【モバマス】龍崎薫「せんせぇはやさしいのに……」 (482)


P「………」

カタカタ

ちひろ「(プロデューサーさんが来てから数ヶ月。未だにこの人のことが分からない)」


ちひろ「(あまり喋らず、アイドルとも最低限の会話しかせず、寡黙と言うか素っ気ないと言うか)」


P「………」ウーン


ちひろ「(冷たい。わけではないけれど、打ち解けようとか思わないのかしら?)」


ちひろ「(アイドルの子達も距離を測りかねているようだし、ちょっと不安だわ……)」


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ちひろ「(と言うか、私がやっていけるのか不安だわ。少しくらい、話してくれればいいのに)」ジー


P「千川さん、どうしました?」


ちひろ「い、いえっ。何でもありません」


P「そうですか」


ちひろ「(そうですかって……もうちょっと何かあるでしょう。具合悪いんですか、とか!)」


P「………」カタカタ


ちひろ「(プロデューサーさんにそんなつもりはないのでしょうけど、この沈黙が非常に辛いんです……)」


P「お先に失礼します」


ちひろ「は、はい(仕事に関しては言うことなし、とっても真面目で誠実だ)」


ちひろ「(あまり会話がないとは言え、それを知っているからアイドルの子も私も信頼している)」


ちひろ「(けれど、どんな人なのか掴めない。分かっているのは、既婚者であることくらいだ……)」


P「………」コツコツ


ちひろ「あのっ!」


P「何か?」


ちひろ「えっと……」タジ


P「ああ、先程の資料ですか?あれでしたらーー」


ちひろ「いえ、そうではなくてですね。そのぉ」


P「?」


ちひろ「……お話、しませんか?」


P「それは業務に関係のあることですか?」


ちひろ「あります(主に私の胃が保たない)」


P「そうですか、分かりました。それで、お話とは?」


ちひろ「その、一部アイドルがプロデューサーさんを……怖がっているみたいで」


P「具体的にどのように怖がられているのですか?」


ちひろ「近付き難い、とかですかね」


P「それはそうでしょう。家族や友人ではないのですから」


ちひろ「中にはプロデューサーさんと仲良くなりたい子もいるんですよ?」


ちひろ「それに、顔を合わすたびに緊張していては、お仕事にも支障が出る恐れがあります」


P「……なるほど」


ちひろ「はい。ですから、もう少し打ち解けた方がいいのではないか、と思いまして」


P「打ち解ける、ですか……」


P「そうは言っても、多感な年頃の女性が多いですから、難しいですね……」


ちひろ「(確かに)では、大人の皆さんとはどうです?」


P「色々ありまして、最近は上手く行ってません」


ちひろ「えっ!? 何があったんですか?」


P「千川さんの体重は?」


ちひろ「えっ、何ですか急に!」


P「と言うような、業務とは全く関係のないことを聞かれたので以前より距離を取りました」


ちひろ「な、なるほど。私生活のことを聞かれた、とかですか?」


P「ええ、まあ。そのような感じです。千川さんだって嫌でしょう?」


ちひろ「それはそうですよ。いきなり体重を聞かれたら誰だって嫌です」


P「でしょう? それで注意したのですが酔っている方から、しつこく聞かれまして」


ちひろ「(あまり聞きたくないけど)どうなったんですか?」


P「詮索するな」


ちひろ「」ビクッ


P「と、少しばかり怒鳴ってしまいました」


ちひろ「(怒鳴ると言うより冷淡な声。でも、プロデューサーさんが怒るなんて相当よね)」


ちひろ「(前に薫ちゃんがパソコン弄っても怒らなかったし、疲れて眠った仁奈ちゃんを仮眠室まで抱っこしてあげたり)」


P「あの、千川さん?」


ちひろ「あっ、すいません。差し支えなければ、どんなことを?」


P「妻のことで、ちょっと」


ちひろ「それはその、あまり深くは……」


P「ええ、聞かないでくれると助かります」


ちひろ「(プロデューサーさんの奥さんか、確かに気になる……)」


ちひろ「(既婚者と言ってもまだ若い、大人組は興味津々のはず)」


ちひろ「(かなり酔っていたらしいし、夜のことを聞かれたとか? それなら怒ってもーーー)」


ガチャ


東郷あい「……おや? 珍しい光景だね」


ちひろ「あいさん、どうしたんです?」


あい「彼に用があってね」チラッ


P「………何か」


あい「……先日は、申し訳なかった」ペコリ


P「貴方が僕に対して謝罪するようなことをした覚えはありません。謝罪とは謝罪すべきことをした者がするべきでは?」


あい「それが出来ないようだから私が代わりに謝罪しているんだ……あの場には私もいたからね」


P「謝罪出来ない? それはどういう?」


あい「あまりにも軽率な言動をしてしまったものだから、合わす顔がないようなんだ」


P「だから代わりに謝れと?」


あい「それは違う。あの場にいながら止めなかった私も同罪だ」


P「…………」


あい「……許しては、くれないだろうか?」ペコリ


P「東郷さん、頭を上げてください。僕も少しばかり意固地になっていました……申し訳ありません」


あい「君が謝ることはない……その、出来ればだが、彼女達と話して欲しい」


あい「よほど後悔しているのか、あの日から飲酒量が増えているんだよ」


ちひろ「(うわぁ、駄目大人じゃないですか……)」


あい「酒に逃げずに謝った方が良いと言っているんだが、かなり堪えている」


あい「悪いのは彼女達なんだが、見ている側からすると気の毒でね……」


P「……分かりました。後日、話してみます。では、お先に失礼します」


ガチャ パタン


あい「………はぁ」


ちひろ「あの、何があったんですか?」


あい「……数日前、早苗さんや楓さんが彼の妻について聞いたんだよ」


ちひろ「それは先程プロデューサーさんから聞きました。そこから何が?」


あい「これから話すことは口外しないと約束してくれるかい? 絶対に、だ」


ちひろ「わ、分かりました」


あい「……彼は、妻を亡くしている」


ちひろ「えっ!? だって指輪をして……」


あい「そうだね……」


あい「それでも指輪をしているのは、きっと何かを抱えているからだろう。誓いのようなものかもしれない」


あい「あの時は、私も好奇心に負けてしまってね。止めるどころか聞き耳を立てていたよ」
 

ちひろ「誓い、ですか……」


あい「私の想像だけどね。ともかく、彼女達はそれを茶化してしまったんだよ」


あい「彼女達にそんなつもりはなかっただろうが、彼はそう受け取ったんだろう」


ちひろ「どういうことです?」


あい「妻のことをしつこく聞かれ、彼は苦笑しながら、妻は亡くなったと言った」


あい「その時はまだ怒ってなどいなかった。堪えていただけかもしれないが」


ちひろ「………」


あい「当然、皆は口を噤んだよ。そこで終わっておけば良かったんだが……」


ちひろ「まだ何か?」


あい「酔っていたせいか、変わらぬ愛の証だとか素敵だとか、騒ぎ出してしまってね」


ちひろ「プロデューサーさんはそれを茶化されたと?」


あい「素面なら問題なかったかもしれないが、泥酔した人間に言われれば誰しもがそう思うさ」


ちひろ「それで、怒ったんですね」


あい「怒ったと言うより、私達に幻滅したと言った様子だったよ。あの目は流石に堪えた……」


あい「そして皆が押し黙る中、冷ややかな声で「これ以上、干渉するな」とだけ言い残して店を出た」


ちひろ「……そうだったんですか」


あい「本来は親睦を深める為のものだったんだが……彼には本当に申し訳ないことをしたよ」


ちひろ「き、きっと許してくれますよ! 根は優しい人ですから!」


あい「……果たしてそうだろうか」ポツリ


ちひろ「えっ?」


あい「いや、何でもない。私もそろそろ失礼するよ」


ガチャ パタン


ちひろ「あまり長引かないといいけど……プロデューサーさんは大人ですし、きっと大丈夫よね。さて、仕事仕事」

また明日書きます。胸糞展開はないと思います。


数日後

P「もしもし。はい、はい」


ちひろ「(内容が内容だけに、例の数名とは元通りとまでは行きませんでした)」


ちひろ「(そもそも、それほど仲が良かったわけでもないので元通りも何もないですが……)」


P「ええ、ええ。分かりました。では、失礼します」ピッ


ちひろ「(プロデューサーさんはいつも通りだ)」


ちひろ「(例の方々とどんな会話をしたのかは分からないですが、事務所では何事もなかったかのように接しています)」


ちひろ「(ですが……)」


P「片桐さん」


早苗「な、なに?」


P「そろそろダンスレッスンの時間です。ライブも近いので体には気を付けて下さいね」


早苗「う、うん。ありがとう……じゃあ、行ってくるね」


ちひろ「(大人組の皆さんは、そうも行きませんでした)」チラッ


楓・瑞樹・美優・留美「…………」ズーン


ちひろ「(今でも気にしているようで、プロデューサーさんと顔を合わすたび申し訳なさそうにしています)」


ちひろ「(その様子を見た年長組の皆さんは、少々困惑しているようでした)」


凛「何日か前からあんな感じだけど、何かあったの?」ヒソヒソ


加蓮「飲み過ぎて怒られたとかじゃない?」


奈緒「いやいやいや、それだけで『ああ』はならないだろ」


凛「だよね。あれは絶対に何かあるよ」


加蓮「でもさ、ちひろさんも何も知らないって言ってたじゃん」


奈緒「……あんまり詮索しない方がいいのかもな。プロデューサーはいつも通りだし」


凛「でも、気になるよね」


加蓮「と言うわけで奈緒、プロデューサーに聞いて来てよ」


奈緒「どういうわけだ!」


ちひろ「(と、このように、私から事情を説明するわけにもいかず、最近はこの調子です)」


ちひろ「(プロデューサーさんに悪い噂が立つようなことはありませんでしたが、空気が重いのです)」


ちひろ「(普段は元気いっぱいな年少組も、いつもと違う事務所の空気を察したのか、ここ最近は大人しい)」


ちひろ「(正直、胃が痛いです。誰か、この重苦しい雰囲気を変えて下さい)」


P「……」ウーン


ちひろ「(この嫌な流れを変えて下さい。誰でも構いません。神でも、悪魔でも……)」


トテトテ

薫「ねえ、せんせぇ」


P「ん? 薫か、どうしたの?」


薫「……けんか、してるの?」


ちひろ「(か、薫ちゃん!その質問はーー)」


P「う~ん……喧嘩した後、かな。僕もお姉さん達も反省してるんだ」


ちひろ「(あ、優しい声だ……)」


ちひろ「(それはそうか、相手は子供ですもんね。薫ちゃん、その調子で何とかしちゃって下さい。お願いします)」


薫「じゃあ、仲直りしたの?」


P「勿論だよ。お姉さん達とはきちんとお話しして、お互いにごめんなさいしたからね」

薫「……でも、かなしそうだよ?」チラッ


楓・瑞樹・美優・留美「…………」ズーン


P「すぐには無理なんだ。大人の仲直りはちょっと難しいんだよ。時間が経てばーー」


薫「あくしゅ!」


P「えっ?」


薫「あくしゅすると、仲直り出来るよ?」ニコッ


ちひろ「(す、凄い! これは子供だからこそ為せる業。よしっ、これで何かが変わるはず!)」


P「握手か……」


薫「そう、あくしゅ。学校だとあくしゅして仲直りするんだよ?」


P「……握手したら、お姉さん達と仲直り出来るかな? お姉さん達は、『これまで通り』にしてくれるかな?」


ちひろ「(それは一見して微笑ましいやり取り)」


ちひろ「(でも私には、プロとしてしっかりしろと釘を刺しているように聞こえました)」


ちひろ「(事情を知っているからか、いつまでも引き摺るなと言っているようにも……)」


ちひろ「(『これまで通り』に含まれた意味は、干渉するなと言うことでしょう)」


ちひろ「(プロデューサーさんは、この場で線引きをはっきりとさせたのです)」


薫「せんせぇ? どうしたの?


P「薫は物知りだなぁと思って感心してたんだ。仲直りの方法を教えてくれてありがとう」


ナデナデ


薫「えへへ」


P「じゃあ、仲直りしてくるよ」


ちひろ「(そう言って優しく微笑んだプロデューサーさんは、落ち込む彼女達と握手を交わしました)」


ちひろ「(私からみれば、それは仲直りなどではなく、プロデューサーさんからの無言の通告)」


ちひろ「(あくまで仕事上の間柄、踏み込んでくるなと、詮索するなと、念を押しているようにしか見えませんでした)」


夜 事務所


P「(よりによってブライダルモデルの依頼か)」


P「(出来ることなら彼女達に頼みたいところが、今の彼女達に頼むのは気が引けるな)」


ちひろ「どうしました? 珍しく悩んでいるようですが……」


P「実は人選に悩んでいまして」


ちひろ「人選? 新しいユニットですか?」


P「いえいえ、違いますよ。今日の昼間に電話があったでしょう?」


ちひろ「あ、仕事の依頼ですか?」


P「ええ、ブライダルモデルの頼みたい。人選はそちらで決めてくれ、とのことでした」

>>39訂正
P「ええ、ブライダルモデルを頼みたい。人選はそちらに任せる、とのことでした」


ちひろ「(な、何て間の悪い!)」


ちひろ「(でも、ここで反応しちゃいけない。何も知らないフリをしないと……)」


ちひろ「大人組に頼んでみてはどうです? 和久井さんや川島さんとか」


P「先方は、出来れば母性がある方が良いとか何とか言っていまして……」


ちひろ「それはまた……何とも漠然とした注文ですね。母性のない女性なんていないでしょうに」


P「そうですね。ですから、見た目は柔和で優しそうな方に頼もうかと思っていました」


ちひろ「(なるほど、見た目『は』ですか)」


ちひろ「(プロデューサーさんの中で大人組に対する見方は出来上がってしまったようですね。悪い意味で……)」


P「あ、そうだ。千川さんがやってみます?」


ちひろ「えっ!? 無理無理!無理ですよ! 大体、私はアイドルじゃないですから!」


P「冗談ですよ」サラリ


ちひろ「……分かりにくい冗談は止めて下さいよ。というか、冗談言うんですね」


P「冗談くらい言いますよ。僕を何だと思っているんですか?」


ちひろ「(ちょっと突っ込んでみよう)仕事には真面目だけど、付き合いが悪くて取っ付きにくい人。ですかね」


P「………」ピクッ


ちひろ「(あっ、これは駄目なやつだ! ど、どうしよう、怒られーーー)」


P「あははっ!」


ちひろ「(えっ?)」


P「それはよく言われます。最近は別部署の方に付き合いが悪いと言われたばかりです」

P「あまりお酒が飲めないので遠慮しているだけなのですが、そう見えるのでしょうね」


ちひろ「………」ポカーン


P「?」


ちひろ「……笑ってる顔、初めて見ました」


P「そうですか?」


ちひろ「そうですよ」


P「以前、千川さんに打ち解けるように言われてからは態度を改めたつもりだったんですが……」


ちひろ「(そうだったんだ)何か変わりました?」


P「……そうですね。あ、そう言えばこの前、三村さんにシュークリームを頂きました」


ちひろ「へ~、良かったじゃないですか。他の子はどうですか?」


P「渋谷さんは犬の写真を見せてくれましたね。神谷さんには最近のアニメを教えてもらったり」


P「北条さんには爪に何かを塗られそうになったので逃げました。彼女なりの冗談だったようですが……」


ちひろ「あら、見ない間に随分と仲良くなったんですね」


P「自分でも意外に思います」


P「あまり近付くと鬱陶しいかと思い、極力干渉しないようにしていたんですが……分からないものですね」


ちひろ「(そんな風に考えていたんだ……)」


ちひろ「(人付き合いが下手。なわけではないんだ……なら、何で今まで……)」


ちひろ「(と言うか、初めてプロデューサーさんの本音を聞いた気がする。印象変わるなぁ)」


P「……皆、個性的で良いアイドルです」


P「堂々とステージに立つ姿を見ていると、とても誇らしく思います」


ちひろ「今の言葉は、是非本人達に言ってあげて下さい。きっと喜びますよ」


P「それはもう少し大きなステージに立ってからにします。満足されては困りますから」


ちひろ「少しくらい褒めても満足しませんよ。言いたいことは、きちんと言わないと駄目です」


P「そうかもしれませんね。ですが、言わなくて良いこともあります」


P「後先考えずに口にした言葉が、誰かを深く傷つける結果になるかもしれない」


P「言葉は、大事にしないと駄目です」


ちひろ「(……これは例の一件を言っているのかしら。それとも、プロデューサーさん自身の心構え?)」


P「さて、そろそろ仕事の話に戻しましょうか」

IDが変わっていますが>>1です。続きを投下します。


ちひろ「そ、そうですね」


P「ブライダルモデルの件ですが、本来であれば三船さんに頼んでいるところです」


P「ですが、今の状態では先方が納得するような仕事は出来ないでしょう」


ちひろ「(惚けよう)私は適任だと思いますよ。何故、美優さんでは駄目なんですか?」


ちひろ「大人組と何かあったようですが、薫ちゃんのお陰で仲直り出来たじゃないですか」


P「………」


ちひろ「(ちょっと露骨だったかな)」


ちひろ「(でも、プロデューサーさんの本心を知りたい。そうすれば、彼女達をフォロー出来るかもしれない)」


ちひろ「(自業自得とは言え、あんな顔を見るのは私も辛い……)」


P「詳しくはお話出来ませんが……」


ちひろ「それでも構いません。話して下さい」


P「……過ぎたことだから気にしないようにと言ったんですが、上手く伝わらなかったようです」


P「僕自身はもう気にしてはいないのですが、どうも彼女達の方が重く受け止めているようで……」


ちひろ「(本当に困ってる。じゃあ、昼間に思ったことは私の勘違い?)」


P「そう考えると、昼間の握手は強引でしたね。もう少し話してみるべきだったかもしれません」


ちひろ「(やっぱり、あれは私の勘違いだったんだ)」


ちひろ「(プロデューサーさんは、本当に仲直りするつもりで握手をしたのかしら?)」


ちひろ「……あの、何で握手をしたんですか?」


P「あの時に握手をしなかったら、薫が泣いていたかもしれないので……」


ちひろ「(優しい人で良かった。あいさんはあんなこと言ってたけど、気にしすぎですよ)」


P「千川さん?」


ちひろ「はい、聞いてますよ。彼女達には、私の方からそれとなく話してみます」


P「本当ですか? 助かります……」ペコリ


ちひろ「いえいえ」


ちひろ「それで、他にブライダルモデルの候補はいるんですか?」


P「安部さんはどうでしょうか?」


P「他の子と比較すると、母性と言うか安心感や安定感が桁違ーー」


ちひろ「菜々さんは17歳です。菜々さんにはまだ早いですよ」


P「……そうでしたね。千川さんは誰が良いと思いますか?」


ちひろ「そうですねぇ……母性、母性ですか……う~ん……」


ちひろ「あっ! でも、イメージ的にこのお仕事はちょっと合わないかも……」


P「構いません。思い浮かんだのは誰ですか?」


ちひろ「えっとーーー」


翌日朝 事務所

あい「……君は本気。いや、正気かい?」


P「ええ、僕は正気で本気です」


あい「自分で言うのも何だが、私が持たれているイメージを分かった上で言っているのかな?」


P「勿論です。僕は、これは東郷さんの可能性を拡げる良い機会だと考えています」


P「この雑誌はファッション誌に近い。より多くのファンを獲得出来るはずです」


P「正直に言うと意外性を狙っている部分もあります。ですが、それだけではありません」


あい「どういうことかな?」


P「これを見て下さい。千川さんにお借りしたものです」スッ


あい「私と薫の写真? これがどうかしたのかい?」


P「千川さんはこの写真を見て、貴方に母性を感じたと言っていました。それで東郷さんにーーー」


あい「君は」


P「?」


あい「君はどう思う? 先方は母性ある女性と言ったのだろう?」


あい「プロデューサーである君は、私が適任だと本気で思っているのか。私はそれを聞きたい」


P「本気です」


あい「……分かった。そこまで言うなら引き受けよう」


P「ありがとうございます」


あい「……何かしらの形で詫びをしなければ、私の気が済まないからね」ポツリ


P「何か?」


あい「いや、何でもないよ。それより、これから顔を見せに行くのかい?」


P「ええ、出来るだけ早い内に衣装合わせなどをしたいとのことなので……急で申し訳ありません」


あい「構わないよ」


P「では、行きましょう。昼前には着くはずです。ところで、朝食は?」


あい「……えっ?」


P「何か変なこと言いましたか? 朝食は食べましたかと聞いただけですが……」


あい「い、いや、まだ食べていない」


P「そうですか。では、途中で何か買いましょう。血色が悪いと印象も悪いでしょうから」


あい「…………」


P「どうしました?」


あい「何でもない。勝手に勘違いしただけさ。さあ、そろそろ行こう」ツカツカ


P「そうですね。千川さん、ちょっと出ます。何かあれば連絡して下さい」


ちひろ「は、はい、分かりました。気をつけて」


ガチャ パタン


ちひろ「……あの二人、大丈夫かしら。何もないといいけど……」


移動中 車内

P「………」


あい「………」


P「………」


あい「……薫から聞いたよ」


P「薫から? 何をですか?」


あい「彼女達と握手して仲直りしたそうじゃないか」


P「仲直り出来たかどうか分かりませんが、握手はしましたね」


あい「……本当に許したのか、それともその場限りのことなのか。そこを聞かせてくれないか」


P「許すも何も、なかったことです。彼女達は何もしていない、僕も何も言っていない」


P「傷付けた人間も、傷付いた人間もいない。それで終わりです」


あい「君は感情を表に出すのが苦手なのか? それとも感情を表に出さないようにしているのか?」


P「……今日は、よく喋りますね」


あい「君という人間が分からないからだよ。信頼関係とは理解することから始まる。違うかい?」


P「他人の過去を知りたがるのも理解したいからですか? 僕には配慮の足りない好奇心とかしか思えませんでしたよ」


P「それから、僕の過去が信頼関係の構築に繋がるとは到底思えません。違いますか?」


あい「それはーーー」


P「僕は、東郷さんの過去の恋愛に興味はありません。東郷さんだけでなく、アイドル全員です」


P「僕と貴方達アイドルは家族でも友人でも恋人でもない。これは、仕事です」


P「もし仮に、僕の過去が皆さんの人気向上に繋がるのであれば、喜んでお話ししますよ」


あい「っ、聞いてくれ。私が言いたいのはそういうことじゃない」


P「なら、どういうことですか?」


あい「過度な詮索や接触をしろと言っているわけじゃないんだ。何と言えばいいかな……」


P「………」


あい「……もう少し、寄り添ってあげてもいいんじゃないか?」


P「薫や仁奈ならまだしも、貴方達は子供じゃない。お酒の飲める立派な大人じゃないですか」


あい「随分と、嫌味な言い方をするんだね……」


P「嫌味ではなく事実です」


P「誤解しないで下さい。僕はただ、責任を持った行動をして欲しいと言っているんです」


P「お互いに責任を持って全力で仕事に取り組む。そして成功させる。これが僕の理想なんです」


P「その為なら、僕は最大限出来る限りのことをするつもりです。何があっても、誰に対しても……」


あい「……私に対しても、かい?」


P「ええ、勿論」


あい「なら、笑わせてくれないか。こんな顔で現場に行くわけにはいかないだろう?」


P「はい?」


あい「出来ないのかい?」


P「いや、急にそんなことを言われても………ああ、そうだ。僕の鞄を取って下さい」


あい「えっ?」


P「ほら、早く」


あい「わ、分かったよ」


P「鞄の中に青いファイルがあります。開けて見て下さい。きっと笑顔になれますよ」


あい「本当にいいのかい?」


P「ええ、構いません」


あい「そ、そうか……青いファイル、青いファイル。えっと、これかな?」


P「あ、はい。それですね」


あい「…………これは、似顔絵?」


P「ええ。どうやら、それが薫から見た僕みたいです」


あい「フフッ、一生懸命書いている姿が目に浮かぶよ。先生へ、か……」


P「どうですか?」


あい「毒気を抜かれたよ。君に突っ掛かっていた自分が馬鹿らしく思えてきた……」


P「顔が戻ってますよ。せっかく笑顔になれたんですから、笑っていて下さい」


あい「……これは、いつ頃?」


P「つい最近です」


あい「最近? 似顔絵の隅に小さく書いてある日付は二ヶ月前のようだが」


P「……意外と意地悪なんですね。分かってて聞いたでしょう」


あい「フフッ、すまないね。でも……」


P「何ですか?」


あい「君はきっと、良い旦那様だったのだろうと、そう思ったんだよ」


P「……そうだと良いですね。もう聞くことは叶わないので何とも言えませんが」


あい「渡された似顔絵に日付を書いて大事に保管している男性を、悪い旦那だと思う女性はいないよ」


P「そうですかね」


P「案外気味悪がられたりしそうですけど……皆には言わないで下さいね。恥ずかしいので」


あい「言わないさ。誰にもね」


P「そうですか。それは助かります」


あい「……………今回の仕事、上手く行くだろうか?」


P「上手く行かせますよ。必ず」


夕方 事務所


ちひろ「(ちょっと遅いですね)」


ちひろ「(スケジュール調整はしてくれていたので問題はありませんでしたけど……)」


ガチャ


ちひろ「あっ、お帰りなーーー」


あい「………」


ちひろ「(あれ、何か様子がおかしい)あの、あいさ………!!?」


ちひろ「あいさん、目が真っ赤ですよ!? 大丈夫ですか?何があったんですか!?」


P「千川さん」


ちひろ「あ、プロデューサーさん。一体何がーー」


P「急で申し訳ありませんが東郷さんをお願いします。落ち着くまで傍にいてあげて下さい」


ちひろ「え、えっ? ちょ、ちょっと!」


P「ブライダルモデルの件を少し考え直さなければならないので、僕はこれで失礼します」


ガチャ パタン


あい「………」


ちひろ「……あいさん、取り敢えず座りましょう?」


あい「…………」コクン


ちひろ「(あいさんが語り始めたのは、それから暫くしてのことでした)」


ちひろ「(泣いていた原因は、向こうの担当者からの心ない言葉だったようです)」


ちひろ「(プロデューサーさんが紹介したところ、呼んだのは新郎役じゃないと言われたとか)」


ちひろ「(そこからは女性であることを否定するような言葉……数々の暴言を受けたそうです)」


ちひろ「(聞くに堪えない暴言に、周囲で聞いていた子達も唖然としていました)」


ちひろ「(ですが、それは一瞬で怒りへと変わり、その矛先はプロデューサーさんにも向きました)」


ちひろ「(何故、何も言わずに置いていったのか。こんなことを言われても、代役を用意して撮影するのか……)」


ちひろ「(あいさんはか細い声で否定していましたが、その声が届くことはありませんでした)」


ちひろ「(遂には抗議の電話を掛けるべきだとか何とかで大騒ぎになってしまい……)」


ちひろ「(レッスンで事務所にいた早苗さんや美優さん楓さんの大人組と私で、どう収拾を付けるか慌てていた時……)」


ちひろ「(その子は、立ち上がったのです)」


薫「せんせぇはそんなことしない!」


薫「せんせぇはやさしいから! ぜったいぜったい、そんなことしないっ!」


薫「せんせぇが言ってたんだよ!?」


薫「天国のおよめさんに、やさしい人になる約束したって!!」


ちひろ「(目尻に涙を浮かべ、小さな体から振り絞るように声を出している姿)」


ちひろ「(何より最後の一言は、冷静さを失った皆を黙らせるには十分なものでした)」


薫「ん~」


あい「……薫、ありがとう」


ちひろ「さっきので一気に疲れたんでしょうね。でも、薫ちゃんのお陰で助かりましたよ」


あい「そうだね……」


ちひろ「(あの後、彼にはきちんと考えがある。君たちが思っているようなことはない)」


ちひろ「(あいさんがそう告げると、一人、また一人と事務所から出て行きました)」


ちひろ「(特に最後の一言が衝撃的だったようで、皆一様に複雑な表情をしながら……)」


あい「しかし、まさか薫に話していたとは思わなかったよ」


ちひろ「私も驚きました。仮眠室で聞いたと言っていましたね」


あい「眠る直前に聞いたんだが、一人でいるのは寂しいからと、薫が眠るまで傍にいてあげたようだ」


あい「その時に指輪を見て、気になったから聞いたらしい。先生と二人だけの秘密、そう言っていたよ」


ちひろ「無邪気って凄いですね……」


あい「子供は疑問に真っ直ぐだからね」


ちひろ「………あいさん、プロデューサーさんは何と言っていたんですか?」


あい「彼は最後まで担当者と揉めていたよ」


あい「そっちが任せると言った以上、代役は有り得ない。そう言って車に乗ったんだ」


あい「私はそこまでしなくても良いと言ったんだが、これは私の為の仕事だからと言って聞かなかった」


ちひろ「………プロデューサーさん、何をしているんでしょうね」


あい「分からない。ただ、このままでは代役を立てるか仕事を断るしか方法はないと思う」


ちひろ「…………」


ガチャ


P「……東郷さん、いてくれて良かった」


あい「えっ?」


ちひろ「あっ、プロデューサーさん……」


P「千川さん、ありがとうございます。それから、ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」ペコリ


ちひろ「い、いえっ、そんな……頭を上げて下さい。と言うか、何で事務所に?」


P「仕事の話がまとまりましたので、その報告に来ました」


あい「………」


ちひろ「えっ、でもまだ……」チラッ


あい「いいんだ。ちひろさん、申し訳ないが少し外してくれないか」


ちひろ「分かりました。じゃあ、薫ちゃんは私がーー」


薫「んっ。あっ、せんせぇ……」


P「……薫もいたのか、丁度良かった。そのままでいいから話を聞いてくれないか」


ちひろ「(何だか分からないですけど、外した方が良さそうですね)」ソソクサ


P「薫、眠いなら寝てもいいんだよ? あいお姉ちゃんとは静かにお話しするから」


薫「ううん、起きてる……せんせぇ、あのね?」


P「ん? どうしたんだい?」


薫「かおるね、約束破っちゃったの。ごめんなさいっ……」


P「……そっか」


薫「おこらないの?」


P「まさか、怒ったりしないよ。何か理由があったんだろう?」


薫「う、うんっ!」


P「なら、それでいいんだ」


ナデナデ


薫「えへへ……でも、ほんとにいいの?」


P「薫が間違ってないと思うなら、それでいいんだよ……」


あい「………」


P「さて、次は僕の話を聞いてくれるかな?」


薫「はーい」


P「ありがとう」


あい「……それで、仕事の話とは? 君は先ほど『まとまった』と言っていたね」


P「ええ、東郷あいは下ろさない。ただ、アイドルを一人追加させて欲しいと言って話を決めました」


あい「追加?」


P「はい、追加です」


あい「美優さんか楓さん辺りかな?」


P「向こうもそう思っているでしょうね。ですが違います。もう一人は、薫です」


あい「馬鹿な。そんなこと認められるわけがーーー」


P「いえ、認めさせます。この仕事は僕と東郷さんと薫で成功させるんです」


薫「かおるは? かおるは何をするの?」


P「薫には、あいお姉ちゃんの隣にいて欲しいんだ。一人は寂しいだろうからね」


薫「それだけ? あいお姉ちゃんといっしょにいればいいの? お仕事なのに?」


P「そう、一緒にいるだけでいいんだ」


P「だけど、これはとっても大事なことなんだ。薫、僕とあいお姉ちゃんを助けてくれないか」


薫「うんっ、いいよ!」ニコッ

また明日書きます。ありがとうございました。


あい「君は」


P「?」


あい「君は何故、そこまで私を? 素直に代役を立てた方が楽に済むはずなのに」


P「どんなアイドルを起用するかはそちらに任せる。そう言ったのは向こうです」


P「そう言っておきながら、あんな理不尽な理由で約束を反故するようなことがあってはならない。違いますか」


あい「……君は冷静さを欠いているんじゃないか? 意地になっているようにも見える」


あい「こんなことは言いたくないが、以前の君は冷たいくらいに冷静で、熱くなるタイプではなかった」


P「……そうかもしれせんね」


あい「なのに何故、そこまで拘るんだ?」


P「以前にもこういったことはありましたが、今回のように酷く侮辱されたのは初めてです」


P「だから認めさせたい。東郷あいというアイドルを、貴方の持つ魅力を見せてやりたい」


P「貴方は素晴らしいアイドルです。僕はそう断言出来る。だから……」


P「あんな偏った見方しか出来ない人間に、東郷あいはこんなものではないと分からせたい」


あい「………」


P「不快な想いをしたばかりで気乗りしないとは思います。ですが、その上でお願いします」


P「どうか、最後まで付き合って下さい。僕の、我が儘に……」


あい「………馬鹿だな、君は。そんなことを言われたら、断れるわけが……ないだろう……」


薫「あいお姉ちゃん? だいじょうぶ?」サスサス


あい「心配しなくても大丈夫だよ。これは、嬉しくて泣いているだけだから……」


P「……………」


薫「せんせぇ」


P「ん?」


薫「かおるにはむずかしくて分からなかったけど、せんせぇはあいお姉ちゃんが大好きなんだね」ニコッ


P「ああ、僕はあいお姉ちゃんが大好きだ。だから、負けて欲しくないんだよ。何があっても」


あい「!!」


薫「大好きだって!」


あい「あ、ああ、そうだね。とても嬉しいよ」


薫「ねーねー、あいお姉ちゃんは?」


あい「え?」


薫「あいお姉ちゃんは、せんせぇのこと好き?」


あい「………好きだよ。大好きに決まってる」


薫「せんせぇ、大好きだって!」


P「うん、ちゃんと聞いてたよ」ニコッ


薫「うれしい?」


P「勿論。あいお姉ちゃんに大好きって言われて嬉しくない人なんていない」


薫「そっかー、えへへっ」


P「……薫も、あいお姉ちゃんが大好きなんだね」


薫「うんっ、あいお姉ちゃんもせんせぇも大好きっ!」


P「そうか……」


あい「………」


P「…………ん? もう、こんな時間か。薫を送らないとな」


ちひろ「あ、薫ちゃんなら私が送りますよ?」ヒョコ


P「……千川さん」


ちひろ「お二人にはまだ話すべきことがあると思いますので……薫ちゃん、行きましょう?」


薫「えーっ……」


P「薫、実はまだお仕事の話は終わっていないんだ。また今度、沢山お話ししよう」


薫「ほんとっ!?」


P「約束するよ。だから、今日はもう休みなさい」


P「いいね?」


ナデナデ


薫「えへへ……うん」


ちひろ「(……何だか、本当にお父さんみたい)」


ちひろ「さ、薫ちゃん、行きましょう?」


薫「はーい!」


ちひろ「じゃあ、送ってきますね」


P「千川さん、ありがとうございます」


ちひろ「いえいえ」


薫「あいお姉ちゃん、せんせぇ、おつかれさまでー!!」


P「うん。お疲れさま、薫」


あい「薫、お疲れさま。ありがとう」


ガチャ パタン


あい「………」


P「………」


あい「……一つ、気になったことがあるんだ。聞いてもいいかな」


P「何を聞いても構いませんが、答えるかどうかは内容によります」


あい「ついさっき、薫と話している時の君の顔は、何だか……その、悲しそうに見えた」


P「………」


あい「いや、あれは一つの感情が生み出せる表情じゃない。複雑な想いを感じた」


あい「答えなくとも構わない。ただ、何故そんな顔をするのかと疑問に思ったんだ」


P「……そこまで見えている貴方なら、僕が答えずとも分かると思います」


あい「…………そうか。では、これ以上は何も聞かないことにするよ」


P「そうしてくれると助かります」


あい「……私から話を脱線させておいて何だが、仕事の話に戻そう。何故、薫を?」


P「それは、これを見て思い付きました」ペラッ


あい「ブーケを持った花嫁、寄り添う女の子」


あい「なるほど、こういった写真も掲載されているんだね」


P「ええ、撮影はこれで行こうかと思います」


P「カメラマンの方には既に見本を見て頂いて了承は得ています」


あい「見本?」


P「見本と言っても千川さんにお借りしていた写真ですが、かなりの好感触でした」


あい「しかし、カメラマンの了承を得ても担当者は首を縦には振らないだろう」


P「でしょうね。ですから、先に撮影します。担当者抜きで、ですが」


あい「……大胆と言うか無謀と言うか、最近の君には驚かされてばかりだよ」


P「あの担当者がいてはまともに撮影も出来ない。ですから、先に撮影するんです」


P「そして、出来上がった写真を見て貰う。それで、この仕事は終わりです」


あい「あの担当者が納得すると思うのかい?」


P「心配ありませんよ」


P「首を縦に振るしかない、納得せざるを得ない、最高の写真が出来上がりますから」


あい「………はぁ、その自信がどこから来るのか、是非とも教えて欲しいよ」


P「先程も言ったでしょう。東郷あいは素晴らしいアイドルだと」


あい「私を素晴らしいアイドルだと思う。それが、自信の源?」


P「はい。だから、今回の仕事も必ず成功します」


P「これは貴方に限ったことではなく、この事務所のアイドル全員に言えることです」


P「躓くことや停滞することはあっても、前を見ている限り終わりはない。先に進める」


あい「………」


P「努力して努力して、前へ前へ……」


P「そこから更に突き進んで行くアイドル達。僕は、その姿を見ていたい」


あい「……口は災いの元と言うが、君はもっと喋った方が良い。その気持ちは言葉にして伝えるべきだよ」


P「そうですか? 口にすると安くなるような気がするんですが……」


あい「君の言葉は安くならないよ。それだけの熱意があるのなら大丈夫さ」


P「……そうですか。ありがとうございます」


あい「ところで、彼女達とは話したかい?」


P「いえ、千川さんが話してくれると言ってくれたので……」


あい「それでは駄目だよ。君自身が、君自身の言葉で話さなければ意味がない」


あい「私もそうだったが、彼女達も君のことを誤解していると思うんだ」


P「誤解?」


あい「心の冷えた人。関わりを避ける人。自分達に幻滅して突き放しているのではないか。とね」

 
P「……意外と繊細なんですね」


あい「フフッ、女性は実に繊細で面倒な生き物だよ?」ニコッ


P「貴方も、ですか?」


あい「フフッ、そうかもしれないね」


P「……上手く行くかは分かりませんが、きちんと向き合って話してみます」


あい「大丈夫。きっと上手く行くさ……」


P「あ、一つ忘れていました」


あい「?」


P「ウエディングドレスの参考資料を……ちょっと待って下さい。えっと、これになりますね」


あい「ふむ、結構な種類があるんだね」


P「大まかに分けて8種類」


P「しかし、袖の有無や裾の広がりなど細かに分類すると凄まじい量になるので省いています」


あい「そ、そんなにあるのか。知らなかったよ」


P「本来であれば、今日の現場で実物を見て判断して貰うはずだったのですが……どれが良いですか?」


あい「私が選んでいいのかい?」


P「ええ、それもこちらで選んで良いとのことです。向こうも指定された型を用意するだけで済みますからね」


P「ですので、この中から東郷さんが気に入ったものを選んで下さい」


あい「……そうは言われても、これはちょっと悩んでしまうな。色々あるようだし」


P「急がなくても良いですよ。後日、改めて実物を見てからでも遅くはないので」


あい「それでは先方に迷惑を掛けてしまう」


あい「あの担当者はどうでもいいが、カメラマンや、衣装を運んだスタッフの方々には申し訳ないことをしてしまった」


あい「あれらをまた運び直すとなれば相当なものだろう」


あい「だから、ドレスは思い切ってこの場で決めてしまおうと思う」

 
P「……そうですか、分かりました。では、この中から二つ選んで下さい」


あい「二つ、二つか……」


ペラッ ペラッ


あい「……先程は少しばかり浮かれていたが、冷静になって考えると選択肢は少ないな」


あい「8種類あると言っても、私が着られるのはこのスレンダーライン以外にないだろう」


P「もう一種類。他にはないですか?」


あい「……自分ではこれしかないと思う」


あい「どれにも言えることだが、私にはお姫様のような恰好は似合わない」


P「そんなことはないと思いますが」


あい「私の中の私はそうなんだ。だから、もう一つは君が決めてくれないか?」


P「僕が?」


あい「プロデューサーとして、東郷あいというアイドルにはどんなドレスが似合うのか、意見を聞かせて欲しい」


P「……そうですね」


あい「………」


P「マーメイドライン。これが良いかと思います」


あい「私が選んだものと、あまり形状が変わらないものだね」


P「いえ、裾の広がりが違います。これでは分からないでしょうが、印象はかなり異なる」


P「東郷さんは裾が大きく膨らんだものを避けているようなので、これにしました」


あい「…………」


P「東郷さんの意向を抜きに、個人的に着て欲しいのは、このAラインです」


あい「わ、私がこれを?」


P「これまでのイメージとは違った、新しい東郷あいを見せられると思います」


P「これにティアラやグローブなどの小物を取り入れれば、更に良くなるはずです」


P「この場合は袖なしで肩あり、露出は控え目なものが良いでしょう」


あい「(……僅かに折り目が付いている……君は、あれからずっと考えてくれていたのか)」


あい「(本当に何も知らなかったんだな。勝手にこんな人間だろう決め付けて……)」


P「このドレスを選んだ理由はもう一つあります。撮影現場は教会だけでありません」


P「海、波打ち際での撮影もあります」


P「マーメイドラインでも構いませんが、裾が膨らんでいる方が風を受けた場合に映えるかと思います」


P「……それを考慮すると、プリンセスラインも良いかもしれませんね」


P「それから、カメラマンの要望によっては撮影に費やす時間も長くなる。天候に左右されることもあるでしょう」


P「カメラマンが夕陽が欲しいとなれば、それまで待たなければならない」


P「薫がいるのであまり無理はさせないでしょうが、納得の行くものが出来るまでやってみましょう」


あい「(彼がこんなにも真摯で熱心な人間だなんて思いもしなかった)」


あい「(寄り添うべきは私達の方だったのかもしれないな。そうすれば、もっと早くにこうなれたかもしれない……)」


P「話が逸れましたね。次はドレスの色です」


P「このように様々な色がありますが、僕はやはり、純白が良いかと思います」


P「東郷さんは肌が白いですから、見劣りするようなこともないでしょう。どうですか?」


あい「…………」


P「東郷さん?」


あい「え? ああ、すまない。あまりに熱心に話すものだから、少々驚いてしまった」


P「……あの、聞いていました?」


あい「勿論、ちゃんと聞いていたよ。私は、君の意見を取り入れようと思う」


あい「撮影に使用するウエディングドレスは、マーメイドラインとAラインにする」


P「良いんですか?」


あい「これまでとは違った『東郷あい』を見せたい。君はそう言ったね」


P「ええ、それはそうですが東郷さんはーー」


あい「私も挑戦してみたいんだ」


あい「どこまでやれるかは分からないが、全力でやってみようと思う」


P「ありがとうございます」


あい「礼を言われるようなことじゃない。互いに全力で仕事に取り組む。そうだろう?」


P「それは、僕が車内で言ったことですね」


P「その、覚えてくれているのは嬉しいのですが、恥ずかしいので止めて下さい」


あい「フフッ、茶化したつもりはないんだけどね」


P「そうですか。では、仕事の話は以上で終わりです。夜も遅いですし、そろそろーー」


あい「担当者の件はどうするんだい? そう長く目を欺けるとは思えない」


P「何をしてでも、何とかします。何も心配はいりませんよ」


あい「…………」


P「その辺りの調整も含めて、撮影日が決まり次第、連絡します」


あい「了解した。ただ、無茶な真似はしないでくれ」


P「分かりました。では、僕はこれで失礼します。送りましょうか?」


あい「いや、私はちひろさんが事務所に戻って来てから帰ることにするよ」


P「そうですか。では、お先に失礼します」


あい「今日は済まなかったね。色々と」


P「……そんなことはありません。では」


あい「ああ、お疲れさま」


P「お疲れさまです」


ガチャ パタン


あい「やれやれ、素っ気ないのは相変わらずか。少しくらい粘ってもいいだろうに……」


P『はい。だから、今回の仕事も必ず成功します』

P『これは貴方に限ったことではなく、この事務所のアイドル全員に言えることです』

P『躓くことや停滞することはあっても、前を見ている限り終わりはない。先に進める』


あい「ふぅ、どうやら彼の熱に当てられたようだ。何だか、顔が熱いな……」

会話が長い上に話が進んでなくて申し訳ない。
また明日書きます。ありがとうございました。


数日後 教会


薫「わー、おっきいねー!」


あい「フフッ、そうだね」


薫「かおるもけっこんしきしたいなぁ」


あい「ん? 結婚式?」


薫「あいお姉ちゃん、けっこんしきするんでしょー?」


あい「ち、違う違う。結婚式じゃないよ」


あい「これはお仕事。ドレスを着て、カメラマンに写真を撮って貰うんだ」


薫「かおるも?」


あい「そうだよ?」

あい「薫も素敵なドレスを着て写真を撮って貰うんだ。彼もそう言っていただろう?」


薫「んー? せんせぇは、あいお姉ちゃんがおよめさんになるって言ってたよ?」


あい「……まあ、間違ってはいない。のか?」


薫「せんせぇは?」


あい「細かい打ち合わせがあるとかで、先に行って待っててくれと言っていたよ」


薫「あいさつ?」


あい「うん、そうだね。それもある」


あい「他にも色々なことをお話して、撮影をどうするか決めるんだ。さ、そろそろ行こうか」


薫「はーい」

ーーー
ーー


P「皆さん、撮影を始める前にお話があります」


ザワザワ


P「先日は大変失礼なことをしてしまい、誠に申し訳ありませんでした」ペコリ


P「カメラマン、衣装や美粧など、此処にいるスタッフの方々全員に深く謝罪します」


P「それから、もう一つ」


P「先日の件は私個人の意志であり、アイドルの意志ではありません」


P「全てはプロデューサーとして冷静さを欠いた私の責任であります」


P「……それでも協力してくれた皆さんには、心より感謝申し上げます」


P「このような私の我が儘を聞いて下さり、誠にありがとうございます」


P「良い撮影が出来るよう私も尽力します。皆さん、改めて、本日は宜しくお願い致します」ペコリ

ーーー
ーー


薫「……せんせぇ、おそいね」パタパタ


あい「もうすぐ来るさ。もう少しの辛抱だよ」


ガチャ


あい「!!」


スタイリスト「お待たせしました!」


あい「あっ…いえ、そんなことは……」


スタイリスト「?」


薫「せんせぇは?」


スタイリスト「せ、先生?」


あい「あ、プロデューサーのことです。彼はどこに?」


スタイリスト「プロデューサーさんなら、カメラマンさんと打ち合わせしてますよ?」


あい「……そうですか」


あい「あ、申し訳ない。今日は宜しくお願いします。さ、薫」


薫「あっ、そうだった。きょうはよしろしくおねがいしまー!!」


スタイリスト「ふふ。はい、宜しくお願いします」ニコッ


スタイリスト「さて、あいさんはヘアメイクやコーディネートなどがありますので、私と別室へお願いします」


あい「分かりました。あの、薫は?」


スタイリスト「あ、ごめんなさい。薫ちゃんのお着替えは此処で別のスタイリストが行います」


薫「かおるは何をきるの?」


スタイリスト「プロ…じゃなかったわね。先生の選んだ可愛いワンピースよ?」


あい「(いつの間に……)」


薫「せんせぇが!?」


スタイリスト「そうよ? 薫ちゃんの為だけに選んだの。だから、楽しみにしててね?」ニコッ


薫「えへへ、やったー!」


スタイリスト「ふふ。すぐに衣装を持ったお姉さんが来るから、ちょ~っとだけ待っててね?」


薫「はーい!」


スタイリスト「じゃっ、行きましょうか」


あい「(先程から気になってはいたが、やけに元気な人だ。元気というか、機嫌が良いのか?)」


スタイリスト「あいさん? どうしました?」


あい「いえ、何でもありません。行きましょう。薫、また後でね」

薫「あいお姉ちゃん!」

あい「ん?」クルッ

薫「およめさんなったら、すぐ来てね!」

あい「フフッ、分かった。これからお嫁さんにしてもらうから、少しばかり待っていてくれ」


薫「はーい!」


スタイリスト「じゃっ、行きましょうか!」


あい「(先程から気になってはいたが元気な人だな。元気というか機嫌が良いのか?)」


スタイリスト「あいさん? どうしました?」


あい「いえ、何でもありません。行きましょう。薫、また後でね」


薫「あいお姉ちゃん!」


あい「ん?」クルッ


薫「およめさんなったら、すぐ来てね!」


あい「フフッ、分かった。これからお嫁さんにしてもらうから、少しばかり待っていてくれ」


>>>>>

スタイリスト「どうですか?」


あい「……言葉も出ないよ。自分がこんな恰好をするなんて夢にも思っていなかった」


あい「これがウエディングドレス。確か、マーメイドラインだったか」


あい「こんなに細かなところまで……服飾の技術とは凄いものだな……」


スタイリスト「ふふっ」


あい「あ、申し訳ない。あまりに綺麗なものだから、つい」


スタイリスト「あいさんも綺麗ですよ? ドレスに負けないくらい、綺麗です」


あい「……そうだろうか」


あい「正直なところ、あまり自信がないよ。満足の行く写真が出来るかどうか」


あい「何より、彼の期待に応えられるかどうか、不安でならないんだ」


スタイリスト「プロデューサーさんは自信満々でしたよ?」ニコッ


あい「フフッ、彼らしいな」


スタイリスト「……プロデューサーさんのような人と一緒に仕事が出来るなんて、正直羨ましいです」


あい「?」


スタイリスト「プロデューサーさん、さっき、スタッフ全員の前で頭を下げたんです」


スタイリスト「先日は申し訳なかったって……あの時は、明らかに担当者さんの対応が悪かったのに」


あい「!?」


スタイリスト「でも、スタッフの中には怒っている人もいました。撮影は重労働ですから……」


スタイリスト「だから、彼はしっかり謝って、スタッフ一人一人にお礼を言ったんです」


あい「(だから遅れたのか……)」


スタイリスト「誠実だなって、そう思いました」


スタイリスト「当たり前を当たり前に出来る人って、中々いないですから……」


あい「あれは彼の責任じゃない。私が堪えていれば、ああはならなかった」


スタイリスト「ふふっ、プロデューサーさんも同じことを言ってました」


あい「えっ?」


スタイリスト「アイドルには何の責任もない。全ては私の責任だ。って……」


あい「…………」


スタイリスト「あいさん、自信持って下さい」


スタイリスト「私達がどんなに一生懸命メイクをしても、それを生かすも殺すも、あいさん次第です」


あい「!!」


スタイリスト「私達は私達の仕事をしました。この先は、あいさんの仕事です。だから、頑張って下さい」


あい「……ありがとう。お陰で気合いが入ったよ」


あい「こんなに綺麗なメイクをして貰ったんだ。思い切り、精一杯やってみるよ」


スタイリスト「お力になれたようで良かったです」ニコッ


スタイリスト「さあ、そろそろ薫ちゃんの所に行きましょう? きっと楽しみに待ってますよ?」


>>>>>

薫「せんせぇ」


P「ん?」


薫「あいお姉ちゃんのところには行かないの?」


P「薫を一人には出来ないからね」


P「それに、そろそろ来る頃だろう。迎えは必要ないよ」


薫「せんせぇは見たくないの? かおるは早く見たいなー」


P「あいお姉ちゃんのことかい?」


薫「うんっ、およめさんのあいお姉ちゃんが見たい! きらきらかなー?」ニコニコ


P「きっときらきらしてるよ。これまでの何倍も、きらきらしてるはずだ」


P「だから待つんだ。楽しみは後に取って置いた方が良いからね」


薫「……そっかー。ねえ、せんせぇ」


P「何だい?」


薫「このワンピース、せんせぇが選んでくれたんだよね?」


P「そうだよ? それは僕が選んだんだ。薫に似合うと思ってね。駄目だったかな……」


薫「ううん!すっごくすっごくうれしいよ! 色んなの着たけど、一番好き!」


P「一番? 本当に?」


薫「ほんとだよ?」


P「………そうか」


薫「どうしたの?」


P「えっ、いや……薫は優しいと思ってね」


薫「?」


P「……薫、今日は僕も精一杯頑張る。だから、あいお姉ちゃんを助けて欲しい」


薫「たすける? なにすればいいの?」


P「きっと緊張するだろうから、あいお姉ちゃんの傍にいて欲しいんだ」


P「お話ししたり、手を繋いだり……それが、あいお姉ちゃんの力になる」


薫「いつもしてるよ?」


P「あははっ、そうか。じゃあ、何も心配は要らないな。薫がいれば大丈夫だ」


コンコンッ


P「あ、はい。どうぞ」


薫「どうぞー!」


ガチャ


あい「………」


P「…………」


薫「うわー!ほんとにおよめさんだー! せんせぇ、あいお姉ちゃんきれいだね!」


あい「………な、何か言ってくれないか」


P「…………」


薫「せんせぇ?」


P「あ、ああ、綺麗だね。凄く、綺麗だ」


あい「そ、そうかい?」


P「ええ、とても綺麗です。それしか言葉が出ません。思った通り、似合いますね」


あい「あ、ありがとう……衣装が衣装なだけに、少々恥ずかしいな……」


P「……っ、準備が出来たようなのでカメラマンを呼んできます。ソファに座って待っていて下さい」ガタッ


あい「えっ? そ、そうか……じゃあ、頼むよ」


ガチャ パタン


薫「あいお姉ちゃん、おひめさまみたいだね!」


あい「お姫様か……そんなことを言われたのは初めてだよ。ありがとう、薫」


ナデナデ


薫「えへへ」


あい「(しかし、彼はどうしたんだ?)」


あい「(ほんの一瞬だが、明らかに表情が曇った。一体何故?まさか……)」


あい「(いや、邪推はするな。今は何も考えるべきじゃない。これから撮影なんだ、集中しよう)」


>>>>>

カメラマン「二人並んで歩いてみて下さい。あのベンチまでお願いします」


カメラマン「これは感覚を掴む予行演習のようなものなので、リラックスしてお願いします」


あい「はい、分かりました。薫、行こう」


薫「歩くだけ?」


あい「そう、歩くだけ。あのベンチまでだね」


コツ コツ


薫「なんか、お散歩みたいだね」


あい「フフッ、そうだね。天気も良いし、気温も丁度良い」


カメラマン「…………(うん、やはり良い)」カシャッ


薫「あっ、お花がさいてる!」トテテ


あい「か、薫、ちょっと待ってくれ。この恰好だと上手く走れないんだ」コツコツ


カメラマン「…………」カシャッ


薫「ほら、これ見てー!」


あい「うん、確かに綺麗だ。見覚えはあるんだが、名前が出て来ないな……」


カメラマン「………」カシャッ


あい「さ、寄り道はここまでしによう」


薫「うん。あっ、そうだった!」


あい「ん?」


薫「あいお姉ちゃん、おててつなごー?」


あい「フフッ、いいよ」ギュッ


カメラマン「!!」カシャッカシャッ


薫「えへへ、楽しいねー」


あい「そうだね。撮影とは思えないよ」


薫「かおるも。こーんなポーズとったりするのかと思ってた」


あい「フフフッ、そうだね。いつもとは違って、新鮮な気分だよ……」


カメラマン「(この表情も良いな)」カシャッ


あい「ほら、到着したよ。座ろうか」


薫「うん。でも、きょうかいって広いんだねー」


あい「薫はまだ小さいからね。余計にそう感じるんだよ」


薫「へー、大人になったら小さくなるの?」


あい「いや、そういうわけじゃ……」


カメラマン「(うん、あいさん一人でも行ける)」カシャッ


カメラマン「(当初は薫ちゃんが引き出しているのかと思っていたけど、どうやら違うみたいだ)」カシャッ


カメラマン「(あいさん自身が世間のイメージに引っ張られている可能性が高い。蓋をしてるような感じだ)」カシャッ


薫「おひさま、ぽかぽかしてるね」


あい「眠っちゃ駄目だよ?」ニコッ


薫「だいじょうぶ、お仕事だから」


あい「フフッ、薫は偉いね」


カメラマン「そのままお願いします。次は近くから撮りますね」


あい「あ、はい」


薫「……かおるもほしかったなー」


あい「欲しい? 何をだい?」


薫「あいお姉ちゃんがつけてる、おひめさまみたいなやつ」


あい「この、ティアラかい?」


薫「うん……」


あい「付けてあげようか。ほら」スッ


薫「えへへ、やった。かおる、おひめさま?」


あい「フフッ、うん。薫はお姫様だよ」


カメラマン「(どれも良いな。何枚でも撮りたくなる。やはり、彼の提案は間違っていない)」チラッ


P「………」コクンッ


P「撮影は上手く行ってるみたいだね」


薫「あっ、せんせぇ!」


P「どいだい薫、撮影は楽しい?」


薫「うんっ、とっても楽しいよ!」


P「そうか、何かあったらすぐに言うんだよ? 東郷さんはどうですか?」


あい「あ、ああ。もっと緊張するものと思っていたけれど大丈夫そうだ」


P「そうですか。では、引き続きお願いします」


あい「(いつも通りだ……)」


あい「(さっきのは思い過ごしだったか? 少々意識し過ぎていたのかもしれないな)」


P「………」チラッ


カメラマン「………」コクンッ


カメラマン「ちょっと休憩しましょう」


カメラマン「次は中で撮影しますので、お二人は中に移動していて下さい」


あい「分かりました」


薫「はーい」


ーーー
ーー



P「どうですか? このまま行けますか」


カメラマン「はい、行けると思います。次はあいさん一人の絵を撮ってみようかと。ですが……」


P「一人だと固い、ですか?」


カメラマン「はい、その通りです。自身のイメージに引っ張られている感じが否めない」


P「……なる程」


カメラマン「薫ちゃんがいると、良い意味で自分に意識が集中していない。そこを撮りたいですね」


カメラマン「応急的処置と言うと妙ですが、薫ちゃんと一緒に傍にいて頂けますか?」


P「構いませんが、どの辺りがいいでしょう?」


カメラマン「……私の後ろにいて下さい」


カメラマン「出来れば、何と言いますか……こう、ふわりとした表情が欲しいので」


P「分かりました。そうしてみます」


>>>>>

あい「一人で?」


P「ええ、二人の絵は撮れたので。次からは東郷さん一人の絵が欲しいそうです」


あい「二人の絵は撮れた? あれは予行演習じゃなかったのかい?」


P「いえ、あれが本番です」


あい「は?」


P「緊張するかと思ったので、そう言うように頼んでおきました」シレッ


あい「……なる程、まんまとやられたわけだ」


P「使い古された手ですけどね」


P「一発勝負。賭けのようなものでしたが、意外と簡単に騙されてくれたので助かりました」


あい「悪かったね、単純で……」プイッ


P「いえ、そんなことは……気分を害したのなら謝ります」


あい「…………フッ、フフッ、冗談だよ」


P「仕返しですか?」


あい「お返しだよ。本音を言うと、騙されて良かったと思っているんだ」


あい「君の言う通り、あのままでは緊張していただろうし、ああしてくれて助かったよ」


P「それは良かったです。ですが、次はそうも行きません」


あい「……ああ、分かっているよ」


P「カメラマンは、自分のイメージに囚われない東郷さんを撮りたいそうです」


P「薫といた時のような、自分を意識しない姿。ふわりとした表情が欲しいと言っていました」


あい「中々に酷なことを言ってくれるね。言われて出来るくらいなら苦労しないよ?」


あい「私は私だ。私を辞めることは出来ない。意識するなと言われても、それは無理だ……」


P「そこで、一つ提案があります」


あい「?」


P「僕と薫はカメラマンの背後にいます。レンズではなく、僕を見て下さい」


あい「(よくもまあ、さらりと言えるものだ。こっちの身にもなって欲しいね)」


P「僕で駄目なら薫を抱っこして目線の高さにすることも出来ますが、どうします?」


あい「いや、いいよ。それでは薫も大変だろう。そこで、私からも一つ、お願いがある」


P「何でしょう?」


あい「君も、私を見ていてくれないか」


P「そのつもりです。撮影が終わるまでは、目を離す気はありません」


カメラマン「撮影再開しまーす!」


あい「……頼んだよ」


P「ええ、任せて下さい」


カメラマン「良い感じに日が差してますね。あいさん、そこの窓辺に立ってみて下さい」


あい「はい」


コツコツ


P「薫、おいで。あいお姉ちゃんの撮影が始まるから、こっちで一緒に見よう」


薫「はーい」トテトテ


あい「(ちひろさんも言っていたが、本当の親子のようだ。父親、夫か……)」


カメラマン「右手を耳の辺りに、髪をかき上げるようにして下さい」


あい「こんな感じ、かな?」


カメラマン「そうです。そのまま、ちょっと照れたような、はにかんだ感じで……」


あい「………」


P「………」


カメラマン「(凄い。まるで別人だ)」カシャッカシャッ


あい「………」


P「………」


カメラマン「良いですよ。次は少し変えてみましょうか。ちょっと左に、光を背にして」


あい「はい」


カメラマン「もう少し左……はい、そこです。胸に手を当てて下さい。両手を重ねるように」


あい「こうかな?」


カメラマン「はい。祈るような感じで目を伏せて……はい、そうです」カシャッ


あい「(彼と薫の姿は見えないが、視線は感じる。悪い気はしない。寧ろ心地良い)」


カメラマン「そのまま、目を閉じて下さい」カシャッ


あい「……はい」


カメラマン「少し、見上げるように」


あい「(……私はどう見える? 君の望む姿を見せられているかい?)」


薫「……あいお姉ちゃん、きれいだね」


P「うん、そうだね。とっても綺麗だ。でも、もっと綺麗になるよ……ほら」


あい「(……最近になって随分と印象が変わったけれど、私はまだ、君を知らない)」


カメラマン「ブーケ、お願いします。両手で、そうです。ちょっと横を向いて、視線を落として……」


あい「(もっと知りたいと、そう思うのは、我が儘だろうか?)」


カシャッ カシャッカシャッ


カメラマン「(撮るたびに変わっていく、資料で見た姿とはまるで違う。引き受けて良かった)」


カシャッ カシャッカシャッ


カメラマン「……はい、お疲れ様でした。今日はここまでにしましょう」


夜 事務所

ガチャ

P「戻りました」


あい「ちひろさん、ただいま」


ちひろ「あ、プロデューサーさん、あいさん、お帰りなさい。撮影はどうでしたか?」


P「今日の撮影は無事に終わりました。撮影はまだありますので、ここからが本番ですね」


ちひろ「大変そうですね……あれ、薫ちゃんは?」


P「これ以上遅くなると体に悪いので送りました。はしゃいでいたので、疲れもあるでしょう」


P「東郷さんにお風呂と着替えはして貰ったので大丈夫だとは思います」


あい「布団に入ったらすぐに眠ってしまったよ。体調を壊さなければいいが……」


ちひろ「(二人共、保護者と言うか守護者ね)」


ちひろ「薫ちゃんはどうでした?」


P「長時間の撮影でしたが最後まで頑張ってくれました。薫がいなければ、これは出来なかったでしょう」


ちひろ「えっ!? もう現像してきたんですか?」


P「ええ、全て良かったですが、その中でも評価の高いものを現像して貰いました」


ちひろ「あの、見ても良いですか?」


P「ええ、構いませんよ」スッ


ちひろ「……うわぁ、これは凄いですね」


ちひろ「得に、この祈ってるような写真。これは綺麗とかなんてものではなく、神秘的ですよ」


ちひろ「写真には詳しくないですけど、これなら納得せざるを得ないんじゃないですか?」


P「その為の写真でもありますからね」


ちひろ「えっ?」


あい「どういうことだい?」


P「実は撮影中に担当者から電話がありまして、これから会いに行かなければなりません」


あい「もう、気付かれたのか……」


P「いずれは発覚することです。こうなることは分かっていました」


P「あの担当者がいれば撮影など出来なかったので、こればかりは仕方がありません」


あい「……大丈夫なのかい?」


P「撮影したこと自体に憤慨している様子でしたが、これを見せれば黙るでしょう」


P「依頼してきたのは向こうです。アイドルは任せると言ったのも向こうです」


P「何より、このウエディングモデルの企画を潰すわけにもいかないでしょう」


あい「しかし、相手は感情が昂ぶっているんだよ? どうなるかなんて分からないじゃないか」


P「そうですね。相手が、あまり軽率な行動に出ないことを祈るばかりです」


ちひろ「(冷静だなぁ)」


P「では、時間もないので行ってきます。千川さん、東郷さんをお願いします」


ちひろ「は、はい。気を付けて」


あい「………」


P「……では、失礼します」


ガチャ パタン


あい「……きっと無理だ。話になるかも分からない」


ちひろ「えっ?」


あい「前にも話したが、あの担当者は私を毛嫌いしているようなんだ」


あい「男のような奴には任せられない。そんなことを何度も言われたよ」


あい「お前がウエディングドレスを着るのかと嗤われもした」


あい「何があろうと、私を起用する気はないと言っていたんだ。そんな相手に……」


ちひろ「で、でも、あの写真があれば大丈夫ですよ」


あい「私だってそう願いたいさ! でも、どうにもならないことだってあるんだ!」


ちひろ「……あいさん」


あい「彼が私の為に持ってきてくれた仕事だ。精一杯やった。あれを見た時、自分でも良い出来だと思ったよ」


あい「……だけど、不安なんだ。どうしようもなく、不安なんだ……」

明日書きます。ありがとうございました。


>>>>

担当者「随分とふざけた真似をしてくれた」


担当者「まさか、私が別の撮影現場にいる日を狙って撮影するとはな。馬鹿にしているのか?」


P「いえ、そんなつもりはありません」


P「実に優秀なスタッフなので、貴方が不在でも撮影は可能だと判断したまでです」


P「それに、貴方のような有能な人間の貴重な時間を無駄にさせるわけには行きませんから」


担当者「……バーテンダー、ビールをくれ」


バーテンダー「どうぞ」コトッ


担当者「ふーっ。お前は、自分が置かれている立場を分かっているのか?」


P「ええ、分かってるつもりです」


担当者「だったら、今からでも違うアイドルに変更しろ。あんな奴は女と認めない」


担当者「男装するような奴にウエディングモデルなど任せられるか」


P「今の発言は差別ですよ」


担当者「いい加減にしろ」


担当者「この企画を任されているのは私だ。子供じゃないんだ、意味は分かるな?」


P「変更は有り得ません。予定通り、東郷あいのままで進めます」


担当者「何故そこまで東郷あいに執心する」


担当者「君の所属している事務所には掃いて捨てるほどいるだろう。アイドルという奴が」


P「彼女達は一人一人が違った魅力を持っています。そんな言い方は止めて下さい」


担当者「最近は何処を見てもアイドルだ」


担当者「765プロに始まり、そこへ大人が群がり、量産が始まった」


担当者「それこそ、区別も付かないほどにな……」


担当者「どいつもこいつも媚びを売り、作り笑いを浮かべ、歌わされ踊らされ。正に人形だな」


P「それは貴方の考えでしょう」


P「彼女達は人形などではありません。夢を持ち、志を持つ、立派な人間です」


担当者「それは、お前の考えだ」


P「ええ、そうですね」


担当者「………………東郷あいは、死んだ妻に似ているか?」


P「………質問の意味が分かりません」


担当者「聞いたよ? 君は妻を亡くしているそうじゃないか」


P「…………」


担当者「東郷あいに執心するのは亡き妻の面影を見ているからではないか。そう言っているんだよ」


P「妻は、関係ありません」


担当者「アイドル事務所のプロデューサーになったのも、実は新しい嫁を探す為じゃないのか?」


P「違います」


担当者「違う?」


担当者「そんなことはないだろう。あれだけの女達がいるんだ。より取り見取りのはずだ」


P「…………」


担当者「だというのに、口を開けば東郷あい東郷あいだ……」


担当者「まるで、取り憑かれているかようにも見える」


担当者「妻を喪った男のうわごとのようで、正直言って気味が悪い」


P「………」


担当者「まさかとは思うが、色目を使われたから東郷あいを起用したのか?」


P「そんなことは有り得ません」


担当者「アイドルには特殊な営業があるようだが、君の所はどうなんだ?」


P「そんなものはない」


担当者「東郷あいには営業させているのか? 他のアイドルは? 抱いたのか?」


P「…………」ギリッ


担当者「あんなことを言っておいて何だが、実は三船美優のファンなんだ」


担当者「あくまで外見だけだが。良かったら、一晩貸してくれないか?」


担当者「何なら、川島瑞樹や高垣楓でも構わない。どうだ?」


P「…………」


担当者「チッ、まあいい。ところで、そのファイルは何だ?」


P「もう、貴方には必要のないものですよ」


P「貴方のような人間に、これを見せる気はない。せっかくの写真が穢れてしまうからな」


担当者「何だと?」


P「私を挑発して何とかするつもりだったようですが、当てが外れましたね」


担当者「…………だったら何だ」


P「貴方は、喋り過ぎる」


担当者「……何を言っている」


P「貴方は自分の発言には責任を持つべきだ」


担当者「だから何をーーー」


P「依頼の際の電話は録音してあります」


P「当事務所のアイドル、東郷あいへの暴言の数々も、余すことなく録音してある」


P「そして、この場での会話も……」


P「これら全てを公にした場合、貴方の所属する出版社はどうするでしょうね」


担当者「ま、待っーーー」


P「吐いた言葉は、戻りませんよ」

薫「あくしゅ!」

お前ら「えっ?」

薫「あくしゅすると、仲直り出来るよ?」ニコッ


P「貴方は、喋り過ぎた」


担当者「……何を言っている」


P「自分の発言には責任を持つべきだ」


担当者「だから何をーーー」


P「依頼の際の電話は録音してあります」


P「当事務所のアイドル、東郷あいへの暴言の数々も、余すことなく録音してある」


P「そして、この場での会話も……」


P「これら全てを公にした場合、貴方の所属する出版社はどうするでしょうね」


担当者「ま、待っーーー」


P「吐いた言葉は、戻りませんよ」


担当者「っ、脅すつもりか?」


P「私の望みは、一つだけです」


担当者「望み?それは何だ? 撮影なら許可する。東郷あいの起用も許可しよう。謝罪もーーー」


P「許可も謝罪も結構です」


P「貴方は一切の信頼を失った。貴方の言葉など、今や何の意味も持たない」


担当者「!?」


P「貴方には仕事に対する誠意がない。これまでの発言からして、誠実な人間ではないと断言出来る」


P「挙げ句、依頼相手と所属事務所のアイドルを差別、侮辱。全てのアイドルをも侮辱した」


P「そんな人間に望むものはありません。然るべき責任を取って貰うこと、それが私の望みです」


担当者「こ、この通りだ。許してくれっ……」


P「残念ですが、もうお話しすることはありません。後日、事務所を通して連絡します」


担当者「そんな………」


P「先に出て頂けますか?」


P「貴方に背を向けて逃げるように店を出ては格好が付かない。それに、私はまだ何も頼んでいないので」


担当者「………」ガタッ


P「………待って下さい。一つだけ要求があります」


担当者「な、何だ!? 私に出来ることなら何でもしよう!」


P「故人を、妻のことを持ち出して私を侮辱たことは、一個人として非常に不愉快で腹立たしい」


P「これは仕事とは無関係だ」


P「私は貴方に対し、今此処で、速やかに謝罪することを要求する」


担当者「………申し訳ありませんでした」


P「私だけではない!妻にもだ!!」ダンッ


担当者「ひっ!? も、申し訳ありませんでした!!」


P「……………声を荒げて申し訳なかった。もう結構です。お疲れ様でした」


担当者「は、はい。失礼します」トボトボ


ガチャ パタン


P「…………はぁ」


バーテンダー「大丈夫ですか?」


P「ええ、大丈夫です。お見苦しいものを見せてしまって、誠に申し訳ない」ペコリ


バーテンダー「いえ、謝罪は結構ですよ。貴方はよく耐えた。立派ですよ」ニコリ


P「そんなことはありませんよ。最後の最後で堪えきれなかった。僕など、まだまだです」


バーテンダー「……つらかったでしょう。聞いていて胸が痛みましたよ」


P「……何故ですか?」


バーテンダー「?」


P「あの男は常連だったのではないのですか? 僕は大事な客をーーー」


バーテンダー「こう言っては何ですが、あの方はこの店に相応しいお客様ではなかった」


P「店に相応しくない? 高級なお酒を扱っているのですか?」


バーテンダー「いえいえ、そういう意味ではありませんよ。此処は寛げる場所として存在しています」


バーテンダー「お酒を出し、カクテルを作り、時には悩みを聞き、心を癒す。そういう場所なのです」


P「心を癒す、ですか。素敵ですね」


バーテンダー「ありがとうございます」


バーテンダー「私としては、貴方が常連になって下さると非常に嬉しい」


P「僕が?」


バーテンダー「先程のお客様ですが、あの様子では此処へは二度と現れないでしょう」


バーテンダー「なので、新しいお客様がいないと少々困ります。商売ですから」ニコリ


P「………僕で良ければ、喜んで」


バーテンダー「それは良かった。何か飲まれますか?」


P「あまり飲めないので、弱いものを……」


バーテンダー「畏まりました。では、これを」コトッ


P「……あ、美味しいです。お酒ってこんな味も出せるんですね。知らなかった」


バーテンダー「お口に合ったようで何よりです」


P「…………」コトッ


バーテンダー「何やら悩んでいらっしゃるようですな。私で良ければ相談に乗りますよ?」


P「…………先程の男はある企画の担当者で、僕はその企画を受け、所属アイドルを起用しました」


バーテンダー「東郷あいさん、でしたか?」


P「ええ、そうです。単純な話、彼女を起用するかしないかで揉めていたんですよ」


バーテンダー「もう終わったのでは?」


P「いえ、ここからが問題です」


P「彼の責任問題を出版社に問うとなれば、企画にも影響するでしょう」


P「ああなってしまった以上、事によっては企画自体が消えてしまう可能性がある」


バーテンダー「……皮肉なことですな」


P「ええ、責任は取らせたいが企画は成功させたい。しかし、どちらもは無理でしょう」


バーテンダー「その企画とはどういったものですか? もし宜しければ教えて下さい」


P「ブライダルモデルです」


バーテンダー「ああ、花嫁の……」


P「そうです。担当者はともかく、撮影自体は上手く行っていたんですが……」


バーテンダー「……ふむ。その写真、拝見しても宜しいですかな?」


P「ええ、どうぞ。自慢の一枚です」


バーテンダー「………これは素晴らしい」


P「ありがとうございます」


P「出来ることなら沢山の方々にそう感じて欲しかった。ですが、それも難しいかもしれません」


バーテンダー「掲載誌を変えてみては?」


P「そうしたいのは山々ですが、そう簡単には行きません」


バーテンダー「何か事情が?」


P「……以前、765プロ所属の三浦あずささんがブライダルモデルをした際は凄まじい反響を呼びました」


P「ですが、それ故に多くの他事務所が影響を受けた。一時期、ファッション誌は花嫁姿のアイドルで溢れていました」


P「今や、アイドルのブライダルモデル参入は珍しくない。ここ最近は減少傾向にあったので、この機を逃すのは痛い……」


バーテンダー「……なる程、目新しさがないと」


P「はい。ですが、東郷あいの花嫁姿。これには確かな新鮮さがある。新たな可能性に溢れてる」


P「しかし、世間ではアイドルの花嫁姿、その話題性の賞味期限は切れていると言っていい」


P「頼み込んでも「またこれか」と思われてしまう。良くて数ページ。特集を組んでくれる雑誌があるかどうか……」


バーテンダー「…………来週の金曜、この写真を持って此処へ来て下さい」


P「えっ?」


バーテンダー「多少のつてが御座います。微力ではありますが、お力になれるかと」


バーテンダー「こうして出逢ったのも何かの縁。いや、運命やもしれません」


P「いや、運命って……今晩会ったばかりの僕に、何故そこまで?」


バーテンダー「写真に魅せられた、年寄り気紛れ。とでも言いましょうか」ニコリ


P「………考えておきます。色々とありがとうございます。会計をーー」


バーテンダー「お代は結構です。良い写真を見せて頂いた、せめてものお礼です」


P「……では、お言葉に甘えて。失礼」ガタッ


コツコツ


バーテンダー「金曜日の今頃です。心より、お待ちしております」


P「………」


ガチャ パタン


バーテンダー「……何と悲しい目をした若者だ」

バーテンダー「まるで囚われているかのように見える。何とか救ってやりたいが……」


バーテンダー「もしもし、私だ。夜分申し訳ない、少しばかり君の力を貸して欲しい」


数日後 事務所

P「はい、はい。分かりました」ガチャ


ちひろ「どうしでしたか?」


P「……残念ながら撮影再開は難しいようです。このままでは企画は潰れるでしょう」


ちひろ「えっ!? でも、新しい担当者が決まり次第撮影は再開するって……」


P「その担当者が決まらないんです。おそらく、誰も企画担当に立候補しないのでしょう」


P「編集長としても、嫌がる者に無理矢理仕事を押し付けるわけには行かないですからね」


ちひろ「嫌がるって……」


ちひろ「どうしてですか? 撮影自体は上手く行っていたんでしょう?」


ちひろ「現場のスタッフさん達は喜んで協力してくれた。そう言っていたじゃないですか」


P「……人の口に戸は立てられない。例え噂程度のものでも、影響は出ます」


ちひろ「何の話ですか?」


P「気に入らない企画担当を潰したプロデューサー。そんな人間とは組みたくはないでしょう?」


ちひろ「それは向こうのーーー」


P「千川さん、それが彼等から見た僕です」


P「過程を抜きに結果だけを耳にすれば、そう思われても仕方がありません。僕には言い返す言葉もない」


ちひろ「でも、そんなのってないですよ……事務所の皆も喜んでいたのに……」


P「全ては僕の責任です」


P「このまま悪評が広まれば、今回の撮影だけではなく他の仕事にも影響するでしょう」


P「最悪の場合、各方面からの信頼を失う」


P「事態の悪化。或いはこの状態が長引くようであれば、僕は身を退きます」


ちひろ「っ、馬鹿なこと言わないで下さい!!」


P「千川さん、現実的に考えて下さい」


ちひろ「何でそんなに冷静でいられんですか!自分のことなんですよ!?」


P「自分のことだからこそ冷静に考えているんです。優先すべきは僕の進退ではない。アイドルです」


P「彼女達は前に進み続けなければならない。迷惑を掛けるわけには行かないんです」


P「何より、彼女達の妨げになる自分を許せない。僕は、彼女達のプロデューサーですから」


ちひろ「…………」


P「今話したことはあくまで仮定です。千川さんの中で留めて置いて下さい」


ちひろ「……分かってます。こんなこと、誰にも言えませんから」


P「お話は以上です」


P「片桐さんレッスンを見てきます。ライブ間近なので、調整もしないとなりませんから」


ちひろ「……プロデューサーさん」


P「はい?」


ちひろ「負けないで下さいね」


P「………ありがとうございます。では」

ガチャ パタン


ちひろ「ハァ、ようやく打ち解けてきたと思ったのに……世の中、そう上手く行かないですね……」

>>181から書き直します

>>>>

担当者「随分とふざけた真似をしてくれた」


担当者「まさか、私が別の撮影現場にいる日を狙って撮影するとはな。馬鹿にしているのか?」


P「いえ、そんなつもりはありません」


P「実に優秀なスタッフなので、貴方が不在でも撮影は可能だと判断したまでです」


P「それに、貴方のような有能な人間の貴重な時間を無駄にさせるわけには行きませんから」


担当者「ふーっ。お前は、自分が置かれている立場を分かっているのか?」


P「ええ、分かってるつもりです」


担当者「だったら今からでも違うアイドルに変更しろ。東郷あい以外なら誰でも構わない」


P「起用するアイドルは事務所が指定して構わない。そう言ったのは貴方では?」


担当者「そんなことはどうでもいい」


P「どうでもいい? アイドルのスケジュール調整などを考えた上での発言ですか?」


P「それを、気に入らないからという理由で撮影すらさせないのはどうかと思いますが」


担当者「男装するような奴にブライダルモデルなど任せられるか。あんは女と認めない」


P「今の発言は差別ですよ」


担当者「いい加減にしろ」


担当者「この企画を任されているのは私だ。子供じゃないんだ、意味は分かるな?」


P「変更は有り得ません。予定通り、東郷あいのままで進めます」


担当者「何故そこまで東郷あいに執心する」


担当者「君の所属している事務所には掃いて捨てるほどいるだろう。アイドルという奴が」


P「彼女達は一人一人が違った魅力を持っています。そんな言い方は止めて下さい」


担当者「最近は何処を見てもアイドルだ」


担当者「765プロに始まり、そこへ大人が群がり、量産が始まった」


担当者「それこそ、区別も付かないほどにな……」


担当者「どいつもこいつも媚びを売り、作り笑いを浮かべ、歌わされ踊らされ。正に人形だな」


P「それは貴方個人の考えでしょう」


P「彼女達は人形などではありません。夢を持ち、志を持つ、立派な人間です」

担当者「それは、お前の考えだ」


P「ええ、そうですね」


担当者「………………東郷あいは、死んだ妻に似ているか?」


P「………質問の意味が分かりません」


担当者「聞いたよ? 君は妻を亡くしているそうじゃないか」


P「…………」


担当者「東郷あいに執心するのは亡き妻の面影を見ているからではないか。そう言っているんだよ」


P「妻は、関係ありません」


担当者「アイドル事務所のプロデューサーになったのも、実は新しい嫁を探す為じゃないのか?」


P「違います」


担当者「違う?」


担当者「そんなことはないだろう。あれだけの女達がいるんだ。より取り見取りのはずだ」


P「…………」


担当者「だというのに、口を開けば東郷あい東郷あい……」


担当者「まるで、取り憑かれているかようにも見える」


担当者「妻を喪った男のうわごとのようで、正直言って気味が悪い」


P「………」


担当者「まさかとは思うが、東郷あいに色目を使われたからブライダルモデルに起用したのか?」


P「…………」


担当者「だというのに、口を開けば東郷あい東郷あい……」


担当者「まるで、取り憑かれているかようにも見える」


担当者「妻を喪った男のうわごとのようで、正直言って気味が悪い」


P「………」


担当者「まさかとは思うが、東郷あいに色目を使われたからブライダルモデルに起用したのか?」


P「そんなことは有り得ません」


担当者「アイドルには特殊な営業があるようだが、君の所はどうなんだ?」


P「そんなものはありません」


担当者「東郷あいには営業させているのか? 他のアイドルは? 抱いたのか?」


P「…………」


担当者「あんなことを言っておいて何だが、実は三船美優のファンなんだ」


担当者「あくまで外見だけだが。良かったら、一晩貸してくれないか?」


担当者「何なら川島瑞樹や高垣楓でも構わない。どうだ?」


P「…………」


担当者「チッ、まあいい。ところで、そのファイルは何だ?」


P「東郷あいの写真です」


P「これを見て頂ければ納得してくれるだろうと思い、持って来ました」


担当者「アイドルのブライダルモデルなど見飽きている。そんなもの、見る価値もない」


P「……そうですか、残念です。本当に」


担当者「この際だから言っておくが、この企画に対して何の思い入れもない」


担当者「アイドルを起用すれば多少は売り上げが伸びる。それだけだ」


P「だから、私に任せると?」


担当者「誰を起用しようがアイドルはアイドルだ。まさか、あんな奴を寄越すとは思わなかったがな」


P「貴方にとってはその程度ものだったというわけですね。貴方の考えはよく分かりました」


担当者「何?」


P「いえ、何でもありません。それより」


P「先程の挑発行為によって私を何とかするつもりだったようですが、当てが外れましたね」


担当者「…………だったら何だ」


P「貴方は喋り過ぎた」


担当者「……何を言っている」


P「貴方は、発言の責任を取るべきだ」


担当者「だから何をーーー」


P「依頼の際の電話は録音してあります」


P「当事務所のアイドル、東郷あいへの暴言の数々も、余すことなく録音してある」


P「そして、この場での会話も……」


P「これら全てを公にした場合、貴方の所属する出版社はどうするでしょうね」


担当者「ま、待っーーー」


P「吐いた言葉は、戻りませんよ」


担当者「っ、脅すつもりか?」


P「そんな真似はしませんよ。私の望みは一つだけです」


担当者「望み?それは何だ? 撮影なら許可する。東郷あいの起用も許可しよう。謝罪もーーー」


P「許可も謝罪も結構です」


P「貴方は一切の信頼を失った。貴方の言葉など、今や何の意味も持たない」


担当者「!?」


P「貴方には仕事に対する誠意がない」


P「これまでの発言や対応からして、誠実な人間ではないと断言出来る」


P「挙げ句、依頼相手と所属事務所のアイドルを差別、侮辱。全てのアイドルをも侮辱した」


P「そんな人間に望むものはありません。然るべき責任を取って貰うこと、それが私の望みです」


担当者「こ、この通りだ。許してくれっ……」


P「残念ですが、もうお話しすることはありません。後日、事務所を通して連絡します」

なんで書き直すの?


数日後 事務所

P「はい、はい。分かりました」ガチャ


ちひろ「どうしでしたか?」


P「新しい担当者が決まりました」


P「これで撮影が再開出来ます。それだけではなく、特集を組むことが決まりました」


ちひろ「本当ですか!?」


P「ええ。ですが大幅な変更に伴い、東郷さんの写真掲載は来月号に持ち越しとなるようです」


ちひろ「特集と言うことは、あいさんの写真が増えると言うことですよね?」


P「ええ、そうです」


ちひろ「それは嬉しいですが、随分と急な変更ですね。何があったんです?」


P「先日、例の写真を編集長に見て頂いたんですが、目の色が変わりまして……」


ちひろ「良い意味で、ですよね?」


P「勿論です。企画の一つとしてではなく、特集を組ませて欲しいと頼み込まれました」


P「その結果、ブライダルモデルに東郷あいを起用することが正式決定したわけです」


ちひろ「……ハァ、良かった」


P「僕も安心しました。しかし、このような結果になるとは思ってもみませんでした」


P「掲載誌を変えることも視野に入れていたので、この変更には正直驚いています」


P「今やブライダルモデルのアイドル起用は珍しいことではないので、まさか特集を組むとは……」


ちひろ「そんなに珍しいことなんですか?」


P「ええ、最近では滅多にありませんでした」


P「以前、765プロ所属の三浦あずささんがブライダルモデルをした際は凄まじい反響を呼びました」


ちひろ「あ、それなら知ってます。凄い話題になりましたからね」


P「ですが、それ故に多くの他事務所が影響を受けた。一時期のファッション誌は花嫁姿のアイドルで溢れていました」


P「先程も言ったように、アイドルのブライダルモデル起用は珍しくない」


P「ここ最近は減少傾向にあったので、この機を逃すのは痛い……」


ちひろ「そう思っていたところに、ですか」


P「ええ。担当者変更による撮影の再開、良くてそれだけだと思っていましたから……」


ちひろ「何にせよ、良かったじゃないですか。素直に喜びましょうよ」


P「……そうですね」


ちひろ「(特集が決まったっていうのに浮かない顔。プロデューサーさん、どうしたんだろう?)」


P「東郷さんに報告してきます。あれ以降、とても落ち込んでいるようでしたから」


ちひろ「そうですね。早く伝えてあげて下さい。あいさん、絶対に喜びますよ」


P「ええ。では、行ってきます」


ちひろ「はい、行ってらっしゃい」ニコッ


ガチャ パタン


ちひろ「(気のせいだったかしら?)」


>>>>>>

あい「特集? それは本当かい?」


P「ええ。先日の写真を見せたところ編集長が大変気に入ったようで、そのような運びになりました」


あい「……信じられない」


P「休日に呼び出して申し訳ありません。どうしても自分の口から伝えたかったもので……」


あい「いや、構わないよ」


あい「電話口で言われるよりはずっと良い。まだ現実感が湧かないが、とても嬉しいよ」


P「……そうですか。それは良かったです」


あい「随分と浮かない顔をしているね? どうしたんだい?」


P「実は、ちょっと悩んでいまして」


あい「(珍しいな)私で良ければ話してくれないか、相談に乗るよ?」


P「東郷さんに自分の言葉で伝えるべきだと言われた後、意を決して彼女達と直接話してみたんです」


あい「(意を決して……彼も緊張するんだな)」


あい「それで?」


P「やはり、まだ僕が怒っていると思っていたらしく、顔を合わすなり謝罪されてしまい……」


あい「上手く行かなかったのかい?」


P「いえ、誤解はなくなりました。以前よりも良好な関係になれたと思います」


あい「それは良かったじゃないか。それのどこに悩むところがあるのか分からないな」


P「切り替えが早いのは女性の長所とは言いますが、少しばかり距離が……」


あい「何があったんだい?」


P「高垣さんはロケ先で酔っ払い、僕の部屋に来て反応に困る駄洒落を連発」


P「満足した笑みを浮かべたかと思うと、そのまま爆睡してしまいました」


あい「(………楓さんらしいな)」


P「片桐さんはライブ終了後の打ち上げで酔い潰れ、介抱して自宅まで送り届けました」


P「その際に」


早苗『実はね、ライブ前は不安だったの。緊張したし、失敗したらどうしよう。とかね……』


早苗『だから成功したのが凄く嬉しくて、さっきはしゃぎすぎちゃった。迷惑掛けてゴメンね? 今日は、本当にありがとう』


P「と言ってくれました」


P「普段のイメージとは違うので驚きはしましたが、本音を聞けたことは嬉しいですね」


あい「(信頼されてるじゃないか)」


P「和久井さんはブライダルモデルの仕事に興味が湧いたらしく、様々な参考資料を持参してくれます」


P「空いた時間に書類整理など手伝ってくれたりするのですが、無理をさせていないか心配ですね」


あい「(……これはどう反応したら良いか分からないな。しかし)」


P「川島は比較的普通です」


P「洗剤や良い香りの柔軟剤。洗濯機の丸洗いなど色々教えてくれます。生活の知恵は非常に助かりますね」


あい「(しかし……)」


P「三船さんはまだちょっと気にしているようで、お詫びだからとお弁当を作ってきてくれました」


P「他にもリラクゼーション効果のある精油などをくれましたね。使用方法も教えてくれました」


あい「(しかし、幾らなんでも距離が縮まり過ぎじゃないか!? 一体いつの間に……)」


P「どうしました?」


あい「それはこっちの台詞だよ」


あい「君はどんな魔法を使ったんだ。以前とはまるで違うじゃないか」


P「あの日、東郷さんに言ったことを伝えただけです。アイドルに対する自分の気持ちを」


あい「熱弁したわけだ」


P「熱弁したかは分かりません……ただ、精一杯伝えただけです」


あい「気持ちが伝わったようで何よりだ」


あい「しかし、以前の君なら楓さんや早苗さんの行いに対して注意していたはずだ」


P「ライブ前などは節度を持つようとは言っていますし、常日頃の楽しみを奪うような真似は流石にしませんよ」


あい「……若い子は?」


P「え?」


あい「高校生などの若い子達とは上手く行っているのかい?」


P「渋谷さんには花を貰いました」


P「花は疲労を吸い取ってくれるとか。クールに見えて、気配りの出来る優しい子です」


P「薫から僕のことを聞いたのも影響しているのかもしれませんが、そういった優しさや気遣いは素直に嬉しいです」


あい「すっかり打ち解けたようで何よりだ。聞いている限りでは何の問題もないと思うよ」


P「そうですか?」


あい「……そうだよ」


P「皆さんと今のように接することが出来るのは東郷さんのお陰です。ありがとうございます」ペコリ


あい「いや、礼には及ばないよ」


あい「(はぁ、何をムキになっているんだ私は……でも、私はもっとーーー)」


P「東郷さん?」


あい「………一つ、聞きたいことがあるんだ」


P「何ですか?」


あい「気を悪くしたら済まないが、君は……その、ずっと一人でいるつもりなのか?」


P「………恋愛の話ですか」


あい「あ、ああ」


P「……このままでは駄目だとは思いますが、どうでしょうね。自分でも想像が付きません」


あい「(驚いたな。まさか答えてくれるとは……)」


あい「………今でも、奥さんを?」


P「ええ、妻と娘を愛しています」


P「もうそろそろいいんじゃないかと友人にも言われますが、一度誓い合った女性ですから……」


あい「(やはり、お子さんも亡くしていたのか。だから薫を見た時、あんな顔を……)」


P「……あ、撮影の話がまだでしたね」


あい「そ、そうだったね」


P「スタッフの方々は同じです。撮影場所も今のところは変更はありません」


P「ただ、様々なシチュエーションで撮りたいとのこなのでーーー」


あい「(そこから先は、頭に入らなかった)」


あい「(芽生えた感情を自覚したからだろうか、それとも『愛している』と聞いたからか)」


あい「(ふと、左手薬指の指輪が目に入る)」


あい「(この指輪が外されることはあるのだろうか? 何の為に付けているのだろう?)」


あい「(生涯を妻に捧げるということなのだろうか? それとも別の意味が?)」


あい「(一体どんな女性だったのだろう? その時の彼は今とは違っていたのだろうか?)」


あい「(そんな疑問が私の中を満たしていく、まるで鉛でも詰め込まれたような気分だ)」


あい「(この時の私は一体どんな顔をしていただろう……私には、私が見えなかった)」


>>>>>

あい「(心に抱えたものはあったけれど、撮影はが始まるとそれどころではなかった)」


あい「(教会での撮影、森や海辺での撮影、どれもこれも非常に大変なものだった)」


あい「(天候に左右されることも多く、待ち時間が数時間後を超えることは当たり前)」


あい「(これまでの人生で、あれだけ長くカメラの前に立ったのはこれが初めてだろう)」


あい「(私がウエディングドレスに着慣れた頃、撮影は遂に佳境に入った)」


あい「(相変わらず天候に左右されることはあったが、撮影自体はスムーズに進んだ)」


あい「(そして今日、撮影は終了した)」


あい「(カメラマンは勿論のこと、多くのスタッフの方々が支えてくれたお陰だ)」


あい「(何より大きかったのが薫の存在だろう。薫がいなければどうなっていたか分からない)」


あい「(撮影が終わった達成感と撮影が終わった寂しさ。嬉しくもあり、悲しくもある)」


あい「(膝の上で寝息を立てる薫と、運転する彼の後ろ姿……)」


あい「(二人を交互に眺めながら撮影の終わりを実感していると、彼が口を開いた)」


あい「(事務所に到着したら話したいことがある。彼はそう言った)」


あい「(彼がこんなことを言うのは実に珍しい。一体何の話だろうか? 僅かに鼓動が早くなるのを感じる)」


あい「(何かを期待している自分がいる)」


あい「(他にも仕事があるにも拘わらず、彼が撮影に顔を出さない日はなかった)」


あい「(待ち時間は、よく三人で話した。真ん中に薫がいて、薫を挟んで彼と私が座る……)」


あい「(三人で過ごす時間は短かったが、それは私にとって、とても幸せなものだった)」


あい「(彼は日に日に笑うようになった。彼を慕うアイドルは日増しに多くなった)」


あい「(その姿は父のようで、友のようでもあった)」


あい「(飲みに誘われて苦笑する彼と、ケラケラと笑う早苗さん)」


あい「(慣れない駄洒落を言って赤面し、楓さんにフォローされる彼の姿……)」


あい「(以前なら考えられない和やかで賑やかな光景が、今では当たり前となった)」


あい「(そんなことを考えていると車が止まった)」


あい「(事務所に着いたのかと思ったが、どうやら信号待ちのようだ)」


あい「(彼はちらりと振り向き、私と寝息を立てる薫を見て微笑んだ。顔が熱くなるのが分かる)」


あい「(彼はすぐに向き直り、再び車を走らせる。彼の表情は窺い知れない……)」


あい「(彼が頬を染めたところなど見たことはないが、そうであったらどれだけ嬉しいだろう)」


あい「(こんな時間がいつまでも続けばいいのにと、そう願わずにはいられなかった)」


あい「(……相変わらず、鼓動は早い)」


あい「(しかし、事務所で彼が口にしたのは私が期待していたようなものではなかった)」


あい「プロデューサーを、外れる?」


あい「どういうことだ?」


あい「まるで意味が分からない。冗談のつもりなら質が悪いよ?」


P「冗談ではありません」


P「僕はアイドルのプロデューサーから外され、別部署へと移動することになりました」


あい「……そんなことは聞いてない」


P「申し訳ありません」


あい「謝罪は要らない。何故だ? 何故言ってくれなかった」


P「撮影に影響が出ると判断した為です」


あい「ちひろさんは? ちひろさんは知っていたのか?」


ちひろ「……はい」


あい「他の皆は? 薫には言ったのか?」


P「大人の方々や中高校生などには伝えてあります。小さな子には、まだです」


あい「一体何があったんだ?」


ちひろ「………これです」


あい「……プロデューサーの脅迫、自社アイドルの起用を巡って対立、裏の顔、小児性愛疑惑」


あい「っ、誰が流したかは察しは付く」


あい「だが、こんな下らない記事を誰が信じると言うんだ? 全部デタラメじゃないか」


P「撮影に影響が出ると判断した為です」


あい「ちひろさんは? ちひろさんは知っていたのか?」


ちひろ「……はい」


あい「他の皆は? 薫には言ったのか?」


P「大人の方々や中高校生などには伝えてあります。小さな子にはまだ伝えていません」


あい「一体何があったんだ?」


ちひろ「………これです」


あい「……プロデューサーの脅迫、自社アイドルの起用を巡って対立、裏の顔、小児性愛疑惑」


あい「っ、誰が流したかは察しは付く」


あい「だが、こんな下らない記事を誰が信じると言うんだ? 全部デタラメじゃないか」


P「こんな記事が出たこと自体が問題なんです」


P「このまま悪評が広まれば、いずれは仕事にも影響が出て来るでしょう」


あい「訴えでも起こせばーー」


P「事務所名はなし、某プロデューサー」


P「妻子を亡くした男の末路や何だと書かれていますが、僕の名前はない」


あい「明らかに君のことだろう!」


あい「アイドルに妻を重ねただとか、こんな醜悪な記事を野放しにするのか!?」


P「…………」


ちひろ「あいさん、落ち着いて……」


あい「落ち着けるわけがないだろう!」


あい「こんなこと、こんな記事、あまりに酷すぎるじゃないか……」


P「皆さん軌道に乗っています。イメージダウンやアイドルの仕事に影響が出る前にーー」


あい「君を切って事態の収束か」


P「………」


あい「……本当に、どうにも出来ないのか?」


P「もう、決定したことなので……」


あい「…………」


P「申し訳ありません」


あい「……薫には何と伝えるつもりなんだ。あんなに君を慕っているんだよ?」


P「暫くは別の仕事をすることになる」


P「そう伝えるつもりです。ありのままを話すわけにはいかないですから」


あい「……別部署と言ったね。会おうと思えば会えるのかい?」


P「まだ先の話ですが、会うことは出来ないと思います。妙な噂が立つのは避けたいでしょうから」


あい「……フッ、フフッ、何だこれは? これが現実か? こんなものに、容易く壊されるのか」


あい「人の悪意とは本当にどうしようもないな。為す術もなく、君を失うわけだ」


P「…………」


あい「…………」ポロポロ


ちひろ「あいさん……」


あい「……受け取ってくれ。こんな形で渡すつもりではなかったが……」


P「……これは」


あい「フフッ、よく撮れているだろう? 君には内緒で撮って貰ったんだ。喜んで欲しくてね」


ちひろ「(そこに写っていたのは満面の笑みを浮かべる薫ちゃん)」


ちひろ「(そして、ウエディングドレスを着たあいさんと、微笑むプロデューサーさんの姿でした)」

また明日書きます。ありがとうございました。


翌日 事務所


凛「見た?」


加蓮「あー、うん。見たよ」


奈緒「……あの記事、酷かったな」


凛「奥さんと子供のことまで書いてた。書いた人、どんな神経してるんだろうね」


加蓮「……人じゃないでしょ、あんな記事書く奴」


奈緒「………プロデューサーって、まだ二十代だよな?」


凛「うん。確か、早苗さんと同い年だったかな」


加蓮「奈緒、それがどうしたの?」


奈緒「いや、そうなるとさ、奥さんが亡くなったのって二十代前半とかになるだろ?」


奈緒「二十歳なんてすぐだし、好きな人が死んじゃうって想像したら、なんか……」


凛「……そうだね。言わんとしてることは分かるよ」


加蓮「奥さん、体弱かったらしいね」


加蓮「自分じゃなくて、相手が『そうなる』のは考えたことないな……」


凛「何にも出来ないのかな」


加蓮「出来たらやってる。人の死をネタにするとかふざけてるでしょ」


ガチャ

薫「おはようごさいまー!!」


凛・奈緒・加蓮「おはよう、薫」


薫「せんせぇは?」


凛「すぐに来ると思う。一緒に待とうか」


薫「うんっ!」


奈緒「(プロデューサー、言うのかな……言わなきゃ、ダメなんだろうな……)」

ーーー
ーー


薫「しゅっちょう?」


P「そう、出張。別の場所でお仕事をするんだ」


薫「いつかえってくるの?」


P「それはまだ分からないんだ。だから、それまでは少しお別れしないといけない」


P「その間は違う人が僕のお仕事をするから、今まで通り頑張ーー」


薫「やだ!」


P「薫……」


薫「せんせぇは、ずっといっしょって言ったよ? やくそくしたよ?」


P「……ごめん。約束、破っちゃったな」


薫「……せんせぇ、しゅっちょうって、ぜったい行かなきゃダメなの?」


P「どうしても行かなきゃならないんだ。これも、お仕事だから……」


薫「かおるがいい子にしてたら、早くかえってくる?」


P「っ、ああ、そうだね。薫が良い子にしてたら、きっと早く帰って来られるよ」


薫「そっかー。じゃあ、まってる!」


P「………ありがとう、薫」


ナデナデ


薫「かおる、がんばるから」


P「うん」


奈緒「………」


凛「………あいさん、大丈夫かな」


加蓮「…………私達だってキツいんだ。きっと、私達以上にキツいはずだよ」


P「ところで、薫」


薫「?」


P「何で事務所に来たんだい? 今日はお休みだったはずだろう?」


薫「あいお姉ちゃんが来てくれたの」


薫「かおるのことがしんぱいだから、ようすを見に来たんだよ。って言ってた!」


P「それで?」


薫「えーっと、さつえいのお話ししてたら、せんせぇに会いに行こーって」


P「……あいお姉ちゃんは?」


薫「なんか、先にお話ししたいことがあるから上の人? に会い行くってーーー」


凛・奈緒・加蓮「!?」


P「渋谷さん」


凛「分かってる。早く行ってあげて」


P「薫、凛お姉ちゃん達と此処で待っててくれ。ちょっとあいお姉ちゃんを捜してくるから」


薫「う、うん」


P「(早く行かなければ……)」


ガチャ ドンッ


ちひろ「きゃっ、ちょっとプロデューサーさん、どうしたんでーーー」


P「も、申し訳ありません。急いでますので」


ちひろ「ちょっとどこに……って行っちゃった。どうしたのかしら?」


奈緒「ちひろさん」


ちひろ「あ、奈緒ちゃん。凛ちゃんと加蓮も来てたんですね。今日は朝からダンスレッスンでしたっけ」


奈緒「そ、そんなことは良いんだ。それより、あいさんが……」コソコソ


ちひろ「えっ!?」


薫「……せんせぇ、どうしたんだろう?」


凛「えっと……」


加蓮「プロデューサー、あいさんが迷子になったと思ったんじゃない?」


薫「まいご? あいお姉ちゃんが?」


加蓮「まぁ、あいさんに限ってそんなことはないだろうけどね」


加蓮「プロデューサーってかなり心配性だから、きっと早とちりしちゃったんだよ。びっくりしたね?」


薫「う、うん。かおるが悪いことしちゃったのかと思った。せんせぇは、おこってない?」


加蓮「大丈夫大丈夫。怒ってなんかないよ。プロデューサーは薫のことが大好きだから」ニコッ


薫「えへへ、よかったぁ」


凛「………加蓮、ありがと。助かったよ」


加蓮「ううん。それより、あいさんだよ。上の人って、流石にマズいんじゃないかな……」


>>>>>

P「東郷さん、待って下さい!」


あい「……おや、もう見付かってしまったか。もう少し時間が掛かるかと思ったんだけどね」


P「薫をこんなことに利用するなんて貴方らしくもない。東郷さん、しっかりして下さい」


あい「意識は明瞭だよ。しっかりしている。これは薫も望んでいることなんだ」


P「それは貴方の考えです。薫は何も知らないんだ。さあ、戻りましょう」


あい「断る」


ザワザワ


P「………周りの方が困惑しています。話は聞きますから来て下さい」


あい「………」スタスタ


ガシッ


P「聞いて下さい」


あい「生憎だが、私が話したいのは君ではない。君を外すことを決めた者だ」


P「……そんなことはさせられない」グイッ


あい「フフッ、随分と乱暴だね。君らしくもない」


P「それは貴方もです」

ーーー
ーー



P「(戻って話すわけにはいかない。この辺でいいだろう)」


あい「そろそろ離してくれないか」


P「分かりました。何故あんな行動を……」


あい「撤回させる為に決まっているだろう」


あい「君には私達を此処まで導いた実績があるんだ。あんな処遇は受け入れられるわけがない」


あい「各人のプロデュースは勿論、ユニット結成、これまでのライブは成功を納めている」


あい「早苗さんのライブはつい先日のことだ。楓さんのロケ番組、瑞樹さんのラジオや美優さんのグラビアだってーーー」


P「東郷さん!」


ガシッ


あい「……痛いよ。離してくれ」


P「離しません」


P「そんなことをしても何も変わらない。貴方だって分かっているはずだ」


P「冷静になって下さい。いつもの貴方にーー」


あい「私の何が分かる!」


P「………」


あい「私が君をどんなに思っているか分かるか? どれだけ悩んで、どれだけ泣いたと思っているんだ」


あい「君を失うことが私にとってどれだけ大きな意味を持つのか、君に…分かるのか……」ポロポロ


P「……分かっています」


あい「…………そうか、話が早くて助かる」


あい「私は君が好きだ。仕事上などではなく、異性として君を好いている」


P「答えは分かっているはずです」


あい「ああ、分かっているとも。痛いくらいに分かっているよ」


あい「ずっと仕事上の関係でいられたらどれだけ良かったか。だが、こうなってしまってはもう遅い」


P「……そんなことはありません。まだ、やり直せます」


あい「やり直すだって? 君がいないのにどうやってやり直す?」


P「僕との関係ではありません。アイドルとしてです」


あい「…………アイドル、か」


あい「君は私をどう思っているんだい? 私を、東郷あいを」


P「それはーー」


あい「答えてくれ」


P「…………」


あい「君の声を聞かせて欲しい。プロデューサーとしてではなく、君自身の声を……」


P「貴方は僕にとって」


あい「………」


P「誰よりも近くにいて欲しかった……アイドルでした」


あい「……そうか」


P「…………」


あい「意地の悪い質問になるけれど、もし結婚していなかったら私とーーー」


P「僕は、幸せです」


あい「えっ?」


P「貴方のようなアイドルと出会えてプロデュース出来たことは、とても幸せでした」


P「出来ることなら、いつまでも見ていたかった。殻を破って変わっていく貴方を」


あい「私もだよ」


あい「変わっていく君を見ていたかった。皆と笑顔でいる君を、私を変えてくれた君を見ていたかった」


P「…………」


あい「……せめて」


P「?」


あい「せめて、君がプロデューサーでいる間は、傍にいさせてくれないか」


あい「誰よりも近くにいて欲しかったアイドルとして、君の傍にいたいんだ。最後まで」


P「………ありがとうございます」


あい「礼を言うのは私の方だよ。取り乱してしまって申し訳なかった」


P「いいんです。その、気持ちは嬉しかったですから……」


あい「フフッ、そうか。君の照れた顔が見られて嬉しいよ」


あい「…………戻ろうか」


P「……そうですね。戻りましょう」


あい「皆は? 納得しているのかい?」


P「それは、これからだと思います。あの記事は見ないようにとは言っておきましたが……」


あい「……私のような行動に出る子もいるかもしれないよ?」


P「そうならないように最大限努力します」


P「皆さんはまだまだ先に行ける。もっと大きな存在に、素晴らしいアイドルになれる」


P「ですから、此処で止まってもらっては困るんです」


あい「(大きな存在……)」


あい「………プロデューサー」


P「はい?」


あい「私は最後まで全力で頑張るよ。だから、見ていてくれ」


>>>>>

P「…………」


ちひろ「大変でしたね。大丈夫ですか?」


P「はい、僕なら大丈夫です」


ちひろ「……あの、プロデューサーさん」


P「何ですか?」


ちひろ「あの記事、なんとか出来ないですかね」


P「難しいでしょうね。いっそ写真や実名でも書いてくれれば良かったと思っています」


P「そうなれば、事実無根だとして何かしらの行動を取れたかもしれない」


ちひろ「……その、何で使わなかったんですか?」


P「録音音声ですか?」


ちひろ「はい。そうすれば、こんな記事を書かれなくて済んだかも……」


P「そうですね。でも、使っていたら企画そのものが潰れていたかもしれない」


P「何より、事務所と出版社が揉めるようなことにあれば、撮影再開どころか特集などあり得なかったでしょう」


ちひろ「………今更使っても、プロデューサーさんの記事は消えないですもんね」


P「多分、使えないと思います」


ちひろ「?」


P「……使っていたら、担当変更では済まなかったでしょう」


P「法律にはあまり詳しくありませんが、侮辱や名誉毀損などになるんじゃないですかね」


P「事務所としても、所属アイドルを侮辱されたとなれば黙っていないでしょう」


P「そうなれば、彼はおそらく職を失っていた」


P「……それに、彼は妻帯者でした。子供だっているかもしれない……」


ちひろ「…………」


P「まあ、今更何を言っても変わりませんよ。仕返ししても何も返っては来ませんから」


ちひろ「そう、ですよね………」


P「まだ先の話です。とにかく、今やれることを一生懸命やるだけです」


P「その日まで、改めて宜しくお願いします。千川さん」


ちひろ「勿論です。頑張りましょうね」


ちひろ「(ですが、アイドルの皆さんはそうもいきませんでした)」


ちひろ「(あの日を境に、事務所に重苦しい雰囲気が漂うようになったのです)」


ちひろ「(プロデューサーさんが事前に説明していたとは言え、例の記事は皆さんに大きな衝撃を与えました)」


ちひろ「(悪意に塗れた文言に怒りを露わにする子が大半を占めていました)」

ちひろ「(事務所が下したプロデューサーの処遇に不満を募らせる子も……)」


ちひろ「(事務所の決断を覆そうとする動きは何度かありましたが、三人の姿が踏み止まらせました)」


ちひろ「(あいさんと薫ちゃん。そして、プロデューサーさんです)」


ちひろ「(笑顔で語り合う二人と薫ちゃん)」


ちひろ「(それはまるで、限られた時間を精一杯楽しもうとしているようでした……)」


ちひろ「(それを見つめる皆さんの姿は、とても言葉で言い表せるものではありません)」


ちひろ「(それ以降、先程のような行動を取ろうする子はいなくなりました)」


ちひろ「(怒りや不満はあれど、あの空間を壊すような真似はしたくなかったのでしょう)」


ちひろ「(懸命に普段通りでいようとする皆さんの姿は、頼もしくもあり痛々しくも見えました)」


ちひろ「(ライブ、舞台、モデル、歌番組等々)」


ちひろ「(常に全力で仕事に望み、その全てにおいて成功、その姿勢は高い評価を受けています)」


ちひろ「(その結果、以前にも増して人気も知名度は上がり、仕事も増えました)」


ちひろ「(ですが、心の内にあるものは消し去り難く、精神的負担は蓄積していくばかりです)」


ちひろ「(所属事務所への不信感も……)」


ちひろ「(もうすぐプロデューサーさんはいなくなる。アイドルの中には小さい子もいます)」


ちひろ「(泣き出す子もいるでしょう。そうなった時のケアは考えているのでしょうか?)」


ちひろ「(私には、アイドルの精神面を考慮していないのではないか、と感じざるを得ませんでした)」


ちひろ「(そんな中で、あいさんのブライダルモデル特集号が発売されたのでした……)」


ちひろ「(発売されるやいなや凄まじい反響を呼び、その写真はファッション誌の枠組を超えたものと評され、あいさんにオファーが殺到)」


ちひろ「(遂には著名なカメラマンの方から写真集を出したいとの依頼まで舞い込みました)」


ちひろ「(事務所としてはこの機を逃さず、すぐにゴーサインを出したかったでしょう)」


ちひろ「(話題性のある今、莫大な利益になることは確定しているのですから)」


ちひろ「(しかし、あいさんは首を縦には振りませんでした)」


ちひろ「(まさか断られるとは思ってもいなかったのでしょう。あいさんの話では慌てふためいていたようです)」


ちひろ「(そんな彼等に、彼女はある条件を突き付けたのでした)」


ちひろ「(今や事務所にとって大きな存在となった彼女の意思を無視するわけにもいかず……)」


ちひろ「(そこへアイドルからの陳情も相まって、その条件は受け入れられました)」


>>>>>

薫「うみー!」


あい「フフッ、こうして、また三人で海に来られるとは思ってもいなかったよ。撮影以来か」


あい「偶にはごねてみるものだね。しかし、あんなに簡単に行くとは思わなかった」


あい「断った瞬間、態度がガラリと変わったよ。利益優先、本当に分かりやすい……」


あい「条件を吞めば利益は全てそちらにと言ったら、その場で決定したよ」


あい「だが、それで君が何処へも行かずに済んだ。皆の胸のつかえも取れたようだし何よりだ」


あい「……案外、現実も悪いことばかりではないらしい」


薫「せんせぇ、しゅっちょう、なくなってよかったね!」


P「………」

あい「どうしたんだい?」


あい「せっかく海に来たのに先程から黙ってばかりだ。具合でも悪いのかい?」


P「……いえ。今でも現実感が湧かないので何と言ったらいいのか……言葉が出ません……」


あい「……私は今でも、誰よりも近くにいて欲しいアイドルかな?」


P「いや、あれは……」


薫「かおるは?」


P「ん? 薫は一番成長が楽しみなアイドルだ。きっと凄いアイドルになれるよ」


薫「ほんと?」


P「ああ、勿論だよ」


あい「一番は沢山居るみたいだね。他の子に何と言っているのか非常に興味があるよ」


P「……東郷さん、今日は随分と意地悪ですね」


あい「フフッ、冗談だよ。私は、君がいる限りアイドルでいられる………」


あい「これからも先へ進み続けるだけだ。この世界の誰よりも、大きな存在になってみせるよ」

これで終わります。ありがとうございました。

沢山の感想ありがとうございました。とても励みになりました。

>>295今更ですが最初はバーテンダーさんが違う出版社の編集長を呼んで、その編集長が写真を気に入って助けてくれる
というのを書こうとしましたが長くなるので変更しました

後は善澤さんが助けてくれるのも書こうとしましたが、これも長くなるので変更しました
あまりすっきりする終わり方ではありませんが、最後まで読んでくれてありがとうございました


ちひろ「(それから更に数ヶ月後)」


ちひろ「(あいさんの写真集は大好評、今尚も売れ行き好調です)」


ちひろ「(ただ、少しだけ変化したことが……)」


早苗「では、これから取り調べを始めます」


P「えっ?」


早苗「それは一体どう言った心境のなのか……さあ、答えたまえ」


P「いや、キャラクターまで作りこむ必要はないのでは?」


P「と言うか、早苗さんは取り調べとかしたことあるんですか?」


早苗「そう言うのはいいの! 雰囲気が大事なんだから乗ってくれないと!」


P「は、はぁ」


早苗「それで、どうなんだね?」


P「『それ』が何を差しているのか分からないので答えることは出来ません。刑事さん」


早苗「あくまでシラを切るつもりか。仕方が無い、どうやら助っ人を呼ぶしかないようだ」


P「助っ人?」


楓「プロデューサーさん、貴方は何かを隠している。違いますか?」ヒョコ


P「……楓さん、貴方は何をしているんですか。付けヒゲなんか付けて」


楓「似合いませんか?」


P「……素敵だと思います。それで? 楓さんは何役ですか?」


楓「名探偵です。通称、酩酊の楓です」


P「捜査にならないじゃないですか」


楓「あ~、酔っちまったぜ。事件という名の美酒によぉ~」


P「………それは?」


楓「キメ台詞です。どうでしょう?」


P「酔ったらダメでしょう」


楓「あ~、酔わなきゃやってられねえよぉ」グデーン

 
 


P「まだ昼間です。夜まで我慢して下さい」


楓「飲みに行きたいです」


P「じゃあ、皆で行きましょう。仕事が終わったら声を掛けてみます」


楓「………刑事、彼は無実です」


早苗「えっ!? ちょっと待って!! まだ事件は終わってないんだから!!」


楓「そうは思いません。彼は飲みに行こうと言った。これ以上は、無意味です……」


P「刑事さん、もう良いですか」


早苗「いや、まだだ。君には隠していることがある」


楓「何で指輪外したんですか?」


早苗「何で言っちゃうのよ!」


楓「探偵の感が、そう告げたからです」


早苗「やかましいわよ」


P「お二人共、他にやることないんですか」


早苗「それがないのよ」


楓「暇です。構って下さい」


P「正直過ぎますよ……」


早苗「ちょっと前に外したでしょ?」


P「ええ、別に隠す何もないですよ」


早苗「気になってる子が多くてね。良かったら教えてくれないかなぁって」


楓「そこで、下町の早苗と酩酊の楓の出番と言うわけです」


P「下町の早苗……良いですね。着物姿は似合うでしょうし、時代劇もありかもしれません」


早苗「えっ?」


P「早苗さんは背が小さくて可愛らしいので呉服屋の娘の役とか」


早苗「年齢的にキツいわよ。それよりネーミングセンス! ちょっと変えて」


楓「………即身仏の早苗」


早苗「仏の早苗でいいじゃない。なんで即身仏にすんのよ。チェンジ」

楓「…………頑張れ、早苗っ」


早苗「やめてっ! 親にも言われてるから!」


楓「では、鬼ごろしの早苗」


早苗「あ、ちょっとカッコイイ。既にありそうだけど、まあいいわ。それで?」


P「はい?」


早苗「どんな心境の変化?」


P「あ、まだ続けるんですね」


楓「はい、理由を教えて下さい。最近は気になって夜から朝まで眠ってしまいます」


P「健康そのものじゃないですか」


楓「……気になるのは、本当ですから」


P「………これは心境の変化と言うか、そろそろ前に進もうかと思いまして」


早苗「………そっか」


P「愛する気持ちは変わりませんが、過去は過去として受け入れて、前に進もうと思っています」


楓「もう、決めているんですね」


P「はい、心は決めています。行動には移しませんが、気持ちは伝えたつもりです」


早苗「まだ先よね?」


P「勿論です。今はまだ……」


早苗「ねえ、私が結婚するまで待っててくれない?」


P「待つも何も、早苗さんにはいないんですか? そういう人」


早苗「いたら困るでしょ?」


P「いや、寧ろ喜びそうですけどね。早苗さんのファンは理解が高いですから」


早苗「ファンに結婚の心配されるって、アイドルとてしてどうなのよ………」


P「早苗さんは素敵な女性です。必ず、良い男性と出会えますよ」


早苗「だどいいけどね。出会い、出会いか……」


楓「私はどうですか?」


楓「25歳です。結婚して子供がいてもおかしくない歳ですよ?」


早苗「それは私もよ……」


楓「……泣くな、鬼ごろしの早苗。君は、まだまだ若い」


早苗「……ありがとう。酩酊の楓」


P「あの、もういいですか?」


早苗「え~っ」


楓「めぇ~」


P「……子供じゃないんですから」


ガチャ


あい「ただいま……おや、三人で何をしてるんだい?」


P「暇潰しの相手をさせられていたんです。後のことは、あいさんにお任せしますね」


あい「えっ?」


早苗「東郷あい、だな」


あい「は、はい。早苗さん?」


早苗「これから取り調べを始めます」


あい「取り調べ? ちょっと意味がーー」


楓「あ~、酔っちまったぜ。事件という名の美酒によぉ~」


あい「いや、まるで意味が……と言うか楓さん、何で付けヒゲを……」


楓「私は名探偵。通称、酩酊の楓。そしてこちらが……」


早苗「鬼ごろしの早苗です」


ちひろ「(プロデューサーさんも、一生懸命、前に進もうとしています)」

以上で終了します。ありがとうございました。

うわぁ…蛇足すぎる…
なんか>>1が叩かれる理由がわかるわ

>>412ありがとうございます。嬉しいです。

おつ

>早苗「ファンに結婚の心配されるって、アイドルとてしてどうなのよ………」
リーダー「せやな」

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