魔王娘「ちょうきょう、し」(83)

関連SS

奴隷少女「……ちょうきょう、し?」
魔法使い「僕を仲間にしてくれないかい?」

放り投げてた伏線をちょっとだけ回収したいだけの完結編です

……

カランカラン

店主「いらっしゃー……、あ?」

放浪者「……」

店主「あー、坊主。こんな時間にどうした」

客A「親父でもさがしてんじゃねえの?」

店主「だとしてもこんな時間に酒場に――」

放浪者「いいえ」ぱさっ

放浪者「客として来たの」

放浪者「亜人は毒に強いから、人間のお酒くらい平気」

店主「……っ、と、失礼」

客B「おうお嬢ちゃん、だとしても毒なんて言わねえでくれ」

客A「そうそう、俺等にとっちゃあ薬なんだからよ」げらげら

店主「ああ、仕事の疲れをぶっとばす最高の薬だ」

客C「お前は仕事が酒だろうが」

店主「うるせえ! 営業中は飲めねえからしんどいんだよ!」

げらげらげらげら

店主「……で、何にする」

放浪者「うーん、あなたが好きなお酒は?」

店主「ああ? ……大麦酒だな。混じりっ気なしの本物だ」

放浪者「じゃあそれで」にこっ

店主「……おう」

客C「なんだぁ、お前にもやぁっと青春か!」

店主「馬鹿言うな。初等学校に通ってそうなのがカウンターにいるのに慣れてねえんだよ」

客B「ああ、お前もこのくらいの年の娘がいてもいいくらいだからな」

店主「……分かった。今日は特別に酒代三割増しデーだ」

放浪者「ふふっ」くすくす

放浪者「いいところなのね、ここ」

店主「ああ。それも全部あいつ――ああいや、魔法使いのおかげだ」

客A「前から知り合いだった、っつう話だったよな」

店主「おう。俺はもともと神聖王国の住民じゃなくて」

店主「……まあ、ろくでもねえ商売してたわけだが」

店主「あれと比べりゃ百倍マシな仕事をやれてる」

カランカラン

店主「それも魔法使いのアドバイスあってこそ――、あ」

客B「いいなぁ、俺もなんかしてもらえねえかなあ」

客C「例えばどんなよ」

客B「……訓練場から女王様を追い出してほしい」

老爺「兵隊さんも大変だぁ」どかっ

客B「おう爺さん、久しいな」

放浪者「――」

店主「いらっしゃい。しばらくぶりだな」

老爺「老いぼれの臓物は存外弱くてな」

老爺「……ところで、今日は珍しいお客さんが」

放浪者「……」じっ

店主「亜人なんだとよ。本人が平気って言ってるからいいんじゃねえかと」

老爺「亜人にしても色々いると思うが――、ああ、住民証はないのか」

老爺「だとしても、酒類の提供はしないべきだ」

店主「あんたに言われちゃあ仕方ねえ」

店主「悪いなお嬢ちゃん、さっきの注文はなかったことにしてくれ。今適当に果物でも出してやる」

放浪者「……いえ、平気」

放浪者「もともとここには、この国の様子を探りにきただけだから」

老爺「……?」

放浪者「だというのに」

放浪者「まさか魔法使いさんまで来てくれるなんて」

放浪者「これで手間が省ける」ヴッ

老爺(魔法使い)「――!」ばっ

魔法使い「『拘束』『魔法禁止』『昏倒』!」ガガッ

―――

魔法使い「店主! 周辺住民を避難させろ! あと衛兵に伝えろ!」

店主「あ、ああ! おら酔っ払いども! 小便垂れてねえで逃げろ!」

客C「何で、魔法使い、さま」

魔法使い「説明は後だ! さあ逃げろ!」

放浪者「――いいえ」

放浪者「しっかりその目で見ていてちょうだい」

放浪者「新生した魔王軍が、この国の指導者を攫うのだから」ぐぐっ

魔法使い(この拘束で動くか。なら申し訳ないが、もう少し強めに縛ろう。昏倒も魔法禁止も重ねるしかない)

魔法使い(魔王軍云々は、そのあとだ)


放浪者「それじゃあ足りない。貴方は人間にしては驚くほど魔法が上手だけど、それでも魔族には敵わない」

放浪者「ましてそれが、――魔王! 相手であるなら」

魔法使い「――!」

魔王「『丸ごと切り抜き捩じって繋げ』、空間転移っ」ぞりっ

魔法使い「な、――」

魔法使い(僕と自称魔王が、真っ黒な膜で包まれていく)

魔法使い(というより、これは空間を丸ごと削り取って)

魔法使い(それなら、―――)

―――

魔法使い「……、ん」じゃらり

魔法使い(魔法でも物理でも縛られている)

魔法使い(一応、筋肉が動く感覚はあるから神経をやられているわけではない。ついでに身体に欠損があるわけでもない)

魔法使い(ということは、一応解放してもらえる可能性は無いでもないわけだ)

魔法使い(とりあえず僕の魔力を縛っている魔法を何とかしなきゃな。構造はあまり複雑じゃないけど、材料になっている魔力量がとんでもない)

魔法使い(精巧な錠前というより、常識外れに重い足枷という感じ)

魔法使い「……足枷って、皮肉かな」はぁ

魔王「……昏倒魔法から起きてすぐそんなに考えられるなんて、やっぱりそれなりの実力はあるのね」

魔法使い(すぐ後ろに座ってた)

魔法使い(というか、「考えられるなんて」ときたか。となるとやはり)

魔王「そう、私はあなたの考えていることが全部わかる」

魔王「要するに、口先だけでなんとかしてきたあなたの天敵ってこと」

魔法使い「……なるほどねえ」

魔法使い「それで、君は何を求めて僕を攫ったんだい」

魔法使い(魔王軍が復活したのであれば、神聖王国の混乱を狙って要人を誘拐したってところだろうけど)

魔法使い(生かしておく意味は何だろう。挑発かな。混乱した女騎士が助けようと突っ込んできたりしそうだな)

魔法使い(……冗談抜きでおっかないなあ。僧侶がうまい感じに止めてくれればいいんだけど)

魔王「……ええと、ちょっと待って。一呼吸でそんなに考えないで」

魔法使い(実は不便な能力?)

魔王「えっと、そう。国の混乱を狙うのはその通り」

魔王「けれど本命は、あなたにその問題を突きつけること」

魔王「貴方に依存し過ぎた国が、あるいは貴方が抑圧し続けた国が」

魔王「その支えを失ったらどうなるか」

魔法使い(……)

魔法使い(対策はあるものの、危険ではある)

魔法使い(街中であんな魔法を使われて、公然と僕を攫うと言ったのだから住民は不安に駆られる)

魔王「他にもあなたの国が抱える問題はたくさんあるのだから」

魔王「それについてちょっとお話しましょう」

魔王「紅茶でも飲みながら、ね」ヴッ カチャリ

魔法使い(……転移魔法。詠唱なしで)

魔法使い(魔王っていうだけはあるんだな)

―――
夜、神聖王国

僧侶(魔法使いが、誘拐された)

僧侶(魔王と名乗るものによって、大規模な空間転移魔法で攫われた)

僧侶(巨大なスプーンでくるりとえぐり取られたような酒場を見て、混乱する女騎士)

僧侶(それは私と少女――かつて魔法使いの下で育てられていたあの子と一緒になだめて)

僧侶(ひとまずは寝かしつけましたが、今後どうなるかもわからない)

僧侶(市民の不安もそう。皆、何か公式の発表を待っている)

僧侶(つまり今後の方針を早急に決めなければなりません)

僧侶(魔法使いがいない今、私が――)

カッ ドオン

僧侶(すごく近くに落ちた)

僧侶(雷。裁きの象徴)

僧侶(ふ、魔法使いに頼ろうとした私への警告でしょうか)

バチッ ジジジッ

僧侶(……? 窓の外で、何か)

?「……」バチィッ

僧侶「――っ!」

僧侶(全身に、雷を纏った、騎士)

僧侶(人間じゃない。この気配は、確かに)

僧侶(女神の祝福。騎士団長クラスに支給される祝福済み装備よりも、遥かに格の高い)

雷騎士「……」すぅっ

僧侶「ああ、もう」

僧侶「ただでさえ、何もできないのに」

僧侶「考えなきゃいけないことばかり増えていく」

―――

魔王「おは、……うわあ」

魔法使い(ここは旧魔王領地あたりだろうか。外の様子を確かめようにも窓が遠いからわからない)

魔法使い「やあ、おはよう」

魔法使い(けれど魔王軍を名乗るくらいなんだからそれなりに大きい建物のはず)

魔法使い「流石にこの姿勢で寝ても疲れは取れないねえ」

魔法使い(なら神聖王国からかなり離れたところ、旧魔王領の中でも調査が進んでいない奥地とかだろうか)

魔王「だから、その疲れが取れない頭で考えながら話すのをやめて」

魔法使い「おや失敬」

魔王「本当、先代はそのあたりどうしていたのかしら」はあ

魔法使い「ああ、やっぱり代替わりしてるのか」

魔王「ええ。先代が自爆したのはそのため」

魔王「目くらましをして離脱、傷を癒しつつ次世代、私を作成」

魔法使い「作成。作るもんなんだ」

魔王「人間とは出来がちがうの」ふふん

魔王「両性一人ずつそろわないと繁殖できない人間とは違ってね」

魔法使い「……跡継ぎ、か」

魔王「そこも貴方が抱える問題の一つ」

魔法使い「そう。それじゃあ」

魔王「ええ。紅茶でも飲みながら――」

魔法使い(昨晩そんなこと言っておきながら結局僕は縛られてて)

魔王「っ!」

魔法使い(結局飲めないから僕の口にカップをわざわざ近づけるとかして話どころではなかったけど、それでいいんだろうか)

魔王「……あー、あー」

魔王「冷静に考えたら手が自由になったところで」

魔王「あなたにできることなんてないわけだし」

魔王「手かせは外してもいいかもね、うん」ちゃりっ

魔法使い「おお、ありがとう」

魔法使い「いい香りのお茶だったから、落ち着いて楽しみたかったんだ」

魔法使い(それ以上に、複雑な顔しながら飲ませてくれるのが何か申し訳なかったし)

魔王「……」ぴくぴく

魔法使い「始めないのかい」

魔王「……ええ、始めましょう」

魔法使い「僕がいなくなったら僕の国がどうなるか、という話だけど」

魔法使い「その辺対策はできているよ」

魔法使い(一人抜けたくらいでどうにかなる組織もどうかと思うし)

魔王「為政者が抜けるのは例外だと思うんだけど」

魔法使い「代表は女騎士だからねえ」

―――

神聖王国

僧侶「……」

僧侶(結局、昨晩は)

僧侶(一応街中の警備を増員する支持は出したけれど)

僧侶(皆に何を言うべきかわからないまま朝に)

僧侶(……魔法使いの捜索隊を出して、雷騎士対策で警備強化?)

僧侶(それでいいのでしょうか。本当にそれが今できる最善?)

僧侶(……ああ、女神様に頼れたらどれほど――)

少女「僧侶さん、僧侶さん」

僧侶「――、ああ、どうかなさいましたか」

少女「こういう時にはこれを貴女にと、魔法使い様から」そっ

僧侶(……手紙)

僧侶(自分が誘拐されたときのことまで動きを考えて)

僧侶(それに比べ、私は)ぱらっ

僧侶「……本当に、これで?」

少女「はい。それとは別に、もう一つ」

少女「司教の方が三名、司祭の方が四名、何者かに殺害されました」

僧侶「っ!」

少女「剣のような刃物で刺されたのが致命傷ですが、その傷口は焼け焦げていました」

少女「それと、それぞれの現場にこんなものが。これは、写しですけど」

僧侶(……七枚の走り書き)

僧侶(『罪状・布施の強要による金銭的搾取、権力を用いた事実上の恐喝、』……『孤児に対する』――、)

僧侶「殺されたのは、まさか」

少女「はい。司教のうち一人は、以前貴女のいた教会から数年前にこちらに来た方です」

僧侶「――ああ、そう、でしたか」

僧侶「では、広場にて今後の方針を公表いたしますので」

少女「はい。伝えておきますね」

少女「……それと、『私たち』はしばらくお手伝いできないかもしれません」

僧侶「それも、魔法使いから?」

少女「いえ。ですが」

少女「……きっと、魔法使い様はそれを期待してくださっていますので」

神聖王国、城前広場

ザワザワザワザワ

使用人「拡声装置、準備できました」

使用人「合図で起動します」

僧侶「……ありがとうございます。お願いします」

僧侶(……用意された箇条書きを踏まえ、台本を作ればいいだけ)

僧侶『おはようございます、皆様』

僧侶『規定により、事態収束まで私が本国公式発表を担当いたします』

僧侶『すでに耳にしている方も多くいらっしゃると思いますが、本国特別参謀の魔法使いが行方不明となりました』

ざわっ

僧侶『目撃証言などから、本件は』

僧侶『魔王軍を名乗る人物による拉致と考えられます』

僧侶(……ざわつく声)

僧侶(でも焦らず、すぐに落ち着かせなければ)

僧侶『所属の真偽はさておき、本国の混乱を狙ってのものと考えられます』

僧侶『故に、今後は国内の警備を中心とした対応をしてまいります』

ざわざわ

僧侶『魔法使いに関しては』

僧侶『本人曰く、自分でどうにかする』

僧侶『とのことです』

僧侶『一人のほうがやりやすい脱出方法を準備していると考えれられるので、ひとまずは信じて待ちましょう』

僧侶『彼とて、かつて魔王を打倒したパーティの一員です』

僧侶『無策にこんなことを書き残す人ではないことは、皆さんも御存知のはず』

僧侶『ですから、我々にできる最良は』

僧侶『信じることです』

僧侶『彼の実力と、生還を』

しん……

僧侶(……以上が、魔法使いが誘拐された場合の発表内容)

僧侶(要約すれば落ち着いて待つこと、だけど)

僧侶(やたらと信じることを強調している)

僧侶(……演出、なのでしょうか)

僧侶(それとも、……ああ、いえ)

僧侶『続いて、昨晩の事件について』

僧侶(これは、原稿がなかったけれど)

僧侶『教会関係者七名が、何者かに殺害されました』

僧侶(……もしかして、これも)

僧侶『目撃証言や現場の状況から』

僧侶『過去に罪を犯しながら、その罪から逃れている者を標的にしたものと考えられます』

どよっ

僧侶『希望者は保護いたしますので、速やかにお申し出ください』

僧侶『状況を調査し、個別に対応いたします』

僧侶(私刑を許す訳にはいかないと、伝えるべき)

僧侶(警備を増強し、対応するべき)

僧侶(けれど、あれは、あの姿は)

僧侶(あれが魔法使いの仕業であるとしたら)

僧侶『……以上です』

僧侶(……あれ)

僧侶(何で、何も言わなかったのでしょう、私は)

―――

魔法使い「という手引を残したから、神聖王国は僕がいなくなっても混乱しない」

魔王「……へえ」

魔王「助けもなしに、単身で魔王から逃げるなんて」

魔王「随分と自身があるのね」

魔法使い(ちょっと想定以上の相手ではあるけど)

魔法使い(当面の混乱を避けることが第一だからね)

魔王「実際に脱出できるかは関係がないと?」

魔法使い「いいや」

魔法使い「為政者たるもの、期待には応えるさ」

魔王「……」

魔法使い(跡継ぎの問題に関しても対策はあるし)

魔王「じゃあ、具体的にどうやってここから抜け出そうと――」

魔法使い(ついでに君が問題視しているであろう人口についても対策はあるし)

魔王「っ!?」

魔法使い「それらを全部実行して、解決するためにも僕は帰らなきゃいけない」

魔王「……っ」

魔王「女騎士との間に子供はいないみたいなのに」

魔王「それとも、妾でもいるのかしら」

魔法使い「血筋は重要じゃないさ」

魔法使い「確かに権力を高める要素の一つだけど」

魔法使い「為政者は政治ができればそれでいい」

魔法使い「そのために教育にも力を注いでいるわけだし」

魔王「そんなに簡単に、優秀な為政者が育つわけ」

魔法使い「おいおい」

魔法使い「君の先代が倒れたあと、僕が何をしていたと思っているんだ」

魔王「……ちょうきょう、し」

魔王「……で、でも、人口に関しては」

魔王「それこそ、戦争でもしない限り」

魔法使い「ああ、やっぱり」

魔法使い「君が僕をさらったのは、その話をするためか」

魔王「……っ!」

魔王「ええ、そう」

魔王「貴方のもとで発展した神聖王国の人口は増え続け、もはや国内で支えきれるものではない」

魔王「それでも全員を支えようとすれば、支える側も支えられる側も共倒れ」

魔王「かといって支えるのをやめれば、国民からの批判は避けられない」

魔法使い「けれど戦争を仕掛けられれば、自然な形で人口を削ることができる」

魔法使い「支援の不充実も徴兵も、”戦争だから仕方ない”といえば良い」

魔法使い「不満も不安も、全て敵国にぶつければいいから」

魔王「……ええ」

魔王「そしてそれこそが、魔族と人間が対立している理由」

魔法使い「……へえ」

魔王「人間も魔族も知性を持ち、力を持ち、社会を持つ」

魔王「武装すれば、魔法を使えば、祈祷を使えばもはや生物としての理から外れ」

魔王「脅威に晒されることなく、永遠に反映して世界を食いつぶす」

魔法使い「……」

魔王「だからこそ、魔族と人間が相互に天敵であれば」

魔法使い「増えすぎることなく、生物種として安定することができる」

魔王「そう。そのために私たちは対立し続けた」

魔王「魔族は何度滅びても蘇り、人間も何度滅びても蘇る」

魔王「互いを削り、崩れた均衡を取り戻すために」

魔王「それが、世界を守るために、課された宿命」

魔法使い「……」

魔王「……そう、これを伝えるためというのも、貴方をさらった理由」

魔王「歴代魔王が語り継いできた、世界の秘密の一つ」

魔法使い「そのために、戦争を仕組もうと?」

魔法使い「そのために、両国民を殺し合わせようと?」

魔王「っ、ええ」

魔王「そして、貴方はそれができる人」

魔王「冷静に正解を選ぶことができる人」

魔法使い「……」

魔法使い(確かに)

魔法使い(効率だけを考えれば、そうすればいい)

魔法使い(数字の増減だけで考えれば、それが一番頭を使わずに済む)

魔王「なら――」

魔法使い「けれど」

魔法使い「永遠に停滞を続ける意味なんてどこにある」

魔王「――、え」

魔法使い「人か魔か、神か、それとももっと上に存在する何かか」

魔法使い「そんな過去の存在が諦めた結果を、僕が引き継いでやる理由なんてどこにもない」

魔王「ちょ、ちょっと、待って」

魔法使い「いいや待たない」

魔法使い「僕達が前に進むとしたら、今だ」

魔法使い(今を生きる僕達が、未来に進むとしたら)

魔法使い(過去にしか生きられなかった過去の存在にできなかったことでも、今を生きる僕達であれば)

魔王「……!」

魔法使い「変えることができる。もっといい形に」

魔法使い「僕達が生きる未来は、もっと良いものであるべきだ」

魔王「……だ、だって」

魔王「でも、そんなこと、どうやって」

魔法使い「……魔王領、多分まだ復興しきれていないだろう」

魔王「……」

魔法使い(人間が先代魔王を倒したから、というのは別として)

魔法使い「もしそちらさえ良ければ、こちらから開拓師団を出す」

魔法使い「亜人種を中心に、異種族への偏見が少ない人員を見繕ってね」

魔王「それで、どうするって」

魔法使い「人と魔族が少ないところを開拓し、住めるようにする」

魔法使い「そうすれば人口の過密状態を抑えることができる」

魔王「そんなのその場しのぎにすぎない」

魔王「絶対にいつか限界が来る」

魔王「その時、どうせ戦争をしなければならない」

魔王「……いえ、今よりもっとたちが悪い」

魔王「戦争のない世界が続けば、争うことへの抵抗が高まって」

魔王「戦争ができずに、資源が枯渇してゆっくりと滅びていくしかない」

魔王「そうなれば、最も恐れていた事態に」

魔法使い「――魔王」

魔法使い「それは今の君が出した結論だ」

魔法使い「でも未来の君は」

魔法使い「今の君が繋いだ未来を生きる君であれば」

魔法使い「未来の君の元で育つ世界であれば、それを超えられる」

魔法使い「僕達の手が届かないものでも、僕達の上に立つ世界ならそれに届く」

魔王「……っ!」

魔法使い「……」

魔法使い「諦めるな」

魔法使い「君の未来は、君が思うよりずっと可能性に満ちている」

魔王「……、あ、う」

魔法使い「さて」

魔法使い「僕はそろそろ帰るよ」

魔王「っ、え」

魔王「どうやって」

魔法使い「こうやって」ひゅんっ ゴオン

魔王「壁に、穴、なんで」

魔王「魔法は、封じてるはず」

魔王「それに詠唱なしで」

魔王「服の中にも、体にも刻印を隠している様子なんてなかったのに」

魔法使い「……あー」

魔法使い「その辺も含めてまた会おうか」

魔法使い「今後の話し合いも必要だろうから」こつ こつ

魔王「ま、待って」

魔法使い「最後に言っておくけど」

魔法使い「君は先代魔王ではないし、歴代魔王の誰かにもなれない」

魔王「……!」

魔法使い「だからこそ、君は君だけの選択ができる」

魔法使い「君が勇気をもって話し合いに応じてくれることを、僕は信じているよ」

―――

僧侶「……」

僧侶(結局、あれから)

僧侶(教会に懺悔者が殺到して、実際に罪人である疑いがある者は保護と称して拘留)

僧侶(その他は面談で済ませましたけれど)

僧侶(それでも『断罪』は続いて)

僧侶(昨晩も7人)

僧侶(罪をもみ消せる権力を持った者が、その罪状の走り書きを傍らに殺されていた)

僧侶(私的に雇われた警備兵もいたけれど、打撲程度にしか怪我をしていなかった)

僧侶(罪人のみを的確に裁く、雷の化身)

僧侶(これを女神の裁きとする声が、一般の国民から出ている)

僧侶(……教会の上位は沈黙していることを、笑ってはいられない)

衛兵「僧侶様、よろしいでしょうか」

僧侶「……はい、何でしょう」

衛兵「現状大きな問題かはわかりませんが」

衛兵「馬が一頭盗まれたようです」

僧侶「……正当な手続きなく持ち出された、と?」

衛兵「はい。管理担当も思い当たる節はないようで」

僧侶「出入国の管理担当は」

衛兵「履歴を当たってはいますが、記録上怪しいものはありません」

衛兵「現在、出国履歴にある名前の中で未だ国内にいるものがいないか調査中です」

僧侶(……国外に出るとしたら)

僧侶(いえ、この状況下で馬を必要とするとしたら)

僧侶「はい。よろしくおねがいします」

僧侶「ですが、通常通りの対応に収めてください」

衛兵「……しかし、現在の状況で」

僧侶「次に何が起こっても対応できるように、あまり一つの案件に力を注ぎすぎないように、おねがいします」

衛兵「ああ! 承知いたしました」

―――

ドドドッ ドドドッ ドドドッ

少女「お迎えが間に合って良かったです、魔法使い様」

魔法使い「早すぎても僕を待っている間危険になるから、本当に丁度よかった」

少女「お気遣い、ありがとうございます」

少女「このまま国に向かわれますか?」

魔法使い「そうだね。なんだかんだ皆心配しているだろうし」

少女「かしこまりました」

ドドドッ ドドドッ ドドドッ

魔法使い「かなり距離があるし、移動の間話し相手になって欲しいんだけどいいかな」

少女「私でよろしければ、是非」

魔法使い「ありがとう。ああ、でもその前に」

魔法使い「お前、誰だ」

少女?「……あっれえ?」ジジッ

―――

魔王「……」

魔王(絶対に、私のほうが優位に立っていた)

魔王(魔族と人間という、一対一では聖剣でもない限り絶対に覆らない差)

魔王(場所は私の自室で、私の領地)

魔王(相手が考えていることもすべて知ることができた)

魔王(魔法も封じていたはず)

魔王(状況を見ても能力を見ても、優劣は絶対だったはず)

魔王(なのに、何故)

魔王「やっぱり、私は」

魔王「駄目なのかな」

魔王「歴代の誰よりも魔力量があっても」

魔王「私じゃ、人間一人にも勝てないのかな」

魔王(……私は、誰にもなれない)

魔王(……私だけの、選択か)

魔王「ねえ、どうしよう」

魔王「どうすればいいのかな、死者の王」

シン……

魔王「……? 死者の王?」

魔王「……いないの?」

―――

ドドドッ ドドドッ ドドドッ

死者の王(少女)「いやはや、こんなに早く気づかれるとは」ジジジジッ

死者の王「魔力の痕跡も消したと思ったんだけどなあ」

魔法使い「自分でどうにかするから待て、って伝えてあるからね」

魔法使い「自己判断したとして、直接の指示に反する行動はしない」

魔法使い「それに、助けに来るとしたらエルフと獣人あたりが適任だ」

死者の王「一番付き合いが長い子が勝手に助けに来る、くらいだと思っていたけど」

死者の王「読みが外れたな」

魔法使い「……」

死者の王「読みといえば、そう」

死者の王「心を読む魔法。あれはどうやって躱した」

死者の王「君のことだから、どうせまともに見せてはいないんだろう?」

魔法使い「それに答える前に、もう一つ言わせてもらうけど」

魔法使い「魔王――、いや先代魔王」

魔法使い「お前は案外、部下のことを見れていなかったんだな」

死者の王?「……うーん」

先代魔王(死者の王)「そんなことは無い、と思ってたんだけど」

魔法使い「僕にあれだけされて平然としていられるほど無感情なやつじゃないよ、死者の王は」

先代魔王「そういえば感情豊かな子だったね。褒めると本当にいい笑顔をしてくれたよ」

魔法使い「そんなに懐いてた奴の敵と朗らかに話すやつもなかなかだと思う」

先代魔王「あくまで私と君との関係であって、そこにあの子は関係ないから」

魔法使い「……まあ、いいか」

魔法使い「心を読む魔法の対策だけど」

魔法使い(敵にそうやすやすと教えるわけがない)

先代魔王「ちなみに、私はもうそれを使えない」

先代魔王「ついでにあの子、現魔王はここまで遠くを見通す技術はない」

先代魔王「信じていいよ」

魔法使い(そんな言葉でほいほいと――)プツッ

魔法使い(っは、は、はは)

魔法使い(全くもって馬鹿馬鹿しいけれど)

魔法使い「妖精だよ。妖精を頭蓋に被せた」

先代魔王「……な、ぁるほど」にまぁ

先代魔王「召喚した妖精を袋状に伸ばして、透過して被せたな」

先代魔王「それなら君本人の思考を読まず、妖精の思考を読むことになる」

魔法使い(ああ、やっぱり)

魔法使い(これほど信頼できる敵が他にあるだろうか)

先代魔王「でも妖精の思考なんてすぐ違和感を与えるはず」

先代魔王「読ませるのは妖精の思考でも、君は君の頭で考えて話す」

魔法使い「妖精には学習能力があるだろう」

魔法使い「召喚し直した妖精でも、いつもどおりの作業をしろと命じればその通り動く」

先代魔王「……確かに。でもそれでできるのは単純な支持の繰り返しだけで」

魔法使い「君の子供にも言ったけれど、僕を誰だと思っている」

先代魔王「調教師、か」

魔法使い(支持を聞けるなら思考ができる。思考できるなら学習できる。学習できるなら教育できる)

魔法使い「最も、かなりの時間を要したけどね」

魔法使い「結局これに残ったのは、僕の外面と同じ思考をする機能だけだよ」

先代魔王「……まあ、たしかに頭骨で何か働く必要もないからね」

先代魔王「ともあれ、それで現魔王は君の優位にたったと勘違いした」

魔法使い「単純に読み取りを遮る方法もあるけど、それだけだと簀巻にされて終わりだから」

魔法使い「油断させて、拘束魔法を溶かす時間が必要だった」

魔法使い「強靭に見えて芯がないから、案外簡単だったけど」

先代魔王「そうか、君は周囲の魔力を使うから慣れているのか」

魔法使い「そういうこと。……馬を休ませながらだと暫くかかるかな」

先代魔王「んー、もうバレてるから転移で飛んでもいいけどね」

魔法使い「……」

先代魔王「せっかく君に会えたんだからもうちょっとお話したいなあ」

魔法使い「……国に戻ったら面白いものを見せてやるから」

先代魔王「おや。私はそれなりに色々見てきたからちょっとやそっとじゃ驚かないけど」

魔法使い「ちょっとしたお遊びだけど、見世物にはなるよ」

魔法使い「多分、君や現魔王にはできないことだよ」

先代魔王「……へえ」

先代魔王「ま、それでもいいか」

先代魔王「近くまで飛んであげよう。あとは君一人で帰るといい」

魔法使い「そういえば、君たちの無詠唱魔法って入れ墨かなにかなのか」

先代魔王「まさか君、刻印無しでやってるのか。不安定でおっかないなあ」

――神聖王国、街外壁前

カッ

魔法使い「よ、っと」すたっ

魔法使い(……さて。先代魔王と馬は別のところに飛んだか)

魔法使い(多分馬を返しに行ったんだろう。どうせ国から盗ったものだろうし)

魔法使い(まあここからなら歩きでも)

たたたっ 

獣人「マスターっ! おかえりなさいっ!」がばっ

魔法使い「おっと」ひらり

獣人「とうっ」ずざっ びょん

魔法使い「ごおっ!?」どさっ

魔法使い「……着地直後に反転してもう一度飛びかかる、か」

魔法使い「君にはもしかしてあまり体の動かし方を教えないほうが良かったのかもしれない」


魔法使い「まあいいか。お迎えありがとう」なでなで

獣人「えへへー」

魔法使い「僕がいない間、皆はどうしてた?」

獣人「んーと、びりびりした鎧は怖いものじゃありませんよーって」

獣人「そういう噂をいろんなところで流してました」

獣人「あとはマスターの頭がいいところとか、すごく強いところとか」

獣人「そういう思い出をいろんな人が話せるように、話題を誘導したり」

魔法使い(うん。上出来)

魔法使い(ちゃんと住民が僕の指示通りに動くように操作してくれている)

魔法使い(公式発表より噂のほうが強い力を持つからね)


魔法使い(不安が高まるときは尚更)

魔法使い(少しでも情報を集めようとして、結果信頼性の薄い情報にもすがりつく)

魔法使い(お偉い誰かよりも近所の知人のほうが信じられる)

魔法使い(確かな一言より凡百の噂のほうが心に残ることもある)

魔法使い(ならその両方を操作すればいいだけのこと、という話)

魔法使い「ところで、どうして僕がここに来るってわかったんだ」

獣人「ええと、少女ちゃんがそろそろ帰ってきそうだって気づいて」

獣人「エルフちゃんが転移時の空間の乱れ、魔力を感知して」

獣人「あとは私が鼻で」

魔法使い「……まあ、あの人数調教してればこういう連携も出てくるか」

……
神聖王国、城前広場

ワァァァァァァ

女騎士「魔法使いっ」がばっ

魔法使い「おお。心配かけて悪かったな」

魔法使い「……いつもより力が入ってないけど、しっかり食べてるか?」

女騎士「君が居ないのに通る食事がこの世にあるわけがないだろう!」ぎゅううう

僧侶「……魔法使い」

魔法使い「……やあ」

魔法使い(……さて)

魔法使い(群衆もかなり集まっているし、ここでいいか)

魔法使い「皆。心配をかけて申し訳なかった」

魔法使い「今回の件で損害があった者は申し出てほしい。後ほど補填する」


魔法使い「さて、僕の一件以外にも騒ぎがあったようだが」

魔法使い「それは僕の制御下にある」

魔法使い(『透明化終了。顕現』)

カッ ドドドドドドドッ

雷騎士「……」バチッ ヂヂヂッ

僧侶「っ……七人、やっぱり」

魔法使い(そう。聖典にある裁きの象徴)

魔法使い(七罪を雪ぐ七本の雷)

魔法使い(……を、想起させるような召喚)

魔法使い(魔力ではなく、女神の力によって生み出した裁きの騎士)

魔法使い(女神の力が何なのか、なんて魔王……いや先代魔王ならわかってるだろうな)

ガシャ ガシャ

少女「……」すぅっ

少女「ああ! 裁きの騎士が魔法使い様の下に!」

どよどよどよ

魔法使い(演出良し。他の子もここに来ているはず)

魔法使い(複数の元奴隷を使って大衆を煽り、状況に酔わせることができる)

雷騎士「……」スッ

魔法使い(裁きの象徴たる雷騎士が跪き、その力の証たる剣を僕に差し出す)

魔法使い「……」がしっ

魔法使い(七本の剣を『合成』、騎士本体は『召喚解除』)

魔法使い(これで、大衆から見れば裁きの力がすべて僕の手に渡ったことになる)

魔法使い(そう、信じる)


魔法使い(重ねて、……『女神よ、我が手にその一片を』、『出力』『光の粉』)

ぱあっ

魔法使い(女神の力由来の光でも散らしてやれば)すっ

魔法使い(ついでにこの剣を天高く掲げれば)

わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ

魔法使い(演出としては万全)

魔法使い(この状況に酔うこの歓声が、さらに力を与えてくれる)

魔法使い(……女神の力は、信仰の力)

魔法使い(否、正しく言えば信じる力、願う力)

魔法使い(この力の上昇からすると、仮設は正しかった!)

魔法使い(大衆を扇動さえすれば、こんなもの魔力と大差ない!)


魔法使い(人が願うと、僅かな力が生まれる)

魔法使い(一人や十人程度では燃料にできないほど微弱なものだが、数百数千の願いが何年も積み重なれば)

魔法使い(莫大なエネルギー源となる)

魔法使い(……女神教の開祖は、多分それを使おうとして)

魔法使い(女神という偶像に力を集め、それを引き出す術式である祈祷を作った)

魔法使い(なら、同じことを僕でやればどうなるか?)

魔法使い(女神という偶像から引き出した力と扇動で演出すれば)

魔法使い(いわば聖人として、信仰の力を蓄えることができる!)

魔法使い(……剣の保有するエネルギーの上昇と同時に、僕の中にも信仰の力が注がれる感覚)

わぁぁぁぁぁぁぁぁぁ

魔法使い(信仰の力は、それ自体が魔族にとって毒となる)

魔法使い(先代魔王には絶対に出来ないことだろうな)

――同刻、同所

ワァァァァァァァァァ

僧侶「……っ」

僧侶(ああ、やっぱり)

僧侶(全部魔法使いがやってくれていた)

僧侶(私がどれだけ教会内で力を得てもできなかったことを)

僧侶(自分の立場を自分の権力を示す名前としか思わなかった外道を)

獣人「魔法使い様ばんざーい!」

僧侶(女神の教えを説く者でありながら、信徒を食い物にしていた悪魔を)

僧侶(私のような孤児を食い物にしていた、肉欲に肥えた不浄を)

僧侶(全て、消し去ってくれた)

ばんざい! 魔法使い様万歳!

僧侶「やっぱり」ぼそっ

僧侶「世界に必要なのは、女神ではなく」


ワァァァァァァァァ

僧侶(今、魔法使いの下に信仰の力が集まっている)

僧侶(教会の上位にある者なら、それを止める術も持っている)

僧侶(けれど、誰もしない)

僧侶(純粋なものはこれを奇跡として受け入れ、賢しいものは後の裁きを恐れ手出しが出来ない)

僧侶(もう誰も、魔法使いを止めるものはいない)

僧侶(きっかけさえ作れば、あの人に更なる力を与えられる)

僧侶(それこそ、国の未来を拓く英雄としての力を)

僧侶「……だから」

僧侶「私が」すうっ

――

ワァァァァァァ

魔法使い(さて)

魔法使い(実験としては十分すぎるほどの結果が出た)

魔法使い(あとはこれを独占するべきか、あるいは共有して新たなエネルギー資源とするか)

魔法使い(……特性から考えると、あんまりバラすのも良くないな)

魔法使い(信仰の力の集まりが悪くなりそうだ)

魔法使い(さておき、今日はこのくらいにして切り上げなければ――)

僧侶「『主は天に在りて、地に在らず』」

魔法使い「……、え?」

僧侶「『我ら地に在りて、天に在ること無し』」

魔法使い(僧侶、何をして、何を言って)

シン……

僧侶「……」すぅっ

僧侶「『されど、主の御心は天より地に注ぎ』」

僧侶「『我らの信心は、天より主に見守られる』」

魔法使い(聖典の一節。……いや、信仰の力が動いている。なら暗号化された秘術が乗っている?)

僧侶「『我らの信心が脅かされる時、主はその信仰をお救いになる』」

魔法使い(これはどこで出てきた節だったか)

魔法使い(脅かされるということは、魔族云々の話だったか)

僧侶「『善きものに叡智を』」

僧侶「『暗闇を知り、先を照らす光を生む叡智を』」


魔法使い(これは)

僧侶「『善きものに勇気を』」

僧侶「『全てと向き合い、全てを救う勇気を』」

魔法使い(これは)

僧侶「……『善きものに剣を』」

魔法使い(まずい)

僧侶「『悪を討ち、未来を拓く剣を』」

魔法使い(これは、勇者を)

魔法使い(勇者を作る詠唱だ)

ワァァァァァァ


ワァァァァァァ

魔法使い(力が更に集まってきている)

魔法使い(これ以上集まればどうなるのか興味はあるが)

魔法使い(治世を考えると、これ以上僕に信仰の力が集まるのは良くない)

魔法使い(女王を差し置いて事実上国内権力の全てを手にするなど)

魔法使い(他国から見て異様すぎる)

魔法使い(どうにか自然な形でこれを断ち切らなければ――)

群衆「善きものに叡智を!」

魔法使い(!?)

群衆「善きものに勇気を!」

魔法使い(そうか、国民の殆どが女神教徒だから有名な一節を復唱するくらい当たり前だ)

魔法使い(だがそうなるとますます――)


僧侶「『善きものに剣を』」

群衆「善きものに剣を!」

僧侶「『悪を討ち、未来を拓く剣を』」

群衆「悪を討ち、未来を拓く剣を!」

僧侶「……」すうっ

僧侶「『善きものは』」

群衆「善きものは」

僧侶+群衆「『ここに』!」ゴォッ

魔法使い「っ!」

魔法使い(大聖堂から何か飛んで――!)パシイッ


シュゥゥゥゥ

魔法使い(……これは)

魔法使い(裁きの剣がある右手を避けるようにして左手に収まったこの剣は)

魔法使い「……勇者の、聖剣」

ワァァァァァァァァァッ!

魔法使い(……仕方ない。なら最低限のことをしてこれを切り上げよう)

魔法使い「諸君! この手にある剣は」

魔法使い「今を治める剣と、未来を拓く剣である!」

ワァァァァァァァ

魔法使い「それがこの神聖王国で、僕という魔法の使い手に渡った!」

魔法使い「故にこの先、人と魔は相反するものではない!」

魔法使い「人と魔が共に生きる、これまでに無い世界を拓き、新しい世界を治めよう!」


ワァァァァァァ

魔法使い(これで通るのかよ。本当に、その場の熱というのは恐ろしい)

魔法使い(とはいえ、これで現魔王との交渉をするそれらしい理由は手に入れた)

魔法使い(あとはこの権力を少し削りたいが――)

魔法使い「だがこの剣は、僕一人で振るうには重すぎる!」

魔法使い「女騎士や僧侶に託したとしても、それでも重いものだ!」

魔法使い「だから諸君らにも、支えてほしい」

魔法使い「新たな世界のための、この2つの剣を!」

ワァァァァァァァァァ

魔法使い(……で、どうだろうか)

魔法使い(とにかくこれ以上はもう前に立つべきではない。この場から去るとしたら今しかない)

魔法使い(うまくできていれば、いいんだが)

――夜、魔法使い私室

魔法使い「……」

少女「お疲れ様でした、魔法使い様」

少女「すぐにお休みになりますか。それとも雑務等ございますか」

少女「それとも――」

少女「全て、準備できております」

魔法使い「バレてること自分でも気づいてやってるだろう」

少女(先代魔王)「まあそうだろうねぇ」

先代魔王「けど他の人に見られてもいいように、とりあえずこの子の姿を借りておくよ」

先代魔王「さあ座って座って。私の隣開いてるぞ」

魔法使い「部屋の主のベッドに堂々と腰掛ける図太さは見習いたいな」


魔法使い「ところで」ぼすっ

魔法使い「馬はちゃんと返したのか」

先代魔王「当然。転移に巻き込まれて混乱してたから、軽めに睡眠魔法をかけて返したよ」

魔法使い「……まあ、いいか」

先代魔王「おや、いいのか」

先代魔王「嘗ての仇敵が、君の本拠地まで来ているのに」

魔法使い「何かすることも無いだろう、お前」

魔法使い「それに今の僕なら――」ヴンッ

魔法使い「お前を倒してやることだってできる」

先代魔王「……今の私はもう力の殆どをあの子に譲っててね」

先代魔王「聖剣なんて使わなくても倒せるから、早いところそれをしまってくれ」

先代魔王「君にその気がなくても、ちょっと怖い」


魔法使い「……怖い、ね」シュンッ

魔法使い「流石にここまでなるとは思っていなかったんだけど」

先代魔王「確かにあれは私にはできないことだよ。面白かった」にこにこ

魔法使い「……」

先代魔王「信仰の力って、女神由来でなくても魔族には使えなくて」

先代魔王「人間にしか使えないみたいだから」

魔法使い「……」

魔法使い(ああ、そうか)

魔法使い(信仰の力そのものに魔族への毒性があるのかと考えていたが)

魔法使い(女神教の特性からすると、この毒性は女神教由来であって)

魔法使い(本来の信仰の力は魔力に近い特性なのかもしれない)

魔法使い「……だとしたら、何故魔族には使えないんだ」


先代魔王「それについて答える前に、魔法使いくん」

先代魔王「人間の体と魔族の体について考えてみると面白いよ」

魔法使い「……、傾向として魔族のほうが強靭な身体を持っていて」

魔法使い「魔族のほうが、体内に溜め込むことができる魔力が非常に多い」

先代魔王「そう。人間は体内に魔力をほんのちょっとしか、こぶし大の火の玉を作るくらいしか溜め込むことができない」

先代魔王「だから基本的に人間は魔法を使えない」

先代魔王「……まあ、君のようにごく少量の魔力を指揮棒にして」

先代魔王「周囲の魔力を操るような裏技もあるわけだけど」

魔法使い「……結局、何が」


先代魔王「信仰の力は人間にしか使えなくて」

先代魔王「魔力は魔族にしか使えない」

先代魔王「――こんな都合のいい力、どこから来たんだろうね?」

魔法使い「……っ」ぞわっ

魔法使い(どこから、来た?)

魔法使い(世界を満たしているほど強大な2つの力が、どこから来たか?)

先代魔王「それとそう、歴代魔王が語り継いできた世界の秘密」

先代魔王「生物として強い種である人間と魔族の個体数を調整して、資源の枯渇を防ぐ」

先代魔王「そんな大局的な見方で両者に殺し合いをさせようとしたのは、誰だろうね?」


魔法使い(殺し合いを、させる)

魔法使い(いや、そんなことありえない)

魔法使い(しかしこの悪寒は)

コンコン

魔法使い「っ」

先代魔王「構わないよ。私はこの姿だし」ひそっ

魔法使い「……どうぞ」

ガチャリ

僧侶「魔法使い――、と」

僧侶「……まあ、大丈夫でしょうか」

僧侶「すこし、お時間を頂いてもよろしいですか」


魔法使い「……大丈夫だよ」

僧侶「ありがとうございます」

僧侶「それと、先程はおこがましい真似をして申し訳ございませんでした」

魔法使い「……ああ、うん」

魔法使い(本当に様子がおかしい)

魔法使い(雷騎士が教会重役を裁いたからだろうか)

魔法使い(いや、それだけでここまで変わるとは)

僧侶「ずっと、わかっていたんです」

僧侶「この世界にも、空の上にも」

僧侶「女神のような都合の良い存在は無いってこと」

魔法使い「……へえ」

――

僧侶(ずっと誰も助けてくれなかった)

僧侶(物心ついた頃には孤児として教会にいて)

僧侶(祈り続けても毎日は変わらなかった)

僧侶(旅に出てからも、どこに行ってもどこか穢れていた)

僧侶(女神の使徒たる勇者だけは、穢れることなく清くあって)

僧侶(それがとてもきれいだったけれど)

僧侶(それでもこの世界は、彼の手に余るほど複雑に絡み、腐敗していて)

僧侶(……そこに、魔法使いがいた)

僧侶(穢れを知り、それを使いこなしながらも)

僧侶(他者を複雑に歪めながらも、世界を幸福に導いていく彼がいた)

僧侶(ただきれいなだけの偶像と比べれば、信じるべきは――)

――

僧侶「……魔法使い。貴方を信じます」

僧侶「貴方の下にある世界であれば、きっと」

僧侶「皆が幸せを感じることができるから」

魔法使い「……」

魔法使い(裁かれた教会関係者の中に、特別恨みのあるやつでもいたのだろうか)

魔法使い「ありがとう、僧侶」

魔法使い「君の声はこの国に必要なものだ」

魔法使い「そして君の目線は、僕に必要なものだ」

魔法使い「これからも、頼りにしているよ」

僧侶「はいっ」ぱあっ

魔法使い(……思えば)

魔法使い(彼女の笑顔を見たのはいつぶりだろうか)


僧侶「お忙しいところ失礼しました。今日はここで失礼します」すっ ガチャッ

魔法使い「ああ。おやすみ」

僧侶「それと」

僧侶「どなたかは存じませんが、次回は正式に身分を明かしてお越しいただければ幸いです」バタン

先代魔王「――、あれぇ?」

魔法使い「僧侶もそのへん聡いからねえ」

魔法使い(来客がいても話を続けたのはこれを言うためか)

先代魔王「いや気づいたら気づいたでこう、警戒とかするべきだろう」

魔法使い「ほら僕信じられてるから」

先代魔王「……さっきまでの怯えた顔はどこへいったんだろうね」

魔法使い「……ああ、要するにどこかの誰かが人と魔の対立を仕切っているかもしれないって話だろう」

魔法使い「それこそ、神とか」


先代魔王「……妙に物分りがいい」

魔法使い「そしてそんな曖昧な戯言に付き合う気はない」

先代魔王「そんなに簡単に切り捨てていい問題じゃあ――」

魔法使い「そいつらが現状に不満を抱いて何かちょっかいをかけてくるとしても」

魔法使い「実際に乗り込んできて戦争を始めるとしても、人と魔族は手を取り合うべきだ」

魔法使い「この世界の最大戦力は我々なのだから」

先代魔王「は、はは」

魔法使い(こんなもの、単なる自然現象に過ぎない雷を女神の裁きというようなもの)

魔法使い(理屈の分からないものに妙な根拠をでっち上げて怯えて、なんになるというんだ)

先代魔王「そこまで堂々と言われると、全て私の杞憂だったようにも思えてくる」

先代魔王「言われてみればこの説の根拠だって、昔からの言い伝えくらいしかないんだ」


先代魔王「分かった。現魔王の背中を押してこよう」ぐっ

魔法使い「ああ。けどまあ、あそこまで煽れば対話に応じてくれると思うけど」

先代魔王「あははは。……でも」

先代魔王「もしもの時は、本当に期待しているからね」フッ

魔法使い(……音もなく、消えた)

魔法使い「ああ、全く」ぼすん

魔法使い「何から片付けようか、これ」

魔法使い(色々と権力者が死んだから、国内の情勢を再確認)

魔法使い(ああ、そういえば罪人もかなり収容したんだったか。それらの管理も)

魔法使い(普段からやっている変装しての市街視察もやめる訳にはいかないし)

魔法使い(それと魔王軍との協力を確定させるのと、その詳細を国民が納得できる形で作って)

魔法使い(……興味ないけど、魔力と信仰の力がどこから来るかも研究するか?)


魔法使い(そもそも僕は何でこんなところにいるんだ)

魔法使い(勇者について行ったのは、自分への偏見を無くして研究をしやすくするためであって)

魔法使い(決して権力者になりたかったからではない)

魔法使い(権力を手に入れていくらでもほしい機材が手に入る用になったのはそうだが)

魔法使い(結局できているのは、必要にかられてやった実用的な魔法研究で)

魔法使い(他のことをやるような時間はもうない)

魔法使い(誰かに任せてできるような研究じゃないし)

魔法使い(……いや、もう僧侶はかなり自由に動かせるのだから負担は減るのか?)

魔法使い(そうだ元奴隷、特に少女あたりはもう十分に育っているのだから、そっちにも負担を分けることができる)

魔法使い(よし、それなら時間を作ることだって――)


ガチャッ

女騎士「ま、魔法使い、その」

魔法使い(……ああ、もう)

魔法使い「やあ女騎士。その下着は初めて見るけどそういうのもいいね」

魔法使い(時間も! 体力も! 足りない!)

おしまい。
なんか質問あったら答えます

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