【デレマス時代劇】土屋亜子「そろばん侍」 (24)

第1作 【モバマス時代劇】本田未央「憎悪剣 辻車」
第2作 【モバマス時代劇】木村夏樹「美城剣法帖」_
第3作【モバマス時代劇】一ノ瀬志希「及川藩御家騒動」 
第4作【モバマス時代劇】桐生つかさ「杉のれん」
第5作【モバマス時代劇】ヘレン「エヴァーポップ ネヴァーダイ」
第6作【モバマス時代劇】向井拓海「美城忍法帖」
第7作【モバマス時代劇】依田芳乃「クロスハート」
読み切り 
【デレマス時代劇】速水奏「狂愛剣 鬼蛭」
【デレマス時代劇】市原仁奈「友情剣 下弦の月」
【デレマス時代劇】池袋晶葉「活人剣 我者髑髏」 
【デレマス時代劇】塩見周子「おのろけ豆」
【デレマス時代劇】三村かな子「食い意地将軍」
【デレマス時代劇】二宮飛鳥「阿呆の一生」
【デレマス時代劇】緒方智絵里「三村様の通り道」
【デレマス時代劇】大原みちる「麦餅の母」
【デレマス時代劇】キャシー・グラハム「亜墨利加女」
【デレマス時代劇】メアリー・コクラン「トゥルーレリジョン」
【デレマス時代劇】島村卯月「忍耐剣 櫛風」
【デレマス銀河世紀】安部菜々「17歳の教科書」
【デレマス時代劇】土屋亜子「そろばん侍」

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1497324205


土屋家は代々、勘定奉行に勤めるお家であった。

 そこの後継である亜子も勘定奉行に勤めた。

 自分の金ではないものの、彼女は勘定が好きだった。

 いや、狂っていたと言ってもいい。

 
 物入り帳などを眺めてそろばんを弾き、
 
 それが帳簿とぴったり合うと

 えも言われぬ快感が身体を駆け巡る。

 遊郭通いや酒など目ではない。

 四書は全く読めず、剣の腕もからっきしであったが、

 計算だけは誰にも負けぬ。

 藩の皆は彼女をからかって、

 「そろばん侍」と読んだ。

 当の亜子は、それを誇りにしていたが。

 ある非番の日も、亜子はそろばんを弾いていた。

 藩の帳簿50年分をこっそり書き写し、

 額面が合うかどうか調べていた。

 職業精神や正義感ゆえにではない、

 これが彼女の趣味である。

 はじめは鼻歌まじりでやっていた。

 しかし、段々と手の動きが緩慢になっていった。

 20年前、藩内に飢饉があった。

 領民達の困窮にあえぐ声を受けて、藩主は蔵米300俵を明け渡した。

 そういうことになっている。

 しかし亜子がどうやって計算しても、帳簿に現れる数値が合わぬ。

 無償で提供したゆえ、誰も気にしていないようだったが、

 後のものの出入を調べると不可解な点がある。

 亜子のいる藩は小さい。

 したがって、300俵はかなり大きな痛手となったはず。

 だというのに、帳簿の額が“整いすぎている”。

 まるで、その額に合わせるために計算がなされたようであった。

 そこまでなら、亜子は気にしなかった。

 貧乏藩のささやかな意地っ張りだと、一笑に伏しただろう。

 しかし彼女の脳裏によぎったのは、

 家老千川ちひろの遊興ぶりであった。

 下級藩士たちが冷や飯を食らうのをよそに、

 豪奢な膳を食らい、

 勤めがない日は遊郭で派手に金子をばらまく。

 その元手は、はたして。

 亜子は疑問を持った。

 
 その日から、亜子はこっそり

 藩内の蔵を調べるようになった。

 重ねて記すが正義感ゆえではない。

 亜子にとって、数字とは御仏の言葉に等しい。

 そろばんを弾くのはさながら読経や禅を組むようなもの。

 そこに狂いがあるのは、我慢がならぬのだ。


 果たして亜子は、

 蔵米に不審な出入があるのを突き止めた。

 彼女の背中にじっとりと嫌な汗が流れた。

 しかしその時には、手遅れであった。

 亜子は覚えのない横領の罪をなすりつけられ、藩職を解かれた。
 
 民からは非難轟々、

 土屋家は形式的にも物理的も取り潰しにされた。

 

 数年後、藩にちょっとした出費があって、

 借金をすることになった。

 財政上は誤差と言ってもいい、小さな額である。

 金貸しは、3年後の5月2日に返してくれ、と言った。

 随分悠長だと皆が訝しんだが、困るわけでもない。

 放っておかれた。

数ヶ月後、また借金をした。

将軍様がおいでになり、

もてなしをするために金子が足りなかった。

これも小さな額である。

以前とは別の金貸しが現れて、都合をつけてくれた。

返済日は876日後。

ある者は不審に思った。

とはいえ額が小さいから、詮索はしなかった。

それから、藩は細々とした借金を、

色々な金貸しからした。

皆、期日に妙があった。

亜子が追放された後、勘定奉行には千川の濃厚な息が

かかっており、帳簿の管理は杜撰になっていた。

それは深刻で、時には借金をしたことすら、

忘れている有様であった。

そして5月2日。

この日も遊び狂っていた家老は、言葉を失った。

借金の取り立てがきた。

一箇所からではない。

いままで細々とした額を借りてきた、複数の金貸しから。

すぐに帳簿を調べさせた。

記帳がなされていなかった。

しかし物入り帳を調べると、

借金はしっかり記されているし、証文もある。

その額は、藩の半年分の財政に匹敵した。

これには藩主も愕然とした。

すぐに勘定奉行に目付からの監査が入った。

そこで杜撰な金銭管理、そして千川が

蔵米を不正に取引していることが明らかになった。

むろん家老の職を解かれ、藩民達からは非難轟々。

千川屋敷は、瓦が粉と化すまで打ち壊された。

千川家の一同が肩を落としながら、

残った家財を売る算段をつけていると、

ある女が現れた。

「金に、お困りでっか?」

そう言って、

そろばんをちゃっちゃっと鳴らすのは、土屋亜子であった。

その表情は、藩職にあった時よりも、

ずっと生き生きとしていたそうな。

おしまい

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom