高嶋友奈「結城ちゃんは勇者である」 (113)
あらすじ:普通の日常を送る高嶋友奈は、とある事情から勇者に変身することになる
高嶋友奈という名前の少女が『結城友奈は勇者である』の世界に行くお話です
下記スレの続編となりますのでご了承願います
郡千景「結城友奈は勇者である」
郡千景「結城友奈は勇者である」 - SSまとめ速報
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*プロローグ
高嶋友奈(昔、友達にひどいことを言ってしまった)
友奈(謝らなければ、と思った。だけど……私には勇気がなかった)
友奈(謝れないまま時間だけが過ぎていき、結局私は転校することになって、その友達とはそれっきりになってしまった)
友奈(とても、後悔している)
友奈(もう二度と、あの子に謝ることはできなくなってしまったから)
友奈(それ以来、私は他人を傷つけないように、同じ間違いを犯さないように、細心の注意を払いながら生活している)
友奈(辛くても苦しくても、どんな時でも……笑顔を浮かべて)
友奈(明るい人だ、気配りができる人だ、ムードメーカーだ、なんて言われるけど、本当の私はただただ他人に怯えているだけの弱い人間でしかない)
友奈(本当は、とても嫌になることもあるけど、それでもやっぱり他人を傷つけるほうが嫌だったから、私は皆の思い描く高嶋友奈を演じ続けるしかなかった)
友奈(そんな日々にも慣れてきたある日のこと)
友奈(迷い猫を追いかけて、路地裏? と言われるような場所に迷い込んだら、そこには私と同い年くらいの女の子が動くことなく座っていた)
友奈(一瞬だけ嫌な想像をしてしまったけど、やっぱりそんなことはなくて、女の子はただ単に地べたに座っているだけのようだった)
友奈(ひどい顔をしている……)
友奈(それが正直な女の子の第一印象。でも、そんな顔は鏡でいつも見ていたから、直感的に私と同じなのだと思った)
友奈(──放っておけば潰れてしまう)
友奈(それが分かっていたから……あの時の自分を見ているように思えたから、私は声をかけていた。少しだけ勇気が必要だった)
友奈「大丈夫?」
少女「……」
友奈(女の子は何も言わず私を見て、何故だか怯えているように見えて、最後に目を細めた。だから、私は怖くなんてないんだよ、といつもの笑顔を被せてみる)
友奈(……ちょっとだけその子の気持ちが分かってしまっていたから、笑顔は少しだけ失敗していたのかもしれない)
友奈(それは、もう謝ることのできない友達へのしょくざいだったのだと思う。私の口は自動的にこう告げていた)
友奈「もし行くところがないんだったら、良ければなんだけど……うちに来る?」
少女「……」
少女「……良い、の……?」
友奈(私は笑顔で頷き──今度は上手くいったと思う……ううん、違う、本心からの笑顔だったから成功も失敗もないんだ)
友奈(私が許されることは決してないけど、この時、ほんの少しだけだけど、誰かから許してもらったような気がした。だから、自然に笑えていたんだと思う)
友奈(私は女の子の凍えるように冷たい手を握った。女の子もそれに僅かに応えてくれて、お互いの手はほんの少しだけあたたかくなった)
友奈(これが、郡千景ちゃん──ぐんちゃんとの出会い)
*???
友奈「……あれ……?」
友奈(気が付くと、私は知らない場所に居て、多分大きな森の中に居るのかな? 足元に大きな木の根が伸びているのが見えた)
友奈「でも、この根……いくらなんでも大きすぎるし、それに色がとっても鮮やかで……きれい……」
友奈(思わず感激してしまう。見渡してみると、周りには同じように大きな植物がいっぱいあって、どれもカラフルって言葉がぴったしな色ばっかり。……あれ? でも、この光景ってどこかで……?)
友奈「……!」ハッ!
友奈「まさか、この場所って!?」
友奈(思い当たり私は首を必死に動かして、周りをよく観察してみる。──やっぱりだ!)
友奈「ここって……結城ちゃんは勇者であるの樹海、だよね……?」
友奈(私が今見ている光景は、ぐんちゃんと一緒にハラハラしながら見ていたアニメ『結城ちゃんは勇者である』に出てきた樹海と呼ばれる場所にそっくりだった)
友奈「ええと、私、夢でも見ているのかな……?」
友奈(熱中して見ていたアニメだったからその影響で見た夢なのかも。でも、頬をつねると……痛い! やっぱり夢じゃない? でもでも、ぐんちゃんは夢でも痛みはあるって言っていたし……いや、だけど、うーん……)
友奈(今の状況がよく分からなくて、私はちょっとだけ混乱し始める。だけど、そんなことをしている余裕なんて本当はなくて)
ドカーン!
友奈「何!?」
友奈(交通事故でもあったような音だったよね、今の? でも、こんな大きな森の中で事故って……?)
友奈(気付けば私は、音のした方向に無意識に歩いて、走っていて、音がどんどん大きく激しくなっていく。"そこ"にあったものたちが見えていたはずなのに、ううん、見えていたからがむしゃらに走った。必死に見えないふりをして)
友奈(そして)
女の子「こっから先は……通さなさいッ!!」ウォォォー!
友奈(目の前で小柄な女の子が──ばーてっくすと、戦っていた)
友奈(痛そう、なんて言葉で言ってはいけないくらいにその子は傷ついていた)
友奈(それなのに……身体中ボロボロで真っ赤な血がいたるところから溢れていて、多分私よりも小さな子のはずなのに……悲鳴も泣くさえもしないで、必死にばーてっくすへと大きな武器を振るっていた)
友奈(その姿は勇気のない私が憧れた──勇者に、間違いない)
友奈(だけど、その女の子が勇者なのだとしたら、アニメの中の誰かのはずで、だけどその子は見たことのない子で──)カサリ
友奈(現実とは思えない光景に目を奪われていたのだと思う。自分が左手に何かを握りしめていたことに今更気付く。落としてしまったそれは、一冊の本)
友奈(そう、ぐんちゃんと心待ちにしていた──)
友奈「……鷲尾須美は、勇者である……!」
友奈(その可愛らしくも儚げな表紙を見て、私はようやく思い出した)
友奈(さっきこの本が届いて……一緒に入っていた手甲を私が触ってしまって、それで……それで!)
ドカッ!!
友奈(本に目線を向けていた時間は少しだけだったはずなのに、目の前の光景は目まぐるしく変わっていた。ばーてっくすが……女の子を、攻撃して……た、倒れて!?)
友奈(血が本当にひどい! 地面に流れるくらい流れるなんて! こ、このままじゃ……!?)
友奈(見ているだけの私が涙を流しそうなくらいひどい怪我なのに、女の子は、女の子は──!)
女の子「帰るんだぁ! ……守るんだーっ!!」ズシャッ!
友奈(あんな大怪我なのに、女の子は、立ち上がって……)
女の子「化け物には分からないだろ、この力!」ズバッ!
友奈(大きな武器を、必死、に……振り、回して……)
女の子「これこそが、人間様の……! 気合と! ……根性と──ッ!」グッ!
友奈(真剣な瞳と、心の底からの叫びが……女の子の凛々しい声と、重なって……)
女の子「魂ってやつよォオォォォーッ!!」
友奈(その姿があまりにも尊くて……私は、涙を流していた)
友奈「……あぁ……」
友奈(女の子の姿に心を震わせられていても、それでも、声が上手く出せない)
友奈(何としてでも言葉にしないといけないのに、喉の奥に何かが引っかかってどうしても言葉にならない)
友奈(多分、女の子には見えていないのだと思う。私にしか見えていないはずなんだ)
友奈(女の子の真後ろ、心臓の位置に大きな鋭い針が迫っていて、それが今にも突き刺さろうとしている)
友奈(一秒すらない時間の中で、やけにゆっくりと私の時間は過ぎていき、悲惨な未来の訪れを私はただ待つだけ)
友奈(あんなに必死で、文字通り命懸けて戦っている子が居るのに……私はここで何をやっているのだろうか?)
友奈(今が夢なのか現実なのか正直分からないし、右も左も何もかも分からないことばかり。それは認める。だけど、どんな状況であっても、誰かが傷つくのを見ているだけなんて……許せない。許せるはずがない。そんな自分を私は決して許せない!)
友奈(何より)
友奈(誰よりも必死なあの子を私は、絶対に!)
友奈(──死なせたくないっ!!)
友奈「やめろぉおぉぉぉーッ!!」
友奈(身体は勝手に動いていた。自分でも信じられない速度で景色が流れていく)
友奈(敵うはずはないと知っていたのに、それでも私はあいつらの前に飛び出して、右手を固く握り、思いっきり拳をぶつけていた)
バシッ!
友奈(打撃音がやけに大きく響き、三体のバーテックスの視線のようなものが一斉にこちらを向いた)
友奈(……良かった、あいつらの注意が私に向いてくれて。……うん、あの子は無事だ)
友奈(それだけはホッとして、多分私はここで死んでしまうのだと思った)
友奈(──それなのに)
少女「……まさか……アタシたち、以外にも……勇者、が……!」ゼェ、ハァ…ハァ…
友奈(私の身体に光がはしったかと思ったら、それは右腕の先から桜色に広がり、私の服の形は一瞬で変わっていた。動きやすい、装束のような、どこか神聖な服──ううん、衣に)
友奈(気付くと右拳にはあの手甲がはめられていて、不思議なことに私が今どうなったのか、これからどうすれば良いのかが、全部分かった)
友奈(そして、手甲はハッキリと教えてくれる。あの子も言ったように私が──)
友奈(勇者になった)
友奈(……の、だと)
友奈「……すぅ……はぁ……」
友奈(勇気のない私だから勇者は憧れだった。だから、本当に勇者になれたのだとしたらとても嬉しい。だけど、自分に相応しいのかと言われれば素直に頷けない。そんな気持ちは確かにあったけど、今この時だけは置いておく)
友奈(目の前のばーてっくすは依然として存在しているのだから)
友奈(ばーてっくすに私のさっきの攻撃は全く効いていなかった。一瞬だけ攻撃はやんでいたけど、また雨のような攻撃がやってくるだろう。──これもすぐに分かった、今の私の力じゃ全然足りていない)
友奈(だから、自分の中のとても深いところから"それ"を呼び出す。すぐさま拳にまとわせた)
友奈(その瞬間、私の身体が風のように軽くなり、世界がさらにゆっくりとなる。どんどん自分の身体だけが加速していき、スローモーションの限界点で私は"それ"を完全に捉えることができていた)
友奈("それ"の名前が頭の中に浮かび上がる。私は自分の想いをのせて叫んでいた。──お願い! 力を貸して──!)
友奈「一目連《いちもくれん》っ!!」
友奈(疾風となった私はばーてっくすたちに拳を足を、何度も何度もぶつけていく)
友奈(女の子の持つ武器のように簡単には傷をつけることができなかったけど、連打は徐々に会心の手ごたえを作っていく)
友奈(幼い頃から学んでいた武術の技を、守るために、その全てをぶつけていた)
友奈(やがて、ばーてっくすの身体の一部がとてつもなく脆くなる。見逃さず、私は渾身の力を振り絞って!)
友奈「これでっ! どぉーだぁー!!」
友奈(頭の中で鮮明に思い出す。今の私になら再現できるはずだ!)
友奈「勇者ーっ! キィーック!!」
友奈(アニメで見た結城ちゃんの鋭く綺麗な蹴り技は、ばーてっくすの身体の一部を貫いていた)
女の子「……くっ……! アタシだって! ……が、頑張らない、と、いけないのに……!」ガハッ!
友奈(女の子の身体はもうボロボロで、膝をつきながらばーてっくすの攻撃を防ぐので精一杯だった)
友奈(だから、私がばーてっくすを倒して、女の子を安全なところに連れていかないと!)
友奈(それなのに、ばーてっくすの攻撃は激しくてあの子を抱えて逃げることがとても難しい。さっきの勇者キックさえほとんどダメージになっていないのか、敵の動きに影響は全く出ていなかった)
友奈(足りない。今の私では力が全く足りていない)
友奈(切り札と言えるくらいに強力なはずの一目連でも駄目なら、どうすれば……!?)
友奈(……あった……)
友奈(私の奥底から呼び出した一目連のさらに奥の奥。そこに、もっと強力で恐ろしい力が眠っている)
友奈(これを使えば、これさえ使えればあの子を助けて、病院に連れていくことができるかもしれない)
友奈(そう思ったら躊躇はなかった。私は自分の奥のさらにその奥へと手を伸ばし──)
友奈「……っ……!?」ゾクリ
友奈(途端、身も心も凍えるような強烈な寒気がはしる)
友奈(誰から言われなくても分かる。"これ"は人が触れてはいけないものなんだ……)
友奈(だけど!)
友奈(だけど! 今は、今だけは! あなたの力が必要なの! あの子を助けるために、ばーてっくすを追い払うために、私に力を貸して!!)
友奈(お願い──!)
友奈(心の奥底の強固な檻に、私は──触れた)
友奈(全てが灰色で、色のない場所に私は居た)
友奈(ここは多分私の心の中なのだと思う。私は海の中のように、宙で漂っていた)
友奈(見えないけど、目の前には檻のようなものが確かにあって、そこには強力な力が封印されているのが分かる)
友奈(この檻の扉を開けさえすれば、一目連よりも強い力を私は使えるはずだった)
友奈(だけど)
友奈(……怖い)
友奈(どうしようもなく怖い。覚悟を決めたはずなのに、誰かを助けるために自分はどうなっても良いといつも思っていたはずなのに、私はとても躊躇してしまっている)
友奈(本能が言っているんだ。"それ"の封印は絶対に解いちゃいけないって)
友奈(どうしよう? と思ったのはそれでも数瞬で、私は恐る恐るだけど、檻に手を……かける)
友奈(瞬間)ゾクリ
友奈(──たくさんの声が頭の中に響いていた)
《……黒いものが私の心の中に入ってくる……》
《……高嶋さん……最期に、一目だけでも──》
《……どうして救ってくれなかったのだと、友の亡霊たちが言うんだ……》
《……怖い……助けて……タマっち先輩……》
《……駄目なのに、なんでタマはこんなこと考えて……》
友奈「あ……あ、あぁあぁぁあぁぁぁぁッ!!」
友奈(頭の中に知らない人たちの心がいくつも入ってくる。一つ入ってくるたびに、私の心が一つ黒くなっていく。心の中の誰かがそれを"穢れ"だと言った。心が穢れていくことで、私は破滅へと進んで行くのだと私ではない誰が言ったように聞こえた)
友奈(多分、私の中に四人か五人くらい誰かが居て、頭がおかしくなりそうなくらい記憶をかき混ぜられてしまっている。それは耐えがたい痛みだと思った。身体ではなく精神を傷つけられるような言葉では表現できない激痛。そう思いながらも、こうしてやけに冷静な自分もここに居て──)
友奈「があぁあぁぁっ!!」
友奈(今、苦しんでいる私はやっぱり自分自身で、唐突に、こうして考えている今の私も同じようになってしまった時、高嶋友奈という人間が消滅してしまうのだと分かった。多分、手甲が教えてくれたんだと思う)
友奈(やっぱり人が触れてはいけない力だったんだね……)
友奈(それでも……それでも! 私は! 諦めたりなんかするもんか!)
友奈(誰かのために戦って傷ついて、必至に何かを守ろうとしたあの子を助けられるのは今は自分だけなんだ!)
友奈(あの子を助けるためだったら、どんなに苦しくても根性で耐えきってやる!)
友奈(だから!)
友奈(私は絶対に! 諦めない! 諦めてたまるかぁあぁぁっ!!)
友奈(──そして、気付いた時には、灰色の世界の中にたった一色だけ、色が現れていた)
友奈(……カラス?)
友奈(それは青い色のカラスだった。よく見ると胸には印みたいなアザがあって、多分これって桔梗のマークだよね?)
友奈(カラスは私の右腕に乗り、一度だけ首を傾けるとカァと鳴いた。すると不思議なことに、私の身体とこうして思考している心が一つに戻っていき、あれだけ苦しんでいた痛みと誰かの声はどこかへ行ってしまっていた)
友奈(心の中の世界だから自分自身でも曖昧な感じだけど、これは多分、穢れを乗り越えた証なんだと思う)
友奈(カラスを見ると、ただ黙って私を見つめ、暫くして真っすぐ飛び立ってしまう)
友奈(……綺麗な瞳が私に何かを託してくれたのだと、何となくだけど思った)
友奈(カラスの飛んで行った先には檻があり、私はもう一度手を伸ばし、見えない檻に触れる)
友奈(今度は一切恐れない。そして、寒気も感じなかった)
友奈(触れると、見えなかった檻の頑丈な扉から白い光が放たれる)
友奈(それは次第に広がっていき、やがて檻は粉々に砕け散っていた)
友奈(灰色の世界の中で白い光は収まりきれなくなって、世界から灰色が消え、急速に白い世界へと生まれ変わっていく)
友奈(光の中心に"それ"は居た)
友奈(それは私が求めていたもの。求めていた力)
友奈(手を伸ばす。かすかに触れただけで、あたたかな光が指先から私の身体へと入ってくる)
友奈(光の中には真っ黒なものが潜んでいたけど、今は光に覆われていて白にしか見えない)
友奈(きっと、さっきのカラスが手助けしてくれているんだ。そう思い、私は勇気を貰えた)
友奈(だから、その勇気を込めて、新しい力を呼び起こす)
友奈(きっと、この力ならあの子を助けることができるはずだから)
友奈(だから、私は、力をこめて叫んだ)
友奈(切り札のさらにその奥にある強大な力の名前を。其の名は──)
友奈「酒呑童子《しゅてんどうじ》っ!!」
友奈(──そして、鬼《高嶋友奈》は、ばーてっくす……バーテックスにその異形の拳を振るった)
原作に倣って最初からクライマックスなところで次回に続く
のわゆが関係していたので厳しいかなと思っていたのですが、予想外に続きを待っている方が多いようでしたので少し続けてみました
私信:襲来園っちを3時間で60枚以上集められるようになっていました。無課金の人でも☆3いけるので今回の襲来はお勧めです
友奈(肘を引き、ただ前へと右腕を突き出す)
友奈(手甲と、おどろおどろしい形をした大きな影──鬼の手とが一つに重なっていた)
友奈(黒い鬼の手がギョロリと開き、その巨大なかぎ爪はバーテックスの一体を易々と飲み込んでいく)
友奈(右手を閉じると、グチャリと、卵を握りつぶしたような感触)
友奈(腕を引き戻し手を開いた頃には、針を飛ばしていたバーテックスの姿が消えていた)
友奈(……鬼がバーテックスを食べ尽くしてしまったんだ)
友奈(ただ一発のパンチが、あれだけの強敵をあっけなく倒してしまっていた)
友奈(あまりにも圧倒的で、なんて恐ろしい力なのだろうか……)
友奈(今更ながらに私は自分の振るった力の本質を理解し、背筋を震わせる)
友奈(この力におぼれてはならない、と手甲は言った。心の中で頷く)
友奈(気を引き締め、残り二体のバーテックスを私は睨みつけた)
友奈(まだ戦いは終わっていない)
女の子「……」
女の子「……ば、バーテックスが……たった一撃、で……。……あ……」
友奈(バーテックスが一体居なくなり、私はようやく女の子のそばまで近づくことができていた。視線は前からそらさず女の子へと話しかける)
友奈「もう少しだけ我慢してね。今、私が終わらせてしまうから」ヒューヒュー
女の子「は……はい! ──!? も、もしかして! かなりの無理をしているんじゃ──!」
友奈(そっか……やっぱり私の身体は無理をしているんだね。あどれなりんが出ているからか自分では気にならないけど、身体のどこかから壊れた笛のような音が聞こえ続けている。肺あたりが良くないのかもしれない。……だけど!)
友奈「私は大丈夫。ちょっとだけ待っててね」ニコッ
女の子「……っ……」
女の子「……はい。……悔しいですけど、アタシはどうも……もう立つこともできないようで……。本当に……申し訳、ないですが……よろしく、お願い……しますっ」ペコリ
友奈(話すことさえ難しかっただろうに、途切れ途切れの声でそんな内容のことを女の子は言ってくれた。だから)
友奈「うん、任せて!」
友奈(私はゆっくりと、静かに走り出す。その度に笛の音がひどくなったけど、今だけは無視!)
友奈(バーテックスは私の接近を知って、すぐさまやって来た。攻撃が私に降り注ぐ。だけど──)
友奈(右の掌底でさそりみたいな尻尾の攻撃を受け止め、左手刀でうちわみたいな羽を突き刺す)
友奈(こうして私の両隣にバーテックスが固定された。だから、私は酒呑童子の力を限界まで振り絞り、両拳に最大級の鬼の力を宿らせた)
友奈(……私が今使っている酒呑童子はおそらく完璧なものではないのだろう。鬼の手は最初から影のような姿で実体のない幻のように揺らめいている)
友奈(それでも、不完全であっても酒呑童子の力は本物で、今の私なら二体のバーテックスが相手でも倒しきれると自信があった)
友奈「──かはっ!」ビチャビチャ
友奈(口から生臭いドロッとしたものがあふれ出す。……けど、これも無視。今はあの子を助けて、一刻も早く病院へと連れて行くことだけを考えろ! そして、あの子を一刻も早く日常に戻してあげるんだ!!)
友奈(私の両手からバーテックスよりも巨大な鬼の手の影が現れ、鋭いかぎ爪が伸びる。そして、その手のひらを大きく開く)
友奈(多分、これを使えば私も限界となる。……ううん、もうとっくに限界は超えていたんだ)ビチャ…ビチャ…
友奈(身体中が悲鳴を上げて、強烈な貧血みたいに倒れそうになる。でも、堪える!)
友奈(両の脚で精一杯地面を踏みしめ! 視線は絶対に両手から離さない!)
友奈(私は最後の一撃を放つため、心の中で一度だけ目の前のバーテックスたちに話しかけていた)
友奈(……あなたたちが良い存在なのか悪い存在なのか、正直私には分からない。でもね、やっぱりあの子を傷つけたことだけは……それだけは、許せないんだ)
友奈(だからね、バーテックス。ここで──)
友奈「終わりにしよう!」
友奈(あまりにも巨大な鬼の手が、二体のバーテックスを包み込み──やがて、弾けた)
*???
友奈(……ぐん……ん……待……ね……)
友奈(…………)
友奈(……)
友奈(……何か、夢を見ていた気がする)
友奈(まぶたがとっても重いけど、起きなきゃって何となく思った。だから、頑張って開いてみる。すると──)
??「……!? あぁ! 目を、目を覚まされたのですね!」
友奈「……とう、ごう……さん……?」
友奈(目の前には綺麗な黒髪の女の子が居て、その両目をうるませていて──)
??「!? も、申し訳ございません! 知己の方とは知らず失礼いたしました。私は鷲尾須美と申します。理由がありまして、今は東郷美森から改名して鷲尾の姓名を名乗らせていただいております」
友奈(……ぼんやりとしていた意識が徐々にはっきりしていく。とても丁寧な言葉遣いのこの女の子は東郷さんじゃなくて、鷲尾須美ちゃん……それはどこかで聞いた名前で──!?)
友奈「あ、あの! ……ごほっごほっ!! お……女の、子はっ!?」
須美「ご、ご無理はなさらないでください! 三日三晩眠っていてさらには重症なのですよ! 動かれてはなりません!」
友奈「で、でも……! あの子はボロボロで、病院が必要で──!」
友奈(自分でも言っていることが支離滅裂だと思ったけど、気持ちはどうしても言葉を先走ってしまう。そんな風に私がグシャグシャとなってしまっていた時)
ガラッ
??「一緒に居た女の子、ミノさんのことなら安心してください。あなたが助けてくれたおかげで順調に回復しています」
須美「そのっち!?」
友奈「……あぁ……そう、なんだ……。……良かった……」
友奈(私は、あの子を助けることができていたんだね……)
友奈(ホッとしてベッドの上で身体の力を抜く。今部屋に入って来た女の子はそんな私の姿を見て優しく微笑んでくれる。それが一層、私に安心感を与えてくれて、さっきまでの元気が嘘のように私は動けなくなってしまっていた)
友奈(三日三晩眠っていたらしい私が目を覚ましたとのことで、その後すぐにお医者さんが呼ばれ、簡単な診断などが行われた)
友奈(どうも私の身体はひどく無理をしていたらしく全治三ヶ月の重傷とのことだ。言葉で聞くととてもひどい怪我だと思ったけど、想像するほどひどいという実感はあまりなかった)
友奈(ただ実際には、薬の影響で身体はあまり動かないし、普通に歩けるようになるまで最低でも一ヶ月はかかってしまうらしい。それを考えると、やっぱりとんでもなく重症だったのだと思う)
友奈(そんな自分の状況を把握するまで大体半日くらいの時間が掛かった。すっかり夜になってしまっていたので、本当は眠くないけど頑張って寝て、当たり前だけど目を覚ましたら次の日になっていた)
園子「失礼しまーす!」
須美「こら、そのっち。友奈さんの前なのだから礼儀正しくしなさい。あと、病院では静かに」
園子「はーい」
須美「もう、本当に分かっているのかしら?」
友奈「ふふっ、いらっしゃい二人とも。何だか須美ちゃんって、園子ちゃんのお母さんみたいだね」
須美「私がそのっちのお母さん……?」
園子「おかあさーん♪」ダキッ
須美「えぇ!? そのっち!?」
友奈「あはは」
友奈(穏やかな午後の日差しの中、須美ちゃんと園子ちゃんが私のお見舞いに来てくれた。……嬉しいな)
須美「──それで、今は治療に専念するために、銀への面会は控えるよう言いつけられています」
友奈(私は須美ちゃんと園子ちゃんに、あの時の女の子、三ノ輪銀ちゃんの容態を教えてもらっていた)
友奈「そんなにひどい状態、だったんだね……」
友奈(私がもう少し早く助けることができていればまた違っていたのかもしれない──と考えてしまったところで、すぐさま自分の思い上がりだと思い直し頭を振る。首から上は幸いにも自由に動かすことができていた)
園子「でもでもー、ミノさんは言っていたんですよー。包帯でミイラみたいな姿だったけど、『しっかり治してくるから、須美と園子はアタシの帰りを待っていてくれよな』って。ミノさん、カッコよかったよ~」
友奈「……うん、銀ちゃんは本当にカッコいい女の子だよね」
友奈(私はようやく理解していた。銀ちゃんは、この二人の友達のために命懸けで戦っていたんだと。……私もぐんちゃんがそばに居たら同じ決断をしていたと思うから、銀ちゃんのあの時の気持ちが痛いほどよく分かる気がした)
須美「あ、そうでした。銀から友奈さんへの言伝を預かっています」
友奈(そう言って須美ちゃんが伝えてくれる)
須美「『アタシを助けてくれて、本当にありがとうございます。身体は少しアレですけど、おかげさまでアタシは元気です! 良くなったら絶対に直接お礼に行きますので、今はこの伝言だけで許してください』……だそうです。……銀だけではなく、私からもお礼を言わせてください。──ありがとうございました。私とそのっちも友奈さんにこの命を救ってもらいました」ペコリ
園子「……うん、そうだね。友奈さんが居なかったら、私たち以上にミノさんが危なかったんだと思う。だから、友奈さん。ミノさんと私たちを助けてくれて、本当に、本当にありがとうございました!」ペコリ!
友奈(……)
友奈「……ううん、私は私ができることを行っただけで、お礼を言われるような立派なことはできて、いないよ……。……だけど、須美ちゃんと園子ちゃん、それに銀ちゃんの言葉は私の心の中で大切にさせてもらうね。私こそ、ありがとう」
友奈(それが正直な私の本音だった)
園子「あはは……私たちまでお礼を言われちゃったね、わっしー」
須美「友奈さんは自分の行いをもっと誇って良いのだと思います。ですが……それが友奈さんのお人柄なのですね……」
友奈(須美ちゃんと園子ちゃんが居て、銀ちゃんの想いに包まれた私の病室は、とてもあたたかい、春のひだまりのような場所に思えた。だから……私の心も、とってもぽかぽかしていたんだ──)
続く
2期園子100枚達成、いえーい!(書きながら周回していました)
修正
>>3
女の子「こっから先は……通さなさいッ!!」ウォォォー!
↓
女の子「こっから先は……通さないッ!!」ウォォォー!
前スレから読んでいただいている方々、誠にありがとうございます
今回の投下分は人によって若干メンタルダメージを発生させますので、アニメ放送後辺りに読んでも良いかもしれません(アニメよりは全然ぬるい内容なので)
では投下していきます
*???
友奈「……え……?」
友奈(今の今まで病室に確かに居たはずなのに……気が付くと私は、人の手が全く入っていない、見覚えのある鮮やかな植物の森の中に居た)
友奈(何が起こったのか一瞬分からなかったのだと思う。……だけど、須美ちゃんと園子ちゃんだけはそのままに、他の全てが変わってしまっていたのだから……これは、間違いなく──)
須美「樹海化……! よりにもよってこんな時に!?」
園子「……」
友奈(そう、須美ちゃんが言ってくれたようにこれはアニメで見たあの樹海化で間違いない。でも、テレビで見るのと実際に体験してみるのとでは全く違っていた。アニメではもう少し余裕があるように思っていたけど、本当はまばたきの間の時間で起こってしまうような現象だったんだ……。ここ数日で感覚が少し麻痺していたのか、私は妙に感心してしまっていた)
須美「え……。友奈さん!? ……そ、そんな! 友奈さんまで呼び出されたと言うの……!?」
友奈(私を見て、須美ちゃんがギョッとし、そのすぐ後に悔しそうな、悲しそうな、とても複雑な表情を浮かべていた。……誰だって、今の私を見てしまえば反応に困るのだから当たり前の話だよね……)
友奈(──私は、ベッドと一緒に、樹海へと来てしまっていた。……綺麗な植物の地面の上に、白いベッドが一つ。それは、とても違和感のある光景だったと思う)
友奈(そして、『参ったなぁ』とも思った)
須美「……くっ……! 友奈さんは、怪我で満足に動くこともできないのよ! 寝具ごと呼び出すなんて神樹様は何を考えて──!?」ハッ!
友奈(須美ちゃんの顔から色が失われてしまい、その視線の先を私も追っていく。……!? ……嘘、だよね……?)
友奈(そこに居たのは──)
友奈「銀、ちゃん……」
友奈(私と同じようにベッドの上で横たわり、だけど、私には付けられていない酸素マスクや、大掛かりな機械が今も繋がれて、いる……。……私から見ても明らかな重体にしか見えないのに、銀ちゃんは……銀ちゃんは……っ……こうして樹海の中に、呼び出されて、しまっていたんだ……)
友奈("あれ"と戦う、それだけのために──)
須美「バーテックス……!」ギリッ
友奈(……身体がまともに動かない私と、意識のない様子の銀ちゃん。そして、ゆっくり近づいて来ているバーテックス。唯一、須美ちゃんだけは戦えそうであったけど、私と銀ちゃんの存在が足かせになっているのか、さっきから私たちとバーテックスで視線を迷わせていた)
友奈(……)
友奈(……うん。多分、できるはずだ。……それに、勇者は根性だって結城ちゃんも言っていた! だから、覚悟を決めろ高嶋友奈! ここは私が頑張る場面だ!)
友奈("それ"を呼び出そうとした、まさにその直前。不意に静かだけどやけに乾いた声が……聞こえて、きた)
園子「……そっかぁ……やっぱり間違いなんて、何もなかったんだね……」…シュピーン
友奈「園子、ちゃん……?」
友奈(何故だか泣きそうな顔をした園子ちゃんが、勇者姿となって、ぼんやり気配を感じさせず私の隣に立っていた)
友奈(泣きそうに見えたその表情はほんの一瞬のこと、すぐさま凛々しさで覆い隠されてしまう。普段ほんわかしている園子ちゃんだったから、それだけで今がどうしようもないくらい非常時であると再度思い知らされてしまう。……とても悲しいことだと思った)
園子「わっしー! 今度は私たちがミノさんと友奈さんを守る番だよ!」
須美「……そのっち……。──ええ! 二人には絶対手出しをさせない! 私たちで絶対に守るんだっ!」パン!
友奈(須美ちゃんが自分の頬を叩き、その瞳が一気に勇者のそれに変わった。私は知っていたはずなのに、全然理解していなかったんだね……。二人は間違いなく人々を守る立派な勇者で、そして……小学生でそれを背負わされることは、とても凄いことで、だけどあまりにも残酷な仕打ち、だった)
園子「友奈さん。少しだけ時間がかかると思います。でも、私たちが絶対にバーテックスを追い払うので、ここで待っていてください」
友奈「……ううん、私も戦うよ。身体はこんなだけど、多分勇者になれば戦えると思う。……一番年上の私が、二人の足手まといになっていちゃ駄目なんだ!」
友奈(バーテックスの恐ろしさは十分に理解している。その上で、私は覚悟を決めて園子ちゃんにそう返した。そんな私の気持ちに応えてくれたのか、どこからともなくあの手甲が目の前に現れて──)
友奈「来い! 手甲!!」
友奈(自動的に右手にはめられた手甲から桜色が舞い、私の姿は勇者装束へと変わっていく。……うん、思った通り問題なく立つこともできる。これで私も戦うことが──!?)ゾクッ
友奈(ゾクリと嫌な感じがしたと思ったら──もう、遅かった)
友奈「あ……あぁああぁあぁぁぁーっ!」ガクガク
須美「ゆ、友奈さん!? しっかり、しっかりしてください!」
友奈(こ、心が……心が! 入ってくる!!)
《友達を……殺してしまった》
《私が何もできなかったから、きっと二人は居なくなってしまったんだ》
《なんで……! どうして私は! そこに居てあげられなかったの!?》
《こんな私なんて──居なくなってしまえば良いのに》
友奈「がぁあぁぁぁっ!!」
友奈(嫌だ嫌だ! 黒くて嫌なものが私の中に直接入ってくる! 心がそれに呑まれて、私がおかしくなる! 苦しい! かゆい! 痛い! 手でかいてしまいたいのに触れる場所がなくて狂ってしまいそうッ!!)
友奈(──誰か、誰かっ! 私を■して! お願い、だからッ! ■して!!)
須美「友奈さん! どこが痛いのですか!? お、お願いですから、落ち着いてください!」
園子「……わっしー。ごめんだけど、友奈さんをお願いするね。バーテックスは私が追い払ってくるから」
須美「そんな無理よ、そのっち! 一人だけでバーテックスの相手をするのがどれだけ無謀か分かっているでしょう!?」
園子「うん。……でもね、わっしー。私は絶対に死なないし、あのバーテックスは追い返せると決められているから、大丈夫なんだ」
須美「そのっち! 何を言っているのか分からないけれど、もう少しだけ待って! 友奈さんを落ち着かせたら私も──」
園子「……」フルフル
園子「わっしーにはミノさんと友奈さんのことをお願いしたいんだ。色々と危ないからね。それと多分、友奈さんに今起きていることは、精霊の副作用なんだと思う。だから、友奈さんの右手を握ってあげて。きっと、勇者装束の神気で落ち着くと思うから」
園子「それじゃあ、わっしー。──行ってくるね」ニコッ
須美「そのっち!!」
ヤァァァ-ッ!
園子「こんなの! ミノさんならっ!!」
園子「ここから……出ていけぇぇぇーっ!!」
友奈(……右手が、あたたかい……)
友奈(ゆっくりと目を開くと、昨日と同じように綺麗な黒髪の女の子が居て──)
友奈(昨日と違って……泣いて、いた……)
須美「なんで……なんで! ……こんな無茶をしたのよぉ……」ポロポロ
園子「……えへへ……でも、約束通り……私は死ななかった、でしょ……?」
須美「……そんなの! ただの結果論じゃない! あんなの……特攻よりも無謀な捨て身でしかないわ……!」ポロポロ
園子「……あっちとは反対に、わっしーを泣かせちゃったね……。……やっぱり全部が全部、その通りにはいかないものなんだ……」ボソリ
友奈(……ああ……そっか)
友奈(須美ちゃんを泣かせてしまったのも、園子ちゃんをボロボロにしてしまったのも……全部、私なんだ……)
友奈(戦えると勘違いした馬鹿な私が、私よりも小さな女の子をどうしようないくらい傷つけてしまった)
友奈(ほんと馬鹿で……なんて救いようがないんだろう、私って……)
友奈(……またあの時と、同じ失敗をしてしまっている……)
友奈(そんな救いようのない私は、須美ちゃんの手の温もりを感じながら、樹海化の終わりをただ眺めていた)
友奈(──ここで終わっていれば、まだ少しだけでも、救いはあったのかもしれない)
*病室
園子「あ、友奈さん。目を覚ましたんですね」
友奈「えぇ!? ど、どうしたの、その包帯!? 全身ぐるぐる巻きだよ!?」
園子「えへへ、ちょっとだけ頑張り過ぎちゃったのかも。でもでも、私は全然大丈夫なのですよー。友奈さんこそ具合が悪かったりとかしていませんか?」
友奈「え、具合? ええと、気分は悪くないと思うけど……あれ? 身体が動かないや。何でだろ?」
園子「勇者装束はもう解かれているんですよ。だから、動けるようになるにはしっかり身体を治さないといけないですよー」
友奈「あ、そうなんだ。……病室に居るからおかしいとは思っていたんだよね」
園子「その……友奈さん。わっしーが居ないので今のうちに伝えておきます」
友奈「わっしー? ワシ? あ、ごめんごめん話の途中で。それで何?」
園子「実は、この本をこっそり読んでしまいました。……ごめんなさい」
友奈(そう言って差し出された本は──)
友奈「わあっ! 綺麗な女の子の絵だね。これって小説か何か?」
園子「……ええと、この小説って友奈さんの本じゃなかったんですか?」
友奈「うーん、見覚えはないと思うよ」
園子「……あれー? 私の予想だと……おかしいなぁ……」ウーン
友奈「あ、そうそう。私も聞いても良いのかな?」
園子「あ、はい。いいですよ~」
友奈「多分私が寝ぼけているだけだと思うんだけど、怒らないで聞いてね。……ええとね」
友奈「──あなたって、若葉ちゃんとひなたちゃん、どっちなんだっけ?」
園子「……え?」
とりあえずここまで
アニメ最新話でメンタルへのダメージが予想されますので、次回はとても平穏な日常回となります
[今回のゆゆゆい]
今日の3時間で上級ラストを70周して襲来そのっちが+150を越えました。2日6時間で130周回したので全襲来中最速で回っている計算になるようです(そして+100越えは初めて)
*神世紀300年・郡千景視点
三好夏凜「友奈!?」
三ノ輪銀「友奈さんッ!?」
東郷美森「ああ……我が祖国に敵が……!」
結城友奈「──ここ、だぁー! 勇者……連打っ! えい! えいっ! とおっ!」ヒュンヒュンヒュン
犬吠埼樹『わあ、見る見るうちに減っていきます!』キュッキュ
郡千景(古びたゲームコーナーの一角、結城さんが筐体のボタンを慣れない手つきで連打していた。けれど、そこには確かに光るものもあって──)
千景「ふふっ。結城さんったら、私が教えた名古屋打ちをこんなにも早くマスターするなんてね」
美森「名古屋……! あの金鯱城のあった場所ね!」
千景(キンシャチ城? ……ああ、名古屋城のことね)
犬吠埼風「……しっかしあれよねー、インベーダーゲームに熱中している中学生なんて四国中探してもアタシたちくらいのもんじゃない?」
千景「それ以前に最初から疑問だったのだけれど、インベーダーゲームが現存しているこの旅館って何なの?」
銀「あー、確かアタシが小さい時くらいだったのかな? レトロゲームが物凄く流行っていたってなんかの本に書いてありましたよ」
千景「……テーブル型のアーケードゲームがレトロ、ねぇ……」
千景(私が居た西暦の現代でさえ、濃いマニア向けの店に行かなければお目に掛かれないそういう筐体なのよ? それが遙か三百年以上未来に現存していて、しかもプレイすることが出来るなんて……。流石に復刻品であるとは思うけれど、それでもそこには確かに受け継がれてきたゲーマーたちの変わらぬ魂があって……少しだけ嬉しくなってしまったのは内緒の話)
友奈「わわわっ、わぁー!」
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SCORE<1> HI-SCORE
05800 72000
皿 皿 皿 皿 皿 皿 皿 皿 皿 皿 皿
皿 皿 皿 皿 皿 皿 皿 皿 皿 皿
皿 皿 皿 皿 皿 皿 皿 皿 皿 皿
皿 皿 皿 + 皿 + 皿 皿 皿 皿
皿 皿 皿
凸
1 CREDIT 00
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チュドーン!
銀「ああー! おっしい!」
美森「……祖国が、敵の手に……」ガックシ…
夏凜「ちくしょう……!」クッ!
風「とりあえず、二年生組の感情移入感が半端ないわね……」
樹『でも、友奈さんすごかったです!』キュッキュ
友奈「うぅ……ぐんちゃーん、負けちゃったよー」ショボン
千景「頑張ったわね、結城さん」ナデナデ
千景「けれど、まだまだ改善できるはずよ。まずは名古屋打ちのタイミングについて詰めていくところから始めましょう。それと──」
千景(結城さんの手を取り、私は実技指導していく。……そう、これは教えるために仕方がないことであって、肉体的接触は必然なのである。決して邪な気持ちなど入り込む余地はなく──あ、結城さんの華やかな香りが……)クラリ…フフッ
夏凜「……何だか千景がヤバイ時の東郷みたいな顔しているわね」
美森「夏凜ちゃん、それはどういう意味なのかしら」ニッコリ
銀「ひぃっ!?」
夏凜「ち、違うのよ東郷! 別に悪気があったわけじゃなくて……!」アタフタ
風「いやいや、それ以外に何があるって言うのよ」
樹『夏凜さん、ファイトです!』キュッキュ
千景「……」ハッ!?
千景(くっ、私は何たる醜態を晒してしまったの!? よりにもよって"あの"東郷さんと同列扱いされてしまうなんて……! ……これは自戒が必要ね)ギリッ
友奈「ぐんちゃん?」
千景「……いえ、何でもないわ結城さん。──そう、そのタイミングよ! そこから一定のリズムで連射していくの」
友奈「えい、えい! やぁー!」ヒュンヒュンヒュン
千景「上手いわ。その調子よ」
千景(──ある休日の日、ゆゆゆで言ったら七話だったか、慰安旅行で海を訪れていた私たち勇者部一同は、日暮れの訪れと共に旅館へと場所を移していた。そこで見つけたゲームコーナーでレトロゲームに興じている次第である)
*旅館内通路
銀「アタシ、ゲームセンターのゲームでエンディングまで行った人初めて見たッス……」
千景「所詮は定番ゲームね。慣れれば誰だってワンコインノーコンティニューでクリア出来るわ」
夏凜「いや、そんなのあんただけでしょうに……」
千景「分かっていないわね、三好さん。私程度の腕なら掃いて捨てるほどいるし、闇深い人種ならワンコインで開店から閉店までをプレイ出来るのよ」
夏凜「え……そういうものなの?」
風「はい、そこー。微妙に世間に疎い夏凜へ偏った情報を教えない。大体そういうことを知っている千景だって相当闇深い感じでしょうに」
千景「……"アタシの邪眼がうずく……!"とか言っていた人に言われたくないわね」
風「なっ……! アタシのナイスな眼帯をバカにするでねー!」
樹『なんでなまったのお姉ちゃん?』キュッキュ
友奈「あ! マッサージコーナーだって!」ミテミテー
美森「あれは!? 三次元空間無重力式按摩座椅子! まさかここでお目に掛かれるなんて……!」
風「おっ、なになに~? 何か凄そうな名前じゃない?」
千景「……ふーん、無重力を体感出来るマッサージチェア、ね……」
千景(通路の途中の広間にはマッサージコーナーと書かれたプレートがあり、そこには二台のマッサージチェアが置かれていた。エアポートから大型スーパーまでコイン式のマッサージチェアが置いてあることは多いけれど、目の前にあるこれは明らかにそれらよりも大型で、かつ一目でその作り、シートの柔軟性まで一ランク以上違っていることが分かる)
銀「東郷さん、これって凄いんですか?」
美森「ええ、凄いと聞いているわ。身体の凝りがほぐれるのはもちろんだけれど、按摩中は宇宙空間のような無重力を感じることが出来るらしいの。その心地はまさに夢心地であると、按摩ブロガー北条氏が絶賛していたわ」
夏凜「誰よ、北条」
千景「東郷さんってネット関連のことになるといきなり横文字を使い始めるわよね?」
樹『はい。前に悔しそうな顔でだきょうしているって言っていました』キュッキュ
風「あんたたち、食いつくポイント間違ってない? 間違っているわよね?」
銀「分かってますって部長。ここはやっぱりこっちッスよね」コレデスヨネ?
風「うんうん、流石は銀坊ね。空気が読めているわ」
銀「うわ、凄っ! マサオさんが全巻揃っているし」スゲー
風「そっちか!? 確かに本棚が備え付けられていて、漫画とかいっぱい揃っているけど! いるけどぉ!」
友奈「マサオさん、うちにも全巻あるよ」
風「マサオさんはもう置いておきなさいよ! 銀も読み始めない! アタシが言いたいのは──」
グイーングイーン
美森「これが、無重力!? いえ、まだ始まったばかりよ、落ち着きなさい東郷美森……!」ウィーン
風「アタシが言いたかったのは確かにそれだけど! それだけどー! ほんとッ自由ね東郷! その前にあんた車椅子なのにいつスタンバッたのよ!?」
友奈「私がお手伝いしました!」ハイ!
風「ええ、知っていたわよ! 友奈だとは思っていたわよ!」
夏凜「この自動販売機、ピーナッツは売っていてもサプリは売っていないのね……」ザンネン
風「そこはせめて煮干しって言いなさいよ!? おつまみで売っているかもしれないでしょ! そもそも、自販機にまでサプリを求めるなぁーッ!!」
樹『テンション高いね、お姉ちゃん。旅行だから?』キュッキュ
千景「西暦の時代なら一応そんな自販機があったと聞いたことはあるわね。……それはそれとして、ねぇ、樹さん? 私は思うのだけれど、あなたのお姉さんは漫才の突っ込みで将来生計を立てると良いと思うわ」
樹『はい、たまに私もそれ思います……』キュッキュ…
とりあえず今書いた分を
……アニメがシリアスで次回が年始だからね、SSくらいは少し明るい話でも良いよね
美森「……」ホゥ…
グイーングイーン
友奈「ええー!? ま、マッサージチェアが浮いて、東郷さんを呑み込んでる!?」
千景「……酷い誤解を生みそうな言葉だとは思うのだけれど……なるほど、これは確かに既存のマッサージチェアとは違うわね」
千景(マッサージチェアが大きく水平にリクライニングしたと思ったら、腕と足の部分のシートが東郷さんのそれを包み込んでいた。機械音と共にシートが振動、揉み機が都度ゆっくりと動き、残されたのは至福を顔に浮かべた黒髪少女の姿のみ)
夏凜「気持ちよさそうね、東郷……」
銀「すっげー……これがハイテクってやつかぁ……」
風「はー、マッサージ機も進化しているのねぇ……。にしても東郷、あんたやっぱり全身コリコリだったりするの?」
美森「……ふぅ。あ、はい、そうですね。車椅子だとどうしても肩と腕、腰が凝りやすくなってしまうもので」グイーングイーン
夏凜「へー、東郷も苦労していたのね」
風「いやいや、これはあれよー、夏凜」
夏凜「? あれって何よ?」
風「……とーごー、車椅子もそうなんでしょうが、それ以上にさ──」チラリ
ズッシリナタワワ
風「そのぉご立派なものがー、重かったりするんでしょー?」フヒヒッ
樹『お姉ちゃん、それセクハラ』キュッキュ
銀「じ、実はですね! アタシもメッチャ肩こりがあって! ですね──!」
ポン、フルフル
風「そんなウソをつかなくて良いの。皆、分かっているから、ね?」ジアイノヒトミ
銀「うわーん! アタシはまだまだ発展途上なんだいっ!!」
千景「……まぁ、三ノ輪さんならその言葉の通りになってもおかしくないわね」
千景(スレンダーな体型ではあるけれど、こういったタイプは個人的統計によれば、気付くとそこも大きくなっていることが多いように思う。それに彼女だって標準かその少しを下回る程度にはあるのだ。だから、真に問題なのは──)チラリ
ジー
樹『な、なんで皆さん私を見ているんですか!?』スッポコスッ
ポン
風「大丈夫、お姉ちゃんは信じているからね」シンケンナヒトミ
樹『もう! お姉ちゃん嫌い!!』キュッ!キュッ!!
風「えぇっー!?」ガビーン
千景(……胸の話は置いておくとして、私も肩こり持ちではあるのよね)
美森「……あぁ……これが、極楽浄土……」ホッコリ
夏凜「こらこら、勝手に天国に行かない」
千景「……」
千景(次世代を感じさせるマッサージチェアはもう一台空いている。……私も体験してみようかしら?)
銀「千景さんもあのマッサージチェアに興味津々ですか?」
千景「多少はね。……昔から肩が凝りやすいのよ。ああ、胸の話は今関係ないわ」
銀「はっ!? 思わず登山しかけていた! ……ええと、アタシが揉みましょうか?」
千景「揉むって、肩揉みのことよね?」サッ
銀「何で今胸を隠したんスか……。これでもアタシ、両親に肩揉みが上手いって言われているんですよ?」
千景「……親、孝行なのね」
銀「まぁ、記憶のないアタシに出来ることなんてタカが知れていますから。で、どうッスか?」
千景「……そうね、折角だしお言葉に甘えようかしら」
銀「はいはーい! 銀さんマッサージ店ただ今開業ッス! それじゃあ、千景さん。そこの椅子に座って下さい」
千景「ええ」
千景(簡素な椅子に腰かけると、三ノ輪さんが私の後ろに立つ。……あたたかな手のひらが私の両肩に当てられた)
風「へー、面白そうなことしているじゃないの? 実はアタシも普通に肩こるのよねー」
友奈「それじゃあ、風先輩には私が!」
風「え、そう? 何だか催促したようで悪いわね」
美森「……」ナムナム
夏凜「何であんた、風を拝んでんの?」
友奈「えーい!」モミモミゴリッ!
風「うぎゃー!!」
千景(……結城さんもまた、高嶋さんと同じくゴッドハンドを持つ者だったのね……)
銀「お客さーん、こってますねー」モミモミ
シアツ、グッグッ
千景「……」
千景(……いい……)ホゥ…
銀「首と肩の付け根辺りを揉み解すと肩は大分楽になるんですよ。痛かったら言ってくださいね」コリコリコリ
千景「……た、多少痛い気もするけれど、ほ、ほぐれている気が……するから! こ、このままでお願い……!」
銀「あ、少しだけ力を緩めます。揉み返しになると大変ですからね」モミモミ、モミ
千景(……あぁ……三ノ輪さんの手がカイロのように熱くて……その繊細な指先の巧みさが……的確にツボを押していて……肩から、老廃物が抜けていくような心地が……)ハワー
樹『千景さん、とっても気持ちよさそうですね』キュッキュ
友奈「よーし! 銀ちゃんに負けていられないぞー!」モミモミモミ!
風「──ちょ……やめ……ゆ、ゆう──うぎゃぁー!!」
夏凜「友奈はあんまり力を入れていないように見えるけど、なんで風はあんなに悶絶しているわけ?」
美森「そうね……身体の凝りも酷くなってしまえば、蓄積された凝りによって多少の按摩でさえ痛みを感じてしまう人が居るらしいわ。でも、ほぐされてくれば大分楽になるはずなのだけれど」グイーングイーン…ピタ
美森「あら? ……もう終わってしまったのね」ザンネン
夏凜「なるほどね。つまり、風も千景も普段のストレッチが足りてないってことでしょう? あとで私が正しいストレッチをきちんと教えてあげないといけないわ!」ミモリンヲクルマイスヘモドス
美森「ありがとう、夏凜ちゃん。でも、ほどほどにしてあげてね?」
銀「千景さん、左肩のここ、痛いでしょう? ガチガチになっていますよ。……少しだけ我慢してくださいね」ギュッギュ、コリコリ、コリッ!
千景「!?」
千景(痛みが一瞬奔る。しかし、すぐに肩の筋肉全体が三ノ輪さんの繊細な手つきに包まれていき痛みは全て違う感覚に置換されていった。硬かった肩が溶けるように柔らかくなっていくのが分かる。……それがとても、気持ちいい……!!)
千景「……ああ……もう死んでしまっても良いわ……」ウットリ
樹『えぇー!?』キュッキュ!?
銀「──と、こんなところですかね」
千景「……ありがとう、三ノ輪さん。とても気持ち良かったわ」ホッコリ
銀「へへっ。いつもゲームをやらせてもらっている多少ばかりのお礼ッスよ。肩こりが少しでも楽になったんなら嬉しいです」
千景「ええ、肩が嘘のように軽いわ」グルグル
友奈「──ふぅ、こんなところかな?」
風「い、いちゅきー! あ、アタシ……し、死ぬかと思ったよぅー!」
樹『よしよし』キュッキュ、ナデナデ
夏凜「まさに天国と地獄に別れたわね……」
美森「……!」キラーン
美森「いえ、違うわ、夏凜ちゃん。この勝負、友奈ちゃんの勝ちよ!」
夏凜「いつから勝負になっていたのよ!?」
銀「それは聞き捨てならないッスね、東郷さん。理由を聞かせてもらいましょうか」
美森「一見すると、風先輩はただ苦しんで今現在樹ちゃんへと抱き着いているだけに見えるわ」
夏凜「ほんと見たまんまね」
美森「だけれど、それは物事のほんの表面にしか過ぎない。……風先輩、万歳をしてみてください」
風「ぐすぐすっ……え、バンザイ? こう? ──こ、これは!?」
風「肩が羽のように軽い! いえ、それだけじゃない!? 身体中が信じられないくらい、そう、軽いの! ダイエットで体重を四十キロくらい落としてしまったかのように!」
樹『それじゃあ空気になっちゃうよ?』キュッキュ
風「……」
樹『お、お姉ちゃん、まさか!?』キュッキュ…!?
風「ほ、ほら、アタシって育ちざかりだし……?」
樹『今日からうどんは一日一杯までね』…キュッキュ
風「!?」
美森「……分かったかしら、銀?」
銀「そ、そんな……アタシが……アタシが、負けた……!」ガーン!
ポン
千景「いいえ、違うわ、三ノ輪さん。そもそもあなたはプロのマッサージ師ではないのよ? こういった素人が行うマッサージであるなら、それは心地良さを何より重視してしかるべきなのよ。……あなたのおかげで今、私の心と身体は満ち足りている、それがただ一つの答えでしょう?」
銀「ち、ちかげ、さん……ッ!」ブワーッ
千景「ええ……!」コクリ
ガシッ!
夏凜「……何で抱き合ったのよ、この二人」
美森「按摩を通して友情が再び芽生えたに違いないわ。ああ、素晴らしき按摩交流」←大体の元凶
風「……うどんの件は樹と後でよーく話し合うことにして、その……ありがとうね、友奈。正直さっきは痛くて幽体離脱さえする勢いで、こっそり友奈に恨まれているかとすら思っていたけど、この身体の軽さには代えがたいわ。今なら百メートルを三秒で走れる気がするもの!」
夏凜「世界記録もビックリじゃない!?」
友奈「えへへ、お父さんとお母さんにも『友奈は上手だな』って良く褒められるんだー」ニッコリ
千景(……)
*旅館・個室
風「……冷静に考えるとさっきのアタシたちってババ臭かったわよねぇ?」
夏凜「冷静に考えなくても、マッサージコーナーで数時間つぶす中学生って何よ?」
銀「アタシ、マサオさんを全巻読破しました!」
千景「……何故、この時代にまでぬ~ぼ~の漫画が現存していたのかしら? 思わず読んでしまっていたわ」
友奈「ぬ~ぼ~も私の部屋に全巻あるよ」
千景「……今度、結城さんの家に続きを読みに行っても良いかしら?」
友奈「うん、良いよ!」
千景(ふふっ……都合よく結城さんの家へ遊びに行く口実を作ることが出来たわ!)
美森「はっ!? 千景ちゃんから不穏なオーラを感じる」ピキーン!
千景(あなたはニュータイプか何かなの!? ……偏執的な人って本当に怖いわ)
風「にしても、すっごい御馳走ね……。やっぱり部屋間違っているんじゃない?」
千景「……この旅行の前にも言っていたとは思うけれど、世界を守るために命懸けで戦っていたあなたたちなのよ? これくらいはあってしかるべきよ。むしろ危険手当と考えても全然足りないとまで言えるわ」
夏凜「あんたの考え方って何て言うの? ビジネスライク? やたらそんな感じよね」
銀「あれ? でも、夏凜さんて大赦から派遣された勇者なんですから、ビジネス的なものですよね?」
夏凜「私の勇者は名誉職よ! ビジネスと一緒にされたくないわね」
美森「そうよ、銀。神聖なお役目を一般的な職業に当てはめようとすること自体が神樹様への冒涜よ」
銀「うっ、確かに……」
千景(……なるほど。神世紀の人たちというのは"そういう風"に教育を施されてきたと言うわけか。西暦でも当たり前のように行われていることではあるけれど、こうして傍から見るとその異質さがよく分かるわ。……もっとも、この件について私がどうこう言ったところで意味なんてないのでしょうが)
友奈「皆、折角のごちそうが冷めちゃうよ? 先にいただきますしちゃわない? 私お腹ペコペコだよー」
樹『そうですね。実は私も……』キュッキュ
風「はいはい、皆育ちざかりですもんね。それじゃあ、神樹様の恵みに感謝して──」
全員『いただきます!』
銀「いやー、ほんと美味しかったッスよね~、今日の夕食」
美森「ふふっ、まだ言っているのね、銀」
風「うっ、銀が夕飯のことを思い出させるからお腹が……」グゥ
樹『ダイエット』キュッキュ
風「はい……しゅみましぇん……」
千景(客観的に見ても犬吠埼姉は特に太っていないし、体重も中学三年女子としては平均程度、むしろ下回るだろう。そもそもダイエットは計画を立てて継続しないと逆に毒となることが多々あるし、十代の私たちに本来必要なものとも思えない。……まぁ、あえて指摘するようなことはしないけれど)
夏凜「なに寝る前にご飯の話なんかしているのよ。ほら、さっさと寝るわよ」
風「いやいや、分かってないわね、夏凜。こういう時は寝る前にお決まりのあのお話をするのが常識でしょう?」
夏凜「え、そういうものなの?」
銀「そういうものッスよ、夏凜さん。寝る前の定番と言ったら! それはもう──怪談でしょう!」
美森「ええ! 流石は銀、分かっているわ!」
風「ちっがーう!! こういう時にするのは恋バナって相場が決まっているでしょうがっ!」
美森「風先輩もう一度言ってください」
風「こ、こいばな……」
千景「ごめんなさい、聞こえなかったわ」
風「こ、こい……って何度も言わせないでよ! 恥ずかしくなってくるでしょ!?」
千景「はっ」
風「何で久々に鼻で笑ったの!? あんた!」
銀「こ、恋バナ……ッスか……。ええと、皆さんにはそんな体験とか、あるん……ですか?」
友奈「私、皆のこと好きだよ?」
樹『それはもしかしなくても友情では? でも、嬉しいです』キュッキュ
千景「聞いたかしら、東郷さん。結城さんは私のことが好きらしいわよ?」
美森「あら、違うわよ、千景ちゃん。私のことを友奈ちゃんは好きと言ったのよ」
千景「ふふっ……」
美森「うふふ……」
夏凜「怖っ! この二人だけ何で素で怪談やってんのよ!?」
風「はいはい、千景も東郷も友奈ことが好きなのねー。皆知ってるから落ち着きなさいって。で、他にある人ー」
樹『……』キュッキュ
夏凜「……」ソッポヲムク
友奈「ええと、お父さんとお母さんのことが──」
風「いや、それはもう良いって。何、皆ないの?」
美森「はい! 私が好きな人は──」キョシュ
風「だからそれはもういいって!」
夏凜「そういうあんたはどうなのよ?」
風「何私の話が聞きたい? ……もう、仕方がないわねー。あれはそう──」
銀「ま、まさか部長……!?」
夏凜「え、マジなの!? ……って、何で私と銀以外誰も驚いていないのよ?」
樹『同じ話をもう何回も言っているんです、お姉ちゃん』キュッキュ…
千景「……とても、悲しい人ね……」
風「ちょっと! 本気で可哀相な人を見るような目はやめてよ! ……別に良いでしょ……実話には変わんないわけだし……」
千景「はいはい、良かったわね」
風「対応が雑っ!?」
友奈「そう言えば、銀ちゃんがモテモテだって聞いたことあるよ?」
美森「ゆ、友奈ちゃん、それはあくまでも同性からの話で、別に銀は──」
樹『銀ちゃん、男子からも人気がありますよ?』キュッキュ
銀「ちょ、ちょっと樹さん!?」
風「ほう」
千景「それはそれは」
夏凜「……少し興味あるわね」
銀「な、何ですか、皆して……あ、アタシを見ても何も面白くないですって! ほ、ほら、怪談やりましょう、怪談! ね、東郷さん」
美森「銀、その件、詳しく聞かせなさい」グイッ
銀「ひぃっ! な、なにも面白い話はないですって! ──え、あ、皆さん? あ、アタシを囲んで……いや、やめ……やめてぇーっ!」イーヤー
千景(……その後、樹さんの補足もあり、三ノ輪さんの恋バナは勇者部一同の中でオープンとなった。その際色々とあったのだが、まぁとりあえず、自傷……失礼、自称女子力の塊が地団太を踏んでいたことだけはここに記しておく)
風「しくしく、銀に負けた……」
銀「泣きたいのはこっちですよっ!」モォー!
*翌日・海岸前
風「いやー、慰安旅行もあっと言う間だったわねー」
美森「風先輩。家に帰るまでが旅行です」
風「遠足かい!?」
千景(送迎の車が来たため、勇者部一同は一日を過ごした綺麗な海辺を最後に眺めていた。……正直、海に遊びに来ることなんてことは縁遠く、増してやそれを楽しめるなんて思ってもいなかった。……それもきっと、このメンバーだからなのでしょうね)
夏凜「どうやら千景も楽しめたようね。……実は私もよ」
千景「……お互い本来海には縁がなかったのでしょうけれど、不思議なものね」
夏凜「? 海なら、アタシは毎日素振りをしに行っているわよ?」
千景(……やはり三好夏凜は若干世間知らずのようだった。まぁ、それも個性だろうし、素性を考えれば仕方のないことではあるか)
友奈「……」
友奈「私たちはこの綺麗な景色を、守ることができたんだね……」
千景「……ええ、そうよ、結城さん。あなたたちが守ったのよ」
千景(静かに、感慨深げに呟いた結城さんの言葉に私は同意した)
友奈「ぐんちゃんも、だよ」
千景「……?」
友奈「あなたたちの中に、ぐんちゃんも、ちゃんと入れてあげてね?」
千景「……そう、だったわね……」
千景(私は結城さんから目をそらし、目の前の海へと視線を逃がしてしまう。……純粋な彼女の言葉は重く、だからこそ、自身の知っている未来があまりにも足枷だった)
風「ほらー、あんたたち。さっさと乗りなさい。置いていくわよー?」
千景(……去り際、車の中から見た景色も、先ほどと同じく、鮮やかでとても綺麗な色の海だった)
千景(こうして、穏やかな一泊二日の勇者部の慰安旅行は幕を閉じ、そして──)
千景(延長戦が、始まる)
続く
ここまでお付き合いいただけている方が何人かいるようで安心しました……
続きを投下していきます
*樹海
風「──この延長戦で本当に終わり。ゲームセットにしましょう!」
夏凜「そうね、絶対逃がさないわ!」
風「行くわよっ!」
友奈・美森「はい!」
樹「……」コクン!
ヘンシン!
銀「いやー、いつ見ても皆の変身シーンって圧巻だなぁ。……あれ? 千景さんは変身しないんですか?」
千景(……普段と変わらない様子の彼女。だからこそ、私は訊ねる)
千景「三ノ輪さんは、平気なの? 前回の戦いであなたは怪我を負ってしまったのよ?」
銀「それを言うなら千景さんもでしょ? 第一、皆がついているんです、何一つ心配なんてありませんよ。……あ、ただ、怖いのはいつも通りではあるんですけど、アタシだけが戦えないって言うことだけは、正直文句がありますけどねー」
千景「……そう。あなたはやっぱり強いのね」
銀「へ……?」
千景「来なさい! 手甲!」
バシューン!
銀「わぁ!? またいきなり飛んできた!」
千景(……おそらくは大丈夫なはず。切り札さえ使わなければ、きっと──)
友奈「あれ……? それって……?」ズキン
風「へぇー、千景が持つとそれが大鎌に変わるのねー。何と言うか、神秘だわ」
美森「私たちの変身も大概に神秘だとは思いますよ?」
樹「……」コクコク
夏凜「千景らしいと言えばらしいんだろうけど、それって死神とかそういう系統の恰好よね……」
千景「……ふぅ。人の変身に関してとやかく言わないでもらえるかしら?」
千景(変身は完了。今のところ……異常は無い、ようだった)
風「よーし! 千景の変身も終わったところで、アレやろうか」
美森「了解です」ギュッ
夏凜「ほんと好きねぇ、こういうの」スッ
友奈「ほ、ほら! ぐんちゃんも!」クラッ…
千景(結城さん……?)
銀「はいはい、千景さんも行った行った」オシダシオシダシ
千景「……」
千景「三ノ輪さん、あなたも加わりなさい」グイッ
銀「えぇー!?」
風「お、千景も良いこと言うわね。やっぱり勇者部はフルメンバー揃ってなんぼよ」
銀「いや、でも……アタシは戦えるわけじゃないですし……」
美森「勇者部六箇条。勇者部は一蓮托生よ」
風「いつの間に一ヶ条増えていたのよ!? あの、一応アタシ部長なんですけど? ……まっ、でも、東郷には一女子力を進呈しましょうか! よく言った!」
美森「わぁ。友奈ちゃん、一女子力貰っちゃったわ」
友奈「良かったね、東郷さん」
千景「……知っての通り、あなたのお仲間はこういう人ばかりよ」
銀「……」ハァ
銀「いやー先輩たちには敵わないな~」ホントニ…
樹「……」ソデクイクイ
銀「もちろん、樹さんもですよ。──ふしょう三ノ輪銀、円陣に参加させていただきます!」
風「円陣組めたわね? さぁて、敵さんをきっちり"昇天"させてあげましょう」
千景「ぷっ……」
風「なんで笑った!? なんで笑ったの千景! ここ一応真面目な場面よ?」
千景「な、なんでもないわ……。続けてちょうだい」
千景(い、言えるわけがない。高嶋さんと"笑点"を見ていた影響で、あのBGMが脳内再生されてしまったなんて!)テッテレテレレ、テッテ
夏凜「まぁ、土台、風が真面目にやること自体あっていないのよ」
風「なにをー! 言ったわね!」
美森「……でも、おかげで皆の肩の力が抜けました。流石上級生のお二方です」チラリ
友奈「え? 樹ちゃんも夏凜ちゃんの意見に賛成? あはは、それだと風先輩がちょっと可哀相かも……」
千景(……東郷さんも気付いていたのね。結城さんの様子がおかしかったことに。……意図は全くしていなかったが、副次効果なのか今はいつもの結城さんに見えていた)
風「ま、まぁね! アタシってほら? 部長だし?」
千景「はぁ……部長、さっさと締めてくれないかしら? バーテックスがいい加減近づいて来ているわ」
風「元はと言えばあんたのせいでしょー! ……まぁ、良いわ。時間がないのは本当だし良いことにしておいてあげる! それじゃあ──」
風「勇者部、ファイトー!」
皆『おー!』
千景(アニメ通りであれば、ここで一旦、三好夏凜以外は躊躇する場面であるが──)
友奈「結城友奈! 先陣を切ります!」
夏凜「いえ! 先陣はこの私よ!」
風「まったく二人とも……少しアレコレ考えてしまったアタシが恥ずかしくなってくるじゃない。こらー、待ちなさい!」
樹「……」ツイテイクヨ
美森「凄いわね、千景ちゃん。ここまで計算していたの?」
千景「……どう答えて欲しいのよ、あなたは?」
美森「そう……。やっぱり千景ちゃんもその可能性に至っていたわけね」
千景「否定も肯定もしないわ」
銀「あのー……何だかお二人さんの会話が頭のいい人のそれと言うか……何言っているのかついていけないッス!」
美森「良いのよ、銀はそのままで」
千景「ええ、それについては同意するわ」
銀「……わーい、先輩たちが何故だかアタシにやさしいやー」シクシク
美森「──速いわね、あのバーテックス」
千景「樹さんが以前倒したバーテックスと同様速度偏重型ね。星座モチーフであるとしたら二体目故にふたご座と言ったところかしら?」
千景(前衛タイプは私を除き全員前線に出てしまったので、残されたのは三ノ輪さん、東郷さん、私の三人のみとなる。後衛として戦場の様子を観察し、状況によってはすぐさまの移動が伴うため、今は臨戦態勢であった)
美森「……くっ。私の射撃では目標を捉えることが出来ない」
千景「相性の良さで考えるのであれば、攻撃速度に優れた樹さんか三好夏凜が適当でしょうね。でも──」
ヤァー!
テーイ!
美森「友奈ちゃんと夏凜ちゃんが突撃を仕掛けたわ。……流石ね」
千景(前線での光景は史実……アニメに対してその言葉を使うのは抵抗があるが、私の知る史実通りと言ってしまっても差し支えなかった)
美森「敵は伏したわ。私たちも行きましょう」
千景「ええ。ほら、行くわよ、三ノ輪さん」
千景(生身の三ノ輪さんが居る以上、本当ならここで待機することも最良の一つだろう。しかし、事前に出した勇者部の結論としてはなるべくまとまっておくことが適当だと答えは出ていた。……先日の決戦から生じた教訓みたいなものね。所詮、戦いにおいては素人の集団、それ故に守り手が多くなるこの結論に私自身異存はなかった)
銀「……はーい。ちょっとだけ蚊帳の外な銀さんなのでした」フタリダケデモウ…
千景(? 何故三ノ輪さんは少しだけ拗ねた顔をしているのかしら?)
美森「銀! その顔も可愛いわ!」
銀「えぇー!?」
千景(……いえ、やっぱりいつも通りね)
美森「友奈ちゃん!」
友奈「あ、東郷さんたちだ。夏凜ちゃんと私でバーテックスは倒したよ。あとは──」
風「封印開始!」
夏凜「なにこれ!? 御霊が大量にあふれてくる!?」
風「アタシがやるわ!」
千景(……決意がにじんでいるわね。後遺症の危険性を踏まえた上での風先輩の台詞だろう。元々責任感の強い人だから、一時的に場の空気が和んだとしてもその危機意識を消せるはずはないし、彼女は決して愚か者というわけでもない。そこから考えれば当然の情況ね。けれど、史実通りなら三好夏凜もまた──)
夏凜「トドメは私に任せてもらうわよ!」
風「夏凜! やめなさい! 部長命令よ!」
夏凜「ふっふーん、私は助っ人で来ているのよ。好きにやらせてもらうわ!」
千景(互いに一歩も譲らない。……その間にも)
友奈「はぁーっ! 勇者、キーック!!」
千景(……やはりあなたが行くのね、結城さん)
バシュー!
千景(炎を纏わせた蹴り技が御霊を貫く。そして、舞い上がる業火。これが結城さんの新しい精霊、火車の力……)
友奈「ふぅ……何事もなかった。成せば何とかなるね!」
夏凜「友奈、あんた何で勝手に……あ」
風「……っ……」
樹「……」
美森「……っ……」
千景(……彼女の右手には満開ゲージが三つも溜まっていた。この場で、自身らに訪れた後遺症を連想しない者はいないだろう)
友奈「ご、ごめんねー。新たな精霊の力を使いたくてつい先走っちゃいました」エヘヘ…
美森「友奈ちゃん……身体は平気?」ギュッ
千景(東郷さんが結城さんの左手を握りしめる。……頃合いだろう)
友奈「うん、元気そのものだよ……って、あれ? ぐんちゃん?」
美森「……あの、千景ちゃん?」
千景(結城さんと東郷さんの間に無理やり割り込み、私は片方の人の手を握っていた)ギュッ
千景「別に……単なる嫉妬よ」
銀「遂に言っちゃったよ!? この人!」
友奈「あはは、二人とも仲良しさんだね」
千景(……見た目上は、結城さんの代わりに私と東郷さんが手を握り合っている形になる。しかし、東郷さんであれば私が二人の仲を邪魔したのだと邪推してくれるだろう。したがって、今後の流れに不自然は生じないはずだった。……世界は花と共に散り、樹海化が解かれていく)
友奈「皆に怪我なく終わって良かったよ」
美森「友奈ちゃん……」
千景(そして、樹海はその役目を終え……)
千景(……さて、ここからが私の本番だ。気を引き締めていこう)
*朽ちた瀬戸大橋の見える祠
美森「戻った、けれど……」
銀「ここって……屋上、じゃないですよね?」
千景(東郷さんに触れていた私がここに居るのは必然として、まさか三ノ輪さんまで一緒とはね……。やはり彼女は──)
美森「大橋……!」
銀「わっ、ほんとだ! ってことは結構離れた場所に居るんですね、アタシたち」
千景「どうやら携帯の電波も掴めないようね」
千景(スマホを適当に取り出し、本来なら結城さんの告げた台詞を言っておく。なるべく私の知る歴史に近いほうが再現性が上がるに違いない、その程度の理由である)
美森「……本当だわ。私の改造版でも駄目なようね」
銀「今さり気なく、改造版とか言いませんでした?」
千景「……」ピクッ
千景(さて、お出ましのようね)
声「ずっと呼んでいたよ~。わっしー、ミノさん」
千景(……ええ、こちらこそ待ちかねていたわ。──乃木園子)
続く
銀「声? ──東郷さん、千景さん」
東郷「ええ、行ってみましょう」
千景(社の大きな支柱、その向こう側には──ベッドの上で、左目だけをのぞかせた包帯姿の少女。……改めて惨い、わね)
銀・美森『……っ……!』
乃木園子「会いたかった~。ようやく呼び出しに成功したよ、わっしー、ミノさん」
銀「み、ミノさん……? ってアタシのことだよ、な? え、ええと、じゃあ、わっしーって言うのは……? いやいや! その前にどうしてこんなところにベッドがドーンって置かれて!?」
千景(乃木園子は東郷さんに視線を向けた)
園子「……あなたが戦っているのを感じてずっと呼んでいたんだよ」
銀「戦っていて、って……もしかして! 東郷さんの知り合いなんですか?」
美森「……」フルフル
美森「いいえ、初対面だわ」
園子「……っ……」
園子「あー、はははっ」
千景(……知らないことはこんなにも残酷なのね)
園子「わっしー、て言うのは私の大切なお友達。いつもその子たちのことを考えてて、つい口に出ちゃうんだよ」
銀「……あ。す、すいません! と言うことはアタシの知り合いってことですよね? 三ノ輪でミノさんだとは思うんですけど……その……実はアタシ、過去の記憶が全部なくなってしまっていて……本当に、ごめんなさい……思い出せなくて」
園子「……」
園子「ううん、良いんだよ。ミノさんがこうして元気でいてくれるだけで、私はとっても嬉しいんだー」
千景(……三ノ輪さんに関しては最早確定ね)
美森「……あの、私たちを呼んだのですか? けれど、どうやって?」
園子「そこにある祠、"バーテックス"との戦いが終わった後だったら、その祠を使って呼べると思ってね」
銀「ば、バーテックスをご存知なんですか?」
園子「一応、ミノさんたちと同じお役目を担っている立場ってことになるのかな? 私、乃木園子って言うんだよ」
千景(……アニメと違い先輩と自称をしなかったわね。つまり、三ノ輪さんも東郷さんも勇者としては彼女の後輩に当たらないと言うこと)
銀「さ、讃州中学一年、三ノ輪銀です」
美森「東郷、美森です」ペコリ
園子「ミノさんに……美森、ちゃん、か……」
千景(乃木園子の今の一言にどれだけの感情が込められているのか……。重苦しく湿った空気が漂ったのを感じる。けれど、場違いであっても、私だけ名乗らないわけにもいかない流れだろう)
千景「……郡千景よ」
園子「そっか、あなたが千景ちゃん……。ミノさんを助けてくれてありがとうね」
千景「……助けられたのは私のほうよ。それに私は一応、あなたにもお礼を言う立場なのでしょう?」
園子「……気付いていたんだ?」
千景「今、肯定を得たわ」
園子「ふふっ、怖い人だね」
千景「それはお互い様でしょう?」
園子「うーん、どうなのかな?」
千景(まったく、左目だけしか見えないのにこんなにも見透かすような瞳をして……。けれど、これで、乃木園子が私に便宜を図っていたことを自白したに等しい。前提はここにおいてようやく整い、私は乃木園子へと続けて話しかける。これが本題だ)
千景「……あなたにも本題があるでしょうから、私からは一つだけ投げかけさせてもらうわ」
園子「心遣いありがとうね。どんな内容かな?」
千景「あなたには聞きたいことがそれこそ山ほどある。だから、後日……いえ、出来る限り近いうちに、時間をいただけるかしら?」
園子「なーんだそんなこと。もちろん、良いよー」
千景「……随分とあっさり了承するわね。こちらとしては好都合だから助かるのは事実だけれど」
千景(これでもそれなりに緊張はしていたのだ、酷く拍子抜けしてしまっても仕方がない。一方で、確約は得た以上、この場で彼女と会話を続ける必然性はなくなった)
千景(……それじゃあ、後はあなたの本題を進めてちょうだい」
園子「やっぱり千景ちゃんは"そう言うこと"なんだね。ありがたく私の話に戻らせてもらうよ」
千景(全てに理解が届いたような表情を、乃木園子は、確かにした。……得体がしれないとはこう言う人物を指すのでしょうね……)
銀「……実は千景さんとも、その……乃木さんはお知り合いだった、とか……?」
園子「ミノさん」
園子「私のことは園子でお願い。乃木さんだと流石に私もやりきれなくなっちゃうから」
銀「あ、すみません! そ、園子、さん……?」
園子「園子」
銀「そ、そのこ……」
園子「……ふふっ、なーに? ミノさん?」
銀「え、ええと、……そ、園子は千景さんとお知り合いですか?」
千景「私方面からは正真正銘の初対面。けれど、今はどうでも良いことよ。……乃木園子、あなたのその身体はバーテックスとの戦いで、そのようになってしまったのかしら?」
園子「ごめんね。私、ボーっとしているところがあるから進めてくれて助かるよ。それで、今の質問への返答としては否定になるかな。私、これでもそこそこ強かったんだから」
銀「え……? バーテックスに、こんな酷い目にあわされたんじゃ……」
園子「えーと……そーだそうだ。千景ちゃんは皆が満開したところを見たんだよね?」
千景「……ええ。普段の勇者姿ですら超人を超えているのに、満開で規格外の強さを手に入れていたわ」
千景(満開の話題をあえて三ノ輪さんと東郷さんには振らなかったわね。予測が徐々に筋道を辿って真相へと近づいて行く、そんな気配があった)
美森「私も……満開を、しました」
園子「……」
園子「そっか……。咲き誇った花は、ね──満開の後に散華と言う隠された機能があるんだよ」
美森「散、華……。華が散るの散華……?」
園子「……満開の後、身体のどこかが不自由になったはずだよ」
美森「……っ……!」
銀「っ! そ、それって!?」
園子「それが、満開の代償。その代わり決して勇者は死ぬことはないんだよ。……そして、私は戦い続けて今みたいになっちゃったんだ。全然動けないのは流石にきついけど、元からボーっとするのが得意で良かったかな?」
銀「──くっ! ……い、痛むんですか……?」
園子「痛みはないよ。敵にやられたものじゃないから。満開して戦い続けてこうなっちゃっただけで、敵はちゃんと撃退したよー」
美森「た、戦い続けてそうなった……じゃ、じゃあ……その身体は、代償で……?」
園子「うん」
千景(……乃木園子は、その故意に隠されていた真相を認め、三ノ輪さんと東郷さんの息を呑む音だけが、ただ一度ずつ聞こえていた)
とりあえずここまで……なんですが、文量的に少ないのでちょっとした番外編を
【ここから・『楠芽吹は勇者である』絶賛発売中なSS】
*ある日の休日・閑静な歩道
銀「へっへーん、今日はラッキーだな~♪」
銀(駄菓子屋の前に『大当たり増量中!』と書かれたガチャガチャなマシンがあったから、何となく一回まわしただけなのに……なんと! 大当たりが出ちゃいましたよ! 凄くない?)
銀「いやー、このヨーヨーめっちゃカッコいいし、アタシって本当はラッキーガールだったりして?」
銀(手に入れたのは赤くてギラギラの如何にも当たりって感じのヨーヨー。こいつを見てしまったら遊ばないわけにはいかないってもんよ! ……よし! そこの公園でアタシの美技を見せてやる!)
*公園
銀「ほっ! よっ!」
銀(気持ちいいくらいに技が決まっていく。……もしかしたら記憶を失う前のアタシってヨーヨーの達人だったりして? ウシッ! ──お次は! ウォークザドッグだ!)
キュルルルーッ!
銀(へへっ、最高のバッグスピンで犬の散歩も成功ってね!)
…パチパチパチ
少女「……」パチパチパチ
銀「あ、どうも、です」…ペコリ
銀(……あちゃー、誰も居ないと思って油断していたら女の子が一人居たのか……。一人ではしゃいでいる恥ずかしいところを見られた、よね……?)
少女「……ヨーヨー。凄かった……」
銀(あー、つまり一部始終、見ちゃったわけですね……。しかも、気を遣ってわざわざそんな台詞まで!)
銀「あははっ、粗末な技を見せてしまってごめんねー……」
少女「……」フルフル
少女「……他にも。できる?」
銀「え? 他にも? ……はい! アラウンド・ザ・ワールド!」ハッ!
セカイイッシュウ! シュルルー!
少女「……おぉ……!」パチパチパチ
銀(しきりに目を輝かせてくれるのが嬉しくて、アタシはついつい色んな技を披露してしまう。──そんなこんなで、気付けばそれなりの時間が過ぎ、空がすっかり真っ赤に染まっていた)
銀「いやー、アタシってば本当に調子に乗りやすくて困っちゃうよねー? その……いっぱいつき合わせてしまって、ごめんなさい」ハンセイ
少女「……ううん。楽しかった」
銀「え、そう……? はっ! 実は見る人を魅了させる超絶美技をアタシは披露してしまっていたとか!?」
少女「……そこまでは。言ってない……」
銀「ですよねー」シュン
少女「……」クスッ
少女「……よくこの公園。……来る?」
銀「うーん、買い物とかで通りかかるけど、遊びに来たのは結構久しぶりかな?」
少女「……そう。じゃあまた会える。……かもしれない」
銀「はっ!? やっぱりアタシのヨーヨーが魔性の魅了を秘めているから……!」
少女「……そこまでは。言ってない」
銀「あ、はい、すみません。その、調子に乗っていました、はい」シュン
少女「……」フフッ
少女「……それじゃあ。……またね」
銀「あ、うん。アタシに付き合ってくれてありがとね!」
少女「……」バイバイ
銀(アタシも手を振り返し、女の子が少しだけ微笑む。そして、夕焼けの中へと消えて行った)フリフリ
銀「あ」
銀「……折角だから名前を聞いておけば良かったかな」
銀(まぁ、また会った時にでも聞けば良いか)
──これは、華とその清廉に憧れた一人の雑草が、再び交錯したその記憶。
【ここまで・くめゆドラマCDも発売予定です!】
園子「──大いなる力の代償として、身体の一部を神樹様に供物として捧げていく。それが勇者システム」
美森「私たちが……供物……っ」
園子「大人たちは神樹様の力を宿すことができないから……私たちがやるしかないとは言え、酷い話だよね」
美森「それじゃ、あ……これから身体の機能を、失い続けて──」
銀「で、でも! 十二体のバーテックスは倒したんです! いや……それでも酷すぎる話ですけど、"アタシたち"はこれ以上失わなくても良いんですよね? もう戦わなくても良いんですよね! そうでしょう!?」
園子「……そうだと良いね」
千景(見知った会話ではある。……それでもその痛々しさは視聴時とは比べものにならない寒気をはらんでいて──)
千景「……それで、失った身体の機能は治らないの?」
千景(思わず、会話を進めるため口出しをしていた。……早く終わらせたいという気持ちがなかったと言えば嘘になる)
園子「……治りたいんよね。私も治りたいよ。歩いて友達を抱きしめに行きたいよ……」
銀「そ、それなら──!?」
ザッザッザ
美森「大赦の、人たち……?」
園子「──彼女たちを傷つけたら許さないよ。私が呼んだ大切なお客様だから。……あれだけ言ったのに会わせてくれないんだもの、自力で呼んじゃったよー」
千景(そして、深々と平伏する仮面の大人たち。……改めて異常な光景だった)
園子「私は今や半分神様みたいなものだからね。崇められちゃってるんだ」
美森「……」
園子「……悲しませてごめんね。大赦の人たちもこのシステムを隠すのは一つの思いやりではあるとは思うんだよ。──でも……私は、そういうの、ちゃんと……言って欲しかったから……」ツゥー
千景(……彼女は機能の残った左目だけで泣いていた)
園子「分かってても、友達ともっともっと、遊んでいたかった……やっぱりね、どこまでも心残りはできてしまうんだよ……それでも、少しは違ったから、伝えておきたくて……」
銀「……っ」
美森「……」
千景(三ノ輪さんと東郷さんが乃木園子の左側面に歩み寄る。東郷さんが彼女の涙に触れ、三ノ輪さんがその頬を優しく撫でた)
園子「……ふふ……そのリボン、似合っているね」
美森「このリボンは……とても大切なものなの……。それだけは覚えてる……でも、ごめんなさい……私思い出せなくて……っ」
園子「仕方がないよー」
千景(アニメと変わらないやりとり。けれど、ここで本来なら居なかったはずの人物が)
銀「……園子」
千景(……何かを決意した強い眼差し。次の台詞も本来なら存在しなかったもので……」
銀「アタシは絶対に諦めないし、こんなこと認めたりなんかしない」
園子「ミノ、さん……?」
銀「アタシは絶対に! 自分の記憶を取り戻してみせる! ──園子のその身体も、東郷さんの記憶と足も、勇者部の皆が失ったものも! アタシが、必ずアタシが! 何とかしてみせるっ!! ──そう、約束するよ」
千景(勇ましさの最後に、三ノ輪さんはとても優しい声で告げた。……でも、今の宣言に何らかの明確な根拠が存在しているように感じてしまうのは、私だけだろうか?)
園子「……うん。やっぱりミノさんは、ミノさんなんだねぇ……」ポロポロ
千景(三ノ輪さんが乃木園子の涙を拭い去った頃には、か弱き面を見せた少女は大赦の最上位である半神へと戻っていた)
園子「──戻してあげて。彼女たちの町へ」
千景(仮面たちは手を合わせ、乃木園子へと頭を下げた。了承したと言うことだろう)
園子「いつでも待ってるよ。こうして会った以上、もう大赦側も二人の存在をあやふやにはしないだろうから」
美森「……っ……」
銀「……園子、またね」
園子「うん……また、ね……」
千景(こうして、私たちは乃木園子の居る社を後にした。そして、帰りの車中)
銀「──大丈夫。アタシが何とかしてみせるから。五箇条にもあるでしょ? なるべく諦めないって。だから、ね?」ギュッ
美森「……ぎ、ん……っ!」ギュッ
千景(後部座席で慰め合う二人の声を、私はただ黙して聞いていた)
*翌朝・学校屋上
風「勇者は決して死ねない……身体を供物として捧げる……?」
銀「はい」
美森「満開の後、私たちの身体はおかしくなりました。身体機能の一部を供物として捧げると、乃木園子は言っていました。……事実、彼女の身体も──」
風「……じゃあ……アタシたちの身体も、もう……元には戻らない……?」
千景(三ノ輪さん、東郷さん、私の三人は犬吠埼姉に昨日の顛末を報告していた)
風「……その話、樹や夏凜には話した?」
銀「いえ、まずは風先輩に相談しようと思って」
美森「……」
風「そう……。じゃあ、まだ他の皆には話さないで。確かなことが分かるまで変に心配させたくないから」
銀「……分かりました」
美森「……」コクン
千景(報告は終わり、気だるさを感じながら私たちは解散する)
千景(下級生二人に続き、私も屋上口から出ようとした時)
風「千景。ちょっといい?」
千景「……ええ」
千景(ポツリポツリと小雨がこぼれる屋上に私は踏みとどまり、そのまま振り返る。先ほどまでと変わらず、真剣な表情の風先輩が目の前に居た)
千景(……徐々にアニメのゆゆゆから物語が乖離し始めているのは以前から察していた。だから、このイベントもまた本来から外れたものの一つとなっていくのだろう)
風「千景から見て、乃木園子って言う先代勇者の話は……正直、どう思った?」
千景(やはりその件しかないわよね)
千景「それはさっきの話の真偽を確認するため?」
風「……ええ。もちろん東郷たちの話を信用していないわけではないわ。ただ、あの子たちは素直過ぎるから……大赦にも確認を取るつもり。幸い、あの場にはあんたも居たのよね? なら、千景には、勇者部で一番冷静なあんたには、昨日のやり取りがどう見えていたのか、それをアタシは知りたいの」
千景「随分と、過剰評価をしてくれていたのね?」
千景(芝居染みた動きで肩をすくめてみる。けれど、いつもだったら即時返ってくる犬吠埼姉の突っ込みはない)
風「ごめん、今のアタシはいつものような調子であんたに返す言葉を多分持っていないと思う」
千景(笑顔の気配すら見せずに固い口調で犬吠埼姉は言った。……なら、こちらもそれに付き合うまで、ね)
千景「……乃木園子の状況と台詞を、全て演技と考えるのは無理があるでしょうね。あまりにも大掛かり過ぎるし、そもそも勇者たちを呼び出せる段階で超上の、神樹側の人間であることは明らか」
千景(もちろん、昨日の乃木園子の台詞が真実であることを私は知っているから、この分析はあくまでも客観的な視点で見た場合のものとなる)
千景「そんな彼女であるのだから、その言葉にはおおよその真が含まれていると考えるのは自然でしょうね。嘘をつくメリットを見いだせないのだから。したがって、現時点の信憑性としても、そうね、七割以上と私は判断したわ。これが率直な私の感想よ」
風「……」
風「……そう、ありがと。……参考に、させてもらうわ」サァー
千景「ちょっと──」
風「ん、何?」ニコ
千景(今あからさまに顔から血の気が引いていたでしょうに……。何故、あなたは今も笑顔を張り付けるの……? そんなんじゃ、こっちだって……何も言えなく、なるじゃない……)
千景「……いえ、何でもないわ」
千景(結局私は、自身の後ろめたさも相まって、彼女の顔色について触れることは出来なかった)
風「……ごめんね、その、時間を取らせちゃって。悪いけど気が向いた時で良いから東郷と銀を気に掛けてもらえると助かるわ。……じゃあ、教室に行きましょうか」
千景(……空元気を出してもらったところ悪いけれど、私にはこれからの用事がすでに入っている)
千景「いえ、生憎だけれど、私用で私はこのまま欠席するわ」
風「私用……?」
千景「ええ──定期健診で通院する日なのよ」
千景(私は堂々と嘘をつく。犬吠埼姉はあっさり信じ、あまつさえ見送ってくれさえした。……本当に悪いわね、色々と)
千景(そして私は、偽らざる"病院"へと向かって行った)
次回、千景VS園子
*特別病室
千景「昨日の今日とは流石に思っていなかったわ」
園子「うん。でも、早いうちに会っておかないと、わっしーが本格的に行動を始めてしまうからね。その頃だともう遅いでしょ?」
千景「そうね、賢明な判断だと思うわ」
千景(大きな病室の中、寝たきりの少女は祀られている。神事の類でしょうけれど、生憎この部屋は鳥肌が立つくらいに薄気味悪くて長居したいと思える場所ではなかった。表情の機能も喪失しているのか、はたまた慣れてしまっているのか、部屋の主は平然としている)
園子「それで、千景ちゃんは私にどんなお話があるのかな?」
千景(早速ね。なら、私も簡潔に答えましょう)
千景「私の求めるものはシンプルよ。あなたの知っている情報を全て寄越しなさい」
園子「私の知っている情報? あ! イネスのジェラートってとっても美味しいんだよ~。醤油ジェラートもちゃんと甘いのには驚きだよねー」
千景(あまりにも場違いな話題が飛んでくるが)
千景「……あなたも、そんな情報を私が求めているとは思っていないのでしょう? あと、ジェラート店はイネスから撤退したそうよ」
園子「がーん! 地味にショックかも……」
千景(今が腹の探り合いであることは互いに承知している。その上で如何にイニシアチブを取ることが出来るか、それが今後の話の流れを大きく左右していく。……ただ、何を考えているのか分からない乃木園子相手には相当分が悪いようではあった。──手札を一枚切ることにしよう)
千景「あなたはどこまで知っているの?」
園子「勇者システムのこと? それとも大赦のことかな?」
千景「いいえ」
千景「──これから起こる未来のことよ」
園子「……」
千景(乃木園子からの返答が止んだわね。つまり、ある程度以上の心当たりがあると言うこと)
千景「あなたは昨日言っていたわよね? 大赦から教えられてはいなかったけれど、自身が今の状態になってしまうことは知っていた、と」
園子「……そんなこと言ったかな?」
千景(言葉に動揺は一切見せず、平坦な口調で彼女は言う。……でもね、煙に巻こうとしても無駄なのよ)カチッ
『分かってても、友達ともっともっと、遊んでいたかった──』
園子「あー、ボイスレコーダーか……。これはちょっと予想していなかったかな?」
千景「昨日の会話は全て録音してあるわ。だから、あなたの発した言葉に虚偽を生じさせようとしても一切が無駄なのよ」
園子「千景ちゃんは普段から会話を録音しておく人なのかな?」
千景「ええ、生まれつき気弱な性根なものでね」
園子「それなら仕方がないかな」
千景(お互いに飾り繕った言葉だけでの応酬。それでも、先ほどの一件で私に利が生じていることは確かだった。なら、追撃の一手のみ)
千景「──さて、理解してもらったところで訊ねましょう。あなたは何故未来を知っていたの?」
園子「それに答える前に、千景ちゃんの最終的な目的を教えて貰っても良いかな? お互い、お腹の中を探りあっていても時間がもったいないだけだよね」
千景(……腹の探り合いは止めましょう、と言いたいわけね)
千景「ええ、それは同意ね」
千景(ただし、利がこちらにある以上限定的な了承であり、手の内全てを見せるような愚は冒さないことが大前提である)
千景(ゆえに、いずれ伝えなければならない話題であるところの、自身の目的は、要望通り伝えておくことにした)
千景「……元居た世界へと帰る、それが最終的な私の目的よ」
園子「元の世界……なるほど、ね」
千景(驚いた素振りも見せず乃木園子は静かに理解を示していた)
園子「私も予想はしていたんよ。この世界とは別の世界があって、そこから千景ちゃんが来たんじゃないかって」
千景「それは天才の発想? それとも、根拠あってのもの?」
千景(ある程度こちらも予想していた範囲の発言ではあったので、私も的確に言葉を紡いでいく)
園子「もちろん後者だよー。……多分、千景ちゃんは"これ"を知っているよね?」
千景(だけど、次の一言だけは流石に平然としていられず──)
園子「『鷲尾須美は勇者である』『結城友奈は勇者である』」
千景「っ!?」
園子「──という二つの作品のことを」
千景(……)
千景(……そう)
千景(いきなりで多少驚いてしまったけれど、私の推測は間違っていなかったことに他ならない。こちらを見透かすような左目を私は正面から受け止め直す)
千景(──明確なきっかけは、素性の知れぬ私が大赦から厚遇を受け始めた時。その裏に、権力を有している乃木園子の顔が浮かび上がるのは自然なことで、そこから芋づる式で"もしや"の思考を連ねていった)
千景(そして、三ノ輪さんの存在が決定打となる。先代勇者である三ノ輪銀が生きているのなら、それは明確に歴史が変わっていると言うこと。"もしや"の想像と合わせて、乃木園子が未来を知っているという推測に辿り着いた。だから、これはある意味必然的な思考と言える)
千景「あなたが持っていたのね?」
園子「それに関しては否定かな。だけど、私が"神書"を読んだことに関しては、事実だよ」
千景「シンショ?」
園子「神の書で神書。未来に起こることが神様の視点で書かれた本だからね」
千景「……あなたたちにしてみたら、確かにそうなのかもしれないわね」
千景(こちらとして見ればライトノベルの一種が神の書なんて笑える冗句ではあるのだけれど)
園子「ねぇ、千景ちゃん」
園子「私は、私の知っていることであれば全てをあなたに教えてあげるつもりではあるんだよ。……だからね、代わりに教えて欲しいの。あなたの居た世界は、バーテックスに侵略されていない正常な世界なんだよね?」
千景(質問の意図は読み切れない。けれど、その言葉には今までなかった彼女の生の感情
が存在しているように感じて、私は素直に答えていた)
千景「……正常かどうかは分からないけれど、少なくとも人々は地球のいたるところで生活していて化け物の脅威に脅かされていない、そんな西暦であることは間違いないわ」
園子「……そっか。その言葉を聞くことが出来て、うん……私は救われた心地だよ」
千景(乃木園子がこの時どんな思考に至ったのかも理解は出来ない。けれども、その安堵の声から本心であることは間違いないようだった)
園子「私が神書を拾ったのは二年前の……本来だったらミノさんが亡くなってしまうはずの日。戦闘が終わって、樹海化から戻ったら私の隣に落ちていたんだよ」
千景(乃木園子は書籍の出所について語っていく)
園子「正直、ね。戸惑ったよ。私とわっしー、ミノさんが登場人物の小説だったんだから。誰かがいたずらで作ったのかなとも思ったくらい。だけど、そこに書かれていた内容は私たちでないと知り得ないもので、ううん、私たち以上に知っている人が書いた内容であることはすぐに分かったよ」
園子「それでも最初は単なる偶然だと思い込もうとした。でも、バーテックスの次の襲来時期も一致していて、私たちの誰も死ぬことなく敵を追い払うことまで出来てしまった。だから私は、その時にはもう受け入れるしかなかったんだよ」
千景(……つまり、私と手甲が飛ばされた今より二年前に『鷲尾須美は勇者である』の小説もこの世界に飛ばされていたと言うことになる)
千景(……動悸が嫌なくらいに大きくなってくる。その質問をするには多大な躊躇があった。けれど、聞かずにいることは当然出来なくて──)
千景「た、たかしまさん……高嶋さん……高嶋友奈と言う人は、一緒に居なかったの……?」
千景(この世界に飛ばされてきた時からずっと自分の中で否定してきた可能性だった。……元の世界に残されているほうが不自然だと、私はきっと知っていたのだから)
園子「……」
園子「ごめんね。落ちていたのは神書だけなんだ。……でも、高嶋友奈さんという名前に聞き覚えはあるよ」
千景「どこッ! 高嶋さんはどこに居るの!?」
千景(否定され、すぐに可能性を提示される。冷静でいられるはずがない)
園子「……西暦の時代の終わり、神世紀が始まる以前。この四国には"四人"の初代勇者が居たとされるんだよ。その中の一人が高嶋友奈さん」
千景(落胆と共に、ホッとしたのも事実だった)
千景「……つまり同性同名の別人と言うことね」
園子「……」
園子「これは私の勝手な想像になるからそれを踏まえた上で聞いてね。神書が発行されたのが2014年12月、バーテックスが襲来したとされる『7・30天災』が2015年7月末、その間は半年程度しか時間が空いていないんだよ」
千景「待って……。バーテックスの襲来は2015年なの……?」
千景(図書館等で調べても出て来なかった情報である。大赦が守秘していた情報かもしれない)
園子「うん。千景ちゃんが居た時代のすぐ後が2015年なんだよね?」
千景「……ええ……。──っ! そ、それじゃあもしかして!?」
千景(今更ながらに、私の居た時代とこの世界の歴史があまりにも直線上にあることを知る。それはすなわち──)
園子「ううん、その想像は多分違うと思うよ。私の結論としてはね、二つの世界はどこかで分岐したんじゃないかな、ってことなんだよ。そうでなければ神書が現存していないのは流石におかしいから。大赦が検閲して情報を制限している可能性もあるけど、私の知り得る大赦の現状に対してそれはあまりにも不都合が多すぎるよ」
千景「……要するに、あなたは私が居た元の世界とこの世界をパラレルワールドと解釈したと言うこと?」
園子「それが一番適当な言葉かな。神書が書かれていない世界と書かれた世界。バーテックスが襲来した世界と襲来するかは未知の世界。フィクションだと思われている世界とフィクションを作った者が居る世界。この二つの世界は似ているけど、やっぱり違う世界だと私は思うんだ」
千景(推測だと口にするが、彼女の言葉には確かな自信がにじんでいた)
千景「根拠は?」
千景(そして、乃木園子はあっさりと答える)
園子「あなたの使った手甲」
千景「……あれが何なのか分かるの?」
園子「あれはね、精霊の集合体のようなものなんだよ。そして、それを作ったのは……」
園子「私のご先祖様である──乃木、若葉様」
千景(私の中で全ての点が、一本の線で結ばれた瞬間だった)
園子「……驚いていないね? 今の言葉って、本来なら千景ちゃんにとってはびっくりすることだったんじゃないのかな?」
千景「驚いてはいるわ。ただ……あの人、と言うよりその近しい人ならそこまですると思ってしまったのよ」
園子「もしかして、私のご先祖様とも知り合いだったりするの?」
千景「面識はないし、元の世界に存在しているかも不明よ。私が"彼女たち"を知っているのは、単に、初代勇者たちの記憶を植え付けられてしまっているからに過ぎないわ」
園子「記憶を植え付けられている?」
千景「……どうやらあなたもそこまでは知らないようね。あの手甲は私ではない郡千景の記憶が収められているの。……力を使えば使うほど、私がその郡千景に塗りつぶされてしまうほど強烈にね」
千景(現に七人御先を使用してから私の記憶の半分程度は書き換えられてしまっていた。正確には勇者部に入部した辺りから異変は起きていたように思うから、急速に進行してしまったと言うのが正しいのか)
千景(ただ、幸いだったのは、書き換えは過去から行われるらしく高嶋さんと出会ってからの記憶は現状一切冒されていない。……その分、胸糞悪くなるような隣人たちとの思い出が頭の中に詰め込まれてしまったのだけれどね)
園子「……乃木若葉様、高嶋友奈さん、伊予島杏様、土居球子様。最初の勇者はこの四人だったと言われているけど、残された御記には明らかに検閲された痕跡が多数見受けられた。……そっか、千景ちゃんは五人目の、歴史の中に葬られた勇者だったんだね……」
千景(……)
千景「初代勇者である郡千景と私を同一視しないでもらえるかしら? 私は私。ここに居る私は歴史に抹消された郡千景じゃない」
千景(……あなたに記憶を侵食されていく気持ちが分かるの? 自分自身、気付かないうちに別の自分に変わっていくのよ? 恐怖すら感じずに、当たり前だと受け入れて。……本当は怒りを見せる場面だったのかもしれないが、今の私は怒りすら浮かんでこない)
園子「ごめんね、失言だった。……恨んでいる? 私もご先祖さまも」
千景(その質問は正直答えに迷う部分がある。それでも、本音だけで言葉を作るのであれば)
千景「……恨み妬みは不思議なことに、今の段階ではないわね。大分郡千景の記憶にやられているからなのかもしれないけれど。ただ、こんな無責任なことをされたことに対する怒りだけはあると思うわ」
千景(本当は怒りなどない。きっと失われた記憶部分の私ならそう言うと想像して発言しただけに過ぎない。なのに、乃木園子は初めてその左目の瞳を揺らし、神妙な顔つきで、言葉で私に告げる)
園子「若葉様の分も私が謝ります。……ごめんなさい。こんな言葉で許してもらえるとは思いませんが、どうか──」
千景「それこそ、そんな言葉は要らないわ。私に必要なのは、元の世界へと戻る方法。そして、私は高嶋さんのところに必ず帰るのよ」
千景(それが、まだ失われていないはずの私自身の記憶から生じた、郡千景の唯一の願いだった)
園子「……うん、謝罪の分まで私に出来ることをさせてもらうね」
千景「じゃあ、もう一度質問するわ。私が元の世界に戻るためにはどうすれば良いの?」
千景(先ほどの様子から全面的な協力は取り付けられたと見た。だから、腹芸なしで率直に訊ねる)
園子「……若葉様が辛うじて残していたのは手記の一部だけだから、大まかな答えになってしまうのことは最初に謝っておくね」
千景(頷く)
園子「千景ちゃんが元の世界に戻るためには……この世界の危機を解決すること。そうすれば役目を終えて勇者は元の場所に帰って行く、と記述されていたことは間違いないよ」
千景「……酷く曖昧ね」
千景(けれど、これでようやく目途はついた。要するに、ゆゆゆで言う十二話ラストを迎えろと言うことなんでしょう、乃木さん? ……私は垣間見た記憶でしか知らない人へと心の中で語りかけていた)
園子「もし、それ以上のことを知りたい場合は大赦の創設から現在まで、その実質的な権力を握ってきた一族にお願いするしかないんだよ」
千景「大赦のトップと言うこと?」
園子「そうでもあるし、そうでもないと言えるかな。……初代勇者を支え、大赦の基礎を築き、表舞台へ出てくることには消極的。それでも勇者の末裔である乃木家に並ぶ名家──」
千景「……腹に何かを抱えていそうな子だったけれど、後世に色々と影響を与えているようね。──初代巫女の子孫のことなのでしょう?」
園子「うん、それが上里家」
千景(上里ひなたの子孫ね……。やりづらい相手ではあることが予想されるけれど、それでも──)
千景「私がこれから行うことは明確になったようね」
園子「……残念ながら上里家に接触できても、簡単に代々伝わる手記を見せてもらうことは叶わないと思うかな」
千景「しかもどこの馬の骨とも言えない私では、ね。あなたでも難しいことなの?」
園子「私は大赦から敬われているようではあるけれど、実質的には軟禁に等しいからね。大赦も一枚岩でない以上、私から上里家に接触することはとても難しいんだ」
千景「それでも、この話をしているのだから、何らかの手段は用意しているのでしょう?」
園子「うん。……もう入ってきても良いよ」
千景「なっ……!」
銀「あ、あははは……。き、気まずいなぁ、もう!」
千景(……三ノ輪さんが、ばつの悪い顔をして病室へと入って来た──)
ここまで
皆さん、良いお年を!
あけましておめでとうございます
久しぶりになりますが、続きを投下していきます
千景「……やってくれたわね、乃木園子」
園子「ごめんね。でも、この先に進むためにはミノさんの協力が必要なんだよ。それに、千景ちゃんも奥の手は隠しているよね? それで何とかおあいこにはならない?」
千景(最初から見透かされている予感はあったけれど、こうも堂々と謝罪に混ぜてくるとはね)
千景「……そう言うところが、あなたを今一つ信用出来ない理由よ。ここまでの全てがあなたの思惑通りなのでしょう?」
園子「ううん、私は神様ではないから流石に全てを見通すことはできないよ。だけど、千景ちゃんとの話がどんな流れを辿ったとしても、この場面に行きつくことだけは予想できたからね、千景ちゃんと同じ時間にミノさんとも会う約束をしていたんだよ」
千景(同じ時間に約束?)
千景「三ノ輪さんと鉢合わせしてしまっても不思議ではなかった、と言いたいのかしら? どう好意的に考えてもあり得ない話ね」
園子「……そうだね。だから、私はミノさんに約束の時間よりも早く来ちゃ駄目だよって付け足したんだ。ミノさんは昔から不幸体質で、待ち合わせ場所に時間ぴったし来るのはとても難しかったから」
千景「……今の話、本当なの三ノ輪さん?」
銀「あ、実はアタシのこと見えていないんじゃないかな? とか思っていたんですけど、違ったんですね。……良かったぁ」ホッ
千景「何を言っているの、あなたは?」
園子「ミノさんは変わらないねー」
銀「園子はともかく千景さんの真顔が胸に痛い! あ、さっきの答えなんですけど、はい、どうもアタシは不幸体質に間違いないようです。さっきも木に引っかかった帽子を取ってあげたり、三回くらい道を聞かれたりしましたし。なので、皆との集まりの日とかは結構早めに家を出ていたりするんですよねー」アハハ…
千景(……その様子を見る限り、本当のようね。けれど、それは何と言えば良いのか)
千景「実はあなた、イベントと必ず遭遇するノベルゲームの主人公だったりするの?」
銀「ふ、普通の中学生ですってば! 千景さんも知っているでしょ!?」
千景「甚だ疑問は残るところだけれど、いい加減本題から逸れすぎたわね。これが乃木園子の策謀なのはよく分かったわ。──それで、三ノ輪さんは私たちの会話をどこから聞いていて、どこまで理解したのかしら?」
銀「うっ……えーと、それは……」
園子「千景ちゃんが別の世界の人で、私も千景ちゃんも未来のことをある程度知っているってことは本当なんだよ、ミノさん」
銀「半信半疑だった部分をいきなり断言されたよ!?」
千景「ほぼ最初から立ち聞きしていたわけね」
銀「今のだけで何故か伝わっているし!? ……でも、やっぱり本当のことだったんですね。扉の前で聞いていた限り、冗談で言い合っていたようには到底思えませんでしたから」
千景(三ノ輪さんの言葉、今の殊勝な様子から見ても、ほとんどの部分を彼女は理解出来ていたと見て間違いないだろう。……普段ゲームや漫画を嗜んでいることだけあって突飛なことへの適応力がそれなりに高いわけね)
千景「乃木園子、今の三ノ輪さんの言葉を私が肯定か否定かするには大切な情報が一つ欠けているわ。上里家への接触のために何故三ノ輪さんが必要となってくるのかしら? 返答によっては三ノ輪さんを用意した謀を水に流してあげても良いわ」
園子「身から出た錆だけど、千景ちゃんは手厳しいなあ……。ねぇ、ミノさん。今のミノさんは戸惑っているけど混乱はしていないよね? もしかして"読んだ"のかな?」
銀「……ああ。忠告を聞かずにごめんな。けど、今のアタシに絶対必要なものだとも思ったんだ。そして、それは間違いじゃなかった」
千景(一転して真剣な表情になる三ノ輪さん。そして、乃木園子の言った"読んだ"と言う単語。そこから示されるのは──)
千景「……理解したわ。『鷲尾須美は勇者である』の小説を持っていたのは三ノ輪さん、あなただったのね?」
園子「うん。私がこんな身体になることは最初から分かっていたからね、信頼できる人にあらかじめ頼んでおいて、後でミノさんの手に渡るよう手配していたんだよ」
千景「……てっきり大赦の手に渡っているものとばかり思っていたわ」
園子「大赦に知られるとマズイことも多く書かれているからね。第一、大赦がすでに知っていたら今のこの場面は生まれていなかったはずだよ?」
千景「……」
園子「そっか……。千景ちゃんの所有物だけど、まだ読んでいない本だったんだね」
千景「……沈黙だろうが発声だろうがあなたの観察眼には一切関係なしね。……ええ、届いたばかりで、まさに読もうとしていた時に、私はこうして巻き込まれたのよ」
銀「……すみません、千景さんのものだとは知らずにアタシが先に読んでしまって。──この本で間違いないですよね?」
千景(それは三ノ輪さんが持っていたポシェットから取り出され、私は久方ぶりに儚げに微笑む鷲尾須美の姿を目にしていた)
園子「ミノさんに渡る時に、この本はある程度厳重に梱包していてね、それを解いたら近しい人に良くないことが起こるって、ちょっと怖い注意書きをしていたんだ。わっしーに教えてもらった不幸の手紙の真似事だね」
銀「ただでさえ不幸体質のアタシだから、本当に起きるんじゃないかってほんと怖くて怖くて、昨日までタンスの奥深くに眠らせていたんですよ。……と言うかさ、アタシのことをよく知っているなら脅かすようなことはやめてくれよ、園子!」
園子「でも、そうする必要があったことは今のミノさんなら理解しているんだよね?」
銀「嫌ってほどにな。……千景さんの本がなければ、自分で言うのも抵抗があるけど──アタシは死んでいたんだよな?」
園子「……」
園子「小説の中のミノさんはとってもカッコよかったし、心の底から尊いと思っていたよ。でも……あんな歴史、私は絶対に認めたくなかった」
千景「だから、本来起こるはずだった未来を変えた、と?」
園子「偶然の要素は大きかったと思うんだよ。実際、私は神書に仄めかされていた状態とほとんど変わらない身体の状態になってしまっているからね。……だけど、ミノさんがこうして生きていて、千景ちゃんもここに居る。それは本来の道筋とは違う、神書から外れた可能性の今。──私はあの頃に、未来は変えられると……知ったんだ」
千景(悲惨としか言いようない現状の乃木園子だったけれど、今この時、そう宣言した瞬間だけは、希望に満ちた瞳が確かに存在しているように見えた)
*帰り道
千景(三ノ輪さんを乃木園子の病室に残し、私は夕焼けの中を一人歩いていた)
千景(話はまとまり、三ノ輪さんの協力を得て明日から私たちはそれぞれ動いていく。私の肩に下がるのは三ノ輪さんから預かったポシェット。中には少し古びてしまった『鷲尾須美は勇者である』のノベライズ。……私の体感時間では一ヶ月、けれどこの本は二年の月日をこの世界で過ごした換算となる)
千景「……」
千景(不思議な感慨のような感情が胸の中に微かに浮かんだ。それは回顧を呼び起こし、直近の記憶から順に想いを巡らせていく)
千景(先ほどの病室での場面。三ノ輪さんは私の素性に終始戸惑ってはいたが、一方で一貫して協力的でもあった。わすゆの内容がそれだけ悲惨であるのか……あるいは、本当にあるいはの話であるが、この世界で三ノ輪さんと築いてきた親交が、目に見えない確かな何かが、彼女の心情に語り掛けた結果……だったのかもしれない)
千景(私らしくない思考だと思った。……そして、これはさらに輪をかけて私らしくない感傷)
千景(今朝からずっと頭の中に浮かんでいた場面。それは、そう、小雨の屋上で見た風先輩のあの作り物のような笑顔で──)
友奈「あれ? ぐんちゃん?」
千景「!? ゆ、結城さん……?」
千景(考え事をしていたからか私の歩みは遅く、振り向くと結城さんの眩いばかりの笑顔が目の前にあった)
友奈「もしかして病院の帰り? 奇遇だね~」
千景「……ええ、奇遇ね。結城さんは珍しく一人のようだけれど?」
千景(結城さんは東郷さんの家の隣と言うこともあって、基本二人は送迎車での帰宅となる。だからこうして、一人帰宅の途を行く結城さんは非常に稀な姿だった)
友奈「そうなんだよね。今日は東郷さん、ちょっと用事があるらしくて先に帰っちゃったんだ。千景ちゃんも銀ちゃんもお休みだったから、勇者部がちょっと寂しかったかな……なんて」
千景「それは……申し訳ないことをしてしまったわ。そして、重なる時は重なるものなのね」
千景(全員が故意であることは知っていたが、まさか本当のことを結城さんに言えるはずもない)
友奈「だね。でも、こうしてぐんちゃんと会えたから私は元気いっぱいになったよ! ──あ、そうだ! ぐんちゃん、これから私の家に来ない? 旅行の時に言っていたマンガもあるよ?」
千景「ええ! 行くわ!」
友奈「わーい、やったー!」
千景(……反射的に答えてしまったけれど、よくよく考えれば夕食に近い時間帯だった。迷惑になると思いつつも結城さんの嬉しそうな表情を見てしまったら、結局何も言えなくなってしまうのが私なのよね……)
*友奈の部屋
千景「ここが……結城さんの部屋……」クンクン
千景(凄い! この空間全てに結城さんを感じるわ!)
友奈「散らかっててごめんね。──ええと、この辺りにあるのがマサオさんだよ」
千景(本棚の一角には旅館に置かれていた漫画と同じシリーズが並んでいた)
千景「いいえ、とても綺麗な部屋だと思うわ。……ただ、結城さんがこう言った本を持っているのは少し意外ね」
友奈「あはは。私もどっちかと言えば少女漫画を読むほうなんだけど、お父さんからいっぱい貰っちゃったんだよね。でもでも! 読むととっても面白いんだよ!」
千景「……」
千景「……お父さんから譲り受けた本だったのね。色々と納得したわ」
千景(結城さんの性格を考えれば不自然なラインナップであると、慰安旅行の時から思ってはいた。しかし、そう言った理由であれば理解は出来る。そして、西暦時代の書籍をここまで忠実に復刻し、世間に浸透している光景が改めて目の前にあった。それに鑑みると、確かに乃木園子の言った通り"わすゆ"がこの世界で執筆されていないことは間違いないだろう)
千景(……乃木園子の名前を出してしまったことで、結城さんの部屋に居る喜びが霧散していくのをありありと感じた。彼女の目的はある程度かみ砕けたし、私自身も手段を選ばない性質であることは否定しない。けれど、私たちの思惑の過程で私たち以外の……勇者部の皆は傷つき、実際、風先輩にあんな顔をさせてしまったのは紛れもなく──)
友奈「勇者部五ヶ条!! ひとおお~つ!」
千景「!?」ビクッ
友奈「あ、ごめんね。思ったより声が出ちゃった」エヘヘ
友奈「──でも、ぐんちゃん。悩んだら相談、だよ? さっき会った時からずっとぐんちゃんは何かに悩んでいたよね?」
千景(……結城さんに見透かされていた、いえ、今の私が分かりやす過ぎるのかもしれないわね。自覚して、自身がこれほどまで何に引っ掛かりを覚えていたのかを、理解してしまう。だから)
千景「……結城さんには敵わないわ」
友奈「うん……。もし良ければだけど、私にぐんちゃんの悩み事を聞かせてもらえるかな?」
千景(躊躇はあったけれど、結城さんの言葉があまりにも優しくて、結局私は)
千景「……お言葉に甘えさせてもらおうかしら。面白くない話になるとは思うのだけれど──」
千景「──それであの時、犬吠埼姉にもう少しかけてあげられる言葉があったかもしれない、と思ってしまったのよ」
友奈「……そっか。落ち込んでいた風先輩が笑顔を作っちゃったから、ぐんちゃんは何も言葉をかけられなかったんだね」
千景(大分ぼかしてはあったけれど、朝の一幕を結城さんへと伝えることが出来ていた)
千景「私自身、何故その程度のことをここまで気に掛けてしまうのか不思議ではあるのよ。でも……どうにも、犬吠埼姉のあの見せかけの笑顔が、頭から離れないのよ……」
友奈「……風先輩の笑顔はいつもひまわりみたいだからね、私もそんな姿を見ちゃえば絶対気にしてしまうと思うよ。……ねぇ、ぐんちゃん。もしかしてだけど」
千景(珍しく、探るように結城さんが上目遣いを私に投げかけてくる。次に出てきた言葉はある意味想定していたもので──)
友奈「昨日の、ぐんちゃんたちが前の勇者の方から聞いたお話が、今の話の原因だよね?」
千景「……結城さんは知っていたのね。情報元は東郷さん?」
友奈「……うん。昨日、東郷さんが教えてくれたんだ。先代勇者のこと……満開の代償のこと、を」
千景(……なるほど合点がいったわ。東郷さんの朝の意味深な無言はそう言うことだったのね)
千景「東郷さんの性格を考えれば当然の話ね。むしろ結城さんに相談出来るだけまだ余裕があったとも言えるわ。……それで、結城さんはその、平気なの? 大分ショッキングな話だったと思うのだけれど」
千景(結城さんと視線が真っすぐに交差する。真摯で迷いのない美しい瞳だった)
友奈「正直、驚きはしたよ。だけど、私の分まで東郷さんが悲しんでくれたから、私は案外大丈夫だったんだ。それに、銀ちゃんが何とかするって言ってくれたらしいし、私も何か出来ないか一生懸命調べてみるつもり……で結局何もできていないんだけどね」アハハ…
千景「……結城さんも強いわね」
千景(三ノ輪さんにも同じ感想を抱いたが、勇者部のメンバーは本当に心が強い。それが真の勇者たる資質なのかもしれない)
友奈「私は何も強くないよ。皆が居るから、私の傍には勇者部の皆が居てくれるから、私は前を向くことができる。……ただそれだけなんだ」
千景「……それが強いと言うことなのよ」
千景(あえて聞こえないように、私は微かに呟いていた)
友奈「色々と脱線しちゃったね。風先輩にかけてあげられる言葉が何かあったかもしれない、だったよね?」
千景「……結局、こうやって静観しているのが正解だったのでしょうね」
友奈「……うん。風先輩にかえって気を遣わせてしまうことはどうしても考えちゃうよね。……言葉とか関係なく、ぐんちゃんは風先輩に何かしてあげたいことってある?」
千景「犬吠埼姉にしてあげたいこと……?」
友奈「多分ぐんちゃんが悩んじゃったのは、ぐんちゃんにできることが他にあったのに、それをすることができなかったからだと思うんだ。だから、ぐんちゃんが風先輩にしてあげたいことをすれば、きっと解決するんじゃないかなって……上手く言えないけど、そういうことだと私は思うよ」
千景(私が風先輩に出来るはずだったこと……)
千景(結城さんの言葉を自分の中でゆっくりかみ砕いていく。すると、容易にその答えへと辿り着いていた。……結局の話、私は最初からその答えを知っていて、ずっと見ない振りをしていたに過ぎなかったのだろう)
千景「……」
千景「結城さん。あなたのおかげで答えは得たわ。……ありがとう」
友奈「うん。ぐんちゃんの顔が少しだけ晴れやかになってくれて嬉しいよ。……でも、今出た答えで少し困っているように見えるけど……そこまで聞いちゃいけないよね?」
千景「……結城さんにだったら教えても良いのだけれど、これは私自身で解決すべき問題だとも思うのよ」
友奈「そっかぁ。……それじゃあ、もしまた悩んじゃったらその時に聞かせてね」
千景「……ええ、必ず」
千景(結城さんとの約束も高嶋さんとのそれと同じように必ず果たそう、そう心に誓った)
友奈「勇者部の五箇条はほんとに凄いよね? 私たちの人生に必要なものが全部そろっていると言っても過言じゃな……っ!」ズキン
千景「結城さん!?」
千景(私自身の答えが出た頃、結城さんが唐突に頭を押さえていた)
友奈「あ、ううん、だ、大丈夫だから」ズキズキ
千景「も、もしかして、頭が痛むの……?」
千景(思い浮かぶのは母の姿。どちらの郡千景の記憶かは最早分からないが、それは自分自身認めたくない、いわゆるトラウマと呼ばれるものを刺激した。だから、心が酷くざわつき始める)
友奈「……うん。でも、本当に大丈夫だから。多分偏頭痛ってやつなのかな?」
千景「今すぐ! 今すぐ病院に行きましょう!!」
友奈「えぇ!? お、大袈裟だよ……?」
千景「いえ、頭の不調は大病の合図よ。事態は一刻も争うわ!」
千景(母は空を見上げるだけで狂乱するようになった。もし、結城さんもそうなったら──!?)ゾクリ
友奈「え、ええとね、ぐんちゃん……?」
千景「救急車、そう、救急車を呼ばなくちゃいけないのよ!」プルル…
友奈「わー! 落ち着こ! ねっ、ぐんちゃん! あー! 電話するのはほんとにやめてー!」アタフタ
友奈「うぅ、ごめんね。一旦これだけ預かるから」ヒョイ
千景「あ……!」
千景(……結城さんにスマホを取られてしまった。……そして、私は幾分落ち着きを取り戻していた。──自分が狂乱してしまってどうするのよ、郡千景……)
友奈「あ、ぐんちゃん、落ち込まないで! 私のことを考えてくれたんだよね?」
千景「……」コクン
友奈「その気持ちは嬉しかったよ。でも、本当にただの頭痛だからね」
千景(そう言われても私の不安はどうにも消えてくれない。見かねたのか結城さんは、先ほどの言葉を補足するのように静かな声で)
友奈「……実を言うと私ね、少しでも寝不足になると昔から頭痛になりやすいんだ」
千景「……寝不足?」
千景(その理由はありふれたもの。だからこそ、そんな単純な理由を結城さんに当てはめると言う発想を、今の今まで持つことが出来なかった)
友奈「うん。……実は、昨日東郷さんから満開の真相を教えてもらってから、ええとね……その、ほとんど眠ることができなかったようで……」
千景(結城さんの様子で、寝不足が頭痛の理由であるとようやく得心に至る。……重い荷物を下ろしたかのような疲労感だけが私の中に残り、それは安心と言う感情を私の中に生んだ)
千景「そう、だったのね……」
千景(考えてみれば当然のことで結城さんも十三歳の少女なのだ、あれだけ酷な話を聞いて安眠できるほうが異常と言える。ほぼ部外者である私でさえ昨日の寝つきは良くなかったのだから)
友奈「でも、何でかな、隣にぐんちゃんが居てくれると……ちょっと眠くなってきたかも」コトン
千景(結城さんが私の右肩に頭を預けてくる)
千景「……ふふっ、東郷さんに怒られるわね、私」
友奈「……東郷さんは優しいから大丈夫だよ。……でも、本当に……ぐんちゃんの隣って……落ち着く、なぁ……」
千景(ほとんど時間もおかずに寝息がすぐ傍で聞こえ出す。──思いがけず訪れた幸福に、私はそのまま身をゆだね、束の間の穏やかな時間を過ごしていった)
友奈「……」ズキズキ…
*翌朝・学校屋上
千景「あら、遅かったわね?」
風「あ、ごめん。樹が中々起きなくてね」
千景「そう言えば樹さんのお姉さんだったわね、あなた。あまりにも樹さんが可愛らしいから忘れていたわ」
風「樹が可愛いのは仕方ないけど一応言っておくわ、それってどういう意味よ!? 女子力の申し子と呼ばれたアタシが可愛くないと!? それと、アタシのこと毎回犬吠埼姉って呼んでいるでしょうがッ!」
千景「今日は平常運転のようで何よりだわ」
風「……その、昨日は迷惑かけたわね。あの後、大赦に連絡をとったらさ、やっぱりアタシたちの身体は治るって言われたわ。まったく……何かの間違いで情報が錯綜して困ったものよね」
千景「……」
千景「……そう」
風「それで今日呼び出した用事って何? はっ! もしかして、アタシのことを気遣ってくれていたとか!」
千景「その通りよ」
風「なーんてことあるわけ……あったし!? え、ほんとに? 千景ってば、熱があるとか言わないわよね……?」
千景「随分と失礼な犬ね」
風「遂に吠埼姉まで無くなったわよ!? ……いや、ごめん。まさか千景がそう素直に答えてくれるとは思っていなかったからさ」
千景「心が鬼の霍乱になってしまっただけよ。でも、その様子なら杞憂だったようね」
風「鬼のカクランってどう言う意味だっけ? あ、わざわざスマホで調べてくれたの? って! 心の病気になったからアタシを心配したってどういうことよ!?」
千景「健常であなたを心配する道理があるはずないでしょう?」
風「さも当然だという感じで言わないで! アタシの心がそれこそ病むから!」
千景「冗談はほどほどにするとして、あなたはそれで納得しているの?」
風「……正直なところ、気持ちは半々よ。実際に千景たちは先代勇者の姿を見てしまっているわけだし。でも、大赦は治るって答えてくれた。後は、どちらを信じるかの話よね」
千景(そう言って、風先輩は空を見上げる。昨日とは打って変わっての快晴だった)
風「──で、アタシは大赦を信じることにしたのよ。……両親が亡くなってから生活の面倒を見てくれたのは大赦だった。大赦がなければアタシも樹も路頭に迷っているところだったのよね……。千景たちの話も信じているけど、今その大赦を信じなければ、ここまでの全てが、アタシの中の前提が、きっと崩れてしまうと思うから──それは絶対に駄目なのよ」
千景(……この段階で彼女はある程度察していたと言うことね。けれど、風先輩の事情が自分自身に認めることを許してくれないのだろうと予想がついた)
千景「……あなたの結論に私が口出し出来ることはないわ。ただ一つだけ、いえ、二つ言葉をかけるとしたら──」
風「……何だかその言い回しも懐かしいわね。あんたと初めて話した時もそう言っていたことを覚えているわ」
千景(あれから一ヶ月。私は少々この世界に長居をし過ぎてしまったらしい。だから、こうしてらしくないことを行っている)
千景「一つは、あなたの信じる道を進みなさい、と言うこと」
風「……ありがと。千景にそう言ってもらえると心強いわ」
千景「例え、あなたが誤った道に進んだとしても、あなたの仲間が、勇者部の皆があなたを正してくれると思うわ」
風「……それも肝に銘じておく。当然、千景もアタシを正しい道に戻してくれるのでしょう?」
千景「……ノーコメントよ」
風「そこは『うん』とか『ええ』とか言っておきなさいよ! そう言う場面でしょ!?」
千景「そして、二つ目は──」
風「あ、無視して普通に続けるのね。あんたらしいと言えばらしいけど」
千景「──私の正体は未来からやって来た未来人よ。あなたが悩みに悩んだ時だけ、助言を与えてあげなくはないわ」
風「は……?」
風「──えぇっ!? あ、あんたいきなり何言ってんの!? ……その、頭大丈夫?」
千景「あなたに頭を心配をされる日が来るとはね。煉獄に落ちてしまえば良いのに!」
風「確かに今のはアタシが悪い部分もあったけど、流石にそう聞くしかないでしょ……」
風「ええと……今の言葉って普通に冗談よね?」
千景「煉獄に落ちてしまえば良いと本気で思っているわ」
風「そっちじゃないわよ! って、それはそれでやめてー!」
千景「……あなたね、私が冗談で未来から来たと申告するとでも思っているの?」
風「いや、まぁそれはそうなんだけどね。いくらなんでも信じられないっていうか……」
千景「……近いうちに樹さんの担任にあなたは一つ相談、と言うよりは報告を受けることになると思うわ」
風「……もしかして、予知ってやつなの?」
千景「万能ではないけれど、限定的になら未来を言い当てることが私には出来るのよ」
風「……ちょっと待って。 もしそれが本当だとしたら、樹が何か悪いことをするってことなの? いやいや! あの子はそんな子じゃないわよ!」
千景「そう言った類の話ではないわ。あなたにも樹さんにも非のないことが原因よ」
風「よく分からないけど……それなら、良いのかしら……?」
千景「未来から来たことの真偽に関してはそれから判断してもらって構わないわ」
風「……ええとさ、もしかしてだけど、要はアタシが困った時、相談に乗ってくれるって話をしてくれているのよね?」
千景「解釈はあなたに任せるわ。私が伝えたかったことは以上よ。さっさと帰りなさい」
風「いや、同じ教室でしょ!? ……でも、千景が未来から来たって言われると──」ソウイエバ…
風「ううん、ごめん、やっぱり保留で。その樹の担任からの話があった時にもう一度考えてみるわ」
千景「それで良いと言っているでしょう? あと、当然の話だけれど、他言無用よ」
風「誰も信じないでしょ、こんな話……。いや、銀なら信じるか。あの子、変に男子っぽいノリな時あるし──って、無言で一人立ち去らないでよ!」
千景「ごめんなさい、そろそろホームルームが始まるから自分の教室まで戻らないといけないの」
風「だから、同じ教室でしょう!?」
千景(……さて、これが現状の私に出来る精一杯ね。──こう言うことで良いのよね、結城さん?)
ここまで
2期の最終話が今から楽しみです
特に意図のないゆゆゆいの画像を何となく置いておきます
https://i.imgur.com/chsRqyJ.jpg
*夜・自室
千景(表面上は何事もない一日が終わろうとしている。……二日連続で欠席するわけにもいかないと思い勇者部にまで顔を出したのが失敗だったわね。実質一日を無為にしてしまった形となる)
銀「いやー、町内会のおばちゃんたちが作ってくれた夕飯美味しかったですねー」
千景(いつものように三ノ輪さんが私の部屋でゲームのコントローラーを握っている。プレイしているわけでないため、モニターではデモ画面のループが続いていた。三ノ輪さんなりに現状を鑑みてくれているのだろう)
千景「あの年代の女性は何故あそこまでパワフルなのかしら……。自称女子力の塊でさえ断ることが出来ていなかったわよ」
銀「おばちゃんってそういうものッスよ。ボランティアはお礼を求めてするものじゃないのは分かっていますけど、やっぱりたまにはこういう役得があっても良いですよね」
千景「おかげさまで上里家へ行く時間がなくなってしまったのだけれどね」
銀「あー、だから少し機嫌が悪かったんですね?」
千景「東郷美森の性格を考えるのであれば、明日からの祝日を利用しないと言う選択肢は存在しないわ」
銀「……その、本当に東郷さんは、じ、自殺を……何度も試したりするんですか?」
千景「実際にアニメで描写もされていたし、私が接してきた彼女の実像とも合致している行動よ。アレは裏付けをとらなければ気が済まない厄介な性格をしていることはあなたも承知しているでしょう?」
銀「……須美もそうですけど、要するに真面目が過ぎるんですよね……」
千景「真面目という言葉は定義が広いせいで物事を曖昧にするわ。東郷美森の場合、自分の中の価値観に強く束縛されている、つまりは自己ルールを曲げることが出来ない人間であると言うのが適当ね」
銀「自己ルールって、横断歩道の白いところしか渡っちゃいけない的なアレですか?」
千景「ええ、それが常態化したようなものよ。朝は六時に目を覚ます、玄関の施錠後には必ず三度ドアノブを回す、テストを受ける時には一度消しゴムに左手を触れさせてから回答用紙をめくる。究極的には食事前のいただきますのような常識的な事柄さえ一種の自己ルールよ」
銀「なんか分かるようなものと分からないものが半々ですけど……あ、そうか! 自分でルールを決められるから本当に何であっても良いのか!」
千景「そう言うことよ。"勇者が死ねないと言うことを何があっても確かめなければならない"と言う自己ルールを東郷美森は設けた。遵守するためにあらゆる手段を用いるのが彼女の性格なら、自身の中で最も価値の低いであろう自分の命をファーストチョイスにするのは当然の結論ね」
銀「……自分が犠牲になるんだったら許せる。だけど、親しい人が犠牲になるのは絶対に許せない。……そう言うことなんでしょうけど、アタシは東郷さんのその考え方を認めたくないです」
千景「勇者部にも二通りの人間が居るわ。程度の差はあれ東郷さんのように自己犠牲をいとわないタイプと、自分を含めた全てを救おうとするタイプ。そして、後者に当たるのが三ノ輪さんと樹さんの二人だけと私見しているわ。……もっとも東郷さんの価値観から今の話に至るまで全てが私の妄言かもしれないけれどね」
銀「──いえ、多分全部当たっていると思います。だって、小説の中の三ノ輪銀は園子も須美も弟たちも、アタシ自身も救うために戦い抜いたんですから」
千景「……ええ、その点に関してだけは間違いようのない事実でしょうね」
千景(私もその勇士は小説で確認済みだった)
銀「結局、東郷さんの自殺未遂を止めることは……しちゃ駄目なんですよね?」
千景「捧げた供物がそのままで良いのなら一考は出来るけれど、結城さんの味覚をそのままにしておくことはあり得ない話よ。……それに、こう見えてハッピーエンドが好きなのよ、私」
銀「アタシも好きですよハッピーエンド! ……じゃあ、どんなに止めたくても知らない振りをしておくしかないんですね……」
千景「ええ。どうしても東郷美森の行動はこの先の未来に必要なのよ」
千景(幾度もあらゆる道筋をシミュレートしてみた。けれど、どの道を選択したとしても東郷美森の行動は外せない。結局のところ、ゆゆゆの物語は結城さんを主人公としていながら東郷さんの選択なしには結末へとたどり着けないのだから、実質彼女が影の主人公と言えるのかもしれない)
千景「鑑みると、明日に複数回の自殺未遂実験とその分析、明後日に犬吠埼姉たちを呼んでの実験結果報告と見ることが出来るわ。当然、歴史は変わってきているのだから過信は出来ないけれど、時間の強制力と言えば良いのかしら、そう言ったものが働いているのか、ゆゆゆで起こった現状ほぼ全てのイベントが発生していることは間違いない。だから、史実に沿った計画とイレギュラーに対応する二案での行動を昨日提唱したのよ」
銀「……正直、アタシが必要かな? って思うくらいに千景さんも園子も色々考えてくれていて……ほんとアタシって何なんだろう?」
千景「三ノ輪さんは三ノ輪さんよ。私たちの計画に重要な人物であり、歴史が変わったことを証明する生き証人でもある。……それと、私の、その……友人、でしょう?」カァー
銀「!」パァー
銀「も、もう! 嬉しいことを言ってくるですから! ──アタシにとっても千景さんは大切な友達です。尊敬している先輩でもありますよ」
千景「……っ……」///
千景「わ、私を殺したいでしょう!」
銀「顔を真っ赤にしながら何言っているんスか!?」
千景「……こほん」
千景「では、計画のおさらいをしていきましょうか」
銀「そ、そうですね。アタシもちょっと照れ臭かったですし」
千景「……まず明朝、私は単身上里家へ向かい──」
千景(三ノ輪さんとこれからについての最終確認を行っていく。やり取りは深夜を回り、はやる気持ちを抑えつつ束の間の就寝へと就く──そして、訪れるのは明朝、その日は遂にやってくる)
*上里家・書庫
千景(……ここまであっさり通されると、拍子抜けを通り越して罠でもあるのではないかと警戒してしまうわね)
千景(午前の早い時間、上里家へと訪れた私は『鷲尾須美は勇者である』の小説をこの家の者に渡していた。いくつかの交渉を覚悟していたけれど、彼女は恭しく小説を受け取り、こうして上里家秘蔵の書庫へと真っすぐ通してくれた。……上里ひなた似の女性の様子から、生前の知人が何か言い残したことは明らかであり、私の知る上里さんらしいとも思ってしまう)
千景(……)
千景(そう、先日勇者服姿になったのが悪かったのか、今日に至っては乃木さんたちと行った模擬演習の記憶すら私は所有していた。他方で小学校以前の記憶もあちらの郡千景の記憶に全てすり替わってしまっているようだった。……もう私には猶予がないと言うことだろう)
千景「でも、させないわよ、郡千景。高嶋さんの記憶だけは、あなたに絶対に渡したりなんかしない!」
千景(発声し、私は決意を再び胸に宿す。──閑話休題、手早く目的のものを探し出してしまおう)
千景(屋敷の中の書庫だけあって広く蔵書も多いが、反面整頓は為されていて、家の者から聞いた情報があれば目的に辿り着くことは容易だった。だから、本棚の左上から本を数冊抜き出し、出てきた背面の平板を右へスライドする。……隠し扉の向こうには御記と呼ぶにふさわしい冊子が三冊収められていた)
千景「……なるほど、そう言うこと」
千景(三冊の中の一冊、そこには綺麗な楷書で『勇者郡千景様』と書かれていた。この状況を予測していたのだろうか? ……など色々思うところはあったが、表紙をめくり躊躇なく中に目を通していった)
千景(『西暦の終わり、人の中に神器を扱える者が現れました。彼女たちはその力を用いてバーテックスと戦い、今の世の中の礎を築いたのです。人々は神器に選ばれた少女たちを"勇者"と呼び称えました』)
千景(『初代勇者の数は六名。大赦に残される書物には五名とかしか書かれていないでしょうが、確かにもう一人の勇者が居たのです。彼女の名前は──郡千景。私たちの友人であり、他の勇者たちと戦い抜き世界を守った紛うことなき英雄。しかし、大赦はその独断で歴史から彼女を抹消してしまいました』)
千景(『人に刃を向けようとしたこと、それは確かに人々が思い描く勇者とは乖離してしまうのかもしれません。ですが、我ら人が、その罪が、彼女を凶刃へと駆り立てたことも間違いようのない事実です。周囲の人が彼女を追い詰め、大赦もまた、精霊使用による穢れの累積を認識するところまでたどり着いていても尚、我々が生き残るために、勇者たちへは精霊使用の厳禁を言い渡すことはありませんでした』)
千景(『人の心の醜さが、被害者であるはずの彼女を歴史から抹消してしまったのです。大赦に席を置く身で言えることではありませんが、彼女を決して忘れないために、それ以上に友として、私は彼女に関する記述をこうして残すこととしました。上里の子孫は永延、郡千景が確かに居た証を守り抜くよう厳命とします。──千景ちゃん、これくらいしかできない私を、叶うことなら許してください』)
千景「……」
千景(思うことがなかったかと言えば嘘になる。けれど、今の私に必要な情報であるかと問われればそれも否。几帳面な字でびっしりと書かれているため、最初の数ページを読んだだけで疲労と、それなりの時間が経過していた)
千景「……必要な部分だけ読みこんで、後は流し読みが最善のようね」
千景(改めて続きを読んでいく。先ほどのペースでは本日の夜に至っても三冊の読了に至らないだろう。本当に必要な情報だけを精査しながら目と手を動かしていった)
千景(ふと、ある記述を見つけ手が止まる)
千景「──玉藻前とは、随分大層な名前ね」
千景(一冊目の御記の中ほど、大赦の保有する三大精霊、三大妖怪に関する記述があった。乃木家が保有する鴉天狗、この世界の高嶋さんが使用したとされる酒呑童子、──そして、郡千景に実装されて結局使われることのなかった玉藻前)
千景(玉藻前、要するに九尾の狐ね。その知名度、妖怪としての格の高さから、相当に強力な精霊だったことは容易に想像がつく。……正直、私の帰還に一切関係しない情報ではあるが、頭の中に念のため留めておこう。なにぶん、現状の七人御先ではバーテックスとまともに戦うことすら難しいのだから)
千景(けれど、あの手甲が精霊の集合体で郡千景の記憶を持つものなら、七人御先と言う精霊はおそらく──)
ブルルル
千景(着信? ……三ノ輪さんからね)
千景「千景よ。動きがあったの?」
銀『あ、千景さん! 実は今、東郷さんの家に呼び出されてしまったんですよ!』
千景「……予想よりも一日早いわね」
銀『しかも東郷さんの家の周りを監視していたところを見つかってしまって、もうすでに東郷さんの家にアタシと風先輩、友奈さんが揃っているんです。今、トイレで電話をしていますけど、そんなに長くは居れないですし、どうしましょう……? あと、東郷さんは何故か千景さんだけ呼んでいないんですよね?』
千景(大方三ノ輪さんの不幸体質で見つかったと言う理由なのでしょうけれど、東郷家への事前配置がアダとなったわね……)
千景「状況は飲み込めたわ。三ノ輪さんはこのまま史実通り物語を進めなさい。私もすぐに上里家から出て次の計画へ進むわ。正直口惜しいことがあることは確かだけれど、臨機応変に対応するしかない場面よ。私が呼ばれていない理由も想像は出来るから、その辺は気にしなくて良いわ」
銀『わ、分かりました。何かあったらまた連絡します。……そんで、東郷さんを思わず止めてしまわないように努力してみます』
千景「ええ、お願いするわね」
千景(通話を切り、早速行動を開始する。全然読み進められていないが、物語は動いてしまい、ゆゆゆで言う第十話から最終話までの局面が一斉に押し寄せてくることは必至。最早贅沢は言っていられない状況だった)
*一時間後・自室
風「……ごめん、いきなり呼び出したりなんかして」
千景「昨日、私もあなたを呼び出したのだからお相子と言うものよ。それでどう言った用件なのかしら?」
千景(上里家を出て目的地へ向かう途中、風先輩からの着信があった。最初は不在着信も考えたが、結局通話を取り、こうして自室で顔を向かい合わせる流れとなっている)
風「……アタシ……もう、どうしたらいいのか……」
千景(彼女は酷い顔をしていた。今にも泣きわめきそうな赤子のような顔。それを辛うじて理性が抑えていると言った様子だ)
千景「……何があったの?」
千景(当然、先ほどの三ノ輪さんからの連絡で理由は察している。けれど、こんな惨状の人に非情な言葉を掛けられるほど私はまだまだ……非情にはなりきれていないようだった)
風「……満開の、後遺症は……治らない……だって! 勇者は死ねなかった! 先代勇者の話は本当だったんだッ!!」
千景「落ち着きなさい! ──と言っても難しいようね。自販機でミルクティーを買ってきているのよ、ひとまず一口でも飲んでおきなさい。……話はしっかり聞いてあげるから」
千景(考えることすら辛いのか、風先輩は言われた通りミルクティーに一口だけ口をつけた。そして、ポロポロと片目から水滴をこぼしていく。眼帯も水分を吸収しきれなくなったのか、間もなくそちらからもこぼれ出す)
風「アタシが……アタシが! ……ゆ、勇者部なんか作らなければ! ……皆、こんな目に……あわなくても……済んだ、はずで……」
千景「それはないわね。何故なら讃州中学には東郷美森と結城さんが居るのだから。先代勇者と勇者適正値最高値が揃っているのよ? 必ずお役目には讃州中学勇者部が選ばれていたはずよ」
風「……先代勇者……? え……誰が……?」
千景「東郷美森よ。彼女は先代勇者としてバーテックスと戦い、足の機能と記憶を失ってしまったのよ」
風「……え……。……ご、ごめん……多分、アタシ……今全然何も考えられなくて、よく分からなくて……」
千景「そう、なら分かりやすい言葉で言い換えましょうか」
千景「讃州中学勇者部のメンバーは皆、大赦によって仕組まれた者しか存在していないのよ」
風「……っ……!」
千景「三ノ輪さんも先代勇者の一人よ。お察しの通り彼女は記憶の全てを供物として奪われた。結城さんは勇者適性値最高位。三好夏凜は言うに及ばず、両親が大赦関係者で勇者適性もあり、讃州中学に席を置くあなたと樹さん、犬吠埼姉妹が選ばれないなんてこともありえない。──つまり、あなたに非は一切ないのよ」
風「……」
風「……アタシ、……本当に何も知らなかった……」
千景「そうであるように大赦は仕組んだのだろうし、何も知らないことは大赦にとってはあまりに都合が良かったのでしょうね」
風「……ねぇ、千景。……あんたも仕組まれていたの?」
千景「私だけは欄外……と言いたいところだけれど、大赦ではなく初代勇者様に仕組まれていたようね」
風「初代、勇者が……」
千景「……」
千景「……このままあなたを慰めてあげたいところだけれど、生憎私は予定が押していてね、あなたが私と会いたかった本題に移ってもらっても良いかしら? 今なら可能な限り答えてあげるわよ?」
風「……」
千景(風先輩は幾度か逡巡し、けれど意を決したのか私を真正面から見つめて口を開く。涙はいつの間にか枯れていた)
風「教えて……教えて欲しいの! 皆は、勇者部の皆は! 本当にこのまま治らないの!? 未来から来た千景なら知っているのよね? ねぇ!」
千景(切実な、風先輩の想いが私の中に確かに伝わっていた)
千景「……ええ、知っているわ」
風「なら!」
千景「けれど、答えはもうすでにあなたに与えていたはずよ」
風「え……? いつ!?」
千景「言ったはずよね? あなたの信じる道を進みなさいと。そして、間違っていたら勇者部の皆が正してくれると。……答えにはなっていないかしら?」
風「……」
千景(その沈黙は重い。けれど、彼女なりに落としどころを見つけたのか、少しだけまともな顔になり)
風「……ありがと。あんたが居てくれて本当に良かった」スクッ
千景「行くの?」
風「……ええ。樹と夏凜にも伝えないといけないから。これはアタシの、勇者部を始めてしまった部長の務めで、アタシが今やらなければならないことだから」
千景「そうね。隣の部屋の三好さんは出かけているようだから、まずは樹さんに伝えてあげると良いわ」
風「そのつもり。……ほんと千景には迷惑をかけるわね」
千景「……」
千景「一度しか言わないからよく聞きなさい」
千景「知り合いの居ないこの世界で、あなたと樹さんはこんな私に、親身にしてくれた。……救われていたのよ。ありがたいと思っていたのよ。……だから、私はそれを返しただけ。ただそれだけ」
風「……」
千景「さぁ、行きなさい。あなたも為すことがあるのでしょう?」
風「……ええ! ……よく分からないけどさ、千景も頑張りなさいよ? アタシが言える言葉かは分からないけど一応」
千景「まったくね」クスッ
風「……もう、そう言われると思ったわ」フフッ
千景(犬吠埼姉は玄関を通り過ぎる間際、一度だけ振り返り、その言葉を残して出て行った)
風「それと、ありがと。──またね、千景」
千景「ええ、またどこかで」
千景「──風先輩」
*結界の壁
銀『風先輩が大赦を潰すって言っています。それを夏凜さんと友奈さんが説得しようとしているんですが……その……千景さんの言っていた通りではあるんですけど、やっぱり実際に見ると堪えますね……』
千景「辛い役目を押し付けてしまったわね。申し訳ないけれど、最後までお願いするわ」
銀『……千景さんからのお願いを断れるわけなんてありませんし、何よりこれはアタシたち勇者の物語ですからね。大口をたたいてしまった以上、アタシはやりますよ!』
千景「ええ、頼りにしているわよ」
銀『はい。千景さんこそ……須美をよろしくお願いします』
千景「確かに、頼まれたわ」ピッ
千景「──さて」
千景「なんとか間に合ったようね。正直、足が棒になりそうなくらい今日は歩いてしまったし、タクシーなんて言うものも何度か使ってしまったわ。──ねぇ、東郷さん?」
美森「……どうして、千景ちゃんがここに……」
千景「こちらこそ言葉を返しましょうか? 勇者服姿になって、嘔吐して、あなたこそどうしたのかしら?」
美森「……」
千景(局面はゆゆゆ第十話。いよいよクライマックスが迫っている)
美森「……千景ちゃん。私はこの世界の真実を知ってしまったのよ」
千景「世界は炎に呑まれていて、バーテックスが無限に湧いてくることかしら?」
美森「!? な、何故それを……!?」
千景(目を見開くほど驚くとはね)
美森「……以前から疑問ではあったのだけれど、訊ねることをしないままここまで来てしまったのがそもそもの間違いだったのね……」
美森「──千景ちゃん、あなたは誰なの?」
千景「随分と抽象的な質問ね。なら、あなたこそ誰なのか答えることは出来るの?」
美森「私は東郷美森。かつて鷲尾須美の名で勇者を努め、今またそのお役目に縛られる者の一人よ」
千景「へぇ、よく分かっているようね。少しだけ見直したわ」
美森「……私は答えたわ。今度は千景ちゃんの番よ」
千景「私は郡千景。歴史に抹消された西暦時代の初代勇者、郡千景本人よ。乃木園子の先祖であり気にくわない友人であるところの乃木若葉の手によって、この時代に飛ばされた者、それが私よ」
美森「千景ちゃんが初代勇者……? ……ありえないわ、そんな非現実的な話」
千景「あなたの着ているそれは何? そこに落ちている銃は何? 私からすればこの神樹と言う箱庭世界自体が余程非現実的なのだけれどね」
美森「……」
美森「本当なの?」
千景「ええ」
美森「……本気なのね。ひとまず納得することにするわ」
千景「そう、私はどちらでも良かったのだけれどね」
美森「初代勇者の千景ちゃんは、私を止めてに来たの?」
千景「現勇者の東郷さんを止めに来る道理など、私にあるわけないでしょう?」
美森「……なら、何故ここに居るの?」
千景「物語の行く末を見届けに」
美森「……そう、私が行おうとしていることさえ、あなたは見透かすのね」
千景「気にくわないけれど、あなたの思考はある程度読めてしまうのよ」
美森「……そうね。私も千景ちゃんの思考はある程度読めるわ」
千景「例えば、私を"ちゃん"付けする理由。あなたの性格なら郡さんと呼ぶのが後輩と言う立場から考えても自然ではある。けれど、自己申告のあなた以外は全員名前で呼ぶことが勇者部では暗黙の了解となってしまっていた。なら、千景さんと呼ぶ? いいえ、それだと私との心理的距離がさらに離れてしまう。だから、自戒のためにあなたは私を千景ちゃんと呼ぶ選択をした」
美森「……例えば、友奈ちゃんに抱いているあなたの感情。友奈ちゃんも気付いているけれど、千景ちゃんは友奈ちゃんに誰かを重ねている。重ねないように努力しようとするけれど、どうしても重なってしまうのね、気付けばその誰かと同一視してしまっている。──それが、私は本当に嫌なの」
千景「まるでノベルゲームで言うところの正妻気取りの幼馴染ね、あなたは。本当に気持ち悪い」
美森「横から入って来たくせに私の友奈ちゃんを取らないでよ!」
千景「結城さんはあなたの所有物ではないわ。何様のつもり?」
美森「銀だって! 最近は千景さん、千景さんって! なんで私の大切な人ばかり!」
千景「あなた気付いているの? それは二股の気質よ?」
美森「何も知らないくせに! 私がどれだけ友奈ちゃんと銀に救われたと思っているの!?」
千景「知るわけないでしょう。友情は結局のところ双方向でしか成り立たないのだから、あなたの一方通行はただの戯言でしかないわ」
美森「……また私を見透かした上で煽っているのね?」
千景「ええ、当然の話じゃない? 私は最初からあなたが気にくわなかったのよ?」
美森「……奇遇ね。私もよ」
千景「意見が合うわね」
美森「そうね。……きっと私たちは似た者同士、だから同族嫌悪するのよ」
千景「そう、結局はそう言う話よ」
千景(私の東郷さんへ抱く想いは、アニメ視聴後から一切変わっていなかった)
千景「人と人が居るのだから仲良しこよしの楽園空間であることのほうがおかしいのよ」
美森「それを考えれば私と千景ちゃんのほうが健全な状態にあるのかもしれないわね」
千景「女と女のドロドロさがにじみ出ている素敵空間ね」
美森「……噂には聞いたことがあるけれど、女性同士って本来そう言うものなの?」
千景「そうね。欺瞞を顔に張り付けていながら同調圧力をかけ続ける、それがよくある女性社会よ。私はクズだと思っているけれど」
美森「よく分からない世界だわ。そもそも神世紀の情操教育であればそう言ったことは悪であると皆理解しているはずなのに」
千景「……やはり意見は合うわね。出会い方が違っていれば親友同士になれたかしら、私たち?」
美森「そう言う台詞こそが嫌いなのでしょう? 心にも思っていないことは言わないほうが良いわ」
千景「ごもっともね」
美森「……」
千景「……」
千景「──これで、お互いの胸の中に溜まっていたものは吐き出せたかしら?」
美森「あと三日は最低必要ね」
千景「私は三ヶ月ね」
美森「なら三年よ」
千景「三百年」
美森「……もう、それじゃあ神世紀の歴史が出来上がってしまうじゃない」
千景「……ふふっ」
美森「うふふ……」
千景(気にくわない相手同士だが、それ故に相手のことが読め過ぎて、逆におかしくなってしまった。──それが私たち二人の関係でもある)
美森「多分、正面からこう言う風に言い合いをしたのは生まれて初めての経験だと思うわ」
千景「本当は幼少期に体験しておく事柄なのでしょうけれど、環境と性格によっては中々難しいのよね」
美森「まったくその通りだわ」
千景「……」
千景「……世界を終わらせるの?」
美森「……ええ、そうするしか皆を、友奈ちゃんを救う手立てはないから」
千景「延々と続く辛い延命治療よりは死による救いを、かしら?」
美森「……私だけなら我慢することは出来る。でも、友奈ちゃんが、大切な人が苦しむ姿は見たくないの」
千景「同意見ね」
美森「……」
美森「ねぇ、千景ちゃんの本当に大切な人の名前は何て言うの?」
千景「高嶋さん、高嶋友奈さん。容姿から性格まで何から何まで結城さんにそっくりな素敵な人よ」
美森「それは是非ともお会いしてみたいわね」
千景「あら? それは浮気かしら? 結城さんに告げ口するわよ?」
美森「千景ちゃんこそ現在進行形で浮気中でしょう?」
千景「私は結城さんにも真剣よ」
美森「浮気のよくある言い訳ね……と言いたいところだけれど、何となく気持ちが分かってしまう自分が憎いわ」
千景「本当に難儀な性分ね、私たち」
美森「ええ。でも、こんな自分と一生付き合っていかないといけないのよ」
千景「そうね、それが人生と呼ばれるものなのでしょうね。そして、あなたのその一生の最期を私が看取ってあげるわ」
美森「……本当に私を止めに来たわけではなかったのね」
千景「馬鹿な女の末路を笑いに来ただけよ」
美森「……」クスッ
美森「……うん。見てて、千景ちゃん。私の一世一代の大馬鹿を」
千景「見届けましょう。似た者同士のあなたが世界へと売るその大喧嘩を」
千景(東郷さんは銃を取り、私も勇者服姿となってその後を追う。目の前には神樹の作り上げた頑強な壁。そこへ彼女は標準を合わせ)
美森「──待っててね友奈ちゃん。今、救ってあげるから」
千景(そして、東郷さんは壁を破壊した。間もなく大量の星屑たちが箱庭世界に侵入してくる。──こうして『結城友奈は勇者である』の最終話は幕を上げた)
*エピローグ&プロローグ『結城友奈』
友奈「はぁ、はぁ……はぁっ……!」
友奈(ぐんちゃんが帰ってからも頭痛は収まることがなくて、私はベッドの上で毛布をかぶりながら自分の頭を抱え続けていた)
友奈(とっても苦しくて、何故だか昔のことを次々に思い出していた。走馬燈、という縁起でもない言葉浮かんでしまったけれど、ぴったりだと思った)
友奈(……あれは私たちが初めてバーテックスと戦った時の記憶で──)
友奈(思い出そうとして、そこでピタリと私の頭の中は止まってしまう)
友奈(……初めて、戦った……?)
友奈(自分の考えたことなのに、私はどうしようないくらいの違和感を抱いてしまう)
友奈(私が初めて変身して戦ったのは、あの時のはずなのに……どうして……どうして!)
友奈(──どうして、銀ちゃんが戦う姿を私は見ているの!?)
友奈「……っ……!」ズキン
友奈(…………)ズキン
友奈(……)ズキッ
友奈(……ああ、そうだった。そうだったよね。そうだったんだ)
友奈(また)
友奈(また……私が私でなくなる時間が長くなっているんだ)ズキズキ
友奈(この頭痛がなくなったら、きっと私は本当に思い出せなくなってしまう)
友奈(本当にギリギリのところで私は保たれていた)
友奈(思い出す。思い出した。……そう、私は……私の名前は──)
友奈(高嶋友奈)
友奈(結城ちゃんではない、高嶋友奈なんだ)
友奈(──大丈夫、私はまだ覚えている)ズキズキ
友奈(自分のことを思い出してしまえば、一緒に元の世界の記憶だって思い出せる。……根性でぐんちゃんとの記憶だけはまだ残してあった。だから私はまだまだ私で居ることができる)
友奈(ぐんちゃん……)
友奈(先ほどまでそこに居た人の温かさを思い出して、私は途端に泣きそうになるけど、今行わないといけないのはそれを思い返すことじゃない)
友奈(──私が園子ちゃんにしてしまった過ちは、もう二度繰り返してはいけない。あの時に私はそう心に誓ったんだ)
友奈(……私はしょくざいをどれだけできていたのだろう? 銀ちゃんに『鷲尾須美は勇者である』の本を届けて、園子ちゃんの言う通りに勇者部で自分らしさを貫いて……でも、それじゃあ全然足りない。小説の中で須美ちゃんに忘れられてしまった園子ちゃんに、"誰だっけ?"と私は聞いてしまった。どれだけ傷つけてしまったんだろう……。今だって須美ちゃんと銀ちゃんに忘れられてしまっているのに、私がしてしまったことは……)スクッ
友奈(立ち上がる。服が汗びっしょりで気持ち悪かったから着替える。気付けば、今はぐんちゃんさがさっきまで居た木曜の日じゃない。多分、一日か二日経ってしまっている。時間間隔さえ高嶋友奈は曖昧になってしまっていて、近いうちに私は本当の意味で結城ちゃんに成り果ててしまうのだろう)
友奈(結城ちゃんになってしまうことは正直に言うと怖いけれど、仕方がないことではあると思う。お義父さんとお義母さんもこんな身寄りのない私に優しくしてくれて大好きだから不安もない。だから、受け入れている。──でも、それは今じゃない。私は何も行うべきことを行っていない。全てはその後じゃないと駄目なんだ!)
友奈(高嶋友奈であることを暫く思い出せなかった頃、私は樹海の中に居た。風先輩と樹ちゃんが戦っていて、私と東郷さんはそれを見ているしかなくて)
友奈(怖かった。何で私たちが、って思った。でも、風先輩と樹ちゃんの姿にとっても勇気を感じて、勇者だと思った。私もそうありたいと憧れた)
友奈(そして、私と東郷さんに危機が迫り、今度は私の番で、その時がやって来る)
友奈『私は……讃州中学勇者部、結城友奈!』
友奈(この瞬間、久しぶりに私は自分が高嶋友奈であることを思い出していた。とんでもなく間の悪いタイミングだったと思う。でも、ちょうど良いタイミングでもあった。だから、私はバーテックスに向けて、自分自身に向けて、結城ちゃんに向けて、こう宣言したんだ)
友奈(全てが終わるまで私は高嶋友奈であることを忘れたりなんかしない。だけど、本物の結城ちゃんが居ないこの世界なんだから、ここに居る高嶋友奈が結城友奈として──)
友奈『私が! 勇者になる!』
友奈(それが、今の私の本当の意味での始まり──高嶋友奈でありながら私が結城友奈になった日だった)
友奈「……そうだ……高嶋友奈の役目は、まだ……まだ終わってなんかいない……!」
友奈(記憶は大分曖昧になってしまっているけど、これだけは覚えている。風先輩を止めて、それから、それから──!)
友奈「東郷さんの、心を……守って、あげないと……」ズキッ!
友奈(頭痛がひどい。吐き気と共に、今すぐにでも高嶋友奈が消えそうになる。このまま結城友奈で良いような気さえしてくる)
友奈(だけど、耐える! 私は絶対に成し遂げなければならないことがあるから!)
友奈(──私は友奈!)
友奈(ほんの少し前まで知っていたはずなのに、今はなに友奈かは思い出せないけど……友奈であるならそれで十分!)
友奈(どんな友奈であっても友達を助けたいという気持ちに変わりはないから)
友奈(部屋を出て、外に出て、道路に出る。大赦からメールが来ていた。風先輩を止めて欲しいと書かれていた。東郷さんにも注意してあげて欲しいと書かれていた)
友奈(頷く)
友奈(ふらつく足取りが途端にはっきりした)
友奈(──私は友奈)
友奈(結城友奈であり、高嶋友奈!)
友奈(……今度は思い出すことができた。多分、これが最後になるのだろう)
友奈(私は友達を守るため、前へと進んで行った──)
高嶋友奈「結城ちゃんは勇者である」終
【次回予告】
犬吠埼姉妹の女子力を見せてあげるわッ!
やるじゃない、先輩!
私がこの悲劇を終わらせてみせる!
それがきっと! アタシがここに居た理由だからッ!
勇者たちよ! 私に続け!
『満開!』
一目連っ!
七人御先ッ!
『私たちは!』
『勇者に──なる!!』
高嶋友奈の章 第三話「純潔」
ここまでお読みいただき誠にありがとうございました
これにて『高嶋友奈の章 第二話「心の平安」』は終了となります
お察しの方もいるかもしれませんが今話は『心の平安=ホオズキ=偽り』が物語のテーマです
と言うことは純潔は……と言うお話なのですが、事前告知通りこの第二話で一旦物語は終了となります
また、執筆時間があまり取れず長期間となってしまい誠に申し訳ございませんでした
加えて誤字脱字、重複表現、違和感のある台詞等が多々ありましたので、ほぼ全編に渡って修正したものを下記に上げております(内容に変更はありません)
もし今からお読みいただける場合はこちらがお勧めです
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9063709
ゆゆゆ2期も先日最終回を迎え、綺麗な終わりでありながら続ける余地を残していたのが嬉しい限りです(ちなみに次の純潔の話で一部似た展開があったりなかったり……)
では、またどこかで
【おまけ・小ネタ解説】
・なんか凄いマッサージチェア→今住んでいるところのイオンに置いてあったので実際に体験済みです
・北条って結局誰よ?→チャットシリーズから名前だけ友情出演(番外編で肩もみを書いていたため)
・マサオさんとぬーぼー→友奈ちゃんの部屋にある漫画の名前を一部だけ変更
・わかばード→早速取り入れていることからも分かるようにこのSSは割と即興です
・前回の予告の台詞回収→上のため結構大変でした
・番外編で出てきた少女って?→くめゆを読もう!
多々あるけど、パッと思いついたところではこんなところでしょうか?
他にも探してみるのも一興かもしれません
多々誤字等ありますが、物語上マズイ誤字がありましたので2レス分修正しておきます
>>91
*上里家・書庫
千景(……ここまであっさり通されると、拍子抜けを通り越して罠でもあるのではないかと警戒してしまうわね)
千景(午前の早い時間、上里家へと訪れた私は『鷲尾須美は勇者である』の小説をこの家の者に渡していた。いくつかの交渉を覚悟していたけれど、彼女は恭しく小説を受け取り、こうして上里家秘蔵の書庫へと真っすぐ通してくれた。……上里ひなた似の女性の様子から、生前の知人が何か言い残したことは明らかであり、私の知る上里さんらしいとも思ってしまう)
千景(……)
千景(そう、先日勇者服姿になったのが悪かったのか、今日に至っては乃木さんたちと行った模擬演習の記憶すら私は所有していた。他方で小学校以前の記憶もあちらの郡千景の記憶に全てすり替わってしまっているようだった。……もう私には猶予がないと言うことだろう)
千景「でも、させないわよ、郡千景。高嶋さんの記憶だけは、あなたに絶対に渡したりなんかしない!」
千景(発声し、私は決意を再び胸に宿す。──閑話休題、手早く目的のものを探し出してしまおう)
千景(屋敷の中の書庫だけあって広く蔵書も多いが、反面整頓は為されていて、家の者から聞いた情報があれば目的に辿り着くことは容易だった。だから、本棚の左上から本を数冊抜き出し、出てきた背面の平板を右へスライドする。……隠し扉の向こうには御記と呼ぶにふさわしい冊子が三冊収められていた)
千景「……なるほど、そう言うこと」
千景(三冊の中の一冊、そこには綺麗な楷書で『勇者郡千景様』と書かれていた。この状況を予測していたのだろうか? ……など色々思うところはあったが、表紙をめくり躊躇なく中に目を通していった)
千景(『西暦の終わり、人の中に神器を扱える者が現れました。彼女たちはその力を用いてバーテックスと戦い、今の世の中の礎を築いたのです。人々は神器に選ばれた少女たちを"勇者"と呼び称えました』)
千景(『初代勇者の数は五名。大赦に残される書物には四名とかしか書かれていないでしょうが、確かにもう一人の勇者が居たのです。彼女の名前は──郡千景。私たちの友人であり、他の勇者たちと戦い抜き世界を守った紛うことなき英雄。しかし、大赦はその独断で歴史から彼女を抹消してしまいました』)
千景(『人に刃を向けようとしたこと、それは確かに人々が思い描く勇者とは乖離してしまうのかもしれません。ですが、我ら人が、その罪が、彼女を凶刃へと駆り立てたことも間違いようのない事実です。周囲の人が彼女を追い詰め、大赦もまた、精霊使用による穢れの累積を認識するところまでたどり着いていても尚、我々が生き残るために、勇者たちへは精霊使用の厳禁を言い渡すことはありませんでした』)
千景(『人の心の醜さが、被害者であるはずの彼女を歴史から抹消してしまったのです。大赦に席を置く身で言えることではありませんが、彼女を決して忘れないために、それ以上に友として、私は彼女に関する記述をこうして残すこととしました。上里の子孫は永延、郡千景が確かに居た証を守り抜くよう厳命とします。──千景ちゃん、これくらいしかできない私を、叶うことなら許してください』)
>>92
千景「……」
千景(思うことがなかったかと言えば嘘になる。けれど、今の私に必要な情報であるかと問われればそれも否。几帳面な字でびっしりと書かれているため、最初の数ページを読んだだけで疲労と、それなりの時間が経過していた)
千景「……必要な部分だけ読みこんで、後は流し読みが最善のようね」
千景(改めて続きを読んでいく。先ほどのペースでは本日の夜に至っても三冊の読了に至らないだろう。本当に必要な情報だけを精査しながら目と手を動かしていった)
千景(ふと、ある記述を見つけ手が止まる)
千景「──玉藻前とは、随分大層な名前ね」
千景(一冊目の御記の中ほど、大赦の保有する三大精霊、三大妖怪に関する記述があった。乃木家が保有する大天狗、この世界の高嶋さんが使用したとされる酒呑童子、──そして、郡千景に実装されて結局使われることのなかった玉藻前)
千景(玉藻前、要するに九尾の狐ね。その知名度、妖怪としての格の高さから、相当に強力な精霊だったことは容易に想像がつく。……正直、私の帰還に一切関係しない情報ではあるが、頭の中に念のため留めておこう。なにぶん、現状の七人御先ではバーテックスとまともに戦うことすら難しいのだから)
千景(けれど、あの手甲が精霊の集合体で郡千景の記憶を持つものなら、七人御先と言う精霊はおそらく──)
ブルルル
千景(着信? ……三ノ輪さんからね)
千景「千景よ。動きがあったの?」
銀『あ、千景さん! 実は今、東郷さんの家に呼び出されてしまったんですよ!』
千景「……予想よりも一日早いわね」
銀『しかも東郷さんの家の周りを監視していたところを見つかってしまって、もうすでに東郷さんの家にアタシと風先輩、友奈さんが揃っているんです。今、トイレで電話をしていますけど、そんなに長くは居れないですし、どうしましょう……? あと、東郷さんは何故か千景さんだけ呼んでいないんですよね?』
千景(大方三ノ輪さんの不幸体質で見つかったと言う理由なのでしょうけれど、東郷家への事前配置がアダとなったわね……)
千景「状況は飲み込めたわ。三ノ輪さんはこのまま史実通り物語を進めなさい。私もすぐに上里家から出て次の計画へ進むわ。正直口惜しいことがあることは確かだけれど、臨機応変に対応するしかない場面よ。私が呼ばれていない理由も想像は出来るから、その辺は気にしなくて良いわ」
銀『わ、分かりました。何かあったらまた連絡します。……そんで、東郷さんを思わず止めてしまわないように努力してみます』
千景「ええ、お願いするわね」
千景(通話を切り、早速行動を開始する。全然読み進められていないが、物語は動いてしまい、ゆゆゆで言う第十話から最終話までの局面が一斉に押し寄せてくることは必至。最早贅沢は言っていられない状況だった)
上記修正箇所は『初代勇者の人数』と『鴉天狗→大天狗』になります
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