佐藤心「はぁとがかわる」 (19)
佐藤心SS
地の文。
かなり前に書いた、はぁとが紅い
はぁとが紅い - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1472530887/)
の設定を引き継いでるところがありますが、読む必要ないです。
コメディ要素はありません。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1495349200
21時ちょうどに携帯がなった。メールの差出人は会社で、件名は予想通り、選挙結果だった。
一呼吸ついてから、メールを開く。
まず初めに高垣さんの名前があった。ほんのりと顔を赤らめ、幸せそうにお酒を飲む高垣さんの顔が頭に浮かんだ。
僕ははぁとさんの担当でありながら、高垣さんのファンでもあるので、彼女がシンデレラに選ばれたことは素直に嬉しい。
今度、高垣さんに会ったら、おめでとうございますと言わなくては。
それからしばらくメールを下にスクロールして、26位に三船さんの名前を見つけた。
事務所随一の常識人であり、面倒見の良い三船さん。
今度また、はぁとさんも入れた4人でお酒を飲みに行くのもいいかもしれない。
僕はさらに下へ、下へとメールを読んでいく。
50位まで見渡して、あれ?っと僕は思った。
もしかしたら、気づかぬうちに見落としてしまったのかもしれない。
本文の一番上に戻り、高垣さんの名前からもう一度、上位受賞者の名前を一つ一つ見ていく。
さっきよりも慎重に、丁寧に。
しかし結果は変わらなかった。高垣さんから諸星さんまで、何週しても、何回見直しても。
僕が担当しているはぁとさんこと、「佐藤心」の名前は、書かれていなかった。
いつもはシャワーで軽く済ませるのに、今日はバスタブにお湯を張った。
取り乱していた。僕自身、落ち着く必要があった。
「佐藤心」
白い浴槽の中、気づけば僕はそう呟いていた。
事務所内や本人に対して使う「はぁとさん」でも、
事務所外で使う「佐藤」でもなく、「佐藤心」が僕の中からこぼれていた。
「佐藤心」、「心」
僕の記憶ははぁとさんと初めて出会った日まで遡っていく。
素敵な名前だ。そう思った。
心。履歴書に書かれていた、初めて担当するアイドルの名だった。真っすぐで力強い印象を受けた。
26歳。僕よりも年上だ。プロデューサーである僕ではなく、この人が僕を引っ張っていく。
不思議とそんな予感がした。
この人が僕の担当するアイドルだ。出会う前から確信していた。
『はぁ~い♪アナタのはぁとをシュガシュガスウィート☆しゅがーはぁとだよぉ☆』
勢いよく面接室のドアが開かれると、開口一番彼女はそう言った。
一瞬、何が起こったのかわからなかったけれど、履歴書の写真と見比べて、彼女が佐藤心なのだと理解した。
深緑色の瞳もクリーム色の髪の毛も、写真で伝わってきた大和撫子な雰囲気とはかけ離れていたけれど、
とても楽しそうで、別にいいかと僕は思った。そうして僕は晴れて新米プロデューサーとなった。
『心って男みたいな名前だろ?だからはぁとって呼んで☆呼べ☆』
担当になってすぐ、はぁとさんは僕にそう言った。
もったいないな。素敵な名前なのに、と思ったけれど、言葉にはしなかった。
はぁとさんの意思を尊重しようと、僕は頷いた。
そのほんの少しの感情だけが僕の中につっかえて、他は全てうまくいった。
もともと相性が良かったのか、はぁとさんが僕に合わせてくれたのかはわからない。
僕たちは衝突というものをしなかった。おかげさまで毎日楽しく平穏に過ごせている。
はぁとさんは真面目な人だった。
見た目や言動で変わった人だと思われがちだが、
気配りもでき、頼りがいもある。頭も悪くない。そして何より一直線な人だった。
どんな仕事も引き受け、わき見もせず一途に取り組んだ。
はぁとさんのアイドルに対する真剣な姿勢は、少しずつ積み重なって評価されていき、
最近では仕事の量も増えてきた。それなのに。
「佐藤心」
僕はもう一度、欲しかった名前を口にした。小さな浴室に名前は何度も木霊した。
はぁとさんは今頃何をしているのだろう。ふと頭に浮かんだ。
結果を見て、涙を流しながら、枕を濡らしているはぁとさん。
やけになって、お酒を浴びるように飲んでいるはぁとさん。
特に気にしてなくて、そのまま眠ってしまったはぁとさん。
まだ結果を見ていなくて、僕からの連絡の電話を待っているはぁとさん。
僕ははぁとさんのことを全く知らないことに気づいた。
どうして「佐藤心」の名前がなかったのだろう。
あんなにも頑張っていたのに。
どうしてはぁとさんは「心」って名前を嫌がるのだろう。
こんなにも綺麗なのに。
のぼせてしまった頭には答えは浮かんでこなかった。
「佐藤心」
ぬるくなったお湯が小さく揺れた。
次の日、はぁとさんはいつもどおり、事務所に来た。
ピンクを基調とした自作の衣装を身にまとい、クリーム色の髪の毛は大きく2つに結ばれ揺れていた。
「どうしたプロデューサー?はぁとのことそんなに見て……もしかしてはぁとに見惚れてた?やーん♪まいっちゃうー☆」
口調もいつもと同じ。だからこそ僕は余計緊張した。
はぁとさんの心が読めなくて、なんでもないですよ、と僕も心をごまかした。
二人きりになってもはぁとさんの態度は変わらなかった。
澄み切った青空を見て、はぁとさんは
「今日もいい天気♪これならお仕事がんばれそう」
と大きく伸びをした。僕は横でそうですねと返事した。
選挙の話題は出さなかった。出なかった。一番話すべきこと、一番話したいことのはずなのに。
僕の思いをはぁとさんは読み取っているようだった。
「今朝起きたらさ、寝草がすごいことになってて」
とはぁとさんは全身を大げさに動かし、いかに寝草が凄かったかを話した。
それは大変でしたね、と僕は言った。
まるでハリネズミのようだった。
僕とはぁとさんはどうでもいい言葉を並べ、適切な距離を測っていた。
選挙の話題を口にすれば、お互いに痛みが伴うことがわかっていた。
僕は優しいハリネズミだ。はぁとさんから言ってくれれば、
痛みを受け止め、痛みを分かち合うことができるだろう。けれど、
僕は臆病なハリネズミだ。
自分からはぁとさんを傷つける勇気が、はぁとさんに踏み込む勇気が僕にはない。
テレビ局での仕事を終えると空は茜色に染まっていた。
「夕焼けきれいだね」はぁとさんが呟いた。
そうですね、と僕は頷いた。
相槌を打つたび、自分の中で何かがすり減っていく気がしたが、相槌を打つ以外の方法が思い浮かばなかった。
今日だけで何回も、この繊細な相槌を打ってしまっている。
はぁとさんは心配そうな顔で僕を見ていたが、
僕と目があっていることに気づくと、すぐに持ち前の笑顔を作った。そして笑顔のまま、沈黙を破った。
「……ねぇプロデューサー、今日この後、空いてる?」
「特に予定はありませんけど」
「じゃあ飲みいこう!付き合って☆付き合え☆」
はぁとさんは僕の腕をつかみ
「ほら早くいこうよ☆はーやーくー」とグイグイ引っ張った。
腕を引っ張る力は強くなく、僕はそこにはぁとさんの配慮、優しさを感じた。
ずるいなと自分でも思った。
結局、はぁとさんに言わせてしまった。この問題は二人の問題のはずなのに。
優しい針がちくちくと、僕の心に突き刺さった。
場所ははぁとさんが好む大衆居酒屋ではなくて、個室つきの場所にした。
はぁとさんはビール、僕はウーロン茶を頼もうとすると、
「いいから飲め☆飲んで☆」
と言われたので、生ビールを2つ注文した。
ビールが届き、グラスをそっと合わせると、かちんと小さく音が響いた。
「今日一日元気なかったけど、それって選挙結果が原因だったりする?」
グラスをテーブルにおいて、はぁとさんが聞いた。
深緑色の瞳にはいつもの過剰なあざとさではなく、真面目な不安さが映っていた。
少し考えてから、僕は正直に「はい」と頷いた。
はぁとさんは「そっか」と呟いたあと、「ごめんね。はぁとのせいで」と申し訳なさそうに僕を見た。
はぁとさんが「ごめんね」と言っている意味が理解できなくて、
僕は「何がですか」と聞き返した。
「プロデューサーってのはさ、担当アイドルの順位で周りからの評価が変わったりするんでしょ?
あとは昇進の問題とかも。はぁと今回、圏外だったからさ。だからごめんなさい」
はぁとさんはそういうと頭を下げた。僕の目の前でクリーム色の髪が揺れた。
違う。そうじゃない。あまりにも見当違いだ。僕はそんなことで元気がなかったわけじゃない。
昨日の夜から僕は僕自身のことを考えていたわけではなく、はぁとさんのことを考えている。
はぁとさんのことで悩んでいる。僕ははぁとさんのこんな姿を見たかったわけじゃない。
僕は無性に悲しくなって、気がつくとジョッキをテーブルに強く置き、声を荒げていた。
「僕の事なんかどうでもいいんです。はぁとさんはどうなんですか?
今回の順位、辛くないんですか?悲しくないんですか?」
言い終えてすぐ、しまったと僕は思った。口調は荒く、言葉も選びようがあったはずだ。
申し訳なさそうに僕を見るはぁとさんの表情が、
ますます悲しいものに変わっていくのだと思うと、僕ははぁとさんの目を見れなくなった。
「悔しいよ」
しばらくして、はぁとさんが言った。
「でも、辛くないし、悲しくない。今回は楓ちゃんが一番だった。
楓ちゃんは話してるとただの酒飲みのおっさんみたいだけど、普段はすごく頑張ってる。
歌とか何時間もレッスン室にこもって調整してる。
だから今回楓ちゃんが一番だったのは、
楓ちゃんが事務所のみんなの中で一番努力したからだとはぁとは思ってる」
「はぁとももちろん努力したよ?でも努力が足りなかった。だから名前が載らなかった。
名前が載ってる50人は、はぁとよりももっと努力をしたんだと思う。
だからはぁとは悔しいけど、辛くないし、悲しくない。
○○ちゃんの代わりにはぁとの名前があっても、なんて思ってもいないし、思いたくもない。
そんなの思うくらいなら、もっとレッスンとか、自分が輝くために時間を使いたい。
……なーんてね☆あー、慣れないこと話したから喉乾いちゃったー♪」
はぁとさんは残っていたビールを一気に飲み干した。
深緑色の瞳からは不安の色は消えていて、あざとらしさが再び、姿を見せ始めていた。
「はぁと、ビールおかわりするけど、プロデューサーは?」
深緑色の目が優しくきいた。見つめていると溺れそうになるのに、不思議と目を離せなかった。
「じゃあお願いします」と僕もビールを飲みほした。
この人は本当に真っすぐな人なんだ。僕が思っていた以上に。そう思った。
順位のことについて話すはぁとさんの瞳は、とても真剣で、とても力強くて、とても輝いていた。
僕は何もはぁとさんのことをわかっていないと思っていたけれど、
1年もはぁとさんのプロデューサーをやってきたじゃないか。はぁとさんとの思い出が頭の中を駆けまわる。
お茶目であざとくて独特のセンスを持っていて、けれど、不器用で優しくて頼りがいもあって。
そして、誰よりも真っすぐで力強い。
それが僕の担当しているアイドル、はぁとさんこと佐藤心なのだ。
佐藤心。心。
やっぱりいい名前だな、と僕は思った。
追加のビールが届くと、僕とはぁとさんはどちらから言うわけでもなく自然とグラスを合わせた。
合わせたグラスは先ほどよりも、かつんと力強い音で響いた。そしてお互い、ビールを飲んだ。
僕は一気に半分ほど飲み干すと、グラスを置き、そのままの勢いで、沈黙を破った。
「はぁとさん」
「うん?」
「来年は頑張りましょう。僕も全力で頑張りますから」
あざとい瞳は面を喰らったようで、一瞬、驚きに包まれて、それから力強いものへと変化した。
「うん☆」
輝くはぁとさんの瞳には僕がしっかりと映っていて、僕は名前の話を始める。
「心さん」
「……なに?」
初めて伝える僕の真っすぐな思いはとても簡潔なものだった。
「好きです」
おしまい。
書いてて長編書きたくなったので、次は長編書きます。
過去作適当に何個か
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中間見て、まさか圏外になるとは予想していませんでした。
結果見たときに書かなきゃって思って書いたのが今回の作品なので、いつもよりも暗い話になりました。すみません。
次はハッピーエンド書きたいと思ってます。アイデアください
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