リハビリです。
エスコン4の世界観をお借りして短め(?)に。
戦闘機には乗りません。
正月休み中は随時更新…予定。
勘が取り戻せたら、書き掛けの方も頑張ります。
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撃てよ、臆病者!
銃声が、散発的に街のどこからか聞こえている。
半分崩れたビルの中でその音を聞きながら、私は茫然自失していた。
サンサルバシオンはすでに陥落した。
連合軍は敗北と撤退を繰り返してたどり着いたここ、大陸東部の都市、ロスカナスからの一大反抗作戦を決行したものの、エルジアの航空戦力の前にあえなく失敗。
それどころか、戦力を失った連合軍が駐留するこの街に、エルジア軍が侵攻してきた。
もう、連合軍にエルジアを食い止めるだけの戦力は残されていなかった。侵攻から二日目。連合軍が撤退を開始した。
その情報は、私達民兵の間に毒のように蔓延した。
この街には、首都サンサルバシオンから逃げ出してきた私のように、故郷を焼け出され、エルジアへの復讐心を燃やす民兵が山ほどいた。
けれど、度重なる敗戦で疲弊していた私達にとって、連合軍の撤退という情報は、戦意を根こそぎ刈り取るのに十分な衝撃だった。
そして、それを察したかのように、エルジア軍はこの街の掃討作戦を決行した。
仲間を失い、散り散りにされ、息を切らせて駆け込んだのが、この戦車砲で破壊されたビルの中、だ。
もう、何をしても…私達がかつての生活を取り戻すことはできないだろう。
私は…私達は、それを願って戦っていたはずなのに…結局のところ、私達の抵抗のせいで、この街の破壊が進んでいる。
「あぁ…どうして、こんな…」
胸に込み上げて来る喪失感に、私は撃ち切ったアサルトライフルを投げ捨てて、頭を抱えていた。
こんな気持ちになったのは、あの日の夜以来かもしれない。
敵は、もうじきこの辺りの捜索を始めるだろう。
動かなければ見つかって、運が良くても捕虜収容所行き。悪ければ、強姦された挙句に銃殺だ。
…それは、イヤだな…
私は、腰のホルスターから拳銃を抜いた。幸い、こっちにはまだ弾が残っている。
スライドを引いて、チャンバー内に弾が入っているのを確認し、撃鉄を起こした。
親指をトリガーに引っかけて、銃口を咥えこむ。
故郷の、サンサルバシオンの街並みが…死んだ家族や友人たちの顔が、脳裏に浮かんだ。
---カツン
不意に、物音が聞こえた。
人間っていうのは不思議なもので、たった今、死のうとしていたとしても、身の危険を感じれば、それに抗おうと振る舞うものらしい。
私はハッとして目を開き、銃口を崩れた瓦礫の隙間へと向けた。
そこには---
「あ…う、撃たないでっ!」
ブロンドの髪をした、一人の少女がいた。まだ、十歳くらいだろうか。
煤に汚れ、あちこち裂けたシャツにジーンズを着た彼女は、アサルトライフルを抱きかかえるようにして、私を怯えた表情で見ていた。
少なくとも、エルジア軍ではない…
私は、ふぅ、とため息を付いて、銃をホルスターに戻した。
すると少女は、ほっとした表情を浮かべて、ビルの中へと足を踏み入れて来た。
「あ、あの…市民軍の…民兵さん、ですか?」
「え、ええ…そうだけど…」
「やっぱり…その腕の青い腕章、本物なんですね」
少女は、こんな状況だというのに、微かな笑顔を浮かべて言った。私の腕には、市民軍がお互いを識別するための青いスカーフが巻き付けてある。
腕章なんて、そんな立派なものじゃない。
「あなたは? こんなところで何をしてるの?」
「…家族を、探しに来たんです」
そういうと彼女は、背負っていたバックパックを下ろして、ほんの少しだけ、ジッパーを開けて見せた。
するとそこから、ひょこっと、小さな顔が飛び出て来る。きれいなグレーな毛並みの猫だった。
「これが、家族…?」
「はい…パパも、ママも、落ちて来た爆弾で死んじゃって…この子だけが、家族なんです」
「…そっか…見つけられて良かった」
私は思わず、少女の頭を撫でつけていた。彼女は、こんな状況だというのに、やっぱり微かに笑顔になる。
---ダダダン!
銃声がした。すぐ近くってわけでもなさそうだけど、遠くもない…敵が来たんだ。
私は、緩みそうになった気持ちを整えて
「敵が来る。早く逃げなさい」
と彼女に告げ、バックパックを背負うように促す。彼女は、それに応じつつも、
「民兵さんも一緒に!」
と私を見上げた。
一緒に行って、どうなるっていうの?
そんな言葉が出そうになったのを、私はなんとかこらえる。
「私はここに残るよ。一人でも戦える。あいつらの足止めをしなきゃならないから」
「でも!」
「いいから、あなたは逃げなさい」
そう伝えて肩を押した私の手を、彼女は捕まえた。
「ダメです…ここにいても、助かりませんよ! 来る途中にもまだ民兵さん達が残ってましたから…そっちの方が良いと思います!」
「まだ戦っている人がいるの?」
「はい、三番街の方です!」
知らず知らず、私は拳を握りしめていた。
まだ抵抗している人たちがいるというのに、自分はあきらめて、自決を考えてしまっていただなんて…
「…分かった。三番街ね…私もそこへ行くわ」
「私も三番街から街の外へ逃げるので、守ってください」
彼女は…私にはとても真似できないような、強い意志を秘めた瞳でそういい、抱えていたアサルトライフルを私に差し出した。
その瞳に背中を押されるように私はライフルを受け取り、チャンバーと弾倉を確認する。
5.56mmのUTO規格弾を使う東側の軍用ライフルだ。弾は弾倉に三十発だけ。この弾倉一本だけで敵と撃ち合うなんて、無謀以外のなにものでもない。
私は、それでもコッキングレバーを引いてチャンバーに弾を装填する。そして、深く深呼吸をした。
敵を倒すことはできないだろう。私自身が身を守れるかどうかも危うい。でも、せめてこの子だけは、安全な場所まで連れて行ってあげたい。
そんな思いで、私は少女を見つめた。彼女は、相変わらずの瞳で、私を見つめてくれている。
「あなた、名前は?」
「クロエ。クロエ・メルベール。民兵さんは?」
「ミッシェル・シアーズ。ありがとう…来てくれて」
私はそう言ってクロエの肩に手を添えた。彼女が不思議そうに首を傾げてしまったので、私は思わず苦笑いを浮かべてしまう。
―――ダダダン!
また銃声が聞こえた。今度は、さっきのよりも近い。
私は、もう一度深呼吸をして気持ちを整えた。それから、クロエを見つめて立ち上がる。
「行こう、クロエ」
「うん」
私達はそう短く言葉を交わして、瓦礫の隙間からビルの外へと足を踏み出した。
つづきはまた深夜帯か明日の午前中にでも。
>>2
オメガ11 イジェェェェクト!
外には、眩いばかりの真っ青な空が広がっていた。
私はライフルを構えて、クロエを背後にかばいながら、大通りの歩道を慎重に進む。
クロエが言っていた三番街は街の南だけど、散発的な銃声は、西側から聞こえている。
三番街以外にも、生き残っている民兵が戦っているのかもしれない…
私は、胸に込み上げそうになった焦燥感を、唾と一緒に飲み込んだ。クロエを連れて、戦闘地域に向かうことはできない。
まずは、彼女を安全地帯まで送り届けるのが先だ。
それがどこかは分からないけど…少なくとも、街の南側から来たというのだから、そっちには、まだ敵が展開していないのだろう。
「クロエ、離れないで」
「うん」
私は背後にいるクロエに伝えた。彼女が私のパーカーの裾を握った感触を確かめながら、交差点へと差し掛かった。
建物の陰から西側を覗き込むと、そこには、灰色の装甲をした戦車と随伴兵が見えた。
私は息を飲んで、建物の陰に身を引く。動悸が激しくなり、嫌な汗が噴き出していた。
戦車砲を喰らったら、クロエまで巻き込んでしまう…このまままっすぐに南下はできそうにない。
「クロエ、あなた、あのビルまでどうやって来たの?」
私が振り返って尋ねると、クロエは私達が身を隠していた建物を指さした。
「この上を通って来たの」
クロエの言葉を聞いて見上げれば、大通りを跨ぐようにしてビルからビルへと空中回廊が架かっている。
そうか、ショッピングモールのA館とB館を繋ぐ通路だ…
「よし、あの通路を行こう。ほら、建物の中に…」
そう言って、私が後ろ手にクロエを促した瞬間、すぐそばで銃声が聞こえた。一発や二発ではない。斉射と言っていい程の無数の発砲音だ。
私は反射的にクロエを地面に引き倒してその上に覆いかぶさる。
自分が銃撃されていないことに一瞬安堵して顔を上げると、交差点のはす向かいにあったビルの上層に無数のマズルフラッシュが見えた。
軍服も、ヘルメットも身に着けていない。民兵達だった。
「散開! 散開しろ!」
「一時方向、民兵だ!」
「メディック! 来てくれ!」
「撃て撃て!」
激しい銃撃音とともに、エルジア兵の叫び声が聞こえる。
民兵達が立てこもっているビルの外壁からも激しい粉塵が上がり始めた。銃撃戦が始まったんだ。
私はアサルトライフルを構えて建物の陰から飛び出ようとして、思いとどまった。
今、私は攻撃を仕掛けちゃいけないクロエを逃がすことが優先だ。
この隙に、通路を渡ってしまおう、と顔を上げたその時、通路の窓を破って、何かが突き出てきた。
巨大なペン先のような塊が先端に付いた筒だ。
「RPG!」
エルジア兵が叫ぶのと、そのペン先が炎を噴いて発射されるのとは、ほぼ同時だった。
ペン先…つまり、対戦車ロケット弾が白煙を引いてエルジアの戦車に突っ込んでいく。
バカンッ!
と、まるで金属のバケツを金属のパイプで殴ったような音が辺りに響いた。発射された対戦車ロケット弾は、戦車の正面装甲に弾かれ近くのビルの外壁に衝突して爆発を起こす。
「ちっ!」
上の通路で、そう舌打ちする声が聞こえた。
でも、私はすでにそんなことを気にしている余裕がなかった。エルジアの戦車砲が、こちらに向かって旋回したからだった。
「クロエ、走って!」
私はクロエを引っ張り起こしてもと来た道を北に駆けだした。
ほんの十数メートルも走らない間に、
ズンッ!
っという重低音が大気を震わせた。次の瞬間、猛烈な爆発音が聞こえ、私は爆風にあおられた。
体勢をくずされながらも、無我夢中でクロエに覆いかぶさる。
さらに、もう一度戦車砲の発射音がした。ほとんど同時に再び爆発音。
身を起こして振り返ると、味方の民兵達が立てこもっていたビルが崩れ、炎に包まれていた。
味方が、一瞬でやられた…悲鳴すら聞こえない…ダメ、ダメだ…やっぱり戦力が違いすぎる…!
連合軍でさえ勝てなかったのに、私達民兵の装備でどうにかなる相手じゃない…!
「ミッシェル、立って!」
不意に、そう声が聞こえた。気付けば、私の下から這い出したクロエが、力強い目で私を見ていた。
私は頭を振って、折れそうになった心を立て直す。
そうだ、行かないと…!エルジアのやつらに見つかる前に…!」
「前進!前進だ!」
「警戒しろよ!」
「負傷者を後送しろ!」
「第一分隊、戦車に近づきすぎるなよ!」
交差点の方から声が聞こえる。急がないと…!
私は立ち上がって、クロエの手を取った。
北はもうダメ。西からはエルジア軍が来ている。でも、ここからは南には向かえない。残された道は、東だ。
でも、東には連合軍の基地がある。エルジアはそこを包囲攻撃するつもりだろうから、終われる形になってしまう。
いずれは南に向かうルートを探さないと、もっとひどい戦闘に巻き込まれかねない。
「ごめん、クロエ。急いで行こう!」
「うん!」
私達は大通りを走った。一ブロック戻った先の細い路地へと入り、中層住宅街を抜けて街の東へと向かう。
こんなに走り続けたのは、ハイスクールのアスレチックの授業以来かもしれない。
息が上がり、肺と気管が焼けるように痛む。それでも、私もクロエも、足を止めなかった。
やがて、街並みが変わった。
住宅街を抜けて、新興のオフィス街へとたどり着いていた。
民兵達の姿はない。でも、エルジア軍の姿もない。
良かった、このルートは正解だ…!
そう思って気が緩んだのか、私は歩道の段差に蹴躓いて転んでしまった。
「ミッシェル!」
クロエが叫ぶ。
あぁ、もう、ドジ!
そう思って体を起こそうとするけど、うまくいかない。足が棒のようになってしまって、いうことを聞いてくれなかった。
クロエは息を切らせているだけで、大丈夫そうなのに…情けないったらない。
「待ってて、お水持ってくる!」
クロエはそう言うと、素早く駆けだして、すぐそばにあった商店へと入って行った。街の住人はすでに避難したんだろう。
店は開けっぱなしだけど、外から見るだけでも、人の気配はしなかった。
程なくしてクロエが、ミネラルウォーターのボトルを手にして私のところに戻って来た。
「はい、飲んで!」
「はぁっ…はぁっ…ありがと…」
私はボトルを受け取って栓を切り、口の中を潤してから、一気に半分ほどの水を飲む。一度口を離して、呼吸を整えてから、さらにもう半分を体の中に流し込んだ。
ようやく、心臓の鼓動が落ち着いてきた。
同時にハッとしてクロエを見やると、前に抱えるようにしていたバックパックの中の猫に、手の平で水を与えていた。
どうやら、自分の分もちゃんと持ち出してきたみたいだ。やっぱりしっかりしてる子だ…
私は、改めてそんなことを感じながら、クロエを見つめていた。
と、彼女が水を与えていた猫の耳がぴくっと動いた。それとほとんど同時に、猫はバックパックの中へと素早く潜り込んでしまう。
「どうしたの…?」
クロエがそう声を掛けるのを見ていた私の耳にも、“それ”が聞こえた。
ごうごうと腹の底に響くような音と、何かが高速で回転しているような高い音。
音はみるみる近づいてきて、私達の上空から覆いかぶさる。
五機編成の戦闘機が、見上げた空を切り裂いた。どれも、黄色い腹をこちらに向けている。
先頭の一機が飛行機雲を引いて鋭く旋回し、他の四機が、空に散開した。
エルジアの戦闘機隊だ。
そのうちの一機が、炎の球を吐き出して急旋回をする。その火球に吸い込まれるように、どこからか飛来した白煙を引く何かが衝突し、小さな爆発を起こした。
上空の五機の動きがにわかに慌ただしくなる。
その理由を、私は東の空に見つけた。
グレーの戦闘機隊…あれば、連合軍のだ…!
「クロエ、急ごう!」
「う、うん…!何か始まるの…?」
「街上空の制空権を奪い合ってる…戦車なんかより、もっとまずいのが出て来るかもしれない…!」
「う、うん、わかった…!」
クロエはそう言ってボトルの栓を閉め、バックパックのポケットにそれを押し込んだ。
それを確認して、南へと足を向けようとしたとき、私の耳に聞こえて来たのは、飛行機のエンジン音とは異なる、低い断続音。
再び空を見上げるとそこには、エルジア軍のヘリがいた。それも、一番ヤバイやつが…!
「ハインドD…!」
「へ、ヘリコプター?!」
「う、うん…ユークトバニア設計の強襲型ヘリで、兵員輸送と対地対空戦をこなせる、ヤバイ機体なの!」
「に、逃げよう!」
「あぁ、うん!」
私達は再び路地を走り出す。さっきの場所からはずいぶんの距離を移動した。ここからは、南を目指して街を抜ける方が良い。
だけど、エルジアのヘリは一機だけじゃない。街中の空に、無数に飛んでいる。
…あのヘリ、まさか…!
私は、走りながらそれを考えていた。あのヘリ、もしかして…エルジア兵を移送している…?
街の制圧のために、侵攻範囲を素早く広げるつもりだ。
それに気づいた連合軍戦闘機が出張って来たから、ヘリの援護のために、エルジアのあの黄色いのが飛んできたに違いない…!
ヘリの多くは街の東側へと飛来しているが、南へも何機か流れて行っている。急がないと、逃げ道が…!
焦燥感から私達はさらに駆け足を速めて、街の南へと抜ける身を抜けていく。
二ブロックを抜け、三ブロックめに差し掛かったとき、私達の上空を、一機のハインドが飛びぬけて行った。
そしてその先でホバリングをはじめ、ロープにつるした兵士を地面に下ろし始めた。
あぁ、もう…!この先は進行方向なのに…!
そう憤慨していると、今度はさらに上空から、別の音が聞こえた。
見上げるとそこには煙を噴いた戦闘機が滑るようにして降下してくる姿があった。
その軌道はまるで着陸でもするような姿勢で、舞い降りて来る。そして、地上五〇〇メートルほどの場所でキャノピーを吹き飛ばしてイジェクトした。
パイロットがいなくなり、役目を終えたその機体は、そのまま滑空してきて、エルジア兵を降下していた敵兵もろとも、ハインドDに激突して、空中に爆発音と炎が広がった。
ハインドDは、他のエルジア兵とともに炎に包まれながら、完全に二機の残に押しつぶされてしまったようだ。
これなら、南に迎える!
「時間がない…、もう一度走るからね!」
私の言葉に、クロエは再びあの力強い瞳で私を見つめて、うなずいて見せた。
「うん、一緒に行こう!」
そうして、私達はまた街の南に向けて走り始めていた。
つづく
あぁ、もう…!この先は進行方向なのに…!
そう憤慨していると、今度はさらに上空から、別の音が聞こえた。見上げるとそこには煙を噴いた戦闘機が滑るようにして降下してくる姿があった。
その軌道はまるで着陸でもするような姿勢で、舞い降りて来る。そして、地上五〇〇メートルほどの場所でキャノピーを吹き飛ばしてイジェクトした。
パイロットがいなくなり、役目を終えたその機体はそのまま滑空してきて、エルジア兵を降下させていた、ハインドDに激突した。
空中に爆発音と炎が広がった。ハインドDは、エルジア兵とともに炎に包まれながら、地面に落ちてぐしゃりとつぶれた。。
これなら、南に迎える!
「時間がない…、もう一度走るからね!」
私の言葉に、クロエは再びあの力強い瞳で私を見つめて、うなずいて見せた。
「うん、一緒に行こう!」
そうして、私達はまた街の南に向けて走り始めていた。
大通りを抜け、再び路地へと入る。
辺りからは、相変わらず無数のヘリのローター音が鳴り響き、上空では戦闘機がドッグファイトを繰り広げている。
「第一分隊、左へ!第二分隊は右の建物だ!」
不意に、どこからか声が聞こえた。
私はとっさに脚を止めて、息を殺した。走ってきた胸の苦しさと緊張に耐えながら、辺りの気配を探る。
複数の足音が、進行方向の路地から聞こえて来た。この道はマズイ…!
「こっち!」
私はクロエの手を引いて別の路地へと駆け込んだ。一本道を迂回して、南を目指す路地へと入る。
目の前に、小さな交差路が見えて来た。進む方向は、直進。一気に駆け抜ける…!
私はアスファルトの地面を蹴って交差路に飛び出した。
一瞬、呼吸が止まった。交差路から左に伸びる路地に、軍服を着こんだエルジア兵の一団がいた。
その先頭にいた男と、視線が合った。男は、驚いたような表情を浮かべていた。
私は、反射的にライフルを構えて、引き金を絞った。
ダダダンっ!
と3点バーストが肩を叩いて、男が血しぶきを上げる。
「敵襲!」
別の兵士が叫ぶのと、私がセレクターをフルオートに切り替えたのは、ほとんど同時だった。
装填されていた残りの二十七発をエルジア兵に浴びせかける。
ほんの五秒もしないうちに私は弾を撃ち切り、路地には血だまりの中をエルジア兵の一団が悶えていた。
それを確認してから、私の手が震え始める。手だけじゃない、全身が震えていた。
危なかった…躊躇していたら…死んでいたのは、私だった…
そんなことを思いながら、私は何度も深呼吸をして気持ちを整える。
クロエを路地へと押しやって撃ち切ったライフルを投げ捨て、
最初に撃ったエルジア兵のライフルとマガジン、それから無事だった無線機を鹵獲する。
「銃声だ!」
「どこだ!?報告しろ!
「第四分隊、状況を見てこい!」
<第六分隊、状況を報告せよ。第六分隊!>
鹵獲した無線機が音を立てる。逃げなきゃ…!
私は無線機をポケットにしまってクロエの方へと戻った。さすがに、目の前で人が死ぬ様を見たのは堪えたのか、怯えた表情をしている。
でも、今は彼女を慰めている時間がない。
「こっちだ!」
「気を付けろよ、狩り出せ!」
別の方から声が聞こえて来る。
どうする…?走る…?戦う…?それとも…!?
一寸逡巡してから、私は決断した。
「クロエ、こっち」
私は彼女の手を引いて、すぐ近くにあった石造りの外壁の建物の中に入った。
そこはオフィスビルか何かだったらしく、ホールと大きな階段だけがある空間があった。
階段を上がって二階のフロアに出て、ガラス戸を開けると、中はデスクが整然と並んでいる部屋だった。
「クロエ、奥に」
「う、うん…」
部屋の奥まで入り込んだ私は、デスクの足元にクロエを押し込めた。
私もその机の陰に身を潜めて、エルジア軍のライフルの弾倉を確かめ、チャンバーを確認する。すぐにでも発砲できるようコッキングレバーを引いた。
「---!」
「-!----!」
建物の外から、男たちがわめく声が聞こえて来る。私は息を殺し、汗ばむ手でライフルのグリップを握り直した。
声が徐々に近づいてくる。足音すら届くほどの距離だ。
デスクの下で、クロエが体を丸めて震え始める。私は、そんなクロエの頭を撫でつつ、自分も息が詰まる緊張に体を強張らせていた。
やがてカツン、カツンと、階段を上ってくるブーツの音が、私達の耳にも聞こえて来る。
心臓が締め上げられるような感覚に、息が詰まった。
「…クリア」
「クリア」
「前進」
男達が小さな声でそう確認しながら、部屋の中に踏み込んでくる気配がした。
もう、ほんのすぐ近くまで来ている…
私の頭が、今まで経験したことのない高速で回転する。
先制して一気に片付けるべきか…それとも、このまま身を潜めている…?でも、このまま隠れていても、見つかる…それなら、やはり…いや、でも…
その思考が、どれほどの長さだったのかは分からない。気付けば、足音はすぐ近くまでたどり着いていた。
「クリア」
「クリア」
「了解。次のフロアだ。エーリッヒ、お前が先頭だ。このまま後退して上のフロアへ向かう」
部隊長らしい男の声に、全員が息を吐き、移動を開始する気配が感じられた。
私も内心、ほっと息をついた、そのときだった。
「みゃー」
「あ、ダメっ」
デスクの中にいたクロエの抱えるバッグの中で、ネコが鳴いた。思わぬ出来事に、クロエまでもがそう声を発してしまう。
部屋から出て行こうとしていた男たちの足音が止まる。
微かな布ずれの音がして、男たちの気配が感じられなくなった。
---まずい、さすがに、バレた…!」
私は意を決してライフルを構えた上がって吼えた。
「動くな!」
だが、私が銃口を一番近くの男に向けたのと、部屋にいる五人のエルジア兵の銃口が私に向くのとはほとんど同時だった。
この状況じゃ、撃ち合いになっても、良くて相打ち。引き金を引いたら最後、どのみち私は撃ち殺される。
「貴様、レジスタンスだな?」
「違う。ここはまだ、あんた達の土地になったわけじゃない。私達は民兵だ」
「どちらでも同じことだ。投降しろ」
先頭にいた男が、額に脂汗をかきながらそう通告してくる。
「見逃して、欲しい…」
「なんだと?」
「この机の下に、避難し遅れた民間人の女の子がいる。まだ子どもだ。私はこの子を街の外まで逃がさなきゃいけないんだ。見逃してもらえないか…?」
先頭の男は、ぐっと黙り込んだ。だが、次いで部屋の入口にいた少尉の階級章を付けていた男が口を開く。
「子どもも、こちらで保護する。我々が武力制圧を行っているのではない。サンサルバシオンでも、子どもたちはエルジア政府に保護され学校に通っている。
民間人すら、エルジア政府に協力している。我々は、ユリシーズによる難民問題を考え、戦争を始めたが、その理由は大陸市民の安寧だ。君たちも、無駄な抵抗は止めて我々と来たまえ」
おそらく部隊長なのだろうその男のことばに、私は今まで灯っていなかった炎が、胸の中で燃え上がるのを感じた。
「…なら、どうサンサルバシオンに空爆などした!? あの戦闘で、貴様の言う大陸市民が、どれだけ死んだと思ってる!
ここでだって同じだ!あんた達の空爆や侵攻で、民間人や民兵をあんた達はどれだけ死んだかわかってるのか!?
あんたたちは…あんた達ははただ、あのストーンヘンジをこの大陸を抑えて支配しようとしているだけじゃないか!」
「…抵抗するなら、ここで民兵として処分するまでだ」
部隊長らしき男は、ハンドサインを私に向けて振った。
射殺しろ、の合図だろう。
私は、ライフルのグリップに掛かっていた指に力を込めた。
次の瞬間、ガシャン!と窓が割れて、外から何かが飛び込んできた。
私も、エルジア兵たちも、その一瞬の出来事に硬直する。
ガラスを破って入って来た、缶ジュースのようなものは、デスクの上に跳ね、そしてブックエンドで立てられていた本に当たって止まった。
私はとっさに身を伏せて、耳を覆った。
バカァン!
と耳元で戦車砲が発射されたじかのような爆音と、そして目が眩むほどの閃光が部屋中に迸った。
「ああっ…!」
「くそっ…みえねえ…!」
「おい、どこだ…誰か!」
部屋に入って来た五人の苦しく声が聞こえている。
そんなときだった。
スタスタと、別の足音が部屋にと侵入してきたのが分かった。
「これは大量だな」
低いだみ声。
声の主は、割れて飛び散ったガラスの破片を踏み砕きながら、私とクロエが隠れていた机まで寄ってくると、そっとこちらを覗き込んでくる。
「無事だったか。立てるか?」
そのだみ声は、私達にそう尋ねて来た。
顔を上げるとそこには、意外な人物がいた。
グレーの戦闘服を着ているが、エルジア軍ではない。いや、そもそも、戦闘服ではないのかもしれない。何しろ彼が着ているのは、おそらく戦闘服などではなく、パイロットスールだ。
胸には、サンサルバシオン空軍所属のワッペンに、それから「アローヘッド」と呼ばれる三角形で構成された連合軍籍を示す蒼いのワッペン、それからさらに、別のワッペンも何種類かついている。
「ぱ、パイロット…?」
「あぁ。無事な編隊員を探していたんだが…気付けて、良かった」
男はそう言うと、私とクロエの方に手を伸ばしてくる。私もクロエも、その手にしがみつくようにして立ち上がる。
「み、民兵の、ミッシェル…この子は、クロエです…」
私は、まだキンキンとしている耳の痛みを気にしながら彼にそう言い、
「あの、あなた、名前は?」
と聞く。するといかついひげ面の彼は
「はっ」
と鼻で笑って
「名乗れるような名はねえな」
と、私達に視線を送って言った。
私はそんな彼の胸に、サンサルバシオンと連合軍のワッペンとは別の、「第101戦闘攻撃翌旅団」と、そして「Ω11」という二種のワッペンが縫い付けられていることに気付いていた。
つづく
いかん、sageてた
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