高垣楓「Thnks Fr Th Mmrs」 (12)


いつもと違うことはプロデューサーの元気が心なしか少ないことだけだった。

そんな彼を見て私は飲みに誘った。自分が飲みたかったという下心もあったが純粋に彼が弱みを見せていることが珍しいと思ったからだ。

なにかあったときはお酒が一番。古来から伝わる解決法に私もまたお世話になるだけである。

馴染みの居酒屋は特に洒落てなくて、ワインよりビールとサワーが似合う店だった。

私が思うに居酒屋とは不思議な空間である。あんなにも近いのに誰も自分達以外のことを気にしない。簡潔に述べるなら完結した世界。

現に誰も私のことをアイドル扱いしなかった。それがこの店を好む一番の理由でもあった。

かたちだけの乾杯もそこそこに私達の飲み会は始まった。

話すことはと言えば、もっぱら仕事のことばかり。お互いの共通点ですし、彼は仕事人間ですしね。

概ね和やかに夜は更けていった。一つ気になることがあるとするならば彼のお酒のペースがいつもより心なしか早いような……。



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「だから俺は思うわけですよ」


彼はカラカラと笑いながら、唐突に脈絡も無く話を始めた。


「高垣さん、俺と付き合いましょうよ」


……ん?この酔っ払いはなにを言っているのだろうか。今飲んでいたのがビールで助かった。ワイングラスだったらそのまま手を滑らせてしまいそうだったから。

頭を楽しげに、左右に振っている。そもそもこの人はお酒に飲まれる人ではないはずだけれど。


「そもそもあなたはずっと付き合っている人がいましたよね」「別れました」

「昨日別れました」



一瞬だけ沈痛な面持ちを見せた彼だが、またカラカラと笑い出した。


「それで昨日言われたんですよ。あなたは仕事ばっかりで私のことを考えてくれない。私と仕事どっちが大事なのって」

「それでなんて答えたんですか」

「君を守るために仕事が大事だって」


頭が痛くなってきた。


「プロデューサーは女心ってものがわからないんですか」


彼は心底心外だ言わんばかりに大きく手を広げた。


「一番多感な時期である思春期の女の子をたくさんプロデュースしている俺が、女心をわからないなんてありえないだろ」



「でも彼女らの好意に気がついてないですよね」


なぜかこのプロデューサーという人はもてるのだ。

私自身、親愛の念を抱いているけれど、それとは全く異質な恋慕の情を抱く人も少なくない。


「俺はそこまで鈍い人間じゃないですよ」

「えっ、でも」

「業務に支障が出ないように立ち回ってるだけです。アイドルに恋愛は厳禁ですよ」


ひどい話だ。思わずため息が出てしまう。



「ため息をすると幸せが逃げてしまいますよ」

「誰のせいですか。いつか刺されますよ」

「昨日既に包丁を持ち出されましたよ」


今日のこの人は無敵なのではないだろうか。飲みに誘ったことを今になって後悔し始めた。


「話し戻しますけどそれじゃ何で私に付き合おうなんて言ったんですか」

「彼女から、いや、元彼女からそんなに仕事が大事ならアイドルと付き合えばいいじゃないって言われまして。それだ、と」

「どれですか」


カラカラとまた笑ってる。こんなプロデューサーはじめて見た。

酔っ払いの相手ってこんなにめんどくさいものなのか。私も自重しなければ。心の中で小さく誓いを立てよう。

はぁ、ビールってこんなに苦いもんだっけ。


「……はは、今日は楽しいな」

「そうですね、楽しそうですもんね」

「こんなに楽しい日はもっとお酒飲みましょう」

「もうそろそろやめたほうが……」


そこまで言いかけてふと気がつく。彼が小刻みに震えてる。よく見ると笑顔も引きずっている。声も上擦っている。

そっか、そうにちがいない。長年連れ添った人と別れたんだ、平気なはずがない。


……なんてことはない。彼は強がっているのだ。自分を強く律している。多分そうしないと何かが崩れてしまうのだろう。

それでも、今日だけは。私だけには。


「虚勢を張るのは今日だけはよせい」

「それは強制ですか?」

「はい、私に甘えていいですよ」

「いい女ですね。惚れちゃいそうですよ」

「アイドルに恋愛は厳禁なので」


二人で顔を見合わせてカラカラと笑う。



彼はそれからゆっくりと、ポツリポツリと零してくれた。

仕事が忙しくてすでに絶縁状態にあったこと。

いつか別れるときが来ると察していたこと。

実際にそのときが来ると思った以上に辛かったこと。


「覚悟はしていたんですけどね。いやはや、失ってから始めて気がつくことってあるものですね」

「復縁したいとは考えたりしますか」

「いいや、思いません。別れ話もこじれにこじれましたしね」

「包丁が出てくるほどですもんね」

「あれ見るとパニックにはならないもんですね。すっごく冷静になりますよ」


彼はそれから包丁の件は持ちネタになると付け加えた。実に強かな人だ。






彼はグラスの底に残ったビールを一気に飲み干した。それがおしまいの合図だった。

時計を確認するともういい時間を差している。


「今日はお開きにしましょうか」

「ええ、急に誘ってすみませんでした」

「いいえ、俺も色々ありがとうございました」


彼はそう言うとカラカラと笑った。どうやら殻はやぶれたらしい。空威張りなんてそこにはなかった。

以上で短いけど終わりです。

タイトルは「Fall Out Boy」の曲からです。

あの猿使ったMVすき

Fall out boyに謝れ

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