佐藤心「はぁとがみる」 (21)
佐藤心ss
地の文。P目線。
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ベッドに横たわり、文庫本を読んでいた。上下肌着姿なのは自分の部屋だから問題ないだろう。
人目がないところでくらいだらしなくったっていいじゃないか。
ここ最近はシンデレラ総選挙期間だったこともあり、ほとんど自分の時間をとることは出来なかったが、
ひと月に渡る投票期間も先日終わり、今日は久しぶりに予定がない。たまりにたまった積み本を消化するにはいい機会だ。
軽く朝ごはんを摘まんでから、ずっと本のページをめくり続けている。比較的、軽そうな本を選んだからか、心地よく読書出来ている。
このペースなら今日中に読み終えられるかもしれない。そう思っていると邪魔が入った
ピンポンと独特の音をたて、携帯が鳴った。lineだということはわかったけれど、誰が送ってきたかはわからなかった。
休日に連絡を取り合うような親しい友達は僕にはいない。いったい誰だろう、と特に深く考えず、画面を開く。
「今、暇?」
はぁとさんだった。瞬間、僕はしまったと思った。
今までの経験上、はぁとさんが僕に時間があるか尋ねるときは大抵ろくなことがなかった。
それなのに、僕はあまりにも不用心に、あまりにも早く、はぁとさんのメッセージに既読の文字をつけてしまった。
これでは自分が暇ですと言っているようなものである。
僕はため息を一つついてから、文庫本と携帯を見比べた。
平和で静かな読書ライフと、はぁとさんと行く行き当たりばったりな一日ツアー。
二つを天秤にかけて、結果、文庫本が勝った。
はぁとさんには悪いけど、僕はこの物語の続きが気になって気になって仕方ないのだ。
その後も携帯は鳴り続けた。
「おーい無視すんな☆」
「見てるのわかってるんだぞ♪」
「おいこら☆早く返事して☆しろよ☆」
おかげで読書に集中できない。一つ目のメッセージ以降、既読の文字をつけていないのにこの有様である。
この場にいなくてもうるさくて、僕の邪魔をしてくるとは……。はぁとさん恐るべし。
そんなこんなで20分ほど僕とはぁとさんの我慢比べが続くと、プルルルルと携帯が今までと違う音でなった。
見ると、画面一杯にずうずうしく表示される『はぁとさん』
着信である。これはもう逃れられない。僕は文庫本の続きと短かった平穏な休日にさよならを告げ、電話に出た。
「もしもし」
「あ!やっと出た!おはよう☆朝からはぁとの声聞けるなんて幸せだぞ☆」
「おやすみなさい」
「おーい寝るなー?」
「はいはい。それで何ですかはぁとさん」
「暇でしょ?見たい映画があるの。付き合って☆付き合え☆」
「映画ですか」
「うん♪美女と野獣」
思わず吹き出しそうになったが、何とか咳払いということでごまかした。
「何というか、服装だけじゃなかったんですね」」
「何が?」
「メルヘン趣味」
「女の子はみんな、こういうの好きだぞ」
「女の子……?」
「おいこら☆今なんていった☆」
「すいません……というか女の子が好きな映画なら女の子同士で行けばいいじゃないですか」
「はぁとに休日、映画に誘える女友達いると思う?」
「すいません……」
「そこは謝んなー☆適当に聞き流せー☆……冗談はさておき」
「何ですか?」
「はぁと、プロデューサーとこの映画見たかったから、プロデューサーを誘ったの。ねぇプロデューサー今日空いてる?」
いつもの口調よりも幾分か優しい、甘えるような声ではぁとさんが言った。
その言い方は少し、ずるいと思う。
「……一応、空いてますけど」
「はいおっけー☆じゃあ駅前の広場に14時に集合ね☆遅れるなよ☆」
はぁとさんはそう言うと、僕に反論する余地すら与えず、電話を切った。
……とりあえず、ベッドから出て、服を着替えるところから始めようか。
約束の時間の5分前に広場に着くと、はぁとさんはすでに僕のことを待っていた。
バスを降りたとき、やたら人の目を引く女性がいるなと思ったら、案の定、はぁとさんだった。
僕はアイドル事務所に勤めていて、たくさんの美人さんを見てきたが、
桃色のカットソーにオレンジのフレアスカートが似合う人ははぁとさん以外見たことがない。
それどころか、そういったスウィーティ―な服の組み合わせ方をする人をはぁとさんしか僕は知らない。
はぁとさんもアイドルだ。それも最近かなり売れてきている。そろそろ変装というものを覚えるべきではないだろうか。
例えば、トレーナーにジーンズ姿とか。とてもカジュアルでいいじゃないか。
「あっ!プロデューサー」
はぁとさんは僕の姿を見つけるとにっこりと笑みを作り、僕の方へと駆けてきた。
「もうおそいぞ☆はぁと待ちくたびれちゃった☆」
駆けてきた勢いに身をまかせ、そのまま僕に抱き着いてくる。
反応が遅れた僕ははぁとさんの物理的はぁとあたっく、もとい、タックルをよけきることが出来ず、腕をとられる形となった。
柑橘系の匂いがふんわりと漂い、僕は慌てて、はぁとさんの身体を引きはがした。
「いやーん♪乱暴はやめてぇ♪」
「抱き着いてきたのははぁとさんじゃないですか。それに僕は遅れてないです。はぁとさんが早すぎるんですよ。ほら」
時計を見せ、僕は時間を守る律儀な男だと抗議すると、はぁとさんは嬉しそうに
「ごめんごめん☆一度やってみたかったんだ♪カップルごっこ」
「はぁ……。それならせめて人目の少ない場所でやってくださいよ」
「え?じゃあ事務所とかだったら、プロデューサーも付き合ってくれるの?」
「付き合いませんけど」
「なんだよーけちー」
むぅーっと、声に出しながら、はぁとさんは口を大きく膨らませた。
可愛いという感情より、ため息が先にこぼれてしまう。
はぁとさんは僕より年上で26歳だ。成人して6年も時間が経っている。それなのに、大人らしさの欠片もない。
「それで?」
「うん?」
「映画、行くんですよね?」
「そうだった。っておい☆早く席取りにいかないと良い席なくなっちゃう♪いやーんそれはだめぇ♪」
はぁとさんは彼氏役の僕を放ったまま、映画館へと急ぎ足でとことこと歩き始めた。
ルンルン気分で歩いていくはぁとさんの背中を見ていると、やっぱり子供なのでは?と再びため息が漏れた。
僕のため息が聞こえたのか、はぁとさんは僕の方へと振り返り、とびきりな笑顔のまま言った。
「映画館まで手つないでく?」
「つなぎません!」
上映開始時間の30分ほど前に映画館にたどり着き、
スクリーンからほど良く離れた席を予約してから今日は平日だったと思い出した。
そういえばGWも終わっている。どうりで人通りが少ないわけだ。
これなら映画館まで急ぐ必要はなかったじゃないか。
「ねぇプロデューサー見てみて☆」
売店の方を指さしながら、はぁとさんが僕を呼んだ。
さっきまで呼吸を整えるのに必死だった僕とは違い、はぁとさんは息一つ乱れていない。
さすがはアイドル。今度僕もトレーナーさんのレッスンに同行していこうかと考えさせられる。
「はぁと、こういうところでは絶対にチュロスを食べるようにしてるんだー♪」
はぁとさんはチュロスに向けていた情熱的な視線を僕に向け、にっこり。
つまり、これはそういうことらしい。
「はぁ……。わかりました。買ってきますよ。シナモンかストロベリーどっちにしますか」
「プロデューサー優しい―♪惚れちゃいそう!
味はシナモンで、ジュースはオレンジジュース。あと、ポップコーンもおねがい♪」
もはや何もいうまい。
結局、オレンジジュースにウーロン茶。シナモンのチュロス一本に小さいサイズのポップコーンを買った。席に着くと、
「はぁと食べ過ぎちゃうかもだから、プロデューサーが持ってて」
とポップコーンを渡された。
はぁとさんがいつでもとれるようにとポップコーンの容器は僕の太ももの上に置かれることになった。
「それにしても人少なくて良かったですね」
「うん♪これなら静かに見られそう。あっ!人目少ないけど、上映中、手つなぐ?」
「つなぎません」
「あーん♪もう照れちゃってー可愛い♪」
「はいはい」
よっぽどチュロスが好きなのか、はぁとさんはとてもご機嫌だ。
とても嬉しそうに、とても美味しそうに、チュロスをかじっている。
こんなことなら僕もチュロスを買うべきだった、そう後悔しているとブザーが鳴った。
「はぁとさんわかってると思いますけど、上映中は静かにですよ」
僕が腹いせに言うと
「それくらいわかってる!」
はぁとさんは口を大きく膨らませた。
照明が落ち、カメラ男の説明が終わり、
いよいよ本編が始まるというときに僕は映画の音とは異なる音の存在に気がついた。
かりっ、さくっ、さくっ。
音は僕の右隣から聞こえてくる。
かりっ、さくっ、さくっ。
間違いなくはぁとさんがチュロスを食べている音だった。
そのことに気づいた途端、僕は映画に全く集中できなくなった。
音が不快で集中できないというのではなく、むしろ逆で。
恥ずかしい話、この音を聞くことで、はぁとさんがすぐ横にいるんだと僕は改めて認識し、
結果、映画に集中できなくなってしまったのだ。
かりっ、さくっ、さくっ。
チュロスを食べる音が聞こえているのだから、僕の呼吸をする音もはぁとさんに聞こえているのでは?
僕は上手く息が出来なくなった。
かりっ、さくっ、さくっ。
『一度やってみたかったんだ♪カップルごっこ』
大体、休日に二人で映画なんて、よくよく考えれば、本当にカップルのようじゃないか!
気のせいか、先ほど抱き着かれたときに匂った柑橘系の香りも漂ってきた。
かりっ、さくっ、さくっ。
僕は一度、深呼吸をして、目を瞑り、心の中で強く念じた。
頼むから、早くチュロスを食べ終わってくれ、はぁとさん。
僕の祈りが通じたのか、ほどなくしてチュロスを食べる音は聞こえなくなった。
これでやっと映画に集中できる。そう思い、目を開いた矢先、
はぁとさんの腕が僕の方へと伸びてきて、膝の上に乗っているポップコーンをすくっていった。
『手つなぐ?』『女の子はみんなこういうの好きだぞ』
なるほど、なるほど。つまりこういうことじゃないか。
さっきまでのはぁとさんの発言は全て、この時のための布石だったのだ。
はぁとさんは試しているのだ。黙って女の子の手を握る勇気が僕に備わっているのかどうかを。
はぁとさんはアイドルだ。アイドルに恋愛はご法度だ。手を握るなんてもっての外だ。
けれど、それ以前に、はぁとさんも女の子だ。それも人一倍乙女チックなところがある。
自分からは言わないけれど、きっとはぁとさん自身、手をつながれるのを待っているのだ。そうに違いない。
ここは上映中の映画館で明かりは少ない、さらに人数もまばらときたものだ。
はぁとさんの手を握っても、きっとバレやしないだろう。
僕はちらりとはぁとさんの表情を盗み見た。僕の予想が正解なら、
はぁとさんは頬を少し赤らめていて、
僕と目が合うと、奥ゆかしく微笑み、そして手をつなぐ。はずだった。それなのに。
はぁとさんは映画に夢中のようだった。
深緑色の瞳をきらきらと輝かせ、スクリーンの中の世界に浸っている。僕の事なんてまるで気にしていない。
……ほんとうにずるいと思う。
僕は視線をスクリーンに戻し、なんとか映画に集中しようとして、すぐに諦めた。
考え事から逃れようと、気持ちをリセットしようと、僕はそっと目を閉じた。
劇場を出ると、はぁとさんは
「あー面白かった☆」
と満足そうに伸びをした。
僕は結局、映画の中身をほとんど見ることが出来なかったので、「そうですね」と適当に相槌を打っておく。
「よしじゃあいこっか☆」
「どこにですか?」
映画を見ることは聞いていたが、その後の予定は聞かされていない。
「夜ごはん。映画見た後といえば、感想会でしょ。
あのシーンが素敵だったとか、そういった感想をお酒を飲みながら語り合うの♪
あ、安心して。夜ごはんは割り勘、なんならはぁとが少し多めに出すから☆」
これは困ったことになった。一難去ってまた一難である。
こんなことなら部屋で一日、本を読んでおくべきだったのかもしれない。
けれどもう選んでしまったことは仕方ない。過去に戻ること出来ないのだ。
それに、過去に戻れたとしても、はぁとさんからの連絡を無視することが出来る自信が僕にはない。
今は少しもやもやとした気持ちが僕の心に渦巻いているが、
はぁとさんから連絡がきたとき、ほんのちょっぴりとだけ、嬉しく思ったのも事実なのだから。
確か、映画のタイトルは美女と野獣だった。有名な話だ。
ネットで検索すれば、大まかなシナリオくらいはわかるはずだ。はぁとさんの目を盗んで、少しずつ調べていこう。
会話中、ぼろが出て、
「ちゃんと見てた?」と聞かれたら、正直に、はぁとさんの顔に見惚れていましたと答えよう。
夕飯の場所を個室にすれば人目につかない。何を気にすることもなく、カップルごっこの続きが出来るだろう。
今日一日、はぁとさんのカップルごっこに振り回されたんだ。最後くらい、僕がはぁとさんを振り回してみてもいいだろう。
終わり。
久しぶりのはぁとがシリーズ。久しぶりの短編。難しい。
次は奏のリベンジか、はぁとさんのシリアスか、ふみふみ
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