アラサーニートエリちとキャリアウーマン亜里沙 (984)
内容はタイトルの通りです。
注意・エリちが壮絶にダメ人間です。
亜里沙や両親が絡むとちょっとシリアスになります。
基本ほのぼの・age進行。
姉妹スレ
【ラブライブ!】 1レスSSを書くのでお題ください 【ラブライブ!サンシャイン!!】
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現在、絢瀬絵里はニートで忙しない生活を送っている。
今もオンラインゲームのログインボーナスを貰うのに忙しい。
なんせオンゲーは数が多い、プレイしているゲームは少ないけれど――
更にはスマホゲームもログインしなければいけない、これは苦行だ。
毎日の積み重ねが物を言う(例によっては課金してない)ボーナスは無課金プレーヤーには重要だ。
まあほとんどプレイはしてないんだけど――。
一つだけ言い訳をさせてもらえば、とあるオンゲーでは神として降臨しているし
スマホのリズムゲーの指の動きは運動神経抜群の凛に、恐ろしい指戯と褒められてる。
ニコニコに実況動画でも上げて収入を得ようとしたら、亜里沙に本気で泣きつかれたのでやめた、解せない。
ニートというのは収入がない。
学生でもない私はそれでは生活ができない、両親から早々に見切りを付けられたので、誰かに泣きつくしか無い。
和菓子屋の看板娘の座を妹に取られ、仕方なく就職した居酒屋チェーン店で才能を見出された穂乃果。
実家の道場の師範となり、弟子にも恵まれて幸せな生活を送っている海未。
高校卒業後、なんとパリに行ってしまったことりは、現在新進気鋭のデザイナーとして働いている。
某テレビ局で放送されている番組のたいそうのおねえさんを勝ち取った凛は、芸能界にデビュー。着実に人気を集めている。
大学で司書の資格を取った花陽は、現在就職浪人中。アルバイト生活をしている。
医者を志望していたはずの真姫は受験生の時に見たアニメにどっぷりハマりコスプレデビュー、その後声優になる。私のプレイするゲームにも出てる。
希は現在巨乳すぎるカリスマ占い師として、芸能界関係者から引っ張りだこ。書籍も何十万部も売れている。
にこはスクールアイドルのレッスンプロとしてUTXで働いている。今は第二のA-RISEを作ることに執着している。
――私は結局μ'sのメンバーには頼らなかった。
希あたりは、就職するまで面倒見てあげるって言ってくれたけど。
なんていうか、親友にお金の無心をするっていうのはね、気がひけるよね。
まあ、結局――
「また姉さんってば、パソコンやって! リクルート雑誌でも見たらどうなの!」
仕事から帰ってきた亜里沙に怒鳴られる。
私が大学を卒業するまでは、甘えた声でお姉ちゃんお姉ちゃんと言っていた亜里沙はすっかり変わった。
何かと棘のある口調と台詞を用いて私の心をグサグサと刺して満足する冷徹キャリアウーマンに成長したのだ。
彼女がどんな仕事をしているのかまでは知らないけど、営業成績と給料は良い。
食事や家事なんかは私が担当しているけれど、生活費からお金の管理までは亜里沙の仕事だ。
「今見てたのよ……」
「嘘よ! それ、毎日やってるゲームじゃない! 一銭にもならないのに!」
「私を求めているプレイヤーが居るのよ!」
「自分を求める企業に関心を寄せたらどうなの!」
亜里沙が内心、私のことをどう思っているのかまではわからない。
流石に殺したいほど憎まれているとは思わないけど、就職する気もサラサラ無い態度はかなり苛ついているっぽい。
「私なんてどうせ企業も求めちゃいないわよ」
「そんなことない!」
「そんなことないことないわ!」
「だって、姉さんは私の……! っ! もう! いい! ご飯食べてくる!」
バタンとドアを閉めて亜里沙が出ていってしまった。
しばらく彼女とは食事を取れていない。
このまま追い出されてしまったら、本当に希を頼るしか……
「ゲームしよ」
私の戦場はここじゃない――
今日は真姫と飲む。
彼女は案外と大衆居酒屋が好きらしい、逆にバーとかは敷居が高いとか。
飲み放題食べ放題コースが真姫のお気に入りで、大抵いつも同じ店。
ちなみにその店では穂乃果が働いている。
いつも思うのだけど、お酒を飲むときに食べる人と食べない人がいるわよね。
私は食べたほうが健康に良いと思ってるし、お酒が抜けるのが早いと言う実感もある。
それに、食べ放題コースなのだから食べなければ損だ。
同調してくれるのは花陽だけなのだけど。
――あと、今日の飲み会の代金は亜里沙持ちです。
「ねえ、エリー。仕事紹介しましょうか?」
「なによそれ、コスプレ?」
「違うわよ! 役者としての仕事!」
「やったこと無いわよ、さすがに未経験が通用する世界じゃないでしょ」
「あなたはまた酒を飲んだときだけは賢くなるわね……」
失礼な。
まあ、たしかに最近この頭脳を活かしているのが主にオンラインゲームであることは否定しない。
今日も亜里沙に出掛け、深夜まで帰ってこなかったらパソコンの電源を落とすと言われてる。
やめて! それは私の生命線!
「いつも疑問に思うのだけど」
「なあに、真姫」
「亜里沙ちゃんって、一体何をしてるの?」
「キャリアウーマン」
「それは仕事の内容じゃないでしょう?」
「教えてくれないんだもの、とりあえず芸能関係の仕事ではないみたいだけど」
ちなみに亜里沙は大卒3年目の社会人。
その年齢にして妙齢のキャリアウーマンの雰囲気を漂わせている、さすがは我が妹。
真姫は発泡酒ではないビールを飲みながら、次第にトロンとした目をしだした。
案外彼女は酔うのが早い。恐らくあんまり食事をしないせいだと思う。
「最近の声優業界は……」
出た。
真姫のお得意の台詞。
これが出てクダをまき始めると、そろそろストップを掛けないといけない。
「私もいつか成人向けゲームに出ることになるのかしら……」
真姫は声優になって数年2年前くらいにブレイクし始めたものの、作品に恵まれない。
ネットではコスプレ爆死声優なんていう悪口雑言もあったり、まあ、それを書き込んだやつは制裁したけど。
「ねえ、成人向けゲームに106本出演した声優さんがいるんだけどさ」
「は? 一年で?」
「その人処女らしいよ」
「なっ!? エリー、その情報の出自は何よ!?」
某スピリチュアル占い師です。
「真姫ってさぁ……経験ないでしょ」
「う……ま、まあ……エリーも経験ないでしょ?」
自爆。
「もう私のエッチなところなんて骨董品よ……デッドストックま」
「はいはいお客様ー、店内での下ネタは自重してくださいねー」
穂乃果がやってきた。
「穂乃果はもう上がりなの?」
「まさか、不穏な言葉が聞こえてきたからストップかけに来たんだよ」
「どんな地獄耳よ……」
真姫がぼやくように言う。
ネット以外ではコミュ障気味(友人とは普通に喋れる)の私が常に尊敬しているのが穂乃果だ。
私は隠れてリア充エリートと呼んでいる。いや、本当に社会人2年目に店長候補になるとか……
――どんなブラック企業なのか。
「ではお客様、店内でも下ネタは自重してくださいね」
「仕方ないわね、私の家に来る? エリー」
「悪いんだけど、深夜以降に帰るとパソコンの電源を落とされるのよ……」
「……仕方ないわね」
真姫が呆れたように言う。
「でも、真姫が担当したキャラはステータスカンストしてるのよ?」
「どう育てたらそうなるのよ……というか、いくら課金してるのよ……」
「り、リズムゲーのガチャにはお金かけてないもん……」
「もんなんて言う年齢じゃないでしょ……お互い……」
ついついμ'sのメンバーに会うと高校時代を思い出してしまう。
四捨五入したら30になる年齢では、たしかにもんなんて使ってたら痛いか……。
「じゃあ、次に会う時は就職してなさいよ?」
「え、真姫、私に会いたくないの?」
「就職しなさいよ……」
「ギルドマスターだもん」
「リアルで就職しなさいよ……」
アーアーキコエナーイ!
(花陽との飲み会編)
20歳以上になったμ'sのメンバーの中で、一番お酒を嗜むのは花陽。
度数の強いお酒はさすがに……なんて謙遜している彼女だけど、普段飲んでいるのは日本酒。
米から作られているからなのか、ポン酒をこよなく愛する彼女が飲み会をする場所は大衆居酒屋じゃない。
普通のお店だとメニューが少ないから、と酔っぱらいのトロンとした目で語られたのを覚えている。
ちなみに私は度数が強いお酒のほうが好みだ、すぐに酔いが回る気がするので。
とは言っても、私も母親や祖母譲りのお酒の強さを持っているみたいで、なかなか酔えないんだけど。
まあ、家ではお酒は禁止されているんだけどね、亜里沙が一切飲ませてくれないんだけどね。
お酒と課金のどっちを選ぶか聞かれたら課金を選んじゃうでしょう……常識的に考えて……。
それはともかく、花陽が遅い。
比較的時間にルーズなメンバーが多いμ'sだけど(特に20を超えてから顕著)花陽は海未クラスに時間を守る。
アルバイトが長引いてしまっているのかしら? それなら連絡もなしに遅れてしまうのも仕方がない。
「とりあえずガチャでも引こうかしら? あんまり暇がなくて無料ガチャも引けなかったし」
オンラインゲームでイベントがあって、一日20時間ほど張り付いていたらあっという間に飲みの約束の日を迎えた。
もともとそれほど睡眠を必要としない私だったけど、25を過ぎたあたりから徹夜がきつくなってきたの。
30を過ぎても24時間張り付いている廃人の皆様に尊敬の念を抱きながら、キョロキョロと周りを見回す。
あ、花陽がこちらに手を振りながら急いだ様子で走ってくる。
「え、え、絵里ちゃん! ごめんねぇー!」
「急がなくていいわよ花陽、転んでしまうわ」
「もう! 私も20過ぎたらドジじゃなくなったんだよ? そんなにすぐ転ば……あっ!」
「おっと!」
こちらに向かって飛び込んできた花陽を抱きとめる。
「まったく、高校時代とまったく変わってないじゃないの」
「うう……」
恥ずかしそうにうつむく花陽はとても可愛かった。
基本的に男性が多いゲームの世界を過ごす中で、微妙におっさん臭くなった気がする私も
一応女子(という年齢でもない気がする)なのだから、注意は欠かしていなかったと思うのだけど
こうして女の子全開(以前飲んだ真姫は微妙に擦れてしまった)の花陽を見ると、
だいじょうぶか自分の女子力は! と思わずにはいられない。
もう四捨五入すると30になってしまう私達ではあるけど……なんというか、捨ててはいけないものがある気がする。
「ネットで花陽の紹介してもらったお店を調べたけど……その、良いのかしら、私なんかが入って」
「この前は真姫ちゃんと大衆居酒屋に入ったんだっけ、穂乃果ちゃんが働いてる」
「そうなのよ、基本μ'sのメンバーは大衆居酒屋好きが多いから」
そう言うと、花陽は困ったような表情を浮かべた。
何かを隠しているような、言うべきが言わざるべきか逡巡しているような態度に首をひねる。
「えと、絵里ちゃん、就職活動はうまく行ってる?」
今度は私のほうが困った顔をする番だった。
これでうまく行ってるなんて言おうものなら、花陽は大いに傷ついてしまう。
もしも私が就職なんぞしてしまったら、花陽が困ると亜里沙にも言ったことがあった。
すんごいジト目と冷徹オーラを向けられて、すかさずパソコンの前に戻ったけど。
「花陽」
「は、はい!?」
「私はニートなのではなく、あえて働かないのよ……」
「え?」
「いい、亜里沙と私は両依存する形になっているわ、亜里沙はあえて私を頼ってない風を装っているの」
花陽が困惑の表情を浮かべる。
私は注文した、ちょっとお高めの日本酒をぐい呑で一気に飲み、彼女に説明した。
――花陽の目が同情に変わった。解せない。
「私は花陽のほうが心配よ、体を壊さないんじゃないかって」
花陽がなんとも言えない表情を浮かべる。
嬉しいというよりも、困惑90%といったほうが近いかもしれない。
彼女はとても優しい子だし、なんやかんやで仕事だってできるはず。
狭き門に挑戦してしまったというのが、悪手だったのかもしれないけど、それを指摘するのは野暮だ。
「その、絵里ちゃんのことは、μ'sのみんなが心配していると思うよ……?」
お酒を飲んでいる花陽にしては珍しく、弱気な態度でこちらに提言した。
アルコールが入るとこちらにぐさりと刺さることを言う彼女だけど(もっとも凛ほどじゃない)
言おうかどうするか迷った末、あえて言うことにしたと言わんばかりの態度が気になったので――
「そうかしら? うーん、自覚はあまりないけれど」
「この前会った雪穂ちゃんにも心配されてたし」
「私は高坂姉妹間の仲が心配だけど……」
「こころちゃんとかここあちゃんにも心配されてたよ?」
「あの子達も就職したのよね……せめて大学に行ってからのほうが良かったんじゃないかしら?」
「その、絵里ちゃんが優しいのはよくわかったけど……まずは自分の心配をするほうが先だと思う」
花陽は真剣な目でこちらを見る。
本当ならパソコンの前に逃げ出したいほどだったけど……。
でも私はかしこいかわいいエリーチカ。
そんなことをすれば花陽は二度と私と飲んでくれない。
「わかったわ」
「絵里ちゃん……!」
「花陽が就職したら、私も就職活動する」
「その発言、凛ちゃんの前で言ったらダメだよ? たぶん、本当、殴ってくると思うから」
バイトから戻りました。
一応深夜二時くらいにちゃんと起きて書いてはいたんですが途中で値落ちしまして。
なので今から書いた分だけ投稿して、また書いていきたいと思います。
……1レスSSはもう少し
「あ、かよちん! 真姫ちゃん! 絵里ちゃん!」
「凛ちゃん!」
「凛!」
「ちょっと凛! この前私の現場に差し入れ持ってきたでしょ! 処理するのに困ったのよ!」
「人身御供は何にしたにゃ?」
「クソ作品を作った脚本家と監督」
凛も自分の料理が上手にいってないという自覚があるなら渡さなければいいのに。
それは何ていうか、無自覚テロと言わんばかりの行動なのではないかと……。
「そういうときはスポンサーに渡すにゃ」
「金づるにお前はクソですなんて言えないでしょ」
「聞いてはだめよ花陽! 就職するのが辛くなるわ……!」
「え、絵里ちゃん……! 耳! 耳は弱いのぉ!」
旅館の前で騒いでいると従業員と思わしき女の子が出てきて、
「お客様、もしかして……元μ'sの」
「人違いです」
「ちょっと何否定してんのよ絵里!」
「東條希で予約を入れていると思うんですけど」
「あ、はい。その方の名前でご予約を頂いております。そうじゃなくて、私、μ'sの大ファンで」
「な、なんだ、ファンの子かぁ」
警戒を解く。
なんというか、私が元μ'sだと知られると意外と面倒なんだ。
就職を斡旋されたり、仲良くもないのにメッセージを送られてきたり。
ファンの子はそこら辺の線引がはっきりしている子が多いから安心なんだけど。
高海千歌ちゃんは元Aqoursのリーダーで、現在は実家を出ての一人暮らし。
長いこと友人にも会っていないとかで、最近は寂しい寂しいとばかり言っていた。
「ちなみに誰派なの?」
「穂乃果ちゃんの……大ファンで……」
私たち四人の空気がぴしりと固まる。
高校時代にファンに一番囲まれていた穂乃果は、大学入学時にとあるトラウマを作ったらしく
その、人との線引をはっきりしていた。
「それ、穂乃果の前で言っちゃ駄目だから」
「あー……」
千歌ちゃんの表情が一気に固まる。
ああ、もう手遅れだったか……荒れてないと良いんだけど。
「私、今日はいい日だなって思ったんですけど、やっぱりファンはファンとしての自覚を」
「いいじゃない今日はお酒の席だし、お酒を交わせば、穂乃果とも仲良くなれるわ」
「え、でも私まだ仕事中で」
「私たちしかお客さんはいないんでしょ、平気よ平気、どちらにしろ顔を合わせるなら酔わせて機嫌取っちゃえばいいのよ」
「絵里さん……! 私、絵里さんを2推しにします!」
一番にはなれない運命か。
――私たちが案内された場所は、本当だだっ広い宴会場だった。
もうすでに穂乃果、ことり、海未、にこの4人が到着していて、お酒を酌み交わしていた。
「ほら、千歌ちゃん」
「はい! 穂乃果さん! お酒お注ぎします!」
でもみんな、まだ昼の12時よ?
昼間から飲むお酒は大変美味しいというけれど、ニートの私には気まずいだけだわ!
現在時刻は13時。
最初は我慢をしていた私も、周りのメンバーが盛り上がっているにつれて、
「千歌ちゃんビールある?」
「もちろんです! 絵里さん!」
お酒を飲み交わす。
ああ、やっぱりこの一杯のために生きているって感じだわ。
右隣には海未、左には花陽。
今気づいたけど、うみぱなえりって相当珍しい組み合わせじゃないかしら?
「そうですか、20連敗……大変ですね、花陽」
「もっと自分の身代に合った職場を選ぶべきじゃないかなって、最近では思うよ」
「アルバイトをしながら面接を受けて、頭が下がる思いです」
「受かれば格好いいんだけどね、もうそろそろ実家から出ろオーラが出てきてね」
世知辛い。
センターにいる私を無視して就職談義に花を咲かす二人。
私はといえばアドバイスもできないし、かといって話をかき回すこともできないし。
おかしいな、元は海未と並ぶくらい真面目なメンバーだったと思うんだけど?
これが時間の流れというのは残酷だってことかしら。
「実家から出る……私も絵里みたいになれば実家からでなければいけなかったでしょうか」
「このまま追い出されたりしたら、どうしようって思うよ。
そのときには凛ちゃんが面倒見てあげるって言ってくれているけど」
「難しい選択ですね……凛も忙しいですから」
この場を離れるべきか、留まるべきか。
難しい選択だ……。
時刻は14時。
席順が少しだけ変わっていた。
右隣には真姫、左隣には穂乃果。
まきほのえりというこれまた珍しい組み合わせ。
「ええ? 穂乃果の仕事先閉店しちゃったの?」
「そう、結構繁盛してたけどね、最近は食品管理が厳しくて」
「ああ、私もよ穂乃果、今回もDVDの売上が芳しくなくて爆死よ!」
髪の色と同じように真っ赤になりながら、それでもジョッキを離さない真姫。
今回のタイトルは有名なろう小説の念願のアニメ化で、元のファンも多いんだけど。
それでも爆死をしたってことは、もう、何か呪われているとしか……。
そういえば、希が遅いわね。
キョロキョロと周りを見回してみると、花瓶と目があった気がした。
おかしいわね、酔っているのかしら……?
「ねえ、真姫、あの花瓶動いてない?」
「何言ってるのよ、私の世界は全て揺れているわ!」
「真姫ちゃんほどほどにね? そろそろ自重してね?」
うーん……?
たしかにあの花瓶、なんか不自然に穴のようなものが見えるし
顔の部分だけくり抜かれているとしか思えないし。
「ねえ、穂乃果、やっぱりあの花瓶、希に見えるんだけど」
「希ちゃんがそんな花瓶の中になんて入るわけ無いでしょ、酔ってるの絵里ちゃん」
「そうよねえ……」
時刻は15時。
先ほどと同じように席順が変わっていた。
右隣はにこ、左隣は凛。
にこりんえりという、割とよく見たような組み合わせ。
「凛は相変わらず忙しそうね」
「にこちゃん少し痩せた?」
「お互い様でしょ」
この中で唯一忙しくないメンバーの私は、ビールではなく日本酒を飲んでいた。
先程からチラチラと花瓶に見られている気がして落ち着かない。
「絵里も就職してしまうし、こんなふうに飲むこともできないわね」
「え、何そのガセ情報」
「ツバサさんからは逃げられないにゃ」
「たしかにあの子に追われて逃げられなかったプレイヤーは数多くいるけど……」
そしてツバサに追われて垢バンされたプレイヤーも数多くて。
彼女は不正チートなんて利用していないのに、追われたプレイヤーはどうしようもなくて……。
「芸能関係者からも有名だよ、ツバサさんって逃げれば逃げるほど追いかけてくるって」
「去るものは追うタイプね、でもそれくらい強引じゃないと就職しないって」
「凛は仕事を貰わないと食べられないのに、絵里ちゃんには仕事が勝手に入ってくる」
「理不尽ねえ……」
その仕事は私が全く望んでいないので、厄介事でしかないんですが……
ああ、お酒が美味しい……。
宴も後半戦――かもしれない。
16時になり、ついに宴を催した希がやってきた。
なぜかところどころ顔が黒い。
まるで花瓶にでも入ってたみたいね! はは!
と言った真姫が今はお腹が痛いともだえ続けている。
「ほんま、スピリチュアルやね」
それはスピリチュアルではなく、プロクリャーチエと言うものではないかと。
まあ、彼女の原因不明の腹痛は食べ過ぎとか飲み過ぎによるものでしょう、おそらく。
席順もめまぐるしく立ち代わり、今はことのぞえりという組み合わせ。
高校三年間でことりが希と絡んだのを見たのは、おそらく二桁行っていないから
かなりレアな組み合わせではないかと言わざるをえない。
「そういえば今度、真姫ちゃんあまえちゃんの声をやるそうやんな」
「あまえちゃん 好きー!」
「言われる方よ! あいたたた……」
「ああもうじっとしてなさいよ!」
そういえば、にこまきというカップリングがあることを教えてくれたのは、真姫自身だったっけ。
あのときはどういう気分で私に告げたんだろうか……膝枕をされて至福の表情の彼女を見るに想像できない。
(注・本来のあまえちゃんの声の担当はルビィ役の降幡愛さん)
あんなに、ひたすら気持ち悪い、とにかく気持ち悪い、何があっても気持ち悪いと評判の漫画の声を担当するなんて
にこに対して気持ち悪いと言い放った彼女が担当するとは……声優というのはわからない世界だ。
「希ちゃん、こんなこと言うのは差し支えがあるんだけど……」
「おお、どうしたんことりちゃん、ダイエットの方法ならエリちに聞いて」
――ダイエットという言葉にことりの表情が笑顔になる。怖い。
「その、運勢を占ってほしいの」
「なにか悩みが?」
「年をとると不安が増すの、このままで良いのかって」
ほぼ全員の耳がダンボになる。
みんなアラサーだから、将来に対する漠然とした不安が強くなる時期だ。
ニートって宿題が終わらない状態の8月31日を延々と過ごしている感じだから
こう、たまには占いも頼りたくなる気持ちもわかる。
わりかし不安定要素の強い"有名人”という括りの凛や真姫。
自営業で安定しているかと思えば突然のお見合い決定(覆ったけど)が尾を引いている海未。
お店が潰れて無給状態になってしまった穂乃果、就職先が決まらない花陽。
唯一安定しているとも言っても良いにこだけが、しょうがないわねぇみたいな顔をしている。
「せやな……じゃあ、ちょっとみんなの運勢を占ってみよか」
「え、みんないいの?」
「もちろん、こうなるかと思ってちゃんと占い道具も持ってきたし」
「ささ! 順番決めよう! 一番は言い出しっぺのことりちゃんとして、二番目以降はお給料の金額で決めよう!」
それ必然的に私がラストになっちゃうやつじゃん。
そして穂乃果も微妙にあとの方になるやつじゃない?
希の占い教室は2時間ほど続いた。
残すは、海未、花陽、私の順番となっている。
真姫は、心機一転、エッチなゲームにも出よう! と言われて凹んでいるものの
他のみんなは表情が晴れ晴れとした雰囲気を出している。
言い出しっぺのことりは技術をお金に変える職業で、不安に思う要素は何一つないと励まされたし
ノリノリだった穂乃果は、そろそろ転職を考える機会かもねなどと言われてリクルート雑誌を千歌ちゃんに頼んだ。
安定しているにこは占いなんて、と最初の方は言っていたけど、体を壊さないように注意され表情が引き締まる。
凛は結婚運が非常に高まっているらしく、相手をきちんと選ぶことを注意されてた。
もうお相手とも出会っているみたいで、高校時代ウェディングドレスを着た凛が……とか言ってた。
「さて、次は海未ちゃんやね。そういえばお見合いなんて話もあったんやて?」
「え、ええ。あまり口外はしていませんでしたが、そんな話もありました」
「受けなくて正解よ、海未ちゃんは元から結婚運が絶望的で、恐らくしても不幸になるだけだったから」
「……ぜ、絶望的ですか」
大学を卒業してからあまり表情を変えない海未が珍しくたじろいでいる。
私にもツバサのところに行ったら不幸になるからやめろくらいのことは言ってほしい。
「でも、園田の家って女の子しかいないから、せやなあ……養子でも取る?」
「家族の状況は希に言ったことありましたっけ?」
「……スピリチュアルやね」
何をごまかすつもりなのか。
「まあ、良縁さえあれば背中を押してもええけど、でもね海未ちゃん、親の言うことばかり聞いてもいかんよ」
「そ、そうですね……」
「一人の自立した大人なんやから、そろそろ自分の意見を持っといたほうがええと思うよ」
海未の次は花陽。
元から何事にも緊張しがちな花陽ではあるけど、今は顔面蒼白で凛に支えられて立ってるのがやっと。
「は、花陽ちゃん? そない緊張するんやったら、後日でもええで? お宅伺うし」
「だ、だいじょうぶ……! 希ちゃん! お家に伺うなんてそんなことまでしてもらったら、花陽倒れます!」
「今も倒れそうなんやけど……じゃあ、さしあたりのないことから行こうか」
との希の言葉通り、仕事運が低調。恋愛運が厳しい。食あたり注意と言われている。
最初の方は、うんとか、あーとかしか言えなかったみたいだけど、
だんだんと元気を取り戻してきて、逆に質問を返すようにもなってきた。
「あ、それから花陽ちゃん」
「はい?」
「脱いだらあかんで?」
全員の空気が凍る。
みんなアラサーになってきて、その、お金が厳しい女性が最後の頼みとして就職する職業が想像できてきた。
花陽は可愛いし胸も大きいからさぞかし人気になる……かもしれないし、そうでないかもしれない。
「希ちゃん、なんで知ってるの?」
「その会社、最初はモデルとかアイドルとか言って女の子をかき集めて、やがてエッチ方面の仕事を斡旋する質悪いところで」
「かよちん! そんなことがあったんならなんで凛に相談しないの!」
「だって、迷惑かなって」
「ばか! かよちんのためなら芸能界を引退したって良いもん! 凛がかよちんを想う気持ちを……甘く見ないで!」
何処かで聞いたことがあるセリフだと思ったけど、感極まって泣いている花陽を見て自重する。
「まあ、注意するのはそれくらいやね、それから家から出たほうが良いよ」
「ええ……でも行くところが」
「凛のところに来なよ! ちゃんと毎日帰るようにするし!」
「何言ってるのよ、花陽が来るのは私の家」
「なんで凛とかよちんの話に西木野さんが割り込んでくるの!」
「に、西木野さんって(´・ω・`)」
「さて大トリのエリちやけど」
「あ、私は良いのよ、しばらくニート生活だろうし、未来を不安に思う要素は何も」
「その発言を聞いて言わなあかんって思うたわ、さ、みんな! エリちを逃げられんように拘束!」
みんなから、体を四方八方抑えられた。
抑える所がないメンバーは見張り役として近くにやってきて
自分が占われているときよりも真剣な面持ちをしている、なーぜ! とーどけてせーつなさーにはー!
「ちょ、ちょっとことり、どこ掴んでるの、セクハラよ?」
「同性無罪だよね♪」
「背中に当たってるんだけど……」
「当ててるのよ♪」
ことりが壊れた(ことり回に引き続き2回め)
「さて、エリちの現状は皆も知っての通り、ヒモでニートで酒ばっか飲んでるね」
「い、家では飲んでないし……」
「妹の亜里沙ちゃんの職業は、まあ安定している方だし将来に対する不安もない。優秀だし」
「そ、それほどでも」
なんて小ボケをしてみると、ほっぺたの両端が引っ張られた。
「いひゃいいひゃい」
「ふざけないの、希の話をちゃんと聞きなさい」
「さてエリちは今、岐路に立たされとる。運勢的に見ても、今変わらないとどうにもならない」
「運勢的というか、もはや年齢的にやばいじゃない、30にもなろうかっていうときに職歴もないとか」
そう断言されると、ちょっと私としても危機感煽られちゃうなあ……
「エリちには、この先3つの選択肢がある」
「ゲームじゃないのよ希、と言うか3つもあるのね……」
はい、いいえ、どちらでもない。
とかなら随分楽なんだけど。
「もうすぐご両親が来るらしいやん? その時に亜里沙ちゃんから住む場所の紹介があると思うんや」
「ええ、いま交渉中とか言っていたわね」
「その場所にご厄介になって、ちょっと働き始めるのが第一の選択肢」
は、働くのか……。
何ていうか、何かの制服に身を包み働くとかまるで想像できない。
「でも、亜里沙ちゃんの知り合いってアイド……むぐっ!」
「何言ってんのよ凛! 今何も聞いてなかったわよねエリー!」
「え、ええ……なんか、不穏当な言葉が聞こえた気もするんだけど」
哀奴とかなんとか……亜里沙ってもしかして、調教師とか何かなんだろうか。
調教師のキャリアウーマンというのを想像して、SMの女王様しか浮かばなかった私は震えた。
「二番目は、海未ちゃんにお世話になるパターンやね」
「いつでも歓迎しますよ、絵里」
「海未、気が早いわ、と言うか来る前提で物を考えないで」
以前も言われたことがある、海未の家にお節介になるパターンか。
でもご両親はなかなか厳しいみたいだし、ニートだと知られればビシバシとしごかれてしまうのでは?
「さて、最後やけど。これは鉄板やね。ツバサちゃんのところでマネージャーす」
「わーわー!」
「誰かエリちの口塞いで、うん、頑丈に、ガムテープでいいから
「ごめんなさい、静かにするのでガムテープは勘弁して……」
第三の選択肢は、以前ことりに紹介して貰ったマスターのもとで修行するものだと……。
なんかやけに気に入られているし、もうすでにLINEの登録までされて――
亜里沙が以前よろしくお願いしますと言いに行ってしまったことまであった。
「結果的には亜里沙ちゃんが一番喜ぶんじゃないかなあ」
「そうかしら? だってあの子の仕事芸能関係じゃないんでしょ?」
「……あ、そうだったね、うん、これはウチの勘違いや、ごめんごめん」
確かにお給金的には一番高そうだし、亜里沙も一人暮らしを始められるかもしれない。
隠れて姉のお世話なんて飽きた! とか思っているかも……。
「でも一番安定して、一番収入があるって言うのは魅力的やろ?」
「マネージャーなんて何をするかもわからない職業に未経験者がついていいと思う?」
「ええやん、ドラマでありがちやで」
何その創作脳……。
「ツバサちゃんの好感度が高すぎてそっち方面が心配やけど、エリち彼女に何したん?」
「別に同じギルドに誘われてからずっと一緒ってだけよ」
「あー……ツバサちゃんにとってはA-RISEの解散はダメージが大きかったんやろうなあ……」
その後、恋愛運も結婚運も進展なし、もはや女の子と結ばれたほうがいいレベル。
などという、こころちゃんが大喜びしそうな診断内容を打ち付けられた後で夕食がやってくる。
旅館側も、もうすでにお酒を6時間以上飲んでいるというのを把握しているのか、とても軽いメニューだった。
「エリち」
「あら、希。どうしたの? 食べ足りないのなら」
「温泉入ったらサシで飲もか」
「え? ああ、別に構わないけど、なに? まだ私を凹ませる気?」
「そうかもしれないし、そうでないかもしれんなあ」
希と一緒に温泉に向かう道中での会話。
ちなみにお酒が抜けない真姫と、あんたらと入るなんて絶対に嫌と宣言したにこがお留守番。
もう恥ずかしがる年齢でも……はっ!
「もしかして、にこと真姫は本当に結ばれ……」
「エリち酒が抜けてないんやったら温泉やめる?」
「やめない!」
「まあ、7人もおるんやから誰か一人倒れても平気か」
大浴場「桃源郷」の女子風呂に入っていると、ことりが近づいてきて。
「絵里ちゃんはやっぱり大きいよ、ウエスト細いし、本当にニートなの?」
「スタイルにニートは関係ないんじゃ……」
「これを見て」
防水加工を施された(個人的にはあんまりお風呂での使用は歓迎できない)スマホを見せることり。
そこには――
「結婚できない女の特徴?」
「へえ、ことりちゃんこういうの見てるんや」
希が近づいてくる。
その様子を見て、どこかから舌打ちのような音が聞こえてきたけど……
花陽が苦笑いをしているのが見えただけだった。
「結婚できない女の特徴……なになに、まず……家事手伝い」
「つまりはニートだね、ニートは結婚できない!」
ビシィ! とことりに指さされる。
まあ、結婚する気もないけど……そういえば私は結婚式って参加したことないな。
式会場での司会なんて仕事も凛や真姫は何度か体験したみたいだけど。
μ'sのメンバーはほとんど縁が無さそうだし、ルビィちゃんや理亞さんと言ったアイドルの子は恋愛禁止だろうし。
「勉強ができて賢い……?」
「そう! 偏差値60以上の大学の卒業生は結婚しづらい!」
その場で回転したことりが先程と同じように指をさす。
「エリちの大学の偏差値って?」
「64くらいだったかしら? あんまり覚えてないけど」
「次の文章を読んで!」
スマホの画面を指でスライドさせて見る。
「スタイルが良くて、外国語が堪能……?」
「この文章書いたのって……まさか……」
希がそう言ったので、私も文末を見る。
文責:T.K.Revolutionと書いてあった。
T.K……何処かで聞いたような……?
ことりが、つまり私は結婚できるの! しないだけ! ねえ、希ちゃん!
なんて突っかかり始めたので、私はいそいそと退散。
最初は凛たちに挨拶でもしようかと思ったけど、
その彼女からあっち行けというふうな視線で見られたので
やっぱり退散をすることにした。
「穂乃果、海未」
「絵里ですか、どうです? そろそろ家の仕事内容を確認しますか?」
「海未ちゃぁん! 穂乃果も転職させてー!」
穂乃果が海未に抱きついている。
これはお邪魔をしてしまったかな? いや、別に仕事の話をしたくないからじゃないよ?
いそいそと後ろを向けて一人で落ち着こうかと思ったら、髪の毛をぐいっと引っ張られた。
「話は終わっていませんよ、絵里」
「その笑顔が怖いわぁ……」
海未の攻撃で首が痛い。
流石に強く引っ張り過ぎなのではと思ったけど、エリーチカ大人だから言わない。
だってさっきから穂乃果は左手でアイアンクローをされている状態だから。
「さて、騒がしいのも落ち着きましたし……朝は5時起きです」
「本当に仕事の内容を説明しだした……」
「まずは道場の掃除から始めていただきましょう、なに、2時間で終わります」
「一人でやらせるの!?」
「もちろん、絵里は新人ですから」
海未の話をくどくど聞いているうちに、だんだんと湯あたりの前兆を感じてきた。
「ごめんなさい海未、ちょっと暑くなってきたわ」
「そうですね、名残惜しいですがそろそろ上がりましょうか」
「がぼがぼがぼ……」
穂乃果は海未が話をしている間中ずっとアイアンクローをされたままだった。
せめて離してとか、痛いとか言えばいいのに……。
脱衣場に戻ると、にこと真姫がいた。
着替えている二人をちょっと観察してみたけど、赤い痕跡などは見られなかった。
やれやれ一安心。
「何ジロジロ見ているのよ絵里、にこの体なんてジロジロ見ても仕方ないでしょ」
「にこも需要があると思うわ!」
「死に腐れ! 金髪外道!」
ひどい。
私の精一杯のフォローは相手に伝わらず。
でも負けない、エリーチカは女の子だもん!
「絵里、たいてい金髪巨乳と来ると人気投票では3番目以降になりがちだわ」
「何の話よ」
「つまり、絵里ルートアフターは発売されないのよ!」
「ごめんにこ、真姫酔っ払ってない?」
「嫌なことを思い出したからお風呂はいるって聞かなくて……」
何を思い出したのだろう……?
大宴会場には布団が敷かれている。
なんだか9人で寝るって言うと、まるで合宿のようだ。
高校時代に何度ともなく行ったμ'sでの合宿を思い出して、笑う。
「あ、もしかして絵里ちゃんもμ'sのこと思い出しちゃった?」
「ええ、穂乃果も? 懐かしいわね、確か一回目は枕投げとかして」
「海未ちゃんの顔に当てて大変だったね!」
「もう枕投げなんて恥ずかしくてできない年齢でしょう? だから準備をするのはやめなさいふたりとも」
初心に帰るっていうのは……結構良いことだと思いまして……。
お風呂から上がってきたみんなが続々と部屋に入ってくる。
和気藹々と話していると肩をポンポンと叩かれる。
「希、そろそろ時間?」
「んー、本当ならみんなが寝てからって思ったけど、そんな雰囲気ないし」
「そうね」
唯一寝ているのは、お酒を美味しい美味しいと言いながら飲んでいた真姫だけ。
ものすごい幸せな表情で花陽の膝の上に頭を載せて、凛に睨みつけられている。
もし仮にまきりんぱなでルームシェアなど使用者なら、三角関係で一日持たないかもしれない。
番外編 その2
エヴァちゃんの憂鬱 ~チンパンジーは機械の夢を見るか~
すごくどうでもいいことだけど、エトワールの中では流行している言葉がある。
「やっぱりこの動き、素人にしか見えない」
「国語教師の教え方、シロートにしか見えない!」
「理亞さんのお菓子、素人にしか見えないですよ」
「うっさいわね!」
なんか別の台詞が入ってしまったけど、高校時代の黒歴史をほじくり返されている気分でいたたまれない。
きっかけは理亞さんが「そういえばA-RISEを素人にしか見えないって言ったバカがいてね」なんて私の顔を見ながら言った時だった。
μ'sも知らなければA-RISEもロクにわからない、エヴァちゃんあたりはポカンとしていたけど、
「ふうん、それはさぞ素晴らしいスクールアイドルが言った台詞なんでしょうね」
朱音ちゃんの台詞には明らかに怒気が含まれていた。なんやかんや言ってお姉ちゃん大好きの疑惑がある彼女からすれば、自分が侮辱された気分がして嫌なのかもしれない。
「ねえ、澤村さんは知ってるわよね?」
「まあ、とある人物がネトゲで流行らせたからね……」
とある人物=綺羅ツバサ。
彼女が知る経緯になったのは、海未から教えた貰った穂乃果が口を滑らせたから。
「でも、A-RISEが素人にしか見えないって相当ですね、よほどの大バカか、ものすごい自惚れ屋か」
朝日ちゃんそれ選択肢としては同じじゃない? どっちもものすごく馬鹿にしてない?
「待ってください。じゃあ、もし私たちが上手くいったら、人を惹き付けられる様になったら、認めてくれますか?」
……ん?
「無理よ」
…………ん?
「どうしてですか」
んん?
「私にとっては、スクールアイドル全部が素人にしか見えないの。一番実力があると言うA-RISEも……素人にしか見えない……!」
「げほっ! げほっ!」
別に何か食べたわけでも飲んだわけでもないけどむせた。
「おお、エリーそこで死んでしまうとは情けない!」
といいつつも、熱々のお茶を渡してくれるエヴァちゃんにお礼を言いながら。
「なんで諳んじてるの? そんなに有名なのその台詞」
「有名よ、スクールアイドルが素人にしか見えないなんて、とても……負けた人ジュース奢り!」
「ぐはぁ!?」
エリチカ再起不能。
「なにか良くはわかりませんが、理亞さんのラブライブは遊びじゃない発言よりは良いんじゃないですか」
「ぐはぁ!?」
鹿角理亞再起不能。
エトワール内がエスポワール内になりつつある雰囲気の中で、善子さんがひたすら笑いを堪えていた。
わりとネトゲに詳しい彼女は元ネタに行き着いているだろうし、遊びじゃない発言も自分自身で聞いているから面白くて仕方ないんだろう。
でも、ここで憧れの人ににんにく投げつけて、海に投げ込まれたとか言ったら、新しい死者を増やすだけだから黙っていることにする。
※
指導する側なのに、ハニワプロでレッスンがある時には参加させられている現状に疑問を持っている。
ついでに言えば、ツバサにも「一人でトレーニングしても暇だからあなたも付き合って」と言われていて、他のメンバーよりよっぽどダンスにキレを増してる、解せない。
なので最近はあまりお酒を飲みに行く機会もない、おかしい、以前は亜里沙に怒られるくらい飲み会に参加していたはずなのに。
部屋で悶々と、もしかしたらいつの間にかアイドルデビューさせられるのでは? なんてことを考えていると、ドアをノックする音が聞こえてきた。
朱音ちゃんとか理亞さんはノックなんてせずに入ってくるから朝日ちゃんあたりか。
そう思ってドアを開けると、
「エリー……助けてぇ!」
半泣きのエヴァちゃんがこちらに抱きついてくる。
ちょっとその姿が天使っぽいと思って、なんとなく感動していると。
「エリー?」
「ああ、ごめんなさい」
ハグしたまま、部屋に押し込んでしまいそうになって思わず自重する。
以前の件(ク@ニの件)もあって、最近ラッキースケベ率が上がっているから気をつけないと。
女同士でもセクハラ認定される時代だもんね、クワバラクワバラ。
「どうしたの、エヴァちゃん、助けてってどういうこと?」
「このままだと、アイドルやめないといけないの!」
「アイドルを?」
それはまずい。
エヴァちゃんが脱退してしまうと、ハニワプロの5人組としてアイドルデビューというのが破綻してしまう(私は未了承)
芸能プロダクションが自身を持って調和を取れた5人組と表するレベル(繰り返すけど私は未了承)のグループがなくなってしまうと……まあ、私は困らないけど、色々とね。
「わかったわ、私にできることなら協力してあげる、それでエヴァちゃんは何を困っているの?」
「朱音が勉強ができなさすぎてアイドルやめないといけないの!」
ああ、そっちかぁ……。
※
エヴァちゃんの国語以外の成績はかなり優秀らしい。日本語が読めないというわけじゃなくて、単に肌に合わないらしい。亜里沙も国語の成績は著しく悪かったからわからなくもない。
朱音ちゃんはほぼ全教科赤点の上、追試もサボりまくっているのでこのままでは進級の危機らしい。
そのことを英玲奈に告げてみると。
英玲奈:心配ない、朱音はやればできる子だからな
エリー:やってこなかったからやばいんだけど
英玲奈:朱音と来たら本当に可愛いやつで(以下10行ほど妹自慢が続く)
「教え方が悪いのよ」
朱音ちゃんは開口一番そう言った。
自分自身で勉強が出来ないと思うのはマイナスなので、それは別にいいんだけど……。
「違うわよ、あんたがバカなのよ」
「理亞! なんでこいつ連れてくんのよ!」
「だって私だと今の女子高生が何勉強しているか分からないし」
「こいつだってババアじゃないの!」
理亞さんよりもかなり年上の私に対してなにか一言。
「もう、朱音! 今日はふたりとも先生なの!」
「エヴァの教え方が良ければこんなことには……!」
「ハイハイ喧嘩しない、さっき朱音ちゃんのテストの結果を見せてもらったけどね……」
ヤバイ。
アルファベットの小文字の「a」と「q」がどっちがどっちだか分かってない。「b」と「d」の違いを判別しているかどうかが怪しい。「base」を「バセ」って読んじゃうレベル。
よくもまあ、高校に入学できたと感心してしまうくらい(むしろなぜ進級できたのか不思議だ)で、他の教科も国語以外はズタボロだった。
「赤点を回避することに集中しましょう」
「はん! そんな程度の低い目標! この統堂朱音をバカにしているの!?」
「ごめんね。朱音ちゃん、あなたはバカです」
凛と穂乃果にさえ、面前でバカ呼ばわりしたことがない私が、ついに相手に向かってバカと言ってしまった。
だって日本史のテストでわからないところは全部聖徳太子って書いちゃうような子だもの! あたってる確率は限りなく低いよ!
「でもね、今からやればせめて猿がゴリラになるレベルにはなると思うの」
「な、な、せめて人間で例えなさいよ!」
「ごめんなさい、クロマティ高校くらいには入学できるわよね……」
「悪化してんじゃないのよ!」
まあ、とはいえ。
一応英単語を書けるレベルにしておかないと、追試をする側が発狂しかねない。
漢字は無駄に書ける(漢検準1級らしい)ので、地頭は悪くないはず。
「というわけで、勝負をしながら実力を付けていきましょう」
「勝負?」
「最終的にエヴァちゃんに勝つのが目標です」
理亞さんが何いってんのこいつみたいな目でこっちを見てくる。
エヴァちゃんもかなり苦笑いしながら私を見るので、よほど無理なことを言っているのだろう。
私も無理だと思ってる。
「でも、ここでのバカって、朝日か善子でしょ? 流石にアイツラには勝てるわよ」
「ごめんね、本当にゴメンね、今の状況じゃ、足元にも及ばないの、現実を理解してもらえる?」
「お、おう……」
朱音ちゃんの鋼鉄メンタルがちょっと傷つき始めているかもしれない。
まあ、人間一度負けを認めれば強くなる可能性は秘めている。
「とりあえず、私はこれからエヴァちゃんとメニューを組むので、理亞さんと一緒に英単語の特訓ね」
「はあ? なんでそんなレベルの低いことを」
「ああ、ごめんなさい。アルファベットをちゃんと書けるようになるまでご飯抜き」
「……理亞ァ!!」
「なんで私に文句言うのよ! 恨むなら馬鹿な自分を恨みなさいよ!」
困難が予想されたけど、なんとか一時間ほど練習してアルファベットは書けるようになった。
でもこれで英語に関して終わりじゃない、まだ覚えることがたくさんある。
課題は山積みだけど、一つ一つこなしていけば、チンパンジー並みの頭脳にはなるはずだから……。
英玲奈:そういえば、朱音の勉強は順調か?
エリー:ええ、今ようやく鎌倉幕府の成立年を覚えたわ
英玲奈:そうか、いやんばかん鎌倉幕府だったな
エリー:何年なのよそれ
英玲奈:しかし、可愛い上に勉強までできるようになってしまったらますます(以下妹自慢が20行続く)
そろそろ指導方法も頭打ちなのではないかと思い始めた時に、ふいに頭をよぎったのが、テストで満点をとることが得意な友人だった。
彼女も暇ではないだろうけど、しきりにエリーの吐息が忘れられなくてというLINEを送ってくるあたり、時間に余裕くらいはあるはずだ。
「というわけで、友人の西木野真姫さんです」
「よろしく、あなたが英玲奈さんの妹ね?」
「え、ええ……」
今までになくちょっと引き気味の朱音ちゃん。ようやく自分の実力も分かってきたらしく、満点を取らせるために連れてくるという私の言葉に少し緊張気味。
ちなみにだけど、真姫が滞在時は理亞さんのお部屋で過ごさせることに決めている。
あの部屋を見たら多少は理亞さんの業の深さを知れるでしょう、自分が相手にするのがどういう人か分かれば、気軽にエリーで処女を失いたいとか言わないはず。
「で、さっき受けたテストの結果を見て思ったんだけど」
「え、ええ……」
「私、頭の悪い子ってわりと好きよ?」
駆け出しエロゲー声優(デビュー作の発売は2ヶ月後)の真姫に情感たっぷりに言われ、赤くなる一同。
余談だけど、サンプルボイスが公開された直後に正体がバレたらしく、公式サイトにアクセスが集中して落ちた経緯がある。
「さ、エリーのためにも、テストで満点をとるのを目標にしましょう。だいじょうぶ安心して、最初は誰もが怖いかもしれないけど、次第に慣れるわ、ふふっ」
でもほんとう、女の子に目覚めたとかそういうオチじゃないわよね? ノーマルなのよね? 今度希に相談でもして……でもなあ、むしろソッチのほうが良いと言われたら……。
※
真姫の努力の甲斐もあってか、なんとテスト勝負で朝日ちゃんに勝利。そのままの勢いで理亞さんや善子さんをも撃破し、残りはエヴァちゃんだけとなった。
ついでに言えば、私との勝負はなし。負けたら悔しいとかそういう話ではなく、世代が違いすぎて同じテストで勝負できないから。
「ふん、エヴァみたいなレベルの低い子相手に本気を出すのもしょうがないけど」
「言うね、朱音! でも、追試を無難に乗り越えて、今度のテストで万全の成績を取ればいいって」
ん?
「ちょっとまって、エヴァちゃん、朱音ちゃん追試クリアしたの?」
「おー、クリアしたよー、ほぼ満点だった」
「じゃあ、もう勝負することないじゃん!」
ないじゃん
ないじゃん
ないじゃん――!
私の声がエトワールの中に響いた。
Shoking Party Cutie Panther Love wing bell
真夏は誰のモノ? DROPOUT!? soldier game
CLASH MIND というローテーションで約30分ずつ集中するという構図で書いておりました。
次回こそは本編……と決めつけてもアレなので、
なんとか目標は毎日書くで。
ハーメルンではわりと、
「綾瀬絵里」の確率が高いですが、
皆様は無事地雷に引っかからず、名作を引き当てたでしょうか?
マッキーのParadise Liveの「ヘーイ」も超絶やる気なくて可愛すぎですが、
エリちのスリーツーワンライブ! も超絶可愛くて、
正直Paradise Liveはタカラモノズの次の曲くらいの認識しかなかったのですが、
なぜエリちは、作者の執筆の時間を削らせてカラオケに向かわせようとするのか……。
そろそろ、エリち推しではないというと、はいはいワロスワロスと言われそうな昨今ですが
今日か、明日の午前三時くらいまでには、アラ絵里の番外編を書く予定です。
アルミ版コミックに登場した、自称エリちのライバル、四巻からは顔つきになって
お前の登場シーンじゃなくてりんぱなの登場シーン増やせよ! と怒られた
あの方がついに登場します。
申し訳ない、四巻を見直していたら本来名前が書いてあるべきところに
「UTX生徒会長」って書いてあって、最高にシュールだったので出したくなりました。
本来は、みんなでカラオケに行こう!
という真姫誕生日SSと考えていたのですが、そちらはハーメルンの方で。
ハーメルンでは、用語の誤表記が珍しくないですが
個人的に一番ツボだったのが、「A-Rais」でした。
では、深夜に。
「澤村さんにお手紙ですよ」
そう言って、朝日ちゃんがピンク色の可愛い封筒を渡してくる。
差出人も、宛先も、切手さえ貼っていない、
宛名(ちゃんと澤村絵里って書いてあった)だけの封筒を眺めながら
爆弾が送られるのだとしたら、この中で一番確率が高いのは
理亞さんだろうなって、ちょっとだけ考えてしまった。
ちなみに彼女は、再起不能なくらいの地雷エロゲーを引き当ててしまったらしく。
リビングの端っこで体育座りをして、エヴァちゃんに突っつかれまくっている。
ほんの数時間前まで、このキャラは私の嫁になるからっ! と元気だった理亞さんが忘れられない。
「……ねえ、善子さん」
「なに、澤村さん」
「普通、名前だけしか書かれてない封筒を持ってきて渡すかな?」
「あの子は割とお嬢様だから」
確かに、UTXに無難に通えるくらいなのだ。
芸能科の優先入学枠に入れたなんて話は聞いたことがないから、
当然学費を払っての入学になったんだろうけど。
にこはお金の都合でUTXに通えなかったと、一度だけちらっと言ったことがあった。
それが、講師として招かれるなて分からないわね、と続くのだけど。
もし彼女がUTXに通えていたらどうなっていたのだろう?
当然μ'sのメンバーは8人になってしまうわけだし
9人にするために知らない女の子でも誘っていたんだろうか?
当然候補になるのは、私が一年生の時に右腕として活躍した……えと……メガネの……
2年生の時にUTXに転校してしまった……えっと、顔は思い出しているんだけど
あれー? 名前が全然出てこない……。
「開けるのなら、協力するわエルダーデーモンエリー!」
「遠回しにババアって言ってない……?」
メガネが印象的だった彼女の顔(だけ)を思い出しながら、
今度希に名前でも聞いてみましょうと結論付ける。
ちなみに善子さんは、南條さんからの指令で厨ニキャラを復活させつつあった。
当然、抵抗はしたんだけど、髪型的に朝日ちゃんとキャラが被ると言われ
渋々了承をしたのであった……いや、渋々だったのは最初だけで、今はやばいくらいノリノリだけど。
「ふふっ、超天使ヨハネが、不幸の手紙を受け取った際の対処法を伝授しましょう」
「いや、まあ、まだ不幸につながる手紙とは限らないんだけど……」
ただ、なんとなくだけど。
迷惑な出来事が起こりそうな予感は、
悪寒となって背中に震えを巻き起こしつつはあった。
※
最初は希にLINEをしてみたんだけど、
忙しいのか一向に反応が帰ってこないので、
手紙の主と同じ高校出身の綺羅ツバサに連絡をとってみた。
TSUBASA:生徒会長?
エリー:そう、なんか、永遠のライバルって書いてあるんだけど
TSUBASA:ウチの高校に生徒会長なんていたかしら……?
エリー:そうよね、生徒会の仕事でUTXには何度か行ったはずなんだけど、
その時に対応してくれたのって教師の人だった気がするのよ
TSUBASA:うーん……生徒会長……あっ!
エリー:どうしたのツバサ!
TSUBASA:いた、いたわよ! あの、髪の長い吊目の! ああ、思い出したわ!
エリー:どんな人?
TSUBASA:お嬢様? 他になにか特徴とかあったかしら……?
エリー:とにかく影が薄い人なのね……
TSUBASA:しょうがないわよ、UTXの普通科出身だとしたら、基本的に関わりないし
とりあえず、実在の人物であることは確認できた。
これがもし、高校時代に死んでいるとかだったら、
手紙を以前も紹介して貰った神社に送って、お焚き上げをしてもらわないといけない。
「……ん? なんだか、聖良さんに酷く恨まれた記憶があるんだけど?」
一体何だったか忘れてしまったが、
血で書かれた、けったいな手紙を受け取った記憶があるような、ないような?
それはそもそも私だったのか……?
まあ、妹の理亞ちゃんとは仲良く出来ているし、
今はボタンの掛け違いと言うか、不幸な事故で(メインヒロインが金髪ポニーテールだったらしい)
お前の顔なんか見たくない! と宣言されてしまっているけど。
そのあたりは明日になれば、パジャマの裾を引っ張りながら小さい声で謝ってくる
だいたいそんな展開が待ち受けているだろうから、あんまり気にしていない。
それにしても、エロゲーのヒロインって
割と金髪ヒロインの地雷率高くない……?
「あら、澤村さん、出かけるの?」
「うん、まあ、放っておくのも気分悪いし」
「……? 理亞も行くんだ」
「罪滅ぼしよ! 朱音は黙ってろ!」
「またエロゲーでも買いに行くの? それとも知り合いのエロゲー声優にでも会いに行くの?」
「うっさい! 現役女子高生がエロゲーを連呼すんな! 炎上すっぞ!」
涙目になりながら、一生懸命謝ってきたのが十数分前。
最近ようやくちょっとデレてきたのでは? と思いはじめていたんだけど
他の住人に対しては、あんまり距離を詰めきれていないみたい。
まあ、理亞さんがにっこり笑顔で、エヴァちゃんとかと交流している姿なんて
ほんとう、まるっきり、全然想像すらできないから良いんだけどね……。
シェアハウスから抜け出すと、夏の日差しが舞い降りてきた。
それだけでも、外に出たことを軽く後悔してしまいそうになる。
まあ彼女は、秋葉原のUTX劇場で待つ! とか書いていたけど、
今、あの場所は改修中らしく、この厳しい陽射しの中、外で待っている可能性が高い。
よほどのアホじゃない限り、どこかの建物に籠もっている方が自然だけど、
手紙から漂う強烈なアホっぷりのせいで、
数時間も前から待ちながら汗をかいて、熱中症で倒れていそうなイメージがある。
「あなたって、オトノキの生徒会長だったんでしょ?」
「ええ、まあ、恥ずかしながらそうね」
「生徒会長ってアホでもなれるの?」
「まるで私がアホみたいじゃない」
「あなたじゃない、高坂穂乃果の方、あの人アホだったんでしょ?」
どうしよう。
何一つ否定できない。
推薦したのは私で、穂乃果はそれを了承してくれたのだから
本来なら、自分が精一杯フォローをしなければいけないんだけど……
私や希が卒業する前は、それなりに仕事をこなしていた二年生組だけど
受験生になって時間が取れなくなると、ヒフミちゃんたちに仕事をどんどん奪われていった
音ノ木坂学院では、μ'sがラブライブで優勝できたのはヒフミちゃんたちのおかげと
そんなふうに言われてしまうくらい、穂乃果の仕事ぶりはアレだったらしい。
ただ、穂乃果をフォローするなら、
もともとヒフミちゃんたちは一年生の頃から生徒会に出入りして仕事は覚えていたし
何より、ことりはその時には海外留学を考えていて時間がなく、
穂乃果をフォローするはずの海未は、雪穂ちゃんに頼まれて
オトノキのスクールアイドルに歌詞を提供して忙しかった(真姫も曲作りしていた)
穂乃果が不幸だったのは、役員を二人失っただけでなく、
私がいた時代よりも生徒が二倍に増えたせいで仕事量が半端なかったのだ。
これは善子さんから聞いたけど。
Aqoursが音ノ木坂学院に行った時、生徒に
「μ'sは何も残さなかった」
「μ'sがラブライブで優勝できたのはヒフミ先輩たちのおかげ」
というセリフを吐かれたって聞いた時は、
自己嫌悪で2日間ほど寝込んでしまったけど……。
「その、不幸な事故が重なったのよ」
「浦の星の生徒会長もバカだったし……」
「ん?」
「ほんとう、アイツ……松浦果南といい……!」
ギリっと奥歯を噛みしめる理亞さん。
ルビィちゃんとは良好な関係を持っている彼女だけど
もともと、一番最初に出会った際にはAqoursには三年生組はおらず、
9人揃ったAqoursと再会した折には、ダイヤちゃんからは「妹を泣かしたアマ」果南さんからは
「意味もなく千歌たちに敵意を向けたアマ」扱いだったとか。
まあ、理亞さんは理亞さんで
ダイヤちゃんのことを「アゴほくろ」果南さんのことを「怪力水ゴリラ」
って呼んで、いっこうに仲良くする気配すらないんだけどね……。
μ'sとA-RISEはすっごい仲が良かったから、そういうのを聞くと
幸運だったんだなあと、思わずにはいられない。
ただ唯一。
今現在の話になるけど、
ツバサと凛がテレビの収録で共演した際
「デコッパゲチビ」「ニャーニャーキャラ作り」と発言。
ガチの喧嘩になって、収録が中止になることがあった。
そのおかげで、ツバサと凛の愚痴を合計5時間聞かされた私はちょっと泣いても良い?
「まあ、うん、譲れないものというのは、あるものよね?」
「な、何よ遠い目をして……それにアイツら、姉さまのこと泣かしたし」
「聖良さんが泣いたの?」
「私はあいつらを許さない……! ダガミチガァァ!!」
「おー、よちよち……」
おそらく最後の台詞は「高海千歌」と言ったみたいだけど。
何があったのか追求するのも怖いので、とりあえず黙って頭をなでておく。
なお、今は善子さんと普通に付き合っている理亞さんだけど、
高校時代は顔を見るたびに「今日もどこかでデビルマン」を善子さんの前で歌う
そんな嫌がらせをしていたらしい、意味が分からない。
恐らく、ルビィちゃんをリトルデーモン4号扱いしたのが逆鱗に触れたのではないかということだけど。
お願いだからもっと仲良くしてほしいものである。
秋葉原のUTXに向かう道中で、そういえばお土産を買っていなかったと思い
理亞さんの提案で【Solo Live! collection Memorial BOX III】を購入。
なんでも、発売当初は数万円は固く、ファンの間でも持ってる持ってないで論争になり
μ'sのファンでこのアルバムを持っていない人間は村八分だったそうだけど。
「……私には一銭も入ってないんだけど?」
「私だってそうよ」
自分がパッケージになったアルバムを手に取りながら、
いつ取られた写真かもわからない写真が使われて、
元の音源がどこにあるのかわからない代物をCD化した
ラブライブの運営というのは、果たしてどんな存在なのか気になった。
ちなみに理亞さんもSaintAqoursSnowとしての活動時、
気づいたらラブライブ運営のもとCDが発売されていたとか。
そういえば真姫も気づいたら作詞した曲がカラオケに入ってるって言ってたな……。
闇を見た気がして、クラッシュマインドしかねかったので、
とりあえず、CDショップから脱出。
「で、UTXの生徒会長ってどんな人?」
「ツバサが写真を送ってくれたけど、名前すら思い出せない」
「ふうん、ちょっと見せて」
「うん」
スマホで写真を見せてみる。
「ん? この顔、どこかで見たような……?」
「なんで、年齢がぜんぜん違うでしょ」
「いや、でも、見たことがある気がするのよね?」
まあ、とりあえず会ってみれば分かる。
そう自分に言い聞かせて秋葉原はUTX劇場に向かった。
予想通り工事中だったUTXには人影がなかったので、
理亞さんと事務員さんに声掛けをしてみると、その人ならUTXの卒業生だと嘯いて
警察を呼ばれる事態に陥ったとか。
私が、恐らく本当にUTXの卒業生だと思いますよと言ってみても
信用してもらえなくて、仕方ないから帰りましょうか?
なんて理亞さんと言いあっていると
「……何しているのよ絵里」
「にこじゃない」
「ここに来るなら、せめてアポ取ってから来なさい、社会人の常識でしょ」
絢瀬絵里(元ニート)
鹿角理亞(高卒アイドル)
は、顔を見合わせて、そういえば自分たちは社会人だったと思った。
にこの説明で、ようやく開放された
呼びつけたと思われる生徒会長さんは
私の顔を見るなり
「絢瀬さん……!」
「えと、ごめんなさい、私あなたのこと全然覚えて無くて」
「なんですって? この栗原陽向を忘れたの!?」
……ごめんなさい。
名前を聞いてもいっこうに記憶の端にすら引っかからない。
「じゃあ、じゃあ、一年生の時こっそりA-RISEに会わせてあげたことも忘れたの!?」
「あなた言ったじゃない! 音ノ木にいるスクールアイドルとはレベルが違うわねって!」
にこがこっちを睨みつけてくる。
私が一年生当時、音ノ木にいるスクールアイドルでここにいるのは
矢澤にこ一人しかいない。
「妹に頼んで手紙を渡してもらったのに……! こんなのってないわ……!」
「うん?」
「あっ! あなた、朝日の姉の!」
理亞さんが大きな声を出した。
私もそこで、朝日ちゃんをキツく成長させたらこんな感じになりそう!
と気がついた。
「ようやく気づいたわね……って、妹のことは良いのよ! 私を思い出しなさいよ!」
「ごめんなさい」
「謝るの早い! せめて努力して思い出しなさいよ!」
そう言われた所で……
なにか思い返すにふさわしいエピソードでもあれば
記憶をたどることもできるかもしれないけど……。
「くっ!」
「あ、栗原さん!」
「いいえ! 私たちは、お互いをあだ名で呼び合っていたわ!」
「……ええと」
「そこは一発であだ名を思い出す場面でしょう!?」
会長さんは目に涙を浮かべていたけど、
やがて諦めたように、
「まあ、そうですわね。もう、だいぶ時も流れますもの」
「本当にごめんな……あっ!」
「ふん、期待はいたしません、どうせ」
「あなた、確か……私がUTXで迷った時に案内をしてくれた……」
「……」
そう。
オトノキの生徒会の先輩に連れられてUTXに向かった際
あまりの人の多さにはぐれてしまい、途方に暮れていた時に出会ったのが……
「でも、あなた、一年生の時は芸能科にいたじゃない」
「ふん、芸能科で成績が悪くて普通科に送り込まれることなんて多々あります」
「それから生徒会長に?」
「居場所のない普通科の生徒が、時間を潰すのはそれくらいしかなかったのです」
「……そう、そういえば一年生の時、あなた135センチくらいしかなかったじゃない」
「必死で身長を伸ばしたのです! あなたみたいになりたくて!」
「音ノ木からやって来てUTXで迷った生徒に、どこに憧れる要素があるのよ」
「まったく、本当に何も覚えていないんですのね。
出会い以降、連絡を取り合っていた私たちは……
いいえ、細かい話は省きますが、
芸能科で最終通告を受けた私のために、あなたは練習に付き合ってくれたのよ」
「スクールアイドルの?」
「ええ、絶対に、芸能科に残らせるのだと、泊りがけで」
理亞さんとにこの視線が痛い。
なんでそんなことを忘れるのかと言わんばかりだった。
「あなたは教えるのがとても上手で、私も自信を深めましたわ
でも、芸能科自体に枠はもう残っていなかったんです
悔しくて、悔しくて、もう絢瀬さんに会わせる顔がなくて、連絡も取らなくなって」
「……」
「ま、生徒会長になって、あなたと再会する頃には、背も伸びて
でも、はじめましてって言われた時には、人知れず泣きました」
「ヒナ……」
「久しぶりに、そう呼んで下さいましたね」
「澤村さんでしたっけ」
「エリーって呼んでくれて良いのよ」
「ふふっ、妹をよろしくおねがいしますわ」
「ヒナは今何をしているの?」
「ゲームを作ってますわ、まあ、エリーには関わり……過ぎてますわね」
「ふうん?」
「では、私はこれで、また、どこかでふらりと会いましょう?」
かつての親友の背中を見送る。
「絢瀬絵里」
「ん? どうしたの理亞さん」
「ヒナプロジェクト、代表取締役……栗原陽向」
「なにか知っているの?」
「どうして、μ'sが全員が主役なのに、ダイヤモンドプリンセスワークスなのかと、ずっと疑問だった」
「……うん?」
「そうか、綾乃の親友って……ふん!」
「いたっ! 叩かないでよ!」
「もう一度プレイするから付き合え! バカッ!」
理亞さんは、ドスドスと足跡を立てながら帰ってく、
その背中を追いかけながら、なんかとんでもないことになりそうだと思った。
い、いい話が……書きたくて……
あと、ダイヤモンドプリンセスワークスの伏線を拾いたくて……
それといまいち、影の薄い朝日に活躍の機会をと……
作者ですら、フルネームを確認しないと忘れる朝日ちゃんに明日はあるのか。
なんでこんな話になったかと言うと、
サンシャインの絵本シリーズの
ダイヤはおねえちゃんを眺めながら書きました!
ワナ絵里(ハーメルン連載中)などでも
真姫ちゃん以外は、姉妹キャラなんです。
ツバサは公開されてないので、妹がいる! と、勝手に思ってます。
本当はツバサが妙にμ'sを知っている理由も
エリちに関わる理由も、ヒナが元だったみたいな話にしようかと思ったのですが
それは流石に、設定の詰め過ぎなのでやめました。
ただ、START:DASH!!を歌ってる時にオトノキの校舎にいた! って言わせるのを忘れました。
では、次はワナ絵里の3話で。
今日は西木野真姫ちゃんの誕生日です。
自分はずっと、μ'sで一番歌が上手なのは真姫ちゃん!
という意味のない自信(アニメを見る限りそんな描写がある気がしていた)
は、見事にエリちのソロライブの購入で崩れ、
真姫ちゃんのアイデンティティとはいったい……?
最近は方向性が変わって、
にこと花陽とことりあたりがカラオケで「90」点を超えてくる歌唱力
の凄さについて追求をしつつあります。
にことことりの二人はまだ、それぞれ
「アイドル部として活動していた」
という理由があるにしてもかよちんは……真姫ちゃんの指導を受ければ
誰でもプロ歌手になれる可能性も……?
(なお、前回のアラ絵里で、絵里の指導でヒナが劇的に歌唱力が増えた件もそのあたりがモデルです)
というわけで、今回誕生日記念SSを誕生日には間に合わないかもしれませんが
2つ計画中です……片方は先にも書きましたが、真姫ちゃん主役のカラオケ編。
もう片方は、もしも西木野真姫ちゃんに妹がいて、絵里と真姫の指導を受けてトップアイドルなっていたら?
という設定のSSをアラ絵里の理亞ちゃん視点で書く予定です、ルビィも出るよ!
なので、お待ち頂ければ幸いです……。
とある映画出演中のアンリアル様控え室。
――などというものは存在せず。
アイドルばかりを閉じ込めた箱部屋で
スマホをポチポチといじりながら、
私はルビィと共にマネージャーに呼ばれるのを待っていた。
私の住んでいたシェアハウスは
ほんの少しの過去まで、カレー臭さでたんまりしていたのに
最近では「あ、そういえば最近カレーの匂いしないな?」
レベルにまで改善しつつある。
あの純粋なルビィから、
カレーの芳香剤の匂いがするから来たくない
と宣言されていたエトワールにも
たびたび彼女の姿を見かけるようになったものの
私の部屋には「男の人の匂いがする」と言って
近づいてすらこないあたり、本当に、彼女の男性恐怖症キャラは徹底している。
なお、そのことを金髪ツインテールに言ってみたら、
「ええと」と、困った顔をして、トイレの芳香剤を買ってきやがったので
ふざけんなと背中を蹴っ飛ばしてやった。
「理亞ちゃん理亞ちゃん」
「うん?」
「この漢字ってなんて読むの?」
「ブレイドダンス」
ラノベの厨ニ表現を気楽に読むことができるのは、
恐らくシェアハウス内の住人の「津島善子」の影響が強いか。
しかしながら「落第騎士の英雄譚」を「リトルデーモンのキャバルリィ」
と読むというのをしたり顔で教えやがったのは許さない(しかも間違ってた)
黒澤ルビィ以外のAqoursは残念ながら純粋さが足りない。
エロゲのメインヒロインを攻略して少しは学んで欲しい。
「じゃあ、この漢字は?」
「うん……? アンダーバーサマー……いや、待って、それは漢字じゃない」
アンダーバーを漢数字の「1」と勘違いしてしまっているけど。
あと、ワンサマーというとなにかラノベの主人公っぽいけど。
それと「feng」と「HOOK」を読めないエロゲーマーがいたら私のところまで来ること。
朝までダイヤモンドプリンセスワークスプレイさせるから。
「……懐かしいわね」
「うん?」
「あの子もちょうど、よく漢字が読めなくて、私に聞いてきていたわ」
「それ現実のお話?」
実写版「魔法少女は友だちが少ない」の撮影中
暇だったので(私とルビィはモブ魔法少女役・すぐ死ぬ)スマホでエロゲーをプレイしていたら
声をμ'sの「西木野真姫」が担当していた。
このゲームのメインヒロインは落第危機にあるダメダメ女子校生で
今度の漢字テストで満点を取らないと補習するというシチュエーションだった。
なお、満点を取っても取らなくてもエロシーンに向かう親切設計。
和姦と陵辱というシチュエーションの違いはあるけど、というかあの人
いつの間にかにこんな濃いエロシーンまで演じているけど、一体何があったというのか。
「にしても、本当に主演の西園寺さん可愛かったよね!」
「さいおんじ……? ああ、巴マミ役の……」
「ルビィもいつか、映画で主役とか演じてみたいなぁ……無理かなあ?」
片割れツインテールが、まるで夢見る少女全開の表情でうっとりと目を閉じる。
今の私たちが「主演女優」とか、見る人が見れば鼻で笑われるような台詞だけど。
出演している作品だって「ほのぼの」作品の「序盤のシリアスシーン」に出てくる「モブ」だったり
「魔法少女は友だちが少ない」でさえ「すぐ死ぬ魔法少女」の中の「その他大勢」だったり。
「ま、彼女は努力のトップアイドルだから、ルビィもそれくらい努力すれば良いんじゃない?」
「ジョルノPに今度、演技指導頼もうかな……」
「あ、それなら今度、指導に定評のある二人組に色々頼んでみましょうか」
「二人組?」
「ふふん、あの西園寺雪姫をトップに据えた二人の伝説的な指導よ」
私、絢瀬絵里は口をあんぐり開けたまま
西木野真姫の年の離れた妹の顔を眺めていた。
西園寺雪姫(さいおんじ ゆき 17歳)
私が以前μ'sとして活動していた時に、
そういえばにこちゃんの弟のコタくんと同じ年の妹がいる
などという話を真姫から聞いていて、その存在自体は知っていたけど
よもや、自分と同業者になってしまうとは思ってもみなかった。
当時の姉妹間の仲は、お世辞にも良いとは言えず。
真姫自身も「ちっちゃい子はあんまり好きじゃない」と言っていた
それが十数年経って「仲良し姉妹」の姿を見せられると
亜里沙との関係が年を追うに従って変わってしまった私はと言えば、
微妙になんともやりきれない気持ちになってしまうんだけど。
「あの、疑問なんだけど、何故私なの?」
「知り合いのブランドのプロデューサーから聞いたんだけど、あなた、
高校一年生の時、すっごい仲の良かった親友がいたんだって?」
「え、ええ……アルバムから、仏頂面の私の写真がいっぱい出てきたけど……」
ヒナとの思い出を振り返ってみても、
歳のせいかいっこうに思い出すことが出来なかったので、
亜里沙に「栗原陽向」って知ってるいるかと聞いてみたところ
背中が凍えそうなほど「怪訝な表情」をした彼女に
出るわ出るわ、100枚以上の高校一年生の時の写真を見せられ、
その頭は飾りですかと言われたことがあった。
当時の私は「世の中」と生活の全てだった「高校」に敵意しか向けてなかったみたいで
笑って写っている写真でも、生理二日目(表現参考・鹿角理亞)にしか見えない。
ただ、当時流行っていた女子高モノライトノベルのコスプレをヒナとしている写真があって
機嫌悪そうだけど満足している自分を見て、本当にもにょった。
「希ちゃんが言ってた、聞けたもんじゃない音痴を1ヶ月で矯正したって」
「う、うん、そ、そうだったみたいね?」
「希ちゃんの最高に切ない表情を見せて貰ったけど……まあ、それは良いのよ」
ヒナとの件の後で希と会う機会を持った際、
そういえば、みたいな感じで話をしたら「流石にそれはないやんエリち」
と、ドン引きされたのを覚えている。
だって仕方ないじゃない、μ'sに入る前の自分なんて例えるなら
「黒歴史」みたいなものなんだから。
でも、希が「二人は結婚しそうなくらい仲が良かった」なんて言われると……本当に。
「西園寺雪姫、職業アイドル。握手券を付けても一枚も売れないレベル」
「お、お姉ちゃん!? さすがに一枚くらいは売れたよっ!?」
「お母さんが買ったのよ!」
唐突に始まる姉妹喧嘩。
その痴話喧嘩っぷりに「統堂姉妹」の姉妹喧嘩を思い出した。
あの、クールで沈着冷静と名高かった英玲奈が「足を舐めるから許して」
と、妹に懇願する姿は、本当にもう、恐ろしい衝撃だった。
さすがはツバサが夢でうなされるレベルである。
「というわけでね、このダメダメアイドルを……トップに据えるのよ!」
「……やれやれ」
最近、私、やれやれ系主人公っぽいわね?
しかしなぜか、むしろやれやれと言われる方じゃないですか?
なんていう亜里沙の顔が頭に出てきた。
とりあえずここまで。
もう少し書ければと思ったんですが、眠気で仕事に影響が出そうなので。
バイトから帰ったら、すぐ書き始めたいと思います。
いつだって現実を知ることは、本当に物悲しいことなの。
なんて寂しく言った真姫に対し、
何故もっと早く気づかせてあげなかったのかと、
ツッコミを入れようかと思ったけど
未だに現実に気づいていないアイドル(もう3年目くらい)が、
キョトンとした顔で、ねえねえ、私の演技に対する賞賛は? って眺めているので
口を閉じて笑いを堪えざるを得ないでいた。
さて、現実を知ったことで謙虚に指導を受ける心意気になった雪姫ちゃんではあるけど
この場でまともに演技指導できる人間は、演技が専門の職に付いている真姫か
高校時代に同級生やら後輩から「やっぱり希先輩と付き合っているんですね」
「穂乃果ちゃんと付き合っているんですね」「海未さんと付き合っているんですね」
なんて問いかけられ、愛想笑いの演技を身につけた私(真姫にバラされた)か。
なお、雪姫ちゃんは真姫が理亞さんが大好きな成人向けゲームの声優をしていることは知らず、
以前秋葉原でコスプレをしながら自分の出演したゲームを買いに行った際のことで
神対応と絶大な人気を誇ることになった件も(人気声優の鑑)と認知しているから、
「ち」とか「ま」とか「う」を付けて、語尾に「んこ」とか付ける台詞の練習を、あろうことか、
酒を飲んだ席でしていることは知られてはならない。
そう、ファンに「エッチな台詞をエッチに読むコツは?」と聞かれ「自身の羞恥心と向き合う」「回数を重ねる」「参考にしたのは絢瀬絵里」
と、のたまったことなど、どう考えても現役女子高生二人組に知られてはならない。
いくら、美味しいお店から出禁を何度も食らっていようと、彼女は人気声優です(愛想笑いをしながら)
「ええと、演技に必要なのはやっぱり経験だと思うの」
演技のコツは「エリーにク@ニして貰えばいい」とか抜かしやがった真姫の口を必死こいて抑え
(なお、二人はキョトンして言葉の意味の解説を求めた)ながら、理亞さんというアシスタント
(人気成人向けゲームの声優のサインと収録の参加を求められた)を手に入れた私は、
ひとまず場当たり的に差し支えのないことから言うことにした。
雪姫ちゃんにも、朱音ちゃんにも、お前が演技の解説をする必要性はないだろ、
みたいな眼で見られているのをスルーしながら、自分の知っている知識を披露する。
だって、仕方ないんだもん、真姫は頑なに「私は歌を!」っていうんだもん。
「質問があります」
「はい、何でしょう?」
「本来なら、演技は姉が指導するべきだと思うんです」
「良い質問ですね!」
池上彰スマイルで対応すると、横にいたツインテールがスネを蹴り飛ばしてきた。
悶絶していると、何食わぬ顔で足を出した当人が私の前に進み出て
「お前たちは、プロの俳優の指導を受けられるレベルにねえからっ!」
「私までが!?」
「朱音もだ! バカ!」
現役女子校生二人組は、解せぬと言わんばかりに理亞さんを睨みつけ、
言葉の撤回を求めたものの、彼女の意志は鋼鉄並に強固だった。
わりかし気の強い3人組がこの場に揃い、なんとも言えない険悪な空気が漂い始めたけど
あろうことか、その空気を切り裂いたのは
「私は……! きっと、何者にもなれないお前たちに告げる……!」
「……っ!?」
「成人向けゲーム! しましょうか!」
それ、あなたがしたいだけよね?
と、言いたかったけど、スネがとても痛いので口に出せなかった。
さて、18歳未満にエロゲーをやらせる是非はともかくとして、
演技に対してあまりに無知だった二人に、まずは興味を持ってもらおう!
という心意気だけは買ってあげないといけない。
ただ、理亞さんの部屋に入った途端に趣味を知っている朱音ちゃんですら
「うわぁ」って顔をしたので、雪姫ちゃんのダメージはいくらばかりか。
「これが、普段姉が対応している……人種の……部屋……すごい!」
姉の尊敬度が上がっただけだった!
まあ、当人は理亞さんに自分のポスターはないのかと聞いて困らせてたけど。
「えと、理亞さん……何をやらせるつもりなの?」
「ふふん、声優と同じ体験をするというコンセプトで売れに売れた……! 【人気声優の生活を実体験するゲーム】よ!」
何そのタイトル? と、疑問に思ったのは私だけで、
他三名は「そんなのもあるのね」くらいの態度である。
「ふうん、3名の声優になりきって、魑魅魍魎あふれる世界を生き抜くか……」
遠い目をしながら「ああ、あの人とかあの人とか顔が魑魅魍魎」とか言い出した真姫を華麗にスルー。
デスクトップパソコンを起動し、ゲームを始めた。
「さて、西園寺雪姫! 統堂朱音! そして澤村絵里!」
「私!?」
「このゲームは基本的に、3名が演技力を向上させるターンと、イベントパートが交互に出てくるわ
なので攻略しつつ、自身に必要な技術を身に着けなさい!」
ということになった。
なぜ、自分も参加しなければいけないのか、
疑問は尽きなかったけど答えてくれる人は誰もいなかった。
ただ、ゲームは真面目に演技の基礎から教えてくれたので、
真姫が非常に感心していた。
これさえやれば、いつでも私の同業者になっても平気ね!
とか言い出したため、雪姫ちゃんと朱音ちゃんのやる気は向上したけど、
どうせ、エロゲの演技をするためにはエッチしないと! とか抜かすんだろうな!
分かるよ私は!
「……!?」
真面目な演技パートから数時間、
画面のキャラクターと同じセリフを読まないと許さない、
何ていう恐怖の演技指導の元で
18歳未満にはおおよそ見せてはいけないシーンが流れ始めた
「お、おね、おね、お姉ちゃん!?」
「鹿角理亞ァァァ!!」
テンパり始めた現役女子高生二人に対し、大人二人組は
これも修行だからと悟りを開き始めた。
いや、でも、立場的に微妙なのはどう考えても私、
需要も演技の予定もないアラサーが、現役女子高生と同じセリフを読まされている件について、
児童相談所に駆け込んだら何とかならないかな……。無理かな……。
「雪姫」
「お、おね、おね!?」
「これを読めば、あなたは私と同じ場所に立てるわ」
立たれても困る。
ただ、ひたすら真剣な表情の真姫を見ると、
その言葉にツッコミを入れるのは無粋な気がした。
ただ、現役女子高生の妹にエロゲーの文章を読めば
自分と同じになれるという姉を、もし親に見られたらどんな気持ちがするか気になった。
まあ、親なんてろくなやついないけどね(遠い目
「よ、読みます!」
「う、うんこ!」
「ええ、なんでも読んでやりますとも! あと、これを読んだら、うんこ言うのやめろ!」
「わ、わかった! じゃあ、私も読むから、おしっこっていうのやめろ!」
仲が良いのか悪いのか。
ふたりとも張り合って、ひたすらエロい台詞を読むというこのシチュエーション。
善子さんが昔やってたという生放送に投稿したらいかんばかり稼げるんですかね?
「エリーも読むのよ」
あとは仲の良い二人でごゆっくり! って思った矢先に止められたよ!
※
数時間後。
肉体的、精神的疲労に立ちくらみがし始めた時に、ようやくエンディングにたどり着いた。
「よし、ようやくエンディングね!」
「こ、これで解放されるのね!」
「まさか」
邪笑という言葉が似合う笑みを浮かべた百鬼夜行ツインテール。
なんでもこのゲームは3人しかヒロインがいないくせに、エンディングが3つあるとか。
グッドエンディングとバッドエンディングは分かるにしても、トゥルーとはいったい?
「まあ、演技としては及第点を付けましょうか」
「澤村絵里! なかなか上手だったわ!」
褒められても嬉しくない。
あと、理亞さんはどこから目線で出来不出来を判断しているのか。
「でも、これからが本番よ!」
ズドンと置かれる本の山。
ただひたすら現役女子高生と一緒に喘ぐという苦行をこなしている最中
真姫が買い物をしてくるとどこかに消えてしまって、何をしているのかと思ったら
現れたのは、演技の上達法、歌の上達法――そんなタイトルの本!
実地訓練をしたあとは、ただひたすらに書いて覚える!
そんな、お勉強大好きマッキーの高校時代の側面を見た気がして
――何とか逃げられないかとドアまで数センチまで迫った所
「ヒナァァァァァァ!?!?!?」
「私はヒナ・リャザン! 栗原陽向ではない!!」
西園寺雪姫という部外者を入れることはあんなに渋っていたのに
何故私の関係者(朝日ちゃんの関係者でもある)はホイホイ部屋に入れてしまうのか。
今度、防犯について連々と説明をしなければいけないと心に誓った。
何かと忙しい超有名声優の帰宅から数時間、
元UTXの生徒会長と元音ノ木坂学院生徒会長二人による、
現役女子高生(プラス自称・女子校生)に対するお勉強の時間が舞い降りていた。
以前の真姫の指導でお勉強大好きになった朱音ちゃんと、
元々勉強ができるタイプだった雪姫ちゃん。
そして、自分の部屋に招き入れたことを後悔し始めた理亞さんの3名は
読書をした後に、重要語句を暗記しているのか確認のためのテストをするという、
受験生も真っ青なスケジューリングで演技力向上という目的の元、
淡々とただひたすらにペンを動かし続けていた。
「安西先生……ダイプリがしたいです……」
「諦めたら?」
ヒナと理亞さんの関係は、エロゲー製作者と重度の廃ゲーマーという関係でありながら微妙に冷たい。
先程まで顔を真赤にして、ただひたすらエッチな文章を読むという苦行をしていた
現役女子高生二人組は、勉強のほうがマシという共通認識のもと、
うんこ! おしっこ! なんて会話をしていたことを忘れさせる真剣な表情。
「これが終わったら、歌唱指導なんですよね?」
「ヒナにできるの?」
「あなたに教わったことをすべて教授するつもりですわ」
エロゲーの文章をひたすら読むというシーンを
あろうことか古い親友に見られるというダメージから立ち直れない私は、
含み笑いをするヒナに対しても何も言えなかった。
――そのことを後悔するハメになろうとは、この時の私は夢にも思わなかったのである。
お勉強の時間の後、いくばかりかの食事休憩とお風呂タイムをこなした私たちは
歌の訓練ということで地下のレッスン場に集合していた。
「歌というのは、どんなに酷い音痴であろうとも、必ず矯正できます」
「……」
声量のない電波系ソングの歌い手(と、ヒナに称された)西園寺雪姫ちゃんは
これから何が起こるのか不安たっぷりといった感じだけど。
割と歌は上手な理亞さんと朱音ちゃんは、これが終わったらどこの店で打ち上げする?
なんて会話をしていた、片方は女子高生なんだから自重しなさい。
「私は高校時代に大変な音痴でした、ですが」
「ですが?」
「金髪ポニーテールは片手に鞭を持って、紫おさげは猿ぐつわとロープを握りしめて、わたくしの指導に当たりましたわ」
理亞さんが「!?」みたいな表情をして、私を見やる。
まったく記憶に無いけど、当時の私ならやりかねない指導法に
苦笑して答えるしかなかった。
あと、希は加害者じゃん! さっきLINEしたらエリちは厳しくてなーとか言ってたのに!
「ですが、わたくしも鬼ではありません」
「ほ……」
「悪鬼です」
邪悪でドSな笑みを浮かべたかつての親友に、背筋の凍る想いをしながら
妹にドンキで拷問器具を買えと宣言した人物と同一なんだなと思わずにはいられなかった。
まず雪姫ちゃんを動けないようにロープでぐるぐる巻きにして
(当然抵抗されたが、スタンガンでの脅迫に屈した)
床に転がした後、まずは大きな声を出す訓練とやらを始める。
「あの、ヒナ、これは?」
「ツボ押し器、失敗したら足の裏を押してあげて」
「……ええ?」
怪訝な声をだす私に対し、顔を見たヒナは
「あなたは、私の足に、針を刺しました」
「ようし! 雪姫ちゃん! 頑張って!」
過去の自分を振り返らず、現状に満足することに専念した。
※
地下レッスン場に高らかな悲鳴が響き渡る中、
主に悲鳴をあげている雪姫ちゃんの姉、真姫がやって来た。
何をしているのかと憤慨するかと思われたけど、
まあ、これくらいしないといけないわねと諦めた目で指導を見た後、
「エリーはやらないの?」
「え?」
「これ、高校時代のエリーの特訓なんでしょ?」
「いや、でも、ほら記憶に……」
「同じ目にあったら思い出すかもよ?」
はは、ご冗談を。
と私が言った瞬間、鹿角理亞、統堂朱音の両名が私の右腕、左腕を取り押さえ
荒縄を持つ冷たい笑みを浮かべたヒナが迫り、
――私は自分の敗北を悟った。
絢瀬絵里はァ! 敗れたのではない……過去の自分に負けたのだァ!
と、高らかに宣言し、周りにちょっと壁を作った。
※
大きな声を出すことによって、歌声がマシになってきた雪姫ちゃんと
足の裏に穴が開くんじゃないかってくらいツボを刺激されて
健康的になった絢瀬絵里とのデュエットが流れる中――
次は何をしてあげましょうかと、妖怪みたいな笑みを浮かべるヒナに対し、
命まで取らなければ何をしても良いという理亞さんと
もっと高らかな悲鳴を聞きたいという朱音ちゃん
そして、私の過去に興味を持ちがちな西木野真姫の3名が次に提案した作戦は
「やっぱり、基本に立ち返って、上手い人の技を盗むべきね」
と、至極真っ当なものだった。
なので、もうとっくに深夜を回っている時間
シェアハウス内のリビングに陣取ったメンバーは、
ならばとっておきの映像があると語ったヒナの甘言を聞き入れた。
ここでもう少しまともにツッコミを入れておけば、
後に起こる悲劇を回避できたかと思うと、残念に思わずにはいられない。
「これ、もう撮影しているの?」
テレビの画面に現れたのは、高校時代の絢瀬絵里。
画面の端っこの方に制服を着ている園田海未がいることから、
音ノ木坂学院で撮影されたものだと思われた。
なぜそれを、UTXの生徒会長が持っているのかは疑問だけども、
とにかくまあ、始まった映像に文句を言わずに全員で眺め続けていた。
「なんで映像付きで、コーラスの収録をしなければいけないのかわからないけど……」
苦笑している私を、おんなじような表情で眺める。
撮影をしているのは真姫らしく、時折彼女の指示が聞こえてくる。
――園田海未、絢瀬絵里、西木野真姫。
この組み合わせにピンとこないのは、どうやら朱音ちゃん一人みたい。
「ソルゲ組、μ'sの中でもトップクラスの歌唱力を持った三人組です」
説明を受けてもなお、ふうんみたいな反応。
「要は掛け声よ、絵里。にこちゃんのカンペ通りに読んでみて」
「ハラショーって言えばいいの?」
「そうそう、上手にね」
意図がわからない真姫の指示に、ひとまず頷いた絢瀬絵里。
「ハラショー!」
羞恥7割といった感じで(でも微妙にノリノリ)自分の口癖を披露する。
「これが、どうなるの?」
「まあ、見てなさい雪姫」
真姫は過去の記憶があるのか、
この後何が起こるのか楽しみで仕方ないと言った表情。
「そうね、もっと高らかに!」
「ハラッショー!」
「うん、いい感じよ! もっとありふれた悲しみの果て!」
「ハラァショー!」
「そうそう! COLORFUL VOICE!」
「ハラッセォォォ!!!」
真姫の意味不明な指示に、何も疑問も思わず
テンションがどんどんと上っていく過去の私。
「凛っぽく!」
「ニャァァァァ!」
「にこちゃん!」
「ニコォォ!!」
「花陽!」
「ピァァァァァァ!!!」
もうやめて!
現在の絢瀬絵里のライフはゼロよ!
でも、他のメンバーから取り押さえられている私には何も出来ない。
結局、海未のラブアローシュートを披露するにいたり、
憤慨した彼女の手によって手刀を叩き込まれ昏倒するまで
羞恥プレイは続いていった。
「えと、これは?」
「あなたは、まだ羞恥心が残っている……!」
疑問を呈した雪姫ちゃんに対し、
そんなことも分からないのかと言わんばかりのヒナ
当事者の私でさえ、
「これは上手い人の真似をするための映像」ではないのかと疑問しかないんだけど。
「でも、あのμ'sのダイヤモンドプリンセス絢瀬絵里でさえこうなの!
彼女は歌のためなら羞恥心すら捨てる!
西園寺雪姫! あなたは……絢瀬絵里になるのよぉぉぉぉ!!!」
ズガーン! という効果音が出そうなくらいに
指を指した親友が、こちらを見てニッコリと微笑むのを見ながら
神を恨んだ。
※
「なんか途中から、二人の指導だけじゃなくなったわね」
「どうしたの理亞ちゃん」
西園寺雪姫に対する指導を思い出しながら、
何故あれでトップアイドルになれたのかと疑問を持たざるを得ないけど。
マネージャーが運転する車でハニワプロまで帰る道すがら、
ルビィと一緒に演技力向上のための話し合いを行っていた。
「うん、まあ、経緯はどうあれ、友人に恵まれていれば、なんとかなるものよ」
「したり顔でどうしたの理亞ちゃん……」
「あと、困難は結局自分でどうにかしなきゃいけないのよね」
「なにがあったの、理亞ちゃん」
※
さて、その後一ヶ月。
絢瀬絵里を目指すとかいう微妙なコンセプトのもと、
西園寺雪姫ちゃんは髪の毛を金髪に染め上げて、鍛錬に望んだ。
その最中、絢瀬絵里を目指しただけでは将来が心配という
こちらとしては苦笑いをせざるを得ない、私たちの担当Pのアドバイスの元、
絢瀬絵里プラス西木野真姫のハイブリッド路線に軌道修正する。
しかしなぜかそれがハマった。
羞恥心を捨てきった雪姫ちゃんに「エッチな声を上げれば歌も演技も上手になる!」
と、意味が分からないアドバイスをした真姫の手でみるみる成長をした彼女は、
わずか三ヶ月という短い期間に、深夜番組のドラマの主演を勝ち取った。
それから半年、彼女は歌から演技まで何でもこなすスーパーアイドルとして
破竹の勢いで芸能界を席巻している。
そんな西園寺雪姫に憧れるアイドルも増えたそうだけど、
「じゃあ、まずエッチなことしましょうか」
と、声をかけてドン引きされている件が
芸能記者にすっぱ抜かれてスキャンダルになりやしないか
私、絢瀬絵里は不安で仕方がない。
あと、絢瀬絵里プラス西木野真姫路線にはハマらなかった朱音ちゃんだけど、
歌もトークも演技も無難に成長を始めたおかげで、アイドルのラジオのパーソナリティに選ばれ
統堂英玲奈がハガキ職人になって、仕事に支障をきたしたのを付け加えておく。
途中、西園寺雪穂という謎の人物が登場し、
作者が冷や汗をかいて修正したことなど知られてはならない(使命感)
とりあえず、
真姫ちゃんの出番がそれほどない、
真姫ちゃんお誕生日記念も無難に終了し、
二作目のカラオケ編をなんとかして仕上げたいな、と思っております。
レスありがとうございます。
ほんとうなら、全レスをしたいのですが
こういう場所での全レスはどうなんだ感があるので、
いつも自重しています。
ただ、そういう気持ちは作品の更新度で!
というと、1レスを待っていてくださる方に刺されかねない(まだネタが思いつかない)
黒歴史を披露するのがいつもエリちなのではないか?
パターン化してしまっているのではないか?
という、疑問は自分で解決する方向で行くのですが。
他、Aqoursやμ'sと言ったメンバーも黒歴史を披露する場を持ったほうがいいのやも?
ということを考えて、
ただ、他者の黒歴史を異様に知っているエリちは、ちょっと物語のコンセプトから
外れてしまいかねないので、
今回の番外編のようにちろっと、他キャラクターの視点で語ろうかなと思っております。
決定事項の事前報告で申し訳ありませんが、
とりあえず、少しだけエリちいじりを自重して、ネタ追求されるAqoursやμ'sメンバーを
書いていけたらと思います。
一番最初に黒歴史がありそうとネタにしそうな「理亞」「真姫」
そして、序盤でセリフ無しで登場以降、誰にも触れられない「曜」ちゃんあたり。
曜ちゃんは誕生日もスルーしてしまったので、彼女を何とか。
感嘆するかのようなため息を付いたのち、
一瞬だけ凹んだような表情を見せて絢瀬亜里沙ではあったけれど。
ひとしきりブツブツと何事かを呟き、
こちらをにらみつけるような視線を向けたあと
「姉さんは私を怒らせました」
などという、絢瀬絵里の身を凍らせるような言葉を吐き出す。
ただ、その台詞は見当違いの方向を見ながらの台詞だったので、
言葉ほどのインパクトを私は受けなかったけれど。
これがもし、壮絶に病んだ時の桂言葉みたいな顔をしての台詞だったら、
私は全力で逃げ出してニートに戻ってると思う。
「ひとまず姉妹間の交流は終えられたようですね?」
なんていう台詞を言いながら南條さんが部屋に入ってくる。
そう言えば以前ふとした時に、私って南條さんと声が似てない? なんて会話をしたら
Re Starsのメンバーから耳が腐ったんですかみたいな顔をされてスルーされた。
手に瓶ビールを複数持った彼女は、私の後方に視線を向けた。
笑いを堪えるような表情をしたのが気になったので、その視線を追ってみると
絢瀬絵里衣装と世にも恐ろしい文章が書かれた箱の中に、
薄い布のような、傍から見ていると絹一枚といった表現が似合いそうな
衣装(笑)程度の産物があることに気がついた。
私はその衣服を全力でスルーし、南條さんの瓶ビールに意識を向けたけれど、
「これから姉さんには、Re Starsのリーダーとして
次のライブの参加者なり、関係者なりに挨拶をして頂きます」
あの衣装を着て。
と妹が指さした先には、当然のごとく薄い布一枚が置かれていた。
アレを着る(というか羽織る? 身につける?)と、どういう経緯で決まったのかわからない
Re Starsのリーダーとしてのポジションが確保できるのであろうか。
もしくは絢瀬絵里の芸人としての資質を見出して、体を張ったギャグで笑いを取りに行く
TOKIOのリーダーみたいなポジションを求められているんだろうか。
心の中で涙を流しながら、静かに天を仰ぐと
そこには亜里沙の字で「バカが見る」って書いてあった。
涙の量が増えた。
手渡された衣装を眺めながら、
しばらく呆然としていると、
南條さんから、私はきついけど絵里さんなら行ける。
などという微妙に世知辛い励ましを受けた。
苦笑をしながら、なぜもう30に片足を突っ込んでいるアラサーが
バニーガールなどという破廉恥な衣装をしなければいけないのかと
心の中で絶えず疑問に思っていたけど、当然のごとく誰も答えてはくれなかったので
仕方なしに解せないという思いを抱えながら衣装を着てみたけれど。
「この格好、二重の意味で寒くない? あ、もちろん身も心もって意味で」
なんて尋ねてみたけれど、
二人はお互いの顔を見合わせたまま、なんとも言えない表情を浮かべつつ。
妹の方は、シリアスな表情(失敗している)をしながらこれからの事次第を説明してくれた。
この衣装はハニワプロの忘年会で着せようと思っていたんですが、
などと恐ろしい会話から始まり、
とりあえず色んな人と挨拶をしなければいけないようだ。
正体を知られてはいけないので、Re Starsのメンバーとは別行動。
メンバーに会いに来た人はいないのかと疑問はあったけど、ひとまず放置。
主役はリーダーである私というコンセプトらしいけど、
何故そのリーダーが見せしめのような格好をさせられているのか。
その問いには誰も答えてはくれないので、心に整理をつけて亜里沙の話を聞く。
私専用の場所が用意されていると言うので、
なんとなく腑に落ちない思いを抱えつつ、絶えず笑いをこらえている南條さんに見送られた。
とりあえず、その瓶ビールの量を一人で飲んだら太りますよと忠告した。悔しいので。
会場へと急ぐ道中、
旅館のスタッフらしき人から、とても可哀想なものを見るような目で見られて、
心の中でさめざめと泣きながらも、
違うんです、これは妹の何らかの企みなんです。
と主張しながら前を向いて歩き続けた。
自身に用意されたという個室に向かう途中で
亜里沙と一緒に歩きながらRe Starsのメンバーがいるという会場に視線を向けると、
みんながみんな、絵に描いたような作り笑いを浮かべて応対しているのが気になった。
妹の話では、誰もこのような扱いを受けたことがないからと説明してくれたけれど、
そもそも各メンバーが何故この場にいて、このような扱いを受けているのかわかってないのではないか?
なんて思ったけど、自分自身も何故こんな扱いを受けているのかわかってないので、
それはきっと自分のことを棚に上げてドヤ顔で忠告するようなものだなと思い直した。
会場ではえらくテンションの高い英玲奈が、妹の近くでハラショー! と叫んでいたので、
まあ、楽しんでいる人がいるなら目的は果たせただろうと、なんとなく解脱した気分になる。
脳内を諦観という言葉で支配され始めたあと、
私は澤村絵里専用個室と書かれた一室に身を通していく。
扉の先には二人の女性が待ち構えていた。
一人は腰まで届くほどの長い髪に、
いつも強気で行動していますと言わんばかりに眼光鋭くこちらを見て、
不敵な笑みを浮かべている。
その、ツッコミ待ちだとか、再会の抱擁を待つみたいな態度をされると、
記憶に無いけれど知り合いの可能性があるのかもしれない、
ただ、恐らく初対面だろうけど、
初対面なのに相手がバニーガールの格好をしているという事実に頭痛を覚えた。
もう片方の方は、理知的な印象を持つ眼鏡をかけた短髪の女性。
記憶の範疇にまるで該当しない人だったので、
仮に知り合いだったとしても、それほど縁のある人ではないだろう。
ひとまず無難に丁寧な態度で「はじめまして」と言うと、
亜里沙は何言ってんのこの人、みたいな顔でこちらを睨みつけ、
髪がロングの方は愕然とショックを受けたと言わんばかりにガクリと崩れ落ちた。
一方、メガネの方は苦笑こそ浮かべているものの、落ち着き払った態度で
「まあ、自分の今までの扱い的に、こうなるんじゃないかなあとは思ってましたけどね」
なんてことを口から発しつつため息をついた。
私以外の三名だけ、やたら期待を外されたみたいな態度でこちらを見て
やがて何かを悟りきったかのような表情で天井を仰いだ。
一人蚊帳の外に置かれた絢瀬絵里は、ちょっとだけ自分の迂闊さを反省しつつ
今後このようなことはないようにしたく、と心の中で宣言しておいた。
なんとも言えない空気を打開すべく、妹に対して「なんとかして」と視線を向けると、
妹は指を3つ立てて、この分は貸しだという態度を示した。
取り繕うように笑顔を浮かべ口を開いた亜里沙(目が冷たい)が、
「こちらの方は栗原陽向さん。
サークルヒナプロジェクト代表であり、
今回の企画立案やライブの内容にも協力していただきました
なお、ハニワプロの大手出資者を家族にお持ちなので
くれぐれも迂闊な発言などいたしませんよう」
もう十二分に失礼な発言はかましているがな、
という妹の無言の抗議をスルーしつつ、
絢瀬絵里は今後の問題行動を警戒しながら、とりあえず愛想笑いを浮かべて頷いた。
「こちらの方は清瀬千沙さん。
大手芸能スポーツ紙の記者です。
この方の書く記事は業界関係者に評判で
あまり変なことを書かれないように
くれぐれも重々失礼のないように対応をお願いします」
もう十二分に(ry
プロデューサーである妹にバニーガールにされて連れ回されている、
絢瀬絵里というアイドルが、出所不明の三流記事にされやしないか不安を覚えたけど、
もうすでに「アラサーアイドルの老化現象について」という記事にされそうだったので黙った。
そんなTOKIOのリーダーみたいな扱いはあと10年は勘弁だと思ったので、
殊勝な態度で愛想笑いを浮かべつつ頷く。
「ええと、先ほど紹介に預かりました栗原陽向なのだ……」
「かいちょ、地、地が出てる!」
奇妙な語尾を付ける人だなと思ったけど、
もうすでにμ'sにはニャを付ける人がいたので特に疑問を浮かべなかった。
取り繕うように、今の発言を聞いていなかったよねみたいな顔を亜里沙に向けられ、
もう忘れましたと自信満々な顔を作っておく。
「コホン、このたびのA-RISE復活祭に託つけた
大人の事情でお蔵入りにされていた企画を
すべてやってしまおう企画ではありますが、
主役になるのはあなたです、絢瀬絵里」
クールな態度を示しているけど、
その当人である絢瀬絵里の脳内では、
さっきの「なのだ」が延々とリピートされ続けている。
お蔵入りにされた企画に関してはツッコむべきもないけれど、
しかして、表立って胸を張っているのが絢瀬絵里なのかと疑問には思う。
その主役が妹にバニーガールの格好を強要されている件が
スキャンダルになりやしないか当人は不安ではある。
「細かい事情は伏せますが
頭打ちになっているスクールアイドルの希望の光、μ's――
の、復活は無理なので。
それにあやかるイベントを開こうと以前からツーちゃんとは話してました」
アイドルの商業主義化。
売れることが第一になってしまった現状。
それは憧れる人間たちの夢を奪い、
いつしか、アイドルという文化が光を失っていった。
そのアイドルたちの理想と憧れを取り戻すために。
スクールアイドルのきっかけを作ったのがUTXのA-RISE。
メンバーに選ばれたのが、綺羅ツバサ、統堂英玲奈、優木あんじゅの3人。
彼女たちが築いてきたスクールアイドルという文化を、
廃校を阻止するために踏み台にしたのが私たちμ'sである。
要は、私たちに憧れるようないわれなんて全然全くこれっぽっちもない。
自分たちが自分たちの思うがままにやって来たことが、
たまたま廃校阻止という結果として出てきて。
それはほんとうに胸を張れるようなこともないことなんだと、
Aqoursのメンバーを見ながら寂しそうに笑った穂乃果の横顔を思い出した。
「μ'sが秋葉原で歌い、
みんなで一つになって完成させた
SUNNY DAY SONG
もう一度私たちは、
あの時の想いを、そして奇跡を。
無茶を押し通して生まれてきたμ'sの、女神たちの物語を完成させるために
絢瀬絵里、あなたに協力をしてもらいたいんです」
私はかなり引きつった笑みを浮かべていると思う。
無茶振りをされているとかそういう意味合いではなくて、
自分たちのしてきたことがやたら美化されている行為に驚いていると言ったほうが正解だ。
ニート時代もやたらに長かったせいで、
感情を表に出すという行為に対して鈍感になっているきらいはあるけれど。
過去の自分の行動や行為を反芻しつつ出た言葉は、
「協力って言ったって
私なんかが、
本当にどうしようもない私なんかが……
できることなんてさっぱりありようもないわ」
首を絞められた後みたいに、きゅーっと急速に意識が遠くなってくるのを感じながら、
私はフラフラとする自分の体を亜里沙に支えられていることに気がついた。
「エリー、言っておくけれど。
これは、高坂穂乃果さんにもお願いをされたことなの」
高坂という名字を聞いて、私はもう一度自分の足に力を込めた。
心配気に私を見上げる妹に軽く微笑みつつ、私は栗原さんに続きを促した。
「もし、これから復活するかもしれないμ'sを任せるとしたら
それは絢瀬絵里しかいないと
みんなの支えがあって、自分はリーダーなんて言われてきたけれど
その自分を一番支えてくれたのはあなただと、
高坂穂乃果さんは教えてくれました」
瞳の奥に石ころを詰め込まれて、
こめかみをドリルか何かでグリグリとされているようなそんな状況下で、
ひたすらに涙が零れ落ちそうになるのを我慢し続けた。
穂乃果が自分を評価しているという事実も涙がこぼれそうになる要因ではあったけど、
それ以上に今まで人付き合いなども他人の意志で、
ひたすらに流されるままに過ごしてきた自分という存在が情けなくて、
どうしようもなくて頭を抱えたくなってくるのだけれど、
「まあ、企画のことは置いておいてですが
エリちゃには断る権利なんてないですからね。
今までスネをかじってきた分だけ労働してくださいな」
清瀬さんの激烈な辛口コメントで、
先程まで溢れそうになっていた涙が急速に引っ込んでいく。
今の言葉が私を元気づけるものであったのか、
それとも単なる事実の列挙であったのかは知るべくもないけれど、
亜里沙も栗原さんも、こちらを見ないようにしながら笑いをこらえた表情のまま
明後日の方向を眺めているので、私は何も言わずに口を閉ざした。
「あとでインタビューをさせて頂きますね
都合が悪かったら直しますしから、アリーにもチェックして貰いますしね」
インタビューされるであろう私が原稿のチェックが出来ないのかと、
自分のポジションに対して不安を覚えるコメントではあったけれど、
ひとまず今後されるであろうインタビューが真面目な方面であるようにと願った。
その後ライブイベントの内容について粛々と説明をしていく栗原さんと、
淡々かつ、熱くツッコミを入れていく亜里沙。
そして私の胸元をガン見しながら、
バストアップの秘訣を教えてくださいとか、
年齢を感じさせないような美容法を伝授してくださいとか、
シリアスに過ごそうとする二人をあざ笑うかような清瀬さんはっちゃけぶりに
これがよもや先に言っていたインタビューではあるまいな?
なんてことを疑問に感じながら時間は早々と過ぎていく。
いい笑顔で帰っていく二人を見送りながら、
何故絢瀬絵里はこの場でバニーガールという格好をしているのかと思った。
病院の待ち合い室の中で、看護師に呼ばれるのを待っている患者みたいな感じで
私に話しかけようとしする人々がちらっと見えたのを恐怖に感じながら。
先程手渡された写真をぽかんと眺め続けていた。
そこには昔懐かしい、
やたらめったら何に対しても敵意全開で、この写真でも仏頂面かましている絢瀬絵里。
それと、記憶の端にも引っかからなかった先の二人。
つまり、UTXに通っているはずの白ランを着ている栗原陽向と、
この写真を撮った一ヶ月後にはUTXに転入してしまう清瀬千沙。
そして、私がここ最近一番長い付き合いだと思っていたけど、
実際は音ノ木坂学院入学後からの付き合いだった東條希の以上4名。
そのメンツが仲良く揃って生徒会の仕事をしている写真を眺めながら、
果たしてこれが本当に絢瀬絵里なのか、アニメオリジナル設定なのではないか
そんなアホなことを考えていた。
私は栗原さんのことをヒナと呼び、一番仲が良かったとのこと。
なんでも、小柄で140センチに満たない身長だった彼女のことを、
無表情ながらも溺愛しているのがバレバレの態度で構い続けていたらしい。
ヒナはだいぶ成長をしてしまったので、この思い出と重ねるわけがないじゃないと
妹に切実に訴えかけたところ、
私がニートとして順風満帆に過ごしていた二年前に、
今会話していた4名で私手作りの鍋を囲んで、酒を酌み交わしたという事実を告げられ
これっぽっちも思い出に含まれてなかったので、黙って高校時代の記憶を思い出し続けていた。
そんな現実逃避に意識を向けていると、
おずおずと言った感じで入ってきたのは、希に18禁方面の仕事も良いんじゃない?
なんて言われて、この私がそんなことできるわけ無いと突っぱねるかと思いきや、
意外と乗り気で凛に「はじめて」の時の感想を聞き迷惑そうな顔をされていた西木野真姫その人。
高校時代は身長差があまりなかった私たちだけど、
大学時代に何度目かの成長を迎えた絢瀬絵里とは差がずいぶんと付いてしまった。
亜里沙にも身長が追い抜かされてしまったので、この場で一番背が低いのは真姫ということになる。
そんな事を思っていると、なんだか不出来な妹を眺めている気分になってきた。
ただ、この場で一番不出来なやつは誰だと考えると、
まず間違いなく自分が指名されかねないので迂闊に口は開かない。
「エリー、なんて格好をしているのよ」
呆然としていると言った態度で、出来うる限りこちらに視線を向けないようにしながら、
それでいて胸元あたりにジッと視線を向けている気がする超人気声優(自称)に対して
アラサーバニーガールという世も末な格好をしている絢瀬絵里としては苦笑を浮かべつつ、
この痛々しい状況の首謀者である妹に視線を向けてみた。
「この度はご協力ありがとうございます真姫さん。
ライブでのトークも期待していますね」
こちらのことを死んだセミに群がる蟻かなにかを見るような目でちらっと一瞥しスルーする妹。
営業スマイル全開で赤毛のお嬢様に感謝する姿は、
やり手のキャリアウーマン(懐かしい言葉)を思わせる。
「まあ、事務所の社長のペコペコ頭を下げ続ける姿を見て
今までの私の扱いに対する反省を促せたから良いでしょう。
それにしても、まともにダンスをするなんて久しぶりだったから
そろそろどこか腱でも痛めてやしないか心配だわ」
なんていう身につまされるような苦しい台詞を聞き苦笑いする。
その後を世間話を繰り出しつつ、
エロゲー出演する時の名義をどうしようかと相談を受けたので、
私はふと頭に思い浮かんだ、
なりたい自分や憧れている理想を名前にしてみたら?
なんていう言葉を送ってみた。
これは後日談ではあるけれど、
真姫がデビューした際の名前が「あやせうさぎ」だったので、
今度胸ぐらの一つでも掴んで頭がくがく震わせないといけない。
「ところで真姫、今回の演出のコンセプトは聞いているの?」
真姫は私の言葉を聞いて、
やけにセンチメンタルな表情を浮かべつつ天井を見上げ、
「正直な話をすると、今回の件はお断りしようと思ったわ
でも、穂乃果ちゃんにやってみようよなんて声をかけられたら、
断れるわけないじゃない? それに」
と、真姫はそこで言葉を一旦切って、
恥ずかしそうな表情を浮かべながら目を細くして、
「私たちはスクールアイドルとして、
ほんとう、ただ自分ができることだけを一生懸命やって来た。
そのμ'sでの日々が、
思いの外たくさんの人達に影響を与えていたことを、
今まで生きてきて感じてきたの。
だからそういう、スクールアイドルμ'sっていうのは
いったんどこかで終わりにしなければいけないと、そう思ったのよ」
どこか遠くを見ながら、シリアスな表情のままで
せつなそうに語り続ける真姫の視線が、
思いの外自分の胸元に注がれているのに気が付き、
そろそろこのバニーガールという格好もいったんどこかで終わりにしてくれないかな。
そんな事を思いつつ真姫との会話を終えた。
亜里沙の次の方どうぞという掛け声とともに一緒に入ってきたのは、
高校時代から変わらぬ付き合いを続けている小泉花陽と星空凛の二人組。
身長差こそ10センチほど付けられてしまった二人(花陽の背が急上昇した)だけど、
仲の良さは端から見ても羨ましく感じるほどだ。
なぜだか凛の方は、私の体の一部分(毎度のごとくのアレ)を眺めて、
同業者に語尾に「ワン」とかつける人間が増えてと舌打ちしながら語ってきたのと同じ表情のまま、
ひたすら不愉快そうな態度を取り続けていて私は震えた。
「あ、そうだ絵里ちゃん、私は希ちゃんのところでお世話になることにしたよ」
過去に数度も大切な友人同士と語り合っていた二人が、
アラサーバニーガールの登場によって微妙に空気が濁っている。
ものすごくこの場にいるのが申し訳ないと言わんばかりの態度のまま、
小鹿ガール全開の態度で小さく震えている小泉花陽に対し、
どうすることも出来ない露出した格好している私と言えば、
「その、私は働いたことがないから分からないけど
仕事場の空気はとても良い雰囲気だったわ
スタッフの皆さんもとてもいい人ばかりだったし」
長い間フリーターとして仕事を探し続けていた花陽の意を汲みつつ、
できるだけ星空凛の方向を見ないようにしながら言葉を告げる。
「う、うん、私も早く仕事場に慣れるように頑張るね」
この花陽の発言を最後に以後数分間会話が止まる。
ただ、凛も大人げないと思ったのか、
それとも、罰ゲームみたいな格好をしているアラサーが高校の先輩だと思いだしたのか、
刺々しい空気を発しているのは相変わらずだったけど、ため息と一緒に口を開いた。
「絵里ちゃんは、よもやその格好でステージの上に立つんじゃないよね?」
何その見ている方もやっている方も浮かばれない地獄の所業。
ただ、明確に否定はできなかったので、
私の隣で、自分には関係がありませんとばかりに
天井のシミを数えている敏腕プロデューサーにお伺いを立ててみる。
「安心してください凛さん
ステージの上では、羞恥心の欠片もなくM字に開脚するビッチのような
はしたない格好はさせません。
パッと見センターにふさわしく見える格好をさせますから
ええ、私の全責任で」
まるでこの格好を私が好んでしているみたいな言い方ではあったけど、
この格好をノリノリでさせた当人がそのような発言をすると、
こちらとしてもなんとも言えない表情を浮かべたくなってはしまうのだけれど。
ただ、亜里沙の発言で凛の怒りも冷めてきたのか、
りんぱなの距離がちょっとだけ縮まって安心する。
「あ、そうだ、今回のステージのコンセプトというものは聞いている?」
状況をごまかす意図はないけど、
とりあえず尋ねておきたかったことを聞いてみる。
此処でμ'sの再興である今回のライブについてヒトカケラも賛成できないとか、
絢瀬絵里に任せるとか死んでもゴメンだとか言われてしまうと、
私は黙ってバニーガールの衣装を引き裂いてしまうかもしれない。
「うーん、まあ、タレント星空凛としては
スクールアイドルμ'sの恩恵をバリバリに受けているからね
今回の件はわりと事務所のほうがノリノリだし、
凛としては、μ'sを一区切りにするのも良いんじゃないかなって」
「そのステージで中心になるのが絢瀬絵里っていうのには?」
自分の実力を過小評価するつもりはないけど、
自惚れてしまうのも良くないと思って、そういう時に容赦なくぶった切ってきそうな
毒舌の一つや二つ相手にかけることも厭わなそうな凛に声をかけてみる。
「仕事してなくて暇してたのが絵里ちゃんだけだったしねえ……
色んな意味で都合が良かったのが絵里ちゃんだったから、うん、凛としては特にないよ」
クールかつ的確に脇腹にドリルを突きつけてくるような毒舌。
そのキレっぷりに私も天井のシミを数えてやり過ごしたい気分ではある。
自分の言いたいことをすべて言ったと言ってからしばらく。
凛はちらりと寂しそうにこちらを一瞥し、部屋から出ていってしまう。
「私はね、μ'sの中でもおミソかなっていっつも思ってたの
実際、スクールアイドルμ'sだったっていう恩恵なんて、ただの一度も受けたことなかったし
でも、これからμ'sを語ろうかっていう時にね、
絵里ちゃんが中心になって前に立ってくれるっていうのは、私は賛成だよ」
「限りなく暇そうだったから?」
私の言葉に花陽は強く首を振る。
「凛ちゃんもね、同じことを言うとは思うんだけど。
これからの私たちを支えてくれるのは、
センターになってくれるのは、絵里ちゃんしかいません」
それはどういう意味でと訪ねようとする前に、
花陽は凛を追いかけて部屋から出ていってしまった。
自分の身の丈に合っていない、
そんな過剰と呼ぶべき信頼に対して、
私は言い得ぬ不安を感じたまま震えた。
お久しぶりです。
こっそり再開いたします。
絢瀬亜里沙ルート第三話まだまだ続きます。
ピクシブとかでこっそり更新を続けていこうと思ったんですが、
でも一番最初にアップするのは此処だって決めていたので、
恥ずかしながら戻ってまいりました。
今回更新分から手書きでの作業になっているため、
なかなか過去の通りの更新というわけには行きませんが、
出来うる限り早くやってのけたいと思っているので
気が向いた時に見ていただければ幸いです。
自身の話で恐縮ではありますが、
アラ絵里なんとフルリメイク作業の最中です。
プロローグから第一章エピローグまでを主に。
番外編や個別ルートはノータッチで行きます。
すでにプロローグは改稿作業が終わっております。
次は西木野真姫の飲み会編。
相変わらずの手書きなので、ペースは遅いですが。
こちらの方はハーメルンの方で投稿していきますので、
見かけたら違いっぷりに少しでも笑っていただければ。
ただ、文章が変わって、設定の追加もありますが。
基本的な展開は変わりません。
なお、今後の展開ですが。
絢瀬亜里沙ルートが全6話。
園田海未ルートが全3~4話。
綺羅ツバサルートが全4~5話。
その後さらに、
西木野真姫ルート。
鹿角理亞ルートが追加されることが決定。
そしてそれが終わったら、
絢瀬絵里覚醒、真アイドルエリーチカグランドルートが追加。
……する予定です。
延期ばかりを繰り返すエロゲー会社みたいなことやってますが。
気長に、本当に気長にお待ちいただければ幸いです。
では、次に登場するのは
のぞにこ→ことうみ→A-RISE→Aqours(ヨハネ除く)→Saint Moon→高坂穂乃果と続きます。
そこで第4話へ。
では、また次回。
妹の次の方どうぞという呼び声。
その言葉を妙に達観した心持ちで聞いている絢瀬絵里というアラサー(格好がバニーガール)がいる。
音ノ木坂学院に通っていたころ、商店街の企画で水着美少女コンテストというものが行われた。
当時貧乏部だった(というか結局最後まで部活に予算が下りなかった)せいで、
使えるお金に四苦八苦していた私達は、3位の10万分利用できる商品券という言葉に心惹かれて参加を決める。
よくよく考えてみれば、あの商店街の企画でどこでも使える10万円分の商品券など手に入りようもなく、
換金して部活の予算に充てれば理事長から大目玉を食らうことは確実であったので、手に入れなくてよかったと本当に思う。
が、当時の私達は如何に商品券を手に入れるかにのみ観点を絞り、
誰が参加すれば3位という微妙な結果に至るかを真剣に話し合った。
園田海未、小泉花陽の両名は元から参加したくないという理由で固辞して考慮にいれられず、
東條希、絢瀬絵里の両名は風俗の企画みたいになりそう(by矢澤にこ)の言葉で選外になる。
結局、南ことりが西木野真姫との決戦の末に参加が決まったものの、
秋葉原の伝説メイドのミナリンスキーが3位という結果に終わるわけもなく、
ぶっちぎりの優勝で15万円相当の圧力IH炊飯ジャーを入手して、花陽の体重が増えただけに終わった。
なぜこんな事を考えているのかというと、えてして欲望から出た魂胆は上手くいかない、
私がバニーガールという格好をしていても、
まともに見てくださいというお願いは通用しないのだと不意に気がついてしまったからだ。
それはともかく。
見世物みたいなバニーガールの格好をしている絢瀬絵里を
敵意や欲情の視線を向けない相手というと、海未や希あたりが候補になるだろうか?
バニーガールでもいいじゃないにんげんだものと言ってくれれば、いっその事一切関わりのない人が来てもいい。
そんな事を考えながら、開いたドアの先を見ていると。
ひょこひょこという効果音が似合うコミカルな動きで、いろいろと小さい矢澤にこが入ってきた。
ああ、また私を罵倒しかねないメンバーが入ってきたと遣る方無い気持ちに陥ったものの、
なんとにこは私の衣装を見た瞬間に微笑みを浮かべた。
神様か仏様みたいな、どんな低能な存在でも許してあげますというような笑みに心が浄化された私の機嫌は良くなったけど、
隣で亜里沙が小刻みに震え始めた、解せない。
これがもし高校時代の矢澤にこであれば、私の格好を見た瞬間に
「豚がうさぎの格好をしてる!」くらいのことは平気で言ってのける。
実際に、夏色えがおで1,2,Jump!のPVの撮影の折、水着の衣装に身を包んだメンバーたちと笑いながら、
唐突に希や私の方を見て「はずがしがっちゃダメにこ!
おっぱいが大きければとりあえず注目を集めるんだから、もっとアピールして!」
とお願いしだした。
一番目立つセンターがこう言っているんだからと羞恥心は一旦捨てようと決意してからしばらく、
中央で踊っていたにこの動きが急停止。
壮絶に病んだ目をしだして「でも、なんで水着を着ているにこ? だって家畜が服を着てたらおかしいでしょ?
あれ、でもなんで私は家畜と一緒に踊ってるの?」と、おかしなことを言い出したため撮影が一旦中止された経緯がある。
後に大量のパッドを持ち込んだにこと、それを身につけることに至る海未の話の前日談。
「うわ!? 何この空気!?」
その言葉と一緒に部屋に入ってきたのは、バストサイズが一番の自慢の親友。
にことは犬猿の仲かと思いきや、二人してディズニーランドに出かけたこともあるらしい、
なぜ私を誘ってくれなかったのか。
「そしてエリちはなんて格好をしとるんや……」
にこから遅れること数分、高校時代はなにか面倒事があると私を前方に押し出して逃げること多し。
「希ならわかるでしょう? なぜ私がこんな格好をさせられてるのか」
自分の意志ではないと説明したつもりだったけど、
希は解せないと言った顔をしながら、
「若年性の認知症ってお薬でどうにかなるんかな?」
などということを亜里沙に尋ねた。
その妹は、えらく沈痛な表情を浮かべながら「手遅れです……残念ながら」と語る。
その二人の近くにいると、絢瀬絵里は本当に認知症にかかっているのではあるまいかという疑問が浮かんでくるので、
ニコニコという効果音を浮かべながら、本当に仏様みたいな顔をしている矢澤にこに問いかける。
「姉の辛さっていうのは、姉にしかわからないのかしらね?」
成長した矢澤姉妹が一緒に並ぶといつも三女扱いされるというエピソードを聞いた後日、
にこから矢澤家の写真(お母様は欠席)を見た時に、
下手すると四女にも見えると思ったのはここだけの秘密。
「そうねえ、やっぱり姉の辛さっていうのはあるわよ。
でも、絢瀬絵里って知ってる? 彼女って昔から人の感情に鈍感すぎると思ってて……」
絢瀬絵里に絢瀬絵里のことを尋ねるといった行動を怪訝に思いつつ、
しかし本当にニコニコ笑ってる、まるで悟りでも開いてしまったかのよう。
「人には多かれ少なかれ、悪いところ良いところどちらも兼ね備えているわ。
ただ、えてして私の経験上、悪いところを治そうとすると良い部分の輝きも消えてしまうの、
だから考え方を改めて、悪いところを個性にするくらいの勢いで……」
べらべらと語り始めるにこ。
「あかん! にこっち! こっちの世界に早く戻ってこーい!」
悲痛な言葉を叫ぶのと同時に、にこの両頬を往復ビンタをかます紫お下げ。
にこの顔面が上下左右あらゆる方向にかっ飛び首の座っていない赤ちゃんみたいになってる。
常軌を逸した行動に思わず止めようとする私だったけど、その行動は妹に羽交い締めされながら止められた。
「ダメだよお姉ちゃん! 今は人の命が助かるかどうかの瀬戸際なの!」
家事になった家の中に子どもが取り残されている、
という状況で家の中に飛び込もうとする母親みたいな顔をした亜里沙に全力で止められる私。
希に全力でぶっ叩かれているにこが
いまだにニコニコと笑顔を浮かべているのを眺めながら、私は素数を数え始めた。
そんなこんなで、
両頬が赤く染まっている矢澤にこと、
肩で息をしながらゼーハー言っている、東條希との組み合わせである。
仏様から小悪魔にスケールダウンした相手に今回の企画の件について訊いてみた。
「んー、詳しい経緯はツバサさんに経由で聞いたほうがいいと思うわ。
私はその、えーっと、あなたをびっくりさせんがために焚き付けただけだし」
以前からUTXの芸能科で指導して、当人曰く芸能界は上にも下にもパイプがあるというにこの台詞。
詳しくははぐらかされてしまったけど、こころちゃんをお持ち帰りした日。
にこは私を呼び出す心持ちだったらしい。
「そうね、私たちのあとで花陽がアイドル研究部の部長を努めていた年、
その後2年間は雪穂ちゃんが部長をするけど、その1年目の年にオトノキはラブライブを制覇する……」
なんでもラブライブが二回行われたのは私達の代だけだったらしい。
確かにAqoursが制覇した年にはラブライブというイベントは一回だけであった気もする。
「オトノキの4連覇が掛かった年に結局はAqoursが制覇。
それからしばらくしてA-RISEの人気が出始めてから、UTXが制覇を重ね始めて……」
ちょうどにこっちが講師を始めたくらいやんな?
という希の楽しそうな声に、別に生徒たちが頑張っただけと告げるにこの冷静な反応。
てか、アイドル研究部の部長を雪穂ちゃんが務めていたとか初耳なんですが。
「今は群雄割拠、どこの地方が強いって言うことはないみたい。
Aqoursが優勝したくらいから地方も頑張ろうって言うことになったみたいよ?」
などと言われて、またにこに話をはぐらかされていると気がついた私は強い視線を投げかける。
「ごめんごめん、今回の企画の当初はμ'sのみんなには伏せようってことだったの、
まあ、私はUTXの関係者だったし、参加は決定だったんだけど」
彼女が言うには、今回のイベントはA-RISEの一日限りの復活祭が始まりだったそう。
ただ、その彼女たちの対となる存在が必要と言われた際に色々なアイドルが候補に挙がったみたいなんだけど。
「ツバサさんは……そうね、Aqoursが制覇してからしばらく、
μ'sが軽んじられる論調が多くなって、
インタビューとかでも自分の憧れはμ'sなんだって話をする機会が増えてね」
遠い過去を覗き見るような表情をして、にこが言葉を続けた。
「芸能界の扱い的には、μ'sは一発屋みたいなもの、
オトノキが制覇し続けたのはその遺産を使ったから……その論調は一部は正しい。
確かにオトノキが強かった時期の曲の大半は真姫と海未のタッグで作られたものだし」
亜里沙や希が複雑そうな表情をして(私もそうだと思う)にこの話を聞く。
「そういう……なんていうかな、分かりきってますっていう連中をどうにかしたいよねって思ったのよ、
私は暇そうな絵里だけを生贄に捧げて、あとは放っておこうって言ったんだけどさ」
なぜその話が当人にだけ伝わっていないのか、
著しく疑問ではあるのだけれど、
ツッコミを入れるのも無粋だという判断でひとまずスルー。
「些細なきっかけが膨らんで奇跡を起こす……
ま、ツバサさんがどこまで意図したかは分からないけど、
あの人顔が広いのね、栗原陽向なんてどっから連れてきたんだか」
などと言われて希と亜里沙の目が明後日の方を向いた。
私の認識としては、現在の彼女はたまになのだ口調で喋る変な人だけど、にことしてはそうではないみたい。
「その、私が中心になって踊るっていうのは?」
「いいんじゃない? 元から絵里には生贄になって貰おうと思ってたし、
今まで亜里沙ちゃんのスネをかじっていた分働きなさい」
私の言いたいことは終わりと言わんばかりに、にこは髪型をツインテールに変え、
にこにこにーにこにこにーと歌いながら部屋から抜け出していく。
精神的ダメージは大きそうという希の言葉はともかく、すみません不出来な姉でと謝るのはどうなの妹よ。
数分の間に妙な沈黙が流れたのち、
「ウチが最初にツバサちゃんから聞いたのは、そうやんなぁ……今から4年前かな?」
というと、絢瀬絵里のニートとしての生活が2年目くらいの年か。
「スクールアイドルという存在が芸能界のアイドルの下部組織みたいになっている、
スクールアイドルとして頂点を極めた人間が芸能界にデビューできる……
甲子園で有名になってドラフト指名される高校球児みたいになってるなって、ウチもちょっとだけ思ってん」
希は、ときおり天井を見上げながら言葉を選ぶようにしながら優しい口調で話す。
「十年一昔、ウチらとは時代が違うって言うのは仕方ないにしても……エリちは知ってる?
いま、スクールアイドルってスクールカーストの中で上位に来るんやって」
時々、ラノベか何かで使われる単語だというのは知っているけど、ピンとこなかったので首をかしげた。
「要は人気者だけがスクールアイドルに選ばれるということです。
雪穂はアイドル研究部の部長や副部長をこなしましたが、
そういう意図が嫌でアイドルとして前面に立つのを拒否しました」
「今ではまかり間違っても、ウチみたいな地味な子がスクールアイドルとして踊るなんてないんやろうなあ……」
東條希が地味であるか否かは私が考えるべく問題ではないとして、
今のスクールアイドルに覚えている違和感……は、置いておいて。
私たちが卒業したあとのオトノキのスクールアイドルの事情を亜里沙が教えてくれた。
花陽が部長を務めるアイドル研究部には数多くの生徒が押し寄せた。
二年生だった花陽や凛や真姫は、当初自分たちだけで何とかしようとしたけど
ギブアップして生徒会を頼る。
穂乃果や海未は全員でやれば良いんじゃない? みたいに前向きだったけど、
ヒフミちゃんたちがそれを止めた。
心苦しいけど、部内で一軍二軍ができるようじゃ部活としては不健全だから部に入る人間を選抜しようと。
楽しければいいのにねえ、なんて語る穂乃果は難色を示したけど
ヒフミちゃんたちの意見を踏まえ、海未や真姫といったメンバーが中心になって選抜試験を執り行った。
「私はなんと言いますか、もちろんスクールアイドルもやりたかったんですけど……
μ'sとは違うって思ったんです。有り体に言えば、選抜を勝ち残ったメンバーと一緒に活動はできないって、
だってあの子達、私たちが元μ'sの身内だって知らないくらいだったんですよ?」
苦笑しながら教えてくれる亜里沙。
そういえば雪穂ちゃんに頼まれて、一度オトノキのスクールアイドルの様子を見に行ったことがある。
花陽や凛といったメンバーは練習の様子を見ながら、指導や指示を出し、自分たちは滅多に歌ったり踊ったりしない。
なんで花陽と凛は踊らないの? って雪穂ちゃんに尋ねたら、
苦笑されながら「お二人がなにかするとみんな自信を無くしちゃうので」と言われた件がようやく腑に落ちた。
「だから、原点回帰……μ'sが原点かどうかはわからないけど、
今回のライブでの映像は編集して、希望する高校に渡すんよ」
「え、それって絢瀬絵里の恥が全国に行き渡るってこと?」
「もうすでにニートの絢瀬絵里の情報は全国どころか全世界に知れ渡ってます、諦めてください」
どこ情報よそれーと言って誤魔化そうとしたけど、妹はそんな態度を許してくれなさそうなので肩を落とした。
「スクールアイドルは……もっと、もっとな、勝負とかそういうんやなくて、楽しいもの」
ぽつりぽつりと希が語りだす。
「高校時代を振り返ってみて、
あの時は楽しかったねってそう言えるような、ひだまりのような思い出を残すためのもの」
聖母希を彷彿とさせる慈愛を込めた(さっきのにこみたいな)表情で、
「でも、もしかしたら……そんな、誰でもアイドルになれる、輝きを残せる、そういうんは……
人の努力に対する冒涜だったのかも……知れへんね……」
声色自体は明るいけれど、口調とか態度とかはすごく悔やんでいる感がする。
「頑張って、一生懸命励んで、努力をして。そうしたらいい結果が残せる。
才能とか、外見とか、人の生まれによって左右される事柄では何も変わらないと、
そういうんは弱者の論理やったのかも」
希は私のことを見ながら、
「だからね、エリち。
ううん、絢瀬絵里ちゃん。
私は望むの。
μ'sという存在が、
もしも人の弱さを肯定するならば
そうじゃないって教えてあげてほしい。
人は、自分の弱さを見つめ、受け入れ、目をそらさずにいるためには……
誰かを頼ったり、意思を曲げたりせず、自分の意志で生きていかなければいけないって、
辛くても、辛くても、"μ'sがこう言っていたから、歌で歌ったから”そうじゃなくて、きみはきみだと言ってあげて欲しい」
希は悲しそうな目をしながらドアの方向を見て、ひとしきり見つめたのち、
「ねえ、絵里ちゃん。
心の支えとか、拠り所とかはいつか取り払わないといけない、
自転車の補助輪を外さないといけないように。
姉妹仲が良いのは結構だけど……さ」
「そうね、私もいつか……ううん、本当はもう、亜里沙に頼りっきりじゃいられないって。甘えっきりだったものね……」
「……真実はいつだって痛い。弱い部分を見つめるのも痛い。でも、痛いことから逃げてたらいけない。
ね、亜里沙ちゃん?」
希が立ち去ったあと、
私は天井を見上げながら考える。
「下手の考え休むに似たりと言います、姉さん」
妹のカミソリシュートが右バッターボックスに立つエリち直撃。
「ですが、下手は上手のもとなどとも言います」
「それ、どういう意味?」
「雪穂は……絢瀬絵里という存在を称する時、失敗をしない人だと言っていました」
「ええと?」
「ですが私は反論しました、生き方を失敗し、交流を失敗し、人付き合いを失敗し、
絢瀬絵里の人生の99%は失敗で生きていると」
妹のスマッシュが前方に立つ絢瀬絵里の頭部を直撃し笑いを誘う。
「そうしたら雪穂が。
だったら、もしかすると絢瀬絵里という人間は……」
「人間は?」
すると妹は耳元で囁くようにしながら
「自分の姉よりもよっぽど……わっ!」
蚊の鳴くような声でエサ(絢瀬絵里)を誘いつつ、耳を傾けた瞬間に大声を上げるとか!
妹は楽しそうにコロコロ笑い、
「私の口から聞くより雪穂から聞いてください」
「微妙に彼女とは縁遠い気がするのだけど?」
「そのうち聞けます、頑張ってください」
耳を抑えながら久方ぶりに楽しそうな亜里沙を見て、
まあ、人との別れなんてそうそう起こりえずもないわね、と思ったのだった。
夏風邪、夏バテ……その他諸々。
今作品を読んでくださっている方々はお元気でしょうか。
次回登場するのは、南ことりと園田海未の二人。
希には本当はヨハネに対するメッセージを語って頂くはずだったんですが、
後々ダイヤに思う存分語って頂くので、
絢瀬亜里沙ルート(笑)みたいになっている妹に向けていろいろ。
では、近い内に。
来週はもっとテキスト量を増やしてなんとか……。
よもやSS速報VIPさまが復旧されるなど夢に思っていなかったので、
驚きつつも更新を再開していきたいと思います。
亜里沙ルート4話からのあらゆる設定変更におきまして。
いままでに更新していた4話と5話の間を想定していた各番外編と
つじつまが合わなくなりました。
全てではありませんができるだけ番外編の設定も踏まえて更新していきますので、
よろしくおねがいします。
ダイヤさんと一緒に部屋まで戻ってくると、
先程まで置かれていなかったテレビがあり、
それには昔懐かしき、高校時代の絢瀬絵里の映像が写っていた。
その映像を観覧するのは、A-RISEや絢瀬亜里沙と言った豪華メンバーで。
「と、このように高校時代に全盛期を迎えると、
のちの人生が悲惨になる確率が非常に高いです」
何も映像化されているのは絢瀬絵里単体ではなく、
μ'sのフルメンバーで披露したSTART:DASH!!なんだけれども。
制服姿の私を眺めていると、たしかに全盛期がその時代だったと
したり顔で判断されても致し方ない雰囲気は漂っている。
金髪ポニーテールが登場するたびに映像は一時停止され、
やれこのポーズをした時はこんな事を考えている、
いま一瞬だけだけど決まったみたいな顔をしたと、
当人を抜きにしての絢瀬絵里批評会が開かれ、
それを目撃した私はと言えばなんとも言えない気分になっている。
ただ、隣で私の体を支えている(つもり)の黒髪ロングさんが、
鼻息荒く胸のサイズの違いはどうのこうの言いながら、
わしわしフルバースト(希の必殺技)をかましているんだけどそろそろ怒るべき?
「姉さん、戻ってきましたか」
「エリー、遅いわよ?」
やっぱり自分の妹のほうが数千倍可愛いと意味もなく惚気けている。
そしてその三人を眺めながら、
こんなに可愛いのにμ'sのメンバーって当時処女だったのよねぇ?
なんて、未だに経験のない私に当てつけるようにいうのが優木あんじゅさん。
以前のお酒の席で男性と初めて付き合ったのが、
高校を卒業してからと言っていたのはどこの誰でしたか。
「亜里沙……あの、言いたいことが」
「衣装は変えられませんよ? 穂乃果さんのたっての希望で
μ'sは皆同じ格好をされます」
今更私に発言権がないのは分かりきっているけれど、
微妙に今回ばかりは亜里沙も心苦しそうな態度を見せているので、
強く希望すれば覆ると心で判断していても、できないのはうべなるかな。
「安心しなさいエリー、私たちもShocking Partyの時の衣装で踊るわ」
「絵里さん、私たちも君のこころは輝いてるかい?の衣装で踊ります」
SUNNY DAY SONGのときのように統一した衣装で踊るのかと思いきや、
ハニワプロの判断で各スクールアイドルが一番輝いていた時の衣装を身につけるよう。
ただ、その判断に関わっているのが綺羅ツバサや絢瀬亜里沙といったメンバーなので、
ここで胸ぐらの一つでも掴み上げれば(後日内浦の魚の餌にされるけど)
どのような意図と魂胆で衣装を決められたのか聞くことは出来る。
食事の最中に飛んでくる羽虫を眺めるような目付きをした妹と、
スリーサイズサバ読み筆頭の元トップアイドルが、
さして興味もなさそうに私に気がつく。
そして英玲奈は先程からスマホを見て何をしているのかと思ったら、
妹の朱音ちゃんの画像と私の映像を見比べて、
「ところでダイちゃん、その胸やっぱり本物なの? シリコン入ってない?」
「いえ、私の触った感想でよければ、限りなく本物に近いかと」
「ダイエットをすると胸が縮む優木あんじゅはどのような感想を抱くか」
「Private Warsの時にパッド入れてたのを妹の前で白状させるわよ英玲奈」
なんだか最近胸の話ばかりしているような気もするけれど、
とにかくまあ、絢瀬絵里品評会も辞めさせ全員が全員向き直る。
聞きたいことはある程度あるけれど、
ひとまずなぜ私が祭り上げられたか程度は問いかけてみたい。
にこにはごまかされたし。
「今回の件は、そうね。
別にμ'sの面々なら誰でも良かったのよ?」
と語るのは綺羅ツバサ。
μ's以外の面々では、私にも亜里沙にも近く。
したり顔で嘘をつく回数多し。
私が馬鹿正直に相手を信じすぎるというのは、
考慮しつつもスルーしますよ?
誰でも良かった=絢瀬絵里なら良いだろうという判断ではないことを、
私もなんとなく理解している。
「私たちが旧時代の人類みたいに、
スクールアイドルの起こりの人間みたいに扱われるのは不本意だが、
まあ、誰かしらに生き残ってもらって私が甘い汁を吸うのは、
今までの頑張りに報いがあると思ったな?」
なんだかA-RISEって100年くらい前のアイドルグループみたいな扱いされない?
という、反応にも答えにも困るフリをされ、
アイドル最前線で持て囃されている(誰かさんのせい)絢瀬絵里としては、
苦笑にも似た表情で相手の反応を見ることしかできない。
ツバサあたりが甘い汁を吸うために何とかしろと言えば、
こちらとしても多少反論する是非もあろうものだけれど、
英玲奈やあんじゅは、こちらがおもいっきり巻き込んでしまっている身だから、
お歳暮の一つでも送らねばなるまいと思わなくもないよ?
でも、妹の教育はしっかりして欲しい、色んな意味で。
ブーメランなのは重々承知しているけれど。
「私は正直、もう、終わった人ではあるし。
あとは私当人というより、子どものために何が出来るかって思ったら、
まあ、お母さん頑張りますって感じかしらね?」
お母さんになれそうなのが英玲奈くらいしかいない。
かと思いきや。
「ダイヤちゃんも赤ちゃんとかほしくないの?」
「いえ、私にはまだ早いので」
「といっても今年26になるんでしょう?
この未だに経験のない手遅れな人間ばっかり追いかけてると、
女性としての本能を忘れてしまうわよ?」
「言われているわよエリー」
「何言ってるの、ツバサの話でしょう?」
「ふたりとも傷の舐め合いをするのは結構だが、
くれぐれも酔った勢いとかで同姓での行為にひた走るなよ?」
あと、さり気なく先ほどまでセクハラをかましていたダイヤさんが、
もうすでに式こそ挙げてないけれど旦那がいるという事実に打ちのめされる。
家庭では出来る限り貞淑な妻を演じていると言っているけれど、
もうすでに黒澤家を掌握している態度からして、夫を顎で使っていることは想像に難くない。
「では、Aqours、μ's、A-RISEの代表者が集まったということで、
今回のイベントの内容、展開、そして展望を説明したいと思います」
亜里沙に彼氏とかいないの? って聞こうとした瞬間、
私にその口を開くなって目をして押さえつけてくる。
私がμ'sの代表者扱いをされているのは……まあ、
ダイヤさんがAqoursの代表者扱いと同じ感じなのでひとまず口を閉じる。
「表向きは、UTXの学生たちに向けての小さなライブです
ただ、テレビカメラ、マスコミ……ネット放送はしませんが記者はいます。
恥も失敗も成功も全部流すように言っていますので、
くれぐれもやらかしたりしないよう重々に注意を願います」
A-RISEのあとにRe Starsが出てくるのは
ハニワプロのやらかしではないかと思ったけれど、
ソコを突いてもシスコンお姉さんに、妹を無礼るなと言われてしまうので自重。
ともかく関係者が多いようなので18禁要素はご法度。
まあ、元から学生を相手にするんだからその要素はできうる限り排除しないと。
ツバサと私は顔を合わせてそれはないなって思った。
「ライブの開始はアンリアルの二人に前座として出て頂きます。
お二人たっての希望で、ダイヤさんと姉さんにはトークの相手をしてください」
ルビィちゃんがダイヤさんを希望するのは分かるけれど、
なぜ、理亞さんが私を希望したのかはわからない。
ただ、亜里沙が不適切な方面に話を引っ張らないよう、
みたいに告げたのでもっと適切な相手がいるのではないかと疑問。
聖良さんの前でなら彼女だって猫をかぶるだろうし。
「聖良が出たらただの姉妹コントになってしまいますから」
ダイヤさんの言葉に、事情を知る面々は「あー」みたいな顔をしたけど。
鹿角理亞のローキックや回し蹴りが絢瀬絵里に決まる可能性は、
考慮に入れてくれないのかと気になった。
「一応、アンリアルの二人には会場を盛り上げるよう忠告していますが、
できなければできないで構いません」
「まあ、あとに出てくるのが私たちだものね。
多少の不手際くらいならカバーできるわ」
だから、安心して蹴り飛ばされろみたいな顔をされても。
いつも妹の不手際をカバーするのは姉の役目と、
心の中でさめざめと泣き続きを聞く。
「A-RISEの皆様に出ていただいた後は、
曲を披露するたびにゲストに出て頂きトークイベントです」
「朱音は出ないのか?」
「出ません。ご安心ください、彼女を下に見ているのではなく
とっておきですから」
「秘密兵器ということか……」
納得したみたいな顔をして英玲奈は満足げだけど、
朱音ちゃんと一緒に出なければいけない私としては不安要素あるよ?
だって後に出なければいけないのに、一番最初にトークするんだよ?
秘密兵器というより、使い捨てに近い私の扱いを疑問に思えど答える人がいない。
「トークの内容は決まっていないの?」
「ある程度フリーです。ただゲストにはもう内容を渡してあるので、
リハーサルの際に確認していただければ
――大丈夫と言えるメンバーを選んでいますから」
不安げな表情を浮かべる妹に対し、
今のUTXの学生が知っているゲストと言うと、
にことか凛とかことりとか希……。
確かに高校時代の実績からすれば、
不安に思うのも致し方ない部分も多々ある気がするけれど。
休憩時間に「ア・リトルライト」の面々が出てきて曲を披露。
トークもあるみたいだけど内容如何によっては打ち切るつもりらしい。
その後A-RISEがステージに立ち、観客参加型のイベント。
舞台に立つのは、もうすでに選考で決めてある生徒らしく、
それはヤラセなのではないかと思ったけど、大人の都合と言われ反論は我慢。
「A-RISE編ラストということで、ゲストに穂乃果さんに出て頂きます」
「あの穂乃果さんが、何から何までヤラセの台本を許容してくれたことを感謝するわ」
「ええ、申し訳ないのですが、フリーな部分は一切無しでお願いします」
立ち合いで強く当たって後は流れで、
みたいなことを言いながら、A-RISEの面々と亜里沙だけが理解してる会話が続く。
なんとなく暇してしまったので、ダイヤさんに近づいてみると。
「私が希望したμ's珍プレー集の映像は流されないみたいです」
「……なにその絢瀬絵里で笑おうみたいな企画」
「八割が絢瀬絵里なのは事実ですが、園田海未の投げキッス特集で
本人からやめて欲しいとクレームが入ったので」
μ'sのPVでは何かと園田海未が投げキッスを繰り返している。
当人の趣味ではなく、
μ'sの面々で一番投げキッスが似合わなそうなメンバーに
罰ゲーム的な感じでやらせたのが思いの外人気が出てしまった。
私としては、じゃあ海未よろしくね?
みたいに簡単に告げてしまったけれど、
彼女へのダメージはいかんばかりだったか。
候補としては真姫や花陽もいたんだけど、
二人の投げキッスは微妙になんかガチっぽくてダメってことになった。
花陽を止めたのは凛でその時のコメントが、
「なんだかかよちんの投げキッスを見てると発情しそう」
だったんだけど、それがどこまで本気だったのかは絢瀬絵里は知らない。
「穂乃果さんのSUNNY DAY SONGはすごく良かったというコメントの次に、
ツバサさんにはもうあんなことは出来ないわねと
そのコメントで会場が暗転しますので」
「この後の、そんなことないっていうのは誰がいうの? エリー?」
「希望者はいたんですけどね……千歌さんとか。
その節は苦労を掛けましたダイヤ」
「いえ、亜里沙に心が折れるまで罵られなかったことを彼女は感謝すべきです
それよりも、雪穂にその言葉を言って貰うまでが苦労しました……」
SUNNY DAY SONGを披露するにあたって、
一番困ったのがシーンまでを繋げるナレーションだったそう。
会場のナレーションを主に務めるのは希の事務所で働いているという元声優の楠川姫。
あだ名は「くっすん」だけど、希だけは彼女を「お姫ちん」って呼ぶらしい。
なんか、くっすんっていうと自分が呼ばれている感がするとか。
それはともかく、μ'sとはほとんど関わりのない彼女がそんなことないと
穂乃果やツバサに告げるのは変ということで、
誰がセリフを吐くか選考は難航。
仕方ないから亜里沙が言うみたいなことだったけど、
その時に、じゃあ雪穂でいいじゃんと穂乃果が言って、選考するメンバー全員が納得した。
ただ、このイベントでさえ
「私はもうスクールアイドルではないですし、μ'sのイベントにも関わらない」
と言って不参加の雪穂ちゃんを説得するのは骨が折れたらしく、
海未やことりや亜里沙といった友人、幼なじみの面々にも耳を貸さず、
ダイヤや穂乃果やご両親といった高確率でお世話になっている面々の説得にも首を縦に振らなかった。
ただ、ここで笑い話として良いのか判断に迷うけれど。
雪穂ちゃんを動かしたのは高海千歌さんだった。
「じゃあ、私が説得します!」
と、呼ばれてもないのに穂むらにやってきた彼女が数分後、
両頬を赤く染めて帰ってきて、一言言うくらいなら良いですとの返答をもらったそう。
親友の亜里沙でさえ
「あの雪穂が暴力を振るうなんて」
と、戦慄したそうだけれど、とにかく結果オーライ。
「SUNNY DAY SONGの後は、Re Starsの皆さんに登場して頂きます」
「最高に盛り上がった後に出るの?」
「おそらく大半の反応はなんなんだこいつらではあるでしょうが、
安心してください姉さん、朱音さんの歌には人を黙らせる効果があります」
「まさにそのとおりだな、安心しろ絢瀬絵里」
自信満々の英玲奈に対し、
いや、そういう反応は求めてなかったと言わんばかりの亜里沙。
あんじゅが胸を張ったところでCカップとぼそっと言っても
シスコンお姉さんの耳には入っていなかったようなので、
この場面で英玲奈を静かにさせるのは無理と誰もが判断した。
あと、微妙にツバサが引きつった顔をしているのは何故。
「期待の新人ってことで、私がいろいろ説明するって話は没になっちゃったのよね」
「あまりに白々しいということで、
まあ、一部メンバーが新人とは呼べない年齢だったのも手伝って」
私を見ながら亜里沙が言う。
なお、アンリアルの二人とトークする際にも澤村絵里として出ろと言う無茶振りもあり、
自分としてはいかにボロを出さないかに集中していた。
出したところで、りゃーちゃんにぞんざいな扱いを受けるだけだから安心しなさい?
とはツバサの談だけど、ぞんざい=飛び蹴りだから私としては……。
「かよちゃんとお話するの楽しみだったのにねえ?」
「私は彼女からの手紙を全部保存している」
「自分は素人ってことだけれど、元μ'sの触れ込みなら
トークイベントに呼んでも良かったのに……」
残念そうにA-RISEの面々が語るのは、
お蔵入りになったイベントの数々。
その筆頭が小泉花陽&星空凛両名とA-RISEとのトークシーン。
「春色バレンタインズ」「幸せオーガストズ」と二人のコンビ名も考えられ、
駆け出しのアイドルに送られてくる小泉花陽からの手紙(という名のファンレター)
は、もらった人間が必ず出世すると評判もあり、
その観察眼とアドバイスの有用性を説明してくれる――と企画された。
が、花陽当人から、自分はステージの真ん中に立つ人間じゃないので、
と断られ、凛に説得を頼んでみても花陽は首を縦に振らなかったそう。
ただその代わりが、星空凛と矢澤にこと綺羅ツバサによる
「アイドル戦国時代の生き残り方をテーマにしたトーク」
なんだけど、メンバーがメンバーだけに殺伐としそう。
他にも、とある人物の頭の上に乗ったリンゴを園田海未が射抜く企画は、
海未当人は乗り気だったけれど、もし仮に人物を射抜いてしまうと、
Re Starsのリーダーがいなくなってしまうのでボツ。
小原鞠莉と黒澤ダイヤによる気に入らない人間の蹴り落とし方講座も
ハニワプロの上層部が首を縦に振らなかったためにボツ。
松浦果南による水の中で生き残る方法、渡辺曜による水と仲良くなる方法も
本人たちだけが乗り気だったけどボツ。
西木野真姫、桜内梨子両名の作曲スキルの磨き方とか、
園田海未の作詞スキルの向上講座等、
なんとかなりそうな企画のみが生き残ったそうだけど……本当にやるの?
「エリー」
英玲奈とあんじゅが出ていった後でツバサに呼びかけられる。
「ごめんなさいね、A-RISEを終わらせるためにあなた達を利用してしまった」
「……まあ、私たちがA-RISEに対してどうのこうの言える立場じゃないし」
「でもま、やるからには全力でやるわ……Re Starsも蹴落とすくらいに」
それは勘弁してくださいという亜里沙。
蹴落とすも何も、人気になる保証が一切ないのだけれど。
そういうよりも発芽しないように埋めるといったほうが正しいような。
「μ'sも終わり、A-RISEも終わり……えーっと、まあ、ついでにAqoursも終わる」
「千歌はその気はないですけれどね」
「そうしたら、スクールアイドルはどうなるのかしらね?
まあ、どのみち」
いちばん最後まで生き残って見せて、
終わった連中を指さして笑ってやるのが私だと
綺羅ツバサは自信満々な表情で告げた。
その姿を見送っていたらダイヤさんが
「でもちゃっかり生き残るのが千歌みたいな人ですけどね」
それは経験則なのか、期待を込めた願望なのか。
「ダイヤ、姉さんのお尻を撫でるのはいいかげんにやめて」
「あらごめんなさい、手が勝手に! ああ!」
「ダイヤ、ついでとばかりに私の胸を揉むのはやめて」
「ああ、ごめんなさい、本能の赴くままに……静まりなさい私の右手!」
黒澤ダイヤさんに旦那がいるという事実は知っていたけど、
Aqoursの面々で唯一の非処女だということをのちに教えられ、
私、絢瀬絵里はなんとも言えない気分になった。
暮れは紅白などという方も、地方の方では多いみたい。
ハニワプロ所属の岐阜県出身アイドル月島歩夢も、
デビューから4年目の20の時に紅白歌合戦に出場。
――でも、なんだかアレだな?
μ'sも紅白に出たことがあるような、そうでないような?
一時期のブームは過ぎ去ったものの、
ハニワプロ所属のアイドル一番手といえば、やっぱり彼女らしく。
ただ、歌や演技は努力でどうにかなるそうだけれど、
トークが致命的にアレという欠点があるせいでバラエティーには呼ばれないとか。
「亜里沙……お願いだからNHKの番組の出演を増やして欲しい」
私に会いに来たはずの歩夢は、
なぜか亜里沙に公共放送局の番組の出演交渉に当たっている。
彼女と一緒にやってきた聖良さんや理亞さんといったメンツは、
一方的にツインテールが喋り続けているという現状。
誰一人も絢瀬絵里に触れていないという状況下で、
黒澤ダイヤさんは座布団の上で正座中。
でも、彼女正座って慣れているから罰でも何でもないような。
「深夜ならば考えましょう」
「ダメ! お年寄りたちが起きている朝か昼間でないと!」
「ツバサさんと一緒なら良いですよ」
「ツバサさんと一緒なんて、お年寄りが私を認識しません!」
ツバサがまだトップアイドルとして活躍するさなか、
1週間オフをもらった! 付き合え!
との号令で二人して旅行に出かけたことがある。
当初は自分と同じ事務所のアイドルとか、英玲奈やあんじゅを呼んだらしいけど、
肝臓を壊したくないので断る(英玲奈)
ツバサと一緒に食べると太っちゃうから(あんじゅ)
まだ死にたくないのでいいです(アイドルたち)
と素っ気なく断られたらしい。
旅行費用がないと私自身も断ろうとしたけれど、
亜里沙が疲れた顔をしながら、
「ええと、姉さんは……その、お金を渡すのでしばらく放浪してください」
と告げてきて、
まあ、そういうこともあるものかなと思い、
何も考えずにツバサと合流。
のちに白状されたことだけれど、
ツバサの穴埋めに使われたのは、ハニワプロのアイドルたちだったらしく。
他の事務所の都合やら、出演者の共演NGとかを徹夜で調べ上げて、
結局、関係者の評判はA-RISEすごいということで終わったとか。
ツバサがどこ行きたい何したいをひたすら聞き。
私が電車やら何やらの交通機関を調べ上げ、気の向くまま風の吹くまま進む。
とある場所で。
「アレがやりたい」
「アレ?」
「そう、なんかバンジーみたいなやつ」
と言って指さしたのは、
天高い場所から滑降するパラグライダー。
ひと目でテンションが上った私たちは、
颯爽とパラグライダーが体験できるという場所へ。
が、当たり前といえば当たり前だけど、
超トップアイドルが怪我するリスクのあるウインドスポーツなど、
いくらやりたいと言ったところで事務所の許可がなければ出来るはずもなく。
かと言って、はいそうですかと諦められるテンションでもなかったので、
「仕方ないわ、空がダメなら地下にしましょう」
「暗いのはちょっと……」
「あら、洞窟とかダメ? じゃあ……そうね……」
と言って向かったのは砂風呂。
超トップアイドルと、いかにも目立つ金髪が砂に埋まるのを
道行く人が眺める眺める。
それでも誰も話しかけてこないのは、私がロシア語で喋らされてるから。
いかにもニホンゴワカリマセンな金髪がいると、
なんだか怪しい逃避行か何かに見えるらしく、
最近出ずっぱりで休む暇もなかったのだろう可哀想に――
なんてことで、やっぱりA-RISEの評判ばかりが高まった。
数々の温泉旅館を網羅し、各鉄道や飛行機、果ては船。
寝てるか食事しているか移動しているか遊んでるか、
24時間四六時中いつでもテンション高く、かつ大量に飲んで食べてを繰り返し、
結局1週間に2人で100万円近く浪費。
旅行2日くらいで亜里沙から貰ったお金が尽き、
これ以上は無い袖は振れないと訴えたら、
だいじょうぶだいじょうぶ、私が出すからと言ってその言葉に甘えてしまったけど。
そう言えばあの時のお金まるでスルーしてたな……。
「仕方がありません、ではNHK教育の方で」
「ニュースとかやってる方!」
「歩夢を生放送に出すくらいなら、私はそこにいる金髪を売り出します」
そこにいる金髪(絢瀬絵里)に注目が集まる。
妹のニュアンスとしては、別に私を本当に売り出そうとか考えているのではなく、
トークに難あり(後日訊いたら朱音ちゃんよりダメらしい)の歩夢を
視聴者層も反応も厳しい公共放送局に出すのはかなり勇気が必要だから。
「亜里沙……シスコンなのは私も承知しているけれど、
ここな素人に負ける月島歩夢じゃないよ?」
「ほう? 確かに姉はそこらへんの幼稚園児にも知能で劣りますが、
多少口は回ります、ええ、少なくとも歩夢よりは」
言語知能レベルが、幼稚園児>絢瀬絵里だと妹に言われた件について。
あと、先ほどから悶絶するほど笑っているダイヤさんは本当に私を推してるの?
その言葉を信じてもいいの?
「聖良さん、何で勝負をさせれば良いでしょう?」
「そうですね……相手を罵り倒して泣かせた方の勝ちということで」
聖良さんは私になにか恨みでも……
「罵詈雑言なら任せて、
幼少時に悪口ポーちゃんと言われた実力を見せてあげる」
ダメそう。
ひとまず、受けて立つという態度だけは見せておいて。
あとは流れでなんとかできると思う、
亜里沙にフォローは任せる。
「絢瀬絵里! ……ええと……ロシアン!」
月島歩夢の先制攻撃!
……ロシアンから続く言葉は?
と、待ってみる。
「……」
じわりと涙を浮かべる月島歩夢。
「やっぱり人の悪口なんて言えない! 亜里沙のバカァ!」
「言えてるじゃん……」
「このポンコツ! かしこくない! ドジっ子!」
「ええ、ええ、わかっていますよ歩夢、だから潔く諦めなさい」
「亜里沙なんて落とし穴に落っこちちゃえば良いんだ! ウワァァァァン!」
と言って、特に何もせず月島歩夢退場。
あれがハニワプロのトップアイドルという事実に、
なんだか世知辛いものを感じる絢瀬絵里ではあるけれど。
最大限に彼女をフォローするなら、
素直で物覚えが良く優秀で謙虚という美徳の塊みたいな女の子だからね?
ただ、プレッシャーとアドリブに弱いという弱点があるせいで、
ライブとかでは聖良さんが特に苦労させられるみたい。気持ちはわかる。
中学卒業したばかりの絢瀬亜里沙と波長が合っていたという点において。
「ええと……ひとまず、その、絵里さん」
「聖良さん?」
「見えなかったかも知れませんが、歩夢は絵里さんに深く感謝しているんです」
どこらへんがというツッコミはあえて入れない。
「その……ただ、今回の件で絵里さんは私たちの後輩になるので、
心中かなり複雑なようです。
事務所にスカウトされて、東京に出て、
一番目標にしていた人間が後輩になるんですから」
「目標にするような人間じゃないんだけど」
「そうですね」
彼女の妹の理亞さんが私に対して、かなりツンツンな態度を接するのは。
まあ、弱みの握られっぷりと亜里沙の罵りっぷりでわからなくもない。
ただ、聖良さんとはあんまり関わりがなかったので、
このような態度をされるいわれがあんまり良くわからないのだけれど。
「姉としても、アイドルとしても……そして何より人間としても。
今回のライブで目立つのは致し方ないにせよ
このような悪目立ちをするのは今回ばかりと承知してください」
「え、ええ」
「……ただもしも、本当にツバサさんや亜里沙さんが、
本当にあなたの実力を認めた時に立ちふさがるのは私です、
そのために努力と研鑽は欠かしません
よく、覚えていてくださいね?」
理亞さんを置いて聖良さんまで退場。
ただ漠然と敵意や悪意を向けられていると言うより、
絢瀬絵里が置かれている状況が解せないと言った態度なので、
口調こそ厳しいけれど、論調としては理解できる。
今まで乗せられてきて、
その事実に対して疑問に感じている人があんまりいなかったものだから、
ようやくまっとうな感覚を持った人がいて感動すら覚える。
「絢瀬絵里ィィィ!!!」
などと感慨に浸っていると、
シスコン連中(私以外)が集うこの場において、
かなり高レベルなシスコンのツインテールさんが私を怒鳴りつけた。
さっきまで聖良さんの横で、えへへみたいな笑いを浮かべていたけど
そんな事実は見る影もない。
「おま、おま、お前のせいで! お前のせいで!」
「な、なに?」
「私のダイヤモンドプリンセスワークスの続編での出番がなくなったんだ!!」
なんだか分からない言いがかりに首を傾げていると、
自身も攻略対象外にされたと寂しそうに笑うダイヤさんが、
事の次第を説明してくれた。
なんでも、ダイプリの続編はAqoursのメンバーを掘り下げたゲーム。
メインヒロインが善子さん(をモデルにしたキャラ)という点は置いておいて。
当然、Aqoursが出てくるのだからSaintSnowの二人も登場する予定だった。
一部シナリオとプロデューサーとして制作に参加している陽向さんが、
どうしても桜内梨子(をモデルにしたキャラ)役で真姫を呼びたかったらしいけど、
製作途中に真姫がエロゲーに出ることはなかったので話は頓挫。
なんで梨子ちゃん役だったかというと、
Aqoursがラブライブで優勝するまでの軌跡を描いた(描く予定だった)
ラブライブ!サンシャイン!!(1期打ち切り)において、
梨子ちゃんの声を担当したのが他ならぬ真姫だったから。
なおこのアニメ、μ'sを描いたラブライブ!とは違い脚本やらなにやらで、
AqoursやSaintSnowの面々からほぼ協力は得られず、
事務所の都合で仕方なく理亞さんだけが収録や脚本会議に出たそう。
それは置いておいて、
制作の最中で真姫のエロゲー出演が決まったものの、
梨子ちゃんの役はもうすでにキャスティングが決まっていたので、
動かすことが出来ず、でも真姫には参加してもらいたいのでどうするか?
では、まだキャストが決まってなかった鹿角理亞(をモデルにしたキャラ)を削って
ファンディスク以降で登場させて声を担当してもらおう。
ということになったらしい、私は全く関係ない。
「理亞、ファンディスクが出れば主役にして貰えると言われたではないですか」
「本編で、本編で絡みたかったんだ!」
「理亞、私もファンディスクからの出演ですよ?」
「姉さまは出るのに! 私は! 姉妹レズシーンが!
こういうシナリオがありましたって言われて原画を見せられて!
納得なんか、納得なんか出来るかー!」
理亞さんガチ泣き。
ステージ冒頭にアンリアルの二人が前座として出ることに
黄色信号が灯りそうな嘆きっぷりに困った表情をする一同。
が、ここでやり手プロデューサー(信じられない)の妹がとんでもない提案をする。
「わかりました、ではこうしましょう。
まず、真姫さんに理亞の声を担当して貰います。
シナリオはあるのですから、読んでいただきましょう」
「……姉さまは?」
「そこにいる金髪にでもやらせます」
「ええ!?」
それを聞いた理亞さんが目を輝かせ、多少の演技力の無さには目をつぶる!
と言い、ネコみたいな態度で私の胸に顔を擦り付け、
では、ライブでは最高のパフォーマンスを見せてくれますね?
もちろん! この命に代えても!
みたいな会話をして理亞さんも退場。
呆然とルンルン気分の背中を見送りながら、私は思わず天を仰いだ。
「姉さん? わかっているとは思いますが」
「あ、もしかして、理亞さんを乗せるための冗談だった?」
「いろいろな方のモチベーションに関わるので真剣に演じてください」
ダメを押された。
なお、ダイヤさんがあの女の匂いがする!
と言って、私の胸に顔を埋め始めたので、亜里沙の機嫌がちょっと悪くなった。
※
LOVELESS WORLDという曲がある。
なんかこう真姫ちゃんの曲ってなんかアレ、上手く言えないんだけどさー
という穂乃果のアバウト過ぎる指摘にお嬢様激おこ。
すったもんだの末に作り上げたのが前述の曲ではあるんだけど、
いざ歌詞を作成するとなった際に穂乃果がまたしても、
海未ちゃんの歌詞っぽくない曲だよね! と言い放ち園田さん激おこ。
その後通称ソルゲ組でネット放送をしたけど空気がダークブルー。
怒りを抱えている二人のメンバーに右往左往する金髪が滑稽で、
μ'sの放送で一番の再生回数を誇るけど、私は二度とあんな思いはしたくない。
ちなみに歌詞は、μ'sのメンバーで誰が相応しいかオーディションをすることになり、
園田海未監督の元、ああでもないこうでもないと試行錯誤の末決まらず、
では曲に歌詞をつけてもらいましょうと、オトノキ生に募集をかけて、
見事歌詞の作成権を勝ち取ったのは私の妹(オトノキ生じゃない)だった。
――後にも先にも、μ'sの面々が関わってないμ'sの曲はこれっきりである。
NO EXIT ORIONの歌詞を作った際の花陽もそうなんだけど、
キャラにない歌詞を作った時に反応に困るのは常に私。
なんだかよく分からないうちに私に歌詞が届けられ、
どうかな絵里ちゃんみたいに言われてしまうと、
専門家でもない私は、まあ、良いんじゃないとしか言えない。
あと、NO EXIT ORIONの歌詞を見た後に、
希にこう、なんだかよく分からない歌詞よね?
って言ったら、
エリちは恋も知らんからなあとしたり顔で言われたけど。
数年後、本当に恋をした東條希は
「わからない、あなたの気持ちが」
と小泉花陽に言ったのは私の中でどう反応すればいいの?
「千歌ちゃんいない?」
おっかなびっくりと言った様子で部屋に入って来たのは穂乃果。
キョロキョロとあたりを見渡しながら、むすーっとした表情を浮かべる。
前の飲み会の時はそんなに邪険にしてなかったじゃないと問いかけると、
希ちゃんの手前、あからさまに避けるわけにはいかなかったという返答。
「千歌は……そうですね、穂乃果さんのためなら地獄の果てまで付いてきますから」
ダイヤさんのコメントに、
なんとも言えない表情を浮かべる一同。
少し向こうに行って欲しいというニュアンスでリクルート雑誌を頼んだら、
3分もしないうちに帰ってきた際に、
あ、これはダメかも分からないと穂乃果が思ったそうだけれど、
なんというか、なんというかである。
「ええと……そうですね
今回の、絢瀬絵里(笑)企画に賛同いただき、
それどころか多くのμ'sの方々を巻き込んで頂いて、
本当にどれほど感謝すれば良いか……」
だんだん企画の説明がぞんざいになっている気がするけど?
私を見世物にして笑おう企画ならもうちょっと小規模にしてほしいけれど、
なんか私に好意的な人はやたら権力を持ってるから、
自分としてはどう反応をして良いのかわからない、あなたの気持ちが。
「うん、あの。
絵里ちゃんにはゴメンだけど
私がμ'sに関わるのはこれっきり、ほんとう、これっきりだからさ」
最後になにかしたいなって思って利用しちゃったテヘペロ。
みたいに言われても、絢瀬絵里としては首を傾げざるを得ない。
穂乃果と会ったりなんだりする時には、ほぼほぼμ'sの話題が出て、
高校時代はあんなだったこんなだったというエピソードがたいてい出てくるけど、
あ、もしかして、今流行りの(でもない)ツンデレってやつかしら?
「普段は気をつけてるんだけど、お酒が入るとどうしてもね」
確かに、私と穂乃果が一緒にいる時にはだいたいお酒が入ってる。
どんなに嫌おうとしても彼女の心にあるのはμ'sだということに、
それが如何程ばかり苦しいのかは想像することしか出来ないけれど。
「あとその、亜里沙ちゃん……お金ありがとうございます」
「お金?」
現在進行系で亜里沙の財布からお金が逃げている現状を目の当たりにし、
いつか妹に全額まるっと支払うにはどれほど働けば良いの考えると、
Re Starsのリーダーとしてセンター張るくらいでは足りないかもわからない。
ここで未だに胸をワシワシしているお嬢様に取り入ればはした金だという事実に、
なんとなく心躍る感がしなくもないけれど……。
あと、亜里沙も穂乃果も、ダイヤさんが何食わぬ顔で私の胸を触ってるけどスルーなんだね?
「いえ、穂乃果さんに対する温情はお金では語れません。
……ですが、ツバサさんはアタッシュケースを用意したとか」
「とりあえず形から入ってみるのって言って
1000万渡された時は、私はどう反応して良いのかわからなかったよ……
ダイヤちゃん、ほんとうお世話になりました」
「私ができることなら何でもします、それが務めというものです」
どうやら私の知りえない所で、穂乃果にお金が集まっているらしい。
居酒屋の店員としてカリスマ性を発揮したけれど、
今度は社長にでもなって天下を取る心持ちなのか――
先が不安なアイドルより秘書にでもしてくれないかなとちょっと阿呆なことを考える。
「絵里ちゃん」
「ん?」
「私ね、外国に行くよ」
――ん?
私はキョトンとして言葉が出ない。
「正確にはアメリカかな、
たぶん、日本にはもう帰らない」
「帰らない?」
「いや、どのみちお金を返さなきゃいけないから、
帰らないこともないんだけどさ。
高坂穂乃果はアメリカでスターになります」
コウサカホノカハアメリカデスターニナリマス。
……ええと、
高坂穂乃果は
アメリカで
スターなります。
「ええ!?」
「ようやく穂乃果さんの言葉の意味を理解したみたいです」
「私の中で高校2年生の4月の初頭に会った絵里ちゃんと、
今の絵里ちゃんが同一人物ではない説があるけど」
失礼なと反論しようとしたら、
誰ひとり私と目を合わせず、不憫そうにうつむくばかり。
え、わりと私ってクールなタイプだと思うんだけれど違うの?
私に対するぞんざいな扱いが、自己責任の範疇であるのか、
それとも個人の資質によるものなのかはおいておいて。
「外国に行くって言うと……あ、ニューヨークだけに温泉街とか?」
「亜里沙ちゃん、ロシアの血が流れているというより
ギャグおじさんの血が流れているような気がするんだけれど」
「アルコールの摂取のしすぎです、少し自重させます」
とにかく頭が回らず。
ただ不憫そうに三人から見られ、
慌てる絢瀬絵里の未来はどちらか。
先ほど来ことりが飲み散らかしていた飲み物を
チューチューと飲みながら、
少しばかり落ち着いてきた私。
女王様にご奉仕とばかりにあらゆる場所をマッサージされているけど、
どちらかと言えば、苦労してきたお年寄りに対する
今までご苦労さまといった態度と言ったふうなのが少し気になる。
あと、ダイヤさんはアレだね、そこはマッサージと言うより愛撫って言ったほうが近いからね?
「絵里ちゃん、
想定外の状況にパニックになるのは分かるけど、
私だって別にびっくりさせようとしていってるわけじゃないんだよ」
もう今や懐かしき、高校時代のアメリカ公演。
穂乃果が電車に乗り間違えて私たちとはぐれたことがある。
園田海未が憤慨し、
南ことりが黒くなり、
警察に駆け込もうとした小泉花陽が図体のでかい相手にパニックになり、
誰か助けてと叫ぼうとして射殺されかかった時のエピソード。
アメリカの警察官はすぐに拳銃を抜くからおそロシア(真顔)
「たしかにね、μ'sは私にとって心地のいい場所だった。
でも、もう、μ'sは終わり。
今までの私はそのことから逃避し続けようとしてた――
だから。
私は。
アメリカでスターになります」
大コケする私。
シリアスな話が始まるかと思いきや、
その過程を見事にすっ飛ばし、結論を告げる。
それが高坂穂乃果という人間だと言われれば、
たしかにそう思わなくもないんだけれど。
「ええとですね姉さん。
このまま、μ'sの高坂穂乃果で居るよりも、
より有名な世界スターになってしまえと、つまりはそういうことです」
頭の上に特大のはてなマーク浮かべながら、首をひねり。
足りない脳みそでいかんばかりのことか考えてみる。
確かに、μ'sの高坂穂乃果としての評判は消えるかも知れないけど、
千歌さんみたいな信者を余計に増やすだけに終わるのでは?
と思わないでもない。
「穂乃果って英語できたっけ?」
「だいじょうぶ、ボディランゲージがあるから!」
胸を張る穂乃果。
やればできる子の彼女ではあるけれど、
アメリカという未開の地(感想には個人差があります)で、
パートナー一人付けずにハリウッド(想像)に挑戦するとは……。
日本って忍者とか侍が歩いてるんでしょ?
っていう米国で、穂乃果がひとり歩いていたら、
ハラキリと叫んだアメリカ人にサインの一つでも求められるかも知れない。
「……秘書として絢瀬絵里を連れてくるつもりはない?」
「世界的なニートでも目指すの?」
「姉さんならありえますね」
「絵里さん、世界を目指すならば、まずは独立しましょう」
寄ってたかってフルボッコ。
あなたになんて連れて行った所で役立たずと言わんばかりの面々に、
通訳くらいは出来ると叫びたいところではあるけれど。
「私もね、一人で挑戦するつもりじゃないんだよ。
私を支えてくれるパートナーがいるからさ」
と言って、その人の写真を見せる穂乃果。
その写真を見た一同の反応は。
「声が高山みなみさんっぽいわね?」
「ええ、なんとなくコナンっぽい声がしそうな」
「コナンと言うか……ええ、まあ、それで」
穂乃果が複雑そうな表情をしながら、
なんで声も聞いていないのにイメージが湧くのかといったけど、
そう思ってしまったのだから仕方ない。
とにかく、穂乃果自身も名前も知らない相手と、
アメリカに行ってスターになるという途方もない目標に対して、
「……そうね、やればいいと思うわ」
「止めない?」
「止めないわ、穂乃果ならできそうな気がする」
もうすでにお金が3000万ほど集まってますからね、
という、黒澤家の帝王の発言は華麗にスルー。
別に私が、高坂穂乃果を邪険にするとか、
遠ざけたいという意図があるとかそういうのではなく。
ただ、なんとなく。
穂乃果は日本云々というより、
世界で羽ばたいていきそうな存在であるから。
でも、
それは私自身の買いかぶりであるのか、
無責任さの表れであるのか。
「ワールドシリーズとかで始球式でもしてみて?
そしたら現地駆けつけて応援するから」
「……その時に絵里ちゃんは飛行機代は誰に借りるのかな?」
「滞在費やその他経費……現実に考えて数十万は飛びますね?」
「Re Starsとして売れれば御の字、売れなければ妹の財布が軽くなります」
格好良く決めたつもりなのに、
現実的にそれは無理だろみたいな反応はやめて欲しい。
あと、大谷くんが先発する時に始球式をするためにはどれほどかかるかとか
生々しい計算をするのもやめて欲しい。
「いつ出発するの?」
「そうだね、とりあえずライブのあとかな?
μ'sの誰かが来ると大変なことになるかもだし、
見送りは良いから」
「寂しくない?」
「寂しくないよ、私はひとりじゃないから」
まっすぐ私を見つめてくる穂乃果。
「絵里ちゃんゴメンね、μ'sのことはお任せします
どう語るのも、どう料理するのも自由。
必要とあらば、ARI'sみたいなグループも作っていいし」
それ、私がわーるかったわねぇ? みたいに言ってるやつ?
「ただ、一つだけお願い
私にもし何かがあっても泣いたりしないで」
「ダメよ、亜里沙にお金を返してからじゃないと、そんなの許さないわ」
「姉さんはまず自分が私にお金を返すのが先じゃないですか?」
シリアスが始まらない。
「絵里ちゃん。さよならはとっておくから
もしもの時まで」
「……ええ、明日が、大事だものね?」
「私たちの、μ'sの一つの光は、
一瞬の輝きだから
今が最高だから、今が素敵だから。
ただただ今を大事に
今あるべき自分であろうって思うの」
穂乃果はこちらを見ないようにして、くるりと振り返り。
一歩足を踏み出そうとした所で、
「穂乃果さん、シリアスやっているところ悪いですが
グループ名について考えていただきました?」
大コケ。
「すみません、絵里さん、穂乃果さん
千歌の出したグループ名案があんまりだったので……」
「あー、ダイヤちゃん良いの、私が言い出したことだしね」
「穂乃果が彼女たちのグループ名を決めるの?」
もう関わりたくないって突っぱねるくらいでちょうどいいのに。
「これは、高坂穂乃果の十字架、呪い、戒め……なんでもいい。
私ができる最大限の嫌がらせだよ?」
「協力しましょう?」
姉さんは命名センスが無いとディスられたけど強い子だからスルー。
あと、なんだかなあって顔をしつつ止めないダイヤさんも相当……。
「穂乃果が提案したとすれば、相手に拒否権がない以上。
パッと見、悪い意味を込めていますというニュアンスがわかってしまっては
何も面白くないものね?」
「おお、なんだか、まるで私が性格悪くなったように感じるよ
そういえば亜里沙ちゃん、あの子たちのグループのコンセプトって?」
亜里沙停止。
彼女にしては珍しく、えっとー? みたいな顔をして、
記憶になかったのか、記憶する気もなかったのか、
隣りにいるダイヤさんを眺める。
が、その見られた彼女の方も天井を見上げながら
エアわしわしをしながら記憶を反芻し、
「……大事なのは今です、今が最高なんです」
「誰も覚える気がないのはわかったよ」
意図とか目的とかはひとまずど返しし、
千歌さんが好きそうな言葉を聞いてみる。
「ええと、そうですね……高校時代の彼女は
奇跡とか、輝きとか……相手を明るく肯定する言葉が
良いのではないでしょうか?」
と言いつつ、電子辞書を引っ張り出してネガティブな単語ばかり、
そしてその単語の類語ばかり引っ張ってこちらに見せるのはどうして?
「チーム類人猿とか」
ダイヤさん辛辣。
どのあたりが相手を肯定している表現なのか。
穂乃果ですら苦笑いしながら、自分はそこまで思ってないよと言ってるし、
亜里沙は目をそらしながら、進化の途中ということですねというフォローを入れてる。
特にコメントも出来ない私は、
「……じゃあ、これからとかどう?」
「これから?」
「うん、過去は上手く行かなかったかも知れない、
じゃあ、上手く行かせるべきは、これからなんじゃないかって」
穂乃果が私を見上げるようにして、
亜里沙やダイヤさんと言ったメンツが、しょうがないなあみたいな顔をしている。
「……絵里ちゃんは、海未ちゃんの歌詞を知らないんだよね?」
「海未? これからのSomedayは知ってるけど」
「姉さんは数年に一度賢くなるようです」
「よもやその場に居合わせるとは、宝くじでも買いましょうか」
ひそひそ話を始める私以外の人たち。
いーれーてー! とか言えない私は時間が過ぎるのを待った。
「じゃあ、そっちは彼女たちのデビューシングルのタイトルとして」
「では穂乃果さん、絵里さんがここまでしてくれたのです。
なんとかいい名前を」
「……はじまり。」
「はじまり?」
「うん、彼女たちのはじまり。
自分の意志で、自分で立って、自分たちの物語を紡ぐはじまり。
……あ、句点入れてね?」
「そうですね、となればRe Starsともタッグを組めますし……」
真剣な面持ちで話し合うメンバーの中で、
一人だけ蚊帳の外にいた私は、数日後に迫ったライブを思った。
とにかくまあ、全力で。
高坂穂乃果の最後の舞台を演出し、
少しでも背中を押すことができれば、
私、絢瀬絵里も少しはこういうポジションで居ることも報われる――
かもしれないし、そうでないやもしれない。
第三話終了。
これから第四話へと移行するのですが。
ちょっとリメイク作業の途中なので、キリのいいところまで完了したら
投稿を開始します。
私、絢瀬絵里の後から知った話ではあるんだけれど。
今回のライブイベントの名称というのは「太陽の日」というらしい。
命名者は誰であるのか、親しい友人であるツバサに訊いてみても、
ハニワプロが絢瀬絵里を晒し上げてイベントを起こそうと企画した当初から
太陽の日という企画名で動いていたらしい。
私の曖昧かつ不出来な記憶を辿ったところで、
どうあがいても発案者は思い至らないので、
機会があれば妹にでも訪ねてみようと思う。
本番で使用するステージで最終リハーサルを行い、
迂闊なことに定評がある私ですら、今回の件は成功を収めて
無事終焉の時を迎えそうであるなどと予感を抱いた。
私の感覚は妹も同様だったみたいで、何となくいつものクールさそのままに
誰か失敗してくれたら面白いんですけどね? と、絢瀬絵里を眺めながら言い、
その意図に気がついた綺羅ツバサが、そこの金髪が失敗したら
どう恥ずかしい目に合わせようかしらね? 誰か提案がある人!
なんてのたまい、多くのアイドルたちがどう羞恥を体感させようかを話し合い、
微妙に気分が盛り下がったのは私だけであると祈りたい。
ただ、その中でもノリノリだったのが某人気声優の赤髪のお嬢様で、
なら是非にエロゲーに出演させましょう、私が声をやる!
と言ってシュプレヒコールが起こったけれど、
もうすでにダイヤモンドプリンセスワークスというゲームがあるので、
不用心なことを言わずにやり過ごすことに集中した。
私がセンターを務めるグループRe Starsや、特別枠として登場するA-RISEには
個室のような控室が用意された。
私もスクールアイドルだったみんなと一緒に過ごしたかったけれど、絢瀬絵里のことを
澤村さんと白々しく呼ぶのは面倒だというもっともらしい理由で交流すら少数だった。
実家が米農家だという月島歩夢と小泉花陽との交流は
ほわほわする雰囲気ではあったけれど、話している内容はいかに低コストで利益を得るか
に終始しており、そばで聞いていた黒澤ルビィちゃんがダイヤちゃんに
実家を米農家にするにはどうしたらいいかを相談し、米は食べるものだと説教をされたみたい。
などという微笑ましいエピソードがある中、私は南ことりに今回の衣装は
過去に着たことがある僕たちはひとつの光のときの衣装と同じね!
という失言をかまし、どうして絵里ちゃんはそこまでファッションセンスがないの?
と罵られ、今の私に合わせたアレンジを加えたオリジナルの衣装だということを、
さんざっぱら説明をされたけど、その内容を実際のところは理解していない。
現在私は、Re Starsのメンバーが集う控室で、
補聴器みたいと呼称されたイヤホンをつけ、ステージの状況や観客のボルテージ、
加えて業界の裏話や絢瀬亜里沙の愚痴等、あらゆる言葉が耳に入って来ている。
ここにいる面々に内容を伝えるのは私の権限に任せられているけれど、
余計なことを言ってしまえば、グラビア撮影に直行させるという脅しを受け、
しかも、多くのアイドルがその撮影の様子を見たいと熱望しているらしく、
そろそろ私に対するネタ扱いというのも控えて欲しいものではある。
ただ、そのあたりのネタ枠にぶち込んでみんなの精神の安定を目論んでいるのが、
以前まで文筆業で食べていた綺羅ツバサなので、
余計なことを言って墓穴を掘るよりかはそのままの流れに任せておきたい。
ここでリーダーらしく、各メンバーの紹介などをしてみたい。
自分がリーダーたる器だったというよりも、みんな面倒なので
一番生贄に捧げても心が傷まないやつに押し付けたと言ったほうが正しいかも。
Re Starsというグループ名が決まり、じゃあグループで集まってなにかをしよう!
などという空気にはまったくならず、基本的にソロプレイが好きな面々が
あぶれにあぶれて結果的に5人集まっただけであるから、
絢瀬絵里が好きという共通点はあるけど、みんながみんな思い思いのことをしながら、
緊張をごまかし時間を潰そうとしている。
誰か一人くらいお互いに話しあって、じゃあリーダーの絵里さんお願いします。
なんて言ってくれたら、緊張をほぐすために南ことりのお肩がコッティーという
抜群のギャグをかっ飛ばすつもりでいた。
さて、一人目のメンバーから紹介を始めよう。
容姿が抜群に優れていて、むしろ人間離れしている。
精巧な人形のごとく整った造形は、あらゆる人から銀髪の天使と呼称されるほど。
背もスラリと高く、澄み渡るような空を思わせる瞳で真っ直ぐに見つめられると、
何もしていないのに罪悪感を覚えて謝りたくなる。
胸のサイズだけはコンプレックスがあるのか、公式プロフィールでは何センチか詐称しており、
亜里沙にして、胸がもう少し大きければ座ってるだけで億は稼げたと言われるほど。
ただ、彼女自身あらゆることに関心がなく、いつもたいていボーっとしている。
勉強だけはやたらできるので、何かしらは考えているのかも知れないけど、
時折スイッチが入ったかのように流暢な日本語で喋りだすケースがあり
最初にそれを見たときには悪霊にでも取り憑かれたのではないかと疑った。
Re Starsのメンバーである統堂朱音ちゃんとは同じ高校のようで、
しかもクラスメートとのことだけれど、それほど交流はないらしい。
どちらかといえば、朱音ちゃんのほうが一方的にエヴァちゃんを苦手にしているフシがあり、
必要な時だけは一緒にいるけれど、仲のいい友達同士かというと微妙。
メンバーの中ではダンスの能力に優れ、歌唱力やトークはかなり苦手な模様。
ただ得意な踊りだけは自信があるのか、
天才綺羅ツバサと比べてもなお自分は優れていると思っているみたいで、
レッスン時に疲労で膝を落としそうになったツバサを挑発して、
結果周りのメンバーの体重が減った。
ただ、絢瀬絵里以外の人間には本当に興味が無いらしく、Re Starsの面々は
かろうじて名前を暗記しているけれど、
理亞さんの相方であるルビィちゃんの顔を覚えていなかったり、
英玲奈やあんじゅの顔はうろ覚えであるみたい。
でも、その絢瀬絵里の話ですら、絢瀬絵里や絢瀬亜里沙が知らない話をしだすので、
どこか知らない時空に脳内をつなげて交流している疑惑すらある。
協調性に欠ける部分があり、ダンスの最中や人間関係でも衝突することもあるので、
私としてはもう少し協調性を身に着けて欲しいと願っている。
今はイヤホンもせずに、天井の方を見上げながら友人と交流をしている(らしい)ので、
時折笑みを浮かべながら反応をしている相手が透明人間であり、
実在するであろうことを思うほかない。
二人目は津島善子ちゃん。
堕天使ヨハネとして私と面識がある可愛い女の子。
Aqoursの中でも美少女として名高く、当時から容姿端麗なタイプとして、
口を開かなければ可愛いとよくネタにされていた。
年下の美少女はみんな自分の妹だと思っているダイヤちゃんが、
ひときわ高確率で自身の妹扱いしているのが善子ちゃんで、
そんな彼女を邪険に扱いつつも、まんざらでもないのか二人の仲はいい。
そうそう、ダイヤちゃんが黒澤家を掌握したというのは、
サファイアなる妹がいたという嘘か真かわからないエピソードのため。
出会った当初に襲いかかられ、その時の印象を元にするならば、
確かに並外れた美少女で、髪も長くスタイルも良かったけれど、
Re Starsの面々では圧倒的にエヴァちゃんが美少女枠に入ってしまうので、
メガネを掛けて髪の毛も切ってしまった彼女の立場は少しだけ微妙。
ただ、裸眼になると視力が悪くて大変なことになってしまうので、
ステージの上でもメガネはきちんと着用をしている。
不幸属性持ちで、私の記憶の中でも9人いるのに8人分しか食事を用意されてなかったり、
外に散歩に行くといった瞬間に大雨に降られたケースが有る。
ただ、今ではまったくそんなことはないらしく、宝くじは買うたびに当たり
恐ろしいので今は手を出していないとか。
Aqoursのメンバーとしてラブライブの優勝も果たし、統合先の高校で生徒会長を勤め上げる、
銀行員としてかなり優秀だった等、アピールポイントは枚挙にいとまがないけど、
Re Starsの面々の中ではそんな善子ちゃんよりも
優れている要素を持っている人間が複数いるために扱い的には少々不遇。
また、バストサイズは結構サバ読みをしている模様。
3人目は栗原朝日ちゃん。
今回の件で交流を深めることとなり、過去の記憶も少々思い出しつつあるせいか、
急激に仲良くなったヒナと一緒にいる機会が微妙に増えて、多くの面々から
あいつは誰だ扱いをされている栗原陽向の妹。
高校時代に急激に成長した姉を見て、自分も結構スラリと大きくなるんじゃないかと
そんな淡い期待をしたのだそうだけれど、見事に裏切られてしまった小柄な女の子。
エヴァちゃん、善子ちゃんと容姿が人並み飛び抜けてる面々のせいで、
当人のいや、もう私は女の子扱いされなくてもいいですとのコメントも手伝い、
容姿は平均レベルと誰もが思っているフシはあるけど、客観的に見ても可愛いと思う。
極めて小柄な体躯だけれど、動きは案外ちょこまかしてない、むしろ大きい。
時折どころか、結構確率高くチョンボをかますのがちょっと弱点。
ハニワプロのアイドルの中ではダントツで常識人で、いつでも冷静、
彼女が感情を乱して何かを言うときはなにかがあったと察する。
アイドルも歌もダンスもトークもそれなりレベルでこなし、テレビとかに出しても
一番放送事故を起こす確率が低そうな子。通称歩く平均点以上。
ただ、勉強面においてだけはRe Starsでも下で歴史の知識を披露すると
たびたび武将が女体化を前提に説明することがある、おそらく姉のせい。
でも、ハニワプロのアイドルが知識を披露する機会があるのはツバサくらいで、
他の面々はその他大勢の賑やかしレベル、エヴァちゃんだけは匹敵する成績だけど、
彼女にトークさせるくらいなら賑やかしで充分、座っているだけでも注目されるし。
あと、別枠で鹿角聖良さんという他に類を見ないレベルの成績の人もいるから、
ツバサと二人で共演を果たせばいいと思う。
姉さま大好き理亞さんでさえ、函館聖泉女子高等学院での成績を問われ、
自分は平均点以下だったけど、それを基準で考えると地下に潜ってるレベル、
だったそうで、偏差値は40が最高なんですよねって発言を聞いて耳を疑った。
朝日ちゃんの話の途中で他の子の話題を出してしまったけれど、
彼女は絢瀬絵里に対しても澤村絵里に対しても辛口傾向があり、
その発言を聞いた星空凛でさえ、え、本当に絵里ちゃんのファンなの? とためらいがちにコメントした実績を残す。
先輩の私にさえ遠慮のない凛が、苦労してるんだねみたいな目で見たのはもはや伝説。
根は素直でとても良い子との評価をどこまで信用すればいいのかわからないけど、
これを持っているのは内緒だと忠告してきたヒナに見せてもらった、
朝日ちゃんの中学時代の日記はもはやデスノート。
あれを見たら津島善子ちゃんの中二病など中二病(笑)レベル。
今彼女は高校時代の絢瀬絵里を眺めながら、
必死になってその動きを真似しようとしているけれど、
アイドルとしての理想、希望、憧れと称する私に対してやたら辛辣なのは、
好きが昂ぶってのことだと思いたい。
歌以外には取り柄がないなどと、口さがない人に言われてしまっている統堂朱音ちゃん。
自分自身でも自慢できるのは歌で、後は全てにおいて完璧――
などという客観性のまるでない自己評価が玉に瑕。
自信だけはやたら満ち溢れていて、本気を出せば大抵のことはなんとかなると思ってる。
そんな彼女がなぜ絢瀬絵里にハマったのかは知らないけれど。
歌唱力は神がかっているのに、他の能力がほぼ底辺な彼女は、
最初の方はレッスンについてくるだけで精一杯だった。
ついてくるだけで御の字ではあったんだけど、途中で倒れるのだけはプライドが許さなかったらしい。
英玲奈の朱音ちゃんが倒れた時用に考えられた人工呼吸が披露されなくてよかった。
日常生活に支障が出るレベルで疲弊していたけど、
いつからか何食わぬ顔して生活をおくるようになりみんな驚愕。
100メートル走を完走できない体力の持ち主はいつの間にか立派なスターになった(個人の感想です)
Re Starsでは体力面精神面でも成長を果たし、
英玲奈が贔屓目なしで見て、技術面でも大きく発展してみせた。
ただそれを自覚させてしまえば、鼻をピノキオみたいに伸ばして胸を張った挙げ句
あらゆるレッスンに手を抜き始めるかも知れないので誰ひとり彼女に真実は告げていない。
容姿では貧乳揃いと陰口を叩かれるRe Starsの面々では唯一の80越え。
高校時代の南ことりと同じプロフィールだけどひどく疑わしい。
どちらかが多く詐称していたか、少なく詐称していたか。
エヴァちゃんや善子ちゃんといった容姿が異次元クラスに整っている面々の前でも、
文字通り胸を張って生きてきたそうで。
ただ、そんな朱音ちゃんのプライドは私というイレギュラーの登場により、
自分にバストさえあればスターになれるのに! という自己評価に変わったそう、強く生きてほしい。
絢瀬絵里加入前の、あらゆるレッスンを受ける前のRe Starsの面々はといえば、
プロのパフォーマンスを披露できるレベルではなかった。
協調性の欠片もなく、5人揃って何かをやると言われても拒否しそうな勢いだった。
仲間内で集まってバーベキューでもしよう! など言えば素っ気なく嫌だと言われそうだけど、
打ち上げに参加するかと問われれば、なんとなくメンバーに加わってくれそうな感じはする。
パフォーマンスのレベルも準備期間がそれほどでもなかったにも関わらず向上した。
聖良さんや歩夢といった面々と比べても遜色ないほどで、
なぜいままで本気を出してこなかったのかと亜里沙が嘆くレベル。
ただそれは、あらゆるコーチの手腕ももちろんあるんだろうけど。
A-RISEという良いお手本が存在したのも大きい。
やっぱりA-RISEっていうのは素晴らしいアイドルユニットよねと、
レッスン上がりに周りのアイドルがぶっ倒れている中で、
やたらテンション高く跳ねていたツバサに言ってみたら、
自覚がないっていうのは状況によりけりなのね、
とのコメントと哀れそうな視線を受けるに至った。
今の状態でも無難にいままでの評価を覆すパフォーマンスはできそう。
ただ、現在のステージの状況は残念ながら伝えることは出来ない。
Re Starsのリーダーとして何ができるかを考えてみて、
みんなの緊張をほぐすためにちょっとギャグでも飛ばそう!
と決意をした絢瀬絵里。
今まで誰一人笑ってもらったことがない渾身のギャグの「南ことりのお肩がコッティー!」
を叫ぶように披露。
みんながスルーしたので、緊張して聞こえなかったのだと判断し、
更に声を張り上げてお肩がコッティーを連呼したら、
朝日ちゃんが鬼のような形相で「ちょっと静かにして頂けませんか?」
と言うに至る。
暗に黙らないと[ピーーー]ぞと言わんばかりであったので、
やっぱり誰にも笑われたことがないギャグという点がネックだったとエリチカ反省。
コンコンというノックの音が聞こえてきて、
ドアがガチャりと開くと、アンリアル(黒澤ルビィ&鹿角理亞)の二人が入ってくる。
赤い方のツインテールさんはモチベーションはそこそこだけれど、
キツイ目をしたツインテールさんはモチベーションが激高。
それもそのはず、絢瀬絵里と西木野真姫との共演作(亜里沙ルート三話参考)
により、ファンディスクからの出演でいいです! むしろそれでいいです!
なんてヒナに迫り、かなり困った顔をさせていたから。
しかしなぜ、あの18禁シナリオを読まされるイベントが、
そこら中のアイドルたちに晒されて、ああでもないこうでもないと批評をうけねばならないのか。
そして、18歳未満のRe Starsの一部の面々も聞いていたけれど、彼女たちの前で
「最大のギャグはあの二人に男性経験がないってことよね」
ってバラしやがった綺羅ツバサ(処女)はとりあえず一発平手打ちしたい。
「お通夜みたいな空気ね……澤村さん、ちょっとリーダーとしてたるんでない?」
自分もエロゲーに出てみたいと駄々をこね、
ルビィとレズシーンの練習がしたいと宣言、結果、相方と姉から総スカンを食らう。
そのようなダメージがあった割には、
よくもまあ、あのように強気な態度に出られるものである。
「このような雰囲気を弛緩させるには、冗談の一つでも飛ばせば」
「南ことりのお肩がコッティーは誰も笑ってくれなかったわ」
「澤村さんちょっと黙っていただけますか、集中しているので」
理亞さんのほうがよっぽど喋っているのに、冷たい言葉で否定されるリーダー(笑)
しかし、朝日ちゃんが画面を分割して見ているのは私の高校時代の動画という、
なんで自分の正体に気づかないのか不思議でしょうがない。
それは自身の高校時代と今の自分が、差異がありすぎるんです。
という言葉が聞こえた気がしたけど、気のせいだと思って前を向く。
「理亞さん……はいいや、ルビィちゃん、観客のみんな見てみた?」
「はい、ステージが始まる前だけあって、熱気はあまりないようでした」
アンリアルの二人が出演するのは、A-RISEが登場する前の前座。
前座と言っても、ちゃんとプログラムには出演者として書かれているし、
観客も彼女たちが一番最初に登場するアイドルとして認知している。
だけども、Re Starsのことは何も書かれていない。
ステージの締め(SUNNY DAY SONG)として書かれているイベントの
さらに後として、観客は誰も出番を把握していない状態での登場。
下手すると、誰も拍手していない状態でデビューシングルを歌わなければならない。
「いま、芸人の方がライブを開いていますが、反応は芳しくありません」
「えてして前座の前座なんてこんなものよ、でも見てなさい
私たちが空気を変えてみせる
ステージが終わった後、最後に出てきたの誰だっけ?
にしてもアンリアル素晴らしかったよな、で終わらせてみせる」
強気に語っているけど声が少し震えているあたり、
理亞さんも観客の様子をちょっと怪訝に思っている様子。
私も先ほどから補聴器みたいと表現されたイヤホンで、現場の様子を逐一聞いているけれど、盛り上がり始めるどころか盛り下がっているみたいだ。
ちなみにレポートをしてくれているのは、現場で司会を務める楠川姫さん。
μ'sの軌跡を描いたラブライブ!で、東條希役を務め、
声優を引退した後、希の何人か居るマネージャーの一人として働いている変わり種。
私とは面識があったようだけれど、彼女と顔を合わせた時に絢瀬絵里は、
はじめましてと言ってしまい、希に足を踏んづけられて私は悲鳴を上げた。
「だから、あんたたちは、別に何も緊張する必要なんて無いのよ
先輩たちに任せておきなさい」
鹿角理亞さんが亜里沙曰く、
後輩の面倒見がよく、頼りがいがあると評しているのを聞いた時に、
妹の目はもしかしたら腐っているのかも知れないと思ったけれど、
こうしてみると案外その評論は正しいのかもわからない。
とても前日に聖良さんに見捨てられかけて「お姉さまァァァ!!」 って
白井黒子みたいな声を上げていた人間とは思えない。
「うん、みんな、私たちは頑張ってきます。
だから、応援していてね?
澤村さんはこれから舞台袖に移動ですが、なにか言っておくことは?」
ルビィちゃんにリーダーとしてちゃんとしてくださいと言われたみたい。
理亞さんに罵られるのはいつものこと(悲しい)だから慣れているけれど、
お姉ちゃんに読書感想文を代筆されてるような人に、
しっかりしてくれなんて言われると自分のポジションがえらく不安なんだけど。
ちなみにインタビューの内容の管理もダイヤちゃん任せらしいですよ?
「朱音ちゃんの歌は素晴らしい、エヴァちゃんの踊りもすごく良い
善子ちゃんは周りをよく見ていて本当に素晴らしいと思う。
朝日ちゃんはご飯を美味しそうに食べるよね」
ボケたら理亞さんが背中に向かって飛び蹴りしてきたけど、
朝日ちゃんが笑っていたので、青くなってるであろうレベルで痛い背部は気にしない。
エリーチカは痛みにも強い子です。
※
アンリアルの二人と廊下に移動する最中。
「で、絢瀬絵里、現場の状況は?」
強い目でこちらを見上げながら問いかけてくる理亞さん。
まるで先ほどまでおふざけしてましたって態度だけれど、
明らかにさっきの飛び蹴りは真剣に八つ当たり要素入ってると思う。
「大変よろしくないわね、笑い声一つ聞こえてこない」
「A-RISEの皆さまを待っているということでしょうか?」
ルビィちゃんが不安そうな声で問いかける。
そんな彼女の手を握りながら私は、
「姫ちゃんの判断だと、ノリがお通夜。
観客だけが盛り下がってばかりいて、スタッフとしても状況が読めないって」
「……ルビィ、だいじょうぶ、私たちは出来る
絢瀬亜里沙プロデュースの秘蔵っ子だもの、こんなハードルは
軽く乗り越えられるから」
「うん、絵里さん
安心してください、私たちは出来ます
盛り上げて見せて、A-RISEの皆様に気持ちよく歌ってもらう。
そうだよね、理亞ちゃん」
二人には会場の様子がおかしいことを伝えられなかった。
伝えた所で、緊張を増してしまうだけだと思うし、
さきほどから、なんだか胸騒ぎがしてならない。
私の嫌な予感なんて、かなりの高確率で外れてしまうし、
なにより、理亞のク@ニでイッちゃう! なんて台詞をリクエストで読まされたのだから、
二人にはぜひ頑張ってもらいたい、ゴミ箱に捨てられた私の羞恥心の分まで。
※
私はいまステージ袖にいたりする。
ここにいるのはA-RISEと黒澤ダイヤという、処女肩身狭い感漂う組み合わせ。
などと口にすれば、ちょっとエリー黙ってと怒られかねない。
雰囲気は暗く、表情はだいたい戸惑いと怪訝さで構成されていて、
おちゃらけた空気など出せようはずもない。
なにせ黒澤家のシスコンお姉さんが私の姿を見て、
あ、おっぱいを揉むのを忘れてましたわって言って、ツバサに手を伸ばそうとしたくらいだ。
「見慣れない生徒がいるというのは、にこから聞いた」
と、舞台をカメラで眺めながら英玲奈が言う。
全員が全員、UTXの学生であるのは確かな様子だけれど、
事前告知されていた、芸能科の生徒のみが観覧を許されるというのは、
どうも勝手が違っていたようである。
そして何故私が舞台袖に控えているのかと言うと、
別にA-RISEの応援に来たのではなく、アンリアルのあとに登場して
トークイベントを行うため。
ただ、空気によってはA-RISEがそのままステージに上るという指示を受けており、
どうもそうなりそうな予感がしている。
「おかしいわね、このアンリアルのパフォーマンスなら
曲の後に拍手の一つでも起ころうはずなのに……」
告げようかどうしようか、躊躇い半分の様子であんじゅが言う。
ダイヤちゃんもそうだけれど、A-RISEの面々は出来不出来をはっきりというタイプだから、
理亞さんとルビィちゃんの気合の入り方が違うという点と、
踊りや歌でこの状況を何とかしようと躍起になっているという点において、
私と彼女たちの受け取り方が同じというのは認識としては正しそう。
正直、リハーサルではスクールアイドルの延長線上レベルのパフォーマンスしか
していない様子だったので、本番で本気を出すからという言葉を
あんまり信用はしていなかったんだけれど。
すごい。
理亞さんがいつしか朝日ちゃんの歌を普通と称したことがあったけれど、
たしかにこのレベルでパフォーマンスをされてしまえば、
一般人よりも優れていても、普通レベルに落ち着いてしまうのかも知れない。
「エリー、プロデューサーからの指示は?」
「姫ちゃんを通してだけれど、今のところトークは全てなし
――ただ」
「私たちがあの子たちを変えるパフォーマンスをすれば良いという事ね?」
1を聞けば10を知る女。
ただ、その頭脳を発揮するのは追い込まれたときだけ。
私の判断が正しいとすれば、
ツバサなりに危機意識は持っているのだと思う。
「英玲奈、あんじゅ。
私と一緒に踊って見せてね? ついてこれなきゃ置いていくから」
「普段から踊り慣れている私にとっては造作もない
それに、生徒の前に無様なところは見せられないからな」
「そうねえ、たまには本気出さないと。
アイドルとしてのラストステージが黒歴史で終わっては、
お母さん情けないものね?」
思えば、
μ'sのときにはA-RISEの本番前の様子なんて見たことがなかった。
どんな思いでステージに上り、
どんな思いで私たちに破れたのか。
勝負事なら勝ち負けがある、
それは神のみぞ知る、私たちが手を出す道理じゃない。
全力を尽くす、ただそれだけ。
ただただ後悔をしないように、
振り返った時にいい思い出にするために。
まあ、第二回ラブライブ予選(東京大会)がツバサ当人にいい思い出だったかなんて、
いくら空気の読めない私でも聞けないけれど。
「エリー……プロデューサーに伝えて。
何があっても止めるな」
「……私、彼女と交信する手段がないんだけど」
亜里沙の発言は姫ちゃんを通じて、私に絶えず届いてくるけれど、
私からのメッセージは電話でもなにかしない限り妹には届かない。
ただ、手段は一つ。
絢瀬絵里がパシって彼女が控える準備室に駆け込めばいいだけ。
誰もがみんな、私を使い捨ての駒みたいな扱いするけど、
一応、このステージで一番偉い人の身内なんだからね?
かと言って私の待遇が最底辺なのは分かりきってるので、
涙を飲んで控室から駆け出した。
旅館とは違い、楠川姫が生でナレーションを行って、
亜里沙とか南條さんほかスタッフがステージを見ながら首を傾げ、
盛り上がらなさ加減に疑問を持ちながら、
あれこれどうしようか話し合っている様子だった。
熱意を込めて論説を振るっているせいで、
誰しもが、金髪ツインテールの存在に気づいてくれなかったのは泣ける。
「すみません。ちょっと真剣に話し合っていたもので、
姉さんを認識するのが遅れました、もっと目立って頂けませんか?」
金髪ツインテールという、
エロゲーとかだったら余裕でメインヒロインを張れそうな
そんな外見の人間を捕まえて目立てとは一体どういう了見か。
ただ、ニュアンスとしては急ぎの用なら少しは自己主張をして伝えろ
ということだと思うので、渋々頷いておく。
「ツバサから、何があっても止めないで欲しいと言われました」
「生憎ですが、その権限は彼女たちにはありません」
そっけない様子ではあったけれど、逡巡してからの反応だったので、
ある程度は考慮に入れてくれるものだと思う。
おそらくは何らかのトラブルでもない限り、A-RISEのステージは終わらない。
別の言い方をすれば、
何かあればすぐにステージが終わってしまうことに、
一抹の寂しさを感じるところではあるのだけれど。
「私がA-RISEの方々に伝えます。
姉さんは、出演者の皆さまが控える部屋に向かってください」
「南條さんがほしいんですが」
「南條さんは私の代理としてここに残らなければなりません、
甘ったれたことを言ってないでさっさと行ってください」
後ろ髪を引かれながら、亜里沙に手を引っ張られスタッフルームを抜け出す。
みんな、ただならぬ雰囲気を感じつつ、
どう足掻いても、昨日までの良かった雰囲気に戻れはしないのだと――
「姉さん」
「うん?」
「このステージが成功したら、皆さんで焼き肉にでも行きましょう」
「そうね、たくさん食べるわ」
「安心してください、姉さんは水とサンチュだけ奢りですから」
それ、なんか扱いが草食動物っぽいけど、
まさか、まだバニーガールネタを引っ張られてる?
あ、ちなみにウサギにチョコレートを食べさせると
中毒を起こすこともあるらしいので注意してね。
「あ、それと姉さん、ちーちゃんを認識してあげてくださいよ
あんなに必死になって台本を書いていたんですから」
なんでも姫ちゃんがナレーションをしていたけど、
その原稿は清瀬千沙(顔がいまいち思い出せない)が生で書いていた様子。
そういえばパソコンとにらめっこして一つもこちらに視線をよこさない人がいたような。
ごめんなさい、亜里沙が支払って用意されたサンチュでも奢ります。
※
出演者の8割近くが控えている、大きなパーティールームのような場所に、
μ'sやAqours、聖良さんや歩夢ちゃんといったメンバーが、
難しそうな表情をしながら、ステージの映像を眺めていた。
どう足掻いても盛り上がっていないのが伝わっているらしく、
多くの面々は不安そうな様子を隠せないでいた。
「絵里」
その中で一人、園田海未、東條希、南ことりの三名がこちらに気がついた。
ことりには前日、私のとある失言によってさんざっぱら罵られてしまったので、
ちょっとお近づきになりたくない気配すら漂うんだけれど、そうも言ってられない。
「亜里沙ちゃんのところへ行ってきたんやろ?
なんて言ってたん?」
「トークイベントはすべて無しに、
それと、なにかのトラブルがない限りステージは続行」
ざわつき始める部屋。
穂乃果はただ一人その輪に入らず、
何かを言いたげにこちらをじっと見たあと、寂しそうに笑った。
いますぐにでも声をかけたかったけれど、
どんなふうに何を言った所で慰めにしかならないので控える。
「絵里ちゃん、この会場って記者の人もいるの?」
「新聞社とかテレビ、ラジオ……ネット、後はわからない。
結構よりどりみどり、誰彼問わずいる様子だけど、どうかした?」
ことりが珍しく、悲しそうな感情を隠さずにこちらに迫る。
絢瀬絵里に弱みを見せるくらいなら犬に食べさせたほうがマシでしょ、
それくらいのことは言ってのける彼女だから、頼られて嬉しいと言うか、
でも、このあとで金銭か何かを要求されたりしないよね?
「うん、記者の人が話している内容を聞いちゃったんだけれど……」
そのままの内容を伝えると口が腐りそうだから、
という理由で、要点だけ説明してくれる。
記者として長いけれど、このステージは確実に失敗する。
プロデュースしているやつがよく分からない人間だし、女だ。
過去の遺産で盛り上げようだなんて烏滸がましい、
実際に会場も盛り上がっていないし、ステージに上っている人間のレベルも低い。
これは真実をすべて自分たちが脚色なく伝えるしか無い。
「あの人達、私の顔を知らなかった……希ちゃんも、凛ちゃんも
自分なら仕方ないって思ったんだけど」
「ウチの知名度はまあ置いておくにしても、凛ちゃんを知らんなんて、
よほど情報通な芸能記者さんなんやろうなあ?」
苦笑いする一同。
ちなみに、希の表情から察するに彼女はかなり怒っていた。
ただ、それ以上に怒りを隠さずにモニターの画面を睨みつけている凛や、
覚悟を決めてまっすぐなにかに集中している花陽、目を閉じて思考する真姫。
μ'sの面々は冷静になろうと、かなり極端な行動をしている。
この中で一番動揺が深いのは、
A-RISEの後にステージに立たなければならない、はじまり。のメンバーである千歌さん。
アンリアルのライブに冷淡な反応をする観客の様子を見ながら、
解せないと言った感と不安を隠さずに、曜ちゃんと梨子ちゃんの二人に体を支えられている。
「エリち、亜里沙ちゃんがここに寄越したってことは、
まとめ役として、何かしらしろっていうことだと思うんや」
「ええ、任せて希――」
「あ、絵里ちゃん。私から良いかな?」
自分自身の言葉を深呼吸して言おうと、息を吸った瞬間に声をかけられてむせる。
咳き込みながら穂乃果を見上げ、どうぞどうぞと手を振る。
「ええと、皆さん。ご存知かと思いますが、μ'sの高坂穂乃果です」
ゲホゲホ言っているアラサー(金髪)をスルーし、穂乃果が語る。
モニターの画面が消され、静寂が辺りを支配した。
誰一人、視線をそらさずに穂乃果を見て、
金髪ツインテールのことなんざどうでもいいと言わんばかりだった。
「たくさんの方の協力で、この度のライブが開催される運びになりました。
きっかけは誰かさんのワガママだと思うんですが、
小さいことから始まり、奇跡を引き起こすのはスクールアイドルのお約束ですから――
それは、ちょっとだけ勘弁してください。
皆様もご承知のとおり、私たちはいまアウェーです。
おそらく、期待して私たちを見上げているのはごく少数の人で
ほとんどの人たちは自分たちの失敗を望んでいるみたい。
たぶん、このステージは成功しないでしょう。
すごく悲しい思いもするかも知れません。
でも、後日に思い出として今日という日を振り返った時に、
いい思い出だったと言えるイベントにしましょう。
全力で、一生懸命、やり遂げましょう。
よりよいいつかを迎えるために」
小さく拍手が起こる。
その音はたちまち辺りに伝播し、
大きな希望になって控室の中を支配した。
私はそれを見届け、
南條さんからの指示でステージ脇の舞台袖に向かう。
ステージ脇。
拍手が起こることもなく、
誰に見送られることもなく、
アンリアルの二人は笑顔を浮かべながら戻ってきた。
今は少しの休憩期間。
本当はすぐにでも飛び出していきたいであろうA-RISEの面々を思えば、
冷徹にもなれず、感情を爆発させることもできず、
二人してなんとも言えない表情を浮かべたまま、
頑張ってきた後輩(芸能経歴的には先輩)を出迎える。
――それにしても、ダイヤちゃんシリアス出来るんだったら最初からやってほしかった。
「ん……」
ルビィちゃんは一目散にダイヤさんに抱きつき、
声も上げずに泣き始めた。
本来なら、大声でも上げて叫びたいところではあったんだと思う。
言いたいことをぐっと抑えて身体を預ける妹と、その頭を撫でる姉。
展覧会の中の写真のイチ風景のような、絵のなりっぷりに
「姉さまはいないの?」
「聖良さんは出番待ちよ」
「ふん……」
目が銀行強盗並みに釣り上がり、
まるで凶悪殺人犯の顔写真を体現しました!
と言わんばかりの表情を浮かべながら、
右に移動し、左に移動し、
「絢瀬絵里」
「なあに?」
「お前は姉さまの代わりだ
あくまで代わりなんだからな!
私が心を許すとか、まったくもって、
これっぽちも……ありえないんだからぁぁぁぁ!!!」
アメフトでタックルでもするみたいに強烈な体当たりで、
ちょっと腰が心配になりそうな感じで、受け止めることが精一杯だった。
普段は威圧感で180センチ近くの身長にも思える理亞さんが、
本当にただの小さな子どものように、自分の胸で泣きじゃくる姿に、
これからどんな困難が起ころうとも、
まっすぐ前に向いていけそうな、そんな強い憤りを覚えた。
仮に、すごく辛い思いをしたとしても、
怒りで冷徹になれそうなくらい、強い感情を覚える。
あとダイヤさん。
聖母みたいな表情を浮かべて頭を撫でながら
こっちを羨ましそうに見るのはやめて欲しい、あなたみたいな妹はちょっと。
立ち上がれないほどのダメージを負ったアンリアルの二人に対し、
誰も迎えに来たりしないので、マネージャーでもいなかったかな?
と、キョロキョロと見回していると、その視線の意図に気づいたらしいダイヤさんが
「安心してください、黒服……あ、いえ、従業員に迎えにこさせます」
殺伐としたオーラが隠しきれてない。
でも、よもやアイドルのライブであたかもあちら系の人が来るわけ無いと思ったら、
「津島です」
190センチ近くある身長を屈め、
筋肉でスーツがピッチピチしているこの方は津島さん。
家族構成などは不明――あ、不明ってことにしておくってことで。
あと、サングラスはやめて欲しい、たとえ目つきが理亞さんより凶悪でも。
「追っていますか?」
「森崎、佐藤、音尾の三人で、大泉と安田は外です。
安田はマスコットに扮していますから正体は割れないでしょう」
「分かりました、ルビィ、理亞、出番まで……いや」
「いいえ、私たちは最後に出ます」
「それが約束……アイドルとしての務めですから」
SUNNY DAY SONGのイベントのことを指してるんだと思う、
仮にRe Starsのデビューライブが行われたとしても、
盛り上がって奇跡が起こる要素など一欠片たりともありえない。
ただ、悲惨さで言えばA-RISEのあとに出てくる「はじまり。」の面々も負けてない。
デビュー曲「これから」を引っさげて登場するのは良いけれど、
あの曲、穂乃果のお願いで卒業ソングっぽく出来上がってるからね……。
津島さんはアンリアルの二人に傅くように退場し、
ダイヤさんは邪魔者は消えたと言わんばかりに私の胸に手を伸ばす。
シリアスさ加減がカップラーメンくらいの時間しか続かないことに、
多少頭痛を覚えてはいるんだけれど。
「多少、獅子身中の虫がいるようですね」
「こそこそ話なら胸を揉まなくても」
「黒服が目立つとお考えでしょう? 一番タチが悪いのは鞠莉さんの手駒ですからね」
「……あえて聞かないでおくけど、あだ名とかってあるの?」
「マフィ……ええと、それは良いではありませんか、
もうすでにスタッフに紛れ込んでいるという事実だけ把握していれば」
それはあんまり聞きたくなかった事実だなあ……。
と、ここで精一杯のトークで盛り上げてきた姫ちゃんと、にこの頑張りを
あざ笑うかのような会場の冷めっぷりに、
自然と表情も引き締まっていくばかりだけれど。
ステージが暗転し、
ざわつき始める会場内。
その声に圧倒するようにツバサのボーカルが響き渡った。
本来のA-RISEのコンサートなら、
暗転した時点でファンは静かになる。
これが彼女たちのお約束だから。
たぶん最初の反応で、
観客が自分たちのことを知らないということを
無難に把握したんだと思う。
以前、ネットで声が大きい人を黙らせるには?
なんて聞かれた時に、絢瀬絵里は相手にしなければいいと
無難に答えたけれど、
「そうねえ……そいつよりも大きな声で喋れば良いんじゃない?」
「うるさそうね」
「別に罵詈雑言を大きな声でいうわけじゃないのよ、
ポジティブなことを、奇跡を、大きな声で、
悪いものをすべて消し飛ばすくらいに、良いことで世界を覆ってしまえばいい
そうすれば世界はちょっとは良くなるわよ」
ただ、こんな事を言っておきながら、
ネットで悪口を言われているのを見かけたらと聞かれて
「[ピーーー]、殺せるなら[ピーーー]、
そいつが死ぬことで起こるデメリットより、
死ぬことで起こるメリットのほうが大きいから」
「記事にできないので、もうちょっと言い方を変えてください」
東京湾に沈める等、表現の試行錯誤は繰り返されたけど、
ほとんどのインタビューは、記事にできないので記者さんが嘆いてた。
海未といい、真姫といい、記事にできないインタビューの答え披露する人多くない?
以前、理亞さんが人生を変えた出来事を聞かれて丸戸ゲーのすばらしさを語って、
絶大なる冴えカノブームが起こったけど、それは結果オーライだからね?
あとアリスはどうした。
「はじまった……」
「これが物語なら、私達は勝ちました……いえ、勝たねばならない」
格闘漫画とかで圧倒される時、身体に電気が走るような、
そんなビリビリとした感覚と、
震えが起きるような……
正直、私ははじめて綺羅ツバサを怖いと思った。
常人を遥かに超えてる声量に、カリスマ性溢れる仕草、
ひとつひとつの行動を取ってみると、一つも無駄な動きが見当たらない。
照明も、曲も、すべてがA-RISEを輝かせるためにある。
これがもし、本当に物語なら。
今までのことはなかったことにして、
観客は盛り上がりに盛り上がり、
手に手を取り合って、全員で踊りだすくらいの――
ほんとうに、μ'sが起こした奇跡を3人でやってのけてしまうような、
十年前の秋葉原の盛り上がりを体現するような動きに、
「……こんな人達に、μ'sは……勝ったというの?」
「違うわ、ダイヤさん」
「絵里さん……?」
「A-RISEは負けたから今がある。
μ'sは勝ったから今を迎えてしまった。
……μ'sの物語ではハッピーエンドだったけれど、
私たちの人生ってもしかしたら
もしかしたら……バッドエンドだったんじゃないかしら?」
「!? いけません、誰か! 誰かいませんか!
気を確かに! どなたか! 来てください! お願いします!」
奇跡の出来事を彷彿する動きに、
奇跡を体現する事実に、
すべてが本当に良いことで覆われていくような
そんな圧倒的なステージに――
一つも盛り上がっていかない観客を眺め――
私、絢瀬絵里は暗転していく意識の中。
「亜里沙……ごめんなさい、ダメな、お姉ちゃんだったね……」
絢瀬絵里に代わりまして、
代打矢澤にこがこの場の実況をお送りします。
――などというオフザケはともかく。
お姫ちんと一緒にトークをし、
一つも盛り上がらない観客を怪訝に思いながら、
数年前なら子どもが、ドッカンドッカン笑っていたようなネタを披露してなお
反応がない相手に強い憤りを覚えながら。
これでも、過去には人気のアイドルだったんですよ?
なんて自虐に走ろうかと思いつつ、
なにか鬼気迫る声が聞こえた気がして、
思い過ごしかと判断し、意識をステージに向けた瞬間。
「申し訳ありません! プロデューサーは、絢瀬プロデューサーはいらっしゃいますか!」
マイクが拾うんじゃないかと言うくらいの大きな声が聞こえて、
慌ててミュートをかける。
ただ事ではない雰囲気を一発で感じ取ったけれど、
この場から動けない以上――ん?
にこさんはこちら側に来てください。
ブースの向こうからそんなカンペが見える。
この場を、もうすでに涙目になりそうな雰囲気で仕事している姫ちんに
任せてしまうのは心苦しいけれど……。
いくら熱意を込めて訴えても、何も変わらない状況は堪える。
そこらへんを割り切れるのは、私の積んできた人生経験ゆえか。
「ごめんなさい、この場は任せるわね」
「はい、精一杯努力します」
もうすでに満身創痍なのに、これ以上どう努力するのか。
なんて疑問は生じてしまったけれど。
ブースを抜け出して状況を問いかけてみると、
なんと絵里がぶっ倒れてしまったらしい。
ニートから復帰して以降、無理を重ねている彼女に対し気は使っていたつもりだった。
重く受け止めなければいけない問題がある時は、コメディリリーフも演じてみたし。
それがお前の役目なんじゃないかというツッコミは受けはするけどスルー。
「亜里沙ちゃんは使い物にならなそうね……」
「仕事を与えましたが、やってくれるかどうか」
絵里は妹の亜里沙ちゃんのことを、
変わっただとか、冷徹になったとか言うけれど、
彼女が目指したのは高校時代の絵里(ポンコツじゃない方)だとは、
いったいいつになったら気づくんだろうか。
いや、キリリとしている方が、真面目で融通の効かない完璧超人だったとは、
今から思い出すと、そうでもないような気がしなくもないんだけれどね。
「にこさんには控室の方々に、あんまり動揺は走らないとは思うんですが」
「あっちには穂乃果もいるし、ただ絵里の場合、絵里シンパがいるからなあ……」
勢いつけて報告したは良いものの、そこで使い物にならなくなってるダイヤちゃんとか。
私と同じコメディ枠の住人なんだから、少しはメンタルを鍛えましょう。
「ほら、ダイヤちゃん行くよ」
「え、ええ……分かりました……あら? あら? 揉む胸が、胸が、胸がない……」
「きっちりボケは決めてくるけど、本当に憔悴してるの?」
この人が静岡の方で絶大な権力握ってて、
最近富士山は静岡のものになりつつあるらしいって話だけれど、
本当のなのか疑問で仕方ない矢澤にこでした。
どこをどう歩いてきたのか、
いつの間にかアンリアルの二人がたえず横にいるという現状に対し、
夢の中をふわふわと歩いている心持ちで現実を認識できません。
南條さんから、使いものにならないのでどっか行けと言う指示と、
何もしないんならRe Starsの面々に現状を説明せよ、
という二重のよく分からない(彼女もそれなりに慌ててたのでしょう)言いつけを守り、
スタッフルームを抜け出してみたは良いものの、
フラフラしてアンリアルの二人がいる医務室に駆け込んでしまったのは、
いったいどういう了見なのか、絢瀬亜里沙自身理解が及びません。
「亜里沙さん、しっかり、だいじょうぶです。
あんな奴ひとりいないところで状況は変わらない」
などと言いつつ髪型をいつもツインテールではなく、
ポニーテールへと変貌させてしまうあたり、理亞も狼狽をしているのでしょう。
素直になった彼女など想像もできないですから、
そのままの路線で行ってほしいものです。
おそらく私がいなくなるであろう、ハニワプロに所属するのであれば。
「ひとまず救急車は呼ばないで安静になれる場所へ、
でもお姉ちゃんも黒服を連れてくるなら、女性も連れてくればよかったのに」
「鞠莉のマフ……白服もそうだけど、他にもっとまともな人いないの?」
「理亞ちゃん、世の中には知らないでいいこともあるんだよ」
二人の素っ頓狂な(あまり笑えません)会話を聞いていると、
だんだんと落ち着きを取り戻してきました。
「亜里沙さん、そっちはお手洗い。残念ながらRe Starsはそこにはいません」
「……あら?」
失礼、いまだ冷静ではないようですが。
お姉ちゃんには真姫さんのお手伝いさんが付いているようなので、
特に心配をする必要はないでしょう、ぞんざいな扱いを受けること以外は。
Re Starsの面々が揃う控室にたどり着くと、
場があまり盛り上がっていないことを誰かに聞きつけたのか、
それとも(空気の読めない)誰かに教えられでもしたのか、
「プロデューサー」
Re Starsの面々で姉を除けば、唯一大舞台を経験していて、
かつ年長者でもある善子さんが不安げな表情を隠さずに話しかけてきます。
一応、現場責任者である私がこの場に来た時点で、
何かしらの事情は感じ取ったのか、他の面々もエヴァさんを除いてこちらに視線を向ける。
「皆さん、センターを務める澤村絵里が倒れました」
「はい?」
「あいにく代理はいません、皆さんは4人でステージに立つことになります」
冷静になろうと務めたつもりでしたが、声は震えていました。
4人でステージに立たせることに対して躊躇いを持ったのではなく、
思ったより、本当に思ったより、姉が彼女たちの中心にいたことに驚きを隠せないのです。
朱音さんはもう倒れんばかりにうなだれて、善子さんも顔を伏し、エヴァさんはいつもの通りですが、
「無理です」
「朝日……」
「私たちにはあの人が必要なんです、
あの人がいなければ何も出来ません
まして、A-RISEの方々が出ても盛り上がらないステージでなんて……」
朝日さんのダメージが大きい。
こと、姉に対して一番辛辣な意見を言ってのける彼女ですが、
それはヒナから、そう接することで絢瀬絵里の精神の安寧に役立つと教えられたから。
いや、未だに姉の正体に気づかないのは……たいした問題ではないので置いておきましょう。
「朱音さんは絵里さんがいないと歌えません。
エヴァさんは絵里さんがいないと踊れません。
善子さんは……まあ、なにか出来ないんでしょう」
「私をオチに使うんじゃない」
「私は……私は……絵里さんがいないと、
もう、ほんとう、どうしようもないんです……」
理亞さんが珍しく目を伏し、
ルビィさんがさもありなんと目をとじ、
私自身でさえも、仕事を放棄してやめましょうと言ってあげたいところだった。
いつも強気で、痛々しいレベルで自信がある朱音さんも。
考えていることが読めず、いつも威風堂堂としているエヴァさんも。
この中で唯一社会人としての経験があり、冷静に物事を判断できる善子さんも。
皆が皆、口を開かず静寂がその場を支配しました。
「話は聞かせてもらったわ!」
「出番を終えたからと言って調子に乗るのはやめろツバサ」
「やっぱりステージが終わったら飲み物よねえ……」
そんな空気の中で、ステージに上っていた熱気そのままに、
A-RISEのみなさんが控室に顔を出しました。
間違えたということはなさそうですから、
おそらく何らかの意図でここに顔を出されたのでしょう。
朝日さんに対して引っ叩いてでもステージに立たせなければいけない私に対して、
それが出来ずにいたのを励まし……あ、それはなさそうですね?
「ツバサの前に立つのは不慣れなんだが……」
などと言いつつ、
自分が妹からどう見えるかのみを追求した立ち位置で、
凛々しく表情を作る英玲奈さん。
「澤村絵里がいない以上、センターに立つのは朱音、お前だ」
「それは弩級のシスコンの戯言なの?」
「シスコン? 誰のことだ?」
ツバサさんとあんじゅさんが、二人してお前以外に誰がいるんだ。
って顔をしたけれど、英玲奈さんはどこ吹く風。
「前にも言ったが、お前の歌は世界を変える。
私たちが出来ないこともやってのける。
変わらないやつのことなど知ったことではないが……
そういうのはダイヤに協力して貰って内浦の海に沈めるから覚悟しておけ」
「止めてください英玲奈さん、ダイヤを都合良く使わないでください」
ただ、ダイヤのことだから妹だからという理由だけで、
足に括り付ける鉄球を用意してくれそうではある。
私と仲良くなった理由でさえ、絢瀬絵里の妹だからですし。
「ダメよ英玲奈、私には出来ない、自信を持って言えるわ!」
ネガティブ方面に胸を張る朱音さん。
ただ、Re Starsの面々も無理なんじゃないかなって顔をしているので、
英玲奈さんばっかりが気合を空回りしているように見える。
「こいつを見てみなさいよ! いつも何考えてるかわからないでしょ!
このちっちぇーの、わりと平均的にできないわよ!
単発眼鏡! 元Aqoursっていうの本当なの!?」
「朱音さん、自信が無いのが分かりますが、
自信を持って他のメンバーを貶すのは止めてください」
それにしても、一番権威のあるはずの私が、
姉の絢瀬絵里みたいなポジションにいますね?
あれはあれでなかなか骨が折れるものなんですね……ちょっと尊敬します。
「朱音、安心しろ。お前なら出来る、ここでちょうど絢瀬絵里からのメッセージがある」
「……?」
澤村絵里=絢瀬絵里であることを知っている面々が、
なぜそんなものを持っているのかという表情をする。
私も姉からそんな声を収録したという話は聞いていないし、
そんな事をすればツバサさんは確実に把握してるはず。
あの方は私よりも絢瀬絵里に詳しい、解せない。
「はじめまして、絢瀬絵里です。
統堂朱音さん、いつも応援ありがとう!」
卒倒するかと思った。
少し聞いた限りでは、たしかに絢瀬絵里に聞こえる声。
ただ、間違っていても応援ありがとう! なんてツバサさんみたいなことは言わないし、
この声をほぼ毎日聞いている身としては……
「南條さん?」
「そうですね」
ツバサさんとこそこそ話。
ただ、姉をそこそこしか知らないメンバーにとっては
そして何より南條さんをそれほど知らない面々にとっては、
昨年、ハニワプロの忘年会で開かれたモノマネ大会で南條さんが披露した、
絢瀬絵里はこんな事言わないシリーズでの音声にそっくりだと知らなければ、
たしかにまあ、姉の声に聞こえなくもないはず。
「Re Starsの皆さん、この度のステージ
一番の特等席で見ています
顔を出せないのは残念ですが、こわーい妹がいるので
それも仕方のないことだと納得してください」
特等席も特等席。
センターポジションで踊ってるのがそいつだと知らなければ、
なにより、読んでいるのが先輩(プロデューサーとしては後輩)と知らなければ、
ちょっとしたギャグで我慢はできるんだろうけれど……。
よもや南條さんに私がおっかないやつと思われてる可能性はないでしょうが、
陰口の一つも言われてるかも知れないと思うと、ちょっと戦々恐々としてしまいます。
「朱音さん、あなたの歌は素敵です。
エヴァさん、あなたの踊りとても良いです
善子さん、調和の取れたハーモニーとても素敵です
朝日さん、いつもご飯を美味しそうに食べますね」
オチの付け方まで姉に激似。
「そして最後のメンバー、澤村絵里……
彼女のことを信頼してあげてください。
元はどこかから連れてこられたニートかも知れませんが、
皆さんのために体を張り、力になってきた人です。
もしも、彼女がいなくても立派にステージをこなしてください。
それが、私が出来るお願い事です」
これを言った後、南條さんは苦笑いをし、
原稿を書いたちーちゃんとヒナはハラショーハラショーと褒め称えたらしい。
目に活力を取り戻すRe Starsの面々を眺めながら、
私自身も、どうやら立派なプロデューサーとしての立場を思い出したみたいだ。
南條さんに言いたいことが山程増えたのは、
この際チャラにしておきます。
――本当ですよ?
μ'sの終わりから数ヶ月。
確か、10月頃の話だったと思う。
私は大学生活を謳歌していた。
――大学生活と言うよりも、ネトゲやら友人付き合いやら、
そちらの方に熱を向けていたような気もするけれど。
開店休業中のサークル活動をスルーし、誰に話しかけられることもなく帰宅し、
その頃にはもう真姫が家にオタク空間を作り上げていたので、
変な害虫でも出ないように気を配りつつ整理整頓し(真姫は片付けが下手なのだ)
亜里沙がバイトから帰ってくるのを見計らって、夕飯を作り始める。
そういえば、真姫からこれが面白いから読んで欲しいと言われたラノベがあり、
そろそろ感想の一つでも求められるかなと思い、手を止めて内容を思い出していると
スマホからアニソンが流れ始めた(お嬢様はよく着信音の設定を変えます)
マナーモードにしておくのを忘れた自分の迂闊さと、構内で流れなくてよかったという安堵と、
悲喜入り混じった感情を覚えつつ。
番号を見ると覚えがなかったので、スルーしようかと思ったけれど、
虫の知らせか、それとも神がかり的な何かか、
ふと、応対しようかなんて思って。
「絢瀬ですが、どちら様でしょう?」
「統堂です。見慣れない番号に出てくれたことを感謝します」
「……統堂?」
A-RISEの面々だと、ツバサとは関わりがあって電話帳にデータが登録されていた。
ただ、ツバサ以外の英玲奈やあんじゅとは疎遠だったし、
会話した記憶があんまりなかった(結果、とんでもない勘違いだった)ので、
統堂と言われて藤堂高虎しか思いつかなかった私は、
「歴史にハマりつつある西木野真姫に用でしたら代わりますが」
「……もしかして、私のことをまるで覚えてないのか?
統堂英玲奈、おかしいな? 一ヶ月前に顔を合わせたはずなのだが」
ここでようやく統堂=統堂英玲奈に思い至り、
ネトゲのギルドの面々と顔を合わせた後、ツバサとカラオケのオールをして、
思いの外金銭面での出費が激しく、困ったツバサが呼びつけた面々の中に英玲奈がいた。
ただ、当時はあんじゅと英玲奈がどっちがどっちだかあんまり分かっていなかったので、
「ジョークジョーク、小粋なジョークよ、ロシアンジョーク」
「そうか、ならば問いかけよう。私は胸の大きい方か、それとも背の高い方か?」
「胸が大きくて背が高い方……」
「その気持ちは嬉しいが残念ながら不正解だ」
栗原陽向から教えられた絢瀬絵里とは情報の乖離があるな、
と、クールに否定をされたけれど。
何をごまかすことも出来ず、苦笑いしながら謝罪した。
「えと、借金を返せという相談ならツバサに」
「用件だけですまないのだが、一番早い休日はいつだろうか?」
となると、講義がない日でかつオンラインゲームのイベントがない日。
基本的に、大学には教授の講義を受けるだけの模範的な大学生(遠い目)の私は、
自主休講(笑)をすれば、いつでも暇人、いつでもオールフリー。
「明日でも構わないわ、暇だし」
「なるほど、暇同士波長が合うな、最寄りの駅はどこだ? そこまで迎えに行く」
「集合場所を決めてくれればそこまで行くわ、この前のお詫びも込めて、あ、それと今のも」
「助かる。小さい子がいるんだ……あ、私はまだ妊娠はしてないぞ?」
まさかデキ婚? と口に出す前に先んじて忠告される。
とある駅前を指定された私は、某検索エンジンで行き方を予習し、
寝坊をしないように早く布団に入った。
それがまさか、今に繋がるような出会いをするとは、
絢瀬絵里は全く思わずにいい気なものである。
翌日。
英玲奈と出かけると告げたら、
めいいっぱいおしゃれをしなければダメだと亜里沙に諭されたので、
前日、これだと思う格好を用意しておいたら。
「お姉ちゃんのセンスは一昔前!」
と、妹にダメ出しをされる。
μ'sの中ではセンスの良いほうだと自覚はあったのに、
いつの間に時代は進歩していたのかと嘆きながら、
テレビに映る月島歩夢というアイドルを眺めていた。
「真姫さんや、ずいぶんと若いアイドルがテレビに出ておりますのぉ」
「エリー、あなた少し前まで高校生だったんだから、
ファッションセンスを現役高校生に問われることに危機感持ったら?」
ばっさり。
ただ、真姫も私の格好には太鼓判を押していたので、
自分のことを棚に上げた発言であるとは明記しておく。
十数分後、どこかから亜里沙が持ってきた衣装に袖を通しながら、
ちょっと大人っぽすぎやしないかと怪訝に思いつつ鏡の前に立つ。
「うん、エリー、少し前まで女子高生だったようには見えないわ」
「これからお姉ちゃんの衣服は私が管理します!」
何はともあれ。
センスの向上を意識した私ではあったけど、
天気も良くていい気分になったら、秋の心地いい風と一緒にその事も忘れた。
しかし後日。
亜里沙に管理された衣服のおかげで、
大学で声をかけられる確率が今までと比べ物にならないほど膨れ上がり、
絢瀬絵里のファッションセンスは北京原人レベルで落ち着く。
たしかにあの時の衣服の私がイメージの根源にあるのなら、
澤村絵里=絢瀬絵里と結びつかないのも、分かるような……わからないような。
最寄りの駅に向かい、交通系ICカードにチャージをしてなかったと思いいたり、
自動券売機のところに向かうと、天使がいた。
小学生くらいの女の子を見て、その子を天使と呼称するのは、
はてはロリコンか、ペドか、それともりゅうおうか。
ニートを卒業してアイドルになる事実に比べれば、
幼女に性的指向を持つのは別に悪いことでもないようなそうであるような。
「あー、そこのお方、日本語はわかりますか?」
自分が日本語を分からなそうな外見しているのを棚に上げ、
無難に英語で話しかけてみる。
ここで「タッカラプト ポッポルンガ プピリット パロ」とか言われれば、
あ、ナメック語分からないんでと言えるんだけれど。
「あまり……」
と、英語で返ってくる。
どのような状況で、日本語がそれほどわからない銀髪の幼女が、
自動券売機で困った顔をしているのか、見当もつかない。
家出なのか、迷子なのか。
それともどこかから誘拐されて逃げ出してきたのか。
ただ、彼女の可愛さならたとえロリコンじゃなくても言い値で買いそう。
そんな感想を絢瀬絵里は抱くのである。
「どうしたの? 迷子?」
「友達のお見舞いに行きたいんです」
「お見舞い? このあたりじゃなくて?」
「この住所の場所に行きたくて」
と、指さされた場所は私が向かおうとしていた目的地。
とある駅前からバスが走ってる総合病院。
彼女の目的は理解したけれど、親御さんの許可を得ているかとか、
お金を持ち合わせているのかとか、そんな疑念を持ったけれど。
問題点は後から考えればいい、
英玲奈は子連れ(語弊のある表現)だと言うし、仲良く出来るかも知れない。
かたっぽが日本語があまり喋られないというのを迂闊にも忘れた絢瀬絵里の所業は、
良かったのか悪かったのか。
「リリー、リリー・ルッソ、日本では名を名乗るものだと教えられました」
「どうもご丁寧に、私は絢瀬絵里と申します」
「絢瀬絵里……ええと、エリー?」
「呼びやすいように呼んでくれれば大丈夫よ、リリー」
金髪が銀髪の天使を連れている。
仮にこの子が大柄の成人男性とかに連れられていれば、ポリスメンに通報されかねなかった。
ただ、この時の交流がTwitterに挙げられ、電車内の異文化交流として何万ツイートされたらしい。
でも、私たちの許可がないから盗撮だと思うんです(良い子は真似してはいけません)
「では、エリーはアイドルをしていたのですか?」
「スクールアイドル……ええと、部活って分かる?」
「学校に上がると、皆がそのようなものに参加すると言ってます。
仲間同士集まって活動をする?」
「そう、仲間ね、かけがえのない仲間。
私の全盛期も、私の青春も、おそらくそこに置いてきてしまったのね」
などとセンチメンタルに語ってしまったけれど、
銀髪の天使ちゃんは私の顔を見上げながら、
何言ってんだろうこの人みたいな感じの態度をとった、そりゃそうだ。
某駅までたどり着くと、英玲奈が小さい子を連れていた。
彼女の言からすると妹とのことだけど、似てない。
連れ子とか、どこかから誘拐してきたと言われたほうが納得してしまう。
「絵里……その子は誰だ? もしかして、昨日産んだのか」
「恐ろしい成長具合だけど、同じ病院に行くという話だから」
英玲奈が連れている子に、えらく不機嫌そうに見られる。
金髪が人生の中で珍しいのかと思ったけれど、そうではないみたい。
「すまないな、朱音は私以外の人間に懐かないんだ」
「それは構わないけれど、妹さんの友人のお見舞いなのよね?」
ただ、結論から言ってしまえば。
統堂朱音ちゃんが人見知りをするタイプというのは本当だけど、
英玲奈にしか懐かないというのは大嘘。
「絵里は英語が話せたんだな、私はさっぱりだ」
「そうなの? ツバサはバイリンガルっていうか、英語はペラペラだけど……会話してみる?」
リリーちゃんを押し出してみる。
英玲奈は困ったように口を開き、
それでも妹の前にみっともない姿を見せたくなかったのか、
「ぐっもーにんぐ」
Good morningというよりも、ひらがなでぐっもーにんぐと言ったそれは、
リリーちゃんに一つも伝わらず、結果朱音ちゃんの姉に対する評価が下がるだけで終わる。
その後なんとも言えない空気の中、とある大学病院までたどり着き。
「じゃあ、私はリリーちゃんを連れて、目的地まで行くから」
「そうだな、私はひとまず朱音を連れて病室まで行く、後で迎えに行くよ
ロビーにいればいいか?」
「私も……一緒に行きます」
キョトンとする一同。
苦手意識があるのか、英玲奈は珍しく動揺し。
朱音ちゃんは病室に早く行きたいみたいな顔をしている。
ただ、二人して英語は分かってないようだから、
あ、なんかまた面倒くさいこと言ったんだなみたいな意識なんだと思う。
私が困った顔をしているであろうから。
「おそらく、目的地は一緒です」
「……そうなの?」
「サイオンジユキ、私の目的の人。
アカネも、一緒」
病院の高層階。
エレベーターを使って移動する最中、
なんとも言えない空気の中、
リリーちゃんと朱音ちゃんが、それぞれ右の腕、左の腕に抱きつき、
英玲奈がピンでこちらを恨めしそうな目で見ている。
いつの間にかに幼女二人からの好感度が激高になってしまっている私だけど、
人生のモテ期というものだろうか、そうだったら嫌だな。
「絵里、もしかして小さい女の子から好かれるオーラでも振りまいているのか?」
どんなオーラなのかは分からないけれど、
どうせだったら万人にそれなりにモテるオーラが欲しい。
そんなものが存在すればの話ではあるが。
病室までたどり着き、熱心に手を消毒し、
幼女二人に押し出されるようにして中へと入る。
私は全く知らなかったけれど、この中にいる女の子は
数年前に一大ブームを引き起こした天才子役とのことで
小学校に上がる頃に芸能界を引退、勉学に励んでいたそう。
リリーちゃんは子役(仕事を受けたことがないらしい)としての同期生かつ友人で、
朱音ちゃんは小学校での一番の友人。
そして絢瀬絵里はそんな彼女たちのおまけ……かと思いきや、
西園寺雪姫さんは私に会いたいと熱望したらしい、
どうやらμ'sとして踊っていた私を見て、すごいって思ったとか。
ただ英玲奈が、A-RISEは? というか私は?
みたいな顔をしてこちらを見ているので、後でにしなさいと言っておいた。
「うわ……ほ、本当に連れてきてくれたんだ!」
雪姫ちゃんは私の顔を見やると、
輝くような笑顔を浮かべながら喜びの意を示した。
自分のファンって言われても、と思っていたけれど、
来るだけでここまで喜ばれるのなら、
いくらでもファンと名乗る人の前に現れて構わない(ただし小学生以下に限る)
「そうよ! 私が連れてきたの!」
胸を張る朱音ちゃんに、連絡したのは私だと抗議する英玲奈。
みっともないのでA-RISEで一番背が高い人にはちょっと静かにしてもらい、
エヴァちゃんともども、雪姫ちゃんの事情を聞いてみる。
「最初はただの風邪だと思ったんですけど、
知らない間に入院することになって、
私芸能界にいたから、人の表情とかに敏感で。
あ、もしかしたら長くないんじゃないかなって思って――」
重い。
長い入院生活に飽きて、少しわがままを言った。
くらいにしか思ってなかった私は、
自分よりも年下の女の子が、
もう、死んじゃうかなって覚悟を決めていることに、
なんとも言えない心情になった。
ただ、その辺の事情は把握していないけれど、
何ヶ月も入院していて、日々体力が衰えていって、
症状は良くならないどころか重くなり、
面会に来てくれる人も減るどころか増えてきたと言うので、
「だから最近は、すごく体調が悪いことにして
わがままもできるだけ言ってみることにしました。
でも、ここ最近のわがままで一番叶って嬉しいです!」
にっこり笑顔を浮かべる相手に、
私自身上手くいっているかどうか分からないけれど笑みを浮かべる。
自分ばかりが話していても何なので、
古くからの友人のエヴァちゃんや、現在進行系の友人の朱音ちゃん、
そしてそのおまけの英玲奈が会話に加わる。
元気になったら何がしたいとか、
そういう会話はできるだけされずに、今したいことを問いかけてみた。
「そうだなあ……ちょっと見てみたいものが……朱音はすっごい歌が上手なんですよ」
「そ、そんなことないわ!」
否定しつつ、もっと褒めろと言わんばかりに表情をデレさせる朱音ちゃん。
ただ、英玲奈が褒めようとしたところ聞き慣れているからと素っ気なくスルーされ、
ちょっと聞いてみたいという私の願望もあり、
朱音ちゃんに歌を歌ってもらったところ。
上手。
μ'sで上手と言われている真姫や、素直な声質の海未、
そして無難に何でもできる(ドヤ顔)私なんぞよりもよっぽど。
歌がうまいって言っても声量があるとか、音を取るのが上手だとか、
クセがなかったり、逆にクセがあって味があったり、
世間一般に上手であるとされるどのプロの歌手よりも上手。
歌でバトルしたら、μ's9人……それどころかA-RISEを含めても勝てないかも知れない。
表現力、歌唱力どれを取っても一級品、
シスコンの英玲奈でさえ、真面目な話UTXでも朱音に敵うやつはいないと言う、
私もそれはかなり信憑性が高いと思った。
「素晴らしいわ朱音ちゃん、私もスクールアイドルとしてたくさんの子を見てきたけど
本当に飛び抜けて上手だと思うわ」
「え、英玲奈が言うと信頼度低いけど、あなたがいうならそうなのかもね」
「リリーは、ダンスが上手なんです。だから……もし、
私が大人になれるのなら、二人のアイドルユニットっていうのを見てみたくて」
雪姫ちゃんが目を伏せる。
元気づけたかった。
きっと病気なんてすぐに治って、
元通りの生活を送れるようになるって言いたかった。
無邪気気ままに励ましの言葉もかけてくれそうな、
朱音ちゃんやリリーちゃんでさえ、
次に会う時には意識がないかも知れないとか、
こうして会話していたっていつ体調が急変するとか、
心配になっているというのに、
大人にわりと近い私や英玲奈が、
心配ないとか言えるわけがなかった。
この場にいたのが高坂穂乃果だったら、
もしかしたら――
「見られるわ」
「絵里さん?」
「私の知り合いなら、そう言うと思う」
「……でも」
「それにね、どこでだって見られるわ、
遠いところだったとしても
朱音ちゃんの歌や、リリーちゃんのダンスなら
届きそうな気がしない?」
「そうよ! 絵里先輩の言うとおりだわ!
ねえ、雪姫! あなたがどこに行ったって!
どこにだって歌を届けてみせる!
おいそこの銀髪!」
「?」
「二人でユニットを組んで、片っぽ歌って片っぽ踊るじゃ格好悪い!
アイドルユニットにしよう! センターは絵里先輩で!」
「すごい! 絵里さん! 頑張って!」
「……うん、約束する」
グループ名やかけ声も考えられ。
面会時間を過ぎても過ぎても、
看護師さんたちにしこたま叱られるまで私たちは一緒に、
夢を、
未来を、
ずっとずっと途方もない理想を、
笑顔を浮かべ話し続けた。
絢瀬絵里という人間の来訪から一週間。
西園寺雪姫さんは短い生涯を終えた。
葬儀にはμ'sやA-RISEといった元スクールアイドルが故人たっての希望で集い、
外国に行っていた南ことりには私が頼み込んで戻ってきてもらった。
思えばことりに頭が上がらないのは、
そのあたりの事情もあったのかも知れない。
※
「行かないと……」
「お目覚めですか?」
「和木さんじゃないですか……どうしたんですこんなところで」
「お嬢様がいるところには、この和木、
何があろうと参上する次第です、たとえあの子のスカートの中でも」
真姫のお世話役……というか西木野家のお手伝いさん。
和木さん(フルネーム不明)が私の顔を見下ろしていた。
何でも彼女に膝枕をされていたらしく、
のちのち、どんな金銭が要求されるのかと思うと、
恐ろしくて仕方がなかった。
彼女は西木野真姫のこと以外はゴミかなんかだと思ってるフシがあるし。
「すみません和木さん、ステージはどちらですか?」
「ここがステージ脇です、声が聞こえてきませんか?」
「……これは」
穂乃果の声。
私が意識を失ってしばらく、
千歌さんを中心としたはじまり。のライブや、
SUNNY DAY SONGも披露されて。
Re Starsの面々がデビュー曲を披露する直前、観客からブーイングが起こった。
プログラム的にはこの場面で終了であるから、
たしかに不満足もあればそういう態度を示されるのもわからない。
多くの観客や、一部のスタッフや、一部の記者――とにかく、
私たちに敵意を向けていた人全体が一体となって、
憎悪を撒き散らすように、すべてをなかったコトにさせるように、
悪意で私たちのことを叩き潰してしまおう、そんな意図を。
「聞いてください。
私たちは今まで皆様のために準備をしてきました
いたらない所があれば直します。
やめろと言われれば仕方ありません。
誰かのためにと言っても、誰かのためにならない時がある
それは分かっています
でも、
でも、
それが、あなた達のその態度が
頑張った人間に対する答えだったとしたら!
私は絶対にそれを許さない!」
いの一番に飛び出していきそうなツバサや、海未、ことりといったメンバーは、
その他の面々に取り押さえられてる。
顔を伏して泣いている花陽とか、ルビィちゃんや、花丸ちゃんと言った子もいるけど、
ステージの参加者のほとんどは穂乃果と同じように怒りを見せている。
高まるブーイングに物怖じせず、
今までの人生で見せたことがない、そんな恐ろしい表情で。
穂乃果が、みんなが怒ってる。
――のが、ステージ脇にいる私に本当は見えるはずがないだけれど、
なんだろう、なんだか、手に取るように分かってしまう。
「ごめんなさい和木さん、ちょっと支えててもらっていいですか」
「医者の娘としてアドバイスしますが
本来なら、あなたは今すぐ病院に駆け込まないと死にます」
「……でも、行かないと」
「まあ、私は医者の娘ですが医者ではないので――
別に絢瀬絵里が死のうと、私は知ったこっちゃありませんからね」
などといいつつ、私に肩を貸してくれる和木さん。
一歩一歩。
弱々しく、フラフラで、情けない感じ。
絢瀬絵里がステージに出てくると、みんなが、
ほんとうに仲間が、私のことを見た。
穂乃果のところまでなんとかたどり着くと。
涙を流しながら怒る彼女のマイクを無理やり奪い取り、
私の――
「朱音ちゃん、歌いましょう? 雪姫ちゃんのために」
「――!? え、り……せんぱい……?」
「リリーちゃん、踊りましょう? 雪姫ちゃんのために」
「遅いですエリー、私はいつだってあなたのために、
あなたの居場所を守るため――雪姫に、届けるために」
私の右に朱音ちゃん。
左に、リリーちゃんことエヴァリーナちゃん。
「善子ちゃん、朝日ちゃん……フォローはお願いします」
「言いたいことはあるけど、この津島善子が協力するわ!」
「これが本当のヒーローなんですかね? まあ、力添えしましょう?」
バックに善子ちゃん、朝日ちゃんを携えて。
「Re Starsァァァァァァ!!!」
「「「「「シューティングスター!!!!!!!」」」」」
私の――
最初にして最後のライブ。
なんか格好いいじゃない?
なお、このライブの模様は――
私自身の意識がないため、描写は控えさせて頂きます。
ご了承ください。
本日更新はここまで。
亜里沙ルート5話途中まで完成済み。
SS速報VIPさまでの更新を最優先にするため
pixivに挙がっている部分と内容が同じところもありますがご了承ください。
5話途中の矢澤にこによる独白までがpixivにありますが、
それ以降の綺羅ツバサの過去回想は完成済み。
手書きで書いてある文章のテキスト化が完了次第投稿します。
それ以降のRe Starsの面々が登場以降が未更新分になりますので、それまでは
アラ絵里リメイク版 「三十路ニートエリーチカの居酒屋飲み歩き日記」
https://syosetu.org/novel/165937/ でお楽しみください。
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