留美「ひとりぼっちは、つらいもの」 (22)
これはモバマスSSです。
和久井留美と上条春菜と前川みくと佐城雪美のお話です。
完結済みなのですぐ終わります。
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ざーざー。ざーざー。にゃーにゃー。
「……っ!」
ざーざー。ざーざー。にゃーにゃー。
「……」
ざーざー。ざーざー。にゃーにゃー。
「…………!」
ざーざー。ざーざー。にゃーにゃー。
「……………………っ!」
海をひっくり返したような鈍色の中に一つ。
整然としていたはずのかつての形を微塵も感じさせないほどに歪められて溶かされてしまった、街灯に照らされた『それ』は、か細い慟哭をその中から漏らしていた。
その声に足を止めてしまった者の宿命だろうか、『それ』の中を覗き込んでしまったが最後、和久井留美は声の主の瞳に射竦められたかのごとく魅入られてしまった――
「あの、和久井さん……これは、いったい……」
事務所に来た和久井留美は、その手にずぶ濡れの段ボール箱を抱えていた。事務所にいたプロデューサー、以下全員の目線がそれに向けられた。
「……」
それらの目線に、目を逸らして答える留美。
「……ごめんなさい、でも……」
にゃー。
箱の声が、弁解を遮った。
「可愛いですねえ……!」
「ネコチャンが可愛いのは当然にゃ!」
「………………ふふっ…………ペロも…………喜んでる……………………」
中から聞こえた仔猫の鳴き声に、アイドルたちは釘付け。ペロも連れてこられていた。
「……ほっとけるわけないじゃない」
「うちじゃ飼えないけど、気持ちはわかる……これは抗えないわ」
はじめは複雑な顔をしていたプロデューサーも、今やこの調子だ。
「でも、濡れてたから毛が飛ばなくて済んでるけど、留美さんあなた猫アレルギーなんだから、そこは気を付けてね?」
「……分かってるわ」
「うん。じゃあまずはこの子をどうするか考えないといけないんだけど……」
猫と遊んでいる春菜、みく、雪美を見やる。
「……まあもうちょっとだけこのままでもいいか」
「ふふっ、ありがとうね」
「みくならこういう捨て猫を引き取ってくれるところも知ってそうだしね。任せるとしようか」
保護猫カフェ、というものをプロデューサーも耳に挟んだことがある。
「殺処分は避けたいもの、あとでみくちゃんに聞きましょう」
「そうだね……はい、マスク」
「用意がいいわね、ありがとう」
「薬はさすがにないから、ほどほどに、ね?」
「はあ……ほんと可愛いわね……」
「ほんとですね……和久井さん、しんどくなったら言ってくださいね?」
「うん……ありがとうね、春菜ちゃん」
ほどなくして、マスクに眼鏡とフル装備で留美は猫と戯れはじめた。
切れ長の鋭い目も、この時ばかりはすっかり柔らかく、マスクに隠れたはずの口元の緩み具合が見てとれるようだった。
「にしても、猫アレルギーはつらいにゃ……みくだったら死んじゃうにゃ」
「……留美…………?」
「ごめんなさいね……さすがにこれなしだとまずいから……」
「ううん……この子…………ありがとう、って…………」
「にゃー」
「そう……ふふ、よかったわ。飼えないのが残念だけど」
「そうですねえ……この子、この後どうしましょう?」
事務所で飼うわけにはいかない。かといって自分で飼うこともできない。それなのに連れてきてしまった。
冷えきって衰弱してしまうことを避けられたはいいが、後のことを考えていなかった。
そのことが、今さらになって重くのしかかってくる。
「みく……前に……連れていってくれた…………」
「そうにゃ、顔馴染みの猫カフェがあるんだけど、そこの店長にお願いしてみようかにゃ?」
「引き取ってもらえるのでしょうか?」
「この前行ったときにそろそろ新しい子お迎えしたいって話してたから、たぶん……まあ、みくが頼めばきっと聞いてくれると思う」
「なら、お願いしてもいいかしら?」
「はーい」
猫の行き先のあたりがついたのはいいとして、問題は。
「はぁ……可愛い……くしゅん」
おそらくマスクで防げるであろう限界を突破しかかっている留美を、どう猫から引きはがすか、だ。
「和久井さん?」
「まだ、まだ大丈夫よ……」
「でもくしゃみが……」
「うっ……もう少しだけ、もう少しだけお願い……」
こうなると咳き込みだすのも時間の問題なのだが、それを自覚しているのかいないのか、いずれにせよなかなか離れる様子がない。
「Pチャン……?」
「ああ、わかってる。そろそろ離さないとまずい。ちょっとでも咳き込みそうになったらすぐに、な」
「了解にゃ」
無情にも、その時はほどなくして訪れた。
「ゲホッ、にゃー……ゲホッゲホッ」
「留美さん、それ以上はまずいです」
「うぅ……」
「倒れられても困りますからね。じゃあ手を洗ってきましょうか」
「はい……」
事実、足取りが少し不安定になっていた。さすがに自覚せざるを得なかった。
「はぁ……どうしてこうなのかしら……」
手を洗ってうがいをして、さらにちひろが救護室から持って来た目薬と点鼻薬をさしたあと、レッスン着に着替えた留美は仮眠室に寝かされていた。
服は洗濯されている。
「体質だから仕方ない、わかってるけど……」
子供の頃、学校からの帰り道で寄ってきた野良猫を三十分ほど撫でていたことがあった。
日も傾いてきてそろそろ帰らなきゃと思った頃には、咳も鼻水も止まらなくなり、帰った留美を見た母親は大騒ぎ。
『留美あんた何しちょったん!?』
『うぅ……ケホッ、ねこちゃんかわいかったけぇ遊んどったんじゃ……ふえっくしゅ』
『目ぇ真っ赤じゃがね、病院いかんと、支度するけぇちと待っとれ!』
そしてそこで猫アレルギーだということが発覚した。
「あの頃から変わってないわね……」
あれからも、たびたび道端で猫に構っては、母親に怒られた。
真面目が服を着て歩いていると昔から言われた留美だが、猫が絡むと話が変わるのも昔から変わらない。
「和久井さん、大丈夫ですか……?」
仮眠室の扉を開けたのは、上条春菜。
「ええ……まあ、どうにか」
少し休んで、一応は咳もおさまっていた。
「よかったです……」
柔らかなため息が一つ、部屋を少し温めた。
「和久井さんも、猫好きだったんですね」
「ええ……」
「可愛いですもんね……」
「そうね……昔から、こうなのよ。アレルギーが分かってからも、ついつい構っちゃうくらいには……」
ついさっきまで、振り返っていた幼少期。学生時代。いつを取っても、猫と遊んで咳き込んでいた。
それでも、特に捨て猫だけはどうしてもやり過ごせなかった。
「今回は特に、ですもんね……そうとう冷えてしまってて、和久井さんが拾ってなかったらどうなってたか……でも、和久井さんも猫も無事でよかったです」
「それはよかったわ、心配かけてごめんなさいね……」
「いえいえ。そうそう、猫はみくちゃんがさっきの店長さんに連絡してくれて、無事引き取っていただけるそうです」
「よかった……そこなら大事にしてもらえそうね」
柔らかなため息がまた一つ、花を咲かせた。
「じゃあ、この子はお店に連れていってくるにゃ」
留美が戻ってきたのを見計らって、みくは猫を連れて猫カフェへと向かった。
せめて見送りだけはさせてあげたい、という配慮だった。
「ありがとうね、みくちゃん」
少し名残惜しさはあったが、気持ちの整理がついたようで、取り乱すことなく送り出すことができた。
からっとしたそよ風が吹いていた。
以上です。
猫に弱い留美さんが愛おしくて仕方ないです。
そんな留美さんを気遣って猫のぬいぐるみを贈る春菜の優しさに溶けそうです。
ちなみにこれは「春菜が留美に猫のぬいぐるみをあげた」話の前日譚のつもりで書いてます。
わざわざ猫のぬいぐるみをくれるくらいだからなんかあったんじゃないかな、という話。
あと冒頭の留美さんが猫を拾って事務所に連れてくるというくだりは「プロジェクトGS」(関裕美、松尾千鶴、向井拓海、村上巴、和久井留美のSS)リスペクトでもありますので、ここで紹介しておきます。
ではではみなさん、クールビューティーでも猫に弱い、和久井留美をよろしくお願いします。
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