【ガルパン】まほチョビの土日。 (231)
※今更ながら、まほチョビ同棲ものです。キャラ崩壊注意。
※まほチョビ嫌いな方はごめんなさい
※お気に召さない表現があるかも知れません。むしろあると思いますが、ご容赦ください。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1514976397
※まとめサイト様へ。まほチョビは荒れるそうなので、もし載せて頂けるのならばこのあとの【オープニング】だけに留めて頂くか、然もなくば、まとめそのもののご遠慮をお願いいたします。
【オープニング】
アラームが鳴った。
もう、時間だ。
「時間だなあ」
名残惜しそうに彼女が言う。
済まない、としか言えなかった。
「何言ってんだ、お前の決めた道なんだろ。気にすんなよ」
もっともっと強くなって来いよ。
そう言って、彼女は私の背中を叩いた。
暫く、会えなくなる。
満面の笑みで手を振る彼女。
不意に、その笑顔がくしゃりと歪む。
両の手で顔を覆い、彼女がしゃがみ込んだ。
引き返し、抱き締めてやりたくなるのを堪える。
笑って見送ろうという彼女の想いを、無碍にはできない。
拳を握り、堪えた。
ふと、その手に感触が蘇る。
さっきまで繋いでいた手が、まだ、温かい。
彼女の手の感触。
私の手も、じわりと歪んだ。
また会おう。
絶対、また会おうな。
「あの」
ズズ、と茶を啜りながら話し掛ける声。
なんだ、居たのかダージリン。
「貴女達、毎朝こんなコントをやっているのかしら」
そんなわけ無いだろう。
せいぜい三日に一度だ。
【オープニング・おわり】
とりあえずここまで
なんか文の間に合いの手が合いそう
間にYoYoYoといれていいか?☺️
まほチョビすき
【鉄鼠の檻の檻】
【まほ(前)】
『頼豪の霊鼠と化と、世に知る所也』
部屋の真ん中に置かれた読みかけの小説。開いてみると、そんな一文があった。ブックカバーが掛けられているので、表紙を確認する事は出来ない。
その一文に、一枚の絵が添えられている。
http://fsm.vip2ch.com/-/hirame/hira150087.jpg
何匹ものネズミが描かれているのだが、絵の中心に居るネズミだけが一際大きい。そのネズミにだけ口髭や髪があり、何より服を着ている。人間とネズミの間のような姿をしているのだ。
どこかの有名キャラクターのような可愛いものではない。なかなか気味の悪い絵だ。
ネズミ達は巻物のようなものを広げており、中心のネズミが他のネズミ達に何かを指示しているように見える。よく見ると巻物は所々破れていて、ネズミ達が食い荒らしているのだと推測できる。
中心の大きいネズミが『頼豪の霊』なのだろうか。しかし、名前と思しき大きな文字は『鉄鼠』と読める。
テツネズミ、だろうか。そんな名前の戦車が黒森峰にあったなあ。
そこまで考えて、疲れて辞めた。短文と一枚の絵だけで、大した情報量だ。しかも一頁目である。
千代美の趣味は恋愛小説だった筈だが、最近はこんな難しい本を読んでいるのか。いや、この本も内容を追ってみれば恋愛小説なのかも知れないが、如何せん追う気になれない。
サイズは文庫なのだが、厚さがおかしい。週刊少年ナントカのような分厚さなのだ。これは文庫の厚さとして正しいのだろうか。文庫というものは、もうちょっと薄いというか、持ち運びに適しているものだと思っていた。
まあ、今回はその厚さが幸いしたというか、災いしたというか。
とりあえず、置かれた本はそのままにして、コートを羽織り家を出る。雪がちらついていた。
空を見上げ、もう冬だなあなどと当たり前の事を考えていると、そこに丁度千代美が帰ってきた。お帰り、と声を掛ける。
「なんだよ、出迎えなんて珍しいじゃないか。お腹空いたのか」
「いや、ちょっと本屋に買い物」
「うわ珍しっ。あ、だから雪が降ってきたのか」
そうかもな、と気の無い返事をする。読書は千代美の趣味で、私もそれに付き合って本は読むが、自分から進んで何かを読む事はあまり無い。読んでも雑誌が精々だ。
勿論、自分から本屋に行く事も滅多に無い。
今も正直言って、気乗りはしていない。用事が出来たから行くだけだ。
「それじゃ、私も付いていくぞ。ちょっと待っててくれ、荷物置いてくるから」
千代美がいそいそと玄関へ向かった。
暫し待つ。雪は彼女が荷物を置き戻ってくるまでの間にも、徐々に強くなる。
「お待たせー、と言いたい所だけどこりゃ本格的に降りそうだな」
私の髪や肩に薄く積もった雪をぱたぱたと払いながら、千代美は天気の心配をする。
ニットの帽子を私に手渡しつつも、本屋はまた今度にしよっか、と、残念そうに言った。まあ、実際に残念なのだろうが。
私が本屋に行くのがそんなに珍しいか。そんなような事を考えて、雪の勢いが増しつつある空を睨んだ。
「さ、うちに入ろう」
「ああ、いや」
「なんだよ」
どう、しようか。今はまずい。
私がその場に立ち尽くしていると、千代美がすうっと目を細め、低い声を出した。
「まほ」
「ん」
「言い訳は、中でゆっくり聞くから早く入れ」
あ、バレたのか。
まあ、それもそうか。千代美は本を部屋の真ん中に置いたりしない。況してや、置きっ放しになどする筈も無い。荷物を置きに家に入った時点で、それは目に入ったのだろう。
「ごめんなさい」
私は千代美さんの本で虫を潰しました。とても、非常に丁度良い厚さだったので、つい。
「よろしい」
とりあえずそれはいい、寒いんだから早く入れ。そう言って、千代美は私を家に引っ張り込んだ。
「お帰り」
ただいま。
【まほ(前)・おわり】
【まほ(後)】
買い物は雪のため中止。家に戻り、コーヒーの時間とする。
千代美の淹れたコーヒーは何故か美味い。私がやってもどうしても同じ味にならないのが不思議で仕方ない。粉と湯だけで何故こうも差がつくのか。
「で、代わりにこの本の新品を買いに行く所だったのか」
千代美の読みかけの小説。私は虫を潰す道具に、つい手元にあったそれを使ってしまった。
ブックカバーが掛けられていたので目立つ汚れにはならなかったが、それでも流石に申し訳ない。なので新しく同じ本を買って来ようと思ったのだが、残念ながら雪に阻まれた。
「謝ってくれりゃ許すよ、そんなの。それに知ってるだろ、私が痕跡本好きなの」
んん、と返事なのか相槌なのか我ながらよくわからない声を出した。
痕跡本。
文字通り、痕跡のある本。コーヒーの染みや、うっかり付いた折り目など、その本にしか無い痕跡が好きらしい。千代美にとって、読書の延長線上にある趣味だ。
痕跡そのものというよりも、自分の本に親しい人の痕跡が残る事が嬉しいのだとか。まあ、分からないでもない。
しかし、それでも限度というものがあると思う。虫を潰した本だぞ。
「汚れは拭けばいいんだよ。それに、読むのに支障が出るわけでもないしな」
まほが虫を潰すのに使った本だと思うと、笑っちゃうじゃないか。言って、千代美は本当に笑った。
そう言えばそれは恋愛小説なのか、と訊いてみる。千代美の趣味は恋愛小説だった筈だが、その本はどうにも恋愛小説に見えない。
「いや、これはミステリーものかな。恋愛小説はもちろん好きだけど、そればっかり読んでる訳じゃないぞ」
これは読書好きには結構有名なシリーズで、気になって買ってみたんだけど、内容が難しくてなかなか進まないんだ。そう言って今度は苦笑いをしたが、少し嬉しそうだ。
なんだかんだで面白いのだろう。惚気のようなものか、と解釈した。
「テツネズミ」
「ん、違う違う、これはテッソって読むんだ」
鉄鼠、テッソか。
さっき見た一頁目の短文や絵について思ったことを話してみる。私が珍しく本の内容なんかについて話すのを、千代美は嬉しそうに聞いてくれた。
「マウスみたいな名前だなと思ったよ」
「あはは、言い得て妙だな。でもまあ、鉄鼠と言うならマウスよりも」
そこまで言って、千代美は口を噤んだ。心なし、表情が暗い。
「いや、なんでもない」
何を言おうとしたのだろう。気になり少しつついてみたが、忘れてくれ、とまで言われた。
気にはなるが、そこまで言われてしまっては仕方ない。話題を変えるとしよう。
明日は本屋に行けるかな、と話す。
「本を買う必要も無くなったのに、まだ行きたいのか」
「行きたいと思っている訳じゃないが、行こうとして行けなかったのがどうにももやもやする」
不器用な奴だなあ、と呆れられた。仕方がないだろう、性分だ。
とは言え何を買おう。出来れば当初の目的通り、千代美に何か買ってあげたい。
「何か欲しい本はあるか」
「ええっ、急に言われてもなあ」
まあ、そうか。今そのテッソを読んでいる所だ。厚さを見る限り、読み終わるのは当分先だろう。
少し残念だ。
「うーん、あ、そうだ」
千代美は、ブックカバーをねだってくれた。ああ、今使っているやつは洗濯機に放り込んでしまったからな。
「誰かさんのせいでな」
ふふ、ごめんなあ。
「コーヒーおかわり」
「はいはい」
【まほ(後)・おわり】
明日は千代美ちゃん
http://fsm.vip2ch.com/-/hirame/hira150090.jpg
おまけ
まほが虫を潰すのに使った「厚い文庫」
思いのほか教養のいる話だった
>>28
ハードル高いかも知れません、すみません…
【千代美(前)】
「鉄鼠と言うならマウスよりも」
そこまで言って私は口を噤んだ。自分の軽口を反省する。
鉄鼠の絵に対するまほの解釈は大体正解だ。あれは、鉄鼠がネズミを引き連れて巻物を食い荒らしている絵。それ自体は間違いない。
ただ、そのシーンに至るまでの物語があるんだ。
『頼豪の霊鼠と化と、世に知る所也』
この短文が示す通り、『頼豪の霊』が鼠と化すまでの物語。
ざっくり言えば
『人のために行動した頼豪という僧が』
『理不尽な仕打ちを受け』
『寺を追われ』
『鼠と化し』
『寺の経典を食い荒らす』
という話。
鉄鼠の絵は、そのラストの部分を描いたもの。ネズミ達が食ってる巻物は、寺の経典だ。
だから、鉄鼠を何かに喩えるのなら、マウスと言うよりも、マウスを食った方。
つまり。
なんて、言えないよな。
反省が段々と自己嫌悪に変わる。ほんと、どうかしてるよ。まほと話してると、不思議と口が軽くなる。
普段言わないような事をぽろっと言いそうになるんだ。浮かれてるのかも知れない。
相変わらず口数は少ないものの、以前のような寡黙さが無くなったまほ。そんな彼女と毎日話せる事が嬉しくて仕方ない。彼女が本の話に付き合ってくれた時なんかもう、それだけで頬が緩む。
まあ、それにしたって言って良いことと悪いことってものがある。いい加減、慣れても良さそうなもんだ。
「何を言おうとしたんだ」
まほが脇腹をつついてきた。こういう悪戯っぽさが彼女に芽生えた事が、そしてそれを私に向けてくれる事が、堪らなく嬉しい。でも言えないってば、流石にさ。
「忘れてくれ」
そう言うしか無かった。
少しの間だけ、気まずい沈黙が流れる。その時間を反省と自己嫌悪に充て、心の中で西住姉妹に謝った。
「明日は本屋に行けるかな」
気を遣ってか、話題を変えてくれるまほ。
少し驚いた。本を買う必要が無くなったのに、彼女はまだ本屋に行こうとしている。だけど、蓋を開けてみれば何の事はない。行こうとしたのに雪で行けなかったのが癪だったというのが理由。
本屋に行きたいという訳ではないらしい。全く、不器用な。
まあでも、当初の予定通り私に何か買ってくれる気でいるらしい。それは嬉しいんだけど、どうしようか。今読んでる本は、読み終えるまで暫く掛かりそうだしなあ。
とはいえ、まほが残念そうにしているので何も頼まないというのも可哀想だ。少し悩んで、思い付いた。さっき洗濯機に放り込んだあれだ。
「じゃあさ、ブックカバー、買ってくれよ」
ブックカバーなら、ずっと使える。本を読み終えたら次の本に。それを読み終えたら、また次の本。いつでも一緒。
まほに買って貰ったブックカバーで本が読めたら、どんなに素敵だろう。内心うきうきしているが、平静を装った。
「コーヒーおかわり」
「はいはい」
粉とお湯だけなのに、何故かまほはコーヒーを淹れるのが下手だ。いつの間にか、それは私の仕事になっていた。
砂糖は無し、ミルクは多め。それがまほの好み。二人だけの常識がこうやって、少しずつ増えていく。コーヒーを淹れるだけなのに顔が綻ぶ。
だけど、時間的にぼちぼち夕飯の支度もしないとな。時計は十八時を少し回ったところ。支度を始めるには遅いくらいだ。
まあ、ご飯はタイマーのお陰で炊けてるので、簡単なおかずを作るだけでいい。何にしようか。エプロンを着けながら考える。
「何か食べたい物あるか」
「んん、魚」
「おっけー」
こういう時、絶対に『何でもいい』とは言わないのが有り難い。例え何でもよくても、まほはとりあえず明確に答えを出す。さて、魚か。
考えていると、インターホンが鳴った。あ、そっか。そう言えば今日だったな。
急いで玄関を開けると、見知った男の人が立っていた。えへへ、待ってたよ。
【千代美(前)・おわり】
合いの手が入れ温くなっちった…
>>37
すみません
【千代美(後)】
時刻は十八時を少し回ったところ。さすが時間に正確だ。
「こんばんは、小包の再配達に伺いました」
伝票に判子を捺して荷物を受け取る。エプロンに突っ込んでおいたシポDを手渡し、いつもご苦労様ですと声を掛けた。
日中、私達は大抵留守にしているから、荷物は再配達してもらう事が多い。配達屋さんにとっては二度手間なのが申し訳ないところ。これくらいの労いがあってもいいよな。
シポDを受け取った配達屋さんは、済みませんいつもご馳走様ですと何度も頭を下げて、次の配達先へと向かった。頑張れよー。
「荷物か」
「うん、ペパロニからだ。丁度いいや、今夜はこれにしよっか」
鮭だ。
食材探しで北海道に行っているらしく、丸ごと一匹を送って寄越した。
二人で消費するのは大変かもな。ダージリンにでもお裾分けしよう。うーん、どう切ろうかな。
「『鮭が余るから貰いに来てくれ』、と」
荷物と格闘している私の代わりにまほが連絡してくれた。
箱を片付けようとして伝票が目に留まった。よく見たら宛名が『アン斎千代美様』になっている。何て書こうとしたのか容易に想像できて吹き出した。
この伝票、取っておこう。なんか勿体無くて捨てられないんだよな、こういうの。
私が笑ったのを見て、まほが何事かと覗き込んできたので伝票を見せてやる。それでまた、二人で笑った。
配達屋さんにとっちゃ、ここはややこしい家だろうな。判子は『西住』だし、受け取るのは安斎だし、宛名はこんなだし。
「配達屋なあ」
「ほんと、雪の中よく来てくれたよ」
「ああいうのが好みなのか」
沈黙。
一瞬、何を言われたのか分からなかった。まほも自身の口を手で覆って、しまったという顔をしている。
え、何、焼きもちですか。
あららら、私が配達屋さんに優しくしただけで、焼きもちですか、へえ、西住まほさん。
「うるさい」
まほの顔が、かあっと赤くなる。
か、可愛いっ。堪らなくなり抱き付いた。
「や、やめろ、魚臭いぞ千代美」
「魚食べたいって言ってただろー」
「そういう意味じゃなくて、うわっ」
抱き付いてよろけた弾みで、どさりとソファに倒れ込む。まほが咄嗟に下になってくれたのが分かった。
彼女の胸に顔を埋め、はあっと息を吐く。
「ふふ」
「何だ」
ぐしゃぐしゃと頭を撫でられた。嬉しい。
「どこにも行かないから安心しろよ」
「分かってる」
「本当かなあ」
まほは軽口を叩いた私の頭を掴み、ぎゅうっと胸に押し付けた。んん、さすがに苦しい。
もがいていると、まほが一言。
「逃がさん」
その言葉を聞いて、ぞくぞくとしたものが背中を走り抜けた。今、私は、まほに閉じ込められている。
檻だ。
すごくすごく、幸せな檻だ。
誰が逃げるもんか。
「しかし千代美、冗談じゃなく魚臭いぞ」
全く、雰囲気も何もあったもんじゃない。でも確かに、鮭いじってる途中だったもんな。言わせて貰うなら、まほも十分魚臭い。
「誰かさんのせいでな」
ふふ、ごめんなあ。じゃあ、先にお風呂にしよっか。
「あの」
声。まほのものでも、私のものでもない声。
はっとなり振り返ると、にやけ顔のダージリンが立っていた。あの、えっと、こんばんわ。
「今晩は」
勝手知ったる何とやら。いつの間にか自分でお茶まで淹れて啜っている。あの、いつからそこに。
「『ああいうのが好みなのか』辺りから。もしかしてと思って見守っていたけれど、とても良いものを見せて頂いたわ」
お隣って便利よね、と付け足した。まほは完全に固まってしまっている。
更にダージリンは、良いものを見せて頂いたあとで恐縮なのだけれど、と前置きをしてにやけ顔のまま言った。
「続きはその鮭を切り分けてからにして頂けるかしら」
あ、うん、そうする。
【千代美(後)・おわり】
【鉄鼠の檻の檻・おわり】
うーん
YOYOYO
こんな感じで視点を変えながら甘ったるいものを書いていくつもりです
よろしければお付き合いをお願いします
>>47
ありがとうございます
ダージリンは盗聴器しかけてそう
と思わせてコップを壁に当ててなんとかして聞き耳たててそう
>>50
そこまで悪い子ではない…筈です
いいぞ!
>>52
すみません、ありがとうございます
今夜も更新します。
時間軸は前回のすぐ後から就寝まで
【鎌鼬の夜】
【千代美(前)】
お風呂のスイッチを入れ、ペパロニから送られてきた鮭をを切り分ける。二人では消費しきれないので、隣に住んでいるダージリンにお裾分けだ。
切り分けたひとつを彼女に渡した。
「ふふ、ご馳走さま」
にんまりしてそれを受け取るダージリン。それはどっちの意味での『ご馳走さま』かな。
まほとイチャついている所をダージリンに見られてしまった。あまりにも不覚。まあ、別に関係を隠している訳ではないんだけど、流石に恥ずかしい。
私達が大っぴらにイチャつく事はあまり無い。と思う。たぶん、きっと。
まほは憮然とした表情のまま黙っている。果たして照れてるのか怒ってるのか。両方か。両方だな。
ダージリンが勝手に上がり込んで来た事についてはまあいい。なんだかんだで親しい間柄ではあるので、普段から互いに行き来している。それに、今回に関して言えば、呼んだのはこっちだ。
まほが怒っているのは、ダージリンが来ると分かっていながら迂闊な行動に出た私に対してだろう。あと、たぶんそれに乗っちゃったまほ自身に対して。
そっちに関しては、私は嬉しかったけど。
まほが無言のままこちらをじろりと睨む。考えている事を見透かされたような気がして、たじろいだ。
でも、ちょっとだけ睨み返す。言っとくけど私だけのせいじゃないし。
「貴女達、アイコンタクトで喧嘩できるのね」
「うるさいぞダージリン。早く帰れ」
遠慮の無い悪態は親しさの証、なのかな。ダージリンもそれは心得ていて、ちっとも堪えていない。まほの悪態を、まあまあとだけ言って流してしまった。
「寒くて外に出たくないのよ。もうちょっと居させて頂戴」
そっか、そういえば外は雪だ。隣の部屋に帰るための一瞬と謂えど、不精になる気持ちは大いに分かる。一度暖かい所に座ってしまうと、外どころか廊下にさえ出るのが嫌になる。
無碍にする訳にはいかないよなあ、と考えていると、またまほに睨まれた。そういえば夕飯の仕度の途中だった。
まあ、そうは言っても材料が確保出来てるから大してやる事はない。鮭なら適当にソテーしてやるだけでも美味しく出来る。
とりあえずお風呂が沸くまではダージリンと世間話でもしようかって所だ。まほの機嫌がさっきからずっと悪いのは、なんかもう、仕方ない。
「明日は積もるかしらね、雪」
「やだなあ、本屋に行く予定なのに」
「あら、何を買うのよ」
経緯を丸ごと説明しちゃうとややこしくなるのは流石に想像が付くので、まほにブックカバー買って貰うんだ、とだけ。自慢。
「ブックカバーって、文庫を買うと付いてくる紙かしら」
「いや、布のがあるんだよ。デザインとかも色々あるし、何より繰り返し使えるんだ」
「へえ、じゃあ本を読む時はいつでも一緒ね」
素敵だわ、とぽつりとつぶやく。ドキッとした。綺麗だなあダージリン、ジャージで緑茶の癖に。
地が綺麗なんだな、羨ましい。時々、こうやって思い出したように『ダージリン様』の風格が垣間見えるのが面白い。
するとダージリンはちょっとだけ思案顔をして、不思議な事を言い出した。
「まほさんもそろそろ限界かしら」
「んん」
不機嫌そうにまほが唸る。否定とも肯定とも付かない、という事はたぶん肯定なんだと思う。
図星なのが悔しくて、素直に肯定はしたくない、でも否定も出来ない。というか違うならはっきり違うと言う。そういう逡巡の末の『んん』だ。
まほはよく『んん』という声を出すけど、その時その時でニュアンスが違う。その解読が出来るのは、私のちょっとした特技。
でも限界って何だろう。
「ふふ、それじゃお暇するわ。ごめんなさいね、お邪魔しちゃって」
さっきまで外に出るのを渋っていたのが嘘みたいにダージリンはそそくさと帰っていき、それを見計らったようにお風呂が沸き、そのアラームが鳴った。
「千代美、お風呂」
うん。あ。まほ、機嫌が悪かったのって、もしかして。
気が付いたのとほぼ同時。腰をぐいっと引き寄せられた。
んん。
まほは私の舌の上に僅かに残っていたコーヒーを舐め取り、ごくりと飲み下す。ぷは、と唇を離し、不機嫌な顔のまま、同じ言葉を繰り返した。
「お風呂」
うん。
あの、えっと。
はい。
【千代美(前)・おわり】
【千代美(中)】
【千代美(中)・おわり】
【千代美(後)】
お風呂から上がり、夕飯を済ませ、寝室にて。少し窓を開けた。火照った体に冷たい夜風が気持ち良い。
ペンとノートを取り出し、机に向かう。夕方にまほが言っていた事が思いのほか面白かったので、そこから着想を貰って形にしてみようと思い立った。
前々から考えてはいたんだけど、ずっと始められずにいた事。小説を書く。
書いてみたいとか、書きたいテーマがあるとか、そんな大層なものじゃない。日頃から読んでいるものを自分で書いてみたらどうなるだろう、というぼんやりとした興味。
そこに、まほの一言が上手く刺さった。
『鉄鼠という名前はマウスみたいだなと思ったよ』
なーるほど、と思った。まあ、あくまでそれはきっかけで、そこを起点に私の中でひとつのお話が広がり始めた。それを形にしてみる。
でも、やってみて初めて分かるけど難しいな。いやまあ、簡単な訳がないとは思ったけどさ。
書こうとしている話自体は頭の中にあるから、要点だけは簡単に書ける。要点だけで始まりから終わりまでを書き出してみると、それだけでちょっとした達成感があった。だけどそれだけ書いても文字の量は一頁にも満たない。
ああ、これがプロットってやつなのかと、遅れて気が付いた。この書き出した要点に味付けをしていけばいいのかな。
「ここに居たんだな」
まほが部屋に入ってきた。時計を見ると、書き始めてから一時間ほど経っている。あっという間。
「書き物か」
「えへへ、小説」
どれどれ、と覗き込んできたのを咄嗟に隠した。書いたものを見られるのって、なんだかものすごく恥ずかしい。だってこれは、一字一句、私の内側から出てきた文字だ。
でもまあ、まほにならいいか、と思ってもじもじしながら見せてやった。
三つの短編で構成したひとつの話。
「最初は、好きな人に好きな本を貸す女の子の話か。どこかで聞いた事がある」
気のせい気のせいと言って、とぼけて見せる。まあ、まほが気付くのは当たり前かもな。これは、私がまほに初めて本を貸した時の話が元になっている。
タイトルは『文車妖妃』。ラブレターの妖怪の名前だ。まほが『鉄鼠』をマウスに例えたところから思い付いたネーミング。
その次は、一話目の女の子から本を借りたせいでその子の事が頭から離れなくなった誰かさんの話。タイトルは『夢魔』。
そして、最後は。
まあ、まだ書いてないんだけどさ。
私はペンを置いた。時間も遅い。
「続きを書かないのか」
問われて、書かなくても続くからな、と答えて布団に寝転がった。
私が寝転がった隣、布団の空いているところをぽんぽんと叩いてまほを呼ぶ。素直に潜り込んできたところに、ぴたりと体をくっつけた。
「暑いぞ」
「いいじゃん」
夢中で書いていた時は気が付かなかったけど、ちょっと寒い。湯上がりだから当然と言えば当然。
明日は晴れるかなあ。
「さあな。おやすみ」
えへへ、おやすみー。
【千代美(後)・おわり】
【鎌鼬の夜・おわり】
おまけ
『文車妖妃』はこちら
【ガルパン】好きな人の話。 - SSまとめ速報
(https://ex14.vip2ch.com/i/read/news4ssnip/1507566018/)
『夢魔』も一応書いたのですが、『文車妖妃』をまとめに載せて頂いた時に、まほチョビ苦手だって感想が多くあったのを見て投下を見送りました
今日の更新ここまで
まほチョビいいYoYoyo
>>68
ありがとうございますー
『文車妖妃』と『夢魔』の供養をしたい
今日は終わりって言ったけどもうちょっと追加させてください
【塗仏の夢】
【文車妖妃】
本を貸す、という行為が好きだ。あまり理解はされない嗜好だと思う。
偏見かも知れないが、本が好きな人ほど、他人に本を貸すのを嫌がるものだと思う。何故なら本ってのはすごくデリケートな物なんだが、人によって扱いに天と地ほどの差があるからだ。
読む時はブックカバーをかけて、ページに折り目がつかないように大切に大切に読む人も居る。背表紙が陽に焼けたりしないように、本棚の位置にこだわる人も居る。
かと思えば全く頓着しない人も居る。平気で食べ物を零したりな。
後輩に漫画を貸した時の事。
読みながら眠ってしまったらしく、思いっきり折り目が付いて返ってきた。こういうリスクがあるから、本好きな人は、あまり他人に本を貸したがらない。
スミマセン姉さん新しいの買って返しますと平謝りの後輩に対して、私は憮然として次は気を付けろよと言ったが、実は内心喜んでいた。
彼女が折り目を付けた本。これはこれで、世界にひとつしか無いものだからだ。
この折り目は、彼女が本を読みながら寝た証拠。私が高校を卒業しても、この本は私の手元に残る。折り目を見るたび彼女を思い出す事になるんだ。
それが嬉しい。
まあ、だからと言ってよくぞ折り目を付けてくれたと褒めるのもなんだか違うので、ポーズとしてとりあえず怒るけど。
痕跡本、と言う。
そのまんま、痕跡のある本のこと。折り目に限らず、書いた本人にしか分からないメモ書き、栞に使ったノートの切れ端、果てはぺしゃんこになった羽虫等々。その本にしか無い痕跡に興味を持つという嗜好。
調べてみると痕跡本専門の古本屋もあるそうで、色んな世界があるなと感心する。
私にとって、本についた痕跡は汚れじゃなく、謂わば歴史なんだ。痕跡本が好きって言うよりは、痕跡が好きなのかな。
だからという訳じゃないが、今、私の本が一冊、あいつの部屋に行っている。
この間、あいつに痕跡本の話をした。それを聞いたあいつは、じゃあ何か貸してくれと言ってくれた。
私の嗜好を理解したのかは定かじゃないが、話を聞いて私の嗜好に付き合ってくれたのは確かだ。
不器用だが、良い奴だ。
丁重に扱えよ、と言って本を貸した。
あいつは痕跡を残すような本の扱いはしないと思うが、あいつの部屋に私の本があるというだけでも嬉しい。ああ、カレーの匂いでもついて返ってきたら面白いかもな。
私の、一番お気に入りの恋愛小説。
ちょっと回りくどいが、あれは私なりのラブレターだ。あいつがその事に気付くとは思えないし、気付かなくてもいい。
本が返ってきたら、それだけで思い出になるからな。
私だけの思い出になれば、それでいいんだ。
【文車妖妃・おわり】
【夢魔】
痕跡本と言うらしい。
そのまま、痕跡のある本のこと。何かの拍子に付いた折り目、書いた本人にしか分からないメモ書き、栞に使ったノートの切れ端、果てはぺしゃんこになった羽虫等々。
その本にしか無い痕跡に興味を持つという嗜好。
痕跡本専門の古本屋もあるそうで、色々な世界があるものだと感心する。
私の友人はその痕跡本が好きだと言う。
痕跡本自体と言うより、自分の本に他人の痕跡が残るのが嬉しいらしい。
ならば試しにと、何か貸してくれと言ってみたら、鞄の中から取り出した一冊を貸してくれた。
正直、勉強以外での読書の習慣はほとんど無い。だが借りた以上は読まずに返す訳にも行かないので、寝る前の時間にちょびちょびと読んでいる。
これまで馴染みの無かった、恋愛小説というものを。
しかし、それによって少し困った事になった。
寝る前に恋愛小説などという刺激の強いものを読むせいで、甘ったるい夢を毎夜見る。
それに、彼女は気が付いているのだろうか。
この本こそが、彼女の大好きな痕跡本であることに。
顕著に開き癖のついているページは、彼女のお気に入りのシーンなのだろう。そのページには水滴のような皺がぽつぽつと付いていて、それは、たぶん、涙の跡だ。
彼女がお気に入りのシーンを読んで涙を流した証拠となる。
全てのページの端に付いている微かな曲線は、彼女の繰り方の癖のせいだと推察できる。
そして、私が貸してくれと言った時に何気なく鞄から取り出したが、それはつまり、いつも持ち歩いているという事だろう。
いつも持ち歩いているのなら当然読みかけである筈で、事実、本の中程には栞が挟まっていた。読みかけの本を気軽に人に貸すだろうか。
恐らくだが、彼女はこの本を繰り返し読んでいる。だからこそ、いつも持ち歩いており、気軽に人に貸せるのではないか。
つまり、これは、彼女の一番お気に入りの恋愛小説という事になるんじゃないのか。
その事に気が付いてしまってからは、どうにも妙な気持ちになってしまった。
彼女の事を考えながら恋愛小説を読む。そして、そのせいで甘ったるい夢を毎夜見る。困る。
読み終えて、本を返す事になれば感想を求められるだろう。なんと言えば良いのか。
現状、一番の感想は、面白かったでも泣けたでもなく、彼女の事が頭から離れなくなった、という他ない。
そんなことを考えていたせいでページを繰る手が止まり、うっかり開き癖を付けてしまった。彼女はこのページに開き癖が付いた理由を考えるだろうか。
むう。
とりあえず、この本の感想については、読み終えてから考えよう。開き癖の説明も後回しだ。
差し当たっては、そうだな。
また一冊貸してくれ、と言ってみよう。
そうすればきっと、また会えるから。
【夢魔・おわり】
【塗仏の夢・おわり】
今度こそ終わり
またね
始めます
【漁鬼の鵯・まほ】
日曜日。
眩しい。揺れるカーテンの隙間から射し込む光が顔に当たり、目が覚めた。窓に目を遣ると、結露した水滴がきらきらと光っている。
千代美なら詩的な感想のひとつでも述べるところかも知れないが、生憎私はそんな柄ではない。手で陽光を遮るのにも限界を感じ、顔を顰めるばかりだ。
ならばせめてと寝返りを打とうとすれば、それも敵わない。金縛りかと思ったが、違う。犯人は隣で暢気にすうすうと寝息を起てていた。
こいつは私の事を抱き枕か何かと勘違いでもしているのだろうか。腕どころか脚まで絡めて私の体をがっちりとロックしている。道理で動けない訳だ。
辛うじて自由が利くのは、陽を遮るために布団から出した右手。その手の冷え具合から今日も寒そうだなと思いを巡らせ、凍みる指に息を吐く。
「んー、どうしたー」
ため息にでも聞こえたか、千代美が目を覚まして声を掛けてきた。
「少し手が冷えただけだよ。それより離してくれるか」
「うわっ、ごめん」
千代美ロックが解除され、自由の身となる。ふう、と、今度は本当にため息をついた。
「起こしてくれりゃ良かったのに」
「私も今起きた所だ」
言って、冷えた右手を千代美の頬に当てる。彼女はうひゃあと声を上げ、その手を布団の中に引き込んだ。布団の中で握られた手を握り返し、暖める。
「今日も寒いんだな」
嬉しそうに笑う。まあ、確かに寒い。しかし、昨日降っていた雪は止んでいるようだ。路面の状態は悪そうだが、とりあえず晴れたようで何より。
買い物に出るのに支障は無さそうだ。
「布団から出たくない」
「気持ちは分かるが」
「あと少し。もう少しだけでいいですからー」
起きるのを渋り、何故か敬語になる千代美。これは二度寝コースかなと、ぼんやり思う。一人ででも起きればいいようなものだが、そうしないのは、結局私も布団から出たくないのだ。はあ、暖かい。
しかし、このままではいつまで経っても起きる事が出来ない。思い切って布団を蹴り飛ばし、その勢いで立ち上がった。不意に布団を剥がれた形になった千代美が、うぎゃあと悲鳴を上げた。
彼女は体を丸め、懇願するように言う。
「もうちょっと優しく起こしてくれよ」
「具体的には」
「ん」
仰向けになり、ずい、と両手を突き出す。引っ張って起こしてくれと言うのだろう。手を伸ばし、彼女の両手首を掴み、千代美もそれに倣う。互いの手首を掴む格好になり、栄養ドリンクの宣伝の掛け声を真似る。
「ファイトー」
「必中ー」
掛け声とは裏腹に脱力したままの千代美の腕を引っ張り、起こしてやった。冬の休日は起きるだけで一仕事だ。
「おはよう」
「おはよう」
目を擦りながら、晴れたかなと空模様を気にする千代美に、晴れてるぞと窓を顎で示す。カーテンが揺れ、窓の外の麗らかな陽光がまた射し込んできた。
「あー、洗濯しなきゃ」
んん。
この違和感は何だろうか。
千代美も何かに気付いた様子で真顔になっている。
ああ、そうか。
何故、カーテンが揺れている。
「安斎千代美さん」
「は、はい」
「ゆうべはここで何を」
「小説を、書いておりました」
「窓は」
「あの、はい、開けました。お風呂上がりで涼むために」
「閉めましたか」
「い、いいえ」
じりじりと詰め寄る。成程、道理で寒い訳だ。千代美を捕まえ、室温でまた冷えてきた手を彼女の首筋に当てた。今度は両手。
うひゃああと叫び、身を捩る千代美を取り抑え、その背中に手を突っ込んだ。彼女も負けじとこちらの脇腹に冷えた手を這わせる。
んひっ、という変な声が漏れた。
暫しの混戦。
それが終わる頃には、二人とも体がぽかぽかと暖まっていた。窓を閉め、改めて言う。
「おはよう」
「おはよう」
幸せ。
【漁鬼の鵯・おわり】
今日の更新おしまい
【桃太郎の絹】
【千代美】
あっさだあっさだ朝ごはーん。
「めーだま焼ーきとみーそーしーるー」
「何だその歌は」
「んー、朝ごはんの歌」
そんな歌があるか、と笑われた。あるんだな、これが。まあ、それはそれ。朝ごはんは簡単に目玉焼きと味噌汁。
私の目玉焼きは塩コショウを振って、焼き加減は固め。ベーコンは二人ともカリカリ派なので一緒に焼く。まほの目玉焼きは半熟で醤油派。まほは自分で醤油をかけるから、ちょっと焼くだけで完成。
味噌汁は豆腐とワカメのフリーズドライ。本当は手間を掛けたい所ではあるけど、手間を掛けると時間も掛かるからな。手軽さが大切な時もある。
「おーこーめー、おー米米ー」
「なんだよ、その歌」
「エリカに教わった」
変な歌、と笑ったところで米が炊けた。朝ごはんの準備が完了。私は大学生くらいまで朝はパン派だったんだけど、いつの間にかまほの習慣が伝染した。
「洗濯も終わったのかな」
「ちゃんと全部干してきたぞ」
洗濯物を干しただけで何かの手柄のように誇らしげにするまほ。偉い偉いと甘やかす私。まあ、寒い季節の洗濯は確かにお手柄か。
こうやって仕事を分担すると何でも早く済むし、結果的に二人の時間が多く取れる。
千代美さんはお料理に、まほさんはお洗濯に行きました、なんて。昔話みたいだなと思ってにやにやしていると、まほにつつかれた。
「また何かおかしな事を考えているな」
「へへ、昔話みたいだなと思ってさ」
言って、考えを話す。
まほも成程と頷いて笑った。
「じゃあ、出掛ける前に吉備団子が必要だ」
「お弁当か。そうだなあ、サンドイッチでも作ろっか」
まあ、とりあえずご飯食べよう。朝だもーりもり食べようー。
「やっぱり変な歌だ。いただきます」
えへへ、いただきまーす。
【千代美・おわり】
乙
>>94
ありがとうございます
【まほ】
朝御飯を食べ終わり、千代美は吉備団子もといサンドイッチを作り始めた。上機嫌でまだ変な歌を歌っている。
「具材は何にしよっかな」
敢えて訊かずにおくことにする。昼までの楽しみだ。どうせ何が入っていても美味い。
私はその間、今日の予定の確認作業に入る。とは言え、大した流れでもないが。
まずは本屋でブックカバーを買う。昼は公園にでも寄って、いま千代美が作っているサンドイッチを食べる。帰りは恐らく彼女がスーパーに寄りたがると思うので、そこで買い物をして終わり。
鬼ヶ島に行くような意気込みは必要ないな、と一人で笑う。千代美の癖が伝染したのかも知れない。
インターホンが鳴った。
千代美は手が離せないので、私が応対すると、ダージリンが立っていた。何だ珍しい、わざわざインターホンを鳴らすなんて。
「あ、あのね」
柄にもなく口籠る。普段なら勝手に上がり込んで喋り始める癖に、一体何事だと急かした。あまり立て続けに珍しい真似をされると、また雪が降ってしまう。
「これ、こちらに飛んできたの」
ぎくりとした。
彼女が顔を赤らめ差し出したそれは、絹の。
「そ、そうよね、そちらのリビングにあった『桃太郎』のカタログで買ったものよね、これ。いえ、別にお二人がそういう関係なのは知っているし、こういうものを持っていても不思議じゃないと思うわよ。これがどちらの物とかも、その、訊かないし、あの、えーっと、でも」
しどろもどろになりながら何故か弁解するように捲し立てる。
「こ、こういうのは、お部屋の中に干した方が良いんじゃないかしら」
うん、はい。
そうします。
ありがとうございます、ダージリンさん。
【まほ・おわり】
【桃太郎の絹・おわり】
おまけ
おまけ
『桃太郎』
https://www.peachjohn.co.jp/
今日の更新おしまい
Twitterから来たけれども、これはとても良いものだ
是非続けてください。
>>102
正直、twitterでの宣伝には手応えを感じていなかったのですが、見てくれる型もいらっしゃるのですね
ありがとうございます、もう少し続く予定です
ええやんこれからも合いの手を入れさせてくれ
>>104
ありがとうございます…?
おつ
エリカは音ゲーマーだったか…
>>106
どちらかと言うとV系好きのイメージで書きましたが、そういえば音ゲーの曲でしたね…
【朱の盆】
【まほ】
ダージリンから受け取った『絹』と、外に干していたその他諸々のデリケートな布切れを室内に干し直す。
「お客さん、誰だったー」
サンドイッチを作りながら、千代美の問う声がする。ダージリンが珍しく気を利かせて玄関先で用を済ませたものだから、千代美は客が誰だったのかまだ知らない。
さて、まずいぞ。何と答えよう。正直にダージリンが来たと言えば芋蔓式に真実を説明しなくてはならない。
奴め、まさかそれを狙って玄関先で帰ったのだろうか。
「んん」
つい癖で声を出し、しまったと思った。千代美は何故か私の『んん』のニュアンスから、今の心境をかなり正確に読み取ってくる。
普段ならただただ有り難いのだが、これは隠し事が出来ない側面も持つ。
案の定。
「なんか隠してるなあ」
火の音が止まり、軽く手を洗う水音がして、声が移動した。千代美がサンドイッチを作る手を止めこちらに向かってきているのだ。
「あれー、まほ、さっき『全部干した』って言ってたよなあ」
彼女の声が背後まで迫ってきた。彼女の息が首筋に掛かる。ああ、もう駄目だ。
「なーんで今さら下着を干してるのか、なっ」
「うひゃあ」
脇腹をがしっと掴まれ、変な声が出た。
や、やめろ、千代美。ああ、あっ、そ、そこは、弱、弱いからあっ。
「知ってるよー」
「ひっ、へ、え、げほっ」
攻撃の手を緩めない千代美。まずい、妙なスイッチが入っている。
「ダ、ダー、だあっ、ジ」
「んー、何かなあ、何を言おうとしてるのかなー」
「ちょっ、もっ、漏れっ」
そこまで言って、流石に手を離してもらえた。くたりとその場に頽れる。
危なかった、いや、少し漏れたか。漏れちゃったかも知れない。
トイレに駆け込み、確認作業。
大丈夫だった。
「ご、ごめん、つい楽しくなっちゃって」
「いや、うん、大丈夫」
悪いのは隠そうとした私だ。結局、包み隠さず説明をする羽目になった。
客がダージリンだったこと。
こちらの洗濯物が飛んできたから返しに来た、というのがダージリンの用件だったこと。
その洗濯物が『絹』だったこと。
こういう布は室内に干した方が良いんじゃないかしらとアドバイスされたこと。
気を遣ったダージリンが、玄関先で帰ったこと。
そういう経緯があって、いま改めて下着を室内に干し直していること。
話すうち、千代美の顔はみるみる赤くなってゆく。まあ、無理もない。だってこれ、千代美がさあ。
「わーっ、わーっ」
あっ、ごめんなさい、本当ごめんなさい。
あは、あははは、は、ああっ。
あああっ。
【まほ・おわり】
後半へ続く
【千代美】
朝ごはんは食べた。二度目の洗濯物干しも終えたし、サンドイッチも出来た。さっきまでぐったりしていたまほも、まあ、回復した。
さあ、着替えてお化粧をして出発。
寝室の鏡台に向かっていると、まほの顔が横から割り込んできた。
「千代美は可愛いなあ」
「な、なんだよ急に」
ドキッとした。急に何を言い出すんだ、もう。
割り込んできた姿勢のまま、まほが言う。
「いや、私は化粧っ気というものが無いからな」
なんだ、そういう事か。
確かにまほは、全く化粧をしない訳じゃないけれど、私ほど時間を掛けない。だからそのぶん私より支度が早く済むので、一緒に出掛ける時はこうやって待たせてしまう。
「ごめんなー、暇だろ」
「いや、ゆっくりでいい」
これに関しては、まほは待つことが習慣になっているから苦にならないんだろうけど、私の方は待たせてしまっているという意識があるから少し焦る。
だからまほの気遣いが有り難い。
「千代美の変身を見るのは楽しい」
「あはは、変身か」
それこそまほじゃないけど、家事をやってる時は私だって化粧っ気が無いからな。よそ行きの顔になるのは、確かに変身だ。
「折角のデートだから気合い入れてるんだぞー」
冗談めかして言ってるけれど、本当の事だ。まほの隣は、可愛くして歩きたいという乙女心。
対して、まほは何も言わない。『んん』すら無いのは妙だなと思って、ちらりと横に目を遣ると、まほが俯いていた。
髪で顔が隠れて見えないので、どうしたんだろうと覗き込むと、見事に真っ赤になっている。
驚いて、熱でもあるのかと声を掛けた。
「おい、大丈夫か」
「い、いや、本当に可愛いなと思って」
「んなっ」
どうやら『デート』という単語が思いのほかヒットしたらしい。
こっちまで赤くなってしまった。化粧にならないからあっちへ行ってろと、まほを追い払う。
全く、変なところでうぶなやつ。
それ以上の事、平気でしてくる癖に。
昨日のお風呂での事を思い出す。
そのせいで、一人でまた真っ赤になってしまった。
お化粧、もうちょっと掛かりそうだな。
【千代美・おわり】
【朱の盆・おわり】
おわり
もう一丁
【まほ】
いつもより少しだけ長い千代美の化粧が終わり、いざ出発。
昨日の雪はすっかり止み、外は晴天。若干ながら積もったようだが陽射しがほとんどの雪を溶かしてしまっている。陰に少しだけ残っているのが確認できる程度か。
凍結という程でもなさそうだが気を付けないといけない。
「えへへ、まほとお出掛け」
意味も無くぱたぱたと小走りになる千代美の腕をぐいと引っ張り、手を握った。
転ぶぞ、と釘を刺す。
千代美は一瞬だけ驚いたような顔をして、そのあと、にへらと笑った。
「何だ」
「まほ、優しい」
憮然としてうるさいなと突っぱねたが、千代美には通じない。彼女は変わらず笑顔のまま言う。
「手を繋ぐのが自然になったなあ」
言われてみて、確かにそうかもと思った。
最初の頃はどうしても照れ臭くて、手を繋ぎたがる千代美に対して私はよく、止せやめろと嫌がったものだ。それが今は自分から千代美の手を握り、引いている。
「嬉しいなー」
繋いだ手をぶんぶんと振る千代美。
考えてみれば、私が嫌がっていた頃から千代美はずっと手を繋ぎたがっていたのだ。私の方から彼女の手を引くことは、彼女にとって特別な事なのだろう。
少し感慨深い。まあ、喜んでくれるなら何よりだ。
暫くそうやって歩いていると、前方から肩を落として歩いてくる友人に千代美が気付いた。
「あれっ、ミカじゃん」
「おや、お二人さん。お出掛けかい」
ついてないなあ、とぼやく。という事は私達、というか私達の家に用があったという事か。
まあ、ミカの用事などだいたい決まっているが。
「お腹空いてんだな」
「うん。恥ずかしながら」
千代美は腹を空かせている者に甘い。そのうえ、料理も上手い。
ミカに限らず、私達の家を訪ねる者の多くは千代美の料理を楽しみにして来るのだ。
隣に住んでる奴までも。
さておき。千代美は、仕方ないなー等と言いながらごそごそと鞄を漁り、弁当箱を取り出した。
ちょっ、それは。
「これ、良かったら」
「わ、サンドイッチか。でもこれ、君達のお昼なんじゃあ」
いいからいいからと、ミカに押し付けるように弁当箱を渡す千代美。
ああ、こうなってはもう、あのサンドイッチに私がありつく事は絶対に無いのだ。
「ま、まほが物凄い形相なんだけど、本当に良いのかい」
「良いんだよ。お腹空かせてる奴は見過ごせないよ」
食べ終わったら弁当箱だけは返してくれよ、と声を掛ける。甘い。甘過ぎる。
「済まないね、ありがとう。恩に着るよ」
サンドイッチを受け取ったミカは、私の落ち込みようを見てか、逃げるように立ち去った。
「千代美」
「まあまあ。言ってたじゃん、あのサンドイッチは吉備団子って」
それを聞いた私は、何も言い返すことが出来なかった。成程、そういう事か。
ならば、日常的に千代美の吉備団子を摂取している私が、彼女と手を繋ぐのに抵抗を覚えなくなるのも道理だ。
ほら行こう、と差し出してきた千代美の手を取り、また握る。
私は心の中でひとつ、ワン、と鳴いた。
【まほ・おわり】
明日からまた一週間がんばろう…
またね
乙ー
今更だけど千代美(中)が抜けてるんだけどどこにいったのかな?(すっとぼけ)
>>127
ありがとうございます
一応、書いてはあるのですが何処にも公開していない状態です…完全にR-18になっちゃうので
SS速報Rがあるではないか
>>129
そういうのもあるんですね。投下できる場所をここしか知らなかったもので…すみません
自分の中で踏ん切りが付いたら投下する、かも知れません
確かな事が言えなくてごめんなさい
【千代美】
まほと本屋デートなんて夢みたいだ。
彼女が本屋に足を向ける事は滅多に無い。そもそも彼女には読書の習慣があんまり無い。気が向いた時に私の薦めた本を読む程度で、そのほかは雑誌が精々だ。
その雑誌も、読むというよりは目を通すといった感じ。
そんなだから、昨日本屋に行こうとして雪が降ったのも、悪いけど頷ける。
対して私は本が大好き。本屋は私のテリトリーみたいなもんだ。
いつも一人で来てる店にまほが居るのが、なんか、すごく変な感じ。大袈裟かも知れないけれど、実家に連れてきたみたいな心地良い違和感を覚える。
「さて、ブックカバーはどこかな」
言って、売り場を探すまほ。
ああ、まほの買い物ってこうなんだよな。目的の物に直行して、ぱっと買っておしまい。ひたすら簡潔。
「もうちょっと色々眺めて回ろうよ」
「そういうものか」
「うん」
しかし見て回るにしても目標の確保が先だと言われて、まあそれは確かになと思い直す。というわけで、ブックカバーの売場へ。
「本屋と言っても本だけ売ってる訳じゃないんだな」
「うん、文房具とかも私はここで買う」
平静を装ってるけど、滅茶苦茶にテンションが上がっている。まほと本屋トークしてる。その一言一言が楽しい。
「ここじゃないか」
「え、あ、うん」
「どうした」
何でもないよ、と誤魔化す。買い物してるだけでテンションが上がってるなんて、流石に恥ずかしくて言えないから。
ともあれ売場に到着。手帳や栞のコーナーに混じって、ブックカバーのコーナーが作ってあった。
ブックカバーなんて一回買っちゃうと暫く見ない物だから、来るたびにレイアウトが変わってて面白い。前に来た時より心なしか広くスペースを取ってるように感じる。
「い、色々あるんだな」
まほが若干引いている。
ああ、ブックカバーに色んな種類があるって発想が無かったのか。柄も渋いのから可愛いのまで、材質も革だったり布だったり。
確かに予備知識無しでこの中からひとつ選べと言われたら、多少面食らうかも知れない。
「千代美、あの」
「んー、布で、紐の栞が付いてて、フリーサイズのが良いなあ」
ある程度のヒントと言うか希望を伝えて、最後に柄は任せるよ、と締めくくる。
わがままかも知れないけれど、柄はまほに選んで欲しい。
「フリーサイズって何だ」
「片側が開く造りになってて、本の厚さを問わずに使えるやつ」
ふうむと唸って選考に入るまほ。
暫し経過。
「うーん」
「決まらないか」
「いや、候補は絞った」
どれどれと覗き込むと、渋い和柄と可愛いハート柄の二つを手にして唸っていた。
「何だよその二択」
「千代美が普段読んでる恋愛もののイメージと、『鉄鼠』のイメージ」
あー、そっかあ。成程なあ。
どちらかと言えばピンと来たのは和柄なんだけど和柄のカバーで恋愛小説を読むのも変じゃないか、という理由で悩んでるらしい。
そういう事なら即決だよ、まほ。
「こっちがいい」
和柄。確かに和柄のカバーは恋愛小説には合わないけど、まほがピンと来たならそっちで決まりだ。
ちゃんとフリーサイズだし、紐の栞も付いている。完璧だ。
「まほ、ありがと」
「んん」
えへへ、このカバーで本を読むのが楽しみだなあ。
【千代美・おわり】
【まほ】
本屋を出て、スタバに寄る。
スターリン・バックス。略してスタバ。カチューシャとかがよく屯している店だ。
今日はカチューシャは居ないらしい。あいつは笑い声がうるさいから、居ればすぐに分かる。まあ、静かで良い。
ともあれ、空いている席を探す。奥の方が好きなので、出来ればそっちがいい。私が席を確保する間に千代美が注文を済ませる。
まあトッピングだ何だで長々とした名前の注文も出来るようだが、よく分からないのでやらない。カウンターの様子を見ていると、そういう注文は作るのに時間も掛かるようだ。
短い注文をすれば早く済むので、私はそちらの方が有り難い。ミルクも自分で入れる。
カチューシャなんかは盛り盛りにして楽しんでいるようだが。
「お待たせしました、コーヒーとミートパイお二つずつですねー」
店員のような声を出して千代美がコーヒーとミートパイを運んできた。
ありがとうございます、とこちらも調子を合わせる。
「はいミルク」
「ん」
コーヒーにミルクを足し、口を付ける。うーん。
不味い訳ではない。美味しくないと言うのも違う。美味しいことは美味しいのだが、何というのだろう、これは。
「『違う』」
「それだ」
普段、千代美が淹れたコーヒーばかりを美味い美味いと飲んでいるせいで、他の味を『他の味』と認識するようになってしまったのか。
流石に千代美のコーヒーが店より美味いということは無いと思うが、自信が無い。他のコーヒーを飲むとまず最初に『千代美のと違う』という違和感を覚えるようになってしまったようだ。
「私は嬉しいけどな」
などと言いつつ、複雑な表情でコーヒーを啜る千代美。恐らく、全く同じ感想なのだろう。
ともあれ食事だ。
「いただきまーす」
「いただきます」
うん。
うーん、うん。
「言いたいことは分かってる。帰ったらサンドイッチ作ってやるよ」
やったあ。
【まほ・おわり】
今日はここまで
乙。和むまほチョビだ
気が向いたらえっちなのもよろしくなw
気が向いたら合いの手もよろしく
鳥獣戯画じゃねえか!
【まほ(前)】
スタバでの軽食を終え、少々の休憩。
こういう休憩の時間に目安というものはあるのだろうか。店側から見れば『食ったら帰れ』というのが普通だと思うが、見回してみると意外に勉強や読書などに耽っている客が多い。
私達が席に落ち着く以前からそうしている者も居る。
店が混んでいる訳でもないから良いのかも知れないが、なんだか落ち着かない。
「まあ、気持ちは分かるけど」
ちょっと済ませちゃいたい作業があるからそれだけここでやらせてくれよと、千代美は鞄を漁り始めた。
彼女が鞄からぬっと取り出した物を見て、若干たじろぐ。
「えへへ、家から持って来ちゃった」
『鉄鼠の檻』。
今回の出来事のきっかけになった本。改めて見ても異様な厚さだ。先程、本屋に並んでいるものも見てきたが、他の文庫の四、五冊分はあろうかという感じだった。
千代美から借りて頁数を見てみると、千三百を超えていた。辞典か。
「まほに買ってもらったブックカバー、早速掛けようと思ってさ」
言って、作業に取り掛かる。
成程、これは確かにフリーサイズじゃないと包めない物だ。
千代美は慣れた手つきで分厚い文庫にカバーを掛けていく。
程なくして、作業は終わった。
「はい完成」
「うーん、凄い」
カバーも凄いが、千代美の手際も面白かった。そうか、私は読書をする千代美の事をほとんど知らないのかと気が付いた。
不意に、孤独感を覚えた。
千代美は目の前に居るのに。それが、私の知らない千代美なのが無性に寂しい。
「あい」
あい。
む、何者だ。
見ると、どこから来たものか、二歳か三歳くらいの赤ん坊が隣に座っていた。
「あいあいあーい」
そうかそうか、よろしくな。
「迷子だろうか」
「母親は注文にでも行ってるのかな。店の外って事は無いだろうから、そのうち探しに来るだろ」
言いながら千代美は赤ん坊をあやし始めた。赤ん坊は卓上の文庫本に興味を惹かれたらしく、しきりに触りたがっているようだ。
おいそれは駄目だぞと言おうとしたら、千代美に手で制された。
ああ、そうか。
千代美は赤ん坊に本を持たせた。
案の定、赤ん坊は手にした本を弄繰り始める。無論、読書などという概念はまだ形成されておらず、ただ紙の束で遊んでいるというだけだ。
当然、頁はくちゃくちゃになるが、千代美はそれを怒るでもなく、これはこうするんだぞーなどと言いながら、赤ん坊に頁の繰り方を教えている。
赤ん坊も、不思議に大人しく千代美の真似をして、頁を繰るようになった。
成程な。あの本に付いた折り目を見るたび、千代美は今日の事を思い出すのだろう。良い趣味をしている。
しかしその、なんだ。
絵になるなあ。
「紗利奈、こんな所に居たの」
「あーい」
母親らしき女性が済みません、と頭を下げながら近寄ってくる。驚いたことに同世代か、年下かと思うほどの若い女性だった。
「良いんですよー」
笑って、赤ん坊を母親のもとに帰す。その時、千代美が一瞬、名残惜しそうな顔をした。
ズキンとしたものが胸のうちを走り抜ける。
見てはいけないものを見てしまったような気分だ。
そうだ。
我々はもう大学を出た。
年下の女性が赤ん坊を抱えていても、何らおかしな歳ではないのだ。
千代美にだって、あれくらいの子供が居ても、おかしくない。
私などと会わなければ、きっと、今頃。
「まほ、何考えてるんだよ」
「んん」
千代美は、仕方ないなといった風にため息をついた。
【まほ(前)・おわり】
【まほ(後)】
千代美は、仕方ないなといった風にため息をついて、静かに話し始めた。
またお化けの話になっちゃうんだけどさ、と前置きをする。
「まほ、姑獲鳥って知ってるか」
「うぶめ」
「うぶめ。漢字でこう書くんだ」
そう言って千代美はメモ帳とペンを取り出し、さらさらと書き始めた。『姑獲鳥』、これで『うぶめ』と読むのか。
何故だろうか、既視感のある文字列だ。
「『鉄鼠』のシリーズの一作目のタイトルが『姑獲鳥の夏』だからな。さっき本屋で目に入ったんだろ」
「そういう事か」
「あと、うちにもあるし」
千代美は苦笑いをする。
迂闊。私は、日常的に目に入っているものを見落としていたことになる。
「まあ、それはさておき。『うぶめ』は、こうも書く」
次に、千代美は『産女』と書いた。こちらの方がまだ『うぶめ』と読める。
いや待て、この字面は。
「うん。『産女』はね、出産で死んじゃった女の人の幽霊」
「じゃあ『姑獲鳥』は」
「子供を攫う鳥」
名前は同じなのに、字で特徴が変わるのだろうか。
「元は違うものだったんだろうけど、どっかで混同されちゃったんだろうな」
そこまで話して尚、千代美は次の言葉を言おうか言うまいか迷っているようだった。
まだ、千代美が何を言いたいのか分からない。
やがて意を決したように、難しい事は抜きにしてざっくり言うとさ、と前置きをする。
「子供が持てない女は、それだけで化け物扱いされる時代があったって事だ」
あくまで解釈のひとつだけどな、と付け足す。そして千代美は堰を切ったように話し始めた。
「私だってそりゃ、赤ちゃん欲しいよ」
「恋愛小説なんか読むくらいだし、異性への憧れも人並みにある」
「まほが男だったらなあ、って考える事もあるよ」
やはり、そうか。
まあそうだよなと、諦めにも似た感情がこみ上げる。
「わからないか」
「まほじゃないと嫌なんだよ、私」
「今は現代で、色んな未来がある。昔とは違う」
「でも未来は何個も選べるものじゃない」
「私は、まほと一緒に居たいって思ってるんだよ。それを選んだんだ」
「昨日の夕方、言っただろ。『どこにも行かないから安心しろ』って」
「だからさ」
「そんな顔するなよ」
んん。
済まない、としか言えなかった。
千代美は笑い、私の頬を撫でる。
私はもう一度だけ、済まない、と呟いた。
【まほ(後)・おわり】
今日はここまで
お疲れさまです。
>>162
ありがとうございますー
ダージリン「こんな格言を知ってる? 『iPS細胞というので同性の間でも子供ができるらしいです』」
>>164
そうなったら名前は「ちほ」ですかね…
【千代美】
仕方ない事、なのかな。
いくら言っても、まほは安心してくれない。というか、トラウマに近いものを抱えてるんだと思う。
自分の前から突然、大切な人が居なくなってしまう事に対して。
それは裏を返せば、まほが私のことを『大切な人』と見なしてくれてるって事なんだけど、なんだか素直に喜べないな。ジレンマだ。
まあ、私に出来るのは近くに居てあげる事。それに尽きるんだと思う。
ともあれ、スタバを出て帰り道。
夕飯はサンドイッチに変更。大体の材料は家にあるから、スーパーには寄らなくてもいい。でも、夕飯がサンドイッチってどうなんだろうか。
まあ、まほが食べたがってるから良いんだけど。
どうしよっかなあ。なんか、真っ直ぐ帰るのは勿体ない。もっとデートしたい。
「映画でも借りて帰ろうか」
「あ、賛成」
レンタルのカードは財布だったか、カードケースだったか。鞄の中を手探りで漁りながら考える。
鞄を漁りながら、考える。
鞄を、漁り、ながら。
なんか、違和感。
あ、あれ。
「どうした」
「ちょっ、ちょっと待って、まほ」
立ち止まり、鞄を開ける。
手探りじゃ駄目だ、目で確認しないと。
いや、あんなもん、手探りでも分かるけど、認めたくない。
鞄の中を見つめ、立ち尽くす。
「おい、千代美」
「まほ」
無い。
本が、無い。
本だけじゃない。
まほが買ってくれた、カバーも一緒に。
頭の中が、真っ白になった。
「まほ、どうしよう」
「落ち着け、千代美。ちょっと座ろう」
私達の不穏な空気は周囲にも伝わっているらしい。通りすがる人が皆、こちらを振り返る。
私はまほに手を引かれ、近くのベンチに腰を降ろした。
「とりあえず、いつの時点まであったか思い出そう」
「うん」
あ。
赤ちゃんに持たせて、そのままだ。
「じゃあスタバだ。戻ろう」
「まほ」
「行くぞ」
言って、まほは私の手を引いた。
本が戻ったら忘れられない痕跡になるだろうな。
そう言って、私の頭を撫でる。
雪が、降ってきた。
まほ、ごめん、ありがとう。
【千代美・おわり】
【まほ】
結論から言うと、本は見付からなかった。
千代美の記憶は確かで、店員の談では赤ん坊が本を持っていた事は間違いなかったそうだ。
母親がそれに気が付いて、急いで我々を追い掛け、それっきりだと言う。信じ難いことだが、戻って来なかったそうだ。
「行き逢いませんでしたか」
あっけらかんとして言う店員に一瞬、怒りがこみ上げたが、店員に怒っても仕方ない。
落とし物や忘れ物であれば店で管理するだろうが、客が持ち去った物に責任は持てまい。
それに『持ち去った』とは言うものの、その母親は我々に本を届けようと走ったのだ。店員がそれを引き止める訳も無い。
会計は注文の時点で済んでいるとはいえ、戻らないというのは妙な話だ。しかし、この店にはもうそれ以上の情報は無い。
店員も『ここには無い』としか言えないのだ。
念のため交番なども当たってみたが、本は届いていなかった。
「まほ、ごめん」
「いや」
悪いのは私だ。
あの時、私が冷静でいれば赤ん坊から本を回収しただろう。
最早、過ぎた事だが、千代美の落ち込みようを見ていると悔やんでも悔やみきれない。
だが、これ以上我々に出来ることはもう、何も無い。
「帰ろう」
「うん」
千代美、ごめん。
【まほ・おわり】
【ダージリン】
「タオルと着替え、置いておくわよ」
「済まないね、ダージリン。ありがとう」
お風呂の扉越しの会話。
「いやあ、屋外で待つことには慣れてるつもりだったんだけど、雪が降るとはね」
「スロット屋さんとは違うのよ。全く、玄関先で凍死されたら敵わないわ」
いつからそこに居たものか。彼女は隣の家の前でまほさんと千代美さんの帰りを待っていた。渡したい物があるとかなんとか。
今日は折悪く私まで出掛けていたものだから、彼女は寒空の下、ずっとそこで立ったり座ったりしていた様子。
私が帰った時には彼女の体はすっかり冷えていたので、こちらの家に引っ張り込んでお風呂をあげている所。
「夕飯の当てはあるの」
「無いね」
「なんて言いながら、千代美さんの料理が目当てだったんじゃないのかしら」
そこで彼女は、ううん、と言葉を濁した。
「その事なんだけど」
彼女が何かを言おうとしたタイミングで、隣の家の玄関が開く音がした。
「あら、帰って来たみたいね」
「ええっ、あれだけ待っても帰って来なかったのに、お風呂に入った途端かい」
そういうものよ、と笑う。
「参ったなあ、早く渡したいのに」
「それなら代わりに渡してきてあげるわよ」
いや何から何まで本当に済まないねと、彼女、ミカは言った。
「このお弁当箱と文庫本を渡せばいいのよね」
「うん、頼んだよ」
はいはい、と言って隣の家へ。
それにしてもこれ、『文庫本』と呼んでいいのかしら。
辞典みたいな厚さだわ。
【ダージリン・おわり】
今日のぶん終わり
たぶんもう少しで完結しますので、もう暫くお付き合いください
今晩、完結まで一気に投下します
長くなりますがよろしくお付き合いください
【ミカ】
あかときは終に行く
もう帰してはくれぬ
爆ぜて天ぐらり
「絶景だ」
などという自分の寝言で目が覚めた。
危ない危ない、ちょっと眠ってた。碌でもない夢を見ていたらしい。せっかく凍死せずに済んだのに、今度は溺死するところだった。
いやあ、それにしても湯舟って本当に気持ちが良いなあ。
目が覚めて程なくして、どたどたと跫が聞こえた。お風呂の扉が乱暴に開け放たれる。
「わあ、えっち」
「やかましい。ミカ、何故お前があの本を持っている」
「お風呂のあとじゃ駄目かな」
まあ、今ここで話しても良いんだけどさ。
千代美の事で余裕を無くすまほが可愛くて仕方ないから、わざと焦らすようなことを言ってしまった。
驚いたことにまほは舌打ちをして、早くしろと吐き捨てるように言って扉を閉めた。
あ、でもこれだけは言わなくちゃ。
「まほ」
「何だ」
「サンドイッチ、食べちゃってごめんね」
何も言わず立ち去るまほと入れ替わるようにして、今度は千代美がやって来た。
まほよりは落ち着いているのか、こちらは扉越しに会話をする。
「ミカ、あの、本、ありがとう」
声が震えている。
「千代美、もしかして泣いているのかい」
「うん、本が戻って来たのが、嬉しくて」
そんなに大切な物だったのか。まほも取り乱す訳だ。それならまあ、こちらも凍え甲斐があったというものだね。
事情はお風呂から上がったら説明するよと返した。
それと、もうひとつ。
「サンドイッチ、ご馳走さま。あまり美味しくなかったよ」
「えへへ、やっぱり」
気恥ずかしそうに笑って、千代美も立ち去った。
全く、入れ替わり立ち替わり、忙しいことだ。お陰で二度寝せずに済んだけどさ。
さて、体も十分暖まったし、そろそろ上がろうか。
どこから話そうかなあ。
【ミカ・おわり】
【千代美】
参ったなあ、ミカにはバレちゃったか。
まあ、それはそれ。いずれバレるものだったんだと思うことにする。
それより本が戻って来て、本当に良かった。
まほが買ってくれたカバーも、スタバで赤ちゃんが付けた折り目もある。間違いなく私の本だ。
さっき、ダージリンがこれを持って来たのを見て、目を疑った。なんでここにあるんだよ、って。
その事情は、ミカがこれから話してくれるらしい。
そんな訳で私達はダージリンの家のリビングでミカがお風呂から上がるのを待ちながら、ダージリンの茶飲み話を上の空で聞いている。
「聞いて頂戴。カチューシャったら酷いのよ」
今日のダージリンはカチューシャとどこかで食事をしていたらしい。
お酒を飲んだカチューシャを車で送ろうとしたら、乗りたくないと言ってわざわざノンナを呼び出して帰ったとかなんとか。
まあ、確かに酷いけど、ダージリンの運転も負けないくらい酷いからなあ。酔ってる時に乗りたいかって言われると、うーん。
正直、可哀想なのはダージリンよりノンナじゃないかと思う。
「お待たせしたね」
髪を拭きながら、ミカがやってきた。
何故かミカは、苛立ちを隠さない様子のまほの隣に腰を降ろし、話し始めた。
「私にその本を預けたのは、あの人なんだ。名前は忘れたけど」
何て言ったっけ、あの、カチューシャのせいでよく走り回ってるハイエースの人、とミカは記憶と格闘している。
あれ、それってもしかして。
「ノンナか」
「そう、ノンナさんだ。彼女が先にそこで待ってたんだよ」
そう言ってミカは玄関の方を指す。
ノンナが来てたんだ。
彼女が先にそこで待っていた。普通の本ならポストにでも突っ込めたんだろうけど、この本じゃ無理だから待つしか無かった。
「でね、彼女はカチューシャの呼び出しでこの場を離れざるを得なくなった」
そこに弁当箱を持った私が来合わせたのさ、とミカは淡々と説明した。
そしてノンナから本を預かったミカは、ダージリンが帰ってくるまでそこに居たって訳か。
まあ、ノンナはカチューシャの送迎でここにもよく来るから、その隣の私達の家を知ってるのは別に不思議な事じゃない。ただ、ノンナが本を持っていたのは、一体。
「ああ、何故だか子連れの女性が一緒だったよ。マルヤマさんと言ったかな」
あ。
その人は。
「繋がったか」
私達を追い掛けたマルヤマさんをノンナが車に乗せてここまで来た。
そして本はミカの手に渡った、か。
「ノンナが我々に気付いていたということは、彼女は店に居たのか」
ああ、そう言えばそうか。ノンナはマルヤマさんが追い掛けたのが私達であることに気付いてたからここまで来れた。
って事は店に居たんだ。
気付いてたなら話し掛けてくれりゃ良かったのに。
「どうせまたイチャイチャしてて話し掛けづらいオーラでも放ってたんじゃないの、貴女達」
うっ。
「それは」
「ぐうの音も出ません」
ダージリンは仕方ないわねといった風にため息をついた。
ともあれ、ちゃんとお礼しないとな。
ノンナは元より、出来ればマルヤマさんにも。
ひとまず、夕飯作るか。
「ミカも良かったら食べてってくれ。またサンドイッチだけど」
「そりゃ有り難いけど、いいのかい」
心配しなくていいよ、ちゃんと美味しく作るから。
【まほ】
千代美は夕飯を作りに部屋に戻った。
さっきまで本を抱えて泣いていたというのに、彼女は本当に強い。
こちらの部屋には私、ミカ、そして家主のダージリンが残っている。
私も何か手伝おうと腰を上げると、ミカに呼び止められた。
「まほ、話があるんだ」
「私にか」
「うん。彼女の料理についてさ」
千代美の料理について。どんな話だろうか。
ミカは、怒らないで聞いてくれよ、と前置きをした。
「今朝のサンドイッチね、あまり美味しくなかった」
頭に血が上るのを感じる。こいつは一体何を言い出すんだ。
咄嗟にミカの胸倉を掴もうとしたが、ダージリンに制された。
「怒らないで、って言われたでしょう。私の家で暴れるのはカチューシャだけで沢山だわ」
そう言われると、立つ瀬が無い。
拳を握り、耐え、詫びた。
「すまん」
「いや、私も言い方が悪かったね。不味いと言っている訳じゃないんだ」
美味しいことは美味しいんだけど、とミカは何か良い言い回しを探しているようだった。
それは、もしかして。
「『違う』、か」
「ああ、それだ」
千代美の料理に何か問題でもあるのだろうか。彼女の料理を口にする者は軒並み『店が開ける味だ』などと言う。
何が不満なのだ、ミカは。
「店が開ける味。そうだね、彼女の料理はいつもそうだ」
でも今朝のサンドイッチは違ったんだ、とミカは言う。
「彼女は人に料理を出す時は店が開ける味、つまり万人向けの味にする」
「それが今朝は違ったと言うのか」
「うん」
どういう事だろう。一体何が言いたいのだ、ミカは。
私は分かったわと、紅茶を淹れて運んできたダージリンが口を挟んだ。
「それは千代美しか知らないんじゃないかなあ」
まほ、目玉焼きの好みはあるかい、と突然の質問。
「半熟で、醤油をかける」
「あら、温泉旅行の時は二人ともプレーン派って言ってた癖に」
「あの時は面倒くさかったからな」
随分と昔の話を覚えているものだ。
あの時は確か、食べ物の好みで喧嘩するのが好きなダージリンがソース派の角谷にちょっかいを出したのだったか。
面倒で私も千代美もプレーン派と答えた。
「そう、目玉焼きはとても好みが分かれる」
「味付けから焼き加減まで人それぞれに好みがある」
「ちょっかいを出せばすぐにでも戦いが始まる食べ物さ」
「だけどまほ、君と千代美はそれで喧嘩なんかしないだろう」
確かにそうだ。
私と千代美は目玉焼きの好みが違う。
だが、それで喧嘩になった事は一度も無い。
「ねえ、まほ」
「千代美は、まほの好みに合わせて目玉焼きを焼いてくれてるんじゃないのかい」
「目玉焼きに限った事じゃないけどね」
「千代美は全ての料理でまほの為の味が出せるんだと思う」
「まほが気付かなかったのは、たぶん」
「まほにとっては単に『全部美味しい』からさ」
「だから、改めて言うよ」
「サンドイッチ、食べちゃってごめんね」
考えれば考えるほど、辻褄が合う。
目玉焼きどころか、コーヒーの一杯ですら、千代美は私の好みに淹れてくれるのだ。
仮にミカの推測が本当だとすれば、私は、私の事をそこまで想ってくれている人に対して、疑うような事を。
それは果たして、謝って許して貰える事なのだろうか。
「千代美さんが貴女を嫌う筈が無いでしょうに。見ていれば分かるわ」
ううん。
しかし、そんな事があり得るのだろうか。
千代美に直接訊くのも何だか憚られる。
確かめる術など、ああ。
千代美は今、サンドイッチを作っている。恐らくそれで分かる事か。
まあ、きっと、何が入っていても美味い。それは間違い無いだろう。
ひとまず。
「ミカ、色々と済まなかった」
「気にしてないよ」
「千代美の本の事、ありがとう」
大事にしてあげることだね、と笑い、ミカは紅茶を不味そうに飲んだ。
「本当に不味いね、これ」
「溢さずにお話が出来れば何でも良かったのよ」
言って、ダージリンはこちらを軽く睨んだ。
「ち、千代美を手伝ってくる」
「ふふ、行ってらっしゃい」
ううん、どんな顔をして会えば良いのだろう。
【千代美】
「千代美」
「まほ。ミカから聞いたんだろ」
「んん」
バレちゃったか。
まあ、ミカに口止めしなかった辺り、私にもいつか知ってほしいという想いがあったんだと思う。
彼女の言う通り、私は人に料理を出す時とは別に、まほに料理を出す時だけ使う味がある。
と言っても、隠し味がどうとか、そういう難しい事をしてる訳じゃない。単に『まほ好みの味』を把握して、それに合わせてごはん作ってるってだけ。
「いつから」
「いつからだろう」
覚えときゃ良かったかな。
そんくらい、ずっと前から。
でも、ひとつだけ。
二人でソファに倒れ込み、私はまほにお願いをした。
「昨日のあれ、やって」
「こうか」
まほは私の頭を掴んで、ぎゅうっと胸に押し付けた。
息が、止まる。
「逃がさん」
ああ、最高だ。
ぞくぞくとしたものが背中を走り抜け、もう、それだけで。
「ご馳走さまだわ」
「全くだね」
嘘だろ、おい。
「お、お前ら、いつからそこに」
「いつからかしらね」
「『いつからだろう』ね」
だいぶ前から、って言うかほぼ最初からかよ。
「隠れてたな」
「人聞きが悪いね」
「貴女達が話し掛けづらいだけよ」
ま、まほ。
そろそろ、あの。
「うわ、千代美、大丈夫か」
「手を離しなさいよ」
ぷはあ。
た、助かった。
「ダージリン、彼女達はいつもこうなのかい」
「ええ、飽きないわよ」
あの、サンドイッチ、出来上がってますんで。
「うん、頂いてる。美味しいよ」
さすが千代美だ、とミカは笑う。
「じゃ、残りは向こうで頂きましょうか」
「そうしよう」
言って、二人はサンドイッチの皿を持ってそそくさと出ていった。
ここに居るのは今度こそ、私とまほだけ。
ちょっとだけ長いキスをして、訊いた。
「何か食べたいもの、あるか」
「魚」
鰯でいいかな。
私がそう返すと、まほは小さく頷いた。
【了】
完結です。
ここまでのお付き合い、ありがとうございました
おわっちゃった
>>210
お付き合いありがとうございました
>>211
こちらこそ素敵な物語ありがとうございました
>>212
いやいやいやこちらこそありがとうございました
【千代美(中)】を渋に公開しました。
「毛羽毛現の湯」か、まほチョビタグで検索して頂ければ出ると思います。
乙 何気なしに開いたけど面白かった
あと千代美(中)で一部分の硬度と角度が上昇した、ごちそうさまでした
>>214
ありがとうございます
追ってここのRにも投下してみる予定です。
これほどの作品がまとめに乗らないのはもったいないな
まほチョビは荒れるとはいえ
>>216
正直、ここに投下するのもはらはらしてましたので…仕方ないです
YoYo
正直まほチョビで荒れるっていうのがよくわかんないんだけど過激派でもおるんか?
>>218
いえーい
>>219
いやあ、実は私もよく分かってません。
確かに荒れるというよりは「過激派が居る」という言いかたの方が適切かも知れません。
某最大手さんにまほチョビSSをまとめて頂いた時に、コメント欄がそんな感じになった経験がどうも頭から離れなくて。
まほチョビを書いても投下を躊躇うようになってしまったんです。
>>220
そうだったのか…
正直まとめサイトのコメント欄とか自演してもわかんないし、民度あれだから気にしなくていいと思うけどなぁ
ここで絶賛されてる作品でも酷評されてることしょっちゅうだし
>>221
お気遣いありがとうございます
まあその炎上が悔しかったのが切欠でまほチョビばかり書くようになってしまったという側面もあるので、感謝もしてるんですよ
あと、渋に公開した【千代美(中)】が皆様のお陰でデイリー39位を頂きました。
注目ジャンルや注目作家が犇めくランキングの中にまほチョビをぶち込めたのは、一重に助平な皆様のお陰です。本当にありがとうございました。
まとめの養分になりたがるやつってほんにいるんだな
無断転載されてよろこぶとか脳みそが欠けてる証拠だろ…
>>223
そっすね!
>>222
千代美(中)を読んでから続きを読むとだと中々に…ふぅ
>>225
個人的にはギャグを目指したのですが、思いのほか「エロい」という感想を多く頂きました…ありがとうございます
つまらなかった
>>227
お読み頂きありがとうございます
精進します…
長々と済みませんでした。そろそろお開きと致します
春編が書けたらまた来ます
良ければその際にまたお付き合い下さい
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