遊佐こずえ「たべてー......たべろー...」 (23)

短編
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こずえちゃんは普通の人間

読む必要のない関連作
遊佐こずえ「きおくとおふとん」




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缶詰の桃を食べながら中庭の風景を見ていた


スカイブルーのスモッグを着て、風に躍る木の葉のように右へ左へ走り回る幼児たち


ぽちゃついた短い手足を振り乱し彼女の目の前を行き帰り


緑がかった彼女の目にとって世界は随分と早回しだ。



同年代の幼児のキンキンした笑声



錆を撒き散らし軋むブランコ



ビビットなピンク色のそれは、彼女にとっては耳にも目にもうるさかった


先の丸いプラ製フォークでも缶詰の桃を刺すのは容易い


目を閉じて熟した白桃を食む


くちびるを通過して甘い風が鼻を抜けていく


口内に出来た小さな果汁の海を舌の小舟が揺蕩う


よく冷えた果肉が彼女の唾液をまとって喉奥を滑り降りていった

ありふれた幼稚園のありふれたお昼時


早々と食事を終えたありふれた同年代が遊びに飛び出していく中


彼女の世界は口腔内で完結していた



鉄の塊同士が取り乱したような音と、

桃のように柔らかい何かを踏んだような音がその世界を乱した

鎖の壊れたブランコ

空を飛んだスモッグ

白桃

青い靴下と外れた外履

今まで以上の金切り声

果汁と唾液

泣く女児と、それにつられて泣く女児

動かない男児

そこに走り寄る大人たち


陽の光を照り返す桃のシロップ


ブランコのそばの滑り台


目に痛いオレンジ色の支柱


そこの一部が今は少し赤い、そして黒い


先の丸いフォーク


ブランコに乗っていたが今は動かない男児


抱きおこす大人


果汁がくちびるを潤す

ついに他の男児も泣き出す

女児の泣き声にしゃっくりが混じり始めた


大人は鳴いた

その鳴き声は"きゅうきゅうしゃ"と聞き取ることができた



中庭はまるで空になった缶詰を引っ掻き回したような騒ぎになる


耳をふさぐとフォークを落とした


弁当箱の中の最後の桃を指先で摘んだ


大きな悲鳴のようなサイレンと共に救急車と担架が来た


果汁が小さな指先を甘く彩る


桃を歯と舌で味わうには周りは騒がしい


だから目で楽しむことにした



白い服の大人が、中庭でただ一人静かな男児を担架に乗せた

昼寝をしているかのように動かない



指先から手のひらへ滴った雫が太ももに落ちる


透明な甘露が彼女の白い丘を滑り降り、ぬらぬらした轍を残して消えた




男児の頭が担架に乗せられる


その後頭部を彼女は見た



缶詰のように開いたそこを見た


中から覗くそれを見た


それの果汁は赤かった





「......そっくりー」




手に付いた汁を啜り、最後の果肉を頬張った



缶詰のシロップ、果汁、唾液、血液



彼女にはそれらの区別はもうつかない

落としたフォークには蟻が群がっていた



遊佐こずえ、五歳の夏

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榊原里美「ん~あまぁい」


遊佐こずえ「......さとみー、なにー、たべてるのー......?」


里美「ペロペロキャンディーですよぉ、とぉっても甘いんですぅ~」


こずえ「ぺろぺろー...?」


里美「こずえちゃんも、お一つどうぞ~?」


こずえ「...いいのー?」


里美「はい~、たくさんありますからぁ」




こずえ「たくさん......?......ん~」


里美「どうしましたぁ?」



こずえ「たくさんあるならー...みんなでたべちゃー、だめー?」


里美「わぁ、こずえちゃんは優しいんですねぇ」


こずえ「こずえ...やさしいー?......そうなのー?」



人体には半透明のシロップが詰まっている



それらは肉体の成長に合わせ順当に消費されていく



正しく使われたシロップは赤く変色し血液となる



糖分を摂取するのは成長への意欲からの行為



しかしへその緒以外から摂取されては意味がない



なので行き場をなくしたシロップは髪の毛や乳房に蓄積する




こずえは自分の髪の色は白桃の缶詰を満たすシロップの色だと思っている



だが成人する頃にはきっと薄い桃色になっているはずだと確信している




髪色がシロップから果汁へ変貌を遂げるその日を心待ちにしているのだ

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十時愛梨「最後にそっとミントを載せて完成ですっ!」


こずえ「すごーい、きれー」





愛梨「ふふふ、こずえちゃんがキッチンに来るなんて珍しい~」


こずえ「そうー?...こずえー...めずらしー...?」



愛梨「じゃあ折角だからこずえちゃんにも手伝ってもらっちゃおうかな~?」


こずえ「...てつだいー......?」



愛梨「そうそう、リビングのみんなを読んできてほしいなぁ~って」


こずえ「...わかったー...こずえー...やるよー」



人生は糖分を守ることに始まり


糖分を与えることで維持される





お菓子作りは擬似求愛で、愛情は込めるまでもなく練りこまれている



人間の主成分は水分だから、そこに砂糖を投下して水飴になるのだろう



そうなれば世界は豊穣に至り、



地球上の全てが砂糖菓子のように透き通り



芸術的惑星へ進化すると彼女は思っている



海水に砂糖を混ぜ込めばきっとみんなが美味しく飲めるようになる



海面はねばねばした水飴に覆われ、ハワイまで海を歩いて渡れるだろう




ただ問題があるとすれば砂糖水で作った氷は溶けやすく、温暖化による海面上昇が加速するかもしれない



そして地球温暖化が進めば人体の中の砂糖水が熱され、べっこう飴になるだろう



甘いのは好きだが、できれば甘くて柔らかい方が好ましい



こずえは柔らかい桃の食感の記憶を唾液の海から拾い上げた



その舌先がぬらりと光る





三村かな子「最後にビターチョコレイトを砕いてまぶせば完成だよ」


こずえ「びたー...?」


かな子「ほんのちょっぴり苦いチョコだよ、でもそれが甘さを引き立てるんだ〜」


こずえ「...にがいのにー...あまいのー?」





糖分を守護らなければならない



敵はすぐそばにいる



電車内で、屋内で、トイレの中で、お風呂の中で



彼ら彼女らは息一つ漏らさず自分たちを待ち受けている



五歳の頃、あの男児の頭蓋から灰色がかった白桃をまろび出させたのを見た



彼ら彼女らにとって人体の破壊など缶詰を開けるより容易い






その名を金属という




金属は人の頭なんて簡単にかち割ることをこずえは知っている



缶切りが金属なのも知っている



こずえの知る限り金属は自分では動かない



いつも人間が握り、動かし、そして事故を起こす



そうして金属は巧妙に存在を隠しながら人類への攻撃を行うのだ






いまは自力で動かないが、いずれ動き出す



そして人類を缶詰のように切り開いてシロップや桃肉を貪るのだ




歯車、エンジン、コンピューター



姑息なことに金属は標的である人間を使ってそれらの道具を作らせた



すべては金属製のレールの上を順調に進んでいる



こずえはいずれ砂糖やシロップといった糖分を用いて金属たちと対峙する日が来ることを予測している





ガソリンに砂糖を混ぜて給油するとエンジンが焼き付いて使い物にならなくなること



今のこずえはそれくらいしか知らないが、明日もそうとは限らない




こずえは今日もプラスチックの食器を使う

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こずえ「あやー...」



桐野アヤ「おっ、どうしたんだこのデザート」



こずえ「さとみとー、あいりとー、かなこがー、つくったー」



アヤ「そうかそうか。で、こずえが持ってきてくれたんだな。ありがとさん」



こずえ「うん......でもいつか...こずえもつくるー...」



アヤ「おう、楽しみにしてるな」



こずえ「うんー、まってて...ぜったい、ぜったいつくるからー」




こずえ「まってて......まてよー」



現在十一歳

遊佐こずえはある妄想を抱いている




五歳の頃、幼稚園内で幼児の大怪我を目撃したことに端を発する


その体験に根ざした妄想はこずえの成長と共に肥大化しており、


こずえが得た知識や体験を肉付けしながら頑迷に妄想は強化されていく




かといってそれを誰かに披瀝することはなかった


隠していたわけでも、誤魔化していたわけでもない



ただこずえは戦っていたのだ


強迫観念に近い何かとなった妄想の中で


家族や事務所の仲間を守るために


砂糖を片手に、頭の缶に詰まった桃を守るのために




こずえ「ぷろでゅーさー...」

モバP「おお、こずえか。可愛いエプロンだな」



こずえ「これー...みてー...みろー」


モバP「ん?これは...」


こずえ「...こずえねー...つくれたよー」


モバP「作ったって...このショートケーキを?」


こずえ「そー...くりーむもー...こずえだよー...?」


モバP「すごいなぁ。最近くるみと一緒にプリンを作ったとは聞いてたけど」


こずえ「くるみだけじゃないよー...みんなと...れんしゅー...したのー」


モバP「そっか、みんなか...こずえもこの事務所に来て大分経ったもんな...」



こずえ「えへへー...じゃあほらー......あーん」






こずえ「たべてー......たべろー...」





以上、終了



子供って何考えてるかわかんないなーとか思いながら書きました。



こずえちゃんは好きです

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