北上麗花「寂しがり屋のLacrima」 (12)

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「麗花、いつもとは勝手が違うステージだけど、緊張してないか?」

「いえ、ぜんぜん! おっきなステージだから、お客さんもたくさんですよねっ。楽しみです!」

「そ、そうか。麗花は流石だな」

 いつもの劇場を離れて、しかもソロステージ。いつもと違った景色を見せてくれる舞台裏で私に気をつかってくれるプロデューサーさんのほうが、むしろ緊張してるみたいだった。なんだかいじらしくて、でもそういう優しさがすごくうれしい。

 ちょっとだけワガママを言っちゃおうか。こうして私を見てくれているから、甘えてしまっても受け入れてもらえる気がした。

「でもでもー……はいっ、プロデューサーさん!」

「……? 麗花、えっと……?」

「はいっ!」

 プロデューサーさんに向けて、ほんの軽くかがみながら頭を差し出す。ちょん、ちょんと強調してみたりなんてして、どうしてほしいかは主張できてると思うけど。

「えーっと……これでいいのか?」

 プロデューサーさんはくしゃくしゃっと頭をなでてくれる。髪型が崩れないくらいの適度な強さが心地よくて、胸の奥がとくん、って高鳴るのを感じた。

「ぴんぽんぴんぽーん! 大正解です、プロデューサーさんっ。ナデナデされるとふにゃーってして安心します。お父さんみたいですね、プロデューサー……ううん、パパデューサーさん!」

「そ、そうか。はは、まあ元気が出てくれたなら何よりだよ」

 麗花はしょうがないな、と言わんばかりの笑み。それでもそういう笑顔をもっと向けてほしいなって思う。ほんとはね、撫でてもらうとほっとする以上に、その何倍も何十倍もドキドキしてるんだよ。……ヒミツだけど。

 だって、おどけて楽しそうにしていればごまかせるってわかっちゃってるから。この気持ちがバレなければ、いつだってこうしてもらえる。やめてほしくなんてないよ。

 ほっぺたがぽかぽかして、幸せいっぱいな気持ちのままお客さんみんなの前に出られることがうれしい。素敵なエールだな、って思ったり。でもちょっとだけザイアク感?

 ゆるやかに笑って、視線だけをプロデューサーさんに向ける。

「それじゃあ、行ってきますね、プロデューサーさん!」



 歓声は止まず、ステージは大成功だった。プロデューサーさんはすごくうれしそうに私を迎えてくれた。だから、つい欲が出て。

「プロデューサーさん、私……今日の公演がうまくいったご褒美がほしいなーって」

「今度のクリスマス、一緒に過ごせませんか?」

 ……なんてなんて。そう言って冗談にしてしまえれば、よかったのに。




 お気に入りのコートを羽織って、きらびやかな街の真ん中にぽつんと立っている私はきっと、今日この場所にいちばん溶け込んだ姿でいる。

 いつもの髪型をほどいて、ベレー帽を被って、ちょっとした変装気分。でもそれ以上におめかししてるんだっていう気持ちが強かった。

 ちょっと、寒いな。手袋をつけずに来てしまった両手を温めるために吐いた息は真っ白で、さらさらと風に流されて消えていっちゃう。仕方ないから手はポケットの中にしまって暖を取ることにした。

「……! ……なぁんだ」

 指先に触れた携帯電話が小刻みに揺れて、一秒足らずで静かになる。コール音かと思って一瞬だけ跳ねた心は少しだけ沈み込んだ。もう何度か届いた震えだけど、未だにメッセージ通知を確認しよう、って思えないでいる。

 空を見上げる。随分と短くなった日も沈んで暗い夜空。きらきらと街の明かりに照らされてようやく分かる天気は、どうやらくもり空みたいだった。

「ねぇ、早く行こっ! そろそろ劇場に向かわないと開場時間になっちゃうよ。せっかくの765プロのクリスマスライブなのにー!」

「っ……!」

 聞こえてきた、とても楽しげな声。クリスマスを満喫してて、最高に幸せそうで、私まで笑顔になっちゃう! ……はずの、声なのに。どうしてだろ、胸はズキズキ痛いよ。

 ほんとは、わかってるくせに。ずっと待ち望んでる声も、姿も、携帯のコール音でさえも。届いてくれるはずなんて、ないんだ。


 プロデューサーさんはライブの準備に手いっぱいで、勝手に抜け出してきた私に気を配ってる時間なんてどこにもないから。

「レッスンスケジュールは、問題なし。よし、そろそろみんなにも伝えていい頃だな……」

「そろーり、そろーり……プロデューサー、さんっ!」

 劇場で何やら手帳とにらめっこしてるプロデューサーさんを発見して、背後から忍び寄ってダイブ! ちょっと華奢だけど男の人らしい体つきをこっそり堪能しながら、これまたこっそり手帳をのぞき見る。

「クリスマスライブ! やるんですかっ? わーい、楽しみですね!」

「お、おい麗花……。まあいいか。後でちゃんと話すつもりだったけど、その通り。今年のクリスマスは劇場で大きな公演をやる予定だ」

 ほんの一瞬だけど、真っ先に見てしまったクリスマスの日付にはクリスマスライブとだけ書かれていた。年末も近い冬の一大イベントに向けて、他の日も大忙しみたいだ。

 みんなで大きな公演、それ自体は嫌なはずなんてない。きっといつも以上に、うんと楽しいステージになるはず。それでも、私が欲しがってたイベントはそこにはなかった。それは……やっぱり、つらいよ。

 プロデューサーさんの窺うような視線に気づいてしまう。きっと、あの時冗談にしてしまえなかった私の言葉のせいだ。だから今度こそって、何も覚えてないフリをして笑ってみせた。

 心の中とはウラハラな表情を無理やりに作ってウヤムヤにして、そんなのは私らしくなんてなかったんだろうけど、そうすることしかできなかった。

 ひゅぅ、と吹く冷たい風に目をぎゅってつむる。今日は冬らしく、むしろクリスマスにしては寒すぎるくらいの気温だ。ビターチョコみたいな風景を思い返していた私を呼び戻したのは、そんな寒さが生んだ小さなざわめきだった。

「雪……!」

 視界にふわりとちらつく白に、気付いたら声がこぼれていた。この街のみんな、私と同じようにこの瞬間に喜びの声を上げていた。だって、ホワイトクリスマスだ。こんなにステキな出来事はそうそうない。

 みんな……そう、みんなが、寄り添う人たちとこの喜びを共有している。笑いあって、あるいはちょっと困ったみたいに幾人かで空を眺めて。それなのに私は、こんなにも綺麗に華やいでいく場所で、ひとりきり。

 劇場にいれば、今ごろみんなと一緒にはしゃいでいられたのかな。でも今更帰れない。帰りたくないよ……!

「あ、ぅ、あれ……? あれあれ…………?」

 おかしいな、どうしてだろ。目の前がぼやけて、滲んで、よくみえないや。まばたきひとつでほっぺたをぽろぽろ転がって、消えてくみたいに地面に落ちて。

 素敵なはずのこの街をなんにも見えなくしてしまう雫の正体くらい、わたしにだってわかってる。

 クリスマスのイルミネーションの中で嗚咽を零して、まるでデートの約束をすっぽかされてフラれた女の子みたいに泣いているのだ。ほんとは、約束にすら辿りつけてないのに。

 身勝手で、ワガママで、ガマンできない私の瞳からは、それでもどうしてか涙があふれて止まらなかった。

 気づけば降りしきる雪もどんどんと勢いを増していく。最初は歓声を上げていた街も、流石にちょっと強すぎる白色に人気を失っていた。たくさんの人がきっと暖かなお店の中に入って、緩やかに流れる時間のなかで雪化粧を施されていく街並みを楽しんでいるんだろう。

 ライブの開演まであと30分だけしか残っていない。後戻りするならこれが最後のチャンス。待ち合わせもしていない悪い子は、それでもずっと待っていたかった。あんまり遅いから、誰か迎えに来ないかな。

 孤独は、やだ……。寂しいって泣いても、忘れられたみたいにまだひとりぼっち。

 一度は引っ込んでくれた涙がまた戻ってきそうになる。ただ規則正しく呼吸をして気持ちを落ち着けるだけ……そんな普通が、ぜんぜんできる気がしない。だって胸がきゅぅ、って締め付けられるみたいで息苦しくて、私の気持ちを刻み付けてくるから。

 かたかたと揺れる身体もまた、私の心の代弁者なんだろうか。それとも、身を投げ込むには暴力的な寒さにいい加減耐え切れなくなっちゃったのかな。

 ああ、きっと。この全部がイケナイことをしたワガママな私へのオシオキなんだ。優しさとか、私にとって嬉しい出来事を信じてしまうのが、きっと間違っていて。

 ……だから、ただ受け止めるしかできない。冷たい雪も、おしゃべりする相手のいない待ちぼうけも、この先に待っているはずのみんなの困り顔も、全部。私が選んだ結果からはもう、逃げられないんだ。

 静かに目を閉じれば、気づかないうちにまぶたに溜まっていた雫が足元に薄く積もる雪を溶かした。

「麗花っ!!」

「ぇ…………?」

 聞こえた声に目を見開いた。そんなことありえっこないのに、気のせいにしてしまいたくなんてなくて辺りを見回す。急に身動きを取ったものだから、服や帽子に乗っかっていた雪がぱさりと落ちて一瞬だけ目の前を塞ぐ。

 影の具合で薄灰色にも見える白が晴れたら、そこにはやっぱり白い雪の中で、白いビニール傘を持った黒いスーツ姿の……ああ、ああ。

「プロデューサー、さん……?」

 そう呼ぶだけでこんなにも心がぽかぽかするなんて、知らなかった。そこにいるのは、確かにプロデューサーさんで。伝えるべき言葉とか、たくさんあるはずなのに、口をぱくぱくとさせても言葉が出てこない。

「全く、どこにいるのかちゃんと教えてくれないから探すのに時間がかかったじゃないか。風邪引いてないよな?」

「……え、っへへ。でも、どうしてここに?」

「どうして、って。そんなの……」

 そっか。そんなの、決まってる。今がライブに間に合わせる最後のチャンスだから……プロデューサーさんが直接来てくれただけで、私はこれ以上ないってくらい嬉しい。

 困り眉はごまかせないかもしれないけど、今ならちゃんと素直に笑えるよ。

「クリスマス、一緒に過ごしたいって言ったのは麗花だろう?」

「っ……!? ~~~~~!!」

 あれ、れ? 聞こえてきたのは、もっと、ずっとずっと私に都合のいい言葉で。

 ……そんな、今、そんなことを言われてしまったら、ダメになっちゃう。頬が緩んで、頭がいっぱいになっちゃう。私がしなきゃいけなかったこととか、考えたくないこと全部、吹っ飛んじゃいそうだ。

 だけど、それはダメ。プロデューサーさんの大切なものを二の次にして、私だけ楽しくなんてなれないよ。

「でも……お仕事は、大丈夫なんですか? 私だって、ほんとは……」

「みんなにいろいろ頼んできたよ。麗花の出番を全部後半にして、トラブル対応を美咲さんにお願いして……それでも、一時間しかフリーの時間ができなかった。悪いな」

 悪いな、なんて。その一時間がどれだけ大事で、得難いものだっただろう。謝る必要なんてどこにもないのに。むしろ、それを私が受け取っていいのか……そっちの方がずっと不安だ。

「……いいのかな。そんなことして、怒られちゃいますよ?」

「麗花のことだけを怒らなくちゃいけないなら、ふたりでみんなに怒られた方が、ずっといいさ」

「もう……もうっ!」

 そんなことを言われちゃったら、涙だってあふれてきちゃうに決まってる。プロデューサーさんはずるい人で、そんないけない言葉に喜んじゃう私は、とってもとってもわがままだ。

 なりふり構う余裕なんてないまま、プロデューサーさんに飛びついた。顔を胸に埋めて、涙をスーツに染み込ませてしまう。あったかくて、幸せで。ずっと流してきたそれとぜんぜんちがう雫がどんどんとこぼれては、プロデューサーさんに受け止められていた。


 ちょっとの間そうやって泣きじゃくって、折角の時間がもったいないからと気をとりなおして、まずはプロデューサーさんにもう一度抱きつく。ちょっとだけ姿勢を変えて、プロデューサーさんの耳元に唇を寄せて、ささやいちゃうのだ。

「プロデューサーさん……今だけは、ゼンブ忘れて楽しんじゃいますからね」

 とってもずるくてステキなプロデューサーさんに、ちょっとでもドキドキしてもらえたら、嬉しいな。



おしまい

以上、ここまでお読みいただきありがとうございました。
少しでも楽しんでいただけていれば幸いです。

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