こんばんは。
こちら、アイドルマスターシンデレラガールズの二次創作SSになります。
「聖夜の燈火」が実装されてから急いで書いたのですが……クリスマスに間に合いませんでした。
それでもよろしければ、どうぞお付き合いください。
注:尾崎紅葉著『金色夜叉』についてのネタバレがやや含まれております。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1514217552
……あ、プロデューサーさん。遅くまでのお仕事、お疲れ様でした。
……いいえ。書も読んでいたことですし、私にとって、待つことは決して苦ではありませんから……。プロデューサーさんの方こそ、お疲れでしょうに、呼びたててしまって、すみません。
はい……ありがとうございます。
この本……ですか?尾崎紅葉の『金色夜叉』ですね……ご存知でしょうか?
そうですね……この物語の名シーンの一つが銅像になっていまして、観光名所としても有名ですから。恐らくその関係で、お名前だけ聞いたことがあったのではないでしょうか。
どんな話か……ですか?そうですね……辛くて、苦しくて、とても悲しいお話です。何分口下手ですから。詳しい感想をお伝えしようとしますと、どうしても長くなってしまいます……。ですが、それが今日、この書茶房に貴方をお呼びした理由の一つでもあります。私の話を……聞いていただけますか?
ありがとうございます。それでは……まず、『金色夜叉』という物語の内容について、お話しましょうか。
主人公は学生の青年です。青年には許嫁の女性がおりましたが……結婚の直前になって、有名な資産家の方と結婚してしまいます。無理やり奪われたのであればまだ救いようもあったのかも知れませんが……悩みぬいた末とはいえ、それは彼女自らの意思、彼女が彼女の思う幸せを掴もうとして選んだものでした。彼女は、青年の確かな愛よりも、富と……それに付随する立場、栄誉を選んだのです。
唐突に裏切られた青年は、女性を強い言葉で問い質し、考え直すよう求めます。女性もそんな行動に至った自分の考えを説明しようとはしますが、青年にはその言葉が言い訳にしか聞こえず……二人の言葉と心はまるで噛み合いません。先ほどお話した銅像はこの直後……女性の心が変わらないと理解した青年が、縋る女性を滂沱と共に蹴り飛ばすシーンのものです。
そして青年は、復讐のため高利貸に身を落とします。そうですね……現代で言うところの闇金のような存在と思ってもらえればよろしいかと思います。そんな、心中で己を夜叉とするほどになってしまった青年ですが……恨みの感情で身を焼き切る事ができず、残ってしまった女性への愛情と復讐心の間で板挟みにあってしまいます。そのうえ、高利貸とは人ならざる道です。多方面から恨みを買い、怒りと苦悶に満ち満ちた日々に陥ってしまいます。
もう一方、資産家に嫁いだ女性の方も、望んだモノは手にしましたが……結婚生活は上手くいきません。産んだ子供も、すぐに亡くなってしまいます。彼女は自ら諦めたはずの青年との愛を思い出し、悔恨の毎日をすごします。剰え、青年に許しを乞い、もう一度その愛を取り戻すことはできないものかとすら考え始めます。今の立場を投げ捨てる覚悟もないままに。
その後、二人は青年の学生時代の友人の尽力により、久方ぶりの再会を果たすのですが……涙ながらに自らの行いを詫びる女性を見ても、青年は到底その程度で許す気にはなりません。その晩、彼は女性が自害する夢を見ます。彼は夢の中で……許すと叫びながら、自らも女性の後を追って死のうとします。
すみません……やはり、冗長になってしまいました……。この後もこの物語は続くのですが……実は、作者の死により、最後には未完のまま連載が終了してしまっています。作中の登場人物たち……その誰一人として幸せになることのないままに。若くしての急逝でもありましたが……新聞に連載されていた当時のこの物語には、それは大勢のファンがついていました。読者たちから届く様々な要望、そして連載を続けることで発行部数を伸ばし続けたい新聞社からの意向により……恐らく、作者は当初の予定より完結を引き伸ばさざるを得なかったのでしょう。
さて……数日前、初めてここにプロデューサーさんをお呼びした際にも、お伝えしましたが……最近、物語を読みながら、空想に身を委ねるだけでなく、そこに書かれている描写に共感する、という楽しみを覚えました。そのようなことが可能になったのも……やはり、私がアイドルとして様々な経験を積んできたから、ということになるのでしょう。
書の世界に沈み、その外へは目を向けることすらなかった私が、プロデューサーさんに引き上げられ……当時からは考えられないほど、素晴らしい体験を数多くさせていただいて、大切な人たちが一気に増えて。私が日々生きている、この現実という世界も、書の世界に勝るとも劣らない、輝きに満ち溢れた世界なのだと知りました。
そして、物語の登場人物たちのように、何かを欲すること、そのためにこの身自らが行動し、努力することも学びました。書との出会いは人生を変える、という名言がありますが……人との出会いも、同じように人生を変える、大変尊いものであったのだなと、折に触れて実感します。
この『金色夜叉』ですが……有名な作品ですが、お恥ずかしながら……私は、つい先日まで読んだことがありませんでした。恋物語というものを、あまり積極的に選ぶことがなかったものですから。ですが、プロデューサーさんにお勧めされた書を読み終わった後……自分でも、選んでみようと思ったのです。そうして手に取ったのが……これでした。
『金色夜叉』を読んで……私は、様々な想いに共感しました。共感……してしまいました。ヒロインの女性は、手にした愛と手の届きそうな栄誉を天秤にかけ、後者を選びました。しかし……その後も自ら手放したはずの愛を忘れられず、過去の選択を悔やみ続けました。そして、物語を産んだ作者自身も、望んだ形で作品を完成させることができないまま、自身の生涯を終えてしまっています。物語を永遠に未完のままとしなければならないなど……その悔しさは、悔やんでも悔やみきれないほどでしょう。
それらの想いに共感したからこそ……私は、同じ思いをしたくはありません。
あくまでも私個人の考えですが……栄光と愛との間で揺れ続けた彼女が、不幸の渦に自身を投じてしまったのは、『どちらかを選ばなければならないと思ってしまったから』……ではないでしょうか。例え、青年との愛を選んだとしても……彼女の決して満ち足りたものとはならなかったことでしょう。
ですから私は……彼女の想いに触れた私は、その生を汲み取り、自らの糧としましょう。それこそが、書を読むということであると、今は思います。
アイドルとしての栄誉だろうと、女性としての愛だろうと、そして、鷺沢文香という作品を最高の形で完結させることすらも……私は全てを望みます。他ならぬ、自分自身の幸せのために。
随分な我儘を言っている自覚はありますが……折しも、今日は聖夜です。分不相応なプレゼントだとしても……ねだってみるのには、丁度良い日よりなのかもしれません。
プロデューサーさん。ここまで、私の長い長い前置きに……身体と魂のそこかしこから勇気を集めるために必要だった助走に、付き合ってくださり本当にありがとうございます。大変お待たせしましたが……本題を。
プロデューサー……いえ、Pさん。
私の、鷺沢文香という一人の女性としての、心からの愛情を……貴方に差し上げます。
受け取って……いただけますか?
そして、貴方の愛情も……私に、受け取らせていただけますか?
以上になります。
最後までお読みいただいた方、ありがとうございました。
ご感想ご質問ご指摘等々ありましたらどんどんくださいな。
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