凛「店番、たまにアイドル」 (29)

入口から差し込むあたたかな陽光は、土と水と花の香りが溶け合った店内を優しく照らしていた。
新しい年度になってしばらく経った。ピカピカのランドセルを背負った子が店の前を通る。
春になると、少しわくわくするのは何故だろう。
何か新しいこと始めてみようかな。趣味らしい趣味もないし……ハナコの散歩くらい?
なんてことをぼんやりと考えていたら、お客さんがやってきた。そんなある春の日のこと。

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凛「いらっしゃいませ……って、早耶?」

早耶「ふふっ、凛ちゃんこんにちはぁ♪」

凛「うん、こんにちは。今日はどうしたの?」

早耶「早耶、お花を探しててぇ……せっかくなので凛ちゃんのお花屋さんで買おうって思ったから来ちゃいましたぁ」

凛「そっか、うちに来てくれてありがとね。探してるのは何の花?」

早耶「まだ決めてないですぅ、だから凛ちゃんと一緒に探したいなぁって」

凛「うん、私でよければ協力するよ。一通り見てみよっか」

早耶「ありがとうございますぅ♪」

早耶「たっくさんお花が咲いてますねぇ……どれも綺麗ですぅ」

凛「今の時期は春の花がたくさんあるからね。ところで早耶?」

早耶「はい、なんでしょう?」

凛「こんな花がいいなってイメージあったりする? あれば見つけやすいよ」

早耶「そうですねぇ……琴歌ちゃんに似合いそうな可愛い花がいいかなぁ」

凛「もしかしてプレゼント?」

早耶「前に琴歌ちゃんと一緒に押し花づくりをして、色々教えてもらったからお礼がしたいなって」

凛「そんなことあったんだ。早耶ってみんなの趣味によく混ざってるよね」

早耶「えへへっ! 好きなことをしたり話したりしてる時が一番素敵に見えるんですぅ。だからぁ、早耶はみんなの『好き』にどんどん触れてみたくて♪」

凛「早耶のそういうところ、いいなって思うよ。私じゃちょっと真似できないかも」

凛「えっと、つまり琴歌に贈る花を選べばいいんだね」

早耶「そうですぅ! 何がいいのかなぁ……」

凛「琴歌の喜びそうな花か……うん、いろいろ見てみよう」

早耶「はぁい、お願いしますねぇ♪」

凛「例えば色で選んでみる? 琴歌に合いそうな色っていうと……」

早耶「うーん、やっぱりピンク色?」

凛「真っ先に出てくるよね。ピンクといっても淡い色味のやつ」

早耶「白とかも合いそうですぅ」

凛「淡いピンクか白の花は……たくさんあるね」

早耶「選ぶの大変そうですねぇ……でも、琴歌ちゃんのためにも頑張りますよぉ☆」

……


凛「うん、ざっとは見れたかな。早耶、これっていうのあった?」

早耶「いま見せてもらったお花、どれも琴歌ちゃんに似合いそうで逆に難しいですぅ……」

凛「そうなんだよね……途中で赤とかオレンジ系の花も紹介したけど、それはそれで合いそうって思ったくらい」

早耶「琴歌ちゃん、撮影のお仕事でもお花が絡んでること多いし……お花が似合うアイドルですぅ」

凛「ふふっ、それが悩みの種になっちゃうなんて、なんかおかしい」

早耶「もぉ、早耶はこんなに悩んでるんですよぉ!」

凛「ごめんごめん。んー、こういう時は考え方を変えてみようよ」

早耶「考え方?」

凛「琴歌はどんな花も似合うし、早耶からのプレゼントなら何だって喜ぶと思うから……そもそも、なんでプレゼントを花にしようと思ったの?」

早耶「それはぁ、琴歌ちゃんはお花好きだし、押し花のお礼だからお花にしようかなぁって」

凛「うん。大事なのは早耶が何を贈りたいか、だよ」

早耶「早耶が贈りたいものはぁ……押し花教えてくれてありがとうって気持ち!」

凛「じゃあその気持ちに相応しい花にしよう。早耶の気持ちを託す花だよ」

早耶「ありがとうって気持ちをお花に託して……あ、そうだぁ!」

凛「何か思いついた?」

早耶「えっとぉ、さっき見た中に確かあの花が――」

……


凛「はい、コデマリでいいんだよね?」

早耶「そうそう、これですぅ!」

凛「早耶はなんでコデマリにしようと思ったの?」

早耶「琴歌ちゃんに押し花に向いてる花とか色々教えてもらってぇ、この花のことも言ってたのぉ♪」

凛「ということは……」

早耶「押し花教えてくれてありがとうって気持ち、押し花で伝えられたら素敵だなぁって☆」

凛「なるほどね。うん、いいと思う」

早耶「あ、でも凛ちゃんは買ったばかりのお花をすぐ押し花にされちゃうの、嫌……?」

凛「うーん、そんなことはないよ。花は散るからこそ……なんて言葉もあるけど、綺麗なままでいつまでも残しておきたいって気持ちもあって当然だし」

早耶「そっかぁ、ちょっと安心しましたぁ」

凛「ちなみにコデマリの花言葉は“優雅”“上品”なんてのがあるから、それも琴歌らしくてピッタリじゃないかな」

早耶「わぁ、もう絶対これにしますぅ♪」

………
……


凛「お待たせしました、どうぞ……今朝咲いたばかりで一番綺麗なの選んどいたから。元気なうちに押し花にしてね」

早耶「はぁい。凛ちゃん、本当にありがとうございましたぁ♪」

凛「琴歌、きっと喜んでくれるよ」

早耶「ふふっ、渡すときには凛ちゃんのこともちゃんと言いますねぇ」

凛「べ、別にいいよ。なんか恥ずかしいし」

早耶「だぁめ♪ このお花に決められたのは凛ちゃんのおかげですからぁ、うふっ♪」



コデマリを大切に抱えて、上機嫌な早耶は店を後にする。
押し花は全然詳しくないけど、上手くいくといいな。
綺麗で煌めいている瞬間を、永遠に残したいという気持ち。
だからこそ、押し花に限らずドライフラワーやブリザードフラワーなんて技術があるわけで。
アイドルが写真を撮ったり、歌やライブをデータにするのだって、同じようなものじゃないかなって、何となくそう思った。

8月のカレンダーをめくっても、うだるような暑さはまだ残り続けていた。
それでも、時折吹く風は涼しげに秋の気配を感じさせて、夏の終わりを予感させるこの時期は少しだけ寂しくもある。
店内にも少しずつ秋の花が増えていく様は、まるで私の家が季節を運んでくるみたいだなって、小さいころはそんなことを思いながら眺めていたっけ。
なんて、昔のことを思いながら店先で作業をしていたら、賑やかな声が聞こえてきた。そんなある残暑続く日のこと。

紗南「あ、凛さんこんにちは!」

光「店番中?」

麗奈「ふぅん、花屋って聞いてたけど、こんなとこにあったのね」

凛「うん、こんにちは。3人でどうしたの?」

光「ああ、今度のライブの打ち合わせがあったんだ。その帰り」

凛「プロデューサーは一緒じゃないんだ」

紗南「打ち合わせまでは一緒だったけど、すぐ別の現場に行っちゃったよ」

麗奈「最近ずっとこんな感じよね」

光「ライブが近づくと忙しくなるのはプロデューサーも同じだな!」

凛「そうかもね。3人は戻ったらレッスン?」

光「いや、今日はもう何もないよ」

紗南「ね、せっかくだしお店の中も見てみよう!」

麗奈「まぁ予定もないし別にいいけど」

凛「じゃあ入って。好きに見てっていいよ」

紗南「お店の中は涼しいねー」

凛「うん、こんなに暑いと花もすぐ駄目になっちゃうから」

光「外にある花は大丈夫なのか?」

麗奈「よく知らないけど暑さに強い種類なんじゃない?」

凛「うーん、まぁそう捉えてくれればいいかな。キョロキョロして、花屋がそんなに珍しい?」

紗南「うん、実はあんまり来たことなくて」

光「アタシもだ。母の日にカーネーション買うくらい」

麗奈「まったく、アンタはそういう行事欠かさないわよね」

凛「麗奈もあんまり花屋に来る感じじゃなさそうだね」

麗奈「イタズラに使えそうなら買うわよ。ミントとか聞いたことあるし」

紗南「ミントをどうイタズラに使うんだろう?」

凛「あー、それはイタズラで済まなくなるからやっちゃ駄目だから」

麗奈「くっくっく……そんな風に言われると逆にやりたくなるじゃないッ!」

凛「麗奈、もう一回言うよ……やめてね?」

麗奈「う……わ、わかったわよ……」

光「麗奈が一発で引き下がった!」

紗南「うわぁ……凛さん目が座ってるよ……」

紗南「あ、でもアイドルやってから花と接する機会も増えたよね!」

麗奈「ファンからのプレゼントだったり、撮影の小道具でもよく使うわね」

光「うん、そうだな……」

凛「光、どうかした?」

光「あ、いや。さっきの打ち合わせで衣装合わせもしたんだけど、アクセサリーで花の髪飾り付けたなって」

凛「……もしかして、あんまり好みじゃなかった?」

光「えっ!? そ、そんなことないぞ!」

麗奈「誤魔化してるのが見え見えだっての」

光「ほんとに嫌じゃない! ただ、可愛い衣装だったからアタシらしくないなって思ったんだ」

紗南「えー似合ってたよ? 光の衣装はカッコいい系が多いから珍しいだけだって!」

麗奈「どうせ『もっとヒーローっぽいのがいい!』とか思ってるだけでしょ」

凛「ふぅん、可愛い路線の衣装なんだ」

紗南「携帯で写真撮ったから見る?」

凛「あ、うん。撮ってよかったの?」

麗奈「SNSにあげたりしなければいいぞって、プロデューサーも言ってたわ」

紗南「同じ事務所の凛さんなら見せてもいいよね。ほら、これ」

凛「……確かに光にしては珍しい感じの衣装だね」

光「ああ。フリフリのスカートやアクセサリーが慣れなくて」

紗南「あたしも本当はフリフリより鎧風の衣装とかがいいんだけどなぁ」

麗奈「ユニットでステージに立つなら合わせるもんでしょ。自分らしい衣装なんてソロの仕事で着ればいいのよ」

凛「ん、待ってこれって……」

紗南「凛さん、さっきから画面を凝視してるけど何かあった?」

凛「……ふふ、なるほどね。光、ちょっと見てほしい花があるから待ってて」

光「うん……アタシにって、なんだろう?」

……


凛「お待たせ。この花なにかわかる?」

紗南「わぁ、綺麗な青色だね!」

光「この花びらの形……髪飾りとおんなじだ!」

凛「うん、この花がモチーフみたい。名前はリンドウ」

麗奈「で、そのリンドウが何だっていうの?」

凛「その前に確認なんだけど、光の誕生日ってもうすぐだったよね?」

光「あぁ、9月13日だ!」

紗南「ライブ日と近いからステージでもお祝いするんだよ! レイナちゃんもお手製のバズーカ用意して張り切ってるよね!」

光「それは知らなかったぞ!」

麗奈「ちょっとサナ! 勝手に言うんじゃないわよ!」

凛「あはは……話、戻すね」

凛「まず、光の誕生花がこのリンドウってこと」

紗南「へぇー誕生花なんてあるんだ」

凛「うん、そしてリンドウの花言葉は“正義”“誠実”……光らしいよね」

光「アタシの誕生花の意味が正義……」

紗南「凄いぴったり!」

凛「つまり、今回の衣装は光にとって珍しいものかもしれないけど、ちゃんと光らしさがあるってこと」

紗南「光ちゃんらしいカッコイイ衣装じゃないかわりに、アクセサリーでってことなのかな?」

麗奈「アイツ、少しは考えてるのね。花言葉まで持ち出すなんて」

凛「プロデューサー、そういうとこあるから」

光「みんなを笑顔にさせるのがヒーローで、アタシはカワイイよりカッコイイ方が好きだけど……アタシらしいカワイイでも、ファンのみんなを笑顔にできるかな?」

凛「うん、きっと楽しみにしてるよ」

光「そうか……なら、新しいアタシにフォームチェンジだ! 可愛くたって正義だからな!」

………
……


凛「お待たせしました、どうぞ」

麗奈「リンドウ買っていくのね」

紗南「せっかくの誕生花なんだから、当日にあげようと思ったんだけどなー」

光「ごめん。でも、自分で買いたくなったんだ。いつでも見られるように部屋に置きたくて」

凛「うん、日当たりのいい場所に置いてあげてね」

光「わかった! 凛さん、ありがとう!」



同じ花でも、色によって花言葉が変わるものがある。リンドウもそのひとつだ。
写真で見せてもらった髪飾りは青色で、話した通り正義や誠実の意味。
それが紫のリンドウだったなら、花言葉は“あなたの悲しみに寄り添う”や“満ちた自信”。
私がよく衣装のアクセサリーで付けるんだけど……プロデューサーはなんで私に紫のリンドウをモチーフに選んだんだろう。面と向かっては少し恥ずかしくて、訊けないんだけど。
紫のリンドウが私にとっての特別な一本のように、光にとっての特別な一本が青色のリンドウになるんだろうか、なんて。
3人の後ろ姿を見送りながら、そんなことを考えていた。

過去作

凛「店番してたらアイドルがやってきた」
凛「店番と、アイドルと」
凛「店番しててもアイドルはやってくる」
凛「店番、時々アイドル」
凛「店番してるとアイドルがやってきて」


モバマスの背景やアクセサリーに使われている花を調べると、意外な発見があって楽しいです。
ここまで読んでくださった方に花束を。

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