【モバマス】響子「理想のデート」 (40)
R-18なきょうさきです。
書き溜めを投下しますので、よかったらお付き合いください。
「あの、沙紀、さん……」
いつものベッドの上で響子は仰向けの姿勢で寝ていた。寝慣れた環境であるはずなのに彼女の身体は何故かガチガチに強張っていた。
「なんすか?」
響子の呼びかけに割と淡白な返答が真上から返ってきた。
「いえ、あの、お願いしたのは私なんですけど、これは……」
呼ばれた沙紀は響子の上に馬乗りになって見下ろしていた。彼女の緊張の最たる原因はそれに違いない。
そんな響子は両腕を沙紀に柔らかく抑えられていた。決して振り解けない強さではないが、彼女は抵抗することをしなかった。
「嫌っすか?」
沙紀の表情は変わらない。対する響子はその真逆で恥ずかしそうに顔を赤らめたり、おどおどと慌てたりとにかく忙しそうにしていた。
「そ、そんなことは、んぁっ……!」
突然、響子の甘い声が寮の部屋に響いた。彼女の首筋に沙紀が軽く唇をつけたからだ。
沙紀はそのまま特に何かするわけはなく、只々堪能するようにそのまま止まってしまう。
たまらないのは響子のほうであった。首を中心に弱い刺激が徐々に広がりながら身体は痺れていくし、気まぐれに沙紀が首筋を弱く吸うとピクンと無意識に身体は跳ねてしまうなど、とにもかくにも出来ることなら布団を頭まで被り丸まりたいと心の底から思っていた。それが叶わぬ願いだとわかっていながらも。
「響子ちゃん……」
沙紀はゆっくりと唇を離して、響子の瞳をじっと見つめた。彼女の戸惑いと僅かに情欲の混じりあった色に少しだけ申し訳なさそうに目を伏せる。が、すぐに再び見つめ直すと今度は首ではなく響子の顔、さらに詳しく言えば唇に顔を寄せていく。
「…………」
響子は何も言わない。ただ静かにゆっくりと目を閉じた。それを確認した沙紀は胸の高鳴りが大きく早くなるのを制御できずにいた。
「んっ」
柔らかい唇同士が重なった。一瞬、響子の身体がピクリと反応する。接吻を落とした沙紀の身体は溶けるような熱さの興奮に襲われていた。
響子は従順だった。その唇は少しも抵抗を見せずただ受容してくれる。嫌がっているだとかそんな雰囲気を微塵も感じさせない。いや、きっと嫌だとしてもそれを表に出すことはしないのだろう。
(どっちなんすかね……)
唇を重ねたまま、沙紀は確かに興奮しながらもそんなことを考えていた。
(出来れば響子ちゃんも同じ思いだと――)
そう思いたかったしそうであって欲しかった。そうでないと今日を境に彼女との関係が崩れてしまうことが沙紀にはわかっていたのだ。
出来るだけ貪りたい感情を必死に抑え込んで優しめのキスをしていたのも、拒否されたくない恐怖心が混じっているからだと言われても沙紀は否定できなかった。
そんな思考を脳内でグルグルとさせていた沙紀は、不意に響子の唇が震えていることに気が付いた。そして、その震えの意味を理解した瞬間――
「……?あっ」
慌てて沙紀は唇を離して、響子を抑えていた腕も解放した。その瞬間、彼女は口元を手で隠しながら少し苦し気に咳込んだ。
「だ、大丈夫っすか……?」
「ご、ごめんなさい。息、続かなくって……」
荒い呼吸を繰り返しながら響子は息を整えていた。その瞳が潤んでいることを確認して、沙紀はしまったと内心猛省していた。彼女の唇に夢中になってしまったせいで逆に彼女のことを全く考えることが出来ていなかった。
「謝るのはアタシの方っすよ。無我夢中になってしまって申し訳ないっす……」
沙紀はそう言って気落ちするように表情を曇らせる。しかし、対する響子の表情は沙紀からすれば不思議なほど微笑んでいた。
そして、ある程度呼吸を整えてから響子は口を開く。
「それだけ、私に夢中になってくれたってこと、ですよね……?」
「…………」
潤んだ瞳に見つめられ、吸い込まれそうになりながら沙紀は頷くことを返事とした。そうすると響子は益々表情を明るくさせていた。
沙紀はそれに怪訝にしながらも恐る恐る聞く。
「お、怒ってないんすか?自分勝手だって……」
「確かに少し苦しかったです」
少し咎めるような声。
「ごめんなさい、本当」
深々と自分の真上で頭を下げる沙紀の顔を響子は手で包み込むように優しく上げた。
「ふふっ、でもそれだけ求めてくれたって思ってもいいんですよね?」
「そ、それはもちろん」
「なら、いいです。許してあげますっ。なんて、えへへ」
沙紀の顔を包んでいた手を離すとそのまま背中に回す。
「響子ちゃん?」
いまだに馬乗りの姿勢のまま、沙紀の背中に響子の柔らかい手の感触が伝わる。響子が腕をまわして抱き着いてきたことぐらいは当然、わかる。
「え、っと?」
しかし、その行動の意味がわからず沙紀は困惑した。固まってしまった先に響子は顔を赤らめながら恥ずかしげに呟く。
「続き、しないんですか……?」
ぞくりと沙紀の身が興奮に震えると同時に、彼女の濡れた瞳、ほんのりと上気した顔、そして柔らかい唇の感触が脳内にフラッシュバックする。
今すぐにでももう一度交わりたい。とは沙紀の本心であった。しかし、先程無理をさせてしまった事実もあり、それが彼女の理性を働かせ性的衝動を何とか抑制させてくれていた。
「少しだけなら激しくても……その、大丈夫ですから」
しかし、元々弱くなっていた理性という壁は彼女の言葉にあっさりと打ち崩された。
「んんっ!」
先程の接吻とは違う。重くて苦しいながらも愛と情を求めたものが響子に注ぎ込まれていた。
「ん、ふぁっ、んむっ……!」
ちゅく、チュク、と淫らな音がお互いの脳に響く。唇を貪る様な接吻はお互いともの精神を快楽に近い形で染め上げていくのはあっという間だった。
「響子、ちゃん。唇、少し開けて……」
「ふぁ、は、ぃ……」
響子は沙紀にそう言われると閉じていた唇をゆっくりと少しだけ開けた。決して意味を知らないわけではない。その後何をされるかということもわかっている。
「んんっ……!ちゅっ、んぁっ……!」
沙紀はもう止まれなかった。理性という言葉はとっくの昔に砕け散っていたし、何より響子を欲する自身の情欲に囚われていたからだ。
それは舌の動きに顕著に表れていた。響子の口の中に侵入したそれは、征服せんとばかりに彼女の舌を弄ぶように絡めとったり口内を味わうように舐めていく。
そんな沙紀の舌に刺激されるたびに響子の身体にはビリビリと弱い電撃が走りまわる。息苦しさは先程よりもひどいし、お互いの距離は近いし、どちらともわからない涎が交じり合うで混乱の極みに近い。しかし、そうありながらも
(気持ちいいなぁ……)
お互いにその感情を抱いていた。沙紀の背中に回っていた響子の腕にはいつの間にか本人も知らない内に力が入り込んでいる。
「ん、あぁっ……」
そして、一体何分口付けをしていたのか。永遠にも長い様に感じたその時間も漸くお互いともに限界がきたのか終わりを告げた。
「ぷ、はっ、ぁ……」
「はぁ、はぁ……」
沙紀も響子も荒い呼吸を繰り返しながらゆっくりと唇を離していく。唇同士を銀色の橋が繋いでいたが、それもやがてぷっつりと切れてしまう。
「…………」
「…………」
無言が空間を支配する。しかし、そこに気まずい雰囲気はなく、いまだに覚めぬ熱狂の渦中にあった。
「もう、止まらないっすよ……?」
最後の警告に近いものだった。既に手遅れに近いといえば沙紀は否定できないが、それでもこれ以上は本当に一線を越えることを響子に暗に示唆していたのだ。
それを告げられた響子は一度目を閉じてゆっくりと呼吸を整えた。そしていまだに情欲の籠った瞳を潤ませたままゆっくりと頷いた。
「……沙紀さんになら、いいです、よ」
響子の身体に勢いよく沙紀が覆いかぶさるのは当然の結果だった。
「あれ、響子ちゃん?」
容赦ないダンスレッスンを何とか終えた沙紀は事務所のソファーに座っている響子に気が付いた。
「あ、沙紀さん!お疲れ様ですっ。レッスン終わりですか?」
「いやー、こってり絞られちゃったっす……」
「あはは……トレーナーさん厳しいですもんね」
響子はソファーの端に少しよると、よかったらどうぞと隣を勧める。沙紀も特に断る理由はないのでそこに腰を下ろした。
「何かしてたんすか?」
沙紀がそう尋ねると響子は少し恥ずかしそうにしながらテーブルの上に置いてあったものを手に取る。
「あの、これ読んでたんです」
「これは?」
響子が手にしたのは一冊の雑誌だった。沙紀はそれを受け取るとまずは表紙を見る。
どうやらそれは所謂若者向けのファッション雑誌のようだった。その表紙の中で一番の見出しではないがそこそこの大きさで『P.C.S特集!』と刷られている。
「おお、すごいっすね!これ響子ちゃん達が載ってるんすか?」
えへへ、とはにかみながら響子は頷いた。
「見本が事務所に届いたみたいで、一応確認してたんです。インタビュー記事と写真しか載ってないので修正なんかないとは思うんですけど」
「へー、ちょっと見てみてもいいっすか?」
もちろんです。と返事をもらい沙紀はパラパラとページをめくっていく。他のファッションモデルは軽く流しながら真ん中付近にて漸くお目当てのページが出てくる。
そこには島村卯月、小日向美穂、そして五十嵐響子の三人が春向けのファッションに着飾り、個人の写真やら三人で一緒に撮った写真などが上手く魅せられるように載っていた。
その三人の中で響子はいつもの服装とは違い、白のマキシスカートに薄いピンクのワンピース、そしてこれまた白いカーディガンを羽織っている服装で、いつもの明るい印象と同時に清楚な雰囲気も醸し出している。
「へぇ、こういう服装の響子ちゃんも可愛いっすねぇ」
自然と声が漏れる。そこには感嘆の意も込められている。響子は嬉し恥ずかしそうに少しだけ顔を赤くしていた。
「そ、そうですか?そう言ってもらえるなら嬉しいですっ」
「それで、こっちがインタビューっすか」
「えぁっ」
響子の変な声を尻目にページをめくる。そこにはP.C.Sそれぞれの小さな写真と、その横にインタビューの記事が載っているようだった。
「『今年の春コーデを話題のアイドルユニットP.C.SがCuteに演出!さらにP.C.Sの三人に聞いた!理想のデートとは!?』っすか」
インタビューの題材を読みあげた瞬間、響子の手が抑え込むように差し込まれた。
「あ、ああ!インタビューの方は読まないでください!恥ずかしいですからー!」
身を乗り出して制止してきたせいか、沙紀の膝上に響子自身覆いかぶさる様な形になった。
「えー、いいじゃないっすか。どっちにしろ発売されたら見るし」
「そ、それはそうですけど……」
観念したのか響子は顔を伏せた。ちらっと見えた耳が真っ赤なのはよっぽど恥ずかしいことを現している。
流石に沙紀も少し躊躇った。相手が嫌がることを無理やりするのが楽しいと思うほど歪んではいない。
しかし、それでも気になった。彼女は響子とユニットを組んで活動したこともあるが、そういった方向の会話をあまりしたことはない。
(気になる……)
いまだに伏せている彼女を横目でちらっと確認して、結局沙紀は好奇心に白旗をあげて雑誌に目を落とした。
「さて……」
一体どんな内容が書かれているのか、文字に目を落としたらもうそこを読むのに夢中になっていた。
果たしてそこに書いてあった響子の理想のデートというものはしかし、沙紀の想像と違っていた。
『好きな相手と一日、家でゆっくり過ごしたいです!』
可愛らしいポップ体で書かれていたそれを見た沙紀は少し不思議に思っていた。
「てっきりテーマパークとかショッピングとか出掛けるのを想像してたんすけど」
彼女も年頃の娘だ。大体彼女らの世代はどこかへ出掛けるものが相場だと沙紀は考えていた。いやアタシも歳はそんなに変わんないけどと心の中でセルフ突っ込みをいれながら。
そんな響沙紀の言葉を響子は否定しない。
「そうですね……確かにそれも楽しそうだとは思います」
でも、と一拍置いて言葉が続く。
「私はやっぱり好きな人と安心できる場所に一緒にいられるだけで幸せだと思うんです。それにいずれは一緒に住んだりするわけですし」
「へぇ……」
「それにお家なら私が家事を奮えますし!」
響子はいつの間にか恥ずかしがっていた表情を消して笑いながら腕をまくっていた。沙紀もそれに応えるように笑った。
「ああ、なるほど……それなら響子ちゃんの彼氏は幸せ者っすね」
「まぁ、アイドルですから彼氏とかは無理ですけどね」
そう言いながら、響子は沙紀をじっと見つめていた。
「……どうしたっすか?」
「あの、その……」
今日の響子は恥ずかしがったり、笑ったり、また恥ずかしそうに俯いたりと忙しい。沙紀もどうしたものかと彼女の言葉を待つしかなかった。
「沙紀さんて、彼氏さんとかいたことってありますか……?」
「うぇっ?」
予想外の質問に沙紀は変な声で返答してしまう。驚いている沙紀を見て響子は慌てたように口を開く。
「あ、その違うんです!変な意味はなくって、えっと、その、ちょっと気になったというか……あうぅ……」
いつもしっかりしている彼女にしては歯切れも悪いし、こんなに慌てている様子も珍しい。
一体どういう意図があるのか沙紀にはわからなかったが、響子が何か企んでいるようにも思えなかったので、普通に答えることにした。
「いたことはないっすよ。何度かそういう風に声を掛けられたことはありますけど、大体断るっすね」
グラフィティアートをしていると話しかけられることはある。大体は同じ趣味を持つ仲間か、それなりに若者なファッションーー所謂チャラい男性が興味本位で接触してくるのだ。
沙紀はそういうのを好まなかった。もちろんアートについて話をするのは大好きだし、それについて話すならそこに性別の違いは関係ない。
ただ、あからさまに異性として関わろうとしてこられると嫌悪感が一気に噴き出す。沙紀はそのチャラい感じが本当に嫌だった。
だからこそ、そういった付き合いは今の今までない。アイドルとしては良いことだろうと彼女も思っていた。
「そ、そうなんですか?沙紀さんモテそうですけど」
それを聞いた響子は驚いたように顔をあげた。沙紀は笑いながら答える。
「そんなことはないっすよ。あんまり女の子らしい可愛さはないし。それを言うなら響子ちゃんの方がよっぽどモテると思うけど」
そう言うと響子は否定するように両手を横に振る。
「わ、私ですか!?私はそんなことは……」
「でも、ラブレターをもらうとか、今の時代だとメールとかっすか?そういうのもらったことはあるっすよね?」
「……ま、まぁ、もらったことは確かにありますけど」
やっぱりな、と沙紀は思った。自分でさえクラスに彼女のような子がいればアタックしそうだな、と何となく考えたこともある。
「でも、それは私がアイドルだから、だと思うんです。そうじゃなかったらきっとラブレターなんてもらえないですよ」
あはは、と笑う彼女に、たぶんアイドルじゃなかったらもっと言い寄られてると思う。と沙紀は言わなかった。というよりも言う前に響子に遮られたのだ。
「あ、あの、沙紀さん!沙紀さんから見て私ってどうですか!?」
「お、おおっ?」
ずいっと身を乗り出した彼女の語気は強めだ。今度は沙紀が困惑する番だった。
「あ、あの、もし、もしもですけど沙紀さんが男性だったりしたら私を見て、どう思いますか……?」
「ど、どうって?」
彼女の言いたいことがわからないほど沙紀も鈍くはない。しかし、あまりにも突然であったためか聞き返す形になってしまった。
「で、ですから、えっと、あの私が、あの、その……」
ぷしゅー、と湯気の立つ音が聞こえそうなほど響子は顔を赤くしていた。流石に沙紀もこれはいけないと思ったのか慌てながら口を開く。
「あ、ああ、えっと、可愛いっすよ!すっごく!そりゃもうアタシが男だったら間違いなく年中無休で詰め寄ってるっす!」
そんな調子のせいか言っていることは支離滅裂、というほどではないがとにかく滅茶苦茶だった。
しかし、響子はそんな言葉を聞いてハッと顔を上げた。
「ほ、ホントですか?」
「ほ、ホントっす」
「そ、それじゃ、あの、雑誌に書いてあったこと……」
「え?」
「今度わ、私とその、デート、してくれませんか……?」
最後の方は消え入るような声だった。それでも事務所が珍しく静かだったおかげかその声は沙紀によく聞こえた。
沙紀が沈黙していると響子は慌てながら言葉を付け足した。
「あ、あの、本当のデートってことじゃなくて、そのそういう体験をしてみたいというか、あの、その……」
(あー、なるほど。そういうことっすね)
沙紀はひとり納得していた。どうやら彼女は理想のデートというものを経験したいらしい。
「つまりアタシが彼氏役みたいな感じで、ってことっすよね?」
「え……あ、えっと、そ、そうです!そんな感じで!」
確かに彼氏は作れる立場でない以上、”ごっこ”という形になってしまうがそれでも彼女がしたいというならば沙紀に断るつもりは微塵もなかった。
「もちろんいいっすよ。女子寮の響子ちゃんの部屋かアタシの家ってことっすよね?ああー、でもアタシの部屋はちょっと今散らかってるんすよねー……」
「じゃ、じゃあ私の部屋に来てください。その方がおもてなし出来ると思いますし!」
「じゃあ、次にお互いのオフが重なる日でいいっすか?」
「は、はいっ。あの、その、よ、よろしくお願いします!」
「あはは、そんなかしこまらなくても大丈夫っすよ」
形だけのつもり。と沙紀はそう思っていた。それがとんでもない間違いだと気づいたのはそれから三日後の当日だった。
「お邪魔しまーす」
「はい、どうぞっ」
事務所に所属しているアイドルが住んでいる女子寮に沙紀は足を運んでいた。もちろん目的の場所は響子の部屋だ。
「あれ、その恰好って」
「あ、わかりますか?」
そりゃわかるっすよ。と沙紀はまじまじと響子を眺めていた。今日の彼女の恰好はあの日の雑誌の中にいた彼女そのままだった。
薄いピンクのワンピースに白の長めのスカート、そして白のカーディガン。
「沙紀さんが可愛いって言ってくれたので着てみました」
本の中の人物が目の前に浮き出てきたような不思議な感覚だった。それはある意味感動にも近い感情を引き起こす。
「もしかしてわざわざ買ってきたってわけじゃないっすよね……?」
沙紀の問いに響子は首を振って否定した。
「実はこれで撮った後、タダじゃないんですけど少し安く買えるっていう話が来て思わず買っちゃったんです」
だから買っておいて正解でした。と長めのスカートを左右に振る彼女はやはり可愛らしく沙紀の目に映る。
ただ、本の中では外の日を浴びて輝いている衣装であったためか、どうにも女子寮の部屋の中にいると変な違和感があるのも少し可笑しかった。
「いや、確かに可愛いっすけど。それって外に出掛ける時に着るものじゃ?」
笑いながら沙紀がそう言うと、響子も合わせて笑う。
「細かいことはいいじゃないですか!さぁ、どうぞっ」
促されて沙紀もそれ以上は何も言わず、部屋の中に足を踏み入れた。相変わらず掃除や整理整頓が行き届いているのは一目見てわかった。
「おお、流石に綺麗っすねー」
「気が付いたら掃除はしてますよ。沙紀さんの部屋はあれからちゃんと掃除しましたか?」
沙紀の目線がテーブルに置かれた花瓶に逃げたことを響子は確かに見た。
「……オオ、オハナマデカザッテアルー」
「沙・紀・さ・ん?」
ずいっと響子に詰め寄られ、沙紀は苦笑しながらまだ目を逸らしていた。響子はそんな様子にため息をついていた。
「もー、ちゃんと掃除はしてくださいよ。何だったら私もお手伝いしますから」
「それは流石に悪いっすよ。それにそこそこ整理はしてますから大丈夫っす。たぶん……」
「それならいいですけど……まあ、とにかくあがってくださいっ」
女子寮は当然一人暮らし用の設計であるため広いとは言い難い。それでも響子の整理整頓術が行き届いているおかげかそれを感じさせないのは流石である。
「……うーん」
物が無造作に置かれた自分の部屋とこの部屋とを比べてみると、自身が年上なのが何故か申し訳ないような気がした。
「さあさあ、座ってくださいっ」
そんなことを沙紀が思っていることを知ってか知らずか響子は部屋に招き入れる。既に準備をしていたのかティーカップやら綺麗なお菓子がテーブルに用意されている。そして沙紀は響子に促されるまま座布団に腰を下ろす。
「桃華ちゃんから美味しい紅茶頂いたんです!ストレートとミルクどっちが好きですか?」
「うーん、今日はミルクティーな気分っすかねぇ」
「はーい。じゃあ、少し蒸らしますね」
響子はガラス製のティーポットに茶葉とお湯を入れるとタイマーを起動する。
「本格的っすね……」
「前にちょっとだけ勉強する機会があったので……美味しく淹れますから期待していてくださいね」
ティーカップの中で茶葉が舞っている。沙紀はそれを物珍し気に見ていると響子が声をかける。
「あの、隣座ってもいいですか?」
「え?そりゃ全然構わないっすけど」
というより響子ちゃんの部屋だから好きにしていいんすよ?と沙紀が言うと
「えへへ……」
と彼女は小さくはにかみながらゆっくりと沙紀の隣に腰を下ろした。
(いくらごっこだからと言っても妙に距離が近いような……)
少なからず沙紀は響子に好感を抱いていることに間違いはない。ただ、響子から見た沙紀との関係はお互い切磋琢磨しあえる仲というか、フォローしつつされつつの様なそんな風に思っているんだろうなと思っていた。
はずだったのだが。
(アタシがなんでこんなに緊張してるんすかねぇ)
まだそういう風に自己分析できる分には幾分か冷静ではある。しかし、軽く寄り添うように座ってきたせいか、彼女の柔らかさやほのかに香る良い匂いに虜になりかかっているのは間違いなかった。
「~♪」
沙紀がそんなことを考えていることを露知らずか、響子は上機嫌なのか小さく鼻歌を歌っている。
(とにかく何か話さないと……)
しかし、沙紀自身は妙に落ち着かないのか少し無理やりに話題を作る。
「で、でも、よかったんすか?」
鼻歌を中断して響子は沙紀に振り向く。その綺麗な瞳と微笑みを向けられ、沙紀は言葉に一瞬詰まってしまった。
「なにがですか?」
響子は何のことかわからず首を傾げ尋ねる。
「いや、響子ちゃんの理想にアタシなんかがっていう話っす」
「え?も、もしかして迷惑でしたか……?」
じわと陰り出した響子の表情に沙紀はアッと慌てた。
「ち、違う違う!逆っす!響子ちゃんから見てアタシなんかが相手で良かったのかっていう話っすよ!」
口調を荒げてまで否定する沙紀を見て、響子は少し暗くしていた表情を一転させ、くすっと笑った。
「ふふ、今日の沙紀さんはいつもより少しあわてんぼうで珍しいですね」
「……あ!振りだったんっすか!?だ、騙したっすね!」
「ふぁっ!?いひゃっ、いひゃいですー!」
沙紀は響子の頬を抓った。もちろん、力はいれていない。ただむにーっと伸ばすように弄んでいた。
「ひゃ、ひゃなひて、ひゃなひてくだはい~」
響子も本当に痛がっているというよりはどこか楽しんでいる風でもあった。その証拠に頬を抓っている沙紀の手を掴んではいるものの、そこに力は入っていないようだった。
「まったく、年上をからかっちゃだめっすよ」
「す、すいません。なんかいつもと違う感じで面白くって……」
確かに沙紀もそれは感じていた。どうにも今日は雰囲気に流されやすくなっているようだ。
それは響子の部屋にいるからなのか、彼女の雰囲気、恰好がいつもと違うせいなのか。
ピピピピ―――ピピピピ―――
沙紀がぼんやりとそんなことを考えているとタイマーが現実に引き戻さんとばかりに音を鳴らした。
「あっ、3分経ったみたいですね」
そういえば、タイマーをかけていたなぁ。と先程のことなのに忘れていたかのように思い出していた。
「3分ってこんな長かったっけ……?」
「え?どうしました?」
沙紀はなんでもない。という風に片手を振って答えると響子もそれ以上は聞かずおもてなしの準備を始めるのであった。
「これ、低温殺菌牛乳なんです。ミルクティーに良く合うんですよ!それにお茶菓子も少しだけ良い物を用意しちゃいました!」
「わざわざ買ってきたんすか?この牛乳って普通の牛乳より消費期限が早いとかどこにでも売ってるわけじゃないって聞いたことあるけど……」
「私もたまにミルクティー作るんです。だから気にしないでください。お茶菓子は今日のために買いましたけどね」
テーブルにお茶菓子を並べた後、手慣れた動作で紅茶を注ぎ、そこにミルクを混ぜていく。綺麗な模様が出来ていく様を沙紀は興味ありげに見ていた。
「凄いっすね。こういうのアタシはてんで出来そうにないっす」
「そんなことないですよ?慣れてしまえば簡単ですし」
「いやぁ、アタシがお淑やかに紅茶淹れるところ想像できるっすか?」
「う……」
響子は肯定も否定もしなかったがその表情と詰まった言葉から言いたいことは沙紀に存分に伝わった。
「いや、いいんすよ。わかってますから、はい」
「あ、あはは……でも嫌いじゃないんですよね?もしかしてあんまり飲まないですか?」
沙紀は軽く首を振ってにっこり笑う。
「飲むのは、好きっす」
響子もそれを聞いて笑い返すと完成したであろうミルクティーを沙紀の前に差し出す。そして自身も同じようにミルクティーを作ると先程と同じように沙紀の隣に腰を下ろした。
「美味しく出来てるといいんですけど……」
いつもなら対面に座るのが普通だったので、沙紀は今日の彼女との距離感に少し戸惑っていた。しかし、響子はさも当然のように振舞うものだから今はその思考を頭の片隅に追いやり気にしないことにした。
(そういえば理想のデート、っていう形だったっけ。こんな風にされたら響子ちゃんの彼氏は色々保てそうにないっすねぇ)
そこまで考えて、今の自分の位置に名も知らぬ誰かが座っていることを想像した瞬間、何となく胸に靄がかかった。しかしその靄は厚く重い。
(あれ?なんでこんな……?)
その締め付けられるような苦しみがわからず沙紀は困惑した表情をミルクティーに落としていた。
「あ、あの、沙紀さん?」
「え?」
そしてそんな沙紀を怪訝そうな表情で響子は見つめていた。沙紀はそれにハッと気が付く。響子はその表情のまま尋ねる。
「どうしたんですか?ぼーっとして……」
「え?あ、ああっ、その、ちょっと考え事を……」
慌てて取り繕う沙紀を疑念混じりに見ていた響子だったが、結局深く探ろうとはしなかった。
沙紀は話題を変えるように綺麗な色のミルクティーに手を伸ばした。
「そ、それよりも、そろそろ頂いてもいいっすか?」
「あ、はいっ。お口にあえばいいんですけど……」
響子は伏し目がちに沙紀の方を見ていた。どうやら感想が欲しいようである。沙紀は少しだけ熱さを確認するとまずは一口、ゆっくりと味わった。
そしてその目が見開かれた。
「お、おいしいっ……」
殆ど無意識に口から漏れていた。響子はそれを聞いてパッと表情を明るくした。
「ほ、ほんとですか!?」
「いや、美味しいっすよこれ!市販のやつなんかより全然!」
実際響子の淹れたミルクティーは絶品だった。沙紀もそこまで味がわかるほど紅茶に通じているわけではないが、茶葉がいいのかミルクがよかったのか、しっかりとした甘味はありながらその甘さはあっさりとしたもので、紅茶本来の味もしっかりと残っている。
一言でいえばそれは『上品』なものだと沙紀は感じていた。そして沙紀はそれを思うままに口にし絶賛していた。
そして作った側として、その感想に響子は嬉しくないわけがない。自身も一口飲んでその味に満足そうに頷いていた。
「いや、これなら毎日飲んでもいいっす。ほんとに」
一口飲むごとに沙紀に褒められるものだから、響子も照れくさくありながら嬉しいという気持ちがそれ以上に身体を満たしていた。
そのせいなのか、感情がいつもより昂っていた彼女はついポロリと言葉を漏らした。
「私も、好きな人と一緒に飲んでいるせいかいつもより美味しく感じます!」
普段の口調ではあったが、その言葉を聞いて沙紀はピタッ、と固まった。
そして聞き間違いしたのかと思ったのか、ゆっくりと響子の方に顔を向ける。
「あ、あれ?今、私……?」
そして、その視線の先の彼女は沙紀よりも混乱していた。発言の本人でありながら。
「え、あ、えー……」
どうやら聞き間違いではなかったらしいことを確認して、沙紀は恥ずかしそうに髪を掻いた。言葉にならない誤魔化すような声が出たのはまだ沙紀自身の混乱が解けきっていない証拠だった。
それに対する響子は熱があるんじゃないかと言うぐらい顔を赤くしていた。そのまま恥ずかしそうに顔を俯かせてしまい、そこからぴったり動かなくなってしまう。
和気藹々とした雰囲気はどこへやら。一瞬でその場が気まずい沈黙に支配された。沙紀は幾分か落ち着きを取り戻したのかとりあえずこのままではまずいと思い、声をかけることにした。
「あ、えっと、響子、ちゃん?」
「ひゃ、ひゃいっ!?」
響子は素っ頓狂な返事と共に顔をあげる。まだ赤い表情は和らいでいない。しかし、声をかけた以上沈黙するわけにもいかず、沙紀はとりあえず場を濁すことを選んだ。
「さっきのは、その、何か言い間違えちゃった感じっすか?」
あ、そ、そうなんですよ。ちょっと間違えちゃって!
そうだったんすかー。もう響子ちゃんにしては珍しい間違いっすねー
なんて、その後の会話を期待していた沙紀だったが、響子から言葉は返ってこなかった。
「…………」
「…………」
再び沈黙が場を支配する。沙紀は響子の言葉を待つしかできなかった。
可愛らしいデザインの時計の針の音が部屋に響いていた。その一秒一秒の合図が沙紀にはとんでもなく長く感じていた。
そしていよいよもって我慢の限界を沙紀が感じ始めた時に、漸く、しかしポツリと呟くような声が耳に入ってきた。
「……ごめんなさい」
「え?」
今日は言葉の意味が分からないことが多いなと沙紀は心で呟いた。とにかく聞き返すことしかできない自分が恨めしい。
「ごめんなさい、っていうのはどういう……?」
「その……嘘だったんです」
今にも泣き出してしまいそうな声だった。だが、沙紀には何故彼女がそうなっているのか、何が嘘なのかさっぱりだった。
「えっと、嘘っていうのは『理想のデート』のことっすか?」
沙紀が最初に考えたのはそれだった。家事全般が趣味ということを謳っているせいで本当は外に遊びに行きたかったということが本音なのだろうかと、そう思った。
しかし、響子は首を振る。
「本当のデートじゃないっていう話、です……」
消え入りそうな声だったが、沙紀を混乱させるには十分だった。
(本当のデートじゃないっていう話が嘘?本当が嘘?嘘のデートが本当?あれ、よくわからなくなってきたっすよ……)
本当はわかっていたのかもしれない。今日の響子の行動は妙に積極的であったし、何より事務所で話していた時から様子がおかしかったのにも何となく気づいていたのだ。
「理想のデートを経験したいっていうのは嘘じゃないんです……でも」
ぐっと彼女が言葉に詰まったのが沙紀にもわかった。しかし、だから何が出来るのかと言えば待つことしかできない。
沙紀の体感時間は今日に限っていつもより数倍遅く感じることが多かった。響子が決意めいた表情で顔を上げるまで実際は一分もかからなかったが、沙紀の中ではその間が数十分ぐらい経っているように感じていたのだから驚きだ。
そして、沙紀がそんな風に体感時間と戦っている中に、響子は意を決して踏み込んでいった。
「その相手は沙紀さんじゃないとダメなんです……彼氏役をして欲しいとかじゃなくって」
胸の鼓動が沙紀の思考の乱れを表していた。その感情は驚きと嬉しさが混じった興奮であることに沙紀は気づいていない。
そして、響子は座っている沙紀の膝に手を置いてゆっくりと見上げた。その瞳は今にも泣きだしそうなほど揺れ動いている。
「響子、ちゃん……?」
沙紀が呼ぶと響子はしばらく顔を伏せた。自然、沙紀の膝元に俯く姿勢になる。
沙紀はどうしたものかと目を泳がせていたが、突然響子が顔を勢いよくあげたものだから柄にもなくビクッと驚いた。
「沙紀さん……」
顔を上げた響子の瞳は揺らぎ潤んでいたがそこには微かに決意めいたものがあった。
響子は少しだけ息を吸って、そのまま一息に声を出した。
「好きです」
はっきりと、しかし震えながら響子はそう告げて、それきり黙り伏せこんでしまった。
対する沙紀は――
「…………」
完全に固まっていた。瞬きもしない。膝に置かれた響子の手の感触だけには無駄に敏感になっていたが。
「…………」
時計の針の音と響子の少し乱れた息遣いだけが部屋に響く。このまま日が暮れてもおかしくないほど沈黙は終わらない。
「…………」
先程飲んだミルクティーの味はどこへやら、今は色々な感情のせいですっかり乾いてしまった喉を潤す方法を閃めくことはできなかった。
割と言いたいことははっきりと言う性格だと沙紀は自身のことを評価していた。もちろん空気は読む前提である。
しかし、今はその言いたいことが何も出てこなかった。
俯いている彼女に視線を落としたと思えば、また気まずそうに天井や部屋を見渡したりと、視線だけは忙しない。
そんな時だった。ぽつりと弱い声が下から返ってきた。
「あの、ごめんなさい、ごめんなさい……」
泣きそうな声だった。と思ったら小さな嗚咽がすぐに聞こえ始めた。
「わ、わっ」
当然、慌てる。しかしかける言葉は見つからず結局何か考えつく前に響子の背中に手をまわして抱き寄せることしかできなかった。
「うっ、す、すいま、せ……」
「ああああああ、謝らないで!大丈夫、大丈夫っすから!」
何が大丈夫なのか、言っていることが支離滅裂なのは沙紀自身わかってはいるものの、いかんせん浮かばないからしょうがなかった。
「ごめ、なさい……急にこんな、困りますよね……」
嗚咽混じりに話す響子の背中を撫でながら沙紀はどう答えればいいのか、固まって全く働かない頭を無理やり稼働させていた。
「いや、その、嬉しいっすけど」
「いいんです……沙紀さんは優しいですから断らないんですよね……でも、嫌なら嫌って言ってください」
「嫌って、そんなわけはないんすけど。でも、えっと響子ちゃんの言う好きって……あー、そういう好きってことっすか?」
沙紀の腕の中で響子は弱々しく頷く。
「最初は、単純に関心してたんです。私に持っていないものをたくさん持ってて、今まで付き合った人の中でもあんまりいないタイプだったりで、一緒にいて楽しいな、って思ってて」
「…………」
「でも、それからずっとアイドル活動やそれ以外で過ごしていくうちにいつの間にか……好き、になってて」
「……買い被りすぎっすよ」
「そ、そんなことないです!」
「おわっ」
沙紀の腕に抱かれたまま、響子は顔をあげた。当然見上げる形になる。
「沙紀さんは絵とかダンスとか色々教えてくれましたけど、それだけじゃなくって、日頃一緒にいるときの細かい気配りとか私はそんなところも凄いと思ってるんです」
そこまでべた褒めされると流石に沙紀も恥ずかしい。そ、そうっすかねーと濁すように頭を掻いた。そして響子の言葉を訂正するように話す。
「でも、アタシあれっすよ?結構適当なところがあるし、部屋を散らかしたままにすることもあるし、響子ちゃんの知らない悪いところだっていっぱいあるし……」
しかし、そんな沙紀の言葉を打ち消すように響子は首を横に振った。
「それは私だってそうです……家事は好きですけどそれをしている時はたまに周りの事に気が向かなかったり、家事の事でついつい熱くなっちゃうこともありますし……」
でも、と響子は前置きする。
「悪いところがあるとかないとかじゃなくって……好きなんです。沙紀さんが」
細かい震えが沙紀の身体に伝わっている。緊張の度合いが沙紀にも伝わる。本当は何も言わず泣き出したい気持ちがありながらも響子は思いを言葉にしていた。
「わかってました。言ったら終わりだって……沙紀さんとの関係を壊したくないならずっと心に留めて置かないといけないって……」
響子の瞳は今にも零れんばかりに潤んでいた。それでも沙紀から目を離さない。
「でも、もう辛かったんです。自分を偽って沙紀さんと過ごすなんて耐えられなくて……」
響子はそこまで言うと、弱く抱かれていた沙紀の身体から離れた。そして、悲しそうに笑った。
「自己満足でしかないですけど、でも、伝えられてよかったです……ごめんなさい、もう変に近づいたり――」
実際に嫌われる前に対象から離れようとするのは響子にしては珍しい防衛本能か逃走心理なのか。とにかく、別離にも近い言葉を吐こうとしていた途中だった。
「ひゃっ!?」
響子の視界がグラッと揺れた。それは彼女が倒れたわけではない。
「沙紀、さん?」
先程の優しい抱き方ではなく、力強く抱きしめられていることに響子が気づいたのは背中に回された沙紀の手と、身体同士が触れ合う柔らかさを感じたからだった。
「自分だけ言いたいこと言って勝手に終わらせるのはちょっとずるいっす」
沙紀の声色は少し咎めるような、ちょっとだけ怒っているようなものだった。響子は抱きしめられながら弱々しく顔を伏せる。
「だって……」
歯切れが悪い。沙紀は軽く息をつくと響子を抱きしめたまま一転、少し申し訳ないような口調で話し出した。
「いや、意気地がなかったのはアタシのほうなんすけどね」
「え?」
沙紀は抱く力を緩め響子の肩に手を添える形になった。自然、お互いの熱い視線が交差しあう。
「響子ちゃんがアタシとの関係を友人だと思っているなら、って考えるとどうしても伝えようと思っても躊躇しちゃうばかりで」
はぁ、と再びため息をつく彼女。響子は肩に手をおかれながっら胸の鼓動が早まっていく感覚に襲われる。それはある種の期待に対する興奮だった。
「情けないっすよね。そんな変わらないけど一応年上なのに」
「え、えっと……?」
響子は先程よりは落ち着いたにせよ、いまだ思考は完全に整理しきれていない。ゆえに沙紀が言わんとしていることを理解するのに時間がかかっていた。
沙紀はそんな様子の響子を見て、ついに決心したように告げた。
「好きっす」
その言葉が耳から入り身体に浸透し、そして脳が意味を理解した瞬間、響子は身体の中心から沸々と興奮の熱が沸き起こってくる感覚に襲われた。
「……ほんと、に?」
その溢れだしそうな多幸感を何とか抑えながら、響子は恐る恐るそう聞くと、沙紀はゆっくりと頷く。
「アタシも最初は響子ちゃんと同じっす」
「……私と?」
「今まで会ったことのないタイプの仲の良い友人が出来たって、その時は素直に嬉しかったっす」
沙紀は響子と目を合わせながら言葉を続ける。
「元々アタシはソロ活動中心の方針だったんすよ。ストリート系というか少し洒落た若者をターゲット対象にして売り出していこうっていうか、確かそんな内容だったっす。たぶん」
そこは曖昧なんだ……と響子は思ったが口にはしなかった。
「だから最初はしばらく単独で活動してたけど、ある時ユニットの話があがったんすよ」
ハッと気づいたように響子は口を開いた。
「それって、アーティスターのことですか?」
響子がそう言うと沙紀は少し驚いていた。
「良く知ってるっすね。最近お互い忙しいせいであまり組まないから知らない人も多いんすけど」
沙紀から暗にどうして知っているのか尋ねるように聞かれて、響子はあっ、と呟くと顔を赤くしてしまう。
「あの、その、沙紀さんのことが気になり始めてから、以前の活動記録とか見る機会があって、その時にちょっと……」
恥ずかしそうに呟く響子に沙紀は関心したように相槌を打った。
「そうだったんすか。でも本当に良く覚えてたっすね。伊吹さんとはたまにダンスレッスンしたりするんすけど、ユニット活動はあまりしてなかったから」
沙紀はそれからスペーススタイルやダンサブルエナジーについて簡単に話した。
「どれも良い刺激になったっす。誰かと組んで何かをすることがこんなに力になるとは知らなかったし」
「それは、わかります」
響子の賛同に沙紀は頷く。
「まぁ、そんな時っすね。ハートハーモナイズの話が来たのは」
「…………」
本題である。響子も音が聞こえないように唾を飲んで彼女の言葉を待つ。
「実は最初はどうなんだろうって不安だったんすよ」
「不安?」
響子はその理由を問うと沙紀は小さく笑った。
「アタシと響子ちゃんって、けっこう方針が違うじゃないっすか。響子ちゃんは可愛い系でアタシはクール系、というか」
それは響子が最初に抱いた感想と殆ど一緒だった。
「だから、正直上手くいくか自信はなかったっす。響子ちゃんの経歴を見ても似通ったところは見当たらなかったし」
「そうですね。確かにあの時は私もちょっと緊張しちゃって……」
初めて会った時、響子も内心は少しだけ沙紀の雰囲気に気圧されていたことを思い出し懐かしむ。
「まぁ、それは結局杞憂だったけど。そっから一緒に活動していくうちにアタシはいつの間にか響子ちゃんに惹かれてた」
真剣な表情でそんなことを言われたせいか響子の身体は先程より一層熱を帯びていく。顔が真っ赤になっているのが自分でもわかるほどに。
「会う度に見せてくれる笑顔も声にもドキッとしたこともあるし、絵とか教えるときに触れあっただけでも……あー、だめだこれはちょっと恥ずかしいっすね、うん」
とにかく、と沙紀は一拍置いて再び響子に想いを告げる。
「アタシも好きっす。響子ちゃんを一人の人間として、女性として」
目は真剣そのものだった。響子はその目に吸い込まれるようにゆっくりと沙紀に寄り添った。
沙紀は無言で彼女をゆっくりと抱きしめた。先程みたいに強引なものではなく味わうように抱擁すると、彼女の温かい体温と仄かに香る香水の匂いが鼻をくすぐった。
「嬉しい……」
響子はそう呟くと抱かれるままに身を預け胸元に顔を埋める。沙紀は彼女の軽い重さを感じながらしばらく抱き合っていた。
寄り添った彼女はよほど嬉しかったのか、日頃沙紀が見たことがないぐらい甘えるようにすり寄っていた。
(可愛いな)
何となく甘える猫のような、そんな印象を受けた沙紀はつい、彼女の頭を優しくなでていた。
「ん……」
ふわっと撫でられ響子は小さく声をあげる。ハッとして沙紀は慌てて手を離した。
「あ、その、ごめん。つい……」
口籠りながら謝ると、響子は沙紀を物欲しそうな瞳で見上げている。
そして恥ずかしそうに頬を赤らめながら小さく呟く。
「沙紀さんがしたいなら、いいですよ……」
そのまま恥ずかしそうにポフッと沙紀の胸に響子は再び顔を埋めた。どうしたものかと沙紀は手持無沙汰になっていたその手を自身で見つめて、やがてそれを誘われるまま彼女の頭に置いた。
「やめて欲しいときは言って」
そのままゆっくりと髪の流れに沿いながら撫でる。子供を褒めるとかあやすとかそういった類のものではなく、ただ愛するための物だった。
そして撫でられている側の響子はというと――
(気持ちいい……)
すっかり陶酔したかのように沙紀の手の温もりを素直に享受していた。沙紀からは当然見えないが表情を惚けさせただただ幸福に酔いしれる。
「…………」
沙紀の方も自身の身体に包まれている響子の体温と良い香りを感じながら、慈しむように撫で続けているとふらふらと揺れている彼女のサイドテールが目についた。
彼女のチャームポイントの一つともいえるそれは沙紀の撫でるリズムに合わせてゆらゆらと小さく揺れていた。だが、沙紀の注目した部分はその髪ではなくその裏側にチラチラと見える首筋だった。
別段フェチズムを持っているわけではない。ただ、今の沙紀から見たそこは何故かひどくそそられるものだった。そしてその禁忌とも言えるような境界に伸びる手を抑えられるような理性を彼女は今持ち合わせていなかった。
撫でていた動作から流れるように髪の裏側に隠れていたそこを沙紀は人差し指で、弱く擽るようにそこを擦った。
「ひゃ、んっ!」
その瞬間、聞いたことのない声をあげて響子が跳ねた。
「…………」
沙紀は無言だった。無言のままにそこを撫で続けた。
「ふ、ぁ、うぅ……」
響子はそこを撫でられ声をあげてはいたものの、嫌がる素振りは見せず、ただギュッと耐えるように沙紀の服を握っていた。
「ここ、弱いんすか?」
そう問いながら手の動きは止めない。響子は首から走る快感にも似たような感覚に戸惑っていた。
「知らない、ですっ……!」
それは照れ隠しでもあり本音でもあった。実際その場所を愛撫されること事態あり得ない話で、確かめる術などなかった。
「誰にも触られたことない?」
「な、ないと思います……」
実際子供のころだと、同性の間で擽りあいふざけたことはあっても、年頃になってからはそういった行為は必然的に少なくなり、いずれなくなっていく。
そんな響子の回答に沙紀は独占欲だとか満足感だとかがグツグツと満たされていく感覚に襲われていた。
「沙紀、さんっ……」
夢中になってその性感帯とも呼べるような場所を刺激しているうちに響子の身体はスイッチが入ったように昂っていた。息は色付いて荒く、瞳は弱々しく揺れ、表情は見た者の欲を煽るように儚く情欲に惚けていた。
「響子ちゃん」
沙紀は返事をするように彼女の名前を呼び顔を近づけていく。それが接吻であることを悟った響子はゆっくりと目を閉じた。それは了承の意を返したのと同じ意味合いになる。
そして、沙紀は止まらないままに彼女の柔らかい唇を優しく奪った。
「あん、むっ、うぅ」
響子の口内を沙紀はじっくりと堪能していた。時々舌を絡めたりすると響子の身体はピクンと反応し、淫靡な呼吸が絶えず漏れる。その声が沙紀の中の欲をまだまだ掻き立てる。
しばらくそうしていると当然、お互いともに呼吸が辛くなってくる。そうすると沙紀はゆっくりと名残惜しむように唇を離す。先程と同じように銀色の甘い橋がお互いに掛かり、そしてゆっくりと落ちる。
「はぁ、ふぁ、は、ぁ……」
響子はいまだに甘い息をつきながら潤んだ瞳で沙紀を見つめていた。
「響子、ちゃん」
「……っ」
白いワンピースに手をかけてゆっくりと上げていく。柔らかそうな白い腹部が露になっていく。響子も一瞬息を呑んだがそれ以降は何も言わずにただされるがままに任せていた。
「綺麗っす。すごく……」
「ひゃっ、ぁ」
沙紀は殆ど無意識に響子のお腹を撫でていた。それは当然とも言えるほど彼女の腹部は柔らかくさらさらで時間の許す限りはずっと撫でていたいような魅力があった。
「ふ、ぅ、ぁ……」
響子は何とか口を結んでいたが、むず痒いような気持ちイイような感覚が同時に押し寄せ、時折小さな嬌声を漏らしていた。
そのまま沙紀はワンピースをさらに捲りあげる。そうすると薄い桃色のブラジャーが視界に飛び込んでくる。シンプルで派手じゃないデザインのはずだが、それは何故かひどく淫らだった。
「沙紀、さん……その、恥ずかしいです……」
蚊の鳴くような声が沙紀の耳をくすぐる。しかしそれは益々沙紀の感情を昂らせるだけだった。
「嫌だったら、そう言って」
響子が断らないことを沙紀は知っていた。つくづく卑怯だと自身を蔑んだが、目の前に甘い果実をぶら下げられてしまえばその感覚も麻痺してしまう。
「あっ」
響子の声があがると同時に、ブラジャーが下にずらされる。形の良い胸が露になり、彼女は恥ずかしさからか目をギュッと閉じる。
「響子ちゃん……」
沙紀は恐る恐るそこへと手を伸ばし、まるで置くように触った。
「んっ……!」
目を閉じていたせいでタイミングがわからなかったのか、響子は身体を小さく跳ねさせた。沙紀は胸に置いた手を離そうと思うことが出来なかった。
「すごい、柔らかくって温かい」
「い、言わないで、くださぃっ……」
撫でるように胸を愛撫すると響子の息は先程よりも荒く、淫靡なものに変わっていく。
「響子ちゃん、可愛い。かわいいっす……」
空いた手で響子の頬を撫でる。目を閉じていた響子は少し驚いたのか一瞬震えて、ゆっくり目を開ける。その目は涙が溜まり込んでいるが、沙紀の目から見ても明らかに情欲の色が籠っていた。
沙紀は頬を撫でていた手を響子の口先に近づける。人差し指が彼女の舌唇に触れる。
響子は意を察したのか、ゆっくりではあるが、それを咥えた。
「ん、ちゅ、んむっ」
沙紀の指先がぬるいものに包まれる。ぞわぞわと全身の毛が逆立つような感覚に陥った。
加虐の性癖を持っているつもりは毛頭ないが、この相手を屈服させているような感覚は確かに沙紀を興奮させている。
それは相手が響子だからだということも沙紀は確信していた。いつもは誰よりもしっかりしていて、面倒見もよく、明るい彼女が、誰にも見せたことのない表情を自分に見せていて、なおかつ従順なのである。
「ん、あっ」
指を柔らかい口からゆっくりと抜いた。彼女の涎でそこはじっとりと濡れている。沙紀はそれをじっと見つめたかと思うと
「んむ」
「……さ、沙紀さん!?」
自然な動作でそれを自分の口に咥えていた。響子は彼女の行動に驚いて声をあげたが、身を震わせながら沙紀が自分の口の中に入っていた指を咥えている様を見つめることしかできなかった。
「ぷはっ」
沙紀自身、どうして自分がそんな行動を起こしたのか理解できていなかった。というより理由なんてどうでもよかった。ただ、彼女と身体を重ねたい気持ちだけが全身を支配していたのだ。
「あ、むっ」
「ひゃ、あっ!」
その欲望に身を任せて、沙紀は何も言わず響子の胸に口をつけた。ピンと主張する胸の突起物を弱く吸い、軽く舌で舐ると響子はたまらず嬌声を漏らす。
「は、む、んむっ」
「や、ぁっ、そん、な、しないでくださ、ぃっ……!」
響子はそう言って両手で沙紀の頭をどかそうとそこに手を置いたものの、全く力は籠っていない。
沙紀はそんなこと素知らぬ風にもう一方の胸に手を伸ばすと、さっきとは違い揉みしだくように弄りだした。
「ひ、あぁっ!」
口で舐られる刺激とは違う刺激に襲われ、響子はたまらず声をあげる。胸全体を揉んだり、そこの突起を指で挟むようにこねられる度にビリビリと電気が身体に走り、響子はベッドの上でただ悶えることしかできない。
それが何分続いたのか、お互いわからなかった。とにもかくにも長い間、響子は責められ、沙紀の口と手から散々弄ばれた胸が完全に解放されるころには、完全に欲情しきっていた。
沙紀も同じく響子の甘い声が耳を通り全身に浸透するに従い、身も心も完全に出来上がっていた。いつもの余裕そうな表情は完全に消え失せ、息は苦しそうなほど荒い。
「あ、んっ」
ちゅっ、と沙紀は響子の臍にキスをする。たったそれだけで響子は媚のある声をあげてしまう。咄嗟に口を覆うが特に意味をなさない。
「響子ちゃん、いいっすよね……」
「あ、そこ、はっ……」
白いスカートをたくしあげる。沙紀の視界にはブラジャーとセットだったのか、薄い桃色の下着が現れていた。
ブラジャーと違った所といえば、それはしっとりと濡れ、響子の女性的な部分をより淫らに強調している点だった。
花の香りに誘われる虫のように、沙紀の手はそこに伸びていき
「あ、んっ!」
クチュッ、と淫らな音と声が響いた。
いつの間にこんなに濡れそぼっていたのだろう。下着の意味をなくしたそこをゆっくりとなぞりながら沙紀はそんなことを考えていた。
「ふぁっ、や、ぁん……!」
響子は甘い声をあげながら、秘部を弄る沙紀の手を掴んで抵抗をしていた。が、やはりその手に力は入っていない。それとも入れることができないのか沙紀にはわからなかったが、その弱々しい抵抗は益々気を昂らせるだけの結果になる。
「凄い、濡れてる……」
ぼそっと呟いた言葉だったが密室に二人、さらに密着するほどお互いの距離が近いものだからその言葉は響子の身を一瞬で羞恥に染めるには十分過ぎた。
「み、見ないで、言わないでくださぃ……」
沙紀の腕を弱く掴んでいた両手は今は響子の顔に覆いかぶさっていた。ただそうして感じている顔を隠していても耳まで真っ赤なものを見ると大凡その表情は察しがついた。
だが、察しがついたからといってそれを見たいという欲求が満たされることはない。
「響子ちゃん、顔、見せて……」
「恥ずかしいです、よぉ……」
普段の明るく元気な姿をずっと見ていた身として今の響子はあまりに脆く弱く見えた。そのギャップに益々焚き付けらる沙紀はもっと見たいもっと乱れさせたいとひたすらに情欲を膨らましていく。
「あっ……」
沙紀は仰向けになっている響子の腰に手を回すとゆっくり抱き上げる。彼女の身体は普段レッスンで鍛えているはずだがいざ抱き寄せてみると思っていたよりもずっと軽く腰回りなどは簡単に壊れてしまいそうだった。
「…………」
沙紀は何も言わず空いている手で、響子の顔を覆っている手をゆっくりどかしていく。
「い、いや、ぁ……」
「見せて、全部」
響子は抵抗できなかった。沙紀の声が響くたびに身体は甘く痺れ、まともに動かすことも叶わない。
つまりは沙紀の言いなりに近い状態だった。ゆえに、必死な思いで顔を隠していたそれもあっさりと取り除かれてしまう。
「とても、綺麗っす」
不安と情欲に潤んだ瞳と、弱く震えている口元、そして火照りきった表情。沙紀にとってすべてが愛おしかった。
「んっ……」
思わず今日何度目かになるかわからないキスを響子に落とす。彼女もすっかり解れてしまったのかそれを受け入れる。
しばらく唇の感触を味わい、沙紀はゆっくり離れる。
「ん、あっ……」
その時、響子は自身の口から切なげな声が出たことに自身驚いていた。まるで物欲しそうなその声色に沙紀も一瞬キョトンとした表情をしていたが、すぐに優しく笑う。
「もっと?」
「…………」
響子は言葉ではなくゆっくり頷いて返事をする。その瞬間に再び柔らかいベッドの上に押し倒され、先程よりも深いキスに溺れていった。
禁断の果実の甘さを一度知ってしまうともう止まることはできない。
「あっ、そ、そこ……っ」
ベッドに再度押し倒した響子とキスを交えながら沙紀は彼女の下着の中に手を入れていた。
そして人差し指で優しく表面をなぞる。
「ま、待って、んっ……」
「だめ、っすか?」
そう聞きながらも既に下着の中に沙紀の手は入り込んでいるので、響子の制止は効かなかった。
「そういうわけじゃ、あっ、ない、ですけど……んっ」
秘所を優しく愛撫されながら響子は何とか声をあげまいと我慢している様であったが、沙紀はもっと彼女の甘い声が聴きたかった。
だから、何も言わず秘所を撫でていた指をくぷっ、と入れ込んだ。
「あんっ!」
沙紀の欲しかった声が部屋に響いた。響子自身そんな声が自分から漏れたことに驚いているのか慌てて口を恥ずかしそうに押さえる。
そんな仕草ひとつにも欲を掻き立せながら沙紀は少しだけ意地悪気に尋ねる。
「痛くないすか?」
そう言いながら膣口の入り口を軽く擦ったり、淫らに開いた小陰唇をなぞったりするものだから響子は返事のしようがない。
「聞きながら、あんっ、動かさないでっ、くださ、ぃっ!」
奥深くまで指を入れたわけではない。精々入り口に少しだけ入れ込んでそこを擦る程度だったのだが、響子にとってはそれだけでも恥ずかしく、それでいて身体が跳ねるほど気持ちよかった。
そして、その快楽に惚けさせた身体に沙紀は語り掛ける。
「響子ちゃんて自分で……したりする?」
ビクッと響子が震えた。
「なっ!?そ、そんなの、んぁっ!」
そんなことを突然聞かれて驚かない人間はいない。響子もその例に漏れず沙紀の問いに慌てふためいた。
ただ何故か沙紀自身も慌てていた。動かしていた指も止まっている。
「あ、違うっす!その、もうちょっと中に入れても大丈夫かと思って……決して辱めとかそういうんじゃないっす!本当に!」
てっきり響子は意地悪な質問をされ辱められると思っていたのだが、沙紀の慌てっぷりを見てそれが違ったことを理解し、聞き方はおかしいながら自分の身を案じてくれたことが少しだけ嬉しかった。
が、質問に答えるのとは別問題だ。
「そ、それでも恥ずかしいですよっ」
響子がそう言って沙紀を見つめると、彼女も申し訳なさげな表情をしていた。
「すいません、聞き方が悪すぎたっす……あの、もうちょっと深くしても大丈夫……?」
結局聞きたかったことを直接問いかける形になる。響子にとって返答に関しても恥ずかしいことに変わりはない。だから、顔を赤くしながら言葉でなくコクリと頷くことしかできなかった。
「痛かったら止めるんで……」
沙紀はそう言うとゆっくり膣の中に指を入れ込んでいく。
「ふあ、あぁっ……」
沙紀の細い指が少しずつ入ってくるその異物感に響子は全身を緊張で固くしていた。無意識に沙紀の背中に手をまわして弱々しく抱きついているのは恐怖心を少しでも和らげようとしているせいなのか、本人もそれはわからない。
「響子ちゃん、首……」
ぽつっと沙紀が呟いた。そして響子は身体を跳ねさせた。
「え?んっ!ぁ、ま、待って首や、ぁ……!」
沙紀は響子の首に唇と落としていた。響子が抱き着いた際にその首元が必然的に近くになり、沙紀はそこに吸い寄せられたのである。
「沙紀さん、だめ、こわ、ぃ……んぁ!」
首筋を吸い、舌で舐め、さらに膣に入れ込んだ指を沙紀が動かし始めると響子の身体はあっさり快楽に支配されてしまう。
「響子ちゃんの中、凄い」
「そん、なぁ、言わないで……っ」
指の動きは緩慢だった。それでも響子のそこは愛液を垂れ流し、淫らに涎を垂らしている。入れ込まれた指はヌルッとした粘液に塗れ、物欲しげにキューっと締め付けられているのがわかった。
(凄くいやらしい……)
響子の甘い声は沙紀の脳を痺れさせるには十分過ぎた。理性はもう微塵も残っていない。
(もっと聞きたい……)
「んんっ、え、さ、沙紀さん?ひゃ、あっ!?」
沙紀は人差し指を抜いて中指を挿入した。一度抜かれて再び入れられる感触に響子は震えたが、一回目と比べて恐怖より快感の度合いが高まっていたせいか声の質は完全に甘いものになっていた。。
「……っ!沙紀さん、待って、待ってくださいっ。そこ、は……!」
そして、響子はもう一つの刺激に慌てながら声をあげる。それは沙紀の親指の腹がいつの間にかピンと主張している陰核にあてられていたからだ。
「あ、あっ、まっ、や、あん!」
快感に溺れすっかり尖っていたそこを沙紀は上下に擦り始めた。その感覚に合わせて響子の嬌声があがる。
「響子ちゃん、可愛いっす……」
「ひ、うっ!」
耳元で沙紀がそう呟いて、かぷっと甘噛みした。響子の抱き着く力はさらに強くなる。
その強さに比例してか、膣に入った指と陰核を擦りあげている指のペースも上がる。
「ひゃ、あ、はげしっ……沙紀、さん、だめ、も、うっ……!」
激しくなった指の動きに響子の身体が絶頂に向かって強張り始める。嬌声を上げすぎて少し酸欠になってきたのか、頭がぼーっと痺れただ快楽に溺れる状態になっていた。
「響子ちゃん……」
甘噛みしていた耳から口を離し、沙紀は耳元に囁く。
「……好き」
「ふ、ぁ、ああっ!」
その言葉は最早毒だった。事実、響子の心と体はそれ一つであっさりと惚けきってしまうのだから。
そして、それを告げた沙紀は狙ったように甘噛みを今度は首に落とし、入れ込んだ中指で膣壁をカリッと擦りあげると同時に、ピンと主張している陰核を親指でグリッと刺激した。
「ひっ、あっ!」
その瞬間、響子は文字通り跳ねた。
「あ、ひぁっ、あああぁっ!」
ビクン、と強く抱き着きながら体を震わせる響子に沙紀は安心させるようにぴったりと寄り添っていた。
「ふあ、あ、ああっ……」
きゅう、と中指を締められる感触と響子の荒い息だけが聞こえる。
「はぁ、は、ぁ、はあ……」
絶頂を迎えた響子は全身を脱力させ、力なく天井を見上げていた。沙紀に抱き着いていた力も抜けたのか弱々しくベッドに全身を落とし込んでいた。
「ひゃ、ぁん」
ちゅぽっ、と膣から指が抜かれる。それすらに淫らな声をあげるが今はそれを恥だと気にするほどの力もなかった。
「響子ちゃん、大丈夫っすか……?」
やった本人が言うとはおかしいと沙紀自身わかっていたが、それぐらい響子は放心しているようだった。
「沙紀さん、ひどいです……あんなに激しく、うぅ……」
「その、すいません。響子ちゃんがあんまり可愛くて。もう自分自身抑えることができなかったっす……」
「そ、そんな言い方されたら、何も言えないじゃないですか……」
余韻が漸く少しだけ引いたのか、響子の調子が整ってくる。そして沙紀の理性も戻ってきた。
(あれ、アタシ結構とんでもないことしちゃったんじゃ?)
いくら流されたとはいえ、15歳の少女に欲情し犯した事実は変わらない。それに、恋人になったからといってすぐに迫った自身の行動が思い起こされ顔を青くしていた。
「沙紀さん……?」
そんな沙紀の様子を訝し気に響子は見ていた。そしてどうしたのか尋ねると罰が悪そうに沙紀は顔を伏せながら言う。
「その、すいません。何か理性が抑えられなくて……最後何か無理矢理というか、その……」
上手く言葉が出ず、沙紀はしどろもどろになっていた。響子はそれにどう答えていいかわからなかった。
「わっ!?」
その変わりに彼女の背中にまわしていた手に力を入れてギュッと抱きしめた。
「響子ちゃん……?」
再び顔と顔が接触するほど近づく。お互いがお互いの瞳に吸い込まれそうになりながら、響子はぼそっと呟いた。
「言ったじゃないですか……沙紀さんにならいいですよ。って」
そして、今度は響子から唇を重ねていた。驚きで目を見開いた沙紀をそのままにゆっくりと唇を離す。
「沙紀さんになら何されてもいいです……だって、す、好きだから……」
そこまで言って、響子は恥ずかしさに顔を紅潮させる。その言葉、その顔を見た沙紀は再び、自身の心の中に沸々と情欲が湧きだしてくるのを抑えられなかった。
「響子ちゃん……もう、無理っす。辛抱できない」
「えっ?あ、むっ、んん!」
舌と舌を絡ませる深いキスをしながら、沙紀の手は再び響子の秘所に触れていた。
「ひゃ、んむっ!さき、さんっ、ちょっ、待っ――!」
「もっと、もっと聞かせて。響子ちゃんの可愛い声も全部……」
人差し指と中指の二本が膣に差し込まれた。
「ひゃ、あ、ああっ!」
沙紀の多大な情欲が完全に解消されるまで、響子はひたすら甘い声を出し続けていた。
「はぁ、は、ひっ……ひ、ぅ」
「はぁ、はぁっ……」
果たして何時間ほど響子と沙紀はまぐわっていたのか。お互いそれはわからないが疲れ切り、ベッドに折り重なっている状態からそれがどれだけ激しく密なものであったか想像は難くない。
(や、やりすぎた……)
沙紀は荒い息をつきながら響子の身体の上に半分重なるように倒れていた。
「響子ちゃん……大丈夫?」
「ぁ、はい……だいじょぶ、です……」
響子は絶対に大丈夫ではない返事をしながら肩で息をしていた。激しさの象徴のように彼女の衣服は乱れ、じっとりと汗ばんだ肌に少し張り付いている。
「……響子ちゃん?」
そんな状態であるに関わらず、響子は沙紀の背中に手をまわして弱く抱き寄せる。
「すいません、少しだけこのまま……」
「ん、こうっすか」
沙紀は少しだけ身をずらして響子の横に寝そべると同じように彼女を優しく抱きしめた。
「あ、はい……あと、その」
そうすると響子は甘えるように沙紀の胸元に顔を埋めて何か呟いていた。それが実際に聞こえたわけではないが沙紀は何となく何をして欲しいのか察した。
「あっ……」
響子の背中に回していた手を彼女の頭に置くと、今度はあやす様にゆっくりと撫で始める。
「ふ、あぁ……」
響子の気持ちよさそうな声が心地よかったのか、沙紀はいつの間にかウトウトと瞼を重くし、船を漕いでいたことにハッと気が付いた。そして慌てて響子に小さく声をかける。
「きょ、響子ちゃん、すいません、いつのまにか……ってあれ?」
「すう、すぅ……」
疲れているのはどちらも一緒だった。むしろ責められていた響子の方が体力の消耗は激しい。だから安心しきってしまった彼女は無意識化に眠り込んでいてもなんらおかしくなかった。
「すぅ……んん」
「ふぁ、ああ……」
心地よさそうな寝息は沙紀の眠気を再び招く。今度は重くなってくる瞼に逆らうことが出来ずにそのまま響子の温かい身体を柔らかく包みながら一緒に寝息を立て始めた。
「くしゅん!」
「んぁ……?」
沙紀が目を覚ましたのは小さなくしゃみの音だった。ぼんやりとした思考の中で偶然、既に起きていたらしい響子と目が合った。
「あ、お、おはようございます……」
沙紀の腕に抱かれながら響子がそう言うと沙紀は復唱するように呟いた。。
「おはよう……?」
呆然としていた脳がゆっくりと活性化し、先程までの行為が鮮烈に脳内で想起され、沙紀は漸く覚醒した。
「あ、そうか……アタシ寝ちゃってたんすね」
「ごめんなさい、気持ちよさそうに寝てたのに起こしちゃって……」
「あぁ、いやいや大丈夫っすよ。それよりくしゃみしてたみたいだけど……」
自分が寝ていたせいで響子を拘束していたことに気づいて沙紀は心配そうに尋ねると響子は苦笑を浮かべながら答える。
「ちょっと汗が冷えちゃったみたいで……あの、着替えてきますね」
「あ、了解っす」
「それで、あの……」
響子はそう言うと恥ずかしそうに俯いた。
「ん?」
「えっと、腕を」
そう言われて初めていまだに響子を抱いている状態であることに気が付いた。
「あ、ああ!ごめん!」
慌ててパッと離れると響子はすぐに戻ってくることを告げ、いそいそとベッドから出ていった。
「うわ、何か腕が痺れてる……」
片方の手は響子を抱くために下敷きになっていたせいか、若干感覚が鈍くなっていた。
そんな腕への血流が再開し痺れてくる感覚に耐えながらベッドの上で身を起こした沙紀はテーブルに置いてある時計に目が着いた。そしてその目を大きく見開いた。
「え!?もうこんな時間!?」
時計の針はいつの間にか夜間近まで進んでいた。そういえばいつの間にか部屋に明かりはついているし、窓の外は明らかに暗く街灯が光っているのが確認できた。
「アタシ、どんだけ寝てたんすか……」
好き放題に彼女を求め、勝手に満足して勝手に眠っていたことを考えると少しひどすぎた。彼女もとっくに起きていただろうことを考えると反省しきれない事態である。
「お、お待たせしました」
そんなことを考えている時に、タイミングよく響子が帰ってきた。服装はいつも彼女が着ている服に着替え、その上からエプロンを羽織っている。
「響子ちゃんその恰好……」
「もうこんな時間ですし、夜ご飯も食べていってください。買いだめのものですみませんがすぐに用意しますね」
明るい笑顔でそういう彼女に沙紀は慌てて首を振った。
「い、いやいやいや!響子ちゃんも疲れてるんじゃないすか?アタシも色々迷惑をかけたみたいだし今日はもう家に――」
戻ります。とそう伝えようとした言葉を響子は遮った。
「沙紀さん、このまま戻ったら簡単にコンビニのお弁当とかで済まそうとか考えてますよね」
ぐっ、と言葉に詰まった。図星である。
「用意するのは一人分も二人分も一緒ですから気にしないでください。そんなに凝ったものは出来ないですけど」
「そこまで言うなら、お言葉に甘えますけど……」
「はい、それじゃゆっくりして待っててくださいね」
先程まで乱れていた彼女とは思えない明るい笑顔を振りまきながら響子はキッチンに向き合った。
女子寮の部屋は当然一人で住むことを想定しているため広いわけではない。ただ事務所の規模の大きさというものか、そういったものが反映されているのか普通の寮よりも当然広いし備え付けのキッチンもしっかりしたものではある。
(夢じゃなかったんすよね……?)
キッチンに向かっている響子の背中は沙紀の視界にしっかりと入っていた。
「~~♪~♪」
リズムに乗った心地よい鼻歌もセットでついている。
(これは中々、贅沢……)
手際の良さというのが後ろ姿からでもはっきりとわかるほど響子は無駄のない動きで調理を進めている。
IHキッチンの稼働音やまな板に包丁が当たる音など、それらの音すらも一つのリズムをとっているような錯覚に襲われる。
「……うーん」
その一種の芸術性と言えばよいのか、とにかく完成された動きは沙紀の目を釘付けにしていた。好きだからそう見える。と言ってしまえば頷くほかないが、それ抜きにしても見事であることに変わりはない。
そんな響子をしばらく無言で見つめていたのだが、何を思ったのか沙紀はおもむろに立ち上がった。向かう先は当然キッチンである。
「沙紀さん?どうしました?」
その足音に気が付いたのか響子が振り向いて尋ねる。沙紀は居心地悪そうに髪を掻いた。
「いや、何か落ち着かなくて。手伝う事とかないっすか?雑用でもいいから」
「え?あ、それじゃご飯温めてもらってもいいですか?冷蔵庫に入ってるので」
「了解っす」
沙紀が冷蔵庫を開けるとパックに詰められたそれが何個か入っている。一度で少し多めに炊いて保存して置いておくらしい。いつも炊き立てを食べたいが仕事やレッスンで忙しかったり疲れてたりするとそれに頼るというのは響子の言葉だった。
炊き立てでなくて随分申し訳なさそうにしていたが、それだけでも沙紀は自分よりしっかり者の印象を強めるばかりである。それどころか年上の自分と比較してしまい恥ずかしいぐらいだった。
「一番手前のパックを500Wで3分間温めてください。こっちもそれぐらいで出来ると思うので」
レンジを開けて言われた通りにセットした沙紀は響子の後姿と同時にキッチンを見た。振り向かないまま響子は恥ずかしそうに言う。
「今日は昨日の残り物で悪いんですけど肉じゃがと、あとは味噌汁に春のお魚の鱧を塩焼きしているんです……手抜きで申し訳ないんですけど」
「…………」
「沙紀さん?」
「……結婚して」
「うぇえ!?」
夕食後、沙紀は満足げにお腹をさすっていた。
「いや、冗談じゃなくて本当にお嫁さんに欲しいって思いましたよ、うん」
「もう、恥ずかしいですよ」
テーブルの上には恐らく料理が飾られていたであろう皿が並んでいた。どれも綺麗さっぱり完食されている。
「ごちそうさまでした」
「はい、ごちそうさまでした。ちょっとあっさりな感じでしたけど大丈夫でしたか?」
「あっさりなんてとんでもない。凄く美味しかったし満腹っす」
それならよかったです。と響子はにこりと笑う。その笑顔に若干ドキッとしながらも沙紀は思いついたように言う。
「流石に何でもしてもらうのは悪いから、皿洗いぐらいはするっす。いや、させてください」
「え?大丈夫ですよ?これぐらいすぐに洗いますから」
今回は沙紀は譲らなかった。
「いや、何でもかんでもしてもらうのは性に合わないっす。それにアタシ達もう、あーその、恋人じゃないっすか」
瞬間、響子は驚きながら顔を赤くする。沙紀も同じだ。
「うぇ!?あ、は、はい……そぅ、ですね」
赤面している響子を見ながら、沙紀は少しだけ慌てながら滅茶苦茶に言葉を繋ぐ。
「だ、だから、こうお互い支え合うというか対等な関係というか……ああ、もう、とにかく洗わせてください。というか洗う、洗うっす!」
よくわからない言い切り、というのだろうか。それが少しおかしかったのか顔は赤いままに響子はくすっと笑った。
「それじゃ、お言葉に甘えちゃいますね」
「アタシに任せて響子ちゃんこそゆっくりしててください。お互い明日レッスンだったっすよね?」
「そうですね。あっ、そしたらもうこんな時間ですしよかったら泊って行ってください。寮のお風呂は事務所に所属しているアイドルの方なら使えますし、洗面用具も着替えも私のでよければ使ってもらって構わないので」
それは魅力的な提案だった。外は既に暗く正直事務所に近いこの寮だったら今から家に帰るより遥かに明日が楽であることは明確だ。ただ、先程あんなにまぐわったことを考えると少し恥ずかしさもあった。それに図々しい感じもあり先を悩ます。
「……そうっすね。響子ちゃんの迷惑じゃなければ」
しかし結局楽な方を取ってしまい頼み込む形になった。唯一の救いは返事を聞いた響子の嬉しそうな表情が見れたからことだった。
「じゃあ、皿洗いしてくるっす。いいすか?ゆっくりしててくださいよ」
「はーい。じゃあ、お願いしますね」
見送られて台所に立つ。不思議な感覚だ。
(皿洗いしたことがないわけじゃないっすけどね)
共同作業の様なそんな雰囲気が初めてなのだろうと自己完結して沙紀は作業に取り掛かった。
皿は割らなかった。
「ふぅ、終わったっす」
「ありがとうございました!少ししたらお風呂行きましょうか?」
「そうっすね。うんしょ、っと」
響子の隣に腰を下ろす。彼女はテレビを見ていたらしくそこにはよくあるようなバラエティ番組が映し出されていた。
「沙紀さん♪」
「お、どうしたんすか?」
隣に沙紀が座ったことを確認してから響子は上機嫌な声でポフッと寄り掛かった。沙紀もそれを受け入れて支える。
「えへへ、何か幸せで……夢みたいだなぁって」
「それはこっちも同じっすよ」
今日は濃密過ぎる一日だったと沙紀は振り返ってそう思わざるを得なかった。些か現実感がなさ過ぎて彼女の言う通り実は夢でした。と言われても納得してしまいそうなほどに。
「んっ……」
沙紀は自然と響子の頭を撫でていた。響子は気持ちよさそうに目を閉じてそれを感受しているようだった。
「撫でられるの好きなんすか?」
「そういうわけじゃないとは思うんですけど、昔は弟とかにする側でしたから新鮮で……それに」
「?」
「沙紀さんだから、気持ちいいです……」
さっきまでの行為を一瞬でフラッシュバックするようなぞくっとする媚笑だった。自分より年下の女の子がする表情ではない。そしてそれは沙紀を夢中にして離さない。
「ひぁっ!?」
撫でていた手は抗えないように次のターゲットを首筋に移していた。もちろんサイドテールの裏側である。
「沙紀さ、んっ……!そこ、だめ……」
今日一日で察したことだが、響子は首を刺激されると途端に全身にスイッチが入るのか息が荒くなり、瞳は潤み惚ける。性感帯だ。
「ふぁっ、はぁっ……」
そして彼女の甘い声は沙紀のスイッチにもなっていた。欲情した彼女から出る香りか、事務所所属のマッドサイエンティストを名乗る彼女の言葉を真似するならフェロモンなのか、それはわからないがとにかく響子のそれがトリガーなのに間違いはない。
「沙紀さん、だめです、よぉ……お風呂、行かないと……」
そう言いながら響子は全く抵抗しない。それどころか益々寄り掛かってくる様だ。
「響子ちゃん、こっち向いて」
沙紀にそう言われて素直に響子はその瞳を向ける。完全に出来上がっていた。
「んっ」
沙紀の唇が重なった。柔らかい感触と弱い刺激が身体に走り響子の身体はピク、と反応した。
そのまましばらく接吻は続いた。そしてそれが終わる頃にはお互いに色の着いた荒い息をついている。
「はぁ、はぁっ、沙紀、さん……」
響子は求めるように沙紀の肩にかけて手をまわす。その欲情した声に耳を擽られ沙紀の全身にぞわぞわと興奮の波が押し寄せる。
(アタシ、首フェチだったんすかねぇ)
視線は響子の綺麗な首筋から離れない。もっとそこを刺激したいという欲求か、彼女のサイドテールをゆっくりとあげる。
「あっ……」
知らなかった自身の性感帯が露にされ、これから責められることがわかったのか響子は身を震わせた。
「…………」
そして、沙紀はそこを見て――
「…………」
「……沙紀さん?」
「…………」
完全に固まっていた。ついでに補足すると興奮していた状態から一転し、顔を青くしている始末であった。
「ど、どうしたんですか?」
響子も少し心配になったのか、いつもの声色に戻っていた。
「ご、ごめんなさい」
「え?」
沙紀の一言に響子は首を傾げるしかない。謝られる原因がわからないからだ。
「その、首にマークを……」
「マークって?あ、もしかして……!」
沙紀と違って響子は意外にも慌ててはいない。いつもメイクアップに使う手鏡を持つとサイドテールの裏側をそこに映しだした。
「あ、ああ……なるほど」
そういえばそうかと納得したように頷く彼女を見ながら沙紀は土下座するほどに頭を下げていた。
「いや、ほんとごめんなさい!」
「あ、あはは……」
その鏡に映っていた首筋にはしっかりと赤い跡が残っていた。
翌日、大体正午過ぎの時間帯。事務所の一角に沙紀とプロデューサーの姿があった。
「体調不良か。昨日は一緒だったんだろ?沙紀は大丈夫なのか?」
「ア、アタシは大丈夫っす。はい」
事務所の一角でレッスン終わりに沙紀はプロデューサーと話していた。当然話題は今日『体調不良』で休んでいる響子のことだった。
「まぁ、今日はレッスンだし、熱は高くないみたいだからひとまずは安心したよ。最近忙しかったしゆっくり休んでくれてるといいんだが」
事情を知っている沙紀としては今すぐ土下座して自分のせいだと懺悔したかったがいかんせん、内容が内容のため冷や汗を流すしかない。プロデューサーはそんな沙紀の状態に気が付かない。
「沙紀はこのあとお見舞に行くのか?」
「そ、そうっすね。謝罪というかお見舞というか」
「謝罪……?」
「あーいや、なんでもないっす!そ、それじゃお疲れ様でした!」
バタバタと彼女らしくない様子で慌てて飛び出していったその後ろ姿をプロデューサーは訝し気な目線で見ていたが、その内いつも通りパソコンに向かいなおした。
「はぁ、本当情けない。なんて謝ればいいんすか、これ……」
女子寮の廊下をトボトボ歩きながらため息を何度もついていた。
「いくら夢中だからってキスマーク残すって……いやいやいやありえないでしょ」
手にはとりあえずここに来るまでにあるそれなりに有名なお菓子店で買った物を携えている。ある意味罪滅ぼしの逸品だ。
「着いちゃったし……」
そして結局考えがまとまらないまま、響子の部屋の前に立つ。朝起きてからもひたすらに謝罪をする彼女を響子は何も言わず「いってらっしゃい」と笑顔で送り出してくれたものの、実際にレッスン一つを自分のせいで潰してしまったのだから本当はどう思っているのかはわからない。
「いや、もう謝るしかない、うん」
考えの帰結点は謝罪だ。どのように考えても最終的にそうするしかない。
インターフォンを鳴らす。アイドルの女子寮らしくセキュリティーはしっかりしている最新式のものだ。きっと中の小さなモニターにはこじんまりしている自分が映っているのだろうと沙紀は情けなく感じていた。
そして部屋の中から物音がする。恐らくモニターで確認できたためドアを開けるために歩いてきているのだろう。そう思っていたらその通りにドアのカギを開ける音と同時に扉が開けられる。
「お帰りなさいっ、沙紀さん」
「うぇ、あ、た、ただいま……?」
沙紀は真っ先に頭を下げようと考えていたのだが、出迎えた響子の笑顔に押されて固まったまま返答をしていた。
「ふふっ、お帰りなさいって言うのいいですね!朝の行ってきますもですけど、寮に入ってから殆ど言う事なくなっちゃいましたから」
「そ、そうっすね。確かに言われると嬉しい……って、違う違う!」
「え?もしかして、嫌でした?」
「そうじゃなくて!そのごめんなさい!アタシのせいでレッスン受けれなくなっちゃって」
沙紀がそう言って頭を下げると響子は少しだけ呆れたように息をついた。
「もう、朝も言ったじゃないですか。しょうがないですって、私も、その……抵抗しなかったわけですし」
「でも……」
「この話題はお終いにしましょう!それよりその手に持っているのはなんですか?」
「え、これっすか?いや、謝罪の気持ちっていうとあれなんですけど道中で買ってきたんです」
沙紀がその袋を手渡して中を見た響子は目を輝かせた。
「わっ!これって事務所近くの有名な所のお菓子じゃないですか!並んだんじゃないですか?」
「少し並びましたけど……」
「わざわざありがとうございます!じゃあ早速お茶にしましょう!昨日の紅茶、今日はストレートで飲んでみますか?」
「え、あ、響子ちゃん?」
呆気に取られたまま、沙紀は手を引かれて響子の部屋に再び導かれた。あまり沙紀が乗り気でないのが伝わったのか彼女は振り向いて尋ねる。
「あ、もしかして今日は予定ありました?」
「いや、ないですけど……その、怒ってないのかと思って」
「え、何でですか?」
「いや、だってキスマークを……」
いまだ申し訳なさそうにしている沙紀に響子はついに詰め寄るとおもむろに抱き着いた。
「おわっ!?」
思わず倒れそうになりながら何とか踏ん張って支える。身長の差があるため胸の部分あたりで響子を抱きしめる形になる。そしてそこから少しだけ悲しそうな声が響いた。
「そんなに謝られたら何だか、嫌々つけちゃったみたいに聞こえて嫌です……せっかく、せっかく沙紀さんと恋人になれたと思ったのに」
「響子ちゃん……」
沙紀は心の中で今日何度目になるかわからない後悔と懺悔をしていた。結局謝りたいのは自身の保身でしかなく、響子のことを全く考えていなかったのだ。
聞こえないように息を吐いて、沙紀は抱き着いている響子の背中に手をまわした。
「ごめん、響子ちゃん。結局アタシは自分の事しか考えてなかったっす」
「…………」
「ただ嫌じゃないっす!ただただ響子ちゃんに嫌われたくなくて……」
そう聞いて響子はそれならと前置きをして口を開く。
「ちゃんと私のこと、好きですか……?」
「好きな気持ちは本当っす。一人の女性として愛してるって言ってもいいっす」
「……もう」
響子の声色がいつも通りに戻る。抱き合ったまま上半身を少しだけ離すと改めてお互い見つめなおす。
そして沙紀は仕切りなおす様に謝った。
「とりあえず、キスマークの件は本当に申し訳なかったっす。これからは気を付けるっす。はい」
「これからって、また、その……するんですか?」
そう言って響子は顔を赤らめて少し目線を外した。沙紀はアッと思い慌てた。
「え!?あ、い、嫌だったっすか?も、もしかして昨日の時もあんまり」
「ふふっ、沙紀さん慌てすぎですよ」
「え?」
響子は顔は赤いままだが笑っている。
「その、あんまり激しいのはあれですけど……愛してくれるなら、その、いいです」
「……もちろんっす。これからもずっと一緒っすよ。もう離しませんから」
「……はい、よろしくお願いします」
沙紀と響子は日の光を取り込んだ明るい部屋の中で、自然と唇を合わせてお互い幸せそうに微笑みあっていた。
読んで頂きありがとうございました。
また次に何か書いた時はよろしくお願いします。
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