水本ゆかり嬢と恋人になれたなら、そんな思いで書いたSS
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その日のことは忘れることがないだろう。夕焼けの陽が優しく差し込む事務所で、作業中だった俺に彼女はこう聞いてきた。
「突然すぎる質問だと思いますが」
「ん?」
「神様って、どこにいると思いますか?」
「……えっ?」
「神様です。英語で言えば、GODです」
「いや、それはわかるけど……どうした? 宗教勧誘か?」
質問の意図は分からなかったが、悪戯っぽく笑う彼女を見るに怪しい宗教にハマった、なんてことはなさそうだ。どういう答えをすべきなのかと考えあぐねていると、彼女はイヤホンを片方差し出して来た。
「一緒に聞きませんか、神様の声を」
そう言って彼女はもう片方のイヤホンを自分の耳にさす。
「……右と左で聞こえる音は違うんじゃないかな?」
「大丈夫ですよ」
彼女はあっけらかんと答える。俺は周りを見渡し誰もいないことを確認してイヤホンを耳にさす。当然そんなことをすれば彼女との距離は近くなって、かすかな息遣いや甘い香りが五感を刺激する。そしてイヤホンから、神様の声が聞こえて来た。
「マルセイ・モイーズ。フルートの神様です」
繊細でいて、情感のこもった神様の声は俺の耳から心へ、身体中へと響き渡る。音楽に疎い自分でも分かるくらいで。なるほど、だからこそ神様と呼ばれるのだと納得してしまう。
「プロデューサーさん。神様の前で、嘘はつけないんです」
「えっ?」
クレッシェンドが盛り上がりを生む中で、彼女は静かに言う。一拍おいて空気を履いて、何かを決意した目で俺を見据える。
「私は……貴方のことが好きです。他の誰よりも」
「……そうか」
夕日のように頬を赤らめて、その言葉はとても強くて。水本ゆかりという少女の全てを俺はぶつけられたのだ。だから俺は、彼女に答える。
「俺も、ゆかりのことが……」
相手は16歳の女の子で、俺が1年間育てて来たアイドル。一点の汚れもなく清らかである事を誰もが望む存在なんだ。許される答えではないことも、これまで彼女と過ごして来た時間と、未来すら否定しかねない大罪なのは百も承知している。だけど、神様の前で嘘はついてはいけないのだから。
俺は静かに、罪を告白した。
「嬉しいです、プロデューサーさん」
「これで、共犯者だな」
「ふふっ。そうですね」
そうして、俺と彼女はアイドルとプロデューサーから、共犯者に――恋人同士になった。
んん……」
懐かしい夢を見た。いや、半年前のことを懐かしいとカテゴライズしても良いものなのかは微妙なところではあるが、なんにせよ時の流れは早い。あの日のこともついこないだのように思えてしまうくらいだ。それなのに今でも夢を見ているのでは思うこともある。誰もの憧れであるアイドルと相思相愛だ、なんて夢小説の類じゃないか。
「すぅ……」
だけど今確かにゆかりは俺の隣にいる。安心しきったかのように眠る彼女の息遣いが、それは現実であると雄弁に語っているのだから。まるでお気に入りのぬいぐるみを抱いているかのように、俺の腰に両手を回して眠る彼女を起こさないようにベッドから出る。心地よさを感じる重みがなくなったのは寂しいけど、いつまでもそうしているわけにも行かない。
「随分と気持ちよさそうに寝ちゃってさ。まぁ無理もないか」
昨日までゆかりは大きなステージに向けての準備に追われていた。彼女の意向から入念にリハーサルを行い、全国各地を行脚してステージの告知をして回って。仕事がなかなか取れない時期を思うとあまりに充実した毎日であったが、その分ゆかりが自由に使える時間がほとんど取れなかった。それでも本人の負けん気の強さでなんとか乗り切って、本番に向けての準備が大体できた今日、ようやく休みを貰えたのだ。俺とゆかりの関係を知ってかしら、同時に俺も久方ぶりの休日ということで仕事の事を忘れて恋人同士の時間を過ごそうと昨日の夜か一緒にいたのだけど。
「うぅん……」
と、まあお風呂から出るとベッドの中で寝息を立てていたわけで。苦笑いが生まれたけど俺も疲れきっていたので起こさないようにベッドに入って朝を迎えた。というわけだ……何が、とは言わないけど色々と生殺しだったのは心の中に隠しておこう。
「おはようございます、プロデューサーさん……」
「おはよ、ゆかり」
朝ごはんの用意をしていると足音が聞こえてきた。どうやら眠り姫が目覚めたようだ。寝ぼけ眼をこすりながら蕩けるような声で挨拶する彼女はまだまだ起ききっていないらしく、フラフラとおぼつかない足取りで俺のところまで歩いてくる。
「捕まえ、ました……。ん……」
「こらこら、包丁持ってるから危ないって」
とさっきのようにギューっと抱きつくとまたも夢の中へと落ちてゆく。いや、もしかしたらまだ彼女は夢の中だと勘違いしていたのかもしれないな。
「本当、かなわないなぁ」
結局また彼女が目覚めるまでの間、俺は抱きつかれたまま何もできずに鳥のさえずりを聞く他なかった。
「ごめんなさい、プロデューサーさん。私、寝惚けていたみたいで」
「いや、気にしてないよ。むしろ寝ても覚めても甘えられてるみたいでなんか嬉しかった」
今度はすっかり眠気も覚めたみたいで、声にも張りが出て来ている。しかしどこか不満そうに見えた。
「でも、不平等です」
「ゆかり?」
「私は寝惚けていて、あんまり覚えていません。だから」
「お、おいおいっ」
ギューっという擬音が聞こえそうなくらいに強く抱きしめられる。
「まだ朝ごはん作ってる最中なんだけどなぁ」
「ここのところ、全然出来ませんでしたから。。それとも、プロデューサーさんは、いや……でしたか?」
「そんなわけ、ないけどさ」
甘えるようなゆかりの声は俺に有無を言わせなかった。100回やられたら、100回とも負けるであろう自信があった。彼女が俺に深い愛を与えてくれるのと同時に、俺もゆかりには負けないくらいの愛を抱いていたんだから。抗う理由がどこにあると言うのか。ただただ、最後の一線だけは超えちゃいけないと言う理性だけを抱いて。俺の色に染めてしまった彼女に対する、プロデューサーとしてのせめてもの意地だった。
「ふふっ。なんだか、幸せです」
「そうか」
そんな素振りを見せるのが恥ずかしくて、素っ気ない態度をとってみせた。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした」
少し遅くなった朝御飯を2人で食べ終える。
「本当なら私が作ってあげるべきでしたのに……ごめんなさい」
「気にする事はないって。俺も作るの好きだし」
少なくとも。ゆかりと恋人同士になる前はこんな事も言わなかっただろう。朝はコンビニのパンやおにぎりで済ませるなんて生活が当たり前のようになっていたのに、それが今やクックパッドを見て栄養にもこだわるようになってしまった。
「私も好きです。美味しいご飯を作る事も、食べたプロデューサーさんが喜んでくれる顔を見るのも」
「はは。俺も同じだな」
「相思相愛、ですね」
ゆかりに喜んで欲しい、美味しいと言って欲しい。そんな単純明快な欲求が俺を変えたんだ。ゆかりは俺に変えられた、俺の色に染まったと言うことがあるけどそれは逆も然り。どうやら俺とゆかりは元々似た者同士だったのかも知れないな。
「折角の休みだし、何処か遠くに行くか? って聞こえてないか」
新聞を読んでいたら行楽情報が載っていたので聞いてみたが、ゆかりは洗い物に夢中で無反応だ。鼻歌を交じりでずいぶんとご機嫌らしい。作ったのも俺なんだしそのまま洗い物をしても良かったんだが、後片付けくらいは私がやります、と彼女が言うものだから任せたんだ。いつかのお仕事で花嫁修業をしてからというものの、家事にすっかりはまったらしくて仕事が落ち着いている時なんかは掃除も洗濯もテキパキとこなしてくれる。いつお嫁さんになっても大丈夫なように練習したんです、とは彼女の談。実際ゆかりの家事スキルは高くてどこにお嫁さんに出したとしても問題はないだろう。尤も、俺以外のところに行くなんて許さないんだけど。
「ゆーかーりー?」
耳の言い彼女のことだから聞こえているはずなんだけど、それでも反応しないのはひょっとしてわざとか? なんてことを考えていると、背中を向けて皿洗いを続ている彼女はリズミカルに体を揺らしている。なんだかそれが、オスを誘う求愛行動のように思えてしまって。
「やんっ♪」
さっきのゆかりよろしく、ギューっと抱きついてしまった。
「プロデューサーさん、洗い物が出来なくなっちゃいますよ」
「無視する方が悪い。さっきのお返しだよ」
「意地の悪いプロデューサーさんですっ♪」
そんなことを言う彼女だけど、まんざらでもないのは顔が見えなくてもわかるけど、意地が悪いのは彼女も同じ。俺のことなんていないかのように皿洗いを続ける。それはそれで寂しいものだから、
「そらっ」
「きゃっ!」
腰に回した手を解き出続けている水道水で濡らしてゆかりの頬っぺたに触れてやる。不意に冷たい感触が来たものだから、ゆかりは可愛らしい悲鳴を上げてコップを落としてしまった。
「家事に夢中になるのはいいけど、俺を無視するのは寂しいなぁ」
「つめはいへふ……」
頬に触れた両手でそのまま引っ張ってやるともちもちとした触感がたまらない。伸ばしたりつついたり、俺は気が済むまで皿洗いするゆかりで遊んだのだった。
「もう、私だってそこまでやっていなかったのに……」
「あはは……すまんすまん」
ゆかりがかけた蓄音機から流れる神様の声を聞きながら、ソファに二人体を寄せ合って座る。誰よりも近いようで遠い存在であったゆかりが、これほど近くにいてくれるなんて出会ったばかりの俺は想像出来ていただろうか。いや、違うな。アイドルにスカウトしたときからきっと、心のどこかでこんな未来を期待していたのだろう。そんな関係になりたい子をスカウトするなんて、実に合理的な方針ではないだろうか。自分が好きにならない子を、誰もが愛するアイドルにするなんて不可能なんだから。
「今ここに、プロデューサーさんがいる。そのことが私にとって、何よりもうれしいんです」
触れ合う手は自然と互いを求めてつながる。その暖かさが心地よくて、もっと触れ合いたいと力をこめる。痛くならないように、だけどゆかりの手を離してしまわないように。このまま俺の魂まで離れていきそうな、そんな気がしていたから。
「好きです、愛しています、プロデューサーさん」
「……神様の前だぞ?」
「だからこそ、でしょう? 私もプロデューサーさんも、神様の前では嘘をついてはいけないんですから」
「そうだったな。なら俺も、正直にしないと」
「んっ……」
唇は話すためじゃない、なんて歌があった。100万の愛の言葉をささやくよりも、一度キスをした方が心と心で繋がれる。少なくとも、俺たちについては。
「神様の前で、しちゃいましたね」
「しちゃったな」
神様の前で口づけをしたのなら、それは誓いのキスになるのだろうか。それでも構いやしない。なんせ俺とゆかりは共犯者なんだから。2人が1つになっていく感覚を求めて、俺とゆかりはもう一度唇を交わす。神様の歌声が祝福してくれるかのようで、溺れるような甘美な時間が終わらないでほしいと蓄音機に願って。
はい、超絶短編でした。総選挙はゆかり嬢と小日向美穂ちゃん!小日向美穂ちゃんに入れてください!!!読んでくださった方、ありがとうございました
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