短編を幾つか書きたいがキャッチーなスレタイが思いつかない (59)

【エビセン】


宇宙人「……当該惑星大気圏内に到達。当該情報体ID40100241の個体情報を展開」


宇宙人「事前情報に基づき三次元へと次元削除。大気圏下における物理制約に従いインターフェイスを更新。この手続きを事前情報下において基準化された時間変数について連続性を保持」


宇宙人「……同期完了。事前情報における萌芽的原始文明水準にある当該惑星生物種族ID628210184の標本平均個体との誤差0.00005未満。通称ヒトの第二次性徴以前のメス個体への擬態に成功」


宇宙人(幼女)「……動的制御に困難性が存在」


宇宙人「疑問。この姿がパイロット調査に実際に役立つのだろうか。事前情報によればヒトの中でも、平均的に最も劣位とされる属性に該当する個体。唯一の文明の萌芽を見せるヒトの特性を測るには妥当であるが、耐久性リスクが閾値近傍に存在する」


宇宙人「対応。表層誤差を保持した状態による耐久性の上昇。事前情報及び周囲の環境情報よりパラメータを許認可範囲で変更」


宇宙人「情報を更新……同期完了。事前情報における萌芽的原始文明水準にある当該惑星生物種族、ID628210184との誤差0.005未満。大気圏内において想定される任意の衝撃に対しての耐久性が頑健に保証された」


宇宙人「ふむ……それにしてもなんだ、この低い知能スペックは……ふぇぇ、難しいこと分からないよぅ!」


宇宙人「……インターフェイスの制約に基づきアルゴリズムを最適化……ふぇぇ……もう少しヒトの子どもっぽく振る舞うよぅ!」


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1511629967


宇宙人「……ふう。これが一番地球における最適なインターフェイス環境か」


宇宙人「このスペックではどれだけ処理能力を最大化しても実数体の四則演算すらままならないぞ。にくじゅーはち! くくはちじゅーいち! ……先が思いやられるな」


宇宙人「それに重力を支えるために脚が二本のみ。脳の発達のためとはいえ、結局の処理スペックがこれだけとは……しかし、これだけでも他生物に対して優越性を保つのか」


宇宙人「事前情報によれば是非とも『缶コーヒー』を飲めとのこと。缶コーヒーを入手しなければ」


宇宙人「お、あった。この箱の中に缶コーヒーがあるというが、このような杜撰な管理で危険性は存在しないのか」


宇宙人「……ここに貨幣を入れるのか。しかし貨幣とは随分と原始的な……まあ、この星の文明は“おけけ”が生えた程度であることを考慮すれば当然の結果といえる」チャリン…ピッ…


ガタンッ


宇宙人「これを飲むことがいわゆる宇宙人の慣習だそうだが……」ぐびっ


宇宙人「ふぇぇ……にがいよぅっ」

テスト中でもないのにいちいちやってることを音声で出力してるロボキャラとか見てると(良し悪しは別にして)思うけど
「それいる?」ってなる


・・・

宇宙人「この惑星に来て早くも数秒間が経った……私もこの文明の単位基準に大部分の情報を変換することに成功している」


宇宙人「事前情報では、この文明は歪な社会構造をしているとのこと。一部では潤沢な摂取可能なカロリーと微量栄養素がありそれを廃棄している一方で、カロリーと微量栄養素の不足に苦しむ人間が大多数だ。また、一部に富が集中する一方で多くは時間を非効率に費やすことで僅かな富を手に入れるのみ」


宇宙人「お互いに騙し騙され、罵り合いながら、時として蹴落とし、見下し、無価値だと定めて、欲望のままに振る舞う。理性のある種の行動ではない」


宇宙人「非可逆的な資源を非効率に用いて他生物だけでなく自文明にすら中長期的な悪影響を与える。原始的な文明であり、持続性のない文明ではないか」


宇宙人「私たちが一旦この出来損ないの文明を排除した後に、この惑星を管理することが望ましいとのことだが」


宇宙人「それを裏付けるに充分な定量データを多く入手しなければいけない。それからさっさとレポートを作成してパイロット調査を終わらせてしまおう」



宇宙人「……む?」


おばあちゃん「……」


宇宙人「かなり経年劣化した個体だな」


おばあちゃん「……」にこっ


宇宙人「……」ぴくっ


宇宙人「……奇妙な情報が発生した。パイロット調査はあの劣化した個体の観察からにするか」



おばあちゃん「娘ちゃん、お帰りなさい」にこっ


宇宙人「娘ちゃん? 個体違いじゃないか?」


おばあちゃん「お腹すいたでしょう? 娘ちゃんの好きなエビセンがあるからね」にこにこ


宇宙人「エビセン?」


おばあちゃん「はい。お茶も用意するからね」にこにこ


宇宙人「……どうやら認知機能に異常が見られるようだ。部屋もエントロピーの増大が他類似空間に比して有意に大きい」


宇宙人「……エビセンか」ぱりっ


宇宙人「……」ぱりぱりっ


ぱりぱりぱりぱりっ……


おばあちゃん「娘ちゃん、今日のご飯は何が食べたい? 娘ちゃんの好きなハンバーグにしようか?」


宇宙人「私は娘ちゃんではない」ぱりぱりっ…


おばあちゃん「お母さん、買い物に行ってくるからね」


宇宙人「当該個体の認知機能不全は深刻だな。エビセンの追加も要求する」ぱりぱりっ



宇宙人「この近辺の平均的な、いわゆる買い物にかかる時間より遥かに遅れているな」けぷっ


宇宙人「……やれやれ」



おばあちゃん「……」おろおろ…


宇宙人「おい」


おばあちゃん「あ、娘ちゃん……あはは、ごめん、お母さん、ええっと……ここは……ご近所さんよね! あは、あはは……」


宇宙人「……そもそも、いわゆる財布は持ってるのか?」


おばあちゃん「財布……あっ」


宇宙人「……ほら」


おばあちゃん「あら! お母さんのために届けてくれたの!? 娘ちゃんありがとう!」


宇宙人「……?」ぴくっ





宇宙人「買い物という財の交換手続きは特に問題なかった。事前の予想を大きく更新する情報だ」


おばあちゃん「……娘ちゃんとこうして出かけるの、なんだか久し振りね」にこにこ


宇宙人「……」


おばあちゃん「……今日も学校は楽しかった?」にこにこ



宇宙人「情報の検索。学校は当該文明における学習と個体間の交流、当社会への帰化を目的とした場」


おばあちゃん「……」にこにこ


宇宙人「インターフェイスにおいて個体間の情報伝達を促進する誘引となる未識別な情報量の発生を知覚……ふぇぇ……?」ぴくぴくっ



おばあちゃん「こね終わったわね。娘ちゃん手伝ってくれてありがとう」ぐちゃっ


宇宙人「ぐちゃぐちゃだな。一見正常なようでやはり諸機能に障害ありだな」


おばあちゃん「さて、火を起こして……あれ?」カチカチッ


宇宙人「ガスが通ってないのだろう。やれやれ」パチッ


ボッ…


おばあちゃん「きゃぁぁっ! きゃぁぁぁあああっ!」


宇宙人「ふぇぇ…」




おばあちゃん「さあ、娘ちゃんハンバーグできたわよ!」


宇宙人「作業工程シェアの0.9は私による作業だったがな」ぱくっ……


宇宙人「……」げろっ


おばあちゃん「おえっ……やだ、お母さん、間違えちゃったかな? ごめん、ごめんね……」ぽろぽろ


宇宙人「この場合、目的を達成できなかったことに関して体液を分泌する必要性は存在しない」


おばあちゃん「……ごめんね、ごめんなさい」ぽろぽろ


宇宙人「ふぇぇ……」




おばあちゃん「娘ちゃん、寒くない? お布団はちゃんとかかってる?」


宇宙人「ああ。平均的なヒト個体なら気道が防がれたことによって生命活動が停止するほどだ」ふぇぇ…


おばあちゃん「じゃあ今日も娘ちゃんが好きなお姫様のお話をするわね。昨日はどこまで話したかしら?」


宇宙人「私は一度も聞いたことがない」


おばあちゃん「そうだったかしら……それじゃあ、始めからね。あるところにとても可愛にお姫様がいました。娘ちゃんのようにね。ある日、お姫様はケシの花びらの仮面を見つけるの。そしてね……」


宇宙人「……」



・・・

おばあちゃん「娘ちゃん、ほらお洋服を仕立て直したのよ」にこにこ


宇宙人「うむ」


おばあちゃん「あ、ちょっと待って。ここも縫い直さないとね」



宇宙人『……観察を始めてしばらく経ったが個体の認知機能及び身体機能の改善が見られた。彼女は、いわゆる部屋のゴミを片付け始めて、私が用意した貨幣やインフラを用いて平均的水準に近しい生活活動を行える頻度を増加させた』


宇宙人『……尤も行動の一貫性が他の個体よりも低く、より規模の大きい社会活動に参加できる確率は著しく低い』


宇宙人『……しかし、それにしても』



おばあちゃん「ほら、娘ちゃん着てみて」にこにこ


宇宙人「……」ばさっ


おばあちゃん「うん、可愛い!」にこにこ


宇宙人「ふぇぇ…」



宇宙人『……私はインターフェイスから発せられる情報を報告するべきなのだろうか。私たちの知らない情報。ノイズで、圧があって、それでいてこの痒みにも似た情報をどのような扱えばよいのだろうか』



おばあちゃん「……あら? あなたどこの子……?」



宇宙人『たまに認知機能がより現実の情報に基づいて彼女が行動するとき、私を彼女の遺伝情報を受け継いだ個体でないと正常に判断したときに、私の脳と胸部に発生する痛みに類似した情報を報告するべきだろうか』



おばあちゃん「エビセン食べる? 娘が好きなのよ」にこにこ



宇宙人『それでも表情筋を駆使する彼女を視認した際に生じるこの情報を報告するべきだろうか』


宇宙人『私は戸惑った。この情報は未知だった』


宇宙人『我々よりも遥かに原始的な文明水準にて活動する種族に備わる生得的な情報』



宇宙人『ヒトはこれを感情と呼ぶようだ』



宇宙人『非常に厄介な情報だ。ヒトはこんなに厄介な情報に対処しながら活動していたのか』


宇宙人『そして、非常に厄介な情報だ。ヒトはこんなに厄介な情報を甘受しながら活動していたのか』


宇宙人『ふぇぇ……』




おばあちゃん「娘ちゃん、今日はカレーにしようか」


宇宙人「うむ」



ガタンッ



宇宙人「……また来たか」すっ…



娘「……」



宇宙人『おばあちゃんの遺伝情報を受け継いでいるメス個体だ』


宇宙人『現在の時間元ではおばあちゃんとは距離の離れた空間にて別集団と生活を営んでいるようだ』



娘「また、誰かの分のお菓子とお茶まで用意して何してんの?」


おばあちゃん「あ、えっと……?」



宇宙人『今の私は一時的な次元追加を行って三次元空間において認知できないようになっている』



おばあちゃん「娘ちゃん、娘ちゃんはどこ……?」


娘「……っ、いい加減にしてよ! 私はここにいるでしょ! 独りだけ時間が止まってるんじゃないわよ!」ギリッ


おばあちゃん「……」ぶるぶる…


娘「……なによ、なんで娘に怯えてるのよ? 誰のおかげでまだ生きれてると思ってるわけ? 少し元気になったせいでむしろ心配も増えて、手間も増やして……!」


おばあちゃん「……」ぶるぶる…



宇宙人『今日の若いメス個体はやたらと攻撃的になっている』


宇宙人『……彼女がおばあちゃんに頻繁に顔を合わせないのは、おばあちゃんの認識のミスマッチのためにその行動が彼女の選好公理に基づいて局所最適性を満たしているからであるからという充分な仮定が考えられた』


宇宙人『おばあちゃんが娘に向ける情報と極めて類似した情報を娘はおばあちゃんに向けていた』



おばあちゃん「娘ちゃん……娘ちゃん……どこ? ねえ……!」


娘「っ、ここに……いるでしょっ! ねえっ! ここ! ここにいるのっ! ねえっ! ねえっっ!」グイッ


おばあちゃん「……いたい! やめて! いたい!」



娘「このっ……」ぐっ…



宇宙人「……」どんっ



娘「きゃっ!?」



娘「えっ、誰? はっ? ……あ、その服っ」


宇宙人「……」



宇宙人『メス個体は彼女自身から見て一貫性なく現れた私に驚き戸惑っていた』


宇宙人『私は彼女に情報を伝えようとした』


宇宙人『おばあちゃんはいつだって貴女のことを思い浮かべていた。私といたって私ではなくてかつての貴女を思っていた。それは時間がズレていても貴女自身で、貴女はおばあちゃんの認知機能の異常を考慮すればそれが貴女への……いわゆる愛というものなのだろうと』



宇宙人「……」



宇宙人『しかし私は何も伝えられなかった』



宇宙人『圧倒的な情報量であった。私の擬似的に形成された脳と胸部において情報量は増加を続けていた』


宇宙人『やはり感情であった』


宇宙人『愛されている娘への羨望。かつての娘と今の娘の差異への失望。愛されない私への絶望。交わらない二人への憐情伝。わらない愛への同情』


宇宙人『それらを伝えたいのだ』


宇宙人『しかし音声機能が不全に陥っていた』




宇宙人「ひっく……やめてぇ……やめてぇ……」




宇宙人『私は泣いていた。感情が私を泣かせていた』


宇宙人『我々の理解を超えた情報に戸惑い、それでもおばあちゃんのことを伝えたいのに伝えられないもどかしさに更に泣いた』


宇宙人『空間の情報量はあまりに乱雑だった』



おばあちゃん「娘ちゃん!」



宇宙人『おばあちゃんは泣きながら私を抱きしめた』


宇宙人『私はまだ泣いていた』



娘「……もしかして貴女が母と一緒にいてくれたの?」



宇宙人『私は頷いた』



娘「……ごめんなさいね。今日は帰りなさい。ね?」



宇宙人『私はかぶりを振った』


宇宙人『どうしても伝えなければいけない情報があった』



宇宙人「おば、おばあちゃんは、いつ、いつも娘ちゃんのことばっかり考えてたよ……、いつも、いつもだよぉ……!」ひっく…



娘「……」ぼろぼろっ



宇宙人『結局、三人ともしばらく情報量を更に増大させていた』


・・・


宇宙人「私はレポートを提出するべきであるか否かを未だに決定できないでいる」


宇宙人「このレポートは我々の種にとって大きな発見であるが、非常に危険な情報も含んでいると判断した為である」



宇宙人「考慮の末、結論を出すにはまだ尚早であると判断した」


宇宙人「更なる調査が必要であり、継続している」



宇宙人「……決して、もう少しだけ感情という情報量を自分だけの特別にする意図ではないことをここに付け加えておく」



(了)

いいぞ!

良い


【She was beautiful】



男「高校生の頃、交通事故にあった」


男「青信号を渡っていたら信号無視のトラックに突っ込まれた……らしい。正直なにも記憶がない」


男「俺は頭を強く打ち付けて、即死でもおかしくなかったらしい。頭蓋骨を球形の容れ物、脳をプリンと例えよう。多くの場合は交通事故などで頭を強く打つと、容れ物の中でプリンがシャカシャカとシェイクされるそうだ」


男「つまり俺の脳みそはぐちゃぐちゃになっている状態だったはずだ。しかし、それでも奇跡的にほとんど損傷がなかったそうだ」


男「非常に美人な医者が少し不可解そうにそう説明した」


男「……」


男「世界は美少女と美人が溢れている」


男「俺の見る世界には、だが」



男「やけに美少女のナースと美人な女医が働いて、美人が多く入院している病院だと思って訝しんでいたが、母親を名乗る美少女と父親を名乗る美少女が現れてからは流石に異常に気付いた」


男「……俺の脳みそはやはり異常をきたしたらしい」


男「ありとあらゆる人間が美少女に見える。しかも少しだけ補正がかかっている」


男「着ている服などもどうやらかなり可愛らしくアレンジがかかっているし、その仕草なども程度はあれどかなり女性がかったものに見えるんだ。視覚だけでなく、聴覚や、嗅覚などの他の五感にすら影響がある」


男「追加で精密検査も受けたりしたが、大きな異常は見つからなかった。事故による精神的な後遺症ということで片付けられた」


男「こうして異常な妄想に取り憑かれた男は再び社会に放り出された」


男「結果はこの通り、まあ、かなり上手くやってると思う」



男「美人は三日で飽きるというだろう? あれは残念だから嘘だ」


男「不細工と一生を共にするしかなかった男への慰めに過ぎない」


男「もしくは不細工と付き合った男自身が酸っぱいブドウのバリエーションかもな」


男「実際は美人が多いと心が豊かになる。顔採用なんて言葉もあるだろう? 美少女や美人ばかりの方が活力になるものだ」


男「そんなわけで俺の知覚する世界は非常に幸せなものになった」


男「街を歩けば美少女たちに溢れているし、満員電車なんか美少女と美人ばかりに囲まれて柔らかいし良い匂いがする」


男「俺は男子校に通っていたんだが、事故の後から女子校に様変わりだ。男は俺以外みんな美少女と美人なんて都合が良すぎるにもほどがある」


男「特にほら、体育の後だとかみんな凄いだらしない格好するだろ? 正直、この世の春だと思ったね」



男「両親は最初のうち俺を少し不審に思っていたようだったが、事故のせいであらかじめ混乱していた納得してたな。医者にも異常が無くなったと報告した。治されても困るしな」


男「俺は女子、しかも美少女と会話すると緊張する典型的な思春期男子だったから、初めのうちは中々コミュニケーションを取るのが大変だった」


男「まあ、でも一旦慣れてしまえば、逆に性差や美醜で態度を変えることがなくなったから、客観的に見ても人に相当好かれるようになったし、社交的になれた」


男「今、あれだけブラックだパワハラだ言われる職場で営業として好成績出せてるのもひとえにこの美少女フィルターのおかげだな。いくらパワハラされても、美少女だとただのプレイだし、美少女なら飛び込み営業もそこまで苦痛じゃないしな」


男「まあ、もちろん全くきつくないわけじゃないが、他の奴らの何倍も精神的に楽なんだろうと思う」


男「あらゆるものが肉の塊やら無機物に見えなくてよかったと心から思うよ。全ての人間がゾンビに見えたりとかさ」


男「……そんなに面白いか?」



男「欠点としては、ゲームやアニメ、動画にすら反映されるから、あらゆるドラマが同性愛じみているんだ。もちろんポルノもな。嫌いじゃないが、さすがに美少女以外も見たくなるもんだ。贅沢な悩みだと自分でも思うがね」


男「あとは、出会った相手の本当の性別がどうしても判断つかない時があるな。名前を知らない場合や、第三者の情報がない場合。まあ、セクシャリティに関わらず丁寧に接すれば問題はないからこれもそこまでではない」


男「困ったことというか一番特徴的なのは、実際に付き合ったり性行為する場合かな。実は、同性と性交したことも結構多いんだ。具体的な数は……伏せておくか」


男「異性の場合は、ただ美少女、美人とのそれだが、同性の場合はかなり特殊でな」


男「端的に言って、記憶がなくなるんだ。ただ、恍惚を感じていたことを除いてな」


男「相手からは評判はいいな。俺が男性側なんだが」


男「おそらく脳が普段とは違うシグナルを送ってるのかもしれないな。理想と現実のギャップを痛みではなく快感で埋めているのかもしれない」


男「美少女よりは美人の方が気持ち良いのもそういうことかもしれない。美人は現実だとかなり年齢が高かったりするからな」


男「何にせよ性の方面もやっぱり充実しているよ」


男「まあ、そんな充実している俺にある日、縁談が持ち上がってきた。うちの一番の取引先の社長令嬢」


男「年は50近く。顔は……まあ、聞いた話だと人間というよりはゲームに出てくるモンスター。しかも性悪でヒステリー持ちで、流石に良縁に恵まれなかった」


男「そんな金以外に何の魅力もない娘をいい加減、籍に入れてしまいたいと、うちの会社にまで相談が来たらしい。そして俺に白羽の矢が立った」


男「当時は色々あって付き合っていた彼女と別れたばかりだったし、俺はご覧の通り、全ての女性が美少女や美人に見えるわけだ」


男「社長令嬢も例外でなくフィルターがかかって涼しげで少し目付きがキツい美人に見えた。わりと普通にタイプだった」


男「俺はかなり乗り気だった。お金とツテが手に入って美人なら、多少性格に難ありでも問題ないだろ?」


男「実際は性格すら最悪というほどでもなかった」



男「親密になってから聞いた話だと彼女は今まで純粋に異性から優しく丁寧に扱われたことはなかったらしい」


男「もちろん金目当ての男は寄って来るんだが、あまりの容姿と性格の醜さにやはりどこかでボロを出す。彼女、結構鋭いんだ」


男「その点、俺にとって彼女はかなりタイプの美人だ。だから容姿もいくらでも褒められるし、他の男よりも遥かに熱を込めて愛を囁ける」


男「彼女は俺のことを非常に気に入ったようだった。交際は驚くほど順調に進展した」


男「彼女は俺に対してかなり性格が軟化して、普通に可愛いと思える程度にまで至った。それが彼女の両親にさえ感謝されるほどだった」


男「俺自身は、まあ特に最初の方は彼女も辛辣なところも多くて、大袈裟に振舞ったことはあれど、ほとんど地の付き合いだったんだがな」


男「まあ、そんなわけで、未だに多少高慢でヒステリーを起こされても、それを補い得る好条件だし、俺は彼女と結婚することに決めた」


男「結婚式はご存知の通り三日後。俺から見たら美人な嫁と多くの資産を手に入れることになる」


男「他の美少女たちは政略結婚だ、ブス専だの言うが、俺は本当に幸せな結婚をするんだ」



男「思うに人生っていうのは困難なものだろう?」


男「多くのリスクを背負って、辛いことも哀しいこともある。望まないことをしないといけないこともあるし、望んでいることができないこともある」


男「俺はそんな辛い現実から抜け出して優しい嘘の世界に入ることができた」


男「誰もがより幸せになれる文句のつけようのない嘘だ」


男「いつか世界中の誰もが幸せな嘘の中に逃げ込めることを願ってるさ」


男「美少女や美人たちには幸せになってほって欲しいからな」



男「長々と自分語りをしてすまなかった」


男「……誰かに話したかったんだ。まあ、創作だと思ってくれてもいいけどな」


男「何故君を選んだか……君はそういう話が好きそうだったからさ。違うかい?」


男「それじゃあ、俺は電車で帰るよ。式には来てくれよ」


・・・
2日後、結婚式の直前に彼は中央線を止めた。


聞いた話によれば、駅でつまづいて転んだ際に頭を打って発狂したそうだ。


男『男男、ブスブス、美少女がいな……美少女……うわぁぁぁあああ戻れ! 戻れよぉぉおおおおっ!』


誰もが彼が発狂したと結論付けた。


何とも間抜けな発狂であると皆が笑った。


しかし私だけは真実を知っていた。



鼻腔を刺激する刺激臭に振り返る。


上司が私の後ろに立っていた。



せめて彼が逃げ出せた辛い現実に逃げ出したい。



私のミスを腐敗臭を吐き出しながら叱責する死霊に頭を下げながら、そう願った。


(了)

oh……

【来週のヒーロー】


「もう辞めた方がいいんじゃないか?」


訓練中のいつもの教官の口癖。
しかし、今は教官室にて発せられ、いつもの叱責ではなくて諭すような声音だった。
それにも関わらず、いつもより一段と深く僕の心に突き刺さった
肩が震え、呼吸がうまく吸えなくなった。しかし、教官の眼を見続けた。
眼を放したら崩れ落ちてしまいそうだったからだ。


「お前も、もう17歳か」


「……はい」


「確か、うちのヒーローアカデミーに入った時は7歳だったな。あんなに小さかった子どもがこんなに大きくなるとはなぁ」


「はい」


自分がヒーローになるべく人生の半分以上も訓練を積んでいた事実を再認識し、教官の言葉の重みを更に痛感した。


「それだけ長いことアカデミーにいたんだから、もう分かるだろう。……まあ、多くの人間がヒーローに憧れるが、本業にして食っていける人間はたった一握りなんだ。これはどうしようもない事実でな」


教官にしては迂遠な言い回しをする。
それがむしろ僕の心に重くのしかかってくる。


「自分は、ダメなんでしょうか」


「お前は優秀な生徒だ。まあ、だがヒーローは優秀なだけじゃダメなんだ。才能が必要だ。それは非凡なほど高い能力か、狂えるほどの努力が出来るか、またはどんなリスクをもものともしない人間離れした胆力」


「……」


「君は確かに優秀だが、そのどれかがあるかね?」


教官は少し言い辛そうな顔で続けた。


「……私は、君にヒーロー特別養成大学校への推薦状を書くつもりはない」


この時期に教官室に呼び出された以上、予想できた言葉だ。
しかし、予想できても受け止めるには重過ぎる言葉だ。
その発言は事実上、僕は二度とプロヒーローになれないことを意味している。
毎年たくさん排出される落第者の一人になったのだ。


「もちろん、一般試験を通過する道は残されているが現実的ではない。同年代の0.1%に入る学力と運動能力が必要だ」


僕にそれほどの能力がないことは僕が一番よく知っている。
いくら一年努力してもおそらく合格する確率は極めて低く、宝くじで上位等を当てるよりも難しいだろう。


「別に一般試験に向けてウチのアカデミーに残ることは可能だ。しかし、私は切り替えていくべきだと思う」


「……人生の大部分ををヒーローになることを目指して費やしてきた人間が、そんな簡単に切り替えられると思っているんですか」


教官の身勝手な言葉にふつふつと怒りが沸いていた。
僕の声音には隠しきれない怒気がはらまれていた。


「もちろんお前の道はお前が選んでいい。しかし、諦めることは簡単なようでいて一つの大きな英断だ。次の春からは受験生だし勉学に励むべきだと私は思う」


自分で決める余地など始めからないようなものなのに何が英断なのだろうか。
アカデミーを辞めてヒーローを目指すことを諦めるようなレールを既に敷かれている。
僕がやることはそれに乗っかり底へと滑り落ちていくだけだ。


「ヒーローになるために注いだ10年間は無駄にはならんさ。お前は努力家だし、優秀だ。ここで変に折れなければ必ず輝けるさ」


教官は少し表情を和らげて諭すように言った。


ヒーローになれなかった少年に対して送られる同情と励ましの言葉。
身勝手で無遠慮な言葉。


僕は少し腹が立ったが、ここで声を荒げても何も変わらないことは知っていた。


「……今までお世話になりました」


アカデミーの退所手続きについての書類を受け取り僕は教官室を出た。


ーーーー

更衣室に戻ると同期や後輩たちが戻ってきた僕に視線を寄せた。
僕が入室する前に交わされていた会話は打ち切られ、居心地の悪い沈黙が漂っていた。


「……やっぱりアレか?」


同期の一人が少し気まずそうに話しかけてきた。
彼は僕らの中で一番優秀で、確実に推薦状をもらってヒーロー大学に入ることが期待されている有望株だった。


僕は沈黙したまま頷いた。
そして、自分の首を手刀でとんとんと叩いた。


「……そか」


「自分は門をくぐる人間じゃなかったみたいだ。お前は僕の分も……とは言わないけど、頑張ってくれ」


僕の言葉に、彼は快活な笑顔を見せた。


「おう、任せろ。お前が将来自慢できるようなスーパーヒーローになってやるぜ」


人を勇気付ける言葉。
非凡な才能と人並みはずれた努力ができる彼は、その心根や仕草もまた人を惹きつける魅力があった。
いったいどれだけ彼には敵わないと劣等感を抱いただろうか。


同じステージに立てなくなった今、その劣等感から解放されるのは良かったかもしれない。
彼は選ばれた人間で、僕は選ばれなかった人間。
先ほど明確に線引きされた区別で全く彼とは違う存在になり、そのことで少し楽になった気がした。



「まあ、ここで終わるのはある意味幸せだろ。いくらでも色んな進路があるしな」


僕はへらへらと笑ってみた。
心が渇いていくのを感じて失敗したと思った。


他のメンバーもつられて苦笑した。


「飯でも食いに行くか? 奢るぜ?」


「マジか。やった」


彼の好意に甘えることにした。
着替えた後、他のメンバーも加えて、よく行く近くのファミレスで食事した。


気の合う同期たちと談笑しながら食事をするのは楽しく、それが今日で終わりかと思うと寂しく感じた。


「やっぱり辞めちゃうか。でも、これからも会おうぜ」


彼はどこまでも気の良い人間だし社交的だ。
おそらく二度と会うことはないだろうと思いつつも、僕は笑って応えた。


上手く笑えていたかははっきりしなかった。


ーーーー

いつもはバスで自宅まで帰るのだが今日は歩いて帰ることにした。
かなり距離があって時間がかかるが、歩きたい気分だった。


外は既に暗くて街灯が頼りなく道を照らしていた。


世界から消えてしまいたいほどに惨めだった。


自分は選ばれない人間だった。


教官にとってはたかが10年でも、自分の人生の半分以上をかけて達成しようとした夢は潰えた。
物心ついた頃から考えればほとんど全ての人生だ。


今の僕には何も残っていないように感じた。


僕の人生は何だったのだろうか。
僕の人生は何なのだろうか。


胸が苦しくなった。
呼吸が少し乱れたまま治らなかった。
僕は自分がこういう時にすぐ立ち直れるような強い人間だと思っていた。


そもそも強い人間、弱い人間とは何なのだ。
挫折しない人間が強い人間なのか、挫折から時間をかけずに立ち直れるのが強い人間なのか。
人生の大切な局面で勝ち続けるから強い人間なのか。


そもそも人生の勝ち負けとは何なのだ。
勝ち続けることだけが幸せになる方法なのか。
負けた人間は一生、辛酸を舐めながら劣等感を患って生きていくしかないのか。


強い弱いだとか勝ち負けなどという曖昧で狭い尺度で判断することに意味はあるのか。
そう憤る割に、その基準で判断しているのは自分なのだからお笑い種だ。


このようなことを考えるのは自分が落ちこぼれたからだろう。
落ちこぼれなければ考えもしない惨めな考えだ。
社会の教科書では防衛機制の合理化と記述されていただろうか。


しかし仕方ないだろう。自分を納得させなければこの苦しみを如何ともし難いのだ。僕という敗走者は敗走に理由が欲しいのだ。そうした理由付けすることが僕という人間が弱い証拠だが、何故弱くてはいけないのだろうか。人間は虚勢を張って強いふりをして心を傷つけなくていけないのだろうか。先ほどの更衣室であまり気にしてないようにへらへら笑って、こうして今になって自己嫌悪を感じるような生き方をこれからもしなければいけないのだろうか。弱い心を否定して心の逃げ道を閉ざして自分を殺してしまわなければいけないのだろうか。今こうして情けなく嗚咽を零しながら馬鹿みたいに歩いているのに強がる必要などあるのだろうか。


自分が特別になれなかった世界は何と色褪せて見えるのか。
誰だって気づかないうちに自分が特別でありたいと願っているに違いない。
こんなに色褪せた世界で呼吸を続けていくのはあまりにも困難だ。


自分を肯定しなければいけない。
それが賢い方策だ。
現在の自分を客観視して精神状態を正しく診断して適切に対処しなければいけない。


今の僕は非常に抑うつ気味であるからポジティブにならなければいけない。
自分の良いところを挙げてみようか。


身体能力は同年代の平均よりもずっと高い。
学力や知的能力だって同年代の平均よりもずっと高い。
勤勉だし真面目で物事に対して誠実に取り組む方の人間だと思う。
背は平均よりも高い。
容姿は悪い方ではないと思う。
身だしなみにもある程度は気を遣っている。
人付き合いだってそこまで苦手じゃない。


ーーだから何だ。


結局理想は叶わず、測りやすい指標では優れているだけの凡人だ。


結局、特に秀でたものなど何もないつまらない人間じゃないか。


きっと誰にも特別とされない、何者にもなれないまま終わっていく価値なき生命の一つだ。


ーー涙は枯れていた。


結局ポジティブには到底なれる気分ではなかった。


心の中に底の見えない穴がぽっかりと空いていた。


自分のアイデンティティが剥奪された時、人はルーツを探り始めるようだ。


ーーどうしてヒーローになりたかったのだろうか。


『ヒーローになりなよ!』


遠い記憶。


テレビで怪人から人を守るヒーローを見て興奮していた。
隣には幼馴染の女の子がいて、僕は彼女が好きだった。
彼女の言葉が今の僕を泣きながらこの夜道を歩かせているのだ。


何という単純でつまらない動機だろうか。
好きな女の子の言葉に触発されて、それから養成所に入って周囲の言葉に感化されてきただけ。


もちろん彼女は一切悪くない。
結局、誰に勧められようと唆されようと、自分の選択肢とそれに付随する結果は自分が責任を負わなければいけない。
しかし、責任を負うならば自分が納得する選択肢を選ぶ必要がある。


僕は本当にヒーローになりたかったのだろうか。


こう考えることは心理学でいうところの防衛機制の合理化にあたるだろうか。
そもそ心理学は人の心を分析するためのツールなのだろうが、その用語を使う人は、たいてい人の行動やらをパターンにはめてマウンティングを取ろうとしているように見えて忌々しいため、必然と心理学も嫌いになる。


僕の理由にはそもそも特別がない。
同期で一番優秀な彼は姉が怪人の犠牲になったと言っていた。
たまに見せる彼の狂気的なストイックぶりはやはりそこに起因している部分もあるように見受けられたーーそれは彼が心の何処かでは幸せでないことを意味しているのかも知れないが。



しかし結局は理由でなく結果が重要だ。
特別な理由があってもヒーローになれない人間はたくさんいるだろうし、僕のような単純な理由でヒーローになる人の方が多いのかもしれない。


そこまできて自分の惨めさにまた思い至り、再び涙が溢れてきた。


幼馴染は昔ほど親密でなくなり今では僕の知らない相手と付き合っている。
たまに彼女が恋人と幸せそうに笑っているのを見る。
その度に心の底がチクリと痛んだ。


今の惨めな状態では幼馴染のその事実だけで心が苦しかった。

結局、今でも彼女の事が好きなようだ。
それとも別に好意なのではなくて手に入るかもしれないと幻想したものが手に入らなくて悔しいだけなのかもしれない。
自分の感情さえもはっきりと判別できないような未熟で愚かで度し難い人間だ。


まだ7歳だった頃の幼馴染の笑顔が目に浮かんだ。


未練がましい自分に嫌悪感が湧き上がり、もう自分を消してしまいたくなった。


不幸な気持ちは斜面を下る雪だるまのように膨らんでいく。


僕は不幸になる天才かもしれない。
天才ならばもうとっくにこうして嘆いてることもないかと思い至って渇いた笑みが浮かんだ。


僕は何者にもなれない。


夜も遅かったが家の灯りはまだついたままだった。
遅くなるとメールしていたから、心配して起きているのだろう。



ーー僕は今週のヒーローになれない。


それでも生き続けるいう選択肢を取るしかない。
いつか死ぬ日まで死ぬことはできない。


失望の中にいて、生命がいかに死と隣り合わせなのかを痛感して、僕は今回の挫折では死の境界の深さに飛び込むほど臆病でも勇敢でもないのだ。


それならば、いつ終わるか分からない失意と共に生きていかなければいけない。


いつか特別な何かになれる来週を信じて生きていかなければいけない。



生きていかなければいけないのだ。



そして僕はドアを開けた。


(了)

(※自分語りにつき注意)
最初もっと長編でボーイミーツガールにしようかと思ったけれどやめました
【来週のヒーロー】は非常に思い入れのあるテーマで3年前ほどから作品にしたくて挑戦していたのですが思い入れが強過ぎるせいか未完の小説モドキをたくさん産み出すだけでした
今回、非常に短く拙いながらも形にできたのは自分にとっては一つの壁を乗り越えた気分です


【coup d'Etat】


女「さあ、第16回秘密組織『デスパレード』の会合を始めます!」


少女「わー!」ぱちぱち


幼女「うむ」


男「……」


女「それでは先ず今週の悪事報告ですね」


少女「リーダーからどうぞ!」


女「ふふふ、私は今週も悪でした。なんと、ちぎりパンをちぎらず食べました!」


少女「わるぅ……!」


幼女「うむ」


男「……」


女「私の悪事はこれだけでは終わりません。なんと、一本満足バーに半分で満足しました」


少女「ひぇぇ! さすがリーダー!」


女「私には量が多かったんです……」


少女「わたし団員Aも極悪を働いたよ! 午後の紅茶を朝に飲んだ!」


女「悪ですね……!」


幼女「うむ」


少女「さらにママの作ったお好み焼きに嫌いなピーマンが入ってた! でも美味しかった」


女「団員のお母さまも中々の悪です……! 残さずに食べて偉いですね」


幼女「私は飲むヨーグルトをシリアルにかけて食べた」


少女「さすが……!」


幼女「かむかむレモンを噛まずに潰してちぎって食べた」


男「(噛んで食べた方が美味しいだろ)」



女「今週もデスパレードの団員は最凶で嬉しいですね」


男「悪……?」



少女「次は新入り! 君の悪事を話したまえ!」


男「……僕も話すのか?」


少女「わたしたち『デスパレード』のメンバーになったのならとーぜん!」


男「メンバーになった覚えはないんだが……えーと……んー……車が来てなかったから信号無視した」


女「ダメですよ! 何かあったらどうするんですか!」


幼女「法治国家において法を遵守しないのは望ましいことではない」


男「いや、だが……まあ、その通りだな」


少女「悪をわかってないなぁ」


男「おう……」


女「男さんはまだ新入りですから仕方ありませんよ」


幼女「私も最初はランサムウェアをばら撒くだの、セキュリティホールの脆弱性の情報を世界中に拡散するなどしか浮かばなかった」


女「絶対にダメですよ?」


・・・

女「それでは、第16回秘密組織デスパレードの会合を終了します! 各自来週も悪に励むように!」


少女・幼女「さー!」びしっ


男「……」


少女「新入りは挨拶もろくに出来ないのか!」


男「……さー」


少女「あいさつもろくに出来ないとは……やれやれ、最近の若者はこれだから……」


幼女「挨拶と笑顔は大事だっておばあちゃんも言ってたぞ」


男「……そうだな」


女「あはは……皆さん、気を付けて帰ってくださいね! お家に帰るまでが悪の活動です!」


少女・幼女「さー!」びしっ


男「……さー」


少女「もー! だからー! もー!」ぷんぷんっ


・・・

女「男くん、付き合わせてごめんなさい」


男「いや、別に。見てて面白かったですよ」


女「それにしても、なんでこの場所が分かったんですか?」


男「たまたま帰り道で見かけて、通学路から逸れて随分と公園の奥に行くから、事件性がないかちょっと気になって」


女「事件性! そんなのないですよ!」


男「うん。子どもたちのおままごとに付き合ってあげてたんですね」


女「そういうわけでも、ないんですけど……」


男「そういえば、何で僕のことを知ってるんです? 同じ高校みたいですけど、僕はそんなに有名人でもないと思うんですけど」


女「えっ」


男「アカデミーで落ちこぼれだからですかね? アカデミーに通ってるのはうちの高校だと僕だけだったのにもう広がってるんですか?」


女「いえ、あの、私、男くんと同じクラスですよ?」


男「……え?」


女「ああ、えっと私は地味ですから覚えてなくても仕方ないですよ……あはは……」



男「……すみません」


女「いえ……」


男「実は君だけじゃなくて、クラスの顔と名前とかまた半分も覚えてないんです……覚えてないんだ」


女「ええ!? 二年生になってもう半年ですよ!?」


男「今年は特に色々と忙しい時機でさ、まあ、全部無駄だったんだけど」


女「……何かあったんですか?」


男「……別に、子どもの頃からの夢が破れただけだよ」


女「えーと……」


男「ああ、ごめん、反応に困るよな。まあ、あまり気にしないでくれ。ほんとすまない」


女「いえ……」


男「家、どっちの方? 近いの?」


女「あ、コンビニの前からバスに乗るので」


男「あ、一緒だ」


女「そうなんですか? どこで降りるんですか?」


男「終点の一個前」


女「えっ、一緒です!」


男「ほんと」


女「気付かなかったです」


男「いつも始発で来て最終で帰ってたからなぁ」


女「ええっ、どうしてですか? 塾とか部活の朝練とかですか?」


男「始発だと空いてるし、静かだから勉強しやすいからさ。夜は、まあ、習い事というかね」


女「習い事ですか?」


男「……もうすぐバスが来るし、バス停まで移動しようか」


女「あ、そうですね」




女「……ヒーローアカデミーに通ってるんですよね? 今思い出しました」


男「ああ、うん……」


女「すごいですね。すごく厳しいところだって聞きます。優秀な人しかいないって」


男「ああ……そして僕は優秀じゃなかったんだ」


女「えっと……」


男「君はどうやってプロヒーローになれるか知ってる?」


女「ええっと、確かアカデミーに通って、その後、専門の学校に行って資格を取るんですよね?」


男「ん、まあ大体そう。ただ、その専門の学校に行くのがとても難しくてね。そこそこのアカデミーで推薦を貰わないと中々入れないんだ。毎年うちからだと数人しか推薦を貰えないんだけど、僕はあぶれてしまったんだ」


女「そう、なんですか……」


男「そんなわけで、もうヒーローになれないし、アカデミーにも顔を出してないよ」


女「でも推薦以外の道もあるんですよね?」


男「一般はめちゃくちゃ厳しいよ。宇宙飛行士とどっちがマシだろうね」


女「そ、そんなにですか……」




男「僕は低能な上に努力も出来ないクズだから土台無理だったんだ」へらっ


女「……そういうのやめた方がいいですよ」


男「え?」


女「自分で自分を傷つけないでください。あなたの頑張りを一番知ってるのはあなたじゃないですか。自分で自分を認めてあげないときっと苦しいままですよ」


男「けれど、世の中結果だから。結果を出せなきゃ何にもならないんだよ」


女「結果は大事かもしれませんけど、それ以上に自分の積み上げてきたものを大切にすることも同じくらい大事だと思います。もちろんどっちもあれば最高ですけど、片方がダメだからといって全部否定するのは間違ってると思います」


男「……さすが悪の組織のリーダーは言うことが違うね」へらっ


男「(……あ、今のはないわ。最低かよ)」


女「……!」にこにこっ


男「(なんで嬉しそうなんだ)」


・・・

男「……女さんか」


男「(変な子だ。いや、良い子だったけど)」


男「(結局最後まで丁寧な口調だったし、普段からそんな感じなのか?)」


男「(彼女の席はどこだったろうか? 部活は? 委員会は? 誰と仲が良いんだろうか)」


男「……はっ」


男「(あんなに落ち込んでたのに、単純なものだ)」


男「(ろくに眠れなくてそのくせ朝早く目が覚めて、頭を何か膜で包まれてるような違和感と、指先で押し込まれてるような胸部の鈍痛と、きりきりと痛む腹痛に苦しんでたのに)」


男「(親に精神科に無理やり行かされそうになってたってのに、今度は簡単に会ったばかりの女の子のことばかり考えてるのかよ)」


男「(……まあ、僕だって思春期の男子だし、そんな単純な生き物で当然かもな。地味だけど僕は可愛いと思うし……存在を認識すらしてなかったけど)」


男「(……何より、あの言葉が本当に嬉しかったんだ)」


男「(それに、公園の一番小さい女の子は奇妙だ。もしかしたら怪人かもしれないし、女さんについて情報収集しておくと良いのかもしれないと考えてるんだ。ヒーローじゃなくても一市民として。そういうことにしておこう)」


・・・


母親「今日はいつもより元気そうね。良いことあった?」


男「そう? ……別にいい加減立ち直って来ただけだよ」


母親「そう……この前も言ったけど、病院にいくのも全く悪いことじゃないんだからね。誰だって心が辛くて病んじゃうことがあるんだから。本当に誰でもね」


男「分かってるよ……」


母親「心配してるのよ。お父さんだって、何も言わなくても心配してるんだから。ねえ?」


父親「……」ズズズ……


母親「もう、すぐ照れちゃって」


男「はは……」


男「(本当に心配してるなら少し放っておいて欲しい)」


男「(あんなに応援してもらって、お金も出してくれて、今も心配してくれて、こうして毎日甘えて生活してるのに、こんなこと考えるなんて僕は最低の畜生だな。消えてしまった方がいいんじゃないか)」


男「(……辛くなってきたから考えるのやめよ……やめたいんだけどなぁ……切り替えもろくにできない不器用な人間だなぁ)」



・・・

男「(始発じゃないとやっぱり結構混むな)」


女「あ、おはようございます」


男「おはよう」


女「今日は遅いんですね」


男「ああ、ちょっと寝坊しちゃってさ」


女「そうなんですか」


男「数Bの課題やった?」


女「一応……ベクトルの応用問題は苦手です」


男「分かるよ。幾何の復習にもなって良いけどね」


女「図形もあまり得意じゃないです。図形の中の三角形を相似で求めたりするの、答えを見ないと思いつきません。答えもじっくり見ないと分からないですし」


男「あれは、慣れなんじゃないかな。ある程度パターンは決まってくるしね」



女「男くんに比べて勉強量が足りないですね……」


男「いや、別に僕は大したことないよ。数学と英語以外は学校の勉強は全然しなかったしね。あと物理か。ヒーローになるためには必須だからやってた」


女「英語はまだしも理数は苦手です。女性は平均的に理数が苦手といいますしね」


男「それは『予言の自己成就』じゃないかな」


女「それはなんです?」


男「自分や自分の属性はこうだって決め付けたり思い込むことで、それに対しての努力量を予め非効率になるからと減少したり、処理能力が心理的負担の増加のせいで低下したりするんだよ」


女「なるほど……しかし、本当に女性の方が苦手でないとする根拠はあるんですか?」


男「んー……女性の方がSTEM以外のほとんどの分野で平均的に優秀というけど、女性の方が真面目にコツコツと勉強する傾向があるからみたいだ。数学や物理も基本的にコツコツとやればできる分野だと思うんだよね」


女「ううん……」


男「まあ、与太話と思ってくれ」


女「いえいえ」


女「優しいんですね」


男「え、何が?」


女「私のことを励まそうとしてくれてたんですよね。そういう思い遣りはかけがえのないものだと思います」


男「それは深読みし過ぎじゃないかなぁ。僕たち日本人は行間を読み過ぎだよ」


女「それも『予言の自己成就』なのでは?」


男「現行の教育体系を見ていると、どちらかというと社会がそういう人間を望んでいるような気もするけど」


女「流行りの表現の『忖度』ができる人間ってことですかね」


男「うん。僕としてはゴミみたいなアウトプットをゴミと評価することも大事だと思う。そうすれば分かりやすくライティングするようになるかもしれないしな」


女「うーん、私は文章書くの苦手です」


男「僕も全然ダメ。行間も読めないから昨日の自分の文章が自分で理解できないよ。僕の机には古文書がたくさん収まってる」


女「あはは、そのジョーク分かりにくいです」


男「(……女さんは笑うともっと可愛くなるな)」


(続)

ふむ、これは続くのか
いや面白いと思うが

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