春日未来「一日限定友達生活」 (27)

恋人ってなんだろう。
そんな呟きは、テーブルの向こう側ででスマホをいじっていた翼の顔を上げさせた。

「どうしたの、未来」
「恋人ってなんなんだろう、って」
「私たちのことでしょ?」

と、翼。
そうその通りだ。私と翼は色々なことがあって、お互いに大好きだから付き合っている。
今日だって特に目的はないけど、ファミレスのドリンクバーで時間を潰しつつダラダラと二人きりで過ごしているところだ。
楽しいし、リラックス出来る。無理に会話を続ける必要もないくらいに気が置けない仲だもん。
でも、思うの。



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「こうやってダラダラ一緒に過ごせば恋人ってことなのかな」
「うーん、どうだろう」

そう、恋人らしいことをしていない、と思う。けれども恋人らしいことってなんだろう、とも思う。
翼を見るとスマホを仕舞って目を瞑りながら考え事をしているみたい。
そして、目を開いて翼は言った。

「じゃあ、一旦別れてみようか」
「えっ、なんで…………?」

さらりと、まるで最近食べたスイーツの話をするかのように自然に言われた言葉。でも、内容はまるで甘くなくて。

「翼。私はそんなこと言いたかったんじゃなくて」
「分かってるよ、未来。だから一旦……明日の一日だけ別れてみよ?」

…………明日だけ、なんだ。
そっか、良かった。

「明日は普通の友達同士に戻ってみてさ。それで何の問題もないなら別れてみても良いかもね」
「そ、そうかも」

翼も面白いこと思いつくなぁ。確かに何の問題もなければ、恋人じゃなくても良いもんね。
でも、案外問題はないんじゃないかな。
だって付き合う前から私たち、仲良かったもんね。

「わあああああああああああ!? レッスンに遅刻しちゃううう!」

そんなやりとりの翌朝。
私は――寝坊してしまった。いつもならお母さんが起こしてくれるのにそれが全くないから。
朝ご飯を急いで食べる――――んんっ、喉に詰まっ、

「んんぅ~ぷはっ」

牛乳でなんとか流し込む。うぅ、朝から溺れ死んじゃうところだった。
ともなく、テキパキと朝ご飯を食べてついでにお母さんに聞いて見る。

「それで、なんで起こしてくれなかったの」
「いつもあの娘が来る頃に起こしてるんだけど、今日はいなかったから予定はさが無いと思ったのよ」

あの娘? そう言われて誰のことを言っているのかはすぐに分かった――翼だ。
その後、お母さんにたまには自分で起きなさい、とのお説教を背中に受けながら私は玄関を出て、そして家の前に広がったいつもと違う光景を目にする。

「翼、いないんだ」

そう、いつもより一人分、人気のない家の前。
どうしたんだろう。何かあったのかな。
いつもなら家の前で待っててくれる翼と一緒に事務所に向かってるのに。
スマホを取り出して電話を掛けてみる。風邪とかなのかな、そうだったらお見舞いしないと。
そんな心配をよそに電話はすぐに繋がった。

「あっ翼? どうしたの、いつもの所にいないけど」
『いつもの……? あぁ。だってさ、毎朝一緒に事務所に行くなんて大変でしょ――恋人じゃないのに』
「えっ、恋人でしょ……あっ」

と即答しておいて、すぐに思い出す。
そうだ。今日は私と翼はただの友達なんだった。すっかり忘れてた。

『思い出したなら良いや。とにかくそういうことだから、レッスンに遅れないようにね』

もう手遅れだと思うけどね、と付け加えて電話は切られてしまった。
それにしても、翼と一緒じゃない朝なんていつ以来かなぁ。よく思い出せないよ。
翼もケロッとしてるし、少しは寂しくないのかな……私は、少しだけ寂しい――、

「いや、寂しくなんてないよっ。普通、普通だから!」

そう言って私は駆け出す。一人で歩む道のりはいつもよりも殺風景で、長く感じられた。

「ふへぇ……疲れたぁ」

ついつい床にへたり込んでしまう。ひんやりとした床の温度が、レッスン終わりの火照った体を冷やしてくれてどこか気持ち良い。

「遅刻したから追加で筋トレなんて、酷いよ」
「んと……遅刻した未来も、悪いと思うよ…………」

と、同じく私の隣でへたり込む杏奈。杏奈は遅刻したんじゃないけど、普通に疲れてるみたい。

「杏奈はあんまり遅刻しないよね」
「うん……。百合子さんが、モーニングコールしてくれるからね…………」

えへへ、そう言ってふにゃりと笑う杏奈。私もそれに釣られて笑ってみる、でへへ~。
そんな風にしているとふいにお腹が鳴った。ぐぅぅ。

「あっ」
「…………未来、頑張ったもんね。仕方ないよ……」
「恥ずかしいからフォローいらないよっ」

お腹減ったなぁ、時計を見上げると時刻は真昼間を示していた。お昼ご飯食べないとね、そう思って辺りを見渡す。もちろん彼女を探しているんだけど…………。

「あれ、翼がいない?」
「翼なら、さっき……瑞希さんたちとどっか、行ったよ…………?」
「えー?」

衝撃の事実。私はすぐにスマホを取り出して翼に電話を――なんだろう、デジャなんとか? の感じがする。
また電話が繋がるまでは早くて、すぐに聞きたかった声が向こう側から届いた。

「翼、お昼ご飯――」
『毎日同じ人と食べる必要もなくない? 恋人じゃないんだから。久しぶりに私は瑞希ちゃん達と食べて来るね』

じゃあね、そう言って翼は通話を切った。
…………そうだよね。毎日一緒に食べるなんて、少し変だよね。
全く寂しくなんてないもん。
さてさて私は誰と一緒に食べようかな。翼とばかり食べるなんて飽きてきたことだから、ちょうど良かったねっ。

「杏奈っ。一緒にお昼食べない?」
「えっ……」

えっ。
杏奈にしては珍しく嫌な顔を一瞬浮かべられて、思わぬショックを受ける。
私がそのことで傷ついた顔をしていたのか、杏奈はすぐに否定するようにパタパタと手を振ってくれた。

「百合子さんと、食べようかなって思ってて…………」
「あぁ」

確かに、杏奈と百合子ちゃん仲良いもんね。いつもお昼時の私は翼のことしか見てなかったから、他の人たちがどう過ごしているのか全然知らなかった。
それは悪いことしたかも、そう思って引き下がろうとすると、

「でも、良いよ……未来可哀想だもん……」
「ホント? ありがと、杏奈!」

そう言って抱きつこうとしたら、杏奈にさらっと避けられてしまう。「痛いっ」「汗臭いし、寄らないで……」ひどい。
床に再び倒れこみながら、思う。
翼ならこんな私でも抱きしめ返してくれるのになぁ、なんてね。

…………やっぱり寂しいかも。
私は自分のお弁当に箸を伸ばしつつそんなことを思った。
最初は私も普通に会話に入っていけたけれど、気づいたら、ね。

「杏奈ちゃん。今日はあのダンジョン行こうよっ。クリアすると『暴風の魔将』っていう称号が手に入るんだって!」
「うん……。一緒に、いこうね…………」
「もちろん! 杏奈ちゃんと一緒ならどんな強敵も倒せるもんっ」

ぎゅー、と。
百合子ちゃんが杏奈を抱きしめる。百合子ちゃんもレッスン明けで汗臭い気がするんだけどなぁ。杏奈もちょっと、いや凄く嬉しそうな顔してるし。
嫉妬するのも馬鹿らしいくらいに百合子ちゃん相手だと楽しそうな杏奈。やっぱり、この二人は仲良いよね。
そんな二人を見ながら弁当を食べる。普段に比べて何倍も味気ない気がした。
二人は恋人なのかな、よく知らない。でもそうであってもあり得る……というかそうに違いないような気もする。

「そう言えば未来」
「ふぇ?」

ぼーっと考え事をしていると、百合子ちゃんに話しかけられていた。相変わらず杏奈と密着しているのは流石って感じ。

「何? 百合子ちゃん」
「今日は翼と一緒にお昼ご飯食べないんだ」
「ぐっ」

百合子ちゃんの言葉は直球で、私の考えていたことにズバリ図星だった。
杏奈も少し気まずそうな顔を浮かべているみたいで、なんとか言い返してやろうという気持ちが私の胸をよぎる。

「わ、私だっていっつも翼と食べるわけじゃないもん」
「そう? いつも一緒に食べてるよね」

うん。
付き合いだしてからもそうだし、付き合い始める前もほとんど翼とばかり食べていた気がするね。
でも認めるのは悔しいっていうか、うぅ。

「あれだよ。いつも同じ人と食べてると飽きちゃうっていうか……」
「でも杏奈は、百合子さんとのご飯…………全然飽きないよ……?」
「私もだよ杏奈ちゃーん!」

また杏奈を抱きしめる百合子ちゃん。満更でもなさげに、百合子ちゃんの頭を撫でる杏奈。
ラブラブだなぁ。話進まないくらいには。
なんて微笑ましい瞳で二人を眺めていると、比較的早く杏奈が現実に戻ってきてくれたみたい。

「未来も、飽きないでしょ…………?」
「えっ」
「そうだよ。翼と一緒にいると、未来すごく楽しそうだもん。飽きたりしないよね?」

二人して協力して私のことを追い詰めてくるようだ。悔しいからと、認めないようにしていたことを認める必要が出てくるみたいで。

「わ、私は」

答えは、決まっていた。

午後のレッスンも終わって、シャワーを浴びてスッキリ。
窓の外は橙色に染まっていて、いつもよりも長く感じた一日の終わりを告げているみたい。
取り出すのはスマホ。目を瞑ってても入力できるその数列を打ち込む。
待つこと数秒。

『――未来?』
「あっ、翼。今私、事務所の玄関にいるから早く来てね」

そこまで告げるとスピーカーの向こう側から控えめなため息が聞こえる。呆れたような雰囲気が流れたみたい。

『今日は恋人同士じゃないって言ったじゃん。もう忘れたの?』

そう言うと思ったよ、翼。だけどね、私はね。

『恋人じゃないのに毎日一緒に帰るなんて』
「良いからっ。早く来てね、待ってるよ!」

ちょっ、と翼の驚いたような声が少しだけ爽快だった。
今日は翼に弄ばれてばかりって感じだもん。少しは翼にもわたわたして貰うからね。

数分後、翼がやって来てくれた。思えば今日初めてまともに顔を付き合わせてるんだよね。凄い久しぶりに感じるよ、翼。

「急に呼び出したりなんかして……せっかく他の娘とカラオケにでも行こうと思ったのに」

顔を合わせてもやっぱりケロッとしている翼。私の気持ちなんてカケラも知らないで、全く。

「あっ、もしかして寂しかったりして――」
「寂しかったよ」

えっ、少し驚いたような表情をした翼のことを私は抱きしめる。
柔らかくて暖かくて。いつも触れ合っていたのにひどく懐かしく思えるくらいで、離さないようにギュッと力を強める。

「翼のこと大好きだもんっ。恋人らしいこととか、よく分からないけどっ、ずっと一緒にいたいの!」
「わっ、お、落ち着いて未来」
「いやっ!」

翼の戸惑ったような声がスカッとして、少しだけ嬉しい。
翼も離れようと抵抗して、すぐにやめてしまった。諦めて私の背に腕を回してくれる。……嬉しいなぁ。

「…………良かったよ」
「翼?」

ボソリと、翼にしては珍しく弱々しい言葉。
きっと私しか聞いたことのないような弱み。

「本当は未来があんなこと言い出して……不安だったから」

……そうだったんだ。
翼も私と同じ気持ちでいてくれたんだね。ケロッとしてる風に装ってた癖に。
嬉しかった。私だけが相手のことを大切に思ってるなんて、少し寂しいことだもん。

「私だって寂しかったし、一日中ドキドキしてたよ」

でへへ。
ふと、翼の表情が見たくなって手を離す。橙色の日の光が翼の表情を覆って――それでは隠しきれないくらいの赤色が見えていた。

「翼、顔真っ赤だよ」
「未来だってそうでしょ」

えっ。自分の頰に指を添えると、いつもよりも熱い私の温度が滲み出ている。
気づかなかった……でも、そうだよね。翼といると何だか楽しくて、燃え上がるみたいだもん。

そんなことを思って顔を見合わせて、お互い自然に笑みがこぼれてしまう。
嬉しいな、翼と一緒だとこんな少しのことですごく楽しくなれるの。
ただの友達とは全然違うよ。

「恋人らしいことなんて無くても、やっぱり恋人でいようねっ。翼!」

えへへ、と笑いかけてみる。
けれど翼の反応はなにか想像とまるで違っていて。

「あ、その事なんだけどね」

そう言うと翼は私の顎に指を添えて、気づけば距離を詰められて、

「――んぅ」

キス、されていた。
何度しても慣れない熱。翼の女の子らしいところが全部私にのしかかって、触れた部分から焼けて、溶けて、めちゃくちゃになってしまいそうになる。
くらくら、する。
崩れ落ちそうな体を翼は逃さないでいてくれて――離れる。
熱い、体が熱くて堪らない。

「ふ、ふぁ」
「キス、いつもしてるけどね。恋人の未来としかしないよ、こんなこと」

えっ。
だっていつも自然に翼がして、付き合う前からしてたのに、なんで、えっ。
目の前には悪戯っぽく笑う翼。

「ほら、早くしないと置いてっちゃうよ」
「ま、待ってよ」

な、なんだろう。急に恥ずかしくなって来た。
恋人で、キスして。
全部今までと変わらないのに、何もかもが違って見えて。でもそれは嫌なことじゃなくて。
明日から、きっともっと楽しい日々になる。
そう思うとどうしてもいいたい言葉がせり上がってきて、前を行く翼に絶対に聞かせたいと、そう思って。

「翼ー、大好き――!」

つい振り返る翼。また、顔を真っ赤にして、たぶん私もそうなんだろうな。本当、お似合いだよね私たち。
また私は翼に抱きつく。さっきまでよりも全然ドキドキして、けれど翼がそれを拒絶しないって知ってたから。
夕日の下、私たちの影が深く重なっていた。

おしり

中学生カップルなかんじがいいね
乙です

>>1
春日未来(14)Vo/Pr
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伊吹翼(14)Vi/An
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>>8
望月杏奈(14)Vo/An
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>>11
七尾百合子(15)Vi/Pr
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