【モバマス】追憶は珈琲と共に。 (35)

※10年後妄想につき注意


家に着くと、玄関に毛玉が蹲っていた。

何を言っているか理解らないと思うが、ボクも何を言っているか理解らない。

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SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1504512248

よし、まずは整理をしよう。
今日は洋服ブランドのコラボを宣伝するために雑誌の写真撮影の仕事があった。我ながら悪くない出来だったと思っている。
そしてその後偶然にもありすと出逢い、久々ということで二人で居酒屋へ行き少しーいや、訂正しよう。何時間も駄弁っていた。ありすは相変わらずの酒癖で、完全に出来上がっていてまともに歩けそうになかった為家まで送り届けてきた。
そうして独り、駅から秋の気配漂う夜道を歩き、寮から引っ越してもう4年も経つこのアパートへと帰ってきた訳だ。
すると何故か鍵が開いており、恐る恐る開けると人が寝転んでいた…うむ、全くもって脈絡が無い。

ボクが考え込んでー或いはフリーズしていると、毛玉は目を醒ましたのかもぞもぞと動き出した。

「あれ、飛鳥ちゃんだーやっほー」

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「やっほー、じゃない。人の家の玄関は寝床ではないんだぞこの野良猫」

「あぁんひどいー」

寝ぼけ眼で手をこちらにひらひらと振る志希を爪先で軽く蹴ると、猫が喉を鳴らすように笑いながらのそりと立ち上がった。
服についたホコリを払うと、続いてすんすんと鼻を鳴らす。

「随分と遅かったね~、この匂いは…お酒とありすちゃんかな?」

「イグザクトリィ。相変わらずのようで何よりだよ。…それで、断りもなく何故ここに?」

「ええっと…なんだっけ」

志希が小首を傾げたその時、ぎゅるりという間の抜けた音が届いた。

「…にゃはは」

「まったく…客人をもてなせるような物なんて出せないぞ」

済し崩し的に、志希を伴って部屋へと入った。
本当はこのままシャワーでも浴びて寝るつもりだったのだけれど、久々の再会には変わりない。

キッチンの棚からインスタント食品を二つ取り出し、やかんに水を入れて火にかける。湯が沸いたら容器へと注ぎ、タイマーは五分。部屋にカレーの匂いが漂い始める。

「おぉー、懐かしいねえこの匂い」

「コラボしたのはもう随分と前だが、まぁ、空腹を満たすにはちょうど良くてね」

夜食にしてはやや多い気もするが、カロリーなど気にしている気力もない。響子が聞けばみっちり1時間コースだろうけれど。

「飲み物はミルクでいいかい?気の利いたものは置いてなくてね」

「おっけーおっけー」

タイマーが時間を告げる。テーブルに二人向き合って座り、手を合わせる。

「「いただきます」」

暫しの間、部屋には食器の音だけが響く。志希もよほど腹が減っていたらしく、かき込むように食べようとしたが熱かったらしい。一瞬顔を歪ませ咳き込んでいた。

「…それで、結局のところ何故ボクの家に?」

「んー?なんとなく?」

ボクが問うても、志希はあっけらかんとした顔でそう答えるだけ。確かに、昔は偶に寮の部屋へ遊びに来ることもあったが。

「フフ、今を時めくハリウッドの新星が護衛も連れずにこんな所にいるなんて、誰が思うだろうね」

「えーだってSPなんてメンドくさいだけだしー、所詮アタシはまだぽっと出のJapaneseだし?」

「疑問形にされてもボクが答えられることなんて無いんだが」

「それもそっか」

志希はカップをテーブルに置くと、グラスの牛乳を一気に飲み干した。

「御馳走様でした。いやーホントにゴハン貰えるとは思ってなかったよ。ありがとね?」

「人の家を都合のいいビジネスホテルの様に考えてやしないだろうね」

「まさかそんな。半分くらいしか思ってないよ」

「まったく…」

ボクが二人ぶんの食器を流しへ置きに立つ頃には、志希はもう床に寝転がりリラックスしきっていた。

いつのまにか付けていたラジオでは、すっかりバラエティの顔となった未央がデビュー当時のCDを流されて悶絶していた。と言っても、あの頃から底抜けの明るさは微塵も変わっていないのだが。

「もう10年、か」

ぽつりと、独り言ちる。
ボクを含め、多くのアイドルが誕生した群雄割拠の始まり。
十年一昔なんて言うけれど、やはり時の流れの速さと言うものは突然実感を持って訪れる。

デビューからいろいろなことがあった。
ボク達の組んでいたユニットであるDimension-3も、ボクの大学入学を機に一度解散した。その後ボクは大学で学びながら雑誌のモデルや、偶にライブに顔を見せたりして細々とアイドル活動を続け、卒業後は歌の仕事も少しずつ増やしてきた。
一方志希は興味のままに様々な方向に手を出してはその才能を発揮し、先日はなんとハリウッドの監督に目をつけられ映画に出演。その巧みな演技とカリスマ性で世界中にファンを増やしている。

洗い物を終えてテーブルに戻ると、ラジオからは何処かで聞いたことのあるメロディが流れていた。どうやら、懐かしの音楽がテーマのようだ。

大人の階段昇る 君はまだ シンデレラさ
しあわせは誰かがきっと 運んでくれると 信じてるね

「『まだ』シンデレラ、か…ボク達からすると酷く贅沢な言葉に聞こえてしまうね」

「もちろんそんな意図はないんだけどにゃー」

「理解っているさ。でも、思い返してしまうこともある」

シンデレラガール。栄光の象徴。
ボクは遂に、ガラスの靴に選ばれることはなかった。楓さんのようにこの年代からシンデレラガールに輝いた例がないわけではないが、それでもやはり、自分のことはなんとなく理解ってしまう。
ボクはきっと、このまま時代の流れに呑まれ、姿を消していくのだろう。それは、抗えぬ世の理として。志希のように世界に羽ばたくこともなく、ボクは10年前と同じ有象無象の一人へと戻るのだろう。

ーボクのささやかな抵抗は、何かの爪痕を残せたのだろうか。

インスタントのキャラメル・マキアートをかき混ぜながら、ボクはボクの背後に刻まれた轍を想う。


「なぁ、志希」

「ん?」

「キミは、これからどうするんだ?」

漠然とした問い。
志希は何も考えていないような、或いは全てを見透かしたような飄々とした笑みを浮かべたままだった。

「んー…アタシは変わらないんじゃないかな。気分のままに世界を飛び回ってーラボに篭って遊んでー偶にお仕事もしてー…飽きたらまた新しいモノを見つける」

「…そうか。そうだな。愚問だったよ。キミは回遊魚だった」

「そそ、おサカナシキちゃんなのです。ぴちぴち!」

戯(おど)けてみせる彼女の姿は、初めて会った時のそれと変わりなく、それでいて積み重ねてきた年月が輪郭から滲み出していて…

「それで」

ほぅと息を吐く間ほどの静寂を、志希は躊躇なく切り裂いた。

「飛鳥ちゃんはどうするの?」

真っ直ぐに、此方の瞳を見据えて。

「……理解らない。理解らないんだ。ボクは何処へ往くのか。何処へ往けばいいのか」

「…やっぱり。キミが悩んでいる時、いっつもエクステを右手で弄る癖があるんだ」

「敵わないな、キミには」

「…聞かせて?」

堰を切ったように、溢れ出す。
今までボクが感じていた、考えていた、そして敢えて名前を付けずにいた感情がー不安が。


ボクは…

ボクは何処から来て、何処へ往くのだろう。
昔は独りでなんだって出来ると思っていた。プロデューサーと二人なら、尚更出来ぬことなどないと。否、例え出来なかったとしても、それを糧として先へと進む事が出来た。仲間は次第に増えていって、叶う願いも増えていった。ひと匙ひと匙、飲めないブラックのコーヒーに砂糖を混ぜ込むように。
だが、繋いだ手の温もりは、離れた時の冷たさとなる。
ーいつから、ボクはこんなに弱い人間になったのだろう。
空に北極星は見えない。キャラメルの甘さが、喉に閊(つか)えるようだった。

「…そっか」

「すまない、キミにこんなことを言ったところで…」

ただ黙って、ボクの独白を聞いてくれていた志希は、静かにボクの側へ寄ると、そっとボクを抱擁した。

「志希…?」

「覚えてるかな?昔、アタシが失踪した時のこと」

「それは…どれのことだい?」

「んー、全部。初めてキミが付いて来てくれたあの日から」

志希は、そっと幼子を諭すようにー今までの彼女からは想像もつかないような優しい声でーボクに囁きかける。

あれから、キミはアタシが何処かへ消える度に付いて来てくれたよね。
やれやれ、なんて顔をしながら、文句も言わずに…いや、説教はされたかな?まぁ、それは置いておいて、アタシの取り留めもない話を聞いては、面白そうに相槌をうってくれた。
プロデューサーに頼まれたから?お目付役としての責任?
うん。分かってる。
それでも嬉しかったんだー、アタシを追って来てくれるヒトがいるのは。

ほら、アタシはギフテッドでしょ?
小学校から高校までドンドン飛び級しちゃってアメリカの大学までひとっ飛びーって感じだった。
でもね、みーんな同じなの。アタシを見る目。
「アイツはトクベツだから」
あの子には勝てない、あの子に挑んでも無駄、あの子に何を言っても無意味…そんな、諦めの目。
アタシは先へ先へと進んでいった。だって何もしないなんてつまらないじゃん?そうしてふと周りを見ると、誰も居ないんだ。アタシにテストの点で挑んで来た小学校の時の男の子も、仲良くしようとしてくれてた高校の時の女の子も、アタシの方が教授たちにちやほやされてるように見えるのが気に食わなかったエリート君も。

独りだったんだ。

だからなんか詰まらなくなっちゃって、やーめたって日本に帰って来たら、プロデューサーに会った。いやー、あれは昔から筋金入りの変人だよねぇ。
でもあの人は、アタシを導いてくれる人だから。
「一ノ瀬志希」というアイドルを定義しうる唯一の人間ではあるけど、それは同じ立場で並び歩める人間では無いって感じかな。もちろんプロデューサーには感謝してるけど、ね。

飛鳥ちゃんも変わり者だよねー。アタシ始めは「いつまで続くかな」なんて思ってたんだー。この子はアタシに付いてこれるのかって。今思うとビックリするくらい傲慢だね!
でも、キミは来てくれた。
失礼かもしれないけど、キミは天才じゃない。何処にでもいる…と言うわけではないけど、普通のニンゲン。でも、だからこそキミはアタシを追って来た。
アタシが好奇心で突き進むように、暗闇を踏みしめて、一つ一つのモノを吟味しながら、この世界を観測するために。
知らないからこそ、知るために。

ゴメンね、飛鳥ちゃん。
アタシはキミを頼り切ってたね。
キミが初めてだったから。
だから「この子は大丈夫だ」って決めつけて、たっくさんメイワクもかけた。

だけど、改めて言わせて欲しいんだ。
キミは、強い。

強いんだ。

なんの解決(コタエ)にもなってないかな?
人を励ますなんて殆どしたことがないからさ、そこは大目に見て欲しいかなーって。
ともかく!飛鳥ちゃんは、大丈夫。
道無き闇に道を切り拓く、それがキミのチカラだから。
今はただちょっと、懐かしいだけ。
立ち止まっても、側にいるよ。
アタシも、プロデューサーも、みんなも。

「はいっ!真面目な話おしまい!ほーら泣かない泣かない!」

「…泣いて…なんか、ない…バカ…」

志希がやや上ずった声で離れる。零れ落ちる雫は、黒いスカートの裾に紛れるように染み込んでいく。

「ホントはね、アタシも寂しかったんだ。だから来たの」

にゃはは、といつものように、しかし照れ隠しするように笑う。その顔は、今まで見てきたどの顔よりも、晴れやかで。

「飛鳥ちゃんは自分は変わってしまったって言ったけど、それはアタシも同じ。ハリウッドの新星なんて言われても、アタシはヘレンさんみたいなスッゴいメンタルを持ってる訳じゃないしー」


「でもね」

「飛鳥ちゃんやプロデューサー達が此処にいるから、頑張れるの。アタシが何処へ行っても、帰りを待っていてくれる家が、アタシにも出来たんだ」






その後、順番にシャワーを浴びて、客人用の布団を急拵えして寝た。
貸した服のサイズが合わないということで一悶着あったが、特筆すべきほどではない。
…身長こそほぼ追いついたものの、抗えぬ壁があるのだ。
どこが、とは言わないが。

朝。
トーストにベーコンエッグを乗せて、コーヒーはブラックで。
澄み切った黒から漂う香りを嗅ぎつけたのか、志希がもぞもぞと目覚める。

「おはよう、志希」

「おはよー飛鳥ちゃん…ねむい」

「プロデューサーからメールが来ていたよ。やはり無断だったようだね」

「にゃははは…」

困った顔で頭を掻く志希を見ると、自然と笑みがこぼれる。

朝。
トーストにベーコンエッグを乗せて、コーヒーはブラックで。
澄み切った黒から漂う香りを嗅ぎつけたのか、志希がもぞもぞと目覚める。

「おはよう、志希」

「おはよー飛鳥ちゃん…ねむい」

「プロデューサーからメールが来ていたよ。やはり無断だったようだね」

「にゃははは…」

困った顔で頭を掻く志希を見ると、自然と笑みがこぼれる。

朝。
トーストにベーコンエッグを乗せて、コーヒーはブラックで。
澄み切った黒から漂う香りを嗅ぎつけたのか、志希がもぞもぞと目覚める。

「おはよう、志希」

「おはよー飛鳥ちゃん…ねむい」

「プロデューサーからメールが来ていたよ。やはり無断だったようだね」

「にゃははは…」

困った顔で頭を掻く志希を見ると、自然と笑みがこぼれる。

三回もやっちゃった、無視してくだちぃ

「…もう大丈夫そう?」

「どうだろうね。先の事なんて誰にも理解らないさ。ただ、ボクが悩もうと嘆こうと、セカイは無常に動き往く…それだけだよ」

ボクの言葉を聞いた志希は、満足げに何度も頷いていた。

「さて、朝食はキミの分も用意してある。食べるかい?」

「もちろんっ!」

テーブルの上は皿が二枚、カップが二つ。
1日だけの、少しだけ賑やかなリビング。

世界は理不尽で、時代の流れは残酷で、ボクは無力なのかもしれない。
少女だったと、そう昔を想い立ち止まることもある。
時計の針はとうに12時を過ぎているのだから。

ーあぁ、それでも。

「…ありがとう、志希」

「どういたしまして。こちらこそ」

それでも、
登りゆく朝日は、こんなにも眩い。

以上です

昨晩pixivに投げたのと概ね同じです
ダークイルミネイトも良いけどDimension-3もよろしくね

あー恥ずかしいモバPした、机の下に逃げたい
HTML化依頼出して来ます

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