相葉夕美「私が私でいるための」 (30)
時刻は午前9時半。柔らかな秋の光がカーテンの隙間から覗く自室で、私は布団にくるまったまま、今日はこれから何をしようかあれやこれやと思案に暮れていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1510177907
アイドルマスターシンデレラガールズ「相葉夕美」のSSとなります。
「lilac time」実装おめでとうございます。いち夕美Pとしてずっと楽しみにしていました。
時は昨日の夕方に遡る。収録を終え、明日――つまりは今日の予定を確認しそびれていた私は、それを確認するために事務所へ足を運んでいた。
その旨をプロデューサーさんに伝えると、目を丸くしたあと、いたずらをする少年のような目をして言った。
「少し前に、次の日曜日はオフにするって言わなかったか?最近あまり休みが取れてないから、しっかり体を休めてくれって。」
「あれ、そうだっけ...。それじゃあ明日はオフってことで大丈夫かな?」
なんなら事務仕事を手伝ってくれても良いぞ?と冗談めかして言うプロデューサーさんに丁重にお断りを入れたあと、少しばかり世間話をしてから私は事務所を去ったのであった。
時は進んで今朝の午前9時。ふと目を覚ました私は、沈黙を続ける目覚まし時計の示す時刻を見て唖然とした。
その後の私の行動は手に取るように分かるだろう。忙しい日が続いた後の休日の寝起きにありがちな「何で目覚まし鳴らないのっ!?遅刻しちゃう!!」現象である。今思い返すと何だか悔しい。
そんな名前の現象があるかはさておき、少し経ってから我に返った私はふてくされるように再び布団にくるまり、そのまま今に至る。
少し前までは「オフ」と聞くと年甲斐なく手放しで喜んだものだが、最近の多忙な日々にあてられて私はオフの過ごし方をすっかりと忘れてしまっていた。
仮に過去にタイムスリップして、1人で過ごすのが好きだったあの頃の私に今の生活を伝えたとしても、全く信じてもらえないだろう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
夕美 「――あっ、このつぼみ、だいぶ膨らんできたなぁ...。そろそろ綺麗なお花が咲くかも。こっちのお花は...うん、元気そうっ♪よしよし♪」
P 「キレイなお花ですね。このお花、あなたが?」
夕美 「へっ!?わっ、びっくりしたぁ...。あっ、あの、ありがとうございますっ。あ...もしかして、お花に喋りかけてたの聞かれちゃった...?」
夕美 「その、私、ボランティアでこの花壇のお世話をしているんです。手をかけるほどキレイに咲いてくれるので、やりがいもあって。褒めてもらえて、この子たちも喜びますっ。」
P 「このお花たちも、あなたみたいな方に育ててもらえて喜んでると思いますよ。なんだか、似ていますね。」
夕美 「似ている...?それって、どういう事ですか?」
P 「あぁすみません、こういった者でして...。」
夕美 「アイドル事務所の...プロデューサーさん、ですか。へぇ...なんだか、意外です。芸能界の方って、夜のイメージがあったから。」
夕美 「でも、どうしてそんな人が真昼の公園に...。あっ、お花、好きなんですか?この公園、色んなお花が咲いてますもんねっ♪」
夕美 「私のおススメのお花、あっちの花壇にあるんですっ!よかったら、一緒に見に行きませんか?育てるのは苦労したけど、キレイに咲いてくれたんですよ~。」
夕美 「――なんだか、たくさんお話しちゃって、すみませんっ。普段ひとりで育てているから、お花についてお話できるのがうれしくって!」
P「いえいえ、こちらこそ楽しかったですよ。本当にお花がお好きなんですね。」
P 「それで、ええと、先程の話に戻るのですが――」
夕美 「私をアイドルに...ですか?うーん...お話なら、聞きますよ。あなたも、私のお花の話を聞いてくれましたからっ。」
夕美 「それに、似てるって言ってくれたこと、その理由もまだ聞いていませんし...。」
夕美 「お花の好きな人に悪い人はいませんからっ。今度はあなたのお話、聞かせてくださいっ♪」
――もしあの時プロデューサーさんにスカウトされてなかったら、今頃どんな生活をしてるかなんて全く想像もつかない。
まだあの公園のお花のお世話は続けてたと思うけど、少なくとも、今のような色とりどりで毎日が充実している生活を送る事は到底叶わなかっただろう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
しばらくの間そのまま物思いにふけっていたが、ベッド脇の目覚まし時計の分針がもう半回転したあたりで、段々と外の空気が恋しくなってきた。
私はようやく布団から抜け出して、ベランダへ出ることにした。
サンダルを履いて一歩ベランダへ踏み出すと、すっかり秋めいた空に吹く、ひんやりとした心地よい風が頬をなでた。
その風に導かれるようにふと足元に目線を移すと、多忙な日々の合間を縫って手塩にかけて育てた花々が、最後の力を振り絞って咲き誇っていた。
「そろそろこの子たちともお別れかなぁ。そうだ、キレイに咲いてるうちに押し花にしてあげないとっ。」
思い立ったが吉日。テキパキと用具の準備を済ませ、「お疲れさま、今までありがとう」と声を掛けながら、ひとつひとつ丁寧に植木バサミを使って花を摘んでゆく。
摘んだ花はひとまずティッシュの間に挟んで、その上から本などで挟み込みしっかりと力を加える。数日の間そうしてある程度水分を吸収してからアイロンをかけると、すぐにアイロンがけするよりも出来上がりがキレイになるんだっ。
集中していると時間は早く過ぎるもので、一通り作業が終わって時計を見ると午後0時を示していた。
特にこれ以上やることが思いつかない私は、街中の時間がゆっくり進んでいるように錯覚してしまいそうなほど、のんびりとしたひとときを過ごしていた。
まるで部屋全体を暖色の絹布で包み込んでしまったかのように、秋の柔らかい陽の光が部屋の中をぽかぽかと染め上げていた。
改めて考えると、こうやって一人で過ごすのは本当に久しぶりな気がする。さっきも言った通りオフ自体が久々だし、前もって分かってれば誰かと予定を合わせるし...。まぁ、たまには今日みたいな一人で過ごす時間もいいかなっ。少し寂しいけど。
そんな事を考えていると、ふと、以前に愛用していたラジオの存在を思い出した。何となく音を欲してラジオを流して、近場で催されてるイベントが偶然取り上げられいると、その場に足を運んでみたり。時折あるラジオを通じた素敵な出会いが私は好きだった。アイドルになる前はよく聴いてたなぁ...。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「それでは、そろそろ曲紹介といこうか。ボクもこの曲は好きだよ。レゾンデートル――ボクの存在意義を求めて思考の海に沈んでしまい、自力では抜け出せなくなった時に聴くんだ。不思議とそんなものちっぽけな事に感じてしまうよ。」
ホコリが少しかぶったそれを引っ張り出してきて、電源がつくか半信半疑ながらに電源ボタンを押した。すると、ザザッ、ザザッというノイズの後に、よく耳馴染みのある声がラジオから聞こえてきた。そういえば飛鳥ちゃん、ラジオのパーソナリティーの仕事が来たって喜んでたっけ。
「それでは聴いてもらおうか。相葉夕美で、『lilac time』」
するとさらに、耳馴染みのある――もはや体で覚えてしまったメロディーが溢れ出してきた。
一旦休憩。
この後もこんな調子でだらだら進めていきます。
一応完結はしてるので、今日中には最後まで投下しきれると思います。
「聴いて頂いたのは、相葉夕美で『lilac time』でした。休日の昼間にはピッタリの曲だったんじゃないかな?」
私は嬉しさと恥ずかしさ、懐かしさの混ざったような何とも言いがたい気持ちで自分の持ち歌を聞いていた。
「そういえば先日、この曲にも出てくるリコッタパンケーキを人生で初めて食べたんだけどね、アレは絶品だったよ...。ボクが行ったのは、レンガ造りの建物の中にある小洒落たお店だったんだけど――」
午後の予定がなかなか決まらず悩んでいた私は、ラジオから流れてくるこの話を聞いてハッとした。せっかく自分の持ち歌にも出てくるのだから、是非とも一度は食べてみたいと前々から考えていた事を思い出したのだ。
最近はそんな時間も取れずじまいだったから、すっかり記憶の引き出しの奥にしまい込まれちゃってたけど。
――よしっ。リコッタパンケーキ、食べに行こう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その気になった夕美の行動は速い。いつもはにこにこふわふわだけど、何かの拍子に走り出すと止まらない――そう形容される彼女の性格だが、今回も例外なくそれを発揮していた。
「あぁ、彼女の“アレ”の事かい...?普段はとても頼れる優しいお姉さんみたいな感じなんだけど、暴走?はし?りだすと止まらなくてね...。聴いてくれるかい?今年の彼女のバースデーライブで、誕生花について語り出した時なんかは――」
「――まぁもちろんボクも含め、彼女のファンはその要素も含めて彼女だと思っているし、そこに魅力を感じるんじゃないかな?ほら、ギャップというやつさ。例えば、若干14歳のいたいけな少女が少しばかりイタイ言葉遣いをしていたら魅力を感じるだろう?」
「えっ、それは少し違う?彼女のそれとボクのそれの何処に相違点が在ると言うのかい?フッ、そうかいそうかい。良いだろう。そもそもボクは――」
と、これは二宮飛鳥の談。
夕美のそれが他人を嫌な気持ちにさせる事はもちろん無いし、その一面も含めて彼女の魅力となっている事は言うまでもないだろう。
あれこれと外出の準備をしていると、お腹が力なくきゅーっと情けない音を発した。それを聞いて、私はようやく自身の空腹を自覚した。考えてみれば朝から何も口にしていなかった。
いつもなら簡単に何か作るんだけど、今は何だかそんな気分じゃない。リコッタパンケーキ、である。少し前の哀愁じみた感情はどこへやら。
さすがに何も食べずに出掛けるのはよろしくないし、どうしようかとうんうん唸っていると、昨日差し入れで頂いたビスケットの存在を思い出し、バッグからそれを引っ張り出した。
「うーん、あとは何か飲み物...。」
冷蔵庫から、家でいつも飲んでいるミントティーを持ってきてコップに注ぎ、ささやかなティーブレイク。口の中でさくさくと広がるクッキーの素朴な甘さと、ミントティーの爽やかな清涼感が私の体を満たした。
いつもなら何かもう一品、例えばサンドイッチのような物が欲しくなる所だけど、他のことで頭がいっぱいになっている今の私にはそれだけでも十分な量だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ガタンゴトンと軽快な音を発しながら、夕美の乗る電車は雲一つない青空の下、街の中を進んでいた。以前に下調べを済ませていた店へと向かっている最中であった。
偶然にもそれが、飛鳥がラジオで話していた店である事をまだ夕美は知らない。
移ろいゆく窓の外の景色をぼうっと眺めていると、ふいに窓の外が真っ暗になってしまった。恐らく地下に入ったのだろう。
辺りを見渡すと、今日は休日だからだろうか。なんとなく家族連れの姿が多いように感じた。
目的地の最寄り駅に着いて電車を降りる間際、私より少し年下くらいの女の子に「夕美さんですよね?いつも応援してますっ。」と、さり気なく声を掛けられた。
以前プロデューサーさんに指摘されたから、今日はわりとしっかり変装してるつもりだったけど、これでも分かっちゃうものなのかな?
今回は気づかってくれたから良かったけど、次からはもう少し気をつけないと。声をかけられるのはもちろん嬉しいけど、騒ぎになったら困っちゃうからね。
――電車を降りるまでは良かったけど、出口がたくさんありすぎて駅の構内で少し迷ってしまった。駅員さんに聞いてなんとかなったけど、いつも使わない駅を使う時のあるあるだよねっ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
駅から数分歩いて橋のたもとに差し掛かった頃、ようやく目的地の建物が見えてきた。私はまるでスキップでもするかのような軽やかな足取りで、その建物へだんだんと近づいていった。
お店の前に着いた時には、時刻は既に午後4時を回っていた。
私の前には10組くらい人が並んでて、30分近く並んだあとに店内へと案内された。聞くところによると、1時間以上待ち時間があることもよくあるみたい。今日は運が良かったみたいねっ。
注文してから数分後、バターの香ばしい香りとふんわりとした甘い香りと共に、ようやく待望のリコッタパンケーキが姿を表した。
お皿の上には三段重ねのふんわりとした分厚いパンケーキ、それぞれの上にちょこんと乗せられたバター、縦にカットされた少し小さめのバナナ。サイドには備え付けのメープルシロップ。
――なるほど、なるほど。
(リコッタパンケーキのイメージ画像だよ)
https://i.imgur.com/bpEQQHN.jpg
想像と少しばかり違う。いやかなり違う。もっとこう、なんていうのかな、かわいらしいものを想像してたんだけどなぁ。いやまぁビジュアル的にはかわいらしいんだけどね?うーん、カロリー的にはちょっとかわいくないかなぁ...。
――頼んじゃったものはしょうがない。明日のレッスン、プロデューサーさんにお願いして少し増やしてもらわないとっ。
カロリー云々の事を頭から追い出した私は、いよいよパンケーキにナイフを入れた。すると、まるで空気を切っているかのような感触と共に、あっという間に二つに切り分けることが出来た。
フォークで刺しておそるおそる口に運ぶと、今までに感じたことのないふわふわとした食感が私を襲った。まるで口の中で溶けちゃうみたいっ。思ったよりも甘くなくて、ほんのりとした塩気も相まっていくらでも食べられちゃいそう。
メープルシロップをとろりとたらして食べると、今度はリコッタチーズの爽やかな酸味と、メープルシロップの甘みが相性抜群。お互いの良いところを抜群に引き出し合ってて、この味もくせになっちゃいそうっ。
さながらセレブにでもなったかのような気分を楽しみながら食べ進めていると、あっという間にひと皿をぺろっと平らげてしまった。リコッタパンケーキ、恐るべし。今度また誰かと一緒に来たいなっ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
残りのあと少しは夜に投下します。
マイペースで申し訳ないです。
イメージ画像が貼れてるか怪しいので、再度貼り直しておきます。
(リコッタパンケーキの参考画像だよ)
http://fsm.vip2ch.com/-/hirame/hira148749.jpg
時刻は午後6時半。お腹をすっかり満たしてお店を出た私は、この辺り一帯を見晴らせる展望台へ向かうためにバスに揺られていた。
もう日は落ちて辺りはすっかりと暗くなり、日中の賑やかな雰囲気はどこかへと消え去ってしまった。
バスは比較的すぐに最寄りのバス停に到着し、都会の夜風に当たりながら少し歩くと、目的地である建物が見えてきた。
建物の中へ入って展望台へと続くエレベーターのあるホールへ足を運び、そこでチケットを購入した。
順番を少し待ち、ようやくエレベーターへ乗り込んだ。
エレベーターは40秒ほど上昇を続け、その扉が開いた瞬間、眼下に広がる美しい夜景が姿を表した。
まるでそこに何も無いと思わせるほどに漆黒に染まる夜の海と、建物や観覧車のきらびやかな彩光のコントラストが幻想的な風景を生み出していた。
ふと、幼少期にこの場所へ来た時の事を思い出した。あの時は確か昼間だったかな。眼下で動く車を見て興奮したのを今でも覚えている。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
目の前に広がる美しい夜景にあてられて少し感傷的になっている今の私には、光を放ちながら規則的に走る数多の地上の車たちが、まるで私たちの過ごす日常を象徴的に表しているように感じられた。
例えば、電車の数分の遅延でも詫びを入れないといけないように、極限まで効率化されて、少しでも横道に逸れたり進む方向を誤ってしまうと事故を起こしてしまうような。その中で、自分の存在を個々が必死に主張しているような、そんな日常。私はアイドルだからなおさらだね。
今日という日を一人で過ごして、改めて「いつも通り」の幸せを再認識できたような気がした。一見すると窮屈な日常だけど、アイドルの仲間がいて、たくさんのファンがいて、プロデューサーさんもいる。もちろん大変な事もあるけど、その分楽しいことだってたくさんある。
「大切なものは失ってから気づく」って言葉があるけど、今の私に当てはまるかも、と思った。「失った」とは少し違うかな?明日になればまたみんなに会えるもんねっ。
でも、走り続けたらどんな車だって故障しちゃう。たまには休憩をしたり、メンテナンスをするのも大切だよねっ。昨日までの私は、それを忘れていたのかもしれない。いそがしいけど楽しい、そう思ってたけど、実は無意識な所でちょっと窮屈に感じてたのかも。
プロデューサーさんには明日会ったらちゃんとお礼を言わないとねっ。あのまま走り続けてたら、もしかしたらどこかで歯車が狂っていたかもしれない。案外自分のことは自分じゃ気付かないものだなぁ...。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
さて、そろそろ家に帰ろうかな。明日からはまたいつも通りの日常が始まるけれど、これまで以上に頑張って、これまで以上に楽しもうっ。
でも、昨日までみたいに走り続けてたら、いつどんな拍子に綻びが生じるかは誰にも分からない。
だからこそ、明日からのいつも通りの日常と共に、今日のような一人の時間もこれ以上に大切にしようと改めて思った。
――私が私でいるために、ねっ。
以上で終わりとなります。
ようやくデレステに「lilac time」が実装されましたね。首を長くして待っていました。
リコッタパンケーキ(リコッタチーズパンケーキ)は比較的好みが分かれますが、個人的には割と好きです。一度は食べてみても損は無いかも。
今までは読む側だったのですが、いざ書いてみるとやはり難しいですね。もう少し頑張ります。
では。
http://fsm.vip2ch.com/-/hirame/hira148774.jpg
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません