【FGO】イリヤと天の衣 (63)

きっと、私があの子に出会うことはないと思っていた。

二度と触れ合うことは出来ないと。

あの顔を見ることも、あの声を聴くことも、もう私には届くはずのない夢となった。

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そう、思っていたのに……運命は私とあの子を惹き会わせた。


同じ時間と、同じ世界で育ったあの子ではないけれども、

間違いなくあれは私の……私達の想い出の結晶だ。


遠い記憶の果て、尚も忘れることはない。

冷たくて、凍えるような心を溶かしてくれた。

寒くて寂しい私達を、彼女の笑顔が暖めてくれた。

その声が、私達に未来をくれたのだ。

それは、今も変わらない。

あの子が―――別の世界の存在であっても―――生きていてくれるだけで、

それだけで私は満足だった。


満足していた―――遠くから見守ることが出来る、それだけで本当に良かった。

あの子は、何もわからないだろうから……これで良かったの。


良かった、こことは違う世界でも、あの子が幸せそうで。

本当に良かった、元気でいてくれて。本当に、本当に。


「―――……あのぉ、もしもし?何してるんですか。ストーカーですかね?」


ここでの暮らしは平気だろうか?

あんなに元気で転んだりしたら大変。

不自由な思いはしてないだろうか?

聞きたいことは沢山あるけれど、私の声を届けるわけにはいかない。

こうして居られるだけで―――


「無視はいけませんよー?無視は。

イリヤさんに何か御用でしたら、このルビーちゃんを通していただかなければね!」


―――何?さっきから頭の傍をブンブンと、ハエ?

なんか喋っているような、気のせいかしら?


「だんまり、ですかぁ?……仕方がないですね、これは実力行使も」

「ちょっと!誰なの、さっきから……うるさいと見つかっちゃうわ」

「聞こえてるじゃないですかー!だったら、ちゃんと反応してくれないと……ん?」

「聞こえてる、聞こえてるから!静かに―――」


ステッキが喋っている。

流石はカルデアと呼ばれるここ。

私が言えることではないけれど、よくよく不思議なことに縁があるものね。


「―――あれ、貴女……イリヤさんのお母様では?」

「え?」


変な形のステッキが、私のことを知っている?


「おかしいですねー?何故ここに」

「私を、知っているの?あの子を―――イリヤのことも」

「それはもう!なんたってイリヤさんはマス―――」


気を取られている隙に、私は足音が近づいてくるのを聞き逃してしまった。

気が付いた時には遅い、遅すぎた。何もかも、今までも。


「―――ルビー!声が聞こえたと思ったら、こんな所で何してるの!!」

「あ―――」


あの子の声が、すぐそこで聞こえる。

このまま何も言わずに消えることも出来た。

でも、私はその声に……その姿に、その顔に、その全てに気を取られていた。

どうしようもなかった。どうすることも出来なかった。


―――だって、すぐそこに居るんですもの。


もう出会うことはないと、二度と触れ合うことは出来ないと、

運命を受け入れたはずなのに、私の願望が……すぐ、そこに。


「ち、違うんですよイリヤさん!見て下さいこの方を!!」

「また誰かに迷惑かけたんじゃ……かけたんじゃ―――え?」

「あ……ああ……イリヤ……」

「え、えっ……嘘、ママ……?」


彼女が、私に語りかける。


―――お母様!


記憶の欠片が、私の心に語りかける。

ここにいるあの子と、私に残った記録の中にいるあの子が。


その日―――私は運命に出会った。


「―――えぇ……えぇええええええ!ママぁ!?な、なんで」

「あの、イリヤ、違うの……私は」

「前からなぁーんかママに似た声が聞こえるような気がしてたけど、

やっぱり居たんだ……ママ、ママだよね?」

「あのね、イリヤ……私は―――」


「イリヤさん、良かったですねぇ!まさかーこんな所で親子感動のご対面とは!!

流石はカルデア、何でもありとは恐れ入りました」

「……もうっ!あなたは黙ってて!!

あなたがうるさくするからイリヤに見つかったのよ?そこで反省しなさい!!」

「あっはい……」


こんな形でイリヤに見つかってしまうとは。

どうしましょう、どうしたら良いだろう。

どうしたら、“彼女をなるべく悲しませないように”出来るだろうか。


「イリヤ……いえ、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン」

「え……は、はい……?」

「私は……私は……」


私は……あなたの……!


「私はあなたの母親では、ありません」

「え?」

「私はアイリスフィール……アイリスフィール・フォン・アインツベルン」

「???……あの、ママ……だよね……名前も声も、顔も同じなんですけど……」


「そうね、きっとそうなのでしょうね。でも、違うの。

わからない?私は、このカルデアに召喚されたサーヴァント。

聖杯の力で、聖杯の端末として、繋がらない世界から呼び出された仮初めの器。

あなたの知らない世界の理。あなたの知る必要のない、失われた奇跡の魔法。

天の衣を纏いし者、それが今の私なの」


「わ、わからないんですけど……」


「だからね、姿や形が同じだとしても、まったく別の存在ということ。

あなたのママは、あなたの世界のママ。

私は、この世界では消えてしまったアイリスフィール、ということよ」

「消えた……?」


「私は英霊ではないのだけれど。

……そうね、もうアイリスフィールとしての私は死んでしまっているの。

本当なら、どこにもいないはずの存在なのよ」

「どこにも……ここにいるのに?」


「そう、だからこれは一時の夢のようなもの。

……あなたが見ている私は、あなたの母親の形をしているだけの、ただの残滓よ」

「ざ、ざんし……?(って何かなルビー)」

「(残り物、みたいな意味ですよイリヤさん……)」


「じゃ、じゃあ……えっと、ママ……じゃなくて……?

アイリ、さん……は―――わたしのことを、知らないの?」

「それは……」


―――そんなわけ、あるはずがない。

どんな姿になったって、片時も忘れることはない。

あなたと過ごした僅かな日々を、全てが輝いていたあの景色を、

私が人として生きた証を、その想い出をくれた感謝を、イリヤと、イリヤと。


「えっと……わたし、イリヤって言います。

小学五年生で、メイドのセラとリズ、それとお兄ちゃんと暮らしてます。

後、最近うるさい妹も出来て……パパとママは仕事でよく出かけててあんまり家にいません。

それからそれから……」

「イリヤさん、イリヤさん」


「一応……魔法少女、的な?そんな感じの……はい、あれです……」

「イリヤさん、もっと胸を張って言って下さいよ!

もっとあざとく!もっと可愛く!もっとアピールして!!」


「なんで!?……うぅ、恥ずかしいよ……ママの前でとか……違う人でも」

「いや、いいですよー。その恥らう姿が丁度良いんですよー。

こんな特殊な事象で動いてる世界ですからね。ここだけで出来ることもしていかないと!」

「ルビーはちょっとくらい自重して!みんな真面目に戦ってるんだよ!?

わたしたちだって、少しくらい気を引き締めてないと、マスターさんに怒られちゃうよ」


そう、私達はこの世界のために戦っている。

戦うために呼ばれた力、マスターと契約したサーヴァント。

この子が呼ばれたということは、戦う運命からは逃れられないことを意味している。


「イリヤ……」

「あっ!ごめんなさい、それでですねー……えっと、うんと……あのそのわたしは……」


「……イリヤ……戦うことは、怖くない?痛い思いは、していない?」

「え?……あの……」


「あなたが望むのなら……私は……」

「だ、大丈夫です!……本当は少しだけ、怖いなーとか思ったこともあるけれど!

マスターさんは優しいし、マシュさんとも仲良くなれたし、ここにはクロもいるから。


―――わたし、怖くないよ。痛いことからは、ルビーが守ってくれるしね!」

「ええ、ええ!そうですとも、我が可愛いくぁいいマスターに傷を付ける輩など!

例え超常のサーヴァントと言えど、このルビーちゃんが許しませんよー!!」


「ちょっとうるさいのが玉にきずだけど、

どんな攻撃も変身しちゃえばへっちゃらなんだから!」

「イリヤさん、ここに来てから冷たくありません?

そんな扱いばかりしてると、うっかり魔力を滑らせてしまうかもしれませんよ?」


「魔力を滑らすって何!?滑るものなの、魔力って……」

「こんな状況ですしね。少しくらいピンチになって、泣き顔を拝むのも良いかと!

なぁに、今のイリヤさんは腐ってもサーヴァント!

大抵のことなら乗り切れますし、試してみるのも一興かと……」

「やめて、絶対やめて!

うぅ、美遊とサファイアが居ればルビーの暴走も止められるのにぃ……」


イリヤが、ピンチに……?


「ルビーさん……と言ったかしら」

「はい?」

「絶対に、やめなさい。聖杯に誓って、イリヤを守り抜きなさい。

さもないと……」

「じょ、じょじょ冗談ですよ、あはははは!

こちらの世界のお母様は冗談が通じないでいらっしゃるようで。

あ、なんかこわいですごめんなさいすみませんでした……」


私は、イリヤが戦う所を見たくはない。

イリヤが傷つく姿も、怖がる思いも、涙を流すようなことは許せない。


これは、イリヤの傍に居られなかった私の後悔なのかもしれない。

人として、ホムンクルスとして、あの人の為に生き抜いた私の……最後の心残り。


もしもまた、あの子に会えることが出来たのなら、今度はめいっぱい抱きしめよう。

一緒に居られなかった時間の数だけ、想い出を残していこう。


あの人と私と……イリヤ、私の大切な娘。

……愛していたのに、最後の時まで一緒に居られなかった……私の後悔。


母親として、普通の家族として、あなたと向き合いたかった。

それが出来たらどんなに幸せだったろうと……夢に見ていたの。


「―――それで、そんな感じ……です!これから、よろしくお願いします!

まだ、なんだかよくわかんないけど、仲良くしてくれると嬉しいです!」


私は、無意識に彼女の頬に手を伸ばす。

彼女のやわらかい肌と、指先に感じる温かな感触に想いを馳せる。


どうか、彼女の笑顔が絶えないようにと。

それが、鏡に映った虚像のイリヤだとしても、曇りのない純粋な心は変わらないのだから。


万華鏡みたいな運命が導く戦いの中で―――

―――星の輝きが、あなたを照らしていますように。


「えっと……あはは、その……くすぐったいです……」

「あっ……ごめんなさい……つい……」


そう言いながらも、私の手は彼女の頬から離れない。

むずがる彼女を離すまいと、私のこの手が優しく包む。

やっと触れられた指先で、彼女の体温を感じながら頬を滑らす。


気が付けば、手を回して頭まで、私はイリヤに触れていた。

気が付いていても、その手を離せなかった。


離してしまったら、もう二度と触れられないと思うと、より一層近づいてしまう。

遠ざけまいと、近づけてしまう。


私は、イリヤを抱きしめていた。

彼女の小さな体を、強く、強く抱きしめた。


「あ、あの……あの……」

「ごめんなさい、ごめんなさい……イリヤ……」


謝る言葉を綴るとも、私はあなたを離せない。

いや、私が謝りたかったのは……私が本当に謝っているのは、

もっと別の、私が犯した罪に対しての贖罪なのだ。


―――あなたを一人にしてしまってごめんなさい。

寂しい思いをさせてしまって、冷たい夜にあなたの傍に居られなくて。

沢山のモノを犠牲にして、辛い思いをさせてしまったでしょう……。


私の選択は、あの人との選択は間違っていたのだろうか。

……いいえ、決して私達が選んだ答えは、間違いではなかった。

理想と信念の果てに、希望を見出したのは間違いなんかじゃない。


でも、揺らいでしまう。

こうしてまた愛しい我が子に触れていると、もしかしたら……と心が震える。


だからこれは、贖罪なのだ。

今更どうしようもない現実と、謝ることしか出来ない私の、

僅かに残った、イリヤの母親としての懺悔。


「ごめんなさい、イリヤ……もう少し、このままで……お願い……」

「アイリさ……え……えと……マ……ママ……?」


こんな―――未来があったのだろうか?

イリヤをこの手で抱きしめて、いつでもその手を包み込んで、

私と、イリヤと、あの人の三人で……笑って居られる世界がどこかに。


困惑している彼女も忘れ、私は抑えることの出来ない気持ちで溢れかえる。


きっと、私があの子に出会うことはないと思っていた。

二度と触れ合うことは出来ないと。

あの顔を見ることも、あの声を聴くことも、もう私には届くはずのない夢となった。


―――それなのに、未来無きこの世界で……私は再び夢と出会えた。

たとえそれが、本当に求めた私の未来ではなくとも。

どんな形であっても、もう一度あの子を抱きしめられるなら―――


この手を離したくない。

ずっと、このままイリヤに触れていたい。

あの子に……あの子に触れられなかった分まで……イリヤ、あなたに。


「ああ、イリヤ……イリヤ……私は……私の、イリヤ……!」


「ママ……な、泣かないで……わたしは居るよ。ここに、ちゃんと」

「ええ……ええ……!ありがとう、ここに居てくれて。

元気で……生きていて……」


「う、うん……わたし、元気だよ。大丈夫だよ。

だってわたしは、一人じゃないから!」

「そうですよールビーちゃんもちゃんといますよー!!」


「ふふ、イリヤ……あなたは沢山の人に愛されているわ。きっと……」

「愛……!?そ、それはちょっと大げさなような……」

「いいえ、イリヤさんはちゃんと愛されキャラですからオールオッケーですよ!」


「私も、イリヤを愛しているわ。ずっと、ずっと愛しているわ……イリヤ……」

「えぇぇ……えぇぇええ!?……えぇと、はい……恥ずかしいよぉ」


「あなたには、わからなくてもいいの。

……それでも、私は愛しているから」


それだけは、どんな世界であっても変わらない。

どんなイリヤでも、イリヤはイリヤで、私の大切な宝物。

聖杯よりも、何よりも、決して揺るぐことの無い想い。


「わたし……わたしもあい……っ……好きです!

ママのこと、みんなのことも……一応、ルビーもね!」

「一応!?」


「イリヤ……」

「良かったら……ママって呼んじゃダメですか?

なんだか、ママはママじゃないと納まりが悪いって言うかなんていうか……」


「……私は、あなたの本当のママではないのよ?それでも……」

「わたしにとっては、ママはママだから!

……それだけは、変わって欲しくないっていうか……ダメ……かなぁ?」


もう、呼ばれる資格は無いと思っていた。

私は聖杯の一部で、ともすればいずれは消えゆく存在。

母としての側面があっても、私は母としての資格は失ってしまったと、そう思っていた。


いいのだろうか?

私は、イリヤの母親として、また彼女に触れてしまっても。

例え本物では無かったとしても、アイリスフィールとして、あの子の母親で居ても。


これは、願望機として聖杯が叶えた夢なのだろうか。

聖杯である私の、聖杯による答え。


わからない、わからないけれど、私は……―――

* * *


「―――……出来たわ!これでいいかしら?」


それはある日のカルデア。私はキッチンで包丁を片手に、隣の彼へ確認する。


「ええ、問題ないですよ。なかなか、お上手ですねマダム」

「あらやだ、マダムだなんて。アイリ、と気軽に呼んでも良いのよ?」

「これは失礼。私はこういう性分なものでね」


私はとある英霊に料理を習っていた。

サーヴァントが何かを覚えるだなんて……まるで人間だった頃のことを思い出す。

いや、人間だった頃は料理なんて微塵も触れなかったでしょうけれど。


ここに来て、ようやく家族らしいことが出来ると思うと、

なんだか不思議な気持ちに心を躍らせてしまう。


「……ところで、聞いてもよろしいですか?

何故、急に料理を覚えたいなどと?

ここには黙っていても厨房に入る英霊が多くいるというのに……」


「え?……だってその、今度家族でピクニックに行く時とかにね……」

「……は?ぴ、ピクニックですか……?」


「あら?……ああ、ご、ごめんなさい!違うのよ?

ちょっと浮かれ過ぎかしら……ふふふ、どうか忘れて下さいな」

「いえ、まぁ、その……そういう時が来ることもあるかもしれませんがね、ここなら」


「そう?……やっぱり、お弁当くらい作れないと駄目よねって……。

この前ね、イリヤにそう言ったら『ママがお弁当!?』って驚かれてしまって……」

「ふむ……」


「どうもね、凄く嫌がられてる気がしたのよ。

クロちゃんなんか『わ、わたしは遠慮しとく!』ってピューッと逃げちゃうし!

だから少しは料理が上手くなって、ママとしての威厳を取り戻さないと!!」

「な、なるほど。それは、良い心掛けですね……」


そんな私の熱意に、彼は丁寧に応えてくれた。

カルデアは良い所だ。彼だけでなく、沢山英霊が料理の先生になってくれる。


しかも、色んな国の知恵と知識が集まってくるの!

これならイリヤ達もビックリするぐらいの料理を振る舞えるわ。

今からイリヤ達の喜ぶ顔が楽しみである。


「ありがとうね、エミヤくん。私の我が儘に付き合わせてしまって」

「何、これくらいのことで良いのなら……いつでも相談を受けますよ」


「優しいのね、エミヤくんは。

そうだわ!エミヤくんも、今度一緒にどうかしら?ピクニック」

「え!?……いや、オレはちょっとその……家族水入らずの邪魔になるでしょうからね。

申し訳ないですが、遠慮しておきますよ」


「そんな、遠慮なんて……気にしなくても良いのに。

それとも、家族はお嫌いかしら?」

「それは……」


彼は心底困ったような顔で、私から目を背ける。

大人びた彼の、なんとなく可愛い仕草が可笑しくて、

背けた目線の先に、顔を覗いては避けられるのを繰り返す。


「……人が悪いですね、貴女は」

「ふふ、ごめんなさい。

つい、似ているものだから……優しい所も、不器用な所も。


私、知っているのよ?貴方たまに、イリヤのことを見守っているでしょう?

せっかくだから、これを機にお話しでもしてみたらどうかなーって」


「それは……まぁ、彼女とは少しだけ縁のようなものがありましてね。

気になってしまった……本当に、ただそれだけのことなんですよ」

「そうなの?でも、いいじゃない。

きっと、これも運命なのかもしれないわ。そう、私達の……」


―――出会うはずもなかった……星の導き。

いつか、誰かが夢見た奇跡。偶然と運命が重なった物語。


「あの子達も喜んでくれるわ……多分ね。

私も貴方の……エミヤくんのお話をもっと聞いてみたいもの。

だから、ね?」


「……はぁ……やれやれ、強引な御方だ。

仕方がない……もしもそのような時間があれば……その時は、ご一緒しましょう」

「約束よ?……よーし、ママ張りきっちゃうんだから!」


嫌そうにしている彼の苦笑いに、誰かの影が被る。

決して顔が似ているわけでもない、声も違う、私は彼のことを知らないのに。

私の良く知るあの人の影が、彼の背中に映って見える。


「……そうだわ、相談ついでになのだけれど……」

「……嫌だ。と言っても聞くのでしょう?

なんです?私が答えられることなら、お聞きしましょう」



「……エミヤくんは、後悔したことって……あるかしら……?」

「後……悔……?」


彼の優しさに甘える様に、私は聞いてしまった。

突然の事に、彼の困惑と動揺は隠せない。


それもそうだ。こんなことを聞かれても、答えることは難しい。

難しい……とも違うかしら。

大抵の人間は、後悔が無いわけがないのだから。


相談なんて考えなければ、簡単にあるとも言えるし、それ以上でもそれ以下でもない。

それに、私達サーヴァントに後悔なんて……聞いたところでどうにもならないのに。


放っておけない彼の素性が気になってしまった。


「後悔なんて無い……と、英霊だったら言いたい所ですがね。

生憎、私の人生は後悔だらけなもので……例に挙げるのは切りが無いぐらいですね」

「そ、そんなに後悔してることがあるの?ごめんなさい……私……」

「いえ、構いませんよ。卑屈な物言いしか出来ないので、こちらこそ申し訳ないぐらいだ」


「……後悔していて、辛い?苦しい?」

「フッ……何度も繰り返し後悔してきました。私の人生は後悔と失敗の連続だ。

得たモノも確かにあるが、それ以上に多くのモノを失ってきた」

「……」


「自分が辛いのも、苦しいのも耐えることはいくらでも出来るが、

その行いの所為で沢山のモノを他人に背負わせ、与えてしまった。

後悔しながら、私は後悔という罪を重ねていくばかりだった……」


「……やり直したいと、思ったことはある?」


「もちろん。過去の失敗も、後悔する前に止めたいことも。

何度考えても、選択してきたことを振り返ることしか出来なかった」

「……」


「……かつて、私には誇りが無いと誰かに言われた気がします。ええ、その通り。

生きてきた後悔ばかりで、誇りも何も、

私は全てをやり直して、なかったことになれば良いと本気で願っていた」

「……エミヤくん、それは」


「罪を償う方法もないなら、いっそ……とね?

残念ながら、そんなことしかないのですよ。我ながらお恥ずかしいことだ」

「恥ずかしいだなんて……貴方は……」


彼は顔を背けて、遠くを見つめている。

何かを思い出そうとするように、悲しい横顔に誰かの影が被る。


「結局、私はやり直すことも、後悔しないことも出来なかった。


そう、後悔ばかりです。

後悔はしています……だが、しかし……それでもオレは―――」


彼が“何か”を口にしようとしながら、その悲しい横顔から見える瞳に光が灯る。

瞬間、誰かの影は彼の中から消えていた。


やり直したい、後悔ばかりと言っている彼の迷いなど、小さなことに見えるくらい。

それはきっと、心の折れない強い意思が籠っている。


「―――いや、これは質問の答えではないな。

失敬……と、私が言えることはこれぐらいです。


今みたいなことは、もっと他の英霊に聞くべきでしたね。

ここには後悔しない人生を語れる英霊ぐらい、そこら中にいるでしょうから」


「……いいえ、いいえ……貴方に聞けて、良かったわ」


―――彼には彼だけの、答えがちゃんとあるのだろう。

後悔していても、誇りなんて無くても、

それだけは揺るがないという意思が、彼を通して感じることが出来た。


私には、彼のように出来ないかもしれない。

後悔という名の泥に潰れてしまえば、私は私で居られなくなるかも……と。

全てを消して、私と……イリヤと……あの人で……。


「……しかし……あえて貴女の相談にお節介を焼くならば。


後悔は後悔だ。ただ、それだけでしかない。

後悔するのもしないのも、行動した者のみが権利を持つ。


―――だから、私が答えられるとしたらこんなことしかないだろう。

『今出来ることを、精一杯頑張っていく』こと……もう、後悔をしないで済むように。

そう―――この料理を完成させるみたいにね」


「あら……」


止まっていた時間が動き出す。

彼は一品の料理を完成させて、私の前に差し出した。

綺麗に盛り付けられたそれを、満足げにして鼻を鳴らす。


「エミヤくん、貴方は―――」


私は背を伸ばして、彼の頭に手を乗せた。


「―――良い子、良い子ね」


彼の頭を優しく撫でる。

優しい彼の、生真面目な生き方を……誰かが支えて上げられれば、

きっと、少しは後悔しないで済むこともあったのかもしれない。


今出来ることを精一杯やる……ここにある未来をちゃんと生きる。

それは誰にだって当たり前のことで、私達には夢のような出来事だ。


夢のような出来事でも、後悔しないように行動すれば、

いつか、夢から覚めてしまっても……残るモノがきっとある。

簡単なことだった。簡単なことを、私に教えてくれた。


「……私は、子供ではないのだが……」

「良い子ね、貴方はとっても優しい子……ありがとう、エミヤくん」


これで良い、これで良かったのよね。

最初から素直に手を伸ばせば、後悔しないで済むことが出来るの。


―――例え本物では無かったとしても、

アイリスフィールとして、あの子の母親で居ても。



「―――……ここにいるって聞いたけど、ママー!いるー?」


すぐ奥から声が聞こえる。私を捜すイリヤの声だ。

私は声の響く方に向けて顔を回すと、速足で彼女の方に姿を晒す。


―――もう捜さなくていい、捜す必要はないの。

いつでも、私はここにいる。


「イリヤ、ここよー。どうしたの、そんな慌てて」

「あ、ママ!良かったぁ、ここにいた。聞いてよ、またクロがね……!」


私を見つけると、嬉しそうに可愛い仕草をしながら、

表情をコロコロ変えて会話を始める。


何気のないやり取りが、彼女にとっての普通なのに。

見ているだけでも頬がゆるんでは、会話の内容など関係なしに笑みがこぼれる。


「……ちょっと、ママ聞いてる?」

「え、あっ……あらあら……ふふふ」


「ふふふって……だからねクロが―――……って何でママはキッチンにいたの?」

「私?それはもちろん、料理をするために決まっているじゃない」


「りょっ!?……へぇー……そう、なんだー……」

「どうして目を逸らすのかしら」


「そんなこと、ないよー……」

「どうして一歩下がるのかしら」


頬を引きつらせて、目を逸らされてしまう。

そんなに嫌がらなくてもいいのに。

……というより、イリヤの中で母のイメージは一体どうなっているの?


「大丈夫よ!今ね、彼にしっかり料理を教えて貰っていた所なの!!」

「え、彼?……ママ、料理の勉強してたの?」


「そうよ!……だからね、もうそんなに嫌がらないでちょうだい……私、悲しいわ」

「あっあっ、ご、ごめんなさい!

……そのぉ、ママの料理してるイメージがちょっと……あはは……」


本当に一体どうなっているのだろう?

そんなに私はめちゃくちゃだったのだろうか。


……私自身、普通にイリヤと暮らしているイメージが無い分、

想像もつかない私が、イリヤの中で生きているのかもしれない。


「で、でもそっかぁ!誰かに教わっているなら心配な―――

(イリヤさん、お忘れですか?イリヤさんの家でも料理が出来る二人がいて尚、)

―――ルビーはちょっと黙ってて!!」


「ぐすん……イリヤの中の私はよっぽど酷いママだったのね……」

「そそそんなことはないよ!たまに暴走する時があるくらいで、ママはママだよ!!」

「暴走?」


「……っは!?いや、あはは……あははは……それよりっ!

料理って、誰に教わってたのかな!?」

「え、あ、そうね……イリヤにも紹介しないとね。今そこでエミ―――」


振り向けば、ガランとした奥の空気が漂って来る。

彼の気配が完全に消えてしまった。


「?

……奥に誰かいるの?……いないみたいだけど……」

「まぁ。……彼ったら、とても照れ屋さんなのね」


挨拶するぐらいは、顔を見せて上げてもいいのに。

彼にも思う所があるのだろうから、深くはつつかないけれど。


いずれは、彼にもイリヤに会って欲しい気がするのだ。

そうして欲しいと、なんとなくの予感が働く。


「ねぇイリヤ、今度ピクニックに行きましょう。他の皆も誘って……ね?」

「ピクニック?突然だね。でも……今そんなことして大丈夫なのかなぁ……」


「この戦いが終わったらでいいから、ね?ダメかしら」

「それはなんだか死亡フラグのような……?

うん、でも、そうだね!戦いが終わったら、皆でピクニック……楽しそうかも!

マスターさんやマシュさんも誘って、皆で一緒に!」


「ええ、きっと楽しいわ。沢山お弁当を持って……だから、頑張って料理覚えてみせるわ!」

「あっ、うん……なるほど……そういう……うんっ!ママの手作り、楽しみに待ってるね」

「イリヤ、まだ目が笑ってないわ」


戦いを終わらせる……それは、私達の終わりでもあるけれど。

せめて、最後に思い出だけはしっかりと残しておきたい。


私達がここにいたこと。

運命の出会いと共に、絆を結んだ物語を。


別れることは悲しいけれど、確かに触れたこの手の温もりに感謝を。

二度とは訪れない奇跡でも、今ここにある未来に祝福を。


「ピクニックかぁ……そういえば、最近は色々あって行ってなかったなぁ……」

「前は行ったことがあるの?」


「うん。ママやパパは忙しいからそんなに一緒には行けないけど、

セラやリズ……それにお兄ちゃんとは行くこともあったよ。

お弁当、どっちが作って持ってくかとかで揉めてたってけ……」


「そう……それは―――」


―――イリヤにとっては、なんてことのない日常なのだとしても。


「―――尚更行かないとダメね。たまには羽を伸ばしてもいいと思うわ!」

「そ、そうかなぁ……そういえば、夏休みだったんだもんね。

美遊もいれば良かったんだけど……今はクロが……あっそうだクロ!!」


何もかも忘れてしまうとしても。

あの子の心のどこかに、この夢があったことが残るなら。


今はただ、私に出来ることを……あの子のためにしてあげよう。

出来なかったことを、私のためにしていこう。


「ママからも言ってあげてよ。クロってば―――」

「任せてイリヤ。“イリヤ”のためにも、お母さん頑張っちゃうから!!」


「あっ今の何かママっぽかった。

……じゃなくて、こっちのママみたいにわたしがもっと大人っぽくなれたらなー……」

「大人っぽく?

イリヤはそのままで充分可愛いと『同意しますよー!!』思うけれど……」


「かわっ!?そうじゃなくて!!

……大人みたいになれたら、もっとお姉ちゃんっぽく振る舞えたのになーって……」


「そんなの、今のままで良いと思うけれど……無理に変わる必要なんてないわ」

「でもぉ……ママみたいに気品があれば、クロも言うこと聞いてくれそうだし……」


「ありがとう、イリヤ。でも、私はイリヤが子供らしくいてくれた方が嬉しいわ。

年相応の、普通に生きてくれているイリヤが……私は好き、大好きよ」


「……こっちのママはなんか綺麗過ぎて羨ましい……!

うーん、やっぱり着ている服が違うからかな?


―――わたしも、綺麗なドレスが似合う大人に……むむむ」


「ちょっ!ダメ、ダメですよイリヤさん!?それはダメです!!

イリヤさんには魔法少女こそ一番似合っているんですから。

他の魔術礼装なんてノーです!ノー!!」

「ルビー……大人になったら魔法少女にはならないからね?」


「そんな!?……いや、待って下さいイリヤさん。

今のイリヤさんはサーヴァント。故に年が過ぎようとも歳を取るわけでは……っは!?


そうですね……例え元の世界に帰ることになっても、

今のイリヤさんと言う霊基を記録して留めておけば、イリヤさんは永遠の魔法少女に……」

「何言ってるのルビー!?」


イリヤの成長を止める?


「ね、ルビーさん?……そういう考えは、絶対にやめてね。でないと」

「じょ、冗談ですよ冗談!

嫌ですねははは……ジョークです。そう、ブリティッシュジョーク!

だからその折らないで……」


「ルビーも変なことばっかり言うし!早く大人になりたいなぁ。

……大人になったらお兄ちゃんも……」


「イリヤ……イリヤは、ゆっくり……少しづつ大人になりなさい。

焦らなくても大丈夫、貴女は素敵な女性になるから……ね?」

「……わたしも……ママみたいになれるかな?

ママみたいなドレスを着て……ママみたいに……」


「……このドレスは……イリヤには似合わないわ」

「えぇ!?

そ、それってママみたいにはなれないってことじゃあ……そんなぁ……」


「違うの、これは―――

―――いえ、きっとイリヤにはイリヤだけにしか着れない、素敵なドレスが見つかるわ」

「……わたしだけ?」


「そうよ。こんな―――」


―――ドレスのカタチをした呪いよりも、もっとずっとイリヤに似合うドレスが。


「見つかるわ。必ず、イリヤだけにしか着れないドレスが。

―――そうね、例えば……ウェディングドレスとか?」


「結っ!?……いやーそのー……そういうのは早いっていうかー……えへへ」

「ふふ、そういう日が来るのが……私は楽しみだわ」


それを、私が見ることは叶わないでしょうけど。


いつか、呪いに縛られることのない彼女が、

……私の得ることの出来なかった普通の幸せを過ごせるように。


「だからね、ゆっくりでいいの。

その時が来たら、イリヤは綺麗で素敵な女の子になっているわ」


「う、うん……わかった……頑張って結婚出来るように頑張ってみる……!

結婚……わたしが結婚……」


「結婚に拘る必要はないけれど……頑張って、イリヤ。

―――私は、いつでもあなたを見守っているから……」


「ありがとう、ママ!


……あぁっ!今クロが……ママ、あっちにクロがいた!

ちょっと、先に行くね!!クローーーーーーーーっ!!」

「え、あ、イリヤ!そんな走ったら……待って、イリヤー!」


彼女が全てを知ることはないだろう。

いや、知らないでいて欲しいと思う……これは願いだ。


彼女の運命が、この先でそれを許さなかったとしても、

あの子の選んだ未来が幸せなものであって欲しいという祈りを込めた、私の願い。


見守っているわ……私が……私達が……あなたの行く末を、ここから。


これは、未来を取り戻す物語……その間の、夢のような奇跡。


生まれて来てくれて良かった。

あの子がいる、幸せな未来。



少しだけ触れられた―――親子の未来。



          ┼ヽ  -|r‐、. レ |   
           d⌒) ./| _ノ  __ノ   

見ていただいた方、ありがとうございます。
某所で作った奴をここでも張ってみました。
もしかしたら見たことあるかもしれませんが、せっかくなのでつい。

公式でアイリの幕間とか見たいですねぇ……バレンタインイベのチョコは良かった。
では、またどこかでお会いしましょう。

すみません、書いたのは全部自分です……

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