杏奈「あなたの特別に」 (48)

ある日の事務所


杏奈「ねえ。百合子さん…………」

百合子「なにかな? 杏奈ちゃん」

杏奈「百合子さんって、昔、自分のことを…………人見知りだって、言ってたよね……?」

百合子「あー、そうだったかも。でも、それがどうかしたの杏奈ちゃん?」

杏奈「杏奈ね、思うんだけど…………」

杏奈「今の百合子さんって、全然……人見知りじゃないと、思うよ…………?」

百合子「えっ、本当?」

杏奈「うん…………、むしろ、リア充を名乗っても…………いいと思うよ……」

百合子「えええっ! いやあ、それはちょっと私には荷が重いかな……なんて」

百合子「そういうのは未来とか可奈みたいに底抜けに明るくなきゃダメって気がするし」

百合子「私みたいな、大人しい系文学少女には合わないかな」

杏奈「そっか……」

百合子「でも、リア充じゃなくても私は楽しいよ!」

百合子「こうして杏奈ちゃんと一緒にゲームできるわけだしね!」

杏奈「百合子さん……」

杏奈「うん…………、そうだね……!」

百合子「じゃあ早速始めようか!」ポチポチ

杏奈「うん……」ポチ

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杏奈(そんな風に、百合子さんは言ってたけど…………)

杏奈(事務所にいても…………、いつも百合子さんはいろんな人に囲まれてる……)

杏奈(やっぱり、人見知りなんかじゃないよ……)

杏奈(杏奈と違って、友達がいっぱいいる……。そんな人…………)

杏奈(杏奈は、百合子さんのことを一番の友達だと思ってるけど…………百合子さんは違うのかも……)

杏奈(ちょっと、悲しいかなって…………、そう思う……)

杏奈(百合子さんが、悪いとかそういうわけじゃないけど…………それでも、一方通行は悲しい……)

杏奈(こういう時、アイドルになったばかりの杏奈だったら…………、何もしなかったんだと思う……)

杏奈(でも、今の杏奈なら、少しは自分から何かを変えようって…………、そう思えるんだ…………)

杏奈(頑張って、百合子さんが杏奈のことをもっと好きになってほしいって…………)

杏奈(百合子さんの特別になろう……って、思うんだ……)

杏奈(ということで…………百合子さんの、気を引くために……)

杏奈(事務所の仲がいい二人組を…………観察、しよう……)

杏奈(何か、仲良くなる秘訣が……見つかるかも…………)

次の日の事務所


杏奈(今日は百合子さんはお仕事でいないらしいから…………、ゲームをやってるフリをしてれば邪魔されないはず……)カチカチ

杏奈(とりあえず、気長に待ってみよう…………)

杏奈(…………って、あれは)


可奈「ねえねえ志保ちゃん! 聞いて!」

志保「……どうしたの、可奈?」

可奈「実はね! すっごい嬉しいことがあってね! まず一番に志保ちゃんに伝えたくて!!」

志保「そう」

可奈「そう、って……。志保ちゃん素っ気ないよ!」

志保「そんなことより、その嬉しいことって何なの?」

可奈「そうそう! 実はね? 私に歌番組の仕事が来たんだってー!」

可奈「頑張って歌の練習をしたかいがあったなー! って思うと私嬉しくて嬉しくて!」

志保「良かったじゃない」

可奈「うう……、志保ちゃんやっぱり素っ気ないよー」

可奈「もしかして、どうでも良かった?」

志保「そんなことないわよ、可奈」

可奈「でも……あんまり驚いてないから……」

志保「当たり前じゃない」

可奈「えっ……」

志保「誤解のないように言うけどね、可奈」

志保「私は可奈が一生懸命歌の練習をしてきたことを知ってる。だから――――驚くようなことじゃないのよ」

志保「頑張ったわね可奈、おめでとう」

可奈「し、志保ちゃん!!」

杏奈(なるほど……)

杏奈(そっけなくして…………だけど表に出さないだけで、相手のことを思ってあげる……)

杏奈(そういうこと、なのかな……)


杏奈「志保師匠、ありがとう……」

志保「? どうも」

杏奈「杏奈、頑張るから……」スタスタ

志保「そ、そう。頑張って」

志保「…………師匠?」

次の日

百合子「杏奈ちゃんおはよう!」

杏奈「ん、おはよう…………」

杏奈(志保から教わったこと、実践してみよう…………)

杏奈(素っ気なく、素っ気なく…………でも冷たいのとは違う、そんな感じ……)

百合子「杏奈ちゃん、昨日のゲームのアップデート見た?」

杏奈「まだ、かな…………」

百合子「だったら絶対プレイしたほうが良いよ! 追加されたストーリーがすっごく感動的なの!」

杏奈「そうなんだ……」

百合子「主人公が孤独な騎士で、自分が不愛想なことを自覚して、自分のことを嫌われ者だと思ってるの。だから周りの人々ともお金のやり取りしかしないんだけど……」

杏奈「へえ…………」

百合子「いつだって街や国を守ってくれるその男のことを、周りの人は尊敬と好意を向けていたの」

百合子「男は自分のことを嫌われているって決めつけてるから周りが見えていない…………」

百合子「でも、ある事件が起きてからその関係が変化していく――――そんなお話なの!」

杏奈「うん…………」

杏奈(こんな感じかな?)

百合子「他にも、ゲームシステム面でも新しいことが追加されててね?」

百合子「新しいダンジョンとか、モンスターが現れるようになったり」

百合子「他のプレイヤーと協力して、合体スキルとかも実装されたの!」

杏奈(あれ……?)

百合子「そのおかげで、ピンチの見知らぬプレイヤーの下に駆けつけて合体スキルでピンチを切り抜けられたり!」

百合子「新たな強敵の前に倒れそうな冒険者、そこへ颯爽と現れるlilyknight!」

百合子「しかし! その圧倒的な力にはlilyknight一人では敵わず、追い詰められていく……」

百合子「諦めかけてたその時、lilyknightの体から力がみなぎる…………そう、それこそ先ほどの冒険者の魔翌力だったの! そしてその力と自身の力を合わせた必殺技を繰り出す――――」

杏奈(もしかして、杏奈が素っ気なくしても…………百合子さんは気付かないのかな……)

杏奈(いつも通り……、いや、それ以上に百合子さん、楽しそう……)

杏奈(…………)

百合子「――で、――!」

杏奈(…………)


ロコ「ユリコ!」


百合子「ふえっ!?」

杏奈「ロコ…………? どうしたの……?」

杏奈(色々考えこんじゃって、気づかなかった…………。ロコ、いたんだね……)

杏奈(それに、ロコ…………、怒ってる……?)

ロコ「どうしたも何も! 今のユリコはケアレスです!」

百合子「けあれす? ああ、不注意ってこと?」

ロコ「ザッツライト! 気づかないのですか? ユリコが一方的にべらべらスピークしていたから、アンナが困ってましたよ!」

杏奈(その言い方は、困るかも……)

杏奈「ロコ……。杏奈は別に、気にしてないよ……」

ロコ「ですが!」

杏奈「百合子さんには、よくあること…………」

百合子「杏奈ちゃん酷い! でも、言い返せない…………うぅ」

ロコ「…………そう言うなら、ノープロブレムですけど」チラッ

杏奈(ロコが杏奈に意味深な目線を向けてる…………。もしかして、さっきの杏奈の表情見られちゃったのかな……)

杏奈(多分、心配かけちゃうような顔してた……)

杏奈(でも、あんまりこういうのを……百合子さんには知られたくないから……)

杏奈「ロコ、ありがとう…………」

ロコ「……いえ」

杏奈(あの後、百合子さんは謝ってくれたけど…………)

杏奈(全部が全部……、百合子さんのせいってわけじゃあないから…………逆に悪いかな……)

杏奈(ともかく、今度はもっと上手く…………やらないと……)

杏奈(素っ気なくしても……百合子さんは気付いてなかった……)

杏奈(百合子さんの暴走だって……、私が止めなくてもロコが止めてくれる……)

杏奈(いつもと……もっと違うことをしなきゃ…………)

別の日 事務所


百合子「うぅ、四月なのに寒いなぁ。あっ、杏奈ちゃん! ただいま!」ブルブル

杏奈「百合子さん、お仕事…………お疲れさま……」

杏奈(早速、学んだことを実行するチャンス、かな…………)

百合子「疲れたけど、それ以上に寒かったよー。こんなに寒くなるなんて思ってなくて、薄着で来ちゃったんだ」

杏奈「そう、だったら……」

杏奈(自然な流れで、言いだせそう…………。今こそ、未来と静香から学んだテクニックを使おう……)

回想 事務所

未来『おはようございまーす! あれ? 杏奈、そんな隅っこでどうしたの?』

杏奈『気にしないで…………』

未来『????』

杏奈『それより、静香も向こうにいるよ……』

未来『本当!? 最近会えてなかったから嬉しいなー!』スタスタ

杏奈『…………じゃあ、見せてもらうよ』

未来『静香ちゃん! 久しぶり!』

静香『未来、久しぶりね』

未来『うん! お仕事重なっちゃうとあんまり会えなくて寂しいよね』

静香『アイドルなんだから、それで良いのよ』

未来『そうかもしれないけど、やっぱり寂しいなーって』

未来『静香ちゃんもそう思わない?』

杏奈『…………』ジッ

静香『……そうね』

静香『でも、だからこそその短い時間を無駄にしないようにしなきゃね』

静香『ところで、未来。その……髪は』

未来『でへへ~。風が強かったから、ぼさぼさになっちゃった』ボサァ

未来『でも! 静香ちゃんに会えたから、来てよかった!』

静香『未来…………まったくもう。ドライヤーと、櫛を借りてくるからそこで待ってなさい』

未来『静香ちゃん、髪直してくれるの?』

静香『ええ。ほら、そうね……最近未来と会えなくて』

静香『私も、寂しかったのよ』

未来『静香ちゃん……!』

杏奈『………………』ジジッ

杏奈(よくわからなかったけど…………、杏奈も、百合子さんのことをお世話してみよう……)

杏奈(そういうのって、必要にされてるって感じで…………、良さそう……)

杏奈「百合子さん……」

百合子「何かな?」

杏奈「ソファに座ってて…………。杏奈が、あったかいお茶入れてくるから……」

百合子「本当? 杏奈ちゃん、ありがとう!」

杏奈(百合子さん嬉しそう…………。杏奈も、嬉しい……)

杏奈(というわけで、台所に来たんだけど…………)

杏奈「お茶葉、どこだろう……」

杏奈(あんまり来たことなかったから、わかんないかも……)

杏奈(どうしよう、あんまり待たせるのは良くない、よね……)

杏奈「うう…………」

千鶴「あら、杏奈。何かありましたの?」

杏奈「千鶴さん…………?」

杏奈(千鶴さん……! ラッキーかも、普段からよくみんなにお茶を入れてるから、場所は知ってるはず……)

杏奈「千鶴さん……。実は、お茶葉を探してて……」

千鶴「茶葉ですの? それだったら、この辺に……」ガサゴソ

杏奈(手慣れてる…………。まさに、大人の女性って感じ……)ジッ

杏奈(でも……千鶴さんって…………)

千鶴「杏奈? そんなにジロジロと……何か?」

杏奈「いや……セレブなのにお茶汲み得意なんて、すごい……って思って……」

杏奈「セレブの人って……こういうの、自分で入れないと思ってたから……、意外……」

千鶴「んん!?」

杏奈(千鶴さん、すごい……。お茶汲み一つで手間取る、杏奈とは違う……)

千鶴「そ、そうでもないですわ! 確かにお手伝いさんはいますけれども、ええいますけれども!」

千鶴「いつでも頼りきりというのはいけませんから! 淑女としての嗜みとして、お茶汲みくらいは自分でやりますの!」

杏奈「そうだよね……」

杏奈「頼りきりは、ダメだよね……」

千鶴「……杏奈? もしかして、悩み事ですの?」

杏奈「悩み事……、うん、そうかも……」

千鶴「……気分を悪くしないようであれば、お聞きしてもよろしくて?」ガサガサ

杏奈「あんまり……言いたくない、かも…………」

杏奈(情けないし……アイドルのことならともかく、こういうの、迷惑かもだし……)

千鶴「そうですか……。ただ、杏奈」サッサッ

千鶴「例えわたくしに打ち明けられなくても、他の誰かを頼るのは大事ですわ」カチャカチャ

杏奈「でも……悪いかなって、思うの……」

千鶴「そんなことはないですわ! 赤の他人ならいざ知らず……このシアターのアイドルのもっと信用しなさいな」ジャ-

千鶴「誰も杏奈のことを拒絶したりしません」

杏奈「………うん、そうだね」

千鶴「まあ、とりあえず今はお茶でも飲みましょう」コポコポ

千鶴「ともかく、あんまり溜め込んではいけませんわよ?」

杏奈「うん…………、ありがとう、千鶴さん……!」

千鶴「お気になさらず、ですわ」

杏奈(千鶴さん……流石、大人の女性って感じ……)

杏奈(のぶりす、なんとか……? って言うのかな、こう言うの…………)

杏奈「百合子さん……、お待たせ……」

千鶴「あら百合子、来てましたの。それにしても、随分薄着ですわね」

百合子「千鶴さん、おはようございます! あと杏奈ちゃん、全然待ってないよ!」

千鶴「ええ、おはよう……。じゃあ杏奈、わたくしは向こうの方にいる娘達にもお茶を渡して来ますので」

杏奈「うん……千鶴さん、本当にありがとう……!」

千鶴「気にしなくて良いですわ。その代わり……」

杏奈「その代わり……?」

杏奈(千鶴さんが百合子さんに聞こえないように…………、顔を近づけて……)

千鶴「早く、解決するのですよ」

杏奈「……! うん、頑張る…………」

杏奈(千鶴さんは……その言葉に満足したのか、優しく笑って……去って行った…………)

百合子「杏奈ちゃん、何々? 秘密の相談?」

杏奈「そうかも……。台所でお茶葉を探してくれて、お茶も淹れてもらっちゃって…………」

杏奈「その時に、少し、ね……」

百合子「何それ、気になるよ杏奈ちゃん!」

杏奈「百合子さんには秘密…………」

百合子「私には……、って何それ――」

杏奈「それより、杏奈がお茶を淹れるつもりだったのに、出来なくてごめんなさい……」

杏奈(相談している間に千鶴さんが淹れちゃったから……約束破っちゃった……)

杏奈(淹れ直すのも変だし、ね……)

百合子「その気持ちだけで十分だよ、杏奈ちゃん。嬉しいもん。それより秘密って……」

杏奈「だから、秘密……。ごめんね……?」

杏奈「それと杏奈、今日は帰るね……」

百合子「えぇ! まだ、全然話せてないのに」

杏奈「お仕事が……あるから、ごめんね……」

杏奈(あっ、この感じなら……あれが使えるかも……)

百合子「そんなー。今日はいっぱい話せるかなって思ってたのに……」

杏奈「ねえ、百合子さん……」

百合子「何? 杏奈ちゃん」

杏奈「杏奈達はアイドルだから、忙しいのは仕方ないのかなって…………」

杏奈「だから、短い時間しか会えないのも仕方ないよ…………」

杏奈「でも……その分、会える時間を大事にしよう……ね?」

杏奈(静香はこんな風なこと、言ってたよね……)

杏奈(未来もこれを聞いて喜んでた……。これで良いんだよね……?)

杏奈「じゃあね……、百合子さん……」

百合子「……うん! そうだよね、私たちはアイドルだもんね」

百合子「またね、杏奈ちゃん」

杏奈「うん……。またね、百合子さん…………」

杏奈(そう言って杏奈は事務所を出た…………)

杏奈(多分、これでよかったんだと思う…………。百合子さんも、納得してたし……)

杏奈(でもこの言葉は杏奈のじゃなくて……、静香の……)

杏奈(胸の奥がちくっとするような…………、騙しちゃったような…………そんな感じ)

杏奈(これは……駄目かな……。何より、杏奈が納得できない……)



百合子「…………」

別の日 事務所

杏奈(今日参考にするのは…………、奈緒さんと美奈子さん……)

杏奈(美奈子さんはいっぱい……本当にいっぱい料理を作って…………)

杏奈(奈緒さんはそれを美味しそうに食べてる…………)

杏奈(つまり、二人の仲を料理が結んでるってことかも…………)

杏奈(だから、杏奈も百合子さんと同じ趣味を持とうかなって…………)

杏奈(都合良く、百合子さんが事務所の皆に勧めてた本があるから…………それを読んで来たよ……)

杏奈(久しぶりの活字は読むのが難しかったけど…………)

杏奈(百合子さんが勧めるだけあって、面白かった、な…………)

杏奈(これなら……、百合子さんとも語り合えるかも…………)

杏奈「百合子さん……。読んだよ、この本…………」

百合子「わぁ、その本って……!」

杏奈「うん……! 百合子さんが勧めてたやつ……。とっても面白かった……!」

百合子「うわぁ、嬉しい! 皆あんまり読んでくれなかったから!」

百合子「皆、ひどいの! 未来は少し読んだだけで目を回しちゃうし、昴さんは開いてくれさえしないの!」

百合子「プロデューサーさんと、紗代子さん。あと杏奈ちゃんくらいだよ!」

杏奈「ちょっと……、可哀想……」

百合子「でしょ? だから、杏奈ちゃんが読んでくれて嬉しい! その本、どうだった?」

杏奈「うん……、面白かったよ…………」

杏奈「終盤の主人公が格好良くて……、エピローグのセリフもキザだけど、良かった…………」

百合子「うんうん、そうだよね! ベタな展開だけど、それが逆に良いよね!」

杏奈「近未来の設定は、あんまり触れたことがなかったけど…………、すごくわくわくした……」

百合子「SFって言うんだよ、こういうジャンル! それにしても設定も魅力的だったよね!」

百合子「ノスタルジーを感じさせつつ、ディストピア的世界観を完成させてるところが文学的技術の高さの賜物だよね!」

杏奈(のすた? ですとぴあ? よくわからないかも…………)

杏奈「でも途中までの主人公は、なよなよしてて…………、あんまり好きじゃなかったかも……」

杏奈「なにか、もっと…………。頑張って欲しかった……」

杏奈(後半には成長するんだけど……それまでが微妙、かなって…………)

百合子「杏奈ちゃんはあんまり好きじゃないんだ。私は結構、好きかも」

百合子「杏奈ちゃん、途中でしつこく描写されたメタファー覚えてる?」

杏奈「め、めたはー?」

杏奈(百合子さん、また難しい言葉使ってる…………。もしかして、杏奈が知らないのが変なのかな……)

百合子「ただ主人公の動向だけ見てるとそう映るかもしれないけど、メタファーを意識するとその重なりに趣が感じられるの!」

杏奈「う、うん…………」

百合子「やっぱりこういう要素って、二回目以降に読むときに気付きやすいの。この作者はいっつもこうやって上手い隠喩表現を仕込んでるから、ついつい何度も読んじゃうんだ!」

杏奈「そう、す、すごいね…………」

百合子「でしょ!? だからね、私この作者大好きなの!」

杏奈(百合子さんのことを言ったつもり…………だったんだけど……)

杏奈(皆が百合子さんに本を勧められても…………読まない理由が、ちょっとわかるかも……)

杏奈(同じ本を読んでても……まったく、感じるものの量が違うんだね……)

百合子「そうだ! 杏奈ちゃん、この作者の別の本も貸してあげるよ!」ドサァ

杏奈「え、あ、うん……」

杏奈(その瞬間、百合子さんは……どこから出したんだろうってくらいの冊数の本を…………、出してきた……)

杏奈(文学少女ってすごい…………)

百合子「また感想聞かせてほしいな!」

杏奈「………………努力、します」

百合子「楽しみにしてるね!」

杏奈(失敗、しちゃった…………)

杏奈(そもそも、本を読むことの経験の差がありすぎるかも…………)

杏奈(杏奈は駆け出し冒険者…………百合子さんは、ラスボス……。敵じゃないけど…………)

杏奈(付け焼刃は、失礼だよね…………。百合子さんにも、読書に対しても……)

杏奈(それにしても……)

杏奈(色々、参考にしたけれど…………。どれも、あんまりうまくいかなかったな……)

杏奈(杏奈には、無理なのかな…………。百合子さんの特別になるなんて……)

杏奈(もしかしたら、今までやった方法は……誰がやっても有効なわけじゃないのかも…………)

杏奈(だったら、杏奈にしかできない方法…………それを使うべき……?)

杏奈(どちらにしても、これで最後にしよう、かな…………)

杏奈(……………………ビビっと、てね)

別の日 事務所

P「お疲れさん、百合子」

百合子「プロデューサーさんもお疲れ様です!」

P「アイドルのお前らに比べたら大したことじゃないさ。……とにかく、百合子も疲れただろう」

P「この後は予定無かったはずだし、しっかり休んでおくんだぞ」

百合子(そう言うとプロデューサーさんは別の娘の送迎に向かいました)

百合子(人目が無くなると、途端に気が抜けます)

百合子「ふへぇ、疲れた…………」

百合子(ついつい独り言も漏れるというものです)

百合子(お仕事を貰えるのはアイドルとして大変嬉しいことですが、嬉しいからといって疲れないわけじゃありません)

百合子(だからこそ、こんな生活の中で癒しを求めるわけです)

百合子「杏奈ちゃん、いるかな? 暇だったら一緒にゲームしたいな」

百合子(最近、杏奈ちゃんの様子がおかしい……、ので出来るだけ杏奈ちゃんの側にいたいのです)

百合子(思えば忙しく、本を勧めた日から会えてません)

百合子(今日は会えたら良いな、なんて思っていると)

百合子(ここで私はあることに気づきました)

百合子「何か、騒がしいかも」

百合子(そう口にした瞬間、私の目の前に人影が現れました)

昴「おっ、百合子。帰ってきたか!」

百合子(現れたのは昴さん。でも、なにやら困っているように見えました)

百合子「昴さん? どうしたんですか、そんなに焦って」

昴「いや、実は……杏奈が変なんだよ」

百合子「杏奈ちゃんが? ……もしかして病気とか!? 大変!?」

昴「そういうことじゃないんだ。ただ、……変なんだ」

百合子「……? どういうことですか、昴さん」

昴「実は――」

百合子(昴さんが告げた事実は、なかなか衝撃的なものでした)

百合子「未来、静香! 杏奈ちゃん見なかった!?」

静香「百合子! 実は杏奈が……」

百合子「知ってる。昴さんから聞いたよ……でも、なんでそんなことに」

未来「……もしかして!」

静香「未来。今は真面目な話をしているから、お馬鹿なこと言ったら怒るわよ」

未来「違うよ! ……実は、ちょっと前に杏奈が変なことしてたなーって」

百合子「変なこと?」

未来「うん。部屋の隅っこに座ってて、なにやってるのか聞いてもお構いなくって言ってて」

静香「それで?」

未来「私と静香ちゃんのことを、ジッと見てたの」

未来「睨んでるとかじゃなくて、ただ、ジーッと」

静香「私と未来を?」

百合子「……杏奈ちゃん、一体、何をやってるの?」

静香「何か、悩んでいたのかしら」

百合子「……かもしれない。杏奈ちゃん、溜め込んじゃうタイプに見えるし」

静香「そうね。もう少し未来みたいに単純でも良いのかも」

未来「静香ちゃん、酷い!」

静香「とにかく、杏奈のことなら百合子に任せた方が良さそうね。杏奈は向こうの部屋にいたわよ」

百合子「うん。ありがとう!」

百合子(未来と静香を見てた……? 本当に、何をしたかったんだろう)

百合子(それに溜め込まないで、私に言ってくれれば良かったのに)

百合子(杏奈ちゃん……)

百合子(私は駆け出して、例の部屋に続く廊下へ出ます)

百合子(例の部屋に近づいていくと、そのうち部屋の中からだと思われる話し声が聞こえて来ました)

百合子(そう、扉越しに聞こえるだけの声量だったのです)

百合子(もしかしたら誰かが言い争っている途中なのかもしれません。しかし、関係ありません)

百合子(だって杏奈ちゃんが――)ガチャ


ロコ「絶対ストレンジ――おかしいです! いつものアンナに戻ってください!」

百合子(どうやら扉越しでも聞こえていた声はロコちゃんのものらしいです)

百合子(そしてその怒気を前にしているのは、杏奈ちゃんでした)

杏奈「だ、か、ら! 何度も言った通りだよ!」

百合子「杏奈ちゃん……?」


杏奈「オンもオフも関係なく! 杏奈はずっとこの明るい杏奈でいくから!」


百合子(事務所にいるのに、いつもと違って――――ON状態の)

ロコ「おかしいです! 昨日までは普通だったじゃないですか! 何で急にそんなことを言うんですか!」

百合子(ロコちゃんの選ぶ言葉には、何時ものような英単語は存在していませんでした。それだけ真剣ということなのかもしれません)

百合子「そうだよ杏奈ちゃん! 何で急にそんなことに……」

杏奈「……急にじゃ、ないよ」ボソ

百合子「え?」

杏奈「何でもないよっ」

百合子「……むむ」

百合子(杏奈ちゃんがアイドルとして仕事をするときは……最近はしないことも増えたけど……ともかく、今のような明るい杏奈ちゃんになっています)

百合子(逆に言えばオフの時、事務所にいるときなどは演技ではない素の杏奈ちゃんでいたのに)

百合子(それをやめるだなんて……)

ロコ「…………もういいです」

百合子「ロコちゃん?」

ロコ「ロコが伝える……テルできることは全部伝えました。それでもアンナがこのステータスならロコにできることは無いです」

ロコ「それをできるのはきっと……」ジッ

百合子(ロコちゃんの瞳が私を捉えていました。続く言葉はなく、しかし私はロコちゃんが何を言いたいのかがわかりました)

ロコ「というわけでロコはフェイドアウトしますので、ついでに誰もここにエンターできないようにしておきます。…………ユリコのこと、少し、妬けちゃいますね」スタスタガチャ

百合子(ロコちゃんが部屋を出ていって、残るのは沈黙、そして私と杏奈ちゃんだけでした)

杏奈「百合子さん、久しぶり!」

百合子「杏奈ちゃん……。うん、久しぶり」

杏奈「杏奈ずっと百合子さんに会いたかったんだよ! 実は杏奈、百合子さんに勧められた他の本読んでみたの!」

百合子「本当!?」

百合子(前に杏奈ちゃんに会った日に、半ば押し付ける形で杏奈ちゃんに貸した本のことでしょう)

百合子(そして杏奈ちゃんとあの日別れた後、杏奈ちゃんに迷惑だったかも、と思っていたことでした)

百合子「ごめんね杏奈ちゃん。あんなに一杯押し付けちゃって……。でも、読んでくれたんだ!」

杏奈「うん! せっかく百合子さんが勧めてたからね!」

百合子「嬉しい…………、ってそんな話をしてる場合じゃなくて――」

杏奈「それでね? 読んだんだけど、面白い! っていうのは感じるんだけど、この前の百合子さんみたいな難しい受け取り方ができないんだ……」

百合子「難しい受け取り方……?」

杏奈「ディストピアとか、隠喩とか。今の杏奈には難しかったみたい!」

杏奈「だからね。杏奈、百合子さんに教えてもらいたいな、って!」

杏奈「杏奈も百合子さんと同じ景色が見たいの!」

百合子「杏奈ちゃん……! そうだよね。あんまり普段本を読まない人に、私、わかりにくいようなことばかり言ってたかも」

百合子(反省です。これでは私が勧めた本を皆が読んでくれないのも、少しわかる気がします)

百合子(と、それと同時にあることが引っ掛かりました)

百合子「じゃあ、最初に勧めた本の感想を杏奈ちゃんに言った時、杏奈ちゃんは私の説明がよくわからなかったんだね」

百合子(否定してほしいと、思いながら私はそれを聞きました)

百合子(しかし、杏奈ちゃんは一瞬だけ言い淀んで、すぐに返答しました)

杏奈「…………うん! 実はそうだったの!」

百合子(あぁ……、やはり)

百合子「その時言ってくれればよかったのに――――ううん、言って欲しかった」

百合子(私は暴走しちゃった手前言うのもなんだけれども、やっぱり本の感想は互いに意見を交換したいものです)

百合子(だから、やっぱり、その時の杏奈ちゃんに言って欲しかった)

杏奈「百合子さん、ごめんなさい。……でもね? 今の私なら言いたいこともしっかり言えるから!」

杏奈「今度からは百合子さんに言いたいこともどんどん言うよ!」

百合子「……杏奈ちゃん」

百合子(言葉だけを見れば、杏奈ちゃんの言葉はとてもいいものに思えました)

百合子(確かに普段の杏奈ちゃんは、未来のように何でもかんでも周りに言えるタイプじゃないと言えるかもしれません)

百合子(それこそ杏奈ちゃんが思ったことを皆や私に言ってくれたなら、今回のように杏奈ちゃんが急にこんなことをすることもなくなるかもしれません)

百合子(……でも)

百合子「杏奈ちゃんはさ…………。いつもの、自分でいるのが嫌だったの?」

杏奈「……そうかも。だから、今の私でいるのは楽しいよ!」

杏奈「きっと、皆も百合子さんも今は違和感があるかもだけど! すぐに慣れて、また楽しくやれるよ!」

杏奈「だからね? 心配しないでよ、百合子さん!」

百合子「杏奈ちゃん…………」

百合子(楽しい……、杏奈ちゃんがそう言うなら尊重すべきなのかもしれません)

百合子(杏奈ちゃんが選んだことなら、皆だって時間をかけても慣れていくでしょう)

百合子(…………理屈では、これでいいはずです)

百合子(ただ、私の心の! 奥の方が、叫んでいるの!)

百合子(こんな結末は嫌だって! 私が好きな杏奈ちゃんは今の、目の前にいるような杏奈ちゃんじゃないって!)

百合子(ロコちゃんもきっとこんな気持ちだったんだよね。私も、同じ気持ちだよ!)

百合子「……そうだね、杏奈ちゃん。今度からは杏奈ちゃんは私に言いたいことを言ってくれるのなら……きっとそれは今まで以上に仲良くできるかもしれないね」

百合子(杏奈ちゃんが一人で嫌な思いを抱え込むことも、ないかもしれません)

杏奈「だよね! 杏奈、百合子さんともっと仲良くなりたいって――――」

百合子「でも、私が知りたいのは別のことだから」

杏奈「――――え」

百合子「杏奈ちゃん。きっと、ちょっと前までの杏奈ちゃんは私に言いたいことがあったんだよね?」

百合子「いつからかは、わからないけど。ずっと悩んでたんだよね?」

杏奈「そ、そんなことないよ!」

百合子「私が知りたいのはそれなんだよ、杏奈ちゃん」

杏奈「で、でも。確かに悩んでたかもだけど! ほらっ、杏奈こんなに積極的になったんだよ!? だったら何の問題も――」

百合子「ごめんね杏奈ちゃん」

百合子「私が知ってる――私が仲良くしたいって思ってる杏奈ちゃんはね、アイドルとして頑張るために明るくなるための演技をすることもあるけど……」

百合子「ありのままの自分でアイドルとして頑張ろうとしてる、そんな娘なんだ」

杏奈「百合子さん……」

百合子「どっちが良いとか、悪いじゃなくて。両方が混ざり合ってる杏奈ちゃんのことが――私は好き」

百合子「だから杏奈ちゃん、元に戻ってよ。辛いことがあるなら私に話してよ」

百合子「私、きっと何かを間違えちゃったんだよね……?」

杏奈「そんなことないよ…………。全部、杏奈が勝手に……」

百合子「勝手……そうかもしれないけど。それでも、私にも分け合わせてよ杏奈ちゃん」

百合子「もっと私を頼っていいよ。私、もっと杏奈ちゃんのことを知りたい」

杏奈「……百合子、さん」

百合子(気が付けば杏奈ちゃんのスイッチは切り替わっていていて、私の目の前にいる杏奈ちゃんはいつもの姿と重なっていました)

杏奈「杏奈、不安だった…………」

百合子(部屋をしばらくの沈黙が覆っています。そして、そんな中で杏奈ちゃんは少しずつ言葉を噛み砕いて、話し始めました)

百合子(杏奈ちゃんの心の準備が終わったのでしょう)

百合子「不安?」

杏奈「うん…………。杏奈、人と話すの苦手だから……」

百合子「……そうかも。それで、無理に人見知りを直そうとしてああしたってこと?」

杏奈「全然違う…………よ……」

杏奈「杏奈が不安に思ってたのは、百合子さんのこと…………」

百合子「私?」

杏奈「うん……。最近の百合子さん、色んな娘と仲良くしてて……」

杏奈「その中で、百合子さんの特別な人を見つけちゃうのかも、って…………」

百合子「特別な、人……?」

百合子(杏奈ちゃんはそんな、抽象的な言葉を紡ぎました。具体的なイメージは出来ませんでした)

百合子(なんとなく、杏奈ちゃんもイメージ出来てないんじゃないかと思います)

杏奈「百合子さん……。杏奈ね、百合子さんが大好き…………」

杏奈「ずっと一緒に居たいし、アイドルしていたい――――百合子さんの『特別』になりたい……」

杏奈「でも、この想いは百合子さんには重過ぎるってわかってる…………」

百合子「…………」

杏奈「だからね…………、百合子さんにもおんなじくらい杏奈のことを考えて欲しくて……。色々したんだ……」

百合子「…………あっ! お茶淹れようとしてくれたり、勧めた本読んでくれたりしたのって……!」

杏奈「うん……」

百合子(なるほど、と合点がいきました)

杏奈「あと、まあ……、色々やったけど……。あんまり上手くいかなかった…………」

杏奈「素っ気なくしてみて、百合子さんの暴走を放っておいても…………結局、ロコが止めたし……」

百合子「……もしかして、ネトゲのアップデートの話をした時?」

百合子(そういうと杏奈ちゃんはコクリと小さく頷きました)

百合子(そういえば珍しくロコちゃんに止められたなー、なんて。そのときは、その程度にしか考えていませんでした)

杏奈「だから、杏奈は百合子さんじゃなきゃダメ……、だけど…………」

杏奈「百合子さんは、そんなこと……。無いよね……って」

杏奈「杏奈は事務所の皆みたいに…………明るくないし、皆に迷惑かけちゃう……」

杏奈「アイドルとしても……さっきみたいな演技をして、ようやく一人前になるかどうか…………」

杏奈「杏奈は、ダメダメ…………」

百合子「そんなこと……」

杏奈「うん。杏奈がこういうこと言えば……、百合子さん優しいから、そう言ってくれるよね……」

杏奈「ごめんね、百合子さん……。皆も巻き込んで、こんなことしちゃって…………」

杏奈「皆にも、謝らなきゃ……」

百合子(杏奈ちゃんはそう言うと、部屋から出て行こうとし始めました)

百合子(ここがきっと分水嶺なのでしょう)

百合子(けど私は迷わない! 言いたいことはいっぱいあって、それを言わないではいられないから!)ダッ

百合子「待ってよ杏奈ちゃん!」ギュッ

百合子(私に背を向けている杏奈ちゃんの後ろ手を、逃さないように握ります)

杏奈「…………離して、百合子さん」

百合子「離さないよ杏奈ちゃん! 言いたいことだけ言って、逃げないでよ!」

杏奈「ごめん、ね……」

百合子「杏奈ちゃん!」ダッ

百合子(私は堪らず、杏奈ちゃんの正面に回り込み。背を扉に任せます)

百合子(そして、再び杏奈ちゃんに向かい合うと――)

杏奈「百合子、さん、なんで……」グスッ

百合子(杏奈ちゃんは涙を流していました)

百合子(でも、私は逃がしません。きっと、今しか無いから!)

百合子「杏奈ちゃん、私怒ってるからね……!」

杏奈「う、ん……。わかってる、よ…………。迷惑かけて、ごめんなさい……」グスッ

百合子「全然わかってない! 」

杏奈「え……?」

百合子「杏奈ちゃんのためならいくらでも迷惑をかけられても良いもん! そうじゃなくて、私が怒ってるのは!」

百合子「杏奈ちゃんが自分のことを――私の親友の杏奈ちゃんのことを悪く言うことだよ!」

杏奈「百合子、さん……?」

百合子「杏奈ちゃんは、私が杏奈ちゃんじゃなくても良いって言うけど……、違うもん!」

百合子「私だって杏奈ちゃんが良い! 杏奈ちゃんじゃなきゃ嫌だもん!」

百合子「杏奈ちゃんの前だから安心して暴走できるの! 普段の杏奈ちゃんならきっと止めてくれるって、知ってるから!」

杏奈「本当……?」

百合子「本当だよ。杏奈ちゃんはさっき、自分の想いが重過ぎるなんて言ってたけど、そんなことない!」

百合子「私だって、杏奈ちゃんを想い過ぎるくらい想ってるもん!」

百合子「一緒にアイドルをしてきて、一緒のユニットを組んだりしてきて…………一緒の感情を抱いてないわけがないよ!」

杏奈「百合子さん……」

百合子「実を言うとね…………。杏奈ちゃん。お茶を入れてようとしてくれた時、千鶴さんと秘密の話をしてたよね」

杏奈「うん……。百合子さんのこと、かな? それを相談してたの…………」

百合子「……私、嫉妬してた」

杏奈「嫉妬……? 百合子さんが……?」

百合子「私ね、杏奈ちゃんが何かを悩んで、それを相談するなら私にするんだと思ってた」

百合子(体の中にたまった、黒く重い何かを少しずつ噛み砕いていきます。杏奈ちゃんも、こんな気持ちで告白してたのでしょうか)

百合子「だから、寂しかった…………それ以上に嫉妬してた。千鶴さんはきっと親切さだけで杏奈ちゃんの相談に乗ったはずなのに……ね」

百合子(悔しくて、羨ましくて、でも怒っていいようなことじゃなくて)

百合子(そんな感情は確かに私の中にもありました)

百合子(……もしかしたら、今回のような騒動を起こしてたのは私だったかもしれません)

百合子「……失望、させちゃったかな」

杏奈「そんなことない…………! むしろ――安心した、かも」

杏奈「百合子さんも、杏奈のことを……そんなに想ってくれてたんだって、わかったから…………嬉しい……」

百合子「……杏奈ちゃん。変だよ」

百合子(でも、杏奈ちゃんなら受け入れてくれると、そうわかっていた気がします)

杏奈「じゃあ、百合子さん…………。杏奈がこういう風に百合子さんのことを……思ってるって、知って……。嬉しくない……?」

百合子「…………イジワル」

百合子(まったく嬉しくないなら、私だってこんなに杏奈ちゃんに訴えたりしないのに)

百合子(杏奈ちゃんだってそれを分かってるはずなのに…………まったく、もう)

百合子「杏奈ちゃん、私たち……変だよ?」

杏奈「変でも、良いもん……。百合子さんと一緒なら…………」

百合子「…………そうだよね。私も、同じ気持ち」

百合子「ずっと一緒にいようね。杏奈ちゃん」

杏奈「うん…………!」

杏奈「でも…………」

百合子「何かな?」

百合子(さあ、いざ部屋を引き上げようとした矢先。杏奈ちゃんは話し始めました)

杏奈「百合子さんの言うこと……信じる、信じるよ…………? でも……」

杏奈「証が、欲しいかも……」

百合子「証?」

杏奈「うん……。ごめんね…………? 杏奈、やっぱり面倒臭い娘かも……」

百合子「……そうかもね。でも、杏奈ちゃん。私はそんな杏奈ちゃんが好きだから」

杏奈「…………嬉しい」

百合子「証、ね…………。じゃあ、こんなのはどうかな――――」

ロコ「――それで、そのペアリングが例の物という訳ですか」

杏奈「うん…………。百合子さんも、つけてるんだって……」

ロコ「……そうですか」ブス-

杏奈「ん、……ロコ、不貞腐れてる……?」

ロコ「ザッツノットライトです! ……とスピークしたいですが、案外その通りかもしれません」

ロコ「結局、アンナのプロブレムはロコには解決できなかった訳ですし!」

ロコ「ふん!」

杏奈「ロコ……、可愛いね…………」ナデナデ

ロコ「撫でるのはストップしてください! それに何度も言うようにロコの方がエルダーなんですから!」

杏奈「ロコは……、冗談がうまいね……ふふ」

ロコ「ジョークじゃないですから!」プンスカ

杏奈「ふふ…………。じゃあ、百合子さんとの約束があるから…………そろそろ、行くね?」

ロコ「あっ…………ハイ。シーユーアゲイン、です」

杏奈「寂しそうなロコも……、可愛い、よ……?」スタスタ

ロコ「シャラップです!! 余計なお世話です!!」

ロコ「…………」

ロコ「…………ふぅ」

ロコ「アンナ、最近は本当にハイテンションですね……」

ロコ「なんにせよアンナが元気でロコは安心しました」

ロコ「まあ、しかし…………。アンナもユリコもエクストリームに大胆ですよね」

ロコ「ペアリングを左手の薬指に嵌めるなんて、ね?」

おわり

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