===
休日、空ははろばろいい天気。ポカポカ陽気もちょいと添えて、今日は絶好の外遊び日和と言っていい。
足を運んだ公園は、案の定沢山の子供たちで溢れていて……
そんな子供の群れに混じって、元気に走る少女が一人。
「おやぶーん! こっちこっち~!」
「おー、見てる見てる。あんまりはしゃぎ過ぎるなよー!」
こっちに呼びかける環に手を振って、俺は隣にいる女性へと顔を向ける。
「歌織さん、荷物重たくないですか? もう少し俺が持ちましょうか」
「いいえ、平気です。……それよりもプロデューサーさん」
「はい?」
「今日は、晴れて良かったですね。環ちゃんたちも嬉しそうで……ふふっ♪」
ああ、なんて人の心をほんわかとさせる笑顔なんだ。
お弁当の入った鞄を手に持って、公園の中を走り回る環を見つめる歌織さんの横顔は美しい。
今でも信じられないな、こんな綺麗な人を劇場に、アイドルにスカウトできたなんて。
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「いやー、まったくツイてた」
「つい……てる? あの、私の顔に何か?」
「ああいえ! そういう意味じゃ……あはは」
彼女の質問を笑って誤魔化すと、俺はさっきからしていたように、
ピクニックシートを広げられる場所を探す作業へと戻った。
「あっ、あそこなんてどうですかね?」
大きな木の下に、ちょうどいい具合の木陰を見つけて指をさす。
歌織さんも覗き込むように指の先へと視線をやって、「そうですね、いいと思います」と頷いた。
決定。二人並んで木陰までやって来ると、俺は手にしていた荷物を芝生に下ろす。
「ここまで歩き疲れたでしょう? 今すぐシートを広げますから、少し待って下さい」
「はい……あ、あの!」
いざシートを敷こうとした途端に呼び止められて、俺は何事かと彼女の方に振り向いた。
「な、なんです?」
「いえ、その……急がなくても大丈夫と。……ご、ごめんなさい。それだけ言いたかったんです」
言って、歌織さんは恥ずかしそうにはにかんだ。
それから俺の作業が終わるのを、優しく見守る歌織さんといったら無い!
ああ、いいなぁ……三歩下がって師の影踏まず。違うな、三歩下がってついて行く。
この女性らしい奥ゆかしさとおしとやかさ、
劇場にいる騒がしい連中も、少しは見習って欲しいものだ。
「おやぶんおやぶんおやぶーん!」
「プロデューサー、プロデューサー、プロデューサー!」
なんてことを考えていたら、早速騒がしい二人が俺たちのところへと駆けて来る。
一人はさっきまで他所の子達と走り回っていた環、そしてもう片方は――。
「バッタ! おやぶんバッタ捕まえた!」
「プロデューサ~……いぬ美のやつ、リード外したら逃げちゃった!」
見て見てと大きなバッタを見せて来る環の横で、
今にも泣き出しそうな顔をするのは響だ。
一緒に連れて来ていた愛犬、いぬ美がどこかに行ったらしいが……。
「そりゃお前、リードを外したら逃げ出す……って言うか走りだすだろう。犬だし」
「あぅ、それはそうだけど……。待ってって言っても待たなくて」
「……いぬ美はお利口さんだからな。ホントに待てって言っただけか? 追いかけたりしなかったか?」
すると響は「うっ」と言葉を詰まらせると、
歌織さんにバッタを見せている環をチラリと一瞥し。
「……環と二人で、捕まえようと追いかけたぞ」
「じゃ、原因はそれだな。遊んでもらえると勘違いしたんだろ」
それから俺は、泣きそうなまま顔をしかめる響の頭に手を置くと。
「おしとやかさをさ……持とうぜ、響」
「むかっ……。なんか引っかかる言い方だね」
不機嫌に唸る彼女を「怒るな怒るな」となだめながら、
俺はシートが風で飛ばないよう荷物や水筒を四隅に置いて行く。
「これが終わったら、俺も一緒に探してやるよ。ココは広いから、一人で探しちゃ骨が折れるぞ」
「うん……分かった」
落ち着きとおしとやかさはともかくとして、響の素直さは彼女の美徳だ。
シートを敷き終わった俺は、「それじゃあ、ちょっといぬ美を探しに行ってきます」と
歌織さんたちに一声かけて、響と一緒にいぬ美探しに向かったんだ。
===
とはいえアイドルである環たちと、プロデューサーである俺が
一緒に休日を過ごすことになった経緯について、少しは説明しておかなくちゃダメだろう。
あれはそう、なんの変哲もない木曜日のことだ。
歌織さんが765プロの一員となってからというもの、
劇場ではしばしば音楽教室が開かれることになっていた。
アイドルになる前は、ピアノと歌を人に教えていたという歌織さん。
そんな彼女のことを、うちの向上心有り余る連中がただただ放っておくはずも無く……。
「先生! 今日も私に歌のレッスンを!」
「ちょっと可奈、今日は環たち年少組の番じゃない」
「うぅ、でも志保ちゃ~ん。私もっともーっと、歌が上手になりたくて」
「あ、あの、私の方は構いませんよ。年少さんと言っても、
環ちゃんに育ちゃん、それに桃子ちゃんの三人だけですし」
「歌織さん! そんな、可奈を甘やかすようなこと……」
「いいんですか! やった、やったぞ~♪ 頼んでみ~るみる、みるもんだ~♪」
「ふふ、よければ志保ちゃんも一緒にどうかしら?」
「えっ、わ、私も? ……いいんですか?」
なんて、可奈や志保が話をしているところに、俺が千早を連れて顔を出したんだな。
「お疲れ様です歌織さん。少し、話をいいですか」
「お疲れ様です、大丈夫ですよ」
「実は千早が、お願いしたいことがあるそうで」
「は、はい」
765プロの歌姫筆頭、千早が緊張した面持ちで歌織さんの前に立つ。
それから彼女は歌織さんに、個人的な練習に付き合って欲しいという内容の相談事を持ちかけた。
それを横で聞いていた俺に、レッスンルームで志保たちの話が終わるのを待っていた環が、
「おやぶんおやぶん」と声をかけて来たんだ。
「どうした環?」
「あのね、今度のお休みの約束覚えてる? たまきを公園に連れて行ってくれる話!」
「この前頑張ったご褒美だろ? もちろんちゃんと覚えてるさ。
しっかり予定も空けてあるし、後はお天気次第だな」
「くふふっ♪ たまきね、すっごくす~ごっく楽しみにしてるんだ~」
笑顔ではしゃぐ環に、「俺も楽しみだよ」と答えてあげる。
なにせこの予定を実現するために、律子や美咲ちゃんに甘えてるんだ。
しっかりと環と遊んで帰って来なきゃ、罰が当たるってもんさ。
『アイドルのやる気を維持するのも、プロデューサーの大事な役目。
仕事の方は私たちに任せて、しっかりお勤めを果たしてきてくださいよ』
なんて、頼りになる同僚がいる俺は幸せ者だ。
そんなことを思い出していると、千早の話も終わったようで、
「それでは、お願いします」と頭を下げた彼女の方へ振り返り、
俺は「終わったのか?」と声をかけた。
「はい、オーケーを頂きました」
すると千早に続くように、歌織さんも小さく頷いて。
「劇場の一員となった時に決めていたんです。
私にお手伝いできることがあれば、なるべく応えるようにしようって」
「それはまた……立派な心掛けです!」
その時だ、俺の頭にティンと来るものがあったのは。
歌織さんの横に近づいて、俺は彼女にお願いする。
「あの、何でも手伝うっていいましたよね」
「えっ? あ、いえ。なるべく、できることならと……」
「それって、俺の仕事のお手伝いでもいいですか? 実は聞こえてたかもしれませんけれど
今度の週末、環を公園に連れて行く約束をしてまして」
「は、はぁ」
「ただ一点、見た目通りの元気娘ですから。万が一、俺が目を離すようなことがあったらと思うと――」
「それはつまり、私にも同行して欲しいとおっしゃられているのですか?」
「ズバリ、そうです。話が早くて助かりますよ!」
歌織さんの柔らかな手をひょいと取ると、
俺は熱のこもった眼差しを彼女に向けて言葉を続ける。
「もし、ご予定が空いていればの話ですけど。……いえ、貴女が当日オフであるのは知ってますけども」
「あ、あのプロデューサーさん? この手は一体……」
「いえね! 俺も一人じゃ不安だし、弁当なんかも用意できないし、響っていう姉貴分にも声はかけちゃあいたんですけどね。
アイツもアイツで、ちょっと抜けたところがあるというか」
「響……ああ、存じてます。可愛らしいハムスターと一緒にいる子ですね」
「そうですその子! でも本当に可愛らしいのは歌織さん、貴女です!」
「きゃあ!?」
言って、俺は頭から床に叩きつけられた。
レッスン室に響く鈍い音、歌織さんの可愛らしい悲鳴。
仰向けに転がった視界に、千早たちの不機嫌そうな顔がうつる。
「プ・ロ・デュー・サー?」
「全くアナタは……。歩くヨコシマなんですから」
「だからってなぁ、千早、志保……。人をそう、軽々しく"お仕置き"するもんじゃあない」
頭にデカいタンコブをこしらえた俺の隣にしゃがみ込み、可奈が心配そうな顔をして言った。
「でも、律子さんが決めた規則ですから」
「……構わん、やってくれ」
「失礼します……えいっ!」
ピコタン! と、可奈の振り下ろした玩具のハンマーがタンコブに直撃して音を立てる。
痛みによって意識がグルグルと回るなか、
俺は懐かしい歌の幻聴を聞いていた。
ろ~でぃんぐ、ろ~でぃんぐ。
ああ、あの歌の継承者が今ここに。
それはどこか懐かしく、安心できる音色だった。
とりあえずここまで。
さくら教室だっけ?歌織先生素晴らしいよね
http://i.imgur.com/Vo4bMWD.png
一旦乙です
>>1
桜守歌織(23) An
http://i.imgur.com/38iszCb.png
http://i.imgur.com/JWlIySg.png
http://i.imgur.com/bbLI7l0.png
http://i.imgur.com/IEeRRNf.png
大神環(12) Da/An
http://i.imgur.com/ARburxw.jpg
http://i.imgur.com/hInfaoL.jpg
>>3
我那覇響(16) Da/Pr
http://i.imgur.com/RfDjRew.png
http://i.imgur.com/b16cWOr.jpg
>>5
矢吹可奈(14) Vo/Pr
http://i.imgur.com/pzWDDZe.jpg
http://i.imgur.com/kQHQF7j.jpg
北沢志保(14) Vi/Fa
http://i.imgur.com/CEu31ZI.jpg
http://i.imgur.com/4s2FnME.jpg
>>6
如月千早(16) Vo/Fa
http://i.imgur.com/InIZiJW.png
http://i.imgur.com/TlBlpfd.jpg
>>9
http://i.imgur.com/i2J5tPI.png
>>9訂正
○それはどことなく哀愁を漂わせた、安心できる音色だった。
×それはどこか懐かしく、安心できる音色だった。
===
とまぁ、そんなこんなで俺は歌織さんを、
環の公園遊びについて行く保護者の一人として連れて来るに至ったんだ。
「ぜぇ、はぁ、ぜぇ……。よ、ようやく捕まえたぞこの犬め!」
「犬じゃなくていぬ美! もう、プロデューサーには何回も言ってるのに」
「犬は嫌いなんだ、犬は」
「……猫は?」
「最近、少し苦手になりつつある。多分茜のせいだな。
鳴き声を聞くと、にゃんにゃんにゃんにゃんアイツの顔と声が――って、それはいい」
早速イメージ映像として浮かんで来た茜の姿を掻き消すと、俺はいぬ美の首輪にリードをつける。
「それじゃあ戻るか。早く環と遊んでやらにゃあ」
「猫抜けてないぞ、プロデューサー」
呆れたように言う響を後に連れて、俺は環たちの待つ広場を目指して歩き出す。
いくつもの遊び場が合体して作られているこの公園の広さと言ったらいやはやなんと……。
「あれ? ねぇねぇプロデューサー」
「どした?」
疲れた体を引きずりながら長い行程をうなだれて歩く俺を、響が後ろから追い抜いて言う。
「なんかさ、聞こえない?」
「待て、今からプロデューサーイヤーで確かめる」
言って、立ち止まった俺の耳にも確かに聞こえるあの声は。
「歌織さん!?」
「ちょっ、プロデューサー走るの早い!!」
響と一緒にバタバタバタと走る園内の道。
環たちが居るハズのアスレチックゾーンが近づくにつれて、歌声はハッキリ大きくなっていく。
「あれ!」
「おお!」
前を行く響が振り返りながら指をさした。
そこには環も交えて大勢の子供たちと歌を歌う歌織さんの姿。
青空の下、響き渡る合唱。
その澄んだ声と無邪気な声のハーモニーは、公園に集った人々の気持ちを、心の底から晴れやかにさせて。
「て……天使だ、天使がいる! 目の前に……!」
「それを言うなら天使たち、だぞ」
「子供は嫌いだ、ずうずうしいから」
「めっ!」
「んっ!? あのガキャ、歌織さんに馴れ馴れしく触りおって! ……許さーん!」
「うがー! ちょっとは落ち着いて! ほんっとうにダメデューサーなんだから!」
そう、晴れやかにさせるのだ。この俺の憤りと嫉妬に満ちた心でさえも。
数分後、俺はレジャーシートの上で目を覚ました。
頭が痛い、触ると知らないうちにタンコブが出来ているが……
変だな? いつ、どこでぶつけたのか思い出せない。
「お目覚めですか? プロデューサーさん」
「歌織……さん」
「あっ、まだ、急には動かない方が」
痛む頭を手で押さえながら体を起こすと、俺はシートの上に座りなおした。
目の前には天使、いや歌織さん。
それと響の用意した弁当も(中々に手の込んだ、可愛らしい彩りの弁当だ)
今は鞄から出されていつでも食べ始められるように準備されていた。
公園の中を見回せば、さっき歌織さんと一緒に合唱していた子供たちが、
今度は響と環の二人に遊んでもらっているのが見える。
「タッチ! 次はお姉ちゃんがオニー!」
「しまった! むぅ~、まぁてぇ~!」
「きゃーっ♪」
「逃げろ逃げろー!」
「こっちこっち、ひーびきー!」
「環っ! いぬ美に乗るのは反則だぞー!」
遊んでもらって……遊ばれてる?
まぁいい、響にとってはいつものことさ。
「ふふふっ、本当にみんな楽しそう」
「歌織さんも楽しまれたんじゃないですか? 聴きましたよ、さっきの歌」
「あっ……聞かれてましたか」
歌織さんが驚いたように口元に手を当て、若干の上目遣いで俺を見る。
その視線は「恥ずかしい所を見られちゃった」と、
彼女の感情を雄弁に語っていて……ゲッチュ! 恋を始めてしまいそうだ!
「初めは、環ちゃんと一緒に遊んでいたんです。
そうすると彼女が仲良くなった子供たちに、私が歌の先生をしていたことを教えて」
「それで合唱に?」
「はい。歌うことは嫌いじゃありませんし。
小さな子と合唱するのも、経験が無いワケではありませんでしたから……つい」
「いや、恥ずかしがる必要は無いですよ。とても素敵な歌声でした」
俺が率直な感想を言うと、歌織さんは増々顔を赤くしながらもじもじと両手を組み合わせ。
「プ、プロデューサーさんに面と向かってそういうことを言われると……その、困ります」
「困る? えっと……。すみません、俺はまた何か、不快にさせるようなことを――」
「いいえ、違います! あの、恥ずかしく、なって……困るんです」
言って、赤面した顔を隠すように伏せてしまう。
「き、気を悪くしないでくださいね? プロデューサーさんのことを、嫌ってるなんてことは無く」
「え、ええ。大丈夫、分かってますよ」
「本当ですか? あの、私、感謝してるんですよ? 新しい自分と、夢に出会わせてくださった貴方に対して」
「あはは……。そんな大げさな」
「大げさだなんてっ!」
身を乗り出した歌織さんの手が当たり、
シートの上に積まれていたお弁当箱が音を立てる。
二人の顔の距離が近づく。
こちらを見つめる彼女の頬は赤く染まり、公園に吹く風が、
まるで彼女の心音を運んでくるようで……いや、今ドキドキと聞こえる鼓動は俺自身の物だ。
「えぇと、そのぉ……」
形の良い眉を八の字に垂らした歌織さんが俺を見る。
そんな歌織さんが伝えたかったことにあたりをつけ、
俺はその言葉を彼女の代わりに答えてみる。
「つまり歌織さんが言いたいのは、俺のことは嫌いじゃないと」
「は、はいそうです。その……好意を持ってます!」
「えっ!?」
「えっ……あぁっ!?」
途端、自分の発言の危うさに気がついた歌織さんは、
先ほどまでの比じゃないほどに顔を真っ赤にして俺から距離を取った。
「今の、今のは違います! 好意と言っても恋愛とか、そういう意味の好意じゃなくて!」
「し、信頼とか信用ですよね? 分かってますから、大丈夫です!」
「はい、はい! ……あの、ごめんなさいっ!」
そうして今度という今度こそ両手で顔を隠して一言。
「私、恥ずかしい……」
くっそぉぉ! 恋してえぇっ!!
が、しかし! 俺はプロデューサーで彼女はアイドル!
代わりの壁を必死に探し始めた俺と、
押し黙ってしまった彼女の間には当然のように気まずい沈黙が訪れて。
辺りに響く子供たちの笑い声が、
どこか遠くの場所の出来事のように聞こえて来る。
「……なにやってるの、二人とも」
「おやぶん、かおり泣かせたの? だったらたまき、ゆるさないぞ!」
だが幸いにもこの沈黙は、遊びから戻って来た響たちによって破られた。
ああ、こういう時に騒がしい、いや賑やかな彼女たちの存在には助けられる。
俺は怪訝そうな顔でこちらを見る響と環の頭に手を置くと。
「うんうん、そのまま賑やかなお前たちでいてくれな」
「はぁ?」
「何言ってるかわかんないぞ、おやぶん」
「いいんだいいんだ、こっちの話だ」
それからキョロキョロと辺りに目をやり、
俺は納得してないと言った顔の響に訊いた。
「他の子供たちは、どうしたんだ?」
「時計見なって、もうお昼だよ」
「みんなね、お弁当食べに戻ったの。
ご飯食べたら、またみんなでおいかけっこして遊ぶんだっ♪」
===
お昼の弁当は実に美味しい物であり、やはり外で食べると一味も二味も
うま味が増すのだなぁ、なんてことを考える。
「……真、その通りでございます」
「どしたの急に、貴音の真似?」
「響、このハムバーガーは」
「それに使ってるハムカツはね、千鶴のおススメ。
挟んでるバンズは、歩が贔屓にしてるパン屋さんのやつを使ってるんだ」
「なるほど、通りで美味なると」
「後ね、似てない。裏声も気持ち悪いぞ」
「響は……いけずです」
そこまで言って、俺は貴音の物真似を終了した。
なに、こっちに無言でフォークの先端を向ける響にブルっちまったワケじゃないぜ?
「環ちゃん、ちょっといいかしら」
「ん? なにかおり」
そんな俺の前では歌織さんが、響特製ハムバーガーにかぶりついた環のお世話をしているところ。
「ケチャップが口の周りに……。じっとしてね」
「んっ」
歌織さんにお手拭きで口元を拭かれる環。はぁ、絵になる。
ここに亜利沙が居れば怒涛のシャッター十六連射を披露していたところだろうが、
あいにく今回のピクニックに彼女は参加していない。
「プロデューサーさん! ありさの代わりにシャッターを、後生ですから! 後生ですから!」
「……プロデューサー?」
「すまん、もうしないって。だからほらフォークは置こう、な? なっ?」
その時だ、歌織さんと目と目が合う。
彼女が環の口元を拭いているのとは反対側の手を伸ばし、人差し指を俺の頬にピタリと当てる。
「失礼」
サッと、指で何かを拭う仕草。
その指先にはバーガーに使われていたケチャップが。
「ふふ、プロデューサーさんも口元、気を付けてくださいね」
そうして彼女は指先についたケチャップをペロリと舐めとると……。
一拍、二拍、固まった笑顔のままで気の毒なほどに狼狽、当惑、成敗されてしまうのは恐らく俺の方。
はらり、彼女の瞳から涙が伝う。
環が俺を睨みつけ、響が持っているフォークで俺の手の甲を容赦なくつつく。
「おやぶん! たまきゆるさないって言ったよね!?」
「環! 弁当が引っくり返るから座れ!」
「プ、プププププロデューサー!? たっぴらかすよっ!!」
「響は何言ってんのか分からんぞ!」
「ああん!?」
「いや、怒ってるのは分かるけどな! なっ!?」
押し倒され、馬乗りにされて、正にこれから成敗されようとした瞬間、
「待って、二人とも!」と歌織さんが環たちの行動を制止した。
「ていっ!」
「えいっ!」
「ぎゃーっ!!?」
「二人ともストップ! 止めてください!」
今度こそ本当に、歌織さんによって止められる二人。
「今のは、私の不注意です。つい、いつもの調子で――」
「いつもの調子って歌織……もしかして、結構ずぼらなの?」
「えっ!? そ、そんなことは無いと思うけど……」
「ずぼらな歌織さんか……。それもまた、良し!」
「ていっ」
「痛っ! 環、デコピンはよせ!」
歌織さんが俺たち三人を見下ろしながら、「とにかくですね」と話を続ける。
「響ちゃんたちの優しさは、とっても嬉しいものだけど。
今のはプロデューサーさんに悪さをされたとか、そういうことじゃなかったから」
「……大丈夫? このプロデューサーは本当に、女の人にだらしないから」
「嫌なことあったら、すぐにたまきたちに相談してね。たまき、歌織のこと好きだから、力になってあげたいんだ」
「響ちゃん、環ちゃん……!」
歌織さんの頬が緩む。若干目つきが変わったような気もしたが、それは恐らく見間違いだ。
>>2訂正
○レジャーシートを広げられる場所を探す作業へと戻った。
×ピクニックシートを広げられる場所を探す作業へと戻った。
>>22
○「嫌なことあったら、すぐにたまきたちに相談してね。たまき、かおりのこと好きだから、力になってあげたいんだ」
×「嫌なことあったら、すぐにたまきたちに相談してね。たまき、歌織のこと好きだから、力になってあげたいんだ」
===
その後の昼食はつつがなく終わり、いぬ美を探すのに時間を取られていた分を取り返すべく、
午後から俺は環と遊びに遊んだんだ。もちろん響も一緒だし、それに加えて――。
「タッチ! 次はかおりがオニね!」
「捕まっちゃった……! 環ちゃんは、とっても足が速いのね」
「うん! 海美と同じぐらい速いんだ!」
「でも、私も負けないわよ~。追いかけて、捕まえちゃうんだから♪」
「歌織! プロデューサーがそっち隠れてる!」
「ばっ、響! お前なんてことを!」
「あっ、こんな近くに……それっ! タッチです!」
「あー! ……あ、でも歌織さんに移されるなら本望かも」
「今度はおやぶんのオニ!」
「いぬ美! 二人でかく乱作戦だ!」
「バウッ!」
――歌織さんも、ご覧のように環たち同様のはしゃぎっぷり。
帰る頃にはみんなクタクタ、充実した休日だったと言っていい。
>>24
○「うん! うみみと同じぐらい速いんだ!」
×「うん! 海美と同じぐらい速いんだ!」
……とはいえ今日一番驚くことになったのは帰り際、
同じように公園で遊んでいた家族連れにかけられた言葉だった。
「皆さんはご家族ですか? 随分と仲が良いんですね」
「えっ?」
「えぇっ!?」
歌織さんと二人、顔を合わせて口ごもる。
そ、そりゃあれか? 「一生懸命頑張りますね、パパ! なんてなんて~」みたいな麗花的な。
だったら母親役は歌織さんで、環と響は娘になって……!?
「家族? おやぶんがお兄ちゃんで、たまき、かおりみたいなお姉ちゃんなら、いつでも大大大歓迎だぞ!」
「家族か~……だね! 劇場のみんなはプロデューサーも合わせて、一つの家族みたいなものさー!」
俺たちに代わって答えた二人の言葉に、
相手が「あれ、違うんですか」と申し訳なさそうな顔になった。
「てっきりそうじゃないかと……すみませんね、どうも」
「いえいえ! 気にしてません、大丈夫です」
「は、はい。少し、驚いてしまっただけで……
謝りながら去って行く家族連れを見送って……「参りましたね」と、俺は歌織さんに声かけた。
「……参ったとは?」
すると彼女は少しだけ眉をつり上げると。
「プロデューサーさんは、私に母親役は務まらないと?」
「な、なに言ってるんですか。俺はただ、そういう風に見られてしまって申し訳ないと」
「どうしてです?」
「どうしてって……。その、俺なんかじゃ、貴女にとても釣り合わない」
「私では不足だと言うことですか? ……そうですよね、プロデューサーさんはとても立派な方ですし――」
「逆ですよ、逆! 俺が貴女に相応しくない! ……紬みたいな曲解しないでくださいよ~|」
なぜだか不機嫌になってしまった彼女のことをなだめるのに、
それからどれだけの時間をかけたことか。
待ちぼうけを喰らった環たちの欠伸が二十回を超える頃になって、ようやく彼女は折れてくれた。
正し、俺に一つの条件つきで。
「では、一つだけ条件を」
「は、はい。俺にできることならなんなりと……」
さてさてどんな無茶難題が飛び出すのか?
ドキドキしている鼓動を「静まれ!」と心の中で叱りつけ、俺は彼女の要求を待った。
b環が二十二回目の欠伸をかみ殺す。
響がいぬ美のリードを持った手を頭の後ろで組んで待つ。
……公園の木を風がさわさわと鳴らす中、歌織さんが悪戯っぽく微笑んだ。
「今度、お買い物に付き合ってくださいますか」
「へっ?」
「アイドルらしい私服を選んで頂きたくて……。あの、ダメでしょうか?」
それはなんとも……なんとも拍子抜けする申し出だ。
その程度のことでいいのなら、俺はいくらでもオーケーする!
と言うか、今までもオーケーして来たことだった。翼とか、伊織とか、まつりとか……。
「もちろん構いませんよ! それで、予算はいくらぐらい持って行けばいいですか?」
「……はい?」
「五万ですかね? 十万ですかね? この前亜利沙をファミレスに連れて行った時の分も残ってますから、
そこそこいい服をプレゼントできると思いますよ!」
「え、えぇっと……何の話を?」
歌織さんが戸惑った様子で俺に訊く。
「なんの話って、買い物でしょう? 任せてください! プレゼントには慣れてるんです」
笑顔で俺がそう言うと、ようやく彼女も理解したようだった。
先ほどまでの威勢はどこへやら、慌てた様に首を振ると。
「支払いは、わ、私がします!」
「えっ? でも歌織さん、俺に買い物に付き合ってくれって――」
「言いました、言いましたけど……大人ですよ、私!」
「言わなくたって知ってますよ。……ああ! 育みたいに大人っぽい小物も、ついでに欲しいってことですかね?」
「ち、違います! ひ、響ちゃん、環ちゃん!」
どういうワケか歌織さんが、響たちに助けを求める視線を向ける。
だが、二人はちらりと顔を見合わせると。
「かおりー、それおやぶんの病気だから」
「お祝いだと思って受け取ってあげて。じゃないと、貰うまでいつまでもしつこいよ」
「え、えぇ……!?」
歌織さんが再び俺を見る。
心無しか、先ほどまで存在した敬愛の眼差しが
怯えた物に変わっているような気もしたが……。
「それじゃあ予定を合わせましょう! 今度の週末でいいですかね?」
それはそれ、これはこれだ。アイドルのお願い一つ聞けないで、何が担当プロデューサーか!
「いやいやいやいや腕が鳴るなぁ。こう見えて俺、結構センスあるんですよ!」
「待って、待って……!」
「はっはっはっ! 待ちきれませんか? でも残念、楽しみに待っててくださいね!」
そのうちにこの空も暮れはじめ、今日と言う日はまもなく終わる。
されど週末にはまた新しいイベントが。
願わくばその日も今日のように、充実した一日にならんことを。
――新たな仲間の描いた夢は鳥のように空を舞い、
歌を届けるために世界を果てなく駆け巡る。
歌織さんが俺たちにとって、
そして劇場にとっても欠かせない存在になるのはそう遠くはない未来の話。
「それじゃあそろそろ帰りましょうか! 明日からまた、忙しい一日の始まりです!」
===
以上、おしまい。
本当はミリシタに時間を取られて書く予定無かったんですけど、歌織さんが余りにも素敵すぎて。
http://i.imgur.com/IRhxWy8.jpg
http://i.imgur.com/g5zxjHK.jpg
http://i.imgur.com/zVP0JIF.jpg
どうにも抑えられず、気持ちのままに書きなぐっちゃいました。
もうね、コミュがいちいちズルい。
どのくらいズルいかは実際にプレイして確かめてみてください。
http://i.imgur.com/miDybid.jpg
http://i.imgur.com/rAS2ltF.jpg
でも、なぜだかハイライトさんが消えがちなので。
他のPラブ勢ともあれこれ絡めてみたいな~と思ったり無かったり。
それじゃ、美咲ちゃんがふわかわボイスで呼んでますからこの辺で。
少しでも楽しんで頂けたなら幸い。お読み頂きありがとうございました。
このSSまとめへのコメント
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