秋だと言ったら秋なので、水本ゆかりさんと椎名法子さんのssを書きました。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1449279435
<――アイドルに、なりませんか>
<――はい。私に務まるのでしたら……>
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アイドル・水本ゆかり。
新しいことに挑戦します。
というのも……最近アイドルであることと、フルート奏者をどう両立するべきか悩んでいるのです。
かわいいアイドルでいられることが嬉しくて、美しい旋律を紡ぐ奏者であることが誇らしくて、どうすればいいのか……。
そんな贅沢な悩み。
でも、やり場のない想いをどう昇華することも出来ずに、ただ無性に動きたくなったのです。
偽りの無い自分を探して、とりあえず今日の予定を確認します。
……レッスン以外は、なにもありませんでした。
ライブも近いので、ダンスレッスンで調整を行うくらいです。
まだまだステップは苦手です。
腹筋を引き絞って内臓を締めて押し上げると動きが良くなるんですが……それはどうでもいいことでした。
では、それまでの間……新しい何かを発見して、挑戦してみようと思います。
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アイドル・水本ゆかり。
新しいことに挑戦します。
まだ、朝の9時ですが……事務所は基本的に早く開きますので、ちらほらアイドルの皆様も思い思いの事をされています。
そうした光景は見慣れたものではありますけれど、素敵な笑顔がそこかしこに散りばめられていて、まるで宝石箱のようです。
何か新しいことを……と考えていましたが、行く宛ての無い身。
無い知恵を絞ってみても、やはり悩みは尽きません。
空回りする思考のまま漂っていると、少し開けた場所に出ました。
そこは、主にアーティスト系の方が集まっていらっしゃる外の広場でした。
平時には一般開放されているエリアでもあり、多種多様な発表の場にもなっています。
――今日は解放の日では無い筈ですが……。
不思議に思いながらも、足を止めず、自分とは道が違いますが同じ芸術を嗜む人の感性に触れることはいい経験になります。
色とりどりのアートが並んでいますが――ふと。
ふと、目に飛び込んできたものがあります。
赤とオレンジのペンキらしきものを紙一面に振りまいた下地に、ちょっとずつですが桜模様と藍色の小鳥が描かれています。
何だか見ているだけで燃え盛る情熱といじらしさを感じさせます。
「こちらは……」
「おっ。水本さんじゃないっすか。アタシに何か?」
「……あら。おはようございます、沙紀さん。こちら、沙紀さんの作品ですか?拝見しております」
「おや、それは失礼したっすかね。いやー、水本さんがグラフィティ・アートに興味をもってくれるなんて嬉しいっす」
「水本さんではなく、ゆかりでいいのですよ」
「へへ。ではゆかりさんで」
そういって手元に掲げていたペンキを降ろしたのは、吉岡沙紀さん――
ボーイッシュな外見と口調が特徴的ですが、芸術家らしい観察力を持った方です。
それに、絵にも現れている慎ましさや淑やかさが、アイドルとしての才能を輝かせています。
さほどお話したこともないはずですが、どこか印象に残り続けています。
「もしかして……作業中でしたか?そうでしたら立ち去りますので……」
「いえいえ。アタシのアートは見てくれる人がいてこそ完成するものなんで。特にグラフィティ・アートは心無い人も大勢いるんで誤解されがちなもので……」
「誤解、ですか?」
「ええ。路上に許可なくアートを描く人も多いんで。
――発祥が発祥なもんで、違法だとされたことを何も考えずするんすよね。困ったもんす」
「そういえば、偶に御見掛けしますが、ああいったものだと思っていました」
「まあ、そういうわけで落書きとの違いをはっきり説明しづらいんすよ」
「沙紀さんの絵は芸術の様にお見受けしましたが」
「……そ、そうっすか?いや、照れるっすね」
沙紀さんはそう呟くと照れた様子で頬を掻く。
微笑ましく思っていると、浮かんだ言葉があります。
――沙紀さんは、芸術家なのか仕事人なのか。
見聞きしたことがありますが、音楽業界というものはすごい天才よりも慎ましく仕事ができる方を重用しています。
癖がある人が多いのは芸術の常ですが、仕事をするというのはそういうものなのでしょう。
地道に技術を受け継ぎ、黙々と見えてくる課題をこなし続ける。
私は色んな場所で発表会をさせていただくことがあったのですが、そこから職業人となっていく人は皆さん社交的でした。
武骨な伝統というのはとても憧れるものなのですが、一方で飾らないことにはお金になりません。
消えることの無い価値は、いつの世でも利益には通じない。
作品を見る限り、高い技術があることは一目で分かります。
お金に困っている様子もありませんし、何も考えていないということもあります。
自分を飾らずに表現する――それは、とても難しいことですから。
その思いを持つことを悩まない。
人の投げるに任せ、人の笑うに任せる。
あるいは――沙紀さんがグラフィティ・アートという評価の難しい芸術を選んだのも、採点は見てくれた人に任せるという意識の表れなのかもしれません。
――アートは見てくれる人がいてこそ完成する。
意識しないといけません。
アイドルもフルートも聞いてくれる人――ファンがいてこそ輝くのですから。
では、ファンを動かすのは?
――情熱と努力です!
ヒントが見つかった気がします。
そうして、しばらく他愛ないお喋りを続けていると、沙紀さんが徐に切り出しました。
「そういえば気になってたんすけど、ゆかりさん……何かご予定でもあるんすか?」
「いえ、特には」
「なら――少し体験してみません?グラフィティ・アート」
「――よろしいのですか?興味があったので、お邪魔にならないのでしたら、是非」
「ではでは。なーに、型があるわけでもないんでぱっと思いついたのをぱっと描く感じっす。ルールを守って楽しく表現しましょう!」
「……楽しく、ですね」
秋なので芸術です――水本ゆかり、挑戦します!
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アイドル・水本ゆかり。
新しいことに挑戦します。
秋なので科学です。
池袋晶葉さんは技術者でありつつ理論物理学者でもあり、アイドルとしても根強いファンを持つ方です。
眼に宿る炎のような情熱が印象的で、彼女のファンの方は口々に、冷めた心を前向きにさせてくれるといいます。
私などは少し危なっかしい様にも感じていましたが、プロデューサーとは信頼で繋がっているようなのでとりたてて気にするほどではないでしょう。
そして、私は今、晶葉さんがパーツが欲しいということなので、買い出しに同行することにしました。
どうしてかというと、アーティストでありアイドルでもある沙紀さんとは少し違い、アイドルである前に科学者としての自分を前面に押し出していると思しき方だからです。
少しお話しするだけで――そうではないことを知りましたが。
「うむ、そうだ。理論と実践は違うが、実践を重視するのはコスト計算を見積もるからだ。1960年代に生まれた理論が2000年代になって実践できるようになることもある。実現できない事を無駄というのは研究ではないのだ」
今は渋谷を歩いています。
道すがら、岐路に立っている自分の心情についてお伝えした所、研究の道を進むとはどういうことか教えてもらっています。
飾らずに気持ちを伝えることが大事だと……沙紀さんに教えていただいたのですから。
そして、晶葉さんは快く応えてくれました。
悪戯気な笑顔がとても眩しい。
「無駄をすることも、研究……なのですか?」
「そうだ。実学に偏るだけでは研究と繋がらない。私も大小様々な揶揄を受けるアイドルである以上、利益に通じるのか、費用対効果、リターンを求める姿勢も理解している。だが、基金の形で役に立ちそうもない研究を支援する存在もいる。研究の道も一つではない」
「難しいものなのですね」
「思いもよらない場所で、思いもよらない使い方をすることもある。例えば、ライトノベルに出てくる豆知識も、今と昔では深化することがあったりする。正しくない事も多いが、正確に伝え続けるだけでは面白くないからな。私がアイドルをしている理由の一つでもある」
「アイドルをすることで、自分の研究を面白く伝えようとしている……ということですか?」
「そうだ。特に私の専門はロボット技術関連だ。ロボットを競わせる大会も多いし、私も得もいわれぬ感情――ロマンを見出している。どの様にして反応を見ていくか、という面では私がアイドルを体現してウサちゃんロボに反映させるための、実験場でしかない」
天才科学者の凄みを見せながら語る彼女は、アイドルを楽しんでいるわけではない――と相談している身でありながら錯覚してしまう様な姿でした。
ですが、彼女の抑揚と音階は、私ではない誰かへ話しかけているようでもありました。
内に隠した親愛を伝えている様に――――
「……ふふ」
思わず笑みがこぼれます。
「む、どうした?」
怪訝な顔をする晶葉さんに飾らずに伝えます。
「晶葉さんとプロデューサーさんはお互いに信じあっているんですね」
「な、なにを言う!?確かに助手は頼りにしているが、関係があるのか!?」
「自分の道を手助けしてくれる人を選ぶのは、技術者にとって何より大事な事でしょうから。音楽の世界でもそうですが、家庭や周囲が才能――本人のマネージメントを担当することで花開くことも多いのです。自分一人で立つこともできる天才は数多く存在しますが、それはサポートの価値を下げるものではありません」
「…………全く、遠回しな事を言うな」
「私も不器用な優しさを感じましたから」
晶葉さんの言葉は温かくて、強い。
惚気にしか聞こえないけれども、しっかりと私を励ましてくれている。
「むむむ……。思ったより強かだな。こうなったら勉強代としてそれなりのものを負担させてやるとしよう」
「晶葉さんはクレープがお好きでしたね。原宿にいいクレープ屋さんがありますよ。凸レーションの皆様が利用されたということで、話題の場所です」
「リサーチ済みとは、ますます侮れんな」
「ふふ、私は友達に恵まれていますから」
晶葉さんは科学者でありアイドルであるということを、何一つ諦めていない。
信頼できる存在と共に、力強く道を進んでいく。
その在り方は――きっと、私にも出来る。
だって、私は欲張りだもの。
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「お二人とも輝いていて……私も見習わなくては」
そろそろおやつ時。
レッスン終わりの事務所で、一人決意を新たにしています。
ヒントは確かに手に入れました。
後は、一押し。
きっかけやタイミングが欲しいです。
情熱と方法を学んだならば――必要なのは、自分を知ることです。
自分の器量と才覚。
――水本ゆかりの本質とは?
しかし自分を知るとは、どうすればいいのでしょう……?
新たな課題に直面していると徐にドアが開きました。
椎名法子ちゃん。
ドーナツを手にした、明るい笑顔と迸る情熱、気が回る性格で実は秘かに目標にしています。
「ゆかりちゃん、一緒にあそぼ―」
「そうですね。今日はレッスンも終わりましたし、沢山遊べます。何をします?」
「輪投げ!ドーナツみたいでしょ!」
秋なので輪投げです。
何をするにも、友達と関わることが大事だというのは、晶葉さんから。
そして自分自身で言ったことですから。
貴方と過ごす時間が大事だと――沙紀さんから教わった通りに伝えられるように。
アイドル・水本ゆかり。
新しいことに挑戦します。
「えへへー。この事務所ってこういう広い場所があるからいいよねー」
「ここは割り当てのないデッドスペースですが、あまり危険なものはよくありませんよ?
ホースシューズは蹄鉄という重いものを投げるのですから、相応の危険があります」
「ホースシューズ?なーに、それ?……分かった!新しいドーナツの名前だ!」
「ホースシューズは蹄鉄という馬の蹄に付ける金属の輪っかを、杭に通して行うスポーツです。アメリカではメジャースポーツで、ルールも難しくありません。
……こういうのではないのですか?」
「輪っかはスポーツセンターにあった、公式戦用のゴム輪だよー。こういうのって簡単だけど条件を付けていったらどんどん難しくなるし、点数の計算もできるからおじいちゃんとかおばあちゃんも参加できるスポーツなんだよ。偶に今西部長さんと社長さんが遊んでるんだ」
「まあ、その様なものが……」
法子さんの輪に関する情熱にはいつも驚かされます。
「おじいちゃんと神戸の輪投げ大会に参加したこともあるんだよー。大阪から割と近いからね」
「なるほど。奥が深いのですね……」
「えへへー。でも、あんまりルールは気にしないで、地面に書いた枠の点数で決めよー♪
本当は棒の中に入れるんだけどね」
「ふふ。なんだか昔、小学校で見た鬼ごっこみたいです」
「鬼さんこちら。手の鳴るほうへ~♪そういえば、アイドルを始めてから鬼ごっこする事も無くなっちゃったなあ。ゆかりちゃんはどう?」
「私は年少の頃からフルートと習い事の課題があって、体育で行ったぐらいでしょうか。意外と勝負ごとに熱い皆さまでして、つられて、私も全力で走り回ったりしました」
「ゆかりちゃんの学校って評判いい所でしょ?おしとやかな感じだと思ってたー」
「やはり学校ですからね。テニス等を真面目にされている方達は、気合いが違いましたね」
「ゆかりちゃんもライブ前にキリッとした表情するけど、やっぱりかっこいいもんね。Liveバトルに最初に参加した時は戸惑ってたけど、最近は一番先頭に立つ様になったし」
「あ、あら私ったら……。ご迷惑になっていませんか?」
「やっぱりお姉さんだなって、頼もしいんだ」
「まあ……ありがとうございます。法子ちゃんも気兼ねされず、されたい事がありましたら遠慮せずおっしゃってくださいね」
「うん!」
法子ちゃんが笑顔で頷いてくださると、荷物を傍の花壇近くに置いていた私を呼んでくださいました。
暖かな日差しと共に過ごす事。
友達の笑顔。
このことに勝る喜びは、そう多くないでしょう。
ドーナツらしい飾りの円状が九つ、更に円状に連なっており、何だかとても微笑ましい気持ちになった私です。
「点数は左のあの輪っかから一巡して1点ずつ増えていくからね」
少し離れた場所にいる法子ちゃんの指す先の輪には周りに小さな円が重なっており、先日頂いたドーナツを法子ちゃんが絶賛していたことを思い出しました。
「じゃあ、始めるよー。地区大会ダブルス優勝の実力を見せる時!」
そう嘯きつつ、法子さんは籠に詰めていたゴム輪をもっています。
勝手がわからない私は、秋にも関わらず汗ばむほどの熱気があることを考えて、タオルを持ってきました。
――ふと、雲が差したのか、影が濃くなり法子さんの姿をまるで暗幕の様に隠してしまいました。
「……あら?」
思わず意表を突かれた私は――
次の瞬間、雲の切れ間から差し込むスポットライトの様な光に目を奪われました。
映す先は、満面の笑顔が咲き誇る法子ちゃん。
携える原色の輪が、まるでサイリウムのようでもあり、ステージの舞台を彩っているようでもありました。
「うわぁ!すごい、すごーい!見てみてゆかりちゃん!」
はしゃいだ声が、どこか遠くから聞こえた様な気がします。
さんざめく光に輝く笑顔は、輪をかけて法子ちゃんの魅力を迸らせていて。
そんな素敵な笑顔を見て……ふと裡に抱えていた空白が埋められた様に感じました。
人として、アイドルとして、自分の本心を。
あるのかないのかも分からなかった、忘れてしまった自分の思いを。
両親に教えられるままに頑張ってきた自分と、アイドルとして頑張っている自分。
行儀の良いお洋服でフルートを奏でる目標も、素敵な笑顔と衣装を身に付けたアイドルになりたいという夢――
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――ぱっと。
視界が明るく広がりました。
強く太く呼吸をして、全身から溢れ出る活力を噛み締めます。
――そうだ。
そうだ。
そうだ。
そうだ。
そうだ。
そうだ。
そうだ。
そうだ。
そうだ。
そうだ。
そうだ。
そうだ。思い出した――
プロデューサーに伝えたんだ。
自分は欲張りだから、行儀の良い恰好だけでは物足りないって。
お行儀の良さはフルートの身だしなみ。
素敵なお洋服はアイドルの身だしなみ。
道を一つ選ぶだけでは物足りない。
全部――欲しい。
見つかった。
知っていた筈なのに。
どうして忘れていたんだろう――
そう、アイドルになりたいと思ったのは、フルートの先生の指導を受けた時。
そして、奏者として目の当たりにした、輝き。
一流の奏者は、自分だけの世界を持っている。貴方にはそれが足りない、と――。
世界とは個性。
誰かと調和するだけではなく、自分は自分だと伝えられる心。
アイドルは自分に足りない部分を埋めてくれる存在に見えた。
アイドルは自分のペースに巻き込んでいくものだから。
アイドルになったら自分の世界が手に入ると思ったから。
――でも、私は持っていた。
私はもう持っていた。
自分だけの輝きを。
何かに追い立てられているわけでもない、切羽詰まっているわけでも無い、恵まれているのだろう境遇であるからこそ、存在する――かけがえのない純粋な想い。
――そう。
体を突き動かす「情熱」の奔流こそ、水本ゆかりの飾りの無い本心だった。
手を広げて笑顔でいてくれている友人達と、手を繋いで前に。
自分らしい自然なテンポで。
もっと前に。
誰よりも。
誰よりも。
誰よりも前に――
スポットライトを浴びたくて。友達と触れ合いたくて。
そして、欲張りな私が欲しかった「ライバル」と。
自分の感情を飾らずに伝えられる――ファンの方達と。
「あら。負けませんよ?習い事で培った要領の良さは伊達ではありません」
いつも通りの朗らかな笑みを浮かべつつ、足早に友人の持つ輪を受け取りに行く。
――次のステージへ進むために!
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<――アイドルに、なりませんか>
<――はい。そして、そっと私の背中を押してください。アイドルらしくなる為に……>
アイドル・水本ゆかり。
新しいことに挑戦します。
おわり
秋なので、水本ゆかりさんと椎名法子さんのssを書きました。
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