生け贄の塔 (20)

生け贄の塔


それは生け贄の塔と呼ばれる
最上階に祀られた祭壇
日に一度、そこに供物を捧げる習わしがある
それこそが生け贄の塔と謳われる由縁

陽、暮れ、月
時は問わない
ただ日に一度、供物を捧げればよい
豊かな生命を保ちたければ

嘲笑う者もいる
逆らう者もいる
逃げ出す者もいる
呪う者もいる
諦める者もいる
ただつかの間の憩いを享受する
そう思い知る

明らかな無力
誰だって塔になど入りたくはない
ならばどうするか
生け贄になりたくないのなら生け贄を決めてしまえばいいのだ

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『塔は輝く
命を吸って
塔は聳える
命を枯らせ』

ある村が選ばれた
とてものどかな村だった
選ばれるその日までは
とてものどかな村だった

牧場と呼ばれて数十年
家畜と呼ばれて数十年
生け贄とされて数十年
教養も労働も文化も取り上げられた
代わりに与えられるのは僅かな食事と雨風を凌げる程度の侘しい建家
村人はひたすら交尾に明け暮れるしかなかった

栄養を蓄え、性衝動を高め、無様に放出する
子供から大人までひたすら快楽を貪り合う
生け贄となるその日まで

いつしか迷信とされた行事はそれでも行われた
訳も分からずキョロキョロと目を泳がせるケダモノ
飛礫を浴びせ、罵声を投げ掛け、人々は嬉々として笑う
ケダモノはただただ震え、引きずられながらヨタヨタと歩くのだった

祭壇にこびりつく臭気には誰もが鼻をつまむ
塔そのものがおびただしい血を乾かして目も眩むほどの悪寒を波立てる
ねっとりと湿った風が周囲に近寄りがたい禍々しさを思わせていた

生け贄などいらないんじゃないのか
牧場は税の無駄。家畜などお荷物だ
人々の働きで得た資産を食い潰して淫行に耽るなどとんでもない
そうした考えが世に持ち上がった

生け贄を廃止しよう
そう切り出したのは一人の正義感溢れる領主だった
民の声に耳を傾け、権力にも屈せず立ち向かう真摯な姿勢を持った人格者だ

反対する声は多かった
伝統を重んじる者
軽率に面白がる者
迷信に怯える者
多数の声に紛れる者

しかし賛成の声も挙がった
時代が進み、次第に人の価値観も変わる
彼らの意見は時代に合った論理的かつ正統性あるものだった

長い議論の果てに血みどろの争いを交え、領主は廃止を勝ち取った
牧場は焼かれ、家畜は一匹ずつ丁寧に首を落とされた
生け贄のない日が初めて訪れる

『塔は色褪せた
命を求めて
塔は崩れた
命尽きるように』

生け贄を捧げず迎えた初めての朝
人々の暮らしは何不自由なく、滞りなく、当たり前に進んだ
迷信と信じながらモヤモヤと抱える不安が解消され、皆が安らいだ

時折、塔を見つめては不安げにする者もいた
杞憂に過ぎないとそっぽを向く
なんとなくに過ぎない恐怖も膨らませれば立派な絶望だ
平穏無事な毎日が依り代となればいい
口にせずとも密かにそう願っていた

ある日から塔に変化が表れた
手入れしなくとも清潔に艶めいた壁がところどころ黒ずんでいく
日に日に老朽化は進み、ところどころ剥げ落ちて、茶褐色にまで落ちぶれてしまった

人々は狼狽する
自分たちのしてしまった事が何かの引き金になっているのではと不安を募らせたのだ

領主は言った
古くからの物だ
傷んでいたとしてもなんらおかしくはない
これは自然の成り行きなのだと

だがそれだけでは収まらなかった
ひび割れ、ポロリと石粒がこぼれる
そのたび見守る人々の心を憔悴させる
塔はやがて不穏に陰り、人々から目を反らされた

逃避に慣れ、心に多少の余裕が持てるようになった頃、領主の計らいで盛大な祭りが行われた
その年は豊作で一人一人に豪勢な食事が振る舞われた
生け贄のない日々で初めて感じる心底からの幸福
人々は大変な賑わいを見せるのであった

けれどその晩、地面が微かに震えていた
賑わう人々は気付く事なくはしゃぎにはしゃぐばかりだ
領主もヘロヘロになるまで飲み散らかして酒と踊りに興じる
中央に揺らめく炎は人々の笑顔を照らした

明くる日の朝、昨晩の笑顔は嘘のように消え失せた
グラグラと揺れる地面
あっけなく滅びる家屋
怒号にも似た悲鳴
なにかに救いを求める雄叫び
生け贄なくして得た幸福が全て壊れてしまったのだ

涙に埋もれる人の群れをすり抜けていち早く危機を察した領主らが塔のあった方角へ走る
塔はまだ無事だった
皆がなぜかホッとする

しかし安心した刹那、ビシビシと音を立てて外壁に亀裂が走り、塔は崩壊した
割れんばかりの絶叫が木霊する
瓦礫が地に雪崩れ込む
付近で様子を伺っていた者らはことごとく押し潰されていく

なんとか生き延びた領主と数名はポカンと空を見上げ、ほどなくしてベシャリと地に伏した
何事かと駆け寄る人々の目に写ったのは塔の残骸と泣き崩れる領主たち
誰もが言葉を失い、膝を着くしかなかった

地震が起こり、塔が崩れた夜、人々は大いにあわてふためいた
生け贄を廃止した途端の有り様に怒りと絶望が立ち込める

まず領主が非難の的となった
民の声を聞いた結果、塔の維持を唱える者を排除した結果、牧場を容赦なく焼き払った結果
それら全てが彼の責任として話題に持ち上がる

領主はこれまでを悔いた
自分の独りよがりな正義感が己の首を絞めていたのだと痛感する
先頭に立って導いてきた同志とも言える民衆が血眼になって自分を睨み付ける

なぜ誰も思い出さないのだろうか
自ら選んで決めたのだと
なぜ誰も耳を貸さないのだろうか
あれだけ自分の言葉を信じてくれたのに

塔が崩れたその日
領主の首が地べたに転がった
まるで雪崩落ちる瓦礫のように首もとから噴き出す鮮血が地に打ち付けられた
コロリと血を滲ませた石くれはほんのり光っているようにも見える
人々はとりあえず気が安らいだ

それからも人々は混沌としていた
塔の呪いは終わりではない
そう煽る声があちこちに挙がった

怪我人が出るたびに
病人が出るたびに
死人が出るたびに
塔の存在が思い起こされる

ある者は鼻で笑った
ある者は抗おうと思考した
ある者は遠くへ避難した
ある者は愚かな先人を皮肉った
ある者はなす術なく立ち尽くした
次に祟りを受けるのは自分かもしれない
恐怖はますます連鎖した

呪われる前にと無意味な抵抗をする自殺者まで増えた
それすらも呪いと囁かれる
もはや誰もが心を病んでいた

どうするべきか
人々は頭を悩ませる
このままではろくに眠れもしない
どうすれば我々は赦されるのか
自己保身に満ちた思想が渦を巻く

ある日、一人の若者が提案した
もう一度、塔を建て直そうと
人々は困惑する
自分たちを呪う忌々しい物をまた蘇らせるのかと

しかし若者は怯まず食ってかかった
塔の呪いを収めるには再建するしかない
このまま滅びを迎えるくらいなら赦しを乞おうじゃないかと

人々は渋々ながらも納得し、その日から皆は力を併せて塔の復刻に尽力した

力を併せた甲斐あって立派な塔が建てられた
人々は安堵し、また平和な日々を迎えられるのだと胸を撫で下ろす

だが次の日、塔のすぐそばで死者が出た
小さな子供が誤って足を滑らせ、頭を岩の出っぱりに打ち付けたのだ
一緒にいた友達は拙い言葉で必死に大人に泣きついた

大人たちは子供らを叱りつける
するとへそを曲げた子供らは塔のせいだと言い張った
途端に大人たちの顔が青ざめる
塔の呪いはまだ続いていたのかと

相談を受けた若者は迷わず答えを出した
やはり生け贄が必要だ
なるべく塔には誰も近付けず生け贄だけを入らせよう
人々もまた迷わず賛同した

だが生け贄はどうするか
誰もあんな塔には入りたくない
ならばと若者は提案した
最初から生け贄を決めてしまえばいいと

ある小さな村が侵略された
その村はとてものどかだった
だがある日を境に一変した

塔の祭壇に奉られた首
おぞましく湿った臭気
目も当てられない惨状
毎日毎日代わりばんこに捧げられる

また憩いの日々が戻ってきた


『塔は平穏の象徴
なくてはならない命の証
塔は人々の希望
命は塔と共にある』


おわり

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