【ミリマスSS】千早「重なった鼓動と、新しいスタート」 (25)


ずっと私は過去に縛られてきた。幼い過去に背負ってしまった罪、その罪を償うために歌を歌うことだけに生きてきた。

歌っても歌っても、私を縛る鎖はきつく私の肉体を締め上げていった。やがて、その締め上げられた部分から血が流れ始めた。

それでも私は歌い続けた。それしか罪を償う方法が思いつかなかったから。そのまま朽ちても構わないと、ただ愚直に歌を歌い続けた。

しかし、大切な仲間と出会って、共に歩いて、私はその過去から解放された。仲間が私に、自分を縛り続けた鎖を断ち切るだけの勇気をくれた。

そこから私の歌は劇的に変わった。縛り上げられた喉から祈りを絞り出すような歌が、柔らかい朗らかな歌へと変わっていった。

 

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レコーディングスタジオ
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私は新曲のレコーディングを行なっている。765プロがさらに高みを目指すための大事な曲。私たちを導く輝く夢の美しさをまっすぐ伝える歌。

その歌詞とメロディーに呼応して、私の歌も大きく高く弾むように響く。

千早「We can do it now♩」

ディレクター「オッケー!お疲れ様。良い音撮れたよ」

千早「はい!お疲れ様でした!」

新曲のレコーディングが終わりブースを出ると、スタッフさんの拍手が私を迎えてくれた。

私はその拍手にお辞儀をする。良い歌が歌えたと自分でも確信できて、とても満足な心地だ。

ディレクター「千早ちゃんの歌、すごく柔らかくなったね。聞いててすごく良い気持ちになったよ」

その言葉に安堵する。このディレクターさんは、ずっと前からお世話になってる方だ。私の歌をずっと聴き続けて、導いてくれた方。

初めは少しの不安があった。私の変化した歌は、この方にどのように聞こえるのだろうと。

だけど、笑顔で私の歌を褒めてくださるこの方をみると、自信を持って良いのだと思う。私の歌は良い方向に変化したのだと。

だから私はその気持ちを真っ直ぐに伝える。

千早「はい!私も歌っていて凄く楽しかったです。次の機会もよろしくお願いします」

 


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765プロ 事務所
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そんな良い気分で事務所に戻ると、プロデューサーと音無さんが難しい顔をして手に持った紙を見つめていた。

2人の前には「如月千早」と書かれた箱が見える。この箱には見覚えがある。ライブの時に入場口のすぐ近くに置かれるプレゼントBoxだ。

だとすれば、2人が手に持っているのはファンの人からの手紙なのだろう。会場まで足を運んでくれて、わざわざ私のために筆をとって記してくださった、ファンの方々のこころが詰まった贈り物。

過去に縛られていた頃の私でさえ、その手紙たちには心を揺さぶられた。私がきちんと歩みを進めていると確信できる一番の贈り物が、その手紙だ。



じゃあ、なぜ2人はそれを見てそんなに難しそうな顔をしているのだろう?

2人はまだ私に気がついていないようなので、びっくりさせないように声を調整して尋ねる。

千早「あのー、お疲れ様です。どうかしましたか?2人ともなんだか困ったような顔をして」

私の問いかけにギョッとした表情をする2人。音無さんがさっと手に持った手紙を背中の方に隠して答える。

小鳥「ぴよっ!?千早ちゃん帰ってきてたの!?おおおおおおお疲れ様ですピヨピヨ」

明らかにおかしな態度。それを見てうっすら気がつく。きっと手紙に書かれてあることは、あまりよくない内容なのだろう。

じーっと音無さんが隠した手紙の方向を見つめていると、プロデューサーはその注意を遮るように私と音無さんの間に入り込んで言った。

P「おー、お疲れ。レコーディングは上手くいったか?疲れたろう?ほら、ソファーに座って休んでいろ。ココア淹れてやるから」

なんとなくいつもより早口のプロデューサー。それを見て疑念が確信に変わる。やはり、2人が見ていた手紙は私に見られると不都合なものなのだろう。

 


私はもう新人ではない。私の歌を聞いた全ての人が、ポジティブな関心を寄せることなどないことを知っている。

誹謗中傷めいた反応も少ない数あって、できる限りそれが私の目に触れないようにプロデューサーや音無さんが守ってくれていることも知っている。

もし音無さんが隠した手紙がその類のものであるならば、捨ててしまえばいいだけの話だ。あんな困った顔で、手紙の内容を眺める必要はない。

きっとその内容がネガティブであっても、私にとって大事なものだったから2人はその扱いに困っていたのだと思う。

だから、私はそれを読みたかった。私がさらに高みに進むために。



千早「あの、音無さんが今隠したもの、私に見せてくれませんか?」

音無さんは私の意図を汲み取ってくれたいで、おそるおそる背中に隠していた手紙を机に置く。プロデューサーの意思を確認するように、視線を動かす。

プロデューサーは困った顔を強めて逡巡した後、こくっと音無さんにうなづく。それを見た音無さんは、ゆっくり私の方に手紙を差し出してくれた。

私はそれを手に取り、書かれている内容に目を通す。綺麗な字で書かれた文章。きちんと丁寧に、私に気持ちを伝えようとしてくれたのだと感じる。

手紙を読みすすめると、ある文が目に留まりズキッと胸のあたりに痛みが走った。



-----千早ちゃんの歌、変わってしまいましたね。私は前の千早ちゃんの歌の方が好きだっなぁ。

 


なるほど。これは確かに2人があんな顔をした理由がわかる。ネガティブな気持ちが顔に出てしまっていたのだろうか、プロデューサーが私に言葉をかける。

P「...千早の歌は変わったよ。でも、俺は凄く良い方向に変わったと思う。前までの歌は他の歌手にはない胸を刺す鋭さがあったけど、あまりに鋭すぎて悲しくなることもあったから」

プロデューサーはひとつひとつ丁寧に言葉を紡ぐ。

P「でもな、変化についていけない人もいるんだ。自分の好きだったものが、形を変えてくことに強い不安を感じてしまう人が必ずいる。悪意があるわけじゃない。怖いんだよ。本当に好きであればあるほど」

音無さんがその言葉に悲しそうな顔をする。私の問題を自分のことのように悲しんでくれるその顔を見ると、少し安心感がわいてくる。

P「きっとこの人は本当に千早が好きだから怖いんだ。自分の好きな千早がいなくなってしまうんじゃないかって」

P「だから、千早を傷つけるかもしれないってわかってたとしても、大きな葛藤があって、それを伝えずにはいられなかったんじゃないかな」

そっと手紙を机に置く。なんだか手紙のファンの人の思いがズシンと肩に乗っかったみたいで、上手く前を向くことができない。

プロデューサーは「ココアを淹れてくる」と給湯室に向かった。私はソファーに座って、それを待つことにした。

ソファーに腰掛けると、肩に乗っかった重さが少し軽くなった気がする。

 


天井をぼーっと見つめて考え事をする。

あの手紙は、私の抱え始めていた曖昧な疑念を文字にして、明確にしたようだった。

過去から解放されて私の歌は変わった。朗らかで柔らかくなった。でも、変わったのは歌声だけではなかった。

私の歌への心も変わった。きっと、歌声よりもずっと大きく変わってしまった。

以前までは、歌は私の存在そのものだった。歌を歌うことだけが、私の存在意義だった。

でも今は違う。私には大事な仲間がいて、ファンがいて、いつか取り戻したい家族もいる。

その沢山の人達のつながりの中に、私は存在している。きっと歌を歌わなくても、私はきちんとその中で生きていくことができる。

それを知った途端、私の歌が私の歌でなくなった。私を突き動かしていた、剥き出しの心臓の鼓動が聞こえなくなってしまった。

朗らかで柔らかい今の歌は、確かに心地が良い。手前味噌だが、ずっと聞いていたいとも思う。でも、心にあったはずの赤い炎はきっともう消えてしまった。

今の私の歌はちゃんと私の歌なのだろうか?根本的に「今の如月千早の歌」とはどんな歌だろう?

そんな疑念をあの手紙はシンプルに伝えていた。如月千早は今、如月千早自身の歌をきちんと歌っているのだろうかと。

モヤモヤ溜まった思いを吐き出すように、ひとつため息をつく。悲しいのか、不安なのか、恐れているのか、いろんな感情がごちゃごちゃしてしまっている。

ただ一つ確かにわかることは、あの手紙を読んで良かった。疑念が曖昧なままだと、問うことはできない。だけど、おかげで問うべき命題は明確になった。このごちゃごちゃした感情は、だからこそ生まれることのできた感情だ。

私はそれと向かい合わないといけない。自分の歌をきちんと歌うために。

 


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765プロシアター
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『ありのままの自分を探す』

なんだかいろんなところでよく聞く言葉だけれど、現実はそんなに簡単ではなかった。

きっと、贖罪と宿命の鎖は私を縛り上げながらも、同時に突き動かしていたのだと思う。

私は、それに従っていればいいだけのマリオネットだった。いざ鎖が断ち切られてしまうと、自分で歩く方法さえ知らない空っぽのマリオネット。



そうやって動けずにいる私に、新曲の話が舞い込んだ。今日はその説明を聞くために、シアターを訪れた。

静香「千早さん!おはようございます!」

シアターの事務室に入ると、元気な声で最上さんが挨拶をしてくれた。いつもより半音高い声。きっといいことがあったのだと思う。

千早「おはよう、最上さん」

対照的に私の声は半音低かった。新しい曲を貰える日なのにもかかわらず、やっぱり肩にのしかかった重みはそのままに重い。

静香「千早さん!あの、新曲のデュエット、よろしくお願いします!」

最上さんはまっすぐ私の目を見てそう言った後、ぺこっとお辞儀をした。最上さんの目はワクワクが抑えきれないような、キラキラした目だった。

失礼な話だけれど、こんなに嬉しそうで楽しそうな最上さんは珍しい。いつも何かと戦って、ピリピリしている印象だから。

あれ?とその前に、今最上さん『新曲のデュエット』って...?

千早「最上さん...もしかして新曲をデュエットで歌うのは...?」

静香「あぁ、ごめんなさい!もしかしてまだプロデューサーから聞いていなかったですか?」

静香「次の新曲、私と千早さんでデュエットを歌うんです!憧れの千早さんと2人で歌える日が来るなんて、嬉しいです!」

 


P「というわけで、これが新曲の楽譜だ」

プロデューサーから新曲の説明があり、デモデータと楽譜を受け取った。

早速私は楽譜を一瞥する。互いに牽制しあった静かな立ち上がりから、サビで一気に刺すような激しさを見せる曲だという印象。

頭がリズムを奏でようとする前に、強烈な違和感を覚える。あれ?この曲ってデュエットなはず。だとしたら、決定的に足りていないものがある。

隣の最上さんに目をやると、彼女も困惑しているような表情だった。彼女はそのまますっと手を挙げて、プロデューサーに尋ねた。その内容は私の疑問と同じもの。

静香「あの?ハモリのパートが見当たらないんですが?」

プロデューサーはその質問に、何か意味ありげな笑顔を作って答えた。

P「新曲の『アライブファクター』はハモリなしのデュエットだ。存分に競い合ってくれ」

 


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765プロシアター
レッスンルーム
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千早「ごめんなさい、もう一回お願いします」

今日は最上さんと一緒のボーカルレッスン。本来なら、先輩である私が最上さんをリードしないといけないのに、ずっと私がNGを出し続けている。

どうしても自分のイメージする歌声と実際の歌声がマッチしない。この曲の持つ鋭さを歌い切るイメージはあるのに、歌声がそれについてこない。

以前の私ならきっと歌えていた鋭さ。私はそれを失ってしまったのだろうか?

記憶の中のあの血だらけの日々を掘り起こそうとしたところに、トレーナーさんが両手を叩いた音が響いた。

トレーナー「一旦休憩にしましょうか」

その声に私は一旦思考を遮断する。モヤモヤした思いをリセットしようと水を口にする。胃に落ちる冷たさが、私の身体を思考をゼロに戻してくれる。

ふっと一つ息を吐いたところで、隣から心配そうに最上さんが声をかけてくれた。

静香「あの、千早さん?大丈夫ですか?なんだか思いつめているようにみえますが...」

最上さんの表情は遠慮がちで、少し固かった。私が最上さんにこんな表情をさせているのだと思って、罪悪感が芽生える。その罪悪感を抑えるように、明るく努めて声を返す。

千早「ごめんなさい。私のせいであまりレッスンがすすまなくて」

最上さんはわわっと少し慌てたそぶりを見せて、言葉を返す。

静香「いえ、千早さんとレッスンができて私は嬉しいです。千早さんの歌はすごく綺麗で、すごく勉強になるなって」

静香「それなのに千早さんは納得がいかないみたいなので気になって、それで...」

最上さんが言葉を紡げないまま、静寂が流れる。あぁ、駄目だ。最上さんは私に憧れを抱いてくれていて、この曲を歌うことも楽しみにしてくれているのに、私はそれに応えることができていない。

こんなとき、どういう言葉をかければいいのだろう?亜美や真美みたいにおどけてみせたり、春香みたいにポジティブに笑えればいいのだろうけど、私にはそれはできそうにない。

私の抱えてる重みを伝えることも、何か違う気がした。これは私の問題だ。最上さんに伝えてしまっては、きっと彼女にもこの重みを背負わせてしまうことになる。

 


適切な言葉を探して思考を巡らせていると、凛とした最上さんの声がそれを遮った。

静香「私、かなり生意気なことを言います。ごめんなさい」

最上さんの方を見ると、彼女は何か大きな決意をしたような、力強い表情をしていた。

静香「私、叶えたい、叶えなきゃいけない夢があるんです」

静香「だから、負けたくない。一緒に歌うのが憧れの千早さんだからこそ、絶対に負けたくないんです」

その言葉に、心の奥でふわっと火の粉が舞った。微かだけど、消えたと思っていた熱さを取り戻したような気がした。

ほんのりとした熱が、固まっていた思いを溶かし始める。ドクンドクンと鼓動が波を打つのが聞こえる。そのリズムがとても心地よく、自然に口角が上がる。

千早「そうね。私も気持ちは一緒。お互い頑張りましょう」

静香「はいっ!お願いします!」

その後のレッスンは幾分か上手くいった。恐らく、最上さんの言葉が私を前へと導いてくれたのだと思う。

 


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765プロ事務所
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新曲のレコーディングを数日後に控えたある日、プロデューサーから先にレコーディングを終わらせた最上さんの歌唱データを貰った。

早速、携帯音楽プレイヤーにデータを入れてもらい、彼女の歌声に耳を傾ける。

先日私に告げた言葉の通り、彼女の歌声は激しかった。1フレーズ、1小節すべての音に、今の実力と熱気を叩きつけたような激しさ。

その熱に晒されると、私も今すぐ歌を歌いたくて仕方がなくなった。想いが溢れすぎて体がパンクするのを防ぐように、自然と歌声が漏れ出していた。

千早「フンフーン♪フーンフンフフン♪」

目を瞑って、自分の歌声に精神を集中させる。かつての身を切るような鋭さとは違う、今の朗らかさともまた違う、新しい感情が自分の中で根を張ろうとしているのがわかった。

 


一通り歌い終えて目を開けると、見慣れたリボンの女の子が満面の笑みで立っていた。

千早「えっと...いつからそこにいたの、春香?」

困惑する私の問いかけに、春香は変わらない笑顔で答える。

春香「えへへー、いつでも春香さんは千早ちゃんのそばにいるよ」

...少しだけその答えにイラっとして、私は春香の両頬をむにーっとつまむ。

春香「いひゃいいひゃいほめんほめん、ひふひょひはへっへひははひははひはゃんはふへひほふひふはっへははは」

どうやら私が歌っている途中で、春香は事務所に帰ってきたみたい。春香のほっぺたすごく柔らかいななんてどうでもいいことを思いながら、その両頬を解放してあげる。

春香「もー、痛いよ千早ちゃん♪」

そんな風に抗議しながらも、嬉しそうな声の春香。恥ずかしさを隠すために優しく引っ張っただけなのだけで、痛くはないだろう。

なんだかその感情も春香に見透かされているようで、それならもう少し強くした方がよかったのかもしれないなんて思っていると、春香が言葉を続けた。

春香「へへ、でも千早ちゃんが元気になったみたいでよかった」

 


その言葉に息が一つ漏れる。私が壁に直面していたこと、春香には相談していなかったのだけど、やっぱり彼女にはお見通しだったみたいだ。無理もない、それだけ春香とは共に月日を積み重ねてきたのだから。

そんな春香にだから、包み隠さず今の気持ちを話してみようと思った。

千早「最上さんとデュエットを歌うことになって、改めて気がついた。私はまだまだ途上なんだって」

千早「私の方が先輩なのに、彼女から学ぶことの方が多くて」

本来なら先輩として最上さんを引っ張らないといけない立場なのに、壁にぶつかっていた私を最上さんが導いてくれた。これじゃ、どちらが先に立っているかわからない。

春香「うん、そうだね。私も未来ちゃんとデュエットしてみて、同じ気持ちになったよ」

春香の表情が少し変わる。何かを赦すような、励ますような笑顔。

春香「私は未来ちゃんより少しだけ前を歩いてるから、いいとこ見せなくちゃなんて張り切ってたんだ」

春香「いろいろと教えてあげられたこともあったと思うけど、教えてあげた分だけたくさん自分に足りないものも見えてきて、なんだかなーって思っちゃったんだ」

春香はそこまで言葉をつなげて、一呼吸を置く。胸の前でぎゅっと両手を握って、まっすぐ前を向いて嬉しそうに言った。

春香「でも嬉しいよね。それって、まだまだ成長できるってことだもん」


すーっと心地よい風が吹き抜けた気がした。春香は同じ状況をそんな風に捉えるんだ。とても素敵だと思う。

ネガティブな私では、到底そんな考えには至らなかっただろう。春香の言葉が、自分自身を赦す勇気をくれた気がした。

千早「そうね、私もそう思いたい。そのために、私の全力でこの歌に、最上さんに臨もうと思う。ありがとう、春香」

まっすぐな気持ちで礼を言うと、春香はえへへとひとつ照れ笑いをした。

 


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765プロシアター
定例公演
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今日は765プロシアター定例ライブ。今日のライブで私と最上さんの新曲を披露する。レコーディングは別々だったから、2人で1曲通して本気で歌うのはこれが初めて。

袖で出番を待ちながらマイクを持つ手が震える。緊張ではない、これまで感じたことのない気持ち。

静香「千早さん、よろしくお願いします」

最上さんと目線を交わす。彼女の目の奥、蒼い炎が揺れているのが分かる。それで理解した。私に今生まれている気持ち。

ほんのり火の粉を撒き散らしていた私の炎が、ひとつぶわっと強さを増した。その熱に身体を全部預けて、最上さんに答える。

千早「えぇ、よろしくお願いします」

 


そしてステージが始まった。イントロの後、最上さんが歌い始める。

それを聞いた瞬間、ブルっと身体が震えた。凄い。音声データで聞いた時よりも、鋭さも激しさも増している。彼女がどれだけこのステージに想いを込めたか、ダイレクトに伝わる。

そして私のパートが訪れる。最上さんの刺すような歌声を受け止めるように、そして跳ね返すように私も神経を研ぎ澄ます。強く強く、私の音を響かせる。


一呼吸置いて、私と最上さんの声が重なるパート。ガツンと強い衝撃に身体が貫かれたような感覚を覚えた。

『絶対に、負けない』

ぶつかり合った歌声を通して、最上さんの思い伝わってきた。心臓をさらけ出して、その鼓動を直に突きつけられている感覚。


彼女のその鼓動を聞いて、強烈に私の奥底から沸々と熱が湧き上がる。彼女の熱に呼応して、私の奥で固まっていたマグマが噴き出したような感覚。

『私も、絶対に、負けたくない』

きっとこの言葉は今までも、オーデイションやフェスのたび繰り返し発していたように思う。

でも、今になって気がついた。かつての私は本心ではそんなことを微塵とも思っていなかった。だって、その時の気持ちと今の気持ちは全く違うから。

私は独りで歌っていた。自分の理想の歌を歌うことばかりに執着して、高すぎる空ばかりを見上げていた。

だから知らなかった。そして最上さんとのこの曲を通じて、初めて知った。

誰かの熱が私をこんなにも突き動かすこと。そして、私がこんなにも負けず嫌いだったってことも。

 


自分の負けず嫌いを自覚した瞬間、心に灯りかけていた炎が、激しい音を立てて燃え上がった。

かつての轟々と燃える赤い炎ではなく、静かに熱く燃える蒼い炎。

その熱は、肩にのしかかっていた粘りつくような重さを全部焼き切る。私の中に消えずに残っていた古い鎖を、全て燃やし尽くす。

その鎖が繋ぎ止めていたものが外れ、ギアがカチッとハマる音がした。その音がした瞬間、ふわっとした浮翌遊感を感じた。どうやら私は無意識にジャンプをしていたみたいだ。体が心が、解放された瞬間を喜ぶように。

重力に押し戻され、両足を地につける。2つの足にズシッと体重がかかる。それを合図に喉が自然に歌声を奏でる。

その歌声に自分でも驚く。その声は猛々しく、荒い。音と音の繋がりに精神を研ぎ澄ましていた今までの歌と違う。私の叫びを叩きつけるような歌。


私の歌声の変化に驚いたのか、最上さんの声が少し揺らいだ。しかしそれはほんの数拍で、すぐに調子を立て直す。いや、そうじゃない。最上さんの歌声も荒さが増している。

最上さんの熱がぶわっと上がる。その熱を感じて、私も炎を高く燃え上がらせる。互いに相手の熱に覆われて焦げ尽いてしまわないよう、ひとつひとつ火力を上げていく。

少しだって気が抜けない。一瞬の油断が命取りになってしまうような切迫感。客席の人たちを見る余裕さえない。音を絞り出して、叩きつけるだけで精一杯だ。

 


ドクンドクンと私と最上さんの鼓動が共鳴する。感情が混ざり合うような感覚。その鼓動を聞いて、私は理解する。

激しい怒り。どうしようもない閉塞感。時計の針が耳に刺さる焦燥感。

そうか、あなたも鎖に縛られていたのね。

ごめんなさい。私には、その鎖を断ち切る方法はわからない。

だって、私とあなたの問題は違うから。

でも、あなたなら大丈夫。きっと、私よりも上手く鎖を断ち切れるはず。

私ができることは、あなたが遠くまで思いを響かせるようになれるよう、全力でぶつかること。



だから、一緒に。

 


そして曲は最後の一音に差し掛かった。私も最上さんも、遠く長くそれを響かせる。このひと時が終わってしまうのを惜しむように。

曲は終わり、一瞬の静寂の後、会場が割れるような拍手の波が私たちを讃えてくれた。

その拍手に包まれて、私たちは互いの顔を見る。最上さんはこれ以上ない笑顔だった。きっと私の表情も同じだと思う。

惹かれ合うように互いが互いに歩み寄り、抱擁を交わす。熱が収まりきらない身体を、互いの体温で鎮めるように。

静香「千早さん...ありがとうございました...」

最上さんの声はぐしゅぐしゅの涙声だった。高ぶった感情が全部溢れ出てしまっているのだと思う。

千早「私も...ありがとう...最上さん...」

あぁ、私も一緒だ。とても声にならない。

こんなにも良いライブだったから、きっとお互いここからまた良い方向に進んでいける。

 


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765プロシアター
屋上
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P「おまえらー、飲みもん持ったか?そいじゃ、ライブお疲れかんぱーーーい!!」

公演が終わって、今日は出番じゃなかったみんなが用意してくれた打ち上げが始まった。

私はまだライブの高翌揚感が抜けきれず、どこかふわふわしているような気持ちだった。

まだ余韻にひたっていたくて、賑やかな場所から離れて隅で水を飲んでいたところに、最上さんが食事を持って来てくれた。

静香「千早さん、これどうぞ。隣、座っていいですか?」

私はひょいっと横に体を滑らせて、最上さんが座れるスペースを作る。

千早「えぇ、どうぞ。食事、ありがとう」

『いえ』と一言答えて、スッと最上さんが隣に腰掛ける。


歌声をぶつけて、最上さんを理解して、私は彼女に聞きたいことがあった。

とてもデリケートな問題だから、出来るだけ言葉を歪めて遠回りな表現を使う。

千早「最上さん、アイドルになって良かった?」

選んだ言葉を発してみたら、自分でも呆れるくらい唐突な言い方になってしまった。

補足をしようとしたところ、最上さんは微かに笑って答えた。

最上「はい。沢山の景色を知って、もっともっとたくさんの景色を見たいって思えるから」

良かった。きっと質問の意図は伝わったみたいだ。


 


夢を見て、それを叶えようとした瞬間、鎖に縛られることが決まっていた彼女。夢を夢のままで終わらせていれば、そんな痛みも悲しみも感じなかっただろう。

でも、彼女は笑ってみせた。きちんと時計の針を進めて、未来へまっすぐ歩くという決意が、その表情から伝わった。


彼女が羨ましく思える。私はずっと時計の針を止めていたから。

私が針を止めても世界はクルクルと回り続けていて、今はその周回遅れにようやく気がついたところだ。

だから、きっと今は真っ新なスタート。私も歩み始めよう。私の行きたい方へ、なりたい自分へ。

千早「私もね、アイドルになって良かった」

こんな言葉、過去の私が聞いたらどう思うだろう?

わからない。私の世界はもう変わってしまったから。目の前にある賑やかな世界が、今の私の居場所だ。

だから最上さんも大丈夫。きっと、みんなとなら乗り越えていける。

千早「一緒に頑張って行きましょう、最上さん」

 


最上さんは『はい』と小さく返事をした後、うーんと考えるような素振りを見せた。

もごもごと逡巡した後、頰を赤らめて上ずった声で言った。

静香「あの...静香って呼んでもらえませんか!?」

あまりの唐突なお願いに驚いてしまう。ポカーンとしたまま言葉を返せずにいると、最上さんが耳まで真っ赤になって言葉を続けた。

静香「あのあのあの千早さんに『一緒に』って言ってもらえてさらにお願いするのは贅沢かなって思うんですけどもっともっと一緒に頑張るには名前で呼んでもらえたら身近になってそれで近くで勉強gtg'jpmdgwh」

あぁ、慌てすぎて何を言いたいかわからないうえ、最後には言葉になってすらいなかった。

なんだかとても可愛らしくて、笑いがこぼれてしまう。あぁ、最上さんの顔がさらに赤くなった。ごめんなさい。

コホンと調子を直して、リクエストに応える。

千早「一緒に頑張りましょう...静香」

静香は噛みしめるようにその言葉を受け止めて、『はい!』と元気に答えた。

あぁ、肩肘張らずとも先輩って簡単になれるのかもしれない、なんて思ってしまう。

どうやら、世界はまだまだ私の知らないことばかりみたい。ひとつひとつ知っていこう。みんなと、この場所で。

そして見つけたい、本当の私を。私の歌を。

心地よく弾む心臓の鼓動、きっと私は楽しみながらそれを探すことができると思う。


END

 

参考

アライブファクター/ LTD03
Just Be myself!!/ LTH04
Sing my song/ MS03
Top!!!!!!!!!!!!!/ SM00
ミリシタPST 『Fairly Tailじゃいられない』 メインストーリー

 


如月千早さんお誕生日おめでとうございます。

この1年が幸多きよう、お祈りしております。


ハッチポッチのアライブファクター最高でした。円盤はよ・・・

 

千早の独白言葉選びすごく好きだわ
乙です

>>2
如月千早(16) Vo/Fa
http://i.imgur.com/tC8qFJ0.jpg
http://i.imgur.com/BGsfvrt.jpg

『ToP!!!!!!!!!!!!!』
http://www.youtube.com/watch?v=GpGpdp4rTKo

>>3
音無小鳥(2X) Ex
http://i.imgur.com/hFRWAa5.jpg
http://i.imgur.com/rJCkhta.jpg

>>7
最上静香(14) Vo/Fa
http://i.imgur.com/RfKzcHF.jpg
http://i.imgur.com/Czn3H0B.jpg

>>8
『アライブファクター』
http://www.youtube.com/watch?v=-v0xmhTutgI

>>12
天海春香(17) Vo/Pr
http://i.imgur.com/FvoY9eM.jpg
http://i.imgur.com/2cfYBmz.jpg

>>22
『Just be myself!!』
http://youtu.be/DUAVVN3OSeg?t=81

『SING MY SONG』
http://www.youtube.com/watch?v=rsKM21ZjXvY

ミリマスは好かんわ

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