多田李衣菜「星群と三日月」 (26)

速報に慣れておらず、至らぬ点などありましたら申し訳ありません

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1492273778

 人が一番輝くのはどんな時だろう。

 これはきっととても難しい。だって、この世界には人がいっぱい居て、好きなものとか大事なものが全然違うんだから。つまらない答えになっちゃうけど、やっぱり「人によって変わる」が正解なんじゃないかな。
 じゃあ、ちょっと話を変えて、「アイドルが一番輝くのはどんな時だろう」って考えてみる。
 オーディションに受かった時、スカウトされた時、事務所のホームページに名前がのった時、初仕事をした時。
 うん、やっぱりこれも色々だ。でも私にとってはこうじゃない。……いや、こうじゃないっていうか、もちろんこれもすごいとは思うんだけど。

 私は歌が好き。
 アイドルプロフィールの趣味の項目に「音楽鑑賞」って書くくらい歌を聴くのが大好き。歌うのは……まあ人並みかな。
 それでもリーナこと私はアイドルだから、ダンスのレッスンもしなきゃならない。ダンスなんて私にとってはあくまでオマケ、っていうかサポートくらいなのに。そのことにもやもやとした気持ちがないわけじゃないけど、まあでもアイドルになるために必要なのかな、なんて。

 私は歌が好きで、だからアイドルになった。
 なら、アイドルリーナが一番輝くのは、きっと歌を歌っている時なんだ。特にロック!
 ロックはとにかくカッコよくて、最高にクールで、その上めちゃくちゃ熱い。
 ロックなアイドルとしての道のりはまだまだ遠いけど、いつかきっと……ううん、いつか絶対にたどり着いてみせる!

 だからそのためにも!
 早く私に持ち曲をください!!

---事務所---


「多田さん。大事なお話があります」

「え……」

 いつもは大人らしく心地の良い距離感で丁寧に接してくれる、そんなプロデューサーの雰囲気がこの日はなんだか違っていた。
 厳粛な空気、っていうのかな。重々しくて、友だちとの会話じゃ絶対に出ないようなシリアスな口調。それが少し怖い。

「あの、どんな話ですか……?」

「ああ、すいません。そんなに緊張しないでください。朗報ですから」

「あ、そうなんですか。もー、驚かせないでくださいよー」

 すみませんといって微笑むプロデューサー。そんな姿を見ていたら、いつの間にか体の強張りは解けていた。
 うん、これならリラックスして聞けそう。

「それで、話ってなんですか?」

「ここ最近の多田さんの活動についてです」

「私の、活動……」

 この数ヶ月を思い返してみる。
 少し前まではレッスンづけの毎日だったけど、段々とメディアへの顔出しが増えていると思う。最近はテレビに出たりなんかもした。
 ……あの番組はすごかったな。

「私としては駆け出しではあるものの、実に順調だと思っています」

「あ! プロデューサーもですか? やっぱりそうですよねー、私もです!」

「はい。つきましては、そろそろ次の段階へ行ってもいいのではないかな、と」

「次の段階ですか」

「ええ。多田さんには二月後に開催されるロックフェスへ参加してもらいたいのですが」

「わかりました! まあ私にかかればどんなお仕事だっ……え?」

 え?
 今、ロックフェスって……。

「ろ、ロックフェスってあのロックフェスですか!?」

「えっと、とりあえず落ち着いてください、多田さん」

「あ、すいません。ちょっとはしゃぎすぎちゃいました……って無理に決まってますよ!」

 だって、ロックフェスっていったら!
 ロックなバンドとかミュージシャンが集まって、自分たちの音楽を奏でて、それでめちゃくちゃカッコよくて……って、ああもう! とにかく最っ高にロックなイベント!!
 それに私が出るってことは……!

「他事務所に協力してもらい、そちらの方面で売り出しているアイドルのみで構成する形になっています」

「他の事務所……ロックなアイドルとして負けられませんね」

 ん? いや、ちょっと待って。このままじゃまずい。
 今度開催するのはロックフェスで、出演するのはみんなアイドル。つまりメインになるのは、当然だけど歌になるはず。……でも、

「プロデューサーどうしましょう! 私、自分の曲がないです。これじゃあ……」

 そう、私には自分の持ち曲がない。
 これまでのお仕事はバラエティ番組への出演とか、先輩のラジオに新人としてゲスト出演することがほとんどで、だから曲がなくてもやっていけた。
 実際デビューしたてのまだまだ駆け出しなんだから当たり前といえば当たり前だけど、このままじゃ他のアイドルのバックダンサーにでもなりかねない。

 そんなのは絶対に嫌だ。
 私はロックなアイドルを目指してて、それに相応しい舞台が目の前に広がっているのに、そこで脇役になるなんて……。
 そんな私の表情を読み取ったのか。プロデューサーはそれでもかすかに笑った。

「それにあわせ、多田さんの楽曲の制作が決定しました……ある意味これが一番の朗報かもしれませんね」

「……」

「多田さん?」

「プロデューサー!」

「どうかしましたか……?」

「あの、私……」

 曲。持ち曲。私の曲。
 私がアイドルになることを決めた一番の理由。それが、それがやっと……!

「私、歌が好きで……ロックが好きで、だからアイドルになろうと思ったんです」

「はい」

「私の夢を叶えてくれて、本当に、ありがとうございます……!」

「私はあなたのプロデューサーですから。それにまだ早いですよ」

「え?」

「フェスで、多田さんの歌声をファンの皆さんに届けましょう!」

「……はい!」

 プロデューサーの力強い言葉が背中を押してくれる。
 そうだ、夢はまだ始まったばかりなんだ。

--------

 私の歌はどうやらまだ制作段階らしく、曲はあるけど歌詞がない。それにタイトルも。
 また変更することがあるかもしれませんが、という前置きと一緒に渡してもらった音源を自前の音楽プレイヤーに転送して、再生ボタン。
 最初は静かなエレクトーンをベースに、後ろに流れるカッティングギター……だよね?
 後に続くようにスネアドラムがリズムを刻んで、ついに聴こえる主役のリードギター。ここまでくればいよいよ曲が始まる。
 色んな音が混ざり合って勢いよく、だけど伸びやかに奏でられる協和音。
 お気に入りのヘッドフォンから流れてくるのは、ゆったりと始まりサビに入ればこれでもかってくらいに激しい一つの音楽。
 カッコよくて熱いロックな曲で、うーんっ……! めちゃめちゃ私の好きなタイプだ!

「ウッヒョー!」

 ……あ。
 いけないいけない、つい叫んじゃった。

「へへっ、これに歌詞が付いて大きな会場で歌うんだ……!」

 轟くドラム、重低音をかき鳴らすベース、鳴り響くギター、熱狂する観客。
 憧れの風景は目を閉じただけで思い浮んで、そこに私が立つんだって考えたら、まだまだ先のことなのに興奮が止まらない。
 一度聴いただけで満足なんかするはずもなく、何度も何度もリピートボタンに指が伸びる。

「……って、ああっ!」

 そうやって頬を緩ませながら聴いていたら、いつの間にか窓の外の太陽は沈みかけていた。

(どうしよう……遅れたらまずい!)

 もう本当なら駅に着いていなくちゃいけない時間なのに、曲に夢中で時計を見るのを忘れてた。

(急がなきゃ!)

 目的地へ向かう道を急いだら、ヘッドフォンが少し苦しかった。

--------

 フェスに出演するにあたって見学をしてはどうでしょうか?
 プロデューサーの言葉だ。
 たしかに私にはライブの経験がほとんどない。一応、他のアイドルの曲を一緒に歌わせてもらったことはあるけど、そんなに回数は多くないし、あの時は初めてで何が何やらの有り様だった。
 それにやっぱり一人でやるなら、きっと勝手も色々変わるんじゃないかなとも思う。
 
 そんなわけでプロデューサーの伝手を使って関係者席でライブ見学することに。
 今日の主役は、星輝子ちゃん。
 輝子ちゃんとは、ある番組で一度共演したこともあるくらいには顔見知りの間柄。
 普段はすごく大人しくて声も大きくないのに、一回スイッチが入るとなんというか……攻撃的? になる。あのギャップが人気の理由の一つなんだとか。

(うわぁ……すごい)

 息を切らしながら入った会場は、熱気と興奮した空気に包まれていた。時間を確認すればまだ開演前で当然曲は流れていないのに、お客さんたちの熱量は半端じゃなかった。
 ちらりと一般の観客席を眺めてみると一部の隙間なく埋め尽くされていて、熱で頬を染めてる人まで居た。
 輝子ちゃんは十五歳。百五十二センチしかない私よりも、更に小さな女の子。
 だけど、この空間ではそんなことは何の関係もないみたい。

 そんなことを考えていたら照明が急に落ちた。思わず天井に目を向けると、後ろ側からの歓声に背中を叩かれる。
 そして鳴り響く轟音。
 ステージ上の装置から吐き出された煙は、重力に逆らいながら勢いよく空を突く。
 全ての準備が整った会場が一瞬だけ静かになると、そのタイミングを狙ったように一つの声が流れ出した。

「お前ら!! 狂気のパレードによく来たなあ!!」

 その声と一緒にバンドの演奏が始まって、さっきよりも更に大きな叫び声が生まれる。気が付けばいつの間にか舞台の真ん中には一つの人影が立っていた。
 カッ、とスポットライトが作る光を浴びると、そこに居たのは白い髪の女の子。
 女の子は叫ぶ。女の子は歌う。

「どんなヤツでも一緒に! みんな地獄の底で腹の底から叫べ!!」

「ここは地の底で今は夜!! 太陽のない場所で魑魅魍魎の百鬼夜行だ!!!」

 叩きつけるみたいに荒々しい言葉と、耳に刺さるように激しい歌。

(なに……これ)

 まるで音が形を持って暴れているのかと勘違いしそうになるほどの凶暴さ。
 だけど……、

「「「ウオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!」」」

 声。
 太くて重い絶叫。怒号と大差のない歓声。
 それは、途切れることなく観客席から流れ続けている。曲が始まった一番最初の瞬間から、ずっと。

(ロック、っていうか……輝子ちゃんのはメタル、だよね)

 思い返してみれば前のテレビでもたしかにこんな雰囲気になって、その突然の変わりようにすごくびっくりしたことを覚えてる。いきなり叫び出した時はどうしたんだろうと戸惑った。

(だけど……)

 あの時は圧倒されるばかりで。
 そして今は、それすら比べ物にならないくらい激しく、熱い。

「……」

 ライブが始まる直前にしたのと同じように一般席を眺めたら、そこには色んな人たちが居た。
 大柄の人。やせ気味の人。派手なメイクをした人。ものすごく大人しそうな人。
 みんな個性がバラバラで、中にはメタルを聴きそうにないような人も居て、それなのに誰もが輝子ちゃんに夢中になっている。全員が息の合った一つの集団になったみたいに。

(それとも……違うのかな)

 私が好きなのはロックで、これはメタル。ジャンルが違うのはわかってる。

 だけど。でも。もしかしたら。
 歌を歌うって本当はこういうことなの……?

(わからない)

 どんな形が正しいのかとか、ロックとメタルの違いは何かとか……全然わからない。
 だけど、一番は。

(私には、こんな風に何かすごいことってできるのかな……)

 爆弾みたいな音が会場を埋め尽くしている中で、私は一人ぽつんと立ち尽くす。

「……」

 曲名は『Lunatic Show』。
 叫び方も、わからない。

---事務所---

 最近ようやくテレビに出たり歌をもらえるようにはなったけど、私はまだまだ駆け出しで、間違っても売れっ子だなんていえない。だからこそ、数少ない予定に穴をあけるなんてもっての外だ。

「合同レッスン……ですか?」

「はい」

 ロックフェスの段取りの説明を受けるために、今日は午前中から事務所に来ている。
 覚えなきゃいけないことが多すぎて、右から左に流れそうな話をなんとか食い止めていた。そんな時にプロデューサーの、最後になりますがという言葉に助けられた。

「今回のフェスは今までのものよりも規模が大きいので、他の出演者の方と事前に顔を合わせていただきたいのです」

「ああ……なるほど」

「ライブの仕事はあまり多くなかったですから、この機会に皆さんから学ばせてもらうというのはどうでしょう」

「……わかりました!」

「……? 多田さん、何かありましたか?」

「え」

 プロデューサーの心配そうな顔と声に、ほんの少しだけ心が揺れる。

 何か、あった?
 ……ううん。

「やだなー、プロデューサー! 私は元気ですよ?」

「いや、しかし」

「本当ですって! それじゃあ行って来まーす」

 くるりと体を反転させて、そのままの勢いで部屋を出る。プロデューサーはまだ少し不安そうだったけど、私は平気。さっきの言葉にウソなんてこれっぽちもない。

 --何かありましたか?

 ううん、なんにもない。
 本当、なんにも。

--------

「はあ、はあ、はあ……っ!」

 息切れの音がやけに耳につく。自分で出してるくせに、まるで責められているみたいに聞こえて、それが嫌で嫌で仕方ない。
 やっぱりなんにもできないんだな、なんて。

 レッスンの内容は、ダンスだった。
 ロックフェスだとしても出演するのはみんなアイドルで、お客さんもアイドルのファン。
 だから、『アイドルとして、アイドルにしかできないフェスをしよう!』といってダンスレッスンが始まった。
 プロデューサーはどうやってこのお仕事を持って来てくれたんだろう。そんなことを考えてしまうくらい豪華なメンバーとのレッスンは、お世辞にも巧くいかなかった。

 緊張しているのが自分でもよくわかる。
 フリは小さくて、リズムは取れてないし、最後は足をもつれさせて転ぶ始末。誰がどう見ても私が足を引っ張ってると思うはず。

  --ダンスなんて私にとってはあくまでオマケ

「……」

 三角座りで息を整えて顔を上げる。目に入るのは二つの人影。
 木村夏樹。松永涼。
 お仕事の関係で全員が来てるわけじゃないけど、それでも、充分すぎるくらい大きい二人。
 パフォーマンスと言葉で会場をいつも湧かせてて、物凄く歌が巧い……いいや。
 ただ巧いってだけじゃなくって、なんというか、その……あれ?
 二人?

「や、やあ……どうしたんだ李衣菜さん」

「ひゃっ!」

「あ、ごめん。キモかったか……?」

「しょ、輝子ちゃん!?」

 いつの間にか輝子ちゃんは四つん這いの姿勢で私のそばに来ていて、その体勢のまま手をふらふらと振っていた。
 近くで見るととても小さく華奢で、すごく可愛い感じの女の子。ライブの時の荒々しさからは全然想像できない。

 ……って、そうだ。ライブの感想伝えなきゃ。楽屋に挨拶、行けなかったし。

「おーい、李衣菜さん、どうかしたのか……?」

「……ううん。そういえば輝子ちゃん、こないだのライブすごくカッコよかったよ!」

「そうか? フヒヒ……ありがとう」

 歯を出して、嬉しそうに笑う輝子ちゃん。その様子はちょっとだけライブの時みたいだった。
 ライブ、か。

「輝子ちゃんはさ……」

「?」

「なんていうか、すごいよね」

「う、うん……? 悪いけど、それじゃあちょっとわからないぞ」

「あ、ごめん……えっと、普段とライブの時のギャップがすごいって思って……ああ、別に悪い意味じゃなくて!」

「あ、そういうことか。まあな。でも、さすがに普段叫んだりは……」

「……」

 ……してるんだ。

「で、でも、今の雰囲気とは全然違うよね。なんであんな風にできるの?」

「なんでって聞かれると……答えるのはちょっと難しい、かも」

「無意識にやってるってこと?」

「ああ。どっちも私だからな」

「……!」

 どっちも私。

「李衣菜さん……?」

「ううん……なんでもない」

 ああ、そっか。

「ねえ、輝子ちゃん。輝子ちゃんは歌、巧いよね」

「ど……どうしたんだ、急に」

「パフォーマンスは激しくて、なのにあんなに巧く歌えてて……」

 息を吸う。
 喉が痛い。
 舌を噛みそう。

「ねえ、どうやったら輝子ちゃんみたいに歌えるの?」


 輝子ちゃんは、どっちも私といった。
 あの激しい輝子ちゃんも、今の優しい輝子ちゃんも、どっちも一人の女の子。自然に歌えば、お客さんを、会場を盛り上げられる。

「ほら、私ってまだ新人だし。それに本番までそんなに時間があるわけでもないでしょ?」

 でも、私にはそれができない。
 なんでたろう……それはきっと、私にはなんにもないから。
 これが私だって胸を張れるような、そんな個性がない。

「輝子ちゃん、ホント上手だからさー。真似したら巧く歌えるかなーって!」

 だったらせめて技術だけでも……、

「お客さんにも盛り上がってほしいし。ね、お願い!」

 両手を合わせて片目を閉じる。残った方の目で見つめるのと、輝子ちゃんの口が動くの同じタイミングだった。


「李衣菜さんは、すごいんだな」


「……え」

「いや、その……色々考えてるんだな、って。私は、思ったことを叫んでるだけだぞ」

「そう、なの……?」

「う、うん……だから、すごいと思う」

 すごい?
 輝子ちゃんのいってることの意味がわからない。私のは、考えてるなんてそんな大層なことじゃなくて……。
 ……そう。単に迷ってるだけ。

「……ううん、そんなことないよ」

「そ、そうか……?」

「だって私はさ、輝子ちゃんみたいに叫ぶことなんてできないもん。ロックってカッコいいなーって思ってるけど……ただそれだけ」

 どう叫べいいのかわからない。何を叫べばいいのかを知らない。巧く歌うこともできない。
 歌は好きで、ロックはカッコよくて、輝子ちゃんはすごくて。だけど私は、憧れからずっと遠い。

 何かで聞いたことがある。
 憧れは自分にないものだからこそ憧れなんだ、って。


「別に、私みたいにじゃなくてもいいんじゃないか?」

「……」

 ……え?

「だって、李衣菜さんには李衣菜さんのすごいところがたくさんあるじゃないか」

「私の、すごいところ……?」

「う、うん……あ、ごめん。なんか偉そうに」

 輝子ちゃんはそういって、申し訳なさそうな顔をした。そんな変わらない姿に、初めてテレビで一緒になった時を思い出す。
 でも……、私のすごいところ?

「……やっぱり思いつかないよ、そんなの」

 きっと。
 輝子ちゃんは優しい子だから、そう見えるだけなんだと思う。

「私、アイドルだけどカッコよくなりたいんだ。可愛いだけじゃなくて、そういうアイドルが居てもいいと思ってた」

 でも。

「カッコよくって、なんだろうね? みんなのこと見てたら、わかんなくなっちゃった」

 私は笑った。
 だけど輝子ちゃんは腕を組んで下を向いていたから、多分届いてないと思う。



「……も、もしかしてこの間の私のライブに来てくれた時か?」

「あ、それは……うん。でもどうして……?」

「そりゃあ、ライブ中にヘッドフォンかけて棒立ちのヤツがいたら目立つよ」

 あ……そうか。それはそうだよね。
 そんな風に考えていたら輝子ちゃんは頭を下げて、

「ごめん、私の歌で李衣菜さんに……」

「え!? そんな! っていうか私の方こそライブ中に……」

「で、でも元は私が……」

「いやいや、だって……」

「でも私が……って、フヒ、これじゃあ終わらないな」

「それは……うん、そうだね。ふふっ」

 その言葉と笑い方がなんだかすごく柔らかくって、少しだけ気持ちが軽くなった。
 そうしてお互いにちょっとずつ笑っていると、輝子ちゃんが口を開く。

「なあ李衣菜さん、前にテレビで一緒になった時のこと……覚えてるか?」

「え? う、うん」

 前にテレビで一緒になった時。それは、私が初めて輝子ちゃんとお仕事をした時だ。
 番組の内容は、これといって特別なところもない普通のバラエティー。アイドルを集めて、司会の人が話をふって、時々コーナーなんかがあったりするようなもの。それまでラジオ番組には出させてもらったことはあっても、テレビは初めてだったから緊張したのを覚えてる。
 そんな時だった。

「私が叫んじゃったことがあっただろ……? いけないとは思ってたんだけど、メタルの話になったらつい、な」

 そう、輝子ちゃんは叫んだんだ。ライブの時のように。

「李衣菜さんとは席が隣で、はじめましてだったのに叫んじゃったから……しょ、正直引かれるかなって思ったんだ」

 だけど、といって。

「カッコいいって褒めてくれて、嬉しかったな」

 輝子ちゃんはさっきと同じように優しく笑う。


「私は、こんな感じだから、はじめましての人には結構びっくりされたり……それに、その、好きじゃないって人も居るんだ」

「輝子ちゃん……それは」

「いいんだ。私は、自分のやり方が好きだし、それにいつか、好きじゃないって人も、きっと好きにしてみせる」

 自分のやり方が好き……じゃあ、私のやり方って何だろう。

 私に、できること。

 ……思いつかない。だって、きっとそれは誰にだってできることだから。この世界にはすごい人がいっぱい居て、なのに私は自分のことさえよくわかってない。そんな中で私にできることなんて。
 ごめんね輝子ちゃん、やっぱり私には……、

「だけどな、それでも、嬉しかったぞ。こんなヘンな私を認めてくれて、カッコいいって応援してくれて……私の方が先輩なのにな、フフ」

「……!」

「何にもないなんてことは、ないんじゃないか? 少なくとも、私はあの時の李衣菜さんに、力をもらったと思ってる……ぞ?」

 応援。
 力。
 個性。
 何にもないなんてことは。

 そう、なのかな……本当に?
 私の言葉が輝子ちゃんの力になってのなら、それはもちろん嬉しい……でも、それでも。

「……歌」

「うん?」

「歌ってさ、あるよね」

「お、おう……どうしたんだ急に」

「やっぱり、巧く歌いたいよ。『私みたくじゃなくてもいい』って、いってくれたけど……」

 私にはあんな風にはきっと歌えない。歌に込めるだけの中身が、叫ぶための自分が、まだわからないから。
 それでもやっぱり巧く歌いたい。
 だから……だけど……。

 自分でも面倒くさいなと思う。ウジウジしてフラフラして、輝子ちゃんの迷惑も考えないで。
 それなのに、輝子ちゃんはフヒ、と口元を弛めた。

「この間のライブで、私が最初に歌った曲、まだいえるか?」

「え……あ、えっと」


 --曲目は『Lunatic Show』

「あの曲はな、元々私と、白坂小梅ちゃんの曲なんだ。……あのライブでは一人だったけど」

「うん、それは……知ってる」

「『Lunatic Show』はみんなで声を上げる歌なんだ。ボッチも、ヘンなヤツも、みんな『好きなものは好きのまま』でいようって」

「……」

「なあ、李衣菜さんはなんで歌いたいんだ?」

「……あ」

(私は……)

 私は歌が好き。歌が好きで、アイドルになった。バンドのボーカリストになる道もあったけど、私はアイドルになった。

 なんでなんだろう。

(ううん……それは、わかってる)

 フェスに出たかったのも。
 自分の曲がほしかったのも。
 それに、ずっと歌いたかったのも。

 全部全部、歌が好きだから。

「輝子ちゃん……私」

「り、李衣菜さん、大丈夫か……!」

「えっ?」

「目が、赤く……」

「っ! ごめん、私トイレ行ってくる!」

 お、おお……という声に見送られてトイレの洗面台まで走る。
 鏡に映る私の顔の中心はたしかに真っ赤に充血していて、いわれて初めて気が付いた。

(気が付いて、なかったなあ……)

 自分のこととか。本当、色々。
 自分をちゃんと見るのなんて、思えばいつぶりだっけ。

 堪えられずあふれ出しそうな物を流すために、顔を洗う。蛇口から流れる水が止まるのにはちょっと時間がかかったけど、大丈夫。時間はまだたっぷりあるから。

 レッスンルームの扉を開く。


---三週間後・事務所---


 優しい言葉をかけてもらって、それでおしまいにはならない。
 フェスはまだ始まってもいなくって、もやもやとしたものと向き合いながらもレッスンは続く。それに、どんなに少なくてもお仕事はちゃんとあるし、学校だって休んだりはしない。
 そんな時、いつかと同じようにプロデューサーから呼ばれた。

「多田さん、大事なお話です」

「はい」

「お待たせしてしまって申し訳ありません、やっと、曲が完成しました」

「えっ、でも前に一月はかかるって……」

「約束を守れてよかったです」

 そういってプロデューサーは、ほんの少し弛んだ表情で音源を渡してくれた。

「……プロデューサーって、結構キザなんですね」

「そうでしょうか? あまり自覚はないのですが」

「へへっ。あの、曲を聴いてもいいですか?」

「はい、もちろん」

 パソコンを借りてく音楽フォルダを開く。入ってるデータはたった一曲分。私のための一曲で、世界にたった一つの曲。
 インストならもう何十回、もしかしたら百回以上聴いてるのに、再生ボタンを押す手が震える。緊張を持て余さないように、息を吸って、吐いて、スイッチオン。


 最初に聴こえる楽器の音。これをもうどのくらい聴いたんだろう。エレクトーンとドラムとギターが響いて、そうしてついに歌詞が流れ出る。音源と一緒に渡された歌詞カードを読みながらの音楽鑑賞。

 始まりは夕焼け。誰かと一緒に笑って歩く。夕暮れの空みたいにどこまでも広がる景色の中を、前に前にと突き進む。日が暮れて夜になったら、闇を切り裂いて全てを輝かせる。
 ……だけど。
 いつまでも同じ勢いのまま走ることはできなくて、夜の寒さが怖くて、続いてたものが終わってしまって……。
 星が落ちて真っ暗になってしまった道……でもそれは、道がなくなったわけじゃない。人は変われる。強くなれる。そうしていれば、またいつか始められる。たとえ何度諦めても。
 間奏明けの夜の静けさ。時間が流れて昇る朝日。そしてついにクライマックス。

「……」

「どうですか?」

 私がヘッドフォンをちょうど外したタイミングで声をかけられる。
 この曲を作るためにきっとすごく頑張ってくれたはずなのに、そんな苦労をちっとも見せずに私に贈ってくれた人。
 そんな、本当に本当に大事なものをもらった、今の気持ち。
 伝える声は少し大きく。

「プロデューサーさん、ありがとうございます!」

「そんな……お礼をいただけるようなことでは……」

「でも、私本当に嬉しいんです! こんなにすてきな曲をもらって……」

「……多田さん、それはまだ早いですよ」

「……はい。フェスで、ですよね!」

「ええ」

「わかりました! 私、レッスンしてきます!」

「あ、すいません、多田さん」

 部屋の扉に手をかけ、外に出ようとするその一瞬前。後ろからのプロデューサーさんの声に一度だけ立ち止まった。

「最後に一つだけ、大事なお話です」

「なんですか?」

「その曲のタイトルは--」

 窓の外の空は、夕日に照らされている。


---五週間後・ライブ会場---


ライブまでの時間はあっという間に過ぎていった、なんていったらありきたりだけど、レッスンに他のお仕事に学校に……それから収録にと、やることが更に増えて本当にあっという間だった。時間が過ぎるのって早いなぁ……いや、本当。

 気付けばゲネプロが終わったのがとっくの前になっていて、観客席もお客さんたちでいっぱいに埋まってる……どころかそろそろオープニンが明けてしまいそう。
 本番はもう目の前。

「すぅー、はぁー、すぅー、はぁー」

 深呼吸を繰り返す。吐く息の音がいつもよりずっと大きくなってるのに、それをかき消すくらいに激しい客席の声が私の緊張をもっと強くする。
 ダンスレッスンはたくさんした。歌の練習だって同じくらいやったし、本番前は完璧だった。
 それでも。
 あんなに大勢のお客さんの前で自分さらけ出すのは、怖い。

 緊張してて、怖くて、逃げ出したくて、泣き出しそうで、崩れ落ちそうで。もっとレッスンしておけばよかったんじゃないかなとか、ステージに上がったら全部忘れちゃうんじゃないかなとか……私じゃ、やっぱり無理なんじゃないかな、とか。
 でも、

「……無我夢中きらめいて……流れる星のストライド……」

 こっそりと誰にも聞こえないように呟いたのは、私の歌。この会場にいるお客さんはまだ誰も知らない、とっておきのおまじない。
 うん、大丈夫!
 ……だよね?

「あ……李衣菜さん、調子、どうだ?」

 視線の先に立っているのは、ライブ用のメイクをした輝子ちゃん。何度見てもいつもと雰囲気が違う。だけど、もうわかってる。この姿は、さらけ出した輝子ちゃんそのものなんだ。

「やっぱり、緊張してる……?」

「そんなことな……くはないとは思いたくない、けど」

「ど、どっちだ、それ」

 出番直前になってもまだ覚悟の決まらない私だけど、でも、いいたいことは決まってる。
 多田さん出番です、っていうスタッフさんの声に返事をして、最後に一度だけ振り返った。

「輝子ちゃん、行ってきます」

「フフ、いってらっしゃい、李衣菜さん」


--------

 舞台袖からステージに上がる。さっきまでの熱気が残った会場は、暗転していてまだ暗い。
 ステージの真ん中に立つ。この暗転が明ければそれが始まりの合図で、もう逃げ場なんてどこにもない。

「すぅー……」

 息を吸う。
 さん、に、いち……
 
 カッ、と光が私を照らす。
 見渡せるようになった会場は、練習の時よりもずっと大きくなったような気がして腰が引けそうになる。会場の空気も少しざわついてる。
 うん……それはそうだ。他のアイドルと違ってまだまだ駆け出しの新人が、それも全然知らない曲と一緒にやってきたんだから。
 だけど……!
 
「聴いてください、『Twilight Sky』!!」

 言葉と同時に流れるイントロ。
 曲の始まり。ここは何度も何度も何度も聴いてきた。繰り返しに繰り返して、なのに、苦しいくらい長い二十二秒。そして、

(……歌おう!)




『どこまでも広がるグラデーションゆっくりとオレンジが燃える』


 練習の時より、声も膝も震えてる。だって、私のすごいところなんてやっぱりわからないから。そのことがどうしても不安になるから……でも、


『才色兼備いいけれど三日月も綺麗だよね』


 このフェスに出てるアイドルたちはみんな、悔しいけど私よりも歌が巧い。個性や特技だってすごいものを持ってる。だけど、


『巧く歌うんじゃなくて心を込めて歌うよ 世界でたった一人の君に伝わりますように』

『幾千幾億無限の流れる軌跡の中で本当の自分の気持ち見逃さず出遭うために』


 お客さんはノッてくれてるかな。どうだろう、わかんないや……失敗は、本当に怖い……怖い、はずなのに


『好きなもの集めるんだ 間違ったっていいんだ』

『忘れないこの気持ちも 忘れないこの痛みも ねぇ感じていたいんです』


 ……え? あれ? もう最後? ホント、あっという間だなぁ……。
 ……最後なんだから、お腹の底の底から目一杯。
 叫ぼう!


『I love you because you are you.』


 ちゃんと……ちゃんと最後まで、歌い切れた。歌だけじゃなくてダンスも……ううん、それはまだ後。今は、

「ねえみんな! みんなは『夢』とか夢中になれるような『好きなこと』ってある?」

 わかってる。ここに居る人たちはみんな私のことなんか知らないことも、何いってるんだってなることも。
 でも、これは絶対にいいたい。
 なんにもわからない私の、わかったかもしれないたった一つのことだから。

「私はまだまだ全然で、この曲だって初披露で……何ができるのかもわからなかった」

 優しい言葉を聞いて、あんなにすてきな曲まで貰って、それを思いっきり歌って……。そこまでしても、やっぱりまだわからない。

「ロックが好きって気持ちはあったけど、今日ここに来るまで色んなものを見てきて、自分の『好き』って気持ちもよくわからなくなったりもして……」

 だけど。

「だけどここまで来れた。ううん、ここまで来たよ。だって……だって好きだったから!」

 私はみんなみたいにすごい才能があるわけでもロックの豊富な知識があるわけでもない。
 でも、そんな私に輝子ちゃんはいってくれた。嬉しかったって。力をもらったって。
 それにプロデューサーさんから貰った曲が教えてくれた。
 私の中の、見逃したくない本当の気持ち。

「『好き』に背中を押されて『夢』の一つを、本物にできた! だから今度は、私がみんなの背中を押すよ!」


「私は、リーナはそういうアイドルだから!!」


 ああ、駄目だ。お客さんの反応が気になるのに、頭がぼーっとしちゃって全然入ってこない。それでもいいたいことは、いえた。全部、一つ残さず。
 それなら、この初ステージはきっと大成功だって後から思い返せるはず。

 だから、最後は笑って……って

「あっ……持ち時間!」

「ヒャッハアアアアアアア!!!!!!! リーナ! お前長すぎる! 次は私の出番だぞ!」

 突然、轟音。私がはけた後に使われるはずだった舞台装置が煙を吐く。いや、本当ならもうとっくに役目が終わってなきゃならないはずなんだけど。
 舞台袖から現れたのは、確認しないでもわかるあの声の持ち主。

「ご、ごめんね、輝子ちゃんー……」

「ん、なんで謝るんだ?」

「え、いや、だって……」

「最高だったぜ、オマエの魂」

「……!」

 会話を続けている間にも時間は進む。
 次の曲のイントロが流れ出したのを耳にして、私は袖に引き下がる。このステージの光景を忘れないように記憶に焼き付けて。

「待てよリーナ」

「えっ?」

 そんな時、輝子ちゃんから声をかけられる。振り向くとそこにあったのは、開いた瞳孔にむき出しの尖った歯が荒々しい、だけどどこか優しい笑顔。
 そしてスポットライトに照らされた眩しいステージと、視界いっぱいに広がる観客席。
 舞台の主役の、不思議と勇気をくれるあの声が呟いた。

「歌っていけよ。この曲は、『好きなもの』を叫ぶヤツらの歌だぜ」


 夕暮れの空が終わっても怖がることなんてきっとない。
 だって、夜のパレードはまだ終わらないんだから。


---数週間後・CDショップ---


 夜が過ぎれば東の空は明けて、夢から目覚める時間がやって来る。
 フェスが終わって、私の生活はいつも通りの平常運転。勉強は難しいし、レッスンは大変だし、相変わらずお仕事は少ない。
 でも、大丈夫。
 目覚めても目を開いていても、夢は続けられるって知ってるから。

 ……それに、他はともかく。最後だけはここから変わっていくに違いない。だって、

「それではデビューシングル発売記念イベントスタートです。多田さん、壇上へどうぞー!」

 司会者さんの声を受けてステージへ上る。あの時ほどの広さはないけど、それでもここは私だけのステージ。
 まずはトークコーナー。それが終わったら一度はけて、今度はミニライブ。

 何度だってこの曲を歌おう。


「自分がロックと思ったらそれがロックなんです! ……だから」

「ロックなアイドル目指して頑張ります!」



以上です。デレステだとだいぶカットされてしまっていたので、少しでも知っていいただければなと思って書きました。
最後までお付き合いくださりありがとうございました。

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom