【ラブライブ】満月の夜に (23)
私には、みんなに言えない秘密が、1つある。
それは私が、実は「人間じゃない」ってこと…。
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凛「ここのラーメンが絶品なんだにゃー」
ラーメン屋ののれんをくぐり、店内に入ったところで
まるで我が家を紹介するかのように、自慢げに話し始める凛。
そんな凛に続いて店内に入ってきたのは、にこと花陽、そして真姫だ。
にこ「あんた、ラーメンならなんでもいいんじゃないの?」
凛「む~っ。違うよ~。凜はこれでも結構料理の味にうるさいんだよ?」
花陽「ふふっ。にこちゃん、ほんとだよ。
凛ちゃんって、私のおにぎりの握り方や塩加減も
その日のおにぎりを一目見ただけでわかっちゃうくらいなんだから」
にこ「…それは…どうなのよ?」
ラーメン屋の店主「はい、ご注文どうしましょう?」
凛「ここはこの注文で決まりにゃ。『とんこつラーメン、にんにくあり』で!」
にこ「え~、にんにく~? にこ、そんなの困っちゃう~」
花陽「え?にこちゃん…まさか、これから男の人と…」
凛「はい、にこちゃんとかよちんも同じ注文ね」
にこ「ちょっと!別にこの後、何の予定もないけど、少しは疑いなさいよ!」
凛「はいはい。で、真姫ちゃんは?」
真姫「…」
凛「真姫ちゃん?」
真姫「…ご、ごめん。私、どうしてもにんにくが苦手で…」
凛「…あ、そうなの? で、でも、ここのラーメンはにんにくを抜いても十分おいしいから、絶対おすすめなんだにゃー!」
真姫「…うん。じゃあ、チャーシュー麺、にんにく抜きで」
店主「あいよーっ!」
にこ「あ、肉はがっつり系なのね…」
花陽「私はライスもお願いしますっ!」
にこ「あんたもぶれないわね!」
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そう、私は人間ではないのだ。
でも普通の人間と同じように暮らしている。
ただ一つのことを除いては…。
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にこ「よくそんなの飲めるわねえ…」
真姫「え?」
練習の合間に皆が思い思いの休憩をとっている中、
トマトジュースをグビグビと飲む真姫。
そんな真姫に、にこは怪訝そうな表情で話しかける。
にこ「これだけ汗をかいた状態で、トマトジュースって…」
真姫「結構おいしいわよ? 美容にも良いみたいだし」
にこ「いやいや、練習して喉が渇いたところに、ドロリとしたトマトジュースは無いでしょ…」
トマトジュースの缶を傾けながら、
しかし、真姫の視線は先ほどからある一点に注がれていた。
にこの、白くて透き通るような首筋…。
目を凝らして見ると、そこには青緑色の血管が浮き出ていて…。
真姫(ああ。思う存分、あそこを流れる赤い液体をすすることができたら…)
口内にじわりと広がる唾液をじゅるると吸いながら、真姫は首を振って、そんな邪念を追い払う。
真姫「あー!トマトジュース、おいしい!」
にこ「…なんか自棄になってない?」
私たちの種族が正体を隠しているのには理由がある。
まずは、人間たちの閉鎖性。
彼らは、自分たち以外の知能の高い生命を決して認めはしない。
彼らが認めるのは、自分たちの家畜としてコントロール下における生物だけだ。
それ以外は、人類に対する脅威とみなされてしまうだろう。
そしてもう一つの理由が、私たちの弱点。
そう、私たちには、弱点が多すぎるのだ。
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穂乃果「もしもの話だけどさ、μ’sにあと1人入ったら、
ペアの踊りが充実して見栄えが良さそうだよね?」
海未「たしかに、それは一理ありますね」
ことり「そうなると…μ’sは全部で十人か~」
真姫「嫌ッ!」
突然の大声に驚く3人。
穂乃果「ど、どうしたの?真姫ちゃん!」
真姫「あ、ごめん。ちょっと、そういうのは、嫌だなって思って…」
と、真姫の手をガシッと握り、熱く語りかける穂乃果。
穂乃果「ごめん、真姫ちゃんの言う通りだよ!
μ’sはこの9人以外、ありえないよね!」
ことり「うん。真姫ちゃん、変なこと言ってごめんね?」
真姫「あ、いや、その…」
海未「ふふっ、でも意外ですね。いつもクールな真姫が、そんなにμ’sのことを思っていたなんて」
穂乃果「真姫ちゃんってば、恥ずかしがり屋さんなんだから~。この、この~」
真姫「ちょっ、…べ、べつに、そういうわけじゃないわよ!」
ことり「照れてる真姫ちゃんも可愛い~」
真姫「もうっ、違うんだから!!」
真姫(ううっ…いまさら言えない…「十」って漢数字が苦手なだけだなんて…)
私たちは恐れている。
自分たちの正体が人間にばれてしまうことを。
人間たちが私たちを描いた映画や漫画を目にすることがあるけれど、
そのどれもが、滑稽な作り話だ。
それらの作品では、私たちが夜な夜な人間を襲って人類を支配下におき、世界の王として君臨する。
でも、そんなことは現実にはありえない。
たしかに、私たちの身体能力は人間よりも高い。
けれども弱点だらけの私たちは、正体が判明したが最期、狡猾な人間たちに追い詰められてあっという間に狩られてしまうだろう。
こんなに口惜しいことがあるだろうか。
下等な人間たちに姑息に追い詰められていく苦しみ。
そして、それに抗えない、私たちの弱さ。
だから私たちは、今日も闇にまぎれ、まがい物を口にして、抑えきれない欲求を細々と満たすのだ。
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真姫パパ「さあ、真姫。今日の分だよ」
真姫「…うん」
医師の真姫パパが真姫に手渡したのは、輸血パックだ。
真姫はそれをためらいなく口元に運び、ゴクゴクと喉を鳴らして一気に飲み干す。
その瞬間に訪れる、痺れるような心地よさ。
真姫(ああ…)
どんな食事も、どんな出来事も、西木野真姫の渇きを癒すことはできない。
この赤い液体だけが、真姫を満たしてくれる。
…はずだったのだが。
最近の自分を虜にしている、この液体よりも甘美な瞬間を頭に思い描いた真姫は、パパの声で現実に引き戻される。
真姫パパ「今日も、今までよく我慢したね…」
真姫「うん」
真姫パパが優しく真姫の髪をなでる。
真姫パパ「でも…」
真姫「…」
真姫パパ「気をつけるんだよ? 満月の光を浴びるといつも以上に欲求が強くなってしまう。
だから満月の日だけは、いつも以上に注意して、暗くならないうちに家に帰ってくるんだよ?」
真姫「ええ、大丈夫。よくわかっているわ」
本当なら、目立たず、騒がず、
静かにひっそりと生きていくべきなのだろう…。
しかし、なぜ私たちが人間たちの顔色をうかがいながら、おとなしく生きていかなければいけないのか。
以前から一族の生き方に疑問を感じていた私は、最近、人間たちの世界に積極的に関わろうとしている。
そう、私たちは駆逐されるだけの存在ではない。
むしろ私たちこそ、人間の上に立つべきなのだ。
そんな想いから始めたことの一つが、μ’sというスクールアイドルとしての活動だ。
私の存在を人間たちに認めさせて、魅了して、
そう、私が人間たちの上に立つのだ。
…そう思っていたはずなのに、最近は何かがおかしい。
人間たちの拍手や歓声が、なんだか私の胸をざわつかせるのだ。
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希「真姫ちゃんって、ライブのとき、本当にいい顔してるよね」
真姫「え?」
絵里「自分では気づいていない?
いつものクールな真姫とは違って、
とても柔らかい、素敵な笑顔をしているわよ?」
真姫「そ、そうなの?」
絵里「ええ、そうよ」
希「今度、クラスの友達に頼んで、
ステージでにこにこしている真姫ちゃんの姿を客席から撮ってもらおうか?」
真姫「ば、ばか!やめてよ。恥ずかしいじゃない!」
希「ふふっ、照れてる真姫ちゃんも可愛い」
真姫「もうっ、知らない!」
闇にまぎれて潜むように生きてきた今までとは、まったく違う体験。
私たちの歌声に、私たちの踊りに、みんなが笑顔や歓声を返してくれる!
ライブの後、私は自分の胸の鼓動の速さにいつも驚かされている。
こんな想い、今まで味わったことがなかった。
今でも、この気持ちが何なのか、私にはよくわかっていない。
続けていたらいつか答えがわかるのだろうか。
その答えを求めて、私は、今日もスクールアイドルとしての活動を続けている。
皆に正体がバレないかと、ドキドキしながら…。
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ことり「ねえ、知ってる?」
放課後の部室で、ことりがみんなに話しかける。
ちなみに、いつもの可愛らしい声に凄みを出したいのか、
少し低めの声でささやくように話すのだが、残念ながらやはり可愛いだけだった。
ことり「最近、文化部の間で『満月の夜、学園に吸血鬼が出た』って話題になってるんだって!!」
ビクッと肩が震えたメンバーに気がつかないまま、南ことりは話を続ける。
ことり「遅いから帰ろうとしていた人が、噛まれたんだって。あ、違った。えーと、補習で遅くなった人が帰ろうとしたときだったかな
真っ暗な廊下を一人で歩いていたら、えーと、なんだっけ?
あ、そうだ、誰かの気配を感じて、後ろを振り返るんだけど、真っ暗で見えないでしょ、もう遅いから。
怖くなって走り出したところをガシってつかまれて、あ、手をね。ガシって。
で、気がついたら噛まれてたんだって。ガブッて。首筋だって、噛まれた場所は」
【悲報】南ことり、面白い話を面白く話すのが苦手なタイプだった。
話の巧拙はともかく、やり口は完全に私たちのそれだ。
だけど、神に…いや、違うわね、一族に誓って、
「私は吸っていない」。
それだけは確かに言える。
でも、それなら誰が?
私以外にも、この学園に同族がいるってことなの?
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海未「こ、これは!」
花陽「ぜ、絶対、吸血鬼ですっ!!」
穂乃果「うんうん、間違いないよね!!」
ことりと心で通じ合っているメンバーは、
あんな話し方でも彼女の伝えたいことを全て的確に理解したようだ。
ことり「しかも今回が初めてってわけじゃなくて、ひと月前も、それ以前も同じような被害があったらしいよ!」
凜「うにゃ~!盛り上がってきたにゃ~!!」
絵里「はいはい、そこまで~」
興奮のあまり両手をぶんぶんと振り回す凜の手を取って、
ぴしりと姿勢を正しながら、コラっとたしなめる絵里。
絵里「吸血鬼なんているわけないでしょ。
それより、凜の今日のダンス、今くらい手足がダイナミックに動くと良かったと思うわよ?」
凜「…ううっ、ごめんなさいぃぃい…」
絵里「はい、素直でよろしい」
雑談は終わり、いつも通りの練習が始まる。
…だけど、私の胸の鼓動はいつもより少し速い。
私の同族が、この学園で悪さをしている。
そしてこの行為がエスカレートしたら、私にも火の粉が降りかかるかもしれない。
もしもこれ以上派手な行動が続くようなら、なんとかしなくては。
だって私は、まだスクールアイドルの活動を続けたいと思っているのだから。
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穂乃果「みんなー!今日もたくさんの声援、ありがとー!!」
吸血鬼の噂話からひと月ほどが経ち、皆がそんな話を忘れかけていた頃、
μ‘sのメンバーは秋葉原で路上ライブを行っていた。
ライブが終わり、ハアハアと息を荒くしながらも
観客に向かって精一杯の大声を張り上げて感謝の気持ちを伝える穂乃果。
その後ろでぺこりとお辞儀をしながら、真姫は観客の顔に視線を走らせる。
笑顔
笑顔
笑顔
みんなが心から楽しそうな表情を浮かべているのを見て、
真姫の心の奥に、じんわりと温かい思いが湧き上がってくる。
ふと右隣へ目を向けると、額に汗を浮かべながらも笑顔の花陽。
花陽の向こうにいる凛からも、全力を出し切ったという満足感が伝わってくる。
そして真姫が左隣に目をやると、
しかし、矢澤にこの表情は険しかった。
真姫「…あれ?」
最近、少しだけわかってきたことがある。
「今を精一杯楽しむ」という感覚。
それは、私たち一族の生き方にはなかったものだ。
μ‘sのメンバーたちはどうやらその思いが人一倍強く、
一緒に活動しているうちに、
どうやら私も、その感覚に心を侵されてきているらしい。
そう。いつしか私は、どんな目的のためでもなく、
ステージでの、あの高翌揚感を味わうためにスクールアイドルをしているようなのだ。
…なんなのだろうか、この、心の奥にほんのり温かく灯る想いは?
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路上ライブは盛況のうちに終わった。
学園の部室に帰ってきたμ‘sの皆も、安堵と達成感の入り混じった笑顔を浮かべている。
…そう、にこ以外の皆は。
花陽「にこちゃん…私たち、何かミスをしちゃったかな?」
真姫以外のメンバーもにこの険しい表情を気にしていたようで、
先陣を切って花陽がおどおどと声をかける。
と、「はぁ~っ」という、にこの深いため息。
にこ「あんたたち…今日のライブ、あんなので満足なわけ?」
それまでの和やかな雰囲気が、一瞬でピシリと凍りつく。
にこ「踊りは全然合ってないし、個々の声量もバラバラ。
かろうじて音程を外すことはなかったけど、みんながそれぞれ別々にパフォーマンスしてるだけじゃない?
こんなので、9人でいる意味ってあるの!?」
絵里「…ま、まあまあ。それはこれから練習を重ねて精度を高めていきましょうよ」
にこ「『これから』って、いつ完成するのよ?」
絵里「そ、それは…練習を重ねていったら、いつかはきっと…」
にこ「ふんっ!『いつか』なんて、負け犬の台詞よ!ラブライブの本戦はすぐそこなのよ?こんなことじゃ、予選だって通過できないわ!」
海未「そんな言い方しなくても…」
にこ「なによ!じゃあ女子中学生の仲良しグループみたいに、無条件にお互いを褒め合った方がよかったかしら?」
海未「くっ…」
ことり「にこちゃん…」
にこ「ふんっ!」
…たしかに、上を見れば私たちよりも優れたパフォーマンスをするグループや、
私たちより上手に歌うグループはたくさんいるだろう。
昔の私なら、彼女のように、自分たちの不甲斐なさに怒っていたかもしれない。
でも今の私は、少し冷めた目で彼女を見てしまっている。
観客が私たちの歌や踊りで楽しんでくれて、私たちも満足しているんだから、それでいいじゃない?
完璧なステージを目指すよりも、今の一瞬の高翌揚感を思い切り味わいたい、
そういう思いが以前よりもはるかに強くなっているようなのだ。
でも、それって、いけないことなのだろうか?
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その日の夜。
今日はどうにも気持ちが落ち着かないので、
無理やりにでも眠ってしまおうと、いつもより早い時間に自室にある天蓋付きベッドの縁に腰掛けたところで、
真姫が使役しているこうもりの中でも特にやんちゃで騒がしい1匹が彼女の肩にとまり、キーキーと叫び声を上げた。
真姫「なによ、こんな時間に。うるさいわね」
口をとがらせながら、やんちゃこうもりの羽を人差し指でピンとはじく真姫。
しかしやんちゃこうもりは、ポトリと床に落ちた後、
もう一度とび上がって真姫の肩にとまり、再びキーキーと鳴き声を上げる。
真姫「もう、なんなのよ!」
ベッドから立ち上がった真姫を先導するように、クルクル回りながら扉へ向かうやんちゃこうもり。
真姫「むーっ、今日は疲れたから、早く眠りたかったのに~」
そう言いながら扉を開けると、やんちゃこうもりに導かれて、
真姫は闇夜の街へ歩き出していくのだった。
私の歩幅は、こんなに広かっただろうか。
普段の歩幅は思い出せないけど、いつもと違うスピードで歩いているのはわかる。
どうやら今日のあの子の言葉に、気持ちが乱されているようだ。
私自身が楽しめれば、それでいい。
そう思っていたはずなのに、改めて自分たちのパフォーマンスの完成度について指摘を受けると心がざわつく。
彼女の言葉は確かに正しい。私たちはまだまだ未熟だ。
でもお客さんは笑顔で楽しんでくれていたじゃない。
それで、なにがいけないの?
そう何度も自身の心に言い聞かせるのだが、心の奥底で、なにかがチリチリとくすぶっている。
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やんちゃこうもりに導かれるままに夜の街を歩き続けて、真姫がたどり着いたのは、近所の公園だった。
照明灯がぽつりぽつりと立っているだけの小さな公園。
昼間ならまだしも、夜になると誰も通らないような淋しい場所だ。
真姫「なによ、こんなところに連れてきて…」
やんちゃこうもりに文句を言いかけた真姫は、照明の下に誰かがいることに気がつく。
こんな時間に誰が?と目を凝らしてみると、
どうやらそれは女の子で、しかも灯りの下で踊っているらしい。
近づいていくと、やがて女の子の姿かたちが判別できるようになってきた。
それは…
真姫「にこ…ちゃん?」
うまく寝付けずにふらふらと夜の街をさまよっていた私は、
今、目の前の少女のダンスにぼんやりと見惚れていた。
弱々しい灯りに照らされながら、額に汗を浮かべて一心に踊るその少女の姿は、
まるで、大勢のお客さんの前でスポットライトを浴びながら踊っているように真剣で…。
特別に上手な踊りというわけではないけれど、一心不乱に踊る姿には見るものを引きつける不思議な力があった。
ライブが終わったばかりなのに、
からだはくたくたに疲れているはずなのに、
審査員や観客がみているわけでもないのに、
それでも、あんなに一生懸命に踊ってるなんて。
なによ…少しだけ、格好いいじゃない。
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どのくらいの時間、真姫は、にこの踊る姿を眺めていただろうか。
やがて、にこは踊りを止めて、公園のベンチに置いてある「や~い、水」のペットボトルを取ろうとして、
ベンチの向こう側に立つ真姫の存在に気がついた。
にこ「げっ!」
真姫「…ちょっと、『げっ』ってなによ! 私が見てちゃいけなかったわけ?」
にこ「いや、別に、そういうわけじゃないけど…な、なんか、恥ずかしいじゃない!」
真姫「何よ、今更」
そうして2人は、どちらから言い出すわけでもなく、
公園のベンチに隣り合ってちょこんと座り、ぽつりぽつりと話し始める。
にこ「どこから見てたのよ?」
真姫「ついさっき、にこちゃんが2つ前の曲を踊ってるところからよ」
にこ「ふ~ん」
真姫「…なかなか上手だったじゃない?」
にこ「は?なんで上から目線なのよ?」
真姫「『私に言わせれば、あんな踊りでラブライブに出場しようだなんて、甘すぎるわね!』」
にこ「もしかして、絵里の真似のつもり?…」
真姫「…似てない?」
にこ「ぷっ、全然似てないわよ」
真姫「ふふっ、そっか」
ひとしきり笑いあった後、2人の間に唐突に訪れる沈黙。
その沈黙に耐えかねてか、ペットボトルの口を開けてごくりと水を飲むにこ。
勢いが強すぎたのか、水が口元から少しあふれて、あごを伝い、首筋にまで垂れていく。
そして真姫は、にこの口元を…いや、流れ落ちた水でぬらりと濡れるにこの首筋をじっと見つめているのだった。
ベンチに座って、目の前の女の子と話しながら、
私の心には、さっきの疑問が再び湧きあがっていた。
私たち自身がライブを楽しんで、そして観客も楽しんでくれるなら、それでいいじゃない?
それより上を目指す必要なんて、本当にあるの?
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真姫「ねえ、にこちゃん?」
にこ「ん?」
何かを振り払うように首を振ってから、真姫はにこに問いかける。
真姫「なんでにこちゃんは、いつもそんなに一所懸命なの?」
にこ「は?…喧嘩売ってるの?」
真姫「ううん、違う。…でも、どうしてもわかんないの。
今だって充分に、お客さんは私たちのライブに喜んでくれてるし、
私たちだって、スクールアイドルとして楽しく活動ができてるし、
どうしてにこちゃんが『今以上』を求めようとするのか、私には全然わかんないの」
にこ「何言ってるの?」
きょとん、という表情で、質問に質問で返すにこ。
真姫「いや、だから、今の状態でも私たちってうまくやれてるじゃない?
それなのに、どうして…」
にこ「いやいや、全然うまくやれてないじゃない?」
お互いに、「おいおい、マイケル。こいつは何を言っているんだ?」という表情で見詰め合う2人…。
真姫「…だ、だって、今日だってお客さんは喜んで拍手をくれたし、みんな笑顔だったじゃない?」
にこ「それは、昔から応援してくれてる前列のファンだけでしょ?」
真姫「え?」
にこ「たしかに、前列で応援してくれてるあの人たちは笑顔だったわ。
でも、言い方は悪いかもしれないけど、
ああいうファンのみんなは、私たちが笑顔で踊ってるだけである程度の評価はくれるのよ。
…本当に怖いのはそれ以外の人たちよ
『秋葉原で女の子が踊ってるから』って物珍しさで足を止めてくれた人が、
しばらく私たちのライブを見ていた後に、興味なさそうに立ち去っていくのを見てなかった?」
真姫「…そ、そうなの?」
にこ「ええ。
たしかに、今の私たちじゃ、そんな態度をとられても仕方がないわ。
…でもね、練習を積めば、私たちはもっと凄いライブができる。
みんなを笑顔にするような、みんなの心をギュッと握り締めて離さないような、そんなライブが。
そう、私は信じてるの」
そう言って、唇を噛み締めるにこ。
にこ「私たちなら、絶対にもっと高いステージに行ける。頑張れば、きっと手が届く。
…なのに、みんな、危機感が足りなさ過ぎるのよ…」
そうか。私がμ’sにこだわる理由が今になってやっとわかった。
スクールアイドルについて熱く語る目の前の少女の真剣な表情を見つめていた私は、ようやく納得する。
私は、いつの間にか憧れていたんだ。人間という存在に。
私たちの種族のように、何かに怯えてじっと息を潜めて生きるのではなく、
願いをかなえるためにひたむきに前を向いて進んでいく人間たちに。
いつも昨日と今日のことで精一杯の私とは違って、
いつだって明日を夢見ている目の前の少女に。
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真姫「なら、どうすればにこちゃんは満足?もっと練習する?もっと他のスクールアイドルの研究をする?」
相手の言葉に心の奥底では納得しかけながらも、負けず嫌いの真姫はあえて挑戦的な口調で話しかける。
にこ「どっちも足りないわね」
真姫「ぐぬぬ…」
にこ「でも…」
真姫「ん?」
にこ「一番足りないのは、『もっと上に行きたい』っていう気持ちよ」
真姫「え?」
にこ「みんなが今の私たちの立ち位置の低さに気づけなかったら、
私が何を強要したところで意味なんてないのよ…。だから私は悔しいの…」
真姫「…」
にこ「…なーんてね。ごめん、愚痴っぽかったわね。
あーー、やだやだ。夜はなんだか溜め込んでることを吐き出したくなっちゃうのよね。
お月様があんなにきれいに輝いてるせいかしら」
真姫「え?」
にこ「え?ってなによ。今日は満月じゃない」
真姫「満…月…」
ふと夜空を見上げると、そこにはまんまるのお月様。
ざわりと全身に悪寒が走る。
だめだ、満月だけはいけない!
そう、私たちは満月になると本能の欲求が強まってしまうのだ。
さっきまで何とも無かったはずなのに、意識し始めると無性に喉の渇きが気になってしまう。
飲みたい、飲みたい、飲みたい、飲みたい、飲みたい…
目の前の、この子の血が、…飲みたいっ!
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真姫「そっか、今日は満月だったわね」
にこ「うん、そうだけど、…なんか、あんた、雰囲気が」
いつもの真姫と何かが違う。そんな違和感を覚えて、言葉が止まってしまうにこ。
そういえば、真姫の瞳の色が、赤く光っているような…?
真姫「ふふっ、ごめんね、にこちゃん。私、もう我慢するのはやめたんだ」
にこ「へ?」
それまでの会話の流れを無視するかのような、唐突な真姫のつぶやき。
そしてそんな言葉に戸惑うにこ。
真姫「だから、私はもう我慢しないことにしたの」
にこ「な、なにを?」
にこの質問には答えず、けれどもにこと見詰め合ったまま、視線は外さない真姫。
妖しく光る真姫の赤い瞳。
そして2人の頭上には、満月がまぶしいほどに輝いていた。
自分の行動を、少し離れた位置からぼんやりと眺めているような感覚。
そういえば、今の私の状態をわかってもらえるだろうか。
こんなことはいけない。
そう頭で理解しているはずなのに、
今、私は自分の意思とは関係なく、目の前の少女の首筋に自分の顔を少しずつ近づけている。
ああ、あと少しだ。
あと少しでこの子の首筋にたどり着いて、そして思う存分、血をすすることが…。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
にこ「ちょっと、あんた、なんの冗談よ!」
真姫「そんなに嫌がらないでよ、にこちゃん。大丈夫、痛いのは初めだけ。すぐに気持ちよくなるんだから」
にこ「な、なんの話よ!!」
真姫「今までのみんなもそうだったから、安心して」
にこ「は? 今まで?」
いつもとは違う真姫の雰囲気に飲まれてベンチに倒れこむにこ。
その上に真姫が覆いかぶさる。
にこ「わ、わっ、わー!な、なにをする気よ!私は、そっちの気はないんだから!!」
真姫「ふふふっ、慌てるにこちゃんもかわいい」
にこ「わー!!」
自分の腕を掴む真姫の手を振り払おうとして、まったく腕が動かないことに、にこは今更気づく。
にこ「え?なに、この力?」
真姫「人間の身体能力で、私に勝てるわけないでしょう?」
にこ「へ?」
真姫「じゃあ、いただきま~す」
あと少しで首筋にたどり着く。
ああ、この白い首筋に歯を突き立てて、この子の血を思う存分吸い尽くしてあげよう。
もう後のことなんて知らない。
今、この瞬間、私は自分の欲求さえ満たせれば…
…ダメだダメだダメだダメだダメだ!!
飛びそうになる理性を強引に引き戻す。
人間の血を吸ってしまったら、一度でも吸ってしまったら、私はおしまいだ。
おばあさまやお母さまに聞かされてきたように、本能だけで動く獣に墜ちてしまう。
それだけは、絶対に、嫌だ!!
…そう、理性は考えていたはずなのに、
「もう、絵里ちゃん、息がくすぐったい~。冗談でも恥ずかしいよぉ~」
笑いながら放たれた穂乃果の一言に、私の背筋はゾワリと震える。
まぶしすぎる笑顔。
ああ、なんて可愛いんだろう。こんな子の血を、むさぼりたい…。
この子のすべてを、私のものにしたい…。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
にこ「真姫、こら!止めなさい!!」
真姫「はいはい、すぐに済むから大人しく…」
いつもならこのまま、目の前の人間の首筋に歯を立てて、
思う存分、甘美な血液を堪能すればよかったはずだ。
真姫(なのに、なぜ?)
にこの首筋まで顔を近づけながら、真姫はピタリと止まって動けなくなってしまう。
そう。今までの子たちは、真姫が血を吸った瞬間から、真姫に対して絶対服従を誓う人形のようになってしまった。
正直、始めはそれが心地よかった。自分たちを追い詰めていく人間に対して、少しでも反撃ができているようで。
でも、だんだんと真姫も悟ってくる。
結局、人形は人形のままだ。
自分の発言にyesとしか言わない木偶人形。そんなの、壁に向かって話しかけるのと、なにが違うというの?
それに、目の前の誇り高い人間の尊厳を奪ってしまって、自分は本当に後悔しないのだろうか?
真姫「人間ごときに…私が、こんな…」
にこの首筋まであと5センチ。
はてしなく遠い、5センチメートル。
…ああ、私は、なんてことをしてしまったのか。
目の前にぐったりと横たわる少女。
その首筋からは、赤い線が滴り落ちている。
でも…。私はあの瞬間を頭の中で反芻して軽く身悶える。
なんて素晴らしいひとときだったのだろうか。
穂乃果の血が私の口中に広がった瞬間、私はこれまでに感じたことのないほどの幸福感を味わっていた。
この世にこんなに美味しいものがあったなんて…。
それに、血を吸う前の、穂乃果の笑顔…。
あの素敵な笑顔に、私の理性は…。
と、横たわっていた穂乃果がむくりと体を起こした。
大丈夫かと声をかけようとする私に、穂乃果はにこりと笑顔で答える。
「おはようございます、マスター」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
にこ「ったく、なんの冗談なのよ!」
真姫「ご、ごめん」
ベンチから立ち上がり、パタパタと服をはたくにこ。
そして同じようにベンチから立ち上がり、所在無さげに髪をくるりんする真姫。
それは、真姫にとって初めてのことだった。
血を吸う直前で、吸血を止めるなんて。
真姫(なんでだろう…)
真姫は自問する。
人の血を吸うことを覚えてから、真姫にとって人間はただの道具にすぎなかった、
それなのに、今は、今だけは、その本能に抗いたいと思ってしまった…。
にこ「まあ、メンバーすら虜にする、宇宙ナンバーワンアイドルの魅力のせいってことかしらね?」
おどけながら笑顔を見せるにこ。
そして、そんな笑顔につられてしまう真姫。
真姫「ふふっ、なに言ってるのよ。ちょっと足がもつれて倒れちゃっただけなんだから」
そう言いながら、真姫は心の中で安堵する。
真姫(ああ、この笑顔だ。この笑顔を、私は失いたくなかったんだ)
真姫が空を見上げると、そこには、まんまるのお月様。
胸のざわめきを押し殺しながら、真姫は初めて、夜というものはこんなにも静かだということに気がついたのだった。
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