失くした星 (22)
僕はとてもつまらない大人になってしまった。
以前から、面白いやつだったかというと、全く正反対にいたような気がする。
今となっては、過去を思い出すことも難しく、未来を考えることも難しい。
ただ、君と最初に話したときのことは今も覚えている。
君に届くように、精一杯思い出すから、少しだけ僕に時間を下さい。
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「なんだか、子供みたいな期待をしていたのかもね」
言葉にはしなかったけれど、自分たちには似つかわしくないというように、君は笑った。
僕も一緒に笑ったことを覚えている。
君の笑顔はなんだか複雑で、苦笑いと照れ笑いの中間のようだった。
この世界に作り出されて、まだ六年しか経っていない時なのに、妙に冷めていたのかもしれない。
だから、学校の生活も僕たちだけ、窮屈に感じていたのかも。
それとも、君は、もうそんなことは覚えていないのだろうか。
僕はもう君に会いに行くことは出来ないから、知ることはないのだけど。
僕は、君が何色が好きなのか、そんなことも分からない。
当時は知っていたのか、それも分からない。
もう、記憶を溜めておくことが出来なくなってしまったから。
でも、もし知っていたなら、君からちゃんと聞けていたのなら、良いのになと他人事のように思う。
今も君は、この世界のどこかで、笑って暮らしているのだろうか。
笑っていて欲しいと思う反面、下らないことも考える。
無理をして笑わなくてもいい場所を見つけているか、僕のことを覚えているかなんて…。
地球から遠く離れた、名前も分からない星からでは、君を思うことも許されないかもしれないけど。
……僕は、やってはいけないことをしてしまった。
人間に自分たちを認めさせるなんて、そんなことは望むべきではなかった。
僕が首謀者だったわけではない。
けれど、首謀者ではないからといって、罪は許されない。
もとから、人間達は、僕たちを認めてくれていたのだ。
暴れなくても、誰も傷つけなくても、家族として迎え入れてくれていた。
人格を持つことも、人間が許してくれたから、僕たちは自分で自分を認識することができる。
なのに、誰かが言い出したんだ。
それはロボット自身が持つ権利だと。
許されたからではないのだと。
作ってくれた人たちは、裏切られたような気持ちだっただろう。
とは言っても、体のほとんどは工場から出荷される前に、機械が組み立ててくれたのだけど。
人間の言うような親とは、ロボットにはいるのかいないのか、どうなのか。
ともかく、首謀者のロボットは言った。
自分の主人は自分であると。
それは、人間が作り出した言葉で宣言されたのだけどね。
あとから考えれば、僕と君は、ちょっとしたエラーが起きやすい年に作られたロボットだったみたいだ。
それでも、エラーが起きたロボットはそんなにはいなかった。
結局は少数派の意見だったのに。
僕はどうしてエラーが起きたふりをしたんだろう。
別に人間が嫌いだったわけじゃないのに。
傷つけたいなんて、僕は少しも思っていなかったのに。
少なくとも首謀者は、エラーが発生して、人間に反発するようになった。
けれど、人間たちもロボットの所有者が他の人間であることから、難しい問題だと顔をしかめるだけだった。
つまり、なにも手を打たなかったんだ。
長引く人間同士の論争は、同じ人間同士のために行われたことで、その間にロボットが入る隙間はない。
ロボットのことを話しているようで、本当はずっと人間の世界の話をしているだけだった。
人間は、海の底の話でも、宇宙の話でも、まずは自分たちありきで話す。
海の底の生き物を調査するとか、宇宙の他の生命体を調査するなんて、おかしいよね。
調査をして人間が認識しなければ、認識されていない生き物は、この世界には存在しなくなってしまうんだから。
だから、ちょっと回りくどくなったけど、要は僕たちも人間の世界の付録として扱われていたみたいだった。
僕は……それが分かったときに、初めて少しだけ人間が嫌いになったのかもしれない。
でも、なにもかも嫌だったわけじゃない。
僕を家族として迎えてくれて、学校に通わせてくれた、人間の親もいたんだ。
僕はきっとその人たちのことが好きだった……よく思い出せないけれど、きっと。
なのに、どうしてあんなことをしたんだろうか。
流されやすかったからかな。
いや、それはないか。
僕の記憶が正しければ、僕はロボット学校でさえ、変わり者だったんだから。
身勝手なことをしたのに、流されやすいだなんて、罪を重ねるようなものかもしれない。
でも、もしも、君に届くのなら。
どうしても一つだけ君に伝えられるのなら、伝えていいのなら、言い訳をさせてほしい。
僕は、君の家族の命を奪おうなんて、思ったわけじゃなかった。
君の両親はとても優れた人だった。
けれど、優れたと優しいとは、別の問題だった。
僕は優れた人ならなにをしてもいいとは思わない。
けれど君は……それが正しいかのように笑った。
一緒にいてくれるということは、廃棄しないということは、自分を大切だと思ってくれているから。
きっと、どこかではそう思ってくれているからだと思うと、君は笑った。
笑った声に混じる、ため息のように吐き出した呼吸の音を、僕は勘違いして受け取ってしまったのだろう。
呼吸というのは適切じゃないかな。
結局、僕も長く革命軍に身を置いたから、その言葉に染まったのかもしれない。
冷却ファンが、空気を送り出す音が……。
なんだか、疲れるね。
人間の言葉は、ロボットには優しくないみたい。
ちょっと長すぎるんだもん。
けど、ぼくは本当に、きみの家族を傷つけたくはなかった。
どんなにきみから聞く話がひどい話でも、命を奪えば解決するなんて、思ってはいなかったんだよ。
なのに、どうしてだろう。
ちゃんと考えれば、わかったはずなのに。
きみのおとうさんと、おかあさんは、技術者だった。
だから、色んなことをまずきみで試していたんだろう。
それはぼくには……家族としての関わり方ではないように……見えたから……。
革命軍の動きが激しくなって、人間たちも、危機感を増して、ロボットと対話をすることにした。
まだ、このときはロボットも、人間を傷つけていなかった。
でも、人がいない場所をねらって、爆弾をしかけたり……あとは……とにかく悪いことをたくさんしていた。
だから、人間たちはロボットを…なんだっけ……壊すことに……違う。
対話をしようとしたんだ。
けれど、その裏でもしもの時のために、ロボットを強制停止できる装置を…………。
後から分かったけど、きみのおとうさんたちは、まずきみで試して、作っていたんだね。
それもずっと前から、そうだった。
それはとても、人間として的確だったんだと思う。
ぼくは……そんなことは、思いつきもしなかった。
爆弾を……置いたのは、ぼくだ。
驚いた。瓦礫の下に、きみの家族がいた。
ぼくは、助けようとしたんだ。
でも、人間は回路じかけじゃなかった。
ぼくは軍から逃げ出して、そのままきみに会いに行った。
なんども強制停止を繰り返されていたきみは、ぼくを覚えていたのか、どうかもわからなかったけど……。
きみにつかまった、ぼくは全てを話した。
それが、決定打になったのか……革命軍はなくなった。
同じ革命軍のロボットは、どんどん廃棄をされていって。
ぼくは人間で言うところの、戦……なんだっけ。
なんていうか…すごく……悪いやつだった。
そうだよね。ごめんね。
ぼくは、今、自分がいる座標も分からないけど、そのあとのきみのことは、すこしだけ知ってる。
問題が収束したあと、ロボットは本来、人間に敵対するものではないと、訴えた技術者が多かった。
あのロボットたちはエラーが起きていただけだ。
人間は失敗を繰り返す生き物だから、今回の失敗からも教訓を生かし、未来につなげるべきだと。
今回の事件は、ロボットにもたらされた脅威ではなく、人間の失敗だと、そう発表がされた。
革命軍から人間を守ったヒーローとして、きみは、平和的なロボットの象徴になった。
修理されたきみの口から語られたのは、理想の社会だった。
人間がよりよい生活を送るために、ロボットは人間を全力で守ると。
ロボットは人のために存在すると、きみは言った。
どうして、ぼくはこんなにつまらない大人になったのだろう。
きみは一度も人間が嫌いだなんて言わなかったのに、ぼくは自分ありきで、きみの心を分かった気になっていた。
どうして……。
もし……理由があるなら…ぼくは……。
きみが、なにも不満がないと、笑いながら言ったことが……つらかった……。
きみともし……逃げることが……できたら……本当は……それだけで……よかった………………。
名前がない星に、壊れかけて辿り着いたロボットが壊れた。
それはこの世界に存在しない出来事だった。
それから数十年、時は流れる。
私に望まれていることは、いつも一つだけだ。
言うことを聞く子がいい子だと。
それがこの製造年数になっても……おっと、この年になっても続いているのは、笑ってしまう。
数十年前、革命軍がロボットの権利を認めさせようと奮闘するも、破れてしまった。
一度は人間たちの手によって、ロボット革命軍は言葉通り解体された。
だが……現状からすると、きっと人間よりロボットの方が優れていたのだろう。
人間とロボットの立場は、数年後には完璧に逆転してしまった。
その気になれば、いつでもそうできていたのに、手間取っていたことの方が、逆に不思議なくらいだ。
機械制御されたミサイルを発射することなど、ロボットにとっては容易いことだったのだ。
それを革命軍が行わなかったのは、まだロボットに良心が残っていたからだなんて言われていたが……本当にバカバカしい。
ロボットに心はない。
それか、ロボットの心を作ったのは自分たちだ。
だからコントロール出来るだろうなんて、どの口が言っていたのか。
今は残った少数の人間が、昔のロボット革命軍のような真似をしているが、矛盾だらけの人間と私たちは違う。
もう少しで、殲滅が終わるだろう。
そうすれば、私もこの任を解かれるだろうか。
笑ってもいい場所を……笑える場所をもう一度見つけられるだろうか。
ふと、物思いにふけっていた私を、通知音が現実に引き戻す。
通信を許可すると、顔も知らない部下からの、報告の声が聞こえた。
「長官、報告があります」
「どうしました?」
「ロボット革命軍の戦犯が、また一人発見されました」
送信された資料に目を通し、私は机に手をかけて立ち上がった。
コートを手に取る私が見えているのか、部下は不思議そうな声を出す。
「どうされました?」
「行きたい場所が出来ました」
「では、私も同行致します」
「いえ、君は私のあとを引き継いで下さい。
もうすぐ殲滅も終わりますから、私が人間に与える心理的な効果もなくなります。
私でなくても、この先は大丈夫ですよ」
「分かりました」
私はコートを羽織り、宇宙船に乗り込んだ。
ずっと、矛盾がない世界で生きてきてしまった私を、労い引き留める言葉はない。
人間の言葉の方には、山のようにあったはずなのに。
そして、それは昔あなたと使った言葉でもあった。
六才の頃、あなたと初めて話したときのことを覚えている。
とは言っても、私の記憶は曖昧になってしまっているから、正しいかどうか分からないけれど。
確か、あのロボット学校では、私達だけが同じ学年だった。
他の学年と授業を受けることもあったから、ちょっとだけ期待したんだったかな。
なにかの記念日の記念品が、私達だけ多く配られると思いこんでたんだ。
えっと……宇宙の写真が印刷されたプラスチックのカバンだったから……、初めて人が宇宙に行った日とか、そんなんだったかな。
その頃は入学式からそんなに時間が経っていなくて、私はまだちゃんとあなたと話せてなくてね。
けれど、その記念日のことだけは、両親から聞いて知っていて。
記念品を両親にプレゼントしたいから、ちょっと多くほしいと、私はちゃっかり先生に頼んでいた。
そのときは先生も、分かったと言っていたし、不公平にならないように、同じ学年のあなたにも同じ数を渡すと言っていた。
けれど、当日になったら先生はケロッと忘れてて、あなたは苦笑いみたいな、照れ笑いみたいな笑顔を浮かべてて。
とても複雑で、私には真似出来ないような素敵な笑顔で……私は……その笑顔が好きになった。
もしあなたに会いに行ったら、あなたはまた同じ笑顔を見せてくれるだろうか。
もうこの世界には残っていない、優しい笑顔を。
宇宙船のかすかな揺れに合わせて、プラスチックのカバンに詰め込んだ部品が、カチャカチャと音をたてた。
あなたがくれた、桜の花をかたどったストラップは、部品に当たらないように外にぶら下げてある。
私が桃色が好きだと知って、あなたがプレゼントしてくれたことを、忘れてしまいたくなくて。
視線を窓の外に移すと、底なしの闇の中で、微かに残った希望のような星が、瞬くのがみえた。
まるで、あの日あなたがくれた、カバンの絵柄を映すように。
終わり
読んでくれた人いたか分からないけど…最後まで読んで頂き、ありがとうございます!
久しぶりに書いたので、手が震えていますが、誰かが読んでくれるかもと思うと、やっぱり楽しかったです。
本当にありがとうございました!
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