綾小路「週末、暇だな」 (26)
『ようこそ実力至上主義の教室へ』シリーズ小説版6巻までのネタバレを含むのでアニメ組の方は注意してください。
ストーリーはもちろん、キャラクターの背景が重要な作品ですので。
拙い文章ですがよろしくお願いします。
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綾小路「はぁ、週末暇だな」
ペーパーシャッフルの勉強会以来、オレはいっぱしのリア充的生活に惹かれるようになってしまった。これは本来の目的であるところの平穏無事な生活を目指すオレのスタイルと矛盾しているではないかと糾弾されるかもしれないが、オレとて人間である。大人数は苦手だが一人自室で一日を終えるよりは誰かと一緒にいたい。
しかしつい最近まで堀北ほどではないがろくに友達と出かけたこともなかったので自分から誰かを遊びに誘うなどということは微塵も経験がない。こういうときに櫛田であればエスパーのごとくこちらの気分を察知して救いの手を差し伸べたりするのだろうが、生憎彼女とは全面的な敵対関係にある。誰かといたいとはいえ折角の週末に無用な心労を抱えたくない以上、櫛田に連絡することは選択肢から除外される。それにアイツが週末に何の予定も入っていないということも考えにくい。元より根暗のオレに与えられるチャンスはないのだ。そう考えると櫛田以外の誰かに連絡することも億劫になってきた。体育祭で多少の人権を得られただろうが未だクラス内での肩身は狭いままだ。
と、以前のオレなら思考を一周回した挙句に諦めて自室に籠る結論を見出したであろう。
しかし今はかつてと状況が全く異なっている。
なぜオレの名前が冠されているかは甚だ疑問のままであるが『綾小路グループ』なるクラスの中心に馴染めなかった者が集結したものができており、その空間は意外に思うほど快適であった。
気を遣う必要がなく楽にしていられるので、このオレであろうとも誰かを遊びに誘うという芸当ができるのだ。早速グループチャットに文言を打つ。
綾小路『突然で悪いが、誰か明日暇ならどこかに出かけないか?』
我ながら無難かつ明瞭な文章に仕上がった。即座に既読がついていく。
三宅『付き合いたいのは山々だが弓道の試合があるからパス』
幸村『悪い、先日の試験の復習をする予定なんだ』
長谷部『んー、みやっち来れないなら私もパスかな』
非情なる三人からの報告。素直に凹む。しかしまだ希望はある。最後のメンバー、愛里からの返事がまだだ。
だが間もなくして残酷な個人チャットが飛んできた。
佐倉『行きたい!!!本当に行きたい!!!でも、美容院なの!!!他の日ならいつでも行くから!!!』
異様なまでにハイテンションだが結果的には断るという趣旨だ。
こうまで言われると逆に嫌味かと邪推してしまうが愛里に限ってそんなことはないだろう。
こうして頼みの綱であるところの綾小路グループのメンバーは全滅した。
しかしこうなってくると何としてでも誰かを誘いたいという気になってきた。
負けず嫌いとでも言おうか、まるで堀北のような頑固さがオレを突き動かした。
そして次に連絡しようと思いついた名前は当然アイツだ。
軽井沢『何よ、突然』
綾小路『そもそもお前に選択肢はないんだが、明日空いてるか?』
軽井沢『とてつもなくイヤな予感がするけど・・・空いてるわ。嘘を言っても無駄なようだし。それで、今度は何をさせられるの?』
これまで様々な命令に忠実に従い実績を上げてきた軽井沢に対するオレの評価は高い。しかしいくら評価が高かろうと甘えた命令を下すようにはならない。
綾小路『明日オレに付き合え。どこか出かけに行くぞ』
軽井沢『アンタ正気?イヤよ。何でアンタなんかと』
綾小路『お前が嫌なら仕方がない。契約が破棄されるまでだ。理由については明日説明する』
軽井沢『ほんと最っっっ低。分かったわ、集合場所と時間を指定して頂戴』
ほんとのほんとの最終手段であり、できれば使いたくはなかったが、追い詰められたオレは軽井沢に頼む(命令する)しかなかった。
だが強引な形だがこれでオレは明日一人でいることはなくなった。
綾小路「どうだ堀北、思い知ったか」
オレはかつて自分と同じボッチ属性を持っていた堀北に意味もなく高らかに宣言した。
もちろんここに堀北はいないし、仮にいたとしても彼女は何の関心も寄せないだろうが。
来たる日曜日。約束の時間である午前10時の5分前にオレは寮の玄関前ロビーに来ていた。
軽井沢を待っていると別の知り合いが通りかかって声を掛けられる。
一ノ瀬「やっほー綾小路くん。なになに、待ち合わせ?デートかな?」
綾小路「ちょっとな。一ノ瀬は一人で出かけるのか、珍しいな」
一ノ瀬「たまにはそんな日もあるよ。それより綾小路くんが待ってる相手が知りたいなぁ。...堀北さんかな?」
綾小路「アイツが来ると本気で思っているのか?」
一ノ瀬「あはは!それもそうだね。これ以上詮索したら嫌われそうだし私はもう行くよ。それじゃぁ、良い休日を~」
そういって天真爛漫なBクラスのリーダーは去っていった。すると後ろから肩を叩かれる。
軽井沢「お待たせ。一ノ瀬さんと何話してたの?」
綾小路「他愛もない世間話だ」
軽井沢「絶対違う。アンタが世間話をしているところを見たことないし」
綾小路「たまにはそんな日もあるだろう」
つまり一ノ瀬はエレベーターから降りてくる軽井沢を見て退散したということになる。別に見られたところで何ということはないのだがちゃっかりしているというか何というか。
軽井沢はというとこれ以上聞いても有用な情報は得られないと悟ったらしく溜息をついている。
ひとまずオレたちは寮から出てケヤキモールへと足を進めることにした。
何度通ったか分からない寮からの道を黙々と歩いていると口下手なオレに代わって軽井沢が口を開いた。
軽井沢「私あの人ちょっと苦手。良い人に間違いないんだろうけど完璧すぎるのが逆に違和感あるっていうか...。」
綾小路「一ノ瀬か。そうだな、お前の直感はアテにしていいぞ。その嗅覚は大きな武器だ。必ず役に立つ時が来る」
軽井沢「何それ。人を犬みたいに言わないでくれる?」
綾小路「忠犬の如く働くお前を、オレは買っているんだがな」
少し調子に乗り過ぎたか。軽井沢の表情が歪む。
軽井沢「私はペット?」
どうやら『買ってる』を『飼ってる』に取り違えたらしい。軽井沢の機嫌がグングン悪くなっていくのを感じる。だがまぁ些細な問題だ。
綾小路「お前は優秀だという意味だ。今日呼んだのもお前を見込んでいるからだ」
軽井沢「また上から偉そうに。ほんとにアンタ何なのよ...」
口は悪いが多少気が落ち着いたらしく軽井沢はおとなしくなった。
彼女本人の性格やオレのあの脅しの影響もあるとはいえここまで従順だとリズムが少し狂う。
背徳感などのような感情は微塵も抱かないのだが。
そうするうちにケヤキモールに辿り着いた。
ペーパーシャッフルの時に綾小路グループで勉強会を行ったカフェに陣取る。休日なのでそこそこ賑わっているがパレットほどではないだろうというチョイスだ。
軽井沢「で、何なの。私を呼び出した理由って」
綾小路「休日に一人自室で過ごす生活に飽き飽きした。誰かと過ごすのもたまには良いと思ってな」
オレの言葉を聞くと軽井沢は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。
軽井沢「熱でもある?大丈夫?」
恐らくオレの性格からしてあり得ない発言だと思われているらしい。事実以前のオレであればあり得ない発想だ。
綾小路「バカにするな。社交性への挑戦を試みて友達と親睦を深めようという意識の変化と実行能力がオレに訪れたまでだ」
軽井沢「私はいつからアンタと友達になったのよ」
綾小路「傷つくことをサラっと言わないでくれ」
軽井沢「それに、そんな理由なら私よりほら...その、堀北さんとか誘った方がいいんじゃないの?」
綾小路「あのな。誘ったとしてアイツが来ると本気で思っているのか?」
本日二度目の説明だ。堀北の腰は自分以外のこととなると動かざること山の如しであることを理解してない人間が多すぎる。
綾小路「それに結局のところ楽に話ができるのは堀北より軽井沢だからな」
軽井沢「なッ...。今日のアンタいつも以上に不気味よ。しかもそんなんじゃ友達っていう友達は全然いないままなんじゃないの?」
綾小路「そうだな。友達の定義は常々気になっていたが、楽に話をできる相手という意味で線引きするのも一つか」
軽井沢「はぁ。私以外に友達いるのかこっちまで心配になってくるわ」
綾小路「ん?友達であることを認めてくれるのか」
オレの言葉に軽井沢は焦った弾みで飲み物を少しこぼしてしまった。
軽井沢「ち、ちが」
綾小路「落ち着け。まずは目先の問題を処理するぞ」
ややパニックになっている軽井沢に代わってこぼれたカフェオレをふき取る。
軽井沢「ごめん、取り乱しちゃって」
綾小路「いや、いい。面白い顔を見れたから十分だ」
軽井沢観察史上、慌てふためく姿は船の地下最下層での泣いている彼女を見つけたとき以来であるがあの時は『恐怖』のパニックであったのに対して今日の姿は恐怖に依るものではない、全く異質なものであった。
感情の機微というものは如実に表情に現れる。その僅かながらも大きな違いに対しオレは少しだけ惹かれるものを感じた。
少し気まずい沈黙が場を支配する。当然ながら俺にこの状態を打破する能力はない。
どうしたものかとぼーっと周りの人を眺めていると明らかにこちらへ向かって足早に近づいてくる気配を感じる。
佐藤「あ、綾小路くん!?」
その声の主はクラスメイトの佐藤だった。うーむ、これは少し面倒かもしれないな。
綾小路「あぁ、佐藤か。買い物か?」
佐藤「綾小路くんは何してるの?軽井沢さんと二人で」
佐藤はオレの言葉に耳を貸す気配はなさそうだ。
佐藤が軽井沢に鋭い目を向けるので目のやり場を失ったオレも軽井沢を見てみると、彼女は彼女で「アンタ、この状況どうすんのよ」という顔をしていた。
綾小路「平田のことで少し相談を受けていたんだ。オレも最近あいつと仲良くなったからな」
佐藤「綾小路くんは静かにしてて。軽井沢さん、綾小路くんと二人で出かけるなんてどういうつもり?」
完全にシャットアウトされている。悲しいものだ。ここは軽井沢に任せるしかないか。
軽井沢「綾小路くんが言った通り、それ以上でもそれ以下でもないわ。相談に乗ってもらってただけで他意はないわ」
佐藤は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
理由としては佐藤と連絡先を交換した日の夜の電話でオレには到底理解できない女子の繊細微妙な駆け引きについて軽井沢から聞いた話のことだろう。
曰く、女子と言う生き物は意中の異性には前もって周囲に自分の好意を宣言しておくことで争奪戦や思わぬ顰蹙を買うことを未然に防ぐのだそうな。
そして佐藤はオレに告白する(実際にはしていないが)という宣言を周囲の女子にしていた。
なのに軽井沢がオレと二人でいるということが我慢ならないということなのだろう。健気なものだ。
佐藤「平田くんに知られてもいいの?」
軽井沢「やましいことは何もしていないし、そうしたいならそうすればいいわ。洋介くんも話せば分かってくれる」
佐藤は少し強気になって言うが、この言葉は軽井沢に対しては微塵も効かない。
そもそも平田と軽井沢の関係は【偽り】なのだから。それに本当にやましいことはない。
佐藤はそれ以上言うことがなくなってしまったのかその場で地蔵のように固まってしまった。
彼女はスマホを取り出して何か操作をしたかと思うと「じゃぁ、せいぜい休日を楽しめば?」と捨て台詞を残して足早に去っていった。
その時ポケットの中でオレのスマホが振動した。見てみると通知は佐藤から『夜、電話していい?』という個別チャットであった。
はぁ。やはりこうなってしまうか。この誘いを断る度量を持ち合わせていないオレは受諾するほかなかった。
綾小路「今日はわざわざすまなかったな。色々と」
適当に時間をつぶした夕方、オレたちは帰路を歩いていた。
軽井沢「別にいいわよ。ほんとに用事はなかったし」
夕焼けの眩しさで軽井沢の表情はよく見えないがそこまで不満そうではなかった。
軽井沢「...何見てんのよ。気持ち悪い」
綾小路「失礼だな。オレは別に」
と、そこまで言いかけたところで背後からの視線を感じる。当然振り返りはしない。
軽井沢「別に、何なの」
やっぱよく分かんないわ、アンタと言って軽井沢はやれやれというように首を振っている。
綾小路「なぁ、一つ聞きたいことがあるんだが」
軽井沢「なに」
綾小路「仮の話だが、オレが佐藤と付き合うようになったとしてお前に異存はないよな?」
軽井沢「えっ、付き合うの?」
軽井沢は歩みを止めこちらに向き直る。
綾小路「仮の話だと言ってるだろう。オレがそんなに迅速に事を運べると思っているのか?」
軽井沢「いや...でも付き合う気があるってことよね?」
事実だから仕方がないとはいえ甲斐性のなさをアッサリ肯定され神妙な気持ちになる。
綾小路「それも今のところはない。前に言った通り、オレは佐藤のことをよく知らないしな」
軽井沢「そうだとしても、いつか付き合うようになる想定があるというなら...私は否定的。アンタが十分に私を守ってくれる点は信用してる。でも不安なの。疎かにならないっていう確証は実際に付き合ってみないと分からないわ」
うーむ。前この話をしたときもそうだったがこの話題になると軽井沢は論理的思考をやや逸れて強引な物言いになる。
今後も役立つであろう駒に関する不確定要素は排除しておきたい。問いただしてみるか。
綾小路「なぜそこまでこだわる。自分の意見が論理的じゃないのは理解しているはずだ」
軽井沢「それは...賢いんだから自分で考えてよ。女の子に言わせることじゃないし」
要領を得ない解答だ。無理やり聞き出すこともできるのだがせっかく一日付き合ってもらった手前今日はこれ以上追及するのはやめておこう。
やがてオレたちは寮につく。改めて軽井沢に礼を言い、それぞれの部屋へと帰る。
オレはベッドに倒れこみ、自室の天井とにらめっこしながら先ほどの疑問について思考を巡らせていた。
しかし白い天井をいくら見つめても満足いく答えには思い至らなかった。
アニメ後半でやるか微妙なラインだけど原作4巻相当で軽井沢についてのエピソードがあります。以降出番が増えてきますがとてもかわいいです。
補足だけど原作とアニメはだいぶ違う部分があるのでアニメ気に入った人はぜひ手に取ってみてください。
シャワーを浴び、来たるべき佐藤からの連絡に意味もなく身構えていると、20時を過ぎたころに電話が掛かってきた。
佐藤「こ、こんばんは、綾小路くん」
綾小路「あぁ。それで、どうしたんだ」
佐藤「うん。今日のことなんだけど」
綾小路「まぁ、そうだろうな」
佐藤「軽井沢さんとはどういう関係なの?元から仲良かったわけじゃないでしょ?一緒にいるとこ見たことないし...」
そういえばそうだ。オレはなぜ...。
!!!!
いきなり頭痛に襲われる。何かがおかしい。だが今は通話中だ。冷静を装う。
綾小路「昼にも言った通りだ。最近平田と仲良くやってるから相談相手としてオレに白羽の矢が当たったということだ」
佐藤「それ、やっぱ納得できないんだよね。平田くんと仲良くしてる男子なんて他にもたくさんいるし、わざわざ綾小路くんを呼ぶ必要があったのかなぁって」
綾小路「オレだと変な噂にもならないとでも踏んだんじゃないのか」
我ながら悲しい弁である。
佐藤「そんなことない!綾小路くんって意外と人気なんだし、自覚してよ」
そんなわけあるか、と思うが波風を立てたくないので適当に相槌を打つ。
綾小路「だがそもそも軽井沢は平田の彼女だ。オレがどうこう立ち入れる立場じゃないのは分かるだろう」
佐藤「ううん、綾小路くんじゃなくってさ。軽井沢さん。あの子、多分綾小路くんのこと好きなんだよ」
これはまた突拍子もないことを言い出した。ただでさえ頭痛がしてるというのに、勘弁してくれ。
綾小路「それはないと思うぞ。あいつは相談の件がなかったらオレをただの根暗だと思っているだろう。現にこれまであいつがオレに接触してきたことがあったか?」
佐藤「もちろん軽井沢さんは平田くんと付き合ってるからそんなことないって普通は思うけどさ、女子ってこう...そういうの雰囲気で分かるの。...あと、綾小路くんは根暗じゃないから!普段は無口だけど体育祭のときとか絶対みんなカッコいいって思ってたし!」
綾小路「買いかぶりすぎだ。体育祭の時は違ったが基本的にオレは目立たないように生活している。そんなやつを誰が気に掛けるっていうんだ。雰囲気で分かるというのも全く筋が通っていないしオレには絵空事のように感じるぞ」
非論理的な主張に閉口する。
佐藤「...いつか分かると思うわ。私からはあと一つだけ。誰が気に掛けるって言ったけど少なくとも私は綾小路くんのこと気になってるから今だって電話してる。だから、あんまり自分を卑下しないで」
やや怒気を含むその口調に、なぜオレが非難されなければいけないのか、ほっといてくれという気持ちが湧くが口にはしない。
綾小路「悪かった、そうするようにしよう」
佐藤「ありがとう。...ごめんね、めんどくさかったでしょ」
綾小路「そんなことはない。それじゃぁな」
佐藤「うん、じゃぁ切るね」
そう言って通話は終わった。
オレを襲っていた頭痛は最高潮に達していた。
眩む視界の中でオレは無意識に、3日前のことを思い出していた。
---3日前---
綾小路「なぁ、どこへ連れて行く気だ」
その日の授業とホームルームが終わり寮へ帰ろうとする道すがら、オレはBクラスの一ノ瀬に呼び止められた。
ちょっと来てもらえる?という言葉に対し特段用事もないオレは断る理由もないのでホイホイついていってるわけだが一ノ瀬は目的地を言わない。
歩くうちにオレは一ノ瀬が目指す終着点を察する。この先は――――
綾小路「帰ってもいいか?」
一ノ瀬「だ、ダメだよ綾小路くん!用はすぐに終わるからっ」
珍しく一ノ瀬の顔に余裕がないのを見てオレはその用件とやらが大体わかった。
一ノ瀬「ごめんね無理言って。でも私も断れなくって...」
綾小路「事情は理解したつもりだが、オレにだって拒否権くらいあるはずだ」
一ノ瀬「うーん、困ったなぁ。ねぇ綾小路くん、私じゃどうにもできないの。お願いできないかな...?」
ただでさえ須藤の件のときの監視カメラのことや他にも要所で借りを作っている一ノ瀬に上目遣いで懇願されてはどうしようもなくなってしまう。
綾小路「はぁ......。まぁ、少しくらいなら付き合ってやるか」
そう言うと一ノ瀬はパァっと明るい顔になり、心なしか足取りも軽くなり、オレをあの部屋――――生徒会室へ案内した。
会長「一ノ瀬、ご苦労だった。下がれ」
一ノ瀬「は、はいっ」
あの一ノ瀬と言えどもこの男には頭が上がらないようであった。一ノ瀬は「ほんとごめんね、忙しいところ」と耳元でオレに囁くと外へと出ていった。
綾小路「...要件は何だ」
重々しい雰囲気を醸し出す生徒会室の奥に佇む3年生、それもこの学校で最も権力を持っている男の一人であろう元生徒会長、堀北学に対してオレは悪びれもせず溜息をついた。
会長「俺に呼ばれるのがそんなに嫌か」
綾小路「気味の悪いことを言うな。わざわざ一ノ瀬を使ってまで強引に連れてくるやり口が気に入らないだけだ」
会長「そうでもしないとお前は来ないだろうからな」
綾小路「それで、この部屋にはあと一人いるようだが」
会長「あぁ、いま橘がお茶を出す」
綾小路「不要だ」
会長「相変わらず無愛想な男だ。橘、席をはずせ」
橘「えぇっ!?わ、分かりました」
脇でいそいそとお茶を汲んでいた橘も一ノ瀬と同様に部屋から出ていかされるがせめてもの抵抗か直前にオレと会長に飲み物を置いていった。難儀なものだ。
これでこの部屋にはオレとこの目つきの鋭い男、堀北兄の二人しかいなくなった。
しばらくの沈黙。それを破ったのは向かいの男だった。
会長「...南雲が生徒会長になったことで少しずつだが着々と、この学校は変わってしまうだろう」
綾小路「それが話か。...同じことをしていては成長がない。喜ばしいことじゃないか。まぁ、そんなものに興味はないが」
体育祭のときに僅かながら感じたこの男と2年の南雲の間の火花。学年を超え、生徒会という組織に絡む争いは至極複雑なのだろうがオレが関わる余地がなければ関わろうとも思わない。
会長「だがお前とてこの学校の生徒だ。大枠の変化には無関係にいられない。特にDクラスのお前たちは確実に今より向かい風の環境になるだろう。南雲はそういう男だ」
綾小路「まさかオレに忠告しているのか?らしくもない。何が狙いだ」
会長「その通り、俺は忠告している。Dクラス全体にな。南雲はお前の予想を凌駕するだろう。下手をすると地獄を見るぞ。そうならないためには根底としてSシステムについての理解が要るわけだが・・・」
堀北兄が饒舌に話し出したところでオレは急な眠気に襲われた。意識を保とうと腕に嚙みついたが時すでに遅く瞼は深く閉じていく。
その向こう側に見たこともないような笑顔を称える堀北兄の姿を感じる。
やはり、来るべきではなかった。
会長「橘、入れ」
そういうと生徒会室の扉が再び開く。テクテク歩いてきた橘は床に倒れこむ綾小路の姿を覗きこむ。
橘「あらら、ほんとに眠っちゃってますね...」
会長「最新の睡眠薬とはいえこの男ほどの人間が簡単に眠らされるとはな」
橘「どうやって投与したんですか...?」
会長「フッ、お前もまだまだらしいな、橘。それより次だ。本命の薬を出せ」
橘「やっぱり教えてくれないんですね...。ハイ、こちらです」
橘が懐から取りだした試験管には無色透明の一見なんでもなさそうな液体が入っていた。
会長「まさかこんなに上手くいくとは思わなかったが、とにかくこれで実験が始められる」
橘「【綾小路ハーレム実験】ですか。会長。私はあなたがどこへ向かうのか理解が追いつきません」
会長「ならば去ればいいだろう」
橘「いいえっ!一生ついていきます!」
会長「それでこそ俺が見込んだ書記だ」
橘はこの従者っぷりだけであらゆる競争を生き残ってきた、その才能は本物だ。
橘「【元】、ですよ。会長。あっ、会長も【元】でしたね」
嫌味でなく素で間違えたらしく橘はえへへ、と情けなさそうに笑っていた。
会長「...。橘、そいつのスマホは現在進行形で録音中だ。処理方法は分かるな?」
橘「それくらいは安心して任せてくださいよ」
それぞれの携帯には当然それぞれのパスワードが設定され他人からは操作できない仕組みになっているが、この学校の生徒のスマホは所詮学校支給の端末であり任意のデータは学校側からアクセスすることは可能である。
元生徒会長権限で綾小路のスマホデータのバックアップを取ることくらい造作ではない。
録音前の状態のものに偽録音データを挿入したものとすり替えるという手法によってこの男の手に証拠を残さずに済む。
正確には、証拠がなかったら必ず違和感を抱かれるので偽の証拠をつかませられる。
起きるとオレは生徒会室にいた。
...記憶が、欠けている?目を覚ますと俺は生徒会室の天井を見上げていた。
綾小路「何をした」
起き上がると側で悠々とお茶を飲む男がいたので質問する。
会長「いきなり目の前で意識を失ったお前を介抱していた。もっとも、横にしておいただけだが」
一服盛られたのか?持ち物は取られていない。それにスマホを確認すれば何が起きていたか分かる。
会長「あぁ、スマホなら少々拝見させてもらった。何やら録音中だったようだが、そのままにしておいてあるから心配はしないでいい」
怪しすぎて逆に怪しくなくなってくるこの胡散臭さ。仮にこの男が何らかの計略を巡らせているならばオレに【違和感】を抱かれる結果はないのだろうが一応確認してみる。
会長『・・・下手をすると地獄を見るぞ。そうならないためには根底としてSシステムについての理解が要るわけだが、坂...」
ドサッ
会長『おい、綾小路。大丈夫か』
ユッサユッサ
会長『応答なし...呼吸はあるか』
ガサゴソ
それからは本当にオレを動かしているだろう物音程度しか録音されておらず、オレが倒れたという事実以外に怪しいところはなかった。
綾小路「オレは何で倒れたんだ?」
会長「それはこちらが知りたいことだ。持病でも抱えていたのかと懐やスマホケースにその類の診断書が入っていないか調べさせてもらったが、そうではなかったようだな」
なるほど、それでスマホを調べる口実を作ったわけか。
これ以上詮索してもこの男はボロを出さない。なら思惑が分かるまで少しの間、手のひらで踊ってやろう。
そう思ってオレは生徒会室を後にすることにした。
扉を開けると忠犬ハチ公の如く主人の帰りを延々待っていたのだろうかという橘が待ち構えていた。
橘「思ったより長居してたじゃない。お疲れさま」
綾小路「アンタらの思い通りにはならない」
部屋の内外、旧生徒会の3年2人が何を考えているのかはまだ分からないがそう宣言しておく。
橘「えぇ、きっとあなたの思い通りになる」
だが元生徒会書記は不敵に笑ってそう返すだけだった。
間隔空いて申し訳ないです。。
あぁ、思い出した。
オレにとって【頭痛】は欠落した記憶を掘り起こす適応規制のようなもの。
3日前の記憶がだんだん抜け落ちていこうとしていた。
その場では記憶が残っていたのでその必要はないと思っていたのだが、オレはしっかりとスマホのメモ帳に3日前の出来事を書き留めておいた。
いきなり記憶を奪うのではなく段階的に忘れさせる、そのような効能の薬も盛られたらしい。目的は...事件に関する自分の関連可能性をゆっくりとフェードアウトさせようとするため。
手口がセコいが仕込みは細かい。オレのような記憶に対する防御策がなかったら術中にハマっていたかもしれない。
逆にこのことを看破したことで、『堀北兄が。自分の仕業だと思われたくないことを仕掛けようとしていること』が浮かび上がってきた。
いよいよ何が起きるのか、少し楽しみになってきたじゃないか。
残り少ない学園生活の貴重な時間をこんな1年のDクラスの人間に費やすその動機を暴いてやろう。
やや長い一日が終わるというところで、オレは今日という日をぼんやりと振り返った。
昨日軽井沢に声を掛けて一日いろんな話をし、途中で一ノ瀬や佐藤と会ったりして夜にはその佐藤と電話して・・・。
ん?
オレは何の目的で軽井沢に声を掛けたんだ?
今日は特に予定はなかったはずだ。
なぜ予定のない週末をいつもと同じよう平穏無事に部屋の中で過ごさなかった?
なるほど、そういうことか。
どうやらオレは無意識にあの男に操作されているらしい。
明らかにオレの理念から逸れた行動を取らされている。
その結果に何が待ち受けているかは知らないが、こんなことをしていてはオレの目的にも支障が出かねない。
オレは明日にも元生徒会長に直談判することにし、忘れないようメモにもとって深い眠りについた。
――堀北学の自室――
会長「...記憶の仕組みに気が付いたか」
綾小路が今持っている端末のメモが更新された。つまり段階的に記憶を奪われていることに何とかして辿り着いたということ。
会長「だが、その端末にも記憶は残らない」
そういってこちら側から綾小路のメモを削除する。
あの端末自体こちらで用意したものだ。挙動の観測及びデータの改ざんなど容易くできる。
これで綾小路は明日目が覚めると再びあの日の記憶を失い、ハーレムへの道を否が応でも歩くことになる。
会長「ハッハッハッハ!!!」
順風満帆たる計画の進行に、高笑いせずにはいられなかった。
月曜日。
Dクラスの教室でオレが特にすることもなくボーっとしていると隣人が話しかけてきた。
堀北「ねぇ、噂は本当なの?」
綾小路「噂?何の話だ」
そういえば今日はやたらと視線を感じていた。
堀北「あなたが昨日軽井沢さんとデートしてたって噂よ」
綾小路「あぁ、それか。誤解だ。確かに二人で出かけたが軽井沢の相談に呼ばれただけだ」
堀北「相談...?二人きりの相談を頼まれるほどあなたたちの仲が良かったとは思えないけれど?」
綾小路「相談内容が平田には相談できないことだったからな。そして、平田とは一応のつながりがあって、尚且つ変な噂にもなりにくいだろうオレが抜擢されたというわけだ。納得したか?」
堀北「いいえ、あなたがそんな目立つようなことするなんてそうそう理解できないわ」
綾小路「本当にそれだけなんだがな」
堀北はとても不服そうにこちらを見ていたがこれ以上オレが何も言うつもりがないことを悟るとそれ以上何か聞いてくることはなかった。
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