緒方智絵里「らびっとぱにっく」 (97)

 モバマスより緒方智絵里(うさぎ)と小日向美穂(たぬき)などのSSです。
 独自解釈、ファンタジー要素、一部アイドルの人外設定などありますためご注意ください。

 前作です↓
鷹富士茄子「神様風邪を引きまして」
鷹富士茄子「神様風邪を引きまして」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1516519841/)
小日向美穂「丸出し尻尾と不思議なお菓子の夜」
小日向美穂「丸出し尻尾と不思議なお菓子の夜」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1517926569/)

 最初のです↓
小日向美穂「こひなたぬき」
小日向美穂「こひなたぬき」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1508431385/)


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1518709081




 街で兎が増殖している。


 原因はまったく不明である。
 とにもかくにも、あちこちにいるのだ。兎が。マジでどこにでも。
 道路、信号機の上、進入禁止の標識、双子のスミスのトレーナー、デイリーニュースの表紙……。

 そこらじゅうを闊歩しているものから、何かの絵図に紛れ込んでいるものまで、三次二次なんでも種別を問わず街中にうさぎうさぎうさぎ。

 もちろん、うちの事務所も例外ではなく――――


P「………………うーーーーーむ」

兎A(フスフスフス)

兎B(フンフンフンフンフン)

兎C(ピスピスピス)

兎D(フハフハフハ)

兎E(グデー)

兎F(フワフワフワフワ)

智絵里「うん……うん。そうなんだ……。えっ、ほんとに……?」

兎G(ピクピクピク)

智絵里「うん……わかった。ありがとう」ナデナデ

兎G(フンス)

P「どうだって?」

智絵里「あの……やっぱり、『どこから来たのか覚えてない』って言ってます」

智絵里「『いつの間にか生まれてた』って……」

P「そうか……てっきりどっかの動物園から脱走したもんかと思ったが」

ちひろ「というレベルではありませんものね」

ちひろ「にしても困りましたね。このままだとお仕事もできませんよ?」

P「……事務所今こんなんですからね」

兎×いっぱい(モフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフ)


P「智絵里の兎時代の知り合いってわけじゃないんだよな?」

智絵里「は、はい。どの子も初めて見ます……」

   ポンッ!

智絵里(シュバシュババッ、ササッ、シュビビ)ウサギ

兎(?)

   ポンッ!

智絵里「神使ジェスチャーも通じなくて……」

P(神使ジェスチャーって何……?)

ちひろ「茄子さんがまた体調を崩されたわけでもないんですよね?」

茄子「私は健康そのものですよ~♪」

P「ふーむ。このままじゃ困るし、一体どうしたもんやら……ん?」

   プルルルル プルルルル

P「もしもし」ピッ


みく『Pチャン大変にゃあ! み、みく達の寮がぁ!』


   ―― アイドル女子寮


周子「……紗枝ちゃん」

紗枝「はいな」

周子「これ夢?」

紗枝「さてぇ、どうどすやろか……」ムギュー

周子「あ痛(いふぁ)っ痛い痛い、よーくわかったごめんありがと」

蘭子「はわわわわわわわ……!!」

芳乃「ほほー……」

美穂「こ、こ、これってまさか、全部……」


美穂「全部、うさぎさん!?」


 モフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフ
 モフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフ


「ぼーっとしてないで早くドア閉めるにゃあ! 美穂チャン、つっかえ棒持ってきて!」

 みくちゃんが慌てて寮の玄関扉を閉め、私も急いで言う通りにします。
 事の発端は……というほど前兆があったわけじゃありませんでした。

 ただ普通に朝起きて、みんな学校または事務所に行こうと玄関を開けた途端、目の前にまっしろな海が広がっていたのです。

 それは、表通りを埋め尽くすうさぎさんの大行列でした。

「だ、だから寮の前にうさチャンがいっぱい……ってそっちも!? Pチャン大丈夫!?」

 スマホ片手のみくちゃんは、プロデューサーさんと電話してるみたい。
 このままじゃ出るに出られない私達は、今いるみんなでリビングに集まってひとまず状況を確かめることにしました。


「うっわ、街中に溢れてんだって」

 テレビを点けた周子ちゃんが眉をひそめます。

「つ、ツイッターのトレンドも『うさぎ』とか、『うさぎ 大量発生』とかばっかり……」

 小梅ちゃんがスマホ画面を見ながら呟きます。


 とりあえずわかったことは幾つか。

 突然、街中にうさぎさんが溢れかえった。
 たぶん都内のどこかから発生し、そこから爆発的に増えて拡散しまくっている。
 原因は一切不明。
 寮の周りだけじゃなく事務所にもいっぱいいて、しかも中にもいるみたい。
 事務所はおっきなビルの高層階にあるから、そんなにたくさん入られてはいないみたいだけど……。

 今は都内の一部だけに留まってるけど、もし仮に、更に増え続けたりなんかしちゃったら……。

 このままじゃ都市機能がマヒしちゃって大変だってニュースでコメンテーターさんが言ってます。
 身支度をする余裕さえなかったのか、彼のカツラは逆さまでした。
 チャンネルを変えるとまた別のニュースで、うさぎさんを満載したまま立ち往生する中央線が映っていました。


   ―― 事務所


P「……わかった。とにかくそっちは寮で待機。みんなをしっかりまとめてくれ、寮長」

みく『任せときにゃ! それで、Pチャンはどうするの?』

P「とりあえずは事務所待機かな。原因がわからないんじゃどうにも動きようがない」

P「本当の天変地異か社外のトラブルかもしれんし……。ちひろさん、自宅にいる組にも待機の連絡入れておいてください」

ちひろ「わかりました」

P「すまんが智絵里、できる限る聞き込みを続けて――」


智絵里「!!」ピンッ


P(ツインテが立った!!)

ちひろ(うさみみ!?)

智絵里「………………」フムフムフムフム

P(な、何かを聞いている……)

ちひろ(やっぱり耳なんだわ……)

みく『Pチャン? Pぃーチャーン? どうしたの?』

P「あ、ああ。どうも、智絵里が……」


智絵里「あ……あの」


智絵里「うさぎさんの発生源……わかるかも、です」


   ―― アイドル女子寮


「よしっ」

 通話を切ってみくちゃんはフンスと鼻息を吹きます。

「プロデューサーさん、何か仰ってましたか~?」
「智絵里チャンなら原因がわかるかもって。それ探してみるって言ってたにゃ」
「おぉ、まさに神使の祝福……!」
「お外に出るってこと? だ、大丈夫かなぁ」
「まあ、あんなとこに出てくってのは……ちょっと心配かもね」

 周子ちゃんが窓の外をちらと見ます。
 もふもふ、まっしろ。うごうご蠢いていて、路上そのものがうさぎさんの和毛(にこげ)みたい。

「…………ていうか増えてません?」
「響子はんもそない思わはります? なんや、さっきより厚みが増してへんかなぁ」
「ま、まるで雨後のキノコ……もといタケノコ……おのれタケノコ……」
「も、モンスターパニックみたい……」

 かりかりかりかりかりかりかりかり。
 窓にくっついたうさぎさん達が、鼻をぴすぴすさせながらガラスや壁を掻いています。
 な、中に入りたがってるみたいだけど……。

「――ちょっと待っててっ」


 と、みくちゃんがリビングから飛び出て、物置の方で何やらどちゃがちゃやり始めました。


 戻ってきたみくちゃんは、鍋蓋の盾にモップの矛、バケツの兜にガムテープやら虫取り網やら、
 荷物くくり用のヒモとか伸縮自在のつっぱり棒などで完全武装していました。

「みんな聞いてっ! みく達はこの寮を守らなきゃいけないと思うの!」
「おぉ、フルアーマーみくにゃん……」
「なんや鎧武者みたいどすなぁ」
「外はきっとPチャン達がなんとかしてくれるにゃ。となると、みく達のやるべきことは拠点防衛!」

 もふもふもふ、かりかりかり、ふすふすふす。
 窓に殺到するうさぎさん達は、中の会話を知ってか知らずか好き放題うごうごしています。

「窓も勝手口も閉め切って、とにかくうさチャン達を一匹も入れないこと! それが大事にゃ!」
「ほー。今日のみくさんはー、常より気迫に満ち満ちているのでしてー」
「寮長だからねっ。Pチャンに任された以上、がっかりさせるわけにはいかないのにゃ!」

 そう、うちの寮長はみくちゃん。
 女子寮組では芳乃ちゃんの次に所属歴が長い彼女は、持ち前の責任感の強さから自らリーダーを買って出てくれたのです。


「けど、うさぎさんってそんなに危ないでしょうか~?」

 菜帆ちゃんがほんにゃりと疑問を呈します。
 確かに、私もそれにはちょっと同意かも。
 大きい動物じゃないし静かだし、誰かに危害を加えるほど凶暴じゃないし……。

「其は犯さざる無垢の魂、敢えて魔結界の内へと誘うもまた一興……あの、えと、一匹くらい……」

 ……蘭子ちゃんはなでなでしたくてうずうずしちゃってるし。
 その疑問はまったくもって無理からぬこと、というようにみくちゃんは大きく頷いて、
 だけど毅然とした態度で窓の外を指差しました。


「それお向かいさん見て同じことが言えるかにゃ?」


 道路を挟んだお向かいは単身者用の二階建てアパートで、その外観はリビングの窓から見ることができます。
 …………訂正。見えません。

 や、屋根から下までうさぎさんに埋め尽くされて、ただただ真っ白な塊なのです!!

「うっわ、エッッッグ…………」
「よーーーく見れば、あちこちの窓が開いたり割れてるのが見えるにゃ。隙間からは……」

 あとからあとから兎さんが入っては出たり、溢れ出てぽろぽろ転がり落ちたり。
 この調子だと、中の様子はお察しというか……か、考えるのが怖い……!

「ぴえぇえ……!?」
「もう蘭子チャンもみんなもわかったと思うの。これは、かわいいうさチャンの大行進なんてものじゃない……」

 くわっ!!
 目を見開き、みくちゃんはきっぱり断言したのです。


「うさチャン達とみく達との、ナワバリバトルなのにゃあ!!」


みく「それじゃ番号! いーち!」

芳乃「にー、でしてー」

美穂「さ、3っ!」

蘭子「Ⅳ!」

紗枝「ごぉ♪」

周子「ろくー」

菜帆「7~♪」

響子「8です!」

小梅「きゅ、きゅう……」

輝子「フヒ、10……」

みく「智絵里チャンはPチャンと一緒、イヴチャンとこずえチャンは遠くでロケだから、これでひとまず全員にゃ!」

みく「まずは手分けして窓を閉めるにゃ。鍵のかけ忘れなんてもってのほか!」

響子「場合によっては補強しなきゃいけないかもですね……!」

みく「そうにゃ! 断固抵抗の意思を持って防備を固めるのにゃあ!!」


一同「おーっ!!」


   ―― うさぎだらけの街中


 足の踏み場もないっつーか、車なんて一センチも進まないっつーか、交通機関そのものがマヒしている。
 当然街は大パニックだった。
 人と兎でごった返す中、俺と智絵里は徒歩で進み続ける。

「智絵里、大丈夫か? はぐれるから手を離さないようにな!」
「は、はい……っ」

 道々、なんとなくわかったことがまたある。

 兎はどうもリアルな生き物じゃないということだ。

 これだけもふもふだらけだと車に轢かれたり踏んづけられたりする兎も決して少なくはなく、
 必然として街並みはなかなかハードなグロ画像になる筈だが、さにあらず。
 どうも何かのダメージを受けたり、びっくりしたりを引き金に、煙のようにポンッと消えるのだ。

 あちこちで兎がポンポン消えて、それ以上のペースで増殖しての繰り返しだった。

 とにかく、対抗手段がないわけではない……一匹一匹を消してどうなるという話ではあれ。
 この件はみくやちひろさんにも連絡して共有しておこう。

「ってことです。ちひろさん、そっちの方は頼みます」
『はいはい、事務処理の方も出来ることから片付けてますよ。まったくまた人外魔境に飛び込んで……』
「好きでやってるんじゃないですよ!」


 ちなみにもしやと思い楓さんにも電話してみたが、昨日しこたま飲んだらしく二日酔いでくたばっていた。
 大天狗を飲み負かすような人間がそんな体たらくということは、昨夜は志乃さんとでも飲んでいたのか。
 今日はあの人には頼れそうにないな……。


「それで、どっちに行けばいい?」
「え……と、こっちです。多分……」
「そういえばちゃんと聞いてなかったな。発生源がわかるかもってのは、どうして?」

 智絵里は細い指で俺のスーツの袖をきゅっとつまみながら、ぽつぽつ語る。

「声が……聞こえるんです」
「声? 兎の?」
「はい。あの子達には、『親』がいるって……兎を生み出した、誰かが……。
 だから、親の話題を出してるうさぎさんを追えば、きっと居場所がわかるかなって」

 智絵里のツインテは風も無いのにゆらゆら揺れ、時折ぴくぴく何かに反応していた。
 どうもそれが人間モード時のうさみみ代わりらしい。かわいいんだかヘンテコなんだか。

「じゃあ、その親とやらが今もどんどん兎を生み続けてるのかな?」
「それは……違うと思います。いくらなんでも、こんなペースでなんて……ちょっと、おかしいです」


 と。
 俺達は、目の前で二匹の兎が見つめ合っていることに気付いた。


「あ、カップル……」
「えっオスメスなのこの二匹」
「はい。こんなとこで、何を……?」

(クンクンクンクン)
(スリスリスリ)
(ハフハフハフハフ)

「あ」
「智絵里?」
「あ、あ、あ……っ」

(♡)
(♡)

「だっ、だめですプロデューサーさん、見ちゃ……見ないでぇっ!」


((アーン♡))
 ※マイルドな表現


 詳しい描写は省く。
 元気な赤ちゃんが産まれました。

 秒で。

 マジで?


「ふえぇぇえぇええぇぇっ」

 真っ赤になってうずくまってしまう智絵里。
 それをよそに兎大増殖のからくりを知った俺は、摩訶不思議の生態に奇妙な感動すら覚えていた。

「そ、そうか! 兎は万年発情期とも呼ばれる動物! 被食者であるが故に、常に交尾可能、排卵可能……!
 更に多産ッ! オスとメスを引き合わせれば、本能に従い数が増えるは必然……!
 そこにファンタジー的なアレが合わさって、交尾即妊娠即出産即成長のお手軽繁殖を実現しているんだ!!」

「あぅぅうぅ……」
「どうした智絵里!? 大丈夫か!?」
「だ、だいじょうぶじゃないかもです……」
「何!? そりゃまずい! さあ俺に捕まって!」
「ひゃあぁ!? やや、やっぱり大丈夫ですからっ、いま触っちゃだめです!!」
「ナンデ!?」

 急に避けられ始めた!?


 というのはともかく、そりゃ増えるわなという事実がわかってしまった。
 これじゃ倍々ゲーム、いやそれ以上の馬鹿げたペースで増えるばかりだ。

 どうしたら止められるかさえも分からないが、「親」なるものが方法を知っていることを願うしかない。

「智絵里、どっちだ!?」
「ぅぅ……あ、あっち……です」

 結局智絵里はなにやら腰砕けになってしまっていて、一人では立てなかった(恥ずかしすぎたらしい)。
 仕方がないので俺がおんぶして走っている。
 びっくりするほど軽いので辛くはないが、縮こまった体は全体的にぽかぽか熱い。

 注意してみれば今まさにアレしている兎のつがいがあちこちで見受けられる。
 このままじゃ、東京中が……いや関東一円が兎に埋め尽くされてしまう。

 急がなければ……!


   ―― どこか


??「ど……どうしよう……」

??「私、そんなつもりじゃ……なかったのに……」

??「なっ、なんとか……なんとかしなきゃ……っ」


??「え、あ、わぁあ……っ!?」

 モフモフモフーーーーーーーーッ


   ―― アイドル女子寮 リビングルーム


「みんな、戸締りは済んだ!?」
「ばっちりだよ、みくちゃん!」
「暗夜の護符にて編まれし魔結界、容易く破られるものではないわ!」

 リビングはもちろん、食堂やおトイレや浴場、私達のお部屋から勝手口から屋上へ続く扉まで。
 しっかり鍵までかけて、二階建ての女子寮はこれでぴっちり門扉を閉じたはずです。

「あとはなんとかなるのを待ちましょう~」

 菜帆ちゃんと響子ちゃんがひとまずお茶を淹れてきてくれました。
 このままじっとしてれば、中は安全……なはず。


「……ふ、増え続けてる……ね」
「こ、このままだと、表面が埋め尽くされちゃう……な。菌糸みたいに……」

 重さで寮がダメになるってことは流石にないと思いますけど、あんまりうさぎさんが積もると大変かも。
 雪と同じで、一階部分が埋まっちゃったりとか……。


「ふむー」

 これまで黙っていた芳乃ちゃんが、すっと立ち上がりました。


「やはりこれは、なんとかせねばなりませぬー」
「おっ、芳乃ちゃんが本気出しちゃう? こう、喝っ! とか、ぶおおー! みたいなので一掃できたり?」

 プロデューサーさんが言うには、うさぎさんの一匹一匹は何かあったらポンッと消えちゃうそうな。
 芳乃ちゃんが法螺貝を持てば、これほど頼もしいことはありませんけど……。

「不可能ではございませぬがー。また更に増え続けるものと思いますので、焼け石に水ではないかとー」
「あらら、そうなんだ……」
「それにうさぎさん達はー、非道の一党ではありませぬゆえー。むやみに敵意を示しましては、義に悖りまするー」
「じゃ、じゃあどうするの?」

「わたくしからー、うさぎさん達にお話をしてみようかとー」

 みんなびっくりしました。
 芳乃ちゃんは単身で外に出て、うさぎさんの大群を説得しようというのです。
 ここにいるのは人と狸と狐で、うさぎさんの言葉は誰にもわかりません。

 けど、芳乃ちゃんなら会話できるかもしれないのです。


「けどなぁ、危ない橋やないどすやろか? うさぎはんが応えてくれるやもわからへんし」
「芳乃チャンに何かあるかもって方が心配にゃ!」
「し、死亡フラグ、だと思う……よ」
「プロデューサーさんの連絡を待ちましょう?」
「そうですよ~。お茶菓子でも頂いて、ゆっくりしましょう~?」
「或いはヴァルハラへの飛翔……白き無垢なる魂達は、時に汝の身を蝕むやも知れぬ」
「よ、芳乃ちゃんだけ、危ないことをさせられないし、な……フヒ」
「せやねぇ。とりあえず現状問題ないんだから、もうちょい様子見でいいんじゃない?」

「芳乃ちゃん……」

「みなさまー。ご心配くださいまして、とても嬉しいのでしてー」

 止めるみんなに一つ一つ頷き返し、芳乃ちゃんはだけど決意を翻しません。

「しかしながらー、誰かがやらねばならぬことなればー。今こそ、依田は芳乃におまかせくださいませー」

 と、いつものように微笑んで。
 玄関先のお掃除に出るみたいなノリで、止める声も聞かずに出ていくのでした。


 玄関先の様子はリビングの窓からも見ることができます。
 私達は窓にかぶりつきで見守るしかできませんでした。

 ついてきてはいけないのでしてー、と本人から固辞されたのです。

 そうだ。芳乃ちゃんはふんわりのんびりした子だけど、こうと決めたことは曲げない頑固さも秘めていて。
 だからこそ不思議と頼れる、そんな女の子なのでした。



「――みなみなさまー。どうぞ、この依田の呼びかけに耳をお傾けくださいませー」


 無数のうさぎさんを前に、彼女がついに口火を切ります。


「なにゆえ、かくも荒ぶられまするかー」

「生まれし場所こそ違えどもー、我らは同じ生きとし生けるものー」

「いま一度ー、人界との関わり、互いが幸せになる道をー、模索し合わねばなりませぬー」


「まずは対話をばー。それでこそー、共生へのもふゎぷ」モフッ


 モフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフ
 モフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフ
 モフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフ


「でーーーしーーーーーてーーーーーーーーーーーーーーー」


 モフーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ



「あああっ!? よ、芳乃ちゃんが流されちゃったーっ!!?」
「うっそ!? こゆとき一番頼りになる子が即オチ!?」
「芳乃ちゃーーーーーんっ!!!」
「ああっ蘭子ちゃんダメにゃ! 飛び出しちゃったら二の舞にゃあ!!」


 …………リビングルームはお通夜の空気でした。

「わ、私がもっと強く止めてれば……」
「芳乃ちゃん…………」
「そんな……今夜は芳乃ちゃんの大好きなきいこん(地鶏の煮しめ)にしようって……」
「フヒ、フ……む、無茶しやがって……」

 外はうさうさ祭りで、芳乃ちゃんがどこへ行ってしまったのかなんて逆立ちしたってわかりそうにありません。
 どうしてこんなことに……。

「大丈夫ですよ~」

 ――と。
 淹れ直したあつあつのお茶を差し出してくれるのは、菜帆ちゃん。

「芳乃ちゃんならぜったい無事です~。だって、あんなに頼れる子じゃありませんか~。元気に帰ってきますよ~!」
「そう……そうにゃ。芳乃チャンは大丈夫。そう信じるしかないにゃ」

 差し出されたお茶をふーふーふーふーふーふーして(猫舌らしいです)ぐいっと飲み干し、気合を入れ直すみくちゃん。

「だからこそ、みく達はここを守り通さないといけないのにゃ! 芳乃チャン達が安心して帰るためにっ!!」

 ……そうか。
 そうかも。
 少なくとも、落ち込んでばかりじゃ芳乃ちゃんの為にもならない……!


「……あれ……?」

 小梅ちゃんが小さく声を上げました。
 視線の先にはつけっぱなしのテレビ。これは陰謀いやいや誰かのミスはたまた天罰今こそ政権交代、
 と口角泡を飛ばして激論するスタジオの隅に、いつの間にかうさぎさんが一匹。

 わりと好き放題動き回ってるのに、スタジオの人達は誰も気付いてないみたい。

 固唾を呑んで見守る私達と、そのうさぎさんとで目が合いました。

 向こうは、画面を通じて「私達」を見ていたのです。

「げ……っ!?」
「あらぁ、なんやこっちを見てはるような……」

 最初に目が合ったのは周子ちゃん。
 うさぎさんは順々に私達を認識したようで、急に足をこっちへ向けました。

「こっちに来てませんか~?」
「か、カメラさんは気付いてないんでしょうか……!?」

 そして、とうとう画面いっぱいがうさぎさんの顔で埋まり――――


 ずるっ。



「ひょわぁぁぁああああーーーーっ!?」
「んに゙ゃーーーーーーーーーーっ!?」


 みくちゃんと蘭子ちゃんの絶叫が響き渡り、リビングは騒然となりました、
 なんと、画面の中からうさぎさんが飛び出してきたのです!!

「わぁぁぁ……! 貞子みたい……!!」

 そして喜ぶ小梅ちゃん。

「わぁあっ、ど、どんどん出てくるよぉ!!」
「こ、これじゃキリがないにゃあ! 撤退! 撤退ーっ!!」

 一匹出てきたらもうだめです。
 堰を切ったようにもう一匹、更に二匹、あっというまに十匹二十匹……!
 テレビから鉄砲水みたいに溢れるうさぎさんの群れをどうすることもできず、私達は大慌てでリビングの外に出ます。


 ばたんっ!!

 扉を固く閉めて、廊下に出られることだけはなんとか阻止。

「出てこられちゃかなわんわ、そこらにあるものでバリケード作ろ」
「うぅ……悔しいけど、リビングは放棄するしかないにゃあ……!」


「あ、――――あ、ああぁぁぁああぁっ!!!」

 突然でした。
 輝子ちゃんが、何かに気付いて叫び出したのです!

「輝子ちゃん!? ど、どうしたの!?」
「しめじくん! エリンギくん!! ヒラタケくん!!! みんな……みんながぁ!!」

 あ……!!
 私達は、リビングの隅がキノコ栽培場であることを思い出しました。
 そこには輝子ちゃんが日夜大事に霧吹きしていた、数々のキノコさん達が……!


 弾丸のように扉に飛びつく輝子ちゃんを、私とみくちゃんで慌てて羽交い絞めにします。

「離してくれ!! トモダチがッ!! トモダチが中にいるんだァッ!!」
「ダメにゃ輝子チャン! 今ドアを開けたら……あっ!」
「フヒーッ!!」

 小さな体のどこにそんな力があるのか、輝子ちゃんは一気に手を振りほどいて……!

「……………………あ、これゾンビ映画でよくあるやつやわ」
「さ、さすが輝子ちゃん、わかってるぅ……っ!」
「そんなこと言ってる場合じゃ、ああっ輝子ちゃん! 待っ――」


「マイフレーーーーーーーンズッッ!!!!」


 ばぁんッ!!

 扉が開け放たれ、同時に飛び出すうさぎうさぎうさぎうさぎうさぎうさぎうさぎうさぎうさぎ
 うさぎうさぎうさぎうさぎうさぎうさぎうさぎうさぎうさぎうさぎうさぎうさぎうさぎ!!!



 輝子ちゃんと小梅ちゃんの姿が消えました。

 私達は、視界を埋め尽くすうさぎさんとの直接対峙を余儀なくされます。

 ついに寮内への侵入を許し、女子寮ナワバリバトルは、地獄の第二段階へと移行するのでした……。


 ぷ、プロデューサーさん、たすけてぇ……。


   ―― うさぎだらけの街


「くそっ、全然進めない……!」

 兎の数はいよいよ増して、多い場所だと大人の身長ほどもうずたかく積み上がっていたりする。
 いっそ今からでも車を引っ張り出して、兎をぽんぽん消しながら進むか?
 いや、ダメだ。兎はそれで対処できても、それ以外のものに衝突しちまったらおしまいだ。

「智絵里、親の情報は集まってるか?」
「は、はい。でもやっぱりまだ遠そうで……いつそこに行けるのか……」

 いかんせん移動力が乏しすぎる。
 普段一駅分は歩くなどという小賢しい健康法を実践していようとも、人間には乗り物がなきゃやっぱ駄目だ。
 もたもたしていると、わけもわからず兎が増え続けていくだけだ……。


『プロデューサーちゃまーーーーーーっ!!』


 突然、拡声器で増幅された聞き覚えのある声が。
 同時に強い風と、ばたばたうるさいローターの回転音が降り注いだ。

「桃華か!?」

 見上げると、薔薇のエンブレムが施された小型ヘリが降下してくるところだった。
 そして拡声器を持って身を乗り出す、一番小さな飛行服(それでもぶかぶか)の桃華の姿が。

『ここにいらしたのですね! ちひろさんからお話は伺っておりますわ! さ、お乗りくださいまし!』

 言うなり、長い縄梯子が蜘蛛の糸のように垂らされた。
 
「助かる!」
「へ、へ、へりこぷたー……!?」
「大丈夫だ智絵里、桃華もうちのアイドルなんだ」

 おっかなびっくり続く智絵里に手を貸しながら、えっちらおっちら機内へ。
 ……いや、ていうか勢いでやったけど俺もヘリ乗るの初めて。


「驚きましたわ。朝起きたら大変なことになっていたんですもの」
「みんなそうさ。にしてもよくヘリなんて飛ばせたな?」
「緊急事態でしたので。今回の件、どう考えても只事ではありませんわ」

 ぶかぶか飛行服の姿でも、桃華はエレガントだった。
 そして操縦席には彼女が「じいや」と呼ばわる執事風の紳士が。こ、この人ヘリの操縦もできたのか……。

「うさぎさんの智絵里さんには、親の居場所がおわかりになるとのことでしたが……?」
「あ……はい。まだちょっと大雑把ですけど……」

 答えつつ、智絵里は地上を見下ろす。

 街は真っ白だった。
 もうなんか、兎で大陸が出来上がるんじゃないだろうか。
 大通りを行進している兎の大河、建物の上に積もり上がる兎の山。
 ファンタジーな存在にしても、ここまでくるとやり過ぎ感がある。

「だけど、うさぎさんの声は今も聞こえます。きっと、一番よく集まってるところ……」
「兎密度(って何だ)の一番高い場所を探すのが確実か……」

 地上を注意深く観察しながら、俺は機内にいるもう一人に声をかける。


「奏はどう思う?」


 同じく飛行服を着こなした奏は、足を組んで何やら黙考しているようだった。

「状況によるわね」
「状況?」
「その、『親』の。こうまで野放図に兎の増殖が広がっているなら、そもそも源が無事かどうかの確証もない」
「何か命に関わるような状況は勘弁願いたいところだけどな……」
「それか、親に何らかの悪意があるとか。どっちの場合も厄介だし、できる対処がまるで違う」

 そうか。親がなにやら超常的な存在か、それとも人かでも変わってくるわけだしな。
 なるほどなるほど。
 ……ところでそろそろ聞いてもいいだろうか。

「なんで奏も普通にヘリ乗ってんだっけ?」
「あら。乗ってちゃいけない?」
「いけないわけじゃないけど。いや、今俺普通にびっくりしてるんだが」
「驚くほどのことじゃないでしょう? だって私、桃華ちゃんのお友達だもの」

 そっかー。友達なら仕方ないな。

「ご協力を仰ぎましたの。奏さんは……」
「桃華ちゃん?」
「っと、失敬。忘れてくださいまし♪」

 え、なにこわい。
 俺、普通に街で奏をスカウトした筈なんだけど……。


「あっ……」

 智絵里が声を上げた。

「みなさん、あそこ……!」

 指差す先は、ピラミッド状の兎山。ちょっとしたビルくらいの全高あるんじゃないの怖っ。
 元の地形と照らし合わせるとあそこは大きな運動公園であって、何の建物もない筈だ。

 土台となる建物がないということは、兎だけであれだけ高く積もるほど集まっていることになる。

 それほどの密度となると……。

「行きましょう。執事さん、機体をあれの真上に寄せてくれる?」

 涼やかに告げる奏。
 おじさまはサムズアップで返して、華麗な操縦で目的座標ぴったりにヘリを寄せる。


「……この中心にいると思うか?」
「少なくとも、ひときわ異常な密度なのがここよね」
「おとうさん、おかあさん……って言ってます」
「皆様、参りますわよ!」

 身を乗り出す桃華は目をキラキラさせていた。


「よし、じゃあ降ろしてもらって……」
「飛び降りますの」
「は?」
「ダイビングですのっ」

 も、桃華さん?

「大丈夫ですわ。下にはあれほどうさぎさんがおりますし、ぽぽぽんっと消えてしまっても十分クッションになりましてよ!」

 やりたくてしょうがないと顔いっぱいに書いてある。
 いや、でも飛び降りるわけだろ、パラシュートとか無しで。しかも下は普通の地面。
 危ないどころの話じゃないってどう考えても。

「だけど、降りた後であれだけの兎を改めてかき分けるのは骨よ?」
「そりゃそうかもしれないけど、ファンタジーの兎をアテにして飛び降りるってのは……!」
「大丈夫です」

 断言したのは智絵里だった。
 彼女は、うごうご蠢く兎山の中心を見すえていた。
 ツインテもぴくぴく動いていた。

「たぶん、それが一番早いと思うから……うさぎさんに、受け止めてもらいます」



「えいっ」


「おおおい!!?」

 智絵里が飛び降りて。
 追いかけた俺も思わず飛び出して。

「紐なしバンジーですわ! 一度やってみたかったんですの! ――爺や、あとはよしなにっ!」
「恋に落ちるのもこういう感覚なのかしら――――」

 ふんすふんすしながら桃華が、なんか言いながら奏も宙に躍り出て。


 落ちる先には、白一色――――



 ぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽんっ!!!


 ぶつかる、もふる、消える、ふわつく。
 それを何十何百匹分も重ね、兎のもふもふクッションに落下の勢いを殺されていく。

 ……なんか、こういうのガキの頃やったことあるな。
 なんだっけあの、ボールプール?


 というとりとめもない回想はどうでもよく――
 俺達は、まるで羽毛が落ちるようなふわっと接地で地表に転がっていた。
 三角形の兎ピラミッドはその頂点から底に至るまで綺麗に穴が開いて、まるで白い井戸の底にいるようだった。


 もふぁぁぁあっ、と衝撃でピラミッドが形を崩していく。

 その中心でノビているのは、驚くほど小柄で幼い女の子だった。

 胸には、一冊のスケッチブックを大事そうに抱えていて……。



「――おーい。もしもーし。生きてるかー?」
「ん……ぅ……ぁう……」
「お、起きてくださいっ。お話を、しましょう……っ」

 何度目かの呼びかけでその子は目覚めた。
 ふんわりしたショートヘアに泣きぼくろが特徴的な、優しそうな少女。

 彼女は俺達の顔を順に見比べて、両手両足で一気に後ずさった。

「ごっごめっ、ごめんなさいっ! わた、わたしそんなつもりじゃ……っ!!」

 そうか。
 こういう反応をしたってことは、やっぱり心当たりがあるわけだな。

「落ち着いて。何も君を捕まえに来たわけじゃない」
「で、でも、でもっわたしっ、こんなこと……」

 泣きそうだ。……参ったなぁ。
 けど、わかったことがある。
 この事態の原因がこの子だとして、彼女はそれをひどく不本意に思っている。
 つまり何かの過失になるわけだが……。


「わたくし達は、あなたを助けに参ったんですの」
「大丈夫よ。誰もあなたを責めたりなんてしないわ」
「うさぎさん達のこと、知ってるんですよね? みんなで、なんとかしましょう……?」

 なだめるうちに彼女は落ち着いてきたようだった。
 スケッチブックを抱きしめたまま、こっくり、と頷く。

「それじゃ、簡単な話から聞かせてもらっていいか?」
「……はい……」
「まずは、君の名前を教えてくれるかな。俺はP、このツインテの子は緒方智絵里、金髪の子は櫻井桃華。蒼いのは速水奏っていうんだ」
「ちょっと」
「すまん他に簡単な形容が思いつかなかった」

「P……さん。ちえりさん……ももかさん……かなで、さん……」



「わたし……私は、由愛。成宮由愛…………です」

 一旦切ります。
 明日か明後日中には終わると思います。


   ―― アイドル女子寮 食堂


「…………点呼を取るにゃ。いーち」
「にぃ……」
「さ、さん……」
「よぉん」
「ごー」
「ろくです~」
「なな、です……」


「みく、美穂チャン、蘭子チャン、紗枝チャン、周子チャン、菜帆チャン、響子チャン……」
「まさか三人も犠牲が出るなんてね……」
「ま……まだにゃ。芳乃チャンも輝子チャンも小梅チャンも無事の筈にゃ……!」

 私達はうさぎさんを締め出し、なんとか食堂に立てこもることに成功しました。
 もう窓全部がうさぎさんで塞がれていて、外の様子は全然わかりません。
 ガムテープを貼ったり家具を積み上げたりしてバリケードにしたから、夜のように電気をつけないと真っ暗なのでした。

 生き残った七人ともが、疲労困憊の体を休めています。

「ま、でも食堂に入れたのは不幸中の幸いやったね。食糧はあるわけだし……」

 周子ちゃんの言う通り。食堂はダイニングキッチンの形になってるから、冷蔵庫もあります。
 長期戦になるとしても、ひとまずお腹が空くということは避けられる筈です……っ。


「…………ん、ぅ。…………んゅ……」

 ところで、さっきから蘭子ちゃんがそわそわしてるような……?
 食卓の椅子に座ったまま、ふとももをすりすり擦り合わせて……。


「……蘭子ちゃん、どうしたの?」

 小声で呼びかけると、蘭子ちゃんは何故か顔を赤くしました。
 ぽしょぽしょ耳打ちするに曰く――

「お、おしっこがしたい!?」
「ふぁあっ、こ、声……!」
「あ、ごめん……!!」

 慌てて口を塞いだ時にはもう手遅れでした。
 食堂にいるみんなが、蘭子ちゃんが今直面している緊急事態を知ってしまったのです。


 ……いずれ必ず向き合うべき事でした。誰しも時間の問題だったのです。
 考えてみれば蘭子ちゃんは、リビングで出されたお茶を繰り返しおかわりしていたように思います。
 気を落ち着かせる為か、何杯も……。


「わ……私のせいでしょうか~。私がお茶を出したばっかりに~……」
「蘭子はんも菜帆はんも悪ぅありまへん。入れたもんが出ていくいうんは自然の仕組みどす」
「けど、トイレ行くには一回廊下に出なきゃだし……」
「蘭子チャン、我慢できそうにないにゃ……?」

 蘭子ちゃんは迷って、迷って迷って、こくん……と頷きます。

「は、方舟がアララトの頂に座し、遍く地表を裁きの洪水が……」

 だ、だめっぽい……!
 うんうん考え込んでいた響子ちゃんが思い立ってキッチンまで走り、

「そ、そうだ! このペットボト」
「それだけはいやぁっ!!!」

 蘭子ちゃんはもう半泣きでした。


「……わかった。おトイレに行こう、蘭子ちゃん……!」
「美穂チャン!?」

 立ち上がる私を、みくちゃんが唖然と見上げます。

「わかってるにゃ!? 今や廊下までうさチャンの群れ……! ここから出るだけでも危険なの!」
「大丈夫。おトイレのドアもちゃんと閉めてたし、今うさぎさんがいるのは廊下までだよ」

 ここからおトイレまではそう遠くない。
 ぱっと出てさっと移動すれば、危険なのは廊下間の移動のみ……!

「私も行きます~。蘭子ちゃんのおしっこ問題には、私の責任もありますから~!」

 ここで、チームは二つに分かれました。
 おトイレ突撃隊が私、蘭子ちゃん、菜帆ちゃん。
 食堂防衛隊がみくちゃん、周子ちゃん、紗枝ちゃん、響子ちゃん。

 私達が飛び出るのと同時に扉を閉め、防衛隊はうさぎさんの侵入を防いで私達を待つ。
 突撃隊はそのままおトイレに飛び込んで、用を足して素早く戻る。


「それじゃあ、開けるね……」
「うん。響子ちゃん、お願い……!」
「グッドラックにゃ、三人とも……!」


 もふもふもふもふもふもふもふもふもふ!!

 廊下を大河のように流れるうさぎさんの洪水。
 トイレは食堂から徒歩10秒もない距離ですが、今はそれがとても遠く感じられます。

「いきますよ~!」

 先頭を菜帆ちゃん、真ん中は蘭子ちゃん、しんがりを私。

「あたし達はここで待ってるからー!」
「食堂はきっちり守りますえ~」

 周子ちゃんと紗枝ちゃんの応援を最後に、食堂のドアが閉まりました。
 あとは熊本トリオが頑張るのみ……!
 私だって、お尻の守りは固いんですから!


 殺到するうさぎさんを菜帆ちゃんのぷにぷにボディで弾き(強い……!)、
 追ってくるうさぎさんは私のたぬ尻尾でぺしぺし弾いて、
 なんとかトイレに辿り着くことができました。

「美穂ちゃん、ドアを~!」
「任せてっ!」

 うさぎさんの侵入を阻止し、廊下へ繋がるドアを閉じます。
 ……中は静かでした。
 女子寮の共用トイレには、天井まである仕切りで区切られた個室が四つ。
 造りが新しいのと、響子ちゃんが毎日丹念にお掃除してくれているのもあってピカピカです。

「大丈夫そうだよ蘭子ちゃん。私達はここで待ってるから」
「慌てないで、ゆっくり済ませていいですよ~」

 四つ並んだ個室を前に、蘭子ちゃんは立ち尽くしていました。

 …………?

 どうしたんだろう。
 声をかけようとした時、蘭子ちゃんは「ぎ、ぎ、ぎ」と音がしそうな動きで振り返り、
 震える指で床のある一点を差していました。



「――は、排水溝からぁ……」


 !?

 もぞもぞもぞっと、トイレの排水溝からHey Hello……!!
 蓋をかぽんっと外し、白くて長い耳、つぶらなお目め、ふかふかの体が順に出てきて……!

「ら! 蘭子ちゃん、こっちに――――!!」

 溢れ出たうさぎさんの先頭の一匹が、蘭子ちゃんの足にしがみつきました。


「あうう~~っ!」
「ら、蘭子ちゃん! 今助けてあげるからねっ!」
「引っ張りますよ~! よいしょっ! よいしょ~っ!」

 蘭子ちゃんの下半身がたちまちうさぎさんに覆い尽くされてしまいました。
 すがるように伸ばされた手を掴み、私と菜帆ちゃんでなんとか引っ張り出そうと頑張ります。

 言うなれば、狸と兎の綱引き合戦……!

「力を入れて! 大丈夫だよ蘭子ちゃん!」
「一緒にみんなのもとに帰りましょう~!」
「ぅあっ、あああの、ちっ力がっ力を入れるとっ」

 私達は、うんせ、こらせと引っ張って。
 うさぎさんは、うごうごもふもふと蘭子ちゃんにまとわりついて。
 渦中の蘭子ちゃんはなすすべもなく。


「だ、だ、だ、だ、だ、だめ、だめです、だめですから」
「そんなことない! ふんばって、蘭子ちゃん!」
「絶対に見捨てたりなんてしませんよ~っ!」

「そそそそうじゃなくて、わたっわたし、まだおしっ」





「あ」



 ぷつんっ、と。
 蘭子ちゃんの中で、何かが切れて。

「あっ、あぁっ、あぁあっ……あぁあぁぁぁ~っ…………♡」

 その時の彼女の顔を、私はきっと忘れないでしょう。
 解放感と罪悪感。羞恥と快感。あたたかさと背筋の寒気。理性と幼さ。愛しさと切なさと心強さ。

 そうした全部がない交ぜになった、泣き笑いみたいな表情……。

 繋いだままの手が、ぴくっ、ぴくんと小さく痙攣し、やがてくてっと脱力しました。
 真っ赤な頬に涙を流す蘭子ちゃんを見て、私達が何が起こったか遅まきながら理解するのでした。


「だ」

 菜帆ちゃんが口火を切ります。

「大丈夫です~! それはお茶です! 蘭子ちゃんはお茶をこぼしただけなんです~!!」
「そ、そうだよ! お茶だからあったかいんだよ! あったかいから大丈夫だよ!!(?)」

 フォローが一周回ってわけわからないことになってるのは百も承知。
 だけど今、とにかく今この場を切り抜けないと、なんにもなりませんから……!

「諦めちゃ駄目! がんばって、蘭子ちゃ――」
「ひとのうんめいとはざんこくなものです」
「蘭子ちゃん!!?」

 賢者みたいな顔になってる!!?


「じんせいにはあらがいがたきしれんがあります」

「そしてときには、ひざをおることもあるでしょう」

「ら、ら、蘭子ちゃん!? 何言っちゃってるのどうしちゃったの!?」
「し、しっかりしてください~!」

「わたしはもうだめです」

「駄目じゃない! 駄目なんかじゃないよぉ!!」

「ありがとう、やさしきともよ……」


「あなたたちだけでも、いきて……」

 蘭子ちゃんは菩薩のような顔でそう告げて。
 私達の手を、振りほどくのでした。


「「蘭子ちゃーーーーーー~~~~~~~~んっ!!!!」」

 白い雲にうごうご呑み込まれていく蘭子ちゃん。
 蘭子ちゃんを徹底的にもふり倒したうさぎさんは、間もなく私達にも来るでしょう。

 逃げなきゃいけないのに……。
 私達はその場に立ち尽くしたまま、身動きも取れませんでした。

 その時、にわかに廊下が騒がしくなって――

「――いた! 美穂ちゃん、菜帆ちゃ……蘭子ちゃんは!?」

 飛び込んできた周子ちゃんは、トイレの惨状を見て全てを察しました。

「あかんかったか……!」
「周子ちゃん!? 食堂にいたんじゃ……!?」
「食堂も陥落してもうた! 残ったみんなで二階行くよ!」


「そんな~……! でも、ちゃんとドアを閉めてたんじゃ~……!?」
「冷蔵庫ん中にみつしり詰まってた!!」
「こわい!!?」

 廊下に飛び出ると、みくちゃんと紗枝ちゃんと響子ちゃんもこっちに来ていました。
 ああ、蘭子ちゃん! 骨を拾うこともできないないんて……!

 迫りくるは天井まで埋め尽くさんばかりのうさぎさん。

 私達は合流して、廊下の果ての階段を目指すしかありませんでした。


  ―― うさぎだらけの街中


「魔法のノート?」


 由愛ちゃんはうつむきがちに頷いた。
 なんでも、彼女が今持っているスケッチブックは「魔法のノート」。

「どこでそれを手に入れたんですの?」
「わ……わかりません。いつものお店で買ったから……」

 最初の一ページに、「これは魔法のノートです」という旨の説明文が書かれていたらしい。
 絵に描いたものが現実世界になる――と。

 ちょっとにわかには信じがたいトンデモアイテムだ。
 ……いや、信じるしかないか。


「ちょっと見せてくれるかしら」

 ノートは買ったばかりといった感じで、最初のページ以外はまっさらなままだった。
 由愛ちゃんが指さすのは、白いページの隅っこ。

 そこには何も描かれておらず……いや。

「鉛筆の跡がある……」
「……私、魔法のノートだなんて信じてなくて。ちょっとした、試し描きのつもりで……」

 なぞってみると、なるほど確かに小さなうさぎの絵図のようだ。
 デフォルメ調のが二匹。けどそれは跡を残すばかりで、影も形もない。

 出て行った後、というわけだ。

「一匹だけだとかわいそうだから、お嫁さんも……」
「なるほど。こいつらがアダムとイヴってわけか……」

 その結果がこれだとすれば、彼女の優しさが仇になっちまった。


「今さらだけど荒唐無稽ね。絵に描いたものが現実になるなんて……」
「ありえない話じゃない。世の中には、未来の日付の日記にテキトーなこと書いたら実現しちゃうなんて事例もあるとかないとかだしな」
「まあ、そのようなことがあったんですの?」
「ああ。えんぴつの天ぷら食ったりとか、空から豚が降ってくるとか……」

 智絵里はスケッチブックと由愛ちゃんを見比べながら、

「それじゃあ……由愛ちゃんが、みんなの親なんですね」
「は、はい……たぶん、そうなります……」

 由愛ちゃんは泣きそうだった。
 当然だ。軽い気持ちでやったことが、こんな大事件になると誰が思うだろう。

「わ、私……どうしたら……。ママぁ……」


 彼女には罪もない代わりに、事態を収束する力も手段も無い。
 さてどうしたものか……。

「由愛ちゃん」

 と、奏が由愛ちゃんと目線の高さを合わせる。

「魔法のノート、少しだけ貸してくれる?」


「奏?」
「魔法のノートは、一度発動したらもう二度と使えないものなの?」

 すん、と鼻をすすって、由愛ちゃんは首を小さく横に振った。

「二度と……じゃなくて、その。……一人に一回、って書いてました。だから、私はもう……」
「それじゃあ、私が何か描いたらそれも現実になるのよね?」
「おい奏、一体何を……」

 奏はこちらにウインクして、由愛ちゃんからスケッチブックと色鉛筆を借り受けた。
 そうして、サインでもするかのようにさらさらっと筆を走らせる。

「ひとまず繁殖はしないように、一匹ということでいいわね」
「何をお描きになっていますの?」

「繁殖が止まらない種に対して、必要なのは天敵。そうでしょう?」


 その時、ノートがにわかに光りはじめた。

「あ……っ!」

 目を丸くする由愛ちゃん。
 兎が出てきた時と同じだ、と表情が物語っている。

「……おい、まさか」

「考えてる通りだと思うわ。兎の天敵は――――」


 ノートが翻り、「何か」が飛び出た。

 それは、本来陸(ここ)にいる筈のないモノ。

 ギザギザの肌、小舟に勝る巨体、鋭いヒレ、ノコギリ状の見るもおぞましい歯――


「サメよ」


 空に向かい、巨大なサメが兎に牙を剥いた。


 サメだ!
 サメ!?
 サメが来た!!
 サメに皮を剥がれるぞ!!

 兎の恐慌はたちまち群れに伝播する。
 最初に遭遇した一群がまさに脱兎の勢いで逃げ、白い海にパニックの波紋が広がっていった。

「きゅう」
「智絵里ーっ!?」

 見るなり智絵里も気絶した。

 サメはといえばやる気十分、親の仇のように兎を追い回して噛むわ潰すわ引きずり回すわ。
 ぽんぽんぽんっと消えまくる兎の只中で無双ゲーのような大立ち回りを演じている。

 そんな様子を見守りながら、奏は満足げに頷いた。

「兎の天敵はサメ。古事記にもそう書いてあるわ」
「またそんな…………ほんとだ!!」

 ちなみに諸説ある。ワニ説とか、はたまたワニザメ説、いやいやシュモクザメ説とか。
 まあでもここはサメで正解だろう。
 古くからの因縁に根差す本能的な敵愾心と恐怖が、たとえ絵図であろうとちっぽけなウサギ達にはてきめんに効いたのだ。


「………………ところでサメって飛ぶっけ?」
「? 飛ぶでしょ?」

 飛ぶか。そっか。
 まあうん飛ぶんだろう。
 俺よりサメに詳しいっぽい奏が言うんだから間違いない。


「ふぁぁぁあ……」

 由愛ちゃんが呆然とする通り、兎が消えていくペースは目を瞠るものがあった。
 実際にサメが手を下すよりも、その存在によるパニックの効力が爆弾のように強力なのだ。
 増えるペースよりずっと早い。天敵パワー恐るべし……。



「とにかく、これで兎は一掃できるってことでいいのかな」
「そう思うわ。流石よね、サメ」
「あとは頃合いを見て、あのサメの方をどう処理するかだが……」
「ええ…………」

 奏はぺろりと舌を出した。


「……それが問題なのよね」
「まさかのノープラン!!!」


  ―― アイドル女子寮 廊下

 モフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフ
 モフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフ
 モフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフ


「GOGOGOにゃ! 足を止めたらおしまいにゃあーっ!!」

 迫るうさぎさんの壁から必死に逃げる私達。
 目指すは二階です。

 ……でも、二階に逃げて、その後は?
 相手はテレビや排水溝や冷蔵庫からさえ現れる不思議なうさぎさん。
 たとえどこに立てこもろうとも、かならずどこかから突破されちゃうんじゃ……。

 そして、ついにはお向かいさんのアパートみたいになっちゃうんじゃあ……?

「美穂チャン、諦めちゃダメにゃ」

 私の心を読んだように、みくちゃんが励ましてくれます。

「たとえ何が起ころうとも、できる限りの抵抗をするのにゃ。
 だってみく達は、こんなとこでうさチャンに埋もれるわけにはいかないもん……!」
「みくちゃん……」
「最後の瞬間まで、自分を曲げないのにゃ!!」


「お!? ねえ、あれって……!」

 周子ちゃんが、階段を上った踊り場の窓を指差します。
 まだうさぎさんに埋もれていないそこに、大きな影が差していました。


「みなさぁん!! 遅くなってごめんなさい~っ!!」

 窓が開いて、見慣れた顔と聞き慣れた声が。

「イヴちゃん!? それにブリッツェンちゃん!」
「ブモッ!」
「はやくのってー……のれー……」
「こずえちゃんも!」

 遠くでロケをしていた残り二人が、ブリッツェンちゃんのソリで助けに来てくれたのです!


「テレビを見てたら大変なことになってて~! とにかく話は後です、乗ってください~!」
「いよっしゃイヴちゃんナイス! あたし今年一年いい子にするわ!」


 階段を一気に駆け上がって、窓からソリに飛び乗ります。
 最初に周子ちゃん、続いて菜帆ちゃん、それから紗枝ちゃん、次に私。

「あ……っ!?」

 その時、私の足がうさぎさんに絡め取られました。
 あと一歩というところで姿勢を崩し、そのまま倒れそうに――


「ふしゃっ!」
「えいっ!」

 みくちゃんが猫ぱんちで、響子ちゃんがホウキで、うさぎさんをホームランします。
 跳ね飛ばされたうさぎさんはポンッと消えて、私は解放されました。

「みくちゃん、響子ちゃん!」
「早く乗るにゃあ!」
「まだ次が来ますよっ!」

 うさぎさんの侵攻は止まりません。私はお礼もそこそこにソリに飛び乗って、二人に手を差し伸べようとしました。


 ところが二人は、その場に留まって動こうとしません。


「二人とも、早く! もう間に合わないよぉ!」

 混乱する私を振り返って、みくちゃんは不敵に笑いました。

「みく達は、ここでうさチャンを食い止めるにゃ」
「!?」

 うぞうぞもふもふわらわらふかふか押し寄せるうさぎさんの群れ。
 周子ちゃんが身を乗り出して叫びます。

「なに言ってんのさ、勝てっこないやん!」
「大丈夫です。それに誰かが寮に残って、呑まれちゃった子の介抱をしなきゃ……」

 響子ちゃんも、いつもの朗らかな笑顔で返しました。

「みんなはプロデューサーさんにこのことを伝えてください。
 私は、私達の大事なお家にいたずらしたうさぎさんにお仕置きしちゃいますからっ」
「そっちは脱出が最優先にゃ。みくも、寮長としての最後の務めを果たすのにゃ!」


「時間がありません~……! 上昇します~!」

 やむなく窓を離れるソリ。
 ブリッツェンちゃんは二人に向かい、敬礼を捧げていました。



「ま、待ってイヴちゃん! もうちょっとだけ待って! まだ二人が……っ!!」

 差し伸べた手は空を切ります。
 響子ちゃんはホウキを構えたまま、どこまでもいつも通りの、私達を送り出す時の笑顔で叫びました。


「いってらっしゃい! おいしいごはんを作って、待ってますねっ!」

「ふしゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」


 みくちゃんの気合十分の威嚇を最後に、二人の声は聞こえなくなり。
 真っ白になった女子寮から離れ、ソリはぐんぐん上昇していくのでした。


  ―― うさぎとサメが乱舞する街


 さしずめ『ウサギレギオンvsフライングシャーク ~激突! 現代に蘇りし神話の因縁~』
 といったところか。

 ……って言ってる場合じゃなくて。

「まずいな。今は兎にかかりきりだが、人間を襲わないなんて保証はどこにもないぞ。サメだし」
「プロデューサーさん、ぱぱっとマーティン・ブロディを描くわけにはいかない?」
「できるかそんな芸当!」

 ぽんぽん消えていく兎と、片っ端から兎を追い立てるサメ。
 ある種を減らすためにその天敵を導入する作戦は失敗例も少なくない。
 ハブに対するマングース然り、アフリカマイマイに対するヤマヒタチオビ然り……。

 結局のところ、その天敵種への確固たる対策が無いと、驚異の対象が入れ替わるだけになってしまうのだ。

 狡兎死して走狗烹らる……とは言うが、
 兎が消えた後にサメ(しかも飛ぶ)を煮て食えるような奴が、果たしてどこにいるのかという話で……。


「あら……あら? 智絵里さん? どこに行ってしまいましたの?」


 戸惑う桃華の声に我に返る。
 
 見れば、そこに寝かされていた智絵里の姿が無い。
 奏も由愛ちゃんも知らないと言う。まさかパニックになってどっかに逃げちまったのか……!?


「さ、サメさんっ!」


 意を決したような叫びは、智絵里のものだった。
 なんと、荒ぶるサメの真ん前に立っているではないか。


 当たり前だがフラフラだった。
 足も生まれたての小鹿のように震えていた。

「智絵里! 戻ってこい! お前も攻撃対象なんだぞ!!」
「だ……大丈夫、です。やってみます」


「先祖代々伝わる、あの技を……!!」


 サメが劇的な反応を見せた。智絵里が最も格上の兎だと認識したのだろう。
 タンカーの船底のような鼻先をそちらに向け、ぐわっと突撃を仕掛けた!

「智絵っ……!!」


「えいっ!」


 智絵里が、ぴょんと軽やかに跳んで。
 サメの背中に、しゅとっと乗っかった。


「なぁ……!?」

 顎が外れるようだった。
 智絵里はサメの背中にぴったり取り付き、ヒレを掴んで右へ左へ。

 するとサメはその動きにつられて、まるで智絵里の意のままに進路を変える。
 操縦は見事の一語に尽きた。
 的確に人のいない方へと誘導し、兎を追い立て、ぽぽぽんっと消していく……。

 まるで、風という波を乗りこなすサーファーのように……!

「やるわね、智絵里ちゃん……」


「う、うさぎにとって、サメさんは天敵だけど……でも、サメさんに乗るのも得意なんですっ!」


  ―― 上空


「――みくちゃん、響子ちゃん、どうか無事でいて……!」
「まずはプロデューサーはんに合流しまひょ。あちらがどないなっとるかも気になります」

 空中を走るブリッツェンちゃんのソリ。
 地表は真っ白でしたが……なんだかそこに変化が見られます。

「うさぎさんの数が、減ってるような~……?」
「…………さめー」

 こずえちゃんが遠くを見てぼそりと呟きました。
 確かに、ある地点を中心として、うさぎさんが次々と消えているように思えます。 
 遠すぎて向こうに何があるのかはわからないんですが……。

「――よしっ、やっと繋がった! プロデューサーさん!?」

 混線している電波を抜けて、ようやくプロデューサーさんと周子ちゃんの通話が繋がったみたい。
 周子ちゃんは手早くこっちの状況を伝えて、あちらの現状も聞き取っています。
 私達はうさぎさんが消えていく理由が知りたくて、目を凝らして向こうを見すえます。

「なんや、きりがあらへんなぁ。美穂ちゃん、ちぃと頼みますえ~」

 ポンッ!

 と、紗枝ちゃんが双眼鏡に化けました。
 私がそれを受け取って、うさぎさんがほとんどいなくなっている遠くの景色をのぞき込みました。

 おっきな公園?

 何かが暴れてるような……。



「うん……うん。え? 今、公園? 原因が見つかったの!? で、今は……!?」
「………………智絵里ちゃんがサメさんでサーフィンしてる」

「………………ゴメンもっかい言って?」


「智絵里ちゃんがサメさんでサーフィンしてるの!!」
『智絵里がサメでサーフィンしてるんだって!!』




 智絵里ちゃん on サメが上空に踊り上がりました。

 なんだか……うまくは言えないし、さっぱりわけがわからないのですが。


 とっても、華麗でした。



 その後、空飛ぶサメは街中を駆け巡りました。
 うさぎさんの恐怖の象徴として、一匹残らず消し去ってしまうために。

 街中を席捲したうさうさ祭りは、起こった時と同じ唐突さで収束し……。

 辺りからうさぎさんが一匹もいなくなるまで、そう時間はかかりませんでした。


 そして突然現れた空飛ぶサメは、最後に残ったうさぎである智絵里ちゃんに牙を剥き。
 だけど華麗に乗りこなされているため攻撃もできず、暴れに暴れて最終的に――


「あら♪」


 路上に出たその人を前に、ぴたっと動きを止めます。

「かわいいサメさんですね~。智絵里ちゃんのお友達ですか?」
「茄子さんっ」

 茄子さんを前にサメは身動きも取りませんでした。
 ついさっきまでの凶暴性はどこへやら、まるで飼い主を前にした忠犬のように……。

 茄子さんはサメのざらざらした肌を優しく一撫でし、プロデューサーさんに電話をかけます。

「あ、プロデューサーですか? この子、私が飼ってあげてもいいでしょうか~」
『ええもう是非よろしくお願いします可愛がってやってくださいマジで』


 かくして、うさぎさん達はどこか遠くへ、サメは茄子さんのお家へと去っていき。
 都内で勃発したうさぎさんパニックは、終結するのでした。



芳乃「ほー…………」

芳乃「つわものどもが、夢のあとー…………」


輝子「フヒ……フヒフ……い、生きてる……トモダチも……」

小梅「ふぇへへぇ……映画化、してほしいなぁ……」


蘭子「……すーすーするぅ……」


みく「か……勝った? みくたちは、勝ったのにゃ……?」

響子「……ごはん、そうだ、今夜のごはんを作らなくちゃ……っ」


  ―― 事務所


由愛「ほ……本当に、ごめんなさい……っ」

P「いや、君が謝るようなことなんか無いよ。俺達だけじゃなく、誰にでも」

由愛「でも……でも私、色んな人に迷惑を……」

P「悪いとしたらあのよくわからんノートだ。……ところで桃華、本当にいいのか?」

桃華「ええ。件のノートは、うちが責任をもって預からせて頂きますわ」

桃華「由愛さんの手にあれが渡ったのはただの偶然だと思いますが……」

奏「一応、出処を追跡させてみた方がよさそうね」

P「…………ちなみにその追跡ってどこがやんの?」

桃華「財団ですわよ?」

P「何の!?」


由愛「…………」ショボン

P「……やっぱり、どうしても申し訳ない気持ちがある?」

由愛「…………」コクン

P(それもそうか。責任感が強い、優しい子みたいだ)

P(誰が許しても許さなくても、自分で気が済まないんだろう……)

P「じゃあこうしよう。楽しいことをたくさんするんだ」

由愛「え……」

P「私がやりましたすみません、とも言えないだろ? きっとみんな信じないし、証明もできない」

P「だからその代わりに行動で返そう。大変な思いをさせてしまった分だけ、みんなを楽しくするんだ」

P「たとえば、君は絵が好きなんだろ?」

由愛「はい。ママが……いろんな習い事をさせてくれて。続いたのは、これだけで……」

由愛「で、でも私、誰かに絵を見せるなんて……」

P「まあそれは追々でいいよ。かわいい絵や素敵な絵をたくさん描いたり、誰かに親切にしたりしてさ」

P「そうやって人を楽しくしたり、幸せにしたりして、それで少しずつ返していくんだ」

由愛「少しずつ……幸せに……」

P「そう。だから、まずは本人が幸せな気持ちにならなきゃな」


P「念を押すけど、この件で君が負うべき責は何も無い」

P「とにかく、人を幸せにする手段はたくさんある。あんまり気負わないで、のんびりやってこうな」

P「あ、気が向いたらいつか俺にも絵見せてね」

由愛「はい……あ、あの」

由愛「ありがとう、ございました……っ」


    パタン


奏「行ったわね。……てっきりスカウトするかと思ったけど」

P「それだと弱味に付け込んだみたいになっちゃうだろ。大事なのは本人の納得だ」

奏「あら、つれないのね。私も口説き落としたくせに」

P「だからお前な」

P「……まあとにかく、そっちもお疲れさん。色々助かったよ。一時はどうなることかと思ったけど」

奏「街がうさぎに包まれてたらお仕事もできないもの。それに私もそこそこ楽しかったわ」

P「だろうな。――智絵里も、」


智絵里「さめこわいさめこわいさめこわいさめこわいさめこわいさめこわいさめこわいさめこわい」


P「めっちゃ震えとる!?」

桃華「恐怖のぶり返しですの!?」


P「どうどう智絵里! よしよし! サメももういないから! お前のおかげだ!」

智絵里「さめこわいさめこわ……あっ、プロデューサーさん……」

P「智絵里がいないとどうにもならなかったよ。本当にありがとうな」ナデナデ

智絵里「あぅ……♡」モフモフ

P「そうだ、そろそろ他のみんなも事務所に着くころ……」

  ガチャ

蘭子「うさぎこわいうさぎこわいうさぎこわいうさぎこわいうさぎこわいうさぎこわい」

美穂「蘭子ちゃんっ! し、しっかりしてぇ!」

P「トラウマになっとるーッ!?」


  ―― 後日 事務所


みく「にゅあぁ~……もううさチャンはこりごりにゃあ……」グデーン

P「智絵里が気にするから、それあの子の前では言ってくれるなよ」

みく「智絵里チャンはいいの。けど、それ以外のうさチャンは正直しばらく見たくないにゃ……」

P「聞いたぞ。ナワバリバトル凄かったそうじゃないか」

みく「そーうーにゃーのー聞いてよPチャン! あの時の大変さったら……って何見てるの?」

P「次のオーディションに来る子の履歴書」

みく「うちに来てくれる子いるかな?」

P「まあ結果次第だな。どの部署に配属されるかも未知数だし………………お?」


 『成宮 由愛』


P「……ははっ」

みく「Pチャン? どうしたの不気味な笑い声出して」

P「不気味は余計だろ不気味は! 尻尾の付け根トントンしてやろうかテメー!?」

みく「お!? やるにゃ!? 第四十八回キャットファイト!」

P「ちょえーッ!」

みく「ふしゃーっ!!」



~オワリ~

 以上となります。お付き合いありがとうございました。
 依頼出しておきます。

 元ネタはセラニポージの楽曲『ラビットパニック』です。↓
https://www.youtube.com/watch?v=sI1WSL1akYs

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