君の名はのIFストーリーです。
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01:
「瀧くん」
中学生の俺は、突然名を呼ばれたことに驚いて顔を上げる。俺たちの身長はまだ同じくらいだ。目の前に、なんだか潤んで見える大きな瞳がある。
「え」
「あの、私」
必死の笑顔でそう言って、彼女は自分を指差してみせる。
「え?」
「......覚えて、ない?」
おずおずと、上目遣いになって、知らない女が俺にそう問う。
「......誰、お前.........?」
彼女は小さく悲鳴のような息をあげる。
みるみると顔を赤く染め、目を伏せて、消え入りそうな声で言う。
「あ...すみません」
電車が大きく揺れた。乗客はそれぞれバランスを取るが、彼女だけは大きく身体を揺らして俺にぶつかる。鼻先に髪が触れ、シャンプーの匂いが微かにする。すみません、と彼女は俺にだけ聞こえる声量で呟いた。
次は四ツ谷、四ツ谷。そうアナウンスが言うと、彼女はほっと一息ついたように見える。しかし同時に、潤んでいた瞳には靄がかかったように雲が掛かる。
ドアが開き、何人かの降車客について、彼女も歩き出した。遠ざかり始めた背中を見て、俺はふいに思う。
「あの!」
後になって思い出してみると、この時の俺は何かの衝動に駆られていた。こんなこと、ふいに思いつくはずがない。
見ず知らずの女性に話しかけられ、気まずい雰囲気になって、別れようとした瀬戸際で。
俺は彼女を呼び止めてしまった。
「ぇ──────」
振り返った彼女の手を取る。
どうして、なのかは分からない。若気の至でも何でもなく、体が勝手にそうしてしまった。
彼女は降車客の波に押し寄せられることなく、その場で立ち止まる。都内のこの時間帯で、乗降用のドアの真ん中で立ち尽くす彼女は周りからの反感を買う存在だろう。
でも、彼女は俺を見ていた。潤んでいた瞳に掛かっていた靄は消え、小さな希望が灯っているように見えた。
「お前は...」
扉が閉まる前に流れる音が響いた。
ああくそ、と俺は心の中で悪態をつき、彼女の手を取ったまま電車を降りる。四ツ谷駅で降りた元乗客は忙しなく狭い階段を登ろうとしていて、俺たちが降りたところから階段までは距離がある。気が付けばホームで立ち尽くすのは俺たちだけになっていた。
「......」
「......」
夕焼けに照らされる彼女の顔立ちは非常に美しかった。この間、司や真太と行ったカフェの建築構造なんかよりずっと綺麗で、思わず見惚れてしまう。
「瀧くん、私のこと...」
「...ごめん、お前が誰なのかは分からない」
「そっか。...そうだよね。でも、ならどうして? どうして私のことを、その...引き止めてくれたの?」
「引き止めないと、後悔する気がしたから。...いや、ほんと分かんねぇけど、迷惑だったら、ごめん...」
「ううん、迷惑じゃないよ。嬉しかった。あなたが私のことを知らなかったのは残念だけど、引き止めてくれて嬉しかった。ありがとう、瀧くん」
煌びやかな瞳から名も知らぬ彼女は大粒の涙を零す。俺は、悲しませた上に、泣かせてしまった。嬉し泣きでも、なんでも関係ない。心が痛む。ただただ心が痛み、申し訳なくなるばかりだった。
「今から、さ。ちょっと時間ある?」
「え...う、うん」
「よければ、話を聞かせて欲しくって...。飯でも食べながら、ゆっくり。ダメかな?」
「......! ぜ、是非! お願いします!」
いきなり敬語になった彼女の勢いに軽く押し負けられながら、俺は彼女と一緒にホームの階段を登る。改札を出たところでだだっ広い駅の構造に困惑している様子を見せた。もしかして都会に慣れていないのだろうか。
「この駅は初めて...なんですか?」
少し歩いて冷静になった俺は、彼女の素性について一切知らないことを思い出した。フレンドリーに話しているから同級生かと思ったが、年上の可能性だってあり得る。一応敬語で、聞いてみた。
「都会に来る機会は、あまり無いから。私のところは田舎でなんもあらへ...なくって、家と学校の周りくらいしか分からなくて...」
「ええと...旅行とか?」
「ぅ......」
言いたくなさそうに、顔を伏せてしまう。あまり突っ込まれたくない話だったのか。俺は話題を、これから行く場所に逸らした。
「食べたいものとか、飲みたいものとか。ありますか?」
「んーと...。あ、じゃあバイト先!」
「バイト先? ...えっと、誰の?」
「え、う、うん...? 瀧くん、イタリアンのお洒落なレストランでバイトしとらんの?」
「しとらん?」
「し、してないのっ?」
「いや、してないけど...。俺まだ中学生だから」
「えっ──────え?」
意表を突かれたように、彼女の表情は一気に青ざめ、言葉を失った。声を出そうとしても、電車の中の時のように悲鳴に近い呻きが発せられる。
何か、おかしなことを言ってしまっただろうか。
「瀧くん、高校生じゃないの?」
「違う、けど......」
「─────そ、そっか」
うむむ、と考え込むように立ち止まってしまった。
しかし、参ったな。バイト先のイタリアンのレストランとか知らないし、彼女の好みも分からないし、お財布の中身もそれほど豊かな訳でもない。
いや、中学生ごときが格好つけたのが間違いだっていうのは分かってるけど、なんとなく彼女は見捨てられなかった。あのまま見捨てるのは、後悔に繋がったと思う。だから引き止めて、正解だったはずだ。
少なくとも今は、そう信じたい。
02:
彼女の名前は宮永三葉。
それだけしか教えてくれなかった。強いて言うなら、敬語は無しで、タメ口の方が話しやすいと情報をくれたくらいか。年齢までは教えてくれなかったけど。
でも、今は行きつけの喫茶店で腰を落ち着けることにより、なんとなく心も落ち着けれた。
このお店に入ろうとした瞬間「あ、このお店。司くんと真太くんと一緒に来たことのある...」とか呟いていて、あいつらの知り合いかよと悪態をついたりもした。
でも、あいつらの知り合いにしては綺麗すぎるし、時折出る方言も可愛くて、スタイルも良いし、髪型もショートなのも可愛らしくて、明るい表情も暗い表情も可愛くって......って、可愛い可愛いしか思ってねぇな。
「それで宮永は」
「三葉でいいよ、瀧くん」
「...三葉は」
くそ、目を逸らしちまったじゃないか。そんなやすやすと初対面の女の子の名前を呼び捨てで呼べるわけないだろ。
あー、あいつらの知り合いじゃなければ、もう少しお近づきになろうと思えたんだけどな。...可愛いのに。
「ねぇ瀧くん、先に注文しない?」
「あ、あぁ。そうだな。三葉は何が食べたい?」
今日の夕飯は父さんが作ってくれるから、俺は飲み物だけで、あとは三葉に合わせて軽食にすればいいよな。年頃の女の子って何を食べるんだろうか。ここは少し奮発してフラペチーノの店の方が良かったか...。
「パンケーキ! 前は瀧くんの体で...」
「俺? 俺は食べたことないけど」
「あ、ううんっ! なんでもない!」
「そ、そっか」
時々見せるこの慌ただしさが、何かを隠しているんだと証拠付けている。俺が絡む話の半分以上は地雷なのか。無難な話でもう少し揺すってみるか。
「三葉の地元は、どんなところなんだ?」
「...やっぱり覚えてないんだ。私だけが...」
「三葉?」
「あ、うん! ええと、私の地元は自然しかなくって、カフェもなくて、コンビニも二十四時間営業じゃないし、レストランもないような田舎...だよ?」
絵に描いたような田舎から、三葉は来たらしい。それにしてもコンビニで二十四時間営業じゃないところなんてあるのか。それはもうコンビニではない気がする、と都会暮らしの長い俺には思えてしまう。
でも、自然が豊かなのはいいな。緑に囲まれた場所には、都会では見られないような建築物もたくさんあって、新しい刺激を俺に与えてくれそうだ。
高校生になったらバイトを始めて、バイトで貯めた資金を旅費にして見て回るのも良いかもしれないな。
将来の視野が広がるきっかけ話を聞けたところで、注文していたものが運ばれてくる。俺はアイスティーで、三葉は見てるだけでも胸焼けしそうなほどホイップクリームや果物、メープルシロップがこれでもかとかけられている。こんなものを女子は食べるのか。常日頃から体重を気にしている割には、悠長なことをするものだ。
「ん~、美味しいぃ...!」
幸せそうにパンケーキを頬張る三葉に見惚れてしまう。これで黒髪のロングなら百パーセント好みの女性だったのに。どうしてボブカットにしているんだ。
「ね、瀧くんも食べる? はい、あーん」
「ん、あ、」
突発的な出来事に困惑しながら、俺は口を開ける。柔らかくて甘いパンケーキが口に入ると、美味しいと思えた。おそらくこのパンケーキだけでなく、プラスアルファの要素も含まれていて、より一層に。自覚はあるのか、三葉。
パンケーキを半分ほど食べきると、三葉は「あ、そうだ!」と席を立つような勢いで表情を変えた。
「どうしよう...もう終電とか、ないよね」
「来るまでには何時間かかったんだ?」
「五、六時間くらい...かな」
「それはもう厳しいな」
俺が引き止めていなかったら、ギリギリ帰れたのだろうか。三葉には悪いことをしてしまった。責任を取って、お金を渡して何処かの宿を取って貰うべきか。
父さんに話してみるか。来月のおこずかいから天引きして貰って、三葉にはホテルにでも泊まって貰おう。
「あとで一度俺の家に寄ってもいいか? 父さんに話して、お金貸して貰うから。三葉は今晩はそのお金でホテルに泊まってくれ。こんな風に言われたら気をつかうかもしれないけど、気にしないで。俺が悪いからさ」
「あ、お父さんに。私も会いたい」
「...............。父さんと知り合いなのか?」
「あ、ううん! 違うの! なんでもない!」
「いや、今の発言は聞き逃せないぞ。そろそろ話してくれてもいいんじゃないか? もちろん話したくないなら、いいけどさ」
「うーん...」
流石に父さんとの関係については聞き逃せない。ただ俺の父親に会いたかっただけなのかもしれないけど、今の三葉の表情は自然としたものだった。明らかに会ったことのある経験が語る顔だった。
三葉はしばらくだんまりと考え込み、「ふぅ」と一息をつく。決心した、という表情で。
「私たち、入れ替わったことない?」
03:
「瀧、こんな時間まで......知り合いか?」
父さんは三葉の姿を見るなり、怪訝そうな目つきで俺のことを見た。睨んでいるのではないことくらい、俺には分かる。ただ聞いているだけだ。学校であったことや、友達とどんなことをして遊んだのかを、食卓の場で聞かれることと何ら変わりはない。
「父さん、ちょっと色々あって。俺の来月のおこずかいを前貸しとか出来ないかな?」
「た、瀧くん。いいって...」
「三葉は下がっててくれ。責任を取らないといけない」
「ふむ......」
取り敢えず、俺たちは座らされた。
夕食の時間帯だったこともあり、父さんと俺と、何故か三葉までもが同じ食卓で飯をする。もちろん俺の飯が減らされ、三葉と半分ずつになっていた。
「それで君は、宮永三葉...さんは、どうして息子に会いに?」
「......確かめたくって」
「確かめたい? それは、何を」
「父さん、俺が引き止めたのが悪いんだから、あんまり...」
「瀧は静かにしていろ。宮永三葉さんに聞いているんだ。君は何を確かめに地元を出て瀧に会いに来たんだ?」
三葉はしばらく黙った後、決して答えになるようなものではないが、父さんを黙らせることくらいは出来る発言をした。
「...そうか。全然意味は分からないが、そういうこともあるだろう。若者の色恋沙汰に口出しするつもりはない」
「い、色恋っ!?」
「父さん、そんなんじゃないって」
「まぁとにかく、泊まっていくといい。見た通り狭い家だが、空き部屋がある。ベッドではなく布団だが、寛いでくれ。それともホテルの方がいいか。 それならお金を渡そう。瀧、この辺りのホテルの一泊の料金を知っているか?」
「え...いや、知らないけど...。五千円くらい?」
「お前のおこずかい二ヶ月分に相当する。それでもいいのか?」
「ぅ...。三葉、」
都会を甘く見ていた。世間がまだまだ広いことを実感し、今後は言葉に責任を持つように心掛け、三葉の方を見た。
「はい、是非!」
てっきり不服そうにするかと思いきや、三葉はホテルよりもよっぽどこの家で泊まれることを嬉しがっているようだ。不思議なやつだ。田舎暮らしだからこそ、ホテルのような部屋に憧れると思っていたのに。
「変なやつ」
「瀧くん?」
「いや、なんでも。さっさと食べちまおうぜ」
「うんっ!」
でも、笑顔は本当に可愛いんだよな。
変なやつだけど。
今回はここまでです。
次回は三日以内に。
次回から安価も取っていきたいと思います。
口調とか、お父さんが寛容すぎるだとかは承知の上です。口調は今後、色々していきます。
訂正です。
宮永三葉 → 宮水三葉
別に偽名を名乗っていたとかではなく、ただのミスです。
再開します。
04:
マンションから一望できる東京の夜景に、三葉は見惚れていた。
家や車、商業施設の入ったビル、観光地としても有名な建物、街道を歩く人のスマフォの光。都会とは、こんなに光で溢れているのか。
なんて、三葉は考えているようだった。俺には見慣れすぎていて、逆に鬱陶しいと思えるのに。三葉の田舎は、真っ暗なんだろうか。コンビニも夜には閉まるって言ってたし、本当に暗闇なのかもしれない。興味が湧いてきた。
「なぁ三葉。お前の地元は、夜になるとどうなる?」
「夜になると? うーん。家の灯りはすぐに消えるし、車の通りも稀だし、カフェもレストランも無くて、人通りも少なくて。あんまり意識はしたことないけど、真っ暗になってると思うよ」
「良いところか?」
「ぜんっぜん。早く高校を出て、東京に出たいってさやち...えっと、友達と毎日言っとるよ」
「言っとる?」
「あぁ、うぅ......」
関西の方の出身なのだろうか。さっきも何回か関西っぽい方言が出ていたし、もしかしたら今の三葉は無理をして標準に合わせようとしているのかもしれない。
「別に無理しなくてもいいぞ。いや、もしかしたら伝わらない方言があるかもしれねぇけど、理解するようにするから」
「瀧くん......」
何かを確信したように、三葉は瞳を潤ませる。
な、なんか変なこと言ったかな...。
「やっぱり、瀧くんは優しいね」
『やっぱり』と言われるほど長い付き合いもしていないし、ここ数時間で印象が劇的に変化するようなこともしてない。
『やっぱり』とは、どの俺と比較しているのだろう。子供の頃に会ったことがある、とかかな。三葉は俺より三つ上らしいし、俺が覚えてなくて三葉が覚えてるみたいな幼馴染の関係もあり得るかもしれない。
あとで父さんに聞いてみるか。まぁ、さっきのが初対面のような反応をしてたから父さんにも心当たりは無いと思うけど。いや、でも三葉は父さんを知っていたな。うーん、どういうことなんだろう。
考えれば考えるほど、彼女の素性は分からない。
「ねぇ、瀧くん」
「ん、どうした?」
「建築家志望だっけ、瀧くんは」
「まぁ、今のところは」
「ふーん。じゃあ絵とか得意なの?」
「それなりに」
「描いてみて。瀧くんの絵、見たいな」
「言うほど上手くないからな」
「いいからいいから」
俺は適当なルーズリーフを一枚取り出し、先端が鋭利になっている鉛筆で妄想をそのまま描く。
まずは大雑把な絵の概要。紙の六割くらいを家にして、あとは風景。空はもちろん、庭とかペットとか。いや、もう建築家物に限らず、ただの絵描きなんだけどな。でも、こういう風な絵の方が楽しい。そこの風景に合った家を建てるのが俺の夢なんだから。
「へぇー」
右の耳元に、ソプラノの声が至近距離で聞こえる。三葉が、めちゃくちゃ近い。くそ、ドキドキしちゃうだろ、こんなの。
絵に集中しろ、俺。
一呼吸つき、先に風景を描く。本来なら家を先に描くべきなんだろうけど、俺はこうしたい。風景に溶け込む家を描きたいと意識して描いていたら、いつしか家よりも前に風景を描くように体が覚えてしまった。
ここにはこれを...、いや、前々回こんな風な絵を描いたな。じゃあここは前前前々回に描いたのを置いて、ここは前々回のをイメージして...。
俺はおそらく没頭していたんだと思う。間近にいる三葉のことも忘れて、もしかしたら話しかけられたのかもしれないけど、俺はそれに応じることができなかった。良く言えば長所で、悪く言えば短所。ここまで顕著で素直な長所と短所は他に無いと思う。三葉には悪いことをしてしまったのかもしれない。
「あ、終わった?」
三葉の声は少し遠いところから聞こえてきた。
俺のベッドに寝転がり、漫画を読んでいた彼女は漫画を閉じ、一度「うーっ」と伸びをしてから俺の側に寄る。
自分勝手だが、悪くない。可愛い子が何をしても許されるっていうのはこういうことを言うのだろうか。
「おー、凄いね」
なんて淡白な反応なのだろうか。『凄い』だけでは、あまり今後の改善には繋がらない。しかし努力には繋がった。少なくとも現状維持を続け、『凄い』と言われ続けられるように努力をしようと思えた。
「三葉は絵とか描けないのか?」
「そこら辺の女子高生程度じゃないかな。上手くもないし下手でもないし、でも手先は器用ってよく言われたりするかな」
「手先が器用ねぇ...」
「なに? バカにしとるの?」
「い、いや、......」
「ほんとそういうところあるんやから」
出会ってから数時間、三葉のことを観察した結果、なんだかガサツなところが幾つか見受けられた。どれも気にする程度のことではないけど、注意深く観察すれば気付く違和感。まぁ俺が普段からやっていることが丁寧過ぎて、比較しているだけなのかもしれないけど。
ただ、三葉の手はとても綺麗だった。繊細な動きに対応できる細い指と真っ白な肌。思わず見惚れてしまう。
「瀧くん、なんかいやらしいこと考えてへん?」
「じ、自意識過剰だよ」
「ほんとに~?」
下から覗き込まれて、声が出なくなる。
目を逸らすことぐらいしか出来なかった俺がその先に見つけたのは、テレビのリモコンだった。電源を付けると、最近話題のアレがまた報道されていた。
「ティアマト彗星、か」
「興味あるの?」
「1200年ぶり、なんて言われたらな」
明日の晩、ティアマト彗星が見える。そんなニュースが最近はしきりにやっていて、もううんざりするほど話題になっている。学校でも世間でも、SNSでも。
ただ、気になっているのは事実だ。1200年ぶりなんて言われたら誰でも気にするし、空を見上げれば見れるなら、手間も金もかからない。記念として見ておくだけなら損はないだろう。
そこで何を思ったのか。俺はせっかくの機会に、せっかくの人と、一緒に。それを見たいと考えてしまう。
「なぁ三葉、明日帰るのか?」
「瀧くんは私と見たいの? 彗星」
「そ、そうじゃないけど...」
「いいよ。私もそうしたかったし」
俺の知らない俺に、三葉は恋でもしてるのだろうか。こんなに呆気なく誘えるなんて、拍子抜けだ。断られたら、その時は本心を誤魔化す覚悟はしていたのに。
『私たち、入れ替わったことない?』
ふと思い出すカフェでの出来事。
俺は俺の知らない内に三葉と入れ替わっていた、とかなのか。でも入れ替わるって、何が入れ替わったんだろう。頭をぶつけて意識が入れ替わるとかは漫画で読んだことあるけど。
まぁ、いいか。
明日は人生で初めて、デートをする。
こんな美人と、1200年ぶりの彗星を見る。ロマンチックな展開になること間違いなしだ。あとは手を握ったりすると、尚良しって感じか。
「あ。じゃあ明日、東京観光しよう?」
「東京を?」
「ダメだった?」
「い、いや。大丈夫! 全然!」
「あ、でも学校あるんだっけ? うーん。じゃあ夕方くらいからで」
つい熱くなってしまう俺。夜だけのつもりが、夕方からのデート。明日が創立記念日とか、1200年ぶりの彗星が見れる日で休校にしてくれれば。
サボってデートをするのは確実にマズイと分かる。不良学生を三葉が好きになるとは思えない。
あれ、でも。
「三葉、学校は?」
「大丈夫だよ、一日くらい。お婆ちゃんには怒られるし、お父さんにも怒られるかもしれないけど、せっかく東京に来て瀧くんに会えたんだし、それくらいいいよ。......多分」
こういうところがガサツだが、可愛い。楽しそうにニッコリしている時とか、不安そうに落ち込んでいる時とか、とにかく表情が豊かで可愛い。
「じゃあそういうことで」
「楽しみにしてるね。......あ、電話しないと」
スマフォを取り出し、実家に掛ける三葉。有言実行をするまでがとにかく早い。俺に会いに来たのも、もしかしたら即日決行だったのかもしれない。
そんなこともあり、三葉との約束を取り付けた。
興奮して夜が眠れないとは、このことだろう。
幸せな悩みだ。
05:
ー瀧sideー
「宮水三葉ってお前らの知り合いか?」
「は? みやみず...なに?」
「宮水三葉」
「宮水三葉? いや、知らねぇな。少なくとも俺の知り合いではない。真太、お前は?」
「俺も知らないが...。瀧、女か?」
「あぁ、そうだよ」
ホームルームが始まる前。太陽の日差しがそこそこ射し込んでくるこの季節のこの時間帯、机がガタッと大きな音を鳴らした。二人が両手を机に叩きつけて、鬼気迫る表情で俺に問い詰めて来た。
「くそ、裏切りやがって!」
「一生恨んでやるからな!」
なんてことを言いながら、こいつらは俺との縁を切らず、恨みもしない。ジュースの一本でも奢れば応援してくれるはずだ。それくらいこいつらは容易く、優しい。良いやつらだ。
しかし司や真太の知り合いでないとなると、三葉のあの発言。たまたま同じ名前の知り合いが居たなんて、それこそ天文学的な数字で1200年に一度くらい割合だ。いや、それは言い過ぎだな。
でもまぁ、なんであろうと。楽しみだ。今晩が。
ー三葉sideー
「うん。だから明日。明日の夕方帰るから」
お婆ちゃんとの電話は予想よりも早く終わった。もっと言及されるかもと思ってたけど、案外そうでもなく、返ってきたのは「気を付けてね」の一言だった。
おかげさまで。
あと七時間くらいは東京観光に時間を有意義に使えそう。昨晩見た東京の夜の景色は、同じ場所から見ていたはずなのに瀧くんの体で見ていたものとは違って、また別の景色として見えた。
なら、明るいうちの学校はどうか。司くんや真太くんと行ったカフェや、バイト先のイタリアンレストラン。私自身の目で見たいものが周りには溢れとる。
とりあえずは新宿近辺に、繰り出そうと思う。この辺りの土地勘はそれなりにある方だと信じたい。
「まずは...学校やね」
よほど私のことを信頼して貰えているのか、預けられた家の鍵。うーん、私の家でも他人に鍵を渡すなんてしないと思うけどなぁ。サヤちんやテッシーならともかく。私は親友になれてるのかな。瀧くんからしてみれば出会って一日足らずの謎多き人物に。
信頼して貰えているからこそ、一層に。三回戸締りを確認し、都会の街に出た。
「すごい......」
自分の目で見る新宿の朝の風景は私の想像を絶する。交通の便が田舎とは比べものにならないほど発達していて、車は無数に、電車は無数に、人は無数に。うじゃうじゃと、とにかくおった。「すごい」を通り越して「なんじゃこりゃ」と叫びそうにもなった。
「学校、カフェ...カフェを先にして、その後学校行って、バイト先もお客さんとして行ってみたいし、あ、奥寺先輩は...居ない、よね」
昨日の出来事を纏めてみるとつまり、私は未来の瀧くんと入れ替わってしまっていたらしい。その事に何の意味があるのかは分からんけど、新宿の街並みが若干変わっているところがその事実を指し示している。
およそ三年ほどの時空を超えて。私は三年前の新宿を今、この体で歩いている。
空を仰ぐと、高層ビルが見えた。糸守町では自然二割空八割ぐらいの割合やったけど、都会だと建築物八割空二割くらいだった。都会まで足を伸ばした実感が湧いて嬉しいような、でも空が見れないのは残念なような。
なんとも不思議な気持ちやね。
時空を超えたこととか、曖昧な感情とか。
「──────私は、なんのために」
ここに立っているのだろう。
と、自分に聞いてみた。
安価をとります。
1.瀧と三葉の2人でデート
2.瀧と三葉、司、新太で遊びに行く
下2
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