【モバマス】 楓「日高屋には人生がある」 (43)

※若干のキャラ崩壊有


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楓「プロデューサー……。お願いがあります」



P(そう言って、彼女は逢い引きに俺を誘った)

P(逢い引き……。いや、これは語弊がある)

P(俺は彼女のことを何も知らない……。いや、『何も知らない』といえばこれも語弊がある)

P(俺は『高垣楓』という名の偶像を創り出し、彼女という人間にそれを背負わせている)

P(――などと言うとさも哲学的・背徳的に聞こえるが、ようするに俺と彼女はプロデューサーとアイドルという関係なだけだ。それ以上でもそれ以下でもない)

P(だから、逢い引きという言葉は間違いだ。はっきりと言っておこう)

P(それなのになぜ逢い引きなどと表現したのかについては、これはもう『そういう雰囲気だったから』と言うしかない)

P(高垣楓。彼女はどこか遠くにいる)

P(遠く……。現実に存在していることは確かだ。しかし、その双眸はここではないどこかへと注がれている)



P(彼女は一体、何を見ているのだろうか)




P(ミステリアスな雰囲気に惹かれ、また、そんな彼女にアイドルという可能性を見出し、そうしてスカウトしたのが俺)

P(そんな不思議な彼女が、俺を街へ誘い出した)

P(まさに逢い引きという言葉がしっくりと当てはまる。そんな雰囲気だった)

P(重ね重ね言っておくと、俺と彼女は恋愛関係にはない。ただ、そんな雰囲気だったのだ。そう言うしかない)

P(都内某所。20時を過ぎたところ)

P(アイドルである彼女は、今日はオフであった。対する俺は仕事を抱え、ようやく一日分のそれを片付けたところだ)

P(彼女以外にも何人か担当を抱えていることもあり、日々のスケジュールの把握とか売り出しという名の営業とか、様々な業務が俺にのしかかっている)

P(スケジュール管理などは完全にマネージャーの領分なのだが、まだまだ駆け出しである事務所ではそういった人間の数も少なく、なかなか手が回らない)

P(まあ、今の自分を願ったのも自分自身には変わりない。だから俺のつまらない身の上話などどうでもいい)



P(――問題は彼女である)




P(俺の担当の一人である彼女。急に俺という人間を繁華街に呼び出したのだ)

P(彼女は現在、アイドルとしても軌道に乗り右肩上がりの状態だ)

P(そんな多忙であり煌びやかな日々を生きている人間が、自身の束の間の休日に擦り切れた馬車馬のような青年一人を呼び出そうなんて)

P(我ながら言っていて虚しくなるが)

P(ともかく、俺と高垣楓という人間はプロデューサーとアイドルという関係であり、それ以上でもそれ以下でもない。彼女という人間を知ってはいるが、知らない)

P(彼女という偶像を創り出した張本人として、これは戒めなのかもしれない)

P(俺は彼女を知る必要がある)

P(何故か罪悪感のようなものが胸を締め付ける)

P(都内某所。とある繁華街)

P(巨大な迷路の駅を出ると、妖しく絢爛なネオンサインが煌々と街中を満たしている)

P(夜光虫のように、その明かりに誘い出される群衆)

P(雑踏に流され、巨大な街頭スクリーンの下……)





楓「――お疲れ様です」



P(真上のスクリーンでは高垣楓が歌い、踊っている)

P(そんな、街頭プロモーションの下で)

P(高垣楓その人が俺に声をかける)



P(果たして、どちらが本物の『高垣楓』なのか――)





楓「お疲れ様です」



P「ああ、お疲れ」

楓「すみません、お忙しい中呼び出してしまって……」

P「いや、いいんだ。今日の仕事は終わったから」

P(会話も程々に俺たちは繁華街の中へ歩き出す)

P(目的地は分からない)

P(当たり障りのない会話――今の俺と彼女を如実に表している会話)

P(きっと、こんな関係が現在の俺と彼女であり、これからもそうなのであろう)

楓「今夜は……」

P(しかし、彼女は立ち止まる)

楓「本当の私を見て欲しいのです」

P(そう言って振り返る)

P「……?」

楓「私は、あなたに創り出された偶像です」

楓「そして、私はそれを演じている」

楓「だから、あなたには私を知る責任がある」

P(俺が思っていたこと、危惧していた事態が訪れる)

P(核心を突かれて、俺は何も言えない)

楓「しかし、私がその境遇を嬉々として望んだのも事実」



楓「だから、私とあなたは共犯者です」





P(共犯者……。何故か俺は納得してしまう)

P(俺と彼女の関係をどのように形容するか、その言葉が分からなかった)

P(しかし共犯者というなら、確かにそれが最もふさわしい言葉であることも事実であった)

楓「共犯者同士、お互いのことを知る必要がある――そう思いませんか」

P「……」

P(俺は何も言わず、首を縦に振った)


楓「――便利な世の中になりましたよね」


P(始まりから終わりまで見てきた賢者のように、唐突にそんな言葉を口にする彼女)

楓「世界は広くなり、狭くなりました」

P(一見矛盾しているようでどこか納得してしまう彼女の哲学は、俺の人生の倫理観にいとも容易く浸透し、自分のものにしてしまう)

楓「私たちは自分という世界に生きています」

楓「この世界は自分のものです。自分が見ている世界が世界そのものなのです」

P(つらつらと、透き通った声で述べられる哲学は、俺の価値観を呑み込んでいく)

楓「しかし、自分の世界に生きるあまり……、偶像と現実の区別がつかなくなっています」

楓「自分の世界に没頭するあまり、それは時として広大になり狭小になり……。どれが真実か、どれが偶像か区別がつかなくなっています」

楓「私たちは、そんな世界で迷子になっているのです」

P(何の脈絡もなく展開される彼女の説教。しかし、俺の脳内ではそれを一種の快感として判断し、電気信号を送る)

楓「そこで思い知るのです……。本当は、自分が見ている世界の他に別の世界があることを」





楓「――見て下さい」

P(そう言って彼女は一点を指し示す。その先には仲睦まじいカップルやサラリーマンの集団など、有象無象な人々が流れていた)

楓「お互いを見ているつもりでも、迷子になっています」

P「……?」

楓「手元のスマートフォン――例えばあの集団、今夜飲みに行くお店を探しているのでしょう」

楓「さしずめ『食べログ』などを見て、評価が高いお店に行く……。そんな魂胆でしょうが」

楓「分かっていません」

P「どういうことだ……?」

楓「迷子になっていることに気付いていないのです」

楓「確かに、情報はとても参考になります……。ですが、彼らは偶像という側面に気付いていないのです」

楓「所詮美味しいか美味しくないか、いいお店かそうでないかはその人間が決めること。つまり、人によって感じるものは違うのです」

楓「しかし、実際に行ってみて何か一つでも不満があれば『話と違う』と憤慨する」

楓「別の世界があることに、偶像に気付いていないのです」

楓「そうして迷子になるのです」

楓「偶像に惑わされ、世界を疑う……。どれが真実で、どれがまやかしか……」





楓「――だから、あなたには知って欲しいのです」



P「……?」

楓「偶像ではない、本当の私を」

P(彼女はそう言い切って、また前を向いた)

楓「私はプロデューサーと二人で、真実へ辿り着きたいのです」

楓「この、偽物にまみれた世界で……」

P「……」

P(俺によって偶像を背負わされた彼女。そんな彼女と、全てのまやかしを創り出した俺が真実を求めた先に何があるのか……)

P(その真実でさえも、偶像になってしまわないだろうか――)

楓「だから……」

P「……?」



楓「 今 夜 は こ こ で 」



P(憂慮する俺……。そんな俺を置いて、彼女は歩き出す)

P(歩き出した彼女は、やがて真実へ辿り着く……)

P「楓……」

楓「はい、今夜はここで」

P「ここは……」













楓「 日 高 屋 で す 」












P(俺は、言葉を失った)



 【日高屋店内】



楓「熱烈中華食堂って、良い響きですよね」


P「――つまりあれか」


楓「……はい?」


P「長々と聖書のような説教を垂れて、さもそういう雰囲気にして、そうしてお前が辿り着いた真実ってやつが、この店なんだな」


P「お前はここで夕飯を食うために、俺を誘い出したと――この日高屋に」


楓「はい、プロデューサーと二人で来たかったんです、日高屋に」


P「……」


楓「……怒ってます?」


P「いや……」


楓「もしかして、別の場所に行くと思ってました?」


楓「おしゃれな居酒屋とか、バーとか……」


P「いや」


楓「あ……// さすがにそれは妄想のし過ぎです……//」


P「お前、今何をイメージした? そんなこと考えてないからな」




楓「でも、あの言葉の数々は、本当のことですよ?」


P「……?」


楓「本当に私が思っていること、です」


楓「だから、ここで本当の私を見て欲しいって、そういう意味です」


P「いや、どっからどう見てもそういう雰囲気の場所じゃないよな」


楓「もしかしてプロデューサーさん、日高屋を馬鹿にしてます?」


P「……は?」


楓「ここは私にとっての楽園の一つです。つまり、この場所にはありのままの私がいるのです」


楓「あえて駅前にこだわり、ロードサイドには出店しない。そして、吉野家やマクドナルドがある場所に出店する」


楓「弱みを活かし、そしてそれを強みへ変えるスタイル……」


楓「次の時代にはチョイ飲みが流行るだろうと見越して、酒類やおつまみも豊富に取り揃える先見の明……」


楓「自社工場で製造することによって料理の価格を抑え、独身サラリーマンからファミリー、そして高齢者まで味方につける……」


楓「ガッツリ食べたい人、そして『飲みたいけど一人で居酒屋は……』という人の味方、私たちの楽園」


楓「それが日高屋なのです」


P「あれ、楓って日高屋のイメージキャラクターの仕事してたっけ……」


楓「私は一人でも色んな場所へ飲みに行ってしまいますが、最近はここが私のお気に入りです」


P(駄目だ、自分の世界に入ってる……)





P「いや、別にこの店を馬鹿にしているわけじゃ……」


楓「ちなみに、日高屋はJリーグの大宮アルディージャのスポンサーなんですよ? 今日からプロデューサーもアルディージャサポーターですね。間違っても浦和を好きになっちゃダメですよ」


P「お前、レッズサポに殺されるぞ」


P「お前は日高屋の回し者か――もういい腹減った、すみません!」


店員「――はい」


P「えーと、このダブル餃子定食の……」


楓「サイドメニューをからあげかキムチか選べますよ。ちなみに私はからあげが好きですね」


P「お前は店員か……。えーと、それじゃからあげで」


店員「はい」


楓「……大盛り」





P「え?」


楓「ご飯、大盛りにしなくていいんですか……?」


P「そうだな……。それじゃ、ご飯大盛りで」


店員「無料券はございますか?」


P「む、無料券?」


楓「――はい、これでお願いします」


店員「かしこまりました」


P「はっ? えっ?」


楓「私、大量に無料券持ってるので」


P「お前クーポン券大量に持ち歩いてるの? 丁寧にハサミでカットして!?」


楓「はい」


P「当然みたいな顔されてもな……」


店員「それでは、W餃子定食のからあげ、無料券でご飯大盛りと……」


楓「私は焼き鳥丼と春巻き、それから生ビールを」


P「あっ……」


楓「生ビールは二つでお願いします」


P「すまん」


楓「いえ。プロデューサーの考えはお見通しです」


店員「かしこまりました。それではお待ちください――」


楓「……やりますね」





P「え?」


楓「ダブル餃子定食とビールを頼むとは、さすがプロデューサーです。恐れ入ります」


P「どういうことだ?」


楓「お腹が減っている、しかしお酒も飲みたい、でも安く抑えたい……」


楓「そんな時は、プロデューサーのようなオーダーをするのが定石なのです」


楓「この定食は600円とちょっと。そして生ビールは300数円。新たなおつまみを頼めば料金がかさむ……」


P「そうだな」


楓「しかし、ダブル餃子なので餃子は12個あります! ご飯と一緒に食べて6個の餃子を消失したとしても、残り6個をお酒のおつまみにして、もう一杯は飲める! しかも、からあげもついている……!」


楓「ガッツリ食べながら、ほろ酔いもできる……! そのような戦い方ができるのです……!」


楓「さすがプロデューサーです」


P「お前ってオヤジ……いや、これに限ってはジジイ臭いなっ!?」


P「……そんなこと考えて頼んだわけじゃないんだけどな」


P「というか、楓はいいのか?」


楓「……?」


P「焼き鳥丼と春巻きだっけ? そんな少しで足りるか?」


楓「これは……、すきっ腹で飲むと危ないので、ちょっと入れておく為のオーダーです」


P「いや、野菜炒めとか、このからあげとか、単品であるだろ……?」


楓「安いとされる日高屋ですが、ここに落とし穴があります」





P「……は?」


楓「野菜炒め、ニラレバ炒め、からあげ6個、生姜焼き、バクダン炒め……これらの単品は意外と高いんです」


楓「ですからガッツリ食べてかつ、ほろ酔いしたい場合はプロデューサーのようなオーダーを、私のように『少しお腹は減っているけれどおつまみだけじゃ足りない。でも、お酒も飲みたい。それでもできるだけ安く抑えたい』という場合は、このようなオーダーになるんです」


楓「これでちょっとお腹を膨らませて、それから本格的に飲むんですね。適度におつまみも追加しつつ……」


楓「今日はここでとことん飲むつもりですから」


P「安く抑えたいって理由と矛盾してないか!?」


楓「いわゆるチュートリアルですね。今後もプロデューサーと日高屋で底辺飲みしたいので」


P「今底辺って言った!? お前怒られるぞ!!」


P「しかもここ、チェーン店だぞ!? 居酒屋でもないしっ!! 長居するのはまずいんじゃ……」


楓「プロデューサー」


P「……?」


楓「周りを見て下さい」


P「……え!?」


楓「くたびれた独身サラリーマンやOL、二次会でゲスい話に花を咲かせる中年、安酒の日本酒を煽りながら若かりし日々を思い返すおじいさんおばあさんグループ……」


楓「まさに底辺ッ!!」


P「お前殺されるぞマジで」





楓「この日高屋は主にランチの時間帯で勝負に出ていると、社長さんはインタビューで語っていた気がします」


楓「なので、夜の回転率が悪くてもさほど問題ないそうです」


楓「つまり、日高屋は居酒屋となんら変わりはない……! むしろ、そこらへんの意識高い()ようなお店より何倍も有能なのですっ……!」


P「……」


P「モウシラネ……」


店員「お先に生をお持ちしましたー」


楓「ありがとうございます」


楓「それじゃ、乾杯しましょうか♪」





 [数分後]



P「ふう……。食った……」


楓「私はホッピーセットを頼みます」


P「えぇ……。お前まだ飲むのか? ビール二杯とハイボールを飲んで次はホッピーか……」


楓「はい。まだまだいけますね」


P「化物かよ……」


楓「プロデューサー」


P「……?」


楓「プロデューサーは、それでいいんですか?」


P「……は?」


楓「W餃子定、生ビール一杯……。本当に、それでおしまいですか?」


P「腹一杯なんだから、しゃーないだろ」


楓「――下手」


P「……あ?」




楓「欲望の解放のさせ方が下手」





P「なんだと……?」


楓「プロデューサーは、本当はこう思っているはずです」


楓「この『焼き鳥のネギ和え』はうまそうだな」


楓「いや『皮付きポテトフライ』もいいぞ」


楓「もしくは、『ポテトサラダ』も捨てがたい」


楓「これを肴に酒を飲みたい」


楓「だけど、W餃子定食で腹が一杯だから、もう酒も飲めない……」


楓「――このような考えではないでしょうか?」


P「まあ、満腹なのは事実だが……」


楓「しかし、こんな側面もあるはずです」


P「……?」



 ザワ……。ザワ……。



楓「あえて定食で満腹にして、酒を飲めないようにした」


楓「わざと……!!」





P「な……!?」


楓「酒を頼めばお代が高くなる……!! だから、あえて定食で満腹にして、自分の『飲みたい』という欲望を無理やり封じ込めた……!!」


楓「それは駄目ですよ、プロデューサー……!!」


楓「下手、下手くそ……!!」


楓「プロデューサーが頼みたいオーダーはこれ……!!」


楓「この、溢れるようなメニューの数々……!! それをつまみにもう一杯、そしてもう一杯……!! たくさん飲みたい……!!」


楓「でも、満腹という理由で誤魔化そうとしている――そういうのが駄目ッ!!」


楓「それで一杯だけ飲んでもかえってストレスが溜まる……!! 嘘じゃない……!!」


楓「食べられなかったおつまみ、飲めなかったお酒がチラついて、全然スッキリしない……!!」


楓「自分へのご褒美の出し方にしては最低です……!!」


楓「プロデューサー」


楓「贅沢っていうのは、小出しじゃ駄目なんです」


楓「やる時はきっちりやるべきです……!!(迫真)」





P「……」


P「あれ、このセリフどこかで……」


楓「さあ、私は呼び鈴を鳴らしますよ」



 ピンポーン



店員「はい、ご注文をお伺いいたします」


楓「……」


P「……」


店員「お客様……?」


P「焼き鳥のネギ和え……」


P「ポテトサラダ……」


P「唐揚げの単品を……」


P「そして、生ビール一つ……!!」


楓「……」


楓「私は、皮付きポテトフライとホッピーセットを」


店員「かしこまりました!! 少々お待ちください!!」





P「……」


楓「……」


P「やってしまった……」


楓「それでいいのです、プロデューサー」



 [数分後]



P「すみません、ハイボール一つ……!!」


楓「私もハイボールで!」


店員「かしこまり!!」



 [数分後]



P「ふう……。もう、もう駄目だ……」


P「食った、飲んだ……!! チェーン店でっ!!」


P「圧倒的、圧倒的幸福……!!」


P「圧倒的感謝ッ……!!」


P「P、豪遊ッ……!!」


P「だが――」



楓「 そ れ で い い ッ !! 」





P「……楓」


楓「……?」


P「俺は思い出したよ……。あの頃をッ……!!」


P「まだファミリーレストランが幸福のステータスだった、あの頃を……!!」


P「この時代、一般的な家庭の外食といえば寿司、ステーキ、焼肉……」


P「もちろんファミレスもそこに入るが、ランク的には下がってしまったのも否めない……!! 全盛期から比べると……!!」


P「俺がガキの頃――ファミレスがまだ贅沢な外食、幸せな家庭のシンボルだったあの時代ッ!!」


P「親父は言った――好きなものを食えとッ!!」


P「メニューに載っているのはどれもうまそうなものばかり……!!」


P「こんな天国のような場所があるのかと、ガキの頃は思ったもんだ……!!」


P「そして俺はこうも思った――いつか、このファミレスのメニューを全て喰い尽くせるような人間になるとッ!!」


P「あの時の……あの時の感覚ッ!!」


P「あの時の幸福ッ!!」


P「俺はそれを……それを今、ひしひしと感じているッ!!」


楓「……」


楓「プロデューサー」


P「……?」



楓「この夢は、まだ終わりじゃないですよ?」





P「なん……だと……」


楓「 こ れ を 見 て 下 さ い 」


P「こ、これは……!?」


楓「 締 め の ラ ー メ ン ッ !! 」


P「――ッ!!」


楓「そう、日高屋はゆりかごから墓場まで、始まりから終わりまで、全てを網羅しているのですッ!!」


P「締めのラーメン――なんという甘美な響きッ!!」


楓「乗るしかない、このBIG WAVEにッ!!」



P・楓「「 す み ま せ ん !! 」」





 [数分後]



P「このラーメンはッ!?」


楓「はい、このいかにもチープな醤油ラーメン……」


楓「チープ……。しかし、魚粉だか鰹節の風味がきいた鶏ガラ醤油ラーメン、390円という低価格にしては至福の一杯……!!」


楓「そう、屋台で食べるあのチープなラーメンのような……!! なんともいえない懐かしさを感じる一杯……!!」


P「飲んだ後の締めには丁度いい……!! 最近の意識が高い()ラーメンとは真逆の位置にある底辺ラーメンだが……!!」



P・楓「「 そ れ が い い !! 」」ズゾゾッ!!





 [数分後]



店員「ありがとうございます。〇〇円になります」


P「な、なんだと……!?」


楓「どうしました?」


P「あれだけ飲み食いしたにも関わらず、お代が一人3千円台……!!」


P「雰囲気気取ってただ高いだけのクソ居酒屋と比べものにならない……!!」


P「チェーンの定食屋なのに……!!」


楓「それが、チェーンゆえの安心感です」


楓「プロデューサーが先程おっしゃっていたファミレスのお話と同じです」


楓「あの頃は、チェーンでさえも幸福だった(至言)」


楓「それが、いつしかどうでもいい雑音ばかりに惑わされ、他人の物差しで世界を見て、自分の幸福というものを忘れてしまったんでしょうね」


P「……」





店員「ありがとうございました。よろしければサービス券をどうぞ――」


P「こ、これは……」


楓「私が持っていた大盛り無料券のそれです」


楓「オーダーの際に提示すれば、麺類もしくはご飯の大盛りが無料、味付け卵が半額になります」


楓「ちなみに、日高屋を利用すると毎回それがもらえるので……」


楓「気付けば、私のように『大盛りのアルケミスト』になれるのです……!!」


P「大盛りの、アルケミスト……!!」


P「くそ……!! 俺の中に未だ残る、ちっぽけな少年ハートをこれでもかとくすぐりやがる……!!」


楓「♪口ずさむメロディーが、思い出させてくれる♪」


P「♪Back in the days♪」


P「……」


楓「……」


店員(なんだこいつら)


店員「ありがとうございましたー」





P「……」


P「……久しぶりだぜ」


楓「……?」


P「この感覚……!! 飲んだ後、まだ解散したくないという、あの名残惜しい感覚……!!」


楓「……!!」


P「楓」


楓「……はい」


P「ありがとう――それしか言う言葉が見つからない」


楓「……!!」





楓「私の本性、見てくれましたか……?」


楓「こんな醜い姿が、本当の私です」


楓「高垣楓……。彼女に対する世間のイメージは、さぞ高尚で艶美で儚いものでしょう」


楓「しかしそれを演じている私自身は、どこまでも下劣で醜悪で意地汚いケダモノなのです」


楓「安いお店でグダグダと安酒を煽り、飲んでは呑まれているような底辺」


楓「それが私の真の姿です」


楓「いや、『高垣楓』という存在を信じている人間からすれば、今の私の方が偽物で、スクリーンの中の私が本物なのです」


P「それはどうかな」


楓「……?」


P「そもそも、高垣楓という女性とお前は同一人物だ」


P「そこにどんな印象を抱くかは、受け取る側の自由」


P「つまり、お前は何にでもなれる」





楓「……」


P「例え本当の高垣楓から人々のイメージが解離しようとも、どれほど離れようとも」


P「その根源はお前にある」


P「解離したイメージでさえもお前自身」


P「その距離感に苦悩する日々もあるだろう」


P「その結果人々のイメージが本物で、お前がイメージに食いつぶされて偽物になっても……」


P「お前がお前であることに変わりはない」


楓「……!!」


P「誰かが言ってたが……」


P「偽物でも本物を凌駕すれば、それは本物と言えるのではないか」


P「そういうことなんじゃないか?」


P「イメージに食われたなら、またイメージを作ればいい。お前という真実のイメージを」


P「そうして最後に辿り着いたものが真実になり、しかしそれすら偶像ともいえる」


P「偶像と真実を区別する必要なんてなかったのさ」


楓「……!?」


P「最初から、それは常に表裏一体・紙一重なのだから」





楓「プロデューサー……」


P「今は迷子でいい。迷子を楽しんでもいいじゃないか」


P「この世界はお前のものだ」


楓「……」


楓「プロデューサー」


P「……?」


楓「今のプロデューサー、かっこいいですね」


P「『今』は余計だな」


楓「そうですね」


楓「ずっと迷子でいれた方が幸せなのかもしれません」


楓「さまよって出会える幸福もある」


楓「それは、正真正銘自分自身が見つけた幸福……」





楓「プロデューサー」


P「……?」


楓「まだ解散したくないって、おっしゃってましたよね」


P「そうだな……」


P「あ、気付いたらこんな所にカラオケが(棒読み)」


P「それとも、ハシゴしたいか?」


楓「いつもの私だったらハシゴしてますけど」


楓「今夜は、歌いたい気分です」


P「アイドルの歌声を間近で聴けるなんて、ファンに見られたら殺されるな」


楓「何を言ってるんですか」



楓「あなたが私の一番のファンでしょう?」



P「……これは一本取られたな」


P「さて、参りますか」


楓「ええ」





 [数分後]



楓「♪天上天下繋ぐ花火かな とこしえと刹那のであ~い♪」


楓「あぁー♥」


P「♪忘るまじ 忘るまじ 忘るまじ♪」


P・楓「「♪わーれらの夏をー♪」」





 [数時間後]



P「――ッ!?」ガバッ


P「こ、ここは……」


楓「あ……。おはよーございます」


P「おはよう……?」


楓「すみません。私、プロデューサーの肩を借りて眠ってました……」


P「いや、そんなことは――しまった!!」


P「もう5時かッ!?」


楓「♪一本満足、一本満足♪」


P「そんなこと言っとる場合かッ!!」


P「――頭痛ぁいッ!?」


P「くそ、酔って調子に乗ってカラオケでオールして……」


P「気付けば朝の5時……」


P「なんてこった……。休日ならともかく、今日も仕事だぞ……」


楓「まぁ、とりあえず帰ってシャワーですね」


P「お前も今日仕事なのに、よくそんな悠長にしていられるな」


P「くそっ、とりあえずカラオケを出るぞ……!!」





 [数時間後]


P「はぁー……。頭いてぇ、眠い……」


ちひろ「プロデューサーさん、大丈夫ですか? 顔色が優れないようですが」


P「いやぁ、昨夜飲みすぎちゃって……」


ちひろ「あら、珍しいですね」


P「まだまだ若いと言われても、さすがにもう学生みたいなノリは無理なことに気付かされました。これからはもう歳相応な俺に戻ります……」


ちひろ「そうですね、無理は禁物ですからねぇー。私もこの間――」





楓「おはようございます」


ちひろ「あら楓さん、おはようございます」


楓「おはようございます、ちひろさん」


P「おはよう」


楓「おはようございます、プロデューサー」


楓「今日も一日頑張りましょう」


P(こいつ、オールしたのにピンピンしてやがる……)


P「これが若さか……」



楓「昨夜はありがとうございました♪(小声)」





楓「今夜も、是非日高屋へ――」


P「行くかボケェッ!!」




 彼女という人間は、長く短い夜の幻である。
 俺は、そんな夜の迷子に惑わされている。










ありがとうございました。


これが若さか…

楓さんの声でさすプロって言うと違和感無いな


ちょっと日高屋行ってくる

日高屋ってラーメン屋?戦車母娘とは関係ないよね


若さっていいな……

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