【デレマス】元・クールPと堀裕子の話 (19)
パッションアイドルの堀裕子は自称・エスパーだ。
「私はさいきっくを使えるんです!」
彼女は常日頃から豪語している。
だが、私は、彼女が超能力をコントロール出来ているとは思えない。
堀裕子は、普段持ち歩いているスプーンを曲げることができない。
箱の中に隠した物体を透視することもできない。
天候を変えることはできないし、1分後に何が起きるのかすら予測できない。
前に、同じ事務所に所属するアイドルの渋谷凛が「ハナコ」という名前の犬を事務所に連れてきたことがある。
堀裕子はハナコを見るなり「可愛いですね!」とだらしない表情を浮かべ、手を伸ばした。
「ムムッ…! 見えます! ハナコちゃんが私になつく未来が見えます!」
彼女は顔をほころばせたまま、そう言った。
5秒後、堀裕子は手を?まれた。
彼女は泣いた。
「こんなはずでは」と悶えた。
それでも彼女は自分がエスパーであることを信じて疑っていない。
根拠もなしに「任せてください!」と言い、胸を張る。
「さいきっくにできないことはないんですよ!」と言い、満面の笑みを浮かべる。
残念ながら、私は超能力の類を信じていない。
私は怪奇現象やUFOといった話は苦手だ。
私と彼女とでは価値観がまるで違うらしい。
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遅らせながら自己紹介をしよう。
私は堀裕子のPだ。
つい先日まで、私はクールPだった。
だが、人事異動でパッションPになった。
「できれば落ち着いている子の担当を希望します。相葉さんや木村さんのような」
私は自分の意志を人事部にはっきりと伝えた。
後日、私の元に虹封筒が送られてきた。
封を開けてみれば堀裕子だ。
スプーンを片手にどや顔を浮かべる彼女の写真を見て、私は微笑んだ。
そっと履歴書を封筒の中に戻した。
その日、私は久しぶりに酒を飲んだ。
浴びるほど。
堀裕子に初めて対面する前に、私はミスターマリックのDVDを何本か借りて家で観た。
彼は自称エスパーだ。
マリック氏の動画から、コミュニケーションで役に立つヒントが得られないものかと考えたのだ。
だが、無駄だった。
本当のところ、ミスターマリックは巧みなマジシャンだ。
エスパーを名乗っていたのはパフォーマンスだ。
一方、ミスユッコはマジシャンではない。
彼女は自称・エスパーのアイドルだ。
裏も表もない。
ビジネス的なスタンスでもない。
彼女は自分をエスパーであると、本気で信じている。
堀裕子と初めて対面したのは春のことだった。
私は寮の近くにあるカフェを集合場所にした。
前の仕事が長引いて少し遅れることになった。
堀裕子に連絡を入れると、「では。カフェの中で待っています!」とメールで返信があった。
私は10分ほど遅れて到着した。
カフェに入ると、彼女はなぜか小さな子供と向き合っていた。
子供は泣いていた。
突然、堀裕子はスプーンを2つ取り出して、それを自分の目に当てた。
「ムムムーン! さいきっく・にらめっこです!」
「ほら、あっぷっぷ~♪」
堀裕子は舌を出したり、口をすぼめたりして、変顔を披露した。
子供は泣き止んだ。
子供は笑った。
しばらくの間、堀裕子は子供に笑顔を見せていた。
子供が離れると私は声をかけた。
「初めまして。新しく担当になるクールPと申します」
私は堀裕子の顔を知っていた。
だが、堀裕子は私の顔を知らなかったらしい。
「み、見ていたんですか!?」
彼女は上ずった声で言った。
動揺していた。
私は頷いた。
堀裕子への第一印象は「いい子」だった。
その後、私たちは仕事の話をした。
「キミには目指しているゴールはあるのかい?」
私は彼女に聞いた。
「もちろんです! 私は自由自在にさいきっくを操れるエスパーになります!」
「ごめん。言葉が足りなかったね。『アイドル』としてのゴールはどこかな?」
「はい! 私は自由自在にさいきっくを操れるエスパーアイドルになります!」
「うん。さっきと言っていることが同じだね」
私は認識を改めた。
堀裕子は少しばかり癖のある子だ。
私は堀裕子と共に仕事に取り組んだ。
彼女らエキセントリックな子だったが、仕事に対して彼女は真面目だった。
残念なことに仕事以外にも真面目だった。
「見てくださいプロデューサー! スプーンが! スプーンがちょっとだけ曲がっていたんです!」
「うん。毎日、力を込めていたら曲がるよね」
「サイキックですね!」
「違うと思うよ」
「ふふふ…諦めて認めてください! 私はエスパーだと!」
「目の前で曲げてくれたら信じるけど」
「ふふん♪ 受けて立ちますよー!」
「むむ…む…むん…ムムムーン!!」
「頑張れ、頑張れ」
「お、おかしいですね」
「ふんばれ、ふんばれ」
「むー…というか、プロデューサー。どうして写真を撮っているんですか?」
私はカメラをおろした。
「自然な表情のカットが欲しいって、雑誌編集者の人から頼まれていたんだ」
「恥ずかしいので先に言ってくださいー!」
仕事の時以外も堀裕子は真面目だ。
真面目だがおバカだ。
だが、私は彼女が好きになっていた。
彼女と一緒にいると昔飼っていたコーギーを思い出す。
私たちは小さなライブを何度も開き、あちらこちらへ営業を何度も行なった。
彼女はなかなか人気があるアイドルになっていった。
堀裕子は根がまっすぐな子だ。
その日、堀裕子は握手会を終えて事務所に戻ってきていた。
彼女は頭を抱えていた。
私は心配をして声をかけた。
「ユッコ。何を唸っているんだい? 梅干しを食べたような顔をしてるけど」
「むむ…プロデューサー…実は学校の課題が終わらなくて…」
「なるほど。それは大変そうだね」
「それはもう!」
「うんうん。それじゃあ、私は帰るから事務所の電気は消して行ってくれよ。それじゃあ」
「待ってくださいよ!!」
「なんだい?」
「勉強を教えてください!!!」
「ストレートな要求だね」
「だ、駄目ですか…?」
「このままじゃ…このままじゃ…進級出来なくなってしまうかもしれないんですよ…」
「もしそうなったら。高校生活が1年長く楽しめるね」
「あ、そうですね」
「うん。これで解決だ」
「なるほど」
「それじゃ」
「じゃなくて!!! なんかそれ違いますっ!」
「気づいてしまったか」
「お願いしますよプロデューサー!」
堀裕子は帰ろうとする私の背中に抱きついて、引き止めてきた。
そのまま何度か頭突きをしてきた。
私は彼女を少し叱った。
しばらく堀裕子の勉強に付き合ってやった。
「へへ…いいですね。こういうのも♪」
「課題で苦しむことが?」
「違いますよっ!!」
堀裕子は機嫌が良かった。
しかし、むくれた。
私は彼女に数学を教えた。
堀裕子は理解しようという気持ちがある子だった。
その日は大きめの会場でライブがあった。
堀裕子は遅刻をして会場にやってきた。
ライブで予定されていた順番を後回しにしてもらって対応した。
だが、関係者には迷惑をかけることになった。
ライブ後、控え室で私は彼女に聞いた。
「どうして今日は遅れたんだ」
堀裕子はしどろもどろになって説明をした。
「あの…その…ですね…」
「うん」
「み、道に迷っていたおばあちゃんに道案内をしていたら電車に乗り遅れてしまったんです…」
「…」
「す、すみません。信じられませんよね、あはは」
堀裕子は悲しげに笑い、うつむいた。
「単なる言い訳ですし…その…迷惑をかけてしまってごめんなさい…」
堀裕子は泣いていた。
私は彼女を軽く抱き寄せた。
背中をさすって落ち着かせた。
「私は疑ってないよ」
「ユッコは今まで遅刻をしたことなんてなかったろ。信じるよ」
私は堀裕子がエスパーだとは信じていない。
超能力の存在も信じていない。
だが、仕事に対する彼女の真剣さは信じていた。
堀裕子はしばらく泣いていた。
私のシャツは涙と鼻水で濡れた。
次の日、見知らぬ番号から電話があった。
相手は年配の女性だった。
「昨日ね。あんたのところの女の子に道案内をしてもらったんだけど、ありがとね。荷物まで持ってもらっちゃって、助かったんだよ」
女性の話は回りくどく、長かった。
堀裕子は嘘をつかない子だ。
休憩します
「ぷ、プロデューサー。休みの日にプロデューサーの家に行ってもよろしいでしょうか?」
堀裕子はスプーンを両手でいじりながら、聞いてきた。
私は理由を聞いた。
「どうしてうちに?」
「その~…勉強を教えていただけたら、と…」
「それは別にいいけどさ、事務所とかカフェでもいいんじゃないかい?」
「駄目です!!」
彼女は強く言った。
「日頃のお礼に私の手料理を振る舞おうかと考えているので!!」
私は嫌な予感がした。
「ユッコって普段、料理はするの?」
「い、いえ。でも、さいきっくパワーがあれば簡単に出来ます!」
「…最近、ちょっとだけ練習してますし」
「ほほう。ちなみに何を作るつもりなのかな」
「カレーですね」
「カレーは好きだけど」
「じゃあ完璧ですね! 土曜日にお伺いします!!」
堀裕子は土曜日の昼に、私の家にやってきた。
彼女はカレーを作ってくれた。
不安とは裏腹にカレーは美味しかった。
それを伝えると堀裕子は喜んだ。
「さいきっく・まごころが決まりましたね!」
いつもの調子でサイキックを主張した。
昼食の後、私は堀裕子に勉強を教えた。
だが、堀裕子は集中力を欠いているように見えた。
終始そわそわしていた。
勉強をしている時にやけに私の顔を見ているようだった。
「プロデューサー。その…今日の私の服は似合っていますかね…?」
不意に堀裕子はそんなことを言った。
私は彼女の服装を見て「似合っているよ」と応えた。
堀裕子は「そ、そうですか」と照れた。
顔を赤くした。
ひと通り勉強が終わると堀裕子は帰った。
彼女は忘れ物をした。
机の上には堀裕子のスプーンが置いてあった。
紐で結んでネックレス状にしてあるスプーンだ。
次の日に返そうとしたら「あげますよ」と言われた。
「お揃いですね!」と堀裕子は嬉しそうに言った。
堀裕子の担当になってからしばらく経ったが、私は彼女に懐かれたように思う。
堀裕子はスキンシップの多い子だ。
私が休憩室のソファで座っているのを見ると、彼女は近づいてきて隣に座る。
「ムムッ…! プロデューサー! 考えていることを当ててみせましょう!!」
「私が隣に座ってドキドキしていますね!」
彼女はてんで的外れなことを言う。
「レッスンで疲れました…プロデューサー…膝をお借りします…!」
堀裕子は私の許可を取らずに膝の上に頭を乗せる。
そのまましばらく寝ている。
時々、犬のように私のシャツの匂いを嗅いでくる。
疲れているのだろうと私は彼女をどかすことはない。
「プロデューサー。それ完全に惚れられてるね」
「やっぱりそうなのかな」
「多分。間違いなく」
「多分なのか間違いないのか」
「じゃあ、間違いなく、だね」
「なんてことだ」
私は以前の担当である渋谷凛とカフェで話をしていた。
私と堀裕子とのやりとりを見て、渋谷凛は「恋人なのか?」と疑問を抱いたらしい。
そして先ほどそれを聞かれた。
私は違うと否定した。
首をぶんぶん振って否定した。
「プロデューサーと担当の関係だよ」
「ふーん…でも、はたから見ると付き合ってるようにしか思えないよ」
「うむ」
「うむ、じゃないよ。まったく」
「変なことはしていたつもりはないんだけどな」
「なんでこうなったのかはともかくさ、どうするつもりなの?」
私は渋谷凛に訊かれて戸惑った。
うなるほかなかった。
そして結論を出した。
「私はプロデューサーだ。彼女がアイドルとして成功するために努力するだけだよ」
私は自信を持って答えた。
だが、渋谷凛は眉を寄せた。
「問題を先送りにしてない?」
「大丈夫だ。心配してくれてありがとうな」
私は渋谷凛に礼を言った。
渋谷凛は黙ってコーヒーを飲んだ。
帰り際に「何かあったら頼ってよ」と素っ気ない口調で言われた。
「あとさ。たまにでいいからまたお茶に誘って」
私は「了解」と答え、彼女と別れた。
携帯を見ると堀裕子からの着信が残っていた。
電話をかけると彼女の嬉しそうな声が聞こえてきた。
改めて意識すると渋谷凛の指摘は正しかったように思える。
堀裕子は私に抱きついてくることが多い。
私を見るとにっこり笑う。
食事やお茶によく誘われる。
サイキックトレーニングを見ていてほしいと頼まれる。
「あの…プロデューサー…少しだけ不安なので…いつものお願いします…」
「はいよ」
ライブ前、堀裕子はハグをしてもらいたがる。
1度くらいなら、と初めは考えていた。
だが、毎回頼まれ、その度にハグをし、いつの間にか習慣になってしまった。
堀裕子が私の元に駆け寄ってくると、私は彼女を抱きしめる。
ライブ前どころか、最近では事務所でもハグをしている。
「プロデューサーに抱き寄せられていると…安心しますねっ…」
堀裕子は至福の時間を味わっているような声で言う。
「頭も撫でてください。できればぽんぽんしてください」
私は堀裕子が甘えてくると素直にそれに応じる。
彼女がリラックスしているのがわかる。
「なんで逆に今まで気づかなかったわけ?」
そんな渋谷凛の声が聞こえてくるようだった。
私は堀裕子に信頼を寄せられることを嬉しく思っていた。
信頼の形が「Love」だとは思わなかったが。
堀裕子は努力を欠かさない子だ。
アイドルとしてのレッスンはもちろんのこと、エスパーとしてのレッスンも欠かさない。
彼女は全力でレッスンに取り組む。
トレーナーの話をよく聞く。
わからないことがあると「わかりません!」と言い、ひいひい言いながらも指示に素直に従ってレッスンに励む。
「堀は馬鹿だが素直でよく伸びる。打たれ強いしな」
トレーナーと話すと堀裕子は褒められてばかりだ。
「プロデューサー…つ、疲れました…」
「お疲れ様」
1日中レッスンをして疲れていても、堀裕子は帰りにこう言う。
「で、でも。これで終わりじゃありません!! 勉強教えてください! まだ頑張りますよ!」
「次のテストでは100点…とまではいかなくても、前回より高い点数を取ってみせます!」
堀裕子はガッツポーズをして言い切る。
お守り代わりのスプーンを握りしめる。
私は彼女の努力をずっと見てきている。
「ソファで座って待っててよ。コーヒー淹れてくるからな」
だから私はつい甘くなる。
コーヒーを持ってきて、堀裕子がスプーン曲げの練習をしているとチョップをかます。
「勉強をしような」
私は彼女を見ていると笑顔になる。
パッションアイドル堀裕子は自称・エスパーだ。
彼女は私の担当だ。
「私はさいきっくを使えるんです!」
彼女は常日頃から豪語している。
だが、私は、彼女が超能力をコントロール出来ているとは思えない。
堀裕子は、普段持ち歩いているスプーンを曲げることができない。
箱の中に隠した物体を透視することもできない。
天候を変えることはできないし、1分後に何が起きるのかすら予測できない。
それでも彼女は自分がエスパーであることを信じて疑っていない。
根拠もなしに「任せてください!」と言い、胸を張る。
「さいきっくにできないことはないんですよ!」と言い、満面の笑みを浮かべる。
残念ながら、私は超能力の類を信じていない。
スプーンを念じて曲げることなどできないし、人の考えていることをテレパシーを読むことなどできないし、瞬間移動もできはしない。
もしもできたらそれは恐らくトリックだ。
私は堀裕子がエスパーだとは信じていない。
私と彼女とでは価値観がまるで違う。
その日のライブでは観客席が初めて満員になった。
中規模の会場だったが、私たちは手応えを感じていた。
「見ていてください! 次のライブでも観客席を満員にしてみせます!!」
「うん。期待してるよ」
私は堀裕子の言葉に頷き、返事をする。
もちろん本心からの言葉だった。
私はエスパーとしての堀裕子は信じていない。
だが、アイドルとしての堀裕子は信じている。
堀裕子は優しく、前向きで、努力家で、天然で、エスパーを自称する子だ。
私たちは価値観がまるで違うが、お互いに信頼し合っている。
「あの…それからですね…プロデューサー…」
「うん?」
「ライブの後…その…プロデューサーの家に行っても大丈夫ですか? お話ししたいことがあるんです」
「何の話?」
「大事な、話です」
私は頷いた。
堀裕子は顔を赤くした。
私はいつものように堀裕子のことを軽く抱きしめた。
「わかった。でも、今日のライブも頑張れたら、だぞ?」
彼女はにっこりと微笑んだ。
「ええ! もちろんです!!」
私はステージに駆けていく堀裕子の背中を見つめた。
ライブの間、私はぐっと拳を握っていた。
終わり
以上です。
お読みいただきありがとうございました。
ユッコはイベントやらコミュやらで声を聞いてるだけで癒しになりますね…
以下は過去作品になります。
志希の薬シリーズですね。
『一ノ瀬志希「新薬! 『スナオニナール(素直になる)』を開発したよ!」』
一ノ瀬志希「新薬! 『スナオニナール(素直になる)』を開発したよ!」 - SSまとめ速報
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