高垣楓「結末の顛末」 (187)



 「プロデューサー」


俺を捕まえていた手が、するりと頬へ回される。
滑らかな指先に包まれて、冷えた頬が温度を取り戻していく。


 「冷たいです」


良い匂いがする。
吐息が首をくすぐる。
衣擦れが耳に響く。
ベッドが軋む。


 「だから」


彼女の瞳は今、どんな色をしているだろう。



 「あったかくしてください」


身体をむりやり捻って、楓さんと顔を突き合わせた。
横倒しになった色違いの瞳が、薄暗さの中にあってなお、神秘の光を湛えている。

 「かえっ、ぁ……あの、ですね」

決意とともに吐き出した筈の言葉。
頼もしさは一息の間にかき消えて、あっという間に喉が震え出す。
目の前のアイドルは笑うことも無く、二度、控え目なまばたきを繰り返した。

 「お酒を……飲みました」

 「はい」

 「だからつまり、楓さん、その」

 「ええ」

 「こんな風な、酔ったままの勢いの、そういうのは、良くないと」

竜頭蛇尾とはきっと俺の事を指してるんだろう。
威勢の良さは最初だけで、言葉は見る間に途切れてしまった。
15センチ前の美貌。
揃ったまつ毛すらよく見えるこの距離で、楓さんは何事かを考えていた。


 「えーっと……」

そう思ったのも束の間。
おもむろに半身を起こすと彼女は枕元にあった携帯電話を拾い上げた。
混乱する俺をよそに、白い顔が液晶のバックライトに照らし出される。
何度か操作をすると明かりは消えて、再び暗闇が俺達を覆い隠した。
一瞬の輝きに慣らされた目が、すぐそこにある筈の姿を見失う。




 「じゃあ、来月末の、金曜日の夜。きちんと、しましょう」


言葉というのは、主語が抜け落ちていようと案外伝わってしまうもので。

だからこそ俺は固まった。
今までの行動に何か間違いが無かったか考え直す。
いや結局、全て間違えてた、という事なんだろうけれど。

 「…………あ、の」

 「おやすみなさーい」

話は終わったとばかりに話を終え、楓さんが布団を被る。
その時ようやく、せっかく向けていた背中を戻してしまった事に気付く。
気付いた時には全てが遅過ぎて、楓さんの両腕が俺の身体を捕まえてしまっていた。

 「おやすみなさい、プロデューサー」

 「…………おやすみなさい」

俺の胸元へ顔を埋めて、楓さんがそれきり黙り込む。
ワイシャツから染み込んでくる吐息は火傷してしまいそうな熱さだった。
僅かに髪が揺れる度、それはそれは良い香りが漂う。

 「……」



……いや、寝れる訳ないだろう。


小悪魔な女神様こと高垣楓さんのSSです


http://i.imgur.com/hO5sXIB.jpg
http://i.imgur.com/uiuQicB.jpg

前作とか
アナスタシア「流しソ連」 神崎蘭子「そうめんだよ」 ( アナスタシア「流しソ連」 神崎蘭子「そうめんだよ」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1501850717/) )
相葉夕美「プロデューサーに花束を」 ( 相葉夕美「プロデューサーに花束を」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1485851599/) )

関連作
高垣楓から脱出せよ ( 高垣楓から脱出せよ - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1483426621/) )


上記『脱出せよ』の続編です
直接的な性描写を含みます



※本作はリアルタイム性(性だけに)を重視しています
 完結予定は10月1日です


 ― = ― ≡ ― = ―

あまりに穏やか過ぎたせいか、しばらく目覚めているのに気付けなかった。
目の前10センチには相変わらず楓さんの顔があって、俺を楽しそうに眺めている。

 「目、覚めました?」

 「……ええ」

 「おはようございます」

 「……おはようございます」

どうも、眠っていたらしい。らしいとしか言えない。
眠りに落ちた記憶は無かった。
幾ら精神で抗おうとも、本能が勝てなかったと見るのが妥当か。

 「朝ごはんにしましょうか」

呟いて、楓さんが身を起こす。
薄いシルクのネグリジェに何かが透けて、俺は慌ててベッドから転げ落ちた。

 「着替えますので、覗く場合は、どうぞ」

何がどうぞなのか理解するのを拒否し、俺は縺れた足のまま部屋から逃げ出した。


 「……」

 「……」


さくっ。もしゅ。さく、さくり。


何も無いと聞いていた冷蔵庫には予想以上に何も無かった。
缶ビールは一ダースほど良く冷えていた。

 「……」

俺はジャムを、楓さんはバターを塗ったトースト。
何ともシンプルな朝食を、インスタントのコーヒーをお共に食べ進めていく。
楓さんの髪は寝癖がついたまま。
そのくせテキトーに選んだだろう室内着は、何故だかお洒落に見えた。
常々思うが、本当にズルい人だと思う。

とうとう無言のまま皿とカップは空になった。
何をするでもなく俺達はお互いを眺めていた。
……よく眺めてみれば、思ったよりすごい寝癖だ。

 「楓さん」

痺れと口火とを切ったのは俺の方だった。
聞こえているのかいないのか、テーブルの向こうに座る楓さんがゆるゆると首を傾げる。


 「昨日のは……冗談、ですよね」

 「冗談は、苦手です」


二の句も継げずに息を詰まらせた。
つまらない冗談でも言ってくれれば、いっそこの一息を飲み込めたのに。

 「あの、プロデューサー」

 「はい」

 「好きです」


言葉というのは、楓さんが、主語を 好き


 「以前に言ったままの意味で、以前よりずっと大きな、好きです」

 「楓さんは」

 「アイドルです。こんな感じでも、一応」

自分と俺とを指差して、それから二人きりの部屋を示すように両腕を広げて。
しでかした事態を改めて俺に突きつけながら、楓さんは微笑んだ。


 「私、頑張りますから。楽しみにしててくださいね、プロデューサー」

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