少年「男同士の『恋愛』」 (16)

 俺には幼いころから付き合いがある友達がいる。同じ小学校、同じ中学、そして同じ高校に通い、今に至る。
 俺とそいつ……□□は、時には笑い合い、時にはケンカを繰り返しながら、この十年ほどを一緒に生きてきた。
 だけど俺にはそいつにずっと隠してきたことがある。それは……

「××くん。今日の帰り、ダーツでもやらない?」
「ああ、いいぜ。負けた方が明日の昼飯おごりな」

 俺はこうやって表向きは□□と普通に接しながら、コイツへの恋心を抑えるのに必死だということだ。

「よし! 10点のトリプルだから30点だ!」

 地元の駅近くにあるゲームセンターでダーツをプレイすることになったが、正直言って俺はあまり集中できていなかった。
 なぜなら友達であり、同性であるはずの□□にすっかり見惚れていたからだ。
 こいつは男の中では小柄ではあるが、中学の頃に運動部に入っていた。
 だから捲り上げた袖の下には、白くて僅かな硬さを思わせる腕があり、それが美しさを感じさせる。 
 少し伸ばしていると言う髪は、母親の言いつけで大切にしているらしく、染めることなく黒く艶やかな状態を保っている。
 そして俺を一番魅了しているのは、腕と同じく白い肌と、大きく特徴的な目だった。こいつが照れたり、泣いている時にその白い顔が赤く色づいているのを見て、俺の心が大きく動揺したのは一度や二度じゃない。
 そして今も、□□はダーツで高得点を取ったのが嬉しかったのか、顔を赤く染めて俺にしかわからない色気を出していた。
 

「……? ××くん、どうしたの? そっちの番だよ?」
「あ、ああ。ボーッとしてたよ」
「はは、僕があまりに調子いいから、うろたえちゃった? この分だと明日のお昼は××くんのおごりだね」
「言ってくれるじゃねえか」

 表面ではいつもの調子でいたものの、うろたえていたのは事実である。
 ただしその理由は□□のダーツの腕ではなく、彼本人ではあるが。

結局この日のダーツで俺は惨敗し、明日の昼飯をおごることになった。

「あー、今日も楽しかったなー」

 日が沈みかけた帰り道、□□は大きく伸びをしながら笑顔を浮かべる。
 その顔は本当に満足そうで、その姿に思わず俺も心が温かくなる。

「そう言えばさ、××くんって隣のクラスの女の子に告白されたんだよね? どうするの?」
「え? ああ、それならもう断ったよ」
「またー? 本当に君って、誰とも付き合わないよねー。なに? もっとおしとやかな女の子が好きとか?」
「いや、そういうわけじゃねえよ。ただタイプじゃなかったのは事実だけどな」

 俺は嘘をついた。確かにこの間告白してきたような、テンションの高い女子はタイプじゃない。
 だけど仮にもっとタイプの違う女子に告白されたとしても、付き合う気は全くなかった。
 そう。俺が本当に付き合いたいのは、□□。お前だからだ。

「……なんて言えればいいんだけどな」
「うん? 何か言った?」
「あ! いや、何も言ってないぞ! うん!」
「……?」

 無意識のうちに口から声が出ていたようだ。危ない危ない。

 そして数十分後、俺は□□と別れて自宅に到着した。

「ただいまー……」

 一応挨拶をするが、応えてくれる人間はいない。
 俺は高校生だが、バイト代と仕送りをやりくりしながら安アパートに一人暮らしをしている。
 別に実家から学校に通えないことはない。そもそもこのアパートも実家からそんなには離れていない。
 そんな俺がなぜ、両親を説得してまで一人暮らしをしているのかと言うと……

「ただいま、□□……」

 俺が男でありながら、男である□□の写真を壁一杯に貼りつけているのを万が一にも知られたくなかったからだ。

「うう、今日もお前は可愛かったなあ……」

 俺は壁に貼りつけてある『□□たち』に頬ずりをしながらつぶやく。こんな行為ができるのも、一人暮らしならではだ。
 中学を卒業する間際、俺のあいつへの恋心は既に限界を迎えていた。
 だからせめて家でも□□を感じたいと、このような行為に踏み切ったのだ。


「ああ、お前の写真もずいぶん増えたなあ……他の壁にも貼り付けようかなあ……」

 俺の前に数々の□□がいる。
 そのみずみずしい唇で水を飲む□□。
 伸びをして、その引き締まった腹がちらりと見えた□□。
 一緒にカラオケに行き、高得点を出して顔を赤らめながら喜ぶ□□。
 そして……自分の部屋でくつろぐ□□。
 そのどれもが、俺を魅了する。

「どうしてお前はこんなに俺を夢中にさせるんだ? どうしてお前はこんなに美しいんだ? どうしてお前は……」

 そんな問いかけをしても、返ってくる言葉なんてない。
 そんなことはわかりきっているのに、俺の口からは言葉が止まらない。

「□□……好きだよ」

 俺の恋心を象徴する言葉が口から出た時だった。

「ふうん……なかなか素敵な部屋だね。××くん」

「!? な、え!?」

 空耳。瞬時にそんな言葉が俺の頭をよぎったが、今の声はそれではないことが俺の頭は理解していた。
 だけどそんなはずはない。俺の心を掴んで止まない、そいつの声がここで聞こえるはずがない。
 しかし、ゆっくり振り返った俺の目に映ったのは――

「しかしこんなに大量に写真を撮ってたんだね。僕もちょっとびっくりしてるよ」
「□□……!? なんで……!?」

 その姿はいつもと変わらず俺を魅了しているが、唯一、その大きな目だけはいつもと全く違う輝きを放ち、俺を捉えて離さない。
 その輝きは蛇が獲物を見るかのように鋭く……そして冷たかった。

「あの、違うんだ□□。これはその」
「なにが違うの? 男友達の写真をこんな壁一面に貼りつけるなんて、『普通は』しないよね?」
「いや、その、いや」

 動揺でバクバクと鳴る心臓の音を聞きながら、どうにかして弁明を図ろうとするが、全て無駄に終わった。

「××くん、僕は知ってるんだよ? 君が僕を何回も盗撮してるの。気づいてないとでも思った?」
「え、え?」
「それにしてもさっきのやり取りは笑えたなあ。僕に秘密がバレてないと思い込んで、『タイプじゃなかったから断った』だって? 本当は僕に夢中なんでしょ?」
「そ、それは……」

 次々と衝撃的事実が明らかになり、目が泳いでしまう。口の中が乾いていく。
 いや待て。もしかしたらこれはチャンスかもしれない。
 どうせバレているんだ。こうなったら、言ってやる。

「□□! 聞いてくれ!」
「なに?」
「俺は……お前が好きなんだ! 友達としてじゃない、一人の男としてお前が……」
「黙れよ」

 だけど俺の精一杯は、□□のたった一言で遮られた。
 さっきよりも冷たく、そして軽蔑するような目が俺を突き刺す。恐怖で動けない。

「あのさあ、僕にそんな趣味ないんだよね。僕が何で君の気持ちに気づいていたのに離れなかったのかって、ただ単に隠し通しているつもりだった君が面白かっただけ。だけどもう飽きたからネタバラシしたってわけ」
「そ、そんな……」
「でもさあ、もし君の行いを警察や君の両親に言ったら……多分僕とは二度と会えなくなるよねえ?」
「ま、待ってくれ! それはやめてくれ! お前に会えなくなったら、俺は……!」

 地獄のような光景を想像して、身震いしてしまう。

「じゃあ、土下座しろよ」
「え?」
「僕のことが好きなんだろ? じゃあ、それくらい出来るよね?」
「あ……は、はい!」

 俺は迷わず、床に座りこんで□□の前で土下座した。
 そしてその直後、下げられた俺の頭に体重がかけられる。

「よしよし、これから君は僕の奴隷ね。僕の言うことには絶対服従。そうしたら、君とはもうちょっと付き合ってあげるよ」
「あ、ありがとうございます!」

 グリグリと頭を踏みつけられながら、俺は思った。
 俺はここまでされても、何も屈辱を感じない。それどころか、喜びすら感じている。
 □□に俺への特別な感情ないのはわかっている。
 それでも俺は彼の『特別な存在』になれたことが嬉しい。

 こんなことを思っている俺は……おそらく最初から普通の『恋愛』なんて出来ないことを悟っていたのだろう。
 じんわりと濡れる床の温かさを感じながら、俺は自分の歪みを確信した。


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