善子「堕天使ヨハネのとある梅雨の日」 (17)
よしまる。
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今年の梅雨は雨がない
雨のきらいな私にとったらこれは堕天使たる私に特別な恵みが与えられたとしか思えない
「善子ちゃん?」
不届きな方言少女は私のことを不遜にも仮の名でこう呼ぶ
「無視はひどいずら」シュン
「無視なんかじゃないわよ! ただ考え事をしていたの!」
「まるの顔を見ながら考え事?」
「いったいなにを考えてたずら?」
そんな質問を能天気な顔をして、平気でしてくるこのずら丸
私はこの無神経さにいつも困らされているということをこの子は気づいてないみたい
「またまるの顔を見つめてなにか考えてるずら?」
「う、うるさいわね。ただ眠いだけ!」
朝の空気は湿っていても空は晴れて、眠気にだるい私の体に皮肉みたいに爽やかな空気がなでる
「…雨、なかなかふらないずらね」
前をみたままそうつぶやく横顔
その横顔は美人のもので、こんな能天気なやつだけどルックスだけは認めてやらないこともない
「なによ。まるで雨がふってほしいみたいな言いかたね」
「ふってほしいの」
「は? なんで?」
「だって梅雨って雨がふるものだから」
私にはずら丸のことばはぜんぜん理解できない
だって雨なんかふらないほうがいいにきまってる
移動もメンドウだし洗濯ものは乾かないし、なにより憂うつになる
「梅雨に雨がふらないなんておかしいずら。なっとくできないずら」
ずらまるはあいかわらず私に横顔をみせながらそう言う
ずらまるってばとっても頑固なのね
能天気な方言少女はときどきこういう頑固さもみせたりする
ずらまるのくせにほんとナマイキ
「…雨がふらないと農家のひとがこまっちゃうずら」
「毎年梅雨を期待して計画を立ててるはずずら」
農家の心配までする高校生ってどうなの?
私は自分のことでせいいっばいだし、ふつうみんなそうでしょ?
ずらまるはただそういうことばに酔っているだけ
だから私は言ってやる
「ひとのこと心配してるひまあんの? もうすぐテストでしょうが」
するとくるっと私に顔を向けて
「それはこっちのセリフずら。いっつもいっつも授業中寝てるよね?」
「うっ」
墓穴を掘っちゃった
「提出物はいつもまるのを写してるし」
「ッ…」
なんにも言い返せない私
「どうせテスト勉強もぜんぜんしてないんでしょ?」
たしかに授業の内容なんてまったく頭に入ってないけど、いざとなればなんとかなるのが私なの
きっとテストだって赤点はまぬがれるし
赤点になっても別にまだ余裕だし
「まるが手伝ってあげるずら」
「え?」
あいかわらず能天気な顔でまっすぐこっちを見つめてくるずらまる
そしてふいににこりと笑ってみせる
「きっと一緒に勉強したら楽しくてはかどるずら♪」
「…うん」
照れたわけじゃ、けっしてないはず
だけど私はなぜかうまく返事ができずに口ごもってしまった
それはルビィが風邪で休んだ日のこと
寂しがりやなずらまるは私を誘って、ひとときの、めずらしいふたりの時間が生まれた日
「お昼ごはん一緒に食べるずら♪」
お弁当片手ににっこり笑顔のずらまるが私のつくえにきた
「…いいわよ」
どうやら私はずらまるの笑顔が苦手みたい
なんでかうまくことばがでてこない
「気持ちいいから屋上で食べるずら」
そこそこ人気スポットな屋上には、しかしだれもいなかった
それもそのはず
風が強い
「きもちいずらー」
きれいな長髪は暴れてる
こんな風でどうやって食べるのよ
みるとずらまるはすでにぺたんとすわってお弁当をふとももに広げていた
「善子ちゃんもはやく食べるずら」
にっこり笑顔だが、やっぱり髪は暴れてる
「…しかたないわねぇ」
たしかに天気がよくて日の光がきもちよかった
それに風も涼しい
「青空のしたで食べるお昼ごはんは特別においしいずら~」
「雨がふらなくてよかったじゃない」
ここぞとばかりに言ってやると、ずらまるはまた例の頑固な顔になってジトッと私をみてくる
「だから農家のひとがこまるずら」
「それに梅雨は雨がふらないとだめなの」
楽しそうに青空ランチを満喫しておきながらまだこんなことをいう
ずらまるは本当に頑固でうんざりしてしまう
「みかん食べるずら?」
「はい?」
ずらまるはみかんをつまんで私に向けてくる
「おいしいずらよ?」
そらあんたがみかん好きだから当然でしょと私は呆れる
「私はみかん嫌いなの」
「知ってるずら」
なんのことなしにずらまるはそう言う
ひとの嫌いなものを知っててすすめるなんてなんてひどい人間なの
ずらまるはみかんの手をひっこめずに、
「みかんのおいしさを伝えたいずら。それに栄養も豊富だよ?」
あんたにとってのみかんのおいしさとやらが私にとってのまずさだとどうしてわからないのかしら
「私はいちごが好きなの!」
「…しょうがないずら」
困ったような顔でおとなしくみかんをひっこめるずらまる
なんで私が悪いみたいな雰囲気だされないといけないのよ
だれだって嫌いなもののひとつやふたつあるでしょうに
「善子ちゃん」
ずらまるの笑顔がこっちをみる
「はい、いちご♪」
どんだけ果物がはいってんのよ、そのお弁当には
いちごをつまんで私に向けてくる
さっきから思ってたけどこれってもしかして…
「早くあ~んするずら」
やっぱりそれなのね
いい年して同い年の女子にそんなことされたくないんだけど
ずらまるはちょっと怒ってみせるふうに催促する
「はやく~」
…ヒジョーに不本意ながら私は口をあけた
いちごがおいしそうにみえたんだからこれはしょうがない
「あ~ん」パクッ
淡い甘さと独特なかおりが口にひろがる
とってもおいしいいちご!
「善子ちゃんなんかかわいいずら」
突然こんなことを言ってくる無神経さ
この堕天使ヨハネに向かってかわいいなどと不届きな小娘かしら
「いちごおいしそうに食べてるずら」
だっておいしかったんだから当たり前でしょ?
「それに善子ちゃんにあ~んしたらまるで善子ちゃんが幼いこどもに思えたずら」
思えたって、あんたが無理矢理してきたんでしょうが!
「いや~食べた食べたずら!」
「今日はいつもとはちがう特別なお昼ごはんだったね!」
「善子ちゃんとふたりで食べれたし♪」
本当にこの方言少女は不届きもの
このヨハネとお昼をともにできるなんてめったにないんだから感謝しなさい!
今日の練習も終わり、暗くなった道をずらまるとふたりで歩く
雨のない梅雨の夜は昼のあたたかさにもかかわらず、肌寒い
まるで秋の始まりに似て、懐かしい寂しさを感じる
「こんなに寒かったらルビィちゃんも風邪だってひくずら」
「私は堕天使だからひかないけどね」
暗闇の向こうでジトッとみてくる気配がする
「…いつになったらそのキャラやめるずら?」
「キャラとか言わないで!」
夜でも無神経さは変わらない
「…雨ふらないかなぁ」
頑固さもかわらず
私は空を見上げる横顔に言う
「明日からふるわよ?」
するとその顔はいきおいよく私に向けられる
「ウソっ!? ほんとずらか!?」
静かな夜道に不釣り合いな元気な声がひびく
私は気分よく言ってやる
「ウソよ」
沈黙
気になって隣をうかがおうと、頬を膨らましたずらまるの顔
かわいくて様になってるのが気にくわないけど
「空を見なさい」
夜空にはきれいな満月
雲なんてなくてそのまま宇宙を見上げてるみたい
「月くらいまるもみたずら」
「でも善子ちゃんがいうから…」
「は?」
「昔の善子ちゃんは素直で良いこだったずら」
すねたようにずらまるはそう言った
幼い自分なんて覚えてない
それに過去にとらわれるなんてよくない
「今の善子ちゃんは変であんまり好きじゃないけど…」
おい
言ってくれるじゃない
「ときどき優しいかわいい善子ちゃんがのぞくからまるは善子ちゃんの隣にいたい」
「……」
私が黙ってるとずらまるが呟くように言う
「…なんか返事してよ。けっこうまるは勇気をだしたんだからね」
「あ、ありがとう…」
よくわかんないけど、とりあえずそんな感じでお礼を言った
そのことばをきいてずらまるはこっちを向き、
「まるこそありがとう。今日はなんか特別で楽しかったずら」
笑顔でそんなことを言うものだから私はイジワルしたくなる
「どれもこれも雨がふらなかったおかげね?」
案の定ふくれるずらまるに、思わず私は笑ってしまう
「…なにがおかしいずら?」
「あんたって見た目によらず頑固なのね」
知らないひとがずらまるをみたら、少し幼いけど美少女で、胸もおしりもデカいから、きっと文句なしの女の子だと思う
その実頑固でちょっと性格もうざいんだけど
「頑固なのは善子ちゃんのほうずら」
「どう考えてもあんたのほうでしょ」
だってだれだって晴れたらうれしいはず
本当にずらまるは頑固で呆れを通りこしてもうなんでもよくなる
だから私は笑顔で
「いちごありがとうね。おいしかったわよ」
でもずらまるはまだジトッとみてくる
「こんどはみかんも食べてよ? きっとおいしくて気にいるから」
ずらまるって本当に頑固
食べて嫌いってなったのにね
けっきょく今日も雨は一滴もふらないまま、むしろきもちよく晴れて、わたしはとっても快適だったし、みんなもそうだったはず
みんな梅雨がくるのが憂うつだっただろうし、雨がふらなくてほっとしてるはず
…ひとりをのぞけばね
こんな変なやつとすごした妙な一日は終わりつつあり、また明日からふつうの日が始まる
堕天使ヨハネを愚弄する方言少女はちょっとだけ隣から遠のき、ヨハネの威厳は保たれる
でもちょっとさみしいのは、場違いな秋の雰囲気のせいかしら
おしまい
>>9
訂正
突然こんなことを言ってくる無神経さ
この堕天使ヨハネに向かってかわいいなどと、なんて不届きな小娘かしら
>>10
訂正
沈黙
気になって隣をうかがうと、頬を膨らましたずらまるの顔
かわいくて様になってるのが気にくわないけど
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