かたほうのてぶくろ【片方の手袋】〈モバマスSS〉 (39)


[慣](通常一双で使用されるものながら何らかの形で右手用、若しくは左手用のみとなった手袋の事を指し、
異なる物やそれぞれが鏡合わせになる2つの物を一対として扱う際の片割れの凡例としてしばし引き合いに出されるもの。)


一対でないと充分に機能せず、また代用が効き難く他の類似品とは上手く噛み合わないものの例え。

転じて、ーーー


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***

「半生」って言うんだっけ?
……まだ、こんな所で折り返す気なんて全然無いけどね。


サテン地の長手袋を外しながら思い出すこと。

これまでの人生で、三度。
私は、左手の手袋を失くしてきた。


 11月23日は手袋の日です

 ・アイドルマスターシンデレラガールズ 渋谷凛のSS

 ・地の文


***

お父さんの手が好き。
浅黒くてごつごつしていて、大きくて、暖かな手。


お母さんの手が好き。
白くて薄くて、指先までぴんと張りつめていて、すこし小さな冷たい手。


私の手は、お母さんの手によく似ている。

血の巡りが悪くて、手の甲に薄く透ける血管がむず痒くて、……そんなところまでおんなじ。


だけどお母さんにはお父さんがいて、
家事や水仕事で冷えた手を包むように握って温めてくれる手があって。


お父さんがお母さんの手をぎゅっと握っているのを見るたびに、なんだか少し不思議な気持ちになった。

いつか、私にも…… なんてね。


***


別に、手袋が大好きってわけじゃないんだけどさ。
少なくとも、昔の私には必需品だったんだと思う。


秋の終わりから春先まで、気温の低下で手先から冷えが来て、
空気の乾燥ですぐに肌が水分を失ってしまうから。


手荒れと霜焼けで真っ赤にいびつになった自分の手が嫌で、
誰にも見られたくなくて、本当はずっと手を隠していたかった。


寝る前には独特の匂いのする塗り薬をつけて綿手袋をするのが小さい頃の冬の習慣。
外出のときはお母さんが買ってきたふわふわの赤い手袋を、似合わないと思いながらもほつれるまでずっと大事に使っていた。


そう言えば、初めて自分で選んだ手袋は、ちっちゃなリボンがあしらってある白とピンクのツートンカラーだったっけ。
小学四年生のあの日までは、私の手をしっかりと守ってくれていた。


***


十歳にもなれば、女の子達の精神はもうすっかりオトナかぶれで、ちっとも変わらない男の子達とはだいぶ精神年齢の差が出てくる頃で。
まだやいやいとやってる男子達を尻目に、女子たちは大人の準備を始めていて。


ファッションへの興味は大なり小なりみんな持っていて、しっかりと毎日コーデを決めて来る子も少なくなかったし、
そうじゃない子もなんとなく自分に合う服と小物を少しずつ少しずつ揃えては見せあったり。


私も女の子の端くれだったから、その頃から好きだった蒼……青色系を基調に、
寒色でシンプルにカッコいい感じの服ばっかりお母さんに買ってもらってたっけ。

だから、白にピンクの手袋は正直浮いてたんだけど。
どうしてだろうね、それだけは頑なに使い続けてたんだ。


当時仲良かった子の一人に、まあ今も仲良くしてるんだけど、似たような色柄の手袋をしてた子がいてね。
私とは全然タイプが違うと言うか、まさにそういう色の似合う感じの可愛い大人しめの子。


その子はよくクラスの男子からちょっかいをだされててさ。
少し気弱だったのと、困り顔が可愛いってよく言われてたからそれを見たかったのかな。
もともとこっそり人気のある子だったみたいだけど。


その子をかばった時に男子グループと結構な口喧嘩をした事があって。
その時に言った、


「寄ってたかって女の子いじめなんて、アンタら、カッコわる」


って言葉がどうやら頭に来たみたい。

だからなのかな、……ううん、それだけじゃないとは思うんだけど。
ある時から、矛先が私にも向くようになったんだ。


当然、最初の子に対しての、どっちかって言うと気を引くためのちょっかいとは違って。
こっちが泣いて謝るまでやるような、自分たちのプライドを取り戻すためにやる攻撃だし、
容赦が無いっていうか…… やり口が汚い、っていうのかな。


まあ、やること思いつくことが子供っぽいことばっかだったから、
どうってこと無いようなのばっかりだったけどね。

それでも嫌だったから、あんまり思い出したいわけじゃないんだけど。
例えば……、足を引っ掛けようとしたり、わざとぶつかって来たり、発表とかの時に邪魔してきたりみたいな。


スカートは元々履かない方だったんだけど、
履いて行ったら捲られたり絵の具とか土とかで汚されたりしてたから、
面倒になってジーンズや八分丈のパンツばっかり履くようになったのはこの頃からだったはず。

中でも、濃紺のオーバーオールが便利で、一番のお気に入りだったんだ。

少しぐらい汚されたって平気だったし、うちの両親が着てる仕事着のエプロンとお揃いって感じがして。


後は…… 靴箱に虫を入れられたりもしたっけ。
コオロギとか、イモムシとか。そんなしょうもないのばっかりだけど。
そりゃあちょっとはびっくりしたけど。

なんかさ、どうせならもっとすごいの入れておけばよかったのにね。
その……えっと……ゴキブリ、とか。


そこまでやってたらきっと、私は情けない悲鳴を上げて泣いて、
彼らの満足するような場面が見られたんだろうけど。


花屋の娘だってこと、言ってなかったんだっけ。

ううん、知ってたとしても、そこまで考えてなかったのかも。
女子だから虫を怖がるだろうって、ただそれだけで。


慣れてたってほどじゃないんだけど……、ちっちゃな虫ならしょっちゅう見たことも触ったこともあったし、
好んで捕まえたりはしなかったけど夏休みの自由研究で蝶の成長観察日記を書いたりもしたから、
少なくともそこらの男子よりは虫に抵抗がなかったと思う。


そんなのばっかりだから、何をされてもまともにとりあったりなんてしなかった。

反応して突っかかったら負けだっておもってたし、
無視しとけばそのうち白けて止めるだろうって。


でも、ただ無視するだけじゃなくて、担任の先生にはちゃんと報告してたよ。
汚れや痣なんかで証拠が残る場合は特にね。

後々他の女の子たちがおんなじことされるようになっても困るし。


今思うと、自分でもおかしいほど冷静ぶってたよね。
怒るもんか、泣くもんか、って、頑なになってたんだと思う。

そのせいでっていうのも変な話なんだけど、
クラスメートの女子達からからいつも以上に頼りにされたりもして、嬉しかったって言うのもあるかな。

だからみんなの前でカッコつけてたっていうのも本当。


なかなかこっちが弱味を見せないからか、回数自体は減って来ていて、
でも何か大きな悪戯をしてハナをあかしてやろうって計画をしているのは見え見えで。

ひっそりと、ずっと私の弱点を探っていたみたい。
だから冬になって、私が登下校の時に手袋を欠かさないのを知って狙いを定めたんだと思う。


確か、木曜日だったはず。給食の時間に放送委員会からのお知らせがあったから、多分。
朝からちょっと体調が悪くて、保健室に行こうか何度か悩んで、授業にあんまり集中できなかった日だった。


その週は掃除の割当てが運悪く校門周辺で、北風が吹くなかでゴミを拾ったり落ち葉を掃いたりする誰もやりたがらない区域。


できはじめていた霜焼けを悪化させたくなくて手袋を持っていこうとしたけど、
掃除時間に手袋なんて変だったし、そのことで何か言われたくなかったから、
ランドセルから出しはしたけど机の引き出しにつっこみ直して。


掃除場所には私ともう一人の女の子しかいなくて、
男子がサボるのはしょっちゅうだったし後で先生に言うことにして二人で時間ギリギリまで掃除を続けた。

それが決行の機会になったみたい。
といっても、彼らのしたことはただひとつ。私が愛用していた手袋を盗って何処かに隠してしまう、それだけ。


それだけの事が、私には大きな打撃だった。
ランドセルをひっくり返して、引き出しを何度も覗いて、ロッカーをバタバタと鳴らして。

 手袋がどこかいっちゃった。


教室の隅に固まってニヤニヤとこっちを見ている奴らがやったんだ、って頭ではわかっているのに、問いただす言葉が出てこない。


冷静さを欠いてただ座り込んでしまった私に大丈夫、と声をかけてくれた友達にお願いをして、教室中を探してもらう。

右手の側はすぐに見つかった。チョーク入れの中で、粉まみれで。


左手側はどこにも見当たらない。


女子たちが騒いでいるのを見かねたのか、大人しい方のグループの男の子が近づいて来て申し訳無さそうに教えてくれた。


いつもの男子たちが引き出しから手袋を盗んで、片方を何処かに隠してもう片方は新聞紙で包んで丸めて箒野球のボール代わりにしていた、と。

廊下で散々遊んだ後でそのボールをゴミ箱に投げ入れたんだと思う、気づいてたけど絡まれるのが怖くて何もできなかったんだごめん、
こんなに大事になるとは思わなくて黙ってたんだ……



そのゴミ箱には、もう新しい袋がかかっていた。


集積所は体育館の裏手。
重なったゴミ袋の中からどれが自分のクラスのやつかなんて見つけられなくて。


呆然としてクラスに戻ると、男子グループのリーダー格の子が「やりすぎだった」とかなんとか、へらへらしながら謝ってきた。

友達が先生に言いつけてくれていたみたいだったけど、先生は状況をよくわかっていないのかいつもと同じような対応しかしてくれていなくて。


目的を達成したからなんだろう、男子たちは形だけ反省しているような格好をして、嬉しそうな表情を隠しきれていなかった。


……わからない。ただ、私にはそう見えたってだけかもしれない、けど。


それが、どうしようもなく悔しかった。

どうしてこんなに、って思うと涙がでてきそうで、でもそれよりも溜まっていた怒りがこみ上げて来て、
頭がカァッと熱くなって、ただ。


形だけの仲直りの印のつもりにか差し出された手を握りかえすことなく、
その男の子の頬を、力いっぱいはたいた。

手のひらは赤くじんじんと痛んで、それでも感情はおさまりきらなくて、
頬をおさえてあっけに取られている姿を睨みつけながら、



「ぜったいにゆるさないから」




そう言った所まではちゃんと覚えてるんだ。


……良くも悪くも、強い感情を込めた言葉は、ずっと心に残るものだよね。
だけど、そこまで。

昂りがおさまると力が抜けてフラフラとしてきて、
先生が何かこちらへ呼びかけているのもよく聞こえなくて、何も考えないまま教室を出た。

いやだ、もう帰ろう、かえらなきゃ、かえ……


ショックで思い出したくないだけなのかもしれないけど、あの日どうやって家についたのかさえよくわからない。

その夜はただただ熱がでて苦しんで、明けた朝も学校へ行けなかった。


ランドセルを友達が届けてくれただとか、先生が見舞いに来ただとか、
……誰かが謝りに来ただとか、お母さんが言ってた気がする。

今は誰にも会いたくない、とだけ返して、後はひたすら布団をぎゅっと握って丸まっていた。


熱がひくまで長いこと寝たり起きたりを繰り返して、途切れ途切れの意識の中で、
お母さんが電話ごしに、よそ行きの声……いつもより、ずっとずっと冷たい声で、静かに誰かと話しているのを確かに聞いた。

ちょっとぞわっとしたけど、多分私を守ってくれているんだろうと思うと少しだけ安心して、深く眠りにつくことが出来たんだ。


休日を挟んで翌週、少し早い時間に登校して先生にあの日勝手に帰ったことを謝りに行った。
クラスの女の子たちはすぐに駆け寄って来て心配をしてくれた。

大騒ぎをしてしまってごめんね、と謝ったけれど、
誰も気にせず、金曜日の分の板書やプリントの写しをそれぞれ手伝ってくれて。


あの手袋の代わりにとお父さんがシンプルな紺の手袋を用意してくれていたんだけど、学校に着用して来る気にはどうしてもなれなかった。
その代わりに、上着のポケットに手を突っ込んで過ごすようになった。

多分、当時の私の精一杯の強がりだったんだろうね。
すっかり癖になっちゃって、そのせいで態度が悪いなんて言われる日も来るんだけど。


件の男子たちとは目も合わせないくらい険悪なまま、クラスが変わるまで口もきかなくて。
関わってなかっただろう男子の事も少し避けてしまうようになって、そのまま女の子とだけ仲良くするようになってしまった。

どうしても、あの時のことを思い出してしまって、不信感を拭えなくて、少し冷たく当たってしまう。
あんな奴らばっかりじゃないってわかってても。


結局、卒業するまであの時のことを許すことができなかった。

今となってはもう遠い昔の話って感じだけれど、彼らと二度と会わずに済むんだったらそれがいいな、ってまだ思っている。



一つ目の手袋を失くして、……私の心には、嫌な思い出と冷たい感情が残った。


***

「親戚のとこで産まれた犬を貰ってきた」

とお父さんがその幼犬を連れてきたのは、次の春のことだった。
名前は花屋の犬だからハナコ、だって。


その時は急すぎて気づかなかったんだけど、
あの時以来少しふさぎがちだった私を心配して、
お父さんなりに色々考えた中でペットでも飼おうかってことになったんだと思う。

だから最初はハナコのお世話は”家のお手伝い”の一環だったし、
名目上は家の皆で可愛がっていたんだけど、
実際はほとんどずっと私と一緒に過ごした。

寝床も私の部屋の隅。


家に居る時間が長くなっていったのはこのころからだったかな。

自宅からそう遠くない女子中学校を受験するために、放課後は部屋に籠って勉強して。
その合間に息抜きとしてハナコと遊んだり、お店の様子をちょっと見に行ったり。


あれ以来両親にはいろいろと心配をかけていたし、中学受験したいっていうのも私のわがままだったから、
中学生になったら部活には入らずに少しでも家の手伝いをしようって決めてて。

家事と仕事で二束のわらじ状態だったお母さんの負担を減らしたかったのもあるし、
なにより、ずっと二人の背中を見続けてきて、こうなりたい、ここにいたいって気持ちもあったんだと思う。

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