「電車も全滅ですね。そっちはどうですか?」
駅の軒下。音無さんからかかってきた電話に応対しながら空を見上げる。
昨日までの快晴とはうってかわって。そこにはどんよりとした黒い雨雲が一面に広がっていた。
「先ほど社長から全員現場から直帰するようにと連絡が来ました。アイドル達は歌織さんを除いて全員帰宅と帰寮を確認済みです」
「あー……」
そう言われ、思わずため息交じりの声が出る。
タクシーは考えたが、今の時間はこの大雨も相まって1台も捕まりそうにない。待っていたら確実に0時を回るだろう。
「お2人が良ければですけど。今いる駅ってプロデューサーさんの最寄駅ですよね。このまま泊めたらどうですか?」
「は?」
いかん。思わず素のテンションで返事をしてしまった。
雑な俺の応答に音無さんは少しも気圧されることなく。
「明日は朝一でプロデューサーさんが歌織さんをスタジオまで送ることになってますし……ええ! それがいいピヨ! いや、それがいいですよ! ええ! 社長には私から言っておきますから! それじゃあプロデューサーさん! ご武運を!」
「ちょっと! ご武運ってなんですか! ……切られた。明日は書類関係全部投げつけてやろう」
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再びため息。どうしろっていうんだ。俺が歌織さんを泊める? 俺の家に? なにいってんのあの人。音無さんの明らかにその場を楽しんでそうな悪意100パーセントの言葉に頭を抱えていると。
ふいに、首筋から暖かな感触が俺の全身を駆け巡った。
「!」
思わず振り向く。そこに立っていたのは。
「お疲れ様です。プロデューサーさん♪」
子供のように笑う、無邪気な笑顔をした俺の担当アイドル……桜森歌織その人だった。
「……歌織さん。お疲れ様です」
首元にあてられたぬくもりの正体……缶コーヒーを受け取りながら返事を返す。
女性にしては長身でスタイルも抜群によく、整った顔立ちをした彼女のにこやかな笑顔に、俺は先ほどまでとは違う意味でやられていた。あれか。これがいわゆるギャップ萌えってやつか。
「お疲れ様です。コーヒー、冷めないうちに飲んじゃってくださいね。雨に打たれて身体が冷えてますから」
大人の女性ならではの細かい気配りに感謝を覚えながら、渡された缶コーヒーを一気飲みする。腹の内側から広がるぬくもりに安堵を覚える。
隣にいたのが歌織さんだったから……というのは気のせいだと思いたい。
……うん。腹を決めよう。
彼女と向き直って音無さんから言われたことを改めて彼女に伝える。
「……ということなんですが、歌織さんはどうですか?」
歌織さんが嫌というなら俺が車で送っていくしかない。そう腹を決めて尋ねた俺に彼女は。
「プロデューサーさんがそう言って下さるのならよろこんで。ふつつかものですが、よろしくお願いいたします」
そんな、予想外の返事をしてきたのであった。
歌織さんをうちに泊める旨を社長と音無さんに報告し、途中で買い物を済ませて我が家へ。夕飯の材料を買う時に半分出してくれたり、自分の分は自分で払ったりと金銭的にしっかりしてる印象がはっきりと残っている。
流石に歌織さんも俺も自分用の傘を持ってきており、相合傘なんてことにはならなかった。そうなった場合、俺の理性は早くに決壊していただろうから結果としてはよかった。
「どうぞどうぞ。散らかってますけど」
歌織さんを我が家の狭いワンルームに招く。普段から掃除しておいてよかったと今心から思った。
「いえいえ。男性のワンルーム一人暮らしなら散らかって……あ」
そこで歌織さんは振り返り、玄関で靴を脱ぐ俺に一言。
「お帰りなさい♪今日も一日お疲れ様でした♪」
「……ただいま。歌織さんもお疲れ様でした」
「ありがとうございます……1人暮らしだと。帰って家で1人だと辛いですよねえ」
そういえば歌織さんも1人暮らしだったっけ。というか、今のやり取り完全に新婚したての夫婦だなとか一瞬考えてしまった。そんなありもしないことを考えていると。
「……なんか、今のやりとり新婚さんみたいですね」
そんな、とんでもない言葉を投げつけてくる歌織さんであった。
「今のですね。絶対他の男に言ったらダメですからね」
「? 男の人以外ならいいんですか?」
「女性にでもダメです! というか歌織さん。今日なんだか普段よりご機嫌ですね」
そういうと歌織さんは恥ずかしそうにはにかんで。
「そうですね……誰かの家に泊まるなんて久しぶりですから。相手がプロデューサーさんならなおさらですよ」
歌織さんに先にお風呂に入ってもらって俺は洗濯を済ませる。
洗濯機に服を入れる時に黒い下着が目に入った気がしたが何も気にしない。俺は何も見ていないし意外と派手なんだなとか微塵も思っていない。ああ思っていないとも。
乾燥の設定を済ませてトイレに入っていると「プロデューサーさーん、お風呂あがりましたよー」の声。
トイレを出て服を脱ぎ、風呂場に入ると。
「うお……なんだこれ……」
そこには、花の匂いを思わせる甘い香りに包まれた異空間が存在していた。なんなんだこれは。俺と同じシャンプーとボディソープのはずなのにここまで匂いが変わるのか。
「……ダメだ。意識するとダメだ。本当にまずい」
無心になって身体を洗い、迷いのない動きで風呂場を後にする。ちゃんと時間をはかれば、シャワーを浴びた時間の自己最短記録を更新してただろう。
シャワールームを出ると、目の前に歌織さんが立っていた。
そこまでは完全に想像通りだったのだ。だったのだが。
「♪~あ。プロデューサーさん。お夕飯、もうすぐできますよ。ソファーに座ってゆっくり待っててくださいね」
冷静に考えよう。俺のジャージを着た歌織さんがその上からエプロンを羽織って、鼻歌を歌いながら台所に立っているなど想像できるはずもなかったのだ。
言われた通りソファーに座って、なんとはなしにテレビをつける。
チャンネルを変えずにCMを眺めていると、音楽番組が始まるアナウンスが流れてきた。
CMで流れる出演者一覧、どこかで見覚えがある。昔に共演したとかではなく、つい最近一緒に仕事をしたような……
「お待たせしましたプロデューサーさん。今日のメニューはカルボナーラと冷蔵庫に余ってた残り野菜のスープで~す♪」
ノリノリで料理を運んでくる歌織さんに俺の意識は奪われる。
片手に皿、もう片手にビールを持つ器用な歌織さん。なるほど、今ご機嫌なのはそれが原因か。
「お疲れ様でした、歌織さん」
「はい。お疲れ様でした、プロデューサーさん♪」
ビールを開け乾杯する。風呂で火照った身体に、冷えたビールが最高に気持ちよかった。
カルボナーラもベーコンの塩気がしっかりしててつまみにはちょうどいい。というかこの人、つまみにするためにわざとしょっぱくしたんじゃないだろうか。そう思うくらいに絶品だった。
ふと気づくと、歌織さんが俺の感想を聞きたそうにしてこちらを見つめている。
「……歌織さん。このカルボナーラ、最高に美味しいです」
「本当ですか!? よかったあ、プロデューサーさんのお口にあって……」
「ええ。これなら毎日でも食べたいくらいです」
「えー。やめてくださいよぉ。プロデューサーさんならもっといい人がいますって」
「根本的に出会いがないんですよねー。一番年が近いのって言ったら莉緒か風花か歌織さんですし」
「あはは。私にはさん付けなんですね。プロデューサーさん」
「歌織さんなら特別ですよ。初めて担当したアイドルですから」
酒が入っているせいか。雨に打たれておかしくなったのか。普段なら言えないような言葉がポンポン出てくる。
「嘘だぁ」
「嘘じゃないですよ。39プロジェクトからプロデュースを始めたのは歌織さんなんですから」
確かに嘘ではない。過去に担当していたことはあるが、今のプロジェクトが始まって初めて担当したのは歌織さんだ。
「あー……なるほど?」
「はい……」
沈黙が続く。酒が入りすぎてお互い変なテンションになってしまっていたのを自覚したらしい。
しびれを切らした俺が洗いものをしようと席を立とうとした瞬間。
柔らかなピアノの旋律が、テレビから聞こえてきた。
『高鳴りに少し、戸惑いながら 見上げてた、空の輝きを』
すべてを包み込むような優しい歌声。
歌織さんの歌う「ハミングバード」。
そうか。どうりで見覚えがあると思った。この番組、この前歌織さんと収録したやつだ。
『ああ、どこまでも高く、雲をはらって 風のように、飛んでいけるなら』
「……私、本当にアイドルなんですね」
歌織さんがぼそりと呟く。それを肯定したくて、俺はこういった。
「ええ。歌織さんは、俺の理想のアイドルで……理想の女性です」
それは、嘘偽りない本心だ。俺は彼女が好きで。でも彼女はアイドルで。
だから、彼女とどうこうなるとか考えていなくて。
『知らない世界に、指先すくむけど 知りたいこの気持ちが、翼に変わる』
「ねえ、プロデューサーさん。私、あなたに会えてよかった。あなたは私にたくさんのことを教えてくれました。歌う楽しさとか、誰かの力になれる嬉しさとか……人を好きになる喜び、とか」
だからその言葉は予想外で。俺はなにもいうことができなくて。
『私が今、できること、それは歌うこと 小さなユメの羽音、響きはじめる』
「だからね。プロデューサーさん。責任を取って下さい。私をこんなにした責任。アイドルである私に恋を教えた責任を」
俺はこの人が好きだし大切だ。守っていきたいし、頂点に立たせてやりたい。
そんな相手にここまで言われて、それは男としてどうなんだろう。
だから俺は、彼女のそんな言葉に。
「プロデューサーさ……あ」
口づけで、答えた。
下半身の鈍い痛みに思わず目が覚めた。
起き上がり様に襲ってきた倦怠感に思わずその場に倒れ込む。
久しぶりで激しすぎた。というか歌織さん、すごかった。何がとは言わないけど。うん。
「……あ」
ふいに、漂ってくる味噌汁の香りに思わず台所の方へ首を向ける。
そこには予想通り。昨日着ていた服に着替え、その上からエプロンを羽織って味噌汁を作る歌織さんの姿があった。
昨日から長い時間を過ごして、ようやく歌織さんのことがわかりつつあった。
可愛くて、綺麗で、お酒が好きで、気配り上手で、料理上手で、何事にも一生懸命な、俺の担当アイドル。
「歌織さんは、それでいいんですか?」
歌織さんの作ってくれた味噌汁を飲みつつなんとはなしに尋ねる。
「なにがですか?」
「俺達は担当アイドルでプロデューサーです。本来はこういう関係になるべきではありません……いや、手を出したのはたしかに俺の方ですけど。どうしても、今後の歌織さんのことを考えてしまうんです。俺はあなたが好きです」
「あ」
「え?」
ふいに、俺の言葉に歌織さんが割り込む。
そして、彼女はくしゃっと笑って。
「今、はじめて好きって言ってくれましたね。プロデューサーさん」
「……ええ。俺はあなたのことが好きです。けど、あなたのことを担当アイドルとも思ってます。あなたが大好きで、大切で、だからこそ、頂点に立たせてあげたいんです。今の関係を続けるのは絶対に辛いことになると思います」
ここまで一気に言い切って。
「それでも、歌織さんがいいのであれば。こんな俺で良ければ……俺と付き合ってください」
俺はその、決定的な言葉を口にした。
「はい。よろこんで」
即答だった。びっくりするくらい即答だった。
そして、歌織さんはこう続ける。
「担当アイドルとプロデューサー……その上で恋人同士。そういう可能性もありなんじゃないでしょうか。何事も、試してみないとわかりませんから。大丈夫ですよ。2人ならなんとかなります。ね?」
そう言って微笑む。その姿を見て、本能的に察した。
俺は、この人にはかなわない。
「……わかりました。これからよろしくお願いします。歌織さん」
彼女はこれからどんどん大きな存在になっていく。
遥か高い空を飛ぶ鳥のような。
両翼とは言わない。
彼女にとって、俺は片翼の翼でありたい。
俺の返答に柔らかく微笑む彼女を見て、俺は静かに決意した。
終わりです
ミリシタで担当が増えるなんて思ってもなかったです
歌織さんこれからも末長くよろしくお願いします
歌織歌声もいいよね……
乙です
桜守歌織(23)An
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>>1
音無小鳥(2X)Ex
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