渋谷凛「GANTZ?」 その3 (233)
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前スレ
凛「GANTZ?」
凛「GANTZ?」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1473171911/)
渋谷凛「GANTZ?」 その2
渋谷凛「GANTZ?」 その2 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1479649614/)
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1500661952
人一人が入るだろうカプセルが大量に並べられた部屋。
その部屋で一つのカプセルがプシュウという空気音を吐き出し開放され、液体に満たされた中から一人の少年が這い出してきた。
「がはッ!! ごほッ!!」
少年は口に満たされた液体を吐き出して息を大きく吸って辺りを見渡していた。
その顔は最初は困惑した感情が浮かんでいたが、すぐに落ち着きを取り戻してカプセルから出て部屋の中心にある機械を操作し始める。
「まッたく……信じられんな。この私を殺そうとするなど……」
機械を操作しながら少年は先ほどまでの記憶を思い出していた。
そう、少年はハインツのクローン体であり、ハインツが凛に殺された時点での記憶を保存されてこのクローン体に記憶の転写をされていたのだった。
ハインツ「システム停止の際、私に対する自動防衛プログラムも停止するが…………フッ、予想外もいいところだ。いや、今日はこれほどまでに私の予想を覆すことが起きてくれた。これは非常に喜ばしいことだな」
ハインツ「しかし……この私に明確な敵意を見せ、あろうことか私の命を一つ奪ッていッた……これは万死に値する行為だが、彼女は私にここ数年は味わッていなかッた高揚感というものを与えてくれた……」
ハインツ「……フッ、許そうではないか。処罰など如何様にもできる、彼女は今の所、私の課した試練を乗り越え、さらには私の精神を高ぶらせてくれるといッた功績を成している。素晴らしいことではないか」
あくまで余裕の表情でひとりごちていたハインツだったが、機械を操作していた指が止まり怪訝な表情を浮かべた。
それは機械のモニターに表示された文字。
『ハインツ・ベルンシュタイン……本ユーザーは全ての権限を停止されています』
ハインツ「…………?」
ハインツはモニターを見ながら眉をひそめながらそれを見ていた。
すると部屋の機械のモニターが切り替わり、非常に愉快に笑う西が立体映像で表示された。
西「よォ」
ハインツ「……西、丈一郎君かね?」
西「おォ、本当にテメー若返ッてンだな。誰かわかんねーだろ? ジジィの姿で生き返れよな」
ハインツ「……どういうことだ? 君に渡したマスターキーではこの部屋にアクセスする権限は無いはずだが……」
西「あァ? まだ気が付いてねーのか?」
ハインツ「どういうことかね?」
西「ハッハッハッ! テメー本当にカスだな! いいぜ、教えてやンよ!」
画像の西はハインツを心底馬鹿にした顔で、
西「システムの管理権限を俺が全部掌握したんだよ! ちなみにテメーにはもう何もできねー様にしてやッたからな、アクセスをしようとしても無駄だぜ?」
ハインツ「……何を馬鹿なことを」
西「バカはテメーだ。いつまで余裕ぶッこいてンだ? それとも現実が見えてねーのか?」
ハインツ「…………ユーザー認証、ハインツ・ベルンシュタイン。システムアクセス」
ハインツが音声入力によりシステムにアクセスをしようとするが、機械から音声が返ってくる。
『アクセスを許可できません』
ハインツ「!?」
その音声を聞いて少しずつ顔色が変わるハインツ。
西「無駄無駄。メインシステムの管理権限を書き換えたンだよ。もうどーすることもできねーぞ?」
ハインツ「馬鹿な……」
西「おォ? よーやく状況飲み込めて来たのか?」
ハインツは今起きていることを俄かに信じられないでいた。
自分以外の人間が、自分の作り出したシステムの管理権限を奪い取ったなどという事が。
ハインツ「できるわけがない……ましてや君のような子供があのプログラムを書き換えることなど……」
西「あァ? ナメてンのか? 俺はこの1ヶ月、誰よりもガンツのプログラムを解析してたンだ。特にこの1週間はアイツのおかげで寝る間も惜しんで解析しつづけた。ガンツのプログラムに関しては隅の隅まで熟知してンだよ」
ハインツ「ありえん……そんな事は……」
西「つーか、テメーとことん間抜けだよな? ガンツのプログラムもこのメインシステムのプログラムも殆ど同じじゃねーか。あんな場所に俺達を連れてきて、何? 乗ッ取ッてもらいたかッたのかよ?」
西はそう言うが、実際にはこうやって乗っ取れる可能性は限りなく0だった。
システムが起動している間はハインツに対する敵対行動などは全てシステムが自動的に排除し、メインシステムに近づくことすらも出来ない。
今回のようにイレギュラーが起こり、ハインツが管理権限を開放して、さらにはシステムが一時的に停止したからこそできたのであった。
それらの偶然の産物と、ハインツ自身の油断と慢心が、ハインツが全ての力を失ってしまう事態に繋がってしまった。
しかし、このような状況に陥ってもハインツは愉快そうに笑い始めた。
ハインツ「は、ハハハ! 素晴らしい! まさか私の力が奪われてしまうとは!」
西「……あン? テメー、何笑ッてンだ?」
ハインツ「笑うとも! ここまで想定外の事態などこの十数年起きなかッた! 実に久しぶりに感じているのだよ! 本当に楽しいというそういう感覚を!」
西「…………あー、そうかよ。テメー、マジで変なヤツなんだな」
ハインツ「実に楽しい! やはり人生というものは予想が付かない事態というものがある程度は必要だな!」
興奮気味のハインツに、ややげんなりした西が言った。
西「まァ、テメーの変人具合はどーでもいーけど……もーそろそろテメー死ぬぞ?」
ハインツ「む? 何を言ッているのかな? 私が死ぬ?」
西「おう」
ハインツ「ハハハハハ! これは面白い! 私は不老不死だと説明しただろう?」
西「あァ、聞いた。でも、俺、テメーのデーターを消去しちまったんだよな」
ハインツ「……データー?」
西「おう。生物情報の記録。テメーが不老不死の技術とか言ッてた記録データーを消しちまッたンだよ」
ハインツ「…………何?」
西「ついでに言うと、テメーが色んな場所に隠してたクローンは今全部生命維持装置を停止して全部ぶッ殺してやッたぞ」
ハインツがいる部屋のカプセルからけたたましいアラート音が発生して、全てのカプセルが開放されて中の液体が固まっていった。
それぞれのカプセルに取り付けられていたモニターに表示されていた心電図のようなものは全て停止していった。
それを見てハインツは茫然自失となり、すぐに我に帰り焦った声で、
ハインツ「な、何をしているのだ!?」
西「これでテメーのライフは残り1。テメーは次死んだらゲームオーバーだ」
ハインツ「き、君は何をしているのか分かッているのか!?」
西「おう。しッかりはッきり自分のしてる事を理解してンぜ?」
ハインツ「ならば早く元に戻すのだ!! クローン自体はすぐに作ることが出来る!! 君が私のデーターを消したというのならば早く再登録を……」
西「え? やだし」
ハインツ「!?」
西「つーか時間切れ。こえー女がやッて来たぞ」
キィン! キィン!!
部屋全体に金属音が2回鳴り響いた。
その音源は部屋に存在する一つの扉から発せられた。
ハインツは音のした扉を見ると、扉に違和感があった。
扉に線が十時に入っている。
すぐにその違和感が何であったのかがハインツは理解した。
扉がゆっくりと4分割になり崩れ、扉の向こうにガンツソードを持った凛がいたからだ。
凛「……」
ハインツ「し、渋谷、凛君……」
西「おう、渋谷ー。こいつがあのカスジジィだぞ。他のクローンは俺が全部処分しといたからこいつをぶッ殺せばOKだ」
凛「……」
凛がガンツソードを伸ばして一歩踏み出した。
それを見てハインツは一歩後ずさる。
すでにハインツの顔からは余裕は消えうせ、近づいてくる凛から発せられる異様な雰囲気に呑まれていた。
凛が発するのは純粋な殺気。
その殺気に中てられてハインツはある一つの感情を感じていた。
不老不死の技術を作り出し、自分の思い通りにならないことなど無くなった時点で消えうせた感情。
ハインツは目の前の凛に恐怖していた。
同時、ハインツは凛に背を向け逃走を開始した。
凛「……」
ハインツが向かう先は凛が入ってきた入り口とは別の扉。
わき目も振らず全力でその扉まで走り、勢い余って扉に到達する寸前で転びその勢いで扉に背中をうちつけ、ハインツは今まで自身の頭が存在していた場所に一本の黒い物体が存在していることに気が付いた。
それは凛の手に握られたガンツソードの刀身。
伸ばされたガンツソードはハインツを傷つけることなく扉に突き刺さっていた。
刀身が突き刺さっていたのもつかの間、凛は伸ばしていたガンツソードを縮め、柄を両手で持ち、ハインツに狙いを定めて再度伸ばそうと構えを取った。
それを目の当たりにしたハインツは、
ハインツ「ヒッ、ヒァァァァアアアアアア!?」
叫びをあげ開いた扉の先を駆け抜けていった。
それを見た凛は眉間に皺を寄せて舌打ちをしてハインツが逃げた先に足を進め始めた。
凛「………………ちっ」
西「おいおい、逃げられてんじゃねーか。何やッてんだよ?」
凛「…………すぐに始末するから黙ってて」
西「おー、こえー。あのジジィも気の毒になー」
凛「……」
凛は西の軽口を無視して足を速めてハインツを追う。
それに伴って西も立体映像の姿のまま凛の後に続いて歩き出した。
ハインツは走っていた。
ハインツ「ハァッ! ハァッ!!」
ハインツの今の肉体は若い少年の肉体、その走る速度もかなり速いものでハインツは白い通路を駆け抜けてとある部屋の扉の前にたどり着いていた。
その扉を開くと、その先には数ブロックに分かれた研究区画が存在し、大勢の人間が様々な研究を行なっていた。
そのどれもが人体実験。
ある場所では白衣の研究者が生きている人間を意識のある状態で解剖している。
またある場所では、人間と見たことの無い怪物、何らかの星人を外科手術により物理的に融合させられており、その融合体のデーターがとられていた。
またある場所では透明な部屋の中で少女が化け物によって犯されていた、研究員たちはその様子を見てデーターを取りつつ、データーが確認でき次第、化け物も少女も研究員が押した何かのスイッチによって爆散していた。
他のあらゆる場所でも非常に非人道的な研究が繰り広げられており、常人が見たらその場で嘔吐し続けるようなグロテスクな光景が広がっていたが、そこにいる研究員たちはそれが日常とでも言わんばかりの何食わない顔で実験を続けていた。
そんな研究員たちの中、ハインツに気が付いた研究員たちがいた。
「ハインツ様ではないですか。そのお姿は……クローン体への移動はまだ先ではなかッたのでしょうか?」
ハインツ「ハァッ!! ハァッ!!」
「ハインツ様? 一体どうなされましたか?」
息も絶え絶えで言葉も出てこないハインツに疑問を抱く研究員たち。
この場にいる研究員たちは皆ハインツのこのクローン体のことを知っていた。
それほどまで情報を知る権利を与えられた優秀な人間たち。
彼らはハインツの浮かべる恐怖の表情と、ハインツが自分達の知らないところでクローン体に転生しているという事から、何か異常事態が発生していることに瞬時に気が付く。
「……緊急事態ということでしょうか?」
ハインツ「そッ、そうだッ!!」
「畏まりました……おい! お前達! そのようなゴミは捨て置け! 緊急事態が発生した、各部署に伝え警備班を呼べ!」
「了解しました。おいッ、そのゴミを捨てて急ぐぞッ!」
「はッ!」
ハインツに一番最初に声をかけた研究員はこの中でも一番地位が高い研究員だったのか他の研究員たちに指示をし行動を取り始めた。
研究員たちは指示に従い、ゴミと呼ばれた何かを投げ捨てる。
その何かは人の死体であった。
頭部を開放されてその内部にあった脳を抜き取られて死亡した死体。
その死体が二つ。
生前の可愛らしい顔が見る影も無く無残で苦しみぬいた表情をした……卯月と未央の死体。
先ほど脳の摘出が終わった卯月と未央の死体を処理する為に運んでいた研究員たちは、その二つの死体をあろうことかゴミと言い、死体を投げ捨て、さらに研究員は死体を踏みつけて行動を開始しようとした。
そこで気が付いた。
ハインツが入ってきた扉に白いワンピースを着た黒髪の美しい少女が立っていることを。
卯月と未央の死体を足蹴にしたまま研究員たちはその少女、凛を見続ける。
一体あの少女は何者? 実験体が逃げ出した? それともまさかこの緊急事態は……。
その思考にたどり着く前に、卯月と未央の死体を踏みつけていた研究員は、額をガンツソードの切っ先に貫かれて思考を分断され死んだ。
瞬時に貫かれた研究員二名はその場で崩れ落ちて卯月と未央の死体に覆いかぶさった。
その研究員の死体を頭を下げたまま近づいた凛は全力で蹴り飛ばし卯月と未央の死体を優しく抱き起こす。
凛「…………うづ…………みお…………やだ…………なん…………こんな…………」
凛は二人の死体を抱きしめながら嗚咽を上げ始める。
凛「…………ひどい…………ひどすぎるよ…………こんなこと…………」
身体を振るわせながら、その頬に涙が伝い続ける。
凛「…………怖かったよね…………苦しかったよね…………」
凛が卯月と未央の身体を見て、二人が想像を絶するほどの苦しみを与えられたという事を知ってしまった。
二人の身体は傷のないところを探すほうが難しいほどの状態だったからだ。
凛「…………あんまりだよ…………こんなことってないよ…………二人が何をしたっていうの…………」
凛が二人の死体を抱きしめながら涙を流し全身を震わせていると、乾いた発砲音が凛の耳に届いた。
その音を生み出したのは、先ほど他の研究員に指示をしていた研究員。
彼は懐から拳銃を取り出し凛に発砲した。
研究員はすでに凛がこの異常事態を引き起こした人間だという事に気付いていた。
それゆえに、凛を殺そうと発砲した。
しかし、研究員が発砲した弾丸は、凛が抱きしめていた未央の半分残っていた顔面に吸い込まれて凛に届くことは無かった。
それを凛は見ていた。
未央の顔に弾丸が吸い込まれて、苦しみぬいた表情の未央が、弾丸を打ち込まれたことによりさらに正視に耐えないほどの悲惨な表情へと変化したことにより、凛の中で何かがはじけ飛んだ。
「外したか……次は外さな…………」
銃を構えた研究員が再度構えた時、研究員は金縛りにあったかのような感覚に襲われ動けなくなってしまった。
目の前の凛に見られている。
限界まで目を見開いて自分を凝視する凛。
その凛の瞳の奥から溢れ出す殺意と怨嗟の重圧に研究員は飲み込まれ硬直する。
凛は幾度の殺し合いを経てすでにその身体能力や精神面は常人のそれを逸脱していた。
そして、凛が放つ殺気というものも通常のそれとは違い、圧倒的な圧力を帯びており、常人であればその場で意識を失ってしまうほどの殺気であった。
その殺気に当てられいまだかつて無いほどの危険が自身に迫っていると感じた研究員は、凛を正面に見据えたまま直立不動の状態となり動かなくなる。
動かずに硬直することが自分の寿命が1秒でも長らえると判断してしまったから。
そうして研究員は金縛りにあったまま凛を見続けた。
近づいてくる凛に発砲することも出来ずに見続けた。
そして、自分の腹部に小さく伸ばされたガンツソードが刺し込まれても動けなかった。
凛「何、やってんの?」
凛は無防備な研究員の腹部を刺して問いかけた。
研究員は何も答えない。
凛「アンタは今何をやったのって聞いてるの」
再び凛は研究員の腹部を刺して問いかける。
それでも研究員は恐怖の表情を浮かべたまま何も答えない。
凛「アンタ、今未央を撃ったよね」
凛は研究員を指し続け、その返り血を浴びて全身が赤く染まっていった。
それでも研究員は何も答えずに動かない。
凛「ふざけてんの? ふざけてるよね? ふざけないでよね」
研究員は直立不動のまま凛にされるがままになっていた。
こんな状況になっているにも関わらず、少しでも生きながらえる道がただ立ち続ける行為だと自身の肉体が、脳が判断して立ち尽くしていた。
凛「聞いてるの? 黙ってないで答えてよ。アンタは今何をやったのか。何をやってしまったのか答えてよ。答えてくれたら殺してあげるからさ。ねえ、答えてよ、早く、答えて、答えて、答えて、答えて、答えて、答えて、答えて、答えて、答えて、答えて」
凛が答えてと問いかけながら研究員を滅多刺しにして、数十回凛が問いかけたところで研究員は直立不動のまま死亡した。
凛は研究員が死んだことに気が付くと、何も答えずに死んだ研究員を忌々しげに見て、研究員の手から拳銃をもぎ取ると研究員の顔に弾丸を撃ち込んで、崩れ落ちる研究員に見向きもせずに拳銃を投げ捨てた。
凛は再び卯月と未央の死体がある場所に戻り、
凛「未央……卯月……ゴメン、ちょっとだけ待ってて……」
二人の苦痛に歪んだ顔をそっと手で触れてその表情を整える。
凛「二人をこんな目に会わせたヤツ等を、全員殺してくるから」
凛によって整えられた二人の表情は少しだけ悲しそうな表情になっていた。
凛「それから二人共再生してあげるからね……ちょっとだけ待っててね……」
二人の死体をそっと床に横たわらせて凛は研究区画を見渡して立ち上がる。
凛「西、二人を見てて。二人にもう誰も近寄らせないで」
西「お、おう。い、いや俺も行く」
凛「……」
西「こ、こいつらは俺の本体がいる場所に転送しておく。だ、だから俺も一緒に行かせてくれ」
凛「……いいよ」
西が卯月と未央の死体を転送するまで見届けた凛は、一緒に来ると言う西と共に行動を開始する。
ハインツ「ハァッ、ヒィッ、ハァァッ」
ハインツは芋虫のように這い蹲って逃げていた。
ハインツ「ヒィッ、ヒィィッ……」
その顔には余裕というものは一切無く、ただただこの場から離れるという事だけが頭をしめていた。
そのハインツの足に激痛が走った。
ハインツ「ッグアァァァァァ!?」
反射的に足を見ると、足にはガンツソードが深々と刺さっていた。
そして、そのガンツソードと共に目に入ったのは、
白いワンピースを返り血で真っ赤に染め上げた無表情の凛の姿。
ハインツ「ヒッ、ヒァァァァァァァアアアア!?」
凛「何逃げようとしてるの?」
ハインツ「H.H.H…Hör auf…Hilf mir!!」
凛「何言ってんの? はっきり日本語で喋って」
ハインツ「た、た、たたすけ、こ、ころころさないないないないで……」
凛「はっきり喋れって言ったよね」
凛はハインツのもう片方の足にもガンツソードを突き刺しハインツの両足は床に固定されてしまった・
ハインツ「ギャアアアアアアアアァァァァァァ!!」
凛「うるさい」
凛はハインツに近づくと、髪を鷲づかみにしてハインツの顔を覗き込み、
凛「ねぇ、未央と卯月をあんな目にあわせた奴等はどこ? まだいるんでしょ?」
ハインツ「ァァァァァァアアアアアアアッ!」
凛「それ以上耳障りな叫びをあげたら殺す」
ハインツ「ヒゥッ」
凛「さっきの質問に答えて。答えなかったら殺すから」
ハインツは心底脅えた声色で凛の質問に答えていった。
ハインツが言うには卯月と未央の実験に携わったのは残り3名。
全てこの区画にいる研究員だという。
それを確認した凛は、ガンツソードを1本転送しハインツの前に立ちガンツソードを構えた。
ハインツ「や、やめやめやめれれれれ」
凛「死ね」
ハインツは凛によって身体を一刀両断されて死んだ。
その様子を黙ってみていた西は、
西「も、もう少し生かしておいてもよかッたんじゃねーのか?」
凛「何故?」
西「い、いや、お前そいつに滅茶苦茶ムカついてるみてーだし、もッと苦しませて殺す方法とか考えてよ……」
西がそう言うと、凛は振り向いて西を見ると、
凛「…………あぁ、ああ、そうだよね、そうじゃない」
まさに天啓を受けたような表情でブツブツと呟きだした。
凛「何でさぁ……私はさぁ……このクズに未央と卯月が与えられた苦しみの数十分の数百分の数千分の1でも味あわせてから殺さなかったの?」
凛はハインツの死体に近づいてその死体を蹴り始める。
凛「二人共、あんなにっ、酷い目にあってっっ、殺されたっていうのにっっっ!!」
何度も何度も死体を蹴り飛ばし、それだけでは足りないのかガンツソードで死体を刺しはじめ、
凛「何勝手に死んでんの!? もっと苦しんで死なないとおかしいでしょ!? 私の許可無く死ぬなんて何なの!? ねぇ、聞いてんの!?」
理不尽な罵声をハインツの死体に浴びせ続け、その死体がグチャグチャになって原型がなくなったところでようやく凛は止まった。
凛「……あぁ、もう、頭がおかしくなりそう……」
西「は、ははッ、い、いいじゃン、お前、やッぱ本性隠さねーほうがいいッて!」
凛「……」
凛は西に言葉を返さずに頭を押えながらふらふらと歩き始めた。
西「お、おいッ、どこ行くんだよ!?」
凛「……まだ殺さないといけないクズがいる」
西「! いいねェ!! らしくなッて来たじゃねーか! ドンドンいこーぜ!」
凛「……さっきあのクズが言った名前のクズがどこにいるか分かる?」
西「おう、すぐ調べる……見つけた、あの先の実験区画に全員いるみてーだぜ!」
凛「……ありがと」
西「おぉッ!」
凛は暗い視線を西が指差す実験区画の扉に向けて歩みを進める。
共に歩く西は、凛を見続けて年相応の少年のように輝く視線を凛に向け続けていた。
「次の実験を開始する。準備を始めてくれ」
一つの区画でとある実験が始まろうとしていた。
この区画の研究は、人間の未知なる力を研究する区画。
超人的な身体能力や様々な特殊能力、そういった力を非人道的なやり方で研究が行なわれていたのだった。
そして、今回行なわれようとしている実験の被験者は、
すでに頭部を開放されて虚ろな表情をしている坂田と、
肉体というものが無く、首だけになっているが、その首がホルマリン漬けのように液体に浸されている桜井の姿。
二人共生きているとは思えないような姿だったが、二人に取り付けられた脳波を測定する機械が二人がまだ生きていることを示していた。
そうして、何らかの実験が始まる寸前、実験区画の扉が開き血に濡れた少女と非常に愉快に笑う少年が現れた。
実験区画にいる十数人の研究員たちは一斉に同じ方向に顔を向けた。
同時に全員が疑問を浮かべる。
「何だ?」
「誰だあれは?」
「いや、まて……見たことがあるぞ」
「あれは確か……あびゃッ!?」
「え?」
血濡れの少女、凛が実験区画を見て、その被験者になっている二人を悲痛な面持ちで見た後、一番近くにいた研究員の頭部を輪切りにして殺害した。
それを呆然と見る他の研究員たち。
「え? え? な、何が起きたんだ?」
「お、おい、おま……がぽッ!?」
「う、あ、嘘だろ…………げはッ!!」
凛はガンツソードを巧みに操り、区画内にいる研究員たちを次々と殺し始めた。
当初、全員何が起きているかも理解できていなかった研究員たちだったが、やがて現状を理解したのかパニックになって逃げ惑い始めた。
「うッ、うわぁぁぁぁぁぁ、に、逃げッ、ごぽッ!?」
「た、助けてく…………うげッ」
凛は逃げようと背を向けた研究員たちの後頭部をガンツソードで突き、ものの数分で実験区画にいた研究員を全て殺しつくしてしまった。
西「おー、あッという間に全員ぶッ殺したなァ……でもいいの? またお前サクッと一瞬で殺しちゃッたけどさ?」
凛「……」
凛は西の問いかけに答えずに、血の海と化した実験区画を進み、実験の対象となっていた坂田と桜井の元にたどり着き、その悲惨な姿を見て唇を噛み締める
凛「……何?……何なの?……こんなこと……狂ってるよ……どうしてこんなことをできるの……」
西「……あぁ、こりゃひでーな。コイツら全員レベルの高けー変態共だわ。ッて、この二人はガンツの部屋にいた二人じゃン」
凛と西が坂田と桜井を見ていると、坂田の口がかすかに動いた。
凛「っ!?」
西「お?」
桜井の目も薄っすらと開いて、坂田と同じように口をかすかに動かす。
口の動かし方で、凛と西は二人共同じ言葉を発したことに気がつく。
その言葉は、
『殺してくれ』
だった。
凛「………………」
西「ま、こんな状態になッちまッたらそりゃそーだわな……」
凛は目を閉じてしばらく考え込み、
凛「……西、苦しまないように死なせてあげる事はできない?」
西「これ以上苦しむことなんてねーんじゃねーの? 殺すならさッさと殺してやッたほうがいいんじゃね?」
凛「……」
凛は頭をたれて坂田と桜井の顔を見ないようにガンツソードを伸ばし始め、
二人同時にその額にガンツソードを突き入れて殺した。
同時に、凛は持っていたガンツソードを手放してその場に崩れ落ち、頭を抱えて蹲った。
凛「……うぅぅ……」
西「お、おい?」
凛「……何なの? これは一体何なの?」
西「どーしたんだ、おい?」
明らかに様子のおかしい凛に西は問いかけるが、凛は蹲ったまま顔を上げずその表情を読み取ることが出来ない。
凛「……信じられない……こんなことを平気で……何を考えてこんな事を……」
西「どーしたんだよ、おいッ!」
西が凛にひと際強く問いかけると、凛はその顔を上げて西に向ける。
凛「……西。教えて……このクズ共はどうしてこんな事を平気でできるの……何を考えてこんな酷いことをやっているの……」
西「い、いや、それを俺に聞くなよ」
凛「……そっか」
西「……あぁ、そンなら聞いて見るか?」
凛「……え?」
西「ほら、あッちにも同じよーな実験区画あるみてーだし、あッちにも同じことやッてるヤツいるだろ、たぶん」
凛「……こんな事がまだ行なわれてるっていうの?」
西「多分そうじゃねーか?」
凛「……」
それから凛は西の指し示す扉に進み、実験区画を歩き始め、その研究内容を目にしていった。
およそ人間が出来る非道の限りを尽くしたかのような研究内容。
そこには凛が今までに見てきた人間の綺麗な部分は何も存在しなかった。
ただただ残虐な方法で殺される人間にそれを研究する研究員たち。
何故こんな事をしているのかと聞く前に凛の頭は真っ白に染まり、再び全ての研究員を皆殺しにしてしまい、また別の区画に移動していった。
卯月と未央に実験を行なっていた研究員は全て殺した凛だったが、凛はすでに止まらなかった。
一つの区画で悪魔的な研究を目の当たりにするたびに凛の瞳は濁り、凛の身体は返り血で赤く染まって行く。
研究員たちは異常事態を理解し、近づいてくる凛を殺そうと応戦したが無駄だった。
研究区画であり強力な武装を使う事は緊急事態のみと限定されているこの区画、そしてその強力な武器は西の手によって使用不能状態にされ、重火器で凛と戦うことを余儀なくされた研究員たち。
凛は発砲される銃弾を悉くガンツソードの腹で弾き、最小限の身のこなしで避けていった。
全てはぬらりひょんとの戦いによってもたらされた死に際の超感覚のおかげであり、今の凛にとって銃弾は止まって見えるものでしかなかった。
そうやって銃撃を受けることも無く一人ずつ殺害していく凛はやがて研究員から悪魔のように見え、最終的には誰一人抵抗することもせずただ逃げまどうのみの状態になっていた。
そうして、逃げた先は西によって閉ざされ開くことの無い扉。
研究員たちは凛に命乞いをするが、凛は耳も貸さずに殺し続け、
実験区画に存在した100人近い研究員は全員凛の手によって殺しつくされ、実験区画は血の海と化し、
その返り血を浴び続けた凛の姿は血をすいすぎてどす黒くなったワンピースを身に纏い、血に濡れてベタベタに固まってボサボサになった髪が顔を覆いつくし、その姿は化け物といわれてもおかしくないほど恐ろしいものになっていた。
凛「西」
西「お、おう。どうした?」
流石の西も今の凛の姿に若干引いていた。
凛はそんな事も知る由も無く、西に近づいて、
凛「まだ他にこんな事をしている場所はあるの?」
西「え? あ、ああ、ちょッと待てよ」
凛「うん」
西が光のキーボードを展開して操作し調べ始めると、
西「……あぁー、何個かあるな。実験じゃねーけど、人間を使ッて変なことしてッ所は何個かあるぞ」
凛「どこ?」
西「ここが……人間牧場? 何か女を調教して性処理の道具にして出荷してるみてーだな。ンでこッちが……人間市場?……生きてる人間の臓器を取り出して商品にしてるみてーだ。……ッておい!?」
凛は西が見せた画像を見てすぐに動き始めた。
西の映し出したモニターには、年端もいかないような少女が何人もの醜悪な中年の男達に犯されていたり、生きたまま内臓を取り出されている子供たちの姿が映し出されていた。
凛はその全てを破壊していった。
人間の醜悪を全て体現したかのような光景を次々に破壊し、それに関わる全ての人間を殺しつくし、
凛「西、次は?」
西「さッきのとこが最後だ、もうねーよ」
凛「そう」
西「つーかお前あんだけ殺してもまだ足りねーの? 本性ぶちまけた後はトコトンだよなお前」
凛「殺さないといけないクズがいる、だから殺したし殺してる。それだけ」
西「ははッ、つーかお前今日一日でドンだけ人殺したんだよ? もしかすると個人で人を殺した数1位とかじゃねーの?」
凛「………………なかった」
西「ん?」
凛「私が殺したのは人じゃなかった。あれは人の姿をした悪魔たち」
西「く……くッくッくッ……おもしれー事いうなお前」
凛「……」
西がくつくつと笑いながら、何かを思い出したかのように凛に言った。
西「おお、そーだ。お前が言う悪魔ッてよー、こいつらも該当するんじゃねーの?」
凛「……」
西が凛に見せるのは名簿。
ずらりと並んだ名簿には名前と顔写真、そしてその人間が今まで行なってきた悪事が事細かく記されていた。
凛「……これは?」
西「世界各国の権力者たちがやらかしてきた悪事ッてやつだ。どいつもこいつも愉快な悪事をやッてのし上がッて来た奴等だぜ」
凛「……」
凛がそのリストを見始め、しばらくリストを見続けていた。
数十分見続けて、凛は最後の一人まで見終わると、
凛「……この世界はこんなクズ共によって作られていたの?」
西「そうだ、このクソみてーな世界は一部の権力者たちが自分達の都合のいいように作ッてンだよ」
凛「……」
西「どーよ? こいつ等もぶッ殺してこんなクソみてーな世界を一緒に壊しちまおうぜ? 俺とお前ならぜッてーできる!」
西は凛に手をさし伸ばしながら語り続ける。
西「そンで俺達で支配するんだ! 旧世界をぶッ壊して新世界を作り出して俺達が支配するンだよ!!」
凛「……新しい世界……か」
西「そーだ! こんな世界お前も嫌気がさしてンだろ!?」
凛「……そう、だね。みんなが死んじゃうようなこんな腐った世界はいらない……」
凛の言葉に西ははじけるような笑顔になり、凛の肩に手を回す。
西「そーだろ! お前もそー思うだろ!!」
凛「……うん」
西「よし! よしよしよしよし!!」
西は凛の肩を叩きながらよほど嬉しいのか笑顔を絶やさずに笑い続ける。
西「ンなら、こいつ等の処理は俺にやらせてくれよ! お前ばッかにやらせてちゃーよ、世界を支配する人間として面子がたたねーからな!」
凛「……いいよ」
西「おう! あぁ、そーだ、お前のツレの再生だけどよ、すぐに……「今はいい」 あン?」
凛「……みんなの再生は後。こんな腐った世界にみんなを呼び戻したくない」
西「いーのか?」
凛「……新しい世界を作るんでしょ? みんなが笑って生きていけるような新しい世界を」
西「はッ! ハハハッ! そーだな! 俺達が笑ッて生きていけるよーな最高の世界を作りあげようじゃねーか!! ハーハッハッハッハ!!」
西は高笑いをし続ける。
自分と凛が作り上げる最高の未来を思い描きながら。
そして凛は、闇よりも深い色に染まった眼をゆっくりと閉じた。
かなりの広さを誇るホール。
壇上の舞台に黒い球が鎮座していた。
それを見る視線は一つや二つではない。
数百の視線が壇上の黒い球に注がれ、その視線の持ち主たちは皆困惑しきっていた。
「これは……ああ、あのゲームか。本日開催されるとは聞いていなかッたぞ」
「賭け金が用意できていないのだが、主催者は何を考えているのだ!?」
「飲み物を寄こして! どうしたの? 早くなさい!」
少しずつ場に混乱の渦が巻き起こり始める。
この場にいる100名近くの人間たち。
その内の大半が、壇上に存在する黒い球のことを知っていた。
マイエルバッハという会社が主催する本物の殺し合い。
その殺し合いにおける賭けを行なっている主催者側の人間や、賭けを行なう会員達だったからだ。
しかし、彼らは少しの疑問が頭にあった。
何故自分達は、いつの間にこの場所に来ていたのか、と。
通常ならばゲームの日時は事前に連絡があり、その日までに様々な準備や掛け金を用意する。
それが通常なのに、今回はいきなり呼出されていた。
それが彼らの混乱を巻き起こす要因だった。
その混乱が大きくなり始めた頃、ホール内に響き渡る美しい歌声が全員の耳に届いた。
「あ~た~らし~い~あさがきた~」
「き~ぼ~おのあ~さ~が~」
言語は日本語。
会場にいる日本人はラジオ体操? と疑問を浮かべてその歌声が聞える場所に視線を向ける。
そこには、いつの間にか壇上の黒い球の傍に黒いスーツを着た少女と少年が立っていた。
その黒いスーツの少女は傍らの少年に持っていたマイクを渡すと、
「……これでいいの?」
「おー、バッチリだ。お前結構歌うまいのな」
マイクを受け取った少年は上機嫌な表情で少女を茶化していた。
それもつかの間、すぐに少年はマイクを口に近づけて言葉を発した。
「よォ、テメー等の命は俺達が預かった」
「テメー等には今から楽しいゲームをやッてもらうから喜べよ」
「宇宙人との殺し合いッつー、それは楽しいゲームをなァ!」
少年、西の言葉にホール内で西の言葉を理解できるものはざわめき始め、その様子を少女、凛は冷たく暗い視線で会場内の人間を見渡した。
こうしてガンツにおける最後のミッションが西の手によって行なわれることとなった。
今日はこのへんで。
西がゲームを始めると告げてすぐ、一人の男が壇上に駆け上がる。
その男は日本人の中年男であるが、一目で高級なスーツと分かる服を着こなしており、どこかの社長や政治家といわれてもおかしくない見た目をしていた。
しかし、男の発する雰囲気がその全てを消し去っていた。
男はかなりの興奮状態にあり、その視線は壇上の凛に向けられていた。
西「おい、オッサン、俺の話まだ終わッてねーんだけど」
男は西のことなど眼中に入っていないのか凛に向かって歩みを進めていく。
「おぉ……間違いない……オリジナルの凛ではないか……」
西「おーい、オッサン、無視すンなよ」
「あれほどまで捜し求めて捕まらなかった君がこうして私の目の前に来てくれるとは……私はとても嬉しいぞ……」
西「……おい渋谷。この気持悪いオッサン、お前の知り合いか?」
凛「……知らないよ」
男は凛に近づくにつれその息を荒くし、凛の目の前にたどり着いたと同時に、凛を両腕で抱きしめようとした。
凛はその腕に捕まるより早く跳躍し、西の背後に降り立ち氷のような視線を男に向ける。
「……何故逃げるのだ?」
凛「……」
西「いやいや、いきなり見知らぬオッサンが抱きついてきたら誰だッて逃げるだろ……」
男は凛が西の後ろに逃げたことによって、今まで凛にのみ向けていた視線を西に向けて男は激昂し始める。
「貴様……さては貴様が、オリジナルの凛を攫い、今の今まで凛をどこかに監禁していたのだな!?」
西「はァ?」
「そうとしか思えん!! 私が凛を手に入れる為にあれほどまでに私財や権力を使ッたというのに、凛は一向に捕まらずその姿さえも見つけることはできなかった、警察やマスコミを動かし磐石の体勢を取ッたにも関わらずだ!」
西「えぇッと……」
凛「……」
「貴様が! 前回の賭けが終わッた直後に! 凛をどこかに監禁していたのだろう! なんというガキだ、信じられん!」
西は頭に手をやり米神に指を当てて少し考えるポーズをとって、何かに合点がいったのか男に問いかけ始めた。
西「あのさ、もしかして、オッサンは渋谷を全国指名手配にした張本人?」
「そうだ!」
凛「……」
西「えぇーッと…………なンでそんなことしたン?」
「決まッている! 凛を私のモノにする為だ!」
凛「…………」
西「あのォ……意味分かンねーンですけど、詳しく教えて貰えませンかねー……」
「理解も出来んのか、これだから教養のないガキは……」
西「あァ、そーッすね。俺、バカなんでオッサンの言ッてる言葉が何一つ理解できないンスよ。詳しく教えて下さりやがッて頂ければ、スゲー助かるンですけどー」
西は何故か男の話を詳しく聞こうとする。
その理由は、凛の男を見る視線が、ハインツや研究員たちを皆殺しに来た時と同じになっているから。
男がもう少し凛を怒らせるような何かを言えばその時点で凛はこの男を容赦なく殺すであろう。
それを見せしめにして他の人間たちに今の自分達の置かれている立場を分からせてやろうと考えていたのだった。
その西の思惑通りに、男は口を開く。
自らの命が後僅かで消えてしまうことも知らずに。
「……いいだろう。オリジナルの凛もここにいることだし話してやろう」
西「おー、ペラペラ喋ッてくれよー」
男は恍惚とした表情で凛を見つめながら語りだす。
「私はずッと他人などただの駒にしか思えず、女などは道具以下の存在にしか見ていなかッた」
「そんな私にとッて恋や愛などただの言葉でしかなく、下らなく無価値なものだと考えていた……そう、凛と出会うまでは!」
西「ほうほう」
「私と凛の出会いはマイエルバッハの主催する賭けというものを視察する為に足を運んだ時だッた」
「私にとッて、要人との顔通しに過ぎないはずのそれは私の価値観を一変させた」
西「ほーん」
「異様な盛り上がりを見せる会場のモニターを見上げると、そこには凛の姿が映し出されていた。最初はこんな少女が殺し合いなどできるのか? ああ、この少女は殺されるだけの存在かとタカを括ッていた」
「しかし凛は自身の持つあらゆる手段を使い異星人をたッた一人で全滅させていた。四肢をもぎ取られようが、生きているとは思えないような状態になッても最後までその戦意を失わず……そしてミッションが終わるその瞬間に、少女とは思えないような妖艶な表情を見せたのだ」
「その表情を見た時、私は雷に撃たれたような衝撃を受けた。今思えば完全な一目惚れだッたのだろう」
西「あー、そーなンッスねー」
西はもっとこの男が頭のおかしな発言をすると考えていたのに、語られるのは単なる恋話で興味をなくし始めていた。
だが、状況が一変した。
「私はすぐに凛のクローンを購入したよ」
西「おッ?」
凛「……」
「マイエルバッハはミッションの人間達のクローンを販売していてな、その中でも彼女のクローンは非常に人気で、かなりの値はしたが何の後悔もなかッた」
西「ほー、そンで、そのクローンをどーしたワケ?」
「決まッている、三日三晩抱き続けた」
男の言葉を聞いた瞬間、笑っていた西はピシリと固まりその表情を機嫌の悪いものへと変化させた。
西「……」
凛「……」
「年甲斐にも無く盛ッてしまッたよ。まるで青年時代の肉体に戻ッたかのような感覚だッた。それほどまでに素晴らしかッたのだよ、凛の肢体は」
「しかし、クローンは生きている人形でしかなくてな、何度抱いても反応することはない凛に私は不満を抱いた……するとマイエルバッハは凛のコピーを作り出すことができると私に情報を提供したのだよ」
西「……そンで?」
凛「……」
「買ッた。何も悩む事も無く即買ッた。そして、生きて反応する凛に私は涙してしまい…………欲望の赴くままに犯してしまッたよ!!」
西「…………」
凛「…………」
「何度も何度も犯して私と凛は相思相愛となッた……様に見えたのだ。だが、凛は私の目を盗んで逃げようとしたのだ。……すぐ捕まえてなぜ逃げようとしたのかを聞いたよ。何度も何度も聞いて……その過程でコピーの凛は私の事を愛していないという事も知ッてしまい……悲しさのあまりコピーの凛をついつい殺してしまッた」
「非常に悲しかッた……しかし、その一件で、私はオリジナルの凛をどうしても手に入れたいと考えたのだ」
すでに西と凛の男を見る目は冷え切っていた、
西も男が行なった行為に何故か心の底から煮えたぎる感情を感じており、爆発寸前であった。
「地位も何もかも捨てても良いと思ッた。どんな無茶をしてもオリジナルの凛を手に入れ、私の想いを伝え、受け入れてほしかッた……だから私は凛を捕まえる為に私が持てる全てを投げ打ッて行動に出たのだ」
男はそう言い、凛に近づいていく。
「凛、君には分かるだろう? 私のこの想いが」
凛は下を向いて動かない。
「私は君さえいれば他の何もいらない。君だけが私を満たしてくれるのだ」
男が凛に触れようと手を伸ばす。
「さぁ、凛。私を受け入れておくれ……愛し合おうじゃあないか……」
その男の手が凛に触れようとした瞬間、
西が男の手を掴んだ。
「……何をする?」
西「……くせェ息吐きながら渋谷に近づいてんじゃねーよカス」
西が男の腕を捻り上げながら男を凛から遠ざけ始めた。
「ッぐあ!?」
西「テメーが渋谷を手に入れる? ンなことできるワケねーだろ? コイツは俺のパートナーだ」
「き、貴様……」
西は捻りあげていた男の腕を離し、男の首を掴んで持ち上げ始める。
西「コイツはテメーのモンじゃねー。俺のモンだ」
「……ぐッ……がッ!」
男は西を睨んでいたが、足をばたつかせて暴れても西が自分を離さないことに気がつき、その顔色を青いものと変化させていく。
西「だけどよー、テメーはコイツのクローンやコピーとやらを好き勝手しやがッたんだよな?」
「……あがッ……ががが……」
西「見せしめとして殺すつもりだッたが、気が変わッた。テメーはただで死なせねぇ、死にたいと思ッても死ねねぇ殺し方にしてやる」
男は視線を宙に動かし、その視界に凛を捉えると、凛に向かって助けを求めた。
「……た、だず……げ……」
凛は男の視線にゴミでも見るような視線を返し、
凛「キモチワルイ」
男は凛から向けられた拒絶の視線と言葉を受けながら、西によってどこかに転送されていった。
西は男を転送した後、酷く不機嫌な表情で、
西「……あー、クッソ、折角色々やッてやろーと考えてたのによ、なんかどーでもよくなッた」
酷く投げやりな感じを出しながら西はホールに集まった人間たちに視線を向けて宣言した。
西「そんじゃ、ゲーム開始だ。さッさとくたばッて来てくれ。万が一生き残れたら開放してやッからよー」
その宣言と共にホール中の人間は転送されていった。
全員、スーツも武器もなしで。
それを見届けた後、西は壇上のガンツの前にソファーを二つ転送しそれに深く腰掛けて足を組んだ。
西「悪りーな渋谷。色々お前にも手伝ッて貰おうと考えてたけど、やッぱやめた。気分がのらねーわ」
凛ももう一つのソファーに腰をかけるとソファーの縁に肘を置き西を見据えた。
凛「……別に良いけど。アイツ等はどうしたの?」
西「ああ、ライブ映像を今出すわ」
すぐに二人の目の前にあるガンツ球の上空に立体映像が二つ浮かび上がった。
一つは、先ほど凛に固執していた男が、どこかの部屋で何か小さな虫の様な生物に襲われている映像。
もう一つは、西によって転送させられた人間達が、イタリアと思われる街並みの場所に転送されて互いに何かを言い争っている映像。
凛は男にはすでに興味を失っているのか、興味も持ちたくも無いのか、男の映像には視線を向けずにもう一つの映像を見る。
凛「……外国?」
西「ああ。イタリアにそーとーやべー星人がいたからそこに送ッてやッた」
凛「……わざわざ星人に殺させるっていう事?」
西「奴等の死に様に相応しいと思わねーか?」
凛「……そうかもね」
西「だろ? 前々から思ッてたんだよ。俺達のミッションを見て楽しんでる奴等がいるなら、自分達もミッションに参加させてその楽しさを味あわせてやりてーッてな」
凛「……因果応報ってやつだね」
西「違いねーな。はははは」
西は少しずつ機嫌が治まってきたのか凛に笑いかけて、凛との語らいを楽しんでいた。
西はさらに液体の入った二つのグラスを転送して、一つを凛に渡す。
西「奴等の死に様でも見ながら乾杯しよーぜ」
凛「……お酒?」
西「ああ、超高級ワインだ。味も折り紙つきとかッて書いてあッた」
凛「……私達未成年でしょ?」
西「おいおい、これからは俺達がルールで、俺達が全てを作ッてくンだぜ? 旧世界のルールに縛られてンなよ」
凛「……」
凛は少しだけグラスの液体を見ていたが、やがて西から受け取った。
西「そうこなくッちゃな」
凛「……乾杯するって言うけど何に?」
西「そりゃ、俺達の未来にだろ」
凛「……ならそれで」
凛と西はお互いのグラスを軽く合わせてワインを一口口に含んだ。
すると、お互い顔を見合わせて、
西「……」
凛「……美味しくないんだけど」
西「……俺もそー思ッた」
凛は西があまりにも顰め面をしているのに少しだけ表情を緩めて、
凛「……飲めもしないお酒なんか用意するから」
西「ッ!? の、飲めねーワケねーだろ!? ンッンッ……オラ! どうだ!?」
凛「……無理しちゃって」
西「無理なんてしてねーし!?」
西が立ち上がって赤い顔で凛に言い寄っている背後では、イタリアに送られた人間達が美術品のような星人に次々と殺されていく様子が流れ続けていた。
凛と西が会話をしながら立体映像が星人の蹂躙を映し出している中で、凛はふと映像に何か違和感を感じて映像を見た。
西「ん? どーした?」
凛「……あれ? さっきあのクズ共を転送したときスーツとかも転送した?」
西「いや、してねーぞ?」
凛「それじゃ……あれは?」
凛が立体映像を見ると、そこにはスーツを着た人間が星人と戦っている姿が映し出されていた。
しかし、その人間もあっという間に星人に殺されてしまう。
西「何でスーツを着た人間が……あッ」
西は何かに気がついたのか手をポンと叩き、光のキーボードを展開し何かを調べ始めた。
すぐに西は自分の調べたい何かを見つけて凛に答えた。
西「なんか全世界のガンツが同時起動しちまッて、世界中のガンツメンバーがイタリアに転送されちまッたみてーだ」
凛「……何やってんの」
西「ま、特に問題ねーか」
凛「……」
凛は何気なく立体映像を見た。
すると、そこでありえないものを見て思わず立ち上がった。
凛「!?」
西「どーした?」
凛「なんで……あの人が?」
立体映像が映し出すのは目つきの悪い長身のスーツの男が数人のスーツを着た少女達を守るように映し出されていた。
その男は、卯月と未央のプロデューサーであり、ガンツとは係わり合いがないはずの男だった。
少し時間は遡り、1台の車が高速道路を走っていた。
その車を運転するのは卯月と未央のプロデューサー。
彼は後部座席に乗せた4人のアイドルの仕事を終わらせて、アイドルの少女達を送迎していた。
P「皆さんお疲れ様です」
Pは後部座席の4人に労いの言葉をかけて、後部座席の4人もそれに反応し、
「あっ、は、はい! お疲れ様でした」
ショートカットの女の子が少し緊張気味にプロデューサーに返し、
「今日は学生さんたちに囲まれて質問されっぱなしで緊張しちゃいました……」
サイドテールの女の子が今まで行なっていた仕事の感想を言う。
「美穂ちゃんと響子ちゃん、すっごく質問攻めにあってたからね~」
ゆるくほんわかした雰囲気を出す女の子がニコニコしながら美穂と響子と呼んだ女の子に言い、
「藍子ちゃんは恋愛相談なんて受けてたじゃないですかっ! あんなに的確な回答、私感動しましたよっ!」
ひと際元気な女の子が藍子と言う女の子を見ながらうんうんと頷いていた。
藍子「茜ちゃんなんて男の子の進路相談に乗ってあげていたじゃない」
茜「それを言うなら美穂ちゃんと響子ちゃんも一緒でしたよねっ!」
美穂「あはは、私はあんまりうまく相談に乗ってあげられなかったかも……」
響子「そんなことないですよっ、緊張してオロオロしていた私をフォローしてくれて……」
Pが後部座席の4人をバックミラーで見て、お互い仲が良さげに会話している所を見て一息をついた。
P(渋谷さんが島村さんと本田さんを連れ戻すと言って下さってから数日)
P(私は渋谷さんの言葉を信じ、シンデレラプロジェクトのメンバーには島村さんと本田さんはもうすぐ戻ってくると伝え彼女達の不安を和らげた)
P(私自身も渋谷さんの言葉を信じて、こうして彼女達がいつ戻ってきても良い様に彼女達の仕事を進めている)
P(今日も、彼女達の新ユニット……ピンクチェックスクールとポジティブパッションが新曲を収録するロケ地である学校に行っていた)
P(島村さん、本田さん……あなた達の居場所は私がいつだって用意し待っています……ですから、早く、戻ってきてください……)
Pは凛を西の自宅に送ってからすぐに仕事を再開し、アイドル休止中のはずの卯月と未央が行なうための仕事を取り始めていた。
今回のメンバーにはまだ卯月と未央が同じユニットとなる事は伝えていない。
しかし、大まかなスケジュールは作り上げて、それを進めていた。
それらの事は全てPの内から来る不安から逃げるためのものだった。
Pは凛の言葉を信じていたが、どうしても小さな不安が残っていた。
もしかすると、このまま凛も消えてしまい、卯月も未央も戻ってこないのではないかと。
そんな思いを払拭する為に、Pは二人が行なうための仕事を作り出そうとしていた。
そうすることによって、二人は戻ってくる、凛と共にまたあの笑顔を見せてくれると信じ。
そうやって考えながら運転するPに運命のいたずらが襲い掛かってきた。
ガンッ!
藍子「きゃっ」
茜「わわっ!?」
美穂「えっ?」
響子「きゃぁっ!?」
車が大きく揺れた。
P「!?」
Pがバックミラーを見た時、そこには大きなトラックが存在していた。
ガンッ!!
再び大きな衝撃が車を襲う。
美穂「な、何?」
響子「え? と、トラック?」
藍子「え……うそ?」
茜「ぷ、プロデューサー!! ま、前っ!!」
Pが前を見るとそこは急なカーブ。
Pがハンドルを切ろうとするが、
ガンッ!!!!
さらにひと際大きな衝撃が車を襲い、次の瞬間にはPはエアバックに包まれて、浮遊感を感じていた。
「「「「きゃああああああああああああああああああ!?」」」」
後部からアイドル達の悲鳴を聞きながら、数秒の浮遊間を味わった後、Pは全身に衝撃と爆発音を聞き意識を暗転させた。
Pが運転していた車は、後方から飲酒運転のトラックに衝突されて、カーブを曲がりきれずに崖の下に落ち車は爆発し炎上していた。
その中にいる全員が落下した衝撃と、炎にまかれて死亡してしまった……。
P「…………」
P「……っ」
死んだはずのPは薄っすらと目を開ける。
そこは古びた教室。
中心に黒い球がある教室だった。
P「こ……れは……」
その球にPは見覚えがあった。
先日、菊地というフリーライターに見せられたガンツと言われる黒球。
そこまでPの脳で認識して、Pの全身が酷い悪寒に襲われた。
咄嗟に教室を見渡すPの目に入ったのは、スーツを着た7人の男女。
それと、自身が送迎していたアイドル4人。
7人の男女は自分の事を品定めするような視線を向けており、4人のアイドルはいまだ気を失っていた。
Pはすぐに4人の傍に駆け寄り、
P「小日向さん! 五十嵐さん! 高森さん! 日野さん! 目を覚ましてください!」
普段では考えられないほどの声量で、焦燥感を出しながら4人を呼び続けた。
そのPを見ながら、7人の男女は、
「……知り合いか?」
「……みたいだな」
「えーッ、違うッて! アイツ絶対変質者だよ! だッて眼つき悪いし!」
「森下さん……見た目で判断しちゃだめだよ……」
「焦ッてる……? 何で……?」
「安孫子さん、藤本さん、今回もまた前回みたいに違うパターンですかね?」
「……」
Pを見ながらもそれぞれの考えを零し、
Pが4人を起こしたと同時に、7人のうち2人の男がP達に声をかけた。
美穂「うぅ……あれ?」
響子「え? ど、どうなったんですか?」
藍子「え~っと……私、さっき……」
茜「んん!? ここはどこですかっ!?」
P「皆さん無事でしたか……」
「はい、全員目を覚ましたところで聞いてもらえるかな?」
P「……貴方方は……」
スーツの男二人は説明を始める。
「これからみなさんは違う場所に強制移動させられます」
「その先であなた達を待つのは奇妙なハンティングゲームです」
「そこで星人と呼ばれる生き物をハント……つまり殺すわけですが」
「いッぱい殺して点数を集めないと自由にはなれません。そして、星人に殺されたら本当に死んでしまいます」
「その黒い球からもうすぐ指令が出ます。我々はその球をガンツと呼んでいます」
P「っ!!」
「ガンツの中には一人ずつのオートクチュールのスーツが入ッています」
「絶対にスーツを着てください。着ない人はすぐ死にます」
「以上です」
まくし立てるように言ったその言葉をP以外の4人はぽかんとした顔で聞いていた。
何を言われたかも分かっていない表情を浮かべていたが、その4人の意識を戻すためにPが言う。
P「みなさん……この人達の言っている事は真実です……」
美穂「え?」
「おッ?」
P「まずは今言われたように、そのガンツと言う球に内蔵されているスーツの確認を行ないましょう……」
響子「あの? え?」
「なんだ……この男……?」
P「すみません……この、ガンツから我々の分のスーツを取り出せるのはどのタイミングになるのでしょうか?」
藍子「あの……プロデューサーさん?」
「……もうすぐ指令が出る。それからガンツの両扉が開いて中からスーツが入ったケースを取り出せる」
P「ありがとうございます……みなさん、ガンツが開いた後、スーツを必ず着て下さい」
茜「あーっ!! もしかしてこれは撮影ですかっ!?」
P「……日野さん、これは撮影ではありません。そして遊びでもありません……」
Pは小さく唾を飲み込んで4人に向かってはっきりと言った。
P「……本当の……殺し合い……戦争が始まります……」
4人は目を大きくしPを見つめ、
7人のスーツを着た男女は訝しげな視線をPに向けていた。
今日はこの辺で。
乙
>>西「テメーが渋谷を手に入れる? ンなことできるワケねーだろ? コイツは俺のパートナーだ」
>>西「コイツはテメーのモンじゃねー。俺のモンだ」
後から自分の台詞を思い出すかも
Pが4人に言った言葉に対し、おずおずと藍子が手を上げて質問を返した。
藍子「あ、あの~、プロデューサーさん? せ、戦争って一体どういう事なんですか?」
P「……混乱される気持ちも分かりますが、頭を切り替えてください……私達は巻き込まれてしまったようです……恐ろしい命を懸けた戦争ゲームに……」
藍子「えっと、その……やっぱりこれお仕事ですよね?」
P「違います! これは……違うのです!」
藍子「う~ん……」
藍子は困った表情で首をかしげている。
美穂と響子も同じだった。
茜だけがガンツに興味津々と言った感じで触れたりしていた。
Pが焦る気持ちとは裏腹に4人はまったくこの状況を理解できていなかった。
Pは何とかして4人に危機感を持ってもらいたかった。
だが、このままでは4人は何の気構えも無く、菊地の話していた凄惨なデスゲームに放り出されてしまう。
それだけは避けたいと考えていたP。
そして、Pへ思わぬところから助け舟が出された。
「あなた達、これを見なさい」
Pたちの前に来て語りかけてきたのは、スーツを着た黒髪ロングの少女。
少女は持っていた鞄の中から黒いオモチャのような短銃と飲みかけのペットボトルを取り出して、ペットボトルをガンツの上に置くとそれに狙いを定めて引き金を引いた。
数秒後、ペットボトルは爆発して、中の水がガンツに降り注いだ。
美穂「ひっ!?」
響子「きゃぁ!?」
藍子「ば、爆発!?」
茜「おおっ!?」
「これが今からあなた達が使う銃の威力。こんなペットボトルどころか車なんかも一発で破壊できる性能がある。そのことを理解して」
P「貴女は……」
黒髪ロングの少女はさらに、
「次はスーツの性能。……黒名! やるよッ!」
「! うんッ!」
黒髪ロングの少女はショートカットの黒名と呼んだ少女に向かって、突然飛び蹴りを繰り出す。
二人の距離は5メートルほどあったが、そんな距離を黒髪の少女は一回の跳躍で無くし、黒名という少女の顔面に足が触れる寸前、
黒名という少女はその足を掴んで、黒髪ロングの少女を一回転振り回して、少女の蹴りの勢いをプラスして投げ飛ばした。
黒髪ロングの少女は投げ飛ばされながらも、空中で体制を整えて教室の黒板の上に位置する壁と天井の隙間に張り付いた。
僅かな引っ掛かりを指で掴み自身の全体重を固定して不自然な体制を保っているようだった。
黒髪ロングの少女は壁を蹴ってくるりと回転して降り立つと、Pたちの前に再び来て、
「どう? これがスーツの性能。超人的な力を着ている人間に与えてくれる」
美穂と響子は口をあんぐりと開けながら驚いており、藍子は口を押えて目をまん丸にしていた。
そして、一人、茜は、
茜「す、す、す、すごいですねっ!!」
「ちょ!?」
黒髪ロングの少女に詰め寄って手を握り締めていた。
茜「私、あんな動きを出来る人初めて見ましたよっ!! ラグビーの選手よりも早く動けるなんてあなたは一体何のスポーツをやってるんですかっ!?」
「ちょ、ッと!!」
茜「ああ、すみませんっ!! 私、日野茜と言います!! あなたのお名前を教えていただいても宜しいでしょうか!?」
池上「い、池上季美子よ」
茜「池上さんですねっ!! では池上さんっ!! 私と一緒に全力ランをしませんかっ!? 走って走って頂を目指しましょうっ!!」
池上「な、何、この子……」
P「……日野さん、落ち着いてください」
茜「どうしましたかっ、プロデューサー!?」
P「……彼女は私達に何かを伝えてくれています。それを遮ってしまうのは彼女に失礼です……」
茜「ハッ!? こ、これは失礼しましたっ!! 池上さんの動きに感動してしまいついつい……。池上さん、日野茜、全力で謝罪しますっ!!」
池上「え……いや、いいけど」
茜「ありがとうございますっ!! では、お話の続きをお願いしますっ!!」
小さな茜から発せられる全力な元気に池上は少し圧倒されていたが、小さく咳払いをして再度話を元に戻した。
池上「コホンッ……見てもらッたように、今からあなた達もこのスーツや銃を使ッて生き残りをかけたゲームをやらなくてはいけない……それを理解して。そうしないと……あなた達全員、死ぬわよ」
緊迫感の伝わる表情で死ぬと断言する池上に4人の顔色も真剣なものに変わっていった。
池上がそうやって説明している間にも、スーツの男達は、
「あいつ、変わッたなー」
「俺達が死んでる間に結構色々あッたらしいぞ」
「色々ね……しッかし俺達情けねーよな。二人揃ッて年下の女達に生き返らせて貰ッてんだぜ?」
「……言うな」
「そんでもッて、まだ俺達を信頼してくれてるッてな。……もう俺達よか、アイツ等のほうがずッとしッかりしてるッてのになぁ……」
「……頼られるなら答ないといけないだろ。あの子達の中ではまだ俺達はこのゲームの先達であり、生き残り方や戦い方を教えた師匠みたいなものだからな」
「デキる後輩を持つ先輩の気分だな。そんじゃ、俺達ももう少しデキる先輩をアピールしとくか」
「ああ」
そこまで小声で話して、男達は池上に近づいてその肩を叩くと、
池上「藤本さん……」
藤本「はい、この池上が言うように今からあなた方は私達と共に生き残りをかけたゲームを行なわなくてはいけません……安孫子」
安孫子「ですが、全員がスーツを着て力を合わせることによって生き残る確率は飛躍的に上昇します。ですので、スーツを着ること、武器を持ッていく事は必ず行なッてください」
藤本と安孫子という男達も池上と同じように真剣かつ緊張した面持ちでPたちに再度忠告を行なった。
さらに二人は話を続けて、
藤本「後、あなたは先ほどこの状況を冷静に分析……いや、この状況を知ッているような発言をしましたよね?」
藤本はPに問いかける。
P「……ええ、私は今、置かれているこの状況と、このガンツと言う物についてある程度の知識を持っています」
藤本「……まさかあなたは一度解放された人間では?」
P「いえ、私はこのガンツと調べている人間、そしてこのガンツによって戦争ゲームをさせられている人間に話を伺ったことがあるのです。詳しい情報はその時に知りました」
藤本「……調べている人間?」
安孫子「……ガンツのメンバーから話を聞いた? 一体どういうことだ……」
P「あなた方に聞きたいのですが、あなた方のチームには渋谷凛さんという女性はいらっしゃいますか?」
藤本「……渋谷凛? もしかしてあのテロリストのことですか?」
P「……そうですか、彼女はこのガンツチームの所属ではないようですね……」
安孫子「……」
Pがさらに何かを問いかけようとしたところで、安孫子が手を叩き全員の注目を集める。
安孫子「色々な質問、疑問が互いにあると思う」
安孫子「だが、俺達がまず優先させる事は、今からの狩りを生き残ることだ」
安孫子「その為の作戦をここにいる全員で話し合いたい。あなた達も協力をしてもらいたいのだが構わないかな?」
安孫子は他に転送されてくる人間がもういないと判断し、今この場にいる新規の5人に提案した。
アイドルの4人はPの顔を伺っていたが、Pは安孫子の提案に頷いて、
P「はい」
小さく一言だけ返事をした。
しかし、その表情は真剣そのものであり、安孫子と藤本はPから出される気迫に少しだけ笑い、こいつは使えるかもしれないと同時に思った。
安孫子はスーツの少女達をPたちの近くに呼ぶと全員を円陣状にして座らせた。
安孫子「時間ももう無いと思うから手短に説明する」
安孫子「俺達はチーム全員で動き、お互いの死角をカバーして行動する」
安孫子「前衛は基本3人。こッちの藤本と俺、プラスこッちの池上、黒名、梶のうち誰かだ。3人が前に出た時点で残りの2人は後衛を守る為に後衛チームと行動を共にする。その基本パターンで星人の足止めを行なッて、後方からの銃撃で星人を削ッて倒す戦法だ」
安孫子は前衛という藤本と池上、そして先ほどのショートカットの少女、黒名と派手目の金髪の少女、梶に指を刺す。
安孫子「今回あなた達は、後衛からの狙撃を担当してもらう。銃の使い方は……池上、銃を貸してくれ」
池上から銃を受け取った安孫子は銃の説明をPたちに行なっていく。
安孫子「引き金は上と下の二つのトリガー、これは全ての銃で統一されている。上を引くことによりロックオンをかけることができ、その状態で下のトリガーも引くと発射される。銃のモニターを確認して誤射しないようにしてくれ」
安孫子「この他に武器は、刀とバイクも存在する、そッちの武器は指令が出た後に隣の教室から持ッてくるんだが……数の限りもあッてあなた達は今回銃のみを使ッて貰うことになるだろう」
武器の説明をした後、安孫子は一呼吸を置いて、P以外の4人のアイドルに向かって言う。
安孫子「最後に、一番重要なことを言う。どんな状況になッても散り散りに逃げないでくれ」
安孫子「恐怖にかられて逃げた先に待つものは……確実な死だ。君達のような女の子は特にそういッた傾向があるから、どんな状況になッても自分を見失わず、今いッた言葉を忘れないでくれ」
4人は真剣な表情で忠告する安孫子に対し、唾を飲み込みながら首を縦に振った。
ある程度であるが、4人とも今のこの状況を飲み込んでいる証拠だった。
藤本「と、こんな所で、自己紹介でもやッとくとするか」
安孫子「……藤本」
藤本「もう基本的な事は伝えただろ? 次は残された時間でお互いのチームワークを得る為に出来ることをやんねーとな」
安孫子「そうだな」
藤本は全員を見渡しながら簡単に自己紹介を始めていった。
藤本「そんじゃ、言いだしッぺの俺から……俺は藤本、大学生。こッちの安孫子とは同じ大学で同学年です。好きなものはラーメン。次、安孫子」
安孫子「……俺は安孫子、藤本とは腐れ縁ッて奴だ……次」
本当に簡単に自己紹介をした安孫子は視線を池上に向ける。
その視線に池上は頷くと、
池上「私は池上季美子。藤本さんと安孫子さんがいない間はリーダーをやッていたからある程度は助けてあげることもできるし、頼られればそれに答えるわ」
池上「でも、自分勝手な行動を取るようなら、私は頼られてもあなた達を見捨てる覚悟もしている。生き残りたかッたら協調してお互いを助け合う気持ちを忘れないで……私からはそれだけ」
池上は真剣な面持ちでPたちに言い、全員を見定めていた。
次に池上の隣の黒名と呼ばれていた少女が立ち上がって自己紹介をする。
黒名「あたしは黒名蛍。えッと……池上さんは厳しい事言うけど、あなた達を見捨てるような事なんて本当は考えてないから安心して」
池上「黒名、余計な事は言わなくていい」
黒名「あはは……とにかくみんなで協力して生き残ろう! どんな時だッて希望はあるんだから! 次、よッちゃん!」
黒名によッちゃんとよばれた眼鏡をかけた少女はおずおずと自己紹介を始めた。
宮崎「あ、あの……私、宮崎美子です……えッと……その……私、弱いですけど……その頑張ります……」
「なーにが私弱いですーッてアピールしてんの? この女ゴルゴさんは? この中でも一番星人を殺してんのはアンタでしょーに」
宮崎「も、森下さん!?」
森下「はーい、あたしは森下愛、こッちの美子と同じ後衛からのスナイパーでーッす! ちなみにメジャーデビューを控えたアイドルでもあるから、サインしてあげてもいいよ?…………あれ?」
ツインテの少女、森下が宮崎を後ろからハグしながら自己紹介をする。
そうして、P達を目を細めてじっくりと見て何かに気がついたようで、
森下「……ちょッとまッて。もしかして、小日向美穂?」
美穂「え? は、はい。そうです」
森下「ちょッ!? 本物じゃん!? ウソウソッ!?」
薄暗い教室でお互いの顔も近づかないとはっきりと分からなかったのだが、近づいたことによってお互いの顔が分かるまでになっていた。
森下は、目の前に自分とは違ってすでにメジャーデビューを果たして一線で活躍しているアイドルがそこにいることに気がついて驚きの声を上げていた。
森下「うッわー、ほんとに本物じゃん……やッば、さッきのあたしの言葉忘れて!」
美穂「えっと……あなたもアイドル、なんですか?」
森下「うぐッ……ま、まだ地下アイドル卒業手前だけどね……来月にはメジャーデビューも控えてるんだけど……」
その森下の言葉に美穂は今まで緊張していた表情を崩して笑顔になって、
美穂「それじゃあ、これからお仕事が一緒になることもあるかもしれないですね! その時は一緒に頑張りましょうね!」
森下「こ、これが一流アイドルの笑顔……くッ、ま、負けられない……」
美穂「響子ちゃん、藍子ちゃん、茜ちゃん、こちらの森下さんも私達と同じアイドルなんだよ……「うぇ!?」 ひゃっ!?」
美穂が他の3人の名前を呼ぶと、森下は身を乗り出して美穂の近くにいる3人に近づいて、その顔を見て大きな声を上げた。
森下「ちょッ!? 五十嵐響子に高森藍子、日野茜もいるじゃん!? どうなッてんのこれ!?」
池上「森下……アンタいい加減にしなよ。もう時間も無いッて言うのに」
森下「だ、だッて、こんな所にアイドルが4人もいるんだよ!? しかも現役のトップアイドル達がだよ!?」
池上「そういう話は全部終わッてからしなさい。次、梶。手短にね」
池上は森下を引きずって美穂達から引き離すと、金髪の梶と呼んだ女性に自己紹介するように促す。
梶「……梶芽衣子。生き残りたかッたら戦いな。私からはそれだけ」
森下と違い立ち上がって一言だけ言うと、すぐに座った梶。
そうしてスーツ組みの自己紹介が終わり、次はP側、まずは美穂が立ち上がって自己紹介を始めた。
美穂「こ、小日向美穂です。す、すみません……まだ何が起きているのかいまいちわからないんですけど。その、私に出来ることを頑張りますので、よろしくお願いします」
そのまま大きく頭を下げる美穂。
美穂「えっと、それじゃ、響子ちゃん」
響子「あっ、はいっ」
美穂に促されて立ち上がった響子は同じように、
響子「五十嵐響子です。えっと……みなさんが言ってる事、生き残りをかけたゲームが今から始まるっていう事は本当なんですよね?」
響子が再確認するように聞くと、スーツ組みは全員が頷く。
響子「そうですか……私、みなさんの足を引っ張らないようにしますので、その、よろしくお願いします!」
美穂と同じように深々と頭を下げる響子、その様子を見て藤本と安孫子は小さな不安を覚えた。
響子「それじゃあ、藍子ちゃん。お願いします」
藍子「あ、は~い」
二人の挨拶を見ていた藍子は少し緊張を解いて、自己紹介を始める。
藍子「高森藍子です。あの、戦いって私には出来ないかもしれないですけど。私に出来ることを精一杯やりますので、どうかよろしくお願いします」
またも深く頭を下げて締める。
それを見て藤本と安孫子は小声で話し始めた。
藤本「……おい、マズいぞ」
安孫子「……あぁ、さッきまでの緊張感が消えちまッた」
藤本「……チッ、自己紹介が裏目に出たな……森下のヤツが張り詰めた空気を壊しやがッた」
安孫子「……なッちまッたものは仕方無い、協力はしてくれるみたいだから後は実際に星人との戦いに突入したときにどうなるかだが……」
そうしているうちにも、小声で話している二人の声を打ち消すような声量の挨拶が始まった。
茜「こんにちはっ!! いえっ、こんばんはっ!! 日野茜です!! ゲームとかよくわかりませんが、やるからにはトップを狙いましょう!! 日野茜、全力で頑張りますよーっ!!」
藤本「……あいつ等の中で使えそうなのはあの男だけか」
安孫子「……そうだな」
茜「では、プロデューサー! どうぞっ!」
茜が全員に挨拶をした後、プロデューサーに次と促すが、その直後にガンツから音が漏れた。
それは、何かの歌のようだったが、途切れ途切れになっており聞き取ることが出来なかった。
『あーー ブチッ らしー ブツッ さがー ブツッ きー ブツッ』
藤本「何ッだ!?」
安孫子「ッ!?」
池上「!?」
次にガンツに解読することも出来ないような記号が浮かび上がり、突如ガンツの両脇が開放されて、中から銃とスーツが取り出せるようになった。
黒名「何……? こんな事、一度もなかッたのに……池上さん、これッて……」
池上「……藤本さん、安孫子さん」
藤本「俺達も……ワカらねェ……けど……」
安孫子「……ああ、何かヤバイぞ」
今まで余裕の表情を崩さなかった藤本と安孫子だったが、今までにないガンツの表示に一抹の不安を感じる。
その様子を見たPは、すぐにガンツに近づいて、中からスーツの入ったケースを取り出し中身を確認すると。
P「みなさん、早く自分の分のスーツケースを取り出して確認してください!」
美穂「え? は、はい……!? く、くまさんパンツ女……ちょ、ちょっと、何で私の秘密を!? 家で寝るときにしか穿いてないのに……」
響子「ごじゅうあらし……これって私ですか?」
藍子「ゆるふわ貧乳……あの、これは……」
茜「ボンバー、これは私ですねっ!!」
P「自分のスーツを手にしたらすぐに着替えてください!……池上さんでしたか、こちらに着替える更衣室などはありますか?」
池上「え……ああ、今は隣の教室にいけるから、そこで着替えることができますけど……」
P「申し訳ありませんが、みなさんを案内すると同時にこのスーツの着方を教えてあげていただけますか」
池上「……わかりました」
スーツケースを見ながら何かを考えている二人がいたが、池上はすぐに4人を連れて教室を出て行った。
それを確認して、Pもすぐにスーツに着替え始め、少し手惑いながらもスーツに着替えたPは次にガンツの中から銃を取り出して確認を行ない始めた。
P「……玩具のようにも見える……だがこれは本物の銃……」
重量感のあるショットガンタイプの銃を手にしてゴクリと息を呑むP。
そのPの耳に焦る声が届いた。
森下「ちょッ!? 転送!? 速いよッ…………」
安孫子「!? マズい!! 藤本、デカ銃を…………」
藤本「チッ!!」
安孫子が頭半分ほど転送されてから藤本に叫んだ、藤本はすぐに教室の隅に置いていた2丁のZガンに飛びついて転送されていく。
宮崎「う、ウソ、じゅ、銃を…………」
黒名「よッちゃん…………」
次々に転送されていくメンバーたち。
梶「くッ…………」
梶がガンツに飛びつこうとしたが、すでに顔が全て転送されて見当違いの場所に走って行ってしまう。
P「!!」
その中で一番最後に転送をされ始めたPはガンツに内蔵されていた銃を全て取り出して持てるだけその両手に抱えた。
何丁かは持つ事はできなかったが、4丁のショットガンタイプの銃と5丁のハンドガンタイプの銃と共に転送されていき、Pの視界は暗転した。
P「……ここは」
今まで夜だったはずなのに、Pの視界が写すものは太陽の光。
そして、見慣れぬ外国の街並み。
P「イタリア……?」
Pは辺りを見渡していたが、すぐに頭を切り替えて、美穂達のことを思い出す。
P「っ! 小日向さん! 五十嵐さん! 聞えますかっ!?」
P「高森さん! 日野さん! 返事をしてください!!」
Pがそうやって美穂達を探すために声を上げて叫んでいると、建物の間から何かが飛び出してきた。
P「!?」
安孫子「ッ……アンタか……」
P「安孫子さん、でしたね」
安孫子はPの傍らに銃が何丁も散らばっていることを確認すると、小さく笑みを作って、
安孫子「その銃、アンタが持ッて来たのか?」
P「ええ……」
安孫子「良い判断だ」
安孫子は散らばった銃を手に取ると、すぐに行動を開始する。
安孫子「恐らくはこの付近に全員転送されているはずだ。探すのを手伝ッてくれ」
P「わかりました」
安孫子「後、大声はあまりあげないほうが良い。星人によッては聴覚の鋭いヤツもいるかもしれない。声に反応して寄ッてくるヤツもいるかもしれない……」
P「……それは経験則というものでしょうか?」
安孫子「いや……あらゆる可能性を考えておくことが生き残る秘訣だ。アンタも生きて帰りたいなら頭を動かし続けるんだな」
P「……はい」
安孫子の忠告を受けながら、Pは辺りを警戒して美穂達を探し、
数分もしない内に全員合流することが出来た。
合流してPはすぐに美穂達に駆け寄ったが、美穂達は教室にいた時とは違いかなり不安な表情になっていた。
美穂「あ、あの、プロデューサーさん……ほ、本当にこれ、何が起きてるんですか?」
響子「わ、私達、頭からその、少しずつ無くなっていって、えっと……」
藍子「ほ、本当に、戦い……を、するんですか?」
茜「み、みなさん、大丈夫ですっ! な、なんとか、なるはずですっ!」
P「……」
不安を感じている4人にPは少し考え、まずは落ち着かせることを第一と考えた。
P「……大丈夫です。不安にならなくても私が何とかします……」
P「……みなさんに危害が及ぶ事はありませんので、安心してください」
目つきの悪いPが精一杯表情を緩め4人の不安を取り除くように言い、それを見て4人とも少しだけ顔色を良くしていった。
そうしていると、傍でパソコンと小さな機械を操作していた宮崎が焦った声を上げる。
宮崎「い、一匹、近づいてきます……」
黒名「ッ! 池上さん!」
池上「黒名、行くよ」
黒名「うんッ!」
すぐに黒名と池上が前に出て、それに続くように梶も二人の後を追った。
その様子を見ながら、Pは残っている藤本と安孫子に問いかける。
P「……まさか、星人が近くに?」
安孫子「1匹かなりのスピードで近づいてきているな……」
藤本「宮崎、森下、準備しろ」
安孫子「アンタ達も出来るなら狙撃する準備をしておいてくれ。敵の姿を確認したと同時にロックオンをしたらモニターを確認するんだ。敵の姿が映ッたままならロックオンは成功、引き金を引け…………来るぞッ!」
宮崎がショットガンとパソコンに繋いだハンドガンを両方構えて体育すわりの姿勢になる。
森下も寝そべりながらショットガンを構えて敵の姿を待つ。
藤本と安孫子はZガンを手にして、レーダーで周囲の警戒を怠らずに前後左右を見渡していた。
前から来る敵は完全に池上達に任せるかのように。
そして、Pはショットガンを構えて前方に現れるであろう星人を隠すように4人の前に立ち、その星人の姿を見た。
それは小さな子供に羽が生えた彫刻のような星人。
かなりの速度で飛んでいるのか、その姿が見る見る大きくなって、前衛の池上、黒名、梶と邂逅した。
前衛の3人と星人の戦いは一瞬だった。
池上が持っていたガンツソードを黒名に投げ渡し、二人は同時に星人に斬りかかった。
しかし、二人のガンツソードは星人に触れた瞬間、刀身がガラス細工のように砕け散ってしまった。
池上(そんな……)
黒名(バカな……)
今まで折れたことなど一度も無いガンツソードが砕けた事実は二人を硬直させる。
その二人に目がけて、星人は空中で軌道を変化し、二人の頭を目がけて高速で飛来し、二人に衝突する直前であらぬ方向からの衝撃によって吹き飛ばされた。
それを行なったのは梶。
彼女は星人が二人に攻撃する直前で殴りつけて二人を助けていた。
しかし、その殴りつけた梶の拳は、
梶「ッぐぅぅッ!?」
池上「梶ッ!?」
黒名「梶さんッ!?」
スーツを着ているにもかかわらず、梶の右腕は肘まで粉砕するようにはじけ飛んでおり、血を噴き出していた。
黒名と池上は梶に一瞬気を取られたが、すぐに吹き飛ばされた星人に視線を向けて、手に持ったガンツソードを捨ててハンドガンタイプの銃を構える。
星人は再び二人に向かって二人の頭を目がけて飛び込んでくるが、二人共その直前でかわして星人に数発の銃撃を撃ちこんだ。
しかし、
池上「ウソ、でしょ?」
彫刻のような星人にほんの少しだけヒビが入っただけで、まるで効果があるように見えなかった。
星人は何事もなかったかのように飛行し、今度は黒名と池上ではなく、吹き飛んだ腕を押えて膝をついている梶に狙いを定めて飛んだ。
梶「……グッ、く、くそッ……」
梶と星人の距離が数メートルほどとなった時、重い音と共に突然星人の姿が消え去った。
梶の目の前には円状の窪みが発生しており、それを作り出した銃を持った男が梶の背後に立っていた。
藤本「梶、下がッて手当てをしとけ、その怪我じゃ万が一もありえる」
梶「……藤本、さん」
腕を押えながら、藤本を見てほっとする梶。
池上と黒名も藤本が梶を助け星人を倒してくれたということが分かり表情を緩める。
だが、すぐにその表情が固まった。
Zガンで押しつぶされたはずの星人が先ほどよりも身体にヒビや傷が入っていたが勢いよく飛び上がってきたからだ。
藤本「なッ!?」
藤本は再度Zガンの引き金を引いて星人を押しつぶす。
しかし、星人はすぐに飛び上がり藤本に襲い掛かる。
藤本「うッそッだろォッ!?」
Zガンを乱射する藤本だったが、星人はやがて、Zガンの重力砲を受けながら藤本に突撃し、藤本は紙一重で避けたがZガンを星人によって破壊されてしまった。
星人はかなり傷ついていたが、高速で空を飛びまわって藤本に狙いを定めると上空から隕石のように降下して来た。
藤本「やッべェ……」
それを見上げながら藤本は、星人が横殴りにあった様な光景を見た。
藤本「ッ!!」
藤本は反射的に視線を宮崎と森下のいる後方に向ける。
そこには、宮崎と森下の銃口が激しく何度も光り輝いており、自分を窮地から救ったのは彼女達だという事を知り苦笑した。
藤本「あー……ッたく、カッコ悪りィな俺……」
藤本は傍らの梶を抱えて飛び上がり、後方に撤退すると、自分と入れ替わりで走り抜ける男に言った。
藤本「バトンタッチだな」
安孫子「休んでろ」
安孫子は空中で何度も吹き飛ばされる星人に向かってZガンを撃ちこんだ。
一瞬で地面に叩きつけられる星人にさらにZガンとは別の手に持ったハンドガンで追撃していく。
しかし、それでも星人は動き出しかけていた。
信じられないといった表情で星人から目をそらさずに攻撃を続ける安孫子。
その安孫子の目に、突如黒いものが映りこんだ。
その黒いものは、Zガンで押しつぶされていた星人の罅割れた身体に食い込んで星人を四分割にしていた。
咄嗟に顔をあげる安孫子が見たのは、別方向から、Zガンの範囲に入るようにガンツソードを振り下ろしている黒名と池上の姿。
安孫子は星人が完全に死んだことを確認して、息を吐いて黒名と池上に声をかけた。
安孫子「何とかなッたな」
池上「倒せ……ました?」
安孫子「ああ」
黒名「……ふぅ~~~、ッて、梶さんッ!」
星人を倒したと分かった黒名は深い息をつくと共に、酷い怪我をした梶の様子を見に駆けて行った。
その様子を見ながらも、安孫子はレーダーを取り出して索敵を行なっていた。
池上「敵はまだいますか?」
安孫子「……いや、いないな」
池上「あれ……ボスだッたんですかね?」
安孫子「恐らくな……デカ銃が効かない星人なんてそうそう出る事はない。十中八九今回のボスだろう」
池上「……今回は、誰も死なずに戻れますかね?」
安孫子「……戻れるといいな」
二人共、今回のボスであろう星人を倒したと考えてほんの少しだけ緩んでいた。
その二人がレーダーに新たに3つの星人の姿を捉えたのは同時だった。
安孫子「休む暇もなしッて事か」
池上「3体……黒名ッ!! 敵が近づいてる!! フォーメーションを組んで!!」
黒名「ッ! わかッた!」
後衛の下へ駆けていた黒名だったが池上の呼びかけにすぐに踵を返して安孫子と池上の元に駆け寄る。
3人が敵を迎え撃とうとして、近づいてくる星人の姿をその視界に入れて、3人共目を見開いた。
安孫子「……マジかよ」
池上「……ちょッと」
黒名「……ウソ」
その星人は先ほど全員で倒した星人と同じ姿をした小さな子供の彫刻星人。
それが3体同時に高速で近づいてきていた。
後衛の宮崎は先ほど倒した星人の点数を確認して息を呑んでいた。
宮崎「な、75点……」
森下「ハァ!? さッきのヤツが!?」
宮崎「う、うん」
藤本「……そりゃそれくらいあるだろ……デカ銃も効かなかったし、梶のゲンコツでダメージも与えられなかッたんだぞ」
梶「……くぅッ……」
藤本「まあ、さッきのヤツがボスだろうからこれ以上はヤバイやつは出てこねーだろうし、慎重に行動すれば今回は帰ることが出来るだろ」
梶の腕をきつく縛りながら藤本は宮崎と森下に話していた。
そして、その様子をP達は青ざめた顔で見ていた。
美穂「あ、ああ、あの……う、うう、腕が……」
藤本「ああ、大丈夫だ。狩りを完遂してあの教室に戻れればこの怪我も治る」
響子「ち、ち、血が、あ、あんな、あんなに……」
藤本「……出血は確かにマズイな、梶、何とかいけそうか?」
梶「……意識はしッかりしてるよ」
藤本「なら問題ないな、最後まで意識を無くすなよ」
藍子「も、問題ないって……お、おかしいですよ!?」
茜「そ、そうですっ! て、手当てを、いえ、病院に早くいかないとっ!!」
藤本「……ちッ、やッぱりか……」
梶の手当てをしながらも藤本は、やはりアイドルの4人がまったく今の状況を理解していないことに少しだけ苛立つ。
初回の人間など皆こんなもの、それは分かっているのだが、どうしても苛立ちが湧き上がってしまう。
それと同時に、早くボスを倒せたことに安堵していた。
もしも、あのボスが他の星人を倒して疲弊したあとに現れたらもっと被害は大きく、美穂達はパニックを起こしていたかもしれない。
そう考えて、藤本は今回は運がよかったと考えた。
その直後、前衛の池上の敵が近づいてきたという声を聞き、視線を前に向ける。
そうして、向かってくる星人たちの姿を見て固まった。
藤本「……バカな」
先ほどの星人と全く同じ姿の星人。
そんなわけがない、75点の敵が複数現れる狩りなど今まで一度も無かった。
黒名たちが経験したという100点のはんぎょじん星人が今まででも最高の点数の敵だったが1体のみの出現だった。
そうやって思考を続ける藤本に、宮崎の震える声が届く。
宮崎「……うそ、ま、また75点……蛍ちゃん……に、逃げて……」
75点が3体、先ほどのように高速で動かれて銃撃ももろともせずに攻撃されたらどうなってしまうのか。
最悪の思考を頭から拭い、藤本は宮崎と森下に強めに言った。
藤本「おいッ! すぐに迎撃準備だ! 俺達で安孫子達の援護をするんだ!」
藤本「梶も出来るなら狙撃しろ! そッちの……アンタも銃を使えるなら使ッて援護しろ!」
藤本はアイドル4人にはどうすることも出来ないと判断し、まだ動けそうなPに援護指示を出したが、Pも青ざめた顔で銃を持つ手は震えていた。
それを見て、Pも銃を撃つことも出来ないと判断した藤本はPの銃を奪い取り、2丁のショットガンを手にして安孫子達の援護を始めた。
黒名は向かってくる星人の突進を必死に避けていた。
黒名「うッ……くッ……」
先ほどの星人は1体だったから全員で集中して攻撃できた。
しかし、今回の星人は3体、黒名も池上も安孫子もそれぞれ向かってくる星人に攻撃を仕掛けていたが圧倒的に火力が足りず、後方からの援護も意に介さずに成人は3人に攻撃を仕掛け続けていた。
そして、黒名は気がついた。
星人の攻撃が掠った場所、スーツの上にも関わらずに痛みを感じ、血が出ている。
即ちこの星人にスーツの防御は意味が無いという事を。
黒名「みんなッ! コイツの攻撃を貰ッちゃダメ! コイツ、スーツが効かない!!」
その黒名の叫びは全員に小さな絶望感を植え付ける。
全ての攻撃を回避しなくてはならない。
それも、かなりのスピードで飛びまわる星人の攻撃を。
前衛の三人はその事実に焦りを隠せずにいた。
そして、更なる絶望が近づいてきていた。
安孫子「……なん、だッ……あれは……」
安孫子が見たもの、それは子供のサイズの彫刻ではなく、数メートルはあろうかという彫刻の星人。
その星人が石の翼をはためかせ近づいてきていた。
3体の星人と必死に戦っていた安孫子たち。
あの星人に襲われたら今均衡が保たれているこの状況が一気に覆される。
まずい、下手したら全滅してしまう。
その思考が安孫子の脳裏に浮かび上がり、近づいてくる星人を忌々しげな目で見ていた。
そうやって小さな子供の星人をZガンで押しつぶしながら近づいてくる星人に気を向けていると、数メートルの星人は突如地面に叩きつけられた。
安孫子「ッ!?」
藤本がZガンで援護をしたのか? いや、藤本のZガンは先ほど破壊された。
ならば一体何が、誰が、と考えた安孫子の視線の先で、放電現象が起きていた。
次の瞬間には、立ち並んだ建物が崩れ落ちて、星人の周囲も爆発したような衝撃波が発生した。
それが何度かおき、近づいてきていた星人はいつの間にか半分になっていた。
透明な何かに斬りつけられたようであったが、安孫子はすぐにその透明な何かの正体を見ることとなった。
バチバチと放電が起きて安孫子たちの眼前に十数メートル近い黒い機械の巨人が姿を現した。
その巨人の手にはかなり刃こぼれをした巨大な剣が握られており、先ほどの星人はその巨大な剣によって斬り潰されたのだという事を知った。
そして、その巨大な機械の巨人の頭頂部に人影を見た。
その人影は巨人から跳躍して自分達に向かって飛んできた。
安孫子はその人影が空中で叫んだ言葉を耳にする。
「死にとおないなら、避けぇや!!」
安孫子「黒名ッ! 池上ッ! 下がれッ!!」
安孫子の声に反応して黒名と池上は全力で後方に跳躍した。
星人の攻撃を回避しながらの跳躍。
すぐに星人は黒名たちを追おうとしたが、上空から降り注いだ無数の光線に押しつぶされるような形で地面に縫い付けられる。
無数の光線が雨霰のように降り注ぎ、地面が爆発を起こし続ける。
その爆発の中心地に、空から降り注いだ黒い影が突っ込んでいった。
安孫子たちはその様子をただ見ていた。
土煙で見えなくなったそこからいつ星人が出てきてもいいように。
しかし、その土煙の中から姿を現したのは星人ではなかった。
安孫子達が見たことも無いスーツを身に纏った人影。
その黒い人影は、先ほどの星人3体の首を持って安孫子たちに近づいてくる。
その男は、パーマの掛かった髪で精悍な顔つきをしていた。
「9回目のクリア報酬のスーツ……悪くないやんけ」
軽量型のハードスーツを身に纏い、星人達の首を途中で投げ捨てて手を握り締める。
「おお、お前ら、丁度ええわ、武器を俺に寄こさんかい。今回の敵は固くてアカン、刀がもう何本も根元からポッキリや」
別の手に持っていたガンツソードは柄の部分が壊れていてもう起動しないようだった。
そのガンツソードも投げ捨てて男は安孫子たちに手を出した。
「ほれ、はよせんかい。今回の敵はお前らには荷が重いやろ? 俺が殺ッてやるから武器を寄こせ言うとるんや」
安孫子「……アンタは、何者だ?」
「ああ? 俺か?」
男は安孫子の問いかけに対して名乗りを上げた。
岡「岡や。俺の名は岡八郎や」
大阪最強の男が、イタリアの地に舞い降りた。
今日はこの辺で。
安孫子は岡を見て思考を回転させていた。
安孫子(……前回の狩り、転送されてすぐに終了して何もする事はなかッたが……)
安孫子(……転送された時点で、俺達の知らないスーツの人間が何人も死んでいた……)
安孫子(……そしてあの後、テレビで見た大阪の破壊状況と、あの日見た転送された先の崩壊した一帯……間違いなく前回のあの転送された場所は大阪だった……)
安孫子(……この男の口調……大阪弁……まさか……前回、大阪で狩りをしていた人間の一人か?)
安孫子「岡か……大阪弁という事は、アンタは大阪の人間なのか?」
岡「せやで」
安孫子「それならアンタは前回、大阪で狩りをしていた当事者か?」
岡「……せやな、前回、あの場所に俺もおッたわ」
安孫子(!! やはりか! この男の戦闘能力、さッきの3匹の星人をアッという間に倒してしまッた事を含めて、あの黒い巨人……前回の狩りを終わらせた張本人か!)
安孫子(今回の狩り……ヘタするとさッきの星人クラスが雑魚の可能性がある……だが、この男と協力関係になれれば……)
安孫子は岡が現れてから現在の状況を分析しながら思考を続けていた。
1体だけでも苦戦した星人が数体現れた時点で今回のミッションの危険性を数段階引き上げていた。
しかし、その星人をいともたやすく葬った岡を前にして何とか協力を取り次ごうと考え、
安孫子「提案があるんだが聞いてくれないか?」
岡「なんやねん」
安孫子「俺達はアンタと協力してこの狩りを生き残りたい。アンタは恐ろしく強い男だという事はすぐワカッたが、それでも狩りでは何が起きるか分からない。後方援護を行なッてアンタのサポートくらい出来るはずだ」
岡「協力やらサポートやらしたい言うなら勝手にせぇ、俺は俺でやらなあかん事があるでお前らに何かするッちゅーことは無いけどな。それでもええなら後付いて来て勝手にしとれや」
安孫子(くッ……協力関係は結べないか……しかし、この男の戦闘力があれば俺達に対処することも難しい星人が現れてもこの男に何とかさせることが出来る……)
安孫子「わかッた。それならば俺達はアンタのサポートを勝手にやらせてもらう」
岡「ほうか。そんなら、まずはさッさと武器をよこさんかい」
安孫子「ああ……池上、黒名、刀をこの男に渡してくれ」
それまで岡と安孫子のやり取りを見守っていた池上と黒名は安孫子の指示で岡にガンツソードを手渡した。
岡「よし…………あぁ、そうや」
ガンツソードを受け取って刀身を延ばした岡は安孫子に一つの質問をした。
岡「お前ら、渋谷凛ッちゅー女を見とらんか?」
安孫子「……あのテレビでテロリストと言われている女の事か?」
岡「そうや。そいつや」
安孫子「いや、俺達は見ていないが……それが一体何なんだ?」
岡「そいつを見たら俺に教えろ。俺はそいつを守らなあかんのや」
安孫子は岡の言った言葉を考察しようとしたが、岡が黒いロボットに向かって移動し始めたのを見ると、後衛の藤本達に合流するようにジェスチャーをして、全員が合流した後は自分の考え、岡と協力することが生き残る確率が上がるという事を説明しながら岡の後を追った。
岡はロボットに搭乗してレーダーを確認していた。
岡「敵は……何か固まッとる場所があるのォ……100点反応は今んとこ一つ……」
岡「まァ、どーせ前回同様何か起こるんやろーがな……それまでに見つかるんかいな?」
岡「我ながら、厄介な口約束をしてもーたわ……あの嬢ちゃん全国指名手配やらアホみたいな厄介ごとに巻き込まれよッて……」
岡「守るゆーて簡単に言わんとけば良かッたわ。ッたく……」
岡はロボットを動かそうとしたところで、レーダーに新たな星人の反応がある事に気が付いた。
岡はガンツソードを伸ばし、飛んでくる2体の星人に向かって跳躍の構えを取る。
岡「まァ、しゃーないわな……」
岡の脚部の筋繊維が異様な盛り上がりを見せる。
岡「男なら女の最後の願いを……」
跳躍と同時に岡が踏みしめていたロボットの装甲がへしゃげる。
岡「叶えんわけにいかんやろーが!!」
弾丸のような速度で岡は星人と交錯し、岡と星人たちの激しい空中戦が始まった。
安孫子達は、岡がロボットから急に飛び出した姿を見ていた。
その先には数メートルはある彫刻星人が2体。
岡は激しい空中戦を行ないながら、2体の星人の攻撃を身動き取れないはずの空中で巧みに避けながら、2体の星人を地面に叩き落して地上戦を始めていた。
その様子を見ていた安孫子達は、
安孫子「……マジかよ」
藤本「……安孫子、アイツは一体何者なんだ?」
池上「れ、レベルが違いすぎる……」
黒名「すごい……」
前衛組みは岡の動きに目を見張り、自分達とは明らかに違う次元の戦いを行なう岡を見続けていた。
その前衛組みの少し後ろで、今回初ミッションとなるPや美穂達は同じように岡の戦いを見上げていた。
P(い、生き残りをかけたゲーム……し、しかし……これは……もう……)
P(あの男性のように戦わないといけない……?)
Pの視線の先で岡が星人を叩き落し、ガンツソードを投げつけながらも掌から閃光を放ち、星人たちが爆発する瞬間が映る。
P(……不可能だ。私はもちろん……小日向さん達にあのような戦いを行なうことなどできるわけ……ない)
岡が地面に着地し、爆発したものの殆ど傷の無い星人と激しい斬りあいを始め、その剣戟はPの動体視力では見る事すらできなかった。
P(島村さんや本田さんは……この恐ろしい戦いに巻き込まれてしまった……?)
P(あの二人が……こんな……人知を超えるような……恐ろしい戦いに……)
Pの脳裏に柔らかな笑顔を浮かべる卯月と元気な笑顔を浮かべる未央が浮かび、同時に卯月と未央が恐怖に震えながら星人に襲われるシーンが浮かびあがる。
しかし、すぐに浮かび上がったそれを頭から追い出して別のことを考え始めた。
P(……二人共生きている……渋谷さんと共に逃げ延びている……)
P(私が今すべきこと……この恐ろしい戦いを生き延びる為にやれることをやらなければならない……)
Pが震えていた手を握り締めて、歩みを進めて安孫子に声をかけた。
P「……あの男性を援護しましょう」
安孫子「あ? あ、ああ……」
安孫子はPに声をかけられて漸く自分が戦場で棒立ちの状態で岡の戦いを見ていたことに気付く。
安孫子は頭を切り替えて岡の援護を始めようとするが、その安孫子達の耳に関西弁の声が届いた。
「おーおー、相も変わらずド派手にやらかしとんのぉ……」
「あッ、あのッ!! お、俺達、どうすればええんですかッ!?」
「どーもこーもあるかい。最初の一匹で俺はもうマジメにやるんはあきらめたわ、岡に任せときゃアイツが何とかしてくれるやろ」
その声の方向に全員が振り向くと、くせっ毛の男と眼鏡をかけた少年、そしてその眼鏡の少年に背負われて震える小さな女の子がいた。
くせっ毛の男は岡の様子を見ながら建物の屋根の上にいたが、安孫子達に気が付いたようで、
「おッ? おおォッ!」
屋根から飛び降りて安孫子達の前にやってきて声をかけた。
いや、その目線は安孫子や藤本やPは入っておらず、その場にいる少女たちに向けられていた。
そして、男は池上の前に立つと、
「そこのネーちゃん。一発やらせてくれんか?」
池上「はァ?」
「く、桑原さんッ!? アンタ何言うとるんや!?」
くせっ毛の男、桑原は目を血走らせながら少女達を見て、己の欲望のままに言葉を発した。
桑原「せやからセックスさせてくれ言うとるんや、ええやろ?」
池上「セ、セッ!?」
藤本「……おい、アンタ……いきなり現れて何言ッてんだよ」
桑原「なッ、ええやろ? 俺もう辛抱たまらんのや。一発でええから頼むわ」
池上の胸に手を伸ばす桑原だったが、その手が触れる寸前、
池上「……死ねッ、変態!!」
池上が銃を向けて発砲しようとした。
それを見て慌てて距離を取る桑原。
桑原「うッおお!? 危ないやろ、そんなモン向けんなや!」
池上「……」
軽蔑の視線を向ける池上。
その視線に何も感じないのか桑原は再度池上に近づこうとしたが、視界の端に明らかに困惑している4人の少女達を見つけた。
桑原「おッ……ほーー、こいつは……」
その4人の少女、美穂達を舐め回すように見て、
桑原「最近どッちかと言うと巨乳ばッか食ッて来たで、あーゆーロリッぽいのもたまにはええなァ……」
桑原は4人の前に立つと、
桑原「可愛らしい嬢ちゃん等、セックスしようや」
目だけは血走っていたが、爽やかな笑顔で言い切った。
美穂達は戦いに巻き込まれてから感じていた不安が一瞬にして羞恥心に塗りつぶされ、顔を真っ赤にして桑原の言った言葉に反応する。
美穂「せ、せせ、せせ、セセセセセセセ…………」
響子「セッ~~~~!?」
藍子「ななな、何を言ってるんですか~~~!?」
茜「」
桑原「何や? その反応。全員まさか処女か?」
「「「「 」」」」
4人とも顔が赤くなりすぎて、まるで顔が爆発した後のような状態になっていた。
さすがに見かねてPが桑原と美穂達の間に割って入ろうとするが、何かが走る走行音が聞えてPや桑原含めて全員が音のする方向に目を向けた。
そこには黒いバイクに乗った男達、
「おい、ロボットが見えたぞ前嶋!」
前嶋「……他の人間もいる、前回と同じか」
全員が新たに現れた前嶋達に声をかけようとするが、それもつかの間建物の屋根の上から戦闘音が聞えてきた。
戦闘音は屋根の影になって見えなかったが、一つの影が姿を現すと共にそれを追うように一匹の小型の彫刻星人が飛び出してくる。
影は金髪の外国人の美少女だった。
少女は右手を骨折しているようで、痛みに顔を引きつらせながら星人から逃げているようだった。
その少女を見て、バイクの男達は、
「外人もいんのかよ!?」
前嶋「ッ!!」
「お、おい前嶋ッ!!」
前嶋はその少女を助ける為に瞬時に反応して星人を殴ろうと跳躍するが、
前嶋の行動を見た少女は、流暢な日本語で前嶋に言った。
「殴ると手が壊されるッ! 投げ技を使ッて!」
前嶋「!!」
前嶋は殴りつけようとしていた手を開いて星人の翼を持つと、明後日の方向に向かって投げ飛ばした。
その星人は、投げ飛ばされていったがすぐに空中で軌道を変えて今度は前嶋に向かって襲い掛かってきた。
しかし、星人は前嶋に近づくに連れてその身が破損し始めていき、前嶋の目の前で急に星人の背後に現れた桑原が、
桑原「おう、表面割れて中身見えとるのォ」
桑原が星人にガンツソードを突き入れる。
銃撃によってひび割れた隙間に滑り込ませるようにガンツソードを差し込むと星人の中から血が噴き出して星人の動きは停止した。
星人が完全に死んだことを全員が理解すると、追われていた少女は屋根の上で息を吐き、攻撃をしていた前嶋や桑原、星人に銃撃を加えていた宮崎や森下達も緊張を解いた。
外国人の少女は右手を抑えながら前嶋の前に飛び降りると、
「感謝するよ」
一言だけ言って視線を黒いロボットに向けた。
前嶋「……日本語、喋れんのか?」
外国人にしか見えない少女が短いながらも流暢な日本語を喋ったことに少し驚いて聞き返すと、
「……日本語しか喋れないし、あたしは日本人だよ」
さらに前嶋は少女に質問をしようとしたが、戦場にまた複数の影が現れたことにより、新たな星人が現れたのかと戦闘態勢をとるが、その複数の影はスーツを着た男女。
「計ちゃん! あれは本当に渋谷さんが出したロボットなのか!?」
「ああッ!! 間違いねぇ!! やッぱりアイツも来ていた!!」
「加藤君!! 後ろから敵が来たよッ!?」
「玄野クン、あッちからも大きい星人がッ!!」
黒いロボットに向かって屋根を駆け抜けていく4人の男女、玄野達東京チーム。
玄野達は建物の下にいた他のチームには気付かずに駆け抜けていくが、すぐに星人と交戦を始めていた。
前嶋「アイツ等……前回の」
安孫子「また人が増えた……しかも明らかに戦いに慣れている人間……これなら……」
桑原「あの爆乳はレイカやんけッ!! やッぱ乳デカいほうがええわーーー!!!!」
各々が交戦を始めた玄野達の元に向かう。
共闘をしようとするもの、助けようとするもの、自身の欲望を満たそうとするもの、それぞれだったが、Pは玄野達のチームの一人加藤が発した言葉を聞いていた。
P(確かにあの男性は渋谷さんと言った)
P(では、この場に渋谷さん……そして、島村さんと本田さんも来ている?)
P(……確かめなければならない)
Pは美穂達を連れ、先に玄野達の元へ向かった面々を追いかけていく。
玄野達はロボットの足元までたどり着くとその場でロボットに背を向けて襲い掛かる小さな彫刻星人と戦い始めた。
玄野「剣もッ、効かねェのかよッ!!」
星人をガンツソードで切りかかった玄野だったが、ガンツソードが砕け散った瞬間を見て瞬時にZガンの持ち替えて攻撃を行なった。
しかし、そのZガンの攻撃も足止め程度にしか効果が無かった。
何度も何度も玄野がZガンを撃ち込み続けて、急に星人の動きが止まった。
いつの間にか星人の身体に光のワイヤーが巻きついており、星人は頭からどこかに転送をされて行っていたのだ。
銃口を向けて荒い息をつくのは加藤と岸本。
完全に送ることが出来たとほっとしたのもつかの間、
レイカ「玄野クンッ!! ダメッ!! この銃じゃ通用しないッ!!」
ショットガンを2メートル強の彫刻星人に撃ち込んでいたレイカだったが、ショットガンでは通用しないのか星人は高速で襲いかかって来ていた。
それを玄野はZガンで対抗しようとする。
だが、Zガンの重力砲は確かに星人に当たったに関わらず、星人は若干スピードを落とした程度でレイカに襲い掛かった。
レイカはその星人の突進をギリギリのところで避けて玄野の元に駆け寄って星人に再び銃を向けた。
玄野「やべェ……この銃も効かねェのか……」
加藤「ならッ! このYガンでッ!!」
加藤が星人に向けて放ったYガンのワイヤーは星人を巻きついて拘束したかと思った瞬間はじけ飛んでしまった。
岸本「うそ……」
レイカ「玄野クン……」
自分達の持つ全ての武器が通用しないという事が分かってしまい、玄野以外の全員に絶望感が襲う。
だが、玄野は。
玄野「あきらめんなッ!! まだなんとかなるッ!!」
レイカ「で、でも、どうやッて……」
玄野「無敵の生物なんていねェ!! ぜッてーに弱点があるはずだッ!! まずはそれを見つけるぞッ!!」
岸本「弱点……」
玄野「それにだッ!! このロボットがある以上、渋谷も近くにいるはずだ!! アイツが来て一緒に戦えばこんなヤツ瞬殺だぜ!!」
加藤「渋谷さん……」
玄野「全員集中しろよォ!! ヤツの攻撃を受けるんじゃ…………」
玄野が3人に激を入れていたその時、星人に光の閃光が雨霰のように降り注ぐ。
その発生源を探すと、玄野の視線の先に、星人2体の死体を足蹴にして、凛の着ている軽量ハードスーツを着ている岡の姿を目にした。
玄野「あれは……」
岡に気を取られていた玄野だったが、星人の周囲が大きな破壊痕が発生していることに気が付いた。
玄野が首を動かすとそこには玄野の知らないガンツチーム、安孫子達が星人に攻撃を仕掛けていた。
玄野はその攻撃に合わせるように自身のZガンも星人に向けて引き金を引いた。
2丁の重力砲と岡の閃光、さらに様々な面子からのショットガンの乱射を受けて星人の頭部に傷が発生した。
それを見た岡は閃光を止めてガンツソードを伸ばして跳躍の姿勢を見せる。
しかし、岡が跳躍する前に、二つの影が星人の上空に現れて、
傷の入った星人の頭部にガンツソードを突き入れ、星人は完全に沈黙した。
玄野はその二つの影を見て、すでに顔見知りになった男達の名前を呼ぶ。
玄野「武田……吉川……」
武田「あの目立つロボットを目指して来てみたら……これで君達とは3回目の合同ミッションになるのか?」
吉川「おゥ、今回お前ら大所帯だな? それとも別のチームの奴等か?」
お互い顔を見合わせて口元を緩ませる。
その3人にハードスーツの男、岡が声をかけた。
岡「おー、そこの兄ちゃん、お前さッき渋谷がどーとか言うとらんだか?」
玄野「アンタは?」
岡「お前の言う渋谷言うのは渋谷凛ちゅー女の事か?」
玄野「!! アンタ、渋谷を知ッてンのか!?」
岡「……何や、お前もあの嬢ちゃんの居場所を知ッとるわけやなさそうやな……」
岡は落胆した様子で玄野の質問を適当にいなし始めた。
そうしている間にも、安孫子は集まってくるガンツチームの人間を見て不敵な笑みを見せていた。
安孫子「おい、藤本……」
藤本「なんだよ」
安孫子「どいつもこいつも化け物ぞろいだぜ」
藤本「んなもん見りゃわかる。アイツ等どんな修羅場潜ッて来たらあの星人を瞬殺できんだよ」
安孫子「まッたくだ……だけど、今回で終わることが出来るかもしれない……」
藤本「そうだな、あれだけの点数の敵……池上や黒名たちも全員解放できるほど稼げそうだな」
安孫子と藤本はこれほどまでの戦力をもつメンバーを見て、共闘することにより今回で確実に終われると考えていた。
そうして、ここにいる人間に協力を取り次ぐ為に玄野や岡達に話しかけていた。
その頭には、今回新しいメンバーのPたちの事は抜け落ちて、元の場所から建物を何棟も飛び越えたこの場にPたちがいないことに気が付かなかった。
玄野達が星人を撃退した頃、P達5人は舗装された道路を走っていた。
美穂「あ、あのっ、プロデューサーさん、さっきの人達は……」
P「あの方々はあそこに見える大きなロボットの元に向かったようです。私達も向かいましょう」
響子「大きな、ロボット……本当にこれ、撮影じゃないんですか?」
P「……ええ、撮影ではありません。これは現実に起きている事です」
藍子「信じられないです……でも、先ほどの人は……腕があんなに酷い怪我で……」
P「……急ぎましょう」
茜「は、はいっ」
不安になるような事は語らずPは走る。
全員不安で一杯だった。
美穂や響子はもちろん、藍子も茜も普段のマイペースさを保てないほどになっていた。
車がトラックにぶつかり、何かが起きた。
その後見知らぬ教室にいて、さらには気が付けば外国の地。
そこで美術品の彫刻のようなものに襲われて、一緒に来ていた人は酷い怪我を負った。
そして、今、自分達だけの状態。
不安にならないわけが無かった。
そのPたちの正面に無常にも子供の彫刻星人が現れた。
P「っっ!!」
美穂「あれ……」
響子「さっきの……」
藍子「こっちに……来ますね」
茜「ま、まずいんじゃないですか?」
4人を守るように一歩前に出るP。
そのPにゆっくりと星人は近づいていった。
Pが星人に襲われる様子を立体映像で見る凛と西。
西「あー、ありゃダメだな。武器も何も持ッてねーじゃん」
凛「……西、あの人を助けてあげて」
西「あン?」
凛「……あの人は死ぬべき人じゃない」
西「何? あのオッサンお前の知り合いなン?」
凛「そう。あの人には助けてもらったし、何よりもあの人は未央と卯月のプロデューサー……あの人がいなくなったら未央と卯月が悲しむ」
西「……わーッたよ。アイツをここに転送してやるよ」
少しだけ不機嫌な声色で西は凛の頼みを聞こうと光のキーボードを展開させた。
その時だった。
立体映像に映し出される星人が光の閃光に焼かれたのは。
西「お? 何だ?」
凛「……?」
凛にはすぐにその閃光がハードスーツの攻撃のものと分かった。
誰かがPを助けたのか? そうやって立体映像を見ていると、星人がZガンの重力砲で押しつぶされていく瞬間も映し出された。
Pとの間に誰かが割って入った。
軽量化前のハードスーツを装備した誰かだった。
ヘルメットに覆われて顔が見えないその人間はPに声をかける。
「あの子達はアンタのチームの子達? 脅えてるから早くいって落ち着かせてあげなよ。ここはアタシ達が何とかするからさ」
P「貴女は……?」
立体映像から届いた音声に凛の全身が強張り、闇色に染まっていた眼に光が戻った。
凛「う、うそ。で、でも、う、ううん、聞き間違えるわけない」
西「渋谷?」
立体映像に向かって震える足を進める凛に、立体映像はさらにもう一人の姿を映し出した。
「オラオラオラオラオラオラ!! ブッ潰れろーーーー!!!!」
2丁のZガンを乱射しながら歩みを進める少女。
凛「あ、あぁぁ、あああああぁぁぁ……」
西「あいつ……確か……」
少女はZガンを撃ちながら、飛び上がったハードスーツの人間に叫んだ。
奈緒「加蓮!! トドメ任せたっ!!」
加蓮「オーケー、奈緒!! たぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
Zガンと閃光によってボロボロとなった子供の彫刻星人は、加蓮のハードスーツのブレードによって胴体を斬り飛ばされた。
その様子を凛は呆然と見続けていた。
その瞳から気付かないうちに大粒の涙を流しながら。
今日はこのへんで。
凛はその場で立ち尽くして涙が零れ続けるのも構わず加蓮と奈緒の姿を見続けていた。
凛「か、加蓮、奈緒ぉ」
西「どういうこッた? アイツ等は死んだンじゃなかッたのか?」
凛「あ、あなたが、再生して、くれたんじゃないの?」
西「いや、俺はなんもしてねーぞ?」
凛「そう、なの? ううん……そんな、こと、どうでも、いいや」
凛は加蓮や奈緒も再生するのはこの世界から腐った人間を一掃しきれいにした後と考えていた。
しかし、加蓮と奈緒の姿を見た瞬間そんな考えはどこかに消え去ってしまった。
今凛の頭にあるのはただ一つ。
凛「西、私をあそこに送って」
西「……あン?」
凛「加蓮と奈緒に、謝ってくる、あの時、私だけ、逃げちゃって、ごめんって……」
西「……わーッたよ」
西は凛が自分のほうを見ずに、映像を見続けて言葉を発している状態が気に入らないのか明らかに不機嫌な様子だったが、凛の頼みを聞き入れて、
西「……戻る時は言え、転送すッから」
凛「うん、ありがとう……」
凛はそのまま転送されていった。
残された西は立体映像を無言で見始める。
子供の彫刻星人が分割されて道路に転がり、それを行なった加蓮は肘の部分にあるブレードが刃こぼれを起こしていることにため息をついていた。
加蓮「マズいね……このまま戦ったら次辺りで刃が折れそう」
奈緒「今回の敵、固すぎだよな……」
加蓮「ま、凛と合流すれば刃が無くても大丈夫でしょ。最悪ハードスーツを脱いで凛から剣を貸して貰えばなんとかなるし」
奈緒「ほんっと、やっと会えるって事だな……世間ではあんな事になってるし、凛の家も滅茶苦茶になっちゃったし、凛、電話にも出ないし……探すアテが全く無い状態だったもんな……」
その二人の会話をPは聞いていた。
りんという名前。
P「貴女方は…………」
その時だった。
Pの視界の先、加蓮と奈緒の背後に何かが起きていた。
上空から光の線が降り注ぎ、何かをかたどっていく。
すぐにそれが人の顔だという事が分かった。
そして、それが先日見送った凛だという事に気がつき、Pは声を出していた。
P「し、渋谷さん!」
Pの発した言葉に加蓮と奈緒はPを見る。
加蓮「あの人……今、渋谷さんって?」
奈緒「ああ……言ったよな」
加蓮と奈緒はPを見ながら、自分達の背後に何かの気配を感じ取った。
それが何なのかもすぐに分かった、そして二人は同時に振り向き、
何か柔らかいものが自分達にぶつかってきてそれを受け止めた。
その柔らかいものは涙にかすれた声だったが二人のよく知る声。
凛「かれぇん! なおぉ! ごめん……ごめんね……本当に、ごめんなさい……」
加蓮「り、凛!!」
奈緒「う、うわっ、えっ? ええっ!?」
自分達に抱きついて泣きながら謝る凛の姿を見た。
凛「あの時……私だけ逃げちゃってごめん……二人共私のせいで……死なせちゃってごめんなさい……私のせいで……加蓮は……奈緒は……」
加蓮「ちょ、ちょっと凛!? ど、どうしたの!?」
奈緒「り、凛! なんかよくわからないけど、とにかく落ち着けって!!」
凛「うぅ……ごめん、ぐすっ……本当に……ごめんね……」
加蓮「な、奈緒……」
奈緒「あ、あたしに助け求めんなよ……」
しばらく凛は二人を抱きしめて泣き続けていた。
少しして、漸く落ち着いてきたのか、凛は二人と向き合ってまともに会話を出来るような状態になった。
しかし、凛を待っていたのはヘルメットを外していたずらっ子な表情をした加蓮とニヤニヤ笑う奈緒。
加蓮「奈緒~~~、アタシ達、なーんだか、とーっても凛に愛されてるみたいじゃない?」
奈緒「言えてる。あたし、あんなに抱きしめられたの初めて……いーや、これから先あんな熱烈なハグされることなんて絶対無いな」
凛「ちょ、ちょっと、ふ、二人共っ」
加蓮「ここまで愛されちゃったら、アタシ達凛のお嫁さんになるしかなくない?」
奈緒「あ、ああ、そうだな! あたし達、凛の嫁ってやつだな!」
凛「や、やめてよ、からかわないでよ」
戦場だというのに加蓮と奈緒は凛をからかい続け、凛は泣きはらした赤い眼と同じくらい赤い顔をして二人を制止しようとしていた。
加蓮「ふふっ、からかうのはこれくらいにしてあげよっか」
奈緒「そうだなー。まだここは戦場なんだからマジメにやんないと前回みたいになっちゃうかもしれないもんな」
凛「!! そ、そうだよ、前回は確かに……加蓮も奈緒も……」
凛は奈緒が発した言葉で前回のミッションで二人共死んでしまったことを思い出す。
目の前でバラバラの肉片と化してしまった加蓮。
腕だけになってしまった奈緒。
凛「……二人共、誰かに生きかえらせてもらったの? そういえば千葉のチームって二人以外にもいたんだっけ?」
まず凛は二人のガンツ、千葉のガンツの事が思い浮かんだ。
千葉の二人以外の誰かが加蓮と奈緒を生き返らせてくれたのかと。
しかし、奈緒は凛の問いかけにすこし言いにくそうにしながら、
奈緒「……あー、あたし達の……チームはね……その、なんだ……」
加蓮「前回死んだのはアタシ。それでアタシを生き返らせてくれたのは奈緒。ね、奈緒そうだよね」
奈緒「あ、ああ。そう、そうなんだよ」
言いにくそうにしている奈緒に被せるように加蓮が言う。
自分が死んで、奈緒が生き返らせてくれたと。
それに凛は疑問符を浮かべる。
凛「え……で、でも……あの手は……間違いなく奈緒の……」
奈緒「あー……あの時レーザーで両腕を切り飛ばされたからなー……」
頬を掻きながら奈緒は思い出すように前回のミッションのことを凛に話し始めた。
奈緒「あたし達、凛が消えた後にあの凛のニセモノから集中攻撃を浴びちゃってさ」
凛「う……ご、ごめん……本当に……」
奈緒「あー、もう謝んなって! あたし達は凛が逃げたとも思ってないんだから気にするな! なっ、加蓮!」
加蓮「そーそー、むしろ凛があの網目レーザーを回避できてよかったとしか思ってないし」
凛「奈緒……加蓮……」
奈緒「話し戻すぞ! それで、あたしと加蓮はお互いあのトンデモ攻撃を数回避けきってたんだけど、あたしがレーザーで両腕を切り飛ばされちゃってさ」
奈緒は気まずそうに加蓮を指差しながら、
奈緒「体制崩して絶体絶命のあたしをさ、加蓮が投げ飛ばしてくれたんだよ……あの凛のニセモノの攻撃で出来上がった大穴の中に」
加蓮「まっ、ギッリギリだったよね。その直後の記憶がアタシにはないから多分奈緒を投げた後にアタシは死んだんだと思うけど」
奈緒「戻って気付いたよ……加蓮があたしを助けて死んだんだって……前回100点取れてなかったらあたし、どうなってたか……」
加蓮「戻るまでアタシのことに気が回らないほど奈緒ちゃんは大穴の中でパニックを起こしていたんだよー、暗いの怖いよー、出してよーってね、酷いと思わない?」
奈緒「……かーれーんー……人がマジメに話してるのに……」
加蓮「と、いうわけで、アタシが死んで奈緒は生き残って運よく100点取ってた奈緒がアタシを生き返らせてくれたってワケ。いやー、本当に運がよかった、アタシってラッキーガールだと思わない? 思うでしょ?」
奈緒「もう……」
奈緒は加蓮が自分が死んだことで重くなりそうだった場の雰囲気を無理矢理和ませていると気がついて口を挟むのは止めた。
以前死んだ自分が加蓮に生き返らせてもらった時に同じようなやり取りをした事を思い出して。
その二人のやり取りを聞いた凛は再び涙を零し始め、
凛「そう……だったんだ……よかった……よかったぁ……」
心の底から安心した表情を浮かべる凛に二人共顔を見合わせて、
加蓮「な、奈緒、何だか凛の様子、ヘンじゃない?」
奈緒「あ、ああ……凛? 本当にどうしたんだ?」
明らかに情緒不安定な凛を本当に心配し始めていた。
凛は二人からの視線を受けながら心の内にあったものを吐き出していく。
凛「だって……だって……みんな死んで……私だけになっちゃって……」
加蓮「え……?」
奈緒「それって……」
凛「未央も……卯月も……あんなに酷い目にあわされて……」
加蓮「ちょ、ちょっと!!」
奈緒「う、うそだろ……」
凛の言葉で二人共気付いてしまう。
この場にいない二人の少女がどうなってしまったのか。
加蓮「卯月と未央……死んだの?」
凛「……うん」
奈緒「……連絡、つかないワケだ……」
先ほどまで空気を和やかにしていた加蓮もその事実に愕然としてしまう。
奈緒もその場で俯いて手を握り締めて震え始める。
そして、そのやり取りを黙って聞いていた男がその言葉に反応して初めて声をだした。
P「……そんな、島村さんも本田さんも……」
凛の口から二人が死んでしまったと言う言葉を聞きその場で膝をついて絶望するP。
Pの脳裏には凛が言った、必ず連れて帰るという言葉が思い出されていた。
凛も巻き込まれた人間、悪くはないと分かっていても、Pは凛に己の心境をぶつけそうになっていた。
あの言葉は嘘だったのか、何故希望を持たせるような事を言ったのかと。
しかし、Pを含め、全員の思考は中断させられた。
目の前からやってくるスーツを着ていない人間たちと、その人間たちを追うように大量の星人がやってくる光景を見て。
まだかなり先だったが確かに何人もの人間が凛達に向かって、星人を引き連れて走ってきていた。
その人間たちは西によって転送された人間たち。
全員が恐怖の表情を浮かべながら全力で逃げてきている。
しかし、途中で何人も捕まってバラバラにされている姿も見えていた。
奈緒「……くっそ、話してんだから邪魔すんなってのに……」
加蓮「多い……凛、今回の敵は相当固いけど、あれだけの数何とかなると思う?」
凛「…………」
P「……あ、あれは……」
美穂「え……? ひ、人が、え?」
響子「み、見間違えですよね……あ、あはは」
藍子「あ、あ~、わかりました~、私、夢見ちゃってるんですね。うん、そうですよ、私疲れて眠ってるんですよ……そ、そうじゃないと……」
茜「あ、藍子ちゃん! そ、そういうことですねっ! 私とした事が疲れて眠るなんて! もっともっと体力をつけないといけませんねっ!」
加蓮と奈緒は襲ってくる敵に冷静に向き合い、
Pはその数に絶望し、
美穂達は現実逃避を始める。
そして凛は、
凛「……あぁ、本当に、イライラするなぁ……」
加蓮「……凛?」
凛「……あのクズ共は、やっぱり生きている価値なんか無い、生きているだけでこうやって害が発生する……」
奈緒「ど、どうした? 凛?」
二人共、三度様子が変化する凛を見て、その凛の眼が真っ暗に濁っていることに気が付いた。
二人共凛に声をかけようとするが、凛は先に一歩踏み出し、
凛「西、聞いてる?」
西「おォ」
凛の隣に突如現れた少年に全員が驚く。
凛「武器出して」
西「おッ? お前がやンの?」
凛「あれ、煩過ぎるし、邪魔すぎるから。さっさと消したいの。強力な武器を出して」
西「ハハッ!! いいねェいいねェ!! オーケェ!! リクエストに答えて強力なヤツ出してやンよ!!」
その直後、凛の前に何かが転送されてきていた。
その形は剣の柄。
真っ黒な剣の柄、しかし刀身は存在せずに、刀身が存在するはずの場所に不思議な揺らぎが発生していた。
その剣を見た全員が身体を震わせた。
何か、危険なものであるという事を本能的に感じていたのだ。
戦闘経験が豊富な加蓮と奈緒は言うまでも無く、戦闘経験が皆無で一般人であるPたちにもその危険性を感じ取れるほどのもの。
それを凛は臆することも無く手に取り、
凛「使い方は?」
西「振れ。以上、そンで終わる」
凛「わかった」
凛は黒い剣の柄を正眼に構えた。
すると、剣の柄から発生する揺らめきが黒く輝く光と変化して、剣はその真の姿を現した。
黒く輝く光は振動し、周囲一帯の空間にもその振動が伝わっていく。
まるで大地震が起きているような錯覚を全員が感じていた。
そして、それを生み出している黒光を凛は逃げてくる人間と星人たちに向かって振り下ろした。
ビシリという奇妙な音が発生する。
その音と共に、黒光が通った空間に奇妙な痕跡が発生していた。
まるでガラスが割れたような跡が空中に発生している。
その傷跡は徐々に大きく広がり、直線状にいた人間や星人にも伝播していく。
不思議な光景だった。空中に生まれた傷跡が人間や星人にも発生し、まるで割れる寸前の鏡のような状態になっていた。
直後、甲高い破砕音と共に空間が割れた。
それは人間や星人達も同じく、割れる空間に巻き込まれて割れ始めた。
人々はお互い自分達に何が起きているのかも理解できていなかった。
ただ、自分達の身体がバラバラになっていく様を見て、恐怖しながら砂のような粒子となって消えていった。
星人も同じく粉々になり、数秒もたたずに消滅し、凛達の前から終われて逃げていた人間もそれを追っていた星人の姿も完全に消滅していた。
凛「……ふぅ……やっと静かになった……」
西「死因、五月蝿かったから。あいつ等も気の毒になー。合掌ー」
半笑いで数秒ほど手を合わせている西。
だがすぐに西は凛の持っていた剣をどこかに転送していった。
西「ンじゃ、その剣回収しとくな。あンま通常空間に出しとくと色々ヤベーことになッからな」
凛「……一体どんな武器だったの?」
西「効果は、空間……いや、俺達の存在する次元を切り裂く武器だ。次元断層を何重にも発生させて、範囲内にあるものはどんなもんだろーとグッチャグチャのバッラバラにしちまう。まァ、直撃すりゃ、どんな生物だろーが100%消滅するッて攻撃を生み出せるッつーわけだ」
凛「ふーん……よくわからないけど、すごく強力な武器の割には周りの被害が少なかったね?」
西「そりゃ、俺が出力の調整やらをしてッからだ。そーじゃなきゃ、直線状にあるモンは全て消滅しちまうッつーの」
凛「……そっか、ありがとね」
西「おぉ! お安い御用ッて奴だ! しッかしあのジジィ、マジでアホだぜ? この武器75回目の報酬で先着1名の唯一品なんだけどよ、出力の調整もなンもなしで渡される予定だッたみてーだぞ。コレ、下手したら地球を真ッ二つにすることも出来ンのにだぜ? つーか75回クリアとか出来るヤツいるワケねーだろッつーの」
凛「……あのクズの事は思い出したくも無いんだけど」
西「おー、悪りィ、悪りィ」
その二人の様子を加蓮や奈緒はずっと見ていた。
固まっていた二人だったが、凛が振り向いて自分達に微笑みかけたことによって漸く硬直状態を脱することが出来た。
凛「ごめん、待たせちゃったね」
加蓮「え、っと……」
凛「?」
奈緒「り、凛? お、お前、今……人を……」
凛「人? 人なんかいなかったけど?」
加蓮「……凛、アンタ……」
奈緒「お、おい。凛、お前……どうしたんだ?」
凛「……あ、そっか、そうだったよね……」
凛は思いだしたかのように二人から視線をそらしていた。
しかし、西に二人から反らした流し目を送ると、
凛「……西、私はさ、間違った事をしてるかな?」
西「あン? 何がだよ?」
凛「人の皮を被った悪魔……ああいうクズ共を殺す事は間違っている?」
西「! そーいうことか、いやいや、お前は何一つ間違ッてねーよ。だッてお前、思い出せよ、島村と本田がどんな目にあッたのかッつー事を」
凛「…………あぁ、うん、そうだった…………」
西のその言葉に凛の瞳に闇が落ちた。
その様子を加蓮と奈緒は見て、さらに違和感を増してしまい、まるで自分達の知っている凛はそこにいないような錯覚を覚えてしまう。
その違和感を肯定するように、凛はとても歪んだ笑みを浮かべて加蓮と奈緒に、
凛「加蓮、奈緒。二人共、私の事、信じてくれる?」
加蓮「……信じるって、アタシは凛の事を疑ったりしたことなんてないよ?」
奈緒「あ、あたしも、そうだけどさ……」
凛「ふ、ふふ……嬉しい……二人共……私を受け入れてくれる……こんな私を……」
加蓮「凛……」
奈緒「な、なあ、凛、一体何があったのか話してくれよ」
凛「あ……そうだよね。そっか、そうだ……二人にも……今のこの世界がどんなに腐ってるか知ってもらって……みんなで一緒に素敵な世界を作っていければ……」
凛はさらに口元を歪めて、チェシャ猫のように笑う。
凛「西、加蓮と奈緒、後あっちの男の人と女の子たちを元の場所に転送してもらえるかな?」
西「おー、わかッた」
加蓮「転送?」
奈緒「お、おい、凛……」
西が操作し始めるとすぐ加蓮と奈緒は転送されて行く。
P「し、渋谷さんっ! 島村さんと本田さんは……」
凛「……ごめん、後で説明するよ……」
Pも転送され始め、
美穂「ひっ、ひぃぃぃ!?」
響子「い、いっ、いやぁぁぁぁっ!?」
藍子「あ、あは、美穂ちゃんと響子ちゃんもプロデューサーさんも頭がなくなっちゃったぁ……あはは………………」
茜「あ、藍子ちゃんっ!! こ、これ、やっぱり夢とは違うような……」
その場に残ったのは西と凛。
西は凛を転送する前に聞いていた。
西「何? お前、アイツ等をどーするつもりなン?」
凛「え? どうするも何も聞いていたでしょ? 加蓮も奈緒も私達に力を貸してくれる。私達4人で、未央や卯月やお父さん達が帰ってこれるような新しい世界を作り出すの」
西「あの二人もか……」
凛「……何? 不満なの?」
西「……別に不満ッつー事はねーけどよ……あぁ、そう睨むなよ! わーッたッて!! あの二人と協力すンのに不満なんてねーよ!!」
凛「そう、それならよかった」
西「はァ……そンで、他のオッサンと女4人はどーすんの? まさかアイツ等も一緒にとか言い出すんじゃねーだろーな?」
凛「あの人には未央と卯月のことを話さないといけない……二人共あの人の元に返してあげないといけないから……他の子達は……帰してあげて、あの子達確か未央と卯月と同じ事務所のアイドルだったはずだから」
西「へいへい、わかりましたよ」
そうやって一区切りが付いたとき、大きな爆発音が二人に届いた。
二人共その爆発音が発生した方角を見ると、そこには空中を走るバイクが翼の生えたダヴィデ像の星人に叩き落されている光景があった。
ダヴィデ像は空中でバイクに乗っていた欧米系の顔立ちの男を握りつぶしたかと思うと、急降下し建物の影に隠れて二人の視界から消え去った。
凛「……西、もう終わりにしなよ」
西「終わり? このミッションをか?」
凛「そう、あのガンツチームの人達ってあなたが間違えてここに送ったんでしょ? もう死ぬべきクズは全滅したと思うしさ、もう他の人達は戻してあげてよくない?」
西「ンー……そーだな、確かに送ッた奴等は星人とお前が殺しただろーし、終わらせッか……」
凛「うん、それがいい………………」
西「ん?」
西は凛が完全に固まった姿を見て疑問を浮かべる。
凛は目を見開いて視線をある場所に送っていた。
西もその視線の先を追うと、そこには一人の男が建物の屋根の上でショットガンを構えていた。
どうやら星人に狙いを定めているようだったが、西はその男に見覚えが無かった。
一体なぜそれほどまでに凛がその男を注視しているのかと聞くと、
西「アイツがどーかしたのか?」
凛「……クズはまだいた」
西「あン?」
凛「お父さん達を殺したクズが、ここに来てる……そいつらを殺さないといけないよね?」
首だけを動かして瞬きもせずに西に問いかける凛。
西「お、おう。そーだな」
凛「そうだよね。それじゃ、この場所に来ている4匹のクズを殺しに行ってくるよ」
西「お、おう……ッて、ちょッと待て!!」
西の静止も聞かずに凛は視界に入っている男に向かって飛び出していった。
西「あのバカ……今回のヤツらはスーツの防御性能が意味ねーッつーのに……」
立体映像の西は、通常スーツで戦場に飛び出した凛を呆れたような苦笑したような顔で見ながらその後を追い始めた。
西「本当にブチ切れてやがるぜ。だけど、アイツをサポートできるのは俺くらいなモンだし付き合ッてやッかな!」
凛の後を追う西は自分でも気付いていないほど自然な笑みを作っていた。
まるで親を追う子供のような表情で凛の背中を追っていた。
今日はこの辺で。
イタリアのトレビの泉。
観光名所であるその場所は今戦場と化していた。
様々な国籍のガンツチームの人間が続々とトレビの泉に集まって来ている。
それらの人間を追うように彫刻星人も集まってくる。
何故この場所にガンツチームの人間が集まってくるのか、それは単に目立つ目印があったから。
今回のミッションでかなりの初期段階で行動した男、岡が駆る巨大ロボット。
ロボットはトレビの泉の傍に佇んでおり、その持ち主の岡は次々と集まってくるガンツチームの人間を見て自身の目的の人物がいないかと探し回っていた。
岡「なんやねん!? 敵も人もドンだけおるんや!?」
岡の姿もすでにハードスーツは壊れ通常のスーツのみの状態。
それでも岡は襲い掛かる星人を巧みに避けながら撃破し続けていた。
その岡を中心にして日本人の集団が集まっていた。
その中でも声をあげて集団を鼓舞している童顔の男がいた。
玄野「岡に武器を回し続けろォ!! 刀やデカ銃を持ッてるヤツは岡に回せェ!! ショットガンを持ッてッヤツは星人に集中砲火をするンだ!! 表面が割れた部分には銃が効くぞォ!!」
玄野の指示に集まっているガンツメンバー達は従うように行動をしている。
集まっているメンバーは玄野よりも年上の人間や人の言葉など耳にしないような人間もいた。
しかしそういった人間たちも玄野の言葉を聞き入れてこの場に50人を超すような大規模な集団が出来上がっていた。
何故彼らは玄野の言葉に従っているのか、それはこの場において岡の次に星人たちを倒していたのが玄野だったからに過ぎなかった。
さらに言うなら玄野は加藤やレイカや岸本と協力しながら助けられる人々を救いながら戦い続けていた。
その姿はどこか不思議なカリスマ性を持つ物で、玄野達に助けられた人々に限らず玄野達の戦いを見る人々も彼らと共に戦えば生き残れるのでは? と思わせるほどのものであった。
玄野「全員踏ん張れよォ!! 後少しの辛抱だァ!! この防衛ラインを突破されンじゃねーぞ!!」
叫ぶ玄野に星人が襲い掛かるが、玄野が星人の攻撃を紙一重で避け、至近距離でXガンを連続で撃ち込んで破損した表面に飛び込んできた黒い影の集中砲火が炸裂して星人は爆発していく。
その黒い影と玄野は背中合わせになり戦闘態勢を継続する。
玄野「助かッた!」
玄野と背中合わせで荒い息をつきながら索敵を続けるのはショートヘアの少女。
黒名「どういたしましてッ!」
二人はXガンを襲い掛かる星人に乱射しながらお互いをカバーしながら戦い続ける。
すでに乱戦状態になっている戦場でいつの間にか岡のロボットによじ登り銃撃を行っている人間達がいた。
それは安孫子達のチーム、そして眼鏡をかけたインテリ風の男のチーム。
安孫子「アンタ等も気が付いたか? このロボットの装甲……あの星人の攻撃も何発か防ぐぞ」
眼鏡の男、関根は安孫子の言葉に小さく笑みを作りながら、
関根「ああ、つまりは背後からの不意打ちの可能性はかなり減る……しかし、一撃でこのロボットの装甲を貫いてくる星人もいるかもしれない」
藤本「そういうヤバイ奴が来たらお手上げだ。誰かがやられてる間に全員で攻撃すりゃ何とかなんだろ」
「そういうバケモンが出たときゃ、俺が身体張ッて何とかしてやる」
頭上から聞えた声に全員が見上げると、そこには年配の男が剥き出しになったロボットのコクピットに胡坐を掻いて座っていた。
安孫子「お、おい、アンタそんな所にいたら狙われるぞ!!」
「若けぇのが年寄りの心配してんじゃねぇ、ワザと目立つ所にいるンだよ」
藤本「おいおい……オッサンは死にたがりか何かか?」
矢沢「オッサンじゃねぇ、俺は矢沢年男ッつー名前があんだよ……まあ、お前らから見たらオッサンかもしれねーがな」
矢沢「やべェのが来たらお前らに教えてやッから、お前らはあのバケモン共を援護してやれ」
関根「矢沢……さん、でしたか? 貴方は……」
矢沢「戦力にならねぇオッサンは囮か見張りになるくらいしかねぇだろ。ほら、手ェ止めてねぇで撃て撃て!」
そう言いながらも剥き出しのコクピットからショットガンを構えて打ち続ける矢沢。
それに合わせて安孫子達も地上の星人や空中の星人に向かって撃ち始める。
殆どの人間が銃を使う中、銃を使わずに素手で戦う男女とガンツソードで戦う男が建物の屋根の上で空中から襲い掛かってくる星人と応対していた。
ガンツソード二刀流の男は素手で戦う男女に呆れた物言いをしていた。
吉川「おい、前嶋にメアリーだッたか!? お前ら素手じゃなくて剣くらい使えよ!!」
前嶋「銃も剣も必要な奴にくれてやッた」
メアリー「剣なんか要らない、あたしが信じるのはあたしの身体から繰り出す攻撃だけ」
吉川「おーい武田ァ! コイツ等、イカれてんぞ!! 剣でも砕かれる硬さの敵に格闘戦を挑んでんだからよォ!!」
武田「……アンタは人のことを言うな……無駄話は後だ、また団体様のお出ましだぞ」
全員が10体近くの星人たちを捉える。
その星人たちを見ても吉川達は動じずにそれぞれが構えを取る。
武田「前嶋、メアリーさん、二人は敵を地上に落とすことだけを考えてくれ」
前嶋「ああ、ワカッてる」
メアリー「承知の上だよ」
吉川「リーダー達とあの大阪弁のヤローにまかせるッつーワケか」
武田「ああ、流石にあの数をマトモに相手をするのは厳しいだろ?」
吉川「正論だな。俺達の武器じゃマトモに戦えない……」
吉川は武田の言葉に賛同しながらも星人たちに向かって一歩踏み出す。
吉川「だけどよォ……通用しない武器を駆使して敵を斃すッてのは、ある意味漢のロマンッてやつだと思わねェか?」
武田「……前前から思ッていたが、アンタ戦いを楽しんでないか?」
吉川「アァ? おいおい、お前の目に俺はどう映ッてんだよ?」
武田「……そうだな。強いヤツに挑む剣士ッてヤツがアンタのイメージに一番近いな。どんなにヤバい敵でもアンタは剣2本で戦い続ける……そんな感じか?」
吉川「ンだよ……お前には俺が正義のヒーローに見えねェのか?」
武田「……は?」
吉川「俺はよォ、ガキの頃から戦隊モノとか特撮系のヒーローが好きでな、いつかああいう正義のヒーローになりてェッて思ッてたんだよ」
武田「……そうなのか」
吉川「ああ、あーいうのは男なら誰でも夢みるモンだ。お前もそー思うだろ?」
武田「……」
武田が吉川の思わぬ質問に返答できないでいると、いつの間にか傍に来ていた前嶋が小さく言った、
前嶋「……少しはワカる」
吉川「おォ!! やッぱそーだよな!!」
前嶋「……ああ」
武田「……」
吉川と前嶋が思わぬ意気投合を行い、武田はどうしたものかと二人を見ていた。
その男達3人を見るメアリーは。
メアリー「……ホント、男ッて馬鹿しかいないんだね……」
冷めた目で3人を見つつも、襲い掛かってくる星人を対処する為に構えを取った。
その集団の中で攻撃もしようとせずに様々なガンツチームの女性を見続けている男がいた。
桑原「……おォ、白人女に……ありゃロシア人か? 黒人の女もおるなァ……あッちはヒスパニック系……選り取りみどりやんけ……」
その桑原に小さな女の子を抱えた眼鏡の少年が悲鳴を上げるように声をかけ続けていた。
「くッ桑ッ原さんッ!! な、何スーツをッ!! 脱いでンのや!?」
すでに半裸状態になっている桑原は何を馬鹿なことを聞いて来るんだという顔で、
桑原「そら、脱がな犯れんやろ? 何ワケわからんこと聞いとんのや?」
「アンタはアホかァァァ!? こないな状況で何トチ狂ッた事やろうとしとんのやァ!?」
桑原「何言うとんのや……俺は今日いっぺんもセックスしとらんのやで? もう限界なんや、誰でもええで犯らな死んでまうんや」
「アホォ!! アンタ、全裸になッてホンマに死ぬで!?」
桑原「アホ、一発ヤるまでは俺は不死身や、死ぬわけなかろーが」
あろうことかスーツを脱ぎ捨てた桑原は近くの少女に近づいていく。
するとその少女にタイミングを見計らったかのように星人が襲いかかってきてしまった。
すると桑原は少女を星人から守る為に飛びついて、星人の脅威から少女を救った。
桑原「大丈夫か、ネーちゃん……おォ、お前、さッきの」
その少女は黒髪ロングの少女、先ほど桑原から直球の言葉をかけられていた池上。
池上「あ、ありがと…………!?!?!?!?」
池上は間一髪助けられたことに礼を言いかけたが、桑原の姿を見て絶句した。
桑原は全裸で、その股間はいきり立っており、さらに桑原の手は池上の胸と股間に伸びていたからだった。
反射的に池上は叫びをあげながら桑原の顔面にグーパンを繰り出した。
池上「ッきゃあああああああああああああああああ!!!! こ、こンのド変態ぃぃぃぃぃ!!!!」
桑原「おぉッ」
しかし、その攻撃を桑原は難なく避けて池上の背後を取り、両手で胸を鷲づかみにする。
桑原「いいモンもッとんなー。ヨダレでてきたわー」
池上「!?!? く、黒名ァーーー!! た、助けッーーー!!」
スーツも着ていないのに超人的な動きを見せた桑原に池上はパニックに陥り、戦いの中で信頼するようになった少女の名を叫ぶが、池上の叫びに反応したのは先ほど襲い掛かってきた星人だった。
星人は池上と桑原目がけて急降下し、二人共星人に貫かれるかと思ったその瞬間、
桑原「おォ、邪魔すんなやァ!!」
またも異様な動きで星人の背後を取った桑原が池上のホルスターからいつの間にか奪い取っていたXガンで連続射撃を行なう。
同時に四方から星人に銃撃が加えられて星人はやがて爆発して四散した。
それを見て桑原は仕切りなおしといった感じで池上のいたところを見るが、
桑原「なッ!? お、おい、どこ行ッたンや!? 俺をその気にさせといてそりゃないやろーーー!!」
戦場で全裸でしかも股間を膨張させている異様な男には誰も近づかず、桑原の周囲は不思議な空間が発生していた。
それを先ほど銃撃で星人を倒した男、加藤は。
加藤「なんて……ヤツだ…………」
一瞬だが戦場だという事も忘れて桑原を見続けてしまっていた。
呆然としていた加藤に岸本から声が掛かる。
岸本「加藤君! また人が増えたよ!」
加藤「ッ!? あれは……何だ……?」
岸本はその装備のことを聞いてはいたがそれを手に入れるのにどれほど大変なのかという事がまだピンと来ていなかった。
しかし、加藤はその装備を……その装備を装着した集団を目の当たりにして先ほどの桑原を見た時とは違う驚愕が襲う。
そこには100点6回目の報酬であるハードスーツを身に纏った集団。
全員がハードスーツを身に纏い、数人は凛が着ていた軽量型のハードスーツを着ている。
その集団はまるで統率の取れた軍隊のように、飛行バイクと地上を走るバイクで編成を組みトレビの泉に現れた。
「The battle is starting!! Hurry up,hurry!!」
「Are they Chinese!?」
「Anything is fine, I will find a boss!!」
集団は襲い掛かる星人たちを軽々と倒しながら何かを探すようにトレビの泉を駆け抜けていった。
一瞬だったが、その集団が通り抜けた後には星人たちは存在せず、恐ろしい戦闘能力を保有した集団もこの場に来ているという事を知り、彼らが発していた言葉が英語だったことから、
加藤「アメリカ人……か?」
岸本「アメリカ……世界中から来てるのかな……?」
加藤「多分……そうかもしれない。ここは日本人が多いけど、外国人の顔も見える……」
岸本「本当に……あたしたち……どうなッちゃうの……?」
不安めいた声色で加藤に聞く岸本の問いに答えたのは加藤ではなかった。
二人の傍に着地した二つの影、玄野とレイカだった。
玄野「大丈夫だ、俺達は死なねェ、現に今この状態で誰も死んでねェ」
岸本「玄野君……」
玄野「俺達は今日誰も死なずに帰ることが出来る、そンで前回死んだおっちゃん達も全員生き返らせることが出来る、だろ? 加藤」
加藤「……ああ、そうだ」
加藤「どんなに絶望的な状況でも俺達は立ち向かッて乗り越えることができる……俺はそれをケイちゃんに教えてもらッた」
玄野「へッ」
加藤「ケイちゃん! 岸本さん! レイカさん! 他の人達と共に絶対に生き残るぞ!!」
玄野「おうッ!」
岸本「うんッ!」
レイカ「……はい」
加藤の言葉に3人が頷いたその時だった。
大気が震えたかと思うと、玄野達がいるトレビの泉から少し離れた場所の空が黒く輝いたのは。
玄野「……何だ?」
レイカ「地震?」
加藤「まさか……星人の攻撃か?」
岸本「ッ!! みんなッ、あそこッ!!」
さらに岸本は黒い光が発生した場所とは逆方向の空を指差した。
そこには明らかに今までの星人とは違う圧力を持った、翼の生えたダヴィデ像が空中に浮んでいた。
その星人をレーダーで確認したのは加藤。
加藤「……ケイちゃん。この表示は……」
玄野「……100、だな」
真っ黒な点が4人の汗を冷たくさせる。
しかし、4人とも緊張感は増していたが恐れはなかった。
それはこれだけの集団がいるから。
今までの戦いで一番戦力が揃っているこの戦い。
100点の敵が出てきても、玄野達は臆することも無く戦闘準備を始めようとしていた。
そして、さらに玄野はある少女の姿をその目に捉えてこの戦いの勝利を確信した。
玄野「ッたく……アイツどこにいたんだよ」
その少女は建物の上で何かを探しているようだった。
玄野の視線に他の3人も目を向けると、
加藤「あれは、渋谷さんか!!」
岸本「うんッ! よかッた、渋谷さんも生きててくれたんだ!」
レイカ「でも……何か変な……違和感が……」
レイカが凛に対して妙な違和感を感じた。
それは他の3人もすぐに感じたことだった。
その違和感の正体、それは凛が手にしている武器にあった。
4人共見たことの無い武器。
両刃の真っ黒な槍のような武器。
その先端に何か丸いものがついていた。
遠目からだから4人ともそれが何なのかわからない。
それの正体を確かめる前に、凛は槍を振るってその丸いものをどこかに飛ばしてしまった。
4人とも自分達が感じた違和感は一体なんだったかと考えていたのだが、次に凛が起こした行動でその全てが頭の外に追い出されてしまった。
凛が手に持った黒い槍を振りかぶりその槍を投げた。
するとその槍は意思を持ったかのように動き、先ほど100点の表示を示していたダヴィデ象に向かって飛び進み、
ダヴィデ像に槍が接触した瞬間、ダヴィデ像は風船が割れたように弾け飛んでしまった。
玄野「えッ?」
加藤「な、何が、起きたんだ?」
その光景を見ていたのは玄野達だけではなかった。
他にも戦場で戦いながら、ダヴィデ像に気付いたもの達は皆その光景を見ていた。
岸本「あ、あの槍……」
レイカ「まだ動いてる?」
さらにダヴィデ像を貫いた槍はさらに空中を不可思議な軌道で飛び、ダヴィデ像の近くにいた星人を貫いた。
それだけではなく、1体2体と次々と星人を貫き始め、見える範囲全ての星人を貫くとその槍は主人の元に帰るかのごとく凛の元に戻り、凛の手に収まった。
一瞬で戦場は静まり返り、戦場にいる全ての人間が凛を見ていた。
その視線を受けながらも凛は何かを探すように周囲を見渡し、何かを見つけたのかその背に黒い光の翼を生み出して飛翔し始めた。
その様子を玄野は乾いた笑いを上げて見ていた。
玄野「は、はは、アイツ、やッぱすげーわ……」
加藤「け、ケイちゃん……俺の見間違いじゃなかったら……渋谷さん、100のヤツ倒したよな?」
玄野「俺の目がイカれてなけりゃ間違いなく倒したな……レイカ、岸本、お前達も、アレ見たよな?」
岸本「う、うん」
レイカ「み、見たよ」
玄野「どーやら間違いないみてーだぜ」
加藤「ま、マジかよ……」
玄野「はー、本当にアイツ人間なのか? ミッション毎に人間離れして行き過ぎだろ……ボスをワンパンッて……信じられねぇ……」
空を飛び建物の向こう側に飛び去る凛を見て玄野は呆然と凛を見ていた状態から、凛を追いかける為に行動を開始する。
玄野「ッて、アイツまた勝手にどッかに行こうとしやがッて!! 加藤!! 渋谷を追うぞ!!」
加藤「あ、ああ」
玄野と加藤はすぐに凛を追いかけるように跳躍し建物の屋根に上る、その二人を追うようにレイカと岸本も跳躍して4人は凛を追いかけて、すぐにその後姿を見つけた。
そこには凛と共にもう一人、西の姿もあった。
4人は凛に近づき、二人の会話が聞える範囲まで近づくと、
西「そーそー、スイッチ押したまま刺せば弾け飛ぶぜ。さッき投げた時と同じ様にな」
凛「……」
玄野達には見えづらかったが、凛と西の他に二人の前に誰かがいるようだった。
その声も聞こえてくる。
「た、助け…………」
凛「黙れ」
凛が手に持った槍を押し出すと共に、パンという乾いた炸裂音と共に真っ赤な液体が飛び散った。
それが何なのか玄野達はわからなかった。
西「うォ……結構血飛び散るなァ……」
凛「これで、そこにいるクズが最後の1匹、か」
その時点で玄野は凛に声をかけた。
玄野「お、おい、渋谷?」
玄野の声に振り向く凛と西。
凛は玄野を見て知り合いにあった程度の表情を向け、西は凛とは違って舌打ちをして無言になる。
凛「……あぁ、玄野か。どうしたの?」
玄野「そ、そりゃこッちのセリフだ。お前一体今までどうしてたんだよ……」
凛「私……? そっか……アンタ達と違って今回は転送で直接ここに来たんだもんね……」
玄野「直接?……また、何かやッたの……か……?」
加藤「ケイちゃ……」
玄野が凛に近づいて今まで見えなかった場所が見えてきた。
そこは血の海だった。
そして、その血の海に口をパクパクさせながら絶望と恐怖の表情を浮かべた女性が尻餅をついていた。
そのあまりにもな光景に玄野や加藤は口を紡ぐ。
すぐに頭に浮かんだのは星人によって襲われたのではないかということ。
しかし、何かがおかしい。
その違和感は、先ほど感じたものと同じ。
玄野達4人ともその違和感を感じて、凛にこの状況はいったい何なのかと聞こうとした。
だが、
凛「確か……あの時、デカ銃を使っていたのは、アンタだよね?」
「 」
凛は血まみれの女性に近づいて質問をし始める。
凛「私の家、潰したの、アンタだよね?」
「 」
女性は口をパクパクとさせながらヒューヒューと息を漏らすだけ。
凛「お父さん、お母さん、ハナコ……苦しかったよね……痛かったよね……」
すでに凛は女性を見ずに明後日の方向を見ながら喋り続けている。
凛「潰れて……死んじゃうなんて……そんな酷い死に方……ありえないよ……」
凛は涙を零しながら、しばらく空を見上げていた。
しかし、少しすると、首をカクンと落として女性に恐ろしいほどの殺気が篭った視線を送り始める。
凛「西、銃を」
西「……」
凛の手にZガンが転送され始める。
玄野「お、おい、渋谷?」
加藤「し、渋谷さん……何を……」
Zガンが転送され切り、凛は女性に向けてZガンを構える。
玄野「し、渋谷ッ!?」
加藤「なッ!?」
凛は一切の躊躇をすることもなく、
凛「アンタも潰れろ」
女性に向かってZガンの引き金を引き、女性がいた場所には円形の破壊痕とその跡に血だまりだけが残った。
玄野「お、おま、え……」
加藤「あ、あぁ……」
岸本「ウソ……」
レイカ「こ、殺し……」
凛は使用したZガンをその場に落とすと、深く深く息を吐き出して、傍らにいた西に話しかけた。
凛「これで、また一つ綺麗な世界に近づいたね」
西「……」
凛「どうしたの?」
西「……くッ……い、いや、お前もついに偽善者星人の皮被らなくなッたなーッて……ククク……」
凛「あぁ……」
凛は血だまりに冷たい視線を向け、自分の行なった行動に対し驚愕している玄野達に、
凛「何か言いたいことでもあるの?」
玄野「お、お前……今、人を殺したのか?」
凛「人じゃない、私はこの世界に存在する価値の無いクズを消しただけ」
加藤「な、何を言ッてるんだ!? 君は今確かに女性をその銃で!!」
凛「……だから言ってるでしょ? 私が消したのは男でも女でもない、存在する価値の無いクズ……ゴミを処理しただけ、アンタも掃除するでしょ? それと一緒、私は今ゴミを処分しただけ」
加藤「馬鹿なことを言うなよッ!! どう見たッて君は人を殺したじゃないか!! 一体どうしちまッたんだよ!?」
凛「…………」
西「おいおい、ケンカは止めようぜ! 言い争いをしても意味はないだろォ!?」
加藤が凛を攻め立てる様子を見て、西はニヤニヤと笑いながら何故か仲裁に入り始めた。
今まで自分から加藤に係わり合いをしようともしなかった西が。
加藤「お前……」
西「加藤クンよォ、渋谷はな、やーッと自分に正直になッたンだよ。お前らみてーな偽善者とは違ッて、俺と同じよーに気に入らねーやつはブッ殺して、自分の欲望を満たすために好き放題やッて行くッてな。それを否定しちゃダメじゃねーか」
加藤「お前……渋谷さんに何を吹き込んだんだ!?」
西「おッ? おおッ!? 俺? 俺が渋谷に何か吹き込ンだッて!? 何々? どーいう事?」
加藤「渋谷さんが間違ッてもあんな……人を殺すようなことをするわけない! お前、一体何をしたんだッ!!」
西「……ぷッ……ハッ、ハーッ!! ハーッ!! ハァッ!! クハッ!! お、おい、ま、待て、わ、笑いが、やべ……」
加藤「~~~ッ!!」
加藤は挑発するような物言いの西に限界を向かえたのか西に掴みかかるが、西にふれたかと思うと西の体をすり抜けて倒れこんでしまう。
西「~~~!! ハァーッ!! くッ!! はひッ!! ちょ、ちょ……お、俺……本体じゃ……や、やべッ……」
西は顔面から突っ伏した加藤を見て腹を抱えて笑い続けていた。
西「あァー、やべェ、こんなに笑ッたの、生まれて初めて、だぜ……いや、ホント、クソみてーにムカつく奴だッたのにお前のこと好きになッちまいそーだ」
玄野「……おい、渋谷」
西「お?」
今度は玄野が西を無視して頭を垂れている凛に問いかけ始めた。
玄野「お前、一体どーしたんだよ!? 前に言ッてたよな? お前は星人を殺すことは出来ても、無関係の人間を殺すことなんてできないッて!!」
凛「…………」
玄野「それにだッ! お前、島村さんと本田さんをいつも守ろうとしてただろ!! そんなおま、え、が…………」
玄野が卯月と未央の名前を出したその時、玄野の目にゆっくりと顔を上げて眼を見開いて自分を凝視する凛の姿を見てしまった。
凛「そう……私は守れなかった……」
凛の眼は負の感情で埋め尽くされたような状態になっており、玄野はその凛の眼を見て硬直してしまう。
凛「二人を守ることも出来なかった役立たずの私……」
凛「そんな私が出来ることなんてさぁ……二人が二度と傷つけられないような……二人の笑顔が二度と曇らないような……そんな世界を作るしかないよね……?」
玄野「……お、おま」
凛「この世界にはさ、私が今まで知らなかっただけで、信じられないくらいの腐りきったクズやゴミが溢れ返ってるんだ。それを全部無くして、綺麗な人達だけの世界になったらさ……そこはみんなが笑って生きていける世界だと思わない?」
皆が理解してしまった。
凛の言うクズやゴミというのは人間のこと。
凛は自分の意思で、先ほど、本当に人を殺してしまったんだという事を。
全員が愕然とする中、西は凛に近づいて、凛の肩に手を回して玄野達に勝ち誇った笑みを浮かべる。
西「と、言うわけだ。俺と渋谷はこれからこの腐ッた世界をブッ壊して、新しい世界の支配者として君臨するッつーワケ。ああ、お前らも同じガンツに呼ばれた仲ッてことで俺達の新世界に存在することを許可してやンよ。感謝しろよー」
加藤「……な、何をそんなバカな事を……」
西「あン? どうしちゃッたンですかー? 加藤クンよォー」
加藤「……そんな夢物語……世界を支配するだ……」
西「あー、そうか。お前達にはまだ俺達が何をしたのかッて知らねーンだッたな」
玄野「……何、言ッてんだよ……」
西「まァ、簡単に言うとだな。俺達はガンツを完全に支配化においた。ついでに言うとガンツを作り出した黒幕をブッ殺して、そのついでにこの世界の権力者たちでどーしよーもねーカス共をブチ殺してやッた。この時点でこの旧世界の崩壊まであとほんのちょッぴりなんだな、これが」
玄野「が、ガンツを……」
加藤「支配下に……?」
岸本「それッて……」
レイカ「ウソ……」
西「マジ。たとえばそこの女をよォ……こーやッて」
西がレイカを指差すと、レイカは頭頂部から光に包まれてどこかに転送されていく。
レイカ「な、何ッ?」
玄野「れ、レイカッ! 西ッ!! テメェ、何をしてんだッ!?」
レイカ「い、嫌……玄野ク…………」
西「あン? いや、その女をガンツの部屋に送ッてやッただけなんだけど?」
玄野「え……」
レイカが完全に転送されきった後、西は玄野達の前に立体映像を生み出して東京のガンツ部屋の様子を映し出す。
そこにはレイカがガンツを見ながら周りを見渡している姿が映っていた。
西「こんなモン、今の俺の力の一部にすぎねーけど。お前らにとッてはありえねー事だろ? ミッション中に部屋に戻ることができるなんてよー」
玄野「……マジ、か」
加藤「……くッ」
岸本「信じられない……」
西「以上、そんなワケで、お前達は俺達の偉業を指咥えて見てろ。今ここで宣言してやる。俺達は1週間でこの世界を破壊して新しい世界を作り上げる。おお、1週間後ッたらカタストロフィカウンターが0になる日じゃン」
西「まァ、今更カタストロフィなんざ昼下がりのティータイムと変わらねぇ、とるに足らねぇ出来事にすぎねーからな、何がこよーと俺達が全部破壊して……あァ? もしかしてあのカタストロフィカウンターッてーのは俺達の偉業が達成されるまでの時間なのか? なァ、どー思う渋谷ー?」
凛「……なんだっていいけど、1週間で全部終わらせるっていう事には賛成するよ」
西「おッ! 乗り気だねぇ!」
玄野達は凛と西が話している内容が理解しがたかったが、凛が先ほど見せた100点の敵をいともたやすく倒してしまったあの光景を思い出していた。
アレほどまでの力を、人を殺すことに躊躇しなくなった凛が今の現代社会に向けて解き放ったとしたら……。
玄野達の脳裏に、どこかの映画で見た世界が崩壊するシーンが浮かび上がる。
その崩壊した世界で高笑いをする西と暗い瞳で世界を見下ろす凛の姿がはっきりと想像でき、全身に身震いが起きる玄野。
何とかして止めなければならない。
そう考えた玄野だったが、
西「そんじゃお前ら、またなー」
凛「……」
二人は空中に浮かび上がっていく。
玄野「く、くッそ!!」
加藤「ま、待て!!」
数十メートル上空まで浮かび上がった二人は、そのまま転送で戻ろうとした。
しかし、その二人に向かって閃光が走った。
途轍もない熱量の閃光。
それが二人を焼きつくさんと襲い掛かったが、凛の背から伸びた黒い光の翼が閃光を完全に防ぎきっていた。
凛「……何?」
西「あぁ……今回のボスだわ」
凛「さっきの槍で倒したのはボスじゃなかったの?」
西「ありゃ中ボスだ。本命はアレ」
西が指差す場所にそれはいた。
下半身は蛇、上半身は人間のような姿で、背には巨大な翼がなびいており、頭上には天使の輪が存在する生物。
その翼の先端に、ハードスーツを着た人間が何人も突き刺されて息絶えていた。
それは先ほど加藤が見たアメリカチームの人間たち。
今回のボスにダメージを与えられたようには全く見えず、全員が今回のボスに刺し殺されていた。
そして、そのボスは明らかに凛と西に敵意を向けていた。
西「どーする? お前、戦う?」
凛「……殺さないとさ、追いかけてきそうだよね、アレ」
西「そーだな……結構知能も高けーみてーだし、ここでサクッとブッ殺しておいたほうがいいな」
凛「わかったよ……それじゃ、武器とサポートお願いね」
西「おー、任せとけ!」
西が光のキーボードを展開し何らかのコマンドを打ち込むと凛に何かの武装が転送され始めた。
凛の姿が変化する中、天界を追放された堕天使のような姿のボスは凛に向かって襲い掛かってきた。
今日はこの辺で。
堕天使はその手に持った紫電迸る三つ又の槍を凛達に突いて来る。
その攻撃は凛の背から生み出される黒い翼によって防がれていたが、黒い翼は攻撃を受けるたびに小さくなっていた。
その間にも凛の足が黒いドロドロとした液体に包まれていき、膝下まで真っ黒な液体が不気味に躍動していた。
西「チッ、敵さんは待ッちゃくれねェか」
凛「ねぇ……これって……何を転送してるの?」
西「スーツだ。ハードスーツよりもさらにパワーアップしたシロモンで、お前の意思を汲み取ッて形状を変化させる。イメージしてみろよ、お前だけのスーツッてヤツを」
凛「ふぅん……」
すでに凛の腹部まで真っ黒な液体で満たされていたが、液体は凛の身体にへばりつく様にして覆い被さっており、液体形状なのに重力に反して凛の身体を登って行った。
液体は凛の身体を包み込み、凛の首元まで来た液体は少しの間首下で蠢いていた。
西「な、なんか見た目は黒いスライムに包まれてるみたいだな……お前、気持悪くねェの?」
凛「……結構心地いいよ? 水の中を漂ってるみたい……」
西「物怖じとか全くしねーんだな……」
凛「……今更でしょ?」
西「そりゃそーか、血のシャワーを浴びて平然としてるヤツがこんなモンにビビるワケねーよな」
凛「……」
凛は黒い液体に頭も飲み込まれて、ウゾウゾと蠢く黒く不気味なスライムにその身を預けた。
それは数秒。
すぐに黒いスライムに亀裂が入る。
亀裂は広がり、その中から白い肌が見えた。
スライムは割れた場所から粘着質の液体が、ふわりと絹のように柔らかい形状に変化していく。
まるで布のような状態に変化したそれは、内部にいた凛の肌を優しく包んでいた。
それはスーツとは言えない形状。
手には漆黒のオペラグローブ。
背中が大きく開いた露出が大目の漆黒のイブニングドレスが凛の身体を包み込み、
その姿は、凛がいつか見た夢で着ていたシンデレラガールになった時の衣装をそのまま漆黒に変化させた姿だった。
凛「何……コレ……ドレス?」
西「お前のイメージを反映させるスーツなんだけど……お前、そンな趣味あッたン?」
凛「イメージ……か。まだ私は、こんな事を……」
凛は少しだけ自分の着ているドレスを見てほんの少しだけ悲しげな表情をする。
それもほんのわずかで、凛は攻撃をし続ける堕天使に視線を向け、
凛「……それじゃ、倒してくるから、その槍貸して」
凛は西に渡していた槍を受け取り、堕天使と向き直り槍を構え、凛の槍と堕天使の槍は激しくぶつかり合った。
トレビの泉に集まった様々なガンツチームの人々は一様に空を見上げている。
視線の先には、堕天使と激しい空中戦を繰り広げる黒く輝く翼で空を駆ける漆黒のドレスの少女。
少女、凛が戦い始めた当初、何人かは凛の援護をしようと銃を堕天使に向けていた。
しかし、堕天使も凛もその動きは速すぎた。
照準など合わせることも出来ないほどのスピードで動き、戦っている両者。
両者が止まる時は、槍と槍がぶつかり合い、周囲一帯に衝撃波が巻き起こる瞬間だけ。
その衝撃波の威力は数百メートルは離れた場所にいるスーツを着た人間が吹き飛ばされるほど。
やがて、地上にいる人々はただ空を見上げることしか出来なくなっていた。
あまりにもレベルの違う戦い。
今までミッションを生き抜いてきた人間ですら、今までの戦いは児戯に等しいと感じさせるほどの戦い。
この場にいる半数以上が何が起きているのかもわからない戦い。
そんな戦いに介入できるものなどいなかった。
戦場で猛者たちは凛の姿を見続ける。
吉川「アイツが……渋谷か……」
武田「ああ……」
前嶋「……すッげ」
メアリー「何……あれ……」
岡のロボットの上で、襲いかかる衝撃波に耐えながら戦いを見る男達だいた。
安孫子「化け物だ」
藤本「間違いねェ」
関根「お、女の子……だよな?」
矢沢「ハッハッハ、こりゃもうどーすることも出来んわ」
そして、トレビの泉の広場の中央。
池上「ふ、ふふ……何よ、これ……」
黒名「すご……い……」
桑原「……あのバケモン嬢ちゃん……うまそうやな……」
そんな中、凛と堕天使の戦いの真下に駆けて来た人間がいた。
岡「……渋谷凛……俺が守る必要ないやんけ……」
上空で恐ろしい速度で戦っている凛を見上げてひとりごちる岡。
岡「島村卯月に本田未央……そんで、アイツも合わせて俺よか強い人間が3人もおるとはなァ……しかも、まだガキんちょで……女やで……」
岡が見上げる戦いが一層激しさをましていく。
岡「なッさけないわなァ、俺……なんかドッと疲れてもーたわ……」
戦いが終わりを迎えようとしていた。
凛の槍が、堕天使の額に突き刺さる。
激しい金属音がギュインギュインと鳴り響いて堕天使の頭は爆発し、同時に肉体も爆散して空に残ったのは凛だけとなった。
岡「やりおッた……」
上空の凛に西が近づいて戦いの勝利を労っているようだったが岡は視線を落としてその場に座り込んだ。
そしてタバコを取り出して火をつけると一服を始めた。
岡「これで……終わりかのォ……」
岡の視界に転送されていく人間が見えた。
それは敵が完全に倒されてミッションが終わったという証。
岡「あの嬢ちゃんを守る必要も無くなッた以上、カタストロフィに備えんとあかんな……」
タバコを吸いながらもこれからの事を考える岡。
その岡の元に近づいてくる3つの影があった。
玄野「ここなら、いけッぞ……」
加藤「け、ケイちゃん……何をするつもりなんだ?」
玄野「渋谷のヤツを捕まえる。多分アイツは俺達とは別のどこかからこの場所に来たんだ……俺達のガンツ部屋に戻ッてもアイツとは会う事はできない。そンなら、アイツが転送される前に捕まえて、無理矢理俺達のガンツ部屋に連れ帰ッてやる」
岸本「で、でも、渋谷さん……空を飛んでるし、捕まえるッてどうやッて……」
玄野「決まッてッだろ。あそこまで飛ぶンだよ。全力でジャンプすりゃ届くはずだ」
十数メートル上空の凛を見ながら玄野はその場で屈んで足に力を込め始める。
その玄野達に岡は声をかけた。
岡「お前、なにやッとんのや?」
玄野「アンタ……岡か……」
玄野は座りながらタバコを吸う男が先ほどまで獅子奮迅の戦いをしていた岡だという事に気付く。
岡「もう終わッたやろ、戻されとるで大人しくしとれや」
玄野「……まだ終わッてねェ。アイツを……渋谷のヤツを止めねェと、とんでもねェ事になる……」
岡「何ィ?」
玄野「あの馬鹿野郎……島村さんと本田さんが死んじまッて、昔のブチ切れてた頃に戻りやがッて……冗談じゃねェッてーの……」
岡「おう、お前今、島村と本田言うたか?」
岡は玄野が言った卯月と未央の名前に反応する。
岡「お前、あの嬢ちゃん等とも知り合いなんか?」
玄野「あ? ああ、そーだよ! 渋谷のヤツも島村さんも本田さんも俺達のチームの仲間だ!」
岡「ほぉ……そんで、あの嬢ちゃんは何をやらかそうとしとるんや?」
玄野「アイツは…………!! やべェ!! 渋谷が転送され始めた!!」
岡との会話も途中、玄野は凛が転送され始める場面を見て、急いで跳躍の構えを取る。
しかし、その玄野に加藤から声が掛かる。
加藤「ケイちゃん!!」
加藤は両手をバレーのレシーブのように前に出して、両手を重ねた。
それを見てすぐに加藤が手を足場にして凛に向かって投げてくれる体勢を取ってくれていると判断した玄野は、跳躍するより加藤に投げてもらうほうが速いと考え、
玄野「おうッ!!」
二人同時に頷きあって玄野は加藤に向かい全力で走り、加藤の前に到達した瞬間軽く地面を蹴って、加藤の手に足を乗せる。
加藤は玄野が自分の手に足を乗せた瞬間、全力で上空の凛に向かって玄野を押し上げた。
大気を切り裂き高速で空を飛ぶ玄野は一瞬で凛の元にたどり着いて、凛の身体を羽交い絞めにした。
玄野「捕まえた!!」
凛「……アンタ、何するのよ……」
西「!? てめェッ、玄野ッ!!」
凛は玄野が飛んでくる姿を見えていた。
しかし、自分に向かって飛んでくる玄野を叩き落したり回避したりしようとはしなかった。
玄野が自分に攻撃をしてくる様子もなく、ただ近づいてくるだけだったから。
しかし、まさか抱きつかれて羽交い絞めにされるとは考えておらず、振りほどこうとするが、振りほどく寸前に凛の頭は完全に転送されきった。
同時に凛に接触している玄野も転送されていく。
玄野「よしッ!!」
玄野は自分の目論見がうまく行ったのだと考えながら転送されていき、その様子を舌打ちしながら西は見続ける。
西「チッ……コイツを別に転送……くッそ、間にあわねぇ……」
西「……まァいい。今更コイツがどうこうできるかッてーの」
西は凛と玄野が完全に転送された所を見て、自分もその場から姿を消す。
その様子を地上から加藤と岸本と岡は見続けていた。
加藤「ケイちゃん……頼んだぞ……」
岸本「玄野君……渋谷さん……」
岡「……蚊帳の外、やのォ……まァええわ」
玄野がまず目にしたのはかなりの広さがあるホールだった。
自分は今、少し高い壇上にいてホールを見渡している状態になっていると気付く。
その次に気付いたのは、腕全体から伝わる柔らかい感触。
自分の視線のすぐ下に黒い髪、凛をまだ拘束しているのだと気がついた。
その拘束している凛から、
凛「……ちょっと、放してよ」
玄野はここが東京のガンツ部屋でないことに小さな疑問を抱いたが、すぐに今時分がすべき事は凛を説得する事だと思い出し、
玄野「放さねェぞ!! お前がバカな考えを止めるまでこのままだ!!」
凛「はぁ……」
凛を絶対に放さないと両腕に持てる力を入れ続ける玄野だったが、玄野の拘束はいとも簡単に凛に外されてしまった。
玄野「なッ!?」
そのまま玄野は凛に軽く押されてその場で尻餅をついて凛を見上げた。
その玄野に横から声が掛かる。
西「ハッハッハ!! おまえ何やッてンの? 何をどーしたいわけ?」
玄野「……渋谷を止める。お前もだ、西」
西「ハッ!! 止める? 俺達を? ハーッハッハッハッハ!! バーーッカじゃねェの? おまえ如きが俺達を止める? できるワケねーだろ!!」
玄野「……渋谷!! 目を覚ませよ!! お前はこいつみたいなヤツじゃねーだろ!! 世界を支配するとかバカな事言ッてンじゃねーよ!!」
西「おいおい、俺達の夢にケチつけてンじゃねーよ。渋谷、お前もこいつに何か言ッてやれ」
西が凛の横に立ち、凛の肩を叩く。
無言で玄野を見下ろしていた凛は、暗い目で玄野を見ながら、
凛「……私の邪魔をしないで。私はみんなの笑顔が曇らない素敵な世界を作らないといけないんだからさ……」
玄野「……渋谷……ッくそ……」
西「つーワケだ、邪魔しなけりゃおまえも生かしておいてやるッてンだから、黙ッてろッつーの」
玄野は凛の目を見て、今の凛は何を言っても聞き入れようとしないと理解してしまった。
自分など見ていない、凛は別のものしか見えていないのだということが分かり。
説得なんて無理……そう思い絶望しかけた玄野は背後に人の気配を感じて振り向いた。
そこにいたのは、加蓮と奈緒。
少し離れた場所にPと真っ青な顔をした美穂達もいた。
凛「あ、加蓮、奈緒。ごめん、待たせちゃったね」
明らかに声質が違う凛の声に玄野は再び凛の顔を見る。
すると凛の顔は卯月と未央と一緒にいるときに近い表情にまで戻っていた。
それに小さな希望を抱き、玄野は凛の説得を続けようとしたが、加蓮と奈緒は玄野と凛の間に入ったことで玄野は出掛かった声を止めた。
加蓮「凛」
奈緒「凛、お前……」
凛「どうしたの? 二人共、難しい顔して……?」
凛は加蓮と奈緒が浮かべる表情を見ていた。
二人共、特に奈緒が言葉を出しずらく戸惑っている表情をしている。
奈緒が言いあぐねいていると、加蓮が凛に聞いた。
加蓮「凛。さっきの話の続き。一体何があったのかを教えて」
奈緒「あ、ああ、そうだ。教えてくれよ凛、お前に何があったんだよ……?」
凛「あっ、うん。そうだよね、二人には話さないといけないね……」
凛は加蓮と奈緒の顔を交互に見て、視線を落としながら話し始めた。
今日はこの辺で。
凛「最初はさ、みんなを生き返らせたかったんだよ」
凛「もう一度みんなと会いたかった、それだけを考えていた」
凛「でも、みんなを生き返らせる前にやらないといけないことが出来た」
加蓮「それって、凛がさっきやってた事?」
凛「そう、私は生きる価値の無いクズ共をこの世界から消し去る」
奈緒「っ!」
凛の言葉に加蓮と奈緒は息を呑む、二人だけではなく玄野もP達も皆、凛を見続けその言葉を聞き続ける。
加蓮「本気なの?」
凛「本気だよ。それに見たでしょ? 私はもう行動に移している」
加蓮「……ふぅ、なんでまたそんな事しようと考えたワケ? アタシの知ってる凛はそんな事をするような子じゃなかったと思うけど?」
凛は下を向いて息を吐く。
凛「みんなを生き返らせようと考えた私はガンツを作り出した張本人に会いにいったんだ。そこで私は地獄を見た」
加蓮「地獄?」
凛「人がさ、沢山殺されてたんだよ」
奈緒「殺されて……?」
凛「本当にたくさん人が殺されてた……子供から老人まで、全員が人としての尊厳を踏みにじられて殺されていた」
凛「ある人達は実験動物のように扱われて、麻酔もかけられずに全身バラバラにされていた。別の人は宇宙人の細胞を移植されて人間としての形も無くなってもだえ苦しんだ挙句殺されていた。他にも、様々な薬や道具を使われて何かのデーターを死ぬまで記録されていた」
凛「小さな子供が身体中の血や内臓を生きたまま取り出されて死んでいた。小さな女の子が身の毛もよだつような男に汚された挙句殺されてた。私達と同じくらいの年の人達が死ぬときにどんな事を考えるのかを聞きたいという意味の分からない理由で殺されてた」
凛「全部ガンツを作り出した人間がやらせていたことだったよ」
加蓮「……」
奈緒「なんだよ……それ?」
凛「信じられなかった、あんな事をする人間が存在するなんて……ううん、あんな奴等は人間なんかじゃない。ゴミクズ以下の存在共……死んで当然のクズ共……」
奈緒「ちょ、ちょっと待てよ!」
凛「どうしたの?」
奈緒「どうしたのって……何言ってるんだよ凛……」
奈緒は凛の言う事がいまいちピンと来なく、困惑した表情で凛に問いただす。
言葉で聞いただけでは凛の見たものがどれほどモノだったのかが分からないといった様子で。
それを察した凛は、
凛「……見てもらったほうがいいよね。西、映像、残ってるよね?」
西「ん? ああ」
凛「立体映像で出して」
西「へいへい」
西は凛に言われるがまま立体映像を生み出した。
壇上にあるガンツから少し離れた場所に生々しい立体映像が浮かび上がり始めていく。
それは凛があの日見た光景と同じもの。
様々な人体実験、研究員達が非道な実験を被験者達が死ぬまで行なっている光景。
被験者達は皆、生きたまま苦しみもがき地獄のような実験を受けさせられていた。
研究員達の中にはニヤケ顔で実験を行なう者もおり、その様な研究員が行なう実験は特に常軌を逸した実験で、被験者達は皆、人としての形も残らずに死んでいっていた。
その映像、まるですぐ傍で行なわれているかの錯覚を起こすほどリアルな映像を見て加蓮と奈緒は、
加蓮「酷いね」
奈緒「うっ、ううっ……」
加蓮は少しだけ顔を顰めて、奈緒は口元に手を押えてこみ上げてくる吐き気を抑えていた。
さらに凛は続けようとしたが、先ほどからこちらを伺っていたPと美穂達がその映像を見て、
P「うっ、げほっ!」
Pは今までの人生で見たことも無いようなグロテスクな映像を直視し、逆流してきた胃液と吐瀉物を吐き出し、
「「「「」」」」
美穂達4人は、あまりにもリアルに人が解体されるシーンを見て、その場で気絶してしまった。
それは平和な日常を送っていた5名にとってあまりにも厳しすぎる映像だった。
Pがその場で吐き続ける所を見て、凛は映像を止めるよう西に呼びかけた。
凛「西、もういいよ。映像消して」
西「おー」
映像が消え、凛はPに少し視線を送っていたが、すぐ落ち着くだろうと結論付けて加蓮と奈緒との話に戻る。
凛「今のは私の見たものの一部」
加蓮「一部?」
奈緒「ま、まだ何かあるのかよ……」
凛「……うん、あった」
凛はその時の事を思い出したのか歯軋りをして瞬きもせずに下を向きながら零し始めた。
凛「……未央も、卯月も、同じような目に会わされてた」
加蓮「っ……」
奈緒「え……え? 未央と卯月が?」
凛「二人共必死に助けてって懇願してた。何度も何度も何度も……だけど、あのクズ共は二人を少しずつ傷つけていった。二人がどんなに叫んでも止めなかった……それどころか楽しむように二人を傷つけて……二人の身体……ぼろぼろになって……反応が無くなったら、もっと酷い事をして……」
凛の瞳から涙が零れ落ち始めた。
凛「二人共……女の子なのに……あんな……何人もの男達に……ぐちゃぐちゃにされて……何度も何度も……あんな酷い事を……信じられない……許せない……」
凛の血走った目から涙が落ち続けて、握り締めた手はスーツが無ければ爪が食い込んで手の肉を抉り取ろうかというほど力が込められていた。
凛はその状態のまま視線を二人に向けて続ける。
凛「だから、私もあのクズ共を殺してやったんだよ」
凛の目は狂気の光が宿っていた。
凛「二人を傷つけ苦しめたクズやそれに加担するクズ共は全て始末してやった」
凛「私のこの手で、一匹ずつね、ふ、ふふ……」
凛が握り締めた手を開きながら、小さく笑い始める。
その様子をその場にいる皆が見ていた。
加蓮は小さく息を吐いて何かを考えながら。
奈緒は戸惑う様子で凛と加蓮を交互に見ている。
Pは吐き気がおさまったのか口を押えながら。
玄野は苦虫を噛み潰したような顔で。
西だけはニヤニヤと笑いながら。
その中で、戸惑いながらも奈緒は凛に言葉をかけた。
奈緒「そ、そんな事があったんなら凛の気持ちも分からないことも無いけどさ……」
凛「そうだよね? 奈緒もそう思ってくれるよね?」
奈緒「あ、ああ」
凛「ふふ……なら、奈緒もこれから私と一緒に生きる価値の無いクズ共を消していくことに手を貸してくれるよね?」
奈緒「な!? ま、待てよ! 卯月と未央に酷い目をあわせた奴等を殺したことでお前の気は済んだんじゃないのか!?」
凛「気が……? ああ、そっか、そうじゃないんだよ奈緒」
奈緒「何がだよ!?」
凛「未央と卯月を苦しめたクズ共は当然殺した。だけど、それに勝るとも劣らないようなクズ共がこの世界には蔓延っている。そんなクズ共が残っていたら、みんなを安心して生き返らせることができないでしょ?」
奈緒「く、クズ共って……そんな奴等一体どこに……?」
凛「例えばさっき私が殺した奴等。奴等は権力を持ったクズ共。権力やお金を使って自分達の欲望を満たし、その為に罪も無い人達を何人も殺していたような連中。死んでも構わないようなクズ共」
奈緒「お、おい……」
凛「そんな奴等はまだまだ腐るほどいる、そしてそういう人間を消していくのと平行して凶悪犯罪者のような明らかに生きている価値の無いクズも消す。例外なんて一切無い、クズは全て処分してやる」
奈緒「ま、待てって……」
凛「大変だと思うけどさ、そうやってこの世界に存在するゴミクズをきれいにしたら、そこはとても素晴らしい世界になると思わない? みんなはもう傷つけられることなんて無い、苦しむことなんて無い、みんな笑顔でいられる!」
奈緒「待てってんだろ!! 聞けよ!!
凛「奈緒?」
奈緒「お、お前のやろうとしてることは人殺しなんだぞ!? それは理解してんのかよ!?」
凛「人殺しじゃないよ。私が殺そうとしているものは人なんかじゃない、人の形をした別の生き物……そういつも狩りをしている宇宙人のようなもの。奈緒だって宇宙人を殺すことに躊躇いはしないでしょ?」
奈緒「ち、違うだろ!! 人は人だ!! 悪人だろうがなんだろうが人を殺すのは駄目だって!! お前後悔するって!!」
凛「後悔? するわけないでしょ? 私のやっている事は正しいんだから」
自身の行いを正当と断言する凛にそれまで目を瞑って考えていた加蓮が問いかけた。
加蓮「はぁ……正しい正しくないって言ったら、アンタのやってる事は間違いなく正しくないんだよね」
凛「加蓮?」
加蓮「凛、アンタは間違ってるって言ってるの」
凛「……何が? 私の何が間違ってるっていうの?」
加蓮「何もかも、今アンタがやってること全部」
加蓮から己の行いを全否定された凛は身体を震わして固まった。
そんな事を言われるとは考えてもいなかった凛。
呆然としている凛に加蓮はさらに続ける。
加蓮「何人も何人も人を殺していった先に何があるって? みんなが笑顔でいられる? そんなワケ無いでしょ」
凛「っ!! どうしてそんなこと言うの!? クズ共を消していった先には間違いなく誰もが笑顔でいられる世界があるのに!」
加蓮「ないって、そんなもの」
凛「そんなこと……」
加蓮「だって、ほら。もうアタシ達、アンタの行動を見て笑えてないもん」
凛「……あ」
凛はその言葉で加蓮と奈緒の顔を見た。
加蓮は真顔で冷たい視線を凛に向けている。
奈緒は明らかに苦しげな表情をしている。
二人共笑っていない。
加蓮「それにアンタの言うみんなって卯月や未央も含まれるんでしょ? あの子達が今のアンタを見たら…………絶対泣くよ?」
凛「っぅ!!」
凛の脳裏に卯月と未央の姿が浮かび上がる。
凛には何故かはっきりとその光景が見えた。
今の自分のしている事を卯月と未央に話して、その結果二人が泣き崩れてしまう光景を。
加蓮「そんな事も分からないくらいアンタは追い詰められてるってこと。いつものアンタならそんな事くらいすぐ気付いてたでしょ?」
凛「ぅっ……うぅ……」
加蓮「少し休みなよ。今のアンタはマトモな思考も出来ないほど心が荒んでる」
奈緒「そ、そうだぞ凛! 今のお前はいろんなことがありすぎて疲れてるんだよ、一回さゆっくり休めばお前も冷静になれると思うよ」
凛「うぅ……加蓮……奈緒……」
凛は頭痛が起きはじめた頭を押えながら二人を見やる。
二人共凛を気遣うような優しい視線を送っている。
凛は二人に向かい手を伸ばし始めたが、凛の手は背後から発せられた西の怒号によってピタリと止まる。
西「お、おいッ!! 渋谷ァ!! お前まさか今更になッて俺達の世界征服を止めるとか言うんじゃねーだろうな!?」
凛「西……」
加蓮「……世界征服?」
奈緒「何を……」
西は振り向いた凛の表情を見て目を見開く。
凛は弱弱しく今にも泣きそうな表情だったからだ。
この数日の凛は全てを飲み込むような闇色の眼をしており、狂ったように人を殺していく最中も表情を変えることもなかった。
西が見ていた凛は悪魔のようであり、途方も無い威圧感をもつ魔王の様であった。
だが、今の凛はただの少女にしか見えず、その凛を見て西は焦るように叫んだ。
西「ふざけンなよ!? お前も俺も戻ることなんてできねーンだぞ!? 今更止めるなンてぜッてーに言わせねえぞ!?」
凛「あ、あぁ……」
さらに凛の頭に痛みが走る。
ここ数日の記憶が蘇っていく。
何人も何人も殺している自分の姿。
凛は髪を掻き毟りながら数歩後退し始めた。
加蓮「凛!」
奈緒「おい、凛っ!」
凛「わ、私は、もう後戻りなんて、出来ない、出来ないの」
一歩ずつ加蓮と奈緒から離れていく凛。
凛「私、たくさん、殺して、さっきも……」
数歩後退した凛の肩に手が添えられる。
それは西の手。
西「そーだ!! お前はもう後戻りなんてできねェ!! お前の進むべき道も一つしかねェンだよ!」
凛「私、は……」
加蓮「ちょっと……まさか凛をそこまで追い込んだのは……アンタ?」
奈緒「っ! おいテメー!! 凛から離れろっ!!」
西「るッせェ!! テメー等は黙ッてろ!!」
西は凛の手を引き加蓮と奈緒から距離をさらに取る。
そうして、傍の凛に耳打ちを始める。
西「……おい、渋谷。アイツ等はここにおいて転送で飛ぶぞ……」
凛「……え」
西「……お前はアイツ等と一緒がいいとか言ッてやがッたが、やッぱダメだ。アイツ等はお前をダメにする。今のお前は何なンだよ? 数百人殺しても眉一つ動かさなかったお前はどこに行ッたンだよ?」
凛「待って……私……加蓮と奈緒に……」
西「……チッ……アイツ等がいない場所で俺達がやるべき事をもう一度話しあわなけりゃなンねェな……」
西は加蓮と奈緒を睨みながら自身の周囲に光のキーボードを展開し始めた。
加蓮と奈緒から凛を引き離すために。
これ以上、あの二人と言葉を交わさせないための行動。
しかし、西が転送のプログラムを打ち込む前に、西の眼前に黒い影が現れ西を殴り飛ばした。
西「!? なンッだ……クッソッ!!」
自身を殴り飛ばした人間の姿を見た西は怒気を含ませた声でその人間の名を叫ぶ。
西「玄野……てめェ!!」
玄野「西……お前にこれ以上はやらせねぇ……」
西「なンなンだよ……おまえはよォ!!」
玄野「よくわかッた。止めるべきは渋谷じゃない。アイツはまだ戻れる、話も通じる……お前を止めさえすれば」
西「ンだとォ!?」
玄野「北条さん! 神谷さん! 渋谷の説得は任せた! 俺はコイツをどうにかする!!」
西「…………クッ……ハハハハハ!! ざッけんな! このクソ野郎!! ぶッ殺してやる!!」
西と玄野がお互いだけを見据え、同時に自身の拳をお互いの顔面に向かい繰り出した。
西が玄野によって吹き飛ばされた後、凛は頭を押えてその場に蹲っていた。
その凛に声が掛かる。
加蓮「凛」
奈緒「凛……」
凛「加蓮……奈緒……」
頭を上げて二人を見る凛。
その凛はもうこの数日間変わることすらなかった表情を崩しきってまるで迷子の子供のような表情を作っていた。
強固な意志で自分の行動を自己肯定し続けていたが、自らが助けたかった相手に己の行動を全否定されて凛の幾重にも塗り固められた意思にあっけなくヒビが入ってしまった。
凛「私……もう、沢山人を、殺しちゃったんだよ……」
加蓮「……知ってるよ」
奈緒「ああ……」
凛「なんでかな……? さっきまで間違ってるなんてこれっぽっちも考えてなかった……ううん、今もそう、間違ってないって思ってるのに……なんでこんなに苦しいの……? 私、間違ってるの?」
加蓮「凛……今はそれ以上考えないで」
凛「……ふふ、私は間違ってるのかな? よくわかんない……私は何をしたかったんだっけ? ああ……そうだったよね……みんなが笑って幸せで傷つかない世界を……あれ? でも、加蓮も奈緒も未央も卯月も笑ってくれない……あれ?」
ひび割れた凛の心は加速度的にその傷を広げていく。
奈緒「お、おい、凛!? 大丈夫か!?」
凛「あたま、いたい……私、みんなを、助けたくって……みんなとまた会いたくって……でも、未央も卯月もまた死んで……お父さんもお母さんもハナコも死んで……加蓮と奈緒は生きて……あれ? 未央も卯月も生きて……? でも死んじゃって……あれ?」
加蓮「り、凛?」
徐々に視線が定まらなくなっていき、うわごとを呟くような状態になっていく凛に加蓮と奈緒は焦り始める。
焦る二人を無視するがごとく凛の状態はさらに悪化していく。
凛「わたし……なにをしたかったんだっけ……? みんなを……あれ? みんな……かれんもなおもいる……なにがしたいの……わたしはなにをするの……あれ? わたしのしたいこと……」
加蓮「ちょっと凛!? しっかりして!!」
奈緒「おい! こっちを見ろ! 目を覚ませよ凛!」
凛「わたし……みんなといっしょに……いつまでもいっしょに……そのために……みんなもわたしみたいに……あっ……そっかぁ……いっしょに……わたしみたいに……」
ボロボロと壊れ続ける凛の心はあることを思い出してその崩壊が一時的に停止した。
それは凛の心が安定していた頃の記憶。
卯月も未央も加蓮も奈緒も生きており、その時の自分が強く願っていた想い。
凛「いっしょに……みんなと……いっしょに……みんなも……わたしみたいに……」
虚ろな目線で宙を見上げていた凛だったが、それを思い出した凛は目線だけを動かして加蓮と奈緒を見る。
凛は加蓮と奈緒をその視界に捕らえると、ゆらりと立ち上がり二人を見たままにへらと壊れたような笑顔を浮かべ、その笑顔を見た加蓮と奈緒はビクリと全身を強張らせる。
凛「かれぇん……なおぉ……」
加蓮「り、凛?」
奈緒「お、おい……どうしちゃったんだよ……凛?」
凛「かれんもぉ……なおもぉ……わたしと……いっしょに……なって?」
加蓮「い、一緒?」
奈緒「な、なんなんだよ? か、加蓮、凛はどうしちゃったんだよ!?」
加蓮「アタシもわかんないって!!」
凛「ふたりもぉ、わたしとぉ、おんなじようにぃ、くるってよぉぉぉ!!」
突如、凛は二人に向かって突進し、加蓮を押し倒していた。
加蓮「きゃァッ!?」
奈緒「か、加蓮!?」
凛は加蓮に馬乗りになると加蓮の頭を両手で触れながら吐く息の温度すら感じられるくらいまで近づき、
凛「かれぇぇぇん……わたしといっしょにぃぃぃ……なろぉぉぉよぉぉぉ!!」
加蓮「ひっ!?」
加蓮は凛の眼を至近距離で見て思わず上ずった声を出していた。
完全に焦点も合っておらず、爛々と光る狂った眼。
お互いの額が触れ合うくらい接近していたが、その明らかに異常な凛の顔は加蓮の視界から遠ざかっていった。
奈緒「凛っ!! 何やってんだよ!?」
奈緒によって羽交い絞めにされて無理矢理引き起こされたことによって。
加蓮「な、奈緒」
奈緒「おい凛! とにかく落ち着けよ! 一回…………」
凛「なおぉ?」
凛は奈緒の声を背後から耳にして、そのまま振り向いた。
奈緒が羽交い絞めにしているにもかかわらず。
加蓮「!?」
奈緒「うっ、わぁっ!?」
その結果、凛の首が180度回転し、奈緒は凛と目が合ってしまい、奈緒は反射的に凛の身体を離していた。
凛は蹈鞴を踏んで加蓮と奈緒から離れ、バランスを崩してそのまま倒れてしまう。
四つんばいで蹲っているにも関わらず、首が180度回転している為に顔は天井を向いているという異様な光景。
だが、すぐに凛は首を元に戻しゆっくりと立ち上がり、再び加蓮と奈緒に視線を向けた。
その狂った眼光を向けられた二人は全身を震わせて小さく唾を飲み込んだ。
凛「かれぇん。なおぉ」
加蓮「……奈緒、今の凛、おかしくなってる」
奈緒「……見りゃ分かる」
凛「ふたりも、わたしと、いっしょにぃ」
加蓮「話も通じない、凛の行動も読めない、ならどうする?」
奈緒「……そんなもん、どうにかしてあいつを止めるしかないだろ」
凛「みんなでくるっちゃおぉよぉぉぉ、かれぇぇぇん! なおぉぉぉ!」
加蓮「多少乱暴になっても?」
奈緒「しかたねぇよ! 来るぞっ!」
加蓮と奈緒は突進してくる凛に対処する為に構えを取って3人は交錯した。
玄野と西は激しく殴り合っていた。
西「玄野ォッ!! てンめェェェ!!」
玄野「おおおおおおおおおおおお!!」
最初はお互いの拳が当たっていた。
だが、すぐに差が生まれ始めていた。
西「ッンだよ!! 何で当たンねーンだよッ!!」
西の拳は当たらない。
しかし、玄野の拳は西の顔面に吸い込まれていく。
玄野は西の攻撃を悉くかわし自身の攻撃を一方的に撃ちこんでいた。
西「ざッけンなァ!! クッソォ!! 玄野ォーーーーーー!!!!」
玄野「うッおおおおおおおお!!」
西の渾身の右拳がこれでもかというほど大振りで玄野に襲い掛かる。
しかし、玄野はその拳を半身になりかわすと、身体をねじりながらアッパーを繰り出す。
その玄野のアッパーは攻撃を回避されて無防備な西の顎に吸い込まれ、西は数メートル浮き上がり吹き飛ばされた。
玄野「西……もうわかッただろ……もう……やめろ……」
西「ッグァ……」
戦闘経験の差だった。
積み重ねた戦闘経験の差で西は玄野を正攻法で倒す事は不可能だった。
何度も何度も死線を潜り抜け、100点の星人とも真正面から戦い、それでいて今日まで生き抜いてきた玄野。
かたや不意打ちや隠れて攻撃を行なうスタイルで、さらには再生されてからはまともに戦う事もなかった西。
ハードスーツを装備していれば話は変わったのかもしれない、しかし西は先のミッション時は本体をこの場において立体映像の状態で凛と共にしていた。
ガンツを操作するコンソールを操るには通常スーツの指が一番動かしやすかった為に西は通常のスーツで玄野と殴り合ってしまった。
万能な力を手に入れたといっても過言ではない西には玄野などただの雑魚という認識でしかない。
しかし、現実は真正面から戦えば西は玄野に100回やっても勝つ事はできないのだ。
そう、激昂して肉弾戦を玄野に挑んだ時点で西の敗北は決定していた。
西「クソ……クッソォ!! この俺がなんでテメェなんぞにやられねーといけねーンだよ!? ンなンだよォ!?」
玄野「お前じゃ俺に勝てねーよ……これ以上は俺もやりたくねェ……あきらめろ……」
西「ハァァァ!? テメーーー何俺を見下してンだ!? このカスが調子に乗ッてンじゃねェぞ!!」
さらに頭に血が上った西は玄野に殴りかかるが、先ほどと同じようにカウンターで吹き飛ばされる。
西「グッアアア!? く、クッソ……意味……ワカンねェ、何でこんなクソカスにこの俺が……」
玄野「西……考え直せ。他の道もあるはずだ……」
西「アァッ!?」
玄野「世界を支配するだとか、そんな事を考えるのはもう止めろ……お前にそンな事なンてできるわけねーよ……」
西「ンだと!? 舐めてんのか!? 俺は世界の支配者になる男だ!! テメーのような凡人がこの俺に意見してンじゃねーよカスが!!」
玄野「……世界の支配とか言ッてッけどよ」
玄野「お前、俺にすら勝てねーじゃねーか。そんなヤツが世界を支配するとか……できるわけねーよ」
西「」
プチンという音が西から聞えたような気がした。
同時に西はさも愉快そうに笑い始める。
西「ハッハハハハハッ!! ハッハッハッハッハッハッハ!!!! ハーーーーッハッハハッハハハハハハハハ!!!!」
玄野「ッ!」
西「もういい、よーくわかッた」
西の周りに光のキーボードが現れて西はゆっくりとキーボードに指を伸ばし始める。
西「おまえ、舐めてンだろ? この俺がおまえに勝てない? 寝ぼけてンのか?」
玄野「……」
西「今までおまえを生かしておいてやッたのは単に気紛れにすぎねェンだよ。おまえの生死なんぞ指一本で操れンだよ」
玄野「!!」
西と玄野は今10メートル近く離れていた。
西はその指を光のキーボードに降ろしていく。
それをいつの間にかクラウチングスタートのような姿勢になっていた玄野は見続ける。
西はその玄野を蔑むように笑い、
西「玄野ォ…………逝けよ!!!!」
玄野の脳内の爆弾を発動させるコマンドを入力した。
だが、
西が指を落とした瞬間、
西の視界は目まぐるしく回転していた。
西(なッ!?)
西(何が起きたッ!? 何だッ!? どうなッてンだ!?)
高速で移り変わる視界だったが、背中に強い衝撃を受けると共に西の視界は元に戻った。
西「グハァッ!?」
西は見た。
数メートルはあろう高さから見下ろし、自分を見上げている玄野の姿を。
西(ッンだ? なンでアイツがまだ……)
同時に浮遊感。
西(!?)
どうやら自分は落下していると気がつく。
そして、同時にゲル状の液体も周囲に飛び散っていることに気がつく。
西(何が、一体、なん…………)
そのまま西は数メートルの高さから受身も取らずに床に叩きつけられた。
同時に頭も強く打ち、その意識を闇に落とした。
玄野の最後の攻撃によって限界を向かえ、壁に叩きつけられて壊れてしまったスーツは西の身を守ることは叶わなかったのだ。
油断し、慢心し、玄野を侮りきっていた西は玄野に完全に敗北した。
玄野「ハァッ! ハァッ!」
西が床に叩きつけられてピクリとも動かない様子を、西に向かって全力の体当たりを決行した玄野は見続ける。
少しでも動けばもう一度全身の力を使った体当たりをブチ込んでやると考えながら。
玄野「やッた……みてーだな」
1分近くその状態を維持し、西は動かず完全に気を失ったか、死んだと判断した玄野は西に近づいてその様子を伺った。
玄野「生きて……いる。気絶してるだけか」
小さく呼吸をする西を確認すると玄野はようやく警戒をといた。
玄野「ふぅ……」
玄野は一息ついたその瞬間、鈍い音を聞いた。
メキメキという何かがひしゃげるような音。
その音の方向に咄嗟に顔を向けると、
玄野「なッ!?」
そこには、凛によってハードスーツの中から無理矢理引きずり出される加蓮の姿。
玄野「あ、アイツ、何やッてンだよ!?」
玄野は西を放置し凛によって優しく抱きしめられている加蓮の元に向かった。
今日はこのへんで。
突進してくる凛を止めようとしたのは加蓮。
今の凛は完全に正気を失っていて、無理矢理止めるとなればハードスーツの自分が一番適任。
先ほど押し倒された時に分かったが、今凛が纏っているアイドルの衣装のような真っ黒のドレスは恐らくスーツ。
そうでなければあんなにもあっさりとハードスーツが力負けをして押し倒されるわけがない。
それも自分達も知らないようなスーツ、即ちハードスーツよりも上位のスーツの可能性がある。
全力で掛からないと止める事なんて出来ない。
そう一瞬で判断した加蓮は、ハードスーツの両手を開き、凛の身体を押さえ込もうと両手を突き出す。
加蓮「っ!?」
しかし、凛は加蓮の手に納まる寸前に身を低く落として這うように動き、加蓮の背後に回りこんでいた。
背後に回りこまれて両手を首に回されて抱きつかれた加蓮は凛の声を耳元で聞いた。
凛「これ、じゃま、かれんに、ふれられない」
加蓮「!?」
ベキリと鈍い音を加蓮は聞く。
凛の手が無造作にハードスーツの一部を掴んで剥ぎ取っていた。
少しずつハードスーツが剥ぎ取られていく。
奈緒「凛!! お前、止めろって!!」
凛の行動を止めようと奈緒が先ほどと同じように凛の背後から羽交い絞めをかける。
しかし、
凛「あぁ、なおだぁ、なお、あったかぁい」
奈緒「っ!? か、加蓮! ダメだ、あたしじゃ止めらんねぇ!!」
凛「かれんも、そこからでて、わたしとふれあお? ねっ?」
加蓮「あ、アタシも動けな……キャァッ!?」
凛の手はハードスーツの中心に埋まり、そこから無理矢理ハードスーツをこじ開けていった。
ヘルメットは外して加蓮の顔は見えている、その加蓮の全身が凛の手によって顕になり、ハードスーツから完全に引きずり出される加蓮。
加蓮は凛によって抱きしめられることで完全に拘束される。
優しく抱きしめられているにもかかわらずに身動き一つ取れない加蓮。
加蓮「うっ、うごけ、ないっ!?」
奈緒「加蓮! 凛っ! おいっ!! もう止めろっ!! 正気に戻れよっ!!」
凛「かれんもなおもかんじる……うれしい……あれ? みおは……うづきは……?」
何かを思い出したように凛が加蓮を見て問いかける。
凛「かれぇん、みおは?」
加蓮「っ! 未央はっ、死んだんでしょっ!?」
凛「し、ん、だ……? あれ……? あれぇ? うづきは? うづきはどこ?」
奈緒「目を覚ませって!! 二人共死んだんだろ!? お前は二人を生き返らせようとしてるんだろ!?」
凛「あっ、あっ、あっ、そうだったよね? ふたりともいきかえってかいほうしないと、わたしがいっぱいてんすうとって……あれ? みんなでいっしょに……しんでる? みおもうづきも……まっしろなひかりにつつまれて……ぱぁーってひかって……いなくなって……でもひどいことされて……いきてて……またしんで……あれ? あれぇ? あれれあれぇえぁぁ?」
凛の眼球がぐるぐると回りだし、凛の身体が痙攣を始める。
それを加蓮は見て、声をかける事は逆効果だと判断して凛を抱きしめた。
凛「かぁれぇん?」
加蓮「凛、アタシを見て、何も考えずアタシだけを見て」
凛「かれぇん……」
加蓮の胸中を察したのか奈緒も同じように凛を背後から抱きしめる。
凛「なおぉ……」
奈緒「凛……あたしも加蓮もここにいるから……あたし達だけ感じろ……他の事は考えるな」
凛「かれん……なお……」
凛の痙攣が小さくなっていく。
凛は二人に抱きしめられながら、二人の体温を感じながら凛はその目を閉じていく。
しかし、その目が閉じきる前に、一人の男の姿と声を聞いた。
玄野「おいッ!! 渋谷ッ!! 止すんだッ!!」
加蓮「っ!」
奈緒「!!」
凛「う……あ……?」
玄野「お前何をしようとしてンだよ!? 北条さんまで殺すつもりか!?」
玄野の目には凛が加蓮をハードスーツから引きずり出して、静止しようとしている奈緒に構わずに加蓮を押しつぶそうとしているように見えていた。
それゆえに何とかして考え直させようと放った言葉だった。
しかし、その言葉が凛の耳から脳まで届き、凛が内容を理解した瞬間、凛の目はカッと見開かれて、
凛「わたし、かれんを、ころす? わたしが、かれんを?」
加蓮「ちょっ、と!?」
凛「わたし、ころした、かれんも、なおも、みごろしに」
奈緒「や、やばいぞ!? 加蓮っ!! 凛が、凛がっ!!」
玄野の言葉が崩壊寸前の凛の心を後押ししてしまう。
凛の様子はそれまでと比べ物にならないくらいの状態になっていった。
眼球は目まぐるしく動き続け、涙も鼻水も涎も零れ落ち、全身をガクガクと痙攣しながらうわごとを呟き続けている。
凛「おとうさんも、おかあさんも、はなこも、わたしが、みごろしに」
玄野「お、おいッ?」
加蓮「凛っ!! アタシを見てっ!! 凛っ!! ねぇっ!!」
凛「みおも、うづきも、わたし、が、ころ、した」
奈緒「凛っ!! りーーーーんっっっ!!!!」
凛「みんなを……ころしたのは……ワタシ?」
凛が呟いたと同時、凛の脳内で雷鳴が轟くように今までの記憶思い出され、今まで自分が行なっていた行為が津波のように押し寄せてきた。
ネギ星人を刺し殺した記憶。
そのネギ星人が卯月に変わった。
凛「あ」
田中星人を爆殺した記憶。
爆発する寸前の田中星人が未央に変わった。
凛「あがっああぁぁ」
千手観音の額に剣を突き入れた記憶。
千手観音の顔が加蓮に変化する。
凛「あががぎがぐぇあぁぁがが」
チビ星人を吹き飛ばした記憶。
チビ星人が奈緒に変わり、奈緒がぐちゃぐちゃに飛び散った。
凛「あぎぎぎがぎがががががげぇぇぇぇ」
それからも今まで凛が殺してきた全ての星人や人間が、卯月や未央、加蓮に奈緒、父、母、愛犬の姿に変化して、その全ての記憶を凛は余すことなく脳裏に焼き付けてしまう。
ひと際大きく全身を痙攣させて呂律も回らなく唸り声だけを上げていた凛はグルリと白目をむいてその場に倒れた。
凛「あは、ひひひひ、はははは、あぁっはぁっいぃっ」
加蓮「凛!!」
奈緒「おいっ!? 凛!! しっかりしろ!!」
玄野「し、渋谷?」
P「……し、ぶや、さん……?」
凛の精神は限界だった。
加蓮の死体を見て、腕だけの奈緒を見て。
卯月と未央が光の中に消えていく姿を見て。
慣れ親しんだ実家が押しつぶされ、その中にいたであろう両親や愛犬も押しつぶされた瞬間を見て。
凛「あっ、ああっ、あああああっ」
さらに自身の手で人間を何人も何人も殺すことは、悪人だからといえど凛の精神を確実に蝕み続け。
蝕まれ続けた凛の精神は、加蓮と奈緒によって自分の行いを否定され決壊を始め、
最後に玄野が崩壊寸前だった凛の心に一撃を加え、
凛「あ」
凛の心は完全に壊れた。
走っている。
――はぁっ! はぁっ!!
暗闇の中を私は走り続けている。
――た、たす、たすけっ! うあっ!?
何かに躓いて転んだ。
――ひぃっ!?
私が躓いたもの、それは死体。
――うあああああああああああああ!!
一つじゃない、どれだけあるかも分からないくらいの死体。
人間や星人、折り重なるように沢山の死体が辺り一面に散乱している。
――や、やだっ、やだ……いやああああ!!
立ち上がって再び私は走り始める。
一体何から逃げているのかも分からない。
私は逃げ続けるうちに足元は全て死体で埋め尽くされて身動きが取れなくなっていた。
――や、やだ、助けて、助けてぇ!!
助けを叫ぶ私は何かの音を聞く。
何かが近づいてくる。
私はその何かに目を向けると、
――う、卯月?
卯月がいた。
だけど、何かがおかしい。
身長が180以上はあり、手からはカマのような爪が伸びている。
その卯月は私に近づくと、私の頭をそのカマのような爪で掴み力を込め始めた。
――や、やめて、卯月、痛い、痛いよっ……
私は卯月に懇願した。
そして、私は卯月を右手で持っていた剣で刺し殺した。
――え?
死体が増えた。
卯月は私を見ている。
――や、や、やだ……な、ん……なに……
また音が聞える。
今度は未央が近づいてくる。
鳥のような身体で顔だけが未央。
私に突進してくる未央を、左手で持っていた銃で撃ち殺す。
――あぁ、ぁぁぁ、ちが……
死体が増える。
未央と卯月が私を見ている。
――ちが、ちがう、ちがうのぉ……
また音が聞えた。
――いやだ。
沢山の腕を生やした加蓮が私の傍にいた。
私は加蓮の眉間を貫いて縦半分に割って殺した。
――いぃぃゃぁぁぁぁ。
死体が増えて、私を見る目が増えた。
音だ。
――やだやだやだやだやだやだ。
小さい奈緒。
私は銃で撃った。
死体。
見られてる。
――ここここ、ちちちち、わわわわわ、うああああああああああ。
他の死体も見てくる。
お父さんが、お母さんが、ハナコが。
卯月、未央、加蓮、奈緒。
みんな見ている。
私を。
みんなころした。
わたしがころした。
わたし。
わわわわわたたたたたたたころろろろろろろろ。
ろぉおおお。
おぉぉ。
お。
ぉ。
――凛ちゃん。
凛「えっ」
真っ暗な世界が消えた。
凛「こ、こ、は?」
見渡す限り一面の白。
白以外何もない世界。
そんな所に私はいた。
凛「な、何? 何が?」
「凛ちゃん」
凛「っ!?」
背後から声がかけられる。
知っている声。
反射的に振り向いた先には、
卯月がいた。
卯月「もう大丈夫ですよ、凛ちゃん」
卯月だ。
何故か分かる。
この卯月は本物の卯月。
あの時、光に消えた卯月なんだって分かる。
その卯月を目にした私は、
凛「ひ、ひっ、ひぃぃぃぃ!?」
叫びをあげて逃げ出した。
怖かったからだ。
目の前の卯月をさっきみたいに殺してしまうのではと。
だけど、逃げる私を卯月はいとも簡単に捕まえて後ろから抱きしめてきた。
卯月「逃げないで下さい」
凛「や、やっ! こ、怖い、わ、私、卯月、殺しちゃう!!」
卯月「大丈夫です。さっきまでのは幻です。凛ちゃんが自分で作り出してしまった幻想です」
凛「だ、だめっ! ころ、わたし、ころし……」
卯月「大丈夫。落ち着いて、凛ちゃん」
凛「あっ……」
卯月が私の頭を撫でてくれている。
卯月の手の温もりが、身体の温もりが、私と触れ合っている部分から伝わってきて、私の全身から力が抜けていく。
すぐに私の身体は卯月にもたれかかるように倒れていた。
私を受け止めて、頭を撫で続けてくれる卯月。
されるがままでずっとそうしていたい気分になっていた。
どれくらいそうしていたのだろうか。
卯月が小さく声をかけてきた。
卯月「落ち着きましたか?」
凛「…………うん」
卯月「よかったです」
微笑む卯月。
でもすぐに、少し悲しそうな表情を浮かべて、私に告げる。
卯月「凛ちゃんの心、壊れちゃったんです」
凛「壊れ……?」
卯月「凛ちゃんはずっと限界だったんです。自分を騙してずっと頑張ってましたけど、自分を騙しきれなくなってついに壊れてしまったんです」
凛「ちょ、ちょっと、何を言ってるの?」
卯月「今、凛ちゃんがどうなっているのか、ですよ」
凛「今の、私…………あっ」
記憶が蘇ってきた。
加蓮と奈緒に私を否定されて、頭が割れるように痛くなって、もう一度加蓮と奈緒に、何かをしようとして……それで、何かを聞いて……
卯月「思い出しましたか?」
凛「少し……でも、殆ど覚えてない……」
卯月「直前の記憶は完全に壊れてしまっているみたいです。これが、今の凛ちゃんの心ですよ」
そう言って卯月は両手に持った黒ずんだ何かを見せてくれた。
粉々になったガラスの破片のようなもの。
これが、私の心?
凛「ちょ、ちょっと、待って、それが私の心って……なんで卯月がそんな事を……っていうか、何で卯月はこんな所にいるの!?」
卯月「私が凛ちゃんの心の中にいる理由ですか?」
卯月は掌に乗せた黒ずんだ破片に触れながら、
卯月「私の最後の力です」
凛「最後の力?」
卯月「凛ちゃんが本当に危なくなった時、私の力で凛ちゃんを一度だけ守ってあげれるようにって。凛ちゃんの頭の中に、爆弾を取り除いた場所に私の力を残しておいたんです」
あの時の卯月のはかなく透き通った笑顔が思い出される。
卯月「それが凛ちゃんの心が壊れる形で発動して、こうやって凛ちゃんの心を守る為にもう一度会えるなんて、私嬉しいです」
凛「そんな、事って……卯月の力って一体……」
思い出すのはあの私の姿をした星人を圧倒するほどの魔法のような力を使っていた卯月。
恐らくは自分の命を燃やして使う力。
確か、あの人達の、坂田さんが卯月と未央に教えたって……
凛「あの人達の超能力って物を動かしたり……卯月が見せたような力なんてなかったはず……」
卯月「凛ちゃんを守りたいって強く思ったからできた奇跡かもしれないですね」
凛「私を……」
卯月が私を……
その言葉を聞いたとき、卯月の手にある物体がさらに黒ずんだような気がした。
凛「私なんて、卯月に守ってもらう価値なんて、ないよ……」
卯月「凛ちゃん……」
止まらない。
考えたことが全部声に出てしまう。
隠していたかったことも何もかも。
凛「私、卯月達を騙し続けていたんだよ?」
凛「卯月達を騙して、私みたいにしようとしてた。生き物を殺して喜ぶような人間になってもらおうと考えていた」
卯月「……はい、凛ちゃんの心の中に来てそのことも知っちゃいました」
凛「知られてた……かぁ」
卯月「それを知って思っちゃいました。ちょっとだけショックだったのと……」
卯月の顔が見れない。
多分卯月は軽蔑の視線を私に向けている。
次に間違いなく拒絶される。
『凛ちゃんがそんな人間だ何て思っていなかった。もう友達でもなんでもない』
そんな言葉が出てくると思った。
でも、卯月から出てきたのは拒絶の言葉ではなかった。
卯月「……それ以上に嬉しかったなぁって」
凛「……え?」
卯月「凛ちゃん、本当に私達と一緒に何かをしたいって心の底から思ってくれてたんだなぁって知れて嬉しかったんです」
凛「何、言ってるの? 嬉しい?」
卯月「はい、とっても嬉しいです」
卯月の顔を見た。
そこには私を拒絶するような表情ではなく、本当に喜んでいる笑顔があった。
凛「ば、馬鹿言わないで!? そんなワケないでしょ!?」
卯月「何がですか?」
凛「卯月も未央も騙していたんだよ! ずっと、出会ったときからずっと!!」
卯月「仕方なかったじゃないですか。出会ってすぐなんて凛ちゃんは誰にもあの部屋のことを話せなかったんですし」
凛「私は二人を狂わせようとしてたんだよ! 私と同じような変態に、生き物を楽しんで殺すようなクズにしようとした!! 私と同じように狂わせて一緒に殺し合いを楽しもうとしていた!!」
卯月「私達も凛ちゃんを私達と同じようにアイドルになってもらおうと考えてました。私達と同じようにアイドルとしてみんなでステージに立ちたいなって考えてましたよ?」
凛「そ、それとこれとは全然違うでしょ!?」
卯月「一緒ですよ。凛ちゃんも私達も同じようなことをしていただけです」
なんで、なんで卯月は私を責めないの?
こんな私を、二人を騙し続けた最低の私を。
卯月「ふふふ、凛ちゃんはやっぱり真面目ですね」
凛「……え? 真面目?」
卯月「結局、凛ちゃんは根っこのところが真面目でいい子なんですよね」
……いい子?
私が……?
何を言ってるの?
凛「い、いい子? そんなワケ無いじゃない……」
卯月「凛ちゃんは真面目で優しくていい子ですよ」
凛「やめて……私は最低で最悪の人間なんだから……」
卯月「そんなこと無いです、凛ちゃんは最低でも最悪でもありません」
凛「どこが!? 生き物を喜んで殺して、友達を騙し続けて、挙句の果てには人を殺して殺して殺しまくった大量殺人鬼が私なんだよ!! そんな人間、最低で最悪で生きてる価値も無いじゃん!!」
詰め寄ってまくし立てる私を卯月は変わらぬ笑顔で見つめてくれている。
やめて、そんな優しい視線を私に向けないで。
なんで、私を責めないの?
卯月「やっぱり真面目なんですよ……そんな凛ちゃんだから、あんな恐ろしい環境に放り込まれて、真面目にゆっくりと壊れていっちゃったんです……」
凛「え……?」
卯月「拒否も出来ずに殺し合いを強制させる場所……あんな所にいたら誰だっておかしくなってしまいます」
凛「ち、違う、私は自分の意思であの部屋に残り続けて……」
卯月「そうしないと凛ちゃんは自分を保てなかったんですよ……真面目で優しいから、あの部屋で星人を殺してしまったことにも真面目に考え込んで、凛ちゃんはああやって自分を壊していくことでしか自分を保つことが出来なかった」
凛「違う……私は、何かを殺すのが好きで……気持ちよくって……」
卯月「そうやって自分自身を偽らないともうどうしようもなかったんですね。本当は何かを殺したくなくって、あんな戦いもしたくなかったのに」
凛「違う…………あそこが…………ガンツの部屋が…………殺しの世界が…………私の生きる…………」
卯月「いいんです。もういいんですよ。自分を偽らなくても……凛ちゃんは今までずっと我慢をし続けていたんですから……もう我慢しなくてもいいんですよ」
卯月が私の背中に手を回して優しく包み込んでくれる。
我慢をしなくていい……その言葉が私の中に染み込むように入ってくる。
前が見えない、なんだろう?
凛「なに? これ……涙?」
泣いてる? 私が?
凛「あれ……? 涙が止まんない……なんで? どうして……」
卯月「泣いてください、全部受け止めてあげますから」
卯月が私を抱きしめてくれた。
卯月の胸に私の顔が納まる。
暖かい温もりと卯月の優しい言葉が私の中で閉じ込めていた何かを解き放った。
凛「うっ、あああぁ、うあああああああああん!!」
泣き叫ぶ私を卯月は包み込むように抱きしめてくれる。
私は全身で卯月を感じながら卯月の胸の中で泣いた。
泣いて泣いて泣き続けるうちに、私は今まで隠し続けていた本音を吐露していた。
凛「苦しかった、あんな事、本当はしたくなかった……」
凛「怖くて……死ぬのが怖くて……殺しちゃって……どうしたらいいのかわかんなくなって……」
凛「それでも敵を殺さないといけなくて……沢山の人が死んでて……わけわかんなくなって……」
凛「それで……私は殺しが大好きだ何て思いこむことにして……そうやっているうちに卯月も未央もあの部屋に来ちゃって……」
凛「卯月も未央も解放したかった……だけど一緒にいたくて……こんな私を慕ってくれる二人とずっと一緒にいたくて……でもやっぱり二人には元の場所に戻ってほしくて……」
凛「加蓮と奈緒とも出会って……みんなで一緒に何かをしているときはすごく楽しくて……でもみんな死んじゃって……お父さんもお母さんもハナコも死んじゃって……」
凛「みんなを助けようとして……でも気がついたら沢山の人を殺していて……それも怖くて認めたくなくて……もう何もかもが分からなくなって……自分がなにをしているのかさえも分からなくて……」
私は卯月の胸の中で独白を続けていた。
そんな私を卯月は何も言わず私の頭を撫でてくれている。
それだけで私が過去を思い出すたびにザワつく心が安らいでいく。
全てを卯月に吐き出していた。
あの部屋に来てやってしまったこと。
あの部屋に来る前に思っていたこと。
全部を卯月に吐き出して、ぶつけて、吐き出すものもぶつけるものもなくなったら私は卯月に助けを求めていた。
凛「卯月……助けて……私もう……どうすればいいかわかんない……何もわからないの……助けて……お願い……」
何を助けてほしいのかも分からない。
もう、何も考えられない。
ただ助けてほしかった。
卯月「いいですよ、私が凛ちゃんを助けちゃいます」
凛「ほんと……?」
卯月「はい、凛ちゃんが苦しかったこと、辛かったこと、耐え切れないこと、全部私が持って行っちゃいますね」
凛「ど、どういう事?」
卯月「見てください。これは、私の最後の力です」
そう言って卯月は淡く光る手を私に見せた。
卯月「この力を、この壊れた凛ちゃんの心に使って、凛ちゃんの心を元通りに治しちゃいます。……あの部屋に呼ばれる前の状態に」
凛「あの部屋に呼ばれる前……それって……」
卯月「はい、凛ちゃんの記憶を消すってことです」
凛「っ!!」
卯月「全部忘れちゃうんです。辛かったことも、苦しかったことも、嫌なことも、何もかも全部」
凛「それ、は……」
卯月の手が徐々に私の壊れて黒ずんだ心の残がいに近づいていく。
卯月「もう苦しむことなんて無いんです。何もかも忘れてしまいましょう」
凛「ま、待って……」
卯月の手がどんどん私の心の残がいに近づき、
凛「駄目!!」
触れる寸前で私は卯月の手を掴んでいた。
卯月「どうして止めるんですか? 楽になれますよ?」
凛「わ、忘れるなんて駄目、あんな事をした私が何もかも忘れてしまうなんて……」
卯月「どうしてですか? いいじゃないですか、凛ちゃんはこんなにも苦しんだんですから」
凛「駄目だって……私が……あんな事を……自分のした事にも責任を取らないで忘れるなんて……」
卯月「責任、ですか?」
凛「そうだよ……自分のしてしまったことに対する責任……」
卯月「それはなんですか?」
凛「……沢山の人を殺しちゃった責任……」
卯月「悪い人達だったんですよね?」
凛「……それでも、人殺しだから……」
卯月「そうですか」
凛「……それに、沢山の生き物を殺してしまった……」
卯月「星人のことですか? 仕方ないじゃないですか、殺さないと殺されていましたよ?」
凛「……でも、何かを殺すって事は、それ相応の責任がついてくる……」
卯月「そうですか」
凛「……そして、みんなを騙し続けてきたこと……」
卯月「私は凛ちゃんに嘘をつかれたって気にしませんよ? 未央ちゃんも、加蓮ちゃんも、奈緒ちゃんも一緒だと思います」
凛「……みんなが気にしなくてもけじめはしっかりと取らないといけない……」
卯月「……」
私が思いの丈を言いきると静寂が辺りを包む。
卯月を見ると、卯月は小さく微笑んでいた。
卯月「本当に生真面目なんですね……逃げちゃってもいいのに……」
凛「卯月……」
卯月「凛ちゃんは、これからどうするんですか?」
凛「どうする……って」
卯月「自分のした事に責任を取る。言うのは簡単ですけど、凛ちゃんのやってしまったことに対する責任なんてどうするつもりなんですか?」
凛「……まだ、わからない……だけど、沢山考えて必ず償いの形を導き出して見せる」
卯月「それはまた、一人で考えるつもりですか?」
凛「え……うん……」
そう言った私に初めて卯月は怒った顔を見せた。
卯月「もう、駄目ですよ! そんな大事なこと、一人で抱え込んじゃったら!」
凛「えっ? だ、だって、これは私の問題で……」
卯月「凛ちゃんだけの問題じゃないです! 私の問題でもあるんですから、私にも、みんなにも相談してください! そうじゃないと、また凛ちゃんは壊れちゃいますよ!」
凛「うっ……」
卯月「今まで凛ちゃんは一人で悩んで抱え込んでこうなってしまったんです。これからはもうみんなに話してください! 一人で苦しまないでみんなに打ち明けてください!」
凛「あ……」
卯月の言葉がストンと胸に納まった。
そうだった、私は今まで何でもかんでも自分で考え込んで、間違った事でも正しいって思いこんで、それでこうなった。
みんなに相談していれば解決していた事は沢山あった。
みんなに相談していれば違う道もたくさんあった。
全部、一人でやろうとして……
卯月「はい、もう一人で悩まないで下さい。私に、私達に頼ってください」
ああ……
本当に馬鹿だ。
私は馬鹿で意固地で結局誰かに頼ろうだなんて考えなかった。
卯月「でも、これからは私達にも頼ってくれますよね?」
うん。
みんなに頼らせてもらう。
もう、嘘はつかない。
卯月「よかったです。それじゃ、これを」
卯月が掌に持った半透明の淡く輝く何かを私に差し出してきた。
卯月「凛ちゃんの心、私の最後の力で治しておきましたよ」
私の、心……
さっきまでバラバラに壊れていたもの。
今は傷一つなく、さっきまで卯月の手にあった輝きに包み込まれている。
卯月「凛ちゃんを待っている人達は沢山いるんですから」
卯月が私の胸に輝くそれを押し込むと私は卯月から引き離され始めた。
ま、待って、卯月も一緒に。
卯月「私は凛ちゃんとはいけないです」
なんで!?
卯月「私はこの場所で、凛ちゃんの心の奥で眠るんです。私は、島村卯月の最後の力の欠片ですから」
眠るって……
卯月「もうこうやってお話をする事はできないと思います。力は使っちゃいましたし」
卯月は真っ白な世界に腰を下ろして私に微笑み続ける。
卯月「悲しむ必要もないですよ、ずっと一緒ですから」
卯月はその場で寝そべって目を瞑る。
卯月「凛ちゃん……さようなら……」
私は真っ白な世界で眠る卯月に手を伸ばし続けた。
だけど、私は後ろに後ろに引っ張り続けられて、
卯月の姿は完全に見えなくなってしまった。
後ろに引っ張り続けられている私は、真っ黒な世界を飛んでいた。
真っ黒な世界を飛び続けている私に声が届く。
――卯月に助けられたね。
この声って……
真っ黒な私。
――もうこうやって会うこともないと思ったけど、会っちゃったね。
真っ黒な私が私の目の前に現れた。
でも、その姿は、真っ黒と言うよりは淡く光っていて……
――私はアンタの心その物だから。
それって……
――そ。さっき卯月に治してもらったのはアンタの心であり、私だった。
そうなんだ……
――そうだよ。
……ねぇ。
――わかった。
私、何も言ってないんだけど。
――私はアンタ、アンタは私。それ以上の回答はないよ。
……わかった、なら、卯月を、お願い。
――うん、あの卯月は絶対に一人にしない。あんな所まで来てくれた卯月をあんな場所で一人で永遠に眠らせることなんて絶対にしない。
ありがとう……
――礼なんていらない。アンタはアンタでやるべき事をやってくれればいいから。
うん。
――私が言うのもアレだけど、もう間違えないでよね。アンタは一人じゃないんだから。外の世界で、みんなと共にこれからを歩んでいって。
分かってる、分かってるよ。
――私も、卯月も、アンタの中でずっとアンタを見守っているから。
…………ありがとう。
――だから礼なんていらない。
真っ黒な私はそうやって姿を消した。
あの私とは多分もう二度と会わないと思う。
真っ黒な私もそれは分かっていたはずだ。
別れの言葉も何もない。
けど、それでいい。
あの私は私の心。
いつだって私の中にいるんだ。
そして、あの卯月も……
真っ黒な世界に小さな光が生まれた。
その光に向かって私は進んでいる。
あの先には何があるのか分かる。
あの光まで進んだら私は目を覚ますんだろう。
私は光に包まれる寸前、後ろを振り返った。
そこには、真っ白な世界で、私と卯月が肩を寄せるように眠っている姿を見た。
それを目に焼き付けて、私は光に包まれた。
凛「けほっ……こほっ!」
凛の目に光が戻る。
凛はぼやけていた視界が定まっていき、その視界に数人の顔を映した。
加蓮「凛っ!! しっかりして!!」
奈緒「凛!! 大丈夫か!? あたしがわかるか!?」
玄野「し、渋谷、オイッ! 目を閉じンなよ!!」
P「渋谷さん! 呼吸は……している、しかし、意識は……」
凛「ごほっ……はぁっ……あっ……私……」
凛は今の自分の状態に気がつく。
仰向けに寝ているようで、自分の周りには加蓮、奈緒、玄野、そして上半身裸のPの姿。
そして自分に、Pのものであろうスーツがタオルのように被されている。
凛「……何?」
状況が飲み込めず身を起こすと、すぐに加蓮と奈緒に抑えられてしまった。
加蓮「凛! アタシは分かる!?」
凛「か、加蓮……どうしたの?」
奈緒「あたしは分かるのか!?」
凛「奈緒……ふ、二人共一体……?」
加蓮「正気……みたいね」
凛「正気? どういう……」
凛が一体何が起きているのかと疑問を浮かべていると、泣きそうな顔の奈緒が、
奈緒「どういうことって……お前大変なことになってたんだぞ!? いきなりあたし達に襲い掛かってきたかと思うと、完全に頭がおかしくなったような顔して、ぶっ倒れて……息もしてなかったんだぞ!?」
凛「え……えっ……」
凛は意識を失う寸前、心が崩壊する直前の記憶は完全に失っていた。
覚えているのは加蓮や奈緒に自分の行いを咎められたあたりまで。
それ以上は完全に壊れていて、卯月の力でも元に戻らなかったのだ。
玄野「本当にヤバかッたンだぞ……お前白目向いて、全身痙攣したあとはピクリとも動かなくなッてよ……」
凛「私が……」
P「……意識ははっきりしているようですね。呼吸も完全に戻って……渋谷さん、頭痛や眩暈は感じますか?」
凛「特に無いけど……うっ……」
Pに聞かれて自分の身体に気を向けると、すぐに胸から鈍い痛みを感じた。
凛は自分の胸の中心付近に手を持っていくと、
凛「少し……胸が痛い……」
P「……呼吸が停止していたので心臓マッサージを行ないました。数分間行ないましたので、骨にヒビなども入っているかもしれません……しばらく安静にして病院に……」
凛「心臓マッサージ?」
凛は被せられているスーツを動かすと、はだけた自分の胸が見えた。
ドレス状のスーツが半分程脱がされてその上にPのスーツが被せられている状態。
凛はPのスーツではだけた胸を隠しながら自分のスーツを元に戻すと、心配する4人に、
凛「ごめん……多分、すごく迷惑かけた」
玄野「め、迷惑ッて……お前、大丈夫なのか……?」
凛「うん、もう大丈夫」
玄野は凛の目を見て違和感を感じた。
さっきまで凛は全てを否定するような暗く濁った目をしていた。
しかし、今の凛は、吹っ切れたような顔をしている。
それを問いただそうとしたが、加蓮と奈緒が凛に声をかけたため言葉を飲み込んだ。
加蓮「凛、本当にアンタ大丈夫なの?」
凛「うん……大丈夫。加蓮にも奈緒にも迷惑かけたね」
加蓮「迷惑って……何?」
凛「……加蓮も奈緒も、私の狂った妄想に引き込もうとしていたこと」
加蓮「……」
奈緒「妄想って……」
凛「みんなが死んで、ワケわかんなくなって、それでも行動して、気がついたら人殺しなんてとんでもない罪を犯していた。それを認めたくなくって、私が殺すのはみんなの為にって理由をでっちあげてさ、挙句の果てには私のする事は全てみんなが喜んでくれるなんて考えるようになっていた。本当に狂っていたんだよ……私」
加蓮「……」
奈緒「凛……」
凛「そんな馬鹿な私の妄想に二人も巻き込もうとしていた。二人が私を否定してくれなかったら、私は二人を死ぬまで離さずに、地獄の底まで道連れにしていたと思う……」
凛「本当にごめん……そして、私を否定してくれてありがとう……」
二人の目を見て話し続ける凛。
目をそらすこともなく、思いの丈を二人に。
すると、今まで硬い面持ちだった加蓮は、表情を崩して、
加蓮「なんだ、眠ったら目が覚めたんだね」
凛「うん……目が覚めたよ、色んなことから」
加蓮「なら、アタシから言う事なんて何もないよ。奈緒は何か言う事ある?」
奈緒「り、凛……ほんとに正気に戻ったんだよな……」
凛「奈緒……うん。今は何が悪くて何がいけなかったのかが分かるくらいには正気に戻れたと思う」
奈緒「よかった、よかったよぉ~~~……ほんとに心配したんだからなぁ~~~……あのまま凛がおかしくなって……死んじゃうって……」
凛「な、奈緒!?」
奈緒は両目から止め処なく涙を零しながらも半笑いで凛に縋り付いていた。
そんな奈緒を見て凛は慌てふてめいて、加蓮もやれやれといった感じで笑っていた。
玄野も凛が世界を支配すると言う考えを改めていることが分かるとその場に座って大きく息を吐いた。
そこで玄野は気が付いた。
視界の端で黒い影が動いている。
黒い影は、西。
玄野の背中にゾクリと寒気が襲い掛かった。
西は最後に何をしようとしていた?
玄野「ッッッ!!」
玄野は身を起こして駆け出した。
しかし、玄野の視界から西は消えていく。
西は玄野を見ずに、視線を別の方向に向けて消えていった。
すると、玄野は加蓮と奈緒とPの声を聞いた。
加蓮「凛!?」
奈緒「凛!!」
P「渋谷さん!?」
振り向くと、凛の身体が転送されて消えかかっており、
加蓮や奈緒が凛に触れようとして完全に転送されるところを見てしまった。
今日はこの辺で。
凛は急に視界が暗転したことに驚き咄嗟に身を起こす。
凛「何が!?……ここは?」
凛にはその場所が見覚えがあった。
何度か訪れたことがある部屋。
西の家だった。
凛「転送……された? 西の部屋?」
西「あァ……そーだよ……」
凛が振り向くと西が頭を押えながらソファーに倒れこむように座っていた。
西が押さえる手から血が溢れていて怪我をしていることに気がつくと。
凛「怪我してる……大丈夫?」
西「あァ……大した怪我じゃねぇよ……クソッ……」
西は忌々しげな表情で、光のキーボードを展開して高速で打ち込み始める。
凛「何をしてるの?」
西「あのクソ野郎をぶッ殺してやる……舐めやがッて……この俺をこんな目に会わせてただで済むと思うな……俺に手を出したことを後悔させた上で殺してやる……」
凛は宙に浮かび上がるモニターの表示を見て、西が玄野に対して何かしようとしているのだと気がつく。
凛「ちょっと……玄野をどうするつもりなの?」
西「ブッ殺してやるンだよ……死にたくても死ねねえような殺し方だ……あのクソ野郎には生まれてきたことを後悔させてやる……」
目を血走らせながら高速でタイピングを行なう西の手を柔らかな感触が伝わった。
凛が西の手を握っていたからだった。
西は咄嗟に凛の顔を見るが、凛の顔を見た西は今まで血走った目でモニターを凝視していた視線を凛に向けていた。
その表情をありえないようなものを見るものに変化させて。
西「お、おい……お前、まさか……」
西は凛の表情を見て何かに感づいてしまっていた。
凛の顔はこの数日見ていたものとは全く違い何か憑き物が落ちたようなそんな顔。
西は先ほどまで抱いていた玄野への殺意などどうでもよくなるほど焦燥を抱いていた。
そして、次に凛が出した言葉で自分の予感が正しかったことを悟る。
凛「西……もう、止めよ……」
西「」
凛の言葉に西は途轍もない喪失感を感じ、どこまでも落ちていくような感覚に捕らわれた。
凛「もうこんなこと止めよう……私達のやってる事は間違ってるよ……」
西「………………」
凛「誰かを殺すなんて駄目……私達はそんな事すら分からないくらい狂っていた……」
西「…………ろ」
凛「もう沢山の人を殺してしまった……償いの方法なんてどうすればいいかも分からない……」
西「……めろ」
凛「私達は「止めろォォォッ!!」」
西は凛の胸倉を掴みその場に押し倒して馬乗りになった。
西「ふッざけんなァッ!! お前ッ!! 今更何言ッてやがンだよ!?」
凛「西……」
西「もう少しなんだぞ!? もう少しでこのクソみてーな世界をぶッ壊して俺達の新世界を作りだせるンだぞ!! お前もワカッてンだろ!? 俺達の力はもう誰にも止められねェし俺達が望めば何だッてできる!!」
西は顔をゆがめながら絶叫を続けていた。
西「お前だッて望んだ事だろ!? 誰も傷つかない世界を作るッてよォ!! そんな世界をもう少しで作り出せンだぞ!? それを今更止めるッて何考えてンだよ!?」
凛「…………」
西「なァ、考え直せよ、お前だッて望んだ事だろ? 俺達が新しい世界を作ッてその世界で俺達は一緒に夢を……」
西の叫びは少しずつ懇願に近いようなものになっていた。
凛の身体の上に跨り、いつの間にか凛の頭の横に両手をつき、西は凛の顔を至近距離で覗き込みながら懇願していた。
しかし、凛が放った言葉は西の望むものではなく、
凛「もう……私は誰かを殺したくなんてない……」
西の顔が歪んだ。
凛「私達がやろうとしてたことはこれからどれだけの人を殺していくかも分からないような血塗られた道……私にはもうそんな恐ろしい事は……できない」
西の目元が痙攣し始める。
凛「今までやってきたことを考えたら今更何を言っているのかって話かもしれないけど……もう私は誰も殺したくないし、誰かを殺した上で手に入るような未来なんて……ほしくない」
西の口元も痙攣し始め歯軋りが始まった。
凛「西……もうこんなこと止めよう……私達のやっていたことは……」
西の手が震えながら動き始めた。
凛「間違ってる」
西「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
絶叫と共に西の手が凛の首に伸びて凛の細い首を締め付けた。
凛に馬乗りになりながら、凛の首を絞めながら西は絶叫を続けた。
西「クソックソックッソォ!!!! 意味ワカンねェ!!!! 何なンだよ!? 何でそーなンだよォッ!!!!」
凛「……西」
西「お前は違うだろ!? お前は俺と一緒だろ!? なのに何でそんな事言うンだよ!? お前はもッと悪魔みてーなヤツでそんな事を言うワケねーンだ!! 目を覚ませよッ!! なァッ!!」
凛は西に首を絞められながらも息苦しさも何も感じていなかった。
先ほどの玄野との戦いで破壊された西のスーツでは凛を害する事などできなかった。
振り払おうと思えばいつでも振り払えるのに凛はあえて西にされるがままになりながら考えていた。
凛(こんなに必死になってる西は始めて見る……)
凛(でも、言っている事とやっている事が噛み合ってない……)
凛(私を説得しようとしているのに、私の首を絞めて私を殺そうとしている……)
凛(でも……それに気付いてない……言ってる事とやっている事が分かってない……)
凛(……まるで、さっきまでの私……)
凛の瞳には西が自分の姿のように見えていた。
鬼のような形相で自分の首を絞めてくる西。
しかし、その姿が自分自身を見ているようで胸が苦しくなる。
凛(私にはみんながいてくれた)
凛(みんながいたから私は正気に戻れた)
凛(でも、もしも……みんなと出会えなくて……あの部屋で一人ぼっちでいたら……)
凛(私は……)
凛は気がついたら西を抱きしめていた。
凛の中の世界で卯月がそうしたように凛も西を抱きしめていた。
西「ッ!?」
凛「私達は似たものどうしなんだよね……」
西「な、何やッてンだよ!? は、離せ!!」
凛「もしも、私とあなたの立場が逆だったら……今のあなたは私だったんだろうね」
西「お、おいッ!! 離せッて!!」
凛「みんながいてくれたから私は正気に戻ることが出来た……でも、あなたは止めてくれる人がいなかったんだよね……」
西「き、聞けよッ!! おいッ!!」
凛「今のあなたを見てると自分自身を見ているようで辛い……道を間違ってしまったままどこまでも進んでいく私を見てるようで……」
凛に抱きしめられながら身動き一つ取れない西は混乱していた。
玄野に敗れ、煮えたぎるような激情をぶつけようとしていた所に、凛が完全に自分と決別する言葉を出した。
それによって西はかつて無いくらいに自分の感情を爆発させていたのだが、凛に抱きしめられることによってその激情が急速に小さくなっていった。
西(な、なンなンだよ!? なンでコイツは俺を抱きしめてンの!?)
西(い、意味ワカンねェ……なンなンだよ……)
激情が薄れ、少しずつ西は何かが自分の心から溢れてくるのを感じていた。
西(コイツが何か言ッてるけど頭に入ッてこねェ……)
西(暖かくて……柔らかくて……)
いつの間にか西は目を閉じていた。
感じるのは凛の体温と鼓動。
身動き一つとれない、いや西はすでに自分から動こうとしていなかった。
凛の言葉も何も頭に入ってこない。
ただ柔らかい感触と鼓動に包まれて目を瞑りその感覚に身を委ねて、無意識に一言呟いた。
西「…………ママ」
それと同時、西に急激な脱力感が襲い掛かった。
玄野に与えられた傷、凛によって与えられた精神的ショック、さらには凛に抱きしめられることによって感じた不思議な安心感によって急激に意識を飛ばしてしまった。
西「……」
西「……あ」
西が目を覚ましたとき、視界に朝日が入り込みその目を細める。
少しして目が慣れてくると、西の目に凛の顔が映し出された。
凛「起きた?」
西「あ、ああ」
自分の顔を覗き込んでいる凛、そして今の自分の体勢が凛の膝を枕にして眠っていたことに気が付いて慌てて飛び起きるが、自分の手がしっかりと凛に握られていることで凛から離れようにも離れれない状態になっていた。
西「お、おま!? 何で手ェ握ッてンだよ!?」
凛「え……? あなたが眠ってる間ずっと私の手を握り続けてたんだけど……」
西「はァ!?」
離そうとしても手が離れない。
西は意識して指を動かすことによって漸く凛の手を離し凛から距離を取った。
だが、そうすると何故か西は喪失感に襲われて更に距離をとる前に立ち止まってしまった。
西「……何だ……これ……?」
凛「大丈夫?」
立ち上がって自分の手を見続ける西に凛は声をかけてそっと肩に手を触れた。
西「ッ!」
反射的にその手に触れた西は、凛の手に触れたその状態で再び固まってしまった。
西(なん、だよ……なんで俺、こんな……)
西(こいつの手を握ってると……安心できる……?)
西(……ママの手みたいに)
凛「ねぇ、大丈夫なの?」
西「あァ……」
凛「そっか……」
西は凛の手を握りながら呆然としていた。
握り締めてくる西の手を軽く握り返して凛は西に声をかけ始めた。
凛「ねぇ、西」
西「……あ?」
凛「あなたはどうしてこの世界を壊そうとするの?」
西「……なんだよ急に」
凛「私達、結構長い間一緒にいたけどさ、そういう話しなかったでしょ。何だかあなたのこと知りたくなっちゃって、さ」
西「…………」
西はすでに冷静になっていた。
凛が心変わりしてしまったことにも何故か冷静に受け止められていた。
そして凛の質問にも正直に話し始めていた。
西「……お袋が自殺したんだ」
凛「っ!」
西「……俺にとッて母親はこの世界で唯一の大切な人間だッた。優しくて、俺を認めてくれて、笑顔が綺麗で……生きる意味だッたンだよ」
西「だけど、クソみてーな父親が浮気して、他のクソ女と一緒になッて、お袋は壊れちまッた。……壊れたお袋が自殺するまで時間はかからなかッたよ……」
凛「そう……」
西「その後俺も後追い自殺をした。生きる意味なんて何にも無くなっちまッてなー……だけど俺は死ねなかッた」
凛「それでガンツの部屋に……」
西「ああ。そンでそッからはもう死のうとも思わなかッた。死んでも死ねねー、何度死んでもああやッて生き返らされるんじゃねーかッて、死んで逃げることも出来ねーのかよッて」
西「そッからはもう結構自暴自棄になッてた。こんなクソみてーな世界、お袋もいなくなッちまッた世界に何の意味があるんだッて……俺の周りにいる人間は全部クソ。目に付く奴等も全部クズ。あの部屋に来る連中も同じよーな奴等ばッかりだッた」
西「いつもいつも思ッてたよ。こんな世界滅びちまえばいいッて。お袋が死んでしまッた世界はいらねーッて。俺の存在を否定するようなこんな世界はなくなッちまえッて」
凛「そう、なんだ……」
西は小さく笑った。
それは自分の本心をどうして打ち明けているのか? という自虐の笑みだったのかもしれない。
西「何でこんな事話してるんだろーな……はははッ」
凛「ま、待って、あなたがこの世界を憎む理由がお母さんの死なら、あなたのお母さんを生き返らせて……」
西は更に自虐気味に笑った。
西「出来なかッた」
凛「っ!!」
西「ガンツのデーターのどこにも、お袋はいなかッたんだ」
凛「そん、な……」
西「……ッ!」
呆然とした凛の顔を見ながら西は口元を歪ませて言葉を発する。
その表情は何かを期待するようなものであった。
西「あァーそういえばよォ……お前の両親の事だけどよォ……」
凛「え?」
西「お前の両親のデーターも存在しなかった」
凛「…………う、そ……だって……」
西「島村と本田のデーターは確かに見つけた。だけどよォ、お前の両親のデーターを見つけたッて俺は言ッてねーぞ? その様子だとお前の両親も生き返るッて勘違いしてたみてーだな」
凛「…………」
凛が頭をたれて西から凛の表情が見えなくなった。
西「あ? どーしたんだよ? ショック受けてンのか?」
凛「……」
西「笑えるなァ! ハハハッ! そーだ! 島村と本田のデーターも消してやるよ! そーすればもうアイツ等を再生する事はできねェ!!」
凛「…………」
凛の手が西の手首を握り締める。
西「その後はアイツ等だ! 北条と神谷も頭ン中の爆弾を起動してブッ殺してデーターも消してやるよ! そーすればお前は一人だ! この世界でお前は一人になる!!」
凛「…………」
凛の手は西の手首から離れて、西の首元まで伸びていった。
西「そーなればお前はどーするんだろーな? またこの世界を壊そうとするんじゃねーのか? 絶ッてーにそーなるだろーな! 俺もお前に殺されるかもしンねーけどもうどーだッていい。俺はお前がブッ壊れる姿を見てから死んでやるよ! ハハハハハハッ!!」
凛「…………」
凛が伸ばした腕は西の首をすり抜けて、西の両肩にそっと触れられた。
西「……おい、なんだよ……」
凛「もう、止めよ」
凛はどこまでも悲しげな顔で西を見つめていた。
西「……俺はお前のトモダチを殺すッて言ッてンだぞ?」
凛「お願い、そんな事言わないで」
西「……おい、俺を殺さないと本当に全員殺すぞ」
凛「……お願い。もう誰かが死ぬとか、そんな事嫌なんだ……」
西「…………なら俺を殺せよ」
凛「……殺せないって」
西「………………クッソォ!!!!」
西は凛の手を乱暴に振り払ってソファーに深く腰を埋めた。
両手で顔を覆いながら小さく震えて。
西「……もう、駄目なのかよォ」
凛「西……」
西「せッかく……もうちょッとで……お前と一緒に……」
凛「……」
凛は西の前で立ち尽くして西の様子を伺っていた。
西はしばらく顔を伏せていたが、やがて顔を上げて凛を見て呟いた。
西「さッきのは嘘だ。お前のトモダチには手をださねーよ……」
凛「……うん」
西「何だよ……その気の抜けた返事は……」
凛「信じてたから」
西「……お前の両親を再生できねーッてのは嘘じゃない」
凛「……うん」
西「……納得できるのかよ?」
凛「出来るわけないよ……でも……もう、無理なんでしょ?」
西「……あァ」
凛「……」
西「……はァ、なンか……もう疲れちまッた……」
大粒の涙を零して声も上げず泣く凛を見ながら西は全身の力を抜いてソファーにもたれかかっていた。
西「……お前さ、これからどうすンの?」
凛「……これから?」
西「ああ。お前にはもう帰る場所なんかどこにもねーだろ……家も無い、テロリストとして全国指名手配のお尋ね者で、お前の手は血に汚れきッてるンだ……何をどーするのかと思ッてな」
凛「……まずは、卯月と未央を再生する。それからは、私のしたことに対して責任を取って行こうと思ってる……」
西「意味ワカンねー……俺達がした事の責任なんてお前一人でどーすることができると思ッてンだよ」
凛「沢山考える……私一人じゃなくてみんなにも意見をもらって一番いい方法を見つけたいと思ってる」
西「ワカッてンのか? 俺達がブッ殺して来た奴等は国や社会の重要な位置を締めてる奴等がほとんどだッた。そんなヤツ等がいなくなッて今の世界がどれだけ混乱するか……俺達がトドメを刺さないでももうこの世界は壊れるかもしれねーッてのに、そんな事に対する責任なんて取れるわけねーだろ」
凛「……それでも」
西「デモじゃねーよ。お前何にも考えてねーンだろ? ワカッてンだよ、お前が行動するときは先の事はほとんど考えねーで行動するッて」
凛「う……」
西「もう陽の当たる所で何かできるなんて思うな。やるならやるで先の先まで考えろ。お前は考えもコロコロコロコロ変わるンだからよ」
凛「うぅ……」
西「……俺が言えるのはそンくれーだ」
西は立ち上がり手元に光のキーボードを展開すると高速で何かを打ち込み始める。
凛「ちょっと、何を……」
西「……安心しろよ、もう世界を支配するとか考えてねェ、何かどーでもよくなッた」
凛「え?」
西「……お前にもガンツの制御方法は最低限教えておいたから俺がいなくても再生やら転送やらできッだろ?」
凛「っ!……どこに行くつもりなの?」
西「……ワカンねェよ。お前は責任を取るとか言ッてッけど、俺はそんな馬鹿な事考えねーから、テキトーに人間のいない所で生きて行くか、それともどッかでの垂れ死ぬかのどッちかだろーな……もうお前には関係ねー事だ」
凛「……」
西「……おい、手を放せよ」
凛「……嫌だ」
西「放せッて」
凛「嫌だよ……」
西「放せッてンだろ!? 何なンだよ!? お前はもう俺を見限ッてアイツ等と一緒に行くンだろーが!? 俺を捨てたくせに今更何なんだよ!?」
凛「……一緒にさ」
西「あァ!?」
凛「あなたも一緒に……私は、あなたとも一緒に生きて行きたい……」
西「ッ!…………それこそふざけんな、だ。何で俺がお前なんかと……」
凛「だって……放っておけないんだよ……」
西「は?」
凛「私にとって……あなたも大事な友達だって、そう思ってるから……」
西「…………はッ、バッカじゃねーの?」
凛「馬鹿じゃないよ……真剣だから」
西「……」
西は展開した光源を全て消してもう一度ソファーにドカッと腰をおろした。
手をつかんでいた凛も体勢を崩して西の隣にストンと座る。
西は凛と密着してその体温を感じながら、
西(一体なんなんだろーな……)
西(さッきはこいつの事、一瞬ママみたいに思えたのに……)
西(ただ……はッきりワカッちまッた事がある……)
西(俺、こいつと一緒に何かしてーンだ)
西(世界を支配するッてのもこいつが本気でノッて来てから俺も本気になッた)
西(こいつがその気じゃなくなッたら、どうでもよくなッた……)
西(それで……こいつが俺を引き止めてくれたことが……嬉しい……)
西(一緒に生きて行きたいなんて言われて……嬉しかッた……)
西(ママみたいな女なのに……何か違ッて……一緒にいたいヤツ……)
西(…………)
凛「西?」
西「……なァ、本当に俺達みたいな人間がもう一度やり直せると思うか?」
凛「! うん、思うよ」
西「そッか……」
凛「うん」
西(……どうせもう何もねーンだ。それならこいつの傍で、こいつの行く末を見届けてやるのも悪くねェな……)
西と凛はお互い寄り添いながら差し込む朝日を眩しそうに見続けた。
二人の瞳には今まであった真っ暗な闇は無く、差し込む朝日のような光が映し出されていた。
今日はこの辺で。
【最悪のSS作者】ゴンベッサこと先原直樹、ついに謝罪
http://i.imgur.com/Kx4KYDR.jpg
あの痛いSSコピペ「で、無視...と。」の作者。
2013年、人気ss「涼宮ハルヒの微笑」の作者を詐称し、
売名を目論むも炎上。一言の謝罪もない、そのあまりに身勝手なナルシズムに
パー速、2chにヲチを立てられるにいたる。
以来、ヲチに逆恨みを起こし、2018年に至るまでの5年間、ヲチスレを毎日監視。
自分はヲチスレで自演などしていない、別人だ、などとしつこく粘着を続けてきたが、
その過程でヲチに顔写真を押さえられ、自演も暴かれ続け、晒し者にされた挙句、
とうとう謝罪に追い込まれた→ http://www65.atwiki.jp/utagyaku/
2011年に女子大生を手錠で監禁する事件を引き起こし、
警察により逮捕されていたことが判明している。
>>226
>私こと先原直樹は自己の虚栄心を満たすため
>微笑みの盗作騒動を起こしてしまいました
>本当の作者様並びに関係者の方々にご迷惑をおかけしました事を
>深くお詫びいたします
>またヲチスレにて何年にも渡り自演活動をして参りました
>その際にスレ住人の方々にも多大なご迷惑をおかけした事を
>ここにお詫び申し上げます
>私はこの度の騒動のケジメとして今後一切創作活動をせず
>また掲示板への書き込みなどもしない事を宣言いたします
>これで全てが許されるとは思っていませんが、
>私にできる精一杯の謝罪でごさいます
http://i.imgur.com/QWoZn87.jpg
>>226
>私が長年に渡り自演活動を続けたのは
>ひとえに自己肯定が強かった事が理由です
>別人のフリをしてもバレるはずがない
>なぜなら自分は優れているのだからと思っていた事が理由です
>これを改善するにはまず自分を見つめ直す事が必要です
>カウンセリングに通うなども視野に入れております
>またインターネットから遠ざかり、
>しっかりと自分の犯した罪と向き合っていく所存でございます
http://i.imgur.com/HxyPd5q.jpg
>>226
ニコニコ大百科や涼宮ハルヒの微笑での炎上、またそれ以前の問題行為から、
2013年、パー速にヲチを立てられるに至ったゴンベッサであったが、
すでに1スレ目からヲチの存在を察知し、スレに常駐。
自演工作を繰り返していた。
しかし、ユカレンと呼ばれていた2003年からすでに自演の常習犯であり、
今回も自演をすることが分かりきっていたこと、
学習能力がなく、テンプレ化した自演を繰り返すしか能がないことなどから、
彼の自演は、やってる当人を除けば、ほとんどバレバレという有様であった。
その過程で、スレ内で執拗に別人だと騒いでいるのが間違いなく本人である事を
確定させてしまうという大失態も犯している。
ドキュメント・ゴンベッサ自演確定の日
http://archive.fo/BUNiO
このSSまとめへのコメント
このへんでってことは続きがあるのか?
西×凛というハッピーエンド
を用意しているのか?
あるなら見たい