ゴゴゴゴ…
「…ん?な、何だあれは!」
「で、でっかい将棋の駒が空を飛んでる?歩とか桂馬が…」
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ドガーン!ドゴーン!
ワー
キャー
「うわー、何か光線みたいなの撃ってきた!一瞬で辺りが火の海に…!」
「た、助けてくれーっ!」
ある日、突如として地球に現れ、上空を埋め尽くした多数の将棋の駒形UFO。
それにあっという間に地球は制圧されてしまった。
地球側のあらゆる攻撃は通じず、軍隊は全て無力化され
人類は降伏を余儀なくされてしまった。
そして一きわ大きな、王将と書かれたUFOの中から将棋大王と名乗る者が現れ
テレビを通じて世界中にメッセージを放送した。
放送は、将棋星人だけに日本の将棋会館から行われ、
そしてそのメッセージに、全人類は戦慄した…。
大王「ガッハッハ、地球の原始人どもよ、我々の力を思い知ったか!」
大王「我々はお前達より、数千年は進歩した科学力を持っている!」
大王「地球は、我々の植民地となる運命なのだ!」
視聴者1「しょ、植民地だって?」
視聴者2「何て事だ…」
視聴者3「植民地にされちまったらどうなるんだ?」
大王「我々将棋星人の主な産業は、将棋の駒や盤の生産だ」
大王「なので、全地球人は一人残らずすべてこれに従事する事になる!」
大王「朝から晩までな!当然、自由などない!」
視聴者1「な、何てことだ…」
視聴者2「い、嫌だ、朝から晩まで将棋の駒を作り続けるだけの生活なんて…!」
大王「だがまぁ、1つチャンスをやろう」
大王「我々は将棋星人というだけあって、あらゆる事を将棋で決める習慣がある」
大王「将棋で勝負し、お前達の代表が我々の代表に勝ったのなら、我々は潔く引き上げてやる」
視聴者1「将棋星人と将棋で勝負だって?」
視聴者2「名前からして、メチャメチャ将棋が強いに決まってるじゃないか!」
視聴者3「将棋星人に、将棋で対抗できそうな人物なんて…。ハッ、そう言えば一人!」
羽部永世七冠…。
多くの者の頭に、その名が浮かんだ。
前人未到の永世七冠。
恐らく、将棋歴代最強の男。
もし将棋星人に勝てる者がいるとしたら、あの男を除いて他にいないだろう…。
大王「将棋のルールは全く同じだ。持ち時間は各5時間、日時は明後日、場所は…ん?」
羽部「…」
視聴者1「お、おお?羽部七冠が将棋大王の前に立ちはだかったぞ!」
視聴者2「やる気か…?やってくれるのか?」
視聴者3「いいぞ、将棋星人に対抗できるのは恐らくあの人しか居ない!」
大王「…」
羽部「…」
大王「ショギ…」
羽部「ショギショギ…」
大王「ショギギ…」
羽部「ショショギ…」
視聴者1「ん?な、何だあれ?」
視聴者2「まさか、将棋星人語…?」
視聴者3「さ、さすが羽部永世七冠、あれだけ将棋通なら将棋星人語もペラペラ…」
羽部「ク…」
大王「ククク…」
羽部「ハーッハッハッハ!」
大王「残念だったな、この男は我々のスパイだ」
羽部「クックック、すいませんね地球の皆さん」
視聴者1「な、何だってー!?」
視聴者2「ま、まさか羽部さんも将棋星人だったなんて!?」
視聴者3「ど、どうりであんなに強いわけだ!」
大王「やれやれ、あまり目立つなと言っておいたのに」
羽部「いえいえ、1割…。いや0.5割くらいの力しか出してませんが、クックック…」
視聴者1「な、何だって!?」
視聴者2「い、1割も力を出さずにあんな強かったのか?」
視聴者3「さすがは将棋星人…。本気を出したら一体どれだけ強いんだ…」
大王「というわけで、我々の代表はこの男だ!」
羽部「クックック…。あなた方の将棋は、たっぷり研究させて頂きました…。ハーッハッハッハ!」
視聴者1「だ…ダメだ…」
視聴者2「あの人が将棋星人だというなら、勝てるヤツなんていない…」
視聴者3「しかも本気を出してすらいなかったなんて。もう、絶望だ…」
こうして、地球の運命をかけた羽部永世七冠との将棋対局が決定した。
しかし、挑戦者に誰も名乗りを上げない。
当然だった。
将棋の腕が1流であればあるほど、羽部七冠の強さは重々知っていた。
さらに、今まで1割も力を出していなかったとなると…。
負けて、地球を将棋星人に明け渡してしまった者となってしまうのは
誰だって御免だった。
しかし、勝てる見込みはないものの、一応形だけでも挑戦者を出さなければという事で、
名もなき奨励会員にお鉢が回ってきた。
負けても奨励会員だからと言い訳が立つし、それに一般より将棋の腕が立つので
万が一勝つ事もあるかも知れない…との思惑からだった。
ジャンケンで負け、引き受けさせられた奨励会員はたまったものではなかった。
必死で断ろうとしたが、無理やり汚れ役を押し付けられてしまった。
何とか負けるのがわかりきった、そして負けたら地球が植民地にされてしまう勝負を
回避しようとするものの、そうこうしている内に対局が刻一刻と近づいてくる。
そしていよいよ、明日が対局の日となった…。
奨励会員「ああー、ど、どうしよう…」
奨励会員「明日…地球の運命をかけて…」
奨励会員「羽部さんと、将棋で対局するんだよナァァァー」
奨励会員「絶対、勝てるわけないだろ!」
奨励会員「けど負けたら負けたで、地球を明け渡した男って一生言われ続けるぞ…。
下手したら殺される…」
奨励会員「逃げても駄目だろうな…そしたら今度は逃げた男として」
奨励会員「ああもう!一体どうすりゃいいんだ!」
ピンポーン
奨励会員「ん?誰だこんな時に。はいはい、今出ますよ」
ガチャリ
奨励会員「…え?あなたは…」
―――
――
―
翌日。ほぼ全人類が、絶望的な気分で迎えた対局日当日。
ほとんどの人が、テレビに映る対局風景を、虚ろで暗い目で見つめる中で
対局が開始された。
記録係「それでは、時間です」
羽部「お願いします」
奨励会員「お願いします」
実況「さて、いよいよ始まりましたね」
解説「ええ。まさに地球の運命をかけた1戦です」
実況「テレビの視聴率がほぼ100パーセントだそうです」
解説「それもそうでしょうね」
実況「先手は羽部永世七冠。さて、一体どんな初手を…」
羽部「…」パチリ
実況「ん…?う、うおおーーーっ!?こ、これは?この初手は?」
解説「か、角頭歩…?」
初手角頭歩。
角の頭にある歩をいきなり突く一手。
通常のプロの対局なら、まずありえないこの初手。
驚く周囲をよそに、将棋大王は…。
大王(ショッギッギ…。定跡N2904か。地球上には存在しない、将棋星の将棋の定跡…)
大王(今の地球の将棋では、これを受けきる方法はない!)
大王(やつめ、本気だな)
実況「常識外れの一手が飛び出しましたが…これが将棋星の将棋なんでしょうか?」
解説「さぁ…。どうなんでしょうか」
実況「さて、注目の後手の一手目は…」
奨励会員「…」パチリ
実況「うおおおーーっ!?こ、こっちも角頭歩!?」
解説「ど、どうなってるんですかこれは!?」
大王(な…何だと?まさか定跡S508b!?)
大王(定跡N2904への対抗手段の一つ…こ、これは現在地球上には存在しないはず!)
大王(やけくそになった結果の偶然か?い、いや…)
羽部「…」パチリ
奨励会員「…」パチリ
実況「えーっ!?次に3六歩!?」
解説「そんで後手は端歩!?こ、これは一体…」
大王(的確に受けている…。これは偶然ではない!)
大王(コンピューターを使って何かインチキを?い、いや…)
大王(いくらコンピュータと言えども、我々の数千年に及ぶ定跡に2日で追いつく事など不可能)
大王(なぜだ!?なぜあの男は我々将棋星の将棋の定跡を!?)
奨励会員「…」
奨励会員「昨日…」
―――
――
―
奨励会員「あ、あなたは…」
奨励会員「羽部さん!?」
羽部「どうも、今日は」
奨励会員「い、一体何をしに来たんです?」
奨励会員「まさか、必勝に必勝を期すために僕の命を狙いに…」
羽部「いえいえ、そんなんじゃありません」
羽部「あなたに、我々将棋星人の将棋の定跡を覚えて頂こうと思ってこうして来たんです」
奨励会員「え…?あなた方の将棋の定跡を?い、一体どういう事なんです?」
羽部「私の強さの秘密は、私の実力というよりはほとんど将棋星の定跡のお陰なのです」
奨励会員「え、そうなんですか…」
羽部「ええ。何せ地球のものよりも何千年分も進歩してますから」
羽部「定跡を抜きにした私の実力は、おそらく並みのプロとそう変わらないでしょう…」
奨励会員「はぁ…いやとても信じられませんが」
羽部「なので、あなたに我々の定跡を覚えて頂ければ、きっと明日はいい勝負に…」
奨励会員「あ、あのちょっと待ってください」
羽部「はい、何でしょう」
奨励会員「な、何で僕にそんな事を?何もしなければ、きっと明日はあっさり勝てて…」
羽部「…実は、この星にスパイとして送り込まれた時には、そうする積りでした」
羽部「しかし、地球での勝負を何度も繰り返す内に…」
羽部「あなた方の将棋に、定跡に染まりきった我々の将棋にはない可能性を感じたのです」
奨励会員「可能性…?」
羽部「ええ。粗野で、荒削りで…。しかし一手一手を真剣に考え抜き、時には驚くような手が飛び出す…」
羽部「いずれは、我々の将棋とは全く違う進化を遂げる可能性すら感じました」
奨励会員「そうなんですか…」
羽部「ええ。なのでその可能性を潰してしまうのはあまりにもったいなく…」
羽部「しかし、私が手を抜いてわざと負けたのでは、将棋大王に簡単に見破られてしまう」
羽部「なので、あなたに我々の定跡を覚えてもらった上で私と真剣な勝負をし、
できればあなたに勝って欲しいのです」
奨励会員「そ、そんな…」
奨励会員「け、けどすぐに将棋大王に対局を止められちゃうんじゃないですか?」
羽部「いえ、それは心配ありません。勝負が始まったら、決して横から口出ししてはならない…」
羽部「そして、勝負の結果についてもあれこれ言ってはならない」
羽部「我々、将棋星人の掟です。これを破るのは死ぬほどの屈辱とされています」
羽部「もちろん、真剣勝負に限りますが」
奨励会員「そうなんですか…」
奨励会員「で、でも定跡を覚えるなんて1日じゃ無理ですよ?」
羽部「ああ、それは問題ありません。我々の定跡は高度に整備された結果、
非常に単純に一般化されてますから」
奨励会員「え?というと?」
羽部「そうですね、あなた方の将棋の格言に、飛車先の歩を切るのは3手の得あり、とありますね」
奨励会員「あ、ええ。今はそうでもないと言われてますが…」
羽部「我々の星では、長年の研究の結果やっぱり得ありという結論となっています」
奨励会員「へぇー…。そうなんですか」
羽部「その他にも、金底の歩は岩より硬いとか、横歩3年の煩いとか…」
羽部「このような将棋の格言のように、非常に単純な形で一般化されているのです。
角頭歩には角頭歩と言ったようにね」
奨励会員「へー…」
羽部「私も局面局面でちょいちょいそれを利用し、それで勝利を重ねてきたわけです」
奨励会員「そうだったんですか…」
羽部「これなら、覚えるのにそう時間は必要ありません。ざっと150くらいはありますが…」
奨励会員「ええまぁ…。それくらいなら何とかなりそうです」
羽部「しかし、実戦で身に着けるのは覚えるのとはまた別」
羽部「今からやっても、徹夜になるかも…」
奨励会員「ええ、そのくらいなら問題ありませんよ。何せ、地球の運命がかかってますから」
羽部「それを聞いて安心しました。では、早速取り掛かりましょう!」
奨励会員「はい!」
―――
――
ー
羽部「…」パチリ
奨励会員「…という事があった」
奨励会員「それにしても、羽部さん」
奨励会員「並みのプロと、そう変わらない実力…?」
奨励会員「冗談じゃない。やっぱり、メチャクチャ強いじゃないか」
奨励会員「こちらが軽くジャブを打つたびに、重いパンチが3発は飛んでくる感覚だ…」
奨励会員「けど、ひるむわけにはいかない。何せ、地球の運命がかかってるんだから…!」パチリ
大王「く、くそ!定跡に定跡で対抗された結果、こちらの優位性が薄れている…」
大王「ただの力戦、乱戦模様になっている!」
大王「もっと、あっさり勝負がつくはずだったのに、これは…!」
9時間後…
奨励会員「…死にもの狂いで猛攻をしのいでいる内に、一瞬だけの反撃のチャンスが来た気がする…」
奨励会員「攻めに転じれば、30手後には何となく勝ってる気がする」
奨励会員「けど、自信が無い…。読みきれない…」
奨励会員「こちらはもう風前の灯だ。詰む寸前…。受けに回れば、数手はしのげる。けど…」
サンジュウビョウー
奨励会員「どうする?受けるか?攻めるか?」
奨励会員「この判断に、地球の運命を賭けていいのか…?」
イチ、ニ、サン…
奨励会員「もう、時間がない。緊張で、体の震えが止まらない…」
奨励会員「…けど、いい勝負だ。こんなにいい将棋を指した事なんて今までにない」
奨励会員「楽しかった。負けても、それは俺の実力不足…」
奨励会員「…よし、勝負だ!これで負けても、悔いはない!」パチッ
羽部「…」
奨励会員「…」
羽部「…」
奨励会員「…」
羽部「…フッ。気迫の篭った、いい一手です」
羽部「参りました」
奨励会員「えっ…」
奨励会員「や、やった…?勝った…?」
大王「ま、待て!まだ勝負はついてないだろう!ここから…」
羽部「いえ、確かめて下さい。30手後にこちらが綺麗に詰みます」
大王「ぐ、ぐぬ、確かに…」
大王「わ、我々が負けるわけがない!お前、わざと手を抜いて…」
羽部「いえ、横で見ててそのような様子はありましたか?棋譜も立派なものです」
大王「ぐ、ぐうう…」
羽部「お互い、真剣に実力を出し切ったのです」
羽部「真剣な将棋勝負の結果に、あれこれ言ってはならない…でしょう?」
羽部「我々は、将棋星人ですから」
大王「ぬ、ぬぅぅー…」
大王「ショギーン…」ガックリ
実況「や、やりました、逆転勝利!見事な逆転勝利です!」
解説「や、やった!地球は救われました!やった、助かったー!」
奨励会員「はぁ、力が抜けて、立てない…誰か、起こして…」
予想外の勝利に、その日地球全土は沸きかえった。
アマゾンには将棋関連商品に予約が殺到し、
棋士にはとんでもない数のテレビ出演依頼が舞い込み、
ハム将棋にはアクセスが集中しサーバーがダウンしてしまった。
そして、そんな騒ぎもひと段落した頃…。
奨励会員「羽部さん。将棋星に帰ってしまうんですか?」
羽部「ええ。正体を知られた以上、もう地球にはいられませんからね」
奨励会員「…残念です。それに、大丈夫ですか?将棋大王があなたを裏切り者として…」
羽部「いえ、あなたが我々の定跡を覚えた上で実力で勝ったんです。それにあれこれ口は挟めませんよ」
羽部「それより、あなたはこれからどうするんですか?」
羽部「将棋を続ければ、きっと私のように永世七冠も夢では…」
奨励会員「…いえ。僕はもう将棋はやめます」
羽部「え?どうしてですか?」
奨励会員「だって、僕が将棋星の定跡を使って将棋を続けたら」
奨励会員「研究されて、皆が同じような事を始めて」
奨励会員「地球の将棋が、羽部さんの言う定跡に染まらない将棋じゃ無くなってしまいますからね…」
羽部「もったいない。無欲なんですね、あなたは」
奨励会員「それに将棋星の定跡をあえて使わないのは、手抜きになってしまって相手に失礼ですしね」
羽部「もしかして、私はあなたの将棋生命を絶ってしまったのかも知れませんね。申し訳ない事をしました」
奨励会員「いえいいんです。最後に最高の将棋が指せましたから」
奨励会員「あれ以上の将棋を指せる機会はもうないと思いますし。未練はありません」
奨励会員「羽部さんとの勝負は、一生忘れませんよ」
羽部「ええ。いい勝負でしたね。私も忘れませんよ」
羽部「…それでは、時間ですね。お元気で」
奨励会員「ええ、羽部さんも元気で!」
羽部「地球の将棋は楽しかったですよ。最高の思い出です。それでは…」
奨励会員「ええ、さようなら…」
こうして、地球の危機は去った。
将棋星人だった羽部永世7冠の協力の元、地球の危機を救った奨励会員だったが
特例で今すぐプロに、新設の冠位を持った状態で、と引き止める周囲の誘いを断り
スッパリと将棋をやめてしまった。
その後、彼がどうなったのかと言うと…。
対戦者「…」
元奨励会員「これでどうだ!」パタパタパタ
「以上、21対43で白の勝ち!全日本オセロ大会、元奨励会員の優勝です!」
ワァァー…
対戦者「参った。おめでとう」
元奨励会員「ありがとう、やった!」
こうして彼は、オセロの世界チャンピオンを目指し、今日も日々奮闘するのだった…。
終わり
おまけ
そんなある日…。
ゴゴゴゴ…
「…ん?な、何だあれは!」
「で、でっかいオセロの駒が空を飛んでる?」
本当に終わり
以上でした
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