乙倉悠貴「夢をひらく鍵」 (39)


「……ここは」

目を開けると私は真っ白な世界に立っていました。
そこはなにもない世界でした。あるものを除いて、ですが。

「むぅ……」

私の視線の先には1つの扉がありました。静かに佇むそれは、何もない真っ白な世界に唯一存在しているものでした。
その扉は鍵がかかっているようで、押しても引いても開く気配はしません。

「どうやったらこの扉は開くんだろう? ……そうだっ!」

普段から首にかけている鍵のネックレス、この鍵なら……

……ってあれ?

「鍵がないっ!?」

ネックレスの先には鍵がありませんでした。

「そんな……」

頼みの鍵も無くなってしまい、私にできるのは目の前にある扉を見つめることだけでした。

……ピピピッ!……ピピピッ!

扉を見つめているとどこからともなく聞きなれたアラーム音が聞こえてきます。
アラーム音は私を呼ぶようにどんどん大きくなって最後は……


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ピピピッ……!ピッ…!

「ふわぁ……また同じ夢を見ちゃった」

目覚ましのアラームと共に現実の世界に引き戻された私は、まだ眠たげな目をこすりながらベッドから起き上がります。
目的は棚にしまってある宝箱、宝箱と言っても実際はただのケースですけどね。

「良かった……ちゃんとあった……」

宝箱から取り出したのは鍵のアクセサリーがついたネックレス。
私が事務所のオーディションを受けた時、初めてステージに立った時、大事な時にはいつもこの鍵が私のそばにいてくれました。

「この鍵があればあの扉も開くのかな」

大事な宝物を見ながら夢のことを思い出します。
真っ白な世界に佇む開かない扉……この鍵があればきっと……

「ってもうこんな時間だっ! 行かなくちゃっ!」

柄にもなく考え込んでしまったのかもしれません。気づいたら日課のランニングに行く時間になっていました。
今日は次のライブに向けての大切なレッスンがあるので遅刻するわけにはいけません。
手早く準備を済ませた私は、外へ駆け出していきました。


「ふぅ……」

レッスン後の更衣室、着替えながらレッスンで見つけた課題点を振り返ります。
ダンスは大丈夫なのですが、最後のポーズがなかなか上手く決まりません。
誰か参考になる人はいないかな……

「悠貴ちゃんお疲れ様!」

そんなことを考えていると、一緒にレッスンを受けていたみりあちゃん達が声をかけてきました。

「みりあちゃん、飛鳥さんもお疲れ様ですっ!」

「ああ、お疲れ様」

今度のライブではみりあちゃんや飛鳥さんだけでなく他のみなさんともステージに立ちます。
初めて大きなライブに参加するので大変かもしれないけど頑張らないとっ!

「ねぇねぇ、悠貴ちゃん」

「どうかしましたか?」

最後にいつものネックレスを着けると、みりあちゃんがじっと私の胸元を見つめながら話しかけてきました。

「うん、悠貴ちゃんってそのネックレスをいつも着けてるよね」

「いつもってほどじゃないですけど、迷った時はよく着けてますね」

「この鍵は悠貴のお気に入りなのかい?」

飛鳥さんの言葉を受けて私とこの鍵の出会いを思い起こします。

「そうですね、小さい時に買ってもらった宝物ですっ!」


私がまだ3歳だったかな、家族で遊園地に行った時のことです。
当時の私は初めての遊園地でとってもはしゃいでいたって両親が言ってました。
観覧車にメリーゴーランド、どれも初めての経験でとても楽しそうだった、って!

「じーーー」

でも、そんな楽しかった遊園地も終わりの時間が来ようとしていました。
帰る前に遊園地のお土産屋さんで両親が買い物をしている中、幼かった私はあるものに目が釘付けになっていました。

「どうかしたの?」

「う、うん……」

「そういえば悠貴にも今日の思い出を買ってあげないとな」

「そうね……。くまさんとかどうかしら?」

「くまさん!」

お母さんが手に取ったのは遊園地の人気者である、くまさんのお人形。
フワフワで抱き心地も良くて、持っているだけで笑顔になってしまいます。
……でも私の指はくまさんではなく、別のものを指していました。

「こっち!」

「あら悠貴、そっちがいいの?」

「でも、こっちじゃくまさんと遊べないよ?」

私の選択が意外だったのでしょう、両親はくまさんのお人形を勧めてきましたが私は譲らず、「これがいい!」と頑なだったそうです。

「じゃあ、それにしようか」

「やったぁ!」

とても嬉しかったのでしょう、欲しいものを買ってもらえた喜びで私はその場でぴょんぴょんジャンプしていました。

「大切にするのよ?」

「うんっ!」

お母さんと約束の指切りをしたその時、

パァンッ!!!

と大きな音が店内に響きました。

「きゃっ!」

突然の轟音に驚いた私は、思わずお父さんにしがみついてしまいます。
お父さんは震える私を安心させるように抱っこすると、外に連れ出してくれました。

「大丈夫だよ悠貴、空を見てごらん」

「うん……」

空を見上げると赤、青、緑……色とりどりの光が夜空を照らしていました。

「きれい……」

「あれはね、花火って言うんだよ」

「はなびっ!」

鍵を握った手で花火に手を伸ばします。
もちろん花火に手が届くわけではありませんが、花火の光を反射して鍵が7色に輝いていました。

「わぁ……!」

「お城も見てごらん」

遊園地の中央にあるお城も、花火の光を受けてまるで夢のようにキラキラと輝いています。
輝いているのはお城だけではありません。周りを見渡すと、子供から大人までたくさんの人の笑顔がそこには溢れていました。
「また、この世界に来たいな」輝くお城を見ながら、幼い私はそう夢見ていました。

全てを思い出すことはできませんが、初めての遊園地は私にとって大切な思い出になりました。


「人形じゃなくて鍵を選ぶとはね」

「うーん、私だったらお人形かなぁ」

「やっぱり人形欲しくなっちゃいますよねっ。実は家に帰った後、くまさんが恋しくなっちゃったみたいで……次の日の朝に泣いちゃったんです」

「まぁ、幼いころにはよくあることさ」

「飛鳥ちゃんもそういう経験あったの?」

「その質問への回答は控えておくよ」

「えー!」

「あはは……でもそうなることが分かっていたのかもしれませんね、実は両親がこっそりくまさんのお人形を買っていたんです」

フワフワの人形を与えられ、機嫌がよくなった私は「くまさん、くまさん」とお人形にネックレスをかけて遊んでいたそうです。

「だからこの鍵は私が初めて両親にねだった大事な宝物なんです」

ネックレスを首から外し、鍵を見つめます。
鍵は室内の光を受けて微かですが輝いていました。

「この鍵で何を開けるんだろう? 宝箱かな!」

「鍵が開けるのは箱だけじゃないよ、例えばそう……扉とかね」

「扉……ふふっ、きっと夢の扉を開く鍵かもしれませんねっ!」

この鍵はいつだってそばにいてくれました。
嬉しい時も悲しい時も、何か新しいことに挑戦する時も、だからこの鍵が夢の中の扉を開いてくれる。私はそう信じていました。



けれど、事件は突然起こってしまうのです。



「今日は上手くできてよかったな」

みりあちゃんと飛鳥さんに鍵の話をした数日後、今日のレッスンが上手くいった私は上機嫌で更衣室に戻ってきました。
シャワーをゆっくり浴びすぎてしまったので、他には誰もいません。
急いで着替えようとロッカーを開けた、その時でした。

「あれ、ネックレスがない……?」

着替えの上に置いたはずのネックレスがどこにも見当たりません。

「下に落ちちゃったのかな?」

荷物をどかしロッカーの下も確認しますがロッカーの底が見えるだけです。

(最初に着替えた時はちゃんと置いたはず、じゃあ休憩で戻ってきた時に落とした? どうしよう……)

「乙倉」

「ひゃ、ひゃいっ!」

後ろから突然声をかけられ、ネックレスのことで頭がいっぱいだった私は変な声で答えてしまいます。

「どうしたそんなに驚いて」

「い、いえ、なんでもありませんっ! トレーナーさんお疲れ様です」

「そ、そうか……今日のレッスンについてだが良かったぞ。この調子で本番にも向けて頑張るように!」

「ありがとうございますっ!」

普段からレッスンに厳しいトレーナーさんから褒めてもらえると嬉しくなります。
ただ、今の私は素直に喜ぶことはできませんでした。

「喜ぶのはいいが、施錠の時間を過ぎているのでさっさと着替えてくれ」

「わ、分かりましたっ!」

トレーナーさんに言われ、急いで着替えます。
ネックレスのことは大事ですが忙しいトレーナーさんに迷惑をかけるわけにはいけません。

バタンッ!

「急かしてしまってすまないな。もう暗くなるから早く帰るように」

そう言うとトレーナーさんは急ぎ足で去っていきました。

「明日また探しに行こう」

その日はトレーナーさんに言われた通りに真っすぐ家に帰りました。
帰り道に今日のレッスンのポイントを頭でおさらいしていましたが、頭の片隅から鍵のことが消えることはありませんでした。


何度も見た夢の中、真っ白な世界には相変わらず扉が佇んでいました。

「でも鍵は……」

大切な鍵を失くしてしまった私には何もできません。
ただただ、この夢から覚めるまで待つことしかできませんでした。

「はぁ……、あれ?」

深くため息をつくと、胸の方に何か硬いものが当たっているのを感じます。
この感触を私はよく知っています。だって……それはいつも身に着けている鍵と同じものだったのですから……

「もしかして鍵かもっ!」

希望に胸を膨らませ、その正体を確認しましたが……

「鍵が……折れてる……」

確かにそれは鍵でした。
ただ、鍵は途中で折れていて持ち手しかない不完全な形でした。

「これじゃあ扉は開けない……」

……ピキッ

希望から一転、絶望に叩き落された気分でした。

ピキッ……ピキッ……

一生この扉が開かれることはないのでしょうか。
握られた鍵は私の心を映すかのように鈍く輝いていました。

「もうダメなのかな……」

私の心がさらに暗く、よどんだ時……

……パリーン!

そこら中でガラスの割れたような音が響きました。

「えっ……?」

ひび割れは世界全体に伝わっていき、さっきまで真っ白だった世界は一転、影に覆われたかのように真っ黒になってしまいました。
それはどのような輝きも吸い込んでしまうような黒色、折れた鍵に残っていたわずかな輝きもその黒色に奪われてしまいました。
世界が割れる影響は私の足元も例外ではなく、立つことのできなくなった私は真っ逆さまに落ちていって……

「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

世界が崩れている中でも扉は相変わらず同じ場所に留まっています。
薄れゆく意識の中で私は、遠ざかっていく扉に目を向けました。

(扉が……光って……)

そして、私の意識は途切れてしまいました。


バターン!

「いててっ……」

ベッドから落ちた衝撃によって私は目を覚ましました。
とりあえず目覚まし時計を確認します。

「た、大変! もうこんな時間だっ!」

時計の針は8時を指していました。
このままでは学校に遅刻してしまいます。

「ち、遅刻だっ! 急いで準備しないとっ! って、今日は学校お休みだった……」

制服に手をかけようとした瞬間、冷静になった私は今日が休日であることを思い出しました。

「よかった……」

学校がお休みなことを確認してひと安心……と思ったところで、私が起きたことに気づいたのかお母さんが部屋に入ってきました。

「お母さん、おはよう……」

普段なら朝でも元気に挨拶をするところですが、夢の影響か挨拶も少し弱々しくなってしまいます。

「おはよう悠貴、ところで今日はレッスンの日じゃないの?」

「あっ……」

そうです。学校がお休みということはレッスンがあるという意味でもあります。

「このままじゃ遅刻しちゃう……」

一難去ってまた一難、今度はレッスンに遅刻しそうになってしまい再び慌ててしまいます。

「今日は全体練習があるのに……」

「お父さんが送ってくれるから大丈夫よ、だから落ち着きなさい」

急いで荷物の準備をする私に声をかけると、お母さんはリビングに戻っていきました。
お父さんが送ってくれるならレッスンには間に合うはずです。
落ち着きを取り戻した私は再び準備を始めました。

「うーん……」

ですが今朝見た夢のことを思い出してしまい、どうにも調子が出ません。
ネックレスを失くしてしまってから数日、あれからロッカーや更衣室、レッスンルームと心当たりのある場所をくまなく探しましたが、結局ネックレスが見つかることはありませんでした。
宝物を失くした影響は大きく、ここ最近はレッスンも陸上も勉強も何もかもに身が入りません。
そんな私を見て、周りのみんなから「大丈夫?」と心配してくれますが、私は愛想笑いをしながら「大丈夫だよっ!」と返すばかりでした。

「相談した方がいいのかな、でもお母さん達に言ったら悲しむだろうし……」

ネックレスを失くしたことについて、まだ誰にも相談ができていません。
プロデューサーさんやちひろさん、トレーナーさん達に話そうと考えましたが、ライブの準備で忙しい今、私個人のことで迷惑をかけるのは申し訳ないと思ってしまい言い出すことができませんでした。

「どうしよう……」

「そろそろ行くわよー」

「は、はーい!」

考え込んでしまう中、お母さんの声で現実に戻された私は、慌てて準備を終えて事務所に向かいました。
今日の全体練習、ちゃんとできるといいけど……


「はぁ……」

レッスン終了後、ロッカーを前に私は深いため息をついていました。
それもそのはず……

――――――――

「ワンツーワンツー……乙倉! 振りが遅れてるぞ!」

「すみませんっ! もう一回お願いします」

ダンスでは1人だけずれてしまったり、

「♪~~~♪~~~っ!」

「悠貴ちゃん、ここはもうちょっと音を抑えめにしましょうか」

歌では声量のバランスが崩れてしまったり、

「悠貴、ほら」

「ありがとうございます、飛鳥さん。やっぱりレッスンにはエナドリですね」

カチッ……プシャー!

「うわあぁぁぁ!」

ドンガラガッシャーン!

「大丈夫かい!?」

差し入れに貰ったエナドリが暴発して、その勢いでひっくり返ってしまったり……

――――――――

「はぁ……」

思い出すだけで何度もため息が出るくらい今日の私はダメダメでした。
ライブまであと数えるほどしか日にちがありません。こんな状態のままで上手くいくのでしょうか。


「今日は調子が悪いみたいだね、いつもの笑顔はどうしたんだい?」

「飛鳥さん、お疲れ様です」

シャワーを浴びて戻ってきた飛鳥さんの「笑顔」という言葉にはっとさせられます。
ここ最近ずっと考え込んでいて、自分が心から笑ったことが無いように思えました。

(笑顔か……今日は笑顔でいられたかな……)

「キミはレッスンでも笑顔を絶やさずにいるじゃないか。それが今日のレッスンはどうだい? 作ったような笑顔でキミらしくない」

「そんなことは……」

「今日に限ったことじゃなかったね。最近ずっとそんな顔だ。いつだったか、宝物の話をしているキミはとても楽しそうだったよ」

厳しいレッスンでいっぱいいっぱいなはずなのに、飛鳥さんは私のことをまるでいつも見ているかのようでした。

「ボクでよければ話くらいは聞くさ……」

「えっ……」

飛鳥さんの言葉に少し驚いてしまいます。
私の中の飛鳥さんはとってもクールでかっこいい人で……そんな飛鳥さんが私の悩みについて聞いてくるとは思っていなかったのですから。

「飛鳥さん……」

少し迷いましたが、私は飛鳥さんにネックレスを失くしてしまったことを話しました。
話している途中、声が詰まってしまい途切れてしまうところがありましたが、それでも飛鳥さんは静かに私の声に耳を傾けてくれました。


「………」

「でも、ごめんなさいっ! ライブの直前なのにこんなことでみなさんに迷惑をかけてしまうなんて……本番では失敗しないようがんばりますからっ!」

最後の方はもう必死で、でもこれ以上心配かけないようにと何とか笑顔で答えようとします。

「無理してないかい」

「えっ……」

「今の笑顔もただ取り繕うだけの笑顔だよ。キミの本当の笑顔はどこに行ったんだ」

「そんな……そんなこと言われても! 大切な鍵が無くなっちゃったんですよっ! あれが無いと私は……っ!」

飛鳥さんに感情的になってしまい、ハッとします。こんなことをしてはいけないのに……
けれど、飛鳥さんが怒ることはありませんでした。むしろ少し笑っています。

「フフッ、悠貴もそんな顔をするんだね」

「そんな顔?」

「ああ、すまない。悠貴も感情的になることがあるってことだね」

「ごめんなさい……」

「いや、いいんだ。……この後時間はあるかい?」

「時間ですか? 時間ならありますけど……」

「だったら……新しい鍵を見つけに行こうじゃないか」

飛鳥さんの言葉を聞いて私の頭にはクエスチョンマークが浮かびます。
新しい鍵とはどういうことなのでしょうか?

「買い物にでも行くんですか?」

「別に形に拘る必要はないよ、悠貴にとって鍵だと思えるものなら何でもいいんだ」

この時の飛鳥さんは優しい目で、その言葉に何だか私は救われるような気がしました。
けれど、どうして飛鳥さんはここまでしてくれるのでしょうか?
これは私の問題で飛鳥さんには関係のないことなのに……

「理由かい? 理由なんて……あるとしたら悠貴の笑顔が嫌いじゃない、それでいいだろう? さぁ行くよ」

そう言うと飛鳥さんは自分の荷物を持って扉の方へ向かいます。
すぐそっぽを向かれてしまいましたが、この時の飛鳥さんの顔は少し赤かったような……って、待ってくださーい!


「最初はやっぱり……ここかな」

「ここって、プロデューサーさんの部屋?」

私たちが最初に訪れたのはプロデューサーさんの部屋でした。
「本当のことを言ってないんだろう?」と飛鳥さんの言う通り、プロデューサーさんには鍵を失くしてしまったことを言っていません。
きっと、飛鳥さんなりに私の背中を押そうと気を使ってくれたのでしょう。

「それじゃあ入るとしようか」

「って、飛鳥さんノック忘れてますよっ!」

乗り込むように部屋に入る飛鳥さんと私、部屋の鍵が開いているということはプロデューサーさんは部屋の中にいるみたいですが……

「お、二人でプロデューサーに用か?」

そこにいたのはプロデューサーさんではなく巴さんでした。

「あぁ、少しね。プロデューサーはいないのかい?」

「うむ、急な会議が入ったとか言って慌てて部屋を飛び出していったわ。相変わらず忙しいのう」

「当てが外れたか……まぁいいさ、書き置きでもしておこう。悠貴、なんて書くかい?」

「なんじゃ、用があるのは悠貴の方じゃったか」

「ええ、実は……」


「そういうことはもっと早く言わんかい!」

私の話を聞いた巴さんは少し怒ったかのように言います。
飛鳥さんもそうでしたが、自分が思っていた以上に皆さんは私の事を心配していたみたいで、心がズキズキしてしまいます。

「けど、ちゃんとゆうてくれたのは嬉しいけん。 よっし、この村上巴が一肌脱ぐかのう!」

でも理由を知った巴さんはすぐにニカっと笑いました。
こういうのがお姉さんって感じなのかな、巴さんを見ていると私と同じ13歳でも大きな違いを感じます。

「巴さん、ありがとうございますっ!」

「そうと決まったら次はどこに行くんか? 飛鳥のことだから決まっとるんじゃろう?」

「最初が、と言うことは次の行き先も決まっているんですか?」

私と巴さん、2人の疑問に対し飛鳥さんは……

「予定は……ない……」

私達から目を逸らし、苦々しい顔で言いました。


「まったく! 行き当たりばったりとはなんて計画の無さなんじゃ!」

不満を吐き出すかのように、ボタンを連打する巴さん。

「何事も分からないから面白いじゃないか、そのおかげでボク達はこうしているのだから」

飛鳥さんも負けじとボタンを連打しています。

「いやー、ちょうど3人が来てくれて助かったよー、やっぱパーティーゲームは4人で遊ぶと楽しいからね!」

そう言う紗南さんも笑ってはいますが、ボタンを押す指が止まることはありません。
プロデューサーさんの部屋を後にした私達はとりあえず休憩室に向かうと、そこでは紗南さんがゲームをしていました。
さっきまで光さん達と遊んでいたらしくゲーム機にはコントローラーがちょうど4つ繋がっていました。「みんなで遊ぼうよ!」と紗南さんに誘われ、せっかくなので4人で遊ぶことに。

「うがぁーっ! やっぱ紗南はつよいのう!」

そうこうしているうちに勝負に決着はつき、画面の中では紗南さんの操る黄色いぴにゃこら太が勝利のピースを決めていました。

「へへっ、古いゲームだけどやりこんでるからね! 次は悠貴ちゃんの番だよ」

「えっと、さいころを振って……分かれ道?」

「チャンス! ぴにゃキーがあるから右だと近道できるよ」

分かれ道を右に進むと道をふさぐ扉の前でぴにゃこら太の形をした鍵が出てきました。

『本当にボクを使うぴにゃ?』

「Aボタンを押して、と」

Aボタンを押すと近道への扉が開き、私の操作するピンクのぴにゃこら太はテクテク歩いていきます。

『さようならぴにゃ』

扉を潜り抜けたことを確認すると画面のぴにゃキーはさよならの言葉と共に消えてしまいました……


「鍵が消えちゃった……」

鍵が消える演出を見てしまい、ゲームの中の出来事とは言え言葉が出なくなってしまいます。
そんな私を見た飛鳥さんと巴さんもさっきまでの喧騒が嘘だったかのように口を閉ざしてしまいました。

「どしたのみんな?」

重苦しい空気を察したのか紗南さんが心配そうな目でこちらを見つめます。

「この鍵は、その……消えるのかい?」

何とか場の雰囲気を取り繕うと飛鳥さんが紗南さんに質問をしました。

「そりゃあ、そういう役割だし……」

「役割ですか?」

「そうそう、どんなアイテムにだって回復に攻撃、宝箱を開けたりと役割があるからね」

「それが消えると分かっていてもかい?」

「うーん……たとえ消えてしまうとしても、そこまで一緒にいたことには変わりないんじゃないかな? 例えばRPGでも最初の武器がいつかは使われなくなるよね、でも最初の武器って一番思い入れができるものだと思うんだ」

「物は消えても記憶は残るということかのう」

「そうそう! そんな感じ! ……だからさ、いなくなってしまっても自分が覚えていることが大事だと思うんだよ」

覚えていることが大事、その言葉を聞いて考えさせられます。
大事なものを失くしてしまってもその思い出を大事にする……
今はまだ気持ちの整理がつきませんが、先に進むための光が見えた気がしました。

「覚えておくこと……紗南さん、ありがとうございますっ!」

「え、えぇ!? 何かお礼されること言った?」

「ああ、言ったとも」

「おう、言ったな」

突然お礼を言われて困惑する紗南さん、きょとんとする紗南さんを見て2人とも微笑んでいました。

「どういうことなのさー!」


「しっかし目一杯遊んだのう! たまにはテレビゲームを悪くないもんじゃな」

「私もあまりゲームはしないので楽しかったですっ!」

屋上へと向かう階段を上る途中、ついさっきまでの出来事を思いだします。
あの後もずっとゲームに夢中になってしまい、気づいた時には時計の針は5時を指していたのでゲーム大会はそこでお開きとなりました。

「ところで、屋上になにかあるんですか?」

屋上へ向かう階段の途中、提案者の飛鳥さんに質問します。

「なにもないよ、ただ最後に屋上から空を見上げるのもいいと思ってさ」

「なんじゃ、誰か呼んでいるとでも思ったわ」

「ボクが誰かを呼ぶことなんて……とにかく開けるとしよう。この時間なら誰もいないからゆっくりできる」

飛鳥さんは慣れた手つきで屋上へのドアを開けて……閉めました。


「この時間帯に屋上に来るなんて、貴女達にも世界を見る素質があるようね!」

「まさかヘレンの姉御がいたとはのぅ」

乾布摩擦というのでしょうか、誰もいないと思われていた屋上ではヘレンさんが一人、タオルを体に擦り付けていました。

「世界を見るのに決まった場所なんて無いわ。自分が決めればそこが世界の中心よ」

そうヘレンさんは続けると今度はダンスを踊り始めました。
私もダンスは得意な方ですがヘレンさんのダンスには見る人すべてを惹きつけるような熱い何かを感じられます。

(見惚れているようだね、まぁ無理もないか)

ヘレンさん……事務所の中では一際異彩を放つ人として、熱狂的なファンがいるアイドルです。
私自身はまだお仕事でご一緒したことはないのですが……

(2人はヘレンさんとお仕事したことあるんですよね?)

(ヘレンさんなぁ……なんというか凄いんじゃが分からない人じゃ……)

(あの人の見ている世界とボクの求めるセカイは……止めよう、話が脱線する)

一緒にお仕事をしたことがある2人は少し難しそうな顔をしています。

(な、なんというか……すごい人なんですねっ!)

「悠貴と言ったわね」

「は、はいっ!?」

突然の名指しにびっくりしてしまい、変な声が出てしまいます。


「貴女……」

一体どんな言葉が飛び出してくるのか……ドキドキしながらヘレンさんの言葉を待ちます。

「貴女、何かを失ったのね。例えばそう、鍵かしら?」

「ど、どうしてですか?」

「私を誰だと思っているの? それくらい目を見ればわかるわ」

「さすがヘレンの姉御じゃ。悠貴の悩みを見抜きよったわ……」

一目見ただけで私の悩みを見抜くなんて、これが大人の余裕というものでしょうか?

「悩める少女を導くのも私の務め……さぁ、打ち明けなさい! 力になるわ!」

「なんで最後にポーズを決めるんだこの人は」

そう言い放つと最後はダイナミックにポーズ!
この人なら何でも解決できてしまいそう、そんな気がしてしまいます。

「お話し、聞いていただけますか?」

「もちろんよ」

そう答えるヘレンさんを夕陽が照らし、その姿はとても頼もしく見えました。


「と、いう訳なんです。今は新しい鍵を探しているんですけど、これが見つからなくて……」

私が話している間、ヘレンさんはずっと目を閉じながら耳を傾けてくれました。
そして話が終わるとヘレンさんは目を見開いて……

「扉の先には何があると思う?」

質問を投げかけてきました。

「扉の先……」

「ここまで話を聞いてきたけど、今の貴女は扉を開けることしか考えていないわ」

扉を開けることしか考えていない……ヘレンさんにそう言われ、今までのことを思い返します。

「そうでした……今までずっと扉を開けることしか考えていなかった……」

「確かに扉を開ける話はしたけど扉の先の話は聞いたことがなかったね」

「ということはなんじゃ、扉を開ける前に扉の先のことを考えろということか?」

「そうよ! 確かに扉を開けるのは大事! けどその先がいきなり崖だったとして扉を開けたいと思うかしら! 答えはNO! 開けていきなり真っ逆さまなんてゴメンよ!」

「なるほどね、未知のセカイへ行くにしてもそのセカイにある程度の方向性を持たせるということか」

「でも私なら崖から落ちそうになっても逆に登ってみせるわ!」

「それができるのはヘレンの姉御ぐらいじゃ!」

3人が話をしている間、扉の先の世界について考えてみます。
そこはどんな世界なんだろう……しかし、その答えを出すのは簡単ではありません。
うーん……。


「急ぐ必要は無いわ。焦らず、ゆっくり考えなさい」

難しい顔をしていたのでしょうか、ヘレンさんは少し背伸びをすると私の頭を軽くポンと叩きます。
年上のお姉さんにこういうことをされるのは珍しいことなので、なんだか恥ずかしくなってしまいます。

「ふふっ、なんだかくすぐったいですっ」

「少しは元気が出たようね」

私の顔を見て満足したのでしょうか、ヘレンさんは満足そうな顔で出口へと歩いていきました。

「どこに行くんだい?」

「私を待つ人々に情熱を届けに行くのよ。私のこの世界レベル溢れる情熱をね!」

「多分ディナーショーの仕事じゃろうなぁ」

「悠貴、鍵と今の貴女についてもう一度見つめ直してみなさい。貴女達のライブ、楽しみにしておくわ」

「ヘレンさん……ありがとうございましたっ!」

去っていくヘレンさんに私は深々とお辞儀します。
ヘレンさんは振り返ることなく右手を天に掲げると、そのまま去っていきました。


「とってもすごい人でしたねっ!」

「悠貴の目がすっごいキラキラしておる」

「ある意味、会って正解だったか。いや、感化されすぎないといいけど」

「感化ってどういうことですか?」

「そこは考えんでよい。悠貴は悠貴らしくってことじゃな」

「でも……」

手を組んで体を伸ばします。
空を見ると、すでに陽は沈み、一番星が輝きだしていました。

「そろそろ帰ろうか、親も心配するだろう」

「そうですねっ! 帰りましょうっ!」

「ああ、それじゃあ……休憩室まで競争じゃ!」

そう言うと巴さんは笑いながら走り出します。
競争なら私だって負けません。巴さんを追うようにダッシュ! の前にまだ空を見ている飛鳥さんに呼びかけます。

「飛鳥さーん、行きますよー!」

「ああ、今行くよ」

先頭に巴さん、それに続いて私と飛鳥さん、私達は休憩室に向かって走って行きます。

「ふふっ!」

「そうそう、その笑顔だよ」

「えっ?」

階段を下る途中、横に並んだ飛鳥さんが私を見ながら呟きました。

「無自覚か……フフッ、なんでもないさ。先に行くよ」

踊り場に向かって3段飛ばしでジャンプする飛鳥さん、上手く着地をするとそのままどんどん下っていきます。
いつの間にか、私は心から笑えるようになっていました。


(ヘレンさんは「鍵と今の私自身について考えろ」って言ってたけど)

先に行く2人を追いかけながら、扉の先にについて改めて考えます。
今の私自身とはどいうことなのでしょうか、鍵と出会った時との違いを挙げればいいのでしょうか。
まず小さい時と違って、身長が大きくなりました。それに足も速くなって陸上部でも頑張っています。
性格だって、駄々を捏ねるようなことは無くなって……少なくなりましたね。

(それに……今の私はアイドルになって……)

その時、頭の中でカチッと当てはまるような音がしました。

(私の思う扉の先の世界はもしかして……!)

昔の私が夢見たこと、今の私だからできること、扉の先について少し見えた気がしました。


「明日はとうとう本番かぁ」

ライブを明日に控え、寝る前のストレッチをしながらここ最近のことを振り返ります。
鍵を失くして悩んでいたこと、飛鳥さんと巴さんに悩みを打ち明けたこと、紗南さんやヘレンさんと話したことなど……短い間の出来事でしたが、とても長く感じられました。

「鍵は見つからなかったけど……」

あの後、他の人にも協力してもらいましたが、残念ながら鍵が見つかることはありませんでした。それと同時にあの夢を見ることも無くなってしまいました。
しかし、そのおかげで扉を開く鍵についても考えることができました。

「今ならきっと……」

布団の中で最近見ることのなくなった夢の世界について思い出しながら、私は眠りへと落ちていきました。


扉の周りだけがわずかに明るく、それ以外は真っ黒な世界。
私はそんな世界に再び立っていました。

「また来れたんだ」

扉をまっすぐ見つめ、私は立ちます。
今までずっと開かなかった扉、あの鍵がないと開くことができないと思っていた扉。
でも、宝物の鍵が無くたって扉を開く鍵はいつだってそこにありました。

「自分が扉を開きたいと強く思うことっ! きっとその思いが鍵になるはずっ!」

ピカッ!

「きゃっ!」

扉の前で宣言した瞬間、目の前が眩しく光りだします。
目を開くと、目の前の扉には変化が起きていません。ですが、懐かしい感触が私の首元に……

「鍵だっ!」

私の首には見慣れたネックレスがかけられていました。
もちろん鍵も一緒です。

「おかえりなさい」

私の言葉に反応するかのように鍵はキラキラ輝いていました。

「開こうっ!」

鍵を手にした私は扉の鍵穴に鍵を挿します。

カチッ……!

どうやら上手くはまってくれたようです。

ギィーー……バタンッ!

重い音を響かせながら、ついに扉が開かれました。
扉の先へ、一歩、また一歩私は進んでいきます。
そして……


「ここはどこなんだろう?」

扉の先の世界は先ほどと変わらず真っ暗なままでした。
しかし、前とは違って大きな道があります。
道を照らしてくれるはずの外灯には明かりが点いておらず、私はゆっくりと道を進んで行きました。
ほどなくして、道の先から誰かが歩いてきました。

「やぁ悠貴、ついに扉を開くことができたみたいだね」

「飛鳥さん!?」

その正体は飛鳥さんでした。
黒いマントに黒いシルクハット……飛鳥さんの姿はまるでテレビで見る手品師のようです。
どうやらシルクハットは飛鳥さんの頭には少し大きいようで、飛鳥さんはシルクハットがずれるたびに直していました。

「ふふっ……」

「なんだい、いきなり笑って」

思わず笑ってしまった私を見て飛鳥さんは少しムッとします。

「まぁボクはいいさ、こういう格好は嫌いじゃない。それよりほら……」

飛鳥さんが指さす方向から白い何かが走ってきます。


「なんでうちがこんな格好をしないとアカンのじゃ!」

白い何かの正体は真っ白なドレスを身に纏った巴さんでした。
普段のかっこいい姿は正反対の可愛いドレスに巴さんは少し困惑しているようでした。

「可愛い……」

「ん、どうした悠貴?」

「とーっても可愛いです!」

「お、おう……なんだか照れるのう……」

「良かったじゃないか、高評価で」

赤面する巴さんの肩にポン、と飛鳥さんが手をのせます。
普段なら「なんじゃ!」と応えている巴さんも慣れないドレスで流石に反応できないようです。

「どうしてこうなったんじゃろうなぁ……」

遠い目をしながら巴さんがポツリと呟きます。

「あはは……、でもどうして飛鳥さんと巴さんが? ここは私の夢なんですよね?」

とりあえず浮かんだ疑問を2人に投げかけます。
質問を聞いた飛鳥さんが私をじっと見つめると話を始めました。


「最初に言っておくと……悠貴、ここはキミの夢で間違いないよ」

「それでボクたちのことになるけど、夢には自分の知り合いが出てくるなんてよくあることさ」

「おう、つまりうちらは悠貴が知っているうちらから生まれたってことじゃな」

「な、なるほど……」

納得できたようなできないような……。とりあえず目の前にいる2人は自分が知っている2人で間違いはないのでしょう。

「ここからが本題だけど鍵が扉を開ける役割があるように、ボクたちにも役割があるのさ」

「役割、ですか?」

「ここで話すのもアレじゃし、とりあえず先に進もうや」

「おいで悠貴、見せたいものがあるんだ」

そう言うと2人は、暗い道をどんどん先へと進んでしまいます。

「待ってくださーいっ!」

2人の後を追うように私も先へ進みました。


「さぁ着いたよ」

「これは……扉?」

私の目の前にはここに来た時と同じ扉が……いえ、見た目こそは同じですが入ってきた時よりも数倍大きい扉がそびえ立っています。

「おっと、扉だけじゃなくもっと全体を見んといかんなぁ」

「全体…………ああっ!」

よく見ると扉の周りはレンガで囲われています。
薄暗い中、レンガの形をなぞっていくと、ぼんやりですが懐かしさを感じる形が浮かび上がりました。

「お城だ……」

「そう、ボクたちの役割は悠貴をここに連れてくること」

「今のおまえさんなら、この城の扉も開けるはずじゃ」

「「夢の城のね(な)」」

「夢の城……」

夢の城と聞いて私は気づきます。
もう一度、力を貸してくれるかな? 首にかけた鍵に私はもう一回お願いします。
そんな私に鍵は「大丈夫!」と答えるようにキラキラ輝いていました。

「準備はできたかい?」

「はいっ!」

鍵穴に鍵を挿して……あっ、ちゃんと入りました。
鍵を開けた途端、鍵穴からたくさんの光が溢れ出してきて……
余りの眩しさに目を瞑ってしまいます。


「さぁ悠貴、空を見てごらん」

「わぁ……」

目を開き、空を見上げるとそこにはたくさんの星が輝いていました。
それは暗かった世界を優しく照らしてくれるように。

「後ろも見てみ」

言われるがままに振り返ると、外灯には火が点きここまで歩いてきた道を照らしていました。
それだけではありません、周りが照らされたことによって今まで見えていなかったものも見えてきました。

「観覧車! メリーゴーランドにジェットコースターも!」

それは遊園地には欠かせないアトラクションの数々、夜の遊園地は光に照らされて輝いていました。
それはいつか来た思い出の場所。
そっか、ここは私の想いが形になった世界だったんだ。
みんなが笑顔になれる場所、幼い頃に夢見た場所がここにはありました。

「ようこそ、キミの国へ」

「これでうちらの役目も終わりじゃな……」

そう言った2人の姿は少し薄くなって……薄く?

「ちょっと待ってくださいっ! 2人とも消えてしまうんですか?」

「仕方のないことさ、役目が終ったボクたちはもう存在する必要はないからね」

「そんな……」

「それにうちらは夢の存在じゃしな……」

そういう巴さんの目は少し泣いているように見えました。
飛鳥さんも私と目線を合わせないようにシルクハットをわざと目深に被っています。
2人の役割は私をここに連れてくることだったかもしれません。だとしても……


「あ、あのっ! まだ消えないんですよね?」

「すぐに、ということはないだろうけど」

「なら……一緒に遊びましょうっ!」

「遊ぶ?」

「はいっ! 遊園地にいるのに遊ばないなんて、もったいないですっ! だからっ……!」

2人の手を掴みながら、まるで小さい時と同じように駄々を捏ねてしまいます。
でも、2人の寂しそうな姿を見るのは嫌だったんです。
だってここはみんなが笑顔になれる場所なんですからっ!

「ふふっ」

「ははっ!」

私が必死の思いを伝えると2人から笑みがこぼれました。

「そうじゃなぁ! せっかくだし消える前に少し遊んでいくとするかのぅ!」

「そこまで必死に言うなら遊んであげてもいいかな」

「素直じゃないのぅ、本当は嬉しいくせに」

「と、とにかく最初はどこに行きたいかな?」

「じゃあ最初は……」


「ふぅ……楽しかったですねっ!」

観覧車の中、私は2人に話しかけます。
あれから私達はメリーゴーランドにジェットコースター、お化け屋敷とたくさんのアトラクションで遊びました。
いっぱい笑って、いっぱい叫んで、ここが夢の中だということを忘れてしまうほどで……
でも、楽しい時間も終わりの時が来ようとしていました。

「おう! なぁ飛鳥!」

「フフッ、そうだね……とても、楽しかったよ」

さらに薄くなってしまった手を寂しそうに見つめながらも、2人は笑って答えます。
良かった……2人とも元気になってくれたみたい。

「そろそろ帰る時間だ」

「そうですか……。本当に、ありがとうございましたっ!」

別れる前にありがとうの気持ちを2人に伝えます。
1人じゃここまで来れなかったから……

「感謝する必要はない。ボクたちはボクたちの役目を果たしたに過ぎないからさ」

「そうじゃ、それに悠貴がお礼を言うのは本当のうちらの方じゃ」

「でも……感謝されると悪い気はしないね」

「飛鳥さん……巴さん……」

観覧車の窓からは遊園地を見渡すことができました。
そして空も星空から夜明けの空へ、きっと私も起きる時間なのでしょう。
短い時間ではありましたが、ここでの出来事を忘れないようにしたいと心で思いました。

「さぁ、起きる時間だ」

「今日はライブじゃろ? 気張ってけぇよ!」

「はいっ! 頑張りますっ!」

ここまで私を連れてきてくれた2人に深々とお辞儀をします。
それを見た2人は最後ににこっ、と笑うと観覧車の中は暖かな夜明けの光に包まれていきました。

……ピピピッ……ピピピッ


ピピピッ……!ピピピッ……!ピッ…!

「うーん……っ!」

勢いよく目覚ましを止め、腕を上げて背筋をピンと伸ばします。
ライブ当日、その日の目覚めはとても良いものでした。

「とっても楽しい夢だったなぁ……」

昨晩見た夢を思い出しながら、日課のランニングの準備をします。
今日はライブがあるから少し軽めで。

「行ってきますっ!」


「うぅ……緊張してきました」

まもなくライブが始まろうとしています。観客席をちょっとだけ覗いたのですが、多くのお客さんがライブを今か今かと待ちわびています。
ライブ自体は何回か経験していますけどやっぱりこの瞬間は緊張しちゃうな。
心なしかマイクを握る手も震えていました。

「悠貴ちゃん大丈夫?」

緊張している私に気づいたのか、みりあちゃんが私の顔を覗き込みます。

「みりあちゃん、緊張してないなんて凄いですっ……」

「私だって緊張しているけど、それよりもいっぱい楽しみたいから!」

「緊張を楽しみで上書きする……。フフ、いいじゃないか。そういった刺激がボクたちをより高みを導いてくれるのさ」

「いっぱい楽しむ……」

ニコニコしているみりあちゃんに、にやりと笑う飛鳥さん。私だって負けてられませんっ!


「おーい! 悠貴!」

「巴さん!? どうしたんですか?」

少し息を切らせながら巴さんがこちらにやってきました。

「はぁはぁ……よう悠貴、開演には……間に合ったようじゃな……!」

息が途絶え途絶えになっている巴さんの手には何か握られています。

「ほれ……、お前さんの忘れ物じゃ」

「巴さん、これって!」

「悠貴ちゃんのネックレスだ!」

「本当だ……でも、どこで……」

「トレーナーの姉さんが拾っていたそうじゃ、レッスンの準備とかで忙しくて届けるのが遅れてしまったみたいでの、大切なものなんじゃろ? しっかり持っとけい!」

そう言って巴さんはネックレスを衣装の胸ポケットに押し込みます。
自分の胸に手を当てると鍵の硬い感触が伝わってきました。

「巴さん、ありがとうございますっ!」

「お礼ならうちだけじゃなくてプロデューサーやちひろさん達にも言うんじゃな。悠貴が悲しんでいると聞いて必死に探してくれたみたいじゃからな」

「みなさん……」

私の目にはうっすらと涙が浮かんでいました。
夢の中だけではありません。現実の世界でもたくさんの人のおかげでもう一度大切なものに会うことができたのですから。


「わわっ! 悠貴ちゃん大丈夫?」

みりあちゃんが私の手をぎゅっと握ります。
ダメだなぁ、私の方がお姉さんなのに、涙が……止まらなくなっちゃうよ。

「シャキッとせい悠貴!」

今にも大泣きしそうな私を見て巴さんが私の胸を軽く叩きます。

「ライブが始まるっちゅうのに今から泣いてどうするんじゃ」

「そうだよ、キミは笑っていた方がいい」

飛鳥さんも私の肩に手を置いて言います。
そうですよね、だってこれから始まるのはみんなが笑顔になるステージなんですからっ!
泣くのはステージが終わるその時までっ!
溢れ出てしまいそうな涙をぐっとこらえ、笑顔でみんなに答えます。

「もう……大丈夫ですっ! 今日はいっぱい楽しみましょう!」

「うんっ! よーしっ、みりあもいーっぱい楽しむよ!」

「あ、そうだ!」

夢の中で出会った2人の事が頭に浮かんだ私はある提案をします。

「飛鳥さん、巴さん、このライブが終わったら遊園地に行きませんか?」

「ええのう! みんなで行こうや! 飛鳥も賛成じゃろ?」

「まぁ、たまにはそういう喧騒に包まれた場所に行くのも悪くないだろうね」

「みりあも行きたいなぁ」

「もちろんっ! みりあちゃんだけじゃなくてプロデューサーさんもちひろさんもみんなでっ!」

「決まりだねっ!」


ライブの後の楽しみについて話していると、スタッフさんがやってきました。
そろそろステージの幕が上がる時間です。
みんなで舞台袖へと向かう中、私はもう一度胸に手をあてました。

(お帰りなさい、もう一度会えてとても嬉しいな)

私の大事な宝物に静かに語りかけます。

(私の夢をひらく鍵はね、この想いだったんだ)

夢をひらく鍵、それは私の想いそのもの。
たとえ目に見えなくても輝きたい、みんなに笑顔を届けたい、そういった想いがあれば夢への扉を開くことができる。
私はそう信じています。

「悠貴ちゃーん、行くよー!」

「はーいっ! 今行きますよっ!」

みんなのところへ駆け出していく前にもう一度。

(私の大事な宝物、これからもよろしくねっ! じゃあ……行くよっ!)

ポケットの中で見えないけど、胸の中の宝物はキラキラ輝いている。私にはそう思えました。




以上です。
本日10月6日は乙倉悠貴ちゃんの誕生日です。
乙倉ちゃん誕生日おめでとう!
これからもたくさんの人に乙倉ちゃんの笑顔が届けられますように!

html化依頼出してきます。
ありがとうございました。

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