留美「荒木比奈という、私の道標」 (24)

モバマスSSです。
地の文多め、比較的短めだと思います。ただ、重いです。
ほとんど完結済みなのでたぶんすぐ終わります。
設定はいろいろごちゃまぜなので、その点ご了承ください。

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 甘ったるい風に押し戻される。彩りを取り戻す街は、今日もまた一段と浮き足立っていく。薄紅の花、明滅の雪。開く弁を冷やしながら。

 窓に張り付く冬の置き土産をよそに、部屋の中で一人。マスクから覗く鋭利な眼で、和久井留美は今日もキーボードを叩いていた。上司から渡された書類の山。年度末はいつもこの作業に腐心する。
「はぁ……」
 音を立てて揺れる窓に、一つ零れたため息は、どこへともなく消えてゆく。この仕事の依頼人たちはみな、浮き足立つ街に溶けていった。苛立ちをぶつけることもできぬまま、カタカタと乾いた音だけが窓を叩く。

「今日はもう、このあたりで終わろう……」
 時刻は夜の十時。七割方片付けた。これ以上続けたら明日に差し支える。そう判断して留美は荷物をまとめて帰路を急いだ。

 コンビニでいくつかの惣菜を買い、炊いて保温してあったご飯のおかずにする。こんな食事をもう何度繰り返しただろうか。留美はすぐに考えるのをやめて、手元にあったリモコンを押した。
「こんな時間に面白い番組なんてあるのかしら……」
 コマーシャルにそう投げかけると、番組が始まった。音楽番組だった。といっても、華やかな歌番組ではなく、ゲストの歌手やバンドにパーソナリティーが質問をして、トーク主体で進んでいく番組だった。

 今回のゲストは、今注目のアイドルグループ、「ブルーナポレオン」から、先日ソロデビューが発表されたアイドルの荒木比奈。伏し目がちな目にウェーブのかかった茶髪が特徴的な二十歳のアイドルだ。
「アイドル、ねえ……」
 ブルーナポレオンのこと自体は職場に熱心なファンがいるので知っていたが、ビジュアルを見るのは実は初めてであった。
「普通の子、ね」
 それが、留美の比奈に対する第一印象だった。

『荒木さんはオフの日ってどうしてるんですか?』
『ああ、オフの日っスか……基本的に家でゴロゴロしてるっスね、ネット見たり漫画描いたり……』
『荒木さんの漫画といえば、たまにブログに載る漫画がすごくうまいと話題ですよね!』
『趣味程度に暇潰しに描いてるだけっスけどね……たまに生放送のレポ漫画あげたりするのもありますけど』
『あれ、ものすごい評判なんですよ!』
『いやぁー、それは何よりっス』

 つつがなく進むトーク。留美はそれをただのんびりと聞き流していた。しかし。

『こんな日陰者の、アイドルやってなかったらほとんど引きこもりみたいなアタシでも、楽しんで輝くことができるんスよ。やっぱり人生何があるかわかりませんし、せっかくだから楽しまなきゃ損っスよ!』

 比奈のこの言葉が、やけに留美の胸に引っかかっていた。

 明くる日、留美は昨日と同じように出勤し、昨日と同じように書類の作業に追われていた。
「留美君、そろそろ終わりそうかね?」
「ええ。どうにか」
「ああ、毎度毎度悪いねえ」
 言葉とは裏腹にヘラヘラとした顔の上司に、アンタがもらった時にさっさと処理しないからこうなるんでしょうが、と少しだけ顔に出しながら、少しも作業の手を止めずに生返事で済ませた。それで構わない。この時期はいつもだから。

 はじめに出された書類の山はその日のうちに終えた。
 が、その次の日にまた、はじめのものの半分程度ではあるものの、再び書類の山が出された。
「こっちもよろしくね」
 だなんて悪びれもしない顔で言う上司。
「はい」
 留美もいつものようにすぐに書類に手を付けて生返事。

 ――やっぱり人生何があるかわかりませんし、せっかくだから楽しまなきゃ損っスよ!――

 留美が退職届を出したのは、一連の書類作業を終えた直後のことだった。

「……マスター、もう一杯。思いっきり酔えそうなのを」
 退職した直後、留美は行きつけのバーにいた。明るいうちから飲みはじめ、もう何杯飲んだだろうか。顔見知りのマスターにぼやきながら、またも度数の高い酒をリクエストした。
「かしこまりました。……留美さん、気持ちはわかりますけど、飲みすぎには……」
「分かってるわ……でも、今日くらいは好きなだけ酔わせてちょうだい……どうせ明日から無職なんだから……」
 もうやけっぱちだった。こんな無駄な作業を毎年やらされるくらいなら、いっそやめてもっと自由に生きよう、そう思って退職したはいいが、その後のことを何も考えていなかったことに気付き、今に至る。
「分かりました……」

「……あンのアホンダラァ! いつまでもいつまでも溜めとるけえ毎年毎年えらいことなるんじゃろがね!」
 積もりに積もった鬱憤をすべてぶちまけるかのように、留美は目の前のマスターに愚痴を吐く。店内には留美の他にスーツの男が一人いるだけ。
「作業量も分からんでやっとるけえ経営もうまいこといかんのじゃて! ああぁ……」

「あの……すいません」
 気が付いたら、その男が隣の席に座って留美に話しかけていた。
「あ……少し騒ぎすぎたわね……ごめんなさい」
「いえ、それはおかまいなく。私、こういう者なのですが……」
 そういってその男は名刺を留美に差し出した。
「プロ、デューサー……?」
「はい。スカウト、ですよ。アイドルに、なりませんか?」
「……あなた、正気かしら? ついさっき仕事をやめたばかりの人にまた仕事の話だなんて……それに、こんな三十も手前の女に……アイドルって、もっと若くて可愛い子がするものでしょう?」

「……『ブルーナポレオン』というアイドルユニットを、ご存じありませんか?」
 ブルーナポレオン。これまで幾度となく去来してきた名前だった。
「え、ええ……それが、どうか……?」
「ブルーナポレオンのメンバーの川島瑞樹さん、二十八歳でアイドルになったんですよ」
「えっ……それはまた、どうして……?」
「以前は関西でアナウンサーをされていたのですが、自分の可能性に挑戦したい、とアイドルに転職。今や売れっ子アイドルユニットの最年長メンバーとして注目のアイドルなんですよ!」
 転職組アイドルとして、前職の経験を活かしつつ貪欲に新たな挑戦を続けていくその姿に感銘を受ける人は少なくないという。こういった業界に疎い留美は知らなかったが。

「こうなったらヤケだわ。付きあってあげる」
 いろいろな話を聞いて、留美は決意した。やるだけやってやろうじゃないか。
「ありがとうございます。でしたら、こちらにある事務所でまた契約関係の書類を書いていただきますので、都合のいい日にお越しください」
「じゃあ明日行くわ」
「……えっ」
「仕事もないのに、明日も明後日もないもの。すぐにでも行くわ」
 予定なんて、何もないから。じゃあ、さっさと行ってしまいたい。
「……分かりました。では、また明日」

「ということで来たのだけど……」
 事務所に来た留美が見たのは。
「へー、新人さんっスか。プロデューサーさん、またすごそうな人つかまえてきたっスね」
「ほんと美人でさ……『この人は絶対いい!』って、俺の魂が震えたよねー」
「さすがっスね」
 あの時テレビで見た、あの人が今、自分の目の前にいた。
「……どういう風の吹き回しかしら」
「えっ……ちょ……アタシ、何かしましたか!?」
「いえ……ちょっと、ね。『せっかくだから楽しまなきゃ損っスよ!』だったかしら……」
「あ……この前のトーク……」

「私も……もっと自由に、輝きたくなったの。だから……今日からアイドルになります、和久井留美です。よろしくお願いします」

 あたたかな風に背中を押される。彩りを取り戻した街は、今日もまた一段と華やいでいく。薄紅の花、幽玄の月。開く弁を艶かしく。

以上です。
比奈まつりに乗り遅れてしまって悲しいけど、どうにか書き上げられたのでよし。(日付?言うな)
ブルナポと和久井さんって結構相性よかったりしませんか?

では、今回はこれにて。
デスクの横の恋人、和久井留美をよろしくお願いします。(パクリ乙

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