居振る舞いじゃあ無理だ。プリンセスのおつきとしては優秀だが、召し使いらしい動きが染み付いちまってる」

ベアトリス「私はそれでいいです…っ!」

ドロシー「ああ、人にはそれぞれ似合う役回りっていうのがあるからな……」

アンジェ「そういうこと……それで言うとドロシーの「カバー」(偽装)は派手で人付き合いがよく、国家機密や外交政策よりも「どこの令嬢がお相手を求めていそうか」を知りたがるようなタイプ……つまり、およそ世間の人が秘密情報部員について持っている「いつも後ろ暗いような影をもっていて、妙に付き合いの悪い人物」のイメージとはほど遠い…」

ドロシー「ま、いわゆる「プレイガール・スパイ」ってやつさ…♪」

ベアトリス「……なるほど」

ドロシー「…反対にアンジェは地味で目立だないから、相手が気にしないでいる内緒話をさりげなく聞いている……ってタイプだ」

ベアトリス「なるほど…」

アンジェ「とにかく、そろそろ出かけるわ……戻りは明日の明け方頃になるから、留守は任せたわ」

ベアトリス「はい」

プリンセス「それじゃあ、気を付けて行ってらっしゃい」

アンジェ「ええ」

………


ドロシー「……さて、着替えは済んだことだし…行くか」

アンジェ「ええ」


…寄宿舎を歩いて出て、ネストのひとつで着替えた二人……ドロシーはワインレッドの生地に、よく見ないと分からない所が小粋な金糸の百合模様の刺繍と、黒レースの縁取りがある豪華なドレスに金のネックレス、それに黒シルクの長手袋をはめて髪を結いあげ、頭にはドレスと揃えた金とルビーの飾り物をあしらっている……一方のアンジェは地味ながら洗練された、夜明け前の海のようなブルーグレイの地にピュアホワイトのすそ飾りを施したドレスと、視線が隠れるよう斜めにかぶった白い羽根とレース、それに小粒ながら上質な真珠をあしらった大きなつば付きの帽子、白いシルクの長手袋を身に着けている…その上でドロシーは艶やかな黒い長マント、アンジェはクリーム色のコートを羽織っている…


運転手「……お待たせいたしました」

ドロシー「ええ…それでは、参りましょう♪」いつもなら自分で車を運転するドロシーではあるが、さすがに豪奢なドレス姿では難しい…そこで、こうした場合は連絡役を通して以来の手紙を送るなど「安全措置」を講じてから、運転手つきの車を雇うことにしていた……指定した場所にきゃしゃな雰囲気のルノー製乗用車が来ると、アンジェと一緒に乗り込んだ…

ドロシー「ふふ、楽しみですわね♪」

アンジェ「…ええ」

ドロシー「今日のルーシー嬢はどんなお召し物で来るのかしら?」

アンジェ「そうですね…」

ドロシー「……というわけで、レディ・ハートフォードは今日も扇でパタパタする事でしょうね!」ころころと甘い笑い声を上げながら、流行のファッションや貴族のゴシップについてしゃべり続け、いかにも愉快そうにしているドロシー…

アンジェ「ええ、サー・ベケットのお嬢さまもいらっしゃるとか…」

ドロシー「なら、ますます楽しみが増えますわね……後ろの黒いロールス・ロイスは尾行じゃないようだな…」上品に口元をおさえて笑うようなそぶりをしながら、アンジェに耳打ちした…

アンジェ「…そうね……」運転手は前の屋根のないオープンな座席で、後ろの二人は屋根つきのコンパートメント(個室)になっているスタイルの乗用車ではあるが、それでも運転手に見聞きされることを警戒して柔らかな表情を作り、話す時はお互い内緒話をしているかのように口元を覆うか、扇で隠すかしている…

ドロシー「そろそろ到着だな…」


…高級社交クラブ「ザ・ニンフ・アンド・ペタルス」の前…

運転手「…どうぞ」

ドロシー「ええ」さっと運転席から降りると手際よくドアを開けた運転手…ドロシーは貴族らしくさりげない態度で一クラウン銀貨を渡した…

運転手「ありがとうございます…」二人が降りるまで車のドアをおさえておき、チップを受け取ると帽子のつばに手をあてて走り去っていった…

ドロシー「……さ、行きましょう♪」アンジェの細い腰に手を回し、いかにも「貴族のプレイガール」らしく愉快な…そしてちょっとずうずうしく好色な感じの表情を浮かべている……

…店内…

妙齢のご婦人「…あらまぁ、お久しぶりですわね♪」

ドロシー「ええ、まったく。すっかりごぶさたにしてしまったわ……♪」入口で受付嬢に羽織りものを預け、チップをはずむと店内に入った二人…と、すぐに数人のご婦人たちが近寄ってきた…

若い婦人「おひさしゅうございます…マイ・レディ///」

ドロシー「ふふ、久しぶり……ちゃんと「いい子」にしてた?」

若い婦人「はい、それはもう…」

ドロシー「よろしい…なら、後でね♪」

若い婦人「はい…///」

おしゃれな婦人「あらあら、あの娘は少し気になっているのだけれど……今日も貴女に盗られちゃったわね♪」そういいつつ、首筋に手を回してくる…

ドロシー「…よかったら後で回してあげるわ、レディ・メイナー♪」

………



…また今夜あたりに投下しますが、中部地方の方は台風のほう大丈夫でしょうか…増水した川や強い風で足元を取られたりしないよう気を付けて下さい

それと誤字が…「依頼の手紙」としたかったのですが、「以来」になっていました。ごめんなさい……

ドロシー「それにしてもここは相変わらずのようで…」そういって室内を見渡したドロシー…


…ロンドンの閑静な一等地に静かに建っている「ザ・ニンフ・アンド・ペタルス」は例の「革命騒ぎ」で共和派に共鳴し壁の向こうに行ってしまった、とある貴族の屋敷を空き家として買い取ったもので、ヴィクトリア朝風の立派な邸宅は改装されて、床には毛足の長いえんじ色の絨毯が敷かれ、天井には新しく天井画が施されてシャンデリアが下がり、あちこちに幼児くらいはありそうな大きな花の花瓶や「着替えをしている裸の令嬢にガウンをかけようとしている女官」など、女性同士の意味深な関係を匂わせる絵が飾ってある……広間の中央には緑のラシャを張ったカードテーブルがいくつかあり、ポーカーやブリッジの賭け事に興じるご婦人たちが見える……そして(職業上偽名が必要な)ドロシーたちだけでなく、ここにいるレディたちの多くが普段とは別の人間として(お互いに顔を知っていたとしても)ここだけの「通り名」を使っていた…


ドロシー「…じゃあ、後で」

アンジェ「ええ…」そのまま足音も立てずにそっと離れて行った…と、何か話したい様子の若い女性がドロシーに近づいてきた…

若い令嬢「……お久しぶりですわ、レディ・エインズリー♪」

ドロシー「ごきげんよう、レディ・ローズマリー…美術展はいかがでした?」

令嬢「ええ。ターナーの絵が素晴らしかったわ」

ドロシー「そうですか…それならぜひ行かないと」

令嬢「その方がよろしいわ、目の保養になりますもの」

ドロシー「……目の保養というだけならここでも結構できますけれど…ね♪」そう言うとチャーミングな笑顔を向けるドロシー

令嬢「まぁ♪」シルクの扇で口元をおさえ、くすくす笑った…

ドロシー「それでは、失礼…♪」

…広間の片隅…

妙齢の淑女「…それでね、サー・ウィンフレッドの奥方があのリパブリカン(共和派)たちについて言っていたことなのですけれど……」

ドロシー「……おや、サー・ウィンフレッドの奥方がどうしました?」

淑女「あら、レディ・エインズリー」

ドロシー「会話のお邪魔をしてごめんなさい…レディ・ウィンフレッドと言えば、このあいだ王室主催の晩餐会でお見かけしましたよ?」

淑女「ああ、そうでしょうね……あの方は西インド諸島で砂糖事業を手掛けているご主人のおかげで「ご立派」になられた方ですもの、まだ晩餐会が珍しいのですわ」口調こそ柔らかいが軽蔑したような表情を見れば、金で爵位を買うような「成り上がり貴族」をどう思っているかよく分かる…

ご婦人たち「まぁ…ふふっ♪」会話に加わっていた数人がくすくすと笑い声をあげた

淑女「……それで、せっかく貴族夫人の席に座れたものですからそれを手放したくなくて、だからあの方は共和派に手厳しいのですわ…もっとも、わたくしもあの秩序のない人たちは好きではありませんが…」

ドロシー「それはそうでしょう…連中の巻き起こした混乱のせいで苦労した人は多いんですから」ドロシーは革命騒ぎで家族がバラバラになり、一時は身寄りもなく貧民街をさまよって苦労した……というレジェンド(偽の経歴)を作ってあったので、さも感慨深そうにうなずいた…

淑女「ああ、そうでしたわね……わたくしとしたことが…」

ドロシー「いいえ、お気になさらず…また面白いお話を聞かせて下さいね?」

淑女「ええ、もちろんですわ」

…しばらくして…

ドロシー「……おや、あんな所に手ごろな連中が揃ってるじゃないか…」


…ドロシーの目についたのはぜいたくな…しかしいくらか趣味の悪いドレスをまとった中年のご婦人たち三人で、カードテーブルの方を見てはしきりに近くのレディたちに目線を合わせ、ブリッジに誘おうとしているが、どうも色よい返事はもらえていないらしい……もっとも、そのご婦人方はいずれも毎回持ってきた財布をすっからかんにしているような下手なカードの使い手で、おまけにそれを補うような粋な会話もできない俗物ときているので無理もなかった……が、彼女たちは自分の見聞きしたことをぺらぺらとよくしゃべるので、ドロシーからするとたいへん都合が良かった…


ドロシー「さてと…それじゃあちょっとばかり行ってくるかな……♪」

ふとっちょのご婦人「……こういう時、あと一人というのはなかなか集まらないものですわね?」

白髪交じりのご婦人「全くですわね…」

おしゃべりなご婦人「ええ、本当に……いつだったかしら、コートニー伯のお屋敷でカードをやろうとした時も…」

ドロシー「ちょっと失礼…どなたか私とテーブルを付き合ってくれませんか? …どういうわけか、今日はなかなか集まらなくて」

おしゃべり婦人「まぁ、レディ・エインズリー! わたくしたちも、ちょうどカードをしたかった所なのですよ!」

ドロシー「おや、それはよかった。それじゃあ早速ですが参りましょう…♪」

………

…投下前に少し訂正を…

…トランプゲームの名前を「ブリッジ」で書いたのですが、十九世紀ですとまだまだブリッジの原型である「ホイスト」のほうがいいみたいです……ホイストの名前はC・S・フォレスターの小説「ホーンブロワー艦長」シリーズで出てくるので知っていましたが、英仏戦争が舞台の話なので十九世紀にはすたれていただろうと思っていたら、ブリテン島では今でも知的なカードゲームとして根強い人気があるようです……なにかと勉強不足でした…


……ちなみにルールは「二人ペアで行い、計算や駆け引きが多く頭を使う」ことくらいしか知らないので、「フィネッス」や「ラバー」といった用語を使っていても描写は適当です(…ごめんなさい)

ドロシー「…さて、それじゃあ私はレディ・ホイットレーとですね」

ふとっちょの婦人「よろしくお願いしますよ、レディ・エインズリー」

おしゃべりの婦人「わたくしたちも負けられませんわね、レディ・アシュクロフト?」

白髪交じりの婦人「ええ、そうですわね」



ドロシー「…」(ったく、いきなり役の札を出すやつがあるかよ…まったく駆け引きもへったくれもありゃしない……)

…案の定そろいもそろって下手なカード使いの三人だが、ホイストのルールは二人で一組なので、どうにか相方の尻拭いをしつつ点数を稼ぐドロシー…かといってあまり勝ち続けると不審に思われたり、機嫌を損ねて情報を引き出せなくなってしまうので、時々わざと(…しかも印象に残りやすいよう点数が大きい時を選んで)勝負に負けてやり、相手の組を勝っているような気分にさせてやる…

ふとっちょ婦人「…スペードの六」

おしゃべり婦人「あら、でしたらスペードの九を…♪」

ドロシー「…」(やれやれ、敵も味方も同じくらいド素人なんだから…頭が痛いぜ)

ふとっちょ婦人「ジャックのペアがあります…この回はわたくしたちの勝ちですわね」

ドロシー「さすがはレディ・ホイットレー…まるでカードの女神さまですね♪」おだてつつ、親番が回って来たのでカードをシャッフルする…


…情報部員として読心術に長け、またさまざまな場面で話を聞き出す必要もあるので「たしなみ」としてカードも上手いドロシーとアンジェだが、沈着冷静、ありとあらゆる要素を計算しつくして勝負に出るアンジェと違って、どちらかと言えば場の空気や天性のカンの冴え(…もちろん一流の情報部員らしく、アンジェもそうした能力は高いが)に従ってカードを切るタイプのドロシー…無論必要ならアンジェに負けないほど確率の判断や計算も素早いが、あくまでも「スタイルの違い」であって、二人とも甲乙つけがたい腕前を持っている……そんなドロシーからすると相手のカードは見えているも同然で、あとは自分の相方が「何をしでかすか」予想できれば、容易に勝つことが出来る…


ふとっちょ婦人「ふふ…これでもわたくし、カードには自信がありますの……しめて十ポンドですわ♪」賭け事としてしかゲームを楽しめない性質らしい三人だけに、勝ったご婦人はほくほく顔で、負けた方は渋々とポンド札を差し出した…

ドロシー「おや、そんなに? ならシャンパンでも頼みましょう…もちろんお二人にも、ね♪」

おしゃべり婦人「……相手はなかなか手ごわいですよ、レディ・アシュクロフト」

白髪交じり婦人「まだまだこれからですわ…そうでしょう、レディ・コールドウェル?」

おしゃべり婦人「ええ、三回勝負のうちまだ二回ありますわ!」

ドロシー「おやおや……どうぞお手柔らかに…」

おしゃべり婦人「無論ですわ…ですがお金が懸かっていると、普段よりさらにやる気になりますわね♪」

ドロシー「…ふふ、同感ですわ♪」(…何しろこっちは、コントロールのよこすケチな活動費でやりくりしなきゃいけないからな……この商売ときたら何かと現金(げんなま)が要ることだし、ほどほどに稼がせてもらおうじゃないか……)


…店のお仕着せである黒一色のドレス姿をした、目も覚めるような美しいレディたち…ドロシーはそうした「レディ」の一人に目線を合わせて軽く合図を送り、人数分のシャンパンを頼んだ……暖かく空気のよどんでいる部屋の中にいるせいで喉が渇いているご婦人方は、飲み口の軽い(…それでいて度数の高い)シャンパンのグラスを次々とあおり、試合の回数を数えるごとに頬が赤らみ、舌もゆるくなってきた…


ふとっちょ婦人「…それで、わたくしの夫が申すには「東インド会社が新事業を立ち上げるから、間違いなく株が値上がりするだろう…お前も買っておいたらどうだね?」と、こう言うんですの♪」

おしゃべり婦人「まぁまぁ……そう言えばわたくしもインド方面艦隊に「ドーセットシャー」とかいう新型艦が派遣されると小耳に挟んだことがありますわ」

白髪交じり婦人「……あら、違いますわよ…派遣されるのは「ドーセットシャー」ではなくて「シュロップシャー」ですわ。シュロップシャーにはうちの人が持っている工場がありますから、その名前はよく覚えておりますの」

おしゃべり婦人「あら、ごめんなさい……ところでレディ・エインズリーは何か耳寄りなお話をお持ちかしら?」

ドロシー「うーん、そうですねぇ…あぁ、そうそう。今度の晩餐会でプリンセスが着るドレスは淡い桃色だとか…」

おしゃべり婦人「まぁ、そうなんですの!」

ドロシー「風の噂ですけれどね……おや、グラスが空ですよ?」さりげなく視線を向けただけで、店のレディが替えのグラスを持ってきてくれる…

おしゃべり婦人「あら、すみませんわね♪」

ドロシー「いいんですよ、楽しいひと時を過ごすには素敵なご婦人といいお酒がないといけませんから…ね?」

ふとっちょ婦人「ふふふっ、お上手ですこと」

ドロシー「いえいえ、ホントのことですよ…♪」チャーミングな笑みを浮かべてウィンクして見せた…

白髪交じり婦人「ふふ、あなたのお話はいつだって好きですけれどねぇ…そろそろおしまいにいたしましょう」

ドロシー「おや、そうですか……もっと続けたいのはやまやまですが、そうおっしゃるなら…」(確かにそろそろ潮時だな…今の状態で清算すれば、それほどでもないように見えてかなり稼いだことになるし、これ以上やると向こうは負けが込んで腹を立てちまう……)

おしゃべり婦人「それにしても楽しかったですわ…またご一緒しましょうね?」

ドロシー「こちらこそ…♪」

………

ドロシー「……それで、ご存じの通りジョンソン夫人はひどく発音が悪いときているものだから「スープ」(soup)が「ソープ」(soap…石けん)に聞こえて仕方がなくって……で、味の感想を聞くものですからこう言ってあげたんですよ…「ええ、口の中がすっきりしました」ってね♪」

若い婦人「まぁ♪」

金髪の婦人「ふふふっ…♪」

ドロシー「ふふ…それじゃあ失礼」

…シャンパングラスを片手にあちこち回っておしゃべりに加わると、気の利いたユーモアやジョークで相手を笑わせつつ、色々な情報を聞いて頭の中に収めていくドロシー…

若い婦人「……また面白いお話を聞かせて下さいましね?」

ドロシー「もちろんですとも。 …さて、と……そろそろあっちの方にも取りかかるかな…」


…化粧室に入るとおしろいを直し、それからポーチの隠しポケットに入っている、カットグラスの小瓶に入った共和国情報部特製の香水(オー・ド・パルファム)を軽く手首と胸元に吹き付けた……その香りは「フローラル・ブーケ」タイプ(さまざまな花の香りが入っているもの)の有名なフランス香水そっくりに似せてあり、バラやジャスミンに百合、そして咲き誇るアンズの花のような甘い匂いが体温で気化して立ちのぼり、ふわりと鼻孔をくすぐった…


ドロシー「…よし。これで少しはやりやすくもなる、ってもんだ……♪」


…この特製の香水はもちろん香りもいいが、「コントロール」がわざわざ予算を使ってまでただの香水を用意するはずもない……そのさまざまな花のエッセンスの中には以前「王立植物園」から手に入れた貴重な百合の成分が含まれていて、その匂いを吸い込むと、日頃「同性には興味がない」と思っているレディたちでさえ相手の魅力に心がぐらつき、柔らかそうな唇や滑らかな頬をみては今まで感じたことのないどきどきするような気持ちをおぼえ、自分は本当に「その気がない」のか改めて疑うことになる……ましてその相手が女性に惹かれやすいようなら、その立ちのぼる甘い香りだけですっかり魅了され、とろとろの骨抜きになってしまう…


ドロシー「よし…後は例のお嬢さんを見つけるだけだな……」軽く自分の頬をはたき、鏡に向かってウィンクしてみせた…


…サロン…

若い令嬢「…まぁ、レディ・エインズリー」

ドロシー「おや…お久しぶり、レディ・フェアウェル」


…はしたなく見えないぎりぎりの勢いで近寄ってきた若い令嬢の手の甲に、腰をかがめて丁重なキスをするドロシー……すると彼女は頬を赤らめて目線をそらし、ぎこちなく挨拶を返した……令嬢がまとっているクリーム色の地に山吹色の花模様が施された優雅なドレスと、首元を飾る立派なエメラルドの首飾りは豪華で、ふわりと肩にかかるロール髪は、滑らかな卵形をした顔の輪郭を上手く引き立てている…


フェアウェル嬢「ええ、本当にお久しぶりですわ。わたくし…この二週間というもの、ずっと貴女に会いたくてたまりませんでしたのに……///」恥ずかしげにちょっと口ごもり、言ってからまた頬を赤らめた…

ドロシー「それはそれは…どうも悪い事をしてしまいましたね……」

フェアウェル嬢「知りません……どうせ「ホワイトフェザー」や「ザ・シークレット・ウィスパー」にでもいらっしゃっていたのでしょう?」わざと怒ったふりをして、他の有名な「女性向け」社交クラブの名前を言った…

ドロシー「まさか…ここに来れば貴女がいるのに、わざわざ他の社交クラブに行くとでも?」

フェアウェル嬢「もう……貴女ときたらいつもそうやって上手に言い逃れをなさるのですから…意地悪なお方///」

ドロシー「なぁに…私のような浮気な蝶々は綺麗な花を見つけると、ついひらひらと近寄ってみてしまうもんでね……でも、結局は一番好きな花に戻って来るものなのさ♪」そういうと、いかにもプレイガールらしい派手なウィンクをしてみせた…

フェアウェル嬢「あら、そう…でしたらわたくし、今度から虫取り網を用意することにいたしますわ」

ドロシー「ふふっ、貴女に捕まったら金の籠で飼ってもらえそうだ……それともピンで刺されて標本になるのかな?」

フェアウェル嬢「もう…っ///」

ドロシー「まぁまぁ、そう怒らないで……さ、一緒にシャンパンでも飲もう♪」そういうとさりげなく腕を絡めた…

フェアウェル嬢「///」

ドロシー「どうした…シャンパンは嫌いじゃないだろう?」絡めた腕を胸元に近づけると、令嬢の二の腕がふくよかなドロシーの乳房に軽く触れた…

フェアウェル嬢「い、いいえ…///」

ドロシー「なら決まりだ♪」黒ドレスを着た店のレディから金色にきらめくシャンパンを二杯受け取り、片方のグラスを渡した…

フェアウェル嬢「…それでは、少しだけ///」

ドロシー「ええ…それじゃあ、乾杯♪」

フェアウェル嬢「……はい///」

…しばらくして…

ドロシー「んっ、こくっ……ぷは♪」

フェアウェル嬢「こくっ…こくんっ……///」

ドロシー「いつもながらここはいい酒を出すね…なにせ「ヴーヴ・クリコ」のヴィンテージだものな」

フェアウェル嬢「そ、そうですね///」

ドロシー「ああ……さ、せっかくだしもう一杯♪」

フェアウェル嬢「あ、いえ…その、わたくし……少し量を過ごしてしまいましたわ///」

ドロシー「おやおや、悪かったね…口当たりがいいもんだからつい……それじゃあ上に行って、少し休もうか?」

フェアウェル嬢「え、ええ…///」

ドロシー「分かった……気にしないで楽にするといい♪」そういうと手際よくシャンパングラスを受け取り、店のレディにちらりと目線を向けた…

店のお姉さま(レディ)「…ご用でいらっしゃいますか」

ドロシー「ああ…済まないけど「上の部屋」を……」

レディ「…承知いたしました」

…二階の部屋…

レディ「……どうぞ、お入りくださいませ」


…店のレディが案内してくれたのは階段を上った「ファースト・フロア」(※一階…英国では地上一階を「グランド・フロア」(地階)と呼び、階段を上らないといけない、いわゆる二階から「一階、二階…」とカウントする)の奥にある個室のひとつで、贅をつくした豪華な装飾がほどこされた立派な部屋だった…室内の中央には背の低いテーブルと肘掛け椅子のセットがあり、テーブルの真ん中には果物を盛った銀製のボウルと、やはり銀で出来たアイスバケットの氷水に浸かって、きりりと冷えたシャンパンがひと瓶鎮座している…他には少し離れたところにある長椅子(ソファー)と、天蓋つきの立派なベッドがそれぞれ一つすえてあり、天井画にはピンク色を基調にした華やかなロココ調で、女神とニンフ(妖精)や少女たちのみだらな行為を甘い筆遣いで描いている…


ドロシー「ああ……さ、ここならうるさ型のオールドミスたちもいないから、長椅子に腰かけてくつろぐといいよ…」

フェアウェル嬢「はい、いつもご親切にありがとうございます……でもわたくしったら、貴女様の前ではいつもこうしてご迷惑ばかり…///」桜色に頬を染め、しなだれかかるような姿勢で長椅子(ソファ)に座った…

ドロシー「なぁに、お気になさらず…私もレディ・フェアウェルと一緒だとついつい心おきなくグラスを重ねてしまうし……おあいこさ♪」そう言って顔を近づけ、茶目っ気たっぷりのウィンクを投げた……と同時に、胸元から立ちのぼる香水の成分をたっぷりと吸い込ませる…

フェアウェル嬢「……もう、からかわないでくださいまし///」

ドロシー「ははは…♪」

フェアウェル嬢「ふふふっ……ですが、それにしましても…」

ドロシー「ん?」

フェアウェル嬢「……わたくし…貴女様をお見かけするたびに、その…///」

ドロシー「…寒気がするとか?」わざと冗談めかしたドロシー…

フェアウェル嬢「もうっ、そんなわけありませんわ…っ///」

ドロシー「それじゃあ何かな…?」

フェアウェル嬢「それは……つまり…ですから……」

ドロシー「……言わなくっていい。私も同じ気持ちだから…♪」フェアウェル嬢の指に自分の指を絡め、そっと唇を重ねた…

フェアウェル嬢「……ぁ///」

ドロシー「…答えはこれであってるかな?」

フェアウェル嬢「はい…っ///」

ドロシー「そうか、なら改めて……♪」ちゅっ、ちゅうっ…♪

フェアウェル嬢「あふっ、んっ…あんっ♪」

ドロシー「……ふふふ、それにしてもそんな風に誘ってくるなんてな…可愛いじゃないか♪」

フェアウェル嬢「…んんっ、あふんっ…おっしゃらないで下さい……だって…わたくし、貴女様を見ているだけで身体が火照って……あんっ///」

ドロシー「……嬉しい事を言ってくれるね……それじゃあご褒美をあげないと」…んちゅっ、ちゅむ…っ♪

フェアウェル嬢「はぁ…あぁんっ♪ あむっ…ちゅぅっ♪」

………

フェアウェル嬢「…んぁぁ…はぁ、はぁ……はぁ…っ///」

ドロシー「あむっ、ちゅぅ……ちゅるっ、んちゅ…っ…」半開きになったフェアウェル嬢の口内にぬるりと舌を滑り込ませると、絡みつくようなねちっこい動きで丹念に口中をなぞった…

フェアウェル嬢「んぅ…ぷはっ、少し待って下さ……んんっ!?」

ドロシー「ちゅっ、ちゅむっ……ちゅぅっ、ちゅるぅっ…れろっ、ちゅぷ……っ♪」

フェアウェル嬢「んんぅ…ちゅっ、れろっ……はむっ…ちゅぅっ///」

ドロシー「ん、ちゅっ…」

フェアウェル嬢「…ぁ///」ドロシーの舌が口の中から引きぬかれ、お互いの舌先を繋いだ一筋の唾液が名残惜しそうに「つぅ…っ」と糸を引くと、肘を曲げた状態の腕を脇に投げだし、長椅子にあおむけになっているフェアウェル嬢が小さく残念そうな声をあげた…

ドロシー「……ふふ、そんな物欲しげな声をだして…そんなに待ち遠しかったのかな?」

フェアウェル嬢「……だって…わたくし…///」

ドロシー「分かった、それじゃあ今夜は一晩中放してやらないからな…♪ それから朝を告げるヒバリも雄鶏も、みんなナイチンゲール(小夜鳴き鳥)ってことにさせてもらおう♪」そう言ってもう一度覆いかぶさった…

フェアウェル嬢「…あんっ♪」

…十数分後…

ドロシー「あむっ…ちゅぅ……それにしてもこのドレスがうっとうしいな…」

…しゃれたドレスは見た目はいいが、たっぷりと贅沢な生地を使っているためずっしりしていて滑りにくく、胴やバスル(スカート部分のふくらみ)には形を保つ「骨」が入っているせいで身体を動かしにくい……おまけに後ろの編み上げひもやボタンやホックで留めつける作りなので、一人では満足に脱ぎ着することもできない…

フェアウェル嬢「…わたくしも…そう思いましたわ……///」

ドロシー「それじゃあ……お互いに…な?」

フェアウェル嬢「はい///」


…長手袋一つしていないだけで恥ずかしいという社交界に馴染んでいるフェアウェル嬢だけに、ドロシーの着ているドレスの背中のひもをほどくと、すっかり真っ赤になり、それでいてドロシーの白い柔肌を熱っぽい瞳で凝視しているのが分かる…


ドロシー「……そんなにまじまじと見られると照れるね」

フェアウェル嬢「っ…ど、どうしてお分かりになりますの///」

ドロシー「なぁに、手が止まっていたからさ……お嬢様のお気に召すなら、好きなだけ見てくれてかまいませんとも♪」

フェアウェル嬢「///」恥ずかしげに軽くうつむきながらドレスのひもやらリボンやらをほどいた…

ドロシー「……さて、と♪」しゅる…っ、と衣擦れの音をさせながらドレスを振り落とし、それからフェアウェル嬢の後ろに立った…

フェアウェル嬢「その……お願いしますわ…///」

ドロシー「ああ……私に身を任せてくれればいい♪」そう言って背中のホックや編みひもを外し始めたドロシー…指先をすべらせ、流れるような手つきで次々と結び目を解いていく…

フェアウェル嬢「…貴女様は…こう言うことに慣れていらっしゃいますのね……んっ///」背中を愛撫するような動きに「ぴくん…っ」と身震いした…

ドロシー「……ふふ、どうかな…♪」後ろから胸を押し付け、耳元に軽く息を吹きかけた…

フェアウェル嬢「あっ…ん///」

ドロシー「…いい匂いがする……甘くて、それでいて爽やかだ…」そうささやきながらうなじにキスをした…

フェアウェル嬢「…今日は…バラの香水をつけておりますの……あ、あっ///」すっかりとろけたような声をあげ、今にも身体の力を失いそうになっている…

ドロシー「…さ、終わったよ」

フェアウェル嬢「…え、ええ///」

ドロシー「……それじゃあ…と♪」腰に手をかけてベッドに倒れ込んだ…

フェアウェル嬢「きゃあっ♪」

フェアウェル嬢「はぁ…あぁ、ん……ちゅぅっ、あむっ…///」

ドロシー「ちゅっ…ちゅるっ、れろっ……ぬりゅっ、ちゅむ…っ♪」

フェアウェル嬢「はぁ、はぁ…はぁぁ…っ///」

ドロシー「ふふ、そんなに気持ちいいか?」

フェアウェル嬢「……はひっ、とっても……きもひいい…れす…わ……ぁ…///」

ドロシー「みたいだな……そんなにトロけた顔をされたんじゃあ、どんな堅物だって我慢できない…ぞっ♪」

フェアウェル嬢「あぁ…んっ♪」

ドロシー「んちゅっ、ぬちゅ…ちゅるっ、ちゅ……っ♪」

フェアウェル嬢「はぁぁ…ん、あむっ…ちゅぅ……ちゅぱ…っ///」

ドロシー「…んむっ、ちゅぅ…っ♪」


…ドロシーはいったん唇を離すと、室内の灯りに反射して赤ワイン色に輝く瞳でじっとながめた……口元にはプレイガールらしい手慣れたような笑みを浮かべ、髪を解くと髪飾りをナイトテーブルに置いた……それからさっと頭をひと振りすると髪の房が胸元にかかり、色合いのコントラストがずっしりとしたふくよかな乳房をより一層引き立たせた…そのままフェアウェル嬢にまたがったまま、コルセットとペチコートだけのあられもない姿でベッドに仰向けになっている彼女をじっくりと眺めまわした…



フェアウェル嬢「……んはぁ…お願いですわ……もっと…続きを……してくださいまし…///」

ドロシー「ふふ、悪い悪い……あまりにも綺麗なものだから…♪」白いコルセットのひもに手をかけると、「しゅるり…」と結び目をほどいていく……

フェアウェル嬢「///」

ドロシー「そう恥ずかしがることはないさ…今度は君が私の事を脱がす番なんだから…ね♪」

フェアウェル嬢「……はい///」

ドロシー「ふふ、それにとっても綺麗じゃないか……もう、場所もわきまえずにむしゃぶりつきたいくらいだよ…♪」

フェアウェル嬢「だ、ダメです……わたくし、ここにはお忍びで来ているんですから///」

ドロシー「ここにくるレディたちは多かれ少なかれそうさ…大手を振ってここに来るのは私くらいなもんだ♪」

フェアウェル嬢「…わたくしだって、できればそうしたいですわ……そうすれば貴女さまに……もっと情を交わしていただけますもの…///」

ドロシー「ふふ、嬉しい事を言ってくれるね……でも止めておきな?」

フェアウェル嬢「……どうしてでございますの……わたくし、貴女さまとこうして…その……閨(ねや)を共にした事を思い出しては…身体がうずいてしまうのです…わ///」

ドロシー「ふふっ、それだから余計にさ……気持ちは嬉しいが「女同士のまぐわい」ってやつは、一度はまると私みたいに抜け出せなくなるんだ……それに…」

フェアウェル嬢「…それに?」

ドロシー「……私と違って綺麗でいて欲しいんだ」

フェアウェル嬢「まぁ…///」

ドロシー「ふふ…なんてな。本当はひとり占めしたいから他の「お姉さま方」に近づけたくないのさ♪」

フェアウェル嬢「きゃあ…っ///」

ドロシー「ふふふ……この胸も手ごろな大きさだし…」

フェアウェル嬢「あんっ…♪」

ドロシー「肌もすべすべで良い匂いだ……♪」

フェアウェル嬢「はひっ、ひゃあん…っ♪」すっかり香水が効いて、甘い嬌声をあげながらドロシーに愛撫されている…

ドロシー「そーら、今度はここかな…?」優しく乳房の先端をつまんだ…

フェアウェル嬢「あっ、くぅ…ん……あぁんっ///」

ドロシー「んっ、ちゅむ……ちゅぅ…♪」白いレースで花模様があしらわれているコルセットを脱がすと、小ぶりながら形のいい乳房にしゃぶりついた…

フェアウェル嬢「はぁっ、あん…っ♪」

ドロシー「ちゅっ、ちゅぅぅ…っ……れろっ♪」

フェアウェル嬢「あぁんっ…あひっ♪」

ドロシー「……ふふ、可愛いな……この豊かな髪も…きれいな瞳も……白くて柔らかい肌も…全部♪」

フェアウェル嬢「そ…それでしたらドロシー様の方が……見ているだけでくらくらするような瞳に柔らかい唇…張りのあるお胸に引き締まった身体……それに…甘くていい匂いがします…わ…///」

ドロシー「嬉しいことを言ってくれるね……バーバラ…♪」そう言ってペチコートの下に手を滑り込ませた…

フェアウェル嬢「…ぁ///」

ドロシー「おやおや…もうすっかりとろっとろじゃないか……」

フェアウェル嬢「だ、だって…わたくし……///」

ドロシー「…別にとがめてるわけじゃないさ…むしろ嬉しいよ」

フェアウェル嬢「///」

ドロシー「…さ、それじゃあ行くぞ…っ♪」くちゅっ…♪

フェアウェル嬢「あぁぁんっ♪」

ドロシー「ふっ……いつものおしとやかな姿もいいが、そうやって甘い声をあげて乱れている姿はもっといいな…♪」

フェアウェル嬢「はぁぁんっ、あぁ…んっ……だって、ドロシー様が……あんまりにも…ふあぁぁぁ…っ///」

ドロシー「はははっ…私みたいな悪い女に捕まっちまったのが運の尽きだったなぁ♪」ちゅぷっ、くちゅくちゅっ…♪

フェアウェル嬢「はぁぁ…んっ、あぁぁ……っ♪」

ドロシー「…」(あー…ちくしょうめ、香水だから効果はこっちにもあるんだよな……さっきから身体がうずいて仕方ないぜ…)

フェアウェル嬢「……ドロシー様?」

ドロシー「……ああ、悪い…少し見とれちまってね…♪」

フェアウェル嬢「…っ///」

ドロシー「そう照れるなよ……本当の事なんだから…な♪」ぐちゅっ、じゅぶ…っ♪

フェアウェル嬢「あっ、あぁんっ…そんなの、卑怯で……あぁぁぁっ♪」

ドロシー「おや「恋と戦争は手段を選ばない」ってことわざを聞いたことはないか?」

フェアウェル嬢「そ、それとこれとは話が違い……ふぁぁぁっ、はぁぁ…んぅっ///」

ドロシー「…違わないさ♪」

フェアウェル嬢「ふあぁぁ…っ///」人差し指に加えて中指を滑り込まされると腰を浮かせ、とろりと蜜を噴き出しながら嬌声をあげた…

ドロシー「ふふ……でもこれだけじゃあいつもと変わりないし…色々試してみたいよな?」

フェアウェル嬢「///」顔を真っ赤にしながらも、期待で瞳を輝かせている…

ドロシー「ふふふ、分かった分かった……お、ちょうどいいのがあるじゃないか♪」


…ベッドから起き上がると、テーブルのセンターピースとして置かれている果物の鉢に目を向けた……銀製のボウルには傷一つないリンゴや洋ナシ、それから植民地から飛行船で空輸され、遅い蒸気船しかなかった頃には見ることも出来なかった珍しい南洋の果物…黄色いバナナや南洋の夕日を想像させるオレンジ色のマンゴー…が綺麗に積まれている…


フェアウェル嬢「あの、ドロシー様…?」

ドロシー「うーん、どれにするかな……お、そうだ♪」ベッドの上で力が抜けているフェアウェル嬢を抱き起すと、手早くシルクのハンカチで目隠しをした…

フェアウェル嬢「な、なにをするおつもりですの…?」口ではそう言いながら、期待しているような甘い声をあげている…

ドロシー「なぁに……お嬢様におかれましてはお好きな果物をお選びいただこうと思って…ね♪」後ろから抱きついて腰に手を回し、テーブルの方へ誘導した…

フェアウェル嬢「…そんなことをおっしゃられても、わたくしには見えませんわ///」

ドロシー「……だから面白いんじゃないか…♪」耳元に息を吹きかけつつささやいた…

フェアウェル嬢「…っ///」ぞくぞくっ…♪

ドロシー「さーて、どれにしようかな…っと♪」フェアウェル嬢のほっそりした手に自分の手を重ね、テーブルの上の果物鉢に誘導するドロシー…

フェアウェル嬢「…んっ///」耳元でいたずらっぽくささやかれつつ、背中にずっしりと張りのある胸が押し付けられると、すっかり甘えたような吐息をもらしたフェアウェル嬢……貴族令嬢としての慎みもどこへやら、ドロシーにどんなことをされるのか、恥ずかしいながらも興味津々で頬を赤らめている…

ドロシー「……おやおや、バーバラはこれがいいのかな?」

フェアウェル嬢「あっ…いえ、これは……何でしょう///」目隠しをされたままおずおずとフルーツボウルに手を伸ばすと、アンズに指先が触れた…

ドロシー「さぁ、何だろうな……当ててみな?」

フェアウェル嬢「えぇ…と、多分……」

ドロシー「ふふっ…残念でした、時間切れ♪」綺麗な黄色に色づいているアンズを手に取ると、ねっとりと濡れた割れ目に半分ばかり押し込んだ…

フェアウェル嬢「あっ、あぁぁんっ///」ちゅぷ…じゅぷっ♪

ドロシー「はははっ、まるでアンズの蜂蜜漬けだ……せっかくだし、味見させてもらおうかな♪」そう言って足元にしゃがみ込むと、秘部に舌を這わせた…

フェアウェル嬢「あっあっあっ…そんな、いけませんわ……んぁぁ、あひぃっ…はあぁんっ♪」

ドロシー「おや、おかしいなぁ…蜜が減らないぞ? …ん、じゅるっ…じゅるぅぅっ♪」

フェアウェル嬢「はひっ、あふっ……ふあぁぁ、あんっ……///」

ドロシー「んじゅるっ、じゅるっ…おいおいバーバラ、こんなに蜜をこぼして……ふとももまで垂れてるじゃないか♪」

フェアウェル嬢「だって…ドロシー様がこんな……恥ずかしい事をなさるんですもの…ぉ///」

ドロシー「ふふふっ、こんなのまだまだ序の口さ♪」

フェアウェル嬢「…まぁ///」

ドロシー「ふふーん……それじゃあお次は、と……あむっ…ん、ちゅぱ……♪」押し込んでいたアンズをくわえて花芯から引き抜いて口に入れ、飴玉をしゃぶるように舐め回すと、半分だけ口から出してフェアウェル嬢の唇に近づけた

フェアウェル嬢「ん……はむっ、ちゅぅ…///」

ドロシー「んむっ、はむっ……ちゅるっ♪」二人で舌を絡め、しゃぶるようにしながらアンズを食べ進め、種と皮だけになった所でドロシーが机の上に吐き捨てた…

フェアウェル嬢「ドロシーさまぁ……次の果物を…早く……味わわせて下さいませ…///」

ドロシー「はは、次の果物…ね♪」ニヤニヤしながら目隠しを外した…

フェアウェル嬢「あ…あっ///」

ドロシー「…ふふふっ、珍しい東洋の果物だって色々あるんだからな……シナから運ばれて来たライチに、女王陛下もお好きだっていうマレーのマンゴスチン……あとはバナナと…この赤いもじゃもじゃしたやつはランブータンとかいうやつだな…さぁ、どれがいい?」

フェアウェル嬢「……で、では…せっかくですから一通り試してみたいです…わ///」

ドロシー「ふふ、欲張りなお嬢様だ……ま、お任せあれ♪」つぷっ…くちゅっ♪

フェアウェル嬢「あひぃっ、ふぁぁんっ…あぁぁんっ♪」

ドロシー「…やれやれ、貴族の令嬢ともあろうものが鏡の前ではしたなく脚を開いて、すっかりとろとろにして……可愛いな♪」

フェアウェル嬢「あぁぁんっ、その言い方はずるいですわ……ぁ///」

…事後…

フェアウェル嬢「…そういって、サー・バーミンガムは席を立たれたと言うことですわ……あんっ///」

ドロシー「……なるほどねぇ」

…愛液やら汗やらでべとつく身体をくっ付けあい、ベッドの上で絡み合っている二人……ドロシーは胸に舌を這わせ、指で膣内をかき回しながら、フェアウェル嬢の父親が娘に話したことや政財界の重鎮たちの話をうまくしゃべらせている…

フェアウェル嬢「……そうなんですの、ですから今後はより一層…」

ドロシー「そんな事より、もっと楽しい話をしようか……んっ、ちゅぅぅっ♪」(よし…もう必要な部分は聞けたし、あんまり「プレイガール」が政治や外交に興味を持ってるように思われちゃおかしいもんな…後はいちゃいちゃしながら明け方まで過ごせばいいや……)

フェアウェル嬢「あんっ、あっ…♪」

ドロシー「ちゅっ、ちゅむ…っ♪」(……さて、アンジェの方はどうだろうな?)

………

…しばらく前・店に着いてからのアンジェ…

ドロシー「じゃあ、後で…」

アンジェ「…ええ」


…ドロシーと分かれると、さりげなく店内を歩き回っておしゃべりの内容に聞き耳を立てる……店内は(会話を盗み聞きされるのを防ぐ意味もあって)室内楽団が控えめに軽い音楽を奏でている…が、同時に幾人もの声を聞き分けられるアンジェは、その中から有用そうな会話に耳をそばだてた…


ロール髪の婦人「……ですから、フェアファックス次官は交代ということになりそうですわね…」

灰色ドレスの婦人「ええ、わたくしもそう聞きましたわ…代わりにサー・アーノルドが任官されるとか……」

アンジェ「…」(…フェアファックス次官は内務省官僚の筆頭……交代するとなると、内務省管轄の防諜組織でも人事の改編があるかもしれないわね)

太った中年婦人「……そういえば共和国のスパイが…」

やせた婦人「ええ、噂で聞きましたよ…」

アンジェ「…」突然耳に入って来た声から気になる単語が飛び出してきた……そしらぬ顔でシャンパンをすすっているが、神経をそちらに集中させる…

太った婦人「…なんでも「ザ・エンジェル・ハート」のレディだった女性だとか…で、お付きの娘二人を連れて「壁越え」をしたんだそうよ……」

やせた婦人「そうらしいわね……これまではお店でご婦人方を悦ばせていたんだけれど、同時にいくつも情報を聞きだしていたんですって」

太った婦人「怖いわよねぇ…」

やせた婦人「ええ、まったく……そういう謀反人はロンドン塔に幽閉するか、絞首刑にしちゃえばいいのよ」

太った婦人「そうよね」

アンジェ「…」表情一つ変えることなく「すぅ…っ」と、その場を離れた…

…カードテーブル…

長い金髪の婦人「…あら♪ こんばんは、レディ・リリーフィールド……よろしければご一緒しませんか?」

アンジェ「え、ええ…///」


…お互いに本名を名乗ることなどしないこうした「社交クラブ」の中ということもあって、まるで安食堂の日替わりメニューのようにころころと呼び名を変えているアンジェとドロシー……アンジェはこの数カ月余りの間「アン・リリーフィールド」という名前を使っていた…


金髪「はい、決まりですわね♪」…濃い赤紫と深いバラ色の豪華なドレスに、目を細めつつ浮かべる優しい笑顔…が、アンジェに声をかけてきたこの女性はロンドン社交界でも名うてのカードの使い手でありプレイガールで、あちこちの令嬢や奥方を「食べ散らかしている」と、悪い噂が絶えない……

茶色の髪をした令嬢「あら、よかったらわたくしも交ぜて下さいな?」

金髪「ええ、どうぞ♪」

派手な格好の婦人「あらあら、わたくしをおいて抜け駆けなんていけませんわね……♪」

金髪「ふふっ…レディ・エッジムア、私が貴女をお邪魔扱いすることなんてありませんよ♪」

派手な婦人「まぁまぁ、そう言っていただけると嬉しいわ」

アンジェ「…わ、私が社交界の華である皆さんとご一緒できるなんて……嬉しいです///」

金髪「あら、アンったらお上手……シャンパンをごちそうしてあげるわね♪」にこにこしながらさりげなくアンジェの手を撫でた…

アンジェ「///」

金髪「ふふふ、そう固くならなくてもいいのよ…お互い楽しく過ごしましょうね♪」

………

…しばらくして…

金髪「ふふ……フォーカードです♪」

派手な婦人「むぅ……わたくしの手もなかなか良かったのですが、また負けてしまいました…お強いですわね」

金髪「ふふっ、ほんのまぐれですわ…♪」

茶髪「わたくしもたまには、その「まぐれ」に当たってみたいものですわ……すっかり負け続きですもの」

アンジェ「…ええ、まったく」

派手「本当にねぇ…」

金髪「あら、でも今までで一番大きな勝ちはレディ・エッジムアのストレート・フラッシュですわ」

派手「そういわれるとくすぐったいわね♪」

アンジェ「きれいにそろっていましたものね……」

…まるで玄人の賭博師(ギャンブラー)はだしの腕前でポンド札を巻き上げている相手に、優れた記憶力と素早い計算、そして氷のような冷静さで対抗しているアンジェ…カードを始めた時に比べると、手持ちのポンドはそう増えてはいないが減ってもいない…

金髪「あら、それを言ったら貴女のカードさばきもなかなかよ?」

アンジェ「そ、そんなこと…///」

金髪「いいのよ、照れなくっても……ね♪」そう言いながら、さりげなく手を伸ばした…

アンジェ「…あっ///」

金髪「あ、ごめんなさい…わたくしったら、グラスと取り違えてしまったわ♪」

アンジェ「///」

茶髪「まぁまぁ…ところで、そろそろ何か頼みませんか?」

派手「そうねぇ……レディ・スタンモアの言う通り、ちょっとした軽食でも…?」

金髪「ふふ、それではそろそろカードはお開きにします?」

茶髪「いいえ、わたくしはまだまだ続けたいですわ!」

金髪「…まるでサンドウィッチ伯爵ですわね♪」(※サンドウィッチ伯爵…大のカード好きで軽食を取る時間すら惜しみ、カードをしながら片手で食べられる具を挟んだパンを用意させたことから「サンドウィッチ」というようになったという)

茶髪「べ…別にそういう訳ではありませんが///」

金髪「ふふふっ、こういう遊びはほどほどにしておきませんと…ね、レディ・リリーフィールド♪」

アンジェ「ええ、そうですね…」

茶髪「お二人がそうおっしゃるのなら、わたくしもたってとは申しません……では、清算を」点数表を計算して、ポンド札を取り出した…

金髪「……あらまぁ、やっぱりレディ・エッジムアはお強いですわね…今度手ほどきしてもらいたいですわ」

派手「あら嫌だ、それではなんだかわたくしがカード使いみたいですわ♪」そう言いながらも、まんざらでもないらしい派手な婦人…

アンジェ「…」一見すると地味な勝ち方が多いのでそうとは気づかないが、金髪のレディはさりげなくテーブルの中で一番多く稼いでいる……アンジェも差し引きするとそこそこの勝ちで、札入れのポンドがいくらか増えた…

金髪「それでは、また次回を楽しみにしておりますわ……ところで、レディ・リリーフィールド」

アンジェ「ええ」

金髪「よかったらわたくしとシャンパンを付き合って下さらない?」

アンジェ「…は、はい///」

金髪「あぁ、よかった……それでは参りましょう♪」アンジェの手を取ると店のレディに合図の目線を送り、緋色の絨毯が敷いてある階段を上って個室に招き入れた…

………

…個室…

レディ「…どうぞ、こちらにございます……」

金髪「ええ…さぁ、おかけになって?」

アンジェ「は、はい///」

金髪「そう固くならずに……今はわたくしと二人だけなんだもの、ね♪」チャーミングな笑顔を浮かべ、優しく椅子に座らせた…

アンジェ「///」

金髪「そうそう、そうやって楽にして…あ、ちょうどシャンパンが来たわ♪」

レディ「…失礼いたします」店のレディがシャンパンの入った銀のアイスバケットを持ってきて栓を開けた…

金髪「あとは私がやるからいいわ……ご苦労様」すっ…とポンド札を握らせて下がらせた

レディ「…失礼いたします」

金髪「ええ……ふぅ、これでようやく静かになったわね」

アンジェ「そうですね…///」

金髪「ふふ、そんなにかしこまらなくても……さ、召し上がれ♪」手際よく二つのグラスに「クリュッグ」を注ぐとシャンデリアの灯りにかざすようにして、夏の木漏れ日のような透き通った金色にきらめく水色(すいしょく)を楽しみ、それから芝居がかった手つきで片方のグラスを渡した…

アンジェ「ええ…こくっ……///」

金髪「ふふ…っ♪」立ったままで軽く一杯飲み干すと、おかわりを注いだ…

アンジェ「あの…レディ・ウェルキン……」

金髪「もう、そんな堅苦しい呼び方は止して…二人きりなんだもの、アリスでいいわ♪」

アンジェ「それでは……その…アリス///」

アリス「なぁに、アン?」

アンジェ「えぇと…いえ、その……どうしてお掛けにならないのかと思って…///」

アリス「ふふ、どうしてかしら…ね♪」白絹の長手袋をはめた手でアンジェの頬を撫でた…

アンジェ「///」

アリス「でも、せっかくそうおっしゃってくれたのだから…わたくしも座るとしましょう♪」立派なソファーが二脚あるにもかかわらずわざわざアンジェの隣に座ると、そっと身体をもたれかからせた…

アンジェ「ど、どうぞ…///」…白くて柔らかそうな乳房のふくらみは襟ぐりからのぞいているのを見なくとも、そっと腕に押し付けられたドレス越しでも分かる……それに胸の谷間に香水を吹きつけたのか、甘いメロンのような香りが鼻をくすぐる…

アリス「ふふっ、せっかくだから何かおしゃべりでもしましょうか…♪」

アンジェ「え、ええ…///」

アリス「それじゃあ、この間のレディ・マーカスの舞踏会であった話でも……」

アンジェ「…はい///」

アリス「……それでね、ウェストミンスター寺院の大僧正ときたらそんなことを言うのよ…ふふっ♪」

アンジェ「そうだったのですか……とても立派なお方に見えますけれど…」(社交界や政財界の大立者たちが抱える弱点やスキャンダル……このまま「開拓」できれば、なかなか使える情報源になりそうね)

アリス「くすくすっ、アンったら素直な性格なのね。 …それとも、私を喜ばせてくれるために演技をしてくれているのかしら?」

アンジェ「…っ、そげなこと……おらは演技なんて上手じゃねえだで…っ///」

アリス「くすっ…まぁまぁ♪」

アンジェ「……っ、今のは…その…っ///」

アリス「ええ、貴女の「お国言葉」は聞かなかったことにしてあげるわ……その代わりに、もう一杯わたくしの杯を受けてくれること♪」

アンジェ「わ、分かりました…///」

アリス「よろしい…♪」…シャンパンのせいでいくらか上気した肌は赤味を帯びて艶めいている…優しそうだった瞳は今や獲物を目の前にした肉食獣のようにらんらんと輝き、アンジェは視線が合うたびに電撃を受けたように感じていた……その間もアリスはアンジェをくつろがせようと面白おかしくあちこちの舞踏会やパーティの話をしているが、さりげなくアンジェの綺麗な肌をじっくりと眺めている…

アンジェ「……あの、アリス///」(そろそろ頃合いね…)

アリス「どうかした?」

アンジェ「いえ……少し飲み過ぎてしまったみたいで…頭がぼーっとして……///」

アリス「あら、本当に…ちょっと失礼?」アンジェのあごに手を当てて顔を向けさせると、自分の顔を近寄せてじっくりと眺めまわす…長いまつげに色つやのいい頬、それに柔らかそうな唇が今にも触れそうになる……

アンジェ「…ぁ///」

アリス「……んっ」

アンジェ「……ん、ちゅっ…///」

アリス「くすっ…♪」小さく笑うとアンジェの手を取った…

アンジェ「…ア、アリス……///」

アリス「…はい、何かしら♪」

アンジェ「いえ……あの…」

アリス「…アンは真面目なのね」

アンジェ「///」

アリス「ふふっ…大丈夫、全部わたくしに任せておけばいいわ♪」

アンジェ「…っ///」

アリス「はむっ……ちゅぅっ♪」

アンジェ「ふぁぁ…あぁ、んっ///」

アリス「あら、シャンパンがまだ残っているわね……こくっ、こくんっ……」瓶に残っていたシャンパンをグラスに空けると、一気に口に含んだ…

アンジェ「そ、そんな風に飲んだらお身体に……んんっ!?」

アリス「んむっ、んくっ…んっ♪」

アンジェ「んぅぅ、んぅっ…///」唇を押し付けられたかと思うと舌で口をこじ開けられ、両手で頬を押さえつけられたままシャンパンを口移しされる…

アリス「ふぅ……お味はいかが?」

アンジェ「もう…っ///」とても演技とは思えないほど上手な涙目で上目使いをし、すぐ恥ずかしそうにそっぽを向いた…

アリス「……アン」

アンジェ「…な、なんですか?」

アリス「ごめんなさい、抑えておこうと思っていたのだけれど……ちょっと我慢できそうにないの♪」長手袋をするりと脱ぎ、ソファーに押し倒した…

アンジェ「あぁん…っ!」

アリス「…ふふ、ドレスっていいわね……こうして…一枚づつ……脱がしていく愉しみが…あるもの…ね」

アンジェ「あ、あ……///」

アリス「…それにしても、アンの肌は白くてすべすべで……それにいい匂いよ…まるで花束みたい♪」…アンジェの持っている「香水」は甘くとろけそうなドロシーのものとは違い、アンジェ自身の雰囲気に合わせて爽やかですっきりした香りに仕立ててある……

アンジェ「う、嬉しいです…///」

アリス「あぁ、やっとリボンがほどけたわ……ん、とっても綺麗ね…」

アンジェ「あ、あんまり見ないでください…///」

アリス「ふふ……こんなに美しい物を「見るな」だなんて、なんと残酷なこと♪」そう言いながら流れるような手つきで次々とリボンやボタンを外し、優しく身体を愛撫する……

アンジェ「ふわぁぁ……あっ、あ…///」

アリス「ふふ、そんなあられもない声をあげて……誘っていらっしゃるのかしら?」

アンジェ「そ、そんなつもりでは……」

アリス「ふふふっ…でも、わたくしはそんな気持ちになったわ♪」

アンジェ「きゃあっ…///」

アリス「くすくすっ……さぁ、つかまえた♪」アンジェの左右の手首を重ねて、ドレスのどこかを留めていた黒いリボンで結び合わせた…

アンジェ「あぁ、アリス…なにをなさるのです///」

アリス「貴女がいけないのよ……そうしてわたくしを誘惑するから♪」ヒールを脱ぐと脚を持ち上げ、優しくアンジェの胸元にあてがって押し倒した…

アンジェ「あん…っ♪」

アリス「ふふふっ……今夜は礼儀作法の先生からは教わらない事をいっぱい教えて差し上げるわね♪」

アンジェ「は、はい…///」

………



…数十分後…

アンジェ「…んはぁ…はぁ、はぁ……///」

アリス「ちゅぅっ、ちゅっ、ちゅむ……っ♪」

アンジェ「ぷは…ぁ……はぁ、はぁ、はーっ……///」

アリス「ふふ、初々しくて可愛いわ…私の妹にしたいくらい」

アンジェ「はぁ…はぁ……ん…///」あまりやり過ぎない程度に物欲しげな顔をしてみせる…

アリス「あら、まだ物足りないの?」

アンジェ「……いえ…そういうつもりでは…///」

アリス「ふふふっ、いいのよ……ここはそういう場所なんですもの♪」ソファーの上でアンジェにまたがり、見せつけるようにコルセットを脱ぎ捨てる……形のいい胸が柔らかく弾むと、蝋燭の灯りに火照った肌が艶やかに照り映えた…

アンジェ「…っ///」

アリス「…ねぇ、遠慮しないでご覧になって……?」

アンジェ「……は、はい///」

アリス「ふふ…いい娘ね……♪」アンジェの手に自分の手を重ねると乳房に誘導し、粘土でもこねるかのように揉ませた……

アンジェ「アリス…柔らかいです……///」

アリス「ふふ…っ、そして貴女の指は意外と力強いのね♪」

アンジェ「そ、そんなこと…///」


…そう言われて恥ずかしげに目を伏せてみせたアンジェだったが、内心ではアリスの(プレイガールらしい)鋭い観察力を苦々しく思っていた……日頃「一流情報部員」として物腰や雰囲気をうまく作ることができても、肉体的な面ではどうしてもごまかしきれない部分というものがある……特に細いが力強い指や引き締まった身体は、いくら肌をすべすべにしようと乳液やクリームを塗ってみても「か弱い女学生」らしくない…


アリス「……あら、わたくしとしたことが…ごめんなさいね♪」アンジェを不愉快な気持ちにさせたと思ったか、手際よく謝った…

アンジェ「いいえ…私も自分の身体、やせっぽちで骨ばっているからあんまり好きじゃなくて……」

アリス「まぁまぁ……でも、わたくしはアンのほっそりした身体…好きよ?」

アンジェ「あ…///」鎖骨にキスをされると、アリスの髪の香りが鼻腔をくすぐった…

アリス「……わたくし…ん、ちゅぅ……アンが…ちゅっ……自分のこと…もっと好きに……んちゅっ…なれるように……してあげる…わ♪」

アンジェ「はぁぁ…んっ、あっ……あぁぁん…っ///」鎖骨から小ぶりな乳房、平たく引き締まったお腹、そして柔らかい下腹部へと唇が進んでいく……

アリス「んちゅっ…ちゅぅ……」

アンジェ「はぁぁ…んっ……そこは…んっ、だめ……っ///」

アリス「……だめじゃないわ」ちゅく…っ♪

アンジェ「あっ、あぁぁ……っ///」

アリス「まぁ、ふふ……舌先を入れただけでそんなに喘いで…夜は長いけれど、大丈夫かしら?」くすくす笑いをしながらふとももを押し広げ、ねっとりとした妖しげな視線を向けた…

アンジェ「そ、その……お手柔らか…に…?」

アリス「うふふふっ、面白いお返事だこと……ええ、よく分かりましたわ♪」…そういうとテーブルに置かれている五本がけの燭台を手に取った……立派な銀製の燭台は片手で持つには重く、揺れるたびに火がゆらめいて、陰影がアリスの表情をゆがませた…

アンジェ「……ア、アリス…?」

アリス「んふふっ、大丈夫だから……わたくしに身体を預けて…ね♪」とろ…っ♪

アンジェ「あっ、あぁ゛ぁ……っ///」アリスが燭台を傾けると、胸元に溶けた蝋が垂れる…

アリス「くすくすっ…大丈夫よ、跡になるほど熱くはないもの……熱いのはその瞬間だけ…行きずりの恋と同じね♪」

アンジェ「…アリス///」

アリス「あぁ…そんな表情をされると優しく出来なくなってしまいそう……♪」ぽたぽた…っ♪

アンジェ「あ゛ぁ゛ぁっ…あ……っ///」

アリス「本当はね「よく熱した火かき棒」なんていうのもあるのだけれど…それじゃあ貴女の綺麗な身体に跡が残ってしまうものね♪」

アンジェ「…っ」

アリス「ふふふ…っ♪」

アンジェ「…あぁっ、うぅ゛…っ///」

アリス「まぁまぁ、そんなに身体をひくつかせて……もっとしてあげましょう♪」ぽたぽたと溶けた蝋を垂らし、それが固まると爪の先で愛撫しながら剥がしていく…

アンジェ「い゛っ、あぁ゛ぁ゛ぁっ…!」

アリス「あぁぁ…とても可愛らしいわ…♪」ぺろりと指を舐めあげると妖艶な笑みを浮かべ、アンジェの濡れた秘部にゆっくりと指を沈めていった…

アンジェ「あっ、あぁぁ…っ///」ちゅぷ…くちゅ……っ♪

アリス「はぁぁ……アンのあそこ、暖かくて指をきゅうっと締め付けて…おまけにとろりと濡れていて……♪」

アンジェ「…い、言わないで……///」

アリス「…あら、今のはわたくしの正直な感想なのだけれど……言ってはいけないかしら?」

アンジェ「だ、だって……///」

アリス「ふふ、言いたいことやしたい事を抱え込まないのが美の秘訣よ……貴女も悩み事があるようなら吐きだしてみたら?」

アンジェ「…」(この女…向こうの回し者ではないにしろ、同じくらい危険ね……こういう場面でうっかりした事をいうと、あっという間に鉄格子の向こうに入ることになる……用心しないと…)

アリス「いえ、ね…だってアンったら時々、何か「感情を消している」ような目をするものだから……よかったら話を聞くわよ?」

アンジェ「ええ、ありがとう…でも、大丈夫」

アリス「そう?」

アンジェ「はい…でも、そのお気持ち……嬉しいです///」

アリス「ふふっ、わたくしもアンが笑ってくれて良かったわ……でもね」

アンジェ「?」

アリス「わたくしは欲張りだから、可愛い貴女のいろんな表情が見てみたいの……例えば…♪」ふっ…と燭台の蝋燭を一本だけ吹き消すと台から外し、まだ熱を持った灯心の部分を花芯に押し当てた……火傷の跡が残るほどではないにしろ、敏感な部分なので焼け付くような感覚を覚える…

アンジェ「あぁ゛ぁ゛ぁ…っ!」

アリス「あぁぁ…いいわね♪」

アンジェ「はひぃ…ひぐぅ……っ///」

アリス「んー……それじゃあ次は…♪」また一本吹き消すと、今度は胸の谷間に押し当てた…

アンジェ「あぁぁっ…いぃ゛っ///」

アリス「あぁ、なんて可愛らしいのかしら……すれっからした称号ばかりの小娘たちや、ぎらぎらした中年の婦人たちなんてもううんざり…貴女みたいなみずみずしい初心な娘がいいわ♪」

アンジェ「はぁ、はぁ……はぁ…っ」

アリス「さ、お次は…と♪」ぐいっと手首のリボンを引っ張ってアンジェを絨毯の上で四つん這いにさせ、蝋燭を吹き消すと腰の窪みの所に押し当てた…

アンジェ「あぁ゛ぁ゛ぁっ…!」口から唾液をしたたらせ、蜜でふとももをぐちゃぐちゃに濡らしているアンジェ…

アリス「…舐めて♪」全て外して吹き消してしまった燭台をテーブルに戻すと、そのままテーブルに腰を下ろし脚を伸ばした…

アンジェ「ふぁい……ん、ぴちゃ…れろっ…///」

アリス「あぁ、ふふっ…くすぐったいわ……うふふっ♪」

アンジェ「んちゅ…ちゅるっ……///」

アリス「ふふ、上手だったわ……さぁ、ごほうびを上げるから仰向けになって?」

アンジェ「…はい///」

アリス「くすくすっ…素直でよろしい♪」つぷっ…くちゅっ♪

アンジェ「あっ、あぁぁ…ん///」

アリス「ん…んぅぅ♪」小川の岸辺に座っているように脚をぶらぶらさせつつ爪先でアンジェの花芯をかき回し、自分の秘所に指を差し入れた…

アンジェ「あぁ、んぅっ…ふあぁぁ…っ///」ちゅくっ、くちゅ…♪

アリス「んくぅっ、んぅぅ…んんぅぅっ♪」くちゅっ、にちゅっ…とろっ♪

アンジェ「……はぁ、はぁ……っ///」

アリス「ふぅ……さ、それじゃあそろそろベッドに行きましょうね♪」

アンジェ「…はい///」

………

…予定では今日明日にでも続きを投下する予定ですが、週末からの台風はもの凄かったですね…

…特に千葉県の方はまだ停電や断水が続いているそうですから、一日でも早く復旧することを祈っております……もし被災地の方とかでこのssで見てくださっている(見られる状態にある)方がいらっしゃいましたら、読み物として少しでも気を紛らわすことができたらと思います…

………



…数時間後…

アリス「あっ、あぁ…んっ♪」くちゅくちゅっ、にちゅ…っ♪

アンジェ「はぁっ、はぁ……んっ、くぅ…っ///」ちゅぷ、くちゅ…♪

アリス「あっ、あっ、あっ…あぁぁんっ♪」豪華なベッドの上でアンジェを押さえ込むように組み敷いて、指を開くとこぼれた蜜がとろりと糸を引いた…

アンジェ「ふぁぁぁっ、あぁっ…んぁぁぁっ///」

アリス「ふふ、そんな風に甘い喘ぎ声をさせながら身体をのけぞらせて……アンは悪い娘ね♪」

アンジェ「…はぁ……はぁ…んはぁ…っ」演技や冗談ではなく、本当に息切れしかかっているアンジェ…自分が責め手に回れば技量と経験を活かしてすぐ相手をイかせられるが、押し倒されて一方的にやられている状態では小柄な身体が災いして体力が続かない……

アリス「……どう、満足してもらえたかしら?」

アンジェ「…はぁ……はぁ……」

アリス「くすくすっ…その様子なら大丈夫そうね♪」

アンジェ「はぁ……ふぅ…っ」

アリス「それでは後はおしゃべりでもしましょうか…」アンジェの横に身体を寄せると、髪をかき上げて額にキスをした…

アンジェ「…は、はい///」



アリス「……それでね、第一海軍卿(海軍長官)は「空中戦艦をさらに数十隻整備する必要がある…そしてインドや極東にも展開できるように、整備施設を建造する予算が必要だ」って言って大騒ぎ…陸軍のパーシバル元帥とお互いに譲らずで、大変だったみたいね♪」

アンジェ「将軍さんたちも大変なんですね…」

アリス「ええ、おかげでしばらくはふてくされて大変だったって「親しいお方」から聞いたわ…ちょうどこんな風に、ね♪」

アンジェ「なるほど……ふわぁ…」(つまりこの女は第一海軍卿の夫人とも寝ている、と……うまく引き出せれば一級の情報源になりそうね…)

アリス「あらあら、わたくしとしたことがつまらないお話をしてしまったわね…それに貴女も眠くていらっしゃるでしょうし♪」

アンジェ「そ、そんなことありませんよ…とっても面白いで……ふあ…ぁ///」

アリス「ふふ、いいのよ……夜明けまではまだ少しあるから、軽くお休みなさいな?」

アンジェ「いえ、もっとお話したいで……ふぁ…///」

アリス「くすっ…気持ちは嬉しいけれど、無理はしないでいいのよ……また今度、ご一緒すればよろしいんですもの♪」

アンジェ「えっ…その、私…こんな田舎娘ですけれど……また、会って下さいますか?」

アリス「ええ…わたくし、貴女が好きよ♪」

アンジェ「…っ///」恥ずかしいのを隠すように寝返りを打ち、背中を向けた…

アリス「ふふっ、お休みなさい…♪」ふわりと羽根布団をかけ「ぽんぽん…っ」と優しく叩いた…

アンジェ「…すぅ、すぅ……」

アリス「……それにね、貴女はどこか「わたくしの欲しいとあるお方」に似ているのよ…」

アンジェ「……すぅ…すぅ…」

アリス「……欲しても手に入らない、愛しの君…だからせめて貴女の事を「わたくしだけのプリンセス」にさせてちょうだい…ね♪」

………

…夜明け前…

ドロシー「今宵も楽しかったですわ、レディ・バーバラ……また二人で愉しもうな♪」耳元に唇を寄せ、艶めかしい声でささやいた…

フェアウェル嬢「…はい///」

ドロシー「ふふ、いい娘だ…では、ごきげんよう♪」芝居がかった動きで手の甲にキスをした…

フェアウェル嬢「……ふわぁ…ぁ///」

ドロシー「おっと…」へなへなと崩れ落ちたフェアウェル嬢を抱きかかえると、店のレディに目くばせした…

店のレディ「…よろしければ、こちらのご婦人には今しばらくサロンでお休みいただいて……」

ドロシー「ええ……手間をとらせて悪いわね。取っておいて?」チップをはずみつつ、さりげない手つきでレディの腰に手を回す……酔いが回っているような上気した顔と艶やかな胸元に、普段は何を頼まれてもポーカーフェイスな店の「お姉さま」も少し頬を赤らめた…

お姉さま「……ありがとうございます///」

ドロシー「ふふ、いいのよ…それじゃあ、彼女が起きたら渡しておいて♪」さらさらと(いつもと違うペンと意識的に変えた字体で筆跡見本を残さないようにしつつ)ペンを走らせ、情熱的な言葉を並べた手紙を書き上げると、香水をひと吹きして店のレディに託した…

お姉さまB「…お車が参りました」

ドロシー「ああ、ありがとう…♪」待っている車の列から手際よくドロシーたちの乗って来た一台を回してくれたレディにもチップを渡し、アンジェを待った…

アンジェ「…その、それでは……また…///」すっかり腰が抜けたような様子で顔を赤らめ、アリスにもたれかかるようにしてふらふらとやって来た…

アリス「ええ、またね…♪」アンジェの肩に丁寧すぎるほど優しくコートを羽織らせるアリス……前のボタンを留めるようなふりをしながら、さりげなく後ろから抱きしめた…

アンジェ「……はい///」

ドロシー「さ、行きましょうか…」アンジェを先に乗せてやるドロシー…運転手がドアを閉め、霧深いロンドンの夜道を走り出した…

………

…しばらくして・部室…

アンジェ「…それで、どうだった?」聞きだした情報を暗号文に起こしつつ、ドロシーに聞いた…頬はまだ火照っているが、顔はいつもの無表情に戻っている…

ドロシー「相変わらずバーバラはなかなかの情報源さ。政財界のお偉いさんたちが「こう言った」とか「どう考えている」とか、父親が良くしゃべっているみたいだな…そっちは?」

アンジェ「そうね、あのアリスとかいう女はなかなか勘が鋭いから気をつける必要があるけれど、王国上層部の夫人や令嬢たちの不品行についてよく知っているようね…かなり有意義な話が聞けたわ」

ドロシー「まぁ、勘が鋭いっていうのは確かだろう……私もだけど、ああいうプレイガールは「恋人たち」のちょっとした変化に気づけないようじゃダメだからな」

アンジェ「そのようね…」

ドロシー「色事師になるには観察力がないとな…ま、私たちの世界と同じさ♪」

アンジェ「結構なことね…さ、終わったわ」

ドロシー「そりゃ良かっ……あぁ、くそっ…」

アンジェ「…どうかしたの?」

ドロシー「いや、実は…さっきから例の「香水」の影響で身体が火照って仕方ないんだ……色々「悪いこと」を教えているとはいえ、バーバラはまだまだ初心な乙女みたいなもんだから、私を満足させちゃくれないしさ…」

アンジェ「…それで?」

ドロシー「お前さん、車で私にもたれかかってきただろ…あんなとろけたような顔で身体を寄せてきやがるから、襲いかかりそうになったんだ…ぞ」

アンジェ「……冗談のつもり?」

ドロシー「…いや、正直な話…もう……んっ…我慢……できそうに…ない///」どろりとした欲情で瞳をぎらつかせ、じりじりとアンジェを追い詰める

アンジェ「………」

ドロシー「アンジェ…っ♪」

アンジェ「ぐっ…ドロシー、悪ふざけはよしなさ……んぅっ!?」格闘術でドロシーをねじ伏せようとしたが、床に押し倒され唇が重なったかと思うと、一気に舌が滑り込んできた…

ドロシー「むちゅっ、ちゅるっ、ちゅむ……ちゅぷっ、ちゅくぅっ…ちゅるぅぅっ♪」

アンジェ「んぅぅぅっ、んっ、んぅぅ…!」

ドロシー「はむっ、じゅるっ、ぢゅぅぅっ…あぁっ、んっ……じゅるっ、ぬるっ…ちゅぷっ♪」

アンジェ「んんっ、んぅ…ぷはぁっ! ちょっと、いい加減に……んんぅっ///」

ドロシー「んちゅるっ、ちゅるぅっ…♪」

アンジェ「んぅぅぅ…っ♪」頭が焼き切れそうなほど上手で熱っぽいドロシーのキスに身体がとろけて、下腹部がじんわりと甘くうずいてくる…

ドロシー「はぁ、はぁ…こうなったのも全部アンジェが悪いんだからな……ちゅるっ、んちゅぅっ♪」

アンジェ「馬鹿言わな……んむっ、んんぅぅっ///」

ドロシー「ちゅうぅぅっ、じゅるぅ…っ、んむっ…♪」

アンジェ「ん、んぅぅっ……んふぅっ///」

ドロシー「んちゅっ、ちゅる…ぅ♪」

アンジェ「…ちゅるぅ……んっ♪」そんなつもりはさらさらない…はずが、ドロシーの熱い舌が絡みつくたびに思ってもいないほど甘い声が漏れる…

ドロシー「あぁ…相変わらず真っ白な肌だな……んちゅっ、ちゅぅ♪」

アンジェ「ちょっと、どこにキスして…あんっ///」


…よく情報収集のためにレディたちをたらしこみ、寝室や化粧室でドレスを脱がせている「プレイガール・スパイ」のドロシーだけあって、うまく茹ったゆで卵を剥くようにするりとボディスやペチコートを脱がしていく……白い肌があらわになると、首筋から鎖骨、胸元、脇腹…と、ついばむようなキスをした…

ドロシー「はは、何だかんだ言いながらそんな声を出すあたり…アンジェ、お前もすっかり乗り気なんじゃないか♪」

アンジェ「……冗談は止してちょうだい、見当違いもいいとこ……んぅっ///」

ドロシー「へぇ…「見当違い」にしちゃずいぶん甘い声だぞ?」

アンジェ「あっ、んあぁっ///」

ドロシー「…黒蜥蜴星出身の腕利き情報部員のくせに嘘が下手だな……ちゅうっ♪」

アンジェ「あ、あっ…///」

ドロシー「おいおい…そんな喘ぎ声を聞かせるなよ、ますます我慢ができなくなる……んちゅるっ♪」

アンジェ「…そもそも我慢するつもりなんてないくせによく……ふわぁぁ、あっ、あふっ///」

ドロシー「ちゅぅっ、れろっ、むちゅ……♪」

アンジェ「ちょっと待って、それ以上は本当に……あっ、あぁんっ///」

ドロシー「んじゅるっ、じゅるっ……ぴちゃ♪」

アンジェ「あっあっ、あぁぁぁ…っ♪」

ドロシー「じゅるっ、くちゅ……アンジェはここが弱いんだっけな…♪」…くちゅくちゅっ、じゅるぅ…っ♪

アンジェ「あぁぁ…んっ///」

ドロシー「じゅるっ、じゅぅぅ…♪」

アンジェ「……ドロシー…」

ドロシー「んー?」

アンジェ「弱点を知っているのは私も同じよ……んむっ♪」互い違いに寝転んだ状態で、ドロシーの秘部に舌を滑り込ませた…

ドロシー「あ、ああぁぁ…っ♪」

アンジェ「ちゅるっ、れろっ、ぴちゃ……んっ、ふ…」

ドロシー「はぁぁぁっ、あぁっ…アンジェっ、そこ……んじゅるっ、じゅるっ♪」

アンジェ「あぁっ、んぅっ……ドロシー…///」

ドロシー「アンジェ……んじゅっ、じゅるぅ♪」

アンジェ「ひう゛っ、ひぐぅぅ…っ♪」がくがくと腰をひくつかせ、とろりと蜜を噴きだした…

ドロシー「…あぁぁぁっ、んぅっ…アンジェ、私も…いく……ぅっ♪」

………

ドロシー「…今夜は色々と付き合わせて悪かったな……」床に散らかったボディスやペチコート、ストッキングを拾い集めつつ言った……

アンジェ「かまわないわ…そんな風に欲情したまま部屋に戻って、見境なしに同級生を襲われても困る」

ドロシー「誰がそんなことするか…」

アンジェ「そう? …まぁ、それに私も…火照りが……抜けなかった……から…///」

ドロシー「んー、よく聞き取れなかったな?」

アンジェ「……気にしなくていい」

ドロシー「はは♪ ま、冗談はさておき…本当にありがとな」明け方の薄灰色がぼんやりとしたシルエットを作りだす中、ドロシーの手がアンジェの白い頬に触れた……

アンジェ「…だから、気にしなくていいって言っているでしょう……///」

ドロシー「そう言うな……何しろファームを同時に卒業した「同期生」の中でまだ活動しているのは私と…アンジェ、お前だけなんだから……な」ちゅっ…♪

アンジェ「ん、ふ……はぁ…っ///」

ドロシー「…慎重なのからおっちょこちょい、手際のいいやつ悪いやつ……あそこにはいろんなのがいたが、たいていは正体がバレて引退させられるか、鉄格子の向こうか…さもなきゃ天国の階段を登っちまったしな……もっとも、情報部員が天国に行けるのかどうかは知らないが…」

アンジェ「…ええ」

ドロシー「だから、アンジェが側にいてくれる…それだけで私がどんなに心強く思っているか……はむっ、ちゅっ…」

アンジェ「あっ、あふ…っ…」

ドロシー「ちゅ、ちゅぅっ……だからな、もしお前が……んむっ…あのプリンセスのために……もう一組、ハジキを使える腕が必要になるような事があったら…その時は…好きなだけ……私を頼ってくれていいから…な……ちゅるっ…」

アンジェ「……ドロシー///」

ドロシー「んちゅっ……さ、そろそろ戻らないと起床時間になっちまう…」

アンジェ「…そうね…ドロシー、貴女が先に出て」

ドロシー「ああ……何も忘れ物はないか?」

アンジェ「子供扱いしないでちょうだい…ないわ」

ドロシー「よし…それじゃあお先に♪」

アンジェ「ええ…」

アンジェ「……私も同じよ、ドロシー…///」ドロシーが出ていくと、アンジェはキスされた唇を指でなぞった…


………



…というわけで、ずいぶん途中が長くなって「ドロシー×アンジェ」の部分が短い竜頭蛇尾な感じになってしまいましたが、無事にこのエピソードを終えることができました……


……次回は途中までちょっとシリアスな展開でストーリーを運んで、その分やらしい部分はアンジェ、ドロシーの二人がかりでベアトリスをめちゃくちゃにする予定です…

…まずは丁寧な感想と意見をありがとうございます…確かに「単独潜入&破壊工作」はスパイ・アクションの定番ですし、どこかでスマートかつクールな感じで書きたいものです……


…とりあえず次のストーリーはある程度考えているので、そのつぎ辺りに「世界で一番有名なスパイ」(情報部員としてそれはどうなのかという点はさておき…)こと「007」や「0011/ナポレオン・ソロ」(近ごろ原題の「コードネーム・U・N・C・L・E」をタイトルにリメイクされましたね)のようなものを目指してストーリーを練ってみます……時間はかかるかもしれませんが、待っていて下さいね


……そして各タイトルを伏せ字にしませんでしたが、大丈夫でしょうか…夜中に玄関ドアをノックされたりとか……スパイ物の見すぎですね(苦笑)

…case・アンジェ×ドロシー×ベアトリス「The Pigeon and iron」(鳩と鋼)…


…ロンドン・アルビオン共和国大使館の一室…

7「…L、情報収集に当たっていたエージェントからの報告です」

L「うむ…それと、中身には目を通したか?」

7「はい……」

L「どうやら「プリンシパル」を動かす必要がありそうだな…手はずを整えてくれ」

7「分かりました」

…数日後・リージェント公園…

ドロシー「…よっこらしょ、と……定期連絡以外の呼び出しとは珍しいな。何があった?」

L「うむ。急に呼び出したのは他でもない…実は「ちょっとした問題」を解決せねばならなくなってな」

ドロシー「……と、いうと?」

L「…君も噂くらいなら耳にしたことがあるだろうが…この数カ月余りの間に、王国防諜部が他国のエージェントを次々と「静かに」させている、という情報を耳にしたことは?」

ドロシー「ああ…それとなく、だが」

L「結構、ならば話が早い……消されているのは、主にケイバーライト鉱の精錬に関する技術情報を入手しようとしたエージェントたちだ」

ドロシー「そりゃあまた…そいつは王国の連中が血眼になって流出を阻止しようとするシロモノじゃないか……しかし、それだけではあんたが直接「状況説明」に来る理由にはならないね」

L「いかにも」

ドロシー「それじゃあ、一体どういう風の吹き回しで?」

L「…実は、その「始末」のされ方がいくぶん異常なのでな……マクニールを知っているか?」

ドロシー「直接話したことはないが、顔だけなら…アイリッシュ系で背は低いが横幅のある、ごつい炭鉱夫みたいなやつだ」

L「ああ、そうだ」

ドロシー「……やっこさんがどうかしたのか」

L「うむ…およそ一週間前の報告を最後に連絡が途絶え、情報提供者に網を張らせていたところ、数日前モルグで見つかった……首の骨を折られてな」

ドロシー「…なに?」

L「言った通りだ…彼は鉱山労働者という触れ込みで潜入を図っていたので、表向きは鉱山内での「転落事故」と言うことになっているが……へし折られていたそうだ」

ドロシー「……武器は持っていたのか?」

L「ああ…護身用に.320口径の「トランター・リボルバー」を隠し持っていたが……発射された形跡はなかったということだ」

ドロシー「…続けてくれ」

L「他に我が方でやられたのは二人…ジェレミーとエマだ。ジェレミーの方は面識がないだろうが、エマは「ファーム」で同じ時期に入ったから覚えているだろう」

ドロシー「ああ……卒業したのは私たちより後だったらしいな」

L「うむ、何しろ君や「A」ほどではなかったからな…ちなみにジェレミーは研究助手としてケイバーライトの研究施設に潜りこみ、エマは精錬工場に女工として潜入していたのだが……ジェレミーは消息不明で、エマの方は全身に骨折があったが、これも表向きは「機械に巻き込まれた」と言うことになっている」

ドロシー「…」

L「さらに…だ。エージェントを消されたのは我々だけではない」

ドロシー「…さっきそう言っていたな」

L「うむ……もっとも、聞いてみたところで教えてもらえるような事柄ではないから、あくまでこちらの情報収集で知り得た限りだが…情報部員だけでも、少なくとも十数名が始末されている」

ドロシー「……多いな」

L「ああ…まずはフランスの女性エージェントに、ベルギー王国の軍情報部エージェント……ベルギーのエージェントは7.5ミリの「M1878・ナガン」リボルバーを持っていたが、これも発射の形跡はなく、胸骨がたたき折られていた…とのことだ」

ドロシー「……それから?」

L「イタリア王国にドイツ、それからオーストリア・ハンガリー帝国の情報部員…オーストリアのエージェントはガッサー・リボルバーを持っていて、一発だけ発射した形跡があったらしいが……命中弾は与えられなかったようだな」

ドロシー「…」

L「そして最後に、合衆国のエージェントが一人…」

ドロシー「……新大陸のエージェントか…きっとカバーはカウボーイの見世物だな」

L「その男は「掘削機械の商談に来た」事業主ということで、護身用に.32ショートの「スミス&ウェッソン・No.2」リボルバーも持っていたが……発見された時には横に転がっていて、銃身がねじ曲げられていたそうだ」

ドロシー「…何だって?」

L「聞こえなかったか?」

ドロシー「いや…で、私たちは何をすればいい?」

L「うむ……このままエージェントの損失が続くと、我が方の情報活動に影響が出る。君たちにはエージェントを「消して」いる相手に関して情報を集め、可能ならばこれを始末してもらう」

ドロシー「おいおい、冗談だろ…相手は素手で背骨をへし折ったり、ピストルをねじ曲げるようなやつなんだぞ? きっとそいつは筋骨隆々のハーキュリーズ(※ヘラクレス…ギリシャ神話に出てくる英雄)に違いない……まともに相手なんて出来るシロモノじゃないね」

L「ならばヒドラの毒でも盛ることだ…とにかく、どんな犠牲を払っても構わん。活動に必要な資金や機材も全て揃えさせる」

ドロシー「…だったらまずは象撃ち用のライフルかな……とにかく情報を集めてみる」

………



…部室…

ドロシー「…よし、全員揃っているようだな」

アンジェ「ええ…」

プリンセス「ドロシーさんが集合をかけるなんて珍しいですわね?」

ドロシー「ああ、今回はちょいとばかり重い話なんでな……そう思って聞いてくれ」

ちせ「…ほう?」

ドロシー「実はな、新しい任務が入って来た……」そう切り出して、おおよその事情を説明するドロシー

アンジェ「…」

ちせ「…」

プリンセス「…」

ベアトリス「…」

ドロシー「……とまぁ、だいたいはそんなところだ…確かに学生の私らはこれから冬休みに入るし、行動の制約になる条件が減少するのは事実だ」

アンジェ「なるほど…」

ちせ「ふむ…それだけの間諜を手にかけた相手となると、一筋縄では行くまいな…」

プリンセス「……そうね」

ベアトリス「どうして皆さんそんなに落ち着いているんですか…そんな怪物みたいな相手に勝てるわけないじゃないですか!?」

ドロシー「まぁ落ち着けよ、ベアトリス…別に私はLの奴に「必ず始末しろ」と言われたわけじゃない。「可能ならば始末しろ」って言われただけなんだからな」

ベアトリス「そんな事言ったって…!」

ドロシー「いいから聞け……まず、今まで送り込まれた連中はそんな奴がいることすら知らないでいたが、私たちはそういう「フランケンシュタインの化け物」みたいなやつがいることを知っている…だから対策をとることもできる」

ベアトリス「でも……!」

ドロシー「…それに、分かっている限りで始末されたエージェントは全員「ソロ」だ。私たちみたいなチームじゃない」

アンジェ「そうね…それにもし相手が怪力の持ち主なら、その間合いに入らなければいいだけのことよ」

ドロシー「そう言うことさ……ライフルでも持ち出して、そいつが間抜け面をさらしているところを鴨撃ちにしてやればいい」

アンジェ「いずれにせよ、まずは情報収集ね」

ドロシー「そう言うこと…♪」

…まずはコメントありがとうございます…そして、ついに……「劇場版プリンセス・プリンシパル ~クラウン・ハンドラー~」の公開が明らかになりましたね。封切りは2020年4月とのことですので、公式等で情報収集に努めましょう…!

…せっかくですので、続きを投下する前に小道具の解説を一つ……


ヒドラ(ヒュドラ、ハイドラとも)…ギリシャ神話に出てくる、ヘラクレスに退治された毒蛇の怪物。

その毒はヘラクレスの持つ矢に塗られていたが、ある時川を渡ろうとしたヘラクレスとその家族が困っている時、一頭のケンタウロスが妻の「デアネラ」を乗せて川を渡した…が、ヘラクレスが息子を背負って川を渡っている間にケンタウロスはデアネラを犯そうとしてヘラクレスの毒矢で射殺され、その死に際に「この血は媚薬になるから、彼の愛情が減った時に衣服をこの血に浸して渡すと良い」とデアネラをだました……後に本当に浮気をしたヘラクレスに対し、嫉妬に狂ったデアネラが「愛を取り戻そうと」その服を贈ったところ残っていたヒドラの毒が回り、激痛に耐えかねたヘラクレスは自ら薪の山に身を横たえて火をつけ、デアネラ自身も後悔して自殺した

………

トランター・リボルバー…ウィリアム・トランター社の一連のリボルバー。十九世紀末には護身用のポケット・ピストルから大型のものまで生産していたが、その後ウェブリー・スコットに敗れた

………

ナガン・リボルバー…ベルギー人で兄エミールと弟レオンのナガン兄弟が開発した軍用ピストル。なかなか性能が良く、輸出やライセンス生産の許可もゆるかったことから帝政ロシアやノルウェー、スウェーデン、ギリシャ、ルクセンブルグ、アルゼンチンなど多くの国に採用され、それぞれの軍用弾薬の口径に合わせて大小さまざまなモデルが製造された…特に帝政ロシアは大量に採用して長らく使い続け、アドバイザーとして「モシン・ナガン」として有名になる歩兵用ライフルの開発協力も依頼している

………

ガッサー・リボルバー…レオポルド・ガッサーが開発した当時のオーストリア・ハンガリー帝国軍用リボルバー。1903年には社名をラスト&ガッサーと改名し、その後は「ラスト&ガッサー・リボルバー」と言われる。当初は大口径リボルバーが多かったが、後に将校用として小口径モデルが生産された

………

スミス&ウェッソン・No.2リボルバー…安価で反動が小さく威力もそこそこと、手ごろで扱いやすい「.32ショート・リムファイアー」弾薬を使った中折れ式の護身用ピストル。

これまでの「コルト・シングルアクション・アーミー」(ピースメーカー)のように給弾口から一発づつ排莢、装填しなければならない「ソリッド・フレーム式」のリボルバーと違い再装填が早く、口径違いの「No.1」などと一緒に当時大ヒットして、S&Wを一気に大メーカーへと押し上げた

………


…冬休み・初日…

女生徒「…それでは、また休み明けにお会いしましょう」

女生徒B「ええ…この冬はエクセターにあるわたくしの別宅に招待いたしますから……ぜひいらしてね?」

女生徒「まぁ、ありがとう♪」

ドロシー「…まーちに待った冬休みぃ…と……これでやっと活動にとりかかれるってもんだな、アンジェ?」

アンジェ「そうね……ドロシー、貴女にお客様よ…」

ドロシー「ええ?」

サラ「…あの……ドロシー様///」

ドロシー「あぁ、サラか…どうした?」

サラ「あ、いえ……もし、よろしければ…冬休みの間のどこかで…私の家に……おいでいただければと……お手紙を差し上げるつもりでおりますから…その…///」真っ赤になってうつむき、消え入りそうな声でつぶやいた…

ドロシー「ありがとう……サラが招待してくれて嬉しいよ♪」あごに親指をあてがい「くいっ…」と顔を上げさせると、魅力的な笑みを浮かべた…

サラ「///」

ドロシー「はは、そう照れるなって…それじゃあ、いい冬休みを♪」

サラ「ひ、ひゃい…それでは……///」

アンジェ「……相変わらずね」

ドロシー「ああ…それに例の「工場」が吹き飛んだ件で、陸軍省技術顧問のサー・ウィリアム・ティンドル…例のサラの父親の友人だな…が『生産を急ぎ過ぎで安全管理がなっていない』って警告していたのが本当になったっていうんで、サー・ウィリアムの株はうなぎのぼりさ……おかげでよりいい情報をおしゃべりしてくれるようになってな…こちとらからすれば万々歳さ」(※本スレ264…「The Machinegun and spicy spies」参照)

アンジェ「そのようね…引き続き彼女とは良好な関係を構築しておきましょう」

ドロシー「もちろんさ……お、ベアトリス♪」

ベアトリス「ドロシーさん、アンジェさん……しばらくの間ですが、顔を合わせる機会が減ってしまいますね…」

ドロシー「なぁに、そうしょぼくれるなよ…いつでも押しかけてやるさ♪」

ベアトリス「もう…っ」

プリンセス「…あら、ドロシーさん……それに…アンジェ///」

アンジェ「…プリンセス」

ドロシー「やぁ、プリンセス。しばらくは王宮の方で忙しくなるな」

プリンセス「ええ…」

ドロシー「お姫様って言うのも楽じゃないな……ところで、こっちは冬休みを使って「調査」を行う予定だが…プリンセスはあまり動かないようにしてくれ……王族の動向ともなると防諜部やら何やらが目を光らせているからな…」

プリンセス「…分かりました」

ドロシー「あと、ベアトリスを借りることがあるかもしれない……その時はよろしく頼む」

プリンセス「ええ」

ちせ「…おや、すでにお揃いであったか」

ドロシー「おうよ……ちせ、お前さんも冬休みの間にそっちのボスからの命令で動くこともあるだろう…もしこっちでお前さんと腰の人斬り刀が必要な「デート」が入ったら、出来るだけ事前に声をかけるようにするから…よろしくな♪」

ちせ「…かたじけない」

ドロシー「なぁに、そっちも忙しいだろうからな…私の「住所」は覚えているよな?」

ちせ「無論じゃ」

ドロシー「結構……ま、しばらくはアンジェと一緒にロンドン観光…って言うことでぶらぶらしているから、必要があったら手紙をくれ」

ちせ「承知」

ドロシー「…さ、それじゃあ行こうか……ごきげんよう、プリンセス♪」それまではアンジェたちにしか聞こえないようにしゃべっていたが、最後だけわざと人に聞こえるよう挨拶をした…

プリンセス「ええ、ごきげんよう…行きましょう、ベアト♪」

ベアトリス「はい、姫様」

………

…数日後…

ドロシー「…よう、ベアトリス♪」

ベアトリス「ドロシーさん……まだ冬休みが始まって数日ですよ?」

ドロシー「おいおい、プリンセスと一緒じゃないからってそうすねるなよ……今日はいい所に連れて行ってやるからさ♪」

ベアトリス「べ、別にすねてなんていませんっ…それにドロシーさんの言う「いい所」なんてロクなところじゃないでしょうし……」

ドロシー「やれやれ、ずいぶんと信用されてないな…」

ベアトリス「当たり前です! どうせまたモルグだったりするんでしょう?」

ドロシー「バカ言うな。今回は正真正銘、折り紙つきで楽しい場所さ……そうだろ、アンジェ?」

アンジェ「ええ」

ドロシー「ほら見ろ、アンジェだってああ言ってるぜ?」

ベアトリス「むぅ…」

ドロシー「ま、行ってみりゃ分かる話だしな…出かけようぜ♪」

………



…とある広場…

ドロシー「……ほぉら、着いたぜ」

ベアトリス「これって…サーカス、ですか?」

ドロシー「ご名答♪」


…ドロシーたちがやって来た広場にはサーカス団が来ていて、大小さまざまなテントが張られ、それぞれの入口に掲げられたけばけばしい色合いの看板には「仰天、世界一の大男に膝丈の小人!」「ここでしか見られない世界唯一の動物!」「軽業師ハンフリー兄弟の華麗なる演技!」などなど、嘘くさいが人の興味を惹きそうな文句が書きたてられている…


ベアトリス「…一体どういう風の吹き回しですか?」

ドロシー「なーに…せっかくの冬休みだし、たまにはいいだろ?」

ベアトリス「何か引っかかりますけど、まぁいいです…ちょっと面白そうですし……///」

ドロシー「はは、それじゃあ早速見て回ろうぜ♪」

受付A「…さぁさぁ、紳士淑女のみなみなさま、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! こちらのテントでお見せするのは世界一の美女「炎のカサンドラ」嬢! エジプトの美女クレオパトラか、はたまたヴィーナス、隣に並べればバラも色を失うという美しさ! 今なら入場料たったの三ペンス!見ないと一生の損だよ!」

受付B「さぁいらっしゃい! このテントの中では世界一の大男「ジョージ・ザ・グレート」に鉄棒をも曲げる怪力男「鉄の骨のモーガン」が見られるよ! たった四ペンスでこいつを見ないのはもったいない、さぁ入った入った!」

受付C「このテントの中では怪奇と恐怖が渦巻き、ミイラに吸血鬼、人食い鬼…世にも恐ろしい怪物の数々が待ち受けています…さぁ、勇気のある方は二ペンスでのぞいて見てください…もっとも、心臓の悪いお方やご婦人方にはおすすめしませんがね……さぁ、いかがです…?」

ドロシー「……はは、面白そうじゃないか…さ、どれから見る?」

ベアトリス「…えぇ…と」

受付B「そこの綺麗なお嬢様方、今なら力自慢の「鉄の骨のモーガン」のすごい技が見られますよ!遠慮は無用! さぁ、入った入った!」

受付A「おっとと、お嬢さん方にはこっちの方がよろしいですよ! 炎のカサンドラの魅力は男女関係なし! …しかも追加で四ペンス払うと、なんと……彼女が水浴する所をのぞけるかもしれないんですよ! 見てみたいでしょう?」

受付C「さぁさぁ、ご婦人方…恐怖渦巻くこのテントでは今だけあの「吸血鬼」が見られるんですよ……途中で怖くなって出てきた方、気を失った方もたくさんいますがね…勇気があるならどうぞ中へ……」

ドロシー「んー…そうだな、ここは力自慢にするか♪」

受付B「はは、お嬢様は見る目があるねぇ! ささ、一人四ペンスですよ!」

ドロシー「そら♪」

受付B「毎度あり、さぁ中へどうぞ!」

…テント内…

ドロシー「おー、けっこう大入りじゃないか……はぐれるなよ?」

ベアトリス「はぐれませんよっ…子供じゃないんですから」

ドロシー「悪い悪い、あとで飲み物でも買ってやるからさ♪」

ベアトリス「だから子供扱いしないで下さいってば…!」

ドロシー「はははっ…お、そろそろ始まるな♪」

ベアトリス「むぅぅ、またそうやってはぐらかして……」

司会「さぁて皆さま! 今日お目にかけますのは怪力無双の大男、鉄棒をも曲げる驚異の肉体! その名も……「鉄の骨のモーガン」だ!」

巨漢「ふんっ!」

…上半身は裸で下には派手なタイツをまとった、身長がたっぷり七フィートはありそうな筋骨隆々の大男が舞台袖から舞台に出てきた…出てくるなり盛んに腕を曲げ伸ばしして力こぶを作ってみせたり、腹に力を入れて筋肉を動かしたりと力自慢ぶりを見せつける……

観客「よっ、待ってました!」周囲からは一杯機嫌の客たちが飛ばすヤジや喝采が飛んでいる…

司会「さぁさぁやってまいりました! うなる鼻息は雄牛のごとく、その筋肉は鋼鉄のごとく! ひとたび物を持ち上げさせれば起重機も真っ青! 物を握らせればたちまち微塵に押しつぶしてしまうため、おちおち食事も出来ないと言う男だ!」

観客B「おいおい、それじゃあどうやって飯を食うんだよ!」

司会「ですから普段はフォークもナイフもなし、両手で引きちぎりながら肉を平らげております! さぁご覧あれ、こちらの大樽、大箱にはぎっしり物が詰まっている! 軽く二百ポンドはあろうかというシロモノだ! どなたか重さを試してくれるかな…おっ、そこの強そうなお方!」

観客C「…おれか?」

司会「そう、あなたです! どうぞこの壇上に来て、この大箱でも大樽でも持ち上げてみてください! もし持ち上がったらモーガンの代わりにお客さんを雇うことにしますよ!」調子のいい司会の言い草に、どっと笑い声が上がる…

観客C「おう、任せとけ!」箱の下に手をかけてうなり声を上げ、顔を真っ赤にして持ち上げようとする…

観客D「…がんばれ大将!」

観客E「もっと腰をふんばりな!」

観客C「うぬぬ…ふぅっ、むぅぅんっ! …だめだ、持ち上がらねえ!」

司会「おやおや、それは残念…どうぞお戻りになって…… 見ての通り、常人では一インチも持ち上げることの出来ないシロモノだ! しかしモーガンなら…!」

巨漢「ふんっ!」箱をつかむと軽々と持ち上げてみせた…

ベアトリス「わぁ、すごいですね!」

ドロシー「ああ、大したもんだな…くくっ♪」ベアトリスの感心した様子を見て、笑いだしたいのをこらえているようなドロシー…

ベアトリス「……何がおかしいんです?」

ドロシー「いや…本当にお前さんは素直ないい娘だと思ってね♪」

ベアトリス「どういう意味ですか?」

アンジェ「……あの持ち上げようとした客は仕込み…つまり「やらせ」よ」

ドロシー「…ま、言うだけ野暮だからな……こういうのはだまされたふりをして楽しむもんさ♪」

ベアトリス「な、なるほど……」

司会「ではいよいよ真の力を見せる時だ! 取り出しましたるは紛れもない鉄の棒…なんとモーガンはこの鉄の棒を曲げてしまおうというのです!」

観客「そいつはすげえな!」

司会「さぁ、はたして鉄棒が勝つか、モーガンの腕が勝つか…結果はどうなる!」

巨漢「ぬんっ…ふぬぅぅ……!」さすがに顔を赤くして力んでいるが、次第に鉄の棒が曲がり始めた…

巨漢「……むぉぉぉっ!」とうとう飴細工のようにぐんにゃりと曲がった鉄棒…最後にUの字になった鉄棒をガタンと舞台の上に放り出すと、拍手喝采を浴びながら力こぶを作った…

ドロシー「はははっ、大したもんだな♪」

ベアトリス「……ねぇ、ドロシーさん」何やら考え込んでいるベアトリス…

ドロシー「ん?」

ベアトリス「…もしかして、あれにも何か「仕込み」があるんですか……?」

ドロシー「あー、その事か……あの大男の名誉のために言っておくが、一応あれは鉄棒だぜ」

アンジェ「…ただ、何度も熱せられたり曲げ伸ばしされている鉄棒は強度が落ちる……それだけのことよ」

ベアトリス「そうなんですね…」

ドロシー「そういうことさ…面白いだろ? さて、次は何を見に行くか…♪」

…昼時…

ドロシー「さーてと、ちょっと喉を潤そうじゃないか…と♪」

アンジェ「貴女ときたらいつもそれね」

ドロシー「まぁそう言うな、せっかくの機会なんだから楽しめよ……へい、ビールを三つにパイを頼む」

屋台の売り子「はい、お待ちどう」

ドロシー「お、ありがとな…ほら、二人ともつまめよ」錫のジョッキに注がれた水っぽいビールをあおりながら、油っこいひき肉のパイをつまむ…

ベアトリス「ありがとうございます」

アンジェ「そうね、わざわざ自分で頼もうとは思わないけれど……せっかくだからいただくわ」

ドロシー「ああ、お前さんはしみったれだからな…おごってやるよ」

アンジェ「どうもごちそうさま」

ドロシー「いえいえ、こちらこそお嬢様にご馳走できて光栄でございます……なんてな♪」愉快そうにおどけてみせるドロシー…

ベアトリス「…それにしてもずいぶんと人が多いですね?」

ドロシー「ああ、客層も広いしな……ちなみに、あそこにいる鳥打ち帽(ハンチング)の男はスリだから気をつけろよ?」

ベアトリス「えっ?」

アンジェ「…そういう時は視線を向けない」

ベアトリス「あっ……すみません…」

アンジェ「謝れば済むという問題じゃないわ……まだ訓練が身についていないわね」

ドロシー「まぁまぁ、そう怒るなよ…もっとも、練習は追加する必要がありそうだがな」

ベアトリス「……ごめんなさい」

ドロシー「いいさ、反対に「素人」の方が気取られなくていいって場合もある……さ、それじゃあジョッキを返してくる」ベアトリスが飲み切れなかった半分ほどをぐーっと飲み干すと空のジョッキをまとめて持ち、屋台に返しにいった…

………

…午後…

ドロシー「…どうだ、面白いか?」

ベアトリス「ええ…普段は公式行事や姫様のお供が多くて、なかなかこういう場所に足を運ぶ機会がありませんから……もちろん、姫様と一緒にいられるのは嬉しいですが…」

ドロシー「はは、なかなかのろけてくれるじゃないか♪」

ベアトリス「…っ///」

ドロシー「そう照れるなよ…さて、こっちには何が……っと、舞台の裏側に来ちまったようだな」

ベアトリス「みたいですね……戻りましょう」

ドロシー「おう、そうだな……」

…夕方…

ドロシー「…さてと、今日は楽しめたか?」

ベアトリス「ええ」

ドロシー「そいつはよかった…おっ、灯りがともり始めたな」…あちこちに吊るしてあるランタンや電燈が光りを放ち、回転木馬などがにぎやかに回っている…

ドロシー「…たまにはこういう場所もいいもんだ……な、アンジェ?」

アンジェ「そうね…」

ドロシー「ああ。きっと今頃はやっこさんも「向こう」でこんな風に楽しんでいることだろうよ……っと、ちょいと感傷的になっちまったな…」

アンジェ「……たまにはいいわ…」そっと身体を近寄せるアンジェ…

ベアトリス「…」

ドロシー「ありがとな……さ、帰ろうぜ♪」

アンジェ「ええ」

………

…その日の夜…


ドロシー「……さてと、アンジェはどう思う?」

アンジェ「今日行ったところは「シロ」ね。 …楽屋ものぞいてみたけれど、特におかしなところはなかったわ」

ドロシー「やれやれ…この「怪力お化け」の出現場所や情報部員たちが消されたおおよその日時からすり合わせて、このサーカス団が一番怪しいと思ったんだがな……ま、一発目からそう上手くはいかないか」

アンジェ「ええ」

ドロシー「それにしても今日はベアトリスがいてくれて助かったぜ……やっこさんがいると、いい目くらましになる」

アンジェ「そうね」

ドロシー「ああ…あんな風に目をキラキラさせてはしゃぎまわってくれると、いかにもそれらしく見えるからカバー(偽装)がやりやすくなっていい…私たちじゃあどうつくろったってああはいかないからな」

アンジェ「同感ね」

ドロシー「…私とお前さんじゃあ、ああいう「愉快な雰囲気」に完璧には溶け込めないものな……そもそもいい年をして私が移動遊園地だのサーカスだのではしゃいでいたら馬鹿みたいだし、お前さんはあんな風に目立つ動きをするタイプじゃない」

アンジェ「ええ…」

ドロシー「……しっかしそうなると「ふりだしに戻る」ってやつだな…まさか休みの間、ずーっとサーカスと遊園地めぐりってこともないだろうし…」そういいながらも机の上に「ロンドン・デイリー・ニュース」紙を広げ、催し物の広告に出ているサーカスや移動遊園地から「クサい」とにらんだものをチェックしている……

アンジェ「…こうなったら地道に足で稼ぐしかないでしょうね」

ドロシー「ふぅ…となると、何かしらの上手いカバーを考えないとな」

アンジェ「そうね」

ドロシー「それとあとで「コントロール」をせっついて、何か掴んでいないか聞いてみることにしよう」

アンジェ「それは任せるわ」

ドロシー「ああ」

………

…同じ頃・官公庁街…

官僚「…ミセス・キャタリッジ、これのタイプを頼むよ……写しが二枚いるんだが、出来上がったらいつものように僕の机の上に置いておいてくれたまえ」

タイピストの老嬢「はい、ミスタ・ハワード」

官僚「すまんね…それが終わったら帰っていいから。それじゃあまた明日」

老嬢「さようなら、ミスタ・ハワード」

官僚「ああ、また明日」

老嬢「…ミスタ・ハワードもお忙しくて大変でいらっしゃいますね…さて、と……」つるに鎖をつけ、鼻の先までずり下がっている眼鏡を押し上げると、手際よくタイプを叩き始めた…と、またずり落ちてきた眼鏡を鼻の上に戻すとタイプしかけた文書を眺め、原本と見比べはじめた……

老嬢「……あら、いけない…!」どうやらつづりを間違えたらしく、タイプ紙を切り取るとくずかごに放り込んだ…それから数分もしないうちにタイプを終えると、灰色と紫色の野暮ったいボンネットと日傘を持ち、とことこと歩きで帰って行った…

…数十分後…

掃除婦「…よいしょ、こらしょ……ふぅ、本当にホワイトホール(官公庁街)っていうのは紙ごみの多い所だわね……」赤ら顔でべらんめえのコックニー訛りもぞんざいな、いかにも無学そうに見える掃除婦のおばさんが袋を担いでやって来た……

掃除婦「やれやれ、これが全部お金だったらあっという間にお金持ちだよ……うんしょ…」書き損じや下書きの紙ごみが一杯につまった袋に、くずかごの中身を空ける…

掃除婦「……はぁ、おかげで腰が痛いったらありゃしない…」ぶつぶつ言いながらタイピストの打ち間違えた文書に一瞬だけ目を走らせると、ズロース(下着)をずり上げるそぶりをしながらぽってりした脚と股の間に丸めて押し込み、何食わぬ顔で袋を担ぎ直した…

掃除婦「…まったく、嫌になっちゃうよねぇ……」

………

…とりあえず少し投下しましたが、それより台風は大丈夫だったでしょうか…

……特に前の被害が残っている千葉の方ですとか、あちこちの川があふれたり堤が切れたりしたような所に住んでいる方は気をつけて下さいね…

…数時間後・アルビオン共和国大使館…

7「L、エージェント「タイニー・ティム」(小さいティム)から報告が入っております」


…とある王国の役所に勤めているタイピストの老嬢とゴミ捨て係のおばさんは、どちらも「コントロール」の送り込んだひとかどのエージェントで、このタイプの情報部員は無害なオールドミスのタイピストや老齢の秘書嬢として何人も王国の官公庁に浸透している……コードネーム「タイニー・ティム」の二人はお互いに顔を合わせたこともないが、おばさんは老嬢がわざと「タイプミス」をした(…その上で隅を折ったりインクを垂らしたりと特定の「目印」をつけてある)公文書をゴミ捨て場に持って行く過程で抜き取っては暗号文にして送り、なかなかの「成績」を残している……特に掃除婦のおばさんは赤ら顔で俗っぽいコックニー訛りと字も読めないような見た目をしているが、実際にはラテン語も操る教養人で、王国の官僚たちが気にせず捨てている下書き原稿や草案などはあっという間に読み通してしまう…


L「ふむ、あれは相変わらず朝食のベーコンと卵のように相性がいいようだな……プロダクト(産物)としてはどうだ?」

7「そうですね……この情勢を考えると興味をそそられるかと思います…」

L「ほう?」口にくわえていたパイプを放すと、解読された暗号文を手早く黙読した……

7「…」

L「…ふぅむ、なるほど……」

7「あの二人は情報の確度も高いですし、今回の情報も何かの手掛かりになるかもしれません」

L「そうだな…エージェント「D」に宛てて暗号文を送ってやれ」

7「はい…電信にしますか?」

L「だめだ。いつも通りメッセージを紙に書いて「デッド・ドロップ」方式で受け渡せ……多少時間はかかるが、耳寄りな情報が入るたびに電文を打っていては王国防諜部に情報漏れがあったことを教えてやるのと変わらん」

7「分かりました」

L「とにかく「プリンシパル」には励んでもらわねばな…普段からドリーショップ(コントロールの技術担当)には無茶を言ってあれだけの装備を用立てさせているのだ……早く結果を出さんと経理の連中にやいのやいの言われて胃を悪くする」パイプをくわえ直すと、真顔で冗談めかした…

7「ふふ、ご冗談がお上手ですね」

L「ふ……たまにはユーモアのセンスも磨かねばいかんからな。他には?」

7「はい、エージェント「K5」からも同様の情報が…ただ、確度としては良くて「中」と言ったところかと…」

L「…とはいえ複数の情報源から同様の情報が入ってきているのなら、そこには一抹の真実が含まれていると言うことになる……あれが費やしているバカ高いシャンパンやらストッキングやらの分だけでも情報を入手するよう発破をかけろ」

7「そうでないとまた経理部に呼び出しを受けますものね…そうでしょう?」

L「そうだ。そして呼び出されるのは私であって君ではない……私とて何かにつけてあの杓子定規の石頭どもにネチネチ言われるのはごめんだ」

7「はい、分かっております」

………



…翌日・とある邸宅…

ドロシー「アンジェ、ちょっと来てくれ…「コントロール」から新しい情報だ」

アンジェ「どんな?」

ドロシー「それがな……私たちの追っかけている相手のコードネームが分かった」

アンジェ「…それで?」

ドロシー「ああ…今回の騒ぎを起こしている怪力お化けのコードネームは「シルク・モス」(カイコガ)……もちろんアルファベット順につけた、何の意味もない名前かもしれない…とはいえ、私は何となく王国の連中が「意味のある」コードネームをつけているような気がしてならないんだ」

アンジェ「…例の「ガゼル」みたいに?」

ドロシー「ああ。それと、今までにエージェントが消された大まかな場所を調べてみた……新聞の写真っていうのは便利だな。図書館で建築図鑑をめくって通りや建物を調べたらすぐに分かったぜ♪」

アンジェ「そうね、場所については私も調べてみたわ……それとエージェントの「消去」が実行されたのは夕方から深夜で、特定の曜日にはこだわってはいないようね」

ドロシー「む……せっかく私が言おうとしてるのに、先取りするなよ」

アンジェ「悪かったわね」

ドロシー「いいさ…とにかくこうなったらそれらしい鉱山町だの工場街を軒並み当たって、情報収集してみるしかないだろうな……」

アンジェ「そうなりそうね」

ドロシー「……あとは聞きこみ中にその「怪力お化け」の野郎とばったり出くわさないことを祈るだけさ」

アンジェ「同感ね」

………

…ロンドン市街・労働者街…

ドロシー「……さ、それじゃあ取りかかろう」

アンジェ「そうね」

ドロシー「役割分担は分かってるな?」

アンジェ「もちろん」

ドロシー「よし、じゃあ行こうぜ…♪」手元の小さなハンドバッグには護身用の小型ピストルとして.297口径の「トランター・リボルバー」を忍ばせ、チャコールグレイと黒の地味な格好に身を包んでいる…

(※十九世紀はまだまだ追いはぎや野犬も多かったので、買えるだけのお金がある人は護身用に小型ピストルを持っていることも多かった…種類はさまざまで、極めて小さい弾丸をごく少量の火薬で撃ちだす威嚇程度のものから、一応殺傷能力のある.297口径や.32口径などが流行った)

アンジェ「…ええ」アンジェも黒を基調にした服でまとめ、顔はヴェール付きのボンネットで隠している…

………

…夕方・とあるパブ…

パブのおやじ「……らっしゃい、何にしやすかね?」まだ客が入っていない午後の時間帯なので、暇を持て余しているおやじが注文を取りに来た…

ドロシー「エール。パイントで」

おやじ「へい!」小汚い布で申し訳程度にテーブルを拭うと、すぐに金属のふた付きジョッキを持ってきた…

おやじ「どうも、お待ちどうさんです…」

ドロシー「……おやじ、ちょっといいか?」

おやじ「へい、何です?」

ドロシー「ああ…ちょっと人を探しててな」

おやじ「へぇ……人探しで?」

ドロシー「そうだ」

おやじ「…それで、その「探している」っていうのは……どんな奴なんです?」

ドロシー「ああ…本名は分からないが「イカれたマシュー」っていう名前で通っている、やたら馬鹿力のある奴で…髪は茶、六フィートは優にあるような大男で、右腕に「メアリー」と刺青がある……心当たりは?」

…おやじが持っているかもしれない何かの情報をしゃべらせるための誘いとして、適当にでっち上げた人相を教える……が、細かい特徴をつけたしていかにも「それらしい」具合に仕立ててある…

おやじ「さぁて…ね、そんな大男は見たことも聞いたこともありませんや……かといって「馬鹿力」だけとなると、ここの客は多かれ少なかれ鉱山だの工場だのでハンマーなんかをふるっている連中だから、今度は当てはまる奴が多すぎるし…」

ドロシー「そうか」

おやじ「ところで……ご婦人がたはどうしてそんな奴を探してらっしゃるんで?」

ドロシー「…理由を聞きたいのか?」

おやじ「いえ、まぁ……そりゃあ、こんな場末のパブで人探しなんて…ちっと気になりやすからね……」ボロ布のような台拭きをエプロンに引っかけ、いくらか興味ありげな顔をしている…

ドロシー「分かった、いいだろう……」立てた人差し指を前後に動かし「近くに寄れ」と合図をした…

おやじ「へいへい……っ!?」

ドロシー「……これが分かるか?」一瞬の早業で抜く手も見せず、おやじの喉元に短いが鋭そうなナイフの刃をピタリとあてている……紫がかった瞳は冷たくおやじを見据えている…

おやじ「へ、へい…っ!」

ドロシー「…我々は女王陛下のために働くが「身分証は持たず、名を名乗るわけにもいかない人間」だと言うことだ……これでいいな?」

おやじ「も、もちろんで…!」はげ頭にあぶら汗を浮かべ、ガタガタと震えている…

ドロシー「よろしい。本来なら我々が身分を明かすことなどない……が、お前が利口にしてこのことを誰にも言わず、大人しく黙っていればそれでいい…分かったか?」

おやじ「わ、分かりやした…!」

ドロシー「結構だ……」するりとナイフを戻してそっけなく言うと、一パイントのエールには多すぎる額をテーブルに放り出した…

おやじ「あの、その…こんなには……」

ドロシー「いいから取っておけ…王国のために目と耳は動かして、余計な口はつぐんでいろ……いいな?」

おやじ「へ、へい……ありがとうございやす…」

…しばらくして…

ドロシー「…まずはハズレだったな。かといってあんまりあちこちで聞いて回るわけにもいかないが……」

アンジェ「……そう簡単に上手くいくとは思わないわ…また別のカバーストーリーを考えましょう」

…数日後・イーストエンドのアルコール中毒者救済施設…

ドロシー「はぁ…あ……まったく、なんであたしがこんな目に…」エプロンとナースキャップを身に着け、病人のようなアル中患者のシーツを替えたり、洗濯かごを運んだりしている……

エプロン姿のおばさん「そう文句を言いなさんな……でも、一体どうしてあんたみたいな育ちの良さそうなお嬢さんが、こんなところの手伝いなんてしてるんだい?」

ドロシー「…それが、ちょいとばかり遊びが過ぎて……うちの父親はお堅い人だから「数日間でいいから奉仕活動をして、世の中の役に立ってきなさい…さもなければ家の敷居は跨がせん!」ってここに押し込まれてさ……まったく、嫌になっちゃう」

おばさん「なるほどねぇ……ま、何事もいい経験だよ♪」

おばさんB「そうそう…それにここはアン王女様が可哀そうな人たちの救済のために作られた施設だから……他の施設よりはずっといい環境だよ?」

ドロシー「そんなもんかねぇ…」眉をひそめてベッドに並んだ患者たちを眺めている…

中毒患者「う゛ぅ…あぁぁ…」

中毒患者B「……サリー……おれのサリー…どこに……行っちまったんだぁ…?」

おばさん「そうさ…あぁ、それとね」

ドロシー「うん?」

おばさん「消毒液の瓶は患者の近くに置きっぱにしちゃダメだよ、いいかい?」

ドロシー「いいけど……どうして?」

おばさんB「そりゃあの人たちと来たら「アルコール」って名前がついている物ならビールだろうがウィスキーだろうが…はたまた消毒用のアルコールだって飲んじまうからさ!」

おばさん「ほんとにねぇ……その執念だけは大したもんだよ」

ドロシー「わかった、気を付けるよ…」(…こういうところには元技師だとか鉱山労働者も多い……何か耳寄りな情報が入ればいいんだがな)

…別の日の夜・貧民街…

目の見えない老人「……誰か、哀れな盲目の老人にお恵みを…夕食のパンを食べるだけの数ペンスで結構でございます……」道ばたに座り込み、前には古ぼけたお椀が置いてある…どうやら以前は鉱山労働者か何かだったらしく、瞳がケイバーライト鉱の汚染で緑色にくもっている……

ドロシー「…あの爺さん……どうだ、行ってみるか?」

アンジェ「ええ…」

老人「…どなたか親切なお方…お恵みを下され……」

ドロシー「……ほら、爺さん……これっぽっちで悪いね」そう言って一シリング硬貨を老人の節こぶだらけの手に握らせた…

老人「どうもありがとうございます、親切な……えっ…こ、こんなにいただけるので…!?」受け取った硬貨の感触でシリング硬貨と気づいた老人が驚いたように見えない目を向けた……

ドロシー「ああ、いいんだよ……少しはこれで腹もふくれるだろう?」

老人「あぁ、ありがたいことでございます…どこのどなたかは存じませんが……見ず知らずの老人にこんな……うぅ…っ」

ドロシー「何も泣くことはないだろう……いや、実は私も昔はこの辺りで細々と暮らしていてね…こんな風に物乞いをやっていたら、慈善活動をやっていたある貴族のお嬢様に気に入られて、今じゃいいご身分なんだ……だから今度は私がおすそ分けを…ってわけさ♪」

老人「…あぁ、ありがたいことでございます……」

ドロシー「なぁに、いいんだよ…しっかししばらく見ない間に、ここもずいぶん変わったねぇ?」

老人「そうでございますね……」

ドロシー「…それに人も替わったよ……あ、爺さんは知ってるかな?」

老人「なんでございましょう…?」

ドロシー「いやぁ、以前はここにいたんだよ……もの凄い力持ちの大男でさ「力こぶのハリー」っていうやつなんだけど…」

老人「さぁ……わしもここには長い方ですが…聞いたことがありませんな……」

ドロシー「ふぅん、そっか……ま、身体を大事にしなよ?」

老人「…ありがとうございます……」

ドロシー「ああ…」

…深夜・高級住宅街のネスト…

ドロシー「…しっかし参ったな……これじゃあ「干し草の山から針」どころか、大西洋から一滴の水だぜ?」…コントロールがさまざまな名義や身分を経由して買い入れたしゃれた邸宅のダイニングルームで、温めたブランデー入りミルクをすすりつつぼやいた……

アンジェ「文句を言っても始まらないでしょう…」

ドロシー「そうは言ってもな…改めてロンドンの大きさにあきれ返っているところさ」

アンジェ「…とにかくこの調子で情報収集を続けるしかないわ」

ドロシー「まぁな……やれやれ、この調子じゃ定期連絡の時にまたせっつかれることになりそうだ…」

…ロンドン・アルビオン共和国大使館の一室…

L「…あれから進展は?」

7「いえ。エージェント「A」および「D」の報告によると、まだ具体的なものは出ていない…とのことです」

L「それでは困る。こちらとしてもこう次々とエージェントを消されては活動に支障が出る……最近は革命騒ぎの直後と違って、新しい情報部員を「植え込む」(潜りこませる)のも楽ではないのだからな」

7「……それは「プリンシパル」としても承知しているかと…」

L「分かっている…しかし結果が伴っていないのも事実だ」

7「はい」

L「何か手を打たねばならんな……他には?」

7「はい。エージェント「S9」からの報告によりますと、フランスは再度ケイバーライトの情報入手を試みるべく情報部員を送り込む予定…とのことです」

L「そうだろうな。あちらとしても抱えていたエージェントを消された以上、あとには引けまい……」

7「ええ」

L「…そうなれば、餌を撒けば食いつくかもしれん……相変わらず「S9」は向こうと接触があるのだな?」

7「はい」

L「そうか、よし…少々リスクは伴うが、「S9」を使ってフランス側に偽情報を流せ」

7「しかし、L…」

L「分かっている。こちらとしても「S9」は大事に取っておきたい…が、ことわざにも「卵を割らなければオムレツは作れない」とある」

7「ええ…」

L「……それに、連中が「ケイバーライト」の情報を喉から手が出るほど欲しがっていることは分かっている…もし有力な報告を受けたら、一も二もなく飛びつくはずだ……そしてこちらが目を開けているところで王国防諜部が動けば、何かしらの手掛かりはつかめる」

7「確かにそうでしょうが……」

L「さらに、だ…近頃はフランス情報部の動きも活発になってきているが、そうした状況は好ましくない……しばらく静かになってくれるのならば、それはそれで好都合だ」

7「…分かりました、手はずを整えます」

L「うむ」

………

…数日後…

アンジェ「どうだったの?」

ドロシー「待ってろ、今話してやるから……ふぅ」ティーポットから紅茶を注ぐと、一口飲んだ…

ドロシー「……さてと、何から話すかな…とりあえずそこまでこっぴどくやられはしなかったさ」

アンジェ「それは良かったわね」

ドロシー「まぁな、それはいいんだが…コントロールの連中、なにかタイトロープ(綱渡り)をやらかすつもりでいるらしい……」

アンジェ「…何かあったの?」

ドロシー「ああ…当然ながら細かいところは教えちゃくれなかったが、どうやらよその情報部をだしに使って例の「怪力お化け」を引きずり出すつもりらしい」

アンジェ「なるほど……当てはまる国はいくつもあるけれど、一番可能性があるのはフランスね」

ドロシー「だろうな…なにしろ列強の中でも「カエル」の連中はこっちとの軍事バランスを保つためにも、ケイバーライトと空中戦艦の情報がどうしても必要だし、おまけにエージェントもやられてるからな……」(※カエル…フランス人の蔑称)

アンジェ「そういうことね」

ドロシー「ま、こっちとしては同じ「共和国」とはいえ、お向かいの連中とは植民地だの覇権だのをとりっくらするような仲だ……友好関係どころか共同歩調だって取ったことさえないんだから、連中が「火中の栗を拾いたい」って言うなら、せいぜい薪をくべて火を大きくしてやるさ」

アンジェ「そうね」

ドロシー「おうよ…それよりいよいよ「怪力お化け」の野郎とお目見えだぜ?」

アンジェ「ええ」

ドロシー「…サイ撃ち用のライフルか野牛撃ち用のシャープス・ライフルでも持って行くか?」(※シャープス・バッファロー・ライフル…アメリカ西部開拓時代、バッファロー狩りに使われた大口径ライフル。威力はあったが精度は悪く、数発撃つと銃身が焼けてゆがむので、濡れた布をまかないとならないなど欠点が多かった)

アンジェ「いらないわ……そんなのを撃ったら肩の骨を外すのがオチよ」

ドロシー「ばか言え、シャープスは据え置きで使うライフルだぞ」

アンジェ「だとしても結構…怪力だろうが何だろうが.380口径があれば充分始末できるわ」

ドロシー「ははっ、玄人(プロ)の言うことは違うね♪」にやりと笑うとウィンクを投げた…

…なかなか進んでいませんが、また明日あたりに投下したいと思っています……と、そう言えばちょうどハロウィーンの時期ですし、どこかでアイルランド系のネタを入れようと思います……ご期待ください

…さらに数日後…

ドロシー「……ちっ、参ったな」

アンジェ「どうしたの?」

ドロシー「実はな…例の「餌」にフランスの連中が食いついた」

アンジェ「それに何か問題が?」

ドロシー「ああ、そこまでは良かったんだが……ここに来てちせが使えなくなった」

アンジェ「それはまた…何かあったのね?」

ドロシー「まぁな…今回の件と言い、ここ最近は王国内できな臭い事件が多かったろ? そんなわけで日本の使節団は堀河公の警護を固めることにしたらしい……だもんで、ちせは数週間ばかり堀河公のそばを離れることができなくなった」

アンジェ「仕方ないわね…もとより彼女はこちらの入手した「産物」を間接的に入手するために送り込まれてきたわけだし、私たちに協力するのは本来の目的ではないのだから」

ドロシー「そうだな……もっとも、ちせ本人はずいぶんこちらに好意的だがね…」

アンジェ「ええ…しかしいくら彼女自身がこちらに肩入れしていても、勝手なことは出来ないもの」

ドロシー「そういうこと。それにこっちも「腕が立つ」からって、うちのエージェントでもないのにちせのことをあてにし過ぎていた……ってのも確かだ」

アンジェ「そうね…」

ドロシー「まぁ、そいつは大いに反省すべきなんだろうが…今ここで動かせる駒が足りない……ってのはどうしようもない事実だしな…」

アンジェ「……コントロールに連絡を取って、情報部員の誰かを回してもらえないかしら」

ドロシー「やってみてもいいが望み薄だな……そもそも「出来る」エージェントはみんな何かしらの任務を持っているし、王国の連中に「芋づる式」でやられないためにも、出来るだけ接点は作りたくないはずだ。それにコントロールとしては私とお前さんがいるんだから必要以上だ…って言うだろうよ」

アンジェ「…その通りね」

ドロシー「それに…だ、そもそも低級の連絡員クラスじゃ役に立たないし、ある程度のエージェントを回してくれたとしても、スタイルや呼吸が飲みこめていないようだとかえって足手まといになる……」

アンジェ「そうね…でも、そうなるとベアトリスを使うことになるわ」

ドロシー「仕方ないだろう……プリンセスは公務があるし、そもそもそんな任務に使えるわけがない」

アンジェ「当然ね」

ドロシー「ああ。その点ベアトリスなら地味で目立たない……それと機械にはめっぽう強いし、例の「七変化の声」もある。まだ未熟だが訓練も積んでいるし、何より結構ツキがある…幸運って言うのは情報部員にとっては最高の贈り物だからな♪」

アンジェ「確かにね」

ドロシー「……とにかく、ベアトリスなら動きも見当がつくし、見ず知らずの誰かと組むよりはずっといい…まぁ連絡くらいならどうにかこなせるはずだ」

アンジェ「分かったわ」

ドロシー「幸いベアトリスも休みをもらってるからな…ここしばらくは身体が空いているはずだ」

………



ドロシー「……というわけでベアトリス、お前さんには私たち二人の支援役をしてもらいたい」

ベアトリス「わ、私が……ですか?」

ドロシー「ああ、そうだ…なに、必要以上に難しく考えることはないさ」

アンジェ「だからと言って安易な気持ちで臨まれても困る……私とドロシー…ひいてはプリンセスの命もかかっているのだから、きっちりこなしてちょうだい」

ベアトリス「は、はい…っ!」

ドロシー「…何しろ相手は怪力の「ハーキュリーズ野郎」だからな……私たちの首がへし折られないように、しっかり見張ってくれよ♪」

ベアトリス「うぅ、責任重大ですね…」

ドロシー「ふぅ、こいつは言っても仕方ないんだが…そう気負うな。不真面目になられるのも困るが、がちがちに緊張していても実力が出せないからな」

ベアトリス「ええ、分かってはいるんですが……どうしたらお二人のように落ち着いていられるでしょうか?」

ドロシー「あー…私はその辺を割り切って考えているから、参考にならないな……アンジェは?」

アンジェ「そうね…私だったら当日までみっちり訓練のおさらいをして「自分は万全の準備を整えた」と思い込ませるわ」

ドロシー「……なるほど、そいつはいいかもな」

アンジェ「賛同していただけて何より……なら今から数時間ばかり、格闘訓練の手合わせをお願いできるかしら?」

ドロシー「うへぇ……」アンジェの本気とも冗談とも取れる言い草に苦笑いをするドロシー…

…数日後の夜・精錬工場近くの労働者街…

ドロシー「さて、ベアトリス……お前さんはそのバスケットを持って、誰かに届けるようなふりをしながら歩いてくれりゃあいい。何か見つけても気にするようなそぶりは見せるな…あくまでもいつも通りに振る舞え」

ベアトリス「はい」

ドロシー「私とアンジェはそれぞれ通りの端っこで監視をしているから、お前さんが見えたら場所を変える……何か不測の事態があったら臨機応変で対応してくれ」

ベアトリス「わ、分かりました…」

ドロシー「よし、いい娘だ……それじゃあ始めようか♪」


…適当なパブに入ると程よく奥まった席に入り、ぬるいエールを片手に暇そうにしているドロシー……アルビオン中から様々な種類の出稼ぎ労働者がやって来るロンドンの労働者街はきつい労働で身体を壊したり、ケイバーライト鉱毒で病院送りになったりするせいで人の入れ替わりが激しく「見慣れない顔」だと見とがめられたり視線を集めることもなく、うだつの上がらないタイピスト風の格好をしているドロシーもすんなりと溶け込めている…


ドロシー「…」(それらしい奴はいない……やっぱり必要な時だけ送り込んでくるのか…)

常連「よう、オヤジ! ビールと飯だ!」

パブのオヤジ「…あいよ、今日はもう上がりか?」

常連「ああ……ったくよ、この数日はめっきり冷えるぜ」

オヤジ「そうだな。ほらよ」

常連「おっ、ありがてえ……んぐっ、ぐっ……」

ドロシー「…」

常連「ぷはぁっ…たまらねえなぁ!」

オヤジ「もう一杯やるか?」

常連「おう、頼むぜ!」

常連B「お、マーティじゃねぇか…今日は早ぇな?」

常連「おうよ、一杯つきあわねぇか?」

常連B「そいつはいいな。オヤジ、おれにもビール!」

オヤジ「はいよ!」

ドロシー「…」ベアトリスが通りかかってから少しタイミングをずらして小銭を卓上に置くと、すっと店を出た…



…街の反対側・安食堂…

食堂のお姉さん「はい、お待ちどう」

アンジェ「…ええ」


…労働者街に一軒は必ずあるような安食堂に入り、あちこちにヒビの入った皿を前にしているアンジェ……大皿には焼き過ぎで汁気もなさそうな筋張ったマトンステーキに、剥き損ねた皮が混じっているマッシュドポテト…それに育成所時代を思い起こさせるような肉汁の染みこんだヨークシャープディングがごちゃごちゃと盛りつけられている…


アンジェ「…」目はさりげなく窓の外を監視し、同時に店内のおしゃべりに耳をそばだてながら黙々と食べる……テーブルナイフはティースプーン並みの切れ味しかないなまくらだったが、技量を駆使して肉を切り、ぼそぼそしたヨークシャープディングと一緒に口に運ぶ…

客「……それでよ、やっこさんに言ってやったんだ…」

客B「…うちのやつと来たら金を無駄遣いすることしか考えちゃいねぇ…まったく「女房の不出来は十年の不作」たぁよく言ったもんだ……」

客C「……そういや、この間の事故でくたばったアイリッシュ野郎だがよ…」

客D「ああ、あの幅の広い…やっこさんがどうかしたのか」

客C「……いや、何かおかしいと思わねぇか?」

アンジェ「…」もそもそしたマッシュドポテトをゆっくり食べながら、他の会話から二人の声をより分ける……

客D「どうしてさ…あいつはどっかから落っこちて首を折っちまったんだろう? …ツイてねえことは確かだが、おかしいってことはねえだろう…」

客C「…いや、それがよ……あの日はやっこさん、もう上がってたんだぜ……おれも戻りが一緒だったから知ってるんだ」

客D「…じゃあ何か忘れ物でも取りに行ったんじゃねえのか?」

客C「そうかもしれねえ…でもおかしいんだよな……」

…ここしばらくお待たせしていてすみません。使っていたPCがダメになってしまったもので……まだデータの引っ越しやらバックアップやらで調整中ですが、数日以内に投下できるように頑張ります

…さらに数日後…

ドロシー「よし、それじゃあ説明を始めようか…」

アンジェ「ええ」

ベアトリス「はい」

ドロシー「前にも言ったが、こっちが撒いた餌にカエル(フランス)が食いついた…で、そのカエル連中の送り込んだ情報部員は明日ないしは明後日の晩に、ケイバーライト鉱の精錬施設へ潜り込むことが予想される」

ベアトリス「…あの、一ついいですか?」

ドロシー「何だ?」

ベアトリス「明日か明後日って、どうしてそんなにはっきりと分かるんです?」

ドロシー「そいつは簡単さ…ケイバーライト鉱石はその「能力」を発揮させたり精錬したりする時にかなりの熱を帯びるし、毒性も強い」

ベアトリス「…はい」

ドロシー「そのせいで、ケイバーライト鉱の精錬に使う高炉や施設は過熱や腐食を防ぐために時々止めて冷ましてやらないといけない…本来、金属を扱う高炉は冷ますと割れやひずみが生じるから、止めることは滅多にしないんだが……こいつばかりは例外ってわけだな」

ベアトリス「なるほど」

ドロシー「当然、この間は精錬施設が休みになる…もちろん、止まっている間は保守点検や修繕が行われるが、高炉が稼働している時のように二十四時間の三交代制で労働者が出入りするわけじゃない。特に夜はがら空きだ」

アンジェ「…要は、人目を引かずに潜り込むには絶好の機会…ということよ」

ドロシー「そういうこと……つまり、連中がこの機会を逃す訳がないってことさ」

アンジェ「…しかし、王国側もそれを十分に承知している」

ドロシー「となれば、例の「シルク・モス」とやらがお出ましになる可能性も高い…ってわけだ」

ベアトリス「なるほど…」

ドロシー「とにかく、こっちとしてはフランスの連中が罠に引っかかったところで出て来るはずの「怪力お化け」を始末するか…少なくともどんな奴なのかを見極めるのが目的だ…もちろん、王国が動かしている精錬施設の見取り図や詳しい仕組みの分かる資料も手に入れば言うことなし、ってところだがね」

ベアトリス「分かりました」

ドロシー「そこでだ……ベアトリス、お前さんは技術に強いから、もしも機会があったら高炉の周囲に潜り込んで、できる限り施設の設計や作りを目に焼き付けてくれ。もちろん、王国の連中に尻尾をつかまれるような真似をしない範囲で…だがな」

ベアトリス「はい!」

ドロシー「で、私とアンジェはその間に「怪力お化け」を片付ける…と。まさに一石二鳥ってわけだ♪」

…翌日の晩…

ドロシー「さ、準備にかかろう……一晩中監視する羽目になるかもしれないから、厚手のマントにしろよ?」

ベアトリス「はい」

ドロシー「…アンジェ、長物はどうする?」編み上げの革長靴、黒地に紫の模様が入ったベストにすっきりしたズボンスタイルでマントを羽織り、襟元にマフラーをたくしこんでハンチング帽をかぶる…

アンジェ「私はいらない…貴女は?」黒と紺の短いフリルスカートと、肌に吸い付くような黒絹のストッキング……いつものウェブリー・フォスベリー・リボルバーをホルスターに吊るし、鋭い両刃のナイフと秘密兵器の「Cボール」を腰に下げた…

ドロシー「そりゃ持って行きたいのは山々だが、取り回しが悪いからな…まぁ.455のウェブリーなら十分だろう。 ベアトリス、お前さんは何を持って行くつもりだ?」4インチ銃身のウェブリー・スコットに弾を込め、鞘に収めたナイフを脇に吊るす…

ベアトリス「そうですね、私はまだあんまり射撃が得意じゃないので……何がいいと思いますか?」

ドロシー「そうだな…本来そいつは自分で決めるのが一番なんだが…」

アンジェ「まぁ、ある程度小型で反動が抑えやすい銃がいいでしょうね」

ドロシー「…となりゃ.380口径の3インチ銃身か、もっと短い「ブルドッグ」タイプかな。 銃身が短いから命中精度には期待できないが、至近距離で相手のどてっ腹にぶち込むなら関係ないし、隠して持つにはうってつけだ…ここにウェブリーとトランターのがそれぞれ二丁づつあるから、好きな方を持って行け」

ベアトリス「分かりました、それじゃあこっちにします」

ドロシー「ああ…弾は選別したのがそこの紙箱に入ってるから、そいつを込めればいい」

ベアトリス「はい」銃を身につけると厚いウールのマントを羽織り、襟元もきっちり留めた…

………

ドロシー「あぁ、それから…ベアトリス、私とアンジェがこまごましたものの支度をしている間に、サンドウィッチでも作っておいてくれよ……監視任務はたいてい長丁場になるし、うかつに離れる事もできないからな」

ベアトリス「分かりました。挟むものは何にします?」

ドロシー「そうだな、ハムときゅうりのピクルスとか……お前は?」

アンジェ「…私は何でもいいけれど、玉ねぎは入れないようにしてちょうだい」

ベアトリス「あれ、アンジェさんって玉ねぎはお嫌いでしたっけ?」

アンジェ「いいえ。ただ、あれは食べると匂いが残る」

ドロシー「アンジェは一度王国の情報部員に忍び寄られたことがあったんだが…その間抜けが食った玉ねぎの匂いに気づいて返り討ちにしたことがあるのさ」

ベアトリス「なるほど…それじゃあ匂いの強いものは入れないようにしますね?」

ドロシー「ああ、そうしてくれ」



ドロシー「さてさて…準備も整ったようだし、出かけるとしようか」

ベアトリス「はい」

ドロシー「今日は私が先行するから、ベアトリスは十五分ばかりしたらここを出ろ……アンジェ、お前は適当に時間を見計らって自分の判断でやってくれりゃあいい」

アンジェ「ええ、そうするわ」

ドロシー「それぞれの監視地点は前に下見を済ませた場所だ…似たような建物が多いから間違うなよ?」

ベアトリス「はい、分かっています」

ドロシー「結構…それと説明の時にも言ったが、明けの五時を過ぎても動きがなかったら撤収すること。こんなカラスみたいな格好で日の出を迎えたりしようもんなら、鴨撃ちの獲物になるのと変わらないからな」

ベアトリス「ですね」

ドロシー「ちょうど朝方なら仕事場に向かう労働者や屋台の軽食売りなんかがいてほどよく混み合う…うまく紛れこんで引き上げろ」

ベアトリス「はい」

アンジェ「…そろそろ時間よ」

ドロシー「よし…それじゃあ現地で」

………

…一時間後・ケイバーライト精錬施設のそば…

ドロシー「…うー、寒い……」


…下宿や労働者たちの家がごちゃごちゃと立ち並ぶ雑然とした一帯の、精錬施設の入り口が見える屋根の上に腹這いになっているドロシー…三角屋根の傾斜を利用して、ちょうど稜線から顔だけ出すような形で監視を続けている……少し離れた煙突の陰にはアンジェが陣取り、ベアトリスは二人の間を中継出来るような位置についているが、いずれにせよ古い屋根瓦が落ちたりずれたりして音を立てることがないように、じっとしてほとんど身動きをしない……厚手のマントにくるまってはいるが、下から冷気がしみこんでくる…


ドロシー「……それにしても妙に静かだな…」声にならない程度につぶやく…


…少し離れた屋根の上…

アンジェ「…」(…静かすぎるわね…気に入らない……)


…崩れかけた煙突の脇に身体を潜り込ませ、ほとんど建物と同化しているアンジェ……目の前に広がっている精錬施設は夜間とはいえ人の出入りもなく、時折中堅レベルのエージェントが巡回するにとどまっている……一見すれば十分な警戒にみえなくもないが、アンジェやドロシーのような腕利き情報部員の目からすると、王国の基盤を支えるケイバーライトの施設にしては警備が甘すぎるのが気にかかる…


アンジェ「…」(やはり罠ね。餌はケイバーライトの精錬方法で、獲物に食いつく「顎」は例の「シルク・モス」とやら……となると、その姿を確かめる機会も得られる…ということね)

アンジェ「…」身を潜めたまま、鋭い目つきで監視を続けた…


………

…しばらくして…

ドロシー「…また見張りが回ってきたな……一周だいたい五分って所か…」

…長いコートを羽織り、鳥打ち帽をかぶった王国のエージェントが精錬施設の入り口に来ると辺りを確認し、またゆっくりと戻り始めた……運用が面倒なためか、はたまた下級のエージェントでは支給してもらえないのか、手には「ケイバーライト・ランタン」ではなく普通のランタンを提げている…

ドロシー「さて、奴が戻ってくるまでしばらくかかるし…その間に腹ごしらえでもしておくかな……」

…ガサゴソと音がする紙包みは使わずに、薄手の布でくるんであるサンドウィッチを取り出したドロシー……アルビオン式の山形食パンの間にはじっくり燻製された厚切りハムときゅうりのピクルスが挟まっていて、気を利かせたベアトリスが「パンが湿気らないように」と、バターとマスタードを丁寧に耳まで塗ってあった…

ドロシー「…そうそう、こういうのでいいんだよ……銃の腕はさておき、こういう細かい所の気づかいは一流だな…♪」…強大な帝国の中心地である「眠らない街」ロンドンの街明かりで薄ぼんやりと照らされた精錬施設を監視しつつ、静かにパンにかぶりつく……

ドロシー「……おっ…?」


…屋根の上で静かにサンドウィッチをぱくついていると、作業小屋や手押しのトロッコ、精錬くずの小山や廃棄部品でごちゃごちゃしている施設の外周に何かが動いた……ドロシーがサンドウィッチの最後のかけらを口の中に押し込みつつ目をこらすと、バラックの陰に潜んでいる男が見えた…男は黒色らしいベレー帽に労働者風の短い上着とズボン姿で、手には細身のナイフを握っている…


ドロシー「…」(カエルの所のエージェントだな……なかなか出来そうだが…どう動くつもりなのか、しばらく観察させてもらおうか……)

アンジェ「…」(…あのフランス人…ナイフの腕は立ちそうだけれど、自信過剰なのか脇が甘い…)

ドロシー「…」

アンジェ「…」

…二人が屋根上から見ている間にも、物陰のフランス情報部員が見回りの王国エージェントに黒豹のように忍びよる……そのままシルエットが重なったかと思うと、王国エージェントの持っているランタンが一瞬激しく揺れ動き、しばらくすると静かに吹き消された……フランスのエージェントは音を立てないように注意しつつ物陰に見張りの身体を引きずり込むと、潜んでいるらしい仲間に小さく手招きしてさっと入り口をくぐり、隠れ場所から出てきたもう一人もするりと施設内に入っていった…


ドロシー「…よし、これでそろっていない役者は「シルク・モス」だけだな……」

アンジェ「ええ、そうね」音も立てず、すでにドロシーの側に来ているアンジェ…

ドロシー「…アンジェ。今のフランスの奴だが…どう思う?」

アンジェ「ナイフの使い方はなかなかだったけれど、警戒を怠っているところがあったわ……隙がある」

ドロシー「…お前もそう思ったか?」

アンジェ「ええ」

ドロシー「そうか……とりあえず中の様子が確認できない以上、果たして「怪力お化け」がいるかどうかも分からん」

アンジェ「そういうことになるわね…」

ドロシー「となると、こちとらも連中に続いて忍び込む羽目になるが……気に入らないな」

アンジェ「それも仕方ないでしょう…警戒を怠らずに動くしかないわ」

ドロシー「…ああ、分かった……アンジェ、私が援護するからお前は先行しろ」

アンジェ「ええ」

ドロシー「頼むぞ……ベアトリス」

ベアトリス「はい」

ドロシー「…もしも「怪力お化け」が出てきたらこっちで始末するから、その間にお前さんは高炉の周囲を探って新技術や新式の機械が使われていないか調べてくれ。 ハチの巣ををつついたのに蜂蜜なし…って言うんじゃ片手落ちだからな……ただし、十分に気をつけろよ?」

ベアトリス「分かりました、任せて下さい…!」

ドロシー「…ああ、任せたぜ……さ、それじゃあひとつ「フランケンシュタインの怪物」のご面相を拝見しに行くとしようか…♪」

…精錬施設・内部…

アンジェ「…」

ドロシー「…」

ベアトリス「…」先頭に立つアンジェが出す手信号に従い足音一つさせず歩くドロシーと、ぎこちない動きのベアトリス…


…精錬施設の内部は真鍮でできた奇妙な形の機械や太さも様々な導管が入り組んでいて、その間に通路や階段が迷路のように走っている……これが昼間なら、明かり取りの窓から入る陽光に照らされて真鍮の部品が輝き、精錬作業の喧噪やもくもくと立ちのぼる蒸気など、技術の粋を尽くした「ケイバーライト革命」の生み出した力にある種の誇らしさや力強さを覚えたかもしれなかった…が、人っ子一人いない精錬施設の内部は暗く静まりかえっていて、闇の奥に沈んだ機械の類は、廃墟の幽霊屋敷のようなおどろおどろしさを感じさせる……もっとも、幼い頃に大人たちからむごい仕打ちを受けたアンジェやドロシーにしてみれば、直接危害を加えてくる生身の人間と違って、触ることもできない幽霊だの悪霊だのなどは恐ろしくもなんともない…


アンジェ「…」大きく顔をさらすこともなくちらりと角の向こうをのぞき、足音を忍ばせて慎重に歩を進める……

ドロシー「…」

ベアトリス「…」

アンジェ「…」とある角で先をそっとのぞくと、片手を上げて「待て」と合図を送った……数歩遅れて付いていたドロシーとベアトリスは急に立ち止まってつまづかないよう数歩進んで慎重に止まった…それからドロシーはもう一歩アンジェに近寄った…

アンジェ「…」

ドロシー「……いたか?」

アンジェ「ええ…あのパイプの後ろ、二本が重なっている辺り……」


…アンジェの言う辺りに目をこらすと、暗がりに吸い込まれるようにして遠ざかっていくフランス情報部員の姿が見えた…二人ともあちこちに視線を走らせ、しきりに警戒している様子がうかがえる…


ドロシー「…さすがだな……よし、それじゃあ後はあいつらを見失わないようにすれば…」

アンジェ「……待って」

ドロシー「どうした…?」

アンジェ「…左奥。蒸留器みたいな機械の後ろ」


…ドロシーがアンジェのささやいた場所に視線を向けると、十五ヤードばかり向こうにそびえる大きな蒸留器に似た機械の後ろに、ぼんやりと大柄な影が潜んでいるのが見えた……そのままじっと見つめていると目が闇に慣れてきて、暗い影は次第にがっちりした男のシルエットへと変わっていった……見たところ背はそう高くないが、ヘビー級ボクサーのように太い腕をしているのがうっすらと見て取れる…


ドロシー「…なるほど、あいつが例の「ハーキュリーズ野郎」ってわけか……」

アンジェ「おそらくは…」

ドロシー「……っ、奴が動くぞ」


…がっちりした男はフランスのエージェントが通り過ぎるのをじっと待ち、それからそっと後を追い始めた……がっちりした太い腕と首に短い脚…と、熊のような見かけによらず、滑るように相手を尾行ていく…


アンジェ「…どうする、ドロシー?」

ドロシー「このまま奴を尾けよう……カエルの連中と共倒れになってくれればめっけものだし、もしどっちかが生き残ったらけりをつけてやるだけの事だ」

アンジェ「分かった」

ドロシー「……ベアトリス、あと少しの辛抱だから付いてきてくれ…これがすんだら調べ物に励んでもらうからな」

ベアトリス「はい…」ドロシーでも聞き取れないような小さな声で返事をし、こくりとうなづいた…

………

…同じ頃・アルビオン共和国大使館…

L「…ふむ、今回「J4」が入手したプロダクトは質がいい……毎回一級の情報を取ってこいとは言わんが、この位の情報でなくては送り込む意味がないというものだ……」

…パイプをくわえて紫煙をくゆらせながら、各エージェントから送られてきたレポートを確認している「L」……と、そこへノックの音がして「7」が入ってきた……一見すると普段通りの表情で平静を保っているように見えるが(スパイマスターとして多くの情報部員たちを操ってきたおかげで)表情を読むのが上手なLからすると、ひどく焦っているように感じられた…

7「失礼します…L、至急お知らせしたい事が」手にはタイプしたばかりのレポートを持っている…

L「なんだ、慌てふためいてどうしたのだ?」

7「それが、エージェント「K4」がこれを送ってきました…」

L「そうか……なに、確かか?」さっと目を通すと、眉をひそめた…

7「…どうやら間違いないようです…さきほど届いたばかりで、私もいま解読したところです…」

………

…数時間前・ロンドン市内の公文書館…

館員「ミスタ・ハーベイ…あと三十分ほどで閉館の時間ですよ?」

眼鏡の中年男性(共和国エージェント)「ああ、すまない……でも、もうちょっとなんだ」


…真面目そうな眼鏡の男は、遺産や信託された財産を扱う会計士をカバーにしている共和国エージェントで、他の業務にかこつけて公文書館に出入りしては「コントロール」から指示される戸籍や転籍届、出生証明書、死亡証明書などを調べていた…そして(いかにもアルビオンのお役所らしいが)公文書館の職員は真面目できちんとした言葉遣いの男をすっかり信用しきっていた…


館員「いやはや、会計士というのも大変ですね」

エージェント「まぁそうかもしれないが…どうしてだね?」

館員「だって、ここ数日は毎日のようにこちらに来ていますから…ところで、どんな書類をお探しなんです?」

エージェント「ああ……それがね、数年前にウェストミンスター教区にある貧民街に住んでいた人で、その人に遺産を残した親戚がうちの事務所と信託の契約をしていたんだが……ああいう所に住んでいる人は戸籍もなかったりするし、革命騒ぎで焼けてしまった書類も多いからね…」コントロールがお膳立てした偽装(カバー)として、実際にウェストミンスター教区のとある人物へ遺産を信託されているのでさらりと答えた…が、本当は「シルク・モス」の正体を調べにきていたエージェント…


…情報活動ではありがちなことだが、正体不明の「シルク・モス」につながりそうな手がかりも、始めはなんと言うこともない一枚の書類から始まっていた…一週間ほど前、とあるエージェントが内務省の機密ですらないファイルに収まっていた古い書類に「シルク・モス」のコードネームと、アルファベット数文字で組み合わされた管理官のコードを見つけ報告した……そこでコントロールが王国防諜部の管理官リストをあたるとウェストミンスター教区の担当だったことが分かり、何か引っかからないかと古い戸籍をあたってみる事にした…という次第だった…


館員「ウェストミンスター教区ですか……あ、だったら…少し待っていてもらえますか?」奥に引っ込むと棚を調べはじめ、しばらくするとほこりをかぶった分厚い戸籍台帳を持ち出した…

エージェント「これは?」

館員「置ききれないので普段はしまってある古い戸籍台帳です。これなら何か載っているかもしれませんよ?」

エージェント「それはそれは…とても助かるよ」

館員「どういたしまして。必要なら明日以降も出しておきますよ?」

エージェント「そうだね、そうしておいてもらえると都合がいい」…そう言いながらほこりっぽい変色した紙をめくる……

館員「また何か必要ならおっしゃってください」

エージェント「ありがとう……」細かい文字を指でなぞりつつ確認していく…と、一つのおかしな記録に行き当たった……

エージェント「…きっとこれだ…でも、だとすると……」一瞬けげんな顔をしたが素早く暗記し、怪しまれないようしばらくねばってから公文書館を出た…

………


L「むむ…もしこの情報が事実だとしたら「A」や「D」と言えども不意を突かれるかもしれん……くそっ、なぜこのレポートが今さらになって届いたのだ」

7「それが、連絡役が市場の混雑に巻き込まれて遅れてしまったとかで…」

L「…間抜けめ、何という不手際だ。この時期はクリスマス前の買い出しで市場が混雑する事くらい認識しているはずだろうが……通常の連絡手段では間に合わん、「プリンシパル」にアタッシェ(伝達吏)を……いや、それでも間に合わんな」

7「はい。恐らく「A」および「D」はすでに現地で監視体勢に入っているものかと…また「至急」の暗号電を打てば王国防諜部の注意を引き、逆探知を受ける危険もありますし…この時間では伝書鳩も飛ばせません」

L「…とはいえ何もしないのでは「プリンシパル」を切り捨てたように見える…今からでもかまわん、コンタクト(連絡役)を使ってこの情報を「プリンシパル」のネストに送り届けろ」

7「承知しました」

………

…精錬施設…

ドロシー「…くそ、連中はどこまで奥に進む気なんだ? …アンジェ、右側を頼む」

アンジェ「ええ…」

ドロシー「……ベアトリス、お前は数歩空けて付いてこい…」

ベアトリス「…はい」


…フランスの情報部員と、それを追っている王国防諜部エージェントの両方を監視・追跡しているドロシーたち……しばらく精錬施設の中を進むうち、背の高い機械を収めるために三階分の天井がぶち抜きになっている区画へと入り込んだ……天窓からは雲に照り返しているロンドン市街の街灯りが差し込んでいるが、それも数ヤード先になるとぼんやりと霞んではっきりとはしなくなる…


アンジェ「…」

ドロシー「…」お互いに少しの目線やちょっとした仕草で意思を伝える二人…

アンジェ「…」

ドロシー「…」(…それにしてもフランスの連中め、こんなに奥まで入り込みやがって…これじゃあ魚釣りの餌にがっぷり食いついちまったようなもんだぞ……)

ベアトリス「…」


…また三十ヤードほど進んだ時、フランス人の片方が何かを見つけてつぶやいた…細身の相方がコクリとうなずいて「分かった」と言うように片手を小さく上げると、片割れは早速機械のかたわらにしゃがみ込んだ……動きのしなやかな男は得意な得物らしい細いナイフを抜き、ごちゃごちゃした施設のあちこちに視線を走らせる……見つからないよう、機械の間に身を潜めるドロシーたち…


アンジェ「…」

ドロシー「…」


…それぞれ壁際を縦横に走っている導管の影の中にシルエットを重ねるドロシーと、横に寝せた円筒状の機械に溶け込んでいるアンジェ、そこから数歩後ろの機械の間にしゃがんでいるベアトリス……ほとんど「隠れんぼ」状態になっているベアトリスはさておき、ドロシーとアンジェの取った位置は絶妙で、立ちのぼる夜霧のせいでぼんやりと霞んでいるとはいえ、室内全体の様子がかなりよく分かる……と、王国防諜部エージェントのずんぐりした影がそれまでの隠れ場所を抜け出し、そっと動き始めた…


アンジェ「…」(いよいよ仕掛ける気ね…)

ドロシー「…」(…あの「怪力お化け」の野郎、確かにでかい割には動きがいい…とはいえ、列強の腕利きエージェントを何人も片付けられるほどには見えないが……何か「奥の手」を持っていやがるのか、あるいはたまたまツいていた…ってだけか?)

アンジェ「…」(……これまでの情報が間違っているのでなければ、あの男の十八番は素手での格闘…となれば、動きを見ることさえできれば、ある程度までは出方を予測できるはず)

ドロシー「…」(いずれにせよ、ここは様子見だな…)


…動きはいいが脇が甘いフランスのエージェントからは死角になっているので気づいていないが、すでに「シルク・モス」とおぼしき男のがっちりしたシルエットは物陰を伝い、じりじりと距離を詰めている…


アンジェ「…」ウェブリー・フォスベリーを抜いて静かにスライドを引いた…

ドロシー「…」ドロシーも音がしないよう、マントでくるむようにして撃鉄を起こす…

アンジェ「…」

ドロシー「…っ!」


…王国のエージェントはフランス情報部員の後ろから数ヤードの距離まで忍び寄って機会をうかがっていたが、フランス情報部員の片方が何かを言って細身の男が機械に顔を近付けた瞬間、物陰から飛びかかった…黒いシルエットが重なり合ってもみ合いになると、うめき声がして細いシルエットが崩れ落ちた……王国エージェントはそのまま地面を蹴り、一気にもう一人へと襲いかかる……と、銃声が響いて交錯する二人の姿をパッと照らし、そのままもつれ合うようにして地面へと倒れ込んだ…


ドロシー「ふぅ……どうやら結果は「相打ち」ってところのようだな…」

アンジェ「…そのようね」

ドロシー「さて、それじゃあ私とお前さんはこっちのことを振り回してくれた「シルク・モス」とやらの面を拝みに行くとしようぜ…ベアトリス」

ベアトリス「はい」

ドロシー「これで「怪力お化け」は片付いたからな…心おきなく調べ物に取りかかってくれ」

ベアトリス「分かりました。それでは高炉の方に行ってみます」

ドロシー「おう、頼んだ」辺りに聞こえないようまだ小声ではあるが、ある程度は普通の調子に戻した…

ドロシー「…やれやれ、フランス情報部のトップクラスって言ってもこんなものか……」

アンジェ「そうね…」

ドロシー「まぁいいさ……とにかく、連中が何か役に立つ情報でも持っていないか確認しよう」

アンジェ「ええ」


…用心深く左右を確認しながら、折り重なるようにして地面に倒れているフランス情報部エージェントと王国防諜部エージェントの死体に近寄る二人…


ドロシー「私はこいつを確認するから、そっちを頼む」

アンジェ「分かったわ」

………

…一方・高炉のそば…

ベアトリス「…うーん、この設備はどこかで見たことが……」

ベアトリス「……あ、前に飛行船で見た大型の冷却器に似ています……きっと新型ですね…」


…捕まった時の危険を考えると詳細なメモを取るわけにはいかないので、施設のおおよその配置や大きさをメモするだけにとどめ、コントロールが一番知りたがっている機械や設備の見た目やレイアウトは記憶していくベアトリス……アンジェやドロシーに記憶術を叩き込まれたおかげか、近頃は以前より細かなディティールまで覚えられるようになっていて、二人の評価も上がってきているのが内心では誇らしい…


ベアトリス「…蒸気加圧式のケイバーライト・ボイラー…圧力計のメーターは……上限が30気圧…これはこっちのとほとんど同じですね……」

ベアトリス「……そしてこれが高炉…」目の前にそびえ立つ、真鍮と銅で出来た巨大な「バベルの塔」を見上げ、思わず息をのんだ…

ベアトリス「…とてつもなく大きいですね……っと、見物している場合じゃありませんでした……」

………

ドロシー「……さてと、こいつの得物はなんだ…?」手から離れて地面に転がっているリボルバーを取り上げて手際よく確認した…

ドロシー「ふーん「サン・テティエンヌ・M1886」改良型……無煙火薬モデルのM1892か」手に取ってさっと構えてみる…

ドロシー「なるほど、悪くない……ウェブリーとはグリップの角度が違うから落ち着かないが、前後バランスはまぁまぁだな…」

アンジェ「…それ、フランスの「レベル(Lebel)リボルバー」ね?」

ドロシー「ああ…名前こそレベルとかサン・テティエンヌとか色々言われちゃいるが、要は同じ銃だからな」

アンジェ「口径は8ミリ?」

ドロシー「ご名答。フランスの8✕27ミリ弾だ……だいたい.340口径ってところだな」

アンジェ「無煙火薬?」

ドロシー「ああ、間違いない……フランスの軍用弾薬だな」そう言いながら落ちていた元の場所に戻した…

アンジェ「なるほど…それと、こっちのフランス人は調べたわ」

ドロシー「分かった、それじゃあ本命の「シルク・モス」を確認しよう」

アンジェ「ええ…」

ドロシー「……しかし、あっけないもんだよな」

アンジェ「というと?」

ドロシー「いや、ね……あれだけこっちのエージェントを片付けてきた奴がさ、こんな風にあっさりと………ちょっと待てよ」

アンジェ「……どうしたの?」

ドロシー「…おい、おかしいぞ……」急に声を落として、深刻な口調になったドロシー……

アンジェ「何が?」

ドロシー「…考えてみろ。このフランスの連中は胸に刺し傷がある…それにこの防諜部の男もナイフを握ってやがる」

アンジェ「……言われてみればレポートにあった「シルク・モス」のやり方じゃない…まさか」

ドロシー「ああ、その「まさか」だ……!」

アンジェ「…それじゃあ急いでベアトリスと合流しないと……」

ドロシー「ああ、まずい事になる……!」

アンジェ「……ドロシー、私につかまって」腰の「Cボール」に手をかけた…

…精錬施設・高炉の前…

ベアトリス「……うーん、これは真鍮製ですか…」

ベアトリス「…こっちは黄銅……この部品は鉄ですね…なるほど」


…小さな身体でちょこまかと動き回り、高炉の部品を確かめているベアトリス……最初はあたりを警戒して、おっかなびっくりといった様子で周囲をうろついていたが、次第に大胆かつ丁寧に施設を観察し始めた……もとより機械の類に詳しく、しかも勉強熱心と言うこともあって、それぞれの機器がどう動くのかを過去に見たさまざまな機械と比較したり類推したりして、きちんと体系立てていく…


ベアトリス「あぁ、なるほど…これが高圧管から低圧管を中継して…そうでないと圧力で機械が壊れちゃいますものね…」

ベアトリス「…そしてこの低圧管からここのパイプを通して……うーん、さすがによく出来ています……ん?」

ベアトリス「……あれは…」


…視線をうつむけてごそごそと探り回っていたベアトリスだが、ふと目を上げると高炉の「足下」にあたる部分に小さな丸いふたのようなものが見えた…すぐに「とととっ…」と駆け寄ると小さなモノクル(片眼鏡)型の拡大鏡を取り出して目にあてがい、ふたの口から垂れて固まっている金属をじっと眺めた……銅や黄鉄鉱、そのほかよく分からないもろもろの金属が混じり合った金属くずの中に、時々きらりと青緑色の光が反射する…


ベアトリス「……やっぱり、これって熔解したケイバーライト鉱から分離した残滓を流すための弁ですね」

ベアトリス「…しかもケイバーライト鉱のかけらがくっついてます……これを持ち帰れば純度や精錬方法の特徴がつかめるかもしれません……」そうつぶやくと懐からナイフを取り出して、冷めたカラメルのようにがちがちになっている金属をこじりだした…

ベアトリス「…んっ、やっぱりそう簡単には剥がれてくれませんね……うんしょ…」小さなガラス瓶に剥がしたかけらを集めつつ、熱心にナイフを突き立てる……と、視線の隅にかすかな影が動いた……


ベアトリス「…」ナイフと小瓶を置くと目を細め、夜霧に霞む機械の間をすかし見た…

ベアトリス「…アンジェさん?」ごそごそとマントの下を探ると短銃身のウェブリー「ブルドッグ」ピストルを取り出し、それから小声で呼びかけた…

ベアトリス「……気のせいだったんでしょうか。とにかく、これ以上の長居は無用ですね……」急に心細く感じたベアトリスはいそいそと道具をしまい、それから銃をホルスターに収めかけた…

???「…」

ベアトリス「…っ!?」いきなり物陰から飛び出してきた相手に銃を弾き飛ばされ、喉を締めあげられながら高炉に押しつけられた……

ベアトリス「…ぐぅ…っ!」なんとか振りほどこうと脚をじたばたさせるが、がっちりと喉元を締め付ける腕はびくともしない……

ベアトリス「…うっ、く……!」(まさか、この人が本当の「シルク・モス」なんですか…っ!?)

シルク・モス「…」

ベアトリス「……んぐっ……うぅっ!」

…これまでも何人もの情報部員をそうしてきたように、ベアトリスの首もへし折ろうとする「シルク・モス」…しかし幸運なことにベアトリスの首元には金属で出来た喉と声帯が取り付けられている…おまけに「冷え込むから」とドロシーが勧めたので厚手のマントをきっちりまとっており、首元を締めあげる指と喉元の間に少しの余裕があった…

シルク・モス「…」

ベアトリス「……ぐぅっ、ごほ…っ!」ものすごい力に喉の人工声帯がめりめりときしみ始め、さすがに息が苦しくなってくる……叩きつけられた痛みと酸欠で揺らぐ視界の中には片手でベアトリスの喉を締め上げる「シルク・モス」の姿が写っている…

ベアトリス「……っ!?」


…今回の相手は素手でピストルの銃身をねじ曲げたり背骨をへし折るような人物と聞いて、見上げるような筋骨隆々の大男を想像していたベアトリスだった…が、目の前で自分の喉をへし折ろうとしている相手は小柄で、背の高さもベアトリス自身より少し大きい程度しかない…


ベアトリス「……うぐっ、うぅ…っ!」必死になって自分の喉を締め付ける指に手をかけようとするベアトリス…が、もう腕に力が入らない……

シルク・モス「…」とどめとばかりにベアトリスの身体を一段と強く高炉に押しつけ、さらに力を込める……

ドロシー「…」バンッ、バァ…ンッ!

アンジェ「…」ダンッ、ダァン…ッ!

…今にもベアトリスの細い首が折れそうになった瞬間、ふわりと地面に着地したドロシーとアンジェが同時に「シルク・モス」の背中へ銃弾を叩き込んだ…

シルク・モス「……かはっ!」銃弾の威力で吹っ飛び、地面に叩きつけられた…

ベアトリス「げほっ、ごほっ…!」

ドロシー「……おい、大丈夫か?」

ベアトリス「ええ、なんとか……」

ドロシー「そいつはよかった……に、してもだ……こいつは…」地面に横たわっている「シルク・モス」の黒マントをつま先でめくりあげた……と、その左腕は肩口から金属の義肢になっている…

アンジェ「…なるほど」

ドロシー「ああ、これが「怪力お化け」の正体だったわけだ……今までの連中は、こいつが小さい娘だからって油断した所をやられたんだろうな…」

アンジェ「ええ…」

ベアトリス「…」

…まずはこれで活動的な場面が完了したので、あとは「答え合わせ」や伏線の回収…それからアンジェ・ドロシーでベアトリスを責め立てる場面を書くことになります……三が日は時間があるので、こまめに投下できたらいいな…と思っております


…それでは少し早いですが、皆様よいお年を……

遅くなってしまいましたが、明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます

…そして劇場版「プリンセス・プリンシパル」も待っていますので、頑張って書いていきたいと思います…

…数時間後・ネスト…

ドロシー「お、戻ったか…今日はご苦労だったな」

…保安措置の一つとして、人目を引かないようばらばらになってネストに戻る手はずを決めていたドロシーたち……二人よりかなり遅れて、うつむき加減で帰ってきたベアトリスをドロシーがねぎらった…

ベアトリス「はい…」

ドロシー「喉は平気か?」

ベアトリス「ええ、後で調整はするつもりですが…」

ドロシー「そうか……そういえば、さっきクーリエ(急使)がやって来てな」

ベアトリス「…クーリエですか、珍しいですね」

ドロシー「ああ…例の「シルク・モス」の正体を突き止めたって言うことで、警報を送ってきた」

ベアトリス「……でも届いた時間を考えると、送ってきた時点ですでに手遅れだったんじゃないでしょうか…?」

ドロシー「なーに…時間的に間に合わない急報をわざわざクーリエまで使って届けさせたのは、単にコントロールがこっちのことを「捨て駒として見ているわけじゃない」っていうメッセージさ」

アンジェ「そう考えるのが妥当ね」

ドロシー「そうさ。それと今から内容を確認するからな…座ってくれ」

ベアトリス「…はい」

………



ドロシー「ふむ、なるほどな……」

ドロシー「奴さんはニューキャッスル近郊にある炭鉱町の出身で、母親は産後の経過が悪かったらしく間もなく亡くなり、男手一つで育てられた…ところがその父親とも幼い頃に死別、それからというものは炭鉱で働かされる事になった…」

ドロシー「大の男だって音を上げるようなきつい暮らしだし、鉱山会社と来た日には子供相手でも容赦なく搾り取るような連中だ…楽じゃなかったろうな」

ドロシー「……そうして数年を過ごしていたらしいが、あるとき落盤事故に巻き込まれた…どうにか生命だけは取り留めたが、腕は切り落とさなくちゃならなかった」

ドロシー「…五体満足の連中でさえ野良犬みたいに扱う鉱山会社の連中が、まして片腕の子供の面倒なんか見てくれる訳もない…行くあても食べていく手段もなくなった奴さんに目をつけたのが、その鉱山会社の株主でもあった一人の子爵だったってわけさ……そいつは発明家みたいな奴で、特にオートマトン(自動人形)や義体の病的な愛好家だったらしい…」

ベアトリス「…っ」

ドロシー「…とにかく、そいつは身寄りのない子供や捨て子を連れてきては義体の実験台にしていて「シルク・モス」もその中の一人だったわけだ」

アンジェ「なるほど」

ドロシー「子爵は奴さんの腕に義肢をつけて様々な実験に使っていた…が、しばらくすると奴は過酷な実験に耐えられなくなり、とうとうそいつの首をへし折った」

ベアトリス「…」

ドロシー「…もちろん、王国で貴族殺しは処刑台行きだ…が、人の首根っこをへし折るような人間離れした謎の怪力お化けを「使えるかもしれない」っていうんで防諜部が興味を持ったて探し出した……後はいつも通りで「我々に協力して食べ物と寝る場所に困らない生活を送るか、さもなきゃ首にロープを結びつけられるか選べ」と脅しつけ、それ以来エージェントとして使っていた…って事らしい」

アンジェ「担当のエージェントはずいぶん詳しく調べたものね」

ドロシー「なまじ記録を抹消したりするとかえって目を引くっていうんで、王国は元の記録を消さない事があるからな…古い戸籍や何かと突き合わせて調べたんだろう」

アンジェ「それにしても……シルク・モス(カイコガ)は生糸を採るために人間が交配した種類だから、野生では生きられない…まさに彼女の存在と同じだったわけね」

ドロシー「ああ…ところでベアトリス、少しいいか?」

ベアトリス「えぇ、どうぞ…」

ドロシー「……奴の事を考えているのか?」

ベアトリス「はい…」

ドロシー「だろうと思ったよ…だがな、こればっかりは仕方のないことだったんだ……この世界にいる限り、奴さん自身だっていつかはそうなると分かっていたはずさ」

ベアトリス「でも…!」

ドロシー「……気持ちは分からないじゃないが、お前が嘆いたからって奴が生き返ったり魂の安息が…魂なんていうものがあるとしてだが…得られたりするのか?」

ベアトリス「それは、そうですが……」

ドロシー「だろう?」

ベアトリス「そうなんですけど……私、この任務の状況説明を聞いたときに「そんな怪物みたいな相手」って…でも、彼女は私と同じだったんです…」

ドロシー「いや、違うね」

ベアトリス「…え?」

ドロシー「奴と違って、お前さんは優しい心を持ってるよ…そうやって悩むのがいい証拠さ」

ベアトリス「…けど、こんな風に悩んでいてはエージェント失格だと思います……以前ドロシーさんは「割り切っている」っておっしゃっていましたけれど、どういう風に考えているんですか?」

ドロシー「そうだなぁ…とりあえず今の暮らしを考えてみることにしてるね」

ベアトリス「…と言うと?」

ドロシー「腹一杯食べられる豪華な食事、しゃれた服、上等な酒、綺麗なご婦人がた……一日中ゴミあさりや掏摸(すり)に明け暮れて、ひからびたパンの皮より拳骨をちょうだいすることの方が多かった貧民街に比べれば楽園みたいなもんさ…違うか?」

ベアトリス「それはそうかもしれませんが……でも、危険な世界ですよ?」

ドロシー「なぁに、人間くたばるのは一度きりだ……それに、恋だって危険が多いほど盛り上がるもんだからな♪」

ベアトリス「またそうやって……」

ドロシー「ははっ……まぁこればっかりは性格だから仕方ないが、あんまり思い詰めると身体に悪いぜ?」

ベアトリス「ええ、分かってはいるんですが……」

ドロシー「そうか。じゃあ寝つきやすくなるように、少しだけ飲もう……付き合うか?」

ベアトリス「……いただきます」

ドロシー「アンジェ、お前は?」(…このままベアトリスが引きずると後々まで悪い影響が出る。こうなったらうんと酔わせた上で浮かれ気分に持って行くとしよう)

アンジェ「…そうね、少しもらうわ」(……分かったわ。せいぜい道化を演じてあげるとしましょう)

…酒瓶の並ぶキャビネットに近寄りながらさりげなく目くばせしたドロシーと、ほんのかすかな動きで了解の合図を返すアンジェ…

ドロシー「……で、何にする?」

アンジェ「そうね、コニャックをもらうわ」

ドロシー「あいよ。ベアトリス、お前さんは?」

ベアトリス「えーと……」

ドロシー「…決まらないようなら私と一緒のにするか?」

ベアトリス「……そうですね、そうしてください」

ドロシー「分かった。私はポートにでもしようかと思ってたんだが……それでいいか?」紅い色合いが美しく口当たりもいいが、実は度数の高いポルトガル産のポート(ポルト)ワインを選んだ…

ベアトリス「…はい」

ドロシー「あいよ、分かった…ほら♪」優しげな表情を浮かべて切り子細工のワイングラスにポートワインを注いだ…

ベアトリス「ありがとうございます…」

アンジェ「それじゃあいただくわ」

ドロシー「ああ」

………

…数十分後…

ベアトリス「…でも、私はあの人と変わらないんです……もちろん姫様は「違う」とおっしゃってくれると思いますが、ですが……」

ドロシー「確かにな……でも、お前さんは立派にプリンセスをお守りしてるじゃないか」話を聞いてやりながら、さりげなくグラスにワインを注ぎ足す…

ベアトリス「……本当にそう思いますか?」

ドロシー「ああ。私がお前さんくらいの歳だった頃には、そんなこと逆立ちしたって出来なかっただろう…ってことを考えるとね。 …ところで、良かったら別のを飲まないか?」

ベアトリス「別の…ですか?」

ドロシー「ああ。なにせポートは甘いから口の中がベタベタしてな……タリスカーなんてどうだ?」

ベアトリス「タリスカー……えーと、スコッチ・ウイスキーでしたっけ…?」

アンジェ「ご名答…あなたもそういった知識が身についてきたわね」珍しく小さな笑みを浮かべた…

ベアトリス「そ、そうでしょうか…?」

ドロシー「アンジェがそう言うのなら間違いないさ……なにせこの冷血女ときたら、生まれてこのかた人を褒めたことなんてないんだからな」

ベアトリス「……て、照れますね///」

ドロシー「はははっ♪ …それはそうと、タリスカーみたいないい酒を水で割るのは失礼ってもんだ。少しだけにしておくから、ストレートでゆっくり味わうといい」

ベアトリス「分かりました、それじゃあ少しだけ……」

ドロシー「…タリスカーもいいが、グレンフィディックも味見してみろよ♪」

ベアトリス「はい、せっかくですものね…♪」

ドロシー「……どうだ?」

ベアトリス「私には少し辛く感じますが、喉の奥がぽーっと暖かくなって……えへへっ♪」

アンジェ「まったく、ドロシーときたらウィスキーばかりね……私ならコニャックをおすすめするわ」

ベアトリス「アンジェさんのおすすめですかぁ…気になります♪」

アンジェ「そう……なら一口どうぞ」

ベアトリス「んくっ、こくん……ふわぁ、とろっとしてて美味しいれす♪」

アンジェ「気に入ったようで良かったわ」

ドロシー「……ちょっとまて、そいつはキャビネットの奥にしまっておいたマーテルか?」

アンジェ「ええ」

ドロシー「なんてこった、せっかく隠しておいたのに…ベアトリスにだけ飲ませるなんてずるいぞ、私にも注いでくれ」

アンジェ「自分で注ぎなさい」

ドロシー「けちめ…」

ベアトリス「ぷっ…あはははっ♪」

ドロシー「……何がおかしい?」

ベアトリス「だってお二人とも…んふっ……まるで寄席の掛け合いみたいなんですもん…あははっ♪」

アンジェ「ふふふ…言われてみればそうかもね」

ドロシー「ああ、こいつは一本取られたな♪」

………

…またしばらくして…

ドロシー「で、そのときに私はこう言ってやった…「おいおい、お前さんと来たら顔だけじゃなくて頭の中までおめでたいな」って♪」

ベアトリス「あはははっ♪」

ドロシー「それでな、その時にパイがあったんだ……まぁ差し渡しで十五インチはあろうかっていうどでかいアップルパイさ」

ベアトリス「おぉ…?」

ドロシー「そのこましゃくれたご令嬢がパイをご所望になったんでね、わたくしとしましては「さようで」ってな具合でお召し上がりいただいたわけさ…顔面からな♪」

ベアトリス「あはははっ、それ……んふふっ…本当に……ひぃ、あははっ♪」

ドロシー「嘘なもんか……っと、そんなことを言ってたら、何か甘いものが欲しくなったな…」

アンジェ「…確かクリームのパイがあったわね」

ドロシー「じゃあそれにしよう…ちょっと待っててくれ」

アンジェ「…まったく、ドロシーときたら……それにしてもこの部屋は少し暑いわね」服の襟元を緩めると、ほんのりと桜色に色づいた胸元に扇で風を送る…

ベアトリス「そうですねぇ…暖炉が効き過ぎているのかもしれません……ふぅ」

ドロシー「よう、お待たせ……っと!?」片手に銀のパイ皿を持ってやって来たが不意につまずき、アンジェにパイを投げつける形になった…

アンジェ「…」胸元からカスタードをぽたぽたと垂らし、冷たい表情を浮かべている……

ドロシー「おっと、悪い悪い…わざとじゃないんだ♪」

ベアトリス「あ、アンジェさんってばクリームまみれで……ぷっ、んふふっ…あはははっ♪」

アンジェ「…覚えておきなさいよ」

ドロシー「だからわざとじゃないんだってば…それよか、せっかくのパイがもったいないな……あむっ♪」

アンジェ「……ちょっと」

ドロシー「だってさ、布巾で拭っちまったら食べられないだろ……あむっ、ぺちゃ…美味いな、これ…れろっ♪」

アンジェ「ドロシー、貴女ねぇ……ふぅ、どのみちそうするしかないようね…んむ…」胸元にこぼれたクリームを指でしゃくいあげて舐めとった…

ドロシー「ほら、ベアトリスも舐めてみろよ……甘くていい味だぞ♪」

ベアトリス「…そうですね///」

…しばらくして…

ドロシー「……それでな、事もあろうに尻もちをついたもんだから…」

アンジェ「…そういえば、前に誰かがいたずらで寮監の椅子にハリネズミを置いておいたことがあって……」

ベアトリス「ひー、あはははっ♪」茶目っ気たっぷりでドロシーとアンジェが話す面白おかしい話を聞いて、抱腹絶倒しているベアトリス…

アンジェ「それはそうと、ちょっと寝室に行って着替えを取ってくるわ……まったく、誰かさんのせいでクリームまみれにされたから…」

ドロシー「はて、誰だったかな?」

ベアトリス「あはははっ…もう、ドロシーさんってば♪」

ドロシー「はは、気づかれちまったか……ま、それじゃあアンジェのお着替えに付き合ってやろうぜ」

ベアトリス「そうですね♪」

…寝室…

アンジェ「…だからって私の寝室にまで来ることはないでしょうに」ベッドに腰かけ、クリームまみれになっている肌着の紐を解き始めた…

ドロシー「なぁに、お前さんが一人で着替えられないと困ると思ってね……それにしてもまだずいぶんとクリームが残ってるな♪」

ベアトリス「本当ですねぇ…」

ドロシー「ベアトリス、もったいないから舐め取ってやれよ……そらっ♪」

ベアトリス「わぷ…っ!」後ろから軽く突き飛ばされ、綺麗にアンジェの胸元に飛び込む形になったベアトリス……が、なぜかその体勢のままで反応がない…

アンジェ「……ベアトリス?」

ベアトリス「…ん、ぴちゃ…ちゅぅ……ぷは、アンジェさんのおっぱい、おいひいれす…んちゅっ、ちゅぷ♪」

アンジェ「……まったく」

ドロシー「まるで母猫の乳房に吸い付く仔猫だな」

ベアトリス「えへへぇ、だって美味しいんですもん……あむっ♪」

アンジェ「結構なことね」

ドロシー「ああ、実に結構さ……それじゃあ私もおっぱいにありつくことにしますかね…っと♪」

アンジェ「貴女みたいに性悪な雌猫はお断り」しゃぶりつこうとするドロシーの額を押さえて突き放した…

ドロシー「…おっしゃりやがったね」

ベアトリス「あはははっ、ドロシーさんったらアンジェさんに断られて……ひー、おかしくって笑いが……あははは♪」

ドロシー「……このぉ、人がけんつくを食らったって言うのに笑ったな?」

ベアトリス「ひゃぁぁぁ!? あひっ、くすぐった……あはははっ♪」

ドロシー「どうだ、このあたりがくすぐったいんだろう♪」

ベアトリス「ひぅっ、あふっ、あははは……んふっ、ひぃぃ♪」

…数分後…

ドロシー「ほぉら、どうだ……気持ちいいだろう…♪」

アンジェ「遠慮することはないわ……♪」

ベアトリス「あふっ、んあぁぁ…ふあぁ……んっ、ふわぁぁ…っ///」ベッドの上で二人に撫で回され、さっきまでとは違う嬌声を上げている…

ドロシー「ふふ、ベアトリスはここが好きなんだよな……♪」つぅ…っと脇腹を撫で上げる…

ベアトリス「ひぁぁぁ…っ♪」

アンジェ「ドロシーったら甘いわね、こっちの方が気持ちいいでしょう……ね?」腰のくびれから背筋に沿って指を走らせる…

ベアトリス「あ、あっ…どっちも気持ち……ふわぁぁぁ♪」

ドロシー「ほーん、それじゃあどっちがいいか決めてもらわなくっちゃ……な♪」

アンジェ「優柔不断は良くないものね…ふふっ♪」

ベアトリス「もう、お二人ともそんな悪い顔をして……私をどうする気なんですか…っ///」爛々とぎらついた瞳でにんまり笑みを浮かべているドロシーと、いつものポーカーフェイスとは打って変わって、爛れた悦びをむさぼり尽くそうとしているような表情を浮かべているアンジェ……そして二人の手管にはまってすっかり骨抜きにされているベアトリスは甘ったるいぞくぞくした気分になっていて、とがめるどころか、まるでねだるような口調で尋ねた…

アンジェ「さあ…♪」

ドロシー「ふふ、どうするつもりだろうな…♪」

………

…数十分後…

ベアトリス「ふぁぁぁ…っ、あ、あぁぁ…っ♪」

ドロシー「あむっ……ちゅぅっ♪」

アンジェ「ちゅる…っ、んちゅっ♪」

ベアトリス「あぁぁ…っ、はひぃ…っ♪」

ドロシー「…そんなに甘い声を出されるとやりがいがあるってもんだな……んむっ、ちゅぅ…っ♪」

ベアトリス「ふぁぁ…っ、あぁん……っ♪」

…ドロシーには頭の上で組み合わせた状態の両手首を押さえつけられて小ぶりな乳房に吸い付かれ、アンジェには脇腹を舐め上げられているベアトリス…

ドロシー「ふふ、ここも硬くしてるのか……それにしても綺麗な桃色じゃないか♪」こりっ…♪

ベアトリス「ふわぁぁっ、どこを甘噛みしているんですかぁ…っ♪」

アンジェ「……美味しそうね、私もお相伴にあずからせてもらうわ♪」

ドロシー「いいとも…このお菓子は砂糖漬けのルバーブなんかよりもずっと甘くて気が利いてるよ♪」

ベアトリス「あ、あっ…んあぁぁっ♪」

ドロシー「ふふふ…こんなに悦んでもらえるとは嬉しいね……んむ、ちゅる…♪」舌を滑り込ませ、口中を舐め回すような口づけを交わす…

ベアトリス「んむっ…んんぅ、ちゅむ……ちゅるっ、ちゅぅ……っ///」

ドロシー「ちゅる…っ、んちゅぅ…ちゅぅぅ…っ……ちゅく…っ♪」

ベアトリス「ん、ふ……んんぅ、んぅぅ……っ///」

ドロシー「…ちゅむぅ、ちゅる……じゅるぅ…っ、んちゅ…ちゅぅ…っ♪」

ベアトリス「んちゅ、ちゅむ……ん、んんぅ…んんぅぅ…っ///」

…しばらくすると息が続かなくなってきたのか、じたばたと身をよじって身体を押さえつけているドロシーをどうにか振りほどこうとする……が、それでなくとも大柄なドロシーが格闘術を応用して押さえ込んでいるので、小柄なベアトリスではまるで振りほどくことが出来ない…

ドロシー「んむっ、じゅるぅぅ…っ…じゅるっ、ちゅぷ……ちゅるっ♪」

ベアトリス「んー、んんぅぅ……っ///」

ドロシー「……れろっ、ちゅるぅ………ちゅぅっ…ぷはぁ♪」唇が離れるととろりと銀色の糸が垂れ、ベアトリスの鎖骨に滴った…

ベアトリス「はー、はー…はぁぁ……っ/// も、もう……窒息…するかと思った……じゃないですか…ぁ///」

ドロシー「そういう割にはまんざらでもない顔をしているぞ…♪」

ベアトリス「…っ///」

ドロシー「ふふ、そういうところがたまらないんだよ…な♪」くちゅ…っ♪

ベアトリス「ふわぁぁぁ…っ♪」

アンジェ「その気持ちは分かるわ……見ているだけで滅茶苦茶にしたくなってくるのよ…ね♪」ちゅぷっ…♪

ベアトリス「…あっ、あぁぁぁん…っ♪」

ドロシー「おまけにあどけない顔をしておきながら、ここはこんなにとろっとろにして……ふふ、悪い娘だなぁ♪」くちゅ…っ♪

ベアトリス「ひゃぁぁんっ、あふっ…んあぁっ///」

アンジェ「そうね、そんな悪い娘にはお仕置きをしてあげないといけないわ…ね♪」くちゅっ、つぷ…っ♪

ベアトリス「えっ…ちょっとまってくだ……ふぁぁぁんっ♪」

ドロシー「ひくひく跳ねて、まるで釣り上げた魚みたいだな……私も混ぜてもらうぞ♪」ぬちゅっ、くちゅり…♪

ベアトリス「ひぁぁん…ふわぁ///」とろ…っ♪

アンジェ「ふふ…ドロシーの言う通りね。きゅうっと締め付けてきて、とろとろで……こんなふうにされたかったのね♪」くちゅくちゅ…っ♪

ベアトリス「ふわぁぁぁ…っ♪」

ドロシー「あ、そうだ……なぁアンジェ」

アンジェ「なに?」

ドロシー「せっかくなんだから、私とお前さんのどっちがベアトリスをイかせられるか勝負しようぜ? で、負けたら勝った方の言うことを聞く…っていうのはどうだ?」

アンジェ「なるほど、面白そうね……まぁ、貴女に勝ち目はないでしょうけれど」

ドロシー「おいおい、そんなことはないだろ…」くちゅくちゅっ…ぬちゅっ♪

ベアトリス「…はぁ…はぁっ……ふぁ…ぁ///」

ドロシー「それでだ…ベアトリス、お前さんも是非やりたいよな……よーし、そうだよな♪」

ベアトリス「はぁ…ふぅ……ふぇ…っ?」手触りの良いシルクのリボンで目隠しをされ、同じくリボンでひとくくりにされた手首をベッドの柱に繋がれた…

ドロシー「とはいえ…勝負も何も、もうすっかりびしょびしょだけどな♪」くちゅ、くちゅくちゅぅ…っ♪

ベアトリス「ふぁぁ…っ、あっ、あぁぁ……っ♪」

ドロシー「……ふふ、でもこれだけじゃあ物足りないよ……な♪」いたずらっぽく人差し指を唇に当てて「黙っていろ」とアンジェに向けて合図をし、それから笑みを浮かべてウィンクした…

アンジェ「ええ、そのようね」

ドロシー「それじゃあ……せーのっ♪」じゅぷっ、ぐちゅぐちゅぅ…っ♪

ベアトリス「えっ、何をす…あぁ゛ぁぁっ♪」

ドロシー「…ほぉら、どうだ……すっかり濡れそぼってるから二本でもたやすく入るじゃないか♪」

ベアトリス「い、言わないでくだ……ふわぁぁ、あぁっ♪」とぽっ、とろっ……ぷしゃぁぁ…っ♪

ドロシー「ふふふ、そういう初々しいところがたまらないんだよ…な♪」つぷっ…くちゅり♪

アンジェ「ええ」

ベアトリス「ふあぁぁぁ…っ♪」まるで走り終えた犬のように舌をだらりと垂らし、髪を乱して荒い息をしている……白い肌はすっかり紅潮して、冬場だというのに汗ばんでしっとりしている…

…しばらくして…

ドロシー「よし、それじゃあ交替だ…♪」ぱちんと指を鳴らし、アンジェに場所を空けた…

アンジェ「そう……分かったわ」

ベアトリス「ふぁぁ……ぜぇ、はぁ…///」下半身をべとべとにして、息も絶え絶えのベアトリス…

アンジェ「ふふ…♪」急に髪をほどくとベアトリスの耳元に顔を寄せ、脚を絡めた…

ベアトリス「はぁ…ふぅ……んっ、んんぅっ///」くちゅっ、ちゅぷ…っ♪

アンジェ「…あむっ、ちゅぅ…っ♪」ベアトリスの小ぶりな胸に舌を這わせ、硬くなった桜色の先端を甘噛みする……

ベアトリス「んぁぁ、あふっ♪」

アンジェ「んむっ、ちゅ……ベアト…♪」耳元でプリンセスの声色を使ってささやき、耳を舐めた…

ベアトリス「ひ、姫様ぁ……んあぁぁぁっ♪」

アンジェ「…ベアト……こんなに乱れて…いけない娘ね……でも、とても可愛いわ♪」ぢゅぷ…っ♪

ベアトリス「ふあぁぁぁっ…そんなこと言われたらぁ……っ♪」がくがくっ…♪

アンジェ「……いいのよ、わたくしにベアトのいやらしい所…見せてちょうだい?」

ベアトリス「はひぃぃっ、ひめさまぁ……ひく゛ぅっ、イきますぅ…っ♪」ぷしゃぁ…あぁぁっ♪

アンジェ「…ね、ベアト……もっと♪」ぐちゅぐちゅ…ちゅぷ…っ♪

ベアトリス「ふわぁぁぁ…っ♪」

アンジェ「もっと…好きよ、ベアト♪」

ベアトリス「はひぃ、ひぐぅぅぅ…っ♪」粘っこい蜜をとろりと垂らしのけぞるようにして果てると、疲れたのかそのまま失神したように寝入ってしまった…

アンジェ「……どうやら私の勝ちみたいね」

ドロシー「こいつ、反則技でもって来やがったな…」

アンジェ「ルールに決めておかない貴女が悪いのよ……ふふ♪」小さく笑うと、そっとベアトリスの頭を撫でた…

………

…数日後・ハイドパーク…

L「よく来たな…まぁ掛けろ」

ドロシー「……それにしても、あんたが直々にお出ましとはね」

L「うむ」

ドロシー「…それで?」

L「報告書と例の削りくずが入った「小瓶」は受け取った……ご苦労だった」

ドロシー「ああ」

L「今回の件では首尾良く片付けることが出来たようだな…おかげで「海峡の向こう側」にいる連中の勢いも削ぐことが出来た」

ドロシー「そいつは良かったな……ところで」

L「なんだ?」

ドロシー「…一体どういうつもりなんだ?」

L「……と、言うと?」

ドロシー「私の時もそうだったが、まるで示し合わせたように以前の家族だの似たような境遇の人間だのをかち合わせるって言うのはどういうわけだ…って言ってるんだ」

L「そのことか」

ドロシー「あぁ、そうだ……特に私なんかと違って「ミス・B(ベアトリス)」は繊細で感じやすいタイプなんだ。もう少し「配慮」ってものがあっても良いんじゃないのか」

L「……そういったことで動揺するような人間ではいざというときに使い物にならんな」

ドロシー「奴はこっちと違って玄人じゃない。それでいて「チェンジリング」には欠かせない役者の一人だ、手心を加えて上手く御する必要があるのは分かっているだろうが……奴さんを「治療」するのも楽じゃないんだぞ」

L「分かっている…ただ、今回の件ではこちらもギリギリまで例の「蛾」の正体が掴めていなかったのだ。決して意図して行ったわけではない」

ドロシー「…」

L「……確かに君の言うとおり「ミス・B」にとってはいささか後味の悪い結末だったかもしれん。しかし「黒雲はいつも銀の裏地を持っている」という言葉もある」(※Every cloud has a silver lining…「必ずしも不幸ばかりではない」の意)

ドロシー「なるほど。誰かにとっては不幸でも、必ずしも悪い面ばかりではない…か?」

L「いかにも……特に今回の件でこちらが王国や他国の「同業者」に対して一枚上手であることを示すことが出来たのは大きい」

ドロシー「そうかよ」

L「…君が不愉快に思う気持ちは分かる。しかし誰かがやらねばならんことなのだ」

ドロシー「つまり貧乏くじを引いちまったってわけか…やれやれだな」

L「お互いに立場がよく理解できたようだな……それとだ」

ドロシー「うん?」

L「今回の事があってロンドンは波立っている…影響を被ることがないよう、しばらく君たちは動かさずにおく予定だ。その間に休養でも取るといい」

ドロシー「そりゃどうも」

L「なに、遅ればせながらのクリスマス・プレゼントだよ……楽しむといい」

ドロシー「ああ、そうさせてもらうよ」そう言ってベンチから立ち上がりかけた…

L「…そういえばもう一つ」

ドロシー「なんだ?」

L「ミス・Bをどうやって「治療」したのだ?」

ドロシー「…ベッドでこってりと甘い時間を過ごさせてやった」

L「なるほど……詳しいところは今度「7」に聞かせてやるといい、きっと喜ぶだろう」

ドロシー「ああ、そうするよ」

………



…と言うわけで、ようやく終わらせる事が出来ました……途中で長く間隔を空けてしまったせいで、どう書くつもりだったのか忘れてしまったりしましたが、どうにかまとめることができました…


また、次のエピソードでは以前リクエストでいただいた「007」的なアクション性の高いものを書こうと思っています

…case・プリンセス×アンジェ「The her majesty agent」(女王陛下の情報部員)…

…とある日…

ベアトリス「今日はいいお天気ですね」

ドロシー「ああ…しかしこう暖かいと眠くなってくるな」

アンジェ「たるんでいるわね」

ドロシー「そう言うな……美味い昼食にブランデーを垂らした紅茶、おまけにこの陽気と来りゃあな」

プリンセス「分かります。このところ寒い日が続いていましたからなおの事」

ドロシー「ほら見ろ…だいたい蜥蜴のくせに寒さが平気って言うのはおかしいだろ」

アンジェ「そういう種類よ」

ドロシー「そうかよ…しかしまぁ、ここでうかつに昼寝なんてした日にはどこぞの冷血女に何をされるか分からないからな……というわけで、何かいい案はあるか?」

ベアトリス「…え、私ですか?」

ドロシー「他に誰がいるんだ? ほら、頭の体操だと思ってさっと気の利いた考えを出してみろ」

ベアトリス「えーと……それじゃあ、何かお話をするのはいかがでしょう?」

ドロシー「なるほど、お話ねぇ…なんだかお前さんがいうと「おとぎ話を聞かせてくれ」ってせがむ子供みたいだな♪」

ベアトリス「むぅ、いくら何でもそこまで子供じゃありませんよ」

ドロシー「冗談だよ……そうだな、それじゃあこの世界向けのおとぎ話でもしてやるか。こいつはとある王国エージェントの話なんだが…」

プリンセス「王国の、ですか?」

ドロシー「ああ…もちろん今じゃこっちの資料にまで載っているくらいの有名人になっちまったから工作に使われる事もなくなったようだが、その当時は「英国情報部の紅はこべ」だの「王国一有名な情報部員」とか何とか言われて、ずいぶん話題になった奴なのさ」


(※紅はこべ(The scarlet pimpernel)…ハンガリー出身の英国女流作家、バロネス・オルツィがフランス革命直後のイギリスとフランスを舞台に書いたスパイ活劇の名作。血なまぐさく暴力的な革命政府によってギロチンにかけられる運命にあるフランス貴族たちを鮮やかな手段で救い出す謎の秘密組織「紅はこべ」と、民衆には同情しているものの革命政府の過激なやり方には賛同できないでいる穏健な共和主義者で、フランスに残っていた最愛の兄アルマンを革命政府の人質に取られ「紅はこべ」の正体を探るよう迫られる賢く美しい元女優のフランス人マルグリート、その夫で流行にしか興味がないぼんやりしたイギリス貴族のパーシー・ブレイクニー卿、裏でマルグリートを脅迫しイギリスでの諜報活動を行っているフランス大使ショーヴランの駆け引きや冒険を描いた傑作……実際には二十世紀に入った1905年に発表されている)


ベアトリス「へえ…面白そうなお話ですね」

ドロシー「まぁな……」

………



…十数年前・ロンドン…

中年の紳士「おはよう」

若い女性「おはようございます、部長……一つお聞きしたいのですが、二週間の休暇を二日で切り上げて来なければならないような一大事なんでしょうね?」

…そう言うと若い女性は人なつっこい笑みを浮かべた……着ているデイドレスは身体に合っていてセンスも良く、携えている小物も一流のものばかりで非の打ち所がない……おどけた調子で大きな婦人帽を「ぽんっ」と放ると、綺麗な放物線を描いてコート掛けに引っかかった…

情報部長「そうだな、君が対応に誤ればそうなるかもしれん…と言ったところかな」

女性「そうですか」

部長「ま、とにかく詳細を説明しよう…かけたまえ」

女性「どうも」

部長「紅茶は?」

女性「いただきましょう」

部長「ミルクと砂糖はいらなかったね」

女性「ええ……あら、セイロンのファースト・フラッシュですか。今年は出来がいいですね」

部長「相変わらずだな…だがね、私は別に紅茶の味見をして欲しくて呼んだわけではないのだよ」

女性「でしょうね……どこかの公爵夫人が飼っているペルシャ猫でも迷子になりましたか?」

部長「いいや…ペルシャ猫より少しばかり大事なシロモノだ」

女性「そうですか?」

部長「ああ、実はな……」

………

…数日前…

目立たない男(情報部エージェント)「ああ、君…すまないが馬車を呼んでくれないか」

ホテルのボーイ「はい、分かりました」

エージェント「頼んだよ」

ボーイ「…お客様、馬車が着きましてございます」

エージェント「ありがとう」そう言って馬車に乗り込んだ…

………



部長「…足取りがつかめているのはここまでで、それ以降は行方不明だ」

女性「なるほど…それで、その職員は何を運んでいたのです?」

部長「うむ。彼は高純度のケイバーライトに関する研究資料と試作品のサンプルを運ぶ役割を担っていてな、オックスフォードからロンドンに届ける予定だったのだ……そして、だ」

女性「そして?」

部長「…つい六時間ばかり前になるが、こんなものが届けられた……ちなみに、宛名は適切な組織の適切な相手になっていたことも付け加えておこう」

女性「つまり、こちらの事情に詳しい人間……と言うことですね?」

部長「いかにも」

女性「なるほど、では拝見させてもらいます「…一週間後の夕方五時までに純金で百万ポンドを支払えば入手した資料はお返しするが、そうでない場合はこの情報を国際市場で売りに出すつもりなのでご一考下さい……ファントム(幽霊)より」ですか」

部長「うむ……近頃の革命騒ぎと東西の分断でもアルビオンの覇権が揺らがないでいるのは、まさにケイバーライト技術の独占によるものに他ならん…もしこれが他国に流出するようなことがあれば、我が国はたちまち列強の餌食になってしまうだろう」

女性「それを見越した上での強請り(ゆすり)と言うわけですね」

部長「さよう。もちろんこちらとしても様々な角度から犯人の要求を検証してみた……が、この「幽霊」の言うとおりに百万ポンドを払ったところで、目的のものが無事に帰って来るという保証はない」

女性「百万をせしめた上で他国に技術を売り払うつもり…ですか」

部長「いかにも…百万ポンドと言えばちょっとした国の国家予算にも匹敵するが、ケイバーライト技術の価値……ひいては世界の覇権を握ることを考えると見積もりが安すぎる」

女性「つまり同じ商品で何度も儲ける腹づもりだ、と…どうやらこの「幽霊」はなかなかのしたたか者のようですね」

部長「そういうことだ……さて、君に与える任務は二つ。一つは行方不明になった部員を捜索し、奪われた研究資料を奪回すること…」

女性「ええ」

部長「…そして第二に、この「ファントム」の正体を突き止め、ケイバーライトについておしゃべり出来ないよう「静か」にさせること……この任務の遂行に必要なら、いかなる犠牲を払っても構わん」

女性「なるほど…予算も人材も使い放題、と言うわけですね?」

部長「そうだ。必要なら内務大臣の乏しい髪の毛をむしり取ろうが、女王陛下の王冠から宝石をほじくり出そうが構わない…ただし、指定された刻限までには必ず完了させろ」

女性「分かりました」

部長「…当然ながら、噂を聞きつけた各国の「同業者」たちもこれを狙っているはずだ……共和国の連中とカエル(フランス人)どもは当然として、プロイセン、ロシア、イタリア……新大陸の連中が参加してくる事もありうる」

女性「にぎやかになりそうですね」

部長「うむ……それから、当座の役に立ちそうなものをこちらでいくつか準備しておいた。持って行きたまえ」

女性「ご親切痛み入ります…まずは現金二百ポンドに一千フラン、それと……」仰々しい紙に書いてある文面をさっと読み通した…

部長「見ての通り、女王陛下の署名入り委任状だ…「この書状を持つ者は女王の命の下にその責務を遂行する者であり、その身分はアルビオン王室が保証する。また、この書状を持つ者に最大限の協力をするよう要請する」とな」

女性「なるほど…」

部長「武器に関してはバーナードのところで選んでいきたまえ……幸運を祈るぞ」

女性「どうやらそれが一番必要になりそうですものね…♪」

…地下室…

女性「……モーニン、教授(プロフェッサー)」


…女性がやって来た場所はレンガ造りの広い地下室で、室内のあちこちでは様々な道具や機材が組み立て中であったり、部品ごとに分解されていたりする……彼女が「教授」と呼びかけた相手は初老の紳士で、豊かな白髪をきちんと撫でつけ、いまにも鼻の頭からずり落ちそうな小さなレンズの丸眼鏡をかけている…


教授「うむ、おはよう……君は休暇じゃなかったのかね?」

女性「それが、おかげさまで取り消しになりまして…休めたのは一日だけですわ」

教授「おやおや」

女性「…ところで、部長からここで道具を受け取るよう言われてきたのですが」

教授「ああ、聞いておるとも「ナンバー017」…なにしろ君は上得意だからね」教授はわざわざ数字を「ゼロ・ワン・セブン」と区切って呼んだ…

017「ふふ…ジョアンナで結構ですわ、教授」

教授「承知したよ、ジョアンナ君…さて、それでは……」途端に後ろで鉄工所のような轟音が始まった……よく見ると隅っこにあるスクラップの山は半壊したモーリス乗用車のなれの果てで、風刺漫画に「最先端の発明品」などと題をつけて描かれているポンコツか、食べ終わったイワシの缶詰のようにへしゃげている…

017「……あれは?」

教授「前の任務でジェレミー君とハモンド君が使った車だよ…まったく、あの二人ときたら孫の代になってもあんな風に車を壊すに違いない」

017「そうかもしれませんね…」

教授「まあいい、本題に入ろう……何しろ君のために色々と用意したのだからね」…音が静かになるのを待ってから、様々なものが並べてあるテーブルにジョアンナを案内した

017「ええ」

教授「さて…どれから始めるかね?」

017「そう……ではこの日傘(パラソル)からお願いします」

教授「ほほう、相変わらず目が高いね…この日傘はなかなかの優れものだよ?」

017「ええ、何しろ色合いがいいですから……この時期に着るドレスとも合わせやすそうです」

教授「重要なのはそこではないよ、ジョアンナ君…まずは持ってみたまえ」

017「はい……意外と重いですね?」

教授「うむ、何しろ柄には良質なハーヴェイ鋼を使っているからな…ナイフ程度なら充分受け止めることが出来るだろう」

017「なるほど」

教授「それから握りを左にひねると、傘の石突き(先端)から刃が出てくる……毒が塗ってあるから触らんように」

017「…うっかり足の甲に突き立てないよう気をつけます」

教授「ぜひそうしたまえ……今度は右に九十度ひねって手前に引き、動かなくなったら今度は左に回していく…すると握りが取れて柄の中にある空洞が出てくる。機密書類などを隠すのに使えるはずだ」

017「どこかの夫人からいただいた恋文でもいいかもしれませんね♪」

教授「こほん…君の火遊びのために作ったわけではないのだぞ?」

017「これは失礼」

教授「…火遊びついでに言っておくと、この日傘の布地には特殊な難燃性の液体を染みこませてある……多少の火なら、かざして盾にすることで火傷をせずにすむだろう」

017「その機能を試す機会がないことを祈ります」

教授「私もそう思うよ……傘の「骨」には細い金属の線が仕込んであるが、しなやかで折れにくいからキーピックとしても使える」

017「まぁまぁ…今度レディの寝室にお邪魔するときにでも有効活用させてもらいます♪」

教授「……お次はこれだ」

017「万年筆、ですか?」

教授「一見するとそうだろうな。しかし真ん中からひねると……どうだね?」軸の部分を中心に半分になり、細いスティレットが出てきた…

017「まぁ…「ペンは剣よりも強し」とはいうものの、まさか両立させるとは思いませんでした」

教授「うむ……これこそまさに「ペンナイフ」と言うわけでな」そう言うと小さくウィンクをした…

017「ふふ…♪」

教授「しかもこの「ペンナイフ」は優れものでな……」

017「…ふむふむ?」

教授「なんと、ペンとしてもちゃんと使うことが出来るのだ」

017「あー……もう一度お願いできますか?」

教授「聞こえが遠くなる年齢を迎えるには早すぎやせんかね……この「ペンナイフ」はちゃんと万年筆としても使えるのだ」

017「そうですか…てっきり最初から両立出来ているものと思っておりましたが」

教授「とんでもない。この大きさに万年筆とナイフの機能を組み込むのがどれだけ大変だったことか…半年はかかったのだぞ」

017「ナイフで敵を、恋文でご婦人のハートを一突き……というわけですね♪」

教授「そういう考えもあるかもしれんな……これはコンパクト(手鏡)だが、こうやってひねると…」

017「あら、外れた」

教授「さよう。見ての通り二枚貝のように口を開くようになっていて、間には薄いメモや書類を隠すことが出来る……また、鏡自体を特定の角度に開いた状態で、ここにあるハンカチの刺繍と手鏡の印を合わせてをセットすると……見たまえ」

017「ロンドンの地図…ですか」

教授「いかにも……味方のセーフハウス(隠れ家)や連絡員のいる施設が分かるようになっておる」

017「なるほど…」

教授「それと化粧品のいくつかには特殊な効果をつけておいた……例えばこの白粉と琥珀色の小瓶に入った香水と混ぜ合わせ、相手に摂取させると自白剤になる…間違えて一緒に使わんように」

017「そうします」

教授「それから、この緑色の小瓶に入った香水は睡眠効果がある……吹き付ければ数分で眠気が回るぞ」

017「まぁ…ふふ♪」

教授「何か悪いことを企んでいるんじゃあるまいな、ジョアンナ君?」

017「いえいえ、そんな滅相もない」

教授「そうかね……この小さな桃色の香水瓶には惚れ薬が入っておる…君には必要ないだろうがね」

017「お褒めにあずかり恐縮です♪」

教授「…化粧品の入った小箱には二重底がしつらえてあるが、この部分に彫り込まれているバラ模様を軽く押してから引っ張らないと開かない仕掛けになっておる……ここに入っている白い粉薬は遅効性の猛毒なので、必要なときは相手の飲み物や食べ物に混ぜ、あとは知らん顔をしておればよい」

017「銀は黒ずみませんか?」

教授「もちろんそんなことはありはせんよ……味もしないから安心したまえ」

017「……味見をしたのですか?」

教授「もちろん解毒剤を飲んでから、だがね……解毒剤はこっちの薄黄色をした粉薬だ。意識を無くすまでに飲めば助かる」

017「それを聞いて安心しました」

教授「よろしい…さてさて、お次は葉巻入れが一つ」綺麗な黒檀で出来たしゃれたケースを指し示した…

017「…私は葉巻をたしなみませんが?」

教授「知っておるよ……この葉巻はちょっとした睡眠薬を染ませておって、だいたい一本が燃え尽きる頃には室内の人間が眠りについてしまうはずだ…むろん、口元でスパスパやっておればより早く回るわけだが」

017「でしょうね」

教授「葉巻入れの箱そのものは上げ底にしてあって、隙間にはちょっとした量の爆薬を詰めてある…内張りの生地は導火線になっておるから、ほつれを引っ張るようにしてほどいていき、好みの長さになったら火をつければよい……十秒の目安ごとに赤のより糸が縫い込んである」

017「…うっかり灰でも落とそうものなら大変な事になりますね……」

教授「そうならんようにな……さて、次は君の好きそうなものだ…」

017「きれいなご婦人ですか?」

教授「それは君の方が上手に調達できるだろう……宝石とドレスだよ」

017「なるほど…上等なシャンパンと同じくらい好きですわ♪」

教授「結構。まずは見ての通りダイヤモンドの指輪だ……ガラスやなにかに切り込みを入れるのに役立つはずだ」

017「ええ」

教授「お次は金の指輪が二つ…非常時の工作資金にも使えるし、見ての通り内側には暗号で刻印が入れてある……しかるべき人間が見れば、君に便宜を図ってくれるだろう」

017「大きさもちょうどです」

教授「それはよかった。もっとも、サイズごとに用意してあるから指に合わなければ交換するがね……この真珠のネックレスは鎖に弱い部分を作ってあり、パーティや何かでちょっとした騒ぎを起こしたい時に引っ張るとちぎれて真珠が飛び散る…目くらましにしては高価な日本産の真珠だから、使いどころはわきまえてくれたまえ」

017「もちろんですわ」

教授「…では、着る物の説明に移ろうか……コルセットの「骨」も日傘と同じく細い金属線で出来ておるが、中の一本…この部分の骨だが…は、表面を梨地(なしじ)に仕上げてある……ロープや何かを切りたいとき、ヤスリ代わりに使えるだろう」

017「なるほど」

教授「ドレスはフランスから生地を取り寄せて仕立てたものだ…どうだね?」マネキンに着せてあるドレスをさっとひと撫でして、抱き上げるように生地を持ち上げてみせた

017「実にいいですわね」


…クリーム色の生地に淡いモスグリーンと山吹色、薄い桃色でボタニカル(植物)柄を散らし、襟元や裾にアクセントとしてアルビオンはホニトンで産する高級レースをあしらった洒落たドレス……スカート部分はたっぷりと生地が使われているが動きやすいように作ってあり、胸元を見せる襟ぐりはデザインが優れているため、なかなか大胆ながらも上品に見える…


部長「……そう言ってくれて何よりだ、017」

017「あら、部長」

教授「長官、ようこそいらっしゃいました……ジョアンナ君、きみは相変わらず長官の事を「部長」呼ばわりしているのかね?」

017「ええ。何しろ私がナンバーをもらってからこのかた、部長は「部長」でしたから…♪」

部長「聞いての通りだ…ところで装備品の説明はすんだのかね、教授?」

教授「もう少しかかります……胸元や袖口、腰回りの裏地にはちょっとした「かくし」(ポケット)をしつらえてある…敵方から何かスリ取ったりした場合に、手早くしまうことが出来るだろう」

017「なるほど」

教授「一番大きくて丈夫なかくしは、生地がドレープ(ひだ)になっている腰の部分に設けてある……3インチ銃身のリボルバーなら隠せるサイズに作っておいた」

017「私好みの位置ですわ」

教授「そう言ってくれると思っておった……靴の生地には絹を使っておるが、甲には薄い鉄板が仕込んである…踏みつけられたり蹴り上げたりするときには重宝するだろう」

017「これなら舞踏会でダンスの下手な相手にあたっても大丈夫ですわね」

教授「かもしれん……ヒールは少しでも動きやすいよう、デザインでごまかして1インチの高さに抑えてある」

017「助かります」

教授「さてさて…いよいよ武器の方に入ろうか」紅いビロードの生地を敷き詰めた陳列ケースに近寄ると、蓋を開ける…

017「楽しみに待っておりましたわ…♪」にっこりと微笑を浮かべると頬に指をあて、まるで宝石を品定めするレディのようにケースを眺めた…と、部長が声をあげた……

部長「……教授、今回は少なくとも.297口径以上のピストルを持たせてやってくれ。今までのように.230口径のトランター・リボルバーだの、それよりももっと小さい玩具のようなリボルバーを選ばれては困る」

教授「はい、分かりました」

017「部長、お言葉ですが私は…!」

部長「手が小さいし反動の大きな銃は嫌いだ、と言いたいのだろう…だが、今回の任務は「パーティを抜けだして書斎からちょっと書類を拝借する」ような任務ではない……ちゃんと威力のあるピストルを持って行け」

017「しかし、女の私が大型ピストルなんて持っていたらその方がおかしいですわ」

部長「なにも私は象狩りに使う大砲のような銃を持って行けと言っているわけではない…女性の護身用としておかしくない程度のピストルを持って行け…と言っておるのだ……教授、何かいいのはあるか?」

教授「もちろんですとも…例えば.297トランター・リボルバーや.320口径の「ブル・ドッグ」タイプのリボルバー……いつも通りウェブリーにしておくかね?」(※ブル・ドッグ…特定のメーカーやモデルではなく、短銃身のピストルを総称していう。アメリカでは「スナブノーズ」)

017「ええ、こうなったら仕方ないですわ……」

教授「よければ「ウェブリー・フォスベリー」オートマティック・リボルバーのような変わり種もあるが、どうだね?」

017「ご冗談でしょう…あんな珍品を使いこなすようなエージェントがいるとしたらよっぽどの変人か、さもなければ月世界からやって来た人間くらいですわ」

教授「おやおや、ずいぶんと手厳しいね……それじゃあこれでどうかな?」

017「ウェブリーの小型リボルバー…口径は.297ですか」

教授「いかにも……これなら自衛用としてレディが持っていてもおかしくないし、きれいな装飾も施してあるからそれらしく見えるはずだ」

017「そうですね、金象眼に象牙の握り……私の好みから言うと少々飾り気がありすぎますけれど、これなら我慢出来ますわ」

教授「それは何より…それと弾薬はこれを持って行きたまえ」

017「…これは?」

教授「見ためは変わらんが新式の弾薬だよ……同じ黒色火薬でも燃焼のムラが少なく、銃身に燃えかすが残りにくいものでな」

部長「国内ではまだ流通しておらん、ぜひ役立ててくれたまえ」

017「…ありがとうございます」

教授「それから様々な書類を用意しておいた……例えば「ホワイトフェザー」を始めとする婦人専用の「高級社交クラブ」の会員証に、数人の貴族夫人から受け取ったポーカーやティーパーティのお誘いが書かれた手紙……スコットランドや西インド諸島で過ごしていた事を示す旅券なども用意しておいた…」

017「そういったこまごました手紙や書類があると「カバー」(偽装)に信憑性が増しますから……とても役に立ちますわ」

教授「そう言ってくれると思っておったよ……さらにこれらはいずれも実際の用紙に実物と同じ道具で記載した「本物」の偽造書類だから、誰かに見せたとしても疑われることはないだろう…まぁ、ないものと言えば「君の本当の肩書き」を示す身分証くらいなものかな」

017「ふふふ…♪」

教授「…さて、これで一通りの装備が整ったわけだ」

017「それにしても至れり尽くせりですわね……いつもながら教授を始めとするびっくりどっきり…いえ、「装備品開発課」の奔放な想像力には頭が下がります」

教授「お褒めいただき光栄だよ、ジョアンナ君」

部長「…それだけ今回の件は重要視されていると言うことだ。忘れるなよ、017」

017「ええ」

部長「……それとだ、教授に頼んで送りつけられてきた「例の手紙」について調べてもらった…説明を頼む」

教授「はい……えー、まずこの「ブラックメール・レター」(脅迫状)を書いた人物は、かなりの高等教育を受けた人物であると思われます。筆跡も丁寧ですし単語のスペルにもミスは見られず、それなりの身分がある人物でしょう…」

017「それだけでは対象となる人物が多すぎますわ」

教授「まぁ待ちたまえ……この手紙に使われている紙を書類担当に調べてもらったところ、面白い事実が判明したのだ」

017「面白い事実?」

教授「いかにも。この手紙の送り主はホテルに備え付けの便せんでこの手紙を送ってきたようなのだが、上部に型押しされているホテルの紋章部分は切り取られていた……」

017「それでは何にもなりませんわ」

教授「ところがそれが違うのだよ、ジョアンナ君」

017「そうですか?」

教授「うむ……この紙をこちらにあるサンプルと比較してみたところ、ロンドン中心部にあるホテル「キング・エドワード」の物と判明したのだ」

部長「…さらに言えば、行方不明になった部員は「キング・エドワード」からほど近い場所で消息を絶っている」

017「では「キング・エドワード」を調べれば…」

部長「……何らかの手がかりがつかめるはずだ」

017「分かりました」

教授「こほん…まだ話は終わっておらんよ、ジョアンナ君」

017「これは失礼…♪」

教授「さらに気になることが一つ……この手紙が入っていた封筒の裏に、少しだけ封蝋の跡が付いていた…おそらく別な封筒を下に置いた状態でペンを走らせたのだろうね…」

017「それで、その封蝋はどこのものです?」

教授「それが面白いのだ……封蝋の跡を調べたところ、押されていたのは「クック旅行社」のものだと判明した」

017「…せしめた百万ポンドで世界旅行にでも行くつもりなのかしら?」

部長「それよりも、この「ファントム」が高飛びに使うつもりで資料を取り寄せた可能性が高いと見ている……いずれにせよ、これもなんらかの手がかりになるかもしれん」

017「そうですね…とにかく私は「ホテル・エドワード」に宿泊して、情報収集にあたります」

部長「頼んだぞ……こちらからも連絡員を一人派遣して、君の手伝いをさせる予定だ」

017「感謝します。では、他になければこれで……」

部長「…いや、あと一つある」

017「何でしょう?」

部長「味方とのコンタクトの際に用いる今回の作戦名だが……」

017「あぁ、そういえば伺っておりませんでしたわ」

部長「うむ…作戦名は「サンダーストラック」だ」(※Thunder struck…「びっくり仰天」の意)

017「分かりました、それでは…♪」

………




017「さて、と…」


…任務説明を終えた「017」が迷路のようなレンガ敷きの地下通路を通って階段を上がり、まるで壁に擬態しているような隠し扉を開けると、不意に落ち着いた印象の室内に出た……さらにその小さな部屋を抜けた先は流行のドレスや手袋が飾られた婦人服店になっていて、いま出てきたドアには「試着室」と小さな金のプレートが取り付けてある…


店員(情報部職員)「……ドレスの方はいかがでございました?」

017「ええ、とても良かったわ…辻馬車を呼んでいただけるかしら?」

店員「承知いたしました」店員は手際よく店のそばで客待ちをしていた二輪馬車を呼んだ……

御者「……ご婦人、行き先はどうします?」

017「ホテル「キング・エドワード」までお願い」

御者「分かりました…やっ!」御者が軽く鞭をあてがうと、馬車がごろごろと走り始めた…

017「…」道を行き交う人々を観察しつつ、馬車に揺られている……軽快な二輪馬車は大きくて小回りの利かない四輪馬車やまだまだ珍しい自動車で混み合った道をすり抜けるようにしてロンドンの通りを走っている…

017「……確かに部長の言うとおりだったかもしれないわね」

………


…任務説明の後…

017「……ところで部長」

部長「何だね?」

017「自動車は貸していただけないのですか?」

部長「当然だ…いくら君が派手なタイプの情報部員だとはいえ、あんな最新流行の物に乗っていては目を引いて仕方がない」

017「それはそうかもしれませんが……」

部長「好奇心が旺盛なのは結構だがな、そもそも燃料式の自動車は燃料切れになれば役に立たんし、何かというと故障ばかりだ……かといってケイバーライト動力の車はロンドンでもまだそう多くない…そんな物に乗っていたのでは目立ちすぎる」

017「…分かりました」少し残念そうに言った…

部長「まったく……わかった、この件が上手くいったら一回くらいは使わせてやる」

017「まぁ…♪」

部長「そうなったときは頼むから壊すなよ…教授にぶつくさ言われたくはないのでな」

017「はい」

………



御者「……ご婦人、そろそろ着きますよ?」

017「ええ、そうね……ついでだから軽く辺りを走らせてもらえる?」

御者「分かりました」

…馬車に揺られつつ、周囲をそれとなく観察する……御者に軽く一ブロック(街区)を流してもらって再びホテルの前に着くと、踏み板を出してもらって馬車を降りた…

017「どうもね」御者の手に少し多めの硬貨をのせた…

御者「ありがとうございやした」帽子のひさしに手を当てて敬意を示すと、かけ声をかけて馬車を走らせていった…

ホテルのボーイ「…失礼いたします、荷物をお運びいたします」

017「ええ」

…ホテル「キング・エドワード」のロビー…

017「……失礼。予約をしておいた「レディ・バーラム」だけれど」

受付「はい、ご予約の方は承っております…ようこそおいで下さいました、お部屋のご用意は出来ております」

017「ええ、ありがとう」

受付「荷物の方はお部屋に運ばせますので」

017「お願いね」

…スイートルーム…

メイド「…お荷物はここに置いてよろしいでしょうか?」

017「ええ、それで結構よ…」三つばかりあるトランクを置かせると、まだ十四、五歳に見えるメイドの小さな手に一ポンドの金貨を握らせた…

メイド「…こ、こんなに……ありがとうございます///」

017「いいのよ、それとシャンパンをお願い…クリュッグのノン・ヴィンテージをね♪」

メイド「はい、すぐにお持ちいたします」

017「…さてと」(今日はとにかく気前のいいところを見せないと…そうでもしないとボーイやメイドの口を開かせるのは難しいもの……)

ホテルマンの声「……失礼いたします、ルームサービスですが…入ってもよろしゅうございますか?」

017「どうぞ」

ホテルマン「失礼いたします、シャンパンをお持ちいたしました」

017「そうね……では、そこの卓上に置いてくださる?」

ホテルマン「かしこまりました……シャンパンは今お召し上がりになられますか?」

017「そうね、そうするわ……」

ホテルマン「承知いたしました。では…」さっと純白のナプキンで瓶の口元を押さえるとそっと押さえつつ栓を抜く…控え目な「ポン!」というコルクの音がすると、小ぶりな丸いシャンパングラスに透き通った金色の液体を注いだ…

017「どうもありがとう、後は自分でやるから結構…♪」そう言うとまたしても多すぎるほどのチップを握らせた…

ホテルマン「……恐縮でございます」

017「よろしくてよ……それと、夕食は食堂でいただきます」

ホテルマン「承知いたしました、それでは失礼いたします…」

017「……ふぅ」ホテルマンが出て行くと椅子に腰かけ、グラスを手に取って一口飲んだ……ムースのように滑らかな泡に、ひんやりと喉を流れ下る爽やかな葡萄の香り……涼やかな味わいのおかげで、口の中にまとわりついたロンドンのほこりっぽさが洗い落とされる気分だった…

………

…しばらくして…

017「さて…そろそろ準備に取りかからないと……」クィーンサイズのベッドが鎮座している豪華なベッドルームにトランクを広げ、どのドレスを着るか思案顔の017……少し悩んだが教授の用意してくれたドレスはここ一番の場面で着ることにし、淡い桃色が華やかなドレスを選んだ…

017「…」一人で手際よくドレスをまとうと化粧台の前に座って軽く白粉をはたいて唇に紅をさし、髪を整えると真珠の首飾りをかけた…

017「ん…なかなかいい感じ」

017「……それじゃあ行くとしましょうか♪」最後に手持ちの小さなポーチにウェブリーを入れると、鏡に向かってウィンクを投げた…

…食堂…

給仕長「…どうぞ、こちらのお席にございます」

017「ええ」

給仕長「それではごゆっくりお楽しみ下さいませ」

017「…是非そうしたいところね……」


…手紙の差出人「ファントム」の正体が分からない以上、早い時間から晩餐の席に着いてそれらしい人物を探すつもりの017……もちろん相手が室内にこもってルームサービスを受けていることも考えられたが、部屋にこもりっぱなしの客というのは目立つ上、手紙につづられている気取った文面から「ファントム」は自分をひけらかすような所があると感じていた……何はともあれ017としては調べが付くところからあたってみるつもりだった…


給仕長「それでは、お料理の方をお持ちいたします」

017「お願いするわ」

給仕「……失礼いたします。仔牛のパイ皮包みでございます」

017「…あら、おいしい♪」一時間近く経ち、前菜から始まったフルコースも中ほどまで来た……017はコクのあるボルドーワインと一緒に仔牛肉を味わいつつ、同時に周囲の様子も観察している…

………


…しばらくして…

いい身なりをした紳士「あぁ君、いつもの席に頼むよ」

給仕長「はい…ようこそおいで下さいました。二十年もののアモンティリアード(シェリー)でございます」

紳士「結構」


…食堂にやってくるなり給仕長が慌てて席に案内し、下にも置かぬもてなしを受けている一人の男……高そうな仕立ての服に身を包み食前酒に年代物のアモンティリアードを注がせて、かしこまった態度の給仕たちに対しては素っ気ない態度をしている…


017「……あの紳士は?」小声でかたわらの給仕に尋ねた…

給仕「ああ…あちらのお方でしたらサー・パーシバルでいらっしゃいます」

017「サー・パーシバル?」

給仕「はい。サー・パーシバル・ストーンウッド……なんでもインド帰りのお大尽でして、大変な資産をお持ちの「百万長者」ともっぱらの噂でございますよ」

017「そう…ありがとう」

給仕「いえ、お役に立てて光栄でございます」

ストーンウッド「……この仔牛のカツレツは火の通りが好みじゃない…替えてくれ」

給仕長「申し訳ございません」

017「……サー・パーシバル…どうも気になる人物ね」

………



…夜・街の雑踏…

017「…」

男「……この時期のロンドンはいつも霧ですね」


…明るく輝いている宝石店のショーウィンドウを眺めていると、かたわらに立っていた男が合言葉をささやいた……男はごくごく普通の上着とベストの組み合わせで帽子をかぶり、ベストのポケットから懐中時計の金鎖を垂らしている……色も地味な茶系でまとまっていて、どこにでもいるような男に見える…


017「ええ、パリは違うかもしれないけれど……」

男「そうですね……どうも、ヘイスティングスです。本部から貴女の連絡役として派遣されてきました…接触してくるのを待ってましたよ」

017「待たせて悪かったわね…なにぶんホテルは晩餐の時間が長いものだから」

連絡員「分かってますとも……それで、何か指示は?」

017「あるわ……サー・パーシバル・ストーンウッドの身辺についてあたってもらいたいの」

連絡員「サー・パーシバル…百万長者と噂される成金ですね」

017「その噂も含めて彼の素性や財産…それとここ数ヶ月の間でどこかに出かけたり、大きな額の買物をしたりしたかどうかを調べてもらいたいの……明日の夜には結果が欲しいわ」

連絡員「明日の夜とはなかなか厳しいですね…でも、どうにかします」

017「ええ、お願いね」

連絡員「はい…受け渡しはどうします?」

017「明日のこの時間に王立劇場の前か……もしその時間に接触出来なかった場合は、ホテルの私の部屋に宛てて暗号文で送ってくれればいいわ」

連絡員「分かりました」

017「ええ、それではね…」

連絡員「はい」

………

…深夜…

受付「お帰りなさいませ、市内散策はいかがでございました?」

017「ええ、おかげさまで楽しく過ごさせてもらいました」

受付「それはなによりでございますね……すぐお休みになられますか?」

017「いいえ。せっかくですからサロンで飲み物でもいただきます」

受付「承知いたしました」


…ホテル・サロン…

バーテンダー「…ようこそおいで下さいました。お飲み物は何にいたしましょう?」

017「そうね、クルヴォアジェ(コニャック)をお願いするわ」

バーテンダー「かしこまりました……」

ストーンウッド「…君、私にグレンリベットをもう一杯」

バーテンダー「はい、すぐにご用意いたします」

017「…」(あら、てっきり部屋に戻っているものかと思ったけれど……様子を観察するには好都合ね…)

バーテンダー「お待たせしました…どうぞ」

017「ありがとう…」


…しっとりとした黒のイヴニングドレスをまとい、居心地のいいサロンの隅の方にある椅子へゆったりと身体を預けて、ちびりちびりとコニャックを傾ける017……奥まった隅っこの方は目立たず、サロンの出入り口と室内の様子が同時に視野に収まるので監視にはもってこいの位置だった…


のっぽの老婦人「……それにしても嘆かわしいことですわ…」

小太りの老婦人「全くですわね…爵位をお金でやりとりして、今では準男爵……噂によるとそろそろ男爵の位を買うつもりだとか…」

のっぽ「そんな人たちが社交界に入ってくるなど……」

小太り「…まっぴらごめんですわ」

のっぽ「ええ、まったく……」数十年前には似合っていたかもしれないドレスを着た二人の老婦人がちらちらとストーンウッドに視線を向け、羽扇で口元を隠しつつゴシップに興じている…

017「…」

ボーイ「…失礼いたします。よろしければお代わりなどお持ちいたしましょうか?」

017「そうね、いただこうかしら」

ボーイ「かしこまりました……同じ物でよろしゅうございますか?」

017「そうね、それがいいわ」

ボーイ「承知いたしました」そう言ってボーイが離れた瞬間、ストーンウッドの側に見慣れない男が立っているのが視界に入った……どうやらインド人のように見える色黒の男はなかなか背が高く、そのせいで細身の印象を与えるが、よく観察すると意外と骨太のように見える…

色黒で長身の男「………」

ストーンウッド「……」

色黒の男「…」色黒の男が何か耳打ちするとストーンウッドは一瞬だけ唇をかみしめで苦い表情を浮かべ、すぐ何事かをささやいた……何か指示を受けたらしい色黒の男は、早過ぎない程度の足取りで素早く出て行った…

017「あの男は夕食の時にはいなかったわね…彼の使用人のようだけれど……」

ストーンウッド「…」と、色黒の男が出て行って数分もしないうちにストーンウッドは飲み物を飲み干してサロンを後にした……

017「……何か気がかりな事でもあったのかしら…」

ボーイ「失礼いたします、クルヴォアジェのストレートでございます…」

017「あら、ありがとう…♪」そう言ってにっこり笑うとかなり多めのチップをはずんだ…

ボーイ「これは…どうもありがとうございます」

017「いいのよ……♪」

………

…翌朝…

017「うぅ…ん♪」ふんわりとした羽布団の中で軽く伸びをし、それからすっきりと起き上がった…

017「……さて、今日は調べ物にいそしまないと」早速呼び鈴の紐を引っぱり、メイドを呼んだ…

メイド「失礼いたします、お呼びでございましょうか?」

017「ええ…紅茶と「アルビオン・タイムズ」をお願い」

メイド「はい、すぐお持ちいたします」

…数分後…

メイド「お待たせいたしました」銀のお盆を持ってやってきたメイドは、続けて用事を受けられるようにそのまま脇に立っている…

017「ありがとう…」紅茶をお供に手早く記事を読み通した…

017「……それじゃあ着替えるから手伝ってちょうだい?」

メイド「はい」

017「今日はこのドレスにするわ…」

メイド「かしこまりました」017はメイドにドレスやコルセットの紐を留めてもらうと化粧台の前に腰かけ、軽く口紅を引いて白粉をはたく……一方、手慣れた様子のメイドはその間に髪を梳いたり整えたりしている…

017「…これでいいわ。ご苦労様」例によってかなり多い額のチップを渡した…

メイド「あ、ありがとうございます……こんなにいただいてしまって…」

017「いいのよ…何か用が出来たらまたお願いするわね♪」そう言うとメイドの頬をそっと撫でた…

メイド「は、はい…///」

…王立図書館…

017「…そこでいいわ。帰りは別の馬車を拾うから待たなくて結構よ」

辻馬車の御者「へい」

017「さて、と……失礼」たたんだ日傘に少し傾げてかぶっている流行の婦人帽…図書館で書見にいそしむ時の邪魔にならないよう飾りを抑えたデイドレスに、護身用ピストルやこまごました物が入っている小さなポーチ……よく磨かれた木のカウンター同様に年季の入っていそうな白髪の司書がいる受付まで行くと、小さく笑みを浮かべた…

司書「…はい、何かお探しですか」

017「はい。去年と今年の紳士録、社交界名鑑、それから貿易統計をお願いします」

司書「分かりました……お持ちしますからそちらの椅子におかけになってお待ち下さい」

017「ええ」

司書「……お待たせしました。どうぞごゆっくり」

017「ぜひそうさせていただきますわ」


…情報部が調べている情報とは別に、相手の素性を知るべく人名録をめくる017……書見用の台に革表紙の分厚い本を載せ、細かい字を眺めるために小さな丸眼鏡を取り出すと、手際よく詳細を読み込んでいく……天井の高い大聖堂のような静まりかえった空間にページをめくる音だけが響き、紙とインクの匂いがふっと立ちのぼる…


017「…あったわ……」サー・パーシバルのページに行き当たると経歴や財産などを入念に調べた……

017「……ロンドンの邸宅に、ラムズゲート近郊とドーセットシャーに別荘、サフォークに紡績工場…競走馬を一ダースあまりに猟犬用の犬舎を二つ……なかなか羽振りがいいようね……」

017「…「父親は元東インド会社で出世し、同地を訪問中であった会社役員の令嬢メイナー嬢と婚姻…サー・パーシバルはボンベイで産まれ、現地の英国人向け高級学校にて教育を受ける……」なるほど、典型的な植民地育ちという訳ね…」

017「それから、と…「その後インドで紡績工場等を経営し利益を上げ、富を得る」…まぁ普通はそうでしょうね……」

017「……ふぅ」細かい字を眺めて疲れを覚えたので目頭を押さえ、ちらりと懐中時計に目をやった…

017「もうこんな時間……ホテルに戻って着替えてから、お昼でも食べることにしましょう」

…昼…

給仕長「お待たせいたしました…」夜が遅い貴族ならではのブランチ(朝食と昼食を兼ねたもの)として、薄切りのコールドビーフにゆで卵、数種類のフルーツと紅茶が並んでいる……

017「……なかなか」優雅に食事を楽しみながら変わった様子がないかさりげなく観察しているが、ストーンウッドは顔を見せていない……

給仕「紅茶のお代わりはいかがでございます?」

017「ええ、いただきます…♪」チャーミングな笑みとしっとりした声…それに気前よく弾んでくれる心付け(チップ)もあって、ホテルの従業員たちは何くれとなくお世話をしてくれる……もちろん情報部員として「耳寄りな」話を聞き出すための下地作りとして行っていることだが、手際のいいサービスを受けられるのは気分がいい…

給仕「どうぞ」

017「ありがとう」

…午後…

017「そろそろ午後のお茶をいただきたいわ…お願いするわね」

給仕「かしこまりました」

017「ええ……」と、サロンに姿を見せたストーンウッドと例のインド人らしい召し使い……

ストーンウッド「君、紅茶を」

給仕「はい、すぐにお持ちいたします」

017「…」味のしっかりしたセイロン紅茶のセカンドフラッシュをひとすすりしながら、きゅうりのサンドウィッチをつまむ……二つほど離れたテーブルでは手紙らしき紙片を手にしたストーンウッドと召し使いが小声でやりとりをしていて、切れ切れの声が耳に入ってくる…

色黒「……でございまして…」

ストーンウッド「…では、そのように取り計らえ……」

色黒「…かしこまりました、旦那様」

017「…」ほどのいいところでスコーンに取りかかり、クローテッドクリームを控え目につけていただく……その間にもストーンウッドの召し使いは席を離れ、足早に出て行った…

給仕「お代わりはいかがでございますか?」

ストーンウッド「…ああ」

017「…」

給仕B「失礼いたします」ほどほどのところで手際よくスコーンを下げ、ケーキ類の皿と取り替えた…

017「……あら、ありがとう」

…甘酸っぱい木イチゴのソースがかかったフランス風のムースに、濃密なウィーン風のチョコレートケーキ……綺麗な顔で少し首を傾げているところは、そのどちらを先に食べようか悩んでいる程度にしか見えない……が、その瞳には何かイライラしている様子のストーンウッドが入っている…

017「…」

給仕「失礼いたします、スコーンの方をご用意いたし……」

ストーンウッド「いや、もう結構だ」ぶっきらぼうにそう言うと、何か気になることでもある様子で去って行った…

017「……よろしいかしら?」

給仕「はい、ただいま」…ストーンウッドに食べられずに終わったスコーンを片付けると、手際よくやってきて側に控えた……

017「ごめんなさいね、紅茶がぬるくなってしまったの…取り替えていただける?」

給仕「これは申し訳ございません、直ちに…」

017「ええ……ところであのお方はどうなさったのかしら」

給仕「あのお方…サー・パーシバルのことでございましょうか?」

017「ええ。怖い顔で手紙をご覧になっていたかと思ったら、不意に出て行ってしまわれて……何か急ぎのご用事だったのかしら?」

給仕「さぁ、わたくしには分かりかねますが…どうも外国からのお便りだったようでございます」

017「まぁ、外国から?」

給仕「はい、どうもフランス語で書かれていたように思われましたが……」

017「そう…サー・パーシバルは国際的な方でいらっしゃるのね?」

給仕「ええ、それはもう……ボーイが申しておりましたが、あのお方に宛てて届く手紙のだいたいは外国の方々やロンドンにある各国の商社からだそうで、そういった手紙が何通となくあるそうでございますよ」

017「まぁまぁ…そうでしたの」

給仕「はい、そのように聞き及んでおります……あ、これは失礼。すぐに紅茶をお持ちいたしますので…」

017「いいえ、面白いお話をありがとう…どうぞ取っておいて♪」さりげなく一ポンド金貨を握らせた……

給仕「…ありがとうございます」

017「ええ……」

………

…夜…

017「…それではお芝居を見に行きますから、馬車の手配をお願いするわ」

受付「かしこまりました」さっと視線を走らせただけで、ボーイが玄関前の馬車に合図をする…

017「ところで…」

受付「何でございましょう?」

017「朝のお手紙を配って下さるボーイさんだけれど、とても気が利いていますわ……こちらのホテルは教育がよろしいのね♪」

受付「これは、お褒めにあずかり恐縮でございます…当人にも伝えておきます」

017「ええ、ぜひ……それと戻ってきたら夜食をいただこうと思いますから、お手数だけれどお願いするわ」

受付「かしこまりました。それではいってらっしゃいませ」

017「ありがとう」

…王立劇場…

黒髪の令嬢「…今から楽しみですわね」

金髪の令嬢「ええ、今度の「ロミオとジュリエット」はロミオ役のレジナルド・パーカーが好演だともっぱらの噂でしたもの…」

紳士「…何でも今回のは演出に凝っているという話で……」

紳士B「……ティボルト役のカミングスがなかなかの腕前だそうだよ…ところで……」

017「…」

案内「ようこそお越し下さいました、こちらのお席でございます」

017「ええ、ありがとう」

…観劇中…

ロミオ「あぁ、なんと言うことだ…しっかりいたせマキューシオ、傷は浅いぞ!」

マキューシオ「ぐっ…三文芝居じゃあるまいし、あんなへろへろ野郎のけちな剣でやられちまうなど情けない……」

ロミオ「なんたることか、それもこれも恋の病で盲目になっていた私が招いたこと……だが安心いたせマキューシオ、仇はすぐに討ってやる…ティボルト!」

ティボルト「……なんだ、また貴様か。やり合うつもりがないのならとっとと帰るが良かろう」

ロミオ「…先ほどまでは両家の不和をこれ以上深めることはすまいと、剣の鞘に言い聞かせていたこの私……しかしこうなってはもはや許すことはかなわぬ、いざ勝負!」

…観劇後…

黒髪「本当に今回のロミオはいい演技でしたわ…」

金髪「ええ……でもジュリエットの女優もなかなか巧みでしたわね」

017「…」興奮冷めやらぬ観客たちに交じって劇場を出ると、ふっと角を曲がって待ち合わせの場所に向かった…

………



…王立劇場のそば・ベンチ…

017「…さて、何か有益な情報は手に入ったかしら?」王立劇場のそばには目立たない一本の通りがあり、そのベンチに連絡員が座っている……さりげなく隣に座り、扇で口元を隠しつつ声をかけた…

連絡員「…」ベンチに腰かけて腕を組み、ハンチング帽を目深にかぶっている……

017「……よほど大変な調べ物だったのね、でも居眠りは感心しないわ…」

連絡員「…」

…017は連絡員の肩を軽く叩いた瞬間、彼が眠り込んでいるのではないことに気がついた……ベンチに腰かけていた連絡員はすでに冷たくなっていて、ハンチング帽の陰からのぞく顔色は蒼白だった…

017「…どうやら長い居眠りをすることになってしまったようね……」と、連絡員の手が握りしめていた何かの紙片に気がついた…

017「これは…?」破かないようにそっと紙片を抜き取ると、さっと文面を確かめた…

017「…なるほど、ちゃんと成果を出してくれたのね……ご苦労様」小声でそう言うと、さりげなくベンチから離れた…

………

続き待っております

>>427 お待たせして申し訳ありません…当方、ここしばらくというもの病気で入院しておりまして(おかげでコロナとは無縁だったわけですが…)ようやくの復帰です

…今しばらくは更新のペースが落ち込んでしまうかもしれませんが、着実に進めて行きたいと思っています…どうか気長にお待ちいただければ幸いです

…ホテルの部屋…

017「…さて、と」連絡員がその生命と引き換えに入手した紙片に改めて目を通した…

017「……サー・パーシバルは別荘にて舞踏会ないしは夕食会を開催する模様。招待客にフランス、ドイツ、オーストリア、ロシアおよびイタリアの商館員等が含まれていることから、同時に何らかの『商談』を行うものと思われる…また、クック旅行社宛に入金百二十ポンドを確認……この金額は南米行きの一等船室の船賃と合致する…」

017「以上の事からサー・パーシバルは情報を売却した後、南米への逃亡を企図しているものと推測される…ね」

017「となると、どうあってもその素敵なパーティにお呼ばれしてもらわないと…♪」

………



…翌朝…

017「申し訳ないけれど、この手紙を出してきていただける?」

ボーイ「はい、かしこまりました」

017「お願いね」


…暗号化した文面で書き上げた本部宛の手紙を、さも何気ない様子でボーイに渡した017……暗号はサー・パーシバルが「テリア犬」連絡員を「ティーカップ」といった具合で『留守から帰ってきてティーカップが割れていたのは、おそらくテリア犬がいたずらしたからでしょう…今度品評会があるので、それまでによくしつけておいてもらいたいものです…』などと言葉を置き換えてある…


017「…後はどうやってサー・パーシバルに接近するかが問題ね……紅茶でも飲んで考えるとしましょう」

…食堂…

給仕長「おはようございます、レディ・バーラム」

給仕たち「「おはようございます」」

017「ええ、おはよう」チャーミングな微笑と一緒にたっぷりのチップを振る舞ってきたおかげで、下へも置かぬもてなしを受けている017…

給仕長「…それでは何にいたしましょう?」

017「そうね、ダージリンをお願いするわ♪」

給仕長「承知いたしました……では、どうぞこちらのお席に」

017「ふふ、ありがとう」

…給仕長じきじきに窓際の席へと案内された017…運がいいことに近くのテーブルにはサー・パーシバルが座っていて、トーストとゆで卵の朝食を食べつつ紅茶をすすっている…

017「おはようございます、今日はいいお天気ですわね♪」軽く膝を曲げて会釈をしつつ声をかけた

ストーンウッド「…全くですな。レディ……あー…」立ち上がって礼を返したものの、017の名前を知らないので口ごもった…

017「あら、申し訳ありません…わたくし『レディ・ジェーン・バーラム』と申します」

ストーンウッド「これはご丁寧に……私はサー・パーシバル・ストーンウッドです、どうぞお見知りおきを」

017「まぁまぁ、貴方があの有名な…お会いできて光栄ですわ♪」

ストーンウッド「なに、それほどのものでもありません」そう言いつつもどことなく満足げなサー・パーシバル…

017「ふふふ、そうご謙遜なさらず……お噂はかねがね伺っておりますわ」

ストーンウッド「いや、お恥ずかしい限りだ…」

017「ふふ、サー・パーシバルは奥ゆかしい方でいらっしゃるのね…♪」

………


…しばらくして…

ストーンウッド「はは、そんな話があったとは知らなかったですな」

017「ええ、なかなか面白いと思いませんか?」

ストーンウッド「いや、全くだ……」と、サー・パーシバルの召し使いがやって来てかたわらに立った…

色黒「…旦那様」

ストーンウッド「…何だ?」

色黒「はい、それが例の件で……」

ストーンウッド「…そうか、分かった。 …レディ・バーラム」

017「はい、何でしょう?」

ストーンウッド「いや…おかげで大変愉快な一時を過ごさせていただいたが、少々用事ができたのでね……一旦これで失礼させていただく」

017「あら、それは残念ですわ…」

ストーンウッド「そうですな……そうだ、今度わが別荘でちょっとしたパーティを開くつもりですので貴女をご招待しよう…いかがかな?」

017「まぁ、それは素晴らしいですわね♪」

ストーンウッド「そう言っていただけるとこちらも嬉しい…招待状は後でこのシンに届けさせましょう」そう言って召し使いのことを指し示す

シン「…わたくし、旦那様の召し使いをしておりますシンと申します」017に向かって丁寧に一礼した…

017「ええ……では、招待状が届くのを楽しみにしておりますわ」

ストーンウッド「うむ…では失敬」

017「はい…♪」(…どうにかして今度のパーティに潜り込みたいとは思っていたけれど、まさか向こうから招待してくれるなんて……♪)

………



…翌朝…

声「…失礼いたします、レディ」

017「……はい、どなた?」

シン「サー・パーシバルの召し使いのシンでございます…昨日お約束した招待状をお持ちしました」

017「あぁ……分かりました、今開けますわ」

シン「…おはようございます、レディ」

017「ええ、おはよう」

シン「こちらが招待状にございます……それと旦那様から言付けで「今回のパーティは様々に趣向を凝らしているので、楽しんでもらえたら幸甚です」とのことです」

017「まぁまぁ、それはご丁寧に……サー・パーシバルには「招待いただいたこと、改めてお礼を申し上げます」と伝えておいて?」

シン「承知いたしました。それでは失礼いたします」

017「ええ、ご苦労様」そう言って半クラウン銀貨を手渡した

シン「ありがとうございます…」

017「…さてさて」封蝋を綺麗にはがすと、中の便せんを取り出した…使われているのはやはりホテルの便せんだったが、ペン先を変えるか違うペンを使っているらしく「脅迫状」とは筆跡が違う…

017「んー…」じっくりと文面を読み通す017……時候のあいさつと結びの文句でまとめられた招待状はごくごくありふれた印象を与えるが、やはりどこか気取ったような感じがする……

017「どうやらサー・パーシバルが「ファントム」で間違いないようね…」

017「……何はともあれ、これを使うことなしに回収できればいいのだけれど…ね」そうつぶやきながらリボルバーの弾薬を込め直すと「キシン…ッ!」とシリンダーを戻した…

………

…数時間後・コーヒーハウス…

017「…」少し渋めのオレンジペコーにほどよくミルクを入れたホワイトティーをすすりつつ、手元に「ザ・タイムズ」を開いて接触を待っている…

部長「失礼…この席にかけても構いませんかな?」

017「ええ、どうぞ……報告書はお読みいただけました?」

部長「うむ、読んだとも」

017「それにしても部長自らおいでになるということは……よほどの事ですわね?」

部長「いかにも。今回の件はそれだけの事態なのだ…ところで君はサー・パーシバルが別荘で開くパーティに招待されたそうだな?」

017「はい、これがその招待状です」

部長「ふむ…筆跡こそ少し変えてあるが、この鼻につく文体は間違いなく同一人物の書いたものだな」

017「ええ、私もそう思います」

部長「よろしい。 では、君はこのパーティーに出席して所期の目的を達成しろ」

017「はい」

部長「頼んだぞ…それと、だ」

017「まだ何か?」

部長「うむ……今回の件で軍情報部が茶々を入れてきた」

017「ふぅ…またですか」

部長「ああ…」

………

…数時間前・内務省の応接室…

部長「これはこれは…おはようございます、サー・ジョン」

陸軍大佐「おはよう」

部長「わざわざ陸軍本部からおいで下さるとは、よほどのご用なのでしょうな……とりあえず紅茶でもいかがですか?」

大佐「いや、結構だ」

部長「そうですか……では失礼ながら、私だけ頂くとしましょう」ティーカップを持ち上げ、巧みに表情を隠す…

大佐「好きにしてくれたまえ…ところで、だ」

部長「ええ」

大佐「…うちの部員が気になる報告を上げて来たのだが……」

部長「ほう…?」

大佐「……何でも、オックスフォードの研究所から輸送中だった高純度ケイバーライトのサンプルが情報部員ともども行方不明だそうだな?」

部長「ええ」

大佐「…言うまでもないだろうが、ケイバーライトがあるからこそ我が国が列強の中でも抜きん出た存在でいられる……ということは分かっているだろうな」

部長「ええ、その点は理解しているつもりですが」

大佐「結構…つまり、今回の件は国防上の観点からしても重大な危機だということだ」

部長「…それで?」

大佐「今後は我々軍情報部もサンプルの捜索および回収任務を行う」

部長「なるほど…」

………



017「まったくもう……軍情報部ときたら人の足を引っ張る事に関しては一流ですわね」

部長「うむ、全くだ…連中に情報活動を任せておいたら、今ごろ我々の植民地はワイト島だけになっていたことだろう」

017「ふふふっ…♪」

部長「笑い事ではないぞ、017……今のところ「ファントム」から追加の要求は届いていないが、それとていつどうなるかは分からん」

017「ええ」

部長「…それにだ、もし軍情報部がアナグマの巣を見つけた猟犬そこのけに鼻を突っ込んで辺りをかき回したりしてみろ……奴は焦ってサンプルを持ったまま「高飛び」するとか、どこかにサンプルを叩き売ってしまうだとかするかもしれん…もしそうなったら取り返しがつかん」

017「確かにそうですわね」

部長「今のところこちらからファントムへは「百万ポンド分の金をかき集めるのはたとえこの王国であってもある程度の時間がかかる」と期限の引き延ばしを図りつつ、軍情報部には明後日の方につながるような情報を流して目くらましにしているが、これもいつまで持つかは分からん……それに君との連絡役が消されたが、だからといって急に代わりを送り込むこともできん」

017「分かっております。なにしろ「仕込み」が急ですと目立ちますものね…」

部長「いかにも……私としても心苦しい限りだが、しばらくは君一人で任務を継続してもらうことになるだろう」

017「ふふ、そのために訓練を積んできたのですもの…大丈夫ですわ」

部長「…頼むぞ」

017「ええ、それでは……それとここのお勘定はお任せします♪」紅茶を飲み干すと立ち上がった…

部長「うむ」

………



…しばらくして・ホテルのロビー…

受付「お帰りなさいませ、レディ・バーラム」

017「ええ…ところで、わたくしに宛てて手紙か何か届いているかしら?」

受付「はい、すぐに確かめますのでお待ちを……」と、一人の女性が受付のホテルマンに声をかけた…

女性「…ごめんなさい。部屋の予約をしたレディ・カータレットですけれど」

受付「あ、少々お待ちを……」ちょうど複数の客が出入りしているさなかで、普段は手際のいいホテルマンたちもさすがに手が回らないでいる……

女性「なんだかタイミングが悪かったようですね?」

017「ええ、そのようね…♪」


…017に声をかけてきた女性はどちらかというとぽちゃぽちゃとした丸っこい体型で目の間も少し離れているため「とびきりの美人」とは言えないが、にっこりと笑みを浮かべた様子は人なつっこく可愛らしい感じがする……着ているドレスは落ち着いたバーガンディ(褐色がかった紅)で、仕立て方は流行りのスタイルから少し遅れているものの、柔らかそうな白い肌とよく似合っている…


女性「いけないいけない、自己紹介がまだでした……私、エリス・カータレットと申します」

017「これはご丁寧に…レディ・ジェーン・バーラムです、お見知りおきを」

エリス「こちらこそ……よろしければ、後で紅茶でもご一緒しませんか?」

017「ええ♪」

…しばらくして・ホテルのティールーム…

エリス「…まぁ、レディ・バーラムは教養がありますのね」

017「ふふ……そんなよそよそしい呼び方でなくても「ジェーン」で構いませんわ♪」

エリス「でも、よろしいんですの?」

017「もちろん…だってもうわたくしとエリスはお友達でしょう?」そう言ってとびきりチャーミングな笑みをみせた…

エリス「まぁ…///」

017「ね、せっかくですから呼んでみて下さらない?」

エリス「分かりました……ジェーン///」

017「なぁに、エリス?」

エリス「…その、せっかくですから夕食もご一緒できたら嬉しいのですけれど……///」

017「ええ、ありがたく承りますわ♪」

エリス「///」

…夕食時…

エリス「ん、とても美味しいですわね」

017「ええ、そうね…♪」


…二人は会話をしながら柔らかいレタスと上等な仔牛のローストを味わい、シェリー酒を傾けている……しばらくおしゃべりをしていて分かったことだが、おっとりした感じのエリスは聞き上手で教養もあるがそれをひけらかすようなことはせず、017の言いたいことをよく分かってくれる…たとえて言うなら一緒にいるだけでほっとする、そんな気持ちの良い性格をしていた…


017「ふぅ、美味しかった…あら、まだシェリーが残っているわよ、エリス?」

エリス「ええ。でももう飲めないわ…」二杯目のシェリーを半分ほど飲んだところで、残りを持て余しているエリス…

017「そう、それじゃあ残りは私が頂くわね……麗しき友情のために♪」小瓶に残っている最後の数滴を給仕に注いでもらうと、軽く微笑みながらグラスを持ち上げた…

エリス「乾杯…♪」そう言うと杯のシェリーを飲み干した…

…食後…

017「ねぇ、エリス……シェリーが飲めない分、甘い物なんていかが?」

エリス「そうねぇ、甘い物は好きよ」

017「ふふ、なら決まりね…デザートとグラスのシャンパンをお願いするわ♪」

給仕「はい、ただいま」

017「……いかが?」

エリス「ええ、とっても美味しい…」イチゴのタルトレットにひんやりと冷やしたアングレーズソース(英国風カスタード)をかけた一皿を幸せそうに口に運ぶ…

017「それならよかったわ♪」

………



…しばらくして…

017「エリス……良かったら部屋まで送るわ」

エリス「ええ、ありがとう…」シェリーが多かったのか、それともデザートの時に勧めた冷たい甘口のシャンパンが効いたのか、少し上気した表情でそっと身体を寄せてくる…

017「お気になさらないで?」

エリス「……ねぇ、ジェーン」

017「なにかしら?」

エリス「その、良かったら……貴女のお部屋でもう少しお話ししたいの…♪」

017「…ええ、喜んで♪」


…エリスをスイートルームに招き入れた017は椅子を引いて彼女を座らせると、自分は向かい側の椅子に腰かけた……エリスが着ているドレスは昼間と違って着こなすのが難しそうな深い紫色だったが、ふっくらした胸元や柔らかそうな腕の白さを上手く引き立てている……その白い肌は食事とお酒でほのかな桃色に色付き、少し汗ばんでいるせいか灯りに照り映えて艶めいている…017は近頃見に行った舞台や流行のドレスといったたわいのない話をしながらも、エリスのほのかに開いた唇やとろりと熱っぽい瞳を見て身体がうずいた…


エリス「……あ、もうこんな時間……もっとお話していたいところですけれど、そろそろおいとまさせて頂きますわ」…深夜を告げるビッグ・ベンの鐘の音が余韻を残して消えていくのを聞きながら、名残惜しげに言った……

017「ええ、それもそうね…今度こそお部屋まで送るわ」微苦笑のような笑みを浮かべて立ち上がった…

エリス「…今宵はとても楽しく過ごせましたわ、それではまた……きゃあっ!?」

017「っ!」

…丁寧に一礼しようとして、ふらっとよろめいたエリス……017が倒れかかるエリスをとっさに支えようとすると、ちょうど抱きしめるような形になった…

エリス「あっ…///」

017「エリス、大丈夫だった?」

エリス「ええ、ありがとう……ん、ちゅぅ♪」

017「…んっ♪」不意に唇を重ねてきたエリス……甘い香水の匂いが鼻腔をくすぐり、ふっくらした唇の感触と甘いアングレーズソースの味がした…

エリス「……ぷは…ぁ///」

017「ふぅ……エリス、それがどういう意味か分かって?」

エリス「ええ…あっ、ひゃあんっ♪」


…017は少し小柄なエリスを抱えるようにしてクィーンサイズのベッドに「ぽふっ…!」ともつれ込むと、もどかしげにヒールを蹴って脱ぎ捨てた……贅沢だが少し窮屈なドレスから白いシルクのストッキングに包まれた綺麗な脚がのぞくとエリスの脚と絡み合い、そのままエリスのふっくらとした柔らかな唇と、017の艶やかな唇が重なり合う…


017「んむっ、ちゅぅ……ちゅむ♪」

エリス「ん…ふ……あむっ、ちゅ……///」

017「ちゅうっ…ちゅぷ……んちゅ…」

エリス「はぁ…んぅ……れろっ、ちゅぱ…っ…♪」

017「ちゅぅっ……ん♪」二人が唇を離すと「つつ…ぅ」と唾液が糸を引き、少し暗くしてあるランプの灯りに照らされて金色に輝いた…

エリス「んぅ…ぅ///」

017「大丈夫、まだまだ夜は長いわ……ふふ」


…物欲しげなエリスの声を聞いて意味深な含み笑いを浮かべると、彼女のまとっているドレスをたくし上げはじめた……紫色のドレスがさらさらと衣ずれの音を立ててけし(ポピー)の花びらのようなしわをつくりながらめくれ上がっていくと、その下からすんなりとしたふくらはぎと、白いストッキングとガーターが窮屈そうなむっちりとした太ももが見えはじめた…


エリス「も、もう……あまり見ないでくださいまし♪」

017「まぁ、こんな素晴らしい眺めを見るなとは……エリス嬢はお顔に似合わず残酷でいらっしゃる…ちゅっ♪」

エリス「あんっ、いけません…どこに接吻をしておりますの…っ♪」

017「ふふふっ、もちろんエリスの柔らかなおみ足に……んむ…ちゅぅ、ちゅ…っ♪」

エリス「あ、あ、あっ…♪」

017「ちゅむ、ちゅぅ…エリスの脚は…ちゅぅ……まるで綿雲のように柔らかで…あむっ、ちゅっ……バラのようにいい香りがしますね…」つま先から口づけを始めて、ふくらはぎから太ももへと接吻する場所が上っていく…

エリス「ふあぁぁ…っ、あふっ……んあぁ…あんっ///」

017「…エリス」ちゅぅ…っ♪

エリス「んぅ…ぅ♪」ほのかな灯りの下でほんのりと汗ばんでいるエリス……白いコルセットの胸元からは(この時代の美意識からすると少し大きすぎるが…)魅力的な丸っこい乳房がはみ出し、谷間はしっとりと湿っている…

017「ん、ちゅむぅ……れろ…っ♪」

エリス「あ…っ、あぁん…っ♪」鎖骨や二の腕、そして胸元に吸い付くようなキスをされ、甘い嬌声をあげながら身をよじる…

017「んちゅ……ちゅぷ、ちゅぅぅ…っ♪」

エリス「ふあぁんっ、あふっ…んぅぅぅ…っ♪」

………


017「ん…んちゅぅっ、ぢゅぅぅ……っ♪」

エリス「はっ、はっ、はぁっ…んあぁぁ…っ、あふっ…♪」

017「んんぅ…っ、ちゅぅぅ……れろっ、あむ…っ……」

エリス「ふあぁぁ…っ、ジェーンさまぁ……あっあっ、あぁん…っ♪」


…ほのかな灯りの下で白く柔らかな身体をよじらせ、ねだるような嬌声をあげるエリス……とろりと濡れた瞳に形のよいふっくらした唇、汗ばんだ額に貼りついたひと房の髪……任務を含めて多くの女性と身体を重ねてきた017も、甘く乱れたエリスの姿を見ると花芯がうずいた…


017「…んっ、ちゅむ……ぴちゃ…れろ……ぉ…」

エリス「あふっ、あっ、あぁぁんっ…♪」

017「ふふふ……エリスったら甘くていい匂いがするわ…んちゅっ、ちゅぅぅ…っ♪」

エリス「ん、んんっ…そんなに吸い付いてはあとが残ってしま……あぁんっ♪」

017「…そうしたいからしているの……エリスの白い肌に私が愛した痕跡をとどめたいんですもの……んちゅぅぅ…っ♪」

エリス「も、もう…/// そんなことを言われたら、わたくし…拒めなくなってしまいます……あむっ、ちゅむ…ぅ///」

017「…ふふ」んちゅ…ちゅぅっ、ちゅぅぅ……♪

エリス「ん、ふ……///」ちゅむ、ちゅる……っ♪


…017の器用かつ多くのレディを口説いてきた舌と、エリスの柔らかで暖かい舌とがねっとりと絡み合った……二人はお互いに舌を絡ませ、歯茎をなぞり、唾液をすすり、息を継ぐ間も惜しんで相手の唇をむさぼった…


エリス「ふあ…ぁ、もっと……して下さいまし…ね///」

017「ええ、仰せのままに…♪」そう言うと片手で大きくて柔らかな乳房を優しく揉みしだき、もう片方の手を秘所に伸ばした…

エリス「あっあっ、あふぅ……んぅっ♪」

017「ふふっ、エリスのここは暖かで……それにとろりと濡れていて…♪」ちゅぷっ……くちゅ…っ♪

エリス「あぁぁっ…あうんっ、はぁん……っ♪」017のほっそりとした長い指が花芯を優しくかき回し、たわわな胸をゆっくりとこね回す…

017「…エリス」身体を重ねて耳元でささやく…

エリス「あぁぁ…っ、もう……そんな風になさるなんてずるいですわ…んぁぁっ///」とろ…っ、ぬちゅ…♪

017「ふふ……♪」くちゅくちゅっ、ぢゅぷ…っ♪

エリス「はぁ、はぁ、はぁ…もうっ、貴女がそんな風に意地悪をなさるのなら、わたくしにも考えがありますわ……っ♪」じゅぷっ、くちゅぅ…っ♪

017「あっ、んぅぅ……っ♪」どちらかというと子供のようにぽってりとしているエリスの指が、ぬるり…と膣内に這入ってくる……どこかおっとりしていて憎めない感じのするエリスが「プレイガール・スパイ」である017に負けじと一生懸命になって花芯をかき回してくると、思わず甘いため声が出た…

エリス「ふぅ、ふぅ、はぁ……ん、んぁぁ…っ♪」ぬちゅっ、ぐちゅぐちゅ……っ♪

017「んぅぅ…はぁ、あぁ……ん♪」ぢゅぷ…くちゅっ♪

エリス「あふっ、ああぁんっ…ジェーンさま……もっと…ぉ///」

017「んっ、あ…それじゃあエリス、私にも……んんぅ♪」

エリス「はい……あっあっ、あぁぁぁん…っ!」ぐちゅぐちゅっ、とぷ…っ♪

017「あっ、んんぅ…っ♪」ちゅぷ…くちゅっ……とろ…っ♪

エリス「はぁ、ふぅ……あふ…っ///」恥ずかしげに顔を赤らめつつも、甘ったるい声をあげるエリス……愛蜜ですっかりべとべとになったストッキングとガーターが、てらてらとランプの灯りに反射している…

017「ふふ……エリス、とても可愛かったわ♪」エリスをよがらせるのに思っていたより体力を使い、軽く肩で息をしながらも余裕めかして微笑んでみせた…

エリス「そんなことを言われたら恥ずかしいですわ……ですが、その…ジェーンさま…///」

017「なにかしら?」

エリス「…よろしければ……もっと、いたしましょう…?」

017「ふぅ……」

エリス「あっ、いえ…その……わたくしったら、なんとはしたない事を…っ///」

017「……喜んでお相手させていただきます♪」ちゅぷ…ぬちゅ、くちゅり…♪

エリス「えっ……あ、あっ、んぁぁ…っ///」

017「ふふふっ、エリスの甘い蜜…こんなにあふれて……ん、じゅるっ……ぢゅる…っ♪」

エリス「ふあぁぁっ、あふぅっ…そこぉ、いいれひゅ……ぅ♪」とぷっ、とろっ…♪

017「…ん、れろっ…じゅる……ちゅぷ…っ♪」

エリス「はひぃぃ、あぁんっ……でも、わたくしらって…ジェーン様にしてもらってばかりでは……ありませんわ…っ♪」ぬるっ、ぢゅぽ…っ♪

017「んんっ、ふあぁぁっ♪」


…エリスは互い違いの馬乗り状態になって花芯に舌を這わせていた017をひっくり返すと、今度は自分が上になって017の割れ目に舌を差し入れた……エリスのむっちりと柔らかでしっとりと汗ばんだ身体が覆い被さり、粘っこい舌がぐりぐりと秘所をえぐる…


017「んぁぁ、あっ、あん……っ♪」

エリス「んむっ、ちゅぅ…むちゅぅっ、れろっ……ん、ふ…♪」んちゅっ、にちゅ…くちゅぅ…っ♪

017「はふぅ、あふぅ…んっ♪」

エリス「んちゅっ、じゅるっ……んちゅ…♪」

017「んぅ、ふわぁん…っ……あむっ、じゅるぅぅ…っ♪」

エリス「はひぃっ、あっ…ひぐぅ゛っ……あぁ゛ぁ…っ♪」とろっ、とぷっ……ぷしゃぁぁ…っ♪

017「イくっ、ひぐぅ゛ぅ……っ♪」エリスが甘い絶叫をあげながら身体をがくがくとひくつかせた拍子に、一気に奥まで舌をねじ込まれた形になった017……その甘美な衝撃に思わず身体が跳ね、瞳が焦点を失った…

………



エリス「ジェーン様……わたくし、こんな甘美な経験をしたのは初めてですわ…///」

017「ええ、私も…♪」ちゅっ…♪

エリス「あ、いけません……こんな経験をしてしまっては、一人きりのベッドがもの寂しくなってしまいます…///」

017「ふふっ…そんな夜がありましたら、どうか遠慮せずにわたくしを呼んでください……ね♪」明るさを落としたランプのぼんやりした薄暗がりの中、エリスに向かって微笑んでみせた…

エリス「…っ///」

017「ふふふ……♪」

…べとべとの愛蜜にまみれた気だるい雰囲気の中、二人はお互いの身体を優しく愛撫しながらたわいない世間話をした……そしてしばらくすると(同じホテルに宿泊している事もあり)話は当然のようにインド帰りの百万長者と噂になっているストーンウッドの話題になった……

エリス「まぁ、それでは貴女様もサー・パーシバルに招待されたのですね♪」

017「ええ」

エリス「わたくしも招待されておりますが、ジェーン様とご一緒出来て喜ばしい限りですわ……それにしても当日が楽しみですわね?」

017「そうですか?」

エリス「ええ…だってサー・パーシバルといえば爵位こそ準男爵に過ぎませんけれど、その百万長者ぶりは王国中に知れ渡っておりますもの」

017「確かにそうですわね」

エリス「そんなお方のパーティに招待されるなんて、素敵な事ですわ…♪」

017「かもしれませんね」

エリス「ジェーン様もきっと……もう…っ///」急に口元を抑えてあくびをかみ殺した…

017「……そろそろ夜も更けます、明るくなるまでにひと眠りいたしましょう?」

エリス「そうですね……わたくし、急に…ふわぁ……///」

017「ふふっ……良い夢をね、エリス…♪」頬に軽くキスをすると、枕に頭を乗せて落ち着いた寝息を立て始めた……

エリス「お休みなさい、ジェーン様……」そっと唇に口づけをすると音を立てずにベッドから抜け出し、ベッドサイドの小机の上に置いてある017のポーチを調べ始めた…

017「…」寝たふりをしたままエリスの行動を確かめると、一瞬だけ唇の端に皮肉な笑みを浮かべた…

………

…数日後・ラムズゲート近郊…

017「…サセックス州もこの辺りまで来ると潮の香りがしてきますわね」

食堂の亭主「そうですね、特にここらはドーヴァー海峡から吹く海風がありますから……湿地だらけで湿っぽいところですが、そのぶん鴨だのシギだのがたくさんいますから、鳥撃ちにはもってこいですよ」

017「そうでしょうね」


…017はロンドンから南東に延びる道をチャタム、マーゲートと経由してサー・パーシバルの別荘に向かっていた…活動的な若いレディらしくロンドンで借りた軽快な二輪馬車の手綱を自ら操り、地元のちょっとした食堂や旅籠に入っては休憩がてら亭主や地元の人間の話に耳を傾け、情報を集める…


亭主「…それにあたしら地元の人間からすると別段何の変わり映えもしない風景ですが、都会から来なさる方々にはいいところに見えるようで……貴族のお方の別荘や何かも結構ありますよ」

017「確かに、のどかでいいところに見えますわ」

亭主「そう言って来て下さる方がいらっしゃるから、あたくしの暮らしも成り立つんで…」

017「違いありませんわね…♪」

亭主「ええ、そうなんでございますよ。なにしろ街道はドーヴァーの港からカンタベリーの方に延びているもんですから、こっちの方にはちっとも人が来ないんで……別荘をお持ちの方が猟の獲物を買い上げて下さったり、こうしてご婦人のようにお茶を飲みに馬車を止めて下さったりしてくださるからどうにかやっていけるというわけでして…」

017「なるほど」

亭主「ええ。特にここ数日はストーンウッド様のところでパーティかなにかがあるようで、もう何人もいらっしゃってますよ……中には外国人もいましたっけ」鼻にしわを寄せてフランス人を始めとする「大陸の人間」に対する軽蔑を示した…

017「あら、そうなの?」

亭主「はい、それはもう……」

017「そうでしたの…面白いお話が聞けて楽しかったですわ」にこやかに笑みを浮かべ、お茶の代金を払った…

………

…ストーンウッドの別荘…

017「…ここがサー・パーシバルの別荘ね……」


…ゆっくりと馬車を走らせながら、さりげなく周囲を観察する017……十数エーカーはありそうは広い敷地に延びる馬車道を玄関に向けて進んでいくと、落ち着いた、しかし立派なジョージ王朝風の屋敷が見えてきた……辺りにはなかなかよく手入れされた庭が広がり、裏手には葦(あし)や水草の生える湿地が広がっている…すでに招待客のいくらかは到着しているらしく、玄関前の噴水を取り囲むように円を描いている車寄せには数台の馬車が停まっている…


017「どうどう…」

召し使い「…ようこそおいで下さいました、レディ…失礼ながらお名前と……それから招待状はお持ちでいらっしゃいますか?」玄関先で手綱を引いて馬を停めると、さっそく召し使いが近寄ってきた…

017「ええ、ここに」

召し使い「……確かに。では馬車はわたくしどもが停めておきますので、どうぞ中へ」

017「お願いね」

召し使い頭「…ようこそおいで下さいました、レディ・バーラム。お部屋へはわたくしジェンキンスがご案内いたします」

017「ありがとう、ジェンキンス」

…屋敷の中…

ジェンキンス「…お部屋はこちらにございます、レディ・バーラム」

017「まぁ、素敵なお部屋ですわね…♪」

…屋敷のファースト・フロア(二階)にある客室はいかにもインド帰りの「お大尽」らしく、多少趣味は悪いが贅を尽くした調度がそろっている……黒檀で出来たキャビネットやえんじ色の絨毯に、切り子細工の水差しとグラス……窓からは自然らしさを重んじるアルビオン風の庭園がよく見える…

ジェンキンス「それでは、お召し物のお着替えや何かもございましょう…ご用の向きがございましたらそちらの紐を引いて下さいませ」

017「ええ」

ジェンキンス「会食のお時間になりましたらご案内いたしますので、それまではどうぞご自由になさって下さいますよう…と、仰せつかっております」

017「サー・パーシバルの行き届いたご配慮に感謝いたしますわ」

ジェンキンス「はい。それと広間の方にはお飲み物や軽食などを用意してありますので、よろしければおいで下さいませ……ストーンウッド様もそちらにいらっしゃいます」

017「分かりましたわ」

ジェンキンス「それでは、失礼いたします」

017「ええ」(…さて、いよいよね)

………

…広間…

017「…お久しぶりですわね、サー・パーシバル」

ストーンウッド「あぁ、これはレディ・バーラム。ようこそつつましい我が別荘へ」

…ストーンウッドは口でこそ「つつましい」などと言っているが、なんともぜいたくな調度が並べられている大広間……すでに何人もの客人がお茶や菓子のもてなしを受けつつ、会話に興じている…

017「今回はお招き下さってありがたく思いますわ……とても素敵なところですわね」

ストーンウッド「レディ・バーラムにそう言っていただけるとは光栄です」

017「本当のことですもの…それでは、わたくしはお茶を頂戴して参りますわ♪」にこやかな笑顔を浮かべ、ストーンウッドから離れた…

ストーンウッド「……ミスタ・ウェイクフル、こちらは在ロンドン・フランス共和国大使館の商務官、ムッシュウ・ジーン・ジャック・ルブランク…ムッシュウ・ルブランク、こちらはアメリカに本社がある「ロンサム交易」のミスタ・ジョーンズ」

山高帽のアメリカ人「どうも」

しゃれたフランス人「アンシャンテ(初めまして)…ムッシュウ・ストーンウッドのご紹介にあずかりました、ジャン・ジャック・ルブランです」身体にぴったりと合った燕尾服姿のフランス人は小ばかにしたような笑みを浮かべて、サー・パーシバルの「アルビオン人らしい」無茶苦茶なフランス語の発音を訂正しながら自己紹介した……

ストーンウッド「……ミスタ・ブレイク、こちらはマドモアゼル・マリーヌ・ルロワ…」

細い口ひげの紳士「あぁ、シニョーレ(ミスタ)・サバチーニを紹介しないといけませんね…レディ・ロックフォール、こちらは「アニェッリ貿易会社」のシニョーレ・ジュセッペ・サバチーニ……」

片眼鏡の紳士「まだお引き合わせしておりませんでしたね。こちらのお方はオーストリア・ハンガリー帝国の大使館付商務官、ミスタ・ルドルフ・エアハルト…」

小粋なイタリア人「…こちらはドイツ帝国の男爵、カール・ハインリッヒ・フォン・レーヴェン……」

017「…」


…空いている椅子に軽く腰を下ろして優雅にお茶を飲みながら、他の「客人たち」を観察する017……たいていは様々な国から送り込まれてきた様々なエージェントたちで、明るく振る舞う社交的なタイプから、後ろ暗い事でもあるようにこそこそしているタイプまで、まるで見本として取り揃えたかのように顔を並べている……そのうちの何人かは017でも意識しなければそれと気づかないような見事な偽装をしている一流エージェントだが、反対に二十五ヤード離れていても諜報員と嗅ぎ分けられるようなシロモノで、顔中に「スパイ」と書いてあるように見える者もいる…


017「…あら、あれは……?」なかば面白半分に観察を続けていると、他の客人たちに交じって自己紹介をする一人の見なれた姿が目にとまった…

エリス「お初にお目にかかります。わたくし、エリス・カータレットと申します……」

017「……やっぱりエリスだったわ…」

エリス「…まぁまぁ、そうなんですの……面白いですわね♪」

017「…」017は出発前に部長から聞かされた情報を思い起こしていた…

…数日前・ロンドン…

部長「…よく来たな。まぁ座りたまえ」

017「ええ」

部長「早速本題に入ろう…君から調査を頼まれた「レディ・エリス・カータレット」だが、どうやら彼女は「壁の向こう側」から送り込まれてきた人間のようだ」

017「…共和国の?」

部長「うむ…とはいえ確たる証拠は何もない。何しろレディ・カータレットの両親は例の革命騒ぎの時に亡くなり、老当主はもう高齢で孫娘の顔とティーポットの区別がつくかどうかも分からん…」

017「その辺りのレジェンド(偽装経歴)の作り方はさすがと言うべきですわね」

部長「ふむ「敵ながらあっぱれ」というやつか? …とにかく注意しろ。彼女の「活動」はこれまで確認できていないが、それはこちらに尻尾を掴まれず上手く行動しているか、さもなければ共和国の連中が秘蔵っ子として大事にしていた「スリーパー」(休眠スパイ)を起こしたということになる……どちらにせよ腕利きの情報部員と言うことだけは間違いない」

017「なるほど」

部長「それから、サー・パーシバルの別荘には欧米列強の情報部員やそれに類する連中が次々と入っている……確認しただけでもフランス、ドイツ、オーストリア・ハンガリー、アメリカ、イタリア…数えきれんほどだ」

017「まるでスパイの見本市ですわね…♪」

………



エリス「……まぁ、ジェーン様♪」

017「ふふ、エリス…お会い出来て嬉しいわ♪」膝を曲げて礼を交わすと、お互いににっこりした…

エリス「…それで、ジェーン様はお断りしましたの?」

017「いいえ……ただ聞こえないふりをして返事をしなかっただけですわ♪」

エリス「まるでネルソン提督ですわね…♪」


(※ネルソン提督…英仏戦争時「トラファルガーの海戦」でフランス艦隊を打ち破りナポレオンの野望を砕くも、甲板上で狙撃され戦死した名提督。過去の戦闘で片目になっており、消極的な命令を伝える信号旗が掲揚されると見えない方の目に望遠鏡を当てて命令を見なかったことにしたという……本国で埋葬するため死体が腐敗しないようラム(実際にはブランデー)の樽につけたが、帰投したときには盗み飲みをした水兵たちによって樽がすっかり飲み干されていたという伝説もあり、それから上等のラムを「ネルソンズ・ブラッド」(ネルソンの血)と呼ぶ)


017「ふふ、ネルソン提督とは光栄ですわ」

フランス人「こほん……あー、マドモアゼル。よろしければお菓子か何かお持ちしましょうか?」

017「メルスィ、ムッシュウ…でしたらアプリコットのパイを取ってきて下さいますか」

フランス人「ウィ」

イタリア人「…シニョリーナ(お嬢さん)、貴女もなにかいかがです…お皿が空っぽですよ?」

エリス「まぁまぁ、ご親切にどうも……では、きゅうりのサンドウィッチをひとつお願いします♪」そう言うと愛らしい無邪気な笑みを浮かべた…

イタリア人「分かりました、では少しばかり待っていて下さい♪」


…一見するとにこやかに談笑する華やかな紳士淑女たちだが、お互いに自分以外の誰がエージェントなのか、それとも「壁の花」として呼ばれたただの客なのかを見極めようと腹の探り合いをしている……ストーンウッド本人もそれを承知の上で、あくまでも気前のいい招待主として振る舞っている…


アメリカ人「いやぁ、ステイツ(合衆国)だとそういうことはなくって…なにしろ西部じゃまだまだ野盗の群れは出るわ、暑さで干上がりそうになるわで大変なんですよ♪」

若いフランス女性「そうなんですの……それがはるばるアルビオンまでおいでになるなんて、まるで大冒険だったことでしょうね」

アメリカ人「ええ、全くですよ」

ストーンウッド「…それはご苦労でしたね、ミスタ・ウェイクフル」

アメリカ人「なぁに、ロンドンで大口の商談がありましてね…お偉いさんがその件だけは「どうしてもまとめなくっちゃならない」って言うんで、私が呼び出されたんですよ……もっとも、そのおかげでこんな素敵なパーティにお招きいただいたわけですがね♪」

ストーンウッド「いやなに、大したものではありませんよ」

アメリカ人「ははは、またまたご冗談を……」

………

…夕方・017の客室…

メイド「…いかがでしょうか、レディ・バーラム?」

017「ええ、それでいいわ」


…和やかなティーパーティの後、晩餐に合わせた衣装へ替えるためそれぞれの部屋に戻った客人たち……017も客室に戻ると、本部の「教授」が用意してくれた特製のドレスに袖を通す……もちろん手伝いに来たメイドにはドレスのあちこちに施された巧妙な「装備」など分かるわけもなく、言うがままに身支度を手伝っている…


メイド「髪の方はこれでよろしゅうございますか?」

017「そうね、大変結構よ…♪」後ろに立って髪を手伝っているメイドを鏡越しに見ながら腕を伸ばすと、丁寧すぎるほどの手つきで頬を撫でた…

メイド「…さ、さようでございますか///」

017「ええ…あとのこまごましたことは自分で出来ますから、下がって構いません」

メイド「は、はい…///」

017「……さて、あの可愛らしいメイドの娘を厄介払い出来たところで…♪」小型のウェブリー.297口径リボルバーをドレスのドレープ(ひだ)に設けられたスペースに隠し、様々な小道具が収められている葉巻入れの箱をポーチに入れた…最後に香水を軽く一吹きすると首に真珠のネックレスをかけた…

017「……これでよし…と」

………


…大食堂…

ストーンウッド「…さぁ皆さん、どうぞおかけになって下さい」

017「あら…♪」

エリス「まぁ、ジェーン様がお隣だなんて……わたくし、嬉しい…///」

017「ふふ、そう言ってもらえて光栄です…さ、お料理を取ってあげますわ♪」

…差し渡しが数十フィートもありそうな長テーブルの左右には着飾った紳士淑女が座り、それぞれの前には豪奢な銀食器が並べられている……そしてテーブルの中央には様々な料理が取りそろえられ、温かいものは温かく、冷たい物は冷たく供せられるようきちんと注意が払われている…

エリス「ええ、お願いいたします…♪」

017「ではお魚にしましょうか……それともエリスはお肉の方がよろしいかしら?」

エリス「そうですね…それじゃあ最初は魚にいたしますわ」

017「そう♪」


…銀の大きなふた付きの皿には、香草焼きのヒラメが丸々一尾入っていた……ナイフで切り分け口に運ぶとふわりと白身の肉がほぐれて、ディルやパセリのほのかな香味と白ワインの軽い酸味、シンプルで奥ゆかしい塩胡椒の味が引き立てあって舌の上に広がった…


017「…あら、美味しい……」

若いフランス女性「マドモアゼル、魚には白ワインがよろしいですわ…」

017「確かに」

フランス女性「ええ…わたくしなら「プィイ・フュメ」か「シャトー・マルゴー」を選ぶところですが……」

017「ふふ、わたくしもぜひそうさせていただきたい所ですわ……マドモアゼル・ルロワ♪」そういって相づちを打つと、とろりと甘い表情を浮かべた…

フランス女性「え、ええ…///」

エリス「……失礼ですが、ミスタ・エアハルト……良かったらわたくしにその鴨を取って下さいませんか?」…017が向かいのフランス女性に色目を使っていることに対して立腹していることをそれとなく示すため、わざわざはす向かいの席に座っているオーストリア人に鴨肉を取り分けてくれるよう頼むエリス……

厳格そうなオーストリア人「ヤー(はい)…このくらいでよろしいですかな」

エリス「ええ、ありがとうございます…♪」さらに取り分けてもらうと017に対して当てつけるように、オーストリア人の紳士に対してえくぼを見せて人なつっこく微笑んだ……

017「…ミスタ・エアハルト、よろしければ私にも一切れいただけますか」

オーストリア人「ええ、どうぞ」


…017にだけ分かるように、ちらっと可愛らしくすねてみせたエリス……017はそれに対してこっそりウィンクを返すと、おもむろに鴨肉のローストに取りかかった…地元の猟師から仕入れたらしい鴨は肉厚で、ほどよく効かせたニンニクの風味が濃い赤身やしっとりした脂身とよく合う……入れ替わり立ち替わりで次々と出てくる料理はウズラの雛の炙りに、濃いエンドウ豆のポタージュ、そしてインド帰りの人間が絶対に会食に提供するカレー…やたら辛い羊肉のカレーはどうやら「はまりやすい」料理らしく、そっとテーブルを見渡すと数人が汗を垂らしながらスプーンを動かしている…


エリス「…ジェーン様、この料理はいかがですか?」

017「そうね、少しいただきます…♪」口がひりつきそうなカレーに、脂がのって皮目がパリっと焼き上がっているひな鳥の炙り……そして飲み物は濃いボルドーの赤ワインやクラレット、度数の高いポートワイン…と、うかつなエージェントなら舌が軽くなってしまうような献立になっている……

エリス「…ジェーン様///」

017「ええ、何でしょう?」

エリス「その、お皿が空ですから……何かお取りいたしましょうか…///」少し頬を火照らせて、テーブルクロスの下でそっとふとももをくっつけてくるエリス…豪奢なドレスの生地越しにも、その熱が伝わってくる…

017「まぁ、ありがとうございます…では、その牛煮込みのパイ皮包みを♪」

エリス「はい…///」

017「……ふふ、どうやら色々と気をつけないといけないようね…♪」


給仕「……レディ、チーズはどれになさいますか…チェダー、エダム、カマンベール、ブリー、ゴルゴンゾーラ……」

フランス女性「ブリーにします」

(※ブリーチーズ…フランス発祥の柔らかい白カビチーズ。クリーミーだがカマンベールほどクセがないので食べやすく「チーズの王様」と呼ばれることも。ルイ16世の好物だった)

給仕「…失礼いたします、チーズはどうなさいますか?」

017「わたくしもブリーをお願いしますわ♪」

給仕「承知いたしました…」

フランス女性「……マドモアゼル・バーラムはブリーがお好きでいらっしゃるの?」

017「ええ、まぁ…貴女は?」

フランス女性「もちろん好きですわ……ブリーを味わうならしっかりした赤がよく合うと思いますから、そうなさったらいかがかしら?」

017「では、ここはマドモアゼル・ルロワのご忠告に従って……ん」とろりと柔らかいブリーチーズをつまみつつ、少し渋めのボルドーを口に含んだ…

………

…食後…

アメリカ人「……それで、危うくこやし(堆肥)の山に突っ込みそうになった奴を見ましてね…」

黒髪の婦人「まぁ…くすくすっ♪」

イタリア人「…シニョリーナ、どうぞ一曲お付き合いいただけませんか?」

金髪の婦人「ええ、お受けいたしますわ」

オーストリア人「…お国のベルンハルト大使とはアルビオン外務省の晩餐会でお目にかかった事がありますよ……」

ドイツ人「……この数年というもの、鉄鉱石や石炭の価格は上昇して…」

017「…」(そろそろ頃合いかしらね…)


…食堂の隣にあるダンスルームでは客人たちがそれぞれワルツのステップを踏んだり、隅にしつられられた椅子に座って飲み物や葉巻を楽しんだりと思い思いの時間を過ごし、ストーンウッドは主人役として会話に加わり談笑している……017はその様子を確認すると、化粧室に行くふりをしてそっとダンスルームを抜け出した…


017「…」使用人たちに怪しまれないよう、広い屋敷の中を何気ない様子で歩いていく……

017「……彼が想定しているとおりの性格なら、きっと「あれ」は書斎にあるはずね…」

………

部長「……それと、サー・パーシバルは虚栄心が強く、それでいて妙に疑り深い部分もある…そして情報の管理や秘匿についてはずぶの素人だから、きっとサンプルや資料は自分にとって身近な場所……例えば書斎の金庫にしまったりしていることだろう」

017「だとすれば少しはやりやすくなりますね」

部長「いかにも……奴がもう少し利口なら、どこか信用のおける銀行の貸金庫かなにかに知らぬ顔で預けてしまうだろうが、もしそうされていたらなかなか手が出せない所だった」

017「全くですわ。まさか行員に事情を説明するわけにも行きませんし、説明せずに開けさせるとなればカバーストーリーを作ったり偽造書類を用意したり……とにかくややこしい事になるところでしたものね」

部長「その通りだ…ましてや夜中に忍び込んで金庫破りをするなど論外だからな」

017「…そうならなくて幸いでした」

………



…屋敷の二階・西側…

インド人の召し使い「…申し訳ありませんが、レディ。こちらの部屋はご主人様のお部屋ですので、お入りにならないよう……どうぞお戻りください」

017「…あら、おかしいわね?」017は「陽気で少し間の抜けたレディが屋敷の中で道に迷った」ふりをして、それらしく左右を見渡した……

インド人の召し使い「どうかなさいましたか」

017「ええ……わたくし化粧室に行きたかっただけですのに、どうしてこんな所に来てしまったのかしら…申し訳ないけれど案内してくださる?」

…少しはにかんだような笑みを浮かべ、ケルベロス(地獄の番犬)のように書斎を守っているインド人に話しかけた……インド人の見張りはどうやらリボルバーを忍ばせているらしく、お仕着せのチョッキがふくらんでいる…

インド人「承知いたしました…化粧室でしたらこの廊下を曲がって階段を下り、その右側でございます」

017「ありがとう」(…やっぱりケイバーライトの資料はここにあるようね。今日の成果としてはこれで充分♪)

………


…その晩…

017「…何かしら」ベッドに入ってぐっすりと眠っていた017だったが、なにかの気配で目を覚ました…

017「…」


…さっとナイトガウンを羽織ると手にピストルを持ち、音がしないよう少しだけ部屋のドアを開けた……部屋の壁に身体を張り付けてドアの隙間から廊下の様子をうかがうと、ストーンウッドの書斎がある二階の廊下の端に向けて忍び足で近寄っていく男のシルエットがちらりと見えた…


017「……あら、見張りがいない…」さっきまで書斎の前に立っていたインド人の召し使いは用を足しにでも行ったのか、ちょうど姿が見えない……すると部屋の前まで来ていた「誰か」は左右を手際よく見回すと、そのまま滑り込むように室内に忍び込んでいった…

017「…」


…そのままのぞいていると、十数秒もしないうちに召し使いの控え目な足音が聞こえてきた……途端にさっとドアをすり抜けるようにして書斎から出てきた男……そのまま何食わぬ様子で歩き去って行ったが、017の目には男が後ろ手にドアを閉めた様子を召し使いに一瞬だけ見られていたように思えた…


017「…何であれ、こんな夜中にご苦労な事ですわね……」一人でそう冗談めかすと、ガウンを脱いでまたベッドに潜り込んだ…

………



…翌日・夕食後…

アメリカ人「…いやはや、昨日もすごかったが今日も大変なごちそうだ……この国ではごちそうとは巡り会えないと思っていましたが、どうもとんだ勘違いだったようだ♪」

若い婦人「まぁまぁ……それにしても、本当に美味しゅうございましたわね。サー・パーシバルは腕のいい料理人をお雇いになっているようで、うらやましい限りですわ」

イタリア人「ふむ、同感ですな…レディ・バーラムもそう思いませんか?」

017「ええ、そうですわね……サー・パーシバル、今夜の晩餐も大変な絶品でしたわ」

ストーンウッド「あぁ…それは何よりだ、レディ・バーラム」

017「ええ…♪」

ストーンウッド「おっと失礼……話を続けたいのはやまやまですが、これから皆さまに「ちょっとした出し物」をお見せしようと思いますのでね」

017「あら、ごめんなさいまし」

ストーンウッド「お気になさらず…ちなみにあのテーブルの辺りが特等席ですよ」

017「まぁ、ありがとうございます……どのような出し物なのか存じませんが、楽しみですわ♪」

ストーンウッド「…そうですな、とても愉快な出し物ですとも……」



ストーンウッド「…さてさて、紳士淑女の皆さま。今宵はわたくしサー・パーシバル・ストーンウッドが特別な余興を用意いたしました……こちらではなかなか見られないものですので、ぜひ楽しんでいただきたい」

エリス「…ジェーン様「なかなか見られない特別な余興」って何でしょう?」

017「さぁ……ちょうど空いておりますし、良かったらこの席へおかけになったら?」

エリス「そうですわね、それではお隣に座らせていただきますわ……」

ストーンウッド「さて…ここにいる男は私の召し使いの一人で、ラージャと言うものです……」ターバンを巻いて床に直接あぐらをかいている男を指差した……そしてその前には丸っこいつぼ型をした柳のカゴが置いてある…

片眼鏡の紳士「ほう…?」

金髪の女性「…中には何が入っているのかしら?」物見高い数人が首を伸ばすようにしている…

017「…」

エリス「…」

ストーンウッド「……少しばかり驚くかもしれませんが、皆さまどうか騒ぎ立てませんよう願います…ラージャ」

インド人「…」軽くうなずくとカゴの蓋を取った……途端に「シュルシュル…」と滑るような音がして、広がった胸に目玉のような模様がある黒い蛇が鎌首をもたげた…

口ひげの紳士「うわ…!」

若い女性「きゃあぁ…っ!」

ストーンウッド「おや、皆様は蛇使いの出し物をご覧になったことがないようですな……大丈夫、ラージャはコブラの扱いが上手ですから心配ありませんよ」

口ひげの紳士「おほん……まぁ、その…なんだ……サー・パーシバルがそうおっしゃるのなら大丈夫でしょう」

女性「……わ、わたくしも少々取り乱してしまいましたわ///」おずおずと元の席に戻る数人

ストーンウッド「結構……ラージャ、始めたまえ」

インド人「♪~」妙な縦笛を取り出すと、音を奏で始めた……

ストーンウッド「こちらではまだ珍しいですが、インドではよくこうした蛇使いの大道芸を見かけたものです…」

アメリカ人「こりゃいいや…どうです、サーカス団の興行主になる気はありませんか、サー・パーシバル?」

ストーンウッド「ほほう……これは愉快なご意見だ♪」

アメリカ人「はは、何しろ新大陸は娯楽に飢えていますからね…ひと山当てるおつもりになったら教えて下さいよ、サー・パーシバル♪」

エリス「…あれがコブラなのですね……あんな風に舌を出し入れしている様子を見ると少し恐ろしい気もしますわ」

017「ええ、そうね」

インド人「♪~…」

コブラ「シューッ…シュルル……」高い調子の笛の音に合わせて身体を揺するラージャと、目の前で左右に揺れ動く笛に合わせてチロチロと舌を出し入れしているコブラ…

気取った若い婦人「…なんてことでしょう、とても恐ろしいですわ……」

しゃれたフランス人「大丈夫ですか、マドモアゼル…さ、どうぞ」わざとらしく椅子にへたり込んだ貴族令嬢に向かって、香水を染みこませたハンカチを「すっ…」と差し出した…

若い婦人「あぁぁ、助かりますわ……///」

フランス人「それはよかったです、マドモアゼル」

ストーンウッド「……おや、ご気分がすぐれないのですか?」

若い婦人「いえ、もう大丈夫ですわ…ムッシュウ・ルブランがハンカチを貸して下さいましたの」

ストーンウッド「それは良かった……ところでムッシュウ・ルブランク、もう少し前でご覧になったらいかがです。そこからではよく見えないでしょう?」

フランス人「あー……」

ストーンウッド「さぁさぁ、どうか遠慮せずに…ほら、ここなら特等席ですよ」ちょうど空いていた籐の椅子に腰かけるように勧めた…

フランス人「…メルスィ」

ストーンウッド「なに、お気になさらず…ここならかぶりつきでご覧になれますからな……」そう言いつつ後ろに回ると大げさな笑みを浮かべ、フランス人の両肩に手を乗せ「ぽんぽんっ…」となれなれしく叩いた…

フランス人「……サー・パーシバル?」

インド人「♪~♪~…!」

コブラ「シュルルーッ…シャー…ッ!」急に笛の音と動きが激しくなったかと思うと、コブラがフランス人に向けて飛びかかった…

フランス人「あっ、ぐぅ…っ!」

若い婦人「きゃあぁっ!!」

金髪の婦人「…うぅん……」

片眼鏡の紳士「何たることだ! すぐ医者を……」

ストーンウッド「…お静かに願いたいですな、皆さん」インド人が蛇をカゴに戻し室内が騒然となっていると、芝居がかった態度で腕を広げた…

片眼鏡の紳士「しかし…!」

フランス人「サー・パーシバル……薬を、早く薬を…!」

ストーンウッド「……そう慌てないことだ、ムッシュウ…何しろ少々聞きたいことがあるのでね」

フランス人「き、聞きたいこと…?」額に汗を浮かべ、必死になって咬まれた腕を押さえている…

ストーンウッド「いかにも……昨晩のことだ、召し使いの一人が私の書斎から出てくる貴方の姿を見かけたと言っている。一体どういうわけで鍵がかかっていた私の書斎にお入りになられたのか……そして何をなさっていたのか、ぜひお伺いしたいものですな?」

フランス人「いや、そんなことは知らない…きっと貴方の召し使いが見間違えたに違いない!」

ストーンウッド「ほほう…ではその時間に何をしていたかおっしゃっていただけますか?」

フランス人「その時は部屋で寝ていた、嘘じゃない…!」

ストーンウッド「そうですか……では私の書斎に「これ」が落ちていたのはなぜなのかお尋ねしたい、ムッシュウ」上着の内ポケットから絹のハンカチを取り出し、ひらひらと振ってみせた…

フランス人「…」

ストーンウッド「この場の誰も持っていないようなしゃれたパリ製のハンカチーフだ。その上ご丁寧にイニシャルも刺繍されている…これでも忍び込んだのは貴方ではないと?」

フランス人「ああ、誓って私じゃない…きっと誰かが私をはめようとして仕組んだことなのだ!」

ストーンウッド「…ムッシュウ・ルブランク、どうも貴方はスパイにしては嘘がうまくないようだ……いくら私が諜報活動の素人だとしても「イチ足すイチ」が二である事ぐらいは理解しているつもりだが?」

フランス人「…」

ストーンウッド「おやおや、今度はだんまりか…まぁ、どのみちコブラに咬まれたら助からないのだ……ムッシュウ・ルブランクをお部屋までお連れしろ」

召し使い「承知いたしました」インド人の召し使い二人が、すでに毒が回って青ざめているフランス人を両側から担ぎ上げるようにして連れ出した……

ストーンウッド「さて、皆様には少々見苦しいものをお見せしてしまいましたな」…まるで「一つ片付いた」とばかりに両手をはたくと、ふたたび気取った笑みを浮かべた……

アメリカ人「……食後の見世物にしてはちょっとばかしきつかったですよ、サー・パーシバル」

ストーンウッド「いや、その点は申し訳ない……まぁどうか軽い飲み物でも傾けていただいて、気分を改めてもらえれば幸いだ」

アメリカ人「ぜひそうさせてもらいましょう…ウィスキーを頼む、ダブルで」白手袋の召し使いに声をかける…

金髪の婦人「…わ、わたくしにはブランデーを……」

エリス「あの……ジェーン様」

017「どうかして、エリス?」

エリス「ええ…ムッシュウ・ルブランですけれど、まさか本当に……?」

017「おそらくは……サー・パーシバルの言うように、コブラの毒が回ってはまず助からないですもの」

エリス「……恐ろしいこと」

017「そうですわね」(そんな人間を相手にするのだから、情報部員なんて因果な商売だこと……)

エリス「…ジェーン様、少し手を握っていて下さいます?」

017「ええ……」

………

…十数分後…

ストーンウッド「さて、どうやら飲み物は行き渡ったようだ……ではそろそろ、皆様をお招きした本当の理由をお話するとしましょう…もっとも、この中の何人かはすでにご存じだとは思うが……」周囲を見回して皮肉っぽい笑みを浮かべた…

一同「「…」」

ストーンウッド「……実は皆様をお招きしたのは、とある物の「商談」を行いたいからなのです…もっとも、同業者ばかりでは落ち着かないでしょうから、何人かは関係のない御仁も交じってはおりますがね」

イタリア人「なるほど、商談ですか…で、物は何ですかな?」

ストーンウッド「ふふ、そう慌てずに……」

イタリア人「おお…これは失礼」

ストーンウッド「…さて、今回取引を行いたいと思っている商品ですが……王国が開発した「高純度ケイバーライト」の精錬法と、そのサンプルです」

イタリア人「なにっ!?」

オーストリア人「ほう…」

フランス女性「…」

ストーンウッド「取引期間はこれから三日間。その間ならばいつでも構いません、私に値段を耳打ちしていただければ結構。ちなみに価格は金(きん)で百万ポンドから…申し訳ないが紙幣だの小切手だのはお断りさせていただく。三日後までに一番高値をつけた方が品物を手に入れることになります……」

017「…なるほど、闇競り方式ですわね……」

ストーンウッド「…皆様の中にはおそらく連絡手段をお持ちの方もいることでしょうが、本国と相談するなら早めになさった方がいいでしょうな」

………

…数時間後・客室…

017「…まったく、サー・パーシバルもなかなか大胆でいらっしゃること……きっと各国の情報部は今ごろ上を下への大騒ぎに違いありませんわね♪」一人でくすくすと笑いながら窓の外を眺めていると、また誰かの伝書鳩が飛び立っていくのが見えた…

017「…しかし彼に注目が集まってしまったおかげで、すっかりやりにくくなってしまって…困ったものですわ」

017「それにしても、まるで「まだ手をつけられていない美味しそうなパイに誰が手を伸ばすか」といった所ですわね……誰もが一番美味しい一切れを手にしたいけれども、お互いに牽制し合ってしまってなかなか手が出せない…ふふ♪」

017「……いずれにせよ、サー・パーシバルにはご退場いただかないといけませんわね……このパイは独り占めして楽しむために王国が作ったものですものね」


…窓辺の椅子に座ってふくよかな紅茶の香りを楽しみつつ、他国の諜報員たちが慌てふためいている様子を観察している……もちろん中には動揺などまるで感じさせない手練れもいて、数人ほどのそうした情報部員を見かけると素直に感心した…


017「あとはいつ実行に移すか……何かいい機会が巡ってくれば良いのですけれど…」

………



…翌日・屋敷の庭園…

エリス「それにしても昨晩の「出し物」はとても恐ろしかったですわ…わたくしはあの後すぐに部屋に戻ったのですけれど、どこかにあの蛇がいるような気がして……おかげで一晩中まんじりともいたしませんでしたわ」

017「同感ですわね。他の多くの方もなかなか眠れなかったことと思いますわ」(それぞれ本部への連絡に忙しくて…ね)

エリス「ええ…それにしてもサー・パーシバルは一体どういうおつもりなのでしょう……わたくしにはよく分かりませんが「ケイバーライト」がどうの、取引がどうのと…」

017「さぁ、わたくしにもさっぱり……でも一つだけなら分かっておりますわ」

エリス「まぁ…それで、その「一つ」とは何ですの?」

017「貴女がとても可愛らしい、ということですわ……エリス♪」

エリス「も、もう…そんな恥ずかしいことを///」

017「ふふ…事実ですもの♪」

エリス「///」

017「ところで、ちょうどそこにベンチがありますわ…少し座ってお話をいたしましょう?」

エリス「ええ…///」

…数分後…

017「……それで、明日の晩には盛大な晩餐会を開くそうですわね…エリスはもう何を着るか決まっていて?」

エリス「いえ、それがまだなんですの……」

017「そう」

エリス「ええ、ですからジェーン様に助言をいただければ嬉しいのですけれど…///」

017「ふふ…構いませんわよ♪」

エリス「まぁ、よかった…///」

017「…喜んでいただけてなによりですわ、ところでエリス」

エリス「何でしょう?」

017「……貴女のお部屋にお邪魔して、本当に助言するだけでよろしいのかしら…ね?」そっと耳元に口を寄せ、艶やかな声でささやいた…

エリス「それは、その…///」頬を紅くして照れたようにうつむいたエリス…

017「…可愛い♪」

エリス「あんっ…ジェーン様、お庭でそのようなことをなさっては……誰かに見られてしまいますわ///」

017「そうですわね……ならドレスを選びに参りましょう♪」

エリス「で、でも…まだお昼にもなっておりませんわ///」

017「あら、ドレスを決めるのに午前中ではいけないのかしら?」

エリス「そ、それはそうですけれど……ジェーン様ったら分かっていらっしゃるくせに…///」

017「ふふふ…意地悪なわたくしを許してくださいまし、ね♪」

エリス「……許すも許さないもありませんわ///」恥ずかしげにうつむいていたが、急に顔を上げると頬にキスをした…

…数分後・エリスの客室…

エリス「ジェーン様、どうぞおかけになって……///」

017「ええ。それではお言葉に甘えて…♪」椅子に腰かけた瞬間、ふわりと甘い香水の匂いが立ちのぼって鼻腔をくすぐった……

エリス「……その、それで…///」

017「エリスはドレス選びを手伝って欲しいのでしたわね……」エリスの白い肩をそっとつかむと、天蓋付きベッドに押し倒した…

エリス「あっ…///」

017「それでしたらまずは今のドレスを脱いでいただかないと…ね?」ちゅ…っ♪

エリス「ふあっ、あっ…///」

017「さ、どうかわたくしに身を任せて……」ちゅむっ、ちゅぷ……っ♪

エリス「はい…あふっ、はむっ……ちゅぅっ♪」


…017はエリスのふっくらした身体を包んでいる穏やかなセージグリーンのデイドレスをそっと脱がしていく……優雅な手つきでリボンや紐、ホックやボタンを外してドレスをめくりあげていくと、まるで春の木の芽が芽吹くように白いふくらはぎやもっちりしたふとももがあらわになっていく……そのうちに白いストッキングを留めたガーターがのぞき、まるでふくよかなエリスの身体を閉じ込めているかのようなコルセットも見え始めた…


エリス「…ジェーンさま…ぁ///」瞳をとろんととろけさせ、触れあった唇には017の口紅の色が移っている…

017「エリス…♪」んちゅっ、ちゅむっ……ちゅる…っ♪

エリス「んんぅ、んむ…れろ、ちゅぷ……んぅ♪」

017「んちゅるっ……ちゅうぅぅ…れろっ、ちゅっ…♪」

エリス「ふあぁぁ…っ、あっ…あんっ♪」

017「ふふ…そんな表情をされては、我慢のしようがありませんわ……♪」やんわりと持ち上げるように下から胸に手をあてがい、大きくて柔らかい乳房をゆるゆると揉みしだく……そのうちにコルセットの胸部からはみ出している白桃のような乳房が桃色を帯び、汗でしっとりと湿ってきた…

エリス「あぁぁ、んっ…はぁぁ……んっ♪」

017「……んむっ、ちゅ…れろっ、ちゅく……っ♪」

エリス「はむっ、んちゅぅ……れろっ、ちゅぱ…♪」

017「んちゅ、ちゅぷ…っ……♪」エリスの上に身体を重ねて舌を絡めつつ、右手を花芯に伸ばしていく……

エリス「あっ、あっ、あっ……ふあぁぁ…んっ♪」くちゅくちゅっ、ちゅく……っ♪

017「んむっ、はむっ……んちゅるぅ…っ♪」じゅぷっ、くちゅ……くちゅり、にちゅ……っ♪

エリス「あっあっ、ジェーンさまぁ……あぁぁんっ♪」

017「ふふふ…昼間の明るさの中で見るエリスのトロけたお顔、とても愛おしいですわ……♪」とろっ、ぬちゅっ……ぐちゅぐちゅ……っ♪

エリス「あぁぁんっ、そんなことをおっしゃらないで下さいまし…ぃ♪」くちゅくちゅっ…とぷっ、ぷしゃぁぁ…っ♪

017「あら、いけませんの?」少し意地悪な笑みを浮かべ、そのまま身体を重ね合わせた……017が身体を擦り付けるたびに、とろりと蜜を滴らせたエリスの秘所が粘っこい水音を立てる…

エリス「………すわ///」

017「何でしょう、もう一度おっしゃって下さる?」

エリス「…もっとお願いいたしますわ///」

017「ええ♪」くちゅくちゅっ、ぬちゅっ…ぐちゅ…っ♪

………

017「…ふぅ♪」

エリス「はぁ……あぁ…はぁ…ん///」ベッドの上で両腕を投げだし、甘く物欲しげな吐息を漏らしている…

017「ふふふ……エリス♪」

エリス「ジェーン様…///」

017「…」

エリス「……ジェーン様?」

017「ああ、いえ…なんでもないの……さぁ、わたくしはこれでおいとまさせていただきますわね♪」

エリス「はい…」

017「そんなに寂しげな顔をなさらないで? そのような表情をされては出て行けなくなってしまいますもの…」

エリス「そうですわね……別にジェーン様とは今日しか会えないと言うわけでもありませんのに」

017「ええ。愛しいエリスのためなら炎の壁でも越えてみせますわ♪」

エリス「まぁ…ジェーン様ったら///」

017「ふふ、ようやく笑って下さいましたわね……それでは♪」


…数分後…

017「……うーん」


…自室にこもり、ストーンウッドの書斎の前に居座って目を光らせている「ケルベロス」をどうにかできないものかと悩んでいる017……しかしフランスのエージェントがなまじ書斎に忍び込んだせいでストーンウッドを警戒させてしまい、今では書斎の入口に立っているインド人の召し使い一人に加えて、隣の小部屋を詰所代わりに数人の召し使いが交代として待機している…


017「こうなったら「教授」の発明品を使うことになりそうですわね……となると、まずは下準備から…♪」

………



…午後…

インド人の召し使い「申し訳ありませんが、レディ…こちらはご主人様のお部屋ですので、許可無くお入りになるのは控えていただきたく存じます」

017「ええ、それは存じ上げておりますわ……そうではなくて少しお尋ねしたいことがありますの」

召し使い「はい…どのようなご用でいらっしゃいますか」

017「ええ……実はわたくしご用があってサー・パーシバルにお目にかかりたいのだけれど、今は書斎にいらっしゃるかしら?」

召し使い「いえ。ただいまの時間でしたらご主人様はお庭にいらっしゃるかと存じます」

017「あら、そうでしたの…道理でお屋敷の中を見て回ってもいらっしゃらないはずですわ」

召し使い「はい…ご用はそれだけでいらっしゃいますか?」

017「ええ、それだけですわ……どうもありがとう♪」…そう言って軽く笑みを浮かべると、黒檀でできた葉巻入れを取り出して一本の細巻き葉巻を差し出した……葉巻の根元には青い帯が巻いてある…

召し使い「…どうもありがとうございます、レディ」

017「いいえ…♪」(……撒き餌を撒いておけば魚は食いつきやすくなる…というものですもの♪)

………

…翌日…

017「…さて、今日はいよいよ「取引」の結果が明らかになる日ですわね……」

017「果たしてどうなることやら……ふふ♪」


…晩餐会に備えて目一杯おしゃれをする017…純白のペチコートにコルセットを身につけ、すらりとした脚には日本産シルクのストッキングとそれを留めるガーター…身体にぴったりと吸い付くような絹のすべすべとした肌触りが心地よい…それから「教授」の用意した特製のドレスに袖を通す…


017「ん…♪」姿見に向かってにっこりと笑顔を浮かべてみせる…

017「…そうそう、これも忘れないようにしないと♪」ドレスのあちこちに隠された小道具や.297口径の護身用ウェブリー・スコット・リボルバーを再度確認する…

017「これでよし……と♪」前の晩餐会とはまた違った控え目な香りの香水を一吹きすると、真珠のネックレスをかけた…


…客間…

オーストリア人「失礼…サー・パーシバル、少々お話が……」

ストーンウッド「ええ…」

イタリア人「サー・パーシバル……火をお持ちではありませんかな?」

ストーンウッド「ありますとも…」

フランス女性「少しよろしいでしょうか、サー・パーシバル…?」

ストーンウッド「無論です」

017「…」(どうやら「入札」は大盛況のようですわね……もっとも、品物が「緑のダイヤモンド」とでもいうべき高純度ケイバーライトともなれば当然ですけれど♪)

ストーンウッド「……では、そろそろ夕食といたしましょう」

…大食堂…

ストーンウッド「さてさて、時がたつのは早いもの……明日になれば皆様はお帰りになってしまうわけだ」

ストーンウッド「私の「慎ましやかな」屋敷ではさしたるもてなしも出来ませんでしたが…この晩餐を楽しんでいただければ幸いです」

ストーンウッド「それでは、皆様の健康を祝して……乾杯」

一同「「乾杯」」

…グラスに注がれた年代物のシャンパンを飲み干すと、給仕たちが銀の食器に入った料理を運んできた…

ストーンウッド「さぁ、どうか存分に召し上がっていただきたい」

イタリア人「はは、そうおっしゃるのなら遠慮などいたしませんぞ♪」

アメリカ人「ここの料理に慣れてしまったら、ロンドンに帰りたくなくなるってものですよ」

ストーンウッド「そうおっしゃっていただけて光栄ですな……レディ・バーラム」

017「ええ、なんでしょう?」

ストーンウッド「よろしければローストビーフをお取りしましょうか?」

017「ええ、いただきますわ…♪」

ストーンウッド「では、どうぞ」

017「ありがとうございます……とっても美味しいですわ」

ストーンウッド「それは何よりだ…」

………

017「ん…♪」


…それぞれの料理を一口ずつは味見しようと密かに思っている017は、ソースや肉汁で汚れた皿が取り替えられるたびに新しい一品を取り分けてもらっている……食卓に並ぶのは柔らかなローストビーフに、テールやすね肉の煮込みを詰め込んだパイ、牛のスープで味付けしたゼラチンに刻んだタンや季節の野菜を散りばめた「アスピック」(煮こごり)や詰め物入りの鳩…上等なシャンパンやヴィンテージ物のワインの栓も抜かれ、後ろでは室内楽団が軽い曲を奏でている…


ストーンウッド「フランス産の黒トリュフをあしらったサーロインステーキ…ワインソースだ」

イタリア人「いやはや、実に美味しいですな♪」

ストーンウッド「これはマトンのカレーですが、前のものとは味付けが異なります……よろしければお取りしましょうか?」

オーストリア人「そうですな…では、一口いただきましょう」

ストーンウッド「……よく熟成させたエダムチーズ、これはなかなかのものだ…もっとも、人によって好き嫌いはあるでしょうがね」

片眼鏡の紳士「いやいや、結構な一品ですとも」

フランス女性「…シャンパンをもう少しいただけますか?」

アメリカ人「こっちにはウィスキーを、ストレートでね♪」

…しばらくして…

017「…大変美味しゅうございましたわ♪」食後のデザートに出たタルトを食べ終え、優雅に口の端を拭ってにっこりした…

ストーンウッド「それは何よりだ」

イタリア人「いや、サー・パーシバルの所では食べ過ぎてしまっていけない…」

ストーンウッド「お気に召していただいたようで何よりです……さて、この後ですが隣で少しダンスでもなさるか…もし踊るのは苦手だという方がいらっしゃいましたら、ポーカーでもお付き合いいただければと思いますな」

アメリカ人「ポーカーとは結構ですね…もっともこれだけ食べた後だ、脳みそが回ってくれないかもしれませんがね」

イタリア人「あいにく踊るのは不得意でして……ここはカードにさせていただきますよ」

ストーンウッド「分かりました…では皆さん、よろしければ」

オーストリア人「…お手をどうぞ、マドモアゼル?」

フランス女性「メルスィ」

片眼鏡の紳士「…レディ・バーラム、よろしければお手を……」

017「まぁ、ありがとう存じます…♪」

…サロン…

ストーンウッド「では、どうぞパートナーを見つけていただいて……」

口ひげの紳士「…よろしければ一曲お付き合いいただけますか?」

金髪の婦人「ええ、喜んで」

オーストリア人「失礼、お相手をお願いできますかな?」

フランス女性「ウィ、ムッシュウ…」それぞれに組んでいくが、カードテーブルに向かった紳士も多く男女に偏りができた……

017「…エリス、よろしければわたくしと一曲……踊っていただけます?」軽く会釈をして手を差し出す…

エリス「え、ですが…///」

017「まぁまぁ…少し風変わりかもしれませんが、お付き合い下さいな♪」

エリス「え、ええ……ジェーン様がそうおっしゃるのなら…///」

017「ふふ、嬉しい…♪」

…軽やかなワルツのメロディが流れる中、燕尾服やドレスの間にあってひときわ華やかな017とエリス……017の控え目ながらとても似合っている、クリーム色と薄いセージグリーンを基調にしたドレスと、エリスのふくよかな身体を包む華やかな赤紫のドレスの裾が曲に合わせてふわりと広がる…

017「こうしてエリスと踊ることが出来るなんて……嬉しいわ♪」

エリス「……わたくしもです///」

イタリア人「おや、なんとも美しい花がフロアに咲いておりますな……かたや清楚な白百合で、かたや豪華なシャクナゲのようだ♪」

017「…あら……噂になってしまいましたわね、エリス♪」

エリス「こ、困りますわ…///」

017「まぁまぁ、そうおっしゃらずに…それとも、わたくしと一緒に踊るのはお嫌かしら?」

エリス「そんなことはありませんわ……でも、わたくし…人から注目されるなんて、恥ずかしくて……///」

017「まぁ……可愛い♪」耳元にそうささやきかけ、ついでに軽く息を吹きかける…

エリス「も、もう…///」

017「ふふ…♪」

エリス「///」

017「…」


…エリスに向けてにこやかに笑みを浮かべつつ、視線の片隅で周囲の様子を確認した017……特に片隅のカードテーブルでポーカーに興じているストーンウッドに注意を向けたが、今は数人を相手にカードを切りながらウィスキーを傾けている…


017「…」(そろそろですわね…)

エリス「どうかなさいましたの…?」

017「いえ…うなじにネックレスがこすれて気に障っただけで……あっ」


…そう言って017が首筋に手をやり、わざとちぎれるようになっていたネックレスを軽く引っ張ると、絵に描いたように糸がぷつりと切れ、大粒の真珠が音を立てて床に飛び散った…


エリス「まぁ!」

片眼鏡の紳士「や、これはいかんな」

017「あぁ、何てことかしら…」

ストーンウッド「……皆様、どうされました?」

金髪の婦人「ああ、サー・パーシバル…それが大変なのです。レディ・バーラムのネックレスが切れてしまい、真珠が床に散らばってしまったのですわ」

ストーンウッド「おや、それはいかん…済みませんが皆さん、少しフロアから下がっていただいて……レディ・バーラム、ご心配には及びません。いま召し使いたちに真珠を探させましょう」数人の召し使いたちを手招きすると、床のあちこちに転がった真珠を拾わせた…

017「ええ…ありがとう存じます///」

アメリカ人「よくよくツいておられませんでしたね」

017「たまにはそういうこともありますわ…」軽く肩をすくめて、困ったような笑みを浮かべた……

ストーンウッド「…失礼。レディ・バーラム、とりあえず見つけられる限りは拾わせていただいた」綺麗なハンカチに載せた真珠を差し出した…

017「あぁ、ありがとう存じます……それではわたくし、これ以上無くさないように部屋にしまって参りますわ」

ストーンウッド「それがいいでしょうな…皆様も、もし踊っている最中に真珠を見かけたらそうおっしゃって下さい」

イタリア人「もちろんですとも…レディの真珠は首飾りに付いているもので、それを無くして瞳に涙の真珠を浮かべているなどよろしくありませんからな♪」

…数分後・書斎前…

017「どうもありがとう、ヴィラート…良かったら受け取って?」真珠の包みを持って付いてきてくれた召し使いに、葉巻入れから赤い帯が巻いてある葉巻を差し出した…

インド人の召し使い「いえ…滅相もありません」

017「まぁ、そう言わずに」

召し使い「……そうまでおっしゃっていただけるのでしたら…ありがとうございます、レディ」ヒンドゥー教徒のインド人たちは戒律で酒が飲めないので、その分だけ葉巻や煙草を楽しみにしていた…017から差し出された葉巻をもらうと嬉しそうに詰所代わりの小部屋へと入っていった……

017「ええ…♪」

………

いよいよ本番でしょうか
うまくいくか、捕まるか

>>451 コメントありがとう存じます……だいぶ前になってしまいましたが、375の方から「スパイ活劇物」のような展開を見たいとリクエストがありましたので、そういった感じで進めるつもりでおります(…そのためあちこちにオマージュしたような場面を散りばめております)…果たしてどうなるでしょうか


…そしてなかなか進まないなか気長に見て下さる皆様、ありがとうございます…色々なアイデアは頭の中に渦巻いているのですが、書く方が追いつかないもので……お待たせして申し訳ありません

…数分後…

017「さて…と♪」客室に戻って真珠を箱にしまうと、ストーンウッドの書斎に向かった……優雅な足取りでヒールの音を立てることもなく、態度はあくまでもさりげない……

017「果たして効果はあったかしら……?」


…書斎の隣にある「詰所」をのぞき込む017……小さな部屋には椅子が数脚と小机が一つ、そして壁には人数分のトランター・リボルバーとリー・エンフィールド小銃がかけてある……机の上にある灰皿に置かれた葉巻からはココアのような甘い香りの紫煙が立ちこめ、その中で交代に来た見張りと次の見張りを含めた召し使いの四人が四人とも前後不覚に寝こけている…


017「…さすが「教授」の特製ですわね……」

…ストーンウッドの書斎…

017「…それでは、失礼いたしますわ……♪」鍵のかかった扉の前にしゃがみ込むと、日傘の骨に仕込んで屋敷に持ち込んだキーピックをポーチから取り出し、慎重に鍵穴へと差し込んだ……

017「…」それまでのにこやかな笑みはかき消すようになくなり、きりりと鋭い表情と繊細な手つきで鍵穴の「引っかかり」を探す……

017「……ん」


…さして時間もかけないうちに「カチッ!」と小さな音がして鍵が外れた……そして普通なら喜び勇んでドアを開けるところだが、一流エージェントの017は侵入の痕跡を知らせる定番の予防策として、ドアノブの上に何か小さな物(例えば薬の錠剤や縫い針といったもの…)が載せていないか警戒して、慎重すぎるほどの手つきでそっと扉を開けた…


017「…ふぅ」


…薄暗い書斎の中はハバナ葉巻とインク、そして本棚に並んでいる立派な蔵書から漂う古い紙の香りがしている……壁沿いに並んでいる本棚には革表紙に金文字の立派な本が収まり、その間には壁飾りとして牡鹿の頭の剥製と、左右に交差させてあるピストルが二丁…近づいてそれとなく確認すると、ピストルは猛獣や敵対する人間が多く、そうした相手を一発でノックアウト出来る事から植民地暮らしの人間が好む大口径の「.500リボルバー」(12.6ミリ×20R)弾薬を使う垂直二連の中折れ式ピストルで、いかにも実用本位のものらしく装飾はまるでなく、さらに長らく使い込まれているらしく全体に細かな傷があり、握りの木部もすっかり黒ずんでいる…そして中央にはマホガニーで出来た立派なビューロー(デスク)が鎮座している……床には毛足の短いインド風の絨毯が敷いてあり、017は足音がしないことをありがたく思った…


017「さて……」室内をさっと見回すと、窓から入る月光を頼りにビューローに近づいた…

017「…」


…ビューローの上には金のペン立てとインクつぼ、まっさらな便せん数枚と封筒、他にもこまごましたしたものが置いてある……引き出しは左右それぞれに四つと、中央に幅広の物が一つあり、それぞれに鍵がかけられるようになっている…


017「…」ストーンウッドの立場になって、どの引き出しに「高純度ケイバーライト」の研究資料をしまい込んでいるか思案する017…しゃがみ込むと手際よく引き出しの鍵を開け、そっと引き出しを引いた……

017「…」

017「…」

017「……ふふ、見つけましたわ」


…右側にある三つ目の引き出しを開けると、あちこちから届いた手紙や封書に交じって見慣れたアルビオン王国の公用封筒がしまってあった……すでに封蝋は破られているが、ストーンウッドは動かすと跡が残るよう細かな灰を振りかけておくなど、資料がいじられたことを知らせる特段の「予防措置」は施していなかった…


017「…」緑色を帯びた月光の中で目をこらし、さっと中身を読み通して内容を確認するとコルセットの隙間にさっとしまい込んだ…同時に同じ枚数だけ別の紙を封筒に忍び込ませた……そして凝り性のアルビオン王国情報部らしく、資料は白紙ではなくいかにも「それらしい」内容の文章が書きこんであり、さらにはオックスフォード研究所の下書きを参考にして段落や改行まで同じにしてある……

017「…」

…封筒を完璧に同じ位置へと戻すと、手際よく引き出しの鍵をかけ直した……最後にそれぞれの引き出しに鍵のかけ忘れやミスがないかを確認し、そっと書斎を出た…

017「……ふぅ」書斎の入口に鍵をかけ直して客室まで戻ると、ひとまず安心してため息をついた…

017「…それでは、とにかくこれをしまいませんと……」日傘の柄をひねるとぽっかりと隠し場所が空き、そこに細く巻いた機密書類を押し込んだ…

017「ふふ、まずはこれでよし…と♪」

017「後はサー・パーシバル…いえ「ファントム」の排除だけですわね……」


………

…翌日・午前中…

ストーンウッド「さて、この数日は皆様と有意義な時間を過ごすことが出来た…改めてお礼を申し上げる」

イタリア人「何をおっしゃる……我々の方こそ楽しい時間を過ごすことが出来て、こちらこそお礼の申しようもないほどですよ、サー・パーシバル…それにアルビオンでこんなに美味いものが頂けるとは思ってもおりませんでしたよ♪」丸顔いっぱいに大きな笑みを浮かべると、片目をつぶって「むむむ…♪」と満足げなうなり声を上げてみせた…

オーストリア人「いかにも…サー・パーシバルは客のもてなし方がお上手だ」

片眼鏡の紳士「……少なくとも一人はそう思わんでしょうがね」コブラに咬まれたフランス人エージェントの事を皮肉めかして言うと、数人から失笑が漏れた…

アメリカ人「やれやれ、きついジョークだ…」

ストーンウッド「おほん……さて、ついては皆様とお別れ前にお茶でもと思いまして、客間の方に準備させてあります……皆様の馬車を回すまで少々時間もかかるので、よろしければお付き合い頂きたい」

細い口ひげの紳士「無論ですとも」

片眼鏡の紳士「なるほど、ちょうど良いですな」

ストーンウッド「では、どうぞこちらへ…」


…客間にはウェッジウッドの陶磁器が揃い、テーブル一杯に小さく切ったきゅうりのサンドウィッチやスコーン、ケーキやムースが並べられている……そして一ガロンも入りそうな大きなティーポットからは豊かなセイロン茶葉の香りが漂っている…えんじ色のお仕着せを着たメイドと、チョッキ姿にターバンのインド人召し使い数人が立ち働いている…


ストーンウッド「紅茶はいかがかな、レディ・バーラム?」自ら紅茶を注いでいるストーンウッド…

017「ええ、頂きますわ♪」


…「教授」の特製ドレスに身を包み、優雅に紅茶を楽しもうという様子の017…しかしドレスの袖口には、小さく折った薄紙に包まれた白い無味無臭の粉……化粧入れの箱にしつられられた二重底へ隠してあった毒薬が用意されている…そして何か手違いがあって自分が毒薬を口に含むことがあってもいいように、先に薄黄色の解毒剤をのんでおいた…もっとも、毒薬は無味無臭という話だったが解毒剤の方はひどく苦く、戻ったら必ず「教授」に文句を言おうと固く心に決めていた…


ストーンウッド「ミルクは?」

017「ええ、少しだけお願いしますわ」

ストーンウッド「承知した…砂糖は?」

017「ええ、お願いしますわ……」と、別の客人がストーンウッドに話しかけた……その瞬間、自分で砂糖を入れるふりをして砂糖つぼに手を伸ばすと、曲げた手首と指の間からストーンウッドのティーカップにさらさらと毒薬を注ぎ入れた…紅茶の水色を変えることもなく、一瞬で溶けていく毒薬……

ストーンウッド「失礼…それで、砂糖が少しでしたな?」

017「いえ、もうわたくしで入れてしまいました♪」

ストーンウッド「そうですか……」ティーカップに口元を近づけるストーンウッド…と、召し使いのシンがやって来た……

シン「ご主人様、お客人の乗り物が用意できました」そう言った後で顔を耳元に寄せ、何事か耳打ちした……

ストーンウッド「そうか…では皆様、馬車の用意が出来ました」結局口を付けずにティーカップを置いたサー・パーシバル…

…玄関前…

細い口ひげの紳士「さて…それでは私はこれで」

ストーンウッド「ええ、どうか良い旅を」一人二人と馬車や自動車に乗って門への馬車道を去って行く客人たちと、別れの挨拶をするサー・パーシバル……残りは談笑しながら自分の馬車なり自動車なりが回されるのを待っている…

アメリカ人「サー・パーシバル、もし新大陸に来ることがあったら歓迎しますよ♪」

ストーンウッド「はは、そう言ってもらえるとは嬉しい限りですな…」

シン「……レディ・バーラム、貴女様の馬車が参りました」

017「ありがとう、シン…それではサー・パーシバル。お名残惜しいですけれど、わたくしはこれで……」

ストーンウッド「……少々お待ち頂こうか、レディ・バーラム」肩甲骨の間にピストルを突きつけると「カチリ…!」と撃鉄を起こした…

017「あら、客人の背中に銃を突きつけるとは……いささか礼儀に反しているように思えますわ、サー・パーシバル?」

ストーンウッド「ふむ、確かに客人に対して失礼であることは認めよう…だが、少しばかり聞きたいことがあってね……シン、レディ・バーラムを丁重に地下室へお連れしろ」

シン「はい、ご主人様」

017「…」

………


見て下さってありがとうございます…引き続き頑張りたいと思います

…地下室…

017「まぁ…歴史を感じる素敵なお部屋ですわね」

ストーンウッド「お褒めにあずかり恐縮だ……どうぞお掛けになって頂こう」


…後ろからピストルを突きつけられ、左右を召し使いに挟まれて地下室へと連れてこられた017……湿っぽく土臭い地下室はワインセラーや食料庫だったものらしく、入口にはかんぬきがかけられるようになっている厚い木の扉があり、室内の左右にはアルコーヴ(窪み状の小部屋)が並んでいる…中のいくつかには壊れた木箱や粗末なジュート麻の袋が積み上げられていて、壁にはいくつかランタンが掛けられている……室内の中央には古いテーブルと椅子が一脚あり、椅子に座らせられると腕を後ろ手に組まされて荒縄で縛られた…


ストーンウッド「ふむ…申し訳ないが、まずは身体をあらためさせてもらう……とはいえ、紳士としてレディのドレスを脱がせるような真似はしたくないのでね」…そう言ってお仕着せを着たメイドを呼びつけると、ドレスの上からあちこち叩いて身体検査をさせた……

017「どうか優しくして下さいまし…ね?」胸元をあらためるメイドににっこりと微笑んでみせると、メイドは少し顔を紅くした……しばらくすると台がわりのテーブル上には日傘、ピストル、化粧品の小箱、葉巻入れ…と、017の持ち物があらかた並べられた……

ストーンウッド「ふむ…きれいなピストルだ。ウェブリー・スコットの.297口径……レディにはちょうど良い大きさだ」そう言いながらシリンダーを開き、弾を抜いた……

ストーンウッド「さて、レディ・バーラム……早速だが書類を返して頂こうか」

017「…何の書類ですの?」

ストーンウッド「とぼけないでもらおう…昨晩、皆が踊っている間に君が盗み取った書類だ」

017「さぁ、存じ上げませんわ……もし手にしていたら良かったのですけれど、あいにくと落札したのはわたくしではありませんでしたわ」

ストーンウッド「ああ、確かに落札したのは君ではない…そして同時に、あの時間帯に踊ってもおらず、召し使いたちも姿を見ていなかったのは君くらいなものなのだ、レディ・バーラム……それとも「ヒバリ」だの「カササギ」だのと言った活動名でお呼びするべきかな?」

017「さぁ、どうかしら。それよりもサー・パーシバル……あなたこそ、自分が何をしているのかお分かりなのかしら?」

ストーンウッド「と、いうと?」

017「いまお話ししますわ……このアルビオンが東西に分裂した今でも世界の覇権を握り、多くの植民地を抱えて日の沈まぬ国…いわば「よるのないくに」でいられるのは、ひとえにケイバーライト技術を独占しているからだというのはご存じですわね?」

ストーンウッド「いかにも」

017「…それを他国が手に入れたら、微妙なバランスで成り立っているこのかりそめの「パックス・アルビオニカ」(アルビオンの平和)は崩れ、最悪の場合はこの国そのものが列強に切り分けられ、飲み込まれる事になる……そうなったら、あの革命騒ぎが子供のお遊びに思えるほどの混乱を招くことになるでしょう」

ストーンウッド「もちろん、そのくらいは分かっているとも」

017「そう、その上でサンプルを売りさばくおつもりでいらっしゃるのね? 相手は誰なのかしら、フランス? それともロシア帝国? ……サー・パーシバル、それでいくら手に入れるのかは存じませんけれど、取引をしたら最後、あなたはそのお金を使う前に死ぬことになりますわ」

ストーンウッド「そうかね?」

017「ええ。もちろん欧米列強の誰もが喉から手が出るほどケイバーライト技術を欲しがってはいる……けれども同時に、第一級の国家機密を売り渡すような節操のない人間を生かしておくのはその国にとっても危険すぎる」

ストーンウッド「ふむ」

017「…さらにあなたが二股をかけて、ケイバーライト技術を他国にも売りつける危険は拭いきれない…つまりサンプルを引き渡して用済みになった瞬間から、あなたは食べ終えたリンゴの芯ほどの価値もなくなり、永遠に生命を狙われることになりますわ……そしてどんな国でも…たとえいくら金を積んだとしても…あなたのような人間を受け入れてくれはしない」

ストーンウッド「…知っているよ」

017「ではどのようなお考えでこんなことをなさるのかしら……根っからの共和派でいらっしゃるの?」

ストーンウッド「…聞きたいかね?」

017「ええ、せっかくですもの…他にすることもありませんし」

ストーンウッド「承知した、では少し昔話に付き合っていただこう……」

ストーンウッド「…私の父が東インド会社の者だったことは知っているね?」

017「一応は」

ストーンウッド「結構……かつて東インド会社はインドを手に入れて植民地化しようと惜しみない努力を行った。ベンガルの太守を相手に戦い「ブラック・ホール事件」のような悲劇を乗り越えて、苦難の末にプラッシーの戦いでこれを破った。その後は競合するフランスやオランダからカルカッタやデリー、ボンベイ、マドラスを勝ち取り、守り抜いた…それが東インド会社の、ひいては王国の利益になると思ってだ……そして実際、インドは王国にとって無くてはならない力の源泉として大きく花開いた」

(※ブラック・ホール事件…1756年。フランスに後押しされて蜂起したベンガルの太守に包囲され降伏したウィリアム要塞の兵士百数十人が、小さな地下牢に閉じ込められ多くが窒息死した事件)

017「ええ」

ストーンウッド「ところがどうだ。あの「セポイの反乱」を鎮圧したとき、王国は何をしてくれた……東インド会社のインド統治は無理があると言って、これを取り上げたのだ!」


(※セポイの乱…「インド大反乱」や「シパーヒーの乱」とも。横暴な植民地運営に対するインド人全体の反発や現地人傭兵(セポイ)の中にくすぶっていた待遇への不満が「セポイに配備される新式エンフィールド銃の(中の火薬を注ぎ込むためには口で噛み切ったり手で切ったりしないといけない)薬包に(ヒンドゥー教徒の神聖視する)牛と(イスラム教徒が不浄とする)豚の脂が塗られている」という噂から爆発し、インド全土に広がったもの。最終的に反乱は鎮圧されたが、これにより東インド会社での統治は無理があると、王国が直接統治に乗り出し、東インド会社は解散することになった)


ストーンウッド「……幸いにして私の家はさしたる被害もなく、当時幼かった私も何不自由ない暮らしができた。とはいえ最早インドにこれ以上のうまみはない…父の亡き後、私は独立した貿易会社を設立して、それなりに功成り名を遂げて本国へと戻った……そして何を見たと思う?」

017「なんですの?」

ストーンウッド「何も出来はしないくせに「貴族の子弟である」というだけで高い地位を手に入れる連中がいる一方、植民地生まれでオックスフォードやケンブリッジを卒業していないと言うだけで見下され、ことあるごとに鼻であしらわれるインド帰りの姿だよ……机に向かって数字をいじくり回す、あの生っ白い連中が王国のためにどれだけのことを成したというのだ? 王国の繁栄は我々が無ければあり得なかったのだぞ!」

017「…」

ストーンウッド「君は私のことを裏切り者の売国奴だというかもしれない…だが、本当の「裏切り者」はどちらだと思う?」

017「…」

ストーンウッド「……少ししゃべりすぎた。だが、どのみち君はここで死ぬことになる…これ以上誰かに話される心配はないわけだ……だがその前に、書類を返してもらわんことにはな…しばし待っていたまえ」

………



ストーンウッド「お待たせしてしまったな」

エリス「……ジェーン様」

017「エリス…」

ストーンウッド「私とて無関係な人間に危害を加えたくはない……が、君が書類を返さないというのならやむを得まい」017の正面にあるアルコーヴに椅子を据えると、エリスを座らせた…

017「…エリスをどうするおつもりですの、サー・パーシバル?」

ストーンウッド「そうだな…インドでは盗人の手は切り落とすことになっていた。君が書類のありかを吐かないと言うのなら、代わりにレディ・カータレットの手首を切り落とすことにする」

017「あら、でもわたくしが「エリスの手首などどうでも構わない」と言ったらどうなさるおつもり?」

ストーンウッド「そうなったらそうなったで別の方法を考えることにしよう…」

エリス「ジェーン様……貴女が何を強要されているかは存じません。でも、わたくしは貴女を信じております…決して言うがままになる必要などありませんわ」そう言って気丈にも微笑みを浮かべてみせるエリス…

ストーンウッド「いやはや、なんとも麗しき友情だな…しかし果たしてどの程度それが続くか……」召し使いからカットラスのように湾曲したインド風のナイフを借りると、高々と振り上げた……

017「……日傘の柄を右にひねって手前に引き、動かなくなったところで左に回すと隠し場所がありますわ」

ストーンウッド「ふむ、理解があるようで助かる……なるほど、この日傘にはこんな面白いからくりが仕込まれていたのか…白い鳩やバラの花は出ないのかね?」

017「あいにくと仕込み忘れてしまいましたの」

ストーンウッド「ふふ、それは残念だ……では、書類の方はありがたく返してもらおう」大きな封筒に書類をしまうと、見せつけるようにして上着の内ポケットにしまい込み、ぽんぽんと上から軽く叩いた……

エリス「ジェーン様……その書類はとても大事な物だったのでしょう?」

017「ええ、でも貴女ほどではないわ…♪」不安そうなエリスを元気づけようと、精一杯の笑みを浮かべてみせた…

ストーンウッド「さて次だ……君は一体誰の差し金で送り込まれてきた?」

017「さぁ、存じませんわ」

ストーンウッド「とぼけるつもりか…言わないと君もあのフランス人みたいになるぞ」

017「まさか……わたくしはあれほどの「スノッブ」ではありませんわ」(※snob…気取り屋、俗物)

ストーンウッド「ふむ、口先が上手いのだけは認めよう……だが、しゃべらないと…」

017「ヤナギの枝でぶちますの?」皮肉たっぷりの口調でまぜ返した…

ストーンウッド「ばかな、そんなお嬢様学校みたいな生ぬるい手では済まさんよ…まぁいい、私も忙しいのでね。手早く済ませるとしようか……やれ」蛇使いを呼ぶと017の前に立たせ、自分はその様子を後ろから眺めている…


…蛇使いが甲高い笛を吹き始めると、頭を揺らしながらコブラがカゴから顔を出した……017は椅子に後ろ手の状態でくくりつけられている中で、隠し通すことが出来た万年筆を袖口からどうにか手のひらに滑り込ませ、仕込まれたナイフを出そうと悪戦苦闘する……が、片手では本体をねじって隠してあるナイフの刃を出すのがなかなか上手くいかない…


017「まったくもう…こう言う肝心な時に限って使い勝手が悪いと来ているのですから……」チロチロと舌を出して丸い目を光らせているコブラを前に、冷たい汗が流れた…

ストーンウッド「どうした、だんまりを通すつもりか? それとも恐ろしくて減らず口も利けなくなったのかね?」

017「…っ」刃をロープにあてがい手首を動かすようにしてゴシゴシと切っていくと、ようようのことで手首が自由になる…

ストーンウッド「残念、時間切れだ…」

コブラ「シューッ…!」

017「っ!」鎌首をもたげたコブラが飛びかかるのと同時に椅子からはじかれるように飛び退くと、コブラの頭にナイフを突き立てた……

ストーンウッド「む…!」

017「逃がしませんわ!」さっと身を翻して部屋を出ようとするストーンウッドを追いかけようとした矢先、蛇使いが三日月型のナイフを抜いて襲いかかって来た……

017「くっ…!」とっさに手首を押さえつけ、相手の力を使って横にいなす……たたらを踏んだ蛇使いが壁のランタンにぶつかると、落ちたランタンからこぼれた熱い油が積んであったジュート麻の袋に染み込み、たちまちぱっと火が付いた……

蛇使い「いやぁぁ…っ!」

017「…!」いきり立った相手が横に切り払った刃をのけぞってかわすと、しなやかな動きで「万年筆ナイフ」を相手の喉に突き立てた…ごぼごぼとうがいのような音を立てると、そのまま床に崩れ落ちた蛇使い……

017「ふぅ……っと、これはよろしくありませんわね」麻袋の火が壊れた木箱に燃え移り、ぱちぱちと暖炉のような音を立てて盛んに燃え始めていた……そしてその向こうには、エリスが不安げな顔をして椅子にくくりつけられている…

エリス「ジェーン様……」

017「案ずることはありませんわ、エリス…いま助けに参りますわね」取り上げられた持ち物が並べてあった台の上から日傘を取り上げるとそれを開き、馬上試合の騎士が持つ槍のように構えて火に向かって飛び込んだ…

エリス「あっ…!」

017「ふぅ…この機能を使う機会など巡ってこないと思っておりましたけれど、分からないものですわね……さ、これだけ炉端で暖まれば充分というものですわ…参りましょう、エリス♪」

エリス「はい…」

…エリスの手を引き扉の前までやって来た017…が、がっちりとした樫の木の扉は外からかんぬきがかけられ、押しても引いても開きそうにない…


017「困りましたわね…戸締まりが良いのは結構な事ですけれど、中に閉じ込められた方としてはそうも言っていられませんわ……ね」葉巻入れの内張りに作られているほつれを引っ張ると、仕込まれていた導火線が糸となって引き出されてくる…燃えている麻袋から導火線に火を移すと軽く二、三回息を吹き、それから扉の前に箱を置いた……


017「ところでエリス…わたくしからちょっとした忠告がありますの」

エリス「はい、なんでしょう?」

017「……そこの窪みに身を寄せておいた方がよろしいですわ♪」

エリス「え、ええ……分かりましたわ」

017「さて、わたくしも……」石の柱の陰に身体をくっつけて、しばし待った……と、耳が聞こえなくなるような派手な爆発音と一緒に部屋中の塵やホコリが舞い上がり、ばらばらになったドアの木片が散弾銃のばら弾のように辺りに飛び散った…

エリス「けほ、こほっ……」

017「エリス、どこにも怪我はありませんわね?」

エリス「ええ、大丈夫みたいですわ」

017「なら参りましょう…このままサー・パーシバルを取り逃がす訳には行きませんもの」片手でエリスの手を引っぱり、もう片方の手にはたたんだ日傘を持って階段を駆け上がった…

…玄関ホール…

召し使い「ご主人様、何かあったのでございましょうか?地下室から振動と爆発音が聞こえて参りましたが…」

ストーンウッド「そんなことは構わん。それよりお前たちは早く納屋から斧を持ってきて、馬車をみんな走れないように叩き壊しておけ。自動車のタイヤには穴を開けろ。馬も私の「ハリケーン」と「テンペスト」を残してみんな手綱を解いてしまうんだ」

召し使い「は、はい!」

ストーンウッド「シンは一体どこだ…シン!」

シン「はい、ご主人様」

ストーンウッド「すぐに出るから支度を急げ…ピストルを忘れるなよ」

シン「はい」

ストーンウッド「私は書斎に行って必要な物を持ってくる。それからレディ・バーラムとレディ・カータレットの二人が来るようなら何としても足止めしろ。シン、使える者には銃器室の猟銃だのピストルだのを持たせておけ……二人が手向かいするようなら構わずに撃て」

シン「承知いたしました」

………

…地下室への階段…

召し使い「ご主人様の命令です。これより先に行かせるわけには…」

017「そこを退きなさい!」甲の部分に金属の板が仕込んであるヒールで急所を蹴り上げた…

召し使い「うぅ…っ!」

召し使いB「申し訳ありませんが、動かないで頂きたい!」

017「そういうわけには参りませんの…!」召し使いがぎこちない様子で構えているエンフィールド小銃を叩き落とすと、日傘でみぞおちを突いた…

召し使いB「うぐっ!」

………

…玄関ホール…

片眼鏡の紳士「一体何があったんだね? サー・パーシバルが駆け上がってきたかと思ったら、今度はレディ・バーラムにレディ・カータレットのお二人まで……」

017「残念ながら今はお答えしている時間がありませんの…ところでそのサー・パーシバルは一体どちらに?」

紳士「さっきそのまま階段を駆け上がって書斎に行ったようで、それからまた駆け下りてきて…今は玄関にいるかと思いますが」

017「そうですか。では失礼……」

エリス「ジェーン様、一体どちらへ…?」

017「エリス、貴女が無事で本当に良かったですわ……でも、わたくしは少々サー・パーシバルに急用がありますの…失礼♪」手早く白手袋をした手の甲に唇を当てると、玄関に向かって駆けだした…

…車寄せ…

017「…サー・パーシバル!」

ストーンウッド「ずいぶん早かったな、レディ・バーラム。どうやらあの扉を開けるような小道具もお持ちだったというわけだ…しかし残念ながら、私はこれから「長い船旅」に行くのでね。では失礼する!」

017「くっ!」


…黒馬に乗ったサー・パーシバルと栗毛の馬に乗ったシンを追う乗り物を手に入れるべく、指示された「破壊工作」を続けようとする召し使いたちを追い払いつつさっと周囲を見渡したが、馬車は軒並み車輪を叩き壊されていたり、かじ棒を折られていたりしており、招待客のフランス婦人とドイツ人がそれぞれ乗ってきた、パナールとダイムラーの自動車もタイヤに穴が開けられていて使い物にならない……厩に繋いであった馬もすべて手綱を解かれていて、庭に散らばってのんびりと芝生の草を食んでいたが、手早く近くにいた一頭の葦毛の馬をなだめるとドレスの裾をたくし上げてひらりとまたがった…馬は女鞍ではなかったが構わずに鞭をくれて、蹄の音も高らかに古い丸石敷きの街道を走らせた…


017「やぁ…っ!」

………

017「はっ!」


…普段は鞭を当てるようなことはほとんどしないが、ここでストーンウッドを逃がすわけにはいかないと、葦毛の馬に鞭をくれる…丸石敷きの古い街道は長年にわたる往来ですっかりすり減って磨かれたようになり、表面はすべすべとして艶が出ている…017は蹄の音も高らかに馬を疾駆させつつも、何か腑に落ちないものを感じていた…


017「どうもおかしいですわね…この辺りの港と言えばドーヴァーしかないはずですのに……」

…ラムズゲートから最も近い港と言えば「白い崖」で有名なドーヴァーの港しかなく、そこへ向かうにはラムズゲートから南に延びる街道を行く必要がある…が、ストーンウッドは途中で西へ向かう道に折れ、むしろカンタベリーに向かうかのような針路を取った…

017「まさか…」馬を走らせつつ頭をひねっていると、一つのとてつもない考えに思い当たった…最初はあまりにも突拍子もないアイデアなので「あり得ない」と打ち消してみようとしたが、考えれば考えるほどよく出来ている…

017「いえ……サー・パーシバルなら、そのくらいのことはやりかねないですわね」

…道の左右には湿地と畑とが混在して広がり、その間を縫う街道は小さな丘を上ったり下ったりしていて、わずかな起伏がある…ゆるい下りにさしかかり、ストーンウッドよりも体重の軽い017が徐々に距離を詰めていく中、速度の付きすぎた馬が脚を滑らせた…

017「っ!」


…017はとっさに馬の身体に挟まれないようひらりと転がり、それから手綱をとって馬を立ち上がらせようとしたが、どうも馬の動きがぎくしゃくしている……よく見ると滑った際に蹄鉄が外れてしまったらしく、おまけに脚も痛めたようで、しきりに前脚に鼻面を近づけては舌で舐めたり、痛む脚を持ち上げて体重をかけないようにしている…


017「まったく、こんな時に…どうにも困ったものですわね」

女性の声「……様…ぁ!」

017「こんな時は何か乗り物と…それに欲を言えば可愛らしい女性もいれば素敵なのですけれど……」

エリス「ジェーン様…ぁ!」


…次第に大きくなってくる声の方に視線を向けると、エリスがさきほど助けた時に着ていたデイドレス姿のまま、流行の「ペニー・ファージング型」自転車にまたがりこちらに向かって一生懸命ペダルを漕いでいるところだった……017の近くまで来ると回転し続けるペダルから脚を離し、やがて自転車はゆっくりと止まった…そしてバランスを失った自転車が倒れる前に慌てて飛び降りるエリス…


(※ペニー・ファージング型自転車…いわゆる「自転車のマーク」として見かけることのある、前輪が極端に大きく後輪が極端に小さい初期の自転車。前後の車輪がそれぞれ大きな「ペニー硬貨」と小さな「ファージング硬貨」のようだったことから名付けられた。当時の貴族や富裕層の間で流行していた自転車の路上競技で高速を出すために前輪が大きかったが、低速では不安定で、またペダルが前輪と直結しているため加速するとペダルが高速で回転して危険で、ブレーキを引くと前輪がロックして転倒することもある。そして高い位置に座席があるため乗り降りが大変で転倒すると大けがをする可能性もある……と、後の「セイフティ(安全)型」自転車に比べ様々な点で扱いにくかった。しかしながら速度はかなり出るため、その点では現代のロードバイクにも劣らないとされる)


017「どうやら今日は願い事が聞き入れられる日のようですわね……エリス!」

エリス「ジェーン様…!」

017「どうしてここに? …わたくしの後を追ってきましたの?」

エリス「はい…ジェーン様が地下室からわたくしを助け出して「身体を休めるように」とおっしゃって下さったあと、いきなり馬に鞭を振るって慌てた様子で駆けだしていくものですから…きっとなにか大変なことに巻き込まれているのではないかと……それでわたくし、心配でたまらなくなってしまって…」

017「そう……とにかく今は時間がありませんの。さぁ、早くわたくしにつかまって」

エリス「は、はい」


…道端に沿って伸びる石壁に自転車を立てかけ、そこに乗り込むとエリスを引っ張り上げる017……後ろからぴったりと寄せられたエリスの身体は自転車をこいできたためか火照っていて、押しつけられた柔らかい胸と香水の甘い匂い、それに腰に回された腕の感触もあってベッドに入っているような気分になる…


017「では参りましょう…!」ゆるい下り坂と言うこともあって、たちまちのうちに加速し始める自転車…

エリス「ええ……ところでジェーン様」

017「なんでしょう?」

エリス「はい。実はわたくし、一つ気になることがありまして……ジェーン様は一体どういうわけでサー・パーシバルの地下室で縛られていたり、かと思えばそのサー・パーシバルを追っていらっしゃったりするのです?」

017「……そうですわね…話すと長くなりますけれど、かいつまんで言うと「盗られた物を取り返そうとしている」と言ったところですわね」

エリス「そうなのですか……なら、ジェーン様は正義のお味方ということですわね♪」

017「ええ、まぁ…あくまで「見る立場によっては」ですけれど」

エリス「なるほど…」

エリス「…それにしても、サー・パーシバルは一体どこに向かうおつもりなのでしょう?玄関先にいた方々によるとサー・パーシバルは「船旅に出る」とおっしゃっていたとか…ですがこの道はカンタベリーに向かう道で、港にはつけないと思うのですけれど……」

017「ええ、それはその通りですわ…でも、前をご覧になって?」

…そういって指し示した先にはちょっとした平地があり、のんきに牛たちが草を食んでいる…が、その場所に上空から大きな楕円形の物体が近づきつつある…

エリス「まぁ、あれは…」

017「ええ…船(ship)といっても飛行船(air ship)だったというわけですわね」


…普段の航路よりもずっと低いところを飛び、いまにも着陸しそうに見える一隻の硬式飛行船……胴体にはフランスの三色旗と「アンリ・ジファール号」と船名が書かれ、ゴンドラからは縄梯子がぶら下がっている……そしてサー・パーシバルとシンは縄梯子を上り始めており、飛行船は早くも上昇を始めている…

(アンリ・ジファール…フランスの発明家。世界で始めて飛行船を作った)

エリス「とするとサー・パーシバルは……」

017「あの飛行船で文字通り「高飛び」するつもりなのでしょう…なおさら逃がすわけには行かなくなりましたわね」

エリス「でも、このままでは間に合いそうにありませんわ…!」

017「ええ……ですから、しっかりつかまっていて下さいな!」


…下り坂で加速する自転車の速度を活かし、ペダルから足を離してフレームの上で立ち上がると、降ろされていた縄梯子の端に手をかけた…続いて伸ばした017の左手につかまり、体勢を立て直すと縄梯子につかまったエリス…


エリス「ふぅ…」

017「さぁ、早く上がるといたしましょう……上の誰かが縄梯子を切り落として、わたくしたちを「ハンプティ・ダンブティ」のようにしようと考えるかもしれませんもの♪」

(童謡「マザーグース」の一つ…「塀に腰かけたハンプティ・ダンプティ。塀から落っこちて潰れてしまって、王様の馬と家来たちでも戻すことが出来なかった」もとは「卵」が答えのなぞなぞ歌。後に転じて「ずんぐりむっくりの人」の意も)

エリス「ええ、そうですわね…」


…風であおられてばたばたとはためくドレスの裾と揺れる縄梯子に苦労しつつ、一段ずつ上っていく二人……ようやくゴンドラの外周を取り巻くプロムナード・デッキの手すりに手をかけようとした時、縄梯子を巻き上げようとした船員がひょっこり顔を出した…


船員「あ…メルド(くそっ)!」フランス語で悪態をつくと慌てて船員ナイフを抜き、縄梯子の結び目を切って二人を落とそうとする…

017「そうは参りませんわ…!」さっとデッキに飛び乗ると船員の脚を払い、鳩尾に日傘の石突きを叩き込んだ…

船員「ぐえ…っ!」

017「しばらく当直はお休みなさっていて下さいな…♪」かたわらに巻いてあったもやい綱をいくらか切って全身を縛り上げ、船員がつけていたネクタイをほどいて口に詰め込むと、近くの掃除用具入れに押し込んだ…

エリス「……それで、これからどうなさるおつもりですの?」

017「まずはサー・パーシバルを探し出して盗られた物を返していただき…あとはそのとき次第ですわ」

エリス「なるほど…」

017「それとエリスは丸腰なのですから、わたくしの後ろから離れずについていて下さいまし…ね?」

エリス「ええ…わたくしではジェーン様の足手まといになってしまいますけれど……」

017「いいえ、そんなことはありませんわ…それにせっかくの「空の旅」ですもの、素敵な女性がいなければ始まりませんわ♪」

エリス「もう、ジェーン様ったら……///」

017「ふふふ……さ、参りましょう♪」日傘をフェンシングのエペのように持って船室に向かう017と、その背中にくっつくようにして歩くエリス…

………

…飛行船「アンリ・ジファール号」ゴンドラ後部客室…

スチュワード(男性客室乗務員)「…ブランデーグラスは出ているな……よし」テーブルの上にカットグラスの瓶とグラスを並べ、一つ一つ曇りが無いように拭いている……と、磨かれたグラスに017とエリスの姿が映り、乗務員は驚いたように振り返った…

017「……失礼いたしますわ♪」

乗務員「はい…あの、申し訳ありませんが本船はチャーターのはずですが、ご婦人方は一体どうやっ……くはっ!」日傘で喉を突かれて悶絶した乗務員…

017「この日傘でふわりと飛んで参りましたの…♪」

乗務員B「おい、どうした?」

017「…」さっとカットグラスの瓶を取り上げてドアの陰に身を隠し、もう一人の客室乗務員が顔を出した瞬間、首筋に瓶を振り下ろした…

乗務員B「うっ…!」

017「……マーテル(コニャック)のVSOPですわね。こぼすには少々もったいないというものですわ」瓶をテーブルに戻すとガラスの栓を抜き、手で扇ぎ寄せるようにして香りを確かめた…


…後部客室・続き部屋(スイートルーム)…

女性乗務員「あっ…」

017「失礼…少々お尋ねしたいのですけれど、サー・パーシバルはどちらに?」

女性乗務員「は、はい…ストーンウッド様でしたら前部の船長室にいらっしゃるかと……」慌てた様子で手を後ろに回し、申し訳なさそうな口調で頭を下げた…

017「そう、ありがとう…」そう言いながら、横目でちらりとベッドルームの鏡に視線を送った…それからわざと背を向け、部屋を出て行くそぶりを見せた……

女性乗務員「…いえ」


…017とエリスが後ろを向いて立ち去ろうとすると、乗務員は隠し持っていたフランス製のパーム・ピストル「ル・プロテクター」を撃とうと慎重に腕を動かし始めた…

(※ル・プロテクター・ピストル…「パーム(手のひら)・ピストル」と称される特殊な護身用ピストルの一つ。フランス人タービアーとアメリカ人フィネガンによって開発された。指の間から銃身をのぞかせるようにして円盤状をした本体を握り込み、それに付いている取っ手のような引き金を手の中で握ったり緩めたりすることで連発させ、弾は「円盤」の中に円周を描くようにして並べられている。装弾数は7発で、弾薬は人差し指の爪ほどもないような口径8×9ミリRの専用弾薬を用いるが、使用弾薬のバリエーションによって装弾数は異なる。十九世紀後半、フランスとアメリカで製造された)


017「…そのピストルはしまっておきなさいな。わたくしも女性に手を上げたくはありませんわ」さっと振り向くと額にウェブリー・リボルバーを突きつけた…

女性乗務員「…っ!」

017「とはいえ、貴女をこのままにしておく訳にも参りませんし……仕方ありませんわね♪」チャーミングな笑みを浮かべると乗務員をベッドに押し倒し、カーテンのタッセル(カーテンをまとめておく帯飾り)を外すと手首を縛り上げた…豪華な分厚い布でできているタッセルは大変に頑丈で、めったなことではほどけそうにない…そしておもむろに乗務員のストッキングを脱がせ始めた…

女性乗務員「///」

エリス「こ…こんな時に一体何を……///」

017「ふふ、大丈夫ですわ……別にいたずらをしようというつもりではありませんもの…♪」脱がしたストッキングを丸めると口に押し込み、声が出せないようにした…最後に軽く頬にキスをすると「ル・プロテクター」を持って部屋を出た…

…左舷プロムナード・デッキ…

017「エリス、これをお持ちなさいな…何も無いよりはいいですもの」そう言うと先ほどのル・プロテクターを差し出した…

エリス「ええ」

017「使い方は分かりまして?」

エリス「いえ……どう使えばよろしいのでしょう?」

017「それなら簡単ですわ…こうして手で握りこんで、このカップの柄のような部分を押し込めば弾が出る仕組みになっておりますの……」

エリス「なるほど……それにしても、先ほどは驚いてしまいました」

017「なぜ?」

エリス「だって、ジェーン様ったらてっきりあのまま……いえ、何でもないですわ…///」

017「まさか…いくらわたくしでもこんな時にそんな真似はいたしませんわ……それに、無理矢理と言うのはわたくしの趣味ではありませんの♪」

エリス「もう、ジェーン様……」

017「しっ……静かに…」



乗務員C「…それにしてもあの客は一体誰なんだろうな…百人は乗れるこの飛行船を貸し切るだなんて、ただ者じゃないぞ?」

乗務員D「ああ…それが食堂のアンリから聞いた話だと、なんでもあの御仁はテュイルリー宮(フランス共和国政府)が欲しがっているものを持っていて、何かと引き換えにそれをこっちに引き渡す予定らしい……だから発着場で乗せなかったんだと」

乗務員C「それでか…他の客は予約だけで乗船しないし、かと思ったら急にへんぴな所に降下するしで……おかしいとは思ったんだ」

乗務員D「それだけじゃない…船倉の積み荷を見たか?」

乗務員C「いいや……なんだい?」

乗務員D「……おれは以前見たことがあるから知っているんだが、あれはライフルの輸送箱だぜ…しかも数百人分はある」

乗務員C「おいおい、どういう事だ…アルビオンの植民地か何かを相手に戦争でもおっぱじめるのか?」

乗務員D「あながちそれも間違いじゃないかもしれないな……っと、いけねぇ。そろそろデュランたちと交代する時間だ…」

乗務員C「もうそんな時間か…それじゃあ頑張れよ」

乗務員D「おう」そう言うと二人がいる左舷側の通廊に向かってくる…

017「…っ!」エリスの腕を引っぱり、かろうじて物陰に身を潜めた……そのまま気づかずに前を通り過ぎていった乗務員…

エリス「ふぅ……見つからなくて良かったですわね」

017「ええ…それと、早く船長室に行ってサー・パーシバルの予定を伺わないといけませんわね」

…船長室…

017「…」扉越しに撃たれないよう左側の隔壁に身を寄せると「コンコンッ…」と軽くノックをした017……

船長の声「誰だね、入りたまえ」

017「失礼いたしますわ」

船長「むっ、誰だ君は!?」

017「わたくしはレディ・ジェーン・バーラム。こちらはレディ・エリス・カータレット…アンシャンテ(お見知りおきを)」流暢なフランス語で自己紹介を済ませると軽く一礼した…

ストーンウッド「やれやれ、困ったものだな……レディ・バーラム、一体どういう風の吹き回しだ?」

017「あら、サー・パーシバル…せっかくおもてなしして下さいましたのに、別れも言わずにフェアウェル(さよなら)というのはあんまりと言うものですわ……わたくし、お名残惜しさのあまりにここまでお見送りに来ましたの」

ストーンウッド「…わざわざご親切な事だ……それで、挨拶を済ませたらその後はどうするつもりかね?」

017「そうですわね、せっかくですからわたくしもこのまま飛行船の旅を楽しませていただこうかと…ちなみにサー・パーシバルはどちらまでおいでになる予定ですの?」

ストーンウッド「……知りたいかね? ボンベイだ」

017「まぁまぁ、わたくしインドには行ったことがありませんの♪」

船長「ちょっと待ちたまえ、ムッシュウ・ストーンウッド。行き先はポンディシェリ(インド南部のフランス植民地)のはずだ…それがアルビオンの植民地に向かうとはどういうつもりだ?」

ストーンウッド「おや、まだ船長には言っていなかったかな…ここまでのお膳立てには感謝するがね、私はフランス政府の言うことを聞くつもりはさらさらないのだ」

船長「なにっ!?」

ストーンウッド「…もうここまで来たのだし、そろそろ私の考えをお話しよう……レディ・バーラムとレディ・カータレットも聞きたいだろう」

017「ええ、ぜひお考えをお伺いしたいものですわ」

ストーンウッド「よかろう、では椅子に掛けるといい…紅茶でもどうだね?」ティーポットを取ると、新しいカップを二つ用意してそれぞれに注いだ……張り詰めた空気の中、場違いな紅茶の香りが漂ってくる…

017「いただきますわ…♪」にこやかにしているが、その視線には一分の隙もない……注がれた紅茶をひとすすりすると、テーブルの上にティーカップを置いた…

ストーンウッド「では話すとしようか……さて、今回の件で私が手に入れた数百万ポンドは、あくまでもこれから始める「事業」の元手に過ぎん」

017「…それで、その「事業」とやらの内容をお伺いしたいですわね…東インド会社の再設立でもなさるおつもりですの?」

ストーンウッド「いいや……私はこの金を使って、インド植民地をアルビオンから分離独立させるつもりなのだ」

017「それはそれは…「『そいつは奇妙きてれつだな』とアリスはいいました…」とでも申しましょうか」

ストーンウッド「そうかね? 今アルビオン王国はカードウェル制に基づいて植民地軍を縮小し、もっぱらその兵隊は現地人を使っている…そしてたいていの連隊は本国にいて、インドに展開している訳ではない」


(※カードウェル制…カードウェル卿によって進められた軍制改革。経費削減のため平時は植民地への駐留軍をできるだけ送らず、植民地軍が使う兵器の更新期間も数年から十年というゆっくりしたペースにするというもの。同時に兵に対する過剰な体罰や、貴族の子弟が士官の階級を金で買うことを禁止した。実際には1930年代まで何回か行われ、一定の効果があった)


017「ええ」

ストーンウッド「一方、インドには多くの植民地生まれがいて、そうした者たちが現地の社会で政治や経済、軍事を動かしている…そしてその大半が王国の植民地政策に不満を持っている。軍でインド出身者が将官に昇進することなど滅多にないし、近衛連隊に入隊することもまずできない……官僚たちもエリートのオックスフォードかケンブリッジの卒業生だけが出世して、植民地生まれは決して次官や局長の椅子には座れない」

017「…それで?」

ストーンウッド「こうした中で、私はすでに現地の入植者たち……そしてこちらでも今の王国のありように不満を持っている優秀な人材を集めた。そして今回の「高純度ケイバーライト」を餌に使って、この計画を始めるのに必要な資金を手に入れたわけだ」

017「なるほど。今回の事件は始まりではなく「仕上げ」であった、と…それで、その計画を始めた後はどうするおつもりですの?」

ストーンウッド「簡単だよ。インドは極東への重要な中継点であり、多くの富をもたらす…私が仲間たちとアルビオン領の植民地を制圧したら、また貿易を再開させるつもりだ……どのみちアルビオンはインドなしでやっていくことはできず、また、フランスやオランダも列強の間でギリギリの勝負をしている中で、これ以上インドに兵を割くわけにはいかない…つまり、なんのかのと言っても各国政府はこちらに頭を下げることになる、というわけだ」

017「それにしてはムッシュウ・ルブランにコブラを噛みつかせるなどと、まずいことをなさいましたわね?」

ストーンウッド「ふっ…私とて商売相手の代理人にそんなことをするほど愚かではないよ。なにせムッシュウ・ルブランはフランスのスパイではなく、ベルギーのスパイなのだからな」

017「なるほど…ベルギー人ならフランス人と同じようにフランス語を話せますものね……」

ストーンウッド「いかにも」

017「ふう……それがあなたのお考えですのね、サー・パーシバル?」紅茶のカップを取り上げると一口飲み、じっとストーンウッドを見た…

ストーンウッド「ああ、そうだ…何か言いたいことでも、レディ・バーラム?」

017「ええ。サー・パーシバル、あなたがなさろうとしている事に水を差すのは大変心苦しいのですが……残念ながらそうは行かないと思いますわ」

ストーンウッド「ほほう、なぜだね?」

017「なぜかと申しますと……わたくしがそうさせないつもりだからですわ!」そう言いながら、まだ湯気の立っている紅茶を浴びせかけた…

ストーンウッド「ぐっ…!」とっさに抜き放った.500口径の中折れ式ピストルが大砲のような轟音をあげて火を噴いたが、熱い紅茶を顔面に浴びて、反射的に身をよじったので狙いがそれた……そのまま船長室の飾り窓に体当たりすると、外のデッキに飛び出す…

017「っ!」ドレスの隠し場所から.297口径の小型ウェブリーを抜くとストーンウッドの後ろ姿に向けて一発放ったものの、わずかな差で外した…

船長「…っ!」這いつくばるようにして床を転げると、隔壁の警報ベルに手を伸ばしてベルを押した……飛行船中に「ジリリリンッ!」とけたたましいベルの音が鳴り響く…

017「エリス、わたくしの後に付いてきて!」

エリス「はい…っ!」

…左舷・プロムナードデッキ…

乗務員E「待て、止まれ!」

017「っ!」銃を持って持ち場に駆けつける乗務員や船員たち…二人と出くわした数人の一番前にいた乗務員は、相手が女性だと油断してレベル・リボルバーを突きつけてきた……が、017はそれをはたき落とし、そのまま薄い金属板が仕込まれているヒールの甲で急所を蹴り上げた…

乗務員E「…うう…っ!」

乗務員F「この…っ!」

017「…!」パン、パンッ…!

乗務員F「ぐう…っ!」持っていたレベル・リボルバーを撃つよりも早く二発の銃弾を胸に撃ち込まれ、崩れ落ちる乗務員…

乗務員G「いたぞ!左舷に……」

017「どうぞお静かに…っ!」左手で持っている日傘で相手の鳩尾を突いた017……普通の柄ならもちろん折れてしまうだろうが「教授」たち装備開発部が作り上げた「情報活動用」日傘の柄は戦艦の船体にも使われるハーヴェイ鋼で出来ており、それで突かれると警棒以上の威力がある…

乗務員G「かは…っ!」身体を二つに折って崩れ落ちると両手で鳩尾を押さえ、声も出せなくなった……

017「さぁ、急ぎましょう……このままでは馬車がカボチャに戻ってしまいますわ!」

エリス「ええ…!」

乗務員H「…急げ、銃声はこっちから聞こえたぞ!」

乗務員I「ああ!」


…フランス製のグラース小銃を持って飛び出してきた乗務員は017とエリスを見ると、慌てて引き金を引いた……が、焦ったために弾はそれ、船室の舷窓を粉々に打ち砕いただけだった…

(※グラース小銃…戊辰戦争~明治頃の日本でも用いられていた紙製薬包の単発式ライフル「シャスポー銃」を金属薬莢を用いる事が出来るよう改良したもの。その後無煙火薬を用いる連発式のボルトアクションライフル「ルベル小銃」が出るまでフランス軍で使われた)


乗務員H「畜生…っ!」単発式のグラース銃を再装填する余裕はなく、銃剣で突こうとする…

017「…っ!」相手の懐に飛び込むと脇腹にピストルの銃口を当てて引き金を引く…

乗務員H「うぐ……っ!」

017「…ふっ!」そのまま流れるような動きでもう一人の相手にウェブリーの銃弾を撃ち込んだ……

乗務員I「げほっ……」

017「ふぅ……」

エリス「…あの、ジェーン様」

017「どうかなさいまして、エリス?」

エリス「え、ええ…先ほどから飛行船の針路が変わっているようですわ……」

017「と言うことは、サー・パーシバルはきっと操舵室に向かったに違いありませんわね……では、参りましょう♪」ウェブリーの弾を込め直すと、にこやかに微笑みかけた…

エリス「は、はい…」

…飛行船左舷・前部プロムナードデッキ…

017「……この先が操舵室ですわね…」

エリス「ええ…」

017「エリス、貴女はわたくしの後ろにいてくれればよろしいですわ…♪」

エリス「はい、ジェーン様」

017「いいお返事ですわね……」


…楕円形をしていて、船首部に行くに従って先細りになっている飛行船のゴンドラ…上空の冷たい風を受けながら、その湾曲に沿って進んでいく二人……と、操舵室も目前になった横手の通廊から、シンが襲いかかって来た…

シン「ふんっ…!」

017「うっ…!」ギラリと光るグルカナイフで突きを入れてくるシン……とっさにのけぞりかろうじて刃の先端をかわしたが、肩口をナイフがかすめた…

シン「むぅん…!」体勢を立て直す暇も与えず、続けざまに切り払ってくる…

017「……くっ!」

シン「やぁぁ…っ!」

017「…っ!」たまらずに数歩下がってたたらを踏むと、その隙を逃さずナイフの間合いに飛び込んでくるシン……017はその勢いを支えきれず、尻餅をつく形でデッキに倒れ込んだ……

シン「ふん…っ!」

エリス「……ジェーン様っ!」

シン「…」

017「…っ!」パン…ッ!

…とどめとばかりに振り下ろされたグルカナイフの刃を日傘の柄で受け止め、同時にウェブリーでシンの胸元を撃ち抜いた…

シン「…」手からポロリと落ち、ガタンと音を立ててデッキに転がったグルカナイフ……

017「……はぁ、はぁ……はぁ…っ」

エリス「ジェーン様…!」

017「わたくしは大丈夫ですわ、エリス…」少しよろめきながら立ち上がると、ドレスについたほこりを払った…

エリス「はぁぁ……わたくし、気を失いそうですわ……」

017「ふふ、エリスが気を失ってもわたくしが介抱してあげますから大丈夫ですわ……ただ、気を失うのはサー・パーシバルの事が済んでからにしてほしいですわね♪」

………

…飛行船・船橋(ブリッジ)…

017「失礼、どうぞ誰も身動きなさらないようお願いしますわ…♪」


…扉越しに撃たれないよう、隔壁に背中をあずける形で腕だけを伸ばして船橋(せんきょう)への入口を開けると、さっと中に入ってウェブリーを構えた017……いくつか綿雲が浮かんでいるだけの青空を行く「アンリ・ジファール」号の操舵室はなかなか眺めがよく、周囲の隔壁には伝声管や様々なパイプがツタのように伸び、綺麗に磨かれた真鍮製の羅針盤や風向計、速度計や圧力計などが据え付けられている……持ち場に就いている数人のフランス人船員はおどおどした様子だったが、よく見ると舵輪を握っていたらしい航海士は胸元を撃ち抜かれた状態で床に倒れていて、身体の周りには流れ出した血で小さな水たまりが出来ている……そして航海士の代わりに大口径のピストルを握ったストーンウッドが、片手で舵輪を握っている…


017「……大人しく両手をあげていただきますわ、サー・パーシバル」

ストーンウッド「これはこれは、レディ・バーラム。まだいらっしゃったとは驚きだ…しかし、そろそろこの舞台も幕にしてはいかがだね?」

017「それは同感ですが、まだアンコールが済んでおりませんの♪ ……まずはその「大砲」を床に置いて、それからゆっくりと舵輪から離れて下さいまし…それとムッシュウ、あなたが代わりに舵輪を握っていて下さいな」…抵抗したり、こっそり針路を変えたりといった機転を働かせる余裕のなさそうな、一番おびえた様子のフランス人船員に声をかけた…

ストーンウッド「…よかろう」舵輪を離すと、床に.500口径の中折れ式ピストルを置いた…

船員「マ、マドモアゼル…舵輪を変わりました……」

017「結構ですわ……さて、サー・パーシバルにはまだいくつか尋ねなければならないことがございますの…お答えいただけるかしら?」

ストーンウッド「それは質問の内容によりけりだな…私の資産だったら知らんよ。数え切れないほどあるのでね」

017「うらやましい限りですわね……でも、そうではありませんわ」

ストーンウッド「そうかね、まぁ何なりと聞くがいい」

017「ええ、では一つ目に…研究資料の写しはどこにありますの?」

ストーンウッド「研究資料の写し?」

017「ええ、いかにも……とぼけてもらっては困りますわ」そう言いつつも、017の鋭い観察眼にはストーンウッドが嘘をついていないように見えた…

ストーンウッド「…写しなどない。余計な写しなど作って、それが他人の手に渡ったり欲を出した召し使いの誰かに盗まれたりした日には、計画がフイになってしまうからな」

017「なるほど……それでは二つ目ですわ」

ストーンウッド「ああ」

017「…今回のあなたの「計画」ですが、どこの国がどの程度関与しておりますの?」

ストーンウッド「ふむ、そのことか……この飛行船を見ても分かる通り、フランスの手は少々借りた」

017「他には?」

ストーンウッド「いや、それだけだ」

017「あら…嘘が下手でいらっしゃいますわね、サー・パーシバル?」自尊心が強いストーンウッドに対し、まるで「お一人では鼻もかめないでしょう?」と言わんばかりの皮肉な調子であざけった…

ストーンウッド「嘘なものか! この計画は私が考えてここまでこぎ着けたのだ、フランスのカエル共やぶしつけな新大陸(アメリカ)の連中などに、こんなアイデアが出せるわけがない!」

017「…なるほど」

ストーンウッド「失礼、少々取り乱してしまったな……他にまだ聞きたいことはあるのかね?」

017「ええ…研究資料を運んでいたエージェントはどうなさいました?」

ストーンウッド「あぁ、あの男か……それが、情報を聞き出そうとしたがあまりにも頑固に抵抗するものだからな…シンに片付けさせてしまったよ……もう一人私の身辺を嗅ぎ回っていたネズミもいたが、それも同じだ」

017「そう」

ストーンウッド「……それだけかね?」

017「ええ…それを聞いて安心いたしましたわ♪」

ストーンウッド「ほう?」

017「…おかげで何の良心の呵責もなく、あなたを撃つことが出来ますもの」そう言うと腕を真っ直ぐに伸ばして、カチリとウェブリーの撃鉄を起こした…

シン「…うぉ…っ!」

017「くっ…!」


…胸に銃弾を受けた瀕死の状態で、最後の力を振り絞って這いずってきたシンが後ろから飛びかかった……銃を持つ手を掴まれ、揉み合いになるシンと017……一発目の銃弾はそれて床板を撃ち抜き、二発目は横手の伝声管を貫き、甲高い音を立てた…


017「…っ!」いくら体力に優れたシンとはいえ、多くの血を失っていては勝てるはずもない…017は腕を振り払うと、シンの胸元に二発の銃弾を撃ち込んだ…

シン「かは……っ!」

017「はぁ、はぁ…っ……」

ストーンウッド「……動かないでもらおうか、レディ・バーラム」

017「…っ」

…シンと格闘している間に、エリスを捕まえて盾にとったストーンウッド……右手には拾い直したピストルを持ち、左腕はエリスの白い首に回している…

ストーンウッド「さて、今度は君の番だ……レディ・カータレットに無事でいて欲しいのなら、下手な真似はしない方がいい…さぁ、ピストルを置きたまえ」

017「……それで、どうするおつもりですの?」

ストーンウッド「先ほども言ったが、そろそろこの舞台も幕にしなければな…となれば、君にはご退場を願おう。幸いここは空の上だ、不幸な墜落事故も往々にして起きる……さあ、デッキに向かいたまえ」

017「ええ、ちょうど外の空気が吸いたいところでしたの…」

…飛行船・船橋外側通廊…

ストーンウッド「何か言い残したことはあるかね?」

017「ええ……さきほどの紅茶はあまり美味しくありませんでしたわ」

ストーンウッド「ふん…」

017「……それにしても、この冷たい風が何とも心地よいですわね」船橋の通廊はゴンドラの首尾線(前後)にたいして真横に伸びて左右両舷のどちらからも通れるようになっていて、017はその右舷側を背に立っている……

ストーンウッド「ふむ……さて、これでお別れだ」自信たっぷりに銃の撃鉄を起こしたストーンウッド

エリス「…っ!」そろそろと手を動かすと、隠していた「ル・プロテクター」ピストルをストーンウッドの手に押しつけて引き金を握りこんだエリス…いくら小さな「ル・プロテクター」とはいえ曲がりなりにもピストルであり、その銃弾はストーンウッドの手のひらを撃ち抜いた…

ストーンウッド「うぐ…っ!」痛みでピストルを取り落とし、思わずエリスを押さえていた腕を放して右手を押さえた…

017「やぁぁ…っ!」その一瞬の隙を逃さず、日傘の石突きに仕込まれていた刃を出して甲板を蹴ってストーンウッドのふところに飛び込むと、胸元に必殺の突きを入れた……

ストーンウッド「…ぐぅっ!」胸元に突き立てられた日傘をかきむしり、よろよろと後ずさる…そのまま左舷デッキの手すりに背中をあずけていたが、ふらりと後ろにもんどり打った…

017「………」デッキから下をのぞく017…

ストーンウッド「…た、頼む…助けてくれ……」ゴンドラの強度を高めるリブ(張り出し)に指をかけ、かすれた声で言った…

017「きっとあなたが始末させたエージェントもそう言っていたと思いますわ……でしたら、平等にしなければいけませんわね?」そう言うとつま先でゆっくりと指を踏みつけた……

ストーンウッド「……うわぁぁ…っ!」

017「…」次第に小さくなりながら雲間に消えていくストーンウッドを見送った…

エリス「…ジェーン様、ご無事でいらっしゃいますか?」

017「ええ…エリスの機転のおかげで助かりましたわ♪」

エリス「あぁ、よかった……」そのままふらりと気を失いそうになるエリス…

017「…あら」さっと背中を支えて抱き寄せた…

エリス「ありがとうございます……それにしても、ジェーン様の日傘にはいろんな機能が隠されておりますのね…?」

017「ふふ、そうですわね……残念ながら鳩もバラも入ってはおりませんけれど、毒が塗られた鋭い刃は入っておりましたわ…お気に召したお方は、どうかご喝采のほどを♪」冗談めかして見世物の口上を真似ると、軽く膝を曲げて礼をした…

エリス「もう、ジェーン様ったら…」

017「ふふ…♪」

…まだ続きはありますが、今日は一旦ここで止めます…


そういえばショーン・コネリーが亡くなったそうで、SISの長官もお悔やみを述べておりましたね…「007」はスパイ物としては軽薄に過ぎるという意見もあるかもしれませんが、彼と原作者のイアン・フレミング(実際にフレミングも元情報部員だったとか)が世界で情報部員という職業を有名に(…有名にしてもらっては困るかもしれませんが)したことは間違いないと思います……個人的には「ワルサーPPK」と、あの斜め上を見上げるような笑い方が印象的でした…

017「ふふふ…っと、あら……」

エリス「…どうかなさいましたの、ジェーン様?」

017「ええ、どうやら些細な問題が二つほど起きたようですわ…」

エリス「あの…「些細な問題」と、申しますと?」

017「……上をご覧なさいまし、エリス」

エリス「上…?」そう言って小首をかしげ、それからおもむろに気嚢を見上げたエリス……と、さっきまでは目一杯膨らんでいたはずの気嚢が少ししわを帯び始めている…

エリス「あの、ジェーン様…もしかして……」

017「ええ…先ほどの撃ち合いで気嚢のどこかに穴が空いてしまったようですわね。まだしばらくは持つでしょうけれど、そのうちに耐えきれなくなって、イカロスのようになってしまいますわ」

(※イカロス…ギリシャ神話。幽閉されていた島から脱出するべく、鳥の羽を集め蝋で固めた翼を付けて空を飛んだが、飛べることに夢中になったイカロスは翼を作った父の注意を忘れて太陽に向かって飛び、その熱で蝋が溶けて墜落してしまった)

エリス「それで、もう一つの「些細な問題」とは何でしょう…?」

017「わたくしたちが見聞きしたことをお茶会の話題にして欲しくないらしい、フランス人の乗務員たちが大挙してこちらにやって来ますわ」

高級船員「…何としてもあの二人を逃がすな!」

船員C「前部左舷のデッキだぞ!」

船員D「こっちだ、早く!」号令やデッキの上を駆ける足音が次第に近寄ってくる…

エリス「でも……どういたしましょう?」

017「そうですわね…今から一等船室の乗船券を買う訳にもいかないようですし、上等なもてなしにも期待できそうにありませんから……仕方ありませんわ。短い空の船旅になってしまいましたけれど、おとなしく飛行船を降りるといたしましょうか♪」

エリス「お、降りるとおっしゃられても…ここは少なくとも千フィートはある空の上ですわ!」

017「ええ…でも、ちゃんと備えがありますもの♪」隔壁に設置されているロッカーには、フランス語で「非常用落下傘」とある…

エリス「…でも、わたくしたちは二人ですし、このロッカーには一人分しか……」

017「これは頑強な殿方が使っても大丈夫なように作られておりますし、エリスは羽根のように軽いのですから問題ありませんわ♪」

エリス「そ、そんなことをおっしゃられても…」

船員E「いたぞっ!」バン…ッ!

017「…どのみち選択肢はそう多くありませんし、考えている時間もあまりありませんわ……ドーヴァー海峡の上に出てから飛び降りたのでは、二人ともオフェーリアの真似事をすることになってしまいますもの」パン、パン…ッ!

(※オフェーリア…オフィーリアとも。シェークスピアの戯曲「ハムレット」に出てくる王女。仇敵を油断させて復讐を行うため狂気を装った婚約者「ハムレット王子」の演技を信じてしまったために錯乱してしまい、川に落ちて亡くなる。水面に浮かんだ美しい顔と、そこから広がっている長い髪といった姿で描かれる)

船員E「うぅ…っ!」

エリス「…」

017「それにわたくしの日傘に落下傘の機能があれば良かったのですけれど、あいにくと付け忘れてしまいましたの……さ、お心は決まりまして?」パンッ、パァン…ッ!

船員F「ぐわぁ…っ!」

エリス「……わ、分かりましたわ」

017「では、落下傘を身に付けるといたしましょう……帯を通さなければなりませんから、身体を寄せて下さいまし…ね♪」パラシュートのハーネスを通しながら、向かい合わせになってくっついているエリスをぎゅっと抱きしめる…

エリス「……もう、こんな時まで///」

017「ふふ……さ、準備はよろしいかしら?」

エリス「はい…!」

017「結構なお返事ですわ……それでは短いですけれど、優雅な遊覧飛行と参りましょう♪」エリスを抱きかかえつつ、デッキの手すりから飛び降りた…



017「……まるで隼にでもなった気分ですわね!」


…飛行船から青い空に飛び出すと、たちまち冷たい風がごうごうと吹き付けてきて髪が巻き上がり、ドレスの裾や袖がバタバタとはためいた……そしてモザイク画のようだった緑や土色の模様が、次第に畑や草原、荒れ地や湿地と見分けられるようになってきた…


エリス「ジェーン様、早く落下傘を…!」

017「ええ…ですがもう少しだけ待って下さいまし……ね!」風の音に負けないよう、お互いに耳元で声を張り上げている…

エリス「どうしてですの…!」

017「…ここで開傘したらいい的になってしまうからですわ!」すでに小さくなり始めた飛行船のデッキには船員や乗務員たちが鈴なりになって、しきりにライフルやピストルを撃っている…

エリス「ですが、このままでは地面にぶつかってしまいます…!」

017「心配は要りませんわ、そろそろ開きますから…!」


…エリスをかばい、また背中のパラシュートが開けるようにうつ伏せの姿勢で上側になっている017……首をねじって飛行船の方を見ると、すでに飛行船とは百ヤードばかり離れていて、もう素人のフランス人船員たちではライフルを使っても当てられないほど距離が開いたことを確認した……それから落ちていく先に一つのちぎれ雲があることを見定めると、パラシュートの開傘索を引っ張った…


エリス「…っ!」

017「ふぅ……無事に開いてくれましたわね。ブランシャールには感謝しませんと♪」(※ジャン・ピエール・フランソワ・ブランシャール…フランス人の自称「科学者」で冒険飛行家。それまで数百年間の間試行錯誤が繰り返されてきたパラシュートの歴史の中で、初めて丸形のパラシュートで降下に成功した)

エリス「……はぁぁ、息が止まりそうでしたわ…」

017「大丈夫、わたくしが付いておりますもの……♪」そう言うと唇を重ねた…

エリス「あっ、ん……///」

017「ふふ…」

エリス「……あの、ジェーン様…」

017「なんでしょう?」

エリス「その……実は、わたくし…」

017「ええ…」

エリス「あぁ、その…申し上げにくい事なのですけれど……」

017「構いませんわ」

エリス「はい……実は、わたくし…ジェーン様のことを……お慕い申し上げているのです…///」

017「……それは、つまり…」

エリス「そうなのです……わたくし、ジェーン様と婚姻を執り行って「婦妻」として結ばれたい…そんな……そんな、叶わぬ気持ちを抱いてしまったのですわ!」

017「……エリス」

エリス「…おかしいでしょう? わたくしたちは共に女性で…たとえ愛し合っていたとしても、主の前で婚姻を結ぶことはまかりならぬこと…けれども……んっ!?」

017「んっ、ちゅぅ……♪」

エリス「んんっ、んぅ…っ!?」

017「ぷは……エリス」

エリス「ジェーン様…?」

017「エリス…貴女との愛の前にいかほどの障害があろうとも、わたくしはそれを乗り越えてみせますわ……ただし、時折の浮気は許して下さいまし…ね♪」

エリス「も、もうっ……わたくしが真剣に申しておりますのに…///」

017「……分かっておりますわ。こうして冗談めかしていないと、わたくしも嬉しさのあまりどうにかなってしまいそうなのですもの……♪」

エリス「ジェーン様…///」

017「ふふふ……飛行船の上で婚約した酔狂な方はこれまで数人おりましたけれど、文字通り空中で婚約したのは、きっとわたくしたちが最初ですわね♪」

エリス「はい…♪」

017「…そろそろ地面に着きますけれど、他に空中でしておきたいことがあるなら今のうちですわよ……エリス♪」

エリス「…それなら……んっ///」ちゅぅ…♪

017「ん♪」

…地上…

農夫「……ふー」新しい干し草ならではの香りを嗅ぎつつ地面に干し草用のフォークを突き立てると、手の甲で額の汗を拭う…

農夫「今日はいい天気でなによりだ…これなら干し草もよく乾くことだろうて……」そう独りごちて空を見上げた瞬間、ポカンと口を開けて固まった…

農夫「なんだぁ、ありゃ…!?」ふわふわと漂っていくパラシュートの落下先を目指して走り始めた……

………



017「……さ、しっかりつかまっていて下さいましね♪」

エリス「は、はい…!」

017「…それでは到着ですわ…と!」緩やかな斜面に降り立った二人はパラシュートの行き足が止まるまで、後ろから押されるような形で駆け下りた……ようやく勢いが収まると今度は畳まれた布団のようになったパラシュートに後ろから引っ張られ、地面に転がった…

エリス「はぁ…はぁ……」

017「ふぅ……なんとこの大地の固きこと。まさに「地に足を付けた」ですわね♪」

エリス「ジェーン様、それよりもこの紐を解いて下さいまし……///」

017「ええ……もっとも、そうして落下傘の絹布に包まれているエリスを見ると、そのまま情を交わしたくなってしまいますわ…♪」にっこりと笑みを浮かべ、紐が絡まってまごついているエリスの頬を撫でた…

エリス「い、いけませんわ…///」

017「ええ、分かっております…さ、いま解いて差し上げますわ♪」

エリス「……ふぅぅ…まるでローストビーフになった気分でした」

017「まぁ、ふふ……もしエリスがローストビーフなら、きっと世界で一番美味しいローストビーフですわね♪」

エリス「もう、お上手なのですから…///」

017「……ふふ♪」と、柔らかな草の斜面で息を切らしつつ駆け寄ってくる農夫の姿が見えた……

017「あら…誰かやって来ましたわ」サー・パーシバルが転がり落ちる前に胸元から引き抜いた日傘を改めて差し直すと、裾の土を払って格好を整えた…

農夫「……ぜー…はー……ご婦人方は……ふー…一体どこからやって来なすったんだね…?」二人の近くまで来ると肩で息をしながら、やっとの事で声を出した……

017「ダンデライオン(タンポポ)の綿毛のごとくふわふわと、空の上から参りましたわ♪」

農夫「いや、そりゃあそうかもしれんけど……」

017「ふふ……それでは良い一日を♪」エリスの手を握ると、軽く会釈をして立ち去った…

農夫「へぇ、こりゃどうも……」しわくちゃになったパラシュートの端っこをつまみ上げ、狸に化かされたような顔をしている…

…しばらくして・村の小さな教会…

017「司祭様、今すぐに結婚の儀式を行う準備をお願い致しますわ」

司祭「いや、しかし……女性同士での婚姻など認められるわけが…」カソック(法衣)を羽織った国教会の司祭は、あちこちに裂け目や汚れが付いているドレス姿の二人が突然「結婚の誓約をしたい」と飛び込んできたことに困惑しきっている……

017「……わたくしがしようとしている婚姻が認められないとおっしゃるのなら、トマス・ベケットがどうなったかよく考えることですわ♪」そう言った瞬間には、もう司祭の胸元にウェブリー・リボルバーの銃口が突きつけられている……


(トマス・ベケット…ヘンリー二世の治世でカンタベリー大司教を勤めていた人物。元は国王ヘンリー二世のお気に入りであったが、ヘンリー二世が司教の任命など教会の人事に口出ししようとすると決別。ヘンリーの息のかかった司祭に懲戒を行うなどしたため煙たがられ、最後はヘンリーの密命を受けた四人の騎士によってカンタベリー大聖堂で斬殺された)


司祭「じゃが……」

017「…そうおっしゃらずに、司祭様。国教会はヘンリー八世が離婚したいがために作った宗派ではありませんか。今さら結婚の一つや二つでおどおどすることなどありませんわ」


(※ヘンリー八世…いわゆる「バラ戦争」の後でプランタジネット朝の王位が落ち着かなかったので「女子の跡継ぎでは心もとない」と考えたヘンリー八世はなかなか子供の出来ない王妃と離婚しようとしたが、ローマ・カトリックでは離婚が認められていないことから教会に否定された。これに対してヘンリー八世は英国国教会を立ち上げてカトリックと分裂した…教義などはカトリックとプロテスタントの中間にある)


司祭「そう言われても…」

017「大丈夫ですわ。もし神が認めないとしても、わたくしたちの上に罰が下るだけのことですもの…さぁ、早く支度を」

司祭「……分かったから、神の家ではその物騒な物をしまってくれんか」

017「ええ……まさに「求めよ、さらば与えられん」ですわね♪」司祭が聖具室に道具を取りに行くのを見て、017はにっこりした…

エリス「でも、こんなことをしてもよろしいのですか…?」

017「国教会の地上における最高権威は女王陛下ですから…もし必要ならバッキンガム宮殿でもどこでも訴えに行きますわ」

エリス「……ジェーン様///」

017「ふふ…エリスと結ばれるためですもの♪」

…しばらくして…

司祭「……汝は永遠の愛を誓い、健やかなるときも病めるときも、富める時も貧しき時も、喜びの時も悲しみの時も共に分かち合い、死が二人を分かつまで、エリス・カータレットを愛することを誓いますか?」

017「…誓います」

司祭「新婦、レディ・エリス・カータレット…汝…汝は……」

017「……わたくしも『新婦』でお願い致しますわ、司祭様…♪」女性二人の結婚式を執り行うのは初めてらしく、言葉に詰まる司祭……とっさに小声で助け船を出す017…

司祭「……汝は新婦、レディ・ジェーン・バーラムを愛し慈しみ、よく貞節を守り、支え助ける事を誓いますか?」

エリス「誓いますわ…///」

司祭「…では、誓いのキスを……」

017「……んっ♪」

エリス「ん…///」

017「ふふ……こうしていると、いつもの口づけとはまた違った気分が致しますわね♪」

エリス「…はい///」

司祭「それでは、誓いの指環を…」

017「ええ……エリス♪」

…非常時の活動資金として……また味方の援助を求める時の印として「見るべき人物」が見れば分かるよう、内側にアルファベットと数字でコードが彫り込まれている王国情報部員用の金の指環……017はそれを二つ持っていたが、そのうちの片方をエリスのふっくらした指に通す……指環はまるで誂えたかのようにぴったりで、するりと指にはまった…

エリス「まぁ…ジェーン様ったらいつの間に……?」

017「こんなこともあろうかと用意しておいたのですわ……さ、わたくしの指にも♪」

エリス「はい…♪」

司祭「……二人に主のお恵みがありますことを」

017「感謝致しますわ、司祭様…♪」

………



017「…さぁ、それではロンドンに帰りましょう♪」

エリス「それはまた……ずいぶんとせわしないですわね?」

017「ふふ、だって早くお役所に結婚の証明書を発行してもらいたいのですもの…四頭立ての馬車を借りて飛ばせば、数時間でロンドンまで着きますわ」

エリス「それはそうですけれど…」

017「……ロンドンに着いて用事を済ませたらリージェント公園に行って、中にある「ロンドン動物園」で珍しいアフリカの動物でも見て…それから「ゴールデン・ライオン」でアフタヌーン・ティーでも頂きましょう♪」


(※ゴールデン・ライオン…紅茶の老舗「トワイニング」が経営しているコーヒーハウス(ティールーム)。当時のコーヒーハウスはたいてい男性しか入れなかったが、ゴールデン・ライオンは女性でも入れたことから人気を博した)


エリス「ふふ、ジェーン様ったら……わたくし、そんなに盛りだくさんの予定を立てられては疲れてしまいます♪」

017「…だって、エリスと結ばれて最初に過ごす一日ですもの。時間などいくらあっても足りませんわ♪」

エリス「まぁ…///」

…数時間後・ロンドン…

017「…エリス、楽しんでおります?」

エリス「はい、ジェーン様///」

017「ふふっ、それは何よりですわ…」と、道端で大声を張り上げている新聞売りと、それを取り巻いている十数人の野次馬が目に入った…

エリス「あら…号外のようですけれど、いったい何でしょう?」

017「気になるとおっしゃるのなら、見に行ってみましょうか♪」

新聞売り「……号外だよ!号外号外!フランスの飛行船がドーヴァーの近くで墜落したよ!」

017「…もし、新聞売りさん。わたくしにも一枚下さいな」

新聞売り「へい、毎度っ! …号外号外っ!」

017「……さて、と…「フランス籍の大型飛行船、ドーヴァー近郊で墜落…我が国の植民地転覆をもくろむフランスによる秘密工作か!?」…ふふ、わたくしたちの大活躍が載っておりますわね♪」エリスの手を取るとベンチに腰かけ、まだインクも乾いていないような「出来たて」の号外を広げた…

エリス「ジェーン様、読んで下さいまし」


017「ええ……「本日の昼ごろ、フランス船籍の長距離大型飛行船『アンリ・ジファール号』がドーヴァー近郊に墜落した。乗員はいずれも直前に脱出して無事だったが、同船の船客であった百万長者のサー・パーシバル・ストーンウッド氏が墜死した模様。また、同船から数百挺にも上る小銃やピストルが発見されたとの情報があり、同時に正体不詳の貴婦人が飛行船の墜落に関与しているとの証言もあることから、一部にはフランスによる秘密工作を阻止すべく行われた、わがアルビオン王国の対情報活動によるものではないかという意見もある…」だそうですわ」


エリス「…あれが今日のことだなんて、まだ信じられませんわ」

017「ええ……次は「高架鉄道」の汽車に乗って、ロンドン市街を見下ろしてみると致しましょう♪」

エリス「はい」

…夕刻・ロンドンの壁の近く…

017「ふふ、なかなかの眺めでしたわね…♪」


…二人が汽車を降りた頃にはすっかり日が傾き、ロンドンの街は夕暮れに染まっている……そして二人が降りた「壁」の近くは、壁の陰になっていて薄暗い……そしてどういうわけか、さきほどから口数が少ないエリス…


エリス「……ジェーン様」しばらく黙って指を絡めて歩いていたが、ふと足を止めると意を決したように呼びかけた……

017「ええ、何でしょう?」

エリス「わたくし…ジェーン様に謝らなくてはならないことがございますの……」

017「…と、申しますと?」

エリス「……それは……こういうことですわ」先ほどまでポーチを持っていたふっくらした手に、いつの間にか小さなウェブリー・リボルバーが握られている……銃口は017の胸元に向けられていて、微動だにしない…

017「エリス…」

エリス「ジェーン様……その、実はわたくし…わたくしはアルビオン共和国情報部の情報部員で、サー・パーシバルが盗んだ「高純度ケイバーライト」の資料を手に入れるよう命令されたのですわ……」

017「…そう」

エリス「はい…ジェーン様とお近づきになったのも、最初は華やかなレディを目くらましに使う…ただそれだけのつもりだったのですわ…けれど、そのうちにジェーン様が王国の情報部員であることが分かって……」

017「ええ」

エリス「…本来ならその時点で慎重に離れて関係を絶つべきだったのですけれど…もうそのころにはジェーン様の事を愛おしく思い始めてしまって……」

017「わたくしもですわ、エリス…」

エリス「…本当はわたくしだって、こんなことはしたくありませんわ…でも……でも、これがわたくしの任務なのです……!」

017「ええ、よく分かりますわ……お互い、情報部員ですもの…ね?」

エリス「うぅ…っ……」頬に涙をこぼしながら、ピストルを突きつけているエリス…

017「…涙を拭いなさいな、エリス……可愛らしい顔がそれでは台無しですわ」ハンカチを取り出し、そっと涙を拭う……

エリス「ジェーン様……わたくしは研究資料を持って「壁」を越えなければなりません…ですが、一つだけジェーン様に知っておいて欲しいことがありますの……」

017「ええ、何でしょう?」

エリス「わたくし……わたくしのジェーン様への恋慕の情…これだけは、嘘やカバーストーリーではなく、一人の女性としての本当の気持ちですわ……それだけは…信じて下さいまし…」

017「…もちろん、信じておりますわ」

エリス「ジェーン様……信じて下さいますの?」

017「ええ。だって、もしわたくしのことを何とも思っていないのなら、ただ銃弾を撃ち込んで資料を取り上げればいいだけですもの♪」

エリス「ジェーン様……」

017「ね…そうでしょう?」

エリス「ふふ、いつもジェーン様には驚かされますわ…ところでジェーン様、もう一つだけ……わたくしのわがままを聞いて頂けますでしょうか?」

017「ええ、何なりと♪」

エリス「…では、その……ジェーン様の本名を教えて頂きたいのですけれど…///」

017「あら…わたくしの「本名」など、月ごとに変わる舞台の演目のようなものですわ♪」

エリス「ですから…つまり、ジェーン様がお生まれになった時に授かった名前と言うことですわ……」

017「ふふ、分かりましたわ…」優雅に腰をかがめて斜め上を見上げるような視線をエリスに向けると、にっこりと笑みを浮かべた…

017「……わたくしはブラウン。ジョアンナ・ブラウンと申します♪」

エリス「ジョアンナ・ブラウン…と言うことは、わたくしはミセス・ブラウンになったのですわね///」

017「ええ♪」

エリス「とても嬉しいですわ……でも、もう離ればなれになってしまうなんて……」

017「大丈夫ですわ…壁があろうと、いつかまた一緒になれますもの……たとえこのチェスゲームでどちらが勝つにしても…ね♪」

エリス「ジョアンナ様……」

017「エリス…さぁ、これをお持ちになって」そう言って一枚の立派な紙を懐から取り出すと、エリスに差し出した…

エリス「…これは?」

017「女王陛下のサインが入った委任状ですわ…これを持っていれば国境の検問所であろうと何だろうと、難なく通り抜けることが出来ますわ」

エリス「ですが…」

017「ふふ…構いませんわ、飛行船のどさくさで無くしたことにすればいいだけですもの。それに女王陛下の委任状なら、結婚式にふさわしい引き出物になりますもの…ね♪」

エリス「ジョアンナ様…///」

017「さぁ、早く……陸軍情報部が嗅ぎつけて国境を封鎖する前に出国しませんと」

エリス「はい……それでは、ジョアンナ様…」

017「ええ…また会えるときを楽しみにしておりますわ」エリスの背中に腕を回して抱き寄せ、唇に長い口づけをすると「壁」の国境検問所に向かって歩き去って行くエリスを見送った……

………


…西ロンドン・共和国情報部…

共和国情報部職員「部長、ハイドランジア(アジサイ)が帰還しました」

共和国情報部長「ほう……それで、成果は?」

職員「はい、無事に入手したそうです」

部長「それは素晴らしいな…ぜひ直接報告を聞きたい、ここに呼んでくれ」

職員「分かりました」

…数分後…

部長「……ご苦労だったな」

…一緒にいると安心できるような気持ちのいい性格をしていて、どこにでもやんわりと溶け込み、そしてぽろりと相手に本音を言わせてしまう「人たらし」のエリスは、土壌に合わせて色が変わるというアジサイになぞらえて「ハイドランジア」と名付けられていた…

エリス「いえ、偶然に助けられただけですわ」

部長「君にその「偶然」をモノに出来る腕があったからこそだ…今回の成功は共和国の諜報史上で一番の金星と言えるだろう……「ボランジェ」のヴィンテージ物だ、祝杯にはふさわしいだろう?」ラベルを見せると、情報部長が自ら栓を抜いてグラスに注いだ…

(※ボランジェ…高級シャンパン銘柄の一つ。「ヴーヴ・クリコ」や「クリュッグ」よりもさらに格式が高く、創業当時からの作り方を守り続けている。英国王室御用達)

エリス「ありがとうございます」

部長「……では、早速見せてもらおうか」

エリス「はい、これですわ」

部長「うむ…」封筒から書類を取り出すとさっと読み通して眉をひそめ、それから苦笑いを浮かべた…

エリス「……あの、何か?」

部長「ああ、実に素晴らしい情報だが……私の求めていた物とは少し違うようだ」

エリス「え…?」

部長「…見てみたまえ」

エリス「あっ…!?」手中に収めていたはずの「研究資料」は封筒こそ同じだったが、いつの間にか全く違う書類にすり替えられていた…

部長「……封筒の中には君の結婚証明書と、相手からのメッセージが入っていた」

エリス「その、これは…」

部長「…どうやら今回は向こうの方が一枚上手だったようだな……ミセス・ブラウン?」

エリス「も、申し訳ありません///」

部長「ふ…まぁ飲みたまえ。 …結婚おめでとう」

エリス「は、はい…」

部長「しかし王国にはやられたな。この「ガーデン」で最高のエージェントである君の正体が割られるとは…まぁ、向こうも一番のエージェントをこちらに知られたのだから「おあいこ」と言った所か……」

エリス「ええ…」

部長「しかしこうなっては、二度と君を「壁」の向こうに送り込む事は出来んな」

エリス「はい」

部長「…どうだろう、これからは後進の育成に力を貸してくれないか……王国に送り込む「プラント」はいくらあっても足りない。その訓練を君が手伝ってくれるなら非常に助かるのだが…」(※プラント…「エージェント」や「回し者」の意。相手方に「植え込む」ことから)

エリス「そうですね……少し考えさせて下さいますか?」

部長「もちろんだとも」

………



…同じ頃・王国情報部…

王国情報部長「良く戻ったな、017……それで、結果は?」

017「ええ、この通り…ですわ♪」チャーミングな笑みを浮かべると、エリスを抱きしめた瞬間にすり替えた「高純度ケイバーライト」の研究資料とサンプルの小瓶を置いた…

部長「結構だ……それと「ファントム」の始末についても聞いた。ご苦労だった」

017「ええ」

部長「…しかしだ、017」

017「何でしょうか?」

部長「ああ……一体これはどういうわけだ?」ぽんっ…と机の上に投げ出した数種類の新聞には「フランスの飛行船墜落とインド植民地に関わる謀略」についての根も葉もない噂から、かなり真実に近いところを突いている物まで、様々な見出しが踊っている…


部長「…「フランス、我が国のインド出身者をそそのかして武装蜂起を目論む!?」「大陸の謀略!百万長者サー・パーシバル・ストーンウッドの謎の墜死と関係か!?」「フランスの野望を打ち砕いたのは美貌の貴婦人エージェント?」……私は君に自分の宣伝をしてくれと頼んだつもりはないぞ、017」

017「わたくしもフリート街の記者たちに「美貌のエージェント」と書いてくれとは頼みませんでしたわ♪」

部長「まったく……おまけに君ときたら女王陛下の信任状まで無くしたきた……あんな物が共和国の手に渡ったらそれこそ大変なことになる。すぐ王室に奏上して書式も紙も変えてもらわなくてはならん」

017「大変ですわね♪」

部長「誰のせいだと思っている……ふぅ、君が王国と世界の均衡を救ったことは事実だ。しかしこうまで派手に書き立てられては、これ以上君を工作で使うことは出来ん」

017「まぁ…それでは引退ですか?」

部長「そういうことになる…まったく何が「王国情報部の『紅はこべ』」だ……どこか田舎にでも君の好みそうな邸宅を用意するからさっさと引っ込んで、これ以上頭痛の種を増やさないでくれ」

017「ええ♪」

………



ドロシー「…ってな訳で、そののち二人は平和に暮らしましたとさ……めでたしめでたし、ってな♪」

プリンセス「そのようなことが本当にあったのですね…」

ドロシー「ああ。もっとも真実は本人たちしか知らないし、たいていは風の噂だが……まぁ同業者どうしが「お近づきになる」って言うのは結構ある事なのさ」

アンジェ「ええ、そうね」

ドロシー「ま、無理解な同国人よりも敵国の同業者の方が馴れ合いやすいってことだな……もっとも、それも度を過ぎると首を無くすことになるから適度に…だが」

ベアトリス「なるほど…」

ドロシー「さぁて、長話もこの辺にしておくか……それじゃあな」

…同じ頃・共和国エージェント訓練施設「ファーム」…

パープル「…失礼します、ミセス・ブラウン♪」

ブラウン「あらあら、ミス・パープル……いらっしゃい、お紅茶でも淹れましょうか?」

パープル「ありがとうございます…いまは何を?」

ブラウン「ええ、ちょうど部屋の片付けをね……懐かしい物が色々と出てきたわ」

パープル「そうでしたか…」

ブラウン「ええ…十数年前のわたくしの、華やかで甘美な一幕の……ね♪」

…額縁に入れて壁に掛けてある立派な免状には、「この書状を持つ者は王国のために行動するものであり……」と麗々しく書かれ、アルビオン王国女王の印章とサインが入っている…それを見上げながら、左手の薬指にはめた金の指環を愛おしげに撫でたミセス・ブラウン…

…その日の夜・プリンセスの部屋…

プリンセス「…ねぇ、アンジェ?」

アンジェ「なにかしら、プリンセス?」

プリンセス「ドロシーさんのお話だけれど…本当なのかしら?」

アンジェ「ええ、少なくとも知っている限りでは」

プリンセス「そう…だとしたら、わたくしはなおのこと頑張って、あの「壁」を無くすようにしないといけないわね」

アンジェ「そうかもしれない……だけど壁があろうと無かろうと、相手を想っている事実というのは変わらないわ」

プリンセス「シャーロット…///」

アンジェ「……明日もあるし、もう寝るわ///」

…すっかり長くなってしまいましたが、これでこのエピソードは完了です。以前のリクエストにお答えして「007」的な場面やニュアンスも随所に盛り込んでみました…


…王国のエージェント「017」はもちろん007のもじりで「ジョアンナ・ブラウン」という名前もイニシャルが「J・B」となることと、以前「ファーム」の教官として出てきた「ミセス・ブラウン」に活躍していただくため温めていたアイデアでした……無事に使うことが出来て良かったです…

まずはコメントありがとうございます。劇場版はとても楽しみなので、コロナが再拡大してまた延期にならないよう祈っているのですが……とりあえず、このssで劇場版公開までの「つなぎ」として読んでいただければ幸いです

caseドロシー×アンジェ「The spirits of Ireland」(アイルランドの魂)


…数十年前・アイルランド…

地主代理「…どうやら今年は徴収量を大きく下回っているようだな」寒々とした畑を前に、馬から下りることもせず傲慢な態度でふんぞり返っているのは、土地の所有者でありながらアイルランドに来たこともないアルビオン貴族の代行をしている年貢の取り立て人……

農夫「何しろ今年は寒波がひどくて…」

地主代理「お前たちアイルランド人ときたら、毎年のようにそう言っているな」

農夫「……それと、うちで食べるジャガイモは病気で軒並み全滅してしまって…少しでもいいですから、地主様に収める分から小麦を分けてはもらえないでしょうか…」

地主代理「馬鹿を言うな、輸出するための小麦を貴様らアイルランド人共に食わせるだと!?」

農夫「ですが、このままじゃうちの子供たちが飢えて死んじまいます…!」

地主代理「うるさい! 言い訳など聞きたくない、収める物を収めないというなら無理矢理にでも集めるだけだ!」

農夫の妻「どうか、どうかお願いです…!」

地主代理「えぇい、どけ…!」

子供「……うちのおっかあに何するんだ!」

地主代理「このっ、くそ餓鬼が…っ!」目一杯振られた乗馬鞭が飛びついた子供の頬を斬り裂き、たらりと血が垂れた…

農夫の妻「あぁっ!」

地主代理「…いいか、今度来るときまでに必ず規定の量を用意しておくんだぞ!」捨て台詞を残すと、護衛の二人を連れて駆けていった…

子供「…今に見てろよ、大きくなったらきっと……」傷口を手の甲で拭うと、馬が去って行った方をにらみつけた…

………



…ロンドン・ハイドパーク…

ドロシー「…それで、今回の任務は?」

L「いまから説明するが……事態は少々込み入っているのだ」

ドロシー「というと?」

L「……今度ロンドン市街で行われる閲兵式の事は知っているな?」

ドロシー「ああ…いつも通り、パレードで行進する兵器から新しいやつを観察して報告すればいいのか?」

L「無論それもやってもらうつもりだが……実は、その際に女王を暗殺しようとする計画があるらしい」

ドロシー「へぇ、そりゃあまた…で、一体どこのどいつがそんな事を?」

L「計画しているのはアイルランド人だ」

ドロシー「ははーん、それなら納得だ」

L「…もちろんこちらとしては、王国の終焉と「アルビオン共和国」への統一が最終目標である事は間違いない…しかし我々は諸外国によるアルビオンへの介入や混乱を防ぐべく、速やかな共和国への移行態勢が準備万端整うまでは性急に事を起こしたくはない……ましてや「チェンジリング」のことを考えれば、いま王室をぐらつかせるわけにはいかないのだ」

ドロシー「そりゃそうだな」

L「しかしだ、アイルランド独立派の中には急進的な者たちがいて、そうした連中は後先を考えず、何としてもアルビオン王国の「象徴」である女王を暗殺しようと目論んでいる…我々共和国はアイルランド人たちといくつかの点では近い立場にはあるが、いま事を起こすことは容認できない……」

ドロシー「なるほどな…」

L「…そこで君達には、女王の暗殺を阻止してもらう」

ドロシー「結構だね……だけど疑り深いアイリッシュの独立派連中が、私たちみたいな娘っ子をほいほい入れてくれると思うか?」

L「ふ……むしろ君達だからこそ、だ」

ドロシー「……と言うと?」

L「まず君だ。君の名字はマクビーン……例の「Mc」が付いているだろう」

(※Mc'…アイルランド人の姓に見られるもので「〇〇の子孫」を意味する。代表的な物としてマッカーサー、マクドネル(マクダネル)、マクドナルド、マクレーン等。他に「O'」が付くオハラ、オブライエン、オコンネル等もアイルランド人に多い)

ドロシー「ああ…何しろ私はアイリッシュ系だから」

L「ゲール語も話せたな?」

ドロシー「……まぁな」

L「それが一つ…それに「A」だが、彼女はフランス系で「カエル」の連中はアイルランドを支援したこともある」

ドロシー「……それだけか?」

L「それだけ揃っていれば十分だと思うが」

ドロシー「なるほど…ま、私に言わせれば「空を飛ぶからコウモリは鳥の仲間だ」って言うくらいこじつけ臭いけどな」

L「こじつけだろうが何だろうが、向こうを納得させられる理屈さえ通ればそれで構わん」

ドロシー「分かったよ…それで、連中はどこにいるんだ?」

L「こちらの連絡員によって、首謀者と思われる連中はロンドンデリーに潜伏している事が確認されている……船のチケットは用意してあるから、まずはアイルランドへと渡って連中と接触を図り、計画を探り出せ」

(※ロンドンデリー…アイルランド北部の都市。地元ではただ「デリー」と呼ばれる)

ドロシー「分かった」

L「それと君が指摘したように、ただ「入れてくれ」と言ったところで疑り深い連中が見ず知らずの人間を入れてくれる訳がない……手土産を持って行け」

ドロシー「連中の好きなウィスキーのボトルでも持って行くのか?」

L「いや…彼らの組織に入り込んでいる王国側「モール」の首だ。手土産にもなるし、王国の対アイルランド情報網をつぶす事も出来る…こういう使い道もあると思って今まで泳がせておいたのだが……まさに「一石二鳥」というわけだな」

ドロシー「なるほどな…」

L「ベルファスト行きの船便は今週末にリヴァプールから出港する。それまでにアイルランドに関して予習をしておくといいだろう……学校の試験にも役立つかもしれんぞ?」

ドロシー「…結構な事で」

…寄宿舎・部室…

アンジェ「……壁の東西を問わず、アイルランドは悩みの種ということね」

ドロシー「まぁな…とにかく、まずは連中の間に潜り込まないことにはどうにもならない……幸い学校も長期休暇の時期でお休みだし、ちょっとばかり旅行に出かけたっておかしくはないさ」

アンジェ「確かに……ところでさっきから、一体何をしているの?」

ドロシー「これか?」

アンジェ「ええ」

…アンジェが視線を向けた先にはナイトガウン姿で安楽椅子に座り、グラスを傾けながら読書にいそしんでいるドロシーがいる…

ドロシー「こいつはコントロールから受け取ってきた資料さ…ゲール語版の「トゥアハー・デ・ダナン」でこっちが「ケルト神話集」……何しろ王立図書館でゲール語の本を閲覧しようとすると、身元を調べられるからな」

(※トゥアハー・デ・ダナン…アイルランドの神話・伝説集)

アンジェ「なるほど……で、それは?」

ドロシー「ジェームソンだが」

(※ジェームソン…ジェムソンとも。アイリッシュ・ウィスキーの古い銘柄の一つで、泥炭でいぶした香りが特徴)

アンジェ「ジェームソンなのは分かっているわ…どういうつもりで飲んでいるのか聞いているの」

ドロシー「知れたことさ。仮にもアイルランド系っていうカバー(偽装)で潜り込もうっていうのに、ウィスキーも飲めなきゃ「クランの猛犬」クー・フーリンの物語も知らないって言うんじゃあ怪しまれるからな……何しろアイルランドの連中は詩人でロマンチストだ、神話や伝承ってやつが大好きなのさ」


(※クー・フーリン…ケルトの半人半神の英雄で幼名はセタンタ。王の飼っていた猛犬を誤って殺してしまったため、代わりの犬を育てるという約束で王に仕え、師匠であり「影の国」の女王、さらに予言の能力も持つ女武芸者「スカアハ」から授かった槍「ゲイ・ボルグ」で数々の偉業を成し遂げた……アイルランド人の理想であり非常に人気があったため、独立闘争のシンボルとしてもよく用いられた)


アンジェ「……そうね、貴女を見ればよく分かるわ」

ドロシー「おっしゃってくれるじゃないか…ま、お前さんはアイシッシュを気取るわけじゃないから英語版でいい。ま、寝る前にでも読むんだな」そう言いながら厚手の革表紙の本を渡した…

アンジェ「ええ、そうさせてもらうわ」

ドロシー「後はプリンセスに状況を説明する必要がある……そいつはお前さんがやってくれ」

アンジェ「分かった」

…しばらくして・プリンセスの部屋…

アンジェ「…と言うわけで、しばらくの間こちらを離れる事になったわ」

プリンセス「アンジェ……その「しばらく」と言うのはどのくらいなの?」

アンジェ「それは任務の進捗状況によるから何とも言えない…ただ、閲兵式までには結果を出さなければいけないから、最長でも三ヶ月ね」

プリンセス「そう…」

アンジェ「プリンセス…分かっているとは思うけれど、貴女にはくれぐれも気をつけてもらいたいわ。最近はそれぞれの勢力が自分たちの推す人物を王位につけるべく、王位継承の邪魔になる上位の王位継承権を持つロイヤル・ファミリーを「排除」しようとする……あるいは王室そのものの解体を目論む各地の分離独立派や非エリートたちの動きも活発化していて、情勢はかなり緊張している……当然、貴女が狙われる可能性も充分にある」

プリンセス「ええ、それはよく分かっているわ……わたくしを恨んでいる人や、わたくしがいなくなれば得をする人はたくさんいますものね」

アンジェ「そういうことよ…くれぐれも自重してちょうだい。特に私たちの場合は他よりも「事情が複雑」だから、より一層気をつけなければならないわ」

プリンセス「その通りね」

アンジェ「ええ……それと、できるだけベアトリスを手元から離さないように…まだまだ貴女を守るには心もとないけれど、それでもいないよりはずっといい」

プリンセス「そうね」

アンジェ「もちろん警戒していることを気取られないよう、表向きは普段通りに過ごしてちょうだい……難しいかもしれないけれど、各勢力に私たちのことを勘づかれては困る」

プリンセス「ええ、普段通りに振る舞えるよう頑張るわ」

アンジェ「頑張る必要はないわ……貴女が普段やっている通りにやればいいだけよ」ちゅっ…♪

プリンセス「シャーロット…///」

アンジェ「それじゃあ、準備があるからこれで……///」

…同じ頃・部室…

ドロシー「分かっているとは思うが…私たちがこっちを離れている間、プリンセスを守れるのはお前さんだけだ」

ベアトリス「はい」

ドロシー「もちろんちせは「出来る」し、私たちにも好意的だが、あちらさんの目的が必ずしもこっちの目的と合致するとは限らないし、そうなったら援助を求めるわけにもいかない…最も、今のところは情勢を見極めるべく「静観している」って所だがな」

ベアトリス「ええ…」

ドロシー「なぁに、不必要に固くなるこたぁないさ……だが、できるだけプリンセスの側を離れるな」

ベアトリス「はい、分かっています」

ドロシー「ならいい。とにかくお前さんには「最密着」の警護をしてもらいたい…化粧室だろうが浴室だろうが寝室だろうが、片時も離れないように振る舞え」

ベアトリス「そうします」

ドロシー「頼むぜ?」

ベアトリス「はい」

ドロシー「良い返事だ。これで私も安心して任務にかかれる…ってもんだな。もし時間があったら、何かお土産を買ってきてやるよ♪」わしゃわしゃと頭を撫で回すドロシー…

ベアトリス「も、もうっ…子供じゃないんですから、お土産なんていりませんよ///」

ドロシー「はははっ…♪」


…翌日・在アルビオン王国日本大使館の一室…

堀河公「……アイルランド人による王室を狙った暗殺計画、か…こちらも一応情報は掴んでいたが、そちらの裏付けが取れたのは何よりだ。ご苦労であったな」

ちせ「はっ。ちなみに……いえ、何でもありません…」

堀河公「…構わぬ。申してみよ」

ちせ「ははっ、では僭越ながら……この事態を東京はどう受け止めているのでしょうか」

堀河公「……場合によっては「昨日までの朋友たちと刃を交える」ような事態になってしまうのではないか…そう考えているのだな?」

ちせ「いえ、そうなればあくまでも命令に従うのみですが……しかし…」

堀河公「案ずるな…本国は王国、共和国を問わずアルビオンが我が国を植民地、ないしは保護領にしようとしない限りは静観の構えを取るつもりだ……それでなくともロシア、アメリカ、フランス、あるいはドイツのように、我が国やその近隣に手を伸ばしている国は多い。その点ではむしろアルビオンが分裂を起こして拡張政策が足踏みしている現状は好都合だ…そしてアルビオン側としても、極東まで自身の手が回らないこの状況下で列強の動きを抑えるべく、我が国を矢面に立たせたいという考えがある……」

ちせ「なるほど」

堀河公「……従って我が国は曲がりなりにも欧米列強に追いつくまではアルビオンとつかず離れずの関係を保ち「藪をつついて蛇を出す」ような真似をすることはない……と言うのが本国と「倫敦(ロンドン)特務機関」の見解だ」

ちせ「左様でしたか…」

堀河公「うむ……よってそなたが朋友たちとの敵対を案ずることはない。…さぁ、安心してきんつばを食べると良かろう」

ちせ「ははっ、では……」

………



…数日後…

ドロシー「…じゃ、行くとするか」

アンジェ「ええ…準備は整っているわ」

ドロシー「よし」

ベアトリス「気をつけて行ってきて下さいね?」

ドロシー「ああ、任せておけ♪」

プリンセス「アンジェ、貴女もね?」

アンジェ「ええ、プリンセスも…」

プリンセス「ありがとう……帰りを待っているわ♪」

アンジェ「ええ…」

ドロシー「ほら、馬車が来たぞ……行こう」

…チャリング・クロス駅…

アンジェ「……あの汽車ね」

ドロシー「ああ…ポーツマス(イングランド南部)行きの各駅停車だ」


…二人に万が一尾行が付いている場合…あるいはうら若きレディ二人が、アイルランドなどという場所に行こうとしていることを王国防諜部が怪しむ危険に備えて、コントロールはあちこち回り道をする経路を手配してあった……最初は本土と目と鼻の先にある保養地「ワイト島」の対岸、港町のポーツマスに向かう…


アンジェ「結構ね…」発車の笛が鳴らされると客車についている各ドアが外から順々に閉められ、それぞれのコンパートメントが個室状態になる…

ドロシー「ああ、全く結構さ。久々に煙ったいロンドンを離れていい空気を吸いにいける…おまけに一等車の個室だしな」

アンジェ「そうね」

ドロシー「おう、車窓の景色を楽しんでおけよ♪」そう言ってニヤリと笑みを浮かべた…

…スパイ小説の第一人者であったジョン・ル・カレが亡くなったそうですね…自身も外交官や情報部員を歴任し、その経験から「寒い国から帰ってきたスパイ」等々の作品を書いた方でした……色仕掛けを意味する「ハニートラップ」という言葉の産みの親でもあり、プリンセス・プリンシパル的にはアンジェの通り名「アンジェ・ル・カレ」の由来にもなった方ですね。きっと天国でも情報活動にいそしんでいる事でしょう…

…ポーツマス…

ドロシー「よし、着いた……ま、汽車の旅もなかなか面白かったな。王国鉄道のサンドウィッチは相変わらず乾いていてまずかったが…まるでエジプトのミイラみたいだったぜ?」

アンジェ「食べたいと言って買ったのは貴女でしょう……それで、この後は?」

ドロシー「まずは支援要員が用意した偽の旅券を手に入れて、それからリヴァプール行きの船に乗る……見ての通りここはアルビオン有数の港だ。人も多いから、その中に紛れるのもたやすい」

アンジェ「そうね」


…「ケイバーライト」の実用化と空中戦艦の出現によって、それまでの装甲艦は一瞬にして時代遅れとなってしまった…とはいえ、世界中に広大な植民地を持つアルビオンとしては、専用施設の整備が必要で維持管理の大変な「とっておき」の空中戦艦だけで植民地を維持する訳にもいかない……そのためポーツマスの軍港側には十数隻の防護巡洋艦や「最新式の旧式艦」などと揶揄される大きな戦艦……そして民間港には帆走のものに蒸気機関のもの、そして帆走と蒸気機関併用の機帆船……アルビオンに必要な物資や富を世界中から運んでくる、大きさも様々なあまたの貨物船や客船、それから地元の漁船が係留されている…


ドロシー「ああ……まずはメールドロップに向かおう」(※メールドロップ…機密文書等を隠しておく特定の場所)

アンジェ「ええ」

…ポーツマス市街・裏通り…

ドロシー「ここだな……」数十分に渡ってドロップを遠巻きにして、監視がないことを確認してから始めて近づいた二人…

アンジェ「そうね」

ドロシー「…よし、あった」アンジェがさりげなく見張る中、崩れかけたレンガ塀の中からレンガを一つ引き抜いた……レンガにはさりげなく引っかいて付けた印があり、ドロシーは塀の奥にしまってあった物を取り出すとレンガを戻し、印を削り落とした…

アンジェ「……それで、中身は?」

ドロシー「ばっちりだ。何しろ公式の旅券を公式に発券させたんだからな……違うのは名前と住所だけさ♪」

アンジェ「結構ね」

ドロシー「…と言うわけで、私はこれから「キャサリン・マクニール」で、お前さんが……」

アンジェ「フランス系カナダ人の「フランソワーズ・ブーケ」」

ドロシー「なかなかいいじゃないか……アルビオンの圧政と貧困から抜け出そうとしてカナダに移民したアイルランド人は多い。それにケベックはアルビオンに負けて取られちまうまではフランス領だったし、両方の意味で好都合だ」

アンジェ「そうね」

ドロシー「それじゃあ役柄も決まったことだし、船に乗ろうぜ?」

アンジェ「ウィ」

ドロシー「そうそう、その調子……♪」

…ポーツマス・港沿いの宿屋…

ドロシー「…ごめんよ」

宿屋のおかみ「はいはい「ビル船長の宿」にようこそ、お嬢さん方……食事かい?それとも宿泊かい?」

ドロシー「ああ、泊まりの方で頼むよ…二人部屋で一泊」ポーツマスの下町でもあまり評判の良くない宿屋に入った二人…受付にはおかみらしい、欲深そうな中年の女が座っている……

おかみ「そうかい、それならとっときのいい部屋があるよ……二階の角部屋だけどね」そう言いながらちらちらと二人の着ている物や鞄を値踏みしている…

ドロシー「じゃあそこがいいな…いくらだい?」

おかみ「前払いで一シリング……格安だよ?」

ドロシー「よし、じゃあそこにしよう♪」

おかみ「どうもね、鍵はこれだよ」

…宿の部屋…

ドロシー「…よいしょ♪」旅行用のトランクを床に下ろすと「ぼふっ…」と音を立ててベッドに飛び乗った…

アンジェ「ちょっと、ほこりが立つからよしなさい……」

ドロシー「ま、そういうなよ…確かにひでえな」

アンジェ「まったく……」

ドロシー「…さて、必要な荷物は持ったか?」

アンジェ「ええ」

ドロシー「それじゃあもうここに用はないな……あのヒキガエルみたいなババアのやつ、今日は丸儲けってわけだ」

…アイルランドには似つかわしくない着替え数着といくつかの小物をベッドの上に放り出すと、旅行鞄を再び持ち上げた二人……そうして残した物はおそらく二人が出て行って数分もしないうちにおかみがくすねて、一時間もしないうちに裏町の闇商人の手に渡ってしまうだろうとドロシーは見ていた…

アンジェ「そうね」

ドロシー「ま「それもやむなし」ってやつか…行こう♪」

…しばらくして…

ドロシー「あぁ、いい気分だ……風が気持ちいいや」

アンジェ「そうね」

ドロシー「おい、見ろよ…ランズエンド岬だ」

(※ランズエンド(地の果て)岬…ブリテン島南西部、コーンウォール半島の突端にある。コーンウォール半島南側の付け根には屈指の良港であるプリマスの港があり、アルマダ(スペイン無敵艦隊)を迎え撃ったサー・フランシス・ドレイクの艦隊やアメリカへ最初に渡った「メイフラワー号」もここから出港した)

アンジェ「ええ……となると、ここはもう共和国の海岸沿いなのね」

ドロシー「そうさ。最も、今はお互いにらみ合っているだけだからな……いきなり攻撃されたり拿捕されるなんてことはないだろうよ」

アンジェ「結構な事ね」

ドロシー「まったくだ……」

…翌朝・リヴァプール…

アンジェ「…着いたわね」

ドロシー「ああ、おかげでな……さて、次はいよいよベルファスト入りか」

アンジェ「ええ」

ドロシー「まぁ心配する事はないと思うが、アルビオン・アイルランド間で行われる審査は厳しいぞ……同じ「アルビオン王国」の間とは思えないほどで、ほとんど出入国審査…それも厳しいやつ…と変わらないって話だ」

アンジェ「そうでしょうね」

ドロシー「とにかく王国はアイルランド人の独立運動にピリピリしているからな…昨今の情勢じゃあ無理もないが」

アンジェ「ええ」

ドロシー「ま、どうにかなるだろ…♪」

アンジェ「……貴女の楽天主義には感心するわ」

…審査場…

係官「行ってよし…次!」

ドロシー「はい」おとなしく…しかしアルビオンの圧政を憎んでいる「一般的アイルランド人」に見える程度には不満そうな様子で旅券を差し出した……

係官「…氏名は?」

ドロシー「キャサリン・マクニール」

係官「行き先は?」

ドロシー「ドニゴール」

係官「旅の目的は?」

ドロシー「故郷がそこなんでね…里帰りっていうやつですよ」

係官「ふむ…では鞄の中身を調べさせてもらう」

ドロシー「ええ」係官の一人が旅券の記載事項を確認したり、旅券そのものが偽造でないかどうかを調べている間、二人の係官が手際よく、かつかなり念入りに荷物を調べ、四人目が全体に目を光らせている……が、特に気になる物は見つけられず、荷物検査の係官は小さく首を振った…

係官「よろしい、行ってよし…次!」

ドロシー「…どうも」

…半日後・ベルファスト…

ドロシー「さて、それじゃあ必要な物を受け取らないとな…」

アンジェ「そうね」

ドロシー「お前さんはいつも通り「ウェブリー・フォスベリー」か?」

アンジェ「ええ、もしあるなら…あれが一番手に馴染む」

ドロシー「ふっ、あれが一番使いやすいとはね……つくづく変わったやつだよ、お前さんは」

アンジェ「黒蜥蜴星人だもの」

ドロシー「ははっ、言うと思ったぜ♪」

アンジェ「…それで、貴女は?」

ドロシー「さぁな…どんな銃があるかは知らないが、とりあえず支援要員が用意してくれたのから選んで、これといったえり好みはしないつもりだ」

アンジェ「そう」

ドロシー「まぁ、強いて言えば威力がある方がいいけどな……そりゃあ小口径のピストルでも眉間をぶち抜けばいいだけだが、場合によっちゃあ障害物に身を隠しているとか…そういうこともあるからな」

アンジェ「確かに…一理あるわ」

ドロシー「……もっとも、だからって植民地の連中が「猛獣よけ」に持っているような大口径ピストルは願い下げだがね…ああいう銃はたいてい装弾数が少ないし、何よりかさばるからな」

アンジェ「確かに」

ドロシー「ま、とにかく落ち合ってみてからだ」

………



…夜…

ドロシー「あの男だな…」

アンジェ「…ええ」

…荷物を宿に置いてくると、パブと食堂、それに宿屋を兼ねている店に入った二人……中にはウィスキーの匂いが充満し、酔っぱらいたちががなり立てるゲール語の詩や歌が響き渡っている……その中の裏口に近い角のテーブルに、支援要員として聞いていた人物と人相が一致する男が座っている…

ドロシー「…それじゃあ行くぞ……おっさん、ここにかけてもいいか?」見事なゲール語で流暢に話しかけたドロシー…

中年の男(支援要員)「別に構わねぇよ、嬢ちゃん」

ドロシー「どうもな」

支援要員「あぁ、いいとも……それより今な、ちっと詩をひねくってるんだが」

ドロシー「へぇ、詩か……どんなんだ?」

支援要員「ああ…それが、果てしない荒野で鷹狩りをするアイルランドの英雄たちについて詠った(うたった)詩なんだが…「そしてケルトの角笛は鳴り渡る……」そこまではいいが、どうも続きの一節が思いつかなくてな……」合い言葉として創作した詩の一節を口ずさんだ…

ドロシー「そうだな……それじゃあ「そして虚空に輝くひとひらの羽根…」っていうのはどうだい?」

支援要員「おう、そりゃあいいな! ありがとよ……モノは用意できてる、おれの部屋まで取りに来てくれ…」

ドロシー「…ああ、分かった……よかったな、おっさん♪」

支援要員「おうとも…一杯おごってやるよ、嬢ちゃん」

…しばらくして・男の客室…

支援要員「……それにしても妙な銃を求められて大変だったぜ…ありがたく使ってくれよな?」

アンジェ「ええ、もし使う時が来たらね……」男が床板を外すと、数挺の銃が出てきた…その中から「ウェブリー・フォスベリー」オートマティック・リボルバーを選び、銃把を二人に向けて差し出した…アンジェはそれを受け取ると、シリンダーを開いて中の状態を確かめた……

支援要員「ぜひそうしてくれ…それから、あんたにはこれを……」同じようにして、一挺のずんぐりしたリボルバーを差し出した…

ドロシー「…なるほど「ウェブリー・スコット.442口径R.I.C.」モデルか…銃身こそ短いが、隠し持つにはかえって都合がいいな」

(※R.I.C.…「アイルランド警察」を意味する「ロイヤル・アイリッシュ・コンスターブル」(constable…イギリス英語で「警官・巡査」)モデル。銃身の短い小型の「ブルドッグ」タイプで携行しやすく、黒色火薬を使うので口径を大きくして威力も確保している。10.5×17ミリRの「.442」口径モデル以外にも、11.5×18ミリRの「.450ショート」仕様など、弾薬によってバリエーションがある)

支援要員「その通りだ」

ドロシー「結構……それで、その王国のモールって言うのはどこにいるんだ?」十数発分の予備弾をハンカチーフに包んでキャンディのようにねじると、その細長い包みを乳房の下側とコルセットに挟まれた部分に押し込み、残りの六発を銃に込めながら聞いた…

支援要員「ああ、そいつならいつも「シャムロック」で夜中近くまでねばっているよ……何しろアイルランド人と来たら、ウィスキーが入ると途端におしゃべりになるからな」

ドロシー「…分かった」

支援要員「それじゃあ、後は任せたぜ……」

ドロシー「ああ、ご苦労さん」

…なかなか投下できず申し訳ありませんが、それでも読んで下さっている皆様…メリークリスマス♪

…今年は何かと大変な年でありますが、どうかいいクリスマスが過ごせますことを…

…数時間後・パブ「シャムロック」…

ドロシー「…あいつが「モール」か」

アンジェ「どうやらそのようね…」

…アイルランドならどこにでも生えていることから、アイルランドそのもののシンボルでもある「シャムロック」(三つ葉のクローバー)の名を冠した一軒のパブ…店内では明らかに独立運動と関わっていそうな連中がウィスキーを飲みながら話し合い、時にはテーブルを叩きながら怒鳴り合っている……その輪の中には入っていないものの、かといって叩き出される訳でもなく、明かりの届きにくい隅っこで目立たず一人でグラスを傾けている男…

ドロシー「それじゃあ私が奴を店から誘い出す……連れ出したら適当な頃合いでしかけてくれ」

アンジェ「ええ」

…店内…

店主「いらっしゃい…ここらじゃ見かけねえ顔だな」

数人の男たち「「…」」

ドロシー「そりゃそうだろうよ。出稼ぎに行っていて、久々にあのいまいましいイングランドから帰ってきたんだからな……馬車の都合で一泊するだけさ」

…それまで「討論」を止めてドロシーのことを横目でうさんくさそうに眺めていた男たちは、ドロシーが流暢なゲール語を話すことに安心したらしく、それまでの会話を再開した……男たちはいずれも目つきが鋭く、怒りっぽい険のある顔をしていて、数十ヤード離れていても独立闘争に関わっている連中だと分かる…

店主「そうかい…飲み物は「クリーム」でいいか?」

ドロシー「ああ、結構だね♪」

店主「あいよ」

ドロシー「うー…温まるなぁ……」アイルランドで古くから飲まれてきたとろりとした飲み物、クリームにウィスキーを垂らした「アイリッシュクリーム」を受け取るとモールのそばに座り、温かいカップを両手で包み込むようにして持ち、一口飲んだ……

王国側モール「…」

ドロシー「……ふぅ」

モール「…」

…半時間後…

ドロシー「はぁ、すっかり温かくなった……いい気分だ♪」白く柔らかそうな胸元がちらりと見えるよう、わざとらしくない程度にリボンを緩めて襟を開いた…

モール「…」

ドロシー「ねぇ、あんた…♪」小首を傾げて、さも酔ったように焦点の合わない目を向ける…

モール「……おれか?」

ドロシー「他に誰がいるのさ? …あんただよ♪」

モール「…何か用か?」

ドロシー「ぷっ、ご挨拶だね……まぁいいや、良かったら一晩付き合おうじゃないか…ね?」

モール「いや、いい…金が無いんだ」

ドロシー「ほーん…金が、ねぇ……なにさ、あたしを娼婦か何かだとでも思っているのかい!?」

モール「い、いや……別にそういうつもりじゃ…!」

ドロシー「じゃあなんでそんなことを言ったのさ…馬鹿にするんじゃないよ!」

モール「わ、悪かった……謝る」店中に響くような勢いで声を張り上げると、案の定(任務の都合上)目立つことは避けたいモールの男はドロシーの機嫌を取ろうとなだめ始めた……

ドロシー「なーに、分かったならいいんだよ……ひっく♪」

モール「…」

ドロシー「ところでさ……良かったら宿まで送ってくれない?」

モール「分かったよ…」迷惑そうな…しかし同時に美人のドロシーに対する下心も多少ありそうな様子のモールは、酒代を置くと一緒に店を出た…

店主「…毎度」

ドロシー「あぁ、あんたは親切だねぇ……惚れちまいそうだ」

モール「冗談は止してくれ…それより、泊まってるのはどこの宿屋だ?」

ドロシー「えぇ? あー…なんだっけ、ほら……裏通りのさ…」

モール「裏通り……それじゃあ「パトリックの店」か?」

ドロシー「あぁ、そうそう!」

モール「…結構あるが、そこまで歩けるか?」

ドロシー「歩けるに決まってるだろ…っとと……」よろめいた振りをしてモールの腕につかまり、薄暗い横町に差し掛かった…

モール「おいおい、頼むからしっかり歩いてくれよ……っ!?」裏通りの影に潜んでいたアンジェが、ピストルの台尻で後頭部に一撃を見舞った…

ドロシー「…やったな」

アンジェ「ええ……さ、急いで運びましょう」

…数十分後…

モール「むぅ……ん…」

ドロシー「…よう、お目覚めかい?」

モール「……っ!?」椅子にくくりつけられて、ドロシーと向かい合わせに座らされているモール……数歩離れた場所からはアンジェが油断なくピストルを構えている…

ドロシー「さてと、お前さんの正体は分かっているんだ……ミスタ・マクミラン」

モール「…さぁ、何のことやら……ただの人違いだ。おれはマクミランなんて名前じゃない」

ドロシー「ごまかさなくたっていい…記録はもうすっかり洗ってあるんだからな♪」

モール「記録って、何の記録だ?」

ドロシー「そりゃあアルビオン王国情報部・アイルランド課所属の情報部員、ミスタ・マクミランの記録に決まってるさ……あんたの任務はアイルランド人に交じって静かに話を聞き、それをロンドンに送ること…情報の受け渡し役はベルファスト港にある「レスター船具店」で店番をしているミスタ・オバノンと「フォア・ベルズ(四つの鈴)亭」にいる可愛いミス・クリアリーだろ」

モール「…」

ドロシー「それから、情報を受け渡す時はミスタ・オバノンに「船用乾パンを一袋、スワローテール号に」って注文するんだよな…?」

モール「……そこまで分かっているなら、後はなにが知りたいんだ?」

ドロシー「お前さんの知っていることを洗いざらいさ…これまでロンドンに流してきた情報と、アイルランド人について知っている事を全部だ」

モール「アイルランド人についてはさして知らない、おれはただ……があぁぁ…っ!」

ドロシー「……正直に答えないと、次は中指をへし折るからな?」

モール「わ、分かった…アイルランド人の連中は、いつも「シャムロック」で飲んでる…だけど、普段はなかなか顔を見せない奴がいて……」

ドロシー「…続けろ」

モール「それで、そいつが独立運動の首謀者だって言う噂だ…こっちはそいつを見つけるために送り込まれたが、用心深いらしく顔を見たことも……ぐあぁぁっ!」

ドロシー「正直に言えって言ったろ…ロンドンはもうそいつの正体を知っているし、情報部の「嫌いな奴リスト」にはそいつのファイルもあるはずだ……分かっていないのは連中がいつ、何をするか…それだけだろう?」

モール「ああ、ああぁ…そうだ、そうだよ…畜生っ……連中は女王陛下かその関係者を暗殺しようと思ってるんだ!」

ドロシー「…いつ?」

モール「知らない…本当だ、嘘じゃない! いつも「シャムロック」で騒がしくしている連中だって知っちゃいないんだ……!」

ドロシー「とはいえ、ある程度の見当はついているんだろう…違うか?」

モール「……あ、あり得るとしたら今度の閲兵式だ…女王陛下を始め王室の方々が公の場所に姿を見せるし、アルビオン中から人が集まるパレードの時なら、見かけない顔がいても分からないから……」

ドロシー「そうだろうな……で、王国情報部はそれを阻止するためにどんな準備をしているんだ」

モール「そいつはおれの知っている範囲じゃ…あ゛ぁぁぁっ!」

ドロシー「次は右のまぶたを切るからな……どっちみちしゃべることになるんだから、痛い思いをする前に話した方がいいぞ」

モール「くそ、畜生……っ!」

………

…そういえば新聞記事に、SISから転向したKGBのダブル・クロス(二重スパイ)の「ジョージ・ブレイク」が亡くなったとありました…


…当時はフィルビーなどと共にその本性が明らかになって英国で大スキャンダルを巻き起こし、投獄された後に脱獄(諸説ふんぷんですが、SISがブレイクをわざと脱獄させて内部の裏切り者やKGBスパイ網を洗い出す作戦の一環とか、逆にそれだけKGBのエージェントが英国情報部に「植え込まれて」いたためだとか…)するとモスクワに逃げ、そこで過ごしていたそうですね……良くも悪くも諜報史に名を残した人物でした

…翌晩・とあるパブ…

きつい目つきの男「…見回りご苦労さん」

ごつい男「ああ……それにしても今夜は馬鹿に冷えやがるな」

鋭い感じの男「…一杯やって温まったらどうだ?」

ごつい男「そいつはいいな……おい、ウィスキーをくれ」

店主「はいよ……」


…店主がカウンターからウィスキーの瓶を出してカップに注ごうとしたとき、不意に「ひゅうっ…」と一陣の冷たい風が吹き込み、それと一緒に二人のレディが入ってきた……片方はハンチング帽にチャコールグレイのツイードで出来たコートと揃いの上下で編み上げの革長靴、もう一人はフランス風にかぶったベレー帽と黒いコートをまとい、襟元を立てている…


店主「おい、今日は貸し切りだ……帰ってくんな」

ドロシー「……なぁに、気にするな…こちとら奥の部屋にいる紳士に用があるだけなんでね」

鋭い男「なんだと…!?」

ごつい男「ふざけるんじゃねぇ……変なこと言ってねぇでとっとと帰んな」

ドロシー「おいおい、アイルランド人の同胞に対してずいぶんと冷たいじゃねぇか……古いゲール語にもあるように「幾千もの歓迎を」くらいのことは言ったらどうなんだ?」

きつい目つきの男「…こいつめ……構わねえから叩き出しちまえ!」

ドロシー「やれやれ……こんな馬鹿ども相手に繫ぎを付けようとしたのが間違いだったな、フランソワーズ?」英語に切り替えるとアンジェに向けて言った…

アンジェ「そのようですね……」

ドロシー「ああ、これじゃあアイルランドが百年もかかって未だに独立出来ないのもうなずける…ってもんだな」そう言うと眉をあげ、表情豊かにあきれかえって見せた…

ごつい男「何だと!てめえ、言わせておけば……っ!」

ドロシー「そうやって見境無く噛みつくからそう言ってるんだ……言っておくがな、私たちが来たのはお前さんたち間抜けな一味の情報がロンドンに筒抜けだって事を教えてやるためなんだぜ?」

鋭い男「何っ…そんなことがどうしてお前みたいな小娘に分かるって言うんだ!?」

ドロシー「そりゃあ図体ばかりデカいお前さんたちと違って「ここ」を使っているからさ……親分だかなんだか知らないが、話が聞きたいんならとっととそういった連中のいる場所に案内するこったな」こめかみに指を当てて「詰まっている脳みそが違う」とジェスチャーで示すと、切り捨てるように言った…

ごつい男「…」

きつい目つきの男「…」

鋭い男「……いいだろう。ただしおかしな真似はするなよ?」

ドロシー「はっ…笑わせるぜ「おかしな真似」をするつもりならとうの昔に王国情報部にタレ込んでるさ。そうしていたらお前さんたちは今ごろ蜂の巣になっているか、絞首台で仲良くゆらゆらしていただろうよ」

鋭い男「…分かった、待ってろ」廊下の奥に消えていったが、男の声だけは途切れ途切れに聞こえる……

鋭い男の声「……済みません、妙な女が二人来て「あなたに会わせろ」と……それと、何か耳寄りな……いるようです…」

ドロシー「…」

アンジェ「…」

鋭い男「……会うそうだ。来い」

…奥の部屋…

鋭い男「…入れ」

ドロシー「…」


…一瞬のうちに手際よく室内のレイアウトや脱出路、撃ち合いになった場合の射線…そして周囲の人物の様子を確認したドロシーとアンジェ……奥に座っている男は筋骨隆々といった感じではないが引き締まっていて、頬に古い傷が走っている……そしてその目つきは冷静に見えるが、奥には限りない憎悪の炎を隠している雰囲気がある…


頬に傷のある男「……どうぞ座ってくれ」

ドロシー「どうも」

頬傷の男「…それで「耳寄りな情報」というのは? …そしてどうして君らのような若い女が?」

ドロシー「そうだな…二番目の質問から先に答えようか。「アイルランドの独立は全てのアイルランド人の物だ」ってウルフ・トーンも言っていただろう?決してカトリックだけのものじゃないってな……ならおんなじように独立は男だけのものじゃなく、女のものでもいいはずだ…違うか?」


(※ウルフ・トーン…1763~1798年。アイルランドの革命家。革命運動にありがちな内輪もめ…特にカトリックとプロテスタントの主導権争いを起こしていた独立勢力に対し、宗派や派閥にとらわれない「全アイルランド人」による独立運動を訴え、フランス軍の協力によるアイルランド解放と独立を目指した…しかしフランス海軍が英海軍に敗れたことで捕虜となり自決(一説には命令を受けた看守により暗殺)した……勇敢で高潔な礼儀正しい人物で「アイルランド独立の父」として今でも大いに尊敬されている)


頬傷の男「…確かに君の言うとおりだ」

…もしかしたらこの後おせちを詰めつつ投下するかもしれませんが、先にご挨拶を…

…今年もこのssにお付き合い下さり、どうもありがとうございました。いろんな事があって大変な一年でしたね……来年が皆様にとっていい年でありますように……良いお年を

皆様明けましておめでとうございます…今年は劇場版「プリンセス・プリンシパル」もある事ですし、楽しみです……無事に封切られる事を願うばかりですが…

ドロシー「納得してくれたようで何よりだ」

頬傷の男「ああ……だが最初の質問はまだだな。それとそっちのご令嬢はどこで関係してくるのか、教えてもらおうか」

ドロシー「そのことか…」

頬傷の男「そうだ」

ドロシー「分かったよ……それで「耳寄りな情報」って言うのは、あんたらの組織に食い込んでいたネズミのことさ」

頬傷の男「…そんな情報をどこで手に入れた?」

ドロシー「なぁに、私の亭主はとある貴族でね……議会で耳にしたことやのぞき見した機密情報なんかを寝物語にペラペラとしゃべってくれるのさ」

ごつい男「なんだと、それじゃあてめえはライミー(イングランド人の蔑称)の女ってことじゃねえか!」

…途端に左右の男が飛びかかってきてテーブルに押さえつけられ、乱暴に身体を改められる……そしてゴトリと音を立てて「ウェブリーR.I.C」が置かれた…

きつい目つきの男「……おい、こいつはお巡りの持っているピストルだぞ!」

ごつい男「やっぱりアルビオンの回し者か!?」

鋭い男「…アイルランド人の恥さらしが!」

ドロシー「はっ、好きなだけ吠えてろよ……本当にお前さんたちのような連中ときたら、どいつもこいつも身体ばかりの「ウドの大木」か、さもなきゃ幻想を抱いている頭でっかちの詩人ばかりと来てやがる」テーブルに押さえつけられながら、ニヤリと皮肉な笑みを浮かべてみせた…

ごつい男「何をっ…!」

きつい目つきの男「どういう意味だ…!」

ドロシー「言葉の通りさ…確かに私は家や土地、身体さえアルビオンの奴らに売り渡した……だがな、まだ心だけは売り渡しちゃいないんだ!」

鋭い男「……じゃあなんでお巡りのピストルなんて持ってやがる」

ドロシー「なーに、そいつはちょっとした「戦利品」でね……色目を使ってきたお巡りをちょいとたぶらかして部屋に連れ込み、酔って寝込んだ所でバラしてやったのさ」人差し指で喉をかき切る仕草をしてみせた…

ごつい男「…」

きつい目つきの男「…」

鋭い男「…」

頬傷の男「お前たちもこれで納得しただろう…」押さえつけていた二人にドロシーを放すよう合図した…

ドロシー「ふぅ……全く礼儀正しい手下をお持ちだな」

頬傷の男「悪いな…だがこれまでに多くの同志が捕らえられているので、つい手荒になってしまうんだ」

ドロシー「らしいな……でも、その心配はもうなくなったぜ?」

頬傷の男「ほう?」

ドロシー「言ったとおり、口の軽い「わが愛しの旦那様」がおしゃべりをした時に、アイルランド人の間に潜り込ませた密告者についてぽろりと言ったのさ…」軽蔑したような表情を浮かべ、皮肉たっぷりに言った…

頬傷の男「それで、そいつは?」

ドロシー「ああ、連れてきたよ……どうだ、見覚えがあるんじゃないか?」胸元から取り出してぽいと机の上に放り出したのは断ち切られた人差し指で、銀の指環がはまっている…

ごつい男「……パトリック!」

きつい目つきの男「そんな馬鹿な!あいつは貴重な情報を入手したり、武器を運んで何度もお巡りの封鎖を抜けてきた男なんだぞ!?」

ドロシー「そんなのはただの芝居だよ…こいつは推測だが、その男が持ってきた武器はたいてい隠し場所に「ガサ入れ」を食らうか何かして、結局あんたらには渡らなかったはずだ……それと情報の方もしばらくすりゃ分かるようなネタか、どうでもいいものばかりだったと見るね」

頬傷の男「なるほど…それで、そちらのお嬢さんは?」

ドロシー「紹介するよ……こちらのレディはミス・ブーケ。ゲール語は出来ないから、話したいなら英語でやってくれ…彼女もあんたらにとって耳寄りな話を持っているよ」

頬傷の男「分かった…ミス・ブーケ」

アンジェ「はい」

頬傷の男「……君はどういう理由で?」


アンジェ「そのことなら簡単です……私はフランス系のカナダ人ですが、父親はアイルランド移民の祖先をもっていて、よく故郷の話をしてくれました…そして、私もいつか親の故郷であるアイルランドを自由にしたい、そう思ってここまで来ました」

頬傷の男「立派な志だ……しかし「耳寄りな情報」というのは?」

アンジェ「それですが…私の母方の実家はフランスで貿易商を行っているかなりの有力者で、アイルランド独立のために資金や武器の供給を行う用意が出来ています」

頬傷の男「なるほど…ちなみに整えられるのはどのくらいだ?」

アンジェ「そうですね、手始めにフランスフランで一千ポンド分。それにレベル(ルベル)リボルバーを一箱」

ごつい男「一千ポンド…!」

きつい目つきの男「…すげえな」

鋭い男「…!」

頬傷の男「…それで、それを受け取るために我々が飲む必要のある条件は?」

アンジェ「ええ……一つに、アイルランド独立の際はこちらの指定する貿易会社にアイルランド各地の港の使用許可、それと優先的な貿易の権利を与えてくれること」

頬傷の男「続けてくれ」

アンジェ「…それから、私とミス・マクニールをあなた方の活動に加えること」

頬傷の男「いいだろう…他には?」

アンジェ「……このことを他の誰にも明かさないこと」

頬傷の男「…」

アンジェ「どうですか? …ちなみにこの条件のうちの一つでも同意できないようでしたら、話はなかったことにします」

ごつい男「なあオニール、待ってくれ……!」

頬傷の男「何だ?」

ごつい男「この娘っこを加えるのはまだいい…だけどよ、俺たち以外の誰にも明かさないって言うのはどうなんだ?」

頬傷の男「どういう意味だ」

ごつい男「だってよ、それじゃあマクリーンたちが蚊帳の外になっちまうじゃねえか…連中は「クラン」のメンバーなんだから納得しないぜ?」

アンジェ「…納得するもしないも、そもそも伝えなければいい」

きつい目つきの男「そういうわけにはいかねえんだよ、嬢ちゃん……俺たちアイルランド人は皆で決めて行動するんだからな」

アンジェ「…それでアルビオンのスパイにまでぺらぺらと予定表をしゃべっているのね。話にならないわ」

ごつい男「何だと…!」

アンジェ「はっきり言わせてもらいます……私たちがフランスから提供する武器や資金は、アイルランドの独立後に交易するための「投資」と言っていい。それが無駄になるようでは提供する価値がない……もちろん提供を断るのは自由ですが、そうしたらあなた方に残されるのはウィスキー片手に「自由なアイルランド」が訪れる白昼夢を見続けるか、王国公安部や警察の取り締まりを受けて絞首刑になる未来だけです」

頬傷の男「…」

ドロシー「彼女の言うとおりだぜ……今回のスパイだって、私たちが始末しなけりゃずっとお前さんたちの動向をロンドンに送り続けていただろうし、そうなったらちょっと何かを計画しただけですぐ情報部や公安の連中が押しかけてきただろうよ」

鋭い男「……だからってカエル(フランス人)どもを信用しろって言うのか?」

ドロシー「おいおい「敵の敵は味方」って言葉を知らないのかよ…学のない奴だな」

鋭い男「…」

きつい目つきの男「オニール…決めるのはあんただ。俺たちはあんたの言うことに従う」

ドロシー「さぁ、どうするよ?」

頬傷の男「……分かった。条件を受け入れよう」

ドロシー「決まりだな…♪」

頬傷の男「ああ……君たちをアイルランド独立のための闘士として歓迎しよう」…そう言うとかたわらのキャビネットからジェームソンの瓶とグラスを取り出した…

頬傷の男「では、乾杯しよう……エリン・ゴー・ブラー(アイルランドよ永遠なれ)!」

男たち「「エリン・ゴー・ブラー!」」

ドロシー「…エリン・ゴー・ブラー♪」

アンジェ「アイルランドよ永遠なれ……けほっ」泥炭でいぶしたきつい味わいのウィスキーに少しむせた…

ごつい男「おいおい、嬢ちゃんには「アイルランド人の血」が少しきつかったか?」

ドロシー「そりゃあそうさ、なにせ初めての「祖国の味」なんだからな……なぁに、代わりに私が倍もらうよ♪」

………

…数週間後…

ドロシー「なぁ…私たちが「行動」するのはいつになるんだ?」


…リーダーであるオニール(頬傷の男)にも実力を認められ、他の構成員からも「軽い態度で口は悪いが、実は凄腕の娘っ子」と一目置かれているドロシー……しとしとと冷たい雨が窓のガラスを叩く中、暖炉の脇でアンジェとチェスを指している…


オニール(頬傷の男)「……実を言えば、決行の時期はすでに決まっている」

ドロシー「そうだろうな」

オニール「しかし、誰を狙うかで意見の相違があることも事実だ……大物になればなるほど警護は固く、手を出すのが難しい」

ドロシー「なるほど……ところで、チェスは得意な方か?」

オニール「…まぁ、出来なくはない」

ドロシー「そうかい…チェスって言うのは頭を使う。盤面を見ただけで二手三手と先を読んで駒を動かすもんだ……」

オニール「それで?」

ドロシー「……今の局面を見る限り、私ならこうするね」ポーン(歩)を動かしアンジェの「クィーン」をはじき飛ばした…

オニール「ふっ…どうやら同意見のようだ」

ドロシー「ああ、どうせ狙うなら大物の方がいい……後は「どうやるか」だ」

オニール「それが一番難しいな…何しろ私は王国情報部や公安部の連中に狙われていて、まともな手段ではベルファストの港から出ることも出来ないからな」

ドロシー「なんだ…実行するときの話じゃなくて、海を渡ることで悩んでたのか……そのことなら心配はいらないぜ」

オニール「…どういう意味だ?」

ドロシー「アルビオンにもフランソワーズの協力者がいるんだ……人気のないところに漁船を着けて渡ればいい。スペシャル・ブランチもいちいち漁師の身分証を確かめるほど暇じゃない」

オニール「なるほど……だとしたら、あとは何を使うかだ」

ドロシー「そうだな、やるなら狙撃か爆弾だろうが…どっちで行く?」

オニール「狙撃は外す可能性があるし、当然射程内まで距離を詰める必要がある…」

ドロシー「そいつは爆弾だって同じさ。まず仕掛けに行かなきゃならないし、かさばるから目立つ……会場やそこに行くまでの経路は徹底的に調べられるはずだし、予定が遅れたりすれば無駄に爆発しちまう」

オニール「うむむ…」

ドロシー「…まぁ、私なら狙撃を取るが……本当に無鉄砲な連中をかき集められるようなら車列に殴り込みをかけるのもありだな…どうだ?」

オニール「…そうだな、可能性はある」

ドロシー「なるほど……ちなみにそういう「荒事」に使えるのは何人くらいだ?」

オニール「そうだな…腕も伴っている連中なら八人、肝っ玉だけでいいなら十数人はいるだろう」

ドロシー「悪くないな…」そう言うとフランス語に切り替え、アンジェに向けて早口でまくし立てた…

アンジェ「……そうですね、それならば悪くないでしょう」

ドロシー「ああ…出資者も満足だろうよ」

オニール「結構だ…しかし、使える得物がない」

ドロシー「おいおい、冗談だろう……ここにフランソワーズがいるのは何でだと思う?」

オニール「用立ててくれるというのか?」

ドロシー「当然さ…あんただから言うが、フランソワーズの実家ときたら独立後のアイルランド貿易で得られる利益を独り占めしようって言うんだぜ? それが武器の一箱や二箱で済むんなら安いもんさ」

オニール「確かにな……」

ドロシー「そういうわけだから心配はいらない。ライフルだろうが散弾銃だろうがリボルバーだろうが、喜んでよこしてくれるさ」

オニール「そうか」

ドロシー「あと必要なのは、細かい計画を練ることだけだ……何しろあんたの手下どもときたら、お世辞にも「頭がいい」とは言いがたいからな」

オニール「…分かっている」

ドロシー「そうかい、それじゃあ私らは寝に行くかな……早めのクリスマスプレゼントに、素敵な計画が出来る事を祈ってるよ」

オニール「ああ」

………

…さらに数日後…

オニール「よし、集まったな」

ドロシー「ああ」

ごつい男「…いよいよやるんだな、オニール?」

オニール「そう焦るな、オハラ…いま話すからな」

ごつい男「だってよ、これでいよいよライミー共の度胆を抜くことが出来ると思ったら…とってもじゃないが待ちきれないぜ」

オニール「気持ちは分かるが落ち着け……まだ準備の段階なんだからな」

鋭い男「オニールの言うとおりだぞ、タイニー(ちび)?」たいていの大男は冗談として、あえて真逆の「リトル」や「タイニー」(ちび)といったあだ名が付けられるが、それは構成員の一人であるごつい男も同じだった…

ごつい男「そんなこと言ったってよ……だいたいコリンズ、どうしてお前はそんなに落ち着いていられるんだよ?」

鋭い男「…おれだって興奮はしてるさ。お前と違って顔に出さないだけでな」

ごつい男「そうかよ」

オニール「その辺にしておけ……今回の手はずを説明するからな」

アンジェ「…」

ドロシー「…ああ、たのむぜ」

オニール「さて…こちらのレディ二人の協力もあって、ようやくこれまで温めてきた計画の実現にめどが付いた」

オニール「そして今回おれたちが狙うのは……アルビオン女王だ」

ごつい男「本当か…!?」

オニール「嘘をついてどうする……正真正銘、掛け値無しに本当さ」

鋭い男「それで、どうやるんだ?」

オニール「まぁ待て…まずはここを出て「本土」に渡らなくっちゃならないが、その点はミス・ブーケが手はずを整えてくれた」

アンジェ「はい。私の「実家」が人里離れた海岸に漁船を着け、私たちを向こう岸で下ろす…リヴァプールの周囲には密輸業者や密航者のために偽の旅券を作る偽造屋がたくさんいますし、波止場にいる宿無しや水夫くずれに少し金を渡せば、いくらでも身代わりになって正規の旅券を取得してきてくれます」

オニール「と言うわけだ……そして向こうに着いたら「一仕事するため」にロンドンへと出る」

ごつい男「へへっ、確かに「一仕事」だな…♪」

オニール「ああ、そして武器の方だが……」

ドロシー「…そいつはあたしの間抜けな亭主からコレクションを何挺か持ち出しておくし、フランソワーズもフランスの親戚筋からライフルや散弾銃を運び込む手はずを整えてある……つまり軽歩兵連隊の武器庫やスコットランド・ヤード(ロンドン警視庁)の押収品倉庫を襲う必要はない…ってことさ♪」

ごつい男「すげえな、まるで店で昼飯を食う時みたいだ!」

鋭い男「…座って注文すれば料理が出てくる、ってわけか?」

ごつい男「ああ」

オニール「確かにそう聞こえるが、話はそう簡単じゃない……ロンドンにはスコットランド・ヤードの「スペシャル・ブランチ(公安部)」や王国情報部、防諜部…政府の「イヌ」共がうようよいる」

ドロシー「そうだな…それに正直言って、あんたらアイリッシュの男は分かりやすい。ピカデリー・スクエアなんぞをうろちょろしてたらすぐにマークされる」

鋭い男「じゃあ当日までどうやって潜伏してりゃあいいんだ?」

アンジェ「…安心して下さい、その点もこちらで用意してあります」

ドロシー「ただし今は明かせない……密入国のやり方なんかは入国管理の連中も知ってるが、もし誰かが捕まるようなことがあったときに「本番」の手はずを吐かれたら、これまでの苦労が水の泡になっちまうからな」

オニール「おれは皆を信頼している…だが、今回の計画が成功した暁に得られるアイルランドの自由や独立と天秤にかけることは出来ない」

ごつい男「そう言われればそうだよな…分かった、聞かないよ」

オニール「よし……そして今回の計画に参加するのはここにいる面々の他に、マッキニー、ヴァレラ、オコンネル兄弟、オブライエン、マクリーン、それにマクグロウだ…連中はおれたちとは別のやり方で本土に渡り、ロンドンで落ち合う予定だ」

オニール「船は明日の夜……月が沈んだ頃合いを見計らって海岸線にやってくる予定だ。当日は忙しくなるから、今のうちによく休んでおけ」

ごつい男「うぅぅ…こんなことを聞かされたら、おれは興奮して寝られそうにねえよ」

ドロシー「だったら寝ずの番でもやってたらどうだ?」

オニール「…ミス・マクニールの言うとおりだな……しばらく起きて見張ってろ」

ごつい男「そりゃないぜ…!」

一同「「ははは…っ♪」」

…翌日の夜・海岸沿い…

オニール「よし、みんないるな?」

ごつい男「おう。ばっちりだ」

ドロシー「結構だね…」

…三々五々と宿やパブから抜け出し、人気のない海岸で集合したドロシーとアンジェ、それにアイルランド人たちの一部……アンジェは合図のために使うランタンを持ち、明かりが漏れないよう布で覆っている…

独立派構成員A「…ところで、どうしておれたちを三つの班に分けたりしたんだ?」

ドロシー「そんなの分かりきったことさ…「一つのカゴに全部の卵を入れるな」って格言があるだろ? もしグループの一つがスペシャル・ブランチや何かに挙げられても、残りの面々で計画を実行できる…ってわけだ」

オニール「そういうことだ。そしてそれぞれに「ちび」のオハラ、コリンズ、おれが入り、そのグループの指揮を執る」

構成員A「なるほど……」

アンジェ「…おしゃべりはそこまで。来たわ」

…月も沈んだ暗い夜の海、砂浜に打ち寄せる波だけがかすかに白く浮かび上がって見える……すると沖合からばたばたと帆のはためく音や、ギーギーと軋む索具の音がかすかに響いてきた…

構成員B「なぁ……あの船がスペシャル・ブランチや出入国管理局の警備艇じゃないってどうして分かるんだ?」

ドロシー「簡単だよ…もしそうならドンパチが始まっているはずだからさ」

構成員B「…」

アンジェ「……甲板で左右に振っている明かりが見えるわ」

ドロシー「よし、本物だな……さ、早く返事を送ってやりなよ♪」

アンジェ「ええ、そうするわ」ランタンの覆いを外し、円を描くように振った…

オニール「来たな…ただし、本物だと分かるまで銃口は下げるな」

構成員C「はい」

…そのうちに木造漁船の姿がぼんやりと見え始め、しばらくすると漁船から降ろした小さな手こぎボートが砂浜にのし上げた……そこから二人ばかりが降りてくる…

乗組員A「この船に乗るのはあんたらか…マダムが「西風に乗って良い航海を」だそうだ」

アンジェ「メルスィ…「南の空には満天の星」が出るといいですね」

乗組員A「……大丈夫だ、合ってるぞ」

乗組員B「よし、それじゃあ早速乗り込んでくれ」

オニール「聞いただろう…お前ら、早く乗れ」

ドロシー「…それじゃあ、今度は「向こう」でな」

オニール「ああ」

構成員A「……おい、あんたたちは乗らねえのか?」

ドロシー「当たり前だろう…夫婦で網を打つような小舟ならともかく、これだけの大きさの漁船に乗りこんでいる女がどこにいるかよ」

アンジェ「それに私たちはあなたたちと違って公安部にマークされるようなことはしていない……だから普通に「入国審査」を通って王国入りするわ」

構成員A「そうかい」

ドロシー「ああ。余計な心配をする前に、せいぜい船酔いにならないよう祈っておくんだな…そら!」ボートのへさきを押して、浜から離れられるようにする…

アンジェ「……行ったわね」

ドロシー「ああ…今ごろは他の連中もそれぞれ動き始めたはずだ」

アンジェ「それじゃあ私たちは宿に戻りましょう」

ドロシー「何しろ明日は早く動かないといけないからな」

アンジェ「ええ」

…数日後・ロンドン…

ドロシー「どうやら監視は付いていないな…素人ばかりだから、間違いなく「スペシャル・ブランチ」がくっついてくると思ったが……」

アンジェ「…まだ分からないわ。もしかしたら泳がせているだけかもしれない」


…煤煙に煙るロンドンの屋根の上から、真鍮製の望遠鏡で一本の裏通りを監視しているドロシーとアンジェ……高い煙突とゆっくり回っている大きな歯車の間に伏せてのぞく視界の先には、通りに面して街区いっぱいに伸びた三階建て長屋があり、不用心にもカーテンを閉じないでいる部屋では独立派の構成員が手持ち無沙汰にしているのがくっきりと見える…


ドロシー「…あり得る話だな。どのみち連中に用意したネストは使い捨てだから、当日まで持ってくれればそれでいいが……」

アンジェ「そうね」

ドロシー「ああ…それじゃあそろそろ行こうか」

アンジェ「ええ…」パチリと真鍮製の望遠鏡を畳むとマントの裾をたなびかせ、窓から屋根裏部屋へと戻った…

…数時間後・裏通り…

ドロシー「…ようこそロンドンへ。その様子を見ると無事に到着したみたいだな」

オニール「少なくともおれと一緒に来た奴らはな……他の連中はどうしてる?」

ドロシー「そうだな、コリンズのグループは昨日無事に着いたよ…ニシン漁の漁船に乗せられたもんだから、魚臭くっていけないってぼやいてたな」ガタつく椅子に腰かけ、ちびちびとウィスキーを舐めている……

オニール「そうか」

ドロシー「ああ…だがオハラたちはまだだ。あいつらは腕っ節ばかりでおつむの方はからっきしだから、あんたがわざわざ「難しい芝居をしなくて済むように」って、あぶれた炭鉱夫ってことにしたのにな……一体どこで油を売っているのやら」

オニール「…困ったものだな。奴はライミー(英国野郎)に自分の農地を取られたから、熱心なことは熱心なんだが……」

ドロシー「熱心なだけじゃ「我らが祖先の地」は取り戻せないからな」

オニール「そういうことだ…」

ドロシー「それで行けばあんたは別格さ……あの有名な「トリニティ・カレッジ」に通ってた事があるんだって?」

(※トリニティ・カレッジ…ダブリン大学。アイルランドで最も歴史ある最高学府として有名で、「吸血鬼ドラキュラ」のブラム・ストーカー、「ガリヴァー旅行記」のスウィフト、「サロメ」や「幸福な王子」のオスカー・ワイルドなど、多くの作家や詩人を輩出している)

オニール「まったく、口の軽い奴らだ…だがまぁ、そうだ」

ドロシー「すごいもんだな…あたしみたいにライミーの貴族に見そめられて、犬っころよろしく飼われていた娘っ子とは訳がちがう……しかし、どうして卒業しなかったんだ?」

オニール「ああ、そのことか…」

ドロシー「……言いにくいことだったか?」

オニール「いや…単におれが独立運動に熱心すぎただけのことさ」

ドロシー「なるほど……それじゃああたしと同じだ♪」

オニール「…そうだな、おれたちはみんなアイルランドのためなら命さえ惜しくない……」

ドロシー「ああ、そうだな…」

…翌日・安食堂…

オニール「……どうだった」

ドロシー「ああ、どうにか無事に着いたよ…途中で汽車を間違えたんだと」

オニール「まったく、あいつは……」

ドロシー「まぁそう言うなよ……これで面子は揃ったんだから、後は準備を整えるだけさ」

オニール「その件だが、具体的にはどうする。おれにもいくつか案はあるが、あのフランス娘が用立ててくれる武器によってやり口は変わってくる」

ドロシー「…フランソワーズのことか? 大丈夫、心配ないさ…ライフルから散弾銃、ピストル、爆弾……さすがに手回しガトリングや機関銃となると厳しいが、それ以外ならだいたい揃えてくれるって話だ」

オニール「ならいいが…お前にはおれたちと同じアイリッシュの血が流れているが、あのフランス娘はどうもな……」

ドロシー「なぁに、心配はいらないさ…なにせ事が起きた暁には貿易の利益を独占しようっていうんだ、下手な愛国者だの理想主義者だのよりよっぽどしっかりした「信念」を持ってるってもんだ♪」そういいながら筋だらけのビーフステーキに食らいついた…

オニール「…かもしれないな」

………

…同じ頃・公安部アイルランド課…

公安部職員「……失礼します」

課長「君か……どうしたね?」

職員「はい、それが先ほど警察から電信がありまして…「手配されている独立派の構成員とおぼしき人物を国営鉄道の職員が見かけた」とのことです……なんでも行き先の異なる切符で汽車に乗り込もうとしたので、検札係が買い直すように言うと怒って押し問答になったとか」

課長「なるほど…それで、その構成員は誰だね?」

職員「はい。現在うちの職員が駅に急行し似顔絵を確認させておりますが、特徴を聞いた限りではこの男ではないかと」手配書を机に置いた…

課長「ふむ「ちび」のオハラ。大男で、過去にR.I.C.の警官二人を殺害か……他には?」

職員「はい、税関当局からテムズ川沖のサウンド(瀬戸)で漁船一隻を拿捕したと…ニシン漁の漁船で船籍はドーヴァーとあるのにフランス人が乗り込んでおり、取り調べに対し「ベルファストで数人のアイルランド人を乗せ、昨日ロンドンで降ろした」と供述しているそうです」

課長「その男たちの人相は?」

職員「詳しい情報はまだ入ってきておりませんが、税関とイミグレーション(出入国管理局)をせっついているところです」

課長「分かった……ただちに警戒情報を出し、ロンドン中のアイルランド人を捜索・監視させろ。スコットランド・ヤード(ロンドン警視庁)にも同様の連絡を送れ」

職員「はい!」

課長「待った…それから市中の銃砲店にあたって、見慣れない相手や一見の客に銃を売ったかどうか確認させろ。特に狩猟用のライフルとやピストルだ」

職員「分かりました」

課長「…それから陸・海軍に照会して、ここ数週間のうちに武器庫や造兵廠、基地での盗難が無かったか調べてくれ……ライフルのような銃器だけでなく、制服の類の盗難もな」

職員「……連中は兵士に変装するとお考えで?」

課長「閲兵式には各地の連隊がやってくるからな…見慣れない顔がいてもおかしくないし、制服と徽章を見れば「ああ、どこどこの連隊か」だけで済んでしまう……また、アイルランド人もそれが狙い目だろう」

職員「なるほど…」

…夕方…

ドロシー「…よう、ずいぶんと遅いお着きじゃないか」

ごつい男「なに、途中で汽車を乗り間違えてよ…危うくウェールズに行くところだったぜ」

ドロシー「おいおい、困った奴だな……」

ごつい男「おまけに気の利かない車掌の奴が「この切符は違います」なんていうもんだからな…」

ドロシー「……まさか殴ったりはしなかっただろうな?」一瞬だけ「すっ…」と冷たい表情が浮かんだが、すぐに自制して冗談めかした…

ごつい男「ああ、殴っちゃいないさ…ちょいと襟首をつかみはしたけどな!」

ドロシー「そうかい…ま、本番まではその腕っ節をとっておけよ……な?」(…この馬鹿、やらかしやがったな…それでなくても馬鹿でかくて目立つって言うのに……今ごろ公安部と防諜部に連絡が飛んでいるはずだ)

ごつい男「おう、そうだな。おまけに駅の売店でウィスキーを買おうとしたが「ジェームソン」も「ブッシュミルズ」も売ってないときやがった…本当にろくでもないところだぜ、アルビオンって所はよ」

ドロシー「そういうなよ……ま、しばらくはここでゆっくりしてくれ。飯は食堂がそばにあるから、そこで食うようにしてくれ」

ごつい男「分かったよ、嬢ちゃん…オニールにもよろしく伝えてくれ」

ドロシー「ああ、伝えておくよ」(…こうなったらこいつらは公安部を引きつける「餌」として使うしかないな)

………



…数日後…

オニール「…しかし、閲兵式に向かう馬車を狙うとして……どうやる?」

ドロシー「そのことはフランソワーズとも相談したが…二段構え、三段構えで行こうと思っているんだ」

オニール「具体的には?」

ドロシー「あたしは鴨撃ちを習ったことがあるから射撃は出来る……で、だ」小ぶりな望遠鏡を取り出した…

オニール「そいつは?」

ドロシー「一見するとただの望遠鏡だが……よく見るとレンズに十字の線を入れてある」対物レンズに引いた細い黒線を見せる…

オニール「確かに引いてあるな…それで?」

ドロシー「フランソワーズが用意してくれたフランス製の「レベル(ルベル)」ライフルが数挺あるから、今度郊外に出て精度を試してくる…で、その中から一番いいやつにこれを取り付ける……通りに面した建物から馬車を撃つとすれば、だいたい八十ヤード(おおよそ72メートル)もないくらいだろう…望遠鏡は銃の衝撃に耐えられないから撃っても二発がせいぜいだし、弾の精度や火薬の燃焼ムラもあるが……そう悪くない賭けになるはずだ」

オニール「それが「第一段」ってことだな」

ドロシー「そのとおり♪」

オニール「しかし「第一段」ってことは、それだけじゃないんだな?」

ドロシー「ああ…はっきり言って、私もこんなシロモノでクィーンをやれるとは思っちゃいない」

(※狙撃用スコープの元になったアイデアはレオナルド・ダ・ヴィンチが発明したとされるが、実用的なものは第一次大戦ごろまでなかった)

オニール「それじゃあ次はどうするつもりだ」

ドロシー「そのことだが……こいつを見てくれるか?」

オニール「ロンドン市街の地図だな?」

ドロシー「ああ、そうだ…見ての通り、女王は馬車でバッキンガム宮殿を出て「ザ・マル」を通り、トラファルガー広場に出る」

オニール「そこまでは当然だな」

ドロシー「ああ…そこで民衆からの歓声を浴びながらこっちに曲がる……」

オニール「エンバンクメント(運河)は避けるわけか」

ドロシー「もちろん。運河じゃあ片側ががら空きで遮蔽物がないし、対岸から銃撃されたら蜂の巣になっちまうからな」

オニール「なるほど、理屈は通る……しかしお前は詳しいな」

ドロシー「そりゃあ「貴族様」たちは口が軽いからな…色々と耳に入ってくるのさ♪」ウィンクを投げ、適当にはぐらかすドロシー…

オニール「…話の腰を折ってしまったな。それで?」

ドロシー「それからウェストミンスター寺院で大司教からの祝福を受け、それから陸軍本部、ホワイトホールの海軍本部で式典……で、やるのはこの辺りだ」地図の一点を「とんとん…っ」と叩いた……

オニール「どうしてだ?」

ドロシー「この辺りは何度か通ったことがあるが、通りが細いから馬首を転じるのは容易じゃない…おまけに銃声が響けば見物人たちが大混乱を起こして道を塞ぐ……そこで「第二弾」だ」

オニール「…馬車を襲撃するのか」

ドロシー「ご名答……散弾銃とピストル、それに爆弾でもって左右の小路から襲撃をかける。もちろん警護官は付いているが、物々しい雰囲気にならないように、ピストルを隠し持っているだけだ……力押しでいけば始末出来る」

オニール「しかし「ロイヤルガード(近衛)」の兵隊はどうする?」

ドロシー「…毛皮帽をかぶった「グレナディア・ガーズ(近衛擲弾兵)」のことか?」

オニール「ああ、奴らが騎馬で随伴しているだろう…違うか?」

ドロシー「もちろん随伴はしているさ…だが、騒ぎが起こって市民が逃げ惑い、馬が跳ね回っているような時に、連中が背中に回しているエンフィールド・ライフルを構えて弾を込め、狙いを付ける…ましてや馬上で振り回すのは相当難しいはずだ。たとえそれが切り詰め型の「騎兵銃(カービン)」タイプだとしてもな……違うか?」

オニール「手綱を取るので精一杯…ってわけか」

ドロシー「いかにも……それにもうひとつ秘策も用意してある」

オニール「ほう、どんな?」

ドロシー「そいつは直前になったら明かすが、成功疑いなしっていう「とっておき」だから期待していい」

オニール「どうしていま明かせないんだ?」

ドロシー「…そりゃあ「相手のある」事だからさ。それに……」口をつぐむと隣の部屋との壁を指差した…

構成員の声「……っし、こいつでもらいだな…!」

構成員Bの声「ちくしょうめ…だがな……っと、ハートのキングだ。ざまあみろ!」

ドロシー「……この建物は壁が薄いんだ。おまけにあんたの手下はみんな声がデカいときている…あたしがしゃべったことをロンドン中に触れ回ってもらっちゃ困る」

オニール「…」

ドロシー「それと「本番」では横道から荷車を押し出して車列の前後を塞ぎ、にっちもさっちもいかないようにする予定だ……」

オニール「まさに「袋のネズミ」か…」

ドロシー「そういうこと……どうだ、最終的に決めるのはあんただが」

オニール「いや、いい計画だ……手抜かりにも備えてあるし、これなら上手くいくだろう」

ドロシー「ふ、何しろ寝ずに考えたからな…♪」

オニール「ああ、それだけの価値があるな」

ドロシー「そう言ってもらえると嬉しいね…あとは当日まで潜んでいてくれればいい。必要ならこっちから連絡する」

オニール「分かった……後を尾けられないように気をつけろ」

ドロシー「そうするよ」

…翌日・「ケンジントン・ガーデンズ」…

ドロシー「あら「あの水鳥はなんでしょう」ね?」

L「さぁ、私は鳥類にはうといもので…しかし「多分アヒルではない」でしょうな」

…ロンドン中心街のひとつ、ウェストミンスター区にある「ケンジントン・ガーデンズ」は、かつて川をせき止めて作った大きな人工池「サーペンタイン」を挟んだ「ハイドパーク」と隣り合っている。ケンジントン・ガーデンズとハイドパークも共は緑豊かな大きな公園で、ロンドン市内にありながら小鳥のさえずりや水のせせらぎが聞こえてくる……二人は水面で泳ぐ水鳥を眺めているふりをしつつ、何気ない会話のような合い言葉を挟む…

ドロシー「そうですね…」

L「教えてあげられなくて申し訳ない……さて、報告を聞こう」

ドロシー「ああ…独立派はクィーンの首を取る気でいて、こっちがお膳立てしたプランに食いついた」

L「そこまではいい……しかし疑り深く気が短い連中のことだ、きっと土壇場で勝手な真似をするだろう」

ドロシー「分かってる。もとよりそれも組み込んであるわけだからな……それよりも「モノ」は手に入ったのか?」

L「当然だ」

ドロシー「そいつは良かった」

L「しかし喜んでばかりではいられんぞ……フランスの現地協力者が手配した漁船が王国の税関当局に拿捕されて、アイルランドから人を乗せたことが漏れた」

ドロシー「そうかい……ところで、もっと頭の痛いことを教えてやろうか? グループのひとつで構成員が切符を買い間違え、おまけに短気を起こして検札係につかみかかったとさ」

L「……馬鹿め」

ドロシー「ああ…今ごろは間違いなく防諜部、公安部、スコットランド・ヤードのデカたちが血眼になってアイルランド人を探しているはずだ」

L「むむ……どうだ、やれるか?」

ドロシー「やるさ…あいつらがいる間はロンドン中の警戒が強まって、こっちまでやりづらくなるからな」

L「分かった」

ドロシー「…当日に関しては私がおっぱじめるが、どう収めるかはその場次第で決めさせてもらう」

L「無論だ……とにかく、今回だけはクィーンを守り切り、連中の「チェックメイト」を許すな」

ドロシー「任せておけよ、チェスは得意な方なんだ♪」

…数日後・郊外の森…

ドロシー「……うーん、いい空気だ。こんな上天気になるって知ってたら、バスケット(カゴ)にサンドウィッチでも入れてきた所なんだがな」

アンジェ「あきらめなさい。それより、射点の調整を済ませてちょうだい」

…人気のない森にやってきたドロシーとアンジェ……そしてかたわらの古毛布には、フランス製の「ルベル」ライフルと8×50ミリRの弾薬、それにスコープ代わりの小さい望遠鏡がいくつか並べてある……ライフルの木被は機構に影響がない場所に穴を開けてあり、そこに真鍮で作った特製の基部(マウント)が取り付けられるよう加工してある…

ドロシー「ああ……観測を頼む」一挺を取り上げると肩付けし、弾を込めると慎重に照準を定めた…そして数十ヤード先の地面には白くて見やすい白樺の細枝が突き刺してある……

アンジェ「……始めて」

ドロシー「…」タアァ…ンッ!

アンジェ「右に六インチ、手前一ヤード」

ドロシー「ああ…」パァァ…ン……ッ!

アンジェ「右三インチ、奥に半ヤード」

ドロシー「どうも照準が合ってないな……次弾、行くぞ」

アンジェ「…右に半ヤード、前後はちょうどよ」

ドロシー「よし、あと数発やってみよう……ただ、この銃は右にそれるな」

…一時間後…

ドロシー「…これが一番いいみたいだな」空薬莢が散らばる中で身体を起こし、選んだライフルを布にくるむと肩を回した…

アンジェ「そうね」

ドロシー「後のやつはここに埋めていけばいいし、空薬莢も同じだな」

アンジェ「ええ」

ドロシー「それにしても腹が減ったな……ロンドンに戻ったら何か食おうぜ?」

アンジェ「それよりも「バスケットに入ったサンドウィッチ」がどうのこうって言ってなかったかしら…?」無表情のままバスケットの蓋を開けると、白パンのサンドウィッチがいくつか入っていた…

ドロシー「…さすが♪」

…数日後…

ドロシー「さて、取りに行くものはあと一つだけなんだが……」

…すでにロンドン市街は閲兵式と女王のパレードに備えて警戒が強められており、街のあちこちに制服姿のコンスターブル(巡査)や私服姿のスペシャル・ブランチ(公安)部員たちが視線を光らせている……ドロシーは古びたボンネットと頬のスカーフ、それに柳のバスケットを持って買い出しの主婦に変装しているとはいえ、リスクを考えて目的地に行くことを止め、脇道へすっと折れた……

ドロシー「……ちっ」

…裏通り…

ドロシー「…坊や、ちょっといいかな?」

…市街の「ロイヤル・アルビオン・アクターズ・アカデミー(アルビオン王立俳優アカデミー)」の近くにある、ちょっとした劇場や俳優の練習場が多い一角で、ドロシーは十歳にも満たないくらいの男の子に声をかけた…

男の子「ぼく、坊やじゃないよ! トミーって言うんだ!」

ドロシー「ああ、ごめんね…ところでトミー、ちょっとお使いを頼まれてくれないかな?」

男の子「おつかい?」

ドロシー「そう、おつかいだよ……もしやってくれたらお駄賃に一ギニーあげよう♪」ギニー硬貨を取り出してみせた…

男の子「ほんと?」

ドロシー「もちろん、お姉さんは嘘つきじゃないからね……やってくれるかな?」

男の子「うん、いいよ」

ドロシー「そっか…それじゃあお願いだけどね、この先の角を左に曲がって通りをひとつ分行くと「ウェイバリー道具店」っていうお店があるんだけど……知ってるかな?」

男の子「うん、知ってるよ!」

ドロシー「そっか、詳しいんだね…じゃあ「ウェイバリー道具店」に行って『モリー一座が注文した物を受け取りに来ました』って言ってくれるかな?」

男の子「えっと「モリー一座が注文したものを受け取りにきました」!」

ドロシー「そうそう。トミー、君は賢いね……それで、品物を受け取ったらここまで持ってきてくれるかな?」

男の子「分かったよ、おばちゃん!」

ドロシー「おばちゃんじゃなくて「お姉さん」だよ、トミー」

男の子「そっか…ごめんね、お姉さん」

ドロシー「いいよ……さ、それじゃあ「お姉さん」はここで待ってるからね」男の子が駆け出すとはす向かいの店先に歩いて行き、さりげなく裏通りを監視できる場所をおさえた…

…数分後…

男の子「お姉ちゃん、行ってきたよ!」

ドロシー「ありがとう、早かったね……重くなかった?」

男の子「ぼく、力持ちだもん!へっちゃらだよ!」

ドロシー「そっか…それじゃあ約束のお駄賃だ♪」

男の子「ありがと、お姉ちゃん!」

ドロシー「またね…♪」軽く腰をかがめて視線を合わせ手を振って見送ったが、喜び勇んで駆けていく男の子が角を曲がると、ふっと皮肉な笑みを浮かべた……

ドロシー「……おかげで助かったよ、坊や」

…数時間後・ネスト…

ドロシー「ふう…よいしょ」今まで肩に担いできた袋を床に放り出す…

オニール「そいつは一体なんだ?」

ドロシー「これか? これは当日必要になる「小道具」さ……今開けてやるよ」袋の口ひもをほどくと、なかから真っ赤な上着と黒のズボン、それに飾りの付いた軍帽、白く塗られた革のベルトとエンフィールド小銃の弾薬入れが出てきた…

構成員A「なんだこりゃあ…!?」

ドロシー「見ての通りアルビオン王国「フュージリア(軽歩兵)」連隊の制服さ…細かいところはいくつか違うがね」

構成員B「それより、こんな物をどうしようって言うんだ?」

ドロシー「簡単さ。当日、あんたらにはこれを着てもらう……車列を襲撃するときに同じような制服を着た連中に襲われればどれが敵か分からなくなって、より混乱するからな」

構成員C「けっ……よりにもよってライミーどもの赤服かよ」

ドロシー「文句言うな…私はあんたらに試着させて、そのあとで裾をあげたり詰めたりしなきゃならないんだからな」

オニール「…なるほど、これが「秘策」ってやつか」

ドロシー「いかにも…この制服は芝居用の道具屋で揃えてきたが、店主の爺さんは目が悪いし、私も変装して行ったんでね……まぁ脚はつかないだろう」

…閲兵式・数日前…

公安部員「…ノルマンディ公、当日の警備体制の資料をお持ちしました」

ノルマンディ公「ご苦労…市内の様子はどうだ?」

部員「はっ、すでにお召し馬車の経路沿いは我々公安部、スコットランド・ヤード(ロンドン警視庁)…それに防諜部と陸軍が警戒に当たっております」

ノルマンディ公「ふむ……」(しかし女王の護衛を担当する組織が多すぎるな…しかも縦割りの官僚主義で、連携はつぎはぎだらけときたものだ……)

部員「あの、何か…?」

ノルマンディ公「いや、結構だ…下がりたまえ」

部員「はっ…!」公安部の切れ者たちでさえ目の前にすると恐ろしく感じるノルマンディ公に「何か言われるのでは」と内心ヒヤヒヤしていたが、何も聞かれなかったことにほっとして部屋を出て行こうとした……

ノルマンディ公「…待て」

部員「は、はい…!」

ノルマンディ公「一つ聞きたい……この部分の警戒はどこの組織が担当しているのだ?」ロンドンの地図上に引かれた何色もの線…その重なった部分を指さした…

部員「はっ、そこは……」

ノルマンディ公「……地図上では線一本だが、実際には一部屋ほどの幅があるぞ。その「隙間」に共和国の連中が潜り込んでいたらどうする気だ」

部員「申し訳ありません、直ちに確認を取ります…!」

ノルマンディ公「そうしろ……それから下水道の蓋には封印をし、地下の柵には鍵をかけたな?」

部員「はい、指示通りに実施しております」

ノルマンディ公「分かった。では先ほどの警戒区域の割り振りを確認し、完了次第報告しろ」

部員「承知しました…!」

ノルマンディ公「…」(我々も王族を失うわけにはいかない…とはいえ、ここで共和国の連中が「直接行動」に出てくるとなれば、連中を一網打尽にできる……場合によっては王族に連なる何人かの損失も許容しうるな……)

…一方・在ロンドン「アルビオン共和国大使館」の一室…

7「L、情報が入っております」

L「うむ…エージェント「D」および「A」は連中を上手く引っ張り出すことに成功したな……」

7「ええ」

L「あとはこのまま直前まで「芝居」を続けるだけだ…警備状況はどうだ?」

7「はい……すでに街角にはロンドン警視庁の制服および「スペシャル・ブランチ」の私服、サマーセット連隊および「カウンティ・オブ・ロンドン・ヨーマンリー」の軽歩兵一個大隊が展開しており、それに防諜部、公安部も警戒しております」

(※ヨーマンリー…義勇農民軍。もとは正規軍の派遣に伴い本土の兵力が減少したことから、自作農など多少「市民としての地位を得ている」人々を集めて設けた内務省主管の義勇軍であったが、後に改組されて陸軍に組み込まれた)

L「ふむ、あちこちの組織から見ず知らずの人間が集まっているというわけか……好都合だな」

7「まさに「人を隠すには人」というわけですね?」

L「いかにも……」

…閲兵式・前日…

見回りの歩兵「おい、止まれ」

ドロシー「なんだい?」

歩兵「身分検査だ……住まいはこの近くか?」

ドロシー「ええ、この先の24番地にある下宿の屋根裏部屋さ」

歩兵B「その荷物は?」

ドロシー「見ての通り食べ物さね…」パンやチーズ、それに毛をむしった丸々としたアヒルを抱えている…

歩兵「どれ……ほう、立派なアヒルじゃないか」

ドロシー「うちの雇い主が珍しく慈悲深いところを見せてくれたもんだからね…ちょいと奮発したってわけさ♪」

歩兵B「それにしてもうまそうなアヒルだな……もし焼いたらおれたちにも分けてほしいもんだ」

ドロシー「ちゃんとその分の「おあし(お金)」を払ってくれるならね…そのときはこんがり焼いてクランベリーソースをかけて持ってきてあげるよ?」

歩兵「おれはリンゴソースの方がいいな……まぁいい、行っていいぞ」

ドロシー「はいよ」中に紙袋でくるんだウェブリー・スコット・リボルバーを詰めたアヒルを抱え、普段通りの歩調で立ち去った…

続きを投下する前に、とうとう「劇場版プリンセス・プリンシパル~Crown handler第一章~」が封切られましたね!


ちなみに無事に見ることができ、入館特典でランダムにもらえるキャラクター色紙はドロシーでした♪

…「プリンセス・プリンシパル」の登場人物は全員好きですが、特にドロシーは好きなので嬉しいですね。皆様もぜひ銀幕で「チーム白鳩」の活躍を見ましょう!(ダイマ)

…その日の午後…

ドロシー「……ちくしょうめ、それにしたってタイミングが悪すぎるっての」ウェブリー・スコットを手入れしながら悪態をついている…

アンジェ「何をさっきからぶつぶつと……ボヤくにしてももう少し静かにしてもらえないかしら」

ドロシー「いや、そんなことを言ったってな…なにせ「劇場版プリンセス・プリンシパル~Crown handler~」の封切りがあったんだぜ?」

アンジェ「そうだったわね…それで?」

ドロシー「いや、ね…そう思って数ヶ月も前から券も買っておいたっていうのに、この任務のせいでおじゃんだ……ボヤきたくもなるだろう」

アンジェ「それは残念だったわね……ちなみに私はもう見たわ」

ドロシー「なに…っ!?」

アンジェ「この前プリンセスが特別試写会に招いてくれたから」

ドロシー「おい待て、そんなの聞いてないぞ!?」

アンジェ「ええ……招待されたのは「私だけ」だったもの。二人きりで心ゆくまで見たわ」

ドロシー「くそっ、惚気まで聞かせてくれやがって……」

…同じ頃…

7「…L、一体どちらへ?」

L「なに、映画をな……劇場版「プリンセス・プリンシパル」を見に行く」

7「それは困ります…エージェント「D」からの報告によると、王国防諜部や公安部が警戒を強めており、いつ情勢が動くか分からないとのことですので……」

L「だが、すでに券は買ってあるのだぞ」

7「残念ですが、あきらめていただくより仕方ないかと」

L「ええい…ノルマンディ公め、分かっていてこのタイミングにぶつけてきたな……」

7「そうかもしれません。ところで、しばらくの間だけ席を外させていただきます」

L「…どこへ行く?」

7「昼食と、それから映画館です…私も予約しておいたので」

L「…私が書類とにらめっこしているというのに、君は優雅に映画か? …覚えておれ、戻ってきたら残りの雑務をみんな押しつけてやる」

7「あら…そのようなことをなさると、帰ってきたときに「うっかり」筋書きをしゃべってしまうかもしれませんよ?」

L「……君も脅しの使い方が上手になったな。もし映画館に行くのならついでに「第二章」の予約券も買ってきてくれ…確か封切りは今年の秋だったか?」

7「そうですね…分かりました、ついでに買ってきます」

L「うむ」

………



…その日の晩・ネスト…

ドロシー「よーし、それじゃあ改めて袖を通してみてくれ…寸は直しておいたから、今度こそぴったりのはずだ」

構成員A「ああ…」

ドロシー「へぇ、なかなかいい感じじゃないか…これなら充分王国の軽歩兵で通るぜ♪」

構成員B「反吐が出るぜ」

ドロシー「文句言うなよ。これも「祖国のため」だろ?」

構成員C「そうじゃなきゃ、こんな服なんぞ下水にでも叩き込んでるってんだ」

ドロシー「ああ、いくらだってそうしてくれていいさ……ただし、全部終わったらな」

構成員A「待ち遠しい限りだな…前祝いに一杯やらねえか?」

ドロシー「気持ちは分かるが今夜は止めておけ…二日酔いでふらふらした連中が制服を着ていたらおかしいからな。それと当日は喋るのも最低限にしろよ……アイルランド訛りを聞かれちゃまずい」

オニール「その通りだな…」

ドロシー「それじゃあ私は上がらせてもらうよ……お休み、良い夢をな」

オニール「ああ、そっちも」

…しばらくして…

オニール「……オブライエン、ちょっといいか」

構成員A「なんだい?」

オニール「ああ…お前に一つ頼みがある」

構成員A「オニール、他ならぬあんたの頼みを断るわけがねえ。なんでも言ってくれよ」

オニール「そうか。実はな、お前には当日キャサリン…ミス・マクニールの横にいてもらいたいんだ」

構成員A「そりゃああんたの頼みだから「やれ」と言われりゃあやるが……どうしてだ? ケイト(キャサリンのあだ名)は腕も立つし、お守りなんぞいなくたってばっちりやってくれるだろ」

オニール「ふぅ、分かった。口の堅いお前だから正直に言うとな……どうも引っかかる」

構成員A「…引っかかる?」

オニール「ああ。もちろんここまで来られたのはミス・マクニールとミス・ブーケの手伝いがあってこそだ…しかしな、どうにも手際が良すぎる気がする……おれの「アイルランド人の直感」がそうささやいている気がするんだ」

構成員A「はは、なんだいそりゃあ…確かにここまで無事に来られるなんてよくよくツイてるが、今までも時々そういうことがあったじゃないか」

オニール「お前の言うとおり、確かに最初からエースのフォーカードが揃っているような時もあった……だがな、あの二人の娘っ子の手回しの良さは素人にしてはできすぎだと思わないか?」

構成員A「そりゃあ、あの二人…特にあのカエル(フランス人)の血を引いた娘は裏であっち(フランス)とやり取りがあるんだろう? それならよく練られた計画が出てきたっておかしくないさ……まぁ「芝居用の衣装で王国の兵隊の仮装をして馬車を襲う」なんて、確かに感心するけどな」

オニール「…」

構成員A「……いや、あんたの言いたいことは分かったよ…とにかく、おれはあんたの言うとおりに動く。ケイトの動きが気になるなら見張っておくさ」

オニール「済まないな」

構成員A「気にするなよ……ほら」縁が欠けた陶器のティーカップに「一杯だけ」とジェームソンを注いだ…

オニール「悪いな…」

…数十分後・「白鳩」のネスト…

ドロシー「…やっぱりな」

アンジェ「ええ…結局の所、あの手の連中はどこまで行っても自分たち以外は信用しないもの」

…オニールたちに用意した下宿の上階にある空き部屋に忍び込み、暖炉の煙突に耳を近づけて会話を盗み聞きしていたアンジェ…

ドロシー「その割にはちょっと一杯付き合っただけの奴にぺらぺら喋ったりするんだがな……ま、いいさ」

アンジェ「そうね……どのみち彼らには彼らの役割を果たしてもらうだけだもの」

ドロシー「そういうことさ」

………



…閲兵式当日・朝…

王宮警護官隊長「いいか、今日は女王陛下及びシャーロット王女殿下が馬車にお乗りになる……また、公安部始め各組織が警戒に当たっているが、最後に盾となるのは我々だけだ。よく地図を確認し、必ず王族の方々をお守りするように」

警護官たち「「はっ!」」

…ノルマンディ公・書斎…

ノルマンディ公「…はてさて、これからどの駒がどう動くか……ガゼル、行くぞ」

ガゼル「はい…」

…スコットランド・ヤード(ロンドン警視庁)本部…

スペシャル・ブランチ(公安・特捜部)部長「……準備はどうだ?」

スペシャル・ブランチ職員「はい。部長の指示通り市内各地に自動車を展開し、それぞれの車に部員を三人ずつと無線電話の機械を乗せて待機させてあります」

部長「よし。公安部の連中がいくら偉そうにしていても、我々は「スペシャル・ブランチ」だ……決して遅れを取るようなドジを踏むなよ」

職員「もちろんです」

…ネスト…

ドロシー「……さて、いよいよだな」

アンジェ「そうね、上手くやってちょうだい」

ドロシー「任せておけ……アンジェ、お前もな」

アンジェ「ええ」

…先ほどの地震は大きかったので、あの時を思い出して少し恐ろしかったですね。幸いにしてこちらは安定の悪い小物が落ちたりした程度でしたが……皆さまの地域は大丈夫でしたか?

…数十分後…

ドロシー「よし、それじゃあいよいよ本番だ…♪」

構成員B「待ちくたびれたぜ!」

ドロシー「威勢がいいな……だが、まずはあたしが通りに出る。見られていないようなら合図をするから、そうしたら「分列行進」の要領で、きちんと整列して出るようにな……それと誰かに何か聞かれるようなことがあったら、オニール…あんたがしゃべってくれ。あんたは学があるし「クィーンズ・イングリッシュ」もなかなかだから、歩兵分隊を指揮する警備の将校で通るだろう」

オニール「分かった」アルビオン王国将校のぱりっとした軍服も、なかなかさまになっているオニール…

ドロシー「それから、道端の物は大小問わず「爆弾でもしかけられているんじゃないか」って言うんで全部どかされているから、道路を塞ぐのに使う荷車を停めておくわけにはいかなかった……そういうわけだから、荷車は時間に合わせて協力者が襲撃地点の脇道まで持ってくる…もし来なかったらそのときは臨機応変にやってくれ」

オニール「いいだろう」

ドロシー「襲撃が終わったら結果の如何に関わらず、事前に決めた集合場所に集まること…」

オニール「その通りだ……逃げる手はずについてはみんなに言ったとおりだが、必要以上に待つことはしない。遅れるようなら置いていく」

ドロシー「そういうことだ」

構成員B「なぁ、そういえばオハラやコリンズたちは何をするんだ?」

ドロシー「そのことか……オニール、説明してやってくれよ」

オニール「ああ…オハラたちはおれたちが襲撃をしかける場所とは別の場所に待機していて、馬車がおれたちの襲撃から逃げようとしたらねずみ取りの「蓋を閉める」役割を受け持つ」

ドロシー「それからコリンズたちは連絡と遊撃だ…もし馬車が予想外のルートを通ったり、こっちの襲撃を強行突破しようとしたら打って出る」

構成員C「なるほどな…」

ドロシー「納得したか? それじゃあ私はこれで…」

オニール「ちょっと待ってくれ、ミス・マクニール」

ドロシー「ん?」

オニール「お前は大事な狙撃役だ、それが一人きりって言うのは心もとない……護衛としてオブライエンを連れて行け」

ドロシー「おいおい、あたしだって子供じゃないんだぜ?子守なんているかよ」

オニール「そういうな、一人より二人だ」

ドロシー「分かったよ……気を遣わせちまったな」

オニール「なに、うら若いレディ一人に危険な真似をさせるなんて言うのは「男がすたる」ってものだからな」

ドロシー「おいおい、ボーディシアは女だぜ?」(※ボアディケアとも…古代ローマ帝国統治下にあったケルトの女王。ローマの統治に反旗を翻し、車軸からスパイクを生やしたチャリオット(戦車)で猛烈に戦ったとされる)

オニール「ふ…そうだったな」

…そのころ・バッキンガム宮殿…

プリンセス「…お手をどうぞ、お祖母様」

女王「ええ……ありがとう」

女性警護官「…」

男性警護官「…陛下は馬車にお乗りになられました」馬車に乗り込む女王の手を取って手助けするプリンセスと、その左右について神経を尖らせている王室警護官たち…

警護隊長「よし、それじゃあ第一班は馬車に先行し前方の警護、第二班は左右の警戒。第三班は後方の守りを固めろ」馬車の前後を黒いロールス・ロイス乗用車で固め、油断なく目を配っている警護官たち…

女性警護官「……近衛擲弾兵も護衛につきました」見事にくしけずられた毛並みのいい馬にまたがり、毛皮の帽子をかぶっている「近衛擲弾兵」の兵士も付く……

プリンセス「…♪」護衛たちの「気を散らさないように」と、いつものようにねぎらいの声をかけたりすることはせず、代わりに座席にゆったりと腰かけて女王と歓談するプリンセス……アンジェからは襲撃の計画は聞かされているが、表情一つ変えることなく、いつも通りに振る舞っている……


…バッキンガム宮殿を出て「ザ・マル」(バッキンガム宮殿前の大通り)へと出たお召し馬車…歩道には多くの市民が集まり、帽子を振ったり歓声を上げたりしていて、沿道には車道にはみ出さないよう群衆を抑える赤い制服の陸軍歩兵やロンドン警視庁の警官が並び、上空には王立航空軍の空中戦艦が見事な陣形を組んで遊弋している……そして表向きは「女王陛下を見下ろすのは不敬である」という理由がついていたが、実際には高所からの銃撃や攻撃を避けるために高架道路と高架鉄道は全て封鎖され、飛行船もロンドン上空を通らない航路へと変えさせられていた…


プリンセス「…」(いよいよね……)

………

…数十分後・裏通り…

アンジェ「ご苦労様」

車引き「はいよ、それじゃあ…」

アンジェ「…これだけあれば足止めには充分ね」


…貧民街で一シリングも払わずに雇った車引きに運ばせた二台の荷車が到着すると、きちんと積み荷を確認したアンジェ……回りくどいが足取りを残さないよう、幾人かのカットアウトや協力者を通じて手配したのは山積みになったレンガひと山で、一旦崩れれば路上からどかすにしても乗り越えるにしても厄介なことになる…ついでに中身が噴き出すと濃い煙が立ちこめるシロモノである蓄圧缶数本を隙間にねじ込む…


アンジェ「それからこっちは…」

…もう一台の荷車には引っ越し荷物のような木箱がいくつか載せてあるが、その中の「服」と書いてある箱の蓋を開けて数枚の衣服をのけると、その下に数個の爆弾と散弾銃、それにウェブリーやトランターなど、メーカーも口径も雑多なリボルバーが八挺ほど詰め込んであった…

アンジェ「……結構、注文通りね」

アンジェ「これなら、後はドロシーに任せればいい……」なんの特徴もないモスグリーンのスカートと白いブラウス、グレイのショール、それにボンネットをかぶり買い物カゴを持った平凡な買い出しスタイルで、急ぐでもなく静かに歩み去った……

…数十分後・とある下宿の二階…

構成員A「なぁ…一つ気になってたんだが」

ドロシー「何が?」

構成員A「この狙撃のことさ……そのライフルなら射程四百ヤードは堅いはずだろう、何も八十ヤードまで待たなくてもいいんじゃないのか」

ドロシー「そりゃあエンフィールド・ライフルほどじゃないにしても、ルベル(レベル)・ライフルなら数百ヤードくらい充分届くさ……ただ、届くって言うのと「当たる」っていうのは全く別の話だからな。それだけの距離を飛んだら威力は落ちるし、ルベルの弾は先端が平べったいから、飛んでいるうちに左右たっぷり数ヤードはずれちまう」

構成員A「…しかし八十ヤードって言ったら目と鼻の先だろ」

ドロシー「本当にそう思うか? 例えば通りの向こうにある店の入口…小指の先くらいに見える緑のドア…あそこに見物人が立ってるよな、茶色の山高帽をかぶった……あの男までどのくらいあると思う?」

構成員A「あいつか?たっぷり二百ヤードはあるんじゃないのか」

ドロシー「残念でした……あれで百ヤードさ」

構成員A「本当か?」

ドロシー「ああ…実際にこの脚で歩測したから間違いない。だから八十ヤードの距離でもかなりの博打を打つことになるんだ……それにここから馬車を狙うとなると少なくとも十五度は射角がある…おまけに相手は動く目標と来るんだからな」

構成員A「なら逆にもっと引き寄せちゃどうなんだ?」

ドロシー「そうすりゃ今度は逃げる余裕がなくなる……あくまでもこの一発は合図みたいなもんだからな。もし外してもオニールが上手くやってくれるさ」

構成員A「確かにそうかもしれないが…」

ドロシー「おい、そうやって考えてたらキリがないぞ……あたしはこの一発で「チェックメイト」を打てるようにお膳立てを整えたんだ。そりゃあ上手くいくかどうか心配なのは分かるが、いまさらああだこうだ言ったって仕方ないだろう」

構成員A「いや、何もおれは…」

ドロシー「分かってるよ、緊張しているのはあたしも同じだ……特にこの一発に賭けるとなりゃあな。しかし舞台は整っちまってるし、役者も幕が上がるのを待ってる……今さら筋書きを変えるわけにはいかないのさ」

構成員A「……そうだな」

ドロシー「さぁ、馬車が来るぞ…その望遠鏡でもって観測してくれ」

構成員A「分かったよ」

ドロシー「窓は開けて、カーテンは軽く下ろしてくれ……たとえ窓から突き出してなくても、室内に差し込んできた陽光に銃身が反射したら護衛に気づかれるし、それに狙うとき目がくらむからな」

構成員A「ああ」

ドロシー「……さて、と」ルベル・ライフルに弾を込め、四発ほど装填すると窓辺に寄せた小机に横たわらせた…小机には椅子から持ってきたクッションが乗せてあり、銃がガタつかないようになっている…

構成員A「どうして全弾込めないんだ?」

ドロシー「込めたって撃つ余裕がないからさ……それよりカーテンをもうちょい引いてくれ。これじゃあスコープに光が入って、眩しくって仕方ない」

構成員A「…これでいいか?」

ドロシー「ああ、良くなったよ……ふぅ…」抱き寄せるようにライフルを構え、肩の力を抜くように息を吐くと「キシンッ…!」と、槓桿(ボルト)を動かした……

構成員A「…後は待つだけか」

ドロシー「そうさ……」

…裏通り…

王国陸軍歩兵「よし、止まれ!…合い言葉を言え!」

…紅い上着に白いベルト、そして肩に掛けたスリング(背負い革)でエンフィールド・ライフルを吊って行進してきた半個分隊規模の歩兵……というのは真っ赤な嘘で、実際はオニールたち独立派の襲撃グループ……それに向かって、裏通りに立っている歩哨が誰何した…

構成員B「…」(くそっ、合い言葉だと…そんなの聞いてないぞ!?)

オニール「名誉と忠誠!」

歩哨「あの、失礼ですが……少尉どの、合い言葉が違います」

オニール「馬鹿な。こっちはこの合い言葉だと聞いているぞ……それより君はここでなにをしている?」

歩哨「はっ、ビクスビー伍長から「不審者を通さないよう見張れ」と命令を受けております!」

オニール「そうか…だが今から交代で、君らは休憩に入れ……次の交代時間までに戻ればよろしい」

歩哨「しかし伍長は……」

オニール「伍長は手はずに変更があったことをまだ聞いていないのだ……それとも何か、伍長の命令は本官の命令よりも優先されるのか?」

歩哨「い、いえ!そんなことは……」

オニール「なら問題はないだろう…ご苦労だった」

歩哨「はっ!」いかにも上流階級の士官らしいオニールの態度に接し、思わず敬礼する…

オニール「結構……さぁ、行け…!」歩哨が狐につままれたような表情を浮かべながら立ち去る間に、さっと警戒区画の中へと入り込んだ……

構成員C「…あったぞ、荷車だ」

オニール「よし……お前たちは銃声が響いたら荷車を押し出せ。おれたちは道に飛び出して馬車を銃撃する」

構成員D「分かった…」

…一方・ネストの一つ…

ごつい男「そろそろおれたちも動く頃合いだな……野郎ども、準備はいいか?」

構成員E「もちろんだ」

構成員F「いつでもいけるぜ!」

ごつい男「よし…いいか、おれたちはオニールたちが車列を取り逃がさないようにけつを押さえる役目だ。しくじるなよ?」

構成員G「任せておけよ!」

ごつい男「よし、それじゃあ行くぞ…!」

目立たない男「…」労働者風の上着の下にピストルを忍ばせ、左右をジロジロと見回しながら通りに出た独立派の構成員たち……と、さりげなくその後を尾ける一人の男…向かいの歩道にはその男の連絡役が付き、さらに十数ヤード後ろには連絡役らしいもう一人が控えている…

…少し離れた建物…

アンジェ「……引っかかったわね」そうつぶやくと懐から伝書鳩を出し、メッセージを付けて空に放した…

………

…数分後…

7「L、あなた宛に「A」からメッセージが届きました…その内容ですが「エリーはソフィーが好き」とのことです」

L「ふむ。これで少なくとも一人は情報を売っていたことが分かったな……よし、君は引き続きメッセージを受け取り「ダブル・クロス」(二重スパイ)の洗い出しを続けろ。せっかくの機会だからな」

7「はい」

…アイルランド独立派による女王襲撃に合わせて動きを見せるはずの王国防諜部やノルマンディ公配下のエージェントたち……そうした「敵方」に情報を流すべく共和国に潜り込んでいる王国側のダブル・クロスやモール(もぐら)を探り出すべく、コントロールは「クサい」とにらんだ数人にそれぞれ別の情報を「餌」としてわざと漏らしていた…

L「さて、後はこのまま上手く運んでくれれば結構だがな……」

………

…数十分後…

構成員A「おい、来たぞ…!」

ドロシー「見えてる……護衛車は前後に一台づつ、それと左右に騎馬の近衛擲弾兵か……」

…歩道には女王やロイヤルファミリー(王族)を一目見ようとする市民たちで黒山の人だかりが出来ていて、車道にはみ出さないように制する警官や兵士たちも四苦八苦している…そしてカーテンを引いた室内からライフルを構えその様子をスコープ越しに眺めているドロシーと、伸縮式の望遠鏡で状況を観察している構成員…

構成員A「おい、そろそろぶっ放してもいいんじゃないのか…!?」

ドロシー「いや、もっと引き寄せないと……この位置じゃ御者の頭が邪魔だ」

構成員A「…もう八十ヤードは切ってるぞ!」

ドロシー「まだだ……」

構成員A「何やってる、早く撃てっ…!」

ドロシー「まだだ! そのまま、そのまま……」

ドロシー「…プリンセス……」スコープに映る女王の隣には手を振り、市民に向けてにこやかな笑顔を浮かべているプリンセスの姿が見える…


…深く息を吸うと軽く吐き、そのままふっと呼吸を止める……すると窓辺に寄せた小机とクッションで支えているライフルのわずかな揺れがピタリと止まり、スコープもどきの小型望遠鏡の対物レンズに描いてある十字線の中心に女王の顔が大きく映る……そこからほんの数インチだけ照準をずらして、ゆっくり引き金を引き絞る…


ドロシー「…」引き金を引いた瞬間、室内に「ダァァ…ンッ!」と銃声がとどろき、硝煙の臭いが立ちこめた……

ドロシー「……くっ、外した!」

構成員A「もう一発だ、撃て!」

ドロシー「だめだ、まごまごしていたらあっという間に包囲されるぞ!」

構成員A「構うもんか!ここで女王をやらないでおめおめと帰れるわけないだろう!」

ドロシー「いいから引け、どのみちもう護衛が盾についてる!」

構成員A「えぇい、貸せっ…おれがやる!」

構成員A「…このっ!」ドロシーのライフルを奪い取ると頬を銃床にあて、片目を細めてスコープをのぞき込む…

ドロシー「…」一瞬唇をかみしめたが、思い直したように上着の懐からウェブリーを抜き、女王へ照準を合わせようとしている相手の後頭部に弾を撃ち込んだ…

ドロシー「……悪いな」崩れ落ちた相手からライフルを取り上げると、もう一度馬車の方に銃口を向けた…

…裏路地…

構成員B「始まった!」

オニール「よし…アイルランドよ永遠なれ!」

構成員C「やっちまえ!」数人が荷車を押し出し、残りは積み荷に紛れ込ませてあった銃を取り出しながら車道に飛び出す…

…車列…

警護官「銃声…っ!?」良く晴れたロンドンの空に乾いた銃声が「タァァ…ン…!」と余韻を残して響きわたった……それと同時に脇道から車列の前に荷車が飛び出し、横転すると同時に積み荷のレンガをぶちまけた…

警護官B「…くそっ!前を塞がれたっ!」

警護官「全員応戦しろ!お召し馬車を転回させる間、何としても陛下をお守りするんだ!」

警護官C「はい!」

警護官「ベーカー、車を回せ!後衛を前に立て、我々がしんがりにつく!」

運転手「了解!」

近衛擲弾兵小隊長「……第一小隊!左翼の敵を迎え撃て!」

擲弾兵A「くそっ、どいつが敵だ…!?」逃げ惑う群衆と、そのあおりを受けていななき跳ねまわる軍馬、そして防衛体勢を取ろうとあちこちに駆け出す赤服の近衛擲弾兵と黒い制服の警官たち…

擲弾兵B「隊長!右翼からも銃撃です!」

小隊長「何、挟み撃ちか!?」

…前衛の護衛車…

警護官C「くそ、後方も塞がれた…それに煙も!」

警護官「ええい……車を馬車に横着けしろ!陛下をお乗せして突破を図る!」襲撃してきた側の反対側にあるドアを開けて車外に張り出しているサイドステップに足を乗せるとしゃがみ込み、片手で車体を掴み、エンジンフード上に載せたもう片方の腕を伸ばして射撃した…

運転手「はっ!」

構成員D「…かかれ!逃がすな!」

警護官「陛下!プリンセス!…ここは私たちがお守りいたします、伏せていて下さい!」警護官はそれぞれ三インチ銃身のウェブリー・スコットや、それよりもっと銃身の短い「ブルドッグ」ピストルを抜き、また一人の女性警護官は女王とプリンセスの上に身体をかぶせ、文字通り「生きる盾」の体勢をとった…

プリンセス「ええ…!」

構成員E「食らえ!」護衛車から応射してくる警護官に向けて、散弾銃を叩き込む…

警護官D「ぐあっ…!」

警護官E「スコット、場所を代われ!」

警護官F「はい!」

プリンセス「……お祖母様、私がついておりますわ」

女王「ありがとう、余は大丈夫ですよ。撃ち合いは警護の者たちに任せて、わたくしたちは邪魔にならないよう姿勢を低くしておきましょう」寄る年波で脚の自由が利かないとはいえ、さすがにアルビオンを治めてきた女王だけあって、襲撃を受けていながら動揺の色は見せない…

プリンセス「はい」

………



ドロシー「…ちっ、予想以上にうまく行き過ぎちまったな……だがそれじゃあ困るんだ」


…独立派から疑いの目をもたれないよう、しっかりとプランを練ったドロシーとアンジェ…とはいうものの、そもそもの目的から言ってどこかでアイルランド人たちが短気を起こして早まった事をするか、さもなければ何か間違ったことをしでかすことで失敗に終わる予定だった襲撃計画…が、統率力に優れたオニールに率いられた独立派は思っていたほどミスをせず、女王とプリンセスが乗った馬車に迫りつつある…


ドロシー「ふぅ……こうなったら仕方ないか」ボルトを引くと、もう一度ライフルを構え直す……取り付けていた小型望遠鏡は発砲の衝撃に耐えきれずレンズの接合部がガタガタになっていたので、ライフル自体に作り付けてある照準器を使って、目視照準で狙いを付けた…

構成員C「…うぐっ!」

構成員D「がはっ…!」

オニール「くそっ……あと一息って所で!」

構成員E「オニール!こうなったらイチかバチかで突っ込むぞ!」

オニール「よせ!」

構成員E「この…っ!」馬車の扉に手がかかる所まで駆け寄ったが、至近距離から警護官の銃撃を浴びてもんどり打った…

オニール「畜生……引けっ!」

構成員B「…くそぉ!」

…馬車に向けて最後の銃撃を浴びせると、もうもうと白煙を上げている蓄圧缶の煙を煙幕にしてバラバラな方向に走り去った…

警護官C「あっ…襲撃者は逃亡した模様です!」

警護官「よし、このまま陛下、プリンセスをお守りし宮殿に戻る!近衛の連中には馬車を囲ませろ!」

警護官C「はっ!」

プリンセス「……どうやら無事で済んだようですね…警護の皆さんは大丈夫ですか?」

女性警護官「はっきりしたことは分かりませんが、少なくとも数人は撃たれたようです…それと、まだ頭は上げないで下さい」

プリンセス「そう……」プリンセスは警護官に負傷者が出たと聞いて悲しそうな声を出し、表情を曇らせた…

女性警護官「お心遣いに感謝いたします。ですが、それがわたくしどもの任務ですから……」

プリンセス「ええ、ありがとう」

………

…数時間後・集合地点…

オニール「……無事だったのはお前たちだけか」

構成員B「どうやらそうみたいだ」

構成員H「…ってことは、オハラたちは全滅か……くそっ」

構成員I「畜生…」

…三々五々と集合地点の下宿に集まり、椅子ときしむベッドに座り込んでいる独立派たち……だが、アイルランドを出たときに比べると構成員は数人まで減っている…

構成員B「しかしオニール、あんたが無事だっただけでもめっけものだ…」

構成員H「そうだな……あんたの頭脳と腕っ節があれば、また再起を図ることだって出来るってもんだ」

オニール「…すまんな」

…少し離れた屋根裏部屋…

ドロシー「……尾行はないな。てっきりスペシャル・ブランチが金魚のフンみたいにくっついてくるかと思ったんだが」

アンジェ「…もしかしたら泳がせているのかもしれないわ」

ドロシー「それならあのネストにだって監視がつくはずだ…見失ったのか、それともこれから監視の網をじわじわと締め上げていくつもりなのか……」

アンジェ「スコットランド・ヤードの刑事たちなら前者、防諜部やノルマンディ公が相手なら確実に後者ね」

ドロシー「だな。ま、とにかく幕が下りるまでは「続きを演じる」しかないか……行こう」

アンジェ「ええ」

…数分後…

構成員I「誰だ?」

ドロシー「私さ…「シャムロックで一杯飲んだ」じゃないか、声まで忘れちまったか?」ノックすると緊張したような声が帰ってきたので、ドア越しに合い言葉を告げるドロシー……

構成員B「…あんたたちか」

ドロシー「ああ……」部屋に入るとドアを閉め「これだけか?」と尋ねるように室内を見渡したドロシー…

オニール「馬車を襲撃した面子で戻ってきたのおれたちだけだ……ミス・ブーケ。オハラたちはどうなった?」

アンジェ「…襲撃の直前にスペシャル・ブランチの「手入れ」があって逮捕された……私だけは逃げ延びたけれど」

オニール「そうか……ところでミス・マクニール。オブライエンはどうした?」

ドロシー「…まだ戻ってきていないのか?」

オニール「ああ…まだだ」

ドロシー「そいつは…狙撃した後は「裏口から出て、逃げ惑っている市民に紛れて抜け出す」って手はずになっていたんだが……」

構成員H「オブライエンもか……畜生」

オニール「仕方ない、おれたちはやれるだけやったんだ……ところで、この後はどうやって逃げ出す。例のカレーに向かう漁船に乗り込むのか」

(※パ・ド・カレー…ドーヴァー海峡で最も近いフランス側の港)

アンジェ「いいえ、あれは偽装です」

構成員B「偽装だって?」

アンジェ「はい。事前に話した計画では「ドーヴァーの港から協力者の用意した漁船に乗って海峡の中ほどでフランスの漁船と落ち合い、大陸側に渡り、そこで別の身分を整えアイルランドに戻る」という話でした」

ドロシー「だが、そんなのは「イカサマカードを袖口に隠す」くらいよく知られた手段だから、公安が手ぐすね引いて待っているに決まってる……あれは事前に誰かが捕まって情報を吐かされたときのための作り話さ」

構成員I「じゃあ本当はどうするんだ」

ドロシー「そいつは簡単さ……リヴァプールまで汽車でゴトゴト揺られていって、あとは船でベルファストだ」

構成員B「なに!? 冗談じゃねえ!スペシャル・ブランチが鵜の目鷹の目で探しているって言うのに、のんきに汽車で帰るっていうのか!?」

構成員H「自殺するにしたってもう少しマシなやり方ってものがあらあ!」

ドロシー「あのな……あたしもフラソワーズも、別にただ「乗っていこう」って言ってるんじゃないんだぜ?」

アンジェ「ええ、そうです。詳しく聞けば納得いただけるかと」

構成員たち「「…」」

オニール「分かった……聞こう」

ドロシー「よし、それじゃあ詳細を話そう…」

ドロシー「……まずロンドンからは今日のうちに出る。スペシャル・ブランチも防諜部も、あんたらがアジトで一日や二日様子を見て、それから脱出を図ると考えている……となるとロンドン中が徹底的に捜索されるだろうし、そうなれば隠れようもない。そこでこっちはこれから一時間もしないうちに出発して、その裏をかいてやろうって寸法だ」

オニール「それはいいが、こっちの大まかな人相や風体はもう手配されているはずだ…汽車じゃ逃げ場所もないが、どうやって切り抜ける?」

ドロシー「なに、そこはフランソワーズと「愉快なお友達」が頭をひねってくれたよ……それがこれだ」そう言うと片隅に置いてあった大きな麻袋を開けて、ごちゃごちゃと入っていた雑多な中身を取り出した……

オニール「こいつは?」小さい香水瓶か薬瓶のようなものを指差した…

ドロシー「これか。これは目薬だがハーブから抽出した色素が入っていてな、数滴ばかり目に指せば一日は青緑色に染まるっていうシロモノでね……ケイバーライト鉱中毒に見えるってわけだ」

オニール「なるほど…」

ドロシー「あんたは怪我をしたってことで、顔を包帯でぐるぐる巻きにさせてもらう」

構成員B「分かった」

ドロシー「それからお前さんは脚を折り曲げて足裏を膝の後ろ側に付け、そこに添え木を当てる。その上で包帯や石膏で固定すれば、膝から先が切断されたように見えるだろう……」

構成員I「なるほど」

ドロシー「最後にあんたはアイリッシュ訛りがきつくて公安の連中に気づかれるかもしれないから、汽車に乗せるときは睡眠薬でぐっすりお休みしてもらう。そうすりゃ受け答えもしなくてすむもんな」

構成員H「おう」

オニール「おれたちの偽装は分かった…それで、あんたたちはどうする気だ?」

ドロシー「ああ、そいつはな……」

…数時間後・キングズ・クロス駅…

検札係「失礼ですが、切符を拝見させて下さい。シスター」

警官「…」

ドロシー「ええ」修道女がまとう紺と白の僧服に敬虔な態度…と、いかにもシスターらしい様子のドロシーとアンジェ、そしてどこからどう見てもけが人に見えるオニールたちに、アルビオン国鉄の検札係も、その横で改札を見張っているロンドン警視庁の警官もすっかりだまされている……

検札係「結構です……ところで、あのけが人たちは?」

ドロシー「はい。彼らはいずれも作業中に怪我をした労働者たちで、今回わたくしどもの教会で寄付を募り、故郷まで送り届けることになったのですわ」

検札係「なるほど…で、切符は?」

アンジェ「私が持っております…どうぞ」

検札係「確かに…」検札係は切符にはさみを入れると改札を通した。一方ドロシーとアンジェは数人のポーター(荷運び)を雇い、二等客車まで担架を運んだ……と、ドロシーは駅舎の柱に貼り付けてある刷ったばかりの号外に目を留めた…

号外「その差はわずか一インチ!女王陛下を狙った凶弾! 犯行は共和国によるものか!?」

ドロシー「……ふっ」

発車係「発車します!」ピーッと甲高い笛を吹くと、白い水蒸気と石炭の黒い煙を吐きながら、ゆっくりとホームを離れていった……

…十数秒後…

防諜部エージェント「……急げ!」

警官「おいっ、止まれ!」

防諜部女性エージェント「防諜部!」手帳を出すと警官の顔面に突きつけた

警官「し、失礼しました…」

防諜部員「おいっ、ここにこんな連中が来なかったか?」オニールたちの似顔絵を見せる…

検札係「いえ、特には……」

女性エージェント「必ずしもこの見た目通りではないかもしれません…とにかく、六人前後で乗車した者たちは?」

検札係「えぇと…パディントン行きの普通列車に乗った行商人たちと、それからカンタベリー行きの急行に乗る旅行者……あ、あとはバーミンガム経由チェスター行きに乗ったシスター二人と怪我人が四人……」

防諜部員「怪我人…!?」

検札係「え、ええ…なんでも怪我をした労働者を故郷まで送り届ける慈善事業とか何とか…そろそろ出発しますが、あの列車の二等車に……」

防諜部員「あれか…急げ!」

防諜部女性「はっ!」改札の柵を飛び越えるとホームを走り、蒸気を上げて発車し始めた列車に飛びついた…

………

…さらに数分後…

身なりのいい紳士「君、ちょっといいかね?」

検札係「はい。何でしょうか」

紳士「……我々はこういう者なのだが」背広の内ポケットから二つ折りの身分証を取り出し、そっと見せた…

検札係「公安部…!」

紳士(公安部エージェント)「そうだ…この数十分以内に四人連れか、それ以上の団体を相手に切符を切ったか?」

検札係「ええ、それなら先ほども防諜部の方が来て聞かれました……」それから二人のエージェントが発車直後の急行列車に飛び乗った事を伝えた…

公安部エージェント「なるほど…結構だ」

検札係「は、はぁ……」

…駅前…

公安部員「……防諜部の奴ら、向こうの思い通りに踊らされているな」

公安部女性エージェント「そうですね」

公安部員「よし、お前は本部に連絡を入れろ「スープ鍋は火にかかっている」とな」

公安エージェントB「はっ」

公安部員「我々は本命の列車を追う。今から車を飛ばせば地図のこの辺りで追いつけるはずだ…飛ばすぞ!」一人を連絡のために残し、残り三人は公安部がよく使う黒いロールスロイス(RR)に乗り込んだ…

公安部エージェントC「了解」

…しばらくして・列車内…

構成員I「…それにしても、どうしてあのチェスター行きの列車に乗らなかったんだ?」

ドロシー「そいつは簡単だ…あまりにも見え透いているからさ」

…一旦は急行列車に乗り込んだもののすぐに反対側の扉を開け、機関車の蒸気や煙に紛れて隣の線路に停車していた貨物列車へと乗り移ったドロシーたち……構成員たちは様々な木箱や袋を積んでいる有蓋貨車の中から麻袋をかき集め、少しでも居心地がいいよう木箱の上に敷いて座席のようなものを作っている…

構成員B「でも、ネストを出るまでは「すぐにロンドンを出てライミー共の裏をかく」って言ってなかったか?」

ドロシー「そりゃあな…だが、女王に手を出したとなれば出てくる相手は内務卿(ノルマンディ公)直轄の公安部だ」

構成員H「公安部だって…!?」

ドロシー「そうさ。連中の切れ者ぶりはスコットランド・ヤードの刑事たちや防諜部よりもさらに一枚上手だ。おそらく通り一遍な「裏をかく」ための手はずも見抜いているはずさ……それでいくと、あの列車じゃあ分かりやすすぎる」

オニール「…どういう意味だ?」

ドロシー「簡単さ……今どきアルビオン女王を狙おうなんて奴らはアイルランドの独立派くらいしかいない。となれば連中は「暗殺に失敗した以上、あいつらは取る物もとりあえずアイルランドに戻ろうとするだろう」と考える」

構成員I「おい、連中の考えじゃあ「ほとぼりが冷めるまでロンドンで待つ」んじゃなかったのか?」

ドロシー「確かにスコットランド・ヤードのスペシャル・ブランチならそう考えるかもしれない。だが公安部や防諜部が出てきた以上「ロンドンで息を潜めている」パターンと「尻尾を巻いて逃げ出す」パターンの両方を念頭に置いて考えるだろう…後は時刻表を見て一番早いリヴァプール行きか、その近くまで行く列車を探せばいいだけだ」

構成員B「それでこんな貨物列車に乗りうつったのか」

ドロシー「そうさ。貨物列車は普通の時刻表には掲載されていないからな…上手くいけば気づかれずにリヴァプールまで行けるだろう」

構成員B「なるほどなぁ…」

ドロシー「…それと車内サービスは受けられない分、駅でサンドウィッチを買っておいたからな。欲しいようなら取ってくれ……相変わらず古い辞書みたいにパサパサなアルビオン国鉄のハムサンドウィッチだがね」

構成員H「なぁ、食い物より酒はないか?」

ドロシー「一応ウィスキーの瓶は持ってきたが…あんまり飲み過ぎるなよ?」そう言いながらもアイリッシュ・ウィスキーの瓶を手渡した…

オニール「その通りだ。故郷の土を踏むまでは気を抜くな」

構成員H「分かってるよ、オニール。口の中がほこりっぽいから流すだけさ」

オニール「ならいいが…酔うと人間はドジを踏むからな」

ドロシー「ああ、その通り」

オニール「……ちなみにこの貨物列車は何時ごろ終点につくんだ?」

アンジェ「予定では午後の三時頃にリヴァプールに着きます。ですが終点まで乗っていくのは危険ですから、蒸気機関車が途中の給水所で停車したところで降ります…どのみち駅では警戒されているでしょうから、改札を通るわけにはいきません」

ドロシー「それに「怪我をしたが故郷に戻るだけの旅費がない」出稼ぎの連中とか「より割のいい口を探して回る」炭鉱夫なんかはよく無賃乗車するからな…鉄道職員や警官でもなければ駅以外の場所…しかも貨物列車から人が降りてきても、そこまで注意をむけることはないはずだ」

オニール「そうだな」

…数十分後…

構成員H「…ぐぅ……」

構成員I「……ふわぁ…あ」

オニール「…」

ドロシー「…あんたも少し眠ったらどうだ?」

オニール「いや…もう三十分くらいしたら誰かと交代するが、それまでは起きているつもりだ」

ドロシー「そうかい……」ぽつりぽつりと交わす会話に交じって、レールを刻む単調な音と汽車の汽笛だけが響くなか、不意にアンジェが身体を起こした…

ドロシー「……どうした?」

アンジェ「横の道路…どうやら追っ手のようね」

…そういったときにはすでに黒塗りのRR「フェートン」タイプ二台が貨物列車と併走していて、王国のエージェントが四人乗りオープンスタイルの「フェートン」から身を乗り出し、ドロシーたちの乗っている貨車の数両後ろに乗り込んできた…

オニール「何っ…!?」さっと懐からピストルを抜き、構成員たちをたたき起こす…

構成員B「くそ!ライミーどもか!」

構成員H「撃ち返せっ!」

構成員I「こん畜生っ!構うことはねえ、やっちまえ!」併走している側の扉を開け放つと、腕を突き出してRRに銃弾を撃ち込む独立派たち…

公安部エージェント「行けっ、早く乗り移れ!」

公安部エージェントB「援護します…!」

…時速二十マイルは出ている貨物列車に飛び移ると、積み荷の木箱を挟んで独立派と撃ち合うノルマンディ公直属のエージェントたち……もちろん独立派の構成員たちも必死に撃ち返すが、熟練のエージェントと血気盛んなだけのアイルランド人たちでは腕が違う……ものの数十秒もしないうちに二人が倒れ、腕を撃ち抜かれた一人は銃を左手に持ち替え、必死に応戦している…

ドロシー「ちっ…!」

…シスターのまとう僧服の下に腹巻きのような布を巻いて銃と弾を忍ばせてきていたドロシーは、ウェブリー・リボルバーを抜くと正確な射撃で銃弾を撃ち込んだ…しかし揺れる貨物列車の中、おまけに相手は玄人ということもあってうまく遮蔽物に隠れており、なかなか命中弾が得られない…

ドロシー「くそ、時間を稼がれたら向こうの勝ちだぞ!」

構成員B「ならおれが…!」

オニール「飛び出すなっ、頭を吹っ飛ばされる!」

アンジェ「…ドロシー、このままじゃあ埒があかないわ」ふと耳元に顔を近づけてささやいた…

ドロシー「……やってくれるか?」

アンジェ「ええ…」

ドロシー「よし、頼んだ……!」アンジェの動きを相手に気取られないよう勢いよく銃弾を撃ち込んで、公安部エージェントに頭を上げさせないドロシー…

アンジェ「…」

…さっと半開きにした側面の扉から車外に出て、後ろに回り込もうとするアンジェ…さいわい木造車体の貨車は隙間が多く、板の間に指をかけると蟹のような横歩きで貨車の後ろに向かった…

公安部エージェント「いいか!奴らを逃がさなければいい!」木箱の横から少しだけ身体を出し、牽制するようにモーゼル・ピストルを撃ち込むエージェント…

アンジェ「…っ!」車体の後部に回り込むと片手で貨車についている手すりをつかみ、公安部エージェントの後ろから板越しに「パン、パンッ…パ、パンッ!」と手早く二発ずつウェブリー・フォスベリーを撃ち込む…車体に穴が開き、木片が車内に飛び散るのと同時に、公安部エージェントがもんどり打って倒れる…

公安部エージェントB「ぐう…っ!?」

公安部エージェントC「がはっ…!」

公安部エージェント「…っ!」

ドロシー「…!」アンジェの方に振り向こうとエージェントの姿勢が上がったその隙を逃さず、背中から二発撃ち込んだ…

公安部エージェント「…うっ……」ゴトリとモーゼルを取り落とすと、ばったりと倒れた…

ドロシー「ふぅぅ…」

アンジェ「…戻ったわ」

ドロシー「さすがだな。ほら…」貨車に戻ろうとするアンジェに手を差し伸べて迎え入れる…

アンジェ「ありがとう」

ドロシー「気にするなよ……オニール、容態はどうだ?」振り向いて貨車の中を眺め、それから倒れている構成員たちの手当をしているオニールに声をかけた…

オニール「…いや、だめだ」貨車の床には血だまりができていて、その中に二人の構成員が倒れている…もう一人は木箱にもたれて座っているが顔面蒼白で、撃ち尽くしたピストルがだらりと垂れた手から足元に転がり落ちていた…

ドロシー「そうか……」

アンジェ「……仕方ありません、とにかくリヴァプール近郊まで来たらこの列車を降りましょう」

オニール「そうだな」

ドロシー「悪いな、本当ならちゃんと葬ってやらなきゃいけないんだろうが……貨車から降ろす暇はないからな」

オニール「分かっている…奴らだって覚悟はしていたさ」

ドロシー「だな……って、お前さんも撃たれてるじゃないか」

オニール「あぁ、どうも一発浴びたようだな…」よく見ると脇腹に血の染みができていて、それがじわじわと広がっている…

ドロシー「……ちょっと見せてみろ」

オニール「すまんな、レディにこんなことをさせて…」

ドロシー「なぁに、構うもんか。これだけピストルを振り回しておきながら、今さらお上品ぶったって仕方ないだろう……」

アンジェ「……どう?」

ドロシー「お世辞にもいいとは言えないな…とにかく布をきつく巻いて止血するしかないだろう」上着とシャツを脱がせると、アンジェに適当な布きれを持ってきてもらい、それをウィスキーで消毒してから巻き付けた…

オニール「……ぐっ!」

ドロシー「ちょっと痛むかもしれないが我慢してくれ」

オニール「ああ…ご婦人方が付けるコルセットの辛さがよく分かるな」

ドロシー「だろ? さて、止血の方はこれでよし、と……飲みなよ」血まみれになった手をウィスキーで洗うと、オニールに瓶を渡した…

オニール「もらおう」痛みに顔をしかめながらウィスキーを流し込んだ…

ドロシー「痛み止めにもなるし、全部飲んじまっていいよ…あとはリヴァプールで手はずしてある船に乗り込んで、こっちにおさらばすればいいだけだ」

オニール「ああ…」

…数時間後…

ドロシー「よし、そろそろ給水所に着くはずだ…歩けるか、オニール?」

オニール「どうにかな」

ドロシー「よし……おっ、見えてきた」ドロシーたちの乗る貨車から十数両先を行く機関車の汽笛がなり、徐々に速度が落ちてきた…

アンジェ「それじゃあ行きましょう…」汽車がブレーキをかけて停止する寸前で、ドロシーたちは線路脇の草原に飛び降りた…

オニール「うっ…!」

ドロシー「痛むか……支えるよ」

オニール「頼む…」

…線路から離れるように半マイルほど歩くと、不意に広々とした草原が開けた……岩がちな地面には青々とした草が伸び、小さな花もいくらか咲いている……オニールの腕を肩に回して歩いてきた二人は、ちょうどいい岩を見つけると彼を座らせた…

アンジェ「……ドロシー」オニールが目をつぶると耳元にささやいた…

ドロシー「なんだ?」

アンジェ「…言われなくても分かっているはずよ」

ドロシー「ああ、そうだな……」あきらめたような口調でそう言うと、ウェブリーを抜いてオニールに向けた…

オニール「……おおかたそんなことだろうと思っていた」

…ドロシーがピストルを向けて引金を引こうとすると、オニールが薄目を開けてつぶやくように言った…

ドロシー「オニール…起きてたのか」

オニール「まあな」

ドロシー「そうか……いつから私たちがエージェントだと気がついていた?」

オニール「アイルランドで段取りを整えている辺りからだ…普通のレディにしては手回しが良すぎるし、防諜関係の事情に詳しすぎたからな……どこかの「植え込み」だろうとは薄々思っていた」

ドロシー「……ならどうしてこっちの計画に乗ったんだ?」

オニール「そりゃあ…そうでもしなければ女王を討つどころか、近づく事さえ夢物語に終わっちまうからだ」

ドロシー「…そのためだけに?」

オニール「そうだ……おれを始め、みんな「あと一歩」の所までたどり着くことができたんだから本望だろう」

ドロシー「…」

オニール「ところで…お前たちはどうしておれたちの計画を手伝っておきながら、今度はそれを阻止するような事を……?」

ドロシー「そいつは…」

アンジェ「…その方が都合が良かったから。このタイミングで女王が暗殺されるような事があると、いろいろと不都合が生じる事になる……従ってあなたたちには退場してもらう必要があった」

オニール「それだけか…?」

アンジェ「いいえ…それと同時にあなた方という「小石」を池に投じることで生じる「波紋」から、誰が誰のために動いているのか把握することができるから」

オニール「なるほどな……しかし、フランス人にしちゃ英語が上手いな」

アンジェ「フランス人じゃないわ…「黒蜥蜴星」から来た黒蜥蜴星人よ」

オニール「ふっ、そいつは……それじゃあお前さんはどこ星人なんだ「ミス・マクニール」?」

ドロシー「私か……」一瞬ためらうような表情を浮かべると、意を決したように言った…

ドロシー「私はあんたと同じアイルランド系さ…本名はマクビーン」

オニール「そうか、ならおれたちには同じケルトの血が流れているってわけだ……どうせ始末されるにしても、ライミー共の手にかかるよりはその方がいい」

ドロシー「そうだな…」

オニール「それに、ちょうどここはアイルランドに似ているじゃないか……いい場所を選んでくれたな」

ドロシー「…ああ」

アンジェ「…」

ドロシー「オニール…」

オニール「なんだ?」

ドロシー「いつか機会が来て…「アイルランド独立」っていうあんたらの夢が叶うといいな」

オニール「そうだな。例え嘘だとしても、それが聞けて嬉しいぜ……エリン・ゴー・ブラー(アイルランドよ永遠なれ)」

ドロシー「エリン・ゴー・ブラー…」額に向けて引金をしぼった…

アンジェ「……さぁ、銃声を聞きつけて誰かが来る前にここを離れましょう」

ドロシー「ああ…だが、ちょっと待ってくれ」そう言うと小銭入れを取り出し、オニールの目を閉じてやってからまぶたの上に金貨を載せた…

アンジェ「…」

ドロシー「アイルランドの古いしきたりなんだ…あの世へ渡るための運賃を死者のまぶたに載せるっていう、な」

アンジェ「いわゆる「冥銭」ね……話に聞いたことはあるわ」

ドロシー「見るのは初めてか? さ、行こう……」

………

…数日後・夜…

アンジェ「…」

プリンセス「どうかしたの?」

…お互いに裸身のまま、後ろからアンジェを抱きしめているプリンセス…

アンジェ「いいえ」

プリンセス「ふふ、貴女は私の前だと嘘が下手になるわね…「シャーロット」」そういってくすりと小さく笑うと、ふと心配そうな表情を浮かべた…

プリンセス「……何かあったの?」

アンジェ「大したことじゃないわ…ただ、ドロシーのことを少し」

プリンセス「ドロシーさん?」

アンジェ「ええ…それと今回のことを」ランプの薄ぼんやりした橙色の光のなか、つぶやくように言った…

プリンセス「…良かったら話してくれる?」

アンジェ「そうね……彼女はこう言う任務には向いていないのではないか、そう思うことがあるの」

プリンセス「でも、ドロシーさんの実力は折り紙付きでしょう?」

アンジェ「確かに腕前は一流よ、それは否定しない」

プリンセス「じゃあどうして?」髪を撫でていた手を止めると、腑に落ちないような顔をした…

アンジェ「前にも同じようなことを言ったかもしれないけれど、彼女はロマンチストすぎるのよ…今回も撃つべき相手に情が移りすぎて、引金が重くなっていた」

プリンセス「……きっとアイルランドの血がそうさせるのね」

アンジェ「かもしれないわ。けれどこの世界で「ためらい」は死につながる。褒められた特質ではないわ…ドロシー自身も内心ではそのことに気付いている。だからいつもあんな飄々とした軽薄な態度を取っているのね」

プリンセス「わざとそうしているの?」

アンジェ「おそらくは…そうでないと自分の「役割」にのめり込みすぎてしまうから」

プリンセス「そう……じゃあ貴女はどうなのかしら「シャーロット」?」

アンジェ「…私は任務に私情を挟んだりはしない」

プリンセス「本当にそう言い切れる?」

アンジェ「ええ…なぜなら貴女以外のことはどうだっていいからよ「プリンセス」」

プリンセス「……じゃあ、もし「私を撃て」と命令されたら?」

アンジェ「そのときは私が「プリンセス」になって、貴女に撃ってもらう」

プリンセス「残念、不正解よ」

アンジェ「?」

プリンセス「正解は「私と貴女でその命令を下した人を撃つ」よ」

アンジェ「ふ…全く貴女にはかなわないわ」

プリンセス「…それともう一つ」

アンジェ「なに?」

プリンセス「せっかくベッドを共にしているのに他のことを考えているなんて許せないわ…罰として今夜は寝かせてあげません♪」そう言うなりアンジェを抱きしめ、唇を押し当てた…

アンジェ「んんっ、んっ……!?」

プリンセス「ぷは……♪」

アンジェ「…プリンセス///」

プリンセス「最近はキスも上手になってきたのよ……これもアンジェのおかげかしら?」

アンジェ「……もとより上手だったわ…///」

プリンセス「なぁに、よく聞こえなかったの…もう一度言ってくださる?」

アンジェ「はぐらかし方も上手になったわね……」

プリンセス「ふふ、そうかもしれないわ…でも、今は任務のお話はなし♪」そう言うとアンジェを仰向けにしてその上にまたがった…

アンジェ「あ、あっ……あん…っ♪」

………

…何だかんだで長くなってしまいましたが、このエピソードはこれで完了です……アイルランドを絡めた物を書きたかったのでその点では満足(とはいえ読み返してみると結構ありきたりな言い回しや表現が多くて反省…)ですが、結構シリアスな感じになったので、次はベアトリスとちせを中心にして、できるだけ軽い感じのを書くつもりです…

caseちせ×ベアトリス「The sleep giver」(眠りをもたらすもの)

…とある日・メイフェア校の庭園…

ドロシー「さてと、今度はちょいと特殊な任務だ……風変わりと言ってもいい」

ベアトリス「風変わり?」

ドロシー「ああ……」

アンジェ「そして今回はちせ、ベアトリス…貴女たち二人が任務成功のための鍵となるわ」

ベアトリス「私が、ですか?」

ちせ「ふむ…?」

ドロシー「まぁ、それだけじゃあ分からないよな…詳細の説明に入ろう」

ドロシー「……今回の任務は、王国の情報機関が資金源の一つとしている「赤い花」の密輸・販売の元締めを探し出すのが目的だ」

ベアトリス「赤い花…ですか」

ドロシー「そうだ……」


…以前のケースで親しかった同期を失った苦い思い出の原因でもある「薬」絡みの任務とあって、一瞬だけ暗い表情を見せたドロシー…


アンジェ「…知っての通り、例の「赤い花」の実を傷つけると白い乳液状の汁が出る……それを精製した「樹脂」や「粉」には中毒性があるけれど、王国は商社を操りそれをインドで大量生産しては清国を始めとした極東で売りさばき、多大な利益を得ている」

ちせ「それが例の「三角貿易」じゃな」


アンジェ「その通り。そして王国情報部を始めとした諜報機関は自分たちで作った偽装の商社を通じて私的、かつ秘密裏に「赤い花」の取引を行なって自分たちの自由になる…しかも豊富な活動資金を手に入れ、同時に尋問に際して「粉」を使って情報を吐かせたり、情報を売り渡してでも「粉」が欲しくなるようそそのかして中毒患者にしたりする」

ドロシー「それで……だ、ここロンドンでは最近こちらの情報提供者に対して転向をうながすため、そうした「ラブコール」が新たに行われている事が分かっている…幸いなことにまだ被害は確認されていないらしいが、いつ深刻な影響が出るか分かったものじゃない以上、放っておくわけにはいかない」

アンジェ「しかしロンドンにおける輸入ルートや販路を調べようにも、誰がそれを主導しているのかが見えてこない……」

ドロシー「そこでお前さんたちにはとある場所に潜入してもらい、その人物につながりそうな「ネタ」を探り出してもらう」

アンジェ「……幸いにして、以前こちらに転向させた「ワイルドローズ」が手がかりになりそうな情報を持っていた」

プリンセス「ワイルドローズ…それって確か、前にアンジェのことを尋問した…」

アンジェ「尋問っていうほど洗練されてはいなかったけれど…まぁ、そうね」

ドロシー「何だかんだで、壁の向こうでもそれなりにやっているらしいな……」

アンジェ「そのようね……まぁ、そんなことはどうでもいい。とにかく得られた情報を吟味した結果…ベアトリス、そしてちせ…貴女たちが適任ということになった」

ベアトリス「わ、私ですか…?」

ドロシー「ああ、そうだ……それとちせ」

ちせ「なんじゃ?」

ドロシー「この任務が上手くいけばそっちの国にとっても有益な結果をもたらすはずだ……無理にとは言わないが、協力してくれると非常にありがたい」

ちせ「うむ…承知した」

ドロシー「助かる……今回は少しばかり毛色の変わった任務になるが、肝をつぶすなよ?」

ベアトリス「はい」

………



…数日後・イーストエンド…

ドロシー「さて、ここだ」

ベアトリス「イーストエンド、ですか…あまり治安のいい場所じゃありませんよね」

アンジェ「そうね。切り裂きジャックの事件が起きたのもこの辺りだし、お世辞にも上品な地域とは言えない」

ドロシー「しかしそういう場所の裏通りにこそ思わぬ「お宝」が転がっているもんさ」

ちせ「…とはいえ、こんな所に王国情報部の関係者が潜んでおるのか」

ドロシー「おそらくはな。まぁ、それをお前さんたちに確かめてもらうわけだが」

アンジェ「すでに店にはカットアウトを通して繋ぎをつけてあるから、すぐ契約してくれるわ」

ちせ「一体どんな「店」なのやら…」

ドロシー「まぁ、イーストエンドでコソコソやっている店ってことは……そういうことさ。なにせ世の「貴族様」はそういう不道徳なことはしない建前になっているからな。そういう遊びがしたい時はそう言う店までこっそりおいでになるんだ」

ちせ「なるほど……倫敦(ロンドン)に表と裏の顔があるとするなら、さしずめそれは「裏」の方じゃな」

アンジェ「そうね」

…とある通り…

ベアトリス「あれがそうですか…」

ドロシー「ああ、そうだ」二つばかり離れた街区からそっと問題の店を示した…


…薄汚れたイーストエンドの通りに建っている一軒の建物は特にこれといった看板などもなく、煤煙やボイラーの蒸気で霞んだ日差しを浴びて静まりかえっている……周囲には輸入品の宣伝をする張り紙や壊れた木箱などが散らかっていて、ホンコンやマカオといった極東の雰囲気をかもし出す漢字の看板などもいくつか見える…


ちせ「ふむ…見た目はなんの変わり映えもせぬが、どうにも妙な空気を感じるのう……」

ドロシー「へぇ、さすがはちせだ…鋭いな」

ベアトリス「……それで、私とちせさんで教えてもらった通りに挨拶すればいいんですね?」

アンジェ「基本はそうね。けれど一言一句「教えた通り」ではだめよ」

ドロシー「もしかしたら向こうで何か探りを入れてくるかもしれないからな……カバー(偽装の身分)から逸脱しないように気をつけながら、上手く話をすりあわせろ」

ベアトリス「はい」

アンジェ「それと私たちも後方支援はするけれど、あまり足しげくこの場所に来るわけにもいかない…定時連絡の時は私かドロシーのどちらかが顔を見せるけれど、もし緊急事態に陥ったら事前に説明した手はずに従い、私たちが到着するまではちせと二人で切り抜けること」

ベアトリス「分かりました」

…建物の裏…

ベアトリス「それじゃあ、行きますよ…?」

ちせ「うむ」

…扉についているドアノッカーを数回叩くと、一人のおばさんが顔を出した…化粧の厚い、白髪交じりの黒髪と黒目をしているおばさんは清国の「袍」を意識した中華風のデイドレス姿で、手には羽の扇を持っている…

おばさん「…なんだい?」

ベアトリス「えぇ…と、実は私たち「ローダンセ」から紹介されて……」

おばさん「あぁ、あんたたちかい…話は聞いているよ。さ、とっとと中に入りな……ホコリが吹き込んできて仕方ないじゃないか」

ベアトリス「は、はい」

おばさん「さてと……あたしゃここを取り仕切っている「ルーシー・チョウ」ってもんだ。あんたたち、名前は?」

ベアトリス「私は「エミリー」と言います」

おばさん「それでそっちは?」豪奢な椅子に腰かけて脚を組み、扇でちせを指差した…

ベアトリス「彼女は……」

おばさん「あんたに聞いているんじゃないよ。別に口が利けないわけじゃないんだろう?」

ちせ「はい…「やえ」と申します」

おばさん「日本人かい?」

ちせ「そうです」

おばさん「そうかい…まぁいいさね、どっちみちアルビオン人どもには東洋人の区別なんてつきゃしないんだ」

おばさん「…それで、今日からあんたたちはここで過ごすことになる……エミリー、あんたは買い出しやこまごました用事、それにここの掃除だのをしてもらうよ。もっとも、そう悪い顔じゃあないから、場合によっては「表」に出てもらってもいいかもしれないねぇ…♪」

…そう言うとまるで肉の品定めをするようにベアトリスの腕やあごを撫で回し、真っ赤な唇をゆがめてニヤリと笑った…

ベアトリス「…」

おばさん「それから「やえ」だったかい……ここの娘たちはたいていホンコンやカントンの出身だからね、あんたにもそれらしい名前をつけてやらないといけないが……まぁとりあえずカントン出身の「ロータス・リン」とでもしておこうかい」

ちせ「分かりました」

おばさん「よし。とりあえず今夜は店の様子を教えてやるから、明日っからはちゃんとやるんだよ…いいね?」

ちせ「はい」

おばさん「それとエミリー、雑用は前の所でもやっていたんだろう?」

ベアトリス「は、はい…」

おばさん「ならすぐにでも出来るだろう…ちょうどあたしの小間使いが買い物で留守なんだ。奥の台所に「祁門(キームン)」があるから淹れてきな」(※祁門紅茶…三大紅茶の一。中国で生産され、上等な茶葉は甘く「蘭の香りがする」などと言われる)

ベアトリス「分かりました」

…数分後…

ベアトリス「…お茶をお持ちいたしました」

おばさん「そうかい、どれ……」ジロリとねめつけると、注いでもらった紅茶をひとすすりした…

おばさん「ほう…だてに「ローダンセ」にいたわけじゃないようだね」

ベアトリス「ありがとうございます」

おばさん「だが、あんたの役割はお茶を淹れるだけじゃないんだ…上手くやれないようなら叩き出すからね」

ベアトリス「はい、一生懸命やります」

おばさん「ふん、「一生懸命」なんて言うのは世渡りの下手な奴らの常套句さ…「一生懸命」じゃなくても結構だから手際よくやるこった。ただし手抜きは許さないよ」

ベアトリス「はい」

…その夜…

おばさん「さて…「リン」の準備はできたかい?」

黒髪の娘「はい、出来ています」

おばさん「そうかい、どれ…」

…シノワズリ(中華趣味)に統一された室内では、濃緑色の生地に金の龍をあしらったチャイナ風のドレスに身を包んだちせが立っている…ちせの支度を手伝っていた黒髪の娘は一歩離れると、おばさんに一礼した…

おばさん「ほほう…「馬子にも衣装」とは言うが、なかなかのもんじゃないか」

ちせ「…」

おばさん「しかし、少しばかり左右の姿勢が悪いようだね……もっと真っ直ぐ立てないのかい?」

ちせ「…っ、済みません」幼い頃から修練を積み、腰に得物の大小を差していたせいで身体が少しかしいでいる……もちろん気取られては困るのでいつもできるだけ気をつけているが、目の鋭いマダムの「チョウおばさん」にかかってはごまかしきれない…

おばさん「…まぁいいさ、ついておいで」

…隠し部屋…

チョウおばさん「さて…あれがあんたたちの過ごす『サロン』さ」

…おばさんは丸い中華風の飾り棚と日本風の浮世絵が描かれた屏風でうまく隠されている裏側から、扇子から持ち替えた長い煙管で室内を指し示した……まだ夕食が過ぎたばかりといった早い時間帯にも関わらず、すで数人ほどの客が入り、それぞれ可愛らしいホンコン、マカオ、あるいはサイゴン娘をそばに座らせて長い煙管をふかしている……煙管から伸びる煙は妙に甘ったるい、まるでカラメルでも焦がしたような匂いがしていて、店の娘たちにかしずかれているドレス姿のご婦人や令嬢たちは紫煙をくゆらせながらぼんやりしている…

ちせ「…」

ベアトリス「…」

チョウおばさん「見て分かるだろうが、ここは暇を持て余した紳士淑女が煙管をふかして息抜きに来る場所なのさ…客の部屋は男女で別れているが、あんたは「ローダンセ」にいたんだそうだから、こっちの淑女たちのお相手をしてもらうよ…分かったかい?」

ちせ「分かりました」

チョウおばさん「よし、それじゃあ顔見世と行こうじゃないか…ついてきな」

ちせ「はい」

チョウおばさん「エイミー、あんたも付いてくるんだ……そこのお茶菓子を持ってだよ」

ベアトリス「は、はいっ…!」

チョウおばさん「いちいちあたふたするんじゃない…ったく」

ベアトリス「済みません…」

チョウおばさん「ふん、謝ってる暇があるんならとっととしな」

…数時間後…

チョウおばさん「…それじゃあまたいらっしゃって下さいな」

貴族令嬢「ええ……そのときはまた「カメリア(つばき)」嬢をお願いしますわ」

チョウおばさん「もちろんですとも、それでは……」

…客の令嬢が忍ぶように出て行き、目印のない裏口に停めた運転手つきのロールス・ロイスに乗りこんで走り去るのを見届けると唇をしかめた…

チョウおばさん「やれやれ、やっと帰ってくれたね……あのしみったれと来たら、金払いは悪いくせに長っ尻しやがる…本当なら叩き出したい所だが、親の爵位を考えると粗末にはできないからね……」吐きすてるように言うと、あごをしゃくってちせとベアトリスを呼んだ…

…隠し部屋…

チョウおばさん「……で?」

ちせ「はい、大丈夫です」

チョウおばさん「そうかい、なら明日の晩からやってもらおう…ところで、だ」

ちせ「はい」

チョウおばさん「あんたたちは一体どういうわけで、二人まとめて「ローダンセ」を首になったんだい…?」そう言ってジロリとねめつけた目は「嘘なんかついてもお見通しだよ」という色をたたえている…

ベアトリス「えぇと、それは…私がお店で失敗をしてしまって、それを「やえ」さんがかばってくれたのですが……そのことでお店のマダムから不興を買ってしまって……」

チョウおばさん「…それだけかい?」そう言ったきり、金と象牙で出来た煙管を不機嫌そうにふかしている…

ベアトリス「はい、あの……」

…王国の情報機関と関係があるらしい店となれば、当然「身分調査」として前の店に問い合わせたりすることもあるだろうと、手を回してちゃんと(学業の合間を縫って)「ローダンセ」で数ヶ月働いていたちせとベアトリス……もちろん二人同時にエージェントを送り込むと言うのは目立つので、婦妻といったカバーでもないかぎり本来あり得ないが、ベアトリスは「エージェントらしくない」事と、ちせの「コントロール」である堀河公も日本のお隣を浸食している王国の勢いを削ぎたいということからゴーサインが出ていた……その上で「レジェンド(偽装身分)」がそれらしいものになるよう、わざと店を追い出されるような失敗をしていた……が、チョウおばさんはまだ疑り深い目を向けている…

チョウおばさん「なんだい、もったいぶるんじゃないよ」

ベアトリス「いえ…実は……///」口ごもるようにして、机の下でちせの手を握った…

チョウおばさん「……まさかとは思うが、お前たちは「そういう仲」なのかい?」

ちせ「…お恥ずかしながら///」

チョウおばさん「それでか…ったく、「ローダンセ」や「ザ・ニンフ・アンド・ペタルス」みたいに『お上品な』所で店の娘っ子同士が付き合うだなんて……どういう事になるかくらい分からなかったのかい?」

ベアトリス「いえ、分かってはいたのですが……以前やえさんには困っていたとき助けてもらったことがあって…それから……///」

チョウおばさん「ったく馬鹿だね、あんたたちみたいな口の端にミルクがついているような娘っ子っていうのは…それで店を追い出されちゃ世話ないじゃないか」

ちせ「おっしゃるとおりです…」

チョウおばさん「そうさ……言っておくが、ここでいちゃつきたいなら店が終わってからやりな」

ベアトリス「はい…///」

チョウおばさん「全く、どうしようもないね……事情は分かったから、後は奥で休んでな。ベッドの場所だの着替えだのは「アイリス(あやめ)」に教えてもらうんだよ」(……だが、そういうのを見るのが好きな客もいる…案外いい「客寄せ」になるかもしれないね)

………

…数日後・昼間…

ベアトリス「後は青果店で玉ねぎを買えばおしまいですね……」

…野菜やパンがはみ出している柳のカゴを手に、いかにも「お買い物」といった様子のベアトリス……が、ちらりと左右に視線を配ると細い横道に入って、一軒の木賃宿の二階に続く階段を上がっていく……宿の扉を独特なリズムで叩くと、そのまま中に入った…

ドロシー「よ…調子はどうだ?」

ベアトリス「はい、どうにか上手くこなしています」

ドロシー「結構。そいつは何よりだ」

ベアトリス「そうですね。それに試験休暇の時期で助かりました」

ドロシー「まったくだ。何しろ「不良」の私と違ってお前さんやちせは真面目な生徒だからな、長く休んでいると人目をひく…本当に今回の工作がこの時期で助かったよ。それにちせもどうにか英語とラテン語のテストに合格したしな……もし不合格だったら追試だの補習だので計画が潰れるところだったし、もしそうなったら笑えないところだった…」

ベアトリス「そうですね」

ドロシー「ああ…で、何か報告はあるか?」

ベアトリス「はい、やっぱりあのお店は王国情報部と関係があるみたいです……この前来ていたお客さんの中に、資料にあった人がいましたから」

ドロシー「やっぱりな…他には?」

ベアトリス「私たちのカバーストーリーですが、ドロシーさんたちの言ったように「プランB」で行くことになりました…お店のおばさんは鋭い人でしたので」

ドロシー「無理もない。ホンコンかマカオくんだりから連れてこられた娘っ子が女手一つでもって、こんなところで店を構えるまでにのし上がったんだ……鋭くなきゃ生き残れないさ…それから?」

ベアトリス「はい。まだ詳しい場所までは突き止めていませんが、店には秘密の隠し通路があって、そこを使えば数区画離れた場所に出られるようになっているみたいです」

ドロシー「ほほう、そいつは……よし、それじゃあこれからは「客」の素性だけじゃなく、その「隠し通路」の出口がどこにあるのかについても探りを入れてみてくれ」

ベアトリス「分かりました」

ドロシー「頼むぜ…ところで、ちせはどうだ?」

ベアトリス「ちせさんですか……ちせさんは…///」

ドロシー「どうした?」

ベアトリス「いえ、その……///」

…その夜…

気だるげなレディ「…これが新しい娘ね?」

チョウおばさん「ええ、さようでございます……まるでもぎたてのリンゴのように甘くて引き締まった娘です♪」

ちせ「はい、ワタシ「ロータス」と申しマス…」

レディ「そう……それで、そっちは?」

チョウおばさん「こっちの娘も新入りでございますよ…ほら、ご挨拶」

ベアトリス「エ、エイミーでございます……何とぞお見知りおきを///」

レディ「……ふぅん、この二人がそうなの?」

チョウおばさん「ええ、いかにも。ではどうぞ二人をお側においていただいて……ごゆっくり♪」

レディ「そうね、そうさせていただくわ……♪」ぼんやりとした表情で、ぷかりと煙管の煙を吐き出した…

ちせ「お姉サマ、お隣ニ座らせていただきマス……」

ベアトリス「失礼致します…///」

レディ「ええ…」

ベアトリス「…あ」普段からプリンセスの身の回りをお世話しているだけあって、何かとよく気がつくベアトリス……中身の少ないグラスを見て、手際よくワインを注ぐ…

レディ「あら、気が利くのね……」

ベアトリス「お褒めにあずかり光栄でございます…///」

レディ「ふぅ……」ワインをすすり、煙管をふかしているレディ……カールさせた髪の先端がドレスの胸元にかかっている姿と、気だるげな表情があいまってとても色っぽい…

ちせ「…失礼致します」

レディ「ええ……」

ちせ「…」お世辞やおべんちゃらを言ったり、色気を振りまいたりするわけでもないが、そっと隣に座って肩を寄せる……

レディ「ん…ところで貴女……」

ベアトリス「あ…はい///」

レディ「…」

ベアトリス「…ロータスさん……///」

ちせ「エイミー…///」

…左右に座っていたちせとベアトリスにちょっとした合図をしたレディ……それを受けて、レディの前で橋渡しをするように「恋人つなぎ」で指を絡める二人…

レディ「…そう、いいわね。どうぞ続けて……」

ベアトリス「……はむっ…///」

ちせ「ん…ぺろ……っ///」

…お互いの指先を舐め合い、それからソファーの上で上体を崩すと、レディのふとももにあごを乗せるようにして顔を近づけ、ゆっくり口づけを交わした……レディはそれをとろんとした目つきで眺めながら、ゆっくりと二人の頭を撫でた…

………



チョウおばさん「…少しぎこちないが悪くないじゃないか。やっぱり元から「デキて」いるとなると違うね……奥で夜食を詰め込んだら、あとは寝ちまいな」

ちせ「はい」

ベアトリス「分かりました」

チョウおばさん「ああ…とっとと行きな」

…娘たちの部屋…

切れ長の眼をした娘「…お帰り、リン」

ちせ「うむ…」

年かさの娘「なかなかだったよ、二人とも……初々しくってさ♪」

ベアトリス「の、覗いていたんですか…っ///」

可愛い娘「覗くだナンテとんでもないヨー、たまたま隠し窓から見えただけネー」

ベアトリス「それが「覗く」って言うんですよっ…///」

ほっそりした娘「まぁまぁ、二人ともご飯を食べなよ…早くしないとおばさんに叱られるからね」

ちせ「かたじけないの、ミス・オーキッド(蘭)」

ほっそり娘「「ノープロブレム」アルヨ、ミス・ロータス…♪」ちせの堅苦しい英語をからかうと、料理の器を近づけた…

ちせ「う、うむ…///」ぼそぼそした焼きなましのパンと、だいぶ冷めているジャガイモ入りのスープを受け取って食べ始めた……

勝ち気な娘「じゃああたしは寝るよ…エリカ(ヒース)、一緒においで?」

小さな娘「は、はい…///」

ベアトリス「///」

年かさの娘「なに照れてるのさ、エイミー…あんたたちだってそういう仲じゃないの♪」

ベアトリス「い、いえ、私たちはそうじゃなくて…いえ、そうじゃないって言うのはそうじゃないんですけれど……///」

ちせ「済まぬな、ゴールデンライム(キンカン)嬢…エイミーは恥ずかしがりなので」

年かさの娘「分かってるってば……だから可愛いんじゃない♪」

ちせ「悪いがエイミーはやらぬぞ?」

年かさの娘「ちぇっ、味見くらいさせてくれたっていいじゃないの……まぁいいわ、お休み」

ベアトリス「ふぅ、おかげで助かりました…」

ちせ「なに「困ったときはお互い様」であろう。しかしここでの暮らしがあまり長くならなければ良いが…このままでは、朱に交わればなんとやらで、戻ったときにまともに皆の顔を見られなくなりそうじゃ……」

ベアトリス「ですね…」

…夜中…

ちせ「……そろそろ皆も寝静まった頃合いか…」

ベアトリス「…すぅ…すぅ……」

ちせ「…慣れぬ場所で疲れたのじゃな、無理もない……ゆっくり休んでおるがよい……」

…廊下…

ちせ「…化粧室はこっちだったか……」寝間着代わりに渡されたのはまがい物の「キモノ」ではあるが、ちせはきっちりと帯を締め、衣ずれの音がしないよう裾を払っておき、音も立てずにそっと廊下を進む…

(※キモノ…伝統的な和服を西洋風にアレンジしたもの。帯をほどくだけで脱げることから、エキゾチックなナイトガウンやバスローブ代わりとして、いわゆる「夜の商売」に従事する女性の間でも流行した)

ちせ「…?」

…廊下の奥にある「チョウおばさん」の部屋の扉からはまだ光が漏れていて、何やらくぐもった会話の声も聞こえる…

ちせ「………」抜き足差し足でそっと扉に近寄るちせ…

チョウおばさん「…ほほう、なかなかの上物だねぇ…これは」

会話の相手「もちろん……インド産の精製済み、一オンス当たりで値段はこのくらいだ……」位置が悪く会話している人間の姿は見えないが、どうやら「粉」のやり取りをしているらしい……声を聞く限りでは、相手はそこそこの教育を受けた男性に聞こえる…

チョウおばさん「ちょっと高いねぇ…このくらいでどうだい?」

相手「それじゃあ経費も回収できない。ここまで運ぶのにも金がかかっているんだ…」

チョウおばさん「だったらよそへ持って行くんだね……それだけ大量のブツを抱えたまま新規に捌く相手を見つけるとなると、そりゃあ大変だろうけどさ」

相手「……人の足下を見るのはあまりいい趣味とは言えないな、ミス・チョウ」

チョウおばさん「そのセリフはそっくりそのままお返しするよ…ミスタ・ゴードン」

相手「ふむ…よかろう、それじゃあ今回はこの値段で……」

チョウおばさん「ああ、それなら納得さ…」そういった所で椅子を引く音がした…

ちせ「…」

…とっさに廊下に置いてある巨大な壺の陰に隠れたちせ…両側面に取ってが付いたふた付きの壺は景徳鎮あたりで作られた値打ちものらしく、黒と紫、それに金で胡蝶が描かれている…

紳士の後ろ姿「…ではおいとまさせてもらうよ」

チョウおばさん「ああ、今度はもっと早い時間に来るんだね……」

紳士「ふん…こんな時間の訪問では美容に悪いかね?」

チョウおばさん「そういうことさ……サー・ウィッタリングにもよろしく言っといておくれ」

紳士「言われずともあの方はよく分かっているよ……」二人のシルエットが廊下の角を曲がり、そのまま上客の中でも選ばれた人間しか入れない「貴賓室」へと消えていった…

ちせ「ふむ…どうやら隠し通路は「貴賓室」のどこかにあるようじゃな。それにあの男の声も覚えた……」

ちせ「…いずれにせよ、これで報告のタネができたの……」

ちせ「……さて、後は廊下をうろついていてもおかしくないよう、化粧室に行っておしまいじゃな…」

…化粧室…

ちせ「うむ、これで良し…そろそろ出るとしよう……」数分ほど個室にこもり、夜半に廊下に出ていたことへの「理由」を作ったちせ…そしてそろそろ個室を出ようと言うときになって、化粧室の扉の開く音がした…

ちせ「…間が悪いの…こんな時間に厠へ来るとは、一体誰じゃろうか……」

勝ち気な娘「……ほら、ここなら誰もいないから」

小さい娘「で、でもマダム・チョウが……///」

勝ち気な娘「いくらあの人の地獄耳でもここまでは聞こえないって……それに…」

小さい娘「それに…?」

勝ち気な娘「声を出すのがまずいなら、こうすればいいだけの話だって…♪」んちゅっ、ちゅむ……くちゅっ…♪

ちせ「…これは……しばらくは出られそうにないの///」立ち上がりかけた陶器の便座にもう一度腰かけ、個室の向こうから聞こえるねちっこい音と抑えた嬌声を聞きながら、報告の内容を頭の中でとりまとめた…

………

…翌日…

ドロシー「…それでちせは相手の名前を「ミスタ・ゴードン」その上役と思われる人物を「サー・ウィッタリング」だって言ったんだな?」

ベアトリス「はい、少なくともそう聞こえたという事でした」

ドロシー「そうかい…しかし、もしかしたらこれで糸口が見つかるかもしれない。戻ったらちせに「お手柄だ」って伝えてくれ」

ベアトリス「分かりました」

アンジェ「後はこっちで官公庁の人事情報や新聞の人名録を洗ってみるから…ご苦労様」

ベアトリス「ありがとうございます」

ドロシー「それから店の婆さんは「それだけのブツを抱え込んで…」うんぬんって言ったんだな?」

ベアトリス「そうみたいです」

ドロシー「だとするとあちらさんはあの店をホンコン辺りから輸入したブツを流したり、その儲けを「洗浄(ロンダリング)」するために活用しているに違いない……しかも会話の様子じゃあ「ちょっとばかり持ち込んだ」って言うのとは規模が違うようだ…」

アンジェ「どうやら思っていたよりも根は深いようね」

ドロシー「ああ……やつら、こっちにつながっているとみた相手を軒並みクスリ漬けにしちまう気だぜ?」

アンジェ「迷惑な話ね」

ドロシー「そうだな…とにかくご苦労さん、引き続き耳をそばだてて情報収集にあたってくれ」

ベアトリス「はいっ」

………

アンジェ「…それで、どうする?」

ドロシー「とりあえずコントロールには「ある人物に注目している」とだけ言えばいいさ……情報提供者やカットアウトを切り崩されているかもしれない今、あんまり詳細に報告するのは考え物だ。どこで水が漏れるか分かったものじゃない」

アンジェ「同感ね……」

ドロシー「とりあえず何か腹に詰め込んでから「サー・ウィッタリング」がどちら様なのか調べてみようじゃないか…」

アンジェ「ええ」

…午後・ロンドン図書館…

アンジェ「…あった」貴族の家系や個人の経歴が書いてある「人名録」をめくっていたアンジェ……

ドロシー「あったか…?」

アンジェ「ええ…サー・ウィッタリングは元「内務省極東課」の課長補佐。今は退職して「ホンコン・サウスシー・アンド・イースト貿易」なる小ぶりな商社の重役をしているようね」

ドロシー「サウスシー・アンド・イースト……あぁ、あったぞ。資本金は1000ポンド。去年の株価は100株単位で五ポンドだそうだが、ほぼ取引はなし。現在はインドのマドラス、ボンベイ、それから清国のホンコン、シャンハイ、それにインドシナ(ヴェトナム)のサイゴンなんかに事務所を構えているみたいだが……くさいな」企業年鑑をめくり、該当する記事を素早く読み通すと眉をしかめた…

アンジェ「そうね。規模も小さく目立って利益を上げているでもなく、株価も低い……典型的な「ゴースト・カンパニー(隠れ蓑企業・ペーパーカンパニー)」に見えるわ」

ドロシー「それともう一つ。この会社は貨物を運ぶのに、とある船会社から船をチャーターしているんだが……見ろよ」

アンジェ「……ファーイースト・クラウン・ライン」

ドロシー「ああ……で、この船会社は「アルビオン・スチーム・アンド・ケイバーライト・シップ」の出資を受けた子会社だとある。そして「アルビオン・スチーム・シップ」と言えば王国情報部ともつながりがある……」

アンジェ「上手くつながったようね」

ドロシー「そうだな…あとは「コントロール」に保険会社をあたってもらって、どんな荷にいくらの保険を掛けているか調べるだけだ」

アンジェ「そして積み荷の量に対して妙に高かったり、反対に無保険、あるいは船荷証券そのものがない荷物があるようなら…」

ドロシー「そいつが例の「粉」ってことに間違いないだろうな」

アンジェ「後は店に出入りしている人間で、他に「関係者」がいないかを探り報告する……」

ドロシー「…それで任務は完了、と」

アンジェ「ええ。それに二人をあまり長く置いていて、ボロが出てもまずい……手際よく調査を済ませて、違和感をもたれないうちに引き上げさせる必要がある」

ドロシー「同感だ…何しろ二人とも「演技派」って方じゃあないからな」

………

…数日後・アルビオン王国・ナショナル・ギャラリー…

アンジェ「…」

7「……ターナーの絵がお好きですか?」


(※ジョセフ・マロード・ウィリアム・ターナー…イギリスを代表する画家の一人。当初はロマン派に属するスタイルだったが次第に変化していき、後の印象派を先取りしたような明るい鮮やかな色調、粗いくらい大きなタッチ、またはっきりしたアウトラインを描かず(神話や聖書といった決まり切った宗教的なテーマや構図ではない)見たままの風景を描くことで新しい表現方法を確立した)


アンジェ「はい、とても…長らく見たいと思っていたのですが、ようやく機会が得られました」

7「それは良かったですね……ちなみにどの絵が見たかったのですか? 「グレート・ウェスタン鉄道」あたりかしら?」

アンジェ「いえ。実は「解役されるテメレール号」を…」

7「なるほど……尾行はされていないようね」

アンジェ「ええ」


…決めておいた合い言葉……しかも美術館での会話にふさわしく、特定の絵の名前にしておいたもの……を交わすと、さも絵画に関する会話でもしているように寄り添って立ち、情報を伝達する…


7「それで…?」

アンジェ「今から話すわ…これまでに入手した情報だけれど……」

7「なるほど…よく分かりました。では、船と積み荷の情報収集に関してはこちらが引き継ぎます。そちらは引き続き王国情報部と関係のありそうな人物を探してちょうだい」

アンジェ「分かった…」

7「それから、この短期間でよく調べてくれたわね、ご苦労様。では……」

アンジェ「ええ…」

…数時間後・コントロール…

L「FC(ファーイースト・クラウン)ラインか……ロイド船級協会の船舶カタログとロンドン港の出入港予定表を頼む」

7「ここに持ってきております」

L「結構。ふむ……」火のついていないパイプをくわえ、ページをめくる…すると、ある一ページで手が止まった……

L「あったぞ…FCラインは九隻の船を抱えているな」

7「フリート(本来は「艦隊」…転じて、ある船会社が持っている船)が九隻ですか……極東貿易がこれだけ盛んだと言うのに、少なすぎますね」

L「いかにも…いくら弱小の船会社とはいえ、大手の子会社扱いで出資を受け、加えて極東やインドでの貿易に手を出すような会社ならもっと船を抱えていてもおかしくないはずだ」

7「ますます引っかかりますね……」

L「うむ…ところで、ロンドン港に入港した直近の船は分かったか?」

7「はい。FCライン所属で一番最近入港したのは「ガルフ・オブ・ホンコン」です…トン数1200トン、積み荷は絹製品や紅茶、陶磁器とあります」

L「よかろう……港湾労働者の所に入り込んでいる低級エージェントに調査させろ。ただし、あまり深入りはさせるな…嗅ぎ回っている事を感づかれては困る。あくまでもその船に「妙に鋭い」連中がうろついているかどうかだけ分かればよい」

7「承知しております」

L「それから「D」以下はあと二週間前後でこの任務から切り上げさせ、当該船に対する「工作」に関しても他の者にやらせる」

7「分かりました……」そう言いながらも「なぜです?」といった様子で、かすかに眉をひそめて見せた…

L「もし何らかの工作を実施した場合、真っ先に疑われるのは関係先に入ってきた新入りだからだ…そうならないためにもある程度ほとぼりを冷まし、痕跡を消してから「具体的な」作業に取りかかる必要がある。違うか?」

7「いえ、おっしゃるとおりです」

L「……それに「休み」の期間もそろそろおしまいだろう」

7「言われてみればそうでした……エージェントとして接していると、つい忘れそうになってしまいますが」

L「ふむ。つまりはそういうことだ…ご苦労だった、下がってよろしい」

7「はい。では失礼致します」

…さらに数日後…

ちせ「ふぅ…くたびれたの」

ベアトリス「お疲れ様です、いま紅茶を注ぎますね」

勝ち気な娘「あ、だったらあたしにも一杯ちょうだいよ」

ベアトリス「いいですよ。はい、どうぞ」

勝ち気な娘「ありがとね……それにしても、二人ともだいぶここの暮らしに慣れたんじゃない?」

ベアトリス「そうでしょうか?」

年かさの娘「ああ、ここに来たときに比べればずいぶんと手慣れたもんだよ……特にエイミーなんて一事が万事おっかなびっくりだったのに、今じゃあメイドの立ち居振る舞いを身体で覚えているみたい」キモノの前をだらしなくはだけ、ティーカップのふちを持って酒をあおるような格好でぬるめのミルクティーをすすった…

ベアトリス「ありがとうございます…」

勝ち気な娘「ところでさ、この間の生意気な伯爵令嬢がとうとう「貴賓室」を使えるようになったらしいよ」

年かさの娘「えぇ? …伯爵令嬢って言うと、あのこまっしゃくれたロール髪の?」

勝ち気な娘「それそれ。何でも結構な額を積んだらしいって話だけど…」

年かさの娘「……あんなのをお得意様扱いしなくちゃいけないと思うといやんなっちゃうねぇ」

勝ち気な娘「ね…まぁ、マダムは上得意の「六番街」が増えてほくほく顔だろうけど」

ベアトリス「六番街?」

年かさの娘「あぁ、エイミーは知らなかったか……この店には上客のための裏口があってさ、その出口が「ピーボディ・ストリ-ト六番街」につながっているんだ」

ベアトリス「へぇ、そうなんですか」

勝ち気な娘「そうさ。まさかお偉い貴族やお金持ちがこんな場所に来るわけにもいかないからね、そういう時は六番街の裏口から地下を通ってこっそりおいでになる…ってわけ♪」

ベアトリス「お忍びでこっそり来ないといけないなんて、偉い人も大変なんですねぇ……」

年かさの娘「あはははっ、そんなにしみじみと言うことかい?」

可愛い娘「エイミー、可愛いネ」

ベアトリス「も、もう…止めて下さいってば///」

…翌日…

ドロシー「……ピーボディ・ストリート六番街だな…なるほど」

ベアトリス「はい。少なくとも店のお姉さんたちはそう言っていました」

ドロシー「分かった。そこまで分かれば後はたやすい……その近所に張って、場末の街角には不釣り合いな乗り物や人を観察すればいいだけだからな。とにかくそいつはコントロールに報告しておく」

ベアトリス「お願いします…それから前回の報告から今日までにお店で見かけた「お得意さま」ですが……」暗記した貴族や資本家、議会関係者の名前を思い出しながらあげていく…

ドロシー「へぇ、ずいぶんと有力者が多いんだな……そいつも役に立つ」

ベアトリス「ええ、そうですね」

ドロシー「…ところでベアトリス、お前さんたちにいい知らせがある」

ベアトリス「何でしょうか?」

ドロシー「ああ、実はコントロールから指令が来た…「来たる10日を持って任務を完了、こちらの指示に従い後処理を施して離脱せよ」だそうだ」

ベアトリス「……つまり任務終了、ですか?」

ドロシー「そういうことだ。コントロールとしてはある程度の情報を手に入れる事が出来たし、何よりあの店と王国情報部につながりがある事が裏付けられたからな……つなぎ役の名前も分かったし、後は他のエージェントでもどうにかなる。となると、これ以上お前さんたちを店に長居させておく必要はないし、だらだらと続けて「チェンジリング」に影響するとまずい」

ベアトリス「なるほど…」

ドロシー「不服か?」

ベアトリス「いいえ、それを聞いてむしろほっとしています」

ドロシー「ならいいがな……てっきり煙管で「粉」をふかして、ぼんやり気分でどっかの男爵夫人だの子爵令嬢だのといちゃつくのが気に入ったかと思ったよ♪」

ベアトリス「そんなわけないじゃないですか…まったくもう」

ドロシー「そうか? …ま、残り少ないとはいえ油断は禁物だ。ちせにもよろしく言っておいてくれ」

ベアトリス「分かりました」

…数日後・マダムの部屋…

チョウおばさん「ふぅぅ…それで「話」っていうのはなんだい?」煙管をくゆらせながら、脚を組んで座っているチョウおばさん…

ベアトリス「えぇと……その…」

チョウおばさん「ええい、まどろっこしいね! 言いたいことがあるならとっとと言ったらどうなんだい?」

ちせ「…もうよい、ここは私が……」

ベアトリス「す、済みません……///」

チョウおばさん「どっちだって構わないから早くしな…この調子じゃあ日付が変わっちまうよ」

ちせ「では、単刀直入に…ミス・チョウ、お店で拾ってくれた事には感謝しておりますが……実は私たち二人、そろそろお暇をいただこうと思っております」

チョウおばさん「……何だって? ここを出て行くって言うのかい?」

ちせ「はい」

チョウおばさん「ふん、まぁ言うのは勝手だよ…だが「契約」の事は知っているだろうね?」

ちせ「無論です……契約には「違約金」を払えばいつでも辞めることが出来るとありますが、そのお金も用意してあります」

チョウおばさん「ほほう…他の小娘どもと違って服だの遊びだのに使わないで、爪に火をともして貯めたっていうのかい……なるほど、そのやりくりの上手さだけは大したもんだ」

ちせ「…いかようにでも取っていただいて結構ですが、とにかく両耳揃えて払う準備は出来ています」

チョウおばさん「ふん、いっぱしの口を利くじゃないか…だが小娘二人、頼る先もなくここを出て行って、このロンドンで生計(たつき)の道を立てるアテがあるのかい?」

ちせ「…いざとなれば街角の物売りだろうがゴミ漁りだろうが何でも……彼女と二人なら耐える自信があります」

ベアトリス「…わ、私もです///」

チョウおばさん「ふんっ「パンと恋さえあれば生きていける」って訳かい? …三文芝居じゃあるまいし」

ちせ「ですが、すでに二人で決めたこと…どうかお留めなさいますな」

…煙管に豪奢なチャイナ風ドレスをまとい、脚を組んで椅子にふんぞり返っている様子がまるで中国の武侠ものの「大姐(姐さん)」を絵に描いたようなチョウおばさん…そんなチョウおばさんとやり合っていると、ついつられて芝居じみた口調になってくる…

チョウおばさん「誰が止めるものかい、馬鹿馬鹿しい……だが、やっと馴染んできた矢先にここを出て行っちまって、ようやっとお前たちにつきはじめた上客はどうするのさ?」

ちせ「それについては重々申し訳ありませぬが、しかしそれは身どものあずかり知らぬ事……」

…ちせとベアトリスはそうしたサロンの裏事情にも詳しいドロシーたちから「入れ知恵」されているので、チョウおばさんが渋っているのはあくまでも二人をぐらつかせようとする芝居だと知っていた……

チョウおばさん「後はご勝手に…ってかい? それじゃあ義理が立たないってもんだよ……違うかい?」そう言ってちせに煙管を突きつける…

ちせ「…しかし、私とエイミーが抜ければその分エリカたちにお鉢が回り、彼女もより多くのご婦人をお客に取れるというもの」

ベアトリス「わ、私もそう思います…」

チョウおばさん「ない知恵を絞るのはやめな。 ……しかし、どうしてもっていうなら考えてやらんでもない」

ベアトリス「本当ですか…っ?」

チョウおばさん「浮かれるんじゃないよ。 ま、こっちとしても「出て行きたい」って言うのを無理に引き留めておいても、ぶすったくれるわ、ささくれだって娘っ子同士で喧嘩はするわ、客への態度は悪くなるわと、ろくな事がない……しかしそうなると後釜の事だの何だのを考える必要があるわけだ……そうだね、土曜日までには返事をしてやるつもりだが…それでいいね?」

ちせ「はい」

チョウおばさん「分かった。じゃあそれまでは今まで通りに客の相手をするんだよ…いいね?」

ベアトリス「はい…っ!」

ちせ「…かたじけない」

チョウおばさん「ふんっ。せっかくしきたりだの行儀だのを教えてやった矢先にこれじゃあ、教えてやった甲斐がないってもんだ……いまいましいからとっとと出ていきな」

ちせ「では、失礼いたす……」丁寧に礼をして部屋を出た…

ベアトリス「……ふー、一時はどうなるかと思いました…でも、やりましたね♪」

ちせ「うむ…っと、済まぬ…!」

ベアトリス「えっ…んくっ!?」

ちせ「んちゅぅ…♪」

ベアトリス「ぷはっ! い、いきなり何を……!?」

ちせ「しーっ……もしやしたらミス・チョウが聞き耳を立てていたりするかもしれぬ…とあれば、晴れて自由になれる二人らしくせねばまずいじゃろう……」

ベアトリス「…確かに……でもちょっと驚きました///」

ちせ「うむ、それは私も同じじゃ…顔が火照って仕方ない……///」

…さらに数日後…

勝ち気な娘「…へぇ、じゃあ手切れ金を払っておさらばってわけね?」

年かさの娘「久しぶりに見たよ、全額用意できた娘なんて……あんたたち、意外とやるじゃない♪」

可愛い娘「オメデト、二人とも…よかたネ♪」

ベアトリス「いえ、そんな…」

ちせ「……かたじけない。短い間とはいえ世話になったな」

勝ち気な娘「なぁに、いいってこと…こっちも新しい面子が入ってきて楽しかったしさ」

年かさの娘「そうそう…それより、ことわざにも「一个巴掌拍不响(※拍手は片手では出来ない…「一人の力では物事は進まない」の意)」って言うし、こっから出て行っても二人で仲良くやるんだよ?」

ベアトリス「はい///」

ちせ「うむ…」

切れ長の眼をした娘「ところで、そういうことなら最後にぱーっとやろうじゃない…出て行くのは明日の朝方なんでしょ?」

ベアトリス「それはそうですが……怒られないでしょうか?」

ほっそりした娘「大丈夫大丈夫。どうせ明日はお休みなんだし、ちょっとくらい羽目を外したって怒られやしないわよ……ね?」

年かさの娘「その通り。それに詩人もこう詠んでいるわよ…」普段から「皇帝の血を引く」と自称しているだけあって、李白の書いた文の一節をすらすらと暗唱してみせた…


夫(それ)
天地者萬物之逆旅也(天地は万物の逆旅なり)
光陰者百代之過客也(光陰は百代の過客なり)
而(しかして)
浮生若夢(浮生は夢のごとし)
為歓幾何(歓をなすこと幾何(いくばく)ぞ)
古人秉燭夜遊(古人、燭を秉(とりて)夜遊ぶ)
良有以也(まことに以(ゆえ)有るなり)


年かさの娘「…ってね。だから楽しくやらないと♪」

(※「春夜宴従弟桃花園序(春夜、従弟の桃花園に宴するの序)」…従弟の宴席に招かれた時に李白が詠んだ「序」で、後に「奥の細道」で芭蕉にも引用されている)

勝ち気な娘「その通り…ってなわけで、ちょーっと待っててね……」

…数分後…

ほっそりした娘「…うわぁ♪」

勝ち気な娘「ふふーん…この間買ったんだけど、せっかくの機会だから一緒に飲もうじゃない」年代物のコニャックを一瓶と、あり合わせのグラスを数個持ってきた…

ちせ「これは…かたじけない」

勝ち気な娘「なーに、いいのよ……あたしはあんたたちと違って、出て行ってどうこうする予定もないしさ。いくら稼いだって使い道なんてありゃしないのよ…だからこうやって気分良く使っちゃうのが一番いいってわけ」

年かさの娘「そういうこと……ロンドンって街は、東洋人が一人で暮らすには厳しいからさ。良くも悪くもここが私たちの居場所なんだ」

ベアトリス「そうなんですね…」

年かさの娘「はいはい、そんなしけた顔しない♪ 今は浮世の憂さを払って、明け方になるまで楽しくやりましょ♪」

ほっそりした娘「おー♪」

可愛い娘「ハイ、楽しくやるネ♪」

年かさの娘「それじゃあ乾杯といこうか…二人の門出を祝って♪」

ほっそり娘「乾杯♪」

ベアトリス「あ、ありがとうございます…///」

ちせ「あい済まぬな……」

年かさの娘「いいのいいの…さ、もう一杯」

………


…明け方近く…

勝ち気な娘「そら、みんな出せるもんは出そうじゃない……♪」

切れ長眼の娘「はいはい」

…ちせとベアトリスの「お別れ」にかこつけて、チョウおばさんから大目玉を食らわない程度にこっそりと…しかしなかなかご機嫌なパーティを始めた一同…それぞれとっておきのブランデーだの、中国風の甘いクルミ入り菓子だのといったものを持ち出し、すでに数時間ばかり愉快なおしゃべりが続いていた…

ちせ「…この菓子はちと脂っこいが、なかなかの美味じゃな」

年かさの娘「気に入ったならもっと食べな? リンは小さいんだからうんと食べないとね」

ベアトリス「ふふ、なんだか秘密のお茶会みたいで楽しいです…♪」

可愛い娘「おー、エイミーは可愛い事言うネ」

切れ長眼の娘「同感。物腰も丁寧だし、まるで偉い人のお付きみたいよね?」

ベアトリス「えっ…そんなことないですよぉ///」

勝ち気な娘「なぁに照れてるんだよ……ところでみんな、よかったらどうだい? 店で片付けをするときに吸いさしやらこぼれたやつを集めて、ちょっぴりだけ「がめて」おいたんだけど…」そう言って手のひらほどの小さな木箱を開け、中に半分ばかり入っている純白の「粉」をみせた…

年かさの娘「…それじゃあ、皆で一服ずつ回すとしましょう……煙管は私のを使えばいいわ」そう言うと金と翡翠をあしらった、ほっそりした煙管を取り出した…

ベアトリス「えっ、でも…」

年かさの娘「いいじゃない、これでお別れなんだし…それにこのくらいくすねたからって店は傾いたりしないんだから、マダムだって怒りゃしないわ」

切れ長眼の娘「そうそう……♪」

可愛い娘「ちょっとだけにすれば大丈夫ヨ♪」

ベアトリス「…」困ったふりをしながらさりげなくちせに見て「どうします?」と目線で尋ねた…

ちせ「…」ここで妙にかたくなな態度を取って断ると、かえって余計な疑念を抱かせる…そう判断して「やむを得まい」と言うように、かすかにうなずいた…

ベアトリス「じ、じゃあちょっとだけですよ…?」

勝ち気な娘「もちろん。そもそもそんなにあるわけじゃないし、本当は私の安眠用なんだから……そんなにはやらないよ♪」

年かさの娘「そうけちなことを言わない…とはいえ、苦手なら少しにしておけばいいわ」

勝ち気な娘「そういうことよ……それじゃあ詰めてやって♪」

年かさの娘「ええ…っとと」

…いささか酔っているのか酔眼をしばたたき、こぼさないよう煙管の壺に粉を詰める…それから赤いかさかさした感じの薄紙をこよりにして火を付け、煙管に近づけると幾度か吸った……火を移すのにしばらくすぱすぱやっていると、甘ったるいのと焦げたのが合わさったような独特の香りが漂い、ほのかに煙が立ちのぼった…

年かさの娘「はい、できた……それじゃあ最初は「主賓」からね♪」

ベアトリス「わ、私からですか…?」

勝ち気な娘「なんだよ、遠慮するなって」

切れ長眼の娘「早く吸って回してちょうだいよ」

ベアトリス「わ、分かりました……」まるで貴重な骨董品でも扱うかのようにおそるおそる煙管を手に取り、ためらいがちに軽く吸った…

ベアトリス「…あ、あれ?」

勝ち気な娘「吸い方が弱いから届かないんだよ…ほら、消えちゃうからもっと勢いよくしないと」

ベアトリス「なるほど、それじゃあ……けほっ、こほっ!」今度は「すぅ…っ!」と勢いを付けて吹かし、途端にいがらっぽい煙が喉に入り派手にむせた…

年かさの娘「あはははっ…それじゃあお次はリンの番♪」

ちせ「う、うむ……」

勝ち気な娘「どうだい?」

ちせ「ん、ごほっ…なんだか煙いだけではなく、妙な香気があるのぉ……」

年かさの娘「そういうもんだからね…さ、次に回して?」

ちせ「うむ…」

………

…朝方・マダムの部屋…

チョウおばさん「……それじゃあこれでおしまい。後はどこへでも好きなように行っちまいな」

ベアトリス「ふぁい…」

ちせ「うむ……」

チョウおばさん「あんたたち、聞いてるのかい? ったく、どうせ今日でおさらばだと思って夜通し大騒ぎでもしてたんだろう……そんなんで財布や荷物を盗られたって知らないからね、あたしゃ」

ベアトリス「き、気をつけまふ…」

チョウおばさん「ふんっ、そんなんじゃあ赤ん坊からオートミールを守ることだってできやしないだろうさ…いいからとっとと出ていきな。出て行くときは表じゃなくて裏口を使うんだよ」

ちせ「承知…しております……」

チョウおばさん「結構だね…さぁ、行った行った!」

………

…合流地点…

ベアトリス「えーと…あー、ここれすね」

ちせ「うむ、ならば入ろうではないか……」

…まだ朝も早いロンドンの裏通りを、少々おぼつかない足取りでやって来たベアトリスとちせ……ドロシーたちが確保している一軒の「使い捨て」用のネストまでたどり着くと、よろよろと椅子に腰かけた……そしてしばらくすると、尾行や監視がないことを確認してからアンジェとドロシーが入ってきた…

ドロシー「よぅ、おはようさん…任務ご苦労だったな♪」柳のカゴを開けると「部屋から出ないで済むように」と、ガタついたテーブルの上に水の瓶やパン、まだ暖かい肉入りのパイやチーズ、そして果物などを置いていく……

ベアトリス「ふぁい、おはようごらいまふ…」

ドロシー「おいおい、一体どうした。まるでろれつが回っちゃいないぞ……歯でも引っこ抜かれたか?」

ベアトリス「そうれはないのれすが……」

ドロシー「…やれやれ、こいつはてっきり「アレ」だな」

アンジェ「そのようね…瞳孔が開き気味だし、焦点が定まっていないもの」ベアトリスに顔を近づけると、まぶたを指で広げて瞳をのぞき込んだ…

ドロシー「だな……おい、聞こえるか?」

ベアトリス「ふぁい、聞こえまふ…」

ドロシー「よーし、それじゃあ私が立てている指は何本に見える?」

ちせ「二本じゃ…」

ドロシー「どうやらそこまで大量にくゆらした訳じゃないらしいな…ったく、だからあれほど煙を肺までいれないようにする吸い方を教えたっていうのに……仕方ない、身体から抜けるまではそのまま寝ておけ」

ベアトリス「…えへへ、ドロシーさんはやさしいれふ♪」

ドロシー「ばか言え。お前たちが使い物にならないと任務の遂行に影響するからだ……そら、いいから水を飲め」

アンジェ「そうね、少しでも成分を希釈しないと…それと明日になったら蒸し風呂にでも入れて、汗をかかせる必要があるわね」

ドロシー「ああ…汗と一緒に毒気を抜かないと」

…数分後…

アンジェ「……それにしても、二人は耐性が低いようね」

ドロシー「無理もない。何しろ身体が小さいし、それにこれまで吸ったこともないんだろうからな」

アンジェ「私たちと違って毒が染みこんでいないわけね」

ドロシー「そういうことだ…もっとも、私だって色々悪いことを覚えちゃいるが、自分から「粉」に手を出したことはないな……任務ならさておき」

アンジェ「私もよ」

ドロシー「とにもかくにも、あの状態でネストまで連れ帰るわけにも行かないな……少なくとも半日はあそこに置いておくしかない」

アンジェ「そうね…二人とも、余計な事を言っていなければいいけれど」

ドロシー「まぁ、大丈夫だろう…二人の様子だと吸ったのは二、三時間前だから、きっと情報を吐かせるためじゃなくて「別れの一服」に誰かが勧めたんだろう……それに必要以上の情報は教えちゃいないんだからな」

アンジェ「だとしてもよ……こうなるとより警戒が必要ね」

ドロシー「そうだな…さて、それじゃあ私は戻る」

アンジェ「私は「7」に報告を済ませてくるわ」

ドロシー「ああ。よろしく言っておいてくれ」

…数十分後…

ベアトリス「なんらか……身体がふわふわしまふ…♪」

ちせ「そうじゃのう…私も身体の芯が定まらぬ……」

ベアトリス「やっぱりあの粉のせいれすね…」

ちせ「じゃな……そら、水を飲むように言われたのひゃから、ちゃんと飲まぬと……」

…さらに薬が回ってきたのか、ますます焦点の定まらない目と力の入らない腕で水の瓶をつかむと、慎重にひびの入った陶器のカップに注ごうとする…

ちせ「おっ…とと……」

ベアトリス「らいじょうぶれひゅか…?」

ちせ「うむぅ…ろうにからいひょうふひゃ……ほれ…」

ベアトリス「ありらろうごらいまふ、いららきます…んくっ、こくっ♪」

ちせ「うむ……しからは、わらひも飲むとひよう……」

…酩酊しているときのようなもうろうとした状態で、どうにかこうにか水をあおる二人…

ベアトリス「わらひももう一杯……ひゃうっ!」

ちせ「らいじょうぶか…?」

ベアトリス「あんまりらいひょうふりゃないれふ……」目算をたっぷり数インチは誤ったまま水を注ごうとし、結果として派手にスカートを濡らしてしまったベアトリス…

ちせ「しひゃたないの……ぬれていると風邪を引くからぬいらほうがよいな…」

ベアトリス「ふぁい、そうれふね……」ノロノロとぎこちない手つきでスカートを下ろしていく…

ちせ「うむ、それでよし……♪」

ベアトリス「ならちせひゃんも脱いれくらひゃい…わらひらけなんて不公平れふ♪」

ちせ「んあぁ? それもそうか…ならわらひも付き合うろひよう……んんぅ?」スカートを脱ごうとしたが上手くいかず、首を傾げている…

ベアトリス「もう、そんらころもれきないんれすかっ…いいれす、わらひがやりまひゅっ♪」

ちせ「ああ、かまわぬから座っておれ……このくらい、わらひにらってれきる!」

ベアトリス「そんなころいっれ、れきれないひゃないれふか…えいっ♪」

ちせ「おっ…とと!」

…お互いふらふらの状態でベアトリスが威勢よくスカートを下ろすと、勢い余って二人ともベッドにひっくり返った…

ベアトリス「あはははっ、ちせひゃんってばぁ…♪」

ちせ「くくくっ、いっらい誰のせいひゃと思っておるのひゃ……このぉっ♪」

ベアトリス「ひゃぁん♪」

ちせ「なんひゃ、そのいやらひい声は…っ♪」

ベアトリス「そんなの、ちせひゃんらって同じれすよぉ……っ♪」

ちせ「んあぁ…っ♪」引き締まった脚をベアトリスの小さな手で撫でられただけで、全身にぞわぞわと甘くしびれるような感覚が伝わってくる…

ベアトリス「あれれぇ、ちせひゃんったらよわよわれすねぇ?」

ちせ「なにおぅ…♪」ちゅむっ、ぴちゅっ…♪

ベアトリス「あっ、あっ、ふわぁぁぁ…っ♪」色事には慣れていないちせの軽くついばむ程度のキスにも関わらず、秘所からはとろりと蜜がしたたり、腰が抜けるほど気持ちがいい…

ちせ「どちらがよわよわなのら、教えてやらねひゃな…♪」ぺろっ…♪

ベアトリス「ふあぁぁぁん…っ♪」

ちせ「ろうした、こんあ程度か…?」ちゅる…っ、くちゅっ♪

ベアトリス「あふっ、ふぁぁぁっ、んぁぁ…っ♪」とろっ…とぷ…っ♪

ちせ「ほぉ…れ、ここはろうじゃ…?」ベアトリスの脇腹を撫で上げ、首筋に舌を這わせる…

ベアトリス「あひぃ、ひう…ちせひゃん…ちせひゃんも…気持ちいいれひゅか……?」とろんとした視線を向けるとちせの舌先に自分の舌を絡め、
それから濡れたふとももを重ね合わせた…

ちせ「うむ……ぅ、わらひも…気持ひいい……っ♪」にちゅっ、くちゅっ…♪

ベアトリス「はぁ、はぁ、はぁぁ…っ///」

ちせ「ふぅ、ふぅ、ふぅぅ……///」

ベアトリス「ふわぁぁぁ……ちせひゃぁ…ん///」

ちせ「ふぅぅ…っ…そんら声をあげられひぇはひゃまらぬ…っ♪」

ベアトリス「きゃあぁ…んっ、んぁぁぁぁっ♪」

…小柄とは言え常々武道で身体を鍛え、刀を振るっているちせだけあって苦もなくベアトリスを組み敷くと、両の手首をまとめて押さえ込み、きゅっと引き締まったふとももで彼女の腰を挟みこむ…

ベアトリス「はぁ、はぁ、はぁ……///」くちゅ…♪

ちせ「んはぁ、はぁ、はぁ…ん、くぅぅ…♪」にちゅにちゅっ、くちゅっ…♪

ベアトリス「ちせひゃん……もっろ…ぉ///」

ちせ「べあとりひゅ……んちゅる、ちゅくっ、んじゅる……っ♪」ペチコートを足元にずりおろすとそのまま白い太股の間に顔を埋めて、緩慢で気だるい、とろけたようなペースで舌を這わせる……

ベアトリス「ちひぇひゃぁ…ん……わらひも…♪」

…舌で迎えるようにしてちせの慎ましやかな胸元に吸い付き、とろんとした恍惚の表情を浮かべて舐めたりしゃぶったりするベアトリス……二人とも夢うつつの気分で、ただただ重ね合わせた身体がこすれ、粘っこく暖かい蜜が太股を伝って垂れていく感覚だけが脳髄を刺激する…

ちせ「んじゅるぅ…っ、ぐちゅっ、ちゅぷ……ぅっ♪」

ベアトリス「ふぁぁぁ…あっ、あふ…っ♪」

ちせ「ぷは……んあぁぁ…あ、あっ、んぅぅ…っ♪」

ベアトリス「まら、ちせひゃんには負けまひぇんよ……ぉ♪」


ちせ「なにを……なら教えれやろう…っ♪」そう言うなりベアトリスが付けていたリボンを引きほどいで手首に巻き付けて縛り上げ、余った部分をベッドの柱にくくりつけ、拝むような姿勢をとらせた……そのまま下から滑り込むようにして、とろりと濡れそぼった秘所に舌を滑り込ませる…


ベアトリス「ふあぁぁぁんっ♪」普段ならあり得ないようなトロけた様子でがくりと天井を向き、がくがくと身体をひくつかせる…

ちせ「このままいつまれ耐えられるかためひてやろう…れろっ、じゅぷ、じゅるぅぅ…っ♪」

ベアトリス「はひゅっ、ふあぁぁ…っ♪」

ちせ「こう見えれも、わらひもいろいろ覚えひゃのら……っ♪」ぐちゅぐちゅ…っ、じゅぶっ、ぬちゅ…っ♪

ベアトリス「はひぃぃ…ふあぁぁ、ちせひゃん……そこぉ、気持ひぃぃれす……ぅっ♪」とろっ…♪

ちせ「わらひも……気持ひいい…ぞ…ぉっ♪」舌と右手の指でベアトリスの花芯をくちゅくちゅと責め立てつつ、同時に左手を自分の秘所に滑り込ませてかき回した…

ベアトリス「ふあぁぁ……ちせひゃぁんっ、イくの…ぉ、気持ひいいれひゅ……あぁぁぁんっ♪」

ちせ「わらひも…気持ひよくれ……指が…止められぬ……あっ、あっ、ふあぁぁ…っ♪」

…ベアトリスがひくひくと身体を引きつらせたはずみでリボンが解けると、力の抜けた身体がどさりとちせの上に落ちた……そのまま二人は身体を重ね、緩慢な動きでねちっこく交わり合う…

ちせ「ふあぁぁぁ…あふぅっ、んくぅぅ…っ///」ぐちゅ、ぬちゅ…っ♪

ベアトリス「んぅぅっ……はぁっ、はあぁ…っ///」じゅぷ……っ、にちゅ…っ♪

ちせ「…こんな有様をみたら、そならの「姫様」はろう思うじゃろうなぁ……?」そう耳元でささやくと、教わった知識を使って耳たぶを甘噛みした…

ベアトリス「ず、ずるいれひゅっ…そ、そんなころぉ…言われひゃらあ…ぁぁぁっ♪」呆けたような表情で愛蜜を垂らし、絶頂しているベアトリス……

ちせ「ふふ、その調子ならわらひの勝ち……」

ベアトリス「わらひらって…姫しゃまから教わっれいるんれす……れろっ、あむっ…くちゅ♪」わざとみずみずしい果実に吸い付くような音を立てながら、ちせの耳に吸い付いた……

ちせ「おおぉ゛…ぉっ、んぁぁぁ……あ、んあぁぁっ♪」

ベアトリス「ちせひゃぁぁ…んっ♪」がくがくっ、ぷしゃあぁぁ…っ♪

ちせ「べあとりひゅぅ……ぅっ♪」とぷっ、ぷしゃぁぁ…♪

………

…翌日…

ドロシー「……で、こうなったわけか」

ベアトリス「はい……///」

ちせ「///」

…愛蜜にまみれたふとももを隠すように脚を閉じ、一糸まとわぬ姿を恥じる様子でベッドに腰かけている二人と、額に手を当てて苦笑いを浮かべているドロシー……部屋のあちこちには脱ぎ散らかされたストッキングやペチコート、ビスチェが放り出され、ベアトリスとちせの身体にはいくつもキスの跡が残っている…

ドロシー「やれやれ……まあいいさ、任務があらかた済んでほっとしたところに、あの「粉」をキめちまったらそうもなるだろう」

ちせ「面目ない……///」

ドロシー「なぁに、気にすることはないさ…しかしお前さんたちときたら私とアンジェが帰ってから、一日中ずーっと盛りのついたネコよろしく過ごしていたってわけだな♪」

ベアトリス「うぅ、言わないで下さいよ…ぉ///」

ドロシー「悪いな、しばらくはこれをネタにからかわせてもらうつもりさ……さ、引き上げるからとっとと着替えてくれ」

…そんなことになっているとは思っていなかったので下着こそ持ってこなかったが、人目を引かないよう地味な色合いの着替えを持ってきていたドロシー……ふっと真面目な口調に戻ると、それぞれに向けてデイドレスやスカートを放った…

ちせ「う、うむ…///」

ベアトリス「は、恥ずかしくてまともに顔も見られません……///」

ドロシー「ふぅぅ…とっととしてくれ、予定が控えてるんだからな。 そら、どっちのだ?」ひょいとストッキングをつまみ上げ、二人に向かって放る…

ベアトリス「た、多分私ので…///」

ちせ「あ、それは私のかもしれ……っ///」

…飛んできたストッキングを同時に取ろうとして指先が触れたとたん、びりっと軽い電流のような感覚が走る…

ちせ「す、済まぬ…///」

ベアトリス「い、いえ…私こそ……///」

ドロシー「なんだ、まーだ疼きが収まらないのか……いっそのこと、私がどうにかしてやろうか?」わざとらしく好色な表情を浮かべてみせた…

ベアトリス「け、結構ですっ…///」まだ乾いていない愛液で冷たくねっとりと濡れたストッキングに脚を通し、顔を赤らめる…

ドロシー「そうかい…ちせ、支度は済んだか?」

ちせ「うむ…///」

ドロシー「よし……私は部屋の痕跡を消して最後に行くから、まずはお前さんが出ろ。川に向かって二本行った通り、角の八百屋の裏でアンジェが待ってる…灰色のデイドレスで頭にはボンネットだ」

ちせ「承知」

ドロシー「…ベアトリス、着替えはすんだか?」

ベアトリス「は、はい…///」

ドロシー「おい、そのもじもじするのは止めるんだな……そんな様子じゃあ人目を引く」

ベアトリス「き、気をつけます…」

ドロシー「そうしてくれ。お前さんは私の片付けを手伝いながら、ちせが出て五分以上経ってから部屋を出る…いいな?」

ベアトリス「分かりました」身体に火照りが残っているとは言えそこは手慣れたもので、乱れたベッドシーツや動かした椅子、テーブルと言った調度をてきぱきと整えていく…

ドロシー「…よーし、それじゃあ行け」ベアトリスに手伝わせて後片付けをしながらおおよその時間を計っていたが、頃合いを見計らって出て行かせるドロシー…

ベアトリス「はい」

ドロシー「……ふっ、それにしてもあの二人が…ねぇ♪」部屋の痕跡を消して最後に確認を済ますと、口の端に笑みを浮かべながら部屋を出た…

………

…後日・部室にて…

ドロシー「よう、おはようさん…♪」

ちせ「うむ、おはよう」

ベアトリス「お早うございます……今朝はずいぶんご機嫌ですね、ドロシーさん?」

ドロシー「ふふん…まぁな♪」

プリンセス「…何かいいことでもあったのですか?」

アンジェ「いいことかどうかは分からないけれど……ドロシーがご機嫌なのはこの記事を読んだからでしょうね」

プリンセス「なぁに、アンジェ? …えーと「貨物船ドーヴァー海峡で遭難、救難活動続く」……私にはただの海難事故を報じる記事にしか見えないわ」

ドロシー「そりゃあ一見するとそうさ……しかし記事を読めば分かるが、その船を運航させていた海運会社は「ファーイースト・クラウン・ライン」で、遭難した船はホンコンから陶磁器を運んでいたとあるはずだ」

ベアトリス「確かにそう書いてありますね…あれ、でも「ファーイースト・クラウン・ライン」って……」

アンジェ「そう…貴女たちが行った情報収集のおかげで、実際には「粉」や秘密の物資、資金を運ぶために船を運行していることが判明した王国情報部のフロント企業よ」

ドロシー「そういうこと……で、あちらさんが山ほど「粉」を積んでドーヴァーの沖までやって来たところで、その船をドボンと沈めてやったわけさ♪」

ベアトリス「なるほど…」

アンジェ「ドーヴァー海峡といえば潮の流れも速いし、霧も出やすい……」

ドロシー「つまり事故を起こすには「うってつけの場所」ってわけでね…♪」

ちせ「しかし、どうやってそれだけの「粉」を疑われずにロンドンのあちこちに運んだのじゃろうな…」

ドロシー「ふふん、それじゃあお茶のお供にトリックの種明かしと行こうじゃないか…ベアトリス、一杯注いでくれるか?」

ベアトリス「はい♪」

ドロシー「あー…」注がれた紅茶をひとすすりすると、長いため息をついた…

ベアトリス「いかがですか?」

ドロシー「そうだなぁ……今朝のブレンドはセイロンをベースに「ラプサンスーチョン(正山小種)」とアッサムか?」

(※正山小種…茶葉を燻製して独特のいぶした香りを付けた中国原産の紅茶)

ベアトリス「むっ…ドロシーさんって意外と鋭いですよね?」

ドロシー「おいベアトリス、「意外と」は余計だぞ……ま、上流階級に潜り込むエージェントとならこのくらいは出来ないとな」

ちせ「それで、肝心の「種明かし」とやらは…」

ドロシー「まぁまぁ、そう慌てるな……」

…ドロシーはもう一口紅茶をすするとカップを置き、テーブルにひじをつくと両手を組んだ…

ドロシー「さて……ロンドン港に陸揚げされる「粉」をどうやって需要のある場所へ運ぶか。王国情報部の連中にしても、こいつが一番の悩みどころだったはずだ」

ベアトリス「はい…」

ドロシー「そこで連中は考えた…たいてい「粉」が消費されるのは会員制のサロンみたいなところだ。そういうところで使う物と言えば何か……これさ♪」飲み終えたティーカップを持ち上げてみせる…

ドロシー「ちせが前に「景徳鎮」らしい大きな花瓶の陰に隠れたと言ったな……実はああいう焼き物の糸底を高めに作っておいて、そこに「粉」を仕込んで上から陶土で塗り固めたり、梱包されたカップやポットの中にぎっしり詰め込んだりしていたんだ……焼き物なら大きさに比して重さがあってもおかしくないし、サロンが箱で注文するのもおかしくない」

アンジェ「そういうことね……他にも箱を二重底にしたり、他にも色々な手段を講じていたはずよ」

プリンセス「……真面目な人たちが少しでも中毒者を減らそうとしているかたわらで、そんなことが平然と行われていたのね」

ドロシー「プリンセスの気持ちは分かるが、諜報活動はきれいごとだけじゃあ回せないからな……ま、とにかくこれで連中もしばらくは金のやりくりに困るだろう」

アンジェ「そうね」

ドロシー「ああ。しかしそう考えると気分がいいや……今度はブランデーを垂らしていただこうかな♪」カップに紅茶を注ぐと、秘密のキャビネットからブランデーの瓶を取り出した…

ベアトリス「もう、朝からお酒なんてだめですよ…っ!」

ドロシー「やれやれ、口うるさい限りだぜ」

プリンセス「ふふふっ…♪」

ちせ「ははは…♪」

アンジェ「ふっ…」

………

というわけでこのエピソードは完了ですが、今回はあまり肩肘張らずに書くことが出来ました(ちょっと忙しくて更新自体は遅かったですが)

それと、昨日(6月25日)は「百合の日」だったそうですね…読み返してみるとあんまり百合百合しいストーリーがありませんが、そのうちに「女学校ならでは」と言ったものも書こうと思います……

…caseプリンセス×アンジェ「The prayer for spies」(スパイたちへの祈り)…


ドロシー「……おいアンジェ、しっかりしろ…っ!」

アンジェ「…」

ドロシー「頼むから目を覚ませよ、アンジェ……お前を愛しているあの女性(ひと)を独りぼっちにして、自分だけ先に逝っちまうつもりかよ…!?」天井が高く寒々しい雰囲気のする場所で底冷えのする大理石の床に膝をつき、意識を失っているアンジェの身体を抱き上げて、ののしりながら必死に救命措置を取るドロシー……

アンジェ「…」

………



…数週間前…

7「……今回の目的は王国植民地省の機密情報を入手することにある…資料は内部の協力者によってダウニング街(官公庁街)から持ち出され、それをカットアウトがメールドロップに運び、それを受け取ったエージェントが改めて貴女たちに引き渡す手はずになっていた」

ドロシー「結構だね……だが、運ぶ手はずに『なっていた』って言うのはどういう意味だ?」

7「実は、今回の情報引き渡しにちょっとした「障害」が発生していて、まだ情報は中継役であるエージェントの手元に留まっているの」

ドロシー「どうやら厄介そうな話だな……」

…それから数時間後…

アンジェ「なるほどね…」

ドロシー「ああ……当然ながら植民地省の方針を知りたがる奴は多い。フランスやドイツをはじめとする列強はもちろん、日本やイタリアといった後発列強の国々…あるいはその情報を元に商機をつかもうとする財閥や商社、それから「ザ・シティ」(金融街)に巣くっていて、そういう内輪の情報を流してひと儲けているような連中…」

アンジェ「一切れのパイに対してお客は十数人と言ったところね」

ドロシー「そういうことだ……で、その情報を受け取ったエージェントは監視を付けられ、にっちもさっちもいかなくなっているらしい」

アンジェ「……それで私たちが代わりに資料を受け取りに行く事になった…と」

ドロシー「ご名答」

アンジェ「どうやら話を聞く限りでは、荒事の可能性もありそうね」

ドロシー「ああ…おまけに誰が敵か分かりゃしないって言うんだからな。全く最高だよ……」

アンジェ「とはいえ、パイを「食べたがっている」相手は多いけれど、その中で王国を怒らせることを覚悟した上でパイに「手を出す」プレイヤー(関係国・当事者)となると、そう多くない……」

ドロシー「当然だな…まぁ、一番あり得るのはフランスかドイツだろう。オランダもあり得なくはないが、このところオランダ情報部はアルビオンだけじゃなくてフランスやベルギー相手の諜報合戦にも忙しいから、そこまでのプレイヤーにはならないな」

アンジェ「ええ…」

ドロシー「それからイタリアだが…連中、今は自分の国土を維持するので精一杯だから、そこまで派手なことはできないと見るね」

アンジェ「そうね……となれば彼らと「未回収地」を巡って領土争いをしているオーストリア・ハンガリーも同じということになる」


(※未回収地…イタリア語で「イレデンタ」と呼ばれた、フィウメをはじめとするイタリア北東部やダルマティア地方(現在はクロアチア等の領土)のこと。当時オーストリアに占領されていて、その回収が当時のイタリア王国にとって悲願だった。後の第一次大戦時、イタリアを連合国へと寝返らせるためオーストリアから「未回収地」を取り上げ、イタリアへ割譲させるとした「ロンドン密約」(1915年)が結ばれ、これをきっかけにイタリアは協商国側を見限り連合国側へとついた)


ドロシー「まぁ、そういうことになるな……それからロシア帝国の連中も「極東」と聞けば鼻を突っ込んでは来るだろうが、オフラーナ(ロシア帝国警察省警備局)はむしろ日本をにらんでいるところだから、ロンドンにそう頭数は割けないだろう」


(※オフラーナ…ロシア帝国警察省警備局。帝政ロシア時代に存在した防諜・諜報組織。ロシア国内では貴族の圧政に対する抗議を行っていた労働運動を監視・弾圧し、同時に外国にも多くのエージェント送り込んで諜報活動を行っていた。その「遺産」(入手した情報や人材)は後の「チェーカー」(秘密警察)や「KGB」にも引き継がれた)


アンジェ「そうね…」

ドロシー「しかしまぁ、よくもこう世界中の情報部が集まったもんだ…エージェントの見本市が開けるぜ?」

アンジェ「見本市に名前が出るようではエージェント落第ね」

ドロシー「はは、違いない…♪」

アンジェ「……それで、引き渡しの場所と時刻は?」

ドロシー「ああ、そいつは今から話す…」

………


…その日の夜…

プリンセス「…ねぇ、アンジェ」

アンジェ「なに…?」

プリンセス「あのね、どれも遂行しなければいけない任務だというのは分かっているけれど……気をつけてね?」


…真鍮の蛇口が付いている脚付きのバスタブに入り、アンジェを後ろから抱きしめるような形で湯に浸かっているプリンセス……いつものように無表情ながらも少しだけ安心しているような雰囲気のアンジェと、そのアンジェを気づかいつつ、細く引き締まった身体を慈しむように撫でるプリンセス…


アンジェ「大丈夫よ、プリンセス……私は目的を達するまで死ぬつもりはないから。あくまでも「蛇のように狡猾に、狐のように賢く、イタチのようにすばしこく」生きるつもりよ」

プリンセス「ならいいけれど…くれぐれも無理をしないでね?」

アンジェ「ええ。よく「墓地には勇敢な英雄たちの墓が並んでいる」と言うけれど……私は英雄になるつもりなどないもの」

プリンセス「良かった…♪」そう言うと後ろからぎゅっとアンジェを抱きしめた…

アンジェ「…っ///」

プリンセス「ふふ…相変わらずこういうのには弱いのね♪」ふにっ…♪

アンジェ「別に弱いわけじゃあないわ……んっ///」

プリンセス「それにしてはずいぶんと身体をすくませているようだけれど?」

アンジェ「それは…こうやって一緒にお風呂に入るのなんて久しぶりだから……///」入浴のためではない理由からかすかに頬を赤らめ、内ももをもじもじとこすり合わせるアンジェ…

プリンセス「……したい?」

アンジェ「言わせるつもり…?」

プリンセス「いいえ…♪」ばしゃっ…と湯をはね上げつつ、アンジェのうなじに唇を這わせた…

アンジェ「あ…///」

プリンセス「アンジェ…好き、好き、好き……♪」そうつぶやきながらうなじから肩へと口づけを続け、同時にアンジェを抱きしめるように腕を回して、硬くなった乳房を優しく揉みほぐした…

アンジェ「ん、んっ…///」

プリンセス「アンジェ……♪」そのまま湯の中にざぶりと顔を沈めると、背中に沿ってキスを続けていく…

アンジェ「あ…あっ……///」

プリンセス「…♪」レモンを浮かべた爽やかなお湯の中で少し意地悪な笑みを浮かべると、胸元に回していた片手を離してアンジェの秘部に滑り込ませた…

アンジェ「んん…っ!?」びくんと身体が跳ねると波打ったお湯がバスタブから溢れ、浴室の床にこぼれた…

プリンセス「ぷはぁ……どう、アンジェ? 気持ちいい?」

アンジェ「プリンセス…///」

プリンセス「アンジェ…♪」

…そのままお互いに身体を預けながら、自分の花芯へと相手の指を誘導する二人……空いている方の手は指を絡ませあい、唇は相手の唇と重なり合う…

アンジェ「プリンセス…///」

プリンセス「シャーロット…///」

アンジェ「あ、あ、あっ……んぅぅ…っ///」

プリンセス「はぁぁ、あぁ…んっ、んんぅ……っ///」次第に浴槽の水面が激しく波打ち始め、縁からお湯がこぼれる回数も次第に多くなっていく…

アンジェ「ん、ちゅぅぅ…ん、ちゅぅ……///」

プリンセス「んふ、ん……ちゅっ、ちゅぅ…っ///」

アンジェ「ん、ちゅるっ…ちゅぅぅ…っ///」

プリンセス「ん…っ、ちゅる……っ///」

アンジェ「……ぷは…ぁ///」

プリンセス「はぁ、はぁ、はぁ……ぁ♪」バスタブに背中をもたせかけ、甘い笑みを浮かべつつトロけた表情を浮かべているプリンセス…

アンジェ「…ふぅ」一方、ポーカーフェイスを保っているように見えるが、目の焦点が定まらないままプリンセスに身体を預けているアンジェ…

プリンセス「さ、もう少ししたら出ましょう? このままだとのぼせてしまうものね…♪」

アンジェ「ええ…///」

…事後…

アンジェ「そろそろ部屋に戻るわ…」

…交わった後の気だるい雰囲気の中、いつも通り淡々と身支度を整えて出て行こうとするアンジェ…

プリンセス「ねぇアンジェ、ちょっと待って…」

アンジェ「なに?」

プリンセス「えーと……そう、良かったら占いでもしていかない?」

アンジェ「占いは嫌いよ。現実的じゃないもの…カードごときに先々の事が分かるなら何の苦労もいらないし、そんなものに未来を決められてはたまったものじゃないわ」

プリンセス「まぁまぁ、そう言わずに…ね?」

アンジェ「ふぅ、分かった……プリンセス、貴女がそこまで言うなら付き合ってあげる」

プリンセス「まぁ、嬉しい…さっそく準備するわね♪」

…卓上によく混ぜたタロットを並べ、向かい側の椅子にアンジェを座らせたプリンセス…揺らめくランプの灯にアンジェの瞳がきらきらと光る…

プリンセス「それじゃあこっちが過去、こっちが未来ね……アンジェはいつ頃の未来を占って欲しい?」

アンジェ「そうね…それじゃあ今回のコンタクトが上手くいくかどうかを占って欲しいわ」

プリンセス「むぅ……もっとロマンティックな事を占ってあげようと思ったのに…」

アンジェ「その点については心配する必要などないもの」

プリンセス「///」

アンジェ「さ、寮監の見回りが来る前に済ませてちょうだい」

プリンセス「そ、そうね……えーと、まずはそっちのカードをカット(シャッフル)して?」

アンジェ「ええ」手際よくタロットをシャッフルした…

プリンセス「次に半分にした山から一枚ずつ…」手順に沿ってカードを切り、山を混ぜ、またカットする……最後にアンジェに一枚のカードを引かせた…

プリンセス「それじゃあ、アンジェの運勢は……」見えないように絵柄を隠していたカードをめくると、表情がこわばった…

アンジェ「だから言ったでしょう…それじゃあ帰るわ。お休み」プリンセスがめくったタロットのアルカナ(絵柄)はアンジェに対して正位置の「死神」を示している…

…翌日・部室…

ドロシー「さて、それじゃあ任務説明といこうか」

アンジェ「ええ、頼むわね」

ドロシー「よしきた…まずコントロールからの連絡によると「ボール」を持っているエージェントから報告があって、引き渡しの時間と場所を指定してきた」

アンジェ「…どうにか監視の目をくぐって動けるようになったという事かしら」

ドロシー「いや、おそらくこれ以上「ボール」を抱えちゃいられないって言うだけだろう……あんなものは長く手元に置いておけば置いておくほど敵さんを引き寄せるからな」

アンジェ「となると、コンタクトの際はより慎重になる必要があるわね…」

ドロシー「ああ。それで引き渡し場所だが……ここだ」机に広げてあるロンドンの市内地図から一点を指差した…

アンジェ「聖堂?」

ドロシー「ああ。ちなみにここはカトリックの聖堂だから「アルビオン国教会」の多いこの国じゃああんまり近寄る人間もいないし、コンタクトの場所としては悪くない…」

アンジェ「ええ」

ドロシー「コンタクトは三日後の日没ちょうどに聖堂の中、左側最前列の長椅子で待つ……もしコンタクトできなかったら、その際は第二のポイント……ここにあるパブ(居酒屋)で17時って手はずになってる。いずれの場合も五分経って現れなかったら中止だ」

アンジェ「分かった」

ドロシー「当然ながら車で乗り付けるのは目立ちすぎるから「ダブルデッカー」(※二階建て…ロンドンバスの通称)とか辻馬車とか、とにかく交通機関を乗り継いで近くまで行くことになる」

アンジェ「それがいいでしょうね」

ドロシー「ああ…それから私は一応ハジキ(ピストル)を持って行くつもりだが……アンジェ、お前は?」

アンジェ「そうね、市街でのコンタクトとなる以上撃つ機会はまずないでしょうけれど……一応身に付けていくつもりよ」

ドロシー「分かった。私はいつも通りウェブリーの.380口径だ」

アンジェ「私もいつも通りウェブリー・フォスベリーにするわ」

ドロシー「よし…それじゃあこれはもういいな」広げた地図をしまうと「部室」の鍵を開けた…

…当日…

ドロシー「しかし、やっぱり引っかかるんだよな…」ウェブリーに弾を込め、念のため予備の弾をコルセットの隠しスペースに詰めていく…

アンジェ「…そうね」

ドロシー「アンジェ、お前もそう思うか?」

アンジェ「ええ…情報を受け取ってからあがきが取れないほど監視されていたはずのエージェントが、急に接触を試みるわけがない……たとえ導火線に火が付いた爆弾だとしても、被害を被る人間は最小限に抑えるよう行動するはず」

ドロシー「だよな……となると、誰かが「餌」としてわざと監視を緩めたってところか」

アンジェ「それが一番ありそうね…どう、準備は出来た?」

ドロシー「ああ、ばっちりだ…お婆ちゃん♪」

アンジェ「結構ね。それじゃあ行きましょう…」

…ドロシーは緑色のデイドレスにアルスターコートを羽織り、頭には目線を隠しやすい大きめの婦人帽をかぶっている…一方のアンジェはランデヴーの場所が聖堂と言うことで、お祈りに熱心な老婦人に化けている…肩に灰色のショールをかけて頭には同色のボンネット、それに灰色と紫色が合わさったような、何色とも表現しようがないスカートと上着…

ドロシー「よし……さぁお婆ちゃん、お手をどうぞ♪」少し背中を屈め、よちよち歩きになっただけで急に小さな老婦人へと化けたアンジェに舌を巻きながらも、おどけて手を差し出した…

アンジェ「ありがとねぇ、キャスリンさんや……」

ドロシー「キャスリンじゃなくてメリルですよ、お婆ちゃん」

…数時間後…

ドロシー「どうやら無事に着いたな」

アンジェ「ええ…今のところ監視も尾行もなかったわね」

ドロシー「ああ」

…二人がやって来たのは、国教会が主流のアルビオンでは少数派であるカトリックの聖堂(カテドラル)で、かつては排斥されたり攻撃されたりもしたが、今ではある程度の立場を認められ、信徒こそ少ないながらもそれなりに活動している……それを象徴するように、聖堂はそこまでの大きさこそないとはいえ、厳かな姿を見せて夕空にそびえ立っている…

ドロシー「……ここだな」

アンジェ「ええ…」

…薄暗いゴシック式の聖堂に入った二人は、拝廊(聖堂の入口付近)からさっと左右を見渡した……柵の向こうに伸びる身廊(聖堂の中央にある、柱で挟まれた広い部分)は静まりかえり、柱から伸びて天井を構成する高い扇形の穹窿(きゅうりゅう)は陰影を際立たせるような彫刻が施され、夕闇の中に霞んでいる……窓には聖書の場面を描いたステンドグラスがはまっていて、昼間なら陽光を取り込み聖堂を万華鏡のように照らしているのだろうが、日が落ちたこの時間帯では暗い一枚の板でしかなく、左右の側廊(聖堂左右の柱より外側の部分)も薄暗く沈んでいる…

ドロシー「…」ドロシーは「右側を頼む」と軽く身振りで示すと、柱に沿って奥の祭壇の方へと近づいていく…

アンジェ「…」小さくうなずくと慎重に歩を進めた…

男の声「……夕刻の礼拝には少し遅すぎるようですな」唐突に男の声が響くと、白い衣をまとった太めの男が物陰から現れた…

ドロシー「…っ!」

白い衣をまとった男「おっと、そう慌てないでもよろしい……ここは祈りの場であり、主の家でもある。そして貴女方をここへ導いたのは他ならぬこのわたくしですからな」

ドロシー「そりゃあどうも……で、どこのどちら様なのか自己紹介を頼めるかな?」

男「わたくしはアレサンドロ司祭と申します…主のご加護を」

…アレサンドロと名乗った司祭は白い僧服にミトラ(司祭の帽子)をかぶり、胸元には金の十字架を提げている……丸く血色のいい顔は愛想笑いを浮かべているが、目はずるそうに小さく動いている…

ドロシー「ご丁寧にどうも…それで、司祭様が私たちにどんなご用で?」

アレサンドロ「ふむ、では率直に申し上げましょう……貴女方が欲している文書はわたくしどもが預かっております」

ドロシー「文書?何のことだい? 私はただお婆ちゃんを連れて墓参りに来ただけなんだがね」

アレサンドロ「隠さなくてもよろしい……それに主の御前では嘘、偽りを申さぬことです」

ドロシー「汝、偽りを申さぬこと…十戒か」

アレサンドロ「さよう」

ドロシー「それじゃあ司祭様、一つお尋ねしますがね……私たちが会うはずだった間抜けはどこにいる? 正直にお答えいただこうじゃないか」

アレサンドロ「重要な点はそこではありますまい……貴女方が欲しているのはとある文書だったはず。そしてこちらとしてはそれを引き渡すつもりがある、ということです。無論相応の代価が必要ではありますが……」ドロシーの質問を黙殺し、両手を広げて迎合するような姿勢を取った…

ドロシー「なるほど…だが聖書にあったよな「イエスは『私の父の家を商売の家にするな』とおっしゃられ、鞭を持って商人たちを追い出された」…とね」

アレサンドロ「残念ながら交渉決裂ですな…」片手を上げて合図をすると、入口から修道士や神父が一ダースばかりなだれ込んできた…いずれも手にはモーゼル・ピストルや、口径10.4×22ミリRのイタリア製リボルバー「ボデオ・M1889」を持っている…

ドロシー「主のお言葉は銃口から発せられるってわけか……アンジェ!」

アンジェ「…ええ!」

アレサンドロ「撃て!」

…司祭が片手を振り上げるよりも先にぱっと左右の柱の陰に飛び込み、銃の引金を引く二人…

修道士A「ぐうっ…!」

修道士B「がは…っ!」

…たちまち数人を仕留めた二人に対し、数と教会への信念を持って果敢に詰め寄ってくる修道士たち…

ドロシー「…ちっ!」バン、バンッ!

アンジェ「…」パン、パァン…ッ!

神父A「うぐっ!」

修道士C「うっ…!」

アレサンドロ「えぇい、たかだか二人を相手に何をしている…撃て、撃て!」部下をけしかけ、その一方で自分は法衣の裾をからげて奥の聖具室へと入り、扉を閉めようとしている…

アンジェ「くっ…!」司祭を逃がすまいと祭壇の方へと身を躍らせ、追いすがろうとするアンジェ…

ドロシー「…よせ!」

神父B「…!」ぱっと柱から身をさらし、続けざまに数発撃った…

アンジェ「かは……っ!」銃弾の一発を浴びたように見えたアンジェは、そのまま身体をくの字に折って石の柱に叩きつけられた…

ドロシー「くそっ…!」礼拝用のベンチから身を乗り出して銃口を向けようとする修道士に二発の銃弾を叩き込むとそのままベンチの間に飛び込み、修道士がとり落としたM1889を取り上げて左側の相手を撃った…

修道士D「うわっ…!」

ドロシー「ふぅ、どうにか片付いたか……アンジェ、大丈夫か!?」

アンジェ「…」石の柱にもたれかかるようにして目を閉じているアンジェ…血こそ流れていないが応答はない……

ドロシー「おい、しっかりしろって…なあ、返事をしろよ……!」

アンジェ「…」

ドロシー「…ったく、愛しの人とならともかく、馬鹿らしい任務なんかと心中してどうするんだよ……この大馬鹿野郎の冷血女が…!」

アンジェ「……大馬鹿で悪かったわね…」

ドロシー「アンジェ…!」

アンジェ「大声を出さないで…頭に響く……」

ドロシー「あぁ、アンジェ……無事か? どこを撃たれた?」

アンジェ「撃たれてなんか…いないわ……ただ…跳ねた銃弾が……鳩尾に……当たっただけ……うっ…!」

…そう言って息を吸った瞬間、猛烈な痛みに顔をしかめた……アンジェに当たった跳弾は身体を撃ち抜くほどの勢いこそ残っていなかったが、柱に叩きつけられた時の衝撃のせいで軽い脳震盪のようになっているらしく、視界はぐらつき、まともに動けそうにはない…

ドロシー「なんだよ、畜生…驚かせやがって……それじゃあなんともないんだな?」

アンジェ「ええ、一応は……だけど、少しでも動くと……」

ドロシー「分かった、しばらくじっとしてろ…私はあの司祭の奴を追いかける」

アンジェ「ええ…お願い……」

ドロシー「任せておけ…」そう言ってウェブリーの弾を込め直し、聖具室の扉を開けようとした……が、押しても引いてもビクともしない……

ドロシー「くそ、中世の城じゃあるまいに……!」

アンジェ「どうしたの、ドロシー……?」

ドロシー「ああ、このいまいましい聖具室の扉が開かないんだ…かんぬきをかけているわけじゃなさそうだし、かといって鍵穴も見当たらない。どうやら、何か仕掛けがあるらしいんだが……」そこまで言いかけて、急に話すのを止めた…

アンジェ「何かあったの…?」

ドロシー「ああ、こうなりゃそこいらの奴に話を聞こうじゃないかと思ってな…」辺りに転がっている修道士や神父の間を歩き回り、息のありそうな相手を探した…

ドロシー「……やれやれ、あんまり射撃が上手いのも考え物だな…どいつもこいつも口を利くのは難しそうだ」つま先で仰向けにしてみたり、口元に手を寄せて呼吸を確かめてみたりするが、たいていの相手は息の根が止まっている…

アンジェ「ネクロマンシー(死霊術)でも習っておけば良かったわね……」

ドロシー「同感だ…」

神父「う…く……」

ドロシー「おっと、一人いたぞ…」

…床を這いずり、ほんの数フィート先に転がっている「ボデオ・M1889」リボルバーに手を伸ばそうとしている神父を見つけると、つま先でピストルを蹴って遠くに滑らせ、それから仰向けにさせてウェブリーを突きつけた…

ドロシー「さて、と……神父様ともなりゃ告解を聞くことはあるだろうが、自分が告解をするってのは初めてだよな? ま、素直に話してもらおうじゃないか……どうやってあの扉を開ける?」

神父「誰が話すものか、この背教者め……ああ゛…っ!」

ドロシー「…次は左ひざをぶち抜くからな。もう一度聞く…どうやってあの仕掛け扉を開けるんだ?」

神父「くそ……この悪魔の手先め!地獄の業火に焼かれるがいい!」右手で胸元の金の十字架を握り、歯を食いしばっている…

ドロシー「はは、今さらかよ…こんな世界に住んでいるんだ「すでにして、我ら地獄の底にてあり」ってやつさ……だがね、それはあんたも同じだぜ?」

神父「なにを言うか…我らは主の御心に従い、その栄光のために戦うものだ……貴様らのような背教者とは違う…!」

ドロシー「へぇ、そうかい……それじゃあなにか、「汝の隣人を愛せ、汝を滅ぼさんとする敵のために祈れ」っていうのは嘘っぱちかい?」

神父「減らず口を…」

ドロシー「それに「汝、人を殺める事なかれ」ってのもあったよな…だとしたらこんなものを持ってるのはおかしいんじゃないか?」蹴り飛ばしたピストルを拾い上げると、ゆらゆらと振って見せた…

神父「くっ…!」

ドロシー「まぁいいさ、言う気がないなら言わなくても構わないぜ? …天国だがどこだか知らないが、もし向こう側に着いたらよろしく言っておいてくれよ♪」

神父「ま、待て…!」

ドロシー「…」パン…ッ!

アンジェ「どうやら彼らは開け方を知らされていなかったようね」

ドロシー「あるいは知っていても話す気がなかったか、だな……まぁ仕方ない、こうなりゃこっちで調べるさ。そう難しい仕組みになっているはずもないしな……」

アンジェ「どうかした…?」

ドロシー「…いや、このパイプオルガンなんだけどな」

…何か扉を開ける仕掛けがあるのではないかと祭壇や聖水盆などを確かめていたが、パイプオルガンの前までくると眉をひそめた…

アンジェ「パイプオルガンがどうかしたの…?」

ドロシー「ああ…普通聖堂にあるパイプオルガンなら「テ・デウム」だの「マタイ受難曲」だのみたいな宗教曲か、さもなきゃ賛美歌の楽譜が置いてあるはずだろ?」

アンジェ「ええ…」

ドロシー「ところがな、こいつはどうだ……ここの台に置いてあるのは「トッカータとフーガ・ニ短調」ときた」

アンジェ「バッハの? 聖堂のパイプオルガンにしては妙ね……」

ドロシー「ああ…もしかしたらこいつが扉を開ける鍵になっているのかもな……」

アンジェ「なら私が……っ…!」立ち上がろうとしてそのままへたり込むアンジェ…

ドロシー「よせ、まだ動ける状態じゃないだろう……なぁに、どうにか私が弾いてみるさ…♪」そう言うと腕まくりをし、パイプオルガンの席に座った……

アンジェ「おそらく調律は出来ているはずだから、楽譜通りに弾けばいいはず……それとピアノと違って「ストップ(音栓)」があるけれど、それも弾くだけならいじらなくてもいい……」

ドロシー「分かった…えーと、どれどれ……」ペダルに足を乗せ、鍵盤に指を下ろす……

…訓練生時代に「ファーム」でピアノ程度は習っているとはいえ、パイプオルガンともなるとそれとは比べものにならないほど複雑で難しい……にもかかわらず、それを天性の器用さと勘の良さでどうにか弾きこなしてみせるドロシー…

アンジェ「…即興だというのにたいしたものね……」

ドロシー「褒めてくれるとは嬉しいね。 頭に響くだろうが、もうちょっと我慢してくれよ……そら、これでどうだ?」最初の幾小節かを弾いたところで、聖具室の扉の辺りで何かの音が響いた……

アンジェ「開いたようね…行きましょう……」

ドロシー「いいからお前さんは座ってろ…それに後ろから誰か来ないよう、ここを確保しておいてもらう必要もあるしな」

アンジェ「…分かった」

ドロシー「心配するな、すぐ片付けて戻ってくるからさ…♪」派手なウィンクを投げると、母親が「お休み」を言うときのような態度で頬にキスをした…

アンジェ「ええ…」

ドロシー「それと…もし十五分経っても私が戻ってこなかったら、手はず通りに撤収しろ」

アンジェ「そうするわ」

ドロシー「ああ、そうしてくれ」

…聖具室の奥・隠し部屋…

アレサンドロ「何と言うことだ、役立たずの愚か者どもめ…たかだか女二人に……!」机の上にピストルを置き、引き出しを全て開けて手当たり次第に書類を出しては、次々と鞄に詰め込んでいる……

ドロシー「おっと、お取り込み中のところ悪いがね…少々お話ししようじゃないか」

アレサンドロ「…っ!」とっさに机上のピストルに視線を向けた…

ドロシー「……言っておくが、テーブルのピストルは取ろうとしない方が身のためだぜ?」

アレサンドロ「…」

ドロシー「さて、司祭さん…確かアレサンドロとか言ったよな……あんた、どこの何者だい?」

アレサンドロ「……この私が貴様のような小娘に答えると思っているのか、この汚れた女め…見ておれ、主の裁きが貴様の頭上に降り注ぐだろう!」

ドロシー「我らが主ねぇ……それじゃあ聞きたいんだがね、主がいらっしゃるのなら、どうして飢えや暴力がなくならない? 可哀想な子供が物乞いをし、殴られているのをどうして救おうとしないんだ?」

アレサンドロ「…」

ドロシー「…それに聖書にあるソドムの街だって、作っておいた人間の出来が悪いからってそれを放り出して滅ぼしちまうってのは、万物の創造主としてはあんまりじゃないか?」

アレサンドロ「…」

ドロシー「答えなしか…まぁいいや、禅問答をやりに来たわけじゃないんだしな……」

アレサンドロ「それではいったいなにを求めに来たのだ?」

ドロシー「簡単さ…書類はどこだ」

アレサンドロ「エデンの園に潜り込んだ蛇か……貴様のような者に答えるとでも思っているのか?」

ドロシー「ああ、答えると思ってるよ…」パンッ!

アレサンドロ「あ゛っ、ぁ゛ぁぁ…っ!」

ドロシー「次は右耳かな…せっかくの法衣に穴を開けちゃ悪いもんな?」

アレサンドロ「ま、待て…書類ならある……!」

ドロシー「結構、正直は美徳だぜ」

アレサンドロ「…書類を渡して私を撃たないという保証は?」

ドロシー「私が欲しいのは書類だけだ……素直に渡してくれれば頭を吹っ飛ばしたりはしないさ」

アレサンドロ「……アルビオンのスパイを信用しろと?」

ドロシー「スパイなんてものは、必要以上の嘘はつかないもんさ…心配だって言うんなら、ほら♪」銃をホルスターに戻した…

アレサンドロ「なるほど、ではお望み通りに……っ!」書類を差し出すと見せかけて法衣の下に隠していたピストルを抜こうとする…

ドロシー「…」途端に袖口から投げナイフが飛び、法衣の胸元に突き刺さった…

アレサンドロ「うぐっ…お、おのれ……!」

ドロシー「私は「頭を吹っ飛ばしたりはしない」って言ったんだ。嘘はついてないだろう?」

アレサンドロ「うぅっ……」

ドロシー「……嘘をつく相手を間違えたな」目的の書類を取り上げると、胸元に押し込んだ…

…聖堂…

ドロシー「戻ったぞ…♪」

アンジェ「どうだったの?」

ドロシー「ああ。てっきりそのまま秘密の通路でも伝ってとんずらしたかと思ったが、奴らはそこまで利口じゃなかったよ……そら」

アンジェ「だとしたらこれ以上の長居は不要ね…」

ドロシー「ああ。肩を貸してやるから、裏から出よう……隣はちょっとした森になっているから、人目に付かずここから離れる事ができるはずだ」

アンジェ「ええ……それとドロシー」

ドロシー「ん?」

アンジェ「感謝しているわ…」

ドロシー「なぁに、気にするなって……♪」

…後日…

ドロシー「…ってわけでね。あれが果たして神父や修道士の格好をしただけの連中だったのかは分からないが、とにかくランデヴーの場所で待ち構えていやがった」

L「……その連中は何人だった?」

ドロシー「えーと確か…ひい、ふう、みい……アレサンドロとかいう奴を除いたら十二人だな」

L「なるほど…持っていた銃はおおかたボデオ・リボルバー辺りだったと思うが、どうだ?」

ドロシー「ああ、イタリアの「ボデオ・M1889」だったな…あ、そういえばグリップの木に十字架のエングレーヴ(彫刻)が施されていたっけ」

L「ふむ、やはりそうか……厄介な事になったな」

ドロシー「…心当たりが?」

L「うむ」

ドロシー「で、あいつらはイタ公の情報部かなにかか?」

L「フランスやオーストリア・ハンガリーを相手に競り合っているイタリア王国には…情報の窃取はともかくとして…外国でエージェントを処理して、その情報を奪取するような積極的活動を行うほどの余裕はない……」

ドロシー「それじゃあ連中はどこの回し者なんだ?」

L「教皇庁だ」

ドロシー「教皇庁?」

L「いかにも」

ドロシー「…ってことは、あいつらはバチカンから送り込まれてきたっていうのか?」

L「そうだ……イタリア王国が統一された過程で教皇領はイタリアに合併させられたが、バチカン自身は未だにそのことに納得していない」

ドロシー「そりゃあそうだろうな…」

L「そしてまた、衰えたとはいえバチカンの権威やカトリック教会を通じた情報網は未だに隠然たる影響力を持っている……現に彼らは各地に「神父」や「司祭」をカバーとしたエージェントを派遣し、情報収集や各種の工作を行わせている」

ドロシー「それがここロンドンでも動き始めたってわけか…」

L「ああ……彼らの目的は情報収集を通じて各国の弱点を探り出し、同時にその情報を売買することで資金集めを行い、最終的に教皇領の復活と勢力の回復を行うことにある」

ドロシー「じゃあ、連中はそのための工作班だったわけか…」

L「その通り…十二人というのは「十二使徒」になぞらえた連中の工作班の単位で、その上に現場指揮官として「司祭」クラスが一人つくという編成になっているものらしい」

ドロシー「そりゃあまた、ずいぶんと厄介な連中と関わっちまったな……」

L「うむ。奴らは「主の御心」に従い、バチカンのためとあらばあらゆる行為を容認される…そして少なくともイタリア、フランス、スペイン、ポルトガルといったカトリック教国とはある程度の友好関係にあると思われる。 君も知っている通り、今言った国のうちでフランス以外は後発列強、あるいは二流に数えられる国ばかりだ……金のかかる情報活動を教皇庁に肩代わりしてもらえるとなれば喜んで協力するだろうし、事実そうしている」

ドロシー「で、その見返りにバチカンはそうした国での活動の自由や工作員のスカウトを黙認されている?」

L「恐らくはな。そもそも彼らの組織は外部からの植え込みが難しい「内輪」の組織である上に、網の目のように張り巡らされた情報網…と、活動実態が捉えにくいのが現状だが、分かっている限りではそうした傾向が見られる」

ドロシー「なるほどなぁ…」

L「連中にしてみれば…共和国か王国かを問わずだが…我々アルビオンが勢力を弱めることになれば、権益の確保の面で自国の好機となる」

ドロシー「その尻押しをしつつ勢力を伸ばそうとしているのがバチカンってわけか……まるで人形つかいだな」

L「いささか人形の方は出来が悪いようだがな」

ドロシー「ははっ…しかしそんな連中の工作班を片付けちまったとなると、こりゃあ後がおっかないな」

L「うむ……しかし君と「A」が連中の工作班を全員処理できたのは不幸中の幸いだった…容姿を通報されずに済んだわけだからな」

ドロシー「たまたま連中が全員で取り囲むようなドジをしたからさ。腕もそこまでじゃあなかったし」

L「ふむ…だが注意しろ、連中の中でも「一流」とされるグループは鍛えられたスイス人を使っているというからな」

ドロシー「そいつはまた…」

L「とにかく書類の回収、ご苦労だった……しばらくは骨休めをしたまえ」

ドロシー「そりゃあどうも」

…caseアンジェ×ちせ「Trick or lie」(いたずらといつわり)…

…メイフェア校・部室にて…

ドロシー「…そろそろハロウィーンの時期か」

アンジェ「そうね」

ドロシー「となると、ここでもカブに顔を彫ったり仮装したりするんだろうな…こっちの活動に差し障りが出なきゃいいが」

アンジェ「その辺は私たちで上手くさばくしかないわね」

ドロシー「だな…」

ちせ「済まぬ、まだこちらの慣習には詳しくないので分からぬのじゃが……『はろうゐーん』とは何のお祭りなのじゃ?」

ドロシー「あー、そういえばちせはまだハロウィーンをやったことがなかったか…」

ちせ「うむ」

ドロシー「そうだな…ハロウィーンってのはもともとアイルランドの伝統行事で、十月の最後にやるお祭りだ……昔のケルト人はその日に一年が終わるって考えて新年を祝うことにしたんだな。それと同時に、ハロウィーンの晩には亡くなった先祖の霊が戻ってきたり、それにかこつけて悪魔だの妖怪だのが大騒ぎするって事になってる」

ちせ「ふむ、つまり大晦日とお盆を掛け合わせたような祝祭ということじゃな……おっと、話の腰を折ってしまって悪かったの。続けてくれるか?」

アンジェ「ええ…けれど本来は異教のしきたりだから、こちらでは祝う風習はなかったの……」

ドロシー「その代わりに王国じゃあ十一月五日の「ガイ・フォークス・ナイト」で国王が無事で済んだことを祝って花火を打ち上げるのが風習でね」

(※ガイ・フォークスの夜…「火薬陰謀記念日」とも。ガイ・フォークスは1605年、イングランドでカトリック教徒を弾圧していたジェームズ一世を議会開催の挨拶を行う国会の建物ごと爆殺しようとした人物。しかし計画は事前に露見し、国王は無事だった。このことを祝ってイングランドでは十一月五日を「ガイ・フォークス・ナイト」あるいは「ガイ・フォークス・デイ」と呼び、お祭りの日とし、焚き火をたいて「ガイ」というわら人形を燃やしたり、花火を打ち上げたりする)

ちせ「ふむ…」

ドロシー「ところがアルビオンが分裂して共和国が出来た。 共和国は王制に反対しているし、その共和国としては「国王が無事で済んだことを祝うお祭りなんてとんでもない」となったわけだ。そして同時にアイルランドを味方に取り込むため「ガイ・フォークス・デイ」の代わりにハロウィーンを取り入れて歓心を買おうとした」

アンジェ「王国としてもそれを黙ってみているわけにはいかない…もちろん公式にはいまでも「ガイ・フォークス・デイ」が祭日だけれど、ハロウィーンのお祭りもある程度なら許されている」

ドロシー「そういうこと。で「開明的」なメイフェア校としては…形の上だけだとしても…そのどちらも平等に祝うことになっているってわけさ」

ちせ「なるほど……して、その「ハロウィーン」ではどんなことをするのじゃ?」

ドロシー「そうだな、例えばカブに切れ込みを入れてろうそくを点す「ジャック・オ・ランターン」を作ったり、仮装をしたりとか…」

(※ジャック・オ・ランターン…一説によると、とある悪いアイルランド人が悪魔を騙したことから天国、地獄のどちらにも行けなくなり、地上をさまよっている姿とされる。明るいのは騙された事を怒った悪魔により焼け火箸で鼻をつつかれたためで、手には人を惑わせるためのランタンを持っており、うっかりその灯りを目指して歩くと沼に入って溺れてしまうという。それをかたどったランタンは、アメリカ大陸でカボチャが発見されるまでカブで作られていた)

ベアトリス「他にも灯りを点している家の玄関で「トリック・オア・トリート」って言って、お菓子をもらったりもするんですよ」

ちせ「なるほど…なかなか愉快なお祭りのようじゃな」

プリンセス「ええ。それにこうして皆さんと一緒にハロウィーンを過ごせると思うと一層楽しみです…ね、アンジェ?」

アンジェ「いいえ、私は別に……」

プリンセス「そう?」

アンジェ「まぁ、そうね…少しくらいなら楽しめるかもしれないわ」

ドロシー「ははっ、相変わらず素直じゃないな…♪」

アンジェ「余計なお世話よ……ところでハロウィーンのタイミングを使って、一つやっておきたいことがある」

ベアトリス「やっておきたいこと、ですか?」

ドロシー「そうそう、その話をしなくちゃな……このクィーンズ・メイフェア校にはプリンセスがいらっしゃるが、ノルマンディ公はここの寄宿生の何人かを使って、常々その動向を報告させている」

ちせ「いつぞやのリリ・ギャヴィストン嬢のように、じゃな?」

アンジェ「ええ」

ドロシー「それで、だ…このハロウィーンのお祭りにかこつけて連中が隠し持っている連絡手段を探し、盗聴出来るようにその波長や送信の時間帯を調べておきたいってわけだ」

アンジェ「ある程度の目星は付けてあるから、後はその部屋の主を上手く誘い出して、その隙に室内を調べればいいだけ」

ドロシー「それから、今回は室内を調べる私とアンジェ、通信機を調べるベアトリスの組…それに対して陽動として華やかに動き回ってもらうプリンセス、そしてちせには「毛色が変わった存在」として、またプリンセスに対して何か行動を起こされたときのための守り刀として側についていてもらう」

ちせ「委細承知した。責任重大じゃが……この身命にかけて、必ずやお守りいたす」

ドロシー「任せたぜ♪」

…数日後…

女生徒A「あらドロシーさん、ごきげんよう…少々よろしいかしら?」

ドロシー「ごきげんよう……何か私に用事かい?」

女生徒B「ええ。実はハロウィーンに備えてジャック・オ・ランターンを作ることになっているのですが、よろしければお手伝い頂けませんかしら?」

ドロシー「いいとも。お安いご用さ♪」

女生徒A「助かりますわ」

ドロシー「…それで、どうすればいいのかな?」

女生徒B「はい、このカボチャやカブが顔に見えるよう切り込みをいれるのですが、これだけあるとわたくしたちだけではどうにも……」大小様々なカボチャ(とカブ)が入った箱を指し示した…

ドロシー「やれやれ、これじゃあまるで厨房だな。手伝ってはやるけど、あとでお茶の一杯でもご馳走してくれないとひどい目に合わせるぞ♪」

女生徒A「まぁ、ドロシーさんったら…♪」

女生徒B「わたくしたちをどんな「ひどい目」に合わせるおつもりですの…?」

ドロシー「そりゃあもう、甘くてとろけるような…いや、ここで言うのは止めておくとしよう♪」相手のほっぺたを軽く撫で、いたずらっぽい笑みを浮かべて顔を寄せる…

女生徒A「あん…っ♪」

女生徒B「もう、いけませんわ…///」

ドロシー「へぇ、本当かな? …ま、とにかくさっさと作ろうじゃないか」

…もちろんナイフも巧みなドロシーではあるが、あまりに器用すぎては必要以上の興味を持たれてしまうので、適当に手を抜いておしゃべりしながらカボチャに目や口をつけていく…

女生徒A「んっ、く……!」固いカボチャの皮をくりぬこうと、危なっかしい手つきで果物ナイフを突き立てている…

ドロシー「…それじゃあ手を切っちまうよ?」後ろから抱きつくように身体を寄せ、相手の手に自分の手を重ねた…

女生徒A「…あっ///」

ドロシー「切り込みを入れたいならこうやって……」手を添えてナイフを動かしながら胸を押しつけ、こめかみの辺りでカールしている女生徒の巻き毛を軽く吹き、耳元で吐息の音をさせる…

女生徒A「は、はい///」

ドロシー「どうした、私に抱かれて嬉しかったのかな?」

女生徒A「もう、ご冗談ばっかり…///」

ドロシー「ふふ、悪かった…さ、今やって見せたようにやってみるといい♪」

女生徒A「はい///」

女生徒B「ドロシーさん、わたくしも手伝って下さいませんか?」

ドロシー「ああ♪」

…一方…

女生徒C「…まぁ、プリンセス♪」

女生徒D「ようこそいらっしゃいました…いま椅子をお持ちいたしますから♪」

プリンセス「いえ。そんなお気遣いなさらずに、どうぞお楽になさって?」

女生徒E「そのようなお言葉を頂けるなど、わたくしどもの身に余る光栄にございます」

プリンセス「あら、ここではお互い共に学ぶ学友ではありませんか…遠慮は不要ですよ♪」

女生徒C「プリンセスの優しさに感謝いたします。ところで、わたくしどもの所にいかようなご用でございましょうか?」

プリンセス「ええ、せっかくのお祭りですからわたくしもお手伝いを…お邪魔ではありませんか?」

女生徒D「そんな、滅相もございません」

プリンセス「良かった…では、ちせさんもご一緒して構いませんかしら?」

女生徒E「え、あぁ……はい、もちろんですわ♪」

女生徒C「…プリンセスが日頃仲良くなさっているお方でしたら、どのような方でも歓迎いたしますわ」

プリンセス「そう、ありがとう♪」

ちせ「よろしく頼む」

…しばらくして…

ドロシー「…さて、後はもう私が手伝わなくても大丈夫だよな?」

女生徒A「ええ…///」

女生徒B「とても助かりましたわ///」

ドロシー「なぁに、必要とあらばいつでも手伝うよ」

…さりげなく身体を寄せたり手を重ねたりと、心をときめかせるようなドロシーの言動に頬を火照らせている女生徒たち……普段は何かと素行の悪い振る舞いをしてみせているドロシーだが、その気になって演技をすると大変に魅力的で、同時に「籠の鳥」である女生徒たちからすると、その自由で奔放な様子には憧れめいた物も感じている…

女生徒A「はい///」

ドロシー「ああ……今度機会があったらお茶にでも招いてくれ」

女生徒B「喜んで///」

ドロシー「そっか、それじゃあ楽しみにしてるよ♪」

女生徒A「はぁぁ……ドロシーさんが側にいらっしゃると、わたくし顔が熱くなってしまいますわ///」

女生徒B「ええ…///」

…一方…

すました態度の女生徒「あら、ごきげんよう」

アンジェ「ご、ごきげんよう…」

取り巻きA「ごきげんよう、アンジェさん」

取り巻きB「ここでの暮らしにはもう慣れまして?」

アンジェ「え、ええ…」

すましや「それは何よりですわね。こうした上流社会の子弟が多い場所ではなかなか馴染むのが大変でしょうけれど」

アンジェ「ど、どうにか気張っておりますだ……いえ、頑張っております///」

取り巻きA「あらあら、お国言葉が出るほど緊張なさらなくたって…♪」

取り巻きB「わたくしたちはただアンジェさんのことを気にかけているだけですのよ?」底意地の悪いすましやと取り巻き二人が小馬鹿にしたような笑みを浮かべ、猫がネズミをいたぶるようにちくちくと嫌味とあてこすりを言ってくる…

アンジェ「そんな、私ごとき平民にお気を使って下さるなんて…///」

すましや「構いませんのよ、それが「ノブレス・オブリージュ(高貴なる者の務め)」というものですから……今度、機会がありましたらお茶にでも呼んで下さいまし…ではごきげんよう」

アンジェ「ごきげんよう…」

…数分後・廊下…

ドロシー「よう、アンジェ…道が混んでたのか?」

アンジェ「いいえ、毛並みだけは立派な性悪猫に絡まれていただけよ」

ドロシー「なぁに、冗談だよ。むしろ時間通りさ……ところでベアトリスは?」

アンジェ「もう来るわ」

ドロシー「よし」

アンジェ「…手はずは大丈夫ね?」

ドロシー「当然だ……まずは私が廊下で見張り番をするから、アンジェとベアトリスで室内を調べろ」

アンジェ「ええ、お願いするわ…一応つじつま合わせのための「小道具」は持ってきているけれど、感づかれないのが一番いい」上手く理由を付けて借りたラテン語の書き取りを持っているアンジェ…もし鉢合わせしても「貸してもらった書き取りを返しに来た」と言い逃れることが出来る…

ドロシー「当然だな」

ベアトリス「…遅くなりました」時間に遅れまいと焦りつつも普段通りの歩調を心がけているのか、少しぎくしゃくした動きのベアトリス…

ドロシー「大丈夫、まだ許容範囲さ…むしろ焦って走ってきたりしたら人目を引くからな、よく我慢した♪」

ベアトリス「だってお二人に、急いでいるような時こそ「いつも通りに見えるよう行動しろ」って教わりましたから」

アンジェ「結構」

ドロシー「…よし、それじゃあ二人は室内に入ってくれ」

ベアトリス「はい」

アンジェ「ええ」

ベアトリス「それで、何をしたらいいですか?」

アンジェ「まずは通信手段を探す…と言っても通信機にしろ電話にしろ、それなりに大きさがあるから隠せるような場所はそう多くない」

ベアトリス「それはそうですが、部屋一つをくまなく探すとなると結構大変ですよ?」

アンジェ「そんなことはないわ。例えばここを見てみなさい…」クローゼットが置いてある部分の床に、わずかながら物を引きずった跡がある…

ベアトリス「あっ…!」

アンジェ「…見ての通り、この跡はクローゼットの脚とちょうど一致する」手際よく確認したが、さりげなく張られている細い糸や動かすと落ちるようになっている針と言った特段の措置は取られていない…クローゼットを動かすと、案外すんなりと動いて後ろの壁が現れた…

アンジェ「そしてここに…」

…少しふちがめくれている壁紙をそっとめくるとぽっかりと開いた壁の穴が出てきて、その穴にタイプライター大の通信機が収まっていた…

ベアトリス「わ、ありましたね」

アンジェ「通信機は貴女に任せるわ。その間に私は他の物を探す」

ベアトリス「分かりました」

…ベアトリスが通信機の前にしゃがみ込むと、アンジェは室内を素早く検索していく……引き出しを開けてノートや聖書を流れるようにめくり、本棚に並んでいる本の間を確かめ、ベッドと壁の隙間に何か挟んでいないかのぞき込む…

アンジェ「あったわ…」ベッドに敷かれたマットレスを持ち上げると、隙間に挟みこまれるようにして薄っぺらい紙が差し込んである…

ベアトリス「…えぇと、それから……」

アンジェ「…波長は確認できた?」

ベアトリス「はい、確認できました…アンジェさんは?」

アンジェ「その通信機用のコード表を手に入れた…王国の一般向け暗号。 簡単な暗号だから、破るのには五分もかからない」

ベアトリス「じゃあもういいですか?」

アンジェ「ええ、長居は無用よ」さっと懐中時計を確認すると、まだ数分と経っていない…

…廊下…

ドロシー「…済んだか?」

アンジェ「ええ」

ドロシー「よし、それじゃあ次に行こう…部屋の主はプリンセスがお茶に誘ってあるから、今は空っぽだ」

アンジェ「そうね」

…そのころ・庭園…

シニヨンの女生徒(王国側協力者)「お招き頂いて恐悦至極に存じますわ、プリンセス」

女生徒F「プリンセスとお茶を頂けるなんて…嬉しゅうございます」

女生徒G「わたくしも、憧れのプリンセスとお茶が頂けて……///」

プリンセス「何もそう固くならずとも大丈夫ですよ…さ、お茶をどうぞ♪」

…アンジェたちが室内を調べる時間を稼ぐべく、お茶に呼んで手ずから紅茶を淹れるプリンセス……もっとも「プレイヤー」の一人である女生徒と差し向かいというのでは何かおかしいと勘ぐられる可能性があるので、同時に毒にも薬にもならない「無難な」女生徒を二人ほどを招きカモフラージュとしている……その間ちせは席を外し、庭園の外側でさりげなく警戒にあたる…

シニヨン「…ありがとうございます」

プリンセス「お砂糖は二つ?」

シニヨン「ええ」

女生徒F「はい、わたくしも」

女生徒G「…わたくしも二つでお願いします」

プリンセス「はい。それにしても雨が降らなくて良かったですわね?」

女生徒F「プリンセスのおっしゃるとおりですわ♪」

シニヨン「そうですね」

プリンセス「ええ…さぁ、サンドウィッチもどうぞ?」ティータイムにはお馴染みの、小さな長方形に切ってあるきゅうりのサンドウィッチを勧めるプリンセス…

シニヨン「…いただきます」

プリンセス「どうぞ召し上がれ♪」

…同時刻・談話室…

女生徒H「…うーん、分かりませんわね」

女生徒I「ええ。これは難解ですわ……」

ドロシー「…」

女生徒J「あ、あれは……そうですわ、ドロシー様ならお分かりになるかもしれません。 ドロシー様!」アンジェたちとはルートを変えて談話室の脇を通り抜けようとしたドロシーを見かけ、廊下に出て声をかけた…

ドロシー「お…なんだジョセフィンか。 いきなり声をかけるからびっくりしたじゃないか…どうした?」

女生徒J「あぁ、それは…ええと……大したご用ではないのですけれど///」

ドロシー「構わないさ…ただこの後ちょっとした野暮用が控えてるんでね、早めに済ませてくれると助かるな♪」

女生徒J「ええ、それはもう…実は……」

ドロシー「……なるほど、間違い探しか」

女生徒H「そうなんです。ですが最後の一つだけ見つけられなくて…良かったら一緒に解いて下さいませんか?」

ドロシー「ああ、いいとも。 どれどれ…」

…そう言ってページに目を走らせるドロシー…職業柄、多くの文書やそっくりな贋作を瞬時に記憶、判別する機会が多く、ファームで鍛えられた観察眼は常に鋭く研ぎ澄まされている…それもあって容易く残りの間違いを見つけ出したが、あえてしばらく探すふりをした…

ドロシー「んー……あ、これじゃないのか?」

女生徒I「ああ、これですわ!」

女生徒J「さすがはドロシーさんです」

ドロシー「なぁに、たまたまだよ…それじゃあな」

女生徒H「ごきげんよう♪」

…数分後…

アンジェ「…そんなに長い距離だったかしら?」

ドロシー「なぁに、ちょっと可愛い女の子を口説いていたら遅くなってね…♪」

アンジェ「そう…私はてっきり途中で息切れしたのかと思ったわ」

ドロシー「…おいアンジェ、何度も言うが私の事を年寄り扱いするのはやめろ」

アンジェ「事実を認めたがらないのは頭が固くなってきた証拠よ」

ベアトリス「もう、二人とも相変わらずなんですから♪」

ドロシー「やれやれ、ベアトリスにまで笑われちまうとはね…いいからさっさと済ませようぜ?」

アンジェ「それじゃあ今度は私が廊下に立つ……五分以内で済ませてちょうだい」

ドロシー「ああ」

…室内…

ベアトリス「あ、かぼちゃの飾りがありますね…」

ドロシー「そうだな…王国側協力者の中には、あまりにもがちがちの王党派だと入り込みにくいグループや組織があるって言うんで、わざとこうやって開明的で共和派にも理解がある風を装った「敷居を下げる」偽装をしている連中もいるんだ……もっとも、ここで学生をしながらプリンセスの動向を報告しているような連中はたいてい小物だし、そこまでの考えがあってやってるわけじゃないだろうがね」

ベアトリス「なるほど…あ、ここに緩んだ羽目板がありますよ」

ドロシー「やるじゃないか……どうだ、何か見つけたか?」

ベアトリス「はい、何か冊子のようなものが……っ///」そう言って一冊の本を取り出すと、表紙を見て赤面した…

ドロシー「どうした…おいおい、コードブックにしちゃあずいぶんと刺激的だな♪」他の場所を調べていたがベアトリスがどもると振り向き、表紙を見るなりニヤニヤ笑いを浮かべた…

ベアトリス「もう…なんなんですか///」

ドロシー「そう言うな……ちょっと見せてくれ」

ベアトリス「…えっ!?」

ドロシー「別に私が読むわけじゃない。ただ、こういうのも大事な情報だからな……のちのちこれをネタにして脅したり、好みに合わせてハニートラップを用意したり出来るってわけだ」女学生同士のいかがわしい関係について書かれた読み物の本を受け取り、さっと中身に目を通す…

ベアトリス「なるほど……」

ドロシー「…中身が気になるようなら音読しようか?」

ベアトリス「い、いりませんっ…///」

…その日の夜…

アンジェ「さて、今日の成果だけれど…」

ドロシー「王国側協力者三人分の通信手段とその暗号帳を確認。うち一人は受信メッセージの紙を処理し忘れていたおかげで「管理者」のコードネームや通信内容も確認できた」

アンジェ「結構、他には?」

ドロシー「たくさんあるぞ……調べに入った対象者のうちで王国側協力者ではなかったものの、面白いネタを持っていたのが何人かいる…「チェシャ猫」はクラスメイト数人と肉体関係を持っている仲だって事が分かったし「マグパイ(カササギ)」は常習的な喫煙者だ」

アンジェ「なるほど…」

ドロシー「…それと「ファイアフライ(ホタル)」は見た目こそしとやかな貴族の令嬢だが、後輩の女生徒を手籠めにするのが趣味のようで、部屋には飲み物に混ぜる睡眠薬や荒縄なんかが隠してあった」

アンジェ「なるほど…「ファイアフライ」といえばベアトリスにも親しげに声をかけているけれど……」

ドロシー「…もしお茶に誘われたら要注意だな」

アンジェ「それとなく警戒しておく必要がありそうね…それから?」

ドロシー「後は「チコリ」だが……」

アンジェ「どうしたの?」

ドロシー「それがな、どうやらお前さんにぞっこんらしい…」

アンジェ「…私に?」

ドロシー「ああ。平民で田舎者、不器用でフランス系のお前さんにだ……部屋には画家に描かせたらしいお前さんの小さな肖像画や、ああしたいこうしたいっていう秘密の日記帳が隠してあった…それとどこから手に入れたのか、髪の毛数本とかな」

アンジェ「そう…しかし私たちの立場上、必要以上の興味を引かれるのは好ましくないわね」

ドロシー「確かにな……とはいえ相手は「普通の」女学生だ。まさか消すわけにも行かないし、事を荒立てるのもまずい」

アンジェ「となると、しばらくはこのまま放置するしかないわね…」

ドロシー「そうだな……とにかく今日はくたびれた、休ませてもらうよ」

アンジェ「ええ」

ドロシー「ま、あと数日もすればハロウィーンだ…そのときは女学生らしく楽しむとしようぜ♪」

アンジェ「そうね……お休みなさい」

ドロシー「お休み♪」

…数日後・ハロウィーン…

ちせ「皆、お早う…」

ドロシー「トリック・オア・トリート♪」

ちせ「…っ!」物陰から「わっ」と飛び出したドロシーに対して、反射的に正拳での突きを入れるちせ…

ドロシー「おっと、私だから安心しな……お菓子をくれないといたずらするぜ?」鳩尾に叩き込まれそうになった突きをとっさに腕でガードすると、ニヤリと笑って手を出した…

ちせ「全く、驚かすではない。 …ふむ、菓子といってもそう持ち合わせがあるわけでもないのじゃが……これならどうじゃ?」

ドロシー「いや、悪いね…って、なんだこりゃ?」掌の上に載せられた、ぎざぎざした星のようなものを見て眉を上げた…

ちせ「金平糖という日本の伝統的な菓子じゃが…不服か?」

ドロシー「いいや、お菓子ならいいわけだからな。どれ、それじゃあ一つ味見してみるか……」ぽいと口の中に金平糖を放り込み、がりがりと噛んだ…

ちせ「どうじゃ?」

ドロシー「味はただの砂糖みたいだな…さ、ちせも「トリック・オア・トリート」って言ってみろよ」

ちせ「うむ、しからば…トリック・オア・トリートじゃ」

ドロシー「あいよ…♪」そう言って派手なウィンクを投げると、紙袋に入ったクッキーを手渡した…

ちせ「なるほど、これを言うだけで菓子がもらえる……なかなかいい日じゃな」袋をがさがさ言わせてクッキーを取り出すとつまんだ…

ドロシー「ま、人によってはやらない連中もいるから一概には言えないが…カボチャかカブで「ジャック・オ・ランターン」が飾ってある場所ならたいていは大丈夫なはずだ」

ちせ「なるほど…せっかくの機会じゃから、あちこち巡ってくるとするかの」

ドロシー「菓子をもらうのはいいけど、一服盛られたりするなよ?」

ちせ「なに、心配無用じゃ……では、御免♪」

ドロシー「おう」

…しばらくして…

ドロシー「しかし何だなぁ、まだ地味な方だから救いようがあるものの……ヴェニスのカーニバルじゃああるまいし、いつからハロウィーンにあんな仮装をするようになったんだ?」

アンジェ「本来は仮装なんてしないらしいわね?」

ドロシー「少なくとも古いアイルランドのしきたりにのっとったハロウィーンではそうらしいな……あの仮装ってのはここアルビオンか、新大陸あたりで始まった風習らしい」

アンジェ「なるほど…でもこうした風習が流行れば一つだけ都合のいいことがある」

ドロシー「仮装をしているから人相や風体を知られずに済む……だろ?」

アンジェ「その通りよ……というわけで、貴女にも用意しておいたわ」黒いマントと三角帽子、それに掃除用具入れから引っ張り出してきた箒を差し出す…

ドロシー「あたしは魔女か…だったらどっかの「スノウ・ホワイト(白雪姫)」に毒リンゴでも仕込んでやらなきゃな♪」

アンジェ「ええ、ぜひそうしてちょうだい」

ドロシー「アンジェ、お前は?」

アンジェ「ええ、私はこれを……」二つのぞき穴を開けてあるだけの紙袋をかぶり、頭に崩れたシルクハットを載せる…服はよれて駄目になった燕尾服で、片脚で跳ねてみせた…

ドロシー「スケアクロウ(カカシ)か…」

アンジェ「今だけはね。他の仮装もいくつか持っているから、途中で切り替えていくつもりよ」

ドロシー「それは私もさ……それじゃあ、また夜に」

アンジェ「ええ」

…数時間後・とある通り…

カカシ「トリック・オア・トリート!」一軒の家の裏口を叩き、袋ごしのくぐもった声で呼びかけた…

中年男性「あぁ、はいはい……ハロウィーンね」

カカシ「…」ボロボロの燕尾服からすっとウェブリー・フォスベリーを取り出し「パン、パンッ!」と心臓に二発撃ち込んだ…

男性「う……ぐっ!」

アンジェ「…まずは一人目」蒸気で煙る街角を曲がるとカカシの燕尾服を捨て、白いシーツをまとった幽霊になった……

…同じ頃・裏通り…

貧しい子供「ねえ魔女のお姉ちゃん、お菓子ちょうだい…!」

汚れた子供「僕にも…!」

やつれた子供「おいらにも…!」

ドロシー「よーし、みんなにちゃんとやるから安心しな……ただ、今日はお菓子をもらうのに言うべき言葉があるだろう?」

やつれた子供「えーと…トリック・オア・トリート!」

ドロシー「正解だ。 そら、持ってけ♪」お菓子と一緒にさりげなく半クラウン硬貨も握らせるドロシー…

やつれた子供「お姉ちゃん、これ…いいの?」

ドロシー「あたぼうよ♪ ただし、魔女のお姉ちゃんから一つ頼みがある……角に立ってる茶色い山高帽のおじさんが見えるか?」共和国の連絡役が泊まっている木賃宿の向かいに陣取り、出入りを監視している王国防諜部員を指差した…

貧しい子供「うん、背の高いおじさんだね」

ドロシー「そりゃあお前たちからしたらな…とにかく、あのおじさんにしつっこくまとわりついて「トリック・オア・トリート!」をやってくれ……追い払われたり蹴飛ばされるかもしれないが、最低でも一分はねばるんだぞ」

汚れた子供「それだけでいいの?」

ドロシー「おうさ、それだけで十分だ……あとはその半クラウンを持って飯屋に行って、美味いものでも腹一杯詰め込めばいい」

やつれた子供「分かったよ…ありがと、魔女のお姉ちゃん!」菓子は誰かに盗られる前にその場で食べ、それから一斉に駆けだしていく子供たち…

ドロシー「ああ(これで雪隠詰めになっている奴もどうにか抜け出せるはずだ…)」

子供たち「……トリック・オア・トリート! お菓子をちょうだいよ、おじさん!」

山高帽「何だ何だ……えぇい、うるさい! あっち行け!」

子供たち「トリック・オア・トリートだってば! お菓子くれないならいたずらするよ!」

山高帽「ええい、まとわりつくなっ…このガキ共が!」子供にまとわりつかれて監視の邪魔になる上、目立つ状態に置かれて焦る防諜部員……いらだって腕を振り回したり蹴ろうとすればするほど子供たちはちょこまかと動き回りはやし立てる…

青年(共和国連絡員)「…」その隙を逃さず、連絡員はするりと裏通りの陰へと姿を消した…

………

…一方・メイフェア校…

女生徒「トリック・オア・トリート!」

女生徒B「はい、お菓子…♪」

女生徒C「トリック・オア・トリート…お菓子をくれないといたずらするわよ!」

女生徒D「お菓子ね…はい、どうぞ」

ちせ「ふぅむ…ただ菓子をやったりとったりするだけでなく、魑魅魍魎の格好もするのが「ハロウィーン」とやらの風習か。 何とも奇っ怪じゃのぅ……」妙に感心しながら菓子をつまむちせ…

ちせ「しかしこの「南京(なんきん)」の菓子はなかなか…「いもくりなんきん」とは上手いことを言ったものじゃ」

(※南京…カボチャの通称。中国から伝来したことからこう呼ばれ「いもくりなんきん」とは「いも(サツマイモ)」「栗」「なんきん」で、江戸時代に女が好きなものとしてよく言われた)

ちせ「……さて、プリンセスとベアトリスはまだ公的行事でこちらには戻ってきておらぬし…もう少し「トリック・オア・トリート」して行ってもよかろう」

…とある部屋…

ちせ「失礼いたす」

しとやかな女生徒「あら、ちせさん…ごきげんよう、何かわたくしにご用事?」

ちせ「うむ、一つ言わせてもらわねばならんことがあるのじゃが……」

しとやかな女生徒「あら、何かしら…?」

ちせ「では、はばかりながら……トリック・オア・トリートじゃ」

しとやかな女生徒「あぁぁ、そういうことでしたのね…では遠慮せずお入りになって?」

ちせ「かたじけない」

しとやかな女生徒「いいえ。でもちせさん、せっかくのハロウィーンなのに制服だなんて……いい機会なのだから仮装でもしたらいかが?」

ちせ「ふむ…とはいえ仮装の持ち合わせなどありはせぬし、そもそも何をどうすれば良いものやら……」

しとやかな女生徒「言われてみれば、ちせさんは経験が無いから分からないですわね…あ、ならわたくしが仮装をお手伝いして差し上げますわ♪」

ちせ「いや、そのような手間をとらせるのは…」

しとやかな女生徒「まぁまぁ、そんな遠慮をなさらないで……ね♪」さりげなく後ろに回り込んで身体をすりよせ、両肩をやんわりとつかんでいる…

ちせ「し、しかし……///」

しとやかな女生徒「過ぎたる遠慮はかえって無礼というものですわ、わたくしの好意…どうかお受け下さいな」

ちせ「そ、そこまで言われては……では、お願いするといたそう」そのまま柔らかな手つきで押され、椅子に座らされるちせ…

しとやかな女生徒「あぁ、良かった…♪」

ちせ「それで、いったいどうすれば良いのじゃ?」

しとやかな女生徒「まぁまぁ、まずはお茶でも召し上がりになって…もちろんお菓子もありますわ♪」丁寧に紅茶を注いでから「ミルクと砂糖はどのくらい?」と聞き、ちせの注文通りふたさじの砂糖とミルクを入れた…

ちせ「かたじけない…」ふたさじにしては甘過ぎるような気がする紅茶をすすり、ルバーブの砂糖漬けが入った小さなパイをひとつ食べた…

しとやかな女生徒「ふふふ……お代わりはいかが?」にこにこしながらちせを眺めている女生徒……口角にえくぼを浮かべ、紅茶をすすめてくる…

ちせ「いや、もう十分じゃ…して、仮装とやらのやり方を指南してもらえるという話であったが……」

しとやかな女生徒「ええ、それはもう……でもまずは制服を脱がないといけませんわね?」

ちせ「なに…?」

しとやかな女生徒「だってそうではありませんこと? 仮装をするのですもの…制服の上からでは動きにくいでしょうし、それに上から着込むのでは暑いと思いますわ♪」

ちせ「それはそうかもしれぬが……しかし、人前で服を脱ぐとなると少々気恥ずかしいのじゃが///」

しとやかな女生徒「まぁ、遠慮することはありませんわ…ここにはわたくしとちせさんしかおりませんし…それにわたくしたちは女の子同士で、殿方がいるわけではありませんもの♪」そう言いながらちせの手に自分の手を重ねる女生徒……

ちせ「確かにそれはそうじゃが…///」そう言っているそばから泥酔したときのように視線が揺らぎ、頭がくらくらしてくるちせ……目の焦点が定まらず、優しげな女生徒の微笑みが四つにも五つにもぼやけて見える…

しとやかな女生徒「あら、ちせさん…どうなさったの?」

ちせ「いや、あい済まぬ……どうも目まいがしてかなわぬゆえ、部屋に戻ることにいたそうかと」

しとやかな女生徒「まぁ、それは大変…でも、その様子では歩くのも難しいでしょう……わたくしのベッドをお貸ししますから、しばらくお休みになられたら?」

ちせ「いや、心配無用じゃ……!」鍛えられた身体と強固な意志の力でどうにか立ちあがると、詫びを言って部屋を出た…

しとやかな女生徒「……ふぅ、あと一息と言ったところだったのですけれど…でも、欲張りはいけませんわね……くふふっ♪」お茶の道具を片付けクローゼットを開けると、乱れた制服に縄をかけられ、口にハンカチーフのさるぐつわをかまされた小柄な生徒が愛液をしたたらせ、情欲にとろけたような表情を浮かべている…

しとやかな女生徒「…なにしろ、一匹目の蝶々はちゃんと糸にからめたのですもの……ね♪」小柄な女生徒を見おろし、ねっとりとした笑みを向けた…

…しばらくして・部室…

アンジェ「ふぅ…どうにか午後だけで二人始末する事ができたわね……」

…いくどか仮装を変えつつ王国情報部のエージェントを片付け、最後は中世の医師を模したフードと鳥のようなマスクの仮装で戻ってきたアンジェ…一日中歩いたりバスに乗ったりと休む暇もなく、さらには尾行に対する予防措置もあってうんと回り道をしたため、脚はすっかり棒のようで足裏がじんわりと熱く、洗面器に張った冷水に足を浸けている…

アンジェ「ドロシーもまだのようだし、少し休憩しようかしら…」

アンジェ「とりあえずちせには戻ったことを伝えておかないと……」

…壁の掛け時計を見るとまだ夕食には時間がある…足を水で冷やしていたしばらくの間はレースをあしらった白いペチコートとビスチェだけで椅子に腰かけていたが、ちせの部屋に顔を出して戻った事を伝えるため脚の水滴を拭ってストッキングを履き、制服をまとって眼鏡をかけた…

アンジェ「これでいいわ……」部室に誰かが忍び込んでも分かるよう「保安措置」の髪留めピンをドアノブに載せて鍵をかけ、何事もなかったかのように歩き出した…

…ちせの部屋…

ちせ「…誰じゃ?」

アンジェ「アンジェだけれど、入ってもいいかしら」

ちせ「うむ、入ってくれ……」

アンジェ「ちせ?」ドア越しに聞こえる力の抜けたような声を聞いて眉をひそめ、身構えつつドアを開けた…

ちせ「ここじゃ……ぁ///」ベッドにもぐり込み、壁の方を向いて身体を丸めている様子のちせ…

アンジェ「…今戻ったわ。ドロシーたちはまだのようだから……どうしたの?」

ちせ「アンジェどの……ぉ///」

…布団をめくって顔を出したちせはとろんとした目つきで頬を赤く染め、いつもはきりりと引き締まっている口元を半開きにして涎を垂らしている…そして折り目正しくきちんとしたちせにはあり得ないが、制服は床に脱ぎ散らかされ、切ないような甘ったれたような声をあげている…

アンジェ「ちせ、誰に何を盛られたの…何をしゃべらされた?」

ちせ「何もしゃべってなど……おらぬ……ただ、ハロウィーンの菓子と茶をごちそうになって…数分もしないうちに……///」

アンジェ「…お茶を飲ませたのは誰?」

ちせ「メイナードの令嬢じゃ……」

アンジェ「メイナード…メイナード伯爵令嬢のこと?」(ベアトリスを狙っていた「ファイアフライ」ね…)

ちせ「うむ…菓子も茶もあちらが食べ、かつ飲むのを見てから口にしたのじゃが……///」

アンジェ「おおかた先に中和剤を飲んでおいたのね…それで?」

ちせ「数分もしないうちに…まるでいつぞや酩酊した時のように頭がくらくらして……どうにか戻ってきたのじゃが…それから身体が火照って…しかたないの…じゃ///」

アンジェ「分かった。様子を見るから布団をめくるわね」

ちせ「いや、それは……///」

アンジェ「何を隠し立てするつもり? 貴女の状態を確認しなければいけないのは分かるでしょう…!」力なく首を振るちせの布団をなかば強引に引き剥がした…

ちせ「///」

アンジェ「…ちせ、貴女」

ちせ「だから…言ったのじゃ……ぁ///」

…赤子のように身体を丸め、ネグリジェ姿でベッドに入っていたちせ……その右手は花芯をねちっこくかき回し、溢れた愛蜜でふとももからネグリジェ、そして敷き布団までがぐっしょりと濡れている…

アンジェ「……いつから?」

ちせ「…分からぬが…メイナード嬢の部屋には日も暮れなんとする黄昏時に訪ねて……それからずっと……んんっ///」ぐちゅっ、にちゅ…っ♪

アンジェ「だとすると、かれこれ一時間半くらいね…」

ちせ「アンジェどの……どうにかしてくれぬか…まるで下半身がしびれたように…気持ちよくて…一向に……指が止まらぬのじゃ……ん、んあぁぁ///」ちゅぷっ、くちゅ…♪

アンジェ「分かった。どのみちそろそろ効果は切れるはずだけれど……後は私に任せればいい」

ちせ「頼む…///」くちゅ…っ、とろ…っ♪

アンジェ「ええ」

アンジェ「それじゃあ、始めるわ……」

ちせ「はぁ、はぁ…後生じゃから、早く……っ///」

アンジェ「ええ」

…アンジェはスカートとペチコートを脱ぐとベッドに上がり、ちせの小さな身体にまたがった…ふともも越しに触れるちせの身体はしっとりと汗ばみ、熱いくらいに火照っている…そのまま足元から手を差し入れてネグリジェをまくり上げると、引き締まった身体があらわになる…

ちせ「んぁぁ…はぁ、はぁ……んくっ///」

アンジェ「ちせ…」ちゅっ…♪

ちせ「あっ……///」

アンジェ「ん…ふ……ちゅっ、ちゅる…っ……」

ちせ「んぅぅ…あ……んむ…っ///」

アンジェ「ここも…すっかり固くなっているわね……」小ぶりな乳房に指を這わせ、桜色をした先端を軽くつまんで引っ張る…

ちせ「あふっ、ん…っ///」

アンジェ「…ちゅっ、れろ……っ♪」

ちせ「ふぁぁんっ…そんな、な…舐め……っ///」

アンジェ「ちゅぅ、ちゅぅ…じゅるっ、れろ…っ……♪」顔を近寄せて舌先からちせの胸へと唾液を垂らすと、それを舐めとるように吸い付き始めた…

ちせ「あ、あぁ……んぅっ…///」

アンジェ「汗ばんでいるせいかしら、少ししょっぱいわね……れろっ、んちゅ…ちゅむ……♪」

ちせ「ふあぁぁ…♪」

アンジェ「それじゃあ、今度はここを……」ちせの指を花芯からゆっくり引き抜いて手をどかすと、代わりにアンジェ自身の細い指を滑り込ませた…

ちせ「ふわぁぁぁ…あっ、あぁぁん……っ♪」ぬちゅっ、ぷしゃぁぁ…っ♪

アンジェ「…イったみたいね」

ちせ「んんぅ、はぁ…あぁ……んぅぅ♪」

アンジェ「…入れただけで果ててしまっては張り合いがないわね。 それに、貴女もまだ火照りが収まらないようだから……色々と試させてもらうとしましょう」

ちせ「んえ…?」

アンジェ「大丈夫、すぐに分かるわ…最近はこっちの練習がすっかりおろそかだったし……(それにプリンセスとも機会がなかったから…)」

…いつもの冷めた表情に少しだけ情欲をにじませ、ちせの秘部にぬるりと二本目の指を滑り込ませる…そのまま膣内に第二関節まで入れると、唇をキスで塞ぎつつゆっくり動かした…

ちせ「んっ、んむぅぅ……っ♪」

アンジェ「ちゅるぅ…むちゅ……れろっ、じゅるぅ…っ♪」

ちせ「ふー、ふーっ……んぐぅ゛ぅ…っ♪」ぐちゅっ、ぢゅぷ…っ♪

アンジェ「…ちせ、貴女は体力があるしまだまだ大丈夫のはずだから……続けるわね」

ちせ「あひっ、はひぃ…っ♪」

アンジェ「それじゃあ、今度はこっちにも入れてあげるわ…」それまでやんわりと乳房を揉みしだいていた左手を離すと人差し指を舐めてたっぷりと唾液を付け、それをきゅっと引き締まったちせのヒップに這わせ、それからアナルに滑り込ませた…

ちせ「一体なに……んひぃぃっ♪」

アンジェ「…こういう経験は乏しいでしょうから、ゆっくり慣らしていってあげるわ」

ちせ「んあぁ…ふあぁぁ……♪」前後に指を入れられ、巧みな技巧でねっとりと責められて喘ぐちせ……

アンジェ「何も恥ずかしがったり気兼ねすることはないから……思う存分声をあげてよがるといいわ」

ちせ「あっ、あっ……あ゛ぁ゛ぁぁ…っ♪」

アンジェ「ふふ、よくイったわね……ご褒美にもう一度キスしてあげる…」ちゅっ…♪

ちせ「あふぅ…はひぃ……ぃ♪」

………

…数時間後・部室…

ドロシー「…よう、アンジェ」

アンジェ「ドロシー、戻ってきていたのね」

ドロシー「ああ…ついさっきな」

アンジェ「その様子だと上手くいったようね」

ドロシー「当然さ……♪」黒マントにドレスの洒落た姿には似つかわしくないだらしのない姿勢で座り、テーブルの上には仮面舞踏会で使うようなヴェルヴェットの仮面が放り出してある…仮面のかたわらにはブランデーの瓶が置いてあって、その隣のカットグラスには琥珀色をした液体が親指の幅ほど注いである…

アンジェ「そう…それを聞いて安心したわ」

ドロシー「おやおや、ずいぶんと信用がないんだな?」

アンジェ「別にそういうわけじゃないけれど……ところで」

ドロシー「ん?」

アンジェ「実は貴女が戻ってくる前にちょっとしたことがあって……」年下好きの貴族令嬢にちせが媚薬を盛られた顛末を説明した…

ドロシー「ほーん……それじゃあさっきまでちせの相手をしてやってたのか」

アンジェ「ええ…すっかり出来上がっていたから私がどうこうするほどのものでもなかったけれど……」

ドロシー「まぁ、お疲れだったな……それで?」

アンジェ「…何が」

ドロシー「とぼけるのはよせよ…要は「お味はいかがでしたか?」ってことさ♪」

アンジェ「そういうことを他人(ひと)に話すような趣味はないの」

ドロシー「はは、冗談さ……しかしそうなるとあのお嬢様につけた「ファイアフライ(ホタル)」ってコードネームは変えた方がいいかもしれないな。あれはファイアフライよりもっとタチが悪い」

(※ホタル…欧米では日本のような「はかなく光る」イメージよりも、獰猛な肉食昆虫である幼虫のイメージが強いとされる)

アンジェ「何か候補が?」

ドロシー「そうだな…例えば「スパイダー(蜘蛛)」とか」

アンジェ「悪くないわね…」

ドロシー「あとは「マンティス(カマキリ)」でもいいかもしれないな……どっちも交わった相手のことを食っちまうって言うし、しとやかなふりをして寄宿舎の可愛い娘たちを食い散らかしているメイナードのお嬢様にはぴったりだぜ?」

アンジェ「そうね」

ドロシー「だろ? ところでアンジェ、今日は一日歩き詰めだったはずだが…ハロウィーンの菓子はもらえたか?」

アンジェ「…仮装をしているのにカゴに何にも入っていなかったらおかしいし、焼き菓子の数個は用意しておいたけれど……もらえていなかったらどうなの?」

ドロシー「さあな。まぁ「トリック・オア・トリート」って言ってみれば分かるだろうよ」

アンジェ「ふう…どうせ貴女の事だから、私が言うまでやいのやいのとせっつくんでしょう……トリック・オア・トリート」

ドロシー「おめでとう、よく言えました…そらよ♪」

アンジェ「……これは?」リボンのかかった紙袋を受け取るとリボンをほどき、包みを開けた…中には上手に出来ている手作りとおぼしき半ダースあまりのクッキーと、数切れのパウンドケーキが入っている…

ドロシー「クッキーとパウンドケーキさ」

アンジェ「そんなことくらい見れば分かるわ…で?」

ドロシー「今日は妙に鈍いじゃないか……まだ分からないか?」

アンジェ「……ドロシー、もしかして…これ///」よく見ると菓子の出来に見覚えがある…

ドロシー「ああ、もしかしなくてもそうさ」

アンジェ「だとしたら、一体どうして貴女が…?」

ドロシー「お前さんがなかなかやって来なかったから、代わりに渡すよう頼まれたのさ……それと、クッキーだけじゃなくて伝言もひとつある……誰からのメッセージかは言わないが「お菓子はあげたけれど、いたずらもして欲しいからお部屋で待っています…♪」だそうだ」

アンジェ「ええ、分かった…///」

ドロシー「やれやれ、これでようやく私もベッドに行けるってわけだ……それじゃあハロウィーンの夜を楽しんでくれ♪」残っていたブランデーを流し込んでグラスと瓶を隠しスペースにしまい込むと、手をひらひらと振って出て行った…

アンジェ「お休みなさい…」ドロシーを見送ると、クッキーをひとつ手に取って口へ運んだ…

アンジェ「……美味しい///」

………

…case・アンジェ×ドロシー「The forgery」(贋作)…

…アルビオン共和国・とある港…

税関吏「…ここで下ろす積荷はこれだけだな?」制服姿の税関吏が通関書類とにらめっこをしながら箱を数え、送り状をあらためる…

船長「ええ、そうです」

税関吏「それで、この箱の中身は……家具とあるが?」

船長「依頼主からはそのように伺っております」

税関吏「ふむ…ま、いいだろう」手に持った書類にさらさらとサインをすると船の舷梯(タラップ)を降りはじめた…

船長「いいぞ、荷下ろしを始めろ!」

…税関吏が埠頭に降り立つと、まるでそれを待ちわびていたかのように港の蒸気起重機が動きだして大きな真鍮の歯車が回り、パイプやあちこちの隙間からシューッと音を立てて白い蒸気が噴き出す…

水夫長「ほら、ロープをかけろ!何をもたもたしてる!そんなんじゃあ日が暮れちまうぞ!」

掌帆長「とっととやれ!だらだらするな!」

水夫「えんやこら…どっこいしょ!」

水夫B「よーし、いいぞ!上げろ!」木箱がロープでくくられ結び目が起重機のフックに引っかけられると、蒸気の響きと共にアームが上昇してロープがぴんと張り、きりきりと軋む音を立てながら大きな箱が徐々に釣り上がる…

税関吏B「…や、ご苦労さん。次はあの船だな」

税関吏「まだあるのか、全く忙しいったらありゃしない……次の船を検査する前に休憩して、詰所でお茶でも飲もうじゃないか」

税関吏B「いいね…」そう言って二人で税関詰所へ歩き始めた…

荷役労働者「よーし、そのまま…そのまま……」

…やり取りこそ荒っぽいが、それまでは手際よく進んでいた荷下ろし作業…ところが数個目の箱がクレーンで吊るされ埠頭の上で揺れていると、不意に木箱に結びつけられていた太いロープのささくれた部分が「メリメリ…ッ」と音を立ててほぐれ始め、あっという間にぷっつりと切れた…

水夫「おいっ!」

荷役労働者「危ないっ!」

税関吏「何だ…っ!?」持ち上げられていた木箱が埠頭に落ち、中のアンティークものの家具が壊れてバラバラになって飛び散った…

税関吏B「あーあ、こりゃあひどいことになったな……っ!?」

…壊れた椅子のクッション部分がすっかりめくれて、中の詰め物がはみ出している……が、その詰め物は当たり前の白い綿ではなく、共和国の人間が見慣れたデザインをしたとある紙の束だった…

税関吏「こいつは……すぐ情報部に連絡しろ!」

………



…数日後・コーヒーハウス…

ドロシー「…ずいぶんと唐突な呼び出しだな、何があった?」

7「ええ、実は少々急を要する事態が発生して……王国側に気取られる前に事を済ませたいから、貴女たちも投入することになった」

ドロシー「ほほう?」

7「今回はまず、とある人物を確保して所定の場所に「配達」してもらいたい…詳細はメールドロップに」

ドロシー「分かった」

7「それじゃあ、よろしくお願いするわ」

…数時間後・部室…

ドロシー「どうだった?」

アンジェ「…さっき暗号を解読したけれど、明日のうちには対象人物を届けるよう指示されていた。普段は綿密な工作を要求するコントロールだけに、これだけせわしないのは珍しいわね」

ドロシー「それだけ尻に火が付いている事態だってことだろうよ…で、その「対象人物」とやらはどんな奴だ?」

アンジェ「ええ……情報によると対象はアンティークの美術品を扱っている老人で「トーマス・フロビッシャー」を名乗り、髪は白髪で目は淡いブルー、身長は5フィートそこそこ」

ドロシー「小柄な爺さんだな…他に特徴は?」

アンジェ「ないわ」

ドロシー「ずいぶんあいまいだ…」

アンジェ「そういう意見もあるわね。それと、店の場所はここ」指示書と一緒に入っていた薄紙を法則に従って地図に重ねると、一点を指し示した…

ドロシー「分かった、それじゃあ急いで支度をしよう……もし爺さんをさらうとしたら、誰かに見られても人相や風体が捉えにくい黄昏時にしたいし、現地の様子を確かめる時間も二時間はいるからな」

アンジェ「ええ」

ドロシー「よし、そうと決まれば車を用意してこないとな…その間にそっちも準備を整えておいてくれ」

アンジェ「そうするわ」

…黄昏時…

ドロシー「ここか…」

アンジェ「ええ」

…しばらく車を流して公安や防諜部の見張りがないことを確かめると、小さな間口の店の前にロールス・ロイスを乗り付けた…ドロシーは黒のシルクハットに燕尾服、長髪を結い上げて帽子の中に隠して男装をし、アンジェはペールグレイのドレスに長いケープをまとい、顔はボンネットの陰に隠れている…店の入口の脇には小さく古びてはいるが良く磨かれたマホガニーのプレートがあり、かすれかけた金文字で「古美術商、トーマス・フロビッシャー」とある…

ドロシー「…ごめんください」

老人「いらっしゃいまし……」

…入口を開けるとカランコロンと鈴の音が鳴り、カウンターの奥にいた老人がゆっくりと出てきた…老人は白髪で小さいレンズの丸眼鏡をかけ、地味な格好をしている…店内は古びた布が発しているかすかなカビの臭いや絵画のテレピン油、ニスや木材の匂いが合わさって、いかにも年季の入った骨董品屋の雰囲気をかもし出している…床にはロココ調やバロック調の家具が所狭しと置いてあり、壁にはくすんだ額縁に入った絵画やリトグラフが飾ってある…

老人「…いかがです、何かご興味がございますか?」

アンジェ「ええ…これは素敵な絵ですね」

老人「おや、こちらがお気に召しましたか……お若いレディはお目が高くていらっしゃる、こちらはかのエドゥアール・マネが「すみれの花束をつけたベルト・モリゾ」の構想を練るため別に描いた物でして……」

ドロシー「…それじゃあこれは?」

老人「こちらはフラゴナールの作品ですな…元はとあるフランス貴族が所有していた物なのですが、家が没落し手放さざるを得なくなったものでございます」耽美で柔らかな色づかいで描かれた、川沿いに建つフランスの館(シャトー)を描いた風景画…

ドロシー「そうですか…しかしフラゴナールにしては画題が珍しいですね。普通フラゴナールと言えば優美な雰囲気で上品にまとめた青年男女の絵か、神話をモチーフにした裸婦画が多いものと思っていましたが……」

老人「いかにも…フラゴナールはイタリア旅行の際には自然の風景を絵にしておりますが、建物を描いた物というのは珍しい……それだけにこの絵には価値があると申せましょう」

ドロシー「なるほど」

アンジェ「それじゃあこれは?」

老人「ああ…これはですな、当時のパリで作られた……」

ドロシー「…」コートの下からナイフを抜くと、いきなりクッションの部分に突き立てて表地を切り裂いた…

老人「何ということを…この椅子は十六世紀のアンティークだというのに!」

ドロシー「…アンティークが聞いてあきれるぜ、どれもこれも贋作のくせしやがって」

老人「何を言うか、このルイ王朝時代の家具を贋作じゃと!?」お客相手のへりくだった言い回しを使うことも忘れ、真っ赤になっている…

ドロシー「下らない芝居はやめな…骨董品もお前さんの素性も真っ赤な偽物だって事くらい分かって来てるんだよ、こっちは」

アンジェ「…それに本物のルイ王朝時代の家具だったらここの曲線はもっと柔らかく、色はもっとくすんでいる」

老人「……ほう、二人とも若い娘のくせになかなかの鑑定眼じゃな」すっかり調べ上げられている事を理解して、急に大人しくなった…

ドロシー「商売柄そういう機会が多いものでね。それじゃあトーシロ相手の商売はお休みにして、一緒にドライブとしゃれ込もうじゃないか…」

老人「その上でわしの頭に鉛玉を撃ち込んでテムズ川へ放り込むのか…?」

ドロシー「ああ、本来ならな……だが、まだお前には重さ200グレインの鉛玉一発よりは価値がある、逃げようとしなければ脳天をぶち抜く真似はしない」

老人「…信用できるのか?」

ドロシー「少なくともここのアンティークよりゃな」

老人「……分かった」

ドロシー「よし…」軽く指を動かして合図すると、アンジェが後ろに回って老人の腰に銃を押しつけた…押しつけた銃そのものはまとっている長いケープに隠れて外からは見えない…

ドロシー「それと今さら言うことでもないだろうが、おかしな真似はするなよ?」

老人「分かっておる。こんな年寄りじゃが、それでもまだ長生きはしたい」

ドロシー「いい心がけだ……どうもこの世界では命を無駄にする人間が多いもんでね」

老人「…それで、どこに連れて行くつもりなのかね?」

ドロシー「おいおい、言ったそばから寿命を縮めるような真似はするなよ…余計なせんさくは怪我の元だぜ?」

老人「沈黙は金(きん)…か」

ドロシー「その通りさ……それと目隠しもさせてもらう。ロンドンの眺めを見られなくて残念に思うが、これもお互いの健康のためだからな」

老人「ああ、それもやむを得まい…」

…車内…

老人「ところで、どうしてお前さんたちのような若い娘がスパイ稼業なんぞをしとるんじゃ…?」

ドロシー「さぁ、どうしてだろうな♪」

アンジェ「…あなたこそ、一体どうして贋作作りなんてしていたの?」

老人「わしか……実はな、わしには昔エマという女房がいてな…もうあれが先立ってしまってから二十年にもなるが……」

アンジェ「それで?」

老人「そのころまだわしは「まっとうな」古美術商だったんじゃが、ろくろく稼ぐこともできんでな…貧しい生活をしている中でエマは病気になってしまって……」

ドロシー「なるほど…」

老人「うむ…で、あるとき古い無名の絵を買ってきて元の絵をすっかり削り落とし、そこに有名画家の画風を真似た絵を描いたところ、それがいい値段で売れての……エマに栄養のあるものを食わせてやったり、薬を買ってやるためにも金が入り用だったものじゃから、そのまま続けておったのじゃ…」

ドロシー「…ところがある日、なんの特徴もない男が二人ばかりやって来た」

老人「いかにも……連中は殴ったりこそしなかったが、女房の事を持ち出してきての」

アンジェ「あなたが刑務所に入ったら、病気の奥さんは面倒を見る人間もなしに亡くなってしまうだろう…と」

老人「その通りじゃ…それ以来、わしは連中の言うがままに贋作を作ってきた……」

ドロシー「もうその必要も無くなったな……よし、着いたぞ。 転ばないよう足元に気をつけな」

老人「うむ…」慎重に足元を確かめ、そろそろと車から降りた…

ドロシー「それじゃあな、爺さん…」

アンジェ「……奥さんの事は気の毒に思うわ」

老人「おかしなもんじゃな…わしをさらったお前さんたちの方が、女房の事を気にかけてくれるなんてな……」そのまま共和国側のエージェントに支えられて、奥へと連れて行かれた…

…翌日…

ドロシー「お帰り…それで、コントロールからは何だって?」

アンジェ「ただいま…任務説明は受けてきたから、今からかいつまんで説明するわ」

…部室に隠してある装備の中から、三インチ銃身のウェブリー・アンド・スコット・リボルバーを取り出して手入れをしているドロシー…アンジェはその向かいに腰かけると、テーブルに「メール・ドロップ」から取り出してきた任務概要と、暗記してきた詳細を伝達した…

ドロシー「……つまりここに偽の共和国ポンドを印刷している施設があるって事か」

アンジェ「そのようね。そして王国情報部の部員はあの老人の店で偽の骨董品を「買い」込んで、共和国に向けて荷を送る……そしてその中には偽札が詰めてあり、それを壁の向こう側で使って共和国ポンドの信用を落としている」

ドロシー「そりゃあコントロールが躍起になるはずだ…」

アンジェ「ええ…通貨の信用(クレディット)は国の存続に関わる。特に王国と分裂した影響で金(きん)の保有高が少ない共和国は、もし「共和国ポンド紙幣は同額のポンド金貨と交換できない」と思われれば一気に国際的な信用を失い、共和国ポンドの価値が暴落する……そうした事態はどうあっても避けたい」

ドロシー「そして偽札作りの拠点がどこにあるか明らかになった以上、早めに手を打つ必要がある」

アンジェ「その通り」

ドロシー「……それにしても贋作の家具に詰めた偽札か。 まるで詐欺師が作ったクリスマスのチキンだな♪」

アンジェ「ええ」

ドロシー「…それで、この後は?」

アンジェ「偽札の流通ルートは確認できたし、共和国側で活動していた連中も押さえたと連絡があった…あとは製造拠点を叩くだけよ」

ドロシー「鉄火場ってわけか、久々に面白くなりそうだ…♪」にやりと不敵な笑みを浮かべてみせる…

アンジェ「ドロシー、あくまでも私たちは情報部員よ…ちんぴらやギャングの「出入り」じゃない。冷静に、確実によ」

ドロシー「もちろんだ」

…数時間後・ネストのひとつ…

ドロシー「よし…それじゃあ支度に取りかかろう」

アンジェ「そうね」

ドロシー「まずは銃…お前さんはいつも通りウェブリー・フォスベリーか?」二挺のウェブリーに.455口径の弾を込めつつ問いかける

アンジェ「ええ」

ドロシー「分かった」

アンジェ「ドロシー、貴女は?」

ドロシー「見ての通りウェブリー・スコットが二挺と…それからこれを♪」少しだけニヤッと笑みを浮かべると、銃身を切り詰めた垂直二連の散弾銃を持ち上げた…

アンジェ「弾は?」

ドロシー「今回は鳥撃ち用の細かい散弾を込めてある…とっさにぶっ放す時は役立つはずさ」そう言いながら手際よく弾を込めて銃尾をパチリと閉じると、服のポケットに予備の散弾をひとつかみねじこんだ…

アンジェ「そうね。それから私はこれを…」よく研がれたナイフ二ふりと、細いワイヤーの両側に木の持ち手が付いた首絞め具を用意する…

ドロシー「あとは施設をぶっ飛ばす訳だから、爆弾がいるよな…」器用なベアトリスがいくつか作り置きしていた時限装置と、束にまとめられている丸棒状の爆薬を用意し、腰のベルトに付いているループに引っかけた…

アンジェ「ええ…特に「原版は確実に破壊しろ」とのことだったわ」アンジェは発煙弾をいくつかと、真鍮で出来た球状の手榴弾を三つほど腰に提げる…

ドロシー「だろうな…」

アンジェ「これで準備は整ったわね……そっちは?」

ドロシー「ああ、こっちも準備万端だ」

アンジェ「そう、それなら最後にこれを…」事前に届けられていた「C・ボール」を保管用の筒から取り出し、これも腰に提げた…

ドロシー「それじゃあ出かけようぜ…♪」出口を開けると「お先にどうぞ♪」と手で示し、ぱらぱらと降り始めた小雨を避けるように車に乗り込んだ…

…夜…

ドロシー「…偽札作りの拠点はあそこか」

アンジェ「間違いないわね…表と裏手にそれぞれ見張りが二人」Cボールで飛び上がった建物の屋根の上から望遠鏡で様子をうかがう…

ドロシー「やるんなら同時に片付けないとな」

アンジェ「ええ…」パチリと望遠鏡を畳むと、ドロシーの手をつかんで飛び降りた…

…倉庫・裏口…

見張り「ふー……嫌な天気だな。こんな時の見張りは嫌いだ」しとしとと降る霧雨の中ハンチング帽をかぶり、コートのポケットに手を突っ込んで肩をすくめている…

見張りB「全くだな…なぁ、煙草あるか」安物のパイプを口にくわえながら、空っぽの煙草入れを開けて見せた…

見張り「なんだよ、切らしちまったのか?」

見張りB「いや…刻み煙草そのものは買っておいたんだが、来る時に詰めてくるのを忘れちまって……」

見張り「やれやれ、準備の悪い野郎だ…今回だけだぞ?」

見張りB「ああ……なぁ、ついでに火もあるか?」

見張り「なんだぁ?煙草もなけりゃあマッチも忘れて来たのかよ…そら」

見張りB「いや、マッチはポケットに入れておいたはずなんだけどな……悪ぃ」火が上手く点くようにすぱすぱとパイプを吸うと、ふぅっ…と煙を吐き出した…

見張り「ったく、今度からは忘れるんじゃ……ぐっ!」

見張りB「おい、どうした……うっ!?」喉元を締める細いワイヤーをかきむしり、脚をばたつかせていたがすぐ静かになる……

ドロシー「……片付いたぞ」

アンジェ「こっちも」

ドロシー「よし…」

…廊下…

見張りC「ふわぁ…あ」机の上に脚を乗せ、椅子にふんぞり返るようにして一日遅れの新聞をめくっている……と、物陰から音もなく黒いシルエットが近づいた…

見張りC「……むぐっ、ぐう…っ!」

…詰所…

情報部若手エージェント「…そーら、いただきだ」

若手エージェントB「くそっ……やめだやめだ、今夜はツいてねえらしい」カードをテーブルの上に放り出すと、伸びをしながら部屋を出て行こうとする…

年かさのエージェント「どこに行くんだ?」

エージェントB「ああ、ちょっと用を足してくる……」

…数分後…

エージェントC「…なあ、エディの大将ずいぶんと遅くないか? 便所にいっただけだってのに……」

年かさ「確かに遅いな、誰か様子を…」

エージェントD「なーに、心配いらないさ…それより勝負するのか、降りるのか、どっちなんだ?」

エージェントC「それじゃあ……」ふっと冷たい風が廊下から入ってきて、煙草の煙が立ちこめる室内の空気をかき回した…

エージェントC「ようエディ、ずいぶん遅かったじゃな……!?」ドアの方に頭を巡らしながら言いかけたところで表情が凍り付く…

エージェントD「…っ!」

年かさ「あっ…!」とっさに卓上に置いてあったホルスターに手を伸ばす…

ドロシー「…」バン、バンッ!

エージェントE「銃声!?」

エージェントF「くそっ…!」

…隣の仮眠室で寝ていた交代要員数人が慌てて飛び起きた矢先に「コン、コン、コン…ッ」と床に金属が当たって弾む音を立てながらころころと真鍮の丸い物が転がってきて、一人の足元でころりと半回転して止まった……

エージェントE「危ない、伏せ…!」言い終える前に手榴弾が炸裂した…

ドロシー「…これであらかた片付いたみたいだな」

アンジェ「そうね…」

ドロシー「それじゃあ残りを片付けよう…右側を頼む」

エージェントG「…くそ、何としても原版を守れ!」

エージェントH「アトキンス、お前は味方に連絡を!」

エージェントI「はい!」遮蔽物の陰から飛び出し、戸口の方へと駆け出す…

ドロシー「させるかよ…!」バンッ、バン…ッ!

エージェントI「ぐは…っ!」背中に二発の銃弾を浴びよろめきながらドアにたどり着いたものの、そのまましがみつくようにして崩れ落ちたエージェント…

エージェントH「ちっ…!」

ドロシー「…くそ、粘られたらこっちの負けだぞ!」

アンジェ「ええ…!」

エージェントH「いいか、味方が来るまで時間を稼げばいい!」散弾銃の弾を込め直しながら部下に声をかける指揮官格のエージェント…

エージェントG「再装填する、援護を!」

エージェントJ「ああ!」

ドロシー「まずいぞ、このままじゃあ時間切れになる……っと、そうか!」アンジェがマントの内側にぶら下げている中から球形の発煙弾をひとつ取り、時限信管のぜんまいを巻いてから木箱の向こうに投げ込んだ…

エージェントG「…うえ…っ!」

エージェントH「げほっ、ごほ…!」

エージェントJ「がはっ、げほっ!」

ドロシー「今だ!」バン、バンッ!

アンジェ「ええ…!」パン、パンッ…バンッ!

…数分後…

アンジェ「……原版があったわ」

ドロシー「ったく、こいつが厄介の種か…こんなものはとっととぶち壊すに……ん?」ふと輪転機の脇に積んである木箱に目を留めた…

アンジェ「どうしたの?」

ドロシー「ひゅー♪ 見ろよアンジェ、手が切れそうなほどのピン札だぜ? …しかもこんなにだ」まだふたがされていない木箱の中に、帯封付きの札束が大量に詰まっている…木箱に手を突っ込むと、ニヤニヤしながら紙幣の束をアンジェに見せびらかすドロシー……

アンジェ「…こっち側で共和国ポンドの紙幣を持っていても何にもならないし、どのみちそれは偽札よ」

ドロシー「分かってるさ……でもこれだけあると良い気分じゃないか?」カードを切るようにパラパラと札束をめくる…

アンジェ「良かったわね。それより早く爆弾をしかけてちょうだい」

ドロシー「ちぇっ、相変わらず感情の希薄な奴だな……」

アンジェ「黒蜥蜴星人だもの」

ドロシー「そう言うと思ったよ…時間は?」

アンジェ「三分にしましょう」

ドロシー「それじゃあ出て行くのがやっとだな…準備出来たぞ」

アンジェ「ならもうここに用はないわ、行きましょう」

ドロシー「そうだな」最後に輪転機のかたわらに置いてあった機械油の缶を開けて、札束の入っている木箱に注ぎ込むとマッチを擦って放り込み、肩をすくめて立ち去った…

…しばらくして・裏通り…

アンジェ「…ドロシー、ちょっといい?」

ドロシー「ん?」

アンジェ「いいから…動かないで」すすけたレンガの壁にドロシーを押しつける…

ドロシー「おいおい、今夜はずいぶん積極的じゃないか……」

アンジェ「とうとう頭までおめでたくなったのかしら……そこ、怪我をしているわよ」そう言って指差したドロシーの左腕からは、ゆっくりと血が滴っている…

ドロシー「えぇ? …本当だ、どうもさっきからヒリヒリすると思ったんだ」

アンジェ「きっと散弾がかすめたのね……戻ったら手当をしてあげるわ」

ドロシー「えー、どうせ手当をしてくれるなら冷血なお前さんよりもベアトリスかプリンセスの方がいいんだけどなぁ♪」

アンジェ「どうやら胡椒かカラシでも擦り込まれたいようね……」

…深夜・部室…

アンジェ「さ、手当をするわ」

ドロシー「悪いな……っ」そう言って上着を脱ごうと腕を動かした瞬間に傷口が痛み、ぎゅっと唇をかみ締めて渋い表情を浮かべた…

アンジェ「痛む?」

ドロシー「ああ…撃ち合いの時は感じなかったが、落ち着いたら急に痛み出しやがった……」

アンジェ「どんな風に痛いか教えてちょうだい…痺れる感じ?」

ドロシー「いや、血管が脈打つたびにズキズキする感じだ」

アンジェ「なら神経は傷ついていないはずよ……何よりね」

ドロシー「…ちっとも嬉しくないぞ、痛いのは同じなんだからな」

アンジェ「それじゃあ文句を言っていないで、早く上を脱いで…ほら、これを飲むといいわ」琥珀色の液体が入ったカットグラスをコトリとテーブルの上に置いた…

ドロシー「ああ、悪いな……マッカランの18年ものか」香りを嗅ぎ、目をつぶって一口含むと口の中で転がして味わった…

アンジェ「ええ、痛み止めの代わりに」

ドロシー「そいつはどうも…今日は気前が良いな」

アンジェ「治療を始めた途端に貴女にぴーぴー泣かれたら迷惑だもの」

ドロシー「ったく、虫歯を抜かれる子供じゃあるまいし…そんなことで泣くかよ」

アンジェ「じゃあいらないわね」

ドロシー「そうは言ってないだろ…経費でいい酒が飲めるなら文句はないさ」上着を片手で脱いで下着姿になる…

アンジェ「でしょうね……腕を出して」

…テーブルの上に古い布を敷き、その上に腕を置かせたアンジェ…軽く傷口を洗うと薬箱を脇に置き、しげしげと眺めた…

ドロシー「で、どうだ?」

アンジェ「たいしたことないわ……縫合する必要もなさそうよ」

ドロシー「そりゃ良かった、この柔肌に傷が残るようじゃあ困るからな♪」

アンジェ「サメ肌の間違いじゃないかしら…いま軟膏を塗るわね」プリンセスが部室に置いている薬箱から、大変よく効くが同時に目玉の飛び出るような値段がする塗り薬を傷口に擦り込んでいく…

ドロシー「おう……こいつはずいぶんと沁みるな」眉をひそめ、片手でグラスのウィスキーをあおる…

アンジェ「我慢しなさい、情報部員でしょう」

ドロシー「お前は私の母ちゃんか? …終わったら教えてくれ」そう言って片手で「アルビオン・タイムズ」の夕刊をめくりだした…

アンジェ「…何か興味深い記事は?」

ドロシー「んー…そうだな「去る二週間前、陸軍の『グレイ・ストリーム』連隊がドーセットシャーで演習を行った。演習結果は極めて好調であり、見事に仮想敵を打ち破った」そうだ」

アンジェ「その演習の結果なら、陸軍省に入り込んでいる情報源が確認したわね」

ドロシー「ああ、先週のやつだな…それから「本日『劇場版プリンセス・プリンシパル~クラウン・ハンドラー・第二章~』が公開され、おおむね好評であった」だって……もっとも、もう時計の針は零時を回っちまってるから「昨日」のことになるけどな」

アンジェ「そうね……さあ、終わったわよ」

ドロシー「相変わらず手際が良いな…」感心したように言うと腕に巻かれた包帯を眺め、軽く手を開いたり閉じたりしてみるドロシー…

アンジェ「黒蜥蜴星では必須の技能よ」

ドロシー「そうかよ…とにかくありがとな」

アンジェ「どういたしまして……ところでドロシー」

ドロシー「ん?」

アンジェ「少し、いいかしら…///」ドロシーの横に腰かけると、身体を寄せた…

ドロシー「あ、ああ…そりゃ、構わないけどさ……アンジェからだなんて珍しいな」

アンジェ「ええ、まぁ…その…このところプリンセスは公務で忙しくて……///」

ドロシー「それに、撃ち合いの後は妙に血がたぎる……か?」

アンジェ「それもあるわ…///」

ドロシー「……傷の所には触らないでくれよな?」

アンジェ「もちろん///」ちゅ…っ♪

第二章、確かにおおむね良かったですね
いずれ劇場版キャラも出して貰えると嬉しいです

>>572 まずは意見をありがとうございます

個人的には「第二章」はちょっとストーリー展開が忙しい感じで、黒幕を出すのは第三章あたりに引き延ばしても良かった気がしないでもないですが、出来は相変わらず良かったですし見応えがありましたね


それと劇場版のキャラですが、いずれどこかで出してみても良いかなと思いつつ、公式のストーリー展開が(その人物の「退場」等)どうなるか分からないのでちょっと難しいかもしれません……ただ、回想か何かで「委員長」とかも少し出してみたいとは思います

このままアンジェ×ドロシーを続けようかと思ったのですが、何となくキリが良い感じなので次のエピソードに移行させようと思います…アンジェ×ドロシー(ドロシー×アンジェ)はお互いに背中を預けられるよき相棒として描きやすいので、また機会があれば百合百合しい場面を入れていく予定です

…case・アンジェ×プリンセス×ベアトリス「The Thirteens apostle」(十三番目の使徒)…

…とある日…

ドロシー「さて…と、今回の任務を説明しよう」勢揃いしている「白鳩」の面々を見回すと、紅茶を一口すすってから話し始めた…

アンジェ「お願いね」

ドロシー「ああ…詳しい内容は省略させてもらうが、以前アンジェと私が任務中にかち合った教皇庁からの工作員について調べがついたとコントロールから連絡があった」

ちせ「教皇庁?」

ドロシー「ああ、ローマ・カトリックの総本山…いわゆるバチカンだな」

プリンセス「その教皇庁のスパイがどうしてここ、アルビオン王国に?」

ドロシー「理由は簡単さ。アルビオンには世界を制する力の源「ケイバーライト」があり、そしていま王国は揺れている」

アンジェ「ドロシーの言うとおり…すでに幾度も聞かされているとは思うけれど、王国には様々な勢力が乱立している……」

アンジェ「…例えば、綿々と続いてきた王国の歴史を守らんとする保守派と、新しい力である共和国に対抗するためには自分たちも変わらなければならないと考える革新派…それからアルビオン国教会とそれに対抗する親フランスのカトリック教徒、王党派に共和派、王制に不満を募らせている労働者階級や植民地出身者、アイルランドやウェールズ、スコットランドの独立主義者……挙げだしたらキリがないわ」

プリンセス「そうね」

ドロシー「…それだけじゃない。女王の後継者を誰にするかで、それぞれの利益や損得からいくつもの派閥が出来ている……つまり王室でさえも一枚岩とは言えない」

プリンセス「ええ……そのことはわたくしもひしひしと感じているわ」

…日頃から王室に渦巻く謀略や醜い権力争いを見てきているプリンセスだけに、その声には疲れとかすかなあきらめが混じった苦い響きが沁みだしている…

ベアトリス「姫様…」

ドロシー「あー……つまり、今やアルビオンはスプーンでひっかき回した巨大なベイクドビーンズ(煮豆)みたいなもんで、どこもかしこもぐちゃぐちゃ…まさしくスパイが必要とされる舞台が整っているってわけだ」

アンジェ「そしてその「プレイヤー」の一つが教皇庁ということね」

ドロシー「その通り……コントロールからの連絡によると、先日フランスを経由してイタリアから数人のコーチビルダーが王国に入国した」

(※コーチビルダー…馬車架装者。自動車の登場以前は文字通り馬車の制作を行っていたが、自動車の時代になると客がメーカーから購入したシャーシに特製の胴体や内装などの架装を施すようになった。イタリア語の「カロッツェリア」としても知られる)

プリンセス「コーチビルダー、ですか」

ドロシー「ああ…イタリア人ってやつはそういう職人が多いからな。 ところが足取りに不審な点があって、よく調べたらそいつらがバチカンからのお客様だって事が分かった」

アンジェ「嘘か本当かは分からないけれど、ローマ教皇庁のどこかの組織には本来は存在しないはずの「第十三課」があると言われていて、そこに所属している神父や司祭、修道士が諜報活動を行っているとまことしやかに言われているわ」

ドロシー「とは言えあくまでも噂だし、真相を知っているやつはそいつらの一員か死人だけだからな…身内の連中はしゃべるわけはないし、死人はしゃべれない…真相は謎のままさ」

アンジェ「いずれにせよ、その連中がアルビオン入りした」

プリンセス「目的は?」

ドロシー「それが分からないんだ。いくら連中がしつこいからって、まさか私とアンジェに手下をやられた復讐をしに来た…とも思えないしな」

アンジェ「まずはその目的を探り出すこと……今回の任務はそれが当初の目標となるわ」

ドロシー「コントロールからも定期的に連中の動向を連絡してもらう予定だ…とりあえず今は分かっている情報をつなぎ合わせることから始めよう」

プリンセス「ええ、そうしましょう」

ベアトリス「分かりました」

ちせ「うむ」

………

…同じ頃・内務卿の執務室…

ノルマンディ公「…ふむ、バチカンからの訪問客か……遠路はるばるご丁寧なことだ」

ガゼル「はい、すでに四人は入国したことが確認されております」

ノルマンディ公「普段フランスやスペインをけしかけている「人形つかい」がとうとうこらえきれなくなって出てきたか……この機会に連中の情報網を調べ上げるのも良いかもしれんな。ガゼル」

ガゼル「はっ」

ノルマンディ公「すぐに車の支度を…それと防諜部や警察のスペシャル・ブランチ(公安部)のような「素人(アマチュア)」に鼻を突っ込まれないよう、部内の機密保持は徹底させろ」

ガゼル「承知しました」

ノルマンディ公「さて、次はどう来るかな……」コーヒーテーブルの上にあるチェス盤をちらりと横目で眺め、黒い駒を一つ動かした…

…数日後・ロンドン市立図書館…

ドロシー「…ここだな」

アンジェ「ええ…」

ドロシー「コントロールいわく、ここに問題解決のヒントがあるとかなんとか……」

アンジェ「そういう話ね」

…ドロシーとアンジェはノートやペン、教科書の詰まった鞄を抱え、制服姿で図書館にやって来ていた…受付のカウンターにいる気難しそうな司書も女学生の二人連れということで特に声をかけるでもなく、二人を見送った…

ドロシー「ここだな…」

…借りる人の少ない不人気な歴史書が並ぶ一角に席を占めると、目的のものを含めた数冊を引き抜いてきて卓上に並べ、ノートを広げる……分厚い百科事典のような、革表紙に金文字で装丁された歴史書をパラパラとめくると、中に一枚の薄紙が挟まれていた…

アンジェ「…これね」暗号で書かれたメッセージの紙はいかにも歴史書に挟んで忘れてしまったようなメモ書きを装ってあり「エリザベス一世」や「サー・マーティン・フロビッシャー」などと書き込んである…

ドロシー「よし…それじゃあしばらく「お勉強」をしてから帰ろうじゃないか。あんまり早く席を立つと怪しいからな」

アンジェ「ええ、ついでに貴女はこの前やった不品行の罰に課せられたラテン語の書き取りをしておけば良いわ」

ドロシー「あれか…あんなものはとうの昔に済ませたさ」

アンジェ「…なかなか手際がいいわね」

ドロシー「当然…♪」

………

…その日の午後・部室…

ドロシー「…それで、内容はどうだ?」

アンジェ「ええ、いま読むわ…「ライムハウス通り十二番地の三階…西の角部屋にある暖炉の敷石の手前から三列目、右から四番目を外し、中にある書類を回収せよ」だそうよ」

ドロシー「ライムハウス通り…あぁ、この辺りか」さっと市街地図に目を走らせ、納得したようにうなずいた…

アンジェ「それじゃあ行きましょうか」

ドロシー「そうだな…書類は私が回収するから、見張りは任せる」

アンジェ「ちせは連れて行く?」

ドロシー「いや…三人、四人とぞろぞろ連れだって行くような話じゃない。 それにお前さんがいれば大丈夫さ」

アンジェ「それはどうも」

…数時間後・下宿の空き部屋…

ドロシー「ここか…」

アンジェ「そのようね」

ドロシー「よし、廊下の見張りは頼む」


…いかにも安部屋住まいのタイピストといった冴えない格好で、時代遅れなスタイルのボンネットに何色とも言えないような野暮なスカート、よれた上着を羽織っている……しかしスカートで隠れている足元はがっちりした茶革の編み上げブーツで固められ、いざというときのためにスティレット(刺突用の針状ナイフ)も隠し持っている…


ドロシー「緩んだ暖炉の敷石……これか」下宿人が入らなくなって半年は経っている空き部屋の、灰まですっかり取り片付けられている暖炉…ドロシーが四つん這いになって、表面が黒く煤けている敷石のレンガを動かしてみると「ず、ずっ…」と擦れるような抵抗をしながら敷石が出てきた…

ドロシー「よし…あった……」レンガの下にはほんのわずかな隙間があり、そこに古新聞に挟まれた一枚の紙が隠してある…

アンジェ「…見つけた?」

ドロシー「もちろん……アンジェ、お前が先行して出ろ。安全が確認できたら合図をくれ」

アンジェ「分かった」

………



…数時間後・部室…

アンジェ「解読が終わったわ」

ドロシー「相変わらず早いな。どれどれ……」

…まだ湯気を立てているミルクを入れたアッサム紅茶のカップを置くと、解読された暗号文にさっと目を通す…その短い内容を確認してからちらりと視線を上げ、アンジェの顔を見て眉をひそめてみせると、内容を読み上げた…

ドロシー「…サー・エドワード・ウィンドモア著「緑なる石の輝き」およびウィンドモア家の歴代当主を調査のこと……アンドロメダ」

アンジェ「内容はこれだけだったわ」

ドロシー「そうか……なぁアンジェ、このメッセージを発信している「アンドロメダ」って…」

アンジェ「ええ…このメッセージが残された時期を考えると、おそらくは「委員長」のものよ。きっと「ダブル・クロス」(二重スパイ)に転向させられる直前、最後に遺した「プロダクト」(資産)でしょうね」

ドロシー「…ったく、委員長のやつ…最期までくそ真面目でやがる……」読み終えた用紙を暖炉にくべて焼き捨てると、小さくつぶやくように言った…

アンジェ「そうね……でもこれだけではこの本が何の役に立つのか見当もつかない」

ドロシー「つまりそれを調べろって事だろう…とりあえずはロンドン図書館だな」

…数日後…

アンジェ「……どうやら今度の調べ物は一筋縄ではいかないようね」

ドロシー「そうだな」

…図書館巡りに明け暮れたアンジェたちを始め、立場を利用して…しかし慎重に…王室秘蔵の書物まで調べたプリンセス……と「白鳩」それぞれが数日間努力して得た結論を前にして困惑気味の二人…

アンジェ「とはいえ今回もケイバーライトと関係があったわね……図書館で調べ物をしたおかげで、色々な事を知ることが出来たわ」

ドロシー「そうだな…なんでもケイバーライトが発見された直後は飲み物にケイバーライトの粉末を入れて、緑色に光るさまを楽しみながら飲むのが貴族や富裕層の間で流行したそうだ……古代ローマ人が鉛を赤ワインの味付けに使った話みたいだな」

アンジェ「そうね」

ドロシー「…で、この「ウィンドモア家」ってのはケイバーライト…発見当初はケイバーストーンとも言われていたそうだが…を発見したうちの一人で、その力に魅せられて研究に一生を捧げた貴族だ。以後代々の当主は領地の城に閉じこもってケイバーライト研究と資料の収集に没頭しているが、その狂気じみた入れ上げぶりは有名だ」

アンジェ「私もその話は聞いたことがある…領地に客も招かず、ロンドンにもほとんど出てこないというわね」

ドロシー「ああ…実際問題、ケイバーライトってやつは「パンに塗ってむしゃむしゃ食べる」以外なら何にだって使える便利なシロモノだからな。取り憑かれちまったら、そりゃあ夢中にもなるだろうさ」

アンジェ「そうね」

ドロシー「とにかくウィンドモア家にはおおよそケイバーライトに関して「ないものはない」っていうくらいに資料が収集されている…中には王立博物館さえ所蔵していないものがあるくらいだ」

アンジェ「そしてあのメッセージにあった本は、初代当主が当時行った研究と実験について記したものだと言われている……しかし余りにも異常な内容だったことから禁書扱いとされ、内容のほとんどが削除された不正確な写本だけが王立図書館と博物館に所蔵されている……」

ドロシー「…分かったのはここまでか」

アンジェ「ええ…あとは原本を読むしかないようね」

ドロシー「そいつが難関だな…まさか泥棒じゃああるまいし、城に忍び込んで盗み読みするわけにも行かない……」

アンジェ「そうね……でも一つだけ手がある」

ドロシー「…アンジェ、お前さん「金の卵」を使うつもりなのか?」

アンジェ「ええ……プリンセスなら王国にあるほぼ全ての扉が開けられる」

ドロシー「そりゃあそうだが……」

アンジェ「貴女の心配はもっともよ。だからプリンセスではなくて私が行けばいい……そもそもプリンセスは腰が重いタイプじゃないから、公務以外にも慈善活動やねぎらいのために「お忍び」であちこち訪問している。今回もそういう形で訪問すれば怪しまれることはない……何より私は「本物」をよく知っているのだから、ボロが出る可能性はまずない」

ドロシー「まぁな…」

アンジェ「後はつじつま合わせとして、プリンセスが公務で国民の前に顔を出す予定のない日を選べばいいだけ…それは私が聞いておく」

ドロシー「……分かった」

アンジェ「ドロシー、まだ何か…?」

ドロシー「教皇庁の連中さ…わざわざここまでやって来ているんだ、何かしらの目論みがあって来ているはずだ……」

アンジェ「その本のことを始め、ある程度の事は知っていると?」

ドロシー「そう考えてもおかしくはないだろうな……連中が敵だとすると面倒だぞ」

アンジェ「そうね。 でも必要ならやるだけよ」

ドロシー「お前さんならそういうと思ったよ…気を付けてな」

アンジェ「ええ」

ドロシー「さて…それじゃあウィンドモア家についてだが、当主のサー・ジョン・ウィンドモアは身体が弱っていて、実質的には娘のレディ・クロエ・ウィンドモアが取り仕切っているようだ」

アンジェ「ええ」

ドロシー「それとウィンドモア家は「ケイバーライトと女性が支配する世の中こそアルビオンを発展させる」って考えの持ち主だそうだ…女王の後継者争いで誰を支持するかはまだはっきりさせていないようだが、こいつは「プリンセス」にとって少し有利な点かもしれない」

アンジェ「そうね……それにかつてのエリザベス女王や今の陛下の治世を考えるとあながち間違いでもない気がするわ」

ドロシー「確かにな…ウィンドモア家の城だが「ケイバーモア・オン・ミリントン」っていう片田舎にある。数マイル離れた場所には小さな村があるが、城とはほとんど交流がない…せいぜい収穫物を城から来る使用人たちに売る程度だそうだ」

アンジェ「つまり、当主一家はほとんど閉じこもっているのと同じということね」

ドロシー「何しろすっかりケイバーライトにイカれているそうだからな……城には飛行船の係留塔もあるが、目立つのは御法度だ…車で行ってくれ」

アンジェ「当然ね」

ドロシー「それと、プリンセスのふりをして行くわけだからな…スティレットや毒針みたいな暗器くらいなら隠し持って行ってもいいだろうが、ハジキ(銃)はだめだな」

アンジェ「ええ…その代わりベアトリスにはいつも通り護身用の.320口径ピストルを持たせるつもりよ」

ドロシー「そうだな、そいつは「いつも通り」って所だろう」

…数日後…

ドロシー「……アンジェ、ベアトリス、聞いてくれ。 ついにコントロールからの「ゴー」が出た…決行は明後日だ」

アンジェ「プリンセスの公務がない日と擦り合わせるのはなかなか大変だったわね」

プリンセス「そうね、私も何かと顔を出す機会が多いし……」

ドロシー「おかげで色んな情報が入ってくるからな…感謝してるよ、プリンセス」

ベアトリス「もう、ドロシーさんってば姫様に対してそんなぞんざいな……!」

ドロシー「っと、こいつは失礼…」

ちせ「して、私たちはその間なにをすればよいかの?」

ドロシー「そうだな……ノルマンディ公配下の情報部や、教皇庁から送り込まれた連中の動向も気になるところだが、ケイバーモアの村は片田舎だ…よそ者は目立つから、できれば近寄りたくはないが……」

アンジェ「そうね…それに私とベアトリスがウィンドモア家の城に行っている間、少なくとも一人はここでプリンセスを守っていて欲しい」

ドロシー「となると私とちせが留守番ってことになるが…」

プリンセス「でも、アンジェとベアトが二人きりで乗り込むのは危険ではないかしら?」

ドロシー「そこは何とも言いがたいね…私だって決行をためらうほど危険だと予想できるなら考え直すし、たとえウィンドモア家の連中がまともじゃないとしても王族である「プリンセス」をどうこうしようとは思わないはずだ……そりゃあ私が後方支援でついて行ってもいいが、ちせにプリンセスをお任せしちまうのは筋違いってもんだ」

ちせ「私なら構わんが…?」

ドロシー「ああ…ちせはそう言ってくれるが、こういうのは「都合」ってものもあるからな…例えば、もしプリンセスに何かあったときに「部外者」のちせに任せきりだったとなればコントロールも納得しないだろうし、共和国の工作に関与していたとなれば堀河公の立場を悪くする事にもなっちまう……ひいてはこっちとそちらさんの信頼関係にとって具合が悪い」

ちせ「確かにそうじゃが…」

ドロシー「分かっているとは思うが、別にちせの能力を疑っているわけじゃないんだ……気持ちはありがたくいただくよ」

ちせ「うむ、気を遣ってもらって済まぬな…」あからさまな不満の表情などは見せないが、少し残念そうに紅茶をすすっているちせ…

ドロシー「とは言うものの…さて、どうするか」

プリンセス「…ドロシーさん、よろしいかしら?」

ドロシー「なんだい、プリンセス?」

プリンセス「わたくしのことは大丈夫ですから、ドロシーさんはどうかアンジェとベアトの後方支援についてあげてもらえませんか?」

ドロシー「そりゃあ私だって私が二人いればそうしたいさ…ただ、残念なことに私は「ジンジャークッキー(人型のしょうがクッキー)」じゃないんでね……生地を型抜きして複製を作るってわけにはいかないんだ」

プリンセス「ええ、わたくしもそのことを承知の上で申し上げております」

ドロシー「……何か考えが?」

プリンセス「はい…以前からアンジェやベアトが王宮の女官やメイド、お付きの者たちから信用できそうな方々を調べてくれていますから、その日はその方々に身の回りのお世話をお任せしようかと」

ドロシー「そりゃあ王宮では私たちが一緒にいられないから、やむを得ずプリンセスに近い立場の人間を探しているだけだ…それに王宮でならそれでもいいが、ここではどうする?」

プリンセス「でしたら一日中お部屋に閉じこもっておりますわ♪」

ドロシー「そうは言ってもな……」

アンジェ「ドロシー、プリンセスが一度こうなったらてこでも動かないわ…それにちせだって「白鳩」の一人としてすでに本来の立場を越えて協力してくれている……もちろんちせに「おんぶにだっこ」という形になってしまって申し訳ないけれど、今回もお願いするのは駄目かしら」

ドロシー「うーん……よし、分かった。 アンジェがそう言うならそうしよう…ちせ、済まないがプリンセスを頼む」

ちせ「うむ♪」

…二日後…

ドロシー「……今のところまだ動きはなし、か」


…ドロシーは一見すると鹿撃ちでもしに来たように見える茶系のハンチング帽にツイードの上着、膝丈の革ブーツに裾をたくし込んだズボンといった姿で、冷めていくエンジンのチリチリ言う音を聞きながら、真鍮製の望遠鏡で一時間ばかり周囲を観察していた……ドロシーが陣取った監視地点は畑地との境界線上にある小さいがこんもりと茂った森の端で、かたわらには.303口径の狩猟用ライフルが一挺あり、望遠鏡でのぞく視線の先には畑や牧草地が入り交じった農地が広がっている…


ドロシー「村にもよそ者の姿はないな………ん?」


…視線を巡らせていくうちに望遠鏡の丸い視界の中へと入って来たのは城の裏手に通じる細い道だったが、そこではちょうど城からは見えない林の陰に三台ばかりの自動車を停め、そこから黒い僧服をまとった男が何人も降りているのが見えた……三台のうちの一台は城門を開けさせるための芝居にでも使うつもりらしく、いかにも南欧貴族の若い遊び人といった格好をした二人が乗り込んでいる…


ドロシー「あいつら、間違いないな…」望遠鏡をパチリと畳むとライフルを助手席に放り込んで車に飛び乗り、エンジンをかけた…

…同じ頃・ウィンドモア家の城…

アンジェ(プリンセスの姿)「…突然の訪問を許して下さいね、レディ・ウィンドモア」

レディ・クロエ「いいえ、プリンセスの行啓(御幸)とあらばこの城の門はいつでも開いております…父も近ごろはめっきりと身体が弱ってしまい、なかなかプリンセスのご尊顔を拝見する機会がないと気に病んでおりましたから……こうしてお忍びでおいで下さり、大変に喜ぶかと存じます」


…ウィンドモア城の古い城館はあちこちに手が加えてあり、厩だった場所には自動車が三台と、城の塔を改造した飛行船の係留塔にはウィンドモア家の家紋をあしらった小型の飛行船が係留されている…建物のあちこちでは真鍮の歯車や誘導棒が蒸気を発しながら回ったり動いたりしていて、装飾や絨毯にはケイバーライトの緑色がアクセントとしてあしらわれている……プリンセスの格好をしてにこやかに微笑むアンジェを出迎えたレディ・クロエはまだ少女と言ってもいい細身の娘で、後ろには数人のメイドが控えている…


アンジェ「そうですか、それを聞いてわたくしも嬉しく思いますわ…では、よろしければサー・ジョンにもご挨拶などさせていただきますわ♪」

クロエ「もちろんでございます、どうぞこちらへ……」廊下の左右に並んでいる古い学術書や様々な実験器具に興味を示すアンジェにそれぞれの内容や機能を紹介しながら、当主の部屋へと案内するクロエ…

アンジェ「どれもこれもみな素晴らしい価値がありますわね…わたくし、これまでケイバーライトについて学んできたことよりも多くの事をこの十分あまりで学んだ気がします」

クロエ「恐縮でございます、プリンセス。せっかくお出で下さったのですから後で図書室にもご案内いたします…我が一族に伝わる秘蔵の書物などお見せいたしますわ」

アンジェ「まぁ、わたくしにそのような…お気遣いに感謝いたしますわ、レディ・ウィンドモア」

…数十分後…

クロエ「プリンセス……お茶など用意いたしましたので、よろしければどうぞお召し上がりになって下さいませ」

アンジェ「ありがとうございます、レディ・ウィンドモア…ありがたくいただきますわ♪」

クロエ「では、どうぞこちらへ…」

…アンジェとベアトリスが案内された応接間には歴代当主の肖像画がかけられ、家紋をあしらった盾と交差した剣の他にも、ガラスと真鍮のケースに収められたケイバーライト原石が飾ってある…

クロエ「どうぞお召し上がり下さい…」

…後ろに控えていたお付きのメイドたちが側につき、アンジェとベアトリス、そしてレディ・クロエのカップにいい香りのする紅茶を注ぐ……と、レディ・クロエがエメラルドグリーンの縁取りが施されている砂糖つぼを開けた…

クロエ「よろしければ、プリンセスも紅茶にお入れになりませんか?」

アンジェ「何をでしょうか、レディ・ウィンドモア……お砂糖ですか?」

クロエ「いえ…これでございます♪」

…レディ・クロエが銀のスプーンですくい上げたのはほのかに光る緑色がかった粉…明らかにケイバーライト鉱の粉末で、それを当たり前のようにさらさらと紅茶に入れた…

ベアトリス「…っ!」

アンジェ「そうですね、ではわたくしも少し……♪」

…驚愕の表情を必死にこらえたベアトリスと違って、鍛え上げられた冷徹な神経を持つアンジェはためらうそぶりも見せず小さじに半分ほどのケイバーライト粉を紅茶に入れ、ティースプーンでかき回した…と、カップの中に夜光虫でもいるかのようにほのかに緑色の光が生じ、またすぐに収まった…

クロエ「ふふ……博学なプリンセスの御前でひけらかすような事を申しまして恐縮ではありますが、わたくしどもウィンドモア家が長年行ってきた研究によりますと、ケイバーライトは摂取することで人間をより活性化させ、その能力を余すことなく発現させることが出来るのでございます……おかげでわたくしも頭脳が冴え渡っておりますわ」

アンジェ「まぁ、それは素晴らしい限りですわね♪」

クロエ「はい…そしてわたくしはこの恩恵を独り占めすることなく、わたくしのメイドたちにも分け与えているのです……♪」

…そう言って紅茶をすすっているレディ・クロエの瞳はケイバーライト鉱毒で緑色に染まり、窓から射し込む日差しを反射して妖しく光っている…そして左右に控えているメイドたちも全員がエメラルドのような緑色の瞳をしていた…

アンジェ「なるほど…」

クロエ「…確かにケイバーライトを摂取すると時には手や脚が利かなくなることもありますけれど、わたくしたち人間を人間たらしめているのは手や脚ではなく頭脳なのですわ…腕や脚は無くても生きていくことは出来ますが、脳が無かったら生きていくことは出来ないのは道理でございます」

アンジェ「…おっしゃるとおりですわね」

…同じ頃・城門…

青年貴族風の男「やぁ、君…済まないけれどね「ダルモア・クィグリー」って村をご存じないかい?」

門番「申し訳ありませんが、そのような地名は聞いたこともありませんので……」

…名前こそ「門番」と言っても外敵に備えるような時代ではないので、門の小屋で座っているのは人付き合いの嫌いなウィンドモア家が余計な詮索を防いだり来客を告げるために雇っているだけの村人だった……門番はいかにもアルビオンの田舎者らしく、鼻にしわを寄せて外国人に対する不愉快さを表現し、のっそりと立ち上がった…

男「えぇ? それじゃあ間違った道を来てしまったのかな……ちょっと地図を見てくれないか?」

…運転席の若い男がそう言うと、助手席の男が降りてきて地図を差し出した……いかにも遊び人といった格好の男が門番に近寄って門番に地図を差し出すと、一緒に地図をのぞき込むふりをしながら肩に腕を回すような格好を取った…

門番「えぇ、どれどれ……ぐっ!?」

助手席の男「ふ…っ!」腕を回し、門番の首を折るともう一度椅子に座らせた…

男「よし、門はこのまま開けておけ「求めよ、さらば与えられん」とな」

助手「はい」

…森の外れ…

ドロシー「……くそっ、あいつら日も落ちないうちに仕掛ける気か…」

…先行して城門を開けた二人から合図があったらしく、それぞれ修道士や司祭の法衣をまとっている残りの工作員たちは二台のフェートンタイプ乗用車に五人ずつ分乗し、城の視線から遮蔽された森の小道からアクセルを吹かして一気に城の玄関へと車を乗り付けようとしている…

ドロシー「そうはいくかっての…!」

修道士「なんだ!?」

…ドロシーは森の出口で合流しているもう一本の小道を使って、相手の進路を塞ぐ形で車を割り込ませた…が、相手の一台目はそれをかわしてすり抜け、そのまま小道を走り抜けて城内へと入っていった…

ドロシー「ちっ…!」

神父「構うな、やれ!」

ドロシー「…っ!」抜き撃ちで運転席と助手席の二人を一気に片付けると車から脇に飛び降りて車のボンネットを盾にしつつ、三人目に二発撃った…

修道士B「うぐっ!」

神父B「くっ…私は左からだ、お前は右から!」

修道士C「はい!」

…乗用車の周囲で左に動いたり右に動いたりしながら、互いに相手を撃つ機会を狙う…と、ドロシーは地面に伏せて、スポークタイヤの隙間から見える相手の脚を撃った…

神父B「ぐあぁっ!」

修道士C「……もらった!」途端にもう一人が飛び出し、銃を構える…

ドロシー「…」パンッ!

修道士C「…!」

ドロシー「ふぅ……」まだ銃口から煙が出ている二挺目のピストルを一旦ホルスターに戻し、撃ちきった銃のシリンダーを開いて弾を込め直す…それから一発使った二挺目の方にも弾を込め、車を回り込んだ…

ドロシー「さてと、単刀直入に行こうじゃないか……お前さんの親分がバチカンだって事くらいは知ってるから、そんなことは言わなくてもいい…ウィンドモア家の何を手に入れるために送り込まれてきた。ケイバーライトの研究資料か?」

神父B「ぐ、うぅっ……」すねの辺りを撃ち抜かれ、両手で脚を押さえてのたうち回っている…

ドロシー「…早く返事をするんだな」

神父B「おのれ……この悪魔め」

ドロシー「そいつはお互い様だろう…さ、早くしゃべれ」

神父B「この…!」

ドロシー「…いいか、お前がジョン(ヨハネ)だかピーター(ペテロ)だか知らないが、返事をしないって言うなら大好きな天国に送り込んでやる……もっとも、そのハジキの扱いや場慣れした様子を見ると、天国の門をくぐるにはちっとばかり行いが悪かったようだが」

神父B「黙れ…!」

ドロシー「口が利けるなら幸いだ、早く言え」銃口を傷口に押し当ててぐいぐいとえぐる…

神父B「ぐあぁっ…! わ、我々の目的は……」

ドロシー「…」始末を付ける前に聞き出した内容を聞いて、一瞬だけ表情をくもらせたドロシー……が、すぐ冷静さを取り戻して車に飛び乗り、城の方へと向かった…

…同じ頃・城内の玄関ホール…

執事「失礼ですが、今日はお客様がいらっしゃいますのでお引き取りを……」慇懃な態度で追い返そうとした瞬間、胸元に細身のダガーが突き刺さった……呆然とした表情を浮かべて崩れ落ちた老執事…

司祭「よし、目的は分かっているな…それからこの城館にいるのはいずれも背教者だ、出会った相手は一人も逃がすな」十字架のデザインになっているダガーを引き抜いて胸元で十字を切ると、残りの工作員も合わせて十字を切り、それからさっと駆けだしていく…

…応接間…

クロエ「……さきほどの銃声はなんだったのでしょう?」

アンジェ「城のすぐそばから聞こえてきたようにございますけれど…」

メイド「レディ・ウィンドモア、失礼いたします」

クロエ「……何があったのです?」

メイド「はい。実は何者かが城館の入口に車を乗り付け、侵入してきた模様にございます…執事のアダムス老人が刺されて倒れておりました」

クロエ「なるほど……アン、クララ。貴女たちはプリンセスを安全な場所までお連れしなさい、残りのものは急ぎ銃器室から武器を取ってくるのです」

長身のメイド「承知いたしました」

クロエ「武器を整えたら、その後はなんとしても図書室を守りなさい……相手がどこの何者であれ、あの貴重な資料を渡すわけには参りません」

巻き毛のメイド「承知いたしました」

…クロエはメイドたちへ矢継ぎ早に指示を飛ばしつつ、暖炉の脇に交差して掛けてあった二挺の.320口径リボルバーを取ると、亜鉛の内張りがしてある湿気防止の小箱を開けて弾薬を取り出し、一挺ずつ弾を込め始めた…

アンジェ「…レディ・ウィンドモア、どうなさるおつもりなのです?」

クロエ「ご心配には及びません、プリンセス…わたくしは図書室に向かい、研究記録を賊に盗られぬようにするつもりでございます」

アンジェ「しかし、それは余りにも危険ですわ…」

クロエ「存じております…ですが図書室にあるのは王国を発展させるための力にして、我がウィンドモアの一族が生涯を捧げてきた研究の全てを記した貴重な記録なのです……そうやすやすと渡すわけには参りません…どうかプリンセスは城の安全な場所へ」

アンジェ「分かりました、レディ・ウィンドモア…参りましょう、ベアト」

ベアトリス「は、はい…!」

…城内・廊下…

長身のメイド「どうぞこちらへ…この先に階段がございますので、そこを上がって行けば飛行船を係留してある塔へ向かうことが出来ます」

…右手に.320口径の四発入り護身用リボルバーを持って先導するメイド…歩くたびにかすかな金属音が聞こえるところから、身体のどこかが義肢になっているらしい…

アンジェ「ええ、分かりました……ベアト、わたくしの側から離れないようにね?」こんな時のプリンセスだったらそうすると、いたわるような笑みを浮かべてベアトリスを気づかった…

ベアトリス「はい、姫様」

長身のメイド「次はここを右へ…」

…長身のメイドと、やはり背が高く金茶色の髪をしているメイドの二人が先に立ち、足早に飛行船のある塔へと向かっていたが、とある廊下の角を曲がったところで二人の神父と鉢合わせした…

神父「…っ!」いきなりものも言わずに銃を向ける神父…

長身のメイド「……どうかあちらへ、反対側の階段からも行けます!」くるぶしまで裾のあるメイド服でアンジェの前に立って「人間の盾」となり、同時に持っていたリボルバーを撃った…

神父B「くっ…!」バン、バンッ!

メイドB「どうぞ急いで! ここはわたくし共が食い止めます!」

アンジェ「ベアト、早く!」

ベアトリス「はい!」

………

…同じ頃・とある部屋…

神父C「よし…行くぞ」

神父D「ああ…」一人がドアを押し開けてもう一人が中へと飛び込む…

栗色髪のメイド「……ひっ!」

…重いカーテンが引かれ薄暗くされている室内に小柄なメイドが一人、うずくまって震えている…

神父C「…」

…メイドの側につかつかと歩み寄ると、相手がまだ年端もいかない少女であるにもかかわらず躊躇することなく頭に銃口を押しつけた……そのままリボルバーの引金をゆっくり引き絞る…

巻き毛のメイド「…ふっ!」

…バチカンのエージェントが引金を引こうとした瞬間、物陰から飛び出してきたもう一人のメイドが良く研がれている戦斧(バトルアックス)を片手で振り下ろし、ピストルを握っていた工作員の手が吹っ飛んだ…

神父C「ああ゛ぁぁ…っ!」切り落とされた右手首を左手で押さえて絶叫した…

神父D「くっ…!」さっとピストルを向け、巻き毛のメイドに照準を付ける…

栗色髪のメイド「…っ!」

神父D「がは…っ!」

…工作員が身体をねじって巻き毛のメイドを狙った瞬間、小柄なメイドが飛び込んで胴体を一撃した…手には短剣が握られていて、真鍮で出来た義肢の手首の部分までが深々と脇腹に突き刺さっている…

巻き毛のメイド「…無事ね?」

栗色髪のメイド「はい」

神父C「…あぁぁ…うぅ」

巻き毛のメイド「……クロエ様に手を出そうなどと…償っていただきます」エメラルド色の瞳がぎらりと光ると、重い戦斧が振り下ろされた…

…廊下…

ベアトリス「…一体どうするんですか、アンジェさん」

アンジェ「こうなった以上は仕方がないわ。この場はやり過ごして時間を稼ぐ…レディ・ウィンドモアとメイドたちが教皇庁のエージェントを相手に時間を稼ぐ事さえ出来れば、連中は目的をあきらめて撤退せざるを得ない」

ベアトリス「でも時間を稼ぐと言っても、あの人たちはメイドですし…」

アンジェ「とは言っても「普通の」メイドではないわ……貴女も見たでしょう、あの精巧かつ頑丈に出来ている義肢を」

ベアトリス「はい」

アンジェ「あれなら小口径の銃弾程度なら受けても多少は大丈夫でしょう、それにクロエの側についていたメイドたちはいくらか格闘や射撃の心得があるようだった…」

ベアトリス「…言われてみれば、確かに落ち着いていましたね」

アンジェ「今までもケイバーライトの資料を巡って散々狙われてきたウィンドモアの一族だから、当然と言えば当然ね……それに恐らくクロエ自身も、興味本位でメイドたちに色々教え込んでいたに違いないわ」

ベアトリス「なるほど…とにかく今はお城の最上階まで避難しましょう」

アンジェ「ええ、貴女の言うとおりよ……けれど、そう簡単には行かないようね」

修道士「…っ!」

…お忍びという体裁を取っている手前、豪奢なドレスや肩からたすき掛けにするサッシュ(勲章リボン)、ティアラこそ付けてはいないが、たびたび新聞の紙面を飾ってきたアルビオンの「プリンセス」をバチカンのエージェントが知らないわけがない…ためらうことなくアンジェとベアトリスに銃口を向けた…

アンジェ「ベアト!」

ベアトリス「!」

…小柄なベアトリスはさっと屈むと同時に.320口径リボルバーを撃ち込んだ…

修道士「ぐうっ…!」ベアトリスの放った銃弾は急所こそ外したが、一瞬ぐらりとよろめいた…

アンジェ「…ふっ!」

…ドレスの内側に隠していたスティレットを引き抜くと、一気に間合いを詰めて相手の喉に突き立てる…ぜえぜえ言う呼吸の音が数回したかと思うと、口の端から細く鮮血の糸が垂れ、どさりと床に崩れ落ちた…

ベアトリス「はぁ、はぁ…」

アンジェ「大丈夫?」

ベアトリス「……なんとか」

アンジェ「分かったわ…それじゃあ急ぎましょう、ベアト」そう言うと足元にまとわりついて邪魔なドレスの裾を切り裂き、ヒールを脱いで駆けだした…

ベアトリス「はい、姫様」

…数分後・図書室前…

アンジェ「ああ、レディ・ウィンドモア…」

クロエ「プリンセス、どうしてこちらに? わたくしはすでにアンとクララが飛行船まで案内したものとばかり……」

アンジェ「ええ。お二人はもちろんそうしてくれるつもりでしたが、途中で行く手を阻まれまして……それで、次善の策としてレディ・ウィンドモアのいらっしゃるここが一番良かろうと思って参りました」

クロエ「そうでしたか……分かりました、どうか室内へとお入り下さい。プリンセスのお命はわたくしどもがお守りいたします」

アンジェ「かたじけなく思いますわ、レディ・ウィンドモア」

クロエ「もったいないお言葉でございます……エリー、ハンナ。お二人をお守りしなさい」

義手のメイド「かしこまりました」

義足のメイド「はい、レディ・ウィンドモア……プリンセス、ベアトリス様…どうぞこちらへ」

…しばらくして…

クロエ「……どうやら侵入者は一掃出来たようでございます…プリンセス」

アンジェ「あぁ、良かったですわ…レディ・ウィンドモア、お怪我は?」

クロエ「いいえ、わたくしも使用人たちもほとんど無事にございます……執事のアダムス老には気の毒ではありますが、命を落としたのが彼一人で済んで幸運だったと言わざるを得ませんわ」

アンジェ「……とはいえ、罪もない人の命が失われてしまったのですね」

クロエ「残念ながら…しかしプリンセス、このような日になってしまったとは言え、この図書室をプリンセスのお目にかけることができて光栄に思います」


…レディ・ウィンドモアが腕を広げて指し示した室内は城の三階分をぶち抜きにした高い部屋になっていて、中央には天体望遠鏡と蒸留器をあわせたような複雑な機材が鎮座しており、機材についている丸いのぞき窓からはケイバーライトの光がぼんやりと漏れている……周囲の壁は四面全てが本棚になっており、一部の本棚には本ではなく小さな機材や肖像画が収められている……そして、プリンセスらしく興味深そうに辺りを眺めているアンジェは動きやすくするためとはいえドレスの裾を破いてしまったので、クロエがエメラルドをあしらったグリーンのドレスを用立てていた…


アンジェ「……ここがあの有名なウィンドモア家の図書室なのですね…素晴らしいですわ」

クロエ「光栄に存じます、ユア・マジェスティ(陛下)」

アンジェ「…レディ・ウィンドモア、わたくしはたかだか王位継承者第四位のプリンセスにすぎませんよ。 その称号を継ぐのはわたくしではなくお兄様ですわ♪」

クロエ「そうかもしれませんが、わたくしの胸の内ではプリンセスこそが王位を継ぐべきお方……そう思っております」そういって緑色の瞳でプリンセスを見る目には、どこか妖しい光がたたえられている…

アンジェ「未熟なわたくしをそこまで信じて下さって恐縮です、レディ・ウィンドモア」

クロエ「もったいないお言葉にございます……ところで、ケイバーライトについてはどの程度ご存じでいらっしゃいますか?」

アンジェ「そうですわね、わたくしが王室技術顧問のサー・ピーターから学んだのは……」

クロエ「あぁ、サー・ピーター・ヒンクリーですか。 彼がケイバーライトについて知っていることなど、せいぜいそのスペルぐらいなものですわ…まして「王室技術顧問」などと言ってプリンセスに何かをお教えするなど愚かしいにもほどがありますわ……分かりました。はばかりながら、わたくしがプリンセスにケイバーライトについて基礎からしっかり説明いたしましょう」

アンジェ「まぁ、レディ・ウィンドモアじきじきに教えていただけるなんて…またとない機会ですわね♪」

…アンジェは事前にケイバーライト研究の第一人者を自任しているウィンドモア家が「肩書きばかり」の王室付技術顧問たちとそりが合わないことをすっかり調べておき、あえてその名前を口にした……すると案の定、レディ・ウィンドモアはふんと鼻を鳴らし、一冊の分厚い本を鍵のかかった本棚から取り出してきた…

クロエ「……これこそ、我がウィンドモア家に代々伝わるケイバーライトの研究資料『緑なる石の輝き』です」

…ずっしりと重そうな金文字の装丁が施された本は、紙の縁にケイバーライト粉をまぶしてあるおかげできらきらと緑色に光って見える…

アンジェ「これが…噂には聞いておりましたが、見るのは初めてですわ」

クロエ「いかにも。王室の図書室にもない貴重な一冊でございます……これは我がウィンドモア家初代当主、サー・ジョンが行った研究の記録にして、大変に有益かつ貴重な文献なのでございます……では、まずはケイバーライトの発見とその利用の歴史から……」

アンジェ「ええ、お願いいたしますわ♪」

…クロエが書見台を引き寄せ、プリンセスの横に腰かけた……プリンセスのお付きとはいえ下級貴族の娘であり、お客様でもあるベアトリスはプリンセスの左に腰かけてはいるが、クロエは気にするそぶりも見せずプリンセスに講義を始めた…

クロエ「……これによってケイバーライトを初めて分離・抽出することが出来、そこから一気にケイバーライトの利用が広がったのでございます」

アンジェ「なるほど……それで分離をする場合は温度と圧力以外の要素は必要なのでしょうか?」


…どの分野であれ、いずれもその道の玄人である相手をがっかりさせないように予習をしておき、ありきたりな通り一遍の質問ではない疑問を用意しておくのが王室の人間としての態度であり、ましてやケイバーライトともあればプリンセスとしての偽装を抜きにしてもをしっかりと知識をおさえているアンジェ……それだけに質問も適切なものが多く、クロエの説明にも熱がこもる…


クロエ「そのことについてサー・ジョンはこう書き残しております……」

アンジェ「なるほど…」説明を聞いて、紙に教わったことをつづりながら記憶力をフル回転させ、貴重な文献の内容を暗記していく…


…夕刻…

クロエ「……よろしければお茶のお代わりなど?」

アンジェ「ああ、いえ……どうかお気になさらず、レディ・ウィンドモア」

…むげに断るのも失礼と勧められた紅茶を二杯ばかり飲んだアンジェだったが、十分ほど前から酔った時のように頭がくらくらし、クロエの熱のこもった説明を聞き漏らさないように集中しているが、紙面の文字がちらつき、焦点がぼやけて見える…

クロエ「さようで……おや、気付けばもうこのような時間に。 時の経つのは早いものでございますね」

アンジェ「全くですわ……レディ・ウィンドモア、貴女のおかげで大変に有意義な時間を過ごすことが出来ました」

クロエ「わたくしもでございます……それに、新しい実験の「材料」も手に入った事ですから、しばらくは研究に没頭できそうですわ♪」隣に立つメイドが付けている、戦闘用とおぼしき拷問器具じみた義手を撫で回しながら八重歯をかすかにのぞかせた…

ベアトリス「……」

アンジェ「では、あの修道士たちの「後片付け」はレディ・ウィンドモアにお任せすると致しましょう……それから言わずとも分っているかと思いますが、このことは……」

クロエ「もちろん、内密にしておきますわ……わたくしがプリンセスを危険な目に合わせたとあっては王室に対し立つ瀬がございませんもの」

アンジェ「わたくしも「お忍び」と称して勝手気ままにあちこち飛び回っていたなどと知られては、叔父様に叱られてしまいます♪」

クロエ「プリンセスの叔父様とおっしゃると……ノルマンディ公、ですか?」

アンジェ「ええ。叔父様は立派な方ですが、厳格でもありますから」

クロエ「まぁ、ふふ……では、これはわたくしとプリンセスだけの秘密ということで♪」

アンジェ「はい♪」

クロエ「でしたらわたくし、わがままついでに一つプリンセスにお願いしたい事があるのでございますが……///」

アンジェ「ええ、わたくしに出来うることでしたら何なりと♪」

クロエ「そうですか、では……口づけをお願いしたいのでございます」

アンジェ「……まぁ///」

クロエ「いえ、プリンセスがお嫌でしたら無理にとはもうしません……ですが、わたくし……」

アンジェ「構いませんよ……クロエ♪」ちゅっ♪

クロエ「ん……っ///」

アンジェ「……これだけでよろしいでしょうか?」

クロエ「まさか、プリンセスがわたくしめの唇に直接して下さるとは……これ以上は望めないほどでございます///」

アンジェ「このことに関しては、なおのこと口外してはいけませんよ?」

クロエ「もちろんでございます……今よりわたくしレディ・クロエ・ウィンドモアは、プリンセスの味方として忠誠を尽くします」

アンジェ「レディ・ウィンドモア、貴女の忠誠心はしかと受け取りました。至らぬ事も多いかと思いますが、どうか王国のため、わたくしのことを助けて下さいまし……ね?」

クロエ「無論にございます///」

アンジェ「ありがとう、レディ・ウィンドモア……それではそろそろお暇させていただきます」

クロエ「では、帰路に襲撃など受けぬようわたくしのメイドを護衛にお付けいたします……車を用意し、プリンセスのお車がロンドンに着くまで護衛なさい」

長身のメイド「かしこまりました」

…数十分後・城外…

ドロシー「お、出てきたな。一時はどうなることかと思ったが……」ベアトリスが運転してきた華奢な自動車に、ウィンドモア家の自動車が護衛として付いている……

ドロシー「なるほど、レディ・ウィンドモアが護衛を付けてよこしたか。それならこっちは遠巻きにして見張ってりゃあいいな……」

…猟に来ていた活動的なレディが手ぶらではおかしいので、手回し良くウサギ数羽とおおきな鴨を一羽用意しておいたドロシー…後部の荷物入れに獲物と銃を詰め込むと、観測用の望遠鏡をしまって車を出した…

ドロシー「後は戻って報告書か……ふっ、下手な弾よりもおっかないな」

…夜・部室…

ドロシー「よう、ただいま」

ちせ「うむ、無事でなによりじゃな」

アンジェ「そうね……プリンセス、いま戻ったわ」

プリンセス「ええ、お帰りなさい♪」

ベアトリス「ただいま戻りました」

プリンセス「ベアトもお帰りなさい……今日は一日ご苦労様」

ベアトリス「いえ、そんな……///」

ドロシー「それじゃあ私はしょうもない報告書をまとめちまうから、その間にお二人には「着替え」を済ませておいてもらおうか」ドロシーたち「白鳩」を除いては極秘である「入れ替わり(チェンジリング)」を当たり障りなく言い換え、意味深な目くばせをした……

アンジェ「ええ、そうするわ……それじゃあ、また後で」

ドロシー「あいよ」連絡用の薄紙と万年筆を取ると、さらさらと暗号文を書きあげていく……

…しばらくして…

ちせ「……茶のお代わりでもどうじゃ?」

ドロシー「もらおうか……」少し時間が経っているせいで渋く冷めはじめてもいる紅茶をすすりつつ、レポートを仕上げた

ちせ「相変わらず手際の良い……して、今日はどうだったのじゃ?」

ドロシー「そうさな……どうにかアンジェの事は守れたし、アンジェ自身もウィンドモア家に伝わるケイバーライト技術に関する秘伝の文献を見せてもらった……仕掛けてきた教皇庁の奴らはみんな返り討ちに遭わせてやったし、一応は「文句なし」ってところだ……」暗号文をしまい込むと椅子の背もたれに身体をあずけて頭の後ろで手を組み、天井を眺めながら言った…

ちせ「その割には浮かぬ顔じゃな」

ドロシー「ああ、色々と始末に困る事があってな……それにしてもアンジェのやつ、やけに遅いな……」

…一方・プリンセスの部屋…

プリンセス「……今日は疲れたでしょう、アンジェ?」

アンジェ「いいえ、大丈夫よ……それと今日着ていったドレスだけれど、色々あって破いてしまったわ」ウィンドモア城でバチカンの工作員たちから襲撃を受けた際、動きの邪魔にならないよう裾を破いてしまったことをわびた……

プリンセス「アンジェが無事ならドレスなんてなんでもないわ……それに、もし破れたのなら糸でかがればいいだけですもの♪」

アンジェ「そういってもらえると助かるわ……」ドレスを脱ぎ、ベアトリスに受け取ってもらうとナイトガウンに着替えようとした……

プリンセス「ちょっと待って……アンジェったら、こんな所に怪我をしているじゃない」よく見るとふくらはぎに銃弾がかすめた傷がついている……

アンジェ「……どうやらそのようね」

プリンセス「もう、アンジェったら……すぐに薬を持ってくるから……」

アンジェ「必要ないわ、こんなかすり傷なんてつばでもつけておけば十分よ」

プリンセス「あら、そう? なら私がつけてあげる……♪」れろっ…♪

アンジェ「ちょっと……///」

プリンセス「だって、アンジェがそう言ったのよ? そうでしょう、ベアト?」

ベアトリス「はい、姫様♪」

アンジェ「なるほど……ベアトリス、貴女はそういう態度を取るのね」

ベアトリス「う……だって姫様が……///」

アンジェ「そう、ならこれはどうかしら……ベアト♪」頬に手を当てて困ったような笑みを浮かべ、ベアトリスに近づいた……

プリンセス「あ、そんなのずるいわ……それじゃあ私も♪」

ベアトリス「わわ……まるで姫様が二人になったみたいです///」左右から顔を寄せられ、ドレスを抱えたまま真っ赤になっている……

プリンセス「……ねぇアンジェ、久しぶりに二人でベアトのことをねぎらってあげましょう?」

アンジェ「そうね、いい考えだわ……何しろ今日は大活躍だったものね、ベアト♪」

ベアトリス「ふあぁ……あぅ///」

プリンセス「ふふふ、ベアトったら真っ赤になって……♪」

アンジェ「ベアトってばかーわいい♪」

ベアトリス「あ、あっ……///」そのまま二人から押されるようにして、ベッドに押し倒された……

プリンセス「ベアト……♪」

アンジェ「ベアト……」

ベアトリス「あぁぁ……あっ、んぁぁ……っ///」

…左右の耳元に入ってくるのはプリンセスとアンジェのささやき声……鼻腔はプリンセスがよく使っている香水と、それを借りたアンジェの肌から立ちのぼる甘い香気で満たされ、頭の芯までぼーっとしてくる……左右にぴったりと押しつけられた二人の身体からはじんわりと熱が伝わってきて、ほの暗い部屋の中に二人のシルエットがぼんやりと白く浮かび上がっている…

ベアトリス「ふあぁぁ……ひ、姫様……///」

プリンセス「なぁに、ベアト?」

アンジェ「どうかしたの、ベアト?」

ベアトリス「ふぁぁ……んっ///」

プリンセス「あらあら、ベアトったら……んちゅ♪」

アンジェ「ふふ、こんなにしちゃって……ちゅぅ……っ♪」

…アンジェとプリンセスは手を伸ばしてベアトリスの上着の胸元を押さえている紐をほどき、しゅるりと衣ずれの音をさせながら脱がせていく……下にまとっていたビスチェもはだけさせると、桜色をした乳房の先端に軽く吸い付いた…

ベアトリス「あふっ……だ、だめですぅっ……ひめひゃまぁ……っ///」

アンジェ「んちゅ、ちゅぷっ……ちゅぅぅ♪」

プリンセス「あむっ、ちゅぅぅ……っ、ちゅるっ、んちゅぅ……♪」ベアトリスの左右の手首をそれぞれ抑えて「ばんざい」の状態にして、上から覆い被さるようにして唇を這わせるプリンセスとアンジェ…

ベアトリス「ふあぁぁ……あふぅ、んあぁぁ……っ♪」小さな口から可愛らしい嬌声が漏れ始めると、次第に抑えが効かなくなっていくかのように大きくなり始めていく……

プリンセス「んちゅ……もう、ベアトったら♪ そんなに大きい声を出したら見回りの寮監に聞こえてしまうわ♪」

ベアトリス「ら、らってぇ……ひめしゃまぁ……♪」

…ベアトリスの視線はプリンセスの方を向いているが目の焦点は合わず、ろれつも回らないままで、口の端からは一筋の唾液がこぼれて枕に垂れている……

アンジェ「皆眠っている時間なのだから、静かにしないといけないわ……ね♪」とても演技とは思えないほどプリンセスと瓜二つな、いたずらっぽいがどこかはにかんだような笑みを浮かべると、ナイトガウンの腰に付いている飾りリボンを引き抜き、同時にまだ脱いでいなかったシルクのストッキングも下ろしていく……

プリンセス「あら……ふふっ♪」

…白いシルクのリボンをベアトリスの目にかぶせると、プリンセスも息を合わせてベアトリスの後頭部と枕の間に手を差し入れて頭を軽く持ち上げ、そのままリボンを後ろに通した……片方の端をプリンセスが持ち、反対側の端をアンジェが持って、手を寄せ合うとリボンを結ぶ……それからアンジェは脱いだストッキングを丸めてベアトリスの口に押し込むと、目隠しをさせたベアトリスの上でプリンセスへと顔を近づけ舌を伸ばし、ゆっくりと確かめ合うような口づけを交わす…

プリンセス「あむっ、ちゅぅ……ちゅぱ……んちゅ…っ♪」

アンジェ「ん、ちゅる……っ♪」

ベアトリス「んふっ、んむぅぅ……っ♪」くちゅ……とろっ♪

プリンセス「ん、ちゅぅぅ……っ、ちゅるぅ……っ♪」

アンジェ「はむっ、んちゅぅっ……じゅるっ、れろ……っ♪」

…交わす口づけが次第にむさぼるような甘くねちっこいものになっていくプリンセスとアンジェ……ベッドの上で上体を伸ばし、右手の指を絡めて握り合っている……と同時に左手の指はベアトリスのとろとろに濡れた秘部に滑り込ませていて、くちゅくちゅと優しく……しかし容赦なくかき回している…

ベアトリス「んむぅぅ……んんぅぅ……っ♪」ひくひくと身体が跳ね、ふとももを伝ってとろりと蜜が垂れる……

プリンセス「ぷは……それじゃあベアト、そろそろイカせてあげるわね♪」

アンジェ「んちゅ……ベアトったら待ちきれなくて、すっかりとろとろに濡らしちゃっているものね♪」

ベアトリス「んーっ、んぅ…っ♪」

プリンセス「それじゃあベアト……♪」

プリンセス・アンジェ「「……イっちゃっていいわよ♪」」

ベアトリス「んむっ、んぅぅぅぅ……っ♪」

…左右の耳元に口を寄せてささやきながら耳を舐め、同時に中指を奥まで滑り込ませたプリンセスとアンジェ……途端に身体をがくがくと跳ねさせ、花芯からとろりと愛蜜を噴き出したベアトリス…

ベアトリス「はー、はー、はー……はひぃ……ぃ♪」

プリンセス「ふふ、ベアトったらすっかりトロけちゃって……♪」

アンジェ「もっといっぱいしてあげるわね……♪」

ベアトリス「ふぁ……い、ひめしゃま……///」

………

…数日後…

7「Dから報告が届いております」

L「そうか、見せてくれ」

7「はい」

L「どれ……『海の中には小さな魚が十二匹、投網を打ったがまだ一匹隠れていた』か」

7「これは教皇庁から送り込まれた例の「使徒」のことですね」

(※魚…古代ローマなどキリスト教が禁止されていたころは祈りの言葉の頭文字をつなげた合い言葉「イクトゥス(魚)」がキリスト教徒のシンボルになっていた)

L「うむ……連中の工作班とは別に指揮を執る上級エージェントが一人いたと言うことだな」

7「……どうなさいますか?」

L「このままおめおめと逃がすわけにもいくまいが、かといってこちらが排除を実行して王国に我が方のエージェントがいることを教えてやるのは面白くない……我々にとって一番好ましいのは王国側がこの『十三人目の使徒』を始末してくれることなのだが」

7「あちらも同じように考えていると?」

L「恐らくはな……誰が好き好んで火の粉をかぶりたいと思うかね?」

7「しかしこのままお互いに手をこまねいていては……」

L「魚は網をすり抜けてしまうな……仕方がない、例の泳がせているダブル・クロス(二重スパイ)に情報を流してやれ。 これで向こうも『餌を付けた釣り竿を渡してやるからそちらで釣り上げろ』という意味だと理解するだろう」

7「果たして王国情報部はそれに乗ってくれるでしょうか?」

L「連中とてリボンまでかけてプレゼントしてやればそう嫌な顔はせんだろう……それにバチカンのエージェントに「資産」(プロダクト)を持ち帰られて困るのはあちらの方だ、我々ではない」

7「おっしゃるとおりですね」

L「とにかくDを始め「プリンシパル」にはよくやったと伝えてやれ……ウィンドモア家と良好な関係が築けたことも、ケイバーライト技術の情報を手に入れると言う面ではひとつの成果だ」

7「はい」

…さらに数日後・ロンドン港…

乗船係「失礼いたします、券を拝見いたします」

地味な装いの女性(バチカンのエージェント)「ええ」

乗船係「はい、確かに。第二デッキ左舷側、二等船室の3Aです」

エージェント「どうも」

乗船係「では次の方」

…ドーヴァー海峡…

エージェント「……ふぅ」


…ドーバー海峡を渡ってフランス側にあるアルビオン王国の飛び地、ノルマンディ地方に向けて快調な航海を続けている客船……二本煙突からは石炭の煙を吐き出し、うねりの強い灰色の海面に白波を立てて航行している……地味な装いで二等船室に乗り込んだバチカンの「十三人目の使徒」は食事を済ませ、クモの巣のように張り巡らされた王国の防諜網をかわして乗船できたことに少しだけ安堵していた。何度か途中でひやりとすることもあったが、ノルマンディに着いてすぐパリ行きの汽車に乗り、パリ東駅からローマ行きの夜行寝台列車に乗り換えれば、あとは一日揺られているだけでバチカンにたどり着く…


エージェント「さて、そろそろ船室に戻るか……」と、顔にヴェールをかけた褐色肌の若い女性とぶつかった

エージェント「失礼……」

…非礼をわびて行き過ぎようとした瞬間、ふっと相手が後ろに回り込んで一歩近寄り、左手で口を覆うと同時に右手のナイフを下から突き上げるようにして、肋骨の間に深く刺した…

エージェント「……ぐっ!」

ガゼル「……」

…そのまま後部デッキへと引きずられ、スクリューの航跡で泡立つ海面へと投げ込まれたバチカンのエージェント……ガゼルは懐から布を取り出すとナイフを拭い、ふとももの鞘へと戻した…

…しばらくして・とある船室…

客船の士官「……あの、ご用はお済みでしょうか」

…船長に書類を突きつけ、普段は後部甲板で乗客乗員の転落を見張っている監視係を遠ざけておくよう指示していたガゼル……バチカンの「十三番目の使徒」を片付け、船室に戻ってしばらくすると、おっかなびっくりの様子でやって来たオフィサー(士官)がおずおずと質問してきた…

ガゼル「ああ、ご苦労だったな……船長にもそう伝えろ」

士官「分かりました……」

…翌日…

ノルマンディ公「今回はご苦労」

ガゼル「いえ、任務ですから」

ノルマンディ公「そうだな……」

ガゼル「……一つ、質問をしてもよろしいでしょうか」

ノルマンディ公「なんだ?」

ガゼル「はい。今回の件ですが、これでは共和国の撒いた餌に乗せられただけに思えますが……反対にあちらは我が方が餌に食いついたと見て、ますます多くの偽情報を流してくるのではないかと……申し訳ありません、出過ぎたことを申しました」

ノルマンディ公「ふむ、私も送り込んでいるあのエージェントがそこまで大した情報を入手出来る腕前だとは思っておらん……」


…能率的で余計なおしゃべりを嫌うノルマンディ公にふと疑問を投げかけてしまい、一瞬のうちに「口を滑らせた」と考えて謝罪するガゼル……ところがノルマンディ公は機嫌がいいのか、珍しいことにペンを止めてガゼルの質問に答えた…


ノルマンディ公「……にもかかわらず今回は一流の「プロダクト」(産物)を入手してきた……つまりこれはほぼ間違いなく向こうが「贈り物」としてよこした情報だ。あるいは急に高度な情報源を「開拓」するような場合もそうだ」

ガゼル「はい」

ノルマンディ公「しかし考えようによっては、共和国の連中がこちらに信じ込ませようとする情報から向こうの考えを推測することもできる……違うかね?」

ガゼル「いえ」

ノルマンディ公「つまりはそういうことだ……連中の差し出した餌ではなく、その餌の付け方から考えるのだ」

ガゼル「なるほど……」

ノルマンディ公「とにかく今回はよくやった」

ガゼル「私ごときにはもったいないお言葉です」

ノルマンディ公「いいや……前にも言ったかもしれんが、私は能力のある人間ならば正当に評価するつもりだ。 ちゃんと狐を追いかけられるなら、フォックスハウンド(狐狩りの猟犬)が黒かろうと白かろうと構わんからな……もっとも、だから私は嫌われるのだ」表情はいつものように険しいままだが、口元に少しだけ笑みのようなものを浮かべている……

ノルマンディ公「……少しおしゃべりをしすぎたな。次の資料に取りかかろう」

ガゼル「はっ」

ノルマンディ公「うむ、最近活動がとみに活発化している共和国の情報網だが……」

…同じ頃・部室…

ドロシー「ほう……ってことはウィンドモアの令嬢はプリンセスにホの字なのか」

アンジェ「ええ。間違いなくあの目つきはそういう目つきだったわ」

ドロシー「いやはや、モテる女は大変だねぇ……♪」

アンジェ「貴女だって他人(ひと)の事は言えないでしょう?」

ドロシー「なぁに、こっちはそういうスタイルだからしかたないさ……しかしプリンセスの人気ってやつは「プレイガール」の私から見たって大したもんだ」

アンジェ「そう」

ドロシー「ああ。何しろ気さくで愛想が良くって勉強熱心……下々の者にも気を配り、威張り散らしたり分け隔てすることもない。だからといって優柔不断な「王室のお飾り」って訳でもなくて、必要とあらばしきたりを破ってみせるような大胆さもある……まさに国民が求める理想の王女様ってやつだ。おまけにあの可愛らしい顔立ちとくりゃ……そりゃあイカれちまうお嬢様方も出るってもんだな」

アンジェ「今日はずいぶんとプリンセスのことを持ち上げるのね」

ドロシー「別に持ち上げてるわけじゃない、思った通りの印象を述べたまでさ」

プリンセス「……そんなに褒めていただいては困ってしまいますわ♪」

ドロシー「おや、プリンセス。ごきげんよう」

プリンセス「ごきげんよう、ドロシーさん……ふー♪」耳元に口を寄せると、軽く息を吹きかけた……

ドロシー「……っ///」

プリンセス「それで、ドロシーさんはアンジェかわたくしに何か頼みたい事がおありなのでしょう? 遠慮なさらずにおっしゃって下さいな♪」

ドロシー「やれやれ、すっかりお見通しって訳か……実は、この間の授業のノートをとっていなかったもんでね」

プリンセス「もう、ドロシーさんったら……ではノートを貸して差し上げますから、代わりにアンジェをしばらく貸して下さいね?」

ドロシー「ええ、どうぞどうぞ♪」

アンジェ「ちょっと……///」

プリンセス「ふふっ。 私ね、今日の午後は何も用事がないのよ……アンジェ♪」

アンジェ「///」

…今年も早いものであと一日、去年に続き今年も何かと大変な年でありました……このssを見て下さっている皆様におかれましては、どうか良い新年を迎えられますよう祈っております…


それから書きたいアイデアはいくつかあるので、また時間が出来たらぽつぽつと投下していきたいと思います

明けましておめでとうございます、本年もよろしくお願いいたします。


ちまちま更新していきますので、お暇なにでも見ていって下さい

>>590 「お暇な時にでも」ですね……改めて誤字脱字には気を付けたいと思います

…case・アンジェ×ちせ「The gift」(贈り物)…

駅員「……ベイカー・ストリート、ベイカー・ストリートです」車輌のドアを開けながら駅員が声を張り上げる…

冴えない印象の男「……」

…ロンドンっ子から親しみを込めて「ザ・チューブ(筒)」と呼ばれる、トンネルに合わせたかまぼこ形の車体が独特な「アンダーグラウンド(地下鉄)」の車輌から降りた一人の男……身に付けているのはごく地味なグレーの帽子と、背広とチョッキのスリーピースで、あまり磨かれていない革靴を履き、手には茶革の鞄を持っている…


…王立音楽院…

案内人「おや、教授。今日もいらっしゃったのですね……今日もハンドル(ヘンデル)の研究ですか」

(※ゲオルグ・フリードリヒ・ヘンデル…ドイツ生まれの作曲家でオルガン奏者。イタリアで活躍した後イギリスに帰化した。英語読みではジョージ・フレデリック・ハンドル)

男「ええ、そうです……」

案内人「だろうと思いました……いつもの場所を空けてありますから、ごゆっくりどうぞ」

男「ありがとう」

…「教授」と呼ばれた男は案内人に礼を言って、王立音楽院の貴重かつ膨大なコレクションが収められている図書館の片隅に席を取ると、ヘンデルの代表的なオラトリオ「メサイア」の公演と編曲について書かれた古い文書をめくりはじめた…

男「……」

…男はともすれば鼻からずり落ちそうになる書見用の小さい丸レンズの眼鏡を持ち上げながら黄ばんだ古い楽譜や書物をめくっていたが、しばらくすると一冊の本に挟まれていた紙を取り出し、書物の内容を書き写していたノートに挟んで一緒に鞄へとしまい込んだ…

案内人「おや、お帰りですか」

男「うん。今日ははかどったよ」

案内人「それは何よりです……またいつでもおいで下さい」

男「ありがとう」


…男は鞄にノートや筆記用具をしまい込むと再び「アンダーグラウンド」の乗客となり、ウェストミンスター駅で降り、そこから王室美術館があるバッキンガム宮殿へと向かおうとした……が、途中で気が変わったのか道を折れ、セント・ジェームズ公園の中を歩き出した……うららかな春の日差しの中にある公園は午後のお茶の時間に近いこともあってか、コーヒーハウスでお茶と政治談義にいそしんでいるらしい上流階級の姿はほとんど見当たらないが、はしゃぎ回っている子供たちや、遅い休憩を取ることが出来たらしい数人のタイピストや事務員がサンドウィッチや呼び売り商人から買った軽食を持ってベンチに座っていた…


男「…」早くもなく遅くもない歩調で、中央の人工湖で泳ぎ回っている水鳥や鳩を眺めつつ、広大な公園を抜けた西側にあるバッキンガム宮殿へと歩いていたが、途中のベンチに腰かけると、呼び売りの商人から買い求めたサンドウィッチの包みを取り出した…

男「……うむ、たまにはこういうのも悪くないものだな」

…ぽかぽかと暖かな陽気に、清涼な木の葉の香りあふれる新鮮な空気、さえずる小鳥の鳴き声……煤煙と悪臭と騒音にまみれたロンドン市街とはまるで別世界の自然豊かな風景を見ながら遅い昼食を終えると、サンドウィッチの紙包みを丸めてポケットにしまい、それから鞄を開けて研究資料のノートを取り出して読み返しはじめた…

男「ふむ…」

…午後の日差しに暖められながら細かな字でつづられた研究資料を読み込んでいると次第に丸眼鏡がずり下がりはじめ、それからノートが手から滑り落ち、男はいつしかこっくりこっくりと船を漕ぎ始めた……と、ノートのページが開いて、挟んでいた紙片がはらりとベンチの下に落ちた…

男「む、いかん……」数分してがくんと首が傾いた拍子に目を覚ました男は、落としたノートに付いた土を軽くはたくと鞄にしまい、それから王室美術顧問の秘書のカバーを与えられている内務省のエージェントへ「メッセージ」を届ける協力者として、再びバッキンガム宮殿に向かって歩き始めた…

………



…二日後・メイフェア校…

ドロシー「……へぇ、内務省のエージェントが落とし物ねぇ」

…メイフェア校の裏手にある、木々の生い茂った人気のない一角でたわむれる二人の生徒……甘えるような表情を浮かべて膝枕にうっとりしている女生徒と、時々からかうような事を言いながらも愛おしげに女生徒の頭を撫でているドロシー…

女生徒「ええ。詳しいことは存じませんけれど、事もあろうに機密文書を携えた職員が、確か……ケンジントン・ガーデンズだったかハイドパークに機密資料を置き忘れてしまったそうで、内務省はてんてこ舞いだとお父様が言っておりましたわ」

ドロシー「世の中には間抜けがいるもんなんだなぁ……それじゃあ私もメアリを落っことさないようにしないと……な♪」そのまま覆い被さるようにして女生徒を抱き寄せ、豊かな胸元に顔をうずめさせた…

女生徒「あんっ♪」

ドロシー「はははっ♪」

(……この件であちらさんも「バレた」と考えて使わなくなっちまうだろうが、王立音楽院に「メールドロップ(メッセージの隠し場所)」があったって言うのは初耳だ……それにその「落とし物」とやらも、ちょいと探してみる価値がありそうだな)

………

…数日後…

ドロシー「……と言うわけで、その機密文書とやらを探し出すのが今回の任務だ」

アンジェ「どうかしら。そんな低級の協力者が運んでいた……しかもうっかり無くしてしまうようなシロモノだもの、どんな「機密」だか分かったものじゃないわ」

ドロシー「確かにな……しかし、数日前から内務省の情報部員が活発に動き回ってこの資料を回収しようと活動しているところから、コントロールはこいつをある程度は価値ある情報だと考えているらしい」

アンジェ「あるいは内務卿がこちらをあぶり出すために、わざと書類を無くして大騒ぎしているのかもしれない」

ドロシー「その可能性も十分にある……だが逆に「本物」だったら降って湧いた幸運ってことになる。いずれにせよ向こうの情報部や防諜部が見つけ出すまでの勝負ってことだ」

アンジェ「そういうことね」

ドロシー「それから今の段階でコントロールがつかんだのは、その機密資料を拾ったであろう奴はイーストエンドの貧民街に暮らしている乞食らしい……って事だけだ」

アンジェ「結構な情報ね……「イーストエンドにいる乞食」を探せなんて言うのは「芝生に生えている一本の芝を探せ」と言っているのとさして変わらないわ」

ドロシー「まぁな……おまけに私は別件でとある貴族のご令嬢のお屋敷に招待されているから、数日ほど留守になる。アンジェ、おまえさんが主体になって動いてくれ……ベアトリスを使うかちせを使うかの判断も任せる」

アンジェ「分かった」

ドロシー「それと、コントロールからはイーストエンドにいる協力者を使っていいとは言ってきている……あまりあてには出来ないだろうが、まぁ「気持ちだけでも」ってやつだな」

アンジェ「思いやりがあるわね」

ドロシー「ああ……とにかく判断は一任する。もしヤバそうなら構うことはないから手を引け」

アンジェ「そうね。そうさせてもらうわ」

…その日の午後…

アンジェ「……そういうわけで今回はちせ、貴女を使う」

ちせ「うむ」

アンジェ「ベアトリス。貴女はプリンセスの身辺をお守りすると同時に、王宮内で色々な情報を耳に入れることが出来る立場にある……今回はその方面で活躍してもらう」

ベアトリス「分かりました……でも「外国人」のちせさんがイーストエンドにいたら目立ちませんか?」

アンジェ「前にも言ったけれど、王国の人間からすれば日本人だろうが清国人だろうが、肌が黄色い人間はどれも「東洋人」に過ぎない……それに裏町には素性の怪しい色々な人間が出入りするから、誰も余計な詮索をしたり鼻を突っ込んだりはしない」

ベアトリス「なるほど」

…しばらくして…

アンジェ「イーストエンドのような貧民街にはさまざまな顔がある……」

…ベアトリスを下がらせ、ちせを相手に貧民街の「講義」をするアンジェ…

アンジェ「……最底辺はその日その日のパンをもらおうとする物乞いたちや、アルコールやケイバーライト鉱といった各種の中毒患者。彼らのたいていは落ちぶれていて気力も無くしているから、余計なちょっかいを出さない限りは何かしてくることなどまずない」

アンジェ「そしてその上にのさばって上前をはねる物乞いの「元締め」たち……そうした連中はたいていの場合そこそこに腕力があってある程度顔も広いから、目を付けられると厄介なことになる」顔色は変わらないが、どこか声の奥底に実感がこもっている……

ちせ「ふむ」

アンジェ「それから貧民街をねぐらにしている小悪党たち……彼らのうちの何人かは「スコットランド・ヤード」(ロンドン警視庁)に自分の犯罪をお目こぼししてもらう代わりに刑事たちの探している犯罪者を密告したり、使い走りのような事をしたりしている……こうした連中は汚い真似をいとわず、おまけに小ずるいから、もしそうした連中を相手にするなら手段を選んでやる必要はない」

ちせ「心得た」

アンジェ「……そして私たちが探したいのが、貧民街で「商売」をする怪しい連中。彼らはありとあらゆるものを取引している……盗まれた銀食器から偽造の身分証、果ては官公庁の内部情報……そしてその周辺には国内外のエージェントや諜報に関わる人間がうろうろしている……接触して「取引」する場合には慎重に慎重を重ねないといけない」

ちせ「なるほど……」

アンジェ「場合によってはナイフにモノを言わせる必要が出てくるかもしれない……とはいえ、必要以上に目立つ真似はしたくない」

ちせ「当然じゃな」

アンジェ「ええ……ベアトリスを外したのはそれもあるからなの。彼女は素直過ぎてこういう場面には向かない……貴女なら表情を押し隠せるし、腕も立つ」

ちせ「恐縮じゃ」

アンジェ「カバー(偽装身分)に関してはすでに用意してあるから、後は探しに行くだけでいい」

ちせ「うむ、委細承知した」

アンジェ「……それで、今回用意したカバーは「王国情報部の協力者」よ。私はノルマンディ出身の亡命フランス人家庭の三世で、王党派の貴族だった先祖を革命でギロチンにかけられたために共和制に反感を抱いており、理想と報酬の面から王国に雇われている……今回は連中が手に入れた資料をフランス側が入手する前に回収するために接触を試みたということね」

ちせ「ふむふむ……して私は?」

アンジェ「ちせは私のお付きとして世話を焼くインドシナ(ヴェトナム)人ね……貴女はかなり英語が出来るようになっているけれど、相手方を油断させるためにあえて「英語はまるで分からない」という設定にしておく」

ちせ「承知した……どのみち難しいやり取りや言い回しの微妙な差異は分からぬからの」

アンジェ「大丈夫。もし実力が必要な場合だったら分かるように合図をする……」

ちせ「よろしく頼む」

アンジェ「とはいえ、今回の工作では出来うる限りに穏便に済ませる……もしこれが王国情報部の撒いた餌だったとしたら、血を流すことで奴らを引きつけることになってしまう」

ちせ「サメと同じじゃな」

アンジェ「そうね……工作費としてはコントロールから百ポンドほどもらっているから、連中がその金額以内で取引に応じるようなら上々ね」

ちせ「応じない場合はどうするのじゃ?」

アンジェ「二十ポンド程度ならあちらの提示した額を飲んでも大丈夫だけれど、五十ポンドを超えるようなら取引を止めるか、値下げさせるべく努力する」

ちせ「ふむ……」

アンジェ「場合によってはそちらの「コントロール」にも情報の一部を渡し、見返りとして応分の負担をしてもらうような事も考えてある……ちせ、貴女が定期連絡をする機会があったら堀河公に「興味を抱くような情報を見つけた可能性がある」とでも言ってほしい」

ちせ「うむ、その旨しかと伝えておこう。 しかし、私の上役としても情報の内容も見ずに言い値で買うことはせんと思うが……別に信用しておらぬとか、そういうことでは無いのじゃが」

アンジェ「分かっている。その場合はこちらとしても、そちらが「一口乗るか」どうかの判断基準として、どのような種類の情報だとか、どの省庁や地域に関係しているかとか、そういった大まかなところを伝えてもいい」

ちせ「承知した」

アンジェ「……ちせ、長い方の刀は置いていってもらって短い方をマントで包むようにすればどうにか隠せると思うけれど……どう?」

ちせ「うむ……脇差ならばこのような具合じゃな」

…脇差を腰に差し、試しに裾の長いマントを羽織って前を合わせると、一フィート半(およそ四十五センチ)ばかりの鞘はほとんど目立たなくなった…

アンジェ「少し後ろ側の裾が持ち上がっているわね……もう少し鞘を立てて差せる?」

ちせ「あまり立てて差すと抜きにくいが、どうにかなるじゃろう……」

アンジェ「ならそれでお願いするわ」

ちせ「あい分かった」

アンジェ「私は護身用のピストルとスティレットを持って行く……口径の大きいリボルバーは大きくてかさばるから、威力では劣るけれど.320口径の五連発にする」

ちせ「撃ち合いに行くわけではないのじゃから、それで良いということじゃな?」

アンジェ「ええ」

ちせ「足ごしらえはどうすれば良いじゃろう?」

アンジェ「そうね……出来れば編み上げのブーツにでもして欲しいけれど、どうしても落ち着かないようならいつも使っている木や草のサンダルとか、あるいはあの靴下みたいなものでいいわ」

ちせ「下駄に草履、そして足袋じゃな……あの革長靴はつま先が痛くなるし脚が締め付けられる気がするのでな、下駄で良いというのは助かる」

アンジェ「慣れない履き物を履いていて、肝心なときに滑ったり転んだりされては困るもの……ただし、文字通り「足元を見られない」ように注意を払ってちょうだい。東洋の風習に詳しい人間が見たらそれだけでどこの人間か分かってしまう」

ちせ「その通りじゃな……足元に何か落としたりしないよう気を付けるといたそう」

アンジェ「そうしてちょうだい……当日はアンダーグラウンド(地下鉄)やダブルデッカー(二階建てバス)のような公共交通を使って目立たないように行く」

ちせ「貧しい街区に車や馬車で乗り付けようものなら目立って仕方がないからのう」

アンジェ「そういうことよ……問題の文書を持っていると思われる情報屋は昼夜関係なく取引しているそうだから、まずはその情報屋の周辺に「興味を持っている」人間がいることをそれとなく知らせる」

ちせ「それから?」

アンジェ「後は向こうが食いつくまで待つ」

ちせ「いわゆる「待ちの一手」じゃな」

………

…数日後・イーストエンドの裏通り…

アンジェ「……対象の人物とは向こうのパブで待ち合わせをすることになっているわ」

ちせ「さようか……しかしどうにもガラの悪い所じゃな……」


…露骨にちょっかいを出されたり邪魔をされるということはないが、辺りをブラブラしているちんぴらや、横目でちらちらと通行人の品定めでもしているごろつきからよこしまな視線を感じる……アンジェは黒のシルクハットに長いコートで、コートの襟を立てて出来るだけ顔を隠している……ちせは長いマントに使用人らしいボンネットをかぶり、やはり顔が分からないよう濃い色のヴェールを垂らしている…


アンジェ「ええ。何しろこの辺りはお世辞にも上品とは言えない街区だもの。 あえて言うなら小悪党だとかちんぴら、ごろつきのような連中がしのぎを削っている場所よ」

ちせ「ふむ……」

アンジェ「今回の商談も、諜報機関と取引をしようという「生き馬の目を抜くような」連中が相手だから油断は出来ない……彼らが頼りにしているのはそれぞれの才覚と得物、共通している価値観は「現金」(げんなま)に対するものだけ……もっとも、それだけにかえって取引そのものはやりやすい」

ちせ「……というと?」

アンジェ「欲得ずくで動く連中なら、札びらを切ればいくらでも転ばせることが出来るということよ……自分の持っている信条にこり固まった理想主義者だの、ころころと考えを変える「良心」の持ち主なんかよりも、ある意味ではずっとアテになる」

ちせ「なるほど」

アンジェ「とはいえいいことばかりではない……金で動くということは、相手方がより多くの金を出せばそちらに転ぶということにもなる」

ちせ「確かに……」

アンジェ「だから今回は「飴と鞭を使い分ける」ために、このカバーを選んだというわけね……」

ちせ「ふむ……闇社会のけちな情報屋は王国情報部を相手にこざかしい真似はしない、ということじゃな」

アンジェ「ええ。少なくともそれくらいの知恵があることを願っているわ」

…薄汚いパブ…

アンジェ「……あの男よ」

ちせ「うむ……」

歯並びの悪い男「……」


…日差しの悪いイーストエンドでもとりわけ薄暗い一角に建っている一軒のパブ……待ち合わせ場所として相手方と取り決めたその店にアンジェとちせが入ると、店主の注意がちらりと二人に注がれ、また無関心へと戻っていった……店内には四人ほどが座れるカウンターと二人掛けのテーブルがいくつか、そして指定された奥の角にあるテーブルには小汚い男が座っている…


アンジェ「……」

ちせ「……」アンジェは無言で男の向かいに座り、ちせもそれに習う…

男「……よう、待ちかねたぜ」


…男は数週間は着たきりらしい汚れた上着とすっかりよじれたクラヴァット(襟飾り)を締めていて、薄汚れたグラスでジンをあおっている……噛み煙草ですっかり黄ばんでいる歯は歯並びも悪く、ニヤついた笑い方は人を小馬鹿にしているような不愉快さと同時に、常に卑怯な手段で相手から何か巻き上げようとたくらんでいるような印象を与える…


アンジェ「……」

男「待ちくたびれて喉が渇いちまったもんだからな、先に一杯飲(や)らせてもらったぜ」

アンジェ「……そう」

男「よかったらあんたらも何か頼めよ、な?」そういうと人差し指を立てて招くように動かし、カウンターにいた給仕を呼びつけた…

給仕「へい」盆を小脇に抱えてやって来た給仕はどうやら給仕と用心棒を兼ねているらしく、低い天井につかえてしまいそうな身長と炭鉱労働者のような太い腕、それにヤミの拳闘試合か何かに出場していたらしく潰れ折れ曲がった鼻をしていて、うなるような声をしていた…

男「おれには同じのをもう一杯……」

給仕「……そちらさんは?」

アンジェ「紅茶を……カップは二つ」

ちせ「……」

男「レディ、あんた酒は飲らねえのか」

アンジェ「ええ」

給仕「……へい、お待ち」むすっとした口調で紅茶の入ったポットとカップを持ってきたが、硬貨を受け取るまでは絶対にテーブルに置くつもりはないような顔をしている……

アンジェ「……」

給仕「……毎度」

…商売相手の男から目をそらさないようにしながら、アンジェが硬貨を盆に置く……給仕がぞんざいな手つきでドスンとポットを置くと、注ぎ口からばちゃりと薄い紅茶がこぼれた……

アンジェ「……」黒い革手袋をはめた両手をテーブルの上に置いたまま、やって来た紅茶を注ごうともしないアンジェ……

男「……それじゃあ、まずはお互いに自己紹介と行こうじゃないか。 おれはスミス。ジョン・スミスさ」並びの悪い汚れた歯を見せてニヤニヤ笑いを浮かべている情報屋……

アンジェ「トムよ」

男「あんたみてえな若いお嬢さんが「トム」ってことはねえと思うけどなぁ」

アンジェ「そんなことはどうだっていい……話によると、あなたは「落とし物」を見つけるのが上手だと聞いている」

男「まぁな……ブツが何かは知らねえが、たいていのもんなら見つけ出してご覧に入れるぜ」そう言うと大げさに腕を広げてみせた……

アンジェ「結構。 今回こちらが探しているのは数日前に公園で「私たちの共通の友人」が落としたものよ……もしも見つけてくれるというなら、それ相応の報酬を支払う用意があると「友人」は言っている」

男「そうかい? しかしロンドンの公園って言ったって範囲は広いし、探すってなると人手がいる……それに人を雇って頼むとなりゃ、ただ働きって訳にもいかねえしな」

アンジェ「それで?」

男「そうさなぁ……人手やらなんやら、もろもろ込みで二百ポンドっていうのはどうだい?」

アンジェ「……五十ポンド」

男「五十だって? お嬢ちゃん、ちょいと冗談がキツいんじゃあねえのか? そんなんじゃあロンドン市内どころか、この店の中だって探せやしねえよ」

アンジェ「五十ポンド……ロンドン市内の公園をちょっと探して「なくし物」を見つけるのに、そこまで払うつもりはない」まさしく「けんもほろろ」といった口調で突き放す……

男「そうかい? だったら自分で探してみりゃあいいんじゃねえのか」

アンジェ「私たちもそこまで暇じゃないから、早く済ませる手段としてあなたに連絡を取ったにすぎない……それに、こちらがその気になれば無料でその「なくし物」を入手することだって出来る」立場を行使することをためらわない王国情報部のエージェントならこういうだろうと、冷たく高圧的な態度でそっけなく言った……

男「分かった分かった、百五十でいいよ……それ以上は無理だぜ。人手を使おうって言うんだからな」

アンジェ「百ポンド」

男「分からねえかな、あのブラッディ(くそったれ)なだたっ広い公園から一枚の紙きれを探すなんていうのは並大抵の苦労じゃあねえんだぜ?」

アンジェ「そう……ところで私はいつ、探し物が「一枚の紙切れ」だと言った?」

男「……」一瞬「しまった」という表情を見せたが、すぐまたニヤついた顔に戻る……

アンジェ「どうやら納得いただけたようね。 それでは、次回会うときに「一枚の紙切れ」を渡していただく……まずは手付けとして半金の五十ポンドを渡しておくわ」

男「……ああ」

アンジェ「お互いに満足の行く取引が出来るよう、くれぐれも余計な小細工はしないことね……それでは失礼」

…裏通り…

アンジェ「ご苦労だったわ、ちせ……貴女があの店の『ブルドッグ』を牽制していてくれたおかげで、こっちはあの『チェシャ猫』じみたニヤニヤ男だけに注意していられた」

ちせ「……うむ。しかしどうにもあの男は虫が好かぬ」

アンジェ「そうね……これはただの勘だけれど、あの情報屋はきっとおかしな真似をしてくるような気がするわ。 ……例えば、いま私たちを尾けてきている男のような……ね」

…ごみごみとした裏路地をすいすいと歩いて行くアンジェとちせ……そしてその後ろから足音を立てないよう、距離を開けて二人を尾行している一人の男……男は薄汚れたチョッキと鳥撃ち(ハンチング)帽とだぶだぶのズボンで、ゴミ漁りでもするような態度を取っているが、尾行を気付かれないようにするには二人との距離が近すぎ、また人の少ない裏通りで「たまたま行く先が同じ方向」と言うのも少し無理がある…

ちせ「どうするのじゃ……撒くか?」

アンジェ「いいえ、馬鹿にわざわざ「こっちは尾行に気付いているぞ」なんて教えてやることはないわ……どのみちあの格好で表通りに出られはしない」

ちせ「……ではどういうつもりなのじゃろう」

アンジェ「おそらくこちらにコンタクト(協力者)や支援要員がいるかどうか確かめたいのね」

ちせ「して、もし支援要員がいないとなったら……」

アンジェ「おそらくはこわもての数人でもかき集めてこっちを脅し、値段をつり上げるでしょうね」

ちせ「しかし、仮にも相手は王国情報部じゃぞ……そんなことをするじゃろうか?」

アンジェ「ええ、するわ……内務卿を相手に商売が出来ると思っているような愚か者なら」

ちせ「ふむ、愚か者か」

アンジェ「そう……元来、裏社会の人間というのは同じ社会の人間を相手に必要以上の嘘やごまかしはしないものなのよ。 何しろ保険もなければ裁判所もない世界だもの。信用だけが評価を決める中で、年中でまかせを言ったり取引相手をごまかすような人間は長生き出来ない」

ちせ「ではなぜ……?」

アンジェ「おそらく、私たちが連中にとっては「よそ者」で、なおかつ年若い女でくみしやすいと見たから」

ちせ「困ったことじゃのう」

アンジェ「ええ、きっと今ごろはどうやって二百ポンド以上の儲けに出来るか考えているでしょうね……」

…数分後・先ほどのパブ…

薄汚い身なりの男「戻りやしたぜ、ミスタ・ホッジス」

情報屋(歯並びの悪い男)「……おう。で、どうだった」

薄汚い男「表通りに出る手前まで尾けてみたが、気付いた様子はなかったぜ」

情報屋「ふん、そうかい……それにしてもあのアマめ。情報部だかなんだか知らねえが、このおれになめた口を利きやがった……」そういうとジンのグラスをあおり、グラスをテーブルに叩きつけた……

情報屋「それにいけ好かねえ東洋人まで連れてきやがって……払うものを払わねえって言うんなら、こっちだって考えがある」

パブの用心棒「で、どうするんで? なんだか仮面みてえに無表情で気持ちの悪ぃ女だったが……」

情報屋「ふん、表情があろうがなかろうがやる事なんぞ決まってるだろうが……あんな小娘にコケにされてたまるか、両耳揃えて二百ポンド払うか、さもなきゃ「手荒い歓迎」ってやつよ。 おい、取引の日までに使える連中を数人集めておきな」

薄汚い男「へへっ、そうこなくちゃ」

………

…その晩…

アンジェ「……ふう」


…普段は「感覚が鈍る」と、必要のないときは出来るだけ酒を口にしないアンジェ……が、いくつもの任務や情報活動を並行して進め、なおかつ学生としてのカバーを維持するために授業にも欠かさず出席していると疲れがたまり、珍しく「ナイトキャップ」(寝酒)として温めたミルクにブランデーを垂らし、一口ずつゆっくりと喉に流し込んでいる…


ちせの声「……アンジェどの、入っても構わぬか?」

アンジェ「ちせ? ……どうぞ」

ちせ「……夜分遅くに済まぬな」寝間着でもある長襦袢をまとって入って来たちせ……

アンジェ「いいえ……どうかした?」

ちせ「いや……別にどうしたというわけでもないのじゃが……」そういいながらもわずかに視線をそらし、心なしかもじもじしている……

アンジェ「話があれば聞くわ……ホットミルクだけれど、飲む?」

ちせ「そうじゃな……では一口頂戴するとしよう」

…カップのミルクを飲むでもなく、椅子に腰かけてどう話を切り出そうか迷っている様子のちせ…

アンジェ「……」アンジェも聞き上手な腕利き情報部員らしくわきまえたもので、眉毛一つ動かすでもなく、ちせが重い口を開くのをまっている……

ちせ「その、じゃな……ちと頼みがあって……」

アンジェ「……どうぞ」

ちせ「かたじけない……それで、笑わないでほしいのじゃが……」

アンジェ「ええ」

ちせ「その……一緒に寝ても構わぬか?」

アンジェ「……私と?」

ちせ「うむ……実はなにやらこの数日、妙に人恋しくての……一人で寝ているとむしょうに淋しいのじゃ」

アンジェ「そう……きっとホームシックね、無理もないわ」

ちせ「……ほうむしっく?」

アンジェ「何て言えばいいのかしら……旅先で郷里を思い出して淋しく感じる状態の事よ」

ちせ「いわゆる「里心がつく」ということじゃろうか」

アンジェ「おそらくね……」

ちせ「そうか……とはいえこんな恥ずかしい事はベアトリスには言えぬし、プリンセスは公務で多忙、ドロシーも今はおらぬ……しかしおぬしならば口も固いし、こんな恥ずかしい事を相談しても黙っていてくれるかと思っての……///」気恥ずかしいのか、目をそらし気味にしてかすかに頬を赤らめている……

アンジェ「そうね。私は黒蜥蜴星人だもの、口は固いわ……それにちょうど寝るところだったし」

ちせ「さようか……では、構わぬじゃろうか?」

アンジェ「ええ……ただ寮監の見回りがあるから、朝の七時前には出て行ってもらうわ」

ちせ「無論じゃ……では、済まぬ」

アンジェ「どうぞ」ミルクを飲み干すとこびりつかないよう水差しの水をカップに入れ、それからベッドの羽布団をまくってちせを手招きした……

ちせ「うむ、では……」

アンジェ「ええ」

…ベッドの片隅に遠慮しいしい入ってくるちせ……と、アンジェはベッドの上でふんわりしたナイトガウンを脱ぎ始めた……白い肩があらわになり、滑らかな曲線を描く背中から腰のライン、そして細っぽいが引き締まって綺麗なヒップラインがちらりとのぞく…

ちせ「な、なぜ脱ぐのじゃ……?」

アンジェ「別にそういうつもりじゃないわ……単に着たままだとガウンにしわが寄るし、生地が厚手でうっとうしいってだけよ」

ちせ「さようか……」

アンジェ「ええ……さ、入ったわね?」

ちせ「うむ」

アンジェ「なら灯りを消すわ」そう言って灯りを消すと、ふわりと布団をかけた……

ちせ「……今夜は冷えるのう」

アンジェ「そうね……」

ちせ「ドロシーは上手くやっておるじゃろうか」

アンジェ「今ごろはお相手のご令嬢とシャンパンでも傾けているか、ベッドでいちゃついているでしょうね」

ちせ「ふふ、そうじゃろうな……」

アンジェ「ええ……それよりちせ、もう少し身体を寄せたらどう? ここのベッドはそんなに広いわけじゃないし、転がり落ちたりされては困る」

ちせ「いや、しかし……」

アンジェ「別にいまさらどうこう言うほどよそよそしい間柄でもないでしょう……構わないから、いらっしゃい」

ちせ「では……///」

アンジェ「ええ」

…任務となると眉毛一つ動かすことのないアンジェだが、暗がりの中で目をこらすとかすかに微笑を浮かべているように見える……どこかあどけないその表情を見ていると、あるいはそうであったかもしれない一人の少女としての姿が浮かんでくる…

ちせ「……アンジェ」

アンジェ「よしよし……」

…しっとりとした柔肌にぎゅっと抱きついてきたちせの黒髪を優しく撫でるアンジェ……もう片方の腕はちせの背中に回し、ゆっくりとした拍子をつけて軽く叩いている…

ちせ「母上……」

アンジェ「……ちせ、いい娘ね」

ちせ「……ぐすっ」

…ベッドの中でしゃくり上げそうになるのを押し殺しているちせと、それを抱きしめているアンジェ……そのうちにアンジェはちせの頭を優しく胸元に押しつけ、全身で包み込むようにして抱きしめた…

ちせ「ん……」

アンジェ「いい娘、いい娘ね……」温かい身体に包まれて夢うつつのちせがアンジェのつつましい乳房に吸い付くのを、そっと抱きしめながら撫でてやる……

ちせ「んむ……ちゅぱ……」

アンジェ「♪~……お休みなさい、いい娘だから……」

ちせ「ちゅぱ……ちゅぅ……」

アンジェ「♪~ぐっすりお休み、胸の中で……」小さな声でハミングするようにそっと即興の子守歌を聞かせながら、ちせの身体を優しく抱きしめる……

ちせ「すぅ……すぅ……」

アンジェ「ふふ……」まるで小さな子供へと戻ったように無邪気な寝息を立てているちせを見て、慈愛に満ちた表情を浮かべた……

アンジェ「お休み、いい夢をね……」

…取引当日…

アンジェ「ベアトリス、ちょうどいいところに……貴女にやってもらいたいことがある」

ベアトリス「はい、何ですか?」アンジェにどんな無理難題を言われるかと、用心しいしい答えるベアトリス

アンジェ「大丈夫、そんなに難しいことじゃない。ネストの一つから声を変えて電話をかけて欲しいだけよ……」

ベアトリス「なんだ、そんなことですかぁ」

アンジェ「ええ、でも貴女にしか出来ない事よ……そうね、名前は「ブライアン」とでもしておいて、コックニー(ロンドンの下町)訛りの塩辛い声でやってちょうだい……相手の番号は分かっているから、私の指定した時間に「悪いが今日の取引は中止で、明後日に延期する」としゃべってもらう……細かい台本はここにあるから、行くまでに暗記すること」

ベアトリス「分かりました」

アンジェ「それじゃあ番号と時間を教えるわ……ちせ、準備は?」

ちせ「万端じゃ」

…脇差を腰に差すと暖かなマントを羽織る……厚手のマントは生地が重いので、鞘を縦に近い状態で差してあまり寝かせなければ、マントが持ち上がることもない……

アンジェ「結構。それじゃあ貴女はベアトリスと一緒にネストへ向かい、電話が済んだら私と合流」

ちせ「うむ」

アンジェ「集合場所はイーストエンドのこの場所……分かるわね?」トントンと地図の一点を指で叩いた……

ちせ「大丈夫じゃ」

アンジェ「よろしい……もしここにいなかった場合は三十分後にここの角で合流する。もし私がそこにもいなかったら、監視に充分注意した上で引き上げること」

ちせ「承知」

…夕刻・裏通りのパブ…

情報屋「……どうだ、集まったか」

薄汚い男「もちろんでさ、ミスタ・ホッジス……六人ばかり集めてきやした」

…薄汚れたパブには「かっぱらい」のロブに「タタキ(強盗)」のジョー、「向う傷」のスタッフォードに「ブルドッグ」のベンソンといった、イーストエンドの中でも特に評判の悪い鼻つまみ者たちが集まり、だらしなく椅子に座って、ひびの入った陶器のジョッキで気の抜けたエールをあおっている…

情報屋「よし、それだけいれば充分だな……得物はあるんだろうな?」

薄汚い男「そりゃあ……ただ、ナイフはあってもハジキ(銃)はもってねえって奴もいるんで」

情報屋「ったく、締まらねえな……なら店にあるやつを貸してやるから、そう言ってこい」

…机の上には型も口径もバラバラな寄せ集めのピストルが何挺か置いてある……あまり手入れもされていないため金属もくすんでいるが、中の一挺や二挺はどこかのお屋敷から盗んだか何かしたらしいウェブリー&スコットで、グリップには黒檀が使われている…

薄汚い男「へい」

情報屋「よし。約束の時間は夕方の五時だ……ちゃんと雁首並べて、飲み過ぎて役に立たねえなんてことがないようにしろ」

薄汚い男「分かりやした」

情報屋「ふん……せっかくのネタをただみたいな金で持って行かれてたまるかってんだ。デスクでふんぞり返ってるお偉いさんにここでの流儀ってのを教えてやらあ」情報屋は五連発の.320口径ピストルに弾を込めるとシリンダーを閉じ、薄汚れたズボンのベルトに突っ込んだ……

…夕方…

ちせ「……今じゃ」

ベアトリス「はい」

…何食わぬ顔でネストにさっと入ると、人工声帯を調整するベアトリス……事前に指定された通りの塩辛声に喉を合わせ、言葉のあちこちを端折ったり濁らせたりすると、一気に粗野な雰囲気が出る…

ちせ「相変わらず見事なものじゃな……では、私は外を見張っておるからの」

ベアトリス「分かってます」電話機の箱に付いている起電用の手回しハンドルを回すと、受話器を取り上げた……

電話交換手「はい、交換台です」

ベアトリス「おう、イーストエンドの……番に繋いでくれ」

交換手「ただいまお繋ぎいたします……」

…パブ…

情報屋「……おい、電話だぞ」

…取引やタレコミ(密告)に使うため、イーストエンドではめったに見られない電話機が設置してある情報屋のパブ……その電話が「ジリリリンッ……!」とやかましく鳴りだし、用心棒が受話器を取った…

用心棒「誰だ」うなるような声でぶっきらぼうに電話に出たが、眉をひそめると情報屋に受話器を差し出した……

情報屋「何だ?」

用心棒「今日の取引相手から「ミスタ・スミス」にと……なんでも伝言があるとかで」

情報屋「分かった、代われ」

情報屋「……もしもし……そう「スミス」ってのはおれだ。 ……で、用件は?」

情報屋「ああ、そうだ……なに?」

情報屋「……明後日? おい、一度決めた取引の日取りを急に変えるってのはどういうつもりだ?」

…受話器を取り上げてしばらく相手の話を聞いていたが、急に渋い顔をして文句を付けはじめた情報屋……しかし相手は聞く耳を持たぬまま、伝えたい事だけ伝えて電話を切ってしまったらしい……情報屋は切れた電話に向かって「おい!待て!」と怒鳴りつけたが、最後は投げつけるように受話器を掛け金に戻した…

情報屋「くそったれめ……!」

用心棒「……ミスタ・ホッジス?」

情報屋「取引相手からの伝言で、明後日のこの時間に変えたいと抜かしやがった……ええい、くそっ!」

用心棒「それじゃあ集めた連中は……」

情報屋「今日の所は用がねえ……帰らせろ」

用心棒「分かりやした」

…しばらくして…

情報屋「くそったれめ、手前(てめえ)の都合だけで取引の日時を勝手に変えやがって……」ゴミだらけの裏路地に面しているパブの奥の部屋で、いらだちながらウイスキーをストレートであおっている……

情報屋「あの小娘め、もう勘弁ならねえ。今度会ったら……」

アンジェ「……今度会ったらどうするつもり?」

情報屋「っ!?」いつの間にか裏口から入って来たアンジェとちせ……アンジェはフランス風に裁断してある黒いマントに目深にかぶったシルクハット、ちせは厚手のマントを羽織り、その表情はボンネットで隠れている……

アンジェ「取引時間には間に合いそうになかったからそう伝言を頼んだけれど、やはり「モノ」は今日のうちに欲しい……どこにある?」情報屋の向かいに座ると、早速切り出した……

情報屋「モノはここにあるが……その前に金だ。なくっちゃ話にならねえ」

アンジェ「残金の五十ポンドならここにあるわ……王国ポンドよ」誤解のないよう、ゆっくりと札束を取り出す……

情報屋「確認させてもらうぜ」

アンジェ「ええ、どうぞ」

情報屋「……どうやら間違いはねえようだ」手元に書類を抱えたままで手際よく紙幣を数え、上着の内ポケットにしまい込んだ……

アンジェ「でしょうね」

情報屋「ああ。だがな……こういうやり口は気に入らねえ。お互いに「取引」をする以上、ふざけた真似はしねえもんだ」

アンジェ「……それで?」

情報屋「悪いが、あんたのこのちょっとした「ご挨拶」の分として、値段に色を付けさせてもらうぜ」

アンジェ「それで、いくら上乗せするつもり?」

情報屋「まぁ、五十ポンドってえ所だな……嫌なら手ぶらで帰ってくれたっていいんだぜ?」

…集めていたちんぴらはすでに帰ってしまった後だったが、用心棒が水平二連の散弾銃を抱えてのっそりと現れた…

アンジェ「なるほど……なかなか用心がいいようね」

情報屋「そうでないと世渡りが難しいもんでな……で、答えを聞こうじゃあねえか」

アンジェ「……これでは払うより仕方がないようね」ひと悶着あるかと思いきや、肩をすくめてあっさりと認め、長いマントの内側からポンド札を取り出した……

情報屋「なるほど、きっちり五十ある。それじゃあこいつを……」手早く札を内ポケットにねじ込むと、何の変哲もない一枚の紙を滑らせた……

アンジェ「確かに」さっと内容を読み通し、紙をしまい込む……

情報屋「それじゃあお帰りいただこうじゃねえか……まぁ、なんだ。 お互いに行き違いがあったとは言え「終わりよければ全て良し」ってもんだ、そうだろう?」両手を広げるようにして「してやったり」というような顔をしている……用心棒も散弾銃の銃口を少し下げ、緊張を緩めた……

アンジェ「そうね、それに対する私の考えだけれど……残念ながら「ノン」よ」

…合図のフランス語を言うよりも早くナイフを抜き、ふところに飛び込むようにして下から情報屋の胸元に突き立てる……同時にちせは身体を屈め、椅子を蹴り倒すようにして反転すると、抜き打ちで用心棒を切り捨てた…

情報屋「ぐ……っ!」

用心棒「がは……っ!」

アンジェ「……片付いたわ」

ちせ「こちらも……書類はどうじゃ?」

アンジェ「どうやら求めていた物で間違いなさそうよ」

ちせ「さようか。 して「後片付け」はどうする?」

アンジェ「そうね……今夜は冷えるし、ここには暖炉がある。それにしてもこんな火のそばにコートを掛けたりして、火の用心が足りていないように見えるわね」

ちせ「なるほど」

アンジェ「ええ……」

…数日後…

ドロシー「ここ数日そっちを手伝えなくて悪かったな……で、どうだった?」

アンジェ「大丈夫よ、こっちも片付いた」

ドロシー「だろうな、新聞記事を読んだよ……まったく火事ってのはおっかないもんだよな」

アンジェ「そうね」

ドロシー「それで、肝心の情報は?」

アンジェ「……これよ」

ドロシー「なんだ、わざわざ私に見せるために取っておいたのか? 内容を暗記したならとっとと焼き捨てちまえば良かったのに……」 

アンジェ「そう言わないで、とにかく見てちょうだい」

ドロシー「ああ、そうさせてもらおうかな……どれどれ……なるほど、こいつは大した情報だよ♪」苦労をして手に入れた王国情報部の書類には、音楽院で共和国に親近感を示す「注意すべき人物」のリストが書かれているだけだった……

アンジェ「全くね」内容を読み終えたドロシーが書類を返すと、肩をすくめて暖炉に書類を放り込んできっちり灰になるまで焼き捨てた……

ドロシー「……それで、王国情報部の監視はあったか?」

アンジェ「確認した限りではなし」

ドロシー「ということはその情報屋、餌として使われたわけでもないんだな」

アンジェ「ええ……おそらくは商売のやり方が汚いから、情報部に見捨てられたのではないかしら」

ドロシー「後ろ盾が無くなった以上、あとは誰に消されるのも時間の問題だった……ってわけか」

アンジェ「きっとそうでしょうね」

ドロシー「……欲張りは長生き出来ないってことだな」

アンジェ「ええ、そういうことよ……だからそのクッキーを取るのは止めておくことね」菓子皿に載っているクッキーを取ろうとするドロシーに、とがめるような視線を向けるアンジェ……

ドロシー「ごあいにくさま、私は型破りなんでね」そう言うと、ニヤニヤしながらクッキーを頬張った……

…case・プリンセス×ベアトリス「The old lady in the old rose」(枯れバラ色ドレスの老婦人)…

L「よし、ではこの作戦で行こう……書類を二部タイプして、一部はファイルに、もう一部は経理の連中に回してくれ」

7「分かりました」

L「それで、作戦名はどうなった?」

7「はい……今回の作戦名は「シェパーズ・パイ」です」(※シェパーズ・パイ…ひき肉とマッシュポテトを重ねたパイ風の料理)


…情報部が立案、計画する作戦名はたとえ敵側に流出したとしても内容が推測できないよう、規則性を持たせないように注意している……特に関係のある単語であったり、関連する作戦に共通するカテゴリーから命名したりといった法則を作らないよう、作戦名は内勤の職員が辞書を適当にめくって見つけた単語をリストアップした中からランダムに付けられ、そのリストも使い回したりせず、不定期に変更することで「不規則性」という「規則性」が生まれないようになっている…


L「シェパーズ・パイか……いいだろう。作戦課と人事課は適任と思われる部員と支援要員を選び出し、文書課は偽造書類を、技術課は装備を用意するように……基本の装備で構わん」いつものように渋い顔で、西インド諸島産の葉巻をくゆらさせている……

7「分かりました」

L「それから財務課には活動資金を用意させろ……もっとも、年度末も近いだけに出し渋るだろうが」

7「どうにか言いくるめてみます」

L「頼むぞ」

7「それにしても、今回の作戦ですが……」

L「君に言われなくても分かっている」


…声はいつものように落ち着き払っているがどこか問いかけるような響きを持たせ、語尾を濁した7……と、Lはそれをさえぎるように苦い声を出した…

7「申し訳ありません、出過ぎたことを申しました」

L「構わん……こういう仕事を続けていると、感覚がおかしくなってくるからな。大金を扱う銀行員の金銭感覚がおかしくなるのと同じだ」

7「そうですね」

L「だが、とにかくこれを成功させてもらわなければならん……」

7「承知しております」

L「ああ」

………



…同じ頃・メイフェア校の部室…

ドロシー「……なぁ、ベアトリス」


…気だるい午後に、淹れたばかりのセイロン茶にお菓子を添えてお茶の時間を過ごしている「白鳩」の面々……プリンセスは多忙な公務の合間を縫って学業にも精を出していて、甘いホワイトティー(ミルクティー)で一息ついている……ベアトリスは王宮でも寄宿舎でも変わりなく、プリンセスにまめまめしく仕えているが、今は甘いお菓子をつまんでゆったりと過ごしている……プリンセスの向かいに座っているアンジェはいつものように眼鏡をかけているが、普段のカバーである「田舎娘」の表情はせずに冷静な顔で砂糖なしの紅茶をすすり、ちせはそのかたわらで王室御用達の菓子店から取り寄せている銘菓をぱくつき、ドロシーは頬杖をついたまま氷でもかみ砕くように、パリの菓子店から取り寄せたというマカロンをやる気なく口に放り込んでいる……と、三つ目のマカロンを噛んで飲み込むと手についた粉をはたき、それからベアトリスのことをじっと眺めて切り出した…


ベアトリス「なんでしょう?」

ドロシー「お前さん、裁縫は得意な方だったよな?」

ベアトリス「お裁縫ですか? まぁ苦手ではありませんけど……どうかしたんですか?」

ドロシー「ああ、なに……もし手が空いているようならちょいと手伝ってくれ」

ベアトリス「はい。もう宿題も片付けちゃいましたし、別に構いませんよ……大丈夫ですよね、姫様?」

プリンセス「ええ、大丈夫よ……ドロシーさん、今日はベアトを連れていっても構わないわ」

ドロシー「そいつは助かるよ……それじゃあ、ちょっと出かけようか」

ベアトリス「どこに行くんです?」

ドロシー「ああ、ネストの一つにな……そこで手伝ってもらいたい事がある」

ベアトリス「はあ……それじゃあ、少し出かけてきます」

プリンセス「行ってらっしゃい♪」

ドロシー「悪いな、プリンセス……アンジェ、ちょっと「グリーン・ルーフ(緑の屋根)」の倉庫まで行ってくる。夜の八時には戻るつもりだ」

アンジェ「了解」

…運河(エンバンクメント)沿いの倉庫街…

ドロシー「……よーし、着いたぞ」


…ドロシーとベアトリスは寄宿学校を抜けだし、ネストの一つで地味な格好に着替えるとエンバンクメント沿いまでやって来た……まだ終業時刻には早過ぎるため通りを行き交う人間はほとんどなく、ときたま辺りの倉庫で荷運びをしている労働者が運河にもやって(係船して)いるはしけに荷物を積んだり降ろしたりしているだけだった……と、ドロシーは何やらかすれた文字で会社名らしきものが書き込んである一棟の古ぼけた倉庫を軽く指し示した……そして先ほど言っていた「緑の屋根」という言葉はどうやら冗談か安全策の一つであるらしく、屋根は赤茶色をしている…


ベアトリス「ここですか……私は今まで来たことがないですね」

ドロシー「ああ、ここは情報部が調達してよこした武器装備を調整するところだからな……お前さんには普段アンジェや私が調整したやつを渡しているから、来てもらう必要がなかったのさ」

ベアトリス「それじゃあ今日はどうして私の事を連れてきたんですか?」

ドロシー「なに、すぐに分かるさ……よっこらしょ」たてつけの悪いドアを開けると、倉庫の中に入った……

ベアトリス「ずいぶん蝶番が錆び付いてますね……油を差さないんですか?」

ドロシー「ああ。何しろこれだけキーキーいうからな。誰かがこっそり入り込もうとしてもきしむ音で分かるってわけだ……もし防諜部やスペシャル・ブランチの手入れを喰らっても開けるのに手間取るから、その間に向こうの窓から運河に飛び込めるって寸法さ」

ベアトリス「なるほど」

ドロシー「さて、それじゃあおしゃべりはこのくらいにして……と」唐突に上着を脱ぎ始めるドロシー……

ベアトリス「え、ちょっと……!」

ドロシー「まぁまぁ、そう驚くな……別に手籠めにしようってわけじゃない。こいつを手伝ってほしいだけさ♪」

…そう言って作業机の上に取り出したのは、型紙と大きな牛革の切れが数枚。それに皮革用のナイフと仕立屋のような鋭い裁ちばさみ……そして穴開け用と思われる小さいフォークのようなものや、風変わりな器具が一揃い…

ベアトリス「何ですか、これ?」

ドロシー「こいつは革用の細工道具だよ。普段ピストルを突っ込んでいるホルスターなんだが、情報部がよこす既製品のやつだとぴったり馴染まなくてな……大きさを合わせたり、手作りしたりしてるんだ」

ベアトリス「そうなんですか」

ドロシー「そうさ。何しろ肩吊り用にしろ腰用のにしろ、私やアンジェみたいな若い女が使うようには作られちゃいないからな……モノによっちゃあ普通に革製品の店で注文することもあるが、レディが軍用の.380だの.455口径のピストルに合う肩吊りホルスターなんて買ったら目立つことこの上ないし、何より自分で作れば経費の節約にもなる。 そしてその「ちょろまかした」分で他のモノを買ったり、うまいものを食ったりするのさ」

ベアトリス「……そう言うのっていけないんじゃないですか?」

ドロシー「そりゃあ厳密にいけばいいとは言えないさ……ただ、そうでもしなくちゃ活動費用が追っつかないし、私はコントロールも知ってて黙認していると踏んでるよ」

ベアトリス「そういうものなんですね」

ドロシー「ああ。お互いに成果さえあげてれば言うことなしってわけでね……話がそれちまったが、ホルスターなんか場合によってはイチから作ることもあるんだ」

ベアトリス「すごいですね」

ドロシー「ま、一秒を争うって時に使う道具だから、そのくらいはしないとな。 それで、お前さんには私が革地をあてがっている間、このインクで印を付けてもらいたいんだ……あと、裁断済みのやつがあるから、終わったらそいつの縫製も手伝ってもらいたいな」

ベアトリス「なんだ、そういうことだったんですね。いきなり上着を脱ぐから、てっきり……///」

ドロシー「……したいようなら別に構わないぜ?」

ベアトリス「ち、違いますっ!」

ドロシー「なーに、ちょっとした冗談だよ……それにどのみち、いつも腰が抜けるほどプリンセスに愛してもらってるんだろうからな」

ベアトリス「……ノーコメントです///」

ドロシー「はは、口で言わなくてもその雄弁な表情じゃあなんにもならないぜ?」

ベアトリス「///」

ドロシー「さ、おしゃべりはほどほどにして取りかかろう」


…ある程度のサイズに切ってある革地を肩にあてがうと、ベアトリスが仕立屋のように前後左右と飛び回りながら目安の線を入れていく……時折ドロシーが銃を抜く動作をしてみたり、ホルスターをあてがって脇から吊るしたときの高さを確かめ、しばらくして納得したようにうなずいた……それからけがき線にそってナイフを入れて革を切り、全体を組み立てる前に小さいパーツや留め革の部分をにかわでくっつけ、おもしを載せて作業台に固定した…

ベアトリス「こんな風になっているんですね」

ドロシー「ま、普段は革なんて扱わないだろうからな……そっちを押さえておいてくれ」

…作業台には他にも工程の途中にあるホルスターや何かのポーチのようなものが並んでいて、今度はそれを取り上げて渡した……縫い目となる部分には印の線が引いてあり、そこに「目打ち」(小さいフォーク状の道具)をあて、木槌で「とんとん……っ」と打って、針が通る穴を開けていく…

ベアトリス「縫い方はどうすれば良いですか?」

ドロシー「糸の両側に針を通して、互い違いに縫っていってくれ……糸は縫う長さの四倍はないと足りなくなるから、遠慮しないで多めに使いな」ベアトリスにやり方を教えながら、蝋が塗ってある革用の糸を使ってすいすいと縫っていくドロシー……

ベアトリス「上手ですね、ドロシーさん……いつもはお裁縫なんて全然しないのに」

ドロシー「まぁな……とりあえずここにある出来かけを作り終えたら戻ろう。ついでに屋台のミートパイでも腹に詰めて行くとしようぜ♪」

…同じ頃・とある下級貴族の屋敷…

初老の男爵「ミス・クロウリー、お茶を持ってきてくれ」

中年のメイド「承知いたしました、カーフィリ様」

男爵「頼むよ」

メイド「はい、ただいま……」

…一週間前…

管理官「……今回の任務は我々の考えに共鳴している王国貴族と接触、当該人物から王国議会の情報を入手することにある。君は「ミス・クロウリー」として該当する人物にコンタクトし、情報を入手しろ」

中年の女性エージェント「はい」


…管理官から任務説明を受けている女性エージェントは髪に白いものが交じり、身体も小さく、手には小じわがより始めている……年の差でいえば孫ほど若い管理官から任務説明を受けながら、時折ミルクの入ったアッサムをすすっている…


管理官「それから支援要員だが、当面の間は二人だけだ。 頭数は少ないが、王国防諜部の監視が厳しい中で無闇に人数を送り込むことも出来ん。どうにかやりくりしてくれ」

エージェント「分かりました」

管理官「必要な機材や道具立てはロンドンの支援要員がミスト・ヴェール墓地の奥、右奥の三つ目にある「ジョージ・マックウェル」の墓に埋めておいた」

エージェント「ジョージ・マックウェル? 一体誰なんです?」

管理官「縁者も親戚もない無縁仏の一つだよ……三十年も前に酔っ払って運河に落ちて溺れた男だ。今さら本人が気にするとも思えないがね」

エージェント「そう願いたいですね」

管理官「大丈夫さ。もし気になるようならウイスキーの瓶でも供えてやるといい……ネストとしては、メイベリー街の12番地にある「アルフレッド・カーフィリ男爵」の家を用意した……男爵と言っても平民とさして変わらない貧乏貴族で、君はそこのハウスメイド(女中)として雇われていることになっている」

エージェント「ええ」

管理官「ロンドン入りは石炭運搬の艀(はしけ)の積荷に紛れて行ってもらう……居心地は悪いだろうが、そこは我慢してくれ」

エージェント「堆肥を積んだ荷車じゃなかっただけでも上等ですよ」

管理官「そう言ってもらえるとありがたいな……目標との接触についてはネストに入り次第、追って指示する」

エージェント「分かりました」

…その数日後・運河沿い…

水夫「そら、もやい綱をかけろ! 道板を渡せ!」

荷下ろし係「ぼやぼやするな! あまり遅いようだと給料を減らすぞ!」

エージェント「……」山ほど積まれている質の悪い泥炭やくず炭が次々と艀から運び出されていく間にそっと船倉から抜けだし、するりと人混みに紛れ込んだ……

…数時間後・墓地…

エージェント「あったわね……」

…無縁仏の粗末な墓石を少し動かすと、その下に包みの手ざわりがある……年齢の割りに機敏な動作で包みを引っ張り出すと、何事もないように墓にお参りをし、ちょこちょこした歩調で歩き出した…

…さらに数時間後…

エージェント「……」

…人目に付かない裏通りで着替えたエージェントは前に着ていたぼろぼろの服をゴミの山に突っ込み、よくいるメイドらしい格好に着替えていた……オールドローズ色のあせたエプロンドレスに、頭に着けたヘッドドレス、手には卵が数個とニンジンが入った買い物用のバスケットを持っている……そのまま何事もなかったかのように、一軒の邸宅の裏口を開けて入った…

エージェント「……ただいま戻りました」

男爵(共和国の支援者)「ああ、お帰り……」

………

…数日後・コントロール…

7「L「シェパーズ・パイ」の件で管理官から報告が上がって参りました」

L「ほう……それで?」

7「はい。無事にネストへと入ることが出来たとメッセージが届いたそうです」

L「よかろう」

7「何か指示はございますか?」

L「いや、ない。 管理官に事前のブリーフィング通り任務を始めるよう通達してくれ」

7「承知いたしました」

L「ああ……」

…別の日・カーフィリ男爵の屋敷…

男爵「ミス・クロウリー、少しいいかね?」

エージェント「何でございましょう、カーフィリ様」

男爵「うむ……実は今度、ベニングスビー伯爵の屋敷で夕食会があるそうだ」

エージェント「それはよろしゅうございますね」

男爵「ああ……だが、さすがにベニングスビー伯ともなると大したものだね。屋敷に数十人はいるメイドや執事たちに加えて、当日は幾人もの料理人や給仕、メイドを雇うそうだ」朝刊を軽く振り動かしてみせた……

エージェント「さようでございますか」

男爵「うむ、現にこうして新聞に募集が出ておる……どことは書かれておらんが、間違いなく伯のパーティに合わせたものだよ」

エージェント「さようですか。 ところでカーフィリ様、わたくしは少々出かけなければならない用事があるのですが……数日ほどお休みを頂けますでしょうか?」支援者でもある男爵に、取り決めてある合図をしてみせた……

男爵「……うむ。かまわんから遠慮せずに行ってきなさい」

エージェント「承知いたしました、では失礼いたします……」

…同じ頃・メイフェア校…

アンジェ「……今度ベニングスビー伯爵のお屋敷でパーティが開かれるそうね」

ドロシー「ベニングスビー伯……例のパーティ好きの伯爵だな。 頭の出来はニワトリとどっこいどっこいだが、それだけに敵視されることもなければ、余計な政争にくちばしを突っ込むこともない……ある意味では「中立地帯」として最も信用できる人物だな」

アンジェ「要約ありがとう……そのベニングスビー伯爵よ。 そこに私もプリンセスのお誘いで同行することになった」

ドロシー「けっこうじゃないか、せいぜいうまいもんでも食ってくることだな」

アンジェ「残念だけれど、どうもそうは行かないようね」

ドロシー「……ほう?」

アンジェ「プリンセスが耳にした情報だと、どうやら今回のパーティは内務卿……つまりノルマンディ公の勧めでベニングスビー伯が開くことに決めたパーティなの」

ドロシー「ふぅん……奴さんが好き好んでパーティなんぞを開くようには見えないな」

アンジェ「ええ。 おそらくノルマンディ公はパーティにかこつけて誰かと接触を図るか、さもなければ招待客の動きを観察する機会を設けたいということね」

ドロシー「そうなると話が変わってくるな……ダモクレスの剣を上から吊るされた状態ってことか」

アンジェ「そういうこと」

ドロシー「まさかプリンセスとそのご学友を疑うとも思えないが……くれぐれも気を付けて、ボロを出さないようにしろよ」

アンジェ「ええ……」

ドロシー「ベアトリスは知ってるのか」

アンジェ「その情報を聞いたのはベアトリスよ」

ドロシー「へぇ、案外やるもんだな」

アンジェ「そうかもしれないわね……とりあえずパーティには出席するけれど、しばらくの間は鳴りをひそめる必要がありそうね」

ドロシー「ああ。さすがにこれだけ動き回っていると、どこかでほころびが出たっておかしくないものな……」

アンジェ「内務卿が動いたのも気になるし、もしかしたら何かをつかんでいるのかもしれないわね」

ドロシー「……そうでないことを願うばかりだな」

…王国内務省…

防諜部長「……どうもこのところ、議会で審議された議案や予算案の情報が漏れている。むろん、各省庁の書記や秘書といった人物が関与しているとも思われたが、今回流出した情報は下級官僚には閲覧が許されていない」

管理官「つまり……」

防諜部長「議会内の重鎮、あるいは有力者……つまりは貴族の誰かが共和国に情報を売っているか、どこかで軽々しく話題にしているということだ。 そこでしばらくの間調査を続けていたところ、近々共和国のスパイがその情報提供者と連絡を取るべく接触するという情報が入ってきた」

管理官「では、その糸をたぐっていけば……」

防諜部長「おそらくは情報漏れの穴が見つかるだろう……共和国のスパイとは、どうやら今度行われるベニングスビー伯爵のパーティで接触する予定らしい。 ……情報漏洩の元と思われる人物はある程度まで絞り込んである。後はそれを手がかりとして目標の人物が誰か特定し、共和国のスパイもろとも確保する」

管理官「承知しました」

防諜部長「それから、今回の対象人物からは色々と聞く必要があるのでな……きちんと話せる状態で捕らえてもらいたい」

管理官「お任せを」

防諜部長「頼むぞ……この件はノルマンディ公直々の指示だ。くれぐれも手抜かりのないようにな」

管理官「あの方のですか……」

防諜部長「そうだ。ノルマンディ公が手元に置いている子飼いの連中は別件で動かせんらしい……そこでこちらにお鉢が回ってきたと言うことだ」

管理官「例の褐色娘ですね」

防諜部長「ああ……だが、よそで軽々しくそういう言い方をするな。 内務卿はあの娘をずいぶんと高く評価している」

管理官「そのようですね……部下は誰を頂けますか」

防諜部長「内務卿からは特にこれと言った指示を受けてはいない、ただ「必要な人物を過不足なく確保しろ」と言われているだけだ」

管理官「そうですか……こちらとしては対象の人物やパーティ会場の来客数から考えても、監視に並クラスのエージェントが六人、連絡役(メッセンジャー)として使える下級のエージェントか協力者も同数は欲しい所ですが」

防諜部長「合わせて一ダースか……もう少し減らせないか?」

管理官「これだけの会場で監視対象も複数ということになると、これだけの人数は必要です……もしかすると内通者は女性の可能性もある。男女それのエージェントが三人ずつでは、それぞれ対象を一人か二人監視するので精一杯です」

防諜部長「……仕方ないな、どうにかかき集めてみよう」

管理官「お願いします」

防諜部長「機材で必要なものは?」

管理官「パーティ会場での監視任務ですから、それ相応の格好と、カバー(偽装)に使える身分証やそれに類するものを……貴族は顔が知られていますからなりすますことは出来ませんが、料理の仕出しや雇われの給仕といった人間が入るでしょうから、そうした店の身分証があれば助かります」

防諜部長「分かった」

管理官「後は連絡用の機材ですが、パーティ会場ではモールス信号機も伝書鳩も必要ありませんし……標準的な装備で構わないかと」

防諜部長「うむ、そうしてくれ……予算も無限ではないからな」

管理官「よく知っています」防諜部内で提供される不味い紅茶のポットを軽く見てから、さらりと皮肉を言った……

防諜部長「結構」

………

…ロンドン・仕出し料理店…

雇用係「なるほど、貴族のお屋敷で……それならちょうどいい。じゃあここにサインをして」

共和国エージェント「はい」

…貴族のお屋敷と言えども、さすがに大がかりなパーティともなると屋敷の人間だけでは配膳や調理がまかないきれないこともあり、そういったときには高級レストランからシェフを呼んだり、気の利いた執事やメイドを派遣する「口入れ屋」が注文を取ったりする……生真面目である程度の教養もありそうな人間はそうした場所で受けが良く、エージェントの女性も「盆の運び方」や「食器の上げ下げ」といった実技のテストを受けた後、あっさりと契約書を交わした…

雇用係「当日はお屋敷の勝手口に行き、そこでハウスキーパー(女中頭)から指示を受けること。 あと、忘れずにこの書類を持って行くように」

エージェント「分かりました」

雇用係「それじゃあご苦労さん……次の方」

…一方…

堀河公「ふむ……ベニングスビー伯爵のパーティか」

ちせ「はっ、どうも内務卿の差し金によるものと思われます」

…表向きは慣れないロンドンでの生活や勉学の支援のため、大使館で定期的に設けられている「相談会」にやってきたちせ……留学生という立場は堂々と大使館に通う理由が付けられるので、指示や報告の機会も得やすい……堀河公とは廊下で出くわした形を取り、雑談でもするかのように何気なく歩きながら報告を済ませる…

堀河公「なるほど、気になる所ではあるな……なにはともあれ情報の入手、大儀であった」

ちせ「もったいないお言葉にございます」

堀河公「いや、君は「倫敦(ロンドン)特務機関」の中でも実に優秀だ……引き続き励んでくれ」そう言うと日本から届いたばかりの菓子折を手渡した……

堀河公「……これは、ぜひ君の「ご学友」と一緒に」

ちせ「かたじけのうございます」

堀河公「うむ……君たち若い女学生はこれからの国家を支えてもらうためにも見聞を広め、勉学に励んでもらいたいものですな!」それまでは周囲には聞き取れない程度の口調で話していたが、急にあたりの事務官たちにも聞こえるような大声で言った……

ちせ「はい」

…そのころ・メイフェア校…

ドロシー「ベアトリス、分かっているとは思うが今回のパーティには気を付けて臨めよ」

ベアトリス「ええ」

ドロシー「お前さんが仕入れてきた情報が確かなら、内務卿がベニングスビー伯爵をつついてパーティを開かせることにした。 だが内務卿……ノルマンディ公が理由もなしに何かをすることなんてない。ましてやパーティを開くよう勧めるなんてことは、プリンセスが机の上に脚を乗っけるくらいあり得ない」

ベアトリス「そうですね」

ドロシー「とにかく当日は絶対に余計な色気を出すな……姫様のお付きとしていつも通りに振る舞え」

…ドロシーとしても着実に進歩しているベアトリスにあれこれ言うのはいささか気が引けたが、そこそこ情報活動に慣れてきてある程度の動きが分かったような気になっている時期が一番危ないと、しつこく言い聞かせた…

ベアトリス「はい」

ドロシー「頼んだぜ?」

ベアトリス「もちろんです、姫様を危険にさらすようなことをするわけがないじゃないですか」

ドロシー「ああ、ならいいんだ」

…一方…

プリンセス「アンジェ、今度のパーティには何を着ていくの?」

アンジェ「そうね……私は例の薄紫色のドレスにするつもりよ」


…アンジェはすでに日々の生活と一体となっている「地味で冴えない庶民出身の田舎娘」のカバー(偽装)を活かすために、パーティやお茶会ではたいてい印象を薄くするようなぼんやりした色合いのドレスを選んでいる……無邪気に微笑むプリンセスに対して素っ気なくそう言うと、また書きかけのノートに視線を戻した…


プリンセス「もう、アンジェったらまたあんな地味な色のものを着るつもりなの? ……せっかくなのだから、あの明るい黄色のドレスを着ればいいのに」

アンジェ「あのドレスは嫌いよ」

プリンセス「むぅ……アンジェの意地悪」

アンジェ「意地悪でも何でもないわ。 ああいう目立つ色を着るのは私の仕事じゃないってだけ」

プリンセス「でもたまにはいいじゃない、特に今回は私の「ご学友」として参加するわけだし……だめ?」いたずらっぽい笑みを浮かべて、下からのぞき込むようにしながら小首を傾げるプリンセス……

アンジェ「だめね」

プリンセス「そう、せっかく綺麗なドレス姿のアンジェを見られると思ったのに……残念」

アンジェ「そんなに見たければ今度二人きりの時にでも着てあげるわ」

プリンセス「ねぇ、アンジェ……それってもしかして「そういう」意味?」

アンジェ「……別にそういうつもりで言ったわけじゃないわ」

プリンセス「あら、でもその割には頬が赤いわよ?」

アンジェ「気のせいよ」

…数日後・ロンドン市内の高級美容室…

令嬢A「それで、今度のパーティにはプリンセスも出席なさるとか……」

令嬢B「ええ、その噂でしたらわたくしも耳にしておりますけれど、本当かしら?」

令嬢C「……あのクリーム色と緑のドレスは首回りのデザインが良くなくって……やはり仕立屋はロンドンに限りますわ」

令嬢D「そうですわね……ところでお父上から聞いたのですけれど、今度のスピットヘッドの観艦式には新型の軍艦が参加するそうですの」


…美容院の待合室で順番を待ちながらおしゃべりに興じるレディたち……ドレスや髪型、化粧や宝飾品の流行りすたりといった話題に交じって、王室や有名貴族の動静、夫や友人、はたまた父親から聞きかじった植民地事業や株価の値動き、官僚や軍の人事異動や配置転換といった、情報部員にとってよだれの出そうな情報も流れている……地味な格好をして髪を整え、結び、鋏を動かし、あるいは手にクリームを塗り、爪を磨き艶を出している「髪結い」の女性たちは何も言わず黙々と作業をこなしているが、その中にはしっかりと情報を聞き留めている共和国の情報部員や、情報を売って「副業」にしている下級の「タレコミ屋」なども交じっていた…


髪結い「では、ここを結い上げて……いかがでございましょう?」

令嬢「結構ね、これでよろしくてよ」

髪結い「はい……お待たせいたしました、どうぞ」

…その頃・王宮…

プリンセス「あら、叔父様。 ごきげんよう」

ノルマンディ公「ああ……ときにプリンセス」

プリンセス「なんでしょう?」

ノルマンディ公「うむ、今度のベニングスビー伯爵が開く夕食会についてだが……」

プリンセス「何かありましたの?」

ノルマンディ公「うむ、最近はロイヤル・ファミリーに対する不穏な動きが多いのでな……護衛官を二人ほど付けさせてもらう」

プリンセス「まぁ、王族を狙う事件だなんて怖いことですわね……叔父様、お気遣い嬉しく思いますわ」

…内務卿配下の護衛官に監視されていては何かと動きが制限されてしまうが、申し出を断れば疑惑を招く……プリンセスは仕方なく微笑みを浮かべ、丁寧に例を言った…

ノルマンディ公「なに、王国の将来を担うプリンセスに何かあっては困るからな……当日は誰も彼も着飾って来ることだろうから、うんとおめかしをして行くといいだろう」

プリンセス「あら、叔父様ったら……それでは素敵な格好をしませんと♪」

ノルマンディ公「うむ……では失礼」

ガゼル「……」ノルマンディ公に付き従っている「ガゼル」が、一瞬だけプリンセスとベアトリスに視線を向け、それから軽く礼をして歩いて行った……

ベアトリス「……姫様」

プリンセス「ええ」

ベアトリス「どうしますか?」

プリンセス「仕方のないことでしょう……ドロシーさんたちの言うように、当日は余計な事をせずに過ごしましょう」

ベアトリス「分かりました」

…その日の晩・部室…

ドロシー「やっぱりな……」

アンジェ「ええ。疑念を抱いているわけではないとしても定期的な「身体検査」は怠らないでしょうから、この動きは予想出来た」

ドロシー「しかし、こうなると当日は眉毛一つ動かせないな」

アンジェ「構わない。 コントロールには接触の時期をずらしてもらえばいい」

ドロシー「もちろんだ……ねずみ取りが仕掛けてあるって分かっていながらチーズに飛びつく馬鹿はいないさ」

アンジェ「そうね」

ドロシー「ちせにもおおよそのところは伝えておいた……これで堀河公にひとつ貸しを作ってやったことになる」

アンジェ「ええ……何かあったときに向こうから譲歩を引き出すいい質草になるわね」

ドロシー「そういうこと♪」

…パーティ数時間前・伯爵家の勝手口…

ハウスキーパー「なるほど、貴女たちが雇われた方々ね……結構。私はハウスキーパーのミセス・ダルトン」


…丸縁の眼鏡をかけた貫禄のあるハウスキーパー(女中頭)が新兵を見定める軍曹のような目つきでジロリと雇われメイドたちを眺め回した……上流階級の家庭における「ハウスキーパー」はいわゆるメイドとは異なる「女性版の執事」といった立場にあり、同格にあるバトラー(執事)を除く全員の人事権と家庭内におけるやりくりを全て把握していて、屋敷の中では一国の宰相を上回る権力を持っていると言っても過言ではない……そしてその威圧感は口入れ屋から派遣された一時雇いのメイドたち相手でも変わらない…


ハウスキーパー「料理をお出しする順番やお客様へのもてなしは私が、食器や料理に関する指示はうちのコックが出します……くれぐれも粗相のないように」

雇われメイドたち「「はい」」

ハウスキーパー「よろしい」

…しばらくして・厨房…

コック「カナッペは三種類、煮こごり料理は後で出す……スープ皿はここに並べるんだ」


…大きな厨房では火が赤々と燃え、屋敷のコックが指揮を執り、まるで戦場のような勢いで料理を仕上げていく……きれいに磨き上げられている銅の小鍋でソースを仕上げている者に、大きな銀の皿にローストビーフを盛り付けている者、煮こごり料理に最後の仕上げを加えている者…


コック「おい、ショウガソースはまだか!」

料理人「あと少しです!」

コック「こら、火が強いぞ! 焦げ付かせるつもりか!」

料理人B「すみません!」


…屋敷のコックは火加減の難しい料理を担当しつつ周囲にも目を配り、下働きや雇った仕出し料理屋の料理人たちに指示を飛ばしたりののしったりしている……きれいな赤身のローストビーフや手間のかかる煮こごり(ゼラチン寄せ)料理、木の葉をモチーフにした大きなパイ、料理を彩る濃厚なオランデーズソースや甘酸っぱいクランベリーソース……そしてデザートに使うメレンゲやカスタード、ルバーブの砂糖漬けやラズベリーのジャムも次々と仕上がっていく…


コック「味にメリハリがないな……コショウをもう少しだ!」

料理人「はい!」

コック「おい、レモン果汁はどうした?」

料理人B「今やります!」

…一方…

貴族女性「これはプリンセス……お目にかかれて嬉しゅうございます」

プリンセス「ええ、わたくしもです」

貴族女性B「プリンセスとのお目もじが叶いまして、わたくし幸せでございます」

プリンセス「まぁまぁ、わたくしもですよ。レディ・ヘリング……」

…いつも通りにこやかに左右の貴族たちに笑顔を振りまき、挨拶を交わしているプリンセス……と、そこに最新流行の洒落た格好に身を包んだ頬が赤く締まりのない貴族の男性……主催のベニングスビー伯爵がやってきた…

伯爵「おぉ、プリンセス……ようこそつつましき我が家へお越し下さいました♪」人のいい笑顔を浮かべた伯爵が頭を悩ませることと言ってはハンカチの位置やチョッキのしわといったことに限られるらしく、時折胸元のハンカチをいじっている……

プリンセス「まぁまぁ「つつましやか」だなんて……伯のお屋敷はとても立派でいらっしゃいますよ。 以前見せていただいた十六世紀のタペストリーや絵画はとても立派なもので、わたくし感心しておりました♪」

伯爵「いやはや、覚えていて下さって光栄です♪ ささ、どうぞこちらへ!」

ベアトリス「……」さりげなくプリンセスに従っているが、内務卿配下の私服護衛官が目を離さずについているせいか、少し緊張しているベアトリス…

アンジェ「……」一方、さしたる印象も与えずにさらりと会場に溶け込んでいるアンジェ……プリンセスから数歩ばかり距離を開けて次第に離れていき、少し退屈な表情をして壁際に立っただけで、あっという間に誰も気に留めない置物のようになってしまう……

…その頃・厨房…

コック「……よし、いいだろう……さぁ、前菜から持って行ってくれ!」


…食器室から運ばれてくる皿とグラスはピカピカに磨き上げられ、そこに料理が盛り付けられるとメイド達が運び出していく……共和国エージェントもメイド達に交じって忙しく立ち働くと同時に、屋敷の間取りや鍵の種類、家具の場所を頭に入れていく…


ハウスキーパー「乾杯はシャンパンから、前菜は順番を取り違えないように……」きちんと身なりが整っているか確認すると、料理を運ぶメイドや給仕たちをうながした……



…しばらくして・食堂…

伯爵「えー、では……今宵、小生の主催いたしますこのささやかな夕食会にプリンセスのご臨席を賜りましたこと、心より御礼を申し上げます」伯爵が一礼すると、プリンセスも微笑みを浮かべて礼を返した……

伯爵「つきましては御一同、どうぞグラスをお持ちいただき……」


…見事なグラスに注がれた黄金色の美しいシャンパンがろうそくやランプの灯りに照り映え、乾杯のために立ち上がった貴族たちがまとう色とりどりの服やきらびやかな宝飾品、また勲爵士のリボンや勲章がきらきらときらめいている……


伯爵「では、これからも陛下の治世の長きことを願って」乾杯の音頭を取ると一同はシャンパンを飲み干し、一旦席につく……すぐに次の一杯が注がれ、今度はプリンセスが返杯のために挨拶をする……

プリンセス「今宵、私をお招き下さいましたベニングスビー伯と伯爵夫人、またウィンターボザム伯爵夫妻、グレイスレード伯爵夫妻、バーコウ男爵夫妻、サザード男爵夫妻……また今宵を共に過ごします皆様方の健康を祝して、乾杯」


…有力貴族たちの名前を次々と誤ることも言いよどむこともなく網羅しつつ、それぞれに軽く一礼し、無事に言い終えるとグラスを持ち上げて乾杯した…


伯爵「いやはや、まさか本当にプリンセスにご来駕頂けるとは……わたくしめは嬉しく思っております」

プリンセス「いえいえ、伯のお誘いをむげにお断りするわけには参りませんもの……♪」

伯爵「恐縮でございます」


…にぎやかに会話が弾む中、さっそく前菜がやってくる……新鮮なエンドウ豆のきれいな緑色とサーモンの鮮やかな鮭色を残したままムースにした手間のかかる一品や、小さなクラッカーに丁寧に盛り付けられたフォアグラのパテにクリームチーズ、アスパラガスなどがさっと供される…


太めの伯爵夫人「相変わらずベニングスビー伯は美食家でいらっしゃいますわね」

伯爵「ははは、ポールトン伯爵夫人はフォアグラがお好きだとうかがっておりましたので、特に用意させたのですよ」

伯爵夫人「まぁまぁ、お気遣いいただいて……大変結構なお味ですわ」

口ひげの伯爵「うむ、実に見事だ……ベニングスビー伯はいい料理人を抱えていらっしゃる」

伯爵「いやいや、過分のお褒めをいただき恥ずかしい限りです」

…一方・テーブルの末席…

鼻のとがった貴族令嬢「……それで、貴女様はプリンセスとご学友でいらっしゃるの?」

アンジェ「え、ええ……」


…アルビオンでは白い目で見られがちなフランス系の名前を持ち、かつ「平民」であるアンジェは本来このような席に呼ばれることすらあり得ないが、あくまで「プリンセスのご学友」としての、いわば「添え物」として招待され、つんと取り澄ました貴族令嬢の端くれと向かい合う席に座っていた……その点では形ばかりとは言え貴族令嬢であるベアトリスの方が席次が上で、テーブルの中央より少し手前、あまり悪くない位置に座っている…


貴族令嬢「そう」

アンジェ「はい……」いかにも貴族に圧倒されてしどろもどろ……といった演技をしながら、抜かりなく室内を観察しているアンジェ……

アンジェ「……(給仕の中に内務卿のエージェントが一人、二人……合わせて四人)」

騒がしい貴族令嬢「それにしてもプリンセスと同じ夕食会にお招きいただけるなんて! わたくし、もう感激で胸が一杯ですわ!」

アンジェ「……」

…いくつか離れた席に騒がしくしている貴族令嬢がいるおかげで注意がそちらに引きつけられ、あたりを観察するのには都合がいい……きらびやかな服の伯爵に仲むつまじい様子の男爵夫妻、優雅な物腰の伯爵令嬢に美男子の男爵子息……

貴族令嬢「……それで、プリンセスとお話しするような機会はございますの?」

アンジェ「いえ。わたくしのようなものでは、そのようなことは滅多に……」相手が退屈になるようあいまいな返事をしながら、並んでいる貴族たちを冷めた心で観察しているアンジェ……料理を口に運びつつ、胸中ではコントロールに送る報告書に書くべき、貴族たちの人格的欠点や素行を書き並べている……

豪華な格好の伯爵「いやはや、それがですな……」

アンジェ「……(あの伯爵は株で一財産をすったけれど、まだ見栄を張ってぜいたくな暮らしをしている……金銭面で転ばせることはたやすい)」

丸顔の男爵「良かったねえ、おまえが一緒で私も嬉しいよ」

しとやかな男爵夫人「ええ、あなた」

アンジェ「……(あの男爵夫妻は仲むつまじい振りをしているけれど、実際には政略結婚で関係は冷え切っている……ちょっとした誘いがあれば、どちらも火遊びにのめり込む可能性はある)」

優雅な伯爵令嬢「まぁ、ふふふ……♪」

アンジェ「……(あの男爵令嬢は裏で会員制サロンに入り浸っては、店の女の子を相手にみだらな行いの限りを尽くしている……それをネタに脅しつければあっという間に情報を吐くはず)」

………

伯爵「それではそろそろパイの方に参りましょう♪」

高齢の貴族婦人「まぁまぁ、美味しそうなパイですこと」

伯爵「でしょうな。これはうちの料理人が特に自慢している一品でしてね……ささ、私がお取りしますよ」

貴族婦人「まぁ、ありがとう」

男爵「……うむ、確かに絶品だ」

男爵夫人「実に美味しいですわ♪」


…まるで軍艦の船体かアイロンのような、立ち上がりのある木の葉型をした大きなパイが食卓に運ばれてきた……まだ湯気を残しているパイはこんがりといい色をしていて、表面にはパイ皮で産業のシンボルである歯車と自然の象徴である木の葉をあしらってある……中に詰まっているのはたっぷりのビーフで、じっくりと煮込まれていて柔らかく、オレガノやローズマリーの風味、そして肉の臭みを消すために使われている黒胡椒の後に残すぴりっとした刺激がよく調和している…


赤ら顔の男爵「いや、これは素晴らしいですな……どうです、うちの料理人と取り替えませんか?」

伯爵「ははは。 ウィルポール男爵、あなたの抱えていらっしゃる料理人はスープが絶品だと聞いておりますよ」

男爵「ええ、いかにも……スープの時はうちの料理人を使って、パイの時は伯爵の料理人を使えれば言うことなしなのですがね」

伯爵「世の中はままならないものですな」

男爵「まったくですな……もう一切れお願いいたしますよ」

伯爵「ええ、お取りしましょう」


…壁際でじっと動かず装飾のように控えている護衛官は切り分け用のナイフが動くたびに、いつ刃がプリンセスに向けられても対応できるよう、そのたびごとにちらっと注意を向けている……プリンセスは背中に護衛官たちの視線を意識しながらもにこやかに微笑み、あくまで「プリンセスらしい」上品な冗談で軽い笑いを取り、ドレスを汚すことのないよう、小鳥が餌をついばむように少しずつパイをいただく…

伯爵「いかがですか、プリンセス? お口に合いますでしょうか」

プリンセス「ええ、とても……本当に美味ですわ♪」

…体調を崩して公的行事を欠席したりすることがないよう、常に食事は控え目で節制を求められているプリンセスは、いかに美味しいパイではあってもお代わりを頼むようなことはできず、好きなように飲み食いできる立場の貴族たちが少しだけ羨ましい……しかしながらそれと同時に、周囲に気を配り余計な事を口走ったりしないよう緊張し頭を働かせているためか、こうした場面ではあまり空腹を感じない…


男爵「……いやはや、絶品でしたな」

男爵夫人「素晴らしい食事でしたわ」

伯爵「そう言っていただけると実に嬉しい。 ワインはいかがですかな? それともブランデー? プリンセス、いかがですか?」

プリンセス「ありがとうございます、それではワインにしましょう」

貴族婦人「それではわたくしも……」

伯爵「チーズは? ロクフォール? チェシャ? スティルトン?」

プリンセス「そうですね……」

………

…厨房…


…明るく照らされた食卓で笑いさざめいている間に、厨房には次々と皿やグラスが運ばれてくる……湯を沸かした大きな桶に次々と皿がつけ込まれ、汚れが浮いたところで海綿(かいめん)のスポンジを使って汚れを洗い落としていく……ワイングラスは丁寧にゆすぎ、皿とは別に管理される…

料理人「おい、丁寧にやれ! これだから雇われの下働きは嫌なんだ……」

料理人B「盆はそっちじゃない! こっちだ!」

共和国エージェント「……」

…めまぐるしく人が行き来し、料理人でさえ目が回りそうな空間からさっと抜けだすと、人気のない廊下で対象と待ち合わせるエージェント……と、そこへやせ型の貴族が一人やってきた……わし鼻に気難しそうな顔立ち、愉快なパーティに来たというのにへの字に曲がっている口……身に付けている物こそ悪くないが底意地の悪そうな態度のせいで、したくもない仮装をさせられた寄宿学校の校長先生か何かに見える…

貴族「おい、メイド。手洗いはどこだ」

エージェント「申し訳ございません、わたくしは臨時に雇われただけでございますので……」

貴族「なんだ、使えんな。これだから下層階級は困る。 これならうちの犬の「グロウラー(うなる奴)」の方がよっぽど利口だ……まったく、教養という物はないのか」そう吐きすてるように言った中にさりげなく、取り決めてあった「グロウラー」という合い言葉が入っている……

エージェント「はい、あいにくと「マクベス」も読んだことがありませんので」

貴族「ふん。 シェークスピアなんぞただの劇作家に過ぎん……もういい」

エージェント「申し訳ございません」頭を下げてわびながら、相手に連絡手段の手はずを書いた紙片をつかませる……

貴族「うむ……」

…一方・婦人室…

やせこけた貴族婦人「ええ、それでわたくしはね……」

恰幅の良い貴族婦人「あのフランス人という方々には本当に我慢がなりませんわ!」鼻にしわを寄せて見くだしたような口調の貴族婦人……

プリンセス「なるほど、そういった意見もございますわね」


…男性陣は政治談義やちょっとした賭けトランプ、そして年代物のブランデーを楽しみに談話室へ……一方プリンセスを始めとする女性陣も世間話や多少のお金を賭けたトランプをするために婦人室(ブドワール)に集っていた……メイドは呼び鈴が鳴らされ次第すぐ来られるよう次の間で待機しているが、プリンセスに付いている内務卿配下の女性護衛官たちは、サロンの片隅で存在感を消して立っている…


鼻のとがった貴族令嬢「ですからね、わたくしはお父様にこう申し上げたんですの……」

くせっ毛の貴族令嬢「……近頃はクィーンズ・メイフェア校にも平民の方がいらっしゃるのでしょう?」

ベアトリス「ええ、はい……」


…食卓でのワインやシャンパン、それに婦人室のテーブルに置かれている上等なコニャックをちびちびと舐めているうちに、中の何人かはかなり舌の回りが良くなっている……室内の灯りが放つ熱と火との体温で少々蒸し暑い室内に響いている切れ切れの会話から耳寄りな情報を含んでいるものがないか、おしゃべりしながらも意識を集中させているプリンセスとベアトリス…


貴族婦人「よろしければプリンセス、私どもとテーブルを囲んでいただけますでしょうか?」

プリンセス「ええ、わたくしでよろしければ……♪」たしなみの一つとして、相手の機嫌を損ねない程度にホイストやポーカーが出来るプリンセスは、カードテーブルを囲んだ色とりどりのドレス……をまとった、頭は空っぽだが見た目やおしゃべりは上手な「パーティ向き」の貴族婦人たちに呼び止められた……

男爵夫人「あらまぁ、プリンセスと同席が叶うだなんて光栄ですわ! でも、カードの方は遠慮しませんわよ?」

プリンセス「まぁ、どうぞお手柔らかに♪」

…そのころ・外庭…

内務省エージェント指揮官「……どうだ?」

エージェント「さきほど接触があった模様……対象は給仕のために雇われたメイド。 髪は茶、身長は五フィートそこそこ。厨房を離れ、廊下に出た所を確認……他に怪しい動きを見せた者はおりません」

指揮官「よし、最後まで気を抜くな……気取られないよう、必要以上に視線を向けたりするな」

エージェント「了解」

指揮官「よし、まずは食いついたな……」

………



…深夜…

プリンセス「……ただいま戻りました」

アンジェ「お帰りなさい、プリンセス」

ベアトリス「ふー……すっかり遅くなっちゃいました」

ドロシー「よう、堅苦しい格好に堅苦しい話し相手で疲れただろう。 今日はもう着替えて休めよ」

ベアトリス「ええ、ですが姫様のお召し物を片付けてからでないと……」

プリンセス「大丈夫よ、ベアト。 そのくらい私でも出来るわ」

ベアトリス「いえ、私が姫様のお世話をしたいだけなので……///」

プリンセス「そう、だったらお願いしようかしら♪」

ベアトリス「はい♪」

ドロシー「仲むつまじい事でうらやましいよ……こっちは相変わらず冷血の相手でイヤになっちまう」そう言いながらも、冗談めかしているので毒気はない……

アンジェ「結構なご意見ね……二人も戻ってきたことだから、私も休むわ」

プリンセス「ええ。 お休みなさい、アンジェ♪」プリンセスは絹の白い長手袋を外すとアンジェに近寄り、片頬に手を当てると反対側のほっぺたにキスをし、にっこり微笑むとベアトリスを連れて出て行った……

アンジェ「///」

ドロシー「ひゅう、お熱いねえ♪」

アンジェ「……」軽口を叩くドロシーに向かって、冷たい目線を向けるアンジェ……

ドロシー「おー、おっかない……っと、そうそう。 私も数日後にとある貴族のパーティがあるんでね、その日は代わりに頼んだぜ」

アンジェ「分かった」

ドロシー「美味いものが食えると良いんだがな……それじゃあお休み♪」

…数日後…

ベアトリス「出来ましたよ、ドロシーさん」

…針仕事の上手なベアトリスと、おおざっぱなふりをして、意外と何でもこなせる器用なドロシー……二人でちくちくと針を進めていく内に、次第に形になっていく三インチ銃身「ウェブリー・スコット」用の肩吊りホルスター……最後にベアトリスが糸を返してほどけないように縫い、末端の糸を切って道具を置いた…

ドロシー「どれどれ……よいしょ」

ベアトリス「どうですか?」

ドロシー「ほほう……こいつはいいな、まるで誂えたみたいにぴったりだ」工作場の崩れかけたレンガの奥、油布に包んで隠してあるウェブリー・リボルバーを取り出してホルスターに差し込むと、何度か抜き撃ちの動作を試してみる……

ベアトリス「良かったですね」

ドロシー「ああ、これなら肩や腕周りが突っ張って服の上からシルエットが目立つって事もないな。よし、今日はこれでおしまいにしよう」

ベアトリス「それじゃあ灯りを消しま……」

ドロシー「待て」

ベアトリス「……どうかしましたか」ぴたりと動きを止めて声を潜めた……

ドロシー「ああ……そっとのぞいてみろ、窓の向こう……運河の対岸だ。道に車が停まってるだろう」

ベアトリス「ええ、黒い四人乗りくらいの……」

ドロシー「あの車、たぶん同業者のだ……」

ベアトリス「それじゃあまさか……?」

ドロシー「いや、こっちから丸見えのところに車を止める馬鹿はいないさ……ありゃあ、おおかたどっかの監視だな」

ベアトリス「どうします?」

ドロシー「なに、簡単さ……何食わぬ顔で出て行けばいいだけのことさ」

ベアトリス「ずいぶんと落ち着いていますね」

ドロシー「慌てふためいたって良いことなんかないからな……この世界で長生きしたいなら用心深いことはもちろんだが、図太いくらいに落ち着いてなきゃダメだぜ」

ベアトリス「できるだけそうできるように頑張ります」

ドロシー「ああ……とりあえず連中、動くつもりはないみたいだな」あまり長いこと覗き見ていると感づかれてしまうかもしれないので、自分たちに関係がないと分かると早々に窓から離れた……

………



…次の晩・共和国のセーフハウス…

共和国若手エージェント「……あれが今回「オーヴァー・ザ・フェンス(越境)」させるやつですか」

共和国エージェント「そうさ」

…中年女性のエージェントは落ち着きはらった様子で椅子に腰かけている……一方、まだ青さの残る若手エージェントは労働者風の格好をしているが、偽装もエージェントらしい振る舞いもまだ板に付いている感じではない……越境希望者の貴族と指定の場所で合流すると、運河沿いの目立たない貸家に入り、越境を手伝う味方エージェントを待っている二人…

若手「ふーん……さっき用事を頼まれたんですが、なんだか高慢ちきな貴族野郎ですね」

エージェント「その「貴族野郎」を向こうに連れ出すのが今回の任務さ……今夜は月の出が遅い。月光で明るくなる前に手配しておいた車に乗って「壁」の近くにあるセーフハウス(隠れ家)まで移動。 越境は明日の朝、明け方すぐに行う」

若手「分かりました。 でも今夜じゃダメなんですかね?」

エージェント「管理官のやつが言うには数週間前の夜に越境を試みた一般人がいたせいで、「B検問所」(チェックポイント・ベーカー)は夜間の見張りが増員されている……そこで相手の裏をかいて、明け方に越境を図る」

若手「なるほど……?」

エージェント「明け方の検問所が開く時間はまだ係官も目が覚めきっていないからぼんやりしているし、壁や建物で日差しが遮られて顔も見分けにくい……それでいて壁を越えて商売をしたりする人間がかなり多くやってくる」

若手「つまり、どさくさに紛れて顔を確かめられずに済む可能性がある……と」

エージェント「そうあって欲しい、ってところさ……もっとも、査証や身分証は情報部の方で移動先のセーフハウスに用意してあるそうだから、あとはそいつがきちんと出来ている事を祈るばかりさ」

若手「分かりました……それじゃあ、また奴さんの様子を見てきます。 さっきまでは紅茶がまずいの、ベッドが汚いだのって言ってましたが……静かにしているところをみると眠っちまったのかな」

エージェント「ま、奴さんもやっこさんなりに越境が心配なのさ」

若手「無理もないですね……」

…数時間後…

エージェント「……どうだった?」

若手「寝てたので起こしてきました……こんな時によく眠れるもんですね」

エージェント「連絡を取って「壁越え」の計画が動き出してからと言うもの、ベッドに入ってもまんじりともしなかったんだろう……さ、準備を整えるんだ。 それと、壁越えをするときの身体検査で引っかかったら厄介な事になるから、銃はここに置いていくんだよ」

若手「分かってます」


…女性エージェントは銃と入れ替えに床下にしまい込んであった衣服を身につけていた……黒い厚手のボンネットで隠しがちにした顔と、貴族婦人にしてはどこか派手で、かといって街中の主婦というには金がかかっているという印象を与える濃い紅のドレスは、貴族や金持ちがこっそり一晩楽しむ時にお相手をするような女性に見える……化粧もそういう女性にふさわしく心持ち派手にはしているが、かといって興味本位の目を引くほどでもない…


エージェント「どう、準備はできたかい?」

若手「ええ、僕なんかはごくあっさりしたもんですから……」


…若手エージェントは鳥打ち帽(ハンチング)に茶色の上着と同系統のズボン……誰が見たって下っ端の雑用係にしか見えない格好で、上着の裾は生地がすり切れ始め、ズボンは寸法が足らずくるぶしが見えるほど、おまけに革靴もすっかり艶がない…


エージェント「ああ、それならいいだろう……コヴェントガーデン(青果市場)の御用聞きか、商店の下働きにしか見えないね」

若手「どうも……」と、亡命希望者の貴族が寝室から出てきた……髪にいくらか寝癖が付いていて服もしわがよっているが、少しは体力を回復したらしく、いくらかましな様子になっている……

エージェント「よく眠れました?」

貴族「ふん、馬鹿な……あんな寝心地の悪い寝台は初めてだ」

エージェント「まぁまぁ、壁を越えたらいくらでも柔らかいベッドで眠れますよ」

貴族「そのくらいは当然だろう。 わしがどれだけ貴様らの政府にとって有用だったと思っているのだ」

エージェント「だからこうして壁越えをお膳立てしているんですよ……そろそろ迎えの車が来ます」

貴族「そうか」

若手「ん、ちょっと待って……」

エージェント「どうした?」

若手「いえ、エンジン音が聞こえたような気がします……」

エージェント「あと十五分はあるけど、間違いないか?」

若手「いや、もしかしたら聞き違いかもしれません……見てきますか?」

エージェント「いい。下手にうろちょろして人目をひくようなもんじゃない……」窓から見える歩道には玄関の灯りが弱々しく光を投げかけているが、そこにいくつかの影が動いた……

エージェント「っ!」

王国エージェント「動くなっ!」


…安普請の玄関ドアを蝶番(ちょうつがい)ごと蹴り破って屋内へなだれ込んできた王国のエージェントたち……いずれも私服姿で、手にはそれぞれ三インチ銃身のウェブリー・スコットだの、もっと銃身の短い「ブルドッグ」タイプのピストルだのを握っている…


若手「くそっ!」とっさに居間の椅子を投げつけて相手をひるませ、敵方のピストルをもぎ取ろうする若手エージェント……

エージェント「……ちっ!」若手が時間を稼いでいる間に亡命希望者の手をひっつかみ、とっさに裏口へと通じている台所に駆け込む…

王国エージェントB「そこまでだ、悪あがきはよせ」

エージェント「……くっ!」裏口からも突っ込んできた王国エージェントの一人にピストルの銃身で横面を張られた女性エージェント……右頬に強烈な打撃を受け、口の中が切れたらしく血の味がする……

若手「かは……っ!」もみ合っていた若手も相手に投げ飛ばされ、ひっくり返ったところで脇腹に蹴りを入れられた……

貴族「……こんな……ここまできて……」

王国エージェント「よし、全員押さえたな……本部に無電を打ってこい」下っ端らしい一人が表に駆け出していくと、指揮官格のエージェントが冷たく言い放った……

王国エージェント「お前たちには国歌転覆、スパイ、文書偽造、武器の不法所持といった容疑がかけられている……うまい言い訳を今のうちに考えておくことだな」

………



…数十分後・コントロール…

7「失礼します」

L「うむ……何があった?」すでに時計は深夜を回っているにもかかわらず、幾人ものタイピストや伝達吏が行き交っている「コントロール」の施設内……冷めた紅茶を横に置いて書類を片付けていたところに「7」が足早に入って来た……

7「先ほど「シェパーズ・パイ」作戦の支援チーム「ホワイト・ラビット(白ウサギ)」から緊急電が入りました」

L「内容は?」

7「はい、内容ですが「ティーポットにはティーコジー(ポット覆い)が被せられた。アリスのお茶会はハートの女王が来て流れてしまった」とのことですが、これは……」

L「分かっている「エージェントが逮捕され、作戦継続は危険」だな……B暗号を使って各チームに脱出を指示しろ」

7「承知しました」

L「さて、これからが本番だ……」


…同じ頃・ノルマンディ公の執務室…

ガゼル「失礼いたします、報告が入りました」

ノルマンディ公「それで?」

ガゼル「はっ、亡命を図っていた貴族「カーナーヴォン子爵」および、越境を支援していた共和国エージェント二名を確保。同時に解読済みの暗号から支援グループの位置も特定、うち一つはすでに検挙し、残りも確保するべく部員が急行中です」

ノルマンディ公「ふむ……それで、エージェントの尋問は?」

ガゼル「すでに「迎賓館」に連行中で、到着次第開始します」

ノルマンディ公「結構。下がってよろしい」

ガゼル「はっ」

ノルマンディ公「……ふむ、これで「水漏れ」が止まればよいがな」ガゼルを下がらせると、チェス盤の駒を一つ動かした……

………



…しばらくして・王国内務省のとある施設…

内務省の尋問官「さて……我々はお互いに玄人(プロフェッショナル)だから分かると思うが、今回はたまたま君の運がなかったと言うだけのことだ。気を落とすことはない」まるで友達とおしゃべりするような口調でそう言うと、銃身で張られた頬を気づかってリカーキャビネットからグラスを取り出し、ウィスキーを注いで渡した……

エージェント「ご丁寧にどうも」笑ってみせようとしたが、頬の傷が痛んでしかめ面になってしまう……


…逮捕されてからずっと目隠しをされていたので場所も分からないが、おそらく王国内務省がロンドン市内に持っている尋問施設へと連行された共和国のエージェント……若手のエージェントとは別々にされて連れてこられたのは小さな一室で、小ぎれいな室内には窓こそないが、その代わりにちょっとした机と椅子、小さい戸棚が据え付けてある……エージェントが座っている椅子の向かいにはネクタイのノット(結び目)もきちんとした、真面目そうな顔をした男が座っている……逃亡のしようもないということなのか、手首をきつく締め付けていた手錠も腰縄も解かれている…


尋問官「さてと……お互いによく分かっているもの同士、ざっくばらんにいこうか。 カーナーヴォン子爵のオーヴァー・ザ・フェンス(越境)に協力したのは誰だったのだ? 検問所を通過するのに必要な書類も揃っていたが、誰が用意した?」

エージェント「用意したのはこちらの書類・旅券担当だと思うね。偽造書類でおおよそ作れないものはないっていう話だから」

尋問官「ではカーナーヴォン子爵の越境を指示したのは? 担当官は誰だった? ヘンリー?スタイルズ?それともアーヴィン老かね? 彼はそろそろ引退する頃合いだと思っていたが」態度は穏やかだが、まるで「全て知っているぞ」というように共和国情報部の細かな事まで披露してみせる……

エージェント「いいや、担当はハーバートだったよ」

尋問官「あぁ、ハーバートか……文学に詳しい男だろう?」

エージェント「そう……任務説明の指示書にやたらと比喩や小難しい言い回しを使うんで、読むのに苦労するんだよ。「一回限り暗号帳」方式だからなおのことさ」

尋問官「相変わらずだな、彼も……それで、連絡役は誰だった?」

エージェント「さあ。デッドレター・ボックス方式で指示書を受け取るだけだから正体は知らないね……メールドロップは三か所あって、メッセージを届けるのはそれぞれ暗号名で「メトセラ(旧約聖書に登場する、969歳まで生きたとされる長命の老人)」「ペリウィンクル(ニチニチソウ)」「ヘッジホッグ(ハリネズミ)」と呼ばれていたよ」

尋問官「そのコードネームだが……なにか本人と関係のある名前だと思うかい?」

エージェント「それはないね。うちの情報部はそういう連想できるような名前を付けることをひどく嫌っていたから……おおかた辞書でもめくりながら適当に決めたんだろうさ」

尋問官「なるほど、そりゃそうだ……ウィスキーをもう一杯どうだね?」自分のグラスにも少し注ぐと、エージェントにそう尋ねた……

エージェント「いただくよ。 傷が痛くて、飲まなきゃやってられないからね」

尋問官「現場の連中が手荒な真似をして済まなかった、彼らはこういった「ゲーム」の運び方が分かっていないからな」

エージェント「……ああいう現場の連中はカッとなりやすいから仕方ないさ」

尋問官「申し訳ない。 こういった場合も隠し事なしで率直に話し合えば、お互いに面倒がなくっていいんだが……」

…口ごもるようにして途中で言葉を濁すと、暖炉の通して下の階からうめき声と、尋問官とおぼしき男の冷徹な声がかすかに聞こえてきた…

エージェント「……」眉をひそめて尋問官を見る……

尋問官「あの若者はずいぶん頑固だね、感心なほどだ……しかしどうにも、あまり気味のいいものじゃないね」暖炉には火が入っていないので、焚き口を閉じて音が聞こえないようにした……

尋問官「……と、話がそれた。 メールドロップに入っている文章はどんな用紙で、どんな暗号を使っていたか教えてくれ……「並べ替え式」の暗号だったっけね?」エージェントの言ったことがでまかせかどうか、さりげなくかまをかけてくる……

エージェント「いいや。あんたも若いのに物覚えが悪いね。 暗号は一回限り暗号帳を使った暗号で、コードブックになるのはシェイクスピアの「マクベス」だよ。あの本なら貴族の家の本棚に入っていてもおかしくないからね」

尋問官「なるほど……「バーナムの森が動かぬ限り……」というやつか」

エージェント「そう、それさ……用紙はたいてい何かの裏紙だったりするんだが、一度だけ「ペリウィンクル」のよこしたメッセージにリバティで売ってる便せんが使われていたことがあったっけ」

尋問官「リバティ? リバティ百貨店のことか? ウェストエンドのマルボロー・ストリートにある?」

(※リバティ…ロンドンにある「ハロッズ」と並ぶ名門百貨店)

エージェント「リバティ百貨店が他にあるかい?」

尋問官「いや……しかしリバティで売ってる便せんとなると、連絡役はある程度の身分がある立場ということか?」

エージェント「どうだか。もしかしたら使用人が主人の書斎から便せんを数枚ちょろまかしただけかもしれないし、スリ取ったのかもしれない……私に分かるもんかね」

尋問官「そりゃあそうだ。 それで、メッセージがドロップに入っているのはそれぞれ何曜日だった?」

エージェント「そいつは一定じゃなくて、ドロップにメッセージがある時はそれを知らせる印が特定の場所に付けられていたんだ」

尋問官「ほう」

エージェント「……例えば「メトセラ」からのメッセージがあるときは、コヴェントガーデン(青果市場)の西のすみっこにある「ジェリー・ホーキンス青果店」で、ジャガイモの空き箱にチョークで丸印が描いてある」

尋問官「ということは、その店は関係があるのか?」

エージェント「そんなのあたしが知っているわけがないだろう。 まさかいきなり入っていって「ここは共和国スパイの協賛店ですか」なんて聞くのかい?」

尋問官「たしかにそうだ。それじゃあ次に、連絡を受けた場合の事について聞こう……」

………



…相当な時間ののち…

尋問官「……さて、君もくたびれただろうし、とりあえずはこのくらいにしておこう。後で朝食も持ってこさせるよ」

エージェント「朝食? いったい今は何時なんだい?」

尋問官「えーと……ちょうど朝の九時だ」チョッキから懐中時計を取り出すと時間を見て、エージェントに教えた……

エージェント「それじゃあ八時間近くあんたとおしゃべりしてたってことかね」

尋問官「そうなるね。朝食が済んだらまた来るよ」疲れの色も見せず、まるで茶飲み話の約束でもするかのようにさらりと言ってのけると部屋を出た……

…尋問官の執務室…

部下「どうでした?」

尋問官「ああ。 おおかたは「歌った」が、まだ分からないところがあってな……上からは何と?」

部下「内務卿の方から「出来うる限り迅速に」吐かせろと言ってきました」

尋問官「そう来ると思ったよ。漏れた情報の事も少し聞き出したが、かなりの大事になりそうだからな……そうそう、彼女に朝食を持って行ってやってくれ。私にはチョコレートと紅茶を……紅茶はいつもみたいにミルクと砂糖を入れてな」

部下「そうおっしゃると思って用意してあります」

尋問官「ありがとう、気が利くな……ふぅ、あのご婦人はかなりのベテランだよ。お互いの「呼吸」って物が分かってる」凝り固まった肩を回しながら、甘い紅茶とチョコレートで一息ついた……

部下「……ところで、あの若造の方ですが」

尋問官「ああ、どうだった?」

部下「肝心なことは何も知らされていないようです……それにとにかく強情で、ジョージも「吐かせるのに苦労した」と言っていました」

尋問官「ああ、こっちにも聞こえたよ。とにかくご苦労だったな。 尋問の調書は写しを取って、内務卿宛てにしてすぐ出してくれ。それが済んだら少し休憩していいぞ」

部下「分かりました、ありがとうございます」

尋問官「いいんだ……とにかく彼女には早くしゃべってもらわないと」

…内務省…

役人「おい、この書類を急いでタイプしてくれ!」

タイピスト「分かりました」

郵便係「こっちは内務卿の執務室……こっちは次官宛て、こっちは……」

下級官吏「済みません、ミスタ・ペパンズ。この手紙には六ペンスの切手を貼っていただかないと……」

役人B「そうだった……構わんから君が貼り直しておいてくれ」

…官庁街の一角にある王国内務省では、朝から役人たちがせわしなく活動していて、数多くの書類や情報が行き来する中、多くの人々がそれを見て、サインをし、タイプを叩き、封をしている……くたびれた役人たちは時折休憩を取るために庁舎の休憩室や近くの屋台で紅茶やパイを腹に入れつつ、しばらくするとまた机に戻っていく…

役人C「聞いたか? なんでも共和国の諜報網が一網打尽になったそうだ……紅茶とベリージャムのパイを二つずつ」

役人D「ああ、噂になってるな……昨日の深夜だって?」小銭をカウンターに置いて大きな紅茶のマグカップを受け取ると、しばし噂話に興じる……

役人C「そうらしい。きっと内務卿(ノルマンディ公)子飼いの部下だろうよ」

役人D「あり得る話だな……どうもごちそうさん」温かい紅茶を飲み終えると、また庁舎に戻っていく……

屋台のオヤジ「へい、毎度どうも……」

…夜・とある邸宅…

内務省官僚「ふぅ……今日は散々だった。 内務卿が共和国スパイのアジトを「手入れ」したもんだから、スコットランド・ヤードには「うちの管轄に手を出すな」とばかりに嫌味を言われるし、陸軍省だの外務省だのがしゃしゃり出て来るし……」

官僚の妻「お疲れでしたわね、あなた。 それにしても、そろそろ休暇をいただいたらいかが?」

官僚「そうしたいのは山々だがね、内務卿であるノルマンディ公もうちの局長も休みを取らないのに、まさか局長秘書の私だけ休むというわけにはいかないよ……そうだ、せめて君だけでも気分転換してきたらどうだ?」

妻「でも、私だけお出かけだなんて……よろしいの?」

官僚「ああ、いいさ。 美容室にでも行って流行の髪型にでもして、ついでにドレスでも見繕えば退屈もまぎれるだろう? レスター次官夫人のティーパーティもあるし、ちょうどいいじゃないか」

妻「そうね、それじゃあそうするわ」

官僚「ああ、それがいいよ」

…別の日・とある花屋…

花屋「いらっしゃいまし、どのようなお花にいたしましょう?」

おしゃべりな婦人「そうねぇ、まずは赤いバラを中心にした花束を……」

花屋「はいはい」

おしゃべり婦人「それから食卓に飾る白い花が欲しいの……そうそう、ところでさっき美容室で聞いたのだけれどね……秘密の話よ?」

花屋「おや「秘密のお話」ですか?」

おしゃべり婦人「ええ、だから皆には内緒よ? あのねぇ、一昨日の話なのだけれど、共和国のスパイが摘発されたんですって……しかもなんとかいう貴族を壁の向こうに連れて行こうとしたんだそうよ」

花屋「そりゃあまた……スパイだなんておっかないですね」

おしゃべり婦人「ええ、本当にね。ああそれから、こっちの緑のも入れてちょうだい……」

…次の晩・とある社交クラブ…

貴族令嬢「……まぁ、お久しぶりですわね♪ そのドレスも大変お似合いでいらっしゃいます♪」

ドロシー「よせよ、照れるじゃないか……君の方こそトロイのヘレン(※ギリシャ神話の美女)もかたなしってところだ」

貴族令嬢「あら、お上手ですこと♪」

ドロシー「ふふふ……もっと言ってあげようか?」耳元に口を寄せてささやきかける……

貴族令嬢「ええ、ぜひお願いしたいですわ……///」唇を半開きにし、濡れた瞳でドロシーを見つめる令嬢……

ドロシー「おいおい、まだ飲み物も飲んでないんだぞ……シャンパンでいいかな?」

貴族令嬢「ええ。でもわたくし、お酒はあんまり……」

ドロシー「なーに、そんなに量を過ごさせるようなことはしないよ♪」

貴族令嬢「……でも、貴女とでしたら少しくらい飲み過ぎても……構いませんわ///」

ドロシー「そうか? まぁ、ほどほどにしておこうか。 焦らなくたって私は逃げないんだから……さ♪」

貴族令嬢「ええ/// ……ところでさっき、共和国スパイが捕まったという噂話を耳にしましたわ」

ドロシー「へぇ、世の中には色んなやつがいるもんだねぇ……ま、私だったら国家機密なんかよりもこっちが欲しいけどな♪」ちゅっ♪

貴族令嬢「あんっ……///」

…同時刻…

7「失礼します。「シェパーズ・パイ」に関して「プリンシパル」より再び報告が入っております」

L「そうか。どれ……」タイプされた解読済みの暗号文を読む……

L「……『報告一四号、続報。一昨日逮捕されたエージェントおよび支援グループはストランド街近辺に存在する内務省施設において尋問を行われており、尋問が終わり次第刑務所へ収容されるとの由。また亡命希望者は現在郊外の邸宅にて軟禁状態にあり。来週水曜日の午前中、鉄道を用いてリンカーンシャーに向け移送される模様』か」

7「なかなか耳が早いようですね」

L「そうでなくては困る……出している活動費に見合うだけの働きはしてもらわんとな」

7「はい……それで、どのように指示しましょうか」

L「君なら分かっているだろう「これ以上の情報収集は中止。摘発を避けるための保全措置を充分にとれ」と指示すれば良い……臨時活動費を渡すついでに、君からそう言ってくれ」

7「承知しました」

………



…翌日・とあるコーヒーハウス…

ドロシー「……よう、相変わらずそうでなによりだ」

7「ええ、おかげさまで……それと報告は受け取ったわ、ご苦労様」

…事前に尾行がないか確認し、用心に用心を重ねてロンドン市内のコーヒーハウスで顔を合わせた7とドロシー……卓上にはしっとりとした美味しいクルミ入りのパウンドケーキと紅茶のカップが並び、かたわらには7が取り出したワーズワースの詩集が置いてある…

ドロシー「ああ」

7「何か不足は?」

ドロシー「いいや、もうちょっと活動費があればいいんだが……どうせこれ以上は出せないんだろう?」

7「そうね、今月は難しいわ」

ドロシー「なら仕方ない、残りはこっちでやりくりするさ……」

7「そうしてちょうだい……それとこの件に関する情報収集だけれど、中止していいわ。 肝心の亡命者が逮捕された以上、これ以上貴女たちがリスクを冒してまで関知する必要はない」

ドロシー「……分かった、それじゃあ小耳に挟んだネタはさておき、積極的な情報収集はしないでおく」

7「ええ、それでいい」

ドロシー「分かった……それじゃあお先に失礼するよ」ページに活動費が挟みこんである詩集をしまい込むと、さっと立ち去った……

…午後・部室…

アンジェ「……なるほど」

ドロシー「あくまで推測だけどな。プリンセスの利用価値を考えたらそのくらいはやるだろう」

アンジェ「確かにプリンセスにはそれだけの価値があるわ……ところでドロシー」

ドロシー「分かってる。プリンセスには言わないでおくよ」

…長くコンビを組んで、お互いにその機微が分かる二人だからこそ察することのできるアンジェの気後れを感じとると、先手を打って安心させるように言った…

アンジェ「お願いね」

ドロシー「ああ……それから、夜は寮の悪い娘どもが集まって「お茶会」をする予定だから、定時連絡の時間はそっちで無線の聴取をしておいてくれ」

アンジェ「分かったわ。くれぐれも寮監に見つかるような事がないようにね」

ドロシー「任せておけ♪」

………

…夜・寮の一室…

ドロシー「おーおー、これはまた皆様お揃いで……♪」

巻き毛の女生徒「あら、ご機嫌よう♪」

大柄な女生徒「ドロシー、来てくれて嬉しいわ」

青い目の女生徒「お姉さま、今宵はてっきり来てくれないのかと思いました」

ドロシー「冗談だろう? こんな楽しい集まりをすっぽかすかよ」

…白いナイトガウン姿のドロシーが訪れた寮内の一室には、クラスや年齢もバラバラな何人かの生徒がすでに集まっていた……校舎の大きなメイフェア校の中には、寮監でもなかなか目が行き届かないような空き部屋や物置といった、何人かでちょっとした「悪さ」をするには都合の良い場所がいくつもある……室内に置きっぱなしにされているテーブルにはランタンが置いてあり、どこからか用立ててきたティーポットや皿、それにお行儀の良い生徒たちが見たら目を回すような物もいくつか置いてある…

巻き毛「それにしてもドロシーさまったらすっかりご無沙汰で……そんなにプリンセスと親しくなさっていたの?」

ドロシー「なんだ、妬いてるのか?」

巻き毛「いいえ? でもこのところずうっといらっしゃらないものだから……♪」猫のように身体をすり寄せ、ドロシーの胸元に頬ずりする……

ドロシー「このところ都合が合わなかったんだよ。 例によって「貴女は淑女としてのお品がよろしくありません」ってな具合でラテン語の書き取りをやらされてね」そう言って手をひらひらさせた……

青目「ええ、わたくし見ておりましたわ。この間図書室でお見かけしましたもの」

ドロシー「やれやれ、エミリーに見られていたとはね……ヤキが回ったな」

大柄「さぁさぁ、それはそうと……ほら、ドロシーも飲(や)んなさいよ♪」

…普段おしとやかな貴族の令嬢をしているとは思えないような態度で寝間着の裾をまくり上げてベッドに座り、ポートワインの瓶を差し出した女生徒……またどうやって覚えたのか、それなりな腕前をしたイカサマカードの使い手でもあり、ドロシーはそれを利用して校内の利用できそうな生徒を金に困った状態に追い込んでコントロールに「釣り上げ」させたりしたこともあった…

ドロシー「お、ちょうど喉が渇いていたところなんだ。それじゃあお返しに……そら♪」胸元にねじこんで隠し持ってきたウィスキーの瓶を投げ渡す……

青目「もう、お姉さま方ったらはしたないです……」

ドロシー「へえ、一丁前な事をいうじゃないか……じゃあこれはいらないな?」教科書に手挟んで持ってきた、胸をはだけた二人の女性が絡み合っている相当いかがわしい本をちらりとのぞかせた……

青目「もう……」

ドロシー「冗談だよ……にしても、今週だけで何冊目だ? まったくいやらしいお嬢さんだ」

青目「だって……好きなんですもの♪」そういって可愛らしい見た目にはそぐわないみだらな笑みを浮かべ、小さく舌なめずりをする青目の令嬢……

大柄「好き者だものねぇ、おしとやかなエミリーお嬢ちゃんは♪ ところでドロシー、せっかくだからちょっとやらない?」ガウンの袖からトランプのカードやサイコロといった賭け事の道具を取り出すと、カードを切る手つきをしてみせる……

ドロシー「イカサマは無しで頼むぜ?」冗談めかして小銭を賭けたカードに付き合う……

大柄「しないわよ、生意気な小娘からむしり取る時じゃないんだから……実家からお小遣いも来たばかりだし、ね♪」ティーカップでドロシーの持ってきたウィスキーをあおりつつ、カードを切る……

………

…しばらく後…

ドロシー「っと、もうこんな時間だ……そろそろお開きにしないとな」

大柄「相変わらずいいカードさばきだったわ、巻き上げられるかと思っちゃった」

ドロシー「そういうわりにはそっちの懐の方が二ポンドばかり暖かくなったようだがね……ところでお二人さん、終わったか?」

巻き毛「ええ……んはぁ……あ///」

青目「くすくすっ……とっても素敵でした、お姉さま♪」乱れた髪をくしけずり、汗ばんだ身体を拭っている二人……

ドロシー「まったく、後ろから甘ったるい声が聞こえるもんだから気が散って仕方がなかったぜ……♪」

青目「ごめんなさい、お姉さま……ところで、帰る前に面白いものを試してみませんか?」そう言うと置いてあった袋の中から一片の青かびチーズを取り出した……

大柄「チーズ?」

青目「スティルトン・チーズです。これを見ると不思議な夢を見るって言いますし、今度の時にお互い見た夢の話でもしませんか?」

(※スティルトン・チーズ…フランスの「ロックフォール」やイタリアの「ゴルゴンゾーラ」と並ぶ三大ブルーチーズ。寝る前に食べると奇妙な夢を見るとされる)

ドロシー「へぇ、面白い事を考えたな……ポートワインとも相性がいいし、ちょうどいいんじゃないか」

大柄「変わった趣向でいいかもね」

巻き毛「こんなことをした後ですし、きっとすごくみだらな夢を見てしまいますわ……♪」それぞれスティルトンを一切れずつ口にし、残っていたポートワインを飲み干す……

ドロシー「……それじゃあ、また今度な」

………

…部室…

アンジェ「……お帰りなさい」

ドロシー「ああ……ベアトリスも夜分遅くにご苦労さん。プリンセスは部屋か?」

ベアトリス「はい、これが済んだら戻ります」

ドロシー「そうしてくれ……それじゃあ連絡事項だ」そう言うと逮捕されたエージェントに関する情報収集の打ち切りを伝えたドロシー……

ベアトリス「……じゃあそのエージェントは捕まる事を前提に送り込まれたって言うことですか?」

…送り込まれたエージェントと支援グループは貴重な情報源であるプリンセスから防諜機関の視線をそらすため、始めから失敗するような作戦に用いられたらしいというドロシーの話を聞いて、珍しく腹を立てた様子で詰め寄ってくるベアトリス…

ドロシー「まぁ、そういうことになるな。金の卵を産むニワトリを生かすために、普通のニワトリを潰すことにしたわけだ」

ベアトリス「そんな……」

ドロシー「所詮はそんなものさ……いったい何を期待していたんだ?」

ベアトリス「でも……!」

ドロシー「やめろ、言ってもどうにかなる事じゃないんだ……私だって喜んでこんな事をやってるわけじゃない」

ベアトリス「それだったらなおのこと……」

ドロシー「じゃあどうしろって言うんだ? くたびれた捨て駒のエージェントを助け出して、どんなルートで逃がしてやるつもりなんだよ」ドロシー自身も内心では苦々しく思っているために、ついきつい言い方になってしまう……

ベアトリス「それは……」

ドロシー「よしんば奇跡的に助け出したとして、偽造の身分証一つ、ポンド札一枚持っちゃいないんだぞ? おまけに共和国のエージェントだってことは王国中に知られちまってる……うっかりするとこっちにまで火の粉が降りかかることになるんだ」

アンジェ「……それに今回の作戦がプリンセスの安全のためである事を忘れてもらっては困る。この世界では目的のために犠牲を必要とすることもある」

ベアトリス「でも、いくら何でもあんまりです」

ドロシー「いいか、私たちが携わっているのは慈善事業じゃあないんだ……それに大局的に見れば、今回の犠牲によって得られたものが、いずれ多くの命を救うことになる」使い古された空疎な言い訳に、ドロシー自身もヘドが出そうな気分になる……

ベアトリス「だからって……」

ドロシー「分かってる。 私だってそんなお題目で「納得しろ」とは言わねえよ」

アンジェ「ドロシーの言うとおりよ。私たちが好きこのんでこんなことをしているとでも?」

ベアトリス「それは分かっていますが……」

ドロシー「だったら子供みたいな泣き言はよせ。 言っておくがな、私もアンジェも今後の動向次第でいつああなるか分かりゃしないんだ」

ベアトリス「えっ……」

ドロシー「ベアトリス、お前だって知っているだろうが……一時的とは言え共和国が軍部の強硬路線に傾いて女王を除こうとしたとき「コントロール」も軍部に再編されかけて、私もアンジェもこの任務から外されて遠ざけられる予定だった」

ベアトリス「確かにありましたね」

ドロシー「……あのまま行けば軍部の意に染まない情報部員ということで、いずれ私もアンジェも「カットアウト」扱いを受けて切り捨てられるか、よくて毒にも薬にもならない書類仕事に回されるのがオチだったろう……だけどな、エージェントってのはそれを知った上で平然としてなきゃならないんだよ。あの時アンジェが命令をまるごと無視してプリンセスを助けに来たことだって、方針転換があったからどうにか黙認されたようなものの、本当だったらクビにされていたっておかしくなかったんだからな」

ベアトリス「あの、まさか「クビ」っていうのは……」


ドロシー「いや、別に生命までとるってわけじゃない……ただ帰国命令を出されて、戻ったらそれっきり日の目を見ることはなくなるってことだ。エージェントを辞めさせられ、それ以外で生計を立てようと思ったって、情報部は推薦書類の一枚だって書いちゃくれないし、年金ももらえない。 そしてもし墓に入るようなことがあったとしても、墓石はおろか花の一輪だって供えてはくれないし、「R.I.P.」(Rest In Peace…安らかに眠れ)とさえ書いてもらえないだろうな」自嘲気味にそういうと、苦笑してみせた……


アンジェ「それに例えどこかに勤めようと思ったところで、エージェントだった経歴を書くわけにはいかないもの」

ドロシー「そういうこと。もし本当のことを書いてみろ、採用係だって目を回しちまうよ」

ベアトリス「それは……そうですね」

ドロシー「分かってもらえたようで結構」

ベアトリス「はい」

ドロシー「よし、分かったならもう寝ていいぞ……後の書類仕事は私とアンジェでやるからな」

ベアトリス「そうします、ではお休みなさい」無理していつも通りの声で「お休み」をいうベアトリス……

アンジェ「お休み」

ドロシー「お休み。せめていい夢をな」

アンジェ「……ドロシー、そっちの報告書をお願い」

ドロシー「ああ」

…ベアトリスを帰した後、二人で黙々と書類仕事をこなす二人……もちろんエージェントが「アルビオン共和国情報部様」で領収書を切ってもらうことなど出来るはずもないが、会計課を黙らせるためにもおおまかな活動資金の流れは報告しておかないと後がうるさい…


ドロシー「はぁ……」カバーとしての学生生活とエージェントの「二足のわらじ」で、なおかつここしばらく活発になっていた情報活動のせいもあって寝不足のドロシー……体力は多い方だが、ランプの下で数字の羅列と取っ組み合っているとさすがにあくびが漏れてくる……

アンジェ「……」

ドロシー「……ふわ……ぁ」

アンジェ「……ドロシー、少し寝たら?」

ドロシー「冗談よせよ、お前が寝ないで書類書きをやってるっていうのに、私だけグースカ寝ていられるかよ……ふわ……」

アンジェ「その調子でやられても訂正だらけになるのがオチよ……現にここの数字が間違っている」

ドロシー「本当かよ……あー、くそっ」

アンジェ「だから言っているでしょう。 幸い私は昼間に居眠りをさせてもらったからまだ平気だし、しばらく仮眠を取ってちょうだい」

ドロシー「悪いな……それじゃあしばらくしたら起こしてくれ」

アンジェ「ええ」

…あきらめて椅子に背中を預けると、すぐこっくりこっくりと船を漕ぎ出したドロシー……それから十五分ばかり、底冷えのする部屋でアンジェが黙々とペンを走らせている中でドロシーの静かな寝息だけが聞こえていたが、急に息づかいが荒くなったかと思うともだえるように手で空中をかきむしり、最後はがばっと椅子から跳ね起きた…

ドロシー「はぁ……はぁ……はぁ……っ!」

アンジェ「大丈夫?」

ドロシー「あ、ああ……大丈夫だ。それにしてもひでえ夢を見た」

アンジェ「ずいぶんうなされていたようね」

ドロシー「だろうな……くそ、こいつは間違いなくさっき食ったスティルトン・チーズのせいだ」

アンジェ「あれを寝る前に食べると妙な夢を見たり、夢見が悪くなるというものね……良かったら私に話してすっきりしたら?」

ドロシー「あー、いや……他人が見た悪夢の話なんて聞くものじゃないさ」

アンジェ「構わないわ」書類から目を離すことなく淡々と言ったが、その声には少しだけ優しさのような気持ちが入っている……

ドロシー「そうか、じゃあ……実はな、革命前後の夢を見たんだ」

アンジェ「……」

ドロシー「おぼろげなくせして細かい部分は妙にはっきりしてやがって……道端に転がってた片腕の取れた人形だとか、割れて粉みじんになってるガラスに、焼き討ちにあった店……」額に浮かんでいた冷や汗を拭い、張り付いていた前髪をかき上げた……

アンジェ「嫌な夢ね……一杯飲む?」ブランデーやウィスキーがしまってある部室の隠しスペースの方に向けて軽く視線を向けた……

ドロシー「いや、悪夢を見るたんびに酒に頼ってたら早々にアルコール中毒患者さ……やめとくよ」

アンジェ「そう」

ドロシー「ああ……さ、書類の残りを片付けちまおう」

…一方…

ベアトリス「ただいま戻りました……」

プリンセス「お帰りなさい、ベアト」

ベアトリス「ええ……いま寝支度を整えさせていただきますね……」

…表向きはいつも通りテキパキとしているが、その心の中ではドロシーたちから聞かされた「捨て駒」のエージェントや、意に染まぬエージェントたちの扱いといった冷酷な話がずっとこだまのように反響したままで、素直で優しい性格のベアトリスは我慢しようと思っても自然と目頭が熱くなってくる…

プリンセス「ベアト、どうかして? ……泣いているの?」

ベアトリス「いえ、大丈夫ですから……」

プリンセス「そうは思えないわ……ほら、こっちにいらっしゃい」両腕を広げ迎え入れるようにしてベッドに腰かけた……

ベアトリス「姫様……」

………

プリンセス「……それで、何があったの? ベアトがかまわなければ話してくれる?」

ベアトリス「それは、その……」

プリンセス「話したくないことなのね?」

ベアトリス「そういうわけでは……ですが、聞けばご気分を害されるかと……」視線をそむけてベッドを暖めたウォーミング・パンを暖炉の脇に戻した……

(※ウォーミング・パン…寝具を暖めるために用いる柄の長いフライパン状の器具。暖炉の燃えさしや温かさの残っている炭を先端の密閉容器に入れて寝具を暖めるが、使い方にコツがいることから次第に湯たんぽ等に取って代わられた)

プリンセス「かまわないから言ってごらんなさい……つらい事でも話して分かち合えば楽になると思うわ?」

ベアトリス「姫様がそうおっしゃるのなら……」


…ふんわりとした寝間着をまとったプリンセスを相手に、アンジェとドロシーから聞いた「捨て駒」の話や使えなくなったエージェントの末路についての事を話し始めたベアトリス……アンジェのように事務的かつ理路整然と話せればいくらかでも衝撃的な内容をごまかせる気がするが、どうにも動揺していて、ちぐはぐで感情的な説明になってしまう…


プリンセス「そういうことだったのね……」

ベアトリス「はい……ですからその作戦は最初から失敗に終わっても良いように計画されていた、と……」

プリンセス「……よく分かったわ。 言い出しにくい話だったでしょうに、最後まで話してくれてありがとう」

ベアトリス「そんな、お礼なんて……」

プリンセス「いいのよ。 それより、早くしないとせっかく暖めてくれたお布団が冷めてしまうわ……さ、ベアトもいらっしゃい?」布団をめくると夜着をするりと脱いでベッドに入り、可愛らしい手つきで手招きした……

ベアトリス「いえ、私はそのような……///」

プリンセス「いいから……♪」

ベアトリス「ひゃあっ!?」

プリンセス「せっかくベアトが寝具を暖めてくれたのにこんなことを言ってはいけないのだけれど、やっぱり一人で寝るよりもこうしている方が暖かいわ♪」布団の中にベアトリスを引っ張り込み、ぬいぐるみか何かを抱えるようにぎゅっと抱きしめた……

ベアトリス「あ……っ///」

…アルビオン王室の一員として肌荒れやあかぎれのようなみっともない姿をさらすことがないように、就寝前はしっかりと乳液やクリームを塗ってベッドに入るプリンセス……そのしっとりとした白い肌がベアトリスの肌に触れ、そっと重ねられた手が小さなベアトリスの手を優しく包み込む…

プリンセス「ベアト……♪」艶のあるみずみずしい唇が優しく重ねられ、ベアトリスの鼻孔をプリンセスの甘い髪の香りが満たす……

ベアトリス「んっ……///」

プリンセス「ベアト、私と貴女はずーっと一緒よ……だから、ね?」ちゅ……ちゅぅ……っ♪

ベアトリス「あふっ、あ……っ///」

プリンセス「何も隠し立てする事はないわ……ベアトの楽しい事も、つらいことも、全部私と分かち合って……」

ベアトリス「ふあぁ……あっ、ん……っ///」

…プリンセスのほっそりとした上品な指がピアノの鍵盤を滑るようにベアトリスの身体を撫で、小さな乳房やきゃしゃな脇腹、そして次第に下半身へと下っていく…

ベアトリス「はひっ、あっ……んんぅ///」

プリンセス「くすくすっ……あんまり大きな声をあげると、寮監に気付かれてしまうかもしれないわね♪」その声の響きから、プリンセスがちょっと意地悪な笑みを浮かべているのが分かる……

ベアトリス「んっ、ん……ひ、姫様は意地悪でいらっしゃいま……んんっ♪」くちゅ……っ♪

プリンセス「なぁに、ベアト?」くちゅっ、ちゅぷ……ぬちゅ……っ♪

ベアトリス「ひ、ひめさま……ぁ///」声をかみ殺し、空いている手で布団をつかんで嬌声をこらえようとするベアトリス……が、すでにベアトリスの事を知り尽くしているプリンセスは優しく、しかし意地悪でワガママな指遣いでベアトリスの花芯を責め立て、身体を絡ませて全身をくすぐるように撫で回す……

プリンセス「いいのよ、ベアト……ほら、我慢しないで……私にイくところを見せて♪」くちゅり……♪

ベアトリス「んんっ、んくぅ、んんっ……っ♪」ひくひくっ……とろ……っ♪

…シーツの端を噛みしめて絶頂の声をこらえながらも、プリンセスの滑り込ませた指でトロけたように身体をひくつかせるベアトリス……二回、三回とけいれんするように身体が跳ね、生暖かい愛蜜がプリンセスの人差し指と中指を伝って手のひらを流れ、とろりと手首まで垂れてきた…

ベアトリス「……んはぁ、はぁ……はひ…ぃ……ひ、ひめさま……ぁ///」ぐったりと身体を横たえ、息も絶え絶えのベアトリス……

プリンセス「ふふ……とっても可愛い、私のベアト♪」ちゅぷっ……くちゅくちゅっ♪

ベアトリス「ひうっ、はひ……っ///」

………



プリンセス「お休みなさい、ベアト」愛液でべとついた手を拭うと、疲れ果てて眠っているベアトリスの頭をそっと撫でた……

ベアトリス「すぅ……すぅ……」

プリンセス「私の分までお休みなさい、ね……(私はアンジェのため、そして貴女や皆のために王位を継承する。たとえそれが多くの犠牲を伴うとしても、王国を変えるためにはどんな事でもしてみせるわ……)」

…case・ちせ×ドロシー×ベアトリス「She afraid the Manjuu」(饅頭こわい)…

…とある日・ネストの一つ…

ベアトリス「今日は何をしますか?」

ドロシー「そうだな……まずは基礎の訓練に、それから格闘術でもやろうじゃないか。今日はちせもいることだしな。いつも私やアンジェを相手にしていると代わり映えがなくっていけないし、体格の違う相手だと戦い方もまた変わってくるからな」

ベアトリス「はい」

ドロシー「いい返事だ……ちせ、悪いがそういうわけでベアトリスに付き合ってくれるか?」

ちせ「うむ。ではその代わりと言ってはなんじゃが、後で作文の方を手伝ってはもらえぬだろうか」

ドロシー「だ、そうだ」

ベアトリス「分かりました、ちせさんの英作文は相変わらずですものね」

ちせ「うむ……」


…ロンドン市内のとある場所にあるネストの一つで、訓練に余念がない「白鳩」の面々……もっとも、プリンセスはたまっていたさまざまな書類やアルビオン王国各地から届く手紙への返事(文面自体は王室の祐筆(ゆうひつ)が書き、あくまでも末尾のサインだけとはいえ……)を書くのに忙しく、別メニューということになっていた……少々ほこりっぽい室内には古びたマットレスだの絨毯だのが敷かれていて、レンガ敷きの床に直接投げ飛ばされるよりは多少ましな状態にしてある…


アンジェ「でもまずは手本を見せてあげないことにはね……ドロシー?」

ドロシー「ああ。 ちせ、お手柔らかに頼むぜ?」

ちせ「うむ」

…互いに正対するちせとドロシー……ちせが視線を下げないよう注意しつつ、しかし折り目正しく一礼すると、ドロシーも茶化すような笑みが消えてふっと真面目な表情になる…

ベアトリス「……ごくり」

アンジェ「始め」

ドロシー「……ふっ!」アンジェの声がかかった途端に距離を詰め、みぞおちや喉といった急所に拳を叩き込もうとするドロシー……

ちせ「やっ!」

ドロシー「……っ!?」

…途端にちせの小さい……しかし体格にはふさわしくないほど力強い手が襟元と腰の辺りの布地をつかみ、次の瞬間には派手に一回転をさせられてマットレスの上に放り出された……ドロシーは投げ飛ばされた勢いを使ってはずみをつけ、跳ね起きるようにして立ち上がっていたが、その前にアンジェが声をかけた…

アンジェ「やめ」

ちせ「……ドロシー、大丈夫かの?」また一礼すると、ドロシーに近寄った……

ドロシー「なーに、へっちゃらさ……なるほど、これが東洋の「ジュージュツ(柔術)」ってやつか」感心したようにうなずいている……

ちせ「いかにも。柔よく剛を制し、小兵(こひょう)でも雲つくような大男を投げ飛ばせるという武術じゃ」

ドロシー「ああ、どうやらそいつは確からしい」

アンジェ「絵に描いたように投げられていたわね」

ちせ「とはいえ一瞬で起き直って態勢を立て直すあたり、見事なものじゃ」

ドロシー「ま、だてにエージェントをやっちゃあいないさ……それよりアンジェ、お前もやってみろよ。 ちゃんと覚えたらこいつは役に立つぜ?」身体についたホコリを払うと、軽く肩と首を回した……

アンジェ「そうね……でもまずは私よりもベアトリス、貴女が覚えるべきね」

ベアトリス「私ですか?」

アンジェ「ええ。この技は自分にかけられた力を受け流して無理なく相手を投げ飛ばすことができる……つまりベアトリス、小柄な貴女にもっとも適した格闘術だということよ」

ドロシー「確かにな。なにしろ正面切っての殴り合いともなっちゃあお前さんに勝ち目は薄い。汚い手口の使い方だってまだまだお世辞にも上手くはないしな」

アンジェ「……はっきり言って貴女は「白鳩」の中で一番非力で、しかもプリンセスと違って実際に動き回る機会も多い。覚えておいても損はないわ」

ドロシー「同感だね」

ベアトリス「でも、こんなに難しそうな技を覚えられるでしょうか?」ちせとマットレスを交互に眺めて、気後れしたような声を出す……

ドロシー「なーに、心配することはないさ……こんなものはリボンの結び方や何かと同じで練習次第だよ。 お前さんは難しいお付きの仕草や行儀作法が覚えられるんだから、どうってことないさ」

ちせ「うむ。私が付きっきりで伝授するから安心するがよい」

アンジェ「プリンセスを守るためなのだから、頑張って覚えることね」

…一時間後…

ベアトリス「やっ!」

ちせ「うむ、なかなか良くなってきたのう。 さあ、もう一本じゃ」

ベアトリス「は……っ!」

ドロシー「ちせ、その辺でいいだろう……ベアトリスの足元がふらついてきているしな」

ちせ「承知した」

ベアトリス「ふぅ、ふぅ……はぁ……っ」呼吸一つ乱れていないちせとは対照的に、投げたり投げられたりですっかり息が上がっているベアトリス……額からは汗を垂らし、片隅においてある休憩用の椅子へ崩れるように腰を下ろした……

アンジェ「なかなか頑張ったわね」

ベアトリス「ぜぇ、はぁ……ひぃ……こんな……たくさんやらされるなんて……思っても……いませんでした」

ドロシー「良いことだ『訓練で汗をかいた分だけ、実戦では血を流さずにすむ』って言うからな」

アンジェ「それに柔術は相手の力を使って投げを打つから、慣れれば自分の力を使わずにすむ……つまり同じ格闘をするのでも疲労することなく、より合理的かつ長く戦うことができる」

ドロシー「最近じゃあ「婦人参政権運動」に関わっている女たちの間でも練習しているほどだからな……なんでも警察に取り押さえられたりしたときに使うそうだが」

アンジェ「聞いたことがあるわ。特に非力な女性でも格闘術を習っているような相手を無理なく投げられるというのが大きいようね」

ちせ「……なまじ格闘術をかじっている相手ならば、むしろ扱い易いというものじゃ」

ドロシー「そういう奴は定石にのっとって掴みかかってくるからな。むしろどう出るか分からないトーシロ(素人)だの、頭のイカレちまった奴らの方がおっかないな」

アンジェ「同感ね」

ドロシー「……さて、そろそろ呼吸も落ち着いてきただろう。今度は射撃の訓練といこうか」

…ベアトリスとちせが格闘訓練をしている間にドロシーとアンジェは徒手格闘の訓練を済ませ、そのうえさらに射撃練習用の銃を用意し、銃弾を選別してある…

ベアトリス「はい」

ドロシー「いいだろう……それじゃあいつも通り.320口径辺りのリボルバーで練習することにしよう」

ベアトリス「分かりました」


…ベアトリスが台から取り上げたのは小ぶりな五連発の護身用リボルバーで、青みがかった黒い六角銃身はきちんと油がひいてあり、ランプの光を受けて艶やかに照り映えている……ドロシーやアンジェに口酸っぱく言われたおかげか、先に中折れ銃身を開いてシリンダーに弾が入っているかを確認し、それから改めてパチリと銃身を戻すと標的に向き合った…


アンジェ「標的との距離は十ヤード、とにかく初弾を命中させるように」

ドロシー「一発目を外したやつに二発目を撃たせてくれるお人好しなんていやしないからな……好きなタイミングで撃て」

ベアトリス「はい……!」パンッ!

ドロシー「お、命中だ」

アンジェ「でも右上にそれている……あの位置だったら相手の鎖骨辺りね。場合にもよるでしょうけれど、あれでは致命的な一撃にならない」

ドロシー「ああ……ベアトリス、もう一発撃ってみろ。跳ね上がりがある事を頭に入れて少し左下……心臓をぶち抜くつもりならみぞおち辺りを狙うんだ」

ベアトリス「はい」バンッ!

ドロシー「いいじゃないか、あれなら相手はのたうち回ってくれるだろうよ……よーし、今度は続けて二発撃て。一発目の跳ね上がりをひじで吸収するようにして、続けざまに撃ち込め」

アンジェ「無煙火薬の銃ならともかく黒色火薬の銃だと硝煙がひどいから、相手を見ようとして時間をかけたりしないように」

ベアトリス「分かりました。ふー……」パンッ、パンッ!

ドロシー「へぇ、前よりも良くなったな」

アンジェ「悪くないわね。 ベアトリス、貴女は小口径の銃を使う分、より一層正確に相手の急所を撃ち抜けないといけない……まずはきちんと命中させられるようになって、それから早さを磨いていくこと」

ドロシー「ああ……これが.455みたいにある程度口径のあるピストルなら多少狙いがズレてもいいんだが、そもそもそういうピストルは私たちみたいな情報部員が普段隠し持つには大きすぎて向かないし、お前さんみたいに小柄な女の子ならなおさらだ」

アンジェ「ドロシーの言うとおりよ。そもそもああいう大型のリボルバーは反動や衝撃が大きくて、貴女のように経験が少ない人間にはまともに扱いきれない」

ドロシー「だからってくさるなよ? 腕の立つエージェントや暗殺者ってのは小口径を使いこなせてこそ……だからな」

ベアトリス「そうなんですか?」

アンジェ「……あくまでもスタイルによるけれど、小口径できちんと急所を狙えるというのは腕が良い証拠よ。それに小口径のリボルバーは隠しやすく、銃声も小さい」

ドロシー「つまり私たちみたいな商売の人間が使うのに向いているっていうわけだ……それじゃあそこにある一箱を撃ちきったら休憩にしよう」

ベアトリス「はい」

…またしばらくして…

ベアトリス「ドロシーさん、撃ち終わりました」

…室内には硝煙の臭いと薄い白煙が立ちこめ、その臭気をごまかすためロンドン市内に立ち並ぶ工場の煙突の一つへと繋がっている秘密の排気口を通じて吸い出されていく……ドロシー自身もウェブリーの射撃を済ませ、ベアトリスが撃った的に残った弾痕を確かめる…

ドロシー「ふぅん、ずいぶんと上手くなったじゃないか」

ベアトリス「ありがとうございます……」いつもなら素直に嬉しそうな顔をするベアトリスが、どこか浮かない表情をしている……

ドロシー「……銃は嫌いか?」

ベアトリス「嫌いです。 だって、撃ったら誰かが死んじゃうなんて……いくら任務のためとはいえ、できれば使いたくありません」

ドロシー「なるほど、そういう考え方もあるだろうな」

ベアトリス「ドロシーさんはどうですか?」

ドロシー「私か? 私は好きだぜ? なぜって、どんなに高慢ちきな貴族だろうが、腕力にモノをいわせて弱いものいじめをするヨタ者だろうが、こんなちっこい弾丸一つで簡単に撃ち殺せると思えばスッキリするじゃないか……しいて言えば、任務以外で好きに使えないのが残念なだけさ」


…冗談めかしてそう言うとリボルバーのシリンダーを開いて火薬の燃焼カスをふっと一吹きし、試験管洗いのようなブラシで銃身の清掃にかかるドロシー……もっとも、ドロシーは口でこそそう言っているが実際は銃の使いどころをわきまえていて、必要以上に引き金を引くことがないのをベアトリスもよく知っている……


ベアトリス「……アンジェさんはどうですか?」

アンジェ「道具は道具よ……それ以上でもそれ以下でもない。必要なら使うだけ」

ベアトリス「ちせさんは?」

ちせ「私にとっての刀か……そうじゃな、もはや身体の一部と言っても良いかもしれぬ」

…三人が射撃の的に向かっている間、一人で型や抜き打ちの鍛錬をしていたちせ……刀のことはよく分からないドロシーたちからするとそう激しい動きには見えなかったが、ちせ自身は集中していたらしく、額はほのかに汗ばんでいる…

ベアトリス「そこまでですか」

ちせ「うむ……しかし私はまだまだ未熟じゃ。 本当の使い手ならば自らの腕の先のように使いこなせるものじゃが、私はまだその境地には至っておらぬからな」ま二つに斬り捨てられたわら束を前にして、それでも反省している様子のちせ……

ドロシー「やれやれ、その腕前で「まだまだ」なんて言われちまうとな……こちとらは立つ瀬がないってもんだぜ……♪」


…数分後…

ドロシー「さて、それじゃあもう一度格闘の訓練をしよう……動いて身体も暖まってきただろうから、今度はもうちょっと実戦的なやつでいこう。 特にこうした屋内での格闘となると、知恵次第で色々と戦いようがある……アンジェ」


…ベアトリスを手伝わせて並べた色々な家具やちょっとした調度は、どれもイースト・エンドの貧民街ですら使うのが恥ずかしいようなものばかり揃っている……粗末な木のテーブルは脚の長さがまちまちで、椅子の方はテーブルとは反対の側にかしいでいる……テーブルに敷いてあるテーブルクロスは雑巾にするのも考え直したいほど汚れていて、そこに載せてある皿やカップはひびだらけで、うかつな所を持っただけでバラバラになりかねない…


アンジェ「ええ……例えば不意に襲われた時に室内を見わたしたり、ポケットやバッグをあさって武器になるような道具が一つもない……そんなことはまずあり得ない」

ドロシー「アンジェの言うとおりだな。例えばこの鍵だが、こうして拳から突き出すように握り込む……で、相手の目や耳の後ろを狙って殴りつける」

アンジェ「もし鍵がなくても、小さな木切れや外したドアノブでもいい」

ドロシー「ティーソーサーを円盤投げみたいに相手の喉元に投げつけたっていい」

アンジェ「暖炉の火かき棒なんかは武器として充分に使えるわ」

ドロシー「ま、とにかくやってみよう……私は得物なしでいくから、手近な物を使って手向かってみろ」

ベアトリス「はい……!」

ドロシー「……はぁっ!」唇の端に不敵な笑みを浮かべていたかと思うと、急にベアトリスへ拳を叩き込むドロシー……

ベアトリス「う……っ!」

…あわてて何か取ろうとするが、その余裕もなく強烈なパンチを叩き込まれる…

ドロシー「おいおい、そんなんじゃあやられちまうぞ……もっと早く、何でもいいからひっつかめ!」

アンジェ「室内にいるときは、常に何を使って闘うか考えておくことね」

ドロシー「もっとも、あんまりそういうことばっかり考えていると人相が悪くなるからほどほどにしておけよ? 特にお前さんはプリンセスのお付きとして「目立たないこと」が役割なんだからな」

アンジェ「だからといってそうした用心をおろそかにしていいということではない……常にプリンセスや自分の身の安全のため、さまざまな物事に気を配りなさい」

ベアトリス「うっ……く……はい、分かりました……」拳を叩き込まれた部分をさすり、喘ぎあえぎ立ち上がる……

ドロシー「よーし、よく立ち上がったな……それじゃあもう一回行くぞ?」

ベアトリス「はい……っ!」

…数十分後…

アンジェ「やっ!」

ベアトリス「……っ!」

アンジェ「……ふっ!」

ベアトリス「わ……っ!?」

ドロシー「やめ……なぁベアトリス、お前さんがおっかないのは分かるが、そんなへっぴり腰じゃあ攻撃を受けとめきれないぞ? 怖いときこそ前に出るつもりでやってみろ……そうすると案外どうにかなるもんだ」

…ドロシーたちが代わる代わる打ち込む拳や蹴りを時々は抑えることができるようになってきたベアトリス……とはいえまだまだ未熟な部分も多く、アンジェの蹴りを受けとめるべく突き出しだお盆ごと吹き飛ばされ、壁に立てかけてあるマットレスにぶつかった…

ベアトリス「はい……!」

ドロシー「……まあいいだろう。少し休憩にしよう」

…めげずに立ち上がった辛抱強さに内心では感心したが、あまりあちこちにすり傷や打ち身を作っていては人目を引いてしまい、王宮で目立たずに行動できるのが強みのベアトリスにとって都合が悪い……足元もおぼつかない様子なので少し休みを入れることにしたドロシー…

ベアトリス「はぁ、はぁ……そうします」

ちせ「よく頑張ったのう、訓練を始めた頃に比べれば長足の進歩じゃ」

ドロシー「言えてるな。近頃は手抜きをしているとちょっとおっかないくらいだ」

アンジェ「とはいえ、そうやって「これなら戦えるかも」と思う時期がいちばん危なっかしい。くれぐれも慢心しないことね」

ベアトリス「しませんよ。さっきだってちせさんには投げ飛ばされましたし、ドロシーさんにはみぞおちに拳を打ち込まれましたし……まだ気持ちが悪いです」

ドロシー「ああ、悪かったよ。軽く当てるつもりだったんだが勢いを止めるのが間に合わなくってな……ちせ、ベアトリスに付き合ってくれてありがとうよ」

ちせ「なに、いつもの鍛錬と違うのも新鮮で良いものじゃ……では、ごめん」

ドロシー「……相変わらず行儀のいいやつだな、ちせってやつは」一礼して出て行ったちせを見送ると、その堅苦しいまでにきちんとした「サムライ」式の行儀作法に苦笑しつつ小さく首を振った……

アンジェ「そうね……ベアトリス、そこに水があるから少しずつ飲みなさい」

ベアトリス「いただきます」

ドロシー「それにしても、だ……」

ベアトリス「何です?」

ドロシー「いや、こうしていると「ファーム」時代の教官たちが手のかかる小娘相手にどんな気分だったか身にしみて分かるな」

ベアトリス「むう、私はそんなに手がかかる生徒ですか?」

ドロシー「いいや? だが、エージェントとして仕込むにはどんな性格だろうとそれなりに手間はかかるからな……言うことを聞かせるだけでも苦労するじゃじゃ馬みたいなのもいるし、素直に「はいはい」と言うことを聞くだけで自分の考えがない人形みたいなやつもいる」

ベアトリス「なるほど……じゃあどんな人がエージェントに向いているんですか?」グラスの水をゆっくり飲みながら、首を傾げて尋ねた……

ドロシー「どうだろうな。私だって教官をやったわけじゃないし、まだ無事に引退したわけじゃないから「こうだ」って言える立場にあるわけじゃないが……」

アンジェ「基本的には心身共に健康で臨機応変の才があり、規則に縛られることはないけれど、何でもかんでもただ決まりを破るような無謀さではなく、熟慮した上でそうした行動が取れる人間……といったところかしら」

ドロシー「いい解答だな。試験だったら満点がもらえる……あとはそれぞれのカバーとかやり口にもよるが、基本的には聞き上手で相手を乗せるのが上手いとか、覚えたことを忘れないとか、動揺が表情に出ないとか……そういう能力のあるやつが長生きするな」

アンジェ「そうね。あとは嫌いなものでも喜んでみせるような精神的なたくましさが必要ね」

ドロシー「そうだな……くくっ♪」

ベアトリス「何がおかしいんです?」

ドロシー「いや、それで思い出したんだが……ファームの時に聞いたちょっとした逸話さ。嘘か本当かも定かじゃないが、まことしやかに語られてたもんだ」

ベアトリス「へぇ、どんなお話ですか?」

ドロシー「……聞きたいか?」

ベアトリス「はい、聞いてみたいです♪」

アンジェ「別に大した話じゃないわ……くだらない冗談話よ」

ドロシー「おいおい、人が話す前から気分を削ぐのはよせよ……こいつはな、訓練生がそこそこさまになってきた頃にやってくる特別な課題なんだが……」

…数年前・ファーム…

ドロシー「……ふぅ///」

パープル「とっても素敵だったわよ、ミス・ドロシー……久しぶりにぞくぞくしたわ♪」

ドロシー「それなら良かった……」

パープル「あら、本当にそう思っているのよ?」

ドロシー「信じますよ、でも教官と比べたらまだまだ……」


…暖炉の火だけが暖かく燃えている部屋の、綿雲のようにふかふかなベッドで裸身を横たえているのはドロシーと、教官の「ミス・パープル」……ハニートラップとその対処法を教えるミス・パープルはぞくぞくするような甘い声と細やかな気づかい、それに身体中を骨抜きにするような絶妙なテクニックを持っていて、ベッドの上ではどんな教官よりも手強い……ドロシーも色仕掛けに関しては決して劣等生ではないのだが、パープルの軽い愛撫やついばむようなキス、それどころか軽いささやきだけで身体の芯がうずき、生まれたての子鹿のようにひざが笑ってしまう…


パープル「パープルって呼んで。せめて二人だけの時くらいは「教官」なんて呼びかたはしないでほしいの……///」柔らかでしっとりした身体を寄せると、耳元でそっとささやいた……

ドロシー「う……はい(くそっ、この声を聞くだけでまた濡れてきやがる……っ///)」

パープル「良かった……ところで、貴女の好きな物は?」クィーンサイズのベッドで寝転がり、ドロシーの髪を軽くもてあそびつつふと尋ねた……

ドロシー「好きな物?」

パープル「ええ。せっかくだから今度用意しておいてあげるわ」

ドロシー「好きな物、ねぇ……それじゃあシャンパンとチョコレート、それにふかふかのベッドってところかな♪」

パープル「ふふ、それが嫌いな人なんていないわ……それじゃあ嫌いな物は?」甘えるようにしなだれかかり、くすくす笑いながら尋ねた……

ドロシー「嫌いな物……生魚かな」

…なにか「引っかけ」があると用心していたドロシーは向けられる質問をことごとくはぐらかすつもりでいたが、日頃の訓練所生活では味わう事のない上等な食事と香り高いブランデー……そして教官が与えるとろけるような悦楽と、くらくらするような甘い匂いで判断力を鈍らされていたドロシーはつい口を滑らせた…

パープル「ふふっ……まぁ、おかしい♪」

………



ドロシー「それで、そんな質問をされたことさえ忘れたある日、不意に教官から呼び出しを受けるんだ……」

………

訓練生「……呼び出しだなんて、なにかやらかしたんじゃないの?」

訓練生B「きっとあれね、なにか手抜きでもしたんでしょう」

ドロシー「いいや、まるっきり覚えもないね……とにかく行ってくる」

…教官室…

シルバー「よく来たね。 さ、座ってくれたまえ」

…ドロシーが英文法と文学を受け持つ銀髪をした初老の教官「ミスタ・シルバークラウド(シルバー)」の部屋に入ると、シルバーは椅子に腰かけるよう勧めた……パイプの煙の匂いがしみ込んだ室内には大きな本棚があり、机の上にも辞書や筆記用具が所狭しと積み上げてある……シルバーはいつも愛想がよく物腰も丁寧で、難しい文章やラテン語の課題を山ほど出すことを除けば訓練生たちから好かれていた…

ドロシー「どうも」

シルバー「最近はどうだね? よく眠れるかな?」

ドロシー「おかげさまでぐっすりですよ」

シルバー「それは結構。睡眠は大事だからね……訓練はどうかね?」

ドロシー「どうにかこなしています」

…わざわざ呼び出されたわりにはさしたる話があるようでもなく、雑談程度のとりとめもないやり取りがしばらく続いた……雑談を交わしながらしばらくすると、時計の針が正午を指した…

シルバー「おやおや、もうこんな時間か……ところで、昼食はまだだろう?」

ドロシー「ええ、まぁ……」

シルバー「それじゃあここで済ませていきたまえ。せっかく来てくれたのだからね」口元にえくぼと笑いじわを浮かべ、にこにこしながら机の上をどけた……

ドロシー「ごちそうになります」

シルバー「なに、礼には及ばないよ……さ、どうぞ?」

ドロシー「……っ!」

…そう言って隣の部屋から教官が持ってきた皿には、気持ちの悪い生のイワシ……それも古くなって嫌な臭いを放ち始めたものと、血なまぐさい魚の汁気がしみ込んでいる蒸しジャガイモ、そこにきゅうりのピクルスを添えた物が盛り合わせになって載っている……

ドロシー「……」

シルバー「どうしたんだね、せっかく用意したのだから遠慮しないでいいんだよ? ほら、食べた食べた」にこにこしながら皿の生魚を勧める教官……

ドロシー「いただきます(ちくしょうめ、妙に愛想が良いと思ったらこういうことか……)」

…どうにか普段通りの表情を維持しようとするが、幼い頃の嫌な思い出までも想起させる痛みかけの生魚に思わず口の端が引きつる……しかしその手はいささかの狂いもなく、テーブルマナーの訓練で教わったとおりにきちんとイワシを「解体」すると、灰赤色の汁が染みこんだ生温かい蒸しジャガイモと一緒に口に運んだ…

シルバー「……どうだね? 美味しいだろう?」

ドロシー「え、ええ……ごちそうですね」吐き気をこらえながらもにっこりと笑ってフォークを動かし、酢と塩で味付けしただけの生臭いイワシを無理やり口に押し込んでいく……

シルバー「そうだろう、お代わりもあるから遠慮せずに食べてくれたまえ」

ドロシー「ありがとうございます」

…黙って飲み込めれば少しはマシになりそうなものだが、教官があれこれと話しかけてくるので返事をしないわけにも行かず、そのたびに生臭さが否が応でも鼻につく…

シルバー「飲み物は?」たっぷり二パイントは入りそうな陶器のポットを指し示して、少し首をかしげた……

ドロシー「ちょうだいします(こうなりゃ流し込むしかやりようはないものな……)」

シルバー「そうかね、では……」

ドロシー「こく……ん゛っ!?」カップに注がれた紅茶を一口飲むなり、飲まなければ良かったと心底後悔したドロシー……

シルバー「おや、どうしたのかね? 喉につかえたのならもう少し飲むといいよ」

ドロシー「いえ、ご心配なく……」

…生臭い魚の臭気を口中から洗い落とそうと含んだ紅茶はこともあろうに砂糖で甘くしてあり、そのべたついた甘味が血なまぐさいイワシと、そこに調味料としてかけてある酢の酸っぱい味に絡みついて、吐き気を催すような味わいを生み出している…

シルバー「本当に大丈夫かね?」

ドロシー「……ええ(くそっ、吐き出すわけにもいかないし……)」

シルバー「そうかね……だがもう少し飲んだ方がいいのではないかな? 喉に詰まらせてはいけないからね」親切ごかしに、空になったカップへお代わりを注ぐ……

ドロシー「ご親切にありがとうございます……」

シルバー「なに、喜んでもらえたなら幸いだ……どうしたんだね? あまりフォークが進んでいないようだが?」

ドロシー「いえ、そんなことはありませんよ。 ミスタ・シルバーのお話が面白いものですから、つい……♪」

シルバー「おっと、これは失敬。 せっかくの食事を邪魔してはいけないね」

ドロシー「いえ、とんでもない(これで一点は返したな……)」

…ドロシーが四苦八苦しながらイワシを食べている間、親切な叔父さんのような表情でその様子を眺めているシルバー教官……時折思い出したように、机からどかした本をめくってみたり窓の外で鳴き交わす鳩を眺めてみたりして、さも視線を向けていないフリをするが、優秀な訓練生であるドロシーはそんな簡単な「引っかけ」に乗せられて、料理をそっとハンカチーフに包んで食べたフリをしたり、足もとのゴミ箱に捨てたりはしない…

シルバー「ふむ……『逆境は、真実に至る最初の道である』」

ドロシー「……バイロンですね」

シルバー「いかにも。バイロンは好きかね?」

ドロシー「いいえ、ワーズワースの方が」

シルバー「おや、私もワーズワースの方が好きだよ。気が合うね♪」

ドロシー「そうですね」無理にイワシの残りを口に運びながら、なおかつ教官が一ヶ月も前に世間話として言っていた「好きな詩人」を思い出して会話を合わせる……

シルバー「私は、あのワーズワースのヤーロー川の詩が好きでね……あんなに美しくてはかなげなものはないよ」

ドロシー「同感です。特にあの終わりの一節が余韻を残していて、それがとても良い効果を生んでいますね」

シルバー「そうなんだよ、彼は実に見事な書き方をした……と、何だかんだとおしゃべりをしているうちにすっかりお皿が綺麗になったね」

ドロシー「ええ、まぁ……ちょっと空腹だったものですから♪」吐き気をこらえつつ、冗談めかした……

シルバー「ははは、健康な証拠だね……おや、そろそろ午後の訓練が始まる時間だ。皿は私が片付けておくから、君は訓練に遅れないようにしなさい」

ドロシー「では、失礼します」

シルバー「うむ。良かったらまた食べにくるといい」そう言うと、にこにこ顔でドロシーを部屋から送り出した……

………


ベアトリス「それってただの嫌がらせじゃないですか?」

ドロシー「いいや、それも立派な訓練さ……つまりだ、情報部員ともなると相手の機嫌を損ねないように、嫌いなものでも喜んで食べたり受け取ったりしなきゃいけない場面が出てくるからな……そのための抜き打ちテストってわけだ」そういって肩をすくめると続けた……

ドロシー「……例えばだが、ちせがよく朝飯に食ってる糸を引いた豆とか、「ぬか漬け」とかなんとか言うしわくちゃになったきゅうりのピクルスとか……場合によっては勧められた時にああいうものを平然と食える必要も出てくるってわけさ」

ベアトリス「うぇぇ……あれをですか」

ドロシー「ああ。その点プリンセスはそういうのには慣れているはずだ。何しろ外国の賓客に恥をかかせたりしないよう、常々そういう訓練を積んでいるはずだからな……もし食卓のフルーツを手づかみで食うような客がいたら、そいつに合わせて手づかみで食うだろうし、もぐらのシチューだろうがハリネズミのステーキだろうが、にこにこしながら食ってみせるだろうな」

ベアトリス「間違いないですね、姫様は好き嫌いをおっしゃったことがありませんから……」

ドロシー「だろう? っと、話がそれたな……おまけにその訓練ではにどんな相手でも油断することがないよう、同室や仲良しの訓練生から苦手なものを聞き出す役目が内密に「課題」として出されることもあるんだ」

ベアトリス「うわぁ……でも、ここまでのお話を聞いた限りでは苦手なものが出ただけで、なにもおかしいところがないですよね?」

ドロシー「そこだよ……私たちの代よりもずっと先輩にあたる訓練生の中にいたんだとさ」

ベアトリス「?」

………



…十数年前・ファーム…

色白の訓練生「……お疲れさま、ルーシー。教官は相変わらず厳しかったわね」

栗色髪の訓練生「お疲れ、ミナ……でもどうにかなるし」

色白「そう?」


…お互い与えられた仮名を除いては名前も素性も知らない「ファーム」限りの関係とはいえ、同室の訓練生同士ともなると多少は気軽に話しかけたり、ちょっとした物を貸し借りをするような関係が生まれる……ある日の訓練を終え、汗と土ぼこりの染みこんだ服を脱ぎながら、一人の訓練生が同室の訓練生に話しかけた…


栗色「ええ。ちょっと最後の投げは胸につかえたけど……昼に食べたヨークシャープディングが出そうになったわ」


…話しかけた色白の訓練生は大人びたきりりとした顔立ちにすんなりとした姿で、舞踏会の紹介状など持っていなくても執事に通してもらえそうな優雅な見た目をしている……一方、受け答えをしているのは陽気で快活そうな雰囲気をついぞ崩したことがない健康的な訓練生で、顔立ちはなかなかに可愛らしいが、どちらかというと舞踏会よりはクリケットやテニス、あるいはキツネ狩りといった屋外スポーツや活動的なものを好みそうな印象を与える…


色白「まぁ、くすくす……っ♪」

栗色「あははっ♪」寝心地の悪いベッドの薄いマットレスに腰かけ、ほつれや繕いの跡が目立つ支給品の靴下を脱ぎながら元気よく笑った……

色白「それにしてもルーシーは勉強も実技も出来て大したものね……私なんてあれこれ教官に指導されてばかりなのに」

栗色「まぁまぁ、そこは人それぞれでしょう……違う?」

色白「それはそうだけれど、ルーシーには苦手なものってないの?」

栗色「え、私?」

色白「ええ……ほら、例えば私は牛乳が苦手だし、ニンジンも好きじゃないでしょう?」

栗色「そう言えばそうよね」

色白「そうなの。でもルーシーってば何でも好き嫌いがないように見えるから」

栗色「うーん、苦手なものねぇ……」

…そう言ってしばし考え込むと、向かいのベッドに姿勢良く腰かけている同室の訓練生へ顔を近づけ、少し決まり悪そうな様子で切り出した…

栗色「……みんなに言いふらしたり、からかったりしないわよね?」

色白「もちろん、言いふらしたりなんてしないわ」

栗色「ならいいわ……」そう言うと意を決したように口を開いた……

栗色「……こういうとおかしいかもしれないけど、私が苦手なのは……女の子かしら」

色白「女の子、って……だって貴女も女の子だし、ここにいるのは数人の教官を除いたらだいたいは女の子か成人女性でしょうに」

栗色「いや、それはそうなんだけど……ほら、時々なれなれしく抱きついてきたり身体をすり寄せてくる娘がいるでしょう? あの白っぽくて柔らかい身体に触れられたりするとイモムシみたいで気持ちが悪いし、鼻につく甘ったるい匂いとか……考えただけでゾッとすることがあるの」

色白「ふぅん、それじゃあよく着替えとか一緒にできるわね」

栗色「そういうときは出来るだけ見ないようにして、さっさと済ませてしまうから……自分の身体だと何とも思わないから、ベタベタされるのが嫌なだけかも♪」そう言うと苦笑いを浮かべてみせる……

色白「ルーシーもなかなか大変ね♪」

…数週間後…

訓練生「……ルーシー、ミスタ・シルバーがこの本をミス・パープルに渡してこいって」

栗色「え、私? わざわざ私に頼まなくたって、そのまま貴女たちが持って行けばいいのに……」

訓練生B「そう言われても困るわよ。とにかくそうするよう言われただけだもの」

訓練生「そういうこと……ねぇ、もしかしたら「あれ」じゃない?」

訓練生B「……あぁ、なるほど♪」

訓練生「ね、そう考えたら……くすくすっ♪」

栗色「なに? 何がおかしいの? ……そもそも「あれ」って?」

訓練生「ふふふっ、そりゃあ「あれ」ったら「あれ」よ……ルーシーは今までなかったみたいね♪」

…栗色髪の訓練生に教官からの用事を伝えた二人は、身内にしか分からない冗談を聞いたようにくすくすと忍び笑いを漏らしている……眉をひそめて本を受け取ると、肩をすくめて歩き出した…

栗色「まったく、何がおかしいんだか……」

…ミス・パープルの教室…

栗色「失礼します、ミス・パープル」

パープル「あら、いらっしゃい……貴女がここに来るなんて珍しいわね?」

…とにかく艶やかで色っぽく、周りに漂う空気さえ甘く匂い立つような「ハニートラップ」とその対処法を担当している教官のミス・パープル……ロココ調の豪奢な椅子に腰かけ、ティーカップをかたわらに置いて読書をしているだけだが、ロングドレスからちらりとのぞくすべすべとした白い胸元やストッキングにくるまれたくるぶしだけで、たいていの訓練生たちはすっかり骨抜きにされてしまう…

栗色「シルバー教官から本を渡してくるよう頼まれまして……どこに置きましょうか?」

パープル「ああ、頼んでおいた本ね♪ ならここに置いてくださる?」白い長手袋に包まれたすんなりとした綺麗な指がかたわらのテーブルを指さした……

栗色「はい」

パープル「ありがとう……せっかくだから、お茶でもいかが?」吐息の交じるような甘い声で発するお礼の言葉が桃色の艶やかな唇から漏れると、小机の向かい側を指し示した……

栗色「ええ、せっかくのご厚意ですし……」

パープル「まぁ、嬉しい♪ それじゃあかけて?」

…一事が万事、動きの端々までしなやかで色気があるパープル……ティーポットを取るといい香りのする紅茶をカップに注ぎ、それから上品なケーキやクッキーといったお菓子を勧めた…

栗色「いただきます」

パープル「美味しい?」

栗色「ええ、美味しいです」

…バターと卵をふんだんに使ったさくさくとしたクッキーや、甘い砂糖漬けの果物が載ったふわふわのスポンジケーキ……こういう機会でもなければ「ファーム」では食べることの叶わない上等なお菓子に、栗色髪の訓練生も年相応に嬉しく思いながらひとつふたつと手を伸ばした…

パープル「ここではなかなか食べる機会もないものね……お代わりは?」

栗色「……っ、すみません。意地汚くって」

パープル「ふふふっ、遠慮しないでいいのよ? 私だってついつい食べてしまうもの……もっとも、これはここだけの秘密♪」整った色っぽい顔立ちにチャーミングな笑みを浮かべ、軽いウィンクを投げた……

栗色「ええ、口外はしません」

パープル「ありがとう……っと、いけない」

栗色「平気です」

パープル「ごめんなさいね、私ったらそそっかしくて……///」

…スプーンを砂糖つぼへと戻そうとして目測を誤ったのか、訓練生の手の甲に砂糖をこぼしたパープル……そっと手を伸ばすと丁寧に砂糖を払い、そのまま優しく手を包み込んだ…

栗色「ただの砂糖ですから大丈夫です」

パープル「……そう?」

栗色「ええ」

パープル「でも、こんな風に砂糖が手について……ん♪」砂糖の小さな結晶が星空のように散りばめられた手を取ると、そっと唇をつけた……

栗色「教官……っ///」

パープル「お願い、パープルって呼んで……♪」

栗色「っ……ミス・パープル……」手を取って甘い声でささやきかけるパープルに対して、数回あった訓練の時のように引け腰になっている……


パープル「……ん、ちゅっ……はむっ……ちゅ…っ♪」

栗色「ん、くぅ……っ///」

…手指から手首へと連続して口づけしていくパープルと、かすかに身をよじり顔をそむけ気味にしている栗色髪の訓練生……パープルが身体をすり寄せると髪の香りがふわりと立ちのぼり、豪奢なひだをあしらったドレスの胸元から白くふっくらとした胸のふくらみがのぞき、ほのかな肌の熱と一緒に白粉の甘い匂いが漂ってくる…

パープル「あら、お嫌だったかしら?」

栗色「ん、あふっ……いえ、別に……平気です……」

パープル「そう?」からかうような表情の交じった笑みを浮かべ、ぐっと身を乗り出して顔を近づける……

栗色「は、はい……んっ///」

パープル「ん、んむ……ちゅぅっ、ちゅっ……♪」

…パープルの唇が訓練生の下唇を挟みこむように優しくついばみ、同時に白い絹の長手袋を外す……あらわになったパープルのしっとりとした手が訓練生の頬を下から撫で上げ、もう一方の手がレタスでも剥くように手際よく訓練生の服を脱がしにかかる…

栗色「ふぁ……あ、ふっ……///」

パープル「ふふふ……何度見ても綺麗ね、貴女の肌は……ちゅっ♪」

栗色「あ、ああっ……♪」

パープル「遠慮しなくても大丈夫よ? ここの扉は厚いから、外にはまず聞こえないわ♪」

栗色「ミス・パープル……///」目尻に涙を溜めて頬を紅潮させた弱々しい表情で、椅子から崩れ落ちそうになっている……

パープル「まぁまぁ……まだキスだけなのよ? さぁ、いらっしゃい♪」

…まるで胸元から立ちのぼる香気を吸い込ませるかのように胸元を近づけ、腕を取ると贅沢なベッドへと歩み寄る……と同時に、パープルの身体には訓練生の身体がわなないている様子が手に取るように分かる……パープル本人も、暖かな昼下がりに若く綺麗な訓練生をベッドに引きずり込んで楽しむことを考えて内心にんまりとしている…

栗色「ミス・パープル……」

パープル「ん、ちゅっ、あふ……っ♪ ふふっ、もうっ♪」二人してベッドに倒れ込むと、訓練生がパープルの唇を求めて口づけをしてくる……

栗色「……あむっ、ちゅるっ……ちゅぷ、ちゅぅぅ……っ♪」

パープル「あら……んちゅるっ、ちゅるっ……ちゅぽ……じゅる……っ♪」

…ベッドに倒れ込んで唇が触れあった途端、これまでの訓練で見せた嫌がるようなそぶりを振り捨てて、唐突にパープルの舌をむさぼり始めた訓練生……百戦錬磨のパープルでさえも少し驚くほどの勢いと舌遣いで、息を荒くして身体を押しつけてくる…

栗色「んふぅぅ……はむっ、じゅるぅぅ……っ、んふぅ……ふぅ、ふぅっ///」

パープル「まぁ、あらあらあら……きゃあっ♪」

栗色「……せっかくここまで隠し通してきたのに……ミス・パープルが柔らかい身体といい匂いで誘うからいけないんですよ……っ♪」

パープル「あん……っ、あっ、あっ……あぁぁ……んっ♪」

…上等な生地にあるこすれ合うような音をさせてドレスを脱がせていくと、下にまとっているビスチェと白絹のストッキング、それからレースのガーターベルト、そして白くもっちりとした肌があらわになる……ふかふかのベッドで跳ねるようにして互いの服を脱がせあった二人は、そのまま相手を抱きながら脚を絡め、手指をとろりと濡れた花芯へと走らせる…

パープル「あぁんっ、あふっ、あんっ……あ、あぁぁん……っ♪」

栗色「ふあぁぁぁ……っ、最っ…高♪ ミス・パープルの身体……気持ちいい……っ♪」

パープル「ふふふっ、我慢していただけになおさらでしょう♪」ぐちゅぐちゅ……じゅぷっ♪

栗色「そうですよ、訓練の時もあんな風に身体をまさぐられて……っ♪ こらえるのだって……一苦労だったんですか……らっ♪」じゅぷっ、ぐちゅ、ぬちゅ……っ♪

パープル「大変だったのね……そんな我慢強い娘にはご褒美をあげないと……ね♪」じゅぷっ、くちゅくちゅ……っ♪

栗色「そうですよ、ミス・パープルにあてられて一人でしている娘や、人気のないところで盛っている娘を見るたびに興奮を抑えるのが大変だったんですから……っ♪」とぽっ、とろ……っ♪

パープル「ふふっ、もう♪ 言ってくれたならいつだってほかの娘たちみたいに呼んであげたのに……ふあぁぁ……んっ♪」

栗色「だって……」

パープル「……エージェントたるもの、弱味を見せてはいけないから?」

栗色「そうです。さすがに今日はこらえきれませんでしたけど……あっ、あっ、ああぁぁっ♪」

パープル「ふふ……これまでの演技を考えたら十分に合格点よ♪」そう言って訓練生の片脚を抱くようにして開脚させると、秘部を重ね合わせた……

栗色「ミス・パープル、それ……いいっ、良いです……っ♪」

パープル「私も……ああぁんっ、ルーシー……貴女、とってもいいわ……んんっ♪」

栗色「あっ、あ……ふわぁぁぁ……っ♪」ぷしゃぁぁ……っ♪

パープル「ふふ、可愛い娘……ちゅっ♪」

栗色「はひぃ、はぁ……はぁぁぁっ……もっと……ぉ♪」

パープル「ふふふっ、それじゃあ時間の許す限り付き合ってあげるわ……例えば今日いっぱい、ね♪」

………



ドロシー「……ってな具合で、見事に課題をお楽しみにしちまった訓練生がいたんだとさ♪」

ベアトリス「うわぁ……///」

アンジェ「そんなのはファームで訓練生同士が広め合っている馬鹿馬鹿しい噂話にすぎないわ、実際にそんな訓練生がいたとは思えない」

ドロシー「どうかねぇ……ま、とにかく色んな訓練があったもんさ。それはそうと、どんなことがどこで役に立つかなんて分かりゃしないんだから、これからも身を入れて訓練するこった」

ベアトリス「はい。でもベッドでのいろんな事は私に必要あるとも思えないですけれど……///」

ドロシー「分からないぜ? もしかしてプリンセスから夜伽の求めがあるかもしれないしな」

ベアトリス「もうっ、ドロシーさんっ!」

ドロシー「はははっ、悪かったよ♪ さぁ、とっとと片付けてアフタヌーンティでも飲みに行こうぜ?」

…夜・部室…

ドロシー「さてと……昼は身体を動かしたから、今度は頭を使って暗号についての授業と行こうじゃないか」

ベアトリス「はい」


…学校での勉強や課題を終わらせ、それからエージェントとしての「勉強」にとりかかるベアトリス……いくら腕利きエージェントのドロシーとアンジェでも、本来ならそれ専門の教官と施設を使って教えるべきものを即席で教え込むとなるとなかなかに大変で、情報部員として最低限必要な知識や技術を伝えるのには苦労していた……とはいえベアトリスは真面目な生徒で飲み込みも良い方なので、ドロシーとアンジェにとっても座学の時間は復習を兼ねたいい機会になっていた…


ドロシー「まずはおさらいだ……暗号は基本的に「サイファー」と「コード」の二つで出来ているのは覚えているよな?」

ベアトリス「覚えています。サイファーは文字を一文字ずつ置き換えるもの、コードは特定の文や単語を専用の文字列に置き換えるもの……ですよね」

ドロシー「よろしい、その通りだ」

アンジェ「……基本的に一文字ずつを特定の変換方法で置き換える暗号は、どうやっても暗号としての強度は弱い。そこで置き換え方法を途中から変えたり、解読した文章をさらに置き換えたりすることで暗号の強度を保つ」

ドロシー「中世ヴェネツィアはオスマン・トルコに置いていた大使館から、暗号を楽譜にして郵送したこともあった……もっとも、あんまりにも本国へ送る楽譜が多いと怪しまれるから、そうたびたび使うわけにもいかなかったそうだが」

アンジェ「他にも円盤型の置き換え表なんていうのもある」

ベアトリス「それは聞いたことがあります……たしか時計の文字盤のように文字が並んでいて、同心円状になっているそれぞれの円周に違った文字列が並んでいる……」

ドロシー「ああ、そうだ……例えば外周の円にはギリシャ文字、真ん中は数字、内側にはアルファベットみたいに、置き換え表次第でいくらでも好きなように変換できるってシロモノだ」

アンジェ「しかしこれも解読しようと思えばできないこともない」

ドロシー「そこで、単純な一文字ずつの置き換えをやめて、一文字を複数の文字と数字の組み合わせに置き換えたり、あるいは特定の単語を特定の文字列に置き換える「コード式」の暗号を組み合わせることになった」

アンジェ「例えば「A・B・C・D・E……」というのを「0・1・2・3・4……」と規則的に置き換えただけでは簡単に解読されてしまうけれど、ランダムに選んだ文字列で形成されたコードが文中にあったとしたら解読のしようがない」

ドロシー「ただ、コード式の暗号にも欠点はある……伝えたい文章や内容を発信者と受信者双方が知っているコードにしておかなきゃいけないってことだ」

アンジェ「例えばだけれど「リンゴを食べた」という暗号を送りたかったとする。そしてもし「リンゴ」というコードがあったとしても「食べた」がなかったとしたら、その部分は置き換え式の暗号で送るか、さもなければ白文(通常の文)で送るしかなくなる」

ドロシー「そうなると暗号としての強度はガタ落ちになる……なぜなら「食べた」の部分が分かれば残るコードの部分は「なにかの食べ物」だってことが類推できるからだ」

アンジェ「そうしたらあとはそのコードを含んだ他の文を解読していけばいいだけ」

ドロシー「そう。例えば「リンゴ」のコードを含む暗号文に「赤い」だとか「アダムの」だとかが付いていれば、対象は「リンゴ」に絞られちまうってわけだ」

ベアトリス「まるでなぞなぞですね」

ドロシー「ま、似たようなもんさ。だから暗号解読にはパズルの得意なやつだとか数学の出来るやつがよくスカウトされるんだ。今はどうだか知らないが、以前は新聞に掲載された懸賞パズルを解いたやつを解読係として採用したこともあったっていうしな♪」

アンジェ「そういうこと。 それとドロシー、私はそろそろ定期連絡の受信があるから……」

ドロシー「あいよ、それじゃあ残りの講義は私がやっておくよ」手をひらひら振ると、アンジェを見送った……

ベアトリス「……アンジェさんも忙しいですね」

ドロシー「まぁな……このところ女王の後継者を巡る派閥争いで王国も忙しいからな」

ベアトリス「ええ……」

ドロシー「なぁに、プリンセスなら大丈夫さ……あの女性(ひと)は見た目よりもずっとしっかりしているし、なによりお前さんがついているんだ……だろ?」

ベアトリス「ありがとうございます……///」

ドロシー「いいんだよ、気にするなって」軽く笑ってみせるとブランデーを垂らした紅茶を一口飲んだ……

ベアトリス「ところでドロシーさん」

ドロシー「んー?」

ベアトリス「その……ドロシーさんたちのいた「ファーム」では、他にどんな訓練があったんですか?」

ドロシー「なんだ、聞きたいのか?」

ベアトリス「はい。ドロシーさんやアンジェさんって、いつも冷静沈着で……どんな訓練をしたらそういう風になれるのかな……って///」何度となくプリンセスを救ってきたアンジェに対する憧れとわずかなうらやましさをのぞかせて、軽く頬を赤らめた……

ドロシー「なるほどな……まぁ、ファームの実態もある程度は王国に掴まれていることだろうし、今さらお前さんにしゃべったからってどうってこともないだろう……いいとも、話してやるよ」

ベアトリス「お願いします」

ドロシー「ああ……前に言ったかもしれないが、訓練教官は色や花、生き物の名前なんかをコードネームに付けていて、それぞれ専門の「科目」を持っていてな」

ベアトリス「そう言っていましたね」

ドロシー「そうだったな。 とにかく「ファーム」では何よりも、必要なことを必要な時にためらわず実行できる能力を鍛えられたな。例えばナイフや身近な物を使った武器での格闘は「ミスタ・ブルー」っていう教官だったんだが……」

…数年前・ファーム…

訓練生「……次はミスタ・ブルーの授業ね」

訓練生B「あの人の授業は特に厳しいし、あんまりやりたくないわ」

ドロシー「まさに「ブルー(憂鬱)な気分」ってところだな?」

訓練生「ええ、本当に……」

訓練生B「しっ、来たわよ」

ブルー「……諸君、それでは始めよう」

…足音も立てずにしなやかな動きでやって来た教官は「ブルー」という名前にふさわしく青白くやせこけている……教官が軽くうなずくと、運動場の左右二列に分かれた訓練生たちの前に補助教官たちが一振りずつ鞘付きナイフを置いていく…

ブルー「さて……これまでの訓練である程度ナイフを使った戦い方は習得できたはずだ。今日はその練習の成果を発揮してもらう」

ブルー「……見ての通り諸君の足もとにナイフが一振りずつあり、これで向かい合う相手とナイフ戦をしてもらう。これは今までの訓練と変わらないが、今回はより一層の緊張感を持たせて実戦に近づけるため、中の何本かは刃を止めていない」淡々とそう言うと、訓練生たちの間にかすかなざわめきが起こった……

ブルー「ちなみにどこに置いたナイフが刃の止めていないナイフかは私にも分からない。完全に無作為で置いてある……つまり、手を抜けば最悪死ぬことになる」

訓練生「ごく……っ」

ブルー「では、ナイフをとって……任意に始めたまえ」

…いわば金属の板にすぎない刃を止めたナイフでも真面目に立ち回ってきた訓練生たちだったが、刃の研がれた本物のナイフが混じっているとなるとその表情は桁違いに真剣さを帯びてくる…

訓練生C「はっ!」

訓練生D「ふっ……!」

…まるでダンスを踊るかのように互いの周囲を巡り、間合いを詰めるとナイフを振る瞬間だけ息を吐く……構え方はそれぞれのスタイルや得意な形に合わせて様々だが、白刃がきらめくたびに相手は飛び退き、ナイフが空を切ったと見ると一歩踏み込んで切りつける…

訓練生E「……やっ!」

訓練生F「くぅ……っ!」

補助教官「そこの二人、やめ!」

訓練生G「たあっ!」

訓練生H「うっ……!」

補助教官B「それまで!」

…喉元にナイフを押し当てられたり、組み敷かれて身動きが出来なくなった段階で教官たちが割って入る……訓練相手は入れ替わり式で、勝った方は隣の組の勝った方と、負けた方は負けた方で次々と替わっていく……次第に勝ち抜いていったドロシーが最前列まで来ると、向かい側にアンジェが立っている……二人のかたわらにはブルーが立ち、何一つ見落とすことのない鋭い目で全体を見わたしながらも、二人を間近で観察している…

ドロシー「よう、アンジェ」

アンジェ「ドロシー……準備は良い?」

ドロシー「ああ、いいさ。それじゃあ始めるか?」

アンジェ「ええ……はっ!」

ドロシー「くっ!」

…アンジェの小柄な身体がドロシーの振ったナイフをかいくぐって懐に飛び込んでくる……が、その動きを予見していて振ったナイフを引いて下からの突きに繋げるドロシー…

アンジェ「……っ!」

ドロシー「はぁ……っ!」

…実戦と同じく蹴りや組み付きも禁止ではないことから、長い脚を有効に使って蹴りを入れるドロシー……アンジェはとっさに飛び退いたが、手首に当たった蹴りでナイフが弾き飛ばされる…

アンジェ「ちっ……!」そのままもう一回後ろに飛び、地面に落ちたナイフをぱっと拾い上げる……

ドロシー「……さすが!」

アンジェ「貴女もね……ふっ!」

ドロシー「うっ……く!」ドロシーの額をかすめたナイフが前髪に触れ、赤っぽい毛が数本切り散らされてひらひらと舞った……

ドロシー「まさかお前のが本物かよ……はあっ!」

アンジェ「たぁぁ……っ!」

ドロシー「ぐ……っ!」

…リーチそのものはドロシーより短いが、それを補って余りある機敏な動きで容赦なく間合いを詰めてくるアンジェ……ドロシーもアンジェの呼吸を読んで鋭い突きや払いをかわしていたが、さすがに避けきれず体勢を崩し、とっさに空中で宙返りをすると地面に手をついた……その隙を逃さずアンジェが飛び込んでくる…

アンジェ「やあっ……!」

ドロシー「さすがだよアンジェ……だけどな!」ここを先途とばかりに飛び込んでくるアンジェに対し、手に握り込んだ運動場の砂を顔面に浴びせかけた……

アンジェ「うぷ……っ!?」

ドロシー「そらっ!」アンジェのナイフを弾き飛ばすと地面に押し倒し、喉元にナイフを当てた……

補助教官「よし、そこまで!」

ドロシー「ふー、やれやれ……まったく寿命が縮まったぜ」

ブルー「……よくやった。あそこまで体勢を崩された所から立て直すのは難しく思えるが、今のように機転を利かせて対処すれば活路も見いだせる。大したものだ」

ドロシー「どうも」

ブルー「君の戦い方もなかなか良かった。腕の振りも早ければ力もある……ただ、君の戦い方は上手だがいささか綺麗で正統派すぎる。もっと相手の意表を突くようなずるいやり口や汚い戦い方も身に付けることだ」

アンジェ「以後気を付けます」

ブルー「よろしい……だれか怪我人は?いないな? 結構、ならもう一回だ」

………



ベアトリス「……それにしても本当のナイフでなんて、危険すぎますよ」

ドロシー「まぁな……だが教官はこう言っていたよ「怪我は訓練のうちにしておけ、本番で怪我をしたらおしまいだ」ってな」

ベアトリス「確かに一理ありますけれど……でも、やっぱりアンジェさんは強いんですね」

ドロシー「ああ。あの冷血女は本当に何でもこなせるやつさ……」

ベアトリス「そうですね……他にはどんな訓練があったんですか」

ドロシー「そうだな……ああ、そうそう。ある程度ファームにも馴染んだ頃に「遠足」があったっけ」

ベアトリス「遠足ですか? でも情報部員の養成施設なんですから、普通の遠足とは違うんですよね?」

ドロシー「はははっ、察しが良いな♪ 確かに普通の遠足とはまるっきり別物だったさ」

ベアトリス「やっぱり……」

ドロシー「そりゃあ普通の学校とはわけが違うからな……あれはファームに入ってひと月もたたないころだったが、訓練生全員が目隠しをされて樽だの箱だのに押し込められて、馬車やトラックに載せられるとどっかに運ばれるんだ……」

…どこかの牧場…

ドロシー「あいてて、すっかり身体がこわばっちまった……」

アンジェ「……」

訓練生「ねぇ、ここはどこかしら……お日様の高さからすると出発してから二時間くらいのようだけど」

訓練生B「分からないわ。樽に押し込められてから何回かぐるぐる回されたし、おかげで方向感覚もめちゃくちゃ……」

ホワイト「さあさあ、おしゃべりは後にして整列したまえ……ミスタ・ブルー、後は君が」

ブルー「ええ……さて、今日は少し毛色の違った訓練を行う」

…田舎道を何時間か揺られていると不意に乗り物が止まり、樽や箱から出されると目隠しを外された訓練生たち……教官たちに連れられて来たのは「ファーム」から二時間あまりの場所にあるどこかの牧場で、青草の伸びたなだらかな丘には放牧されている羊や山羊、黒鹿毛や鹿毛のサラブレッドが数頭、それに乳牛として飼われているジャージー種の牛たちがいて、鶏舎ではせわしなく穀物をついばむドーキング種のニワトリ、豚舎では餌を咀嚼しているヨークシャー種の豚が暮らしている…

ブルー「まず、諸君にはそれぞれ班で分かれてもらう……先頭から十人目までは私に、その次の十人はレディ・スカーレットに、あとの者はミスタ・ホワイトの指示に従うように」指示に従って教官たちの前に並ぶ訓練生たち……

………

…ホワイトの班…

ホワイト「では、君たちにはまず乗馬を覚えてもらおう……本物の騎手とまでは言わないが、基本的な馬の御し方くらい覚えておいて損はないからね」

訓練生C「……あたし、馬なんて乗ったことないんだけど」

訓練生D「私も鉱山では見たことあるけど……乗ったことはないよ」

訓練生E「わたくしは経験がありますわ」

ホワイト「こらこら、静かに……ことわざにも「ものは試し」というからね。基本的な事は私が教えるから順繰りにやっていこう」

…そう言うと背の高いサラブレッドの鼻面を優しく叩き、ひらりとまたがったホワイト……そのままウォーク(常足)からトロット(速足)、それからキャンター(駈足…ギャロップ)と馬を駆けさせ、最後は訓練生たちのすぐ前でぴたりと止めてみせた…

訓練生C「すごい……」

ホワイト「お褒めにあずかり恐縮だよ、ミス・コールドウェル」訓練生たちのくすくす笑いが収まると真面目な表情に戻した……

ホワイト「……それでは基本的な馬の性質や御し方、そして機嫌の取り方を勉強しよう」

…しばらくして…

訓練生D「……きゃあっ!」

ホワイト「おっと、大丈夫かね? 馬に乗っている以上、落馬はあり得ることだ。落ちたときに後脚で蹴られたり頭を打ったりしないよう、さっき教えた受け身を取るようにしなさい」

…馴染みのない人間が次々と騎乗したせいで少し気が立っているサラブレッドたち……途中で何人かの訓練生が竿立ちにになった馬に振り落とされたり鞍から放り出されたりしたが、ホワイトは馬をなだめるといつものように「もう一回やってみよう」と訓練生を再び馬にまたがらせた…

訓練生D「はい……あいたた」

ホワイト「……馬は賢い生き物だ、おっかなびっくりで手綱を取ると乗り手のことを侮って言うことを聞いてくれない。冷静かつこちらが主人であることを示す態度で御するように」

訓練生D「分かりました」

ホワイト「……良い調子だ、ミス・エディントン」

訓練生E「ありがとうございます」

ホワイト「うむ、その調子で御しているようにね……」

…そう言うと不意に小型のリボルバーを取り出し、馬の側で上空に向けて空砲を放ったホワイト……物音に敏感なサラブレッドは途端に暴れ出し、訓練生が手綱を引いても跳ね回っている…

訓練生E「うっ、く……!」

ホワイト「大丈夫かな、ミス・エディントン?」

訓練生E「え、ええ……どうにか御し切れると思ったのですけれど……」

ホワイト「もう少しだったよ。今度は跳ね飛ばされないようにしっかり太ももの筋肉で馬体を挟むようにすることだ……もしかしたら銃撃を受けながら馬で逃げるような事があるかもしれないからね」

訓練生E「はい」

ホワイト「……それから落馬するようなときは、あぶみに足を残していると骨折したり馬に蹴られたりするから、すぐあぶみから足を外して飛び降りるようにすること……それに倒れた馬の下敷きになったりしたら、自分で抜け出すのは難しいからね」

訓練生E「そうします」

ホワイト「よろしい……君たちも良く覚えておくように」

訓練生たち「「はい」」

ホワイト「よろしい」

…そのころ・施設の一角…

ブルー「では、諸君にこれを渡そう」

訓練生F「……見たことない形ね」

訓練生G「何のナイフかしらね……毛刈りでもするのかしら?」

…施設の中、何頭かの羊たちが柵の内側に固まっている一角に連れてこられた訓練生たち……ブルーから列の先頭に立っている数人に渡されたのは鎌のような形に湾曲したナイフで、内側に刃が付いている…

ブルー「……さて、この中には見たことがない者もいるだろうが、これは羊や山羊を処理するときに用いる首切りナイフだ」

訓練生F「えっ……」

ブルー「情報部員になれば人の命を取る場合もあるだろう、そんなときにいちいち気絶などされていては役に立たない……そこで今日は羊を始めとした家畜で「と畜」を行い、血に慣れてもらう。手際よく、苦しめないよう始末してやること」

訓練生G「う、でも……」

ブルー「でも、なんだ? この穏やかな目をした牛や豚、羊といった動物が諸君の食べている肉になるのだ。都合の悪い真実からも目をそらさず直視する勇気が情報部員には必要だということを忘れるな」ブルーは冷たく訓練生たちを眺め回し、淡々と続けた…

ブルー「言っておくがと畜した羊や子羊の一部は市場へと出荷されるが、大部分は諸君の夕食になるのだ……さて、最初に誰がやる?」

訓練生たち「「……」」

アンジェ「私がやります」

ブルー「よろしい。決心の早さと思い切りの良さというのはエージェントにとって大事なことだ……まずは羊の横に近寄って胴体を抱きかかえるようにし、ナイフを持っていない方の手をあごのしたに回す……」

アンジェ「はい」

ブルー「そして、軽くあごを上向かせてのど首を露呈させる……」

アンジェ「こうですか」

ブルー「それでいい……そして、あとはナイフをあてがって勢いよく一気にかき切る。できるな?」

アンジェ「……できます」

ブルー「いいか、喉を切るときは決してためらうな……遠慮がちに切られると家畜は痛さで暴れるし、より一層苦しむことになるのだ」

アンジェ「分かりました」

ブルー「よし。では私が羊を押さえてやるからやってみなさい」

アンジェ「はい」

ブルー「さて……羊は上手な人間にと畜されると、一瞬『メッ……』と鳴くだけだが……諸君はどうだろうな」

………

ベアトリス「……」

ドロシー「……ちなみにその晩にはマトン(羊肉)やラム(子羊)のローストが出たが、残しているやつも多かったな」

ベアトリス「そうでしょうね」

ドロシー「ちなみにアンジェのやつは『ふん……自分で見ないで済んだものは喜んで食べるくせに、血を見るのは嫌だなんてただの甘えにすぎないわ』って言ってたな」

ベアトリス「そうかもしれませんけど……私だったらちょっと食べるのをためらっちゃいます」

ドロシー「でも新鮮で美味かったぜ?」

ベアトリス「……あー、えーと……他にはどんなことをしたんですか?」

ドロシー「そうだな、あとは……」

………



…牧草地…

スカーレット「それでは、これから音を立てない歩き方や止まり方の訓練を行います……頑張って下さいね」

…若々しく健康そうなスカーレット教官はその引き締まった脚を乗馬用ズボンとブーツで包んでいて、きゅっと引き締まった脚は何マイルでも歩けそうに見える……訓練生たちは牧草地で爽やかな青草の匂いを嗅ぎながら、スカーレットの指示を聞いている……最初に一人の訓練生が選ばれると、スカーレットが横に立った…

スカーレット「では、これから私の指示する通りに動くように……いいわね?」

訓練生H「分かりました」

スカーレット「よろしい、それでは真っ直ぐ歩き始めて?」

…作業つなぎ姿の訓練生がスカーレットや訓練生たちに見守られながら、てくてくと歩き始めた……訓練生が一歩踏み出すと、そのたびにそよ風のざわめきとは別に草むらが音を立てる…

スカーレット「……もっとゆっくり、牧草の触れあう音もさせないように」

訓練生H「はい……」

スカーレット「もっと慎重に、丁寧に……太ももの筋肉がつらいでしょうが、時間をかけてゆっくりと足を下ろす……」

訓練生H「……」

スカーレット「それから足を下ろす先になにがあるかよく見て、一歩一歩かかとの方からゆっくりと……」

訓練生H「はい」

スカーレット「足を下ろすまで重心は残している足にかけておくこと……そう、上手上手。今度は少し左へ行ってみましょう」

訓練生H「ふー……」

スカーレット「そのまま、そのまま……伏せて!」

訓練生H「……っ!」

スカーレット「……ミス・ヘリアー、なぜ私の指示に従わず横にずれてから伏せたの?」

訓練生H「……すみません、レディ・スカーレット」

スカーレット「謝らなくても良いわ。どうして伏せるよう指示したのに身動きしたのか教えてちょうだい?」

訓練生H「その……えぇと、そこに馬糞が落ちていたものですから……それで……」

スカーレット「なるほど。もし敵に気付かれそうな状況に陥って、伏せてやり過ごそうと言うときに身動きしたらどうなると思う?」

訓練生H「……」

スカーレット「私が伏せるように言ったら、水たまりであろうと馬糞の山であろうと、即座にその場で伏せるように……ミス・ヘリアー、柵に沿って牧場を一周していらっしゃい、駆け足でね?」たっぷり数十エーカーはある牧場の柵を指し示した……

訓練生H「はい」補助教官の一人に連れられて、牧場の外周を走り始めた……

スカーレット「では次……」

………

ホワイト「……情報部員ともなるとよくあることだが、長時間の監視任務に就いた場合、交代がくるまで何時間も動かずにいる忍耐力が必要になってくる」

ホワイト「そこで君たちには、監視ポイントに着いたつもりになってどれくらい身動きできずにいられるか挑戦してもらう。監視対象は向こうの生け垣にしよう」百ヤードもないところにこんもりと茂っている生け垣を指さした……

ドロシー「……やれやれ、これじゃあ陸軍の斥候だぜ」教官に聞こえないよう、口の中でぐちをこぼす……

ホワイト「コツは最初に出来るだけ楽な姿勢を取れるよう位置どりをすること……時にはそういった必要も出てくるだろうが、基本的に無理な姿勢で数時間を過ごすのは難しいからね」

…ホワイトの助言を受けて、牧草の上でもぞもぞと身動きをして姿勢を作る訓練生たち……地面に身体を付けてじっとしている様子は、まるで猟の待ち伏せか昆虫観察のように見える…

ホワイト「準備はできたかね? ……それじゃあ私が『始め』の合図をした後は自分の鼻に止まった蠅ですら追い払わず、ただ石像のように姿勢を維持すること」

ホワイト「それから、こうした監視任務の場合は地面で身体が冷えるから、本番の監視任務にあたるようなことがあったら間違いなく厚手のものを着ておくこと……私も駆け出しの時に身体が冷えておしっこを漏らしそうになったからね」訓練の鬼ではあるが優しい物腰のホワイトが放つ冗談に、訓練生たちの間から失笑が漏れる……

ホワイト「……実際問題として、急いで監視地点から撤収しなければならないとか対象の尾行に移らなければならないと言ったときに身体が冷えてこわばっていては任務に支障をきたすし、脚や身体がしびれていてよろめいたりしたら物音が生じ、任務や君たちの生命そのものにも危険が及ぶ」

訓練生たち「「……」」

ホワイト「そういった事態が生じないよう、時々靴の中でつま先を動かすとかして血流を滞らせることのないように……」

ホワイト「さて、説明はこのくらいにして……まずは二時間を目安にやってみようか。 よーい、始め」

…数十分後…

訓練生A「……ふわ……んくっ」出かかったあくびをかみ殺そうとするが、間に合わず息が漏れる……

ホワイト「ミス・アーガス。監視任務は単調で退屈かもしれないが、情報部員にとっては避けられない任務の一つだよ?」

訓練生A「済みません……」

ホワイト「分かっているなら結構。では眠気覚ましに牧場を一周しておいで?」

訓練生A「はい」

訓練生B「……っ!」目の周囲を這い回りはじめたハエを、思わず手で払いのけてしまう……

ブルー「バーン……残念、君は王国防諜部に撃たれてあの世行きだ。 一周してくるんだ」

訓練生B「はい」


…ぽかぽかと温かい穏やかな日差しの中、身じろぎひとつせずに「監視」を続ける訓練生たち……が、顔の周りをうるさく飛び回る虫や忍び寄る眠気に勝てず、つい身動きをしてしまったりウトウトしてしまったりして、教官に皮肉を言われながら一人また一人と駆けだしていく…


ドロシー「……(あーあ、監視任務の訓練って言ったってただ生け垣を眺めているだけだもんな『プリンセス・プリンシパル~Crown Handler・第三章~』でも見に行きたいぜ……)」

アンジェ「……」

ドロシー「……(しかしアンジェのやつ、相変わらず眉毛一つ動かさないな……いったい何があったら表情を変えるんだ?)」

スカーレット「ミス・カーター? お昼寝をするにはもってこいの陽気だけれど、交代要員が来るまでは我慢しないといけないわね」

訓練生C「すみません、教官。走ってきます……」

スカーレット「よろしい」

…二時間後…

ホワイト「よーし、ではそろそろおしまいにしようか。最後まで我慢できた君たちは実に忍耐強いな、将来が楽しみだ」

スカーレット「ミスタ・ホワイトの言うとおりね。どうしても秘密情報部員だとかエージェントだとか言うと、華々しい活躍や手に汗握るような破壊工作を想像しがちだけれど、実際はこうした単調で地味な任務がほとんどなの」

ホワイト「そう、残念ながらそういうものなのだ……さて、ずっと寝そべっていてすっかりあちこちがこわばってしまっただろう。牧場を一周して少し身体をほぐしておいで?」

ドロシー「結局走らされるのかよ……」

………

…別の日・牧場の厨房…

しわくちゃのお婆さん「ああ、いらっしゃい……この娘たちが新しい訓練生ね?」

…訓練生たちが集められた厨房は数十人分の食事がいっぺんにまかなえる大きさで、ピカピカに磨き上げられた銅製の鍋や鉄のフライパン、各種の調理器具がきちんと整頓されて取りそろえてある……ホワイトに引率されてやって来た訓練生たちを出迎えたのは白髪で笑いじわを口元に浮かべたエプロン姿の年配女性で、親しげな様子でホワイトに声をかけた…

ホワイト「ええ、ミセス・アプリコット……諸君、紹介しよう。君たちに家事や料理を教える、ミセス・アプリコット……アプリコット教官だ」

アプリコット「教官だなんて、そんなご大層なものじゃないわ……始めまして、皆さんに料理をお教えするアプリコットです、どうかお見知りおきをね♪」しわくちゃの顔一杯に優しい田舎のお婆ちゃんのような笑みを浮かべ、古めかしい作法で一礼した……

ホワイト「では、後はお願いします」

アプリコット「ええ、ミスタ・ホワイト……さて、皆さん手は洗った? エプロンは着けた?」

訓練生たち「「はい、ミセス・アプリコット」」

アプリコット「そうかしこまらないで結構よ……それじゃあ、皆さんには順番に料理とお菓子の基本をお教えしましょうね♪」

…調理台に開いた料理本を置き、数人ずつ呼んで基礎を教え始めたアプリコット……訓練生の中には下働きのメイドや料理屋の女の子として多少調理の心得がある者もいるが、反対に卵の割り方も知らないようなまったくの初心者もいて、アプリコットと二人の補助教官「オレンジ」と「シナモン」が丁寧、かつアルビオンらしい皮肉たっぷりに料理のイロハを教え込む…

訓練生D「出来ました、ミセス・アプリコット……」

アプリコット「そう。 ではさっそく見せてもらえる、ミス・デヴォン?」

訓練生D「……これです」

アプリコット「はて、これは何かしら……地面に落ちていた革手袋?」訓練生たちの間から思わずくすくす笑いが漏れる……

訓練生D「いえ、その……オムレツです……///」

アプリコット「そう。見たところ革手袋にしか見えないけれど、私の目が悪いだけかもしれないわね……ふむ、食感もごわごわしていて革手袋に似ているわ」

訓練生D「///」

アプリコット「……ミス・デヴォン、どうやら火加減を誤ったようね。プレーンオムレツは卵料理の基本にして最も難しいものだから細心の注意が必要よ。ではもう一度、さっき私が教えた通りにやってご覧なさい?」

訓練生D「はい……」

アプリコット「ではお次の方、出来上がった料理を持っていらっしゃい?」

………



ベアトリス「それじゃあドロシーさんとアンジェさんも?」

ドロシー「ああ、形ばかりはな」

ベアトリス「そういえばアンジェさんも一度オムレツを作った事がありましたね」

ドロシー「ああ、例の偽装亡命で壁越えのルートを探ろうとしたあいつの時か……そうだな、アンジェのやつ「買ってきた」とかなんとか言ってたが、きっと作ったんだと思うね」

ベアトリス「あれ、上手でしたよね」

ドロシー「あいつは何でもそつなくこなすからな……ファームで料理を習得させられた時もなかなかのものだったぜ」

ベアトリス「でも、アンジェさんってあんまりお料理やお菓子作りをしませんよね」

ドロシー「まぁ言うなれば「ガラじゃない」ってことだろうな……料理や家事みたいな技能に関してはなりきるカバー(偽装)がエージェントによって違うから、そこまで高いスキルが要求されないやつもいるし、反対にメイドや料理人に向いていそうなやつはみっちり仕込まれるんだ。そこは全員がある程度の水準を求められる暗号作成や安全な連絡の取り方みたいな「必須」の能力と違うところだな」

ベアトリス「なるほど」

ドロシー「でも、料理や菓子作りも必須じゃないとはいえなかなか厳しかったぜ? ある程度できるようになってくると教官が並んでいる所に料理を出したりするんだが……最初はみんなアプリコットの訓練を「優しいおばちゃんと楽しいお菓子作り」くらいに思っていたもんだが、訓練が進むにつれて「あのしわくちゃアンズばばあ」って陰口をたたくほどだったからな」

ベアトリス「ひどいですね」

ドロシー「なにしろそう言いたくなるくらい手厳しかったからな……『ミス・ドロシー、これはスフレかしら? 私にはしなびた花びらに見えるわ?』とか『味がしないわね、まるで未開の土地の地図のように真っ白』とか……今でもはっきり覚えてるよ」

ベアトリス「……くすっ」

ドロシー「笑い事じゃなかったぜ? しくじればやり直しだし、おまけに罰として皿洗いまでやらされるんだからな」

ベアトリス「確かにお皿洗いは大変ですよね……」

ドロシー「ああ……かくしてエージェントの卵として色々やらされて、最後はめでたく「卒業試験」ってわけだ」

ベアトリス「なるほど。それでアンジェさんとドロシーさんの場合はどんな「卒業試験」があったんですか?」

ドロシー「ああ、それか……私たちの時は革命騒ぎの混乱が収まるまでの間に急いでエージェントを植え込まなきゃならなかったし、情報収集だけじゃなくて荒事もできる人間が必要だったから、そんな悠長な課題じゃなかったな」

ベアトリス「というと?」

ドロシー「それなんだが、ある日いきなり街中のネストに連れて行かれたかと思うと教官からピストル一挺とナイフ一振りを渡されて、治安の悪い街区に行って札付きのちんぴらを始末してこい……って内容だったな」

ベアトリス「えっ?」

ドロシー「何も驚くようなことじゃない……騒ぎを起こさず街のごろつき一人バラせないようじゃあエージェントとして何かあったときに使えるわけがないからな」

ベアトリス「……でも、街で誰か殺されたら警察が調べたりするんじゃないですか?」

ドロシー「いいや。ああいうやくざ者は恨みを買っていることも多いし、殺されたとしても警察は面倒を起こす街のダニが一人減ったと喜ぶ程度で真面目に捜査したりなんてしないさ」

ベアトリス「そういうものなんですか」

ドロシー「そういうものさ。こいつは私の想像だが、コントロールは警察の前科者リストを持っていて、その中からいつ殺されてもおかしくないようなやつを選んでいるんだろう。そもそも連れて行かれた街区はパトロールの警官だって尻込みして行かないようなガラの悪い場所だし、まともに捜査がされるとも思えないな」

ベアトリス「なるほど……それでお二人は……」

ドロシー「ああ、ちゃんとやったよ……結局のところ、腕前を知りたいって言うよりは訓練生に「もう戻れないぞ」っていう覚悟をさせるための卒業試験だったんだろうな……」

………

…とある日・ファームの教官室…

アンジェ「失礼します」

ドロシー「教官、何のご用でしょうか」

ホワイト「ああ、二人とも来たか……まぁかけたまえ」

ドロシー「はい」

ホワイト「さて、と……実は君たちの「卒業」についてだが、これまでの成績も優秀だし、我々教官たちで相談した結果そろそろ「卒業試験」を行おうということになった。 おめでとう」

アンジェ「ありがとうございます」

ドロシー「それはそれは……で、その「卒業試験」はいつやるんです?」部屋に置いてある数少ない身の回りのものやあれこれを片付けることを考えて、教官に尋ねた……

ホワイト「今からだ」

…西ロンドン・港湾地区のネスト…

ホワイト「さぁ、着いたぞ」

ドロシー「ようやくですか……あやうく腰痛になるところでしたよ」

…貨物自動車の運転席に座っていたホワイトが声をかけ、荷台との仕切り板をバンバンと叩くと、後ろに積まれた箱の中から愚痴をこぼしつつ降りてきたドロシー……続けてアンジェが出てきたが、こちらはいつものように顔色一つ変えていない…

ホワイト「若いのにだらしがないな……着替えや装備は奥の部屋にある。支度をしたまえ」

アンジェ「はい」


…ドロシーとアンジェが連れてこられた古ぼけた下宿屋の奥の部屋にはクローゼットがひとつあり、二人に合うサイズの衣服が数着ばかり畳んでおいてある……それから冷め切った暖炉の灰をかき分けるとレンガを敷いた炉床の下に隠しスペースがあり、それぞれに標準的なナイフ一振りと.320口径の小型リボルバーが一挺、互い違いになるように収納してある…


ドロシー「……どうやらこれを使えってことらしいな」

アンジェ「そのようね」

ドロシー「ああ……」

…愛想のないアンジェの相づちに生返事をしながらウェブリー&スコットの小型リボルバーを手に取ったが、何か気になった様子で弾の入っているシリンダーを開き、途端に「ちっ……」と小さく舌打ちをした…

アンジェ「どうかした?」

ドロシー「まぁな……簡単に言うとこういうことさ」そういうと中折れ銃身を開いて手のひらにバラバラと銃弾を出してみせたドロシー……

アンジェ「不良品ね」

ドロシー「ああ。しっかしこんな弾を装填しておくなんて、教官も底意地が悪いぜ♪」

…状態の悪い弾がシリンダーに込めてあるのを確かめると苦笑を浮かべ、錆び弾やゆがんでいる弾をゴミ箱に捨て、弾の入っている紙箱を探し出して状態のいいものを選び出す…

アンジェ「きちんと武器の状態を確かめるのも課題のひとつということね……ナイフをひと振りどうぞ」

ドロシー「おう……銃の片方は持って行けよ。先に選んでいいぜ?」お互いに「味方」であり、武器に細工をしてあざむいたりするような事はないと思ってはいるが、相手が安心出来るようにと先に武器を選ばせる……

アンジェ「ありがとう。そうさせてもらうわ」アンジェも銃のシリンダーを開き、不良品の銃弾を捨てるときちんと弾を込め直した……

…十数分後…

ホワイト「……準備は出来たかね?」

アンジェ「ええ」

ドロシー「出来ましたよ」

…教官たちの前にやってきた二人は格好も態度も上手く馴染んでいて、アンジェは地味なスレートグレイとあせた青色の服、手には手提げカゴの買い物スタイルで、ドロシーは濃いモスグリーンと黒に近いダークグレイの上下に古ぼけたボンネットをかぶり、働きに出ている家族のところへ弁当でも届けに行くといった雰囲気を出している…

ホワイト「結構……それでは出かけよう。アンジェ君は私と、ドロシー君はミス・スカーレットと一緒に行動したまえ」

ドロシー「よろしくお願いします」

スカーレット「こちらこそ」

…市内・港に近い街区…

ドロシー「……それで、試験の内容は?」

スカーレット「今から説明するわ……試験の目標はあの男を始末すること。手段は問わないけれど出来るだけ騒ぎを起こさず、確実に行うように」

ドロシー「あいつか……」

…教官の目線の先には、いかにも一癖ありげなちんぴらやくざが歩いている……服は汚れたツイードの上下に鳥打ち帽(ハンチング帽)で、耳たぶが醜く変形していて鼻梁がゆがんでいるところを見ると、どうやら賭けボクシングか何かをやっていたことがあるらしい…

スカーレット「……刻限は日付が変わるまで。終わったら尾行を避けてネストまで戻るように」

ドロシー「はい」

スカーレット「それから私はあくまでも採点役なので、もし警察などに追われるような事があっても手助けは一切しません。自力で振りきってネストまでたどり着くこと」

ドロシー「分かりました」

スカーレット「よろしい。では、好きな時に始めて……頑張ってね?」淡々と内容を説明すると角を曲がって離れていったが、去り際に少しだけ励ましていってくれた教官……

ドロシー「……もちろんですとも♪」

………

ベアトリス「……そ、それで」

ドロシー「ああ、無事に殺ったよ……」

………

ドロシー「……」

いかつい男「うい……っく」

…標的の男は身長も幅もたっぷりあり、気の小さい人なら近寄ることも遠慮するような裏通りを我が物顔でのしのしと歩いて行く……歩道に放り出されている生ゴミや、時には寝ている失業者の身体を脚でどかし、思い出したように上着のポケットからラム酒の瓶を取り出してはラッパ飲みしている…

ドロシー「……」

いかつい男「……んぐ、んぐっ」

…男は薄汚いパブや怪しげな下宿屋、それに古い調理油のすえた臭いを漂わせている料理屋を通り過ぎ、次第に運河の方へと歩いて行く……その後方、二十ヤードばかり後ろから早過ぎもせず、また遅すぎもしない歩みで決行のタイミングをうかがっているドロシー…

いかつい男「ちっ、無くなっちまった……」飲み干したラムの空き瓶を歩道に投げ捨て、ぶらぶらと歩いて行く……

ドロシー「……」

…左右の家々は崩れかけ、また煤煙で真っ黒に汚れていて、ときおり港を出る船が鳴らす出港の汽笛が「ボー……ッ」と余韻を残して鳴り響く……ドロシーは上着の下からウェブリー&スコット・リボルバーを抜き出すと、撃鉄をカチリと起こした…

いかつい男「……ひっく」

ドロシー「……」

…道端に捨てられている生ゴミやすり減っている歩道の敷石で滑ったりしないよう慎重に距離を詰めていく……大柄なドロシーだが訓練のおかげで足音を立てることもなく、標的の真後ろ、ほんの数ヤードの距離まで近づくとぴったりと照準を合わせた……そのまま小さくため息を吐くように軽く息をして、船の汽笛が鳴るのを待つ……と、また船の汽笛が長く尾を引くように鳴った…

ドロシー「……」パン、パンッ!

いかつい男「……っ!」突如心臓を撃ち抜いた二発の.380口径の銃弾に、胸をかきむしりながら裏路地に倒れ込む……

ドロシー「……よし」

…通り過ぎながら軽く身を屈め、首筋に指を当てて息の根が止まっている事を確かめると普段通りに歩き去る……緊張と興奮のためか身体は火照りを覚えているが、どうにか落ち着かせて運河沿いに出ると、弁当のサンドウィッチなどがよく入っていそうな紙包みでウェブリーをくるむと、何気ない様子で運河に投げすてた…

………

…半時間後・指定のネスト…

ドロシー「……」特定のリズムでドアをノックするドロシー……

スカーレット「あら、お帰りなさい」

ドロシー「どうも。無事に戻りましたよ」

スカーレット「そのようね……さ、中に入って?」

…居間…

スカーレット「……それで?」

ドロシー「数ヤード後ろから心臓に二発。きちんと確認もしました」

スカーレット「おめでとう、これで貴女は無事合格よ♪」さしたる家具もない下宿屋の一室なので「シャンパンでお祝いというわけにもいかないわね」と、注ぎ口の欠けたポットから薄い紅茶を注いでくれるスカーレット……

ドロシー「ありがとうございます」

…鋼のような精神を訓練で身に付けたはずだがそれでもわずかに手が震え、口もカラカラに渇いているドロシー……教官の前で余裕の笑みを浮かべてみせながらどうにかカップを持って、ぬるくて甘い紅茶をすすった…

スカーレット「いいえ……私も卒業試験が終わった時は手が震えたものよ♪」

ドロシー「教官にはすっかりお見通しでしたね」

スカーレット「いいえ、貴女は上手に隠せているわよ……ちょっとカマをかけてみたの」

ドロシー「おっと」

スカーレット「ふふ……それじゃあ、飲み終わったらここを引き払いましょう。この後は本部の指示に従ってカバーやレジェンドを作り、頃合いとなったら実際の任務に就くことになる」

ドロシー「ま、どうにかやってみせますよ」

スカーレット「貴女なら十分できるわよ、優秀な生徒だったもの……飲み終わったようね、行きましょう」二人はカップの紅茶を飲み干すと茶器を台所に片付け、裏口から霧がかった西ロンドンの街へと姿を消した……

………

ドロシー「……かくして私とアンジェは無事エージェントとしてデビューすることになったわけだ」

ベアトリス「なるほど……でも、訓練を終えた段階でスパイになりたくないっていう人もいるんじゃないですか?」

ドロシー「無論そういうやつは一定数いる。基本的にエージェント候補になりそうなやつって言うのは退役、あるいは現役エージェントが役に立つ地位や素質を持っている「これ」って人間を管理官に伝え、そこから「スカウト」…ポインターなんて言ったりもするが…の連中が身辺調査をした上でリクルートするようになっているんだが、よっぽど覚悟か決まっているか、性に合っているやつじゃない限りはどこかの段階でおっかなくなって二の足を踏んじまうもんさ」

ベアトリス「分かります……でも、それじゃあせっかく訓練したのが無駄になっちゃいますね」

ドロシー「そこさ。情報部としては手間をかけて養成したあげく、施設や訓練内容みたいな機密を知った人間を「はいそうですか」と自由にするわけにはいかない」

ベアトリス「じゃあどうするんですか?」

ドロシー「そういう場合はたいてい脅迫か懐柔だな……訓練生としてこなす課程の中には多かれ少なかれ法に触れるものがあるし、訓練生自身も報酬目当てのやつとか、貧民街出身のやつなんかは前科(まえ)があったりして「叩けばホコリが出る」ような連中が多いからな」

ベアトリス「そうなんですね……」

ドロシー「ああ。だから訓練の課程を終えてから「情報部員として着任するのはイヤだ」なんて言ったら、別室に呼び出されて硬い表情でこういわれる事になる……「そうかね。だが君が今までしてきたことの証拠は全て我々が握っているんだよ? 君を一生『ボタニー・ベイ(オーストラリアの犯罪者流刑地)』送りにするのに十分な証拠がね」……ってな。なにしろ相手は国の機関だし、証拠をでっち上げるのだってお手の物だ。そもそも巻き毛のカツラをつけた裁判官たちだって「スパイの訓練学校に通っていた」なんていう話を信じてくれるわけがない」

ベアトリス「なるほど」

ドロシー「まぁ、あんまり追い込んで寝返りを打たれたりしちゃ困るから、脅迫に訴えるのは「最終手段」で、たいていは別の手段だがな……」

ベアトリス「……別の手段?」

ドロシー「ああ。そういった後ろ暗い経歴のないきれいなやつ……あるいはちょっとした脅しだけで言うことを聞かせられそうな小心者を従わせるのに使う手段だ」

ベアトリス「どんな手段ですか?」

ドロシー「そうだな、基本はこうだ……普通、課程を終えた訓練生は本格的にエージェントとして活動を始めるまで数ヶ月間「見習い」の期間がある。例えばあまり重要でない国に入国して、そこでカバーが馴染むまでごく当たり前の日常生活を送り「任務」と称して新聞記事を切り抜いて翻訳したり、大使館の小物を形ばかり尾行したりして、その情報を本国に送るだけっていう単調な任務だ」

ベアトリス「そういう任務もあるんですね」

ドロシー「ああ。もっとも私やアンジェの場合はコントロールが「植え込み」を急いだから、そういう期間はほとんどなかったがな……」

ドロシー「……ともかく、どういうわけかそんな任務にしちゃ本部の金払いがいい……例えば暮らしていくのに月あたり一ポンドもあれば充分なのに、十ポンドも送ってきたりする。管理官に聞くと「なに、これは『予備費』っていうことで取っておくといい。服だって一張羅というわけにも行くまいし、あまりみすぼらしい暮らしをしているとかえって怪しまれてしまうからね」ってなことを言ってくる」

ベアトリス「ずいぶん親切なんですね? それで手懐けるんでしょうか?」

ドロシー「無論、それで尻尾を振るような連中ならそれでいい……だが、もしその後でエージェントになりたくないなんて言うと大変だ」

ベアトリス「どういうことですか?」

ドロシー「この間まで何だかんだと金を渡してくれた管理官が急に冷たくなって「この経費の使い方はいったいなんだ?」とくる」

ベアトリス「え? だって使っていいって言ったのは管理官なんですよね?」

ドロシー「ああ、その通りだ。そして、そういう風に返事をしたとしよう。管理官はきっとこう言うだろうな「バカな、私はあくまでも『予備費』だと伝えたはずだ。無駄金を使えと言った覚えはない。それで一体この浪費をどうする気だ?」とね」

ベアトリス「そんなの反則ですよ「使っていい」って言っておいて、使ったら「無駄遣いだ」だなんて」

ドロシー「ああその通り、そしてあちらさんはそれが狙いなのさ……事実としてバカみたいに経費を使っちまった以上、返すか公金横領で逮捕されるかのどっちかしかない。だがエージェントのひよっこにそんな大金なんてありゃしない。となると後は泣きべそをかきながら言うことを聞いて任地に向かうしかないわけだ」

ベアトリス「それじゃあその使い込んじゃったお金はどうなるんですか?」

ドロシー「人によりけりだな。エージェントとしての成績が良ければチャラにしてくれるし、成績が悪けりゃ返し終わるまで報酬から天引きされる……中には派手に使っちまったあげく十数年経っても引退できずに、下働きをさせられてる奴さえいるって話だ」

ベアトリス「うわぁ……」

ドロシー「だからさ、お前さんみたいに仕方なしにやっているくらいがちょうどいいんだよ……『秘密情報部員』なんていうと格好いいように聞こえるが、実際はケチな本部をせっついて活動費をねだったり、冷たい屋根瓦の上で一晩張り込みをしたり、いい目にあえることなんて滅多にないんだからな」

ベアトリス「でも、その割にドロシーさんはいつも楽しげに振る舞っていますよね?」

ドロシー「そりゃあ私の境遇から言えばエージェントとして送る生活の方がはるかにマシだからさ。いい食事に上等な酒、可愛い女の子との逢瀬……ドブの中を這いずり回るような生活と比べたら天と地ほどの違いだろ? どのみち「辞める」といって辞められるようなもんでもないし、だったらせめて楽しめるところは楽しまなきゃな♪」

ベアトリス「……」

ドロシー「なぁに、そんな深刻な表情(かお)をすることはないさ。これでもパクられる事のないよう気を使ってもいるしな……無事に引退したらどっかの田舎に邸宅でも買い込んで、ここでの刺激的な毎日を思い出しながらのんびり過ごすさ」

ベアトリス「そう、ですね……」

ドロシー「……プリンセスのことか?」ベアトリスの表情が陰ったのを見ると「話してみたらどうだ?」という響きを声に込め、水を向けた……

ベアトリス「はい……」

ドロシー「そうだろうな。お前さんのその忠誠心は立派なもんだ……冗談で言っているわけじゃないぜ?」

ベアトリス「ありがとうございます」

ドロシー「礼なんていい……これも前に言ったと思うが、あの人は立派なもんだ。 正直なところ、この任務に就いたときは「王国なんてぶっ潰れちまえばいい」って考えていた私が、最近はプリンセスにならアルビオンを任せても良いかもしれないと思うようになってきてるんだからな」

ベアトリス「ドロシーさん……///」

ドロシー「おっと、言っておくが今のは皆には内緒だぜ?……とにかく、お前は他人に気を使う性質(たち)だし、アンジェの事があるから遠慮しちまうかもしれないが、そんな必要はないんだからな? 甘えたかったらうんと甘えりゃいい。プリンセスだって変に気を使われるより、その方が気が休まるってもんさ♪」

ベアトリス「……そう、ですね」

ドロシー「そうとも……さて、それじゃあ今日の授業はこれでおしまい。部屋に戻っていいぞ♪」

ベアトリス「ありがとうございました」

…寮の寝室…

ベアトリス「……ただいま戻りました」

プリンセス「お帰りなさい、ベアト」

ベアトリス「はい」

プリンセス「今日はドロシーさんたちと『お勉強』の日だったわね?」

ベアトリス「そうです。あ、書き終えた手紙は私が……」

…どこで誰に聞かれているか分からないメイフェア校の中では、基本的に言葉を置き換えているプリンセスたち……例えば「情報活動」は「クラブ活動」に「訓練」は「勉強」に、「ネスト」は「店」にと、口を滑らせたり盗み聞きされることがないよう注意をしている……ベアトリスが戻るとプリンセスはサインをしたためた各地の支持者や信奉者への手紙の返事の束をかたわらに屈託のない微笑を浮かべて出迎え、ベアトリスもいつものようにいそいそと手紙の束を棚にしまった…

プリンセス「ありがとう、ベアト」

ベアトリス「いえ、これも私の務めですから」

プリンセス「ふふ、ベアトは立派ね……」

ベアトリス「そんな……///」プリンセスに褒められると、自分でも分かるほど嬉しさがこみ上げてきて顔を赤らめてしまう……

プリンセス「謙遜はなしよ、ベアト?」

ベアトリス「あ……ありがとうございます、姫様」

プリンセス「ふふっ。さて、それでは頑張りやさんのベアトには何かご褒美をあげなくちゃいけないわね♪」

ベアトリス「そんな、ご褒美だなんて……私はするべき事をしているだけですし、そもそも姫様のお側にいられるだけで満足で……///」つい口が滑って、プリンセスに対する思慕の一端をのぞかせてしまう……

プリンセス「まぁ、ベアトったら大胆ね♪」

ベアトリス「///」

プリンセス「ふふ、何も顔を赤らめることなんてないのに……分かったわ、それじゃあなんでもベアトの好きなお願いを聞いてあげます♪ ただし、私に出来ないことはだめよ?」

ベアトリス「好きなこと、ですか?」

プリンセス「ええ。なんでも、ベアトの好きなこと♪」

ベアトリス「そう、ですね……」

…どちらかというと引っ込み思案で遠慮がちな性格をしているベアトリスは、そこまで言われてもなお遠慮しようと口を開きかけたが、ふとドロシーの言っていた言葉を思い出した…

ベアトリス「……(「甘えたかったらうんと甘えりゃいい」ですか……)」

プリンセス「どうしたの、ベアト?」

ベアトリス「えぇと……その、よろしければ姫様と添い寝をさせていただいても……///」

プリンセス「ええ♪ ベアトと一緒にベッドで寝ていると、なんだか私も寝付きがいいような気がするの……喜んでご一緒させていただくわ♪」

ベアトリス「あ、ありがとうございます/// ではお休みになる前に、まずは入浴を済ませてしまいましょう。先に寝具の支度を済ませておきますね」

プリンセス「ええ、お願い」

…恥ずかしさを隠すようにいそいそと布団を整え、冷えた布団で風邪など引かないようウォーミング・パンを使って寝具を暖めておく……それから浴用着(バスローブ)やタオル、固体石鹸などを持った…

ベアトリス「用意が出来ました、姫様」

プリンセス「そう、それじゃあ参りましょう♪」

…メイフェア校・浴場…

プリンセス「普段はにぎやかな場所にこうして二人だけで来ると、なんだか新鮮な感じがするわね」

ベアトリス「姫様の気持ち、分かります」

プリンセス「ね? それになんだか二人きりで秘密めいたことをしようとしているみたいで、ちょっと背徳感もあるわ……♪」

ベアトリス「そ、そうですね……///」

プリンセス「まぁ、ベアトったら照れちゃって♪」

ベアトリス「てっ……照れてなんかいません///」

プリンセス「ふふ、いいのよ♪」

ベアトリス「むぅぅ……」

…甘い親しげな笑顔を浮かべてからかってくるプリンセス……ベアトリスは頬を膨らませながらも、親しげな表情を浮かべてくれるプリンセスの態度にまんざらでもない様子で、浴用スポンジに使う海綿やラベンダーの良い香りがする固体せっけん、それにプリンセスが湯上がりに羽織るバスローブなどを用意し、それからお湯の蛇口をひねった…

ベアトリス「いまからお湯を溜めますね……」

プリンセス「ええ」

…ありがたいことにケイバーライト技術を応用したボイラーのおかげで、お風呂のお湯を沸かすにもいままでのようにいちいち火をおこしたりススだらけになったりという手間はかからない……そしてうまいことにボイラーに口火が残っていたので、すぐ温かいお湯が出始めて真鍮製の脚付き浴槽を満たし始める…

ベアトリス「湯加減は……ちょうど良い温かさですね」

プリンセス「どう、ベアト?」

ベアトリス「はい、もう入れますよ……それでは失礼いたします」プリンセスのナイトガウンに手をかけて帯やリボンをほどいていく……

プリンセス「もう、服くらい私一人でも脱げるのに」

ベアトリス「そういうわけには参りませんから。それに私もこうしているのが好きですし」

プリンセス「私の事を脱がすのが?」

ベアトリス「ち、違いますっ! こうして姫様のお世話をするのがという意味ですっ!」

プリンセス「くすくすっ♪ 分かっているわ。ベアト、貴女がいつもこうして甲斐甲斐しくお世話をしてくれて、私は本当に幸せよ?」

ベアトリス「……あ、ありがとうございます///」

プリンセス「いいえ♪ それじゃあお風呂に入りましょうか……ベアト、貴女もいらっしゃい♪」ちゃぽん……とつま先から浴槽に浸かったプリンセスだったが、かたわらで控えているベアトリスに向かってチャーミングかつ親しげな笑みを浮かべると、可愛らしい手つきで手招きした……

ベアトリス「いえ、私はそんな! それにこのバスタブは二人はいるには狭すぎますし……」

プリンセス「いいからいいから♪ 身体を詰めて入れば二人くらい大丈夫よ♪」

ベアトリス「うわわっ!」

…プリンセスに手を引かれ、まるで引きずり込まれるようにして浴槽に飛び込む形になったベアトリス……濡れても大丈夫なように出来ているが、あまり見られるのが好きではないので人工声帯の部分にはリボンを結び、身体には浴用着をまとっていたがそれらがびしょ濡れになって、まだあどけなさの残る身体を浮き上がらせる…

ベアトリス「も、もう……姫様ってば、ときどき強引なんですから///」

プリンセス「ふふっ、そうかもしれないわね……さ、洗いっこしましょう♪」

ベアトリス「わ、私は浴用着のままですよ?」

プリンセス「……だったら脱がさないといけないわね♪」クスッと小さな笑い声をプリンセスだが、その表情にはベアトリスをドキドキさせてしまう、愛を交わす時だけにプリンセスが見せる妖しい艶っぽさが交じり始めていた……

ベアトリス「姫様……な、なにを……///」

プリンセス「ふふふっ、ベアトったらそんなに警戒しちゃって……ただ身体を洗うのに服が邪魔だから脱がせようとしているだけで、なにもイタズラなんてしないから……ね♪」

ベアトリス「で、でも手つきがいやら……ひゃあっ///」

プリンセス「あらあら、そんな大きな声をあげたら寮監に見つかってしまうわよ……?」ふにっ……♪

ベアトリス「うっ、それはそうですけれど……あんっ///」

…くすくす笑いをしながらわざと胸元に手を入れたり、脇腹をくすぐったりと悪さをしながら服を脱がせていくプリンセス……一方のベアトリスはバスタブの中でばちゃばちゃと身体を暴れさせてお湯をはねかしていたが、結局は首のリボンを除いてゆで卵をむくようにすっかり裸になって、恥ずかしさとくすぐったさのせいで顔を真っ赤にし、激しく胸を上下させている…

プリンセス「まぁ、ベアトったらお洋服を脱ぐのがお上手ね♪ それじゃあ洗いっこしましょうか♪」

ベアトリス「は、はい……///」からかわれても、もはや言い返す余裕すらないベアトリス……プリンセスは置いてあった海綿を取ると石鹸を泡立て、バスタブの中でベアトリスの身体を洗い始めた……

プリンセス「ふふ、こうしているとまるで姉妹になった気分ね♪」

ベアトリス「そんな、姫様と姉妹だなんて……///」おそれ多いとますます顔を赤らめるベアトリス……

プリンセス「あら、ベアトは姉妹じゃなくて新婚さんの方がいいのかしら?」

ベアトリス「そういう意味では……っ///」

プリンセス「そう……だとしたらどういう意味だったのかしら?」

ベアトリス「姫様ってば意地悪です……///」

プリンセス「あぁ、ごめんなさい。 そうやって色々な表情を見せてくれるベアトが可愛いものだから、ついつい意地悪を言ってしまうの……許してちょうだいね?」

ベアトリス「許すも許さないもありませんよ、だって姫様は私の……///」

プリンセス「しっ、寮監の見回りだわ……!」

ベアトリス「あわわ……」

…コツ、コツッ……と、時を刻む秒針のように正確な靴音を廊下に響かせて見回りにやって来た寮監……とっさにプリンセスは、慌てふためきながら浴用の道具を拾い集めては胸元に抱え込んでいるベアトリスを抱き寄せると、目隠しの板で隠されているパイプの列の後ろに引きずり込んだ…

寮監「なんだか湯気が残っているみたいだけれど……まぁ、誰なのかしら。 こんなに散らかしたままにして……」

ベアトリス「ど、どうしましょう姫様……入って来ましたよ」

プリンセス「しー……見回りもあるのだから、すぐ行ってしまうはずよ」

寮監「まったくだらしのない……」浴槽の栓を抜く音と共に、貯めてあったお湯が排水パイプを流れていく響きがこだまする……どうやらあちこち深く探し回るつもりはないようで、そのまま踵を返して出て行こうとする……

プリンセス「ふぅ……ちょっと、ベアト?」

ベアトリス「ふ、ふわ……ほこりが、鼻に入って……くしゃみが……」

プリンセス「…んっ///」

ベアトリス「ん、んふ……っ!」

…両腕でベアトリスを抱いている以上、口元を押さえる方法はひとつしかない……瞬時に判断して唇を押しつけ、口を塞ぐようなキスをしたプリンセス……間一髪のところでベアトリスのくしゃみはくぐもった響きで押さえられ、パイプを伝って流れ落ちていくお湯の音にかき消されて寮監の耳には入らなかった…

プリンセス「ふー……前にも同じようなことがあった気もするけれど、こういうのはいつでもスリル満点ね、ベアト?」

ベアトリス「済みません、どうにも押さえられそうになくって……///」

プリンセス「でも無事に見つからないで済んだのだし「結果良ければそれで良し」……でしょう?」

ベアトリス「は、はい……」

プリンセス「さ、次の見回りに来る前に身体を流してしまいましょう?」そう言ってもう一度浴槽の元にやって来たがお湯はすっかり抜かれてしまい、最後に残っている少量の泡だけがゆっくりと排水口に吸い込まれている所だった……

プリンセス「あらあら……仕方ないからシャワーで流すだけ流して、それでおしまいにしましょう?」

ベアトリス「そうですね」もう一度シャワーの栓をひねると、プリンセスとの心安まる一時が予定していたよりもずっと早くおしまいになってしまったことを残念に思いながら、丁寧にプリンセスについた泡やほこりを洗い落とした……

プリンセス「ありがとう、ベアト……それじゃあ貴女の事は私がしてあげる。シャワーの下に立って?」

ベアトリス「いえ、私は自分でやりますから……」

プリンセス「遠慮しないでいいの。 私がベアトのためにしてあげたいのだから……ね♪」

ベアトリス「姫様がそうおっしゃるのでしたら……///」

…恥ずかしげに小柄な裸身をシャワーの下に立たせ、プリンセスの手とスポンジが身体を流していくのに任せるベアトリス……慎ましやかな胸や細い腰、それにプリンセスの願望のために重荷を背負わせてしまっている小さな背中……慈しみと愛情を込めながら、石鹸の泡を洗い落としていく…

プリンセス「はい、これで綺麗になったわ……それじゃあ身体を拭いて、見つからないうちにベッドへ戻りましょうか」

ベアトリス「そうですね」

…プリンセスは肩の力を抜いて立ち、ベアトリスがタオルを持って拭くのに任せた……そして遠慮するベアトリスから彼女のタオルを取り上げ、全身を拭いてあげる……ある程度身体が乾いたところでバスローブを羽織ると、抜き足差し足で浴室を後にした…

…寝室…

プリンセス「ふふっ……ああいうのは小さかったとき以来だから、すっかり童心に返った気分♪」

ベアトリス「もう、笑い事じゃあありませんよ」

プリンセス「そうね……ふふ♪」髪をくしけずってもらいながら、小さく笑い声を漏らした……

ベアトリス「……できましたよ、姫様」

プリンセス「ありがとう、ベアト……それじゃあいらっしゃい♪」

ベアトリス「はい……それと、ぎゅってしてもよろしいでしょうか///」

プリンセス「あらあら、今日のベアトは甘えんぼさんね♪」

ベアトリス「はい、今日は姫様に甘えたい気分なんです///」

プリンセス「ふふふ、どういった風の吹き回しかしら……でも嬉しいわ、ベアトがそうやって私に抱きついてくるの♪」

ベアトリス「……私も、姫様とこうやっていられるのが好きです」

プリンセス「ありがとう、ベアト……ちゅっ♪」

ベアトリス「姫様……///」

プリンセス「あら、ベアトったらそんな表情をして……誘っているの?」

ベアトリス「いえ、あのっ……///」

プリンセス「……ふふ、今日は好きなように甘えていいって言ったはずよ?」

ベアトリス「そう、でしたね……では、その……失礼します///」

プリンセス「ええ。いらっしゃい♪」

ベアトリス「はい。 はむっ…ん、ちゅ……///」

…ほのかな温もりが心地よい寝具の中で両のかいな(腕)を開いて、ベアトリスを迎え入れるような姿勢をとったプリンセス……その柔らかな胸元に顔を埋めるようにして、ベアトリスは乳液の甘い香りがするプリンセスの乳房に赤子のように吸い付いた…

プリンセス「ん、ふふっ……くすぐったい♪」

ベアトリス「ちゅぱ……ちゅむ……っ///」

プリンセス「あっ、ん……ベアト、上手よ///」

…けっして「遊び半分」とまでは言わないが、ベアトリスとベッドを共にするのはあくまでも心の癒しであって、無垢な子供同士のじゃれ合い程度に思っていたプリンセス……が、アンジェやドロシーに教わったのかベッドでの技も最近はめっきりと上手になってきていて、乳房の先端に吸い付き、思い出したように甘噛みしたり舌で転がすベアトリスの思っていたよりもずっと高等なやり方に思わず甘い声が漏れる…

ベアトリス「んちゅっ……かぷっ……ちゅぅ……ぅっ♪」

プリンセス「はぁ、あぁ……あふっ……ん♪」

ベアトリス「ちゅぽ……姫様、気持ちいいですか///」つと口を離すと、頬を赤らめて尋ねた……

プリンセス「そういうことは聞くものじゃないでしょう、ベアト……でも、とっても気持ちいいわ♪」

ベアトリス「良かったです、一生懸命練習しましたから……///」

プリンセス「ふふっ、ベアトは何事にも熱心だものね♪ でも、ベアトは誰とこういうことを「練習」したのかを考えると少し妬けてしまうわ……♪」ベアトリスのあごに人差し指をあてて、つう……っとなぞっていく……

ベアトリス「そ、それは……やり方そのものはアンジェさんやドロシーさんに教わりましたが、練習相手はティーポットの注ぎ口ですとか、あくまでも無機物が相手です……っ///」

プリンセス「そう……でも、そのティーポットはずるいわね。こんな風にベアトが一生懸命ちゅぱちゅぱしてくれただなんて……どのティーポットか分かるものなら、私、きっとそのポットを壊してしまうわ♪」

ベアトリス「そうおっしゃられましても……///」

プリンセス「ふふふ……私って、意外とわがままで嫉妬深い女なの♪ ベアトが誰かに奉仕していたり悦ばせていたりしたのかも……なんて思うと、少しだけ暗い炎が胸の奥底に燃え上がる気がするわ」

ベアトリス「でも、それだけ姫様は私の事を思ってくれているという事ですから……///」

プリンセス「まぁ///」

ベアトリス「……い、いまのは聞かなかったことにして下さい///」

プリンセス「あら、ベアトのせっかくの愛の言葉を? そんなのは出来ない相談ね♪」ぎゅっとベアトリスを抱きしめ、すべすべした脚を細くきゃしゃなベアトリスの腰に絡める……

ベアトリス「姫様……ぁ///」くちゅ……ぬちゅり♪

…湯上がりの温もりと石鹸の香りを残した二人の身体が重なり合い、次第にとろりと濡れた秘部が擦れて粘っこい音を立て始める……プリンセスはベアトリスの一番鋭敏な部分を知り尽くしていて、太ももを重ね合わせ、指を這わせるたびにじっくりとベアトリスの花芯を刺激していく……プリンセスが指を這わせ滑らせると、次第に口を開いて熱にうかされたような、あるいは惚けたような表情で甘えた声を上げはじめるベアトリス…

プリンセス「ベアト……可愛い♪」

ベアトリス「はっ、あ、あふ……っ♪」

プリンセス「ちゅ……っ♪」ベアトリスが悦ぶ甘くて優しいキスを唇や胸元、そして布団に潜ってお腹やすでにとろとろに濡れている柔らかな秘所へと、連絡網の中継点を作るかのように点々としていく……

ベアトリス「ふわぁぁっ、あふっ、はひっ……姫しゃま……ぁ///」

プリンセス「まぁ、ベアトったら♪ 舌っ足らずになっちゃうほど気持ちいいの?」

ベアトリス「はひっ、姫様にキスされて……きもちいいれひゅ……♪」とぽっ、とろっ……くちゅっ♪

プリンセス「ふふ、ベアトが悦んでくれて嬉しいわ……それじゃあもっと気持ちよくなってくれるように……えいっ♪」布団の中、ベアトリスの柔らかな秘所に中指と薬指を滑り込ませた……

ベアトリス「ふあぁぁ……っ♪」とろっ、ぷしゃぁぁ……っ♪

プリンセス「まぁまぁまぁ、ベアトったらイくときまで可愛い……その可愛いお声をもっと聞かせて♪」ぐちゅぐちゅっ、じゅぷっ……ぬちゅっ♪

ベアトリス「姫さま……んあぁぁぁ……っ♪」

プリンセス「もう、ベアトったらそんなに声を立てたら隣室にまで聞こえちゃうわよ……ベアト?」

ベアトリス「はひっ、あへ……ぇ♪」

プリンセス「ふふ、ベアトったら気持ち良すぎて失神しちゃったのね……そんなところも可愛いわ♪」布団から顔を出すと、快感のあまり半分気絶したようにして眠り込んだベアトリスを眺めて小さく笑った……

プリンセス「……でも、私はまだ物足りないのに♪」

プリンセス「まぁいいわ、今度はベアトにも最後まで付き合ってもらうとしましょう♪」布団をかけ直すと、ゆったりと目を閉じた……

…Case・アンジェ×ちせ「A short trip in Normandy」(ノルマンディ小旅行)…

…とある日・ロンドン自然史博物館…

ドロシー「……今日はこんな場所でランデヴーか、よくもまぁ毎回いろいろと考えるもんだ」

L「ああ。なにせ君の肩書きは「学生」だからな……勉学に励む女学生ならこういった特別展に行くのも何ら不思議ではあるまい。同時に私も「アルビオン共和国大使館文化振興局」などと言う立場にある以上、今回の特別展に合わせて共和国が貸し出した化石のコレクションを視察に来たとしても、なんらおかしな事はない」

ドロシー「まぁ、それはそうだが……それにしても、昔こんなのが歩いたり飛んだりしていたなんて……何とも恐ろしげじゃないか?」

L「そうだな」

ドロシー「中世の騎士物語にある「ドラゴン」とかも、案外こういうのの生き残りか何かだったのかもしれないな」

L「そうかもしれん」

ドロシー「……それで、今度はどこで何をすればいい?」しびれを切らして本題に入るドロシー……

L「場所はフランスだ」

ドロシー「フランスだって?」

L「そうだ。わが方の情報部員がフランス政府の機密情報を入手してアルビオン王国領のノルマンディ飛び地まで到着したのだが、現地のエージェントはあいにく他の任務で出払っていて、現在のところ情報の受け渡しができる人間がいない。その人間のカバーから言って、海峡を渡るようなことをする人間ではないので、誰かに取りに行かせる必要がある」

ドロシー「ちょっと待て。その情報部員のやつ、どうしてカレー(パ・ド・カレー)じゃなくてノルマンディくんだりにいるんだ?」

L「理由は簡単だ。なぜならフランス側も『カレーが最短距離だと知っている』からだ」アンモナイトの化石に顔を近づけながら、つぶやくように続けた……

L「……情報を持ち出した人間は一刻も早くコンタクトと接触して情報の受け渡しを図ろうとするだろうと、海峡の距離が最も狭いカレーの港には大勢のフランス防諜部が網を張っている……そんなところで受け渡しを行うのは無用なリスクが多すぎる」

ドロシー「だからってノルマンディって事はないだろう……王国の飛び地だぞ?」

L「むしろノルマンディだからこそ、だ。 王国領であるノルマンディならフランス側は活動を制限されるし、王国とフランスの間で様々なものや人が往来しているあの地方では多少怪しげな人間がいても誰も気にしないし見とがめられない。それに君たちのカバーは王国の女学生だ。ちょっと小旅行で出かけてもなにも不思議はない」

ドロシー「それで私たちに……ってか」

L「いかにも。ちょうど今度の週明けには祝日があって休日が増える。三日あればすむ単純な任務だ」

ドロシー「分かった、分かったよ……旅券は?」

L「君たちの「本名」のものとは別に、途中で好きな偽名を使えるよう名前欄を空欄にしてあるものをすでに用意させてある。それに何かと使うこともあるだろうから、現金もポンドとフランで用立てよう……ただし、余計な買い物はなしだぞ」

ドロシー「分かってるよ、経理の連中にどやされちまうものな♪」

L「そうだ。あれは消化に悪い」

ドロシー「はいはい……」

…そのころ・日本大使館内の一室…

ちせ「……仏蘭西(フランス)行き、でございますか」

堀河公「うむ。我が国の軍備を整え列強の餌食とならないためにも、アルビオンはもちろん、大陸の情勢や軍事技術も知る必要がある……そのため諜報員を送り込んでいるのだが、このたび新しい暗号表を送り届ける事になってな。そこでそなたには暗号表を運び、無事に現地駐在員へ手渡してもらいたい」

ちせ「はっ」

堀河公「本当はこうした尻尾を掴まれる危険のある任務にそなたを使いたくはないのだが、近頃はフランスで行っておる我が方の情報活動に対する不穏な動きが続いていてな……先般も本国政府から大使館職員や武官たちに送り届けようとした最新型の「二十六年式拳銃」を始めとする武器が輸送の途中に窃取されておる」

ちせ「きな臭い話でございますね」

堀河公「いかにも……しかも今回は小火器どころかこちらの暗号表だ。おそらくアルビオンやフランスを始めとする列強も奪取する機会があるとなればこれを手に入れようとするはずだ……よいか、もし暗号表の強奪や窃取をくわだてる者があれば斬り捨てて構わん。後処理はこちらでする」

ちせ「承知いたしました」

堀河公「現地までの渡航に関する手はずは追って指示する……それと、これを持って行くとよい」

ちせ「これは……!」刀掛けに載せてあった脇差を受け取ると、思わず息を呑んだ……

堀河公「さすがだな、見ただけでわかるか」

ちせ「はっ。古来よりの鍛造技術にケイバーライト技術を始めとする新たな技術を盛り込んだという新機軸の脇差……銘「備前兼光・改」にございます」

堀河公「さよう。これは本国からの出立に際してもって来て、いままで私の手元に置いてあった一振りなのだが……おぬしが持っていた方がより役立つだろう。構わぬから持ってゆけ」

ちせ「かたじけのうございます」

堀河公「なに。おぬしの活躍は報告書でも読んでいるが、実に良くやってくれておる……この一振りはその褒美とでも思ってくれ」

ちせ「ありがたき幸せに存じます」

堀河公「うむ、これからも怠りなく励んでくれい」

ちせ「ははっ!」

…メイフェア校・中庭…

ドロシー「なに、それじゃあちょうどフランス行きが重なったってわけか」

ちせ「いかにも」

…ちせは紅茶に砂糖とミルクをたっぷり入れて甘くしたものをすすり、アンジェはブラックティー(ストレートの紅茶)をゆっくりと口に含んでいる……ドロシーはスコーンにクローテッドクリームとクランベリーのジャムを塗ってちせの皿に取り分けつつ眉をひそめた…

アンジェ「あるいはどちらかが動きを察知して、偶然を装ったのかもしれない」

ドロシー「そっちの方があり得るな。 ま、何はともあれ仲良くやろうじゃないか♪」

ちせ「うむ。 フランス語は皆目分からぬのでよろしく頼む」

ドロシー「なーに、そいつはアンジェに任せておけばいいさ……そうだろ、アンジェ?」

アンジェ「ええ」

…数時間後・ロンドン市内のコーヒーハウス…

L「……なるほど。例の日本から来た娘をこちらのグループに加える、と」

ドロシー「ああ……あちらさんはあちらさんで任務があるようだが、こっちとしては行程の重なり合う部分で都合の良いように使えれば……そう思ってね」

…常にリスクを考え、冷徹なまでに任務の遂行を要求してくる「コントロール」に対して、ちせのことを「仲間として信頼しているから」などとは言いにくいドロシー……そこで、あくまで表面上は「こちらの利益」になると利点を強調し、Lに対してちせを加えたプランを披露した…

L「ふむ、不必要な情報の共有は避けたいが……まぁ良いだろう」

ドロシー「そうかい。それじゃあ追加の船の切符やその他もろもろ……用意を頼むぜ」

L「分かっている。明日の午後には用意しておく」

ドロシー「あいよ」

…翌日…

ドロシー「……それで、今回のカバーはこうだ」

…蝶々や鳥類、小動物、あるいは珍しい植物の標本が壁に並べられている部室で「白鳩」全員を集めて任務の説明に入るドロシー…

ドロシー「まずアンジェだが、アンジェはフランス人にも見破れないほどフランス語ができるし、名前もフランス風だからフランス人になりすます」

アンジェ「ええ」

ドロシー「私もフランス語は分かるが、お世辞にもフランス人そっくりとはいかないから「ノルマンディ地方の観光に来たアルビオンの金持ち令嬢」って役回りだ」

ちせ「ふむ……して私は?」

ドロシー「ちせは私が雇っているメイドってことにする……申し訳ないが、フランス語はからっきしで、おまけに「東洋人」となりゃその方が目立たないからな」

ちせ「なるほど……」

ドロシー「悪く思わないでくれよ? それで、全体のカバーはこうだ……」

ドロシー「……フランス人の友人アンジェに案内されて、アルビオンの令嬢でプレイガールの私が東洋人の召使いであるちせを連れ、週末に「イイコト」を楽しむためフランスへ来た……これなら宿や地元のフランス人にあれこれ詮索されたくないっていう理由にもなるし、そういう遊びを愉しみにノルマンディ飛び地に行く王国人は意外といるからかえって目立たない」

ちせ「ふむ」

ドロシー「……うなるほど金を持っているが頭は空っぽで、遊ぶことにしか興味がないアルビオンのバカな金持ち令嬢と、その「お友達」をしているが内心では軽蔑しきっていて、隙あらば散財させて金をむしり取る小ずるいフランス人って設定は、日頃アルビオンの人間を馬鹿にしているフランス人からすればまさに「イメージ通り」ってところだからな。宿代をふっかけるとかするだけで、素性なんかは気にも留めないだろう」

ちせ「なるほど」

ドロシー「何しろアルビオンの人間ときたら、色恋の駆け引きや口説きが下手なくせにすぐスケベな真似をしようとするからな。 フランスの連中はそういう不器用なさまを見て、裏で小馬鹿にしながらくすくす笑ってやがるわけさ♪」にやにや笑いを浮かべながら冗談めかした……

アンジェ「少なくとも、そう認識してくれればいい……問題はこの週末にフランス旅行をしているメイフェア校の知り合いと出くわしてしまうということだけれど……」

ドロシー「それに関しては調べたかぎりそういう予定のあるやつはいなかったし、泊まる宿もそういう後ろめたい「お楽しみ」のために来る旅行者が選ぶようなホテルを取っておいたから問題ないはずだ……仮にもしそんなホテルでクラスメイトに鉢合わせしたら、その時はお互いに意味深な笑みを浮かべて「しーっ♪」ってな具合さ」唇に人差し指をあてて、色っぽいウィンクを投げてみせるドロシー……

ちせ「ふむ、何から何までよく考えられておるの」

ドロシー「まぁな……船の切符はこっちの方で用意しておいた。現地に到着するまでは「本名」で過ごし、向こうに着いたところで今いった「カバー」に切り替える」

ちせ「承知した」

アンジェ「……プリンセス、貴女は今度の連休を宮殿で過ごすそうだから動きようがない。その間はいつものように情報収集に当たっていて欲しい」

プリンセス「ええ」

アンジェ「結構……それからベアトリス」

ベアトリス「はい」

アンジェ「その間のプリンセスのお世話と護衛、それに情報収集は任せたわ」

ベアトリス「頑張ります」

…出発前夜…

ドロシー「よう」

アンジェ「……遅かったわね」

ドロシー「ああ、わりぃ。何しろ寮の女の子につかまっちまって……追い返すわけにもいかないし、夜のバラ園でお月様を見ながらお話してたのさ♪」

アンジェ「そう」

…週末と祝日が重なった連休ということもあり、メイフェア校ではドロシーたち以外にも小旅行を計画している生徒がいて、楽しげなおしゃべりや雰囲気からどことなく浮ついた気分が感じられる……部室でトランクに荷物を詰めているアンジェは準備に余念がなく、その隣ではアンジェの旅支度をにこにこしながら眺めているプリンセスと、心配そうにしているベアトリスが好対照を見せている…

ドロシー「どうだ、そっちも旅支度はできたか?」プリンセスと向かい合って紅茶をすすっているちせに尋ねた……

ちせ「うむ、準備は万端じゃ」

ドロシー「そいつは良かった……アンジェ、お前は?」

アンジェ「……これで全部よ。問題ないわ」きちんと荷物を詰めると、まるでトランクの寸法に合わせたかのようにぴたりと荷物が収まった……

ドロシー「だろうな」

アンジェ「そういう貴女は?」

ドロシー「ああ、もう済ませておいた」

ベアトリス「くれぐれも気を付けて行ってきて下さいね?」

ドロシー「心配するな、任せておけって♪」

ちせ「うむ。おっと、もうこんな時間か……そろそろ寝床に入らんと明日に差しつかえるので、御免」紅茶を飲み干すとぺこりと頭を下げ、部屋を出て行った……

ベアトリス「……ところで、本当にピストルは持っていかないんですか?」

ドロシー「ああ。今回はあくまでも「情報の受け渡し」で、別に鉄火場に乗り込むってわけじゃないからな……それにもし女学生を名乗っている私たちの荷物から.380ウェブリー・スコットやウェブリー・フォスベリーなんかが見つかったら言い訳のしようがない」

アンジェ「そういうこと。女学生として持っていてもおかしくないのは『ヴェロ・ドッグ・リボルバー』くらいなものね」


(※ヴェロ・ドッグ・リボルバー…『ヴェロ(ベロ)』はフランス語で自転車の意。十九世紀末に自転車が発明されサイクリングが流行し始めたころ、当時多くいた野良犬や野犬にサイクリング中の人が追い回されたりすることが多くあり、そういった犬を追い払うために作られた小型のリボルバー。弾薬は女性でも扱え、かつ殺傷する事が目的ではないためごく小さく、発砲音で威嚇する程度から浅い傷を負わせる程度の性能しかない)


ドロシー「そうだな。ま、あれをピストルに含めるとしたら私も一応「ピストルを持って行く」ってことになるのかな」ハンドバッグに入っているポーチに収まっている小さなピストルを思い出して苦笑いした……

アンジェ「いずれにせよ心配する必要はない。むしろ銃を持っていない方が油断せずに任務にあたることができるというものよ」

ベアトリス「そうかもしれませんが……」

ドロシー「大丈夫だって。ま、もしも向こうでハジキが必要になったら現地で調達するさ♪」

ベアトリス「でも、ちせさんは刀を持っていくんですよね?」

ドロシー「ちせはちせだ……あんな長い刃物をどうやって隠すのかは知らないが、きっと堀河公が手はずを整えてくれたんだろう」

アンジェ「そうでしょうね。どのみちそれは私たちに関わりのないことよ」

ドロシー「ああ。何しろ私たちとちせは「協力すれども同調せず」ってところだからな♪」

プリンセス「……あら、そのわりにドロシーさんはずいぶんとちせさんに入れ込んでいるようだけれど?」

ドロシー「そいつを言われるとかたなしだが……ちせは裏表がなさ過ぎて情報部員としては危なっかしいからな」

アンジェ「貴女のそういう世話焼きなところ、ファームのころから変わらないわね」

ドロシー「まぁ、一種の性分だからな……♪」

アンジェ「ふぅ……準備が終わったわ」

プリンセス「お疲れさま、アンジェ……ところで寝る前に「温めたミルク」でもいかが?」アンジェにしか分からない程度で、声に微妙なイントネーションを付けたプリンセス……

アンジェ「……そうね、いただくわ///」こちらもポーカーフェイスは崩さずにいたが、かすかに頬の赤みが増した……

プリンセス「ふふ、良かった♪ ベアト、後は私がするから下がっていいわ」

ベアトリス「は、はい……ではお休みなさい、アンジェさん。お休みなさい、姫様」

プリンセス「お休みなさい、ベアト♪」

ドロシー「さてと、それじゃあ私も寝に行くかなぁ……お休み、二人とも♪」カンの鋭いドロシーは何となく察して、気を利かせて出て行った……

プリンセス「ふふっ、それじゃあ今夜はこのソファーで寝ましょうか……シャーロット♪」

アンジェ「……ほどほどに頼むわね///」

…旅行初日・サウスエンド港…

ドロシー「あの船だ……さ、乗ろう」

アンジェ「ええ……」

ちせ「うむ」

…ロンドンから鉄道に乗り、テムズ川の河口にあるサウスエンドで海峡横断の客船に乗船する予定のドロシーたち……ドーヴァー海峡を渡るのなら定期便の飛行船を使ってもいいのだが、船に比べると乗れる客の人数が少ないので目立ち、しかも王国内でのきな臭い事件が続いているために手荷物をはじめとする検査も厳しい……そこでコントロールは週末旅行の客を多く乗せる定期旅客船の切符を用意していた…

オフィサー「ようこそ「レディ・サザーランド」号へ、お若いご婦人方……ボーイに手荷物を運ばせましょう」

ドロシー「ええ、ありがとう。それではこれをボーイさんに」手際よく、裕福な令嬢としてふさわしい額のチップをオフィサーに握らせる……

オフィサー「これはご丁寧に……お嬢様方の荷物だ、丁寧に運ぶようにな」

ドロシー「よろしくお願いするわ……ん?」

ちせ「……このくらいは自分で持てるから無用じゃ」

ドロシー「……ちせ、これも連中の仕事なんだから運ばせてやれ。押し問答なんかしていると目立つ」

…スマートなボーイが荷物を受け取って運ぼうとしたが、ちせはそういったやり方に慣れていないので手荷物を自分で持とうとし、預かろうとしたボーイも困惑している……ドロシーがとっさに小声で耳打ちした…

ちせ「むむ、言われてみれば……しかし、手荷物の一つまでボーイに運ばせるなどというのはどうにもむずがゆいのう」

ドロシー「だがそういうものなんだ……ではお願いしますね」

オフィサー「はい、もちろんでございます。 それでは船室へご案内いたしましょう」

…そうこうしているうちに「ボーッ……」と長く尾を引く汽笛の音が響き渡り、客船が凪の海に向けてゆっくりと進み出した…

ドロシー「ふー……ここまでは順調だな」

アンジェ「順調もなにも、まだ始まってすらいないでしょう」

ドロシー「いーや、ここまで来りゃあ半分は成功したも同然さ♪」

アンジェ「楽観的で結構ね」

…数時間後、ル・アーヴル港…

ドロシー「さ、着いたぜ」

ちせ「うむ……ここがフランスなのじゃな」

ドロシー「正確に言えばアルビオン王国の「ノルマンディ飛び地」だからフランス領じゃないけどな。本来なら旅券もいらないんだが……」

アンジェ「情報部員や密輸業者の出入国が後を絶たないものだから、ノルマンディ飛び地では旅券の審査がある」

ドロシー「そういうこと……もっとも私たちは学生っていうカバーがあるからな、そう厳しくはやられないだろう」

…検査場…

係官「学生ですか……渡航の理由は?」

ドロシー「観光です」

係官「なるほど。 荷物の中に百ポンド以上の現金、酒、煙草、絹製品等の申告すべきものはありますか?」

ドロシー「いいえ」

係官「よろしい……ではよい旅を」

ドロシー「どうもありがとう」

ちせ「ふぅ、ああいった手続きはなかなかに緊張するものじゃ」

アンジェ「そのうちに慣れるわ」

ドロシー「……ま、ともかく無事に通れたな。それじゃあそろそろ着替えと行きますか」

…港のそばにある小さな宿屋に入ると、宿のおかみらしいおばさんにパスポートの名前とはまったく違う姓名を告げるドロシー……渡された鍵を受け取って部屋に入ると、中にはすでにドロシーたちの荷物が届けられていた……

ドロシー「よし、ばっちりだ……アンジェ、そっちは?」黒を基調に深い赤紫やえんじ色をあしらった少し派手なドレスと日傘、それに無垢な女の子をたぶらかす、プレイガールらしい下心をのぞかせるような色っぽい笑みに合う濃いめの口紅を引いた……

アンジェ「ええ、問題ないわ」

ドロシー「いいね。どっからどう見てもフランス人だ……あの、すみませんが英語は話せますか?」

アンジェ「ペルドン(なんでしょうか)?」

…アンジェはフランス独特の青みを帯びた「グリィ(灰色)」をベースにした抑えめなドレスにつばの広い婦人帽で、派手なドロシーの陰に溶け込むようかのような装いでまとめている……ちょっと小首をかしげて英語が分からないようなフリをすると、まるで本当に英語が分からないように見える……

ドロシー「ふ、まるでホンモノだな……それじゃあ行くか」

…ル・アーヴル市街・ホテル…

ドロシー「……ふぅ、やっと着いたわね。えーと……ホテル……エトイ……」港から割高な四輪馬車を雇ってホテルの前へと乗り付けると、馬車を降りるなりわざとフランス語の看板を読もうと悪戦苦闘するフリをしてみせた……

アンジェ「クローディア様、このお宿の名前でしたら「オテル・レトワール・ブラーンシュ(白い星)」ですわ」

ドロシー「ああ、そう読めばいいのね。フランス語なんていうのは苦手だわ」

アンジェ「でしたらわたくしが訳してあげますからご心配なく」

ドロシー「お願いするわ、マルグリット」

アンジェ「ええ、もちろんですわ」

…フロント…

ホテルの女将「……お泊まりでいらっしゃいますか?」

アンジェ「ええ、予約しておいた「クローディア・テイラー」よ」ドロシーに代わってフランス語で答えるアンジェ……

女将「承っております、マドモアゼル・テイラー……良いお部屋を用意してありますよ」

…かつては美人で鳴らしていたであろう宿の女将はだいぶ恰幅が良くなっているが、それでも所々に昔の色気を残している……もっとも、外面の色気で隠されてはいるが態度の端々からは金にがめつい感じがにじみ出ていて、うっかりすると有り金を巻き上げられかねない…

ドロシー「宿の女将さんはなんて言ったの?」

アンジェ「いいお部屋ですって……この女、フランス語はまるで分からないの」前半は「フランス語が分からない」ドロシーに向けて、後半は流暢なフランス語に切り替えて宿の女将に向けて言った……

女将「ふん、アルビオンの人間なんていうのはたいていそうよ……どいつもこいつも高慢ちきで頭は空っぽ」

アンジェ「そうね」

女将「ああ……それで、あんたはどこの出身?」

アンジェ「このしゃべりを聞いて分からないの?」

女将「いや、あたしと同じノルマンディに聞こえるけど……アクセントがちょっぴりパリ風じゃない?」

アンジェ「片親はノルマンディだけれど、パリで育ったものだから」

女将「そういうこと……」

アンジェ「ええ」

ドロシー「……ねぇマルグリット、さっきからなんて言ってるの?」あれこれ詮索されてボロが出るとマズいので、ちんぷんかんぷんのフランス語にじれたフリをして割り込むドロシー……

アンジェ「あぁ、はい。お食事は何時頃が良いか教えてほしいそうですわ」

ドロシー「そうね、まぁ夜の七時頃から始めれば良いんじゃない?」

アンジェ「伝えておきますわ……マダム、夕食は七時頃からでお願いするわ」

女将「分かったわ。それからシャンパンとワインでしょ?」

アンジェ「ええ。アルビオンの人間は味なんて分かりゃしないから、適当なラベルのやつで充分よ」

女将「はいはい……それからそっちの小さいのはシノワ(中国人)?」ちせに目線を向けて興味もなさそうに聞いた……

アンジェ「ジャポネ(日本人)よ。彼女の召使いなの」

女将「そう。じゃあ続き部屋(スィート)の前室に寝かせればいいのね」

アンジェ「それでいいわ」

ドロシー「ねぇマルグリット、フランス語が長ったらしいのは知ってるけど……食事の時間を伝えるだけでそんなにかかるの?」

アンジェ「いま済みましたわ、クローディア様」

ドロシー「そう、よかった。 長旅で疲れちゃったから、早く部屋に行きたいの」

アンジェ「いま案内してくれますわ……部屋に案内してあげてちょうだい」

女将「はいはい……お待たせいたしました。ただいまお部屋にご案内いたしますわ♪」金回りの良さそうなドロシーに向けてにこやかに微笑みながら、まずますの英語で言った……

ドロシー「ええ。ありがとう、マダム」アンジェに合図をしてフラン金貨を握らせる……

女将「いいえ、どうぞごゆるりと♪ 荷物はすぐ運ばせますので」

ドロシー「お願いするわ……さ、行きましょう」

…夕食時…

女中「お夕食をお持ちしました」

ドロシー「まぁ、何とも手の込んだお料理だこと♪ とても美味しそうね」あれこれ詮索されたくない週末旅行のアルビオン人らしく見えるよう、夕食は食堂で取らずにわざわざ部屋へと運ばせた……運ばれてきた料理の皿をのぞき込むと歓声を上げるドロシー……

アンジェ「フランスと言えばキュイジーヌ(料理)ですもの」

…最初のワインを女中に注いでもらうと「あとはこちらでやるから」と下がらせたアンジェ……軽くグラスを触れあわせると、薄い黄金色をした白ワインに口を付けた…

ドロシー「乾杯……うへっ、ひでえワインだな。ラベルだけは綺麗だが水っぽくて飲めたもんじゃない」一口飲むなり顔をしかめたドロシー……

アンジェ「あの女将ならそうでしょうね……料理の感想は?」

ドロシー「こっちはまあまあだ。料金が半分で、量がこれの倍はあるって言うんならね」

…フランス全土でお馴染みの玉ねぎスープと、ノルマンディ名物の生クリームをあしらったエンドウ豆やニンジンのムース、それに「特別メニュー」だといって出してきたヒラメのバターソテー……それにスライスされたバゲットと数種類のチーズ……

アンジェ「そう」

ドロシー「ああ……スープはいいが、ヒラメは少し生っぽいな」

アンジェ「それにバターが多すぎて味がくどい」

ドロシー「ああ、上等なのはパンとチーズだけだな。こればっかりはフランス人も手抜きはしないらしい……ちせ」間のドアを開けると控えの部屋にいるちせを呼んだ……

ちせ「何じゃ?」

ドロシー「おすそ分けさ。どうせ厨房で食わせてもらったものは馬の餌にもなりゃしないかったろう?」

…そもそも外国人嫌いのフランス人が、フランス語の話せない……たとえ話せたとしてもがめつい女将が苦情を言える立場にない「東洋人」の召使いにまともな食事を用意するはずもない……ドロシーとアンジェはそれを見越してそれぞれの食事からヒラメやスープ、パンやチーズを取り分けておいた…

ちせ「……かたじけない」まだぎこちない手つきでフォークやナイフを動かし、黙々と食べる……

ドロシー「ワインは?」

ちせ「いや、不要じゃ」

ドロシー「あいよ。じゃあ飲んじまうか……しかしマズいな」ひとしきり愚痴をこぼしながらワインを空けて、顔をしかめた……

アンジェ「自分でお金を出したわけじゃないのだから我慢することね」

ドロシー「まぁな……お、デザートが来るみたいだ。 ちせ、向こうへ戻っていてくれ」階段を上ってくる足音を聞きつけ、片付けられてしまう前にと大ぶりのハンカチを取り出してパンやチーズを包み、ちせの胸元に押し込んだ……

ちせ「うむ」

女中「デセール(デザート)のブラマンジェでございます」

ドロシー「ええ」

………

…食後…

女将「……失礼しますわ。お食事はいかがでした?」英語でお愛想を言いに来た女将……

ドロシー「ええ、実に結構でした♪」

女将「お褒めいただき光栄ですわ……ところでマドモアゼル(お嬢様)、この後のご予定は?」ちらっと意地汚い表情をのぞかせたが、すぐ取り繕った……

ドロシー「そうね、それならどこかで美味しいお酒でも飲みながら……ここの女性とお話でも出来たら楽しいでしょうね」

アンジェ「マダム、そういった女性に心当たりはあるかしら?」

女将「ええ、そういった「お話相手」になりそうな女の子なら何人か存じ上げておりますよ……」

アンジェ「それじゃあぜひこちらに案内してちょうだい」

女将「もちろんですとも……♪」

…数分後…

女将「どの娘がよろしいですか? フランソワーズ、アンヌ……カトリーヌにシルヴィ」

ドロシー「ふふ、よりどりみどりね……♪」隠していた「プレイガール」の本性を明かすように小さくにんまりと笑い、やって来たフランス娘を眺め回すドロシー……

女将「では、どうぞごゆっくり♪」

ドロシー「それじゃあ貴女がいいわ……マルグリット、貴女も選びなさいよ」金髪巻き毛の可愛い娘の手を取ると、アンジェに言った……

アンジェ「まぁ、クローディア様ったらわたくしにも「お話相手」を?」

ドロシー「ええ、貴女が退屈だといけないもの……ね♪」色っぽい声で言うと早速フランス娘を隣に座らせ、持ってこさせたシャンパンをグラスに注いだ……

…数十分後…

ドロシー「シルヴィは本当に可愛いね♪」

金髪巻き毛の娘「もう、お上手ですこと……///」

黒褐色髪(ブルネット)の娘「ねーえ、せっかくなんだからもう一杯どーお?」

アンジェ「なら、もう少しだけ……///」

ドロシー「ふふ、マルグリットは初々しくって可愛いね……さ、それじゃあそろそろ踊りにでも行こうか♪」

…フルボトルのシャンパンを空けてすっかりご機嫌……なフリをしているドロシーとアンジェ……ドロシーはグラスをぐいと飲み干すと、いかにも遊び好きのプレイガールらしく陽気に切り出した…

ブルネット「まぁ素敵♪」

金髪「でしたら近くにダンスホールがありますわ」

ドロシー「それじゃあ決まりだ♪」

………

…しばらくして・市街…

ちせ「……やれやれ、二人があの娘らと踊っているあいだの暇をどうするかのう」

…二人が現地の娘を連れてダンスホールにしけ込んでいるあいだ、行く当てもなく夜のル・アーヴル市街を歩いているちせ……もちろん、ただ歩いていたわけではなく、尾行がないかどうかの確認をしながら、目印になりそうな地形や店を覚えたり、何かあったときの逃げ道を把握したりと「いざというとき」の準備をしていたが、それもある程度は済んでしまった…

ちせ「ふむ……宿に戻ってもやることはなし、芝居や寄席に行ってもフランス語が分からんのじゃから筋書きなどさっぱりじゃ」

…繁華街のあちこちにある芝居小屋や寄席のような場所には出し物を告げる看板やポスターが飾ってあるが、フランス語がからきし駄目なちせには絵柄はともかく、そこに添えてある文章に何が書いてあるのか見当もつかない……時折、顔が赤くなるような刺激的な看板もあったりするが、そういった物からは目を背けて足早に歩き去る…

ちせ「だからといって歩き回っているだけというのも芸がないというものじゃが……むむ……」思案しながら歩いていると、角を曲がって来た一人の少女から日本語で声をかけられた……

少女「おや……そなたは日本人ではありませぬか?」

ちせ「……いかにも」

少女「やはりそうでありましたか。この広い欧州で同国人に出会えるとは、なんとも奇遇なこと」

…ちせと同い年かそれより二つ三つばかり年上に見える女の子は、嬉しそうにしながらも折り目正しく一礼した……長い黒髪は波打たせて美しく伸ばし、まるで印象派の絵から抜け出してきたような赤ワイン色のふわりとしたドレスに、足もとは赤い婦人靴でまとめている……黒い瞳は凜々しく光をたたえ、良家のお嬢様らしく姿勢も言葉遣いもきちんとしている…

少女「……私は漢字で「千」の「代」と書いて「ちよ」と申します。貴女は?」

ちせ「うむ、私はちせと申す」基本的には身分証を偽装する必要がない立場なので、安心して名前を名乗った……

千代「ちせさん、良い名前ですね……それにこちらでは年の近い日本人の女子(おなご)と会うことなぞとんと無いから、こうして会えて嬉しい限り」

ちせ「同感じゃ、おまけに欧州では東洋人の肩身が狭いからの……千代どのは何か用事があって夜の街に出てこられたのか?」

千代「いいえ、ちょうどそこの料理屋で夕食をしたためてきたところでございます……それで、これから「キャフェー」に行って食後のコーヒーなど頂こうかと思いまして」

ちせ「なるほど、なんとも洒落ておるのう……」

千代「大したことではございませんよ……ところでちせさん「袖触れ合うも多生の縁」と申しますし、今度お茶にでもいらっしゃいませんか? どこに行けば会えますかしら?」

ちせ「あー……それならば明日の昼下がり、この場所で会うというのはどうじゃろうか?」

千代「ふふ、心得ました♪ ではまた明日お目にかかりましょう」

ちせ「承知した……では、御免」軽く一礼すると歩み去った……

中年の男「……千代、あの娘は誰じゃ?」ちせが去ったあと、物陰からすっと千代に近づいた男……

千代「先ほどたまたま道で出会うた「ちせ」という娘で、日本から来たと申しておりました……異郷の地で会った同国人に対してよそよそしいのもおかしいと思いましたので、お茶に誘いましたが……」

男「そうか……まぁよかろう」

千代「……何か?」

男「気付かなかったか、千代?」

千代「いえ、あるいはそうかもしれぬとは思いましたが……」

男「うむ、おそらくは間違いあるまい。 あの娘、相当に腕が立つぞ」

千代「偶然でしょうか」

男「分からぬが、用心に越したことはあるまい」

千代「……はい」ふっと千代の瞳が険しくなった……

…深夜…

ドロシー「よう、戻ったぞ♪」

ちせ「うむ……っ、ずいぶんと酒臭いの」

ドロシー「なにしろフランス娘相手にしこたま飲んだからな……それにシャンパンは度数が高いんだ……ひっく♪」

ちせ「なるほど」

アンジェ「だからってあんなに飲むことはないでしょう」

ドロシー「バカ言え、こちとらアルビオンの間抜けな「ご令嬢」の役割なんだ。関税のかからないフランスのシャンパンをがぶ飲みしてへべれけにならなきゃ、かえって怪しまれるだろう」

アンジェ「そういうことにしておくわ……お風呂だけれど、先にどうぞ?」

ドロシー「悪いな。それじゃあお言葉に甘えてそうさせてもらうぜ……」へべれけに酔っているフリを終わらせると、タオルを抱えて浴室へと入っていった……

アンジェ「行ってらっしゃい……ふぅ」少し息を吐くと、椅子に腰かけた……

ちせ「だいぶお疲れじゃな」

アンジェ「そうでもないわ……ちせ、もうお風呂には入ったの?」

ちせ「うむ。しかしこればかりは日本が恋しいのう……アルビオンのもフランスのも浴槽が浅くて満足に浸かることもできぬから、まるでカラスの行水といった気分じゃ」

アンジェ「そうらしいわね」

ちせ「うむ」

アンジェ「日本もいずれ行ってみたいものね……」

ちせ「その時は私が案内をいたそう」

アンジェ「頼もしいわね……ふふ」そう言うといつもは固い表情ばかりのアンジェが、珍しく微笑を浮かべた……

ちせ「そんなにおかしかったかの?」

アンジェ「いいえ……喉が渇いたわ、水を一杯もらえる?」

ちせ「うむ」水差しからグラスに水を注ぐと、アンジェに手渡した……

アンジェ「ありがとう」

ちせ「なに、礼など不要じゃ」

アンジェ「いいえ、親しい間柄でも礼儀は大事よ。 こく……こくん…っ」

ちせ「確かにの」

アンジェ「ふぅ、ごちそうさま……それにしてもどうにも身体が暑いわ」

ちせ「そうでもないと思うが……っ、何をするつもりじゃ?」

アンジェ「大丈夫よ、少しはだけるだけだから……」

ちせ「……ごくっ///」

…シャンパンで紅潮したアンジェの頬や胸元から、体温とともにほんのりと洋ナシのような甘い香水の匂いが立ちのぼってくる……普段は冷静な灰色の瞳もいつもより熱を帯びていて、少し開いた唇に残る飲み干した水の雫も色っぽく、ちせは思わず生唾を飲んだ…

アンジェ「……ちせ」

ちせ「な、なんじゃ……///」

アンジェ「来て……♪」

ちせ「いや、それは……っ///」

アンジェ「私とは嫌?」

ちせ「そ、そうではないが……じゃが、ドロシーどのも風呂から上がってくるじゃろうし……///」

アンジェ「なら、ドロシーが出るまでの少しだけ……」

…アンジェが隣に腰かけると、火照った身体の熱が服の布地越しに伝わってくる……もじもじと距離を取ろうとすると、アンジェの細いが力強い手が腰に回されて、ぐっと近くに引き寄せられた…

アンジェ「……ちゅ」

ちせ「あっ……ん、んんぅ///」

アンジェ「ふふ、可愛いわ……ちせ♪」

ちせ「///」

ちせ「あ……あっ、んぅ……っ///」

アンジェ「んむ、ん……ふ」

ちせ「はひっ、はっ……はぁっ……///」

アンジェ「んちゅ……っ、ちゅっ♪」

…ソファーに押し倒されて、着物をはだけさせられたちせ……アンジェの唇が身体のあちこちをついばみ、ちせのつつましい胸を細い指がこねるように揉みしだく…

ちせ「あふ……っ、ふあ、ひあぁ……っ///」

アンジェ「ちせ、貴女には意外とハニートラップの才能があるかもしれないわ……んふっ、ちゅ♪」首筋から鎖骨へと口づけを続けながらささやいた……

ちせ「そんな……んあぁっ/// 馬鹿な……っ」

アンジェ「いいえ。 そんな可愛い声を出されたら、私だってむらむらする……♪」

ちせ「ふわぁぁっ……んんぅ///」

…口を半開きにして頬を赤らめながらも、必死になってアンジェを押し返そうとするちせ……だが、アンジェはちせの両手をまとめるようにして手首をおさえつけ、ふとももの上に腰を下ろしてぐっとのしかかっている…

アンジェ「さあ、遠慮せずに振りほどいていいのよ」

ちせ「言われずとも……ん、くぅ……っ///」

アンジェ「どうしたの、このままでは貴女の負けよ?」れろっ……ぴちゃ♪

ちせ「ひ、卑怯じゃ……ふあぁぁ……んっ///」

アンジェ「この世界に「卑怯」なんて言葉はないって言ったはずよ……んちゅっ♪」

ちせ「はひっ、あふっ……んっ♪」

…いつもと違っていささか強引な……しかし絶妙なアンジェの指と唇、そして唇の動きに甘い吐息を漏らしてしまうちせ……はだけた着物の裾からは下に着ている襦袢の白い裾がちらちらとのぞき、そこから伸びるしなやかな脚がバタバタと暴れていたのが、次第にぐったりと力を失い、時折びくびくと跳ねるだけになっていく…

アンジェ「もう抵抗はおしまい?」

ちせ「はひっ、はぁ……んぅ……いや、まだじゃ……あぁんっ///」

アンジェ「その調子ではもう駄目そうね? ほら、ここもこんなに濡れてる……」くちゅっ、ちゅぷ……っ♪

ちせ「はひっ……ふわぁ……ぁ♪」さっきまではじたばたと暴れもがいていたのがすっかりとろんとした目つきになって、アンジェのするがままになっている……

アンジェ「ちせ、欲しいなら自分で言いなさい?」

ちせ「た、頼むぅ……はよう、早う……ぅ///」

アンジェ「そこまで言われたら仕方がないわね……いいわ、してあげる」

ちせ「こ、これではまるで私が懇願しているようではないか……///」

アンジェ「実際そうでしょう? 貴女が嫌ならやめるけれど?」

ちせ「うぅ、アンジェは意地悪じゃ……」

アンジェ「黒蜥蜴星人は非情な生き物でもあるのよ……でも、たってのお願いなら仕方がないわね」ちゅぷ……っ♪

ちせ「ふわぁぁ……っ///」ひくひくと身体をのけぞらせ、甘い声をあげるちせ……

アンジェ「まだ一本しか指を入れていないのにそんな声を上げていたら、身体が持たないわよ?」

ちせ「ふあぁ、あっ、あぁ……っ///」

アンジェ「それじゃあ二本目……♪」

ちせ「あ゛っ♪ あ゛ぁ゛ぁぁ……っ♪」

…放心したような表情で口の端から涎をたらし、アンジェが巧妙な指遣いで花芯をかき回したりなぞったりするたびにひくひくと身体を痙攣させ、湿っぽい水音とともにとろりと愛蜜が滴り、ふとももに伝っていく…

アンジェ「……これではプリンセスやドロシーがそそられるのも無理ないわ」小さい声でつぶやくと、ゆっくりと技量を確かめるように中をなぞっていく……

ちせ「ふあぁぁ……っ♪」

アンジェ「んっ、あ……あふ……んんっ♪」ちせの秘部をかき回していた指をじらすように引き抜くと、今度は濡れそぼった自分の花芯と重ね合わせ、ゆっくりと動かす……次第に汗ばんでくる二人の太ももがしっとりと張り付き、粘っこい水音がし始めた…

ちせ「はひっ、ふわぁぁぁ……っ♪」

アンジェ「んっ、はぁぁ……っ♪」

ちせ「はひっ……はぁ……ひぃ……っ///」

アンジェ「ふぅ……ちせ、とても気持ち良かったわ」耳元でそうささやくと、唇に優しくキスをした……

…しばらくして…

ドロシー「……ところで私とアンジェは明日の晩に「受け渡し」をする。ちせはなにか予定が?」風呂上がりの湯気とガウンをまとった姿で、丁寧に指の爪を磨き直している……

ちせ「実はそのことなのじゃが……」かいつまんで千代との約束を話した……

ドロシー「そうか。まぁ見ず知らずの国で同国人に会えばそうだよな……しかし」

ちせ「なにか気にかかることでも?」

ドロシー「うーん……いや、考えすぎかな」

ちせ「ふむ?」

アンジェ「行きずりに出会った相手には気を付けた方が良い……このホテルに泊まっている事をその娘に教えたりした? あるいは逆に、あちらの住所やホテルがどこか聞いた?」

ちせ「いや、互いにそこまであれこれ尋ねてはおらぬ。明日は単に茶店で菓子を付き合うだけのつもりじゃ」

アンジェ「そう、まぁいいわ」

ドロシー「アンジェ、ちせだって子供じゃないんだぜ……マズいことがあった時の脱出ルートや手段も分かっているはずさ」

ちせ「うむ、そういった手はずは覚えておる」

ドロシー「よし、いい娘だな♪」

アンジェ「それじゃあもう寝るわ」

ドロシー「ああ、私もそうするよ……ふわぁ……あ」

…翌日…

ちせ「では、行って参る」

ドロシー「おう。タチの悪いフランス人にカモられないよう気を付けるんだぜ?」

ちせ「うむ、十分に注意するつもりじゃ」

アンジェ「私たちは私たちで夜になったら出かけるから、連絡が必要な事態が起きたら「メールドロップ」に連絡を残しておいて」

ちせ「うむ、では……」

…時折二人にも手伝ってもらいながら、お嬢様のお付きにふさわしい清潔ではあるが地味な服をアンジェたちが見立てた濃緑色のデイドレスに替え、髪を後頭部でお団子にまとめるとバレッタ(髪留め)と紅いリボンで「お団子」をてるてる坊主の頭のようにまとめ、脚はいまだにくすぐったく感じる白いストッキングと窮屈に感じる黒のエナメル靴でこしらえた…

ドロシー「……ちせのやつ、ああすると人形みたいで可愛いな」

アンジェ「つまみ食いは任務には入っていないはずよ?」

ドロシー「ああ、そうだな……誰かさんと違って私は抜け駆けなんてしないからな♪」

アンジェ「……口が多いわよ」

ドロシー「かもな♪」

…待ち合わせ場所…

ちせ「……少し早かったか」

…時間厳守は情報部員に必須の決まり事ということもあって予定の十分前にはきちんと待ち合わせ場所に着いて、周囲の安全確認も済ませたちせ……すっきりしたデザインで狂いのない懐中時計を取り出してちらりと眺めていると、向こうから「小走り」と言うほどではないものの、嬉しさをにじませた歩調で千代がやってきた…

千代「ご機嫌よろしゅう、ちせさん……お待ちになった?」

ちせ「いや、つい先ほど来たところじゃ」

千代「そうでしたか、では参りましょう?」淡いクリーム色に薄い琥珀色を添えた抑えめながらおしゃれなドレスをまとい、フリルのついた日傘をさしている……にっこり微笑むとちせに日傘を差しかけ、二人で一つの傘の陰に入った…

ちせ「うむ」

千代「この向こうの広場にあるお菓子がとても絶品なんですのよ」

ちせ「ほほう、それは楽しみじゃな♪」

千代「ええ♪」

…広場のパティスリー(菓子店)…

ちせ「おお……何ともきらびやかなものじゃ」

…洋菓子店の中に入ると、店内にはガラスのショーケースや木の棚が間口いっぱいに伸びていて、そこにアイシング(砂糖がけ)やフォンダンで飾り立てた可愛らしい菓子が山と並べられている…

千代「ふふ♪ ここのお菓子は大変に美味しいですから、いつもここに来るのが楽しみなんですの」

ちせ「うむむ……」

…ちせと千代がどれを選ぼうかとショーケースを眺めている間にも、訪れた客があれこれと指さして注文をしていく……せわしなく動く店員たちはケーキや取り出しては袋に詰め、代金を受け取ったり、あるいはお得意さんには「では月末に」とつけ払いを勘定を書き入れ、お愛想と一緒に菓子を手渡す……買いに来ている客は暗黙の了解のうちに階級で分かれているアルビオン王国と違って貴賤を問わないらしく、パリの最新流行を取り入れた小粋なドレスをまとった裕福そうなマドモアゼルから、ダンスホールでのひと踊りに備えて鋭気を養いに来た小粋な踊り子まで、さまざまな階層の人間が集まっている…

千代「さあ、どれになさいましょう?」

ちせ「むむ……そう言われても洋菓子は疎いし、それにこう多くては選びようがないのじゃが……」

千代「分かりました、それでは私が代わりに見つくろって差し上げますわ」

ちせ「なるほど、それは助かる。ぜひともお願いいたす」

千代「はい、心得ました」

…千代はショーケースに近寄ると店員に流暢な(とちせには思われる)フランス語で話しかけた……店員とやり取りをしながら、千代は手際よくあれこれと菓子を指さしては袋に詰めさせる…

ちせ「そんなに買って大丈夫なのか?」

千代「あら、だってちせさんはフランスが初めてのようですし、それならば色々なお菓子を味わっておきませんと……ね?」

ちせ「む、それはそうじゃが……では支払いは私が……」そう言って札入れを出そうとすると千代が穏やかな手つきで……しかしちせの動きを止めるようにぱしっと手首を押さえた……

千代「今日は私がちせさんをお誘いしたのですから、ここは私に払わせて下さいな」

ちせ「いや、しかしじゃな……」

千代「まぁまぁ。次の機会になりましたらちせさんにお頼みして「あいこ」ということにいたしますから、今日の所はわたくしの顔を立てて下さいませんか?」

ちせ「そこまで言われてはな……ではお頼みする」

千代「はい♪」

…ここがフランスの地でありながら「アルビオン王国ノルマンディ飛び地」であることを思い出させる、女王陛下の肖像が刷られた王国ポンド札を手渡すと、ちせを連れて店を出た…

ちせ「ふむ、これだけの量があれば二日や三日は食いつなげそうじゃ」

千代「ふふふっ、まぁおかしい♪ お菓子を見て籠城のことをお考えになるなんて」

ちせ「いや、これはくだらぬ事を申した」

千代「いいえ、面白いものの見方ですわ……さて、お菓子は買えたわけですけれど、どうせですからくつろげるように私のお家に参りましょう?」

ちせ「いや、申し出は嬉しいが……しかし急にお呼ばれしてはご家族も迷惑じゃろう」

千代「いいえ。私の家はちょっとした貿易商会を営んでおりますからお客様はよくいらっしゃいますし、それに同じ日本人のお客様なら皆も喜びます。それに父は商談のために出ておりますから」

ちせ「千代どのがそこまでおっしゃるのなら……お言葉に甘えさせてもらおうかの」

千代「まぁ嬉しい♪」善は急げとばかりに一頭立ての軽快な辻馬車を呼び止めると、二人は御者に手を引いてもらって席に乗り込んだ……

………

…十数分後・とある邸宅…

千代「……こちらですわ、ちせさん」

ちせ「ふむ。洋館のことはあまり分からぬが、立派な構えの館じゃな」

…辻馬車を降りると、目の前にはわりと小ぶりな……しかしそれなりに立派な館が建っていて、庭木を絨毯の模様のように整えたフランス風の庭園には、水がめを抱えた乙女が立っている小さな噴水がある…

千代「お褒めにあずかり恐縮です……さ、中へどうぞ?」

ちせ「うむ、ではお邪魔させていただく……」

…千代が多少くすんではいるが、それでも立派な樫の扉を開けて中に入るようにうながした……ちせが礼を言って中に入ると、そこはフランスのシャトー(館)にふさわしく、明るい色合いでまとめられた玄関ホールになっていた…

千代「それでは私のお部屋に参りましょう? それとすぐにお茶を用意させますから」

ちせ「うむ……」貿易商の家に呼ばれたことがそうあるわけでもないが、千代の住んでいる館はせわしない雰囲気の貿易商の館というよりは、どことなく物静かに人目を避けて暮らしている隠居所のように感じられた……

千代「……どことなく活気がなくってもの淋しいでしょう?」

ちせ「あぁ、いや……閑静なよい暮らしじゃな」

千代「まぁお上手……でも、ちせさんの印象通りで今は少しばかり淋しい雰囲気なのです。と言うのも、父を始め手代の者たちは商談と交易のためにここしばらく家を離れておりまして……ですからなおのこと、ちせさんがお出でになって下さって嬉しいですわ」

ちせ「なるほど、そういう事情であったか」

千代「さあ、それではどうぞ……」そういってちせを案内しようとした時、奥から男性が出てきて声をかけた……

モーニング姿の男「千代や、お帰り……おや、そちらのお客様は」

千代「ただいま戻りました。こちらがわたくしの言っていた「お友達」ですわ」

ちせ「……千代どの、こちらのお方は?」

…親子のようには見えないが、かといってお嬢様と使用人でもなさそうな様子の二人の間柄が気になり小声で耳打ちした……千代は分かっているといった様子で、ちせとモーニング姿の男を引き合わせた…

千代「紹介致しますわ。こちらはわたくしの父の友人であり、この商会の留守を預かっている佐倉丹左衛門(さくら・たんざえもん)さま……丹左衛門さま、こちらがお友達になって下さったちせさん」

ちせ「千代どのに紹介預かりましたちせと申します。山家(やまが)育ちゆえなにかと不調法者にございますが、どうぞよろしくお願い致します」

丹左衛門「これはこれは、こちらこそ何とぞご懇意に……親しくお付き合い出来れば嬉しく思いますよ。千代はこちらに近い年の友人もなく、話し相手になるものもなかなかおりませぬので」


…丹左衛門と呼ばれた男は折り目正しくきちんとした身なりで、背筋のぴしりと伸びた様子は貿易商の留守を預かる番頭として一銭のごまかしもしないといった雰囲気を漂わせている……しかし剣士としてのちせの嗅覚は、丹左衛門にどちらかと言えばそろばんをいじる貿易商の番頭と言うよりは一国の家老……あるいは剣術の師匠といった武人らしいものをそこはかとなく感じ取った…


千代「丹左衛門さま、それはおっしゃらない約束です///」

ちせ「いや、その気持ちは私もよう分かる……」

丹左衛門「というと、ちせさんもご家族の都合でこちらへ?」

ちせ「いや、私は官費留学でこちらに参ったのじゃ」

丹左衛門「そうでしたか。ということはさぞや学業に秀でておられるのでしょうな」

ちせ「いや、そこまででは……特に横文字は難しくてかなわぬ///」

丹左衛門「私もこちらへ来たばかりの頃はそうでした……申し訳ありませんが片付けなければならない書類があるので、失礼致します。ちせさんに失礼のないようにな」

千代「分かっております……さ、どうかくつろいでくださいましね♪」

ちせ「う、うむ……///」

…千代はフランス暮らしが長いのか、親しげに手を握ったり頬を寄せたりというような、ちせにとってはまだ少し恥ずかしいようなスキンシップや親しげな態度を取ることが多く、しかもそれをちせが恥ずかしがっているのを分かった上でからかい半分にしているフシがある…

千代「まぁまぁ、そう固くならないで……自分の家のようにくつろいで下さいな」

ちせ「そ、そうじゃな……」

…千代の部屋…

千代「さ、どうぞ遠慮無く脚をのばして下さいな。私もこちらに来てからというもの、靴や服が窮屈なのには常々閉口しておりましたから」

…千代の部屋は小ぶりながらも二間に分かれていて、案内された奥の部屋は洋室だったものを和室に改装したらしく、ちょっとした茶室のようになっていた……靴を脱いで畳に上がると、爽やかな藺草(いぐさ)の香りが立ちのぼる…

ちせ「いや、お言葉はありがたいが……じゃが「親しき仲にも礼儀あり」とも申す」くつろぐようにと勧められたが、きちんと正座して座るちせ……

千代「まぁまぁ、ちせさんったら真面目なこと」口元に手を当てて「ふふふ♪」と小さく笑ってみせる千代は年相応の少女らしさを感じさせる可愛さがある……

ちせ「いや、別に真面目というほどでは……///」

千代「ふふ……さ、お茶の準備が整いましたから頂きましょう?」砂時計がサラサラと砂を落としたのを見て、千代が手ずから紅茶を注いだ……

ちせ「かたじけない」

千代「いいえ。お砂糖とミルクは?」

ちせ「うむ、ではそれぞれ少しずつ……」

千代「はい……それでは、好きなお菓子をお取りになって?」

ちせ「おう、そうじゃな……しかしどれも美味そうで、恥ずかしながら目移りしてしまうのう」

千代「なら遠慮なさらずにお一つずつどうぞ。これはクリームの入った「エクレール(エクレア)」というもので、こちらの輪っかの形をしたものは「パリ・ブレスト」……何年か前にパリと港町のブレストの間で行われた自転車競技を記念して作られたお菓子ですわ」

ちせ「なるほど、では……んむ」パリ・ブレストはさくりとしたシュー生地にふわりと甘いアーモンド風味のクリームを挟み、上には粉砂糖がかけてある……

千代「いかが?」

ちせ「うむ、これは実に美味じゃ……!」はしたなく見えないよう遠慮しようと思うものの、ついつい甘くて美味しい菓子に手が伸びる……

千代「こうしたお菓子は「プティ・フール(小さなお菓子)」と言って、色々な種類が楽しめるようになっておりますの」

ちせ「フール……こんなに上等な菓子が「フール(マヌケ)」なのか?」

千代「まぁ、ふふ♪ フールは英語の「マヌケ」でなくって、フランス語の「four」……プティ・フールはお料理のために熾した火の残り火で作ることから「小さな窯」という意味なのだそうですわ」

ちせ「なるほど」クリームやフォンダンのかかった色鮮やかな小さな菓子をつまみながら他愛ないおしゃべりをしていると、つい昨日知り合ったばかりとは思えない気分になってくる……

…一刻ばかりして…

ちせ「これも舌先でとろけるようじゃ…!」

千代「お気に召したようで何よりにございますわ……紅茶のお代わりはいかが?」

ちせ「かたじけない」

千代「ではお注ぎ致し……あっ!」

ちせ「っ!」

…紅茶を注ごうとし、ドレスの袖口で砂糖つぼを払いのけてしまった千代……横ざまに倒れて低いテーブルから落ちる砂糖つぼを、ちせはとっさに手を伸ばしてつかみ取った…

千代「……まぁ、なんという飛燕の早業でしょう!」

ちせ「い、いや……たまたまじゃ///」鍛え上げられた反射神経が悪い形で出てしまった事に「しまった」と内心ほぞをかむ……アンジェやドロシーのように必要ならば「舌先三寸」になれる演技力をうらやみつつ、下手な言い訳を口にする……

千代「たまたまだとしても素晴らしいですわ……それよりお召し物が」

ちせ「いやなに、構わぬ」スカートについた白砂糖をぱたぱたとはたく……

千代「ああ、それならわたくしが……」千代が隣にやってきて、しなやかそうな白い手でスカートにこぼれた砂糖を優しくはたく……スカート越しとはいえ太ももに手を当てられているので少し恥ずかしい……

ちせ「千代どの、もうそのへんで構わぬ……それにずいぶんと長居をしてしまったゆえ、そろそろおいとまさせていただこうと思うのじゃが///」

千代「あら、本当……楽しいひとときというのは短いものですわね。 またいつでもお出で下さいまし…ね?」

ちせ「う、うむ……では御免」

…同じ頃・一軒のカフェ…

ドロシー「なぁ……あいつ、どう思う?」

アンジェ「ベレー帽の男?」

ドロシー「そう、あの額の広いサル顔のやつさ……典型的な「アパッシュ」ってやつに見えるが、やけに周囲を気にしてないか」

(※アパッシュ…十九世紀末から二十世紀初頭におけるフランスの乱暴者やちんぴらを指す総称。ベレー帽と横じまの水夫シャツを着るスタイルで知られた。語源はアメリカ先住民の「アパッチ」族から)

アンジェ「そうね。もしかしたらフランス情報部にでも雇われて、人相をあらためているのかもしれないわ」

…窓際の席に陣取った二人は、ワガママ勝手で世の中に飽きている上流階級の令嬢のような気だるい様子で人々の行き交う通りを眺めている……が、実際は視界の片隅に見えるランデヴー・ポイントのカフェに監視がいないかを確かめていた…

ドロシー「気に入らないな。情報を持ってくるエージェントのことを追っているとしたら、この状況でコンタクトを取るわけにはいかないだろ」

アンジェ「ええ。でもランデヴーの場所はあの男がいるカフェのすぐ隣の店よ……おまけに他のポイントはどこも都合が悪い」

ドロシー「時間の余裕もあまりないしな……くそ、こういうときこそカットアウトの一人でも挟んでくれればいいものを」

アンジェ「そんなことを言っても仕方ないでしょう……例の手を使ったら?」

ドロシー「……そうだな、いいだろう」

…二人はちびちびとカルヴァドス(リンゴ酒)をすすっていたが、アンジェは代金を置くとさりげなく店を出て、すぐそばにある別なカフェへ入るとギャルソン(給仕)に声をかけ、小銭を渡してトークン(代用コイン)に両替してもらうと電話ボックスに入った……ドアを閉めて番号を回し、交換手を通じてフランス情報部の回し者らしい男がねばっている店へと電話をかける…

フランス人の声「……アロー(もしもし)、こちらはカフェ・リベルテ」

アンジェ「もしもし、済みませんがそちらにいる客の一人に伝言をお願いします……急いで」どこか冷たく、うむを言わせない口調で一気にしゃべった……

声「ウィ、マドモアゼル。伝言をどうぞ?」

アンジェ「ええ「例の人間は五分後に、カフェ・ルナールに現れる」とだけ」道すがら記憶していた、ランデヴーの邪魔にならない町外れにある店の名前を告げる……

声「分かりました。それで、その伝言はどのお客さんに?」

アンジェ「黒いベレー帽の男がカウンターに座っているはずです、やせた男です」相手にあれこれ詮索されないよう、せかせかした口調で電話口に話す……

声「いえ、そういった風体の人はカウンターにはおりませんよ」

アンジェ「でしたら隅のテーブルにいませんか?」

声「少々お待ちを……ああ、いました」

アンジェ「良かった、ではその男性に伝えてください……それじゃあ」

…通話は終わったがあまり短いと店員に怪しまれるので、アンジェは電話を切ってからもしばらくのあいだ通話するフリをして空気に向かって話し続けた……一方、ドロシーがさっきの店で粘りながらカルヴァドスをすすっていると、窓越しにギャルソンが書き留めたメッセージを持って隅のテーブルに向かい、男に何か言いながらメモを渡すのが見えた……男は急にギャルソンがやって来たのでけげんな顔をしていたが、メモを見るなり酒の代金を置いて店を飛び出して行った…

アンジェ「……ただいま」

ドロシー「ああ……間抜けが見事に引っかかりやがったぜ」

アンジェ「ええ、見たわ。彼らが連絡するとき合い言葉を使っていなくて良かったわね」

ドロシー「そうだな、それじゃあ今のうちにランデヴーと行くか」

…ランデヴー・ポイントのカフェ…

アンジェ「……サ・ヴァ(お元気)?」

ギャルソン「ウィ、サ・ヴァ、サ・ヴァ……エ・ヴ(そっちは)?」

アンジェ「サ・ヴァ、メルスィ(どうも)」

…カウンターでワイングラスを拭いているギャルソンに向かって、やる気なく話しかけるアンジェ……一方のギャルソンも視線を向けることすらせず、上の空で返事をした…

アンジェ「……飲み物を」

ギャルソン「何にします?」

アンジェ「そうね……それなら『マッカランの十二年ものとアンジューのロゼ』をそれぞれもらおうかしら」フランスのカフェで普通ならまず出ないような酒の組み合わせを合い言葉に定めてあったが、それを聞いたギャルソンは表情一つ変えるでもなく、了解したしるしに肩をちょっとすくめた……

ギャルソン「どうぞ」

アンジェ「メルスィ……どう、お味は?」

ドロシー「グレンリベットだ……つまりは大丈夫だな」

…もしもギャルソンが脅されて合い言葉を言うようにされていた場合の「保安措置」として、本部は脅されている場合は合い言葉通りに「マッカラン十二年」を、安全な場合はわざと注文と違う「グレンリベット」を出すように決めていた……当然、マッカランが出てきた場合アンジェとドロシーは何食わぬ顔で酒を飲み干し、知らんふりをして出ていくことになる…

アンジェ「そう」ロワール地方で産する「アンジュー」の口当たりのいいロゼワインを頼み、少し時間をかけて味わった……

…しばらくするとギャルソンが会計をつけた紙をさりげなく置き、それをドロシーが受け取る…

ドロシー「ふぅん、八フランと五十サンチームね……ここは私が持つよ」料金を置くと店を出た……

アンジェ「……さっきの「八フラン五十サンチーム」だそうね」

ドロシー「ああ……ってことは次にサロン「ル・ファンタスク(空想)」へ行けって事だな」

…サロン…

アンジェ「貴女はこういう場所だと、まるで水を得た魚のようね」

ドロシー「ああ、会員制社交クラブだの、サロンだのキャバレーだのは得意分野だからな……」

…ロンドンやパリにあるようなお高いサロンと違った、港町にありがちな「庶民派」といった雰囲気のサロンは夜の早い時間帯と言うこともあって客の入りもそこまでではなく、今ひとつの小楽団が軽い音楽を流し、酔っ払っていれば美人に見えるかもしれないマドモアゼルや、かつては美人だったであろうマダムたちが地元の商人、航海の給料をもらって羽目を外しに来た船員、小金のある旦那衆といった客に酒や軽食を運び、時にはおしゃべりに興じたり笑い声をあげたりしている…

アンジェ「……それで、コンタクトの人間はどれかしら」

ドロシー「さぁな……いずれにせよ、向こうからやってくるだろうさ」

…しばらくして…

アンジェ「どうやらあれがそうみたいね」

ドロシー「……なるほどな、そりゃあ国外に出たらおかしいはずだ」

…店内を観察していた二人が目星を付けた相手は旅回りをしながら芝居やものまね、あるいは皮肉を効かせた冗談などを聞かせる流しの芸人で、古ぼけたシルクハットにはね上げた口ヒゲ、そしておどけた態度で席を巡りながら客の出すお題に答えてちょっとした笑いを取ると「どうかお笑いになった分だけお鳥目を」と帽子を差し出す……芸人は席を順々に回り、ドロシーたちのテーブルまでやってきた…

芸人「おやおや、こんなところに素敵なマドモアゼルが二人も……ささ、物真似なんていかがですか?」

ドロシー「そうだな……じゃあ『鼻持ちならないフランス人の物真似』でも頼むよ」フランス人なら絶対に頼まないであろうリクエストを合い言葉に、物真似を見せつつ顔を近づけた芸人……

芸人「……情報の受け渡しに来るとは聞いていたが、あんたみたいな娘さんだとは思わなかったな」

ドロシー「私だってドサ回りの芸人がそうだとは思わなかったさ」

芸人「じゃあおあいこってことで……」とても小さく折りたたんだ一枚の紙を指の間に挟んで差し出した……

アンジェ「確かに受け取ったわ。それと本部がよろしくとのことよ」

芸人「ああ、それじゃ……お気に召しましたか、お嬢様方?」

ドロシー「はははっ、とっても上手だったよ。 ほら♪」紙片のやり取りをするアンジェを隠すように、ドロシーが派手な身振りで金貨を渡す……

芸人「おやおや、こんなに頂けるとは光栄ですな。ぜひ今後ともごひいきに!」

………



…夜・ホテル…

アンジェ「……それで、メモの内容は?」

ドロシー「ああ。明日の午前十時、マルシェ(市場)にいる古物商から『ヴォークランから掘り出し物があると聞いてきた』と言ってティーカップを買え」だと……店の場所も書いてある、ほら」サロンで受け取った紙片は気付かれないよう持ち帰り、ホテルの部屋でようやく内容を確かめた……

アンジェ「確かに」確認がすむと今度は手際よく紙片を燃やした……

…翌朝…

ドロシー「うーん、すっきりと気持ちのいい朝だ……とはいいがたいな」

アンジェ「あいにくの曇り空ね」

ドロシー「ああ……だがまぁいいさ、こんな天気はロンドンで慣れっこだ」

アンジェ「そうね……ちせ、朝食は?」

ちせ「それならば一応済ませてはきたのじゃが……」

ドロシー「相変わらずか?」

ちせ「うむ。固い麺麭(パン)に砂糖入りのコーヒーだけではどうにも物足りぬ……炊きたての飯にきゅうりの漬物、それにおみおつけでも欲しい所じゃ」どうやら焼きなましのバゲットかなにかをあてがわれたらしく、いささか物足りない様子のちせ……

ドロシー「そういうことならごあいにくさまだが、こっちもそう変わらないな」

…ベッドに腰かけたまま、はだけたナイトガウン姿で朝食の盆を指し示したドロシー……銀の盆にはいわゆる「大陸風」(コンチネンタル・スタイル)……あるいはむしろ「フランス風」とでもいうべき朝食として、焼きたてのクロワッサンと、大きめなお椀に入った温かいカフェ・オ・レが並んでいる…

ちせ「……二人の朝食もそれだけなのか?」

アンジェ「ええ。フランスの朝食は大抵こうよ」

ドロシー「アルビオンの労働者階級だけさ、朝からビイクドビーンズに焼きソーセージだの卵を付けるのはな……せっかくだし、一つ食うか?」

…ドロシーはそう言って大ぶりなクロワッサンを差し出した……フランスでは生地にバターを用いて巻いてある伝統的なクロワッサンは直線状で、ナポレオン時代の物資不足のおりに生まれたマーガリンを使ったクロワッサンは区別のために両端を丸めて「C」の字型にしてある……むろん、ホテルの客であるドロシーたちの盆には真っ直ぐなクロワッサンが載っている…

ちせ「ではありがたく……むむ!?」結局パンとコーヒーだけの朝食である事を知り、至極残念そうにクロワッサンを受け取って一口かじったが、途端に目を見開き、まじまじとクロワッサンを眺めた……

ドロシー「はは、そんなに美味かったか?」

ちせ「う、うむ……歯ごたえはサクサクとしていて、牛酪(バター)の味が口の中に広がって……実に美味じゃ」

アンジェ「良かったわね。カフェ・オ・レに浸すのがフランス流よ」

ちせ「ならば……むむ、なるほど」

ドロシー「良かったらもう一つやるよ。どうせマルシェ(市場)に行ったら買い食いもできるしな」

ちせ「かたじけない、では……」

アンジェ「食べ終わったら着替えて出かけるから、あとは任せるわ」

ちせ「気を付けての……私もしばらくしたら日本の旅券事務所に行かねばならぬ」

ドロシー「そうか。ま、気を付けてな」

ちせ「うむ……それにしても美味いのう……」

…午前中・マルシェ…

ドロシー「さてと、なにか気の利いたお土産でも見つかるといいのだけれど♪」

アンジェ「地元のマルシェには掘り出し物もありますから、きっと素敵な物が手に入りますわ」

…すっかり板についた「お金持ちのぼんくらお嬢様」と「小ずるいフランス娘」の役回りを演じつつ、二人してマルシェを冷やかして回る……露店には取り立てのニンジンから手作りの陶器の皿、どこかのお屋敷から出てきたらしい古い勲章、盗品とおぼしき、元は揃いだったはずの銀食器が一つだけ……種々雑多な品物が売りに出され、所々に軽食や飲み物を売る屋台も出ている…

ドロシー「あら、これなんか素敵じゃない?」

アンジェ「ええ、まったく。素敵な焼き物のお人形ですわ」

ドロシー「これも可愛いわね、暖炉の上に飾ろうかしら?」

アンジェ「ふふっ、とってもいいと思いますわ♪ ……ガラスのお目々をしたお嬢様にはぴったりね」

…少し欠けのある陶器の天使像だの、素性のしれないヘボ絵画だのを見ながら、いちいち感動したような声をあげるドロシー……かたわらのアンジェは英語でドロシーの「鑑定眼」を褒めそやしながら、ときおり小さくフランス語で皮肉をつぶやく…

ドロシー「それじゃあ次のお店は……あら、ここは良さそうね♪」

古物商のおばさん「いらっしゃい、お嬢さんがた♪」露店の主は恰幅のいいフランス人のおばさんで、田舎者丸出しのよれたエプロンとスカート、それに真っ赤なリンゴのような健康そうなほっぺたをしている…

アンジェ「何かいい物はある? ……『ヴォークランから掘り出し物があると聞いてきた』のだけれど」

おばさん「ああ、それならとっときのがあるわよ……ほら、これなんてどう?」そう言ってかたわらに置いてあった一客だけのティーカップを取り出した……

アンジェ「そうね……いくら?」

おばさん「まぁそうね、十フランくらいでどう?」

アンジェ「冗談はやめて。せいぜいこの程度でしょう」素人には分からない符牒を表す手つきで数字を示した……

おばさん「厳しいわねえ……まあいいわ。それじゃあ包んであげるからね」そう言うとカップの入りそうな小さい木箱を探し出し、それからかたわらに置いてある古新聞や黄ばんだ古紙の束から何枚か紙を引っ張り出すとカップを包み、残りはくしゃくしゃに丸めて箱のすき間に詰め込んだ……

アンジェ「メルスィ……」

…同じ頃・旅券事務所…

ちせ「ここじゃな」

…ちせが徒歩でやって来たのはル・アーヴルにある日本の旅券事務所で、レンガ造りの洋館には何台かの自動車や馬車が停まり、貿易商や船員、はたまた外国留学に来たと思われる学生や堅苦しい感じの役人といった人々が頻繁に出入りしている…

ちせ「さて、どこが窓口じゃろうか?」

…入口をくぐると中は待合室になっていて、英字や仏字の新聞を差してある新聞ラックや公示された役所の通達を掲示している掲示板といったものが並んでいて、正面の窓口では数人のお役人が書類にハンコを付いたり、必要な部分を書き入れたりしている……室内は天井が高いせいか申請に来ている人たちと窓口の係のやり取りや、奥でタイピストの女性たちが叩いているタイプライターの音が反響して混じり合い、「騒がしい」とまではいかずとも活気を帯びている…

ちせ「ふむ、あれが窓口のようじゃな……」窓口にはインクで袖口を汚さないよう布カバーをつけた年若い官吏が座っていて、少しつっけんどんな態度ながらも、手際よく書類をさばいている……

ちせ「……失礼いたす」

窓口の官吏「まずは身分証を見せて」

ちせ「あー、そのことなのじゃが……」

窓口「なに? 官費留学の書類だったらここじゃなくて向こうの窓口」

ちせ「いや、そうではなく……ちと旅券のことで『佐伯どの』にお頼みしたい儀があるのじゃが、こちらで受け付けるようにと……」

窓口「佐伯事務官に? そう、少し待っていなさい」窓口の官吏がせかせかと奥へ引っ込むと、それと入れ替わるようにして上役らしい官吏が出てきた……口にはひげをたくわえ、きちんとした三つ揃い(スリーピース)姿で、チョッキからは銀時計の鎖が伸びている……

事務官「……私が佐伯だが、何かご用か」

…窓口の若い官吏を下がらせると、ちせの正面に座った中年の官吏……髪は当世風にきちんと撫でつけていて、丸縁の眼鏡を胸元のポケットに収めている…

ちせ「うむ」

事務官「……それで? 見ての通り忙しいので手短にしてもらえるとありがたいのだが」

ちせ「そのことなのじゃが……実は船を降りたときに旅券を落としてしまったようで難儀をいたしており、お手数ながら再発給をお願い致す」

事務官「ふぅ……年端のいかぬ女学生とはいえ、軽々に「落とした」とか「無くした」では困る。いったい『どこで無くしたのか心当たり』はないのかね?」

ちせ「それならば、ル・アーヴル港の『六番桟橋のそば』で落としたものと思うのじゃが……探しても見つからずじまいでの」

事務官「なるほど。六番桟橋で……誰か身元の保証をしてくれる者は?」小柄な少女であるちせから合い言葉が出てきたことに一瞬驚いたようだったが、すぐ表情を取り繕った……

ちせ「うむ、駐アルビオン全権大使の堀河公が……」

事務官「ああ、それならばよろしい。ただ、明日は休日でここの旅券事務所も業務を行っておらんから、今から臨時の旅券を作っても発券の手続きは出来ん。 ただ、もし急ぎと言うことならば明日の晩に本職の私邸に来ればそこで渡すことはできるが、それでよいか?」

ちせ「おお、かたじけない。 ぜひともお願い致す」

事務官「結構。今後はそういったことのないよう注意するように」

…午後…

アンジェ「ちせの用事も明日には済むそうだから、それが済み次第アルビオンに戻りましょう」

ドロシー「そうだな……だが、どうも雲行きが良くないぜ」港への道すがら、車の窓から空を見上げるドロシー……

アンジェ「そうね」

…ドロシーとアンジェが懸念するように、空はドーヴァー海峡を覆うことで有名な濃霧を予感させる黄色っぽい雲が低く立ちこめ、心なしか空気も湿っぽい…

ドロシー「予備日があると言っても一日か二日が精一杯だ。明後日の船が無事に出てくれればいいんだが……」

…ル・アーヴル港…

ドロシー「……欠航ですの?」

船会社の窓口係「そうです。今日と明日は海峡の波が高く霧も出ているので、海峡横断の客船は軒並み欠航です。明後日以降も天気次第では出られないかもしれません」

ドロシー「それは困りました……フランスに来たのは連休があったからで、休み明けはきちんと授業に出ませんと怒られてしまいますわ」心の中で(悪い予感ってやつほど良く当たるもんだ……)とぼやきながらも、お嬢様口調のまま船会社の丁寧な応対を受けるドロシー…

窓口係「そうおっしゃられてもこればかりは私どもにもどうしようもありませんので……この切符は出港する船のものに振り替えが効きますから、とにかくこの霧が明けるまではお待ちいただくしかありません」

ドロシー「分かりました、ご親切にありがとう……思ってもいない形だが、これで日数に余裕が出たな」

アンジェ「ええ」

ドロシー「とにかく、ちせの用事が済んで霧が晴れる事を願うしかないな」

アンジェ「そうね。それと貴女は今のうちにラテン語の書き取りでもしておいたら?」

ドロシー「なぁに、それなら「仲良しの」娘にでも代筆させるさ」

アンジェ「ずる賢いのね」

ドロシー「そこは「要領がいい」って言ってもらいたいな♪」

…しばらくして…

ドロシー「……どうにも嫌な感じだな」

アンジェ「というと?」

…絶対に盗み聞きされる心配がない、もやのかかった海沿いの遊歩道を歩くドロシーとアンジェ……ドロシーは差しかけた日傘をくるくると回してひょうきんな様子を装っているが、アンジェには困惑している様子が見て取れた…

ドロシー「いや、実はさっきメールドロップ(メッセージの隠し場所)をのぞいてきたら印があってな」

アンジェ「今回の任務は王国の飛び地……しかも内務卿が目を光らせている場所だから、コントロールも「よほどの事がない限り連絡はしない」という話だったはずよ」

ドロシー「そう、つまりその「よほどの事」が起きたって事だ」

アンジェ「それで?」

ドロシー「メッセージによると、昨晩のパリ発夜行列車でフランス情報部員が数名、ここに潜入したらしい」

アンジェ「……もしかして、私たちの存在が?」

ドロシー「だとしたら今ごろは刑務所さ♪」

アンジェ「なら彼らの目的は……」

ドロシー「さあな。ただ、ノルマンディ公がきっちり抑えている王国の飛び地にフランス情報部の連中がやすやすと潜入できたこと自体が驚きだ……もしかしたら連中を泳がせてなにかを「釣り上げ」たいのかもしれないし、双方の利益になるような事があって「一時休戦」したのかもしれない」

アンジェ「いずれにせよ厄介ね」

ドロシー「ああ。どのみちワインのおりをかき立てるような事態になるのは目に見えている」

アンジェ「とはいえ今回私たちが行うのは情報の受け渡しだけ……ナイフ一振りさえも持っていないし、どうしようもないわ」

ドロシー「ああ。コントロールもそれを見越して「最低限の武器を用意したから、必要なら指定の場所で回収しろ」と伝えてきたんだが……どう思う?」

アンジェ「そうね……たとえフランス情報部とノルマンディ公がル・アーヴル市内をひっくり返してスパイ捜しをしたとしても、私たちは学生としてここにいるわけだから心配はいらないはず。むしろカバーを無駄にするような武器の類は必要ない気もするわ」

ドロシー「だけど船の事がある。少なくとも明後日まで動けないとなると、それまでに包囲網がキツくなってくるはずだ」

アンジェ「そうだとしても私個人としてはあまり賛成できないわ。本当にノルマンディ公やフランス情報部に追い詰められたらピストルの一挺や二挺でどうこうできるものでもないし、スパイは銃の腕前よりも偽装の腕前が重要のはずよ」

ドロシー「まぁな、そいつはお前さんの言うとおりだ……」

アンジェ「最後まで聞きなさい……とはいえ欠航のこともあるし、対抗する手立てがあって悪いものでもない。銃の種類次第だけれど、あまり目立たないようなものなら回収してもいいんじゃないかしら」

ドロシー「おいおい、脅かすなよ……それじゃあアンジェ、お前さんが回収に行ってくれ。場所はさっき伝えた通りだ」

アンジェ「分かった」

…しばらくして…

ドロシー「なるほど、確かにこれなら女学生が持っていてもおかしくはないが……」ぶすっとした表情でアンジェの回収してきた「武器」を眺めている……

アンジェ「口径はともかく、ピストルはピストルよ……近距離で目でも撃てばそれなりに効果はあるはず」


…テーブルに置かれているのは婦人用のハンドバッグに入る程度の自衛用ピストル二挺で、手のひらに隠れてしまいそうな護身用ピストルはつばを吐くよりはまだマシといった威力のものだった……仮に持っているところを見つかっても言い逃れができるように、見た目はいかにもお嬢様の好きそうな綺麗な彫刻が施されているが、コントロールの気配りとして光を反射して目立ちやすい金や象牙は避け、シックないぶし銀と紫檀の握りをあしらっている…


ドロシー「鳩に豆鉄砲を撃ち込んだときの方がよっぽどまともな成果が得られそうだがな……」ぼやきながら護身用リボルバーのシリンダーを開き、薬室や銃身の状態を確かめるドロシー……

アンジェ「手元に銃を欲しがったのは貴女よ、私じゃない」そういいながら掃除用の小さなブラシで銃身の内部を綺麗にしている……

ドロシー「やれやれ……まぁ、これならお嬢様だの女学生だのが持っていてもおかしくはないよな」

アンジェ「それに、アルビオンから持ってきた「ヴェロ・ドック」リボルバーよりは幾分かマシだと思うけれど」

ドロシー「あれはほとんど音だけだからな……分かった、これで満足したことにするよ」

アンジェ「そうして」

…とはいえ用心深い二人はどこで役に立つか分からないと、ヴェロ・ドック・ピストルに込める「.22ショート・リムファイアー」の弾薬を箱から取り出して一発ずつ確かめては不良品を取りのけ、良さそうな弾薬を装填した……

ドロシー「……この「秘密兵器」でフランス情報部やノルマンディ公配下のエージェントが慌てふためいてくれりゃいいがな」

アンジェ「ドロシー「馬鹿と鋏は使いよう」よ」

ドロシー「結構なご意見だね……いざとなったらちせの刀に任せるとしよう」

アンジェ「よっぽどな事態になったら、ね」

…次の日・宵の口…

ちせ「……さて、そろそろ出かけようと思うのじゃが」

ドロシー「ずいぶんと早いじゃないか」

ちせ「うむ。徒歩で行くとなればこのくらいは見越しておかねばな……もっとも、いざとなれば馬車や車を拾うつもりじゃが」

ドロシー「行き先は大使館事務官の私邸だったか? それなら車を用意するから、近くまで送ってやるよ」

アンジェ「そうね、その方がいいかもしれないわ。ドロシーの運転でいいなら……だけれど」

ドロシー「おい、私の運転で何がいけないんだ?」

アンジェ「……自分の胸に手を当てて考えてみれば分かるわ」

ドロシー「あいにくさっぱりだね」

アンジェ「そう……とにかく、車なら歩いて行くより時間の節約にもなるし、見なれない顔だとじろじろ見られたりしないで済むわ」

ちせ「それはそうじゃが、そのような手数をかけては申し訳ない」

ドロシー「なーに、遠慮するなって。それにフランス人の馬車やタクシーを「東洋人」のお前さんが拾った日にゃ、フランス語でぺらぺらやられたあげくにムチャクチャな値段をぼったくられるか、まるっきり別な所で降ろされるのがオチだ」

アンジェ「それだけは間違いないわね」

ドロシー「ああ。それにこっちもその書記官だか事務員だかの家まで押しかけようとかやり取りをのぞき見しようとかってつもりじゃないんだ、安心してくれ」

ちせ「いや、別にそなたらを疑っているわけではないのじゃが……」

ドロシー「なら決まりだ。いつ出せばいい?」

ちせ「うむ、今夜の八時頃までに着けば良いのじゃが……」

ドロシー「分かった。それなら夕食を早めに済ませて準備しよう……まだ時間はあるし、それに厨房からいい匂いがしてきたじゃないか♪」

…同じ頃・貿易商の邸宅…

丹左衛門「……千代、いかがいたした?」

千代「いえ……」パティスリーのお菓子をお供にちせとたわむれた一時をふと思い出して、一瞬ぼんやりとした千代……

丹左衛門「事に望んで気がそぞろではし損じるぞ、しっかりいたせ」

千代「はっ」

…ちせがお呼ばれした千代の住む邸宅……普段なら夕食時で、家族と召使いがいるだけの静かな空間であるはずの食堂には多くの老若男女が詰めかけ、食堂の扉を開放して玄関ホールにまで人が押しかけている……辺りはランタンや提灯がいくつもおかれて真昼のように煌々と照らされ、居並ぶ人々の表情は熱っぽい輝きを帯びているか、さもなければ厳めしいものが浮かんでいる……集まっている者の中には洋装の者もいるが、かなりの数が紋付きの羽織袴で、中には伸ばしていたらしい髪を剃って再び髷に結い直している者もいる…

初老の男「そう言うな、佐倉氏(うじ)……千代を含めて多くの者にとっては初めてなのだからな」

丹左衛門「だからこそじゃ……とにかく、いよいよ正念場なのだから気を引き締めて参らんと」

険しい顔の男「いかにも。今日こそ我らの本懐を遂げるその第一歩、くれぐれもおろそかにはできぬ!」女性陣と子供のうちの何人かが配って回っている漆の杯を受け取ると、なみなみと注がれた清酒の杯を片手に重々しい声で言った……

丹左衛門「左様。では皆の者、杯を……」

…杯が行き渡ったかどうか確認すると、丹左衛門がすっくと立ち上がってよく通る声で呼びかけた……居並ぶ男女が一斉に立ち上がると、そのまま音頭をとった…

丹左衛門「みな……まずはよく集まってくれた」

丹左衛門「我らが大願成就のためとはいえ……故郷を捨て、度重なる屈辱に耐え、異国の地で長きに渡る雌伏の時を過ごしてまで付き従ってくれたこと、かたじけなく思う」

丹左衛門「……朋輩(ほうばい)たちの仇を報ずるまでと、刀を外し、髷を落とし……ただ武士としての矜恃のみを支えに日陰を歩んできた……だが、それも今宵まで!」

丹左衛門「……まずはここフランスの地で憎き薩長の手先を討ち、志なかばにして倒れた者たちへの手向けといたそう!」

一同「「おう!」」丹左衛門の言葉が終わると、一斉に冷酒をあおった……

千代「……」

丹左衛門「……千代、そなたにも期待しておるぞ」

千代「はっ」

丹左衛門「良い返事じゃ……」

…そっと千代の頭を撫でる丹左衛門……が、すぐに手を引っ込めると厳しい表情に戻り、人いきれするほど詰めかけている集団に向けて堂々たる声をあげた…

丹左衛門「では各々方(おのおのがた)、参ろう!」

…夜・ネスト…

アンジェ「……時間ね」懐中時計を引っ張り出し、ぱちりと蓋を開けて時刻を確かめる……

ドロシー「着替えもすんだし、そろそろ行くか」

…ドロシーは活動的な「男装の麗人」風にまとめ、シルクハットに黒のチョッキ、濃緑と黒の上着を羽織り、下は乗馬用のぴっちりしたズボンスタイルで短靴を履いている……アンジェは動きやすいようひざ丈のドレススタイルで、袖はフランス風のパフスリーヴ(袖などを膨らませてあるもの)で胸元にはギャザー(ひだ)を入れてある。脚には黒絹のストッキングを履き、つま先が細い……しかし作りのがっちりしたショートブーツで足元を固めている…

ちせ「かたじけない」

ドロシー「いいってこと……それよりそのキモノ、似合ってるぜ♪」冗談めかしてちょっぴり色っぽい視線を向けたかと思うと、ウィンクを投げつつ笑いかけた……

ちせ「そ、そうか……///」

…ドロシーの冗談に口ごもっているちせは深草色の地に菖蒲と蜻蛉をあしらった縁起のいい着物姿で、小刀を銀ねず色の帯に差し、堀河公からいただいた脇差「備前兼光・改」は車に乗るときつかえて邪魔になるので、腰に差さず手に持っている……足元はいまだに靴をきゅうくつに感じているちせらしく白足袋に下駄姿で、髪は後ろで結い上げて南天(なんてん)を模した飾りの付いたかんざしを一本挿している…

(※菖蒲(しょうぶ)の花は「勝負」に繋がり、蜻蛉(とんぼ)は後ろに飛べないことから退く(負ける)ことのない「勝ち虫」であり、ふたつの柄が組み合わされると「勝負に勝つ」と武人にとって縁起がよく、南天は「難を転じる」ことからこれも縁起物)

アンジェ「ドロシー」

ドロシー「おいおい、自分が褒めてもらえないからってそう怒るなよ」

アンジェ「そうじゃない」

ドロシー「ああ、分かってるさ……さ、行こうぜ」

ちせ「承知した」

…仮のネストには馬小屋を改造した車庫スペースがあり、ドロシーはそこに借りておいた車を停めていた……薄暗い車庫にあるのはフランスの「パナール・ルヴァッソール」社製四人乗り乗用車で、いつも使っているケイバーライト動力のRR(ロールス・ロイス)に比べてきゃしゃでエンジン馬力も小さいが、まずはちゃんと動く自動車であり、アルビオンのケイバーライトエンジンを真似た二十馬力の蓄圧蒸気エンジンはできるだけ手入れをして、タイヤチューブの予備も車体の後ろにきちんと積み込んである……ランタンでぼんやりと照らされたパナールは黒い塗装に部分部分の真鍮部品が艶やかで、なかなか優雅なスタイルをしている…

ドロシー「さ、乗りな」

ちせ「うむ」下駄や刀の鞘ををひっかけたりしないよう、注意深く後部座席に乗り込む……

アンジェ「準備いいわ」

…アンジェがランタンを吹き消して車庫の門を開け、ドロシーがエンジンをかけるのに合わせて車体の前にある始動クランクを回す……普段のRRなら一発でかかってくれるのだが、燃料の吸い上げが悪いのかパナールのエンジンは動いてくれず、ドロシーは「ちっ」と小さく舌打ちした…

アンジェ「もう一回」

ドロシー「ああ……ったく、これだからフランス製は……」ぶつくさこぼしながらもう一度エンジンを回す……

アンジェ「……かかった」

ドロシー「どうにかな」車を表に出すとアンジェが車庫の扉を閉め、それから助手席に乗り込んだ……

ドロシー「よーし、出発♪」

…そのころ・とある裏通り…

フランス情報部員「……リベルテ(自由)」

丹左衛門「デモクラティ(民主)」

情報部員「よし、あんたが例のジャポネ(日本人)だな」暗闇からすっと現われたフランス情報部のエージェント……

丹左衛門「そうだ」

情報部員「結構……あんたらの欲しがっているものはすでに準備が整っている。だからまずはあんたらが我々にとって有用である事を証明してみせることだ」

丹左衛門「うむ、そのことは重々承知している」

情報部員「ビアン(結構)……我々が欲しいのはジャポネの公館で使われる事になっている最新の暗号表だ。そいつを手に入れた段階でこちらは残りの武器を手渡し、あんたらが乗る予定の船をル・アーヴルへと回す」

丹左衛門「よろしい」

情報部員「目的の場所には警官が詰めているが、こちらが手を回して決行の時間にはいなくなるように仕込んである」

丹左衛門「承知した」

情報部員「それから軍隊なんかも同じで、地元の駐屯地からは多少の騒ぎが起こっても兵隊が駆けつけないように手はずを整えた。ここノルマンディじゃアルビオンが幅をきかせていて、王党派の連中とはいえフランス人は不満を持っているからな……」

丹左衛門「……その気持ちはよく分かる」

情報部員「そうか。とにかく、目的の物と引き換えなのを忘れるな……暗号表がなければモノもなし、だ」

丹左衛門「分かっている」

情報部員「じゃあ、任せたぜ」

丹左衛門「……」

…数十分後・事務官の私邸近く…

ドロシー「この辺りでいいか?」

ちせ「うむ、充分じゃ」

ドロシー「あいよ……それじゃあ私とアンジェはこの辺りのカフェにでもしけ込んで待ってるから、終わったら拾ってやるよ」

ちせ「かたじけない」

ドロシー「なぁに、気にすることはないって……こういう時は「お互いさま」だろ?」

ちせ「ふ……そうじゃな」

ドロシー「おうよ。それじゃあアンジェ、カルヴァドス(リンゴ酒)でも飲みながら待つとしようぜ♪」

………

…さらに数分後・事務官の私邸…

ちせ「……御免」

フランス警官「ん? なんだ、東洋人の娘か……」

フランス人警官B「この屋敷に用があるみたいだな……おい嬢ちゃん、この家に用事か?」

ちせ「済まぬ、フランス語はからきしなのじゃ……どうか屋敷の方にお取り次ぎを願いたい」

…ふちに金糸の飾りが付いた黒いケピ帽をかぶり、腰ベルトにサーベルと警棒を突っ込んでいる門衛の警官……声をかけてきたちせを見おろすと互いに顔を見合わせ、フランス語で相談し始めた……ちせは脇差の袋を片手に持っているが、二人のフランス人は袋の中身はきっと無害な掛け軸か何かだろうと気にも留めない…

警官「どうやら取り次いで欲しいみたいだな……どうする?」

警官B「別に「邸宅に入れるな」とは言われてないんだから、通してやれば良いんじゃないか? 余計な詮索はしないでさ」

警官「だな……よし、アントレ(入れ)」ぶっきらぼうな態度で顎をしゃくって「通っていい」と身振りで伝える……

ちせ「かたじけない」一礼すると、てくてくと邸宅の中へと入っていった……

警官「……それで、トンズラするまであとどのくらいだ」

警官B「だいたい三十分ってとこだ……」

…同じ頃・事務官私邸の周辺…

丹左衛門「……集まったか」

軍服(洋装)の男「は。「宇田隊」五名全員とも異常なし」

丹左衛門「よし……」

千代「支度はよいな?」

白鉢巻きの女性「……ええ「佐多隊」準備整っております」

千代「よろしい」

…事務官の私邸を取り囲むようなかたちで、フランスの町外れによくある小さな森や古びた農機具小屋といった場所に三々五々と集結している男たち……中には額に白鉢巻きをし、着物の袖が邪魔にならないようたすきを掛けている年若い女性も何人かいる……その一角、千代と丹左衛門がきちんとした態度で報告に耳を傾け、じっと待っている…

………

…事務官私邸…

事務官「ああ、来たか」

ちせ「はっ。夜分遅くに申し訳ござらぬ……」

事務官「構わない……それより、必要なものは」

ちせ「は、携えております」

事務官「結構だ……こんな遅くに夕食でもあるまいから、茶でもどうだね?」

ちせ「ありがたく頂戴いたします」

事務官「なら食堂へ行こう。執務室は隙間風が冷たいし、食堂の方が照明が明るいのでね……おい、茶の用意をしてくれ」日本から連れてきたと思われる小間使いの女性にお茶の支度を命じて、ちせを食堂へ案内した……

………



…カフェ…

給仕「らっしゃい、サ・ヴァ(元気か)?」

地元の農夫「ウィ、サ・ヴァ、サ・ヴァ! エ・ヴ(あんたは)?」

給仕「サ・ヴァ! ビァン、メルスィ(元気さ!ありがとな)」

農夫「そいつは結構だな、いつものくれ」

給仕「はいよ……いらっしゃい、マドモアゼル!」

アンジェ「ウィ」気のない返事をして、店内と外の道路を視界に収めることが出来るカウンター席を手際よく確保する……

ドロシー「ふー……夜になると案外寒いな」

アンジェ「何か飲みましょうか」

ドロシー「ああ、そいつはいい。紅茶かコーヒーか……それともいっそワインかカルヴァドスで腹の中から暖まるって言うのも……」そう言いかけたところて言葉を切った……

アンジェ「……あの男ね、貴女もそう思う?」

ドロシー「ああ。店の外、ベレー帽。茶色いコートの襟を立てているやつ……」

アンジェ「それからテーブル席の船乗り風の男」

ドロシー「お前さんもそう思うか……素人を騙すにゃあの程度で十分かもしれないが、あれじゃあまるで金魚鉢の中のサメだ」

アンジェ「それはともかく、何を見張っているのかしら」

ドロシー「どうやら道路の先……ちせが会いに行った例の事務官の屋敷の方を見張っているようだな」

アンジェ「……話を聞いてみるとしましょうか」

ドロシー「ああ……私が先に動くから、二分ばかり間隔をあけてから出てくれ」運ばれてきたミルクコーヒーをがぶっと飲むと、料金をカウンターに置いて手早く出た……

…店の横手…

ベレー帽の男「くそ、冷えるな……ジュリアンの野郎、店内で見張りだなんてツイていやがるな」夜霧のせいか、足元からしんしんと沁みてくる夜気に耐えようとコートの襟を立て、薄暗い横町で足踏みをしながら道路の先を見張っている……

ドロシー「……よく分かるぜ、監視任務ってのは大変だよなぁ」

ベレー帽「っ!?」背後の暗闇から声をかけられ、コートの下に手を突っ込むと同時に振り返ろうとする……

ドロシー「おっと、そいつはやめた方がいいな……でないと頭が吹っ飛ぶぞ?」銃の撃鉄を起こす小さいけれども緊張感のある「カチッ」という音がした……

ベレー帽「へっ、それでこっちをどうにかしたつもりか。 言っておくが、おれは一人じゃないんだぜ?」

アンジェ「……さっきまではね」どこからともなくするりと現われたアンジェが、発砲しても背後のドロシーに流れ弾が当たらないよう、ベレー帽の男に対して二時の方向に場所を占めた……

ベレー帽「ハッタリだ……そうに決まってる」

アンジェ「そう言うと思って持ってきたわ」足元に何かを放り出したアンジェ……

ベレー帽「……っ!」アンジェが地面に放り出したのは相方の持っていたマドロス(船乗り)パイプで、それを放り出す間も手に持った小さな.320口径のリボルバーはぴくりともしない……

ドロシー「小口径だからって侮らない方がいいぜ? こっちが狙っているのはお前さんの目の玉だから、当たったら鉛玉が脳味噌までかき回していくことになる……さてと、それじゃあ任務について詳しく教えてもらおうか」

………

…事務官私邸・食堂…

事務官「さ、遠慮せず飲みなさい。駿河から船便で届いた茶葉だ……きちんと金属の内張りをした茶箱に入っていたから、風味は落ちていないはずだ」

ちせ「では、ありがたく……」日本を思い起こさせる懐かしい香りが鼻に抜け、渋さの中にほのかな甘みのある味が舌先に広がる……

事務官「茶だけではなんだから菓子もつまむといい……といっても、羊羹くらいしかないが」

ちせ「いやいや、十分じゃ」厚く切られて、角がぴしりと立っている紫がかった甘い羊羹を黒文字(※クロモジ…香木)の楊枝で切って口に運ぶ……

事務官「しかし君のような年端もいかぬ少女が伝書使とはな……暗号表はちゃんとあるんだろうね」

ちせ「無論じゃ、肌身離さず持って参った」

事務官「ならいいが……君がお茶を飲んでいる間に確認させてもらおう」

ちせ「では、これを」

…かんざしを抜き、そこに巻き付けてあった暗号表を広げて手渡した……薄いあぶらとり紙のような紙質をした暗号表は広げるとかなりの大きさになるが、きちんと折りたたむと、それこそちせが食べている羊羹一切れに隠れてしまうほど小さい…

事務官「どれどれ……確かに我が国の暗号表だ、ご苦労だった」

ちせ「うむ」真面目に返事をしつつ、羊羹を切って口に運んだ……

…十数分後・私邸前…

丹左衛門「……よし、門衛はおらんな」じりじりと網を狭めるように邸宅に忍びより、とうとう敷地を取り囲んだ丹左衛門たち……いつもなら正門に詰めているはずのフランス人警官はおらず、正門そのものも大きく開け放たれている……

黒紋付きの男「約束通りのようにございますな……では、どうかお指図を」

丹左衛門「うむ……おのおの方、討ち入りでござる!」

…門前に立った丹左衛門が、歌舞伎「仮名手本忠臣蔵」かなにかのように芝居がかった言い方で宣言する……普通の人間なら気取っているようにすらとられかねない言い回しも、重々しい彼の声で聞くとぐっと引き締まる……丹左衛門の宣言と同時に、横についている一人が合図の手持ち太鼓を打ち鳴らす……同時に目隠しを掛けておいたランタンの覆いが一斉に取り払われ、庭先に赤々と燃える松明が投げ込まれると、邸宅の庭が鵜飼いの水面のように明るくなる…

銃手「ガトリング銃、準備整いました!」

班長「うむ……よーい、てっ!」

…大砲のような車輪付きの銃架に載せられた手回し式ガトリング銃がガラガラと引っ張ってこられ、レンガ造りの邸宅をぴたりとにらむと、指揮官格の侍が黒漆の柄に白毛のついた采配をさっと振り下ろした……合図と同時の銃手を務める洋装の兵がハンドルを回し「ダ、ダ、ダ、ダンッ!」と、邸宅の一階を右から左へ縫うように掃射し始める…

班長「そのまま撃ち続けよ!」

…チカチカと瞬く発砲炎でストロボのように周囲が照らされ、スタッカートのきいた銃声に混じって、命中した銃弾でレンガや窓の砕ける音、それに邸内からいくつかの悲鳴が聞こえた…

丹左衛門「ガトリング銃の斉射完了と同時に各隊は斬り込め! 狙うは政府の走狗のみ、手向かいせぬ限り女子供は斬るな! 書状や書類の類も破棄される前に確保いたせ!」

羽織の男「承知!」

…一方…

ちせ「……佐伯どの、どうも妙じゃ」

事務官「というと?」

ちせ「いや、私が来た時には門衛にフランス人の警官がおったのじゃが……どうも今はおらぬように見える」

事務官「はて、それはおかしいな、交代はまだのはずだ……」食堂の柱時計と自分の懐中時計を見比べて首をひねっている……

ちせ「……それだけではない、この屋敷の周囲に殺気を感じる……それも一人や二人ではないようじゃ」持ってきた脇差の袋を解き、帯に差した……

事務官「言われてみれば、なにやら表が騒がしいようだが……?」今度は邸宅の表でなにやら人声と馬車のような車輪の音が聞こえる……事務官は椅子から立ち上がり、窓辺に近寄って目を凝らした……

ちせ「……っ、伏せるのじゃ!」

…ちせに引き倒されるようにして事務官が床に伏せた瞬間、窓の向こうで銃火がきらめき、同時に窓ガラスが砕け散り、レンガやしっくいのかけらが室内中に飛び散った……柱時計に当たった銃弾で時計が調子外れの鐘を鳴らし、卓上の茶器が微塵に砕け散る…

護衛「佐伯事務官、何事で……ぐわぁっ!」ドアの外に控えていた護衛がピストル片手に飛び込んで来たが、部屋を掃射する銃撃にたちまち蜂の巣になる……

護衛B「どうか床に伏せていてくだ……うぐっ!」もう一人の護衛は腰を屈めて事務官に近寄ろうとしたが、立派な樫材の扉に当たった銃弾が飛び散らした鋭い木片で喉を射抜かれ、床に崩れ落ちた……

事務官「えぇい、何としたことだ! ここに襲撃を加えてくるとは!」

ちせ「これでは身動きもならぬか……無事か?」

事務官「どうにか。とはいえこのままむざむざと暗号書を奪われるわけには……」室内の電灯が割れて消え、銃弾がヒュンヒュンと耳元をかすめる……

ちせ「分かった……おそらく銃撃が止んだら敵が斬り込んでくるはずじゃ。私が囮になって連中と切り結ぶゆえ、暗号書を持って隠れていてくれぬか」

事務官「それでは遅かれ早かれ追い詰められてしまうだろう。この邸宅には裏口があるからそこまでたどり着ければ……」

ちせ「いや、連中とてそのくらいは考えているはずじゃ」そういった矢先に裏口の方でガラス窓が割れる音に続いて、炎が上がる音や物のはぜる音が聞こえてきた……

事務官「……どうやら君の言うとおりのようだ。この邸宅は地下のワイン蔵があるから、私はそこに隠れていることにする」

ちせ「うむ……さ、早く」玄関道の砂利や砕けたガラスを踏みしめる音が次第に近づいて来る中、大使館員はそっと床を這って厨房へ行き、そこから地下室へ続く入り口に消えた……

ちせ「……ふぅ、これで心配事はなくなったの」庭に続く食堂のフランス窓はすっかり割れて大きな入り口になってしまっているが、そこから入ってくる人の気配を感じ取って、ほのかに青緑の光を放つ脇差を鞘走らせつつ「たたたっ……!」と駆け寄った……

太刀を持った男「あっ!」

ちせ「はあぁ……っ!」抜き身を持った男が駆け寄ってくる小柄な影に気付くよりも早く、ちせの「備前兼光・改」が袈裟懸けに相手を斬り捨てた……

太刀の男「うわ……っ!」

ちせ「ふぅ……」

…そのころ・邸宅の外…

ドロシー「……始まっちまったみたいだな、どうする?」

アンジェ「ちせ一人なら切り抜けること自体は出来るはず……だけれど、暗号表や事務官を守りながらとなると厳しいでしょうね」

ドロシー「とはいえ、フランス野郎にもノルマンディ公の配下にも暗号表をくれてやるわけにはいかないぜ?」

アンジェ「それと同時に、私たちの姿を日本政府の事務官に見せるわけにはいかない」

…事務官の私邸へと至る道は左右にこんもりとした小さい森や、ノルマンディ地方特有のボカージュ(果樹園を区切る生け垣)がしげり、接近する二人にとっていい遮蔽物になっていた……事務官の私邸がある方からは夜霧でこもった銃声が長く尾を引いて反響し、事態が容易でないことを再認識させる…

ドロシー「だな……じゃあ「陰ながら援護する」ってことでいいか?」

アンジェ「ええ。屋敷を包囲している連中を後ろから叩けば、少しはちせも楽になるでしょう」

ドロシー「よし、それでいこう」

…数分後・森の外れ…

ドロシー「……なんだ、ありゃあ?」

アンジェ「どうやら東洋の旗指物のようね」

…見張りに見つからぬよう地面を這いずり、小枝を踏まぬよう足元に気を使い、夜露に濡れた二人が邸宅の見える位置にたどり着くと、ドロシーが思わず声をあげた……ドロシーの視線の先、数十ヤードばかり離れた正面の道路や邸宅の前庭には幾何学模様や図案化した動植物をあしらったさまざまな紋を描いた縦長の旗指物が何旒もひるがえり、ちせのような和服姿や一種の軍装と思われる格好をした男女が邸宅を取り囲むように詰めかけている…

ドロシー「それは分かるが、あの紋章はどこのだ?」

アンジェ「あの印なら以前資料で見たことがある……確かあれは「江戸幕府」の紋章だったはずよ」

ドロシー「江戸幕府? そいつは確か当時の日本で「エンペラー」を差し置いて実際の政治を取り仕切っていた「ジェネラル」のことだったよな?」

アンジェ「ええ」

ドロシー「……そんな瓦解してから四半世紀は経とうって連中が、どうしてフランスくんだりで?」

アンジェ「さぁ……いずれにせよ詮索は後回しにしたほうが良さそうね」

ドロシー「違いない。おおかたちせはあの包囲された建物の中にいるに違いないからな……行くぜ?」

…一方・邸内にて…

ちせ「まずは一人片付いたか……」

ちせ「それにしても見事な業物じゃ。刃表に一滴の血も残しておらぬし、豆腐でも切るようにやすやすと斬れた……人斬りに使うなど申し訳ないほどじゃな……」そうつぶやいて壊れたテラスから正門の方を眺めると、そこに広がる光景に愕然とした……

…黒い洋装の軍服に身を包み、前庭へと駆け込むなり石造りの花壇や噴水を盾にとって膝撃(しっしゃ…ひざ立て撃ち)の構えを取るライフル銃の兵、その奥で采配を振るって指揮を執っている羽織袴の侍たち……かたち良く整えられた庭木の周りにはかがり火が焚かれて陣が作られ、何旒もの旗が夜風にはためいている……弾痕もなまなましいレンガの柱からそっとのぞいて旗印を確かめるなり、ちせはさらに驚愕した…

ちせ「あれは、奥羽越列藩同盟の五芒星!? その隣は……葵の御紋!?」

ちせ「それに仙台は伊達の「仙台笹」に、庄内の「姫路剣方喰(ひめじけんかたばみ)」の紋まで……」建物の外に林立している旗指物にはそれぞれ旧幕府軍方についた藩の家紋が染め抜かれている……

ちせ「……これは並々ならぬ事態じゃな」

声「ガットリング銃! 薙射(ていしゃ)、用意!」夜風にのって攻囲陣からの命令が聞こえてくる……

ちせ「まずい……!」

声「てーっ!」

…ちせがふたたび伏せると同時に、ガトリング銃が邸宅の正面を舐めるように蜂の巣にしていく……一階への銃撃が終わると、今度は戻るようにして二階を掃射していき、あちこちにガラスやレンガ、しっくいのかけらが降り注ぐ…

ちせ「このままではじりじりと包囲を狭められてしまうばかり……思案、思案じゃ……」

…屋敷の外周…

ドロシー「……おいおい、これじゃあまるで戦争だな」

アンジェ「それに官憲や軍隊が駆けつけてこないところをみると、あの連中とフランス側で何らかの了解があるとみていい」

ドロシー「どうやらそうらしい……ってことは、フランス野郎も敵ってことだな」

アンジェ「いつもと同じね」

ドロシー「ああ、違いない……とにかくあのガトリング銃を黙らせようぜ。ちせのやつ、あれじゃあ頭も上げられないだろう」

アンジェ「そうね」

アンジェ「それじゃあ私が前衛につくから、援護をお願い」

ドロシー「正直なところ.320口径のピストル一挺で飛び込むなんて身震いするが……ま、なるようになるか」

アンジェ「そう思っておいた方がいいわ。ガトリング銃の側までは敷地の塀を伝って接近できるし、かがり火の灯りもそこまで届いてはいないからぎりぎりまで見つからずに済むはず。あとは銃の周りにいる連中を片付けることだけ考えればいい」

ドロシー「だな……よし、行こうぜ」

…庭先・ガトリング銃の側…

班長「撃ち方止めぇ! 装填手、次弾を装填!」

装填手「はっ!」弾薬箱から細長い箱形弾倉を取り出し、銃本体の上に突き出している空の弾倉と入れ替える……

洋装兵「……すごい威力だな」

洋装兵B「ああ……実際に使われる所は初めて見たが、こいつはすごいな……!」

…世界的にはいささか型落ちになりつつある手回し式ガトリング銃ではあるが、その銃火と発砲音はすさまじく、実戦経験のない洋装の若い護衛兵は銃声で聞こえなくなったぶんだけ大声で話し合い、熱くなった銃身から煙を立てているガトリング銃を感心したように眺めている…

班長「こら、どこを見ておる!」

洋装兵「も……申し訳ありません!」

装填手「……再装填、終わりました!」

班長「よろしい、銃手は指示がありしだい斉射できるよう備えておれ」

銃手「はっ!」



ドロシー「あのキモノに笠をかぶっているやつ、あいつが指揮官らしいな……まずはあいつを片付けよう」

アンジェ「そうね……次が周囲の兵隊、それから銃手ね」

ドロシー「ああ。銃手と装填手を片付けたら私がガトリング銃の向きを変えるから、後はあるったけ撃ちまくれ……よし、行くぞ!」

…ガトリング銃の周囲に立つ洋装の兵がその威力を示してみせた手回し式ガトリング銃をポカンと眺め、腕のルベル小銃がだらりと下がっているのを見るなり、ドロシーはアンジェにささやきかけた……

アンジェ「ええ……!」



班長「む……何奴!?」暗がりから豹のように忍び寄る影に気がつき、大声を張り上げた……

ドロシー「……」パンッ、パンッ!

班長「むぐぅ……っ!」

ドロシー「よし、行け!」

アンジェ「ええ!」パン、パンッ!

洋装兵「かはっ……!」

…暗い森の中を進み闇に目が慣れていた二人に対して、ガトリング銃の派手な銃火やかがり火で目がくらんでいたガトリング銃班の指揮官は接近する影に気がつくのにほんの何秒か立ち遅れた……指揮官が撃たれ、慌てて護衛の兵がルベル小銃を向けようとするが、ドロシーとアンジェがそれぞれ銃弾を叩き込む……むろん、ドロシーの射撃も見事なものだったが、小口径で反動の少ない.320口径リボルバーとはいえ、走りながらの射撃でブレることもなく心臓へと銃弾を送り込むアンジェの技量は驚異的だった…

洋装兵B「うわ……っ!?」

洋装兵C「ぐあ……っ!」小銃を向ける暇もあらばこそ、懐に飛び込むようにして駆け込んでくるアンジェに銃口をそらされ、零距離から二発を浴びた……

銃手「この……うぁっ!」

ドロシー「……そうはいくかよ」銃手本人は丸腰なので、とっさに落ちていたルベル小銃に飛びつこうとした……が、その前に駆け寄っていたドロシーが銃弾を撃ち込み、続けざまに装填手も片付けた……

本陣の声「何事か!」

本陣の声「ガットリング銃班に敵襲じゃ! 迎え撃てぃ!」旗印の林立する場所から、ドロシーたちには分からない日本語で呼び交わす騒ぎが聞こえたかと思うと、たちまち銃弾が飛んでくる……

アンジェ「準備いいわ」

ドロシー「おう、それじゃあやってくれ!」腰を入れて銃架の向きをガラガラと変えると、アンジェに怒鳴った……

アンジェ「……っ!」

…アンジェが真鍮のハンドルを回すと、途端に「ダ、ダ、ダ、ダッ!」とガトリング銃が火を噴いた……ドロシーも洋装兵の持っていたルベル小銃を取り上げると、ガトリング銃のアンジェを狙うライフル兵に向けて応射する…

アンジェ「ドロシー、装填!」

ドロシー「あいよ!」邸宅を取り巻いていた寄せ手にとっては横手からの奇襲になったかたちで、庭のライフル兵や帯刀している侍たちがばたばたと撃ち倒される……

アンジェ「……弾切れ!」

ドロシー「それじゃあおさらばして、あとはちせに任せるとしようぜ!」

…一方・本陣…

丹左衛門「……おおよそ片がついたか」

副官格「はっ、屋敷からの銃撃も途絶えております」

丹左衛門「うむ。しからば兵を送り込んで……」

…かがり火の揺れる明かりに照らされ、大小二本の刀を差して悠然と構えている……と、屋敷の外周を取り囲む塀のそば、明かりの外側に据え付けていたガトリング銃班のあたりがなにやら騒がしい……そう感じた矢先に誰何する大声が響き、銃火がきらめいた…

丹左衛門「……む」

副官格「何事か!」

左翼の指揮官「ガットリング銃班に敵襲じゃ! 迎え撃てぃ!」

…左側に布陣した隊から兵が駆けつけようとした矢先にガトリング銃の銃架がぐるりとこちらへ回され、小柄な人影がハンドルを回し始めるのがちらりと見えた……チカチカと発砲炎が光ったかと思うと同時に断続的な射撃音が響き、ガトリング銃班に向けて駆けだしていた兵や丹左衛門の周辺にいた剣士たちがばたばたと薙ぎ倒された……動作の途中で撃ち倒される兵の姿が、発砲炎で浮き上がるように照らし出され、まるで時間を切り取ったかのように映る…

洋装兵「うわぁ!」

洋装兵B「ぐわ…っ!」

副官格「……っ!」

丹左衛門「橘、無事か?」

副官格「は……腕に跳ね弾が当たりましたが、さしたることは……」

丹左衛門「そうか……しかし、若い者は浮き足だっておるな」

…密約によって軍需品倉庫から「盗難された」形をとって提供されたフランス軍の軍装をまとっている兵は、たいてい実戦経験のない若者ばかりで、庭に展開していたライフル銃隊を始め、左翼の陣営がガトリング銃の掃射であっという間に壊滅したのを見ると、出陣前に干した冷酒と初陣の興奮による勢いもどこへやら、三々五々と逃げ出したり、すっかり怖じ気づいている…

副官格「は、これでは邸内への突入は叶いますまい……如何なさいますか」

丹左衛門「やむを得まい。幸いにして屋敷の抵抗はまばらじゃ……各藩から腕の立つ者を選んで送って事務官の首級を取り、暗号表を確保いたせ」

副官格「はは……っ!」

千代「……丹左衛門様」

丹左衛門「千代か……」

千代「は。私とて剣はいささか心得ております、一人でもいないよりは良いかと。それに……」

丹左衛門「この間連れてきたあの小さな娘か……?」

千代「もし私の予想通りならば、ですが」

丹左衛門「……よかろう。剣士として果たすべきを果たせ」

千代「ははっ、かたじけのうございます」

…邸内…

ちせ「あの銃撃はドロシーたちのようじゃが、なんとも派手じゃな……む」

…なにやら敵方の陣営が騒がしくなったと思った矢先、ガトリング銃が庭先を一掃するのが見えた……アンジェにしろドロシーにしろ、普段はクールに任務をこなし髪の毛一筋残さないというのに、打って変わったような派手なやり口に思わず苦笑するちせ……と、銃声が静まるやいなや、庭先を突っ切って何人かが邸内へと駆け込んでくる…

ちせ「……」脇差に手をやり、飛び込んでくる相手と正対した……

大柄な剣士「む……会津藩士、網代木・伝兵衛(あじろぎ・でんべい)参る!」ごわごわしたあごひげを生やした力のありそうな剣士が、天井の高い立派な邸宅だからこそ振るえる大太刀を構え、真一文字に斬り下ろしてくる……

ちせ「……っ!」たたき割られるように斬られた椅子の脇をすり抜け、広い胸板を切り払う……

剣士「ぐぁぁ…っ!」

短槍の剣士「仙台藩士、片岡・平右衛門(かたおか・へいえもん)!」卓上の茶器をなぎ払いつつ、短槍を振るってくる……

ちせ「おう……!」短槍の下をかいくぐり、流れた相手の身体を両断する……

初老の剣士「新発田藩、剣術指南役……鬼塚・玄蕃(おにづか・げんば)! お相手願う!」

ちせ「うむ、参るぞ!」相手が居合いの構えで太刀を抜くよりも早く、ちせの脇差が片手を飛ばし、返す刀で喉元を切り裂いた……

長身の剣士「松前藩士、藍沢・半平太(あいざわ・はんぺいた)! いざ勝負!」

ちせ「いざ!」二合ほど打ち合ったところで、ちせの一刀が相手を袈裟懸けに斬った……

黒ずくめの老剣士「新撰組隊士、白須賀・雷蔵(しらすか・らいぞう)じゃ!」

ちせ「……来いっ!」歴戦の勇士らしい手強い相手だったがちせの腕前には敵わず、脇差ごと斬り捨てられた……

ちせ「はぁ……はぁ……はぁ……」

ちせ「……すぅ……はぁ」

…さしものちせも立て続けに五人と斬り合った後では息があがり、手脚もわなわなと震えている……ドロシーたちの攻撃のおかげで邸宅への襲撃がしばし小やみになったのを幸い、どうにか脇差を収めると、奇跡的に卓上に留まっていた菓子皿の羊羹をひっつかんで口の中へと押し込み、無理に飲み込んだ…

ちせ「んぐっ、むぐ……」

…羊羹の糖分が身体中に沁みていくような感じがするとともに、どうにか手の震えが収まってくる……と、レンガやしっくいの破片が散乱する前庭を通って、一つの黒い影がすきま風のように食堂へと入り込んできた…

影「ふっ……!」腰の鞘から白い一閃がほとばしり、夜風ではためいている破れたカーテンが裁ちばさみで切ったかのように切り裂かれた……

ちせ「うっ、く……!」ぱっと飛び退き、刀の柄に手をかける……

影「お見事……」

ちせ「……千代どの?」場違いな場所で耳にした聞き覚えのある声に、思わず疑問の響きが混じった……

千代「やはりちせどのでしたか……いつぞやは楽しい一時を過ごせました」

ちせ「う、うむ……じゃが、そのなりは?」先日のお嬢様らしい洋装と違って、五芒星の紋を染め抜いた黒紋付きの羽織袴姿で髪をまとめ、腰には大小二振りの刀を差している…

千代「見ての通り……そちらの暗号表を奪取せんと襲撃を企てたのは我らにございます」

ちせ「千代どのが、なにゆえ?」

千代「話せば長うございます……」

ちせ「千代どのさえ良ければ、私は構わぬが……もっとも、千代どのの同輩方がしびれを切らしたら別じゃが」

千代「その心配は無用かと……ちせどのは短い間とはいえ、私がフランスの地で出会った数少ない朋友ゆえ、かいつまんでお話いたしましょう……我らは『戊辰戦争』において薩長、そして裏で糸を引いていたアルビオン王国に抗い、いずれ再起を図ろうとフランスまで逃れた幕臣たちと『奥羽越列藩同盟』による志士の集まり」

ちせ「奥羽越列藩同盟……!」

千代「いかにも」

ちせ「じ、じゃが……すでに新政府が成立してから二十余年、千代どのは戊辰戦争の時には赤子どころか、まだ産まれてもおらぬはず……その千代どのがいまさら旧幕府方の残党に加わる必要などないはずじゃ」

千代「ちせどのはそうおっしゃってくれますが、そうもいきませぬ」

ちせ「なにゆえじゃ」

千代「……私の祖父は五稜郭の戦いで討死し、生き残った父母はフランス人の軍事顧問に率いられた志士たちと共に日本を去った者たちの中におりました」

ちせ「噂には聞いたことがある……伝習隊(でんしゅうたい)の一部や旧幕府方の兵の中には、新政府への恭順を拒んでフランス人の軍事顧問と一緒に西洋へ渡った者たちがおると……」

千代「いかにも。父母はこの異国の地にあって再び理想を掲げんと、貿易商に身をやつして暮らしておりましたが、十数年前に「どうか宿願を果たしてくれ」と幼き私に頼みながら流行病に倒れたのです」

ちせ「さようであったか」

千代「はい……丹左衛門どのは父の同輩で、私の両親亡き後は父の代わりに私のことを養い、剣術を教えてくださったのでございます」

ちせ「父の教え、それに「育ての父」である丹左衛門どのに対する恩義か……」

千代「さよう。確かに私はこのフランスで生まれ、戊辰戦争を知らぬ。だからとて父母の宿願を果たすこともせず、今さらおめおめと刀を捨てて新政府に下れるものではござりませぬ」

ちせ「しかし……」

…父と刀を交え、あまつさえ討ち取らねばならなかったちせとしては、千代の境遇がかつての自分に重なって見える……二重写しになった千代のことを思い、つい説得するような口調になりかける…

千代「くどい! 我らは幕臣として、また武士として……飢えても新政府の犬にはならぬ!」気迫のこもった声がびりびりと食堂の空気を震わせ、刀の柄にかかった手が冷徹な殺気を帯びる……

ちせ「……っ!」

…千代が青眼に構えた太刀の切っ先は微動だにしない……対して小柄なちせは下段に構えて、守りにくい下半身からの切り上げを狙った…

千代「……」

ちせ「……」

…食堂の床には壊れた家具や建材の破片、それにちせが斬り捨てた剣士たちの身体があちこちに転がり、足の踏み場もないくらいに散らかっている……二人は互いに目線をそらさぬよう注意しつつ、足元を確かめるようにしてすり足で動く…

千代「……はぁっ!」

ちせ「……っ!」

…一歩、二歩と互いに円を描くようにすり足で動きながら相手の隙をうかがっていたが、ある一瞬を見逃さず千代が飛び込んできた…

千代「はっ……!」

ちせ「う……くっ!」刃で受けた斬撃はおしとやかな千代の印象とは異なり重く強烈で、柄を持つ手が脇差を取り落としそうになるほどしびれた……

ちせ「ふん……っ!」

千代「えい……!」ちせが繰り出した下からの払いを飛び退いていなすと、続けざまに斬り込んだ一撃を太刀で払いのけた……

ちせ「たあ……っ!」

千代「む……っ!」

…互いに距離を離すとふっと息をつき、それからまた円を描くような動きとともに必殺の間合いを測るにらみ合いが続く……相手が息継ぎをする瞬間を狙うべく、お互い呼吸を止めて刀を構えたままで、額からはじんわりと汗が滴ってくる…

ちせ「……はぁっ!」

千代「くっ!」

…二人の白刃が交錯した瞬間、ちせの斬撃が千代の持つ太刀の切っ先を二寸ばかりのところで折った……返す刀で行き過ぎる千代の背中に一太刀浴びせようとしたが、それよりも早く千代が振り向きざまに脇差を抜き放ち、ちせの刃をはじいた…

ちせ「むむ……」

千代「……ふ」

…練り込まれたケイバーライト鉱の影響でかすかに青緑色の燐光を放つちせの脇差と、おりしも霧が晴れてきた夜空の月光を受けて青白く光る千代の脇差……

千代「……やぁっ!」

ちせ「……っ!」

…刃が触れあって「ピィィ……ン!」と透明な音を残し、互いに行き過ぎた二人……ちせは腰を入れて振り抜いた構えのまま息をつき、千代はがくりと片膝をついた…

ちせ「千代どの……!」脇差を鞘に収めると、ずるずると崩れ落ちた千代のもとへと駆け寄って抱き起こし仰向けにした……

千代「……ふふ、お見事」

ちせ「かたじけない」

千代「いえ、最後のは実に素晴らしい一撃でした……私も鍛錬を積んでいるつもりでしたが、これも慢心というものか……」

ちせ「いや。千代どのの太刀さばき、見事なものじゃ……父を……見ているようであった」

千代「さようですか……嬉しい事を言ってくれます」先ほどまでの殺気はすっかり失せて、褒められた子供のように純粋な笑顔を浮かべた……

ちせ「うむ……」

千代「私の脇差は貴女に譲りましょう……これだけの使い手にもらわれれば刀も喜ぶ」

ちせ「かたじけない」

千代「それと、折れた太刀と小柄は……私と一緒に……」

ちせ「……承知した」

千代「わ、わたくしは……最後まで……志士として……」

ちせ「うむ。立場こそ違えど、その振る舞いは立派なものじゃ……」

千代「良かった……」そのまますぅっと力が抜け、ちせの小さな身体に沈み込むようにして目を閉じた……

ちせ「……」

…庭先…

副官「丹左衛門どの、霧が……」

丹左衛門「承知しておる……それにフランス側の足止め工作もそろそろ時間切れのようだ」遠方から呼び交わす声や敷石に響く足音が聞こえてくる……

副官「いかがいたします?」

丹左衛門「仕方あるまい。お主たちは事前の手はずに従って衣服を替え、ふたたび潜伏せよ……いつかまた、再起を図る機会も訪れよう」

副官「ははっ……それと、千代も戻りませぬが」

丹左衛門「うむ、あの「ちせ」と申す娘、やはり大したものであった。あれだけの相手と刃を交えることができて、千代も剣士として満足であろう……それから最後に、介錯を頼みたい」

副官「……ははっ!」

丹左衛門「……さて」能舞台のように揺らめくかがり火に照らされた庭先で、きちんとした所作で羽織を脱ぐと小柄に懐紙を巻いた丹左衛門……介錯を頼まれた副官と、もう二人の志士が見届け役として控える……

丹左衛門「では、参るぞ……!」

副官「ふん……っ!」丹左衛門が真一文字に腹を切るのと同時に、後ろに立った副官が首筋へ太刀を振り下ろした……

副官B「……見事なものであったな」

副官「いかにも。丹左衛門どのは最後まで立派な方であった……」

………

…しばらくして・集合地点…

ドロシー「戻ったか」

ちせ「うむ……」千代の形見の脇差を手に、車へと乗り込んできたちせ……用心は怠りないが、その表情にはもの悲しげな雰囲気が混じっている……

アンジェ「……ドロシー、霧が晴れてきた」

ドロシー「分かってる」

アンジェ「それと、フランス側と例のサムライたちが手はずしておいた猶予の時間も過ぎたようね……近くの駐屯地から動員された兵隊が道路を塞ごうとしているわ。見とがめられる前に離脱しないと」

ドロシー「ああ……任せておけ。アンジェ、こいつをちせに着せてやってくれ」

アンジェ「ええ」ドロシーがトランクから引っ張り出した衣装の中から子供っぽいフリルのついたガウンやスカート、リボン付きのボンネットを手際よく着せていく……

ちせ「……これはなんじゃ?」

ドロシー「いいから任せておけ。お前さんは黙ってりゃいい……アンジェ?」

アンジェ「サ・ヴァ」

ドロシー「よし、それじゃあ行こう」ドロシーはお抱え運転手らしいチョッキと上着を着て、フランス人らしいベレー帽を目深にかぶった……

…道路上…

兵士「おーい、停まれ!」森を抜ける田舎道に兵士が四人ばかりと、指揮官らしい軍曹が一人立っている……道端には叉銃(さじゅう)の状態で立ててあるルベル小銃が三挺ほど置いてあり、一人の兵士が小銃を持ち、もう一人の兵士が大きく手を振りながらドロシーたちの乗用車を停める……

ドロシー「……アンジェ」

アンジェ「一体何ですの!? わたくしは急いでいるのです!」兵士に車を停められるやいなや、後部座席から気難しい声を出したアンジェ……日頃から「チェンジリング」でプリンセスと入れ替わり、気位の高い貴族たちと接することも多いアンジェとしては、それがフランス人であっても物真似などたやすい……

兵士「は、あの……」

アンジェ「あなたでは話になりません、一番偉い人を連れておいでなさい!」

兵士「は、はい……軍曹どの!」相方の兵士に見ているよう頼むと、木陰にいた軍曹の元へと駆け寄って、なにやら説明している……

軍曹「失礼します……ボンソワール、マダム」ノルマンディ飛び地を支配しているアルビオン王国の協力者であるフランス亡命貴族や王党派、それにいやいやながら参加している地元のノルマンディ人でなる傀儡政府「フランス王国」陸軍の制服をまとった軍曹が丁寧に挨拶した……

アンジェ「あなたがこの隊の指揮官ね? わたくしは急いでいるのです。何の検問かは存じませんけれどね、早く通して頂戴!」

軍曹「は、マダムの仰せとあればすぐにでもそうしたいのですが……なにぶん大尉殿から「道を行く車や馬車は全てこれを検索せよ」との命令を受けておりまして……」

アンジェ「……わたくしからその「大尉殿」に、あなたの共和主義者のような態度を伝えてもよろしいのよ?」

軍曹「いや、滅相もありません! ……後部座席の方はお子様でいらっしゃいますか?」

アンジェ「ええ、そうよ。旅先で熱を出してしまったから市街のお医者様のところまで急いで連れて行くところなの……分かったなら早く通しなさい」

軍曹「はっ、ただいま! ベルトラン、道を空けろ!」

ドロシー「くくくっ……アンジェ、お前さんスパイで食えなくなったら芝居に出るといい。まるでホンモノだったぜ♪」検問を通り過ぎると、ドロシーがからかった……

アンジェ「このくらい当然よ……」

…翌朝・港…

高級船員「はい、では確かに……どうかお足元にご注意下さい」

ドロシー「ええ、ありがと♪」

…アルビオン王国の一部である「ノルマンディ飛び地」からアルビオン王国本土へと向かう旅客が通過しなければならない「出国」審査を済ませ、船のタラップを上ったドロシーたち……船の高級船員も、プリンセスも通っている名門校「クィーンズ・メイフェア校」の制服を着ているドロシーたちを下へも置かず、あれこれと気を使ってくれる…

高級船員「それと、お手回りの品をお嬢様方が持って行く必要はございません、ボーイに運ばせますので」

ドロシー「まぁ、ご丁寧に……それじゃあこれ、取っておいて♪」いかにも遊び慣れている貴族の令嬢らしく、手際よくそれなりのチップをつかませる……

高級船員「ありがとうございます、ご学友さまの荷物もご一緒でよろしいですか?」

ドロシー「ええ、お願い……それにしても昨日、一昨日と霧のせいでお船が出られなくて困ってしまったわ」

高級船員「女心とドーヴァーの霧ばかりは予想がつきませんからね……おっと失礼♪」

ドロシー「ふふ、その様子だと予想がつかなくて困ったことがあるみたいね?」

高級船員「いやはや、これは一本取られました……そろそろ出港ですが、今日はべた凪ぎで快晴ですから、ドーヴァーの白い崖もよく見えますよ」

ドロシー「ありがとう、なにか欲しいものがあったらボーイさんを呼ぶわ」

高級船員「ええ。それでは良い船旅をお楽しみ下さい♪」

………

…船上…

ドロシー「おー、見えてきた見えてきた♪」

ちせ「……きれいなものじゃな」

…彼方に霞んでいた青っぽい陸のシルエットが次第にくっきりと鮮明になってきて、やがて左舷側に「ドーヴァーの白い崖」や、岸辺に寄せる波頭が見えてくる……また行き過ぎる旅客船や沿岸漁業の小さな漁船、上空でのんびりと浮かんでいるように見える飛行船なども視界に入る…

ドロシー「そうだろう? この景色だけはいつだっていいもんさ♪」隣に立つとちせの頭に手を当てて、髪をくしゃくしゃにするような具合に撫で回した……

ちせ「むぅ、そう子供扱いするでない……」ドロシーの手を払いのける……

ドロシー「まぁまぁ。そうだ、サロンでお茶でも飲むか」

ちせ「ふむ、お茶か……菓子はでるじゃろうか?」

ドロシー「ああ、出るさ。もっとも海峡横断の定期船だ、そこまで大したものは出ないがな」

ちせ「いや、それは構わぬ……ときにアンジェどのは?」

ドロシー「やっこさんとはできるだけ入れ替わりで船室を空けることにしているんでな……お茶を終えたら、交代してやらなきゃ」

ちせ「なるほど」

ドロシー「で、行くか?」

ちせ「うむ、参ろう」

ドロシー「よし、決まりだ」

…しばらくして・船室…

ドロシー「アンジェ、交代だ……茶でも飲んでこいよ」

アンジェ「ええ、そうする」

ちせ「……のう、一つ聞きたいことがあるのじゃが」

ドロシー「んー?」

ちせ「別にお茶だったらサロンで飲まずとも、ルームサービスで持ってこさせてもよいのではないか? わざわざ船室を空ける必要もないじゃろうに」

ドロシー「確かにルームサービスでボーイを呼びつけたっていいさ……ただ、今日は好天で乗客はみんなサロンに行ったり甲板(デッキ)に出たりしている……ましてや元気いっぱいで、まだまだ船旅の経験も少ない……つまり、船上で見るものや聞くものに興味津々な女学生ならなおさらだ……」

ちせ「……つまり、船室に閉じこもっているとかえって不審に思われるということか」

ドロシー「ご名答♪ だからわざわざ船員に到着時間を聞いてみたり、今いる場所がどこの沖なのか聞いてみたりしたわけさ」

ちせ「なるほど……」

ドロシー「それより、あと二時間もしないうちに港に入る……ノルマンディ飛び地での「出国」審査はわりかしおざなりだが、ロンドン港での「入国」審査はフランスからの密輸品なんかを取り押さえる目的もあってけっこうキツいぞ。どうやるかは聞かないでおくが、お前さんの刀とか、引っかからないように手はずを済ませておけよ?」

ちせ「その辺の準備は万端じゃ……ドロシーたちこそ「大事な書類」を運んでいるのじゃろう?」

ドロシー「まぁな、そこは上手くやるさ」

アンジェ「……ドロシーからすれば「書類(ペーパーズ)」よりも「筆記試験(ペーパーズ)」の方が怖いでしょうし、ね」

ドロシー「おいおい、戻ってくるなりずいぶんなご挨拶だな」

アンジェ「それはそうでしょう……それとも、今度のラテン語のテストは満点を取れる自信があるのかしら?」

ドロシー「ははっ、あんなものは「ファーム」のテストに比べたらちょろいもんさ……」

アンジェ「くれぐれもカンニングなんて馬鹿な真似はしないでちょうだいね」

ドロシー「ちっ、この私がそんなくだらないことするかよ……そんな暇があったら職員室に忍び込んで答案をすり替えるさ♪」

アンジェ「あきれた……」

ちせ「むむむ、ラテン語か……あれは全く手に負えぬ」

ドロシー「ははっ、ちせもラテン語はだめか♪ ま、たいていの学生はみんなあいつで青息吐息だからな、ちせ一人じゃないさ」

アンジェ「いざとなったら私やプリンセス、ベアトリスがつきっきりで教えるわ……落第なんてされたら困る」

ドロシー「確かにな」

アンジェ「ええ、なにしろ悪い見本が目の前にいるもの」

ドロシー「……おい」

アンジェ「さぁ、そろそろ入国審査の準備に取りかかりましょう」

………

…ロンドン港…

船員「またのご利用をお待ちしております、お嬢様方」

ドロシー「ありがとう……さーて、港の様子は……っと」船を降りる舷梯(タラップ)からさりげなく視線を走らせる……

税関職員「行ってよし、次の方!」

ドロシー「……おーおー、相変わらず雁首並べていやがるなぁ」

アンジェ「別に検査の人員が多かろうが少なかろうが、いつも通りに振る舞えばいい」

ドロシー「まぁな、別にやましいものがあるわけじゃなし」

…マルシェで合い言葉を言って素性の分からないティーカップを受け取ったドロシーとアンジェだったが、たとえ「入国審査」で引っかかったとしても「あくまでもティーカップを買っただけ」と言い抜け、他のことについては知らぬ存ぜぬを通すつもりでいる……貴賓室や一等船室の貴族や上流階級は船内でごく丁寧に、それ以下の一般船客は身分や階層ごとに時間を分けて船を降ろされ、列に並んで検査を受ける…

ちせ「落ち着いたものじゃな……」

ドロシー「当然さ、焦ったところでなんにもならないからな」

税関「次の方!」

アンジェ「来たわね……はい」

税関「では、旅券を拝見」

アンジェ「どうぞ」

税関「旅の目的は?」

アンジェ「連休を使っての観光旅行です」

税関「……申請したときと、実際にノルマンディ飛び地にいた日数が異なるようですが?」

アンジェ「ええ。本当は昨日には帰ってくるつもりだったのですけれど、一昨日からの霧で海峡横断の船が欠航になってしまったものですから……電報は打ったのですが、きっと学校の先生に怒られてしまいます……」

税関「なるほど……荷物はこれだけ?」

アンジェ「はい、これだけです」

税関「なにか持ち込み禁止の品であるとか、規定を超える額になる金や宝石、高級酒、工芸品、織物等は入っていませんね?」

アンジェ「入っていません」

税関「では職員が荷物を開けます……メアリー、頼む」きっちりした感じのひっつめ髪にした女性職員がトランクを受け取ると、最低限の配慮として他の旅行者からは見えないように囲いの陰で蓋を開け、中身を確認する……

女性職員「これは?」

アンジェ「船酔いに備えて買ったコニャックです」

女性職員「なるほど、規定量以下ですね……それからこれは?」

アンジェ「学校の友達にあげるお土産で買ったレースのストッキングです」同性とはいえ他人に下着や寝間着をあらためられるのは恥ずかしいとばかりに、年相応に恥ずかしげな様子で顔をうつむけた……

女性職員「ふむ、まぁいいでしょう……ん?」

アンジェ「なにか?」

女性職員「ええ、これはなんですか」荷物を戻してふたを閉めかけたところでトランクの口を開け直し、急に興味を持ったような口調で問いかけた……

アンジェ「えっ、あぁ……それならマルシェで買ったお土産です」

…それはアンジェが自分の手のひらのようによく知っている入国管理局や税関特有の手口で、一旦検査が終わりかけたように見せかけたところで急に何かに興味を持ったような口調で問いかけ、やましいところのある人間がぎくりとするかどうかの反応を見る一種の「ひっかけ」だった……しかし年若くとも一流のエージェントであるアンジェがそんな子供だましに引っかかるわけもなく、それらしく適度に驚きつつも「まだ続くのか」という困惑を少し込めた、ごくさりげない反応をしてみせた……

女性職員「開けさせていただきます」

アンジェ「どうぞ」木箱に入っているティーカップを取り出し、裏の刻印や箱そのものをひとわたりチェックする……

女性職員「なるほど……結構です」

税関「はい、どうぞ」旅券に仰々しいハンコを押すとアンジェに返した……

アンジェ「ありがとうございます」

税関「どういたしまして……はい、次の方!」

ドロシー「はーい」

………

…プリムローズ・ヒル…

アンジェ「……隣、よろしいですか?」

7「ええ、どうぞ?」

…リージェント公園を抜け、小高い丘になっている公園「プリムローズ・ヒル」のベンチに座っている「7」の隣に腰かけたアンジェ……周囲は眺望がよく、煙突の煤煙やボイラーのパイプから漏れる水蒸気で煙っているロンドン市街が一望できる……つばの大きい婦人帽にピクニック用のバスケット、手に小さな望遠鏡を持った「7」はいい空気を吸いに来た中産階級の婦人といった雰囲気で、大きなバッフル(ふくらみ)のついたスカートがベンチに広がり、短い上着と胴衣をまとっている……かたわらにはたたんだ日傘も置いてあり、それがベンチの座面をいくらか隠している…

7「……それで、受け取ってきた?」

アンジェ「持ってきたわ」

…アンジェがティーカップの箱を置くと7が日傘を動かし、下に隠すようにしてからティーカップの箱を受け取った……日傘の陰にはもう一つ同じ箱があり、アンジェがそれを受け取って鞄におさめた…

7「ご苦労様、後で詳細な報告をお願いね。それと、チョコレートはあげるわ」

アンジェ「ええ……」7がバスケットから取りだしたチョコレートを受け取ると、しばしの間ロンドン市街を眺め、包み紙をむいてチョコレートをかじった……

…同じ頃・自然史博物館…

L「……それで、現地でなにか変わったことは?」

ドロシー「ああ。ちせが情報の受け渡しを行った大使館職員の私邸が旧幕府方の侍たちに襲撃を受けた」

…アンジェが情報を受け渡している間にデブリーフィング(状況報告)を済ますべく、再び博物館へとやって来たドロシー……手元には図録とレポート用紙があり、ときおり説明板の文書を書き写したり化石のスケッチを取りながらひとり言をつぶやくようにして「L」に報告を行う…

L「旧幕府方か……続けてくれ」

ドロシー「成りゆきで私とアンジェも介入する事になっちまったが、顔を見た相手はしゃべれないようにしてきた……それよりも、ノルマンディ飛び地でフランス情報部が活動できたというのが気になる」

L「というと?」

ドロシー「正直、ノルマンディ公配下の防諜部が目を光らせている中で、カエル(フランス人)の連中があんな勝手に振る舞えるとは思えない。現地の「フランス王国軍」とも繋ぎをつけているようで、駐屯地から数マイルもないところでドンパチが起こっているのに二時間以上も兵隊を展開させる様子がなかった」

L「……それで?」

ドロシー「こいつはただの推論だが、もしかしたら王国の連中とカエルの間で何かの取引か密約でもできたのかもしれない」

L「なるほど……他には?」

ドロシー「日本政府の新暗号だが、ノルマンディ飛び地で受け取ったのは佐伯っていう事務官だ。暗号表の文字列はアンジェがのぞき込む機会があったから、見えた部分に関しては書き写して渡す」

L「ふむ、重要な手がかりだ」

ドロシー「ああ、そうだろうな……」

L「……友人の属している政府を探るのは気に入らないか?」

ドロシー「なにを今さら……そんなきれいごとが言えるような純粋さはとうの昔に無くしちまったよ」

L「確かに汚いやり方だとは思う……だが、これも仕方のない事なのだ。こんなことをせずに済むのなら私だってそうしたい」

ドロシー「よく言うよ……ところで話は変わるが、あっちから戻ろうって日に海峡の霧で船が欠航になってね。延泊することになっちまったから、その分の宿代その他もろもろを予備費から出してくれ」

L「分かっている、気象予報はこちらにもあるからな……いつもの銀行に振り込んである」

ドロシー「そりゃあどうも」

L「ああ……ところで学業の方は?」

ドロシー「一日欠席しちまったからガミガミ言われたが「霧ばかりはどうしようもありませんので」って言ってやったよ」

L「ふむ」

ドロシー「これにはさすがの先生方も文句の付けようがなかったらしくてね……それで「明後日までに任意のレポートを書き上げてくること」って課題を出されたわけだ」

L「では、いい機会になったな」

ドロシー「ああ。おかげさまで恐竜だのシダ植物だのに詳しくなれそうだ」

L「結構だ。世の中、どんな知識でも役に立つ……特にこの世界ではな。とにかくご苦労だった」すっと離れて、そのまま歩き去った……

ドロシー「ああ……」

ドロシー「……化石か。あの「サムライ」たちも古くさい矜恃だの義理だのに縛られて化石になっちまってたってわけか」

ドロシー「もしかしたら、いずれ私もお前さんたちみたいになるかもしれないが……だが今のところ、まだそのつもりはないんでね」

ドロシー「それじゃあな、アンジェのご先祖さん♪」蜥蜴の化石に向けて小さな声で話しかけると、足取りも軽く博物館の出口へと向かっていった……

…case・プリンセス×ベアトリス「A girl who wants to become a spy」(スパイになりたがった娘)…

…とあるネスト…

ベアトリス「……」パンッ、パンッ!

ベアトリス「ふぅ、終わりました……ドロシーさん、見てもらえますか?」ベアトリスの小さな手が撃ちきった.380口径リボルバーを下ろし、耳当てを外してドロシーに声をかけた……

ドロシー「うん、なかなか良くなってきたじゃないか……引き金を引くときにおっかなびっくりだったり、目をつぶったりすることもなくなってきたしな」

…幾何学の授業で使うコンパスや定規で作図した的紙には、きちんとした弾痕が残っている……弾着は以前よりもずっと中心にまとまっていて、中の一発はまぐれかもしれないがブルズアイ(中心点)を射抜いている…

ベアトリス「そうですか?」

ドロシー「ああ、訓練のたびに成長が見られるだなんて大したもんさ」

ベアトリス「えへへ……なんだか照れちゃいますね///」

アンジェ「ドロシー。やる気を出させるのは結構だけれど、あまりおだてすぎるのは考え物よ」

ドロシー「そういうなよ、たったこれだけの期間でここまでやれれば結構じゃないか」

アンジェ「そうは言ってもいざというときに相手をすることになるのは経験を積んだ公安部や防諜部のエージェントなのよ。特にノルマンディ公の部下は練度が高い、軽い気持ちでは困る」

ベアトリス「はい……」

ドロシー「なぁに、ベアトリスだってそれくらい分かってるさ……そうだろ?」

ベアトリス「そのつもりです……」

ドロシー「アンジェがああ言ってるからってそうしょげることはないさ……ベアトリス、私はお前さんには正面切ってのドンパチをやってもらおうなんて思っちゃいない。普段はあくまで無害なお付きの女の子をやっていてくれればそれで結構だ……そして、お前さんがティーカップしか扱えないと思っている連中がうっかり背を向けたとき……その時はお前さんが不意を突き、その間抜け野郎にとって年貢の納め時ってわけだ」

ベアトリス「なるほど」

ドロシー「分かったらもう一回だ。引き金は滑らかに絞るように……ガク引きすると弾詰まりを起こすからな」

ベアトリス「はい」

…しばらくして…

ベアトリス「そういえば、どうして私たちの銃はリボルバーなんですか?」

ドロシー「そうだな……確かに内務省の連中はボーチャード(ボルヒャルト)ピストルみたいなオートマティック・ピストルを使っちゃいるが、ああいうのは基本的に大きいから隠すのに向いてない」


(※ボーチャード・ピストル…1890年代に開発された「世界初」とも言われる実用的なセミ・オートマティックピストル。強力な7.65×25ミリ口径の軍用弾薬を用いる大型のピストルで、トグル(「尺取り虫」式)アクションで作動するが、全体的に大きすぎ、また複雑なトグルアクションは製造が面倒で、実用の上でも弾詰まりを起こしやすかったため成功しなかった。のちに改良を加え弾薬を7.65×21ミリ口径に変更した1900年の「ルガー・パラベラム・ピストル」やその系列に繋がる9×19ミリ(9ミリパラベラム)口径の名銃「ルガーP08」が生まれたが、これらもトグルアクションの構造がたたって故障が多かった。)


ベアトリス「そうなんですね」

ドロシー「ああ。それにボーチャード・ピストルは口径がデカすぎるから銃声も大きいし、構造も複雑で弾詰まりを起こしやすいんだ……それでいけば、ダブルアクションのリボルバーなら一発撃発しなくても引き金をひけば次の弾が送られてくるからな。二発続けて不発なんて不幸があったら、その時は運に見放されたと思って諦めるんだな」

アンジェ「そういうことね……さあ、後片付けをしたら帰りましょう」

…別の日・部室…

ドロシー「……さて、今回のは楽な任務だ。他の任務の間に片手間でできるし、寒かったり汚かったりってこともない」

ベアトリス「なんだか嘘くさいですね」

ドロシー「おいおい、失礼なやつだな……私が嘘をついたことがあるかよ」

ベアトリス「……」

ドロシー「ほほう、その様子じゃ信用してないな?」

ベアトリス「それはそうですよ。今までだって高いところから飛び出したり、冷たい屋根の上で腹這いになって一晩見張りをしたりと、ずいぶんな目にあっているんですから」

ドロシー「それもエージェントの仕事さ……」

プリンセス「そうね、自分が身を置くまではもっとずっと活劇的なものだとばかり思っていたから、こんなに地味で大変だとは思ってもいなかったわ」

ドロシー「さすがはプリンセス、よく分かっていらっしゃる」

プリンセス「お褒めにあずかり恐縮ですわ……それでドロシーさん、任務の内容は?」

ドロシー「そうだった、そいつを説明しないとな……♪」

ドロシー「……さて、以前調べたから分かっていると思うが、この「クィーンズ・メイフェア校」には学生、教職員を問わず王国のエージェントや連絡員、あるいは低級の情報提供者がうようよいる」

ドロシー「そいつらが王国公安部にくみしているのは単純に「プリンセスのお為になる」と思って自発的に協力しているやつから、さまざまな不品行をネタに脅されてやっているやつ、ちょっとした小遣い稼ぎや王国に媚びを売りたいがためにやっているやつまでさまざまだ」

プリンセス「確かにそういう人は結構いるわね……それで?」

ドロシー「当然ながらこちらとしてもそれを黙って見ているつもりはない……目には目を、スパイにはスパイを……つまり、こちらの味方になりそうな連中を探し出すんだ。以前も講師や生徒から何人か探し出したんだが、いつ使えなくなるか分からないしな」

ベアトリス「……それってつまり、協力者のスカウトをするって言うことですか?」

ドロシー「ある程度はそうだが、正確には違う……私たちはこれっていう人間に目を付けて観察しいくらか話してみて、ものになりそうだったら味方に知らせるだけだ。スカウト自体はそれ専門のエージェントや協力者がやる」

ベアトリス「あの、それだとスカウト役の人がわざわざ接触しなくちゃいけないですし、もし監視されていたら危険じゃないですか? 学校の中にいる私たちが声をかけた方が見つかる危険度も少ないような気がしますけれど……」

アンジェ「……私たちはエージェントであって、素性を知られるわけにはいかない。もしこちらがスカウトしようとした相手がこちらの話に乗ってこず、かえって王国側に通報したらどうなる?」

ベアトリス「あ……」

ドロシー「そういうことだ。スカウトは使い捨てのできるカットアウトから始まり、何重もの調査をパスしてようやく情報部のエージェントが「面接」することになる。ちょっとお茶でもいかがですか……ってな具合で誘うわけにはいかないのさ」

プリンセス「では、私たちがするべきなのは王国に反感を持っていたり、共和国に親近感を持っている人を探すということね?」

ドロシー「おっしゃるとおり……ほかにも脅せるようなネタを手に入れたり、金で転ぶような相手だっていい。私やアンジェと、プリンセスやベアトリスでは知り合いやクラスメイトが違うから、急になれなれしくしたりしたり話しかけたりしたらおかしいし「一つのカゴに全部の卵をいれない」ように細分化する必要もあるから、そっちはそっちで探してみてほしい」

ベアトリス「なるほど、それはそうですね」

アンジェ「……もっとも、金で動くような人間はあまり欲しくはないけれど」

プリンセス「どうして?」

ドロシー「ああ、そいつは情報部における鉄則の一つでね「金で転ぶ人間はより高い金で敵方に転ぶ」……つまり信用できないってわけさ」

プリンセス「なるほど」

ドロシー「付け加えるなら理想に燃えるようなタイプもダメだ」

プリンセス「そうなの?」

ドロシー「ああ。そういう高潔な連中は汚れ仕事の多いこの世界には向かないし、口先だけの理想主義者も多いんでね……肝心な時にビビって使い物にならなかったり、捕まって簡単に情報を吐いちまうような人間はむしろ迷惑だ」

プリンセス「難しいのね……」

ドロシー「だから情報部はいつも手不足なのさ……腕の立つ人間がいたらそれこそすっ飛んでくるね」

ベアトリス「でも、そんなに条件が多いと探すのも大変そうですね」

ドロシー「まあ、別にレジデント(駐在工作員)や特殊工作員の候補になるような人間を探したいわけじゃないんだ、そこまでうるさくは言わないさ」

アンジェ「あくまでもちょっとした目や耳、あるいはこちらが必要な時にちょっとしたものを用立ててくれる程度の人間が欲しいだけ」

ドロシー「そういうこと。監視任務に就きたいとき書き取りの宿題を代わりにやってくれるとか、食堂からスコーンをくすねてきてくれるような「お友達」ってわけさ」

プリンセス「ふふっ、それだとなんだかイタズラ仲間みたいね♪」

ドロシー「まぁ、そんなところかな……来週のこの時間にまた集まるつもりだから、目星がついたらその時に報告してくれ」

プリンセス「ええ」

ベアトリス「分かりました」

アンジェ「それと成果はなくても構わないから、あんまり露骨な誘い方はしないように。校内にうろついている王国側のネズミに嗅ぎつけられたら、それこそ目も当てられない」

ベアトリス「気を付けます」

………

…翌日・図書室の本棚の陰…

ベアトリス「……」

女生徒A「もう、嫌になっちゃうわ……わたくしのお父様ったらお小遣いを全然くださらないの。お出かけもしたいし、新しいドレスも欲しいのに……」

女生徒B「それよりもあの寮監先生ってば、憎たらしいったらありゃしない……ちょっと消灯時間を過ぎてからベッドの中でお友達とおしゃべりしていただけなのに、まるで叛逆の企てでもたくらんでいたみたいに柳のムチで手を叩くんですもの……まだ手の甲がヒリヒリするわ」

ベアトリス「……」あちこちで交わされる噂話やおしゃべりにさりげなく聞き耳をたて、これと言った人間がいないか探って回る……

女生徒A「ほんと、まだ赤いのが残ってるじゃない……」

女生徒B「ね、まったくツイてないわ……」

ベアトリス「……うーん、あの二人は違いますね」

………

…別の日・自習室…

長髪の女生徒「プリンセスとご一緒出来るなんて光栄ですわ」

三つ編みの女生徒「ええ。同じ学校とは言え、普段はなかなか気軽にお話するという訳にも参りませんから……」

プリンセス「あら、どうして?」

長髪「それは……」

プリンセス「おっしゃらないで? わたくしも自覚はしておりますから……常日頃から警護官が影のようにつきまとい、ことあるごとに睨んでいるようでは、皆さんも級友として親しくお付き合いするというのは難しいでしょう?」

三つ編み「え、ええ……」

プリンセス「けれどご安心なさって? 今は学校の中、学業に励んでいるわたくしたちを止め立てする警護官はおりませんから……ね♪」親しみやすい気さくな態度で、可愛らしい唇に指を当てた……

長髪「は、はい///」

三つ編み「///」

プリンセス「さぁ、間違っている所があったら遠慮せずに教えて下さいね?」

長髪「はい……っ♪」

…まだ年若いとはいえ、王位継承権を持つ王族の一人として外交の舞台に立つことも多いプリンセス……したがって場の空気を和ませたり相手の警戒を緩める人心掌握術、それにさりげなく本音を聞き出し、不都合な質問をはぐらかす会話術なども叔父である「ノルマンディ公」から帝王学の一環として叩き込まれていた……幼い日のアンジェと入れ替わってから何年も経ち、かつて涙をこらえて責任からくる重圧に耐え、化粧室で見つからないよう嘔吐しながら身に付けてきた学問の数々を、いまや自分とアンジェの未来のために使いこなす…

三つ編み「あの、プリンセス……ここの回答では「est」を使うべきかと思いますが……」

プリンセス「まぁ、わたくしったら恥ずかしい間違いをしてしまいましたね。 でも、ミス・キーガンのおかげでラテン語の先生に怒られずに済みますわ♪」

三つ編み「いえ、私なんて……///」

プリンセス「そうおっしゃらないで、自分の才能を卑下することはありませんわ♪」

三つ編み「あ、ありがとうございます……///」

…しばらくして…

プリンセス「まぁ……ふふっ、そのようなことがあったのですね♪」

三つ編み「そ、そうなんです……///」

長髪「私も近ごろの政策には感心致しませんわ……あ、いえ、これは決してプリンセスと王家の方々を批判しているのではなくて……///」

プリンセス「大丈夫、分かっていますよ……わたくしも確かにアルビオン王国の人間ではありますが、だからといって議会でも何でも思い通りに出来るものではないのです」少し淋しげな雰囲気をにじませる……

三つ編み「心中お察し致します、プリンセス……」

長髪「それにしてもあんまりというものですわ。プリンセスをまるで外交の道具か何かのように……」

プリンセス「わたくしのために憤慨して下さって嬉しく思いますわ……でもわたくしったら、お二人が親しくお話して下さるものですから、つい国の政策について批判めいたこと……今のやり取りは内緒になさって下さいね?」

…おしゃべりな人間ならつい誰かに漏らしたくなるような……しかし、脅威とは取られないようごく小さな批難めいた言葉を発して、二人の口が堅いか、また王国側の情報提供者でないかかまをかける…

長髪「ええ、お約束します」

三つ編み「私も、決して他言はしません」

プリンセス「ありがとう♪」

長髪「私でよければいつでもご用をおっしゃって下さい、プリンセス」

三つ編み「私もです、プリンセスのお役に立つようなことがあったらいつでもおっしゃって下さい」

プリンセス「その言葉だけで嬉しく思います……本当にありがとう」

長髪「あぁ、いえ……そんな///」

三つ編み「///」

プリンセス「……あら、わたくしったら……お二人との話が楽しいものですからすっかり手がお留守になってしまいました。さぁ、勉強の続きをいたしましょう」

三つ編み「そ、そうですね……///」

長髪「え、ええ……次は代数の問題をいたしましょうか」

プリンセス「はい♪」

…数日後…

アンジェ「それじゃあ中間報告を聞きましょうか……ベアトリス、貴女から」アッサムのティーカップを前に手を組み、じっとベアトリスを見つめた……

ベアトリス「えぇーと……私が見聞きした限りで「これかな」と思える人は三人ほどいました」

アンジェ「それぞれの特徴を」

ベアトリス「いま言いますね……暗記できる最低限の情報だけなので物足りないかもしれませんが……」

ドロシー「いいさ、変にメモなんか作られるよりは不十分な情報の方がまだマシだ……さ、どんなやつだ?」

ベアトリス「はい、一人目は「エミリー・クライトン」といって……」

ドロシー「……確か、お前さんと同学年だったか?」

ベアトリス「え、そうですけれど……もしかして生徒全員の名前と顔を覚えているんですか?」

ドロシー「おいおい、いくらなんでも全員は無理だ……ただ、どこかで聞いたことのある名前だなって程度さ」

ベアトリス「……」

アンジェ「どうしたの、続けて? 彼女のどの辺りが協力者として「発掘」する価値がありそうなのか教えてちょうだい」

ベアトリス「あ、はい……クライトンさんはいわゆる中産階級の女の子で、お家にそれなりの財産はあるようなんですが、クラスメイトの貴族令嬢の人たちからは「背伸びをしている」ってずいぶん陰口を言われているみたいなんです。本人もそのことを不愉快に感じているので、スカウトする動機になるかな……と」

アンジェ「貴族階級に対する妬みね……次は?」

ベアトリス「メアリ・マッコール、ドロシーさんと同じ学年です」

ドロシー「そいつならひとことふたこと話したことがあるよ……くせっ毛でそばかすがあるやつだろう」

ベアトリス「そうです、その人です」

ドロシー「じゃあ、やっこさんのどの辺がスカウトに値しそうなのか教えてくれるか?」

ベアトリス「はい。彼女は名前の通りのアイルランド系で、メイフェア校の「幅広い階級、立場の生徒を受け入れる」という方針に合わせてよその寄宿学校から編入してきたみたいなんですが、日頃からクラスでは上手く行っていないようで、何回か他の生徒といさかいになっている所が目撃されています」

ドロシー「それなら私も前に見たよ」

ベアトリス「噂では学費も滞りがちで、一時期は寮監先生から施設を使ってはいけないと言われたとか……つまり、お金にも困っているようなんです」

アンジェ「王国への敵対心と金銭面ね……それじゃあ三人目は?」

ベアトリス「アイリーン・メイフィールド男爵令嬢です」

アンジェ「……」

ドロシー「……ほほう?」一瞬アンジェと視線を交わすと、姿勢を崩して身を乗り出した……

ベアトリス「え、えーっとですね……///」

アンジェ「どうしたの?」

ドロシー「そうもったいぶるなよ♪」

ベアトリス「いえ、そういうわけでは……えーっと、その……姫様がいらっしゃるので///」

プリンセス「あら、わたくしがいてはいけない?」

ベアトリス「い、いけないことはないのですが……ちょっと姫様のお耳に入れるには、その……///」

プリンセス「わたくしはこれまでも、耳を疑いたくなるような事も、聞きたくないような事実も耳にしてきました……だから大丈夫」

アンジェ「安心しなさい、プリンセスは多少のことで動じたりはしないわ」

ベアトリス「それもそうですね、では……こほん///」

ベアトリス「……メイフィールド嬢ですが、姫様のことを……そのぉ……恋慕の対象として想っているようで……///」

ドロシー「なぁんだ、そんなことか。 アルビオン王国にいる年頃の娘なら、一度くらいプリンセスに憧れを抱くのは当たり前さ」

プリンセス「お褒めにあずかり光栄ですわ」

ドロシー「どういたしまして♪」

ベアトリス「いえ、それが……」

アンジェ「その様子だと何かあるようね?」

ベアトリス「は、はい……///」

…校内・空き部屋…

ベアトリス「……よいしょ、と」

ベアトリス「ふぅ、さすがに重くてくたびれちゃいました……」

…ずっしりと重い教材を、校内でも人気の少ない一角にある空き部屋のひとつに運んで、丁寧に書棚に戻したベアトリス……普通の寄宿学校なら用務員さんや下働きが代わりに片付けるところではあるが、曲がりなりにも「進歩的」なメイフェア校では「庶民の気持ちを理解する」という名目で、一部の雑務を学生にさせることがあった…

ベアトリス「……ホコリっぽいのは別として、この部屋は意外と落ち着きますね」古びた紙とインクの匂いが立ちこめ、空中に漂うほこりが陽光にキラキラと反射している……

…そうつぶやくと片隅に放り出されている古い椅子に腰かけた……雑務体験とは言うものの、ホンモノの箱入り娘や貴族令嬢たちにそうした役割が回ってくることはなく、たいていベアトリスのように格が落ちる貴族の娘や平民出の女学生がやらされるか、もし仮にそうした役割が貴族令嬢に割り振られたとしても、お嬢様にくっつく取り巻きどもが先回りして中産階級の女学生や気の弱いいじめられっ子に押しつけてしまう…

ベアトリス「それにしてもぽかぽかしていていい気持ちです……」明かり取りの小窓一つしかない倉庫代わりの空き部屋にもうららかな陽気が入って来て、座面にモスグリーンの生地を張った椅子と、そこに座ったベアトリスをほのかに暖める……

ベアトリス「今日は姫様の公務に付く予定もないですし、課題は終わっていますし……少しだけ休憩してもいいですよね……ふわぁ……」

…ベアトリスは小さな口に手を当ててひとつあくびをすると、そのままこっくりこっくりと船を漕ぎ出した…

ベアトリス「くぅ……すぅ……」

………

…しばらくして…

ベアトリス「すぅ、むにゃ……っ、すっかり寝ちゃいました!」

ベアトリス「……誰にも見られていませんよね?」

…ふっと目が覚めると同時に居眠りしていたことに気付き、小さなひとりごとを言いながらきょろきょろと辺りを確かめる……太陽の当たり具合からすると何分も経っていないようだったが、慌てて立ち上がろうとするベアトリス……と、小さな虫の羽音のようなささやき声のようなどこからか聞こえてくる…

ベアトリス「あれ? 誰かの話し声がします……」情報部員としての習性が身についてきたのか、気配を殺すとそっと音のする場所を確かめる……

ベアトリス「……ここですね」

…小さな声をたどってたどり着いたのは書棚に隠れた壁の下の方、羽目板に小さなひび割れが入っている辺りだった……声のトーンは分かっても内容までは聞き取れず、ベアトリスはうっかりくしゃみをしたりしないよう、手元のハンカチで鼻と口元を押さえながらほこりの積もった床にひざまづくと、羽目板のすき間に耳を当てた…

声「……はぁぁ、何と可愛らしいんでしょう♪」

声「本当に可愛らしくて……なるほど、シャーロット王女様が王室の中でも大衆の人気を得ていらっしゃるのが分かりますわ♪」

ベアトリス「……(どうやら姫様の事をしゃべっているみたいですね)」

声「本当に素敵で……滅茶苦茶にして差し上げたいほどですわ♪」

ベアトリス「……(えっ!?)」

声「あぁ、あのシャーロット王女様を私の城で馬のように飼い慣らして、私一人のものに出来たらどんなにか幸せなことでしょう……ふふっ♪」

ベアトリス「……(うわぁ、まさか姫様と一緒の学校にいる生徒の中にこんな考えの人がいるだなんて……聞きたくなかったですね)」

声「あの小さなお手に、くるっとした瞳、艶やかな髪にすんなりしたおみ足……はぁぁ♪」

ベアトリス「……(それにしてもこの声、どこかで……たしか、姫様とご一緒している際に聞いたことがあるような……)」

…音を立てないように姿勢を動かし、羽目板のすき間からそっと向こうをのぞいてみるベアトリス…

…羽目板の向こう側…

外向きロール髪の女生徒「んぅ……シャーロット王女様♪」

…空き部屋の多い一角とはいえ生徒の多いメイフェア校だけに、虫食いのようにいくつかの個室には寄宿生が住んでいる……むしろ隣人がおらず静かでいいと、そういった部屋は隠れた人気すらある……ベアトリスが覗いたさきにはそんな一室があって、今しも一人の女生徒が何やら棚の額縁を手に取っている…

外ロール「んんぅ……ん、れろっ♪」

ベアトリス「……(あれ……もしかして、姫様のお写真ですか!?)」

…コルセットとシルクストッキングだけを身に付けた女生徒が舌先ですくい上げるように舐め回しているのは、どこかの公式行事で一部の貴族や参加者に配られたプリンセスの写真で、その額縁ごしに舌を這わせながら、とろんとした目つきで自分の胸を揉みしだいている…

外ロール「ん、ちゅっ……れろっ……じゅる……っ♪」

ベアトリス「……(あ、あれは姫様がお持ちになっていた扇とほぼ同じ型の扇ですし……あっちは姫様が去年の園遊会でお召しになっていたドレスにそっくり……)」

…ベッドや床にまき散らされたように置かれているのは、どれもプリンセスの物にそっくりな服や小物で、その国民の人気ゆえに「シャーロット王女風」ファッションのモチーフになりやすいとはいえ、あきらかに度を超していた…

外ロール「んちゅっ……じゅるっ、ん……っ♪」

ベアトリス「……(いくら任務に役立つかもしれないとはいえ、これ以上はあんまり見ないでおきましょう……)」そっと床を後ずさりして、積もったほこりを人がいたようには見えない程度にならすと、隣室の女生徒に感づかれないよう慎重に空き部屋を出て行った……

………

ベアトリス「その……それでですね、調べを進めていくとこのメイフェア校内には『プリンセス同好会』なる秘密のクラブがあるようなんです」

アンジェ「プリンセス同好会?」

ベアトリス「はい」

プリンセス「わたくしの同好会? いったいどんな活動をしているのかしら?」

ベアトリス「いえ、それが……顔立ちが似ている生徒に姫様の役を演じさせて、『クラブ』の面々がその生徒を……///」

プリンセス「……なるほど」

ドロシー「そいつは知らなかった……いや、連中が何かこそこそしているのは知っていたんだが、あいにく接点がなくてな……そんな事をしていたのか」

ベアトリス「え、ええ……毎週末になると空き部屋や見つかりにくい場所に集まっているみたいで……メイフィールド男爵令嬢はその「会長」になっているようなんです」

アンジェ「なるほど……プリンセスを引き合いに出して協力させるでも、反対にその行為をネタに脅して使うでもいいわけね」

ドロシー「ちなみにその「同好会」のメンバーは何人くらいいるんだ?」

ベアトリス「私も毎回把握できたわけではないのですが、少なくとも六人はいます……ただ、たいていはこっそり集まっていやらしいことがしたいだけみたいで、本当に姫様に執着しているのはメイフィールド嬢ともう一人くらいです」

ドロシー「ちなみにそっちは脈ナシか?」

ベアトリス「調べた限りではだめそうです。革命騒ぎがあった際に一部の土地や家財を無くしているみたいで、共和国に対しては強い反感を持っていますから」

ドロシー「了解だ。ご苦労さん、よく調べたもんだ」

アンジェ「そろそろ午後のお休みが終わってしまうわね……プリンセス、貴女の報告はあとで聞くわ」

プリンセス「分かったわ、アンジェ♪」

………

…夜・プリンセスの寝室…

プリンセス「ただいま、ベアト」

ベアトリス「お帰りなさいませ、姫様……無事に済みましたか?」

プリンセス「ええ。無事アンジェに中間報告をしてきたわ」椅子に腰かけると後ろからベアトリスが寝間着を着せかけ、櫛で髪をとかしてくれる……

ベアトリス「そうですか……それと、お昼のことですが……///」

プリンセス「私のファンクラブがあるってこと?」

ベアトリス「ファンクラブなんて可愛いものだったらいいんですが、あれは……///」

プリンセス「まぁ、ふふ……ベアトったら照れちゃって♪」

…化粧台の前で乳液やクリームを手に取って丹念にすり込んでいきながら、慌てふためいているベアトリスを鏡越しに見ながらからかう…

ベアトリス「べ、別に照れているわけでは……あの集まりで行われている事はあまりにも過激で、口に出すのもはばかられると言うだけです///」

プリンセス「それも普段は品行方正なメイフィールド男爵令嬢が、だものね?」

ベアトリス「おっしゃるとおりです。公式行事で何度か姫様のお側に座っていたこともあるのに……もう、誰が信用できるのか分からなくなっちゃいます」

プリンセス「そうね。こうして情報活動に身を投じて世界の『裏』を知ってしまうと、色々な事に幻滅してしまうわね」

ベアトリス「はい。嘘と裏切り、脅しに誘惑……正直、姫様のためでなかったらとうの昔に脱落していたと思います」

プリンセス「いつもながら、ベアトには苦労をかけるわね……私のワガママに付き合わせてしまって」

ベアトリス「いいえ、私は姫様の優しいお心を存じ上げておりますから……///」

プリンセス「まぁ、嬉しい……ところで♪」

ベアトリス「はい、なんでしょうか?」

プリンセス「ベアトは『プリンセス同好会』には入らないの?」

ベアトリス「姫様っ……な、なにを……っ///」

プリンセス「だって、ベアトは私の一番の理解者でかいがいしく付き従ってくれているんですもの、その資格は十分にあるわ……嫌かしら?」

ベアトリス「いえ、嫌だとかそういうことではなく……///」

プリンセス「……私、ベアトとだったらしたいわ♪」ベアトリスの小さな手をつかんで口元へ寄せると唇をあてた……

ベアトリス「あ、あっ……///」

プリンセス「……ベアト」

ベアトリス「姫様……///」

プリンセス「ふふ……そうやって照れちゃうベアト、とても可愛いわ♪」

ベアトリス「からかわないでください、姫様……///」

プリンセス「あら、いけない?」

ベアトリス「はい……だって私なんてちんちくりんですし、胸だってぺたんこですから……」そう言いかけたところでプリンセスが振り向き、ベアトリスの唇に人差し指をあてた……

プリンセス「そんなことを言ってはだめよ、ベアト?」

ベアトリス「……姫様」

プリンセス「ベアトは私にとって本当に大事なのだから、誰かと比較することなんてないの」

ベアトリス「姫様はお優しいです……でも、私なんかよりもずっと綺麗な女性がたくさんおりますし……」

プリンセス「そうね。たしかに顔立ちの綺麗な人、美しい身体をもっている女性はたくさんいるわ……でもね、ベアト」

ベアトリス「なんでしょうか」

プリンセス「私はベアト、貴女がいいの……私がよく知っている、けなげで、一生懸命で、がんばり屋さんの貴女が♪」

ベアトリス「姫様……///」

プリンセス「どう、これで納得してもらえたかしら?」

ベアトリス「はい……っ♪」

プリンセス「そう、良かった……それじゃあベアトが安心できるように♪」ちゅっ……♪

ベアトリス「きゃっ、姫様……んっ///」

プリンセス「ふふっ♪ せっかくベアトがベッドを暖めておいてくれたのだから、それを無駄にするのはいけないものね……♪」

ベアトリス「ひゃあっ!?」ナイトガウンをまとったまま、プリンセスがベアトリスを引っ張ってベッドに引っ張り込む……羽根布団がボフッとにぶい音を立て、舞い上がった細かなほこりが柔らかな黄橙色の明かりの下で雪のようにちらちらと輝いた……

プリンセス「それにしてもベアトったら、そんなことを気にしていたのね? ベアトのここ、とっても可愛らしいのに♪」甘く、ちょっぴりいじわるな表情を浮かべるとベアトリスの寝間着をはだけさせ、桜色をした小さな先端を甘噛みした……

ベアトリス「ひゃあぁっん……っ///」

プリンセス「しーっ、あんまり大きな声を出すと見回りの寮監に聞こえてしまうわ♪」

ベアトリス「ん……!」顔を真っ赤にして、慌てて口元を手で覆った……

プリンセス「……ふふ♪」さわっ……♪

ベアトリス「ひゃうっ!?」

プリンセス「ダメよ、ベアト……ちゃんと声を抑えておかないと♪」れろっ、ちゅ……♪

ベアトリス「んっ、んんぅ……はひっ///」口元を押さえ、甘い声が漏れないよう必死にこらえようとする……

プリンセス「ちゅる、ちゅむ……っ♪」

…プリンセスは布団の中でベアトリスの小さな身体をなぞるように甘噛みをし、舌先で優しく舐め、ときおり触れるか触れないか程度の手つきでお腹や鎖骨まわりを撫でる…

ベアトリス「んふぅ……んぅ……っ///」

プリンセス「あら? ベアトったら口元を押さえているのも大事だけれど……こっちはがら空きでいいのかしら?」ちゅぷ……♪

ベアトリス「ふあぁ……っ///」

プリンセス「あらあら、もうすっかり濡れていて温かいわ♪」くちゅ、ちゅく……っ♪

ベアトリス「はひっ、はひゅ……っ///」

プリンセス「ねぇベアト、せっかくだから一緒に気持ち良くなりましょうか♪」必死に喘ぎ声をこらえているベアトリスに笑みを向けると、自分の脚とベアトリスの脚が互い違いになるようふとももをわりこませ、粘っこく濡れた花芯を重ね合わせた……

ベアトリス「んっ、んんぅ……ひめ……さまぁ///」

プリンセス「ええ、私はここよ……それじゃあいくわね♪」ぐちゅ、ぬちゅ、にちゅ……っ♪

ベアトリス「ふー、ふぅぅ……っ///」喉の人工声帯をいじりたくはないのか、懸命に口元を押さえて声を我慢するベアトリス……

プリンセス「あっ、あふっ、んん……っ♪」布団の中に潜ったまま、次第にしっとりと汗ばんでくる身体を重ねた……

ベアトリス「はぁ、はぁ……はひっ、ふあぁぁ……っ♪」ぷしゃぁ……っ♪

プリンセス「ふふ、よくできました♪」

ベアトリス「はひ……はへぇ……///」

…翌日…

ドロシー「なぁ、ベアトリス?」

ベアトリス「……」暗号の解読問題を解いているが、肝心の問題もドロシーの声にも上の空でぼーっとしている……

ドロシー「……おいっ!」

ベアトリス「ひゃあ!?」

ドロシー「おいおい、大丈夫か?」

ベアトリス「すみません、ドロシーさん……」

ドロシー「やれやれ、プリンセスに可愛がってもらうのはいいが……訓練に身が入らないようじゃ困るぜ?」

ベアトリス「す、すみません……///」

ドロシー「まぁ無理もないか、プリンセスが気を許せるのはお前さんかアンジェくらいなもんだからな……ちょっと休憩にしようか」

ベアトリス「はい」

ドロシー「それにしても……くくっ♪」

ベアトリス「なんです?」

ドロシー「いや、ね……お前さんの熱心さを見ると、ファームの時にいたあるやつを思い出すよ♪」

ベアトリス「……思い出し笑いをするなんて、そんなにおかしな人だったんですか?」

ドロシー「まぁね……何しろ情報部員になるんだって気合だけが空回りしている、言ってみれば「空回りの総本山」みたいな奴だったからな。しかもご本人が真面目にやればやるほどその調子なもんだからな……時間もあるし、ちょっと話してやろう」

ベアトリス「ええ、聞かせてください」

ドロシー「そいつは私たちと同期に入った「マティルダ」って名前の訓練生でね……ちっこい身体で妙にちょこまかしている感じのやつで、ドジばかり踏んでいたくせに不思議と憎めない奴で……ちょっぴりお前さんにも似ているかもな」

ベアトリス「私、そんなに失敗ばかりはしていません」そう言って頬を膨らませるベアトリス……

ドロシー「分かってるよ、あくまで雰囲気がってことさ……それにお前さんの「七色の声」みたいな特技があるわけでもなし、正直なところスカウトが情報部員の候補として「ファーム」に入れたのは何かの間違いなんじゃないかと思うほどだったよ」

………



…数年前・ファーム…

ホワイト教官「おはよう、諸君」

訓練生たち「「おはようございます、ミスタ・ホワイト」」

ホワイト「うむ……昨日の今日だからね、どうかお手柔らかに頼むよ?」

…前日には訓練生一人ひとりと格闘訓練をして、軒並みノックアウトするか押さえ込んだ格闘技教官のミスタ・ホワイト……にっこり笑って冗談めかすと、いつものようにジャケットを脱いできちんと背広掛けにひっかけ、軽く肩を回した…

ドロシー「あれだけ格闘術でやり合ったのになんともなし、か……参ったな……」前日の訓練では、もしみぞおちに入っていたら相当こたえたと思われる必殺の蹴りを叩き込んだものの、かえってその脚を掴まれて一回転させられたドロシー……

ホワイト「さて、それでは今日はいつものように向かい合わせに立って順繰りに格闘訓練といこうか……負けたものは一つ左へ動いていき、最後に先頭で立った者は私とひと勝負といこう。では、始め」

ドロシー「よう、マティルダ」

マティルダ「よろしくね、ドロシー?」ぴょこんと一礼すると、くしゃくしゃの金髪がめいめい勝手な方向へ跳ねた……

ドロシー「おう(やれやれ、どうもこいつと組むと気が抜けるんだよなぁ……)」

マティルダ「……やっ!」

ドロシー「おいおい、それで本気かよ……ふっ!」

…本人は気迫のこもった声を出しているつもりのようだったが「可愛らしい」という形容詞がぴったりな気の抜けるようなかけ声とともに繰り出された右ストレート……それも子供のようなあどけない攻撃をなんなく受けとめると、カウンターの一撃をお見舞いする…

マティルダ「ひゃあ!?」

ドロシー「……っ!?」決まっていればノックアウト確実な左フックが入ろうという矢先、足元の乱れたマティルダがよろめいて尻もちをつき、ドロシーの一撃は空を切った……

ホワイト「……ミス・ドロシー、決定機だからといって警戒を怠ってはいけないよ? こうして背後から不意打ちを受けるかもしれないからね」一瞬たたらを踏んだドロシーに対して、いつの間にか背後に立っていたホワイトが足払いをかけて床に叩きつけた……

ドロシー「うー、畜生……っ」

マティルダ「ドロシー、大丈夫?」

ドロシー「ああ、なんてことない……」

ホワイト「結構、では次だ」

…屋外運動場…

スカーレット教官「さぁ、頑張って走りましょう……適度な運動は美容にも良いわよ♪」

訓練生A「はぁ……はぁ……」

訓練生B「ひぃ……もうだめ……」

…ハードルや雲梯、綱渡り、匍匐前進など盛りだくさんの障害物が含まれているコースを走らされている訓練生たち……うら若い女性であるスカーレット教官は息も絶え絶えの訓練生たちを励まし、助言をしながら鹿のようにかろやかに走って行く…

ドロシー「はっ、はっ……」

スカーレット「ミス・ドロシーはこれで五周目ね?」

ドロシー「そうです、レディ・スカーレット……ふぅ、はぁ……」泥水の溜まった四角い池の上に張り渡されたロープを掴んで渡りながら、途切れ途切れに返事をする……

スカーレット「良い調子ね、頑張って♪」

ドロシー「どうも……」

スカーレット「……ところでミス・マティルダ、貴女は大丈夫?」

マティルダ「はい、私は大丈夫で……ふえっ!」勢い込んでそう返事をした矢先にハードルに脚を引っかけ、派手に顔面から砂場へ突っ込んだ……

訓練生C「……ぷっ♪」

訓練生D「くすくす……っ♪」

スカーレット「うーん、あまりそうは見えないけれど……それじゃあもうちょっと頑張ってみましょうか」

マティルダ「はい……っ!」

…はきはきと返事をしたマティルダは全体からすれば周回遅れもいいところだが、クサらずいたって真面目に走っている……が、砂まみれのくしゃくしゃ髪や、泥水に落っこちてポタポタとしずくをたらしながらちょこまかと走っている様子を見ていると、庭先ではしゃいでいるヨークシャー・テリアのようにしか見えない……次々と追い抜いていく他の候補生たちの中には、思わず笑い出してしまう者までいる…

スカーレット「それじゃあロープをしっかり掴んで、膝裏をロープに引っかけるようにして身体を支えながら、腕の力で前へ引っ張っていくように……」

マティルダ「分かりました……っ!」

スカーレット「そうそう、その調子よ」

マティルダ「よいしょ、こらしょ……ひゃう!?」ロープの上で身体のバランスを崩すと、半回転しながら下の水たまりに落ちて水しぶきをあげた……

訓練生E「ねぇマティルダ、こんな時期に水遊びなんてしてたら風邪引くわよ?」隣のロープをすいすい進みながら、訓練生が皮肉を言った……

マティルダ「うっぷ……でもあんまり冷たくはないですよ?」

スカーレット「ふふふっ……それなら良かったわ、でも今度は落ちないようになさいね?」思わず失笑してしまうスカーレット……

マティルダ「はいっ、頑張ります!」全身から水を滴らせながら這い出てくると、小型犬のようにぶるぶると身震いをしてしぶきをふるい落とし、また走り出した……

………

…教室…

シルバー教官「では、前回のつづり方のテストを返却しよう……成績トップは満点のミス・アンジェだ、おめでとう」

アンジェ「ありがとうございます」

シルバー「そして残念ながら、最下位だったのは……ミス・マティルダ、君だ」

マティルダ「うぅ……」

シルバー「そうしょげることはない、どうやら君は前回の授業をよく聞いてくれていたようだね。書いた答えのうち、おおよそ半分は合っていたよ」

マティルダ「本当ですか、ミスタ・シルバークラウド!?」ぱっと明るい表情を浮かべた……

シルバー「ああ、本当だとも……記述欄がひとつずつズレていなければ、だが」

マティルダ「あっ……!」

訓練生たち「「くすくす……♪」」

シルバー「うっかりミスは情報部員にとっては致命的な結果を招きかねない、今後はこういったことがないよう注意するように……明後日までにラテン語の書き取り二十枚だ」

マティルダ「はいっ」

シルバー「よろしい……それと、諸君の中にはミス・マティルダより誤答の多い者もいたのだからね。次のテストを考えると、あまり笑ってはいられないのではないかな?」

ドロシー「おやおや、そりゃ一体どこのどいつだろうな?」

アンジェ「……てっきり貴女の事かと思ったけれど、違ったのかしら」

ドロシー「よせやい。練習もしてあるし、カンニングの用意だってバッチリさ」

アンジェ「やれやれね……」

…ある日・更衣室…

意地悪な訓練生「……それにしても不思議よねぇ、ドロシー」

ドロシー「何が?」

意地悪「マティルダよ、なんであの子が訓練生になれたのかしら? 確か教官は「我々は身分や階層、人種で訓練生をえり好みするようなことはしない」って言っていたけれど、きっと才能もえり好みしなかったのね」

イヤミな訓練生「あら、私は良いと思うけど? あの子が万年最下位にいてくれたらビリにならなくて済むじゃない」

意地悪「それもそうねぇ。それにしてもマティルダってば、いっつも子供みたいに「頑張ります!」って……ふふ、あの子いくらが頑張ったところでどうにもなりはしないのにね♪」

イヤミ「でも、その方が教官には受けが良いじゃない?」

…さしたる努力もせずそれなりの成績でうろうろしているだけの二人が底意地の悪さを発揮してマティルダを馬鹿にしているのを聞いているうちに、溜まっている疲れのせいもあってか、普段は飄々と振る舞っているドロシーも思わずカッとなった…

ドロシー「……ま、教官たちも手抜きをする二流よりゃ真面目な三流の方が使いどころがあるって考えてるんじゃないのか?」

イヤミ「へぇ、ドロシーはああいうのがお好み? 確かに小型犬みたいで、足元にはべらせておくには良いかもしれないものねぇ♪」

ドロシー「そうだな。少なくとも主人の可愛がっているカナリアを食い殺してニヤニヤしているような猫どもなんかよりはよっぽどマシだろうよ」

意地悪「ふぅん、それじゃあ少なくともあの子にも一人は味方がいるってわけね」

イヤミ「それも一流訓練生様の♪」

ドロシー「……格闘訓練がしたいんならその時間はあるぜ?」

意地悪「あら、別にそんなつもりじゃないんだけど?」

イヤミ「そんなに恋人のことを言われたのがお気に障ったのかしら♪」

???「はぁ……くだらない事を言っている暇があるんだったら少しでも訓練したら?」

意地悪「あら、貴女もいたの? アンジェ」

アンジェ「黒蜥蜴星人はどこにでもいるしどこにもいない。そういうものよ」

イヤミ「それで、黒蜥蜴星人さんもあの小型犬のことがお好きなわけ?」

アンジェ「好きも嫌いもないわ。私の邪魔さえしなければ誰が何をしようと別に構わない」

意地悪「あら、私がなにか邪魔をしたかしら?」

アンジェ「ええ……私も早く着替えたいの、油を売っている暇があるのだったら早くどいてもらえるかしら」

意地悪「これは失礼……それじゃあお先に♪」

イヤミ「では一流訓練生様どうし、水入らずでどうぞごゆっくり♪」へらへらと笑いながら出ていった……

ドロシー「……けっ、ドブ川の底みたいに性根が腐ってやがる」

アンジェ「あんな連中の言うことを馬鹿正直に聞いているから頭に血がのぼるのよ、少しは学習しなさい」

ドロシー「ああ、私の悪い癖だな……それにしてもあいつらの憎まれ口だが、ありゃあご本人にゃ聞かせたくないシロモノだな」

アンジェ「それについては同感だけれど、残念ながらそうはいかなかったようね……」

マティルダ「……」

…アンジェが軽くあごでしゃくった先には、ロッカーの陰からひょっこり顔を出しているマティルダ本人がいた……普段どんなにキツい訓練でも泣き顔だけは見せない彼女が、珍しく顔をゆがめて涙をこらえている…

ドロシー「……聞いてたのか?」

マティルダ「うん、ちょうど二人がドロシーに話しかけたあたりで……」

ドロシー「そうか……ま、あんな奴らの言い草なんか忘れちまえ」

アンジェ「それに世の中にはもっと大変な事だってたくさんあるわ、あんなので泣いていたら涙が足りなくなるわよ」

マティルダ「そう、だよね……うん、頑張る」

ドロシー「よしよし、その意気だ♪」髪をくしゃくしゃにするように頭を撫で繰り回した……

マティルダ「わひゃあ!?」

ドロシー「ぷっ、なんだよその鳴き声♪」

マティルダ「もうっ、いきなり頭を撫でたりするからでしょ?」

アンジェ「どうやら泣き虫は収まったようね」

マティルダ「ええ、だって一流エージェントはアンジェみたいに表情に出さないものだものね」

アンジェ「……」そう言って純粋な憧憬をたたえた瞳を向けられ、さしものアンジェも困ったような表情をちらりと浮かべた……

…別の日…

訓練生A「次の時間は……う、ミス・パープルの実技ね///」

訓練生B「あぁ、今日はそうだったっけ……私、あの人に流し目をされただけでドキドキしてきちゃうのよね///」

…ファームの一室、ずっしりと重い樫の扉の奥に広がっている豪華で官能的な雰囲気の漂っている寝室は「ハニートラップ」のしかけ方とその対策を「手取り足取り」教えてくれる美人教官、ミス・パープルの牙城で、たいていの訓練生はパープルとクィーンサイズのベッドの上で数十分過ごすと、格闘訓練を数時間行ったときよりも激しく膝が震えてしまい、その後しばらくは甘い余韻ですっかりグロッキーになってしまう…

アンジェ「……」おしゃべりに加わるでもなく、静かに座っている……

ドロシー「なぁアンジェ、ミス・パープルだけどさ……ありゃあきっと人間じゃない、地上の女を骨抜きにするために月あたりから送り込まれてきた異星人だ」

アンジェ「そうね、黒蜥蜴星人である私がいるんだもの。月の人間がいたっておかしくはないわ」

ドロシー「やれやれ……食えないやつだな♪」

…しばらくして・パープルの部屋…

マティルダ「し、失礼します……///」

パープル「あら、いらっしゃい♪」

…座り心地のよい肘掛け椅子に腰かけながら少し汗ばんだ白い首筋を軽く拭い、それから艶っぽい仕草で後ろ髪をかき上げるパープル……マティルダはすでに顔を真っ赤にして、なまめかしいパープルの姿を見ないようにと視線をそらしている……パープルはそれに気付いてくすくす笑い、小さな丸テーブルの上に置いてあるポットから紅茶を注いだ…

パープル「さぁ、かけて? 紅茶とチョコレートをどうぞ♪」室内に立ちこめた甘い白粉とパープルの肌の匂い…それに蜂蜜のようにねっとりとした、頭がぼんやりするような何かの香水…濃紫と黒を基調にしたドレスの襟ぐりから白くふっくらした胸元をのぞかせ、黒い絹の長手袋に包まれた柔らかな手でチョコレートをひとつつまんでマティルダに差し出す……

マティルダ「い、いただきます……///」黒っぽく艶やかで濃密な味のする高級チョコレートだが、微笑むパープルにじっと見られているせいで味も分からぬまま口に運んでいる……

パープル「おいしい?」

マティルダ「はい、とっても美味しいです……///」

パープル「そう言ってくれて嬉しいわ、マティルダ……だって貴女のために用意しておいたんですもの♪」ふんわりといい香りが漂う、ミルクと砂糖の入った紅茶をすすりながら、濡れたような瞳でじっと見つめる……

マティルダ「///」

パープル「さ……いらっしゃい♪」紅茶を飲み終えてカップをソーサーに置くと、いつくしむような手つきでマティルダの可愛らしいほっぺたを撫でた……

マティルダ「ひゃ……ひゃい///」

パープル「まぁまぁ、ふふ……そんなに固くならないで? 大丈夫、私が優しくしてあげるから……♪」パープルは水中で柔らかなレタスの葉をむくように、着ている物を優しく丁寧に脱がせていく……

マティルダ「はひっ……ひゃう……っ///」

パープル「もう、そんなに真っ赤になっちゃって……可愛い♪」ふっくらとしてリンゴのように赤いマティルダの両頬に手を添え、瞳の奥を見透かすようにじっと凝視するパープル……

マティルダ「ふあぁ……あぅ///」

…ふかふかしたベッドの上で小さく舌なめずりをして、ねっとりとした甘い色をたたえた瞳で次第に迫ってくるパープルと、太ももを擦り合わせてもじもじしているマティルダ……その様子は蛇ににらまれたカエルや蜘蛛の巣に絡め取られたチョウチョのようで、パープルがのしかかるように迫ってくるにつれて、マティルダの身体が徐々に仰向けになっていく…

パープル「大丈夫、誰にも聞こえないから……ね、キス……しましょう?」みずみすしく艶やかなローズピンク色の唇がゆっくりと迫ってくる……

マティルダ「ミス・パープル……わ……私、もう……んんぅ///」

パープル「ん、ちゅぅ……ちゅむっ、ちゅ……あら♪」優しくキスをしながらそっとマティルダのふとももへ手を伸ばしたパープルが、思わず驚きの声をあげた……

マティルダ「は、はぁ……ごめんなさい、ミス・パープル……まだキスしただけなのに……ぃ///」ぐっしょりと濡れたペチコートを押さえて、恥ずかしそうに顔を伏せている……

パープル「ふふふっ、いいのよ……それはそれで可愛いわ♪」

マティルダ「でも……」

パープル「だーめ、せっかくベッドの上にいるんですもの……「でも」は禁止♪」チャーミングな笑みを浮かべながらそう言うと「えいっ♪」とマティルダをベッドに押し倒した……

マティルダ「ひゃぁ!?」

パープル「ねえ、マティルダ……今度は私にキスしてくださる?」押し倒しつつ体を入れ替え、甘えるように両腕を広げて眼を閉じる……

マティルダ「は、はい……ん、んっ///」ぎくしゃくとした動きでパープルの唇にそっと口づけする……

パープル「ん、ちゅっ……んふっ、ふふふっ♪」

マティルダ「あ、あれ……っ?」

パープル「あぁ、ごめんなさい……貴女の口づけがあまりにも可愛いものだから♪」

マティルダ「うぅ、また上手く出来ませんでした……///」

パープル「いいのよ? マティルダのキスったら初々しくて、とってもきゅんきゅんしたわ♪ ……せっかくだから私に何か聞きたいことはある?」優しいお姉さんのようにマティルダを抱きしめ、頭を撫でる……

マティルダ「はい、あの……」

パープル「なぁに?」

マティルダ「……私、せっかく「ファーム」に入れたんだから、一流のエージェントを目指したいと思っているんです///」あどけない子供っぽさを感じさせるような笑みを浮かべて、頬を赤く染めた……

パープル「まぁ、立派な心がけね♪」

マティルダ「ありがとうございます……でも、そう思って頑張ってはいるんですけどなかなか結果に結びつかなくって」

パープル「そうなの?」

マティルダ「はい。例えばミス・アンジェのように顔色ひとつ変えずに課題をこなそうと思ってもうっかりミスをしてしまうし……」

パープル「あらあら」

マティルダ「ミス・ドロシーみたいに射撃や格闘でいい成績を出そうとしても、射撃はまともに中心に当たってくれないですし、格闘をすれば攻撃が空を切るかちっとも効果がないかのどっちかで……」

パープル「……続けて?」

マティルダ「ミス・パープルみたいに相手をとろけさせるようなキスやえっちをしようとしても「くすぐったい」って言われるか「なんだか妹がじゃれついてきているみたい」って言われちゃうし……私も教官みたいなすべすべの髪とか、フランス人形みたいな綺麗なブルーの瞳だったら良かったのに……ミス・パープル、どうやったら私は一流エージェントらしくなれるでしょうか?」

パープル「なるほど、ずいぶん悩んでいたのね……でも心配はいらないわ、貴女には良いところがいっぱいあるもの♪」髪を撫で、ほっぺたに優しいキスをする……

マティルダ「そうでしょうか?」

パープル「ええ、貴女のその純真無垢な可愛らしさは何物にも代えがたい立派な特質よ? エージェントにはさまざまな性格、偽装が与えられるものだというのは覚えているでしょう?」

マティルダ「はい」

パープル「冷静で目立たず、さらりと会話を盗み聞きするようなタイプもいれば、私みたいな甘い言葉で相手を誘惑するエージェントや、常に派手な交友関係をひけらかして敵をあざむくエージェントもいる……でも、似たようなタイプのエージェントばっかりでは活動できる範囲も限られてしまうし、なによりすぐ敵方にバレてしまう」

マティルダ「つまり、私でもエージェントとして役に立てるってことでしょうか?」

パープル「もちろん。それどころか、むしろ貴女みたいなタイプは情報部にとってはとっても重宝する存在なの。これからもくじけずに頑張って行けば、きっとひとかどの情報部員になれるわ♪」

マティルダ「……ミス・パープルにそう言われたらやる気が出てきました♪」

パープル「そう、良かったわ……私たちは教官なんだから、分からないことや相談したいことがあったら遠慮せずに聞きに来ていいのよ? その時は、美味しい紅茶とお菓子を用意してあげる♪」そう言いながらずっしりした乳房を下から持ち上げるようにして、マティルダの顔に押しつけた……

マティルダ「ふぁ……い///」

パープル「それじゃあ次の娘が待っているから……ね?」人差し指をマティルダの唇にあてがい、チャーミングな笑みを浮かべてみせた……

マティルダ「はい、ありがとうございました♪」

パープル「ええ……またいつでもいらっしゃいね?」

………

…しばらくして…

パープル「……と言うことがありまして」

ブラック「ああ、あの娘か……真面目なことは確かだが射撃全般や爆発物の取り扱いに関しては絶望的だから、その方面では使い物にはならんな。これだけ過程が進んだ段階でも、まだピストルを持つのにおっかなびっくりと言った具合だ」

ホワイト「ふーむ、彼女は徒手格闘も苦手でね。小柄で腕力がないのもあるが、どうにも優しすぎて相手に対する攻撃性が発揮できないようだね……ブルー、君は?」

ブルー「ナイフもダメだ。カカシ相手の訓練で自分の手を切ってしまうようではな……やる気があるのは結構だが、あのセンスのなさではモノにならないだろう」

スカーレット「追跡と監視も、あのちょこまかした歩き方では見つけてくれと頼んでいるようなものでして。本人はしごく真面目でいい娘なのですが……」

マーガレット「ええ、本当にいい子なのですが……いかんせん、お洒落なドレスもお化粧もあまり似合わないのが残念ですわ」衣服や化粧、身ごなしといった分野を担当するマドモアゼル・マーガレットがフランス流に肩をすくめた……

グレイ「同感ですね。マナーに関しては決して悪くはないのですが、どうにも貴族の令嬢には見えません……よくて「庶民のいい子」どまりです」

ブラック「まったく、候補生不足なのか知らんが、上層部はなんであんな娘を候補生として送り込んできたのやら」

ブルー「あれではファームを出ても、誰も引き受けたがらないような地味な監視任務や連絡役にされるのがせいぜいだろうな……」

ブラウン「……」

ブルー「……何か意見がおありのようですな、ミセス・ブラウン?」

ブラウン「まぁ「意見」というほどの物ではないけれども、ちょっとね……」

ホワイト「ミセス・ブラウン、貴女ほどの元エージェントが抱いた感想だ。是非とも拝聴させていただきましょう」

ブラウン「ミスタ・ホワイト、こんなおばさんをからかっちゃいけませんよ……あのね」

………

ブラウン「どんなエージェントでもそれぞれ「使いどころ」というのがあるものよ」

スカーレット「使いどころ、ですか」

ブラウン「ええ……確かにマティルダは「良い子」というだけで、いまのところ訓練生としてこれといった取り柄があるわけではないわ」

ブラック「そこなのだ、ミセス・ブラウン……私だって彼女が無事に訓練を終えて、いつかひとかどのエージェントとして活躍してもらいたいという気持ちはある……だが、この世界ではただの「良い子」にはロクな任務が与えられない事くらいご存じのはずだ。それだったらいっそ早めにあきらめさせて、もっと有意義な方面で活動してもらった方が良いのではないか?」

ホワイト「同感だね。私の同期にもひとり、世間で言う「いい人」に該当するような者がいたが、退屈で実りのないひどい任務ばかり与えられて、みんなに「彼はいいやつなんだが……」と言われ続け、いつしか現場から退けられてしまったよ……ミス・マティルダにはああなって欲しくはないね」

ブラウン「そうね……でもあの子のいかにも「小市民」らしいところ、私は活かしようがあると思っているわよ?」

パープル「まぁ、ミセス・ブラウンがそうおっしゃるということはよっぽどなのね♪」

ブラウン「こらこら、わたしを口説いたって何も出ないわよ?」

パープル「あら、残念」

スカーレット「それで、ミセス・ブラウンのおっしゃる「小市民らしいところ」とはなんでしょう?」

ブラウン「ああ、それね……あの子とおしゃべりしているとね、私は不思議となごやかな気持ちになるのよ。暖炉で暖められた部屋にいて、お気に入りの椅子に腰かけ、テーブルには甘いお茶とケーキがある……そんな気分にね」

パープル「言いたい意味は分かります。どうもあの子と一緒にいると、小さい妹を見ているような気分になります……それだけに、ベッドに入ってもみだらな気分にならないのですけれど♪」

ホワイト「邪気や殺気がないというのは確かだね……生まれ持っての小動物らしさというか「良い子」という呼び方がしっくりくる」

ブラウン「そこなのよ。あの子なら見ず知らずの方のお葬式に参列してもきっと涙を流すでしょうし、たった一ペニーだってお釣りをごまかしたりしない」

ブラック「しかし、それこそエージェント候補生として不適当だと証明しているようなものではないか……バカみたいに法律を破ってまわれとはいわないが、目的のためにはどんな手段もいとわないのが情報部員だ。それができないようでは内勤の使い走りがいいところだ」

ブラウン「ミスタ・ブラック、あなたの言う通りね。そして私が言いたいのもまさにそこなのよ」

ブラック「分からんね。射撃はできない、格闘もダメ。尾行も下手なら色仕掛けもできず、暗号解読も遅いときた……どう使い道がある?」

シルバー「……ミセス・ブラウン、どうやら貴女の言いたいことが分かってきたような気がするよ」

ブラウン「ふふ、そうでしょうとも……つまりね、あの子はおおよそ「スパイとはかくあるべし」の正反対みたいな存在なのよ。それだけにあの子がエージェントだと思うような人間はまずいない。人物調査をしたって返ってくる答えは「冗談言っちゃいけません、あんな良い子がスパイなわけないでしょう?」だと確信できるわ」

ホワイト「いいたいことは分かるが、それにしても彼女は良い子すぎるね。経済的にはごく普通ながらも温かな家庭で両親に愛され、世の中の辛酸を味わわずに済むように育てられた……あの子からはそんな雰囲気を感じるよ」

???「慧眼だな、ホワイト」

ホワイト「おや、あなたでしたか……熱心ですね」

L「この先に備えるためにも我々にはエージェント候補生が必要だからな……ありがとう」ミセス・ブラウンからお茶のカップを受け取ると礼を言って、空いている椅子に腰かけた……

ブラウン「それで、先ほどミスタ・ホワイトに言った「慧眼」というのはどういう意味かしら?」

L「候補生マティルダのことだ……ごく一般的な暮らし向きの温かい家庭で良い子に育てられた。まさにその通りだ」

シルバー「彼女のことをご存じなので?」

L「候補生の生い立ちについては全て目を通すことにしている……あの子の両親は数年前に交通事故で亡くなったのだ。誕生日だからと家族そろって出かけたところで自動車に突っ込まれてな……それから養育院に入れられたのだが、あの子は性格がねじ曲がることもなく「良い子」のまま育ったというわけだ」

ホワイト「確かに何事にもめげない芯の強さがありますね」

L「だから「ポインター」が候補者として情報を持ってきたときにサインしたのだ……本人いわく「私を養ってくれた人たちの役に立ちたい」とのことでな。実に立派な動機だ」

ブラウン「ほら、ね?」

ブラック「しかし、努力家だからといって実力の伴わない人間を置いておく余裕など情報部にはないはずだ」

L「いかにも。だが使いどころならこちらで見つける、心配は無用だ……ともかくエージェントとしての基本的な知識と技術を教え込んでやってくれ」

ブラウン「ええ、それは間違いなく……あの子は実に真面目な良い子です。確かに覚えの悪い所はありますけれど、要領よく小手先で済ませてしまう娘たちよりもずっと教え甲斐がありますよ」

ホワイト「そこは同感だね」

ブラック「まぁ、一生懸命で真面目な部分は認めるが……」

パープル「あの子がハニートラップに向かないのはあの子のせいではありませんものね」

マーガレット「ウィ、同感ですわ。あのマドモアゼルにはごく普通なつつましい格好が似合います……世の中にはバラだけではなく、道端のヒナゲシだって必要なのですわ」

シルバー「最近はラテン語のつづりも上手になってきましたからね、ここで訓練から脱落させるのは惜しい♪」

L「結構、意見が一致したようだな……では引き続きよろしく頼む」

………

ドロシー「それでだ……おかしなことにマティルダのやつ、訓練では相変わらずドジばかりだし覚えも悪かったんだが、何だかんだで最初の頃に比べるとずっとできるようになってきてな。むしろ訓練当初にすいすいと課題をこなしていた何人かは付いていけなくなって、結局途中でいなくなっちまったなぁ……」

ベアトリス「へぇ、そういうものなんですね?」

ドロシー「不思議なことにな」そういって肩をすくめた……

………

ホワイト「なかなかいいぞ、ではもう一本やってみようか。ミス・マロウ、相手をしてあげてくれるかな?」

長身の訓練生「ええ、ミスタ・ホワイト……よろしくね、マティルダ」

マティルダ「はい!」

…お互いに「それまでの経歴や個人の事は聞かない」という暗黙の了解があるとは言え、訓練が進むにつれて「ファーム」の訓練生同士の仲もそれなりに打ち解けてきていた……もちろん意地悪だったりイヤミな訓練生も何人か残っていたが、成績トップクラスのドロシーとアンジェがいる手前わがまま勝手に振る舞うこともできず、そうした連中は少数の取り巻きだけを連れて自然と孤立するような形になっていた……反対にマティルダは生来の「前向きながんばり屋さん」ぶりからある種のマスコットか、訓練生共通の妹のような位置に落ち着いて可愛がられていた…

ホワイト「では、任意のタイミングで」

長身「分かりました……はあっ!」

マティルダ「ひゃあ……っ!?」長身から繰り出されるみぞおちへの蹴りをクロスさせた腕でどうにか受けとめたが、勢いに押されて後ろによろめいた……

長身「ふっ!」その隙を逃さず次の一撃を叩き込む……

マティルダ「……っ!」

長身「しまった……!?」

…どんくさいマティルダが相手だからと気を抜いていた長身の訓練生は、半分転ぶようにして攻撃を回避した彼女のために大きくバランスを崩し、思わず一歩前にのめった…

マティルダ「えいっ!」

長身「……っ!」

…脚が長く腰高な訓練生が体勢を崩したところに、むしゃぶりつくようにして飛びかかるマティルダ……普通だったら軽くあしらわれてしまうようなつたない攻撃だったが、足元が乱れている所に来られてはどうしようもない……慌てて受け身を取ろうとしたが、そのまま床にもつれて倒れ込んだ…

ホワイト「そこまで。まだ改善の余地はあるが、最初の一撃をかわせたのは成長だ」

マティルダ「あい゛がとうごじあまず……♪」ひっくり返った時にぶつけたのか、鼻血を止めようと鼻を押さえつつも笑顔を浮かべた……

ホワイト「いいや、君自身の成長なんだから私に礼はいらないよ……ところでミス・マロウ、格下だと思った相手に油断するのは君の悪い癖だな。反省も兼ねて、訓練生十人を相手に勝ち抜きできるまで練習だ」そう言うと訓練生たちの中から手際よく十人を選び出す……

長身「はい……っ!」

ホワイト「さて、ミス・マティルダ。鼻血を出している所に申し訳ないが、もしかしたらコショウまみれの倉庫だとか、鼻を押さえながら格闘するような事態が生じるかもしれない……そのままもう一本やってみようか」

マティルダ「あ゛いっ」

ドロシー「へぇ……マティルダのやつ、なかなかできるようになったじゃないか」

おさげの訓練生「どんくさい所は相変わらずだけどね♪」

ドロシー「ま、お前さんだって人の事は言えないぜ……っと!」よそ見をしていたおさげのことを投げ飛ばし、一気にフォールした……

おさげ「……まいった!」

ドロシー「はんっ、この業界に「まいった」があるかよ」そう言うと補助教官のストップがかかるまで締め上げた……

………

ベアトリス「……それで、そのマティルダっていう訓練生はどうなったんですか?」

ドロシー「さぁな。私もアンジェもファームの「卒業」が早かったから知らないんだ……ま、やっこさんの成績じゃあ大した任務に付けてもらえたとは思えないが、それでも本人はそれなりに満足していると思うね」

…そのころ・ロンドン市内…

小柄な少女「……えーと「アルビオン・ロイヤル・タイムズ」をください」

中年の新聞売り「はいよ、お嬢ちゃん……いつものお使いかい?」

少女「そうなの、お父さんが新聞を読むのが好きだから……おじさんは?」

新聞売り「はは、おじさんは売る方なら得意だけど読む方はサッパリさ……今度読み方を教えておくれよ♪」

少女「うん、時間があったら教えてあげる♪」

新聞売り「楽しみにしてるよ……そういえばお嬢ちゃん、名前は?」新聞を抱えて立ち去ろうとする、ちょこまかした少女の後ろ姿に声をかけた……

少女「……マティルダ。マティルダっていうの」

新聞売り「マティルダか、良い名前だ」

マティルダ「ええ。私もお気に入りなの……それじゃあまたね♪」

…週末の夜…

アンジェ「……おおよその情報が集まったわね、そろそろ誰を「推薦」するか決めましょう」

ドロシー「そうだな。プリンセスとベアトリスが目星を付けたやつの中から、私とお前さんでそれぞれ選んで評価を突き合わせてみるとしよう」

…寮の生徒たちが就寝前の自由時間を勉学やおしゃべりに過ごしている間、アンジェとドロシーは部室にやって来て話し合っている……スカウト候補の生徒にはそれぞれ動物の名前をあてがい、特徴をそれらしい文言に置き換えることで「博物クラブ」の標本コレクションに添える解説文に見せかけてある…

アンジェ「ええ……それじゃあ一人目はこの生徒」

ドロシー「そいつか、私も「あり」だとは思ったんだが……」

アンジェ「気に入らない?」

ドロシー「ああ、本人の行動範囲がベアトリスに似通っているんだ。そいつが疑われてベアトリス……ひいては「白鳩」にまで飛び火するのはマズい」

アンジェ「なるほど、それじゃあ貴女の方は?」

ドロシー「それなんだが、こいつはどうだ?」

アンジェ「悪くはないわね。実家が金銭的に少々行き詰まっており、仕送りが満足ではない……」

ドロシー「学費以外は家にねだる訳にもいかず、そのくせ体面があるからつましく過ごすこともできない……上々じゃないか?」

アンジェ「ええ」

ドロシー「いんちきポーカーか何かでカモってやればにっちもさっちも行かなくなって、スカウトが来たら二つ返事で応じるようになるはずさ」

アンジェ「そうね……こっちの二人目はこれよ」

ドロシー「ふむふむ、貴族ではあるが親の爵位に不満を持つ男爵令嬢……か」

アンジェ「理想やきれいごとよりも嫉妬や欲望の方が原動力としての力をもつ。その点で言えばいい素材だと思うわ」

ドロシー「同感だね。ま、おおかた舞踏会か何かで恥をかかされたかなにかしたんだろう……貴族令嬢のくせに貴族社会を裏切ろうって言うんだから、嫉妬ってのは分からないもんだな」

アンジェ「そうね。次はこれ」

ドロシー「例の「プリンセス同好会」のひとりか」

アンジェ「ええ。とにかくプリンセスの事が大好きで、プリンセスに言われたら手を汚すこともいとわない」

ドロシー「そこまでのことを頼むわけじゃないし、後ろめたさもなく活動してくれるはずだな……おしゃべりだったりはしないよな?」

アンジェ「貴女の言う「墓石のように」とまでは言わないけれど、どちらかと言えば口の固い部類に入るわ」

ドロシー「分かった。お次はこれだ……♪」

アンジェ「なるほど、学内での不純な同性との交遊など不品行あり……現状ではそこまで度を過ぎてはいないが、誘惑されやすい」

ドロシー「それに「退学になっても構わない」と腹をくくるようなやつなら脅しも効かないが、幸いにしてそこまで度胸はすわっていないらしい」

アンジェ「そうでしょうね、家族としてみたらとんだスキャンダルになりかねない」

ドロシー「そういうこと。自慢の娘が「寄宿学校でよその貴族令嬢やなんかと乳繰りあっていた」なんて話が漏れた日には破滅だからな」

アンジェ「そうしたとき、親がもみ消そうとすればなおの事こちらの脅しが効くようになる」

ドロシー「ああ、何しろもみ消そうとしたってことは「知らなかった」って言い訳が通じないわけだからな」

アンジェ「その通りね……候補は以上かしら?」

ドロシー「そうだ。マッコール嬢……例のアイリッシュ系のやつだが、そもそも共和国寄りに見えるようなやつだから一緒にいるとあらぬ疑いを招く」

アンジェ「……それに、彼女は臭い気がする」

ドロシー「やっぱりお前さんもそう思うか……私もやっこさんの事は気に入らないんだ。事あるごとに王国のお嬢様たちと喧嘩してみたり、金欠ぶりを見せびらかしてみたり、アイルランドの血筋をひけらかしたりしてな……あいつはどうも共和国に親近感を感じている生徒を探り出すために王国が送り込んだんじゃないかって気がするんだよな」

アンジェ「同感ね。私たちからすれば露骨な餌だけれど、罠をしらない「共和国かぶれ」のお嬢様方なら簡単に引っかかる」

ドロシー「ああ……それじゃあ報告する「スカウト候補」はこれでいいな?」

アンジェ「ええ」

ドロシー「これでちっとは楽ができるようになるといいな?」

アンジェ「この任務が続く以上、その期待は望み薄ね」

ドロシー「相変わらず冷たいやつ……♪」

アンジェ「黒蜥蜴星人だもの……それに冷たいのではなくて「現実的」と言って欲しいわね」

ドロシー「はいはい♪」

~Case・プリンセス×アンジェ×ドロシー「The cocktail of death(死のカクテル)」~

…ロンドン市内・とあるパブ…

L「ご苦労、待っていたぞ」

ドロシー「どうも……じきじきにお目見えとは光栄だな」

L「なにしろ懸案の課題が片付いた訳だからな……どうだ?」レミーマルタンのボトルを指し示す……

ドロシー「ああ、もらおうか」

L「水か氷は?」

ドロシー「いいや、ストレートで」

L「うむ」グラスにとろりとした琥珀色の液体が注がれる……

ドロシー「どうも」

L「……なかなか大変な任務だったようだな。ずいぶん疲れているように見える」

ドロシー「まぁ、色々とな……」

L「そうか。とにかく報告を聞こうか」

ドロシー「ああ」

…数週間前…

ドロシー「……暗殺?」

L「うむ。この六ヶ月間に四人消された。我が方のエージェントが二人、協力者が一人……それに共和国との融和を唱えていた王国側の有力者が一人。いずれも公的には「急な発作」ということになっている」

ドロシー「そう何人も相次いで発作を起こすってのはおかしいよな」

L「その通り。こちらとしては王国側による暗殺だと考えている」

ドロシー「まぁそうだろうな……石ころを投げれば王国情報部の工作員に当たるようなご時世だ、おかしくもない」

L「うむ、こちらとしても実行を指示したのがどこかという事については悩んでなどいない……ただ」

ドロシー「ただ、なんだ?」

L「……暗殺の手段が分からんのだ」

ドロシー「へぇ?」

L「エージェントのうちの一人は共和国・王国間で取引を行っている貿易商という触れ込みで王国入りしていたのでな、大使館を通じて遺体はこちらに引き渡されたのだが……検死を行ってみても、これと言った外傷や内傷は見当たらない」

ドロシー「鉛玉を心臓に詰まらせた「発作」じゃないってわけか」

L「いかにも。死因は物理的なものではなく何らかの毒かショックだと思われるが、本人たちも十分注意を払っていたうえ、直前に一人きりになるような事もなかった」

ドロシー「つまり、オーダーメイドの毒を盛られるような機会がなかった」

L「さよう」

ドロシー「ホテルのルームサービスを頼んだり、誰かにもらったキャンディーをうっかりつまんだり……なんていうのもなし?」

L「なしだ」

ドロシー「……じゃあ誰が下手人かも分からない?」

L「うむ。それだけに状況は厳しい……誰が王国の工作員か分からず、かつどうやって暗殺を行っているのかも不明ときてはな」

ドロシー「それで私たちにお鉢が回ってきたというわけか」

L「そうだ。君たちの「植え込み」に関してはこちらも慎重を期してきた……昨日今日で慌てて送り込んだ粗製濫造のエージェントとは訳がちがう。その切り札を使わざるを得ないほどの事態だと思えば、こちらがどういう状態にあるか分かってくれるだろう」

ドロシー「スペードのエースを切らなきゃならないほど切羽詰まっているってことか……今度の任務もずいぶんキツそうだ」

L「君たちに過度の負担を強いていることは私も理解している。とはいえ六ヶ月に四人だ、このままでは王国での活動そのものに支障が生じかねん」

ドロシー「分かった分かった……それじゃあまた追加の「お小遣い」をねだらせてもらっても良いよな?」

L「額にもよるが、無事に解決してくれれば君らの活動予算に色を付けることもやぶさかではない」

ドロシー「よし、決まりだ。 それじゃあさっそく、小遣いついでにもう一杯もらおうかな♪」そう言ってグラスを軽く揺さぶってみせる……

L「いいだろう、そのくらいの価値はある」

………

アンジェ「……暗殺、ね」

ドロシー「ああ、おまけに手段も下手人も分からないときた」

アンジェ「だとしたら、暗殺された人物から地道に共通項を探していくしか方法はないわね」

ドロシー「そうだな」

アンジェ「まずはそれぞれのカバー(偽装)ね。どんな人物として壁のこちら側に潜り込んでいたのか」

ドロシー「消されたのは年若い植民地帰りのインド成金、それから裕福な商人とその取引相手という触れ込みで接触していた二人組、最後の一人はエージェントじゃなくて王国政界の有力者だ……いずれもそれなりに大物との付き合いがあって、金にも不自由はしていなかった」

アンジェ「それじゃあそれぞれ「成金」「貿易商」「取引相手」「名士」とでも呼ぶことにしましょうか……いずれにせよ、それだけでは何とも言えないわね」

ドロシー「とはいえ共通項はその程度なんだよな……」

…そういって肩をすくめるとスコーンにジャムとクローテッドクリームを塗り、それから口に運んだ……そばに置いてあるティーセットはケイバーライト革命風で、カップは歯車をあしらった絵柄が金色の絵付けで施され、ケイバーライトを模した青緑色の縁取りが施されている……ドロシーは時々思い出したように銀のティースプーンでカップの中をかき回しながら、暗殺されたエージェントたちの特徴を並べていく…

ドロシー「まず「成金」だが、インドにいた時分はサイだの象だのといった大物撃ちのハンティングが好きで、こっちに帰ってきてからは金にあかせて贅沢なパーティなんかを楽しんでいた。「貿易商」の方はパーティや食事、観劇は好きだが運動の苦手なタイプで「取引相手」は観劇こそ共通項だが暮らし向きはまるで違って、テニスに乗馬、クリケットの好きなスポーツマンタイプだ。通っていた社交クラブも違う」

アンジェ「なら、王国穏健派の「名士」というのは?」

ドロシー「人物名鑑や新聞記事で漁ってみたが、これもまたタイプが違う……趣味はキツネ狩りと犬の育種で、持っている猟犬や血統書付きの犬はケネル・クラブでも高い評価を得ているって言う大の犬好きだが、テニスもクリケットも好きじゃなかった。観劇も劇場から券をもらっていた手前義理で来ていたが、本人よりもっぱら夫人の方が楽しみにしていたらしい」

アンジェ「見事にバラバラね」小さく首を傾げてみせた……

ドロシー「ああ、まさに「あちらが立てばこちらが立たず」さ……」

アンジェ「どこかで一緒になるような機会はあったのかしら」

ドロシー「それも調べてみたが結果はなし……こっちのエージェントはみんな、王国防諜部が目を光らせているはずの王国穏健派の有力者には近づかないよう指示されているからな」

アンジェ「それもそうね」

ドロシー「とりあえず以上がこっちで調べてみて分かったことだ……そっちは?」

アンジェ「私の方は死因とタイミング……社交界のニュースを微に入り細を穿って書き連ねてくれるゴシップ記事には感謝しないといけないわね……亡くなったのはいずれも食事のあと」

ドロシー「……初めて共通点が出てきたな」

アンジェ「ええ。貿易商は夕食を済ませたあとにホテルのベッドで苦しみだして、医者を呼んだときにはもう手の施しようがなかった」

ドロシー「取引相手は?」カップをかき回す手を止めてティースプーンをソーサーに置くと、手を組んで少し身を乗り出した……

アンジェ「途中で軽食を挟んだクリケットの試合中に身もだえを始め、お抱え運転手がストランド街のかかりつけ医へ飛ばしていったけれど間に合わず」

ドロシー「ふーむ……それじゃあ穏健派の名士ってのは?」

アンジェ「ケネル・クラブで犬の品評会のあと開催された昼食会で突然のたうち回り始めて意識不明、居合わせたキツネ狩り仲間の医師が処置するも助からず」

ドロシー「……やっぱり毒物じゃないのか」

アンジェ「だとしても「誰が」「どうやって」という疑問が残る……もし飲食物に毒を盛るとしても、不特定多数の人間がいるところでその人物にだけ毒を仕込むのは難しいわ」

ドロシー「そうでもないさ。給仕やメイドのフリをしたエージェントがそいつの皿にだけ混ぜればいい」

アンジェ「残念ながら、名士の場合は自分で好きなように料理を取るビュッフェ・スタイルの昼食会だった……どの食器を使うか、どの料理を取るかまでは分からない。まさか会場の全員に毒を盛るわけにもいかない」

ドロシー「くそっ、それじゃあ振り出しだな」

アンジェ「ええ。とはいえどこで誰が盛ったか分からないままでは困る」

ドロシー「仕方ない、それじゃあまずはパーティの料理を担当した連中をあたってみるか」

アンジェ「私は参加者名簿を洗ってみる。まさか引っかかるとは思えないけれど」

ドロシー「気を付けろよ? 探りに来たことがバレたらこっちだって毒を盛られるだろうからな」

アンジェ「そのくらい予見はしているわ……ところで、コントロールはなにか言っていた?」

ドロシー「いいや。現状ではどんな毒物を……毒物だとしての話だが……使ったのか分からない以上、予防薬も解毒薬も作りようがないとさ」

アンジェ「頼もしいことね」

ドロシー「ま、いつものことだな」

アンジェ「それじゃあお互いに気を付けるとしましょう」

ドロシー「そうだな……耳よりな情報が入ったら教えてくれ」

アンジェ「そうするわ」

…下町の食堂…

労働者の女性「定食を一つとビールを半パイント」

食堂の給仕「はいよ!」

女性「ふぅ……」

…ロンドンの水蒸気と煤煙に夕陽も薄汚れて見える日暮れ時、勤めを終えた労働者たちが一斉に入ってきて騒がしい下町の安食堂……くすんだダークチェリー色のドレスとチョッキ、頭には薄汚れて灰色がかった白のハーフボンネットという「いかにも」な労働者の女性が座り、ぞんざいな態度で置かれた食事に手をつける…

女性「……」

…安食堂のメニューは日替わりの一つきりで、この日の献立は肉よりも軟骨の方が多いようなごわごわのポーク・ソーセージと表面のこげた肉パイ、それに匂いの強いチェダー・チーズが添えてある…

ドロシー「……隣、いいかい?」

女性「別にあたしの店じゃないんだし、好きにすれば良いわ」

ドロシー「どうも……今日の定食とエールをパイントでくれ。それとプディングはあるか?」

給仕「ああ」

ドロシー「それじゃあそいつもだ♪」

女性「……なかなか景気がいいみたいね」

ドロシー「なぁに、ちょっとした臨時収入があってね……良かったらおごるぜ?」シリング硬貨をテーブルの上に置いた……

女性「そう、そんなら……ビール、もう半パイントちょうだい! ……で、その「臨時収入」って?」

ドロシー「それなんだが、この間ケネル・クラブで急死騒ぎがあったろ?」

女性「ああ、お金持ちの病気だとかなんとか言うやつでしょ……ぜいたくな物ばっかり飲んだり食べたりしてるから胃でもおかしくしたのね」

ドロシー「かもな。で、その時の事を聞きたがっているブンヤ(記者)がいて、いろいろ話したら半クラウンもくれたのさ」

女性「へぇ……?」

ドロシー「いや、実を言うとあたしは関係も何もなかったんだが、適当な事を吹き込んでやったら大喜びでさ……」

女性「ツキがあるのね……あたしなんてその会場にいたって言うのに、聞いてくれる人なんて居やしなかったわ」

ドロシー「現場に?そりゃ本当かい? 何でもえらい騒ぎだったそうだけど……」あらかじめ当日雇われていたことを調べておいた上で接触した女性に対し、さも驚いたような……そして聞きたそうな様子をして見せるドロシー……

女性「ええ。あたしは臨時雇いで厨房の皿洗いをしてたんだけど、騒がしいから何が起こったのかスーに聞いたら……スーってのは料理を運んでた女の子だけどね……酒を飲んでいたお客のひとりが急に泡を吹いて倒れたとかって……」

ドロシー「大変だったろうな」

女性「そりゃあもう……何人かは初めての参加者だったらしいけど、ほとんど知り合いみたいな物だったそうだし……てんやわんやよ」

ドロシー「まさかそんな騒ぎを生で見るとはねぇ……せっかくだからもっと聞かせてくれよ♪」

女性「まぁいいけど、そんなに詳しく見聞きしたわけじゃないんだよ?」

ドロシー「まぁまぁ、どうせ部屋に帰ったってボロいベッドで寝るだけなんだ。時間つぶしにはちょうどいいや……しゃべっていると喉も乾くだろ、もう一杯頼んだらどうだ?」

女性「そう? それなら……」

………

…別の日・部室にて…

ドロシー「……ジギタリスにイヌサフラン(コルチカム)、はたまたトリカブト……リコリス(ヒガンバナ)なんていう極東からの新顔もいるな」

プリンセス「綺麗な花なのにみんな毒があるのね」

…プリンセスが王宮の図書室から持ってきた植物図鑑をめくって、症状の特徴が似ているものを探す…

ドロシー「美しいバラには棘があるってことだな……どうだいプリンセス、誰か黙らせて欲しいやつはいるかい?」

プリンセス「いいえ、大丈夫です」

ドロシー「そうかい、そりゃなによりだ」

プリンセス「ええ……それにもし誰かを黙らせるつもりなら手を汚さずに済ませたりしないで、ちゃんと自分で手を下すつもりですから♪」

ドロシー「……そりゃどうも」

プリンセス「実は今もドロシーさんのお紅茶に……」

ドロシー「ごほっ……勘弁してくれ。プリンセス、最近冗談のキツさがアンジェに似てきたんじゃないか?」

プリンセス「まぁ、アンジェと似ているだなんて……ふふっ♪」

…同じ頃・会員制社交クラブ…

うら若い女性「あらぁ、久しぶりねぇ♪ずいぶんとご無沙汰だったじゃない?」

アンジェ「ええ、ここしばらく機会がなくて……」

女性「そう、だったらその分を取り返さないとね?」

…そう言うとニコッとえくぼを浮かべてアンジェの手を取る女性……すべすべした白絹の長手袋越しに肌の暖かさが伝わって来ると同時に恋人つなぎで指を絡められ、同時に空いている方の手に手際よくシャンパンのグラスを握らせてくる…

アンジェ「え、ええ……///」ここでは純朴な令嬢を演じているアンジェは恥ずかしげに下を向き、ぎゅっと握りしめてくる手を弱々しく握り返す……

女性「ふふふ……ミス・クィンったら可愛いわね♪」

アンジェ「は、恥ずかしいですから言わないで下さい……///」

女性「そうね、このままでは失神してしまいそうだものね……奥の個室へ行きましょう♪」社交ダンスのステップを踏むような軽やかな足取りで、分厚いカーテンが引かれた奥のエリアへとアンジェをいざなう……

…数十分後…

女性「さ、もう一ついかが?」

アンジェ「いえ、その……///」

女性「どうか遠慮なさらないで?わたくしが貴女に食べさせてあげたいの……はい、あーん♪」ブドウをひとつぶ房からもぐと、指ごとくわえなければ食べられないような手つきでつまんで差し出す……

アンジェ「あーん……///」

女性「ふふふ、可愛いわ……わたくしの妹にしたいくらい♪」

アンジェ「お、お気持ちは嬉しいですけれど……///」

女性「おうちの方が許して下さらないのよね?」

アンジェ「はい……」

女性「世の中、なかなかままならないものね……良かったらもう一杯いかが?」飲み口はいいが意外と度数の強いシャンパンをいくども勧めてくる……

アンジェ「いえ、それがかなり酔ってしまって……」

女性「あらあら、わたくしったらいつもこうね。貴女が可愛いものだから、つい……酔いが治まるまで少し休みましょうか♪」

…女性は豪奢な寝椅子の方へとアンジェを引き寄せると「苦しくないように」と胸元のリボンをゆるめる……が、長手袋を外したしなやかな白い手は徐々に本性を現し、次第にアンジェの細い身体をまさぐり始める……

アンジェ「あ、あ……いけません……っ///」

女性「どうして? わたくしと貴女の間でいけないことなんてあるかしら?」笑みを浮かべてうそぶくと、シャンパンで濡れた唇をアンジェの鎖骨に這わす……寝椅子の上で組み敷かれたアンジェはドレスの裾をたくし上げられ、胸を波打たせている……

………

…数時間後…

女性「はぁ、はぁ……とっても素晴らしかったわ♪」

アンジェ「はぁ……はぁ……はぁ……」ドレスも乱れ肩で息をしているアンジェと、手の甲で額に滴る汗を拭い、爛々とした瞳に肉食獣のような欲望をたたえている女性……

女性「ふぅ……もしわたくしが死ぬようなことがあったら、こんな風に美少女と一緒に果てて逝きたいわ♪」

アンジェ「私、冗談でもそんなことを言ってほしくありません……」

女性「まぁ、嬉しい事を言ってくれるのね♪ でも分からないわよ?この間のクリケットの会みたいに、急に心臓の具合をおかしくする人だっているんだもの」

アンジェ「私も新聞で見ましたけれど、怖いですね……会に参加していた皆さんも知り合いだったそうですし、目の前でお友達が発作を起こすだなんて、考えただけでも……」そういうと母親の後ろに隠れる幼児のように、ぎゅっと女性にしがみついた……

女性「ふふ、大丈夫よ……でも、前回あの会はお友達だけだった訳ではないみたいよ?」

アンジェ「そうなんですか?」

女性「ええ。参加していたうちの一人と少し話す機会があったのだけれど、なんでもあの時は新規加入を希望する人たちへの説明会みたいなものだったから、いつもの仲間以外に十人あまりの新顔が来ていたって」

アンジェ「それじゃあ、いきなりそんなことがあって驚いたでしょうね」

女性「それもだけれど、後でスペシャル・ブランチ(ロンドン警視庁公安部)や内務省の取り調べが大変だったようね……もっとも、急な発作と言うことでカタがついたみたいだけれど」

アンジェ「お詳しいんですね」

女性「ええ、知り合いの令嬢がちょっとね……なぁに、妬いているの?」

アンジェ「べ、別に……///」

女性「まぁまぁ、可愛い嫉妬だこと♪ でも大丈夫、貴女はわたくしの「特別」よ……♪」そう言ってもう一度寝椅子に押し倒した……

アンジェ「あ……っ///」

………



ドロシー「ほーん……それじゃあ会場には一見さんもいたってわけか」

アンジェ「そのようね」

ドロシー「なるほど。あとはそいつらのリストがあれば完璧なんだがな」

アンジェ「リストはないけれど写真ならあるわ」

ドロシー「そう来るだろうと思ったよ……どうやって手に入れた?」

アンジェ「当日の新聞に掲載されるはずだったものの、この「急死騒ぎ」でボツになった記念写真を拝借してきたの。あとは人物名鑑や紳士録と見比べて当てはまらない人間を除外していけば良いだけ」

ドロシー「で、誰か残ったか?」

アンジェ「ええ、何人か知らない人物がいたわ……もっとも、下手人が写真撮影の時に現われていない可能性もあるけれど」

ドロシー「ま、そうなったらそうなったでその時に考えていけばいいさ……どれどれ」アンジェが持ってきたセピア色の写真をしげしげと眺めた……

…ケネル・クラブ主催の品評会の後で催された昼食会の集合写真には身なりの良いシルクハットの紳士たちと、しゃれたデザインのドレスに身を包んだ貴婦人たちが日傘や飾り付きの婦人帽の下から微笑んでいる…

アンジェ「残念ながら知らなかったり覚えていない人間も何人かいたけれど……ドロシー、貴女は分かる?」

ドロシー「どうかな。例えばどいつだ?」

アンジェ「こっちから見て右から三人目、隣の婦人の日傘で顔がちょっと陰になっている男」

ドロシー「あー、こいつか。なんだっけな……ウェルズリーじゃなくって……」

アンジェ「ウェザビー?」

ドロシー「そうそう、そいつだ。準男爵のパーシー・ウェザビー」

アンジェ「なるほど。それじゃあウェザビーから二人離れた所にいる、淡色のチョッキとシルクハット、手にステッキの口ひげの男」

ドロシー「んん? こいつは知らないな……」

プリンセス「……あら、アンジェにドロシーさん。お二人で写真を眺めてどうなさったの?」

アンジェ「プリンセス」

ドロシー「これはちょうどいいところに……少し教えて欲しい事があるんだが」

プリンセス「わたくしに? なにかしら」

ドロシー「いや、ちょいとこの写真を眺めて写っている人物の名前を教えてもらいたくってね♪」

プリンセス「ええ、構いませんよ」そう言うとドロシーが差し出す写真をしげしげと眺めたプリンセス……

アンジェ「この男、誰かしら?」

プリンセス「この人ならケルシャム男爵のご子息、モーガン・ケルシャム男爵令息ね」

ドロシー「さすが♪」

アンジェ「それじゃあこの、のっぽで面長の男は?」

プリンセス「えーと、確かどこかの省庁を訪問したときに見たような顔なのだけれど……そうそう、農務省の農政課長だったはず」

アンジェ「それなら確か……スタントンとか言ったかしら」

プリンセス「そうそう、ミスタ・スタントンって言ってたわ♪ 甲高い鼻声だったから印象に残っていたの」

ドロシー「やるねぇ……それじゃあこいつは誰だ?」記念写真の列に交じっている婦人たちの中で、押し出しの強そうなご婦人の二人の間に交じって、傾けた婦人帽でほとんど顔の隠れている一人を指さした……

アンジェ「私も気になっていたの、ドロシーも見覚えがないのね?」

ドロシー「ああ、こんなレディは知らないな……身体を見るにそこそこ若そうだが、肝心の顔が影になっていやがる。プリンセスはどうだ?」

プリンセス「いいえ、わたくしもこの方に見覚えは……」

ドロシー「それじゃあ他の写真も当たってみるか」他にもアンジェが集めてきた「取引相手」が暗殺されたクリケット親善試合の写真や、ケネル・クラブでの和気あいあいとしたパーティの一コマを撮った写真を次々と確かめていく……

プリンセス「ここにも一枚あったわ……でも写っているのは背中だけね」

ドロシー「こっちは花瓶が邪魔してやがる……こうまで顔が写っていないところを見ると、偶然じゃなく写真に写らないようにしていたと見るべきだな」

アンジェ「どうやらこの女が下手人と考えても良さそうね」

プリンセス「でも、年頃の女性と言うだけでは対象になる人間が多すぎるわね……」

ドロシー「どうにかあぶり出す方法を考えなくちゃな」

………

…とある洗濯屋…

洗濯屋のおばさん「いらっしゃい」

7「すみません、こちらをお願いしたいのだけれど……ワインをこぼして二か所もシミを作ってしまったの、どうにか綺麗にならないかしら?」

おばさん「ワインのシミねぇ……赤ですか、白ですか」首元や目尻にできたシワも目立つ腰の曲がった洗濯屋のおばさんが、チェーンで吊るしている小さなレンズの眼鏡をかけ直した……

7「それが、ロゼワインなんです」

おばさん「……そういうことでしたらシミ抜きをしなくちゃなりませんねぇ、どうぞこちらへ」

…洗濯屋・作業場…

ドロシー「忙しいところ呼び立てて悪かったな……お茶の時間を邪魔したくはなかったんだがね」洗濯女らしく洗濯桶の水でふやけた手でブラウスやエプロン、ペチコートなどを洗いながら話し始める……

7「お茶が冷めるまでに終わらせてもらえると助かるわ。それで、進捗状況は?」

ドロシー「そのことだが、暗殺に関わっているかもしれない人間の写真を手に入れた……と言えなくもない状態にある」

7「奥歯にものが挟まったような言い方ね?」

ドロシー「事実そうなのさ……」焼き増しした写真を渡すと、大まかな経緯を説明する……

7「……なるほど」

ドロシー「公務やなにかであれだけ人の顔を見ているプリンセスですら見覚えがないって言うんだ、ということは今まで表舞台に出たことのないやつか、さもなきゃ王国防諜部か何かの秘蔵っ子だぜ」

7「可能性はありそうね……それで?」

ドロシー「とにかくこいつが誰なのかあたってほしい……無論ばっちり身元が割れれば言うことなしだが、どこで見かけたとか、どんな場所にいたとか、そういうちょっとしたヒントだけでもいい。もしかしたら味方のエージェントの中には知っている奴がいるかもしれない……あるいはこっちに転向した元王国のエージェントだとか、スティンカー(裏切り者)どもにあたらせるのもアリだろう……ま、細かいところは任せるよ」

7「いつまでに結果を知りたい?」

ドロシー「そりゃ早い方が良いに決まってるが、あんまり目立つ動きをすると感づかれるだろうしな……適当な期間で頼む」

7「分かったわ」

ドロシー「それじゃあ頼んだ……私はあと一時間ここで洗濯物を洗わなくちゃならないんでね」

7「それじゃあこのシミを付けたブラウスも綺麗にしておいてちょうだいね」

ドロシー「あいよ」

………

…数日後…

共和国エージェント「お久しぶりですね」

共和国管理官「ああ、半年ぶりか? ……どうだ、ひさびさに旧交を暖めようじゃないか」シングルモルトのウィスキーをグラスに注いだ……

エージェント「僕の好きな銘柄です、覚えていてくれたんですね」

管理官「当然だ。君はストレートで良かったな?」

エージェント「ええ、乾杯♪」軽くグラスを持ち上げると、琥珀色の液体をゆっくりと味わった……

…しばらくして…

管理官「……こうして君と話すのも久しぶりだが、ロンドンの暮らしが合っているようでなによりだ……ところで」ひと束の写真を取りだした……

エージェント「何です? 判じ物かなにかですか?」

管理官「まぁそんなところだ……実はつい先頃、王国のエージェントが「壁越え」をしてな。手土産に王国側エージェントとおぼしき写真の束を持ってきてくれたんだが、こっちが把握していないやつが何人かいてな……見た上で知っている顔があったらどんなカバーを使っているのか教えてくれ」

エージェント「分かりました、どれどれ……」一枚ずつ写真を眺めていく……

エージェント「ああ、こいつは知っています。たしか財務省にいる男です」

管理官「さすがだな……続けてくれ」

エージェント「こいつは知らない……こいつは陸軍省の次官補に付いている秘書だったはずです……それからこの女は……」

管理官「見覚えが?」もちろん「亡命者の手土産」などと言うのは真っ赤な嘘で、有名無名の王国エージェントや協力者の写真に「帽子の女」の写真を混ぜ、あわよくば身元を特定させようという管理官……

エージェント「いいや、見たこともないですね……それにどのみち婦人帽をかぶっていたんじゃ、顔がほとんど隠れていて判別しようがありませんよ」

管理官「そうか、次はどうだ?」

………

…数日後…

ドロシー「……で、どうだった?」

7「残念ながらかんばしくないわね」

ドロシー「おやおや、昼飯をすっぽかしてまで駆けつけて来たっていうのにがっかりだな」肩をすくめるときゅうりのサンドウィッチにかぶりついた……

7「期待に添えなくて悪かったわ。こちらとしても出来うる限りの情報網を使って調べてみたけれど、「帽子の女」に関するこれといった手がかりはなし」

ドロシー「それじゃあ毒については?」

7「そちらについては少し進展があったわ」

ドロシー「よし、そうこなくっちゃな♪」サンドウィッチに塗ってあったカラシがきつかったのか顔をしかめ、それからハムのサンドウィッチに手を伸ばす……

7「共和国に戻ってきた遺体をこちらで詳しく解剖をしたところ、珍しい有毒成分が検出された……普通の検査では調べることすらしないような特殊なものよ」

ドロシー「むぐ、もぐ……それで?」

7「その成分は大変に強い毒素を持ちながら無味無臭、かつ水溶性であることから飲食物に混ぜれば大きな効果が期待できる」

ドロシー「そりゃあ大変だ」

7「そうね……ただしこの成分には重大な欠点が一つある」

ドロシー「重大な欠点?」

7「ええ。この毒素は空気にさらされているとすぐ無毒化してしまうの……実を言うと以前こちらでも研究が行われていたのだけれど、あまりにも使用可能な時間が短すぎて「物の役に立たない」と放棄されているわ」

ドロシー「そんな扱いが難しい毒を王国の連中はどうやって実用化したんだ?」

7「残念ながらその問題はまだ解明されていない……それにこちらでは研究を放棄していたこともあって、解毒薬の開発もあまり熱心には進められていなかったの」

ドロシー「今から発破をかけてみたところですぐ解毒薬が出来上がる……ってわけにはいかないだろうしな」

7「残念ながら。ただ、研究班が限定的ながら解毒作用のある試作品を開発してくれたから、万が一の時の備えとしてそちらに渡しておくわ」そう言うと、ポーチから油紙にくるまれた真っ黒けな丸薬を取りだした……

ドロシー「大きいアメ玉くらい寸法があるようだが、噛み砕けばいいのか?」

7「研究班によると、出来るかぎり噛まずに飲み込んだ方がいいそうよ」

ドロシー「こいつを丸呑みにするのは毒を盛られるのと同じくらい命に関わる気がするな……」親指と人差し指で丸薬をつまみ、しげしげと眺めた……

………



アンジェ「……つまり、毒物の種類は分かったと」

ドロシー「それにお守り代わりとして試作品の解毒薬ももらったよ……めいめいで一つずつ持っていることにしよう」

アンジェ「そうね」

ドロシー「ああ。しかし肝心の下手人についても、またどうやってそんな難しい毒を実用化したのかについても謎のままだ」

アンジェ「コントロールとしては頭が痛い問題でしょうね」

ドロシー「ああ、だがそれだけじゃない……コントロールの連中が勝手に頭を痛めるのは結構だが、このまま放置しておけばまた被害が出る。こちらとしても王国内務省の目をくらますために送り込まれた囮のエージェントだとか、実際に目や耳として情報収集にあたっている有益な協力者が減るのは困る」

アンジェ「その通りね、それじゃあどう犯人を捜す?」

ドロシー「あー……そのことなんだが、少しばかり危険な賭けを思いついてね」

アンジェ「危険な賭け?」

ドロシー「ああ」

アンジェ「分かったわ。それじゃあ何が「危険な賭け」なのか説明してもらおうかしら」

ドロシー「あいよ。だが無茶だからって怒るなよ? まだ思いつきの段階なんだからな……」

アンジェ「ええ」

ドロシー「……これまでの情報を総合すると、暗殺を実行しているのは王国エージェントとおぼしき女で、暗殺の手口は多数の人間がいるパーティや食事会における毒殺」

アンジェ「それで?」

ドロシー「そこでだ、あえて餌をぶら下げてやろうっていうのさ……事前に「どこそこのパーティへ共和国の情報部員が入り、ある書類を窃取しようとしている」なんて言えば、連中、特売日の主婦みたいにすっ飛んでくるぞ」

アンジェ「でも、そうなると……」

ドロシー「そう。どこに毒が盛られているか分からない食事や酒を飲む必要が出てくる……それにだ」

アンジェ「それに?」

ドロシー「私たちがパーティに参加するとしたら紹介状がいる……一介の女学生なんて身分じゃあほいさか参加させてはくれないしな」

アンジェ「……つまり」

ドロシー「プリンセスにご協力願う必要があるっていうわけだ」

アンジェ「なるほど……」

ドロシー「別にどうしてもってほどじゃない、必要なら紹介状の二枚や三枚くらいはどうにか手に入れてみせるさ……とはいえ」

アンジェ「一般の参加者だというのと、プリンセスの紹介だというのでは扱いも違ってくる」

ドロシー「その通り。それにプリンセスのご学友に毒を盛るようなやつはそういないだろう、そういう面で「保険」にもなるって寸法よ♪」

アンジェ「分かった、それじゃあその点については私からプリンセスに話してみる」

ドロシー「頼んだ」

…その夜…

アンジェ「……というわけなの」

プリンセス「なるほど、よく分かったわ。それじゃあ私の方で手を回してみるわ……」

アンジェ「助かる」

プリンセス「……ただし、条件があるの♪」礼を言ったアンジェの唇に指をあて、いたずらっぽい表情を浮かべてみせる……

アンジェ「条件?」

プリンセス「ええ♪」

アンジェ「それで、その「条件」とやらは?」

プリンセス「わたくしもそのパーティに参加すること」

アンジェ「プリンセス……!」

プリンセス「アンジェやドロシーさんが生命を賭けているというのに、わたくしだけがのほほんとしていることなんてできないわ」

アンジェ「だめよ。いくらプリンセスのお願いだとしても危険すぎるし、そもそもプリンセスがパーティに参加したら華がありすぎるからパーティ会場に耳目が集まって「帽子の女」は目立つことを恐れて現われなくなってしまう」

プリンセス「……どうしてもだめ?」

アンジェ「ええ、だめよ」

プリンセス「お願いよ、シャーロット……」ぎゅっと袖口をつかみ、うるんだ瞳で懇願するプリンセス……

アンジェ「だ、だめなものはだめよ……私情で言っているのではなくて、作戦が成り立たなくなるから言っているの///」

プリンセス「ねぇ、シャーロット……わたしのお願い、聞いて欲しいの///」

アンジェ「だから、一度だめといったものは何度言っても……///」

プリンセス「これでもだめ……?」ちゅ……っ♪

アンジェ「だ、だめ……///」

プリンセス「シャーロット……私はシャーロットが「うん」って言うまで止めないわよ?」

アンジェ「そんな勝手なことを……だいたい貴女のためを思って言っているの……に……んんっ///」

プリンセス「んちゅ、んむ……シャーロット、わたくしは貴女が「うん」って言わなくても全然構わないのよ? シャーロットがお返事を聞かせてくれるまで、好きなだけこうしていられるのだもの♪」

アンジェ「ふ、ふざけないで……こんな危険なことに貴女を巻き込む事なんてできっこ……んふ、んぅぅ……っ♪」

プリンセス「そんなに危険なことならますますシャーロットを巻き込むことなんてできないわ……んちゅっ、ちゅるっ……ちゅむ♪」

アンジェ「そ、そんなの詭弁だわ……んんっ///」

プリンセス「詭弁でもなんでも構わないわ、わたくしはシャーロットが色よいお返事をしてくれるまでこうするだけ♪」

アンジェ「……だ、だめ……脱がさないで///」

プリンセス「だったら脱がさないでしましょうか、それもまた想像の余地があって良いかもしれないわ♪」

…プリンセスがアンジェに覆い被さると、ゆったりした肘掛け椅子の上で脚が絡み合い、夜着の胸元や裾が乱れる……普段なら成人男性のエージェントですら振りほどけるアンジェだが、大好きなプリンセスから不意打ちを受けて、椅子の上で仰向けに近いような状態にされてはさすがに抵抗も難しい…

アンジェ「ば、ばか……///」

プリンセス「そうね、わたくしったら大変なお馬鹿さんだわ……だって大好きなシャーロットが側にいるというのに、いつも押し倒すことさえしないですました顔をしているんですもの」そのままアンジェに身体をあずけて唇を重ねた……

………

…翌日…

アンジェ「……おはよう」

ドロシー「ああ、おはよう」

アンジェ「ドロシー、紅茶をもらえる?」白いハイネックにパフスリーヴのロングワンピースで、胸元にはライトグレイのリボンをあしらっている……

ドロシー「そのくらい自分で注げよな……ミルクと砂糖は?」

アンジェ「砂糖ひとさじ、ミルクもお願い」

ドロシー「分かりましたよお嬢様……ほら、どうぞ召し上がれ」愚痴をこぼしながらも紅茶を注ぐとカップを渡した……

アンジェ「ありがとう……」

ドロシー「どういたしまして……ところでアンジェ」

アンジェ「なに?」

ドロシー「どうして今日はハイネックなんだ?」

アンジェ「……着たかったからよ」

ドロシー「そうかい? 妙に首もとを隠しているから何かあったのかと思ったんだがね♪」

アンジェ「……っ///」

ドロシー「いや、てっきり私はお前さんがアザでもこさえたのかと思ったんだが、杞憂だったならそれでいいんだ……ところでプリンセスの説得はどうだった?」チェシャ猫よろしくニヤニヤしながら尋ねた……

アンジェ「ドロシー、貴女ね……」

ドロシー「おいおいどうした、まぁ紅茶でも飲んで落ち着けよ♪」

アンジェ「あきれた……とりあえずプリンセスから紹介状をもらう手はずはついたわ」

ドロシー「そりゃなにより」

アンジェ「もっとも、プリンセスが一緒に行くといって聞かなかったけれど」

ドロシー「ごほっ、げほっ……冗談きついぜ」

アンジェ「私もそういったし、最後はどうにかプリンセスに折れてもらったけれど……」

ドロシー「その代わりに「名誉の負傷」ってわけか」

アンジェ「ええ、まだ痕が消えなくて……///」卓上の鏡を向けるとハイネックの首もとをめくり、白い肌に残っているキス痕が薄くなったか確かめるアンジェ……

ドロシー「ひゅう、なかなかお熱いねぇ……♪」

アンジェ「笑い事じゃないわ。誰かに見られたら好奇心をかき立てることになるし、できるだけ他人の注目を惹くことはしたくない」

ドロシー「まぁな。私みたいな「プレイガール」と違って、アンジェのカバーは地味の教科書みたいな性格なんだからな……とりあえず今日はその格好で過ごすしかないな」

アンジェ「ええ……いずれにせよ、パーティの招待状は手に入る。プリンセスともなれば百枚や二百枚の推薦状や招待状くらいはいつだって出しているし、私たち以外の「ご学友」にもたくさんの推薦状や招待状を書いているから、私たちがそういった書状をもらったからといって誰かが違和感を覚えることもない」

ドロシー「少なくとも「そう願いたい」ってところだな」

アンジェ「ええ……」

…翌日…

ドロシー「さて、パーティの日程が決まるまでにこっちも準備をしておかないとな」

アンジェ「とはいえ今回は騒ぎは厳禁。銃やナイフはもちろん、スティレット一本すら持ち歩くわけにはいかない」

ドロシー「そこはあちらさんも同じだろう。せっかく毒を盛ったのにナイフを使うようじゃ、足跡を消してから「行き先はこちら」って看板を立てるようなもんだ。それにこっちだってそういう時に使える小道具がなにもないわけじゃない……違うか?」

アンジェ「そうね、ちょっと出してみましょうか」

…蝶々の標本が収めてある部室の棚を特定のやり方で動かすと、カチリと音がして隠し棚がせり出した……浅い引き出しに敷き詰められた紅いヴェルヴェットの上には、綺麗なブローチや眼鏡、髪留めや指輪、それに煙草入れや香水の瓶、コンパクト(手鏡)といった小物が並べてある…

ドロシー「この手のおもちゃは久しぶりだな……どうだ?」ピジョンブラッド(鳩の血)と言われるビルマのルビーが埋め込まれたブローチを喉元に当ててみる……それからブローチの台座を特定のやり方でカチリとひねり、中に収まっている粉薬の量と状態を確かめる……

アンジェ「良く似合うわ。私はこっちね……」アンジェは淡い色合いの瞳を引き立てるブルーサファイアのブローチを手に取り、台の隠しスペースに入っている灰色の粉薬を小瓶のものと入れ替えた……

ドロシー「そっちのは麻痺薬だったな。あとは指輪にペン、もろもろの化粧品くらいだな」

アンジェ「そうね」化粧品のポーチに白粉の容器、口紅、飾りも美しい香水の瓶、化粧に用いる筆のセットと手際よく詰めていく……

ドロシー「その指輪をはめるのか……当日は気を付けろよ?」

アンジェ「分かっているわ、何しろ「バラの指輪」だものね……」指輪に絡みついている三輪の赤バラを特定の組み合わせでねじると、小さいが鋭利な針先がにゅっと現われた……

………

…コントロール…

7「書類が出来上がりました」

L「うむ、そこに置いておいてくれ」

7「はい」

L「……しかし、今回はまるで雪で隠れた薄氷の上を飛び跳ねている気分だ」

7「そうですね」

L「ああ……もっとも、そのくらいしなければ例の相手は出てくるまい」

7「同感です。しかしあちらが動くかどうか……」

L「動くさ、少なくとも私が王国防諜部ならな」

…同じ頃・ノルマンディ公の執務室…

ノルマンディ公「……ふむ」

ガゼル「なにか?」

ノルマンディ公「ああ、少し気になることがあってな……この情報をどう見る?」

ガゼル「共和国による情報の受け渡しですか」コントロールの流した偽情報とはつゆ知らず「とびきりの情報を掴んだ」と王国情報部員が上げてきた報告をさっと読み通す……

ノルマンディ公「うむ、このパーティに出席する予定の人間はたいてい身元調査が済んでいるが……残りの人間で共和国の情報部員をしていそうな者というと……」

ガゼル「気になるのはこの男です」

ノルマンディ公「理由は?」鋭く問いかける……

ガゼル「幼い頃に両親と死別、育ての親である男爵も数年前に亡くなっていて出自をたどることができず、浪費額にくらべて領地や株から得られる収入が少ない」

ノルマンディ公「なるほど……だが違う」

ガゼル「そうですか」

ノルマンディ公「うむ。本物のスパイなら疑われるような金の使い方はしない……よほどのバカ者でない限りはだが」

ガゼル「なるほど」

ノルマンディ公「まぁいい、下がってよろしい」

ガゼル「はい」

ノルマンディ公「……ふむ、ここはひとつ使いどころか」一人で指しているチェスの駒を一つ動かした……

………



…メイフェア校・部室…

ドロシー「分かっちゃいるとは思うが、今回は予備のチームも後方支援もなしだ」

アンジェ「ええ」

ちせ「私も行けたらよかったのじゃが……」

プリンセス「ごめんなさいね、私の用意できた招待状が二枚だけだったの……本当はアンジェと二人きりで行きたかったし……」後ろの方は自分にしか聞き取れない程度に小さくつぶやいた……

ドロシー「とにかく、パーティに出かける私とアンジェ以外は校内でいつも通りに過ごしてくれ。いいな?」

ベアトリス「はい」

ちせ「うむ」

プリンセス「ええ」

ドロシー「結構だ……それに会場じゃあどんな毒を盛られるか分からないんだ、行かない方が正解ってもんだ」

プリンセス「そう、そうね……」

ドロシー「なぁに、心配はいらないさ。こっちにはアテにならない解毒薬もあるし、なにより盛られる可能性があるって分かっているんだ……予想がつくって言うのはこの業界じゃあ「勝ったも同然」ってことさ♪」

アンジェ「ドロシー」

ドロシー「おっと、このままだと冷血女に説教をされそうだからな……当日は夕方から出かける、定時連絡はベアトリスがやってくれ」

ベアトリス「はい」

…パーティ当日…

ドロシー「ベアトリス、後ろを留めてくれ」

ベアトリス「はい」

アンジェ「ベアトリス、ドロシーの方が終わったらこちらも手伝ってもらえるかしら」

ベアトリス「もちろんです」

…ベアトリスに手伝ってもらいながらパーティ会場にふさわしいドレスを身にまとうドロシーとアンジェ……ドロシーは袖口や裾にレースをあしらった艶やかなディープグリーンのドレスで、下に着ている黒いビスチェが胴体を引き締めているおかげで、メリハリのある豊満な身体がよりいっそう際立っている。頭には薄いレース飾りをほどこした黒系のトーク(つばのない円筒形をした帽子)をちょこんとのせ、印象深いルビーのブローチで首もと、そして豊かな胸元へと視線を誘う…

ドロシー「しっかしこのビスチェはキツいな……これじゃあ会場の食べ物を楽しむわけにはいかないな」

アンジェ「ビスチェがキツいんじゃなくて、単に貴女が太ったんじゃないかしら」

ドロシー「言ってくれるな」

…アンジェは上等だが華やかさに欠けるブルーグレイ系のドレスで、雄クジャクのように華やかなレディたちがひしめき合うパーティ会場にあって目立たないことを狙っている……首もとにはブルーサファイアのブローチをつけ、上品な婦人帽には鳥の羽根と小さな白いサテンのリボン、日本産の真珠をあしらった飾りを付けている……二人とも足元はヒールで活動的とは言いにくいが、パーティである以上は編み上げの革ブーツと言うわけにもいかないのでいたしかたない…

ベアトリス「どうぞ、できましたよ?」

アンジェ「ありがとう……まぁ、これならいいわ」姿見で自分の姿を眺め、派手すぎでもなく、また地味すぎでもないことを確かめる……

ドロシー「ああ、十分だ……ベアトリス、私はどうだ?」

ベアトリス「いいと思います。華やかですし堂々としているように見えます」

ドロシー「……私が図太いって言いたいのか?」

ベアトリス「ち、違いますっ!」

ドロシー「そういうことにしておくよ……さ、そろそろ行くとしようか」

アンジェ「ええ」

ベアトリス「気を付けて行ってきてください」

ドロシー「おうよ♪」

…パーティ会場…

ドロシー「おうおう、こりゃあなかなかゴキゲンな規模のパーティだな」

アンジェ「……目標の人物を特定するのには少し手間がかかりそうね」

…お雇い運転手がドアを開けてくれるのを待ち、後部座席からなめらかに降りるアンジェとドロシー……会場になっている邸宅の前庭には、石畳の車道に沿って次々とRRやハンバー、フランスからの輸入車である華奢なパナールやルノー、ドイツのダイムラーといった自動車や、紋章付きの貴族の馬車が乗り付けてくる……邸宅の召使いたちが入れ替わり立ち替わりで客の招待状を確かめ、その中でも身分のある客人は白い口ひげをたくわえたいんぎんな執事が案内する…

ドロシー「ま、パーティは長い……」

アンジェ「餌になる「エージェント」が毒を盛られる前に片付ける必要を考えなければね」

ドロシー「はは、そう悩みなさんな♪ ラテン語の書き取りも代数の試験もなし、素敵なパーティじゃないか」

アンジェ「楽天的でうらやましい限りね」

ドロシー「ま、悲観的になっても物事は変わらないからな……召使いが来た」

召使い「失礼いたします、招待状の方を拝見させていただいてもよろしゅうございますか?」

ドロシー「ええ♪」

アンジェ「はい」

召使い「結構でございます。ではこちらへどうぞ」

…会場は広々とした大広間で、左右の壁沿いに設けられたテーブルには軽い立食形式の食事と、さまざまな種類の酒が用意されている。会場からは見えない中二階では室内楽団が軽い音楽を奏でていて、グラスや皿を手にした紳士淑女が会話を楽しんでいる…

ドロシー「……それじゃあここからは別々に行動しよう。私は目立つように動き回るから、アンジェはその間に「帽子の女」を探してくれ」

アンジェ「分かった。見つけたら合図する」

ドロシー「ああ」

アンジェ「くれぐれも飲み過ぎたりしないでちょうだいね」

ドロシー「任せておけ♪」そう言っている手には、すでにシャンパンのグラスが握られている……

アンジェ「……」一瞬だけ呆れたような表情でドロシーを見ると、かすかに肩をすくめて人混みの中へと消えていった……

ドロシー「まるでしつけのなっていない犬っころを見るような目をして行きやがった……」任務中なので唇を湿す程度に口を付ける……

ドロシー「……いいシャンパンだ」

ドロシー「さてさて、帽子の女はどこかな……」

…ちょっとくだけたパーティ向けにチャーミングな表情を浮かべ、かろやかに会場を巡るドロシー……会場はにぎやかで普通の会話程度なら他人に聞かれることもなく、屋敷のあちこちにある小部屋では商売や浮気の相談など、ちょっとした秘密の会話に興じるべく忍んでいる人間が何人かいた…

ドロシー「……うーん、こうも多いと探すのが大変だ。こうなったらカウンターのそばだな」

…パーティのために雇われた数人のバーテンダーが、きちんとした格好でシェーカーを振り、あるいはマドラーで飲み物をステアすると、喉の渇いた客たちが次々とグラスを受け取っていく……いずれ帽子の女も飲み物を取りに来るだろうと、ドロシーは話しかけてくる相手とたわいない会話を続けながらバーカウンターのそばで待ち受けることにした…

バーテンダー「お嬢様、お飲み物は何になさいますか?」空になったシャンパン・グラスを受け取ると丁寧にたずねる……

ドロシー「そうだな……それじゃあジョン・コリンズを」

若い貴族「私ももらおう」

…ジンとレモンジュース、シロップ、炭酸水を加えた爽やかなカクテルは蒸し暑さを感じるパーティ会場ではちょうどいい……よく冷えていて、表面にうっすらと露がおりたコリンズ・グラスの中身を軽くあおる…

ドロシー「ん、いい味だ」

貴族「確かに絶妙だね……ミス・キンバリー、何かお飲みになりませんか?」

若い貴族令嬢「そうですね、でしたらマティーニを……それと少し甘めにしてくださる?」

貴族「分かりました。君、マティーニを少し甘めにだそうだ」

バーテンダー「はい」

キザな貴族「僕にはうんとドライなマティーニを頼むよ。それからオリーヴはいらない……あんなのは味の邪魔さ♪」上等な帽子を傾けてかぶり、ステッキをもてあそびながら笑みを浮かべている……

遊び人風の貴族「ははは、生意気なことを♪」

遊び慣れた雰囲気の淑女「わたくしも何かいただこうかしら」

遊び人「結構ですな、レディ・スタイルズ……ジョン・コリンズなら口当たりもさっぱりしていてよろしいと思いますが」

淑女「そう、ならそれにしようと思います」

バーテンダー「かしこまりました」初老に近いバーテンダーがカクテルを作ると、余分な動きのない手つきで手際よく酒を注いだ……

遊び人「ところでレディ・スタッブスの話を聞きました?」

淑女「レディ・スタッブスがどうなさいましたの?」

遊び人「いや、それがね……いい歳をして召使いに手を出したんですよ」

淑女「まぁ、いやらしい!」甲高い声でわざとらしく非難してみせる……

遊び人「いやまったく、それも女の子……ですよ?」

淑女「信じられませんわね!」ますます憤慨してみせる淑女…

キザ「ま、年頃の遊び相手もいない可哀想なご婦人だからそういうことをするのさ……僕ならそういうご婦人でも付き合ってあげるけれどね♪」

遊び人「言うじゃないか、見目麗しいご婦人しか相手しないくせに」

淑女「あら、そうなんですの?」

キザ「さぁ、どうでしょうね……♪」とびきりの笑顔を浮かべてシルクハットを小さくもちあげた……

大声で話す貴族「バーテンダー、グロッグを頼むぞ!ジャマイカ産のラムでな!」

面長の貴族「閣下は相変わらずでいらっしゃいますな、まだ海軍のしきたりが抜けきらないと見える」

…海軍上がりと見える中年の赤ら顔をした貴族と、まるでデコボココンビを組んだかのように対照的なのっぽの貴族……赤ら顔の貴族はごく普通に話しているつもりのようだが、それでもトップマストの先端に届くのではないかと思うほど声が大きい……バーテンダーから大きめのグラス入ったグロッグ(ラムの水割り)を受け取ると、ぐいぐいとあおる…

大声「うむ、海軍と言えばラムだからな。ホワイトホール(海軍省)も近ごろはケイバーライト飛行船のおかげで肩身が狭いが……なぁに、あんなものは一時の流行に過ぎんよ!」

面長「人間は空を飛ぶようにはできておりませんからな」すかさず相づちをうつ……

大声「さよう、現にこの間の新造飛行船のテストではケイバーライト機関にトラブルが起きて危うかったと聞いておるぞ!」

ドロシー「……」かたわらでグラスの中身をちびちびと舐めながら「一気に面白くなってきた」と、会話に耳をそばだてる……

話し好きの貴族「そのことなら私も聞き及びました。着陸と消火が間に合ったから良かったようなものの、もう少しで大爆発を起こすところだったとか」海軍上がりの貴族におしゃべり好きを始めとする何人かが加わり、ますますにぎやかになる……

中年婦人「まあ、恐ろしい」

はね上げひげの貴族「心配ご無用。わが王国の飛行船はそんな事故を起こすような粗雑な作りにはなっておりませんからな」

片眼鏡の貴族「とはいえ、上空から焼けた破片が降ってくるような事があったらたまりませんな……」

おどけ者の貴族「この「ケイバーライト・マティーニ」なら歓迎だがね♪」ケイバーライトによる産業革命にあやかった、澄んだミントグリーン色をしたカクテルを片手におどけてみせると、周囲の人々から軽い笑いがもれた……

ドロシー「……しかし「帽子の女」はどこだ?」

…カクテルグラスを片手に談笑する紳士淑女たちに社交的な笑顔を振りまき、あたりさわりのない言葉を交わしつつも、油断なく会場を巡るドロシー……アンジェも同様に会場を歩き、お互いの死角をカバーしつつまんべんなく探って回る…

ドロシー「くそ、ここで見つけられないと面倒なことになるぞ……」ぬるくなりはじめたジョン・コリンズをちびちび飲みながら、いかにも楽しんでいるような面持ちで会場を探し回る……

ドロシー「……ん?」

…パーティ会場で誰と親しげにするでもなく、かといって手持ち無沙汰というほどでもなさそうな様子でグラスを持っている一人の女性……地味なミディアムグレイのドレスに目元が隠れるような婦人帽で、帽子の下からのぞく薄い唇からはときおり笑みも浮かんでいる…

ドロシー「あいつか……?」

帽子の女「……」周囲の人混みなど存在しないかのようにするすると会場を横切っていくと、にこやかにバーテンダーの方に近寄っていく帽子の女……

ドロシー「……奴だ、間違いない」

…エージェントとしての勘に加え、動きに感じる無駄のなさや、目立ちたくない時には消え失せてしまう絶妙な存在感など「同業者」どうしに相通じる雰囲気を感じ取った……まるで影のような帽子の女と違い、その場限りで忘れてしまうようなよそ行きの愛嬌と色気を振りまきつつバーカウンターに近づいていくドロシー……ほとんど空になったコリンズ・グラスから絹の長手袋を通して、冷や汗のような雫が手のひらに伝ってくる…

帽子の女「ドライ・マティーニをいただくわ」

バーテンダー「かしこまりました」

…そう言ってバーテンダーの方へ軽く手を伸ばすと同時にドレスの右袖口からかすかに白い粉がこぼれ、次々と消費される氷の容器に降りかかったようにみえた…

帽子の女「……いいお味ね」

ドロシー「……」額にうっすらと浮かぶ汗は会場の熱気とアルコールのせいばかりではない……

バーテンダー「お嬢様は何になさいますか?」

ドロシー「あぁ、そうね……私にはカンパリ・ソーダを」

バーテンダー「はい、ただいま」イタリアの紅い色をしたリキュール「カンパリ」を発見の合図と決めておいたドロシーとアンジェ……

帽子の女「……」カクテルグラスを持ったまま、女はしゃなりしゃなりとした歩き方でバーカウンターから離れていく……

ドロシー「あいつ、氷に盛ったのか?だが氷に毒を盛ったなら全員が中毒を起こしそうなもんだが……」

ドロシー「……」

…いぶかしがりつつも女との距離をじりっ、じりっと詰めていくドロシー……帽子の女が向かう先には、ちょうど氷の入ったウィスキーを受け取った一人の紳士……事前にコントロールが送り込んだ「餌」がいて、帽子の女はそこに近寄っていくと隣に立っている別の紳士に何やら話しかけて「餌」の紳士を含めた視線を引きつけつつ、反対側の袖口からウィスキーのカットグラスに薄灰色の粉を溶かし込んだ……

ドロシー「……そういうからくりか」

帽子の女「……」

…帽子の女はグラスに粉が溶けたのを見届けると雑談を切り上げ、すました態度のまま場を離れようとする…

白ひげの紳士「……なるほど、感心なことです」

共和国エージェント(囮)「いや、そうお褒めいただいてはかえって恥ずかしい……しかしこの部屋にいると喉が渇きますなぁ」

ドロシー「きゃっ……!」

…わざと近くを通りすぎつつ、さりげない手つきでグラスを持つ相手の手首をはね上げるドロシー……囮のエージェントがいましも飲もうとしていたウィスキーがばちゃりとはね、磨き上げた床にこぼれた…

囮「おっと、いかん! お怪我は?それにお召し物は大丈夫ですかな?」

ドロシー「はい、どちらも平気です。ですがせっかくのお飲み物をこぼしてしまって……」

囮「なに、ウィスキーなどまた取りに行けばいいだけの事ですから……それよりも裾にかかってしまったようですよ。奥に行けばご婦人の化粧室があるはずですから、そこでお召し物を直していらっしゃったらいかがですかな?」

ドロシー「そうですわね、そうします……済みません、わたくしお化粧室の場所が分かりませんので、お付き合いいただけます?」

帽子の女「……ええ」

白ひげの紳士「うむ、それがいい。グラスはここに置いて行きなさい」

ドロシー「そうさせていただきますわ。せっかくわたくしにぴったりの毒を調合してもらったのですから♪」

白ひげ「ははは、お上手ですな……わしもこの手の毒は大好きですぞ♪」

ドロシー「どうやら気が合いそうですわね……では、しばらく」にこやかな表情のまま帽子の女を逃がさぬよう、絶妙な位置を取る……

帽子の女「……」

ドロシー「ご面倒でしょうけれども、どうかお付き合いくださいましね?」

帽子の女「……」

………

…化粧室…

帽子の女「さあ、着きましたわ」

ドロシー「助かります……それじゃあそろそろお芝居はおしまいにしようじゃないか」パーティ会場向けに取り繕っていた態度をかなぐり捨てると、帽子の女を化粧室の壁に押しつけるドロシー……

アンジェ「……この女ね」するりと化粧室に入ってくると、邪魔がこないよう入口を見張りつつドロシーの手伝いができる位置についた……

ドロシー「間違いない。これから持ち物をあらためるところだ」

アンジェ「任せるわ」

帽子の女「……」

ドロシー「どれどれ、ご婦人は何をお持ちかな……っと、その前にお顔を拝見させてもらおうか」目元が隠れるようにかぶっている婦人帽を脱がせて、洗面台に置いた……

帽子の女「……」

ドロシー「へぇ、なかなかの美人じゃないか。せっかくの顔を隠すなんてもったいないぜ?」唇が薄く頬の血色は少しが悪いが、それなりに整っていて悪くない顔立ちをしている帽子の女……

帽子の女「……」

アンジェ「……」さっと視線を向けた一瞬の間に、コントロールから見せてもらった王国エージェントの肖像画やポートレートを思い浮かべ脳内で照合するアンジェ……思い当たる顔がないことが分かると、目や髪の色、おおよその顔立ちや雰囲気、それに指や耳の形といった変装の難しい身体のパーツを記憶した……

ドロシー「せっかくアドバイスしてやったのにつれないね……それからそんなにアクセサリーを付けていたら肩がこって仕方ないだろう、ちょっと預かるよ」

…ドロシーたちが身に付けているアクセサリーと同じようにどんな仕掛けが施されているか分かったものではないので丁寧に、しかし手際よくネックレスや指輪、イヤリングを外して洗面台に並べていく……派手さはないがすっきりした宝飾品のスタイルから言うと、帽子の女はどこに顔を出してもおかしくないよう、野暮ったいオールドミスでも、またお飾りとしての「なんとか夫人」になっているでもない、独立志向のある活動的な貴婦人といったカバーを作っているらしい…

ドロシー「お次はこれだな……調べてみてくれ」手に持っていた黒いヴェルヴェットの化粧品ポーチと招待状を手際よく取り上げるとアンジェへと渡す……

アンジェ「ええ」

帽子の女「……」

ドロシー「それじゃあその間に手品のタネを見せてもらうとして……なるほど、こういう仕掛けか」

…パーティ会場では身だしなみとして長手袋が欠かせないことを利用して、手袋の中で隠れている中指に裁縫で使う「指ぬき」のような薄手のリングをはめ、そのリングと小手のように手首に付けた毒薬の袋をひもで繋いである……誰かに薬を盛りたいときは中指をちょっと折り曲げて手首を下に向けるだけで袋の口が開き、毒薬がこぼれ落ちる仕組みになっている…

帽子の女「……」

ドロシー「どうやらちょっとしたイタズラのためじゃあなさそうだな……そっちはどうだ?」

アンジェ「身元が割れそうなものは何も。化粧品は上等だけれど特注みたいな物はなくて、百貨店で買える既製品ばかり。アクセサリーにも細工はなし」

ドロシー「招待状の名前は?」

アンジェ「レディ・クリスティン・ハーウッド……ハーウッド男爵家はちゃんとある貴族の家系だけれど、こんな成人女性の娘がいるなんて聞いたこともない」

ドロシー「それじゃあ家系図のどこかで紛れ込んだってわけかい」

アンジェ「そのようね」

ドロシー「……所属は?」

アンジェ「何も。紙入れには嘘っぱちの恋文数枚、ザ・シティにある銀行の小切手帳、お父様から受け取った真心のこもった偽物の手紙……身分証や本人の手がかりになるようなものは紙切れ一枚なし」

ドロシー「いいね、素人さんじゃないってわけだ……」

アンジェ「あまり遅いと怪しまれる、手際よくね」

ドロシー「ああ」

…空中でピアノを弾くかのように軽く指先を動かすと、慣れた手つきでドレスの下の身体をまさぐっていく……両の手首に付けている毒薬の袋は外してアンジェの方に放り出し、それからまた撫でるように身体検査を進めて行く……乳房の回りは女性エージェントならではの隠し場所ではあるがありきたりで、ドロシーがしつこく愛撫するように探しても何も見つからない…

アンジェ「……」

ドロシー「まさか丸腰ってこともないだろうが……」シックで飾りの少ないドレスとはいえ、ドレープ(ひだ)やあちこちのふくらみを全て触って確かめるとなるとそれなりに時間がかかり、調べてもなかなか見つからない状況に焦りを感じ始めた……

アンジェ「……時間がない、下の方は私が」見張りをやめ、ドロシーとは反対に帽子の女の足元から調べていこうとする……

帽子の女「ふ……っ!」

ドロシー「ちっ!」細身の身体からは思いもよらないほど強烈な膝蹴りを受けそうになり、とっさにクロスさせた腕で受けとめたドロシー……

帽子の女「……!」

…帽子の女は蹴りでドロシーを一歩下がらせることに成功すると同時に、ドレスの下にまとっていたビスチェと身体のすき間から真鍮とガラスでできたシリンジ(注射器)を引き抜いた……そのままフックを打ち込む要領でアンジェの首もとにシリンジを突き立てようとする…

アンジェ「くっ……!」

ドロシー「どけ!」アンジェを突き飛ばすと同時に左腕に突き立てられたシリンジの針と、身体に流れ込む冷たい液体を感じ取った……

アンジェ「はっ!」石張りの床でくるりと一回転すると帽子の女の背後を取り、片腕で首を締め上げると同時に、バラの指輪から小さく突き出した針をぶつりと頸動脈に突き立てた……

帽子の女「ぐ……っ!」

帽子の女「う……くっ……」身をよじり振りほどこうともがいたが、アンジェの細い……しかし強靱な腕は蛇のように絡みついて首を締め上げ「帽子の女」はとうとうぐったりと崩れ落ちた……

アンジェ「……はぁ」

ドロシー「やれやれ、どうにかなったな……」

アンジェ「どこが「どうにかなった」よ……どうして腕で毒針を受けとめるような真似をしたのよ、この馬鹿」

ドロシー「とうとう「馬鹿」と来やがったな……簡単さ、私の方がお前さんよりも体格が大きいんだ。毒が回るにしても少しは時間がかかるだろうし、致死量もより多く必要だ。幸いなことにシリンジの全部を流し込まれたわけじゃないしな……」あごをしゃくった先には半分ほど残ったシリンジが落ちている……

アンジェ「強がりを……もう唇が紫色じゃない」

ドロシー「そうかもしれないとは思ってたぜ。何しろひどく寒いからな……なぁに、心配いらないさ。私たちには例の「お守り」があるんだからな」

…唇を青くし、まるで凍えたように震えながら洗面台に寄りかかり、それでもいつもの不敵な笑みを浮かべてみせようとするドロシー……おぼつかない手つきで化粧品ポーチから取りだした、例の真っ黒な「解毒薬」を手に持った…

アンジェ「飲める?」

ドロシー「飲めるさ……一気に飲み下すにはちと大きいが、出来るだけ大きいまま飲み込んだ方がいいらしいからな……」

…赤んぼうの握りこぶしとまでとは言わないが、大きめのアメ玉ほどもありそうな丸薬をにらみつけると口に放り込もうとする……が、手が震えて薬をうまく口元に持って行けない…

アンジェ「……貸しなさい」ドロシーの手から丸薬をひったくると自分の口に入れ、それからドロシーの口に自分の唇を押し当てると、舌先で丸薬を送り込んだ……

ドロシー「んっ……! んぐっ、ぐっ……ん゛ん゛ぅ……っ!」大きな丸薬を飲み込もうと目を白黒させる……

アンジェ「しっかりしなさい、ちゃんと飲み込むのよ」

ドロシー「ん゛ん゛っ……ぶはぁ!」

アンジェ「どう、飲み込めた?」

ドロシー「どうにか。だが卵を飲み込む蛇みたいな気分になったぜ……うえっ、げほっ!」

アンジェ「……大丈夫?」

ドロシー「あ、ああ……くそ、まったくひでえ味だ。苦いクセに薄甘くて、ニンジンの出来損ないみたいだ……」洗面台の水栓をひねって口をゆすいだ……

アンジェ「文句を言わない……どう?」

ドロシー「そうすぐに効果が出たかどうかなんて分かるかよ……気のせいか寒気は収まってきた気はするがな」

アンジェ「ならいいわ。ともかく、毒針の身代わりをするなんて無茶にもほどって言うものがあるわ」

ドロシー「古女房みたいにガミガミ言うな、頭に響く……おしゃべりする暇があったらホールから酒をくすねてきてくれ」

アンジェ「どうする気?」

ドロシー「知れたことさ。そいつを個室に放り込んで酒を浴びせかけておけば、酔っ払いだと思って誰も関わり合いにならないだろうし、こっちが退散するまでの時間が稼げるだろう」

アンジェ「なるほど、回るのは毒だけではないようね」口調はいつもと変わらないが、どことなく気づかうような雰囲気が感じられる……

ドロシー「だろ?」

…数分後…

アンジェ「……戻ったわ」

ドロシー「おう」

アンジェ「効果はあったようね、だいぶ血色が戻っているみたい……瞳を見せて」まぶたを広げて瞳を確かめ、それから指先を見つめるように言って近づけたり遠ざけたりしてみる……

ドロシー「おかげでな、どうにか震えは収まってきた……とにかくこの薬に即効性があってよかったぜ」

アンジェ「そうね」

ドロシー「ああ……それで酒は?」

アンジェ「持ってきた。その女が飲んでいたのはドライ・マティーニだったからジンにしたわ」

ドロシー「気が利くな。もしかしたらウィスキーは飲まない性質(たち)かもしれないしな……運ぶのを手伝ってくれ」

…細身の女性とはいえ、ぐんにゃりとしている死体を運ぶのは容易ではない……人体の引きずり方を心得ているドロシーとアンジェも動きにくいドレスのままでは四苦八苦で、ようやくのことで「帽子の女」を便座に座らせることに成功すると、酔い潰れているように見せかけるためにジンをふりかけ、最後に帽子を目深にかぶらせた…

アンジェ「どうにかなったわね……」

ドロシー「だな。あとは退散するまで大人しく振る舞っていればいい」

アンジェ「そうね」

ドロシー「まったく、ひどいパーティだぜ……おかげで酔いも覚めちまった」

アンジェ「結構ね、酔っ払いの相手はしたくないもの」

…数時間後・メイフェア校…

ドロシー「ふぅ、今日はくたびれたぜ……とはいえ、無事に「帽子の女」を排除することもできたし、一日の成果にしちゃ悪くないんじゃないか」

アンジェ「そうね。それより身体の調子は?」

ドロシー「どうにかなってるよ、まだフラフラするような感じだが」

アンジェ「それはただの飲み過ぎね」

ドロシー「そりゃあどうも」

…ネストに立ち寄ってパーティ用のドレスから着替え、メイフェア校の部室に戻ってきた二人……ぐったりと倒れ込むようにして肘掛け椅子に座り込んで靴を脱ぎ捨てるドロシーと、呆れた様子で肩をすくめながらもドロシーの分まで片付けるアンジェ…

アンジェ「……ところで」

ドロシー「うん?」

アンジェ「さっきの事だけれど……ドロシー、貴女の言うとおりね。あの時はあれが最善の策だったと思うし、賢明な判断だったわ」

ドロシー「よせよ。こういうのはお互い様、だろ?」

アンジェ「いいえ、それだと私の気が済まないから……ありがとう」

ドロシー「いいってことよ……ただ、そこまで言うんならお礼の品でももらっておくかな♪」

アンジェ「……あげてもいいけれど、モノによるわ」

ドロシー「そうだなぁ……それじゃあお前さんが先週もらってからこのかた「隠し棚(カシェット)」で後生大事にしまって、一日に一枚ずつ食べている、リボンをかけたプリンセスの手作りクッキー……」

アンジェ「……」

ドロシー「……なんて言った日には、この部屋にしまってある毒薬を全部飲まされることになりそうだからな。壁の入れ込みに隠してあるレミー・マルタンをもらおうか」

アンジェ「そうね、そのくらいの頼みなら」カットグラスに琥珀色の液体を注いで渡した……

ドロシー「ありがとな……しっかしドレスを着ていたからあちこち締め付けられるし、ヒールを履いていたから足は痛むし……毎日のようにこれをやっているだなんて、プリンセスってのは大したもんだな」

プリンセス「……わたくしがなにか?」

ドロシー「っ!」

アンジェ「ただいま、プリンセス」

プリンセス「ええ、お帰りなさい……それでドロシーさん、わたくしがどうかしましたか?」

ドロシー「いや、プリンセスは毎日けったいなドレスやヒールの靴で踊ったりおしゃべりしたりで大変だって思ってね」

プリンセス「慣れてしまえばそう大変でもありませんよ?」

ドロシー「そうかもしれないが……それより、もうお休みの時間かと思っていたが」

プリンセス「ええ。わたくしもそろそろ寝台に入ろうかとは思っていたのですけれど、そろそろお二人が戻ってくる頃かと思って……それで、首尾はいかがでした?」

ドロシー「あー、まぁ……なんだ……」ちらりとアンジェの方に視線を向けた……

アンジェ「ドロシーときたら相変わらずの無鉄砲だったけれど、どうにかなったわ……」

…帽子の女を見つけ出して化粧室に連れ込んだところで立ち回りになったこと、その際にドロシーがアンジェをかばって毒薬を注射されたことや、試作品の解毒薬のおかげで助かったこと、そのあと何食わぬ顔でパーティ会場に戻って過ごし、誰にも疑われることなく帰ってきたことなどをかいつまんで説明した…

プリンセス「まぁ、なんてこと……それでドロシーさん、お身体は何ともありませんか?」

ドロシー「見ての通りピンピンしてるよ♪」

アンジェ「馬鹿は死んでも死なないように出来ているらしいわ」

プリンセス「あぁ、良かった……それにしてもアンジェをかばって毒針を受けとめるだなんて、わたくし、感謝のしようもないくらい……///」

ドロシー「なぁに「腕っこきエージェント」としてたまには格好を付けさせてもらわないとな……それに、礼ならもうもらってるよ♪」そういってコニャックのグラスを揺さぶってみせた……

プリンセス「まあ、アンジェったら……命の恩人へのお礼がたったそれだけ?」

アンジェ「いえ、だって……」

ドロシー「ああ、お互いにただの冗談なんだから気にするようなことじゃあ……」

プリンセス「いいえ、ドロシーさんはわたくしのアンジェを助けてくれたのですから……精一杯のお礼をさせていただくことにします♪」ドロシーの手からグラスを取り上げるとテーブルに置き、唇を押しつけた……

プリンセス「ん、んむ……ちゅ……ちゅぅ♪」

ドロシー「おい、ちょっとまっ……ん、んんっ///」

プリンセス「ぷは……さぁアンジェ、貴女も一緒に「お礼」をしないと♪」

アンジェ「……なるほど、言われてみれば、そういう「お礼」の仕方もあったわね」

ドロシー「待てよ、いくらなんでも冗談が過ぎ…………んむっ///」

アンジェ「ちゅる……ちゅ……っ♪」

…肘掛け椅子から跳ね起きようとするドロシーの胸元を「とん…っ!」と掌で突いて椅子に戻すとまたがるようにして覆い被さり、抗議の声を上げかけた口に舌を滑り込ませる……ねちっこく絡む唾液には熟成されたコニャックの味わいが混じり、唇を離すと朝露を帯びた蜘蛛の巣のような銀色の糸がとろりと垂れた…

ドロシー「んはぁ……っ、アンジェ、お前……ふざけるのもたいがいに……///」

プリンセス「ん、ちゅ……ぅ♪」

ドロシー「んんぅ……っ///」

…アンジェが唇を離したところで、あらためて出かかった台詞を吐き出そうと息を継ぐドロシー……が、文句を言う前にプリンセスがアンジェと入れ違いに唇を重ねる……アンジェのより少し柔らかく温かい唇が押しつけられ、就寝前に飲んだらしいミルクの甘い風味が口の中に広がっていく…

プリンセス「ふふ、ドロシーさんったらアンジェのことばっかり……わたくしの事も見てくださらないと嫌ですわ♪」

ドロシー「あのなぁプリンセス、こいつはいくらなんでもおふざけが……んんっ///」

アンジェ「ドロシー、私の事も気にかけてほしいものね」ドロシーの左側から顔を寄せ、首筋を甘噛みしながらうなじに息を吹きかける……

プリンセス「もう、ドロシーさんったらアンジェにばかりにかまけて……わたくしの事を忘れてしまわれてはだめ♪」右側から身体を近づけ、耳元にささやきかける……

ドロシー「や、やめ……同時に耳元でしゃべるなぁ……っ///」

アンジェ「あら、貴女が素直に「お礼」を受け取らないからいけないのよ……ふーっ♪」

プリンセス「わたくしとアンジェはドロシーさんに悦んでいただきたいだけですもの……れろっ♪」

ドロシー「ふわ……ぁぁっ///」

アンジェ「ここが弱いのは相変わらずね……ドロシー♪」かろうじて聞き取れる程度の声でそう言うと、耳たぶを甘噛みする……

プリンセス「遠慮なさらないで、ドロシーさん? 身体の力を抜いてわたくしたちに預けてくださればよろしいのですから……ね?」内緒話をするようにドロシーの耳元に手をかざし、甘やかすようにささやくと耳を舐めあげた……

ドロシー「あ、あっ……んあっ、ん……っ///」

アンジェ「プリンセス……♪」

プリンセス「アンジェ……♪」

…左右からくすぐるようにささやきかけてくるアンジェとプリンセスの声に身体の力が抜け、甘い吐息が漏れる……椅子の肘掛けをつかんでずり落ちないようにしているのが精一杯といったドロシーの顔の上で、アンジェとプリンセスが身体を伸ばして唇を交わし、それから示し合わせたように微笑を浮かべると、ドロシーの豊満な身体を締め付けているコルセットの結び紐を左右からほどき始めた…

プリンセス「ふふ、ドロシーさんのお肌は相変わらず綺麗ですね。それに張りがあって、まるでわたくしの手に吸い付くよう……♪」

アンジェ「まったく、この身体でいったい何人の女をたぶらかしてきたのかしらね?」

…コルセットを脱がし、窮屈そうにしていた白くずっしりした乳房があらわになると、左右から手を伸ばして愛撫するアンジェとプリンセス……それぞれの片手がドロシーの胸を優しく揉みしだき、もう片方の手が引き締まった腹部から下の方へと滑っていく…

ドロシー「はーっ……はぁぁ……っ♪」頬を紅潮させて額に汗を浮かべ、焦点の定まらない瞳で天井を見上げたまま、甘い喘ぎ声をあげている……

アンジェ「それじゃあ……指、入れるわよ」くちゅ……♪

プリンセス「ふふ、わたくしも……♪」ちゅく……っ♪

ドロシー「あぁ……んあ、ああぁ……っ♪」

プリンセス「ねえ、アンジェ……ひとつ思いついたことがあるのだけれど♪」アンジェと重ね合わせた手でドロシーの濡れた花芯をなぞりながら、意味深な表情を浮かべた……

アンジェ「ふっ、貴女も意外と意地悪ね……まぁいいわ」

プリンセス「あら、アンジェだってまんざらでもないくせに……♪」

アンジェ「さあ、何の事かしら?」

プリンセス「ふふふ、とぼけちゃって……それで貴女はどう思うの、『プリンセス』?」

アンジェ「どうかしら……わたくしには分かりませんわ『アンジェ』♪」

プリンセス「そう……ならドロシー、貴女ならどう思う?」ちゅく、ぬちゅ……っ♪

アンジェ「ドロシーさん、答えていただきたいわ♪」くちゅくちゅっ……ちゅぷっ♪

ドロシー「はひっ、あひ……っ……頭が……おかしくなるぅ……っ///」耳元で入れ替わりながらささやくアンジェとプリンセスに、脳の神経が短絡を起こしたような感覚を覚える……

アンジェ「ふふ、ドロシーさんに悦んでいただけて嬉しい限りですわ♪」

プリンセス「膝まで愛液でべとべとにして、結構なご身分ね」

アンジェ「あら、でもこれは「お礼」なのだから、ドロシーさんにはもっと気持ち良くなっていただかないと……そうでしょう、アンジェ?」

プリンセス「それもそうね、プリンセス……そういうわけだから続けるわね、ドロシー♪」ぐちゅ、じゅぷ……っ♪

ドロシー「はひゅ……っ、はひっ……いぃ゛っ♪」

………

…一時間後…

ドロシー「はひ……はへ……ぇ……」

アンジェ「ドロシーったらすっかりお疲れのようね」

プリンセス「そうね。でもわたくしはまだ……ねぇ、アンジェ///」

アンジェ「分かったわ」

…壊れた操り人形のように手足を投げ出し、息も絶え絶えといった様子のドロシーをよそに甘い口づけを交わすアンジェとプリンセス……普段は優しげなプリンセスの瞳は今や熱を帯びて爛々と輝き、アンジェの冷たい瞳もゆらめく炎のように光をたたえている…

アンジェ「あむ……んっ、ちゅ……♪」

プリンセス「ん、ちゅる……ちゅむ……っ♪」

アンジェ「あ、あっ……そこ……いいわ……」

プリンセス「アンジェ、わたくしにも……んっ、あ、あぁん……っ♪」

…音がしないよう敷かれている分厚い絨毯の上、花びらのように周囲に散らばったコルセットやペチコートの中で重なる白い身体……見回りの寮監たちもすでにベッドに入っている時間帯ではあるが、年相応の女の子が布団の中で内緒話をするように声を潜め、互いの耳元で甘い言葉をささやき合う…

アンジェ「好きよ、プリンセス」

プリンセス「私もよ、シャーロット……♪」

アンジェ「んっ……///」

…アンジェにとって、プリンセスのささやく「シャーロット」は無邪気に入れ替わりを楽しんでいた頃の懐かしさと暖かさを思い起こさせる言葉で、それを耳にするだけで氷のように冷徹な心が溶け、身も心も裸にされてプリンセスに見透かされているような気持ちになってしまう…

プリンセス「ふふ……可愛い♪」

アンジェ「可愛くなんてないわ……///」恥ずかしさを隠すように、ぷいと背中を向けてしまう……

プリンセス「そういう所が可愛いわ……♪」そう言うと中指をそっと背中に伸ばし、背骨に沿ってそっと撫でていく……

アンジェ「あ……んっ///」

プリンセス「ふふ、やっぱり可愛い♪」

アンジェ「……知らないわ///」

プリンセス「もう、意地っぱりなんだから……ところでアンジェ」

アンジェ「なに?」

プリンセス「今回の暗殺に使われていた毒だけれど、即効性はあっても持続性がなかったのでしょう?」

アンジェ「そうね」

プリンセス「王国のエージェントは一体どうやってその毒を実用化したのかしら」

アンジェ「ああ、そのことね……」床の上で仰向けになると、冷めた口調で淡々と話し始めた……

アンジェ「確かにあの毒自体には即効性があるけれど、効果の方もすぐ消えてしまうから共和国の方では「役に立たない」と考えて開発を中止していた」

プリンセス「ええ」

アンジェ「けれど、あの帽子の女が持っていた薬は一種類だけじゃなかった」

プリンセス「そう言っていたわね。でも、わざわざ二種類の毒薬を用意するくらいなら最初から一種類で済む毒を持っていけば良いように思えるのだけれど」

アンジェ「二種類とも毒薬ならね」

プリンセス「……どういうこと?」

アンジェ「女が持っていた薬のうち片方は毒薬で、もう一つはその毒薬の効果を持続させる薬だった……もちろん、詳細な働きや成分はコントロールに調べてもらう必要があるでしょうけれど」

プリンセス「それじゃあ、つまり……」

アンジェ「あの会場にいた全員が「毒薬を持続させる」方の薬を摂取していたわけね」

…プリンセスの優しくいたわるような愛撫に身をゆだねたまま、冷静な口調で淡々と続ける……硬くなった乳房の先端をつままれたりすると少し声が乱れるが、話し方に変わりはない…

アンジェ「……とはいえ、それだけでは何の害にもならない。これなら同じものを食べたり飲んだりしている人間がいるから毒殺を疑われることもないし、自分は「持続薬」の方を飲まないでおけば、口移しで毒を飲ませることだってできる」

プリンセス「そんな毒薬が……」

アンジェ「ええ。もっとも、今回の件でからくりは判明した……共和国の研究部門も忙しくなるでしょうね」

プリンセス「……シャーロット」

アンジェ「気にしなくていい。私は貴女のためなら毒だって飲み干せる」

プリンセス「もう……それじゃあシャーロットにはわたくしの毒をうんと飲み干していただくわ♪」そう言って唇を重ね、舌を絡めた……

…case・アンジェ×ベアトリス「The Dreamer」(夢見る人)…

…ある日のこと・教室にて…

紅いリボンを付けたクラスメイト「ねえ、ベアトリス」

ベアトリス「なんですか?」

…ベアトリスに話しかけてきたのは豊かな巻き毛をリボンでまとめているクラスメイトで、貴族の令嬢とは言いながらも意外と気さくで年相応に噂話やファッションにも興味があり、もちろん王室……ひいてはプリンセスの話題も好きな少女だった……そして金属の喉をつけたベアトリスにも分け隔てなく接してくれ「プリンセスの話題を聞き出す」と言ったような打算も抜きに良くしてくれるいい人間ではあったが、少々お節介やきな所があり、情報活動をしているベアトリスとしてはありがた迷惑な、ちょっと付き合いにくいクラスメイトだった…

リボン「貴女って占いとかには興味ある?」

ベアトリス「占い、ですか?」

リボン「そうなの。すっごく当たるって最近話題になっているのよ?良かったら一緒に行きましょうよ」

丸眼鏡のクラスメイト「その人は毎週とある邸宅で会を開いていて、普通ならお願いしても半年は待たないといけないらしいのだけれど、今度わたくしのお知り合いが紹介してくれるって言うの」

つり目のクラスメイト「こんな機会は滅多にないわよ、どう?」

ベアトリス「えぇと、そうですねぇ…お気持ちは嬉しいですけど……」

…どちらかと言えば地味で引っ込み思案なベアトリスは、いきなり積極的に話しかけてきたお嬢様たちの勢いに少々閉口している……上手い断り方を考えている間にも目を輝かせ、にぎやかに誘ってくるクラスメイトたち…

リボン「それにほら、あなたって普段からシャーロット王女のお側仕えで忙しそうで、私たち級友なのになかなか一緒にお出かけする機会もないし」

丸眼鏡「そうそう、せっかくの機会だしちょっとくらいは良いじゃない。王女さまだってそのくらいは許してくれるわよ、ね?」

つり目「そうよそうよ。私たちね、もっとあなたとお話してみたいなって思っていたんですもの!」

ベアトリス「えーと、こればかりは私の一存では決めかねることなので……王女様に相談してみますね?」

つり目「まぁ嬉しい!楽しみにしているわね!」

丸眼鏡「もしお休みが頂けそうにないなら、わたくしたちからも口添えしてあげるわ!」

リボン「せっかくの機会ですもの、ぜひご一緒しましょうね♪」

…数時間後・部室…

ベアトリス「……ということがありまして」

プリンセス「まぁ、それは楽しそうね。ぜひ行っていらっしゃいな♪」

ベアトリス「でも、私は姫様のお側にいないと……」

ドロシー「なぁに、プリンセスがじきじきにそうおっしゃっているんだ。遠慮しないで行ってくりゃいいさ」

プリンセス「ドロシーさんの言うとおりよ、ベアト。わたくしに尽くしてくれるのは嬉しいけれど、たまには級友の皆さんとお出かけして交友関係を持つことも大事よ」

ベアトリス「そうですか、姫様がそうおっしゃるのなら」

アンジェ「……それにしても占い、ね」

ベアトリス「アンジェさん、どうかしましたか?」

アンジェ「いいえ。ただ、かつて占いだの魔術だのがアテになった試しはないわ。あんなものは大抵の場合はトリックか、どうとでもとれる言葉を上手く使って相手を煙に巻いているだけ」

プリンセス「まぁ、アンジェったら夢がないわね」

ドロシー「こいつはそういう冷血女さ……前にカード占いをしたときだってそうだったしな」

アンジェ「現実主義者なだけよ」

ベアトリス「まぁまぁ。とにかく姫様のお許しが頂けたのですから、今度行ってみますね」

プリンセス「ええ、楽しんでいらっしゃい♪」

アンジェ「くれぐれもエージェントであることを見透かされたりしないよう、気を落ち着かせて行くように」

ベアトリス「分かりました」

ドロシー「ついでに来週のお天気も占ってもらってきてくれよ」

ベアトリス「もう、からかわないでくださいよ」

ドロシー「はいはい……ったく、占いで宿題が出されるかどうか分かれば良いのにな」

アンジェ「そんなことを言っている暇に手を動かせば良いだけよ」

ドロシー「言ってくれるぜ」

…数日後…

ベアトリス「……ここ、ですか」

リボン「ええ、そうよ」

眼鏡「なんだかずいぶん雰囲気のあるお屋敷ね……」

…ロンドン市内でも再開発が進まなかった一画にひっそりと建っているチューダー様式のお屋敷は、長い年月と煤煙で黒っぽくすすけていて、どこか重苦しい雰囲気を漂わせている……庭はそれなりに手入れされていて、緑の木々やバラの棚も整えてあったりするが、背の高い樹木がかえって陽光を遮り、お屋敷に暗い影を落としているような印象を与える…

つり目「なぁに、この歳にもなってまだお化けが怖いのかしら?」

眼鏡「別に怖いだなんて言ってないでしょう!ただ、全体的に古めかしいし薄暗いから……ねぇ、ベアトリスもそう思うわよね?」

ベアトリス「そうですね、ちょっぴり薄気味悪いです……」

眼鏡「ほら、ベアトリスだってそう言っているじゃない」

リボン「おしゃべりはいいから行きましょうよ」玄関のドアノッカーを鳴らすと年月を経て黒ずんだ樫の扉が音もなく開き、黒髪を垂らしたハウスキーパーのメイドが出てきた……

メイド「……どちら様でございましょう」

リボン「こ、こちらの「占いの会」に参加しに来たのですけれど……」

メイド「さようでございましたか……では、どうぞ中へ」リボンの陽気な女学生が多少おずおずと招待状を渡すと、一礼して館へと招き入れた…

…邸内…

眼鏡「……中は意外と普通なのね」

つり目「確かにね。表のお化け屋敷みたいな雰囲気に比べるとずいぶんまっとうだわ」

メイド「お嬢様方、どうぞこちらへ……奥様は間もなく参りますので、どうぞお茶など」

リボン「え、ええ」

…廊下には深いえんじ色を基調にした厚手の絨毯が敷き詰められ、吸い込まれるかのように足音一つしない。廊下のあちこちにはそれなりに価値のありそうな絵画や飾り物が並んでいるが、光の加減によるものかどれも薄暗く陰鬱な感じに見える……天井から吊るしてあるシャンデリアやガス燈、あるいは所々で緑色の光を放っているケイバーライト燈はそれなりに数があって、邸内を明るく照らしていても良いはずなのだが、天井から下がっている飾り布や館の造りのためか限られた部分にしか光が届いておらず、かえってほうぼうに薄暗い影を作っている…

ベアトリス「……」

リボン「なぁに? ベアトリスったらそんなに怖いの?」

ベアトリス「あっ、すみません……///」リボンの女学生の腕に身体を寄せていたが、慌てて離れようとする……

リボン「……いいわよ、ちょっと薄気味がわるいものね」

…客間…

つり目「……良かった、この部屋は明るくて安心するわ」

眼鏡「なによ、散々わたしを怖がり呼ばわりしたくせに」

リボン「無理もないわよ、なんだかゾッとするような雰囲気だったもの」

…どことなく薄気味の悪いお屋敷の中を進んできたベアトリスたちは、明るく居心地の良い客間に内心ほっとしつつ、おっかなびっくりで歩いてきた互いの様子をからかいあった……室内の壁には何枚もの絵画や、錬金術か占星術の法則と思われる正体不明の図版、まるで生きているかのように見える剥製の鹿の頭が飾られていて、剥製のガラスでできた目玉が室内を映し出している……剥製の下には身長に少し足りない程度の大きさをしたキャビネットが置かれていて、ガラス戸の中には乾燥させたハーブや正体不明の乾燥植物、色とりどりの液体、古めかしい厚手の本などが整然と並んでいる…

つり目「何かしら、錬金術とか魔術の道具みたいね」

リボン「うかつに触るとイボガエルにされちゃうかもしれないわよ?」

つり目「よしてよ……」

メイド「失礼いたします」つり目の女学生が慌てて後ずさりをした矢先にメイドがノックをして入って来た……彼女が手押し車に載せてきたティーセットを並べると、ベアトリスの級友たちは年相応の女の子らしくお菓子を吟味し、甘いお茶でくつろぎはじめた……

眼鏡「結構なお味ですわ」

つり目「ええ」

リボン「ベアトリスさん、いかが? 素敵なバッテンバーグケーキよ」

ベアトリス「そうですね、いただきます」美味しい紅茶をお供に級友や王室の方々、あるいはスキャンダルになった時の人を話題に盛り上がるベアトリスたち……

メイド「奥様の準備が整いますまで、もうしばらくお待ちくださいませ……紅茶のお代わりをお注ぎいたしましょう」

ベアトリス「……?」

リボン「どうかしたの?」

ベアトリス「あぁ、いえ。なにか視線を感じたような気がしたんですけれど……気のせいだったみたいです」

つり目「このお屋敷だもの、どこかから幽霊が見ているのかもしれないわよ?」

眼鏡「もう、ケイトったら止めなさいよ!」

…しばらくして…

メイド「失礼いたします。奥様の支度が整いましたので……どうぞこちらへ」

リボン「ええ」

つり目「どんな占いをするのかしら……なんだかドキドキしてきたわ」

ベアトリス「そうですね」

…占いの間…

女主人「ようこそ、わたくしの館へ……さ、どうぞお掛けになって?」

リボン「……ではお言葉に甘えて」

…メイドに連れられてやってきた一室には「奥様」と呼ばれている女主人が窓を背に背もたれの高い椅子に腰かけていた……女主人は見たところぽっちゃり気味の中年女性にすぎないが、どこか浮世離れした雰囲気をかもし出していて、袖口に時代がかったレースがあしらわれたゴシック風の黒っぽいドレスもあいまって、年齢をおしはかりにくい……声はどちらかと言えば甘いような声質で、たるみの目立ちはじめた顔にはそぐわない…

つり目「失礼します」

女主人「かしこまらなくてもよろしいのよ? 可愛らしいお嬢さま方。そのお年でわたくしの「占いの会」にご興味があるなんて光栄なことですし……わたくしのささやかな声と導きで、貴女方の悩みが少しでも晴れればそれに勝ることはございませんわ……さぁ、そちらのお嬢様も遠慮なさらずに♪」

ベアトリス「えぇと……それで、私たちはなにか準備をしたほうが良いのでしょうか?」勧められた椅子におずおずと腰かけ、部屋の左右にそっと視線を巡らしながらたずねた……

女主人「そうですわね、ではまずは緊張をほぐしていただいて……お願い」

メイド「はい」

…メイドが女主人の後ろにあった窓に重くずっしりしたカーテンを引くと途端に室内が闇に包まれ、一寸先も見えぬ暗がりになった……と、女主人が手元にあったマッチを擦り、卓上の風変わりな形状をした燭台に刺さっていた蝋燭に火を点す……蝋燭の明かりが落ち着くにつれて、室内の装飾や家具がぼんやりと見えるようになってきたが、奇妙な装身具や占い道具とおぼしき不思議な小物がちらちらと照らされると、後ろの壁に不気味な怪物の姿のような影となって揺らめいた…

女主人「では、始めさせていただきましょう……どうぞ隣の方と手を取り合って……」

………



…その日の晩…

ベアトリス「すみません、遅くなりました」教師の一人に雑事を言いつけられ、それを済ませてから小走りでやって来た……

アンジェ「ええ……それで、占いはどうだった?」

ドロシー「あぁ、そういえばそんなことを言ってたな……で、来週の天気はどうだって?」

ベアトリス「いえ、そのことなんですが……」

ドロシー「どうした?」茶化すように尋ねたが、深刻そうなベアトリスの表情を見て一気に真剣な面持ちに変わる……

ベアトリス「それが……私も最初は半信半疑だったんですけれど、あの人は本当に魔力か何かを持っているのかもしれません……」

ドロシー「おいよせよ、占星術だのなんだのに凝ってるオールドミスじゃないんだぜ?」

ちせ「ふむ……占いと言えば「当たるも八卦当たらぬも八卦」というが、そう申すからには相当だったのじゃな?」

ベアトリス「はい。だって私たちの悩み事やこれから起きそうな事を、あいまいな言い方じゃなしに予言するんです……ちょっと背筋が寒くなるくらいでした」

アンジェ「くだらない。占いで将来が見えるものなら、コントロールやノルマンディ公は私たちのような人間の代わりに占い師を雇っているはずよ」

ベアトリス「それはそうかもしれませんけど……」

プリンセス「まぁまぁ、アンジェ……それで、その「占った」具体的な内容と言うのは?」

ベアトリス「はい。まずはケイトさんの学校の成績が振るわないこと……それもラテン語が苦手で、明後日のテストが気になっていることまで」

アンジェ「……続けて」

ベアトリス「それからシャーリーさん……今回私たちを連れて行ってくれたリボンの同級生ですけれど……彼女のおうちでおじいさまが亡くなったこと」

ドロシー「それから?」

ベアトリス「エミリーさん……眼鏡の子ですけれど、彼女が飼い猫のことを大事に思っていて、寄宿舎に連れてこられないので寂しく思っていること」

プリンセス「それで、ベアトは?」

ベアトリス「わ、私は……///」

ドロシー「どうした、お互いにエージェントとして人には言えないような秘密を共有する仲じゃないか? 言いふらしたりからかったりするような真似はしないから言ってみろよ」

ベアトリス「それが、その……私には心に秘めた人がいる……って///」

ちせ「ふむ……」

プリンセス「まぁ♪」

ドロシー「なるほど……」

ベアトリス「これだけじゃないんです。他にもいくつか占ってもらった事はあったのですが、それも当たっていて……」

ちせ「むむ……西洋には魔女というやつがいるとは聞いておったが、なかなかに面妖なものじゃな」

ドロシー「……」

アンジェ「……なるほどね」

プリンセス「アンジェ?」

アンジェ「今のベアトリスの話を聞くと、その「占い師」が「予言」したことは三つのパターンに分けられる」

ベアトリス「三つ?」

アンジェ「そう。いずれも多少の洞察力があれば簡単に分かる類のものよ」

プリンセス「……それで、その三つのパターンというのはどういうものなのかしら?」

アンジェ「これから説明するわ……まず一つめ。あいまいで誰にでも当てはまりそうな事柄」

ドロシー「例えばラテン語の書き取りやテストに苦労しているなんて「お告げ」がそれだ」

ベアトリス「でも、占い師さんはケイトさんの成績が振るわないなんてことは知らないはずですよ?」

アンジェ「年頃の女学生が頭を悩ませていることなんて、たいていは成績か恋愛くらいなものよ。大した想像力もいらない」

ドロシー「もし間違っていたとしても『この中の誰かの悩みが聞こえてしまっているようです』とかなんとか言ってごまかせば、誰か一人くらいは当てはまる奴がいるはずだ」

プリンセス「確かにそうね。それで、二つ目は?」

アンジェ「下調べをしておけば分かること……占いに来た人の家族が亡くなったとか親戚が結婚したとか、そういう類の「お告げ」ね」

ドロシー「その占い師のばあさんは予約をしてからじゃないと占ってくれないんだろ? きっとその間にお客はどこの誰でどんな親戚がいて、いつ結婚したとかじいさんが亡くなったとか、そういう情報を調べ上げているとみるね……その占い師のばあさんだが、まず間違いなく私立探偵のお得意さまだろうな」

ちせ「ふむ……では三つ目は?」

アンジェ「洞察力で見抜けるパターンね。その眼鏡の子が猫を飼っていることや寮に連れてこられないこと……こういうことは相手の言動を注意深く観察していると意外に気付く」

ベアトリス「でも、どうして猫だって分かったんでしょうか? 犬やハリネズミだっておかしくないはずです」

アンジェ「犬を飼っている人間と猫を飼っている人間は言動に違いがある」

ドロシー「例えばだが……その眼鏡っ子は紅茶にミルクを入れるとき、無意識に皿にもミルクを注ごうとして慌ててやめたりしていなかったか?」

ベアトリス「いえ、確かそういった行動はしていなかったと思います……」

ドロシー「ま、こいつは一つの例えだからな。他にも猫が逃げ出さないよう、ドアを細めに開けてすぐ閉めるとか……判断材料は色々あるさ」

ベアトリス「分かりました、そこまでは確かに洞察できると言うことにします……でも、私を占った時の「お告げ」はどうなるんですか?」

アンジェ「恋愛なんて言うのは占い師がもっとも相手にする分野だもの、むしろ真っ先に言われることでしょう」

ベアトリス「でも、そういうありきたりの言い方じゃなくて……遠回しで他の人には分からない言い方でしたけれど、間違いなく私にしか当てはまらないことでした」

プリンセス「そうなの、ベアト?」

ベアトリス「えっ? ええ、そうでした……姫様///」

アンジェ「それもおそらくは洞察したのでしょうね。貴女が王女のお付きをしていることは調べれば分かる、そしてプリンセスが敬愛するに値する人柄であることも間違いない」

プリンセス「お褒めにあずかり光栄だわ、アンジェ♪」

アンジェ「どういたしまして……そして貴女の思慕の対象がプリンセスかどうかは、気付かぬようにカマをかけてその反応をうかがっていたはず」

ドロシー「そしてお前さんはまだまだポーカーフェイスの上手な部類とはいかないからな……きっと表情で読まれちまったんだろう」

ベアトリス「で、でもっ……!」

アンジェ「まだ何か?」

ベアトリス「その占い師さんは本当に細かなことも言い当てることが出来たんですよ? それこそ、エミリーさんが今朝ティーカップを落としてしまった事まで……」

ドロシー「ぷっ……♪」

ベアトリス「何がおかしいんですか?」

アンジェ「より簡単な方法も使っていると分かったからよ……その「占いの会」が開かれるまで、屋敷のどこかで待たされなかった?」

ベアトリス「え、ええ……なんでも支度があるとかなんとかで、お茶を出していただいて……」

ドロシー「それだな。おそらくその部屋のどこかには隠し穴があって、お前さんたちをこっそりのぞき見し、会話も盗み聞きしていたのさ」

ベアトリス「えっ……!」

アンジェ「でなければそんな細かな話題を調べることなんて出来るわけがない……中世のころから変わらないインチキの手口ね」

このSSまとめへのコメント

1 :  MilitaryGirl   2022年04月20日 (水) 19:37:57   ID: S:0PlWh1

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2 :  MilitaryGirl   2022年04月20日 (水) 19:52:01   ID: S:ALCEBU

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3 :  MilitaryGirl   2022年04月20日 (水) 21:36:38   ID: S:PB90YV

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4 :  MilitaryGirl   2022年04月21日 (木) 06:54:29   ID: S:4qgopB

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5 :  SS好きの774さん   2024年08月27日 (火) 13:13:28   ID: S:MsoMKA

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