【ガルパン】ゆめおち (16)
しほ(……みほが交通事故にあったその瞬間を、私は何度も何度も再生する。目を背けたいはずなのに)
しほ(私の少し前を歩いていたみほの背中。この子が熊本の家をを飛び出して以来、間近でみる数か月ぶりの身体。背中が少し、大きくなったような気がする。それなりに、頑張っているのだろうか。学校の勉強は順調なのかと、声をかけようとした次の瞬間)
しほ(信号無視をしてきたトラックが、この子の背中を横なぎに粉砕した)
しほ(その衝突はは人間の目にとらえうるような悠長なものではないはず。けれども私の目は確かにその刹那を認識してる。視界の端に突如現れるトラックの車体。無骨なトラックのフロントはみほの体よりもずっと大きい。そのフロントに、いかめしいバンパーがついていて、そう、それが、みほの肘のあたりに最初に激突をした)
しほ(瞬きをするまもない一瞬、私は何度も何度もその一瞬を繰り返しに見る。目に、焼き付いてしまっている。焼き付けて、しまった)
しほ(みほの体がくの字に歪んだ……ような気がした、次の瞬間、みほの背中があったはずのその空間が、トラックの圧倒的な車体に押し流されていく。いいえ、押し流す、だなんて表現では本当になまぬるい。ぬりつぶされる? 侵される? ……よくわからない。とにかく、轟音、爆風、排気ガスの匂い、頬に衝突する砂埃。それらの激流が、突如として私の視界を乱暴に満たす。そしてまた瞬間後にそれは過ぎ去って……そこにはもう何もない。横断歩道の向こうの景色が、不気味なほどにしっかりと見えている。みほの背中がない……私の娘は、どこ?)
しほ(彼女がトラックに轢かれたのだ、という事を、私の頭はまだ理解できていない。脳が、まだ情報を処理しきれていない。土石流のごとく浴びせかけられた知覚情報の衝撃が、脳を麻痺させてしまっている。)
しほ(けれど、脳の一部は理解し始めている。何が起こったのかを認め始めている。その理解の実体を、遠くにはっきりと感じる。なんだかそれがどんどん近づいてくる。『車』、『引かれた』、『みほが』断片的な言葉。恐ろしい現実の、その影が迫ってくる。でも、それはまだ、少し遠くにある)
しほ(ほとんど無意識に、激流の流れていった方向に目をやる。トラックが、ガードレールに激突して歩道に乗り上げるのが見える。気づく。トラックだ。これは事故なのだ)
しほ(気が付けば、理解の実態がすぐそこまで迫ってきている。それはものすごい恐怖だった。『みほは、どこ』。逃げなければならない、その実態につつまれる前に
みほを、助けなければならないから……)
しほ(……)
しほ(……あぁ、まったく、なんという夢なのですか。菊代め、目が覚めたら、あなたを絞め殺してやる……)
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しほ(胡蝶夢丸……良い夢を見れる薬だと、ストレスを和らげてくれると、貴方はそう言ってそれをくれたのに。こんな夢の一体どこが……)
……ガシャァン!!
しほ(という音がして……トラックがガードレールに激突したらしかった。けれどそのまま突き破って歩道に乗り上げている。マンションの壁に衝突して、やっと止まる)
しほ(『交通事故だ』、ひしゃげたトラックの姿がそれを連想させてくれた)
しほ(交通事故だと理解できたからだろうか。道路に横たわるみほの姿を、ようやく私は認めた。ちゃんと、みほの形をしていた。だが、うつ伏せに横たわったまま動かない。足や腕がおかしい。だけど、首が動いた。私は、駆け寄る)
みほ「……痛、い……痛、い……」
しほ(もちろん、これが夢だという事を、私はちゃんと理解してる)
みほ「おか、さ……ゴボボッ……」
しほ(理解しているから、これは、私の見ている夢。けして現実ではない。それをきちんと分かっている)
みほ「ズヒュー……ズヒュー……」
しほ(あんな轢かれ方をした人間は『こんなふうな苦しみ方はできない』私はそれを知っている。テレビでみた。即死のはずだ。だから、これはやっぱり夢なのだ。このみほは『私を苦しませようとしている』。おそらく……私自身が?)
みほ「……ガッ、アァー……」
しほ(……っ)
しほ(もし、現実にこんなことが起こったら、私は何を思うだろう。悲しみのあまり、正気を失うだろうか)
しほ(私は……みほを追い出したことを後悔しているのだろうか。だから、私は自分にこんな夢をみせて……戒めをしているのだろうか……)
しほ(わからない。けれど、みほが、私の娘がトラックに轢かれる瞬間が、目に焼き付いて離れない。私はなんども何度もそれを繰り返してみる。)
しほ(何度も何度も、何度も何度も)
しほ(私はどうして、これを見るのをやめられないのか)
しほ(分からない。でも、やめられない)
しほ(みほが、私の娘が)
しほ(いなくなる。突然。何の前ぶれもなく。そんなことがあるのだろうか。それがわからない。信じられない。受け入れられない)
しほ(だからか。みほがいなくなるその瞬間を私は何度も何度も振り返る。何度も何度も。それが理解できるまで。みほがいなくなるということが理解できるまで)
しほ(何度も何度も何度も何度も。たぶん、永遠に、何度も何度も)
しほ(みほ)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
みほ「……ん、あ……?」
みほ(……。)
みほ(……あぁ、そうか、いまの、夢……)
みほ「……。」
みほ「……お母さん……」
杏「やぁ、どうだった西住ちゃん」
みほ「あ……会長……」
杏「おはよ。まぁ、もう夕方だけど」
みほ(ん……生徒会室の窓、すごい夕焼け空……)
みほ「会長、だけですか。お二人はもう……」
杏「うん。もう下校時間は過ぎてるからね。この校舎に残ってる生徒は……私と西住ちゃんだけだよ」
みほ「そうですか……」
杏「で……どう? よい夢は見れた?」
みほ「……。」
みほ「……どうなんでしょう……?」
杏「ありゃだめだった?」
みほ「……うーん」
杏「……んー……私は、つらいことがあったときは、よくその薬を飲んでる。」
みほ「……」
杏「中国住みのおじさんが送ってくれた怪しげな薬……胡蝶夢丸」
みほ(胡蝶夢丸……あぁ、夢の中でお母さんも言ってた……)
杏「それを飲むと、一時だけ楽しい夢を見ていられる、現実のつらいことを、忘れていられるんだ」
みほ「……」
杏「まぁ、乱用はあんまり良くないんだけね……にひ、戦車道の大会で優勝した後のことなんだけど、さ」
みほ「?」
杏「あの頃は毎晩のように飲んでたからねぇ。だから、優勝した後、もしかしてこれも夢じゃないだろーねって、ドキドキしてた。こっそり死ぬほど頬っぺたを引っ張ってみたり!」
みほ「あはは」
杏「……ほんと、あの頃は、すっごくつらくて……毎晩薬を飲んでたから」
みほ「会長……」
杏「みんなには秘密だよ。かーしまにも。こんな情けない姿は見せられないよ。この薬を教えるのは、西住ちゃんにだけ」
みほ「私には、いいんですか?」
杏「私、西住ちゃんに感謝してるからね。それに、ていうか、だからこそ……西住ちゃんの苦労も、私だけは分かってるつもり。それを押し付けたのは、私なんだけど……私、西住ちゃんには、言っちゃいたい……西住ちゃんにしか、言えない。負い目があるからこそ、言える……ね、西住ちゃん……」
みほ「……」
杏「だから、ね、二人の秘密だよ」
みほ「わかりました」
杏「で、どんな夢だったの? 教えてよ」
みほ「うーん、それが……」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
杏「……ふうん。西住ちゃん、死んじゃうんだ」
みほ「はい」
杏「で、それをお母さんの視点から眺めてる、と」
みほ「そんなところです」
杏「フロイトなら、なんて分析するんだろうね。結局さ、お母さんは悲しんでたの? 西住ちゃんがトラックに轢かれて」
みほ「うーん……それが、よくわからないんですよね」
杏「そうなの?」
みほ「はい。私が説明したとおり、お母さんはこれが夢だってことに気づいてて」
杏「うん」
みほ「いろんなことを考えてるんです」
杏「みたいだね」
みほ「これが現実だとしたら、『みほ』が本当に死んでしまったら自分は何を考えるだろう、とか。戸惑ってるみたいで、ただ、感情まではよくわからなくて」
杏「うーん……。じゃあ……西住ちゃんは、お母さんに戸惑ってほしい、のかな?」
みほ「戸惑ってほしい……?」
杏「この薬は飲んだ人の願望を夢の中でかなえてくれる。てことは……こじつけかもしれないけど、西住ちゃんはもっとお母さんに、関心を持ってほしいって……そーいう願望だったり、とか」
みほ「関心……」
杏「それか、もっとはっきりとお母さんに号泣したり発狂してほしかった?」
みほ「う、うーん……お母さん、あんまりそういうイメージないです……」
杏「自分の娘が事故にあったら、さすがに泣くと思うけど」
みほ「泣くのかなぁ……。あ、でも……」
杏「?」
みほ「お母さんが、私のことを夢に見てくれてたのなら……うれしいかな?」
杏「ふぅん?」
みほ「私が死んだらどうしようって、お母さんがそーやって考えてくれてるとしたら……。うーん、ていうことは、会長のいう通りなのかなぁ……。私、お母さんにもっと気にしてほしいって……思ってるのかなぁ……」
杏「ふむ……。……。よしっ!」
みほ「きゃあ、会長、どうして急に私を抱っこするんです?」
杏「にひひ、西住ちゃんがかわいくてねぇ。よしよし」
みほ「えぇ……?」
杏「西住ちゃん、いい感じにひねくれてるよ。歪んでる。熊本で苦労してたんだねぇ。にひひ」
みほ「う、うーん……」
杏「この薬は飲んだ人の願望を夢の中でかなえてくれる。てことは……こじつけかもしれないけど、西住ちゃんはもっとお母さんに、関心を持ってほしいって……そーいう願望だったり、とか」
みほ「関心……」
杏「それか、もっとはっきりとお母さんに号泣したり発狂してほしかった?」
みほ「う、うーん……お母さん、あんまりそういうイメージないです……」
杏「自分の娘が事故にあったら、さすがに泣くと思うけど」
みほ「泣くのかなぁ……。あ、でも……」
杏「?」
みほ「お母さんが、私のことを夢に見てくれてたのなら……うれしいかな?」
杏「ふぅん?」
みほ「私が死んだらどうしようって、お母さんがそーやって考えてくれてるとしたら……。うーん、ていうことは、会長のいう通りなのかなぁ……。私、お母さんにもっと気にしてほしいって……思ってるのかなぁ……」
杏「ふむ……。……。よしっ!」
みほ「きゃあ、会長、どうして急に私を抱っこするんです?」
杏「にひひ、西住ちゃんがかわいくてねぇ。よしよし」
みほ「えぇ……?」
杏「西住ちゃん、いい感じにひねくれてるよ。歪んでる。熊本で苦労してたんだねぇ。にひひ」
みほ「う、うーん……」
杏「ともあれ、お母さんに、電話、してみたら?」
みほ「え、ええ?」
杏「夢の内容の正確な解釈は置いとく。それでも、夢に見るくらいなんだから、お母さんのことやっぱり気にしてるんだよ」
みほ「……うー……それはそうかもしれませんけど……」
杏「それに、前にも言ったはずだよ。西住ちゃんのお母さんは大洗を助けようとしてくれた。西住ちゃんのことだって、きっと見てくれてる」
みほ「……」
杏「さ……、電話、しよ?」
みほ「……。わ、わかりました……電話、します!」
杏「いえーいっ!」
みほ「う、うぅ…………!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
しほ「という夢だったわ」
菊代「えぇ……」
菊代「なんですかその歪曲した愛情表現……」
しほ「別に歪曲はしてないでしょう」
菊代「いやいや……この胡蝶夢丸はしほさんの願望を夢に表すのですよ? それは理解していますよね?」
しほ「分かっているけれど」
菊代「じゃあ改めて言いますけど……しほさんはみほお嬢様に、『みほお嬢様死んでしまったという夢をしほさんが見ている』という夢を見させて『お母さんがそういう夢を見てくれていたらいいな』『私のことを考えてくれてるといいな』というような願望をみほお嬢様に抱いていてほしいという願望がしほさんにはあるという事ですよ」
しほ「……わざと分かりにくくいってるでしょう」
菊代「とにかく、歪みすぎです。それに角谷さんという方にても、本当にそういう方なんですか?都合よく改変してませんか?」
しほ「お黙り。そもそもあなたこそ、なんという夢を私に見させるのです。夢の中の夢とはいえ、わが子が交通事故にあっている場面など、不愉快極まりない」
菊代「いや、あれですかね、昨晩一緒にテレビでみてた『決定的瞬間ベスト100』の影響ですかね。ショッキングな映像だったですもんね。お嬢様が交通事故にあったら、、って、しほさん想像しちゃったんじゃないですか?」
しほ「……」
菊代「……よし! お嬢様に電話しましょ!」
しほ「えっ」
菊代「お嬢様とお話ししたいんでしょ! 夢のあれはそーいう願望でしょ! だったら、しほさんから電話してください。大人なんだから」
しほ「む、むぅ…………!」
おわり
菊代「……という夢だったらどうします? 実はお嬢様は本当に事故にあってしまっていて、しほさんは悲しみのあまり胡蝶夢丸を乱飲して夢の世界へ逃避して……」
しほ「ッ……」
菊代「ぎゃ!? いたたたたた! 頬っぺたをつねらないでください! 痛い痛い痛い!!!」
しほ「夢かどうか確認をしなくては。このままちぎってみましょう」
菊代「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 調子にのって不謹慎なことを言いました!」
しほ「まったくです。少し、私は怒っている」
菊代「……えへへ、ほら、やっぱり。早くお嬢様に電話をしてさしあげてくださいな」
しほ「……っ」
菊代「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛! ホントにちぎれますー!」
~完~
ありがとうございました。
死亡描写があったことについて、最初に注意書きしておくべきだったかもしれません。
タイトルで『ゆめおち』と明記しているし不要かなと思いましたが、やっぱり必要だったかも。
不快な思いをさせてしまっていたら、申し訳ありません。
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