かばん「けものフレンズイージー」 (48)
(遠く遠く現実からかけ離れたそれを、僕たちは夢と呼ぶのかもしれない)
(その内、僕たちはより現実味を持った夢のことを、現実と呼ぶ)
(僕の中にある、人の可能性は、他のけものとは違う)
(もう一つの可能性は…)
(彼女達との、明確な違いは…)
かばん「…」
サーバル「…どうしたのー?かばんちゃん」
かばん「…あ、ううん…何でもないよ」
サーバル「ねー!今日はどこに行こっかー!海も見たし、今度はもっともっと遠くに行きたいねー!」
かばん(…)
かばん(遠くに、かあ)
かばん「僕達、もう相当遠くに来てるよ」
サーバル「そうかなー?」
かばん(…そうだよ)
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サーバル「じゃあさ、今日はもっと、もーっと遠くに行こう!」
かばん「…うん」
かばん(…どうしても引っかかってること、言えない)
かばん(どうして、こんなに彼女は今まで通りでいられるの?)
かばん(…海へ出て、もう5年…どうして、今まで通りなの?)
かばん(…彼女がいつも通りの反面、僕は無駄に考える時間が多くなった)
かばん(あの頃みたいに、彼女と走り回ったり、泳いだりする時間が減って、ひたすら考え続けた)
かばん(…思考が止まらない、嫌な感じだ)
サーバル「また考え込んじゃってー!」
かばん「あはは…そうかな?」
かばん(…僕は…ヒトって、何?)
サーバル「あー!またセルリアンだ!」
かばん「…」
サーバル「迎え撃つより、逃げるべしー!」
かばん「…ね、サーバルちゃん」
サーバル「え?」
かばん「…僕って、何か変わってないかな?」
サーバル「?かばんちゃんは、かばんちゃんだよ!」
かばん(…そうだ)
かばん(…彼女達はいつも通りだ)
かばん(…僕だけが、僕だけが違う)
かばん(…それは、ヒトだから…とかいう理由なんかじゃなくて…)
かばん(…きっと、それ以上に、僕がこの世界に馴染めていないから)
かばん(…口では言い表せない、違和感があるから)
かばん「…今日はもう寝よう?サーバルちゃん」
サーバル「うん!」ギュッ
かばん(…あたたかい…)
かばん(…ダメだな…この違和感を口に出そうとすると、どうしてもこの安堵に逃げたくなってくる)
かばん(…この、ぬるま湯にずっとつかり続けてるかのような、安堵)
かばん(…この世界で良しとされている行為すら、身の安寧を感じる今の瞬間すら、僕にとっては違和感の塊でしかない)
かばん(…だとしたら、その違和感の正体は何?)
かばん(…一体、僕は何に引っかかっているの?)
かばん(…)
サーバル「…」スー
かばん「…」
かばん「…僕を、見ないで」
かばん(…なんてね、おやすみ、サーバルちゃん)
かばん「…」
かばん「…ん」
かばん「…寒…」
かばん「…あれ?サーバルちゃん?」
キチキチ
かばん「…サーバル、ちゃん?」
サーバル「…」
かばん(…!この、粘つくような生臭い匂い…!なに、これ…!)
サーバル「…グルル」
かばん「…ひっ…!」
サーバル「…グルルル!!」
かばん「…ひぁっ…!!」
かばん(…口の周り…!これって…!血…)
かばん「た、食べないでぇえええ!!!」
サーバル「…」
サーバル「…?」
サーバル「食べないよー!」
かばん「…」
かばん「…?あ、あれ…?」
サーバル「ふふ、昔みたいだねー!」
かばん「…」
かばん(…昔、みたい?)
サーバル「…んー」クシクシ
かばん(…いや、違う…!どう見ても…!)
かばん(…昔みたいなはずがない…あれは何?…あの塊は…!)
サーバル「…」
かばん(…うっ…!)
かばん(…気が付いてないんだ…!自分がした事を…!そんな事は、今まで起こりえなかったから…!)
かばん(…あれが、フレンズだって事にも…気が付いてない…!)
かばん(…サーバルちゃんは、あれを食べた…!)
サーバル「どうしたのー?」
かばん「ひっ…」
サーバル「???」
サーバル「何かベタベタするよー」
かばん「…ぅ、あぁ…」
かばん(…サーバルちゃんが、僕を食べるなんてこと、ありえないと思いたい…)
かばん(…けれど今、そのありえないことの一つがもう既に事実としてここに存在する…)
かばん(…次は、私…?)
サーバル「かばんちゃん!本当にどうしたの?具合悪いの?」
かばん「…う、ううん…だ、大丈夫…!」
かばん(…いや、違う…!サーバルちゃんがそんなことするはずが無い!)
かばん(…あれは、サーバルちゃんのせいじゃない!…あれは、フレンズなんかじゃない…!)
サーバル「そう?ならいいけどー」ピッ
かばん「…」
かばん(…爪の血を拭った…どうして?…何でそんな簡単なことにも、気が付いてくれないの…!?)
かばん「…」
かばん(…これは、木の汁だよって、言ってよ!)
かばん(…あれは、新種の何かだって言ってよ!)
かばん(あなたは、サーバルちゃんだって、言ってよ…!)
かばん(…)
サーバル「じゃあ次は、あっちだねー!」
かばん(…)
かばん(…冗談だよって、言ってよ…)
かばん「…ダメだ、寝付けない」
サーバル「…」スー
かばん「…どうしてだろうね、今まで通りでよかったのに」
かばん「ただ、あなたと楽しく、ずっと冒険できるだけで、僕は幸せだったのに」
かばん「…こんな事になっちゃって…頼る人は誰もいなくて」
かばん「…あなたは、少しずつおかしくなっていくのかな」
かばん「…嫌だな、そんなの…嫌だな…」
サーバル「…グルルル」
かばん「…っ!」
サーバル「…グルルル!!!」
かばん「ひっ…!」
かばん(…何で…)
サーバル「グルルル…!!ガルルルルルル!!!」
かばん(…いやっ…!ダメッ…!)
サーバル「…」
かばん「…?」
サーバル「…か、ばんちゃん…」
サーバル「…わ、たしから…離れて…」
かばん「さ、サーバルちゃん!!大丈夫!?」
サーバル「離れてっ!!!!」
かばん「…!」ビクッ
サーバル「…はぁーっ…!はぁーっ…!!」
かばん「…サーバル…ちゃん…?」
サーバル「…どうしたの?」
サーバル「…私、どうしちゃったのかな」
サーバル「オカシイの、私、いつも一緒に居る大好きなかばんちゃんなのに…」
サーバル「ときどき、変になっちゃうの」
サーバル「…爪をどこに当てれば、あなたを殺せるか、分かっちゃうの」
サーバル「…その後、私が何をしようとするのかも、分かっちゃうの」
かばん「…サーバルちゃん」
サーバル「…何?…私、一体どうしちゃったの?」
サーバル「そんな事、したくなんてないのに、あなたが大好きなのに」
サーバル「…体が言うことを、聞いてくれないよ…!」ギギッ
サーバル「…う、うううぅ…!!」
かばん「…」
サーバル「…逃げて…!!遠くまで!じゃないと私っ!」
サーバル「私!…私!!」
かばん「…逃げないよ」
かばん「…ずっと一緒って、言ったじゃない」ギュッ
サーバル「…ダメ…!かばん…」
かばん「…もし、サーバルちゃんが、本当におかしくなったら…きっと耐えられないよ」
かばん「…1人じゃ、どんなフレンズでも何にもできないよ」
サーバル「…ぅ、うううう…」
かばん「…」
サーバル「…う、う、ぅ…」
かばん「…」
サーバル「…ごめんね…ごめんねぇ…!」
かばん(…取り敢えず、落ち着いた…?)
かばん「ううん、大丈夫」
かばん「何があっても私は、サーバルちゃんの友達だよ」
サーバル「…」スー
かばん「…」
かばん(…今度こそ、寝たかな)
かばん(…おかしいな、今までだって色んな困難を乗り越えてきたはずなのに…)
かばん(…もう、私にはどうしようもないや)
かばん(…私)
かばん(…そっか)
かばん(…変わっているんだ、ただ緩やかすぎるだけで)
かばん(私も、彼女達も、少しずつ、元の姿に戻ってきているのかもしれない)
サーバル「…」
かばん(…例え、あなたがどんな風になろうと)
かばん(…私を殺しちゃっても、私はあなたの味方だよ)
かばん(…)
かばん「…一緒に居られる事が、幸せだなんて」
かばん「…気が付くのが遅すぎたね」
かばん「…ふふ、でも気が付けてよかった」
かばん「いつまでも、一緒にいようね」
かばん(…盲目的には、違いない)
かばん(恋に盲目とは、よく言ったものだ)
かばん(…あれ?誰が言ったんだっけ)
かばん「…」
かばん(…誰でもいいか…そんな事、今更関係ないんだから)
サーバル「それでねー、その時かばんちゃんがね…」
かばん「…あはは、夢の話をされても分からないよ」
サーバル「…でね、夢から起きても、かばんちゃんがいたの」
かばん「…当たり前じゃない…ふふ」
サーバル「私にとっては、夢も今も、同じなんだなーって」
サーバル「あはは、嬉しいし楽しいね、こういうの!」
かばん「…」
かばん「…うん」
ズズン
かばん「…!」
サーバル「…!」
かばん「…大型セルリアン…!」
サーバル「…離れて!かばんちゃん!」
かばん「…で、でも!」
かばん「…サーバルちゃんも…」
サーバル「…大丈夫…」
サーバル「…でも、むしろ…」
かばん「…?」
サーバル「…早くっ!」
サーバル「…ヴヴゥウウウゥ…」
サーバル「…グルルルル!!」
かばん「…!」
かばん(…また…!)
サーバル「ガルルルルルル!!!」ダッ!
セルリアン「…」
サーバル「ガルルルルルル!!!」ズドッ!
セルリアン「…」グラッ
かばん「…!!」
かばん「…いっ…!!!」
かばん(…足に…落ちて…!!これ…折れて…!)ジワッ
サーバル「…ガルルルルルル!!!」
バキィン!
かばん「…はー…!はー…!!」
かばん(…ダメだ…倒したけど…意識が…!!)
サーバル「…グルルル…」
かばん「…さ、サーバルちゃ…」
サーバル「…」クンクン
かばん「…!」
かばん(…あぁ…そうか…血の…)
サーバル「…」ガブッ
かばん「…っいっ…!!あ、あ、ああぁ…!!!」
サーバル「…グルルル…」
かばん(…痛い!痛い痛い痛い痛い!!!熱い熱い!!)
かばん「…サーバルちゃん!…サーバル……!」
サーバル「…ガルルルルルル!!!」
かばん「…」
かばん(…正気じゃ…ない…)
かばん「…」
サーバル「…」グチックチッ
かばん「…」
かばん「…残さないでね」
かばん「…私が居なくなっても、気が付かないで」
かばん(…どうか、この子が、私を食べたことに気が付きませんように…)
サーバル「…ガルルルルルルルルルルルルル!!!」ゾブッ
かばん「…だ…」
ブツン!
かばん「…」
かばん「…」ハッ
かばん「…」
かばん(…ここは…どこ?…私は、サーバルちゃんに食べられたはずじゃ…)
かばん「…」ムクッ
かばん(…体は、動く…ううん、それどころか…凄く動かしやすい)
かばん(…今に比べると…前の体は…モヤがかかっていたと思うくらい…)
かばん「…?」
かばん(…頭に…何これ?…色んな紐が…)
かばん(…誰かが私を助けてくれた?…でも、どうやって?)
かばん(…取り敢えず、ここから出よう)
かばん「…」
かばん(…声も出づらい…相当深く眠っていたのかな)
かばん(…それにしても…見た事の無いものばかり…)
かばん(…)
かばん(…真っ直ぐな部屋だ…木で作ったような曲がり方じゃない…空と海の境目みたいな、真っ直ぐ過ぎる線の部屋)
かばん(…)
ギィィ
かばん(…!!)
かばん(…何ここ…!)
かばん(…白…!ここは、本当に私たちの…!)
「…目覚めたの!?」
かばん「…っ!?」
「…博士!〇〇が…!」
「…」
かばん(…何?誰?…この人は…一体…!)
「…やぁ、〇〇」
「…変に目が覚めてしまったようだね」
かばん「…だ、れ…」
「声も出ないか、そうだ、私の事は、博士って呼んでくれ」
かばん「…は、かせ?」
博士「…」
かばん「…」
博士「飲むといいよ、心が落ち着く」
かばん「…」ゴクッ
博士「…僕のことは覚えているかな」
かばん「…」フルフル
かばん「…ここは、どこですか…?〇〇…って…何ですか?」
博士「…」
博士「…うん、もし君が本当にそれがわからないとしたら…」
博士「…それはとっても理解し難い話になる」
博士「まずはそれを飲み干して、有り得ない話を聞くその準備を整えるといい」
かばん「…」ゴクッ
博士「…残念ながら、今の君を僕はよくは知らない」
博士「…何から聞きたい?それに答える形で君の疑問を解消しよう」
かばん「…ここは、どこですか?」
博士「…研究機関だね」
かばん「…何、の?」
博士「私たちにとって、一番大切なもののだよ」
かばん「…?」
博士「君も、それを使って生き抜いてきたはずだけれどね」トントン
かばん「頭…?」
博士「ううん、脳だ」
博士「一度に説明しても、頭が追いつかないだろう」
かばん「…〇〇って、なんですか?」
博士「君の名前だ」
かばん「…名前…?」
博士「そうだよ、〇〇」
かばん「…違います…私は…かばんです」
博士「…かばん…?」
かばん「…サーバルちゃんが、そう付けてくれました」
博士「…サーバル…サーバル…あぁ、サーバルキャット…」
博士「…」
かばん「…ここは、どこですか?…私を助けてくれたなら…近くにサーバルちゃんも居たはずです…!」
かばん「サーバルちゃんは…どこに…!」
博士「…ジャパリパークでは、ヒトのフレンズは君以外居なかったはずだよね?」
かばん「…は?」
博士「…君は、まず最初に持つべき疑問に気が付けていない」
博士「…鳥の子なら、ここに羽…」トントン
博士「ヘビなら…なんだったかな…」
博士「…」
かばん「…!」
かばん(…そうだ…!この人は…!!)
博士「人のフレンズ?…いいや…僕は人間だ」
博士「…」
かばん「…私以外にも…生きて…」
博士「…こりゃ、相当難儀だね」
かばん「…」
博士「…君が眠っていた部屋に行こう」
かばん「…!」
博士「警戒しなくてもいいよ、君になにかしようってわけじゃないから」
ギィィ
パチッ
かばん「…わっ…」
博士「…ここが君の部屋だ」
かばん「…ベッドに…大きな機械…?」
博士「…の、一部だね」ピッ
かばん「…?」
博士「…そしてこれが、ジャパリパークだ」
かばん「…は?」
かばん「…何これ…?何が映って…?」
博士「…ジャパリパークだよ…これがその世界の縮図さ」
博士「見てみたいところはないかい?触れればそこまで飛べるよ」
かばん「…」
博士「…と言っても、恥ずかしい話、見せられるものではないんだけれど」
かばん「…?」
博士「…〇〇」
博士「…ジャパリパークなんてもの、存在しないんだ」
かばん「…大丈夫ですか?」
博士「…正気じゃないのは君だよ…転送放置の誤作動か?…記憶がまるまる抜け落ちてる」
博士「ジャパリパークは、僕達が作った箱庭、実験空間」
博士「君は、そこに出かけていただけなんだ」
かばん「…何を、馬鹿なことを言ってるんですか?そんな訳ないじゃないですか」
かばん「私は、ついさっきまであそこに居たんです!」
かばん「私は!私は…!!」
博士「落ち着いて」
かばん「…落ち着いてって…!あなた変ですよ!何言ってるのか全然分かりません!」
博士「…君は、ジャパリパークで何年過ごした?」
かばん「…5年と少しです…」
博士「…実際には、1日半だ」
かばん「だから…!!」
博士「理解できないのも分かる、でもこれが現実だ」
博士「言ってみれば君が見ていたのは夢なんだ」
かばん「…うるさい!何言ってるのか分からない!」
かばん「そんな事あるわけないじゃないですか!サーバルは何処にいるんですか!?早く…!」
博士「たとえ記憶が抜け落ちていても、違和感位はあったはずだ」
博士「記憶が無いからこそ、その違和感は大きかったはずだ」
かばん「…!!」
博士「君の中に、知らないはずの記憶はなかったか?」
博士「知らないはずの知識はなかったかい?」
博士「あったのなら、それは…」
かばん「この世界での私の知識だとでも言うんですか…!?」キッ
博士「…やれやれ、随分嫌われたな」
かばん「…なら、サーバルちゃんは…!?私だけじゃなくて、サーバルちゃんは何処にいるんですか!?居るはずでしょう!?ジャパリパークで過ごしてた彼女も!」
博士「その違和感にも、本当は気がついてるはずだ」
博士「特異な自分自身と、彼女達との言い知れない溝みたいなものを」
かばん「…!!!」
博士「…」
博士「君は、この世界に入った本物の、意識」
博士「けれど彼女達は」
博士「全く別の脳をトレースしたただのプログラム」
博士「この世界には存在しないんだ」
かばん「…何を…馬鹿な…」
かばん「…そんな、帰る場所のない…」
博士「そう捉えるか、興味深いね」
かばん(…あぁでも、そうか)
かばん(…トレース…プログラム…我ながら、物分りが良すぎる)
かばん(そんな筈がないって、心が言ってるのに、それまでの自分が受け入れてる)
博士「…」
かばん「…」
かばん「…なら、返してください」
博士「…?」
かばん「…偽物でもなんでもいい…!ジャパリパークに…!サーバルちゃんの元に返して!」
博士「…残念だけど、それは出来ない」
かばん「何で!?」
かばん「出来ないなんて言わせない!だって…!」
博士「君は、どうしてここに帰ってきたんだい?」
かばん「どうしてって…!」
博士「…死んだんだろう?」
かばん「…!!」
博士「…見せてあげられないと言ったのは、そこだよ」
博士「…動物としての不安定な役割を与えたのが不味かったかな」
博士「バグというやつだ、彼女達は、今本物の野生に戻りつつある」
かばん「…そんな…」
博士「…セルリアンも、サンドスターも、何もかも全ては最初から決められていた設定だ」
博士「だが、こんな事は予期していない」
博士「全てのフレンズが、野生に帰ることは考えても見なかった」
かばん「…」
博士「しかしこれはチャンスだ」
博士「もし、彼らがここで原始の動物に戻って、我々の居た世界を模倣できるなら」
博士「いずれは本当に、人間が生まれるかもしれない」
博士「…僕達は、神になるんだよ」
かばん「…傲慢な…」
博士「かもね、それでも神に背いていたのは始めからだ」
博士「許されることじゃない、脳をトレースする事も、そんな世界に君を送り込む事も」
博士「だから、行くならとことんさ」
かばん「…」
博士「安心してほしい、僕達は君に一切危害を食わせない」
博士「望むと言うなら、この実験から解放して、以後一切君に関わらない」
博士「…信用してくれるかい?」
かばん「出来るわけがない…!」
博士「…」
かばん「自分たちの都合で…私を送り込むような人たちを…信用できるはずがない!」
かばん「…でも、返して!私の居場所はあそこなの!ジャパリパークは私の故郷なの!」
博士「…」
博士「…ジャパリパークへ行くことを望んだのは君だ」
かばん「…!?」
博士「…ここはね、研究機関兼孤児院なんだよ」
博士「勿論政府公認さ、一ヶ月に一回は抜き打ちで検査が入る」
博士「孤児を使って無茶な人体実験をしていないか」
博士「だから、本来君を送り込むことも、君が望んでいたとはいえギリギリのことだった」
博士「…けれど、君は強く望んだ」
博士「ジャパリパークへ行くことを」
博士「この世界から逃れることを」
かばん「…嘘だ」
博士「嘘じゃない、〇〇」
博士「君自身がジャパリパークへ行くことを望んだ」
博士「けれどそれは虚構の世界、現実を生きる僕らにとっては紛い物でしかない」
博士「…ジャパリパークは、諦めてくれ」
かばん「…彼女達をどうするつもりですか?」
博士「…観察だ」
かばん「野生に帰った彼女達を元に戻す方法は無いんですか!?」
博士「時間が経てば、トレースした脳はほぼ別物だ、同じ人間を使って彼女達を蘇らせてもその違和感に一番苛まれるのは君だよ」
かばん「だったら…!だったら…!」
博士「…それに、元に戻すことが出来たとしても、僕はするつもりがない」
博士「…いい経験だったじゃないか、前の君とは見違えるようだ」
博士「それだけでも、僕は無駄ではなかったと思うけれどね」
かばん「っ…!」
博士「明日、どうするかを決めなさい」
博士「ここを出て別の孤児院へ行くもよし、家出して、年齢を誤魔化して働くもよし」
かばん「…」
博士「ジャパリパークではいいかもしれないけれど、働かないと人間は生きていけない」
博士「働けない人間は誰かに保護してもらうしかない」
博士「…」
博士「…君はどっちを選ぶ?」
かばん「…嘘だ…嘘だ…」
博士「…〇〇」
かばん「〇〇じゃないっ!私はかばんです!!」
かばん「あなたの都合を押し付けないで!私だって、私だって…!」
博士「…」
かばん「…気が付かなければよかった…っ!サーバルちゃんとずっと過ごしていたかった…!」
かばん「本当に…あそこで死んでいればよかった…!!!」
かばん「…私には…あの世界は暖かすぎた…!!」
博士「…済まない」
かばん「…」
博士「…神に背くことは出来ても、君のような子供に残酷なことを言うのは、少し気が引けたな」
博士「…ゆっくりと、休むといい」
博士「…ここに居るつもりなら、僕達は全力で君を保護することを約束する」
かばん(…最低な人だったら…良かったのに…!自分のことしか考えない嫌な人だったら良かったのに…!!)
かばん(…こんな普通の人から「もう会えない」なんて言われたら…)
かばん(…諦めるしか、ないじゃない…)
バタン
かばん「…」
かばん「…会いたいよ、もう会えないの…?」
かばん「…こんな事になるなんて…思いもしなかった」
かばん「…ずっと、あそこで過ごせればよかったのに」
かばん「サーバルちゃんと…ずっとにジャパリパークに居られればそれで良かったのに…」
かばん(…生きていく意味を失った、とは思わない)
かばん(…死にたい、とも思わない)
かばん「…でも」
かばん「…会いたいよ…寂しいよ…サーバルちゃん…!」
コンコン
かばん「…っ」
かばん「…」クシクシ
かばん「…どうぞ」
ギィィ
「…随分と、体調が優れないみたいね」
かばん「…あなたは…?」
「…ミライ」
ミライ「…ジャパリパークの、管理担当よ」
かばん「…ミライ…!」
ミライ「…気が付いてしまったのね…ううん、それはあなたの望んだことではなかったのに」
ミライ「…ごめんなさいね」
かばん(…あの時の映像で見たのと…同じだ…)
ミライ「…」
かばん「…騙してたんですね」
ミライ「…」
かばん「…ジャパリパークも、セルリアンも…フレンズも…!!全部そんなものはなかった!」
かばん「あなたは嘘をついていた!」
かばん「…嘘をついて…騙される私を笑っていたんだ…!!!!」
ミライ「…っ」
かばん「…嘘つき!嘘つき!嘘つき嘘つき嘘つき!!!」
ミライ「…」
ミライ「…」
かばん「…設定だったんでしょう!?全部、何もかも…仕組まれていたことだったんでしょう!?」
かばん(…分かってる、この人は悪くない)
かばん(…あの人だって、悪くない)
かばん(…悪いのは、無知の私だったんだ、怖くて逃げた私自身だったんだ)
かばん「…うぅ…ひっく…」
ミライ「…」
ミライ「…どうして、そこまで彼女に…」
かばん「…」
ミライ「…私も、彼女達が大好きよ…でも、現実に居ない存在にそこまで思い入れはない」
かばん「…決まってます…!友達だからです…!」
ミライ「…」
かばん「…本当に、元に戻す方法はないんですか!?」
かばん「サーバルちゃんを正気に戻す方法は無いんですか!?」
ミライ「…あったら、どうするつもりなの!?」
かばん「…っ」ビクッ
ミライ「また偽物の、虚構の箱庭に戻るつもり!?そうして、死ぬまで幸せな夢を見続けるつもり!?」
かばん「…そ、それは…」
ミライ「現実はそんなに甘くない!そんなことは誰だって知ってる!知りながら、涙を流しながら、辛さに耐えながら生きてる!」
ミライ「ジャパリパークに戻って、そこで優しい嘘に包まれて!」
ミライ「あなたはそれで生きてるって言えるの!?それであなたは満足なの!?」
かばん「…」
ミライ「…大人になりなさい…〇〇…あなたは、現実に生きる人間なのよ…!」
かばん「…」
かばん「そんな事が、大人になるってことなら、私は子供でいい」
ミライ「…聞き分けのない…!」
かばん「…サーバルちゃんは、私を食い殺した!」
かばん「気が付かないでって願ったけど、そんなものが無理なのは分かってる!」
かばん「…サーバルちゃんは、一生悔やむ…!野生に戻っても、頭の片隅には残ってるに決まってる…!」
かばん「…せめて私は、痛くなかったよ、楽しかったよって…言いたい」
かばん「…あなたと居られて、本当に幸せだったって…言いたい…!」
かばん「大好きだって言いたい!」
ミライ「…」
ミライ「…」
ミライ「…〇〇…」
かばん「…〇〇じゃない…私は…かばん…です…」
ミライ「…かばんちゃん」
かばん「…」
ミライ「…サーバルは、もう居ない」
かばん「…っ」
ミライ「…あなたは、強く生きなければいけない」
ミライ「…サーバルに、貰ったものは、たったそれだけ?そんな、口で言わないと伝わらない気持ちだけ?」
かばん「…だって…」
ミライ「心を硬くしなさい、潰されないように」
ミライ「…ずっと見てたわ、たとえ最後がどうであれ、あなた達は最高のパートナーよ」
かばん「…」
ミライ「…楽しいことがあれば、辛いことだってある」
ミライ「…辛い現実を、耐え切るために、私たちは楽しい思い出を紡ぐの」
ミライ「…はい」
かばん「…これ…?」
ミライ「…本当は、こんなことしちゃダメなんだけど」
ミライ「…あなたと、サーバルの記録」
ミライ「…」ピッ
かばん「…あ」
「あなたは、狩りごっこが好きなフレンズなんだねー!」
「かばんちゃんで!」
「かばんちゃんをかえしてよおお!」
かばん「…」ポロポロ
かばん「…サーバル、ちゃん…」
ミライ「…」ギュッ
かばん「…サーバルちゃん…サーバルちゃん…!サーバルちゃん!!」
ミライ「…」
かばん「…私、生きるから…!!絶対に、負けないから!だって、あなたに沢山、貰ったから!」
かばん「…いっぱい…いっぱい…!貰ったもん…!」
ミライ「…」
かばん「…うわぁぁぁ…うわぁぁあああ…!!!」
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