凛「ごっこでいいから、手をつないでて」 (40)
「りんののとブンドドって似てるよな」
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誕生日の、次の日。
お祝いのちょっとお高いディナーを食べに行くまでの待ち時間。
……こうやって二人きりでいると、プロデューサーは時々おかしな事を言う。
・渋谷凛のSS
・短編
カップリングの話は前に奈緒からちょっとだけ教えてもらった。
確か、SNSで私達の写真に”#りんなお”ってタグが付けられてたのを見たときだっけ。
仲良し、の一歩先を想像して、期待して、名前を組み合わせてカップルを作るんだとか。
奈緒と私の組み合わせは、お揃いの衣装でデビューした頃からあったみたい。
乃々と私の組み合わせは……、ドラマで共演したからか、ラジオのゲストに呼ばれたからかな。
そのぐらいの頃からだと思う。
仕事の上でも、こういう組み合わせはけっこう影響があるみたいで。
誰かとセットで呼ばれる現場もあるし、一緒にいることをバラエティ番組とかでネタにされることもね。
それを”仲良し営業”だなんて言い方をされてる事もあったけど。
実際私は乃々や奈緒と、他の子とだって仲良くしたくてしてるんだし、
それで喜ぶ人がいるんだったら別に悪くないんじゃない?って思ってたりする。
”りんのの”とか”りんなお”とか”うづりん”とか。
大抵は、私はカップルでいう彼氏役を期待されているんだと思う。
その認識は多分気のせいだけじゃなくて、共演した時に
「肩を抱き寄せてみて」とか「手を引いて一緒に登場して」なんて演出指示を受けたこともある。
まあ、それに応える私も少し、染まってきたのかな、って。
……あー、えっと、カップリングの話をプロデューサーとしたかったわけじゃなくて。
「ブンドドって、何」
そっちの方が気になってたんだ。
濁点ばっかりでなんだか怪獣の名前みたい。
通じると思ってたみたいで、プロデューサーはきょとんとしていた。
ごめん、わかんないや。
あー、その、例えばだな、なんてゴニョゴニョと言いながら、
プロデューサーはデスクの上にあったペンを二本、目の前でブンブンと振り回し始める。
心なしか子どもっぽい声色。
「こう、プラモデルとか、あー、フィギュアなんかをな、ブーン、ドドドって。
お人形遊びの男の子版って感じで……ほら、小さい頃やったことあるだろ」
「いや、私はあんまり、……そう言うことしなかったかも」
「今時の子はしないのかー」
ごっこ遊び、お人形遊び、おままごと。
そういう女の子の遊びを、あんまり楽しんだ覚えがない。
お花屋さんの子なんだしお花屋さんでいいよね。
背高いし、お父さん役が似合ってるよ。
”自分のしたい役”よりも、”やって欲しい役・似合うよと言われた役”ばっかり消極的に選んできた。
そうしていれば、誰かとやりたい役で喧嘩しなくて済んだから。
望まれる役をやるのは別に、嫌ってわけじゃないけど。
お姫様はひらひらスカートのあの子。
王子様はズボンを履いた私。
兄・夫・王子。
格好をつけることばっかり覚えて、
可愛い仕草や声色は知らないままで。
……それを、今になって後悔することもあるんだ。
アイドルとして色んなものになりきったり、演じたりすることがある。
子供のころの遊びとは違って、ちゃんとした仕事としてだけどね。
カッコいい役は上手く出来る方だと自負してるよ。
だけど、アイドルとしての仕事は、
女の子っぽい……可愛くて、綺麗で、……そんな役柄のほうがずっと多くて。
慣れない事をする度に、もっとなりきる事を楽しんでたらなぁ、って思う。
まあ、あの頃はアイドルになるだなんて考えもしなかったから、しょうがないんだけどね。
人よりも少し遅れて、ただの遊びだけじゃなくて仕事で……やっと楽しめるように、なったのかな。
ついこの間も、いつかはやってみたいと思っていた役を仕事としてやらせてもらった。
純白のドレスを着た花嫁の役。
ブライダル関連の仕事で、他の事務所の子たちともドレス姿で共演出来て楽しかったな。
他にも、パーティードレスで参列する新婦友人の役をやったり、
「いろんな方に向けた広告だから」と女性用タキシードを着て新婦役と並んだり。
誓いのキスこそしなかったけど、そのフリだとか、指輪交換のシーンだとかの撮影もあって。
ドラマで恋人役とか夫婦役とかをさせてもらったことも何度かあるし、
撮影だとわかっていたからきちんと出来たと思う。はず。
だけど一枚だけ、オフショットでいつものスーツ姿のプロデューサーと並んで撮ってもらった写真だけは、すごく緊張した。
結婚はまだ遠い、と思う。
私がアイドルを楽しんでいる間はね。
結婚の予定は今のところ無い、らしい。
彼が私のプロデューサーでいる間は。
……だから。
指輪の代わりに、約束を交わした。
ずっと一緒にいよう、って。
アイドルとプロデューサーとして。
……そして、お互いに今と同じ気持ちでいられるなら、その先もずっと。
***
恋とか愛とか、そういうのをちゃんと経験せずに走って来たから。
いつからかずっと抱えていた思いをそのまま、言葉にした。
不器用な私でもちゃんと伝えられるように、飾らずに、まっすぐに。
振られてもいい。
怒られて、嫌われたって、いい。
言葉にしなきゃ、伝わらない想いもあるから。
けれど、返ってきた言葉は、まったく想定もしてなかったもので。
「ずっと、嫌われてるんだと思ってた」
……この人は、時々おかしな事を言う。
一世一代の告白をしたはずなのに、妙な空気になってしまった。
どうして?いつから?
お互いに混乱しているみたいで、しばらく会話が噛み合わなくて。
どこでもつれたのかわからないから、一つずつ答え合わせをしていく。
最初のすれ違いはどうやら、いつか私が言った言葉だったみたいで。
「手なんてつながないって、子どもじゃないんだから」
……確かに、そんなことを言った、言ってしまった覚えはあるんだけど。
初めて大きな役で出演させてもらった映画を見にいこうと、放課後に待ち合わせをしたあの日。
プロデューサーはいつもと同じスーツ姿だったのに、
なぜだかいつもとは違って……どうしてなのかな、不思議なくらい格好よく見えて、
大人の男の人なんだ、って初めて意識してしまったんだ。
人混みの中を慣れない靴で歩く私に歩幅を合わせてゆっくり歩いてくれて。
ぶつかられてよろけた身体を優しく受け止めてくれた。
そうして、ほら、って右手を差し出されて。
嬉しかったはずなのに。
ドキドキして、気持ちがから回って、
つい強がって子供扱いしないで欲しいだなんてひねくれた言葉しか出てこなかった。
怖かったんだと思う。
気持ちに気づくと同時に、二人の間に大きな差が……年だとか経験だとか、色んな違いが見えてしまって。
追いつかなきゃ、対等でいなきゃって心だけ前のめりになって。
それまでだってずっと、歩幅を合わせてくれていたのはプロデューサーの方だったのに。
下心に気づかれたと思った、ってプロデューサーは言う。
その気持ちを”下心”と表すのなら、その時私の中に生まれた気持ちこそが、”下心”だったんじゃないかな。
その時から少しの間、まともにプロデューサーの顔を見られないでいたっけ。
会話もなんとなくギクシャクしていたから、それが全ての勘違いの元になってしまったのかもね。
一つ一つ振り返っていくうちに、いくつものボタンの掛け違いを見つけていった。
お互いに鈍感だったり深読みしすぎたり、何も考えてなかったり。
少し怒って、少し謝って、……なんだか似たもの同士だね、って笑いあって。
ずっと一緒にいたはずなのに、
仕事以外では色んな所ですれ違っていたみたい。
それでも、ずっと同じものを見て、同じ方向を向いて来たから、ここまで二人で歩いて来たわけだけど。
だからこれからは、ちゃんと言葉にして、
ちゃんとぶつかって、……それから、今度こそは。
そうして、私たちは約束をしたんだ。
***
あの時始まったこの関係はきっと、ごっこ遊びみたいなものなんだと思う。
今の私とプロデューサーは、いつ終わるかわからない恋人ごっこをしているだけ。
どちらかが「おーわりっ」って言えば、すぐに解けてしまうような。
誰かに知られてしまえば、すぐに離されてしまうような。
小さな約束を起点とした、静かな密かな関係。
だけど私は、ずっと続いたらいいな、って思う。
本当になるまで。本物にできるまで。
時計をちらっと見て、プロデューサーが立ち上がる。
私も荷物をまとめてソファを離れる。
今から歩いていけば、予約の時間にちょうどいいくらいかな。
事務所を出て、裏通りに回る。
「行こうか」
とプロデューサーが手を差し出す。
その手を、ぎゅっと握る。
今はまだ、ごっこでもいいから。
この人と、ずっと手をつないで。
<fin>
タイトルは昔どこかで見たチラシ(演劇か何かの)からお借りしました
ブライダルガチャだー誕生日だーと思っていたらあっという間にモバマスの方でも新SRが出てしまったので急いで書きました
しぶりんは”役割”の子だなーと思う事が時々あります
チュートリアルキャラだとか看板役の一人だとかを公式で頂いているのもそうだし、
いわゆる「正妻」だとか、攻め受けで言う攻め役だとか
SSなんかで良き先輩役ライバル役噛ませ役嫌われ役などなどを担ってたりとかも含めて
どんな役であれ皆様の物語のどこかに渋谷凛の居場所があるならば嬉しい事です
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