けいおんSS
二回生ともなれば大学にもそこそこ慣れてくるもので、私も去年と比べれば見違えるほど余裕のあるキャンパスライフを送っていた。
具体的に言えば周囲にも目を配る事が出来るようになってきた。
より具体的に言えば、私とお姉ちゃんを取り巻く周囲に。
お姉ちゃんは相変わらず仲間に恵まれている。
高校時代から変わらない軽音部の仲間に加えて、ライバルのバンドの人達や先輩にも恵まれているのが見て取れる。
そしてそれは軽音部の中だけというわけではなく、大学構内でお姉ちゃんを見かけた時はいつも同じように周囲の人と笑いあっていた。
もちろんそんな中でも変わらず私や梓ちゃん、純ちゃんといった後輩にも優しく接してくれる。
ありきたりな言葉だけどお姉ちゃんは私から見ても「幸せ」だったと思うし、お姉ちゃん本人もいつもそう言っていた。
だから、誰が何と言おうとお姉ちゃんは幸せだったのだ。
他ならぬ私とお姉ちゃんがそう思ったのだから。
そんなお姉ちゃんの心に影を落としたのは、一つの訃報。
地元で家族同然と言えるほど仲良くしていた、とみおばあちゃんの訃報。
「お葬式は土曜日に行われる」
「無理に帰ってこなくてもいい。代わりに私達がちゃんと出席し、伝えておくから」
お父さんからの電話で言われた事のうち、それくらいしか頭に入ってこなかった。
私でさえこんな有様だったのだから、お姉ちゃんの受けたショックがどれほどのものだったのかなんて考えたくもない。
死という現実を目の当たりにしたお姉ちゃんの。
それでも結局、私達二人は桜が丘に帰り、お葬式に出る事を選んだ。
多少とみおばあちゃんと面識のある梓ちゃんや軽音部の先輩方も同行しようか悩んでいたようだけど、私から断った。
思うところは同じだったのだろう、皆すぐに引いてくれた。
お姉ちゃんを見て、すぐに引いてくれた。
お葬式の最中、お姉ちゃんはずっと俯いていた。
暗い顔をしていた。私も同じような顔をしていたと思う。
ただ、お姉ちゃんは涙だけは流していなかった。
だから、なんとなく私も涙だけは我慢した。
本当は泣きたかったけれど。
唯「ねえ、憂」
お葬式を終えた夜、お姉ちゃんが私だけに言った。
唯「死ぬのって、怖いのかな」
憂「……わかんない」
唯「残された人は、悲しいよね。寂しいよね」
憂「うん、そうだね」
唯「死ぬ人も、同じくらい悲しいのかな。寂しいのかな」
憂「……そうかもね」
お姉ちゃんが落ち込んでいるのが、声でわかる。
永遠の別れを目の当たりにして、見たくなかった恐ろしい現実を直視して、落ち込んでいる。
私だって落ち込んでいる。だったら、二人共が少しでも元気になれるような、前向きになれるような事を言いたい。
死を恐れるお姉ちゃんの問いに答える事によって。
憂「きっと悲しくて、寂しいと思う。けど、それを和らげてくれるのが幸せな思い出だと思うよ」
唯「幸せな思い出……?」
憂「お姉ちゃんがおばあちゃんのために演芸大会に出た事とか。小さい頃に一緒に遊んだ事とか。幸せな思い出が多ければ、少しは安らかに眠れたんじゃないかな」
残された側としては、きっとこう考えるしかないと思う。
お別れが悲しくてたまらないくらいにおばあちゃんから幸せな思い出を貰った私達も、少しくらいはおばあちゃんに返せていたんじゃないかな、と。
お互いに与え合えていたはずだ、と。
そう考えて、悲しみを乗り越えていかないといけないんだと思う。
唯「私は、いっぱい思い出を貰ったよ。本当に、悲しすぎるくらいに……」
憂「そのぶん、おばあちゃんは幸せに眠れたはずだよ。きっと」
唯「……そう、かな」
憂「きっと、ね」
そんな会話をした事を、今でも覚えている。
肝心のお姉ちゃんはその次の日に自ら命を絶ってしまったけれど、その日の私は間違った事を言ったつもりは一切なかった。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
お姉ちゃんは、いなくなった日にいくつか私にメールを送ってきていた。
『この世界って、早い者勝ちなんじゃないかな』
大学三回生のお姉ちゃんがこんな事を言うと就職の話にも思えてくるけど、お姉ちゃんを失った今ならわかる。
誰よりも大切な人を失った私ならわかる。
この世界は早い者勝ちだ。
誰よりも死を恐れるお姉ちゃんが死んだ理由は、この世界が早い者勝ちだからだ。
誰よりも早く死ぬ事で、大切な人の死から逃れたかったんだ。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
唯「……憂は、死なないでね?」
憂「まだまだ死ぬつもりはないけど……人は、いつかは死ぬんだよ、お姉ちゃん。だから残された人は、それを乗り越えないと」
そんな会話をした事を、今でも覚えている。
肝心のお姉ちゃんはその次の日に自ら命を絶ってしまったけれど、その日の私は間違った事を言ったつもりは一切なかった。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「死ぬ理由があるようには見えなかった」
「残された人の事も考えないで、自分勝手だ」
そんな風に言う人もいた。大半の人がそうだった。
でも真実は違う。
お姉ちゃんには死ぬ理由があったし、自分勝手でもない。
『みんなの悲しみも、できるだけ少ない方がいいよね。だから早い方がいいんだよ』
このメールからわかるように、お姉ちゃんは私達の事も考えていた。
私達がこれから先にお姉ちゃんと重ねていくであろう、幸せな思い出の事も考えていた。
幸せな思い出の量に比例して、残された人の悲しみは深まる。だから、今、終わらせた。
自分勝手だなんてとんでもない。自分と同じくらい、他の人の事も考えていたんだ。
誰よりも死を恐れるお姉ちゃんが死んだ理由は、これからも幸せが続いていくからだ。
誰よりも幸せを知っているから。生きてさえいれば、きっと何かいい事があるから。だから死んだんだ。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
『今までありがとう、みんな』
このメールだけは皆に見せた。
他も見せるべきかは、実はまだ悩んでいる。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
私はお姉ちゃんの一番の理解者だ。
お姉ちゃんが死ぬ事は予想出来なかったけど、死んだ理由はこうして理解している。
遅すぎたけれど、理解している。
仮に早かったとしても、お姉ちゃんを止められたかは怪しいけれど。
だって、私にはこうして理解できるのだから。
でも、私自身はまだ生きている。
死を選んだお姉ちゃんの考えを誰よりも理解しているけど、死なずに生きている。
お姉ちゃんの考えを否定出来るから、ではない。誰よりもお姉ちゃんに近い私には否定出来る材料がない。
お姉ちゃんに一緒に死のうと誘われたなら、絶対に私は死んでいた。
でもお姉ちゃんは私を誘わなかった。私に生きて欲しかったから……ではなく、お姉ちゃんは私が理解できるとは思わなかったんだ。
言ってくれれば。教えてくれれば、私にはわかるのに。
あの流れでは言いにくいのもわかるけどね。
結果的には、私はお姉ちゃんに置いていかれた。
だからこそ私は生きている、と、そう言うのが一番しっくりくる。
お姉ちゃんが先に行ったのではなく、別の道に行ったから。だから私はこのまま行く。
姉が黙って別の道を選んだ事に腹を立てた妹の、小さな反抗。初めての反抗。最後の反抗。
私が生きる理由は、それだけ。
最後まで生きて、お姉ちゃんとどちらが正しかったのか言い合える日を迎えたいから。
おわり
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません